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武器屋に入っていくルイズ達を、キュルケ一行は影から観察していた。 「武器屋・・・?何しに行くのよあの子達」 「そりゃあ武器屋なんだから武器を買うんだろう?」 「普通はそうでしょうけど ルイズはメイジじゃない」 キュルケとギーシュがひそひそと話をしていると、 「ギアッチョ」 本を読みながら短く答えるタバサ。その言葉にキュルケが納得している横で、ギーシュはビクンと震えている。 それに気付いたキュルケが、 「ギアッチョ」 と呟くと、ギーシュは小さく「ひぃっ」と声を上げて縮み上がった。 「タバサ・・・コレどーにかならない?」 呆れた声でタバサに助力を求めるキュルケに、 「無理」 少女は簡潔かつ明瞭な答えを返した。 絹を引き裂くような悲鳴が聞こえたのはその時である。 ドグシャアァッ!だのドグチア!だのメメタァ!!だの何やら不穏な物音と共に、 「痛いって痛ギャーーーーーーーーッ!!」という大声が響いた。 音の発信源である武器屋にキュルケ達が眼を向ける。悲鳴と物音はなおも続き、 「ちょ、待って待って痛いから!ホント痛いからコレ!ね! 一旦落ち着こう!ってちょっとやめェーーーーーーーッ!!」 というどう聞いても被害者のものと思われる声に 「逃げてー!デル公逃げてーー!!」 という野太い声が重なり、「剣が一人で逃げられるかボケェ!!ってイヤァァァーー!!」 律儀にツッこみを返す先ほどの声、そしてその後に 「ちょ、ちょっと!何やってるのよギアッチョ!!やめなさいってば!!」 と何かを制止する少女の声が聞こえ、キュルケ達の99%の予想は100%の確信へと昇華した。 「・・・あの使い魔もなんとかならないかしらね・・・」 口の端を引きつらせるキュルケに、 「絶対無理」 簡潔な絶望を以って返答するタバサだった。 ちなみにギーシュは、あっけなくその意識を手放していた。 物音が聞こえなくなって数分、ルイズとギアッチョが武器屋から出てきた。 ギアッチョの手には古びた剣が鞘ごと鷲掴みにされている。 店主と思われる男が顔を出すと、 「生きろデル公ーーー!!」 と叫んでいた。 「デル公?」 誰の事だろう。キュルケがそう思っていると、ギアッチョの持っている剣がひとりでに鞘から顔――のように見えなくもない鍔――部分を露出させ、 「離せ!いや、離してくださいィィィ」とか「ゴミ山でもいいから俺を捨ててくれェェェ!」とかわめいている。 「インテリジェンス・ソードじゃない・・・また変なもの買ったわねルイズも」 当のルイズは、全力で魔剣から目をそむけていた。合掌。 「なぁ!ちょっと考え直そうぜマジに!剣買うなら安くてつえーの紹介すっからさ! 別に俺である必要はないわけじゃん?こんなオンボロよりもっと若くてイキのいいのが沢山あんだって!な!」 なおもわめき続けるインテリジェンス・ソードにギアッチョは目を落として言う。 「なるほど一理あるな・・・」 「だろ!?だったら早く俺を返品しt」 「でも断る」 「何ィィ!?」 ギアッチョは喋る剣を胸の高さに持ち上げて続けた。 「てめーはどうやらなかなか頑丈みてーだからよォォ~~ 武器兼ストレス発散装置として活用させてもらうとするぜ」 一片の光明も見出せないその返答に、デル公の微かな希望は崩れ去った。 「・・・ところでよォォ~~」 ギアッチョが急に声を大きくする。 「今日は大所帯じゃあねーか え?キュルケ いつまでコソコソ覗いてんだ?」 その言葉にキュルケの心臓が跳ね上がる。気付いていた!?いつから!? 「最初から」 と呟くように答えて、タバサは物陰から抜け出した。 「気付いてて放置してたってわけ・・・?これじゃまるでピエロじゃない」 こめかみを押さえて一つ溜息をつくと、未だ覚醒しないギーシュの首根っこを引っつかんで、キュルケは青髪の少女に続いた。 「キュ、キュルケ!?・・・に、ええと・・・タバサ・・・とギーシュまで どうして!?」 いきなり現れた三人にルイズは面食らっている。まさか見つかるとは思っていなかったキュルケは、そのストレートな質問に 「ど、どうしてって・・・えーと・・・」 しどろもどろで言い訳を考える。そして数瞬の沈黙の後、 「・・・そっ、そうよ!あなたが使い魔に振り回される所を見物しに来たのよ!」 と言い放った。 「な、なんですって~!?いくら暇だからって随分悪趣味なのねあんたって!!」 売り言葉に買い言葉で喧嘩を始める二人をやれやれといった眼で眺めるタバサがふとギアッチョに眼を向けると、同じような眼でルイズ達を見ていた彼と眼が合った。 「本題」 ギアッチョがキレる前にさっさと片付けようと思ったタバサは、そう言ってから身の丈よりも長い杖でポコンとギーシュの頭を叩く。 「あいたッ!もっと優しく起こし・・・ん?」 その衝撃で眼を覚ましたギーシュは、キョロキョロと辺りを見回し。汚い路地裏に倒れている自分を見、そしてその自分を眺めているギアッチョを見て―― 魔剣もかくやと言わんばかりの悲鳴を上げた。 「「ちょっと、うるさいわよギーシュッ!!」」 ルイズとキュルケの見事なハモりに、「ヒィッ、すいません!」と思わず直立しようとしてしまったギーシュだったが、松葉杖が手元になかったせいで見事にスッ転んだ。 見かねたタバサが、物陰に捨て置かれていたそれをレビテーションで持ってくる。 「あ、ああすまない・・・」 タバサに礼を言って松葉杖をつかむと、ギーシュは今度こそ立ち上がり、 バッチィィィン!! 自分の顔を思いっきりひっぱたいた。その音に驚いたルイズ達が喧嘩をやめてギーシュを見る。 「・・・よ、よし 気合は入った・・・ッ」 強く叩きすぎたのか、フラつきながらもギーシュはルイズへと歩き出す。 「な、何・・・?私?何の用・・・?」 状況を把握出来ていないルイズの前に立ち、ギーシュはおもむろに松葉杖を投げ捨てた。 そして支えを失ってバランスを崩しながらも彼は地面に膝をつき―― 「ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールに、グラモン家が四男ギーシュ・ド・グラモンが謝罪申し上げる!!」 ガツン!!と石畳に頭を打ちつける。 「申し訳ないッ!!僕が悪かった・・・今までの侮辱、どうか許して欲しい!!」 ルイズ達はあっけにとられていた。キュルケやタバサも、ギーシュはどうせギアッチョにビビって適当な礼もそこそこに逃げ戻ってくるだろうと思っていたのだ。 彼に家名と誇りをかけた謝罪をする決意があったなどと、夢にも思わなかった。 「ちょ、ちょっとギーシュ!何やってるのよ・・・もういいわ!顔を上げて!」 ルイズが慌ててしゃがみこむ。 「許してくれるかい・・・ルイズ」 自分を立ち上がらせようとするルイズに、ギーシュは頭を地面につけたまま問う。 「・・・ええ ヴァリエールの名にかけて」 「・・・・・・ありがとう」 そこまで言って、ギーシュはようやく血に塗れた顔を上げた。ルイズに肩を借りて 立ち上がると、ギーシュはギアッチョに向き直る。相変わらず膝は笑っているが、 その眼に迷いはなかった。 「・・・ギ・・・・・・ギアッチョ 僕は君にも謝罪しなければならない」 しかし口を開きかけたギーシュを、 「待ちな」 ギアッチョは押しとどめる。 「やれやれ・・・どーやらよォォ~~・・・ ケジメをつける『覚悟』だけはあるらしいな」 「ギアッチョ・・・ 謝らせてくれ、僕は」 というギーシュの言葉に被せてギアッチョは続ける。 「別にこいつの従者になったつもりはねーが・・・元はといえばオレがルイズの 使い魔として受けた決闘だ てめーはいけすかねぇ貴族のマンモーニだが・・・ 貴族として貴族に謝ったってんならよォォーー 平民に謝罪なんかするんじゃあ ねえぜ」 意外なギアッチョの言葉に、ギーシュは二の句が継げなかった。 「その代わり、だ 平民は平民らしくよォォーー てめーのツラを一発ブン殴って 終わりにさせてもらうぜ」 「・・・ギアッチョ・・・」 ルイズもギーシュも、この場の誰もが驚いていた。しかしギーシュはすぐに理解した。 まだよく分からないが、きっとこれが『覚悟』なのだと。貴族としての『覚悟』に、彼は 平民として応えてくれているのだと。 「・・・分かった・・・来たまえ、ギアッチョ!」 ギーシュはにこやかにそう答え、 トリステインの青空に、派手な音が鳴り響いた。 ギーシュは、学院へ向かって飛ぶシルフィードの背中で、風竜の主に問いかけた。 「・・・タバサ 『覚悟』って一体何なんだろう」 タバサは本からちらりと眼を外すと、 「意志」 一言短く、しかしはっきりと答えた。それが何を指すのか、ギーシュにはやはりまだ 分からなかったが――彼は今、不思議とすっきりした気分だった。 ==To Be Continued...
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「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/738.html
血相を変えて飛び込んで来たコルベールに急かされて、適当な上着を引っ掛けただけの状態で出てきたルイズは、今制服に着替えるために自室に戻っていた。 「何なのよもう・・・ついでに剣を持ってこいなんて 近くにいるんだから自分で取りに来ればいいじゃないのよ」 着替えて来るならと、デルフリンガーを集合場所に持って来るようギアッチョに言われたルイズだった。 その原因もまた自分の着替えにあることにルイズは気付かない。文句を言いつつも、これ以上自分の評価を下げられたくないルイズは二つ返事で了承していた。 カシン、と音がしてデルフリンガーの柄が持ち上げられる。 「・・・あのー・・・お嬢様 で、出来れば自分は置いていって欲しいんですがね・・・メイジが5人に使い魔が4匹 ダンナも使い魔になったからにゃあ何かの能力があるんでしょ? お、俺を無理に連れて行く必要は・・・ないんじゃーないでしょうかねぇ~・・・なーんて・・・」 自分にまで怯える錆びた長剣に眼を向けると、ルイズはゆるゆると首を振った。 「確かにギアッチョは剣なんて持ってないほうが強いけど・・・でも剣が同行を拒否したなんてあいつが知ったらまたブチ切れるわよ」 ルイズは心底哀れそうな声で答えた。 「・・・で、ですよね・・・ ハハハハハ・・・ハァ・・・」 全てを諦めたような声を出すデルフリンガーを、ルイズは困ったような顔で数秒見つめ、 「・・・あんた、わたしにまで敬語使わなくてもいいわよ」 喋る魔剣は、ありもしない自分の耳を疑った。 「・・・貴族が?俺みてーな剣に敬語を使わなくていい・・・?失礼ですが・・・正気で? お嬢様」 「本当に失礼ね・・・」 ルイズはちょっと不機嫌そうな顔をしてみせる。 「わたしだってよく分からないわよ ・・・だけどなんか 流石に哀れすぎるというか・・・」 言い終えてから、ルイズはハッと気付く。哀れすぎる?哀れだなんて・・・貴族である自分が、今本当に言ったのだろうか。 一昔前の自分なら、そんなことは絶対に言わないし考えもしない自信がある。 召喚したのがあんな凄い奴じゃなくて普通の平民だったら、掃除に洗濯にと使えるだけ使い倒していたと思う。だってそれが貴族なんだから。貴族は戦を担い、発明を担い、外交を担い、経済を担う。それによって国体を維持し、文明を発展させてゆく。 貴族は国の分解、崩落を防ぎ、そして繁栄させてゆく。貴族がいるからこそ、国は国として成立する。そんな我々のために、平民が滅私の心で奉公するのは当たり前ではないか。我々は国を支えている。 平民が少しばかり辛かろうが苦しかろうが、そんなものは我々貴族の重大な責務に比べれば真綿の如く軽い。貴族はだから、平民に心を向ける必要も理由も全くありはしない。 それが常識であり、そしてまたルールでもあった。そして貴族として生まれた己も、それに疑問を抱いたことなど一度もなかった。だけど、今はそんな考え方に嫌悪すら抱く。何故か?ルイズは今、その答えに気付いた。それはどこから見ても――貴族の論理だからである。 ギアッチョを召喚して、平民と深く関わることで気付いた。この論理には、平民側の視点などカケラも入っていない。全て貴族の貴族による貴族の為の論理に他ならない。 貴族はこうする。だから平民はこうしなければならない。貴族はこうしてやっている。 だから平民はこうあるべきである。つまるところそういうことである。まず貴族ありき。 そしてそこから貴族に出来ないこと、やりたくないこと――そういうものの穴を埋める形で、平民の役割が勝手に配置されている。 最低だ、とルイズは思った。この論理を裏返しにすればこうなる。我々平民は生産の維持、拡張を担っている。市場の形成、維持、食料の供給を担っている。そして貴族の身の回りの世話まで担ってやっている。ならば魔法しか取り得の無い諸君ら貴族は、せめてその命を賭けて働くべきである。 馬鹿馬鹿しい。ルイズはそう思う。こう考えれば、貴族と平民の間に優劣など何もないではないか。命を賭ける仕事だから偉いのか?頭を使う仕事だから偉いのか? 下らないことこの上ない。平民達だって命を賭けている。馬車馬のように働かされて、ロクに食べ物も与えられずに死んでゆく者もいるのだ――・・・。 「――お嬢様!おーい!お嬢様よ!」 デルフリンガーの呼び声に、ルイズはハッと我に返る。 「大丈夫ですかい? いきなりボーッとされちまって」 「・・・ああ、大丈夫 何でもないわ・・・それより言ったでしょ 敬語なんていらないわ それとわたしはルイズと呼びなさい」 「・・・そりゃ・・・マジで言ってんのかい・・・」 呆けたような声で呟く剣に、ルイズは「当たり前よ」と返した。もしインテリジェンスソードに眼があったなら、このデルフリンガーは今漢泣きに泣いていたことだろう。 「おでれーた・・・今まで幾人もの所持者の手を渡って来たが・・・あんたみてーな貴族は初めてだ!おめーは・・・おめーはなんていい奴なんだルイズ・・・ッ!」 