約 1,871,693 件
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4207.html
前 19-667不幸せな友人たち アンリエッタ 192 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 05 37 ID Iq5bFxPP トリステイン王国内、デルフリンガー男爵領。 王都トリスタニアから遠く離れたこの地は、ギーシュの提案を受けたアンリエッタから、サイト・ シュヴァリエ・ド・ヒラガに対して下賜された領地である。 もちろんそれはルイズを騙すための嘘であり、実際は彼女自身が女男爵であった。 領地自体は非常に狭い。山一つと、その中腹にある小さな村、領主の居城である小城が一つあるぐ らいだ。これといった特産物もなく、領民たちは山で狩りをしたり痩せた土地でわずかな作物を育て たりして、細々とした昔ながらの生活を営んでいる。主要な街道からも遠く離れており、他国に抜け るための便利なルートだということもない。そもそもかなり奥深い場所にあるため、隣の村に行くの にも人の足でニ、三日かかるほどだ。当然、外界との交流もほとんどない。閉ざされた寒村である。 つまり所有する側としては何の旨みもないわけで、元の持ち主である伯爵からはほぼ完全に打ち捨 てられていた。だから彼は、アンリエッタから贈られたわずかばかりの金品だけで、喜んで土地の所 有権を手放したのである。 小城のテラスから、少し離れたところにある小さな村を見下ろし、ティファニアはぎゅっと唇を噛んだ。 (なんて寂しいところなんだろう) 小さな村は、山のある程度平らな部分を無理に切り開いて作られたらしかった。狭い平地に粗末な 掘っ立て小屋のような家屋が詰め込まれるようにして立ち並び、その集落からさほど離れていないと ころに、これまた狭い畑がぽつぽつと点在している。あんな畑ではろくな作物が採れないだろうし、 山の中だって、そう多くの食物があるわけではないだろう。考えれば考えるほど、よくこんな場所で 人間が生活できるな、と呆れるやら感心するやら。それほどに、貧しい土地であった。ティファニア が元々暮らしていたウェストウッドの村にしても、これほど寒々とはしていなかったはずだ。 今日ここに来る途中、一行は馬に乗って、村の中を抜ける狭い一本道を通り過ぎた。 村の者たちは、皆一様にボロ着としか言いようのない服を着ていた。その目には突然外界からやっ て来た支配者に対する恐れしかなく、後で城を訪れた村長だという老人も、びくびくと落ち着きない 様子で体を震わせて、舌をもつれさせながら挨拶したものだ。 あの人たちは、一体何を楽しみとして日々を生きているのだろう、と半ば本気で考えてしまうほど、 弱弱しく、暗い雰囲気を纏った人々だった。 (そんな場所に縛り付けられたまま、ルイズさんはこれからの一生を過ごさなければならないんだわ) テラスの手すりを握る手に、ぎゅっと力がこもった。 「あらテファ、こんなところにいたの」 背後から声をかけられて、どきりとする。振り返ると、部屋の中からルイズが歩み出てくるところ だった。ゆったりとしたドレスを身に纏っており、いかにも貴族夫人といった風情だ。 「ひどい場所よね、ホント」 ティファニアの隣から寒村を見下ろし、ルイズは苦笑した。 「でも、仕方ないか。しばらくはお父様たちから隠れていなくちゃならないんだものね。そういう意 味ではうってつけの場所よね、ここって」 「そうですね」 笑いを作って答えながら、ルイズが信じている嘘のことを思い返す。 先に西方に帰還した才人は、女王へ報告に行ったあと、反対されることを覚悟の上で、ヴァリエー ル公爵領へ結婚の報告に行った。この結婚はルイズの両親とは何の相談もなく行われたことだったた め、当然彼女の父の激怒を買った。それで才人は命からがら逃げ出して、再び女王と相談し、彼ら夫 妻はヴァリエール家とは何の関係もない辺境の貴族として生活していくことになった、と。 ティファニアが知っているのはこの程度だった。隣のルイズがこの状況をおかしく思っていないの だから、もっと細かく、いかにも本当っぽい理由付けをして、この嘘を教え込んだのだろう。 「デルフリンガー男爵領、か」 ルイズがじっと目を細めた。 「実際ひどい場所だけど、わたしとサイトの領地なんだもの。豊かとまではいかなくても、貧しくな い土地にはしたいものね。学院で学んだことが役に立てばいいけど」 気難しげに言ったあと、ルイズはふっと体の力を抜き、腕を手すりに置いて体をもたれさせた。 「サイト、早く帰ってこないかしら。なんだかすごくさみしい」 ――才人は現在、この土地のことでアンリエッタと細々とした相談をするために、王都に留まった ままである。 そういうことになっていた。 193 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 06 25 ID Iq5bFxPP 「いけないいけない」 ルイズは慌てたように体を起こすと、ティファニアの方を向いて少し無理した感じの笑顔を見せた。 「こんなんじゃダメよね、これから男爵夫人として立派にやっていかなくちゃならないんだもの。夫 の留守ぐらいで弱気になってちゃ、何も出来ないわ。サイトが帰ってきたとき面倒な仕事が残ってな いように、張り切って頑張らなくちゃ」 心臓が痛くなってきた。ルイズの笑顔から目をそらし、ティファニアは城の中を掃除しているシエ スタの手伝いをすると言って、その場を後にした。 そうやって居館の準備等が整うと、友人達は皆、名残惜しげにこの地を去っていった。残ったのは、 ルイズとシエスタ、そしてティファニアだけであった。 三日後の夜、ティファニアはルイズの寝室となった部屋に立っていた。 傍らのベッドでは、ルイズが規則的な寝息を立てている。小さな窓から差し込む月明かりが、あの 日と同じようにルイズの顔を青白く浮かび上がらせている。 「それではお願いしますね、ティファニアさん」 背後から促すシエスタの声に従って、ティファニアは詠唱を開始した。この地に到着してから三日 間の記憶を消す魔法である。詠唱は滞りなく終わった。 「お疲れ様でした」 「いえ。ルイズさんには、どのような嘘を?」 「サイトさんは戻ってきて早々に領地運営のわずらわしさを嫌って冒険の旅に出かけた、と。ミス・ ヴァリエールが散々サイトさんに領地運営の大変さを説いた結果だ、と言っておけば、この人も納得 して反省までしてくれるでしょう。いかにも、この人が後先考えずにやりそうなことですからね」 シエスタは淡々と言った。 一瞬、そこまで上手くいくだろうか、という疑いが頭の中に浮かんだが、すぐに解消される。 (結婚式があったことを忘れていた、なんて、無茶苦茶な嘘を信用するぐらいだもの。その程度のこ とを疑問に思うはずがないわ) ティファニアはそっと息をつき、頭を下げた。 「今日は、これで失礼します。なんだか凄く疲れてしまって」 「そうでしょうね。ミス・ヴァリエールには『ティファニアさんはアルビオンに帰りました』とか、 適当に説明しておきますから」 「シエスタさん、まだルイズさんのことを『ミス・ヴァリエール』と呼ぶんですね」 少し疑問に思って言うと、シエスタは一瞬かすかに眉根を寄せた。 「当然でしょう。だって、この人はまだミス・ヴァリエールですもの」 「それは、そうですけど」 「安心してください、本人の前では……そうですね、『奥様』とでも呼ぶことにしますから」 かすかに皮肉っぽさが感じられる口調だった。 ティファニアは扉を開けて部屋を出る直前、そっと肩越しに後ろを見やった。 シエスタはベッドの傍らでルイズを見下ろしていた。表情は見えなかった。 194 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 07 11 ID Iq5bFxPP ランプの灯りだけを頼りに、ティファニアは家への道を急いでいた。道、と言っても、生い茂る草 木でほとんど隠された獣道である。ギーシュが土魔法により急ごしらえでこさえたものだ。よほど目 のいい者でも、事前に知っていなければ到底発見できないだろう。万一ルイズに見つけられては困る から、その方がいいのだろうが。 そんな森の中のの道を踏みしめ、長い時間をかけて小屋までたどり着く。闇の中に小さな小屋の姿 が見え始めた頃には、服が草塗れになっていた。 (でもきっと慣れるわね。これから、ルイズさんの記憶を消すために何度も往復することになるだろうから) そんな風に考えながら、小屋の扉を開ける。一部屋しかない、非常に小さな小屋だ。ベッドとテー ブルと椅子と、竃兼用の簡素な暖炉。後は細々とした生活用品がいくらかあるだけで、後は何もない。 ここが、これから長い間、ティファニアが暮らす家なのである。 アルビオンの家に戻るつもりはなかった。子供たちには、ティファニアは死んだと伝えてもらう手 筈になっている。彼らは悲しむだろうが、秘密を守ることを考えれば、これが最良の手段だった。 ベッドに腰掛けて小屋の中の狭い空間を眺めていると、まるで牢獄にでも入れられたような気分になった。 (あまり、変わりはないのかもしれないけど) 自然とため息が出た。疲労が鉛のように体を重くしている。肉体的な疲労も大きいが、精神的なも のはそれ以上だ。 それでもこのまま眠る気分にはなれず、ティファニアは再びランプを手に持って家を出た。裏手に 回り、森の奥へと進んでいく。しばらくすると、わずかに開けた場所に出た。 ティファニアは我知らず息を飲んでいた。小さな広場の中央、小さく盛られた土に、一本の剣が突 き刺さっている。剣身が月光を照り返して青く光っていた。 「デルフさん」 返事がないと知りつつ呼びかける。やはり何も返ってこない。デルフリンガーのそばにしゃがんで、 じっとその剣身を見つめる。 才人が死ぬのと同時に、デルフリンガーもまた力と人格を失っていた。どういった作用によるもの かは分からない。才人が死の直前に受け止めたエルフの魔法の中にそういった効果をもたらすものが あったのか、それともデルフリンガー自身が自らの意志で心を閉ざしてしまったのか。 いずれにしても、彼女がよき相談相手を失ったことだけは確かだった。 ふと、デルフリンガーの剣身に何かが刻まれているのを見つけて、ティファニアはそこにランプを 近づけた。 サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、と刻んである。驚きのあまりランプを取り落としそうになった。 (誰が――?) そう思いかけて、首を振る。誰が書こうが同じことだった。 (ここは、サイトの墓標だものね。いくらルイズさんから隠さなければならないからって、名前もな いのでは可哀想だもの) 物言わぬデルフリンガーの下に眠っている才人の亡骸を思いながら、ティファニアはそっと手を組 み合わせた。 家に戻り、テーブルの上にランプを置いた。頼りない灯りの下に、もらってきた紙を一枚広げる。 インク瓶の蓋を開けて、羽ペンを右手に持つ。一動ごとの音が、やけに大きく聞こえた。 羽ペンの先にインクを浸したものの、ティファニアはまだ迷っていた。 (本当に、こんなことをしてもいいんだろうか) ティファニアがしようとしているのは、才人からルイズに宛てた手紙の偽造だった。もちろん天国 からの手紙というわけではなく、今も生きて元気に世界中を旅している才人が、ルイズに向けて自分 は元気だと報せるための手紙である。 一人城に残ったシエスタが、どういう嘘をルイズに教えるかは事前に聞いているため、どういうこ とを書けばそれらしく見えるのか、頭では分かっていた。 「でも、どうしてわたしなんですか? どうせなら、ギーシュさんとか、男の人の方がいいのでは」 「ご学友の文字は見たことがあるかもしれませんし、皆様それぞれやることがあって、この地に残っ ているのはわたしとティファニアさんしかいません。だからと言って、わたしが書くわけにもいかな いでしょう? ミス・ヴァリエールはティファニアさんの文字を知らないはずですから、『サイトさ んにとっては外国の文字だから、意識して丁寧に書いているんだろう』と言えば誤魔化せます」 シエスタの理屈は正しかった。まさか他の者に代筆を頼むことなど出来ないし、これは間違いなく ティファニアの仕事だ。 195 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 07 42 ID Iq5bFxPP (やらなくちゃ、ならないのよね。それが、わたしの罪滅ぼし……責任だもの) ティファニアは羽ペンの先を紙に近づけた。どれだけ慎重にやろうと思っても、どうしても手が震える。 (落ち着いて。変なところがあってはいけないのだから) そう念じた矢先、驚くほど自然にペンが走り出した。 『元気か、ルイズ。俺は今――』 ティファニアは羽ペンを紙面から離し、己の右手を凝視する。 (どうして――?) 混乱しながらも、再び紙にペンをつける。ほとんど考えることもなく、自然とペンが走った。見る 間に違和感のない、自然な文章が組み立てられていく。その全てが才人らしい言葉だった。自分が今 どこにいて何をしているのかを伝える言葉。ルイズの身を案じる言葉。そして、それ以上の愛の囁き。 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――。 全てを書き終えた後、ティファニアは疲労のあまりテーブルに突っ伏すところだった。なんとかこ らえながら、便箋の中に手紙を折りたたんで入れ、封をする。それから、今度こそ疲れ果ててベッド に倒れこんだ。 先程の手紙を楽しげに読むルイズの顔が自然と思い浮かんできて、頭の奥がずきずきと痛む。 (わたしは何のためにこんなことをしているの? 大切な友達を、あんなひどい嘘で騙して……) 罪悪感が膨れ上がり、胸を強く圧迫する。 それでも、今更この嘘をやめるわけにはいかなかった。これからも、才人の振りをして手紙を書き 続けなければならない。そして、それは決して不可能ではないのだと、たった今証明されてしまった。 ティファニアは自分がどこにも行けなくなったことを悟った。 一年ほどの時間が流れた。 ルイズはシエスタの嘘を信じた。自分が才人から領地の運営を任された、と張り切り、領地の状態 を少しでもよくするために奔走しているという。 「昨日なんて、川の深さを自分で確かめる、とか言って、危うく流されそうになって」 と、小屋を訪れたシエスタが愉快そうに話していた。 手紙は、今のところ三日ごとに訪れる彼女が城へ持って行ってくれている。食料などもそのときに 運んできてくれるので、こちらも問題はなかった。ルイズにばれる可能性があるから、その内何か別 の手段を講じるつもりらしいが。 手紙自体の内容も問題ない。あれ以降もティファニアの筆は滞りなく走り、まるで死んだ才人の魂 が乗り移ったかのようである。真実を知っているシエスタですら、 「いつ見ても感心しますね。本当に、サイトさんが遠い地からミス・ヴァリエールに宛てて書いた手 紙みたい」 と驚嘆していたほどだ。それ故に、ティファニアの胸はますます痛んだ。必要なことだと言い聞か せても、罪悪感は消えてくれない。 (当たり前よね。実際に、悪いことをしているんだもの) ティファニアはそんな風に自嘲に浸る日々を送っていた。眠る前、ほぼ毎日葡萄酒を飲んで、泥酔 したまま床に入った。そうでもしなければ、夜毎襲ってくる罪悪感と悪夢で、頭がおかしくなってし まいそうだった。 そんな風に彼女が苦しむのをよそに、日々は穏やかに過ぎていった。 最初は突然現れた支配者をただ恐れるだけだった村人たちも、その人物が小さいながらも美しい少 女で、確かに自分たちのために尽くしてくれているのだ、と知ると、じょじょに警戒心を解き、こわ ごわながらもルイズに協力するようになった。 何もかもが、上手くいっている。 ティファニア自身もルイズの様子を直に見たくなって、こっそり村の方まで降りていったことがあ る。遠目に見たルイズは、貧しい身なりの村人たちに囲まれて自分も泥だらけになりながら、それで も楽しく笑っているようだった。以前に比べると、刺々しいところがほとんどなくなっている。 (サイトに愛されているって、実感しているからなのかしら) たとえそれが実際には偽りだったとしても、幸せそうなルイズを見るのは悪い気分ではなかった。 (もしかしたら、本当にこれで良かったのかもしれない) その日の夜、久しぶりに葡萄酒なしで眠りにつく直前、ティファニアは自然とそんな思いを抱いた。 事件が起きたのは、その翌日のことである。 196 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 08 13 ID Iq5bFxPP その日は、朝からずっと雨が降り続けていた。 こんな山奥に人知れず隠れていて、なおかつ雨の日ともなると、本当に何もすることがない。繕い 物などのちょっとした手仕事をするのも、何となく気が向かなかった。 だから、ティファニアは椅子に腰掛けてテーブルに頬杖を突き、ぼんやりと窓の外を眺めていた。 (雨は、嫌いだな。ううん、嫌いになった、って言うべきなのかも) 降りしきる雨を見て、その音を聞くたびに、才人の死体に語りかけていたルイズの姿や、その優し く虚ろな声音が蘇ってくる。 首を振ってそれらを追い出しながら、自分に言い聞かせる。 (大丈夫よ。今のルイズさんは、あのことは完全に忘れている。それに、あんなに幸せそうだもの。 何の問題もないわ) そのとき、突然小屋の扉が大きく開け放たれた。吹き込んでくる雨風に驚きながら振り向くと、戸 口にフードつきのマントを羽織ったシエスタが立っていた。雨の中を走ってきたのか、全身ずぶ濡れ だった。荒く息をつく顔は、血の気を失って青ざめている。 「ミス・ヴァリエールが、いなくなりました」 出し抜けにシエスタが言った。ティファニアは目を見開きながら立ち上がり、彼女に駆け寄った。 「どういうことですか? 一体どこに」 「分かりません、分からないんです」 シエスタは顔を両手で覆って、声を詰まらせた。 この日のルイズは、朝からどこか様子がおかしかったらしい。降りしきる雨ゆえに村に降りること もできず、テラスのある部屋で外を眺めながらシエスタと一緒に紅茶を飲んでいたのだが、ふと ティーカップをテーブルの上に置いて顔をしかめ、 「なんだか、頭が痛い」 と言い出したらしい。 「それで、薬を探して戻ってきたら、もうどこにもいなくて。城中を探しても、村の方を見てきても、 どこにも。ああ、一体どこに……!」 シエスタの顔には隠しきれない焦燥が浮かんでいる。無理もないことだとティファニアは思った。 才人の遺体を抱えて湖に向かって歩いていたルイズの背中が、嫌というほど鮮明に頭の中に浮かんでくる。 (サイト……そうだわ、ひょっとしたら……!) ティファニアの頭の中にある考えが閃いた。 「シエスタさん、ひょっとしたら、ルイズさんがどこにいるのか、分かるかもしれません」 「本当ですか?」 シエスタは目を見開き、ティファニアの肩をつかんで揺さぶった。 「一体あの子はどこに」 「落ち着いてください、今から案内しますから」 肩にかけられた手をやんわりとどかし、壁にかけてあったマントを羽織ると、ティファニアは外に 出た。ぬかるんだ道に足をとられて何度も転びそうになりながら、雨の降る森の中を、奥へ奥へと走 る。走る内に、予感は確信へと変わっていった。 (間違いないわ。ルイズさんは、あそこにいる。この雨が、彼女の記憶を取り戻させたんだわ……!) 雨に煙る森の向こうに、少しだけ開けた場所が見えてきた。才人の亡骸が眠る、デルフリンガーの 墓標だ。そのそばに、小さな背中が見える。 「ねえ、デルフ、お願い、応えて!」 悲痛な叫び声も聞こえてきた。 (やっぱり、ここにいた……!) ティファニアは咄嗟に木の陰に身を隠し、わずかに顔だけを出して広場の様子を窺い始める。その 横を通り抜けて、シエスタが小さな広場に駆け込んでいく。 「ミス・ヴァリエール!」 叫び声に、ルイズの細い肩がぴくりと震えた。彼女が呆然とした様子で振り返る。格好は、城の中 で着ているドレスのままだった。全身ずぶ濡れで、泥まみれである。どこをどう通ってここまでたど り着いたのか、見当もつかない。ティファニアたちが今通ってきた道ではあるまい。あの道に入るに は、どうしても小屋の前を通らなければならないのだから。 (つまり、道も目印もない森の中を通り抜けて、それでもここにたどり着いたんだわ、彼女は……!) 体が震えた。一体何が彼女をここに導いたのか。 振り向いたルイズの顔に浮かぶ呆然とした表情を見る限り、彼女はここがどういう場所なのか、既 に理解しているらしかった。震える声で、シエスタに問いかけている。 197 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 09 20 ID Iq5bFxPP 「ねえ、シエスタ、これ、どういうこと。どうしてデルフ、何も喋らないの。どうしてデルフに、サ イトの名前が刻まれてるの。もしかして、ここ、サイトのお墓? サイト、死んじゃったの? い つ? どうして? だって、昨日だって、手紙が、届いたのに」 答えはなかった。答えられないのだろう。そうしている内に、ルイズの顔に浮かぶ苦悩の色はどん どん濃くなっていく。 「待って、違うわ。おかしいもの。サイト、サイトは」 ルイズが目を見開き、両手で頭を抱えた。 「そうよ、サイトは死んだんじゃない。東方で、わたしをかばって、死んでしまったんじゃない!」 激しく頭を振りながら、ルイズが恐怖に顔を歪めた。 「なんで、そんなことを忘れてたの!? わたし、見たことがないぐらい青白いサイトの顔も、体の 冷たさも、今だってはっきり思い出せるのに! それなのに、なんで、サイトは生きてる、サイトと 結婚した、なんて……!」 混乱するルイズの肩を、シエスタが意を決したように抱きしめた。 「とにかく城に戻りましょう、奥様。