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先生の話ではもうすでにゆきちゃんの両親はこの話を知っていると言っていた。お姉ちゃんに対しては特に咎めることはないと言っていたけどそれはゆきちゃん次第らしい。 ゆきちゃんが許さなければ訴えられるのも覚悟しなさいと。ゆきちゃんがそんな事するはずない……なんて言えないよね。私からはお姉ちゃんを許してなんて言えない。 でもどうしてお姉ちゃんとゆきちゃんが喧嘩しちゃったんだろ。私達が原因なのは分かるけどゆきちゃんがお姉ちゃんを怒らすなんて想像もつかない。 そんな事を考えている間に病院に着いた。病院は歩いてでも行けそうな距離にあった。病院に入ると待合室に案内された。黒井先生は学校に戻った。携帯に連絡を入れれば 迎いに来てくれると言ってくれた。 待合室の真ん中にポツンとお姉ちゃんが座っていた。私達に気が付いてこっちに向いた。目が真っ赤だった。でも涙の跡はなかった。お姉ちゃんは座ったまま話した。 かがみ「……あんた達来たのか、みゆきに会いたいのなら明日で良かったのに、まだ意識が戻らない……」 私達は返事はせずに空いている椅子にそれぞれ腰を下ろした。お姉ちゃんは私達が座ったのを見届けるとまた話しはじめた。 かがみ「醜態を見せたわね、人が倒れたのに何もしないで……応急処置は最低限の事よね……それすらも出来なかったなんて……」 つかさ「うんん、私だって何も出来なかったよ、こなちゃんがみんなやってくれたから……」 お姉ちゃんはこなちゃんの方を向いた。 かがみ「そういえばあんたを何度か殴ったことあったわよね……今思うとぞっとしたわ……今更だけど謝るわ、ごめん……」 こなた「どうしたんだよ、かがみらしくないよ……それよりも私が聞きたいのは……」 かがみ「……分ってるわよ、私が何故みゆきを殴ったかでしょ……職員室でも聞かれたわ……でも薄々は分ってるでしょ、原因はあんた達よ」 私とこなちゃんは顔を見合わせた。 かがみ「昼休み、弁当を食べ終わって日下部達と話していても落ち着かなかった、つかさとこなたの喧嘩のせい、みゆきが居るから平気だと思ったけど……様子を見にいった、 こなたが教室を飛び出したのを見かけた……教室を見るとつかさが目を擦っていた……泣いていたのは直ぐ分った、仲直りどころか悪化してるじゃない……そう思った、 放課後、会議が終わってみゆきに聞いたわ、何をしたかってね、昼食を一緒に食べれば何とかなると思ったとみゆきは言った、そして今頃つかさはこなたと直に会って 話をつけていると言った、私はみゆきを叱り付けた、私達が仲介しても解決できないのに当事者同士だけで会わせてどうするつもりなんだ……ってね、 みゆきはつかさやこなたの意思を尊重したいって言ったけど……私は今すぐこなた達の所に行くと言った、みゆきは止めたけど私は制止を振り切って向かったわよ、 場所は察しがつく、屋上の扉が開いていた、二人を見ると……つかさがこなたを直視して泣いていた……こなたもつかさに向かって何かを言っていた…… もう終わったと分かった、私の出来る事は何もない、たかがゲームの事って甘くみていたわ、もっとあんた達の話を聞いていれば良かった……私はそのまま戻った…… 戻ってみゆきにその話をしたら……みゆきは急に怒って私に言った、何故何もしないで戻ってきたのかってってね、現場も見ないで何を言ってるのかって言い返した、 みゆきなら二人の間に入って話を聞くと言い出した、私はもうそれは昨日やったと言った……もうその後は覚えていない、気が付いたら私は手を振っていた」 屋上でのこなちゃんとのやり取り……見ようによっては喧嘩していると見えるかもしれない。屋上にお姉ちゃんが来ていたなんて気が付かなかった。 お姉ちゃんの目には涙が溜まっていた。実は私達は喧嘩なんかしていない。お姉ちゃんにそう言ったらどうなるかな。きっとお姉ちゃんは怒る……。 怒るだけじゃ済まない。三人で言い合いの喧嘩になっちゃう。でも私はもう嘘なんかつきたくない。どうすればいいんだろ。こなちゃんは黙ってお姉ちゃんを見ている。 こなちゃんもどうしていいか分からないんだ。私も分からない。でもこのままじゃだめだよ。何かしないと。何を? もう頭が爆発しそう。お姉ちゃん達が喧嘩してなかったら仲直りした姿を見せて終わったはずなに。仲直りした姿……。そうだ、やってみよう。 つかさ「お姉ちゃん、見て」 お姉ちゃんは私を見た。 つかさ「どう?」 かがみ「どう……って何よ」 私はこなちゃんに近づいて並んだ。 つかさ「喧嘩してるはずの二人が並んで座っているって不自然だとは思わない?」 お姉ちゃんは私とこなちゃんを交互に見ている。 つかさ「お姉ちゃんを待っている間、こなちゃんが言ったんだよ、このまま喧嘩してるとお姉ちゃんとゆきちゃんみたいになちゃうんじゃないかって、だからもう止めようって…… そうだよね、こなちゃん?」 こなた「えっ?、あぁ、うんうん、そうそう、そうだよ、うんうん」 こなちゃんがどんな反応するかなんて分からない。でもこなちゃんは喧嘩作戦を秘密にしたいって言ってた。だからきっと私の話に合わせてくれる。そう思った。 その通りにこなちゃんは相槌を打ってくれた。 かがみ「……何よ、私達は反面教師かい……」 お姉ちゃんは顔を背けてしまった。 つかさ「これでお姉ちゃん達が喧嘩をしている理由はなくなったよね……」 お姉ちゃんは顔を元に戻して再び私達を交互に見た。 かがみ「確かにね、もうみゆきと喧嘩をする理由はもうない、普通の喧嘩だったらもうこれで終わり……でも私はみゆきに怪我をさせてしまった、これだけは消えないのよ」 つかさ「だからここに居るんでしょ?」 私はお姉ちゃんにゆきちゃんの眼鏡を渡した。 かがみ「これは……みゆきの」 つかさ「そうだよ、お姉ちゃんが飛ばしちゃった眼鏡、渡してあげて……」 かがみ「つかさが渡しなさいよ」 私に突き返そうとした。私は受け取らなかった。 つかさ「こなちゃんと喧嘩して分かっちゃった、誰かに何かをしてもらったって仲直りなんかできないって、結局喧嘩した本人同士で仲直りしないとダメなんだって」 その時、ドアをノックする音がした。 看護婦「高良さんの同級生の方々ですね、意識が戻ったので面会するならどうぞ……ただし頭を打ったせいで少し混乱しているようですので沢山のお話はお避け下さい」 看護士さんはそのままナースセンターの方に帰って行った。 かがみ「みゆき……」 お姉ちゃんはゆきちゃんの眼鏡を握り締めると待合室を出て行った。 私もお姉ちゃんを追いかけようと待合室を出る準備をした。こなちゃんは私に笑顔で話しかけてきた。 こなた「つかさやるじゃん、本当の事言ってってバラしちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしたよ」 私はこなちゃんを少し睨んだ。 つかさ「こなちゃん、お姉ちゃんに最後に言ったの……本当だから」 こなた「本当って?」 こなちゃんは言っている意味が分からないようだった。ポカンと口を開けている。 つかさ「私はこなちゃんと本当に喧嘩した……それで私達は自分達で仲直りしたんただよ、そうでしょ、こなちゃん」 こなた「つかさ……」 つかさ「……お姉ちゃんとゆきちゃんが仲直りしたら『喧嘩作戦』は全て忘れるつもりだから、私とこなちゃんの永遠の秘密……ゆきちゃんがお姉ちゃんを許さなかったら 本当の事を言って謝るつもりだよ……それでいいよね」 こなた「……つかさ、ありがとう……それでいいよ……」 こなちゃんは少し目を潤ませた。そんな泣くような話はしていないのに。 つかさ「こなちゃん行こうよ、ゆきちゃんの所に」 こなた「うん……何だろうね、つかさは喧嘩が上手と言うか、慣れていると言うか……後腐れがないよ、そんなに喧嘩してるようには見えないのに」 そんな風に言われるは初めてだった。一つだけ思い当たるのがあった。 つかさ「私の家って家族が多いでしょ、お姉ちゃん達よく喧嘩するんだよね、それでもすぐ仲直りしちゃうんだよ、そんな姿を何度も見てるから……」 こなた「賑やかで楽しそうだ……羨ましいよ」 またドアをノックする音がした。ゆきちゃんのお母さんが入ってきた。 ゆかり「あら、つかさちゃん、さっきかがみちゃんとすれ違ったわよ」 普段と変らない温和な口調でそう言った。自分の娘が入院しているような感じは受けない。私はなんて言っていいのか分らない。 つかさ「おばさん、この度はお姉ちゃんが……なんて言うか……あの」 何を言っているのか分らなくなった。そんな私を見ておばさんは笑った。 ゆかり「そんなのはいいから早くみゆきの所に行ってあげて、きっと喜ぶわよ」 つかさ「行こう、こなちゃん」 ゆきちゃんの病室の近くに来ると入り口にお姉ちゃんが立っていた。部屋に入れないみたいだった。 こなた「かがみ、入ろうよ……」 かがみ「さっきおばさんと会った……私がみゆきに会うのを知って部屋を出てくれた……おばさんは私に言った、意識の無いみゆきはしきりに私の名前を言っていたって…… それを見ておばさんは私を許してくれた……名前だけじゃみゆきがどんな気持ちになっているなんて分からない、憎くて言っているかもしれないのに」 こなた「お母さんだから分るんじゃないの、子供の頃から育てたんならね、言葉の言い回とかでも分っちゃうんだよ」 かがみ「お母さんの居ないこなたがよくそんなことが……ごめん、今のは聞き流してくれ……」 お姉ちゃんは慌てて止めたけど今のはかなり酷いと思った。 こなた「……居ないからこそ分ることもあるんだよ……」 小さな声でポツリと言った。 かがみ「……ごめん、本当にごめんなさい」 こなた「別に気にしてないよ、それにその調子ならみゆきさんを怒らすことなんかなさそうだね……早く部屋に入ろう」 まさか、こなちゃんはお姉ちゃんを試したのかな。そんな気がしてきた。 かがみ「……入って何を話す、どう語りかける、そう考えると何も言葉がうかばない、謝罪の言葉、挨拶……何て言ったら良い」 こなた「かがみは私とか家で喧嘩していつもそんな事考えてるんだ、それでよく仲直りできたね」 かがみ「あんたや身内とは勝手が違う……幼い頃から一緒にいたんだ、手の内はお互いに知っている」 こなた「それじゃ私とつかさが先に入ってみゆきさんと話してるから頃合を見て入ってきて……行こうかつかさ」 こなちゃんはドアをノックしようとした。 かがみ「待って……私が先に入るわ……」 こなちゃんはドアから離れてお姉ちゃんに譲った。 お姉ちゃんはドアをノックしてドアを開けた。 かがみ「入るわよ」 返事がなかった。お姉ちゃんは戸惑いながらも部屋の奥に入った。私とこなちゃんは入り口の所で止まった。 ゆきちゃんは耳にガーゼを付けていた程度だった。包帯をターバンみたいにグルグル巻きになっていたのを想像していたけど。思いのほか軽傷だったのかな。 ゆきちゃんはベットに座って窓の外を見ている。まだ私達に気が付いていないようだった。 かがみ「みゆき……」 お姉ちゃんの声に反応した。ゆきちゃんはお姉ちゃんの方に向いた。 みゆき「かがみさん……おはようございます……今日も早いですね」 おはようって……もう日はすっかり落ちて暗くなっている。さっきまでゆきちゃんだって窓の外を見ていたのに。 かがみ「おは……こんばん……」 お姉ちゃんも何て挨拶していいか分らないみたい。 みゆき「あっ、そうでした、今回議題についてかがみさんにお聞きしたい事があったのです、放課後の準備もしないといけませんね……」 かがみ「会議はもう終わってるわよ……」 みゆき「そういえば……おはずかしながら英語の教科書を忘れてしまいまして……かがみさん貸していただけませんでしょうか」 かがみ「いったいいつの話をしているのよ、今日は英語の授業なんかなかったわよ……それより私は……」 みゆき「……この前読んでいた本が読み終わりましたので御貸しできますよ……」 かがみ「はぁ?」 話が飛んで会話になってなっていない。支離滅裂ってこの事をいうのかな。看護士さんが言っていたようにゆきちゃん自分がどうなっているのか分かってないみたいだった。 ゆきちゃんはいきなりベットから降りようとした。鞄の方を向いている。きっと鞄の中の本を取りに行こうとしているんだ。ゆきちゃんは立ち上がって歩こうとたけどバランスを 崩してフラフラしている。まるで酔っているみたいだった。すぐに倒れそうになってお姉ちゃんにもたれかかった。 かがみ「ちょっと、怪我人は怪我人らしく寝てなさいよ……」 みゆき「……私は怪我なんかしてませんよ……」 お姉ちゃんだけじゃ体重を支えきれないみたいだった。いまにも二人とも倒れそうになっている。 つかさ「こなちゃん、手伝おう」 こなた「うん」 私達もお姉ちゃんを手伝いゆきちゃんをベッドに戻した。ゆきちゃんはわたしとこなちゃんに気が付いた。じっと私達を交互に見ていた。 みゆき「先ほどこな……ちゃん……と言ってましたね、怒っていない……二人が一緒にいるなんて……」 かがみ「とりあえずまずは落ち着け、渡すものがあるから」 お姉ちゃんはゆきちゃんに眼鏡を渡した。ゆきちゃんは眼鏡を受け取った。 みゆき「ありがとうございます」 ゆきちゃんは眼鏡をかけようとしたけど片耳にはガーゼで塞がれてる。眼鏡が滑ってかけられない。ゆきちゃんは手で耳を触れてガーゼを認識した。 ゆきちゃんは耳を手で押さえたまま動かなくなった。自分の身に何が起きたか分ってきたみたいだった。 ……… ……… みゆき「私……かがみさんと言い争って……ここは、此処は何処ですか……」 耳を押さえながらお姉ちゃんを見た。 かがみ「学校の近くの○○病院よ……」 みゆき「……そうですか……かがみさんが介抱して下さったのですね……ありがとうございます」 かがみ「お礼を言うならこなたに言いなさいよ……私はあんたが倒れて気が動転して何もできなかった、ただの小心者よ……」 みゆき「……かがみさん……愚直すぎます……嘘でもいいから『私がした』と言って欲しかった……そうでないと……うう」 ゆきちゃんはお姉ちゃんに抱きつき泣いてしまった。 かがみ「バカ、私はあんたを殴ったのよ、それなのに……何で抱きつくのよ……それは私が先にしなきゃ……うぅ」 お姉ちゃんも泣き出してしまった。もう二人は仲直りしたんだと思った。私はこなちゃんの肩を叩いて一緒にそっと病室を出た。 こなた「私達は要らなかったみたいだね……」 つかさ「そうだね……でもこなちゃんがお姉ちゃんの背中を押さなかったらこうはならなかったかも」 こなた「かがみが何時まで経ってもドアを開けなかったからね、じれったくなったんだよ……かがみって意外と気が小さいんだね、知らなかった」 つかさ「……そういえばお姉ちゃん、まつりお姉ちゃんと喧嘩するといつも私の部屋に来てたっけ……そのまま一緒に寝たこともあるよ……」 こなた「それは知らなかった、今度喧嘩した時の参考にするよ」 つかさ「もう喧嘩はこりごりだよ……」 こなた「はは、冗談だよ、さてと……ここで話すのもなんだし……待合室でかがみを待とうか」 つかさ「うん」 こうして一件落着……したとは思わなかった。 でもこなちゃんと約束したからには守らないとダメ。でも私は隠し事が苦手。ついつい話しちゃう。さっきのお姉ちゃんが喧嘩があると私の部屋に来るって言うのも 暗黙の了解で話さない事になっていた。だから私は忘れる。この事は忘れる。そうすれば話さなくてもいい。話すこともない。私の心の奥にしまっておこう。永遠に。 ゆきちゃんは数日で退院できた。そしてお誂え向きに皆はこの話をする事はなかった。 あと皆はちょっと変ったかな。お姉ちゃんは誰に対してもどんなに言い合いの喧嘩をしても手を出さなくなった。 こなちゃんは悪戯をまったくしなくなった。最後って言ってたけど本当に最後の悪戯だったんだね。ゆきちゃんは……私と同じで変ってないかも。 皆が話さないから私も話さない。そして私も忘れた……。 …… …… 今日はとっても天気がいい、お出かけ日和。 土曜日。久しぶりに私達四人が集まる。大学を卒業すると滅多に逢えなくなるよね。それでも月に数回は誰かしらと会っていた。高校時代の友達としては多い方かもしれない。 私は家に残ったけどお姉ちゃんは家を出た。別に結婚したわけじゃないけどね。残りの私達はどうしたって?……それはご想像にお任せで。 私は皆が集まる約束をした店で皆を待っていた。予約したのは私。なんとこの店は私が働いている店。だから味は私が保証する。今日は休みを取って 客として店に来ていた。そして約束の時間が来た。 かがみ・みゆき「こんにちは……」 つかさ「姉さん、みゆき……早いね、席はこっちだから座って待てて」 お姉ちゃん、ゆきちゃん、こなちゃん、姉さん達が大学を卒業するまではそう呼んでいた。だけど社会人になると皆があだ名で呼ばれるのが恥ずかしいといいだしたので 名前で呼ぶようになった。最初は抵抗があったけどね、もう慣れた。 かがみ「つかさいいのか、一部屋貸しきっちゃって」 つかさ「うん、大丈夫だよ、それに今回はコース料理にしたからね、メニューはお任せ」 かがみ「コース料理かよ、奮発したな、割り勘でも結構すんじゃないのか」 つかさ「うんん、今日は私の奢りだからお金は気にしなくていいよ」 みゆき「いいのですか」 つかさ「四人だけで集まるのって久しぶりじゃない、だから嬉しくてね」 かがみ「そういや久しぶりだ……二年ぶりか」 みゆき「二年十ヶ月と二十三日ぶりですね」 かがみ「みゆき、相変わらずね……もう一人着てないわね……またあいつか……あいつも相変わらずってか」 みゆき「噂をすれば……来ました」 息を切らしてこなたがやってきた。 こなた「やふー、まいったまいった」 かがみ「……まったく、こいつの遅刻癖は治らんのか、まさかゲームをしてたってわけじゃないでしょうね」 こなた「まさか、子供じゃあるまいし、深夜アニメをついつい見てたら……寝坊した」 姉さんは絶句して何も言わなかった。こなたは全く変っていない。でもそれが羨ましかった。 みゆき「泉さん、昨日はどうもありがとうございました」 かがみ「ん?、みゆき昨日こなたと会ったのか?」 みゆき「はい、偶然駅でばったりと……」 かがみ「へー、偶然か、世間って広いようで狭いわね」 こなた「つかさが働いている店で食べるのは初めてなんだよね、昨日そうみゆきさんに言ったら話が盛り上がっちゃってさ、そのまま食事しちゃったんだよ」 みゆき「私は先日頂いた事がありましたので……いい話し合いになりました」 そういえばこなたが私の働いてる店にくるのは初めてかもしれない。皆呼んだつもりだったけど。やっぱり学生時代とは勝手がちがうな。 かがみ「こなた!、まだ遅刻の話は終わってないぞ、こっちに来て座りなさい」 こなた「えー、説教やだよ、もういい大人なんだしもう止めようよ」 かがみ「いい大人ならこんな事させるな、いいから来い!」 つかさ「姉さん、もういいじゃない、折角集まったんだからさ」 かがみ「……しょうがないわね、つかさに免じて今日は何も言わないわよ」 こなたは目でありがとうと言った。私は手で合図をした。 つかさ「もう始めちゃっていいかな、お料理もって来るように頼んでくるよ……お酒も少し飲む?」 こなた「少しと言わずいっぱい持ってきて……」 かがみ「ここは飲み屋じゃないんだぞ、まったく、お酒はつかさに任すわ」 昼食会が始まった。お酒も少し入り話しが盛り上がってきた。私は皆に料理を取り分けたりお酒を注いだりしていた。 かがみ「つかさ、店員じゃないんだからさ自分の席に戻りなさいよ、私達自分で料理は取るからさ」 みゆき「そうですよ、席に着いて落ち着きませんとお話すらできません」 つかさ「……いつもの職業癖が出ちゃった、そうだね今日は店員じゃないよね、これで最後にして席に戻るよ……はい、こなちゃん」 料理をこなたに渡すとみんなの動作が止まった。私があだ名でこなたの事を呼んだからなのだろうか。貸切の部屋。私達以外居ないので何気に言った。特に意味はなかった。 しかし皆の反応は大きかった。 つかさ「えっと、ごめん、あだ名はもう止めようって言ったんだよね、ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたい、もう言わないから……」 私は自分の席に戻った。しかし沈黙は続いた。私ったら雰囲気ぶち壊しだよね。どうしよう。 こなた「こなちゃん……懐かしいね、いつから止めようなんて言ったっけ?」 つかさ「え?」 みゆき「そういえば私もゆきちゃんと呼ばれていました、確か大学を卒業した辺りからあだ名は止めようと決まったと思いますよ」 かがみ「つかさは親しい人にはあだ名で呼んでたわね……」 こなた「かがみは結局あだ名は付かなかったよね……キョウちゃんでよかったのに」 かがみ「キョウちゃんって何よ……あっ!そういえば高校時代私をそう大声で呼んだことあったわよね……なんで急にそう呼んだのよ」 こなた「つかさがあだ名を付けるならキョウちゃんが良いって言ったんだよね……漢字で『鏡』でキョウ」 そういえばそんな事もあったかもしれない。でもこなちゃんはは直ぐに言い直したんだった。 こなた「でも私は『凶』の方が合うんじゃないかってね」 うぁ、あの時の会話をそのまま話しちゃってるよ。高校時代じゃ絶対に話せない。 かがみ「……で、こなたはどっちの漢字であの時呼んだんだ?」 こなた「ふふふ、そんなの聞かなくても分るんじゃないの」 かがみ「あの時知ってたら殴ってる所だ」 お姉ちゃんはそう言って料理を食べ始めた。怒っているけど高校時代とは反応が全然違う。あの時お姉ちゃんが『凶』って知ってたらこなちゃんは殴られてたかも。 みゆき「ふふ、懐かしいですね……やはり高校時代の思い出のが一番残りますね……」 ゆきちゃんは部屋の窓の外を眺めなら言った。 かがみ「そうね、私もそうかもしれない、高校時代……みゆき覚えてるかしら、喧嘩して怪我させたことあったわよね」 そういえばそんな事もあった。お姉ちゃんがゆきちゃんを殴っちゃったんだった。でも何でだったんだろう。覚えてない。こなちゃんもお姉ちゃんの方を向いていた。 みゆき「……覚えています、まるで昨日の事のように、成り行きによっては今、私達がこうして集うこともなかったかもしれません……」 そんな大きな事件なら私だって覚えているはず。 かがみ「そうね、事の発端はつかさとこなたの喧嘩だった、ゲームのデータを消した消さないの他愛もない喧嘩……二人とも覚えてる?」 私とこなちゃんは首を横に振った。 かがみ「……やっぱりね、その程度の喧嘩だったのよ、それを私達は真剣に受け止めたのよね、放っておけばよかったのに」 ゲームのデータ。何だろう。確か何かあった。何かあったのは思い出した。 みゆき「私はこれで良かったと思いますよ、雨降って地固まる……です」 お姉ちゃんは食器を置いて真剣な顔になった。 かがみ「みゆきと喧嘩したのはあの時が最初で一回きり、解せない、どうしても納得いかないのよ、でも今まで聞こうとして聞けなかった……今なら聞けそうな気がする」 みゆき「何でしょうか」 ゆきちゃんも真剣な顔になった。 かがみ「私はみゆきを殴った、この罪は消えないのは分ってる……でもね、わざと私を怒らせているように思えたのよ……これは私が罪から逃れようとこじつけた解釈かしら」 わざと怒らせる……。この言葉が心に残った。何か覚えがある。 みゆき「……十数年年間……そんな事を考えていたのですか」 かがみ「良かったら本心を話してくれるか、話したくないのならもうこの話は終わりでいいわ、私も忘れる、もう終わった事に茶茶入れてもしょうがない」 ゆきちゃんは少微笑みながら話しはじめた。 みゆき「かがみさんと泉さん、初めて出会ってから暫くしてすぐに喧嘩をしましたね」 お姉ちゃんとこなちゃんは顔を見合わせた。 かがみ「もう数え切れないほどやったから覚えていないわ」 みゆき「そうですか……お二人は喧嘩しては仲直りを繰り返していきました、その度に絆が深まっていくのを私は目の当たりに見てきたのです……喧嘩……私は喧嘩らしい 喧嘩はした事がありませんでした、家でも、学校でも……かがみさんと泉さんを内心羨ましく思っていたのです」 かがみ「バカね、喧嘩なんかしないにこしたことないじゃない」 お姉ちゃんがそう言ったけどゆきちゃんはそのまま話を続けた。 みゆき「……あの時……私の制止を振り切ってかがみさんがお二人を追いかけて行った、帰ってきたとき、何もしなかったと言いましたね、おそらく私もお二人の間に 入って何かをするなんて出来なかったでしょう……そう、出来なかった、ならば何故しなかったと言えばかがみさんは怒るに違いないと……」 かがみ「……わざとだったのね、でもあの時は私も気が動転してて……そんな事まで考える余裕がなかった」 わざと……わざと怒らせた。私もこなちゃんに怒らされたんだ……思い出した。『喧嘩作戦』だ。こなちゃんの喧嘩作戦。こなちゃんと秘密にしてたんだった。 みゆき「人を怒らす術は理屈ではしっています、かがみさんからくる怒りの言葉、その言葉に対して反対の言葉で返せば怒りは増幅する……途中で止めるつもりでした、 相手を怒らせればそのまま自分に帰ってくる、ミイラ取りがミイラに……私もいつの間にか怒っていたのです……気が付いたら病院のベットでした……」 かがみ「ふふ……そうゆう事だったのか……みゆきそれでどうだった、私との喧嘩……またやってみたい?」 お姉ちゃんは笑ってゆきちゃんに話した。 みゆき「……あの感情の高鳴り、憎しみ、嫌悪感……もうしたくありませんね……」 二人は笑顔だった。あの時のお姉ちゃんがゆきちゃんを叩いた時の顔からは想像もできない顔……。ふとこなちゃんを見た。さっきからずっと黙っていた。 こなちゃんは何か言いたいみたいだった。そうか、こなちゃんはあの時の事を忘れていない。いや、忘れられなかったんだ。姉ちゃんやゆきちゃんみたいに。 思い出しては悩んでいた。そうだね。そうだよね。もう隠す必要はないよ。お姉ちゃんとゆきちゃんを見れば分る。 つかさ「こなちゃん、こなちゃんも何か言いいたいことあるんじゃないの?」 私は高校時代のあだ名で言った。今度は意識して言った。こなちゃんは黙ったままだった。 つかさ『喧嘩作戦……もう話していいと思う……こなちゃんもそう思ってるんでしょ、悪戯は種明かししないと終わらないよ……終わらせようよ」 かがみ「喧嘩作戦、何よそれは」 みゆき「悪戯、何でしょうか」 二人はこなちゃんの方を向いた。こなちゃんは目を閉じてしまった。 かがみ「こなた、何勿体振ってるのよ、言いなさいよ」 明るく柔らかな口調だった。お姉ちゃんのその言葉に反応してなちゃんは大きく息を吐いた。諦めて観念したため息のようにも、開放されてほっとしたたようにも見えた。 こなた「つかさ、今まで黙っててくれて……ありがとう、もう秘密にする必要はないね、終わらそう……」 黙ってたんじゃなくて本当は忘れていただけ。それも話さなきゃいけないかな。そういえばこの会合を企画したのはこなちゃんだった。もうそのつもりだったんだね。 こなた「話すよ、高校時代最後の悪戯をね……」 こなちゃんが目を開いた時、目から一粒の涙が出たのを私は見た。 こなちゃんは話し出した。学校の教室、図書室、保健室、校庭、屋上等の風景が脳裏に浮かんでは消えた。そして、あの時の出来事もまるで昨日の事のように思い出された。 この瞬間から『喧嘩作戦』は私の思い出の一ページに加わった。今日は時を忘れて語り合おう。あの日に戻って…… 貸し切った部屋からは私達四人の笑い声が響いていた。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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みき「つかさが病気だって分かっているなら何故あんな嘘を、つかさは薬の影響でまともな考えが出来ない状態なの、たまに意味不明な事を言う、分かってあげて」 かがみ「意味不明だって、違う、つかさの行動は筋が通っている、だから知りたかった、私を避けている本当の理由を、あのまま死なれたら分からないじゃない、 私が原因なら謝りたい、つかさが原因なら謝らせたい、このままじゃ別れられないよ、お母さん、私の気持ちは分からない?」 初めてかがみは自分の本音を口に出した。 みき・いのり「かがみ……」 かがみ「高校時代に書いたって言うつかさの遺書を見つけた、読んだけど私の名前は出てこなかった、私はつかさに何をしたんだろう、少なくとも嫌われるような 事はしていないと思う、それとも私は知らない間につかさを傷つけていたのかしら、それすらも分からないなんて、私、つかさの姉失格ね」 いのり「まだつかさが死ぬって決まったわけじゃないよ、元気になったらきっと話してくれる、それを信じよう」 かがみ「話さないのはつかさの験担ぎって言いたいの?」 いのり「つかさはそうゆうのが好きじゃない、占いとか」 そう考えるのもいいか。かがみはそう思い始めた。 かがみ「もういい、つかさがそれを墓までもって行きたいのなら私はもう何も言わない、今は病気の回復だけを祈るわ」 みきがほっとため息をついた。もうこれ以上かがみとつかさの仲が悪化することはないだろう。 みき「それにしてもお父さん達遅いわね」 もうあれから一時間を越えている。ただおとまつりは帰ってこない。 かがみ「ちょっといくらなんでも遅すぎる、私も探しに行ってくる、私もつかさが行く所に心当たりがあるから」 かがみは出かける支度をした。すると突然玄関の扉が開いた。ただおとまつりだった。 かがみ「おとうさん、まつり姉さん、つかさは?」 かがみ達は駆け寄った。まつりはただおの方を向いた。ただおの背中につかさが居た。ただおがつかさを背負ってきたようだ。 いのり「ちょっと、つかさ大丈夫なの?」 ただお「シー、眠っているだけだ、たぶん薬の影響だと思う、このまま部屋で寝かすよ」 ただおはそのまま二階に上がって行った。かがみ達は居間に戻った。 まつり「つかさは何処に居たと思う?」 かがみ「まさか神社隣の公園……」 まつり「当たり、あんた達が幼少の頃よく遊んだ公園、かがみもよく覚えているでしょ、つかさがあの公園に行ってかがみを思い出さないはずがない」 かがみ「つかさは私を嫌いになっていないって言いたいんでしょ、まつり姉さん、もうその話は終わったわ、私はもうつかさを追及しないことにしたから」 まつり「終わってなんかいない!!かがみは終わっても私は終わっていないんだよ」 まつりは叫んだ。 まつり「あの公園は私もかがみやつかさと遊んだ公園、私は二人がどこかに行かないように見張っててお母さんに言われてた、だけどよく公園を出て何処かに行こうとする 子がいてね、何度も連れ戻しに行ったわよ、それがつかさ、思い出しちゃったじゃない」 みき「そういえばそんな事があったわね、小さい頃はつかさの方が活発に動き回っていた」 いのり「そういえばあの公園でつかさがブランコから落ちた時はビックリしたな、あれだけ派手に落ちたのにかすり傷だけで済んだ、怪我していたらお母さんに怒られるところだった」 ただおが二階から下りて来た。 ただお「あの公園で遊び疲れて眠ったつかさをよく家まで負ぶったものだ、さっきみたいにね」 あの公園は幼い頃のつかさの出来事がたくさんある。つかさも親や姉達の思い出が沢山あったのだろう。 ただお「つかさを見つけたとき、ブランコに乗っていた、こいでいるわけでもなく、ただ座っていた、帰ろうと言っても、もう少し居たいと言うだけだった」 かがみ「幼少の頃はあの公園でつかさと一緒に遊ばなかった、私は飯事的な遊びをしていた、つかさは元気に走り回っていたわ、あの公園でつかさに引っ張られて泣いた覚えがあるわね、 一緒に何かをするようになったのは小学生からよ、あの頃はつかさの方が姉だったかもしれない、何故今はあんなに大人しくなっちゃっただろうね」 そんな昔話をしているうちにみきが泣き始めてしまった。それに釣られるように次々に……。 暫く居間にすすり泣く声が響いていた。 次の日の夕方、かがみは陸桜学園校門の前に居た。もう就業時間は過ぎている。学校の門は閉じていた。ゆたか、みなみ、ひよりは在校生だけあってかがみよりも先に居た。 しばらく待つと聞きなれた車の音が聞こえる。そこにはこなた、みゆき、みさお、あやのが乗っていた。運転席からこなたが降りた。 こなた「やふー、かがみ昨日ぶりだね」 かがみ「車で来るなんて思わなかった、駐車はどうするつもりよ」 こなた「大丈夫、この辺りは駐車違反でお巡りさんは来ないから、ゆい姉さんの極秘情報だよ」 かがみ「成美さんも相変わらずね」 平日、しかも月曜日にも関わらずかがみがメールを送った人は全員来た。かがみは嬉しかった。しかし喜ぶために呼んだのではない。かがみは心の中で気合を入れた。 かがみ「皆、来てくれてありがとう、ゆたかちゃん、熱は大丈夫なの?」 ゆたか「あ、昨日は家に来ていたのに御迷惑をかけました、お姉ちゃんの看病のおかげでもうすっかり元気です」 こなたが辺りをきょろきょろと見回している。 こなた「ところでつかさは? かがみからの誘いだからあえて連絡取らなかったけど」 かがみはつかさを誘った。しかしつかさは無言のまま専門学校に行ってしまった。この時間はもうバスもない。来ないだろう。 かがみ「そのつかさについて話すわ、みんな覚悟を決めて」 かがみは一拍置いてから話した。 かがみ「つかさは病気なの、それもかなりの難病よ」 周りがざわめき始めた。しかしこなたとみゆきは目を閉じてじっと動かなかった。かがみはそのまま今までの経緯を話した。 かがみ「これで私の話は終わりよ」 話が終わるとこなたがかがみに近づいてきた。かなり怒っているようだ。 こなた「今頃そんな話をして、遅い、遅いよかがみ、かがみはつかさの姉でしょ」 こなたはかがみに詰め寄った。 かがみ「それはつかさが黙っていたからよ、私は超能力者じゃないのよ、そこまで分かるはずもない」 こなた「つかさが妊娠しただって、それじゃつかさも怒るはずだよね」 かがみ「だから私は勘違いをしていて……ちょっと待って、遅いって言ったわよね、こなた、あんたつかさの病気を知っていたの?」 かがみはこなたの話し方で気が付いた。 みゆき「私も知っています、かがみさんならもう知っているものだと思いました、この前、駅で話した時にヒントを与えたのですが……あんな反応をされて失望しました」 かがみは慌ててみさおとあやの方を向いた。 みさお「わ、私は始めて聞いたぞ、つかさから少しもそんな感じは受けなかった」 あやの「そうね、私も始めて聞いた、今、ひーちゃんの具合はどうなの?」 続けてゆたか達の方を向いた。 ゆたか「私も知らなかったです、すみません」 みなみ「右に同じです、すみません」 ひより「面目ないっス」 改めてこなたとみゆきの方を向いた。 こなた「つかさはずっと待っていたんだ、かがみが気付くのを、なんで気づいてあげなかったんだよ、つかさが可愛そうだよ」 かがみ「こなた、みゆき、あんた達は何時どうやって知ったの?」 かがみは分からなかった。 こなた「一ヶ月前だよ、みゆきさんも同じ頃だと思う、つかさの行動を見てればすぐに分かる」 たったそれだけで分かるものなのか。かがみは愕然として動かなかった。 こなた「それにつかさに引越しの話をするなんて、かがみはバカだよ」 みゆき「つかささんの病気を知ってもかがみさんはつかささんを怒らせました、しかも故意に、それで何を知ろうというのですか、酷すぎます」 かがみ「そ、それは、つかさがあんな態度しているから、元にもどそうと思ったのよ、」 こんなに怒っているこなた、みゆきを見たのは初めてだった。 かがみ「みゆきがあの時ヒントをくれたのは確かに役にたった、あれがなければ私はつかさと本当の喧嘩をしてしまう所だった」 みゆき「喧嘩をするつもりだったのですか……病人に鞭を打つ行為に等しい、許せません」 かがみ「だ、だ、だから、わ、私は知らなかった」 こなた「知らないじゃないよ、知ろうとしなかったんだ」 かがみの目が潤んできた。必死に弁解をする。 かがみ「違う、う、うう、私だって……双子だからって……つかさの全てを……知らない、だってそうだろ、知らない所があるからこそ個々の人格として認めてるんだ」 みゆき「それは今回の話とは全く関係ありません」 かがみ「私にこれ以上何をさせたいのよ……」 とうとうかがみは座り込んでしまった。それでも執拗にこなたとみゆきはかがみを責めつづけた。目からは涙が出ている。もう言い返せない。 みなみが突然走り出しかがみとこなた達の間に割って入った。 みなみ「泉先輩、高良先輩、無知が罪なら私も責めて下さい、私もつかさ先輩が好きです、尊敬もしています、でも気付きませんでした」 みゆき「みなみ……」 二人は責めるのを止めた。みなみはかがみの方を向きハンカチを渡した。 かがみはハンカチを受け取って目に当てた。とても話せる状態ではない。みなみは二人の前で話した。 みなみ「家族だから、一番親しいからこそ最悪な状況は考えられない」 こなた「つかさは自分からかがみに病気の話なんか出来ない、だからかがみが先に気づくしかないんだよ、かがみはつかさの優しさに甘えてただけなんだ」 みなみ「つかさ先輩も本来は自分で話さなければならない事実をかがみ先輩に話せなかった、つまりつかさ先輩はかがみ先輩の優しさに甘えている」 こなた「みなみちゃんはどっちの見方なんだよ」 みなみ「どちらの見方でもない」 感情的なこなたと冷静なみなみしばらく言い合いが続いた。感情的だったみゆきも次第に冷静さを取り戻した。 みゆき「泉さん、みなみ、もう止めましょう、私達はかがみさんを責める権利などありませんでした」 こなた「みゆきさん、どうして」 みゆき「私はつかささんに病気の話はしないように頼まれていました、泉さんもそうだったのではないですか」 こなたは黙って頷いた。 こなた「かがみには教えてあげたかった、でもつかさとの約束、天秤にはかれないよね、話せばつかさからなんて言われるか分からない、 だから誕生プレゼントを貰ったのを話したんだよ」 みゆき「私達もつかささんに甘えていました、話すなと言われてただ黙っているなんて。教えても良かったのです、いいえ教えるべきでした、それを全て気付かないかがみさんの 責任として押付けた……ごめんなさい」 みゆきは深々とかがみに頭を下げた。こなたはみゆきの話に心を打たれた。謝るしかなさそうだ。 こなた「ごめんなさい」 こなたもかがみに頭を下げた。みなみはかがみのもとを離れゆたか達の近くに戻った。 ゆたか「かがみさんがつかささんの病気に気付いたのは昨日でしたよね、たった一日で私達に教える決意をしたのですね、凄いと思います」 かがみ「私はただ教えたかっただけ、あとはそれぞれが考えてくれればいい」 かがみは立ち上がりづきハンカチを返した。 