約 1,871,705 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2244.html
――ルイズ側。 私は心配だった。貴族と平民が喧嘩して怪我で済めばいいほうだから。魔法を使えない平民は、貴族からしてみれば赤子の手を捻るもの だから。怒り任せに貴族が魔法を使えば、平民なんて消し飛んでしまう。だけど――― 「逃げずに来たのは誉めて……アッ―――――――――――――――――――――!!」 私はトニーが対峙した瞬間眼を背けた。だけど、視点を戻したら聞いた事の無いギーシュの悲鳴と火だるまになっている姿。信じられ なかった。魔法?……そんな筈ない。トニーは魔法の存在しない世界から来たと言う事は知っているから。疑問は多かったけど、この時に 私の脳裏をある台詞が過ぎる。 《『殺られる前に殺れ』、これが俺たちの生き残る唯一の手段だ》 ―――怖い!!私が最初にトニーを見たときに感じた冷淡な感覚のその一端の正体を垣間見えた気がする。だけど、授業で私を庇った 姿や、クールでニヒルな姿が重なるとその感覚が陰に潜む……。 予想通りギーシュのワルキューレによる反撃を被った。あの大きい体が何度も揺さぶられた様は、見ていられなかった。シエスタも 眼を背けてた……でも正直、ここからが理解に苦しむ。トニーの凄い走行量とワルキューレが四散した事。なんであのワルキューレが 砕け散ったのかが分からない。気が付けば、体が焦げて血だるまになったギーシュが運ばれていく姿と、皆で必死になって止めていた トニーの姿だった……。 「な…何があったの?」 思わず横にいたシエスタに聞いてみた。でも、彼女は両手を口に置き、何も言葉が出せなかった。 俺は治療を受けながら、メイジ達から茶とケーキを振舞われた。なぜこんな事になっているのか俺には少々理解に苦しむ事態なのだが、 メイジ達は複雑な笑みを浮かべながら、俺に飲んでくれ、食べてくれ、おかわりはいかが?と振舞ってくる。気持ちの悪い事この上無い のだが、折角振舞われたのだから美味しくいただく事にする。 「どうぞ、お茶のおかわりです」 分からないのが、このシエスタが心なしか楽しそうに俺に振舞う姿がある。 「なぁキュルケ、これはどう言う風の吹き回しだろうか」 「深い意味はないと思うわ、遠慮なく頂けば良いと思うわよ」 キュルケに聞いてみてもこんな返事が返ってくる。首を捻りたくなる状況だが、こんなのも悪くはないだろう。 「ところでトニー、私が聞きたい事あるんだけど、聞いて良いかしら?」 「答えられる事ならな」 一息ついた頃、キュルケとルイズが俺の正面に座りこう切り出す。 「「なんで、ギーシュが火だるまになったの?」」 二人が声を揃えて聞いてくる。思わず吹きそうになったが、何とか表情を変えずに答える事が出来た。 「それはだな、これを使ったからだ」 そう言って俺は、火の点いていない火炎瓶を取り出す。これを見たキュルケとルイズは二人して首を捻った。この二人、仲悪いが実は 相性いいんじゃないのか? 「これで何で燃えるのよ」 「先に詰め込んでいる紙があるだろ?これをだな……」 俺は火炎瓶の仕組みと簡単に説明する。実に単純なものなのだが、この二人熱心に聞いている。この世界はまだ実用的なものではない ようにも見えるが、仲の悪い二人が並んで聞いている様は正直面白い光景だ。 夜は夜で食事もマルトーから結構豪勢なものとワインを振舞われ、気持ちの良い気分になる。久しぶりに腹一杯食べた俺は、済んだ良い 空気と、地球では見る事はまずないであろう二つの月の素直に綺麗と言える風景に包まれながら煙草に火を点けて一服をしていた。 ……これで元の世界に戻れれば、御の字なのだろうがな。 「トニーさん、どうなされたのですか?」 煙草を吸いながら散歩をしていると、シエスタが後ろから声をかけてくる。 「ああ、食事の後の散歩だ。元の世界に居た時はこんなのんびりな事は出来なかったのでな」 「トニーさんの居た世界は、どんな世界なのでしょう?」 気がつけば、このシエスタと並んで歩いていた。 「知らん方がいいと思うぜ」 流石にこんな娘に《アメリカ最悪の街》リバティーシティを教える気にはならなかった。俺みたいな人種には居やすい街だが、もし自分が 堅気だったなら、絶対住みたくはない町だろう。 「ふふふ」 シエスタは優しい微笑を見せ、 「トニーさん、今度二人で一緒に居ませんか?」 思っても見ない台詞が出て来る。 「ん?おいおい、俺でいいのか?」 「ふふふふ……おやすみなさいトニーさん、また後ほど」 「ああ、おやすみ。シエスタ」
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8156.html
前ページ次ページ機械仕掛けの使い魔 機械仕掛けの使い魔 第6話 翌日。目を覚ましたクロは、ベッドを見やった。ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタが眠っているのだが、ダブルサイズのベッドに4人も横になっている為、 手や足が互いに乗っかり合い、さながら壁や地面に張り付くツタのような様相を呈していた。と言うか、この状況でよく誰1人落ちないものだ。妙に感心するクロであった。 太陽の昇り具合でおおよその時間を把握したクロは、一般的な学生の1日のスケジュールと照らし合わせてみた。 始業時間から逆算すると、そろそろ朝食を摂らないと間に合わない計算になる。 「どうすっかねー…、なぁ、フレイムちゃんよ」「きゅるっ?」 試しに、フレイムに聞いてみるクロ。だが当然のように、返事はない。そもそも、言葉が通じているかどうかすら怪しい。 ここで、2通りのパターンをシミュレートしてみよう。 1:ルイズたちを起こした場合 ギリギリで始業時間に間に合い、つつがない1日が経過する。何ら問題なく、クロにとってもデメリットらしいデメリットはない。 2:無視を決め込んだ場合 自力で起床した時間によっては、朝食を摂れないどころか、授業にすら遅刻する可能性が高い。となれば、使い魔たる自身に、何かしらの危険が及ぶ事もあり得る。 「しゃーねーな…。おいコラ、起きろオメーら!」 面倒はゴメンだと、クロはルイズたちを起こしにかかった。しかしベッド脇に移動して声を荒らげても、誰一人起きようとしない。 何やら幸せそうな顔で、惰眠を貪っている。 「遅刻すっぞ! さっさと起きやがれ!」 さらに声を大きくする。しかし、誰も目を覚まさない。むしろ、寝言が返ってきた。 「いい加減に…」 クロの頭に、青筋が浮かび上がった。歯を結び、ギリギリと音を立てながら、足を高く振り上げる。そして―― 「起きろっつの!!」 踵を、マットレスに叩き込んだ。かなり手加減した一撃だったが、その衝撃で4人は、そのままの姿勢で、また1メイルほど浮き上がった。 着地と同時に、慌てて起き上がり、辺りを見渡す4人。そんな彼女たちに、クロは怒りを隠さない表情で詰め寄り、窓の外を指さした。 「今、何時だオイ? 起こしてやってんだから、一発で起きやがれッ!」 「だからって、今のは何よッ!? もっと優しく起こしなさいバカ猫!」 「それで起きなかったのはどこのどいつらだ、あン!?」 クロは何1つ嘘をついていない。1度目と2度目のトライでは、彼には珍しく一切手を出していないのだ。 2度目までに起きなかったルイズたちに非があると言ってもいいだろう。 「とにかく! オメーら、これからやる事あんじゃねーのか?」 「やる事…あっ!」 ここに至り、ようやくルイズたちは理解した。ルイズ、キュルケ、タバサはこれから学生としての1日が、シエスタはメイドとしての1日が始まるのだ。 と言うか、シエスタはもはや遅刻確定である。 「朝ごはん朝ごはん! 早く行かないと午前の授業が始まっちゃう!」 「その前に制服よ制服! シワだらけじゃないの!」 「朝ごはん、大事…」 「アイナにまたイタズラされちゃいます…」 にわかに、蜂の巣をつついたような騒ぎとなったルイズ私室。呆れた目で見つめるクロであったが、 その騒々しさに辟易し、誰にも気づかれる事なく、部屋を出ていったのだった。 + + + + + + 部屋を出たクロは、そのまま寮塔を後にし、中庭へ足を踏み入れた。中庭には昨日も来ていたのだが、 その時は洗濯の出来る水場を探しており、しかも割と速攻で見つけたので、ほとんど見て回ることが出来なかったのだ。 「どっか、日当たりのいい場所はないかねー、っと」 目下、目的はただ一つ。フジ井家の縁側に匹敵する昼寝スポットの探索である。日当たりのいいフジ井家の縁側は、クロのお気に入りの場所だった。 今後、いつ帰れるか解らないこの世界で、昼寝に最適な場所を探すのは、彼にとっては当然といえば当然である。 反時計回りに、中庭を歩いてみる。前述のように、トリステイン魔法学院の中庭は広い。 その中央にそびえ立つ本塔を見上げながら、クロはその広さに舌を巻いていた。 「おいおい、学校ってレベルの広さじゃねーだろ、コレは…」 敷地の広さで言えば、大学と遜色ないように感じられる。もっとも、クロは大学など入った事がない為、あくまでもテレビドラマやCMで得た程度の知識ではあったが。 「ファンタジーだねー…いやはや」 何やら妙に感心しているクロだった。 2つ目の塔を過ぎた辺り。そこで、クロの身体に異変が起こった。 プスンっ キュルルルルルル… クロの身体から、妙に軽い音が鳴った。徐々に小さくなっていくその音と共に、力なくその場に倒れるクロ。 (しまった…燃料切れか…!) 内心で、クロは大きく舌打ちした。召喚される直前、朝食から例の爆発までは数時間が経過していた。 しかもこちらの世界に喚び出されてから、口にしたものといえば紅茶だけ。 サイボーグと言っても、クロのエネルギー源として最も効率が良い物は、ジェット燃料やガソリンなど、大型の機械を動作させる為の燃料類だ。 他にも剛の改良によって、通常の食物でも、効率は落ちるが、それなりに量を摂れば十分なエネルギーを確保できるようになっている。 他作品のサイボーグのように、核エンジンや永久機関など、都合の良い代物は搭載されていないのだった。 クロはほぼ24時間、ろくにエネルギーの補給を行っていなかったのだ。ガス欠になるのも無理はない。 残り僅かな燃料を消費しながら、必死に本塔を目指すクロ。倒れた位置からでも、本塔からは生徒や教師たちの喧騒が聞こえる。 あそこまで行けば、燃料は絶望的でも、何かしらの食物はもらえるかもしれない。震える身体で匍匐前進しながら、クロはほんの少しの希望に賭けた。 + + + + + + 場所は変わって、ここは風の塔と水の塔の中間に位置する使用人宿舎。2階の自室で、シエスタはアイナからのセクハラを受けていた。 「ちょっと、アイナ! やめてってば…んっ!」 「なーに言ってるのよサボり魔っ! 昨日も今日も仕事ほっぽらかして、どこ行ってたの?」 後ろからアイナが、シエスタの乳房を揉みしだいていた。女性同士だから許される行為ではあるが、どことなく背徳的な雰囲気も見え隠れする。 と言うか、なぜアイナは敵意を剥き出しにしているのか。それほど大きな胸が憎いのか。 「だからっ、昨日はミス・ヴァリエールのお部屋で…!」 「ミス・ヴァリエールの部屋で何してたの? 昨日の黒猫がらみ?」 詰問する間にも、指を休めないアイナ。むしろ、さっきより揉む力が強くなっているように見える。 それほど妬ましいのか、巨乳が。 「それは…って、あれは…」 アイナの手から逃げ出そうと身を捩っていたシエスタは、ふと窓の外の一点に視線が釘付けになった。 慌てて全力でアイナの拘束から逃れ、窓に張り付く。ただならぬ様子に、アイナも倣って窓の外を見やった。 「…クロちゃん!?」「クロちゃん?」 火の塔、風の塔、本塔に囲まれたヴェストリの広場。シエスタは目を凝らし、風の塔付近でもぞもぞと動くクロを見つけた。 昨日までの、軽々とダブルベッドを持ち上げていた時とは、遠目で見ても明らかに様子が違う。 「ッ!!」 クロの様子を認識したシエスタの行動は早かった。矢のように部屋を、使用人宿舎を飛び出し、脇目もふらずにクロのもとに走り寄り、その身体を抱き上げた。 手足はダランと垂れ下がり、耳も寝てしまっている。 「クロちゃんっ、どうしたんですか!?」 ほとんど閉じかけているクロの目を覗き込み、シエスタは大声で呼びかけた。 「ね、燃料が…切れ、た…」 「ねんりょう…ですか?」 燃料と言われても、シエスタには何のことか解らなかった。それに、切れた、という表現にも首を傾げる。 恐らく、機械仕掛けの身体という点に関係しているのだろうが、何せ未だかつて、機械仕掛けの猫など、見たことも聞いたこともないシエスタだ。 クロの身体に何が起きているのか、想像もつかない。 「何か…食い物…食わせてくれ…」 「食べ物ですね? 解りました!」 「あと…油があるなら、一緒に頼む…」 「料理用の油ならいくらでもあります、とにかく、厨房へ!」 クロを抱え、シエスタは全速力で厨房へ向かった。 余談だが、それから十数秒経って現場へ到着したアイナは、またも置いてけぼりを食らったのだった。 + + + + + + 厨房へ飛び込んだシエスタは、突然の登場に驚くコック長たちを尻目に、手近な椅子にクロを座らせると、大急ぎで余った賄い料理をかき集めた。 そして、適当な皿にそれらを盛り付け、ボトルからコップに注いだ料理用油と共に、机の上に並べた。 ざっと数えても10枚以上ある皿の上に、こんもりと料理が盛られている。 コック長たちは、シエスタの奇怪な行動に、ただただ呆然とするばかりだった。 「お、おいシエスタ、どうしたってんだ…?」 「さぁクロちゃん、どんどん食べて下さい!」 想像してみて欲しい。 突然、自分の目の前に並べられる満漢全席一式を。本来ならば何日もかけて堪能する料理を、今すぐ完食しろと言わんばかりに並べられる光景を。 常人ならば、まずその時点で食欲を失うだろう。 だが、クロは違った。戦闘サイボーグとして生まれ変わったクロは、その桁外れのパワーを維持する為に、膨大なエネルギーを必要とする。 剛によって食物でもエネルギーを摂取できるよう改良を施されたが、エネルギー源としてはジェット燃料などに劣る、 その為、食物に頼る場合は、人間よりも遥かに大量に、カロリー価の高い物を食べなければならない。 今のクロには知る由もないが、目の前に並べられた料理は、生徒たちの朝食を作る際に出た、余り物の食材を調理した物である。 高価な部位のみを切り取られた食材で作られた賄い料理は、その条件を完全に満たしていた。加えて、コップに注がれた料理用油。完璧である。 クロは律儀に手を合わせると、あっという間に全ての料理を平らげてしまった。 「助かったぜ、シエスタ。あと少しで動けなくなるとこだったぜ」 出された食事を残さず頂いたクロは、かれこれ5杯目になる料理用油を傾けていた。 その周りでコックたちは、平気な顔をして料理用油を飲み、しかも喋るクロに、ひたすら唖然としていた。 「し、シエスタ…? この黒猫ちゃんは何なの…?」 食事の途中で追いついたアイナが、プルプルと震えながらクロを指さす。コックたちも、息を呑んでシエスタの答えを待った。 「この子はミス・ヴァリエールの使い魔さん、クロちゃんです。見た目はどこにでもいそうな黒猫さんですけど、喋ったり出来るんですよ」 まるで自分の事のように、自慢げに話すシエスタ。当のクロは、相変わらずちびちびと料理用油をあおっている。 どうやら、これ以上の身の上話は面倒なようだ。昨日の夕方と夜、2回も同じような事を話している為、無理もないが。 「ごっそさん!」 コップを空にしたクロは、勢い良く椅子から飛び降りた。力強く床を踏みしめ、耳もピンと張り詰めている。 「お粗末様でした。またお腹が減ったら、いつでも来て下さいね」 「おぅ、そん時は厄介になるぜ」 強気な笑顔で手を振り、厨房を後にしようとするクロ。その背中に、コックの1人が声をかけた。 「なぁクロちゃんよ、おめぇのご主人…ミス・ヴァリエールだっけか。その嬢ちゃんは、飯も用意してくれねぇのか?」 コックたちの中でも、一際体格がよく、立派な髭をたくわえた男だ。どこか不満げな顔をしている。 「貴族ってのはやっぱりひでぇ連中だぜ。自分の使い魔にも飯食わせてやらねぇなんてよ」 「あ、あの、マルトーさん。