実のところ数千年の時を生きているデルフリンガーが未だ保持している記憶の 中で、貴族にこんな扱いを受けたことは初めてだった。最も、元々ギアッチョの存在さえ無ければ敬語を使えと言っても聞く耳持たぬ図々しさを持っている剣なのだが、ギアッチョに口では到底言えない様な目に合わされてすっかり萎縮した彼の心には、ルイズの言葉はまるで地獄の仏、砂漠のオアシスのような感動を与えたのだった。 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」 人語を解する魔剣はひときわ大きな声で言い放つ。 「たとえ天が落ちてこようが、この身が砕け散ろうが!デルフリンガーの名に賭けて、おめーだけは守りきると今ここに誓うぜ!」 あっけにとられるルイズの前で、デルフリンガーはそう誓約した。 「・・・な、何格好つけてるのよ!自力じゃ動けもしないくせに」 軽口を叩くルイズだったが、その内心は喜びに満ちていた。何故ってまた味方が出来たのだから。隠しても嬉しさが滲み出ているルイズの仕草を満足げに眺めながら、 「ま、そいつはちげーねぇな」 久しぶりに心から笑ったデルフリンガーだった。 タバサと共に早々に学院前に待機している馬車に乗り込んでいたキュルケは、学院の外壁に背を預けて腕組みしているギアッチョを見る。 「ねぇ・・・ どうしてルイズを止めなかったのよ」 閉じていた眼を開いて、ギアッチョはギロリとキュルケを睨む。 「言っても解らねーもんはよォォ~~ 実戦で覚えこませるしかねーだろーが」 「実戦で・・・って、危なくなったらちゃんと助けに入るんでしょうね?」 ギアッチョはそれに答えず、馬車に乗り込むとまた眼を閉じた。キュルケは文句を言おうとして、当のルイズがやってきたことに気付く。 「す、すいませんミス・ロングビル・・・遅れてしまいました」 そう言って謝るルイズに問題ないと笑いかけて、緑髪の秘書は手綱を握る。 錆びた剣をギアッチョに渡して馬車に乗り込むルイズを確認して、ミス・ロングビルは発車の合図をする。 「それでは出発しましょう」 その時、「待ってくれェェェェ」という声と共に悪趣味な服の男が走って来た。 「「「あ」」」 ルイズとキュルケ、そしてミス・ロングビルが同時に声を上げる。この場の誰もが、彼の存在を忘れていた。誰あろう青銅のギーシュである。 ――ここは、違う 馬車に揺られながら、ギアッチョは考える。ここは自分が思っているより、ずっと甘くて怠惰な場所――ギーシュに止めを刺そうとした時ルイズに言われた言葉を、ギアッチョは反芻していた。この世界に来てからずっと感じている違和感。 自分がまるで世界の毒であるかのような気分の悪さと、ゆりかごの中で祝福されているような安心感と居心地の良さ。オレに相反する感情をもたらすこの世界は、一体何なんだ?長い沈黙の末に、ギアッチョはようやく気付いた。 ここは、カタギの世界なのだと。ここにいるガキ共は、恐らくその殆どが何不自由なく親元で暮らし、そして正式な手続きに則って正式な教育を受けている。 そしてまた、学院自体にも後ろ暗い所などありはしないだろうし、教師達も正式に認められている者達なのだろう。つまり。ここはギャングの世界ではないのだ。 生涯の殆どをマフィアとして過ごしてきたギアッチョは、様々な事情からカタギの仕事に身をやつしはしても、彼らの生活やルール・・・つまるところ、カタギの世界というものとは全く無縁だった。 それ故に、この世界を正しく認識する為にいささかの時間を要したが――つまるところ、それが彼の感じていた居心地の悪さの理由であり、そして居心地の良さの理由であった。そしてそれを理解した今、彼は戸惑っていた。この世界では自分は異物に過ぎない。異教徒である自分は、一体どうすればいいのか。異国の民である己は、この世界で生きることを許されてはいるのだろうか―― くいっと服の裾を引っ張られて、ギアッチョは我に返って隣に眼を遣った。彼の横で本を読んでいるタバサが、活字に眼を落としたまま小さな声で呟く。 「前」 前?なんだそりゃと思いながら、ギアッチョは前方に眼を向ける。自分の対面でうつむいている少女が、すがるような眼で自分を見つめていた。ギアッチョと眼が合うと、ルイズはハッと眼を逸らす。眼を閉じるフリをすると、ルイズはまた自分をこっそりと見つめる。眼を開ける。逸らす。閉じる。見つめる。開ける。逸らす―― なんだかよく分からないが、ルイズは自分を気にしているらしい。身に覚えはないが、こんな視線を無視し続けるのはのは気分のいいことじゃあない。 とりあえず声をかけようと口を開きかけた時、 「えぇぇぇーーーーーーッ!!?」 ヘタレボイスが大音量で鳴り響いた。 「うるせーぞマンモーニ!」 「ヒィィすいません!!」 キュルケに宝物庫を襲った巨大なゴーレムの話を聞いて縮み上がったギーシュの心臓に、ギアッチョの悪鬼の如き――彼にはそう聴こえた――声が、更に追い討ちをかける。馬車の隅でいっそ感嘆出来るほどガタブルと震えるギーシュにてめーは携帯電話かとツッこみたかったが、誰も理解出来ないのでギアッチョは黙っておくことにした。 「ギーシュあなたねぇ・・・本当にどうにかならないわけ?そのビビり癖」 キュルケが心底呆れた顔でギーシュを見ている。隣のタバサはいつものことだと言わんばかりに読書を続けていた。ミス・ロングビルも微妙な顔で馬を御している。 「だ、だってフーケはトライアングルクラスだって言うじゃないか 君もトライアングルなんだろう?タバサもシュヴァリエだって聞いたし そんなに力の差があるとは・・・」 モンモランシーが見れば3回は幻滅しそうな顔をこちらに向けるギーシュ。 「トライアングルだってピンキリなのは知ってるでしょう? それに岩山に炎や風をぶつけたところでダメージなんてそうそう与えられはしないって昨日嫌ってほど学習したわ」 キュルケはやれやれといった感じで首を振る。なるほどな、とギアッチョは思った。 確か、生前読んだ東洋魔術の五行相剋という理論によれば、土に勝つものは木であるらしい。ギアッチョも伊達に眼鏡をかけているわけではないのだ。 それなりに読書はするほうなのである。もっとも、借りた本を片っ端から破っていくのでイタリア中の図書館から出禁を食らっていたが。 ――そもそもこの世界にゃ木なんて属性は存在しねーらしいからな・・・ つまるところ戦略次第だな。と結論したところに、 「戦略次第」 タバサがいいタイミングで代弁する。一応話を聞いてはいるようだ。 「ま、いざとなれば破壊の杖だけ奪い返して逃げればいいことだしね 名目は討伐だけど、学院としては杖さえ戻ってこればなんとでもなることでしょうし」 こっちにはシルフィードがいるのだ。鈍重なゴーレムから逃げることなど容易い。 キュルケは――いや、その場の殆どの者がそう考えていた。 それでは困る、と考えたのはルイズである。勇猛果敢に真正面から戦いを挑み、そして自分の力でフーケを打ち倒す。そうすればきっとギアッチョは自分を見直してくれるし、そうでなくてはきっと完全に見放される。なんとしても自分の手で土くれのフーケを倒さなくてはならない。ルイズの胸中は、もはやその考えで一杯だった。ひょっとしたら幻滅だなんて自分の考えすぎだろうかと一度は思ったルイズだったが、馬車の中ではずっと眼をつむっていて、たまに隣のタバサと短い会話は交わしても自分には一度も話しかけてくれないギアッチョを見て、もう彼は完全に怒っていると思い込んでしまっていた。 そんなこんなで、一部の思惑をよそに馬車は鬱蒼と茂る森の入り口へと滞りなく到着し、馬車を降りたルイズ達はあっさりと――実にあっさりと――フーケが潜入していると目される小屋を発見した。、
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岩壁の間を走る道を、ギアッチョ達は「桟橋」へと急いでいた。迷うことなく 駆け行く彼らを、二つの月が煌々と照らしている。ギアッチョは前を走るルイズに 眼を遣った。さっきから何度も心配そうに後ろを振り返っている。売り言葉に 買い言葉で出ては来たものの、やはりキュルケ達が心配なのだろう。宿屋の 辺りから薄っすらと黒煙が上がっているとなれば尚更だ。 ついて来たのは彼女らの勝手だ。キュルケに聞こえるような場所で任務の ことを口走ってしまったことを責められればこちらの落ち度だったと言わざるを 得ないが、それでもついて来たのは彼女達の勝手だ。しかし、ならばあの場で 逃げ帰るのもまた彼女達の勝手だったはずだ。極秘の任務だと言われたから には、決して誰にもそれを明かさない覚悟がルイズにはある。だからキュルケ 達は結局何も知らなかったし、何も聞いてはいなかった。彼女達は遊び半分で ここまで来た。ただそれだけのはずだ。命を賭けてまで敵の足止めをする 理由も責任も、砂の一粒程もありはしないはずなのだ。 ――どうして・・・そこまでするのよ・・・! 「バカじゃないの!?」とルイズは怒鳴りたかった。今すぐ宿に引き返して、 あの三人を学院まで追い返したかった。 ――どうしてそこまでするのよ・・・! ルイズは我知らず繰り返す。彼女達と自分は、同じ学年でただ最近少し縁が あるというだけの関係だ。自分の為に命を張れるような関係であるはずがない。 彼女達と自分は、友達でも何でもないのだから。 そう考えて、ルイズの心はズキンと痛んだ。友達でも何でもないという、つい 数日前まで当たり前だった事実が彼女の心に突き刺さる。 その痛みに顔を歪めて、彼女はようやく自分の気持ちに気がついた。自分は 彼女達の輪に入りたかったのだと。彼女達と、笑い合いたかったのだと。 キュルケ達と楽しげに笑う自分の姿が一瞬脳裏をよぎり――それが彼女の 孤独を残酷なまでに浮き彫りにする。そんな自分がどうしようもなくみじめで 悲しくて、ルイズは唇を噛んでただ俯いた。 「おーい旦那ァ ちょいといいかね?」 ギアッチョの腰で、デルフリンガーがガチャガチャと音を立てる。 ギアッチョは先頭を走るワルドの背中に視線を合わせたまま、口だけで 「何だ」と返事をした。 「いやね、さっきの決闘でずーっと引っかかってたことがあったんだが そいつを今ようやく思い出してよ」 デルフリンガーはそこでギアッチョの反応を見るように言葉を切る。ギアッチョの 無言を先を続けろという意味に受け取って、デルフは言葉を継いだ。 「俺、どうやら魔法を吸収する能力があるみてーなんだわ」 軽い口調で告げられたそれに、ギアッチョはピクリと眉を上げる。 「・・・てめー、そりゃあかなり珍しい能力なんじゃあねーのか」 この世界には、魔法を利用して特殊な力を持たせたマジック・アイテムなるものが 氾濫している。しかし魔法を吸収するアイテムというものは、ギアッチョは寡聞に して知らない。そんなものがあれば貴族連中はこぞってそれを求めている だろう。少なくとも、あの土くれのフーケならば奪ってでも手に入れるはずだ。 先の戦いで、彼女がそれを使ったという話はない。ということは、そんなアイテムは この世に存在しないか――そうでなくとも相当な珍品である可能性が高い。 「へっへ ちったぁ見直したかい?旦那」 「・・・・・・まーな つーかよォォ~~、てめーは一体何なんだ?」 嫌々といった表情で返事をするギアッチョに人間で言う首をすくめるような動作を して、デルフリンガーは答える。 「いやー、実を言うとそこんところがちょいと曖昧でね 何千年も生きてりゃあ そりゃ記憶も風化するってなもんでよ」 何千年、という言葉にギアッチョはデルフに眼を落とす。彼の出自に興味が 沸いたが、しかしそれは直後後方から迫り来た足音と殺気に掻き消された。 ギアッチョはデルフリンガーに手をかけるとぐるんと背後を振り向き、そのまま 殺気を発した人物を確認もせずに魔剣を薙ぎ払った。 「――ッ!」 背後に迫っていた黒い影はまるで体重を感じさせない動作で斬撃を跳び避け、 そのままギアッチョの頭上を跳び越えてルイズに迫る。気配を感じてルイズが 振り向いた時には、彼女の身体は既に影に捕えられていた。 「きゃあッ!?な、何なのよ!」 ルイズの身体を片腕で乱暴に抱えて影は笑う。二つの月に照らされたその 顔を、白い仮面が覆っていた。 「ナメた真似してくれるじゃあねーか!」 そう吼えると共にギアッチョは先ほどの攻撃を巻き戻すような形で背後の 白仮面に斬りかかるが、 「・・・てめー」 デルフリンガーの切っ先は、ルイズの喉元一サントで停止した。 「ギアッチョ!」 ルイズが叫んだその瞬間、彼女を盾にした仮面の男が突き出した黒塗りの 杖によってギアッチョの身体は数メイルを吹っ飛んだ。 「チッ 野郎・・・」 前傾姿勢で着地したままウインド・ブレイクの風圧で尚も数十サントを 押し下げられ、ギアッチョは色をなくした眼で毒づいた。 「イル・フル・デラ・ソル・・・」 仮面の男はルイズの身体をきつく掴み、素早くルーンを唱える。一瞬の うちにフライの魔法を完成させ、仮面の男はこの場を離脱しようとするが、 背後の異変に気付いたワルドが既に彼に杖を向けていた。ワルドを 振り返った男が防御の姿勢を取るより早く、ルイズだけを見事に避けて 空気の槌が仮面の男を宙に打ち上げる。 「がはッ!」 「大丈夫かいルイズ!すまない、気付くのが遅れたよ」 ルイズに駆け寄って、ワルドは安心させるように彼女を抱きしめた。 レビテーションで何とか体勢を立て直した仮面の男にギアッチョが肉薄する。 「いけすかねぇ仮面を叩っ斬ってやるぜ てめーの顔面ごとよォォー!」 男に息つく暇も与えず唐竹割りにデルフリンガーを振り下ろす。どうやら かなり戦い慣れているらしい仮面の男は後ろに跳んであっさりそれを かわすが、ギアッチョは「ガンダールヴ」の力によって常人では有り得ない 速度で斬撃のラッシュを続ける。横薙ぎに首を狙い返す刀で袈裟に斬り下ろし、 心臓を狙って刺突を繰り出しそのまま回転してまた首を薙ぐ。太刀筋は 素人でもそれが全て急所を狙ってくるとなれば気を抜くわけにはいかない。 