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モット伯は杖を振りながら、水の鞭を避け続けるギアッチョに嘲笑を 投げかける。 「クックック・・・貴様は全く平民の象徴のような男よ そうやって何も出来ずに逃げ続けることしか出来ない平民のな」 優越感に酔う彼は気づかない。見下すことに慣れすぎた瞳には、 常人ならざるギアッチョの動きに違和感を見出すことさえ出来なかった。 「貴様ら弱者は実に面白い 強者と対峙した時、貴様らは逃げる ことしか出来ないということをいつも証明してくれる 謝罪、懇願、 逃避・・・それが貴様ら弱者のお定まりのパターンだ その絶望が 実に面白い!ぬははははははははッ!」 「ほー、そいつぁ確かに面白ぇな ところで弱者ってなぁ誰の ことを指してんだ?」 右上から飛来して来た水鞭を受け止めるかのように、ギアッチョは スッと片手を差し出した。 「バカが!!」 ギアッチョが混乱したものと考えたらしいモット伯が暗い笑みを 浮かべると同時に、水の蛇はギアッチョの掌に命中し―― パキン。 頭から尻尾まで、全てが完全に、そして一瞬で凍りついた。 「・・・・・・へぇ・・・?」 状況を理解出来ず、モット伯は間抜けな声を上げる。次の瞬間、 重力に忠実に従った氷の蛇は地面に叩きつけられて粉砕した。 「・・・な、何が起きて・・・」 呆然と呟きながら、モット伯はじりじりと後ずさる。それに 合わせて、ギアッチョはずいと前に進み出た。彼の振り撒く 縮み上がらんばかりの殺気に、モット伯はようやく気がつく。 「おいおい、伯爵様よォォ~~~~~ 徒手空拳の平民如きに 何をそんなに怯えてんだァァ?」 ギアッチョの嘲りに、モット伯のプライドはかろうじて再燃した。 「だ、黙れ黙れ黙れッ!!平民風情が、もういい!今すぐ死ね!!」 再び血が上った頭を振って、短くルーンを唱える。掬い上げるように 振った杖に合わせて、砕けた氷の破片がギアッチョ目掛けて散弾の 如く襲い掛かったが、 「無駄だ その程度の低い脳味噌でしっかり理解しな・・・」 見えない何かに阻まれて――それらは虚しく四散した。そのまま モット伯の目の前に上体を突き出して、ギアッチョはゆっくりと 宣告する。 「てめーは、弱者だ」 恐怖と怒りと屈辱で、モット伯の顔は真っ赤に震えた。ぎりぎりと 握り締めた杖を力一杯振りかぶる。 「ラ、ラグーズ・ウォータルぶっげぁあぁ!!」 ギアッチョの拳を至近距離から顔面に叩き込まれ、モット伯は 壁際まで吹っ飛んだ。 「げほッ・・・き、貴様!!貴族の私を殴ったな!!死刑だ、 しし、死刑にしてやるぞッ!!」 尻餅をついたまま鼻血を片手で抑えて叫ぶモット伯に、ギアッチョは 侮蔑の眼を向ける。 「ああ?てめー・・・貴族だから殴られないと思ってたわけか? 人を殺そうとしておいてよォォォ~~~ てめーは殴られる 『覚悟』すら出来てなかったっつーわけか?」 「黙れ黙れ黙れッ!!家畜がほざくな!私は貴族だ、伯爵だぞ!! 薄汚い平民如きがぐぶぉおッ!!」 言葉の途中で顎を容赦無く蹴り上げられ、モット伯はアーチのように 仰け反った。その前に屈み込んで、ギアッチョは世間話のような調子で言う。 「よぉ、知ってるか?その身を賭して領民を守るのが貴族ってやつ らしいぜ つーことは、だ・・・てめーは貴族なんかじゃあねーって ことになるなァァァ」 「は・・・はガッ・・・ よ、寄るな虫ケラが・・・私は貴族だ・・・ 伯爵なんだ・・・」 「いーや違うね てめーは貴族でも平民でもねぇ・・・ただのゴミ屑だ」 「・・・な、何だと・・・ 平民のぶ、分際でこの私にうごぉォッ!!」 モット伯の顔面を裏拳で横殴りにブッ叩き、そのまま眼鏡の位置を直す。 「さっきから平民平民とうるせーがよォォォーーーー てめーは一体 何をして自分を貴族だと思ってやがるんだ?ええ?おい」 「そ、」 開きかけた口を、ギアッチョは掌底で強引に閉じさせる。 「当ててやろーか?てめーにゃあ誇りも信念も、倫理も道徳もねえ あるのは運良く持って生まれた魔法と財産だけだ 違うか、オイ? 魔法が使えるから貴族で、財産があるから貴族・・・てめーの頭ン中に あるのは、たったそれだけだ」 「そこで」と継いで、ギアッチョは左手を持ち上げる。まるで飲みかけの ペットボトルに手を伸ばすような気安さでモット伯の杖を掴むと、 「・・・な、あ、ああぁああ・・・!!」 硬質的な音を立ててそれはあっと言う間に氷の柱へと姿を変え。 バキンッ!! ギアッチョの手によって、容易くヘシ折られた。 「・・・さて、これでてめーの拠り所は消えちまったわけだ おい、杖が無くなりゃあどうするんだ?お偉い伯爵様よォォォーー」 狩をする獣のような眼光で、ギアッチョはモット伯を見下ろした。 衛兵から隠れながら、迷路のような邸内をシエスタ達はおぼろげな 記憶と勘を頼りに出口へと走る。 「え、ええっと・・・多分こっちです!」 「あれ?確かこっちだったような気がするんだが」 「違う、こっち」 「ってどっちなのよ!」 ひょっとしなくても、彼女達は迷子だった。シエスタを除く三人は 先程の往路しか知らないし、シエスタとて似たようなものなのである。 埒があかなくなったタバサは、こんな時まで読んでいた本を閉じ、 動きを止めて目蓋を落とした。 「タバサ・・・?」 「・・・風はこっちから」 呟くように言って、タバサはまた走り出した。風のメイジの言葉を 信じない理由はない――シエスタとギーシュはすぐに後を追って 駆け出す。その後ろを、ルイズが少し息を荒げながら着いて行く。 その原因は、胸に抱えるデルフリンガー。「素手のほうが都合がいい」 ということで、ギアッチョに預けられたのだった。持ち運ぶだけならば 問題はないが、抱えて走るには彼女の細腕には重すぎる。だがルイズは 文句を言おうとは思わなかった。ギアッチョが自分に何かを頼んで くれたことが、彼女は純粋に嬉しかった。 「わりーなルイズ 姿形は変えられても重さばかりはどうしようもねぇ」 「そんなのあんたが気にすることじゃないわよ 衛兵連中にメイジが 混じってたら働いてもらうんだしね」 「ま、そいつぁ任しとけ 旦那のお陰でこんな時ぐれーしか出番が ねーからよ」 一人と一本は小声で笑い合う。デルフの軽口が、ルイズの緊張を 和らげていた。 「しっかし、さっきは随分と大胆だったじゃねーの お前さんも やるときゃやるもんだね」 楽しそうに言うデルフと対照的に、ルイズはきょとんとした顔をする。 「大胆?」 「大胆も大胆、『あなたがいれば他には何もいらないわ!』なんて 中々言えるセリフじゃねーよ ありゃ一種の告白だね」 わざとらしく声を真似するデルフに、一瞬置いてルイズの顔はぼふんと 茹で上がった。 「だっ、な・・・ちち、違っ・・・!ああああれはそんな意味なんかじゃ ないわよ!ていうかそ、そこまで言ってないでしょ!!」 「いーや言ったね、言ったも同然だね 俺にはひしひしと伝わったぜ 何てーの、ありゃ愛だね愛 溢れんばかりの恋情が、」 「な、なななな何恥ずかしいこと言ってんのよバカっ!!違うって 言ってるでしょ!?あ、あいつのことなんて全然全く一切これっぽっちも 気になってなんかないんだからっ!!」 「解ってる解ってる もう気になるなんて段階じゃないんだよな しかしあのセリフじゃまだまだ弱いな 旦那はああ見えてかなりの 朴念仁だからな、もっとこう好きだの愛してるだのはっきりした言葉を 交えつつ――」 「・・・ち、ちち違うって言ってるでしょこのバカ剣ーーーーっ!!」 滔々と語るデルフリンガーを遮って無理矢理鞘に戻し、ルイズは肩で はぁはぁと息をする。 もしかしたら、いや、認めたくはないが多分きっと、自分は恋をして いる――それはデルフに言われなくとも、自分で理解していることだ。 しかしそんな恥ずかしいことを他人に知られることだけは出来ない。 ていうか無理。絶対無理。これが誰かに知れるぐらいなら、いっそ死んで しまったほうがいくらかマシかもしれない。 そういうわけで、一つ溜息をついて上げた顔の先で三つの視線が自分を 凝視していると気付いた時――彼女は心の底から泣きたくなった。 慌てて姿勢を正して、シエスタはコホンと咳をする。 「え、えーと・・・ミス・ヴァリエール、その・・・ど、どうか なさいましたか?そんな所で立ち止まられて・・・」 ぎこちない笑顔で問い掛けるシエスタに、ルイズは真っ赤に上気した 顔を少し和らげた。 ――・・・あ、あれ もしかして聞こえてない・・・? 「そ、そうよね 結構距離が開いてたものね」と心の中で呟きながら、 恐る恐るタバサを見る。 「・・・・・・急いで」 そう言いながら、タバサはルイズに背を向けた。 ――や、やっぱり・・・聞こえてないかも ルイズはほっと胸を撫で下ろす。どうかそうであって欲しいと願う 彼女の眼には、タバサのほんの少し染まった頬は見えなかった。 「なんとかなった」と、三人は一様に独白する。しかしそんな彼女達の 苦心を見事にブチ壊す男が一人。 「安心したまえルイズ、最初は皆そういうものなのさ ある日突然、 雷に打たれるように、或いはふっと花の香りが届くように己の恋の つぼみの存在に気付く、それが恋心というものなのだよ そう、 僕とあの可憐なモンモランシーも(中略)、だから今は解らなくても いいのさ いつか君もハッと気付く時が来る、そしてその時こそが 二人の恋の――」 造花の薔薇を取り出してデルフリンガーの何倍もアレなことを のたまうギーシュに、場の空気は一瞬で凍りついた。 「・・・あ、あのー・・・ミスタ・グラモン、少し空気を・・・」 「そう!空気のようにいて当たり前だと思っていた人間が、ある日 突然特別に感じられる、それが恋の萌芽なのさ!かく言う僕と モンモランシーも(後略)」 水を得た魚のように得々と語り続けるギーシュにシエスタはこの世の 終わりのような顔をし、タバサはそそくさと読書に逃避した。 「・・・ち・・・ち・・・・・・」 真っ赤な顔で肩を震わせるルイズの様々な感情は、今静かに限界を 突破した。 「父?」 「違うって言ってるでしょうがぁあぁああーーーーーっ!!!」 直下型の地震のように爆発したルイズの叫びは、広大な館中に轟いた。 ――そう、「館中」に。 「こっちから声が聞こえたぞ!」 「いたぞ!あそこだ!」 「「あ。」」 …そんなわけで、彼女達は一瞬にして大ピンチに陥った。何せ 屋敷中の衛兵達に前から後ろから一目散に取り囲まれたのである。 その数は十や二十では利かなかった。一方、ギーシュが自分達の 周囲に配置したワルキューレはたったの三体。タバサの魔法も、 衛兵全てを薙ぎ倒す程の力は出せない。満身創痍な彼らの、それが 今の限界だった。 「・・・ご、ごめんなさい・・・」 ルイズは悪戯が見つかった子供のような顔で謝るが、それは色々な 意味で遅すぎた。 「見つかってしまったものはしょうがないさ それよりも何とか 切り抜ける方法を考えようじゃないか」 この事態を引き起こした一因であるところの少年は、いっそ清々しい 程爽やかに言い放った。しかしこの場の誰にも、それに突っ込む気力は 残ってはいなかった。おまけに、言っていること自体は全く正しい ものである。衛兵達のど真ん中に投げ込んでやりたい気持ちを抑えて、 タバサは簡潔に方策を告げた。 「強行突破」 一見強引に見えるが、なるほどそれは確かに最善の方法かも知れない。 全員をいちいち相手にしていればジリ貧になるだけである。ならば 思い切って後方を放置し、前方を突っ切るのが最も負担の少ない作戦だと 思われた。 ――・・・でも 懸念はある。自身の無骨な杖に、衛兵達はさほどの怯えを示していない。 それはつまり、彼らはメイジに対して何ほどかの場数を踏んでいる―― 或いはそれに抗する策が存在している可能性があるということである。 「・・・彼らの中に、メイジが混じっている可能性がある」 「――まかせて」 デルフリンガーを抱える腕に少し力を込めて、ルイズはしっかりと 答える。それを合図に、彼女達は一斉に走り出した。 ルイズ達の意図を理解して、前方の衛兵達は刃を潰した槍を構える。 その後ろから、不可視の風の弾丸が空を切って飛来した。 「ルイズ!」とタバサが素早く叫ぶ。 「デルフ、お願い!」 「あいよ!」 すらりと魔剣を引き抜いて、ルイズは前方を薙ぎ払うように掲げた。 その瞬間、風は荒々しく逆巻きながらその刀身に飲み込まれた。 「っつ、重っ・・・こんなのよく片手で持てるわねギアッチョは ごめんシエスタ、鞘持ってくれる?」 「は、はい ミス・ヴァリエール」 ふらりとよろけるルイズから、シエスタは慌てて鞘を預かる。ルイズは 両手で柄を握り直すと、再び虚空に突き出した。ギュルギュルと 渦巻きながら、ウィンド・ブレイクは二発三発とデルフリンガーに 飲み込まれる。ダメージ一つないルイズ達に、余裕を保っていた 衛兵達はにわかにざわつき始めた。その隙を突いてタバサが撃ち放った ウィンド・ブレイクが衛兵達を弾き飛ばすが――如何せんその数が多く、 海を割るように道を開くことは出来なかった。 不味い、とタバサは独白する。自分の放てるウィンド・ブレイクは あと数発もない。これでは埒を明けることは相当に難しいだろう。 「・・・タバサ、大丈夫なのかい」 それを悟ったか、ギーシュが不安げな顔で問い掛ける。彼のゴーレムは 後方のガードに手一杯で、とても前面の攻撃に向ける余裕はなかった。 「・・・・・・」 タバサは答えない。その沈黙が、言葉よりも雄弁に現状を語っていた。 「・・・よ、よし!ならばここは、ぼ、ぼぼ僕が囮になろうじゃないか!」 ギーシュの頭はあっさり玉砕一色に染まってしまったらしい。杖を ぶるぶると握りしめて、彼は高らかに叫んだ。 「お、おおお前達!こっちを見ろ、この僕が相手になってやる! 我が名は青銅のはォッ!!」 タバサの杖を脇腹に、ルイズの蹴りを脛に受けて、ギーシュは奇声を 上げてうずくまった。 「素性明かしてどうすんのよ!」 「バカ」 タバサの一撃が予想以上に効いたらしく、ギーシュは二人の罵倒に 返答も出来ず呻いた。 「・・・でもどうするの?このままじゃ・・・」 ルイズはタバサに肩を寄せて呟く。その先を語るかのように、衛兵達は じりじりと間合いを狭めて来た。タバサが僅か黙考して開いた口を 遮って、シエスタは悲痛な声を上げる。 「も、もうやめて下さいっ!」 三色三対の視線を受けて、彼女は絞り出すように続けた。 「もういいんです、私が出て行けばきっとここは収められます・・・ お三方の気持ちは本当に嬉しいです、だけどこれ以上は」 「嫌よ」 「えっ・・・」 「こんな所で逃げ出したら、ギアッチョに・・・リゾット達に 笑われるわ」 きっぱりと言い放って、ルイズは真っ直ぐにシエスタを見つめる。 その眼差しに決闘の時のギアッチョと同じ光を見て、シエスタは それ以上を続けることが出来なくなってしまった。 「・・・どうして、こんな・・・ただの平民の為に、ここまで するんですか」 俯くシエスタに、ルイズは少しためらいがちに答える。 「・・・ギアッチョの友達は、わ・・・わたしの友達だもの そ、そうでしょ、ギーシュ」 照れ隠しに眼を逸らして言うルイズに、ギーシュは屈みこんで 腹を押さえた体勢のまま応じた。 「ぐふっ・・・そ、その通りさ 友の窮地を、誰が見捨てるものか」 「・・・友、達・・・?」 シエスタは呆けたように繰り返す。貴族であるルイズ達の言葉に、 彼女は耳を疑った。 「・・・で、でも 私は平民で・・・」 「関係無い」 小さく首を振るタバサの横で、ギーシュはよろよろと立ち上がる。 「タバサの言う通りだよ ギアッチョと付き合うようになって、 僕はやっと理解した・・・貴族と平民の間に、違いなんて何も ないんだ 魔法が使えるか使えないか、ただそれだけのこと …皆人間なんだ、ただ生きてる人間なんだよ」 「ミスタ・グラモン・・・わ、私は・・・」 「武器を捨てろ!!」 野太い声が、シエスタの言葉を遮った。衛兵達のリーダーと思しき メイジの男が、ルイズ達に杖を突きつけて怒鳴る。 「何者か知らぬがここまでだ 何やら怪しげな術を使うようだが、 まさかこの人数相手に逃げられると思わぬことだな」 ルイズ達は、無論武器を捨てたりはしなかった。背中合わせに 身を寄せて、彼女達は無言で杖を構え続ける。 「抵抗を続けるか ならば少々痛い目に遭ってもらうぞ」 男の言葉と共に、衛兵達は一斉に襲い掛かった。 「ひかえおろう!」 この場にそぐわぬ時代がかった物言いに、衛兵達は思わず動きを 止める。ルイズ達までもが眼を点にして声の主を見つめた。 彼女――タバサは、長大な杖を掲げて口を開く。 「我らを何と心得る 東方の魔人、無窮にして絶対なる者、 偉大なるお方の配下である」 「は、はぁ・・・?」 衛兵達は腑抜けた声を上げる。 「我らが主はあらゆる物を凍てつかせる先住魔法の使い手である その絶大なるお力は、荒海を一瞬にして氷海へと変えるものなり その脚は一息に百メイルを駆け、その腕は鋼をも引き裂かん」 芝居がかった調子で、タバサは嘘八百を並べ立てる。常ならば一笑に 付されて然るべき大法螺だが、黒装束の奇異な出で立ちとデルフに よる魔法吸収が功を奏したか、衛兵達は神妙な表情を浮かべている。 そんな彼らを眺めて、タバサは再び口を開いた。 「我らが主は、不逞かつ悪逆なるジュール・ド・モットを許しはせぬ 彼の者は今、主の手によって然るべき報いを受けているであろう」 衛兵達は僅かにざわつき始める。メイジの男は彼らの間に生まれ始めた 恐怖を切り裂くように杖を振った。 「バカバカしい、下らぬ言い逃れはやめよ!そのような嘘が 通用するとでも――」 「ぬわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 絶妙なタイミングで悲鳴が響く。その声は紛れも無くモット伯の ものであった。冗談とは思えない叫びに、衛兵達の間からはついに 「ひぃっ」という声が上がる。 「え、衛兵共!何をしている、はやく助けぶごぁあぁぁ!! がふッ、お、おい貴様らどこへ――ひぃいいぃい!!」 予想だにしなかったモット伯の悲鳴が、衛兵達の心に明確な恐怖を 植えつける。いつしかリーダーらしきメイジまでもが、じりじりと 後退を始めていた。 「我らが主は、頭を垂れる者には寛大である しかし牙を剥く者には 容赦せぬ その者の心臓を凍てつかせ、五臓六腑を割り砕くであろう」 杖を大げさに振り回して、タバサは好き放題に恫喝する。そうかと 思えば、彼女は急に杖の矛先を変えてデルフリンガーを指し示す。 「見よ、あれこそがあのお方の魔剣、エターナルフォースデルフリンガー である ひとたび振れば魔法を喰らい、大地を穿ち、雷雲を呼ぶ悪魔の剣 ならん 相手は死ぬ」 勝手に付加された設定への突っ込みを、デルフは何とか堪える。素早く 目配せするタバサに気付き、ルイズは大げさに彼を構えてみせた。 それを確認して、タバサは周囲を見渡す。わずか三メイル程の近くに 迫っていた衛兵達は、今や十メイルを遠ざかっていた。 「このまま逃げるならばよし しかし我らと剣を交えるならば――」 タバサの声に合わせて、ルイズはずいと足を踏み出した。 「アトミックファイヤーブレードを使わざるを得ない」 言葉の意味はよく分からんがとにかく凄い自信を持って放たれたその 言葉に、衛兵達はもはや隠すことも忘れてガタガタ震え出す。 「精神集中、一刀入魂、仇敵殲滅・・・」 トドメとばかりにぶつぶつ呟かれた呪詛に、 「うわぁああああぁあああああああああああ!!」 衛兵達は蜘蛛の子を散らす如く我先に逃げ出した。 「ちょっ、貴様ら!止まれ!止ま、あわーーーーーーーっ!!」 人の濁流が喚くリーダーを突き飛ばし、踏み倒し、ついには彼諸共 流れ去って、怒号と殺気がひしめいていた廊下はあっと言う間に静寂を 取り戻した。こくりと一つ頷いて、タバサは眼鏡の位置を直す。 「今宵の地獄はここまでとしよう」 「何なの?それどういうキャラなの!?なあ!」 一方、こちらはモット伯の寝室。 「おい~~~~~~~~~~・・・もう終わりか?ええ?杖一本 折られた程度でよォォォ」 ギアッチョはつまらなそうに、ボロ雑巾のように倒れ臥すモット伯を 見下ろしていた。 「・・・た、助けてくれ・・・」 「ああ?」 「い、いくら欲しいんだ・・・好きなだけくれてやる だ、だから 助けてくれ――ガブッ!!」 顔面をモロに踏みつけられて、モット伯はくぐもった悲鳴を吐く。 「言葉遣いがなっちゃあいねーな 助けて下さいだろうが ええ?」 「・・・・・・た・・・助けて・・・下さい」 プライドも捨てて哀願する彼を冷たい双眸で眺めて、ギアッチョは 口の端を歪めた。 「助けるわけねーだろーが」 「そんな・・・!!」 絶望に震える伯爵をもう一度壁に蹴り込んで笑う。 「てめー、さっき弱者は逃げることしか出来ねーと言ったが・・・ ちょっと違うんじゃあねーか」 「・・・う・・・」 「真の弱者はよォォ~~~~・・・逃げることすら出来ねえ」 ギアッチョの言葉通り、モット伯には逃げる気力も残っては いなかった。うわ言のように、ただ命乞いを繰り返している。 「・・・フン」 鼻を鳴らして「下らねえ」と呟くと、ギアッチョはスッと右手を 差し伸べた。 「オイ 掴まりな」 よろよろと出されたモット伯の手を掴んで、彼を立ち上がらせる。 「た・・・助けてくれるのか・・・?あ、ありが・・・ハッ!?」 ギアッチョの握り込まれた左手に気付いて、モット伯は悲鳴に近い 声を上げる。 「ま、待て!やめてくれ!!ここは二階――」 バッギャアアァアアァアアッ!! 「うげあぁあああぁああぁッ!!」 ガラスの砕ける音が派手に響き、モット伯は中庭の噴水へ悲鳴と共に 落ちて行った。壊れた窓の奥から見下ろして、ギアッチョは心底 楽しそうにクククと喉を鳴らす。 「やりすぎよギアッチョ ・・・ま、提案したのは私だけど」 呆れた声を出すキュルケに、肩越しに眼を遣って尚笑う。 「まだ終わりじゃあねーだろ おめーの出番を忘れんなよ」 「そこは大丈夫よ ほら、行きましょう」 キュルケの声に押されて、ギアッチョは中庭へ飛び降りた。彼に レビテーションをかけると、その後を追ってキュルケは同じく魔法を 使って舞い降りる。 「・・・う、あ・・・」 噴水に半身を沈めながら、モット伯はかろうじて意識を保っていた。 しかしその身体は動かない。叩き付けられた衝撃よりも、殺されることの 恐怖が心身を麻痺させていた。 ばしゃりと水が跳ねる音が聞こえ、反射的に閉じていた眼を開く。 あの忌まわしい男が、ゆっくりとこちらに歩いて来る。 「・・・あ・・・・・・!」 声にならない声が漏れる。必死に逃げようとするが、死が眼前に迫る にも係わらず身体は言うことを聞こうとしなかった。逃走の意思を 察してか、ギアッチョは水面にスッと片手をつける。その瞬間、 噴水中の水がビキビキと音を立てて凍りついた。 「ひっ・・・ひ・・・・・・!」 身体をガッチリと氷に捕えられて、モット伯は恐怖にただ震えた。 一体何なんだ、この化け物は。 己に恨みのある人間などいくらでもいるだろう。そんなことなど 誰に言われずとも理解している。だからこそこれだけの警備を雇って いるのだから。 しかし。 一体、この化け物は何なんだ。 こんなことは聞いていない。こんな平民が、こんな化け物が存在する ことなど聞いていない。魔法は絶対なのではなかったのか?我々は 絶対なのではなかったのか?こいつは、こいつは一体―― 「何・・・なんだ・・・!!」 掠れた声が、思わず口をついていた。しかし男は答えない。つま先が 触れ合う程の距離から、氷よりも冷たい瞳で己を見下ろしている。 「そのお方は――」 彼の後ろから声が響いた。今まで事態を傍観していた黒装束の女が、 朗々たる声音で語り始める。 「遥か東方、ロバ・アル・カリイエの魔人 能う者無き無限の魔力を 持ち、深遠なるお心で過去と未来を見通すお方――私達など足元にも 及ばぬ存在よ」 「・・・・・・!」 モット伯は絶句する。そんなバカな、等とは言えようはずもなかった。 呪句も唱えずにただ触れただけで飛び交う水や噴水までも一瞬で 凍結させる、そんな凄まじい力を眼の前で見せられたのだ。一体 どんなメイジならそんなことが出来るというのか――いや、例え 始祖であろうと出来はすまい。 「・・・嫌だ・・・」 氷に絡められた身体で必死にもがこうとするが、その指の一本すら 動かすことは叶わなかった。 「だっ・・・誰か・・・!!」 恥も外聞もなく助けを乞うモット伯を眺めて、黒いローブの女は 形のいい唇を笑みの形に歪めた。 「・・・ねえ あなた助かりたい?」 「は、はい!はいィィッ!!」 モット伯は一も二も無く返事をする。少し考え込むような素振りの 後で、黒衣の女は静かに口を開いた。 「そうねぇ・・・今から言うことに従うなら、助けてあげなくもないわ」 モット伯は首をブンブンと取れそうな勢いで振って肯定の意を示す。 女の口元に浮かぶ笑みが、一段大きくなった。 「いい心がけね・・・それじゃまず一つ」 「ひ、一つ!?」 「ご不満かしら?」 「いっ、いえ滅相もない!」 「よろしい まずはあなたが強引に買い取った女の子達を全員解放して もらおうかしら」 全員、という言葉にモット伯は凍ったように固まった。「ぜ、ぜんいん …?」弱く呟くが、女は許しはしない。 「出来ないのなら――」 「し、しますッ!解放します喜んでぇぇ!!」 「ならいいわ さて、それじゃ次だけど・・・あなたの所持している 禁制品、あれを全て始末なさい」 「そんなッ!?」 青ざめた顔をするが、女はやはり許さなかった。 「そう、一つ残らず 一応言っておくけれど、このお方に隠し事なんて 通じはしないわよ」 「一つ・・・残らず・・・?」 この世の絶望を集約したような顔のモット伯を、それでも女は許さない。 「あら、この期に及んでまだ私達を騙すつもりだったのかしら?」 「と、とんでもございませんッ!!」 「結構 さて、それじゃあ三つ目だけど」 「ひィッ!?」 男の片手が、モット伯の首を無造作に掴んだ。 「オレ達のことをよォォォ~~~~~~・・・誰かに言ってみろ」 「か、あ・・・!!」 ビキビキと音を立ててモット伯の首が凍り出す。獣のような双眸で己の 顔を覗き込む悪魔に、モット伯はこれまでで最高の戦慄を感じた。 「――殺すぜ」 男の手は、言い終えて尚離れない。このまま首を砕かれるのでは ないかという恐怖に、 ――た・・・助けて・・・神様、ブリミル様・・・! モット伯は生まれて初めて本気で神に祈った。 無限に思える数秒を経て、男はようやくその手を離した。瞬間、 モット伯の首はまるで何事もなかったかのように元に戻る。 「・・・あ・・・・・・あ・・・」 肺腑から漏れ出た呼気と共に、彼の全身からへなへなと力が抜けていった。 「さて、それじゃあ最後だけれど」 「は・・・い・・・」 モット伯は力なく答える。もはや怯える余裕すら残ってはいなかった。 「二度と平民の女の子に手を出さないこと 禁制品にも手を出さないこと その他一切の非道を止めること・・・解ったわね」 「・・・わかりました もうにどとなににもてはだしません・・・なにも しません・・・」 魂の抜けた声で繰り返すモット伯を見遣って、黒装束の女は満足げに笑う。 「いいこと?もしこの先同じようなことをした場合――今度はその命を 手放すことになるわよ 永遠にね」 最後にそう言って、女は黒いローブを翻してモット伯に背を向ける。 立ち上がった男がそれに習うと、二人は驚く程あっさりと立ち去った。 男の姿が宵闇に消えると同時に、凍った噴水はばしゃんと音を立てて 一瞬の内に水へと姿を戻した。しかしモット伯はその場を動こうとは しない。情けなく崩れ落ちた格好のまま、冷えた身体を温めることも 忘れて虚脱していた。 「・・・は ははははは・・・」 何分が過ぎただろうか。彫像の如く微動だにしなかったモット伯の 口から、唐突に笑い声が漏れた。 「ははは・・・生きてる・・・生きてるぞ・・・」 身体にかかる水を跳ね除けて、モット伯は勢いよく立ち上がる。 満天の星空に両の拳を突き出して、心の底から笑った。 「生きてる・・・俺は生きてる!うはははは、生きてるぞッ!! ははははははははッ!!」 ――後年、彼は聖人の一人に列されることになる。この日を天啓に 神職の門を叩いた彼は、私財を投げ打ってその生涯を窮する平民達の 為に捧げ、「慈雨のモット」と呼ばれるに至った。他人の非を咎める 時、彼は決まってこう言った。「神は全てを見ておられる 我らが 悪を為した時、神は人を遣ってその罪を罰されます」と。 モット伯に買われた女性達の解放はつつがなく完了した。彼女達を 全員解放させた理由は勿論善意によるものだったが、ギアッチョには もう一つ、目的がシエスタ一人だったと悟らせないことで身元の判明を 防ぐという狙いもあった。従ってギアッチョは彼女達に感謝される 理由など自分にはないと思っていたのだが、それでも何度も頭を下げる 彼女達にどうにも居心地が悪くなり、一番歳若い少女に乗って来た馬を 寄越して早々にシルフィードの背中へ乗り込んだ。当然馬は学院の 備品なのだが、あんな任務をこなした後なのだからオスマンもその くらい大目に見てくれるだろうと彼は適当に考える。 「・・・えっと、本当に私が乗ってもいいんでしょうか」 ギアッチョに続いてシルフィードの元へとやって来たシエスタが、 遠慮がちに問い掛けた。 「オレに聞かれてもな ま、そう大した距離でもねー 多少定員 オーバーでも頑張ってくれるだろうぜ」 言いながら、ギアッチョはシルフィードの背中をばしんと叩く。 「きゅい!」 「ほらな」 「言葉が分かるんですか?」 「そういうことにしとけ」 適当に答えるギアッチョに少し相好を崩して、シエスタはおずおずと 背中へ乗り込んだ。 「じゃあ・・・お、お邪魔します・・・」 応じるように、シルフィードはもう一つ鳴いた。 「・・・あの、本当にありがとうございました」 全員を乗せて夜空へ舞い上がったシルフィードの上で、シエスタは 土下座せんばかりに頭を下げる。 「もう何度も聞いたわよ」 苦笑交じりに返すキュルケに首を振って、彼女は尚も頭を下げた。 「どれだけ言っても言い尽くせません 本当に・・・本当に感謝 してるんです 家名まで賭けて助けに来ていただけたなんて・・・ ギアッチョさんも、そんな満身創痍で・・・私、一体どうやって お返しすればいいのか――」 「この程度は怪我の内に入らねーぜ 一宿一飯の義理っつーやつだ」 何でも無いという風に手を振るギアッチョに続いて、薔薇の杖を 取り出しながら口を開いたギーシュをルイズの言葉が遮る。 「見返りが欲しくてやったんじゃないわよ わたし達はあんたを 助けたかっただけ それが叶ったんだから、他に何かを求める必要 なんてどこにもないわ」 「で、ですが・・・」 シエスタはしかし食い下がる。彼女にとっては、ルイズ達は己の人生を 救ってくれた救世主なのである。何千何万頭を下げても足りるものでは なかった。 「そうねぇ」 思案顔でシエスタを眺めていたキュルケが、思い立ったように口を開いた。 「それじゃ、今度厨房でご馳走でもいただこうかしらね?」 「・・・はしばみ草」 「それはやめろ」 タバサの小さな呟きを、ギアッチョは速攻で否定する。 「あ・・・」 キュルケ達の暖かな気遣いを感じて――シエスタはようやく、いつもの 笑顔を見せた。 「・・・はい」 遥か後方に小さく見えるモット伯の屋敷を眺めて、ルイズは呟くように 口を開いた。 「・・・ねえギアッチョ」 「ああ?」 「わたし、知らなかった」 ギアッチョは静かに隣に眼を向ける。少女は桃色の髪をなびくに任せて、 はにかんだ笑みを浮かべた。 「誰かを助けることって――こんなにも気持ちのいいことなんだって」 人はそれを、偽善であると言うかも知れない。しかし一体それが何だと いうのだろう。ギアッチョは、リゾット達は、そしてルイズ達も―― 彼らはいつだって、信じたことを貫き通しているだけなのだから。 「・・・」 ルイズに答えずに、ギアッチョは彼女の視線の向こうへと眼を移す。 彼方に薄く延びる山々の稜線から、朝を告げる光が射し込み始めた。 全てを赦す曙光を眺めて、眼鏡の奥の双眸を細める。 「――眩しいな」 そう言いながらも、ギアッチョは眼を逸らさずに呟いた。 「だが、ま・・・ 悪くねー気分だ」 程なくして一行は学院へと帰還した。シエスタをルイズ達に送らせて、 ギアッチョは一足早く部屋へと向かっている。彼女達の前で言いは しなかったが、ギアッチョの疲労はもはや限界に近かった。 極力疲弊を隠す足取りで女子寮を歩く。包帯を巻いた身体でガンを 飛ばしながら早朝の女子寮を闊歩する長身の男というのは傍から見れば かなり危ない絵面だが、彼は幸いにして誰の悲鳴も浴びることなく ルイズの部屋まで辿り着けた。倦怠感溢れる動きでドアを開き、 「あでっ!」 デルフリンガーを投げ捨てるように置く。 「・・・あー・・・」 半ばもつれるような足取りで中に入ると、そのまま数歩ふらふらと進む。 「流石に、つれぇ・・・な」 ギアッチョはそのまま、力無く前方に倒れ込んだ。 「あれ?」 遅れること数分、戻ってきたルイズは開きっ放しの扉に首を傾げた。 キュルケと別れて、扉を閉めながら声を掛ける。 「ちょっと、扉ぐらい閉めなさいよ・・・って」 ベッドに倒れ伏すギアッチョに、ルイズは僅か動きを止めた。 「ギ、ギアッチョ!?大丈夫!?」 「あーあー、静かにしてやんな」 駆け寄るルイズを、デルフが静止する。よく見れば別に死んでいる わけではなく、相変わらずの仏頂面で彼はかすかに寝息を立てていた。 「な、なんだ・・・ もう、心配して損したわ」 一つ溜息をつくと、「わたしも寝よう」と呟いてルイズはマントに手を 掛ける。するりと肩から落とした所で、ハッと顔を上げた。そっと 後ろを伺うと、ギアッチョが眼を覚ます様子はどうやらないようだった。 「・・・う~・・・」 ルイズは少し恨めしげにギアッチョを見たが、すぐに背を向けて そそくさと着替えを済ませた。 いざや就寝という段になって、 「・・・あ」 ギアッチョが寝ているのは自分のベッドだと、ルイズはようやく 気がついた。 「ど、どうしよう・・・」 ギアッチョを起こすわけにはいかないが、しかし自分も相当疲れている。 出来ればベッドで横になりたい所だが、ギアッチョの隣に潜り込むと いうのは、 ――・・・その ま、まだはやいっていうかなんていうか・・・ ルイズは真っ赤な顔で考える。 考える、考える、考える。 十分以上堂々巡りを繰り返して、ルイズの頭はそろそろ湯気が出そうに 茹り始めた。熱と眠気でよく分からなくなって来た意識の中で、ルイズは 自棄になって呟く。 「・・・ああ、もう・・・!」 言うが早いか、ギアッチョの隣にぼすんと飛び込んだ。 「わ、わたしのベッドだもん・・・!」 ぼそぼそと呟いて、枕に顔をうずめる。すぐに昼夜を徹した疲労が 襲い掛かり、ルイズはそのまま――まどろみの中に落ちていった。 夢と現の境で、ルイズは今日を思い返す。 …ああ。こんな気持ちになったのは初めてだ。 皆といる明日が――とても楽しみだなんて。 ==To Be Continued...