今回はそういうワケでは…」 シエスタが控えめに意見しようとしたが、クロが遮った。 「今回はちょいとワケありなんだよ。別にルイズのヤツが悪いわけじゃねー」 苦笑しながら、ルイズのフォローを入れるクロ。そんなクロに、マルトーは豪快な笑顔を見せた。 「ガハハ、おめぇも悪いヤツじゃねぇみたいだな! 昨日の今日だってのに、貴族様を庇えるなんてよぉ!」 「そんなんじゃねーよ。オイラにも原因はあるみてーだからな…」 「アレはショックでしたもの…」 昨日の一件を思い出したのか、シエスタの顔がやや青ざめた。 その場に立ちあっていないマルトーは、そんなシエスタを不思議に思いながらも、クロに親指を立てて見せた。 「まぁいい。とにかくクロちゃん。シエスタの言った通り、腹が減った時はいつでもここに来な。飯なんていくらでも食わせてやるよ!」 「おぅ、ありがとな、おっちゃん」 クロも親指を立て返し、そのまま厨房を出て行った。 「さて、シエスタぁ…?」 「へ? あ、アイナ…?」 背後に立つアイナの気配を感じたシエスタは、背中を汗が伝う感触を味わった。 そしてアイナだけではなく、マルトーを含めた厨房スタッフ全員から質問攻めに遭うのだが、それはまた別のお話。 + + + + + + ドカァァァァァンッ 「んぁ?」 当てもなく本塔内を散策していたクロは、突如鳴り響いた爆音と、ちょっとした地震とも思える振動に足を止めた。 手近な窓から顔を出し、周囲の様子を探ってみると、学院東側に位置する塔『風の塔』の窓から、黒煙が勢い良く噴き出しているのが見えた。 「コイツは…もしかして?」 ニヤリ、とクロは笑い、階段を探して駆け出した。爆発=ただ事ではない何か。昨日は退屈な毎日が続くかと軽く絶望していたが、早速現れた火種に、彼は邪悪な笑顔を隠せなかった。 「コイツはまた…ひっでーな…」 爆音と振動の元は、石造りの教室だった。到着したクロが見たのは、机の影に隠れて暴言を飛ばしている生徒たちと、大騒ぎしている化け物の群れ。 元々は壮観な教室だったのだろうが、その面影はない。あたり一面が黒く煤け、床や机の上には瓦礫が散らばり、最奥の教壇は見るも無残に吹き飛んでいる。 そしてその教壇では、ボロボロの制服を着ている生徒――ルイズが、杖を振った姿勢のまま立ち尽くし、黒板の下では、ふくよかな体型の中年の女性が、これまたボロボロの状態で倒れていた。 「何があったんだよ、ルイズ?」 「………」 主の足元まで歩み寄り、この惨状の経緯を尋ねたクロだったが、返ってきたのは沈黙であった。 誰もいなくなった教室。ルイズとクロは、その惨憺たる有様の教室の掃除を、黙々と進めていた。ルイズは箒で瓦礫を集め、クロは雑巾で煤けた壁や机を磨いている。 「…何でよ」「ぁん?」 ルイズの声にクロが振り向くと、彼女は手を止め、俯いていた。2人の距離は2メイルほどだが、クロにはルイズの肩が震えているのが、ハッキリと見て取れた。 「何で…何も聞かないのよ…!」 「さっき聞いたじゃねーか、何があったんだよ、って」 「違うわ! 何でそれ以上、聞こうとしないのよッ!?」 ルイズは涙声だった。足元に、水が滴っている。それは、彼女の涙だった。 「教室がこんなになって…明らかに私がやったって解ってるはずなのに…。どうしてアンタは、そんなに黙ってるのよ!」 クロは、ルイズの涙の意味を理解した。この少女は、きっと怖かったのだろう。 何かしらの理由で教室で爆発を起こし、生徒たちから罵詈雑言を浴びせられ、その上、自分の使い魔に理由を話して笑われるのが。 惨めな姿を、己の使い魔に晒すのが。 「うぅ、ひっく…アンタも、きっと笑うでしょ…? わ、私が、何で『ゼロのルイズ』って呼ばれてるのか、知ったら…」 しゃくり上げるルイズ。そこにいるのは、今までの高圧的な態度の貴族ではなく、年相応の、繊細な、か弱い少女だった。 「そいつは、話さなきゃいけねぇ事なのか?」 クロも机を磨く手を止め、体ごとルイズと向き合った。その目は、今までの斜に構えたような物ではなく、真剣そのものだった。 「話して、オメーは楽になるのか? それとも、オイラでも何とか出来る事なのか?」 ルイズは無言だ。いつの間にか箒を取り落とし、目元を何度も擦っている。 「話したくねぇんなら、オイラも無理に聞かねぇよ。泣くほど怖かったんだろ? だったら無理すんな」 クロの瞳が、ルイズの瞳を見据える。そこに冗談は一欠片もない。その、不器用な優しさを湛えた瞳を信じ、ルイズはポツリポツリと語り始めた。 名門の出なのに、これまで一度も魔法が成功した試しがない事。魔法を成功させる為に、他の生徒の何倍も勉強し、努力を重ねた事。なのに、その努力が一切実を結ばなかった事。 クラスメイトたちの視線が冷たくなり、いつしか魔法成功率0%、『ゼロのルイズ』と呼ばれるようになり、クラスでも孤立するようになった事…。 全てを語ったルイズは、溢れ出る涙を止めようともしなかった。その場に座り込み、ただただ嗚咽している。 クロはため息を1つ吐くと、ルイズに語りかけた。 「オイラは何で、オメーに喚び出されたんだろうな?」 「何でって…それは…私がサモン・サーヴァントで…」 「そうじゃねぇ、理由だ」「理由…?」 クロは記憶を探り、1人の少年を思い浮かべていた。ルイズのように行き詰まり、壁の前に立ち竦み、ついには暴走してしまった少年を。 似ている、と思った。行き詰まって、どうしようもなくなって、心の底で悲鳴をあげていたルイズを、少年と重ね合わせていた。 そして、クロなりに理解した。自分がなぜ、この世界に召喚されたのかを。 「困ってたんだろ?」 ルイズがハッとする。クロの目は、機械のそれとは思えないほどに澄み渡り、弱々しい姿の自身を映していた。 「誰よりも頑張って、頑張って、それでもどうしようもなくて、道を見失って、ホントのホントに困ってたんだろ?」 ルイズは頷いた。なぜかは解らなかったが、今この瞬間、ルイズはクロに、心の底から素直に、本心を打ち明けていた。 「だから、オイラが喚び出された。オメーがホントに困ってたからだ」 「私が困ってた…。それだけの理由で…?」 「十分過ぎる理由だぜ? オイラを召喚するにはよ。オメーの魔法がどうのなんて、10年後に判断しても遅くはねぇだろ?」 ただ暴れたいが為に使い魔の契約を結んだ。だが、もう1つ理由があった。それは―― 「オメーは今まで、1人で目一杯頑張った。ここから先は、オイラも一緒だ。道なんていくらでもこじ開けてやらァ」 右手を差し出すクロ。それは、クロがルイズを認めた証。本当の意味での、使い魔の契約。 「助けて…くれるの…?」 虚ろな瞳で、差し出された右手を見つめながら問う。クロはその問いに、力強い頷きをもって返した。 「ありがとう…!」 右の袖でぐいっと目元を拭う。もう涙は流れない。代わりに鳶色の瞳に宿るのは、強い意志の光。 交わされる握手。ここにルイズとクロの、真の契約が成立した。 「一緒に感動のフィナーレ、見てやろうぜ!」 前ページ次ページ機械仕掛けの使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1835.html
宝探しでギーシュが買ってきた地図は五つ。 いちいち細かく言うのも面倒なのでダイジェストで行こうと思う。 まず一つ目。竜の金貨だ。 これは五つ集めると自分が一人増えるらしい。 どういうことなのかは分からない、偏在みたいなもんか? 竜の金貨があるのはダイナソー陸地と呼ばれる場所だ。 陸地ってのは土地名に使うには正しくない気もするが細かい事は気にしないでおく。 そのダイナソー陸地に着き、地元住民から情報を集めていたらとんでもない事が分かった。 竜の金貨はもう無いのだ! 地元住民のYさん(仮名)が言うには突如現れた赤い帽子のひげ男が『便利だから』と全部とって行ってしまったらしい。 もう無い物を手に入れる事ができるわけも無く、だが次に行くには時間がないのでその日はダイナソー陸地に泊まった。 一日目終了。 二日目。 二つ目は青眼の白龍。 これは龍の形の彫刻とかじゃなくて青い目の白い龍を召還できるお札らしい。 キュルケが言うにはこの秘宝は考えられるとしたらサモンサーヴァントを応用したマジックアイテムらしい。 だがサモンサーヴァントには色々と制約があるため、そんなものはまず存在しないとも言っていた。 だが実際に存在しているのだ。この場合は未知の技術か真っ赤な嘘かのどちらかだろう。 それも実際に見てみればハッキリする。 その青眼の白龍が祭られている神殿に着いた。 だが中には何も無かった。 あるのはただの破壊の跡。 鋭い爪によって抉られただろう壁。 堅い尾によって倒れたと思われる柱。 この傷跡をみればここで龍が暴れただろう事を想像するのは容易かった。 少し離れたところにある壁には何か文字が書かれていた。 近くにいたギーシュが読み上げる。 『これが青眼の白龍か!ウワハハハー!すごいぞーカッコいいぞー!』 どうやらこの龍を手に入れたヤツはどうしようもないヤツらしい。 ギーシュが続きを読む。 『龍を一度戻したらもう出て来なくなってしまったのですがどうすればいいのでしょうか? 分かる人は教えてください。もちろん報酬は出します。 レコン・キスタ総司令官 オリヴァー・クロムウェル』 おれ達は次の場所へと向かった。これはほっといても良いや。 三つ目はブリーシンガメン。 これは首飾りらしい。 これがある寺院はオーク鬼が住み着いていたのでそれを倒す必要があり、 それを終わらせ、中を調べてみたのだが見事なまでに何も無かった。 ギーシュはブリーシンガメンを使ってワルキューレを強くするつもりだったらしくちょっと落ち込んでいた。 「やっとクラスチェンジできると思ったのに…」 まあまあ、スターランサーの方が使い勝手は良いしさ、そっちにするチャンスだと思えよ。 四つ目は退魔の剣らしい。 コレを抜けるのは真の勇者だけだ! みたいなことが地図には書いてあるのだが…これは宝の地図と言うよりは観光パンフレットだ。 その証拠に剣が祭られてる神殿には金を払えば普通に入れるし台座に刺さってる剣を抜く事だってさせてくれた。 だがおれにもキュルケにもタバサにも抜けなかった。 それにしてもおれが何も言われず挑戦できたのには驚いた。 最後にギーシュがチャレンジ。 どうせ抜けないと分かっていてもこういうのはワクワクするらしく顔を輝かせている。 そんなギーシュを見ることもなく次の相談をするおれ達。 全く関係ない人たちと思われても仕方ないくらいのスルーっぷりだ。 おれ達がもう遅いし今日はここに泊まろうと決めたところでギーシュが台座から降りてきた。 だが様子が変だ。 表情がポルナレフのAAみたいになっている。 「あ…ありのまま今起こった事を話すよ!」 台詞までそのままだった。 「僕は剣を抜いたら七年後の世界に飛ばされていてその世界は大変な事になっていて僕がそれを救ったんだ!」 ハイハイワロスワロス。 二日目終了。 三日目。 五つ目にして最後は竜の羽衣。 これを身に着けたものは空を飛べるらしい。 だがはっきり言って必要ない。 だって自力で飛べるもん。紙飛行機みたいに舞うだけだけど。 それでも売れば金になる。 そしておれ達は竜の羽衣があるタルブの村までやってきた。 タルブの村はだだっぴろく綺麗な草原があり、のんびりとした所だ。 おれはこの草原の匂いを嗅いだ事があるような気がする。何故かは分からないが。 これが最後でかつ戦闘も無さそうと言う事でみんなもリラックスしている。 おれは使いそうにないデルフを外し、シルフィードに預けた。 キュルケはこうも言っていた。 「ルイズも来れば良かったのに…」 最近のキュルケはルイズの心配をしている。確かにちょっと様子が変だからな。 おれも昨日の夜キュルケに色々と聞かれたのだが、おれはそこまで気にするほどの話じゃないだろうと思っている。 で、おれが他のヤツに相談したらどうだ?と聞くと 「『自分』にも相談したんだけどやっぱり使い魔である貴方も無視できないでしょう?」 と言われた。なるほど、正論だ。 さてそんな風に気分転換に丁度良いタルブの村だが、おれ達は休暇や観光で来たのではなく冒険に来たのだ。 とりあえず話を聞くために人間を探す。 丁度道の向こうから女が来たのでそいつに話を聞こうと近づく、 おれ達貴族が近づいたのを見て、大名行列みたいに脇にそれ頭を下げる。 素朴な感じで明らかに村娘といった娘だが、かなり胸がデカイ。 そして何故だかおれはこいつがメイド服を着ている姿を思い浮かべてしまうのだ。 その理由はすぐに分かった。草原の匂いの謎と共に。 「よう、シエスタ」 その女はシエスタだった。 メイド服を着ている姿を思い浮かべるのもいつも着ているのだから当たり前。 そして草原の匂いはおそらくここがシエスタの故郷だからだ。 匂いってのはそいつが何処に住んでいるかと、何処で育ったかで違ってくる。 だからシエスタの匂いとこの草原の匂いが重なり、前にこの草原の匂いを嗅いだように感じたのだ。 で、次がこの推理をした名探偵イギーへのシエスタの反応。 「イギーちゃん!?」 『ちゃん』付けだった。 いつもはおれが使い魔だからか『さん』なのに。 きっと今までも心の中ではそう呼んでいたに違いない。 シエスタに会ってからの話は早かった。 おれ達が竜の羽衣を探していると言ったら、それはシエスタの家にあるものだがインチキで名前だけの秘宝だと言う事を教 えてくれた。 それでもここまで来たのだし、一応見ておくことになり、 寺院にある実物を見たのだが、これがビックリ! 飛行機だった! 「まったく、こんなものが飛ぶわけないじゃないの」 キュルケが言い、ギーシュも頷く。 「これはカヌーか何かだろう?それに鳥のおもちゃのように、こんな翼をくっつけたインチキさ。」 「……」 そして相変わらず本を読んでるタバサ。 誰一人としてこれが飛ぶとは思ってないらしい。この馬鹿共が、科学を舐めるな。 ちょっと説明しようとも思ったが、今はもっと情報が欲しい。 おれはシエスタに話しかける。 「シエスタ」 「何?イギーちゃん」 「これについてもっと教えてくれ」 シエスタへの質問の結果、これはシエスタのひいおじいちゃんの物で、そのひいおじいちゃんはこれで飛ぶ事ができなかっ たという事が分かった。 そしてひいおじいちゃんのお墓があると言うのでちょっと見せてもらう事にした。 タルブ村の共同墓地の一画に他の白い石でできたものとは違う、黒い石のものがあった。 それがシエスタのひいおじいちゃんの墓だった。墓石には墓碑銘が刻まれていた。 「ひいおじいちゃんが死ぬ前に自分でつくったそうよ。異国の文字で書いてあるから、 誰も銘が読めなくって。なんて書いてあるんだろうね?イギーちゃん」 さっきからちゃん付けが定着してしまっている。言葉遣いももう友達へのものだ。 「海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル」 「え?イギーちゃん読めるの?」 「まあな」 話す事や書く事はできないけど読んだり聞いたりなら六ヶ国語は軽い。 承太郎や花京院、それにアブドゥルと一緒にいたせいか日本語とアラビア語も何とかなる。 寺院に戻ると四人が待っていた。…四人? 「おお!イギー君!」 まばゆく輝くハゲ頭、コルベールだ。何でここにいるんだ? コルベールはかなり興奮している。 「竜の羽衣について君は何か知っている、いや解っているらしいね!?」 多分キュルケ達から話を聞き、そしてそう思ったのだろう。 「是非教えてくれ!」 何でおれが…と前のおれなら思っただろうが、 コルベールとはちょっとした協力関係にあるし、これだって立派な機械だ。 これを応用したものを作るとしても作るのはコルベールだ。知識はあったほうが良い。 そんな訳でキュルケとタバサとギーシュとシエスタは今日泊まる予定の、 そしてコルベールが泊まっている(持ち主の家だかららしい)シエスタの家まで案内され、コルベールとの二人きりでの飛 行機講座は開かれた。 飛行機に触れると左前足のルーンが光り、この飛行機の情報が頭に流れ込んでくる。 そして飛行機が飛ぶ原理やこの飛行機の名前はおそらく『ゼロ戦』で今は燃料がないこと等、今わかっている事や推理した ことを話す。 一通りの事を話し終え、日も暮れてきたところでとりあえず今日は終わりにしようって所でコルベールが口を開いた。 「君は確か異世界から来たといっていたね?」 「ああ、異世界から来た」 コルベールは少し考え、話し出した。 