約 1,871,705 件
https://w.atwiki.jp/moejinro/pages/3173.html
4日目 マダム さわやかな朝がやってきました 村の川辺に無残に引きちぎられたデジューさんの死体が見つかったようです… マダム 村人の皆様、今日もがんばってください 4日目スタートです 1 (マダム村) アリスイ 【占いCO】みむっちゃさん○ 現状整理と無難な発言を意識してるように感じたので 1 (マダム村) カルシファー 【霊媒CO】デュビアさん○! デジュー のーん 3 (冥土) サイア 時系列でいくなら3,4年後? 1 (マダム村) すいさい fm 1 (マダム村) アリスイ ぐぬぬ・・・ 3 (冥土) トガリ ふむ 1 (マダム村) シエスタSS でじゅこー! 3 (冥土) とよよ とりあえず、うちが動画にでれるとしても、3年後くらいかなぁとおもっています 1 (マダム村) みむっちゃ 何村ぶりに占われただろう 3 (冥土) トガリ 自分が始めて出たときのも動画化となると 1 (マダム村) xバーバラx 白進行ですね 3 (冥土) サイア んまさすがに溜まり過ぎてるので、No.100以降はランダム作成で考えてます 1 (マダム村) ゆっくりふと 発言強かったであるからかな 3 (冥土) トガリ 3年後くらいになるのか 3 (冥土) サイア いったん99で〆ます 1 (マダム村) xバーバラx その可能性はありそうですね 3 (冥土) トガリ なるほど 1 (マダム村) カルシファー 私の指定が嫌になったら早めに言ってね 1 (マダム村) シエスタSS まだ余裕あるっけ? 3 (冥土) デジュー おつかれさまー 3 (冥土) デュビア おつさまー 1 (マダム村) すいさい 残り3吊りかな 3 (冥土) サイア おつかれー 1 (マダム村) カルシファー 残り3かなー 3 (冥土) トガリ おつかれさまー 1 (マダム村) ストーマー 今8か 1 (マダム村) すいさい カルさん真ならLW 3 (冥土) マダム いらっしゃい 1 (マダム村) ストーマー ふむ 3 (冥土) デジュー なんか間違えてただけなのに噛まれちまったぜ 3 (冥土) とよよ 時系列かランダムかは、おまかせです。どうであれ、おもしろい回をピックアップされていますので 3 (冥土) とよよ おつかれさまですー 3 (冥土) サイア なので、100で玄人な動きしていた人が、101で素人になる場合も 1 (マダム村) ゆっくりふと 吊りたいところ残されても困るのう 1 (マダム村) ストーマー グレ5かな 1 (マダム村) アリスイ 狩人探ししてるんですかねえ。狼 1 (マダム村) カルシファー 私視点ではアリスイさんも吊る必要ないと思ってる 3 (冥土) デジュー 動画の話か 3 (冥土) サイア じつは、今まで時系列順で順番につくってるだけなんです 1 (マダム村) カルシファー ってだめか、奇数進行か 1 (マダム村) シエスタSS そうなん? 3 (冥土) とよよ うん、知っていましたー 1 (マダム村) すいさい カルシファー狂だった時がこわいんだよなぁ 3 (冥土) デュビア 影響大きそうだから噛んできたのかねー 1 (マダム村) ゆっくりふと 8であろ? 3 (冥土) サイア もう追いつくことは絶望的なので、99で〆ます 1 (マダム村) すいさい 8だね 1 (マダム村) カルシファー あ 1 (マダム村) アリスイ 偶数ではなかったですか 1 (マダム村) みむっちゃ 8人だから偶数進行だね 1 (マダム村) ストーマー カル狂だと占い真狼 1 (マダム村) カルシファー なら大丈夫 3 (冥土) サイア っと、ここらの話はまた今度かな 3 (冥土) デジュー 確かSSは撮られていたよね? 3 (冥土) とよよ え、99でおしまい!? 1 (マダム村) xバーバラx 偶数ならPP心配ないですね 3 (冥土) サイア (推理邪魔ごめん) 1 (マダム村) すいさい グレー シエスタSS すいさい ストーマー ゆっくりふと 1 (マダム村) カルシファー アリスイさんは吊る必要なさげ 1 (マダム村) すいさい かな?完グレ 3 (冥土) サイア 時系列作成は99でおしまいー 3 (冥土) とよよ なるほどですー 3 (冥土) デジュー なるほどほうほふ 1 (マダム村) ゆっくりふと でじゅー君の遺言通り明日それは考えればよかろう 3 (冥土) サイア それ以降説明書いてランダムチョイスに 1 (マダム村) xバーバラx 占い欠け狼狂の可能性は0ではないですけどね 1 (マダム村) xバーバラx まず大丈夫だとは思いますけど 1 (マダム村) すいさい 占い:真狼 霊:狂 もありそうなんだよね・・ 1 (マダム村) カルシファー あーまぁ確かに 1 (マダム村) シエスタSS アリスイさんはどっかで吊っときたいけどなー 1 (マダム村) すいさい とりあえずカルシファーさん仕事終わってるし今日はカルさん吊り希望かなぁ 1 (マダム村) すいさい もしくはアリスイさん 1 (マダム村) ゆっくりふと 今日も完グレ吊りであるな 1 (マダム村) カルシファー とりあえず私はあっても狂人の位置だから吊る必要ないと思うけどね 1 (マダム村) アリスイ 役欠けを考慮するなら、どっかの段階で吊るほうが無難かもですね 1 (マダム村) カルシファー 私が狼と思うならどっかで吊ってくれ マダム 5分経過 1 (マダム村) xバーバラx グレー指定でいいかと思いますけど 1 (マダム村) カルシファー 狂人で吊るのは断固反対するね 1 (マダム村) すいさい 狂人残しておく道理もないでしょう 1 (マダム村) アリスイ 道理はないけどそこ狼はないし 1 (マダム村) カルシファー 狂人吊るのがもったいないってことですよ 1 (マダム村) アリスイ 吊り手がもったいない 1 (マダム村) ゆっくりふと 我的にはもうカルシファーは放置 明日占いとその暫定○見極め 今日はグレラン マダム 残り1分 1 (マダム村) みむっちゃ 占い 真トガリさん 偽狼 アリスイさん カルシファーさん狂人霊媒 だったりするなら下手すると今日が最終日になったりする可能性もあるけどね 1 (マダム村) カルシファー とりあえず指定します 3 (冥土) デジュー 真狼-狂でも最終日手前でアリスイさん吊るしかないし、最終日狼狂残りでも狂人の安全な投票場所ないから 1 (マダム村) カルシファー 【指定】ストーマーさん 1 (マダム村) xバーバラx 指定了解 1 (マダム村) すいさい 把握 3 (冥土) とよよ 欠けがあるだけで、こんなに議題が迷走するんだ 3 (冥土) デジュー そこまで警戒するほどでもって感じ 1 (マダム村) カルシファー COあります? マダム 20秒前 1 (マダム村) xバーバラx 反応がない 3 (冥土) デュビア ストーマーさんが出るのが遅いのは・・・ 1 (マダム村) カルシファー あらw 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) シエスタSS おにちくつるしふぁー マダム 夜まで時間がありません 皆様今日の尊い犠牲をお選びください(会話はストップです) マダム 投票は直接私にtellでお願いします 制限時間は3分です 3 (冥土) とよよ ただ、うちも欠けありのときの判断は終盤になるまでわからいのですが デュビア あ 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- (T) すいさい > カルシファーさん デュビア ストーマーさんいない? (T) みむっちゃ > ストーマーさん すいさい あ すいさい ほんとだ カルシファー え xバーバラx いないですね みむっちゃ いつのまに カルシファー これはどうしたらいいんだろうw アリスイ なんと ゆっくりふと ログ見てたら全然発言なかったw xバーバラx 反応がないわけだ すいさい wallひっかからないね マダム ウケルw カルシファー ww すいさい そういえばずっと発言なかったw 3 (冥土) デジュー 消えたストーマー 3 (冥土) とよよ LDとはー デュビア 吊り対象だからこのまま死んでも続く悲しさ マダム 全く気付かなかったぜーw 3 (冥土) デジュー ミドリのせいだな シエスタSS まだーむの怠慢かな? カルシファー www xバーバラx w アリスイ ナムアミダブツ 3 (冥土) とよよ ミドリめー 3 (冥土) デュビア 恐るべきミドリ マダム RT1:35まで待ちましょう すいさい 4分くらい前が最後の発言か カルシファー はーい xバーバラx わかりました アリスイ 了解 すいさい はーい マダム 戻らなければそのまま吊候補でいいかしら? カルシファー しょうがないですよね! すいさい 考える時間できた xバーバラx 残念ですけどそうせざるえませんね カルシファー 私はOKですけど、他の人はどうなんだろ アリスイ 大丈夫じゃないかな マダム だいたいカルシファーのせい シエスタSS やべーガリガリ君当たったwww カルシファー ( д ) ゚ ゚ 3 (冥土) デュビア w allでも引っかからないなー アリスイ おめでとう!>ガリガリくん 3 (冥土) とよよ そうだ、みんなカルシファーさんが悪い(確信) みむっちゃ おめでとう アリスイ でもアタリを交換してもらうのって勇気いりますよね シエスタSS でも恥ずかしくて交換できんよな アリスイ はい・・ シエスタSS そうだなぁw デュビア 恥ずかしそうな顔して異性の店員さんのとこに行って、交換してもらうプレイ アリスイ 駄菓子屋なんてもうそんなにないもんなあ シエスタSS こんにちは アリスイ アリスイ イケメンのバイトのにーちゃんでもOK アリスイ こんにちは シエスタSS シエスタSS Hキーおしてまうねんw アリスイ はい 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- マダム 残念ですがお戻りになられないので アリスイ 別のゲームいってこれがすごい便利なことを思い知りました マダム ストーマー君よ永遠に! 3 (冥土) デュビア 南無 マダム では吊投票開始いたします すいさい さっきの投票は無効? マダム もう一度投票をお願いいたします (T) ゆっくりふと > すとーまー すいさい はあい カルシファー はーい (T) xバーバラx > ストーマーさんに (T) みむっちゃ > ストーマーさん (T) すいさい > カルシファーさん (T) アリスイ > カルシファーさんに投票します シエスタSS ストーマーさん以外で? (T) カルシファー > ストーマーさんでお願いしますー マダム 誰でもいいですよ? アリスイ あ、そうか。指定がストーマーさんだったから 3 (冥土) デュビア (((マダムに投票するのです))) アリスイ ちょっと村的にフェアじゃない気がするんですけどどうなんでしょ マダム 残り1分 (T) シエスタSS > じゃあすいさいさん吊りで ストーマー4 カルシファー2 すいさい1 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- マダム さようなら ストーマーさん あなたの勇士はわすれない マダム 日が沈み始めました よい子も悪い子も寝る時間です マダム 役職の方は私にTellお願いします (T) カルシファー > 霊媒です!ストーマーさんの墓荒らしに来ました! (T) > カルシファー ストーマーさんは村人でした (T) xバーバラx > みむっちゃさんをがぶがぶ (T) カルシファー > 了解でーす (T) > xバーバラx おいしくがぶがぶ 3 (冥土) マダム ストーマー君突然死でもよかったんだけど 3 (冥土) マダム 突然死にしてしまうと人数の関係上 3 (冥土) マダム かなり狂っちゃうからなぁ 3 (冥土) トガリ なるほど 3 (冥土) デュビア タイミングがぴったりだったのが救いというかなんというか 3 (冥土) マダム そだね マダム 残り1分 3 (冥土) マダム 指定じゃなかったら突然死扱いだったかな マダム 20秒前 3 (冥土) デュビア たぶん地下系アイドルを追って、地面の下に行ったんだ・・・ 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 1 (マダム村) マダム ---------STOP-------- 3日目へ 5日目へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4780.html
前ページ次ページZERO A EVIL 早朝、ルイズ達は使い魔の石像の前に集合していた。アンリエッタから、あの目立つ石像の前を集合場所にしましょうと提案されたのだ。 ルイズはさっきから石像の前をうろうろしている。どうやら緊張して落ち着かないようだ。 ワルドと話をするのも幼少期以来なので、ルイズが緊張するのも無理はなかった。 「少しは落ち着いたらどうだい、相棒」 「うるさいわね、私は落ち着いてるわよ」 そう言いながらも、今度は石像の周りをぐるぐる回り始めているので、その言葉に説得力はなかった。 ちなみにデルフリンガーは今はシエスタが持っている。メイジのルイズが長剣を持っているのはおかしいので、シエスタに持っていてもらっているのだ。 ルイズがデルフリンガーを持ってきたのは、いざとなればデルフリンガーを使って戦うこともあるかもしれないと考えたからだった。 夢に出てきたオルステッドは剣士だった。彼がこの不思議な力に関係しているのなら、自分も剣が使えるのではないかと考えたのだ。 もっとも、今のルイズはデルフリンガーを満足に振り回すこともできないのだが。 その時、空からグリフォンが現れ、ルイズ達の前に着地した。 グリフォンには羽帽子を被った長髪の男が乗っている。男はルイズの姿を確認すると、笑顔を浮かべて話しかけてきた。 「ルイズ、僕のルイズ! 久し振りに会えて嬉しいよ!」 「私もですわ、ワルド様! お会いできる日を楽しみにしておりました!」 「きれいになったね。幼少の頃から君はかわいかったけど、成長して一段と美人になったよ」 「ワルド様……」 ルイズはうっとりとした視線をワルドに向けている。その姿は恋する少女そのものだった。 二人の間に入りづらいシエスタ達は静かにその様子を眺めている。 「ルイズ。そこにいる二人が今回の任務の協力者だね」 「はい。メイドのシエスタと学院長の秘書をしているミス・ロングビルです」 アンリエッタから協力者のことを聞いていたワルドは、ルイズに確認を取った後、シエスタ達の方に向き直り羽帽子を取って一礼する。 「姫殿下から今回の任務を任されたグリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。危険な任務だがよろしく頼むよ」 「こ、こちらこそ! 足手まといにならないようがんばりますので、よろしくお願いします!」 「……よろしくお願いします」 ルイズの婚約者の貴族に挨拶されたシエスタは、恐縮して頭を何度も下げている。だが、ロングビルは違った。 どうにも、ワルドのことが信用できないのだ。今まで盗賊として名を馳せてきた自分の勘がそう告げていた。 ロングビルがそんなことを考えているとは思ってもいないルイズは、ワルドと出発の段取りをしていた。 「ワルド様、私達はミス・ロングビルの用意してくれた馬車で出発するつもりなのですが」 「では、僕はグリフォンで空から行くことにするよ。怪しい者が君達に近づいてきてもすぐわかるようにね」 「ありがとうございます」 「任務の間は、僕は女王陛下ではなく君の魔法衛士さ。グリフォン隊隊長の名誉にかけて君を守ってみせるよ」 その言葉を聞いたルイズは、真っ赤になって俯いてしまう。嬉しさと恥ずかしさで、どういう返事をすればいいのかわからなかった。 「よし、では諸君、出撃だ!」 そんなルイズの気持ちを知ってか知らずか、ワルドは変わらぬ様子で全員に出発を告げる。 真っ赤になって俯いてしまっているルイズは、シエスタに手を引かれながら馬車に乗り込むのだった。 偽装工作がうまくいったのか、特に問題もなく、ルイズ達はその日の夜に港町ラ・ロシェールに到着することができた。 だが、アルビオンへの船は明後日にならなければ出ないらしい。急ぎの任務だが船が出なければどうしようもなかった。 仕方がないので、ルイズ達はラ・ロシェールで一番上等な宿『女神の杵』に泊まることにした。 シエスタは平民の自分がこんなすごい宿に泊まっていいのかと恐縮していたが、ルイズだけでなくワルドまで勧めてくれた宿を断ることはできなかった。 「部屋は二つ取ってある。部屋割りは僕とルイズ、ミス・ロングビルとシエスタだ」 「ワ、ワルド様!」 「ルイズ、僕は君と二人っきりでゆっくり話がしたいんだ。長い間会っていなかったのだからね」 最初は相部屋に驚いていたルイズだが、真剣な顔で自分を見つめてくるワルドを見てしまえば何も言うことができなくなってしまう。 それに、好きな人が自分と二人っきりになりたいと思ってくれているのだ、反対する気など起こるわけもない。 結局、ルイズはワルドと一緒に部屋に向かっていった。 その場に残されたシエスタとロングビルは、ワルドに連れられるように歩いているルイズの後ろ姿を眺めていたが、ルイズの姿が見えなくなると自分達の部屋に向かって歩き始めた。 「ルイズ様、嬉しそうでしたね」 「そうね。浮かれすぎて足元をすくわれなければいいけど……」 「え、それってどういう意味ですか?」 ロングビルの言い回しが気になったシエスタだが、質問の答えが返ってくることはなかった。 部屋に着いたルイズは、ワルドに促され中央に備え付けてある椅子に座っていた。 ワルドはワインとグラスを用意すると、テーブルの上に置き、ワインを注いだグラスの一つをルイズに手渡す。 「二人の再会を祝して乾杯しよう。さあ、ルイズ」 「は、はい」 二人はグラスを合わせると、注がれているワインを飲む。最初は緊張していたルイズだが、ワインのお陰なのか、少しずつ緊張がほぐれてきたようだ。 それから二人は、離れていた時間を埋めるようにお互いに起こった事を話し始める。 ワルドは父親の死後、魔法衛士隊の見習いになった事、そして努力の結果グリフォン隊の隊長にまで上り詰めた事を話し、ルイズは魔法学院に入学した後、使い魔召喚の儀式で初めて魔法が成功した事を話した。 そして、使い魔との契約の際に自分の左手の甲にルーンが刻まれ不思議な力が使えるようになり、土くれのフーケを撃退した事もルイズは話してしまう。 「君が土くれのフーケを撃退したことは知っていたが、まさかそんな力が働いていたとは知らなかったな、ちょっと左手のルーンを見せてもらってもいいかい?」 「ど、どうぞ」 ワルドはルイズの手を取って、真剣な顔でルーンを見ている。手を触られていることでルイズの顔は真っ赤になってしまっていた。 「間違いない、これはガンダールヴのルーンだ」 「ガンダールヴ?」 「ああ、始祖ブリミルが用いた伝説の使い魔さ」 ワルドの話では、ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなし、敵から主を守る盾となったため『神の盾』とも呼ばれた使い魔とのことだった。 にわかには信じられなかったが、実際に破壊の杖を使用してフーケのゴーレムを倒せたことを考えれば、納得できる所もある。 だが、あの力は本当にガンダールヴの力なのだろうか。何故だかはわからないが、何となくそれだけではないような気がした。 「誰でも持てるような力じゃない。君はそれだけすごい力を持ったメイジなんだ」 ワルドはルイズの手を握りながら興奮気味に語りかけてくる。 「ルイズ、僕と結婚してくれないか。僕には君が必要なんだ」 ワルドからのいきなりのプロポーズにルイズの頭は混乱してしまう。嬉しいはずなのだが、急な展開に頭が追いついていかないのだ。 ワルドは、返事もできずに俯いてしまったルイズの顔に否定の色がないことを悟ると、ルイズの顎を持ち上げ唇を合わせようとする。 恥ずかしさで瞳が少し潤んでいるルイズは、そのままワルドとキスしてしまうのだった。 ルイズにとってはファーストキスだったが、好きな人に捧げることができたのが嬉しかった。使い魔の石像は生物ではないのでノーカウントである。 ワルドは、そのまま勢いに任せてルイズの着ているブラウスのボタンに手をかけようとしている。これから行われるであろう事を想像してしまい、ルイズの頭はパンク寸前になってしまう。 しかし、頭のわずかな冷静な部分が訴えかけてくる。アンリエッタは苦しんでいるのに、自分ばかりが幸せな目を見ていいのかと。 「ワルド様、これ以上は駄目ですわ。まだ、大事な任務の途中ですし……」 「……すまない。僕としたことが、君があまりに魅力的だから少し焦ってしまったようだ」 そう言うとワルドはルイズから離れる。ワルドを傷つけてしまったかもしれないとルイズは心配したが、ショックを受けているような様子はなさそうだった。 「今日は疲れただろうし、もう寝ようか。結婚の返事は後でもかまわないよ」 「ありがとうございます、ワルド様」 「うん、おやすみルイズ、いい夢を」 だが、ルイズは興奮しているせいか中々寝付くことができなかった。それに、再びあの不思議な夢を見る可能性もある。 あの夢にこの不思議な力のヒントが隠されているかもしれないと考えると、妙に目が冴えてしまうのだった。 何としてもこの力を使いこなし、ワルドの力になりたいとルイズは思っていた。 そんな風に考えていたルイズだが、しばらくすると睡魔に襲われ、深い眠りの中に落ちていった。 ルイズは夢を見ている。 夢の中のルイズは金髪の剣士だった。 ルイズにはストレイボウという親友がおり、二人はお互いを高めあいながら自分の技を磨いていった。 ある日、ルクレチア国で武闘大会が開かれることを知った二人は、自分の力を試すために大会に参加することにした。 順調に勝ち上がった二人は、ついに決勝戦でぶつかり合うことになる。勝った方が王の娘、アリシアに求婚する権利を得られることもあり、二人とも真剣勝負で戦いに望んだ。 激しい戦いの結果、ルイズが勝利を収め、武闘大会はルイズの優勝で幕を閉じた。 だが、その日の夜、ルイズの目の前でアリシアが魔王に連れ去られてしまう。 かつて勇者ハッシュに倒された魔王が蘇ったことで城内は騒然となる。そんな中、ルイズは魔王を倒し、アリシアを救い出すため魔王がいる山に向かう。 途中でストレイボウ、かつて勇者ハッシュと共に魔王と戦った僧侶ウラヌス、人間が信じられなくなり山に篭っていた勇者ハッシュを仲間に加え、ルイズは魔王山を登っていく。 そしてついに魔王の元に辿り着いたルイズ達は、激戦の末に魔王を打ち倒す。 だが、倒したのは魔王ではないとハッシュは言う。魔王との戦いで傷を負い、病も患っていたハッシュは、ルイズに自分の剣と人を信じるという想いを託し、命を落としてしまう。 その時、魔王がいた部屋が激しい揺れに見舞われる。ルイズ達は急いで部屋を出るが、ストレイボウが逃げ遅れてしまう。 ストレイボウとハッシュを失い、アリシアを救い出すこともできなかったルイズ達は失意のまま城へと戻った。 王に魔王山での出来事を報告し、城で休んでいたルイズは、夜中に目を覚ますと玉座にいる魔王を発見する。 すぐさま魔王を倒したルイズだが、気が付くと魔王の姿は消え、そこには血まみれで息絶えている王の姿があった。 その場に現れた大臣と兵士達に、王だけでなくストレイボウとハッシュを殺した疑いまでかけられたルイズは、魔王と呼ばれてしまう。 ウラヌスのお陰でなんとか城から逃げ出せたが、もはやルイズのことを信じてくれる者は誰もいなかった。 そして、捕らえられたウラヌスが心配になり城に戻ってきたルイズは、兵士に捕まり牢屋に入れられてしまう。 