その上、ラッシュの折々に腹や顎等を狙って手や足が飛んで来る。 そっちのほうには多少の心得があると見えて、一瞬でも気を緩めれば そのまま真っ二つにされてしまいかねなかった。 仮面の男はチッと舌打ちする。手の内を見せてしまうことになるが、一気に 決めてしまわねば数十秒後に倒れ伏しているのは自分かも知れない。 ギアッチョの怒涛の連打の間隙を突いて杖を突き出し、バッと跳び上がって ウインド・ブレイクを放つ。今度は読んでいたようでギアッチョは一メイルほど 押されながらも吹き飛ばずに留まったが、仮面の男は逆に己の魔法の 反動を利用して四メイル程後ろに跳び退っていた。そしてそのまま間髪 入れず次の呪文を唱える。ギアッチョが駆け出す頃には既に仮面の男は その杖を振っていた。ギアッチョは男の周囲の空気がどんどん冷えていくの にも構わず突っ込むが、 「や、やべぇ!旦那!俺を突き出せッ!!」 魔法の正体に気付いたデルフが叫んだ瞬間、 バチィッ!! 激しい音と共に男の周囲の空気が爆ぜ――男の周囲とギアッチョを繋いで、 一筋の閃光が走った。 「ぐおあああああああッ!!」 左腕を中心に全身に雷撃を受け、左腕が燃え尽きたかのような痛みに ギアッチョは痛苦の声を抑え切れなかった。常人ならば気絶してもおかしくは ない痛みをなんとかこらえ、ふらつきながらも己のプライドを杖にして立ち続ける。 「ギアッチョ!!」 ワルドの腕をほどいてルイズがギアッチョに駆け寄る。ワルドは少し首をすくめて、 仮面の男に向き直った。猛獣のようにその身体をかがめると、一瞬にして男に 躍りかかる。ギアッチョに対抗するかの如く、ワルドは急所目掛けて己の杖で無数の 突きを繰り出した。防戦一方の仮面の男にフッと笑いかけると、決闘の時と同じく 前触れのないエア・ハンマーで敵を打ちのめす。 「ぐあッ・・・!」 肺から空気を吐き出して男は虚空を舞ったが、しかし吹っ飛んだことでワルドから 距離を取れたという事実に仮面の下の口はニヤリとつり上がった。既に詠唱を 完了していたフライを発動させ、彼は瞬く間に闇夜へ消え去った。 「ギアッチョ!大丈夫!?」 ギアッチョの身を案じるルイズを苦痛に歪む眼で一瞥して彼は口を開く。 「うるせーぞ・・・黙ってろ、声が頭に響く」 眩暈すら起こす痛みに右手で頭を押さえながら、ギアッチョは努めて平静な 口調でそう言った。 「で、でも・・・」 「とっとと向こうへ行きな・・・婚約者様が見てるぜ」 「行けるわけないじゃない!手当てをしないと・・・!」 ワルドはしばらくその場に佇んで彼らを見ていたが、ギアッチョから離れる様子の ないルイズに首を振って、やがて諦めたようにやって来た。 「ライトニング・クラウド・・・あの男、相当な術者のようだな しかし腕で済んでよかった 何故だか分からないが、君はかなり運がいい あれは本来ならば命を軽く奪う呪文のはずだよ」 「ふむ・・・ひょっとすると、この剣が電撃を和らげたのか?」 ワルドはあっさりと原因を看破するが、相棒の心を慮ってかデルフリンガーは 一言「知らん、忘れた」と答えた。 「インテリジェンスソードか?珍しい代物だな・・・」 「ワルド・・・そこまでにして ライトニング・クラウドの威力から考えれば運が よかったけど、これだって気絶しかねない大怪我だわ 手当てをしてあげて!」 嘆願するような声で言うルイズに、ワルドは困った顔を向ける。 「ルイズ・・・それは出来ない」 「どうして!?」 「いつ敵に追いつかれるか分かったものじゃない こんなところで悠長に治療を している暇はないんだ」 「そんな・・・!」 「そいつの言うことは正しい・・・先に進むぜ」 ワルドを説得しようとするルイズにストップをかけたのはギアッチョだった。 「この程度でくたばるほどヤワな人生は送っちゃいねー」 「でも・・・!」と食い下がるルイズから眼を離して、ギアッチョは先頭に立って歩き 始めた。ワルドは優しくルイズの髪を撫でて促す。 「さ、行こう 桟橋はすぐそこだ」 「・・・・・・分かったわ」 ギアッチョの背中に固い意思を見て、ルイズは渋々それを承諾した。 「・・・これが桟橋だと・・・?」 丘に作られた長い階段を登り切った果てに現れたものを眼にして、流石の ギアッチョも驚愕を隠せなかった。 それは山ほどもあろうかという大樹だった。視界に収まりきらない程の 巨大な幹から、無数の枝が四方八方に伸びている。その枝一つ取っても 普通の樹を何十本も束ね合わせたような大きさである。一体どれ程の 高さなのかは闇夜に溶けて伺えないが、天を衝くという言葉に相応しい 威容であろうことは容易に想像がついた。 ――まるでゲルマンの神話だな・・・ アスガルド・ミッドガルド・アールヴヘイム・・・幾層もの世界を貫きそびえる 神話の大樹の末端がこれだと言われれば、今のギアッチョはあっさり 信じたかもしれない。それ程までに巨大な老樹であった。 ギアッチョはその枝に吊るされた船に眼を向ける。上空高く浮かんでいる それを見た感想は、「メローネにホルマジオ辺りがやってるゲームに あんなのあったな」だった。船に乗るのに丘の上へ登る時点で薄っすらと 予想がついていた上にこんな壮大な樹を見せられた後である。どうでも いいとまではいかないが、全く驚く気にはなれなかった。 しかしあれに乗るとなると興味は沸いてくる。 「空飛ぶ船に乗るのは初めてだな」 と呟くギアッチョに、彼を心配して隣についていたルイズが不思議な顔をする。 「ギアッチョの世界にもあるんでしょ?空飛ぶ船・・・ええと、ひこうきだっけ」 「船の形と原理じゃ空は飛べねー 船と飛行機は全く別の代物だ」 「へぇ・・・」 わたしもいつか乗ってみたいと言いかけて、ルイズは慌てて口をつぐんだ。 ギアッチョの郷愁を無意味に呼び起こすべきじゃないと心中すぐにそう 考えたが、それが自分への言い訳であることは痛い程解っていた。 結論を出されたくないだけなのだ、自分は。イタリアへ帰るという結論を 出されることを激しく恐れている自分を、ルイズは否定出来なかった。 ギアッチョをイタリアへ送り返す方法は、未だに探している。しかし本を 一冊調べ終える度に落胆と共に彼女に生じる感情は、もはや疑念の 余地もなく「安堵」であった。ギアッチョを帰らせてやりたいという気持ちと 自分の使い魔でいて欲しいという気持ち、二つの感情がせめぎあって ルイズはもうどうにも動けなくなってしまいそうだった。そんな時に一瞬 いっそ一緒にイタリアへ行けないだろうか等と考えてしまい、少女の 悩みは更に混迷を増してしまった。 ルイズはぶんぶんと首を振る。考えるな。何も考えなければ、悩むことも ない。ルイズはそうして、無理に己を抑えつける。 「ルイズ?大丈夫かい?」 己の感情と躍起になって戦っていたルイズは、ワルドの声で我に返った。 「えっ、あ・・・ごめんなさい 何?ワルド」 ワルドは苦笑して言い直す。 「今偵察を終えて来たんだがね どうやら敵はまだ近くには来ていないらしい それで、僕は先に行って船長と交渉してこようと思う 使い魔君はその怪我 では満足に走れないだろうからね」 その提案にルイズが頷くと、ワルドは大樹の根元に作られた空洞へと 走って行った。ギアッチョは不服そうに舌打ちする。 「余計な真似しやがって・・・走るぐらいいくらでも出来るっつーんだよ」 「気遣ってくれたんだから正直に受け取りなさいよ」 そう言ってルイズはギアッチョの前に出た。 「ほら、階段を登るわよ 暗いんだから落っこちないでよね」 ギアッチョは不機嫌そうな顔をルイズに向けると、溜息をついて歩き出した。 空洞の中には幾つもの階段が並んでいた。それぞれが異なる枝に通じて いるらしく、一つ一つに違った文字の書かれたプレートが貼られている。 それらを物珍しげに眺めながら、ギアッチョはルイズに続いて階段を 登り始めた。上を見上げてみるが、階段の終わりは勿論見えない。 前を行くルイズに、ギアッチョは時間潰しに問い掛けた。 「すっかり忘れてたがよォォ~~ おめーあの時何を言うつもりだったんだ?」 ギアッチョからは見えなかったが、その言葉にルイズの顔は真っ赤に茹で 上がった。先の騒動で、バルコニーでのことなどルイズはすっかり忘れて いたのだった。しかも、冷静に考えてみれば自分はあの時一体どうする つもりだったのだろうか。よりにもよってギアッチョに一体何を言おうと したのかと考えて、ルイズの頭は爆発しそうに熱くなった。 「・・・ああ?どうかしたのかオイ」 いきなり動きがギクシャクし始めたルイズに、ギアッチョは怪訝そうに 声を掛ける。 「なっ、ななな何でもないわよ!あ、あああれは一時の気の迷いというか・・・ と、とにかく何でもないんだから!」 ルイズはしどろもどろで否定するが、何でもなくないのは明白だった。 しかしギアッチョは、「そうか」と言ったきり何も聞こうとはしない。ルイズが 焦るとどもるということはギアッチョも知っているので、まぁ聞かれたく ないなら別にいいと考えたのだった。 それっきり二人して黙り込み、気まずい空気の中を彼女達は上へ上へと 登り続ける。ようやく階段に終わりが見え始めた頃、ルイズはぽつりと言った。 「・・・ねぇ ギアッチョは、してないのよね・・・結婚」 ギアッチョに問われて、ルイズは結婚の話を思い出していたらしい。 ルイズの言葉に、ギアッチョは呆れたように答える。 「オレが結婚するよーな年齢に見えるってェのか?ええ?オイ」 「・・・貴族の間じゃわたしぐらいの歳で結婚することは珍しくないわ」 ルイズは当たり前のように答えるが、しかしその口調にはどこか悲しげな 響きが含まれていた。 要するに結婚したくないということなのだろうか?それならワルドにはっきり そう言えばいいではないか。ギアッチョはそんな疑問ををそのままルイズに ぶつけるが、ルイズはふるふると首を振って前を向いたままそれに答える。 「そんなこと父さまも母さまも許すわけがないわ」 王族に連なる血統を持つヴァリエール家は、それが故に厳格この上ない 教育方針を敷いていた。 「ワルドとの結婚は父さまが決めたことなの 他の人と結婚するなんて 言ったら、わたしは勘当されたって文句は言えないわ」 「・・・つまりこういうことか?俺が奴を暗殺――」 「ダ、ダメに決まってるでしょバカッ!」 チッと舌打ちするギアッチョにばっと向き直って、ルイズは眼をつり上げる。 「暗殺とかそういうのはダメだって言ってるでしょ!? いい?この世界にいる限りあんたはわたしの使い魔なんだからね! 勝手に殺したり奪ったりするのは絶っ対に禁止!分かった!?」 「細かいことを気にするヤローだな」 「細かくないっ!」 大声でまくしたてて、ルイズははぁはぁと肩で息をする。それからはっと 何かを思いついたような顔になって、彼女はギアッチョに背中を向けた。 「あ、ああ後一つ忘れてたわ!この世界にいる限り、わたしを置いて どど、どこかに行くなんて許さないんだからね!」 早口にそれだけ言うと、ルイズはギアッチョを置いて階段を駆け上がって 行ってしまった。 「・・・どこかに行くなってよォォー 自分でどっか行っちまったじゃあねーか 全くガキの言うことはわからねーな ええ?オンボロ」 「・・・・・・・・・いや・・・」 がしがしと頭を掻いてルイズが走って行った出口を見つめてそう言う ギアッチョに、デルフはどう答えていいものかついに思いつかなかった。
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『息子』の能力が解除された事により、シエスタ及び村民も元に戻ったが、ルイズ達は状況説明とかをどうするのかディ・モールト心配だったが 「ねぇ…本気で夢で通すつもり?」 「スタンド使いですらなくメイジでも無い連中に、今までスタンドに別の物質に変化させられてました。つって信じるヤツが居ると思うか…?」 「………メイジでも、先住魔法って言われても納得できるかどうか怪しいってとこね」 「一応、怪我人やバラされた連中も居ないみたいだしな、事を荒立てると厄介な事になる」 とりあえず、シエスタ以外はスタンドの事を全く知らないので、夢という事で納得して貰う事にした。というか無理矢理納得させた。 駄目だった場合最悪先住魔法で通すつもりだったが、村や村民に傷一つ無い事から、どうにかなり、本命の『竜の羽衣』を見る事に漕ぎ着けた。 「こっちが寺院なんですけど…さっきのは何だったんですか?」 「あれもスタンドだ。…どういうわけか知らないが、本体は来ずにスタンドだけが中途半端な形で来て暴走してたみたいだが…迷惑をかけたな」 「え!いえ!気にしないでください!皆も無事だったんですし」 暴走状態の息子のせいとはいえ、身内のスタンドの不始末という事でそれなりに対応を取らねばならない。 それで出た言葉が『迷惑をかけた』であるが、意外な言葉にその場の全員が半ば唖然とした顔をするハメになった。 まぁ、列車で乗客を巻き込んだ立場であまり言える言葉ではないのだが、ギャングでも人の子。悪いと思えば謝る事だってある。 世話になった人間を巻き込んだのなら尚更なのだが、ルイズが魔法を成功するぐらいのありえない発言には全員ビビったッ! 「……今、なんて言ったの?」 「ダーリンが人に謝る姿なんて始めて見たわね」 「記録が必要」 「オメーら、何か人の事勘違いしてるな」 何か色々と言いたくなったが、全てメローネが悪いという事でこらえた。 (あのヤロー…戻った時に、まだ生きてたら、あいつのコレクション半分捨ててやる) 相変わらず、あの夢では仲間達の最期の姿を見るが、夢を見てあいつらが死んだなどと納得するほどドリーマーではない。 まだ生きていたらとは思うが、なるべく生きて栄光を掴んでいて欲しいと思う。 敗れていたのなら、それを捨てる事もできないのだから。 そんなこんなで草原の片隅に建てられている寺院に着いたのだが、奇妙な違和感を覚えた。 「…この寺院どっかで見た事ある形だな」 他の4人には聞こえない程度の声でそう呟く。 