かがみ「みなみちゃんありがとう、こなたとみゆきにあそこまで対等に言い合うなんて、普段無口なのに凄いわ」 みなみはまた普段のみなみに戻ったようだ、俯いたまま何も言わなかった。 みさお「それぞれが考えればいいって言うけど、私にはそんな重い事実、どうしていいか分からない」 かがみ「そうね、私もどうしていいか分からない、だから皆に話したのかもしれない」 しばらく重い雰囲気が続いた。 ゆたか「つかさ先輩の真意は分からないけど、病気を隠したい、その気持ち私は分かるような気がするよ、病気になると皆の態度が変わっちゃうから、 それが苦痛になっちゃう、それが嫌だったんだよ、だから普段どおり、いつものように接してあげるのが一番かもしれない」 かがみ「確かにそれを望んでいるのは確かのようね、日下部、そして皆、それでいいかしら」 皆は頷いた。 かがみ「ありがとう、それから私は帰ったらつかさに言う、病気の事を、普段のつかさに戻ってもらう」 もう外は日が落ちてすっかり暗くなった。街燈の明かりが灯った。 かがみ「今日はみんなありがとう、もうすぐ最終バスの時間ね、解散しましょう」 かがみの携帯電話が鳴った。皆はかがみに注目した。かがみは携帯電話を手に取った。まつりの名が示されている。かがみは悪い予感がした。 かがみ「もしもし……」 まつり『つかさが……つかさが』 声が震えている。かがみはどんな内容なのか分かった。でも確認しないといけない。 かがみ「姉さんしっかりして、ちゃんと話して!」 まつり『つかさが倒れた、専門学校から連絡があって……どうしようかがみ』 かがみ「病院はどこなの」 まつり『県内の〇〇総合病院……』 かがみ「私は直接病院に向かうからお父さん達にそう言って」 まつり『ばかだよ、なんで学校に行ったんだ』 かがみ「急ぐから一旦切るわよ」 かがみは携帯を切った。 かがみ「昨夜飛び出したせいかもしれない、つかさのやつ無理しやがって」 ふと周りを見るとかがみを囲むように皆が居た。 かがみ「みんな、帰ったんじゃないの?」 こなた「で、病院はどこなの」 かがみ「〇〇総合病院」 こなた「ここから直接行った方が早いね、かがみ送ってあげる、乗って」 こなたはポケットから車のキーを取り出した。 ゆたか「私達も行きたい……」 ゆたか達がこなたに駆け寄った。 こなた「っと言っても五人乗りだし、どうしようか」 みさお「それなら兄貴に頼んで車だしてもらうよ、柊達は先に行ってていいぞ」 みさおは携帯電話を取り出し電話をした。 かがみ「悪いわね、頼むわ」 こなたはかがみ、みゆき、ゆたか、みなみを乗せて先に出発した。 病院に着くとかがみは駆け出した。受付を済ませ病室に向かう。病室の入り口に家族全員が居た。 かがみ「どうしたの、何故病室に入らない?」 かがみの脳裏に不安がよぎった。 ただお「感染してしまう可能性があるから一人しか入れない」 かがみはほっとした。 かがみ「容態はどうなの?」 みき「病気が進行していてもう薬では対処できないって、あとは骨髄移植しかないそうよ、それができなければあと一ヶ月持つかどうか……」 かがみ「誕生日まで間に合わない……そんな」 状況は最悪だった。それでもかがみにはしなければならない事がある。 かがみ「病室、誰も入らないなら私が入っていい?」 いのり「入ってもいいけど、まだ意識が戻っていない」 かがみ「構わない」 病室にはマスクと白衣の着用を義務つけられた。つかさはベッドで静かに寝ていた。安らかな寝顔だった。とても病気とは思えない。周りで看護士が忙しなく動いている。 かがみ「お邪魔します」 言葉をかけたが忙しいのか看護士は無反応だった。しばらくかがみは遠くからつかさの様子を見ていた。 時よりつかさの眉が動いた。ただ立っているだけなんて。 かがみ「すみません、手を、手を握ってもいいですか」 看護士「ぞうぞ」 看護士はかがみを見ず作業をしながら答えた。かがみはつかさに近寄り布団から少しはみ出した右手を両手で握った。しかしつかさは無反応だった。 しばらくすると看護士の作業が終わった。 看護士「邪魔しちゃったわね」 かがみにそう語りかけた。マスクをしているがその目は笑顔だった。看護士はそのまま病室を出て行った。病室にはかがみとつかさ二人きりになった。 つかさの手が少し熱く感じる。薬のせいなのか、病気のせいなのか分からない。かがみはつかさの手を強く握った。 つかさ「お姉ちゃん」 つかさの顔をみるとつかさはかがみの目を見ていた。 かがみ「呼び捨てで呼ばないのか、少し安心したわよ」 つかさは周りを見回した。ここがどこなのか分かったようだ。つかさはかがみを見ようとはしなかった。かがみはつかさの手を強く握った。 かがみ「つかさ、こうなるまで黙っているつもりだったのか」 つかさは何も話さない。 かがみ「昨日、裏庭でつかさといのり姉さんの話を聞いた、それでする気も無い引越しの話をした……それでもつかさは話してくれなかった」 つかさは目を閉じてしまった。 かがみ「話さなければ病気が治るとでも思ったのか、私が心配しなくて済むとでも思ったのか、そんな訳ないだろう、もし、つかさが倒れるまで病気を知らなかったら 一生つかさを恨むところだった、早く帰る切欠をつくってくれたゆたかちゃんに礼をいいなさい」 裏庭でつかさが言った台詞をそのまま返した。つかさの手がかがみの手を強く握り返してきた。つかさはゆっくり目を開いた。 つかさ「お姉ちゃん……私、悪いことしちゃったかな」 かがみ「そうね、そのおかげで私はこなたとみゆきに散々叱られたわよ、何も言い返せなかった、妹の病気を知らない姉なんて……そうでしょ?」 つかさ「……ごめんさない」 つかさの目が潤み始めた。そして泣いた。それは今までのつかさの涙とは違っていた。 ちょっと叱られただけで泣き出すつかさ、すぐに挫けて泣き出すつかさ、しかし倒れるまでかがみに隠し続けてきた。 病気の辛さや苦しさをかがみには一切感じさせなかった。つかさは自分の信念をとおしたのだ。かがみはつかさに一人の大人としての強さを感じた。 もうこれでつかさはかがみに何も隠す理由はなくなったはず。かがみは聞きたかった。今なら聞けるかもしれない。いや、今しかない。 かがみ「私に黙っていた理由を聞かせて欲しい、嫌なら黙ったままでいいわ」 つかさは暫く目を閉じていた。 つかさ「遺書……私、遺書でお姉ちゃんに何も書けなかったから」 かがみ「それだけ、たったそれだけなのか」 つかさ「お姉ちゃんだけなんだよ、何も言葉が浮かばない、卒業してからも考えたけど何も書けないの……お姉ちゃんも言ったでしょ、遺書に何も書いてなかったって」 咄嗟に出た言葉だった。かがみを部屋から追い出した意味がやっと分かった。言うべきではなかった。 かがみ「あれはつかさが隠し事をしているから言ったのよ、本気で言った分けじゃない」 つかさ「でも何も書けなかった、私ってお姉ちゃんを何とも思ってないみたい」 かがみ「本当にそう思ってるのか、書ける、書けないは表現力の問題よ、つかさは文字では表現できない感情を私に持っている、それでいいじゃない」 つかさ「でも生きているうちに書きたかった、でももう時間がないみたいだね」 つかさはかがみが握っている手を引っ張って離してしまった。 かがみ「そうでもないわよ、私が居るじゃない、私の骨髄でも内臓でも心臓でも分けてあげる」 つかさ「こんな私でも助けてくれるの、私はお姉ちゃんに何もしてないよ」 これだけ一緒に過ごしてきてそんな言い方しかできないのか。 かがみ「こなたとみゆき、つかさが居なければ友達にはなれなかった、これでもつかさは私に何もしていないって言うの」 まだまだ言いたいことはだいっぱいあった。それは退院してから言おうとおもった。 つかさは寝返ってかがみに背を向けた。 つかさ「ありがとう……でも心臓だけは要らないよ、お姉ちゃん死んじゃうでしょ」 かがみ「そうだったわね……」 数分間沈黙が続いた。 つかさ「なんか眠くなっちゃった」 つかさはまた寝返りをしてかがみの方を向いた。 かがみ「それなら寝なさい、寝付くまで見ていてあげるから」 つかさ「寝たらもう二度と起きないような気がして……」 かがみ「そんな事はないわよ、安心しなさい」 そう言っている間につかさは眠りについてしまった。かがみはつかさの頭を優しく撫でた。そしてかがみはそっと部屋を出た。 病室を出ると家族とこなた達が居た。皆、目から涙が出ていた。 かがみ「ちょっと、つかさと私の会話聞いていたんじゃないでしょうね」 皆は黙ったままだった。かがみは一回深呼吸をした。 かがみ「……お父さん、先生の所に連れて行って、私の骨髄が使えるかどうか調べて欲しい」 …… …… …… 七月六日 かがみは自分の部屋に居た。あの日からだいぶ落ち着きを取り戻した。忙しかった。いや、それすらも忘れるように時が過ぎたように感じた。 みき「かがみ、つかさの部屋の片付けは終わったの?」 かがみ「まだ、夕方までにはやっておくわよ」 みき「早く済ませなさいね」 みきは忙しそうに一階に下りて行った。正直あまりしたくなかった。ふと時計をみた。時間は午前十時を過ぎていた。時間が中途半端だ、片付けをするのは午後からに決めた。 しかしまだ二時間の時間がある。このままボーとしているのも勿体無い。なにをするか考えた。 大学のレポートはもう既に終わっている。読書をする気分にもなれない。どこかに出かけるにも時間が足りない。まったくもって中途半端な時間だった。 それなら予定を早めて部屋の片付けでもするか。かがみは立ち上がったが直ぐに座った。 明日は二十歳の誕生日。つかさの遺書を思い出した。黒井先生は二十歳になる前に書くように言っていた。 あの遺書は高校時代につかさのクラスメイト全員が書いたと言った。こなたやみゆきも書いたと言っていた。 つかさの異常を見抜いたのは家族以外ではこなたとみゆきだけだった。きっと死を見つめ、考えたから見抜けたのかもしれない。 それならこの時間を使って自分も書いてみようと思った。かがみは引き出しから紙と筆記用具を取り出した。 三十分が過ぎた。 かがみは愕然とした。手紙は真っ白のままだった。何故。かがみは心を落ち着かせて再び書き始めた。 更に三十分が過ぎた 『お父さん、お母さん、いままで育ててくれてありがとう。先立つ親不孝を許してください』 これだけだった。これは酷い。つかさと同じ書き出しだ。これを読まれたらこなたにも笑われるレベルだった。 更に三十分が過ぎた。 頭が真っ白だった。自分が死んだ時、何を伝えたいのか、たったそれだけのはず。難しく考えるな。そう自分に言い聞かせた。 一番書きやすいのは誰かと考えた。つかさが真っ先に浮かんだ。でも今更つかさに…… それでも他の人に書けそうもない。つかさ宛に書くことにした。 つかさは忘れん棒で、おっちょこちょい、失敗ばかりして世話がかかった。ちょっと待て。本当に世話がかかったのか。それは幼少の頃だ。 小中高学校では忘れ物以外は自分で全てやっていた。料理や裁縫の類ならかがみよりはるかに上手だ。つかさならかがみが居なくても充分一人で暮らしていける。 でもその忘れ物が大きな失敗を招く場合もある。その辺りを注意しようか。そんな話より楽しい日々を綴った方がいいか。一番楽しかったのはいつだったか。 まるで湧き水のように浮かんでくる。 気が付くと全く筆が進んでいなかった。もうお昼近い時間だ。何故書けない。レポートや論文ならすぐに書けると言うのに。 その時、つかさの遺書にかがみの項目がなかったのを思い出した。 かがみ「書けないってこれの事だったのか!!」 思わず叫んだ。 好きとか嫌いではない、文字に表現出来なかったわけでもない、思い出や、想いが何重にも頭の中で回って書けなかった。それだけだった。 もっと早く書いていれば気付いたかもしれない。つかさにあんな態度を取らせなくても済んだ。 つかさは書けないからかがみに自分の病気を話さずに隠していた。そう自分で言っていた。病院のベッドで。 もし自分がつかさと同じ病気だったらどうしただろう。つかさと同じようにしただろうか。かがみは考えた。 きっとかがみは真っ先につかさに駆け寄り自分の病気を打ち明けるだろう。そして涙ながらに『死にたくない』と訴える。 つかさがその時何をする。たぶん何も出来ない。それは分かっている。かがみ自身も何も出来なかった。そう変わりはない。 でもつかさは一緒になって泣いてくれただろう。まるで自分の事のように思って。 それなら逆につかさがかがみに病気を打ち明けたらかがみは何をした。励ましの言葉をかける。でもそれが病人にとっては一番の苦痛なのだ。 かがみはそれに気が付かない。そうだった、みゆきに言われるまで気が付かなかった。つかさはただ耐えていた。何も言わずに。 かがみはいつの間にか泣いていた。紙に涙が落ちていく。目が涙でぼやけて焦点が定まらない。書けない。書けるわけがない。 かがみはつかさ宛に遺書を書くのを止めた。 気を落ち着かせて考えた。一言でいい。もっと気楽に。語りかけるように。ふとある人物が頭の中に浮かんだ。 それなら……。 『こなたへ。相変わらずバカやっているのか。私が居なくなってもきっとこなたは変わらないわね。私と会う前ののうに、それでもいい。 自分のポリシーを変えないのは凄いことだと思う。こなたにもう突っ込みはできなくなるけどガンバレ!!』 今度はすんなりと書けた。こなたは親しいが会ってからまだ時間は短い。この調子かがみは遺書を書き続けた。 『つかさへ』 やはりつかさには書けない。それなら正直な気持ちだけ書くことにした。 『つかさへ。いままでありがとう』 たった一言。それがかがみの精一杯の気持ちだった。かがみは書き終えた遺書を封筒に入れた。時間を見るともう午後を越えていた。 (お昼を食べる前に終わらせるかな) かがみは掃除道具を揃えるとつかさの部屋に入った。 つかさの部屋に入るのは追い出された時以来か。つかさの『出て行って』と叫ぶ姿がまるで昨日のように感じた。 つかさが入院してからだれも部屋には入っていない。湿った粉くさい空気が部屋に充満している。 かがみはカーテンを開けて窓を全開にした。初夏の眩しい日差しが部屋一杯に入ってきた。空気は入れ替わり気持ちがいい。 周りをみると。家具や床、照明器具にうっすらと埃が積もっている。一年分溜まった埃。かがみは布団を干し、床を磨き、掃除機をかけて掃除した。 つかさの机を掃除しようとした。机の上に封筒が置いてあった。掃除の手を止め手紙を取ってみるとこの前見た遺書だった。入院前に置いたのだろうか。 封筒の中を取り出した。この前見たのと同じ内容の手紙が入っていた。 (まさかつかさは死を予感していた?) かがみは手紙を封筒に戻そうとした。手が止まった。最後の頁に書き加えられた形跡がある。かがみは最後の頁を見た。 『かがみお姉ちゃん、いままでありがとう』 まったく同じだった。そこにはかがみと同じ一言が書いてあった。紙には涙の落ちた跡もある。つかさも考えた挙句にこの一言にたどり着いた。 かがみ「ふふふ、ははは、」 かがみは大笑いをした。笑いと涙が止まらない。やっぱりかがみとつかさは双子の姉妹だ。かがみはそう強く思った。 まつり「何してるんだ、一人で大笑いして」 まつりが部屋の入り口に立っていた。かがみは封筒をそっと机の中にしまった。 かがみ「なんでもないわよ、ちょっと思い出し笑いよ」 まつり「つかさの部屋……もう一年になるのか、辛かっただろうね」 かがみ「姉さん、もうそれは終わったわよ」 まつり「そうだった、そうそう、明日の事なんだけど、明日は姉さんと電車で行くからかがみはお父さんとお母さんを車でお願いね」 かがみ「分かってるわよ、初めからの予定通り」 まつり「明日は友達も来るんでしょ、きっとつかさも喜ぶと思う」 かがみ「黒井先生も来るってこなたが言っていた」 まつり「黒井先生?……ああ、つかさが三年だった時の担任ね……明日は忙しくなるよ」 まつりは階段を下りて行った。かがみはさっきしまった封筒を元の机の上に置いた。そして自分部屋からかがみ自身が書いた遺書を持ってきてつかさ遺書の隣に置いた。 かがみ「つかさ、あんたは入院した時、『何もしていない』って言った、これだけの人が集まってくれるなんて、もう私は何も言わない、つかさ自身で感じ取りなさい」 明日はつかさの退院の日。つかさが自分の部屋に戻ってかがみの遺書を見たとき何を思い、何を語るのか。 つかさにはかがみと同じ血が流れている。かがみとつかさの血は全く同じ型だった。骨髄移植から一年余りの闘病の末、つかさは完全に病気を克服した。 偶然にも二十歳の誕生日が退院の日と重なった。明日はかがみとつかさ、そして、つかさを慕う者達にとって忘れられない記念日となる。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント この作品はつかさを亡くすつもりだった。 しかし書いていくうちに感情移入してしまい死なせなくなってしまった。 お題として中途半端になってしまったのかもしれない。 -- 作者 (2012-05-06 07 35 59) 良かった! つかさ無事だった! -- 名無しさん (2011-08-08 06 06 16)
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「紅葉を見に行きましょう」 とある秋の日。こなた達四人が、何時ものように昼ご飯を食べていると、唐突にみゆきがそう言った。 「きゅ、急だねゆきちゃん…」 「しかも『行きませんか?』じゃなくて『行きましょう』だ…」 「なんでまた、そんなアグレッシブに…」 なかば呆れたような三人をよそに、みゆきは嬉しそうに先を続ける。 「実は親戚の一人が旅館を経営してまして、そこの紅葉が今が見ごろなんです。毎年お誘いをいただいているのですが、今年は両親の都合がつかなくて行くかどうか迷っていたのですが、代わりに皆さんをお連れしてはどうかと言われまして…いかがでしょう?」 そこまで一気に言い切り、みゆきは三人の顔を見渡した。 「それって、タダなの?」 「はい、もちろんです」 こなたの質問に、みゆきが間髪いれずに答える。続いてかがみがみゆきに向かって手を上げてみせる、 「何時行くの?」 「次の連休に二泊三日の予定です」 「特に予定も無いし、悪くないわね…つかさも何もなかったわよね?」 「うん、わたしは大丈夫だよ」 二人の答えにみゆきは満足気にうなずいて、こなたの方を見た。 「泉さんはいかがでしょう?」 「うん、わたしも予定ないし大丈夫だよ。むしろ好都合かな」 「どうして?」 「その日ね、お父さんが泊まりで出かけるんだ。家で一人だし、掃除とかめんどくさいなーって思ってたんだ」 「ふーん」 「では、みなさんOKと言うことで…ふふ、楽しみですね♪」 みゆきは弾むような声でそう言うと、自分の弁当の残りに取り掛かった。 「ゆきちゃん、ホントに楽しそうだね…」 「…これ、絶対なんかあるよね」 「そうね、同感だわ」 そんなみゆきを眺めながら、こなた達三人も弁当の残りを食べ始めた。 - 残影 - 「着きました。ここですよ」 「わぁ、すごーい」 みゆきが指差した先、そこにある旅館とその後ろに広がる紅葉に、つかさが思わず感嘆の声を上げた。 「これは、確かに凄いとしか言いようがないわね…」 かがみもぽかんと口をあけて、その風景に見入っていた。 「露天風呂からの景色も素晴らしいですし、旅館の敷地内にある散歩道も最高ですよ」 誇らしげにそう言った後、みゆきはこなたが旅館の方を見ながらなにやら複雑な表情をしているのに気がついた。 「泉さん?どうかなさいましたか?」 「え?あ、いや、たいしたことじゃないんだけどね…既視感、だっけ?ここ、なんかどっかで見たことあるなって思って」 「似たような場所に、ご旅行に行かれたとか?」 「うーん…無いと思うんだけどね…まあ、いいや。多分気のせい」 「そうですか。では、中に入りましょうか」 「いらっしゃい、みゆきちゃん。お友達の方も、よくおいでくださいました」 中に入った四人を、品のいい婦人が出迎えた。 「お久しぶりです、叔母さん。今年もお世話になります」 みゆきが深々と頭を下げる。こなた達もそれに習って、頭を下げた。 「ゆきちゃんの叔母さんって事は、ここの女将さんなのかな?」 「みたいね」 「なんか、みゆきさんと物腰がにてるねー」 三人がそんなことを話している中、みゆきは落ち着きなく辺りを見渡していた。 「あ、あの、叔母さん…兄さんは?」 そして、そう女将さんに聞いた。 「あー、あの子ね…なんか急に仕事が入ったって言って、来れなくなったのよ…」 「…え」 「みゆきちゃんが来るって言ってあったんだけど、どうしても外せない仕事だからって…」 「そ、そんな…」 がっくりと肩を落とすみゆき。その様子を見ていたこなた達三人が、ひそひそと話し合う。 「ゆきちゃんにお兄さんっていたっけ?」 「親戚に実の兄のように慕ってる人がいるって、聞いたことはあるわね。多分、その人なんじゃないかな」 「みゆきさんの様子からすると、今回の旅行はその人目当てだったみたいだね…」 肩を落としながら「…そーですよね…そーですよね…」などと呟いているみゆきの肩に、女将さんが手を置いた。 「みゆきちゃん、みなさんを部屋に案内してあげてね。部屋はいつもの所だから。はい、これ鍵」 女将さんはみゆきに無理矢理鍵を握らせると、後ろに回りこんでトンッと背中を押した。すると、押されたそのままの勢いで、みゆきがふらふらと歩き出す。 「それじゃ、ごゆっくり。露天風呂はいつでも入れますから、そちらもどうぞ」 そう言って手を振る女将さんに一礼して、こなた達はみゆきの後を追いかけた。 「なんか、女将さん慣れてない?」 「うん、しょっちゅうあったりするのかな、こういう事…」 ブツブツと何かを呟きながらふらふら歩くみゆきに案内されて、こなた達は『楓』と書かれた部屋にやってきた。 みゆきが慣れた手つきで部屋の鍵を開け、中に入っていく。こなた達もみゆきに続いて中に入った。 「へー、いい部屋じゃない」 かがみが思わず感嘆の声を出した。 「うん、景色もすごくいいよ」 窓の外を見ながら、つかさがそう言った。 「これって普通に泊まったら高いんだろうねー」 「まあ、そうなんだろうけど…いちいち雰囲気壊すな」 達筆で何を書いているのかよく分からない掛け軸を見ながら呟くこなたに、かがみが突っ込みを入れる。 「でもさ、なんかおかしいよね」 しばらく掛け軸を見ていたこなたが、かがみ達の方に向き直ってそう言った。 「なにが?」 「部屋も綺麗だし、景色も良いし、時期的にも今が最高なのにさ、この部屋来るまで他の客に一人も会わなかったじゃん。なんか旅館全体が静かだったし、従業員も少ないんじゃないかな」 「流行ってないってこと?」 「うん。流行ってても全然おかしくないのにね」 「うーん、よくわかんないけど、ゆきちゃんなら何か知ってるんじゃないかな?ゆきちゃんは?」 そう言いながら、つかさは部屋を見渡した。 「そういや、部屋入ってから見てないわね」 かがみもみゆきの姿を探して、部屋を見渡す。 「みゆきさんなら、あそこにいるよ」 こなたが部屋の隅の方を指差す。そこにはみゆきが壁に向かって寝転がっていた。 「…なにやってるんだ、みゆき…」 「…なんか『シクシク』って泣き声が聞こえるんだけど…」 少しばかり引き気味のかがみとつかさを置いて、こなたはみゆきに近づく。 「この分だと、色々聞くのは無理ぽいけど、お風呂の場所は教えてもらわないと困る」 そしてこなたは、寝転んでいるみゆきの肩を掴んで、ゆっさゆっさと揺さぶった。 「みゆきさーん。とりあえずお風呂入りたいからさ、案内してよー」 聞こえているのかいないのか、みゆきは返事もせずに立ち上がると、ふらふらと部屋を出て行った。 「ほらかがみ、つかさ、置いてかれるよ」 こなたがその後を追って部屋を出る。 「ま、待ってよ、こなちゃん、ゆきちゃん」 「ちょ、ちょっと、鍵かけていかないとダメでしょ?」 つかさとかがみも、部屋の鍵を持って慌てて部屋を出た。 「おー、こりゃいいや。絶景かな絶景かな」 「…ちょっと、こなた」 「ん、なに、かがみ?」 「絶景はいいんだけど…前隠せ。全裸で仁王立ちするな」 なかなかの広さを持つ露天風呂。その中央で眼前に広がる紅葉を眺めながら、こなたはタオルを首にかけただけの格好で堂々と立っていた。 「いいじゃん別に。他に誰もいないんだし」 「見てて恥ずかしいのよ…」 「恥ずかしい?わたしの身体に恥ずかしいところなど無い!」 更に大きく胸を張るこなた。それを見たかがみは大きくため息をついた。 「…こなちゃん、生えてないんだね」 いつの間にか、こなたの前にしゃがみ込んでいたつかさが、そう呟いた。 「いやん、どこ見てんのつかさのスケベ…」 思わず身体のあちこちを隠しながら、しゃがみ込むこなた。それを見ていたかがみが再びため息をついた。 「二人してなにやってんのよ…って生えてない?マジで?」 かがみは、しゃがんだままで何やら言い合ってるこなたとつかさに近付こうとして、一生懸命に湯船の中を覗き込もうとしているみゆきに気がついた。 「どうしたのみゆき?…っていうか復活したんだ」 「ええ、何とか持ち直しました…えっと、眼鏡が無いのでよく見えないのですが、お湯の中に何か黒いものが見えるんです」 そう言ってみゆきが指差した先を、かがみも覗き込んでみた。湯気と濁ったお湯でよくは見えないものの、確かに黒いものがお湯の中に見えた。 「ホントだ、何かしらあれ…って、あの形…人じゃないの!?」 「ええっ!?」 「のぼせて倒れたのかしら…みゆき!」 「はい!」 かがみが湯船の中に入り、人影の方に向かう。みゆきもそれについていった。そして、かがみがしゃがんで、沈んでいる人影に手を伸ばした。 「…ぶはぁっ!」 すると、急に人影が立ち上がった。 「ふー、危ない危ない。寝てしまってたよ…」 かがみの後ろにいたみゆきにははっきりと分かった…その人物は男性だ。そして、かがみの顔の位置が、その人物の『男性自身』の真ん前にあるという事を。 「…い…あ…きゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!」 悲鳴と共に放たれた左ストレート。嫌な音。嫌な感触。その男性はうめき声を上げて、再びお湯の中に倒れ伏した。 「な、なに?お姉ちゃん、大丈夫?」 悲鳴を聞きつけたこなたとつかさも湯船の中に入ってきた。 「つかさーっ!」 つかさにかがみが抱きついた。 「…なんか、なんかぶらぶらしてたよー…」 「え、えっと…よく分からないけど、大丈夫だよ。お姉ちゃん…」 こなたが二人の横を通り過ぎて、うつ伏せに浮かんでいる男性に近づいた。 「かがみより、この人が大丈夫かって感じなんだけど…あれ、なんか見たことある後頭部…みゆきさん、ちょっとそっちもって。とりあえず、湯船から出そう」 「はい、わかりました」 こなたとみゆきは二人がかりでその男性を湯船から引きずり出した。 「あ、やっぱりお父さんだ」 仰向けに転がされた男性は、こなたの父そうじろうだった。 「では、泉さんのお父さんが仰られてた泊りがけで出かけると言うのは…」 「うん、ここだったみたいね。偶然とはいえ、出来すぎだなー」 「ホンットーにすいませんでした…」 数分後、意識を取り戻したそうじろうに、かがみが思い切り頭を下げて謝っていた。 「うん、もういいよ…俺も風呂入りながら寝るなんて、不注意だったからね」 「ってーかお父さん。潰れてない?」 そうじろうの横から顔を出しながら、こなたがそう聞いた。 「…もう少し強力なのがきてたら、ヤバかったかもな」 「…ごめんなさい」 「あれ、でもどうしておじさんが入ってたの?ここって女湯じゃ…」 今度は、かがみの横からつかさが顔を出してそう聞いた。 「ん?ああ、知らなかったのかい?ここは混浴だよ」 そう言ってそうじろうは更衣室の方を指差した。つかさがそちらの方を見ると、自分たちが入ってきたドアの隣に「男」と書かれたドアがあった。 「ホントだ…全然知らなかったよ」 「ってーか聞けなかったよね。みゆきさんがああだったし」 「それは…すいませんでした」 今度はみゆきが頭を下げる。それを見ていたこなたがぶるっと身体を震わせた。 「なんか冷えてきたね。お湯に入らない?」 「そうだね。わたし達、お湯に全然浸かって無かったよ」 こなたの提案につかさが同意し、かがみとみゆきも頷いていた。 「…ホント、いい景色だね」 「だろ?あんまりいい景色なんで、思わず寝ちまったからなあ」 「ところで…なんで、かがみ達はそんなに離れてるの?」 隣り合わせで湯に浸かって、話をしているこなたとそうじろう。そこから出来るだけ離れた位置に、かがみ達三人は浸かっていた。 「いや、普通離れるでしょ…男の人がいるってのに」 「そう?わたしは平気だけど」 「こなちゃん達は親子だから…えーっと…でも、普通一緒に入ったりしないよね…」 「あの…気になったのですが、泉さんはいつ頃までお父さんと一緒にお風呂に入られてたのですか?」 「なんか、中学くらいまで入ってそうだな…」 「んー…お父さん、最後に一緒に入ったのっていつだっけ?」 「二週間前くらいだったかな?」 「うそぉっ!?」 「現役でかよ!?ってかそれマジで!?ギャグじゃなくて!?」 「うん。別に、やましいことはしてないから大丈夫だよ」 「いや、してたら洒落にならんて…」 「なんだか、予想外でしたね…」 「ここまで規格外な親子だったとは…」 「そんなに変かなあ…あ、そうだ」 色々と疲れたのか、ぐったりしているかがみ達を見ていたこなたが、ふと何か思いついてそうじろうの方を見た。 「お父さん、ちょっと聞きたいんだけど」 「ん?何だ?」 「わたし、ここに来たことある?小さい時とかに」 旅館に着いた時に感じた既視感。こなたはそれが気になっていた。 「いや、無いはずだぞ。ここにはお前が生まれてから一度も来てないからな」 「ふーん、そっか…なんで来なくなったの?」 「お前を産んですぐに、かなたの体調が悪くなったからな…」 そうじろうは紅葉の方を見た。つられてこなたも同じ方を見た。 「この景色はかなたのお気に入りだったんだ。かなたが来れないのなら、ここに来る理由が無いと思って、ずっと来てなかったんだ」 「…ふーん」 こなたはもう一度そうじろうの方を見た。そこにある過去を懐かしむ、あまり見せない父の顔。 「じゃあ、どうして今年は来たの?」 「最後に、この景色をもう一度見てみたいと思ってな」 「…最後?」 「ああ、この旅館。今年一杯で閉めてしまうらしいんだ」 「ええっ!?」 驚きの声は、かがみ達がいるほうから聞こえた。みゆきが立ち上がり、こなた達の方を見ていた。 「そ、それ本当ですか?わたし、何も聞いていないのですが…」 そのままこなた達の方へと来て、そうじろうに詰め寄った。 「あ、ああ…間違いないよ…えーっと」 そうじろうは困った顔で、こなたの方を見た。 「うん、ここの女将さん、みゆきさんの親戚なんだって」 「あー、なるほど…えーっと…」 「みゆきさん、見えてるから。上から下まで全部」 「…へ?」 みゆきは思わず自分の姿を確認した。当然のことながら真っ裸。目の前にはそうじろう。みゆきの顔が見る見る真っ赤に染まっていった。 「ひあぁぁぁぁっ!?」 みゆきは胸の辺りを両手で隠して、お湯の中に座り込んだ。 「…す、すいません…なんだかその…すいません…」 「いや、謝るようなことじゃないような…っていうか見てないから、うん」 「そ、そうですか…」 「むしろ感謝するよ。いいもの見させていただきました」 こなたが手を合わせて、みゆきにお辞儀した。それに習って、そうじろうもお辞儀をする。 「見させていただきました」 「見てるじゃないですか~」 「やめんか、セクハラ親子!」 たまらずに、かがみの突っ込みが飛んできた。みゆきは気を取り直すために、咳払いを一つして、改めてそうじろうに聞いた。 「そ、それで、あの…旅館を閉める理由とか聞かれてますか?」 「え、ああ。ほら、ここってそれなりに高い宿泊費だろ?それで、客足が少なくなってるところに、近くに安い旅館が出来たんだ。半分道楽でやってるとはいえ、潮時だろうなって言ってたよ…」 「そうですか…仕方がないとは言え、寂しいですね…毎年来てましたから、思い入れはあったんです」 みゆきは少し顔を上げて、複雑な表情で紅葉を眺めた。 「ねえ、お父さん。お父さんも、お母さんが生きてた頃は毎年来てたの?」 そのみゆきを見ながら、こなたはそうじろうにそう聞いた。 「ああ、小説が売れ始めて、少し余裕が出来てからは、毎年来てたな…ここに来ると、かなたはホントに嬉しそうな顔をしてくれたからなあ」 「ふーん…そっか…」 こなたは顔の下半分を湯に沈めて、ブクブクと何かを呟いた。 「ん?何かいったか、こなた?」 そう聞いてきたそうじろうに、こなたは何でもないと言うように黙って首を横に振った。 その日の真夜中。つかさは不意に目が覚めて、上半身を起こした。 「…ん…今何時だろ…」 夜中に目を覚ますなど何時以来だろうか。つかさは時間を確認しようと時計を探して、窓の方にこなたが座ってるのを見つけた。 「こなちゃん?」 つかさは布団を抜け出して、こなたの方に向かった。こなたもつかさに気がつき、窓の外を見ていた顔をつかさの方に向けた。 「こなちゃんも目が覚めちゃったんだ」 「…うん」 つかさはこなたの横に座り、窓の外を見た。こなたも、つかさにつられて再び窓の外へと視線を向けた。月明かりに照らされた紅葉は、昼間とは違った美しさを見せていた。 「綺麗だね、こなちゃん」 「…うん…そうだね」 こなたの元気のない返事に、つかさは不安になってこなたの顔を見た。 「こなちゃん、どうかしたの?」 「ん…うん、まあ…ねえ、つかさ」 こなたもつかさの方を向く。 「お父さんはね、なんでわたしをここに連れてこなかったんだろうね」 「…え?」 「お母さんとの思い出の場所、わたしを連れてきたくなかったのかな…」 「そ、それは…」 「今年でこの旅館閉めるってのに、一人で来ようとしてたしね」 「………」 「お父さんが、ちょっとだけ分からなくなったよ…」 つかさが顔を俯かせる。それを見たこなたは、ばつの悪そうな顔をした。 「…ごめん。変なこと言っちゃったね」 つかさから顔を逸らし、こなたはまた窓の外を見た。 「…おじさんは、見せたくなかったんじゃないかな」 俯いたまま、つかさがそう言った。 「…なにを?」 窓の外を見たまま、こなたが聞いた。 「思い出の場所なんだからさ、色々思い出しちゃって、寂しくなると思うんだ…こなたちゃんに、そういうところ見せたくなかったんじゃないかな」 つかさが顔を上げた。 「…そうかな」 こなたは、窓の外見たままだった。 「きっとそうだよ」 「そうだったら…お父さん、バカだよね。そんなこと、わたしは気にしないのに」 「おじさんの方が気にするんじゃないかな。かっこ悪いとか、そんなんで」 「…バカだね。ホントに」 そのまま、しばらく二人で景色を見ていると、つかさが大きな欠伸をした。 「こなちゃん、わたし寝るね…」 「…つかさ、ありがとう」 「…うん…おやすみ、こなちゃん」 「おやすみ…」 つかさが布団に入った後も、こなたは景色を見続けていた。 「よーし、次はあっちだ」 「ちょ、ちょっと待ってよお父さん」 翌日の朝。こなた達四人はそうじろうに連れられて、旅館の散歩道を歩いていた。 「…ホント、仲の良い親子ね」 先頭に立って、右手でカメラを構え、左手でこなたの手を引いているそうじろうを見ながら、かがみが呆れたようにそう言った。 「そうですね…つかささん?」 かがみに相槌を打ったみゆきは、つかさが少し遅れているのに気がついた。 「気分でも悪いのですか?」 「え?ううん、大丈夫。昨日夜中に目が覚めちゃって、ちょっと眠たいだけだから」 つかさは少し距離の離れたこなたとそうじろうを見ながら、昨晩の会話を思い出していた。 少しばかり抱いた不安や疑念。それでも、こなたはいつも通りに父親と接している。 「…こういうときって、こなちゃんが凄いなって思えるよ」 つかさはこなた達から目をそらして、周りの景色を見た。少しばかりそうして歩いていると、前を歩いているかがみの背中にぶつかった。 「な、なに?お姉ちゃん。立ち止まって…」 「あ、あれ…あれ見て…」 かがみが少し震える手で、前にいるこなた達を指差した。 「え…」 つかさはそれを見て、固まってしまう。隣にいたみゆきも、同じ方を見て絶句していた。 嬉しそうにカメラを構え、紅葉の中を歩くそうじろう。そのそうじろうに手を引かれ、「しょうがないなー」といった表情で付いていくこなた。そのすぐ後ろに、二人を優しく見守る人影があった。淡い光に包まれたその人は、かがみ達が見ているのに気がつくと、左手の人差し指を口に当て、ゆっくりと消えていった。 「…今の見た?」 「う、うん…あれって…」 「泉さんの…お母さん…ですよね?」 三人が思わず顔を見合わせる。お互い何もいえないまま、しばらくの間固まっていた。 「おーい、どしたの?三人で固まってさ」 三人が付いて来てないのに気がついたこなたが、近づいて声をかけた。 「あ、こなた…えっとさ…」 「ん?なに?」 「あー…いや、なんでもない…」 「んー…まあ、いいけど。それよりさ、お父さんが集合写真撮ってくれるって。こっちだよ」 そう言ってパタパタとこなたは走り出した。かがみ達三人も、こなたを追って走り出す。 紅葉を撫でる風の中、一際優しい風がこなた達を追って流れて行った。 ‐ 終 ‐