そこでウラヌスと再会できたのだが、彼は瀕死の状態だった。ルイズが魔王ではないと言い続けたせいで拷問にかけられたのだ。 そんな目にあっても、ウラヌスはルイズに、人間を憎まずに自分達が命をかけて守ってきたものを守り続けてくれと願いを託す。 そして、最後の力を振り絞り牢屋の鍵を開けたウラヌスは、ルイズのことを信じているであろうアリシアを助けに魔王山に向かえと告げるとそのまま息を引き取った。 牢屋を脱出したルイズは、再び魔王山を登っていく。自分を信じて待っていてくれているアリシアを助けるために。 魔王がいた部屋に辿り着いたルイズは、石像の下にある隠し通路を見つけ、さらに上へと登っていく。 山の頂上までやってきたルイズを待っていたのは、大きな騎士の石像と死んだと思っていたストレイボウだった。 死んだはずの親友がいきなり現れたことにルイズは動揺する。だが、そんなルイズをあざ笑うようにストレイボウは真実を語り始める。 魔王の部屋で起こった激しい揺れも、ルイズが王を殺してしまったのも、全てストレイボウが仕組んだことだったのだ。 ストレイボウはルイズを憎んでいた。自分がいくら努力しても、すぐ追い抜いていってしまうルイズに苛立ちを覚えていたのだ。 そして、ストレイボウはルイズに戦いを挑んでくる。ルイズの引き立て役だった過去に決別するために。 激闘の末に、勝利を収めたのはルイズだった。だが、勝利の余韻などはなく、心には虚しさだけが残った。 その時、ルイズと倒れ付したストレイボウの前にアリシアが現れる。すぐに駆け寄ろうとしたルイズだが、アリシアから発せられたのは拒絶の言葉だった。 真相を知らないアリシアは、ルイズが助けにきてくれなかったことを責める。そして、助けにきてくれたストレイボウを殺したルイズに言葉を投げかける。 ルイズには負ける者の悲しみなどわからないという憎しみの言葉を…… そして、ストレイボウの後を追うためにナイフで自分の喉を突き刺し、ストレイボウと折り重なるように倒れ付した。 全てを失ってしまったルイズは、その場に崩れ落ちるように膝をついてしまうのだった。 ふと気が付くと、ルイズは金髪の剣士ではなくなっていた。 ルイズは先程よりも少し高い場所から、倒れているストレイボウとアリシア、そして膝をついている金髪の男を見つめていた。 やがて金髪の男が顔を上げる。男の目は絶望と憎しみに満ち溢れていた。 そして、金髪の男はある宣言をする。それは今までの自分を全て捨て去ることを意味していた。 「私には……もう何も残されてはいない……帰る所も……愛する人も……信じるものさえも…… 魔王など……どこにもいはしなかった…… ならば……この私が魔王となり……自分勝手な人間達にそのおろかさを教えてやる…… 私は今より……オルステッドなどではない……わが名は……魔王……オディオ……!」 そのオルステッドの言葉を聞いた瞬間、ルイズは目を覚ました。 以前の夢では、オルステッドとストレイボウの会話を聞き取ることはできなかった。 だが今回は違う。ルイズはオルステッドの身に起きた事を全て知ってしまったのだ。 「なんで……こんな……酷すぎるわ……」 瞳からは涙が溢れて止まらなかった。オルステッドの悲劇を体験したルイズには、彼の悲しみと絶望が痛いほどよくわかったからだ。 外出でもしているのかワルドの姿は見当たらない。みっともなく泣きじゃくっている姿を見られないですんだのは運がよかった。 その時、ドアがノックされる音が部屋に響く。 「ルイズ様、朝食の用意が……どうかなさいましたか?」 朝食の用意ができたことを知らせにきたシエスタだが、ルイズの様子がおかしいことに気付く。泣いているような声がドア越しに聞こえてきたからだ。 心配になったシエスタは、失礼だとは思いながらも扉を開けてルイズの様子を伺うことにした。すると、ベッドの上で泣いているルイズの姿が目に飛び込んできた。 「ルイズ様、大丈夫ですか!」 自分の方に駆け寄ってきたシエスタに、ルイズは縋り付くように抱きついた。シエスタの柔らかい胸に顔を埋めていると、心が安らいでいくのがわかる。 シエスタに甘えている自分をみっともないとは思う。だが、全てに裏切られたオルステッドと違い、自分には側にいてくれる人がいることが嬉しかった。 シエスタと一緒にルイズの部屋までやってきていたロングビルは、扉の隙間から二人の様子を覗いていた。 そこにワルドが現れる。ロングビルの様子からルイズに何かあったのに気付いたようだ。 「ミス・ロングビル、ルイズに何かあったのかい?」 「少し具合が悪いそうです。シエスタが看病していますので問題ありません」 「そうか。では、僕も少し様子を……」 「ミス・ヴァリエールはあなたに今の顔を見られたくはないはずですわ。ここは私とシエスタにお任せください」 「……そうだな。ではここは君達に任せるよ」 そう言ってワルドはこの場を離れていった。 ルイズがワルドに今の状態を見られたくないというのは事実だろうが、それとは別に、ロングビルはルイズとワルドを会わせたくなかった。 自分がワルドを信用できないというのもあるが、ルイズがワルドを信頼しすぎているのが心配だったからだ。 夜になり、ワルドが一人で一階の酒場で飲んでいると、二階からルイズ達がやってきた。 「ルイズ、具合はもういいのかい?」 「もう大丈夫です、ワルド様。ご迷惑をおかけしました」 「気にすることはない。君が元気ならそれでいいさ」 「ありがとうございます」 ワルドに優しい言葉をかけてもらったルイズは嬉しそうにしている。元気になったルイズを見て、シエスタも安堵の表情を浮かべていた。 だが、ロングビルだけはどこか不機嫌そうな表情をしている。 「さて、お腹もすいてるだろうから、何か料理でも注文しよう」 ワルドが料理を注文するために席を立とうとしたちょうどその時、入り口の扉が物凄い音を立ててぶち破られる。 そして、鎧を着て武器を手に持った傭兵と思える集団が大挙して押し寄せてきた。 いきなり現れた傭兵の集団に、ほとんどの人間が慌てふためき逃げようとする。だが、勇敢にも立ち向かう者もいた。 「おのれ、礼儀知らずな傭兵どもめ! このワ・タ・ナーべが相手だ!」 「父上ッ!」 「お前は下がっておれ!」 親子連れの貴族の父親が傭兵に戦いを挑む。どうやら風のメイジらしく、近づいてきた傭兵達をエア・ハンマーで吹き飛ばしていた。 その隙に、ワルドは床と一体になっているテーブルの足を折り、ルイズ達にこの裏に隠れるよう指示を出す。 だが、デルフリンガーをシエスタ達の部屋に置きっ放しにしてきたことに気付いたルイズは、ワルドが指示を出す前に二階に向けて走り出していた。 「ルイズ様!」 シエスタも慌てて後を追おうとするが、ロングビルに止められてしまった。 「まだ二階は大丈夫だから大人しく隠れてな!」 「は、はい!」 有無を言わせぬロングビルの迫力に、シエスタはテーブルの裏に隠れることしかできなかった。 確かに、傭兵達は親子連れの父親の魔法で前に進めなくなっている。ワルドや他の貴族も加わり、戦いは拮抗していた。 「さすが父上!」 「この程度の傭兵に遅れは取らんわ。ハアッハッハッハッ!」 だが、傭兵達は徐々に魔法が届かない位置まで後退し、今度は弓矢による攻撃に切り替えてきた。 すでにかなりの精神力を消耗していた親子連れの父親は、弓矢による一斉射撃を防ぎきることができず、体の至る所に矢を受けその場に崩れ落ちる。 「ち……父上ええッ!!」 矢を受け倒れた父親を息子は泣きながら後ろの方に引きずっていく。 これにより他の貴族は恐れをなしたのか、目に見えて攻撃を行う者が減ってきた。今や魔法で攻撃を行っているのはワルドを含めて数人ほどであった。 その時、二階から戻ってきたルイズがテーブルの裏に滑り込んできた。その手にはデルフリンガーが握られている。 「戦況は?」 「良くないね。あいつら、メイジとの戦いに慣れてるみたいだし」 「もしかして、狙いは私達かしら?」 「だろうね。強盗にしちゃ数が多すぎるよ」 ルイズとロングビルが話しているとワルドが会話に入ってきた。 「このような場合、半数が目的地に辿り着けば任務は成功となる。従って、ミス・ロングビル、囮になってはもらえないだろうか?」 「で、でもワルド様……」 「僕とルイズには重要な任務があるし、平民のシエスタには囮はできない。それに、土のメイジのミス・ロングビルならゴーレムを作って敵の目を惹きつけることができる」 ワルドの言うことはもっともだが、ルイズとしてはここでロングビルを置いていくのは気が引けた。いくら土くれのフーケといえど、この数の傭兵を相手にして無事でいられるとは思えない。 一方、ロングビルは溜息を一つ吐くとルイズの正面に向き直った。 「こうなったらしょうがないね。そんな心配そうな顔しなさんな、私の力はあんたが一番よく知ってるだろ」 「……わかったわ。あんたにはアルビオンを道案内してもらうんだから死なないでよね」 「その時は私の家族をあんたに紹介するよ。あの子とも仲良くできそうだからね」 「楽しみにしとくわ。ワルド様、シエスタ、行きましょう」 ルイズはワルドとシエスタを促して裏口へと向かう。 シエスタもルイズの後に続こうとしたが、ロングビルに呼び止められる。どうやら何か伝えたいことがあるようだ。 「シエスタ、ルイズの側を離れるんじゃないよ。私の勘が正しければ、あの子を助けられるのはあんただけだからね」 「わかりました。ミス・ロングビルもお気をつけて」 そして、シエスタもルイズの後を追って走り出し、その場に残されたのはロングビルだけになる。 「まったく、土くれのフーケともあろうものが随分とお人よしになったもんだね」 フーケがここまでルイズに肩入れする理由は、大事な家族であるティファニアとルイズが似ているからだった。もちろん容姿ではない、似ているのはその境遇だ。 ハーフエルフとして産まれたせいで人々からその力を恐れられ、自分を怖がらない子供達とひっそりと暮らすティファニア。 使い魔を召喚した後に手に入れた不思議な力のせいで多くの生徒達に恐れられ、魔法学院ではシエスタしか親しく話す相手がいないルイズ。 どちらも持っている力に振り回され孤独になっていったのだから…… 「さあて、こんな所で死ぬわけにはいかないからね。いっちょ気合入れてやるとするかい!」 フーケは傭兵達の弓矢の攻撃が収まる一瞬の隙を突いて駆け出すと、頭から窓を突き破った。 そうして外に出ると、岩でできた巨大なゴーレムを作り上げる。突然現れた巨大ゴーレムに傭兵達が慌て始めた。 「誰に喧嘩を売ったのか教えてあげようじゃないか。覚悟しな!」 土くれのフーケ、久々の本領発揮であった。 前ページ次ページZERO A EVIL
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4404.html
前ページ次ページ虚無と狼の牙 虚無と狼の牙 第六話 ウルフウッドとルイズは部屋の中央でにらみ合っていた。お互い一歩も譲らない殺気を放っている。 「ほんま話の通じひんじょうちゃんやの……」 「あんたこそ、いい加減折れなさいよ……」 ウルフウッドはベッド代わりの藁の上で、ルイズは部屋の中央のベッドに座り込んだままぶつかり合った視線をお互い譲らない。 「やから、別に問題ないやろ? おじょうちゃんにとっても」 「何を言っているのかしら? あんた使い魔としての立場がわかっていないようね……」 にらみ合う視線に今にも火花が飛び散りそうだ。 「あーもう、やからもう藁の上で寝るのはこりごりや言うてるやないけー! 数日やったらかまわんけど、毎日やといい加減背中も痛いし、うんざりやて!」 「だ、だからって、勝手にこの部屋を出て行って、よ、よそで寝るなんて認められないわよ!」 「別にええやんか! 料理長のおっさんが給仕人の寮に空き部屋が出来たから、そこを使うたらええいう許可してくれてるんやし」 「だ、だから勝手に出て行ったらだめしょうが、そ、その使い魔なんだし」 「やったら、どないせい言うねん。ワイのベッドをここに持ち込むんか?」 「そんなことしたら部屋が狭くなっちゃうじゃない!」 「んなん言われたかて、ワイもずっと藁の上で寝るのはいややで。あかん。これやと堂々巡りやないけ」 「え、えっと、その、だ、だから……」 ルイズはベッドの上に座ったまま指をもじもじし始めた。 「し、仕方がないわね。特別に許可してあげるわ」 「許可て、何を?」 「ベッドをここに持ち込むわけにはいかないし、かといって使い魔であるあんたを放し飼いにするわけにもいかないから……」 「いかないから?」 「だ、妥協に妥協を重ねた結果、ほんっとーにしょうがないから、わ、わたしのベッドで一緒に寝てもいいわ」 ルイズはここまで言った後、顔を赤くしてそっぽを向いた。意外な提案にウルフウッドは唖然と口を開ける。 「ワイとじょうちゃんが一緒のベッドで寝るんか?」 ルイズはそっぽを向いたままこくこくと頷いた。 「けどなぁ、それやと間違いが起こったらどうすんねん」 「ま、間違い!」 その言葉にルイズは真っ赤な顔をウルフウッドに向ける。やはり間違いとは、そういうことなのだろうか。 男と女が同じベッドで一緒に寝るのだ。ということは、そういうことなのだろう。 そこまで想像してルイズは顔をより真っ赤にした。耳まで真紅に染まっている。 いくらなんでもそんなことは許されないし、許すつもりも毛頭はない。ただ、なんとなく、なんとなくだが、そこまで悪い気もしない。 今まで女扱いされていない気がしていたが、一応ウルフウッドも自分を女としてみていたのだと思うと、悪い気はしない。 「え、えっと……」 ルイズはなんとかこの混乱している自分の頭の中身を悟られないように、平静を装おうとする。しかし、言葉は出ない。 「じょうちゃん」 「な、なに?」 ウルフウッドの声にルイズは背筋をビクンと反応させる。この男は自分に何を言ってくるのだろうか。 「一緒に寝るのはかまわへんけど、寝小便とかは勘弁してや」 「……」 翌日の朝、ウルフウッドは顔に見事な足型をつけて藁の上で目を覚ました。 コルベールはノックの音を聞いて、研究室のドアを開けた。 「やや、ウルフウッドくん。おはよう」 「おはよう、センセ」 「……その顔のあざは一体何かね?」 「日々成長していく少女の蹴りを見守った後や。ってそんなんはどうでもええねん。センセ、アレが直ったってほんまか?」 「うむ」 コルベールは得意げに頷くとウルフウッドを室内に案内した。 「まぁ、見てくれたまえ」 そう言うコルベールの右手の先には白い布をかぶせられた巨大な物体がある。 「でも、ほんまにセンセが直してくれるとは思わへんかったな」 「む? それは技術的な意味ですかな? それとも?」 「両方やな」 ウルフウッドはそう感慨深げに呟く。 「私もずっと迷っていました。しかし、ミスヴァリエールから君が命がけで彼女を助けたことを伺いましてね」 「そんな言うとったんか、あの子。ワイの前では人のことぼろかすにしか言わへんくせに」 「素直じゃないんですよ」 コルベールは苦笑いをした。 「まぁ、とにかく。その話を聞いて私は君を信じてみることに決めました。確かに力は人を傷つけることが出来ます。 しかし、その人を傷つける力から人を守れるのもまた力なのですから」 そしてコルベールは少し何かを考え込むような仕草をしたが、直に顔を上げて目の前の物体に掛けられた白い布を剥がした。 「おぉ!」 ウルフウッドは思わず感嘆の声を上げた。無理もない。 あれだけひどい銃痕の後があったパニッシャーのボディがきれいに平らになっているのである。 そして、もっとも破損のひどかったマガジンの外殻もきれいに修理されている。 「まさか、ここまで完璧に直せるとはおもわへんかったで」 ここでコルベールが「コホン」と咳払いをした。 「確かにウルフウッドくん、君の危惧していた通り、現在の我々の技術でこの武器を作り出すことは出来ないのです。 その原因は二つあります。一つは今の錬金でこれほどの素材を均質につくりだせないこと。 そしてもう一つは精密さを要求される部品の加工が出来ないことです」 コルベールはどこか得意げにパニッシャーの周りを歩き始める。 「ですが、この場合は運がよかった。外殻の破損はひどかったですが、内部の精密さを要求される駆動部分は無傷でした。 そして、さらに運のいいことにこの武器は左右対称です。外殻の補強にはそれを利用させてもらいました」 「と、いうと?」 「錬金を応用して外殻を半分づつに分けて、それを破損している場所の補修に使用したのです。 幸い、外骨格はそんなに加工精度を必要とされませんでしたからね。 ちなみにこの武器についていた傷跡も錬金を応用すれば簡単に元通りに出来ました」 ウルフウッドは感心の声を上げた。こういった武器に最も求められるものは破壊力以前に信頼性である。 いくら性能がよくても簡単に壊れてしまったら元も子もない。その点において最強の個人武装といわれるパニッシャーは非常に優秀であった。 「まぁ、見た目はひどかったですけど、実際の破損はそこまでひどくはなかったということですよ」 「あぁ、ほんまありがとうな、センセ。けど、その修理方法やったら、外装の厚みは半分になってしまうんちゃうか?」 「ええ。残念ながら。しかし心配はご無用! なにせ我々にもメイジとしての意地がありますからな。その武器の外殻には固定化の魔法を掛けさせていただきました」 「固定化?」 「ええーとですな。わかりやすく言うとこの間の宝物庫の壁にかかっていた魔法ですよ。物質の安定性を上げるのです。 一応四属性全ての固定化を行いましたから、ちょっとやそっとの魔法や衝撃じゃびくともしないわけです」 コルベールは大きく胸を張る。頼まれてもいないのに、こういう細かいところまで気の利いた作業をするのが彼の彼たる所以だった。 「なるほど、そりゃ心強いで!」 ウルフウッドは思わずコルベールの手を取り、それをぶんぶんと振り回す。最初は満面の笑みで応えていたコルベールであったが、やがて表情を少し曇らせた。 「しかしですな。そういう応急処置で本体を直すことは出来たのですが、肝心の弾丸の方が……」 「あっ……」 ここでウルフウッドもその手を止めた。 「現在の私たちの技術ではこの弾丸を作り出すことは出来ないのです。 それに今回は騙し騙し直しましたが、このパニッシャーという武器を一から作る技術もありませんし」 コルベールは大きく肩を落とした。 「我々の世界は如何せん魔法偏重でして、誰もこういった技術に目を向けようとしないのです」 「センセ……」 「ウルフウッドくん。肝心なところで力になれなくて申し訳ない。私ではこれが限界なのです」 うなだれるコルベールの肩にウルフウッドは手を置いた。 「そんなことないて。これを直してくれただけでも十分や。銃弾についてはワイ自身がなんとかがんばってみるわ。 それにまたセンセにはなんかあったときに力になってもわな」 「ウルフウッドくん」 そして見つめあう二人。 「……ところでウルフウッドくん。外から誰かが我々を見ている視線をひしひしと感じるのだが」 「……見たらあかん。目ぇ合わせたら終わりやで」 コルベールの小屋の窓に張り付く怪しい中年女性の人影が一つ。食い入るように室内の様子を見ている。 「『ワイは前からセンセイのことが好きやったんや。その太陽に光り輝くような頭、たまらへん』 そこでウルフウッドはコルベールの肩を力強く掴んだ。 『う、ウルフウッド君、いけないよ。私は先生で君は使い魔じゃないか』」 周囲にサイレントの魔法を掛けて、恍惚の表情でアテレコをしているそのお方の名はシュヴルーズ。 彼女こそはまさに貴腐人であった。 # ウルフウッドは洗濯をしながら大きくため息を付いた。 せっかく直ったパニッシャーも銃弾がないのならただの鈍器だ。 中途半端にうまく目的を達成できたことが、より彼の徒労感を強くしていた。 「はぁー、んでやっているこというたら、じょうちゃんのパンツ洗いかい」 ぶつぶつと文句を言いながらも律儀にまだパンツを洗っているウルフウッド。 一応働かざるもの食うべからずの信念を持っているので、部屋に止めてもらっている手前とりあえず洗濯くらいはやっているのであった。 (腹立つからパンツのゴムでも切ったろか) そんなことを思いながら洗濯の終わったパンツをカゴに投げ入れると、懐から弾丸を取り出した。それを太陽にすかすように目の上に掲げる。 これさえあれば。そんなに作り出すのはむつかしいものなのだろうか。 元いた世界では良くも悪くも銃社会であったので、弾薬の類に困ることはなかった。それこそパンやガソリンと同レベルで流通していたのである。 「あ、ウルフウッドさん」 「おう」 後ろから声を掛けられた。ウルフウッドが振り向くと、同じように洗濯物を抱えたシエスタが立っていた。 「おはようございます」 「おはようさん」 「あれ?」 シエスタがウルフウッドの手に持ってた弾丸に気が付いた。 「ウルフウッドさん、なんで竜の牙なんて持っているんですか?」 「え、竜の牙?」 「それです、竜の牙」 そう言ってシエスタはウルフウッドの手の中の弾丸を指差す。 「いや、これは竜の牙なんかやなくて――ってじょうちゃん、これを見たことあるんか!」 「え、ええ」 突然大声を出したウルフウッドをシエスタは不思議そうな目で見つめている。 「だって、それ私の故郷の村の特産品ですもの。ウルフウッドさんは私の故郷に行ったことがあるんですか?」 「いや、行ったことはない。なんちゅーか、これはもらいもんやねん。っちゅうか、これじょうちゃんとこの村で作られているんか?」 「ええ。そうです。うちのひいおじいちゃんが作っていたそうで。 なんでも銃の弾丸だって言って作っていたらしいんですけど、そんな弾を使う銃なんて見たことありませんよね? で、結局ひいおじいちゃん、それをいっぱい作っちゃって。 私たち家族はそれの処分に困って、仕方がないのでそれを竜の牙と言ってお土産で売っているんですよ」 それから「あまり売れませんけど」と言ってシエスタは笑った。 「その話はほんまか!」 「え、えぇ。っていうか、あの、その……」 ウルフウッドはシエスタの両肩をわしづかみにしていた。 突然のウルフウッドの行動にシエスタの顔が見る見る赤くなっていく。 「じょうちゃん、じょうちゃんの家に行ったらそれがぎょうさんあるんやな?」 「え、あ、はい。その詳しい話なら父が知っているかと」 「じょうちゃんの家はどこにあるねん?」 「え、っと、私の故郷は、タルブという町です」 「じょうちゃん!」 「あ、は、はい!」 「じょうちゃんの実家に案内して親父さんに会わせてくれ!」 ウルフウッドはシエスタの顔に自分の顔を触れんばかりに近づけて、そう叫ぶようにお願いした。 授業を終えたコルベールが教室の外へ出ると、見慣れない人物が待っていた。 「よう、センセ」 「ウルフウッドくん。めずらしいですね、君がこんなところにいるなんて」 「そんなんはどうでもええねん。そんなことよりも見つけたで」 ウルフウッドは人差し指を立てて何かを企んでいる顔でコルベールに近づいてくる。 「見つけた、とは?」 「例の弾や。ほら、メイドのおじょうちゃんおるやろ? なんかあの子の実家で同じようなもんを作ってるらしいねん。 これは行ってみる価値があると思わへんか?」 「はぁ」 メイドのじょうちゃんと言われてもコルベールには誰のことかわからない。 そもそも、この学院で働いているメイドの名前など、貴族はほとんど知らないのだ。 「で、それはどこなのですか?」 「なんでもタルブいう町らしいで」 「タルブですか!」 その言葉にコルベールが食いついた。 「なんや、そこ有名なんか?」 「ええ、まぁ。そこには竜の伝説があるのですよ」 「竜の伝説?」 「ええ。なんでも今から百年くらい前に竜に乗った人物がその町に現れたという。 今でもその町にはその竜の亡骸が安置されているそうです」 「竜、ねえ」 興奮し始めたコルベールに対してウルフウッドは冷めていた。竜などと言われても彼には実感が湧かない。 「その竜はなんでも地を馬よりも速く走り、その力は馬の比ではなかったと聞きます。 ただ、その実際を見たというのが如何せん百年前の話ですからね。信憑性は薄いですが」 「へー」 ウルフウッドは気のなさそうな返事を返した。 