こんなところにいては、風邪をひいてしまいますわ」 「そんなことどうでもいいわ。早く、サイトのところに行かなくちゃ……!」 その言葉に、ティファニアは反射的に身を乗り出してしまった。ルイズが不意に顔を上げるた。視 線が引き寄せられるように、自然とこちらを見据える。 しまった、と思って木の陰に身を隠したときには、もう遅かった。 「誰、そこにいるのは。出てきて。出てきなさい!」 今更逃げることも出来ずに、ティファニアはゆっくりと小さな広場の中に歩いていった。心臓が痛 いほどに高鳴っていた。 「テファ……あなた、どうしてここに? アルビオンに帰ったはずじゃ……」 ルイズの顔に困惑の色が浮かぶ。それはすぐに疑念に変わり、やがて彼女がある結論に到達したこ とを示すような、理解と激怒の色に染まった。 「そうか、あんたね、あんたがわたしの記憶を消したのね!」 物凄い勢いで、ルイズがつかみかかってきた。支えきれず、ティファニアは地に倒れる。泥水が服 の中に染み込んできて、背中が凍りついたように冷たくなる。そんな彼女の胸倉を無理矢理つかみ上 げ、ルイズは雨を吹き飛ばすほどに強く、大きな怒声を張り上げた。 「なんでそんなことしたのよ! サイトを殺したことも忘れて、一人でのうのうとぬるま湯みたいな 幸せに浸って……! あんた、そんな馬鹿なわたしを笑ってたのね!?」 「ち、違います!」 ティファニアは必死に弁解した。ルイズの血走った目から逃れたくてたまらなかった。 「わ、わたしは、ルイズさんのために……」 咄嗟に口から出た言葉に、ルイズは歯軋りした。 「わたしのためですって!?」 ルイズの顔が憤怒に歪む。彼女はティファニアを放り出すと、地面に深く突き刺さっていたはずの デルフリンガーを、軽々と引き抜いて戻ってきた。 「自分のせいで愛する人を死なせた記憶を奪って、馬鹿な嘘を信じさせて、何も知らない馬鹿面で幸 せな生活を送らせるのが、わたしのため!? ふざけんじゃないわよ、あんたはわたしを世界で一番 薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ! そんなことをしておいて、よくもわたしのためだなんて!」 ルイズはまるで重さを感じていないように軽々とデルフリンガーを持ち上げると、その切っ先を ティファニアの喉元に突きつけた。ひっ、という短い悲鳴が、喉の奥から勝手に漏れ出した。 「考えが変わったわ。サイトのそばに行く前に、あんたを殺してやる」 ルイズがデルフリンガーを大きく振り上げる。 「地獄に落ちろ、この――」 そのとき、突然視界が眩い光に満たされ、ティファニアは吹き飛ばされた。同時に轟音が襲ってき て、鼓膜に突き刺さる。一瞬後、彼女は先程隠れていた木の幹のそばに倒れていた。 (一体、何が……雷?) 光と音からそう察する。どうやら、かなり近いところに雷が落ちたらしい。この雨の中では、山火 事になることはあるまい。とんでもない偶然に、命を救われたようだ。 (そうだ……ルイズさんは!?) はっとして広場を見ると、ルイズもまたティファニア同様に吹き飛ばされていた。落雷の衝撃でデ ルフリンガーを手放してしまったらしく、剣は彼女とはかなり離れたところに落ちている。彼女自身 は、広場の縁にあった木の幹のそばに倒れていて、ぴくりとも動かない。おそるおそる近づいてみる と、どうやら木に頭をぶつけて気絶しているらしかった。 198 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 09 59 ID Iq5bFxPP 「良かった」 ほっとしたような呟きに振り向くと、傍らにシエスタが立っていた。 「一時はどうなることかと思いましたけど、始祖ブリミルが助けてくださったようですね」 彼女はルイズのそばにしゃがみ込むと、ティファニアを見上げて言った。 「さあ、彼女に魔法をかけて、今日の記憶を消してください」 なんでもない口調だった。ティファニアは首を横に振った。 「もうやめましょう、シエスタさん」 声だけでなく、全身が震えているのが分かる。先程のルイズの叫びが、頭の中をぐるぐると駆け 回っていた。 ――あんたはわたしを世界で一番薄汚くて醜い、最低の女にしたのよ! 「そうよ、その通りよ。わたしは、ルイズさんの誇りも、サイトに対する愛情も、何もかもを汚して 泥まみれにしてしまった……! やっぱり、こんなことをするべきじゃなかった、してはいけなかっ たんだわ……!」 悔恨が胸を締め付ける。 「シエスタさん、もうやめましょう。このまま、ルイズさんをサイトのところに行かせてあげましょ う。そうするのが、一番正しいことなんです」 ティファニアの必死な訴えを、シエスタはただ無表情に聞いていた。その目が、呆れたように細められた。 「あなた、よくそんな恥ずかしいことが言えたものですね」 「は、恥ずかしい……?」 「そうですよ。正直に白状したらいかがですか? あなたが今更そんなことを言い出したのは、ミ ス・ヴァリエールのことを考えてのことじゃ、ないんでしょう?」 「ち、違います、わたしは……!」 弁解しようとして、言葉が出てこないことに気がついた。心のどこかで、誰かが「その通りだ」と 言っていた。 「単に、自分が汚れるのが嫌なんでしょう、あなたは? ミス・ヴァリエールにとって何が正しいの かなんてどうでもいい。彼女が死ぬのは可哀想だと思ったら記憶を消す、自分のやったことが汚いこ とだとわかったら、今度はその罪を忘れるためにミス・ヴァリエール自身を消す。あらあら、ずいぶ んと自分勝手な理屈ですね?」 刺々しい言葉を、ティファニアは否定できなかった。 (そうよ。わたしは、さっき言ったじゃない……!) ――わたしは、ルイズさんのために…… 咄嗟に口を突いて出た言葉が、全ての嘘を剥ぎ取ってしまった。 (わたしは、自分のしたことが悪いことだと理解していると言いながら、罰を受ける覚悟なんて少し も持っていなかった……! それどころか、ルイズさんの意思や尊厳なんてまるで無視して、『これ が本人にとって一番いいことなんだ』って、言い逃れまでしていた……! わたしは、なんて汚い……) 全身から力が抜ける。ティファニアは地面に膝を突いた。ぬかるんだ地面は冷たい。このまま少し も動かず、雨が熱を奪い去るのに任せて死んでしまおうかとさえ思った。 「さて」 シエスタの静かな声が、ティファニアを現実に引き戻した。 「それでは、ミス・ヴァリエールの記憶を奪ってくださいな。早くしないと目覚めてしまいますよ」 「でも……」 自分の醜さを自覚しても、まだそうすることには迷いがあった。そんなティファニアをじっと見下 ろしながら、シエスタは淡々と問いかける。 199 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 10 38 ID Iq5bFxPP 「いいんですか?」 「え?」 「いま、ミス・ヴァリエールが目を覚ましたらどうなるかなんて、分かりきったことだと思いますけど」 シエスタの視線がすっと動く。それを追うと、地面に転がっているデルフリンガーに行き当たる。 同時にルイズの血走った目が思い浮かび、ティファニアの全身に震えが走った。 あとはもう夢中だった。杖を取り出し、今までやったこともないぐらいの早口で詠唱を終え、杖を 振るう。その一瞬で、ルイズの記憶は奪われた。今日の悲嘆も憎悪も、何もかも。ルイズの血走った 目が、ティファニアの頭の中から急速に消えていく。 「う……あ……」 気を失ったままのルイズから逃げるように、ティファニアはニ、三歩と後ろによろめいた。不意に 腹の底から何かがこみ上げてきて、その場に蹲って嘔吐する。胃酸が口の中を通りぬけ、びちゃび ちゃと地面に垂れ落ちた。一度だけでは済まずに、何度も何度も吐き出す。 そんな彼女のことなど見えないかのように、シエスタはルイズを抱え上げて脇を通り抜けかかった。 「ま、待って、ください」 息をするのも苦しかったが、ティファニアはなんとか去り行くシエスタを呼び止めた。彼女は肩越 しにこちらを見た 「なんですか」 「あなた、あなた、は」 こみ上げる嘔吐感を、寸でのところでこらえる。 ティファニアには、シエスタが平然としているのが信じられなかった。自分がこれほどまでに凄ま じい罪悪感を感じているのに、目の前の少女がそうではないらしいことが。 「あなたは、こんなひどいことをして、なんとも思わないんですか?」 かなり無理をしてそう言ったあと、ティファニアは後悔した。 自分であれだけのことをしておいて、他人にそんな問いかけをするのはあまりにも滑稽に思えた。 しかしシエスタは、先程のように矛盾点を突くこともなく、ただ一言、揺るぎない口調で返した。 「ええ、なんとも思いません」 絶句するティファニアをよそに、シエスタはまた前を向いた。表情が見えなくなる。 「あなたはずいぶんと、ミス・ヴァリエール自身のことが気になっているようですけど」 ぞっとするほどに、感情のこもっていない口調だった。 「わたしは、彼女のことなんてどうでもいいんです」 「じゃあ、どうしてここまで……」 「だって、サイトさんが言いましたから」 彼女の肩が小さく震え出した。 「サイトさんが最後に言ったんです。ルイズを幸せに、って。わたしにとって大切なことはただそれ だけ。わたしはどんなときだってサイトさんの味方です。だからミス・ヴァリエールには幸せな一生 を全うして頂かなくてはいかないんです。こんなところで死なせはしません。ええ、死なせてやるも のですか!」 振り絞るような叫びだけを残して、シエスタが静かに去っていく。 雨の中、ティファニアはただ一人だけで残された。しばらくして立ち上がり、落ちていたデルフリ ンガーを再び深く突き刺して、ゆっくりと家路を辿る。 小屋に入ってから無言で杖を取り出し、先端を自分の頭に向けて、口を開いた。しかし、どうして も詠唱を紡ぐことが出来なかった。 手から力が抜け、杖が落ちる。ティファニアはその場に蹲って、嗚咽を漏らした。 (誰か、誰か、助けて……!) 降りしきる雨の音を聞きながら、一晩中そうやって泣き続けた。 200 名前: 不幸せな友人たち [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 02 11 07 ID Iq5bFxPP 翌日、ティファニアはルイズの城館に潜入していた。昨夜は一睡も出来ず、体の調子は最悪だった。 だが、今日はどうしても、ルイズのことを見なければならないと思っていた。 彼女はテラスのある部屋にいた。開け放たれた扉の影から覗き込むと、テーブルの前に座って 熱心に何かを読んでいる様子だった。目を凝らすまでもなく、手紙を読んでいるのだと分かる。時折、 おかしそうに笑う彼女の息遣いが聞こえてくる。 「奥様、奥様……!」 慌しい声と足音がして、廊下の角からシエスタが姿を現した。扉の影に隠れているティファニアを 見つけて、息を飲む。二人はその場に立ち尽くしたまま、一瞬見つめあった。 「シエスタ、わたしならここにいるわよ」 部屋の中から、ルイズがのんびりと言った。シエスタははっと我に返り、こちらに向かって駆けて くる。横目で警戒するようにティファニアを見ながら、部屋に駆け込んでいった。 「あらシエスタ、どうしたの、そんなに慌てて」 「いえ……お姿が見えないものですから、勝手に城の外に出て行かれたんじゃないかって思って」 「違うわよ、後少しで面倒な仕事が全部片付きそうだから、ちょっと一休みしているところよ。 勝手にどこかに行っちゃうなんて、サイトじゃないんだから」 おかしそうな声に続いて、楽しげな会話が聞こえてくる。ティファニアは、扉の影に隠れてそれを じっと聞いていた。シエスタは一度部屋を出て、厨房の方に向かっていった。程なく、ティーセットを持ってまた部屋に入っていく。楽しげな会話が再開された。 やがて、ティーセットを両手に持ったシエスタが出てきた。今度はこちらを一瞥することもなく、 廊下の角に向かって歩いていく。すれ違ったとき、目に涙が浮かんでいるのが見えた。 再び、部屋の中を覗き込む。ルイズはまだ手紙を読んでいたが、やがて不意に立ち上がり、手紙の 束を胸に抱きしめて、テラスの方まで歩いていった。目を凝らすと、彼女の肩がかすかに震えている のが分かった。静かに涙を流している。 「よかった……サイト、無事で……」 呟きが耳をかすめる。美しい涙だ、と思いながら、ティファニアはそっとその場を立ち去った。廊 下の角を曲がるとシエスタが待ち構えていて、物問いたげな視線でじっとこちらを見ていた。 「もう、迷いません」 すれ違い様にそう言い置いて、ティファニアは裏口から城を出た。 獣道の家路を辿っていると、自然と自嘲めいた笑いが口元に浮かんできた。 (わたしは何を勘違いしていたんだろう。罪悪感や悪夢から逃れようとしたり、彼女のためだなんて 偽善者ぶってみたり、この記憶自体を忘れようとしてみたり、誰かに助けを求めてみたり……わたし には、それをする資格がなかったのに) 一晩考え抜いて、彼女が出した結論だった。 (わたしは罪人だ。一生許されぬ罪を犯した大罪人だ。わたしに出来ることは、ただ耐え抜いて、罪 を償うことだけ……ううん、罪を償うんじゃない、終わらない罰を受けるだけだ。だって、わたしの 罪は、償うことなんか絶対に出来やしないんだから) 静かに涙を流すルイズの姿が頭に浮かんできて、ティファニアは強く唇を噛み締めた。やがて、家 が見えてきた。家とも言えぬ小さな小屋。そこが、彼女がこれから長い時間をかけて罰を受けるべき 牢獄だった。 続き 27-460不幸せな友人たち キュルケ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1792.html
灰色の空間をただひたすらに歩く。目的地はキラークイーンの右腕だ。 もともと、この空間は白かったはずなのだが、今では一部の隙間もなくすっかり灰色に染まっている。あのときのままだ。なぜだろうか? 自分の夢なのに意味がわからないなんておかしなことだ。いや、おかしくは無いか。自分の夢の意味を知らない人間なんて五万といるもんな。 夢の意味なんて単純なものでなけりゃあ、そういったものの専門家でもない限りわからないものだ。 キラークイーンが聞こえる方へ進んでいくと、やがてキラークイーンの右腕が見えてきた。今度は歌ではなく腕を目印にして歩き出す。 この空間にはキラークイーン以外何もない。だからここ来ればキラークイーンのもとに行くしかないのだ。 そして歩いているとき、不意にあのときの闘いのことを思い出す。そしてその中に違和感があることに気がついた。 対峙したキラヨシカゲ。灰色に染まる世界に消える透明な壁。顔にぶち当たるシアーハートアタック。腹を貫くキラークイーンの左腕。 無くなった左手を押えるキラヨシカゲ。絶望し、頭に銃弾をぶち込まれ爆発したキラヨシカゲ。崩壊する世界。 違和感の一つはこの灰色だ。あのときのよく見るとあのときの灰色じゃない。あのときの灰色よりいくらか白みがかっている。なぜだ? もう一つの違和感は、この空間だ。キラヨシカゲが崩れ去ったあのとき、この空間は崩壊したはずだ。なのに未だにこうして存在している。 夢だからいくら壊れても平気なのか?夢ってのはそんなものなのか?考えても考えても答えは出ない。自分のことだってのにわからないってのはもどかしいもんだな。 そんなことを考えているうちにキラークイーンにたどり着く。相変わらずサビは聞こえない。だがそれがいい。キラヨシカゲとは違うっていういい証だ。 右腕しか見えないのもやっぱりいい証だ。右腕は私だけのもので、サビ以外も私だけのもの。自分特有のものってのは最高だな。 そんな気分に浸っていると視界の隅になにかどす黒いものが映った。慌ててその黒いものに目を向ける。 自分の中で、この世界で黒いものといえばキラヨシカゲ以外に思い浮かぶものは無いからだ。そして目を向けた先にあるものに私は驚いた。 それはどす黒い染みだった。黒の中にあろうと発見できるとまで思うほどのどす黒い染み。 キラークイーンの位置から考えると、そこはキラヨシカゲが崩れ去った場所に他ならない。なんでそんな場所にこんなどす黒い染みがあるのだろうか? 答えは出ないまま、いつもどおり私の意識は暗転した。 パートⅣ 使い魔は穏やかに過ごしたい 「水兵リーベ僕の船ななまがりシップ……」 「ななまがりシップスクラークですね」 「だめだな。なかなか覚えれない」 「焦らなくても、ゆっくり覚えていけばいいですよ」 「ニャー」 穏やかな陽光をその身に受けながら、私はシエスタと共にベンチに座っていた。もちろんただ座っているだけじゃない。シエスタから文字を教わっているのだ。 アルビオンが攻めてきたあの戦いからすでに1週間ほど過ぎていた。城下町はてんやわんやの大騒ぎらしいが学院では特に変わったことはない。 いつも通りの日常が繰り返されている。いつも通りというのは素晴らしいことだ。下手に騒ぐよりよっぽどいい。 騒ぎがあればこうしてシエスタに文字を教えてもらうことなんてできなかったからな。そう、私はシエスタに文字を教えてもらっている。 タルブの村が焼き尽くされたあの戦いで、シエスタは死んでいなかった。村の人間も殆んど死ななかったらしい。 全滅、あるいは8割がた死んでいると思っていただけに、随分と運がいいと思う。その運のよさを私に分けてほしいくらいだ。 「情…………………気品優雅さ……ああ?」 「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ」 「…………これ一体何が書いてあるんだ?」 「さあ、前にも言いましたけど結構難しいことが書かれてる本ですから」 シエスタが学院に帰ってきたとき、シエスタは私を見るなり泣きながら私に抱きついてきた。それはそれは驚いたものだ。 いきなり抱きつかれたこともそうだが、私の中じゃあ既にシエスタは死んだ事になってたからな。死人に抱きつかれたらそりゃあ驚くに決まっている。 泣きながら抱きつかれるってのは正直鬱陶しかったが、引き剥がすようなことはしなかった。さすがにそれはひどすぎるだろうからな。 仕方なく自分から離れるまで好きにさせておいた。やがてシエスタは泣き終え、私に礼を言った。助けてくれてありがとう、と。 意味がわからなかった。私は何かを助けた覚えなんてない。タルブの村は私が着いたときにはすでに火の海だったしな。 シエスタが言うには、村の何人かが巨大な戦艦に向かって飛ぶゼロ戦を見たらしい。シエスタの父もそれを見たそうだ。 そのあと、小さな太陽が現われたことから、あれは私が起こしたものだと判断したらしい。確かにゼロ戦は飛ばしたがあの光を放ったのはルイズだけどな。 それにしてもあのとき、ゼロ戦を見ていた奴がいるんだな。そのことに驚いたよ。 「キラヨシカゲってどう書くの?」 「えっと、こうですね」 本当に、本当に穏やかな時間だ。デルフと話す以外で心穏やかになる瞬間があるとは夢にも思わなかった。なぜこうも穏やかでいられるのだろうか。 それはきっと、今隣にいる人間がシエスタだからだろう。隣にいるのがルイズだったらこうもいくまい。あれは人の形をした何かだ。 そんなものの隣にいて、安心しろというほうが無理なんだ。ルイズを見るたびにあの光を思い出す。ルイズを見るたび恐怖心が心をかき乱す。 未知に対する恐怖が私の平穏を妨げる。この恐怖心を心から失くすためには、ルイズを殺すしかないんじゃあないか? 「ヨシカゲさん?」 「なんだ?」 「どうかしたんですか?少し顔が怖いですよ」 「……そうか」 ルイズを殺すべきなんじゃないか、最近こればかり考えている気がする。いや、実際こればかり考えている。ルイズを殺して得られるメリットを考えてみる。 ルイズを殺せば『虚無』系統の使い手はいなくなる。それによって『虚無』に対する恐怖が無くなる。自由の身になれる。 デメリットはなんだ? ルイズは貴族の中でも身分が高い。王族とも付き合いがあり、お姫様の友人でもある。ってことは殺した場合……、怪しまれる。追究される。尋問される。 それも徹底的にされるだろう。一番近くにいるのがいつも私だ。絶対に怪しまれるに決まっている。逃げれば自分が犯人だといっているようなものだしな。 一生お尋ね者になってしまうかもしれない。いいベッドで眠れてうまい食事を朝昼夕きっちり取れる、この生活も手放すことになる。 ルイズは、魔法が使えるようになった。いつかだかルイズはこう言っていたな。 呪文をきちんと使いこなせる立派なメイジになりたいって。他のメイジが普通にできることを自分も普通にできるようになりたいって。それができただけで満足だって。 ルイズはその満足への足がかりを手入れた。だが、私はどうだ?『幸福』から遠のいたような気がする。 なぜ、こんなにも私がルイズに恐怖を抱いているのか、それはルイズが『虚無』を使えるからに他ならない。 私はあれ以来虚無を見ていない。しかしその力は、はっきりとまぶたの裏に焼きついている。 火』『水』『風』『土』、これらの系統はこの学院にいる限り、結構日常的に見られるものだ。だから慣れきっている。 慣れているものに人間ってのはそれほど恐怖を感じないものだ。だが、『虚無』は違う。ありゃあ今まで見てきた魔法とは全くの別物。 格というか次元が違う。一目見てわかる異常。明らかなる未知。それが『虚無』を身近で見て、そして感じた私の印象だ。 ルイズは個人で戦局を変える未知なる力を秘めている。そんな化け物の近くにいて気が休まるものか。 ルイズがあの力を私に使ってこないとも限らないのだ。あんなものを使われたら私はとてもじゃないが対処できるとは思わないね。対処できないからこそ怖い。 ふと横に目を向けると猫が私の心配などよそにウトウトしている。それを見ているとなんだか、こう、腹立たしい。こっちは真剣に考えているってのになんだその態度は! とりあえず肩に乗っている猫を掴み後ろに向かって放り投げる。 「ニャ~~~~!?」 「え?なんですか今の泣き声?」 「なんでもない」 「あれ?猫ちゃんは?」 脱走してもルイズなら、使い魔に逃げられるなんてメイジの恥だとか言ってお尋ね者にしそうだな。 そうだ、いっそ事故に見せかけて殺したらどうだろうか?スタンドならおそらく可能だ。 ……こんなこと考えるなんてまさしく『幸福』じゃないって証拠だよな。本当にどうしてこんなことになっちまったんだろ。 「ハァ~……」 「ヨシカゲさん。本当にどうかしたんですか?なにか心配事でもあるんですか?少し様子がおかしいですよ?} 「なんでもないさ」 「でも「なんでもない。それよりこれは何て読むんだ?」……これはですね」 穏やかに、時間が過ぎていく。 どうしてこんなことになったのか?どうして私がこの世界に来てしまったのか?私の問いに答えられる人間なんているわけも無かった。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3947.html