「もしかしたら、君は元いた世界に帰れるかもしれない」 コルベールがこの『竜の羽衣』の存在を知ったのはある伝承からだそうだ。 そしてその伝承によると竜は二匹いたらしい。 その竜は日食と共に現れ、一匹は日食へと消えた。 これはつまり日食が何か関係してるという事。 ゼロ戦に乗って日食に飛び込めば…帰れるかもしれない。 「まあ、証拠なんて一つもありませんがね。けれど、可能性は高いと思われます」 元の世界に帰る。 それは、つまり、あいつらにまた会えるかもしれないという事だ。 しみったれたじいさんが車を運転しながら馬鹿話をして、 そのじいさんのケチな孫がそれを聞き流して、 マヌケなフランス人がそれに笑い、 胡散臭い占い師がそれを聞きながらひょろっちい高校生の事を占ったらヤバイ結果が出て、 その横でおれはガムを食べる。 何が楽しいのかなんて今も分からないけど、楽しかった時を過ごせる。 また、あいつらに会いたい。 これは自分がずっと諦めていた事。 でも諦めきれないから無意識の内に別の目標を作った。 それをする事によって忘れられるように、 『国を作る』そんな事犬にできる訳ないよな、常識的に考えて。 最初は神になるとか言ってた事も会ったけどそれだって本気じゃない。言われた側だってただの誇張表現だと思ってるだろう。 それにおれが帰ることで一つの可能性も伝えられる。 確かアブドゥルと花京院もおれと同じく死んだはずだ。 だがおれはこうしてここに生きている。それは普通にはありえない事だ。 だから花京院とアブドゥルも同じように異世界に飛ばされてるのかもしれない、 もしかしたらハルケギニアの平行世界でルイズの使い魔をやってる可能性だってある。 SPW財団ならこの謎について解明しようとするだろう。 それがもし、上手く行ったのなら。 また、あいつらに会えるかもしれない。 これは嬉しい事だ。 だが、おれは何故だか沈んだ気分でシエスタの家に向かった。 家に入るとシエスタの弟達がやってきた。全員まだ小さい。 そしてそいつらはおれを見て 「犬だ」 一人がおれの体を撫で始めた。 「止めろ」 「喋ったよ」 もう一人なで始めた。だから止めろ。 「可愛いね」 三人目。 「でも元気ないよ」 「じゃあ元気付けよう」 残りも含めて全員でおれの体を撫で始めた。 「おい止めろ!」 だがそう言ってもガキ共はおれの言う事を無視しておれを撫で続ける。 「ああ!もっとやさしく」 一人が胸の方に手を伸ばしてくる。 「そこはダメ!ダメッ!ダメッ!ダメッ!」 何本もの手がおれを撫で回す。 「ああ!やさしくして やさしく!」 トドメとばかりに全員が同じリズムで撫でてくる。 「うああああ!ダメッ!もうダメ~ッ!」 To Be Continued…
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9053.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第十六話「SOSタルブ村」 岩石怪獣ゴルゴス 登場 トリステインの一地方にある、数十年前にうち捨てられた開拓村の、廃墟となった寺院。 誰も手入れをしないので荒れに荒れ、かつての壮麗な装いは見る影もない。しかし代わりに、 心を和ませるような牧歌的な雰囲気が漂っている。 だがそれも、寺院の前に岩で出来上がった小山が存在していなければの話だ。しかもその小山は、 あろうことか「自力で動いていた」。そして、二人の少女を追い回していた。 「アッギャーオオオオウ!」 その動く小山の正体は、岩石怪獣ゴルゴス。かつて富士山に出現した怪獣の別個体だ。 この開拓村は、ハルケギニアの怪物であるオーク鬼の群れに乗っ取られて放棄されたのだが、 最近になってゴルゴスが出没し、今度はオーク鬼が追放されて村はゴルゴスのテリトリーになった。 オーク鬼は怪力を誇るモンスターだが、体長40メイルで、全身が岩石で構築されたゴルゴスには、 オーク鬼の怪力でさえ歯が立たなかったのだ。 「『ウィンディ・アイシクル』!」 「『フレイム・ボール』!」 そのゴルゴスに追い回されながら攻撃を加えているのは、タバサとキュルケのコンビ。 二人は氷の槍と火球でゴルゴスの身体の一部を砕くが、ゴルゴスの岩石の身体は本当の肉体ではない。 そのため、以前フーケが差し向けた土ゴーレムのように、砕ける端から地面の岩石を取り込んで 再生してしまうので、まさしく焼石に水というありさまだった。 「アッギャーオオオオウ!」 タバサとキュルケの魔法をものともせず、ゴルゴスは口から蒸気を噴き出しつつ執拗に追いかける。 決して身動きは素早いとはいえないが、如何せん巨体なのと、村の建物を薙ぎ倒して迫るので、 二人ともじりじりと追い詰められていく。もし追いつかれたら、その時は岩石の身体で押し潰されてしまうだろう。 だが二人が危ない時に、ゴルゴスの面前に七体の青銅の戦乙女の像が出現した。隠れているギーシュが 作り出したゴーレムだ。ワルキューレはゴルゴスの顔面に短槍を突き立てる。 「アッギャーオオオオウ!」 だがそれも、ゴルゴスにとってはかすり傷。タバサたちの代わりにワルキューレを潰し、 バラバラにしていく。 しかしこの時、ゴルゴスは気がついていなかった。ワルキューレを破壊していく内に、 大木の側まで近寄っていくこと、そしてその大木の葉の中に才人が隠れていることに。 「だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」 才人はゴルゴスが十分に近づくと、叫び声を上げつつその背中の上に飛び乗った! 「アッギャーオオオオウ!」 背中に違和感を覚えたゴルゴスはすぐに才人を振り落とそうとするが、才人は岩肌にしっかりと しがみついて耐え、目の前の岩の中から覗く、光る球体へにじり寄る。 これがゴルゴスの本体。ゴルゴスは本体である核を中心に、岩石を寄せ集めて動く身体を作り出す怪獣だ。 そのため岩石をどれだけ砕いても無駄。倒すには、背中にある核を破壊する以外にない。 「よしッ、今だ相棒! やっちまいな!」 間合いに入った瞬間に、手の中のデルフリンガーが叫んで、刃が強く輝いた。その合図で意を決した才人は、 脚で岩肌にしがみつきつつ、デルフリンガーを振り上げて刃をゴルゴスの核へ振り下ろした! 見事、核は真っ二つに切り裂かれる。それからすぐにゴルゴスから飛び降りて、全速力で離れた。 「アッギャーオオオオウ!!」 核を断たれたゴルゴスは途端にきりきり舞いして、断末魔を上げるとその場に倒れた。 そしてその身体は、元の単なる岩石へと逆戻りした。 ゴルゴスを打倒した夜、才人たちの一行は、安全になった寺院の中庭で焚き火を取り囲んでいた。 誰もかれも、疲れきった顔をしていた。その内に、ギーシュが恨めしそうに口を開いた。 「キュルケ……伝説の秘宝『ブリーシンガメル』とやらはこれかね?」 ギーシュが指差したのは、色あせた装飾品と、汚れた銅貨が数枚。寺院のチェストの中にあったものだ。 それ以外に、目ぼしいものは発見できなかった。 ギーシュはわめいた。 「なあキュルケ、これで七件目だ! 地図をあてにお宝が眠るという場所に苦労して行ってみても、 見つかるのは金貨どころかせいぜい銅貨が数枚! 地図の注釈に書かれた秘宝なんか カケラもないじゃないか! インチキ地図ばっかりじゃないか!」 「うるさいわね。だから言ったじゃない。〝中〟には本物があるかもしれないって」 「いくらなんでもひどすぎる! 廃墟や洞窟は化け物や猛獣の住処になってるし! 割にあわんこと甚だしい! 今回などは、怪獣が相手だったのだぞ! その結果がこれか!」 「化け物を退治したぐらいで、ほいほいお宝が手に入ったら、誰も苦労しないわ。それにあんたは隠れてたじゃない」 当たり散らすギーシュに、キュルケは冷めた返事をした。タバサは我関せずといった顔で本を読んでいる。 どうして彼らが今こんな状況になっているか、それはアルビオンから帰還した直後のことから説明をしよう。 才人たちが帰還してから三日後、正式にアンリエッタとゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世との婚姻が発表され、 一ヵ月後に式が行われるはこびとなった。それに先立ち軍事同盟が締結され、翌日にはアルビオンの新政府樹立が公布された。 トリステイン、ゲルマニア両国に緊張が走ったが、アルビオン帝国初代皇帝クロムウェルはすぐに不可侵条約を打診してきて、 両国はこれを受けた。いつ破られるかも分からぬ条約だったが、特にトリステインの軍備の整う目途が立たない以上、 受けざるを得なかった。その結果、トリステインには表面上だけの平和が訪れることになった。 だが政治上の問題は、政治家以外には関係のないこと。魔法学院も同じで、才人たちは一応は 平和な日々を過ごしていた。しかし冒険に味を占めたキュルケは、あちこちからかき集めた 怪しい「宝の地図」なるものをひけらかして、親しい者たちを宝探しの旅に誘った。才人は渋ったが、 強引なキュルケやアンリエッタにプレゼントするための秘宝が手に入るかもとそそのかされたギーシュに 引っ張られたことと、年相応の好奇心と冒険心をわずかにもくすぐられたことで、同行を決めた。 だが途中経過は、現状の通りであった。 ギーシュの怒りに応じるように、深いため息の音がした。 「馬鹿らしい。やっぱり、あんたが持ってくる宝の地図なんて、本物の訳がなかったわね」 「あら……一番何もしてないのに、口だけは偉そうね、ルイズ」 キュルケに言い返され、何も書かれていない本をめくって、時折何かをブツブツつぶやいているルイズは、 きっと目くじらを立てた。 帰還してから、一番変化のあったのはルイズだ。変化は二つ。まず一つは、才人にやたら優しくなった。 雑用を言い渡すことがなくなり、代わりに自分でやるようになり――まぁこれはルイズがひどく手慣れないので、 結局才人が手を貸すことになったが――テーブルの食事や寝る際にベッドで寝ることを許可したりするようになった。 才人にとっては負担が減るので万々歳のはずだが、急激に態度が軟化したので逆に薄気味悪く感じた。 しかしそれはルイズには秘密だ。 もう一つは、内的な変化ではない。アンリエッタの結婚式が執り行われるにあたって、 伝統により式で祝詞を詠む巫女が選ばれる。そしてその巫女にアンリエッタは、 ルイズを指名したのだ。そのためルイズは、これも伝統により、トリステイン王家の秘宝である 『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠む詔を自分で考えなければならなくなった。 だがルイズは、その詔がちっとも作れないでいた。アンリエッタの結婚が、本人の望んだものではないことを 知っているので気が乗らないし、そもそも詩すらまともに考えたことがないのだ。それでいきなり祝詞を考えろなんて、 無理がある。それで煮詰まっていたところにキュルケの誘いがあって、気晴らしとキュルケが才人に何か ちょっかいを出さないように見張る目的でついてきた。 が、キュルケの言う通り、ここまでルイズが何か役に立つことをした試しはなかった。 森の中でスフランに襲われた時も、洞窟でグモンガに襲われた時も、今回も、戦いの時は 常に蚊帳の外であった。 「……何よ。何が言いたい訳?」 「別に? あたしは別に、あなたのこと、みょうちきりんな呪文みたいなのをブツブツ唱えて 食事を消費するだけのお荷物だなんて、これっぽっちも思っちゃいないわよ」 キュルケの嫌味で、ルイズは我慢ならずに杖を抜きかけた。それを才人が慌てて押しとどめる。 「や、やめろってルイズ! こんなところで喧嘩は! ほら、シエスタが食事作ってくれたぞ!」 「みなさーん、お食事ですよー!」 非常に険悪な雰囲気になっていたところで、ちょうどよくシエスタが鍋からシチューをよそいつつ明るい声を出した。 このシエスタも、偶然キュルケの話を聞いて、マルトー料理長に頼み込んで旅の同行を申し出た。目的は、 ルイズの後者のものと同じである。 まぁ動機は何であれ、シエスタがいなければ美味しい料理にはありつけなかったので、 才人たちは感謝していた。特に今は、張り詰めた空気を取っ払ってくれたので、才人は深く安堵した。 「これはなんていうシチューなの? ハーブの使い方が独特ね。あと、なんだか見たこともない野菜がたくさん入ってるわ」 「わたしの村の名物で、ヨシェナヴェっていうんです。父から作り方を教わったんです。 その父は、ひいおじいちゃんから教わったそうです」 キュルケとシエスタが話していると、ギーシュが不意に世間話をし出した。 「時に皆、知ってるかい? 最近、この周辺で、奇妙な強盗が出没するそうなんだ」 「奇妙な強盗? 何それ」 ルイズが聞き返すと、待ってましたとばかりにギーシュが説明する。 「貴族や商人がよく山道で襲われて、人死にも出てるそうだが、不思議なことに、その強盗は 金貨や金しか奪っていかず、他の金目のものには一切手をつけないという。それで巷じゃ 「黄金泥棒」と呼ばれてるよ」 「贅沢な強盗ね。金貨も持ってない今のわたしたちは、狙われないでしょうけど」 「生き残った被害者の証言だと、金色の竜を見たということだが、まぁ気が動転してたんだろうし、 どこまで信じられるか分かったものじゃないね」 「そうね。黄金の竜が金を奪っていくなんて、お伽話もいいところだわ」 ルイズは適当に聞き流したが、才人はその話で、ある怪獣を思い出した。だがわざわざ 口に出すことでもないので、特に何も言わなかった。 食事の時は場が和んだが、終わるとキュルケがすぐに宝の地図を広げたので、ギーシュがすっかり辟易した。 「もう諦めて学校に帰ろう」 「あと一件だけ。一件だけよ」 キュルケはギーシュの促しを聞き入れず、一枚の地図を選んで、地面に叩きつけた。 「これ! これよ! これでダメだったら学院に帰ろうじゃないの!」 「なんというお宝だね?」 キュルケは、腕を組んで呟いた。 「『竜の羽衣』」 皆が食事を終えたあと、シチューを食べていたシエスタが、ぶほっ、と吐き出した。 「そ、それホントですか?」 「なによあなた。知ってるの? 場所は、タルブ村の近くね。タルブってどこらへんなの?」 キュルケがそういうと、シエスタは焦った声で呟いた。 「ラ・ロシェールの向こうです。広い草原があって……わたしの故郷なんです」 翌朝、一行はシルフィードの上で、シエスタの説明を受けていた。ただ、あまり要領を得なかった。 とにかく、村の近くに寺院があること。そこの寺院に『竜の羽衣』と呼ばれるモノが 存在していることだけは確かだった。 「どうして『竜の羽衣』って呼ばれてるの?」 キュルケが質問する。 「それを纏ったものは、空を飛べるそうです」 「空を? 『風』系のマジックアイテムかしら?」 「そんな……たいしたものじゃありません」 「どうして?」 シエスタは、困ったようにつぶやいた。 「インチキなんです。いえ、それ以前に……壊れてるんです。ただ、地元の皆はそれでも ありがたがって……寺院に飾ってあるし、拝んでるおばあちゃんとかいますけど」 それから、恥ずかしそうな口調で言った。 「実は……それの持ち主、わたしのひいおじいちゃんだったんです。ある日、ふらりとわたしの村に、 ひいおじいちゃんはあらわれたそうです。そして、その『竜の羽衣』で、東の地から、 わたしの村にやってきたって、皆に言ったそうです。でもさっきの通り、飛べないから皆信じなくて。 でもわたしの村に住み着いたおじいちゃんは、一生懸命働いてお金を作って、そのお金で貴族にお願いして、 『竜の羽衣』に『固定化』の呪文までかけてもらって、大事に大事にしてました」 話を聞いた才人は、シエスタに指摘する。 「それってようは村の名物なんだろ? そんなの、持ってきたらダメじゃん」 「でも……わたしの家の私物みたいなものだし……サイトさんがもし、欲しいって言うなら、 父にかけあってみます」 才人はそんなインチキな代物いらないと思ったが、キュルケが解決策を打ち出した。 「まあ、インチキならインチキなりの売り方があるわよね。世の中にバカと好事家ははいて捨てるほどいるのよ」 それにルイズは呆れて言った。 「つくづくひどい女ね」 一行を乗せて、シルフィードは一路タルブの村へと羽ばたいた。 「な……な……」 「え……? 