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未だに失神しているフーケを馬車の最後尾に乗せる。勿論彼女の杖はヘシ 折ってあった。彼女の足はギアッチョが未だに凍らせてあるが、そのくるぶし から下は見るも無残に砕けている。この有様では国中のスクウェアメイジが 集っても再生は不可能だろう。その惨状にルイズ達は少しフーケを哀れに 思ったが、彼女の所業を思い出してその感情を打ち消した。フーケは、今 キュルケが抱えているこの破壊の杖の使用法を知る為だけに自分達を おびき寄せ、そして使い方など知らないと解るや否や皆殺しにしようとした のである。おまけにその後も使用方法がわかるまでおびき出して皆殺しを 繰り返そうとしていたのだから、正に悪逆無道もここに極まれりといった ところだろう。その上、本来ならギアッチョは容赦なく彼女を全身凍結し あっさり粉砕していたはずだ。オールド・オスマンから生け捕りを指示されて いたからこそ、フーケは今生きていられるのである。両足の粉砕だけで 済んだのは、むしろ僥倖というべきであろう。――もっとも、どう考えても 彼女に死刑以外の判決が下されることはないだろうが。 そういえば、とタバサとキュルケに続いて馬車に乗り込んだルイズは 思った。先ほどギアッチョが珍しく驚いたような感情を露にして破壊の杖を 見ていた気がする。あの驚きようからすると、ひょっとして破壊の杖は 彼の世界の武器なのだろうか。そう思いながらまだ馬車の外にいる ギアッチョを見ると、彼はギーシュに声をかけているところだった。 「おい、ギーシュ」 後ろからギアッチョに呼ばれてギーシュは振り返った。 「なんだい・・・って 僕の名前・・・?」 感じた違和感の正体を口に出して、彼はギアッチョを見る。 「てめーもよォォ 助かったぜ ・・・そしてよくやった」 「・・・よくやった?僕が?」 面と向かって言われているにも関わらず、あのギアッチョが本当に自分に 言っているのか信じられずにギーシュはオウム返しに尋ねた。馬車の上で それを見ていたルイズ達は、思わず身を乗り出して話を聞いている。 「てめーのおかげでシルフィードに気付き・・・そしてあそこを突破できた」 ギアッチョはそう言ってギーシュを見据える。 「てめーの「覚悟」に敬意を表するぜ ギーシュ・ド・グラモン」 ギーシュはしばし呆然としたような表情でその言葉を噛み締めていたが、 やがてスッと姿勢を正すときびすを返して馬車に乗り込むギアッチョの 背中に向けて言葉を返した。 「ギアッチョ・・・君のおかげで僕は今ここにいる 君の全ての行動、 全ての言葉に僕は心から感謝を捧げよう!」 ギアッチョは何も答えなかったが、それでよかった。ギーシュは心の中で 彼にただ敬礼していた。 今度はちゃんと自分の横に座るギアッチョに気付いて、思わず顔が緩み かけたルイズは慌てて下を向いた。が、ルイズはそれと同時にしなければ ならないことも思い出していた。 ちらりと前に眼を遣る。ルイズの対面に座ったのはギーシュだった。 ルイズは口を開くが、言葉が出てこない。自分の為に命を賭けてくれた 彼らに謝らなければいけない、そして礼を言わなければならないのに。 自分のこんな性格を、彼らは理解しているだろう。だけどそれは逃避の 理由にはならないはずだ。拳を血が出そうなほど握り締めて、ルイズが 口を開こうと―― 「礼ならいらないよ」 その言葉に、ルイズは顔を上げてギーシュを見る。 「この世のあらゆる女性を守ることが僕の使命なのさ 僕はその使命を 果たしただけ 礼も謝罪もいらないのだよ」 その相変わらずキザったらしいセリフを受けて、デルフリンガーが言葉を 継いだ。 「俺もいらねーぜ そこの坊ちゃんじゃねーが俺も同じよ 誓いを果たした だけなのさ」 ギアッチョはギーシュとデルフリンガーを交互に見ると、やれやれと言った 顔で最後を締める。 「使い魔の仕事は主人の剣となり盾となることらしいからな・・・オレは 職務を忠実に遂行しただけってわけだ」 その言葉にギーシュがニヤッと笑い、喋る魔剣は陽気に笑った。ギアッチョは そのままルイズへ首を向けて言う。 「そういうわけだ・・・ おめーは黙ってその情けない顔を何とかしな」 そう言われて、ルイズは自分がまた泣き出しそうな顔をしていたことに気付き、 「・・・・・・うん・・・」 彼らへの無数の感謝を心に仕舞い、ルイズはまた顔を下げた。 キュルケはそんな彼らを少し羨ましげに見つめていたが、ふとあることに 思い当たって声を上げた。 「・・・そういえば、皆乗ってるけど誰が運転するのかしら?」 その声に皆が顔を見合わせる。一般的に、御者というのは平民の仕事である。 馬を駆ることはあっても、馬車の運転となればそれはまた違った技術が 必要になるのだった。馬に乗ったことすら数えるほどしかないギアッチョなどは 更に論外である。馬車を捨ててシルフィードに乗るしかないだろうか、と皆が 思案していた時、 「ならばその役目、僕が引き受けようじゃないか」 ギーシュが御者に名乗りを上げた。 「なぁに、こう見えても僕はグラモン家の男、馬車の御し方ぐらい多少の心得が あるのさ」 出来るんだろうなという皆の視線に余裕の表情で答えると、ギーシュは手綱を 握った。 そういうわけで今、一行を乗せた馬車は一路トリステイン魔法学院へと 向かっている。なるほど、ギーシュは確かに馬の御し方に「多少の」心得が あるようだった。あっちへふらふらこっちへふらふら、そのうち路傍の木に ぶつかるのではないかというぐらいテクニカルな運転をしてくれる。 一度などは横転しそうなほどに車体が傾き、「いい加減にしろマンモーニッ!」 とギアッチョに怒鳴られていた。呼び名が戻ってすこぶる落ち込んでいる 様子のギーシュに哀れむような視線を送ってから、キュルケは聞きたかった ことを尋ねることにした。 「・・・ねぇギアッチョ あなたって一体何者なの?」 「ああ?」 「あなたがただの平民じゃないなんてことは誰が見ても解るわ あなたの魔法は どう見ても私達のそれとは違うし・・・あなたはたまにまるで貴族なんてものが いない場所から来たかのような振る舞いをするもの 一体あなたは何者?そして 一体どこからやって来たの?」 キュルケはギアッチョを見つめる。ギーシュは聞き耳を立て、タバサも本を 閉じて彼を注視していた。 「生徒達の間で あなたがなんて呼ばれてるか知ってる?」 「・・・しらねーな」 ギアッチョの両目を覗き込んだまま、キュルケは続けた。 「『魔人』だそうよ」 「なるほどな」とギアッチョは薄く笑う。 「得体の知れない魔法を使う異端者は、貴族でも平民でもないってわけか」 ルイズは周りを見渡す。キュルケ達の眼は、依然一瞬たりとも外れること なくギアッチョに注がれていた。ルイズは最後に隣のギアッチョに顔を向け、 彼が深く黙考していることに気付いた。 ギーシュと決闘をした時、ギアッチョはキュルケに確かにこう言った。「オレが 何者なのか話してやってもいい」と。しかしそれはあくまでさっさと方法を 見つけてイタリアに帰るつもりだったからである。リゾットがどうなったか・・・ 恐らく既に決着がついている今、そしてギアッチョ自身の心が変化を始め、 彼とその周囲との関係が変わって来た今、簡単に自分の正体をバラしても いいものだろうか、と彼は考えている。ルイズは彼に、不穏分子は粛清される 可能性があると言った。キュルケ、タバサ、そしてギーシュ・・・ギアッチョは 彼らと幾度か行動を重ねて理解していた。こいつらはきっと、いつでもルイズの 味方になってくれるだろうと。しかし情報というものはどこから漏れるか解らない。 万一自分の身に何か起これば、自分に依存してしまっているルイズはきっと打ち のめされるだろう。そこまで考えて、ギアッチョは知らず知らずのうちにルイズの 心配をしていた自分に気付いた。バカかオレは、と彼は心中で毒づいたが―― 「・・・今度 話してやる」 結局どうしていいものか判断のつかないまま、彼は答えを先延ばしにした。 キュルケ達は、しかしそれでも満足していた。「今度」話してくれるというのだ。 「今度」、たった二文字の言葉だが・・・そこには様々な意味が込められて いる。今は話せないが、自分達はそれを話すに足る人物だと。いずれ話せる 時が来るまで待っていろと。彼女達は、それで満足だった。
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4話 朝食を終えたルイズは教室に入った。 ホワイトスネイクはそれに続く。 もちろん今朝のように首から下をぼかしているとルイズが怖がって怒るので、ちゃんと全身を発動させている。 イメージとしては高校や中学校のそれとは違い、むしろ大学の講義室に近いその教室には、 多くの生徒が既に着席し、各々の使い魔を侍らせている。 その種類は実に多種多様。 キュルケの連れているサラマンダーや窓の外から教室を覗いている蛇のように、 地球では考えられないようなサイズの生き物もいれば、 フクロウ、カラスなどの鳥や猫など、地球でも馴染みの深いものもいる。 そして地球には間違いなく存在しない、目玉だけの生き物やタコ人魚、六本脚のトカゲなどもいる。 まるで動物園だ。場所が場所ならただ並べとくだけでも金を取れるだろう、とホワイトスネイクは思った。 教室にいた生徒達はルイズが入ってきたのを見ると、一斉にそちらに振り向いた。 そして好奇の目で、その後ろにいるホワイトスネイクをじろじろ見る。 ホワイトスネイクを召喚したのが他の生徒だったならここまで注目されることも無かっただろう。 だが現実に召喚したのは、「ゼロ」と呼ばれるルイズである。 生徒達は、一体この亜人がどんな使い魔なのか、何ができるのか、としきりに考えていた。 服装が朝食のときから何故かボロボロだったことも、彼らの気を引いた。 そんな時、一人の生徒――名をペリッソンといったが――があることを思いついた。 分からないなら、それを知っている者に聞けばいいじゃないか、と。 幸いなことに部屋がルイズの部屋の隣にあるキュルケが、自分のすぐそばにいる。 キュルケは恐らく朝にあの亜人を連れたルイズに会っているだろうから、何か聞けるはずだ、と考えたのだ。 ……もっとも、キュルケが彼の位置に近いのは、キュルケの色香に、 彼がカタツムリに群がるマイマイカブリみたいに引き寄せられただけなのだが。 そして、キュルケに声をかける。 そのこと自体は地雷ではなかった。 だが、彼が何の気なしに言ったある単語が、掛け値ナシにドデカイ地雷だった。 「なあ、キュルケ。君は『ゼロ』の隣のへy……」 自分が「ゼロ」と呼ばれたことを聞き逃さなかったルイズは、その声の方をじろりと睨む。 だがそれよりもさらに速く――それにルイズの意思が介在していたわけではないが――ホワイトスネイクが動いた。 流れるような動作で二の腕から円盤状の物体――DISCを抜き取る。 それをペリッソンの額に目掛けッ、全力で、投擲したッ!! ドシュウゥッ! DISCは空気を切り裂いてペリッソンの額に突き刺さるッ! そしてッ! 「命令スル」 ドグシャァッ! 「頭ヲ机ニ叩キツケテ気絶シロ」 全てはホワイトスネイクの言葉、いや命令通りになった! ペリッソンは声をかけるためにキュルケの方に伸ばしていた体を止め、急に背筋をぴーんと伸ばすと、 机の端をガッチリ掴んで、頭を思いっきり机に叩きつけたのだッ! そして不幸な(自業自得でもあるが)彼は、その一撃であっけなく脳震盪を起こし、昏倒して動かなくなった。 突然の出来事に目をむく生徒達。 事件現場のすぐ近くにいたキュルケなどは、驚きの余り声も出せずにペリッソンとホワイトスネイクのほうを交互に見ている。 ルイズもまたホワイトスネイクの一瞬の早業に驚愕し、目を見開いてホワイトスネイクを見つめている だがそんな様子には目もくれないといった調子で、ホワイトスネイクが口を開いた。 「口ハ災イノ元。人ヲ怒ラセルヨウナ事ヲ口ニスルモンジャアナイナ」 無論たった今昏倒させたペリッソンにだけではなく、教室にいる全員への警告である。 既に一人ぶちのめしてしまったので警告になっていないのはご愛嬌。 そしてホワイトスネイクは、今度は自分を驚きの目で見ている主人――ルイズに向き直ると、 「コレガ私ノ能力ノ一ツ、『命令』ダ。 私ノ命令ハ脳ヘノ直接的ナ命令。 ドンナ命令デアロウト、私ノ命令ハ必ズ遂行サレル。……命令ヲ受ケタ者ニヨッテ」 ごく当たり前のように、ルイズにそう説明した。 普通ならこういう場合……怯え、こんな危険な使い魔、と危険視するだろう。 だがこの使い魔がぶちのめしたのは、ルイズを「ゼロ」と呼んだ者。 ルイズはこの行動に、危険さではなく、逆に「忠誠」を見出したッ! そしてこの使い魔のことを……召喚してから初めてこのホワイトスネイクのことを…… 「なんてステキな使い魔なの……」と思った。 ちなみに、何故この時ホワイトスネイクがルイズを「ゼロ」と呼ぶことがルイズへの侮辱であることを知っていたのか、 そこまでは全く頭が回らなかった。 色々とゴキゲンになりすぎて、そこまで考えてる余裕が無かったのだ。 さて、生徒が一人犠牲になり、ついでにルイズがゴキゲンになって席についたところで教師が入ってきた。 中年の、やさしそうな雰囲気を持った女性である。 その教師は教室を見回すと、目を細めて、 「皆さん、春の使い魔召還は大成功のようですね。 このシュヴルーズ、みなさんの使い魔を見るのを毎年、楽しみにしているのですよ」 昏倒したペリッソンは人形みたいに机の下に倒れているので、シュヴルーズはそれには気づかない。 加えてシュヴルーズ自身が少しばかり空気が読めない気質なので、 教室の生徒達がほんのちょっぴり青い顔をしてるのにも気づかなかった。 そして教師――シュヴルーズの目がある一点で止まる。 多くの生徒の中で唯一亜人を召喚したルイズと、その使い魔ホワイトスネイクのところで。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 少しばかりとぼけた台詞だったが、ここで笑う者は一人もいない。 むしろ下手な反応をすればペリッソンの二の舞になるんじゃないかとビクビクしていたので笑うどころではない。 「ええ、ミセス・シュヴルーズ。でも、それほど悪い使い魔ではありませんのよ?」 「そうですか。それは実に結構です」 余裕のある口ぶりで切り返すルイズ。 それにシュヴルーズも和やかに答える。 その余裕が他の生徒達には恐ろしく感じられた。 「他の皆さんも、静かにできていてとても立派ですわね。 授業を受ける態度とは、まったくこうあるべきものですわ」 先ほども言ったとおり、 シュヴルーズは少しばかり空気が読めないのだ。 「では、授業を始めますよ」 シュブルーズがこほん、と咳払いして杖を振るう。 すると机の上に石ころがいくつか転がった。 授業が始まる。 (中々分カリ易イ説明ヲスル教師ダ) 授業を聞きながら、ホワイトスネイクはそんな事を思った。 シュヴルーズの授業は以下の通りである。 魔法には火、風、水、土の4つの系統と、 今は失われた(使えるヤツがいないということだろうか? とホワイトスネイクは思った)虚無を合わせて、 全部で5つの系統があるということ。 そしてシュブルーズが言うには、土の系統は5つの系統の中で最も重要らしい。 その理由として、土の属性が重要な金属を作り出し、加工することが出来ることとか、 大きな石を切り出して建物を建てることが出来るということ、 それに土の系統が農作物の収穫にも関わっているということを挙げた ホワイトスネイクにとってはどれもこれも初めて聞くことばかりなので、熱心にシュブルーズの説明に耳を傾けていた。 スタンドのデザインに耳は無いけど。 でも説明が丁寧な分、他の事を考える余裕も出てくる。 (ダガ手間ヲ考エナイナラ貴金属ヲ手ニ入レルコトモ、加工スルコトモ可能ダ。 建物ヲ建テルコトモ、農作物ノ収穫率ノ向上モ同様ニ。 『暮らしを楽にする』トイウ観点デハ、火ヲ楽ニ起コセルデアロウ火ノ系統ノヨウニ、他ノ系統モ重要ダロウ。 スタンドト同様、各系統ニ優劣ノ関係ハ無イト考エルベキダロウナ) そうこうしているうちに、シュヴルーズが机の上の石ころに向かって、 小ぶりな杖を振り上げた。 そして短く何かを呟くと、石ころが輝き始める。 数秒後、光が収まると、ただの石ころは光を反射してキラキラ輝く金属に変わっていた。 「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが身を乗り出して言う。 シュヴルーズはやさしく微笑んで、 「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。 私はただの……」 と、ここでもったいぶった咳払いをして、 「トライアングルですから……」 と言った。 (『トライアングル』? ソレニサッキハ『スクウェアクラス』トカ言ッテタナ。 メイジトシテノレベルヲ表スモノナノカ?) 初めて聞く二つの単語にホワイトスネイクは頭を捻る。 (『トライアングル』……地球デハ『三角形』ノ意味。ソシテ『スクウェア』ハ『四角形』ノ意味。 『3』ト『4』……カ。一体ドレクライ違ウンダ? アノ教師ハ『スクウェアならゴールドを錬金出来る』トカ言ッテイタガ……ヨク分カランナ) 「ねえ」 そんな事を考えていると、ルイズから声がかかった。 「ドウシタ、マスター? 授業中ハ授業ニ集中シタ方ガ良クナイカ?」 ルイズにだけ聞き取れる程度の声でホワイトスネイクが答える。 「授業、そんなに面白いの?」 「私ニトッテハ真新シイ事バカリダカラナ」 「ふーん……」 「マスターニハ退屈ナ授業ナノカ?」 「そうよ。知ってることばかりだもの」 「予習シタノカ?」 「自分で調べたのよ。魔法が……いや、なんでもないわ。 とにかく知識だけはたくさんあった方がいいと思ったの」 ルイズの意外な一面に感心するホワイトスネイク。 そこで、 「マスターニ後デ聞キタイコトガアル」 「何よ? 今でいいわよ」 「授業ハ『素振リ』ダケデモイイカラ真面目ニ聞クベキダ」 神学校時代のプッチ神父の学友の言である。 もっともプッチ神父は、その学友とはウェザーの記憶を奪った日以来会うことは無かったが。 はたして、その学友の言は正しかった。 「ミス・ヴァリエール!」 「は、はい!」 「今は授業中ですよ。 使い魔とお喋りするのは後になさい」 「すいません……」 「お喋りするヒマがあるなら、あなたにやってもらいましょう」 「へ? な、何をですか?」 このルイズ、授業を全く聞いていなかったようだ。 「ここにある石ころを、あなたの望む金属に変えるのです。 さあ、やってごらんなさい」 そう言われたものの、ルイズは行こうとしない。 何やら困っているような、戸惑っているような、そんな様子だ。 そして、周囲の生徒達もざわつき始める。 ホワイトスネイクはその理由が大方分かっていたが、あえてこの場でルイズにそれを言うことは無かった。 逆に、何故ルイズがそんなに戸惑うのか分からない、と言ったような態度を取っている。 彼なりの気遣いである。 少しした後、ルイズは意を決したように立ち上がり、 「やります」 とだけ言った。 それを聞いた教室の生徒全員が、一斉にさっと青ざめる。 だがさっきホワイトスネイクがやらかした時よりも度合いが激しい。 しかし……声を上げる気にはならない。 下手なことを言えばルイズの亜人――ホワイトスネイクが襲い掛かってくる恐れがある。 しかし……そのうちの一人であったキュルケが、ある種の勇気を持って声を上げた。 「ミセス・シュヴルーズ! ルイズに魔法を使わせるのは……その……危険、です」 じろり、とホワイトスネイクがキュルケのほうを見る。 まるでカエルを睨む蛇のように。 だが攻撃はしてこない。 まだラインインのようだ、とキュルケは胸をなでおろした。 いや、ひょっとしたらラインオンかもしれない。 そして内心に、何が「大したことは出来ない」だ。 十分に恐ろしいじゃないの、と毒づいた。 だがキュルケの決死の抗議は―― 「あら、どうしてですか? ミス・ツェルプストー」 シュヴルーズには理解されなかった。 キュルケはこの勘の鈍い教師に腹を立てると同時に、 これ以上のことを自分が言わなければならない事を嘆いた。 そして当たり障りの無い言葉を必死で探して、 「ミセス・シュヴルーズはルイズを教えるのは初めてですよね?」 と聞いた。 我ながら上手く言ったものだ、とキュルケは胸をなでおろしたが―― 「ええ、でもミス・ヴァリエールが努力家ということは聞いています。 さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。 失敗を恐れていては何も出来ませんよ?」 ダメだ。 「ルイズが失敗する」ことまでは察してくれたようだが、 ルイズが魔法を使うことの危険性はさらにその先にある。 それがこの教師には分かっていない。 「ルイズ、やめて」 キュルケが顔を青くして懇願する。 しかし教壇の方へ向かうルイズが振り向くことは無かった。 「あら、使い魔さんはついてこなくてもいいのですよ?」 ルイズの後ろに空中を滑るように移動しながら着いていくホワイトスネイクにシュヴルーズが声をかける。 ルイズも足を止めて振り向く。 「ソウカ」 ホワイトスネイクはその指摘に短く答えると、フッと姿を消した。 今朝やったのと同じ「解除」である。 ルイズは朝に一度見ているからそうでもなかったが、 目の前でそれをはじめて見たシュヴルーズは勿論、教室中の生徒が驚いた。 「あ、あの……ミス・ヴァリエール? あなたの使い魔さんは……」 「大丈夫です。わたしもちょっとびっくりするけど……呼べば出てくると思います」 ホントかよ、と教室中の生徒全員が思った。 そして、いっそもう二度と出てこないでくれ、とまた全員が全員、同じように思った。 「そ、そうですか……。ではミス・ヴァリエール、やってごらんなさい。 錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと頷いて杖を振り上げる。 そして呪文を唱えて、杖を振り下ろすと―― ドッグオォォォン! 爆発したッ! 爆風をモロに受けたシュヴルーズは吹っ飛ばされて黒板に叩きつけられる。 そして教室にいた生徒達も、やはり同様に被害を受けた。 悲鳴が教室中に巻き起こる。 生徒達の使い魔は爆発に驚いて暴れ始め、そのうち共食い(厳密には共食いではないが)が始まりかけた。 そして爆発を起こした張本人であるルイズはというと…… 「……大丈夫カ? マスター」 いつの間にかルイズの目の前に現れたホワイトスネイクによって爆風から庇われたので無傷だった。 「あ、えと、その……ありがと、ホワイトスネイク」 自分を守ってくれた使い魔の背中に礼を言うルイズ。 「気ニスル事ハナイ」 そういって振り向いたホワイトスネイクのコスチュームは、やはりボロボロになっていた。 いや、朝に一度爆発を食らったので、さらに1段階酷くなってはいるが。 そしてその姿を見て、ルイズはとても情けない気分になった。 使い魔の前で失敗した挙句に庇われたのだ。 その事実が、ルイズの高いプライドを傷つけないはずは無かった。 結局、ルイズは爆発を聞きつけてやってきた教師に、罰として教室の掃除を命じられた。 その際に魔法をつかってはいけない、とも言われたが、魔法を使えないルイズには関係ないことである。 ルイズは床に散らばったり、机や椅子にめり込んだりしている破片を集め、 ホワイトスネイクは壊れた窓ガラスや机をせっせと運び出している。 ルイズが片づけに参加するのは、傷ついたプライドがこれ以上傷つくのがイヤだったからだ。 失敗して教室をメチャメチャにしたのは自分。 爆風を食らわなかったのは使い魔のおかげ。 なのに、片付けは使い魔任せ……では、ルイズのプライドがこれ以上に無く傷つく。 別に片付けの光景を誰かが見ているわけではない。 ルイズが自分で、自分がそうすることが許せなかっただけである。 そのときだ。 「マスター」 ホワイトスネイクから声がかかった。 思わずルイズはビクッと体を震わせる。 自分が失敗したことを咎めるのだろうか、と思ったからだ。 ルイズは来るべきホワイトスネイクの言葉に身構えるが…… 「教壇ノ前マデ来テクレルトアリガタイ」 来たのは、よく分からない注文だった。 「な……何でよ?」 聞き返すルイズ。 「私ハマスターカラ20メートル以上離レルコトガ出来ナイ」 ますますよく分からない返事である。 「へ? ど、どういうこと? それに『メートル』って何よ?」 「長サノ単位ダ。長サハ……1メートルガ大体コノグライダ」 ホワイトスネイクはそういって作業を中断し、手で大体の1メートルを作る。 だが、 「それ、1メイルよ?」 「メイル?」 「ええ。1メイルが今あんたが示したぐらいの大きさ。 ついでに言うと、それの100分の1が1サント、それの400倍が1リーグ」 「覚エテオク」 「あんたって、相当辺鄙な場所から来たのね」 「国ガ変ワレバ法モ変ワル、トイウヤツダ。 別ニド田舎暮ラシダッタワケジャアナイ」 「ふーん、まあいいわ。そういうことにしといてあげる。ってそうじゃないわ! 何であんた、わたしから20メイルより遠くに行けないのよ!?」 「ソレガ私ノ性質ダカラダ。 物体ヲ通リ抜ケルノモ、先程言ッタ3ツノ能力モ、ソレガ私ノ性質ダカラ可能ナノダ」 「……要するに、よく分かんないけど使える特技、ってこと?」 「ソンナモノダ。分カッタラ早クコチラヘ」 ルイズは納得がいかない様子だったが、ひとまず言われたとおりに教壇のほうへ向かった。 そして、ルイズはまた気が重くなった。 そんなことよりも、ルイズにはもっと言ってほしいことがあるのだ。 正確には、言ってもらわなければならないことが。 気遣って言わないようにしてくれているのならそれはそれで嬉しいけれど、 そんなのでは、使い魔の主人としてあまりにも情けなさ過ぎる。 ルイズは少し間をおいた後、そのことを言おうとするが―― 「マスターガ何ラカノ要因デ魔法ヲ使エナイコトハ、昨日ノ夜ノ段階デアル程度予想デキテイタ」 意外な言葉が来た。 「え………?」 「ソウ思ッタ理由ハ二つ。 一ツハマスターガ私ヲ昨日召喚シタ時、他ノ生徒ガ魔法デ浮カンデイルノニ対シテマスターダケガ自分ノ足デ歩イテイタ事。 他ノ生徒ガ当タリ前ノヨウニシテイルコトヲシナカッタ事デ、私ハソノ事ニ多少ノ疑イヲ持ッタ。 ソシテモウ一ツハ、マスターガ私ニ洗濯ヲ頼ンダコトダ。 コノ建物ニ貴族全員分の洗濯物を処理デキルダケノ使用人ガイルヨウニハ思エナカッタシ、 ソウデナイニシテモ、貴族ガ自分デ道具ヲ使ッテ洗濯スルコトガ考エヅライコトハ、マスターノ態度カラ予想デキタ」 「じ、じゃあ……昨日からずっと、わたしが魔法を使えないって知ってたのに……」 ルイズの顔がカァっと赤くなる。 それじゃあまるで自分が道化みたいじゃない。 魔法が使えないのに、さも貴族らしく高慢に振舞って。 それを……ホワイトスネイクは文句一つ言わずに見ていたというの? そんなのって……。 「マスター」 だが、そこでホワイトスネイクがルイズの思考を遮る。 「私ガ以前イタ場所ニハ魔法ヲ使エル者ナド一人モイナカッタ。 ダカラマスターニ出来ルノガ爆発ガ起コス事ダケデモ、私ニトッテハ十分過ギル程……」 「うるさいわね! あんたに何が分かるのよ! 魔法が使えないって事が、 わたしにとってどれだけの苦痛だったのか、あんたに分かるの? いいえ、絶対に分からないわ! そうやって分かったような顔をして、わたしに安っぽい同情をかけないで!」 ホワイトスネイクの慰めもむなしく、ルイズは癇癪を起こした。 しかしルイズにとっては仕方のないことだった。 幼い頃から魔法が使えず、二人の優秀な姉と比較され続け、 魔法学校に入ってからはいつもいつもバカにされつづけた。 そんなこれまでの過去があったからこそ、簡単に受け入れられてしまったことが逆に悔しかったのだ。 おまえが口で簡単に言えるほどのものじゃないんだ、と。 そうルイズはいいたかったのだ。 でも、言えなかった。 あまりにも自分が情けなくて、その情けなささえも受け入れられてしまうことが悔しくて、言えなかった。 そんなルイズに対し、しばらく黙っていたホワイトスネイクは―― 「フム……ソウダナ。少シ失礼」 そう言って掃除の作業を中断すると、突然氷の上を滑るように飛行してルイズの前まで来る。 「ひゃっ! な、何よ!」 「コノ世界ニ魔法ガアルト知ッタ時カラ、確カメタカッタ事ガアル」 そう言うと、 ドシュッ! ホワイトスネイクはルイズの額を両断するかのような勢いで、手刀を振るった。 「ひゃあっ!」 突然の暴挙にルイズは思わず目をつむって叫ぶ。 …しかし、 「…あ、あれ? なんとも…ない?」 痛みらしい痛みが何も無いことに気づくと、ルイズは恐る恐る目をあける。 すると―― 「な、ななななな何これ! わたしの頭から何が出てきてるの?」 ルイズの額から、一枚のDISCが飛び出ていた。 ルイズが色々と喚いているが、ホワイトスネイクはガン無視する。 そしてルイズの額から出てきたDISCを抜き取り、その表面に目を通す。 そこに現れていた文字は、「ゼロ・オブ・ドットスペル」。 早い話、「ゼロのドットスペル」ということだ。 今ホワイトスネイクが抜き出したのはルイズ自身の魔法の才能。 正確にはホワイトスネイク自身、スタンドや感覚と同様に抜き出せる自身が無かったので、こうしてルイズで試したのだ。 試したのだが…… (DISCニマデ『ゼロ』ト書カレテイルノデハ救イガ無サスギルナ。ドウシタモノカ……) そして考えた結果、 「マスター、『ドット』トハ何ダ? 授業デ言ッテイタ『トライアングル』トカ『スクウェア』ニ関係アルノカ?」 あえてDISCに「ゼロ」と表記されていたことには触れないことにした。 もちろん、ルイズからはその表記が見えないようにする。 「ドットっていうのは、魔法を一種類しか使えないメイジのこと。 ドットの上がライン。ラインは系統を一個足せるの。 系統を足せば足すほど、魔法は強力になるわ」 「ナルホド。デハ『トライアングル』は2ツ、『スクウェア』ハ3ツ足シテイル分、ヨリ強力ナ魔法ヲ扱エルノカ」 「そういうことよ。……って話をそらさないでよ! あんた今、あたしに何をしたの!?」 「君ノ『魔法の才能』ヲ抜キ出シタ。 魔法ガ果タシテ他ノ感覚ナドト『才能』トシテ抜キ出セルモノナノカ、確証ガ無カッタノデナ」 「才能を抜き出す? あんた、何言ってるの?」 「分カラナケレバ…ソウダナ。モウ一度、サッキノ錬金ヲヤッテミルトイイ」 「…さっきと何も変わらないと思うけど」 そう言いながらルイズは杖を抜き、ルーンを唱え始める。 そして手ごろな場所にあった木の破片目掛け、杖を振り下ろす。 だが―― 「…あれ? 爆発……しないの?」 さっきとは違い、何も起きなかった。 「当然ダ。今ノマスターハ魔法ノ才能ヲ失ッテイルノダカラナ」 「魔法の才能って…もしかしてさっきの!」 「ソウダ。先ホドマスターカラ抜キ取ッタDISCガ、マスターノ魔法ノ才能ダ」 「ちょっとあんた、何してんのよ! これじゃただの平民と同じじゃない! 返して!」 「返シタトコロデ、使エルノハ爆発ダケダゾ?」 「……っ!」 図星であった。 ホワイトスネイクが手にする才能が自分に戻ってきたところで、 結局できるのは失敗魔法の爆発だけ。 自分が「ゼロ」であることに何も変わりは無い。 「…そ、それでもよ! それでも、それさえなかったら、本当に何も無くなっちゃうじゃない!」 そんなルイズの苦渋に満ちた訴えに対し、 「……マスターハ存外ニ察シガ悪イナ」 ホワイトスネイクはあくまで冷淡に、さらに別のベクトルの意味を加えて答えた。 「マスターカラ今ノヨウニ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ハ…他ノ者カラモ魔法ノ才能ヲ抜キ取レルトイウ事ダ」 「……あんた、まさか!」 