丸木が組み合わされた門の形。石の代わりに板と漆喰で作られた壁。木の柱。白い紙と、縄で作られた紐飾り。 確かにどこかで見た事がある。 そう思いながら、中に入った瞬間どこで見たかを思い出した。 「…あの茶と同じか」 あの時飲んだ茶と同じ。つまりこれを見たのは日本だと思い『竜の羽衣』に目をやるとそれは確信に変わった。 キュルケやルイズは、気のなさそうにそれを見て、タバサだけは好奇心を刺激されたのか、興味深そうに見つめている。 「こいつは…メローネがやってたゲームであったが…確か零式艦上戦闘機…通称『ゼロ』だったか」 「だ、誰が『ゼロ』よ!」 「オメーじゃねぇよ」 『ゼロ』という言葉に反射的反応をするルイズとそれに突っ込むプロシュートを見て、シエスタが覗き込んできた。 ちなみに、メローネがやっていたゲームは『ゼロパイロット~銀翼の戦士~』だ。 メローネが、操作をミスって建物や戦艦にぶつかる時、いちいち「ジオン公国に栄光あれーーーー!」と叫んでギアッチョにキレられていたので覚えている。 「プロシュートさん、これをご存知なんですか?」 「オレも詳しくは知らないが、五、六十年前の日本の戦闘機だったはずだな」 「せんとうき…ですか?」 「ああ、空戦を目的に作られた飛行機だな」 「これが、こないだ言っていた、ひこうきなんですか?」 「もう旧式だが……アレで見たのが確かなら、最高で時速500キロは出たはずだ」 「時速500キロ?それどのぐらい速いの?」 「1メートルが1メイルってんだったな。五十万メイルを一時間で飛ぶ事ができるって事だ」 「このカヌーに翼を付けただけのようなモノがシルフィードより速く飛んだりするの!?」 「旧式機だからな。今あるやつなら、こいつの2~3倍は速く飛ぶ」 「この翼じゃ羽ばたけないと思うんだけど…」 ルイズとキュルケはそのブッ飛んだ速度についていけないでいる。 タバサの方はこれがどうやって、そんな速度を叩き出すのか興味津々といったところだったが。 「どうやって飛ぶの?」 「…コルベールが作ってたやつがあったろ。アレが発展したエンジンを積んでいて、それでそこのプロペラが回って飛ぶ。 まぁそれだけじゃ飛ばないんだが、翼が空気を掴んで楊力を得る。鳥でも羽ばたいたりせずに、気流に乗って滑空して飛んでる時あるだろ。アレと同じだ」 分かる範囲で説明したが、キュルケ、ルイズ、シエスタは未知の技術に頭から煙が出かかっている。 唯一タバサはシルフィードが滑空している所をよく知っているため、辛うじて理解できていたが、やはりそのとんでもない速度に驚いていた。 「ふみゅ…それでこれ、飛ぶの?」 「…話し聞いてたか?」 「こんなのが、そんな速度で飛ぶなんて急に信じられるわけないじゃない…飛べないって言ってたんだし」 「そういやそうだな…何か他に遺したもんは無いか?」 「えっと…あとは大したものは……お墓と、遺品が少しですけど」 「そいつでいい」 シエスタの曽祖父の墓は、村の共同墓地の一角にあった。他の墓が白い幅広の石でできている中、ただ一つだけ黒い石で作られた墓石があり目立っている。 「ひいおじいちゃんが、死ぬ前に作った墓石だそうです。異国の文字で書いてあるので、誰も読めなくって。なんて書いてあるんでしょうね」 「『海…少………木……、……ニ…ル。』…駄目だな。メローネなら読めるんだろうが…オレじゃあ少ししか無理だ」 「この文字が読めるんですか?」 「ああ、行った事はあるから少しはな。こいつは日本語だ」 「日本語…ですか?」 「オレんとこの世界の国名だな。まぁ文化的に東から来たと言えばそうなる。 …こっちじゃあ見ない色だったから珍しいと思っていたが、オメーの髪と目の色はひい爺さんから受け継いだもんだろ」 「は、はい! どうしてそれを?」 「日本に住んでるヤツらは基本的にその色だ」 再び寺院に戻り、プロシュートは『竜の羽衣』に触れると左手のルーンが反応して光り出した。 「なるほどな…確かにこいつも武器には違いないか。しかし…便利っつーか無茶苦茶っつーか何でもアリだな」 操縦法やシステム、構造まで瞬時に理解できたのだが、何故飛ばなかったかということまでは分からない。 「ベイビィ・フェイスを燃やすんじゃあなかったな。…いや、メローネが居ないのに制御できるわけねぇか」 壊れているのなら、『息子』にパーツを作らせようかと思ったが、スデに終わった事なのでそんな事を考えても意味は無い。 散々探り燃料タンクを開くと、飛ばなかった原因が判った。 「そりゃあ飛ぶわけねーな。残量『ゼロ』。ガス欠ってわけだ」 「ゼロって…何が入ってないの?」 「燃料、こいつの場合ガソリン…まぁこっちで言う風石が無いってこった」 「それじゃあ、そのガソリンってヤツがあれば飛ぶのね?」 無言でそれを肯定すると遺品を取りに行っていたシエスタが戻ってきた。 その古ぼけたゴーグルを受け取る。あのゲームでも確かこんな感じのゴーグルを着けていたはずだ。 「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです 日記とか、あればよかったんですけど、残さなかったみたいで。ただ、父が言っていたんですけど、遺言を遺したそうです」 「まぁ、下手に遺書にされて日本語で書かれて読めないとかじゃあ話にならないからな」 「それで遺言なんですけど、あの墓石の銘を読めるものが現れたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにと」 「全部読るわけじゃあないが、一応その権利はあるってことか」 「管理も面倒だし……大きいし、拝んでる人もいますけど、村のお荷物らしいんです。少しでも、読めるって言ったら、お渡ししてもいいって言ってました」 「ガソリンをどうにかしない事には荷物には変わりないんだが…何時か使う機会があるかもしれねぇし、ありがたく貰おう。オメーにもまた貸しができたな」 「それじゃあ、それが飛んだらそれに乗ってこの村に来てください。 あ、それともう一つ、『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです」 「そういや、日本にも確か『テンノー』ってのがいたな。まぁ多分それだろ」 「ひいおじいちゃんは、『竜の羽衣』は二つあって、一つはこの村に。もう一つは日食の中に消えたって言ってました」 「消えた…?こんな目立つもんなら他に見付かってるはずだが…日食か…可能性はあるな」 「へ?どういう事ですか?」 「消えたって事は、日食の中に向かって飛べば、イタリア…いや地球に戻れるかもしれないって事だ。まぁ日食なんざ、そうそう起こるもんじゃあないが」 それを聞いてからシエスタが後悔した。『竜の羽衣』が飛び、日食が起これば戻ってしまい二度と会えなくなるかもしれないのだから。 ルイズもルイズで結構テンパっている。 最後の最後で帰還手段かもしれないものが見付かってしまっただけに、どう反応していいのか分からないでいる。 (え…?帰っちゃうの…?) 思考が少しばかりアレになるが、日食が来る時がまだ分からないので何とか持ち直し、とりあえずシエスタの家に行く事になった。 その日、プロシュート達はシエスタの生家に泊まることになった。貴族の客をお泊めすると言うので、村長までが挨拶にくる騒ぎになった。 シエスタの家族を紹介されたのだが…何故か、シエスタの弟達から『プロシュート兄ィ』と呼ばれるハメになった。 ペッシやデルフリンガーから兄貴と呼ばれてはいるが、昔、イタリアで暮らしていた時の家族構成では一番下だったりする。 弟分の面倒を見る事は慣れているが、本物の弟の扱いには慣れていないので 正直言うと撤退決め込みたかったのだが、ベイビィ・フェイスの負い目があるので、とりあえず相手した。 だが、相手をしている姿を他3人に思いっきり見られている事に気付いた時には、天井にブチャラティが居た時の気分になった。 「……なに、全員でこっち見てやがる」 「…い、いや、凄く馴染んでるなーと思って」 「その、たまに見せる意外さがたまんないのよね」 「長兄」 一瞬、全員老化させて忘れさそうかと思ったが、さすがに久しぶりに家族に囲まれ幸せそうなシエスタを見て空気を読んだ。 (オレも結構丸くなったもんだな…) そう思うが、ルイズが聞いたら 「まだ十分すぎるぐらい尖ってるわよ」 と言われる事間違い無しなのだが。 適当に相手し終えると、外に出てシエスタが話していた草原へと向かった。 まぁ特に何もする事が無かったし、身の振り方も考えて起きたかったからだ。 夕日が差す草原の中、一人腕を頭の下に組みそこに寝転ぶ。 「しかし、日食か…自然現象頼りってのが痛し痒しってとこだな」 地球でも十年単位でしか見る事のできない現象なのが辛いところだった。 まして、天文学なぞが存在するかどうかすら怪しいここでは、次に日食が起こる時期すら分かったものではない。 星間連動の結果起こる現象なので、どう足掻こうとそれが変わるものではないため、半分は諦めかけていたが、すぐにそれを否定した。 「どうにも、この事になると違和感があるな…」 その原因が分からないのがイラつくとこだ。 「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ。弟達もプロシュート兄ぃと一緒に食べたいと言ってます」 クスクスと笑いながら後ろからシエスタが声を掛けられるが その服装は、いつものメイド服と違う、茶色のスカートに、木の靴、そして草色の木綿のシャツという格好だった。 「懐かれるようなガラじゃあないとい思うんだがな…」 まぁ職業暗殺者であるからしてそうなのだろうが、どうもルイズ達の影響を受けて雰囲気というか滲み出る気配の質が変わったらしい。 イタリアに居た時なら多分泣かれてもおかしくはないのだが こっちに来てから、殺した事はあれど状況で殺ったという事だ。仕事として暗殺をした事はない。 そのせいなのだろうとは思うが、あまり納得したくないのが本音だ。 「そんな事ないですよ?わたしも、色々と助けてもらってますし」 一瞬だが保夫やってる姿を想像して頭痛がした。どう見てもそんなキャラはしていない。 そんなのはペッシあたりが適任だと本気でそう思った。 「この草原、とっても綺麗でしょう?わたしも一緒に横になっていいですか?」 無言で、肯定しながら沈みかけている夕日を見る。 しばらく、無言の時間が続いたが、少しばかり言いにくそうにシエスタが口を開いた。 「……もし日食が起こったら…やっぱり元の世界に帰っちゃうんですか?」 「帰れるかどうかは分からねぇが試す価値はある」 「…誰か待ってる人でもいるんですか?」 少し考えたが、ルイズにも話している事だと思い話す事にした。 「生き残った仲間が居るが…こっちに来てから大分時間が経ってるからな… 全員くたばってるか、生き抜いて栄光を掴んでるかのどっちかだろうが…栄光を掴んでいたとしても、そこにオレが入る資格は無いな」 「それなら、帰らずにこの世界に居ても… 父も、ひいおじいちゃんの国を知っている人と出会ったのも何かの運命だろうから、よければこの村に、その…住んでくれないかって」 シエスタがそういい終えると、プロシュートが寝ている周りの草が音をたて枯れ始めた。 「結果がどうあれ、それを最後まで見届けないってのはオレ自身の心が『納得』できねぇんだよ。 万が一、あいつらが全滅してた時は、敵討ちって殊勝なもんでもないが…チームの最後の一人として報いを受けさせる必要がある」 周りの草が枯れている様子を見て、唖然としているシエスタに構わずさらに話を続ける。 「それに、こいつは周りの生物を無差別に老化させ朽ち果てさせる力だ。本来ならオレの周りに人が居ていいはずがねーんだよ」 氷という抜け道はあるが、無差別である事は変わり無い。パッショーネに入団し暗殺チームに属していなければ未だ一人だったろうと思う。 草を枯れさせる中、これで、シエスタが逃げるなりしてくれればいいと思い、周りを老化させているのだが…手をシエスタに握られた時は、さすがに焦った。 広域老化ではないが直で枯れさせている。直はグレイトフルデッドの手で触ったものが瞬時に老化させられる。 つまり、本体であるプロシュートの手を掴めば、少なからずその影響は出る。 「何やってんだオメーはッ!」 老化を解除するが、人間なら僅か数秒で寿命一歩手前まで追い込む直触りだ。 解除すれば姿は元に戻るとはいえ、髪や歯などの戻らないものも当然ある。 「………ふぅ…周りに人が居ないなんてことないじゃないですか」 「…無茶しやがる…髪や歯が抜けるだけならまだマシな方だが…下手すりゃあ死んでんだぞ」 元に戻ったシエスタを一瞥するが、髪や歯が抜け落ちた様子は無い。 老化させた事はもう数え切れないが、老化中に氷も持たず直に自ら飛び込んできたヤツは初めてだ。 その行動に今度はプロシュートが唖然とする番だったが、そこをシエスタに小突かれる事になった。 「……ッ」 「プロシュートさんはもっと『自信』を持ってください! わたしを二回も助けてくれたじゃないですか…人を助ける事ができる力を持った人の側に誰も居ないって事なんて無いんですから」 その言葉にまた、沈黙が続いたが、今度はプロシュートがそれを破った。 「クク…ハハハハハハハハ!」 笑った。パッショーネに入団してからは無かったが、ここに来て久しぶりに本気で笑った。 チームのヤツらと居るときも笑った事はあるが、ここまでは無い。 まして、ハルケギニアに来てからは薄く表情に出した程度だ。『魅惑の妖精亭』のアレは営業スマイルなので数に含まれてはいない。 シエスタもシエスタで面食らっている。今までの行動からして、まさか笑われるとは思っていなかったからだ。 「その…す、すいません…わたし、何か拙い事を言ってしまったんじゃ…」 「ハハ…いや…まさかオメーに『自信を持て』なんっつー事を言われるたぁ思わなかったからな」 ペッシにもルイズにも言った言葉が、自分に向けて。