嘘……」 空の上からタルブ村を見下ろした一行は、絶句した。地上に降り立った時には、もっと言葉をなくしていた。 タルブ村は、シエスタ曰く、何もない辺鄙な村だが、のどかで平和ないいところだという。 が、今はその面影など微塵も残っていなかった。大地は割れ、畑は無残に荒れ果て、 民家は半壊していない方が少ないありさま。ペシャンコに潰され、黒い煙がくすぶっているところもあった。 まばらにいる村民たちの顔からは、完全に生気が消えて虚ろになっている。 「ど、どういうこと? 大地震でも起きたの?」 大災害に見舞われたとしか思えないような惨状に、ルイズが思わずそうつぶやいた。 そして一行は、シエスタの先導の下、彼女の生家の前へとたどり着く。だがその家も崩壊しかけていて、 家の前には中年男性が切り株の上でうなだれていた。 「お父さん!」 シエスタはその男性を父と呼んだ。シエスタの父親は顔を上げると、シエスタの姿を確かめて驚きを見せた。 「シエスタ……! 帰ってたのか。後ろの人たちは?」 「私が働いてる魔法学院の生徒の方々です」 「要するに、貴族の方という訳か。歓迎したいところですが……すいませんが、とてもじゃないけど 出来る状態じゃありません。どうか、お許し下さい」 見るに堪えない様相のシエスタの父に謝られ、ルイズたちが逆に申し訳ない気持ちになった。 「そ、そんな、気にしないで下さいよ。それより、一体ここで何が起きたんですか? どう見ても、 普通じゃないですよ、これは」 才人が尋ねかけると、シエスタの父はタルブ村を囲む山の一つを指し示しながら、ポツリポツリと語り出した。 「十日ほどばかり前だったか……あの山に、見たこともないほど巨大な黄金色の竜が棲み着きまして、 そいつがこの村を荒らすようになったんですよ。それで、見ての通りのありさまです……」 「り、竜!?」 「いえ、荒らすと言うのはちょっと違いますね。何せ、奴はただ、ここを通り道にしてるだけなんですから……」 シエスタの父の証言に、ルイズたちは絶句した。ハルケギニアには竜が自生し、稀に竜に村を襲われて 潰されるという被害が起こることもあるが、通り道にするだけでこれほどの被害を出す竜の話は 誰もが聞いたことがなかった。一体、どんな竜であれば動くだけで村を壊滅状態にまで追い込めるのか。 しかし才人だけは、黄金色の竜と聞いて、その正体に薄々ながら察しがついた。そのため、 シエスタの父にもっと詳しく問いかける。 「あの、その竜の姿って、もっと具体的に分かりますか!?」 「具体的に……? そういえば、ウチの子が竜の絵を描いてましたね。今持ってきましょう」 シエスタの父は崩れかけている家の中に用心して入り、ほどなくして、一枚の絵を持って出てきた。 「これです。子供の絵だけど、特徴は捉えてますよ。こいつが村を滅茶苦茶に……ここまで荒らされては、 復興は無理だ。そんな金はこの村にはない。タルブ村はおしまいだ……」 「お、お父さん……」 悲嘆に暮れるシエスタの父を置いて、才人は絵を確かめる。その絵に描かれている竜は、 確かに黄金色の皮膚をしていて、首から尻尾までが芋虫のように蛇腹状になっていた。 頭部には、内側に反り返った一本角が生えている。 才人は絵の竜に見覚えがあった。前に怪獣図鑑で見た怪獣の一体と特徴が合致している。 説明文の内容を一読して、何とも贅沢な怪獣だなぁとの感想を抱いた。何せその怪獣は、 「黄金が食料」なのだ。 「こいつは……黄金怪獣ゴルドンだ!」 知らず知らずの内に、名前を口に出していた。 「そ、そんな……草原まで……」 シエスタの父から話を聞いた後、一行はシエスタが宝探しの旅に出る前に、才人に見せたいと語った、 草原の前へと足を運んだ。しかし、その草原もやはり荒れ果てていたため、シエスタは思わず脱力して崩れかけた。 ルイズとキュルケで慌てて支える。 シエスタは草原について、この季節になると地平線まで海のように花が咲き誇り、とても綺麗だと言っていた。 だが今目の前にあるのは、甲羅の模様のようにひび割れた大地だ。土は掘り返され、花は全滅して花びらが 無残に散っている。美しい花園は見る影もなかった。 「だ、大丈夫? ショックなのは分かるけど……」 ルイズがシエスタを気遣うが、彼女は草原の惨状を目の当たりにした衝撃のせいで、まっすぐ 立っていることも出来なかった。仕方なく、その場にゆっくりと座らせる。 「帰ってきたら、是非サイトさんに見てもらいたかったのに……。ああ、始祖ブリミル、 どうして私にこれほどの仕打ちをなさるのですか? 私が何か、悪いことでも……」 そのまま泣き崩れるシエスタ。今は変に気遣うより、そっとしておこうと才人たちは決め、 自分たちの話をすることにする。 「それで、使い魔君、何と言ったかね? この村を滅茶苦茶にしたのは、ええと……」 「ゴルドンだ」 ギーシュの聞き直しに、才人はひと言答えた。 「昨日お前、黄金泥棒の話をしてたよな? きっと、その犯人はゴルドンで間違いない。 本来は金脈を食べる怪獣なんだが、この辺には金脈はないんだってな。だから、 人間の持ってる金を奪って食べてるんだろう。その時の行き帰りでタルブ村を何度も 横切ったせいで、こんなことになっちまったんだな」 「迷惑ってもんじゃない話ね……。でもまさか、黄金泥棒の犯人がほんとに竜……いえ、 怪獣だったなんて。しかも金が食料の生き物なんて、聞いたこともないわ」 「奇想天外な食性」 キュルケたちがゴルドンについてあれこれ話し合っている間に、ルイズは才人の中のゼロにそっと、 しかしきつい口調で問いかけた。 「ゼロ、どうしてタルブ村がこんなになるまでほっといたのよ。怪獣退治のためにハルケギニアに来たんでしょ?」 それにゼロはこう返答した。 『……俺は怪獣が「暴れてる」声を出動の合図にしてる。だがゴルドンは暴れてすらいない。 だからこのタルブ村がこんなことになってるなんて分からなかったんだ。……けど、 それは言い訳でしかないな。俺の見通しが甘かった……』 ゼロが相当反省しているようだったので、ルイズは逆に気が引けた。 「あ……別に責めてる訳じゃないわ。でも分かった以上は、どうかタルブ村を助けてあげて。 これ以上の被害が出るのは見過ごせないわ」 『もちろんそのつもりだ。次にゴルドンが地上に出てきた時には、この手でタルブ村の惨劇を終わらせてやるぜ!』 ゼロが息巻いたが、ちょうどその時に、キュルケがこんなことを言い放った。 「でも黄金を食べるってことは、身体には当然黄金が溜め込まれてるってことよね。……ようし、 あたしたちの手で退治してやろうじゃないの!」 「え、ええええええ!?」 それを耳にして、ルイズや才人が思わず変な声を出した。 「あんた、本気で言ってるの!? 移動するだけで村を一つ壊滅状態に追いやるような奴なのよ! わたしたちだけで勝てる訳ないじゃないの!」 「そうだ! 怪獣はたかだか俺たち数人で倒せるような相手じゃないんだぞ! 考え直せ!」 「昨日はその怪獣に、あたしたちの力で勝ったじゃない」 キュルケが反論すると、黄金に魅力を感じながらもさすがに脅えているギーシュが指摘する。 「それは使い魔君が怪獣の弱点を知ってたからだろう。それがなければ、勝ち目なんてなかったよ。 ここはその使い魔君の意見に従うべきじゃないかね」 そのギーシュの言葉で、キュルケがふとあることに疑問を抱く。 「……そういえば、ダーリンって怪獣なんて未知の生き物にやたら詳しいわよね。そもそも、 名称もダーリンから広まったものじゃなかったかしら?」 「モット伯の時には、奇妙な武器も使っていた。あれは、何?」 タバサにまで突っ込まれて、才人とルイズは心臓が跳ね上がった。 「そ、それはあれだよ。ええっと……怪獣は、東のロバ・アル何たらの生き物なんだ! だから色々知ってるんだよ!」 「そ、そうなんですって! 武器もロバ・アル・カリイレ製らしいわよ! だからハルケギニアじゃ お目に掛かれないのよ!」 才人が異世界の人間だとおおっぴらに言う訳にはいかないので、東方の地、ロバ・アル・カリイレ出身に していることを持ち出して、ごまかそうとした。 「ふぅ~ん……? エルフの砂漠の向こうは、かなり物騒な世界なのね」 「……」 タバサはまだ疑いを残しているようだったが、キュルケは深く考えることはなかった。 とりあえずごまかせたことで、才人とルイズはほっと息を吐く。 「話がそれたわね。危ないのは分かったけど、やっぱり怪獣探しには行きましょう! 巣も大きいはずだから、すぐに見つかるはずよ」 「って、あんたまだ言うの!? いくら何でも無謀すぎよ! どれだけの黄金も、命には代えられないのよ!」 撤回しないキュルケにルイズが説教するが、反対に説かれることになる。 「けどルイズ、怪獣をどうにかしないことには、この村は救われることがないわよ。それどころか、 もっとひどいことになるのが目に見えてるわ。トリステイン軍はあてになんか出来ないしね」 「うっ……」 キュルケの指摘が正しいので、ルイズは言葉に詰まった。トリステイン軍は立て直しが進むどころか、 魔法衛士隊の一角を担ったワルドの裏切りで余計に混乱を起こしている。それ以前に、 万全の状態であったとしてもタルブ村のような辺境の地のために、多大な危険を冒してはくれまい。 「怪獣を退治しなきゃ、『竜の羽衣』どころじゃないわ。あたしたちの目的のためにも、この村のためにも、 今この場にいるあたしたちが動かなきゃいけないのよ」 「しかしキュルケ、何度も言うが、そもそも僕たちに退治は無理だよ。死にに行くようなものだ」 ギーシュが異を唱えると、キュルケはこう返す。 「退治するのはあたしたちじゃないわよ。ウルトラマンゼロにやってもらうの」 「ええ!?」 「あたしたちで怪獣を地上に誘き出して、ウルトラマンゼロを呼ぶのよ。きっとすぐにやってきて、 怪獣なんかちょちょいのちょいでやっつけてくれるわ。それだったら、出来ないことはないでしょ」 「そんな、ゼロを便利屋みたいに扱うような真似……」 ルイズは顔をしかめたが、 「じゃ、他に何か方法ある?」 と聞かれると、何も答えられなかった。ゼロはもう何もしなくともゴルドンを倒すつもりだと説明しようにも、 それを話すことは自分たちとゼロの関係を話すことにつながるので、出来なかった。 「それじゃ決まりね。善が急げだわ! すぐに行動に移りましょう。タバサ、シルフィードにもうひと働きしてもらって」 空から探す考えのようで、キュルケがタバサに頼み込む。その後ろ姿に目をやったルイズがため息を吐いた。 「キュルケの奴……この間の氷の宇宙人と、岩石怪獣を倒す助けになったからって、調子づいてるんじゃないかしら。 何だか不安だわ……」 『まぁ、そう心配するな。俺がこの通りついてるんだから、マジでやばい事態にはさせないって』 顔を曇らせるルイズに、ゼロが請け負った。そうしていると、一行の話を横で聞いていたシエスタが、 才人に問いかける。 「サイトさん……タルブ村を助けてくれるんですか?」 「えっと……それは……」 「……本当なら、そんな危険なことはしないでほしいです。けれど……もう故郷の苦しむ様子は、見たくありません。 こんな荒れ果てた草原も……。だから、すみませんが、どうかタルブ村を救って下さい……」 旅の間には、才人が危険を冒すことに消極的ながらも反対していたシエスタ。その彼女が 苦渋に満ちた顔で頭を下げたので、迷っていた才人は決心がついた。 「……分かったぜ。俺たちに任せといてくれ。絶対に、これ以上怪獣の好きにはさせないからな」 そのシエスタと才人の姿を見ては、ルイズもこれ以上反対の意見は出せなかった。 そしてルイズたち一行はシルフィードに跨って、ゴルドンの巣を探しに山へ向けて飛び立った。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2957.html
前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔 「そうか、そういうことだったのか」 ラリー・フォルクはまるでクラスター爆弾でも投下されたのかと聞いてみたくなるほど ズタズタにされた教室で1人、唐突に納得した。 「何を納得してるのよ」 教室の隅っこでルイズが不機嫌を思い切り表情に表してラリーに問う。 「いや、どうして君が教壇に立つなりみんな避難するのかなと・・・そうだな、これほどの破壊力を 意図的に生み出せる。素晴らしい魔法だ、火力不足な歩兵連隊ではきっと重宝される」 ラリーは褒めたつもりだったが、ルイズにしてみればそれは自分の失敗した魔法の皮肉にしか聞こえ ない訳で― 「うるっさいわねこの馬鹿犬ぅ!」 手当たり次第に辺りの椅子や机を投げられた。ラリーはそれを回避しつつ「あれ、なんか俺失礼なこと 言ったかな・・・」とつぶやき、被害が余計に拡大していく教室を思いため息を吐いた。 さっきの事態は簡単に言えば、ルイズが授業の一環として石ころに錬金の魔法をかけようとした。 そうすると爆発。爆風と衝撃が机を、椅子を、窓を破壊し、教師も吹き飛ばされた。 と言う訳でルイズは教室の片づけを命じられ、さらにルイズはラリーに教室の片づけを命じた。 さらにラリーの言葉でルイズは怒り、結果として飯抜きとなった。 「やれやれ・・・無茶苦茶言う雇い主はいたが、今回もとはな」 もっとも飯抜きで済むならラリーにとってまだいい方だ。護衛機も無しで重い爆弾を抱えて対空砲の雨 を潜り抜けろだの、ろくに補給もされず多数の爆撃機を1機たりとも逃がすなだの、もっと無理で無茶 な任務を下す雇い主を思えば。 とは言え、腹が減ったのは誤魔化しようも無い。 どうしようもなく佇んでいると―視界の隅に人影が映った。 「あの~・・・」 振り向くと、メイドの格好をした黒髪の少女が心配そうにこちらを見ていた。 ―メイド?ああ、そうか。貴族もいればメイドもいるか。そういえばディレクタスにメイド喫茶なる ものがあったってPJが興奮してたなぁ。 「どうかなさったんですか?」 「いや・・・ちょいと昼飯を食い損ねてな」 左手でラリーはぽりぽりと頭を掻く。その時見えた手の甲のルーンが少女の目に留まった。 「あなたは、もしかしてミス・ヴァリエールに召喚されたって言う・・・」 「ミス・ヴァリエール・・・って、ルイズか。俺を知っているのか」 「はい。学院中で平民を呼んだって噂になってますよ」 ふぅん、とラリーは改めて少女を見る。 この世界ではあまりお目にかかれない黒髪をカチューシャでまとめており、素朴ながらも親しみやすい 感じがした。ルイズとはえらい違いである。 「君も貴族・・・ではないな」 「はい、平民です。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉仕させていただいてるんです」 「そうか。俺はラリー・フォルクって言う」 「ラリーさんですね。私はシエスタです」 シエスタ、か。いい子だな―。 とりあえず何も話すことも無いラリーはそれじゃあ俺は、とその場を立ち去ろうとする。 「あの・・・お昼ご飯、食べてないですよね?お腹すいてないですか?」 ところがシエスタに呼び止められ、ラリーは足を止めた。 「・・・まぁ、な」 「じゃあ、こちらにいらしてください」 「美味いな」 野菜がたっぷり入ったシチューを食べながら、ラリーは感嘆した。 「おかわりありますから、遠慮せずいってくださいね」 「ありがとう。君は料理が上手いな」 「いえ、これ、余りものですし・・・」 ラリーに率直に褒められて、シエスタは頬を赤くした。 ここは食堂の裏側、厨房である。ラリーは彼女に連れられ、差し出されたシチューを食べていた。 まったく、ルイズを始めとしてこの世界の住民ときたら鼻持ちならない連中ばかりだと思っていたら、 シエスタのような優しい子もいる。ラリーはシチューを食べながら「そうだ、そうだな、信じあえば 憎悪は生まれない。それが出来るのが人なんだ」と小難しいことをつぶやく。 「なんでご飯、もらえなかったんですか?」 「さぁ・・・俺にも分からない。主人の魔法を褒めてやったら急に怒り出した」 「えぇ!?理不尽ですね・・・」 「うむ・・・まぁ、こうして食事にありつけたから結果オーライだがな」 シチューを食べつくして、ラリーはシエスタに空になった皿を返した。久々に満ち足りた食事だった 気がする。 「美味かった、ありがとう」 「いえいえ、お腹がすいたらいつでも来てください。