現実主義者の彼にとってそういう伝説などの類は興味をそそられるものではないのだ。 「ただ。もしもの可能性でしかないのですが、それらの伝説が事実で、そして君の銃の弾丸がそこで作られていたとしたなら―― もしかしたら、それらは君のいた世界からもたらされたものかもしれません」 「なんやて?」 ここで俄然ウルフウッドの目が輝き始める。 「なかなかに面白そうなことになってきましたね。 私も近いうちにその竜の亡骸を見てみたいと思っておりましたところです。ぜひとも参りましょう!」 「よし。そうと決まればさっそく行くで!」 ウルフウッドとコルベールはハイタッチを交わした。 その姿がまたいらぬ誤解を助長したのだが、それはまた別の話である。 トリステイン魔法学院を出て馬車で三日。ウルフウッド、コルベール、シエスタの一行はタルブの村にたどり着いた。 コルベールはオスマンの権限により、ウルフウッドの手伝いであるといえば簡単に休暇を取ることが出来た。 また、シエスタに関しても同様であった。よって、彼らはその日のうちに出発したのである。 「これがタルブの村か」 ウルフウッドが感心した声を上げた。 「ええ、そうです。とてもきれいな場所でしょ」 とシエスタは微笑みながら言った。そして、隣のもう一人の男に目をやる。 「いやー、絶景ですなぁ」 ウルフウッドと二人きりだと思ってドキドキしていたのになんでこんなハゲがいるのだろうか。 空気を読め、と。絶景なのは光り輝く快晴の空の下のお前の頭だよ、と。 そんなシエスタの心の中を知ることもなく、コルベールはご機嫌であった。 「で、これからどうしましょうか? 私としてはまず竜の亡骸を見たいのですが」 何しきってんだ、このハゲ、とシエスタは思った。 「そやな。ワイも先にそれを見てみたいわ」 「ええ。わかりました。竜の亡骸は近くの寺院に置いてあります。早速案内しますわ」 シエスタは満面の笑みで応えた。 「なんちゅうこっちゃ」 シエスタに案内された竜の亡骸の前でウルフウッドは呆然としていた。 「変わった形をしていますな。しかし、この精巧な部品群は」 そう言ってコルベールはウルフウッドをちらりと見る。 「あぁ、間違いない。これはそうや」 ウルフウッドは竜の亡骸を調べるように撫でながら、息を吐くように答えた。 「あの、どうかしました?」 状況を飲み込めないシエスタが不思議そうな声を上げた。 「これは竜なんかやない。機械や」 「機械?」 ウルフウッドの言葉をシエスタは繰り返した。 「見たところ、大きな傷とかもない。たぶん動かへんのは燃料がないから。ガソリンさえ入れば動くはずやで」 「そのガソリンとは?」 コルベールがウルフウッドの言葉に突っ込んだ。 「こいつを動かすために必要な、可燃性の液体やな」 「ひょっとして、それは竜の血のことですか?」 「竜の血?」 「ええ。ちょっと待っていてくださいね」 コルベールは馬車に走り寄ると、自分の荷物から樽のようなものを持ち出してきた。 「これです」 ウルフウッドは渡された樽の中の液体の匂いを嗅いでみる。 「これは……ガソリンや」 「やはりそうでしたか!」 コルベールが嬉しそうな声を上げた。 「いやはやなんという。これで苦労した練成した甲斐があったというものですぞ。 ということは、この竜はこの竜の血、えーとがそりんですか? を入れると動きはじめるわけですな!」 「そやけど、ちょっと待ってくれ」 興奮し始めたコルベールをウルフウッドは制した。 「おじょうちゃん、これが一体どういった経緯で現れたんか、説明してくれへんか」 シエスタは彼らのやり取りには付いていけずにぽかんとしていたが、 「何でもうちのひいおじいちゃんはそれに乗ってやって来たとかいう話です。 えっと、あの詳しいことならうちの父が詳しいと思いますけど……」 「わかった。早速で悪いけど、その人らんとこに案内してくれ」 シエスタは不思議そうな顔をしたままではあったが、こくこくと頷いた。 ウルフウッドの両手は震えていた。もしかしたら、ここに砂の星とこの世界を繋ぐヒントがあるかもしれない、と。 唐突に帰ってきたシエスタとくっついてきたウルフウッドとコルベールにシエスタの家族は驚いたものの、快く彼らを迎えてくれた。 「これがうちにある竜の牙全部だね」 「なんと」 ウルフウッドは感心した声を上げた。例の銃弾が千発近く箱詰めにされてある。 「なんでもうちのおじいさんが必死に『銃が必要だ』って言って作ったらしいんだけどね。 けど、そんな弾丸を使う銃なんてないんだ」 シエスタの父はそう言って苦笑いをした。 「なんでも、例の竜に乗っているときにオーク鬼にでも襲われたらしくてね。 そのときに銃弾がなくなって、九死に一生を得るように、命からがらこの村に逃げ込んできたと話したそうだよ。 それで、そんなよくわからない銃弾みたいなものをいっぱい作ったらしいんだ。『自分はガンスミスだ』とか言ってね」 シエスタ父はそれから家の奥へ行くと、何かを手に持って戻って来た。 「それは!」 その手に持ったモノにウルフウッドが食いつく。 「これがその弾丸を打ち出す銃らしい。壊れちゃっているけどね。 うちのじーさんは自分で銃も作ろうとしたけれども、強度のある金属と満足な加工精度が得られなかったそうで、結局それは作れなかったそうだ」 ウルフウッドはその壊れた銃を手に取った。銃身が大きな力で曲げられている。 しかし、見間違うはずもない。これはあの砂の星のライフルだ。 「そのじーさんは他になんか言うてへんかったか?」 「他っていってもなぁ。 あぁ、そうだ。自分は砂漠の星をあの竜に乗って水を求めて旅をしていたらここにたどり着いたと言ったそうだ。 つくづく不思議なじいさんだったよ」 コルベールとウルフウッドは互いの顔を見合わせる。いたのだ、ウルフウッド以外にもこの世界へやって来た砂の星の住人が。 「あと、その銃弾を全部売ってくれへんか?」 「え?」 その言葉にシエスタの一家は目を丸くした。 今まで使い道がなかったから適当に竜の牙などと名づけて売ろうとしていたものである。 そんなものを千発全部買い取ろうとする奴がいるとは思わなかった。 「それにあの竜の亡骸。あれも欲しい。譲ってもらえへんやろか」 ウルフウッドの頼みにシエスタ父は目を輝かせた。ご先祖様が作ったよくわからない不良在庫を買い取ってくれるというのである。 この先こんなチャンスは二度と巡ってこないだろう。 「よし! 竜の亡骸はただであげよう」 「お、ほんまか!」 ウルフウッドとついでにコルベールの表情も輝く。 「お父さん」 シエスタがそんな父の袖を引っ張る。 「いいじゃないか。あんなものうちが持っていたところで埃をかぶるだけなんだし。かと言って捨てるに捨てられないし。 というわけでウルフウッド君、竜の亡骸はタダでいいのだが、この銃弾の代金としてこれはこれで四百エキュー頂こう」 「四百エキュー?」 「そ、そんな大金彼は持っていませんぞ!」 「お父さん!」 今度はシエスタが父をたしなめた。 「だって、ただというわけにはいかないだろう。一応これにだって元はかかっているんだから」 「確かにそうだけど……」 「大丈夫だ、娘よ」 「え?」 ここでシエスタ父はシエスタに耳打ちを始めた。 「この代金をお前が立て替えたということにして、お前が彼から代金を受け取ればいい。 どちらにしろあんなものを買い取ろうなんて物好きは金輪際現れるかどうかわからんのだ。 ここできっちり彼に買って貰う必要がある」 「けど、そんなお金どうするのよ」 「大丈夫、いい案がある」 コホンと咳払いをすると、シエスタ父はウルフウッドのほうを向いた。 「しかし、ウルフウッド君。そんなお金をいきなり工面しろと言われても難しいだろう。 だから、こちらから君に仕事を紹介しようと思う」 「仕事?」 「そうだ。ちょうどトリステインの城下町で親戚が居酒屋をやっている。 そこをしばらく手伝ってもらってお金を稼ぐというのはどうかね」 「はぁ」 ウルフウッドは内心変なことになってしまったと思ったが、どちらにしても銃弾が必要なのには変わりはない。 それに一千発の銃弾の代金くらいなら一ヶ月も働けば返せるだろう。 この世界の貨幣価値にまだ疎い彼は、元いた世界の価値観でそう甘い見通しを立てた。 「なんかようわからへんけど、じゃあそういうことで」 そしてウルフウッドはおのれのオカマ運の悪さを呪うことになる。 前ページ次ページ虚無と狼の牙
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/3852.html
720 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 42 34 ID 22/Lr3nR それは突然のコトでした。 「シエスタ、話が……あるんだ」 サイトさんの元の世界への、帰還 「元の世界に帰れるみたいなんだ」 いつかは来ること。確かにわかってはいたはずでした。 「いつ……ですか?」 でも心のどこかで、帰らないんじゃないかと期待もしていたんです 「明日には出発しようと思う。道中エルフとかに攻撃されると危ないから、 シエスタとは…………今日で…………」 一緒に行けないことは、『サイトさんと別れる。』という事実の裏に隠れて気にならなかった 「ぃゃ………イヤですっ!!そんな……!」 サイトさんが何か言いかけたが無視しました 「私はっ!ミス・ヴァリエールは!……どうするんです!?」 サイトさんを傷つけるとわかっていても出てくる台詞 「ホントに……ゴメン」 募る想いが大好きな人を傷つける 「ティファニアさんも、貴方に会うのを楽しみに待ってます。」 「わかってる……」 「女王様だって!!シャルロット様も!……みんなサイトさんのことが!!」 サイトさんが辛いのはわかってる筈なのに 「俺だって!出来ればこの世界で暮らしたいよ!」 「だったらなんでっ!!」 こんな言葉でサイトさんを引き留めようなんて 私は最低の女です 「俺の産まれた所は向こうの世界だ。両親だって、心配してる」 「そんな!そんなっ!!んっ!?」 そんな私に、サイトさんは優しくキスをしてくれた。抱きしめてくれた。 初めてのサイトさんからのキス。 「ん……んんっ………」 死んじゃうくらい、気持ちよかったです。 「それでも………帰らなきゃいけないんだ」 サイトさんの温もりが私の熱すぎる心を冷やしていく。 代わりに純粋な想いが溢れてきました。 721 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 44 40 ID 22/Lr3nR 「ううっ……ごめんなさい。うっ…サイトさんも辛いのに……ひっく」 「いや、俺の方こそ悪かった。」 サイトさんはやっぱり優しい。 だからもうちょっとだけ、サイトさんの腕の中で甘えることにしました。 サイトさんは私が泣き止むまで、ずっとそのままでいてくれました。 「シエスタ、落ち着いた?」 「はい、すみません。取り乱しちゃって。」 「いいって、いいって。誰だって知り合いが居なくなるって言われたらそうなるでしょ?」 ただの知り合いじゃありませんけど、というツッコミは心の中にしまっておきます。 「それでね?シエスタ……」 サイトさんは私と話しに来た本来の理由を語ってくれたんです。 「最後に、君に何かしてあげたいんだ。……この世界で最初の友達である、シエスタに」 「え……?」 「何がいいかな?」 嬉しかった。何かしてくれるというのも勿論だけど それよりも初めての友達ということが 「そーですね……」 その嬉しさに便乗して、また我が侭を言いたくなってしまいました。 「……ぃて…下さい。」 モノじゃなくてもいい……。 サイトさんがこの世界にいた証を下さい。 「私を、抱いて下さい。」 「………………わかった」 サイトさんも暫く迷ったようだったけど、OKしてくれた。 やっぱりサイトさんは、優しい。 「何か改めて見ると、照れるな…」 ベッドで私たちは生まれたままの姿になった 「そんな……あんまり、見ないでください」 「お風呂の時は、見せてあげるって言ったじゃん」 「あれはっ、その、なんと言うか…」 「キレイだよ。シエスタ」 サイトさんの手が私の胸に触れる。 722 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 47 58 ID 22/Lr3nR 甘い刺激が広がってきました。 「ふぁ……ぁ……ぁん」 やんわりと胸を揉まれる その度に私は甘い声を洩らしました。 「胸、感じやすいね」 「それはっ!サイトさんだから!」 「そうなの?嬉しいな」 サイトさんが私の胸に口づけをする 「ひゃぁっ!」 初めての感覚に私は戸惑うばかりで 「こっちはどうかな……?」 くちゅ… わたしのお口は既に自身の液で潤っていました。 サイトさんの指が……!私の中にぃ! 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」 ふわふわして、気持ちいい…でも 「私ばっかりじゃあ、ずるいです!」 私はサイトさんのモノをくわえました 「うっ!シエスタ……?」 「はいほはんの、おおきいれふぅ」 ホントに大きい……!! 口全体を使ってサイトさんに奉仕する 「う……いいよシエスタ。おっぱいも使って?」 「ふぁい」 言われた通りに胸で挟む。 男の人のここって、こんなに暖かいんだぁ 「ひもひいいれふか?」 「うん。とっても!」 よかった。知識はあったけど気持ちよくなかったらどうしようかと…… 「シエスタ、そろそろイクよ!……うっ!!」 サイトさんの子種が私の胸を、顔を汚していく 723 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 49 07 ID 22/Lr3nR 試しに一口舐めてみた 「ん…………苦いです」 サイトさんも笑ってる 「それじゃ、次はこっちかな?」 「は、はい!」 サイトさんのおちんちんが私の中へと入ってくる 「う……痛っ!」 ついに膜を破ってきました 「大丈夫?」 胸や首、耳などをせめることで痛みを和らげようと頑張るサイトさん。 「だ、だいじょうぶです。動いて……いいですよ」 私も少しぐらい頑張らなきゃ サイトさんの腰がゆっくりと動き始める 「ふぁぁ…………くぅう」 ちょっと痛いけどサイトさんをお腹一杯に感じられる。 今だけは私だけを見てくれる。それが幸せだった。 「やばっ……シエスタの中、きつくてもう出ちゃいそう」 「へ?」 「うっ!!」 サイトさん、もう出ちゃったの? サイトさんが恥ずかしそうに頷く ちょっと残念だけど、私を感じてくれた証拠ですよね 「じゃあ、もう一回。しませんか?」 それから2回ほど私たちは互いを感じあった。 724 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 54 48 ID 22/Lr3nR いよいよお別れの時 明日からもう、サイトさんには会えない。 「それじゃ、シエスタ、さよ「あ、あの!」 でも、『さよなら』なんて言われたくなかった。 「あの!私、待ってますから!」 「え?」 「サイトさんが元の世界でやることやったら…… きっと戻ってきてくれるって……信じてますから」 サイトさんの手を握る。 嘘でもいい。約束して欲しい 「……でも」 もう二度と会えないなんて、辛すぎるから 「一緒に見た草原が一望できる丘に家を建てて、待ってますから」 それが私の望み。 私は大好きなサイトさんを待っていたい 「わたしがっ!あなたの!この世界での居場所になりますっ!!」 また想いは溢れる。 想いはサイトさんの顔を滲ませてしまった。 「だから、だからっ!さよならなんて……言わないで下さい……!!」 まだ、まだもう少し、サイトさんの姿を見ていたいのに。想いは止まらない。 「私、忘ればぜんから……きょうのこと……貴方のこと」 せめて言葉だけでも、伝えないと 「でも、いいの?俺、帰れないかもしれないし……」 これから言うのが私が二番目に言いたかった言葉 「いいんです。だって私は…………」 725 名前:別離[sage] 投稿日:2007/03/21(水) 07 55 40 ID 22/Lr3nR サイトさん。………………大好きです。 「サイトさん専属の、メイドですから!」 「…………………………ありがとう」 繋いでた指がほどけてゆく 想いの間に僅かに見えた、最後に見たサイトさんの顔には、微笑みが見えたと思います。 「じゃあ、『いってきます』だね!」 サイトさんの声が胸に響く 私も、言わなきゃ 精一杯、明るく、元気よく、これが私の取り柄だから 最後の挨拶も 「行ってらっしゃいませ!!」 最後のサイトさんの後ろ姿は、見れなかったけど とっても素敵だったことでしょう
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1080.html
トリステイン魔法学院開設以来の大惨事となった使い魔暴走事件より一夜明け、学院の教師たちは事件の 後処理に追われ、被害にあった生徒たちは、ある者は死に、又ある者は未だ治療を受け続け生死の境を彷徨う中、 中庭のテラスでのん気に紅茶と会話を楽しむ者たちがいた。 「いやあ~モンモランシーとデートの約束をしてね~。今度の虚無の日に街に出かけるんだよ~~」 「ギーシュ。それもう五回目だよ」 「聞いてないわよ、マリコルヌ」 声高く笑い嬉しさの余り顔が崩れているギーシュと、それを呆れた顔で見るトリッシュとマリコルヌである。 「でもさ、よく許してくれたわよね。普通は暫く顔なんか見たくないと思うけど」 「よくぞ聞いてくれた!実は全てヴェルダンデのおかげなんだよ!!」 トリッシュが嫌そうな顔で見ている事にも気付かず、ギーシュは顔を綻ばせ傍らに侍る巨大なモグラに頬擦りをする。 マリコルヌはギーシュとヴェルダンデのスキンシップを見て、自分がトリッシュに頬擦りをする光景を想像して 恍惚の表情を浮かべ、気持ち悪い物を見るようなトリッシュの視線にやはり気付かなかった。 「……それで、そのモグラがどうしたのよ」 「そうだ!その話だったね!!」 トリッシュとルイズが決闘の最中、広場の隅でいじけていたギーシュにヴェルダンデが地中から可愛い洋服を 掘り出してそれを差し出した事を幸福の絶頂と言った顔でギーシュが語り、その話を聞いていたマリコルヌは その洋服は自分が埋めた物と気付き、顔を引き攣らせた。 幸いなことにトリッシュはギーシュの話を聞いていた為、マリコルヌの表情に気付かなかった。 「お待たせしました」 ギーシュの話が八回目を迎える頃に、シエスタがイチゴのショートケーキが乗ったトレイを持って現れ配膳を始める。 トリッシュがトレイを見ると、テーブルには三人しか居ないのに何故かケーキが四つ置かれていた。 その『四つ』のケーキを見て、ある人物の事を思い出したトリッシュは、以前から疑問に思っていて聞き辛かった事を 思い切って聞いてみることにした。 「あのさ、『ミスタ』って敬称よね?」 「そうですけど、それがどうかしましたか?」 改まった様子のトリッシュに三人の視線が集まり、トリッシュは心に渦巻く疑念を吐露する。 「もしよ?グイード・ミスタって貴族が居たら『ミスタ・ミスタ』になるじゃない。それってどう?」 「どうって言われても…貴族の方なら敬称は付けないと」 困った様子で答えるシエスタと、トリッシュの疑問を考えるギーシュとマリコルヌ。 トリッシュは更に言葉を重ねる。 「でもさ、その人は名前を二回呼ばれる事になるでしょ?それって失礼じゃあないの?」 「ええと…だったらミスタ・グイードになるんじゃないですか?」 「シエスタ、それ名前を逆さまに呼んでるだけだから」 「しかしだね、他に呼びようがないじゃないか」 トリッシュの疑問に四人揃って頭を悩ますが結局答えは出ず、質問自体をなかった事にして決着となった。 「あら、楽しそうね。私も混ぜてくれないかしら?」 「モンモランシー!勿論だとも!ささ、僕の隣が空いてるよ」 ギーシュの隣にモンモランシーが座り、紅茶とケーキを用意する為にシエスタが厨房へ向かおうと歩き出すが その背中をギーシュが呼び止めて立ち止まらせた。 そしてギーシュは皆を見つめて突然頭を下げ、テーブルに額を擦り付ける。 「ちょっと!どうしたのよギーシュ?!」 モンモランシーがギーシュの肩を掴み身体を起こすと、その顔はいつになく真剣な表情を浮かべていた。 「実はみんなに頼みがあるんだ。とりあえずこれを見て欲しい」 そう言ってギーシュは懐から何枚かの紙片を取り出し、シエスタを含めたテーブルに着いている者たちに その紙片を配り始める。皆が一様に怪訝な顔をして紙片を見ると、そこには数行の文字が書かれていた。 「マリコルヌ。これなんて書いてあるの?私、字が読めないのよ」 マリコルヌはトリッシュから紙片を受け取りそれを読み上げる。 「ええと…ギーシュ様と言って眼に涙を浮かべ……って何だよこれ?!」 「ちょっとギーシュ!なんで私がワインをあなたの頭にかけなきゃいけないのよ!?」 「あの……私、何か粗相を致しましたでしょうか?」 口々に疑問と叫びを上げながらギーシュに詰め寄るが、その反応を予想していたのか詰め寄るマリコルヌたちを 手で制すると真面目な顔で皆を見渡し語りだした。 「みんなの疑問は当然だ。しかし!ここは僕の言う通りに行動して欲しい!このギーシュ・ド・グラモンの 一生に一度のお願いだ。どうかこの通りだ!是非!!僕に力を貸してくれ!!」 ギーシュが今度は地面に額を擦りつけ土下座する。その心の奥底から出る叫びに一同は静まり返り それぞれが了承したとばかりに頷き返し、ギーシュは涙を流しながら皆に感謝の言葉を述べた。 「サイトさんか私が、ミスタ・グラモンが落とした香水の壜を拾えば良いのですね?」 「それで僕が冷やかすと……」 判らない箇所をギーシュに質問しながらそれぞれが役割を把握し、打ち合わせが終わると それを待っていたかの様なタイミングでターゲットが現れた。ルイズとその使い魔である平賀才人である。 「よーっす、シエスター!」 「あ、さいとさん。こんにちは」 呼びかけられたシエスタが台詞を読む様にぎこちなく挨拶を交わす。物凄く不自然なシエスタの態度を サイトは不思議に思いながらも、ルイズと共にギーシュたちの座るテーブルに近づいて行くと、 太陽光を反射して光る小壜がギーシュのポケットから転がり落ちた。 「ギーシュ。なんか落としたわよ」 「「「あーーーーーーっ!!!」」」 ギーシュのポケットから転がり落ちた小壜をルイズが拾おうとし、一同、顔を蒼白にしながら叫びを上げる。 その声に驚いたルイズが身体を竦ませると、その隙にシエスタがサイトの方へ小壜を蹴る。 ギーシュ以下も役者たちがシエスタのファインプレーに心の中でガッツポーズを取るが、ルイズは蹴られた小壜を あっさりと拾いギーシュに差し出す。 「ハイこれ。大丈夫よ割れてないから」 ルイズとしては、自分が小壜を渡すことでギーシュからシエスタを守ろうとしたのだろうが、それはこのテーブルに 着く者たちにとって要らぬ気遣いであった。 「どうしたのよ?受け取りなさいよ」 ギーシュは石の様に固まった。ここで香水の壜を受け取ってしまっては全てが終わりである。 如何したものかとマリコルヌに視線を送るが、マリコルヌは黙って首を振る。 全てはサイトかシエスタが香水の壜を拾う所から始まるのである。ここで冷やかせばルイズと決闘になる。 それではダメなのだ。 「ほら!ギーシュッ!……あれ?」 (スパイス・ガール……香水の壜を柔らかくした。壜はルイズの手を貫通するみたいに通り抜ける) ルイズの手から逃げる様に壜が地面に落ちる。それをルイズは拾おうとするが、手から滑り落ちて拾えない。 ギーシュたちは何が起こったのか理解できなかったが、ルイズが壜に触れないことを見て胸を撫で下ろす。 「なんでよ~ど~して拾えないの~?」 「なにやってんだよルイズ。ほら、俺に任せろ」 サイトがルイズの隣から手を伸ばし香水の壜を拾おうとする。それを見てトリッシュが能力を解除した。 ギーシュ、演出、脚本の舞台が始まった。 「ほら、お前のだろ」 ルイズがジト眼でサイトを睨むが、サイトはその視線に気付かずに香水の壜をギーシュに渡そうとする。 「おお?そのあざやかなむらさきいろのこうすいはもしや、もんもらんしーのこうすいじゃないのか?」 「え?本当なの?モンモランシー」 マリコルヌは大根役者の様に抑揚のない声でギーシュを囃し立て、ルイズがモンモランシーに尋ねるも それを黙殺し、舞台は続く。 「違う。いいかい?彼女の名誉の為に言っておくが……」 トリッシュが突然立ち上がり、眼に涙を浮かべながらギーシュの前に立つ。 「ギーシュ様……」 「ちょ、ちょっとどうしたのよ?!」 眼に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔でギーシュを見るトリッシュ。 自分の指をヘシ折り、顔を蹴り飛ばしたトリッシュの泣き顔を見てルイズは混乱した。 「やはり、ミス・モンモランシーと……」 「いや、これは誤解だよ。僕の心の中には君への想いだけ……」 「え?え?なになにどゆこと?」 混乱の度合いを増すルイズを置いてきぼりにして、二股かけられた女の子になりきったトリッシュは 思いっきりギーシュを殴り飛ばし、泣きながら何処かに走り去っていった。 「やっぱり、あの一年生に、手を出してたのね?」 「え?一年生って?マリコルヌの使い魔じゃなかったの?ひょっとしてメイジ?」 「お願いだよ。モンモランシー。咲き誇る……」 モンモランシーは、シエスタから受け取ったワインの中身を満身創痍のギーシュの頭にブチ撒けると トリッシュと同じく走り去ってしまった。 「なんだお前、二股かけてたのか?」 「あのレディたちは薔薇の存在の意味を理解してないようだ。そう言う訳で決闘だ!使い魔君!!」 「ちょっと!どういうこと!ぐえ…」 戻ってきたトリッシュにルイズは絞め落とされ、気絶したルイズを担ぎ上げて大急ぎで姿を消した。 「なんなんだ……?」 「さ、さいとさん、ころされちゃう。きぞくをほんきでおこらせたら……」 精一杯に怯えた顔を見せながらシエスタも何処かに走って行ってしまった。 「ギーシュなら昨日の広場で待ってるから、行ってあげなよ」 マリコルヌはサイトに決闘の場所を教えて中庭から立ち去った。 一人残されたサイトは何が何だか訳が判らないが、無視すると色々とマズそうなので仕方ないと言った様子で ギーシュの待つ広場へと歩き始めた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1242.html