348 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 38 23 ID KNuPLcW5 机に向かって本を手繰っているときに、後ろからため息が聞こえてきた。 勉強を続ける振りをしながら、ルイズはこっそりと肩越しに背後を見やる。 窓際に座った才人が、憂鬱そうな顔でぼんやりと夜空を眺めている。 「味噌汁、飲みてえなあ」 かなりの小声だったが、意識を集中していたから何とか聞き取ることができた。 (なによ。あんた、最近そればっかりじゃない) そんなことを考えつつ、ルイズはまた本に目を戻す。 が、そこに書かれている内容は、全く頭に入ってこなかった。 記憶を取り戻してから、才人は今のようにぼんやりすることが多くなったように思う。 故郷を思い出していることは、誰の目にも明らかだ。 彼自身は、ルイズが見ている前ではあまり寂しがる素振りを見せない。 だが、今のようにルイズが他のことに意識を向けていると、彼女の近くでもたまに故郷を偲ぶような表情を浮かべるのだった。 つまり、寂しがっていること、帰りたがっていることを、あまりルイズに悟らせたくないらしい。 (気を遣ってるのよね、わたしに) そのことを考えると、ルイズの胸に痛みが走る。 どう取り繕ったところで、才人がこの世界に召喚されて寂しい思いをしているのは、間違いなくルイズの責任なのだから。 (何とかしてあげたいけど、今のわたしじゃ、すぐに元の世界に帰してあげるのは無理だし) そんな風に悩んでいることを彼に悟られては、また気を遣わせることになる。 そう考えて、ルイズは才人に知られないように、そっと密かに唇を噛む。 (何か、他にわたしがしてあげられることってないかしら) そのとき、ルイズの脳裏に先程の才人の呟きが蘇ってきた。 (ミソシル、か) この世界の基準ではかなり不思議な響きを持つその飲み物について、ルイズは何も知らない。 だが、もしも今の才人を励ませる手段があるとすれば、間違いなくその「ミソシル」を飲ませてあげることなのだった。 (ミソシル、ね) もう一度肩越しに背後を見やると、才人の横顔には先程と変わらず、憂鬱そうな表情が浮かんでいた。 彼の顔を盗み見ながら、ルイズは胸に決意の炎を燃やすのであった。 「わたしに聞いたって分かるはずないじゃありませんか」 ひょっとしたら、と思って聞いてみたが、やっぱりダメだった。 学院校舎の陰で呆れ顔のシエスタを見ながら、ルイズは小さく舌打ちをする。 「チッ、胸ばっかり大きくて使えない女ね」 「胸が小さい上に使えないどなたかよりはマシだと思いますけど」 放った嫌味にすまし顔で反撃され、ルイズは頬をひくつかせる。 二人はそのまま数秒ほどにらみ合ったが、やがてお互いに肩を落としてため息を吐いた。 「そっか。じゃ、あんたのひいおじいさまも『ミソシル』のことは口にしなかったのね」 「ええ、少なくともわたしが知る限りでは。まあ、知ってたとしても教えませんけど」 「なんですって」 眉をひそめるルイズに、シエスタは分かりきったことを説明するような口調で言った。 「だって、今のサイトさんに『ミソシル』を作ってあげたら、間違いなく好感度大幅上昇じゃないですか。 そうと知ってて、恋敵に『ミソシル』の情報を渡すほど、わたしは愚鈍じゃありませんよ」 「うー、確かにその通りね」 逆に言えば、作り方さえ知っていればすぐにでも作ってあげているということだから、 シエスタが「ミソシル」の作り方を知っているのにわざと隠している、という可能性はないらしい。 「ってことは」 ルイズが敵意を込めて睨むと、シエスタは自信ありげな笑みでその視線を受け止めた。 「そういうことです」 お互い、理解は早い。 つまり、これはどちらが早く「ミソシル」を作ることが出来るのか、という勝負でもある訳なのだった。 (負けられないわね、これは) ルイズとシエスタがまたもにらみ合いを始めたそのとき、二人の間に静かに割ってはいる声があった。 「そういうのは、やめたほうがいいと思う」 その声は本当に唐突に聞こえてきたので、ルイズのみならずシエスタもぎょっとしてしまったようだ。 だが、二人がほとんど反射的に声のした方向を見ると、そこには大きな木が一本あるばかり。 「でも、確かに声が」 「ミス・ヴァリエール、上です!」 シエスタの声に応じて視線を上に移すと、木の枝の一本に腰掛けて、本を読んでいる少女が一人。 349 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 39 25 ID KNuPLcW5 「タバサ」 名前を呼ぶと、彼女は本を閉じて短く詠唱し、風魔法の力でゆっくりと地に降り立った。 無表情のままゆっくりと歩み寄ってくる彼女を、ルイズとシエスタは困惑の表情で迎える。 「さっき言ったのは、どういう意味?」 訊ねると、タバサは表情を変えないまま淡々とした口調で言った。 「そのままの意味。今回は、いがみあわない方がいいと思う」 「二人で仲良く頑張りなさいってこと?」 ちょっとした皮肉で言ったつもりだったのだが、意外なことにタバサはあっさりと頷いた。 「簡単に言うと、そう。でも、正しくはない」 「どの部分が?」 「二人じゃなくて、三人」 ルイズはぎょっとする。「それって」とシエスタが気持ちを代弁してくれた。 「つまり、ミス・タバサも今回の件に参加するということですか」 タバサは小さく頷いた。 (やっぱり、この子もサイトに気があるのね) ガリアから救出して以降、才人に対する彼女の態度は明らかに変化した。 なにせ、雰囲気が読めないとよく言われるルイズにもそうと知れるほど、あからさまな変化なのである。 前にキスなどしていたときは「あなたに虚無魔法を使わせるため」などと誤魔化されてしまったが、 やはりタバサも才人にそういった感情を抱いていたものらしい。 (胸の辺りや背格好はわたしと同じぐらいだから、そんなに強敵にはならないはずだけど) 頭の中で素早く計算するルイズだったが、タバサはそんな彼女の内心を読んだかのように首を横に振った。 「勘ぐらないで。わたしは、あなたたちと同じようなことは考えていない」 「まあ、つまりわたしたちよりも深い愛情を持っていると仰るんですか」 「違う」 タバサの返事はあくまでも淡々としたもので、こちらを見下したり、軽蔑したりするような調子は全くない。 そのため、ルイズとシエスタも多少冷静になることができた。 そんな二人の落ち着きを読み取ったのか、タバサはゆっくりとした口調で説明を再開した。 「この中で、料理を作るのが上手いのはあなた」 と、シエスタを指差す。悔しいが、その辺りはルイズも認めるところである。 「でも、あなたには『ミソシル』についての情報を集める力がない。 図書館の利用や教師への質問には、多少制限がつくだろうから」 「それは、確かにそうかもしれませんね」 シエスタが納得したように頷く。タバサは次に、ルイズに向き直った。 「情報を集めるだけならわたしでも出来るかもしれないけど、多分本を見ても無駄だと思う」 「そうでしょうね」 ルイズは肯定した。異世界の飲み物について、本に記載されていると考えるのは無理がある。 「そこで、あなたの出番」 「わたし?」 聞き返すと、タバサはこくりと頷き、「ついてきて」と踵を返した。 そうして小さな背中について歩いていくこと、およそ数分。辿りついたのは、見慣れた場所であった。 「コルベール先生の研究室じゃないの」 火の塔のすぐそばにある、粗末で小さな建物である。 「ここに、何かあるんですか?」 シエスタの疑問に、タバサは無言で頷き、扉をノックした。 「どなたかね」 「タバサ」 「ああ、ミス・タバサか。鍵は開いている。入ってくれたまえ」 短いやり取りの後、タバサは扉を開き、研究室の中へ入っていく。ルイズとシエスタも、戸惑いながらそれに続いた。 (相変わらず汚いところね) 内心遠慮のないことを思いながらも、ルイズは笑顔を浮かべてコルベールに挨拶した。 「ごきげん麗しゅう、ミスタ・コルベール」 「うむ。元気そうでなりよりだ、ミス・ヴァリエール。君もいろいろな問題に巻き込まれて、苦労するね。 まあ立ち話もなんだ、座ってくれたまえ」 コルベールの勧めに従って、タバサとルイズとシエスタはそれぞれ手近な椅子に腰掛ける。 この狭い研究室の中に四人も集まるとさすがに狭く感じるが、そこは我慢するしかないだろう。 「さて、ミス・タバサから、多少なりとも話は聞いている。『ミソシル』について知りたいそうだね」 「何か、ご存知なんですか」 タバサの用意周到さとコルベールの言葉に驚き、ルイズは腰を浮かしかける。 が、そんな彼女を、コルベールは手の平でやんわりと制した。 350 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 40 10 ID KNuPLcW5 「落ち着きたまえミス・ヴァリエール。わたしとてもわずかながら物は知っているつもりだが、 さすがに異世界の飲み物ともなると完全に知識の外だよ」 「そうですか」 肩を落とすルイズの前で、コルベールは「しかし」と不適な笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。 「『ミソシル』について知る方法ならば、ないこともない」 「本当ですか」 またも驚き、ルイズは椅子を蹴って立ち上がる。今度はコルベールも制止せず、重々しく頷いた。 「うむ。ミス・タバサより依頼を受けて依頼、この炎蛇のコルベールが寝る間も惜しんで 数多の書物を読み漁った結果、驚くべき事実が明らかに」 と、ここまで喋ったところでふとこちらを見て、コルベールは苦笑した。 「すまない、こんなことを話しても退屈なだけだな。 わたしはどうも、こういうことになると不要なほど饒舌になってしまう性質のようだ。 まあ簡単にまとめるとだね、つまり」 それでも十分もったいぶった口調で、コルベールは言った。 「ミス・ヴァリエールの『虚無』の力を応用すれば、あるいは『ミソシル』について知ることができるかもしれんのだよ」 コルベールの説明によると、異世界の存在についてはいくつかの書物に記されており、 学院長のオスマン氏も以前異世界人に命を救われた経験を話してくれたそうである。 そしてコルベールが古文書なども苦心して読み漁った結果、 異世界と「虚無」には何らかの繋がりがあるらしいことが分かったのだ。 「まだ、はっきりとは言えんのだがね」 そう断りつつも、コルベールは興奮の色を隠しきれない様子で言った。 「ひょっとしたら、虚無魔法には、異世界との行き来を自由にするようなものもあるのかもしれない」 「まさか」 目を見開くルイズに、コルベールは自信に満ちた笑みを向ける。 「不思議なことではないだろう。そもそも、サイト君が召喚されたこと自体、 君が虚無魔法の使い手であることと全くの無関係ではないだろうからね」 「それはそうですけど」 「とは言え」 今度はどことなく残念そうに、ため息を吐く。 「今の段階では、おそらくそこまでは望むべくもないだろう。 出来ることなら、君とてとっくにやっているだろうからね」 「はい」 それは事実だったので、ルイズは口惜しく思いながら頷いた。 コルベールは、そんなルイズを励ますように、またにっこりを笑う。 「だが、行き来までは行かなくとも、情報を得ることぐらいなら出来るかもしれない」 「どういうことですか」 ルイズが怪訝に思って聞くと、コルベールは人差し指を立てた。 「君が現在扱える虚無魔法に、精密な幻を作り出せるものがあると聞いているが」 イリュージョンのことだろう。ルイズが頷くと、コルベールもまた満足げな表情を浮かべて頷いた。 「よろしい。では、今から言うものを用意してきてくれたまえ」 351 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 40 42 ID KNuPLcW5 コルベールが用意してくれと言ったものは、サイトの髪の毛であった。 別段髪の毛にこだわる必要はないが、体の一部で手に入れやすいものと言ったらこれだろう、と。 この時間の才人は相変わらず騎士隊のたまり場にもなっているゼロ戦の格納庫にいたので、 事情は明かさないまま「とにかく髪の毛一本よこしなさい」と言って迫った。すると、 「なんだよ、俺に呪いでもかけるつもりかよ」 などと下らない冗談を言い出したので、「いいから黙ってよこしなさい」と 数本も髪の毛を引き抜いて戻ってきたルイズである。 「取ってきました」 研究室に戻ってみると、コルベールは何やら大仰な装置の中心に、占いに使う水晶球をはめ込んでいるところであった。 「おお、手にはいったかね」 「はい。それはなんですか」 ルイズが聞くと、コルベールは脇に避けて、装置の全体がよく見えるようにしてくれた。 と言っても、見たところで何がなんなのかルイズにはよく分からなかったのだが。 「この装置は、君の虚無魔法『イリュージョン』の映像をこの水晶玉に投影するためのものでね。 ここの受け皿にサイト君の体の一部を置くことによって、彼が生まれた場所…… つまり異世界とやらの場所を察知し、その映像を映し出すことが出来るのだよ」 要するに、才人が生まれた場所の風景を見ることができるらしい。 「凄いじゃないですか」 素直に賞賛すると、コルベールは誇らしげに眼鏡とハゲ頭を光らせた。 「うむ。我ながら凄いものを作ってしまったものだと思う。 ともかく、これで『ミソシル』について知ることができるかもしれんという訳だ」 「そうですね」 頷きつつも、ルイズは思う。 (こんな面倒なことしなくても、サイトに直接『ミソシルってどんなの?』って聞けばいいんじゃ) だが、その考えはすぐに頭の中から追い払われた。 (ダメダメ、そんなこと聞いたら、あいつまた故郷のことを思い出して悲しくなっちゃうかもしれないし、 『別にいいよ、そんなに気ぃつかってくれなくても』なんて言い出しかねないし) 何よりも、出来るならば秘密裏に『ミソシル』を作って、驚かせたい。 恐らく、タバサとシエスタも同じ考えなのだろう。だから、二人とも何も言わずに事の推移を見守っているに違いない。 「それじゃ、やります。この水晶玉にイリュージョンを使えばいいんですね?」 「ああ、そうだ」 コルベールの肯定を受けて、ルイズは水晶球の前に立つ。 イリュージョンを詠唱して、体に渦巻く魔力を解き放つ。 精神力が溜まっているかどうかという不安はあったものの、魔法は成功した。 あるいは、「サイトの助けになりたい」という純粋な思いがあったからこそ成功したのかもしれないが。 ともかく、装置の中央の水晶玉に、見慣れぬ鉄の町の風景が映し出されたのである。 「おお、これは」 「すごい」 「見たことのない景色」 三者三様の驚き。普段無表情なタバサですらも息を呑んで、水晶玉を見つめている。 だが、残念ながらルイズのほうには驚いている余裕などなかった。 (いつもよりも、消耗が激しいみたい。早く、『ミソシル』を探さないと) 歯を食いしばって、ルイズは頭の中で「ミソシル、ミソシル」と念じる。 すると、水晶玉の中の風景が切り替わって、どこかの家の中らしき風景が映し出された。 「これは、炊事場みたいですね」 シエスタの言うとおり、そこはハルケギニアのそれとはかなり違った外観ながら、 立ち上る湯気や切られた野菜などを見る限り、間違いなく炊事場のようであった。 夕暮れの光が差し込む炊事場で、一人の黒髪の女性が、何やら鍋をかき回しているのだ。 「おお、見たまえ諸君、鉄の管から水が絶え間なく流れ落ちている。 その上、あの上の部分を捻るだけで自由に止めたり出したりできるようだぞ」 「すごい魔法」 三人が驚く声も、もはや遠くに思える。 352 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 41 15 ID KNuPLcW5 (ミソシル、ミソシル) ただそれだけを念じ続けていると、映像が台所に立っていた一人の女性の背中に近づいた。 (ミソシル、ミソシル!) さらに、映像がその手元に近づく。 女性の手に握られたお玉が、鍋に入った茶色っぽい色の液体をかき回しているのが見える。 「ひょっとして、これが」 「ミソシル……!」 そこで、精神力が切れた。 映像が途切れる寸前、ミソシルをかき回して女性の顔が水晶玉に映りこむ。 黒髪で、少々きつめなその女性の顔には、優しく、だがどことなく寂しそうな笑みが浮かんでいる。 (この人、ひょっとして、サイトの) 映像が途切れると同時に、ルイズの意識もまた途切れてしまった。 それから数日後、ルイズとタバサとシエスタは、学院から遠く離れた山の中にいた。 ここ数日というもの、「ミソシル」の材料を探して、授業そっちのけであちこちを駆け回っていたのである。 「……マンドラゴラの根っこ、サラマンダーの卵、オーク鬼の肉に、雲より高い山の山頂にしか生えない花……」 自分達が採集したものを改めて見直しながら、ルイズはげっそりとした気分でため息を吐く。 「本当に、ミソシルっていうのはこんなものを材料にしてつくるスープなの?」 「ミスタ・コルベールが言ってたことだから、多分間違いない」 薄汚れた顔のまま、タバサが頷く。 出来る限り採集を急いでいたせいもあって、ルイズ、タバサ、シエスタ、三人とも薄汚れて実に見苦しい姿である。 「わたしたちの世界では手に入れにくいものでも、サイトの世界では簡単に手に入るものなのかもしれない」 「とてもそうは思えませんけど」 今日の夕飯であるスープが入った鍋をかき混ぜながら、シエスタが疲れ果てた微笑を浮かべる。 「少なくとも、近い材料であることには間違いない、とコルベール先生は断言してた」 「これがねえ」 断末魔を上げる人の顔にも似たマンドラゴラの根っこを手でつまみながら、ルイズは顔をしかめる。 コルベールが作成したあの装置には、映った物の組成などを調べる機能もついていたらしい。 『ミソシルというのは、この世界にあるこういったものと近い材料で作られているものらしいぞ』 自信満々にリストを手渡すコルベールの顔を、ルイズは実に胡散臭い気持ちで見つめたものである。 『本当にこんな無茶苦茶なもので料理が作れるんですか?』 『もちろんだ。わたしの装置を信用したまえ』 『……というか、映ったものの組成を知るっていう機能自体がなんか都合よすぎて信用できないっていうか』 『信用するのだよ、ミス・ヴァリエール』 そうまで言い切られてしまっては、反論できないルイズなのである。 「とりあえず、これで材料は全部」 採集したものをいれた袋の中を整理しながら、タバサが呟く。 「そう。じゃあ、これで『ミソシル』が作れるのね」 「わたし、張り切っちゃいますから! 絶対に『ミソシル』を完成させてみせます!」 俄然張り切った様子で、シエスタが拳を固めて宣言する。 実際、『ミソシル』を作るのは完全に彼女の仕事であり、ルイズやタバサには出る幕がないのだった。 (タバサ、か) ふと、ルイズはこれまで何も言わずに協力してくれた、この級友の横顔を見つめる。 たとえ成りが薄汚れていようが疲れ果てていようがやることは変わりないようで、 彼女は焚き火の炎の明りの中で、静かに読書を始めていた。 「ねえ、タバサ」 気づくと、ルイズは声をかけていた。 「あんたって、サイトのこと、どう思ってるの?」 ずっと聞きたくて聞けなかった問いが、今は自然と口から流れ出た。 タバサは珍しく本を閉じると、真っ直ぐにこちらを見つめて、はっきりとした声音で言った。 「大切な人だと思ってる」 これ以上ないほど、明白な答えである。 いつものルイズならばタバサを恋敵と認めて脅威を感じたところかもしれないが、 今はただ、「そっか」と力ない呟きを返すことしかできなかった。 353 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 41 59 ID KNuPLcW5 「あの、ミス・ヴァリエール。なにかあったんですか」 ルイズの返答を怪訝に思ったのか、シエスタが心配そうに声をかけてくる。 「この間、サイトが元いた世界、見たじゃない」 シエスタの問いに答えながら、ルイズはあの日見た光景を思い出していた。 夕暮れの光が差し込む炊事場。そこに立って、どこか寂しげな微笑を浮かべて鍋をかき回していた女性。 「あのときね、多分わたし、サイトのお母様を見たんだと思う」 「サイトさんの」 「母様」 二人の言葉に、ルイズは小さく頷いた。 「優しいけど、なんだか寂しそうな表情で。多分、サイトのこと考えてたんじゃないかなって思うの」 涙が浮かんできて、視界がぼやけた。 「どこの世界でも同じね。母親は子供のこと心配するものだし、 急にいなくなったりしたら寂しくてたまらないに決まってるわ。 それなのに、わたしはサイトのことを、何の前触れもなしにこっちの世界に連れてきてしまった。 ひどい話よ。こんなひどい女のこと、サイトは責めないでいてくれるのに、わたしは何もしてあげられない」 ミソシルを作るのはシエスタだし、その作り方を知るきっかけをつくったのはタバサだ。 ルイズ自身イリュージョンの魔法を使いはしたものの、あれだってコルベールの装置がなければ何の意味もなかった。 