余りものでよければ・・・」 「そいつぁありがたい」 ふとラリーは厨房でまだ多くの人々が働いているのを目にした。みんな同じ平民だろう。 「・・・ただ食いは傭兵としては無礼だな。俺に何か出来ることがあれば手伝おう」 そうしてラリーはシエスタの手伝い、デザート運びを始めた。こうしているとガキの頃にやったアル バイトを思い出す。 あの頃は若かった、まだ世界の暗部や戦争の汚い面を知らなかった。希望が溢れていた―と言う表現 がぴったりかもしれない。 ふと物思いにふけっていると、足元に何か転がっている。何気なく拾ってみると、紫色の液体が入った 小瓶だった。 「シエスタ、これ落ちていたぞ」 「え?ああ、たぶんそちらの貴族の方のものですね・・・返してあげましょう」 シエスタは小瓶の持ち主と思しき派手に着飾った貴族の少年に声をかけ、小瓶を渡す。 ―思えばこれがまずかったのかもしれない。 小瓶のせいでこの貴族の少年―ギーシュは二股かけていたのがバレた。 「君の軽率な行動のせいで2人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれる?」 ギーシュに睨まれて、シエスタは明らかに怯えた。ラリーはそんな彼女をかばう。 「待て小僧、どう考えても浮気していた貴様が悪いぞ」 ラリーは強く、ドスの利いた声で言う。面白そうに状況を眺めていた他の貴族たちも「そうだ、ギーシュ が悪い」と笑いながら言った。 「・・・言葉遣いに気をつけたまえ。貴族に向かって小僧など―」 「小僧は小僧だ。貴様こそ浮気がバレないようもっと注意するんだな」 どっと貴族たちが笑う。「その通りだ」「いいぞ平民!」と声が聞こえた。 「・・・どうやら君は貴族に対する礼儀を知らないようだね」 ギーシュはわなわなと震えて、しかしあくまで冷静に言う。 「そんなもの知る気にもならないな、反吐が出る」 ラリーはギーシュにホフヌングを焼き払った好戦派のオーシア軍部隊を重ねた。 いつもこうだ、力を持った馬鹿は図に乗る。その力をもっと大きくしようとどこまでも貪欲になる。 そのためなら何だってする―俺はこういう人種が大嫌いだ。 「いいだろう、礼儀と言うものを教えてやろう。その身をもってな」 そう言ってギーシュは白い手袋を投げつけてきた。 前ページ次ページACECOMBAT ZEROの使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3851.html
前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔 ~使い魔の勤め~ 主人から下される指令をこなせ 早朝、朝食の給仕の準備に向かうシエスタは、学院の廊下で洗濯篭を抱えた男に呼び止められる。 「おい、ちょっと聞きたいんだけどな」 「は、はい!何でしょう?」 ガタイの良い大男に話しかけられ、シエスタはドキっとした。 「コインランドリーはどこだ?」 「え?コイン!?えーえっと・・・」 「チッ、分かってるよ。コイツを洗いたいんだけどな」 ダンテはシエスタに自分の持つ洗濯物を差し出す。 「まあそうでしたら・・・。もしかして貴方は、ミス・ヴァリエールの使い魔でいらっしゃいますか?」 一瞬、誰の事だか分からなかったダンテ。 ルイズの長ったらしいフルネームは一度聞かされたが、最初から憶える気が無かった。 「まあね」とダンテは適当に答える。シエスタは興味津々な顔でダンテに詰め寄った。 「昨日から噂になってますよ。平民の使い魔が召喚されたって」 「アンタも魔法使いってヤツなのか?」 「いいえ、私も平民ですから。魔法の使えない私達の様な平民は、この学院で貴族の方をお世話させて頂いているのです」 「若くてカワイイのに、ご苦労なこった」 ダンテの言葉に、シエスタは頬を赤く染めて、照れたような仕草をする。 「やだ、お世辞がお上手ですね使い魔さんは」 「お世辞でもないんだけどな。それより」 「ああっ お洗濯ですね!?失礼しました。直ぐご案内します。」 少女の笑顔から一変して、メイドの顔に戻ったシエスタは、慌てて外の水場へ案内する。 そこでダンテは制服の手洗いを始めるが、一緒について来たシエスタも「折角ですから」と、 洗い物を手伝ってくれた。 「アンタ良い奴だな。お陰で早く終わりそうだ」 「いえ、これも仕事の内ですから。他にも何かございましたら、何でもおっしゃって下さいね。ええーと・・・」 「ダンテだ。アンタが困ってた時には、タダで請け負ってやるぜ」 「私はシエスタです。よろしくお願いしますわ。ミスタ・ダンテ」 洗濯が終わり、シエスタと別れてルイズの部屋へと戻る。 そこにはシーツを蹴散らし、あられもない格好で寝ているルイズがいびきをかいていた。 ダンテはそんな主人を気にも留めずに、洗い終わった制服を着々と干していく。 そうしているうちに、ルイズが目を覚まして、ダンテに話しかけてきた。 「うーん。・・・あんた誰?」 「御嬢様の使い魔さ」 「んー。これ」 寝ぼけ眼のボケっとした顔でバケツを差し出す。 「水」 「あん?」 「顔洗うから水汲んできて」 ダンテは渡されたバケツを手に取ると、寮塔の3階にあるルイズの部屋の窓から飛び降りた。 戻ってくる時も窓から入ってきたが、すぐさまベッドに寝転んでいたルイズは、それを見てなかった。 「ほら、起きろ」と、ダンテによってベッドから引きずり出しされたルイズは、渋々とバケツの水を洗面器に移し変え顔を洗う。 ようやく目を覚ましたルイズは、使い魔に向かって次の仕事を言い渡す。 「服」 「今度は何だ?」 「着させて」 ダンテは一つ溜息をついてから、ルイズに尋ねた。 「一つ聞いていいか?」 「何よ」 「ここはジュニアスクールか?」 「ジュニアって、失礼ね。私はもう16よ!」 そういえばシエスタも同じくらいの年って言ってたな。何なんだこの差は。 そう思いながらダンテは主人に問い詰める。 「16の御嬢様は着替えも一人で満足にできないのか?」 「私は貴族なの。貴族は下僕がいる時には、自分で服なんて着ないの!」 「はいはい。わかりましたよ御主人様」 ダンテは溜息混じりに返事をし、引き出しから下着と制服を取り出し、ルイズに着させようとする。 近づいてくるダンテの顔に、ルイズは一瞬ドキっとする。 「い、いいい、いい!やっぱり自分で着替える!!」 「何だよ急に」 困惑するダンテから下着と制服を取り上げると、いそいそと着替え始める。 そして、自分の使い魔がチラっとでも婚約者と重ねて見てしまった、などと思ったルイズは自らを恥じた。 「アンタはこの部屋の掃除をしてなさい。掃除が終わったら、私が戻ってくるまで大人しくここで待ってるのよ」 使い魔にそう告げると、ルイズはバタン!とドアを閉めて部屋から出て行った。 主人を見送ったダンテは、掃除など始める訳でもなく、床にゴロンと寝そべって考え込んだ。 「やれやれ、本格的にガキのお守りじゃねえかよ・・・」 これから刺激の無い日常が繰り返されると思うと、ダンテは深く溜息をついた。 ダンテがルイズと再び出会ったのは、彼女が授業の真っ最中の時間帯であった。 「ふーん すげえんだな、魔法って。」 「うるさいわねっ!!それ以上無駄口叩くと明日もご飯抜きにしてやるんだから!」 ルイズに呼び出された場所は、瓦礫の山と化した教室だった。 何でも錬金の実習でルイズが教師生徒を巻き込む大爆発を引き起こしたらしい。 「何を失敗したんだ?」 「錬金よ。金属を錬金する実習だったの」 「それでこの有り様か?」 教室がこうなってしまった状況について、色々質問してくる使い魔に、ルイズは耐え切れずに叫んだ。 「そうよ!失敗したのよ!未だに空も飛べない!錬金もできない! 魔法を唱えればこんな失敗ばかりの成功率ゼロ!ゼロ!ゼロ!お陰で周りの皆から呼ばれるあだ名は"ゼロのルイズ"よ!」 何をどう間違えたら錬金が爆発に至るのかダンテには理解できなかったが、 これ程の規模の被害を出すには並大抵のエネルギーではないということは感じた。 「失敗じゃないさ。周りを見ろよ」 「何がよ!」 「これだけの爆発を起こしたんだ。魔法はできたんだろ?使い方を間違えただけだ」 両手を広げて、教室を見回しながら身振り手振りルイズに論するダンテ。 ダンテがこんな話ができるのは、デビルアームズを介して、己の内に眠る魔力を開放できる様になった今だからこそである。 「それに、俺をこの学校に呼ぶのにお前は魔法を使ったのか?」 「そうよ」 「だったら成功したんじゃねえか。ゼロじゃねえよ」 そう言われてきょとんとするルイズを他所に、着々と教室の片付けを進めるダンテ。 瓦礫をまとめ、机を元の位置に戻し、窓を拭いている内に色々と考え込んでいた。 そういえば愛剣がないな。元の世界に置いて来たんだろう。他の魔具は?まあ、またあの塔に封印されたんだろう。 しかし親父の剣が無いのはマズイ。あれだけ必死こいて取り戻した剣である。 無くしたり折れたりなんかしたら母と兄に殺される。多分、呪い殺される。 掃除を行っている中、みるみる青冷めるダンテの横顔が目につき、少し不安げな表情をしながらルイズが小さく漏らす。 「ま、まあ、洗濯もきちんとやってくれてるみたいだし、ここの片付けにも、・・・一応感謝しといてあげるから」 教室の片付けが終わったのは昼食の時間の直前。ルイズは教室から出て行こうとする使い魔に話しかけた。 「どこ行くのよ。昼食の時間なんだからこっちに来なさい」 「今日一日メシ抜きじゃなかったのか?」 「ここを片付けた、ご、ご褒美の一つでもあげようと思ってんのよ」 「ハハッ、優しい御主人様に涙がこぼれそうだね」 前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4429.html
前ページ次ページゼロと人形遣い ゼロと人形遣い 10 マルトーの絶叫に反応して、厨房に居た使用人達が慌しく動き出した。 マルトーとリタに話を聞きに行く者。 食堂と繋がる扉から様子をうかがう者。 その誰の表情にも、不安と恐怖が浮かんでいる。 阿柴花と一緒に皿洗いをしていたソリスは、マルトーとリタの声を聞くと一目散に二人の所に走っていった。 すでに二人の周りには人だかりができている。 阿柴花は少し迷ってから、扉の方に歩いていく事にした。 こちらも、結構な人数が集まっている。 やや後ろから覗いてみるが、食堂が広いせいで状況がよくわからない。 金髪のガキが一人立って騒いでいる様だが、その内容までは聞き取ることが出来ない。 近くに、先程紹介されたばかりのコックがいたので話しかけてみた。 「あ~、えっとウォーケンさん?」 「んっ、なんだアシハナかよ」 名前は間違っていなかったようだ。 「こりゃあ、何の騒ぎなんですかい?」 「なんのって・・・、シエスタが危ないんだよ!マルトーさんの話を聞いてなかったのか!」 「いや。それは聞いてたんですがね。こんなに慌てるような事なんですか?たかだかガキの一人を怒らしたくらいで」 「たかだかって・・、貴族を怒らしたんだぞ。殺されたって文句も言えないじゃないか」 「はぁ、そういうことですか・・・。まぁ、斬り捨て御免ってやつですかねぇ」 ウォーケンは胡散臭そうに阿柴花を見たが、すぐに食堂の方に視線を戻した。 阿柴花は、煙草に伸びかけた手を抑える。 無性に煙草を吸いたくてしょうがないが、なんとか我慢する事ができた。 行き場を無くした手を誤魔化す様に頭を掻いた。 少しの間、食堂のほうを見ていたがため息をひとつする。 いつまでも見ていてもしょうがないので、皿洗いに戻ることにした。 『シエスタには悪いですが、仕事の一環でしょうしね。最悪殺される可能性もあるんでしょうが、運が悪かっただけでしょうよ』 どんな結果になったとしても運しだいだろう。 我ながら外道だなと思いながら振り返った。 その時、計ったようなタイミングでソリスが寄って来た。 その顔には、明確な怒りが刻まれている。 「ソリス、どうでしたか?」 「聞いてくださいよアシハナさん!貴族ったら酷いんですよ!」 「はいはい、聞いてあげますから、もっと落ち着いてくださいよ。せっかくのベッピンさんが台無しじゃないですか」 「へっ!―――いや、ふざけてる場合じゃないんですよ!」 先程とは別の理由で顔を赤くしながらソリスは叫んだ。 「ははっ、その方が似合ってますよ。それで、どうしたんですかね?」 「もうっ、からかわないでください」 別にからかっている訳でもない。 ソリスの年齢は16,7だろうか。 肩を少し超えるくらいに伸ばされた栗色の髪は、青色のリボンでひとつにまとめてあり、髪が動くたびに見え隠れするうなじはなかなか色っぽい。 顔は美少女と言うほどではないが、髪と同じ栗色のたれ目で愛嬌がある。 胸も平均並でBくらいだろう。 背は高くないが、全体的にバランスの取れた体型をしている。 まあ、阿柴花としてはある程度成熟した女が好みなので、可愛がりはしても手を出すことはない。 迫力のない表情で怒りながら、シエスタの責められている理由を話してくれた。 「へぇ、そんな理由で」 「そうなんですよ。信じられません!」 始めは、シエスタが些細なミスをして、それを責められているのだと思っていた。 だがソリスから聞いた所、シエスタは何のミスもしていないらしい。 それどころか、たんなる貴族の八つ当たりだった。 「くだらない理由ですねぇ」 率直な感想だった。 ただでさえ学校という限られた環境しかも全寮制、そんな状況で二股をしようなどとは呆れるほかない。 本来ならどうでもいい事だが、昨日から溜まっている鬱憤とシエスタへの恩義、この二つと今後展開を天秤に掛けてみようとした。 だが、そんなものは比べるまでも無い。 退屈は大嫌いだし、結局はなるようになれが自分の信条だ。 危なくなったら逃げればいいし、ルイズを盾にしてもかまわないだろう。 それになによりも、いい女は泣くべきではない。 いい女が泣いていいのは、別れの時とベッドの中でと決まっている。 「ありがとさん。まあ、シエスタが戻ってきたらしっかりと慰めてあげなせぇ」 「はい。そうしますね」 「そんじゃあ、アタシは用事ができたんでちょっと行ってきますよ」 「えっ?用事ですか」 不思議そうにしているソリスの頭を軽く撫でてから、 「なに、似合いもしない正義の味方ってやつですよ」 食堂へ扉に歩いていった。 シエスタはアルヴィーズの食堂の、二年生の集まる長テーブルで土下座をしていた。 きっかけは些細な間違いだった。 いや、間違えともいえない事が原因だった。 確かに、今日のシエスタは浮かれていた。 その理由は、一人の男性にあった。 見た目は少し怖いが、飄々としていて、自らの主人にも立ち向かえる。 そんな強さを持ちながら、話をしてみると優しげな感じのする、不思議な相手だった。 貴族であり公爵家ヴァリエールの令嬢ルイズの使い魔として召喚された阿柴花という男性。 一目惚れと言うほどではないが、一目見たときから気になっていた。 阿柴花の事を考えながら、いつも通り給仕の仕事をこなしていた。 すると、すぐそこに座っていた貴族ギーシュ・ド・グラモンのポケットから小瓶が落ちた。 それを失礼の無いように拾ってギーシュに返した。 しかし、ギーシュは自分の物ではないと言ってくる。 確かに落としたのを見たと言い返すと、そのやりとりに気付いた周りの貴族が騒ぎ出した。 その後の展開はよくわからない。 ギーシュの二股がばれ、その相手の貴族に振られ、気が付いたら自分が悪い事にされていた。 理不尽であるが、文句を言うとさらに酷い事をされるかもしれないし、最悪殺されてしまうかもしれない。 周りの貴族が助けてくれるはずが無いし、仲間の使用人たちは無力だ。 シエスタは、ただ嵐が過ぎ去るのを待つように土下座しながら身に覚えの無い謝罪を続けるしかなかった。 ギーシュの叱責の声が止んだ。 やっと終わったのか思った瞬間、急に体が持ち上げられた。 「ひぃ!」 まさか気が済まずに暴力を振るってくるかと思い目を硬く閉じた。 だが痛みはこない。 恐る恐る目を開けると、すぐ近くに阿紫花の顔があった。 「アッ、アシハナさん!」 「やあシエスタ。いつまでもつまんねえ奴の相手をする必要はありませんよ。このガキどもと違ってアンタにはまだ仕事があるでしょうに」 ウィンクをしながら言ってくる。 シエスタが混乱で何も言えないでいると、 「さっさっと仕事に戻りまやしょう。