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sideゆたか ジリリリリリリリリリリリリ! 「う…ん…ふあぁ、もう朝か…」 何だか少し眠り足らない気分で私は目覚めた。 「もう朝よー、起きなさーい!」 下でどこかで聞いたような女性の声が聞こえた。私は急いでベットから飛び起き、そして自分の部屋に立った…? 「あれ?」 ふと私に妙な違和感が襲い掛かった。私の部屋じゃないような… そこが私の部屋じゃなくて、私の親友みなみちゃんの部屋だと気づいて、私は驚いた。 確かに昨日はみなみちゃんとここで遊んだけど、私は家に帰ったのに… 「…私何でみなみちゃんの部屋に…?あれ?」 私はそこでもう1つの違和感に気づいた。 「何だかいつもより目線が高いような…」 いつもなら私が見上げなければ見えないものが、今では私と同じ高さだった。身長が伸びたのかなぁ…。 とりあえず私は部屋を出てリビングにむかってみることにした。 「おはよう」 リビングにはみなみちゃんのお母さんがいた。 「あ、おはようございます」 私は笑顔でそう返した。…あれ?みなみちゃんのお母さんが少しびっくりしたような顔つきになってるんだけど…。 私何か変なこと言っちゃったかな… 「どうしたの、みなみ?口調が変よ」 え?みなみ?私はゆたかなんですけど…と言おうとたが、嫌な感じがしたのでやめておいた。私は顔を洗いに洗面所へむかい、そこで鏡を見た。 「え…あれ…私が…み、みなみちゃんになってる!!!」 私は驚きのあまり大きな声を出していた。 sideみなみ 「…あれ?ここはゆたかの部屋…どうして…?」 私の朝一番はこの奇妙な言葉から始まることになった。とりあえずベットから起き上がり周りを確認してみる。 …やっぱりゆたかの部屋だ…。私、昨日は自分の部屋で寝たはずなのに。 「ゆーちゃーん!ご飯できてるよー!」 下から泉先輩の声が聞こえた。…ゆーちゃん? 私は部屋を出て辺りを見回したがゆたかの姿はなかった。それにしてもゆたかの部屋のドアノブってあんなに高かったっけ? 私は泉先輩の声がする方へと足を進め、リビングについた。そこには泉先輩の父親であるそうじろうさんがいた。 …なにがおかしくてそんなにニヤニヤしてるんだろう…? 「ゆーちゃんが寝坊なんて珍しいね~」 泉先輩が話しかけてきた。…え?ゆーちゃん?私はみなみなんですけど………もしかして! 「え?ちょっとゆーちゃんどうしたの!?」 「トイレなんじゃなのか?」 「お父さん無神経すぎだよ」 そんな泉家二人の会話が聞こえた。 私は急いで洗面所に向かい、自分の姿を鏡で見てみた。 「……え?私がゆたかに、ゆたかになってる…」 私は茫然自失になった。 結局その後、私はリビングに戻らず部屋でゆたかの携帯から自分の携帯に電話をかけてみることにした。 …まさか自分の携帯に電話することになるとは… ゆたかの電話帳から自分の名前を探して電話した。それにしても自分電話番号って案外覚えていないものだ。 電話を耳に近づけて、少し待ってみる。すると 「ただいま、電話に出ることができません」 今の私にとってはまさに非常な通告が私の耳を貫いた。 「ゆーちゃ-ん!大丈夫!?」 リビングから泉先輩の声が聞こえた。とりあえず怪しまれない為にも私はリビングへと足を運んだ。 sideゆたか 「う~、どうしよう、やっぱり誰も出ないや」 私がみなみちゃんの家の洗面所で大声を上げた後、みなみちゃんのお母さんが心配して来てくれた。 私はなんとかごまかして、今みなみちゃんの部屋でみなみちゃんの携帯から私の携帯に電話してみたけど 「電話に出ることができません」と返ってきた。 「…どうしよう、みなみちゃん大丈夫かな」 私は今私が使っている体の本来の持ち主であるみなみちゃんのことを思い浮かべた。みなみちゃん今頃どうしてるんだろう…。 …もしかしたら私の体の中にいるのかも…。ううん、そうに違いないよ。 「みなみー、もう出ないと遅刻するわよー」 部屋の外からみなみちゃんのお母さんが呼んでいる。…今はとにかく学校に行こう、そうすればみなみちゃんにも会えるかもしれない。 そう考えた私は急いで制服に着替えて家を飛び出した。 …あ、朝ごはん忘れてた… sideみなみ 私はとにかく学校に行ってみることにした。どうして私がゆたかの体になっているのかはわからなかったが、 学校に行けばゆたかに会えるかもしれない。そこで相談してみようと思ったからだ。 私は急いで制服に着替えて、失礼だけどかばんの中身を確認し今日の時間割どおりに教科書を入れようとしたが、 やっぱりゆたかは前日に用意を済ませていた。それにしてもゆたかの制服って体の大きさから考えて少し大きいような…。 私はかばんを持って部屋を出て玄関で靴を履き替えようとした。 「ゆーちゃん、一緒に学校行くからちょっと待って」 泉先輩が私を呼び止めた。正直こんな状態であまり人と接したくない。 「すみません、私今日は学校に用事があるので先に行きます…あ…」 気づいたときにはもう遅い。泉先輩はまたしても心配そうに私に近づいてきた。…目線が一緒だ…。 「ゆーちゃん、今日は何か変だよ、どうかしたの?」 そう言いながら泉先輩は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。…何だか恥ずかしい。 それにしてもこういう風に熱を測られるのは久しぶりだった。昔はよくお母さんやみゆきさんにやってもらったりしていたが、 今ではそんなことはしていない。さすがに恥ずかしい…。 「ん~、熱はないみたいだね」 私のおでこから泉先輩のおでこが離れた。何だか寂しい…。 私は赤くなっているであろう顔を先輩から少し背けて、ゆたかの口調で、 「だ、大丈夫だよ、いず…お姉ちゃん…」 危ない危ない、一瞬泉先輩って言いかけてしまった。あ…また泉先輩が何か言いかけてる。 私はいってきますと言って急いで家を飛び出した。すると後ろから 「ゆーちゃん、自転車乗らなきゃ!」 私は一旦家に戻って先輩から鍵を渡してもらった。 sideゆたか 「まだかな…」 私が学校に着いたのは予鈴の35分前だった。 学校に着いた私はとりあえず正門で自分の体を待ってみることにした。 すると「ヴヴヴヴヴヴヴヴ」 と携帯のバイブ音が聞こえた。とっさに私は自分の…じゃなかった、えっとみなみちゃんの携帯を手にとって液晶に表示された名前を見てすぐに電話に出た。 「もしもし」 電話の向こうからは私の声が聞こえた。 「もしもし」 私は驚いたが一応私も返事をしてみた。…少しの沈黙、そして… 「あなたはだれなんですか?」「あなたはだれなんですか?」 一字一句同じ言葉を同時に話してしまいまた沈黙。 今度は私が 「えっと、あなたは誰なんですか?私は小早川ゆたかですけど」 私は自分の声に向かって聞いてみた。すると… 「ゆたか!よかった、大丈夫!?」 「やっぱり、みなみちゃんだね。よかった」 私は心底安心した。みなみちゃん無事だったんだ。…無事…? 「ねえ、みなみちゃん、もしかして今私の体の中にいるの?」 私は恐る恐る聞いてみた。返答は予想通り 「…うん」 やっぱり…。 「朝起きたらゆたかの家にいて、鏡を見たらゆたかになってた」 「私と一緒だよ。私も今みなみちゃんだもん」 それにしてもなんでこんなことになったんだろう。 「私もわからない。とにかくこのことはあまり人に知られない方が…あ…すみません…ブチッ、ツ-ツーツー」 唐突に電話が切れた。私は携帯電話の電池を確かめたが、電池は満タンで電波は三本だった。 「みなみちゃんどうしたんだろう」 私は正門の前で私の姿をしたみなみちゃんが来るのを待つことにした。 sideみなみ 「すみません」 …びっくりした、やっぱり電車の中で電話はまずかったみたい。 私の声のゆたかと話しているといきなり横から車掌さんが来て注意された。初めてだったのでかなり驚いてあたふたしてしまった。 …とりあえず学校に行こう、話はそれから…。 電車は私の降りる駅にもうすぐ着くころあいだった。 sideゆたか 「あ…えっと、おはようみなみちゃん…」 「お、おはようゆたか」 校門前で私達はようやく会うことができた。それにしても自分に挨拶するって何だか変な気分。でもお姉ちゃんならこういうの喜びそう。 私は正門にある時計を確認した。予鈴まではあと25分、まだまだ時間はある。 私達は学校内のできるだけ人気のない所に移動して話をすることにした。 sideみなみ 私はゆたかの提案に乗って学校の人気のないところを探し、なんというかよくある感じだけど体育館の裏に向かうことにした。 しかしゆたかの少し早いスピードに私の体はいとも簡単に悲鳴を上げた。 「うっ……」 急に吐き気がこみ上げてきた。そういえば今の私はゆたかなんだ。 「み、みなみちゃん大丈夫?」 ゆたかが心配して私の顔を覗き込んできた。自分の顔に覗き込まれるなんて…。 「だ、大丈夫…だよ、ゆたか…」 私は何とか元気なふりをしたがゆたかは「そんなことないとい」言って私を抱えた。お姫様抱っこされるなんておもわなかった。 しかもゆたかに…。私は気分が悪いのも忘れて回りを見たが幸い人はいなかった。それでもかなり恥ずかしい。 「ゆ、ゆたか」 「遠慮しなくていいよ、みなみちゃん。いつもみなみちゃんには助けてもらってるしこれぐらいしないとね」 「あ…う…」 ゆたかが私にほほえみながらそう言った。私ってあんなにきれいに笑えるんだ。ゆたかってやっぱりすごいな。 「ここぐらいでいいかな?」 「…いいと思う」 色々考えている内に私達は体育館裏に来た。ゆたかはそこで私を下ろした。何だかほっとしたようながっかりしたような…。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …正直なんて答えたらいいかわからない。とりあえず 「あまり人に気づかれないようにしないといけないと思う」 と答えておいた。 「どうしてこうなっちゃったんだろう?」 確かにそれが一番の謎である。予想さえすることもできない。こればっかりは博識なみゆきさんでもわからないだろう。 ふとゆたかを見ると少し心配そうな顔をしている。…どうしてゆたかだと私の顔であんなに表情が出せるのだろう? 「とにかく私はゆたかとして、ゆたかは私として今日をやり過ごすしかない」 と、私は提案した。ゆたかもこれには納得したが依然として懸案事項は残ったままの状態にある。 ふと携帯で時計を見ると予鈴の3分前だった。私達は急いで教室へと向かったが、 いつも通りにロッカーを開けて上履きを履いたためにゆたかは私の体で自分の小さな上履きを履こうし、 私はゆたかの体で自分の大きな靴を履こうとしてしまった。 要するに私達は体が入れ替わったことを忘れていつも通りに上履きを履き替えてしまった。 そのため二人であたふたし、結局私達は遅刻した。 こうして私達の奇妙な一日は始まった。 一時間目 数学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) どうしよう、まさか私とみなみちゃんの体が入れ替わっちゃうなんて…。 何だか授業にも集中できないけど、ノートはしっかり書かないとね。 ふと私はみなみちゃんの方を見た。みなみちゃんは先生の話を熱心に聞いているように見えた。私も頑張らないと! と思ったときいきなり先生が 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を××、三問目を岩崎。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 と言った。って、え~~~~~~~~~!私先生の話全然聞いてなかったよ~、どうしよう…。 と、とにかくこの練習問題の上の例題の解き方を参考にして考えてみよう。 …たぶんこんな感じかな。よし書きに行こうっと。 私は黒板に自分の解法と答えを書いて席に座った。あ~ドキドキした~… ん~、でも黒板に書かれた一問目と二問目の解答を見てるとなんだか違和感が…。 私が座ったのを見計らい先生が一問目から順番に赤いチョークで添削していってる。 一問目と二問目は丸みたい、三問目は…うわ~なんだかまたドキドキしてきた~。 そして三問目…って先生なんで何も書かずに私が黒板に書いた私の解法とにらめっこしてるんですか? ……あ、私違う練習問題やっちゃった…。さっきの違和感はこれだったんだ。 その後私は先生に少し怒られて、クラスメートに笑われた。 ごめんね、みなみちゃん…。 sideみなみ(inゆたか) それにしてもどうしてこんなことになったんだろう。 前では先生が熱心に説明をしてるけど私には届かない。私はひたすらぼうっと前を見ていた。 ふと気になってゆたかを見てみた。 なんだか奇妙な気分がする。私はここにいるのに私の体はそこで一緒に授業を受けてるなんて。 それにしてもゆたかはすごいな。ずっと前を向いて熱心に授業を聞いてる。私も見習わないと。 すると先生が練習問題を解く人を当てていった。岩崎と呼ばれたとき驚いて、体がビクッとした。危ない危ない今は私はゆたかなんだ。 変なことをしてゆたかに迷惑はかけられない。しっかりしないと。とにかく私も練習問題解かないと。 …どの練習問題かわからない… ゆたかは黒板にすごく可愛らしい丁寧な字で解答を書いて席に戻った。 …あれ?なんだか他の二問と少し違うような… 先生が問題に赤いチョークで添削を行っている。ゆたかの問題までは全て丸だった。 そしてゆたかの書いた問題にさしかかったとき先生はチョークを止めた。 「…岩崎、お前どこの問題をやったんだ?」 「え、えっと86ページの練習問題12の(3)の問題です…」 「やるのは練習問題11だ。話をしっかりと聞かないからこうなるんだ」 「す、すいません」 私の周りのクラスメートがクスクスと笑っているのが聞こえた。周りから見れば私が間違えた様に見えているだろう。 ゆたかは耳まで真っ赤にしてうつむいている。 ゆたか、大丈夫かな… sideひより い、岩崎さんが解く問題を間違えるとは驚きっスね。少し疲れてるのかな…? でも珍しいものが見れたし、ま、いっか。 それにしても岩崎さん耳まで真っ赤にしてる。何だか小早川さんみたい。 で、その小早川さんは心配そうに岩崎さんを見つめてる。何だか今日はふたりの立ち位置が逆な気がするような… その数分後、私達の鼓膜を予鈴という福音が振るわせた。 あー、やっと休み時間キターーーーーーー。 一時間目から数学って息が詰まっちゃうよ。 あ、そうだ岩崎さんにさっきはどうしたのか聞いてみよっと。 「岩崎さん、さっきはどうしたの岩崎さんらしくないミスっスね」 って岩崎さん無視することないよね。聞こえてないのかな。 「何?田村さん?」 「いや、小早川さんじゃなくて私が呼んだのは岩崎さんなんだけど」 「あっ!」 何だか今日は変な日だなぁ… 二時間目 化学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) う~~、まさかこんな時に解く問題を間違うなんて…。 休み時間に田村さんにばれないようにみなみちゃんに謝っておいたけど許してくれたかな。「別にいい、大丈夫」って言ってたけど…。 それにもしかしたら田村さんに怪しまれてしまったのかもしれないよ…。 とにかく今度からはしっかりしないと! 幸いにも今回の授業は当てられることもなく平和に過ぎていった。助かった~…。 sideみなみ(inゆたか) ゆたか、大丈夫かな。それにしてもなんだか物凄く熱心に授業を聞いてる。さっきのことなら気にしなくてもいいのに。 私だって違う問題をやってたんだから。 …あ、黒板を写し前に消された…。 自分のノートだと気にならないけどこのノートはゆたかのなんだからしっかりと書かないといけないのに…。 どうしよう、後で誰かに見せてもらわないと。 私は周りを見渡した、田村さんはなんだか過ぎ勢いでノートに何か書いてる。板書してるのだろうか、それとも絵を書いてるのか。 次にパトリシアさんを見た。パトリシアさんは結構熱心に授業を受けている。パトリシアさんに見せてもらおう。 ……でも何だか板書できなかったことゆたかに隠すみたいでなんだか嫌。ここは正直にゆたかに見せてもらおう。 sideパティ やっとニジカンメがオわりました。ニポンゴわかってもカガクはつらいでス!エイゴでもわからないことだらけでしょうネ…。 あ、ユタカがミナミとハナしていまス。ナニしてるのかな?ちょっとミにイってみましょう。 「ゆたか…じゃなくて、みなみちゃん…?」 「な、なにかなみ…じゃなくてゆたか…?」 ナンだかフタリともぎくしゃくしていまス。 「さっきの授業でノートにうつしきれなかったところがあって、ゆ…みなみちゃんのノート見てもいい?」 「う、うん…はいこれ」 「あ、ありがとう、ごめん」 「いいよ」 …やっぱりヘンでス。キョウのミナミはヒョウジョウがユタカのようにユタかでス。 でもキョウのユタカはミナミのようにアマりヒョウジョウがデてません。まるでフタリのココロがイれカワってしまったようでス。 …ていうかフタリともヨコにワタシがいることにキづいてますカ? 三時間目 英語 sideゆたか(inみなみ) …う~ん、やっぱりこの状況にはなれないなぁ。 さっきだって呼び方間違いそうになっちゃったし…。 でも朝よりかは大分なれてきたかな。 …よく考えたら慣れることも大事だけど戻る方法を探すことのほうが大事なのかもしれない、…じゃなくて大事だね。 本当にどうしたらいいんだろう…?そもそもどうしてこうなったんだろう?前日の晩ははいつも通りに布団に眠ったけど…。 …寝相…かな…? やっぱり思い当たる物がないなぁ。 あ、もしかしたら昨日じゃなくてもっと過去のことに原因があったのかもしれない。 確か一昨日は…そういえば、学校で体育の時間に久しぶりに参加していつもよりかなり気分が悪くなっちゃって病院に行ったっけ。 あの時は本当に皆に迷惑をかけたなぁ。う~ん、でもこのこととはあまり関係なさそう。…はぁ…。 私は小さくため息を吐いた。 …とにかく授業に集中しようっと。 sideみなみ(inゆたか) …この状況にはどうにも慣れることができない。さっきもついつい呼び方を間違えたし…。 今日はゆたかに迷惑ばかりかけてしまっているし、しっかりしないと! …そういえばどうしてこんな不可解な事がおこったのだろうか…。 特に前日の行動にいつもと違うことはなかった。ゆたかと一緒に私の家でおしゃべりしたり、一緒にチェリーの散歩に行ったぐらい。 これらのことをしてもこんな事になるとは到底思えない。 …じゃあその前の日は……確かゆたかが体育のときに倒れちゃってとてもひどい状態だったから病院に運ばれたっけ…。 あの時はすごく心配したな。学校を早退してゆたかのお見舞いに行ったっけ…。幸い医者とその時一対一で話して、 心配要らないって言われてすごく安心したのを今でもよく覚えている。でも顔はこわばったままだったと思うけど…。 確かその後に泉先輩が病室に大きな音をたてて入ってきた。でもさすがにこれらのことは関係性がなさそう。 …一体何が原因でこんなことに…、とにかくその理由を特定できれば解決法もおのずとわかる可能性が高い。 次は少し長い休憩時間だし、その時に二人でまた人気のないところで話すことにしよう。 休憩時間(20分.ver) sideこなた ふわ~、よく寝た~。ほんとこの時間帯の授業って眠たくなるよね~、ってこの前かがみに言ったら 「あんたの場合は年中無休でそうじゃない」 と言って頭をピシャリと叩かれたっけ。 「こなちゃん、お弁当一緒に食べようよ」 「私もご一緒させて下さい」 いつも通りにつかさとみゆきさんがお弁当を持って私の席まで来てくれた。もうちょっと待てばかがみも来るだろう。 「うん、食べよっか」 とりあえず私は二人と近くの席を寄せ集めた。 そうしてるとかがみがお弁当を持ってやって来た。私達は今日も四人でお弁当を食べる……はずだった。 「ねえ、そういえば今日学校の玄関のところでゆたかちゃんとみなみちゃんが二人して急いで校舎の中に走っていったけどさ、 しかも予鈴がなった後なんだけど。二人にしては珍しいよね?」 え?ゆーちゃんは私よりも随分早く家を出たけど。…なんだか様子は変だったけど。 それって人違いじゃない? 「そんなことないわよ、確かにゆたかちゃんとみなみちゃんだったわよ。顔もちゃんと見たんだから間違いないわ」 …どういうことだろう。私より早く出て遅刻?私だって今日は遅刻寸前だったのに。 「みなみさんが遅刻するとは珍しいですね、今までそのようなことは一度もなかったと思いますよ」 みゆきさんも不思議に思っているようだ。 確かに真面目なあの二人ならそんなことはまずないと言ってもいい…あ! 私は今日の朝に見たゆーちゃんの妙な様子を思い出しゆーちゃんのクラスに行くことにした。 どうしたんだろう、ゆーちゃん。学校に着くまでに気分が悪くなったのかな。少し心配だ。 かがみ達には適当に言っておいて、私は教室を出た。 …あ!お弁当忘れるところだった…。 sideゆたか(inみなみ) 三時間目が終わって、20分の休憩時間が始まった。 とにかく今はみなみちゃんとお話したいな。色々考えたけどこのままみんなに隠しとおせる自信がない。 もういっそみんなに話してしまったほうがいいのかもしれない。 私はゆっくりと席を立ってみなみちゃんのいる元私の席へと足を進めた。 sideひより さーて、いつも通りに岩崎さん達と一緒にお弁当食べようかな。 岩崎さんの方へお弁当を持って行った。岩崎さんの席には小早川さんがいた。二人で何か話しているみたい。 「岩崎さん、小早川さん、お弁当食べよう」 私は二人に言ったが 「…ごめん、今日はちょっと用事がある」 「ごめんね、田村さん」 そうっスか。ん?やっぱり二人の言動がおかしい気がする。なんだか二人が入れ替わってる感じなんだけど…。 あ、二人とも「ヤバッ!」見たいな顔してるし。本当に変だなぁ。 「イッショにおヒルタべませんカ?」 パティがお弁当を持ってきた。私はパティに二人は用事があるから今日は無理って言ってたって言った。 その後小早川さんと岩崎さんは二人でお弁当もってどこかに行っちゃった。 とりあえず私達は二人でお弁当を食べることにした。 sideパティ キョウのランチはヒヨリとフタリでタべることになりましタ。 いつもならユタカにミナミもイッショにタべるけどキョウはいません。ヨウジがあるらしいでス。 「一体どうしたのかな、二人とも」 「ウ~ム、もしかしたらフタリともできてしまったのかもしれませんネ」 とりあえずジョウダンでカエしましたがタシかにキになりまス。 キノウとかにこんなコウドウをフタリがミせてもベツにおかしいとはオモいませんが、 キョウはフタリともヨウスがヘンでしたからミョウにキになりまス。と、そこに 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 OH!コナタがトツゼンやってきましタ。どうしたのでしょうカ? sideみゆき いつもなら四人で囲んで食べる昼食ですが今日は三人で食べています。 なぜか泉さんがゆたかさんのところに行ったからです。ゆたかさんが遅刻したのが気になるのでしょうか…? 四人で食べているのに慣れているせいか、少し寂しく感じてしまします。 そういえば、先程かがみさんが小早川さんだけでなく岩崎さんも遅刻していたと言っていました。 よく考えると今日、みなみさんと一緒に学校へ行こうとしてみなみさんの家を尋ねてみましたが、 みなみさんはすでに学校に行った後でした。 無論私は遅刻はしていません。これは少々不可解ですね。後でみなみさんに聞いてみましょう。 sideみなみ(inゆたか) いつみならお昼を食べている時間だが、今日はゆたかと一緒に学校の屋上で食べることにした。 それにしても未だに中身がゆたかとわかっていても自分の姿と話すのは中々慣れない。 屋上に着いた私達は二人で座ってお弁当を食べ始めた。少し経ってからゆたかが話しかけてきた。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …私にもわからない。原因不明だしどうしようもない。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 私は考えていたことを言った。そろそろ田村さんかパトリシアさんかが気づくとはいかないとしても違和感は感じているに違いない。 「じゃあ話すの?」 それも正直不安だ。もし誰かに話して学校中に広まりでもしたら周りから何か言われることは間違いない。 私はそういうのが苦手だから話すのは避けたい。でも誰かに話したい、話して楽になりたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 私はゆたかにそう意見を提示した。 ゆたかは少し考えてるそぶりを見せてから、あまり時間をかけずに 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ゆたかは微笑みながらそう言った。 sideこなた 私がゆーちゃんの教室に着くとひよりとパティがお弁当を食べてた。教室を見渡してもゆーちゃんどころかみなみちゃんもいない。 とりあえず私は二人を呼んでみた。 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 パティが私に気づいて声をあげた。 「OH!コナタ!どうしましたカ?」 私は二人の席まで歩いた。 「ゆーちゃんかみなみちゃんにちょっと用事があってね。ふたりがどこに行ったか知らない?」 「ウ~ン、シりませんネ」 「私もっス」 …そっか、二人も知らないんだ。 私は二人に今日の朝のゆーちゃんの様子が妙だったこととゆーちゃんが私よりもかなり早く出たのに遅刻したことを話した。 「確かに妙っスね。それに今日二人ともなんだか様子が変だったっス」 「ミナミはヒョウジョウユタかになってたり、らしくないミステイクをおかしましたし、ユタカはなんだかムヒョウジョウでした」 ん~、何だか二人が体か心が入れ替っちゃったみたいだね。 「そう、それっス!私もそう思うっス!」 「ワタシもです!でもそんなことありえないですヨ。マンガやゲームじゃないですシ…」 何だかそう言われると本当に二人が気なってきたな~。そうだ! 「ねえ二人とも、ゆーちゃんとみなみちゃんを探しに行かない?」 私がこう言うと二人は少し考えてから私の誘いを承諾した。 とかなんとかあって今私達三人は学校の屋上の扉の裏から、ゆーちゃんとみなみちゃんが二人でお弁当を食べているのを覗いている。 私達が着いたころには二人は座ってお弁当を食べているようだった。 私達は三人で耳を澄まして会話を聞いてみることにした。 「…私達何やってんでしょうかね?」 ひよりんが疑問を口にした。 「シー!ヒヨリ、シズかにするでス」 「パティも声が大きいよ。まあここはなんか出て行きにくい感じだし空気読んでここで聞いてるんだから。 今いきなり二人に声をかけるより大分ましだよ」 と言って私はひよりんを静かにさせた。まあひよりんもまんざら二人の会話に興味のないわけではないらしい。 私達は集中して二人の会話を聞きにはいった。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 みなみちゃんが自分で自分の名前呼んでるんだけど。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …え、何を?やっぱり何かあったんだ。ていうかゆーちゃんの口調がおかしいよ。朝もこんな感じだったっけ。 「じゃあ話すの?」 何だか今日のみなみちゃんは表情がよく出てるね。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …やっぱり私達に何か隠してるみたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 あれ?ゆーちゃんいつからみゆきさんのことを高良先輩じゃなくてみゆきさんって呼ぶようになったんだろう? 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ここで二人はお弁当を食べ終えたようだ。立ち上がってこちらの方へ来ようとしていたので私達は急いでその場から離れた。 それにしても、ゆーちゃんとみなみちゃんは私達に何を隠してるんだろう…。 その後は廊下でパティとひよりと別れて私は教室に戻った。その時には予鈴三分前だった。 …私、お弁当食べてないよ。 四時間目 数学A sideゆたか(inみなみ) やっぱりなかなか解決策は見つからないなぁ。とりあえず高良先輩には相談することにしたけど他の皆には話したほうがいいかな。 でももしかしたら信じてもらえないかもしれないし…。…はぁ…。 そういえば五時間目は体育だったっけ。もしかしたらこの前みたいに気分が悪くなって皆に迷惑かけないで思いっきり楽しめるかも。 でも、みなみちゃんは…、私の体じゃ参加できないよね。私も見学しようかな…。 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を岩崎、三問目を××。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 はう!まさかまたなんて…、どうしようまたどこの問題か聞いてなかったよ~。 ふとみなみちゃんの方を見ると私に手でどこの問題か伝えてくれた。ありがとう、みなみちゃん。 それにしても自分はここにいるのに体は違うところにあるなんてやっぱり不思議な気分だなぁ、どうにも慣れないよ。 私は問題を手際よく解いて黒板へむかった。 sideみなみ(inゆたか) この授業の後は確か体育だ。でも次のお昼休みに高良先輩に相談しようと私は思っている。授業が終わればすぐに行かないと。 …そういえば今、私はゆたかの体だから体育は見学したほうがいいかもしれない。 今日の朝も気分が悪くなってゆたかに抱いてもらったこともあるし…。 確か見学の場合はジャージに着替えて先生に見学することを伝えるのだったかな。したことないからよくわからない。 とりあえず授業に集中しておこう。一時間目に様なことがまた起こるかの知れないし。 そして予想通り同じことが起こった。まさか同じようなことが起こるなんて。 でも今回はしっかりと話は聞いてたし大丈夫。ゆたかは……何だか不安そうにこっちを見てる。 私は手でゆたかにどの問題をやるのか伝えてみることにした。 お昼休み sideみゆき 予鈴がなってお昼休みの時間となりました。まわりでは外に元気に出て行く人や誰かとおしゃべりしている人などがいます。 私も少し体を動かしたい気分です。最近は受験勉強にとられる時間が多くて…。 一年生や二年生のときよりゆったりできる時間は減っています。 あ、そういえばみなみさんに少々聞きたいことがありましたね。すっかり忘れていました。 幸い次の時間は英語ですので少し遅くなっても大丈夫そうですね。 私は席から立ち上がりみなみさんのところへむかうため教室を後にしました。 一年生の廊下を歩き、みなみさんのクラスが見えてきました。 すると私の目線の先にみなみさんとゆたかさんの姿が見えました。 私は呼ぼうと思いましたが小早川さんとみなみさんからこちらに近づいてきたので呼ぶのはやめました。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 私はそう二人に話しかけました。 sideみなみ(ゆたか) ゆたかと一緒にみゆきさんのところへ行こうとするとみゆきさんが教室の近くにいたので私達は難なくみゆきさんと会うことができた。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 「ごめんなさい、今はあまり時間はなくて……、みゆきさん、ちょっと着いてきてください」 私はもう自分をゆたかと偽るのはやめていつも通りに話すことにした。 みゆきさんは少し不思議そうな顔していた。 私達は体育館の裏の方へ行った。 「どうしたのですか、みなみさん、小早川さん。何だか二人とも様子がいつもと違いますよ」 「みゆきさん」 私はみゆきさんにゆたかの体で話しかけた。 「は、はい」 「これから話すことをよく聞いてください。すべて本当のことです。信じられないかもしれませんがお願いします」 みゆきさんの頭上には珍しくクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。 「みなみちゃん」 ゆたかが少し心配そうに見つめている。 「とにかく話を聞きましょう」 みゆきさんがそう言ったので私は全て話した。今日のこの不可解な現象のこと、その全てを。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんが高良先輩に全て話し終えた。高良先輩は驚いた顔していましたが、私とみなみちゃんの真剣な眼差しのせいか信じてくれたみたい。 「…つまりみなみさんとゆたかさんの心が入れ替わってしまった、ということですね」 「…はい」 「…え~と、今小早川さんが話したということはみなみさんが話したということですよね」 「はい、すいません、わかりにくくて…」 「いえ…そうようなことは…」 みゆきさんは少し困惑顔で話している。 「高良先輩、どうしたら元に戻れますか?」 私は単刀直入に聞いた。 「……すみません、私には全く…わかりません…」 「…そうですか」 正直やっぱりとは思ったが、小さな期待が私の中にあったのかもしれない。少しがっかりした。 「このことを私以外に話しましたか?」 「いえ、みゆきさんだけです。あとできれば秘密にしておいてください。他の皆さんにはまた色々考えてから伝えようかなと思っているので」 高良先輩の質問にみなみちゃんが答えた。 「わかりました……けれども一体どうすれば……原因などで心当たりなどはおありですか?」 「それも特には…、色々考えましたがそういう事は全くなかったと思います」 私も聞かれたが、みなみちゃん同様に答えた。本当にこれからどうしよう…。 sideこなた あれ?みゆきさんがいないや。もしかしたらみなみちゃんのところかな。確か二人はみゆきさんに相談するとか言ってたっけ。 じゃあ、今はみゆきさんはみなみちゃんやゆーちゃんと話をしてるのかな。 それにしてもゆーちゃんどうしたんだろう、私達に内緒なんて。皆の誕生日はまだまだ先だし…。 …私達が知らなくてみなみちゃんがだけが知ってることかぁ。何かあったっけ…。 私は席に浅く腰掛けて上を向いて考えを巡らせた。…何だか私っぽくないね。 あ、そういえば確か一昨日にゆーちゃんが体育で倒れて病院に運ばれたな。私が病室に行ったときみなみちゃんが先にいたっけ…。 なんか医者から話を聞いてたみたいだけど、みなみちゃん何かすごく怖い顔してたような。 ……まさか……そんなことないよね……でももしかしたらゆーちゃんの体に何かが……。 ははは、まさかねー……。 でも、さっきの二人の会話はかなり怪しい…。 確かに病院にいたのゆーちゃんは少し苦しそうな感じはあったけど今は元気だし、 でもじゃあ今日の朝のゆーちゃんの妙な様子はなんだろう。 それに私より早く家を出たのにどうして私より遅い上にみなみちゃんと一緒なんだったんだろう。 まさかもう時間がないからって遊んでた、いやどこかでおしゃべりしてたとか……。 私はこの後つかさとかがみに話しかけられるまで上を向いて考えていた。 あはは…そんなことないよね…。後でみゆきさんに二人と何を話したか聞いてみよう。 …またお弁当食べるの忘れてた… 五時間目 体育 sideゆたか(inみなみ) 結局高良先輩と話したけどあまり成果は上げられなかったなぁ。でも誰かに相談できて少しだけスッキリした気がする。 今日の体育はバスッケットボール、私はいつも見学してるか、参加できてもみんなと同じように素早く走り回ることができない。 それどころか途中で気分が悪くなって倒れそうになってチームを抜けてみんなに迷惑をかけちゃったりする。 でも今回は違う。今はみなみちゃんなんだから。今までろくに参加できなかった分今日は張り切っていくぞ~!!! ホイッスルが鳴り私の試合が始まる。私は積極的に動いてボールを受け取ってはドリブルで相手に突っ込んでいった。 でもなかなか上手くいかない、それどころか上手にドリブルがつけない。結果相手チームにボールを何回も取られちゃった。 あんまり授業に参加してないツケが回ってきたみたい。でもすごく楽しかった。体を動かすと気持ちいいし、何だか気分が高揚する。 …確かお姉ちゃんがそういうことを「最高にハイッってやつ」って言ってたっけ。 結局私達のチームは四試合やって一勝しかできなかった。 でもその勝った試合で私のシュートが始めて入ったときはその場にへたり込んでしまった。 もう泣きたいぐらいに嬉しかった。今だけ心が入れ替わったことに感謝できる、…みなみちゃんには申し訳ないけど…。 sideみなみ(inゆたか) お昼休みにみゆきさんに相談したせいか、今は相談する前より少し気が楽な感じがする。 今日の体育、私は見学せずに参加することにした。 前回の授業でゆたかが倒れてしまったせいか担当教師は止めたが私はそれを聞き入れなかった。 ゆたかも「無理しないほうがいいよ」って言ってくれた。 でも、前回途中で抜けて、ただでさえ見学が多いのにこれ以上授業に参加しなでいるとゆたかの体育の成績が下がってしまいそうな気もした し、それにたまにはゆたかだって出来るところをみせたいはず、と思いできるだけ私は頑張ってみることにした。 そして試合は始まった。私はいつもよりさらに気合を入れて臨んだ。ちなみに試合はハーフコートではなくオールコートだった。 最初のうち私はドリブルで相手を抜き、そのままレイアップや三点シュートを連発し取れるだけ点をとった。 この小柄な体は相手を抜いてリングの下まで向かうのにかなり好都合だった。でも数分で気分が悪くなって交代を余儀なくされてしまう。 交代して脇で座って休んでいると、同じチームの休憩している人や他の人達が来て、 「どうしたの小早川さん、すごいじゃない!」・「キョウのMVPはユタカですネ」・「今回は調子いいんだね、安心したよ」と言ってくれた。 何だか私は嬉しくて、少し恥ずかしくなった。 「小早川さん顔真っ赤だよ」・「あはは、かわい~」・「も、萌えるっス」とも言われた。 何だかこの体も悪くないな、と思った、…ゆたかには悪いけど…。 そうこうしているうちに今まで最高に楽しかった体育の時間は終わった。ゆたかもすごく楽しんでいた。 ゆたかとは敵チームだったけど、一緒に試合をした時は本当に楽しかった。 私はゆたかのシュートを阻止したり…背が全然足りなかったけど。私のドリブルしているとボールを取られて、また取り返したり。 私は自分の体のこととか忘れていた。 だからその後気分が少し悪くなってしまったけど、最高に充実した授業だった。 ちなみに一番勝った回数が多かったのは私のチームだった。その後私はみんなにMVPに選ばれて軽い胴上げまでされた。 …明日も確か体育あったはず、心が入れた替わった状態が明日まで続いてもいい気がしてきた。 その後私達は教室で着替えた。 昼休みに着替えたときはみゆきさんに相談した後で時間がなかって急いでいたからあまり気にしなかったけど、 ゆたかって胸結構あるんだ…。 皆に、特にゆたかにばれないように気をつけて少しだけもんでみた。…やわらかい。いいな…。 私は小さなため息をついた。それは周りの喧騒の中に消えていった。 sideこなた ようやく五時間目が終わった、疲れた~。半分眠っていたような感じだったよ。 そんなことよりみゆきさんに何を話していたか聞いてこよっと。 私は席を離れてみゆきさんの席へ行った。みゆきさんは何だかぼうっとしていた。 「ねえ、みゆきさん」 「……」 へんじはない ただのしかばねのようだ …じゃなくて、どうしたんだろう。