「ミス・ヴァリエール」 シエスタがそっとルイズの肩を抱く。 「それは違う」 タバサも、いつものように静かな、しかし力強い口調で断言してくれた。 「今回のことは、わたしたちの誰か一人でも欠けていたらきっと成し遂げられなかった」 「そうかもしれないけど」 「わたしは、サイトのことを大切な人だと思ってる。だから、彼のために何かしてあげたい。 今は、そのことだけ、考えていればいいと思う」 「そうですよ。ミス・ヴァリエールがそんな風に考えてるって知ったら、サイトさんまた気を使いますよ」 二人の気持ちに、胸が少し温かくなる。ルイズは涙を拭って頷いた。 「そうね。これだけ苦労したんだもの、『ミソシル』、必ず完成させて、あいつに飲ませてやりましょう」 ルイズの言葉に、シエスタとタバサが力強く頷いた。 焚き火を囲んだ翌日に学院に帰還したルイズたちは、コルベールへの報告も 教師達への言い訳も後回しにして、ひたすら『ミソシル』作りに没頭した。 と言っても、作るのはシエスタな訳で、ルイズとタバサは横で固唾を呑んで見守るしかなかったのだが。 「ここでマンドラゴラの根っこをくわえて、サラマンダーの卵汁はここで」 ぶつぶつと呟きながらシエスタが鍋に材料を加えていたそのとき、突如として鍋の中の液体が激しく沸騰し始めた。 「危ない」 短く叫んだタバサが、即座に魔法を発動させてシエスタの体を引き戻す。 ほとんど吹っ飛ばされたようなシエスタの体を、ルイズとタバサが二人がかりで受け止めたそのとき、 鍋の中で沸騰していた液体が凄まじい音を立てて爆発を起こし、四方八方に飛び散った。 「また失敗、ですね」 スカートの裾を払いながら立ち上がったシエスタが、ため息混じりに呟く。 実際、先程からずっとこの調子なのである。 シエスタが試行錯誤しながら今回採集してきた材料を様々な調理法で鍋に加えていくのだが、 何故か必ず途中で爆発してしまうのである。 「なんか、料理をしているんだか魔法薬作りの実験をしているんだか分からなくなってきたわ」 「わたしも」 ルイズの呟きに、隣のタバサが頷く。シエスタが再び鍋を元に戻し、笑顔で振り返った。 「大丈夫です、ミスタ・コルベールも材料は間違っていないと断言してくださったんですから」 「でも、少しは休まないと、あんたの体力が」 「ミス・ヴァリエール」 心配するルイズの声を、シエスタは遮った。 彼女の薄汚れた顔には、清清しい笑みが浮かんでいた。 「あなたとミス・タバサは、わたしたちの愛しい人のためにずいぶんと無理をなさいましたね。 わたしはあなたたちと違って貴族じゃありませんけど、その尊い心は、少しは理解できるつもりです。 心配しないでください。わたしは、必ずやり遂げてみせます。 そう、この『ミソシル』は、貴族の誇りと平民の意地、そしてなによりわたしたちの愛情がたっぷりと詰まっているんです。 わたし一人、多少大変だからと言って途中で投げ出す訳にはいきません」 決意を秘めた口調でそう断言したあと、シエスタは再び鍋に向き直る。 その背中から、凄まじいまでの熱気が立ち上っている。ルイズとタバサは同時に唾を飲み込んだ。 354 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 43 16 ID KNuPLcW5 「何て料理なの……『ミソシル』というのが、ここまで恐ろしいものだとは思っていなかったわ」 「だからこそ、サイトもあれだけ執着したんだと思う」 「そうよね。そうでなくちゃ、あんなに飲みたがることに説明がつかないもんね……!」 「爆発の危険を冒してでも、子供に毎朝おいしいものを食べてもらいたいと思う心……!」 『まさに、母の愛がつまった、おふくろの味……!』 命を賭けて料理に挑むメイドの少女の背中を、二人の少女は互いの手と手を握り合って見つめ続けた。 そんなこんなで、ついに「ミソシル」は完成した。 「で、できました……!」 黄昏の光の中、シエスタの体がふらりと傾ぐ。 慌てて駆け寄ったルイズに助け起こされながら、シエスタは薄汚れた顔に穏やかな笑みを浮かべた。 「やった、やりましたよミス・ヴァリエール……! わたしたちは、ついに『ミソシル』を作り上げたんです……!」 「ええ、ええ、分かってるわシエスタ。これは、わたしたちの埃と友情と愛情の結晶よ……! あなたは、わたしたちの誇りだわ」 「えへへ……そんな風に言っていただけるなんて、わたし、とっても嬉しいです……」 シエスタの微笑みは、どこかあの日見た才人の母の笑顔を思わせる優しさに満ちている。 ルイズは涙を拭って、今や親友となったメイドの少女に微笑を返した。 「バカね、まだそんな風に喜ぶのは早いわよ。さ、わたしたちが成し遂げたものを、ちゃんと見届けなくちゃ」 言いながら、ルイズはシエスタに肩を貸して立ち上がった。 タバサはすでに鍋のそばに立って、口元を手で覆い隠したまま険しい表情で鍋の中の「ミソシル」を見下ろしているところであった。 「これが、『ミソシル』……!」 ごくりと唾を飲み込む彼女の視線の先には、どろりと渦を巻く薄い茶色の液体がある。 「確かに、あのとき見たのと寸分違わぬ色合いだわ……」 「これで、完成したと見て間違いなさそうですね……」 だが、三人の顔には喜びではなく苦悶があった。 その理由は、問わなくても分かる。タバサもシエスタも、ルイズと全く同じ事を考えていただろうから。 すなわち、 『くせぇ……!』 である。ほとんどこの世のものとは思えないレベルであった。 そもそも材料からして想像がつきそうなものだが。 「あの、これ、本当に『ミソシル』なのよね?」 「今となっては、少し自信が持てなくなってきました」 「いや、異世界の料理だから、いい臭い悪い臭いの基準もこの世界とは違うのかもしれない」 「そうかもしれないけど。これ、味の方はどうなのかしら……」 三人は互いに視線を交し合った。 「わたしは調理担当だったので、味見は他の方にお任せしますね。どうぞミス・ヴァリエール」 まずシエスタが引きつった笑顔で言った。 「ううん、ここは発案者の名誉を重んじてタバサに任せるべきよね」 次にルイズが愛想笑いを浮かべてタバサに丸投げした。 「いや、料理は味見して初めて完成するものだから、シエスタに」 珍しく、タバサの頬を汗が一筋流れ落ちる。 三人はけん制しあったまま硬直し、その状態はいつまでも続くかと思われた、が。 「お姉様お姉様、お腹すいたのね」 と、能天気な声が突如として割り込んだ。 見ると、彼女らが調理していた広場の隅に、巨大な竜が現れていた。 「シルフィード」 「うん、シルフィなのね。お姉様、お腹空いたのね、なんか食べさせてほしいのね、きゅいきゅい」 「なんともないの?」 「なにが?」 言葉を喋る風竜(正確には違うが)シルフィードは無邪気に首を傾げる。 どうやらここ数日探索に付き合わされたせいで少し体調を崩しているらしく、鼻がきかない状態らしかった。 「じゃあ、これ。一舐めだけ」 タバサはいつもの無表情で鍋を指差し、とんでもないことをさらりと命令した。 (なんて女……!) おそらく恋敵となるであろう女のあまりの冷酷ぶりに震え上がるルイズの前で、 シルフィードは「ぶーっ」と可愛らしい抗議の声を上げた。 355 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 45 08 ID KNuPLcW5 「一舐めって何なのねー。お姉様のけちんぼー」 「いらないなら、いい」 「いるいる、いるのね舐めるのねー」 言うが早いか、シルフィードは長い舌を突き出して鍋の中に突っ込んだ。そして、 「GYUOAAAAAAAAAA!!」 という、普段の可愛らしい声からは想像もつかない恐ろげな絶叫を上げた挙句、 地面の上を十数秒ものた打ち回った後、だらりと舌を出したまま白目を剥いてぴくぴくと痙攣し始めた。 「……」 「……」 「……」 三者、無言。 あまりのことにしばらく誰も何も言えなかったが、 「あの、ミス・ヴァリエール」 と、シエスタがおそるおそる言い出した。 「なに、シエスタ」 「ひょっとしたらと思っていたんですけど」 ゴクリ、とシエスタが唾を飲む。 「わたしたちは、何かとんでもない思い違いを」 「味覚の違い」 突然、タバサが遮った。 「異世界だから、いい味悪い味の基準も、わたしたちの常識とは大きく異なっているものと考えられる」 「いや、それはあまりにも無理矢理」 「考えられる」 断言である。 (案外強引だなこの女) 内心戦々恐々としつつも、ルイズはついに、決意した。 「とりあえず、これ、サイトのところに持っていきましょう」 何か、恐ろしいものが来る。 突然嫌な気配を感じて、才人はベッドの上で跳ね起きた。 ここ数日ほどルイズたちが何やら飛び回っているので、夕方は専らベッドの上で寝転がっている才人である。 「どうしたね、相棒」 「いや」 訊ねかけてくるデルフリンガーにも、ろくな答えを返せない。 とにかく、何か自分の身に想像も絶するような恐ろしい出来事が降りかかろうとしている。 いくつもの修羅場を乗り越えてきた才人だからこそ、分かる感覚であった。 (だが、なんだ……? というか、どうする? 逃げるか?) しかし、逃げるのもよくないという予感があった。 要するに、どんな危険がやってこようとも、ここでどっしりと構えて受け止めなければならないということである。 (クソッ、なんだってこんな……!) だが、文句を言っても仕方がないのだった。 才人は全身から嫌な汗が噴出すのを感じながら、その場でじっと「何か」が来るのを待ち構えた。 まずやってきたのは、鼻をつくような凄まじい悪臭である。 次にやってきたのは、三人分の足音。そして、扉が開け放たれた。 「サイト!」 「サイトさん……!」 「サイト」 既知の少女たち三人が、何やら極限まで思いつめた表情で、巨大な鍋を運んできた。 先程から周囲一帯に漂っている凄まじい悪臭の元は、どうやらあの鍋の中身らしい。 356 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 45 56 ID KNuPLcW5 (おいおいお前ら、まさかそれを俺に) 才人は自分の顔が引きつるのを感じる。だが、彼が何かを言うより先に、 少女たちは鍋を床に降ろして、一人用の器に鍋の中の茶色い液体を注ぎ込むと、 「さあ」 「サイトさん」 「『ミソシル』、飲んで……!」 と、その器を才人に向けて突き出してきた。 (『ミソシル』、だと……!?) 才人はごくりと唾を飲み込みながら、自分の記憶を反芻する。 彼の記憶が確かならば、味噌汁というのは決してこんな凄まじい悪臭を発する食べ物ではなかったはずである。 (確かに色は味噌汁っぽいが……こんなこの世のものとは思えない臭いを発する物体を、俺に飲めと……!?) 絶対嫌だ! と叫びたいところではあったが、才人はそれよりも先に気づいた。 少女たちが、全身泥だらけでひどく汚れていることに。 (……ひょっとして、お前ら、これを俺に食べさせるために……) その瞬間、才人は全ての事情を奇跡的な正確さで把握した。 それ故に、断るための言い訳が全て頭の中から吹き飛んでしまった。 (……へっ。ここで断れる奴は、男じゃねえぜ……!) 内心で格好つけながら、才人は無理矢理笑顔を浮かべて少女達が突き出す器を受け取った。 「おお、すごいなお前ら、味噌汁作ってくれたのか。ありがたくいただくぜ」 少女達の顔がぱっと輝く。その表情を見て、ますます後へと引けなくなった。 (大丈夫。ひょっとしたら、臭いだけで味はまともかもしれねえし……!) そんな一縷の望みを賭けて、才人は震える手で器を口元に近づける。 そして、目を閉じて一気に器の中身を口の中に流し込んだ。 (うっ!) そして、目を見開く。 (なんだこりゃ!?) おそろしく、まずい。 (泥水……いや、そんな生易しいもんじゃねえ……! 東京湾のヘドロをじっくりコトコト一週間ほど煮込んだ後、 蛆虫やらゴキブリやら肥溜めの糞やら、とにかくありとあらゆる汚いものを突っ込んでさらに一週間ほど煮込んだような) もちろんそんなものを飲んだ経験はなかったが、とにかくそのぐらいひどい味だということである。 そんな致命的な液体を口に含んだ状態のまま、才人は煩悶する。 (バカな、こんなものを俺の体内にいれろと言うんですか。君達は悪魔ですか、魔王ですか) そんなことを考えつつ、力を振り絞って少女達を見やる。 皆、一様に真剣な表情で、こちらの反応を固唾を呑んで見守っている。 (だ、ダメだ! この状況で吐き出したりした日には、俺は史上最低の男になっちまう!) 才人は覚悟を決めた。 (飲め、飲み込め、俺! 大丈夫、死にはしない……とは言い切れんが。 いや、むしろ死んでも飲め! それでこそ男ってもんだろ、平賀才人!) 才人は口の中の、液体と呼ぶのもおこがましい液体を、無理矢理嚥下した。 致命的で壊滅的な液体が、じっくりと才人の体に浸透していく。 (うおお……! 俺の、俺の体が悲鳴を上げている! 何故こんなもん飲ませやがったんだと脳に抗議を送ってくる!) だがしかし、絶対に吐き出す訳にはいかないのだった。 せめてものお詫び、という訳ではないが、才人は目から涙を流すことだけを許した。 「さ、サイト……!」 「サイトさん……!」 「泣いてるの……?」 「……お、おう……!」 声と同時に例の液体が口から出そうになるのを、必死で堪える。 「あ、ありがとうよぅ、お前るぁ……お、俺ぇ、感動しぶぇ……な、なびだがどばんねえずぇ……」 少女たちの顔に、弾けんばかりの笑顔が浮かんだ。 357 :異世界人になぁ、味噌汁なんざ、つくれるわきゃ、ねえだろうが!:2007/07/17(火) 05 47 42 ID KNuPLcW5 「やった、やったわよ、あんたたち!」 「一時はどうなることかと思いましたけど……!」 「わたしたちは、『ミソシル』を、サイトに届けることができた……!」 抱き合って喜ぶ少女達を眺めていると、才人の混濁した意識に喜びが広がった。 (よ、よかった……一生懸命にやってくれたこいつらを、傷つけずにすんで) と、そこまで考えたとき、 「じゃ、サイト」 「お代わりまだまだありますから」 「遠慮なく、飲んで」 少女達は、三者三様の器にあの液体を注いで、笑顔でサイトに突き出してきた。 (マジッスかぁぁぁぁぁ!?) 心の中で悲鳴を上げる才人に対して、三人は溢れんばかりの笑顔のまま、さらなる刑の増加を告げる。 「材料はたっぷり取ってきたから」 「向こう三ヶ月ほどは持ちますよ、きっと」 「これからは毎日作ってあげる」 地獄の日々の始まりであった。 ……ハルケギニアを代表する英雄の中に、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガという名がある。 とあるメイジに使い魔として召喚されたという冗談じみた出自を持つこの男は、 その他にも冗談じみた伝説をいくつも残している。 曰く、七万の大軍を単騎で止めた、だとか。 曰く、城よりも巨大なゴーレムを一人で叩ききっただとか。 曰く、当時最強とされていたエルフと、互角に渡り合ったとか。 だが、何よりも驚くべきは、彼が捕虜になった回数と、そうなった後の生還率である。 なんと、彼はその生涯を通して百回以上も敵の虜囚となり、そのたびに様々な拷問を受けつつも、 一度もその精神を損なうことなく生還しているのである。 後に、「あなたはどんな拷問にも屈しないと誉れ高いが、その力の秘密は一体何なのか」と問われた際、 「それはまあ、何というか……愛の力、というところでしょうかね」 と、彼は苦笑混じりに答えたという。 なお、英雄サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガには三人の訓練者が常に付き従っており、 彼は彼女らが毎朝出す毒液によって己の体を鍛えていたという逸話も残っているが…… やはり、その真偽は定かではないのである。 <了>
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3851.html
前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔 ~使い魔の勤め~ 主人から下される指令をこなせ 早朝、朝食の給仕の準備に向かうシエスタは、学院の廊下で洗濯篭を抱えた男に呼び止められる。 「おい、ちょっと聞きたいんだけどな」 「は、はい!何でしょう?」 ガタイの良い大男に話しかけられ、シエスタはドキっとした。 「コインランドリーはどこだ?」 「え?コイン!?えーえっと・・・」 「チッ、分かってるよ。コイツを洗いたいんだけどな」 ダンテはシエスタに自分の持つ洗濯物を差し出す。 「まあそうでしたら・・・。もしかして貴方は、ミス・ヴァリエールの使い魔でいらっしゃいますか?」 一瞬、誰の事だか分からなかったダンテ。 ルイズの長ったらしいフルネームは一度聞かされたが、最初から憶える気が無かった。 「まあね」とダンテは適当に答える。シエスタは興味津々な顔でダンテに詰め寄った。 「昨日から噂になってますよ。平民の使い魔が召喚されたって」 「アンタも魔法使いってヤツなのか?」 「いいえ、私も平民ですから。魔法の使えない私達の様な平民は、この学院で貴族の方をお世話させて頂いているのです」 「若くてカワイイのに、ご苦労なこった」 ダンテの言葉に、シエスタは頬を赤く染めて、照れたような仕草をする。 「やだ、お世辞がお上手ですね使い魔さんは」 「お世辞でもないんだけどな。それより」 「ああっ お洗濯ですね!?失礼しました。直ぐご案内します。」 少女の笑顔から一変して、メイドの顔に戻ったシエスタは、慌てて外の水場へ案内する。 そこでダンテは制服の手洗いを始めるが、一緒について来たシエスタも「折角ですから」と、 洗い物を手伝ってくれた。 「アンタ良い奴だな。お陰で早く終わりそうだ」 「いえ、これも仕事の内ですから。他にも何かございましたら、何でもおっしゃって下さいね。ええーと・・・」 「ダンテだ。アンタが困ってた時には、タダで請け負ってやるぜ」 「私はシエスタです。よろしくお願いしますわ。ミスタ・ダンテ」 洗濯が終わり、シエスタと別れてルイズの部屋へと戻る。 そこにはシーツを蹴散らし、あられもない格好で寝ているルイズがいびきをかいていた。 ダンテはそんな主人を気にも留めずに、洗い終わった制服を着々と干していく。 そうしているうちに、ルイズが目を覚まして、ダンテに話しかけてきた。 「うーん。・・・あんた誰?」 「御嬢様の使い魔さ」 「んー。これ」 寝ぼけ眼のボケっとした顔でバケツを差し出す。 「水」 「あん?」 「顔洗うから水汲んできて」 ダンテは渡されたバケツを手に取ると、寮塔の3階にあるルイズの部屋の窓から飛び降りた。 戻ってくる時も窓から入ってきたが、すぐさまベッドに寝転んでいたルイズは、それを見てなかった。 「ほら、起きろ」と、ダンテによってベッドから引きずり出しされたルイズは、渋々とバケツの水を洗面器に移し変え顔を洗う。 ようやく目を覚ましたルイズは、使い魔に向かって次の仕事を言い渡す。 「服」 「今度は何だ?」 「着させて」 ダンテは一つ溜息をついてから、ルイズに尋ねた。 「一つ聞いていいか?」 「何よ」 「ここはジュニアスクールか?」 「ジュニアって、失礼ね。私はもう16よ!」 そういえばシエスタも同じくらいの年って言ってたな。何なんだこの差は。 そう思いながらダンテは主人に問い詰める。 「16の御嬢様は着替えも一人で満足にできないのか?」 「私は貴族なの。貴族は下僕がいる時には、自分で服なんて着ないの!」 「はいはい。わかりましたよ御主人様」 ダンテは溜息混じりに返事をし、引き出しから下着と制服を取り出し、ルイズに着させようとする。 近づいてくるダンテの顔に、ルイズは一瞬ドキっとする。 「い、いいい、いい!やっぱり自分で着替える!!」 「何だよ急に」 困惑するダンテから下着と制服を取り上げると、いそいそと着替え始める。 そして、自分の使い魔がチラっとでも婚約者と重ねて見てしまった、などと思ったルイズは自らを恥じた。 「アンタはこの部屋の掃除をしてなさい。掃除が終わったら、私が戻ってくるまで大人しくここで待ってるのよ」 使い魔にそう告げると、ルイズはバタン!とドアを閉めて部屋から出て行った。 主人を見送ったダンテは、掃除など始める訳でもなく、床にゴロンと寝そべって考え込んだ。 「やれやれ、本格的にガキのお守りじゃねえかよ・・・」 これから刺激の無い日常が繰り返されると思うと、ダンテは深く溜息をついた。 ダンテがルイズと再び出会ったのは、彼女が授業の真っ最中の時間帯であった。 「ふーん すげえんだな、魔法って。」 「うるさいわねっ!!それ以上無駄口叩くと明日もご飯抜きにしてやるんだから!」 ルイズに呼び出された場所は、瓦礫の山と化した教室だった。 何でも錬金の実習でルイズが教師生徒を巻き込む大爆発を引き起こしたらしい。 「何を失敗したんだ?」 「錬金よ。金属を錬金する実習だったの」 「それでこの有り様か?」 教室がこうなってしまった状況について、色々質問してくる使い魔に、ルイズは耐え切れずに叫んだ。 「そうよ!失敗したのよ!未だに空も飛べない!錬金もできない! 魔法を唱えればこんな失敗ばかりの成功率ゼロ!ゼロ!ゼロ!お陰で周りの皆から呼ばれるあだ名は"ゼロのルイズ"よ!」 何をどう間違えたら錬金が爆発に至るのかダンテには理解できなかったが、 これ程の規模の被害を出すには並大抵のエネルギーではないということは感じた。 「失敗じゃないさ。周りを見ろよ」 「何がよ!」 「これだけの爆発を起こしたんだ。魔法はできたんだろ?使い方を間違えただけだ」 両手を広げて、教室を見回しながら身振り手振りルイズに論するダンテ。 ダンテがこんな話ができるのは、デビルアームズを介して、己の内に眠る魔力を開放できる様になった今だからこそである。 「それに、俺をこの学校に呼ぶのにお前は魔法を使ったのか?」 「そうよ」 「だったら成功したんじゃねえか。ゼロじゃねえよ」 そう言われてきょとんとするルイズを他所に、着々と教室の片付けを進めるダンテ。 瓦礫をまとめ、机を元の位置に戻し、窓を拭いている内に色々と考え込んでいた。 そういえば愛剣がないな。元の世界に置いて来たんだろう。他の魔具は?まあ、またあの塔に封印されたんだろう。 しかし親父の剣が無いのはマズイ。あれだけ必死こいて取り戻した剣である。 無くしたり折れたりなんかしたら母と兄に殺される。多分、呪い殺される。 掃除を行っている中、みるみる青冷めるダンテの横顔が目につき、少し不安げな表情をしながらルイズが小さく漏らす。 「ま、まあ、洗濯もきちんとやってくれてるみたいだし、ここの片付けにも、・・・一応感謝しといてあげるから」 教室の片付けが終わったのは昼食の時間の直前。ルイズは教室から出て行こうとする使い魔に話しかけた。 「どこ行くのよ。昼食の時間なんだからこっちに来なさい」 「今日一日メシ抜きじゃなかったのか?」 「ここを片付けた、ご、ご褒美の一つでもあげようと思ってんのよ」 「ハハッ、優しい御主人様に涙がこぼれそうだね」 前ページ次ページ悪魔も泣き出す使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/3282.html