あ~あっ、こんなに服を汚しちまって」 そう言いながら、軽くスカートはたいてくれた。 そのままその場を去ろうとするが、鋭い声がかかった。 「待ちたまえ!僕に許しも無く勝手に帰ろうとは、平民の癖にいい度胸だね」 阿柴花に無視されるような形になっていたギーシュが、二人を睨みつける。 「そりゃあ、すみませんでしたねぇ。まあ、貴族さまもあんだけ言えば満足したでしょう」 「ふんっ、まあいい。そっちのメイドは反省しただろうから、ここら辺で許してやるとしよう。次からは、気をつけたまえ」 大げさな身振りをしながら言ってきた。 「そりゃあ、ありがたいこって。シエスタ行きやしょう」 「はい・・・」 シエスタは、まだ混乱していたがなんとか返事だけはできた。 そのまま二人が厨房に戻ろうとしたが、 「だが!君は行かせないぞ。」 また大げさに身振りして阿柴花を指差した。 「へぇ、アタシになんか御用ですか」 「さっき聞き流しかけたが、僕たち貴族の事をつまらない奴とはどういうことだね?平民の分際で随分な口を利くじゃないか」 「そりゃあ、すみませんでしたねぇ。生憎と学の無い平民なもんで」 「ふんっ、自分の事をよくわかっているようだね」 「ええ、そうですよ。どうにも貴族様たちと違って嘘で取り繕うのが苦手でねぇ」 その言葉にギーシュの眉が動いた。 「ほう・・・、では君は貴族を侮辱したという事になるが、それでいいんだね?」 「侮辱?よしてくださいよ。アタシは侮辱なんてしませんよ」 「では、さっきの言葉はどういう事だい?」 額に青筋を浮かべながら質問してくる。 「いやねぇ。満足に女も笑わせてやれねぇガキが、あんまりにも惨めだったもんで。別に貴族を馬鹿にしてる訳じゃありませんよ」 いままで阿柴花を睨んでいた周りの貴族達は、その言葉を聞いて爆笑しだした。 自分が笑われる立場になったギーシュは、 「つまり君はこのギーシュ・ド・グラモンを侮辱しているということか!」 叫びながら、自分の杖であるバラの造花を突きつけた。 普通の平民だったならば、それだけで怯えていただろう。 だが阿柴花は気にした様子も無く、 「ギーシュ?アンタの名前はギーシュっていうんですか?」 見当違いなことに驚いているようだ。 その反応に、この平民はやっと自分がグラモン家の者だと気が付いたのだと、ギーシュは勘違いした。 「やっと自分の失態に気が付いたようだね。まあいい、今なら誠心誠意謝れば許してやらなくもない。平民らしく土下座でもして許しを乞うんだね」 この平民はむかつくが、さっさとこの場をお終いにしてモンモランシーとケティを追いかけたい。 内心は焦っていたので、妥協案を出してやる。 だが阿柴花は、 「ギ-シュ・・・ギーシュですか。クックックッ・・・聞けば聞くほど似てますねぇ」 「なに、僕の名前のなにが可笑しいんだ?」 あろう事か笑い始めた。 ギーシュは、自らの家名を笑われたと思い声を荒げた。 「いやなに、大した事じゃありませんよ」 「質問に答えろ!名誉あるグラモン家を笑うとはいい度胸だ!」 「ああっ、違いますよ。苗字のグラモンとかいうんじゃなくて、アンタの名前が知り合いに似てたもんで可笑しくてね」 「僕の名前が?・・・まあいい、気分は悪いがそういうこともあるだろう。だが、そいつも見下げた奴のようだね。君のような男に笑われているなんて」 なんとか矛先は収めた。 しかし、阿紫花ののらりくらりとした態度に我慢できず嫌味を言う。 「確かに尊敬できるような人ではありませんでしたがね。でも、少なくともアンタより勝っていた事がありましたよ」 「なんだと、この僕が平民風情に劣っていることがあることか!」 いまにも切れそうなのを抑えながら、怒りを押し殺して叫ぶ。 「とりあえず女の扱いだけは天と地の差ですよ」 もう限界だった。 食堂全体にギーシュの声が響き渡る。 「決闘だ!!!」 前ページ次ページゼロと人形遣い
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/547.html
++第六話 当然の理由++ 花京院が連れて来られたのは、食堂の裏にある厨房だった。 大きな鍋やオーブンがいくつも並び、一面に敷き詰められた皿には豪華な料理の数々が並んでいる。 入り口にたたずむ花京院の前をコックやメイドたちが忙しそうに通り過ぎていく。 シエスタは花京院に待つように言うと、一旦厨房の奥に引っ込んだ。 そして、シチューの入った皿を持って戻ってきた。 「余りモノで作ったシチューですけど……」 「ありがたい話だが……いいのかい?」 「ええ。気にしないで下さい」 この世界に来てから初めて優しさに触れ、花京院は思わず目頭が熱くなった。 シチューの入った皿を眺める。湯気が立ち上るシチューの香りはそれだけで食欲をそそられた。 添えられたスプーンで一口すくって口に運ぶ。 「……おいしい。こんなにおいしいシチューは初めてだ」 「気に入ってもらってよかったです。お代わりもありますから」 花京院は再びシチューを口に運ぶ。 朝食のときは毒に注意したりしていたが、このシチューはそんなことができないほどおいしかった。 夢中でシチューを食べる花京院をシエスタはうれしそうに眺めていた。 「ご飯、もらえなかったんですか?」 「そうなんだ。別に何をしたわけでもないんだが」 「本人が気にしてることでも言ったんじゃないですか」 「気にしてること……?」 その言葉に引っかかるものがあった。 それが何かはわからなかったので、少しだけ記憶をさかのぼってみる。 『ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!』 『いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!』 授業中、ルイズはそう罵倒されていた。 そして、自分が彼女に言った言葉は…… 『君はどんな魔法が使えるんだ?』 『他に使える魔法がないってわけじゃあないだろう』 こんな感じだったはずだ。その後、食堂に着いた途端にルイズが怒り出したのだ。 花京院はそこまで思い出して、シエスタに聞いてみた。 「メイジに得意属性があるのは本当かい?」 「ええ。それによって二つ名が決まるんです」 二つ名……ルイズの場合は『ゼロのルイズ』と呼ばれていた。 てっきり土属性が極端に苦手で、その成功の確率がゼロだと思っていたが、それは違うのではないだろうか。 ゼロというのは土属性の魔法に限らず、あらゆる属性の魔法が失敗するという意味ではないだろうか。 そんな考えが浮かんだ。 「……じゃあ、苦手な属性の魔法だったら爆発したりする?」 「爆発って、普通そんなことありませんよ。得意じゃないと効果があまり出なかったりするだけで、一応使えるはずです」 「……」 その答えで、花京院は理解した。 ルイズが怒っていた理由。それは当然のことだった。 彼女はほとんど魔法が使えないのだ。火も水も風も土も。 おそらく、使えるのは花京院を召喚した魔法と、あの爆発だけだろう。 ……それなのに、僕は魔法のことばかり質問していた。 他に使える魔法、そんなものあるわけがない。 そんなものがあるなら彼女は『ゼロ』と呼ばれていないはずだ。 そんな彼女が一番気にしていること……それは魔法のことだろう。 メイジとして誇るべき魔法。だが、彼女は使えない。 魔法に関して詮索されるのは、彼女にとって耐えがたい侮辱だったに違いない。 しかも、自分より格下である使い魔に。 それを怒るのは当然のことだ。 僕は……酷いことを言ってしまった。 花京院はシチューをすくう手を止めた。そして、かなり落ち込んだ。 突然食事の手を止めた花京院に、シエスタは自分が余計なことを言ったと思ったらしい。 「あの、大丈夫ですか? 私、余計なこと言っちゃいました?」 「いや、余計な事を言ったのは僕だ。気にしないでくれ」 「そ、そうですか……」 自己嫌悪からか、美味しいはずのシチューがほとんど喉を通らない。 それでもなんとか皿の中を空にして、花京院は立ち上がった。 「ありがとう。おいしかったよ」 「それはよかった。お腹が空いたら、いつでも来てくださいな。私たちが食べているものでよかったら、お出ししますから」 笑顔を浮かべ、シエスタは仕事に戻ろうと背を向ける。 その背中に花京院は問い掛けた。 「ところで、何か手伝うことはあるかい?」 「手伝うこと?」 顔だけこちらに向けて、シエスタが聞き返す。 「ああ。せっかく美味しいシチューをご馳走になったから何か手伝いたいんだ」 「いえ、そんなことは……」 「いいから。何か手伝うことは?」 シエスタは花京院の頑固さに、少し呆れるように微笑んだ。 辺りを軽く見回し、見つけたトレイを花京院に渡した。 「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」 「わかった」 花京院は大きく頷いた。 To be continued→
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9151.html
前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 「それじゃ、ええと……、ミスタ・エンセリック。 あなたは私の使ってる爆発は魔法の失敗じゃなくて、その温存魔力特技とかいうものだっていうの?」 ここはトリステイン魔法学院、ルイズの私室。 部屋の主であるルイズは、王都からの帰りにディーキンが「自分より魔法に詳しい人物」として紹介した知性を持つ剣、エンセリックと話し込んでいた。 なおルイズが敬称をつけているのは、彼がただのインテリジェンスソードではなく、魔剣に魂を囚われた元魔術師だと紹介されたからである。 「エンセリックで結構ですよ、御嬢さん。 あくまでも、あのコボルド君から聞いた話と授業中に拝見した情報とを元にした仮説ですがね。 実際に確かめてみなくては何とも言えませんね」 「ふうん、ヴァリエールにそんな変わった力があるなんて、興味深い話ね。 まあ眉唾だとは思うけど、それで、確かめるっていうのは一体どうやるつもりなのかしら?」 ルイズと一緒にエンセリックを囲んで座っているキュルケが口を挟んだ。 隣にはタバサもいて、興味深げにじっと話に耳を傾けている。 もちろんルイズは最初、私の部屋に勝手に入るな、帰れと要求していたのだが、2人ともどこ吹く風であった。 タバサもキュルケも、彼女が新しく召喚したばかりの使い魔に頼めばどうとでもなるだろうということは、既に把握しているのだ。 ぎゃあぎゃあわめく部屋の主を無視してディーキンに頼み、彼がうまく取りなしたことで、結局3人一緒に話を聞くことになった。 なお、ディーキン自身は話をまとめた後、ちょっと中庭へ行くとルイズに断って、デルフを持って出ていった。 エンセリックの仮説は事前にもう聞いていたので、改めて聞くよりもデルフをゆっくりと調べておきたかったからだ。 それに、シエスタとの予定もあった。 ディーキンは彼女の仕事が済んだ後で、夜に話や訓練に付き合うと昼間約束していたのである。 もちろんルイズはそんなことは知らないわけだし、知っていたらきっと不満を漏らしていただろうが。 「ごく簡単なことですよ、美しい御嬢さん。 温存魔力特技は精神力を消耗しませんし、身振りも呪文の詠唱も、あなた方の持つ杖のような焦点具も必要ありません。 あなたの爆発にそのような特徴があるかどうか、試してみればいいのです」 「……えーと、要するに?」 「だからどうするっていうのよ。もっと具体的に言いなさいよ!」 「……あー、わかりませんか? つまりですね……」 飲み込みの悪いキュルケとルイズに対して、エンセリックが溜息交じりに答えようとする。 だがそれよりも先に、タバサが口を挟んだ。 「杖は持たず、呪文も唱えず、体も動かさない。 ……ただ精神を集中して、頭の中で爆発を起こそうとだけ考える」 「……はあ?」 「それでもいつもどおりの爆発が起こったなら。 それが、あなたの爆発がその温存魔力特技というものだという何よりの証明になる」 「ええ、その通りです。あなたは賢い方ですね」 タバサの説明に満足したように、軽く賞賛の意を表すエンセリック。 しかし、ルイズやキュルケはその方法には納得できていない様子だった。 「ちょっと、何言ってるのよ。 考えただけで爆発を起こすなんて、そんなことができるわけないわ!」 「そうね、そんなの先住魔法だって無理じゃない?」 それは、ハルケギニアの常識からいえば当然の反応であろう。 系統魔法にはフェイルーンでいう所の焦点具となる各メイジ固有の契約した杖が必須で、それを手に持ち振るって呪文を詠唱することが必要だ。 先住魔法には杖は不要だが、精霊に呼びかけるための身振りと口語の呪文を唱えることはやはり必要であるとされる。 ただ頭で考えただけで呪文のような力を使うなど、あまりにも常識外れであった。 「あなた方の魔法や先住魔法とやらの事はよくは知りませんが、温存魔力特技というのはそういうものですよ。 ……そもそも、思念だけで超常現象を起こす程度が、さほどに珍しい能力とも思えないのですが。 この辺りでは、擬似呪文能力やサイオニック能力を使う種族はいないのですか?」 フェイルーンの常識では……、少なくとも、広い世界を見て回った冒険者の常識では、意志だけで発動できる超常能力はそう珍しいものではない。 魔法の使い手が後天的に温存魔力特技という形で取得する以外にも、生来そういった能力を備えている強力な生物は多々存在する。 人間にも、その手の能力を扱える生得の才能に恵まれた者が生まれることは稀にある。 しかし、ハルケギニアの3人の少女は困惑したように顔を見合わせては、首を横に振るばかりだった。 「………何よ、それ。そんなの聞いたことないわ。 ギジジュモンだとかサイオニックだとか、一体何のことよ?」 「聞き覚えはないわね。 コボルドの間で使われてる言葉……、ってわけでもなさそうよね、あなたが人間のメイジだったっていうんなら。 そうなるとディー君とあなたって、一体どんな場所から来たのかしら?」 「私も知らない。気になる」 (……ふうむ) 来訪者や神格がいないだけでも驚きだが、思った以上に勝手が違う世界のようだ。 エンセリックはそう考えながら、さてこの3人に何から説明したものか、どこまで話していいものかと、若干うんざりした気分で思案し始めた。 どうやら、まだまだ話は長くなりそうだ。 まったく、元魔術師とはいえ今の自分は剣であって、こんなことを真剣に考えたところでそれが一体何になるだろう? 一切興味が沸いてこないといえば嘘にはなるが、今の自分の境遇を思い出すとどうしても憂鬱な、やさぐれた気分になってしまう。 ひとつ自分が役立つことを示してやろうかと思ってつい承諾したが、やはりあのコボルドに任せて引き篭もっていればよかったかもしれない。 なにやら彼が新しく買ってきた、あの喋る剣とゆっくり話もしてみたいことだし。 (――――しかし、まあ) 随分と華奢過ぎるというか、フェイルーンの人間とはえらく違った体型と顔立ちではあるが、それでも3人とも結構な美少女なのは間違いない。 それにこうして囲まれて話ができるのなら、面倒を我慢するくらいの役得はある、という見方もあろう。 今の自分には眺める以上の事ができないのが何とも残念だが……。 (余計なことを考えずに、もっとのんびりと楽しみながら説明してやるか。今の自分の境遇を愉しまんとな) キュルケの胸の谷間を、剣であるがゆえに気付かれる心配もなくじっくりと眺めながら、エンセリックはそう気持ちを切り替えた。 「――――そうですねえ。 ではまず、私のほうの質問にいくつか答えていただけますか? よりよい説明のためには、御嬢さん方の住んでおられるこのハルケギニアという場所についてもう少し知っておきたいので……」 「……なあ、亜人の坊主よお」 「―――ン? 何?」 「さっきからこんなところで俺をいじくり回したり、妙なモン引っ張り出して呪いみてえな事を始めたり……、 邪魔しちゃ悪いと思って黙ってたが、一体全体何をしてやがんだ、おめえは」 「ああ、いや。ディーキンは、あんたにどんな力があるのかを調べようとしてるんだよ」 ディーキンは中庭のあまり目立たない、しかし見るに困らない程度には月明かりの当たる一角で、先程買ってもらったデルフを詳しく調べていた。 