「ヨウヤク理解シタナ」 ホワイトスネイクは口の端に笑みを浮かべると、話を一気に結論に持っていく。 「ツマリ君ハ他ノ誰カカラ魔法ノ才能ヲ奪イ取ル事ガデキルノダ」 「…ち、ちょっとあんた、自分が何言ってるか分かってるの!?」 「当然だ」 「じゃあ何でそんな事!」 「私カラスレバ、何故マスターガソレヲ拒ムノカガ理解デキナイナ。 私ガ言ッテイルノハ、魔法ヲ使エナイマスターヲ救済スルタメノ方策ダゾ?」 「そんなやり方で魔法なんか使えるようになりたくないわ! 私だって分かるわよ。魔法の才能をあんたに取られたら、その人はもう魔法を使えなくなるって事ぐらい!」 「ダガ魔法ヲ使エナクナルノハ君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ侮辱スル者ダ」 「それは! そう、だけど……」 「昨日ノ広場…今朝会ッタ赤毛ノ女…朝食ノ席…ソシテ授業前ノ教室…。 私ガ見テキタ限リデハ、ソレラノ場所デマスターヲ見下サナイ者ハ一人モイナカッタ。 君ヲ『ゼロ』ト呼ンデ蔑ム事ヲ当タリ前ニシテイル奴等バカリダッタ。 ナノニ、ドウシテ拒ム理由ガアル? 何故躊躇ウ?」 ルイズはホワイトスネイクの言葉を唇を噛み締めて聞いていた。 ホワイトスネイクの言っていることに間違いはなかった。 昨日今日召喚されたばかりの使い魔でも、自分が周囲にどう思われているのかは分かっていたのだ。 そしてその上で、自分が「ゼロ」の汚名から抜け出す道を作った。 でも…そうだとしても…… 「わたしは…やらないわ」 ルイズには、その道を選ぶことはできなかった。 ホワイトスネイクは、すぐさま問いを投げかけるような事はしなかった。 ルイズが言葉を続けるのを待っていたのだ。 「わたしね…姉が二人いるの。 ふたりともすごく立派なメイジで、皆から才能を認められてたわ。 それで、わたしは二番目の姉さまの、カトレア姉さまが…ちい姉さまが大好きだったの。 一番上のエレオノール姉さまは、厳しくって怖いから嫌いだったけど」 「それでね…ちい姉さまは体が弱いの。 だから、いつもお部屋の中にいたわ。 だけどね、ちい姉さまはいつも私を励まして、応援しててくれたの。 いつもいつも失敗ばっかりで、使用人からもダメな子だって思われてるようなわたしを、 ちい姉さまはいつも励ましてくれたのよ。 だからね……わたし、魔法が使えるようになったら一番にちい姉さまに見せてあげたいの」 「……あんたが言うやり方なら、わたしはすぐに魔法を使えるようになる。 でも…でもね。それは他の人の魔法で、わたしの魔法じゃない。 ちい姉さまが見守っててくれた、いつも泣いてたわたしの魔法じゃないの。 だから、そんなやり方で魔法を使えるようになっても、ちい姉さまは喜んでくれないわ。 それどころか、悲しい顔をするかもしれない。 だから…だから、『それ』はやらないわ」 ルイズの長い独白を聞き終えたホワイトスネイクは、静かに口を開いた。 「例エ魔法ガ使エナクトモ、例エ『ゼロ』ト蔑マレヨウトモ…ソレデ構ワナイノダナ?」 ルイズは、ホワイトスネイクの言葉に、黙って頷く。 「ソウカ。ダガ…モウ一ツ、理由ガアルンジャアナイノカ?」 「え?」 「マスターガ私ノ提案ヲ退ケタ理由…マスターガ先程言ッタモノトハ別ニモウ一ツ、アルヨウニ思エルノダ」 ルイズは、ホワイトスネイクの洞察力に背筋が冷える思いがした。 確かにその通りだった。 優しかった姉の思いを裏切りたくない。 それは確かに、ルイズの中で大きな理由の一つであった。 だがもう一つ……確かにもう一つ、理由はあった。 「貴族らしくない…と、思うの」 「貴族はね、背を向けないものなのよ。逃げちゃいけないものなの。 貴族には領地があって、領民があって、皆を支えてるものなの。 だから逃げちゃいけない。どんなことに対しても、自分の才能に対してでも、絶対に」 ホワイトスネイクは黙って聞いていた。 そして、 「理解シタ」 そう一言呟くと、手に持っていたルイズの魔法の才能――『ゼロ』のDISCを、ルイズの額に差した。 DISCは静かな音を立てて、ルイズの中に戻っていった。 「人間ハ…時ニ『納得』ヲ必要トスルモノダ。 『納得』ノ無イ道ニ対シテハ、ソコカラ一歩モ先ヘ進メナイ。 ソレハ人間ガ自分ノ精神ニ強イ芯ヲ必要トスルカラダ」 「マスターガ先ヘ進ムノニ対シテ…私ノ提案ガ妨ゲニナルトイウナラ、ソレハ無イ方ガヨイニ違イナイカラナ」 ホワイトスネイクはそう締めくくると、音もなく姿を消した。 それを見て、ルイズはさっきの自分の決心を自問し始めた。 自分は本当に心からそう思っているのか? 本当に、あの「魔法の才能を奪う力」に未練は無いのか? いや……きっと、ある。 それどころか、喉から手が出そうなくらいに、魔法の才能を欲しがってる。 あんな奴らが、自分をいつもゼロ、ゼロと呼んでバカにする奴らが魔法を使えて、何で自分が使えないのか。 勉強なら誰よりもした。 魔法が使えるようになるためにどんな努力だってした。 なのに…なのに、自分は魔法を使えない。 こんなの、あんまりだ。 ろくすっぽ努力もしない貴族のボンボンに魔法が使えて、自分にはできないなんて……。 でも、とルイズの中で何かが囁く。 さっき自分がホワイトスネイクに言ったとおり、そんなやり方、ちい姉さまは絶対に喜んでくれない。 ホワイトスネイクの提案は、今までの自分の努力を全部フイにしてしまうものだからだ。 ちい姉さまが応援してくれたのは、そんな提案を呑む自分じゃないはずだ。 それに自分の根っこの方でも、ホワイトスネイクの提案を拒んでる。 でも魔法は使えるようになりたい。 でも、ホワイトスネイクの提案を受け入れたくは無い。 でも。 でも。 でも。 でも…………。 「ルイズ」 「ひゃあっ!! な、何よ!」 「考エ事カ?」 「何でもないわよ! っていうかあんた、さっき消えたんじゃないの!?」 突然現れて自分を驚かせたホワイトスネイクに抗議するルイズ。 「言イ忘レテイタコトガアッタノデ出テキタノダ」 「何よ?」 「昨日ノ洗濯ダガナ……イヤ、ヤッパリヨソウ。詮無キ事ダシナ」 「洗濯? ……ちょっと待ちなさいホワイトスネイク」 何か言いかけて消えようとしたホワイトスネイクをルイズが引き止める。 「あんた、わたしから20メイルしか離れられないんでしょ? わたしの部屋から井戸までは軽く20メイル以上あるのに…一体、どうやったの?」 「洗濯ガデキル者ニヤッテモラッタダケダ」 「誰よ?」 「マスターノ部屋ノ向カイ側ニ寝泊リシテルダロウ」 「わたしの部屋の向かい側……って、それってキュルケじゃない!」 ルイズはホワイトスネイクの大胆さに呆れた。 よりによってキュルケに自分の服を洗濯させていたとは……呆れて物も言えなかった。 でも、少し気分が晴れたような、そんな気持ちにはなれた。 キュルケが自分の下着を洗濯するという、シュールすぎる光景が、 さっきまでの悩みをどこかに吹っ飛ばしてしまったみたいだ。 「まったく、あんたったら……次はダメよ。 今度からメイドに頼むから、いいわね?」 「了解シタ」 それだけ言って、ホワイトスネイクはまた消えた。 それを見届けて、ルイズは一人、教室から出る。 その足取りからは、重さは感じられなかった。 人は「恥」のために死ぬ。 「あの時ああすればよかった」とか、そう思うたびに人は弱っていき、やがて死んでいく……。 フー・ファイターズに出し抜かれたプッチ神父が、自分に言い聞かせた言葉。 スタンドとしてルイズの中に戻ったホワイトスネイクは、それを思い出していた。 ホワイトスネイクには、人間の「恥」という感情が理解できない。 それは、目的の達成のためにはあらゆる手段を講じてしかるべき、という思考がホワイトスネイクにはあるからだ。 目的のためには手段を選ばず。 ある意味動物的とも言える思考であるが故に人間はそれを拒みがちだが、 人間ですらないホワイトスネイクには、それを躊躇する理由などどこにも無い。 そして、恐らくルイズは「恥」のために――人間の言うところの「誇り」のために死ぬだろう。 ルイズは自分が貴族たるために、ホワイトスネイクの提案を呑む事はできない、と言った。 つまり「誇り」のために目的へと至る道――魔法が使えるようになることを拒んだのだ。 それは、ホワイトスネイクからすれば、全く馬鹿馬鹿しいことだった。 そして理解しがたいことでもあった。 何故人間は「恥」を恐れるのか? 何故人間は「誇り」を尊ぶのか? かつての思想家はこれを説明するために「性善説」だの「良心の呼び声」の存在だのを主張したが、 いずれもホワイトスネイクにとっての答えとはなりえなかった。 だが、いずれ答えは出るだろう。 「誇り」と共に歩もうとするルイズのスタンドとして自分がある限りは、いずれ。 To Be Continued...
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翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
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翌日の天気は快晴だった。明けきったばかりの文字通り雲一つ無い蒼穹から、 暖かな陽光が降り注いでいる。絶好の探検日和、と言えるかもしれない。 まだ授業も始まらない早朝、ギーシュは自室で向こう数日分の大荷物をパンパンに 詰めた鞄を手に唸っていた。 「ぬぬっ・・・どうにも重い・・・今までレビテーションに頼りすぎてたな」 手に持った瞬間から苦しげな顔を見せながら、それでも魔法を使わないことには 無論訳があった。今回の小旅行――と言ってしまってもいいだろう――の目的は、 まず第一に探検であるわけで・・・つまりは人跡未踏の森林や遺跡の奥深くに まで足を踏み入れる可能性がある。となれば、そこを根城にしているであろう オーク鬼やゴブリンといった好戦的な化物に襲われることも覚悟しなければ ならない。よって、ここは出来る限り無駄な魔法の行使は控えるべきである ――ということがその理由であった。 両手で鞄を吊り上げて、ギーシュはよたよたと正門へ向かう。寮を出た所で、 「ギーシュ!」 待っていたようにそこに立つモンモランシーと出会った。 「モンモランシー!どうしたんだね、今朝はやけに早いじゃないか」 「ま、まあね・・・」 問い掛けるギーシュに、モンモランシーは何故か眼を逸らしながら答える。 「・・・ねえ、明日は虚無の曜日でしょ」 「確かそうだね それがどうしたんだい?」 「・・・・・・こ、香水の材料が切れたのよ それで、明日城下に買い物に――」 「おっと、すまない僕のモンモランシー そろそろ待ち合わせの時間だ」 「え?」 「ちょっと数日ほど旅行に行ってくるよ 君と会えないことを思うと胸が 張り裂けそうだが、どうか泣かないでおくれモンモランシー きっとこれは 始祖の与え賜うた試練なのさ」 「な、ちょっと・・・」 「名残惜しいがしばしのお別れだ 僕の無事を祈っていておくれ それではね」 「待っ――・・・!」 相変わらず人の話も聞かず、ギーシュは薔薇をかざしながらそれだけ言うと 荷物を抱き上げてそそくさと走り去ってしまった。一人この場に残されて、 モンモランシーは豊かな金糸を震わせながら呟いた。 「何よ、バカにして・・・!」 大荷物の人間を6人も乗せては、いかに風竜と言えど長時間の飛行は出来ない。 ましてシルフィードはまだ幼生である。必然、近場から順々に潰して行くことに なった。 一行が最初に向かったのは、打ち捨てられた寺院だった。もはや村であったこと すら判らない程に荒廃した廃墟にあって尚形を失わないそれも、しかしかつての 荘厳さはとうに消え失せ、今はただ物悲しい静寂だけが満ちている。 永久に続くかとすら思われたそのしじまを、突如響いた爆裂音が消し去った。 ルイズの爆破に、この村を廃墟に変えた魔物――オーク鬼の群れが寺院の中から 眼を血走らせて飛び出した。 「んだァ?豚の化物かありゃあ」 長らく手入れされず伸び放題に成長した大木の枝に悠然と腰掛けて、ギアッチョは 興味深そうに眼下を眺める。その横で、化物が怖いかはたまた落下が怖いのか、 シエスタがひしと幹に抱きつきながら応じた。 「オ、オーク鬼です 獰猛で人間の子供を好んで食べる・・・私達の天敵みたいな 存在ですね」 プリニウスやプランシーがこの場面に遭遇すればさぞかし眼を輝かせることだろう。 巨大な棍棒を手にし、申し訳程度に毛皮を纏い二本足で立つニメイルを越す豚の 魔物。妖異と非現実の極致。彼らで無くとも、ギアッチョの世界の人間ならば 誰もが眼を釘付けにされるであろう光景だ。 最初に出て来た数匹が、ギョロギョロと辺りを見回す。十数メイルの正面に一人の 人間を確認するや否や、 「ぶぎィいいぃいいィィイいいぃィッ!!」 耳障りな鳴き声を上げて突進した。その背後を、次から次へと現れる仲間達が 土煙を舞い上げながら追い駆ける。だが彼らのターゲットであるところの少女は、 逃げも隠れもせずにただ一人その場に棒立ちしていた。 そう、ルイズは囮であった。寺院の中に恐らく十数匹単位で潜んでいるであろう オーク鬼達をギリギリまで引きつけて、両脇の茂みに隠れるキュルケ達が 一網打尽にする。それが彼女達の作戦であった――のだが。 「ワ、ワルキューレ!突撃だ!!」 実物の食人鬼に恐怖したか、ギーシュがはやった。先頭のオーク鬼目掛けて 七体のワルキューレが一気に攻撃を仕掛ける。七本の長槍がオーク鬼の腹を 突き刺したが、厚い脂肪に阻まれて致命傷には至らなかった。 「ぴぎぃいぃぃいいッ!!」 「あっ!?」 狂乱したオーク鬼が棍棒を滅茶苦茶に振り回し、七体の騎士はあっと言う間に 粉砕されてしまった。そのまま槍を拾いワルキューレが出てきた方向へ突進 しようとするオーク鬼を、空を切って飛来した炎が焼き尽くす。一瞬遅れて 出現した氷の矢が、崩れ落ちた魔物の背後に控える数匹の身体を貫いた。 「・・・で?どーするのよ」 茂みから姿を現して、キュルケが投げやりな口調で言う。先の攻撃に警戒を 強めたオーク鬼達は、再び寺院の中へと隠れてしまっていた。 「と、突撃あるのみだよ!」 「バカ、メイジだけで敵陣のど真ん中に突っ込めばどうなるか解るでしょ!」 「うっ・・・」 本来護衛とするべきワルキューレを使い果たしてしまったギーシュは、ルイズの 指弾に反論出来ずに呻いた。 「寺院ごと燃やすわけにはいかないし・・・このまま篭られちゃあ打つ手が 無いわよ」 小さく溜息をついて、キュルケが意見を求めるようにタバサを見た瞬間、 「・・・来る」 いつもの無表情にほんの僅か警戒を滲ませて、青髪の少女は静かに杖を構えた。 その刹那――鋭い破砕音を上げて、寺院の三方に設えられた窓が同時に破られた。 「なッ!?」 扉を含む四箇所から、潜んでいたオーク鬼達が一斉に外へ飛び出す。集まっていた ルイズ達を、先程の七倍はいようかという魔物の群れが見る間に包囲して しまった。 「し、しまった・・・!」 「・・・形勢逆転」 「飛ぶわよッ!!」 一瞬の機転で、キュルケはルイズを抱き寄せて叫ぶ。同時に唱えたフライで、 必殺の間合いに入る寸前に彼女達は間一髪上空へ脱出した。 そのまま十数メイルの距離を開けて着地するルイズ達目掛けて、オーク鬼の 群れが猛然と走り出す。 「ルイズ、足止めをお願い」 タバサは顔をオーク鬼の集団に向けたままそれだけ言うと、間髪入れずに詠唱を 開始した。 「分かったわ」 自分を信用し切ったその行動に、ルイズは逡巡無く答える。小さな杖を突き 出して、次々と爆発を放った。 「ぶぎぃいいッ!!」 眼前で前触れ無く起こる爆発に、オーク鬼の足が鈍る。致命傷を与える程の 威力は無いが、足止めには十二分に効果を発揮した。 最短のコモン・マジックで、壁を作るようにルイズは休むことなく弾幕を張る。 クラスメイト達心無い者が見ればそれは失笑を誘うような光景だろう。しかし、 ――・・・それが何だって言うのよ 今のルイズに恥ずかしさや後ろめたさは微塵も無かった。たとえ失敗であろうと、 自分の魔法が仲間の役に立っているのだ。化物の大群を前にしても、その事実 だけでルイズの心には無限に勇気が湧いて来る。 やがて、ルイズの横で二つの魔法が完成する。オーク鬼の群れ目掛けて、 タバサのウィンディ・アイシクルが空を裂く音と共に驟雨の如く降り注いだ。 無数の氷柱に貫かれ、数匹のオーク鬼は声も上げずに絶命する。怯んだ魔物達に 畳み掛けるように炎の渦が押し寄せ、更に数匹を焼き払った。 「あっ・・・お三方とも凄いです」 老木の枝からおっかなびっくり身体を乗り出して言うシエスタに、ギアッチョは 仏頂面を変えずに応じる。 「いや」 「えっ?」 「いいセンいっちゃあいるが・・・間に合わねえな」 よく解らないながらも、シエスタはギアッチョに向けた顔を荒れ果てた庭に戻す。 その僅かな時間の内に、そこは様相を変じていた。 「――――っ!!」 ルイズ達は思わず耳を塞ぐ。残る十匹余りのオーク鬼の怒りの咆哮が、彼女達の 鼓膜を破らんばかりに廃墟中に響き渡った。 仲間を倒されたオーク鬼達の怒りは、今やルイズの爆破への怯えを完全に 上回っていた。手にした木塊を振り回しながら、聞くに堪えない叫び声と共に 怒涛の勢いで突進する。もはや一匹たりともルイズの爆破に気を留める者は いなかった。 「くっ・・・」 倍近く速度を増して迫り来る魔物の群れに、キュルケは僅か眉根を寄せる。 見誤っていた。敵が予想外に強靭で想定の七割程度しかダメージを 与えられなかったこともあるが、それにも増して埒外だったのは―― オーク鬼達のこの速度だ。逃走しながら呪文を唱えてはいるが、この距離と 速度では魔法は撃てて後一度――しかしその一度で殲滅出来る可能性は相当に 低い。だが、かと言ってレビテーションで逃げることは出来ない。「風」の フライと違い、コモンであるレビテーションは物を浮かせるというだけの単純な 魔法である。フライのような瞬間的な加速の出来ない性質上、高く浮かぶには 時間がかかる。今から方針を変えていては間に合うものではない。そして フライによる脱出もまた、系統魔法であることとキュルケとタバサしか使用 出来ない現状では難しいと言わざるを得ない――結局の所、望みに賭けて このまま攻撃することが最善の、そして唯一の手段であった。 「・・・イス・イーサ・・・」 タバサも同じ結論のようだった。小さな口から迷わず紡がれる呪句で、彼女の 無骨な杖に再び冷気が集まり始め、 「・・・ウィンデ」 冷たく小さな声が止むと同時に、無数の氷の弾丸が一斉にオーク鬼へと撃ち 出された。それを確認してから、キュルケは小さく杖を振る。氷柱の軌跡を 追いかけて、業火の螺旋が続けざまに忌むべき魔物の群れを襲った。 氷と炎が爆ぜて巻き起こる黒煙と砂埃が、オーク鬼達をその断末魔ごと覆い 隠す。しかし、油断無く後退を続けるルイズ達が僅かな期待の視線を煙幕に 向けるよりも早く――オーク鬼の残党が四匹、憤怒の咆哮を撒き散らしながら 姿を現した。 生き残った四匹の人喰い鬼達は、更に速度を増してルイズ達に襲い掛かる。 「く、くそっ!」 なけなしの魔力で作り出した青銅の槍を構えて、ルイズ達の前にギーシュが 飛び出した。しかし、その力の差は誰が見ても歴然である。血走った眼を ギーシュに向けると、オーク鬼はまるで路傍の石を排除するが如き気安さで 棍棒を振りかぶった。 「ミ、ミスタ・グラモンが・・・ギアッチョさん!!」 シエスタは悲痛な声でギアッチョを振り向く。だが数秒前まで彼が座って いた場所から、ギアッチョの姿はいつの間にか消えていた。 三匹のオーク鬼達は、一体今何が起きたのか理解出来なかった。自分達と先頭の 仲間との間に、「何か」が落ちた――次の瞬間、仲間の首は見事に胴体と泣き 別れていたのだ。必死に情報を整理しようとする自分達を嘲笑うかのように、 仲間の首を刎ねた「何か」はゆっくりとこちらに向き直る。その正体が人間で あると気付いた時には、更に二つの首が宙を舞っていた。 「ぶぎィィイイイイッ!!!」 最後の一匹になった化物が、あらん限りの咆哮で大気を震わせる。男が一瞬 眉をしかめた隙を逃さずその脳天に人の胴体程もある棍棒を振り下ろしたが、 男は身体を半身にずらして難無くそれを回避した。同時に剣を握った左手では 無く何も持たない右手を突き出すと、静かにオーク鬼の胸に押し当てる。理解の 出来ない行動にオーク鬼は思わず動きを止めたが、すぐに棍棒を持つ腕に再び 力を込めた。理解は出来ないが、殺すことに問題は無い。 「・・・・・・?」 オーク鬼は漸く気がついた。拳に力を込め、手首に力を込め、腕に力を込め。 男の頭を粉砕するべく腕を振り上げる――常ならば意識することすらしない、 単純な動作。ただそれだけのことが、どう意識しても「出来ない」。まるで 彫像にでもなったかのように、己の腕はピクリとも動こうとしないのだ。 …いや。腕だけでは無かった。気付けば腰も、足も、そして首も―― 五体全てが、凍ったようにその動きを止めていた。 「・・・・・・!!」 凍ったように? 否。 オーク鬼の身体は文字通りの意味で、いつの間にか完膚無きまでに凍結 されていた。そしてそれに気付いた瞬間。原因や因果を考える暇も無く、 オーク鬼の身体は粉々に砕け散った。 「あ、ありがとう・・・助かったわ」 血糊を拭いた木の葉を投げ捨てて、ギアッチョは少しばつが悪そうにして いるルイズ達に向き直った。 「そんな顔すんな おめーらに落ち度はねぇよ 悪ィのは・・・」 つかつかと歩み寄ると、ギーシュの金髪に容赦無く拳を振り下ろす。 「あだぁあっ!!」 「こいつだ」 「このマンモーニがッ!おめー一人のミスでよォォォ~~~~、全員殺られる とこだったじゃあねーか!ええ?」 「うう・・・すいません・・・」 地面に正座するギーシュの頭上から、ギアッチョの叱責が降り注ぐ。長らく 使われなかったマンモーニという呼称がショックだったのか、ギーシュは肩を がっくりと落とすが、ギアッチョは一切容赦をしない。 「フーケとアルビオンの時ゃあちったぁ見所があるかと思ったが・・・ おめーは追い込まれねーとマトモに戦えねーのか?ああ?」 「い、いや・・・それは」 「それは何だ」 「そ、」 「うるせえ!」 「酷ッ!」 ギアッチョは両手でギーシュの頭をぎりぎりと掴んで立ち上がらせる。 「あだだだだだ!」 「よォーーく解った・・・おめーには度胸と根性が足りねえ!」 「そ、それは追々身に着けていこうかと・・・」 「やかましいッ!帰ったら一から叩き直してやっから覚悟しとけッ!!」 「えええええ!?」 ギーシュが物理的に地獄に落ちることが決定した瞬間だった。 へなへなと地面にくずおれるギーシュに眼を向けて、三人の少女は同時に 溜息をつく。 「ま、これでちょっとは成長するかしらね」 「因果応報」 「・・・あれ?ところで何か忘れてない?」 「ギアッチョさーん・・・」 古木の幹にしがみつきながら、シエスタはか細く悲鳴を上げる。 「み、皆さーん・・・下ろしてくださいぃー・・・」 彼女が救出されたのは、それから十分後のことであった。
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ガシャン!とデルフリンガーを地面に投げ捨てる。そうしておいてギアッチョは キュルケとルイズを交互に睨んだ。 「勝てる相手かどうかも考えずによォォ~~・・・ただ条件反射で突っ込んで、挙句 仲間の命まで危険にさらす・・・今てめーがやったのはそれだキュルケ」 ギアッチョはキュルケの顔を覗き込んで続ける。 「そんなのは『義務』でも『覚悟』でもねぇ・・・ただの無謀だ てめーは根拠もなく まぁなんとかなるだろうと考えたな え? 最も忌むべきもの・・・無知と驕りから 来る過信だ」 一切の容赦無く、ギアッチョは冷厳として事実を述べる。曲がりなりにも貴族である キュルケは何とか言い返したかったが、彼がいなければ親友は死んでいた―― 自分が殺していたと思うと、己には何を言う資格もないと理解した。 「ルイズ、てめーもだ」 キュルケが悄然としてうつむいているのを意外そうに見ていたルイズは、ハッと 我に返って姿勢を正す。 「こいつが走り出した時、おめーは爆発でフッ飛ばしてでもキュルケを止めるべき だった 二人一緒なら勝てると思ったか?それとも倒せる自信があったってワケか?」 どうなんだ、と凄むギアッチョに、ルイズもまた言葉を返せなかった。いざとなれば ギアッチョが助けてくれる。彼女は無意識のうちにそう考えていてしまっていた。だが 現実はどうだ。タバサがいなければ、ギアッチョが辿り着く前に自分達は死んでいた だろう。周囲の状況も、自分の実力も鑑みず、安易に自分の使い魔に頼って しまっていた。ルイズは自分がとても情けなくなったが――それと同時に、彼女の 心にはとてつもない不安の波が押し寄せた。 ギアッチョは自分に幻滅した・・・? ふと浮かんだその言葉は、一瞬でルイズの心に波紋となって爆発的に広がった。 ――そんなのいやだ・・・! ギアッチョ。私の唯一成功した魔法の結果。私の唯一の使い魔。私の唯一の味方。 私の唯一の、私の――・・・! ルイズの頭をさまざまな言葉が駆け巡る。 幻滅、失望、諦観、厭離、侮蔑、嘲笑、忌避、放逐・・・。 ――いやだ嫌だ、そんなの嫌・・・!! ギアッチョに見放される恐怖で心が埋め尽くされてしまったルイズには、彼が何故 怒っているのか、何が言いたいのか・・・その真意を汲み取ることなど出来なかった。 「てめーに出来ることをしろ」と言うギアッチョの言葉も、ルイズの耳に届くことは なかった。そしてそれが故に――ルイズは重大な錯誤をすることになる。 説教を終えてデルフリンガーを拾い上げるギアッチョに、キュルケがおずおずと 声をかける。 「・・・あの ギアッチョ」 「ああ?」 まだ何かあるのかといった顔をキュルケに向けるギアッチョに、 「――ごめんなさい」 キュルケがストレートな謝罪を発した。ギアッチョは怪訝な顔でキュルケを眺める。 「あなたのこと誤解してたわ・・・本当にごめんなさい」 ギアッチョは自分の親友を助けた。それも、一歩遅ければ当のタバサとシルフィード 共々潰される危険を冒してまで。今までの行動がどうあろうが、その事実だけで キュルケが彼を信じるには十分にすぎた。 ギアッチョはトンと肩にデルフリンガーを担ぐ。 「疑われたり監視されたり命を狙われたり・・・そんな事は日常茶飯事だ 気にしちゃ いねー」 ギアッチョはそう言うとキュルケ達に背を向けた。 「しかしよォォ こんな役割はプロシュートかリゾットにやらせるもんだ オレのキャラ じゃあねー・・・もう同じことを言わせるんじゃあねーぞ」 ひょっとして、意外と面倒見は悪くないのかしら。そう思ったキュルケは、 「・・・分かったわ」 そう答えて少し相好を崩した。 翌朝。オールド・オスマンは学院中の教師を一室に集めた。集まった教師達は、 口々に誰が悪いだの自分は悪くないだのと責任を押し付けあっている。 目撃者としてタバサと共にコルベールに呼ばれたキュルケは、そんな状況に 嘆息しつつ同じく召致されたルイズに眼を遣る。心なしか気分が沈んでいるように 見えるが大丈夫だろうか。「昨日の説教がそんなに効いたのかしら」などと考えて いると、騒ぎ続ける教師達を制止してオスマンが話を始めた。 宝物庫が破られたのは教師全体の責任であること、奪われたのは破壊の杖で あること、犯人は目撃者達によるとトライアングルクラスの土のメイジ、恐らくは 土くれのフーケであること、そしてオールド・オスマンの秘書であるミス・ロングビルが 徹夜の調査でフーケが隠れていると思しき場所を発見したこと。 以上のことを述べてから、学院長は教師達を見渡してフーケ討伐の志願者を募った。 ところが、手を上げる者はなかなか現れない。もしも失敗すれば、自分の名は地に 落ちる。或いは殺されてしまう可能性すらあるのだ。教師達がしりごみするのも、 分からなくはない。 不甲斐ない教師共の代わりに思わず杖を掲げそうになったキュルケだが、 ギアッチョに「出来ることをしろ」と言われたことを思い出して気持ちを抑えた。 誰も手を挙げないからと言っても、自分はただの生徒なのである。放っておけば 志願しなくとも教師の誰かは行かされる。トライアングルが数人がかりなら、 いくら土くれのフーケと言えども逃げ切れはしないだろう。わざわざ自分から 死地に赴くような真似をする必要はない。そう思っていると―― スッと杖を掲げた者がいた。杖の持ち主を確認して、キュルケは眼を見張る。 得体の知れない平民を使い魔に持つ少女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールだった。 ギアッチョの信頼を取り戻すべく彼女が取った方法、それは土くれのフーケを 倒し、自分も役に立つのだと証明することだった。 「ちょっ・・・!あなた何やってるのよ!」 キュルケは慌てて止めに入る。 「うるさいわねキュルケ 見なさいよ、誰も手を挙げないじゃない!」 ルイズの言葉に教師陣はうぐっと息を詰まらせるが、彼女が言いたいのは そんなことではない。キュルケはちらりとルイズの後方に控える男、ギアッチョを 見た。ギアッチョは冷徹な眼でルイズの後頭部を見ているが、特に何も言う気配は ない。「ちょっといいのそれで!?」とキュルケはギアッチョを小声で問い詰める。 「あなたが言ったんじゃない!出来ることをしろって!」 しかしギアッチョは何も答えず、ただルイズを見つめている。 ダメだ、このままではルイズが一人で――正確には二人でだが――行かされて しまう。キュルケは迷った末に、覚悟を決めた。 「あぁあもう!微熱のキュルケ、志願させていただきますわ!」 出来ることをしろと言うのなら――出来る限りでルイズを守ってやらなくては。 そんなキュルケを、ルイズは不審そうに見つめている。 ――どこまで鈍感なのよこのバカはッ! キュルケは出来ることなら怒鳴りつけてやりたい気分だった。 そんな二人を横目で見て、タバサは観念したように杖を掲げる。思い思いの 感情で彼女を見る二人に、タバサは一言、 「心配」 と呟いた。その言葉にルイズとキュルケが感動していると、教師達から次第に 批判の声が上がり始めた。曰く、「子供が何を言っているんだ!」「生徒を危険に さらすわけにはいかないでしょう!」などなど。しかしオールド・オスマンがそれでは 誰か志願する者はいるのかと問うと、彼らは途端に静まり返る。 「やれやれ・・・ よいか、彼女らはただの生徒ではあるが、敵の姿を見ているのだ その上、ミス・タバサは若年にして既に『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士であると 聞くぞ」 周囲にざわっと驚きの声が起こる。キュルケやルイズも驚いた顔でタバサを見て いた。老練のメイジはそのまま言葉を継ぐ。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの高名な軍人家系の出で、彼女自身なかなかの 使い手であると聞く」 そして、と言いながらオスマンはルイズを見る。 「そして・・・あー・・・」 学院長はわずか言いよどんだが、すぐに威厳を取り戻した。 「ミス・ヴァリエールはかのヴァリエール公爵家の息女であり、将来有望なメイジで あると聞いている そして彼女の後ろに控えておる使い魔は、平民の身で ありながらあのグラモン元帥の息子を打ち負かしたそうではないか」 彼女らを派遣することに文句のある者は前に出よ、と言って締めるオスマンに、 意見を唱えるものなど一人も居りはしなかった。 ガラッ! ――いや、一人だけいた。その男は扉を開けて入ってくると、あっけに取られて いる教師達への挨拶と立ち聞きの謝罪もそこそこに、本題を言い放つ。 「この僕、ギーシュ・ド・グラモンを討伐隊に加えてはいただけないでしょうか!」 豊かな金髪とセンスの悪い服の持ち主、ギーシュであった。 「ちょっ・・・いきなり入ってきて何言ってんのよあんたは!」 最初にツッこんだのはルイズである。それにキュルケが続く。 「あなた病み上がりでしょう?何考えてるか知らないけどやめておきなさいよ」 しかしオールド・オスマンは彼女らを片手で制して言う。 「理由を聞こう、ミスタ・ギーシュよ」 「はい! 僕は先の決闘で、ミス・ヴァリエールの使い魔・・・このギアッチョに 敗北しました」 ギーシュは語りだす。周りの人間達は――ルイズやキュルケでさえ、ギーシュの 奇行に困惑していたが、ギーシュは全く意に介さず先を続ける。 「彼は決闘の前、僕に『覚悟』はあるのかと尋ねました それに対して僕は そんなものは必要ないと嘯き―― 結果は皆さん御存知の通り、完膚なきまでに 敗れ去りました」 そう言って彼はギアッチョに眼を向ける。その眼に迷いはなかった。ただし、彼の 膝は相変わらずガクガクと震えてはいたが。 「僕はその時から、『覚悟』という言葉に取り憑かれているんです 彼の言う『覚悟』 とは一体何なのか 彼と僕を・・・いえ、我々殆どのメイジを隔てている何か強大な 壁・・・僕はそれが『覚悟』なのだと思ってます そして、ならばその正体は一体 何なのか? 僕はそれが知りたい 理由はそれだけです・・・オールド・オスマン」 部屋中を沈黙が支配した。殆どの者はギーシュの言ったことの意味を量りかねて いるようだったが、オールド・オスマンはそれを理解したようだった。 「・・・なるほど それでは直接本人に聞こうではないか どうだねギアッチョ君 彼・・・ギーシュ・ド・グラモンの同行を許可するかね?」 決断を任されたギアッチョは、ふぅっと一つ溜息をついてから、魔物じみた双眸で ギーシュの眼を覗き込む。ギーシュはそのあまりの気迫に今すぐ謝って逃げ出し たくなったが、全身の力を集中させて――冷や汗をダラダラ流しながらも、 何とかギアッチョの視線を受けきった。 「・・・やれやれ 勝手にするんだな・・・ただしよォォーー てめーのケツはてめーで 拭け 間違っても仲間がいるからなんとかなるなんて思うんじゃあねーぞ」 「・・・あ、ああ!約束しよう!」 交渉は成功した。喜ぶギーシュを見てやれやれと言わんばかりに首を振る ギアッチョだったが、直ぐにオスマンに向き直ると、 「爺さんよォォ~~ ついでに聞いておくが」 一つ確認しておくことにした。「貴様、オールド・オスマンになんということを!」等と 言う声が聞こえるが全く気にしない。 「そのフーケとやらよォォーー・・・殺してもいいんだろうなァァ」 殺す。あまりにも淡々と吐き出されたその単語に、教師達はまたも固まった。 そして誰にも気付かれなかったが、ミス・ロングビルもその耳を疑っていた。 オスマンはピクリと眉を上げたが、直ぐにいつもの好々爺然とした顔に戻る。 「それは遠慮してもらいたいのう 処理が色々と面倒じゃからの」 その返答に、ギアッチョは面倒臭そうな顔をしたものの特に文句は言わなかった。