前ページ次ページゼロの大魔道士 トリステイン魔法学院のアルヴィーズ食堂のレベルは高い。 各国の貴族子弟が籍を置いているだけに、求められる料理の水準も比例して高くなっているからだ。 故に、料理の残しこそはあっても、料理そのものにクレームがつかないという点で料理人達の腕前は押して知るべし。 料理長のマルトーはそんな現状に満足はしていないが、とにもかくにもアルヴィーズ食堂は今日も盛況だった。 しかしその日、明らかに異物とも言える存在が食堂に存在していた。 二人の女生徒に挟まれ、冷や汗を流す中年男性――コルベールである。 「ちょっと、ツェルプストー! なんでそんなにくっついてくるのよ!」 「あら、いいじゃない。別にあなたにくっついているわけじゃないんだし?」 ね、ジャン? そう言って体を押し付けるように擦り寄ってくるキュルケにコルベールは茹蛸のように顔を染め上げる。 42歳にして独身、過去の経緯により女性経験も皆無に等しい彼は年下の女性の急接近に石像と化していた。 キュルケは間違いなく美人に属する女性であり、しかもそのスタイルは抜群。 現にコルベールの右腕には彼女の豊満な二つのふくらみが押し付けられている。 これはコルベールでなくても固まってしまうのは無理はない。 「こ、この…っ!」 ――のだが、そんな男の事情などルイズには関係がなかった。 いや、正確に言えば関係があるからこそ憤慨しているといえる。 昨夜結んだ主従の誓いにより、コルベールは彼女の使い魔となった。 勿論、これは例外中の例外ともいえる事態なのでいくつかの妥協というか折り合いは協議の末定められている。 折り合い、つまりコルベールはルイズの使い魔になったからといってその全てをルイズに捧げるわけではないということだ。 教師を続けることは勿論、彼の趣味といえる怪しげな研究の続行もある程度は許可している。 更に、生活空間も別のままだった。 いわば、表面的にはなんの変化もないのだ。 なお、これはルイズが言い出したことである。 いくらコルベールが構わないといっても年長者で目上の人間を他の人間の使い魔のように扱うわけにはいかないからだった。 ちなみに余談ではあるが、コルベール自身は覚悟完了していたということもあり、 自分を通常の使い魔同様の扱いをしても構わないと申し出、ルイズを大変戦慄させている経緯がある。 「コルベール先生! ツェルプストーなんかにデレデレして、はっ、恥ずかしくないんですか!?」 ルイズの叱責にコルベールはようやく硬直を解いた。 だが、キュルケを振り払うわけにもいかず、状況は依然として変わらない。 ぐぐぐ、とルイズの目が釣りあがっていく。 「あら、いくら使い魔といっても恋愛は自由じゃない? それとも、そこまで彼を縛らないと不安なの?」 「なっ、だ、誰が!」 余裕そうに見下げるキュルケと怒りに瞳を燃やして見上げるルイズの間に火花が飛ぶ。 間に挟まれたコルベールは情けなくもオロオロするばかりだった。 だが、それを情けないと責められる者はいない。 なんせ挟んでいる二人が二人なのだから。 「コルベール先生も災難だよな…」 野次馬の一人がポツリと呟いた。 これは現状に対してと、彼のおかれた立場という二つの意味にかかっている。 コルベールがルイズの使い魔になったという事実は既に学院に広がっていた。 何せ使い魔にされた本人が公言しているし、ルーンも見せて回っているのだから否定の余地はない。 また、使い魔が教師ということもあり、昨日の召喚の場にいたものはこの状況に首をひねるものの、それ以上の詮索をすることはなかった。 「どうぞ」 と、そこにトレイを持った一人の少年が現れた。 少年は修羅場に臆することなく場に踏み込み、素早く料理の乗った皿を並べる。 一歩間違えれば犬猿の仲の二人の暴発に巻き込まれかねない中、黙々と給仕を働く少年に場の感心が集まっていく。 「では」 だが、少年は自分の仕事を終えると素早く身を翻しその場をそそくさと退場した。 一連の彼の動きはルイズたちの目には全く映らなかったらしく、場を離れた少年への関心はあっという間に消えていく。 故に誰も気がつかなかった。 少年が本来ルイズの使い魔になるはずだった存在なのだということを。 (あ、あっぶねぇ~!! まさかあの嬢ちゃんとコルベールさんのいる場所に給仕することになるとは…) 極々自然な動作で場を離れていく少年はポップだった。 テーブルを見た瞬間、危機本能が近づくな! と警告を発していたのだが、仕事は仕事である。 極力印象に残らないように動き、即座に退散。 簡単に見えてなかなかの難易度のミッションを彼は達成していた。 (しかしあれは修羅場なのか? さえない中年のおっさんを挟む二人の美女と美少女…興味深い) チラリと後ろを見やる。 そこではポップの存在など欠片も気にしていない三人の光景があった。 いや、正確にはポップのことなど眼中にないといったほうがいいだろう。 それだけ三人はお互いに集中しているのだと思うと興味をひかれないほうがおかしい。 しかし触らぬ神にたたりなし。 ポップは後ろ髪を引かれる思いでそそくさと移動を開始する。 (ま、精々両手に花を楽しんでくれよな) マァムとメルルに挟まれて旅をしていた自分のことを棚にあげてポップは含み笑いをする。 正に他人の不幸(あるいは幸福)は蜜の味である。 「この責任はどうとってくれるのだね?」 「も、申し訳ございません!」 と、少し離れたテーブルの一角から出た聞き覚えのある声がポップの足を止めた。 視線を向ければそこにはシエスタの姿があった。 何か粗相でもしてしまったのだろうか、メイドの少女は顔面を蒼白にしてぺこぺこと頭を下げている。 頭を下げられている対象――金髪の少年はそんなメイドの少女を睨みつけていた。 とはいえ、本気で怒っているようには見えないし、むしろ彼はシエスタの大げさとも言える謝罪に困っているようにすら見える。 一体どうしたんだ? と首をひねるが、恩人の少女の窮地を見過ごすわけにもいかない。 とにかく助けに入らなければ、と場を仲裁するプランを練りつつポップは足を動かした。 (……しかしあの金髪、なんかチウを連想するのはなんでだ? 見た目は似ても似つかないのに) シエスタははっきりいって浮かれていた。 その原因はポップの存在にあった。 別段、一目惚れしたとかそういう色気のある理由ではない。 学院に迷い込んだ旅人であるという彼はメイド少女にとって興味深い存在だった。 元々はタルブという田舎村の出身であり、今は学院から出ることもほとんどなく働くシエスタ。 彼女は色んな世界を知るポップから話を聞くことを楽しみにしていたのだ。 が、だからこそシエスタは普段ならばやらないであろうミスをした。 いや、厳密にはミスとはいえないだろう。 何せ彼女は床に落ちていた小瓶を拾って持ち主にそれを渡そうとしただけなのだから。 「も、申し訳ございません!」 必死に頭を下げる。 平民が貴族を、メイジを怒らせることの愚かさは骨の髄までしみこんでいる。 だからこそシエスタは誠心誠意謝罪の意を示した。 少し大げさすぎないか? と思うなかれ。 この世界では平民にとってメイジとは絶対的強者なのだ。 しかも、相手の性格が悪ければ問答無用で魔法を打ち込まれかねない。 目の前の少年貴族がどういう性格なのかはわからないが、自分の行動によって不快にさせてしまったのは事実なのだ。 (私のバカ! なんて余計なことを…!) 落し物を拾って持ち主に渡す。 これだけならば全くシエスタに非はないしむしろ褒められてしかるべき行動だろう。 だが、今このときに限ってはその行動はまずかったのだ。 勿論、シエスタは少年の憤慨の理由を知らないのだからどちらにしろ彼女に責はないのだが… 普段の彼女ならばあるいは状況を判断して気を利かせることができたのかもしれなかったのだから不運といえば不運である。 (く、首ですむのかしら? ああ、ごめんなさいお父さんお母さん…) 頭の中で最悪の未来図が駆け巡る。 シエスタの脳内妄想は昨夜読んでいた小説の影響もあってか、身体目当ての悪徳貴族に身売りされるというところまで進んでいた。 何気にこのメイド、余裕があるのかもしれない。 (こ、これは困ったぞ…!) ギーシュ・ド・グラモンは切実に困っていた。 目の前には壊れたゴーレムのように頭を下げ続けるメイドの少女。 突き刺さるのは周囲からの非難と好奇の視線。 (そ、そんな目で僕を見ないでくれっ! ほ、ほんのちょっと憂さを晴らしたかっただけじゃないかぁっ) 別段彼はシエスタを本気で罰したりするつもりなど欠片もなかった。 ただ単に彼女の行動が原因で最愛の少女に誤解されてしまったから、その鬱憤を少しだけ晴らそうと思っただけなのだ。 それが今はどうだ。 軽い叱責程度で許すつもりだった少女は顔面を蒼白にして頭を下げ続けている。 せめて相手がさえない少年だったならばまだ違っただろうが、目の前にいるのは平民ながらも可愛らしい顔立ちの少女だ。 客観的に見て、今の自分は非常に格好悪い。 かといってこの状況ではもはや引っ込みがつかない。 許してしまいたいのは山々だが、ここに至っては許すの一言ですみそうな空気ではなくなってしまっているのだ。 追い込む立場にいながらも、実はシエスタ以上に追い込まれるギーシュ。 だがその時、彼にとっての救世主が現れた。 周囲を囲むギャラリーの中から、一人の平民の少年がかさかさと場に乱入してきたのだ。 「あ、シエスタ。こんなところにいたのか? マルトーさんが呼んでたぞ?」 「え、ぽ…ポップさん?」 思わぬ人物の登場にシエスタは目を丸くして驚く。 だが、ポップそれにかまわずメイド少女の背を押すようにして彼女を退避させていく。 「ポップさん、私…」 「いいからいいから、後は任せなって」 小声でそう呟くとポップは軽くウインクを飛ばしてシエスタを厨房へと放り込むように押し出した。 残されたのはあっという間の出来事に呆然としていたギャラリーとギーシュ。 そしてポップは、いかにも『俺は空気読めてないぜ』といった間の抜けた表情を作るとへこへこしながら周囲に頭を下げた。 あまりにも見事なその道化っぷりにその場の人間が一様にぽかんとした表情をした。 前ページ次ページゼロの大魔道士
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/9079.html
前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第二十一話「魔の眼鏡 スケベ心にご用心!!(前編)」 謀略宇宙人マノン星人 登場 アンリエッタ率いるトリステイン軍本隊が到着した時には、タルブ村の戦いは既に終わっていた。 怪獣、異星人は完全に駆逐され、残っているのは戦艦を失ったアルビオン兵のみであった。 単純な兵力では以前アルビオン側が上であったが、彼らは戦艦を失い大地に放り出されたことで 戦意が削がれていたので、恐るべき敵がいなくなったことで逆に士気を高めたトリステイン軍に なす術なく捕らえられ、トリステイン軍が到着する前にはもう姿をくらましたワルドを除いた 全員が捕虜と化した。 不思議なことに、ハルケギニア外からの侵略者を焼き尽くした光の球は、人間には一切の 危害を加えなかった。そのため、炎上した艦の不時着での怪我人はいても、死者は一人も出なかった。 ともかく、トリステインは奇跡的な勝利を収めた。更にゴルドンから採取された莫大な黄金が タルブ村から寄贈されたことで、軍の再建のために尽きかけていた国庫が例年の予算以上に潤った。 トリステインでは戦勝が祝われることになり、アンリエッタは国民から奇跡の勝利を国にもたらした 『聖女』と崇められた。そして戴冠式を経て女王の座に着くことが決定されたのだ。 同時にゲルマニア皇帝との婚姻の解消も発表された。ゲルマニアは一時は認めようとしなかったものの、 トリステインの立場が劇的に向上した以上、頑なな態度を取ることは出来なかった。アンリエッタは 自由の身になったのだ。 しかし魔法学院に帰還したルイズたちは、それとは別の話題を盛んに話し合っていた。 「しっかし、すごかったなぁ。『虚無』の魔法」 ルイズの部屋で、部屋の主を前にしながら、才人がナックル星人の軍勢に決定的なとどめを刺した 『虚無の魔法』について言及した。するとウルティメイトブレスレットの中のゼロと、姿見の中の ミラーナイトが同意する。 『全く同感だ。あれだけの数を一辺に仕留めるなんて、ウルトラ戦士でも難しいぜ』 『しかもそれでいて、攻撃対象の取捨選択まで出来るとは。まさに『魔法』としか言いようがありませんね。 そんな技が存在していようとは、宇宙の広さは侮れません』 「そ、そう? まぁ、ハルケギニアの伝説の魔法なんだもの。それくらいじゃないと、 むしろ拍子抜けしちゃうわよ」 ゼロとミラーナイトの言葉を聞いて、ベッドに腰かけているルイズは満更ではなさそうに髪をかき上げた。 彼女はゼロたちに『虚無の魔法』を持ち上げられて、自分が称賛されているようなこそばゆい気分になっていた。 何しろ、念願の自分の魔法なのだ。今まで何度夢見てきたことだろう。しかもそれを、何回も驚異的な力を 見せつけたゼロらに評価されるのは、彼らに並んだように思えて非常に気分が良かった。 特に才人にキラキラした目を向けられるのは、今まで味わったことがないほど快感だった。 さぁ、もっとわたしを褒めたたえなさい。そんなことまで考えるが、 「でも喜ばしいことは、それだけじゃないよな。何と言っても、ジャンボットが復活した!」 才人がもう話題を切り替えたので、ガクッと肩を落とした。それだけか! と言いたくなったが、 彼女を制して第三者が声を上げる。 『サイト、ありがとう。これからは、この鋼鉄の武人、ジャンボットのこともよろしくお願いする!』 畏まった挨拶をしたのは、才人に名前を呼ばれたジャンボット……だが、さすがに本体ではない。 部屋に入り切る訳がない。 復活したジャンボットは、ゼロのように人間に一体化することも、ミラーナイトのように 鏡の世界にいることも出来ないので、ジャンバードの状態で衛星軌道上に身を置くことになった。 有事の際には、そこから現場へ直行する。 代わりに部屋にいるのは、コックピットにあったモニター上部のリング型ランプを模したブレスレットだ。 これは一種の無線機で、ジャンボットの電子頭脳と直通している。ジャンボット当人がいられない場所で 仲間と連絡を取り合うために用意したものなんだとか。 「そして、私のこともお願いしますね! サイトさん!」 そしてその腕輪を嵌めて、にっこり笑ったのは、シエスタだった。 彼女はタルブ村での戦いの際、才人がゼロに変身するところを目撃していた。それを告白されると、 才人とルイズは隠し通さねばならない秘密を知られて大慌てになった。だが、シエスタは他の者に 言いふらすつもりはなかった。その代わりに、事情を全て説明し、これからは自分もウルトラマンゼロの 秘密を共有する仲間にすることを要求した。 そういう経緯があって、ジャンボットの腕輪を彼女が嵌めることになったのだ。 「サイトさん、それから私のひいおじいちゃん……違う世界の人だったんですね。驚きでいっぱいです。 でも、これからは私も一緒に戦います! よろしくお願いしますね、サイトさんッ」 「ありがと。でも、シエスタが戦うことはないだろ」 『その通りだ。戦闘は私の仕事。シエスタは私のサポートをしてくれるだけでいい』 「あッ、そうでしたね」 アハハとおかしそうに笑い合う才人とシエスタの様子を、ルイズはすごく不機嫌そうにながめた。 「……ねぇ、どうしてもシエスタを仲間に入れなきゃいけなかったの?」 姿見に首を向けてミラーナイトに尋ねかけると、彼はこう答えた。 『仕方ありませんよ。放置するより、仲間に入れておいた方が私たちも秘密をバラされないで 済むと安心できますし。それとも、ルイズはシエスタがいると何か不都合なのですか?』 「べ、別にそういう訳じゃないわ」 才人と自分だけで共有していた秘密に、シエスタが割り込んできたのが不愉快だからとは、 さすがに言えなかった。 「シエスタのことはもういいわ。でも、腕輪を所持する役割はわたしでも良かったんじゃないかしら? わたしの方が、サイトといる時間が多いんだし」 最後のひと言をわざわざ強調しながらジャンボットに問いかけると、当人からは次のように返答される。 『私もそれは考えたが、シエスタは私がこの星に一人きりで放り出してしまったササキの 曾孫だそうではないか。彼への負い目があるので、シエスタのことを側で見守っていたいのだ』 「『竜の羽衣』さん……ありがとうございます」 『ジャンボットと呼んでくれ』 ジャンボットの言い分を理解はするルイズだが、ジャンボットとともにあるシエスタと、 ゼロと一体化している才人、そして別にミラーナイトと一緒な訳ではない自分を見比べると、 シエスタに一歩追い抜かれたような気になってやはり気分を悪くした。 『けど、喜んでばかりもいられねぇぜ。大変なことが分かったからな。ヤプールのことだ……』 話の最中にゼロが、ナックル星人が死に際にしゃべった名前を挙げると、ミラーナイトや ジャンボット、才人の雰囲気も険しくなった。 『そうですね……。ゼロ、あなたのお父上が言っていた、大いなる邪悪の気配とは、ヤプール人の ことではないでしょうか?』 『その可能性は高いな。ヤプールは異次元人だ。宇宙間を渡り歩くことも、奴らには難しいことじゃないだろう。 事実、アナザースペースにも現れやがった』 『侵略者たちをこの宇宙へ連れてきたのも、ヤプールに違いあるまい』 「ヤプール人か……。話は散々聞いてたが、実際に出会う日が来るなんて、思いもしてなかったな」 和やかな雰囲気を一変させ、緊迫した空気で語り合うゼロたちに、「ヤプール人」を知らない ルイズとシエスタが質問する。 「そのヤプールってのは何者なの? 宇宙人とはまた別物なのかしら?」 「何だか、相当恐ろしい相手のようですが……」 『ああ、その通りだ。今までの敵とは訳が違う奴だぜ』 ゼロが二人に対して、ヤプール人の説明を行う。 『ヤプールはそもそも、俺たち惑星の上に生きる「人間」とは根本的なところから違う、 異次元生命体だ』 「イジゲン?」 『異次元の概念は、宇宙以上に説明が難しいから詳しくは省くが……要するに「こことは全く異なる世界」だ。 そしてその世界の生物のヤプール人は、「個人」という概念がない。全体で一個の「生命体」だ』 全体で一個、と言われてもシエスタにはピンと来なかったが、ルイズは大体のところを理解した。 「それはたとえるなら、ハルケギニア人が個別の意思を持たず、「ハルケギニア」という 巨大な意識の下にある、ということかしら?」 『まぁ、そんなところだ。だがヤプールは、奴らの世界である「異次元」そのものだから、 完全に殺すことが出来ない非常に厄介な存在だ。今まで何人ものウルトラ戦士が奴らを 倒してきたが、その度に復活しやがる。しつこくて敵わねぇぜ』 世界そのものが一つの生命とは、想像がつき難い。スケールの大き過ぎる話に、ルイズも シエスタも思わず黙りこくる。 『そしてここからがヤプールの最も厄介なところだが、奴らのエネルギー源は生き物の負の感情から生じる 「マイナスエネルギー」だ。だからより多くのエネルギーを求めるために、次元を超越する能力を使って いくつもの星を侵略しようと、魔の手を伸ばしてきた。おまけに奴ら、マイナスエネルギーを食ってるからか 性格が卑劣かつ陰湿。悔い改めるって言葉をまるで知らねぇから、始末が悪いのさ』 「俺の故郷、地球も何度かヤプール人に狙われたのさ。その度に、ウルトラ戦士が助けてくれたんだぜ」 才人が通信端末の画面をルイズたちに見せる。その中にはエース、タロウ、メビウスといった ウルトラマンの写真が映っている。 『私たちウルティメイトフォースゼロも、ヤプールと戦ったことがあるのです。厳しい戦いでした……』 『あの時は、まだいなかったジャンナインを除いた四人の心と力を合わせることでどうにか撃退したな。 だが今はグレンファイヤーがいない。この現状を狙われるのは危険だ』 ミラーナイトとジャンボットが言うと、ゼロが才人の中でうなずく。 『そうだな。早いとこ、グレンも見つけないと。あいつ、今どこにいるんだろうな?』 『もう到着していてもおかしくはないと思うのですが……遅いですね』 『もしや、私のようにどこかで動けない身になっているのではないだろうか?』 ジャンボットの意見に、考え込むミラーナイト。 『それも考えられますね……。では、私が捜索をするとしましょう。無事到着しているといいんですが……』 『私も衛星軌道上から捜すとする。あいつは目立つから、宇宙からでも見つけられるだろう』 『頼んだぜ、二人とも』 ゼロたちの会話は、それで一旦区切りがつく。するとすかさず、シエスタが才人に飛びついた。 「サイトさん!」 「おわぁッ!? 急にどうしたんだシエスタ!?」 身体を密着された才人が仰天し、ルイズも目を見開く。 