時間をかけて細かく叩いてみたり、こすってみたり、ひっくりかえしてあちこち虫眼鏡で子細に眺めてみたり。 とはいえ、ここまでの調査で判明したのは、デルフの表面に浮いている錆はいくらこすっても落ちないのでやはり偽装だろうと確信できたことくらいだった。 もちろん、並行して魔法的な調査も行っている。 デルフがいぶかしんだ奇妙な行動は、そのためのものだ。 この手の占術には、高価な焦点具や物質構成要素を用意した、時間のかかる儀式が欠かせないのである。 冒険者ならこの手の呪文は自分で唱えるよりマジックアイテムから発動することの方が多いが、その場合でも時間がかかることは変わらない。 結果が出るのには、もう少し時間がかかるだろう。 この呪文は発動後成果が出るまでの間に食事や睡眠などの日常活動を行っていても問題はないので、その間にこうして少しおしゃべりなどをしているわけだ。 「俺の力? うーん、そういわれると何かあった気もするんだが……。 何せ六千年も生きてきたもんで、忘れた」 「フウン、六千年も? あんたはずいぶん、長生きなんだね」 六千年と言えば、長命なドラゴンでさえ何らかの手段で定命の枠を超えねば生きられないほどの長さだ。 フェイルーンでそれほど昔から存在しているのは、年古い強大なアンデッドや来訪者などの、ごく僅かな存在だけであろう。 それが本当なら、そして、この世界とフェイルーンとは過去には関係があったという、以前の考えが正しければ……。 彼は2つの世界の交流が断たれる前、もしくはその直後に、今では失われてしまった太古の技術によって作られたのかもしれない。 「ええと、じゃあ……、大昔の英雄のお話とかは、覚えてないの? あんたを持ってた人のこととかは?」 デルフリンガーはディーキンのやや期待を込めたその問いに対して、しばし考え込むように押し黙った。 「…………悪いが、もうあんまりよく覚えてねえな。 最後にまともな使い手の手に納まれたのも、もう随分と昔のことなんでな」 「そうなの? ンー、それは、なんだか気の毒だね……。 じゃあ、今ディーキンが調べてみてるので何かわかったら教えてあげるよ。そうしたら、思い出せるかもしれないでしょ?」 「そりゃあありがてえが……、調べるったって、なあ。 俺をいじり回したり、そんな呪いみてえなことをしたりしてわかるような話でもねえだろ」 「フフン? ディーキンはそうでもないと思うの。賭けてもいいよ」 「そうかあ……? まあ、俺もそのうちまた何か思い出したら話してやるけどな……。 まあ、とりあえずそんなことよりもだ、坊主」 デルフリンガーは、ひとつ咳払いをして、話題を変えた。 「うん……、何?」 「……俺の力がどうとか言う以前によ、そもそもおめえ、俺を買って、これからどうする気なんだ? そりゃあおめえが強えのは確かだし、なんか知らんが気になることもあったし、買うっていうから何となくついて来ちまったがよ……。 剣として使われもしねえで、あれこれ調べ回して後は仕舞いっぱなしなんてのはご免だぜ。 まさか、転売しようなんて腹でもねえだろうが……、おめえのそのナリで、何か俺を使う方策でもあんのか?」 「アア、そのことなんだけどね、」 ディーキンがデルフの疑問に答えようとした時、別の方から声がかけられる。 「――――先生、遅くなってすみません!」 声の方を見れば、シエスタが本塔の方からこちらへ小走りにやってくるところだった。 頬をほんのりと上気させ、息を切らせている所からすると、仕事が終わると同時に急いで駆けて来たのだろう。 「オオ、シエスタ、いらっしゃい。ディーキンもついさっき来たところだよ」 ディーキンは立ち上がると、小さな体をうーんと伸び上がらせるようにしながら、そちらに向かって大きく手を振った。 「んっ? ……なんだ、あの娘っ子はおめえの知り合いか? てめ、昼間の貴族の嬢ちゃんの3人組といい、トカゲの亜人の割にゃあ、やけに人間の娘っ子にモテてんな!」 「そうなの。イヒヒ、ディーキンはこう見えても人気のバードだからね! ちょうどよかったの。あの女の人はシエスタっていって、これからあんたを使ってもらおうと思ってるんだよ」 「ほう。………って、何だと!?」 「―――――ってことなんだよ」 ディーキンは、デルフリンガーを手に入れた経緯と、これをシエスタに稽古などで使ってほしい旨をかいつまんで説明した。 シエスタはといえば、ディーキンからの贈り物だというので、ぱあっと顔を輝かせたり。 かと思ったらそれが錆びた剣で、なんだか微妙な気分になったり。 しかし話を聞いて、それが本心から良かれと思って用意してくれた品物なのだとわかって気を取り直したり、していた。 「どう、シエスタ。この剣を使ってみてくれないかな?」 「その……、先生がそこまで気を使ってくださって、うれしいです。 はい、私にうまく扱えるかはわかりませんけど、喜んで……」 「……ちょ、ちょっと待ておめーら! 勝手に決めんな!」 この流れにいささか面食らっていたのか、それまで黙って話を聞いていたデルフが慌てて割って入った。 「おいこら、坊主! 俺はおめーが買ったからついてきたんだぜ。 そのメイドの娘っ子に使われるなんて話は聞いてねえ! つまらねえ使い手には、もううんざりしてんだ!」 「……え? あ、ええと、その、すみません……」 「ちょっとデルフ、それは聞き捨てならないの。 シエスタは、きっとすごい英雄になれる人なんだよ!」 「そ、そんな! 私のような平民が、英雄になんて……」 デルフの文句と、それに対して恐縮するシエスタと、抗議するディーキン。 そしてディーキンの言葉に、ますます恐縮するシエスタ。 ひたすら恐縮し通しのシエスタの様子を見て、デルフはふてくされたような声を上げた。 「けっ、その縮こまったお行儀のよさそうな娘っ子が英雄になるだあ……? 寝言いうんじゃねえよ、坊主!」 「ンー……、この辺ではそういう冗談が流行ってるの? ディーキンは別に、何も冗談はいってないの。 ディーキンには見る目があるの。特に、英雄を見る目には自信があるんだ!」 ディーキンはそういって、得意気に胸を張った。 冗談を言っているような様子もなく、本当に自信満々でそう確信しているらしい。 「……ふん? まあいいぜ、俺も買われた手前があるし、そこまでいうんならちょいと試してみてやらあ。 おい、そこの娘っ子!」 「え? ……あ、は、はいっ!?」 「畏まってねえで、俺をちょっと構えて、素振りしてみな。できるんなら、だけどな!」 どうしていいものか困った様子で畏まっていたシエスタは、デルフにそう指示されて、慌てて彼を掴み上げた。 そうして、やや不慣れな様子で緊張しながらも、真剣な面持ちでぐっと正眼に構え、数度、角度を変えながら素振りをする。 数千年の経験を蓄えた魔剣は、手に持たれた時に伝わってきた感覚や、その構え方、振り方などから、シエスタの力量を吟味していった。 「―――ほお、まったくの素人じゃあねえな? まだ若い割にゃあ、なかなかだぜ。 坊主のいうことも、まるっきりデタラメってわけでもねえようだ」 「あ、いいえ、そんな、たいしたことはないですけど……。 いえ、先生が嘘つきって訳じゃなくて……、ええと、その。あ、ありがとうございます」 構え方、振り方は、少なくともド素人のものではない。 真剣を手に持っている時のぐっと引き締まった気迫、精神性もなかなかに思える。 身体能力も見た目の割にはかなり高く、並みの男にひけは取らないだろう。 今でもそこらの二流三流の傭兵となら十分戦えそうだし、多少鍛えればすぐに、そんな連中よりもずっと上に行けるだろう。 頑張って鍛えれば、そして機会に恵まれれば、確かに英雄と呼ばれるような人物にもなり得るかもしれない。 ―――しかし、だ。 「……まあ、ちょいと見損なってたってのは確かだがな。 こう言っちゃ悪いが、だからといって別に、おどれーたってほどでもねえぜ。 ましてや、そこの坊主と比べりゃあな」 先程武器屋でディーキンに持たれた時に彼から感じた、驚異的な身体能力、技量、魔力、そして潜在力。 それは、シエスタから感じるものとはまるで比較にならないほどだった。 シエスタはあくまでも常人の範疇では優秀だという程度であり、たとえて言うならばドラゴンと子猫の勝負といったところだ。 将来は優れた英雄になるとディーキンはいうが、見たところ彼自身も年齢的にはシエスタと大差ない程度であろう。 それでこれだけ能力の差があるのなら、将来性の面でもシエスタがディーキンに勝るとはデルフには思えなかった。 「おい坊主、やっぱり、………ん? 待てよ、なんか魔力を感じるぞ。おめえ、実はメイジ……、いや、違うな。ただの人間じゃねえのか」 「えっ!? な、なんでわかったんですか?」 「俺はな、自分を使うやつのことは大体わかるんだよ。 なんだか知らねえが人間以外の血が混じってやがるようだな、娘っ子。 ……ハーフエルフ、じゃねえな。その坊主と同じ亜人の仲間、ってわけでもねえ。 昔、おめえみてえな感じのやつに会った気がするんだがな―――」 「シエスタは、アアシマールなの」 ディーキンはちらりとシエスタに目を向けて話していいかどうか確認を取ると、なにやら考え込んでいるデルフに簡単に説明していった。 この世界の常識からみて天使の血が混じっているという話を信じるかどうかは疑問であったが、デルフは意外とすんなり納得したようだ。 「―――なるほど、天使の子孫か。最近はみねえが、何千年か前には確かにそんな連中がたまにいたような気がするな。 ……まあ、あんまりよくは憶えてねえがな」 「フウン、やっぱり昔はディーキンのいたところとあんまり変わらなかったのかな。 とにかく、チビのコボルドでも英雄になれるのなら、天使と人間の血を引いてるシエスタになれないはずはないの。 だから、あんたを使うのに相応しくないなんて事はないの」 「……ふん。俺にゃあその娘っ子が、天使だろうが何だろうが関係ねえ。 俺がその娘っ子に使われてやるかどうかってのは、英雄になれるのなれないのとはまた別の話だぜ?」 デルフは金具を鳴らして不機嫌そうな声を出すと、ディーキンの説得を突っぱねた。 とはいえ、もし武器屋の時点でディーキンではなくシエスタが自分を買おうとしていたのならば、おそらくデルフも承諾していただろう。 彼としては、ディーキンの武器になると思っていたところへ急にシエスタが出てきたのが、非常に気にいらないのだ。 これではまるで、英雄の武器になれると思っていたら、お付きの小姓に下げ渡されたようなものではないか。 無論、シエスタに使われなかったらディーキンに使ってもらえるのかといえば、それは体の大きさの関係上無理だろう。 だから最終的には折れざるを得ないだろうということはデルフだって分かっているが、とにかく気が乗らないのである。 まあ、簡単に言えば、ちょっとスネているのだ。 それにデルフがディーキンについていきたいと思ったのは、ただ単に彼が強いからというだけではない。 彼にかつての『使い手』に通じる何かを―――仮に、彼が使い手そのものではないとしても―――感じたから、というのもあった。 その『使い手』とはなんであるのかは、すっかり遠い記憶の彼方に霞んでしまって、デルフ自身も既によく覚えてはいない。 ただ、自分にとってそれがとても重要な存在だということだけは、はっきりと覚えている。 より正確には、武器屋でディーキンが自分を手に持った時に突然、思い出したのだ。 おそらく『使い手』は自分が作られた意義そのものに関わる存在であり、その存在に共鳴したのかもしれないとデルフは考えていた。 仮にシエスタが英雄と呼ぶに十分な実力を得たとしても、結局は彼女は『使い手』とは無関係な存在だ。 ディーキンと比べたら、デルフにとっての優先度は低いと言わざるを得ない。 困ったような顔で2人のやりとりを聞いていたシエスタが、おずおずと口を挟んだ。 「……あの、先生。その、デルフさんがおいやなのでしたら、私は無理には。 訓練だけなら私の持っている武器でも、十分できますし……」 「ンー……、でも、シエスタに使ってもらう以外に、ディーキンにはデルフを使う当てはあんまりないの。 ねえデルフ、あんたは『ガンダールヴ』の武器だったんでしょ? それが本当に、立派な英雄になれる人に使われもしないで、ホコリをかぶってる方がいいの?」 「へっ、そうよ! 俺はもともと『使い手』の武器さ。だからこそ、………?」 ディーキンのその発言に反射的に言い返し掛けたデルフが、急に何かに気付いたように喋るのを止めた。 そしてそのままぶつぶつと、何やら独り言を呟きながら考え込みはじめる。 「………『ガンダールヴ』だと? その名前は、どこかで………」 横で聞いていたシエスタが、きょとんとした顔になった。 「それって、もしかして“始祖”ブリミル様の使い魔の名前じゃないですか?」 それを聞いて、デルフがはっとしたように叫ぶ。 「――――お、……おお、そうだ! そうだぜ! 思い出した!! 『ガンダールヴ』だ! あいつが『使い手』なんだ! 俺は昔、あいつに握られてたんだ! すっかり忘れてたぜ、なにせ今から六千年も昔の話だ!!」 シエスタは目を丸くして、わあ……、と感嘆の声を漏らした。 なにせ、伝説の中で語られるような人物が使っていた武器が目の前にあるというのだ。 正直今ひとつ実感が湧いてこない部分もあるが、そりゃあ多少なりと感動もしようというものだ。 一方ディーキンはといえば、楽しげににこにこしてはいるが、特に驚いた様子はない。 「オオ、昔のあんたの持ち主の事を思い出せたの? それは良かったの」 「ああ、懐かしいねえ。まったく、泣けてくるぜ……」 デルフはしばらく、しきりにうんうんと感動したり納得したりしていた。 しかし、ふと我に返ってディーキンに訝しげに問う。 「……けどよ、坊主。思い出させてくれたのはありがてえが……、おめえ、なんで俺が『ガンダールヴ』の武器だってことを知ってたんだ? もしかして、最初からそれに気が付いてたから俺を買ったのか?」 「イヤ、買った時は全然知らなかったの。そのことは今さっき知ったばっかりだよ」 「?? そりゃあ、一体どういう――――」 訳が分からないという様子で、不思議そうにディーキンを見つめるデルフとシエスタ。 ディーキンは2人の視線を意識して、得意げに背を伸ばすと悪戯っぽくにんまりと笑って見せた。 観衆を大いに驚嘆させ、喜ばせ、心地よい注目を浴びられたことを喜んでいるのだ。 それこそ、バードとしての本懐である。 「フフ~ン、聞きたい? じゃあ、ディーキンが歌にしてご披露するよ。 それを聞いたら、デルフももっと思い出せるかもしれないしね」 ディーキンは2人に勿体ぶって御辞儀すると、荷物袋の中から竪琴を取りだし、手近の岩に腰かけて朗々と詩歌を吟じ始めた。 つい先程、完成した《伝説知識(レジェンド・ローア)》の呪文で判明したばかりのそれに、即興のアレンジを加えて仕立てたものを。 ♪ 遥けき古に、魔法を操る小さき小人あり 彼女の名はガンダールヴ ひとつの魂を作り、刃に宿し、携えて、己が左手と定めたり 彼女とその主とを護る、神の盾 携えられし彼の名は、デルフリンガー この永き時を経て、錆びれた刃を見るがいい くすんだ輝きは、長の年月の間に役目を失い衰えた、その心魂を現すもの されど再び奮い立つ時が来れば、何千年を経ようとも、刃金は若き輝きを取り戻すだろう 輝ける刃はあらゆる呪文を切り払い、魔法を奪い、蓄える その様、あたかもかの伝説の剣聖、カイエス=ナインタークが剣の妙義のごとくなり 危機に際しては蓄えし力で主を操りて、その窮地を救うなり 彼は触れし武器を識り、言葉を操り、携えし者の力をも悟る やがて宿りし鋼の砕ける時、かの魂は、新たな器を求めるであろう ……… ♪ 前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/668.html