何だか考え事で頭が一杯みたい。そういえば授業中も当てられてしどろもどろで答えてた。 四時間目まではこんなことなかったのに、やっぱり原因はゆーちゃんとみなみちゃんの話を聞いたからかな。…たぶんそうだろうね。 そんなに大変なことになっちゃってるのかな…。本当にゆーちゃんが心配になってきたよ。 「みゆきさん!」 私は少し大きな声で呼んでみた、すると 「わひゃぁ!」 と可愛い声を出した。 「な、ななななんんですか、泉さん?」 「…びっくりしすぎだよ、みゆきさん」 「す、すいません、少々考え事があって」 「ゆーちゃんとみなみちゃんのことだよね」 私は単刀直入に切り出した。みゆきさんは驚いたような顔をした。 「…泉さんも知っていましたか…」 「まあね」 知らないけどここはわかってるフリをしておく。さっき盗み聞きした時のゆーちゃんとみなみちゃんの会話で 「でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」って言ってたってことは皆には隠すつもりでいるってこと。 たぶん皆には内緒にするようにみゆきさんは言われてるだろうけど、 ここは知っていることにして適当に話を合わせれば大体のことはわかるかもしれない。 だてに私もバカじゃないってことだね。今まで色んなゲームをしといてよかったよ。 「しかし大変なことになりましたね、泉さんも心配ですよね…」 みゆきさんはとても心配そうな顔で話し始めた。やっぱり何かあったんだ…。 「…そうだね」 私は適当に相づちをうった。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんし」 「え……?」 私はすごく嫌な感じがした。やっぱり病気?…治らない? 「でももしかしたらすぐにでも…泉さん?」 私はみゆきさんの言葉を聞く前にみゆきさんの席から離れた。……すぐにでも……死ぬ……とかだったり……。 怖い、その後を聞くのが怖い、怖くて怖くてたまらない。 どうしよう、ゆーちゃんが死んじゃったら…どうしよう…。私お姉ちゃんなのに…何で気づいてあげられなかったんだろう。 私は予鈴が鳴り先生に注意されるまで呆然と立っていた。この後の授業は頭に入らなかった。 …もう何も考えられなかった…。 六時間目 古典 sideゆたか(inみなみ) 今日最後の授業は古典。…やっぱり難しいや。 それにしても何だかこの体でいるのも結構なれてきたかな。まだ小早川や、ゆたかと呼ばれると反応したりしてしまうけど。 そういえばさっきの休み時間みなみちゃん何だか体育の時間の時よりも少しだけ暗くなってた感じがしたけどどうしたのかな? あと田村さんとパトリシアさんが何だか私とみなみちゃんの方を見て内緒話をしてたし、どうしたんだろう。…ばれちゃったのかな…? 私は教室にある時計を見た。授業終了まではあと15分だった。放課後に本格的に治す方法を考えたほうがいいね。 …とりあえず、みなみちゃんと高良先輩と一緒にどこかに行くことにしよう。 sideみなみ(ゆたか) 今日の授業終了まではあともう少し。今日は突然こんなことになって驚いたけど楽しいときもあったし、 今はそれなりに落ち着いてきている。 今日の放課後は事情知っている私とゆたかとみゆきさんで話し合って今後どうするか決めることにしよう。 「次のところを…小早川、読んでくれ」 …あ、今のゆたかは私なんだった。ちょっと油断してた。 私は先生に指定されたところを読み、ホッと安心してまた考えを巡らし始めた。 とりあえず放課後は三人で今後のことについて話し合ってみようかなと思う。 その数分後授業終了を伝えるチャイムの音が学校中に響き渡った。 放課後 sideゆたか(inみなみ) 今日の学校がやっと終わった。 私はみなみちゃんを誘って二人でみゆきさんを誘って三人で、とりあえずみなみちゃんの家にむかうことにした。 sideみなみ(inゆたか) 私はゆたかの願ってもない提案に乗り、みゆきさんと三人で私の家にむかうことにした。 私はゆたかとみゆきさんのクラスに行き、みゆきさんを呼んで三人で帰った。 そういえばみゆきさんのクラスを覗い時、泉先輩が自分の席でぼうっとしていた 。どうしたんだろう、授業は終わっているのに…。 私達には全く気づいていないみたいだった。 道中でも三人で色々話してみたが、結局解決策は見出せず、気がつくともう私の家についていた。 みゆきさんは家に一旦荷物を置きに行った。 ゆたかと私が庭に入るとチェリーがゆたかにじゃれついてきた。散歩に行きたいのだろうか…。 …何だか少し寂しいな。最近チェリーは私にそっけなかったのにこういうときに限ってじゃれついている。 ゆたかがうらやましい…。私はちょっとだけ微笑みながらチェリーをなでた。するとチェリーは尻尾を振ってじゃれついてきた。 あれ?もしかして今のゆたかは私だって気づいたのかな、さっきまでじゃれついていたゆたかにはあまり構わなくなったし。 私達はチェリーと一緒に家に入った。中ではお母さんが「久しぶりね、ゆたかちゃん」と言ってくれた。 …さすがにお母さんにこう言われると悲しい。 ゆたかはおじゃましますと言いかけたが、途中で気づいてただいまと言った。 「こんにちは、おじゃまします」 「あら、みゆきちゃん、こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。お母さんがうれしそうにみゆきさんを迎えた。 その後私達三人は私の部屋に入った。 sideこなた 「こなちゃん、こなちゃん、どうしたの?」 「何ボーっとしてるのよ、とっくに授業は終わったわよ。ていうか学校自体終わったけどな」 私は誰かに体をゆすられて何もない思考から目覚めた。 「よかった~、どうしたのかと思ったよ~」 「ほんと何やってんだか…」 私をゆすっていたのはつかさだった。安心した様な顔をしている。 横にはあきれ顔をしたかがみがいた。二人を確認した後私は周りを確認した。教室には生徒が数人いるだけだった。 窓から差し込んでくる夕焼けが私にはとてもまぶしく感じられた。 「あっ!」 私はがばっと起きて時計を見た。時刻は六時間目終了から15分経っていた。もちろんみゆきさんはもうクラスにはいない。 「もう、びっくりっせないでよ、こなちゃん」 「何驚いてんのよつかさ。ほら、こなたも変な事してないで帰るわよ」 「みゆきさんは!?」 私は二人に聞いた。おそらく大声だったのだろう、二人は驚いていた。 「ど、どうしたのこなた」 「いいからどこ行ったの!?」 「ゆ、ゆきちゃんならもう帰ったよ、ゆたかちゃん達と帰るって言ってたけど…こ、こなちゃん!」 私はつかさからそこまで聞くと勢いよく立ち上がり、かばんも持たずゆーちゃんのクラスへ向かった。 ゆーちゃんのクラスを覗くとそこにはひよりんとパティが二人で話していた。他にも何人か生徒がいる。 「い、泉先輩、どうしたんスか?」 「コナタ、どうしたネ?イキがアがってますヨ」 教室にはやっぱりゆーちゃんとみなみちゃんの姿はない。 「ゆーちゃんとみなみちゃんは!?」 私は二人に聞いた。ここでも大きな声だったのだろう、教室の中にいる人の目線が私に集まった。 しかし今の私には気にならなかった。 「こなた!落ち着きなさい!」 突然後ろから声がした。 「カガミ!」 私が振り向いて誰か確認するよりも早くパティが答えた。 「あんた何をそんなに焦ってるのよ。とにかく落ち着け!」 かがみは私の肩をつかんで結構な大声で言った。私は少しずつ落ち着いきを取り戻してきた。かがみの横ではつかさが肩で息をしている。 「落ち着いた?」 「う、うん、ごめんかがみ」 「いきなり教室からでていくんだもん、びっくりしたよ。はい、かばん」 教室に忘れてきたかばんをつかさが渡してくれた。…必死になって忘れてたんだ、今思い出したよ。 「ありがと、つかさ」 私はつかさにお礼を言った。 「で、いきなりどうしたんスか?」 ころあいを見計らってかひよりんが本題をぶつけてきた。 「ユタカとミナミのことですカ?」 話が早くて助かった。私はみんなに話した。 sideかがみ 「うそ…そんな…」 横ではつかさが顔を真っ青にしている。今にも泣きそうだ。私はつかさの手を握ってあげた。 「ね、ねえこなた、さすがにそれはないんじゃない?」 私もこなたの話はさすがにいきなり信じることはできなかった。ゆたかちゃんが死ぬなんて…。 「た、確かに泉先輩の話は的をえてるっス」 「…ワタシもそうオモいまス」 田村さんとパトリシアさんはこなたの話を少なからず信じているようだ。 「でも朝の様子が変で遅刻しただけでそれはいくらなんでも…」 私はこなたに反論した。 「でも…一昨日に病院でみなみちゃんが怖い顔をして医者と話してるのを見たし…」 「で、でもそこでそんなゆたかちゃんの命の話なんてしないはずよ、まずは家族に話すもんでしょ」 「…今日、ゆーちゃんとみなみちゃんが屋上で話してるのをひよりんとパティと一緒に聞いたんだ。 そこでゆーちゃんが皆に隠してるってはっきり言ったんだよ」 「違うことなのかもしれないじゃない」 反論していく私にも何だか嫌な感じがしてきた。 「それに二人はみゆきさんに相談するって言ってたんだ。だから五時間目の後の休み時間でみゆきさんに聞いてみたんだ」 こなたの声がどんどん重くなってくる。 「みゆきは何て言ってたの?」 この先を聞くのが少し怖かったが、私はこなたに聞いた。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんって…言ってた…」 こなたの目から一筋の涙がこぼれた。…これは本当にやばいのかもしれない。 田村さんとパトリシアさんは無言でうつむいている。つかさはこなたの倍以上の涙を流していた。 「…じゃあ…こなたの言うとおり…ゆたかちゃんは…」 私の中でもこなたと同じ結論が出た。 「みんな、ゆたかちゃんを追うわよ!」 私達は五人でゆたかちゃんのもとに急ぐことにした。 この言葉についてこない人は 誰もいなかった sideつかさ ゆたかちゃんが…死んじゃうなんて…信じられないよ、信じたくないよ…。 私はお姉ちゃん達と急いで校門まで来た。 「そ、そういえばユタカはどこにイったんでしょうカ!?」 パトリシアさんがお姉ちゃんに聞いた。 「よ、よく考えたらわからないわね」 確かによく考えたらゆたかちゃんがどこにいるか私達わからないや。 隣ではこなちゃんが電話をしていた。…あ、今切った。 「…みんな、ゆーちゃんはみなみちゃんの家だって」 「わかったわ、ありがとうこなた」 「こなちゃん、誰に電話してたの?」 私が聞いた。 「みゆきさんの家に電話したんだよ。みゆきさんやゆーちゃん達だと言ってくれないかもしれないからね。 みゆきさんが一緒に帰ったんならみなみちゃんかみゆきさんのどちらかの家だと思ってたし。 さすがにみゆきさんもお母さんに口止めするのを忘れてたみたいだね。みゆきさんがかばんを置きに来たときに言ってたみたいだよ」 「す、すごいねこなちゃん。まるで探偵みたいだね」 私は素直に感心した。他の三人も驚いているみたい。 「あんた案外すごいじゃない。みんな、みなみちゃんの家に急ぐわよ!」 再びお姉ちゃんの号令に従って私達は急いでみなみちゃんの家へとむかった。 それにしてもここまで必死なこなちゃんなんて始めて見たよ。 sideかがみ 私達は今、みなみちゃんの家にむかうために電車に乗っている。 それにしてもこなたってすごいわね。こんなに頭がきれるなんてね。 …やっぱりゆたかちゃんが大事なんだ。私にも妹がいるからその気持ちはすごくわかる。 そういえば私が読んでる小説に、ピンチになったら急に頭のきれるって人がいたわね。正確には人だったものだけど。 …さすがにこんなこと考えてる場合じゃないわね。…ゆたかちゃん…大丈夫かな…。 こなたの話を聞く限りふざけているようなそぶりはなかった。それどころかこなたのマジ泣きなんて始めて見た。 それにこなたの話には文句がつけられない。反論できるところが存在しなかった。 電車がみなみちゃんに家の最寄り駅に近づくにつれて私の心臓の鼓動はどんどん高まっていった。 sideひより まさかこんなことになるなんて…小早川さん、どうして私達に教えてくれなかったんだろう。 やっぱり日ごろの行いかな。そう言われると反論なんてできないし。 でも今日の体育の様子から考えるとまだ信じられないよ。あんなに頑張って、すごく活躍してたのに…。 もしかしたらもう時間がないからあんなに張り切って活躍していたのかもしれない。 電車は私達の降りる駅の二つ手前だった。 sideパティ ユタカ…ダイジョウブでしょうカ…。 すごくシンパイでス。せっかくここにキてできたシンユーなのに…それをウシナってしまうなんてたえられません…。 …ミナミはそんなジュウヨウなことをシっていてどうしてワタシタチにオシえてくれなかったのでしょうカ? いくらユタカにクチドめされていたとしてもひどいでス。ワタシタチだってゆたかのシンユーなのに…。 デンシャはワタシタチのオりるエキのヒトツテマエでしタ。 sideこなた 心臓がバクバク鳴ってるのがすごくわかるぐらいに私は緊張してる。 みゆきさんの「でももしかしたらすぐにでも…」って言葉を思い出すたびに私は心が壊れそうな程に締め付けられる。 私は窓の外の景色を見てそれらの気持ちから逃避を試みた。しかし、外に走っている救急車が目に入り、私は咄嗟に目をそらした。 ……怖いよ……。 電車のスピードが落ち始めた。私達の降りる駅に着くようだ。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんの家に来てもう30分ぐらい経ったかな。 三人で色々話したけど具体的な解決策は全くない。 とりあえず明日にはみんなを集めてこのことを言うっていうのは決まったけど…。 私達ずっとこのままなのかな…。部屋は静けさに満ちていた。 すると下からインターホンが鳴り響く音が聞こえた。 みなみちゃんのお母さんが出たみたい。 「みなみー!田村さん達が来たわよー!」 私達は階段を駆け降りてドアを開けた。 「ゆーちゃん!」 するといきなりお姉ちゃんがみなみちゃんに飛びついた。みなみちゃんは困惑顔に少しばかりの朱を添えた顔をしている。 「み、みなさん、どうしたんですか?」 みゆきさんの驚いた声とともにドアのほうを見てみるとそこには、かがみ先輩につかさ先輩、田村さんにパトリシアさんまでいた。 「岩崎さんどうして言ってくれなたんスか!?」 「そうでス!ひどいですヨ!ワタシタチシンユーなのに…」 私はいきなり田村さんとパトリシアさんから糾弾をうけた。 「別に隠すことなかったんじゃない」 「…そうだよ~」 横では抱きつかれたままのみなみちゃんにかがみ先輩とつかさ先輩が諭すように言っている。つかさ先輩は今にも泣きそうだ。 私はとりあえず皆にみなみちゃんの部屋へ行くように促した。 sideみなみ(ゆたか) 私の部屋には今、私を入れて八人の人がいる。 どうやらみんな私とゆたかを心配して来てくれたようだ。…やっぱりばれてたんだ。 「どうして隠してたの?」 泉先輩が口を開いた。 「あ…えっと…余計な騒ぎを起こしたくなくて…」 ゆたかが答えた。 「私達すごく心配してたんだよ」 「そうでス!」 「別に話してもよかったんじゃない?」 「そうだよ、ゆたかちゃんにみなみちゃん。それにゆきちゃんも」 つかさ先輩がみゆきさんを糾弾した。 「すいません、二人の意思を汲んだつもりでしたが私の間違いだったようですね」 「それで…治す方法は…ないの…?」 泉先輩がつらそうにみゆきさんに質問した。 「すいません。三人で話したのですが私も聞いたことがない状態なので…」 みゆきさんの声が若干しょんぼりしているように聞こえる。 「ゆーちゃん、体は大丈夫なの?」 泉先輩が私に向かって話した……あれ?泉先輩、ゆたかは私じゃなくてあっちなんですけど…。 「…あの泉さん…」 みゆきさんが怪訝な顔で泉先輩に話しかけた。 「何?みゆきさん?」 「泉さん達の言う私達の隠し事はどのような内容なのですか?」 sideこなた みゆきさんが隠し事の内容を聞いてきた。正直ゆーちゃんを問いただしたかったけど、 何だか今のみゆきさんは無視したらやばそうな感じだったので答えることにした。 私が話した後、ゆーちゃんにみなみちゃん、みゆきさんは唖然としていた。…え?どうしたの?何か変なこと言った? 「わ、私が死んじゃうの!?」 みなみちゃんが答えた。 「え?いや死ぬのはゆーちゃん…じゃないの?みなみちゃんじゃないでしょ」 「そ、そういえばどうして今日は岩崎さんが小早川さんの名前で反応して、小早川さんは岩崎さんの声で反応してるの?」 ひよりんが尋ねた。そういえば屋上での会話でそんな事あったような…。 「皆さん、小早川さんは死にません。あなた達は大きな勘違いをしています」 みゆきさんが立ち上がって言った。え?どういうこと? 「実は…」 みんながみゆきさんの声に耳を傾けた。さっきまであんなに騒がしかった部屋は静まりかえっている。 「小早川さんとみなみさんは、今心が入れ替わった状態なんです」 一瞬の静寂が辺りを包み込みその後 「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 私達五人は大きな声で答えた。 その夜 sideゆたか(inみなみ) 「じゃあね、みなみちゃん、高良先輩」 「またね、ゆたか」 「みなさんさよなら」 日がかなり傾き、辺りは少し暗くなっていた。みなみちゃん達はみなみちゃんの家を後にした。 今私はみなみちゃんの体なのでみなみちゃんの家に泊まることになった。高良先輩も一緒に泊まってくれるので安心できた。 高良先輩が真実を話した後、お姉ちゃん達はすごく驚いていた。お姉ちゃんは私に泣きながら抱きついてきた。 ちょっと恥ずかしかったけど、私は嬉しかった。だってお姉ちゃんが私のことすごく心配してくれたのが痛いほどわかったから。 かがみ先輩はお姉ちゃんに何か言いたそうだったけど、泣いているお姉ちゃんを見て何も言わないことにしたみたい。 つかさ先輩も安心したのか泣いていた。田村さんもパトリシアさんも目に涙を溜めていた。やっぱり皆には話したほうがよかったみたい。 あの時のみんなの様子を見て私は思った。 しかしこの状態を治す方法は結局思いつかなかずに、お姉ちゃんの「明日になったら治ってるよ」の一言でなぜか片付いた。 私はみんなが帰った後、高良先輩とみなみちゃんのお母さんと一緒に晩御飯を食べて、その後一緒にお風呂に入った。 二人で背中を流し合ったりしてすごく楽しかったな。 体育で疲れたせいもあってか、お風呂はすごく気持ちよかった。 …それにしてもみなみちゃんの家のお風呂ってすごく大きいんだね。びっくりしたよ。 sideみなみ(inゆたか) ゆたかとみゆきさんと別れて、私達は泉先輩や柊先輩達、それに田村さんやパトリシアさんと一緒に帰宅の途についた。 「あんたねえ、本当にいい加減にしなさいよ」 「あはは…今回はわざとじゃないし許してよ~かがみん」 「上目遣いしても無駄だっつの」 泉先輩の頭上に拳骨が降り落ちた。泉先輩はうめきながら頭を抱えている。 それを見てつかさ先輩はおろおろし、田村さんやパトリシアさんは笑っている。私もついつい笑顔になってしまう。 「それにしてもこばや…じゃなくて、え~と…岩崎さん…?」 「何?」 田村さんはまだ慣れていないようだ。 「今日一日なかなか大変だった?」 「…大変だったけど、すごく充実してた。いろんな人と話せたしそれに…」 「それニ…?」 隣からパトリシアさんが話しに入った。 「…みんなが私達の事をすごく心配してくれているのがわかってうれしかった」 私は言い切ると恥かしさのあまりうつむいた。 「あはは…」 「トウゼンですヨ!」 田村さんは少し照れ笑い、パトリシアさんは胸をはって言った。…あんまり胸を強調しないでほしい…。 「でも本当に安心したよ」 泉先輩が言った。拳骨からは回復したようだ。 「はい…本当にすいません。迷惑をかけてしまって」 「いやいや、勘違いした私も悪いんだし別にいいよ」 と言って泉先輩は笑った。本当に安心したような笑顔だった。…でも私とゆたかはまだ入れ替わったままなんですけど…。 「でもまだ入れ替わった心を戻す方法はわからないまだだから安心できないよ、こなちゃん」 つかさ先輩、ナイスです。 「大丈夫だって、つかさ。一日経てば元に戻るよ」 どういう理論かわからない。 「それはあんたのギャルゲーの話だろ」 …ギャルゲー…ですか…。 泉先輩にかがみ先輩がつっこみを入れた。何だか面白くて私は笑った。 「…ゆた、じゃなくてみなみちゃんも笑ってる場合じゃないでしょ」 「まあまあかがみんや。私の持ってる漫画に、その姿で自分の望んだ事をやれば元の戻るってのが…」 「だからそれは漫画の話でしょうが!」 かがみ先輩の拳骨が再び快音を響かせた。こういうのを見ているとこのままでも悪くない気がしてくる。 私達は駅に着くたびにバラバラになっていき、最後に柊先輩達が電車を降り、泉先輩と家にむかった。 家に着いた私は泉先輩に続いて朝以来にこの家に入った。確か朝のときはすごく焦って大慌てだったっけ…。 私は家に入り、泉先輩は晩御飯の準備を始めたので私も少なからず手伝った。 その途中に泉先輩が「みなみちゃんはいいお嫁さんになるね」と言ってくれた。 すなおに嬉しかったが父親の前ではゆーちゃんと呼んでくれないと怪しまれますよ。 晩御飯が大体できて来た時泉先輩が何かをレンジで暖め始めた。 「…何を暖めてるのですか…じゃなくて暖めてるの?」 すると泉先輩はにんまり笑って「今日食べそびれたお弁当」と言った。泉先輩の晩御飯の量は二食分だった。 そして晩御飯を無事に食べた私はお風呂に入ることにした。 私が脱衣所に入ろうとすると泉先輩が一緒に入ろうと言っていきなり入ってきて服を脱ぎだした。 私は遠慮したがなんだかんだで一緒に入ることになった。湯船はそれほど大きくはなかったが私達二人が入っても十分に余裕があった。 私達は二人でずっとおしゃべりを楽しんだ。 お風呂から上がった私は泉先輩の部屋で勧められた漫画などを読んでいた…いや読まされたと言うほうが的確な表現なのかもしれない。 それにしてもすごい部屋だと思う。壁にはアニメのポスターが貼られ、パソコンや机の周りにはフィギュアが所狭しと並んでいる。 しかも泉先輩はあきらかに男性が好むようなゲームし始めた。やらないか?と言われたがさすがにこれは断った。 ただ漫画は結構楽しかった。そうしていると私…じゃなくてゆたかの携帯が鳴った。ゆたかからのメールだった。 「こんばんわ、みなみちゃん そっちは大丈夫?こっちはとても楽しいよ。チェリーちゃんもなんだかすごくなついてくれてるしね。 今日は迷惑ばかりかけてごめんね。あとありがとう。明日には元に戻ってるといいね。」 私はそのメールに返事を送って部屋にある時計を見た。もう11時だった。いつもの眠る時間を大幅に過ぎていた。 漫画の続きが気になったが私は泉先輩にオヤスミと言い、部屋を後にした。ていうか先輩受験生ですよね、勉強しないといけないのでは? そう思い、私はもう一度部屋に戻って泉先輩に言った。 すると泉先輩はなんとか話をそらそうとしたが結局はパソコンを消して勉強し始めた。 私はそれを確認してゆたかの部屋に戻り、ベットの上で今日一日を思い返しながら眠りについた。 …が明日の学校の用意を忘れていたことを思い出して明日に必要な教科書をカバンに入れて、もう一度ベットに入り今度こそ眠りに落ちた。 明日には元に戻っていることを祈りながら… 次の日 sideゆたか 「う~ん、よく寝た~」 私は大きくあくびをすると周りを見渡した。…あれ?ここはどこ? 私は部屋を出ると隣の部屋からつかさ先輩が出てきた。すごく驚いたような顔をしている。 「あ、あれどうしてかがみが…?ていうかどうして私はここに…!」 つかさ先輩は何かに気づいて走ってどこかへむかった。私もついていった。 つかさ先輩の向かった先は洗面所だった。そこでつかさ先輩は 「えーーーーーー!私がつかさになってるーーーーーー!」 私も鏡を覗くとそこには予想通り私の顔でなくかがみ先輩の顔が写っていた。 「…昨日よりひどくなってる…」 この私の言葉を聞いてつかさ?先輩が私の方を向いて 「え…それって…、あの一応聞きたいんだけどあなた…誰?」 と聞いてきた。 「えっと…小早川…ゆたか…です…」 「ちょっ!ゆーちゃん!?」 朝の柊家に二人の双子?の声が響き渡った。 sideみなみ 「う…うん…」 私が目覚めるとそこは文字通り私の部屋のベットの上だった。 「よかった…元に戻ってる」 私は安心して横を見た…何で私が寝てるの? そして自分の体をよく確認してみた。長い桃色の髪、そして…大きな胸…これって…みゆきさん…。 「う…みゅぅ……ふわ~~…」 隣で寝ている自分が起きた。 「あれ?ここどこ?…確かみなみちゃん家だっけ?」 まさかこの人も… 「あの、あなたは誰ですか?」 私は尋ねた。 「ふぇ?私はつかさだよ~」 外では小鳥があさから美しい音色でコーラスを奏でている。 私は朝からため息をついた。 こうして私達のさらに奇妙な一日が始まった。
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「エターナルフォースブリザード!敵じゃなくてわたしが死ぬ」 「変なこと言ってないで歩きなさい!」 吹雪の中、かがみとこなた、それにつかさとゆたかがボイラー施設を目指して歩いていた。 吹雪が収まってきているとはいえ、雪に関しては素人の四人が歩くにはなかなか大変だった。 「だってかがみー。寒いよ歩き難いよー…ってか、ゆーちゃんとつかさ大丈夫?」 こなたは振り向いて、お互いを支えあうようにして歩いている、ゆたかとつかさに声をかけた。 「う、うん…なんとか」 つかさがそう答え、ゆたかは無言で頷いた。 「アレね…」 かがみは吹雪の中に見える建物へ、真っ直ぐ向かった。そして、入り口に近づきドアノブに手をかける。と、そこでかがみは振り返り、後ろについてきていた三人の方を向いた。 「中に入る前に、一つだけ約束して」 「な、何?」 「これから、何があってもわたしを信じて。勝手な行動は絶対にしないで。いいわね?」 三人は顔を見合わせた後、ほぼ同時に頷いた。それを見たかがみは頷き返して見せると、ボイラー施設の入り口をゆっくりと開いた。 外とはうって変わって、少し蒸し暑さを感じる施設内。かがみは、他の三人が入ったのを確認した後、ドアを閉めた。 防音がしっかりしてるのか、外の吹雪の音は全く聞こえなくなった。そのかわりに、ボイラーの低い駆動音が響いていたが。 かがみは、少し薄暗い施設内に向かって大きめの声で呼びかけた。 「いるんでしょ?出てきなさいよ…みゆき」 - 白雪は染まらない~解決編~ - かがみの呼びかけに答えるように、人影がゆっくりと暗がりの中から出てきた。こなた達が目を凝らしてみると、それは確かにみゆきだった。みなみが着ていたのと同じ防寒具を着ている。 「…ゆきちゃん…生きてたんだ…」 つかさが呟く。それが聞こえたのか、みゆきは力なく微笑み顔を伏せた。 「あの死体、やっぱりみゆきさんじゃなかったんだね」 こなたの言葉に、かがみが頷く。 「じゃ、アレは一体誰?」 「…そうね…どこから話そうかしら?…それともみゆき、あなたが話す?」 かがみがそう言うと、みゆきは首を振った。 「そう、自分で言う気はないのね…じゃ、わたしが説明するわ」 かがみは顎に手を当てて、少し考え込んだ。 「そうね…まずは…あの場所で、本来死んでいたのはみゆきだったのよ」 「え?どう言う事?」 こなたが驚いてかがみの方を見た。 「つまり、みゆきを殺そうとしてた人がいたってこと…それが、みなみちゃん」 「み、みなみちゃん!?」 かがみが出した名に、ゆたかが反応する。かがみはゆたかの方を向いて、はっきりと頷いた。 「どうして…みなみちゃんが…あっ、まさか…」 ゆたかはみなみの動機をかがみに聞こうとして、それに思い至った。 「そうよ、みなみちゃんとみゆきは旅行が始まる前から不仲だった…それが恐らく動機」 「みゆきさんがみなみちゃんを…って可能性は無いの?」 こなたがそう聞くと、かがみは首を横に振った。 「無いと思うわ。少なくとも、今日のスキー場での一件を見る限りでは、みなみちゃんが一方的にみゆきに敵意を抱いていたみたいね…この旅行にみなみちゃんを誘ったこともそうだけど、みゆきの方はみなみちゃんと仲直りしたかったんじゃない?」 かがみがみゆきの方を見ると、みゆきは小さく頷いた。かがみはそれを見ると言葉を続けた。 「そして、みなみちゃんはそれを利用して、今回の殺害計画を立てた」 かがみの言葉に反応するものはいない。まだ信じられないのだ。自分の親友が、後輩が、そんな事を企てていた事を。 「まず、みなみちゃんはオーナーさんからいつ吹雪くかを聞き出しておいた。そして、吹雪が来る今日に決行した」 かがみは腕を組んで左右にうろうろしながら説明を続ける。 「あの時は偶然みゆきが原因で揉め事が起きたけど、それがなかったら、恐らくみなみちゃんが自分でみゆきとの揉め事を起こすつもりだったんでしょうね」 「どうして、そんなことを?」 「一つは自分が夕食の席に出なくても、みんなが納得する理由を作ること。そしてもう一つは、みゆきを部屋に一人にすること。みゆきに罪悪感を抱かせ、みんなから遠ざけようとしたのね…そして夕食の時、みなみちゃんはみゆきの部屋に行って、ベランダの部屋から見えない位置にロープを結び付けておいた」 「みゆきさんまで夕食断って、部屋にこもるって可能性は考えなかったのかな?」 「その辺りは賭けみたいな部分もあったんだろうけど、みゆきは誘われればあまり断らないからね…その辺も計算に入れてたのかも」 「…なるほど」 「続けるわよ…そうやって外から部屋に入り込める準備を整えたみなみちゃんは、みゆき以外の人間が一階にいることを確認して、オーナーさんにボイラー施設の様子を見に行くと言って、外に出た」 「二階に二人きりだったんだから、そのままみゆきさんの部屋に行って…てのは考えなかったのかな?」 「それだと、みなみちゃんがすぐ怪しまれるじゃない」 「あ、そっか…」 「外に出たみなみちゃんは一旦ボイラー施設に行って、薪割に使ってた斧を持ち出して、みゆきの部屋に向かった。そしてベランダに結んだロープを使って登り、部屋にみゆきしかいないことを確認して、窓を叩くなりしてみゆきを自分に気付かせ中に入れてもらった」 「まって、かがみ。そのみなみちゃんの行動、すごく怪しいじゃない。みゆきさんがすんなり中に入れるのかな?」 「こなたはみゆきが吹雪の中で立ちんぼうになってるみなみちゃんを、怪しいって思って放置しとくと思う?」 「…思わない」 「でしょ?まあ、みゆきじゃなくても、どうしてそんなところにいるのか、理由を聞くために中に入れると思うわ…で、中に入ったみなみちゃんは、二人きりで話がしたいとか理由をつけて部屋の鍵を閉め…みゆきを殺した後、外から窓を叩き割って外部の犯行に見せかけようとした。斧を凶器に選んだのはこのためね。窓を割ったのはドアから出て行くのはおかしいし、普通に出て行った場合は窓の鍵が開いたままになって、みゆきが窓から侵入者を招きいれた…つまり、親しい人物の犯行だとばれてしまうからよ」 誰かが息を呑むのが聞こえた。 「かがみ…でも、みゆきさんはここに…」 震える声でいうこなたに、かがみは頷いて見せた。 「そう、みゆきは生きている…逆にみなみちゃんを殺してしまったから」 ボイラーの音が大きくなったような気がした。沈黙の中、こなたがゆっくりとみゆきの方へと視線を向ける。 「じゃ、じゃあ…あの部屋で死んでたのは…」 「ええ、みなみちゃんよ」 ふらりと、ゆたかが後ろに倒れそうになる。隣にいたつかさが、慌ててその身体を支えた。 「みゆき。ここまでで何か言う事は?」 かがみがそう聞くと、みゆきは首を横に振った。 「ありません…」 そして、消え入るような声でそう言った。 「まあ、みなみちゃんがしたことはみゆきには分からないから、正解かどうかは分からないわよね…で、ここからはどうするの、みゆき?」 かがみにそう言われたみゆきは、ゆっくりと顔を上げた。 「かがみさんは、どこまで分かっているのですか?」 「…あなたが何を考えていたのかは分からないけど、やったことは大体分かるわ」 かがみがそう言うと、みゆきは再び顔を伏せた。 「そ…じゃあ、こっちで話すわ。さっきも言った通り、みなみちゃんはみゆきの部屋の中に入った後、みゆきを殺そうとした…でも、それは上手くいかず、逆にみなみちゃんが殺されてしまった。まあ、故意ではないでしょうね。みゆきが抵抗してもみ合っているうちに…ってところかしら」 「あ、じゃあ、ガラス割れる音の前に聞こえたアレって…」 「ああ、そういえばそんな事言ってたわね。そうね、みゆきとみなみちゃんが争っていた音だったのかもね…それで、みなみちゃんを殺してしまったみゆきは、自分とみなみちゃんの着ている服を入れ替え、斧でみなみちゃんの首を切り落として窓から外に出て、窓を叩き割ってベランダから飛び降り、ボイラー施設に入ったってわけ」 「…どうして、分かったのですか?」 みゆきが呟くようにかがみにそう聞いた。 「そうね…不自然な点が三つあったからかしらね。一つは窓の割れたタイミング。もう一つは、、みなみちゃんが帰ってこなかったこと…そして、首が切り落とされていたこと」 顎に手を当てて、考えを整理しながらかがみが言葉を続ける。 「窓が割れた音を聞いたわたし達は、すぐに二階へと上がった。みゆきの部屋の異変に気がつくまで、数分もかかっていないわ。そんな短時間で、みゆきを殺して首を落とすなんて出来ないわね。それに、外からこなた達がドアを叩いて呼びかけていたから、それに気がついたみゆきが助けを求めてくるはずだしね…」 「みなみちゃんが帰ってこないって、そのままどこかに逃げたって考えなかったの?」 「それも考えたけど…そうね、みゆきを殺した後逃げるっていうのなら、それこそこなたが言った通り、二階に二人きりになったときにみゆきの部屋に直接行って、事が終わったらそのまま出て行けばいい。いいんだけど、防寒具の問題があるわね。いくらみなみちゃんが雪に強いとは言え、吹雪のきつい時にスキーウェア程度じゃまともに外を歩けるとは思えないわ。だから、防寒具の調達とアリバイ作りのために、オーナーさんにボイラー施設を見に行くと言ったのよ」 「首のことは?」 「みなみちゃんが犯人だとしたら、みゆきの首を落とす理由がないわ。首を落とす理由って色々あると思うけど、一番大きいのはその死体の身元を分かり難くする、もしくはめつの人間だと誤認させる事だと思うの。でも、死体があったのはみゆきの部屋。死体が着ていたのはみゆきの服。首が無くても、その死体がみゆき以外と誤認できないわ」 そこでかがみは、みゆき以外の一同の顔を見渡した。 「現に、わたしも含めてここにいるみんなはアレをみゆきだと認識した。だとすれば、みゆきを殺してその死体をみゆきと誤認させる…そんなおかしな話は無いわね。そして、首を落とすという作業を加えることで、どんなリスクが発生するか分からない。みなみちゃんにそうする理由は全く無い。にもかかわらず、首は落とされていた…なら、首が落とされていたのは、みゆき以外の誰かの死体をみゆきと誤認させたかったと考えるのが、自然じゃないかしら?」 かがみはみゆきの方を向いた。みゆきは変わらず顔を伏せている。 「これ以上は、わたしには分からないわ…みゆき。あんたが、何を思ってこんなことやったのか。それを言えるのはアンタだけよ」 それでも、みゆきは顔を上げない。 「…本当に、殺すつもりは無かったんです」 しかし、俯いたままみゆきは呟くように話し始めた。 「ただ、みなみさんを止めようとしていただけなんです…でも、気がついたら、みなみさんが動かなくなっていて…どうしようって、ただそれだけ考えて…わたしはわたしを殺すことにしました…みなみさんはそうしたかったでしょうから」 みゆきの声に嗚咽が混じる。 「…分かっていたはずなんです…こんなことしても何にもならないって…でも、このままだとみなみさんが可哀相だと…みなみさんがやりたかったことを、成し遂げさせてあげないとって…それだけ思って…」 後はもう言葉にならなかった。施設内をみゆきの嗚咽だけが響く。こなたもつかさもゆたかも、何を言っていいか分からず、無言でみゆきを見つめているだけだった。 「みゆき…みなみちゃんはどこ?」 かがみが腕を組んだまま、みゆきにそう聞いた。 「どこってかがみ…みなみちゃんはあの部屋に…あ、もしかして」 こなたが何に気がついたか察したかがみは、こなたに頷いて見せた。そして、みゆきに向き直る。 「あんたが何処かに捨ててくるっての、考えられないから…あるんでしょう?みなみちゃんの残りの部分…首が」 かがみがそう言うと、みゆきは施設の奥の方を無言で指差した。一同がそちらの方を良く見ると、人の首らしきものが見えた。 「…み、みなみちゃん…みなみ…ちゃん…」 ゆたかがソレに向かい、ふらふらと歩き出す。しかし、かがみが腕を前に出してそれを制した。 「かがみ先輩…」 「こなた、ゆたかちゃんを押さえといて…わたしが行くわ」 「え、でもかがみ…」 「いいから。言ったでしょ?『わたしを信じて』って」 「…うん」 こなたがゆたかを軽く抱きしめるのを確認したかがみは、施設の奥へと向かった。そして、首らしき物の前に立ち、一つ頷くとつま先でソレを蹴り倒した。 なんとも言えない沈黙が施設内に広がる。 「ちょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」 「かがみなにしてんのぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」 そして、つかさとこなたの叫び声が響き渡った。ゆたかはこなたの腕の中からずるずると滑り落ちて、床に座り込んだ。 かがみは溜息を一つつくと、蹴り倒したものを拾ってこなた達の方に歩いてきた、そして、手に持ったものをこなたに投げ渡した。 「わ、わわわ…ちょ、かがみ…」 「よく見なさい」 「え?………あ、あれ?これって…マネキン?」 こなたが手にしていたのは、髪型こそみなみと同じだったが、顔はぬっぺらぼうのマネキンだった。 「そ、マネキンよ…で、ここにあるのがソレってことは?」 「え…あ…もしかして…部屋にあったアレも…?」 「そ、アレも人形。あっちはマネキンって感じはしなかったから、蝋人形かなにかかしらね」 「はい、あちらは蝋人形です。マネキンだと、パッと見でばれてしまいそうでしたから」 聞こえてきた声にこなたが振り向くと、そこにはいつもの笑顔をたたえたみゆきが立っていた。 