しかも、最も戦いと掛け離れたシエスタに言われるとは思いもしていなかった。 一頻り笑った後、笑った姿を見て、心なしか少しだけ明るくなった声でシエスタが答えた。 「もし…もしですよ?日食の中に入っても戻れなかったり イタリアって所に戻って『納得』する事ができれば、この世界に戻ってきてくれますか?わたし、何もできないけど待つことぐらいはできますから」 「日食で戻れなかったとしても、戻る事を諦めるわけはねぇし、戻ったらこっちに来る方法が無いからな。そいつはオレよりルイズに言ってくれ」 「それでも、待ってますから」 「アテが無いのに待たれても困るんだが…まぁそいつはオメーの自由だ。好きにしろ」 「そう言えば、さっき学院から伝書フクロウが届いて、サボりまくったものだから 先生方はカンカンだそうですよ?ミス・ヴァリエールやミス・ツェルプストーは顔を真っ青にしてました」 「タバサの鉄仮面っぷりはリゾットといい勝負だな…一度会わせてみたいもんだが…日食が起こったらあいつを連れて行くか」 「そそ、それなら、わ、わたしを連れて行って、く、ください!」 「…本気にするとは思わなかったが、冗談だ。他の世界のヤツを連れてく程、堕ちちゃあいねぇよ」 「え、あ…そうですよね!冗談ですよね、驚かせないでください。わたしの事も書いてあって 学院に戻らず、そのまま休暇をとっていいですって。そろそろ、姫様の結婚式ですから。だから、休暇が終わるまで、私はここに居ます」 「アレはオメーの家のもんだからな。ガソリンをどうにかしたら、飛んできてやるよ」 「『ゼロ』でしたっけ、その時はわたしも乗せてくださいね」 「そいつに関しては…まぁ一応約束はしといてやる」 シエスタは先に戻ったがプロシュートはまだ残った。 「……3秒やるから出て来い」 そう言うと、草原からルイズが顔を出した。 「…いつから気付いてたのよ」 「そりゃあ、最初からだ」 うぐ、と言葉が詰まり何も言えなくなる。 最初からというと、プロシュートとシエスタが草原に横になっているのを見つけた時からという事だ。 「……それじゃあ…なんで、今まで何も言わなかったのよ」 「用があるなら出てくると思ってたが、出てこなかったんでな。それで放っといても出てこねぇから呼んだってわけだ」 「気付いてるなら、言いなさいよ…わたし一人バカみたいじゃない…」 「しょお~~がねぇだろ、オレはリゾットみてーに洞察力が高いわけじゃあねぇんだからな」 また、『リゾット』という名前が出て、前々から名前だけは聞いていただけに、プロシュートの仲間がどういう人達なのか聞きたくなった。 「ねぇ…前から言ってるあんたの仲間の事教えなさいよ。べ、別に深い意味は無いわよ!ちょっと気になっただけなんだから」 「ま…どうせ、あいつらはこれねぇからな。そうだなまずは……」 出来てるんじゃあないかともっぱらの噂のソルベとジェラード。 『しょぉおお~~~がねぇ~~~なぁ~~~』が口癖でスタンドの使い方を最も良く知っているホルマジオ。 鏡の中に入る事ができ、能力的にはほぼ無敵を誇るイルーゾォ。 自分の弟分で、スタンドは強力だが、まだまだ精神的にマンモーニなペッシ。 趣味は変態的だが、情報処理と追跡能力に関しては皆に頼られていたメローネ。 キレやすく手に負えない事が多いが、その実、仲間のために真っ先に動こうとしたギアッチョ。 そして、自らが最も信頼し、クセのありすぎるチームを纏め、タバサの如く表情を崩さないリゾット。 全員の事を話すと、黙って聞いていたルイズが話し始めた。 「…それで、やっぱり日食が起こったら…帰るの…?」 「そりゃあな。聞いてたとは思うが、試すだけの価値はある」 「…帰って何があるのよ…!仲間が生きてたら、姿を消すんでしょ!? 全員…死んでるなら、一人で組織ってのに戦いを挑むんでしょ!?死んじゃうかもしれないのに…何でよ…!」 半泣きでルイズが喚きたてる。 「諦めが悪いんだよ…オレはな。つーか何でオメーが泣く必要があんだ」 「あ、あんたはわたしの使い魔なんだから、心配するのは当然じゃない…!」 「少なくとも日食が来るまでは居てやっから泣くな。このマンモーニが」 「…マンモーニって言わないって約束したじゃない。なにもうあっさり破ってるのよ、馬鹿ハム」 「ウルセー、マンモーニにマンモーニと言って何が悪い」 「ま、また…!馬鹿ハム!」 「ハッ…!マンモーニのルイズが」 「馬鹿ハム!」 「マンモーニが」 「この…ば……ばばば馬鹿ハムーーーー!躾けてやるーーーーー!!」 「やれるもんならやってみやがれ」 「うるさーーーーーい!ファイトクラブだッ!!」 そう叫んだルイズが鞭を取り出し振り回すが、それを全て避ける。 「よ、避けるなぁーーーーーー!!」 「避けないでどうする。オメーはサボった事でも心配してろ」 その様子を少し離れた場所から、キュルケとタバサが見ていた。 キュルケが何か微笑ましいものでも見るかのような笑みを浮かべながら 「やっぱり、あの二人って、兄妹みたいよね。目的は達成できなかったけど…あたしの入る余地はまだ十分って事よ」 タバサはキュルケを見て、少し考えたが聞こえない程度の小さい声で 「七転八起」 と呟いた。 プロシュート兄ィ ― ヤバイ『アニメルート』へIN! 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「……は?今なんて?」 「だから私のダーリンがギーシュと決闘するって言ったのよ」 「そういう事じゃなくて何で貴方の新しいダーリンとギーシュが決闘する事を私に報告するのかしら?ツェルプストー」 「そりゃあダーリンが貴方の使い魔だからじゃないの……」 どこか遠くを見るような目でそう言い放つキュルケに対し (何?さっき打たれたばかりなのに惚れたの?キュルケってもしかしてドM?) と思い、自分の友人がそっち方面であったのかもしれないと思い多少ドン引く が、アブノーマル認定されかかっている事も知らずにキュルケが多少熱を帯びた言葉を続ける。 「そりゃあ急に打たれた時は驚いたわ…今までの彼は私自身や私の家を目当てで優しくしてくれたり甘い事を言ってくれた人ばかり… でも彼は違ったわ…貴族でもないのに私を対等に扱ってくれた初めての人よ…これが燃えられずしてどうするのよ!ヴァリエールッ!!」 もう微熱どころかイタリア・ヴォルガノ島火山より燃え上がっているご様子。 そして完全に放置食らってるルイズ、半分意識が飛んでいた。 「……………って決闘ぉ~~~~!?何プロシュートが?何でギーシュと!?」 そして、数秒送れて肝心の本題に気付く。 「彼プロシュートって言うの…ステキな名前ね…」 完全に自分の世界へ入っているキュルケ嬢。なんかもうルイズの目に『ラリホ~』と言いながら周りを浮かぶ趣味の悪いピエロが見える。 「早くあいつを止めないと大変な事になる…!止めなきゃ!」 (ギャラリーが出来きるであろう決闘で召喚した時にあいつが使った妙な能力を使われたら大惨事になる) という事からプロシュートを止めるという事だったがもう一人の方は 「いいじゃない…平民が勝てないと分かっているメイジに挑む…燃えるわぁ~」 などとキュルケがのたまう。 (駄目だこいつ……!はやく何とかしないと……!!) 一瞬だがそういう思考が頭をよぎるが『決闘』という重大事にそれを後回しにする。 半分トリップキメているかのようなキュルケを後にしプロシュートを探す。 居た。というか凄まじく目立っているためほとんど探す必要も無かった。 ちょ、ちょっと!ギーシュと決闘するってどういう事!?」 「仕掛けてきたのはヤツの方だぜ」 (マズイ…!目が本気だ…!) 「人が大勢居る場所であんな物騒な事しないでって言ったばかりじゃない!」 「誰がアレを使うと言った?対処法がバレると厄介なんでな、使うつもりはねぇ」 授業をロクに聞いてはいなかったが水系統の魔法で氷が作り出せるという事は聞いていた。 グレイトフル・デッドの老化に対して唯一有効な手段である「体温を下げる」 生徒とはいえあの大人数の前で広域老化攻撃を使えばそれがバレる可能性がある。 後の事も考えればそれは避けたいとこだ。 「それじゃあアンタに勝ち目なんてあるわけないじゃない!今すぐギーシュに謝ってきて!」 「無駄だな、ヤツは完全にプッツンキてる。例えオメーが謝ったところでどうにかなるもんでもねぇ」 「ああもう、それじゃ逃げなさい!私から何とかうまく言っといてあげるから!」 「ヤツはオレに決闘を挑むという覚悟があってやってるんだぜ? 一時身を隠したとしても必ず追ってくるだろうよ。だからこっちが先に『やられる前にやる』んじゃあねーかッ!」 プロシュートがそう言い放ちルイズをその場に残し広場に向かう。 「……怪我じゃすまないかもしれないのにどうするのよ!」 だが、ルイズが思い違っている事が三つある。 一つは「グレイトフル・デッドというスタンドの存在」 二つは「プロシュートが一級の暗殺者」 そして三つめ「プロシュートにとっての『やる』は『殺る』」であった事… そして『ヴェストリの広場』 「遅かったじゃないか… 逃げ出してしまってたものかと思っていたよもっとも、逃げたところで無駄なんだけどね!」 「殴られた後が顔に出てるぜ?まぁその方が人気が出そうだがな」 「ぐッ…!平民が貴族を馬鹿にした報い受けさせてやるッ! 僕はメイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまい!」 ギーシュが薔薇の造花を振るうと花びらが一枚離れ金属製の人形が一体出現する。 「青銅のゴーレム『ワルキューレ』僕が青銅のギーシュと呼ばれている由縁だッ!」 「その名前ならさっき頭から香水をブチ撒けられた時に聞いたな」 「いつまで減らず口を…!まぁいい、この一体だけで片付けてあげるよ!」 ワルキューレが猛然とプロシュートに突っ込んでいく。 だがプロシュートは動かない。しかし目だけはワルキューレを凝視している。 ワルキューレとプロシュートの距離が2メートルを切りワルキューレが拳を繰り出す。 だが拳が目標に当たりそれを砕く瞬間拳の軌道が瞬時に変わった。 「何ッ!?」 「今の見たか!?」 「ワルキューレの拳の軌道が急に変わったぞ!」 そうギャラリーが騒いでいる間にもワルキューレは両の拳を繰り出すが全て当たる直前に軌道を曲げられてしまう。 「こいつ…!平民のはずじゃないのか!?」 「フン…ノロいな、その程度のスピードじゃあスティッキィ・フィンガースに遠く及ばねー」 自分が最後に戦ったスタンドの名を出しながら性能をS・Fと比較する。 「確かに人間と比べては優れちゃあいるがそれだけだな、特徴としては堅さぐらいか」 そう言い終えた瞬間――ワルキューレが腕と脚と全て弾けさせ砕けた。 「確かに正面装甲は堅いが…関節部はそうでもねーな」 「な…僕のワルキューレに何をした…? 何をしたと聞いているんだ!答えろォォォオオ!!」 「…………」 無言でギーシュを見据えるプロシュート。だが自慢のワルキューレを破壊されたギーシュはそれを挑発と受け取る。 「いいだろう…言いたくないのならそれでいい!嫌でも言いたくなるようにしてやるさ!」 薔薇の造花を振るい6枚の花びらを舞わせ残り全てを出現させる。 ――ギーシュが平民相手に本気になった。そう思った観客が騒ぎ出す (ちッ…六体か) プロシュートのグレイトフル・デッドはそれ自体の拳の射程距離だけなら近距離パワー型に属する。 だがヴェネチア超特急クラスの列車丸ごとをカバーできる老化の射程距離。 これが他の近距離型スタンドとグレイトフル・デッドの差だ。 パワーそのものは近距離型に劣るとはいえある程度のものを有するもののスピードと精密動作性が致命的に劣っている。 それを埋める為の老化だが今回はそれを使っていない。―――つまり ワルキューレの内三体がプロシュートを襲う。 さっきと同じように拳の軌道が変わる、観客達はそう思った。だが結果は違っていた。 ズドォォオオ 一体ワルキューレが吹っ飛ぶ、だが残り二体がその隙を襲う。 片方の攻撃を弾くが、もう片方は間に合わない。 ボゴォ 「うごォっ!」 横からの攻撃を受け吹っ飛ぶ。そしてそれを見たギーシュが勝利を確信したかのように勝ち誇る。 「君のその妙な能力はワルキューレ一体には抗えても複数体だと無理みたいだね その弱点が分かったからには次は残り全てでやらせてもらうッ!土下座するならいまのうちだッ!」 (骨には問題ねぇが…内臓を少しやられたみてぇだな) 立ち上がりギーシュに向き直る、だがその口からは血が出ていた。 「フン、血ヘド何て吐いて神聖な決闘を何だと思っているんだい? まぁ使い魔だけあって少しだけ妙な力があるようだが魔法を使えるメイジに勝てるはずないのさ!」 だが次のプロシュートの言葉はギーシュにとって意外だったッ! 「ハァー…ハァー…それがどうした?」 「何だって…?」 「それがどうしたと言ったんだ」 「この後に及んで強がりかい?みっともないねッ!」 だがそれに構わず言葉を続ける。 「確かに魔法ってのはスゲーもんだ、オレだってそう思う だがなッ!オレが居た場所には空気そのものを凍らせるヤツやあらゆる物体を切断できるヤツなんてのが居るッ!」 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ ┣¨┣¨┣¨┣¨ (何だこいつ…!?周りの空気が急に変わったぞ!) 「オレ達チームはなッ!常にそういう連中を相手にしてきているッ! オメーらみてーなマンモーニが使う薄っぺらい魔法なんかと一緒にするんじゃあねぇッ!」 「…ハッタリのつもりかい?だとしたらメイジも甘く見られたものだ。いいだろう!もう手加減なんてのは無しだッ!」 ギーシュが武器を精製しそれぞれのワルキューレに武器を取らせる。 どれもこれもマトモに受ければ良くて重症、悪ければ死に至るものばかりだ。 「後悔する時間も与えないッ!」 残った6体のワルキューレをプロシュートを囲むようにして布陣させる。これでもう逃げ道は無い。 