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峡谷の山道に作られた小さな港町、ラ・ロシェール。その酒場は今、内戦状態のアルビオンから帰って来た傭兵達で溢れ返っていた。 「がっははははは!アルビオンの王さまももうおしまいだな!」 「いやはや・・・『共和制』ってヤツが始まる世界なのかも知れないな」 「そんじゃあ『共和制』に乾杯だ!」 そう言って野卑な声で笑う彼らが組していたのは、アルビオンの王党派だった。 雇い主の敗北が決定的になった瞬間、彼らは王党派に見切りをつけてあっさり逃げ帰ってきた。別段恥じる行為ではない。金の為に傭兵をやっているのだから、敗軍に付き合って全滅するほど馬鹿らしいことはないということである。 ひとしきり乾杯が終わった時、軋んだ音を立ててはね扉が開いた。フードを目深に被った女が車輪のついた椅子に座っており、白い仮面で顔を隠した貴族の男がそれを押しながら入ってくる。 真円に可能な限り近づけようと苦心した跡が見てとれるその車輪はしかし急ごしらえの為に満足な丸さを持てず、回転する度に耳障りな音を立てて車体を揺らした。女はローブに隠れる己の足を見下ろし、忌々しげに舌打ちする。 「不便ったらありゃしないね・・・この車椅子とやらは」 「そう言うな、お前の為に急いで作らせたものなのだからな」 仮面の男はそう言って車椅子を止めると、珍しいものを見て固まっている傭兵達に向き直った。 「貴様ら、傭兵だな」 その言葉と同時に、返事も確認せずに金貨の詰まった袋をドンとテーブルに置く。 「先ほどの会話からすると、貴様らは王党派に組していたようだが?」 あっけに取られていた傭兵達は、その一言で我に返った。 「・・・先月まではね」 「でも、負けるようなやつぁ主人じゃねえや」 そう言って傭兵達はげらげらと笑う。口を半月に歪めて、仮面の男も笑った。 「金は言い値を払う だが俺は甘っちょろい王さまじゃない・・・逃げたら、殺す」 「ワルド・・・ちょっとペースが速くない?」 抱かれるような格好でワルドの前に跨るルイズが言う。ワルドがそうしてくれと言ったせいもあって、雑談を交わすうちにルイズの口調は昔の丁寧な言い方から今の口調に変わっていた。 「ギアッチョは疲れてるわ 馬に乗り慣れていないの」 その言葉にワルドは後方を見遣る。血走った眼で馬を駆るギアッチョの身体からは漆黒の怒気が漂っていた。今にも馬を絞め殺さんばかりの勢いである。 「・・・何やら怒っているようにしか見えないが」 「疲れた結果よ!あいつは怒りやすいんだから」 ふむ、と言ってワルドはその立派な口髭を片手でいじる。 「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行くつもりだったんだが・・・」 「何言ってるの、普通は馬で二日はかかる距離なのよ」 「へばったら置いていけばいいさ」 当然のように言うワルドに、「ダメよ!」とルイズが反論する。 「どうして?」 「使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ それにギアッチョは凄く強いんだから!」 ワルドはそれを聞いてふっと笑う。 「やけに彼の肩を持つね・・・ひょっとして君の恋人なのかい?」 「なっ・・・!」 その言葉にルイズの顔が真っ赤に染まり、 「そそ、そんなわけないじゃない!ああもう、姫さまもあなたもどうしてそんなことを言うのかしら」 なんだか顔を見られるのが恥ずかしくなって、ルイズは綺麗な髪を揺らして俯いた。 「そうか、ならよかった 婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまうからね」 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。 「こ、婚約なんて親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ、僕の小さなルイズ!君は僕のことが嫌いになったのかい?」 昔と同じおどけた口調でそういうワルドに、「もう小さくないもの」とルイズは頬をふくらませた。 「・・・ところで、彼はそんなに強いのかな?」 「勿論よ 私の自慢の使い魔なんだから! 詳しくは話せないけど・・・」 ワルドの質問に自慢げにそう答えるルイズを見て、ワルドは何かを考える顔をした。 疲労と怒りをこらえながら、ギアッチョは馬を駆る。朝からもう二回も馬を交換していた。 さっきからルイズが何回か心配そうにこちらを見ていたが、ギアッチョは休憩させてくれなどと言うつもりは微塵もない。 そんな情けないことはギアッチョのプライドが受け入れなかった。十四歳――とギアッチョは思っている――の子供にこんなことで心配されたという事実がその意地を更に強固にしている。 ――ナメんじゃねーぞヒゲ野郎・・・ついて行ってやろうじゃあねーか ええ?オイ 口から呼気と共に殺気を吐き出しながら、ギアッチョはそう呟いた。 このまま放っておけば自分に累が及びそうだったので、デルフリンガーは彼の怒りを逸らすべく口を開く。 「あ、あのですねーダンナ・・・」 「ああ!?」 「ヒィィすいません!」 熊も射殺さんばかりのギアッチョの眼光にデルフリンガーは一瞬で押し黙ったが、気持ち悪いから途中で止めるなというギアッチョのもっともな発言を受けて恐る恐る話題を再開した。 「い、いやー・・・ルイズの婚約者らしいッスねぇあのヒゲ男」 「そうだな」 「そ、そうだなって・・・なんかないんスか?結婚ですよ結婚」 ギアッチョの意識をなんとか婚姻の話題に持って行こうとしたデルフだったが、彼の「ああ?」という一言で全てを諦めた。 何度も馬を変えて昼夜を問わず飛ばし、ギアッチョ達はその日のうちに――といっても夜中だが――なんとかラ・ロシェールの入り口まで辿り着いた。 「・・・なんだァァ?ここのどこが港町なんだオイ?」 ギアッチョは周りを見渡して言う。四方八方を岩に囲まれた、まごうこと無き山道であった。 月明かりに照らされて、先のほうに岩を穿って作られた建物が立ち並んでいるのが見える。まだ走らせる気かと、いい加減ギアッチョの怒りが限界に達しつつあった。 「ああ、ダンナはしらねーのか アルビオンってのは」 と喋る魔剣が口を開いた瞬間、崖の上から彼ら目掛けて燃え盛る松明が次々と投げ込まれ、 「うおおッ!」 戦闘の訓練をされていないギアッチョの馬は、驚きの余り暴れ狂ってギアッチョを振り落とした。 よく耐えたと言うべきか。一昼夜を休み無く走らされた挙句に馬上から振り落とされて、ギアッチョの怒りは頂点に達した。 デルフリンガーを引っつかんで鞘から乱暴に抜き出し、崖上に姿を現した男達を猛禽のような眼で睨んで怒鳴る。 「一人残らず凍結して左から順にブチ割ってやるッ!!!ホワイト・アルバ――」 しかし彼の咆哮は予想だにしない咆哮からの攻撃で中断され、彼の口からは代わりにもがッ!!というくぐもった声が響いた。 「どういうつもりだクソガキッ!!」 己の口に押し当てられた手を引き剥がしてギアッチョが怒鳴る。ギアッチョに飛びついて彼の攻撃を中断させたのは、他でもない彼のご主人様であった。 「それはこっちのセリフよ!」 ギアッチョに負けじとルイズが怒鳴る。 「見たとこ夜盗か山賊の類じゃない!こんなところで堂々とスタンドをお披露目してどうするのよッ!」 「ンなこたぁもうどうでもいいんだよッ!!離れてろチビ!!一人残らずブッ殺してやらねーと気が済まねぇッ!!」 ブッ殺したなら使ってもいいッ!とペッシに説教しているプロシュートの姿が浮かんだが、ギアッチョはいっそ爽やかなほど自然にそれをスルーした。 「だっ、誰がチビよこのバカ眼鏡!あと1年もしたらもっともっと大きくなるんだから!」 どこが?と言いたかったデルフリンガーだったが、二人の剣幕に巻き込まれると五体満足では済みそうになかったので黙っておくことにする。 「とにかく!」とルイズは小声になって怒鳴る。 「ワルドはわたしの婚約者だけど、同時に王宮に仕えてるってことを忘れないでよ! そんなことしないとは思うけど・・・万が一王宮にあんたのスタンドのことがバレたらどうなるか分かったもんじゃないんだから!」 「そうなってもよォォォ~~~~ 全員凍らせて逃げりゃあいいだろうが!!キュルケだのタバサの国によォォォォ!とにかく邪魔するんじゃあねえ!!そこをどけッ!!」 「何無茶苦茶言ってるのよ!あんたの責任は私にも及んでくるんだからね!! 勝手な行動は許さないんだから!!」 再び大音量で怒鳴る二人を不思議そうな眼で眺めながら、ワルドは小型の竜巻で飛んでくる矢を弾き逸らす。そうしておいて、ワルドは攻撃の為の詠唱を始めた。 このままではワルドに全部持っていかれてしまうと気付き、ギアッチョはちょっとルイズを眠らせてしまおうかと考えたが―― ばさりというどこか覚えのある羽音が聞こえ、ギアッチョ達は上を見上げた。 直後男達の悲鳴が聞こえ、それと同時に彼らは次々に崖下に転落する。 「あれ・・・シルフィード!?」 ルイズ達の驚きにきゅいきゅいという声で答え、シルフィードとその上に乗った三人――キュルケとタバサ、それにギーシュが降りてきた。
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「・・・何やってんだ、おめーら」 部屋の扉を開けたまま、肩にデルフリンガーを担いだ状態でギアッチョは しばし固まった。 厨房でルイズ達と別れてから数時間を剣の訓練に費やし、今戻って来た 彼の眼に飛び込んだものは、 「あ、おかえりギアッチョ」 「お邪魔してます」 足りない分はキュルケあたりの部屋から持ってきたものか、しっかり 五人分揃えられた椅子に座り円卓の騎士よろしく丸テーブルを囲む ルイズ達の姿だった。 「シエスタの嬢ちゃんまでいるじゃねーの 今日は半ドンか?」 やけに俗な言葉でデルフがギアッチョの疑問を代弁する。シエスタは椅子を 引いて立ち上がると、律儀に礼をしてからそれに答えた。 「はい マルトーさんに掛け合ったら快く許してくださいまして」 「・・・理由はそいつか?」 ギアッチョはテーブルの上に丁寧に広げられた数枚の地図に眼を向ける。 「ロマンだよギアッチョッ!!」 両手で勢いよく地図を叩いて、ギーシュが興奮した面持ちで声を上げた。 「見たまえ!宝の地図だよ!宝、財宝、進化の秘法!」 「ああ?」 「宝探しは男のロマンさ!男に生まれたからには、心躍る冒険の一つや 二つ夢見て当然!いや、見ないでどうするッ!!」 「あんた毎日冒険してるじゃない」 主に女性関係で、と突っ込むルイズの言葉も、熱苦しい情熱を振りまいて 語るギーシュの耳には届かないらしい。キュルケはやれやれという風に首を 振ると、一人と一本に説明を始めた。 「ほら、折角こんな関係になったんだしシエスタも入れてどこかに 遊びに行こうって話になったのよ それで、最近私が買った地図のことを 思い出してね」 「貴族の割に野趣溢れる選択だな・・・こういうなぁ人を雇って探させる もんじゃあねーのか?」 「貴族と言っても私達は所詮子供だしね、大金持ってるわけじゃないのよ それに、ま・・・ギーシュじゃないけど、ちょっと夢があっていいじゃない?」 ギアッチョはもう一度並べられた地図に眼を落とす。どれもこれも、いかにも 作り話じみたうさんくさい代物ばかりである。胡乱な視線に気付いたらしい、 タバサが本をめくる手を止めずに口を開く。 「・・・確率は低い でも伝承や噂と矛盾する内容は見当たらない」 「行ってみる価値はある、っつーわけか」 桃色の髪を揺らして、ルイズがギアッチョを見上げた。 「・・・ダメ?」 「何でオレに許可を求めんだ ・・・ま、いいんじゃあねーのか」 「見たとこどれもそう遠くはなさそうだしな」地図にルイズ達がつけた 印を見ながら応じる。「死なねー程度に頑張って来な」 「何言ってるの?あなたも行くのよ」 「・・・何?」 キュルケの言葉に、ルイズのベッドに無造作に下ろしかけた腰を一瞬止める。 「同行」 「おめーらで行きゃあいいだろーが」 「皆で行くからいいんじゃないか!」 「だからおめーらで行けば・・・」 「ダメよそんなの!皆で行くんだから、ギアッチョがいなきゃ意味ないわ!」 五人は喧々囂々主張を交わす。この数日を特に鍛錬に充てるつもりの ギアッチョとしては、それが潰れることは歓迎出来ない。一方ルイズ達は 誰か一人欠けても意味が無いと主張し、彼らの議論は中々収束しない。 「・・・あのっ」 おずおずと声を掛けたシエスタに、全員の視線が集中する。慌てて机上の 地図を一枚掴み、ギアッチョに差し出して言った。 「これ、『竜の羽衣』って宝物の地図なんです」 「・・・?」 「さっき話してたんですけど、これ実は私のひいおじいちゃんの持ち物で」 「おめーの故郷か?そりゃあ奇遇だな」 「はい、それで・・・あの ・・・何にもない村なんですけど、一つだけ ――とっても綺麗な草原があるんです 私、ギアッチョさんにも見て 貰いたくって」 「・・・・・・」 「・・・ダメ、でしょうか」 ギアッチョの冷たい双眸が、シエスタの不安げな瞳を捕える。 「・・・・・・しゃーねーな 保護者が必要だってことにしとくぜ」 小さく溜息をつくと、両手を上げて降参の意を示した。同時に、その場が わっと歓喜に沸く。 「よく言ったッ!それでこそ男だよギアッチョ!」 「おめーに男がどうとか言われたくねー」 「お手柄よシエスタ!」 「きゃっ!?だ、ダメですミス・ツェルプストー!」 再びロマンを語り出すギーシュの横で、キュルケがシエスタを抱き締める。 珍しくというべきか、歳相応にはしゃぐ彼らだったが、 ――あ・・・・・・ 嬉しそうに笑うシエスタと、その視線の先にいるギアッチョに――ルイズの 胸はちくりと痛んだ。すぐに理由に気付いて、それを吹き飛ばすように彼女は 強く首を振った。 「それじゃ、明日はちゃんと起きるのよ」 「わ、分かってるわよ!」 キュルケ達を見送りに出た廊下。今朝のことが頭をよぎり、ルイズは思わず頬を 染めて返答する。一瞬怪訝げな表情を浮かべたキュルケだったが、自室の扉を 開くと特に詮索することも無く手を振った。 「そ、じゃあ二人ともお休みなさい」 「お休み・・・また明日」 「じゃあな」 無理矢理見送りに引っ張り出したギアッチョと三人で挨拶を交わし、キュルケは あくびをしながら扉を閉めた。同時に、ルイズが同じく自室の扉を開ける。 「さ、わたし達も早く寝ちゃいましょ 明日は早いんだから」 ギアッチョは声を出さずに、肩をすくめてルイズに応えた。 ぱたり、と扉が閉まる。その音に被せて、 「・・・ギーシュ・・・」 廊下の角に姿を隠して、見事な金糸の髪を持つ少女は――怒りと不安と悲しみの 入り混じった声で恋人の名を呟いた。 ニ脚に戻った椅子に腰を下ろして、ギアッチョは最近見方を覚えた水時計を 覗く。もうすぐ深夜に差し掛かる頃合だった。中々スケジュールが定まらず、 夕食を終えて入浴を終えた後も六人はあれやこれやと打ち合わせを続けていた。 もっとも、その半分以上は他愛の無い雑談に割かれていたのだが。 「ほら、さっさと寝るわよギアッチョ!寝坊なんてしたら許さないんだからね!」 「・・・随分と楽しそうじゃあねーか」 「そ、そう見える?」 「見えるも何も・・・っつーやつだ」 二人は背中を向けたまま会話する。 「おめーがそんなに笑顔でいんのは見たことねーからな」 「えっ・・・ええ?」 ぺたぺたという音がギアッチョの耳に届く。大方、今頃気付いて反射的に自分の 顔でも触っているのだろう。 「・・・単純なガキだな」 「ぅ・・・わ、悪かったわね・・・」 自分の行動を見透かされたと気付いたらしい、ルイズは小さく拗ねた声を出す。 「・・・別に、いいんじゃあねーのか」 「え?」 「おめーらみてーなガキがよォォォ~~~~、小難しいことばっか考えてて どーすんだっつーのよ そうやってあいつらと笑ってるほうがよっぽど歳相応 だろーが」 毎度巻き込まれるのは勘弁だが、と小さく付け足して、ギアッチョはフンと 鼻を鳴らした。 「・・・そ、そう・・・」 若干の沈黙が場を支配する。微かに衣擦れの音が聞こえた後、 「・・・もういいわ」 着替えの終了が告げられた。といっても、ギアッチョは何ら興味を示さずに 黙り込んだままだったが。 「・・・あの」 「何だ」 ベッドの上に座り込んだまま、ルイズはどこか眼を泳がせながら問いかけた。 「わたし・・・笑ってたほうが、いい?」 「・・・・・・」 ギアッチョは肩越しにルイズを振り返る。 「・・・まぁ 年中辛気臭ぇ顔されるよりゃあよっぽどいいだろ」 何とはなしに軽い答えを返すが、ルイズの表情は予想に反して緊張したまま だった。既に薄く染まっていた頬を更に赤くして、毛布をいじりながら口を開く。 「・・・・・・じゃ、じゃあ」 「まだ何かあんのか?」 「わっ、わわ・・・笑ってたほうが、か、か、かか・・・可愛い・・・?」 「・・・・・・ああ?」 コントよろしく椅子からずり落ちそうになった身体を何とか持ち直す。 「バカかてめーは」とあしらおうとしたが、ルイズが存外真面目な顔でこちらを 見ていることに気付いて、ギアッチョは思わず言葉を飲み込んだ。 物の本によれば、弟子の質問にどう答えるかで師匠はその真価が問われると 言う。しかしこのような場合に一体何と答えて然るべきなのか、ギアッチョには 皆目見当がつかなかった。 ――そもそも、こいつは何を求めてやがるんだ 片手で特徴的な髪をいじりながら、ギアッチョは改めてルイズに眼を向ける。 毛布を抱き締めた格好で、ルイズは上気した顔に不安げにも期待するようにも 見える色を浮かべている。 自慢ではないが、生まれてこの方連想ゲームや伝言ゲームに勝った試しなど 一度とて無い男である――最も、敗北よりもブチ切れてゲーム自体を台無しに したことのほうが多いのだが――、ルイズの心の機微など解ろうはずもなかった。 「あー・・・」 何と言っていいものか、ポーカーフェイスの下でギアッチョは白旗を揚げたい 気分だった。――その時。 コンコンと、扉を小さく叩く音が聞こえた。 「夜分遅くにすまんの、ミス・ヴァリエール 起こしてしまったかな」 扉の向こうに居たのは、誰あろうオールド・オスマンその人であった。 「い、いえ・・・大丈夫です それよりもこんな格好ですいません、今着替え――」 「いや、それには及ばんよ 忘れておったこちらが悪いんじゃからの」 「忘れ・・・?」 小首をかしげるルイズに、オスマンは古びた一冊の本を差し出した。 「本来ならば昼に渡すべき物だったんじゃが・・・いやすまぬ、職務に忙殺 されてすっかり忘れておったのじゃ」 「それは・・・ご苦労様です」 とりあえず受け取りながら、学院長に労いの言葉をかける。ミス・ロングビル ――土くれのフーケがいなくなってから、まだ新しい秘書は雇っていないらしい。 それでは忘れてしまうのも仕方が無いだろう。 「・・・それで、これは・・・?」 「うむ それはの、『始祖の祈祷書』と呼ばれる古文書じゃ」 「始祖の――こ、国宝じゃないですか!」 それがどうして、とルイズが疑問を継ぐ前に、オスマンは静かに説明を始めた。 「アンリエッタ王女が、この度目出度くゲルマニア皇帝との結婚を執り行う こととなった」 「・・・・・・!」 ルイズは絶句する。こうなることは分かっていたはずなのに、刺すような痛みが 彼女の心を抉った。オスマンは数秒ためらうように沈黙したが、やがてゆっくりと 説明を再開する。 「おぬしも聞いたことはあろう トリステイン王室の伝統では王族の婚儀の際に 貴族から一人の巫女を選出し、その祈祷書を手に式の詔を詠み上げさせる慣わしが あるのじゃ」 「ま、待ってください!それは――」 「うむ 王女はおぬしを巫女に指名した」 「姫様が・・・」 ルイズはハッとして顔を上げた。こっそり左右に目配せすると、オスマンは ルイズを見返して言う。 「望まぬ結婚じゃ、王女も――おぬしも辛かろう しかし、ならばせめて親友に 祝ってもらいたいのだろうとワシは思う ・・・どうじゃ、引き受けては くれんかの」 元より選択肢など無い。数多いる貴族の中から、アンリエッタはこの自分を選んで くれたのだ。一体どうしてそれを拒否出来ようか。 「・・・謹んで拝命致します」 始祖の祈祷書を両腕に抱いて、ルイズは静かに一礼した。 「・・・・・・どうしよう」 「何がだ」 扉の閉まる音に重ねて、ルイズは弱った顔で呟いた。 「聞いてたでしょ?詔の内容はわたしが考えるんだって」 「みてーだな」 ギアッチョはさして興味も無いと言った風に返す。 「わたし、そういうの苦手なのよ 全っ然思いつかない」 「・・・受けちまったもんはしょうがねーだろ」 「それはそうだけど、しかもそれを国賓の貴族達の前で詠み上げるなんて・・・」 「考える前に弱音を吐くんじゃあねーよ」 「うう・・・」 ギアッチョのあまりの正論にルイズは言葉も無く溜息をつく。 「何にせよ今日はもう寝とけ」 「・・・うん」 言いながら寝床へ向かうギアッチョに習ってルイズもベッドへ足を向けるが、 ふと立ち止まって後ろを振り返った。 「・・・ねえ、ギアッチョ」 「何だ」 「・・・・・・やっぱり、ベッドで寝たい?」 「・・・今更だな」 毛布を広げながら、ギアッチョは首だけをルイズに向けて答えた。 「そりゃあよォォ クッションよりも硬い床が好みなんてヤローはそう いねーだろうぜ」 「――そう・・・よね・・・」 悄然と俯くルイズに、フンと鼻を鳴らして言葉を重ねる。 「別に何とかしろたぁ言わねーよ 金もスペースもねぇのは分かってんだ こういう所で寝るのは慣れてるしな」 事実、ルイズに金は無かった。昨日の自分とギアッチョの治療費に加えて、 キュルケ達の反対を押し切って彼女らの分までを負担していたのである。今の ルイズの財布では、今日の糊口を凌ぐことすら難しかった。そんな現状を 把握した上での発言だったが、 「ん・・・」 いつまでも床で寝させていることへの罪悪感からか、それを聞いてルイズは 複雑な顔をする。 「・・・・・・あ、あの」 しばし言おうか言うまかといった仕草を見せた後、ルイズは小さく深呼吸を して意を決したように口を開いた。 「・・・や、やっぱりいつまでも床なんてあんまりよね だ、だから、その、・・・ベ、ベ・・・」 そこで言葉が止まる。ギアッチョの怪訝な眼差しから逃げるように、ルイズは 俯いて毛布を抱き締めた。 「・・・だからオレぁ別に――」 「ベ、ベベベベッドで寝てもいいわっ!」 ギアッチョの言葉を遮って、一息に言い切った。 「ああ?」 ギアッチョは視線をルイズの下に移す。ベッドというのは――普通に考えてこれの ことだろう。 「・・・おめーはどうすんだ」 「そ、それはわたしも隣で・・・」 「・・・・・・」 「あ、ちっ、ちち違うわよ!変な意味は全然無いんだから!た、ただあの、昨日 二人で使ってもスペースに問題無いって分かったし、ギアッチョの為にわたし何も 出来て無いし・・・だ、だからその・・・!」 ギアッチョの沈黙をなんと捉えたものか、ルイズはブンブンと手を振って釈明した。 ギアッチョはそれでも少しの間黙考していたが、すぐに顔を上げて口を開いた。 「・・・ならそうさせてもらうぜ」 「これから寒くなってくるかもだしやっぱり床は不衛生だし・・・って、え?」 投げられたのは、ルイズの予想と全く反対の言葉だった。毛布を担いで数度埃を 落とすと、ギアッチョは何の迷いも無くベッドへやって来る。 「えっ、えええ!?ちょちょちょちょっと待って!!まままだ心の準備が――!」 「何の準備だよ」 ルイズの心境も知らず、ギアッチョはあっさりとルイズの反対側に寝転がった。 「とっとと寝るぞ 明日遅刻したくねーならな」 「・・・・・・バカ」 「何か言ったか」 「な、何でも無いわよ!おやすみっ!」 ギアッチョから顔を背けてそう言うと、ルイズもそそくさと毛布に潜り込む。 それを確認して、ギアッチョは静かに眼を閉じた。 ――変わったのは・・・どうやらオレだけじゃあねーらしい 静謐に身を委ねて、ギアッチョはぼんやりと考える。勿論、自分は今までの ルイズの何を知っているわけでもないのだろう。ルイズと共に過ごしたのは、 まだたかだか数ヶ月だ。しかし、その数ヶ月で自分はルイズの涙も笑顔も知った。 だからこそ解る。自分が変わったように、ルイズも変わったのだと。 ルイズの提案を受けた背景にはそういう思考があった。知り合ってすぐのルイズで あれば、貴族のベッドで平民が寝るなど自分の私物で無くても許しはしなかった だろう。――だから。昼にシエスタに言ったように、まさか本当に保護者になる つもりなどは毛頭無いが――ルイズが自分を気遣うならば、それを受け入れて やるぐらいの度量はあってもいいだろうと、そう思う。 ――プロシュートの野郎は、こんな心境だったのかもな・・・ それは、ギアッチョが最も理解出来ないと思っていた感情だった。軽い自嘲を 口元に浮かべて――ギアッチョは今度こそ眠りの底へ落ちて行った。