前ページ次ページゼロのアトリエ 寝る前のわずかな時間、タバサのすることは決まっていた。 読み返されてボロボロになった、子供用の他愛のない物語… 『イーヴァルディの勇者』を、まぶたが重くなるまでもう一度読み返すのだ。 イーヴァルディは洞窟の奥で竜と対峙しました。 何千年も生きた竜の鱗は、まるで金の延べ棒のようにきらきらと輝き、硬く強そうでした。 竜は震えながら剣を構えるイーヴァルディに言いました。 「小さきものよ。立ち去れ。ここはお前が来る場所ではない」 「ルーを返せ」 「あの娘はお前の妻なのか?」 「違う」 「お前とどのような関係があるのだ?」 「なんの関係もない。ただ、立ち寄った村でパンを食べさせてくれただけだ」 「それでお前は命を捨てるのか」 イーヴァルディは、ぶるぶると震えながら、言いました。 「それでぼくは命を賭けるんだ」 何度も夢見た。自分を助けてくれる勇者が、いつか現れないだろうかと。 他の子供が憧れる勇者ではなく、勇者に助けられる姫になりたいと願った。 自分の手を引いて、この『日常』から救い出してくれる勇者をこそ、タバサは求めていたのだ。 願いは…叶ったのか、叶わなかったのか。 曇天の『日常』に差し込んだ太陽は、土をまとい、錬金術という光をもってタバサを照らし出した。 あの錬金術師こそが私の勇者だと、本気でそう思ったこともあった。 ヴィオラートがイーヴァルディの勇者であると定義し、タバサは楽になった。自分は何も考えなくて良いからだ。 だが、ヴィオラートに接し、錬金術の道程を辿るうちに気付かされた。 タバサとヴィオラートの求めるものは違う。違っていいのだと。 タバサの求めるイーヴァルディの勇者は、タバサの中にいるものだと。 自分の完成させた一筋の光…琥珀湯を見つめながら、タバサはようやく本を閉じ、眠りについた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師28~ オスマン氏は王宮から届けられたオルゴールを見つめながら、ぼんやりと髭をひねっていた。 古ぼけたボロボロのオルゴールである。茶色くくすみ、ニスは完全に剥げていて、所々傷も見える。 ふむ…と呟きながら、オスマン氏はオルゴールの蓋を開く。だが、その中ではドラムが空しく回り続けるだけ。 「これがトリステイン王室に伝わる、『始祖のオルゴール』か…」 六千年前、始祖ブリミルが神に祈りを奉げた際に鳴らしていたと伝承には残っているが、 音楽どころか微かな音さえも響いてこない。 「おそらく、まがいものかのう」 オスマン氏は、うさんくさげにそのオルゴールを眺めた。 偽物…この手の伝説の品にはよくあることである。 それが証拠に、一つしかないはずの『始祖のオルゴール』は各地に存在する。 金持ちの貴族、寺院の司祭、各国の王室…いずれも自分の『始祖のオルゴール』が本物だと主張している。 本物か偽物かわからぬ、それらを集めただけで博物館ができると言われているぐらいだ。 「しかし、まがい物にしてもひどい出来じゃ。音さえも鳴らぬではないか」 オスマン氏は、各地で何度か『始祖のオルゴール』を見たことがあった。それらは全て、 所有者がもったいぶって蓋を開くと同時に美しい音色が鳴り、外観にはきらびやかな宝石が散りばめられていた。 しかし、このオルゴールは宝石どころかオルゴールとしての機能である音楽さえも鳴らすことが出来ない。 これではいくらなんでも詐欺ではないか。 その時、ノックの音がした。オスマン氏は秘書を雇わねばならぬな、と思いながら来室を促す。 「鍵は掛かっておらぬ。入ってきなさい」 扉が開いて、一人のスレンダーな少女が入ってきた。 桃色がかったブロンドの髪に、大粒の鳶色の瞳。ルイズだ。 「わたくしをお呼びと聞いたものですから…」 ルイズは言った。オスマン氏は両手を広げて立ち上がり、この小さな来訪者を歓迎する。 そして、改めて先日のルイズの労をねぎらう。 「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな?思い返すだけでつらかろう。 だがしかし、おぬし達の活躍で同盟は無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」 優しい声で、オスマン氏は言った。 「そして、来月はゲルマニアで、無事王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われる事が決定した。 君達のおかげじゃ、胸を張りなさい」 それを聞いて、ルイズはちょっと悲しくなった。幼なじみのアンリエッタは、 政治の道具として好きでもない皇帝と結婚するのだ。同盟の為には仕方がないとはいえ、 ルイズはアンリエッタの悲しそうな笑みを思い出すと、胸が締め付けられるような気がする。 なので、ルイズは黙って頭を下げた。オスマン氏はしばらくじっと黙ってルイズを見つめていたが、 思い出したように手に持った『始祖のオルゴール』をルイズに差し出した。 「これは?」 ルイズは、怪訝な顔でそのオルゴールを見つめた。 「始祖のオルゴールじゃ」 「始祖のオルゴール?これが?」 王室に伝わる、伝説のオルゴール。国宝のはずだった。どうしてそれを、オスマン氏が持っているのだろう? 「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖のオルゴール』を前に、式の詔を詠みあげる習わしになっておる」 「は、はあ」 ルイズはそこまで宮中の作法に詳しくはなかったので、気のない返事を返した。 「そして姫様は、その巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」 「姫様が?」 「その通りじゃ。巫女は式の前よりこの『始祖のオルゴール』を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬ」 「ええっ!詔を私が考えるんですか!」 「そうじゃ。もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが…。伝統というのは、面倒なもんじゃのう。 だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉な事じゃぞ。 王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃからな」 アンリエッタは、幼い頃、共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれたのだ。ルイズはきっと顔を上げた。 「わかりました。謹んで拝命いたします」 ルイズはオスマン氏の手から『始祖のオルゴール』を受け取る。オスマン氏は目を細めてルイズを見つめた。 「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろうて」 ルイズが学院長の部屋に呼び出されたちょうどその頃。 ヴィオラートは、畑でとれた赤い花を種にする作業に没頭していた。 畑の脇に積み上げられた赤い花の山に立てかけられたデルフリンガーが、ヴィオラートに声をかける。 「よお、こりゃ何でえ」 「これはドンケルハイトっていうお花だよ」 「ドンケルハイト?聞いたことねえな」 「うん。あたしの世界の花を、錬金術で再現したものだからね」 ヴィオラートはそう言うと、一息置いてデルフリンガーに語りかけた。 「それに、聞いたことがないって言っても…」 「うん?」 「デルフリンガーくんは、昔聞いたはずの事ほとんど忘れてるじゃない」 「違ぇねえ」 デルフリンガーはカタカタと音を鳴らして、笑うという表現が適切ならば、笑った。 そう話す間もヴィオラートは手を休める事がない。 「なあ、相棒」 「ん?」 「相棒ほどの力があれば、無理に使い魔続ける事もなかったんじゃねえか?掃除洗濯、護衛の任まで果たして、 てめえの持ってる錬金術とかいう技術までご丁寧にただで教えてやって…何が望みなんだよ?」 「んー」 ヴィオラートはかなりの間言葉を探し、額に当てたにんじんを顔中に移動させながら、話し始めた。 「たしかに、呼び出した人がいやな人だったらすぐ出て行ったと思うけど」 「けど?」 「でも、ルイズちゃんはそんなにいやな人じゃなかったし…錬金術を教えても、悪用はしそうにないし」 「安全そうな奴なら誰でも良かったってか?」 「誰でも彼でもってわけじゃないけど。ちゃんとルイズちゃんの中身は見てたし…」 ヴィオラートはそこまで言うとデルフリンガーに向き直り、にんじんの切っ先を向けて、言った。 「それに、この世界に錬金術を広めることができたら、嬉しいと思ったしね」 「それで先生やってんのか」 「そうだね。誰かに何かを教えるのが、こんなに楽しいとは思わなかったよ」 ヴィオラートがそう言って微笑を浮かべたとき、建物の影から人影が現れた。 「誰?」 ヴィオラートが声をかけると、人影はびくっ!として、持っていた何かを取り落とした。 「シエスタちゃん?」 そこにいたのは、いつものメイド服からカチューシャを外しただけのシエスタ。 肩の上で切りそろえられた黒髪が、つややかに光っていた。 「それは何?」 ヴィオラートが声をかけると、シエスタは手に残った何かを差し出す。 「あ、あの、私の祖母が教えてくれた料理で…良かったらと思って」 「料理?」 「そうです、『ブランク地中』っていうんです」 「ブランクちちゅう?」 その名前に何かを感じたヴィオラートは、シエスタの手にある『ブランク地中』を観察してみる。 『ブランク地中』は、ヴィオラートの世界にある『ブランクシチュー』そのものだった。 「これは…あたしの世界にある『ブランクシチュー』にそっくりだね」 「そうなんですか?じゃあ、やっぱり…ヴィオラートさんとおばあちゃんは、同じ世界から来たんですね」 そう言ったシエスタは、ヴィオラートにそれを手渡し、たっぷり逡巡した後、ヴィオラートを覗き込んで問うた。 「ねえ、ヴィオラートさんの世界ってどんな所なんですか?」 「え?あたしの?」 「うん、聞かせてくださいな」 シエスタの目が、興味の光で爛々と輝き始める。 「あたしが生まれたのはカロッテ村っていう小さな村なんだ」 「カロッテ村…」 「うん、だけど…だんだん人が減って、いつか村がなくなるんじゃないかって話が出てきて」 シエスタはだんだんと真剣な顔になり、ヴィオラートの思い出話に聞き入る。 「あたしの両親が引越しするって言い出した時、あたしは残って、村を救おうって心に決めた」 「それで…どうなったんですか」 すっかり話に引き込まれたシエスタに、ヴィオラートは笑って答えた。 「最終的に…村は残った。カロッテランドって言う一大観光地になって、国中の人が集まるようになった」 「凄いですね…やっぱりヴィオラートさんは凄いです…私なんか、そんな時どうしたらいいのかすらわからないです」 「それは違うよ。あたしも努力したけど、それだけじゃあれだけのことはできなかったと思う」 「違う?」 「あたしが…村のみんなが、諦めなかったから。変わることを恐れなかったから」 「…」 「あたしも、元はシエスタちゃんとあんまり変わらなかった。村を変えようと思って、自分が変わろうと思って、 必死に錬金術を勉強して、お店を開いて、仲間と一緒に冒険して…立ち止まって、気付いたら村は大きくなってた。 あたしを助けてくれた人、村に残ってくれた人、村の外で経験した事が一つになって、村は生まれ変わった」 ヴィオラートの思い出話にただただ聞き入っていたシエスタが、そこまで聞いてようやく口を開く。 「やっぱり…ヴィオラートさんは凄いです。凄いことが、まるで当たり前のことみたいに思えてきちゃいますね」 自分にはできない…そんな諦めを含んだ表情で、シエスタが言った。 「シエスタちゃんだって、できないってことはないと思うんだけどなあ」 そう言ったヴィオラートにも、しかしシエスタは諦めの顔を崩すことなく、答える。 「それがヴィオラートさんの凄いところなんです。こんな私にも、可能性を見出してくれる所が…」 寂しげに微笑んだシエスタは、そろそろお仕事に戻らなくちゃ、と呟いて、ヴィオラートに別れを告げた。 「また聞かせてくれますか?ヴィオラートさんのお話…」 ヴィオラートが頷くと、シエスタはぺこりと頭を下げて小走りに去っていった。 シエスタが去った後しばらくして、デルフリンガーが思い出したように呟く。 「なあ、相棒、あのシエスタって奴ぁ…」 「ん?」 振り向いたヴィオラートに、しかしデルフリンガーは答えず、 「いや、何でもねえ」 とだけ言って、黙り込んだ。 ほんのしばらく、赤い花を種にする作業の音だけがあたりを包み込む。 ヴィオラートは、言葉を選ぶように語り始めた。 「ねえ、デルフリンガーくん。シエスタちゃんってさ」 「あん?」 「なんていうか…『平民』皆がそうなのかもしれないけど、頑固なまでに卑屈だよね」 そう問うたヴィオラートにデルフリンガーは「そうかい」とだけ答えた。 「これが、身分の違い…ううん、世界の違いってやつなのかな」 「なんでえ、おめえの世界じゃ違うのか?」 そう言ってかたかたと柄の部分を鳴らすデルフリンガーに、ヴィオラートは言う。 「うん…上手く言えないけど、あたしの世界とは、貴族と平民の関係が違うように見えるんだ」 「どう違うってんだ?」 「あたしが唯一先生って言える人は、貴族だって言ってたけど…この世界の貴族さんみたいに威張ってなかったんだ」 「ほお、威張らねえ貴族なんていんのか?」 「うん。貴族じゃない人だって魔法の使える人はいたし、貴族以外で、あれほど卑屈な人もいなかったと思う」 「…」 「あたしに何ができるかわからないけど、していいのかもわからないけど」 ヴィオラートはそこで言葉を切って、空を仰ぐ。 「わからねえが、何でえ」 デルフリンガーの問いに、ヴィオラートは端的に、 「シエスタちゃんには頑張って欲しいなって。それだけ」 そう答えて、赤い花をちまちまと種にする作業に戻る。 畑では、ヴェルダンデが楽しそうにドンケルハイトの根っこと戯れていた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4524.html
前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 ギーシュは背中に地面を感じていた。 つまり自分は倒れているのか? 必死に状況を把握しようと頭を巡らす。 脚が痛い。痒い。熱い。それは突如現れた巨大な蟻にやられたもの。 胸が痛い。それは? それはルイズとぶつかったことによる痛みだろうか。 腹が重い。どういうことだ? 何かが乗っている。腹だけじゃない。腕も何かに押さえつけられている。どういうことだ? ぽたり。 何か液体が己の顔に落ちてきた。 ギーシュは目を開く。 そこには涙を流すルイズがいた。 ギーシュが感じた重みはルイズだった。腹の上に馬乗りに乗っかっている。そしてギーシュの両の腕を脛で押さえている。 そして涙を流している。 「な、」 「あふふはは」 なぜ泣いている? この状況でそれを聞くのはひどく間抜けなようにも思えたが、ギーシュの頭に真っ先に浮かんだ疑問はそれだった。しかし、そう問い質そうとしたギーシュの言葉を遮り、ルイズの口から奇妙な笑いが漏れた。 「あははあはあ……あぁ、痛いわ……すごく、痛い」 ルイズが言った。 よく見ればただ涙を流しているだけではない。ルイズは明らかに痛みに顔を歪めていた。 ギーシュは状況を把握するため、ルイズを見る。 ルイズの左手は、自身の右肩を押さえていた。右腕は、力無くだらりとぶら下がっている。 「肩が、外れるのって、こんなに、痛いのね」 状況はほぼ全てルイズの思惑通りに進んでいた。 「準備はできている」。ルイズはそう言った。 『準備』。ルイズはギーシュに賭けを持ちかけ、ギーシュと話している間に、5匹の黒蟻をギーシュの足元に移動させた。 そして、4匹の黒蟻にギーシュの脚を齧らせた。 ギーシュがどれ程痛がるか、どれ程の混乱を引き出せるかは未知数だったが、十分すぎる混乱を引き出せた。痛みよりも、血や巨大な蟻の姿こそが混乱させる要因となったようだ。 もし、混乱が足りなかった場合は残したもう1匹で別の場所に噛み付いてやろうと思っていたが、それは必要なかった。 そして、ギーシュが混乱し、野次馬たちもわけがわからずそれに注目する中、ルイズは1つ深呼吸をした。 ゆっくりと呼吸をし、心を落ち着かせ、悠然と歩く。ギーシュが呼び出し、そしてギーシュの混乱によりコントロールを失いただ立ち尽くすだけのワルキューレのもとへ。 そして、ルイズは杖の先端でワルキューレに触れ、錬金を唱え、爆破した。 爆破したらば、先程とは打って変わって、猛然と走り出す。肉体強化によって底上げされたルイズの身体能力、全力を使いギーシュに体当たりした。 そして倒れたギーシュに馬乗りになり、今に至る。 黒蟻の魔法では、ワルキューレをどうすることもできない。だからワルキューレではなく、ギーシュに向けて蟻を放った。 ワルキューレを破壊するには爆発を当てる必要がある。だが、爆発は狙いがつかない。だから、深呼吸し、心を落ち着けた上で、外しようの無いゼロ距離で魔法を唱えた。 黒蟻の魔法ではギーシュを混乱させることはできても、すぐ蟻を潰されて終わってしまう。だが、ルイズには肉体強化によって底上げされた身体能力がある。 ギーシュと同程度の身体能力。ならばギーシュを倒すのには十分。ましてや、相手は魔法を使うことを第一に考えているのだ。 然るべくして今の状況がある。 ルイズにとって計算外があるとすれば、体当たりをしたときに、ギーシュと直接ぶつかった右肩が外れてしまったこと。 いや、多少のダメージは織り込み済みではあったが、思っていたよりずっと痛かった。 肩が外れるのはこんなに痛かったのか。闘うということはこんなに痛いことだったのか。 そのあたり、覚悟していたつもりでも実際に身に受けてみると、やはり痛いのだ。 だが、痛がってばかりはいられない。まだ決着がついていない。 まだギーシュが負けを認めていない。 まだ、ギーシュはシエスタに謝ってはいない。 「ひ、卑怯だぞ!」 ギーシュは、己の上に乗るルイズに向けて叫ぶ。 「今のは、良く解らないが変な虫が湧いていて混乱しただけだ。そんなトラブルにつけ込むなんて、貴族として恥ずかしくないのか!」 ギーシュはルイズを非難する。するとマリコルヌらギーシュの取り巻きたちもそれに呼応する。 「甘ったれ……」 そう呟いたのはタバサであったが、それは誰かを非難する言葉ではなく、ただの率直な感想であり、その声は誰の耳にも届くことなく喧騒に消えた。 ルイズは左手で涙を拭うと、「ふう」と一つ息をつく。 右肩はずきずきと痛むが、そんなことを気にしている場合ではない。決闘の最中である。 ほんの一秒、ルイズは考えて、口を開いた。 「あの蟻は私の使い魔よ」 ルイズは嘘をついた。魔法権利によって呼び出されたものであり、使い魔ではない。しかし魔法だと主張したならば、系統はなんだという話になる。 それは答えられない。 治癒の魔法を習得していたなら、水系統の魔法に偽装することもできたが、蟻を、生き物を作り出す魔法などどの系統にも存在しない。 そうなると、先住魔法、異端扱いされるのが落ちだろう。 そもそもルイズは杖を持ってもいなかったのだ。系統魔法と言い張るのは手遅れだ。 ならば、使い魔と称するのが一番無理は少ないだろう。 「何を言ってる? お前の使い魔は石ころじゃないかっ!」 ギーシュがルイズの言葉に噛み付く。 無理は少ないと言っても、そもそもが嘘なのだ。やはり無理はある。 だが、その無理をどうにかしないことには、この決闘にけちがつく。ギーシュが負けを認めない。 それだけではない。この決闘だけの問題ではないのだ。何か良い言い訳をしなければ、せっかく身につけたこの黒蟻の魔法を人前で使うことはできない。 この決闘だけの問題ではない。故に、当然ルイズはこの決闘などとは関係なく、言い訳、嘘を既に用意している。 もう少し細かい部分を煮詰めてからコルベールあたりに言うつもりであった嘘を、ここで披露する。 「あの石はね、蟻の巣なのよ」 「は?」 ルイズの言葉にギーシュは当然の反応を示す。 そんなギーシュの反応を無視し、ルイズは己の頭の中にある嘘の筋書きを読み上げていく。 「あんな巨大な蟻がいるなんて驚きだけど、世界のどっかにあんな蟻がいるらしいわ。あの石はその蟻の巣の一部だったみたいね。つまり私は蟻の巣と契約したの」 そこでルイズは一度言葉を切り、野次馬たちの反応を見る。少しざわついてはいるが、こちらの言葉をきちんと聴いているようだ。 これから大手を振って黒蟻の魔法を使うためにも、学院の者にはこの嘘を信じてもらう必要がある。 「その結果ね、どうやらその巣に住む蟻全てが私に従うようになったみたい。しかもね、主と使い魔の繋がりかしら、その蟻たちは私の求めに応じて召喚されるの。どう? すごいでしょう?」 これがルイズの考えた嘘。 蟻の巣と契約したからといって中に住む蟻が全てルイズに従う、あまつさえその蟻が必要に応じて召喚されるなどと到底信じられるものではない。 だが、コントラクト・サーヴァントの効果というものには未知の部分が多い。 ルーンを刻まれることによって人語を使えるようになったりと、使い魔に何かしらの能力が付加されるケースがある。だがどういった条件で能力が付加されるかはよく解っていない。 『人に飼われる動物は人語を理解できるようになることが多い』といった程度。前例から推し量る程度でしかない。 つまり、蟻の巣などという前例の無い使い魔にどんな能力が付加されるかは誰も解らない。ルイズの言葉を否定する根拠が一切無いのだ。 