「サイトさん、思えば、私の家族を助けてくれたお礼がまだでしたね。それだけじゃなく、 サイトさんが今まで何度も私たちを助けてくれてたんですよね。何とお礼をすればいいか!」 「そ、そんなのいいよ。ハルケギニアを守ってるのは俺じゃなくてゼロで、俺のしたことなんて ほんのちょっとしかないから……」 興奮しているシエスタを落ち着かせてそっとはがそうとする才人だが、そうすると余計に抱きつかれた。 ますます身体同士が密着して、才人の顔が真っ赤になる。 「いいえ、そんなことありません! 少なくとも、私にとってサイトさんはヒーローです! 是非ともお礼させて下さい! サイトさんが望むことなら、何だってします!」 「何でも!?」 「はい、何でも!」 シエスタの豊満な胸が自分に押しつけられ、ムギュウと形が変わる。それを見下ろし、 才人は思わずムホッ、と小さく変な声を上げた。 だがその直後に、強烈な怒気を感じ取って顔が青ざめる。振り返ると、ルイズがゴゴゴ…… という擬音が似合いそうなほどの怒りの表情を浮かべて、鞭を手に立ち上がっていた。 「ル、ル、ルイズ!? ま、待て! 落ち着くんだ! これは違う!」 「な~に~が~、違うのかしらぁ~?」 シエスタを離して必死になだめるが、こうなったルイズはもう彼の手には負えない。 いつものことだ。 「メイドなんかにいやらしい目を向けてッ! 何度言っても分からないわね! このエロ犬ぅー!!」 「ひいいいいッ!」 ルイズが鞭を振り上げると、才人が恐怖に震えて頭を抱える。いつものように、才人が ボロボロになるほどのお仕置きがすぐにも始まる。 『やめたまえッ!』 「えッ!?」 と思われたが、その直前にジャンボットが制止の声を上げた。思わぬ横槍に、ルイズは ついピタリと停止した。 動きの止まった彼女を、ジャンボットが激しく叱り出す。 『罪のないサイトを鞭打とうとは、何たる蛮行か! それでも淑女か!』 「で、でも……」 『口答えをするな! そこに座りたまえ!』 顔は見えないが、ジャンボットのあまりの剣幕にルイズは逆らえず、シエスタの前でペタリと 床に正座した。するとジャンボットの説教が始まる。 『良いか? そもそも私は、サイトの待遇に納得が行かんのだ。「使い魔」などと、彼の人権を無視している。 故意に選出した訳ではないとはいえ、頼るものがないのをいいことに彼をこき使い、あまつさえ藁の上に 寝かすなど、言語道断! まるで奴隷ではないか! 私はここに、サイトの待遇の改善を要求する!』 「いや、ある程度は俺も納得してることだし、最近は良くなってるし……」 『部外者は黙っていたまえ!』 口出ししたら、お叱りを受ける才人。俺が当事者なんだけど……と思ったが、とても入り込める様子ではなかった。 『しかも今度は、彼が異性と密着していただけで犬呼ばわりして侮辱し、暴力を振るおうとする始末! もう我慢がならんぞ! 君には羞恥というものがないのか!?』 説教が先ほどの状況のことになると、ルイズは反論する。 「た、ただくっついてたから怒ったんじゃないわ! サイトが、シエスタをいやらしい目で見てるから! 使い魔の品性は召喚主のわたしの品位につながるのよ! そこは正さなくっちゃ……!」 だがジャンボットは引き下がらなかった。 『そんなものは、君の主観ではないか! サイトがふしだらな態度を取ったという証拠はあるのか!?』 「そ、それは……ないけど……」 『ほら見たことか! 少なくともサイトは、一切卑猥な行為を働いていない! シエスタと ともにある私はよく分かる! 証拠もなしに、彼を理不尽に罰しようなどと、無礼にも程がある! 恥を知りたまえ!』 「う、うぅ……」 『私が仕えているエメラナ姫は、まことに心が広い、寛大なお方だ! ルイズ、君も貴族を 名乗るならば、姫様のようなお人になることを目指すべきだと……!』 畳みかけるようにガミガミ叱るジャンボット。それを端からながめているデルフリンガーが、 ミラーナイトに話しかける。 「あのジャンボットって奴、すげえな。娘っ子がタジタジになるとこなんて、初めて見たぜ」 『ジャンボットは融通の利かないところがあるほど厳しい性格ですからね……。ああなった彼を かわせるのは、グレンファイヤーくらいでしょう』 それからしばらく、ジャンボットの説教は続いた。そのためその間は、ルイズがメイドの シエスタの前で座り込んで頭を垂れるという、普段の彼女を知る者が見たら目を疑いたくなる 光景が続くことになった。 ……しかしルイズは、熱い説教を受けても才人への態度を考え直しはしなかった。むしろ、 こんなことを考えた。 「証拠がないのがいけないんでしょ……。だったら、あるようにすればいいんだわ……」 その考えが、翌日に大変な騒動を起こすことになる。 日付が変わり、ルイズの部屋。トリスタニアで戦勝祝いのお祭りが開催されるのだが、 それに向かう直前に、才人はルイズからあるものをプレゼントされた。 「何だこれ。眼鏡?」 才人が受け取ったのは、縁を宝石で彩った派手な眼鏡だった。舞踏会用のマスクにも見える。 「俺、目は割といい方だけど?」 「ただの眼鏡じゃないわ。昔から我が家に伝わる秘宝の一つを、お姉様に頼んで送ってもらったの」 「へー……」 説明を聞きながら、試しに眼鏡を着用してみる才人。背を向けているルイズが、グッと ガッツポーズを作ったのにも気づかずに。 「ふーん? 度は入ってないみたいだな……」 才人はすぐに眼鏡を外そうとするが、何故か顔にピッタリと貼りついて、はがれない。 「あれ? 外れねぇんだけど!?」 「さ、さぁ、出掛けるわよぉ!」 「えッ? このまんま?」 才人が奮闘している間に、ルイズは丸で無理矢理話題を切り替えるかのように、さっさと 部屋を後にした。仕方なく、才人はその背中を追いかけていった。 寮塔を出た二人は、早速洗濯物を入れた籠を運んでいるシエスタに出くわした。 「おッ、シエスター!」 「サイトさん! ……?」 才人に呼び止められて振り返ったシエスタは、すぐに才人の顔に掛かっている眼鏡に疑問を持つ。 「サイトさん、それ、何ですか?」 「これはルイズがくれたものでさ。それより、よかったらお祭り一緒に行かない?」 「いえ、私はまだ仕事がありますから……」 シエスタも誘う才人が、ふと彼女の胸元に目を落とした。 「うおッ!? これは……!」 何と、シエスタのふくよかな胸が、カゴの縁に押し上げられて強調されているのだ。 この何気なくも強烈な画に、才人は思わず目を奪われる。 その瞬間に、眼鏡の中央の一番大きな赤い宝石が点滅して光り出した。丸で危険を知らせる カラータイマーのように。 「? あ、あの……その眼鏡、急に光り始めましたけど……」 「えッ? な、何だこれ? 急にどうして……」 眼鏡の存在を思い出した才人は取り外そうとするが、やはり顔に密着していて外れなかった。 すると、 「外れないわよ……」 後ろからルイズの、地獄の底から響くような剣呑な声がした。才人が恐る恐る背後に目を向けると……。 「その『メデューサの眼鏡』はマジックアイテムなの……。送り主であるわたし以外の女の子を いやらしい目で見ると、周りの宝石が光るようになってるのよ……」 ルイズが、ゴウゴウと憤怒の炎を燃えたぎらせている……ように才人には見えた。 「な、何だよそれ! そんなの聞いてねぇぞぉー!」 必死に眼鏡を外そうともがく才人だったが、ルイズが杖をバシンッ! と鳴らしたので、 恐怖で動きが止まる。 「使い魔の分際で、他の女の子をいやらしい気持ちでながめるなんて……卑猥な目で…… 血走った目でぇぇぇぇぇ!!」 ルイズの怒声が頂点に達すると、振り上げられた杖の先端が猛烈に光った。 魔法学院の庭から、轟音と共に黒い煙が立ち昇った。 「ふんッ!!」 そして後には、黒こげになった才人が転がった。するとシエスタの腕輪から、ジャンボットが 慌てふためいた声を上げる。 『ル、ルイズ! 君は、何ということをッ!』 怒りも見せているジャンボットだったが、今回はルイズの方が何倍も怒りが深かった。 「何か文句でも!? 今回は、ちゃんと証拠があったわよ! 証拠なしに罰するのがいけなかったんでしょ!?」 『い、いや、確かにそんなことを言ったが、さすがにこれはやりすぎでは……』 ルイズのあまりの剣幕に、今度はジャンボットがタジタジする側になっていた。 「これでも手加減はしたわ! そこんところは、わたしがよく分かってるんだから! じゃあ、わたしたちはお祭りに行くから、これで!!」 有無を言わせないまま、倒れた才人を腕ずくで引きずっていく才人。シエスタとジャンボットは それを呆然と見送った。 『い、行ってしまった……。確かにサイトに非はあったが、何もあそこまで怒らなくとも いいのではないだろうか? 何も、彼がルイズに不利益になるようなことをした訳でもないだろうに……』 「あはは……。男女の間は、難しいものなんですよ……」 戸惑うジャンボットに、シエスタが愛想笑いを浮かべつつ語った。 『そういうものなのか? うぅむ、人間の心というものは、この私の頭脳をもってしても 度し難いものなのだな……』 ロボットなので、そういうことには疎いジャンボットはうなり声を上げた。 それから数時間後……。 『おい才人、もうちょっと自制心ってものを持てよ……。いい加減こっちまで痛くなってきたぜ……』 「そんなこと言われたって……。俺だって、好きでこの眼鏡鳴らしてる訳じゃねぇよ……」 トリスタニアで、アンリエッタのパレードを待つ列に混ざりながら、ボロボロになった 才人がゼロから文句を言われていた。 魔法学院からトリスタニアに移動するまでの間、『メデューサの眼鏡』はほぼ鳴りっぱなしだった。 才人が女性を見る度に鳴り出しているようにも思えるほどに。判定は相当厳しいようだ。 『いっそのこと、ずっと目を閉じてた方がいいんじゃないか? 誘導は俺がするからさ』 「すまないな。変なことになっちゃって……」 ゼロの好意に預かり、目を閉ざす才人。しかしその直後に、戴冠式を終わらせて女王となった アンリエッタのパレードがやってくる。 「あぁッ、姫さまぁ!」 才人のせいですっかり不機嫌になっていたルイズだが、さすがにアンリエッタの姿を目の当たりにすると、 不機嫌さは吹き飛んで一気に恍惚とした表情になった。 「見て見て! サイト、目をつむってる場合じゃないでしょ? 姫さまがあんな立派なお姿に!」 促されて、才人も目を開けてアンリエッタの姿を見やる。 「おぉ……」 思わず、声が漏れた。今のアンリエッタの、式典用に美しく着飾ったドレス姿に目を奪われた。 特に、ドレスの上からでも存在を主張している胸元の膨らみに……。 「サイト……」 「はッ!?」 気がつけば、また眼鏡がけたたましく鳴っていた。そして目の前には、鬼の形相をした ルイズが回り込んでいた。 「よりによって姫さまに、女王陛下にいやらしい目を向けるなんてぇ……」 「ま、待てルイズ! ここはまずい!」 バチバチ杖がスパークしているルイズを止めようとする才人だったが、無駄だった。 「あんたって超最低―――――――!!」 今日一番の爆発が起こった。 「……」 『おい才人、大丈夫か?』 そして才人は、城の地下牢の中で転がる羽目になった。先ほどの爆発を、爆破テロと勘違いされて とっ捕まったのだ。 『メデューサの眼鏡』は、壊れて才人の顔から外れていた。さすがに着用者が何度も爆発を 食らうという事態は想定していなかったようだ。 「くそ……何がプレゼントだッ!」 散々な目に遭った才人は怒りのままに眼鏡を投げ捨てようとしたが、ルイズの顔を思い返すと その意気がしぼみ、力なく腕を降ろした。そして眼鏡の残骸を懐にしまう。 「俺ってやっぱ、こういう扱いなのか……」 『元気出せよ。ルイズがすぐに誤解を解いてくれるさ。すぐにここから出られるぜ』 落ち込む才人を励ますゼロ。そのすぐ後に、牢の扉が外から開かれる。 『お? 随分と早いな』 才人とゼロが扉に目を向けると、見慣れないメイドが一人だけ、扉を開放して牢に入ってきた。 「サイト・ヒラガさん、でよろしいでしょうか?」 「そうですけど……えっと、あなたは?」 「私は女王陛下に、誤解で捕らえられたあなた様を釈放するよう命じられた者です。外まで ご案内致しますので、どうぞついて来て下さい」 「あッ、わざわざすいません」 へこへこ頭を下げて、メイドと一緒に牢を出ようとする才人。だがその時、 「あら? 扉が開いてるわ……?」 「へ? 今の声……」 外から聞き覚えのある、涼やかな声が聞こえたので、驚いて足を止める。メイドは何故か慌て始めた。 「使い魔さん? いらっしゃいますか?」 「えッ? 女王陛下!?」 入り口から顔を覗かせて中に入ってきたのは、メイドを遣わしたはずのアンリエッタ当人だった。 呆然としている才人は彼女に尋ねかける。 「どうしてここに?」 「ルイズとともに話があるので、会いに来たんですが……ここの扉、誰が開けたのかしら?」 「そこのメイドさんですけど……女王陛下が寄越してくれたんでしょ?」 冷や汗を垂らしているメイドを指して聞き返すと、アンリエッタはキョトンとした。 「わたくしが? そんな覚えはありませんが……」 「へ? じゃあ、この人誰?」 どうも話が噛み合わないでいると、外から剣を腰に佩いた女兵士がズカズカ踏み込んできて、 メイドに銃を突きつけた。 「陛下、お下がりを! 貴様、何者だ! 正体を現せ!」 突然入ってきた女兵士について、才人がアンリエッタに尋ねる。 「この人は?」 「新しく組織した近衛隊の銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランです」 そのアニエスに対し、メイドは汗をかきながら答える。 「わ、私は王宮に仕える一介のメイドですよ。そんな、正体なんて……」 「とぼけるな! 私は王宮に仕える人間は、たとえ小間使いであろうと一人残らず顔と名前を記憶している。 王宮の勅使が侵略者の傀儡になる事件があったからな。その中に、貴様の顔はない。言え! どこから送られた間者だ!」 論破されたメイドは、一瞬で冷酷な表情を顔に浮かべた。 「バレてしまったのなら仕方ないッ!」 そしてアニエスの虚を突いていきなり才人に飛び掛かり、タックルをかました。 「うぐッ!?」 「使い魔さん!?」 うめいた才人は、懐をまさぐられて中の物を奪い取られた感触を覚えた。 「なッ! あんた!」 「貴様!」 アニエスがメイドに発砲するが、メイドは人間離れした軽やかさで跳躍し、牢の入り口から脱け出た。 「ふふふ……文明の遅れた原始人だと高をくくって甘く見ていたか。いいだろう、本当の姿をお見せする……」 不敵な笑みを見せたメイドの姿がたちまち変化し、体色が鋼の色をした怪人へと変身した。 頭部の輪郭は虫かカニに似ていて、顔つきは能面によく似ている。 『私はレスカウト星系マノン星の宇宙人。宇宙人連合の刺客のマノン星人だ!』 メイドに化けてトリステイン城に侵入していた宇宙人は、自らをそう名乗った。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3882.html
ルイズの部屋の暗がりの中、サイトは立て膝でルイズのベッドの側に座っている。 そして、ただ黙ってルイズの暴虐を受け止めつづけていた。 「あんた犬の癖に、……それに平民とキスするなんて生意気よ!」 サイトはその腫れ上がった顔に笑顔を浮かべる。 「ああ、俺って愛されてるんだなあ……。」 ルイズはそんなサイトの言葉を聞き、思わず蹴り飛ばす。 サイトはもんどりうって飛ばされる。 重い椅子にでもぶつかったのであろうか、ゴトリ、と鈍い音が部屋に響いた。 「バカ!もう知らない!」 やりすぎた、とルイズは思ったが言えなかった。 明日謝ろうと思い、そのまま布団をかぶるとベッドに潜り込んだ。 ______________________ その日、サイトは厨房へと行って飯を食べていた。 ルイズに食事を抜かれたわけではなく、シエスタに誘われたからであった。 食事が終わり口を拭いたあと、シエスタは強引にサイトの唇を奪った。 運悪く、そこをルイズに見られてしまった。 「あの犬! ……あいつの食事の用意がしてないと思ったらやっぱり!」 ルイズは悔し涙を浮かべて歯噛みする。 「平民になんか盗られてたまるものですか!」 ______________________ 今日の出来事を夢に見ていたルイズは、刺激臭によって目を覚ました。 サイトの方を見ると、藁束のベッドも使わずにそのまま寝ている。 ルイズはいびきをかいて寝ているサイトの側に近寄った。 「このにおい、おもらししたの!? 早く起きて掃除なさい!」 ルイズはサイトを揺さぶる。 だが反応はなく、いびきをかきつづけている。 少し不信に思ったルイズは部屋の灯りをつけた。 「ひっ」と声をあげ、ルイズは声を引きつらせる。 灯りに映ったサイトの顔は腫れ上がり、目は虚ろなままだった。 鼻や耳からは血が流れた跡が残り、 石の床には乾きかけた血溜まりと、失禁のあとが池を作っている。 「だれか! 誰か先生を呼んで来て!」 ルイズはそう叫んだ。 … 「どうして、こんな風になっちゃったんだろう?」 ルイズはため息をつくと、ベッドに寝ているサイトを見た。 寮の空き部屋にサイトは運び込まれ、魔法による治療を四日間受けつづけていた。 教師たちは学生に与える影響を考え、その部屋にはルイズと医師意外の者を寄せ付けぬよう 隠匿の魔法をかけた。 最初に部屋にやってきたのはスクエア・クラスの力を持つ医師であったが、 サイトの状況を見るなり顔色を曇らせた。 医師は「これは……。」といったきり黙って魔法をかけ続けた。 あらかたの治療を終えると、教師が交代で魔法をかけることになり、現在へと至っている。 そして今日、最初の医師により最終的な判断が下されることになった。 … 「一命は取り留めました。生死には関わらないでしょう。」 医師の一言にルイズは顔を輝かせる。 「ですが、今後普通に日常生活を送るのは無理です。 頭部に…おそらく床に強く打ちつけのでしょうが…、なにより処置が遅すぎたようです。 おそらくあの状態で一時間半ほど放置されていたようです。」 無力感に溢れた表情をして、医師は立ち去った。 医師が去ったあと、オールド・オスマンはルイズを一目見るとこう言った。 「安心しなさい、使い魔をどうしようと裁く法はない。」 _____________________________ さらに数日が過ぎた。 シエスタは学園から姿を消したサイトを探しつづけていた。 でも、どこを探しても姿が見当たらない。 ルイズも「知らない」というばかり。 シエスタは空を見上げると、「サイトさん、もう元の場所へ帰ってしまったのですか?」と呟いた。 ぼんやりと裏門のほうを眺めていると、誰か知らないメイドが学園へと入っていくのが見えた。 シエスタはよく分からないが、何かサイトにつながっている気がして、後をつけていくことにした。 …シエスタは、メイドが何もない壁の中に入っていくのが見えた。 いや、壁に見えるそこに、見えないけどドアが確実にあり、中からはルイズの声が聞こえてくる。 ドアノブを探り静かに開け、隙間から様子をうかがう。 「サイト、目が醒めたならさっさと働きなさい。 命令よ!」 その声に反応し、ベッドから這い出たサイトは床に転がった。 「あはは、転がっちまったな。 あれ、おかしいな。 右手と右足がうごかねえや。」 「もっと頑張りなさいよ。 私は何日かあなたの汚物の処理をしなくちゃいけなかったんだから」 そう言うとルイズは転んだサイトを踏みつけた。 もう、ルイズはサイトのことを疎ましく思っていたのだった。 その様子を見たシエスタは、サイトを哀れに思い嗚咽を漏らした。 「誰!?」 ルイズはドアの方へ振り向いたが、そこには誰もいなかった。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6676.html