ギーシュの号令を待つように囲むワルキューレ達、観客の誰が見てもギーシュの勝ちは明らかだと思っている。 ルイズがそれを止めようと観客達を押しのけ間に割って入ろうとする。だが遅かった。 「行けッ!ワルキューレ!!」 そう聞こえた瞬間ルイズはその場に立ち竦み己の使い魔がなぶり殺しにされる光景が脳裏に浮かび――倒れた。 その声を合図としプロシュート目掛けワルキューレが殺到する。 だがプロシュートが取った行動は実にッ!意外だったッ! 普通4方から囲まれているなら身を守るのが当然だッ!だがプロシュートは逆に…… 『思いっきり突っ込んだッ!』 一体のワルキューレ目掛け猛然と突っ込む。その先にはギーシュが居る。 「一体だけなら対処はわけねぇからなッ!」 「ば、バカなッ…!」 固まって動かれればワルキューレの層を突破できない、だから自分を囲ませるように仕向けた。 そうして包囲網が縮まる前に一点突破を仕掛ける。それが狙いだ。 グレイトフル・デッドでワルキューレを投げ飛ばす 壊すのは時間の無駄と判断しての事だ。 「くそぉ…来るなァァァァアアア!!」 ギーシュにさっきまでのような余裕はスデに無い。狼狽しながらも魔法を使うべく杖をプロシュートに向ける。 だが当たらない、ギーシュがいくら魔法を撃っても一発たりとも当たらない。 拳銃と同じだ、落ち着いて心を決めていなければ魔法といえども当たるはずはなかった。 後ろから6体のワルキューレを引き連れたプロシュートが迫り薔薇の杖をグレイトフル・デッドでヘシ折った。 「うぁ……あ…ま、参った…」 貴族が平民に負けた、誰もがそう思った。そしてこの決闘が終わったと思った。 否、実は終わってなどいない(古谷 徹の声で) どこからか『倍プッシュだ』というような声が聞こえたが多分幻聴だ。 「参った…そんな言葉は使う必要がねーんだ… なぜならオレやオレ達の仲間が敵と戦った時の決着は」 次の言葉で観客達のほぼ全てが凍りつく 「どちらかが死んじまってるからだッ!だから使う必要がねェーーーーッ! オメーもそうだよなァ~~~~『決闘』を挑んできたんなら…分かるか?オレの言ってる事…え?」 「ひぃ…!こ…殺される…助け…」 だがその言葉は最後まで言えない、グレイトフル・デッドが首を掴みギーシュの体が中に浮く。 「ギ、ギーシュが浮いたぞ!」 「いや…違う!見ろ、首を何かに『掴まれて』いるッ!」 グレイトフル・デッドは見物人達には見えないが何かに首を掴まれている跡だけはハッキリと見えた。 ズキュン! 「何だァーーーーーッ!あれはァーーーーッ!!」 観客達が騒ぎだす。当然だ、ギーシュがあっという間に老人の姿になったのだから…! 「うわぁぁぁぁ!やっぱり…あれは夢じゃあなかったんだッ!『ゼロ』の呼んだ使い魔は…悪魔か何かなんだァーーーーッ!」 そう叫ぶのは最初に巻き込まれた連中だ。それを皮切りに他の者が次々と騒ぎ出す。 ドザァァア ほとんどミイラと化したギーシュが地面に崩れ落ち、周囲から悲鳴や怒号が上がる。 中にはプロシュートに杖を向けている物さえ居る。 だがプロシュートはあくまで冷静に言い放つッ! 「これぐらいの事で騒ぐんじゃあねぇッ!オレがいた世界ではな! 決闘を仕掛けて『参った』なんていう負け犬は居ねーんだからな…」 ピクリとも動かない元ギーシュの首に足を乗せ―― 「『ブッ殺す』と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!!」 その言葉と同時に広場に乾いた音が鳴り響びく。この場を見ていない者であれば枯れ木を踏んだかのよに聞こえたであろう。 そして、その瞬間その場に居た者達は理解をする。 仕掛けられた決闘とはいえ貴族を―メイジを顔色一つ変えることなく滅せる者がただの平民ではないという事を。 ギーシュ・ド・グラモン―死亡(頚椎骨折) 二つ名 「青銅」 戻る< 目次 続く
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すっかり慣れた、しかしこの場にそぐわぬどこか甘い香りが鼻腔を くすぐり――ギアッチョの意識はゆっくりと眠りの海から浮かび上がる。 「・・・・・・ああ?」 開ききらない瞳で仰向けのまま左右を探ったギアッチョの、それが 最初の言葉だった。 第三章 その先にあるもの ゆるゆると上体を起こして、ギアッチョはいささかぼんやりした 視線を下に向ける。視界に入ったものは、見間違えようも無くルイズの ベッドだった。そしてその持ち主は―― 「・・・・・・」 ギアッチョの隣で、すやすやと寝息を立てている。 「ここにブッ倒れて・・・そのままっつーわけか」 「我ながら情けねーな」と呟いて、ギアッチョは小さく溜息をついた。 何とか途中で気力が切れずに済んだが、もしもガキ共の前で倒れて いたらと考えると心底自分が腹立たしくなる。 「少々かったりぃが・・・鍛え直すとするか」 立ち上がろうと身体に力を入れるが、上着の裾が何かに引っ張られて ギアッチョは再び腰を下ろす。何事かとそちらを見れば、ルイズの 小さな手が服の端を掴んでいた。引きはがそうと服を引っ張るが、 一体どんな夢を見ているものか、ルイズは頑なに手を離そうとしない。 「・・・おい」 声をかけてみるが、少女が眼を覚ます様子はない。 「・・・クソガキ、起き――」 頭を掴んで揺さぶろうと伸ばした手を、ギアッチョはピタリと止めた。 考えてみれば一日以上寝ていなかったのだ。自分と違って、ルイズは そういうことに慣れてはいないだろう。そう考えると、無理矢理起こして しまうことも少々躊躇われる。 「・・・チッ」 まあいい、特に急ぐ理由もない。相変わらずの凶相で一つ舌打ちして、 ギアッチョは再びベッドに背を預けた。 「・・・ぅん・・・」 浅いまどろみの中で、ルイズは一日ぶりの睡眠を噛み締めていた。枕に 頬をうずめて、毛布を胸に抱き締める。いつもと同じそれが、今日は 何故だかとても幸せに感じられた。そんなわけだったから、 「・・・・・・ギアッチョ・・・」 等とうっかり寝言を洩らしてしまっても、それは仕方のないことで。 「ああ?」 しっかり聞こえていたギアッチョに無愛想に言葉を返されてしまったと しても、やはり仕方のないことだった。 ただ、ルイズ本人はそうは思わなかった。自分の言葉で微かに目覚めた 彼女の心臓は、ギアッチョの声で跳ね上がった。 「ようやくお目覚めか」 「えっ、な、ち・・・ちちち違うの!違うんだからね!!」 「・・・何か知らんが落ち着け」 「・・・う、うん・・・」 答えたところでギアッチョの服を掴んでいることに気付き、ルイズは 慌てて手を離した。ギアッチョはそれを眼だけで眺めると、もう用は 無いと言わんばかりにベッドから降りる。 「厨房行ってくるぜ」 「あっ・・・」 デルフリンガーを担いですたすたと扉に向かうギアッチョに一抹の寂しさを 覚えて、ルイズは身体を起こした状態のままその背中を見つめる。そんな 視線に気付く様子もないギアッチョがドアに手を伸ばした瞬間、 「・・・?」 ドアは外側から開かれた。 「あら、おはようギアッチョ」 ギアッチョが口を開く前に、キュルケは驚いた顔も見せずに挨拶する。 「昨日の今日で元気だなおめーは ルイズに用か?」 「ええ、それと貴方にもね ちょっと待っててちょうだい」 ギアッチョの肩越しに室内を覗き込みながらそう言うと、怪訝な顔の 彼をそのままにキュルケはルイズの前へとやって来た。 「おはようルイズ やっぱりまだ寝てたわね」 「お、おはよう」 「あら、ちょっと顔が赤いんじゃない?風邪でもひいた?」 「べっ、べべべ別にああ赤くなんかないわよ!」 わたわたと手を振って否定すると、ルイズは話を逸らそうと言葉を継ぐ。 「そ、それより何か用?」 「何って・・・忘れたの?」 呆れ顔のキュルケに、ルイズはようやく今朝交わした約束を思い出した。 「あ!」 「食事、行くんでしょう?タバサとギーシュはもう厨房で待ってるわよ」 「ごっ、ごめん!すぐ着替えるから――」 言いかけたところではっとドアに眼を向けると、ギアッチョは既に 廊下へ姿を消していた。 「私達でシエスタを送って行った時に、今日の昼食を厨房でって話に なったのよ」 扉横の壁に背中を預けるギアッチョを見つけて、キュルケは問われる 前にそう言った。 「ま、そんなところだろうとは思ったがよォォォ~~~~・・・ そりゃ何だ、このオレも一緒に着いてくことになってんのか」 「当ったり前でしょう?あなたが主役なんだから」 「オレぁそんなガラじゃねーんだがな」 若干首をすくめて答えるギアッチョを面白そうに眺めて、キュルケは その隣に背をもたれさせる。 「あなたが来ないとシエスタ泣いちゃうかも知れないわよ?あの子 随分あなたに感謝してるみたいだし・・・惚れられちゃったりしてね」 「こんな化け物に惚れる人間が一体どこにいんだよ」 「あら、いつもの自信がないじゃない あなたって結構イイ男だと 思うわよ?まあ私のタイプとはちょっと違うけどね」 半分茶化して笑うが、ギアッチョは詰まらなそうに首を振る。 「・・・そういう意味じゃあねーよ 得体の知れねえ力で無数の人間を 殺して来た野郎が化け物でなくて何なんだ?・・・全く今更だが、 オレは本来他人と関わっていい人間じゃあ――」 「ストーップ、ギアッチョ一点減点よ」 声と共に突き出されたキュルケの掌に、ギアッチョの言葉は中断された。 「いい?あなたが過去に人の命を奪ってきたこと、それは事実かも 知れないわ だけどね、こう言うと冷たく聞こえるかもしれないけど、 私達はそんなこと知らないの 知ってるのは、いつでも何度でも私達を 救ってくれたヒーローだけなのよ」 「・・・・・・」 「罪を認めることは勿論大切だわ だけど人を殺す一方で、あなたは 私達の命を、人生を救ってくれた・・・その重さも知っていいんじゃ ないかしら?」 キュルケは小さく笑みを浮かべてそう言うと、躊躇いがちに開きかけた ギアッチョの口にスッと人差し指を当てる。 「だからネガティブな発言は一切禁止!次に言ったら三点減点するわよ」 あくまでも茶化した態度のキュルケに小さく溜息をついて、ギアッチョは 諦めたように彼女を見た。 「・・・で、ポイントオーバーでどんな罰ゲームを頂けるんだ」 「そうねぇ・・・十点マイナスで三食はしばみ草ってのはどうかしら?」 「・・・・・・そいつは勘弁願いてぇな」 再度の深い溜息と共に、ギアッチョは両手を上げて降参の意を示した。 「ごめん、お待たせ!」 マントを胸に抱えて、ルイズは急いで部屋から飛び出した。確認する ようにこちらに一瞥を向けて、ギアッチョは「行くぞ」という一言と共に すたすたと歩き出す。 後を追おうとするルイズの頭に、スッとキュルケの片手が置かれた。 「頑張りなさいルイズ きっとチャンスはあるわ・・・多分」 「・・・へ?」 生温かい笑みのキュルケを、ルイズはきょとんと見返した。 「本ッ当に済まなかったッ!!」 厨房へ着いたルイズ達を出迎えたのは、マルトーの猛烈な謝罪だった。 シエスタから仔細を聞いたのだろう、「やりたくてやったことだから」と 首を振るルイズ達にマルトーはまるで懺悔のような表情で謝り続ける。 設えられた質素なテーブルにこっそりと眼を向けると、本を開いて己の 世界に逃避しているタバサの横でギーシュが苦笑交じりに肩をすくめた。 どうやら自分達が到着する前から、この大柄なコック長は大音量の謝罪を 繰り返していたらしい。マルトーに視線を戻すと、謝り続けるうちに 感極まったのか、彼はとうとう漢泣きに泣き出した。 「おっ、俺は誤解していたッ!あんたらみてぇな貴族がいることを 知ろうともせずに、この世の摂理を理解でもしたような気になって いたんだ・・・ッ!!本当に、詫びのしようもねえ!!俺は、お、俺はッ!」 「・・・おいマルトー」 咆哮の如き大声のマルトーを見かねてか、ギアッチョが気だるげに声を かけるが、マルトーはギアッチョに標的を変えて尚も喋り続ける。 「おおギアッチョ・・・お前さんにも一体何て謝りゃあいいのかッ!! モットの野郎が悪魔なら、こんな傷だらけの人間を死地に向かわせた俺は 堕獄の罪人よ!!こんなもので償い切れるとは思わねぇが、どうか気の 済むまで俺を殴ってくれッ!!」 「ああ?」 「「コック長、それは・・・!」」 ギアッチョと外野、双方がそれぞれ声を上げるが、マルトーはそれに 首を振ると漢らしく両手を広げて怒鳴る。 「気にするこたぁねえ!これは俺の罪滅ぼしなんだ!!さあッ! いくらでも殴ってくれ!!さあ!さあッ!早く!!はやげふゥゥウッ!!」 「「殴ったーーーーー!?」」 ギアッチョの躊躇無い一撃を顔面に受けて、マルトーは派手に吹っ飛んだ。 やれやれと言わんばかりに溜息をついて彼を引き起こす。 「眼ェ醒めたかマルトー」 マルトーをしっかりと立たせてから、ギアッチョはそう口を開いた。 「何度も言うがよォォ~~~ オレ達がやると決めたからやったんだ 謝罪なんぞ受ける気もねーし権利もねぇ そんなもんよりオレ達はメシが 食いてーんだがな」 「お、おお・・・ギアッチョ・・・!」 マルトーの顔に、明らかな感動の色が浮かぶ。様子を見守っていた コック達を見回して、マルトーはいつもの威勢を取り戻した声で叫んだ。 「聞いたかお前達!真の英雄は己の行為に代償を求めたりはしねぇ!! 俺達がするべきはとびきりの御馳走を振舞ってやることだ!!さあ お前達、調理を再開しようじゃねぇか!!」 「「おおぉおぉおーーーーーーーーーっ!!」」 ていうか殴れと言われたから殴っただけだろうなと思うルイズ達を よそに、マルトー達は大盛り上がりで料理にとりかかった。 ほどなくして、テーブルに種々の料理が運ばれて来た。肉や野菜、色 とりどりの果実が惜しみなく使われたそれらは、正に御馳走と呼ぶに 相応しい代物であった。ルイズ達にはさほど珍しいものではなかったが、 ギアッチョにとってはそうではないようで、先ほどからルイズの隣で 小さく感嘆の声を上げている。 料理が運び終わるまでの間、キュルケ達としばし談笑していたルイズ だったが、ふと気付いて顔を上げた。と、手馴れた様子で配膳する シエスタと眼が合う。 「もうすぐ全部運び終わりますから、もう少々お待ちくださいね」 シエスタは普段着では無く、いつものメイド服を着ていた。にこりと笑う シエスタと対照的に、ルイズは少し心配げな顔を見せる。 「シエスタ、休んでなくて大丈夫なの?」 その言葉に場の視線がシエスタに集中するが、シエスタは笑みを絶やさず 応じた。 「いえ・・・自分のことなんかよりも、私は一秒でも早く皆さんにお礼を したいんです 私に出来るのは、少々の料理の手伝いぐらいですから・・・」 「それに」シエスタは少し厨房を見渡して言葉を継ぐ。 「またここで働くことが出来るんだって思うと、休んでることなんて 出来なくって」 「シエスタ・・・」 屈託の無い笑顔を見せるシエスタに、ルイズ達はこの娘を助けてよかったと 改めて思う。互いに顔を見合わせて、つられるように笑った。 「・・・おいしい」 口に運んだ料理は違えど、彼女達の感想はみな賞賛の一言だった。 「いつもうめぇが・・・今日はそれ以上だな」 ギアッチョまでが珍しく素直な賛辞を口にする。 「俺にも使える魔法がある」いつかマルトーが言った言葉だが、成る程 こいつは確かにその通りだとギアッチョは柄にも無く独白した。 「そうかい、そいつぁよかった!こんな料理でよけりゃあいつでも食いに 来てくんな!あんたらにならいつでも御馳走を振舞わせてもらうぜ!」 マルトーはガキ大将のような笑顔を見せる。その隣で、シエスタも クスクスと楽しそうに微笑んだ。 「・・・次ははしばみ」 「却下だ」 誰よりも旺盛な健啖ぶりを現在進行形で発揮しているタバサの提案を、 ギアッチョは一瞬で棄却する。 トリステイン魔法学院――その厨房を、わだかまりの無い笑いが満たした。