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「……な……なによあの……船は……」 「オレが知るか」 大きさとしてはレキシントンより一、二回り大きい程度だが、ハルケギニアの船のように側舷砲を持たず船首に長大な砲を構えた鉄の船がそこにあった。 「まぁ、見た感じこっちのモンじゃあねぇ事は確かだろうぜ」 「……あれ、あんたの世界の船なの?」 「オレんとこの船は飛びはしねーよ……だが……形はそうだな」 船がどうあれグレイトフル・デッドの射程内に納まる大きさだ。 そう思い、ゼロ戦を船に近づけようとした時、船から何かが連続で飛んでくるのを察知した。 普通なら、スタープラチナ並みの精密さでも無ければ見えない速さだったが、印効果で何かが飛んでくる事には反応できる。 だが、操縦者は反応できても機体はそうはいかない。アムロの反応速度にガンダムが追いつけなくなったアレと同じだ。 数発が機体をかすめ、回避先に一発操縦席目掛け飛んできている。 「……チッ!」 回避不能、狭い操縦席内では避ける事もできないし、元よりベルトで固定している。 回避ができないと判断するやグレイトフル・デッドを全面に展開させ腕でガードする。 衝撃はあるだろうがモロに食らうよりはマシだ。 風防に穴が空き、それを受けるが、グレイトフル・デッドの腕に綺麗な穴が開いた。 「うぐぁ!……バカなッ!」 「え……なんで腕から血が!?」 スタンドに穴が開いたという事は当然、本体にもダメージがフィードバックされ服こそ破れてはいないが腕から血が吹き出た。 それを見たルイズが右往左往……狭いからできないのであたふたとテンパっている。 スタンドにダメージを与えられるという事から導き出される答えは一つ。 「スタンド攻撃かッ!!」 ミスタのピストルズを思い出したが、弾が誘導される気配は無かったし、なによりピストルズの射程ではない。 (船からの攻撃……遠距離型か……?ピストルズみてーに誘導されてるわけでもねーが……弾幕が邪魔で射程に入れやしねぇ) こちらも20ミリ機銃で撃ち返すが、装甲を僅かに貫いただけで効いた様子は無い。 「兄貴、あの親玉ありえねーぐらいカテーぞ!」 元々機銃弾は空戦用装備であり、対艦を目的としたわけではない。 木造船ならどうにかなっただろうが、あの艦を砕くにはパワー不足もいいとこだ。 「デルフ、オメーなんか気付いた事はねーか。ささいな事でいいんだ。何か本体が撃ってきてる気配とか感じなかったか?人影とかよ」 「わかんねぇ……船員も沢山居るだろうしよ」 ただの対空機銃なら吃水船の下に入れば飛んでこない。だが、この弾幕はその下にいても襲い掛かってくる。 急速上昇、そのまま反転し背面飛行している機体をロールさせ戻し距離を取る。 座席に体を固定させているプロシュートはいいが、そうではないルイズは後ろで色々と転がりながら悲鳴をあげている。 「も、もっと丁寧に操りなさいよぉ!」 「直撃食らうよりマシだろーが!」 旗艦の弾幕ですら厄介なのに、他の船からの援護砲撃が襲ってきた。 当然、通常の砲弾なら当たるはずもないが、小さな鉛弾をショットガンのように詰め撃ち込んで来ている。 「クソッ!親玉の弾幕だけでも厄介だってのに…仕方ねぇ!トコトンやるぜッ!」 散弾を回避しつつ上昇し援護砲撃をしてくる船の真上につけスタンドエネルギーをフルパワーで老化に回し沈黙させていく。 風石によって今すぐ沈む事はないが、援護砲撃は止まる。 だが、未だに本命の射程圏内には踏み込めない。 決め手を欠いたまま弾幕を避けていると、『ストレングス』が船首を少し傾けた。 船首の向きはようやく建て直しが始まっているトリステイン軍だ。 瞬間、凄まじい轟音が鳴り響き船首砲から砲弾が放たれた。 その砲弾を迎撃すべくトリステインのメイジが総出で風の防壁を作り防ごうとするが、それを突き抜け血と肉片が辺りに飛び散り悲鳴があがった。 砲の口径、弾速、その全てがハルケギニアのものより圧倒的に上だ。 もちろん、それを知らないトリステン軍はレキシントン落しの効果もあって壊走寸前と化している。 恐らく、次に砲撃が行われれば、もうそれは止めることはできないであろう事はギーシュが決闘したら負けるぐらい確実ッ! 「ど、どうしよう…!あそこには姫様が…!」 そうは言うが、今の自分にはどうする事もできない。 必死になって自分にできる事を探そうとするが、失敗魔法しかできない以上全く無い。 無意識にポケットの中の水のルビーを指に嵌め指を握り締める。 「どうか姫様をお守りください…」 やれる事が無いのなら、せめてアンリエッタの無事を祈ろうと思った。 「兄貴!左と正面から弾幕だ!」 「分かってる!」 言われるまでも無く右側面に機体を90°傾けさせ、そのまま右下に滑るように回避。 「キリがねー……このままじゃあ燃料が持ちゃあしねぇ」 燃費がいい方だとはいえ、急速反転や上昇を繰り返している。 航続距離2000キロを誇るゼロ戦でも、そんな無茶な機動を繰り返していては、そう長く持ちはしない。 また転がったルイズが泣きそうになりながら地に落ち開いた始祖の祈祷書を拾い上げる。 持ってくるつもりは無かったが、あそこで置いてくるなどと言えば、自分が置いていかれる恐れがあったのでそのまま持ってきたのだ。 そうして開いた祈祷書に触れた瞬間、水のルビーと祈祷書が光った。 「兄貴、座席の下に何か落ちてるぜ?」 弾幕の射程圏外に出つつスタンドでそれを器用に掴み取る 「……ボルトじゃねーか。何でこんなもんがあんだよ」 それを掴んだまま、弾幕の射程圏外に出ると、そのボルトが溶けるかのようにして無くなった。 「おでれーた、溶けたぜ」 「ボルトが溶けた……?しかも弾幕の射程外に出たとたんに…溶けた以上、あのボルトは物質じゃねぇ……」 何か分かりかけてきた。ゼロ戦のものではないボルト。それが弾幕の射程外に出た瞬間溶けた事。 そして風防に空いたさっきのボルトと同じ程度の大きさの穴。 「……弾幕の正体はこのボルトか!だが、なぜボルトなんだ……?」 リゾットのメタリカのように磁力のようなものを操り飛ばしてきているという 事も考えたが、それならばボルトなどという形を取る必要は全く無い。 「兄貴…ボルトって何に使うんだ?」 「あ?こっちにはボルトねーのか?ネジのデカイヤツで金属板とかをこいつで固定すんだよ」 「じゃあ、あの鉄の親玉にも使われてんだな」 スタンドのボルト、金属装甲の船、360°繰り出される弾幕。これで何かが繋がった。 「……でかしたぞデルフ!『どこから』『どんな方法で』攻撃しているのか、お前のおかげで全て理解したぞデルフ!」 「……悪りぃ、さっぱり分かんねー」 「射程外に出たら溶けたって事は、あのボルトはスタンドって事だ! そして、あの船『から』撃ってきてるんじゃあねぇ……!あの船『が』ボルトを撃ってきている…つまり、あの船そのものが…スタンドってこったァ!!」 「な、なんだってーーー!あんなデカイやつもスタンドってやつなのかよ!」 「何でもアリってのがスタンドだからな……だが、あんだけデカイスタンドを操るとなると……本体もかなりの化けモンだな」 「スタンドはスタンド使いには見えなかったんじゃあねぇのか?溶けたって事は物質と一体化してるわけじゃねぇしよ」 「……スタンドエネルギーがデカすぎるって事ぐらいしかねーな、あんなタイプのスタンドなんざ組織の情報網にも引っかかった事ねーよ」 だが、船の正体が分かったところで、あの弾幕をどうにかしない事には詰みだ。 スタンドパワーの枯渇を待つ。Noだ。持続力A以上は間違い無いだろうし、まずこちらの燃料が持たない上に時間も無い。 弾切れを誘う。これもNo。スタンドである以上、スタンドパワーが尽きない限り弾幕は途切れない。 射程外からの機銃弾による攻撃。問題外だ。スタンドエネルギーが実体化してるという事はダメージはあるかもしれないが あの大きさに20ミリの穴を開けたとしても大してダメージにはならない上に、修復されかねない。 250キロ爆弾でも積んでれば話は変わってくるのだろうが、そんな装備はこのゼロ戦には付いていない。 ハッキリ言えば打つ手無しだった。 「なにこれ……古代ルーン文字?」 今まで魔法が使えなかったぶん、それに反比例するかのように勉強に勤しんでいたルイズである。 古代ルーン文字を読むことができたのは当然といえた。 「序文。 これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。 四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す」 呟くような声で読み上げるが、前で必死こいて回避運動を行っている一人と一振りには聞こえてない。 「チッ!せめて弾幕の軌道と間隔さえ読めりゃあ接近できるんだがな」 「でもよぉ兄貴、近付いたら近付いたで、回避しようがねぇよ」 確かにそうだ、広域老化では効果が出るのに多少時間がかかる。 至近距離では弾幕を回避する事はできず直撃を受ければ良くて機関停止、悪くてその場で爆散だ。 「神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。 神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」 「こっちの位置をどうやって把握してるかだな……エアロ・スミスみてーに特定のものを探知しているか……視認で撃ってきてるかだが」 レーダーなどで確認しているのなら打つ手はないが、視認で補足してきているのなら、まだ一つ打つ手はあったが、確証が無い。 「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。 『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。 『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。 時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。 たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。 #center{ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ} 以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。初歩の初歩の初歩の呪文。第一の爆発『エクスプロージョン』」 その後に、呪文が続いたがルイズは呆然としている。 「始祖っていうわりに頭脳がマヌケじゃない……?指輪がなくちゃ祈祷書が読めないんじゃ、誰がその注意書きを読むのよ」 だが、祈祷書が読めるという事は…… 「わたしが『虚無』の使い手って事なの?」 『エクスプロージョン』と自分の失敗で起こる爆発。 効果としては同じだ。なら今まで失敗と思っていた魔法が『虚無』だったとしたらどうか。 思えば誰もあの爆発を失敗と呼び笑っていた。 ただ一人、その爆発も使い方次第でどうにでも変わる『自信を持て』と言ってくれたのはプロシュートだ。 なら、祈祷書が読める以上、自分を信じて、それに頼るしかない。 そう思った時スデに行動していた。 「このクソ忙しい時に何やってんだッ!」 座席の隙間からルイズが身を出し、操縦席にやってきて座り込んだ。 「……もしかしたら、何とかなるかもしれない……うまく言えないんだけど選ばれちゃったかもしれないのよ」 「何にだ?」 よもやスタンド能力に目覚めたのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。 「いいから、合図したら、ひこうきをあの戦艦に近づけてちょうだい!」 「……自信はあんのか?」 「……ぁ……る」 「聞こえねー……!自信を持ってんなら、自信を持って答えろ!」 「……あるわよ!あるから言ってるんじゃない!!」 そう答えるルイズを見て、口の端を上げ笑った。 「やれんのは一回限りだ。しくじったら次はねー。それに、こいつは賭けだぜ? もしかしたら墜とされっかもしれねーが」 「いいから近付けなさいッ!使い魔は黙ってご主人様の言う事に従うのッ!」 「了解、『ご主人様』」 急速上昇、敵旗艦の遥か上空まで駆け上がった。 「子爵、どうやら敵の竜騎士はどこかに逃げたようだが」 「ガンダールヴの能力の射程にさえ入れなければいいわけですからな… しかし、あの男がそう簡単に退くとも思えますまい、念のために艦の上空に遍在を二つ配置していますよ」 「ウキャアアアアア」 猿―フォーエバーがそう叫びを上げると壁の中にめり込み消えていく。 今までは遍在のワルドが、ゼロ戦の位置を捕捉し使い魔としての能力を使いフォーエバーに指示していたが、自らが捕捉し、攻撃を行う気になったようだ。 ストレングス上空約3千メートル、眼下に映る巨艦ですら点のような大きさだ。 もちろん酸素濃度は結構低い。そんな状態で風防を開けて、スタンドでガッシリと掴まれたルイズが風防から顔を出しているのだからスゴイ事になっている。 「ぜぜぜ、絶対に離さないでよねぇ~~~!」 さっきまでの、自信はどこにブッ飛んだのか、半泣きに近い状態でそう叫ぶ。 まぁスタンドが見えないため、何に固定されているのか分からない状態なのだが。 「どうする?止めんのなら今だぞ」 そうは言ったが、答えはスデに分かっている。 さっき見せた目には明確な覚悟が宿っていたからだ。 「ばばば、馬鹿言うんじゃないの!わわ、わたしがやらないと姫様が危ないんだから!!」 その言葉と同時に機首を巨漢に向けスロットルを限界まで絞る。レシプロ機の特性上プロペラがすぐに止まる事は無いが時間の問題だ。 巨大戦艦に向けての垂直降下。さらにすれ違い様にルイズが、『エクスプロージョン』を放つ。 言うなれば、米軍機が得意としていた戦法の一つ、急降下爆撃だ。 音で感知されないようにエンジンは止めておかねばならないが、水面に浮かぶ船とは違い、下にも空間は十分にある。 フルスロットルにし最加速するまでは十分な高度が。 これが水上艦ならバンザーーーーイと叫びながらの特攻だが、宙に浮いている事が幸いした。 もちろん、懸念はある。 エアロ・スミスのようにレーダーで特定のものを探知するようなタイプであれば早々に迎撃される。 探知か視認か、このどちらかによって、結果は違う。 賭けだった。それはもう、どこぞのギャンブラーが見たら迷わず『グッド!』と指を向け叫んだぐらいに。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ その詠唱と共にゼロ戦が自由落下を始めた。 垂直に落下しているので風防から身を乗り出しているルイズは当然、下を思いっきり見る事になる。 掴まれているとはいえ、この高度からの急速降下である、絶叫マシーンなぞ比較にならないぐらいアレなのだが詠唱そのものは途切れる気配は無い。 「……ゲームにハマってるメローネと……同等の集中力だな」 「それってスゲーのか?」 「言いたくねーが、そういう時のメローネを邪魔できんのはブチキレたギアッチョぐらいしかいねーよ」 「あー……そりゃあスゲーな」 ギアッチョの事は聞かされていたので、そのスゴさが一発で理解できたようだ。 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド 呪文の詠唱を始めて、すぐに降下に対する恐怖心など無くなった。 なによりどこか懐かしいようなリズムが、それを許さなかったからだ。 体の中で何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転するかのような感覚だ。 コルベールエンジンを爆破した日、自分で言っていた事が今まさに『言葉』でなく『心』で理解できていたッ! ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ 重力によりさらに加速、敵艦との距離が凄まじい勢いで詰まる。 「……風が乱れた?」 ストレングス上空で風竜に乗り哨戒中の遍在ワルドx2だが周辺の風が乱れた事に気付いた。 周りに船が多数浮いている中よく気付いたのだが、微かに乱れただけで詳しい場所も分からない。 まぁ、この状況でそれに気付いたのは、風のスクウェアだけの事はある。 それに、反応してフォーエバーも壁から出てきたが、ストレングスの船内に居る相手なら手に取るように把握できるが、船外ならそうはいかないのでワルドに任せている。 本来ならただで人間に従う機など毛頭無かったが、学ランの男にボコボコにされ辛うじて生きてはいたが色んな所が再起不能になって暮らしていたところ この男がそれを治してくれた(正確に言えば水のメイジ)というのもあるが、何故かDIO様のように仕えなくてはならないという気になっていた。 「来るか……?ガンダールヴ!」 下方、側面を見渡すが、何も無い。となれば上しかないが、あるのは陽光眩しい太陽だけだ。 だが、その太陽に影が差すと、その場所が特定できた。 「日の中か……!やってくれる!」 少し光が薄らいだ太陽の中から降下してくるのは緑の機体だった。 「……あのハゲ!日食は今日じゃあねーかよ!」 太陽を背にし、その光に紛れてギリギリまで接近するつもりだったが、日食のおかげで予定より早く探知された。 「逃げねーとモロに食らっちまうぜ兄貴!」 ここで回避する事はできるが、そうなればこの策は二度と通用しない。 つまり、アレを沈める事ができなるなる。 「いいや、ここは突っ切るしかねぇ!」 フルスロットル、最大加速しながら降下する。重力と推進力によって一気に限界速度に達し突っ込んだ。 ジュラ……イサ・ウンジュー…… その風圧に思わず詠唱が途切れそうになるが、急にそれが弱まった 「グレイトフル・デッドを前に出しといてやったから、ちったぁ……マシになんだろ」 背負わされている形になっているのだが当然見えないルイズには分かった事ではない。とにかく風圧が弱まった事だけは事実だ。 操縦している方も喋っている場合ではないのだが、同じようにスタンドの体で風圧を弱めているため何とかなった。 「ホキョァァアアア」 「止まれぇぇぇぇぇガンダールヴッ!!」 ストレングスから弾幕が放たれるが、限界速度で高速移動している飛行物体に当てるのは至難の業だ。 水平飛行している状態なら数に物を言わせ当てることもできたが、この場合は違う。 減速する気配が微塵も無い上に、むしろ加速しながら突っ込んできている。 ただ、機動飛行を行っているわけではないので、少しづつだが、弾幕がゼロ戦をかすめ始めた。 バキィ!と嫌な音をたて開け放った風防が脱落し、周りをボルトの弾幕がかすめる。 「チッ!あのハゲ……!戻れなかったら老化で全滅させてやっからな!」 「その前に生きてりゃあな……」 スデに弾幕の射程内。ストレングスまで400メートルといったところだ。 この速度なら、一瞬。だが、その分直撃は貰いやすくなる。 ハガル・ベオークン・イル…… 詠唱が終わるが、その瞬間この呪文の威力を理解した。 周辺空域全てを巻き込むであろう、その威力を。 選択肢は二つ。殺すか。殺さぬか。 破壊すべきは何か。 一瞬、迷いが生じたが直ぐにそれを断ち切る。 (『詠唱する』と心の中で思ったなら……その時スデに行動は終わっているのよね……) 翼に穴が開くが、速度は落さない。むしろ落したりでもしれば、それこそ蜂の巣だ。 風竜に乗った遍在ワルドと目が合った気がしたが、構っている暇など一切無い。 そのまま、ストレングスとすれ違うように降下し、胴体部に直撃を果たすボルトの弾幕が見えた瞬間、光の玉が辺りを包んだ。 ようやく到着した二人と一匹だが、艦隊が光の玉に包まれていく光景を見た。 「なによ……あの光は……」 「分からない……」 「でも、あれなら、トリステインが勝ったって事じゃない?」 ラ・ロシェール付近に展開し壊走寸前だったトリステイン軍からも歓声が聞こえている。 「……まだ!」 タバサがそう叫ぶと光が晴れる。殆どの艦は炎上し、甲板とマストを燃やし墜落していたが、唯一本命の巨大戦艦だけは、炎上しながらも健在な威容を見せていた。 スタンドの船という事が災いした。 本体、つまり、フォーエバーには直接ダメージは入ってないのだ。 核。ストレングスがベースとしている艦が炎上していれば墜落していただろうが、巨大なスタンド像に阻まれ、こちらは損傷には至っていない。 もちろん、船に与えたダメージの分は本体にもフィードバックされているが致命傷というわけではない。 「フフ……ハハハハハハハ!」 船の中でワルドが笑う。ただひたすら笑う。 あの光を見た瞬間、それを虚無だと確信したのだが、その伝説の虚無すらものともしない艦を手に入れた事に笑った。 「ギャオオオォォォォ」 だが、その笑いをも打ち消す獣の叫びが辺りに響き渡る。 その声の主はフォーエバーだ。 船体を焼かれているのだから、当然ある程度本体も焼かれている事になる。 こうなれば、ワルドに対しての忠誠など一切無い。使い魔になって日が浅いというのも災いした。 敵を倒すという本能のみが頭を支配する。 スタンドに目覚めているだけあって、普通の猿とは違う高度な頭脳を持っているのだ。 通常なら制御できていたが、焼かれた事でベイビィ・フェイスの息子もびっくりな暴走っぷりを始めている。 主砲はスタンドではなく実弾なので、それを込める乗員などその他多数乗船していたが、一人の例外も無く船の中に飲み込まれようとしている。 「こ、これは……馬鹿な……!」 ワルドとて例外ではない。スデに半身を底なし沼にハマった旅人のように船体に埋めている。 必死に、フォーエバーと連絡を取ろうとするが、怒り一色のフォーエバーにはそんなもの聞こえてすらいない。 「アレでまた墜ちねーのか……」 「もー無理だ、逆立ちしても無理だね」 機首を翻し、光の起こった方向を見たが、炎上しながらも依然として健在な戦艦が上空にあった。 弾幕の射程に入らないようにしていると、見慣れた竜が戦艦に近付くのを見た。 「あの馬鹿が……ッ!死ぬぞ!」 タバサ&キュルケinシルフィードなのだが、どうやら戦艦上空に向かおうとしているらしい。 へばっているルイズを後ろに押し込むと、再び高度を上げるが、シルフィードに向け弾幕が放たれた様子は無い。 「やはり、視認で撃ってきたってわけか……?なら本体はどこだ?」 甲板を見渡しても本体らしき者は居ない。中に本体が居ると判断し広域老化を仕掛けるべく甲板上空に付けるが、それより先にシルフィードがそこに居た。 「オメーら邪魔だ!」 そう叫ぶが、距離もある上に、ゼロ戦自身の爆音で聞こえていない。 船自身がスタンド。迂闊に接近するのは自殺行為だ。グレイトフル・デッドの 長大な射程があればこそ、ギリギリまで接近したのだが、シルフィードは近付きすぎている。 「ここまで近付いても攻撃してこないなんて……何があったのか知らないけど先手必勝ね!」 普通の船なら、近付くまでに船員なりが攻撃を仕掛けてくる。旗艦なら当然メイジも居るはずだ。 だが、現在フォーエバー暴走中につき船から反撃が行われる事は無い。 それで、二人して乗り込もうと思ったのだが、この船自身がスタンドなどとは微塵も思っていない。 そして、シルフィードが最も接近した時、二人と一匹に船体からパイプなどの部品が絡みついた。 「なな、何よこれ!」 「……引っ張られる!」 (こ、こいつおねーさまに何をーー!……はッ!まさか、その触手っぽいモノでおねーさまに、あんな事やこんな事を!……少し見てみたい気も!) ちょっとアレな想像をして悶えているシルフィードだが、相手はあの家出少女(14)に手ぇ出そうとした猿。 何が言いたいかというと……正解である。 獣の叫びを上げながら、壁から巨大な猿……オラウータンことフォーエバーがにじり出てくる。 怒りで顔を通常の三倍の如く赤く染め上げ、絡め取られている二人+一匹に近付いていく。 タバサが辛うじて握っていた杖で『ウィンディ・アイシクル』を唱えたが、フォーエバーに当たる直前に 床の壁がフォーエバーをガードするかのように盛り上がり氷柱を阻んだ。 「……錬金!?……違う……まさかスタンド!?」 改めてフォーエバーを見据えるが、刺さった氷柱を抜き、火傷に押し当てたり、かじりつつタバサを見ている。 「猿のくせに……気に入らない顔してるわね…!」 そっち方面の事に関しては百戦錬磨のキュルケさんにとってはその猿の顔は今まで見飽きたような顔だ。 「なに?この微熱のキュルケを無視してタバサに?……いい度胸してるじゃない!」 もちろん、そんな露骨な表情で迫ってきた男達は火葬される事になっているのだが、それが、自分にではなくタバサに向けられている事が気に入らなかった。 Fuck you……ブチ殺すぞエテ公 そんな危ない呟きが聞こえたのは多分幻聴だ。 そして、『フレイム・ボール』が放たれるが、フォーエバーの遥か手前で壁に阻まれ炎上している。 魔法―ストレングスから見ればスタンド能力だと思っているのだが、それを見て、邪魔だと言わんばかりにキュルケとシルフィードを船体に半身を沈めさせる。 「ヤッバイ……逃げなさいタバサ!」 「……無理」 人間の五倍近くの力を有するオラウータンだ。並の人間でも太刀打ちできないのに、普通より小柄なタバサが拘束から逃れるのは不可能といえた。 「ウホ、グフホホホ」 氷をかじりながらモット伯もドン引くような笑みを浮かべゆっくりと近付く。 (ああ!おねーさまの初めてが、あんな猿に!?……でも大丈夫なの!後でシルフィが慰めてあげるのね!) フォーエバーとは別の方向でなんか興奮しているシルフィードを見て、これを乗り切ったらどんなお仕置きをしようかと思ったのだが、それどころではない。 だが、フォーエバーとタバサの距離が3メートルに達したところで、フォーエバーが止まり右手を横にかざした。 瞬間、その横に『ウィンディ・アイシクル』を止めたものより厚い壁が盛り上がり、そこに機銃弾が撃ち込まれた。 「チッ!」 それと同時に、上空をゼロ戦が通り過ぎ、その場に風が流れる。 「最悪、巻き込もうかと思ったが……氷食ってやがんな」 忌々しげに眼下のフォーエバーを見るが、ガリガリと氷を貪り余裕とアレが混じったムカつく笑みを浮かべている。 本来ならオラウータンと人間の寿命差でフォーエバーが先にくたばるのだが、タバサが魔法を使ったのが仇になった。 こうなれば、広域老化は役に立たない。 直触りは問題外だ。ゼロ戦を捨てたとしても船上はフォーエバーのホーム・グラウンド。 例えるなら、虎の球団のファンが大勢乗った電車の中で一人オレンジ色のマークの球団の帽子を被り、それに乗るようなものだ。 機銃弾も通じない以上、残った手段は、キュルケの炎でフォーエバーの体温を上げさせる事だったが肝心の魔法がフォーエバーの遥か手前で止められているから期待できそうにない。 もう一度反転し、機銃を撃ち込むが、さっきと同じように壁に阻まれフォーエバーに届いていない。 「エテ公が……ここで、撃ってくれば墜とせるってのに、やらねーって事は…ナメきってやがんなッ!」 「こいつじゃ、あの壁を貫通できねーしな。どうするね兄貴」 連続して同じ場所に撃ち込めば貫通できるだろうが、ゼロ戦自体が高速で動いている以上それはできない。 ガンダールヴ印の効果で精密射撃自体は可能になっているが、あの壁を貫通できるぐらい同じ場所に連続射撃をするというのは無理だ。 遠すぎれば弾はバラけるし、近ければ、その速度故に貫通するだけの量の弾を撃ち込めない。 「ホワイト・アルバムを相手にしてる気分だぜ……クソッ!」 あの堅牢な装甲も、同じ箇所に立て続けに攻撃を食らったり、一点集中の強大な負荷をかければ破れるのだが、それをやるのがディ・モールト難しいのだ。 つまりまぁ……目の前の猿がギアッチョと被り、ムカついてきた。 「速すぎるなら速度落せばいいんじゃないか?」 「これで限界だ、これ以上落すとこいつが墜ちるからな……」 もう少し落せない事も無いが、水平飛行をギリギリ維持できる速度だ。上昇や旋回などは当然できない。 まして、照準の調整などしようものなら即、失速して墜落だ。 「いっその事、こいつを空中で止めちまうってのはどうだ?」 「馬鹿かオメーは?プロペラが回って前へ進んでるからこいつが飛んでんだろーが」 「いや、魔法でさ」 悪くは無いが、誰がやるかが問題だ。 タバサは、もうスデにがっつりと絡め取られ、ルイズはヘバっているし、爆発を起こしかねない。 となると残っているのは、半身を埋めているキュルケだが、フォーエバーに気付かれずに伝える手段が無い。 スタンド使い同士なら、意思疎通も可能だが、そうではない。もっともフォーエバーにも聞こえてしまうが。 直接伝えるのがベストだが、そんな真似ができる人間はここには――― 「……オメー確か丈夫な方だったよな?」 「ああ、そりゃあ伝説だしな」 「それじゃあ、今から言う事をしっかり覚えとけ」 「んー?どうするんだね?」 説明し終えると、デルフリンガーの柄を握り、キュルケの方を見る。 半身を埋めているものの、杖を持った方の手は出ている。良好だ。 「イタリアに戻れたら言えねーから、先に言っといてやる。世話になったな『相棒』」 「兄貴……俺の事を初めてそう言ってくれたな……!もう泣きそぉぉぉぉぉぉぉぉ」 言い終える前に、デルフリンガーをキュルケの方に向けブン投げる。 見下ろすと、見事にキュルケの近くに刺さったデルフリンガーとキュルケが何やら言い合っているが問題は無いと判断し再び上昇する。 スデに、日は半分欠けている。一発勝負だ。 「あたしに刺さってたらどうしてくれんのよ、この剣は」 「俺に言うな。投げたのは兄貴だぜ…で、大丈夫なんだな?」 「任せときなさいな。あのエテ公に一泡吹かせられるんなら何だってやるわよ。……タバサも色々と危ないみたいだし」 猿を睨むが、腕をタバサに向け動かしている。 タバサの方も見るが、フォーエバーが腕を動かす動きに合わせパイプがグネグネと動いている。 正直言って、触手そのものと言ってもいい。 ジュルリ そんな音がしたが、デルフリンガーは幻聴だと思った。というかそう思わせてください。 「そ、そろそろ、くるぜ」 キュルケの方は見ないでそう答える。見れば今までの価値観が崩れてしまいそうな気がする。 今までタバサの方に向けていた腕を上に向けるとフォーエバーを覆うように壁ができた。 それと同時に、直上方向から機銃弾が浴びせられるが、さっきと同じで貫通はしない。 20ミリ機銃でも突破できない厚さの上にスタンドだ。 普通のものより強化されている。 特攻という事も考えたが、この船は俺のものだ。壁を介して何時でも逃げられる。 何より、この近さでは、この少女も巻き込むはずだ。 上は放っておいても問題無い。となれば、何かしてきそうなのは捕獲している一人と一匹かと判断し視線をメンドクさそうにそっちに向けると 赤髪の女が杖を振っている事に気付いた。 それを見るや、手を掴むように握りこむ。 「がッ……レディにこんな事するなんて……礼儀を知らないわね……エテ公が……うぐぁぁ……!」 (痛い痛い痛い痛い痛い痛いのーーーーー!) 人間の5倍近いオラウータンの握力とスタンドパワーによる締め付け、下手すれば埋もれている部分から切断される。 フォーエバー自身、キュルケにもアレでナニな事をするつもりでいたが、ド真ん中ストライクゾーンなのはタバサだったため、放置していたが害になるのなら始末する。 そう判断し、そちらに集中を向けたため、それが一手遅れる事になった。 直上方向から壁を穿つ音が聞こえていたが、その音が長すぎる。 機首を翻していなければ機体を船にぶつけているはずだが、それも無い。 思わず上を見上げるが、見た物は同じ箇所に銃弾を受け、脆くなった壁を突き破り己の額に向かってくる20ミリ機銃だった。 「資料で見ただけだが…ナランチャがトドメを刺す時はこう言っているようだな……」 機体を90°傾けさせ機首をフォーエバーに向けた機体の中でスタンド使いにのみ聞こえる会話をフォーエバーに向ける。 「ブゴォォォ!ウグアボゴォォォォ!!」 勢いが殺されている弾とはいえ、生物を貫く事ぐらいはできる。 だが、勢いが殺されているだけあって、一発で致命傷に至らなかった事が、この猿の不幸か。 「ボラーレ・ヴィーア(飛んでいきな)…だったか?」 トリガーを押しっぱなしにし銃身が焼きつかんばかりに弾切れまで撃ち尽くした。 「はぁ……ものすごい締め付けだったわね……千切れるかと思ったじゃない」 ちょっと言葉がアレだが気にしない。 猿とタバサの方を見るが、どうやらギリギリ一歩手前で無事なようで一先ず安堵した。 (死ぬかと思ったのね……でもこれから、泣き崩れるおねーさまをシルフィが優しく抱いて……) (なにやってるの?) (はッ!おねーさま、何もされなくてよかったのね……) 現実に引き戻され、ちょっと残念そうに答えるシルフィード。自重しろ。 (……お仕置き) (へ?な、何を!?ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサヤッダッバァァァァ) 解放されたタバサが恐ろしく素早い動きで、シルフィードの口に捻じ込んだのは、ご存知『草』が入ったアレだ。 韻竜も一発で昏倒させるその威力に引いたが、船体が溶け始めた事にはビビッた! 「兄貴がこの船スタンドって言ってたから、あのエテ公がスタンド使いって事だな」 「……それって、あの猿を倒したからこの船が消えてるって考えていいの?」 「そういう事だな」 落ちる。そう思った瞬間、垂直に空中で浮いているゼロ戦を水平に戻した。 タバサは気絶したシルフィードで手一杯だ。 直上方向から垂直に降下し『レビテーション』で浮遊させ装甲を貫通できるまで機銃弾を叩き込む。 推力を落としているため、前に進むこともなく墜落もしない。 水平方向なら惰性で照準がズレるため、降下しながらの作戦だ。 水平になった瞬間、再稼動。『レビテーション』が切れる前に飛行可能速度に達するべく、勢いよくプロペラが回転し、その場を離れる。 「どーやら任務完了ってわけだが……間に合うか?」 上空を見上げると日は2/3といったところか。 このまま行けば間に合うだろうが……後ろでヘバっているルイズを見た。 船があった場所を見ると、スタンドが溶けながら核となる船が炎上しながら落ちていっている。 スタンドは溶けたが炎はそうではないため燃え移ったようだ。 タバサとキュルケはスタンドの中に飲み込まれていた船員をそっちに移している。 ストレングスにはメイジも居たため、まぁ何とかなるだろう。 ワルドっぽいヤツも居たような気がしたが、早々に逃げたようだ。 「あっちも手一杯ってわけか……仕方ねーな」 言いつつ機首を下げようとすると、後ろから声がかかった 「なに……やってんのよ?……帰るんじゃなかったの?」 「オメーみてーなの連れていったら、オレが色々困るんだよ」 ルイズが付いてきて、なおかつチームの連中が生きて万が一にでも見られた日には、ハイウェイ・トゥ・ヘルもんである。 そうでなくても、ボスを暗殺せねばならないのだ。暗殺チームの戦いにルイズを巻き込む気は無い。 そう言うが、左手のルーンがさっきよりも少し強く光っている事には気付いていない。 「……わたしが邪魔ならハッキリそう言いなさいよ。いいわ、今日であんたクビね!」 「あ?イカレたのか?この状況で」 「好きにしていいって事よ……元の世界にでもイタリアってとこにでも勝手に帰りなさい」 「だからオメーを連れて行く気は……な……!……てめー何やってる!外は時速350キロだぞ!!」 後ろに居たルイズが、また隙間から前に出てきて、外に身を乗り出そうとしている。 この高さから落ちれば、速度の関係無しに紫外線の直撃を受けたコルベールの毛髪が抜け落ちるぐらい確実に死ぬ。 「わたしを誰だと思ってるの……!虚無の使い手『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』よ?」 「……スタンド使いも能力の目覚めたてが一番危なっかしいんだよ。……本気か?」 「虚無の使い手のわたしが、使い魔如きに心配される覚えなんてないんだからね!でも一つだけ命令よ」 「クビなんじゃあなかったのか?」 「う、うるさい!一々揚げ足取るんじゃないの!……その組織ってとこを相手にしても死なない事」 「オメーに言われるまでもねーよ。オレ『達』は簡単には死ななねぇ」 「な、ならいいわ!……あんたも少しはわたしを信頼してよ……」 「……マジってわけか……止めはしねーが後ろに気をつけろ。後で見たらオメーの肉片が付いてましたとかじゃあ洒落にもならねぇ」 「い、嫌な事いわない!……皆に伝えて欲しい事は無いの?」 「アリーヴェ・デルチ(さよならだ)。こいつだけで十分だが、しばらく時間が経ってから言えよ」 「なんで?」 「……オメーがそれ言った後に帰れずに戻ってきた時の気まずさを考えてみろ」 「あー……それ、なんかすっごく分かるわ」 別れの挨拶をしてから、後でその本人が現れる。B級映画でもやらない、洒落にもならない行為だ。 「それじゃあね……今だから言うけど結構楽しかったわよ」 「餞別だ、グレイトフル・デッドで運んでやる。あと、デルフの鞘も持っていけ」 言うと同時に、ルイズを持ち上げる。 「死んでも責任取らねーからな」 「く、クビにした使い魔に責任取ってもらう必要なんて、無いわよ」 「言ってろ」 フルパワー。尾翼に当たらないように放り上げるようにルイズを投げた。 投げると共にフルスロットル、太陽に向け急速上昇。 少し気にはなったが、後ろは振り向かない。 一端の覚悟を持って望んだのだ。信頼してやるのが礼儀というものだろう。 さて、こちらは重力に従って降下しているルイズだ。 確信があったわけではないが、自分の系統を見つけた事により、それも使えるであろうという奇妙な感覚があった。 「落ち着くのよ…ルイズ・フランソワーズ……落ち着いてやればできるわ……あいつも言ってたじゃない」 風圧で手に持つ杖が飛ばされそうになるが、しっかりと握り締める。 これを飛ばされたら、パール・ジャム決定だ。 呪文を詠唱し風圧に逆らいながら杖を振ると降下の速度が落ちる。 「『レビテーション』……やっと成功ってとこね」 地面に着陸すると同時にガクッと意識が遠くなる。今ので最後の最後まで精神力を使い果たしたらしい。 完全に意識を失う瞬間、キュルケとタバサが近付いてくるのが見えた。 そして、翌日。学院で目が覚めたルイズだったが…使い魔がどこにも居ない事に……泣いた ←To be continue...? 戻る< 目次 続く