しかし、ルイズの言葉を肯定する根拠も無い。 それなら肯定のための根拠を今から見せてやればいい。 「な、アレだ。適当なことを言って、あの蟻をさも自分の手柄のように言ってるだけだろ」 ギーシュはルイズの言葉を受け入れない。そのギーシュに向けてルイズが左手を差し出す。 何も乗っていない手の平。その手の平に、突如巨大な黒蟻が現れる。 「うあぁああ!」 ギーシュが驚き、叫ぶ。 野次馬たちも驚きの声をあげる。 何も無い空間に突如現れた巨大な黒蟻。その現象を説明するには未知の魔法でも持ち出すか、ルイズの説明を信じるか、だ。 正解か、嘘か。 「ほうら、ね」 ルイズは言うと、にやりと口元を歪める。 「だからね、さっきの脚を真っ赤にしてぎゃあぎゃあ喚いた無様な姿は、私の攻撃によるもの。トラブルでもなんでもなくて、れっきとした決闘の一場面に過ぎないの」 ルイズは言葉を切る。 「だから、あんたは負けを認めなさい」 ギーシュはくつくつと笑った。 「は、はは。馬鹿を言うなよゼロのルイズ。この状況のどこが負けだと言うんだい」 ギーシュは己の腕を確認する。 両の腕を押さえつけるルイズの脛。それはとても女子の力とは思えない力が込められており、その戒めを解くことは出来そうにない。 それならそれでかまわない。 武門の誉れ高いグラモン家。その一員たるギーシュ。幾ら実戦経験がなかろうと、戦いの最中に杖を手放すなどという愚を犯しはしない。 蟻に襲われ混乱の中にあっても杖を放さなかった。 ルイズの体当たりによって倒れた今も、その右手に杖は握られている。 「確かに君は蟻を呼び出せるみたいだ。随分と小賢しく立ち回って僕を倒して馬乗りになって……それが、どうしたんだ?」 続いてルイズの手を確認する。左手は先程蟻を呼び出して見せた手。そこに杖はない。右手も肩が外れ、ただぶら下がっているだけという状態。何も握られていない。 ルイズは杖を手放している。 「得意気に馬乗りになって、それじゃぁ背後からワルキューレに襲われたら逃げることも出来ないじゃないか」 ギーシュは言う。 馬乗り――マウントポジションと呼ばれるこの体勢は上位のものに圧倒的な優位性がある。だがそれは肉弾戦におけること。 なぜマウントポジションにおいて圧倒的に上が優位かというと、下にいるものの打撃が上のものに届かない、届いても力が入り難いからである。 しかし、魔法なら。魔法は杖を持ちルーンを唱えさえすればどんな体勢だろうと威力を発揮することが出来る。 ましてギーシュの得意とする魔法はゴーレム。 1対1しか想定していないマウントポジションに対して多対一の戦いをすることが出来る。 「あなたのゴーレムは、壊したわ」 「壊れたなら、また作るだけさ」 ギーシュの薔薇を模した杖。ルイズに腕を押さえられることにより、その杖はギーシュの足元に向いている。つまり、ルイズの背後にワルキューレを作ることが出来る状態だ。 そして、ルイズは杖を手放している。 この状態でルイズに杖を向けられたのなら、青銅で出来たゴーレムをバラバラにしたその杖を向けられたなら、負けを認める以外になかっただろう。 だがルイズの手に杖は握られていない。 「また作る……ねぇ。じゃぁ、こういうのはどうかしら。あんた好きでしょ、古き良き時代の貴族の決闘の物語。男ってそういう本ばっか読んでるじゃない。だからそれに倣って、『唱えな! どっちが早いか試してみようぜ』というやつよ」 ルイズの言葉にギーシュは思わず笑いそうになる。 ルイズはとんだ勘違いをしている。 ルイズは蟻を呼び出すスピードによっぽど自信があるのだろう。だがそんなものは関係ない。 よしんばワルキューレを作るより早く蟻を呼び出し攻撃したとしても、それで勝てるわけではない。勝つのは、より早く相手を行動不能にした方である。ルイズの蟻にそんな力は無い。 ルイズが杖を持っていたなら。ルイズがルーンを唱えた瞬間、ギーシュはワルキューレと同じ運命を辿る。しかも、ワルキューレを呼び出してから攻撃を命じるという2つの動作が必要なギーシュよりも確実に早い。 だが、ルイズの手に杖はない。 「…………」 「…………」 ルイズとギーシュはお互い口を閉ざし、視線が交差する。 何か合図があるわけではない。どちらかが動いたらそれが合図である。 どのタイミングで仕掛けるか、緊迫した状況にも見えるが、ギーシュは仕掛けるタイミングを計っているわけではない。 ただ再び蟻に噛まれるその痛みに、覚悟を固めているだけ。そして覚悟が決まり次第、ルーンを唱えるだけである。 「ワ……」 ギーシュが口を開いたその瞬間、ギーシュの体に痛みが走った。 蟻に噛まれる痛みは覚悟済み、そんなものではルーンをとめることは出来ない。 だがギーシュを襲った痛みはそんなものではなかった。 野次馬たちがどよめく。 ギーシュがルーンを唱えるべく動かしたその顎に、ルイズの左拳が叩き込まれたのだ。 否応もなくギーシュの詠唱は止まる。 (蟻じゃなくて、拳だと!? メイジ同士の戦いで!?) ルイズの拳による攻撃をギーシュは全く予期していなかった。 (いや! 予期して然るべきだった! ルイズはさっきだって体当たりなんておよそメイジらしからぬ攻撃をしたんじゃぁないか!) (ならば! ならば、この痛みも覚悟してルーンを唱えきればいいだけのことだ!) ギーシュにはワルキューレを呼び出す以外の活路はない。ならば覚悟を新たにその活路へと突っ走るしかない。 「ワ……」 再びルイズの拳が叩き込まれる。 「ル……」 しかし、詠唱は止まず、切れ切れにではあるが続いていく。 三度の左拳。 「キュ……」 「あぁ、こうか」 次に叩き込まれたのは拳ではなかった。 今までギーシュに叩き込まれた拳の面ではなく、小指側の面、いわゆる鉄槌をギーシュの顔面へと振り下ろした。 「ぐ……」 ギーシュの詠唱は止まった。 詠唱など、とてもしていられない衝撃。 ルイズの鉄槌がギーシュの顔から離れると、真紅の糸が鉄槌と顔を結ぶ。ギーシュの鼻は本来ありえない方向に曲がり、どくどくと赤い血を流している。 右肩をいためているルイズにとって、上半身のひねりによって力をこめるパンチでは、どうしても右肩を庇ってしまい威力が出ない。それに対し左肩を中心とした回転で力を発揮できる鉄槌ならば、右肩をそれほど気にせずに振るうことが出来る。 結果、ギーシュの鼻はへし折れ、そして、つい先程決めたばかりの覚悟もへし折れた。 最初のパンチを受けたとき、ルイズの膂力に高を括った。所詮は女の力。ルーン一つ唱える間耐えることなど容易いと。 しかし、これは無理だ。こんなのを何発も受けたら死んでしまう。女の力とはとても思えない。 「ぶはぁ、はぁ」 鼻から血が溢れ出、呼吸の苦しくなったギーシュは、大きく口で息をする。 「早く負けを認めなさいよ、ギーシュ」 ルイズの降伏勧告。 そんなもの受け入れられない。そうは思えど、振り上げられた赤い拳から目を離すことができない。 ここで負けを認めなければ、また鉄槌が振り下ろされる。 それを想像しただけで戦意を湧き起こすことなど出来なくなってしまった。 「…………」 ルーンも、反抗の言葉も、降伏の言葉も出てこない。ただ、ルイズの拳を注視するだけのギーシュであったが、 「ふう」 とため息をついたルイズが、その拳にぎゅうと力を込め直したのを見た瞬間、その沈黙すらも守ることが出来なくなった。 「僕の負けだ! 許してくれ!」 ギーシュは懇願するように叫んだ。 喚声が起こる。 その喚声を背に受けながらルイズは立ち上がった。 ギーシュは両手で顔を覆っている。 既にその手に杖は握られていない。負けを認めた瞬間、その手は杖を持つ力を保つことができなくなった。 ルイズはあたりを見渡す。シエスタの姿を探す。 シエスタと目が合った。ルイズがシエスタのほうへ近寄ろうと一歩踏み出すと、逆にシエスタがルイズのほうへと駆け寄ってくる。 「大丈夫ですか!? ミス・ヴァリエール!」 開口一番、シエスタはルイズの右肩を案じる。 「大丈夫よ、シエスタ。それより……」 「だ、大丈夫じゃないですよ! 痛いですよ!」 「え、まぁ痛いけど、だいじょ……」 「大丈夫じゃないです! はめましょう! 私できますよ! 弟たちが肩をはずしたりなんて日常でしたからっ!」 「え、はめるって……ゴキっと?」 「はい! ゴキっと!」 そう言うとルイズの右手を持とうとするシエスタ。ルイズは慌ててシエスタを止める。 「だ、大丈夫。後で医務室の先生にお願いするから! それより今は……」 ルイズは何とかシエスタを宥め、話をそらそうとする。シエスタはまだ心配そうな顔で、ルイズの右腕を見ながらオロオロしているが、それは置いておいて、ルイズは倒れたままのギーシュへと視線を向ける。 「ギーシュ! 負けたんだからとっとと謝りなさい!」 倒れたままのギーシュに容赦なく言う。 ギーシュは鼻を押さえながら、上体を起こす。上目遣いにルイズを見る。が、その視線をすぐに外し、地面へと遣る。 「……悪かったよ」 ギーシュは顔を上げぬままに言う。 「悪かったよ。今までゼロだなんだと馬鹿にして。これからは改めるよ……」 ギーシュは渋々と、謝罪の言葉を述べる。 「何言ってるのよ、ギーシュ。私に謝ってどうするのよ! いや、謝るのは大いに結構なんだけど、それより先に謝る相手がいるでしょう!」 ルイズはシエスタの手をつかむとギーシュの前へと引っ張る。 「シエスタに謝る約束でしょう!」 ルイズの言葉にギーシュは思わず顔を上げる。 幾ら約束したこととはいえ、平民に謝るなど出来ようか。 ギーシュは抗議の声を上げようとしたが、それはシエスタに阻まれた。 「え! そんな、私なんてどうでもいいですよ! それよりお二人とも早く医務室に……」 負ければ謝るという賭けではあったが、シエスタにとってそれは現実感を伴わない。どんな理由があろうと貴族が平民に頭を下げるなど現実には有り得ない。 そんな非現実よりも、目の前の怪我だけがシエスタの現実であった。 しかしルイズは譲らない。 「駄目よ! 謝るの!」 ルイズはシエスタの目をまっすぐに見る。 「あなたのことがどうでもいいわけないでしょう! あなたは悪くないのに不当に責められて……泣きそうになってたじゃない!」 ルイズの言葉に、そしてその口振りに押され、シエスタは言葉に詰まる。 「でも、私は平民……」 「平民だからとかそんなの関係ないわ! いや、平民だからこそよ!」 搾り出すように発せられたシエスタの言葉を、ルイズは遮る。 すぅと、息を吸い込むルイズ。 そして声のトーンを落とし、シエスタに、そして己に言い聞かせるように語る。 「あのね、シエスタ。最近私は考えてたのよ。貴族とは何か。どうあることが貴族として正しいのか。人の上に立つってどういうことなのか。力さえあれば人を支配してもいいのか。 ……力の無い者は力を持つ者の都合だとか、誇りだとか、そんなもののために傷つかなければいけないのか」 ルイズは思い出す。 『本』の中。モッカニアの幼いころの記憶。 気づかずに蟻の行列を踏みそうになったモッカニアを止めたレナス。 「踏んでは、いけないわ」 「自分より弱いものを虐げてはいけない。母さんと、誓って」 そのころのモッカニアはただの弱い、力のない少年だった。 年月が流れ、モッカニアは強くなる。世界最強とまでいわれる力を手に入れる。 そして、武装司書の仕事のために、正義のために、世界の平和のために、多くの命を奪ってしまった。 モッカニアは、圧倒的に強く、他者を容易く踏みにじることの出来る己の力を呪うようになった。 自分はモッカニアと違う。私はモッカニアの生きた全てを見た。その上で考え、行動することが出来る。 力を持ち、人の上に立ち、力を振るう。どうすればそれらの行為を肯んずる理由となるか。 「そんなの簡単な答えよ。力を持つ者が力を持たない者の上に立つなら、その力は力を持たない者のために使われるべきだって、それだけよ!」 貴族が平民を支配する代わりに、治安を維持しインフラを整え外敵と戦う。平民に出来ないことを貴族が行う。平民の持たぬ魔法という力を平民のために使う。そんなのは当たり前のことだ。そういう理屈でハルケギニアの貴族は平民を支配している。 その当たり前こそが、最も重要だ。それこそが第一原則。 逆にその当たり前以外、貴族が平民を支配するに足る理由などない。 それがルイズの出した結論。 何よりも、弱き者のために強き者は力を振るう。 弱き者を虐げてまで誇るべき誇りなど在りはしない。 「だからね、シエスタ。あなたが不当に虐げられているのなら、私はあなたのためにその不当と戦うわ! 貴族として私が持っている力は、あなた達平民のためにあるのよ!」 平民にすら哀れまれる己の無力が嫌だったルイズ。 力を手に入れ哀れまれなくなったのなら、平民からどう思われたかったのか。哀れみの対極こそがルイズの求める貴族の姿。 平民から頼りにされ、平民から尊敬される貴族になりたかった。平民から尊敬を集め、平民から憧れられる貴族こそ、ルイズの求める貴族の姿だった。 「……私の……私達の為、ですか?」 「ええ、そうよ」 ルイズは薄い胸を張ると、少し照れくさそうな笑顔を作りシエスタに向ける。 シエスタは胸を張り照れくさそうに笑うルイズのその姿に、なぜか自分まで気恥ずかしい気持ちになってしまい、思わず頬を赤く染める。 「あ、ありがとうございます」 シエスタは俯き加減に、そう言った。 「ということで、ギーシュ。私は平民を、シエスタを悪くもないのに責め立てたあなたを許さないわ。ちゃんと謝りなさい」 ルイズはギーシュのほうへと向きなおると、言った。 「…………」 ギーシュは少し間、口を噤んでいたが、やがて立ち上がるとシエスタの前へと出る。 ギーシュは顔を押さえていたその手を離す。 再び血がどくどくと流れ出す。だがそれをまるで気にしないかのような顔でシエスタを見る。 「先ほどのアレは、完全に僕が悪かった。君には一切非は無い。それなのに君をなじる様な事をしてしまった。すまない」 ギーシュが頭を下げた。鼻から流れる血が地面へボタボタと落ちる。 周りがどよめく。 「うわ、あぁ、えと、あの、あ、頭を上げてください!」 シエスタは自分に対して頭を下げる貴族という現実とは思えない姿に混乱する。 「なんか微妙に偉そうな謝り方なのがむかつくけど、まぁいいんじゃないかしら」 ルイズが言うと、それを合図にしたかのようにギーシュは頭を上げ、また鼻を押さえる。 シエスタはそれを見て肩をなでおろした。 ギーシュの顔は下半分が手で覆われていたが、その目は少し穏やかなものになっていた。 この決闘において、徹頭徹尾、ルイズの行動の意味が理解できなかった。だが、それがやっと理解できた。 シエスタのため。平民のため。ルイズの行動は、ただそれだけの理由から来たものだった。 それならば、理解できる。 貴族は平民を支配する代わりにその力を平民のために使う。それは実情とは大きくかけ離れているかもしれない。貴族の誇りと平民を天秤にかけて平民をとる貴族がどれほどいるかと問われれば、まず間違いなくごく僅かにしかいないだろう。 だが、実情と大きくかけ離れていようと、支配の代償としてその力を平民のために振るうという概念は建前として確かに存在する。 まるで平民のためこそが全てに優先されるようなルイズの口振りは、あくまで建前でしかない概念を極端にしたようなものだが、建前で極端でもそれは貴族の定義の範疇に収まるものだ。 ならばルイズを理解できる。 ルイズは己の信じる貴族としての在り方を貫いただけだ。 (では僕は? 僕の信じる貴族としての在り方とは?) ギーシュは自問し、そして答えを見つけたからこそためらわずにシエスタに謝ることができた。 「ルイズ、君のその、弱いもののためにこそ力を振るうという信条は素晴らしいと思うよ」 ギーシュは言うと、足元に落ちた己の杖。薔薇を模したそれを拾い上げ、口に銜える。 「それは素晴らしいと思うが、僕は違う……。僕の力はね、全ての女性を幸せにするために存在するのさ」 薔薇の杖を銜えながら、さらに鼻から血をドバドバと流しながらも、明瞭な発音で言い放ち格好をつけるギーシュのその姿は、ぱっと見ると滑稽で、よくよく見ると尚更滑稽だった。 「あは」 ルイズは思わず笑ってしまう。 「君のおかげでそれを思い出したよ……。全く恥ずかしい。僕の存在意義とも言うべきそれを忘れて、平民とはいえ……いや、そうじゃないな、そうじゃない。 シエスタ。シエスタのような可憐な女性を泣かせようとしていたなんて、穴があったら入りたい気分だ」 何を言ってもやはり滑稽なギーシュではあったが、滑稽であるが故、つい今しがたまで決闘をしていたルイズとギーシュの間のわだかまりを忘れるに十分だった。 ルイズはちらりとシエスタを見る。 シエスタは、滑稽ではあっても可憐だなどと言われたからだろうか。頬を赤く染めて俯いている。 「ギーシュ。一応言っておくけど」 ルイズはギーシュへ向き直ると左手を差し出す。 ギーシュは、それを握手をしようと差し出されたのかと思い、自分の手を差し出しかけるが、その前にルイズが言葉を繋げる。 「もしシエスタに手を出したりしたら、今度はその鼻をへし折るだけでなくて、この子達に食べさせるからね」 ギーシュが握ろうとしたその手に、巨大な黒蟻が現れた。 「はは、はははは……」 ギーシュは銜えた薔薇を取り落とし、乾いた笑いが口から漏れる。 「あの、お二人とも、そろそろ医務室へ行ったほうがよろしいのでは……」 シエスタが控えめに声を上げる。 「えぇ、そうね。正直さっきから痛くて痛くて頭が変になりそうだわ」 「あぁ、僕もね、正直このまま血を流し続けたらちょっとやばいんじゃないかって思い始めたところさ」 良く見るとルイズの顔は脂汗だらけになっている。ギーシュは相変わらず盛大に血を流し続けている。 二人とも、笑っているような苦しんでいるような、綯い交ぜの顔になっていた。 「でも、その前に一つ、別に重要なことじゃないけど聞かせてもらっていいかい? ルイズ」 「なによ」 早く医務室へ向かうべきだと思いつつも、ギーシュはルイズに聞く。 「君の使い魔。蟻というか、蟻の巣というか、どこまでを使い魔というべきか解らないけど、名前をつけているのなら教えてくれ。あの蟻たちにしてやられた訳だからね。知っておきたい」 「…………」 ルイズは少し間をおいて、 「モッカニアよ。全部まとめて、モッカニア」 そう言うと、脂汗浮くその顔に、笑みを作って見せた。 ルイズは、医務室で治療を受けながら、モッカニアのことを思う。 モッカニアは……レナスの言葉を守って生きるなら、武装司書になどなるべきではなかった。正義になどなるべきではなかったのだ。 正義のために力を振るう仕事になど就かず、弱い者のために力を振るえばよかった。 そうすれば、少なくともあんな死に方をすることはなかった。 正義なんてものは、モッカニアのような心優しい人間には手に余る代物だ。 正義が行われなければ罪無き者が虐げられ、正義のために弱きものを虐げる。そんな選択はハミュッツのような人間に任せておけば良い。 あの館長代行であれば、一切の感傷も挟まずにその二つを天秤にかけ、より重きものを選ぶだろう。選んだ後はただその選択によって起こる戦いを楽しむ。あれはそういう人間だ。 モッカニアはそんな選択に迫られる場所に立つべきではなかったのだ。 ルイズは思う。 自分の誇りと、弱いものを守ることなら、誇りなど捨てるべきだろう。でも正義なら? それが行われなければ正義は滅び、悪は栄え、多くの人が苦しむ。そのために弱い者を犠牲にすることを善しと出来るか。 そんな選択を迫られるような立場には立ちたくない。そんな気宇壮大な正義なんてもののためではなく、自分の目と手の届く範囲で、力を持たない人のために力を振るえばそれでいい。 そう考えて、ルイズははたと気づく。 別に正義のような稀有壮大なものに限ったことではない。 ただ目の前の、一人の弱者を救いたいというそれだけのことにも、他の弱者に犠牲を強いなければならないことなど幾らでも起こり得る。 もし、そんな選択を迫られたら一体どんな決断を下すのか。 解らない。 ルイズの決断、ルイズの力によって、どちらかの弱者が犠牲になる。 それはルイズの目指す貴族としての道の袋小路だ。 幾ら考えても答えなど出せそうにもないので、 (そんなことが起こりませんように) とりあえずルイズは何にともなく祈ってみた。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4344.html
前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 二七一 その鎖篭手は君の手にぴったりの大きさであり、使い心地も悪くない。 長年のあいだ手入れもされずに放置されていたはずだが、錆一つ浮いていないのは驚くべきことだ。 君は知らぬが、これはドワーフの名工の手による逸品であり、手にはめているあいだは技術点に一を加えてよい。 君が、このような価値あるものを本当に貰ってもよいのかとシエスタの父に尋ねると、 「私も子供たちも、鍬を振ることはあっても剣を振り回すような機会はないからな。このまま戸棚の中で埃をかぶっているよりは、 あんたのような腕に覚えのある人が使ってくれるほうがずっといい。同郷の者の役に立つのだから、じいさんも草葉の陰で喜んでいるはずだ」という答えが返ってくる。 君は彼に礼を述べる。三二九へ。 三二九 シエスタの父に、ササキ――シエスタの曾祖父である≪タイタン≫からの来訪者のことを尋ねていると、そこにルイズ、キュルケ、タバサの三人がやってくる。 いくらか疲れた表情のルイズが言うには、村長をはじめとした村人一同の挨拶と歓迎の言葉を、延々と聞かされていたのだそうだ。 「ようやく終わったと思ったら、今度はみんなで質問攻めよ。『うちの村のシエスタはよくやっていますか』『魔法学院はどんなところなのですか』 『アルビオンとの戦が始まるらしいが、この辺は大丈夫ですか』なんて調子でね。貴族の客が来るなんて、そうそうないんでしょうね。 キュルケがゲルマニアの生まれだって自己紹介したときなんか……」 そこまで言って、ルイズはにやりと思い出し笑いを浮かべる。 「……ほとんど珍獣扱いだったもん! 『やっぱりゲルマニアの貴族さまは、こっちの貴族さまとは違う』って肌や髪の色をさんざん珍しがられて、 しまいには、来月産まれる子牛の名付け親になってくれとか頼まれてたわよね? 目のつけどころがいいわ。キュルケってば、見た目からして 乳牛の守り神って感じだもんね~。ほかにも……」 くすくすと笑いながらさらに話を続けようとするが、珍しく焦った表情のキュルケが 「む、無駄話はそこまでになさい、ヴァリエール!」と言って背後から組み付いてきたため、 中断を余儀なくされる。 いつも余裕綽々としているキュルケにあのような態度をとらせるとは、村民一同による歓迎の場で、いったいなにがあったのだろうか? 「薬は? ブリュヌベリーはブリム苺だったの?」 つかみ合いの喧嘩をはじめたふたりを気にしたようすもなく、タバサが首尾を尋ねてくる。 君は、当たりだったと答えて瓶を示し、タバサの家族を診に行く前に少し寄り道をしたいので、明日はシルフィードに乗せてくれぬかと彼女に頼む。 「どこへ?」 君は、ようやく喧嘩をやめたルイズとキュルケ、そしてタバサに、シエスタの曾祖父のこと、彼が潜り抜けた≪門≫のことを説明する。 シエスタとその父は君たちに気を使ったのか、それとも麗しの令嬢たちのぶざまなつかみ合いにあきれたのか、席を外している。 「じゃあ、その洞窟の奥に、≪サモン・サーヴァント≫を唱えたときに現れるようなゲートが開いているっていうの?」 ルイズが、とても信じられぬと言いたげな表情を見せる。 「普通のメイジがそんな仕掛けを作れるとは思えないわね。エルフの遺した≪先住魔法≫の遺跡かしら? それにしても面白そうじゃない、そのゲートを潜れば 『ロバ・アル・カリイエ』のさらに向こう、ダーリンのお国までひとっ飛びだなんて。あたしもダーリンの故郷を見てみたいわ。素敵なところなんでしょうね」 そう言って、興味深げな様子を見せるのはキュルケだ。 