「どこでお分かりになりました?」 みゆきがかがみにそう聞くと、かがみは腕を組んだまま答えた。 「こなたがね、あの死体もどきをつついたのよ。それで『堅い』って言ったのよね」 「え、でもあれって凍ってたんじゃ…」 「こなた、よく思い出して。床やベッドの上がどうなった?」 「…確か、ぐしょぐしょになってた」 「そうよ。ペンションの暖房は、部屋ごとじゃなくて全館同じ温度にしか出来ないって言ったわよね?それはあの部屋も例外じゃないのよ…吹雪が入り込んでいたから寒いって錯覚してたけど、少なくともベッドの上くらいまでは雪が溶けるくらいの温度だった。だったらそこにある死体が凍りつくってことはないのよ」 「あ…」 「だから、あれは凍らなくても堅いもの…人形だって思ったのよ」 「じゃ、じゃあ、最初から誰も…」 「そう、誰も死んでない。これは、みゆきが仕込んだお芝居だったのよ…そうよね、みゆき?」 かがみがそう言うと、みゆきは頷いた。 「はい。流石はかがみさんですね」 嬉しそうなみゆきに、かがみは溜息をついた。 「まったく…ちょっと性質が悪いわよ?」 「ふふ、でもかがみさんは少し楽しそうでしたよ?」 「う…いや、それは…みゆきのお芝居って気付いたから、ちょっと探偵役でノッてあげようかなって…」 そっぽを向くかがみの袖を、こなたがクイクイと引いた。 「なに?こなた」 「えっと…なにがどうなってるの?」 「あーっと…最初から説明するわ。みゆき、間違ってるところあったら言って」 「はい」 「多分、みゆきとみなみちゃんはこの旅行が始まる前からこの計画を立ててたんでしょうね。んで、ゆたかちゃん経由でみなみちゃんを誘ったり、旅行が始まってから一言も口聞かなかったりして、自分たちが不仲であるように見せた…みゆきがゆたかちゃんにスキーでぶつかりかけたってのもわざとかしら?」 「はい、予想以上に近くまで行ってしまい肝を冷やしましたが…あの時はすいませんでした」 みゆきがゆたかに向かって頭を下げる。ゆたかは唖然としているようだった。 「後は、大体最初の推理どおりに事を運んでいったんでしょうね。みゆきとみなみちゃんがグルなんだから、食事の時にみゆきが一階に下りないとか、偶発要素が無くなるから楽なものよね」 そこで、かがみが一旦言葉を切ってみゆきの方を見た。間違ってないと答えるかのように、みゆきが頷く。それを見たかがみが話を続ける。 「違うのは、みなみちゃんが外に出てからね。ボイラー施設に隠してたのか、みゆきの部屋の下に隠してたのか…蝋人形だから溶けないように部屋の下かしらね…とにかく人形をベランダから下げたロープに結び付けて、ベランダによじ登った後で引き上げた。そして、部屋の中にいるみゆきを呼んで中に入り、人形にみゆきの服を着せてベッドに寝かせる。後は二人とも外に出て、窓を割ってベランダから飛び降りた…みゆきはそのままここにきたみたいだけど、みなみちゃんは?」 「みなみさんはペンションの方にいます。先ほど連絡を入れておきましたから、そろそろ来る頃だと…」 みゆきが懐から無線機を取り出してそう言った。その直後に、施設のドアが開いてみなみが入ってきた。 「…ど、どうも」 みなみが申し訳なさそうに頭を下げる。 「連絡って何時の間に…」 「わたしたちが、マネキンの首に気をとられてる間にでしょうね…みなみちゃんはみゆきの部屋から出た後、すぐにペンションの玄関にいって、わたしたちが二階に言っている隙に中に入ったんでしょうね。入るタイミングは…あの時下にいたオーナーさんが合図を出したのかしら?」 かがみがそう聞くと、みなみは黙って頷いた。 「え、まってかがみ…じゃ、オーナーさんもグルだったってこと?」 「そうよ。当たり前じゃない。窓割って部屋を雪まみれにするようなこと、オーナーさんの許可なしで出来るわけ無いじゃない」 「あ、そっか」 「被害者も加害者も、舞台の責任者もグルなんだから、どんなトリックも作りたい放題よね」 「あ、それで反則…」 「そういうこと…ま、今回はそのトリックを解かせるのが目的だったみたいだけどね。ベランダにロープを残したままだったのも、ヒントのつもりだったんだろうし」 そういいながらかがみがみゆきの方を見ると、みゆきは嬉しそうに頷いた。 「はい。旅行に少しサプライズをと思いまして…楽しんでいただけましたか?」 みゆきがそう言うと、こなたとつかさの二人がげんなりとした表情を見せた。 「…楽しんだというより、疲れたよみゆきさん」 「そうだよゆきちゃん。わたし、本気で怖かったんだからー」 「そうでしたか。もう少し内容をソフトにするべきでしたね」 こなた達に向かって、少し困った顔で答えるみゆき。それを見ていたかがみは、ふと思いつくことがあってみなみの方を見た。 「そう言えば、みなみちゃんはどうしてわざわざペンションに戻ったの?みゆきと一緒にここにいた方が、変なところでバレるリスクは少なかったでしょうに」 「…それは…わたし、ここの蒸し暑さが苦手で…あんまり長く居たくなかったんです…」 「なるほど…でも、あんまりこういうこと安請合いしないほうがいいんじゃない?」 「…みゆきさんには、よくお世話になってますから、断りきれなくて…あと、わたしも少し、おもしろいかなって思ってしまって…」 「そっか…ま、結構悪ノリしてたわたしが言えたことじゃないとはおも…」 かがみはそこで言葉を失った。何かおかしい。なんでこの蒸し暑いボイラー施設の中で、こんな冷気を感じるのか。 「…みなみちゃん…高良先輩…」 心まで冷えそうな声。聞こえてくるほうを見ると、床に座り込んでいたゆたかが、ユラリと立ち上がるのが見えた。そして、ゆっくりとみゆきとみなみの方へと歩いてくる。 「…少し、おはなししましょうか…?」 「ひっ!?こ、小早川さん…これは…その…」 「ゆ、ゆたか…わたしは…」 にじり寄ってくるゆたかに対し、みゆきとみなみは動けないまま首を横に振るだけだった。まるで、目の前の小さな少女が生存本能を脅かすかのような、恐怖の対象であるかのように。 「ゆ、ゆたかちゃん、ちょっと…」 かがみがゆたかの方に行こうとすると、誰かに袖を掴まれとめられた。 「…あれはもう無理だよかがみ。ゆーちゃんが本気でキレた」 「…ヤバイの、それ?」 「昔、ゆーちゃんを本気で怒らせたことあるんだけど………鼻水垂らしながら泣いて謝る羽目になったよ」 かがみは息を呑んだ。こなたにそこまでさせる恐怖が、ゆたかの中にあるというのか。 「…行こう。わたし達に出来ることは、もう何もないよ」 「う、うん」 こなたに促されて、かがみは恐怖で震えているつかさを連れて、施設の出口へと向かった。 「ゆたか…そ、その…わたしが悪かったから…ま、待って…」 「あ、か、かがみさん…待って下さい…た、助け」 みゆきの助けを呼ぶ声は、無情にも閉まるドアに遮られた。 外はもう風が凪ぎ、雪だけが深々と降り注いでいた。 「さて、どうする?」 こなたがそう聞くと、かがみは溜息をついた。 「とりあえず、寝たいわ」 「…そだね」 つかさがかがみの意見に同意し、三人はペンションへと歩き出した。 ふと、かがみはみゆきが言っていたという首狩鬼のことを思い出した。みゆきが知っててオーナーが知らなかったあれは、わざと不自然さを残すためのみゆきの演出だったのだろうか。 かがみはボイラー施設の方を見た。そして、思う。 首を狩るかは分からないけど、鬼というものはたしかにいた…と。 - おしまい -
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0.とある喫茶店の前 PM0:00 「あっ!」 明らかにスピード違反のトラックが通り過ぎた後のこと、叫んだ時にはもう遅かった。 わたしがつい2秒前まで被っていた帽子が空高く舞っている。さらに、風に運ばれて遠くに消えていく。 追いかけようにも、車通りの多い道路に阻まれている上に信号は赤色。だけど、すぐに変わりそうだ。 「そう君、先に入ってて! 帽子探してくる!」 彼には喫茶店で待っててもらおう。 信号が青になった時にはもう、帽子を見失っていた。 どこ行っちゃったんだろう? 手がかりは方向しかない。 「ホントにもう、ツイてないよ……」 嘆いている場合じゃない、早く見つけないと。でも―― 「やっぱり、走るのはムリ……暑い……」 さっきまで帽子で遮っていた日の光が頭に直接当たって、急に暑くなってきた。 「お冷やだけ飲んでから探せばよかった……」 1.制服の少女とその友達 PM0:05~1:05 「あら?」 友達と二人で映画館へ向かっている時、ふと自分の前に影が出来た。上を見ると、白い物が宙を舞っている。 「帽子よねぇ……よっと」 「どうしたの、ゆかり?」 立ち止まり、帽子に手を伸ばす。二回ほど掴み損ねて、三回目でようやく帽子を掴めた。 「ねーえ、帽子拾っちゃった」 「拾ったって言うか飛んできたんでしょ。すぐそういうの手にとって……いいとこのお嬢様なのに」 お嬢様かどうかはわかんないけど、確かに拾ったとは言えないかしら? とりあえず、帽子を見てみる。真っ白で真ん丸い形で青いリボンのついた可愛いデザインの帽子。裏側を見てみると、小さく名前が書いてあった。 「名前があるわねぇ。『泉かなた』さんのだって」 「どうするの? 貰っちゃう?」 「ダメよぉ、探してるかも知れないじゃない」 「じゃあ、交番があったら届けよっか」 「そうしましょ」 帽子を被って、また歩き出す。 「って、ゆかりったら、帽子被ってるじゃない」 「だってぇ、日差しも強いし。あなたは私服で帽子被ってるけど、わたし制服だし」 「補習だったからでしょ。本当は午前中の映画を見る予定だったのに、ゆかりが昨日の補習サボるから今日の予定が狂ったんじゃない」 「細かいこと気にしちゃダメよぉ」 「はぁ……あんたって、絶対に一人じゃ生きてけないよ?」 「失礼ねぇ」 映画までけっこう時間があるから、しばらくデパートの中をうろつくことにした。本屋に入ったり服を見たり、暇つぶしにはもってこいね。 「あっ、あの帽子。ゆかりが被ってるのに似てる」 「ホントねぇ。ここで買ったのかしら?」 結局二人ともなにも買わずにデパートを出た。 「お腹すいたわねぇ。なにか食べない?」 「そうね、まだ時間はあるし。あっちに安くていい喫茶店があるから行こっか」 そこから十分くらい歩いて、着いたのはオシャレな感じの喫茶店。店先に黒板が置いてある。 「本日のオススメは……ってアレ?」 どうしたのかしら? 黒板を見てみると、書いてあったのは店のメニューとは全然関係ないことだった。 『愛するかなたへ なかなか戻ってこないから探しに行く。戻ってきたなら、一時に駅前で待っててくれ』 「これって、伝言板だったかしら?」 「違うわよ。それより、このかなたって人」 そう言ってじっとわたしの顔を見てくる。 「やーねぇ、わたしはゆかりよ?」 「違うってば! その帽子の持ち主!」 「……あ~! そういえば!」 帽子を取って、裏側を見る。確かに、かなたって人のだ。すっかり自分の物だと思ってたけど、拾い物だっけ?でも飛んできた物だから拾い物じゃなくて……飛来物ね。 「忘れてたの? で、どうするの? 映画までは時間あるけど……」 「飛来物だし、返しに行きましょ」 「飛来物って? まあ、いいか。それなら早く行こう。一時までもうすぐだし」 お昼抜きはつらいけど、帽子を返すために駅前まで歩く。ダイエットにはなるかしら。 「どんな人がくるかしらねぇ」 「帽子返したらそれっきりでしょ。あ、でもお礼は貰えるかも」 「そんな期待しちゃダメ。岩崎君に嫌われちゃうよぉ?」 「か、関係ないでしょ! 誰から聞いたのよ? そっちこそ高良君……アレ?」 「なぁに、どうしたの?」 視線を追うと、すごい速さで近づいてくる自転車が見えた。 「アレかしら?」 「そこのキミィィィ!」 高いブレーキ音を鳴らしながらわたしたちの前に止まる。 「的中ね」 「その帽子をどこで拾った!?」 「拾い物じゃなくて、飛来物ですよぉ」 「だから、拾い物でいいんだって」 「そんなことより! 病院の場所をしってるか!?」 『病院?』 思わず顔を見合わせる。予想外の展開。 「ええ、知ってます――」 「よし、この子を借りてくぞ!」 「えっ? あら、ちょっと……まぁ~ってぇぇ~!」 「ゆかり!?」 いきなり自転車に乗せられたと思ったら、次の瞬間には走り出していた。道を教えるってこういうこと? 「もう! 今日の映画楽しみにしてたのにぃ!」 「さぁ、病院はどっちだ!」 「次の交差点を左です! って、まだ赤信号です……やめてぇ~!」 2.公園のベンチに座る女性 PM0:15~0:50 「もう、財布を忘れるなんて……うっかり者なんだから」 今日は久々に実家に帰って結婚式の予定を話し合っていた。その帰り、彼がふと自分の財布がないことに気付き、取りに戻っている。 ちょうど近くに公園があってよかった。この暑い中、立って待ってるのは辛い。公園に入り、近くにあったベンチに腰を下ろした。 木陰にあるので他の場所より少し涼しい。 「ここから家まで往復――十五分くらいね。財布を探す時間も含めて二十分くらいはかかるかしら」 なにもしないで待つには少し長い。そう思いわたしはカバンから本を取り出す。今日実家に来る途中、開店と同時に本屋で購入したばかりの本。 ずっと楽しみにしてたから、帰ってからゆっくり読みたかったし、本を読んでると途中で止められなくなるのがわたしの癖だけど……時間も空いちゃったし。 「冒頭をちょっと読むくらいなら、ね」 そう自分に言い聞かせて本を開いた。 この本の著者は泉そうじろうという。彼は、最近売れ出してきた作家で、わたしは彼のデビュー作を読んで大ハマリし、今では新刊を発売と同時に買っている。 しばらくの間、暑さも忘れて本に集中していた。活字を読んでいるハズなのに、頭の中ではその場面の映像が流れているような感覚。うるさい蝉の鳴き声もいつの間にか消え、登場人物の会話が頭の中に直接聞こえてくる。 しかし、そんな感覚は目に走った一瞬の違和感でかき消された。目の中に汗が入ったみたい。 ちょうどキリのいい所まで読んだ後だったので、そこで本を閉じた。それと同時に暑さが蘇ってくる。 「みき」 名前を呼ばれたのでそちらを向く。立っていたのは予想通りの人物。 「ただお君、お帰り」 「待たせて悪かったね。じゃあ、行こうか」 恐らく彼は走って来たんだろう。大分汗をかいている。 「ちょっと休んでから行きましょう。すごい汗よ。ほら、お茶でも飲んで」 「ありがとう。じゃあ、そうしようか」 カバンから、タオルで包んだお茶のパックを取り出して彼に渡す。 わたしも同じお茶を飲んでいると、公園の隅、水飲み場の所に人影が見えた。水飲み場からこちらを愕然とした表情で見ている。 中学生くらいかしら? 青いブラウスに白いスカートを穿いた女の子。気付かれないように横目で見ていると、すぐにガックリと肩を落として歩きだす。公園から出るみたい。 少女はわたしたちの近くにある出入口に向かって歩いていた。近づくにつれ、少女の顔がよく見えるようになる。 「……ねぇ。あの子、大丈夫かしら?」 「うん? あの子かい? ……確かに元気がなさそうだね」 少女の顔色は真っ青だった。汗で服が湿っているのが見て分かる。目も虚ろで足取りはフラフラだった。 「ねぇ、キミ。大丈夫? 元気なさそうだけど……」 今にも倒れそう。そう思った時、反射的にわたしたちの前を通り過ぎようとした少女に声をかけていた。 少女は足を止め、ゆっくりと振り向く。ムリをしていると一目でわかる笑顔をしていた。 「ええ、平気です。気にしなぃd――」 言い終わる前に少女が膝をつき、ゆっくりと横倒しになる。いきなり過ぎて、対応が一瞬遅れた。 「……ねぇ、しっかり! 誰か来て、中学生くらいの子が! ただお君、救急車呼んで!」 しかし、公園に公衆電話はない。どうしたら…… 「近所の家で事情を話して電話を貸してもらうよ。氷かなにかも貰ってくる」 彼は冷静だった。そういい残して公園から出て行く。 とにかく、汗を拭かないと。ベンチの上に寝かせて、もっていたハンドタオルで少女の顔の汗を拭く。 しばらくして、桶のような物を持ったただお君が帰ってきた。中には氷枕と水が入っている。 わたしは氷枕を少女の首の裏に当て、タオルを濡らして汗を拭いた。遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。 「わたしは付き添うから、ただお君はそれを返してきて」 「ああ。あんまりムリはしないようにね」 ドアが閉まる寸前、ただお君が誰かに話しかけられてるのが見えた。救急車が走り出す。 気になって後ろを見ると、自転車が追いかけてきている。ただお君は……なぜか紙袋を二つ持っている。 「あの、この子の症状ですが……」 「あ、はい」 医者の声に振り向く。どうやら軽い熱中症らしい。少女の身体のあちこちに氷枕のような物が当てられている。後ろを見ると、追いかけてきていた自転車は見えなくなっていた。 3.青いブラウスの少女? PM0:20~0:35 帽子はどこにいったのだろうか? そんなことは、もうどうでもよかった。帽子なんてもう諦めている。お気に入りだったけど、色も形も同じ帽子なんていくらでも売ってるよね。今日も同じような帽子を見かけたし。 そう君の待つ喫茶店に戻りたい。でも、戻れない。その唯一にして最大の理由―― 「ここ、どこぉ……」 いつの間にか街から住宅街に迷い込んでいた。そろそろ頭もぼんやりしてきた。 「もぉダメ……死んじゃいそう……」 帽子の乗っていない頭に両手で申し訳程度の日陰を作りながらフラつく足で歩く。 とりあえず、日陰を探そう。水分補給出来る場所も。最悪、その辺の家に駆け込んで――っん? 「あれって……公園だよね?」 住宅街の外れ、たくさんの木が植えてある空間が見えた。近づいてみると、やっぱり公園だった。 公園なら水飲み場も日陰もあるよね? 期待を胸に公園に入った。 水飲み場は確かにあった。『故障中』の張り紙つきで。ベンチにはすでに人が座っているけど、あと一人くらい座れそう。入れて貰おうかな? そう思っていると、男性が公園に入って来た。ベンチに座っている女性の隣に座り、お茶を貰っている。 しまった、もう少し早く行動していれば…… もう、ベンチに座るスペースは無い。水も飲めない。ちょっと、いやかなり泣きそう…… もう公園を出よう。元来た出入口ではなく、公園を通過する形で反対側の出入口から出ようと歩き出す。 「ねぇ、キミ。大丈夫? 元気なさそうだけど……」 振り向くと、ベンチに座っていた男女が心配そうにわたしを見ていた。わたしは無理やり笑顔を作る。 「ええ、平気です。気にしなぃd――」 言い終える前に、わたしをとてつもない眩暈が襲った。上下左右の感覚が無くなり、世界がグルグル回る。気付いた時には頬に熱い地面の感触があった。 「――ねぇ――り! 誰――て! 中学生くら――! ただお君、救急――!」 ――中学生って……わたし、もう二十五だし結婚も…… 4.付き添ってきた女性 PM1:05~1:10 病院の対応は早かった。救急車に乗っていた医者から説明を受け、その間に少女の湿った服を着替えさせ、この病室にを寝かせた。聞くと、救急車内で処置はもう済んでいるので、あとは目を覚ますのを待つだけらしい。 「さっきまではそんな余裕なかったけど、可愛らしい顔してるなぁ」 そっと頭を撫でてみる。よく手入れされているのか、髪の毛はサラサラだ。 「あら? 顔に砂がついてる」 全部払ったと思ったんだけど。軽く頬を払う。柔らかい肌だった。 「……ふぇ?」 頬を触っていたら、気の抜けた声と共に少女が目を覚ました。どうやら起こしてしまったらしい。 しばし見詰め合っていると、だんだん少女の顔が強張ってきて―― 「……きゃぁー!」 いきなり悲鳴をあげられた。さらに、わたしの手を振り払ってわたわたとベッドの上を逃げ惑い。 「うわぁ!」 ベッドから落ちた。一体なんなんだろう? わたしってそんなに怖い顔だったかしら? 少女はなかなか起き上がらない。覗き込んでみると、ベッドの陰に隠れて涙目で震えていた。 「ねぇ」 「ひぃっ……! あなた……ここは……!?」 ひぃって、どこまでわたしを傷つければ気が済むんだろう? 「あのね、落ち着いて。怖がらなくても大丈夫よ。ここは病院。あなたは暑さで倒れてここに運ばれたのよ」 5.制服の少女と青年 PM1:10~1:15 「よし、やっと着いた!」 「はぁ……怖かったぁ」 よく生きてここまで来れたと思う。あんな大通りの信号を無視するなんて…… 「よし、今行くぞ、かなた!」 「えっ?」 宙に浮いている足。わき腹に体重がかかっている。わたしは、彼の小脇に抱えられている。 「ちょっ……自分で歩けますよぉ!」 「いいから、着いてきてくれ!」 「着いていくから降ろして……せめて、お姫様だっこに……」 しかし、わたしの訴えは聞いて貰えず、そのまま院内へ入っていく。彼は一直線にカウンターへ―― 「あら? この高さって……ねーえ、ちょっと待って……っ!」 予想していた衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると、鼻先数センチの所に壁がある。ギリギリセーフみたい。 「さっき、髪が長くて背の低い女が運び込まれただろう? 案内してくれ、身内なんだ」 上を見ても、カウンターが邪魔して様子が分からない。誰かのお見舞いみたいだけど。 「早くしてくれ!」 「あいた!」 いきなり迫ってきた壁に顔を押し付けられた。 「痛い……ちょ、降ろして……たすけてぇ~」 手足をバタつかせるけど、全然降ろしてくれない。 「わかった! そこの病室だな」 やっと顔が壁から離れた。鼻血は……出てないみたいね。 「ちょっとぉ! 気をつけてくださいよぉ!」 でも、彼には聞こえてないみたい。走っちゃいけないハズの廊下を全力で走り、ある病室の前に立った。迷いなく扉を開く。 なんでもいいけど、早く降ろしてくれないかしら? 6.少女の外見をした二十五歳の既婚者 PM1:10~1:15 目を覚ますと、目の前に女性の顔があった。思わず悲鳴をあげて逃げるけど、すぐに足場をなくしてずり落ちる。ちょうど、ずり落ちた先に隙間があったので、そこに逃げ込む。 ――ここどこ? あの人……わたしになにしようとして…… もしかして、そのテの人? そのテの人に誘拐されちゃったのかな……? わたし、女の人に襲われちゃうの? 「ねぇ」 急に声をかけられて慌てて振り向く。さっきの顔がわたしを覗き込んでいた。 「ひぃっ……! あなた……ここは……!?」 思わず情けない声を出してしまった。 「あのね、落ち着いて。怖がらなくても大丈夫よ。ここは病院。あなたは暑さで倒れてここに運ばれたのよ」 「……へっ?」 目の前にあるのは真っ白のシーツが敷かれたベッド。飾り気のない地味な部屋で、スライド式の大きな扉がある。ベッドの近くには、ナースコールらしきインターホンがある。わたしが着てる服も、入院患者のものだ。 「……病院だね」 落ち着いてみれば、なにからなにまで病院だった。 「って言うことは、あなたはそのテの人じゃないんですね?」 そう言うと、女性は顔を引きつらせた。しまった、よけいなことだった。 「ええ。わたしはみきっていうの。キミ覚えてないの? 倒れた時のこととか」 倒れた? わたしがこれまでのことを思い出す。 「ええと……道に迷って公園に着いて……ああ! あのカップルの人? じゃあ、彼氏さんは?」 「病院まで付き添ったのはわたしだけなの。彼は水と桶を借りた近所の人にお礼を言いに行ってるわ」 カップルで居たということはデート中だったんだ。邪魔しちゃったみたい。 「よくわからないけど……デートの邪魔しちゃいましたね……ゴメンなさい」 「気にしないで。キミが悪いんじゃないから。それより……」 「それより?」 「そろそろ、そこから出てきたら?」 わたしは、下半身をベッドの下にしたままだった。 ――あ、あれ? 「どうしたの?」 「なんか引っ掛かっちゃって……出られない」 どうしよう。そう思った時、急に病室の扉が開いた。 「かなた!」 どうしてこの場所がわかったのかは知らないけど、彼は現れた。 「そう君! ……その娘はだれ!」 謎の女子高生を連れて。 「知り合い?」 「わたしの夫と、知らない女子高生です」 みきさんが目を見開いた。 「夫って……中学生じゃ……えっ? いま何歳?」 「中学生って……わたしは二十五で既婚です!」 7.怒りのかなたさん PM1:20~1:30 ベッドの下から救出されたあと、そう君の話を聞いた。 そう君の行動は、喫茶店に伝言を残して、途中で自転車を拾い、公園でわたしを乗せた救急車を発見。みきさんの彼氏に話を聞き、救急車を追っている途中でわたしの帽子を被った女の子を見つけて、その子を道案内にしてここまで来た。と言うものらしい。 「で、みきさんの彼氏に荷物を預けた上に、この娘を道案内役として拉致したの?」 「拉致とは失礼な。ちゃんと同意を得た上での同行だぞ」 「高良ゆかりちゃんだっけ? ホントにヒドイことされなかった?」 「えーっとぉ、まずはいいって言ってないのに強引に連れてかれて。信号無視とかしてすごい怖かったです。あと、抱えられてた時に受付の壁で顔を打ちました。あ、この帽子、返します。飛来物です」 「飛来物? とにかくありがとう。ほら、全然同意してないじゃない! 危ない目にも合わせて! それに抱えてる時にヘンなところ触ってたんでしょ?」 「断じて、そんなことはない! ただ小脇に抱えてただけだ!」 「小脇に抱える時点でおかしいよ!」 ホントに、信じられない。おぶったりするのが普通なのに。……叫んだら元々痛かった頭がさらに痛くなってきた。ムリはするものじゃないね。 「とにかく! 罰として、みんなにお菓子と飲み物買ってきてね。自腹で」 どうやら諦めたのか、そう君はトボトボと部屋から出て行こうと扉を開いた。 「……」 「あー、なんだ。お取り込み中だったから待たせて貰ったけど、ケンカは終わった?」 どうやら、お医者さんはずっと待ってくれていたらしい。悪い事しちゃったかな。 8.カウンセラーかなたさん 2:30~ わたしは様子見で一日入院することになった。そう君は駄々をこねていたけど、ちょっと怒ったら渋々承諾した。今は、色々と買出しに出かけている。 あれからけっこう時間が経つけど、みきさんもゆかりちゃんも病室に居る。二人とも、今日は予定があったんじゃないかと聞いてみたけど、ゆかりちゃんは『かなたさんが一人になっちゃうじゃないですか』と言って残っていて、みきさんもそれに頷いていた。 「ゆかりちゃんって陵桜学園なんだ。頭いいんだね」 「そんなことないですよぉ。友達に頼りっぱなしです」 「彼氏とかは居ないの?」 「居ないですねぇ」 「いくらでも出来そうなのにね。ちょっと天然っぽくて可愛いし」 けっこうスタイルもよさそうだし、羨ましいなぁ。わたしなんて…… そう言えば、さっきからみきさんが元気ないね。 「みきさんどうしたの? 元気ないよ?」 「……ねぇ、かなたさん。ちょっと相談したい事があるんだけど、いいかしら?」 みきさんが急に真剣な口調で言った。 「え、相談? いいけど……あんまり役に立てないかもしれないよ?」 「じゃあ、その時はわたしが相談に乗ります」 「気持ちはありがたいけど、かなたさんじゃないとダメなの」 「え~、そうなんですかぁ……」 わたしじゃないとダメって、どんな相談なんだろう? 「かなたさん。旦那さんと結婚する時、不安にならなかった?」 みきさんが相談してきた内容は、予想したより遥かに重かった。 えーと、つまりこれは……今流行の―― 「マリッヂブルーってやつ?」 「えっ? じゃあ、みきさんって失踪中なんですか?」 「ゆかりちゃん……それは極端な例だから。そんな話どこで聞いたの?」 「この間、担任の先生が居なくなってぇ、みんなマリッヂブルーだって」 「……まあ、それは置いといて、みきさんは不安なんでしょ? どうして?」 「実は、彼の家は神社なんです」 みきさんの話を聞くと、みきさんの彼は若くして実家の神社を継いだらしい。彼女の不安は、普通の家庭とは違う環境でうまくやっていけるかどうかというもの。 「確かに、特殊な職業だよね」 そう君は作家だから、わたしも人のこと言えないけど。 「神社のお給料ってどこから……お賽銭? 小銭ばっかりねぇ」 「それじゃ生活できないよ。他にも寄付して貰ったりとか、色々あるみたいだね」 「ええ、お金に心配はないの。でも、わたしは神職のことなにも知らないから彼に迷惑かけちゃうかもしれないし、彼の負担になりたくないの。でも、どうしたらいいか――」 「信じればいいんだよ」 「えっ?」 不安は誰にでもあると思う。新しいなにかが始まる時は、期待と一緒に不安も大きくなる。 「悩んでも悩んでも、不安や心配が小さくならない時は――」 そう君が本当に小説作家になれるか不安だったけど、その方向に背中を押したのはわたしだから。 「相手を信じて全部を預けて、後ろからついて行けばいいんだよ」 そう君は進むのが早いから、ついて行くのが大変だけどね。 「迷惑かけてもいいんだよ。夫婦なんだから。それで、相手が重そうにしてたら、後ろから支えて、背中を押してあげるの。その代わり、相手が持ちきれなくなったら今度は自分が相手の不安を預かるの」 「……かなたさんは、そうしてきたの?」 「そうだね。彼が頑張るから、わたしはついて行けたし、彼が頑張れない時は相談に乗ってあげた」 そう君は放っておくといつまでもウジウジ悩むから、背中を押してあげないと。 「まあ、わたしは預ける前に背中を押しちゃったから、預けるまでが大変だったけどね」 そう言うと、みきさんは少し笑った。ゆかりちゃんは、ポカンとした表情。ちゃんと話を聞いてたのかな? 「ゆかりちゃんも、いつか相手が出来た時、今の事を思い出してね」 「相手かぁ……出来るかしら?」 「ありがとう、かなたさん。わたしったら、なんで一人で悩んでたんだろう? 一番信じられる人がすぐ近くにいたのにね」 「たまには甘えてみなよ。ウチのそう君みたいに、甘えすぎるのも問題だけどね。高校を決める時も、大学を決める時も、中退して作家になる時も、いっつもわたしに甘えてきてね」 「えっ? 作家さん? 泉で……そう君……まさか」 みきさんがなにかぶつぶつ言っている。 「かなたさんの夫って、作家の泉そうじろうさん!?」 「そうだけど、よくわかったね?」 「大ファンなんです! 今までの作品は全部読んでるし、今日発売の新刊も買いました!」 「ちょっと……みきさん落ち着いて――」 みきさんが興奮してわたしに詰め寄ってきた。それと同時に、病室の扉が開いた。 「戻ったぞ……って今度はなにやってるんだ?」 「あ、あの! サインしてください!」 みきさんが、自分のバッグから本を取り出して、今度はそう君に詰め寄った。 「なんにしても、みきさんが元気になってよかったですねぇ」 「そうだね」 結局、みきさんは暗くなるまでそう君と本の話をしていた。そう君がたまに助けを求めるような視線を送ってきたけど、全部無視。わたしはゆかりちゃんとお喋りをしていた。 9.扉の前にて医者のぼやき PM5:00 もう二時間くらい経つか? いつまで喋ってるんだろコイツら…… いま入ってもいいけど、なんかものすごく気まずい感じがする。さっきみたいにケンカではないだろうけど…… 結局、俺が回診の為に病室に入れたのは、その三十分後だった。
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26 私は都心のとあるホテルの入り口に居る。丁度エレベータに乗ろうとした時だった。 「すみません、お客様」 後ろから私に声をかける人がいた。振り返ると女性だ、制服からするとホテルスタッフらしい。 スタッフ「恐れ入りますが御用はなんでしょうか」 こなた「このホテルに泊まっている人に会いに行くところだけど」 スタッフは大きく頭を下げた。 スタッフ「すみませんがそのお客様とお約束はしていますか」 私は頷いた。するとスッタッフはフロントの受付の方を向いた。 スタッフ「受付でサインをお願いします」 私は受付でサインをした。さすがにこのクラスのホテルになると受付の対応が違う。あのスタッフはコンシュルジュってところかな。 うちのレストランもあのくらいの対応をすれば一流って言われるのかな。 受付でサインを済ますと再びエレベータに向かった。 『コンコンコン』 ドアをノックした。ドアが開いた。 「¿Quién es usted?」 こなた「ほえ??」 見たことの無い男性が出てきた。髭を蓄えている。 「Váyase.」 何を言っているのか分からない。私はポケットからメモリー板を出して男性に見せた。男性はメモリー板を見ると溜め息をついた。 神崎「やはり無駄だったか」 こなた「もうこのホテルに入ってから居場所は分かっているからね、こんなに便利なのに何故今まで見つからなかったの?」 やっぱり神崎さんだった。このメモリー板を持ってからお稲荷さんの居場所は直ぐに分かるようになった。例え別の人に化けていても見破るのは簡単だ。 私は部屋の中に入った。 神崎「前にも言っただろう、起動しなければ只の箱に過ぎない」 こなた「自動で起動できるようにしなかったの、そんなのお稲荷さんなら簡単にできるじゃん?」 神崎「機械に判断と選択はさせない」 こなた「へ、分かんない、もっと簡単に教えて」 神崎「私達の母星で起きた事件だ、機械が我々に反抗してしまってね」 こなた「あ、それって、よくゲームとかで出てくるネタだね」 神崎「いや、実際に起きた、私達の星ではね、それで長い戦いが起きた……」 こなた「神崎さん達が今こうして居るって事は機械に勝ったんだね?」 神崎「勝ったっと言うより我々が機械の制御を自分自身に取り込んだ、だから機械は我々の意思なしでは動かないようにした」 こなた「取り込んだって?」 神崎「機械の制御権を全て我々の中、遺伝子に組み込んだ、これで機械は我々の道具に戻った、機械は我々の脳からの命令がないと動かない、君達の細胞にいるミトコンドリアと 同じ、ミトコンドリアの遺伝子を細胞の核に移してミトコンドリアを制御しているのとね、それに至るまで多大の犠牲を余儀なくされたがな、その副産物として 変身と長寿、そして君達の言う超能力を得た」 こなた「ふ~ん」 言っている意味の半分も理解できなかった。みゆきさんなら理解できただろうけど……無表情の私にちょっと不機嫌な様子の神崎さんだった。 神崎「他人事だな、君たちもいずれそれに直面するぞ、自分の作った道具に滅ぼされるなんて考えただけでも恐ろしいとはおもわんのか?」 こなた「でも私が生きている内は大丈夫でだよね」 神崎「それは、どうかな……」 神崎さんは改まって私を見た。わたしの顔を見て話を続けるのを諦めたのか話題を変えた。 神崎「ところで何の用だ?」 こなた「作戦の続きがあるでしょ、忘れちゃったの?」 神崎さんは部屋にある置時計を見た。 神崎「もうそんな時になるのか……本当にしなければならないのか?」 こなた「もちろん、その為にきたんだよ、最後まで付き合ってもらうから」 神崎「そうだったな……ちょっと待ってくれ準備する」 神崎さんはいそいそと身支度を始めた。 こなた「……その姿で行くつもりなの?」 神崎「そのつもりだが、何か問題があるか?」 こなた「ん~、最初に私に見せた姿がいいかも……」 ひげもじゃで背が高すぎ。すごく威圧感がある。 神崎「そうか……30分ほど余計にかかるがいいか」 神崎さんは洗面所に向かった。 こなた「なんで洗面所に、変身ならここですればいいじゃん?」 神崎「君は着替えをする時見せびらかすのか?」 こなた「そ、そんな事はしないけど……」 神崎「それと同じだ、失礼する」 そのまま洗面所に入った。お稲荷さんの変身って着替えみたいなものなのか……始めて知った。 そういえばめぐみさんの時は私の前でよく変身していたけど、同性だったから気にならなかっただけなのかな……まだまだお稲荷さんについては良く分からないことだらけだ。 神崎「君の作戦はいつ思いついた?」 洗面所の更衣室のドア越しに声が聞こえた。 こなた「神崎さんが言った時、殺し屋が来るって」 神崎「そうか……」 それ以降神崎さんは話してこない。きっと狐に戻ったに違いない。 …… …… そう、あの時……神崎さんは私に金縛りの術をかけようとしていた。 神崎「泉、私を見ろ……」 この重みのある言葉で直ぐに分かった。まともに彼をみれば術を防ぐ術はない。でも幸い私には彼が残したボイスレコーダを持っている。 はたして私が使って神崎さんの術を封じる事ができるだろうか。どのくらいの範囲で効果があるのか分からない。でも使うしかない。まずは神崎さんを止めないと私の 作戦は始まらない。 『カチ』 私は手をズボンの後ろのポケットにまわしてそっとスイッチを入れた。そしてゆっくり神崎さんの方を向いた。 神崎「どうだ、動けないか……」 うごけ……ん?……! しめた、動けそうだ。それならここは術にかかった振りをする。私は何も言わなかった。神崎さんの隙を狙う。 神崎「お前を巻き込む分けないはいかない、このまま最終電車で帰ってもらう、特急に乗れなくても終点の駅ならホテルは沢山ある……」 私に催眠術をかけるつもりなのか私の顔に腕をゆっくり伸ばしてきた。私の額にその手が触れるか触れないかの距離まで来た瞬間、 私は一歩神崎さんの真横に移動して身体を一回転させて神崎さんの背後に回り私の腕を神崎さんの首に回してもう片方の腕で完全にロックした。俗に言う裸締めだ。 神崎「うぉ!?」 こなた「動かないで、腕にちょこっと力を加えれば頚動脈から頭に血が行かなくなるよ、そうなれば数秒で落ちるよ」 神崎「な、何故効かない……なぜ……?」 こなた「神社でボイスレコーダ拾っちゃったからね」 神崎「まさか……もっと遠くで捨てるべきだったな……なんて素早い身のこなし、見えなかった、しかも急所を的確に狙うとは……東洋の武道と言うやつか……」 こなた「武術はちょこっと齧っただけ、油断したから素早く見えただけ、だけど技の効果は本物だよ」 神崎さんは全身の力を抜いて渡しに委ねた。 神崎「そうだな、本物の様だ、抵抗はしない……それでこの状態で私に何をする気だ?」 こなた「それより私を帰した後どうするつもりだったの?」 神崎「あの殺し屋には個人的に因縁がある、ヨーロッパに居た頃友人だった人間を何人か殺されている」 こなた「敵を討つつもりなの?」 神崎「そうだ……」 思ったよりも深刻だった…… こなた「それで、その後はどうするの」 神崎「殺し屋があやめを殺した様に見せかける、殺し屋の死体が一緒ならあやめと刺し違えたと思うだろう、そして、殺し屋の雇い主が分かれば貿易会社の全貌が明らかに……」 半分は私が立てた作戦と同じ、だけど半分は全く違う。 