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ニューカッスル城の礼拝堂に、凍えるような冷気と、それにも増して 冷たい殺気が吹き荒れていた。 「・・・・・・・先住魔法、か・・・?貴様・・・何者だ」 驚愕に眼を見開いたまま問うワルドを、ギアッチョは無表情に嘲笑う。 「今から死ぬ人間に説明する必要はねえな」 ズン!とギアッチョが一歩踏み出す。本能で危険を感じ取り、反射的に ワルドは二歩飛び下がった。 「だが、ま・・・サービスだ 一つだけ教えといてやる」 ギアッチョが言い終えると同時に、ワルドは鉄をも断ち切る風の刃を 撃ち放つ。空気を切り裂きながら迫る歪みを睨んで、しかしギアッチョは 逃げもせずに片手を突き出した。 「ホワイト・アルバムッ!!」 咆哮の如き声が礼拝堂に轟いたその刹那、まさにギアッチョの全身を 切り刻まんとしていた風の刃が――動きを「止めた」。次の瞬間、 刃だったそれは銀の粉塵と化して空気に溶け消え・・・ワルドはそこで、 ようやく今起こったことを理解した。かざした片手を胸の前にスッと 戻して、ギアッチョは無慈悲な双眸にワルドを映す。 「そいつが、この力の名だ」 「・・・バカな・・・・・・」 体裁を繕うことも忘れて、ワルドは短く呻いた。 「どうした子爵様?取り除いてみなよ・・・この小石をよォォォ~~~」 白銀の魔人が吼える。その殺気に我知らずじりじりと後退していた 自分に気付き、ワルドは杖の先を床にガツンと打ち付けた。 閃光のワルドともあろう者が何を恐れている?風を極めた自分が、 ただの平民に遅れを取るとでも言うのか? ぽたりと一つ冷や汗が落ち、そしてそれを最後にワルドは平静を 取り戻した。そうとも。こんな男にかかずらっている暇などない。 そして負けるはずもない。私にはその為の力が、技が、策がある。 「フッ・・・フハハハハハハ これは失礼・・・どうやら君を少しばかり 見くびっていたようだ ならばこちらも本気を出さねば礼を失すると いうものだな」 「そいつは面白ェ それでこそ殺し甲斐もあるってやつだ」 漆黒のマントを翻して、ワルドは胸の前に垂直に杖を構える。 律儀に攻撃を止めるギアッチョを余裕を取り戻した眼で眺めながら、 ワルドは静かに詠唱を開始した。 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・・・・!」 呪文が完成した瞬間、ワルドの姿が残像のように左右にぶれ、 ぶれたそばから実体化を始めた。一つ二つと実体化が続き、 ワルドの周りを囲むようにして遂には四つのコピーが現れる。 「・・・これが、風が最強たる所以だ」 「・・・なるほどな 仮面の男だけが不可解だったが、そういうことか 分身の術たぁ笑えるぜ ニンジャ気取りかてめー」 「ただの分身などではない 遍在する風、そのものの顕現だ この世界のいずこにも、風は遍く在る 故に、風が吹くところ 我が影は自在に現れる」 懐から取り出した仮面を投げ捨てて、ワルドは不敵な笑みを浮かべた。 「これが、『遍在』だ」 ギアッチョは己に注がれる五対の双眸を物ともせずに嘲る。 「解説ありがとうよ 説明書を読む手間が省けたぜ で、その間抜け面した分身共にゃあ何が出来るんだ?」 「そう急くな 今から嫌と言う程理解することになる しかし・・・ そうだな 先ほどのお返しもある 一つ教えておいてやろう 『遍在』には、それぞれに自律した意志と力がある これが 素晴らしいところでね、間諜伝令思いのままというわけだ」 「ほー、そいつは素晴らしいな ところでもう一つ聞きたいんだが よォォ~~ それが一体今どういう役に立つってんだ?ええオイ?」 「フッ・・・分からないか?」 スッと、ワルドが杖をギアッチョの喉に向ける。それを合図に、 四人の「遍在」が一斉にギアッチョへと飛び掛った。 「これは『遍在』なのだ 命じたことしか出来ぬ愚鈍なゴーレム等とは 訳が違うッ!」 その言葉を証明するかのように、右端の「遍在」がウィンド・ブレイクを 放つ。ひらりと飛び避けたところに二体目と三体目のワルドが迫り、 立て続けにエア・ハンマーを撃ち放った。 「チッ・・・」 五体の攻撃全てを受け止めていれば流石にパワーが持たない。 極力避けに徹するギアッチョだったが、 ドシュッ!! 「ガンダールヴ」の力が発動していない彼に、四体目の動きは把握 出来なかった。ギアッチョの脇腹に突き刺さったエア・ニードルを 眺めて、ワルドは凶悪な顔で勝ち誇る。 「理解出来たかな?どんな力を持っていようが今の君はただの人間 出来ることには自ずと限界があるというわけだ」 腹部を刺されて動きを止めたギアッチョに、キュルケ達は絶望の 表情を浮かべる。ワルドはそれを見て満足げに笑うが、その笑みは 直後響いた声に掻き消された。 「何の・・・ ・・・つもりだ?・・・え?」 痛みを全く感じさせないギアッチョの声に本能的に危険を感じて、 四体目の「遍在」はバッとギアッチョから飛びのく。エア・ニードルを 纏っていたその杖先には、一滴の血も付いてはいなかった。 「なんだと・・・・・・」 「これだけ手の内さらしてやったのによォォォ~~~~ まだ解らねーのか?ええ?オイ」 ギロリと、色をなくした双眸でワルドを睨む。 「そんななまっちょろい攻撃でよォォォォォーーーー! このギアッチョの装甲を貫けるとでも思ってんのかァァァ!!」 バン!と音を立てて、ギアッチョは片手を床に押し付けた。 ビシビシビキビシィィッ!! 「何ィィィィィッ!?」 ワルドが驚愕の声を上げる。ギアッチョからワルド達に向かって、 床が扇状に信じられない速さで凍って行き――逃げ遅れた二体の 「遍在」の足首を、それはガッシリと固めてしまった。なんとか フライの発動に成功した二体の後ろで、ワルドは宙に浮きながら 忌々しげに舌打ちする。 「なるほど・・・まだまだ見くびっていたというわけか」 「ギアッチョ!あなた大丈夫なの!?」 「遍在」達を油断なく睨むギアッチョに、キュルケは思わず叫んだ。 「『大丈夫』だァァ?おめー言う相手を間違えてるんじゃあねーのか? 『今のうちに逃げなくて大丈夫なんですか子爵様』ってなァァァァ」 嘲笑いながら、ギアッチョはゆっくりと逃げ遅れた「遍在」へ歩を進める。 「調子に乗るなよ、使い魔風情がッ!!」 ワルドの言葉と共にウィンド・ブレイクとエア・ハンマーが四方から 襲い掛かるが、ギアッチョに肉薄した瞬間それらは全て粉々に消え去る。 「まだ理解しねーのかッ!!てめーのどんな攻撃もオレには通じねー!!」 己の無力を宣告されて、しかしワルドはニヤリと口の端をつり上げた。 「ククク・・・ああ、理解してないさ ただし私ではなく、お前がだ」 どこか勝ち誇ったような響きでワルドが答えた瞬間、「きゃああっ!」と いう悲鳴が上がった。 「ルイズッ!!」 「遍在」の一体に身体を掴まれたルイズに気付いて、ギーシュが叫ぶ。 しかし彼が薔薇の杖を抜き放つより早く、ルイズを強引に抱きかかえて 「遍在」は礼拝堂の扉に向かって身を翻していた。 「愚か者が・・・『遍在』にはそれぞれ独立した意志があると言った だろう 私が一人に『遍在』が四体、なのに何故魔法が四発しか 飛んでこなかったのか――もっとよく考えるべきだったな」 「チッ!!」 ギアッチョは扉に向かって駆け出そうとするが、 「遅いッ!!」 無防備なギアッチョに向かってウィンド・ブレイクが続けざまに 四発撃ち放たれ、彼は扉とは反対側の壁に強かに叩きつけられた。 「がッ・・・ や・・・野郎・・・」 二体の「遍在」はその隙を逃さず氷を割って脱出する。同時に ワルドは最後の「遍在」に向かって指示を出した。 「ルイズを追え」 マントをはためかせて扉へ走り出す「遍在」に焦ったように眼を 向けて、ギーシュはぎりりと造花の薔薇を握り締める。 「キュルケ・・・い、行くよ!」 「・・・ええ!」 「待てッ!!」 ギーシュ達の後ろから、大音量で怒声が響いた。 怒鳴ったのはギアッチョだった。後を追おうとする二人を、彼は 怒りに燃える眼で睨む。 「オレがなんとかする・・・てめーらは黙って見てろ」 「今回ばかりは納得出来ないわ!あなたじゃ間に合わないでしょう!」 「てめーらでスクウェア二体を相手に出来るってーのか!?ああ!?」 怒鳴り返そうとするキュルケを手で制して、ギーシュはギアッチョに 向き直った。 「・・・ああ、きっと勝てないだろうね 正直言って恐いよ・・・ 震えが止まらない」 造花の杖を握り締めてぶるぶると震える片手からギアッチョに 眼を移して、ギーシュは「だけど」と呟く。 「目の前で友が危険に曝されているのを、黙って見ているバカが どこにいるッ!!」 びりびりと、一転して空気の振動すら伝わる程の声で――彼は怒鳴った。 普段のギーシュからは想像も出来ない迫力に、キュルケやワルドは おろかギアッチョまでが押し黙る。 「・・・僕は行くよ 倒すことは出来なくても、時間稼ぎは出来る 君が子爵本人を倒せば、『遍在』は消えるはずさ ・・・それに」 いつもの声に戻って、ギーシュはギアッチョを真っ向から見据えた。 「僕だって、一発ぐらいブン殴ってやらないと気が済まないんだ」 手も膝も、相変わらずみっともなく震えている。対峙すらしていない にも関わらず、冷や汗まで流れている。しかし、彼の眼に宿る 「覚悟」の光、それだけは本物だった。ギーシュをジロリと睨み返して、 ギアッチョはフンと鼻を鳴らす。 「・・・あーそうかよ だったらとっとと行っちまえ オレがこいつを 殺す前に追いつけるようにな」 諦めたようにそう言って、ギアッチョは追い払うように手を振った。 こくりと一つ頷くと、ギーシュは脇目もふらずに走り出す。その後を、 迷いの無い表情でキュルケが追いかけた。 開け放しの扉を風のように走り抜ける二人を、ワルドは止めもしなかった。 彼らの消えた扉の奥を眺めて、薄っすらと笑みを浮かべる。 「クックック・・・友情の為に命を賭するとは、全く美しいことだ もっとも、賭けになどなりはしないだろうがね」 「遍在」の身とはいえ、その力はオリジナルと比べて何ら遜色のある ものではない。トライアングルとドット如きに負けるなどということは 万に一つも有り得ないのだ。負けるどころか、時間稼ぎにすらなりは しないだろう。炎も土も、風の前では児戯に等しい。風を極めた己の 「遍在」に、ただの学生風情が挑もうとすること・・・それ自体が あまりにも愚かな行為なのだ。 「黙れよ」 獣の如き眼光で、ギアッチョはワルドを貫く。 「とっとと始めようぜ ・・・いや」 「・・・・・・」 「とっとと、殺す」 気負う気配もなく無感動に吐き出すギアッチョに、ワルドはますます 面白そうに顔を歪めた。 「そいつは楽しみだ」 礼拝堂から続く長い回廊を、ギーシュとキュルケは荒い息を吐き ながら駆け抜ける。間断なくディティクトマジックを使用して いるのは、「遍在」を形成している魔力の痕跡から彼らの後を 追跡する為だ。そうして右へ左へと長い道を走り抜けて、二人は 一つの大きな扉に突き当たった。 「・・・開けるわよ」 「・・・ああ」 蹴破る程の勢いで、二人は扉を押し開く。その先に広がっていた ものは、石畳の中庭だった。 「ルイズ!」 「来たか・・・行け、私よ」 ルイズとギーシュ達の間に立ちはだかった「遍在」が、ルイズを 抱えて今まさにフライで飛び去ろうとしている「遍在」に声をかける。 「不味いわ・・・ギーシュ!」 「分かってるッ!」 返しざま、ギーシュは後ろの「遍在」に向かって魔法を放った。 石畳を錬金して現れた巨大な掌が、既に一メイル程上昇を始めていた 「遍在」の足首を何とか掴んで引き戻す。 「くッ・・・」 「あ、危なかった・・・石畳にまで『固定化』がかかっていたら どうしようかと・・・」 ほっと溜息をつくギーシュの肩を叩いて、キュルケは油断なく 「遍在」を監視する。 「終わりよければ何とやらよ ほら、油断しない」 「あ、ああ・・・」 怯えの中に強固な意志が見える瞳を二体のワルドに向けて、 ギーシュは造花の杖を構える。同じく優雅に杖を構えて、 実に洗練された仕草でキュルケが一礼した。 「不躾で申し訳ないのですけれど・・・素敵なジェントルマン、 私達と踊ってくださいませんこと?」 「フッ・・・よかろう せいぜい転ばぬように頑張ることだ」 未だ足首を掴んでいる石の拳を破砕しようとする「遍在」を、 前のワルドが止めた。 「やめておけ・・・どうせこの男はすぐに死ぬ この先不測の 事態が起こらぬとも限らんだろう 魔力は温存しておくべきだ」 その言葉に、後ろの遍在は杖をしまい直して傍観の構えを取る。 それを合図に対峙する三者がルーンを唱えるべく一斉に口を開いた時、 「やめてッ!!」 ルイズの声が中庭に響き渡った。 首を締め付けるワルドの腕を引き剥がそうともがきながら、ルイズは ギーシュとキュルケに向けて怒鳴る。 「何で来たのよバカッ!分かってるの・・・?ワルドはスクウェア なのよ!?あんた達が戦って勝てる相手じゃないわ!!」 早く逃げろ、とルイズは叫ぶ。一瞬浮かんだ複雑な表情をすぐに 小馬鹿にしたような笑みに変えて、キュルケは久しく使わなかった 呼び方でルイズに言葉を返した。 「お生憎様、ヴァリエールの言葉に従う義理なんてありゃしないわ」 言いながら、キュルケはこれではまるでフーケと戦った時のようだと 思う。自分の、タバサの再三の説得も聞かず一人フーケに無謀な 戦いを挑んだルイズを思い返して、しかしキュルケは首を振った。 今回は、違う。ワルドに勝とうなどと考えているわけではないのだ。 自分は、そしてギーシュは命を捨てに来たのではない。自分達に、 出来ることをしに来たのだと。 悲痛な顔で何事かを訴え続けているルイズの言葉にそれ以上耳を 貸さず、キュルケは朗々たる声で歌うように詠唱を始める。それが、 開戦の合図になった。 キュルケのファイヤーボールを、ワルドは魔法も使わず避ける。 お返しにウィンド・ブレイクをお見舞いして、ワルドの「遍在」は 侮蔑の色を含んだ声で笑った。 「これは驚いたな まさか本気で私に戦いを挑むつもりだとは しかし、大人しくしていれば捨て置いてやろうと思ったが・・・ これでは死んでしまっても文句は言えぬな?」 問答無用で跳ね飛ばされた身体を無理やりに起こして、キュルケは 痛みに顔を歪めながらも不敵に笑いを返す。 「さあ、そんな難しいことはあなたを倒してから考えますわ」 「フッ・・・それでは永遠に考えることは出来ないな もっとも、君の永遠は後数分で終わりを告げることになるが」 余裕の言葉を口にしてから、「遍在」はスッと身体を後ろへ逸らす。 次の瞬間、数サント手前をワルキューレの剣が唸りを上げて横切った。 片手で帽子を押さえると、ワルドはその格好のままワルキューレと 矢継ぎ早に剣戟を交わす。ワルキューレは人ならざるその身体を 駆使し、様々な体勢から攻撃を繰り出すが、「遍在」はまるで先が 見えているかのように易々とそれを捌き続けた。帽子の下の眼を ちらりと騎士の背後に向けると、ワルドはやがて見計らって いたかのようにワルキューレの剣を跳ね上げた。そのまま ワルキューレの体勢が整わないうちに、その身体を杖でガンと 横によろめかせる。ギーシュがその意図を理解した瞬間、 青銅の女騎士はキュルケの火球で見事に溶け消えた。 「なッ・・・!」 ワルキューレを盾代わりにされたことに気付いて、キュルケは グッと奥歯を噛み締める。 本気なのだ、この男は。この真剣な戦いの場で、本気で魔法を 節約しようとしている。自分達に対して、この上ない侮辱だった。 しかし、とキュルケは考える。逆に考えれば、それはこの 「遍在」達に大きな精神力は与えられていないということだ。 それはそうだ、己の精神力から生成した分身なのだから、大きく 見積もっても「遍在」四体の生成に使用した精神力、せいぜいその 四分の一程度しか扱えないはずだ。強力な魔法も一発程度なら 放てるかもしれないが――しかしその程度だろう。いくらワルド 本人が強大であろうとも、そしてその力を、知恵を継承して いようとも。「遍在」の行動には、限界があるはずなのだ。 キュルケはギーシュに眼を向ける。どうやら同じことを考えて いたらしい。冷や汗がだらだらと流れる顔で、彼はニッと笑った。 そうと分かれば攻めの一手だ。魔法を使わずに攻撃をかわし 続ければ、いつかは必ず隙が出来る。その時こそ勝機・・・! キュルケは気付かない。時間稼ぎという目的が、いつの間にか 「遍在」の打倒に摩り替わってしまったことに。闇路に浮かぶ 光明には、誰もがすがりつきたくなるものだ。例えそれが―― 誘蛾灯であったとしても。 次々と撃ち出される火球を、ワルドの「遍在」は正に踊るような 動きで避け続ける。今度は互いに注意しあって、その間隙を縫う ように三体のワルキューレが剣を振るうが、それも全てワルドの 杖に受けられ、止められ、弾かれていた。 「ッ・・・埒が明かないわね!」 余りの手応えのなさに苛立ったキュルケは、一つ上級の魔法に 攻撃を切り替える。炎と炎、炎の二乗。ファイヤーボールより 一回り大きい灼熱の弾丸が、熱風を撒き散らしながら「遍在」に 襲い掛かった。 放たれたフレイム・ボールに気付き、「遍在」は一瞬動きを 止めた。 「今だ、ワルキューレッ!」 隙を逃さず、ギーシュの声でワルキューレが三方から剣を 振りかぶる。開いたもう一方からは、フレイム・ボールが 空を切り裂いて迫っていた。 ――・・・勝った! キュルケは内心で勝利を宣言する。四方を塞がれたワルドに 逃れる術はない・・・はずだった。 「バカめが」 敗北するはずの男が、興醒めだと言わんばかりに吐き捨てる。 ゴォアアァッ!! 次の瞬間、彼の前方から人ほどの高さの竜巻が発生し―― ワルドの周囲を高速で旋回すると、青銅の騎士達をまるで 粘土のように引き裂いた。 「なッ・・・!?」 絶句する二人を嘲笑うかのように、竜巻はフレイム・ボール をも切り裂き散らす。それと同時に自身も掻き消えるように 消失し、後には舞い上がる土煙だけが残った。 そして「遍在」は、ついに反撃に出る。煙幕を突き破って 石畳を疾駆し、息もつかせぬ勢いでキュルケに肉薄した。 「しまッ・・・」 ドボン、と空気が跳ね。圧縮された空気の槌をモロに喰らって、 キュルケは何かが折れる嫌な音と共に、地面に叩きつけられた。 「・・・ぅ・・・あ・・・」 全身が麻痺してしまったように動かない。ギアッチョとの決闘で 使われたものとは比にならない、本物のスクウェアの力が キュルケの身体を打ち砕いたのだ。この痛みは叩きつけられた 衝撃によるものか、それとも折れた肋骨によるものか。判然と しない意識の中で、キュルケはかろうじて首だけを上に向ける。 冷然と己を見下ろすワルドが、そこにいた。 遠くでルイズが何かを叫ぶ声が聞こえる。しかしそれも、 麻痺した頭にははっきりと届かない。何とか杖を握ろうと するが、掴むことすらままならなかった。 「もう少し、粘ってくれるかと思ったのだがね」 「・・・・・・っざ・・・けんじゃ・・・ないわよ・・・」 どうにか言葉を絞り出して、キュルケは両手で上体を起こそうと する。しかし痺れた腕は、あっけなくその体重を支えることを 放棄した。 「おやおや・・・どれ、手助けしてあげよう」 片腕を滑らせてずるりと崩れ落ちたキュルケを実に憐れだと 言わんばかりに嘲笑って、ワルドはキュルケの胸倉を掴んで 引き上げる。それと同時に唱えられた呪文で、ワルドの杖は風の レイピア・・・エア・ニードルと化した。 「天国行きの・・・な」 「・・・・・・ッ!」 「遍在」には、一片の躊躇もなかった。立ち上がらせたキュルケを、 軽く後ろに押し遣って手を離す。そこから無造作に杖を引くと、 キュルケの胸に向けて一気に突き出し―― ・・・ズシュッ、と。肉を貫く音が聞こえた。 ぱたぱたと、己の身体に血がかかるのを感じて、キュルケは 閉じていた眼を開く。 「・・・・・・ギーシュ・・・ッ!!」 自分に背を向けて立っている男の名を、キュルケは思わず 叫んだ。どうして、自分と「遍在」の間に彼が立っているのか? そんなことは、考えるまでもなく明白だった。 「・・・ぶ・・・無事かい キュルケ・・・」 「な、何言ってるのよ・・!あなた、それ・・・!!」 ギーシュの腹部を貫いたエア・ニードルの先端が、キュルケの 胸の手前で止まっている。血に塗れたそれから、雫がぼたぼたと キュルケの服を染め続けていた。ギーシュはよろめきながらも 何とか姿勢を保っているが、杖が引き抜かれてしまえばすぐに でも倒れてしまいそうだった。 「遍在」は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて 弾かれたように笑い出した。笑いながら、杖をズブリと引き抜く。 「うぐッ・・!!」 血が飛び散る音にキュルケは耳を覆いたくなったが、ワルドは そんなことなどお構いなしに笑う。 「フハハハハハハハッ!仲間を庇って身代わりになるなどという 話は物語ではお馴染みだが、まさかそれを実践するバカがいた とはね!クッククク・・・会った時から愚かな男だとは思って いたが、まさかここまでとは!こんな命を賭けた大芝居が 見れるとは、全く私は君を侮っていたようだ!ハハハハハハ ハハハはぐおぉッ!!?」 くぐもった声を吐いて、ワルドは後ろに倒れ込んだ。 「・・・・・・ど・・・どうだい・・・」 蒼白な顔でニヤリと笑って、ギーシュは途切れ途切れに息を吐く。 「一発・・・ ブン・・・殴・・・って・・・・・・」 そこまでが限界だった。ギーシュはゆっくりと、頭から石畳に 倒れ落ち――後にはルイズとキュルケの叫びだけが響き続けた。 礼拝堂は、数分前までからは想像もつかない光景へと変じて いた。床壁問わず手当たり次第に凍結され、さながら氷の 牢獄の様相を呈している。その中を縦横無尽に飛び回る影が 三つ。飛べない男を嘲笑うかのように、宙を自在に舞い遊び、 四方八方から魔法を放つ。しかしその顔は、皆一様に焦燥の 色を露にしていた。 「見苦しいぞギアッチョ!いつまでそうして逃げ続ける つもりだッ!!」 ワルドの叫びと共に、三つの風の弾丸が唸りを上げて襲い 掛かるが、ギアッチョはその瞳に嘲りすら浮かべてそれを 回避する。スケートエッジのついた足で凍った床上を見事に 滑走するその軌跡上に、一瞬遅れて人間大のクレーターが 三つ姿を現した。 「見苦しい・・・?それはこっちのセリフだぜニンジャ野郎 効かねえ魔法でいつまで時間稼ぎをするつもりだ?」 「・・・・・・無敵か・・・化け物が・・・」 ぎりりと奥歯を噛み締めて、猛禽の如き双眸でワルドは ギアッチョを射抜く。精神力への懸念からライトニング・ クラウドのような強大な魔法が使用出来ないことが、彼を 苛立たせていた。ここはもうすぐ戦場になる。いくら攻めて 来るのが味方の軍だとしても、自分が無事でいられる保障は ないのだ。 ワルドはプライドを捨てて考える。エア・カッターも、 エア・ハンマーも、この男――いや、この妖魔には届かない。 一体どうやっているものか解らないが、魔法は奴の周りで 「止まる」。・・・しかし、一つだけ奴の装甲に喰い込んだ 魔法があったはずだ。 数秒の沈思黙考の後、ワルドは静かに呟いた。 ――よかろう・・・だが、勝つのは私だ 二人のワルドが、左右からエア・ハンマーを叩きつける。 「まだ理解しねーのかッ!!『超低温』は触れればストップ 出来るッ!!」 ギアッチョが叫ぶ通り、自らを庇うように広げた両手の向こうで、 二つの空気の槌はあっさりと砕け散った。しかし二体のワルドは、 ギアッチョが次の行動に移る前にひらりとその射程範囲から 脱出する。 「チッ・・・!」 ギアッチョは忌々しげに舌打ちした。これではまずい。ルーンの 力の無い今の自分には、ワルドを捉えることが出来ないのだ。 デルフリンガーに頼るわけにはいかないが、しかし早くしなければ 三人が危ない。相反する二つの要因が、ギアッチョに焦りと 苛立ちを生んでいた。 バゴァアッ!! 怒りに任せて、ギアッチョは右の拳でブリミルの像を躊躇い無く 打ち砕く。 「オラァッ!!」 破片を二つ素早く掴むと、二体のワルドに守られるようにして 立っている最奥のワルドに全力で投げ込んだ。が、いくら 意表を突いた攻撃であろうと――女王の衛士隊長を務める程の 男にやすやすと命中するわけもない。するりと、まるで 人ごみを避けるかのような気安さでワルドはそれを回避した。 「貴様・・・焦ったな」 口角をつり上げて笑うワルドの杖が、いつの間にか切っ先 鋭い不可視の槍――エア・スピアーと化していた。 ――風故に、貴様にこの槍は見えぬ エア・ニードルでは 足りなかったが、果たしてこれはどうか・・・試してみるのも 面白い 最奥のワルドがほくそ笑むと同時に、前を遮る二体のワルドが 同時に地を蹴り宙に舞った。 「何・・・?」 怪訝に見上げるギアッチョの頭上を一足に飛び越え、フライを 解除すると閃光の如く迅急にルーンを詠唱する。ギアッチョが その半身を振り向かせると同時に、完成した魔法が二体の杖から 撃ち放たれた。圧縮された空気の槌が二つ、彼を圧し潰さん ばかりに襲い掛かるが、 「くどいぜッ!!攻撃は何であろうと無駄だってのが 分からねーのか!!」 掴むように突き出された白銀の両手によって、エア・ハンマーは またも消え去った。バッと後ろに飛びのいて、しかしワルド達は ニヤリと笑う。 「いいや、無駄ではないさ・・・ 貴様の両手は、見事こちらに 向けられたのだからな」 「ああ・・・?」 「何だか分からんが、貴様はその両手で氷を・・・いや、温度を 自在に操る それは理解した・・・ だが、ならばその両手さえ 封じれば、貴様のスーツはただ少しばかり頑丈なだけの氷の鎧に 過ぎないのではないかね?」 「何ィ・・・!?」 ギアッチョはバッと背後を振り返る。杖を脇に構えた最後の ワルドが、今正にギアッチョの胸部を貫こうとしていた。 「もう遅いッ!!風の槍を受けて死ね、ギアッチョッ!!」 ズシュゥッ!! ギアッチョに「止められた」時とは違う、確かに物質を貫く 手ごたえを感じて、ワルドは満足げに言い放った。 「私の勝ちだ」 「・・・神像を壊した罪人に槍を向けるたぁ、何とも象徴的 じゃあねーか?ええ?・・・だが、遅いのはてめーのほうだ」 「何・・・ッ!?」 エア・ニードルの時と同じ、痛みの欠片も感じさせない ギアッチョの声に、ワルドはハッと己のエア・スピアーを 見直す。その切っ先は、ほんの僅かスーツに突き刺さって いるだけだった。そして槍身を阻むようにして、周囲に きらきらと光る何かが無数に浮いている。 「何・・・だ これは・・・氷か・・・?」 事態を把握出来ないワルドを、今度はギアッチョが嘲笑う。 「知ってるか?凍るんだぜ・・・空気はな え?オイ マイナス220度だ 空気はそこから『固体』になり始める」 「バ、バカな・・・!」 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープス!! 既に凍った空気の壁を作っていたぜ!!」 ワルドは弾かれたように槍を抜く。そのまま飛び退ろうと するが、ギアッチョがそんなことを許すわけはなかった。 「そして、とらえたぜ・・・ワルド」 ワルドの左手がガッシリと掴まれ――そしてそこから、 凍結が徐々に全身に、まるで毒のように広がってゆく。 「終わりだ」 無慈悲に宣告するギアッチョに、ワルドは諦念も露に笑った。 「やれやれ・・・まるで鬼か悪魔だな 君の勝ちだ、ギアッチョ」 潔く口にするワルドに眼もくれず、ギアッチョは腕を握る 手に力を込める。 「待ってくれ、最後に三つだけ言わせてくれないか」 「・・・なんだ」 最期に、ワルドはそう懇願した。動きを止めている残り 二体のワルドに油断無く眼を向けながら、ギアッチョは とっとと喋れと促す。 「・・・まず一つだが」 目深に被った帽子の下から、ワルドは低く声を出す。 「これは決闘ではない 己が意志を遂げることが目的だ 従って、必ずしも相手を打ち負かすことが勝利ではない」 「・・・ああ?」 ワルドの口から出た言葉は、命乞いでも懺悔でもなかった。 眉をひそめるギアッチョを気にも留めずに、ワルドは先を続ける。 「二つ目だが・・・さっき君の勝ちだと言ったこと、あれは嘘だ」 「何ィ・・・?」 ギアッチョは敏速に二体のワルドに目を移す。しかし彼らに 攻撃の気配はなかった。そんなギアッチョをワルドは薄く笑う。 「・・・そして三つ目」 ワルドはもう隠しもせずに、その顔に露骨に嘲りを浮かべた。 「残念ながら・・・私は『遍在』だ」 一時勢いを弱めていたギアッチョの怒りが、その言葉で再び 燃え上がる。衝動に任せて、ギアッチョはもはや一言も発する ことなく「遍在」をブチ割った。――その瞬間。頭上で何かが 破砕するような轟音が鳴り響いた。 「何だとぉおおぉおッ!?」 礼拝堂を破壊する不敬者など想定していなかったのか、程度の低い 固定化がかけられていただけの天井は、スクウェアクラスの ウィンド・ブレイク、その二乗で容易く崩壊した。 「てめえ・・・こんな・・・!うおおぉおおおおぉおおぉおおお!!」 完全に意表を突かれたギアッチョには落下する石壁を躱すことも、 ましてや「止める」ことなど出来るはずもなく――容赦なく降り注ぐ 石塊の雨に、彼の姿はあっさりと埋没した。 絶望の象徴たる瓦礫の山を眺めて、本物のワルドは羽根帽子を目深に 被りなおして笑う。 