実際のところ、『ロバ・アル・カリイエ』(ハルケギニアより東方の土地の漠然とした総称だ)からどれだけ進もうと≪タイタン≫に行き着くことはないだろうし、 ササキの記述が正確なら≪門≫の繋がっている先は君の故郷ではなく、遥か離れたアランシアの危険な地下迷宮なのだが、話がややこしくなるために、 あえて訂正せずに話を進める。 君は、タバサの家族に癒しの術を施しに行く前に、≪門≫が存在するという洞窟を調べたいのだと告げる。 今もまだ≪門≫はあるのか、シエスタの曾祖父以外にも≪タイタン≫から来た者の痕跡が残されておらぬかを、調べたいのだと。 ルイズは君の眼をじっと見つめる。 「それで……もしも、そこにゲートがあったら……あんたはその、アナランドだかカーカバードだかに帰っちゃうのよね?」と尋ねる。 君はもちろんだと答え、タバサとルイズの家族を診るという約束を果たしたのち、あらためてもう一度洞窟を訪れることになるだろうと語る。 アランシアから≪旧世界≫へ向かう旅は月日がかかるうえに危険だが、それでも君は、危機に瀕した祖国に戻らねばならぬのだ。 このハルケギニアで、安穏と≪使い魔≫生活を続けるわけにはいかない。 「え、どういうこと? ルイズ、あなた自分の使い魔を国に帰しちゃうつもり? 高慢で嫉妬深くて独占欲の塊みたいなあなたが、 自分の魔法が成功した唯一の証である、使い魔の彼を手放すっていうの?」 キュルケが驚きの声を上げる。 「わたしは彼と約束したのよ。故郷に帰れるようにできる限り協力するって」 そう言ってルイズはキュルケのほうに向き直り、毅然とした態度で言葉を続ける。 「だから、ほんとに帰る方法が見つかったのなら、引き止めたりせずに送り出してあげなきゃだめなのよ。貴族に二言はないもの。 使い魔に逃げられたって馬鹿にされるかもしれないけど、約束を守って正しいことをするんだから、気にしないわ」 君は、ルイズの真摯な心意気に感激する。 彼女が君のために、それほどの覚悟を決めてくれていたとは! 「へえ……立派じゃないの、ルイズ。でも、なんでそこまで急いで帰らなきゃいけないわけ? ダーリンは、ぶらりと気ままに旅してる行商人かなにかじゃなかったの?」 君はキュルケの問いに答えようとするが、ルイズが先に説明を始める。 「本当は、大事な任務を果たすための旅の最中だったのよ。悪いメイジに故郷を狙われているから、一刻も早く戻らなきゃだめなんだって。 こんな話、普通ならまず信じないでしょうけど、≪土塊のフーケ≫の一件であの大蛇たちを見たすぐ後に聞かされたから……。少なくとも、わたしは本当の話だと思ってるわ」 「あら、あたしも信じてるわよ。ルイズから逃げ出す口実にしてはあまりに突拍子がなさすぎるし、ダーリンがただ者じゃないことの説明にだってなるもの。 ところで、その悪いメイジってもしかして、ヒドラの首から七匹の大蛇を作ったっていう、あの?」 君は無言でうなずくが、内心ではキュルケの記憶力のよさに驚いている――オスマンに七大蛇のことを語ったとき、彼女やタバサもそばで話を聞いていたが、 そのような細部まで覚えていたとは驚きだ。 やはり彼女は、ただの享楽的なのらくら者ではない。 「じゃあ、ルイズは『イーヴァルディ』みたいな勇者さまを召喚しちゃったってわけね。しかも、お話の途中で」 「あんな胡散臭い御伽噺と一緒にしないでよ。こっちはもっと現実的な話をしているんだから」 ルイズがそう言った瞬間、タバサの表情がぴくりと動くが、すぐにもとの物静かな面持ちに戻る。 それに気づいた様子もなく、ルイズは続ける。 「とにかく、明日の洞窟探索にはわたしも付き添ってあげるからね!」と。一一九へ。 一一九 ルイズからの同行の申し出に、君は眉をひそめる。 洞窟にはどのような危険が潜んでいるかわからぬのだから、村で帰りを待つべきだと説得するが、ルイズは 「あんたの大切な任務を邪魔して悪かったと思ってるから、お詫びに手伝ってあげようって言ってんのよ。人の好意は素直に受け取りなさい!」と、 君に反発する。 「でも、魔法の使えない≪ゼロのルイズ≫になにができるって言うの? 荷物持ち? それとも、道に迷わないように毛糸玉でも転がす?」 突如、君とルイズのやりとりに割り込んできたのはキュルケだ。 「な、なによツェルプストー。あんたには関係ないでしょ」 「ヴァリエール、あなたじゃダーリンの足手まといになるって言ってるの。あなたがどんな目に遭おうが知ったことじゃないけど、彼まで巻き込むつもり? いくら主人を護るのが使い魔の仕事だと言っても、限度があるわよ」 冷たく言い放つキュルケに、ルイズは返す言葉もない。 「だ・か・ら」 キュルケは君に向き直る。 「あたしもついて行ってあげる。ルイズなんかより、ずっと頼りになるところを見せてあげるから。たとえなにが出てこようと、あたしの炎で一掃してみせるわ!」 そう言って君の腕にすがりつき、豊かなふくらみを押し当ててくる。 「な、なにやってんの、離れなさい! キュルケ、あんたなんだかんだ言って、自分が楽しみたいだけでしょ!?」 ルイズが慌てて君とキュルケを引き離そうとする。 「こんな面白そうな冒険の機会を、黙って見過ごしたりできるわけないでしょ? それにダーリンは、タバサとルイズ両方のご家族を診なきゃいけない大事な身。 もしもの事がないように護ってあげなきゃ。ついでにルイズも護ってあげるわ」 キュルケはそう言って微笑む。 少女を危険な場所に同行させるのは気が進まぬが、≪火≫の魔法を操るキュルケが、怪物との闘いにおいて頼もしい戦力となることは確かだ。 君がしぶしぶながらふたりの同行を認めると、タバサが無言で進み出て杖を掲げる。 「タバサ、あんたも来るつもり? 心強いけど、空気のよどんだ洞窟の中じゃ≪風≫の魔法は威力が落ちるわよ」 「それでも、ルイズの爆発よりはよっぽど頼りになるわ。ありがとうタバサ! これでもう、怖いものなしね!」 それぞれの反応を示すルイズとキュルケに、タバサは 「心配。それに、彼には借りがある」と返す。 その一言を聞いたふたりの少女は物問いたげな視線を浴びせてくるが、君自身にも『借り』がなにを指していることなのかはわからない。 シエスタの家で夕食をとった君は(ルイズたち三人は村長の家に招かれ、そこでもてなしを受けている)、食後の紅茶を飲みながらシエスタの家族と雑談をする。 自分たちの先祖であるササキが君と『同郷』の生まれ――君はハチマン国が≪タイタン≫のどこに存在するかも知らぬのだが――だということが明らかになったため、 彼らは君のことを家族同然に扱ってくれる。 君はこれからどうする? 一同を楽しませる笑い話をするか?・二六五へ ササキが通り抜けたという洞窟について聞き出そうとするか?・一七一へ 疲れたので今夜はもう寝たいと言うか?・二四二へ 一七一 ササキの通った道を逆にたどって、故郷へと通じる≪門≫を探すつもりだと君が語ると、シエスタは驚きに息を呑み、彼女の父は眉根を寄せる。 シエスタの父によれば、村から東へ二日ほど歩いたところに存在する洞窟については、さまざまな噂が囁かれているのだという。 いくらか真実らしいのは、それが天然の洞窟ではなく、とある≪土≫の魔法使いが手を加えた広大な地下迷宮だということだ。 港町ラ・ロシェールの建設に関わった魔法使いのひとりが新たな街を築こうとした成れの果てとも、王国からの独立を企む貴族が城塞として 築いたとも言われているが、実態は定かではない。 どちらにせよ、建設途中で放棄されたそれは今や、まっとうな者は誰も寄り付かぬ場所になっているという。 洞窟の主はあるときは山賊ども、またあるときはオーク鬼の群れへと変遷し、ときおりこの地方の領主が討伐隊を送り込んで彼らを追い散らすのだが、 すぐにまた新たな住人が棲みつくのだ。 数十年前に派遣された討伐隊は、義務感かはたまた好奇心からか洞窟の奥まで踏み入ったのだが、誰ひとりとして帰ってこなかったと、シエスタの父は告げ、 あのようなところに近づいて命を粗末にしてはならぬと警告する。 行手がすこぶる危険だと言うことだけははっきり解ったが、君の意志は固い。 なにを言われようが、洞窟の探索を諦めるつもりはないと説明する。 シエスタの父は悲痛な表表情で君の眼をじっと見据えているが、やがて 「それなら、明日にそなえて早く休んだほうがいい。シエスタ、寝室までご案内してさしあげろ」と言って会話をしめくくる。 夜明けとともに眼を覚ました君は、背嚢の中身を確認し、デルフリンガーを鞘から抜くと、その刀身をじっと見つめる。 「今日は大変な一日になるんだってな。娘っ子のお守りにてんてこ舞いなのはいつものことだが、今度は皆で化け物の巣に踏み込むんだろ? 相棒の気苦労、お察しするぜ」 デルフリンガーが同情したように言う。 君は、だからこそお前のことを頼りにしているぞと、魔剣に語りかける。 「お、おいおい、おだてたってなにも出ねえぞ? 相手がメイジじゃねえのなら、俺ぁただの喋る段平(だんびら)だかんな」 照れた声を出すデルフリンガーに笑いかけ再び鞘に収めると、寝室を出る。 外ではタルブの村の人々が起きだしており、炊事の煙が上がっている。 シエスタの家の前でルイズたちとの合流を待っていると、背後に何者かの気配を感じ取る。 振り向くとそこには、シエスタが立っている。 学院で奉公しているときの奇妙な制服とは違った、いかにも村娘といった風情の素朴な服装だ。 シエスタは恥ずかしげにうつむきながら言う。 「その……洞窟の奥にある≪門≫を見つけたら、すぐに帰っちゃうんですか? 故郷に――ひいおじいちゃんの生まれた、月がひとつしかない国に」 君はかぶりを振り、今回は下調べであり、また戻ってくると答える。 「ああ、よかった……それなら、本当に帰っちゃうときは、また家に寄ってくださいね! めいっぱいおもてなししますから! あ、その前に学院でお別れのパーティを開かないと! きっとマルトーさん、泣いて引き止めようとしますわ」 まだ≪門≫が見つかったわけではないのだから、あまり先走ったことを口にするものではないと君が諌めると、シエスタは顔を赤くする。 「ご、ごめんなさいっ! わたしったらいつもこうなんです。自分の中で勝手にどんどん話を進めて……」 もごもご言うシエスタの肩をぽんと叩き、本当にそうなった時はよろしく頼むと言うと、彼女は 「はい!」と言ってぱっと笑顔を咲かせる。 やがて、ふらふらと足元のおぼつかぬルイズ、しきりに眼をこすりあくびを漏らすキュルケと火狐、いつも通り物静かなタバサが現れ、出発の時が来る。 シエスタの一家が総出で君たちの無事を祈ってくれる。 強運点に二を加えよ。 シエスタの父は地底の旅の助けにと、カンテラと油、火口箱(ほくちばこ)、それに四人ぶんの保存食をくれる。 シエスタを含めた女たちの眼に涙が光っているように見えたが、君は振り返らずに足を進める。 村はずれの林で、シルフィードが君たちを待っているはずだ。一九〇へ。 一九〇 歩いて二日の道のりも、シルフィードの翼をもってすれば一時間もかからず、君たちを乗せた竜は目的地から一マイルほど離れた場所に降り立つ。 君は真っ先に竜の背から降りると、続いて降りる少女たちに手を貸す。 物音を立てぬよう慎重に歩を進めた君は、やがて目当てのものを見つけ出す――同時に、出会いたくなかったものも。 草一本生えておらぬ空き地の向こう、六十ヤードほど先の切り立った崖にぽっかりと開いた暗い洞窟の入り口があるのだが、その手前では六匹の大柄な人間型の生き物が、 焚き火を囲んで座り込んでいるのだ。 人間より頭一つぶん背が高く、太った体は醜いが強靭そうだ。 潰れた鼻と口元からはみ出した牙をもつ顔は、豚や猪を思わせる。 獣の皮をまとい、おのおのが傍の地面に太い棍棒や石斧を転がしている。 焚き火を囲んだ怪物どもは、猪らしき動物を丸焼きにしている――いささか共喰いめいた光景だ! 藪陰にしゃがみこんで様子を窺う君の背後から、三人と一匹の仲間たちが近づいてくる。 「あれは、オーク鬼ね。わたしも本物を見るのは初めて」 ルイズが君の耳元で囁くが、その声はいくらか震えている。 「六匹だけなら、不意をつけば勝てるわね」 そう言って君の隣に来たのはキュルケだ。 彼女の≪使い魔≫である火狐はじっとオーク鬼どもを睨み、低く小さな唸り声を上げている。 「危険。洞窟の中にまだいるかもしれない」 キュルケの楽観的な台詞を、タバサが諌める。 六匹のオーク鬼(≪タイタン≫のオークよりずっと大柄で、むしろトロールに近い体格だ)を排除せぬ限り、洞窟には近づくこともできそうにない。 君は、魔法の援護のもと武器を手に正面から強襲するか(二九へ)? それとも、術を使うか? TEK・三四〇へ ZAP・四〇二へ GOB・四九四へ WOK・四二〇へ RAP・四五七へ 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1663.html
アルビオンの街の一つ、街ロサイスは、首都ロンディニウムの郊外に位置している。 ここはアルビオンの、特に空軍にとって重要な街であり、そこかしこに無骨で巨大な煙突が建ち並んでいた。 ハルケギニアで工業技術の秀でた国と言えばゲルマニアだが、空の上に浮かぶアルビオンも造船技術では引けを取らない。 煙を吐き出している煙突は、巨大な工場らしき建造物から伸びており、工場の中では真っ赤に溶けた鉄が鋳型に流し込まれているところだった。 アルビオンの皇帝となったオリヴァー・クロムウェルは、お供の者達を引き連れて、工場の建ち並ぶロサイスの街を視察していた。 その中にはワルドの姿もあり、視線だけを動かして周囲を観察していた。 トリステインには無かった巨大な造船工場は、アルビオン国王のおふれに始まる。 百年以上昔、首都ロンディニウムでは大火事が発生し、木で出来た家々は消し止める間もなく次々に燃えていった。 当時の国王は、住宅を石造りにして火事に対処せよとおふれを出し、その結果、森林は傷つけられることなく残った。 アルビオンは、驚くほど木材資源が豊富なのだ。 ワルドは、満足そうに胸を張って歩くクロムウェルを見て、少し目を細めた。 しばらく歩いていると、三色の旗が目に入ってきた。。 現在、空軍の発令所となっている赤レンガの大きな建物には、レコン・キスタの旗がはためいている。 その背後には、天を仰ぐような巨大なテントが見える。 だが、それはテントではなく、アルビオン空軍本国艦隊旗艦『レキシントン』号だった。 雨よけのための布が風を受けて、震えていた。 クロムウェルは、発令所から少し離れた場所で、戦艦を見上げている軍服姿の男を見つけ、楽しそうに声をかけた。 「なんとも雄大で頼もしい戦艦ではないか、このような艦を与えられたら、空と地を自由にできるような気分にならんかね? 艤装主任」 「わが身には余りある光栄ですな」 艤装主任と呼ばれた男は、少し気の張りがないような、あまり気乗りしていないと思えるような口調で答えた。 「サー・ヘンリ・ボーウッド君、君は革命戦争のおり、巡洋艦で見事二隻の敵艦を撃破して見せた。君はいかなるときも軍人として冷静だと聞いている」 「軍務に従ったまでのことです」 「ほう!いや、おごり高ぶらぬ態度は美徳だな。旗艦の艦長にはふさわしい!」 端で会話を聞いていたワルドは、ふと違和感を感じたが、アルビオン空軍の慣習を思い出して納得した。 確か、アルビオンでは、戦艦の艤装主任は、艤装の終了したのち、艦長へと就任する。 王立空軍ではなく、レコン・キスタ空軍となった今でも、その慣習はそのまま残っているのだろう。 「見たまえ。あの大砲を!」 クロムウェルは、戦艦の側面から突き出た大砲を指差す。 「きみへの信頼を象徴した新兵器だ。アルビオン中の錬金魔術師を集め、鋳造した長砲身の大砲だ!」 ボーウッドは、新兵器と聞いて、クロムウェルの指さす方を見た、そこには確かに真新しい砲門が姿を見せている。 「いいかね主任、設計主任の計算では、あの砲の射程は………」 調子良さそうに喋っていたクロムウェルの歯切れが悪くなると、すかさず脇に控えていた長髪の女性が、クロムウェルの言葉を代弁した。 「トリステイン、ゲルマニアの戦艦が装備するカノン砲と比較し、おおよそ一・五倍の射程を有します」 「おお、そうだったな、ミス・シェフィールド」 ボーウッドはシェフィールドと呼ばれた女性を見た。 二十代半ばに見えるその女性は、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。 マントを着けていないので、メイジではないのだろうかと疑問に思ったところで、クロムウェルがボーウッドの肩に手を置いた。 「彼女は遙か東方『ロバ・アル・カリイエ』から、優れた未知の技術を我々に伝えてくれた。言わば我らの同士だ」 「東方ですと?」 ボーウッドは少し胡散臭そうに聞き返したが、カノン砲の鋳造技術を思い返し、むむ、とうなった。 「エルフより学んだ技術を我々にもたらしてくれるとは、実に頼もしい!艤装主任、きみも彼女のともだちになるがいい」 「…はっ」 ボーウッドはつまらなそうに頷いて、シェフィールドと握手を交わした。 それが終わるとシェフィールドは、レキシントンの船内へと続く階段へと向かっていった。 ワルドは、ボーウッドの仕草を逐一見て、彼の心情を想像していた。 ボーウッドは心情的には王党派寄りだが、軍人として忠実であるために、上官の命令に従い、王軍に弓を引いたのだと想像できた。 ワルドもまた、つまらなそうに鼻を鳴らしたい所だったが、訓練された軍人としての仮面が、それを押さえた。 「この艤装が完了すれば、『ロイヤル・ソヴリン』号にかなう艦は、少なくともこのハルケギニアの何処を探しても存在しないでしょうな」 貴族派の革命によって『ロイヤル・ソヴリン』は『レキシントン』と名を変えていたが、あえて旧名を呼んだ。 生粋の軍人であるが故に、革命で王軍に弓を引かざるを得なかった男の、皮肉だった。 「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権』(ロイヤル・ソヴリン)は存在しないのだ」 「そうでしたな」 ボーウッドは、わざと興味なさそうに返事をした、正直なところクロムウェルには早く何処かに行って貰いたかった。 クロムウェルの口調といい、態度といい、戦略といい、すべてが下品に思えた。 その下品さの一つが、この戦艦の艤装を急がせる理由だった。 「ゲルマニアとトリステインの結婚式とはいえ、戦艦に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」 クロムウェルをはじめ、現在のアルビオンを統治する『神聖アルビオン共和国』の閣僚達は、レキシントンに乗って、トリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式会場へと移動する。 その際、あえて新型のカノン砲を、見せびらかすように積んでいくのだから、下品といわれても仕方がない。 だが、下品といわれたクロムウェルは、むしろそれを誇らしげに思っているかのごとく、唇をゆがめて気味の悪い笑みを漏らした。 「ああ、きみには、この『親善訪問』の概要を説明していなかったのだな」 そう言って、クロムウェルはボーウッドの耳に口を寄せると、ぼそぼそと何かを呟いた。 すると、ボーウッドは表情こそ変えなかったものの、目にみえて顔を青ざめさせ、クロムウェルに言い返した。 「バカな!そのような破廉恥な行為は…!」 だが、それすら気にした様子もなく、クロムウェルは事も無げに呟く。 「軍事行動の一環だ」 「トリステインとは、不可侵条約を…!」 ボーウッドがついには怒りを顕わにし始めたので、ワルドと他数人のメイジが、一歩前に出る。 ワルドが杖を手にかけたところで、クロムウェルがそれを制止した。 「かまわん、説明が遅れたのは私のミスであった。…しかし、ミスタ・ボーウッド。それ以上の政治批判は許されぬ。議会の決定、余の承認を経た正式な『政治的外交』だ」 「ぬ………っ。アルビオンは、恥を晒すことになりますぞ…!」 ボーウッドは、悔しそうに呟いたが、クロムウェルの周囲にいるメイジ達を見て、言葉を窄めてしまった。 ワルドは除くが、クロムウェルの周囲を警護していたのは、革命戦争の折に戦死したはずのメイジ達だったのだ。 ボーウッドは、つい数週間前、目の前に立つメイジ達の戦死に際して、敬礼を捧げていたのをハッキリと覚えていた。 「艤装主任…いや、艦長殿。彼らも『親善訪問』には諸手を挙げて賛成してくれているのだよ」 クロムウェルの言葉を聞いて、メイジ達は一斉ににやりと笑った。 ボーウッドは、力なく膝ついた。 メイジの一人が、ボーウッドの手を取って、ボーウッドを立たせた。 触れられた手が異様に冷たくて、ボーウッドは背筋に冷たいものを感じた。 それからクロムウェルは、ボーウッドのいる場所を離れ、レキシントンの艤装をより近くで見るために歩き出した。 かつての仲間達も、死んだはずの仲間達も、トリステインの魔法衛士の隊服を着た男もそれに続いた。 その場に取り残されたボーウッドは、恐怖か何かから来る寒気で身体が震えるのを止められなかった。 ボーウッドは『水』系統のトライアングルであり、生物の組成、治癒にかけてはエキスパートではあるが、死人を蘇らせる魔法などは想像の範疇を超えていた。 彼らは、精巧なゴーレムなのかもしれないと思ったが、掴まれた手から生気の流れを感じた。 ボーウッドは、『水』系統の使い手だからこそ、共に戦った仲間達の『生気の流れ』が別人のものではないと感じたのだ。 神聖皇帝クロムウェルは、『虚無』を操り、生命を操る……。 ただの誇張された噂話だと思っていたが、もし本当に『虚無』のメイジであり、もし『死者を蘇生』させる魔法があったとしたら…… 「……あいつは、ハルケギニアを、生命をどうしようというのだ」 ボーウッドは、震える声で呟いた。 しばらくの間、戦艦の外周を見て回ったクロムウェルは、傍らを歩くメイジ…ワルドに話しかけた。 「子爵、きみは竜騎兵隊の隊長として『レキシントン』に乗り組みたまえ」 「あの艦長殿の目付け、というわけですか?」 ワルドの憶測を、クロムウェルは首を横に振って否定した。 「あの男は、頑固で融通の効かぬ男だからこそ信用できる。余は魔法衛士隊を率いていた、きみの能力を買っているだけだ。竜にのったことはあるかね?」 「ありませぬ。しかし、わたしに乗りこなせぬ幻獣はハルケギニアには存在しないと存じます」 「ふむ、だろうな…」 クロムウェルはワルドに向き直った、ワルドは、無いはずの左腕…いや、左腕に取り付けられた義手を、右手で撫でていた。 「…子爵、きみはなぜ余に従う?」 「わたしの忠誠をお疑いになりますか?」 「そうではない。ただ、きみは余に何も要求しようとしない、何も、だ」 ワルドは、静かに笑顔を見せつつ、首から下げたペンダントを右手で握りしめた。。 「閣下の進まれる道を、間近で見たいと…そう思っただけでございます」 「ほほう、余の道の先には『聖地』しかないがな」 「わたしが探すものは…そこに、そこにあると思いますゆえ」 そう言って、ワルドは首から提げられたペンダントを、無意識に握りしめた。 「信仰か?」 「…かも、しれませぬ」 「ふむ、欲がないな。」 少しの間、考え込むように視線を下げた後、ワルドは笑みを浮かべて呟いた。 「いえ、閣下。わたしは世界で一番、欲深い男です」 一方、トリステインの王宮では、アンリエッタの私室に女官や召使が忙しそうにしていた。 結婚式でアンリエッタが身に纏うドレスの寸法を合わせ、細かな部分を仮縫していたのだ。 傍らでは、太后マリアンヌがそれを見つめていた。 アンリエッタは未完成な純白のドレスに身を包んでいたが、表情は決して明るくなかった。 仮縫いのため、アンリエッタへと着心地はどうかと質問する縫い子たちの声にも、曖昧に頷くばかりだった。 それを見たマリアンヌは、縫い子や女官達を下がらせて、アンリエッタと二人きりになった。 「愛しい娘や。元気がないようね」 「母さま」 アンリエッタは、椅子に座っているマリアンヌに近寄ると、ひざまずくように姿勢を下げた。 下着姿で母の膝に頬をうずめると、マリアンヌはアンリエッタの頭を撫でた。 「望まぬ結婚なのは、わかっていますよ」 「そのようなことはありません。わたしは幸せ者ですわ」 その言葉とは裏腹に、アンリエッタの表情はどこか曇っていた。 