こなた「残念でした、殺し屋の雇い主は分からないよ、神崎さんも長年貿易会社を調べている割には分かってないね?」 神崎「なんだと、何故だ!?」 神崎さんが少し暴れそうだったので腕に少し力を加えた。すると直ぐに大人しくなった。 こなた「武器の密売を隠せるくらいの力をもってるんだよ、殺し屋を雇ったなんて分かりっこない」 お稲荷さんらしくない。親友を殺されて頭に血が上って冷静な判断ができないのかもしれない。 神崎「君なら何かあるとでも言うのか」 こなた「あやめさんの死体を利用するのは全く同じ、だけどその方法が少し違う……聞いてみる?」 神崎「もしその話を聞いて私が断ったらどうする」 こなた「このまま絞め落とすよ、と言いたい所だけど、どうしても神崎さん……お稲荷さんの協力が必要なんだ……」 私は絞めていた腕を解いた。神崎さんは私から一歩離れて手で首を擦りながら振り返った。 神崎「何故放した……いくら素人でも同じ技にはかからないぞ」 こなた「そうかもしれないけど、そっちもお稲荷さんの術は使えないよ」 神崎「……そうだった、話してみろ、その作戦とやらを」 こなた「神崎さんは殺し屋に催眠術をかけてあやめさんを殺したと思い込ませて」 神崎「それで……その後はどうする」 こなた「それだけでいいよ……うんん、もしかしたらメモリー板も取り戻しにくるかもしれないから、それも奪還させたと思い込ませる必要もあるかもね」 神崎「ばかな、そうしたら彼は証拠隠滅を図るぞ……話にならん、私は私のやり方で……」 こなた「殺し屋を殺してどうするの、殺したって神崎さんの友達は帰ってこない、あやめさんだって!!」 この時、殺し屋が家に火をつけるなんて思ってもいなかった。あの時は私の作戦を説明するのでいっぱいだった。 神崎「……殺し屋を許せと言うのか?」 こなた「うんん、そうは言ってない、ただ、誰一人傷つけたくないだけ」 神崎「傷つけない……どうやって」 こなた「あやめさんのパソコンを使う、以前盗んだデータを公に知らせたらどうなるかな、それもあやめさんが亡くなった時間に合わせて送ったら?」 神崎さんは暫く考えた。 神崎「パソコンの操作はどうするつもりだ」 こなた「証拠を消す為に必ず殺し屋はパソコンに何かをするはず、それを合図に発信するようにする」 神崎「……出来るのか?」 こなた「元気だま作戦よりは簡単だと思うけど?」 神崎さんはまた考え込んだ。 こなた「真奈美さんが何故亡くなったか教えたから知っているでしょ?」 神崎「ああ、知っている、柊さんと握手をした時、彼女の意識から鮮明なイメージが飛び込んできた……装置のスイッチを入れていなかった……慌てて入れたがもう遅かった」 やっぱり私の思った通りだった。 神崎「あのイメージで真奈美が捕らわれているという推測は絶望的になった……それでも微かな希望に賭けたのだがな……」 こなた「つかさが旅をしたから亡くなったんて言わないでよ」 神崎「分かっている……」 こなた「それじゃ何をすればいいのか分かるよね?」 神崎さんはあやめさんの方をじっと見つめた。 神崎「……いいだろう、君の作戦にかけよう……」 こなた「そうこなくっちゃ!!」 神崎さんは振り返って私を見た。 神崎「そのセリフはあやめが生前よく使っていた……」 こなた「感傷に浸るのは作戦が終わってから」 神崎「そうだな……」 って言ったみたものの実際殺し屋をどうやって催眠術にもっていく方法までは思いつかなかった。 こなた「えっと……その殺し屋さんってどんな人?」 神崎「そんなのを聞いてどうする?」 こなた「誘き出すのに参考になるかなって……」 神崎「なんだ、もうとっくに考えてあるのかと思った」 呆れ顔の神崎さんだった。 神崎「彼の対処は私がする、君はあやめが生きている様に振舞ってくれればいい」 こなた「この部屋でパソコン打ってればいいかな?」 神崎さんは頷いた。 神崎「仕掛けは出来るだけ急いでくれ」 私は部屋のカーテンを閉めて椅子に腰掛けた。カーテン越しの影が外からは長髪の女性が居る様に見える。 神崎「それでいい」 神崎さんは部屋を出た。 これから殺し屋が来るまでの時間はどのくらいか覚えていない。夢中でパソコンを操作していた。 つかさの家に着くまでの時間から逆算すると多分1、2時間位の時間だった。 突然部屋の明りが消えた。そしてパソコン本体の隣においてあったUPSのランプが点灯した。 1から2分くらい経っただろうか、部屋の外から神崎さんの呼ぶ声が聞こえた。メモリー板の明りを頼りに部屋を出て声のする方に向かった。 玄関の入り口に神崎さんが立っていた。その直ぐ隣に見知らぬ人影が見える。明りを向けると男性がマネキン人形の様に静止して立っていた。もう神崎さんが金縛りの術を かけた後のようだ。 こなた「この男性が?」 神崎「そう、殺し屋だ」 身長はさほど高くない。顔つきはどう見ても東洋人系の顔……日本人にしか見えない。 こなた「ヨーロッパの殺し屋じゃないの?」 神崎「いや、彼は変装の名人だ、どんな民族にも違和感なく溶け込める」 こなた「急に停電になったけど?」 神崎「もちろん彼の仕業だ、彼は潜入するとき電源と通信を遮断する……言い忘れていたがこの状況でメッセージは送れるのか?」 こなた「幸いUPSがああったから大丈夫、メッセージもあやめさんの携帯電話経由で送るから問題ないよ」 神崎「そうか……」 ほっと一呼吸整えると神崎さんは殺し屋の額に手を添えた。 神崎「彼はもうあやめを殺した……メモリー板も回収した事にする」 こなた「それじゃこれを」 私は神崎さんに携帯電話を渡した。 神崎「これは?」 こなた「あやめさんの机の中に入っていた携帯、多分機種変更で使わなくなったやつ、これをメモリー板だと思い込ませて」 神崎「……君はあざといな……」 神崎さんは受け取った携帯電話を殺し屋のズボンのポケットに入れた。 こなた「彼をあやめさんの部屋に移動させないと……」 『パチン!!』 神崎さんが指を鳴らすと殺し屋の足が動いた。そして誘導するようにあやめさんの部屋に移動した。 部屋に移動すると私はあやめさんの周りに張り付いている繭の様な物を引き剥がした。引き剥がすと繭の様な物は泡の様に解けて消えた。 あやめさんを抱き起こすと椅子に座らせた。 こなた「準備はいいよ」 神崎さんは殺し屋から手を放そうとしなかった。 こなた「どうしたの、もしかして催眠術がかけらないとか??」 神崎「……彼は此処を離れる際、火を放すつもりだ……台所から出火させて事故にみせつもりらしい……」 こなた「大丈夫、もうメッセージは送られているはずだから……」 神崎「いや、そうじゃない、火事になればあやめは……あやめの身体は焼け爛れるぞ……場合によっては身元が判らないほどに、それでも良いのか?」 こなた「……もう亡くなっているからあやめさんは何も感じないよ……」 神崎「……君は冷酷だな……」 神崎さんは片手を上げた。 神崎「この指を鳴らして3分後に金縛りの術が解ける、それと同時に彼はあやめを殺し、メモリー板を奪還したと思い込むはずだ……」 私は頷いた。 神崎さんは両目を閉じて全身を震わせながら指を鳴らした。 『パチン!!』 神崎さんは椅子に座っているあやめさんをじっと見ていた。 こなた「急いで出よう!!」 私は彼の手を引いて家を出た。そして次の駅まで歩いて行き始発電車でつかさの家に向かった。 これがあの時、あやめさんの家で起きた一部始終。 …… …… 神崎「これでいいのか」 洗面所から出てきたのは初めて会った時の神崎さんの姿だった。いろいろ思い出していたらもう30分も経ってしまったようだ。 こなた「うん、それでいい」 神崎「本当に行くのか?」 こなた「もちろん、行かないと私の作戦は終了しないからね」 神崎「何故私が行く必要がある」 こなた「神崎さんから直接話して欲しいから」 神崎「泉さん、君の方が適任だと思うが……それに私の話を聞いて信じてくれるかどうかも分からない」 こなた「信じる信じないは向こうが決める事、真実を話すのが大事なの……」 神崎さんは黙って何も言い返してこなかった。 こなた「行こう」 私達は部屋を出た。 ホテルを出た私達は私の車に乗って出発した。 神崎「何処に行く……」 こなた「神社だよ」 神崎「神社?」 こなた「そう、神社、つかさと真奈美さんが初めて会った場所、そしてあやめさんと真奈美も……そこが一番話すのに相応しいと思ったから」 神崎「あの神社か」 こなた「待ち合わせ時間に間に合うように少し急ぐよ」 私はアクセルを踏んだ。 神社の頂上が見えてきた。待ち合わせをしていた人はもう既に居た。 神崎「どうしても話さなければならんのか?」 こなた「そうだよ、5年間も騙し続けたのだから、ちゃんと責任とってよ」 今日はあやめさんの四十九日。納骨を終えた正子さんと待ち合わせをした。正子さんに会わせたい人がいると約束をした。 話すには打ってつけの日。だから今日にした。 階段を登ってくる私達に気付いた。私達に微笑みかける正子さん。 こなた「どうも遅くなっちゃって……」 正子「いいえ、私もついさっき来たばかりなのよ」 正子さんは神崎さんに気付いた。私の陰に隠れているのをのど着込むように見た。 正子「彼が?」 こなた「はい、会わせたい人です……ほら、神崎さん……」 私は神崎さんの後ろに廻り彼の背中を押して正子さんの前に立たせた。そして私は2、3歩下がった。 神崎さんは正子さんに会釈をした。 正子「貴方は……確か……あやめと一緒に家に来たわよね?」 神崎「……はい、よくご存知で……」 正子「良く覚えている、なんせあやめが初めて男性を連れてきたのだから……」 神崎さんのあの姿はあやめさんの生前からの姿だったのか……変身し直させて良かったかもしれない。 神崎「実は正子さんに言わなければならない事実がありまして……」 正子「事実?」 正子さんは不思議そうな顔で私の方を向いた。私はただ頷くしかなかった。正子さんは再び神崎さんの方を向いた。 神崎「……あやめ……いや、あやめさんは……」 正子「あやめがどうかしましたか?」 神崎さんを見て首をかしげさらに不思議そうな顔をする正子さんだった。 神崎「貴女の娘さんは5年前に既に亡くなっていた、それまでの間、私が成り済ましていました……」 神崎さんはその場で深々と頭を下げた。経緯の説明がない。お稲荷さんの話もしない。あまりに短い言葉だった。これじゃ何がなんだか分らない。理解出来ないじゃないか。 最初からちゃんと説明しないと。私が話そうとした時だった。 正子「確か……あの時は土砂降りの雨だったかしら……ずぶ濡れになって小脇に壊れたヘルメットを抱えて帰って来たわね……」 私は立ち止まった。。 正子「どうしたの?……そう聞くと「何でもない」……そう言って部屋に入って言ったわね……覚えています」 神崎「土砂降り……壊れたヘルメット……ば、ばかな……入れ替わった最初の時……」 正子「悲しげなあやめの表情でしたね、なんとなく違和感があった……」 神崎「そんなはずはない、容姿はもちろんあやめの記憶は全てトレースした、幼少から亡くなる寸前までの記憶、彼女の性格も、癖も……」 正子さんは話を続けた。多分神崎さんの話を理解できていない。 正子「……そして次の日、部屋から出てきたあやめは元のあやめに戻っていた……」 どんなに正確に変身しても他人は他人。母親は騙せないか…… 神崎「何故聞かなかった、何故黙っていた?」 正子さんは目を閉じながら話した。 正子「それを聞いたら……あやめがどこか遠くへ行ってしまうような……そんな気がしたから……でも、部屋から出てきたあやめはあやめだった、私の娘そのものでした…… あれから5年……もうそんなに経つのね……」 正子さんの目から涙が一筋流れた。 涙を流している正子さん見て急に私も悲しくなった。そして、 彼女と出逢ってから今までの出来事が走馬灯のように浮かんできた。 取材や作戦じゃくてもっといろいろ話したかった。ゲームやアニメの話、皆と軽食を食べながらバカな話でもして…… その時気付いた。私の会っていたあやめさんはあやめさんだった。少なくとも金縛りの術を使う直前までは神崎あやめだった。 私は大事な親友を一人失った…… 私はあやめさんを見殺しにした。私はあざとく……冷酷だった。 こなた「正子さん、わ、私……」 この作戦を考えたのは私。だから私は正子さんに話そうとした。でも正子さんは首を振って私を止めた。 正子「もう済んだ事だから……それより二人共、あやめの墓前で手を合わせて欲しい……」 正子さんは振り返ると神社の奥の方を向いて手を合わせた。 神崎「墓前……まさか、あやめは……」 正子「そう、この地に散骨しました……幼少から此処が好きでした、そして今でも……そう思いまして」 神崎さんは正子さんのすぐ後ろに立つと手を合わせた。 私はそのままの位置で手を合わせた。 ……あれ。目頭から熱い物が頬を伝った。 涙だった。 本人には一度も会っていないのに。泣く事なんて無いと思っていたのに…… 祈りが終わっても私は暫くその場を動く事ができなかった。 涙で目がくもって見えなかったから。 こうして私の作戦は終わった。 成功したのか。失敗したのか……今の私には分らなかった。 27 あれから半年以上が過ぎた…… 元に戻った。かえでさんは出産が近いので相変わらずつかさが代わりを務めている。 それ以外は普段と全く変わらない生活…… いや変わった…… つかさ「こなちゃん」 仕事が終わり、私が更衣室に入るのを呼び止めた。珍しい。 こなた「ん、今日は早番だよ?」 私のタイムシフトを間違えた。そう思った。 つかさ「知ってる……」 私がそのまま更衣室に入るとつかさも後から直ぐに入ってきた。 こなた「どうしたのさっきから、何か用でもあるの?」 つかさ「う、うん……」 もじもじしてはっきりしない。私は構わず着替え始めた。 つかさ「こなちゃん……かえでさんの事黙っていたの……怒ってる?」 こなた「……ほぇ、もう半年も経つのに何を言ってるの?」 着替えながら聞き返した。 つかさ「最近のこなちゃん……少し変わったから……」 こなた「変わった?」 つかさ「う、うん……いつもの元気がないような気がして、それに何となく……そっけない様な……」 元気がない。そっけない…… こなた「そうかな、私は普段と何も変えていないけど……つかさの気のせいだよ」 つかさ「う、うん……ごめんね、邪魔しちゃって……」 つかさは部屋を出ようとした。 こなた「ちょっと待って」 着替え終わった私はつかさを呼び止めた。 つかさは振り返った。 こなた「もし、かえでさんと井上さん、二人同だったらどっちに薬を渡した?」 つかさ「えぇ??」 つかさは凄く困った顔をした。そして目を上下左右に動かしながら考えている。 つかさの反応はだいたい想像できた。それでもこんな質問をするのだから私ってそうとうSなのかもしれない。 こなた「別に考えなくてもいいじゃん、私なら迷うことなくかえでさんを選ぶよ」 つかさは悲しそうな顔をして俯いた。 こなた「優しいね、つかさは……井上さんは会ったことも話したこともない赤の他人、かえでさんを選んでも誰も文句は言わないよ」 つかさ「で、でも……」 こなた「そうだよ、つかさは内緒にしていた、だから私は神崎さんをみゆきさんの居る所に連れてこられた」 つかさがかえでさんの容態を話していたら私はどんな作戦をしていただろうか……きっともっと冷酷な…… そんな私の思惑とは裏腹に驚いた顔で私を見るつかさだった。 こなた「ほらほら、そう言う事だから私は全然怒っていない」 つかさ「うん……でも、なんだかこなちゃん……変わったよ」 変わったって何が変った? こなた「それよりかえでさんが出産したら戻ってくるよ、つかさはどうするの?」 つかさ「私のお店に戻りたいけど……ひろしさんがお父さんの後を継ぎたいって……」 こなた「それならもうお店畳んじゃってこのままこの店に残ればいいじゃん?」 つかさ「そうしたいけど……かえでさんが……」 こなた「かえでさんが反対するわけないじゃん、もし反対したら、私も店を辞めちゃうって言うから」 つかさ「そ、そんな事して……大丈夫なの?」 こなた「そしたらつかさと二人で新たに店を出す……」 つかさはまた驚いた顔で私を見た。 こなた「……なんちゃってね、その時になったら考えればいいじゃん?」 つかさ「ふふ……そうだね……」 つかさが笑った。そういえば半年前からつかさが笑ったのをはじめて見たような気がした。 そして私も釣られるように笑った。 つかさ「そうそう、今日お姉ちゃんと会う約束してたでしょ?」 こなた「え???」 つかさ「先週の約束をすっぽかしたから注意するように言われたの」 すっかり忘れていた。 こなた「えへへ……ゲーセン寄ろうとしてたりして」 つかさ「今日は大丈夫だね!」 こなた「それじゃお先に!!」 つかさ「お疲れ様~」 私は店を後にした。 かがみの法律事務所…… 先週もそういえば約束した場所はそこだった。いったいかがみは私に何の用があるのかな。つかさに確認させるほど大事な話なのだろうか。 約束だけして要点を言わないなんてかがみらしくない。 事務所に入るとかがみの事務室に通された。 通されたけどかがみの姿が見えない。椅子に座っても居ないし…… 『ドカン!!』 もの凄い勢いでドアが開いた。顔半分が埋まるくらいの大量の書類を抱えてかがみが入ってきた。 かがみ「ちょっと、突っ立ってないで手伝え!!」 私は黙って半分くらいの書類を取った。かがみは自分の机に書類を置き、その上に残りの書類を積み重ねた。 かがみ「ふぅ~」 かがみは自分の手で肩を揉みながら私をじっと見た。 『バシッ!!』 いきなり私の背中をひっぱ叩いた。 こなた「痛いよ!!」 かがみ「なにしけた顔してる、らしくないわよ!!」 こなた「らしくないって、私がどうしたららしくなるのさ!」 かがみは私を指差した。 かがみ「普段のあんたならそんな口答えしないわよ、動じないで「あ、そう?」なんて聞き流す」 ……確かにそうかもしれない。 かがみ「そうね、この前のあんたのした事は元気だま作戦と違って数字では出てこない、人情に訴える作戦、しかも死体とは言え人間を一人傷つける……」 こなた「もうその話は止めて……」 かがみは言うのを止めた。だけど直ぐに話した。 かがみ「神崎さんを連れてきた時の勢いはどうした?」 こなた「……」 私は何も言えなかった。 かがみ「後悔しているのか……そんな感じね……」 こなた「今その作戦をしろって言われても、もう出来ない……」 かがみ「どう言う心境の変化があったか知らないけど、少し安心した」 かがみは笑顔で椅子に座った。そしてさっき持ってきた書類を一枚手に取って見た。 かがみ「あんたは貿易会社の情報をネット経由で暴露した、大手新聞社、雑誌会社、そして神崎あやめの働く出版社……だけどどれ一つとして動いた会社はなかった……そうよね?」 私は小さく頷いた。かがみは更にもう一枚書類を手に取った。 かがみ「動いたのは只一人、井上浩子さん……彼女が各界に働きかけて貿易会社の不正を告発した……そして今や何カ国も巻き込む国際問題にへと発展している…… あんたの機転が功を奏した、やるじゃない」 こなた「それは……みゆきさんの秘薬が完成していたから、そうでなければ井上さんはそんな事できなかったよ」 かがみ「そうね……」 こなた「はは、これでみゆきさんは億万長者だよ、すごいね」 かがみは書類を置き立ち上がった。 かがみ「それがそうでもない」 こなた「そうでもないってどう言う事?」 私は耳を疑って聞き返した。 かがみ「薬は未完成品で製品として認められなかったそうよ、それでみゆきの研究チームは解散、研究員も解任された」 こなた「う、嘘……なんで?」 かがみ「みゆきが貿易会社に融資をしたのが発覚してね……」 まさか……なんで……理解出来ない。 こなた「……そんなの関係ないじゃん、それに融資したのは告発される前の話だよ……うんん、そんなのあの薬の価値と比べれば屁みないたもんだよ」 かがみ「そうね、屁みたいなもの、だけど世間は、社会はそう見なかったって事よ」 淡々と話すかがみを見て居ても立ってもいられなかった。 こなた「あの薬の効力はかがみが一番知ってるでしょ、かえでさんだって、お腹の赤ちゃんも、井上さんも救ったんだよ……」 かがみ「私の脳腫瘍を完治させた……凄い薬だわ、まさにお稲荷さんの知識と技術には敬服する以外にない」 こなた「……私だ……私がみゆきさんに融資なんかさせたから……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「いや、こなたのせいじゃない、たまたま都合の良いネタがみゆきにあっただけ、例え融資をしなくても別の理由で同じ結果になっていた」 こなた「何で、どうして?……」 まったく理解ができなかった。 かがみ「早すぎたのよ……」 こなた「早すぎた?」 かがみ「あの薬は数世紀の時間を先取りしたような物、そんな物が出回ったらどうなる、現在流通している薬の7,8割がゴミになってしまう 製薬業界は大混乱よ、人類にあの薬を受け入れる準備はまだなかった、それだけよ」 こなた「……それだけの理由で?」 かがみ「それだけの理由があれば充分なの、人類が選んだ選択よ」 こなた「私はそんなの選んでない……」 これが無意識の、自分の意思とは関係ない選択ってやつなのか、私達だけのちからじゃ止められない選択…… かがみ「ワールドホテルのけいこさんにしても、貿易会社の経営者にしてもそれを知っていたからお稲荷さんの知識を世に出すのに選別していたのよ、、 人類が受けいれらるような基本的な知識だけを利用していた、だから同じようなデータになったのよ」 こなた「私には理解出来ないよ……」 かがみはまた椅子に座り書類を見だした。 かがみ「だから私は貿易会社の弁護を引き受ける事にした」 こなた「へ、どうして、あんな会社の弁護を?」 かがみ「こなたが消したデータ以外にまだお稲荷さんのデータを隠し持っている……それを全て消すため、弁護を引き受ければあの会社の情報を全て閲覧できる」 こなた「そんな事して大丈夫なの……」 かがみ「もちろんバレれれば私の弁護士としての生命は絶たれるわね、だからこなたを呼んだのよ、あんたなら分からないように消せるでしょ?」 こなた「出来るけど……どうしてそんな事を」 かがみ「私達姉妹の夫は全員お稲荷さん、夫はもう人間になっている、そして子供達も居る……私達家族を守る為よ……そんな理由じゃ納得できんか?」 こなた「うんん……そうじゃないけど……」 私はポケットからメモリー板を取り出した。かがみはそれを見た。 こなた「それじゃこれも要らないって事?」 かがみ「要らない……出来れば処分して欲しい、と言っても宇宙船の墜落に耐えて更に4万年も地中に埋まって 壊れないような物を処分なんてできない、だけどあんたが持っている分には 私はなにも言わない、めぐみさんからもらったUSBメモリーも含めてね……」 私はメモリー板を仕舞った。 かがみ「それで、返事は、引き受けるの、引き受けないの?」 こなた「引き受けるよ……かがみが捕まる所なんて見たくないよ……」 かがみ「ありがとう……」 かがみの素直なお礼を見たのは初めてかもしれない。 かがみ「ところでこの地球にお稲荷さんは他に居ないのか?」 こなた「うん、メモリー板に反応があるのは神崎さんだけだよ」 かがみ「力を消す装置を使っているお稲荷さんがいたら分らないじゃない?」 こなた「うんん、狐に戻った時はあの装置は意味ないって言ってから、少なくとも現役のお稲荷さんは神崎さんだけだよ」 かがみ「そうなの……ちょっとは期待していたけど、やっぱり真奈美さんは……」 こなた「微かな希望を打ち砕く訳じゃないけど、つかさと神崎さんが握手をした時、神崎さんはつかさのイメージを見たって、特に首の傷が致命的だった」 かがみ「……あの時ね……装置のスイッチを入れるの忘れたって……お稲荷さんでも忘れる事あるのね……」 こなた「それじゃ用が済んだら帰るよ」 私は部屋を出ようとした。 かがみ「待て、相変わらず薄情だな……少しは付き合え」 こなた「いや、忙しそうだし……」 かがみ「今日の仕事は終わった」 かがみは書類を置いて立ち上がった。 こなた「い、いや、じゃなんでそんな大量の書類を……見る為じゃないの?」 かがみは笑いながら私よりも先に部屋を出た。 かがみに連れられて居酒屋に来た。 居酒屋だけあってレストランかえでとは雰囲気がちがっていた。 かがみ「どうこの店、個室もあって雰囲気でるでしょ?」 こなた「う、うん……それより良いの、ワインもう2杯目だよ、酔い潰れても送ってあげないよ……」 かがみ「酔っている様に見えるか、まだ2杯しかでしょ!!」 いや、もう充分酔っている…… かがみ「そうそう、神崎あやめさんを殺したとされる殺し屋が捕まったわよ、国際手配されていてかなりの大物みたいね……決め手は神崎あやめの携帯電話……」 こなた「神崎さんの仲間も殺されたって言ってた」 かがみ「ふ~ん」 かがみ目が細くなりにやけた。 こなた「な、なに、急にそんな顔して……気持ち悪いよ……」 かがみ「事務所に来てから神崎さん、神崎さんって、よくその話をするわね」 こなた「そんな話してないよ……」 かがみ「顔が赤くなっているじゃない、白状しなさいよ」 こなた「白状ってなに、お酒が入れば赤くなるよ……」 今日はやけに絡むな…… かがみはおつまみを一口食べた後私に近づいた。 かがみ「あれから何度も会ってるんでしょ?」 こなた「会ってるけど?」 かがみ「何処までいったのよ、」 こなた「何処までって……」 かがみは私の背中を叩いた。 かがみ「なに照れてるのよ、隠すような歳かよ、あんたが神崎さんを気にしているのはバレバレだ」 こなた「……」 そんな風に見えていたのか。だけど言っている事はだいたい合っていた。 かがみ「私は別に構わないと思う、お稲荷さんなら浮気は絶対にしないし」 こなた「いや、無理だよ……」 かがみ「何が無理なのよ!!」 かがみは迫ってきた。 こなた「冷酷であざとい……って」 かがみ「冷酷、あざとい……何よそれ?」 こなた「作戦をする時、神崎さんにそう言われた……好きとか嫌いとか以前の問題だよ……」 かがみは自分の席に戻りワインを飲み干した。 かがみ「あんたギャルゲーとかしている割にまったく分かってないわね、言葉通りの意味じゃないわよ」 言い方がカチンときた。私は立ち上がった。 こなた「もう帰る……」 かがみ「まぁ、待て、分らないなら教えてあげる、神崎さんはあんたの作戦に協力したでしょ……」 こなた「したよ……それがどうかしたの」 かがみは溜め息を付いた。 かがみ「これだけ言ってまだ分らないのか……鈍いわね……とにかく彼はまんざらでも無いって事よ、諦めるな」 こなた「諦める……何を?」 かがみは私をじっと見た。 かがみ「あんたを見ていると昔のつかさ……いや、ひよりを思い出す、まったく同じだ」 こなた「さっきから何言っているのか分らないよ……」 かがみ「だったら考えろ、気付いたら手遅れになるぞ」 こなた「かがみ……酔ってるよ……」 かがみ「うるさい、今日は最後まで付き合ってもらうわよ」 こなた「わかったよ……」 なんか非常にハイテンションのかがみだ。しょうがない今日は付き合うか…… そういえばこうやって飲み会をするのは久しぶりかもしれない。 それもかがみと二人だけなんて学生時代まで遡らないとしていないかもしれない。 職場ではちょくちょくやっている。つかさやあやのは毎日のように会っているから気にもしていなかった。みゆきさんやみさきちにしてみれば一年に数回程度だ。 かがみにしてもつかさに比べれば少ない。時間が合わない。特に社会人になってからはその一言で会わなくなった。ゆたかやひより、みなみに関しても同じだ。 たまにはこんな時間が有ってもいいかな…… かがみ「みゆき……」 酔い潰れたかがみが寝言のように一言。みゆきさんの名を口にした。 もしかしたら薬が認められなかったのを一番悔しくおもっているのはかがみじゃないかな。現代の医学では治せない病気をたった一晩で完治したのを目の当たりにしている。 しかも自分の身体で…… だからこそみゆきさんもあの薬を再現しようと頑張ったのかもしれない。 今度みゆきさんと飲みにいくかな。 こなた「ここでいいよ、止まって」 車はゆっくりと止まった。 運転手「990円です……」 私は1000円を運転手に手渡した。 こなた「おつりはいいから」 私はかがみを肩に抱くとタクシーを降りた。 『ピンポーン』 呼び鈴を鳴らすとすぐに出てきた。 ひとし「泉さん……あ、かがみ、かがみじゃないか……」 私とかがみを見て少し驚いた顔をした。 こなた「よせば良いのに、飲みすぎちゃったみたいで……」 ひとしさんは呆れた顔でかがみを見たがすぐに近づいてかがみを抱き寄せた。 こなた「それじゃこれで……」 ひとし「介抱して疲れたでしょう、少し休んでいけばどうだい?」 こなた「でも、もう遅し迷惑でしょ?」 ひとし「子供達はもう寝てしまった、問題ない」 こなた「それじゃお言葉に甘えまして……」 ひとしさんはかがみを今のソファーにそっと寝かすと毛布をかけてあげた。 ひとし「少しここで休ませる……お茶でいいかな?」 こなた「え、長居する気はないので……」 ひとし「来たばっかりでそれはないだろう」 ひとしさんは台所の方に向かいすぐに戻ってきた。ひとしさんは私にお茶お出すとかがみの方を向いて心配そうな顔になった。 ひとし「普段はこんなにハメを外す事はないんだけどな……」 こなた「まぁ、いろいろあったから……」 ひとしさんは私の方を見た。 ひとし「君の方がいろいろあっただろう、仲間が迷惑をかけたみたいだな、礼を言わないといけない」 仲間って神崎さんの事を言っているのかな。 こなた「うんん、それよりかがみがいろいろやらかそうとしてるけど、良いの?」 ひとし「……貿易会社の弁護の話か?」 私は頷いた。 ひとし「さすがかがみ第一の親友だな、話したのか……私は反対したのだが彼女がどうしてもって言うから根負けしてまったよ……」 こなた「反対したの?」 ひとし「ああ、第一危険すぎる、それに情報を消さなくとも大半の人間は真実とは見ないで自然に消されるもの……」 こなた「それじゃ何で……」 ひとし「それは君だよ、泉さんが行った一連の行動が彼女を動かしたみたいだな、「こなたには負けられない」……そう言っていた」 ひとしさんは再びかがみの方を向いた。 こなた「一つ聞いていいですか?」 ひとし「ん、どうぞ?」 ひとしさんはかがみの方を向いたまま答えた。 こなた「……かがみを何で好きになったの?」 ひとし「聞いていないのか?」 こなた「ひろしに護衛を頼まれて守っているうちに好きになったって……それくらいしか、かがみはそう言う話はあまりしないから……」 ひとしさんは私の方を向いた。 ひとし「そうだな、それで正解、ほぼ全てを話していると言って良い」 こなた「……かがみのどこが気に入ったの?」 ひとし「……急にそう聞かれてもね……」 ひとしさんは困った顔をした。話を変えよう。 こなた「故郷の星に帰りたくなかったの?」 ひとし「故郷か……故郷はこの地球だ、私はここで生まれてここで育った、真に故郷と呼べるのはけいこ、めぐみ、すすむくらいだろう」 こなた「神崎さんは?」 ひとし「……ああ、彼もそう、彼は1万年前、私達の集団から離れた……そう聞いている」 こなた「他に離れた人はいたの?」 ひとし「10名程同じ頃別れた、彼らは東に向かった、恐らくシベリアから北米を経て南米に行ったと思う、そこで知識を先住していた人類に教えたに違いない」 10名も南米に……でもメモリー板には何の反応も無かった。 こなた「で、でも」 ひとし「……そう、彼らはとっくに亡くなったみたいだな……私みたいに人間になったか、争いに巻き込まれたのか、自然災害だったか……今となっては知る事はできない」 こなた「ごめんなさい、変な事聞いちゃって」 ひとし「いや、別に構わない、すべて私の生まれる前の話だ、気にしていない、そう考えると神崎が生き残ったのは奇跡に近い、たった一人で……」 こなた「そうですね……」 かがみ「う~ん……」 かがみが唸った。 こなた「あ、かがみが起きるとまた騒ぎ出すから帰ります」 ひとし「ふふ、そうだな」 ひとしさんは玄関の外まで見送ってくれた。 呼んだタクシーが目に前に止まった。 こなた「これで失礼します」 ひとし「そうそう、かがみの何処が好きになったって話だけど……理由は無い、ただ好きになった……」 こなた「ただ好きになった……それだけ?」 ひとし「言葉では形容しにくくてね、そう言うしかない……」 タクシーのドアが開いた。もっと聞きたかった。だけど…… こなた「それじゃ……」 私はタクシーに乗り込んだ。 かがみが言っていた。神崎さんの話ばかりするって……ひとしさんと話したときも結局神崎さんの話しになってしまった。 何でだろう…… 私がひよりと同じだって…… 結局それもかがみから詳しく聞けなかった。 何だろう。この変な気持ちは…… 28 こなた「ふぁ~」 大きな欠伸……これで何回目だろう。 今日は休日。 暇と言えば暇だ。 今日のかがみの依頼は休み。それでもって裁判の準備で忙しいそうだ。 あんな会社の弁護なんて適当でいいじゃん。そう言ったら、決まったからには全力で弁護するなんて言うし。 仮に無罪になったらどうするって聞いた。そうしたら かがみは無罪にはならないって言う。それじゃ全力で弁護と矛盾するじゃん。 かがみ曰く、弁護士は無罪にするのが仕事じゃない。適正な罰をうけさせるのが仕事だって。貿易会社はもう既に社会的制裁を受けているから弁護する必要があるって…… 確かにもう企業としての貿易会社は潰れたも同然だけど…… 難しくて分らないや。 あやめさんの友人、井上さんと争う形なってしまった。本来なら私達は井上さんを支持する立場だけど……複雑だよね。 あやのやつかさは出勤日、遊びに行けない…… なんで今日に限って休みが合わないのかな…… テレビもこの時間帯に面白いのは放送していない。 何もする事がない。こんな時は溜まった留守録のアニメを観るけど、そんな気にはなれない。 オンゲー・オフゲーもする気になれない。ベッドに寝てボーと天井を見ている。 そういえば本棚に未だ読んでいない漫画がたまっているのを思い出した……何故か読む気になれない。 かがみと会ってから一週間、それなり私は考えた。 考えた。何を。かがみは面白半分に私をからかっているだけ。そうだよ。 でも……あの時のかがみはからかっている様には見えなかった。 私がひよりと同じだって。何処が、どうゆう風に? そういえばひよりはあれから会っていない。会えばそことなく聞けもするけど……あまり聞きたくないかな…… それでもかがみ言いたい事は分かった。私が神崎さんを好きだって。そう言っているのは分る。 私が……神崎さんを、お稲荷さんを好きだって? ばかみたい。 仮に私が好きだとしても…… 『ピンポーン』 呼び鈴の音がした。品物が届いたかな、、いや、最近ネットショップで何も買っていない。回覧板か何かな…… 私は徐に身体起こした。 『ピンポーン』 こなた「はいはい今行きますよ」 独り言をいいながら玄関に向かった。 ドアを開けるとそこには…… ゆたか「こんにちは~」 ゆたか「ゆーちゃん!!」 思わず昔の呼び名で呼んでしまった。 ゆたか「遊びにきたよ、いきなりで迷惑だったかな、急に時間が空いたから……」 こなた「うんん、そんな事ないよ、入って入って!!」 私は居間にゆたかを通した。 こなた「それにしても久しぶりだね」 ゆたか「うん、お姉ちゃんにお弁当を渡してから会っていないね」 こなた「あっ、そうそう、お弁当箱返さなきゃ!!」 ゆたか「うんん、あれは元々お姉ちゃんのもだから、私が卒業して此処を出る時間違えて持って行っちゃった」 立ち上がったけどゆたかがそう言うので直ぐに座った。 こなた「それにしても急だね、もう映画化の仕事は終わったの?」 ゆたか「うん、もう9割りくらい終わったから、昨日打ち上げして休暇をもらったの」 こなた「そなの、それならひよりも一緒に来ればよかったのに」 ゆたか「うんん、ひよりだけは今日も仕事、明日休みだって」 こなた「そうなんだ……」 ゆたかは辺りを見回した。 ゆたか「おじさんは?」 こなた「お父さん……お父さんは正子さんとお買い物に行ったよ」 ゆたか「正子さんと……」 こなた「ついでに映画も観るとか言ってたかな……」 ゆたかはにっこり微笑んだ。 ゆたか「ねぇ、これってデートじゃない?」 こなた「デートって、デート?」 ゆたかは何度も頷いた。 こなた「まさか、あの歳で?」 ゆたか「うんん、年齢なんか関係ないよ」 こなた「それはそうかもしれないけど……有り得ない……」 ゆたか「そうかな、そうでも無い様な、ゆいお姉ちゃんが言っていたけど、正子さんは不思議と懐かしい感じがするって……かなたおばさんに似ているって」 ゆい姉さんがそんな事言っていた? 確かにゆい姉さんは生前のお母さんに会っている。 こなた「でも、ゆい姉さんだって幼かったでしょ、そんなの覚えているかな?」 ゆたか「う~ん、でもそう言ってたし、おじさんとそんな話しなかったの?」 こなた「そんな話なんかしない」 ゆたかはまた笑顔で話した。 ゆたか「でもこのまま仲が良ければ結婚だって、お姉ちゃん、新しいお母さんができるかも?」 私は笑った。 こなた「お父さんが正子さんと、あははは、まさか……それに今更お母さんなんて言われてもね……」 ゆたか「嬉しくないの?」 こなた「別に……」 嬉しいとか嬉しくないとか……でも、正子さんなら……なんて思ってみたりもする。 ゆたか「正子さんは何時まで此処に?」 こなた「新しい家も完成したし、来週には引っ越すかな……」 ゆたか「今まで一緒に暮らしているのに分らなかったの?」 こなた「……そこまで気にする余裕がなかったから」 ゆたかの顔が曇った。 ゆたか「ひよりから全部聞いたよ……いろいろあったって……」 こなた「そうだよ、いろいろあった……って、ひよりから聞いたの?」 ゆたか「うん」 話したのか。っと言ってもゆたかは知っても構わない。 ゆたか「みゆき先輩の話は……残念だったね」 ゆたかも知っていた。いや、これは結構大きく報道されたから普通なら気付くだろう。 こなた「お稲荷さんの知識を世に出すのが早すぎた、そうかがみが言ってた」 ゆたか「たかしさんがつかさ先輩のやさしさに最大限の礼を尽くしたのがあの薬、そうだとしたらあの薬は お稲荷さんの知識の中でも特に高いものだったんだね」 こなた「それなら自分の物にしちゃえば良いのに、馬鹿だよ……」 ゆたかは呆れた私を諭すように放し始めた。 ゆたか「私も以前に調べた事があってね、お姉ちゃんは世界四大文明って知っている?」 こなた「そのくらいは、黄河、メソポタミア、インダス、エジプト……」 ゆたか「うん、それに中南米に栄えた文明……これも全部お稲荷さんが教えた知識が元になってる」 お稲荷さんは4万年前に地球に来た、それを考えれば想像できる。