「認めよう・・・君は強い 確かに、この私では足元にも及ばない らしい だが――私の勝ちだ」 マントを翻すと、ワルドは半壊した礼拝堂を一顧だにせず歩き去った。 「ギーシュ・・・!!返事をしなさいよ!!ギーシュッ!!」 両肩を掴んで揺さぶるが、ギーシュからの返事はない。キュルケは 唇をきつく噛み締めると、地面に横たわる彼からスッと手を離す。 死んではいない。いないが、この出血ではいつまで持つか分かった ものではない。早急に手当てを行う必要があった。しかし、それも 「遍在」がいる限りは不可能だ。すぐにギアッチョが何とかして くれると信じて、キュルケは己の杖を強く握り直す。 「・・・許さないわよ」 「ならばどうするね?」 どうでもよさげに返答する「遍在」を睨み、キュルケは脇腹を 庇いながらふらふらと立ち上がる。折れた肋骨が、想像を絶する 痛みを与えていた。まともに動けないどころか、呼吸をすること さえ辛い。気を抜けば涙が出そうで、キュルケは歯を食いしばり 必死に「遍在」を睨みつける。 「こうするのよ・・・ッ!」 苦痛を無視して無理やりに掲げた杖の先で、火炎が急速に球を 形成してゆく。 「・・・・・・」 「遍在」は鼻白んだような眼でキュルケを見遣ると、横薙ぎに 杖を振った。巻き起こった風は炎を吹き消すだけでは飽き足らず、 キュルケの身体をも殴り飛ばす。 「うぐッ・・・!」 石畳の地面を跳ねて、彼女の身体はルイズの足元に転がった。 露出している肌には無数の擦過傷と打撲痕。口内を切った ものか内臓が傷ついているのか、口には血が滲んでいる。 いつもの彼女からは考えられない惨めな姿で、それでも よろよろと――キュルケは立ち上がった。 「・・・めて・・・」 ルイズの口から言葉がこぼれる。キュルケの、ギーシュの、 こんな痛々しい姿に耐えられるわけがなかった。 「・・・もうやめてよ・・・!」 しかしキュルケは、何も答えずルイズに背を向ける。再び 構えられた杖が、彼女の心を語っていた。キュルケに応える ように杖を突き出すワルドに眼を移して、ルイズは悲痛な 声で訴える。 「ワルドッ!!もうやめて!!十分でしょう!?わたしが 必要ならいくらだって協力するわ!だからお願い、二人には もう手を出さないでッ!!」 フッと笑って、ワルドは構えた杖で帽子のつばを押し上げる。 「・・・と、僕のルイズはこう言っているが どうするね? 彼女のたっての願いだ 君達が退くと言うのなら、こちらと してもそれを許すにやぶさかではないが」 杖を構えたまま、キュルケは視線だけをルイズを捕えている もう一人の「遍在」の足元に向けた。ギーシュに錬金された 巨大な掌は、未だ崩れずにワルドの足首を掴み続けている。 「・・・まだ諦めてない・・・ギーシュはまだ戦ってるわ それを放って、この私が、微熱のキュルケが逃げるわけには いかないでしょうがッ!!」 躊躇うことなく、キュルケは毅然として言い放った。そして そのまま、キュルケは揺ぎ無い声でルーンの詠唱を開始する。 「キュルケ!?何言ってるのよバカッ!!やめなさいよ、ねえ! どうしてそこまでするのよ・・!!もうやめてよ、お願い だからぁ・・・ッ!!」 目尻に涙を浮かべて、ルイズは殆ど懇願に近い口調で叫ぶ。 しかしキュルケは振り向かない。ワルドを睨みつけたまま、 彼女はルイズの声を振り払うように火球を撃ち放った。 愚直に同じ攻撃を繰り返すキュルケに蔑視の眼を向けて、 ワルドは身体をスッと半身にずらす。だが、その瞬間ほんの わずか火球の進路がずれたことを、彼は見逃さなかった。 大きく横に跳び避けると、火球はカーブを描いて追い縋る。 「ホーミング・・・これに気付かせない為に、ファイヤー ボールを乱発したという訳かな?」 精悍な顔に失笑を浮かべると、ワルドは一歩飛び退って ウィンド・ブレイクを放つ。巨大な空気の弾丸がキュルケの 火球をあっけなく消し飛ばし、その延長線上にいたキュルケ 自身をも容易く跳ね飛ばした。 「・・・・・・ッ!!」 ルイズの横をすり抜けて、キュルケはもはや言葉も無く 吹き飛んだ。何とか頭を庇って石畳に倒れたキュルケを 見下ろして、「遍在」はフッと笑顔を消す。 「・・・ナメるな」 酷薄に言い放って、もはや立ち上がる力すら残っていない キュルケに「遍在」はゆっくりと歩を進める。逃れられない 死を片手に携えて迫り来る黒ずくめの男は、正に死神そのもの だった。或いは、こう呼び変えてもいいだろう。――「運命」と。 キュルケを助けようとしているのか、もう一方の「遍在」の 腕の中でいっそ滑稽な程にもがき続けるルイズの姿が、その 言葉に非常な現実感を与えていた。 「さて、おしまいだ ミ・レイディ 機械仕掛けの神はいない」 口で嘲笑いながらも、「遍在」は油断なくキュルケに杖を向けて いる。逃げ出す隙などどこにもなかった。両手を突いて辛うじて 上体を支えながら、キュルケは最後のプライドで「遍在」を 睨みつけるが――ワルドはそんな様子など歯牙にもかけず、 まるで談笑するかのような口調で彼女に問い掛けた。 「ところで・・・最後に一つ聞きたいことがある 何故、君は命をかけてまで仇敵のルイズを助けようとする? そこまで君を奮い立たせるものが何なのか、差し支えなければ 教えて欲しいのだがね」 「遍在」の言葉に、ルイズが思わず動きを止める。二対の視線を 注がれて、キュルケは否応無く己の心と対峙することになった。 キュルケは顔を伏せて考える。本当に、自分はどうしてここまで 必死になっているのだろう。ルイズがいなくなったところで、 ただほんの少し魔法の学習に張り合いがなくなるだけのことでは ないか。ルイズの不在が、自分に一体どんな不利益をもたらすと 言うのだろうか?そうだ、ルイズを助ける理由など自分には何一つ ない。さっさと白旗を揚げて、降参してしまえばいいじゃないか。 『・・・ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい?』 昨晩のギーシュの声が、キュルケの胸にこだました。困ったように 笑う彼の顔が、脳裏に浮かぶ。「何のことよ」と、キュルケは脳裏の 幻に問い掛けた。「私はいつでも自分に正直に生きてるわ」と 言い返すキュルケに、ぽつりと一言、「素直じゃない」と呟く声が 聞こえる。ギーシュの傍に、いつの間にかタバサが立っていた。 ――・・・ああもう うるさいわよあなた達・・・ 諦めたように独白して、数秒。閉じていた眼を――ゆっくりと開く。 「・・・わかった、わよ・・・」 自分だけに聞こえる声で、キュルケは一言呟いた。 軋む身体に、キュルケは徐々に力を入れてゆく。全身が 悲鳴を上げるが、苦痛に顔を歪めながらも彼女は耐える。 「・・・ああそうよ・・・認めてやるわよ・・・」 がくがくと力無く震える膝に手を掛けて、キュルケは ゆっくりと身体を起こす。 「その通りよ・・・ 心配なのよ、その子が・・・!」 「・・・・・・・・・・え・・・?」 キュルケは――もう逃げない。呆然と自分を見つめるルイズに 真っ直ぐに視線を返して、彼女はよろよろとふらつきながら、 しかし力強く立ち上がった。 「・・・呆れる程に真っ直ぐで・・・魔法も使えないのに 学院の誰よりも正しい貴族の心を持ってて・・・物事を疑う ことも知らない、バカ正直で危なっかしい・・・私の・・・ ・・・・・・私の大事な友達なのよ・・・ッ!!」 キュルケは微塵の迷いも無く叫ぶ。血が滲んだ指で、三度 彼女は杖を構えた。 「・・・キュ・・・ルケ・・・・・・」 じわりと、ルイズは目頭が熱くなるのを感じた。そんな 彼女に、キュルケはくすりと笑いかける。 「もう少しだけ待ってなさいよ・・・泣き虫ルイズ・・・ これが片付いたら、一緒にピクニックにでも出掛けましょうよ それとも、あなたは皆で勉強でもするほうが好きかしらね・・・?」 優しいその眼差しは、魔法を失敗する度にルイズに皮肉を言う あの笑顔の中に、いつもあったものだった。ようやくそれに 気付いて――ルイズの涙は、ついに堰を切って溢れ出した。 「キュルケぇ・・・っ!わたし・・・わたし・・・・・・!」 涙声でしゃくりあげるルイズから眼を離して、キュルケは 「遍在」を睨む。このままルイズを見ていれば、自分まで 涙が出てきそうだった。 きっと、これが「覚悟」なのだとキュルケは思う。彼女は 今こそ、ギアッチョの、ルイズの、ギーシュの、そして タバサの言うその意味が理解出来た。自分はもう逃げない。 もう諦めない。ルイズを救い、皆でトリステインへ帰る。 口元に薄く笑みを浮かべながらも、キュルケの瞳には確かに 旭日の如き「覚悟」の光が宿っていた。 「なるほど、もっと面白い理由を期待していたのだがね」 小馬鹿にしたような口調で言う「遍在」に、キュルケはもはや 怒りも怯えも感じなかった。静まり返った水鏡の如き瞳で、 キュルケは「遍在」を真っ直ぐに見据える。 「・・・あなた、さっき『機械仕掛けの神はいない』と 言ったけど・・・あれは少し違うわ」 「何・・・?」 「『いない』んじゃなくて、『いらない』のよ・・・お約束の 救世主なんてね」 さっきまでと一転して不敵に笑うキュルケが、ワルドは気に 入らなかった。僅かに眉をひそめながら、表面上は穏やかに 問い掛ける。 「ほう・・・それは何故かな」 「決まってるでしょう?運命は自分の手で切り開くから・・・ 格好いいのよッ!!」 叫ぶや否や、キュルケは「遍在」に向かって、倒れるように 駆け出した。 「ッ!?」 思いもよらぬ行動に、ワルドは寸毫動きを止めた。狙った わけではない。彼が動きを止めようが止めまいが、キュルケに そんなことは関係なかった。道は既に出来ている。ならばそこを 渡るのに必要なものは唯一つ、「覚悟」だけだ。ほんの二メイル 程の距離を苦痛と戦いながら駆け抜け、キュルケは左の拳に 全身の力を込めて――ワルド目掛けて突き出した。 ガシィッ!! キュルケの拳はあっけなく掴まれ、そのままぎりぎりと捻り 上げられた。 「・・・ッ!」 「死を跳ね除けるには――少々力不足のようだな?ミス 残念ながら、私は日に二度も殴られてやるつもりはない」 苦悶の表情を浮かべるキュルケを見下ろして嘲笑すると、 「遍在」は己の杖を彼女の胸に押し当てた。 「意表を突きたかったのならば、稚拙と言う他ないな それとも、とうとう微熱すら起こせなくなったかね?」 「・・・・・・フフ 逆よ素敵なジェントルマン あなたを倒すには、それで十分なのよ・・・私の微熱でね」 「何・・・!?」 「『遍在』だから感覚が鈍いのかしら?それとも、避けるのに 夢中で気がつかなかったのかしらね」 不敵に笑うキュルケに、「遍在」は本能的な危険を感じた。 キュルケが何かをする前に、閃光のようにルーンを詠唱するが―― 「ウル・カーノッ!!」 「遍在」がエア・ニードルを唱え終わるより迅く、キュルケは たったそれだけの短い呪文を叫ぶ。その瞬間、「遍在」の 全身は真紅の炎に包まれた。 「うおおぉおおおおおおおおおぉおおッ!?何だこれは・・・ ただの『発火』で・・・がああぁああああああぁああッ!!」 火達磨と化してのた打ち回る「遍在」からよろよろと身を離して、 キュルケはニヤリと笑った。 「あらあら 痛覚はちゃんとあるようね?」 「なんッ・・・ぐおぉおおおッ・・・!!」 キュルケ達の執念のように絡みつく炎に、「遍在」は石畳を無様に 転がり回った。 「あなたを倒したのはギーシュよ・・・ ワルキューレの剣、 彼はその刀身の表面を油に錬金してたわ あなたがナメきった 顔でワルキューレの攻撃を避けてる間も、振られた刀身から 飛んだ油はどんどんあなたに染み込んでいったのよ フリかと 思ったけど・・・どうやら、本当に気付いていなかった みたいね」 「がッ・・・バカな・・・ぁあああぁぁ・・・ッ!!」 言いながら、キュルケは苦痛と疲労にとうとう耐え切れなく なった。ガクリと膝を落として、両肩で荒い息を繰り返す。 「あなたの負けよ・・・驕りに塗れたまま燃え尽きなさい」 「ナメ・・・・るなよ・・・ッ 小娘が・・・!! うぐッ・・・殺す・・・貴様は殺す・・・ッ!!」 「・・・!」 身体を燃えるに任せて、「遍在」は呪文の詠唱を開始する。 「ラ・・・グーズ・・・ウォータル・・・」 「くッ・・・!!」 不味い。キュルケは立ち上がって逃げようとするが、幾度も 痛めつけられた身体はもう限界だった。力なく震える膝には、 一歩を動く力すら残っていない。 「ぐばッ・・・イ・・・イス・・・イーサ・・・」 「やめてえぇぇえええッ!!」 ルイズが今度こそ声を限りに叫ぶ。だが復讐に眼を血走らせて いる「遍在」に、彼女の声は届きすらしなかった。そして、 「・・・ウィンデ・・・!!」 ついに、詠唱は完了した。ウィンディ・アイシクル。それは 皮肉にも、彼女の親友が得手とする魔法であった。 逃げられないと理解したキュルケはルーンの詠唱へと動きを 転じていたが・・・それが完成するよりはやく、そして一切の 容赦無く。無数の氷の矢は、ついに撃ち放たれた。 ――ただし、天空から。 天から降り注いだ氷の雨に撃ち貫かれて、「遍在」は断末魔も 上げずに消え去った。ハッと見上げれば、上空には青鱗鮮やかな 風竜が一体。その背中から、同じく青い髪の少女が飛び降りた。 目の前にふわりと降り立つ少女を見上げて、キュルケは右手で 両目を覆って笑う。 「・・・・・・遅いわよ タバサ」 「・・・ごめん」 呟くように口にして、タバサは身の丈より長大な己の杖を 真横に突き出した。 「ラナ・デル・ウィンデ」 その呪文と共に生じた空気の塊が、高速で飛来した風の弾丸を 叩き潰す。ウィンド・ブレイクを放ったもう一人の「遍在」に そのまま杖を向けて、タバサは短く口笛を吹いた。 瞬間、ごうっという音と共に「遍在」に突風が吹きつける。 「きゃあっ!?」 ルイズだけを器用にくわえて、シルフィードはU字に空へと 舞い上がった。 「きゅいきゅい!」 涙でくしゃくしゃの顔を驚きの表情に歪めるルイズを器用に 自分の背中へ放り投げて、シルフィードは己が主人へ鳴き 掛けた。シルフィードに顔を向けてこくりと頷くと、タバサは 「遍在」へ向き直る。 「・・・これはこれは、やられたね」 いとも容易く奪い取られたルイズを見上げて、「遍在」は呟いた。 「どうやら遊び過ぎたようだ・・・『私』が無様な姿を見せて しまったな」 タバサの鉄面皮に冷たい声で笑いかけながら、ワルドは魔法で 錬金の戒めを破壊する。 「身が入っていなければ、ゴミ掃除にも時間がかかってしまうものだ」 その言葉に、無表情なタバサの眉が――ピクリと動いた。 ――少女の父は、暗殺された。 母は、心を壊された。 少女は、心を殺された。 己の全てを奪われて、彼女は異国へ追放された。父の温もりは、 もう二度と与えられることはない。母の慈しみは、毒に冒された あの日に閉ざされた。苦しみを分かつ友など、もはやどこにも 居りはしなかった。我が身の痛みを、苦しみを、理解してくれる 者がいない。その辛さは、余人には想像もつかぬものだっただろう。 しかし少女は、それでいいと思っていた。全てを失くしたあの日 から、自分は復讐の為だけに生きているのだから。その為には、 身も心も鋭い刃にならねばならない。そこに不純物が混じれば、 己という処刑刀の刀身は鈍ってしまう。だから少女は、自ら進んで 心を閉ざした。自分がキュルケと一緒にいるのは、彼女が自分の ことを詮索しないから。その上で、彼女が自分の友人を名乗ると いうのならばそれは勝手にすればいい。その程度の、吹けば飛ぶ ような淡白な関係であるつもりだった。 しかし、いつしか少女はキュルケに必要とされることに喜びと 安堵を感じている自分に気付いた。結局、自分は寂しかったのだ。 誰にも近寄られたくない一方で、少女の心の奥底には常に誰かに 理解されたいという、必要とされたいという欲求が潜んでいた。 決して口には出さないが、キュルケにとってそうであるように、 今や少女にとっても――キュルケは唯一無二の親友であった。 ギアッチョがルイズに味方して戦ったあの時、ルイズは恐らく 学院の誰もが知らない、心の底からの笑顔を見せた。彼女が自分と 「同じ」だということに、少女はそこで初めて気付いたのだ。 境遇こそは違えど、彼女の孤独は、彼女の痛みは、誰よりもこの 自分が解っている。だから少女は、キュルケとギーシュと、 ここまで来た。彼女達は、誰もが距離を置く自分をこともなげに 友人だと言ってのけた。友だと認められること。それは己を 必要としてくれるということだ。だから、少女はここまで来た。 今度は自分が――ルイズに手を差し伸べる番だと思ったから。 閉じていたまぶたを開いて、タバサは周囲に眼を向ける。自分の 心を溶かしてくれた親友は、傷だらけの身体で地に伏している。 自分を友だと言ってくれたギーシュは、血溜まりに倒れて動かない。 ・・・そんな彼女達を見て――ルイズは、泣いている。 泣いているではないか。 ・・・許さない。 絶対に、許さない。 「――後は任せて」 ぽつりと呟いて、タバサは蒼い瞳で「遍在」を射抜く。一見 無表情なままのタバサが灼熱の如き怒気を放っていることに 気付いていた者は、ただ一人キュルケのみであった。 「正気を疑うね 風のトライアングルが風のスクウェアに 一分一厘でも勝てる可能性があるのかどうか、他ならぬ君が 一番よく知っているだろう?」 ワルドは侮蔑を隠しもせずに笑うが、タバサは答えない。 激しい怒りが心の内奥を吹き荒れるに任せて、淡々と、しかし 厳然としてルーンを紡ぐ。 「・・・・・・ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・何だと・・・!?」 淀みなく詠唱を終えたタバサの身体が、映像のようにぶれる。 そして彼女の姿は左右に滲むように広がり――二つ、三つ、 四つの分身を作り出した。 「タバサ・・・あなた・・・」 誰もが気付く。その精神力は、どう考えてもトライアングルの それではなかった。 「・・・友人をボロ雑巾にされて怒ったか?怒りが貴様を スクウェアの世界へと押し上げたというわけか!」 紳士の仮面を捨てて吼える「遍在」に杖を向けて、オリジナルの タバサは一言静かに、しかし無量の怒りを込めて呟いた。 「・・・・・・あなたは、許さない」 「遍在」は、我知らず後ずさっていた。如何に練達のスクウェアと その世界に入門したばかりの子供と言えど、ただの分身に過ぎない 自分ではこの勝負に打ち勝てぬという恐怖。しかしそれにも増して 彼の心胆を寒からしめたものは――タバサの瞳であった。何も 映さぬ、何も宿さぬ虚ろなガラス玉。そのはずだった彼女の双眸に 今まごうことなく灯っている怒りという名の烈火に、「遍在」は どうしようもなく恐怖していた。 ――・・・クッ・・・ナメるなよガキが・・・・・・ッ!! 圧倒的優位にいたはずの自分が、年端もゆかぬ少女の眼光に怯えて いるという屈辱。それを晴らす為には、こいつを殺すしかない。 殺してやる。八つ裂きにして殺してやる。 鋭い両眼で手負いの獣さながらにタバサを睨み返して、「遍在」は 閃光ひらめく如くにルーンを唱え―― ドスドスドスドスドスドスドスドスドスッ!! 「・・・お・・・・・・が・・・・・・ッ」 水の二乗と風の二乗。トライアングルのそれを遥かに凌駕する 威力のウィンディ・アイシクルが五つ、「遍在」の身体を正確 無比に貫いた。もはや人としての形すら為さず、「遍在」は そのまま――惨めに吹き消えた。 「遍在」の消え去った地面にもう一瞥もくれず、タバサは 己の「遍在」を解除して空を見上げる。シルフィード上の ルイズに向かって、いつもの無表情で言葉を投げかけた。 「・・・もう、大丈夫」 「・・・・・・タバサ・・・」 今のルイズには、理解出来る。キュルケとギーシュの為だけ ではない。タバサは他でもない、この自分の為に怒り、そして 戦ってくれたのだと。 「・・・そうだ、薬っ・・・!!」 安心したのか、激痛の中保ち続けていた意識をようやく手放した キュルケに気付いて、ルイズは大事なことを思い出した。 ごそごそとポケットをまさぐると、小さな缶をいくつか取り出す。 ギアッチョの為に、ここで新たに貰った魔法薬だった。死に尽くす 軍隊には要らぬものだと言って笑うウェールズが脳裏に浮かぶ。 再び溢れかけた涙を、唇を噛んで押し留めた。 「・・・シルフィード、降りて」 頭を撫でて呼びかけると、シルフィードはすぐに応じる。 シルフィードが下降を始めたその時、回廊へと通じる扉が軋んだ 音を立てた。 「・・・!ギアッ・・・」 思わず叫びかけたルイズの声を止めたものは――扉の向こうに姿を 現した二体のワルドだった。その姿を確認して、シルフィードが 再び空に舞い上がる。「遍在」を通して状況を把握していたのだろう、 ワルドは中庭に己の分身が見えないことに驚く様子も見せず笑う。 「我が二体の『遍在』を消し去るとは・・・少々読みが甘かった らしいな」 「・・・そんな・・・ギアッチョは・・・?」 愕然とするルイズを眺めて、ワルドは面白そうに顔を歪めた。 「死んだよ」 「え・・・・・・?」 「いや・・・まだしつこく生きているかもしれんな もっとも、 あれだけの瓦礫に押し潰されては五体満足とはいかないだろうがね」 「嘘・・・!!」 ルイズは我を忘れて叫ぶ。そんな彼女をいよいよ愉快そうに見遣って、 ワルドは言葉を重ねた。 「何故奴ではなく私がここにいるか、分からぬ君ではあるまい?」 「・・・そ・・・んな・・・・・・」 綺麗な顔を蒼白に染めたルイズの呟きは、風に吹かれて空に消えた。 絶望に打ちのめされたルイズに更に追い討ちをかけるべく口を開く ワルドに、突如氷の散弾が撃ち放たれた。それぞれ左右に飛び 避けて、二体のワルドはタバサにその杖を向ける。 「黙って」 吹き荒れる雪風の如き意志で、タバサが呟いた。そのまま彼女は、 次の魔法の詠唱に入る。生きてさえいれば、助けることも出来る かもしれない。そう判断したならば、すべきことはただ一つ。 遮る者を排除する――それだけだ。 「やれやれ、不意打ちとは野蛮なことだな しかし私は紳士だ、 一対一で以て正々堂々とお相手仕ろう・・・我が『遍在』がね」 左のワルドが、完璧な作法で一礼する。同時に、右の「遍在」が 前へと進み出た。タバサは構わず、エア・カッターを発動する。 巨大な不可視の刃が「左の」ワルドへと疾駆するが、その進路上に 「遍在」は読んでいたかのように立ちふさがった。そのまま エア・ハンマーを解放すると、槌と刃は撃ち付けあって相殺された。 「相手をするのは『遍在』だと言ったはずだが?ミス・タバサ 仕方が無い、よく理解させてさしあげろ」 ワルドの言葉に答えるように、「遍在」が詠唱を開始する。 その呪句に、無表情なタバサの顔に一瞬焦りが浮かんだ。 迅速にルーンを唱え、「遍在」のライトニング・クラウドが 完成するその瞬間に、タバサは間一髪フライで上空へと離脱した。 表面上は無感動な顔に戻りつつも、タバサは心中これはマズいと 考える。確かに、相手をするしかないらしい。「遍在」は 与えられた魔力を使い切るつもりだ。それで自分を倒すことが 出来たならばよし、例え出来なくとも体力と精神力にある程度の 損耗を与えられることは間違いない。そうなれば残った本体の ワルドと自分、どちらが有利かは明白だ。強力な魔法を使い 続けるというわけにはいかない。 ・・・しかし。 憤怒を隠す氷の双眼で、タバサは二体のワルドを射貫く。 抑えられるものか。ルイズの心を裏切り、ギーシュを瀕死に 追い遣り、キュルケをゴミのようにいたぶり、ギアッチョを 打ち倒して尚笑うこの男を前にして、怒りを抑えることなど 出来るものか。 ぎりりと杖を握り締めて、タバサは呪文の詠唱を開始する。 エア・ストーム。解き放たれた竜巻が、杖を剣のように構えて 地を駆ける「遍在」をその暴威で容赦無く吹き飛ばした。間髪 入れず、タバサは次の一手に移行する。スクウェアの力で形成 された巨大な風の刃が倒れ落ちた「遍在」を切り裂くべく襲い 掛かるが、「遍在」は素早く横転してそれを避けた。唱えていた フライを発動して空を走り、「遍在」はそのまま反撃に転じる。 「・・・ッ」 反射的に後退し、一撃二撃とタバサは「遍在」の剣撃を避けるが、 ボグァッ!! 「うッ・・・!!」 直後放たれたエア・ハンマーを避けることまでは出来なかった。 華奢な身体を軋ませながら彼女は後方に吹き飛んだが、その 状態にあって尚タバサは詠唱を止めない。石畳に叩き付けられる その瞬間、怒りという名の強靭な意志の下撃ち放たれた渾身の ライトニング・クラウドが――「遍在」の身体を、跡形も無く 灼き尽くした。 パチパチと、手を叩く音が聴こえる。痛む身体に鞭打って 立ち上がったタバサの眼に、愉快そうな顔で拍手を続ける ワルドの姿が映った。 「これはこれは・・・いや、見事だタバサ君 君達の力には どうにも驚かされ続けるね」 そう言うワルドの顔に浮かぶものは、余裕以外の何物にも 見えなかった。極寒の視線で、タバサはワルドを射る。 この男だ。この男こそが、全ての元凶――・・・。 端正な顔を歪めて笑うワルドに、己の両親を陥れた男と、その 娘の顔が重なる。人の命を、まるでゲームのように弄ぶ親子と。 「・・・許さない・・・」 もう一度だけ、小さく、しかし激烈な怒りを込めて呟き―― タバサは身の丈よりも長い己の愛杖を、ワルドに突きつけた。 杖を構えようともしないワルドに構わず、全霊を込めて 魔力を練り上げる。衝動のままに一気に解放すると、唸りを 上げて荒れ狂う氷嵐が、ワルドを喰らい尽くさんとばかりに 襲い掛かった。間近に迫ったそれを見て、ワルドはようやく ルーンを詠唱する。完成と同時に現れたのは、タバサのそれを 遥かに凌ぐ大きさのエア・ストームだった。 「見るがいい・・・真のスクウェア、その力を」 ゴォアアアァアアァァアアァアァアアアッ!! 轟然たる絶叫を上げながら、巨大な竜巻はタバサの氷嵐を 巻き込み、引き裂き、掻き消した。それはアイス・ストームを 打ち破って尚その勢いを止めず――タバサ自身をも呑み込むと、 その衣服を、肌を切り裂きながら上空高く吹き飛ばした。 「タバサっ!!」 ルイズは竜巻から逃げ惑う風竜にしがみつきながら叫ぶ。 きゅいきゅいと、主人に向かってシルフィードもまた悲鳴を 上げた。彼女達の声で、タバサは何とか意識を保ち続ける。 石畳の地面に衝突する寸前、ギリギリのところでフライを 発動した。 ふわりと地面に降り立つと、タバサは再び杖を構える。 無感動に見える彼女の双眸からは、一欠けらの闘志も 失われてはいなかった。 「・・・まだ戦う気力があるとはな ――だが、そろそろだ」 一瞬驚きの表情を見せたワルドを無視して、タバサは再び 呪文の詠唱に入る。 「・・・ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ・・・」 己の魔力を杖先に集め――解放しようとした、その瞬間。 ぷつりと、まるでマリオネットの糸が切れたかのように・・・ タバサは力無く地面に倒れ落ちた。 「・・・・・・な・・・っ」 全身から、どっと疲労が溢れ出す。立ち上がるどころか 呼吸すらも苦しい。指一本動かせずに、ただ地面に倒れて 荒い息を繰り返すタバサを見下ろして、ワルドは嘲笑する。 「突然偶発的に、そして無理矢理にスクウェアの世界へ 押し入った者がこのように力を行使すれば、身体にガタが 来るのは当然だ 分かるかね、タバサ君?今の君の身体は、 これ以上の負荷に耐えられない」 「・・・・・・っ!」 言い返す言葉も、喉からは出てこない。悔しさに歯を 食い縛る力すらない現実。痛みよりも疲労よりも、それが 何よりタバサの心に深く突き刺さった。 だが、ここで諦めるわけにはいかない。まだ手は残っている はずだ。シルフィードとルイズがいる。まだ終わってはいない―― ドゴァッ!! 「う・・・ッ」 喋ることすらままならないタバサを、ワルドは空気の槌で 容赦なく殴り飛ばした。タバサが倒れた位置を確認して、 黒衣の背信者は酷薄な笑みを浮かべる。 「実にいい・・・その位置がな 捨て置いてもいいのだが、 わざわざ後に禍根を残すこともないだろう」 タバサは、キュルケとギーシュを結ぶ直線状に倒れていた。 範囲の大きな魔法で薙ぎ払うならば、三人は実に都合のいい 位置にいることだろう。ワルドはちらりと上空のシルフィードに 眼を向けた。タバサを人質としてルイズを奪おうかと考えたが、 そんなことをするまでもなく自分ならば簡単に奪い返せると 思い直して、ワルドはタバサ達に眼を戻した。グリフォンに 乗って追いかけ、エア・カッターで翼を切り裂いてやれば いいだけの話だ。杖を構えて、ワルドは朗々と詠唱を始める。 その呪句は、知っている者であれば誰もが震え上がるであろう 凶悪無比なスクウェアスペル――カッター・トルネード。 ゴヒャアアアァァアァァアアアァァアアッ!!! 禍々しい轟音と共に、天を衝く巨大な竜巻がワルドの眼前に 現れた。石畳をバキバキと破壊しながら、ゆっくりとタバサ 達へ迫ってゆく。呑み込まれれば最後、四肢をバラバラに 引き裂かれてしまうだろう。 「・・・・・・ぅ・・・くッ・・・・・・!!」 進み来る死に、タバサは絶望の声を上げることすら出来なかった。 「きゅいっ!?」 頭上で、シルフィードの声が鳴り響く。数秒置いて、タバサの 目の前に――ルイズが殆ど倒れるように着地した。よろよろと つんのめりながら、ルイズは荒れ狂う竜巻の前に立ちはだかる。 「――・・・!!」 タバサは形を成さない声を上げる。ルイズの行動はあまりにも 意外で、そして無謀だった。 「やめてワルドッ!!」 タバサ達を庇うように、ルイズは大きく両手を広げた。杖を 軽く振って、ワルドは竜巻の進行速度を落とす。 「どくんだ、ルイズ 彼女達はこうなると分かっていて 戦いを挑んで来た ここで死ぬのも本望だろうさ」 冷え切った声で答えるワルドに、ルイズは必死に懇願する。 「お願い、やめて・・・!!これを止めて!ワルド!!」 叫ぶルイズの声で、キュルケは意識を取り戻した。眼前の 光景に思わず上体を跳ね上げるが、肉体と精神、その両面の 極限の疲労で、彼女は再び地面に倒れ込む。 「・・・くっ・・・ルイズ・・・!何やってるのよ・・・ 早く逃げなさい!」 「うるさいわよキュルケ・・・怪我人が大声出さないで」 振り返らずに、ルイズは答えた。石畳を微塵に砕きながら じりじりと迫り来るカッター・トルネードに、ルイズの髪は 逃げるかのように後方へなびき始めている。 「ルイズ!!逃げろって言うのが分からないの!? もういいわ、もういいから逃げなさい!!そんなことを したってあれは止まらないし、ワルドも許しはしないわよ!」 「わたしがそう言った時、あんたは逃げなかったじゃない!!」 「――・・・ッ!!」 キュルケは絶句する。自分がルイズの言葉を無視し続けたあの 時と、これはまるで反対だった。 「・・・あんたも、タバサも、ギーシュも・・・揃いも揃って バカじゃないの?勝てないなんて分かりきってるのに、こうなる なんて分かりきってるのに・・・!こんなところを見せられて、 誰が黙って逃げられるのよ・・・ッ!!」 「・・・ルイズ・・・・・・」 肩を震わせながら言い放つルイズから、キュルケはゆっくりと 顔を背ける。このどうしようもなくバカ正直な少女は、きっと 何を言おうが動かない。短くない付き合いの中で、キュルケは 嫌という程理解していることだった。 「・・・もう一度言おう どくんだ」 猛禽を思わせる双眸で、ワルドは鋭くルイズを見据える。しかし ルイズは怯むことなく口を開いた。その眼を一瞬たりとも ワルドから離すことなく。 「お願い・・・ワルド、やめて・・・!!」 ワルドはぎりぎりと杖を握り締めた。美丈夫然としたその顔を、 苛立ちに歪めて怒鳴る。 「どけ!!」 「嫌よ!!」 刹那の躊躇もなく、ルイズは凛として拒絶する。ギアッチョは きっと怒るだろう。だけどそれでも構わない。ただの一%でも、 彼女達が助かる可能性があるのなら。 ――・・・喜んで、この身を差し出すわ・・・! 数秒、二人は退かず睨み合う。