「………愛おしい夢は、いずれ冷めます、熱が過ぎればいずれ忘れていきましょう」 「母さま、夢ではありませんわ」 マリアンヌは首を振った。 「恋は、はしかのようなものです、陽炎のような夢に浸っていては、王女としての勤めを果たせませんよ」 「陽炎では…ありません」 「あなたは王女なのです。夢でも陽炎でもないのなら、もう泣くのはおやめなさい。そんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」 「わたくは…なんのために、嫁ぐのでしょうか?民と、国の未来のためなのでしょうか…」 アンリエッタの言葉に、マリアンヌは首を横に振った。 「国と、民と、貴方自身のためでもあるのです」 「…私自身のため、でしょうか」 マリアンヌは、諭すように、静かに語った。 「レコン・キスタのクロムウェルは、皇帝を名乗りました。野心豊かな男です。聞くところによると、かのものは『虚無』を操るとか」 「私も、その話は聞きましたわ」 「…『虚無』がまことなら、恐ろしいことなのですよ。過ぎたる力は人を狂わせるのですから」 「過ぎたる…力…」 ふと、アンリエッタの脳裏にルイズの姿がよぎる。 ルイズは、今ごろはラ・ロシェールからアルビオンにたどり着いている頃だろう。 アンリエッタに『私は食屍鬼を作らない』と約束するルイズの姿は、どこか儚げだった。 ルイズは、自分の力を知っているからこそ、その力に振り回されぬように自制しているのだろうか? 『吸血鬼』であり『虚無』… この事に限っては、枢機卿と協力して、母にも、誰にも知られぬようにしていたのだ。 「野心にとりつかれた男が、軍隊を得て大人しくしているとは思えません。不可侵条約を結んでも同じ事です、軍事強国のゲルマニアにいたほうが、あなたの身は安全なのですよ」 アンリエッタは顔を上げた。 そして母の前で居住まいを正すと、母に頭を下げた。 「……申し訳ありません。わがままを言いました」 「いいのですよ。貴方の”夢”は、貴方の側には居られないと思いますが、貴方の幸せを誰よりも願っているのですよ」 「…はい」 そして、マリアンヌは立ち上がり、母と娘は抱き合った。 一方、港町ラ・ロシェールからほど近い森の奥では、シエスタが木の上で身を潜めていた。 タバサはシエスタの手から伸びたツタの先端を握りしめて、木の陰で何かを探そうと集中している。 ふたりは、タバサの足下から数えて約20メイル先の建物に意識を向けていた。 そこには廃墟となった寺院があった。 敷地面積は、トリステイン魔法学院の本塔と同じぐらいのだろうか。 錆びて朽ちかけた鉄の柵、倒れた円柱、割れたステンドグラスを見ると、かつては見事な建造物だったとわかる。 かつては、ここに村があり、この寺院は村の中心的な役割があった。 何百年か前に起こった、ゲルマニアとトリステインの戦争で、この村は燃やされてしまった。 とは言っても、非戦闘員の住む村落を無碍に燃やすことは、ゲルマニアでも禁じられている。 この村は、荒くれ者達や、自称『傭兵』達、もしくは盗賊達に荒らされてしまったのだ。 戦争も終わり、一応の平和が訪れたが…もはやこの寺院を訪れる人間は居なかった。 不意に、門柱の近くにある木から、ドォン!という音が響いた。 タバサとは別の場所に潜んでいるキュルケが、木に火の魔法を当てたのだ。 そして、どかどかと足音を立てながら、何者かが寺院の中から飛び出してきた。 この寺院を住処にしている、オーク鬼の群れだった。 「ぶひ」「ギィ」「ぶごっ、ぶごごっ!」 十匹にもなるオーク鬼の群れが、寺院の中から姿を現し、鼻を鳴らして互いに会話していた。 シエスタはガサガサと、わざと音を立てながら木から飛び降りた。 かなり高い位置から飛び降りたのだが、木の葉に波紋を流して吸い付き、勢いを殺しながら降りたのでダメージは無い。 それを見たオーク鬼達が一斉に「ブギィ!」と叫び、シエスタへと走り寄ってきた。 シエスタは、ワインや水を使って生命の波を探知するように、蔓草を通じてタバサに波紋を流していた。 すると、『風』を得意とするタバサの身体に変化が起こる。 まるで周囲を流れる微弱な風が、自分自身の指先になったかのように、敏感に、鮮明に、『生き物が持つ波紋』を感じられるのだ。 「ラグーズ・ウオータル・イズ・イーサ・ウインデ……」 タバサは小声だが、しっかりとした発音でルーンを詠唱し、『ウインディ・アイシクル』を放った。 タバサの隠れている木、その木の前に立つシエスタ、それらを一切傷つけることなく氷の槍が四方八方から飛来し、オークの群れへと殺到する。 先頭に立つオーク鬼の身体を貫通し、後ろのオーク鬼までを串刺しにして、氷の槍が砕け散る。 タバサが次に唱えた『エア・ハンマー』は、氷の破片を三匹目に殺到させ、オークの身体を穴だらけにした。 と、その様子を見ていた他のオーク鬼達が驚き、戸惑う、何匹かは寺院の中に戻ろうとしたが、寺院の中に居たのは青銅で作られたゴーレム、ワルキューレだった。 寺院の入り口は人間より二回り以上大きいが、オークにとっては丁度良い大きさだった。 その入り口を槍を構えたワルキューレが塞いでいたのだ。 「ぶぎ!」「ぎぎ、ぶごっ」 鼻を鳴らしてオーク鬼が会話する、その様子はまるで「おい、どうする?」と相談しているかのようだった。 事実、そうなのだろうが、その僅かな合間が命取りだった。 寺院の入り口から飛び出したワルキューレが、オーク鬼の持つ棍棒一振りでグシャグシャに潰されたが、左右に突然現れたワルキューレに両脇腹を槍で貫かれ、一匹が絶命した。 すかさず右からキュルケの炎が飛び、左からキュルケの使い魔フレイムの炎が飛ぶ。 更に一匹、二匹と焼かれていき、残った五匹は悲鳴を上げた。 そのうち一匹が、シエスタに向かって棍棒を投げた、オーク鬼の腕力は人間よりはるかに強く、まともに棍棒を受ければシエスタは肉片になってしまうだろう。 だが、シエスタは逃げなかった。 すかさずマントに手をかけると、内側のとある箇所を握りしめて波紋を流した。 するとマントはシュッ、と音を立てて円錐形に形を変え、その頂点をオーク鬼に向けた。 投げられた棍棒は、マントの表面を流れる『弾く』波紋により、あらぬ方向へと滑り飛んでいった。 残る、オーク鬼五匹。 かれらは、その腕力と獰猛さで人間の子供を食らうので、人間達から恐れられていたが、今は違った。 残忍な狩人であるオーク鬼達が、今は狩られる側に回っていたのだ。 シエスタは、マントを元の形に戻すと、両手の力を抜いた。 波紋を蔓草に流し、タバサの手から蔓草を巻き戻す。 「…いきます」 シエスタの言葉に、タバサとキュルケ頷いた。 オーク鬼に向けてシエスタが駆け出す、それは端から見れば自殺行為にも等しい。 メイジでもない人間が、素手でオークに立ち向かうなど、あまりにもバカげている。 シエスタに一番近いオーク鬼もそう考えたのだろう、ブヒ、と鼻を鳴らして右手を振り上げ、シエスタに向けて振り下ろした。 …だが、吹き飛ばされるはずのシエスタは、左手の指一本でオーク鬼の手を止めていた。 「ブゴ?」 きょとん、とした目で、オーク鬼は自分の手を見た。 か弱い人間をはじき飛ばすこともできない、それどころか、その指から自分の手が離れないのだ。 「ぶごぉ!?」 オーク鬼は、左手でシエスタを殴ろうとしたが、それよりも一瞬早く、シエスタの手から『波紋』が流された。 オーク鬼の身の丈は二メイルほどあり、大きさから考えて体重は人間の五倍ほどあると予測できる。 その身を、動物から剥いだ毛皮に包んでおり、棍棒などで武装していることがある。 知能は高いが、その豚のように突き出た鼻から、オーク鬼は二本足で立った豚と表現されている。 一般に、オーク鬼は太った体つきをしているが、ただ太っているわけではなく、相当量の筋肉が脂肪の下を埋め尽くしている。 人間の腕力をはるかに超えるその力は、今回ばかりは、かれらの弱点となった。 ベキベキベキベキと音が響く、オーク鬼の背中が、まるで弓のように反り返り、自分の背骨を砕いていたのだ。 オーク鬼の後頭部が地面に触れると、綺麗な曲線を描いがブリッジが完成した。 動物特有の発達した背筋が、自分の意志に反して過剰に収縮し、自分自身の骨を自分で砕いてしまったのだ。 他のオーク鬼達は、その姿に驚き、言葉…と言うよりは鳴き声を失った。 同胞の一人が、奇妙に丸まって全身の骨を砕かれ、絶命したのだ。 誰かが「ブゴッ」と鳴き声を上げると、残るオーク鬼四匹が後ずさった。 目の前にいる平民の少女…もっとも、オーク鬼達に『平民』と言っても分かりはしないが…杖を持たずに仲間を殺したこの少女が、恐ろしくなったのだ。 「ブギィ!」「ゴア!」「ビギーッ!」「ブゴオ!」 残された四匹のオーク鬼は、ちりぢりに逃げ出そうとした、しかし、キュルケのフレイムボール、タバサのエア・カッター、サラマンダーの炎、シエスタの波紋疾走にて打ち倒された。 オーク鬼が全て退治されたのを確認すると、屋根の上で身を潜めていたギーシュが、すっくと立ち上がって薔薇の造花を掲げた。 「フッ、これがトリステイン貴族の実力さ」 キザったらしく髪の毛をかき上げたギーシュだったが、そこに突然の風が襲った。 ばさっ、ばさっ、と音を立ててシルフィードが寺院の庭に着地したのだ。 風に煽られたギーシュは寺院の屋根から滑り落ち、そのまま地面に激突した。。 「ゴフッ!?」 「ギ、ギーシュ!大丈夫?」 シルフィードの背に乗っていたモンモランシーが慌てて飛び降り、ギーシュに駆け寄る。 頭を膝の上に乗せて膝枕の形になり、ギーシュの頭に手を当てて、優しくさすった。 「ああ…モンモランシー、白魚のような君の手が痛みを忘れさせてくれるよ」 「ギーシュ…」 二人の様子を見ていたキュルケとシエスタだったが、もう勝手にやってろと言わんばかりに首を横に振って、寺院の中へと入っていった。 タバサは、シルフィードに背中を預けると、いつも持ってきている本を読み始めた。 「この寺院の中には、祭壇があって、その下にチェストが隠されてるそうよ」 「祭壇ですね…あれでしょうか?」 キュルケの指示に従って、シエスタが祭壇を探したが、そこにはチェストなど影も形もなかった。 キュルケがレビテーションで祭壇をどかすと、その下には人一人が入れそうな空間があり、小さなチェストが置かれていた。 「ここの司祭が、寺院を放棄して逃げ出すときに隠した、金銀財宝と伝説の秘宝『ブリーシンガメル』があるって話よ?」 キュルケが得意げに髪をかきあげる、シエスタは蔓草を使ってチェストを引き上げると、床に置いた。 「ブリーシンガメルって、どんな物なんでしょう?」 シエスタが訪ねると、キュルケは手に持った地図を開き、そこに書かれた注釈を読んだ。「えっとね、黄金でできた首飾りみたいね。聞くだけでわくわくする名前ね! それを身につけたものは、あらゆる災厄から身を守ることが……」 シエスタがチェストの中を見ると、そこには色あせた装飾品や、がらくたしか入っていなかった。 その晩、一行は寺院の中庭でたき火を取り囲んでいた。 モンモランシーは、ギーシュと一緒にいられるのが嬉しいらしく、ギーシュに寄り添っては離れより沿って離れを繰り返している。 ギーシュもまた、モンモランシーの前では毅然とした態度を取ろうと心がけていたが、いかんせん膝枕の感触を思い出しては時々鼻の下を伸ばしている。 キュルケは、紙の束…よく見ればそれが地図と判る…をたき火の中に投げ入れた。 その様子を見て、ギーシュがふぅ、とため息をついてから、しゃべり出した。 「なあキュルケ、これで七件目だろう。地図をあてにして、お宝探しなんて…苦労しても何も見つからないじゃないか」 モンモランシーも、ギーシュの言葉に頷いた。 キュルケはどこからか手に入れた『宝の地図』を頼りに、宝探しをして小遣いを稼ごうと画策したのだ。 シエスタとタバサを連れて行ければいいと思っていたが、困ったことにギーシュがついてきてしまった。 どいやら、この間シエスタに決闘を挑んでしまった罪滅ぼしらしいが、それを聞いたモンモランシーまでもが参加することになった。 女三人とギーシュ一人である、モンモランシーが何か危惧するのは当然だろう。 キュルケは、モンモランシーは『水』系統の使い手であり、怪我をしたときに彼女が居ると有利だと考え、五人での宝探しが始まったのだ。 だが、一攫千金の宝探しなど、そうそう簡単に実現できるはずもなく、一行はことごとく偽のお宝を掴まされていた。 「何よ、あらかじめ言っておいたじゃない。この地図の『どれか』は本物なの『かも』しれないって」 「いくらなんでも、廃墟や洞窟にいる化け物を苦労して退治して、得られた報酬が銅貨数枚とガラクタだけじゃ、割にあわんこと甚だしいよ!」 ギーシュはそう言って、薔薇の造花を口にくわえ、中庭に敷いた毛布の上に寝転がった。 「そりゃそうよ。化け物を退治したぐらいで、ほいほいお宝が入ったら、誰も苦労しないわ」 俄に険悪な雰囲気が漂い始めたところで、シエスタの明るい声が響いた。 「みなさーん、お食事ができましたよー!」 たき火の火を使って、シエスタが調理していたのは、彼女の故郷独特のシチューだった。 深めの皿にシチューをよそる、シエスタが言うには、この形の皿を『チャワン』というらしい。 一人一人にシチューを渡すと、ほんのりと良い香りが鼻を刺激する。 「へえ、この草はハーブだったのか、雑草かと思っていたが…」 ギーシュがシチューを頬張りながら呟くと、モンモランシーがシチューをかき回して、中に入っている野草や肉の臭いを確かめた。 「…これはウサギ肉と、ハシバミ草の一種ね、もしかしてタバサに頼んで乾燥させていた草って、これ?」 「はい、乾燥させてから煮込みなおすと、アクが出てハシバミ草の苦みはほとんど無くなるんです、やりすぎると香りまで飛んでしまうのですけど」 「物知りねえ、この間貴方の故郷…タルブ村に行ったときに食べた、ヨシェナヴェに味付けが似てるわね」 キュルケが感心したように呟く、すると、タバサもそれに続いて「美味しかった」と呟いた。 「あら、二人ともシエスタの故郷に行ったことがあるの?」 モンモランシーが空になったお椀を差し出しながら聞く、シエスタはお椀にシチューをよそりながら答えた。 「はい、私が魔法学院に入学させて頂くことになった時、キュルケさんと、タバサさんが手伝って下さったんです」 「そうよ、ああ、あのワイン美味しかったわね。タルブ村にまた行きましょうよ、タバサもヨシェナヴェはお気に入りでしょ?」 キュルケの言葉にタバサが頷く。 「それに、最後に残った地図も、タルブ村の近くを示してるもの、最悪でもワインだけ貰って帰ってくればいいわ」 「最後のお宝って何よ、またインチキじゃないの?これ以上宝探しを続けても収穫はないと思うわよ。それに…ギーシュも疲れてるみたいだし」 キュルケは宝の地図を放り投げて、モンモランシーに渡した。 「…『竜の羽衣』って、何?」 シエスタが驚いて顔を上げ、モンモランシーが持った宝の地図を見つめた。 「…竜の羽衣ですか?そんな、あれはお宝なんてものじゃありません」 「知ってるの?」 「はい、あれは…コルベール先生が授業で言っていた、魔法を使わずに動くものらしいんです、でも今は壊れて…なんの価値もないと思います」 シエスタの言葉に、キュルケが驚いた。 「魔法を使わずに動くって、あの、『蛇くん』のこと?ホントにガラクタじゃない」 「…私も、最初はそう思っていたんです。けど…」 シエスタが竜の羽衣について話しだす。 皆は、はじめ胡散臭そうに聞いていたが、シエスタのマントが滑空する原理や、コルベール先生の開発した『ゆかいな蛇くん』の話をするにつれ、皆シエスタの話に夢中になっていた。 より原理的に完成された『エンジン』の存在。 他にもプロペラ、揚力、抗力、機関銃、合金、速度…それらの話を聞いていくうちに、タバサを除く皆の目に活力が見えてきた。 それらは曾祖父の日記に、理論と共に書かれていた。 それが正しければ、まさしく竜の羽衣はハルケギニアの技術を遙かに超えた『マジックアイテム以上のマジックアイテム』なのだ。 更に、シエスタの曾祖父がそれに乗ってタルブ村にやって来たと聞いて、皆は面白そうに目を輝かせた。 「面白そうじゃない!壊れていてもいいわよ、それ、竜の羽衣を一度見に行きましょう。」 キュルケがそう言うと、皆もそれを了承したのか、一様に頷いて肯定した。 「じゃあ、今日は早く寝ましょう、あのワイン美味しいのよね…楽しみだわー」 ワインの味を思い出して、キュルケは楽しそうに呟くと、傍らで本を読んでいたタバサも小声で呟いた。 「楽しみ」 「貴方はワインじゃなくてハシバミ草でしょう?」 「…」 タバサが無言で頷くと、皆が一様に笑い出した。 嵐の前の、つかの間の平和が、彼らを包んでいた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2761.html
前ページ次ページ虚無の王 王宮への出仕に当たって、モット伯爵が利用している邸宅は、トリステイン魔法学院から徒歩で一時間の距離に在る。 その距離を、高速型ワルキューレのステップに飛び乗ったギーシュは、五分足らずで駆け抜けた。 そこまではいい。 あっと言う間に目的地へ到着したギーシュは腕を組み、首を捻る。 移動にかけたのと、同じ時間だけ悩む。 さて、どうやってモット伯と面会しよう―――― 土産物のエスカルゴは良い口実だった。勢いに任せて、空に渡して来た事を、今更ながらに後悔する。 もう一つ、重大な問題が有る。 会ってどうする――――? 「……僕は何をしに来たのだ?」 シエスタが連れて行かれた。 そう聞いた途端、居ても立ってもいられなくなった。 さて、その時、自分は何をするつもりで飛び出したのだろう。 ギーシュは悩む。悩み、悩んで、その首が正面に向き直ったのは、問題が解決したからでは無かった。 「誰だ!何をしているっ!」 誰何の声が鋭く響いた。 門前で右に左に首を捻る怪しい人影を、門衛が見咎めたのだ。 カンテラの灯が目を貫く。 「……おや、これはこれは、グラモンの御子息じゃありませんか!」 名乗る前に、相手が気付いた。 グラモン伯爵家とモット伯爵家は極めて親密な間柄だ。但し、紳士に限って。 両家の婦人達は、自身の夫が、息子が、素行不良の悪友に汚染される事を、いたく気に病んでいる。 そんな女性達の良識に満ちた警戒心が、益々漢の友情を煽り立てる。どんな時でも、どんな階級でも、悪友とは女房を謀ってでも守る物だからだ。 案内の最中、衛士は何やら誤解に満ちた笑みを浮かべていた。モット伯はこの邸に家族を連れて来ていない。 この500メイル四方の空間は、モット伯のモット伯によるモット伯の為の自由なる王国なのだ。勿論、性的な意味で。 「やあ、ギーシュ君。どうしたね、こんな時間に。そうか!蝸牛を持って来てくれたんだね!」 モット伯はグラモン家と違ってお金持ち。相応に食い道楽だ。 舌なめずりせんばかりの声に、ギーシュは約束の土産を持参出来なかった事が、なんだか申し訳なくなった。 事実、客人が手ぶらである事に気付くと、伯爵は見るからに落胆する。 「しかし、だとすると、本当に君は何をしに来たのだね。この時間だ。夕食も抜かして来たのだろう」 一体、何事なのか。 モット伯爵は優雅さを失わない程度に、表情を強張らせる。 彼にとって、食事に優先する程の緊急事態とは、王命と女以外には考えられなかった。 「実は……こちらの御屋敷で、シエスタと言うメイドが御世話になっている筈ですが――――」 「ああ。耳が早いね。今日、魔法学院から引き抜いたんだ。あのメイドがどうしたね」 「あの娘は僕等学生に大変良く仕えてくれまして……それで、その……」 「なるほど!挨拶の一つ、労いの言葉一つもかけてやれずに、別れる事になったのが心苦しかった――――そう言う事だね。いや、ギーシュ君。君はお父上に似て義理堅いな!丁度いい。食事は未だなんだろう。食べて行き給え。シエスタに給仕をさせる」 モット伯はギーシュの肩を大袈裟に叩きながら、満面に笑みを浮かべた。 「お心遣い、有り難うございます。所で、伯爵。彼女が働くのは、御領地の御屋敷ですか、それとも――――」 「勿論、ここだよ」 つまりは、そう言う事だ。 * * * 「早かったじゃない。どうだったの、お祭りは?楽しかった?」 アルヴィーズの食堂―――― 明るい瞳のルイズに、空は軽い驚きを覚えた。 一日放ったらかし、酔って帰った身。不機嫌に眉を釣り上げる顔を想像していたから、これは正直に意外だった。 「特訓。あんたが居ないから、往復が大変だったんだから」 特訓で某かの成果を得たのだろう。 いかにも、聞いてくれ、と言わんばかりの口振りだった。 「で、どや。なんか、手応えの一つも有ったか?」 ルイズは悪戯っぽい瞳で空を覗き込む。 なんや?――――怪訝に返すと、クスクス笑い始めた。 「明日ね。明日見せて上げる」 「自信あるみたいやん」 「どうかしら?ふふ……」 殆ど無意識の内に、笑みが零れ落ちる。 表情の一つ一つ、仕草の一つ一つが、自信と言うより、無邪気な期待と希望とに満ちている。 キュルケが言う所の、短気でヒステリーでプライドばかり高く、おまけに嫉妬深いトリステイン女性の典型とも言えるルイズが、こうにも無表情な表情を晒す。 これは、余程の事が有ったに違いない。 小柄な体躯に似合わず、ルイズは健啖だ。正規の前菜と共に、空が持ち帰った蝸牛を一ダース半、ペロリと平らげる。 そう言えば、タバサも良く食べる。 恐らく、メイジは全員、こうなのだろう。 「殻ん中の汁もイケるで」 「やーよ。服が汚れるじゃない」 ルイズは皿の中に零れたガーリックバターをパンで拭う。 公爵家の三女と言う地位故だろうか。他の学生達と比べても、その立ち振る舞いは一つ一つが、洗練されているし、どこか気取っている。 それが、“ゼロ”の二つ名と相俟って、桃髪の少女を同級生の中でも一際浮いた存在にする。 「そう言えば、あのメイド居ないわね」 「ああ、シエスタか?」 “飛翔の靴”で食堂狭しと飛び回るメイドだ。居なくなれば、さすがに気付く。 何人もの男子生徒が視線を巡らせ、チラリと覗く白い脚が拝めない事に落胆する。 「なんでも、どっかの貴族に引き抜かれたらしいわ」 「物好きが多いのね。全く」 それで、シエスタの話題は終わった。 ローラーメイドに恨みは無いが、捲れ上がるスカートの中を、後から覗こうと身を屈める紳士達の姿は、見ていて気分の良い物では無かったし、貴族に引き抜かれた、と言うなら栄転だろう。 その事実を、ルイズは素直に喜んだ。 食事を終えて、部屋に戻る。 空は汚れ切ったシャツを着替える事にする。 ルイズは後を向いている。 使い魔は人間では無い。男性では無い。貴族の乙女が人知れず定めたルールは、とっくの昔に崩壊している。 食後は座学の時間――――。 と、言っても、最近は講義するべき内容も乏しくなっている。 ルイズが燃焼科学や、応用技術を学ぶのは、あくまで魔法に応用する為であり、それ自体の追求が目的では無い。 今では簡単おさらいと、今後の方針を少し話し合って、後は雑談で時間を潰すのが常になっている。 教訓めいた話や、地球での偉人伝は、割合受けが良い。ルイズも貴族として共感する所が有るのだろう。 反対に、ネタさえ選べば、ジョークの類もイケる。 四コマ漫画の内容を、適当にアレンジして語りながら、空はふ、と重力子〈グラビティ・チルドレン〉の仲間達を思い出す。 初代眠りの森〈スリーピング・フォレスト〉のメンバーは、揃って漫画好きだった。寄り場は漫画喫茶。 空が『魁!クロマティ高校』を片手に大笑いしている時、スピット・ファイアは気取った様子で『花より男子』を斜め読み、キリクのむっつりは真っ赤な顔で『魔法先生ネギま!』を読み耽っていた。 「あら?」 ルイズが声を上げる前に、空が気付いた。 扉の前に人の気配。そして、戸板の下から、紙片が一枚滑り込む。 「ワイ宛や」 「何?誰から?」 「呼び出し。差出人は不明」 「ギーシュかしら?また、決闘?」 「違う気するけどな。最近、あいつとはよう会うさかい、こないな回りくどい事する意味無いやろ」 「じゃあ、誰?まさか、また他の誰かから決闘?」 ギーシュが幾度と無く空に敗れている事を知り、決闘を挑んで来た生徒が居た。 