「才人、さん……?」 モット伯にシエスタが待機させられていた部屋――吐き気のすることに、モット伯の寝室だった――に才人が入った時、シエスタは最初、その姿を信じられないものでも見るかのように呆然と見つめていた。一緒についてきたギーシュは、気を利かせて扉の陰に隠れていた。 その脳裏に、どれ程の絶望がよぎったのだろう。どれ程の悲しみが去来したのだろう。 それを考えると、才人はいたたまれない。 「もう大丈夫だシエスタ……モット伯とは、話をつけてきたから。 帰ろう」 「――!」 現実は物語のようにはいかない。 シエスタは才人の名前を大声で叫んだりはしなかった。ただ、無言で才人の胸の中に飛び込んできて、そのまま泣いた。 恐怖と諦めから解き放たれた喜びを涙でのみ表すかのように、泣いた。 才人はそんなシエスタの肩を、赤子をあやすようにさすっている……内心では、女の子に抱きつかれているという事実と、シエスタの着ている際どいメイド衣装。そして、胸元に感じる柔らかな双球に、着実に理性を刺激されていた。 「才人さんっ……ありがとうございます……っ」 辛うじて漏れた、再開して初めての言葉。泣きながら笑顔を作るシエスタを見て、不謹慎ながら才人は思った。 今まで見てきたどんな笑顔より、今この笑顔が彼女の笑顔の本質に近いんだろうな、と。 (できる事なら、もう少し隠れていたいが) 「おや、無事で何よりだ」 あまり長居する事はできないと思い直し、ギーシュは扉の影から、さも今やってきたかのように顔を出して、シエスタに一声かけてから、 「才人、そろそろ行こう。モット伯の治療も終わっているころだろうし」 「あ、ああ。わかった」 我に返って自分がこの貴族を嫌っていた事を思い出してしまい、才人はなんとも名状しがたい表情を浮かべた。そして、シエスタを促そうと彼女の顔を覗き込み……眉をひそめた。 シエスタの表情が……ギーシュを見たままの形で、固まっていた。 何度も何度もくどいと思うが、先に行っておこう。シエスタに非はない! 彼女にとってギーシュは自分がきっかけになってしんだリンゴォという男の存在を思い出させる恐怖と罪の象徴であり、自分が今から犯されるのだという恐怖に固まっていたシエスタにとって、その存在は強烈過ぎた。 ギーシュの存在と犯されかかったという事実。その二つが、シエスタをトチ狂わせたのだった。 そう! 彼女は硬直をとくとすぐに! 屋敷全体にとどろく声で叫んだのだ! 「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! オーカーサーレールーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 『な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』 ギーシュと才人の二人も、この反応は予想できなかった! つーか、予想できたら凄い! ……何が悲しくて助けに来た相手にそんな事叫ばれなければならんのか。 そんな二人の内心の驚愕も知らず、シエスタはなおも泣き叫ぶ。 「いやいやいやいやいやぁぁぁぁぁっ!! はじめてはさいとさんがいいのこんなきんぱつはいやなのくねくねしたのはいやなのおおおおおおおおお!!!!」 「し、シエスタ落ち着いて! だ、大丈夫だから! ギーシュは何もしないから!」 「こないでぇぇぇぇぇぇぇぇ! れいぷまぁっ! おんなたらしぃっ! うわああああああああああああああんっ!!!!」 「一寸待てきみぃっ! さっきから僕の尊厳を傷つけるよーな失礼極まる事ばっかりさけんでないか!?」 「さいとさんたすけてええええええええええええええ、ふええええええええええええええええええっ」 「ちょ、ちょ! シエスタ! 抱きつかないでなんで服を脱ぐー!?」 「こんなやつにうばわれるくらいならさいとさんにささげたいんですううううううううう!!!!」 「だからっ! さっきから失礼な事を言うのはやめたまえぇぇぇぇぇっ!!!!」 えっと。 この状況を一言で表そうとするなら、ぴったりの単語があるだろう。 それすなわち『阿鼻叫喚』。状況が混沌としすぎて、収拾が付かない状態であった……が! いつの世も、やまない雨がないように、終わらない騒ぎもない。 肝心なのは、才人がシエスタを羽交い絞めにしているという事と、その正面でギーシュが目を血走らせているという事。どう見てもアレな現場です本当にありがとうございました。 半裸のシエスタを才人が押さえ込み、ギーシュが詰問するという状況に、終止符を打つものが現れたのだ。 「―― い ぬ ?」 「―― ギ ー シ ュ ?」 その声は、大きくはなかった。むしろ、小さすぎるくらいに小さかったが……その声を聞いて、才人とギーシュの狂乱の熱は一気に冷めた。 代わりに胸襟を満たすのは……『恐怖』。 ぎぎぎぎぃっと、さびたおもちゃのような動きでそちらを見る二人……そこには…… 「いやねぇ……助けに来たメイドの痴態にむらむら来て押し倒すなんて。そんな犬にはお仕置きが必要ね♪」 「うふふふ……ギーシュ。私はあなたがどんなクソヤロウであっても愛する自身があるわ。だって、欠点は去勢すればいいんですもの♪」 鬼がいた。 しかも二人。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨と震える空気なんて序の口序の口ぃ。 なんか、鬼だろうが始祖ブリミルだろうがはだしで逃げ出しそうな神々しい笑顔だけがその顔に張り付いていた。 その笑顔を見た瞬間、才人とギーシュは相手の説得を断念した。言っても無駄だと、魂が理解した。 そうでなくてもこの状況は……不味い。申し開きなど出来る状況じゃあない。 右にルイズ。左にモンモランシー。 ルイズは杖を。モンモンは棍棒を。それぞれ構えて、二人に歩み寄ってくる…… 幸いというか、シエスタはキュルケとタバサが即座に横合いから連れ出したので、被害を受ける心配はなかったが。 せめて、せめてと才人は口を開く、 「ひ……ひと思いに右で……」 それに対して、らんらんと光るルイズの瞳が応える! ――NO NO NO !!!! 「じゃあひ……左かい?」 ギーシュのつぶやきに今度はモンモンの瞳が応える。 ――NO NO NO !!!! 『りょうほーですかあああ~!?』 被害者二人の声がはもり、加害者二人の意思も重なって ――YES YES YES !!!! 『もしかしてオラオラですかーッ!?』 暴虐の宴の、幕が上がった。 『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァー!』 「YES YES YES “OH MY GOD”……」 「?」 「いや、なんかそう言わなきゃならない気がして」 上の階から聞こえてくる衝撃音と爆発音、そして悲鳴のオーケストラを聴きながら、キュルケはつぶやいてから一人ごちた。 「メイドの様子とダーリン達のケガの具合考えたら、誤解だってわかりそうなものなのにねえ……恋って難しいわね、タバサ」 普段なら聞き流す親友の問いかけに、今回ばかりはコクリと頷き返したのだった。 もっとも、ルイズのそれが恋なのかどうかは、二人にも全くわからなかったのだが。 「才人……」 「何だギーシュ……?」 二つの月が発する、二重の月明かりの下。 学院の宿舎の軒先から連れ去れた、二つの『簀巻き』は声を掛け合っていた。何故か、親しげに名前を呼びあって。 「僕は、今なら君の事を親友と呼べるような気がするよ……」 「奇遇だな……俺も、リンゴォの事は抜きにして、お前に誇りのようなものを感じたよ……」 しばし。 二つの簀巻きは、無言で月を見上げて…… 『親友(とも)よ……!』 圧倒的な暴虐を生き抜き、学院に帰ってきた事で連帯感のようなものが、芽生えたらしい。体が自由だったなら、涙を流して暑苦しい劇画調で抱き合った事だろう。 ――後の歴史書『ガンダールヴ列伝』において、『未来の元帥と英雄は、月明かりの下お互いの傷を慮りながら義兄弟の契りを交わした』などとご大層に描かれているが。 伝説の真相など、大概こんなもんである。 ギーシュ・ド・グラモン:簀巻きから回収された後、医務室に直行。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:誤解だったことからギーシュを献身的に介護し、謝ったらしい。 平賀才人:ギーシュと同じく医務室直行した。己の看護をするルイズのツンデレ振りを可愛いと思い、若干の関係改善が見られたらしいが、以前ギスギスしたまま。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:才人の看護をツンデレで行った結果、謝ろうとするたびにツンが発動してしまい、完全な関係の修復には至らず。 シエスタ:一日眠って正気を取り戻したが、前日の半狂乱ぶりは何一つ覚えていなかった。一応、ギーシュから謝罪を受けた。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー:ルイズ主従の関係修復に協力するために、才人のお見舞いに行かなかったのに、あまり改善していない様を見て脱力。以降、積極的にアプローチ。 タバサ:いつもどおり本を読んでいた。 マルトー料理長:才人からギーシュがシエスタ救出に協力したと聞き、貴族嫌いが少し直ったらしい。 そして、ジュール・ド・モットは…… (くそっ! あの忌々しい餓鬼共が!) ずきずきと痛む体をベッドに横たえながら、モット伯は歯噛みをしたかった。が、したくても出来なかった……ワルキューレに砕かれた顎が、完全に治りきっていなかったのである。歯噛みすら出来ない苛立ちを、モット伯は胸に溜める事しか出来なかった。 本来ならけが人の彼の面倒を見るメイドの一人もいてもよさそうなものだが……みっともない姿を見られる事を恐れた伯爵の命令によって、室内には彼一人しかいなかった。 彼が寝ている場所は、彼の寝室ではなく……本来なら来客用に使う別の部屋だった。寝室のほうは、あの忌々しい餓鬼共にぶち壊されたのである……! しかも、その餓鬼共が自分に対して本当に最低限の治癒しかしなかったために、少なくとも今日一日はこの激痛を伴侶として夜を過ごさなければならない。 普通ならば、このような乱行王室に報告すれば綺麗に解決するのだが……! 出来ない。出来るはずがない! 報告をするには詳細な前後の事情を話す必要があり、たとえ自分が嘘八百で誤魔化したとしても、やつらのほうからきっと真相が漏れる! 平民に決闘で負け、禁じられているはずの貴族との決闘を行い敗北した。しかも、相手はドットメイジだ。 こんな恥を明るみに出したらどうなる事か……! (そんな事になったら……私の家は取り潰しだぁっ!!) ならばどうするか? 応えは……泣き寝入りしかない! (くそぉっ! 何で私がこんな目に合わなければならないんだ!) モット伯は気付かない。 そもそもの原因が、自分が同じように一人の少女を理不尽でねじ伏せようとした事にあるという事を。自分がメイド達に行ってきたのと、全く同じ所業だという事に。 そんな事だから、更に気付けないのだ。 自分を恨むものが、決して少なくないという事実を。 動きもとれず、苛立ちを募らせるしかないモット伯は、どうにかして暇がつぶせなモノかと思案した。出来れば、この苛立ちを晴らせるような暇つぶしはないものか。 そこまで考えたところで、 「やれやれ……下種野郎ってのは、包帯越しでもその表情がわかっちまうもんだな」 い る は ず の な い 第 三 者 の 声 を 聞 い た ! 「――!?」 慌てて声のしたほうを振り返ろうともがくが、動けない。何せ、全身をガチガチに固定しているのである……動かせるはずがないのだ。更に動こうとしたショックで全身に痛みが走り、痛みにもだえたところで更に……という悪循環が巻きこる。 「……てめーは、その汚ねえ包帯の下で何を言ってやがるんだ? 『何者だ』って俺のことを聞いてんのか? 『誰かいないか』って助けでも呼んでんのか? まあ、死に行く下種野郎に対する最後の花だ。両方に応えてやるぜ」 こつこつと。絨毯の上を足音が移動してくる……モット伯の見れない部屋の隅から、モット伯の正面に向かって。 「まず、俺が何者か……俺はな、殺し屋だよ。てめーを殺すために雇われたな」 「――!」 モット伯のミイラ男のような体が、傷みではなく恐怖に震える。 「誰かいないかって質問は、ノーだぜ……この部屋の周りにはいつも通りメイドが詰めてる。ただ悲鳴が響いたとしても誰もここにはこねーよ」 「っ! っ!」 じたばたもがくベッドの上のミイラ男に、『暗殺者』はなおも言葉を続けた。 「誰の依頼だってとこか? 今度のお言葉は。 さっきの質問とも無関係じゃねえし、応えてやるぜ。 俺達の依頼人は……この館のメイド『 全 員 』だ」 「!?!?!?!?!?!?!」 「何をびびってやがる? テメー、まさか自分がメイドたちから慕われてるなんて思ってたんじゃねーだろーな。あの子達は大半が、テメーが無理やり掻っ攫ってきた娘達じゃねーか。 それとも、何か」 瞬間……ただでさえ凄味のあった男の声が、更なる威圧感を持ってモット伯に襲い掛かった。 「てめー、恨まれる『覚悟』もなしにこんな真似をしてたっつーんならよぉ~……許せねえよなぁぁぁ」 男は、覚悟もなく言葉を振りかざす人間が嫌いだった。 かつての自分を思い出させるから。 ゆらりと。 ようやく、声の主がモット伯の視界に入り込んできた。 それは、奇抜な格好をした男だったが……何よりも目に付いたのは、格好よりも…… 「『寸刻みでなぶり殺しに』『私達の苦しみに報いを』『惨めな死を』『豚のような悲鳴を上げさせて』ってぇのが依頼人一同のリクエストだ」 その男が手にした、見たこともない形の『釣竿らしき何か』だった。 それが、モット伯が生涯で見た最後の映像だった。 「寸刻みにして豚みてぇな悲鳴を上げさせてやるぜ―― ビ ー チ ボ ー イ ッ !」 叫びと共に飛来した『釣り針』に両の目を抉り取られ。 モット伯は……豚のような悲鳴を上げてのた打ち回った。 悲鳴が、二回に片隅にある主の部屋から、屋敷全体に響き渡る。 だがしかし、本来ならば真っ先に主の心配をするべきメイド達の胸に去来したのは、安堵だった。 一度、奉公したら最後、故郷においても傷物扱いを受ける(事実、そうなのだが)この屋敷の主の悲鳴に、彼女達は哀れみを一分子も持ち合わせていない。 彼女達は全員が全員、何かを失っていた。故郷、恋人、家族……全てはこの屋敷の主によって。 故に彼女達は主の悲鳴に不の感情を抱かない。 只、この地獄のような生活が終わるという安堵と……憎むべき相手が死んだという爽快感だけが、一同の胸を満たしていた。 「……よぉ、ペッシ。上手くやった見てぇじゃねえか」 「あ、兄貴ぃー! 見てくださいよコレ! きっちりぶっ殺してる最中でさあ! 約束どおりなぶり殺しです!」 「…………」 ばきぃっ!! 「い、いて! あ、あにきぃ! なにすんですか!?」 「やかましぃーっ! 何度言わせりゃわかるんだ! ぶっ殺すなんて台詞は使うんじゃねぇー! 大体一人の時はしっかりしてんのに、何でテメーは俺と一緒だとマンモーニに戻っちまうんだ!? ええ!?」 「しょぉーがねぇなぁぁぁぁぁぁペッシは……そう怒るなプロシュートよぉ。つまりこいつは、それだけオメーを頼りにしてるっ事だろーが。 一人の時は一人前なんだから、そうかっかすんな!」 「甘やかすなホルマジオ。俺からすりゃあこいつはまだまだマンモーニだ」 「あ、兄貴ぃ……ひでぇ」 「あたりめーだろーが! てめー、向こうで最後の最後に下種野郎に成り下がったのを忘れたんじゃねーだろーな!」 「やれやれ……しょうがねーなーぁー二人ともよぉ。それよりペッシ、仕事は速く済ませたほうが良くねーか? このままだと、ほっといただけで死んじまうぜ? 標的」 「あ! い、いけねっ!」 「ほんっとにしょぉぉぉぉぉがねぇぇぇぇなぁぁぁぁぁぁぁぁ……プロシュート、そっちの首尾はどうだった?」 「誰に向かっていってやがる。今頃、メイド以外の男連中は全員死んで……いや、行方不明だ。後には、身元不明の爺の死体の山が残るだけだ」 「自分達の悲劇をだまって見過ごしてた野郎共にも、死の制裁を……女ってーのは怖いねー」 「時々混ざってたらしいからな。あたりめーだろ。そーいうてめーはどうなんだ? こっちに来たって事は失敗したのか?」 「おいおいおいおい。何言ってんだよ。どんな力も用は使いよう……ばっちり盗んできたぜぇぇぇぇ……言われた通りのもんをよぉ」 「そうみてーだな。 やれやれ。まさか、こいつもこっちに来てたとはな。 それで? リゾットはそれを、何処に持って行けって?」 「ん? おお……確か……」 「トリスティン魔法学園とか言ってたな」 ジュール・ド・モット:バラバラの無残な死体になったのがメイドによって発見され――再起不能(リタイア)