前ページ次ページゼロの社長 「『姫様』、失礼します。起床の時間です。」 アニエスが扉を叩き、ノックがアンリエッタの部屋に響く。 普段ならば、侍女達が支度をしに来るのだが、今日は特別だった。 今この部屋にいるのは魔法でアンリエッタに扮したシエスタであり、それを知っているのは極わずかの人間のみ。 またシエスタ自身からボロが出ないためにと、アンリエッタが一番信用できるアニエスにシエスタの事を任せたのだった。 「・・・『姫様』?失礼します。」 一向に主からの返事が無いため、扉を開けて入ると、そこには目の下に少しクマができている アンリエッタの姿をしたシエスタがいた。 心なしか少し顔色も悪い。 「・・・・・・眠れなかったのか?今日は魔法学院での使い魔品評会に出席する事になっているから、しっかりと寝ておけといったはずだが?」 「そうなんですけれど・・・あいたたた、頭痛が。」 シエスタは昨晩、結局空腹と緊張で一睡もできないままだった。 もっとも、ただの平民だったはずのシエスタがいきなりお姫様の代役。 その心情は推して知るべしと言ったところだろうか。 「とりあえず何か腹に詰め込んで、学園までの馬車の中で眠っておけ。近づいたら起こしてやる。」 「はい。すみません・・・」 ふぅ・・・とため息が出てしまうのは、二人とも同じようだ。 (初日からこれでは先が思いやられるな。姫様たちがアルビオンから行って帰ってくるのに少なくとも5日。 何とか隠し通せれば良いが・・・不安だな。) 一方で、夜通しずっと走りつづけたルイズ達一行を乗せた馬車は、現在昼を過ぎた頃、やっとの事で『港町ラ・ロシェール』にたどり着いた。 「早い・・・ふつう馬で2日の距離なのに。」 「それは馬に乗ってゆっくりしていった時の話だよ。 実際それよりかなりスピードを出せていたし、姫様から頂いたラ・ロシェールまでの地図から最短距離で行けば、 このくらいの時間につけるのはわかっていた。」 ちなみに馬車の速度が通常よりも早くできたのにはわけがあった。 レビテーションの応用で、馬車そのものを浮かせることで荷重を減らすというように利用し 馬への負担を減らしてはどうかというアイデアを海馬が提案し、実行したためである。 なお、馬のコントロールを海馬が担当。コルベールとタバサが交代でレビテーションの制御をしていた。 しかしこの方法。傍目から見たら非常に不気味である。 馬が馬車を引くというよりもむしろ疾走しているくらいの速度を出しているにもかかわらず その背には馬車が繋がっており、しかも馬車が空を浮かんでいる。 実際にラ・ロシェールまでの道でこれを見かけた人々の間で、あの道には夜幽霊馬車が出るという噂が後々に広まったとか広まらないとか。 「便利なものだな、魔法というのは。」 「こんな事に使おうと思うのはあんただけだと思うわ。」 けろっとしている海馬とは対称的にルイズが顔色悪そうに馬車から降りてくる。 まぁ、そんな速度で走ってる馬車は左右に曲がれば当然のように揺れる。 凄く揺れる。 ある程度吹き飛びそうになる分には二人がコントロールしたものの、それでも細かく曲がり道があった場所でも 何もしないで座っていたルイズの脳みそは激しくシェイクされ、完全に乗り物酔いといった状態だった。 なお、キュルケ、アンリエッタ共にその提案に対して即座に『絶対に揺れる』と判断し 眠りのポーションを使用して睡眠をとるといった対策をとった。 海馬、コルベール、タバサが平気な理由は三人曰く「慣れている」とのことだった。 「うぇ…気持ち悪い…」 「だらしないわねぇ、ルイズ。これからが本番だって言うのに。」 「うっさい。そそくさと寝てた奴に言われたくないわよ…うぇ…」 「ほらほら、きついなら吐いてきなさいよ。一回吐いちゃえばすっきりするわよ。」 「日陰のところで休んでいろ。乗り物酔いは暫くすれば直る。」 ルイズの状態が酷いので、アンリエッタが木陰へと連れて行く。 「も、申し訳ありません姫様…」 「気にしないの。それより、今は姫様じゃなくて…なに?」 流石に服装を変えているとは言え、姫様姫様と連呼していれば気づかれてしまう。 そして一応の対策として、アンリエッタには海馬が適当に偽名をつけた。 「すみません…ピケル様…」 徹夜ということもあってか木陰に入ったルイズはそのままアンリエッタの膝の上で寝てしまった。 そのすやすやと寝てしまったルイズの寝顔を見ながら、アンリエッタは微笑んだ。 「もう、ルイズったら。様はいらないのに。」 偽名とは言え、ルイズが自分を姫ではなく名前で読んでくれることが、少し嬉しかった。 場所は変わってトリステイン魔法学院。 正門前には生徒たちが整列しており、一糸乱れず「姫殿下御一行」を待っていた。 一方でその待たれている姫様はといえば… 「姫様!姫様!そろそろ魔法学院に到着します。起きてください。」 夢の真っ只中にいた。 夜睡眠をとっていなくて、不味いとはいえ食事をとり、馬車の適度な揺れに揺られていれば 意識はすぐに夢の国へご招待であった。 「………ハッ!?」 ガバッと、正門直前で目を醒ますシエスタ。 流石に馬車の中で爆睡していたと言う噂が広まるのは不味い。 姫様的に。 「ふぅ…危ない危ない。」 「本当にしっかりしてくれ…」 ふと寝ぼけ眼でシエスタが学院のほうを見ると、仕事仲間のメイド達が駆けより、馬車のほうへと真紅の絨毯を敷いていた。 シエスタが何気なく手を振ると、そのメイドの少女は顔を真っ赤にして頭を下げ、そそくさと帰ってしまった。 (あ、そうか。私今姫様なんだっけ。) 普段とは違う視点で普段いる場所を見ると、新鮮だなあと他人事のように考えていると、馬車の扉が開いた。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな――――――り――――――――!!」 「あまり気負わなくていい。落ち着いて、城で出る前に教えた通りにやればいい。」 アニエスの言葉を無言で頷き返し、シエスタは馬車から降りた。 しゃん!という杖の音がまっすぐに響き、姫の進む道を作り上げている。 (落ち着いて、気取らず慌てず優雅に。そして何より大切な…) シエスタは笑顔を見せ、大きく手を振った。 そして一歩づつ、本塔の玄関で待つオスマンとロングビルのほうへと歩んでいった。 その歩みを後ろに続きながらアニエスは思った。 (急ごしらえの代役の割には様になっている。…が、あの笑顔は薔薇というよりも、向日葵だな。) 「ただいまより、本年度の使い魔お披露目を行います。」 司会進行役の教師の声が響く、学院内の広場に特設されたステージでは、生徒たちが次々と 春に召喚した使い魔を紹介していた。 シエスタと学院長は、特設テントの下に用意された椅子に座りながら、次々と披露されていく芸を眺めていた。 「国のためとはいえ王女の代理とは、また難題じゃのう。」 オスマンはなんでもない風を装いながらシエスタに話し掛けてきた。 シエスタも、視線を変えずに答える。 「はい。でも、学院長やアニエスさん達のおかげで、今のところ支障なくすんでいます。」 オスマンには、詳しい事情をアンリエッタ本人から伝えていた。 流石に王女自身が戦地に乗り込むという危険極まりない作戦に反対はしたものの、 アンリエッタの強い意志と同行する海馬、コルベールを信じた上で協力する事となったのだった。 シエスタにかかっている変身の魔法も、オスマンの力による部分が大きい。 「学院長。これは極秘裏の事ゆえ…」 「大丈夫。このテントの中の会話は外には聞こえないようにしてある。」 そう言いながらステージのほうを見ると、モンモランシーがバイオリンと共に使い魔のカエルと音楽を奏でていた。 「だが、問題は姫殿下たちのほうじゃ。いくら海馬くんたちが付いているとは言え、今のアルビオンは戦場。 何事もなく戻ってきてくれればよいが…。」 そう言われてシエスタは再確認した。 なんでもない風に行ってしまったけれど、海馬たちが向かった先は戦場。 そこに行く危険を犯しているアンリエッタ姫殿下の代理人として過ごさねばならない以上、下手な真似はできない。 シエスタはそう思い直しながら、海馬たちの無事を祈っていた。 「ん…。あれ?」 ルイズが目を覚ますと、既に外は夜だった。 「目が覚めた?ルイズ。」 傍らで本を読んでいたアンリエッタが話し掛けてくる。 「馬車から降りた途端倒れてしまったから、とりあえず近くの宿で部屋を借りたの。 他の者はアルビオン行きの船の手配とかで、今は出払っているけど。」 「申し訳ありません。せっかく早く着いたのに、私のせいで足止めを…」 「気にしないでルイズ。予定よりも早くこれたんだもの。少しくらい―――」 「でもっ!急がなければいけないのに!」 「どちらにしても、アルビオンに出航できるのは明日になるわ。ちゃんと体調を整えて明日に備えましょう。 そろそろ皆戻ってくる頃でしょうし、食事にしましょうか。」 「………はい。」 アンリエッタの笑顔と優しい言葉こそがルイズにとっては辛かった。 アンリエッタの為に、ゼロの自分でも何か役に立てれば… そう思っていたのに幸先から足手纏いになってしまったことが、辛く悔しくて堪らなかった。 程なくして全員が戻ってきたので、場所を酒場に移すことになった。 いくつもの食事が運ばれてきて、皆一様に食事を満喫していた。 アンリエッタは、今まで食べてきたものより遥かに美味しいと喜んでいたし、 タバサはなぜか延々とハシバミ草のサラダばっかり、それもその量がその小さい体のどこに納まるのかというくらいたくさん食べていた。 だが、ルイズはといえば余り食が進んでいなかった。 その様子が気になったのか、珍しく海馬のほうから声をかけてきた。 「まだ体調が戻らないのか?」 「えぇ…ちょっと食欲がなくて。でも、もう大丈夫よ。」 「そう言うことは健康そうにものを食べてから言うんだな。」 「うるさいわね…。あんたに何がわかるのよ…。」 と、その時、ガシャーンと大きな音がして酒場の扉が開かれた。 風体の悪そうな連中が数人…いや、十数人か。 その連中は他の客を押しのけまっすぐにこちらへと向かってきた。 「なっなに!?」 先鋒の二人の剣が、ルイズとアンリエッタのほうへと向かっていく。 ガキン、とそれを武器屋で買った剣で受け止める海馬とコルベール。 海馬は強引に押し返し薙ぎ払うように一人目を切り伏せる。 一方、コルベールもどこで覚えたのか、相手をものともせずに気絶させた。 「ほう、やるじゃないか。しかしこいつら…」 「…おそらく傭兵だろう。彼女が姫殿下だと知ってか知らずかは判らないが、ここで戦闘を続行するのは危険だ。ミス…いや、キュルケ。」 「ルイズとピケルを連れて外へ出ろ!店の中のほうが闘いにくい。適当な窓を蹴破って港へ向かえ! タバサは俺たちの援護を!適当にあしらったら合流する!」 「オッケー!こういう荒事って、ちょっとわくわくするわ。行くわよ、二人とも!」 「……了解」 キュルケを先頭にルイズ、アンリエッタと続いて玄関から向かって一番奥の窓を蹴破り、3人が外へ出たのを確認すると 残った3人は周りの傭兵達へと戦闘を開始した。 海馬はなぜか、初めて剣での戦闘を行うというのに、体の軽さを感じていた。 (ふむ、これが爺の言っていたガンダールヴの力か。便利なものだが…こんなもの俺には必要ないっ!!) 数人を切り倒したところで、トン、と背中がぶつかったタバサから声がかけられた。 「……質問」 「何だ。」 「ピケルって何?」 「デュエルモンスターズの、魔法の国の王女の名だ。」 「……納得」 「さぁ~て、このあたりが良い感じかしら」 キュルケ達が走り抜けた先は古びた連兵場だった。 かつては栄華のあったこの場所も、今ではただの置き物場。 夜の闇も相まってそこは酷く寂れているように感じられた。 「ルイズ、追っ手の数は?」 「9人。走りながら数えたわ。」 「それじゃ、一人頭3人って所かしら?」 などと言っている傍から傭兵たちが襲い掛かる。 が、その凶刃は彼女達に届く事はなく、一様に通り過ぎた白い閃光によって叩き折られていた。 そしてその白い光はアンリエッタの目の前に降り立ち、白銀の猛虎へと姿を変える。 「ちょっ!?ええっ!?」 「ドゥローレン!我に刃を向ける不届きものを成敗しなさい!」 突如として現れた巨大な虎に驚く傭兵達。 いや、驚いていたのはキュルケもだった。 海馬と同じデュエルディスクを、あろうことかトリステインの王女様が持っているなんて。 そんなことを考えていると、相手の傭兵達にも動きがあった。 所詮獣。数で押せば勝てるとふんだのか、4人がドゥローレンを囲み予備の刀で襲い掛かる。 ただの獣相手ならば、熟達した彼らの技量があれば倒す事は可能だっただろう。 現に彼らは過去にいくつかのモンスター退治を行った事があり、ドゥローレンぐらいの大きさの獅子を仕留めた事もあった。 しかし、その一瞬の油断が命取り。 彼らの目の前にいるのはただの虎にあらず。 ドゥローレンは結界を護る氷の一族のなかで、虎王の名を持つ最強の虎。 その鋭い爪は傭兵達の鎧を軽々引き裂き、ドゥローレンの周りには相手を寄せ付けない吹雪が舞っていた。 迫り来る傭兵達を次々になぎ倒していく氷結界の虎王。 あっという間に追っての内6人が倒される。 「さて、これで6人。私とルイズのノルマは終了でいいかしら?」 ふと見れば、残りの3人は慌てて逃げ出していた。 「なによ、私らが出る幕ないじゃないの。ねぇ、ルイズ」 「うん…そうよね…」 敵を撃退したというのに、なにやら浮かない表情のルイズ。 アンリエッタはといえば、ドゥローレンを戻してデュエルディスクをまたメイド服のスカートの中に仕舞っていた。 「さぁ、港まで急ぎましょう。」 「え、えぇ…。ほら、行くわよルイズ。」 そんな様子を眺めながら、ルイズは思っていた。 (姫様があんなに強いのなら…、私は一体何のためにここにいるのよ。) ルイズ達は途中で空中から探索に来ていたタバサと合流し、シルフィードの背にのって港まで飛んでいった。 港には海馬とコルベールも既に来ており、アルビオンへの貨物船の船長と話をしていた。 「今から船を出すように言っておいた。敵に狙われた以上、この町に長くとどまるのは危険だからな。」 「いや、ですから。今から出るんじゃ風石の量が足りないんですってば。 今から出航しても途中でおっこっちまいますよ。」 中年の船長はまだ承諾してないと、慌てるように返す。 「風のメイジがいればその分は補えるでしょ?」 「…(コクン)」 「さっきも言ったがこれは王国の勅命だ。断れば、それは貴様の命で償える程度のものかな?料金は積荷の分まで含めて出してやる。さっさとしろ!」 「は、へい。わ、わかりました。すぐにでも!!!」 海馬の脅迫におびえる船長。 船長は駆け足で船員達を集めて、船の出航準備をはじめた。 「お疲れ様です、『姫様』。」 「ありがとう、ア…アニエス。」 学院から城に戻ったシエスタは、ふぅ、と疲れのため息を吐いた。 緊張と周りにいた学生達を騙しているという罪悪感からの疲れがあったが、戦地に向かったアンリエッタや海馬のことを思えば この程度の事で根を上げるわけにはいかないと、気合を入れなおす。 「でも、あのお料理だけは…」 これから出るであろう夕食の事を思いだし、少し憂鬱な気分になる。 「それなら、食事のときに酒を飲んだらどうか?。 少し位酔いが回れば、多少物の味などわからないでしょう。」 「酔っている上に戻しそうな位不味いものが出てきたら…。」 あの冷めた上に油が浮かんで固まった正直スープといってはスープに失礼な存在を思い出した。 他にも、妙な匂いのするサラダとか、火のとおり方が半端な温野菜。 昨日の食事でちゃんとした味になっていたのは… 「『姫様』に言う言葉ではないがパンでもかじってるしかないんじゃないか?」 「うぅ…でも、ここで付くられている料理よりはお酒は味の心配がいらなそうです。」 思えば、これが悲劇の幕開けであった。 もともとトリステイン城の料理は決して不味いものではなかった。 素材は各地から最良のものが届けられるし、料理人も名の知れたものが集まってはいた。 が、しかし王城の料理というものは、まず完成しても毒見のために数人が試食し、 調理場から食堂までの長い通路や階段通過した上で食卓に並ぶ。 これではどんなにアツアツの料理が作られてもつく頃には冷め切ってしまっている。 名の知れた料理人達も、いつしかどうせ冷めて不味くなったものしか王族の口には入らないと怠惰な姿勢になり、 その料理脳でも錆び付いていった。 もはや彼らは料理人ではなく、ただの作業員と化していた。 今日も作業が終わり、片づけが始まるまで酒瓶を片手に談笑していたのだが なにやら慌しい声と、ドスドスといった力強い足音が近づいてくる事に気づいた。 「この料理を作ったものはだれだぁ!!!!!!!!」 シーン…と、談笑に興じていた者達も全員が全員、調理場の扉のほうに視線が集中した。 そこにはいつも微笑を絶やさず、美しい花のようだった表情を怒りの色に変えて今にも襲い掛からんとするアンリエッタ王女の姿があった。 しかもその手には、先ほどまで食卓に並んでいた幾つかの料理が載った皿が乗っていた。 「ひ、姫殿下。一体なにが…」 料理長が慌ててアンリエッタ王女の前へと駆け寄る。 いつもと変わらないような料理を出したはずだったのだが、まさか怒鳴り込まれるとは思ってもいなかった。 それは回りの料理人達も同じようで、わけがわからないという表情だった。 「なにが…ですって?えぇ、答えてあげましょう。 あなた達に料理をする資格はなぁい!これなら…いえ、魔法学院の食堂のまかないと比べるのも失礼だわ!」 慌てて追いついたアニエスが、周りでおろおろする侍女達から話を聞くと、 どうやら昨日と同じく食欲がなさそうだった王女が、パンをかじりながらワインを一口飲んだ途端豹変。 いきなりいくつかの皿をつかんで飛び出していったとのこと。 途中で調理室までの道を聞かれたメイドも、あんな恐ろしい表情の姫様は見たことが無いと涙を流していた。 「ひっ、姫様。落ち着いてください。ちゃんと話をしなければ料理人達もわかりませんよ。」 「なら言ってあげるわ。毎食毎食こんなものを出されて、もう我慢の限界! これが料理!?ふざけるにも程があるわ!せっかく育てられた材料をこんなゴミに変えられて、 お百姓さんたちがこれを見たら何度涙を流す事か!!」 急に今度は泣き出す始末。 アニエスは、この元凶が酒だと直感で判断した。 (しまった…彼女に酒を飲ませるんじゃなかった。まさかこんな結果になろうとは…) しかし、そのアンリエッタの発言に少しはプライドがあったのか今度は料理長のほうが怒りを顔に表してきた。 「わ、我々が作ったものをゴミとおっしゃりますか!? ならばこちらも言わせて頂きたい。せっかく作った料理を、毒見や長い廊下を使うことで、ゴミに変えているのは誰だと!」 「料理長!姫様に対してその口の利き方は…」 「いえ!確かに平民の身分ではありますがこのヨシーオ・マルイ。亡き先王直々にこの調理場を任された―――」 「プッ…くくく…あっはっはっはっは」 今度は笑い出した。もう酔っ払いは手がつけられない。 とにかく放って置けば大変な事になると判断したアニエスは強制的にでも自室に連れ帰る判断をした。 「りょ、料理長。姫様は酔っておられる。今日はこの辺で…げっ!?」 ふとシエスタのほうを見ると、その目は据わっており笑い声とは対称的なまでに冷えていた。 「こんなものを作っておいて料理長?先王から任された? 」 そう言うと料理人たちを押しのけて、シエスタは食品庫からいくつかの材料を取り出してきた。 そしておもむろに手袋を投げ捨てるとそれらの材料を使って料理をはじめた。 「なっ!なにぃー!!姫様の包丁が…早すぎて見えない!?」 「みっ、見せ掛けだけだ。あんなスピードで扱えば雑になる。」 ざわざわと料理人たちも周りの侍女たちも誰もがシエスタの料理姿に見とれ始めた。 あっという間に前菜が完成し、次の料理に取り掛かる。 「こっ…これは…」 「なんと…」 あまりの味の違いに、愕然となる料理長や他の料理人たち。 次々に繰り出される魚料理、肉料理、スープ、デザートまで全てがあの食卓に並ぶものとは比べ物にならない味わい。 フルコースが出揃う頃には、この料理場には久しく無かった美味の匂いが立ち込めていた。 料理長は脱帽し、がっくりと膝を落とした。 「姫殿下…。あなたの料理の腕前はわかりました。しかし…」 「理解するところが違っています。…料理長、もう一度、それを食べてみてください。」 シエスタが差し出したのは、最初のほうに出した魚の料理と同じもの。 いくつかの調味料に魚を漬け込み焼くというシンプルな手法の料理だが、それは素材の味を生かした料理だった。 しかし、最初の内に作ったそれは既に冷めていた。 「…………美味い…。」 「確かに、毒見や長い廊下は、作り立てを食べる料理には厳しい相手かもしれない。 しかし、ならば調理法でそれを克服する事をどうして考えないのか。 これは漬け込む調味料を濃い味にすることで、熱を失い冷めてしまった後でも味を保つ事ができる。」 「………」 「料理とは、ただ食べるだけのものではありません。材料を作る人、それを調理する人、 いくつもの人の手を通って食卓に並ぶものです。 先王も、あなたの料理に感動してここを任せたはず。ならば…」 そう言うとシエスタは、動き回ったせいと酔いのせいか、ふらっと倒れた。 転ばないようにアニエスが抱きかかえると、シエスタはそのまま眠ってしまった。 「料理長…あのだな、姫様は大変酔っておられてだな。今日のことはその…」 「我々は…今まで何を作っていたんだ。」 「へ?」 見れば周りの料理人たちまでもが涙を流し始めていた。 「お酒に酔われていたとは言え、姫様にあのような言葉を言わせてしまうなんて… あえさまつ料理まで…」 「俺たち、間違ってた。間違ってたよ!」 「料理長!!もう一度、ちゃんとした料理を!」 「あぁ、このままじゃ俺たちはただの負け犬だ!!」 (……なんだ、この状況。) アニエスが戸惑っていると、料理長が泣きながらシエスタの作った料理を味わっていた。 「あんた…姫様が起きたら、伝えてくれないか?明日からは今まで以上のものを作って見せるから、 先王に頼まれた食卓を、二度とあんなもので覆ったりしないと誓うと。」 背にシエスタを抱えながら、アニエスは答えた。 「それは、私の口からよりも、お前達の料理でお伝えすればいい。」 そう言って調理場から立ち去っていった。 結局その夜、調理場から明かりが消える事は無かった。 次の日の朝食は、無駄なく飾らず、思い直した彼らの素直な気持ちが表現されていたが、 シエスタは昨夜の記憶がまるでなく、何があったのかと不思議に思っていた。 前ページ次ページゼロの社長
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6593.html