以前、空にそう聞いた事が有る。相手はヴィリエ・ド・ロレーヌ。 ヴィリエは友人の仇を報じようとしたのでは無い。その逆だ。空を倒す事で、ギーシュを辱めようとした。 結果は語るまでも無いだろう。 「さあ、どうかなあ?」 ともあれ、急ぎの用事らしい。指定の場所は例によって例の如くヴェストリの広場。 「……まさか、ツェルプストーじゃないでしょうね?」 「さあな。キュルケやったら、もう少し気の利いた遣り方するんと違うか?」 じゃ、ちょっと行って来るわ――――空は部屋を出ると、廊下の窓から飛び降りた。 広場では、意外な人物が待ち受けていた。 「我等の風!」 料理長のマルトーだ。 近付く車椅子を認めるや否や、どすどすと重量感溢れる足音で駆け寄った。 何の用だ――――? 実の所、空はマルトーが好きでは無い。 魔法学院に高給で雇われ、並の貴族など及びもつかない金持ち。それが貴族嫌いを気取っている。 職人としての気概から衝突するならともかく、この男の場合は陰に籠もる。 「我等が風!おお、よく来てくれた!たまたま、貴族の小娘に用事を言い付けられた、てメイドが居たんで、手紙を持たせたんだ。届いたか!良かった!良かった!」 「で、何の用や?」 「ああ、他でもねえ。シエスタの事だよ」 「あいつがどうした?」 「さっきも言っただろう、我等の風よ!シエスタは貴族に連れて行かれちまった、て!」 「拉致された、とは聞いとらん。引き抜きやろ。正当な雇用契約や。連れて行かれた言わんわ」 「畜生!契約だって!冗談じゃない!相手は貴族なんだぞ!あいつら、平民は貴族に逆らえねえと思って、好き勝手やりやがって!」 空は呆れ返っていた。と、言うよりも白けていた。 この男は貴族制度の旨味だけを吸い取り、肥え太りながら、権力に蹂躙される弱者を装っている。 その御都合主義的な生き方は、空が日本に於て散々利用しながら、同時に軽蔑もした“クズ”その物だ。 ルイズが絶望の縁で尚、杖を磨き、ギーシュ等グラモンの一族が生活を切りつめながら国家王権の為に血を流し、タバサが誰にも語る事の出来ない運命に立ち向かっている時、この肥満体が一体、何をしていた? 中世欧州には腕一本で貴族にまでのし上がった料理人が何人も居る。 魔法至上主義のトリステインでは無理でも、ゲルマニアならその目も有る。 貴族や、その子弟風情に嘗められるのが嫌なら、勝負に出ればいいのだ。こんな所で何をしている? 正直、付き合っていられない。 「シエスタは奴隷やない。無理に連れてこ言う貴族が居ったら、守ろ言う貴族かて居るやろ」 いや、奴隷でもそうだ。自身の財産が掠め取られるのを黙って見ている貴族は居ない。 勿論、シエスタが“断れない”と誤解する事は有り得る。気の弱い小娘相手なら、幾らでも脅し様は有る。 「連れて行かれた、言うたな。シエスタは本意やなかった。お前、それ知っとったな」 「勿論、俺だって止めたさ!だけど、仕方ねえじゃないか!所詮、俺はただの料理長だ。何が言える、て言うんだ?」 「誰か貴族に相談したか?する様に勧めたか?」 「貴族が俺達平民を助ける訳無えだろ!」 「お前、オスマンの爺さんや、コッパゲが何もしいへん、て本気で思っとるんか?」 黙り込むマルトーに、空は少し腹を立てた。 結局、この料理人を“マルトーの親方”と呼んでいたコルベールの友情は、一方通行だったらしい。 「もうええ。兎に角、要件言え。愚痴に付き合わせる為、呼んだんや無いやろ」 「だから、シエスタの事だよ!」 空の反応は、予想外だったのかも知れない。マルトーの声が焦燥を帯びる。 「シエスタの話がここから、どう続く?」 「シエスタを連れてったのは、モット伯、て貴族だ。最低の助平野郎だよ!魂胆は見えてるじゃねえか」 「ま、若いメイドをいちいち引き抜くんに、他の理由も無いやろな」 「俺はよう、あの娘にだけは幸せになって欲しいんだよ。シエスタは貴族の妾なんて柄じゃねえんだ。平凡な結婚をして、幸せに暮らすべきなんだ。あんただって、そう思うだろ?」 「異論無いけど、手遅れの願望聞かされても困る」 「だからよ!完全に手遅れになっちまう前に、シエスタを助けてやりてえんだ!頼む、我等の風よ!力を貸してくれ!」 それは、意外な申し出だった。 「助ける?……その貴族ん所押し入って、シエスタを連れ戻そう、て腹か?」 「そうだよ!その通りだ!」 「で、その後は?」 連れ戻したからと言って、それで万事解決とはいかない。 拉致されて来たメイドを、王法に背き、モット伯と事を構えてまで魔法学院が再雇用する訳が無い。 どの様にしてモット伯に報復を諦めさせる?どうやってシエスタの生活を保障する? 「それは……正直、判らねえ。でも、黙ってられねえんだよ。シエスタはいい娘だ。本当にいい娘だ。あの娘が助かるんなら、俺はどうなったって構わねえ」 「お前かて、家族居るやろ――――なんでそこまで?」 「あの娘の為、てのも有るけどよ、俺の為でも有るからさ。ああ、俺はケチな男だよ。料理人連中は俺の腕を知ってるし、慕ってくれてるけど、他の平民達が俺を馬鹿にしているのは知ってるんだ。 蝙蝠野郎、てさ。陰で貴族を馬鹿にしながら、小金を貯め込んで貧乏人を馬鹿にする。貴族でも平民でもねえ、蝙蝠野郎、てさ」 人間は身近な成功者を妬む。ハワード=ヒューズの伝記を有り難がり、ブラウン管の向こうの青年実業家は褒めそやすが、ベンツを乗り回す隣家の親父は成金、最低の俗物だと吐き捨てる。 マルトーが貴族を嫌う様に、貧しい平民がマルトーを嫌うのはあり得る話だ。 「でも、あの娘はそうじゃなかったっ。ここで黙って見過ごしたら、俺は一生、仲間がどんな目に合わされてても、見て見ぬフリして陰口だけは一丁前の、ケチな男で終わっちまう。そんな気がするんだよ。頼む!我等の風!」 マルトーは這い蹲ると、地べたに頭を打ち付けた。 「手貸してくれ!あの娘を助けてえ!蝙蝠だって暗い夜の中だけじゃねえ、青空の下を飛べるんだ、て信じてえんだ!」 その姿を、空は黙って見つめていた。 脳裏では、前風の王を構成する、相反する二つの性質が鬩ぎ合っていた。 頭の足りない暴風族の若者達を私兵として操り、最終的には体制転覆さえ目論む、冷酷無慈悲な革命家としての側面。 創世神〈ジェネシス〉内部に超獣〈ベヒーモス〉と言う巨大派閥を作り上げ、将来の政敵とも成り得た前“牙の王”。宇童アキラの逮捕を惜しんだ、純粋なるストームライダーとしての側面。 帽子の位置を直した時、内心で決着は付いていた。 「……マルトー。人数集めぃ」 ドスの利いた声で言った。 * * * ギーシュは高速型ワルキューレに揺られて、帰路を急いでいた。 モット伯邸での出来事が、脳裏を過ぎった。 自分は一体、何をしに行ったのだろう。 して来た事と言えば、夕食を御馳走になり、給仕についたシエスタの胸の谷間を鑑賞しただけだった。 モット伯と父とが友誼を結び、一門の紳士達が親しく付き合っている理由を、ギーシュは改めて知った。 モット伯がこの邸に限って採用しているメイド服。赤を基調とした彩色は頂けないが、胸元を大きく開いたデザインは秀逸だった。 ああ!――――全く、貴族の子弟に過ぎない自分は、所詮、本物の貴族に及ばないのだ。 シエスタの胸元に実るたわわな果実。彼女は着痩せする体質だった。その事に、自分は愚かしくも全く気付かなかった。 ぶ厚いメイド服に秘匿された真実を、モット伯は一目で見抜いたに違いない。 食後、退出する段になると、シエスタが一人、屋敷の外まで見送ってくれた。父の友人は気を利かせたつもりらしかった。 よく手入れされた庭園が、規律正しく並ぶ魔法灯と月明かりとで、ぼんやりと浮かび上がった。 二人は無言だった。 言いたい事が有る筈なのだが、それをどう言って良いか判らず、また口にして良い物かどうかも判らなかった。 「あの……――――」 口火を切ったのはシエスタだった。噴水に二つの月が揺れていた。 「ありがとうございます。ミスタ・グラモン」 「え?」 「伯爵からうかがいました。私の事を心配して、様子を見に来て下さったんだって」 「ああ……」 確かにその通りだ。だからと言って、何が出来ると言う訳でも無い。 「ふふ。でも、私、てそんなに見ていて不安ですか?そりゃあ、自分でも少しドジな所が有るとは思いますけど」 「あー、いや……そのなんだ。そう言う訳では無くてね……僕が心配しているのは……」 「心配しているのは?」 ギーシュは言葉に迷った。 自分の心配事は極めて口にし辛い上、当のシエスタも判っている筈だった。 「……私、大丈夫ですから」 正面を向いたまま、シエスタは言った。 「私、今まで貴族が怖かったんです。魔法を使えない私達には、メイジはとても恐ろしくて、いつも怯えて暮らしていました」 その言葉は、世間知らずな魔法学院の少年を当惑させた。 平民達が異国の軍隊に蹂躙される事も、オーク鬼の餌にされる事も無く、平穏な日常を営めるのは、貴族が身を張り、血を流しているからだ、と言う自負が有る。 平民が貴族を畏怖するのは当然としても、恐怖されていると言うのは、意外であり不本意でもあった。 「貴族は別に――――」 獲って喰いはしない。 そう続けようとして、ギーシュは言葉を飲む。この娘は今正に、獲って喰われようとしているではないか。 ああ、モット伯よ。 貴方はどうして、もっと相手を選ばなかったのだ。 どうして、こんなにも性急な方法を選んだのだ。 階級間の対立が王権に益する事など有りはしないのに。 「でも、今は怖くありません」 「何故?」 「ミスタ・グラモンと話していて判ったんです。貴族にも沢山、怖い物が有るんだ、て。苦しい事、辛い事が有るんだ、て。私達と変わらない、人間なんだ、て」 「……貴族が恐れるのは、不名誉だけだよ」 「ええ。判っています。例え、どんなに怖い物が有っても、ミスタ・グラモンは絶対に逃げないんですよね。だから、私も怖くありません」 私は大丈夫ですから――――シエスタは同じ言葉を繰り返した。 「心配なさらないで下さい。あの……きっと、伯爵も大事にして下さると思いますし……その……大丈夫ですから」 「シエスタ……?」 その言葉に、シエスタは俯く。 名前で呼ぶのは初めてである事に、この時、ギーシュは気付かなかった。 「すみません」 顔を上げた時、シエスタは笑顔を浮かべていた。 「もう、お手伝いが出来無くなってしまいまして。でも、大丈夫。ミスタ・グラモンなら、絶対、空さんに勝てます」 どこか、ぎこちの無い笑みだ。 「頑張って下さい。ミスタ・グラモン!」 そして、門衛が門扉を閉じた。 ギーシュは嘆息する。 自分は何をしに行ったのだろう。本当に、判らない。 厨房から飛び出した時、何をしたかったのかは判る。シエスタを取り戻したかったのだ。 そこに有るのは衝動だけで、どんな思慮も計画も有りはしなかった。 シエスタはモット伯が正規に雇用している。 実の所、彼が進んでその契約を破棄してくれる方法を、ギーシュは知っている。 だが、取引の材料となる物が手に入れられるかどうかは、判らない。 そして、その後は? 「結局――――」 自分がいまいち、踏ん切りを付けられないのは、相手が誰になるにせよ、最終的にシエスタを手元に置いておけない事が、判っているからだろう。妾にするなら、現状と変わらない。 では、愛を囁く? 冗談ではない―――― ギーシュは内心で頭を振る。 身分が違う。住む世界が違う。人品卑しからぬ紳士は、相手を選ばず膝を折ったりはしないものだ。 そもそも、ギーシュの様な相続権を持たない貴族にとって、結婚とは一つの武器であり、立身出世の道具だ。 平民の娘が自分の将来に約束してくれるのは、身の破滅でしかない。 「忘れ給え。ギーシュ・ド・グラモン」 ギーシュは独白した。 青春よさらば。 脳裏にシエスタの笑顔が浮かぶ。 頑張って下さい――――あべこべに、自分を励まし、見送った顔が浮かぶ。 「よし。決めた――――」 結論を得ると、とっ散らかっていた頭が、すっきりした。 「あの娘を助ける!」 例え、自分の物にはならないにせよ、あの娘は相応の相手と結ばれるべきだった。凡庸だが誠実な男と契りを交わすべきだった。 それは、断じてモット伯では無い。 善は急げ。善でなくとも急げ。レビテーション。ワルキューレに鞭を打つ。三つの車輪が土を蹴立て、小砂利を跳ね飛ばす。 時間が無い。 時間が無い。 急げ。 急げっ。 急げっ! 魔法学院の門へ、ギーシュは文字通り飛び込んだ。バンプを拾った際に、コントロールに失敗した。ワルキューレは横転。ギーシュも地面に投げ出される。 これは兜を被った方が良いのだろうか。 苦鳴と共に立ち上がりながら、そんな事を考えた。 眼前には杭が立っている。後、1メイル前で転倒していたら、頭を打ち付けた事だろう。 これでは遠からず、事故死しかねない。 ワルキューレを起こして、夕暮れの女子寮塔に向かう。 「あら――――」 途中、ルイズに出会した。 「ねえ、空を知らない?」 「ミスタがどうかしたのかね?」 「誰かに呼び出されてから、帰って来ないの」 誰だろう? ヴィリエが決闘を挑んだ、と言う噂は聞いている。彼の仲間か? ともあれ、今はそれ所では無い。 「所でミス・ヴァリエール」 お願いが有るのだが――――その先を言う必要は無かった。 連絡を取って貰おうとした目当ての人物が、本塔の方から現れたからだ。 「どうなってるのかしらね、全く」 豊かな胸を反らせて、キュルケはぼやいた。 「夜食にと思って、蝸牛を料理させようとしたのに。厨房に誰も居ない、ですって。本当にどうなっているのかしら」 その言葉に、ギーシュは青くなった。 空が居ない。呼び出し。料理人が居ない。そして、シエスタは主に厨房で働いていた――――それらの事実か、頭の中で綺麗に繋がる。 恐らく、シエスタを連れ戻しに行ったのだ。 モット伯は自分の様な学生とは違う。本物の貴族だ。 万が一、平民に敗れでもしようものなら、何としてでも相手を殺すか、さもなくば自ら命を絶つ事を強いられる。 何故なら、力を以て君臨するメイジが無力な平民に敗れると言う事は、家名ばかりでは無く、全ての貴族の名誉を、ひいては王権を汚す事に他ならないからだ。 故に、貴族は自身に刃を向けた平民を、絶対に許さない。 空が自分とモット伯爵との区別も付けられない人間とは思いたくない。そこまで無分別な人間とは思いたくない。 だが、分別の有る男が、学生とは言え貴族に決闘を申し入れる物だろうか。 思えば、あの男は常に異質だった。 まるで、異世界から来たかの様に、社会の規律も秩序も顧みない。 反骨それ自体を旨としているきらいさえ有る。 「ミス・ツェルプストー!」 ルイズと二、三、皮肉を応酬。どことなく余裕を感じさせる相手の態度に、聊か戸惑いを見せながらも立ち去るキュルケを、ギーシュは慌てて呼び止める。 急がねばならない理由が、一つ増えた。 「済まない。実はお願いが有るのだが……」 街道から僅かに外れた草むらを、奇怪な一団が進んでいる。 先頭は車椅子。更に長短太細まちまちな覆面男が計六人。 薄闇の中、緊張感と殺気とを撒き散らしながら進む。 草むらの中を、街道と併走する様にして剥き出しの地面が続く。まるで道路だ。 それは、そうだろう。つい、この間までは街道だった場所だ。 馬蹄に踏み荒らされ、ぬかるんだ足場を嫌って、騎手が、御者が外れを選ぶ内に、街道は少しずつ移動する。 「こいつは、おでれーた」 車椅子の背で、デルフが身を震わせる。 「たったこれっぽっちの平民引き連れて、貴族の邸にカチ込もうなんて。正気かい、相棒。どうなるか判ってるんだろうね?」 「さてなあ」 空は暢気に嘯いた。 シエスタ奪回を、空はそれ程、難しい事と考えていない。問題は、その後だ。 まさか車椅子を含む平民集団にしてやられた、とは言えないから、表立った裁きは無いだろう。 だが、力を以て君臨する貴族が、不逞の輩をそのままのさばらせておいては支配が揺らぐ。必ずや、裏で報復措置に出る。 マル風Gメンや暴力団、某国や米軍の間を立ち回って来た空にとっては何でもない事だ。 しかし、今、後にゾロゾロと着いて来ている料理人供は、一人も助かるまい。家族縁者に累が及ばぬ様、自ら首を差し出す羽目になる公算が大きい。 それを避ける為に、最もてっとり早いのは、目撃者全員を消してしまう事だが、それはそれで話が大きくなる。 噂話に聞いた、“土塊のフーケ”とやらはミスリードに使えるかも知れないが……。 「ま、楽しみにしとき、デル公。たっぷり血い、吸わせたるからな」 「相棒。なんだか、俺の事を誤解してるみたいだねえ」 後にはマルトー始め、緊張した面持ちの料理人達が続く。筋者の事務所に殴り込む素人衆の心境だろう。 邸が近付く。 茂み深くに入ってベースを張る。道具と撤退の手筈を確認。 「ええか?今回はシエスタを連れ戻したら、それで勝ちや。ここに居る全員帰れへんでも、シエスタ一人帰ればええ。状況によっては、ワイはお前等見捨てて、あいつ一人連れて逃げる。それで文句有る奴は帰れ」 全員が堅い動作で頷く。異論が有ろう筈も無い。 「お前らに難しい作戦言うても無理やろ。シンプルに行く。ワイが先導するから、少し間置いて着いて来い。目に付いた奴は速攻でどつき倒せ。躊躇すなや。相打ち上等で突っ込め。メイジ相手に迷ったら死ぬで。ええな」 空は武器を配る様に命じる。 太い麺棒や脱穀の棒、スコップ。扱いに熟練を要する刃物を避けて、鈍器で統一する。 「良し。気合い入れて行くでっ……!」 『ブッ殺ッッッ!!』 凶悪な平民達の物騒な唱和が、闇苅に溶けた。 * * * 「秘宝の魔道書?」 「何それ?」 その名を口にすると、キュルケばかりでなく、ルイズも興味を示した。 「前に話してくれたじゃないか。召喚実験で偶然、呼び出された魔道書。ツェルプストー家の家宝を、君は持っているんだろう?」 「ああ、あれね。嫁入り道具として持たされてるのよ」 「どんな魔道書なの?」 深く追求しないでくれ。 心の中でギーシュは嘆く。あまり女の子に聞かせられる内容では無いのだ。 「殿方を高ぶらせる魔力を帯びた魔道書」 苦悩する少年と対照的に、キュルケはさらりと言った。 「まあ、私には必要無いんだけどねー。色気も“ゼロ”なあんたには、正に秘宝かも知れないわね」 「ななな、何言ってるのよ!不潔よ!不潔!さすが、色ボケのツェルプストーの家宝ね。サイテーだわ」 蔑む様なルイズの目に、ギーシュは頭を抱える。自分はマリコルヌとは違う。女の子に蔑まれたり、踏まれたりして悦ぶ性癖は無いのだ。 そう。薔薇に白い目を向けたり、あまつさえ踏み躙る様な少女が居るものか。熱烈な視線、黄色い歓声こそ我が本望。 その点でケティは理想だった。ちょっとした事でも驚き、ささやかな事でも喜んでくれた。幸せを享受する天性に恵まれた女の子だったのだが……。 「いやいやいや。今はそれ所じゃないっ!」 不意に頭を振って叫ぶギーシュに、二人は目を瞬いた。 「ミス・ツェルプストー。君にとって、それが必要な物で無いなら、都合が良い。その魔道書を、譲ってはくれないか?」 「……不潔――――」 「誤解しないでくれ給え、ミス・ヴァリエール!僕は疚しい目的で言っいるのではない。ある重大事の解決に、なんとしても、それが必要なのだ。事によったら、君の使い魔だって、関係しているのかも知れないのだよ」 「空が?」 「ダーリンが?」 モット伯爵は以前から言っていた。 ツェルプストー家に伝わる魔道書が欲しい。手に入るのなら、全財産を費やしても構わない、と。メイド一人の身柄と引き替えなら安い物だろう。 空が無茶をする前に、シエスタを連れ帰る。それしか無い。 「空が?ねえ、どう言う事よ?」 「済まない。今は説明している閑が無い。どうだろう、ミス・ツェルプストー。たった今、必要なんだ」 「……別にいいけど、貴方お金有るの?」 「う……無い。無いが、後日なんらかの形で、必ず恩は返す。何でも言ってくれ給え」 「なんでも?」 キュルケの瞳が、怪しく光った。 「何でもだ」 「そう。なら、私と付き合って。そうしたら、魔道書は差し上げるわ」 その一言に、ギーシュは凍り付いた。 嫁入り道具である魔道書を差し上げる。だから、付き合いなさい――――その意味する所は何か。 つまりは、ただの交際では無いのだ。恐らく、結婚を前提として、と言う枕詞が付く。 ギーシュは震えた。顔色がみるみる青くなり、体中から汗が噴いた。 こちらは嫁入り道具をくれ、と言っているのだ。決して不当な要求では無い。当然と言っていい。 それに、ゲルマニアの大貴族にして大資産家のツェルプストー家令嬢なら、伯爵家の四男坊としては望外の相手。全く申し分無い。申し分無いのだが……。 目線がストンと落ちる。褐色の乳房に引っかかって止まる。 本当に彼女は申し分が無い。申し分無いおっぱいだ。 だが、何故だろう。ギーシュはキュルケがどこか苦手だった。 薔薇を観賞するばかりで無く、摘み取った挙げ句、押し花にしてしまいそうな勢いには、一種の恐怖を覚える。 ええい、何を迷っている、ギーシュ・ド・グラモン!―――― ギーシュは自らを叱咤する。 シエスタの貞操が危ういのだ。 空の身だって危ういのかも知れないのだ。 危急の時、グラモン家の男が、おっぱいを怖がっていてどうする! 勇気を持つのだ! 突撃! 突撃! 突撃! 「――――判った」 杖を持たずに尖塔から飛び降りる気分で、ギーシュは答えた。古びたアルヴィー人形のぎこちなさだ。 途端に、笑い声が弾けた。 「冗談よ、冗談。今、私はダーリン一筋だもの。秘宝の魔道書ね。ちょっと待っていなさい」 フライで自室に向かうキュルケを、ギーシュは呆然と見送った。 安堵の吐息が漏れ、思わずその場にへたり込みかけた。 「助かった――――」 と思ったのも束の間だ。 「ねえ、空がどうしたの?」 今度はルイズが絡んで来た。 「だから、今は時間が……」 「ツェルプストーが戻るまでの間に、説明しなさいよ」 「えーと、シエスタと言うメイドが居るのだが……」 「あの、変な靴履いたメイドでしょう。それがどうかしたの?」 「そのメイドが、モット伯に引き抜かれてだねえ」 「“あの”モット伯爵?」 絶妙な口調だった。 モット伯に関する悪い噂と、ルイズが彼を軽蔑する所以が、余すこと無く、たった一言に集約されている。 モット家と親交が有るギーシュとしては、少し複雑な気分になった。 「どうも、穏便ならざる方法も使ったらしい。そこで――――」 「お待たせ」 と、キュルケが戻った。 手には羅紗の袋。中身を取り出す。表紙は極めて扇情的なイラストだ。 ルイズは耳まで赤くして顔を背け、ギーシュは食い入る様に眼を開く。 「確かに」 「一つ貸しよ」 「判っている」 再び袋に収められた魔道書を手に、ギーシュは高速型ワルキューレのステップを踏む。 「ちょっと、待ちなさいよ!話がまだ……」 「ミスタ・空がモット伯の邸に乗り込むかも知れない!」 「!……なんですって!ちょっと……!――――」 ルイズの声を置き去りにして、ギーシュはワルキューレを加速する。 道を急ぎながら、ギーシュは魔道書の表紙を思い出す。 凄い。本当に凄い。 現実をそのまま切り取ったかの様な画風。写実主義の絵画など問題にならない精緻さだ。 どんな画材を使えば、あの発色が得られる。 あの印刷技術は一体なんだ。 いかなる神技が、あの奇跡を実現したのかは判らない。だが、なるほど、モット伯が執心するのも頷ける。 モット伯の邸が見えて来る。様子がおかしい。喊声が聞こえて来る。 遅かった――――! どうする? どう話をつける? 身の程知らずな料理人供はともかく、空は助けたい。 そう考えているのは、ギーシュ一人では無かった。 ルイズとキュルケだ。いまいち事態は飲み込めないが、空が本当にモット伯邸へ乗り込もうとしているなら捨て置けない。 二人は女子寮塔を、タバサの部屋へと駆け上る。 丁度、その時、タバサは自室で逆立ちしていた。続いて、脚を曲げ、体を腕立ての要領で後に伸ばし―――― 「無理」 潰れた。 “風”を面で捉える。その技術が極めて難しいだけでは無い。 仮に、両掌を床に固定出来たとしても、空と同じ姿勢を取るには、並外れた腕力が要る。 「タバサ!居る!」 目の前で、扉が勢いよく開いた。 頭上を見上げると、そこにはキュルケと、ルイズが居る。 「黒――――」 返事をする代わりに、タバサは呟いた。 ――――To be continued 前ページ次ページ虚無の王