一つ溜息をつくと、ルイズから 視線を外してワルドは諦めたように首を振った。 「・・・もういい、よく解った」 「・・・・・・」 「よく解った・・・どうあろうと、君は私には従わないと いうことがな」 激情を冷え切った殺意に変えて、ワルドは言い放った。 「飛ばぬ小鳥に用は無い」 野獣のようなワルドの殺意に曝されても、ルイズは一歩を 動くことすらしない。 「言い遺すことはあるかね」 ワルドの言葉に、たった一言口を開く。 「・・・哀れね、ワルド」 ただそれだけの短い言葉が、ワルドの怒りに触れたようだった。 その顔がまるで獣のような表情に歪む。 「もっと上手く生きるべきだったな・・・ルイズ!!」 吼えるワルドに、もはやルイズは何も答えなかった。 竜巻がルイズの命を刈り取るまで、あと数歩の距離もない。 砕けた床石の破片が、とうとうルイズにぶつかり始めた。 頬に、腕に、膝に、次々と切り傷がついてゆくが、それでも ルイズは逃げない。死への恐怖に身体を震わせながらも、 キュルケ達を庇う両手を彼女は決して休めはしなかった。 「・・・では死ね」 己の婚約者にそう吐き捨てて、ワルドは杖を持ち直す。 カッター・トルネードの進行速度を元に戻した瞬間、ルイズと 死に損ないの三人は紙人形のように切り裂かれることだろう。 口元に酷薄な笑みすら浮かべて、怒りと共に杖を振りかぶった ――その時。 バガァアアァァァッ!! 回廊へ通じる扉が、轟音と共に弾け飛んだ。 「随分とよォォォォ~~~~~~~・・・やってくれたみてー じゃあねーか・・・ ええ?オイ・・・」 それは、もう聞けないと思っていた声だった。 「・・・・・・ギ・・・アッチョ・・・?」 動ける者は、皆振り向いた。震える声で、ルイズは呟く。 そこにいたのは――紛れも無く、己の使い魔。誰よりも 頼りになる味方。そして何物にも代え難い―― 「バカな・・・何故貴様がここにいる!!ギアッチョッ!!」 その姿は、一言で表すならば正しく瀕死であった。堅牢無比を 誇るスーツは解除され、全身からは夥しい量の出血。異国の 服はあちこちが破れ、そこから生々しい傷跡が覗いている。 血塗れの手に剣を携えててルイズ達の後ろから歩いてくるその 姿は、しかしワルドに恐怖を覚えさせるには十分に過ぎた。 ギアッチョは何も答えない。ギーシュの、キュルケの、タバサの 横を、彼は黙ったまま踏み締めるように通る。一瞬にして静寂に 満ちた中庭を、彼は遂にルイズの元へ辿り着いた。 「・・・ギアッチョ・・・っ!!」 もう一度、ルイズは潤んだ声で男の名を呼ぶ。いつもの仏頂面で ルイズを見遣って、ギアッチョは彼女の頭をぽんと撫でた。 「・・・頑張ったじゃあねーか ガキ」 「え・・・」 眼を白黒させるルイズに、ギアッチョは片手に掴んだ魔剣を 突き出す。 「持てるか?」 「へ?・・・う、うん」 ルイズがデルフリンガーを受け取ったのを確認して、 ギアッチョは一歩ルイズと距離を開ける。そのままワルドに 向き直ると、ギアッチョはぽつりと呟いた。 「黙って見ているバカがどこにいる・・・か」 急激に吹き荒れ始めた冷気に身を任せて、彼は半身の名を呼ぶ。 「・・・ホワイト・アルバム」 ギアッチョの呪句で、ワルドは今が戦闘中だとようやく思い出した。 「チィッ・・・!!」 焦りを切り捨てるように杖を振る。その瞬間、刃の渦は再び 速度を増して走り始めた。 「ルイズ!!俺をあの竜巻にかざせッ!!」 デルフリンガーが叫ぶ。ルイズは殆ど反射的に、剣を前に 突き出した。同時に、再び白銀の鎧を纏ったギアッチョが 両手を虚空に押し出すようにかざす。 「待ってなワルド・・・綺麗にブチ砕いてやるぜ ルイズ、オンボロ、『覚悟』を決めろッ!!」 叫んだ刹那、巨大な竜巻はついにギアッチョに重なった。 スーツに次々と裂傷を刻みながら、それは貪欲にルイズをも 呑み込まんと進み続ける。 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープスッ!!」 ギアッチョの周囲で、風の刃は次々と凍り、阻まれ、霧散してゆく。 しかしそれも、カッター・トルネードの進攻を停止させるには 至らない。渦巻く烈風が、その中心に向かってルイズを引き込み 始めた。 「・・・くッ・・・!!」 「オンボロ!!」 「おぉよッ!!すっかり忘れてた俺の真の姿、とくとその眼に 刻みやがれってんだ!!」 言うや否や、デルフリンガーの錆びた刀身が光を帯びる。帯びた 傍から、赤茶けた錆びはパキパキと音を立てて剥がれ出した。 「デルフ・・・?」 呆けたルイズの言葉に答えるように、一際大きく輝くと―― その光の中から、見惚れんばかりの名剣が姿を現した。 「いくぜルイズ!!力一杯踏ん張りなァ!!あの野郎のちゃちな 魔法は、このデルフリンガー様が一つ残らず吸い込んでやるぜ!!」 「有り得ん・・・こんなことは・・・!!」 ワルドは呆然と後ずさる。カッター・トルネードを構成する魔法の 風が、雄々しく輝くデルフリンガーの刀身に「喰われて」ゆく。 その光景は、この上なく禍々しく――そして神々しい。 「凄い・・・」 「気ィ抜くんじゃねーぞ!全部だ!この俺様が全部喰らい尽くす!!」 風が凍り、空気の壁に阻まれ、無数の粒に砕け消え、吸い込まれる。 凄絶にして荘厳なその現象に、誰もが魅入られていた。しかし、 竜巻の爪牙は未だ砕けない。 「ぐッ・・・!」 度重なる風の斬撃に、ホワイト・アルバムはついに欠損する。白銀の 鎧、その肩口に出来た傷口から血が吹き出した。 「ギアッチョ!!」 「黙って構えてろ!ここが正念場だぜ、ルイズッ!!」 「う、うん・・・!!」 デルフリンガーを両手で強く握り締め、ルイズは強く前を睨む。 ギアッチョの言葉は、自分に勇気を与えてくれる。身を裂き始めた 竜巻に、ルイズはもう何の恐怖も感じなかった。 「デルフ・・・お願い、力を貸して!」 「ッたりめーよ!!行くぜェェェェェ!!」 「おおおぉおぉぉぉおおおおおおぉおぉおおッ!!!」 魔剣と魔人は、声を一つに咆哮する。その瞬間、凍結と吸収は 更にその力を増し、 バシュゥウウウウゥウゥゥウウゥッ!!! 逆巻く竜は全てを奪われ――旋風一陣残さずに消失した。 「・・・カな・・・ そんな・・・バカな・・・・・・!!」 まるで壊れた蓄音機のように、ワルドはぶつぶつと繰り返す。 あの化け物に刃が届かないというなら解る。だが奴は、奴らは この暴悪無比のスクウェアスペルを消滅させたのだ。消し尽くし、 喰らい尽くしたのだ。 「おい~~~~~~~~~~~・・・『覚悟』は 出来てんだろーなァァァァアーーーーーーーーー!!」 受け取ったデルフリンガーを、ギアッチョは静かに構える。 この男は――倒せない。ワルドは今、誤魔化しようも無く それを認識していた。力も、策も尽きている。残る手段が あるとすれば・・・それはただ一つ、逃走のみ。 ワルドは弾かれたように杖を構えた。 「イル・フル・デラ・ソ・・・」 「遅ェェェ!!!」 「ぐおァァッ!!」 ワルドは獣の如き呻きを上げる。光を放つ左腕に握られた デルフリンガーが、ワルドの胸を袈裟斬りに切り裂いた。 吹き出す鮮血がかかるに構わず、ギアッチョは右手を突き出す。 「死んで詫びろッ!!」 が。 「ソ、ル・・・ウィンデ・・・!!」 ブォアッ!! 「何ッ!?」 ギアッチョの手は一髪の差で虚空を掴む。胸を裂かれながらも、 ワルドは驚嘆すべき気力でフライの詠唱を完了させていた。 「野郎・・・!」 ギアッチョが睨むその先で、ワルドは血の滴る胸を抑えて笑う。 「ククク・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ やはり最後は 私の勝ちらしいな・・・!ゴホッ・・・手紙とルイズの奪取は 成らなかったが・・・ウェールズを殺し切れただけでもよしとしよう」 「ワルド・・・ッ!」 悲しげに叫んで、ルイズは短くルーンを唱える。その杖がワルドの 周囲に爆発を巻き起こしたが、前触れ無く生じる爆風はルイズ自身の 疲労の為か目標にかすることさえしない。冷や汗にまみれた顔を 嘲りに歪めて、ワルドは二人を見下ろした。 「戦の炎はそろそろ城内に回り始めるだろう 杖に、剣に、爪に、 蹄に蹂躙されて死ぬがいい!」 「ワルド、どうして・・・!!」 ルイズの言葉に、ワルドは答えない。もはや何の興味も無いと 言わんばかりにルイズから視線を外すと――全てを捨てた男は 黒衣を翻して空へ消えた。 虚脱と忘我、怒りと悲しみ・・・溢れ絡まる幾多の感情を 鳶色の瞳に映して、ルイズは空を見上げ続ける。その耳に 突如届いた轟音で、彼女はようやく我に返った。それは大砲の 響きか火系統の爆発か、いずれにせよ賊軍が既にこの近くまで 押し寄せているという証左であった。 「・・・ど、どうしよう ギアッチョ・・・!!」 ルイズはパニックに陥った。非戦闘員を乗せた船などとうに 出港しているはずだ。折角助かったというのに、このままでは ワルドの言葉が現実と化すまで数分とかからないだろう。 焦りを隠すことも忘れてギアッチョを振り返るが、 「慌てんじゃあねーぜ こんな展開は予想済みだ」 「・・・う、うん・・・」 一片の焦りも見せないギアッチョの言葉に、ルイズの動揺は 呆れる程容易く消え去ってしまった。 「タバサ、問題はねーな」 問い掛けながら、ギアッチョはタバサに首を向ける。未だ指 一本動かすことさえ困難な身体で、タバサは何とか頷いてみせた。 それに合わせるように、中庭にシルフィードが舞い降りる。 次の行動に移りながら、喋れないタバサの代わりにギアッチョが 口を開いた。 「タバサに頼んでた用事がこいつだ 万が一に備えて逃走経路の 偵察をさせておいた」 「あ・・・」 なるほど、確かにこうなってしまっては鍾乳洞の港へ向かうことも 出来ないだろう。より危険が少ないルートを知る必要があると、 ギアッチョは昨日の内から予測していたのだった。普段からは 想像もつかない彼の慧眼に、ルイズとキュルケは眼を丸くする。 「・・・さて」 ようやく氷の鎧を解除すると、ギアッチョはギーシュの元へ 歩を進めた。 「・・・・・・マンモーニ・・・たぁ言えねーな、ギーシュ」 そう呟いて、未だ意識を失ったままのギーシュを肩に担ぐ。 やはりかなりのダメージがあるのだろう、若干ふらつきながら ギアッチョはシルフィードへと歩き出した。 手伝おうと駆け寄りかけたルイズは、その瞬間あることを 思い出す。ギアッチョの姿を数秒苦しげに見つめた後、 「・・・・・・っ」 それを振り切って、彼女は破壊された扉を踏み越えて回廊へと 駆け出して行った。 「血で汚れちまうが・・・ま、我慢してくれ」 その背にギーシュを座らせながら、ギアッチョはシルフィードに 一言詫びる。風竜がきゅいきゅいと鳴いたのを確認して、今度は タバサを抱き上げる。ルイズよりも更に軽いその身体は、驚く程 簡単に持ち上がった。 「・・・が・・・とう・・・」 同じくシルフィードの背に横たえる瞬間、タバサは苦しげな 声で呟く。ギアッチョは一瞬見せた迷うような顔を隠すように キュルケの方に向き直り、ややあって一言口にした。 「・・・そいつはこっちの台詞だ」 そのまま、見つめるタバサを振り返らずにキュルケの元へ歩いて 行く。両手を地面について何とか自力で立ち上がろうとしていた キュルケは、ギアッチョに気付いて少し上擦った声を上げた。 「わ、私は自分で立てるわよ!あなたも怪我人なんだから、 はやくシルフィードに乗って・・・きゃあっ!?」 問答は面倒なだけだと判断して、ギアッチョは構わずキュルケを 抱え上げる。 「ちょ、ちょっと!いいって言ってるじゃない!私は自分で 歩けるわよ!聞いてるのギアッチョ!?」 「うるせーぞキュルケ 強がりは状況を選ぶもんだぜ ・・・第一、てめーらがこうなったのはオレのせいだろうが」 その言葉に、キュルケは渋々抵抗をやめる。少し恥ずかしげに 顔を背けて、呆れたように呟いた。 「あなた達って、揃って同じようなこと言うんだから」 身体のそこかしこが汚れた格好で、ルイズは回廊から戻って来た。 どこか翳りの見える顔で中庭を見渡すと、そこにはギアッチョに 抱えられてシルフィードに乗せられるキュルケの姿。 「・・・・・・」 「ああ?」 ぼーっと突っ立っているルイズに気付き、ギアッチョはそちらに 足を向けた。 「何やってんだ とっとと乗れ、時間がねーぜ」 その長身で自分を見下ろすギアッチョを見上げて、ルイズは 恐る恐るといった風に口を開く。 「えと・・・・・・わ、わたしも怪我してるんだけど・・・」 「してるな」 言わんとしているところが解らず、ギアッチョはそれが何だと いう顔で返事をする。 「・・・だ、だから・・・!・・・・・・その・・・あの・・・」 あやふやな声を出す度に、ルイズは思わず言ってしまったことが どんどん恥ずかしくなってゆく。顔を真っ赤に染めるルイズを 見て、一方のギアッチョは「またいつもの病気か」と納得した。 ルイズがこんな顔をする時、ギアッチョには大抵最後までその 理由は解らない。そんなわけで、ギアッチョは「いつもの病気」と いうことで適当に納得して、さっさとこの場を収めることにした。 「なるほどよく解ったぜ 続きはここを出てから聞くからよォォーー」 「ぜ、全然解ってな・・・きゃあぁっ!?」 ギアッチョは面倒臭いとばかりに溜息をつくと、ルイズの腰に 片手を回して無造作に抱え上げた。 「ちょ、ちょっとギアッチョ!?なななな何してぇぇっ!?」 後ろ向きに抱えられて、ルイズは思わずわたわたと手足を動かす。 「やかましい 時間が勿体ねーんだよ」 悪態をつきながら、ギアッチョは問答無用で歩き出した。 「も、もうちょっと、だ・・・も、持ち方ってものがあるでしょ! 子供じゃないんだからっ!!」 「子供じゃねーか」 「ちがっ・・・!!」 抗議を続けるルイズを適当にあしらいながら、シルフィードの 背中に乗る。前回を考えて持つ場所は選んだのだが、当のルイズは それに気付く余裕はないようだった。 「あ、あのねぇ!何か勘違いされてそうだから言っておくけど・・・」 背びれを挟んでギアッチョの隣に座りながら、ルイズは身を乗り出す。 「それは、その・・・確かに、見た目のせいでほんの少しだけ 小さく見られることはあるわよ?・・・ほんの少しだけ だけど、 わたしは子供じゃないの!もうれっきとしたじゅうろ・・・」 「ルイズ、おめーさっきから何を握ってんだァ?」 「・・・んだから!分かったらわたしを子供扱いしな・・・え?」 ギアッチョの視線は、強く握られたルイズの右手に向いていた。 「こいつだ」 その小さな手を、ギアッチョは無造作に掴む。 「ちょっ――!!」 「・・・こりゃあ・・・」 彼女の右手に大事に包まれていたものは、蒼古たる輝きを放つ ――風のルビー。半壊した礼拝堂の中で損なわれずに残っていた ウェールズの遺体から、ルイズはそれをそっと抜いて来たのだった。 ふにゃりと真っ赤に崩れたルイズの顔が、悲しみのそれに変わる。 「・・・そうよ、殿下の遺品 せめてこれだけは、姫様に渡したくて」 沈んだ声を打ち払うように、「きゅい!」と一つ鳴き声が響く。 上昇を始めた風竜の背から半壊した礼拝堂を見下ろして、ルイズは 再びルビーを握り締めた。風に髪をなびかせながら、静かに呟く。 「・・・ごめんなさいウェールズ様・・・ あなたをここに 置いて行きます だけどこれだけは、必ず姫様に渡します あなたの遺志は、必ず姫様に伝えます・・・――」 「あィイッ!!!」 情けない悲鳴が、大空にこだました。 「ッだだだだだだだだだだだだだだ!!!もうちょっと優しく! 優しくゥゥゥゥゥゥ!!」 モンモランシーが聞けば失望しそうな声を上げているのは、 勿論ギーシュである。 「・・・・・・」 蹴落としたい気持ちを抑えて、ギアッチョはギーシュに薬を塗る。 信じられない回復力である。魔法薬の効果が出ているのかどうか、 門外漢のギアッチョには解らないが、あれだけ血を流しておいて もう元気に悲鳴を上げているというのはやはり瞠目すべき生命力で あるように思う。 以前メローネが「ギャグキャラは一コマで傷が治るもんだ」だの なんだのと言っていたが、ようするにこいつもそういう類の 人間なのかと考えて、ギアッチョは妙に納得した。 ニューカッスルを離れて数刻。応急手当は大体が終了していた。 タバサは大分疲労が回復して来ていたし、ルイズは比較的軽症。 全身にダメージを負ったキュルケは、ルイズの手によって包帯 だらけの格好と化している。前述の通りギーシュはギアッチョが 手当てを務め、そのギアッチョの手当てはルイズが行った。今度は 最初から最後まで自分で手当て出来たので、ルイズはどこか満足げな 顔をしている。 奇跡的なことに、誰一人として命に別状はないらしい。全員の 様子を確認してから、ギアッチョは言いにくそうに口を開いた。 「・・・で、だ」 その声に、ルイズ達の注目がギアッチョに集まる。がしがしと 頭を掻いて――ギアッチョは彼女達を見返した。 「・・・・・・・・・悪かったな」 ルイズ達は皆、一様にきょとんとした顔をしている。 そんな彼女達を見渡して、ギアッチョは続けた。 「オレ一人でブッ倒すつもりが、まんまとやられた挙句に てめーらまで巻き込んでこのザマだ 瓦礫ン中でなんとか こいつに手が届いたからよかったがよォォー・・・」 ギアッチョはひょいとデルフリンガーを持ち上げて、苦々しげに 顔を歪めた。 「てめーらに怪我負わせたのはオレの責任だ・・・悪かった」 己の非によって近しい者が被害を受けたならば、然るべき筋を 通す。ギアッチョはそれが出来る男だった。らしくもなく 自責に駆られている様子のギアッチョに、場が静まり返る。 その静寂を切り裂いて、やがてギーシュが口を開いた。 「何を言ってるんだね君は 君がいたからこそ、僕達は皆無事に ここにいることが出来るんじゃないか 君がいなければルイズは あっさりさらわれて、僕達は今頃天国巡りの真っ最中だよ」 己のせいで重症を負ったはずの男は、まるでそんなことなど 無かったかのように笑う。 「感謝こそすれ、君を恨むような理由なんてあるわけないさ」 ギーシュの言葉に、キュルケとタバサは同時に頷いた。 「ま、一番被害の大きい人間にこう言われちゃあね」 キュルケもまた、冗談じみた言葉を返して笑う。いつの間にか 読書をしている程に回復したタバサは、顔を上げてもう一度 こくりと頷いた。 「・・・・・・」 ギアッチョは言葉無く彼らを見返す。ギアッチョの生きて来た 世界では考えられなかったことに、彼は返す言葉を見出せなかった。 「そうよ、ギアッチョがいなきゃどうにもならなかったわ」 使い魔の顔を覗き込んで、ルイズも言葉をかける。 「・・・・・・謝らなきゃいけないのは、わたしのほうよ」 ルイズは悄然として俯いた。キュルケ達の視線が、今度は ルイズに集まる。 「ギアッチョのせいじゃないわ・・・ あんた達がそんなに ボロボロになったのは全部わたしのせいよ わたしが何も 出来ないから、わたしがゼロだから・・・・・・」 彼女達の痛ましい姿を見て、ルイズはゆっくりと首を振った。 魔法が使えない自分には、抵抗することも出来なかった。 ――無力。その言葉がルイズに重く圧し掛かる。命を救われたと いうのに、自分は彼女達に何をしてやることも出来ない。 ルイズには、ただ愚直に謝ることしか出来ない。それが、 何より辛かった。 「・・・・・・だから ごめ――」 「ストーーーップ!」 「・・・?」 制止をかけたのはキュルケだった。呆れたように微笑んで、 ルイズに語りかける。 「あのね、これは私達がやりたくてやったことなのよ それでいくら怪我を負おうが――たとえ死んでしまったと しても、私達があなたを恨むわけがないでしょう?」 ルイズは言葉に詰まる。やや置いて「でも」と口を開き かけた彼女を、今度はタバサが遮った。 「・・・友達」 友達。どれ程焦がれていたか分からないその言葉を、 ルイズは今再び投げかけられた。 「・・・・・・私、が・・・?」 魔法が使えない。ただそれだけで、周囲は彼女を遠ざける。笑い、 蔑み、拒絶する。それが、ルイズの人生だった。気丈な彼女は、 人前で弱みなど見せない。周囲の罵倒に、己の失敗に、逃げず 怯えず戦い続けた。しかし彼女は人間。どこにでもいる十六歳の、 ただの小さな少女なのだ。誰も入って来ない、小さな自室。ルイズが 己の心を曝け出せるのは、広い学院中で唯一そこだけだった。怒りで、 悔しさで、情けなさで、悲しさで、ルイズはただ独り、何度も何度も 泣いた。そしてその度に、彼女は己の無価値を思い知る。落ちこぼれの 自分に、無能な邪魔者の自分に友人など出来るわけがないと、まるで 終わることのない悪夢のように。 ルイズは、恐る恐るタバサを見る。その怯えを、不安を、孤独と いう名の泥濘を、全て断ち切るかのように――タバサは小さく、 しかし、強くはっきりと頷いた。 「・・・・・・あ・・・」 こんな時、一体どんな顔をすればいいのだろうか。それが解らず、 ルイズはただ呆然とタバサを見る。だが、いつも通りの無表情に 見えるタバサの顔が、今確かに優しさを映していること―― それだけは、はっきりと理解出来た。 「そうさルイズ 僕らは友達だ 友の窮地を救うのに、傷の一つや 二つを厭う人間が一体どこにいるんだい?」 「・・・ギーシュ・・・」 底抜けの笑顔で言ってのけるギーシュに頷いて、若干恥ずかしげに キュルケが後を継ぐ。 「そういうことよ 私達は・・・と、友達なんだから・・・ 変な負い目も罪悪感も、あなたが感じる必要は――・・・って、 ちょ、ちょっと!何泣いてるのよ!!」 「だ・・・だって・・・・・・!」 止まらなかった。いつの間にかこぼれ始めた涙は、彼女の孤独を 洗い流すかのように、とめどなくぽろぽろと流れ続ける。ならば、 言うべきことは謝罪などではないはずだ。幾度もしゃくりあげながら、 ルイズはただ一言を返す。「ありがとう」と――それだけを。 友というものを、ギアッチョは今ようやく理解出来た気がした。 それは確かに他人の集まりだ。だが今、彼女達には決して消えない 絆がある。笑う気には――なれなかった。嘲る気には、なれなかった。 「・・・ギアッチョ」 ギアッチョの思考を切り裂いて、彼を呼ぶ声が聞こえる。 「何だ」と返して、ギーシュの方へと彼は顔を向けた。それを 確認して、ギーシュは柄にも無く真面目な顔で問い掛ける。 「君は・・・僕達の友人でいてくれるかい?」 「・・・・・・」 ギアッチョは沈黙する。ギーシュだけではない。それはこの場の 全員が問い掛けたかった言葉だった。彼らは直感的に気付いて いるのだろう。ギアッチョがここと、ここではないどこかとの 間で苦悩していることを。 友でいてくれるかということ。それは傍にいてくれるのかと いうことでもある。それは取りも直さず――イタリアか、 ハルケギニアか。どちらを選ぶかということだ。 引き延ばしにすることは出来る。流されるままに、運命に 従ってしまえばいい。しかしそれは、彼らの「覚悟」を蔑する 行為に他ならない。彼らは命を賭けて、その友情の真なることを 証明した。ならば己も、その行く末を賭けて決断しなければ ならないはずだ。イタリアへ帰るか、ハルケギニアに留まるか。 ルイズの使い魔であり続けるか――彼女を捨てるか。 ギアッチョはちらりとルイズに視線を遣る。この上なく不安げな 顔で、自分を伺う彼女と眼が合った。 額に片手を当てて、ギアッチョは深く溜息をつく。決めろと いうのなら決めるまでだ。・・・いや、どちらを取るか、そんな ことはとっくに決まっていた。自分はそれと向き合うことを、 恐れていただけだ。 やれやれと独白して、彼は口を開いた。 「・・・・・・オレは――」 ・・・見たこともない場所だった。規則正しく刈られた植え込みが、 まるで迷路のように続いている。赤く満ちた小さな月が、寄り添う ように昇る大きな月と共に地上を照らしていた。周囲を遠く囲む 広大な館に気付いて、彼はここが中庭だと理解する。 どこか遠くで、すすり泣くような声が聞こえた。気付けば、彼の 足は自然にそちらへ向いていた。茂みを乱暴に掻き分けて、声の 主を探して歩く。やがて彼の行く手に、色とりどりに咲き乱れる 花々が姿を現した。百花繚乱たるそれらは、見渡すばかりに 広がる池を美しく囲んでいる。その中央に小さな島が一つ。ほとりに、 小舟が一艘浮かんでいた。どうやら声は、そこから聞こえて来る らしかった。見ればそこには、肩に毛布をかけて幼い少女が座っている。 その目の前に立って、黒衣の男が手を差し伸べていた。優しげな声色で 少女慰めているようだったが、少女は身を硬くして怯えたように泣いて いる。 ・・・その光景に、彼は何故だか無性に腹が立った。岸から島まで どこにも足場はなかったが、彼は問題無く氷の道を作る。その上を 慣れた様子で歩くと、あっという間に小舟へ辿り着いた。男の肩に ぽんと手を乗せ、振り向いたその顔を力一杯殴り飛ばす。声も 立てずに、男は池に落ちて姿を消した。 詰まらなそうな顔で少女を見下ろして、彼は一つ溜息をつく。 「・・・いつまでも泣いてんじゃねーぞ クソガキが」 彼を見上げる少女は、いつの間にか十六歳の姿になっていた。 彼の主人であるところの少女は、ごしごしと涙をぬぐって微笑む。 「本当に、いつだって来てくれるのね・・・ギアッチョ」 「よーお 元気してっか?ギアッチョよォ~~」 突如聞こえた陽気な声で、ギアッチョとルイズは小島を振り向く。 そこにしつらえられた石のベンチに、数人の男が座っていた。 「・・・・・・てめーら・・・」 「クハハハハハハハ!何間抜けヅラしてんだよおめー、ええ?」 愉快そうに笑う男は――ホルマジオ。彼らは、紛れも無い ギアッチョの仲間達であった。 「オレ達のことは知っていると思うがよーーー こいつが 初めましてってことになるわけか?ルイズ 少々奇妙だが」 そう言って、イルーゾォはひらひらと手を振る。ぽかんとして いるルイズに、メローネが声を掛けた。 「そんなにディ・モールト驚くことはないさ・・・こいつは ただの夢なんだからな そうだろう?相棒」 「・・・その人を食ったような性格は死んでも治らねーらしいな」 どうやら状況に慣れたらしい。ギアッチョは呆れたように笑う。 「一度死んだくらいで治る程育ちのいい野郎がオレ達の中に いたか?」 ホルマジオの後ろに立つプロシュートが言うと、 「なるほど、そいつぁちげーねぇや!あいてッ!!」 「おまえに言われるとどーもムカつくぜ」 笑うペッシがホルマジオに殴られた。プロシュートの横に立つ リゾットは、無表情に皆を制する。 「お前達、その辺にしておけ」 両手を上げるホルマジオの横で、ペッシは頭をさすりながら 「へい」と一言返事した。 「・・・しばらく見ねー間に、随分とフケたんじゃあねーのか? ええ?オイ」 軽く悪態をつきながらも、ルイズにはギアッチョはどこか楽しそうに 見えた。 「さて・・・ギアッチョ」 「・・・何だ」 真紅の月に照らされて、ギアッチョはリゾットと真っ直ぐに 向かい合う。まるで心の奥底まで見通すような深い瞳で、リゾットは ギアッチョを見据えた。 「お前の決断・・・迷いはないな?」 「・・・・・・」 ギアッチョは、すぐに答えない。ほんの数秒、しかし深く内省し。 「・・・ああ 迷いはねーぜ・・・一片もな」 はっきりと、そう答えた。それを聞いて、彼らはニヤリと笑う。 「そうか ・・・ならば、ギアッチョ」 小さな月のように紅い双眸で、リゾットはルイズを見遣った。 「・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな」 「・・・・・」 「オレ達の影に――縛られるな」 ギアッチョはただ黙って聞いている。リゾットの後を、メローネが 静かに引き継いだ。 「出来ることならオレが変わってやりたいが、選ばれたのは どうやらあんたらしい ディ・モールトうらやましいが・・・ 守ってやれよ、その娘をな」 「ギアッチョ、オメーは物を深く考えすぎるからな・・・ オレ達が保障しておいてやるぜ その道は間違いじゃあねえ」 「クックック・・・まさかリゾットでもプロシュートでもなく、おまえが こんな役回りになるとはなァ いいか、オレ達は死んだ だがなギアッチョ、 おまえは生きてる そこだぜ・・・大事なところはよ」 「きっと苦労するだろうけどよ、嬢ちゃんも頑張って・・・イデッ!」 「だからおめーが言うなっつーの ま、せいぜい生きろよギアッチョ オレ達ゃ地獄の底から面白おかしく見物してっからよォ~~~」 ホルマジオが言い終えると同時に、世界は無情に、急速に白化を始めた。 ギアッチョが何かを口にしようと動くが、その声すらも白い霧に散る。 最後に一言、誰かが「じゃあな」と呟き――瞬間、世界はぷつりと消えた。 「・・・ん・・・ぅ・・・」 涼やかに頬を撫でる風で、ルイズは夢から醒めたことを知った。 ――・・・あれは、夢・・・ 夢、だったのだろうか。ギアッチョに去って欲しくない自分の、 あれは都合のいい幻想だったのだろうか? 「・・・・・・言うだけ言って消えやがって・・・バカ野郎共が・・・」 ぽつりと、独白するような声が頭上から聞こえる。 ――・・・え? ルイズは薄っすらと眼を開ける。視界に見えるのはキュルケ、 タバサ、そしてギーシュ。誰もが疲労で眠りこけていた。 隣にいるはずのギアッチョを確認しようとして、ルイズは 自分が何かに身体を預けていることに気付く。 ――・・・・・・ 霞む瞳を数回まばたかせたところで、 「~~~~~~~~~~っ!!?」 ルイズの心臓は飛び跳ねた。 ――ちょ、こここ、これって・・・!! 声を漏らさなかったのが不思議なぐらいだった。頭を胸に、 自分は身体を殆どギアッチョにもたれさせていたのだから。 ――・・・う・・・ 跳ね起きようと考えたが、どうしても身体が力を入れようと しない。己の気持ちを理解して――ルイズは何故だか、尚更 それを認めたくなくなった。 ――ねね、眠くて動けないだけだもん ギアッチョなんて、 か、関係ないんだから! 耳まで真っ赤にして、ルイズは無理矢理言い訳を考える。 どうにもまだまだ、素直になれないようだった。 心臓の鼓動がうるさい。ギアッチョに気付かれるかと思うと、 それはますます大きく脈打ち始める。 ――ああ、もぉ・・・!! 他のことを考えて落ち着けようと、ルイズは先程のことを振り返る。 ギーシュの問いに、結局ギアッチョは明確な返事をしなかった。 代わりに、彼は自分のことを話した。イタリアから来たこと、 暗殺者だったこと、スタンド能力のこと・・・。それは彼なりの、 不器用な信頼の証だった。 ギーシュ達は、誰も笑わなかった。ここまで一緒に戦い抜いてきた 仲間のことを、誰が疑うだろう。勿論、自分にとってそうである ように、彼らにとっても信じられないような話ではあったようだが。 ギアッチョの心は、皆理解していた。あの瞬間、皆の心はきっと 一つだった。ルイズにはそれが――どうしようもなく喜ばしい。 今見た夢に、思いを馳せる。彼らはただの夢だったのか、それは誰 にも分からない。しかしルイズは、きっと彼らは本物だったと思う。 紛い物の幻想に、ギアッチョの笑顔など引き出せはしないはずだから。 「・・・生きてやるよ この世界でな・・・」 ぽつりと、ギアッチョが呟いた。どこか晴れ晴れとしたその声に、 ルイズの左手は思わず彼の服を掴む。自分を揺り起こそうとしない ギアッチョが、ルイズは無性に嬉しかった。 ギアッチョの話を聞いた時のギーシュ達の笑顔を、自分は忘れない。 己を友達だと言ってくれたキュルケの、タバサの、ギーシュの言葉を、 自分は決して忘れない。ワルドが裏切り、ウェールズが死に、王国は 滅んだ。それらを思い出せば、この胸は張り裂けそうに痛む。 ――だけど・・・わたしは忘れない 右手の中の風のルビーを、ルイズは強く握り締めた。 わたしは、決して忘れない。この日のことを、生涯忘れはしない。 ルイズの手の中の、風と水。友と友を、過去と未来を結びつけるかの ように――二つのルビーは、美しい虹を作り出していた。 ==To Be Continued... 前へ 戻る 次へ