調べるまでも無い。 ゆたか「例えば……ピラミッドの建造方法は現代でも大きな謎の一つになってる、何千年も崩れない石の積み方は現代でもかなり難しい技術だって、 それを三つも造っているのに後世にその技術が伝わっていない……それに中米のマヤ文明に至っては高度な文字や天文学、 建築技術もあったのに全部放放棄したかのようにみんな忘れてしまった、それと同じ事がみゆき先輩にも起きた、私はそう考える」 こなた「……なんでそんなに沢山教えたのかな?」 ゆたか「メモリー板が見つからなかったから、人間に故郷までの通信をしてもらおうと思ったって言ってた……だけど、それも諦めたって」 こなた「誰がそんな話を?」 ゆたか「かがみ先輩とひとしさん」 こなた「ふ~ん、でもゆたかに話して漫画のネタにされたらまずいんじゃないの?」 ゆたかは首を横に振った。 ゆたか「真実を知らない大多数のひとは只のネタだと思うから、だから私やひよりに話したと思う……逆に私達がネタにするから 神話化される、」 こなた「なんとなく分ったような気がした……」 昔話や神話をまさか本当だとは誰も思わないか…… ゆたか「かがみ先輩、お姉ちゃんの事すごく褒めてた、だから貿易会社の弁護を引き受けられたって」 かがみはそんな事までゆたかに話したのか。 こなた「私の作戦が中途半端だった、かがみがその穴埋めみたいな事をしている……」 ゆたか「だからお姉ちゃんも手伝ってるわけだね」 こなた「まぁね……」 ゆたかが急に私を見て微笑んだ。 こなた「な、何……急に……」 ゆたか「ひとしさんに何故かがみ先輩を好きになったって質問したって?」 こなた「え?」 なんでゆたかがそんな話を知っている。ひとしさんが話した? ……違う、かがみだ。まさかあの時起きていた? こなた「かがみから聞いたの?」 ゆたか「うん」 ゆたかは大きく頷いた。 かがみめ余計な事を……かがみはつかさよりお喋りなのか? そういえばつかさとひろしの時もかがみはよく私にあれこれ話していたっけ…… かがみの場合は親しい人には表裏を見せない。それは恋愛にしても同じって訳か…… ゆたか「お姉ちゃん!!」 ゆたかの顔が真面目になった。私は返事を忘れてゆたかを見た。 ゆたか「神崎さんとよく会ってるって?」 こなた「……会ってる」 ゆたか「会って何をしてるの?」 こなた「……何をって……メモリー板の使い方を教えてもらってる……すすむさんが教えてくれないから……」 ゆたか「それはね、彼の立場を勘得ると、未婚の女性と何度も会えないから、いのりさんに気を使っているの」 そうだったのか。全く気にもしていなかった…… ゆたか「それでその後はどうしてるの?」 まるで尋問をうけているようだ…… こなた「どうしてるって……お腹が空くから食事したり、買い物したり……」 ゆたか「おじさんと正子さんと同じだよ、それってデートって言うの」 こなた「だから……そんなんじゃないよ……」 ゆたか「お姉ちゃん!!!」 さっきよりも私を呼ぶ声が力強くなった。 こなた「な、何……」 ゆたか「お姉ちゃんは神崎さんをどう思っているの?」 どう思っている? ゆたか「べ、別に……」 ゆたか「好きなの、嫌いなの?」 好きか嫌いか……そう言われれば答えは決まっている。 ゆたか「お姉ちゃんが神崎さんをなんとも思っていなければ話しはこれで終わり、だけどお姉ちゃんのその表情はそうじゃないって言っている」 こなた「ふふ、どっちでもいいじゃん……もう関係ないし」 ゆたか「関係ない……関係ないってどういう意味?」 こなた「私がどっちでも意味ないって事だよ」 ゆたか「だからそれじゃ分らない!!」 いつもの笑顔のゆたかじゃない。なんでそんなに構ってくるかな。 こなた「神崎さんは私の他に好きな人が居るって意味だよ」 これは言いたくなかった。ゆたかがあまりにしつこいから勢いで言ってしまった。 ゆたか「他に好きな人……それは誰なの?」 こなた「……神崎さんは井上さんが好きなんだよ」 ゆたか「井上さんって、井上浩子さん?」 こなた「そうだよ、だから、もう良いでしょ、もうこの話は終わり!!」 私は立ち上がり自分の部屋に行こうとした。しかしゆたかも立ち上がり私の前に回りこんで立ちはだかった。 こなた「どいてよ……」 ゆたか「それは直接本人から聞いたの?」 こなた「だから……どいて……」 私はゆたかを睨みつけた。ゆたかはどこうとはしなかった。 こなた「……聞かなくても分るよ、神崎さんは井上さんを助けようと必死になってたからね……」 ゆたか「本人に聞いてもいないのに決め付けるなんて、それじゃダメだよ」 こなた「聞く……聞くって神崎さんに井上さんが好きなのなんて聞けるわけないじゃん」 ゆたかは激しく首を横に振った。 ゆたか「ちがう、ちがう、そうじゃなくて、お姉ちゃんの気持ちを話すの」 こなた「私の……気持ち?」 ゆたかは頷いた。 ゆたか「相手がどう思っているなんて関係ない、まず自分の気持ちを言わなきゃ何も始まらないよ」 ……ゆたかってこんなに積極的だったかな? こなた「……話すって……そんなの言えないよ……」 ゆたか「……それは分る、すっごく分る……だから敢えて言うの、そうじゃないと手遅れになる、ひよりの様に……」 かがみも同じような事を言っていた。 こなた「ひよりがどうしたのさ?」 ゆたか「ひよりはまなぶさんが好きだった、だけどその気持ちを話すのが遅れて結果的にまつりさんに先を越された」 かがみが言いたかったのはその事なのかな…… こなた「だけど井上さんと私じゃ……比べたら私の方が……悪いに決まって……」 ゆたか「それを決めるのは神崎さんでしょ、お姉ちゃんじゃない、言うのは簡単だよ、言えないなら握手でもすれば嫌でも相手に伝わる、 だってお稲荷さんだもんね、それともメモリー板を使う?、それってお稲荷さんの力を超えられるって聞いたよ」 こなた「もういいよ、ゆうちゃん……言いたい事は分かったから……」 ゆたか「本当?」 こなた「うんうん」 ここは嘘でも言っておこう。そうじゃないと永遠に説教されそうだ。 ゆたかは体を移動させて通りを空けてくれた。これで自分の部屋にいけるけどゆたかもこれ以上追求しそうにないので 戻って居間の椅子に座った。ゆたかも私の後に付いてきた。 そして椅子に座った。その時だった。左手の薬指に光る物を見つけた。 こなた「それは?」 ゆたかは私の視線を追って自分の左手を見た。 ゆたか「これ?」 ゆたかはにっこり笑い左手の甲を私に見せた。薬指に指輪がはまっている。 こなた「それってもしかして……」 ゆたかは頷いた。 ゆたか「婚約指輪……」 こなた「やったじゃん、マネージャさんとか言ってた人?、……あれ、他の人は?」 ゆたか「両親やゆいお姉ちゃん、おじさんにも言っていない、身内ではおねえちゃんが最初だよ」 こなた「結婚式には必ず行くから」 ゆたか「式は当分お預け……かな、でも籍は入れるつもり……」 こなた「おめでとう……」 ゆたか「ありがとう」 こなた「ひよりより先立ったね」 ゆたか「うんん、ひよりの方が先だったりして……」 私は驚いて席を立った。 こなた「本当に?」 ゆたか「今日仕事って言うのは嘘で本当は結婚届を出しに行って……あっ!! これは内緒だよ」 ゆたかは慌てて口に人差し指を差し出してポーズを取った。 こなた「分ってるって、何れバレるだろうけど、それまで黙ってるよ」 ゆたか「ありがとう」 こなた「それにしてもダブルなんて……学生時代からは想像もつかない……」 ゆたか「そうかな……確かに最初はひよりは私とみなみの出会いから親友になるまでの過程を漫画のネタにしようと…… うんん、実際にネタにしていた、ひよりはそういった想像力は凄いと思う、だけど一つ一つが断片的だから私が それを繋げて一つの物語にする、だから私達は二人で一人分の仕事をしている……半人前かも……」 こなた「いやいや、それで映画化できるほどの作品ができるのだから一人前だよ」 ゆたか「これもお稲荷さんのお陰だよ」 こなた「お陰って……唐突に……」 ゆたか「お稲荷さんの存在が私達の想像力を膨らませたのは確かだから……」 こなた「それならつかさがその最初の切欠を作ったようなもんだよ」 ゆたかは遠目になって上を向いた。 ゆたか「もし、宇宙船が事故を起こさなかったらお稲荷さんは4万年も地球に居なかった、きっと調べ終わったら帰ったよね?」 こなた「そうだろうね、元々のお稲荷さんの体は地球に合わなかったみたいだし……」 ゆたか「そう考えると私達とお稲荷さんが出会うって凄いことだよ、無数にある星の中から地球を見つけただけでも奇跡だよ、 それに宇宙の歴史を一年にすると人間の歴史なんて数秒にもならないって言うでしょ、その数秒の中で他の星の人間と出会えるなんて……」 こなた「まぁ、そうだね」 ゆたか「だからお姉ちゃんもその出会いを大事にね」 こなた「まぁ……そうする……」 なんだかゆたかに言い包まれた感じがしてならない。 それでも嫌な気はしなかった。 ゆたか「おじさん……遅いね……」 確かに遅い。もうとっくに帰ってきても言い時間だった。 ゆたか「せっかく報告しようかと思ったのに……」 左手の指輪を見ながら呟くゆたか…… こなた「いや、お父さんより両親が先じゃない?」 ゆたか「そうかもしれないけど、高校三年間も居させてもらっているから……」 ゆたかは立ち上がり帰り支度を始めた。 ゆたか「叔父さんを元気付けようと思ったけど、それも必要ないみたいだし、むしろそれが必要なのはお姉ちゃん……かな」 こなた「それは余計なお世話だよ」 ゆたかは笑いながら玄関に歩いて言った。 ゆたか「そうそう、さっきお姉ちゃんが言った事、あれは少し違うと思うよ」 こなた「さっき言った事、何?」 ゆたか「神崎さんが井上さんを好きだったって言ったでしょ」 こなた「そうだけど……」 ゆたか「神崎さんは約束を守るために井上さんを助けようとした、私はそう思う」 こなた「約束……誰と?」 ゆたかは溜め息を付いた。 ゆたか「だから……うんん確証はないから言えない、お姉ちゃん自身が確かめて……それに諦めたらおわりだから」 こなた「う、うん……」 ゆたか「それじゃ、おやすみなさい」 こなた「おやすみ……」 ゆたかは玄関を出た。 ゆたかは何を言いたかったのだろう。 私は首を傾げた。 もう日が替わる時間だ……お父さん遅いな。 正子さんがこの家に来る事になって直ぐだったかな。世間体が悪いって事で結局正子さんは近所のアパートを借りて住む事になった。 でも直ぐにお父さんとよく会うようになった。 ちょくちょく家に来て掃除とかお父さんの世話をやくようになった。 ゆい姉さんもよく遊びに来るからそんな二人の姿を見てお母さんに似ているなんて思ったに違いない。 私の休日は仕事の時が多いし時間も不定期…… そういえば二人が会っている所を見たことがない。いったいどんな話をしていたのだろう。 まさか本当に二人は…… その時、玄関に人の気配がした。 そうじろう「ただいま」 帰ってきた。私は自分の部屋に忍び足で向かった。 そうじろう「こなた~」 私を呼んでいる。私はパソコンのスイッチを入れ、ヘッドホンを付けた。 暫くするとドアをノックする音が聞こえた。私は気付かない振りをした。 ドアを開ける気配がした。私はそこで初めて気付いた振りをする。 こなた「あ、お父さんお帰り……」 わざとらしくヘッドホンを外した。でもお父さんはそれに気付かない。そればかりか何か思い詰めた顔をしている。 そうじろう「こなた、折り入って話がある……」 こなた「どうしたの、改まちゃって?」 まさか……ゆたかの言う通りに……? 私は座ったままお父さんの顔を見上げた。 そうじろう「こなたももう大人だ、私の言う事は理解できると思う……後は許してくれるかどうかが……」 こなた「前置きは良いから何なの?、こっちはゲームの真っ最中だから……」 ゲームなんかしてもいないのに白々しい…… そうじろう「そ、そうか、そうだな……」 それでもお父さんは激しく動揺していた。これはマジな話に違いない。そう確信した。 そうじろう「お父さんは……」 お父さんは緊張している。こんなお父さんを見たのは初めてだ。 自然に私も体全身に力が入ってきた。手に持っているヘッドホンを強く握っているのが自分で分った。 そうじろう「お父さんは、正子さん……神崎正子さんににプロポーズをした……」 何とななくそれは分っていた。だけど改めてそう聞かれると、どう対応していいのか分らない。 なんて言ったら良いのか…… 29 お父さんは何て言った? ヘッドホンが壊れるくらいの力が入っていた。私はヘッドホンを机の上に置いた。 こなた「ふふ、お父さん……エープリルフールはもうとっくに過ぎたよ……そういえばずいぶん前にも似た様な嘘を……」 そうじろう「嘘じゃない……これは本当の話……」 私の話に割り込むように話してきた。 ……嘘じゃない…… お父さんの顔は真剣そのものだった。 こなた「そ、それで相手は……?」 そうじろう「受けてくれなければこなたに話さない」 なんだろうこの気持ちは…… 私は立ち上がると部屋を出た。 そうじろう「何処へいく……まだ話は終わっていない……」 私は制止を無視して歩いた。お父さんが後から付いてくるのが分る。 そして……お母さんの位牌の前で立ち止まった。 そうじろう「こなた……」 お父さんもすぐ後ろで止まった。 若い頃……生前のお母さんの写真……にっこり微笑んでいる。 こなた「……正子さんってお母さんに似ている……そうゆい姉さんが言ってたみたいだね……」 私はお母さんの写真を見ながら話した。 もちろん容姿はぜんぜん似ていない。似ているのは内面的な事を言っているに違いない。 そうじろう「……それを何処で?」 こなた「つい一時間くらい前までゆたかが遊びに来ていたから……」 そうじろう「そ、そうか、ゆーちゃんから聞いたのか……」 おとうさんは私の前に移動すると座り位牌に手を合わせた。 そうじろう「こなたが神崎さんの母親を連れてきた来た時正直驚いた……知るはずも無いかなたの面影を感じて俺に合わせたのかと思った」 こなた「そんなの知らない……家を焼かれてしまったから呼んだだけ、私の友達の母親だから」 そうじろう「知らなかったのか……これも何かの縁なのかもしれない……」 こなた「もしかしてお母さんの代わりで?」 お父さんは振り返って私を見た。 そうじろう「違う、違うぞこなた、それは断じてない、かなたの代わりではない、神崎正子、一人の女性として愛しているから……決して代わりではない」 愛している……か、例え娘にでもそんなに簡単にはっきり言えるなんて…… そうじろう「お母さんを……かなたを裏切ったと言いたいのか?」 裏切り……お母さんはどう思っているのだろう……亡くなっているから聞けるはず無いもない。 それなら正子さんの亡くなった旦那さんはどうなの……? あやめさんならどうした? 皆聞けない。 そうじろう「……こなた、これは浮気でも裏切りでもない、分って欲しい」 聞けないなら生きている人で決めるしかない。 私はどう思う…… お父さんのあの真剣な態度、正子さんは受けたって言っていた。 そうじろう「こなた……」 お父さんは涙目になっているた。 こなた「……正子さんは?」 そうじろう「アパートに送って来た」 そうなのか……お父さんは私が許すかどうか試しているのか…… 私の意見なんてどうでも良いのに…… こなた「正子さんが受け入れたのならもう私の出る幕はないよ、早く家に連れてきて一緒に住んだら?」 そうじろう「い、いや……あやめさんの喪が明けてから……それに妹のゆきにも相談した、やはり娘の意見も聞かないとな……」 あやめさんは本当は5年前に亡くなっている。喪がどうのこうのは当てはまらない。 って言う事は……正子さんはお稲荷さんの話をしていないのか…… 今まで娘の私が話をしていないくらいだから話せないかもしれない。 そうじろう「こなた?」 お父さんは驚いた顔をした。 でも……今はその時じゃないみたい。 こなた「ん?」 そうじろう「も、もしかして、私達を許してくれるのか?」 こなた「さっきそう言わなかった?」 お父さんは私の右手を両手で握った。 そうじろう「ありがとう、ありがとう……」 ありがとう、おとうさんは何度もそう言った。 こんなに動揺したお父さんを見るのは初めてだ。 こなた「お父さんと正子さんが結婚したら……あやめさんとは姉妹ってことになるね……」 そうじろう「……歳は同だったな……誕生日は5月1日だそうだ、彼女はこなたの姉になる……本当に残念だった、 お父さんの所に取材に来たのは代理だったが、とても楽しい子だった……」 そう、本当は井上さんが取材に来る筈だった。急病であやめさんが代わりを引き受けた。それはまなみちゃんの演奏会の時も…… こなた「それじゃ正子さんに挨拶しに行かないと……」 そうじろう「い、いや、それはもう少しまってくれ……」 こなた「どうして、私が許したならもう何も阻む者は居ないよ?」 そうじろう「時間を見ろ、もう遅い」 こなた「それじゃ明日だね、私は早番だから夕方には帰れる、どうせ家に呼ぶんでしょ?」 そうじろう「そ、そうだが……」 こなた「それじゃ決まりだね……それにしてもどうやって正子さんを落としたの、口説いたとか?」 そうじろう「こ、こら、人聞きの悪いこと言うな、別に口説いてなんかいない、ただ自然に……」 お父さんの顔が赤くなっている……これはいじり甲斐があるってもんだ。 こなた「確かに……確かにゆいの言うとおりかなたの面影があった……しかしそれだけではプロポーズなんかしない……」 その後、おとうさんは正子さんと出会った時からプロポーズするまでの話をし始めた。 他人にまったく躊躇することなく、それも嬉しそうに話している。 そう、まるでお母さんの話を私に聞かせているいる時のお父さんとまったく同じだった。 それに引き換え私は…… つかさやかがみだって、いや、私以外の皆もそうやっていた。 お父さんを見ていてなんだか勇気が沸いてきた。 そうさ、簡単だ。選んでボタンを押すだけ。いつも私がゲームでやってきたじゃないか。 そうじろう「こ、こなた」 突然微笑んだ私にお父さんは話を止めた。 こなた「うん?」 そうじろう「あやめさんの件については本当に残念という他はない、だがこなた……彼女はそうとう危険な取材もしていたそうじゃないか、 いままでよくこなたが巻き込まれなかったのが不思議なくらいだ」 いや、思いっきり巻き込まれている。二回の潜入取材、メモリー板、いのりさんの参加、みゆきさんの薬、かがみの弁護…… 私の周辺も巻き込んで大騒ぎになった。 大騒ぎになったけど……何故か嫌な感じはしなかった。 そうじろう「わ、悪かった、彼女はこなたの親友だったな、悪く言うつもりはなかった」 こなた「お父さん、あやめさんの取材を受けたでしょ……」 そうじろう「そうだった、彼女と会っていなければこなたが正子さんを招こうと提案しても賛成はしなかった」 お父さんは不思議そうに私を見た。 こなた「ん?」 そうじろう「い、いや、何ていうのか、あやめさんとこなたはどうして出会ったのかって……どう見ても接点がみつからんのだよ」 接点…… こなた「片や出版社随一の記者、片やしがないレストランのホール長、まぁどう見ても接点なんかないよね……」 そうじろう「い、いや、皮肉と捉えないでくれ、ただ純粋にどう出会ったか聞きたかっただけで……」 慌てて言い訳をするお父さん。 接点、それは一言で言えばお稲荷さん。もっと限定的にいえば私のげんき玉作戦、それらをあやめさんは追っていくうちに私に出会った。 ある意味出会いべくして出会った……これって運命ってやつなのかな。 つかさが一人旅に出ていなければ、私もレストランで働くこともなかった。 それじゃ何をしていた? ふふ、ニートになっていたかな…… そうじろう「こ、こなた?」 不思議そうに私を見るお父さん。はたしてお稲荷さんの話をした時、お父さんはどんな反応をするのだろう。 素直に受け入れてくれるのか。みさきちみたいに鼻で笑ってネタで終わってしまうのか…… そうじろう「……すまない、今はそんな話をするべきではなった、こなたが話す気になったら……それでいい」 そうじゃない、そうじゃないけど……今はそれで良いのかもしれない。 お父さんは部屋を出ようとした。 こなた「お父さん」 お父さんは立ち止まり振り向いた。 そうじろう「ん?」 こなた「結婚……おめでとう」 そうじろう「あ、ありがとう」 照れくさそうに小走りに自分の書斎に行ってしまった。 こなた「ふぅ~」 溜め息を一回。 お母さんの写真を見た。 お父さんはお母さんにもあんな風に告白したのかな…… それにしても私って……どうして言えないのかな。 倒産はさりげなく言っていた。 私が女性でお父さんが男性だから ……いや、性別なんて関係ない。 好きなら好きって言えばいいだけじゃん。 そうだよ、普段ゲームでやっているようにカーソルで選んでエンターキーを押すだけ……簡単じゃないか。 なんか勇気が湧いてきた。 今度の休みの時神崎さんと会う。丁度メモリー板の使い方も一段落しそうだし。するならその時だ。 こなた「お父さんが出来たなら私にだって出来るよね」 お母さんの写真に向かってそう呟いて部屋を出た。 こなた「こうでしょ?」 つかさがひろしと一時別れた時に見たと言う光の幻想をイメージした。 もちろん実際に見たわけじゃない。あくまでイメージ。 足元がぼんやりと光りだした。 そして床も光りだす…… 神崎「ほぅ、もう会得したか……これで私の教える事は全てだ」 理屈は詳しく知らないけど大気のエネルギーを制御する技術らしい。 時間が経つのは早い。気付けばもうその時が来てしまった。 ここは柊家が管理する神社の倉庫裏。メモリー板の使い方を教えてもらうって言ったらつかさが此処を教えてくれた。 私も長年この神社に出入りしてきたけど初めて知った所だった。 ここには神社関係者以外滅多に人が来ない。メモリー板の使い方をレクチャーしてもらうには打ってつけの場所。 こなた「光だけじゃなくて熱も制御できるんでしょ?」 神崎さんは頷いた。 神崎「その気になれば爆発で辺りを吹き飛ばし一面焼け野原にさえ出来る、そして一瞬で周りを凍結することだってね」 こなた「凄いね……お稲荷さんってこのメモリー板の能力が使えるんでしょ?」 私はポケットからメモリー板を取り出した。 神崎「ああ、使えるがメモリー板ほど強力ではない……」 こなた「ふ~ん、貿易会社ってこのメモリー板の本当の能力をしらなかったんだね、知っていたらあんな遣い方しなかったよね」 神崎「そうだな、メモリー板の情報を解析していけば何れ気付いたかもしれないがな」 私はメモリー板をじっと見た。 神崎「その技術はほんの基本にすぎない、どうだ今の人類ではとうて成しえない力を手にした感想は、地球を支配出来る力を得たんだ」 私は笑った。 こなた「ふふ、中二病じゃあるまいし……そんなの興味ないよ……うちのレストランのイベントの時とかのイルミネーションに使えそうだね」 神崎さんも笑った。 神崎「そう言う遣い方もあったか……ふふ」 あれ、これって、なんか良い雰囲気じゃない? これってフラグが立った? チャンス? なんだかドキドキしてきた。 そういえば告白なんて……初めて? うぁ、この歳になって初めて、おかしいかな…… 神崎「一つ聞きたい事がある」 こなた「は、はぃ!!?」 突然の質問に声が上擦ってしまった。 神崎「メモリー板の使い方を得て何をするつもりなんだ、野心か野望か……さっきの話からするとそんな風にも思えない、真意を聞きたくてね」 真意か…… こなた「そう言うのって教える前に聞かない?」 私の質問返しに神崎さんは苦笑いをした。 神崎「……そうだな、そうかもしれない、何に使おうと君の自由、誰も君を阻むものは居ない、私でさえも」 それならどうして私に教えたのか聞きたいくらいだった。 こなた「メモリー板の持ち主としてはどんなものなのかちゃんと知っておきたかったから……答えになってるかな?」 神崎さんは頷いた。 神崎「それで、それを知った感想はどうだ?」 また難しい質問を……みゆきさんを連れてきたいくらいだ。 こなた「変身、つかさの見た光の幻想、かがみの呪いと病気を治した薬、金縛りの術に催眠術……深い原理は分らないけど、それが魔法じゃないってのが分ったよ、 うんん、多分教えてもらう前から分っていた、だけどこれだけ進んだ現代でもお稲荷さんの知識と技術はやっぱり魔法なんだなと思った、 これだけチートな物をつかったら反則だよ」 神崎「それで?」 まだ続きをききたそうだ。もうないのに…… こなた「……だからこのメモリー板はここに在ってはいけないんじゃなかったって、でも私はそれを持っている、私達以外の人がそれを知ったらきっと 欲しがるよね、貿易会社みたいに、でもさ貿易会社って特別な会社じゃないよ、普通の人が経営して普通の人が働いていた普通の会社…… 私も普通の人間、私はこのメモリー板をずっと隠していく自信がない、例え隠しきれたとしても私が死んだらどうなるかな…… そう思うと誰にも渡せなくなっちゃう」 神崎「そうか……それで?」 私の言いたい事を分っているみたいだった。 こなた「貿易会社の裁判が終わったらこのメモリー板を壊そうと思ってる」 神崎「壊すのか……本当にそれでいいのか、そうしたらもう魔法はつかえなくなるぞ」 こなた「もう充分に教えてもらった、太古の時代からお稲荷さんから教えてもらった知識と技術を使って今の暮らしができているし、 なによりかがみの病気を治してくれたのが一番嬉しかった……」 神崎さんは立ち上がった。 神崎「壊すか……賢明な判断だ」 まだ私の話は終わっていない。 こなた「それにね……」 神崎「まだあるのか?」 こなた「それに……あやめさんと逢わせてくれたらもう充分……お稲荷さんじゃないと出来ないよね」 神崎さんは寂しそうな顔になった。 神崎「私が会わせたのははい、彼女が、あやめ自身がそうさせたにすぎない、彼女の意思がなければそうはならなかった……」 こなた「それでもお稲荷さんじゃなきゃ出来なかった」 神崎さんは苦笑いをしながら帰り私宅をしだした。 さて……もうそろそろ時間だ。もう心の準備は出来ている。 あとは言うだけ。 神崎さんが帰りの支度をしている。言うなら今だ。 こなた「あ、あの~」 神崎さんが支度を止めてこっちを向いた。 神崎「泉さん、メモリー板を壊す前にして欲しいことがある」 こなた「え、え、あ、な、何ですか?」 私の声が小さくて聞こえなかったのか突然の事で言葉が詰まった。 神崎「母星との交信がしたい」 こなた「あ、それなら……」 私はメモリー板を神崎さんに渡そうとした。 神崎「いや、壊す直前でいい」 神崎さんはメモリー板を受け取ろうとはしなかった。 こなた「直前って?」 神崎「私の目的は終わった、もうこの地球にいる理由がなくなった」 え、どう言うことなの。ちょっと…… こなた「無くなった……って?」 神崎「そう、無くなった、私は故郷に帰る」 ちょっ、帰るって。そんな話は聞いていない。 こなた「地球ってやっぱり人間が居て住みにくいのかな……」 神崎「住み難い、いや、もう故郷より長く此処に居る、狐に変身してしまうのを除けば快適に近い、どんなに鍛えても必ず狐の姿になってしまう期間ができてしまう、 そんな私を助けてくれたのも人間だった」 それじゃ帰る必要なんかないじゃないか。 こなた「もしかして故郷に危機が来ていて大変だから?」 神崎「そういえば先に帰った仲間の中にはそれで帰った者もいたそうだな、それに、その危機は私が一人帰ったところでどうにか出来る問題ではないらしい」 こなた「それじゃ何で?」 神崎「あやめとの約束が終わった……」 こなた「あやめさんとの約束?」 約束って、いつ、どんな約束を。 神崎「そう、井上浩子と神崎正子をよろしく頼む……それが彼女の死に際の私へのメッセージだった」 こなた「えっ!?」 神崎「もちろんあやめはもう瀕死で言葉すら発する事はできなかった、彼女の記憶をトレースすした時に彼女の意思が私にそう伝えた」 あやめさんとの約束。違う……それじゃ違うじゃないか。 こなた「そ、それじゃ井上さんの病気を治そうとしたのは……?」 神崎「あやめとの約束を果たす為」 まさか、これってゆたかが言っていた約束した相手って…… それに言葉を交わした約束じゃない。あやめさんの意識の中のメッセージを勝手に約束にしている。 うそ、それって、まさか…… こなた「あやめさんと神崎さんって……?」 神崎「私は神崎あやめを愛していた」 その時私の頭は真っ白になった。 神崎「此処には彼女の思い出がありすぎる……ここに残っていても辛いだけだ……」 神崎さんはあやめさんを好きだった…… 私ってどんだけニブチンなの。 こなた「井上さんを必死に救おうとしていたからてっきり井上さんを……」 神崎「彼女とは直接会っていない、もちろん神崎あやめとしては会っていたが彼女には特別な感情はない、それがどうかしたのか?」 こなた「え、い、いや、な、なんでもない、何でもないよ……」 神崎さんが好きなのが井上さんからあやめさんになっただけ。何ら問題はない。そうだよ。全く問題なんか無い。 神崎「井上さんには私の話は伏せていて欲しい、あくまで神崎あやめは半年前に亡くなった、そうでなければ約束の意味が無くなってしまう」 こなた「そうだよね、うんうん、意味はないね……そ、そうだ、帰るならこのメモリー板もそのまま持って帰ってもらえればわざわざ壊す必要なんかないじゃん?」 え……私って何を言っている? 違うよ。私はそんなのを言いたいんじゃなくて……。 神崎「……なるほど、確かに壊す必要はないな……それにそれの方がより安全」 こなた「つかさもけいこさんに会いたがっていたから交信するならつかさも一緒でいかな、もう二度と通信なんか出来そうにないし」 どうして……喉元まで出掛かっているのに言えない。 言えないよ。 神崎「私に許可を取るまでも無いだろう」 こなた「はは、そうだよね、私がすればいい……」 それから街に出て食事をして別れた。 何を話したのかはっきり覚えていない。 そして私は言おうとしていた言葉を一言も言う事が出来なかった。 30 『カタカタ』 静寂した部屋にキーボードを叩く音だけが響く…… 『ギャチャ!!』 ドアを開ける音がした。それでも私は作業を止めなかった。 かがみ「お! ちゃんとやってるわね、感心、感心」 私は振り向きもせずモニターを見ていた。 かがみ「もう家にきてからかれこれ2時間も……、小休止しなさい、お茶とお茶菓子持ってきたわよ」 ここはかがみの法律事務所の別室。私はここに来てはかがみの依頼を履行していた。 モニターの机とは別の私の後ろにあるテーブルにお皿を置く音がした。 こなた「別に疲れていないから……」 かがみ「まぁ、こなたにしならゲームをやっている時間と比べて2時間はたいした事はないかもしれないけど、根を詰めると体に毒よ」 いつになく優しい声のかがみ。普段の私なら「気持ち悪い」って言っている……だけどそんな気分ではなかった。 諦めて部屋を出るかと思ったけど椅子を動かす音が聞こえた。かがみは座ってお茶をすすりだした様だ。 確かにただモニターに向かっていても面白くない。 私は作業しながら話した。 こなた「裁判はいつ終わるの?」 かがみ「……なにしろ企業が相手だから時間はかかるのは確かよ、 だから少しくらい休んでも一向に差し支えない」 こなた「かがみの依頼はもう少しで終わるよ、だからもう少しやっていくよ」 かがみ「ちょっ!! 私の見立てではあと1年はかかる作業よ…… それもメモリー板の力ってやつなのか?」 かがみは相当驚いている。声を聞いてだけで分る。 こなた「そんな所……」 かがみ「それにしても早すぎるわよ」 こなた「早いに越したことはないでしょ、裁判が終わったらもう作業は出来なくなるんでしょ?」 かがみ「……それはそうだけど……」 かがみは黙ってしまった。またキーボードを叩く音が響く。 かがみ「あ、そうそう、知っているかもしれないけどあやめさんを殺した犯人が捕まったわよ、 容疑はもちろんあやめさんの殺害」 一瞬手が止まった。 かがみ「なんだ、知らなかったのか?」 こなた「ふ~ん、捕まったんだ……」 かがみ「なによその気の無い返事は……」 私は再び手を動かし始めた。かがみはそのまま話を続けた。 かがみ「出国する寸前で押さえたそうよ、決め手があやめさんが使っていた携帯電話」 また手が止まってしまった。 かがみ「あんたの機転で殺し屋が捕まったのよ、やるじゃない」 こなた「別に……」 かがみの溜め息が聞こえた。 かがみ「そうそう、ヨーロッパを中心に活動していた職業としての殺し屋よ、日本では一人だけみたいだけど、 分っているだけで10人以上の要人を手に掛けていた様ね、きっとその中に神崎さんの友人含まれているわね……」 私はかがみの話を聞きながら手を動かした。 かがみ「どうあがいても彼の極刑は免れない」 こなた「そんなの自業自得」 かがみ「そう、自業自得、この日本の裁判で判決が出ても犯人引渡し条約があるからその国々で同じような裁判をする事になるわね、 恐らく彼が生きている内には終わらないわよ、事実上の終身刑のようなものになる、これも言い換えれば因果応報ってやつ」 こなた「因果応報ね……」 かがみ「なによ言い直して、言いたい事があるなら言いなさい」 こなた「けいこさんやつかさはお稲荷さんと人間が共存できるようにしようとした」 かがみ「失敗しちゃったけどね……」 こなた「……そして今度はお稲荷さんの記録を全て消そうとしている……そんでもってその両方に私は関わっている……これって良い事なの、悪い事なの?」 かがみ「ふ~ん、こなたもいろいろ考えるようになったわね、偉い偉い」 こなた「ふざけないでよ!!」 かがみ「ごめん……」 このあとかがみは暫くなにも話さなかった。答えを考えていたのだろうか。 かがみ「善悪なんて立場や状況で変わってしまう、絶対的なものじゃない、まぁ普通に私達の立場を考えれば人間を基準に考えるわね、 つかさやけいこさんがしようとしていたのは紛れも無く良いこと、おそらく殆どの人に異論はないでしょうね、 でも失敗した、だから今の私の行動がある、 私はこれで良いと思っている、もともとこれは私が考えた事、こなたはそれに従っただけ、こなたは悪いと思っているわけ?」 こなた「うんん、悪いと思ったら手伝わない、だけど……」 かがみ「お稲荷さんの知識を勝手に消して良いのかって言うんでしょ、そう、そうよね、私もそれで助かった、それがあれば助かった命が幾つあるか、 でも、貿易会社の件もある、彼らはそれを武器に利用しようとした、実際に作って使用した記録もあるわよ、それで奪われた命がいくつあるのか、 差し引きゼロって言い方もあるかもしれない、でも命はそう言うものじゃない、 お稲荷さんの知識ってそう言う物、お稲荷さん達は故郷でそういった知識を得てはその諸刃の剣に悩みながら克服してきた、 そのプロセスを飛ばして得た知識は使いこなせない、それが私の結論、だからお稲荷さんの知識を消す必要があるのよ…… まぁ、人間も自分自身の知識を使いこなしているかと言えば疑わしいけどね」 私は画面に向かって作業を続けた。 かがみ「ちょっと、人が一所懸命に話している間くらいは手を休ませなさい!!」 こなた「立て込んだ作業があって……もうちょっとだから……」 かがみ「あんたのそう言う所、全く変わっていない!!」 かがみのさっきの説明。私でも納得ができるものだった。 それに引き換え私が神崎さんにした話ときたら……全然説得力がない。ダメじゃん。 かがみみたいに頭の回転が早くて活舌だったら…… かがみ「それでこなた、折角使い方を会得して早々すまないけど、メモリー板はこの案件が解決したら……」 こなた「壊すって言いたいんでしょ?」 かがみ「えぉ!?」 意外だったのかかがみが言葉を詰まらせた。 こなた「さっきの話を聞けば分るよ、そんなに驚かなくても……」 かがみ「そ、それなら話は早いわ……壊してくれる?」 こなた「壊すのはそんなに難しくないよ、『壊れろ』って命令するだけ、だけどね残っている燃料が暴走してちょっとした爆発をするかもしれない」 かがみ「ちょっとした爆発?」 こなた「うん、たいした事じゃない、竜巻が来た位の被害だから」 かがみ「竜巻って……おい、尋常じゃないじゃない……」 こなた「うん、だから壊すのは止めて持って行ってもらう話になったから心配しなくていいよ……それにめぐみさんからもらったUSBメモリーも 同じ燃料が使われているみたいだから一緒に持って行ってもらうから」 かがみ「……なんだもうそんな事まで考えていたのか、流石ね……っておい!!」 いつものかがみの突っ込みが始まるか…… かがみ「持って行ってもらうって何処に誰が持っていくのよ?」 その突っ込みも流石だよ。 こなた「神崎さんだよ、お稲荷さんの故郷に持って帰っるって、母星と連絡して迎いに来てもらう……」 かがみ「あぁ、なんだそう言う事なの」 こなた「うん、そう言う事……」 かがみが話さなくなったと思ったら直ぐに話し出した。 かがみ「……帰る、帰るって言ったわよね?」 こなた「うん、言ったけど……」 かがみ「帰るって、あんた、こんな所でパソコン操作していていいのか?」 こなた「……私がどうこう出来る問題じゃないし……」 かがみが私の近くに歩いてくる気配を感じた。 かがみ「出来る出来ないの問題じゃないでしょ、あんた神崎さんの事が好きじゃないのか、止めないのか……」 こなた「神崎さんはあやめさんが好きだったって……止められないよ……」 後ろから両肩を掴まれ座ったまま椅子を回された。私はかがみの正面を向いた状態になった。これじゃパソコンの操作が出来ない。 私は腰に力をいれて元に位置に回転させようとしたけどかがみが私の両肩を押さえているから動かない。 かがみは私の目を睨んだ。私は目を逸らした。 かがみ「帰る意味が分っているのか、彼の故郷がどのくらい遠いか分っているのか」 私は何も答えなかった。 かがみ「何か言いなさいよ……少なくともこなたの方から一生掛かっても会いに行けない距離……」 こなた「……そんなの知っている……」 かがみ「だったら何故……あやめさんに遠慮しているのか、彼女はもう居ない、遠慮なんか必要ないじゃない、引き止めなさいよ、 まだ告白もしていないのか、それとも神崎さんなんか好きでもなんでもないのか、二度と逢えなくなるのよ、 さようならで終わりでいいのか?」 執拗に責めて来るかがみ。最後のさようならで終わりでいいのか…… そう言われたら急に目頭が熱くなった。かがみがそれに気付いた。 かがみ「こなた……あんた……」 両肩から腕を放した。 こなた「引き止めるなんて……言えなかったよ……」 かがみ「言えなかった……」 こなた「好き……なんて……引き止めるにはそれを言わないとダメでしょ……だから」 かがみ「やっと言ったわね……その涙で判った……本気のようね」 そうかもしれない。