前ページ次ページzeropon! 第四話 『ゼロ』の使い魔 きゅるるるるるるるるる 軽快な空腹音が響く。 「…あなたご飯食べなかったの?」 キュルケが聞いてくる。 「うるさいわねえ…食べそびれちゃったのよ。」 「そう…あなた、使い魔は?」 「ふえ?…あれ?メデン?」 いつもはほっといてもついてくるメデンがいなかった。今日の授業は使い魔のお披露目も兼ねている。 「もう!こんなときに使い魔がいないだなんて、いったい…」 「ルイズ様」 にゅうっとルイズの横にいつの間にか現れたメデンがいた。 「…あんた、急に出てくるのやめなさい。心臓に悪いから。で、それはなに?」 突然現れたメデンは包みを抱えていた。その包みからはえもいわれぬいい匂いがしている。 「シエスタ様がルイズ様に、と」 「私に?なにかしら?」 ルイズが包みを開けてみると二つの白米の塊があった。 「なにこれ?」 「シエスタ様の故郷の携帯食で、『オーニギャリ』というものらしいです。朝食の代わりに是非と」 「へえ、おいしそうね。ルイズ、一個もらうわよ」 ひょいっと横から二個あったうちの一個を取るキュルケ 「あ!ちょっとキュルケ!私がもらったのに!あんた朝ごはん食べたんでしょ?」 「いいじゃない、一個ぐらい。あらおいしい」 「…あんたダイエット中じゃなかった?」 「ぐうっ」 乙女の脅威のひとつを指摘されたキュルケはオーニギャリの手を止める。 「あんた最近太ってきてない?」 「ぐぐうう…」 完全に朝の仕返しを成し遂げたルイズはオーニギャリをほおばる。 「うーん、いいわね。これ。塩味が適度にきいてて美味しい。あとでシエスタにお礼言わなきゃね」 キレイに平らげたルイズ。横を見ればキュルケが涙を流しながら最後の一欠けらを食べていた。 「…なんでダイエット中のご飯っておいしいのかしら?」 「…お腹が減ってるからよ」 世の無情とシエスタの愛情をを二人で噛み締めていると、始業のベルが鳴った。 惨憺たる有様だった。授業の教師であるシュヴルーズは黒こげになっていた。その他にも爆心地である教卓から半径五メイルが吹き飛んでいた。 「ルイズがまた失敗したぞ!」 「だから止めたのに!」 「俺の使い魔はどこだ?!」 「目が!目がああああ!!」 本日の授業の内容は『錬金』である。教師であるシュヴルーズがまず、小石を真鍮に変えて見せたのだが、それを次に生徒にさせた。 ルイズに、である。キュルケの抗議と警告、他の生徒の反対を押し切り、ルイズが『錬金』の実演を行った結果がこれである。グラウンドゼロに黒こげで憮然とたたずんでいたルイズはぽつりと言った。 「ふう、ちょっと失敗したわね」 「ふざけるなあああ!」 「いつもいつも失敗しやがって!」 「『ゼロ』のルイズめ!!」 非難していた無傷のキュルケは教室の後ろからそんなルイズを見ていて気づいた。 彼女の手が微かに震えているのに…。 「わかったでしょ、なんで『ゼロ』って呼ばれているか」 部屋の片付けの為に他のパタポンたちを呼んできたメデンにルイズは背を向けそう言った。 「メイジなのに魔法の成功率『ゼロ』パーセント、魔法の才能『ゼロ』…だからみんな『ゼロ』って呼ぶのよ」 背を向けたままメデンに話すルイズ。その拳はくやしさで強く握り締められて入れた。 「こんな…主人で軽蔑したでしょ?」 そういって振り向いたら…普通にメデンたちは教室を掃除していた。 「…なにしてんのよ」 「はい?ルイズ様が吹き飛ばしたので激怒された先生から魔法を使わず部屋をキレイにするように、 ルイズ様が命ぜられてたのでルイズ様と一緒に部屋をかたづけているのですが?」 「説明ありがとう。じゃなくて!私が」 「『ゼロ』と呼ばれる理由ですか?」 「っつ、そうよ!私が『ゼロ』なんて呼ばれて、みんなからさげすまれて!」 「ルイズ様」 「最低限のコモンマジックすらつかえない…」 「ルイズ様!」 メデンの声によって遮られるルイズの独白、メデンの一つしかない瞳はルイズをしっかりと見据えていた。 「…なによ」 「あなた様が望むのなら、私たちは全てのことを致します。敵を討てといえば敵を討ち、あなたを守れと言われたなら守り、魔法を使えといわれれば魔法も使いましょう。 あなた様が望むのならあなた様を『ゼロ』と蔑む全てのものを排除します。あなたはそれを望んでおられるのですか?」 「それは…」 「そう、あなたはきっとそんなことは求めないでしょう。そんなことをしても自分が『ゼロ』だという本質が変わるわけではないと分かっておられるから。ならば貴方がされることは唯一つ。 『ゼロ』ではないことの証明です。それはここで愚痴を言われ、使い魔に同情されれば為せるのですか!」 メデンの叱責にルイズは言葉もなく俯く。 「メデン様、片付け終わりました」 ルイズたちのやり取りの間に他のパタポンたちによってすっかり教室はキレイになっていた。 「ごくろう、貴方たちは先に食堂へ行ってなさい」 「ハッ」 ぞろぞろと教室を出て行くパタポンたち、残ったのはルイズとメデンのみ。メデンは俯き何も言わないルイズにすっ、と近づく。そしてルイズの前に立ったメデンは右手をルイズにそっとさし出した。 「さあ、ルイズ様、昼食を食べに行きましょう。魔法の練習をするのもお腹が減ってはできませんよ?」 「…うん。」 ゆっくりとその手を握り返すルイズ。メデンはルイズの手を引いて食堂へ向かう。 教室を出るときには俯いたままではあったルイズだったが、食堂に着くまでには少し赤くはれた目をしてても、しっかりと前を見ていた。そんなルイズを見ながらメデンは思った。 (…扱いやすい御方です) メデンは意外と黒かった。 食堂の席に着くと、メデンは昼食を受け取りに厨房に向かっていった。 (一緒に食べさせようかしら…) 一人の食事はなかなかに寂しいものだった。もぐもぐと一人で食べていると横にキュルケがやってきた。 「ハァイ、ルイズ。一人の食事なんて侘しいわね」 「ほっといてよ、あんたに同情されるなんてそれこそ侘しいわよ」 「あらひどいわね、そんな言い方しなくてもいいじゃない、お・と・も・だ・ちに」 「お・こ・と・わ・り・よ、ツェルプストー。…あと、あんたにもう一回聞くわね?」 「聞かないで…」 キュルケの食事、それは傍目に見ても脂肪分、炭水化物、に特化した食事だった。 「…涙流しながら横で食べないでよ」 「…おいしいわあ」 そんなキュルケを見てると横からルイズにデザートが差し出された。給仕が持ってきてくれたのかと思い見ると、 「ルイズさまー、キュルケさまー、デザートですー」 メイド服を着た目玉がいた。 「…なにしてんの?えーと?」 「ザッツ・ヨーです!シエスタさんのお手伝いです!」 元気に答える目玉ことパタポンことザッツ・ヨー。周りを見れば同じようにメイド服をきたパタポンたちがぞろぞろとデザートを運んでいる。 「というか、あんたらそのメイド服はどうしたの?」 「さあ?シエスタさんに『お礼にお手伝いを』って言いましたら奥からたくさん出されました!」 「なんでこんなのを常備してんのここ?」 メイド服パタポンに驚いた生徒は最初はざわざわしていたが、普通に給仕をこなすパタポンたちに慣れたようですぐに騒ぎも収まる。 「…おいしいわあ…おいしいわあ」 代わりにもぐもぐもぐもぐと、涙を流しながら親の敵のようにデザートに挑むキュルケが周りの注目を集めていた。そしてもう一箇所、 「どうしてくれるんだ!」 「ひっ、も、申し訳ありません!」 シエスタと、それを叱責する金髪の少年に注目が集まっていた。金髪の少年の名はギーシュと言った。 「君が香水瓶を拾ったりしなければ、二人のレディを傷つけることはなかったんだ!」 「すいません!すいません!」 「…ザッツ・ヨー」 「はい?」 「あれは何なの?」 「しばらくお待ちを」 ザッツ・ヨーは周りのパタポンに事情を聞いてくる。 「どうもシエスタ様が拾った香水のビンから、あのギーシュ様の二股がばれたのをシエスタ様のせいにしてるようです」 「なにそれ?最低じゃない」 どう考えてもギーシュが悪い。どうせ振られた憂さ晴らしにシエスタをいじめているのだろう。 「…シエスタには朝食の分もあるしね」 そういってルイズは席を立つとギーシュ達のところに行った。 「ちょっとギーシュ!なにシエスタいじめてんのよ!」 ルイズの声によって、遮られた理不尽な糾弾。 「なんだね、ヴァリエール、ほっといてくれ。このメイドのせいで僕の名誉は傷つけられたのだよ!」 「は?ばっかじゃない?二股なんかしてるあんたが悪いんじゃない」 「そうだ!そうだ!今回ばかりはお前が悪い!」 「認めろよギーシュ!」 周りの野次にどんどんギーシュは顔を紅潮させる。ギーシュはシエスタに向けていたそれは今度はルイズに向けられた。 「黙りたまえ!はっ、平民をかばうなんてそれでも貴族かね?魔法が使えない同士仲良くってことかい?」 「なん…!」 「そんなことだから君は『ゼロ』なのだよ!君のような人間が貴族かと…」 そこまで言ってギーシュは気づいた。先ほどまで周りで囃し立てていた悪友達が黙ってる。そして…周りに充満する異様な空気。 「なんだね?みんな?どうか…」 そこまで言ってギーシュは気づく。それを発しているのは周りで給仕をしていたパタポンたちであった。いままで給仕をしていた全てのパタポンがギーシュを見ていた。 ぎょろりぎょろりと、まばたき一つせず見つめる幾つもの目玉。その異様な空気に食堂の空気が凍り付いていた。 「ひい?!」 そのあまりにも異様な光景と空気にギーシュは息を呑んだ。そして彼は気づくべきだった。その異様な空気。それはあまりにも冷たい殺気という名の空気だということを。 前ページ次ページzeropon!
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/8073.html
前ページゼロのメイジと赤の女王 「よいしょ、っと…」 軽く声を掛けて、陽子は黒焦げになった机を持ち上げた。 爆発から二時間後、ようやく目を覚ましたシュヴールズは、ルイズに教室の後片付けを命じた。その際に魔法の不使用を言い渡されたが、彼女の場合、それにあまり意味はないようだ。 しかし「失敗を恐れずに」とか云っときながら罰を与えるとは。教職に向いているとはとても思えない女性の言動にやや呆れながら、陽子は壊れた机や窓ガラスを片付け、雑巾をかける。 ルイズは徹頭徹尾仏頂面で、申し訳程度に煤のこびりついた机を拭っていた。 眉間にしわを寄せ、だんまりを決め込んでいるルイズに触るのは得策ではないだろうと、陽子も何も言わずに黙々と掃除を続ける。 重苦しい沈黙の中、聞こえるのはただ作業する物音だけだった。 「…なんか、言いたいこと、あるんじゃないの?」 ふいに、ルイズが口を開いた。 え、と陽子が振り返ると、ルイズは俯いたまま、小さな唇を戦慄かせていた。 「……なにか、って?」 ルイズの意図がわからず首を傾げる。しかしルイズはそれを嫌味か何かととったようで、途端に溜め込んでいた感情を爆発させた。 「言わせる気?!何よ、あ、あんただって、私が無能だって思ってるんでしょう?!今のでわかったでしょ、私が『ゼロ』だって! 私が魔法を使えないから、私の使い魔になるのが嫌だったんでしょ! 魔法が使えないなんて、そんなの貴族じゃないってい、言いたいんでしょ!」 「え…ちょ、」 落ち着いて、慌ててなだめにかかるが、ルイズはもう陽子のことなど目に入っていないようだった。 せっかく呼び出すことが出来た使い魔の前でまで、無様な姿をさらしてしまった。召喚も、契約も、ただの人間とはいえ成功した、だから今度こそ。 ちっぽけな期待は打ち砕かれ、今までのどんな失敗よりも鋭くルイズの胸を打った。みっともない、こどものようだと思考の隅で思いながらも、鬱屈を吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「知識なら同じ学年の誰にも負けないわ!それだけのことはしてきたもの!ううん、実技だって誰にも負けないくらい練習した!どんな詠唱も発音まで完璧に言えるのよ! それなのに、いっつも失敗するの!ゼロ!ゼロ!ゼロ!私は、き、貴族なのよ!?誉れ高いヴァリエール!なのに魔法が使えない!だから私は貴族じゃないって、みんな言うのよ! 私は、…私は!き、貴族なのに!お母様たちのように立派な貴族になれるようにって、ず、ずっとそう思ってきたのに!そうあるよう、ずっと頑張ってきたのに!」 言ってしまった。 熱い頬と裏腹に、ひんやりと冷えている思考の隅で、ルイズは後悔した。 こどものような癇癪を起こしてしまった。ただでさえ『ゼロ』などという不名誉な称号を与えられているというのに、こんな振る舞いをしては、もう本当にただの子供ではないか。 この少年も、きっと大多数のように馬鹿にした目でルイズを見るのだ。 ほら、魔法も使えない貴族になど使われたくないと、冷めた目をして、そのくせ口ではお追従を吐いて。 それとも、変に遠慮のない彼なら声にして言うだろうか。ああ、もしかしたら、そのほうがマシなのかもしれない――――。 …罵声は、聞こえない。侮蔑の眼差しも、嘲笑も、哀れみすら。 断罪を待つようにうなだれていたルイズは、沈黙に耐え切れず少しだけ顔を上げる。おのが使い魔の顔に、失望を見るのが怖かったけれど、仕方がない。 魔法を使えないのはルイズの不徳で、彼にはふがいない主人を責める程度の権利はある。 けれど、彼は何も言わなかった。赤毛の少年はぽかんとしてルイズを見ていたが、その瞳に映る色は、感嘆、だった。 「……なによ」 その瞳が不可解で睨みつければ、彼は特に不快に思ったふうもなくゆるりと首を振る。 「いや…。ルイズはすごいなって」 「何よそれ、皮肉?!」 間髪入れずに噛み付くルイズに、落ち着いて、と静かに苦笑する。 「いいや。本心だよ。ルイズは、戦おうとしているだろう?わたしは逃げていたから。云いたいことは全部飲み込んで、必死で良い子の振りをして。 …結局、だから、わたしには何にも残らなかった」 以前剣が見せた幻を思い出し、陽子は自嘲げに笑んだ。 教師も、友人も、両親でさえ、陽子のことを得体が知れないと言い、そして、故国に陽子の居場所はどこにもなかった。 出来ることならもう一度、彼らとちゃんとした関係を築けるよう、努力したかった。そのチャンスを与えられたかった。 それを許されなかった後悔は、いまだやわらかな傷跡として、ふとした折に痛みを生じさせる。春の美しい国、その中に小さく故郷を見るたびに、陽子の胸は切なく鳴いた。 この痛みがただ穏やかなぬくもりをなすまでには、まだまだ時間がかかるだろう。 陽子の顔に影が差したのを見て取り、口ごもったルイズに、陽子はやわらかな瞳を向ける。 「努力はあなたを裏切らないよ、ルイズ。あなたが頑張っていることは、わたしが知ってる。きっと他にも知っている人がいるよ。 …そしてね、ルイズ。生まれとか、血筋とか、そういうものは、きっとあんまり関係ないんだ。あなたは貴族たろうと努力しているね。多分それが、貴族として一番大事なことで。 だからあなたは、立派な貴族なんだと思うよ」 きれいごとだ、とルイズは思った。口先だけの、下手な慰めだと。 けれど、少年の言葉はすんなりルイズの心に沁みた。彼は「自分は逃げていたから」と言ったが、多分、そんなことはないのだ。彼もまた戦っている。 だから、ルイズと同じように、何かを目指して頑張っている者の言葉だから、頑なになっていたルイズの胸の奥まで、こんなにもあっさりと届いた。 「………平民風情が、生意気言わないで」 ルイズはきつく少年を睨んだ。けれど、おそらく彼にはわかっているのだろう。微笑ましそうな碧の瞳には、耳を真っ赤に染めた少女が映っている。 さあ、と陽子はルイズに笑いかける。 「あとはわたしがやっておくよ。ルイズは顔を洗って、着替えておいで。そうしたら丁度お昼の時間だ」 * ようやく片付けも終わり、陽子が食堂に向かった頃には、既に食事が始まっていた。 「…この中に入っていくのも、なんだか気がひけるな」 用事で遅れて、ひとり授業が始まっている教室へ入っていくあの感覚だ。数十対の目がぐるんと陽子を指す。 あれいやなんだよな、と思いつつ、少ない朝食で重労働をしたため鳴き出している腹を押さえる。最後の手段として宝珠があるが、それはまだちょっと遠慮したい。 さてどうするか、と陽子が考え込んでいると、そこに救いの神が現れた。 「あら、ヨウシさん?」 「シエスタ」 空のトレイをささげた黒髪の少女は、食堂の入り口で固まっている陽子にきょとんとする。 「どうされたんですか、こんなところで?ミス・ヴァリエールはもう中で食事をされてらっしゃいますよ?」 「ああ…。ちょっと、わたしは用事があって、遅れてしまって」 今から入るのもいかがなものかと思ってね、と苦笑すれば、まあ、とシエスタは口許に手をやった。 「では、ヨウシさん、厨房へいらっしゃいません?」 「え?」 「わたしたちの賄いでよろしければ、お出しできると思いますわ」 確かにおひとりでこの中には入りづらいですね、笑うシエスタに陽子も笑う。 「…じゃあ、すまないけれど、お言葉に甘えようかな」 「はい、どうぞ」 微笑んだ少女は、楽しそうにトレイを胸に抱いた。 賄いと言って出されたシチューの味は、かなりのものだった。聞けば貴族に出す食材の余りを使っているらしいので、それは豪華なものだと感心する。 そういえば洋食を食べるのはどれくらいぶりだろう、シチューくらいなら慶でも作れるかもしれないな。 嬉々として協力してくれそうな顔と、渋い顔で嗜める顔を思い描き、どうやって石頭を言いくるめようかと考える間にも、口と手は止まらない。あっという間に完食して手を合わせる陽子に、シエスタは嬉しそうに笑う。 「本当にお腹がすいてらっしゃったんですね。おかわりもありますよ?」 「いや、もうお腹いっぱいだ。ありがとう、すごく美味しかった」 よかった、目を細めるシエスタが重そうなトレイを持っているのをみて、陽子も席を立つ。 「手伝うよ、シエスタ。昼食のお礼に」 「まあ。…それじゃあ、デザートを配るのを手伝って頂けますか?」 「わかった」 彼女の手からトレイを取り上げ、ふたり連れ立って食堂へ向かう。陽子がケーキの乗ったトレイを持ち、シエスタがそれをひとつずつ配膳する。 傍では巻いた金髪の少年が、友人らしき少年たちとなにやら賑やかに騒いでいた。 「なあギーシュ、今は誰とつきあっているんだ?」 冷やかすような調子の声に、ギーシュと呼ばれた少年は傲慢に笑う。 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないよ。薔薇は多くの人を喜ばせるために咲くものだろう?」 そんな会話を聞くともなしに聞いていた陽子は苦笑した。なんとも気障な台詞である。ま るでミュージカルやオペラに出てくる色男のようだ、と少年をみていると、彼のポケットから何かが転がり落ちた。あ、と陽子が声を出すと、それに気づいたらしいシエスタがトングを陽子の持つトレイに置いた。 「ちょっと行って参りますわ」 液体が入った小瓶を拾い上げるシエスタに頷き、陽子は配膳を再開する。トレイの上のケーキは既に四分の三ほど配り終えており、これならひとりでも配ってしまえる。 慣れない手つきでなんとか配り終えて、さてシエスタは、と食堂を見回した途端、少女の甲高い声が響いた。 「嘘つき!」 見れば金髪の少年が、頭からワインを滴らせ、去っていく少女を唖然と見送っているところだった。 (…痴話喧嘩かな) 金髪の少年は、先程自分を薔薇とたとえた少年だった。あれならそうであってもおかしくないな、と目を逸らしシエスタを探すが、申し訳ありません、と蚊の鳴くような声にはっとする。 そちらに視線をやれば、泣きそうな顔をしたシエスタが、少年に頭を下げていた。 「君が香水瓶を拾ったおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。いったいどうしてくれるんだね?」 「も、申し訳ありません…!」 「僕は君に声をかけられたとき、知らない振りをしたじゃないか。話を合わせるくらいの機転をきかせてもよかっただろう?」 「…申し訳ありません…」 ひたすら恐縮して縮こまるシエスタの姿に、怒りが沸いた。 何を言っているのだ、こいつは。 地位と権力を持って立場の弱いものをいたぶる、それは陽子の最も嫌うものだった。ずかずかと間に割って入り、シエスタを背に庇う。主上、呆れたような溜め息は聞かなかったことにした。 「…なんだね、君は?」 「ヨウシさん…」 胡散臭そうな少年の視線と、縋るようなシエスタの眼差しを受けて、陽子は少年を睨みつける。 「…見事な責任転嫁だが、そもそもの原因は二股をかけたお前にあるんじゃないのか?」 どっ、と周囲から笑いが沸く。 「そのとおりだ!ギーシュ、お前が悪い!」 ギーシュの頬に赤みが差した。怒りを取り繕うかのかのように薄ら笑いを浮かべ、鼻を鳴らす。 「…ああ、君はゼロのルイズが呼び出した平民君だったか。さすがはゼロだな、貴族に対する礼儀すら知らない輩を呼び出すとは」 「貴族を名乗るのならば、まずはそれ相応の振る舞いを身に着けろ。お前の今の言動はただの我が侭な子供の八つ当たりにしか見えなかったが」 冷ややかな眼差しに刺され、ギーシュはぎりと歯を噛んだ。平民とはいえ女性を傷つけるつもりはなかったが、これなら存分に気を晴らすことが出来る。よかろう、ギーシュは胸に刺していた薔薇を抜き取った。 「君に礼儀というものを教えてやろうじゃないか。丁度いい腹ごなしだ」 「…なるほど」 酷薄に笑んだ陽子にギーシュはくるりと背を向ける。 「場所はヴェストリの広場だ。準備が出来たらきたまえ」 取り巻きを引き連れ食堂を出て行く少年に、どこまでも気障な、と鼻を鳴らし、陽子はシエスタへ振り向いた。彼女はがたがたと震え、真っ青な顔をしていた。 「シエスタ?もう大丈夫だよ」 あいつは行っちゃったから、肩をぽんぽんと叩いても、彼女の震えはおさまらない。 「…あ、あなた、殺されちゃう…。貴族に逆らったりなんかしたら…」 「え?」 堪え切れなかったかのように、シエスタは脱兎のごとく逃げ出してしまった。…そこまで、平民に貴族の恐怖は根付いている。 やれやれ、と頭をかいたところで、目下一番の問題が陽子の背をどついた。 「何やってんのよあんた!見てたわよ!」 「ああ、ルイズ」 「ああ、じゃないの!あんた何勝手なことしてんのよ!決闘?馬鹿じゃないの!」 「えっと…」 やっぱり怒られるだろうな、とは思っていたので、苦笑しきりだ。ルイズは陽子をじろりとねめ上げる。 「謝ってきなさい。今なら許してくれるかもしれないわ」 「それは嫌だ」 即答する陽子に、予想はしていたのかルイズは大きな溜め息を吐く。 「あのね?怪我だけじゃすまないのかもしれないのよ。いいから謝っちゃいなさい。…平民は、絶対にメイジに勝てないのよ」 「…だれがそんなことを決めたの?」 「…え」 冷えた声に、ルイズは目を見張る。陽子は、静かに怒っていた。 ここ一日で大分この世界のものの考え方もわかってきた。民主主義の世で育ってきた陽子には、それが滑稽にさえ思えることも。 何故貴族であるのか――――それをわかっていない連中が多く思えるのは、ここにはこどもしかいないからなのか。 「上に立つものの、その力は何のためにある?――――民のためでなければならないはずだ」 「………」 何も言えずに口を噤むルイズに背を向ける。 「ヴェストリの広場って?」 「こっちだ、平民」 遠ざかる背中に、ルイズは吐き捨てる。 「…使い魔のくせに。なによ、平民のくせに」 それなのに、上に立つものの責任を説いた少年の眼差しは、まるで王者のようだった。 前ページゼロのメイジと赤の女王