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重々しい音を立てて魔法学院の正門が開き、王女の乗った馬車の一行が到着した。 整列した生徒達は一斉に杖を掲げて、王女アンリエッタの来訪を歓迎する。 敷き詰められた緋毛氈の上にアンリエッタが降り立つと、生徒達から一斉に歓声が上がった。 ギアッチョとルイズ、それにキュルケとタバサ、ついでにギーシュとモンモランシーも手を振る王女を眺めている。 正確に言えば、タバサだけは地面に座って我関せずで本を読みふけっていたが。 ギアッチョはしばらく興味深げに王女や御付の人間達を眺めていたが、やがて飽きてきたらしい。 あくびを噛み殺して隣の少女に眼を向けると、ルイズは紅潮した顔で一点を見つめている。 何とはなしにその視線を辿ると、どうやらルイズが見ているのはつばの広い羽帽子の下から凛々しい口髭の覗く、護衛の男のようだった。 「知り合いか?」 と声を掛けてみるが、聞こえていないのかぼんやりと男を見つめたままルイズは何の反応も返さない。 ギアッチョも別に気になっているわけでもなかったのですぐに顔を戻した。 「あの人はきっと魔法衛士隊の隊長だね」 と言ったのはギーシュである。 「何だそりゃあ?」 アンリエッタに鼻の下を伸ばしていたことがバレたらしく、モンモランシーに足を踏みつけられた格好のままギーシュは続けて説明をする。 「女王陛下の護衛隊さ グリフォン、マンティコア、ヒポグリフの三つの隊があるんだが、あのマントの刺繍からするとグリフォン隊だろうね 僕達メイジには憧れの存在だよ」 「・・・マンティコア?」 聞き覚えのある単語に、ギアッチョは記憶を辿る。 ――あれは・・・プリニウスの博物誌だったか? 確か、とギアッチョは思い返す。ギアッチョが読んだ記述では、それはライオンの身体を持つ化け物だった。 それだけなら問題はないのだが、博物誌ではその前後に「人面に三列の歯を持つ」という記述があり、おまけに彼が読んだものにはご丁寧に口の下にもう一つ口がついた顔で人面のライオンが不気味に微笑んでいる挿絵までついていて、その気持ち悪さにギアッチョは一瞬で本を二つに引き裂いたのだった。 更に出禁の図書館が増えたそんな記憶を思い出して、ギアッチョはギーシュに眼を向けて一言、 「てめーらのセンスはわからねー」 と呟いた。 さてその夜。ルイズは未だに思案顔でベッドに転がっていた。ギアッチョやデルフリンガーが何を言っても生返事である。 「それで、ルイズの嬢ちゃんはどったのよ?」 とデルフが問いかけるが、ルイズはやっぱりうわの空で「あー」とか「うー」とか言うだけなので、仕方なくギアッチョが返事をする。 「さぁな・・・昼からずっとこの調子だがよォォ~」 ルイズは何かを思い悩んでいるようだった。 「あのヒゲが憎いなら暗殺してやるぜ」と言おうかと思ったギアッチョだったが、どうもそんな感じの悩みではなさそうだったのでやめておいた。 他に何か言ってやるべきかと少し考えたが、数秒の黙考の後どうせ明日になったら治るだろうと投げやり気味に結論してギアッチョはさっさと藁束に寝転がる。 その時、トントンと決められたような間隔を空けて扉がノックされ、ルイズはその音にハッと飛び上がると急いで服を着て扉に駆け寄った。 果たして、入ってきたのは真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。 ノックの合図はギアッチョにとって懐かしいもの――己が仲間であることを知らせるサインだったので、彼は特に警戒はしなかった。 しかしノックの後に入ってきた人物が黒い頭巾で正体を覆い隠しているとなれば話は別である。 ギアッチョはさりげなくデルフリンガーに手を掛けて少女の動向を見守った。 しかしギアッチョの心配は杞憂だった。少女は黒いフードを外すと、 「ああ、ルイズ・フランソワーズ!お久しぶりね!」 と感極まった声で言うや否や跪いたルイズに抱きついた。 「姫殿下!いけません、こんな下賎な場所へお越しになられるなんて!」 ルイズがかしこまった声で言えば、 「そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!ルイズ・フランソワーズ、わたくしとあなたはお友達じゃないの!」 フードの少女――アンリエッタ王女は即座にそれを否定する。 ギアッチョは小さく溜息をつくと、デルフリンガーを元の場所へ立てかけた。 聞けばアンリエッタは閉塞した宮廷にうんざりしているらしい。 幼馴染であるらしいルイズとしきりに昔話に興じている。 「・・・・・・結婚するのよ、わたくし」 ひとしきり思い出を語り合った後、王女は無理に笑顔を作ってそう言った。 その声に何か悲しげなものを感じて、ルイズは複雑な顔で祝いの言葉を述べた。 そこで初めて、アンリエッタは藁束の上に座るギアッチョの存在に気付く。 「あら・・・ごめんなさい もしかしてお邪魔だったかしら」 「お邪魔?どうして?」 「だって、そこの彼・・・あなたの恋人なのでしょう? いやだわ、わたくしったら つい懐かしさにかまけてとんだ粗相をいたしてしまったみたいね」 そう言って、アンリエッタはすまないという顔をする。 「こ、恋人?ギアッチョが?わたしの?」 思ってもみなかった角度からの攻撃に、ルイズは少しうろたえる。ちらりとギアッチョに眼を向けると、思いっきり視線がぶつかった。 途端に顔が赤くなるのを感じて、ルイズは理由も分からぬままにバッと俯いて顔を隠す。 「そそ、そんなんじゃありません!これはただの使い魔です!」 「・・・使い魔? 人にしか見えませんが・・・」 アンリエッタは小首をかしげた。 「人です でも使い魔です」 自分をルイズの恋人と勘違いしたアンリエッタをギアッチョは「大丈夫かこのガキ」 といった眼で観察していたが、ルイズにとっては幸いなことにそんなギアッチョの心がアンリエッタに気付かれることはなかった。 「そうよね ルイズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど・・・相変わらずね」 アンリエッタはそう言って物憂げに笑う。 ルイズはギアッチョの凄さをそりゃもう徹夜で語ってやりたい気分だったが、王宮に彼の力を知られるのは流石に不味いかと思い、多少の罪悪感はあるもののそ知らぬ顔で通すことにした。 「――それよりも 姫様、どうなさったんですか?」 この部屋に入ってきた時から、アンリエッタに元気がないことにルイズは気付いていた。 ルイズのその言葉に、アンリエッタは話そうか話すまいか悩む素振りを見せたが、やがてぽつぽつと語りだした。 アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室を打倒しそうであること。 アルビオンを制圧すれば、彼らは次にこの小国トリステインに攻め入ってくるであろうということ。 それらに対抗する為に、トリステイン王女アンリエッタの嫁入りという形でゲルマニアと同盟を結ぶことになったということ。 それらをいちいち大げさな身振りで説明するものだからギアッチョはいい加減うんざりしてきたが、ルイズが真剣に聞いているので仕方なく黙って耳を傾けていた。 この分だと何かの任務を任されるかもしれない。 アンリエッタの話は続く。ゲルマニアとの同盟を阻止する為に、貴族達は婚姻を阻止する為の材料を血眼で捜していること。 そして、ある時自分のしたためた一通の手紙が、その材料であるということ。 「・・・そ、その手紙はどこにあるのですか?」 ルイズの眼は真剣だった。ギアッチョは呆れた顔で彼女を見ているが、特に何も言いはしなかった。 手紙のありかはアルビオン。正に戦の渦中の人、アルビオン王家のウェールズ皇太子が所持しているという。 「ああ・・・破滅です!ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱勢に囚われてしまうでしょう そうしたらあの手紙も明るみに出てしまうわ!」 アンリエッタはそう言って泣き崩れる。そんな彼女を見て、ルイズは一も二も無く立ち上がった。 「ギアッチョ・・・わたし達を助けてくれる?」 懇願するようなルイズの言葉にギアッチョは何度目かの溜息と共にやれやれという言葉を吐き出すが、 「・・・ま、オレは使い魔だからよォォ~~ 面倒だがついて行ってやるとするぜ」 実にあっさりと承諾した。 知ってか知らずかルイズの良心につけこむ話し方をするアンリエッタは正直胸糞悪かったが、万一この国が戦争になりでもしたら面倒になりそうだということと、他の国も一度ぐらいは見てみたいという好奇心が合わさった結果そういう結論に達したのだった。その言葉を聞いて、ルイズの顔がぱぁっと輝く。 「姫殿下!わたし達にお任せください!わたしの使い魔がいれば、どんな任務でもきっと達成して御覧にいれますわ!」 そう言ってルイズは凹凸に乏しい胸を誇らしげに張る。デルフリンガーはそんなルイズを見て、 「えらく信頼されてんねダンナ」 と笑ったが、ギアッチョは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。もっとも彼が不機嫌そうに見えるのは全くいつものことだったが。 話が纏まると多忙なアンリエッタはすぐに部屋を辞し、ギアッチョとルイズは明日に備えて早々に寝床に就き。彼らの多忙な一日は、こうして終わりを告げた。
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「嘘・・・どうしてフーケが!?」 岩石を切り抜いて作られたラ・ロシェールそのものを素材にして錬金された 巨大ゴーレム。突如出現したそれの肩に長い緑髪をなびかせて座っている女は、 忘れもしない土くれのフーケだった。自分の言葉を中断されて少し助かったと 思ってしまい、ルイズはぶんぶんと首を振る。フーケは端正な顔を不機嫌に 歪めてルイズに答えた。 「実に親切なお方がいらっしゃってねぇ わたしみたいな美人はもっと世の中に 貢献しなくちゃいけないっておっしゃってね 牢から出してくれたのよ」 皮肉たっぷりにそう言って、フーケはじろりと隣を睨む。彼女の刺すような視線の 先にいたのは、白い仮面をつけた黒マントの貴族の男だった。フーケの言動に 一切の反応を示さず、腕を組んで冷厳とルイズ達を見下ろしている。 「個人的にはあんた達なんかとは二度と関わりたくないんだけどね これも仕事よ、恨まないことね!」 言うが早いか、ゴーレムの柱を束ねたような腕が高速で振り下ろされた。いつの 間にか己の剣を握っていたギアッチョは、ルイズを小脇に抱えるとベランダの 手すりを踏み台にルーンの力で数メイルを飛び上がった。直後岩で出来た ベランダを粉々に破壊したその拳に見事に着地して、ギアッチョはピクリとも 動かない表情のまま口を開く。 「やっぱりよォォ~~ オレは戦うのが性に合ってるみてーだなァァ」 「ちょ、ちょっと!どどど、どこ触ってんのよこのバカ!離しなさいよ!」 小脇に抱えられたままルイズがじたばたと騒ぐ。 「どこ触ろうと同じだろーがてめーの身体は 黙ってねーと舌噛むぞ」 「おなっ・・・!?」 ルイズの頭にガーンという音が響き渡った。心に深いダメージを負ったルイズの ことなどつゆ知らず、ギアッチョは戦闘態勢に入った眼でフーケ達を睨む。 足場にしている拳に振り落とされる前に、「ガンダールヴ」の脚力で一瞬のうちに 肩へと駆け上がる。デルフリンガーを持つ方向に身体をひねり二人まとめて 横薙ぎにブッた切るつもりだったが、 「チィッ!」 仮面の男が一瞬の機転でフーケの首根っこを掴んで後方へ落下した為、 デルフリンガーは虚しく宙を切った。ギアッチョは特にイラだった顔も見せずに 地面を覗き込む。レビテーションをかけたのか、男とフーケは無事に地上に 降り立っていた。フーケと結託しているのなら、仮面の男とその仲間には当然 ホワイト・アルバムのことは知られているだろう。もはや隠す必要もないと考えて ギアッチョはゴーレムを凍結しようとするが――下のほうから聞こえてきた怒声や 物音がそれを中断させた。 「どうやら・・・あいつらも襲われてるみてーだな」 放っておくべきか一瞬迷ったが、酒を飲んでいるならマトモに戦えていないかも 知れないと考え、ギアッチョは助けに行くことを選択した。もはや抵抗もしない ルイズを小脇にかかえたまま、見るも無残に破壊されたベランダから部屋に 飛び込み、扉を蹴破って廊下を走り、手すりを乗り越えて階段を飛び降りる。 果たしてギーシュ達は、全員無事に揃っていた。もっとも、テーブルを盾にして いる彼らの頭上では無数の矢が飛び交っていたが。 ギーシュ達と共にワルドがいたのを見て、ギアッチョはピクリと眉を上げる。 背格好といいタイミングといいあの仮面の男がワルドだとギアッチョは殆ど確信 していたのだが、どうやら自分の推理は間違っていたらしい。考え込む彼に 気付いて、ギーシュが声を上げる。 「ギアッチョ!無事だったのかい!」 その声でキュルケ達は一斉にギアッチョを見た。ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、 ルイズを引っ張ってキュルケ達の後ろに身を伏せる。 ギアッチョはフーケがいることを伝えたが、どうやらその必要はなかったらしい。 戸口からは思いっきりゴーレムの足が覗いていた。「それはともかく」と前置きして、 キュルケは鬱オーラ全開で俯くルイズを見る。 「ルイズ、あなた大丈夫?」 「・・・・・・尊厳を汚された・・・」 「は?」 意味が分からずに怪訝な声を上げるキュルケだったが、「一年後に後悔しても 許してあげないんだから」だの「まだ変身を三回残してるのよ きっとそうよ」だのと 肩を震わせながらブツブツと呟いているルイズを見てなんとなく事情を察した。 とりあえずルイズは放置することに決めて、彼女はギアッチョに向き直る。 「どうするの?ギアッチョ」 言外に「魔法を使うのか」と尋ねるキュルケに、ギアッチョは思案顔で黙り込んだ。 しかしギアッチョが結論を下す前に、ワルドが口を開く。 「諸君、このような任務は半数が目的地に辿り着けば成功とされる」 周りの状況などおかまいなしに本を読んでいたタバサが、それを受けてワルドを 見る。ぱたりと本を閉じると、キュルケ、ギーシュ、そして自分を指差して「囮」と 呟いた。ワルドは重々しく頷いて後を引き継ぐ。 「彼女達が派手に暴れて敵を引きつける 僕らはその隙に、裏口から出て 桟橋へ向かう」 その言葉に、ルイズが弾かれたように顔を上げた。 「ダメよそんなの!フーケもいるのよ!?死んじゃったらどうするのよ!」 「いざとなれば逃げるわよ それにわたし、今ちょっと暴れたい気分なのよね」 キュルケは余裕の笑みでそう嘯く。それに追従してタバサが「問題ない」と言い、 ギーシュは相変わらずガタガタ震えていたが、「いいい行きたまえよ君達! ぼ、ぼぼ僕はフーケのゴーレムに勝った男だぜ!」 と誰が見ても明らかに分かる虚勢を張り上げてルイズ達を促した。 「行って」というタバサの声と、「行きなさい」というキュルケの声が重なる。 ルイズはそれでも二の足を踏んでいたが、 「別にルイズの為にやるわけじゃないんだからね 勘違いされちゃ困るわよ」 というキュルケの発破で、何とか行く決心がついたようだった。「わ、分かって るわよ!」とキュルケを睨むと、「おーおー、素晴らしきは友情だね」と笑う デルフリンガーに二人で蹴りを叩き込んで走って行った。それを追ってワルドも 裏口へ去って行く。去り際ルイズが小さく呟いた「ありがとう」という言葉に 意表を突かれて一瞬顔が赤くなったキュルケだったが、コホンと一つ咳をすると すぐいつもの顔に戻った。 「それで、今度はどんなお言葉を下さるのかしら?」 未だ動かないギアッチョに余裕の仕草で笑いかける。ギアッチョは溜息を一つ つくと、彼女達に向き直って口を開いた。 「このまま死なれちゃ寝覚めが悪いんで忠告しといてやる ・・・命を賭けてまで戦おうとするんじゃあねーぞ」 慈悲の欠片も見当たらないような表情で、しかしギアッチョはそう言った。 「無理を悟ったらとっとと逃げろ 桟橋とやらで追いつかれたところでどうせ オレが何とか出来るんだからな」 一見どうでもいいような口調でそう言って、ギアッチョはガシガシと頭を掻く。 そうならない為に今まで隠して来たんじゃないのか、等と言う気は誰にも なかった。一様に真剣な顔で頷く三人に一瞥を向けると、彼は無言で ルイズ達の後を追った。 音を立てずに駆け去るギアッチョの後姿を見送って、キュルケはふぅと 溜息をつく。 「全く、この主にしてこの使い魔ありって感じよねぇ」 やれやれといった風に笑うキュルケに、タバサはこくりと頷いて杖を握った。 大きな音を立てて自分の顔を叩いて、ギーシュは一つ気合を入れる。 「よ、よし!行こうじゃないか二人とも!」 「ええ、火傷しない程度にね」 二人して杖を抜き放ち、ニヤリと笑いあった。
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夜。ギアッチョはベランダの手すりに背中を預けて、あおむけに空を見上げていた。 「一つだけの月なんざ、もう長く見てねえ気がするな・・・」 片手に持ったワインを飲み干して、柄にもないことを考える。 グイード・ミスタとジョルノ・ジョバァーナ、あの二人と戦った夜、たった一つの地球の 月は自分を照らしていたのだろうか。ついぞ空など見上げなかったことを思い返して、 ギアッチョは首を振る。 黒い手袋に三角形に覆われた己の右手に、ギアッチョは眼を落とした。この手で 無数の人間を葬って来たことを思い出す。対抗組織の人間を、彼は腐るほど 殺して来た。しかしその一方で、組織の障害となるというだけのやましいところの ない人間をその手にかけたことも一度ならずあった。 罪悪感はない。後悔もない。ギアッチョは、ただ生きたかっただけだ。パッショーネの 庇護なしには生きられない世界に絶望し、殺さなければ生きられない世界に絶望 しても尚、ギアッチョは生きたかった。唯一つの拠り所で、リゾットのチームで、 なんとしても生き抜きたかった。だからギアッチョは、人が牛を、豚を、鶏を 殺すように人を殺した。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して――そして最後に殺された。 この世を修羅道と見紛わんばかりの凄絶な人生だった。ギアッチョにとって殺人は、 もはや呼吸と同じほどに当たり前の行為としてその身に染み付いている。まともな 人の心など、とうの昔に消え去ったはずだった。 しかし。 ならばなぜ、自分はルイズに付き従っているのだろう。ルイズを庇い、叱り、助けた のだろう。ギーシュを殺さなかったのは何故だ?キュルケを叱ったのは?タバサを 助けたのは? リゾットチームのほかには、ギアッチョの世界には彼にとってどうでもいい人間か、 そうでなければ殺すべき人間しかいなかった。何故なら彼は暗殺者だったからだ。 イタリアにいてさえ、彼は災禍を振り撒く魔人だった。魔人であらねばならなかった。 別の世界に召喚されようが、使い魔として契約をしようが、彼の思考は、言動は 暗殺者としてのものだった。キュルケが殺されようが、タバサが身代わりに なろうが、ルイズが死んでしまおうがどうでもいいはずだった。なのに、何故自分は 彼女達を助けた? ――・・・贖罪のつもりってわけか? 後悔していないと思っていても、どこか心の奥底でわずかに罪悪感を感じていたの だろうか。彼女達を助け導くことで、無数の犠牲者への罪滅ぼしをしているのだろうか。 しかし、ならば死ねばいいだろう。例え何万人の命を救ったところで、ギアッチョが 殺した人々が蘇るわけではない。彼らが願うものは唯一つ、ギアッチョの死である はずだ。 それもいいかもな、とギアッチョは思う。イタリアに戻ったところで、もうどこにも彼の 居場所はない。そしてイタリアで生きる意味も、もはやありはしない。仇を討つ意味も また、存在しない。彼らはその命と誇りの全てを賭けて戦い、そして負けたのだから。 みっともなく再戦を挑むなどということは、彼らを侮辱する行為でしかないと ギアッチョは思っている。 ブルドンネ街のあの薄汚い裏路地のような場所で、惨めに哀れにのたれ死ぬこと こそが、自分に相応しい末路だ。この手で消した数え切れない命は、もはや ギアッチョが一秒でも早くその命を絶つことを願っているだろう。 ベランダから地面を見下ろして考える。氷の槍を作って飛び降りれば、それだけで 死ぬことが出来るだろう。ギアッチョは虚ろなまなざしで、数秒地面を見つめた。 ゆるゆると、実に緩慢な動作でギアッチョは顔を上げる。引き結ばれていたその 口からは、「・・・クッ」という声が漏れる。 「クックック・・・ どこにでもいるもんだよなァァ 全く度し難い人間ってのはよォォーー」 全然理解が出来ないことだが、自分が死ねばルイズはまた泣くだろう。自分を 友だと言ったギーシュはどうだ?キュルケとタバサは?一体どんな顔をするものか 自分には分からないが、バカみたいに真っ直ぐな奴らだ、また突っ走って危ない目に 遭うだろう。任務の情報が漏れている上に既に刺客が差し向けられていることを 思い出して、ギアッチョはやれやれと呟いた。結局自分は、どこまでも悪人なのだ。 いくら罪悪感を感じようが、いくら良心の呵責に苛まれようが、結局は自分の意思で 己の生死を決定出来る。自分の意思の赴くままに何かをすることに、微塵の躊躇も ありはしない。 ギアッチョは静かに笑いながら、己の左手に眼を向けた。そこに刻まれたルーンは、 使い魔の契約の証だった。 ――オレがこの手で命を救ったんだぜ 笑える冗談じゃあねーか ええ?おめーら・・・ リゾットの奴は責任をまっとうしろと言うだろう。プロシュートの野郎はマンモーニを 鍛え直してやれと言うかもしれない。メローネのバカはオレと代われと言いそうな 気がする。イルーゾォは、ホルマジオは、ペッシは、ソルベは、ジェラートは・・・。 地獄で自分を笑っているであろう仲間達を思い浮かべて、ギアッチョはフンと鼻を 鳴らす。この任務の間だけは、面倒を見てやろう。ギアッチョは今、そう決定した。 コンコンという音に、ギアッチョは部屋の入り口を見る。断続的に続くその音は、 扉から発されていた。 「入りな」 という彼の声で部屋に入ってきたのは、ルイズだった。ギアッチョは彼女を確認すると、 すぐに視線を外してまた手すりにもたれかかった。ルイズはベランダまでやって 来ると、ちょっと心配そうな顔でギアッチョを見る。 「・・・ねぇ どうして負けたの?」 今朝の決闘で、ギアッチョはホワイト・アルバムを使いもせずに敗北した。まさか力が 使えなくなったのだろうか、なんて心配しているルイズである。 「ワルドの野郎を信頼するな」と言いかけて、ギアッチョは口をつぐんだ。ルイズが ワルドに向ける表情は、自分へのそれとどこか似ている。確定もしていないのに 迂闊なことを言うべきではないだろう。 何故そう思ったのか、そこに意識が至らないままギアッチョは言葉を返す。 「剣の練習だ」 「そ、そう・・・」 ルイズは納得したようなしてないような微妙な顔になるが、それ以上は何も 言わなかった。何も言わないまま、ギアッチョの隣で同じように手すりにもたれ かかった。ギアッチョはルイズに、不思議そうに一瞥を向ける。 「・・・何か用でもあんのか」 しかしルイズは答えない。色んな感情の入り混じった、結果としてどこか悲しげに 見える表情で、何も言わずに空を見ている。何か悩んでいるのだということは 容易に察しがついたが、言う気のないことを根掘り葉掘り聞く気はない。そこまで 考えて「根掘り葉掘り」についてブチ切れそうになったが、自制心をフルに活用して 抑え込む。空気を読んだギアッチョにあの世で仲間達は涙を流して喜んでいる かもしれない。 「・・・ギーシュ達は何をやってんだ」 何とはなしにそう尋ねる。ルイズは無理に笑顔を作ってそれに答えた。 「酒盛りしてるわよ 皆アルビオンへ行くのが楽しみみたい」 「遠足気分だな・・・あのガキ共はよォー」 そう言うギアッチョに、ルイズは「全くだわ」と笑う。二人して空を見上げたまま、 また静寂が流れ――、 「・・・・・・・・・私、結婚するの」 やがてぽつりと、ルイズはそう言った。 反応が気になって、ルイズはこっそりギアッチョを見る。いつもの無表情で、 ギアッチョは何も変わらず空を見上げていた。 「よかったじゃあねーか 憧れの子爵様だろうが」 ホントに喜んでいるのならこんな表情はするわけがない。そう分かっては いるが、彼女が一体何に心を囚われているのか全く分からないので彼としても そう言うほかはなかった。しかし何かを期待していたらしいルイズは、更に 悲しげな色を深めた眼を伏せて、一言「そうね」と呟いた。 これだからガキはなどと思いつつも、このままルイズを放置するのは気分が 悪い。仕方なく身体を起こすと、ギアッチョはルイズに向き直った。 「何を迷ってるんだか知らねーがよォォ~~ 言いたいことがあるなら言いな オレじゃあなくていい キュルケでもタバサでもギーシュでも、言いたい奴に ぶちまけろ あいつらなら真摯に聞いてくれるぜ・・・多分な 些細な感情のスレ違いから身を滅ぼしたバカをオレは何人も見てきた おめーがそうなっちまうのは気分のいいことじゃあねーからな」 己の眼を覗き込むようにしてそう言われて、数秒の葛藤の後、 頬を染めながら彼女は恐る恐る口を開いた。 「・・・・・・・・・あの ・・・・・・えっと・・・その ・・・・・・・・・じゃ、じゃあ言うわ・・・」 深夜の静寂に自分の心臓の鼓動が煩いほどに響き、ルイズは大きく 深呼吸をする。そうしてからその真っ赤な顔を怪訝な眼で自分を見ている ギアッチョに向けて、ルイズは怒鳴るような勢いで口を―― ズズンッ!! 開けなかった。素晴らしいタイミングで大地が鳴動し、ベランダの外に 二度と見たくなかった 巨大なシルエットが闇を切り抜いて姿を現した。