この言葉を言うのは他人には初めてかもしれない。 かがみ「……でもそれは私にではなく神崎さんに言えばよかったのに……」 でもそれが本人ではくかがみに言うなんて…… こなた「……ボタンを押すだけだと思った……只それだけの簡単なものだと思ってた……でも本人が目の前に居ると……つかさみたいに出来なかった」 かがみが私から離れて席に戻った。 かがみ「……あんたもしかして告白しようとしていたの?」 私は黙って頷いた。 かがみ「つかさは自分の気持ちを後先考えずに直ぐに表に出すのよ、論外よ…… すごい、凄いわよ、こなた、しようとしただけでも凄いわ……私はそうしようとすら出来なかった……」 こなた「えっ!?」 私は始めてかがみの方を向いた。 かがみに嘲笑されるのかとおもった。思いっきり弄られるのかと思った。 かがみ「そうよね、言えるはずないわよ、言ったらどうなるのか、嫌われたどうしよう、冗談だろって言われるかもしれない、頭の中が ネガティブでいっぱいになっちゃうのよね……分るわ、私もそうだったからよくわかるわよ、うんん、今もそうだから」 まるで私と同じように俯いているかがみの姿がそこにあった。 こなた「今もそうって……結婚して子供までいるのに……」 かがみ「……彼……ひとしから私に近づいてきた、私は何もしていないのよ……」 こなた「何もしていないって?」 私が聞き返すとかがみはゆっくり顔を持ち上げて私を見た。 かがみ「大学時代、彼から声をかけて来たのよ、その内容までは覚えていない、他愛ない事だった…… でも彼は次第に私の心の中が判っているような行動をし始めるのよ……将来の夢、好きな食べ物、場所……次第に彼に惹かれたわ そして気が付けば私の彼の腕に抱かれていた……もし彼が本気じゃなかったら……私は……私は……」 今まで一度も聞いたたことの無い恋愛の話をしている。あのかがみが…… かがみ「……だから私は一度も彼に……好きとか、愛しているなんて一度も言った事はない……」 こなた「でもさ……ひとしさんはお稲荷……」 かがみは腕を私の前に出して手を広げた。 かがみ「お稲荷さんだから私の心を読み取るって言いたいんでしょ?」 私は頷いた。 かがみ「ひとしがお稲荷さんだと知ったのはまなみちゃんが生まれてからなのよ……それまで私はずっと人間として彼と接していた…… 普通じゃとっくに愛想尽かれていたわよ……私は運が良かっただけ……」 かがみが恥ずかしがりやなのは知っていた。だけどここまでだったなんて…… だけど私はかがみとほぼ同じかそれ以上に奥手だ。 かがみはやもめの私をあまり弄らなかったのはその為だったのか…… かがみは立ち上がった。 かがみ「そうよ、神崎さんもお稲荷さんじゃない、こなたの心は分っている筈よ、それなのに帰るだなんて……もしかしたらあやめさんに遠慮しているのは むしろ神崎さんの方かもしれない……こなた、まだ諦めるは早いわよ!!」 かがみは再び私に近づいた。 こなた「早いって言われても……どうすれば……」 かがみ「まずははっきりとあんたの意思を伝えるのよ」 こなた「……でも……」 かがみ「わかってる、分っているわよ、それができていれば悩んでいない、いいわ私も一緒に考えるから諦めるなよ!!」 かがみは私の肩を何度か叩いた。 こなた「う、うん……」 私は椅子を回転させてパソコンの作業に戻ろうとした。 かがみ「待ちなさい」 半回転したくらいで動きを止めた。 こなた「な、なに??」 かがみ「こなた、あんたに会わせたい人がいる、今度の休日は空けておきなさいよ」 こなた「会わせたい人……誰、私の知っている人?」 かがみ「それは内緒、いろいろ勘ぐられたくないからな、只言えることは私があんたにひとしの話を出来たのはその人のおかげだと思っている」 確かに今のかがみはさっきまでとは違っていた。カウンセリングみたいなものなのかな…… こなた「空けるのはいいけど……その分作業が遅れるけどいいの?」 かがみ「別に構わない、裁判は遅れているし、それに裁判が長引いた方が良いでしょ、別れる日が延びるわよ、それに対策だって念入りにできるし」 かがみは微笑みながらウィンクをした。 こなた「え、あっ、そ、そうだね……」 もうかがみの対策は始まっているようだ。かがみがこんなに頼もしく見えたのは初めてだった。 かがみ「それじゃ、約束を忘れるなよ、あんたよくすっぽかすからな」 こなた「はは、そうだね……」 かがみ「お、今日初めて笑ったな、そうそう、それで良いのよ」 こなた「でもさ……なんで私が神崎さんを好きだって分ったの? お稲荷さんでもないのに」 かがみ「はぁ!?」 かがみは一瞬驚いた顔をして笑い出した。 かがみ「ははは、あんた、黙っていれば分からないと思ってたの、ほんとこなたって相変わらず鈍いわね……あの時神崎さんを連れてきた来た時点で 分ったわよ、あんたが良く言うフラグってやつをビンビン立てていたわよ、多分あの時居た人の殆どがそう思ったわよ」 こなた「はは、そう、フラグね……はは自分の事だと分らないね……ははは」 私達は笑った…… かがみ「ポチっ!!」 『カチッ!!』 こなた「あっ!!」 突然かがみはパソコンの電源ボタンを押して強制終了させた。 こなた「ちょっ、かがみ~今日の作業未の分のデータみんな消えちゃったよ!!」 半分起こり気味で言うとかがみは笑いながら話した。 かがみ「今日の仕事は終わりよ」 こなた「終わりって……今日の作業でどれほど手間が掛かったか分るの?」 かがみは私の話を聞こうとせずこそこそと何かの支度をし始めた。 かがみ「こなた、出かけるわよ支度しなさい」 こなた「出かけるって……何処に?」 かがみ「こんな時は飲むに限る……っと言ってもこなたはそう言うのは苦手だったわよね……ゲームセンターならどう?」 こなた「……そんな気分じゃない……」 かがみ「なに言ってるのよ、昔、私がそう言っても無理矢理に連れて行ったでしょ」 それって高校時代の話なのか…… こなた「誰かを連れ立って行く歳じゃないし……」 かがみ「そんなの気にした事ないくせに」 かがみは私の腕を掴み引っ張った。私はは渋々立った。 こなた「分ったよ……ちょっと準備するから待って」 かがみ「ふふ、ゲーセンなんて行くの久しぶりね、行っておくけど子供を相手に鍛えたから以前の様にはいかないからな!!」 なんかすっごく息巻いているし…… 私がかがみを呆然と見ていると。 かがみ「どうしたの、行くの、行かないの?」 こなた「行くけど……」 かがみ「行くけど何よ?」 こなた「仕事を中断してまで何で私に構ってくれるのかなって……」 かがみ「なに水臭いこと言っているのよ、私とこなたの仲じゃない、そんなの気にするな」 こなた「う、うん」 私は周りの書類を片付けだした。かがみはもう準備が出来たのか部屋の扉の前で私を待っている。 かがみ「こなた、支度しながらでいいから聞いて、私達はお稲荷さんの痕跡を消そうとしている、だけどねどうしても消せない物があってね」 こなた「突然何を言い出すと思ったら……その消せない物って何?」 かがみ「私よ」 こなた「かがみが、何で?」 かがみ「私は現代の医学では治せない病気に掛かった、でもお稲荷さんの秘薬で治った」 こなた「そうだけどそれがどうかしたの?」 かがみ「よく考えてみて、私は今此処に居ない筈の人間なの、こなたとこうして話している筈はない、つまり私がこうして生きているのは お稲荷さんが居たから……」 こなた「分り易いね、その通りだけど、まさかかがみを消すわけにはいかないよ……」 かがみ「そう、だから私の言動すべてがお稲荷さんの知識がもたらした結果そのものになるのよ、良い事、悪い事、その全てがね」 こなた「……そうだとしたら、かえでさんや井上さん、 みゆきさんの臨床試験で助かった人もそうなるよ……」 かがみ「そうね、だけど私がその最初の人……だから私はなるべく良いことをしようと思って……」 こなた「メンドクサイじゃん、そんなの、今まで通りのかがみで良いんじゃない、 命が助かって良かった位で思っていれば、一人で背負う必要なんかないよ」 かがみ「メンドクサイっておま……」 こなた「はいはい、準備できたよ、行こうよ、見せてもらおうか子供と鍛えた実力とやらを」 かがみ「何よその言い方……何かのネタか?」 こなた「え、知らないの、これね……」 かがみ「分った、分った、語りだすと長いから行こう」 私達は部屋を出た。 今日は全てを忘れられそうだ。 昔に戻って遊びまくろう。 次のページへ
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ある日のこと、私は自分の部屋で勉強をしていた。辞書で調べようとしたら。 辞書が無いことに気が付いた。 そういえばお姉ちゃんに貸したままだった。私はお姉ちゃんの部屋に向かった。ノックをした。 返事がない。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けたら、お姉ちゃんは居なかった。買い物にでも出かけたのだろうか。でも宿題はさっさと終わらせたい。 私はちょっと悪いと思いながらも部屋の中に入ってお姉ちゃんの机の上を探した。 辞書は机の真ん中に置いてあった。その辞書を持ち上げた時、その下に封筒があるのを見つけた。 あて先はお姉ちゃん。封筒の中身は出ている。もしかして、ラブレター? 思わず封筒の中身を手に取り読んだ。 字はとても綺麗で丁寧に書かれていた。そして内容は、放課後屋上で大事な話があるから会って欲しいと・・・ これって、思った通りラブレターだ。さらに見ると待ち合わせの日時は・・・明日の日付が書いてあった。 しかし書いた本人の名前が書いてない。 「人の部屋に黙って入って泥棒みたい、感心しないわね」 後ろから突然声がした。お姉ちゃんだ。買い物袋を持っている。どうやらおやつの買出しに行ってたみたい。 「え、そのー、辞書を返してもらおうと思ったんだけど・・・」 「で、今持ってるのは何かしら」 「これは・・・」 「・・・読んだのね」 私は黙って頷いた。そして覚悟した。きっとお姉ちゃんは怒って私を叱り付ける。 「しょうがないわね」 しかしお姉ちゃんは怒ることなく一回大きなため息をつき、部屋の中に入りドアを閉めた。 「ごめんなさい」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 「謝ることはないわ、私もそんな所に置いておいたのも悪いし・・・見られたのがつかさでよかった」 「でも凄い、ラブレター貰うなんて、明日、会いに行くんでしょ」 「そうね」 お姉ちゃんは、力のない声で一言、そう答えた。 「嬉しくないの」 「正直言って微妙、書いた人誰だか分からないし・・・」 「でも、明日会いに行くなら応援するよ」 「いや、応援されても困るわ、こればかりは・・・自分がどうこう出来ることじゃないし」 かなり複雑な心境な様、私もお姉ちゃんにどうこう出来ることはないみたい。 「あ、私、部屋に戻るね」 私は部屋を出ようとした。 「つかさ、待って、辞書忘れてるわ」 「ありがとう」 「あと、つかさ、この事は・・・」 「内緒だね、分かった」 「それが一番心配だわ」 「それじゃ約束する、誰にも言わない」 私は部屋に戻った。 今までに無いお姉ちゃんの真剣な顔・・・あの手紙、見なかった方がよかった。今更私は後悔していた。 そして、日付は変わり、手紙の待ち合わせの時刻が近づいた。 こなた「みんな、そろそろ帰ろうか」 かがみ「あ、ごめん、みんな先に帰って、私、用事があるの」 こなた「え、会議でもあった?みゆきさん」 みゆき「今日は会議はありませんね」 かがみ「ちょっと図書室で調べ物よ」 こなた「それじゃしょうがないね、つかさ、みゆきさん行こう」 お姉ちゃんと別れ、私達はバス停に向かっていた。すると、こなちゃんが時計を気にしだした。 こなた「まだ早いけど、早いにこしたことはないかな」 つかさ「どうしたの、こなちゃん」 こなた「ふふふ、お二人さん、これから面白いイベントがあるんだけど見にいかないかい」 つかさ「イベント? 何かな」 こなた「かがみが告白される決定的は瞬間をだよ!」 なんでこなちゃんが手紙のことを知っているのか、自分の耳を疑った、でもこなちゃんははっきりとそう言っている。 つかさ「なんでそんな事をしってるの!」 こなた「ほぅ、つかさは知らないってことは、かがみ、内緒にしてたね、かなり本気っぽいね」 つかさ「どうゆう事なの」 こなた「一週間前、かがみのげた箱の中にラブレターを仕込んでおいたのさ」 つかさ「それって・・・」 こなた「そう、、時間が来たらドッキリ!!、その時のかがみの反応を楽しむのさ」 あの手紙がこなちゃんの書いた手紙?、こなちゃんの筆跡は私もお姉ちゃんも知ってる、すごく特徴のあるある字のはず。 つかさ「こなちゃんが書いたんじゃ字で誰が書いたかばれちゃうよ」 こなた「つかさ、鋭いところに気が付いたね、私もそう思ってね、ゆーちゃんに書いてもらったのだよ」 つかさ「ひどいよこなちゃん、悪戯にしてはやりすぎだよ、私、そんなの見たくない」 こなた「つかさは不参加、みゆきさんは」 みゆき「私は・・・見てみたい・・・です」 こなた「おー、予測と反対だ、みゆきさんが参加してくれるなんて」 みゆき「い、いえ、私はただ、かがみさんが恋愛にどのような概念を持っているのか興味があるだけして・・・」 そう確かに昨日、お姉ちゃんの部屋の出来事がなかったら私も一緒に見に行っていたかもしれない。お姉ちゃんはかなり本気だったことは間違いない。 それがドッキリだったなんて。その時、こなちゃん達が急に心配になった。 そんなお姉ちゃんに、あれは嘘だったなんて・・・出て行ったら、きっと激怒するに違いない。 そして、こなちゃん達と喧嘩にでもなったら・・・ そんなのはやだ。 つかさ「こなちゃん、やっぱり私も行く」 こなた「つかさ、そうこなっくちゃ」 つかさ「でも・・・あまりにお姉ちゃんが可哀想」 こなた「もう、後戻りはできないよ、実行あるのみ」 私達は一度、自分のクラスに戻った。お姉ちゃんは図書室で時間が来るのを待っていた。 こなちゃんはそれを確認すると、私達を屋上へと案内する。 そして、屋上に着くと、 こなた「ここだと私達が居るのがバレちゃうね」 こなちゃんは辺りを見回した。そして給水タンクの陰に誘導する。 こなた「ここで待とう」 そう言ったと同時だった。お姉ちゃんが屋上にやってきた。手紙の指定時間よりかなり早かった。 こなた「うわ、もう来ちゃった、待ちきれなかったのかな、危ないところだったね、とりあえず時間までは出ないから」 そうこなちゃんは言い私達はしばらくお姉ちゃんの行動を見ることになった。 お姉ちゃんは同じところを行ったり来たり、落ち着きがない、見ているこっちも焦ってくる。 時間が近づいてくると、その場に止まって、自分の髪の毛を触り始めた。 お姉ちゃんがいつも緊張している時にする仕草、なんだかもう見ていられなくなってなってきた。 こなた「そろそろ時間だ・・・行くよ」 こなちゃんがお姉ちゃんに向かおうとした時だった。 みゆき「ちょっと待ってください」 ゆきちゃんがこなちゃんを止めた。そしてゆきちゃんは黙って指を指す。その方向を見ると。 出入り口から男の子が入ってきた。 男の子はお姉ちゃんを見つけると近づいてきて何やら話しかけている。遠くて何を言っているのか分からない。 お姉ちゃんも一言、二言何かを言っている。 しばらくすると、お姉ちゃんは笑い始めた。とても楽しそうな笑顔。今まで私も見たこともないような・・・楽しそうだった。 そして、二人は肩を並べて屋上を後にした。私達は呆然と出入り口を見ていた。 つかさ「こなちゃん、これってどうゆう事なの」 聞いてもこなちゃんは何も答えてくれなかった。 みゆき「あの男子・・・」 つかさ「知ってる人なの」 みゆき「あの方はA組の学級委員」 つかさ「それじゃ、お姉ちゃんも知ってる人なんだね、ところでどこ行ったのかしら」 みゆき「おそらく、図書室だと思います」 つかさ「何故、声ぜんぜん聞こえなかったよ」 みゆき「かがみさんの唇が、最後に図書室に行こうと言ってたのが分かりました」 つかさ「それじゃ今までの会話も」 みゆき「残念ながら、かがみさんしか正面向いていなかったので、かがみさんはほとんど話していなかったので分かりません」 つかさ「あの男の子、名前は」 みゆき「確か・・・辻さんだったと思います」 つかさ「なんか、こなちゃんの言ってたことが本当になっちゃたね」 みゆき「嘘から出た真ってことでしょうか」 この状況だと、あの手紙は本物になってしまったことになる。するとお姉ちゃんとの約束が・・・ つかさ「こなちゃん、ゆきちゃん、実は昨日、こなちゃんの手紙見ちゃったんだ、それがお姉ちゃんにバレちゃって、誰にも言わないって約束したんだけど」 みゆき「それでつかささんは最初反対したのですね、分かりました、私は他言はしません」 つかさ「こなちゃん? さっきからどうしたの」 こなた「あの手紙は私が確かにかがみのげた箱に入れた・・・」 つかさ「こなちゃん、聞いてるの」 こなた「え、ああ、聞いてるよ、内緒でしょ、分かってる、分かってる」 この後、しばらく沈黙が続いた・・・ 最初の目的がなくなった。もうここに居る理由はない。 つかさ「もうここに居てもしょうがないよね、帰ろう、それとも図書室行く?」 みゆき「そうですね、二人はそのままそっとしておいてあげましょう」 私とゆきちゃんは屋上を出ようとした。しかしこなちゃんはその場を動こうとしなかった。 つかさ「こなちゃんどうしたの?、行こう」 こなた「・・・ここから図書室見えるよね、私、もう少しここに居る」 そう言うと、隣の校舎が見える所に向かった。 こなた「こなちゃん、そっち図書室のある校舎じゃないよ」 こなちゃんは返事をしてくれなかった。 もう一言こなちゃんに話しかけようとした時、ゆきちゃんが私の肩をたたいた。 「行きましょう」 ゆきちゃんのその一言で二人だけで屋上を出ることになった。 一度、私達は鞄を取りに自分のクラスに戻った。 駅までゆきちゃんと二人だけで帰るのは初めてだったような気がした。 その帰りの途中、バスの中でふとこなちゃんの事を考えていた。 お姉ちゃんとが辻さんと会ってからこなちゃんは変わった。 どう変わったかは分からない、でも・・・少なくとも喜んでいるようには見えなかった。 「こなちゃん、どうしたのかな」 思わず、口に出してしまった。 「分かりませんか」 ゆきちゃんが聞き返した。別にゆきちゃんに質問をしたわけではなかったけど、 「ゆきちゃんは分かるの」 「・・・分からなくもないのですが」 言い難そうに言葉を詰まらせている。私が知りたそうにゆきちゃんの目を見ると、振り切ったように私に話し始めた。 「かがみさんが、私達から去って行くような気がしたのではないでしょうか」 「お姉ちゃんが、何で」 「かがみさんと辻さんが恋人になれば、私達と会ってくれる機会がそれだけ減ります」 「それは、当然じゃない、恋人じゃなくても、新しい友達ができたりすれば、同じことじゃないの」 「そうゆう事を言っているのではなく・・・」 「それじゃ、どうゆうこと」 しばらくゆきちゃんは黙っていた。 「好きな異性ができてしまうと、同性との関わり合いが変わってしまう場合があります」 「・・・言ってる意味が分からないよ」 ゆきちゃんは黙ってしばらく私の目を見た。 「今後かがみさんは、つかささんや私に対する言動が変わるかもしれないと言う事です、良い意味でも、悪い意味でも・・・」 「ゆきちゃん、それ大げさだよ、あれくらいで変わるなんて、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ」 「それならいいのですが・・・」 その後、私達に会話はなかった。 バスが駅に着きゆきちゃんと別れた。 どうもすっきりない。こなちゃんもゆきちゃんもお姉ちゃんが辻さんに会ってから変わった。 ゆきちゃんはお姉ちゃんが変わるって言ってたけど、さっきのゆきちゃんの方がよっぽど変わってる。 そんな事を考えているうちに自分の家に着いた。 「ただいま」 すると奥からいのりお姉ちゃんの声がする。 「おかえり、あら、かがみはどうしたの」 「遅くなりそうだから、先に帰ってきた」 「珍しいわね、遅くなっても一緒に帰ってきてたじゃない・・・まさか喧嘩でもしてないわよね」 「喧嘩なんてしてないよ」 「まぁ、そうよね、あんた達が喧嘩する所なんて想像できないわね・・・それより丁度よかった」 「丁度よかった?」 「お父さんとお母さん、今日帰りが遅くなるって連絡がきてね、それで夕食の準備をしようとしたら材料が無いのよ」 「それなら私、買い物してくるよ」 その時、以前まつりおねえちゃんが作ってくれたパエリアを思い出した。 「いのりお姉ちゃん、今日の献立って決まってるの」 「いや、まだだけど」 「それじゃ、パエリアでいいかな」 「え、そういえば以前まつりが作ったことがあったわね、つかさ、大丈夫なの」 「作ってるの見てたし、材料も買い物しから覚えてるよ」 「流石ね、それじゃ全面的にお願いしちゃおうかしら」 お姉ちゃんには何もできないけど、これをお祝い代わりにしようと思った。 夕食の準備をしていると、まつりお姉ちゃんが帰ってきた。 まつり「ただいま・・・この香り」 いのり・つかさ「おかえり」 まつり「あれ、もしかして、パエリア作ってるの」 つかさ「そうだよ」 まつり「そうだよって、レシピ教えてないわよ、なのになんでつかさが作れるのよ」 つかさ「作ってるところ見てから」 まつり「見てただけで作れるなんて・・・私だけの取っておきが」 いのり「つかさと一緒に作った時、盗まれたわね」 まつり「ま、いいわ、それより最近、つかさ、デザート作ってないわね」 つかさ「作ってるけど・・・納得出来るのが作れなくって、お姉ちゃん達に食べてもらっていないだけ」 まつり「納得って、今まででも充分美味しいわよ」 つかさ「ありがと、でも、どうしても上手にできないケーキがあって・・・」 まつり「へー、手が込んでそうね、こんどうまく出来たら食べさせてよ」 つかさ「うん」 いのり「そういえばかがみ遅いわね」 まつり「それなら携帯で・・・」 まつりお姉ちゃんが携帯電話を取ったその時、 かがみ「ただいま」 つかさ「お姉ちゃん、おかえり、丁度夕食ができたよ」 まつり「かがみ、遅いわね、委員会の会議でもあったの」 かがみ「いや、ちょっと友達と話してたら」 まつり「友達?、つかさもとっくに帰ってるし、怪しいわね」 かがみ「別に怪しくなんかないわよ、とにかく着替えてくる」 そう言うと、自分の部屋に向かって行った。 まつり「まったく、何か隠してるわね、だいたい想像つくけどね、かがみはああ見えて隠すのが下手だからね」 いのり「詮索は後にして、お皿並べるの手伝って」 私達姉妹だけの夕食、みんな私の作ったパエリアを美味しいと言ってくれた。 雑談にも華が咲く、まつりお姉ちゃんのつっこみにお姉ちゃんは軽く受け答える。 なんてことは無い普段の夕食風景、お姉ちゃんもいつものお姉ちゃん、なんの変わりもない。 私はほっとした。やっぱり考えすぎだった。私はみんなの会話に進んで参加した。 とても楽しい夕食になった。 後片付けも終わり、自分の部屋に戻った。今日は特に宿題があるわけでもない。 椅子に座り机を見ると漫画の本が置いてあった。以前こなちゃんに借りたものだった。 これから特にすることもない。漫画を見ることにした。しかし一人で見るのも味気ないのでお姉ちゃんの部屋に行こうと思った。夕食の話の続きもしたい。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けてお姉ちゃんの部屋に入った。 「何か用なの」 「遊びに来たよ」 私はいつものようにお姉ちゃんのベットを椅子代わりに座り漫画を読み始めた。しばらくすると。 「つかさ、ここは私の部屋よ、漫画なら自分の部屋で読みなさいよ」 「えっ?」 「聞こえなかったの、読むなら自分の部屋でって」 「お姉ちゃん?どうしたの、昨日の事怒ってるの」 お姉ちゃんは一回おおきなため息をついた。 「もう私達は子供じゃないの、もう私達は一人の人間として認め合わないと」 「言っている意味が分からないよ、別にいいじゃん」 「それじゃ、まつり姉さん、いのり姉さんの部屋でまったく同じことができるかしら」 「それは・・・」 「それと同じよ、悪いけど出て行って」 冷たい声が私の耳を貫いた。私はお姉ちゃんの部屋から追い出された。しばらくお姉ちゃんの部屋の前から動けなかった。 自分の部屋に戻った。ベットに寝そべり仰向けになった。何故か涙が出てきた。 あんな事一度も言ったことないのに。縄張りに入ってきた私を追い払うようだった。 お姉ちゃんの気持ちが理解できない。涙は目から溢れ頬を伝ってく。 ふとゆきちゃんの言葉を思い出した。 ゆきちゃんの言いたいことってこの事だったの。私はもう泣くしかなかった。 どのくらい時間が経ったか、ドアのノック音がする。 「つかさ、入るわよ、あんた漫画の本忘れてたわよ」 私の泣き顔を見てすこし驚いた様子、ドアの入り口から進もうとしなかった。 「入ってきていいよ、私は追い出したりしないから」 皮肉っぽくお姉ちゃんに話しかける。お姉ちゃんは私が泣いている理由にすぐに気が付いたみたい。 「さっきはごめん、宿題でどうしても解けなかった問題があって気がイライラしてたから・・・」 すぐに謝ってきた。でも、その理由に私は納得しなかった。 「放課後、どうなったの」 私はお姉ちゃんの言い訳を無視してストレートに聞いた。するとお姉ちゃんは扉を閉めて部屋の中央に進んできた。 「つかさに隠しても意味無いわね、昨日手紙も見られてるしね」 「相手はA組の辻さん、つかさは知らないわね、屋上で会うなり、私の読んでいる本の話題で盛り上がってね」 「図書室で話してたら終業時刻になったの、そして・・・帰り際に・・・告白・・・」 顔を真っ赤にして私に話した。 「返事はしたの?」 「いくら知ってる人でも、すぐには返事なんかできないわよ・・・次の日曜に・・・デートの・・・」 言葉がゆっくりと、言い辛そうにしているので続きを思わず言った。 「約束したの?」 「そうよ、そこで返事するって約束をした」 「凄いよ、お姉ちゃん」 「本の趣味も合ってるし、気も合いそうだと思ったわ、でも、つきあってみないと分からないじゃない、それにデートなんて初めてだし・・・つかさならどうする」 「私にそれを聞いたって・・・」 「そうだろうと思った」 「えー」 お姉ちゃんは笑った。それに釣られて私も笑った。そしていつの間にか涙は止まっていた。 「よかった、笑ってくれて、本当にごめん」 「私も、お姉ちゃんの心境も知らないで・・・」 「なんかつかさに話したら気が落ち着いたわ、邪魔したわね、あ、私の部屋で漫画読みたいなら来ていいわよ」 「ありがとう、今日はもういいかな、時間も遅いし」 「そうね、じゃ私、戻るわ」 お姉ちゃんは自分の部屋に戻ろうとした。 「待って、お姉ちゃん」 「何?」 「この話、まだ内緒にするの?、いつまでも隠せないと思うし、ゆきちゃんならきっといいアドバイスしてくれると思うよ」 お姉ちゃんはしばらく黙って考えていた。 「みゆきや峰岸なら話してもいいかな、若干二名以外は・・・」 「こなちゃんと日下部さん・・・」 「つかさは普通にしてれば良いわ、その中でバレたのならそれはそれでいい」 「分かった、そうする」 そうは言ってもみんなはもう知ってしまっている。でもお姉ちゃんに本当のことは言えなかった。それでも心の重荷は取れた。 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみ、お姉ちゃん」 普段のお姉ちゃんに戻った、でも確かにゆきちゃんの言うと通りになった。こなちゃんもこの事を知っていたのだろうか。 そうなると私は何も知らない子供だったのかな。私は一人取り残されたような寂しさがこみ上げてきた。 私が子供なのは今更どうにかなるものじゃない、今はお姉ちゃんと辻さんがうまくいく様に、それだけを祈ろう。 それから何日か過ぎた。みんなは普段通り、お姉ちゃんと辻さんの事に触れることなく・・・と言うより、そんなことがあったことなど 忘れているようだった。そんな放課後。 かがみ「あれ、おかしいな」 つかさ「どうしたの」 かがみ「携帯電話が見当たらないのよ」 みゆき「ご自宅に忘れてこられたのでは」 かがみ「それはない、朝、家から出るとき確かに持ってから」 つかさ「それじゃ私の携帯から電話してみる?、近くにあれば音で分かるよ」 かがみ「悪いわね」 こなた「あー、かがみ」 かがみ「なによ」 こなた「かがみの携帯、今朝トイレ行っている間に着メロと壁紙、最近私の気に入ったアニメに変更しちゃったんだよね」 かがみ「!」 稲妻のようにお姉ちゃんの拳がこなちゃんの頭に当たった。遅れて雷鳴のようにお姉ちゃんが叫ぶ。 かがみ「なんてことするのよ」 教室にお姉ちゃんの声が木霊する。こなちゃんはその場にうずくまり、両手で頭をおさえた。 こなた「痛いよ、かがみ、黒井先生より痛い、グーで殴らなくても・・・」 かがみ「当たり前でしょ、人の物を勝手に、つかさ、電話するの止めて」 私は手を止めた。 みゆき「落し物でしたら職員室か用務員室へ行かれては、届けられているかもしれませんよ」 かがみ「そうするわ、こなた、あんたも手伝いなさいよ」 こなた「えー、着メロ変えたのと、かがみが失くしたのと関係ないじゃん」 かがみ「あの携帯見られたらオタクと思われるでしょ」 お姉ちゃんはこなちゃんを引きずるように教室を出て行った。こなちゃんは頭を押さえながら渋々ついていく。 「お姉ちゃん、本気で怒ってたね」 「そうですね、あの様子ですとかがみさん時間かかるかしら」 「ゆきちゃん、お姉ちゃんに何か用があったの」 「委員会の書類が溜まったので、倉庫の整理をしたかったのですが」 「私でよければ手伝うよ」 「つかささん、お願いしてもよろしいでしょうか」 「うん」 「それでは鍵をもってきますので、自習室に行って下さい」 私は自習室に入りゆきちゃんを待った。だれも居ない。とても静かな部屋。 「お待たせしました」 ゆきちゃんが入ってきた。自習室の奥に扉が在り、その扉を鍵で開けた。 「こちらです」 案内されると本棚に書類が山のように積まれていた。 「沢山在るね」 「そうなんです。こちらの書類をあちらへ運んで欲しいのですが」 「わー、確かに一人でやるには大変だよ」 早速私達は作業に入った。約半分くらい片付けた頃、私はバスでの会話のお礼をした。 「この前、とても助かったよ、ありがとう」 「何の事でしょうか」 「こなちゃんの偽ラブレターの事だよ、バスの中で私に言ってくれた事」 「ああ、あの事ですか、何かあったのですか」 「あの日の夜、お姉ちゃんの部屋に遊びに行ったら追い出されちゃって・・・ここは私の部屋だからって」 「そんな事があったのですか」 「すぐ謝ってくれたけどね、でも、ゆきちゃんのあの言葉が無かったら私今頃どうなってたか」 「あれは例え話なので・・・かがみさんはすぐ謝りましたか・・・凄いですね、普通出来る事ではありませんね、とても敵いません」 ゆきちゃんはお姉ちゃんに感心していた。 「終わりました、つかささんありがとうございました」 「いいえ、どういたしまして」 書類の移動が終わり、ゆきちゃんが扉に手をかけた、だけどそのまま止まって動こうとしなかった。 「どうしたの」 するとゆきちゃんは口に人差し指を立てた。 「しー」 私も音を立てないようにその場に留まった。すると自習室の扉が開く音がした。そして中に誰かが入ってくる。 ???「ここなら誰もいない、ここにしよう」 壁越しに男の子の声がした。 「辻さん・・・」 ゆきちゃんは小さい声でそう言った。 生徒「何だよ、急に呼び出して」 辻「とりあえず奥に入って」 自習室の扉が閉まる音がした。 辻「以前ラブレターをげた箱に入れた話しただろ」 生徒「そんな事いってたな」 辻「とりあえず、今度の日曜、デートする所まではいったんだけどね」 生徒「お、凄いじゃん、で、相手は誰だよ」 辻「柊・・・」 生徒「柊?ってC組の?」 辻「・・・そうだよ」 生徒「なんで」 辻「委員会で何度か会っているうちにね、いい人だなって思った。さっきまで」 生徒「さっきまで?、なんか意味深だな」 辻「見てしまったよ、友達なのかな青い髪の小柄な女子を思いっきり殴ってるのを・・・」 生徒「・・・俺、二年の時柊と同じクラスだったから分かる、その子はたぶん泉だな、二年の時もよく泉を怒鳴っているの見かけたよ、結構名物だったぞ」 辻「・・・知らなかった・・・会議の時とえらい違いだな・・・そんな人だったなんて」 生徒「で、話ってなんだい、こんな事を言う為にこんな所まで・・・」 辻「俺、そのデート断ろうと思ってるんだけど、自分から誘っておいてだから・・・柊を屋上まで呼んでくれないかな、呼んでくれるだけでいいんだ」 生徒「そんなの自分でやれよ」 辻「二年の時同じクラスなら話やすいじゃないか、な」 生徒「しょうがないな、明日の昼飯おごれよ、で彼女何処にいるんだ?、放課後だから帰ったんじゃないのか」 辻「殴られた子、泉だっけ、その子と鞄も持たないで出て行ったからまた戻ってくるはず、C組の辺りを探してくれ」 生徒「わかった」 自習室の扉が開く音がして二人は出て行った。 聞いてはいけないものを聞いてしまった。そんな気がした。でもなんか納得ができない。 「ゆきちゃん、なんか間違ってるよ、見ただけで、理由も聞かないで、一方的に決めちゃうなんて」 「・・・」 ゆきちゃんはただ黙って扉のとってを握っていた。 「お姉ちゃんのいい所もいっぱいあるのに、ゆきちゃんもそう思うでしょ」 珍しく私の問いに何も答えようとしなかった。しばらくして、ゆきちゃんはゆっくり口を開いた。 「かがみさんの一番見せたくない所を見られてしまいましたね・・・」 「でも、約束してたんだよ」 「かがみさんと辻さん、お互いに会議での姿しか知りません、会議でのかがみさんはとても輝いて見えました 私は二年の時、委員長を務めましたが・・・会議を最後にまとめてくれたのはいつもかがみさんでした」 「そんな話初めて聞いた・・・お姉ちゃん委員会の話なんかしないし」 「そこもかがみさんの素晴らしい所です」 「それなのに・・・どうにもできないの、ゆきちゃん」 「私も・・・私もこの手でドアを開けて辻さんに訴えたかった、かがみさんはそんな人ではないと」 「そうだよね」 「しかし、先ほどの状態を見られたのであれば、弁解の余地はありません」 「ゆきちゃんも、そんな事を言うの」 「あれは、じゃれ合いみたいなもの、確かに私達から見ればそうですが、彼らから見ればただの暴力なのです」 「ゆきちゃん・・・悔しいよ、あれは私が知る限り初めてだよ、殴ったの、何とかならないの」 「私にもう聞かないで下さい」 少し大きな声でゆきちゃんは言った。私は思わず一歩引いて驚いてしまった。こんな事を言うゆきちゃん、初めてだった。 「ごめんなさい、私、何をしていいか分からない」 よく見るとゆきちゃんの目に涙が溜まっていた。 「ゆきちゃん・・・」 「何をしていいか分からない、ただ彼らの話を聞いていただけ、かがみさんには助けられてばかりなのに、何も出来ないなんて」 「そんな事言ったら、私も同じだよゆきちゃん」 「屋上のかがみさんの笑顔、素敵だった・・・それがこんな結果に・・・偶然を怨みます・・・私は屋上に行くべきじゃなかった・・・ ごめんなさい、この鍵で倉庫を閉めてを図書室に返して頂けませんか」 そう言うとゆきちゃんは倉庫のドアを開けて、逃げるように自習室を出て行った。私はしばらく倉庫から出ることができなかった。 ゆきちゃんはもう終わるって決め付けちゃってる。お姉ちゃんならきっと誤解だって言って解決だよ。 倉庫の鍵を閉め、私はゆきちゃんの言われた通りに鍵を図書室へ返した。 教室に戻ると、こなちゃんが一人、頭をさすりながら自分の机に座っていた。 「つかさ、どこ行ってたの」 「ゆきちゃんの手伝いをちょっとね」 「みゆきさんが・・・」 「ゆきちゃんがどうしたの」 「飛び込むように教室入ってきて、さっさと荷物まとめて帰っちゃったよ、何かあったの?」 「家の用事があったみたい」 「ふーん」 こなちゃんはそれ以上聞いてこなかった。 「ところでこなちゃん、お姉ちゃんの携帯電話見つかったの」 「ああ、あったよ、職員室に届けられてた」 「かがみは慌てて携帯取って隠そうとしてたよ、電源切れてたのに」 私はこなちゃんに言いたいことがあった。私がそれを言いかけたとき。 「私・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな」 言おうとしたことを先に言われてしまった。調子が狂ってしまった。 「お姉ちゃん、あんな事するの初めてみた」 「・・・つかさがそう言うなら、かがみの怒りは相当のものだね」 「そうだね」 私はわざと冷たくそう答えた。こなちゃんはそのまま黙り込んでしまった。俯き悲しそうな顔。 今更こなちゃんを怒ってもどうにもなるわけない。それよりまだこなちゃんは頭をおさえている。それが心配になった。 「こなちゃん、頭見せてみて」 「いてて、普通ならすぐ痛みがとれるんだけどね」 「見事にできてる、こぶが・・・冷やした方がいいかな」 私は洗面所に行きハンカチを水に浸してきてそれをこなちゃんに渡した。 「ありがと」 こなちゃんはハンカチを頭に置いた。 突然私の携帯電話が着信した。携帯をみるとお姉ちゃんからの電子メールだった。 「電子メール?、かがみから?」 「うん」 「内容は?」 「遅くなるから先帰っていいよって」 「かがみ、さっき男子に呼ばれてどっか行ったけど、その用事なのかな、すぐ戻るって言ってたけど・・・」 私はその用事を知っている。答えられるわけがない、話を続けた。 「私はお姉ちゃん待つけど、こなちゃんはどうする」 「今日は・・・帰らせてもらうよ」 そう言うとこなちゃんは帰り支度を始めた。 「かがみに合ったら、携帯の事、ごめんって言っておいて、直接なんて言い辛いし」 「うん、言っておく」 こなちゃんと別れ、私はしばらく教室でお姉ちゃんを待っていた。だけど来る気配はない。 もう日は落ちかけて終業時間も近い、私は教室を出て向かった。屋上に。 屋上に着いた、そこにお姉ちゃんが居た。辻さんとお姉ちゃんが出会った所に。後ろを向いて夕日をを見ている様。 私はお姉ちゃんに近づいた。そして話しかける。 「お姉ちゃん、もう帰ろう、終業時間だよ」 後ろを向いたままお姉ちゃんは話した。 「つかさ、先に帰っていいってメールしたのに、よくここが分かったわね」 「誰かに呼ばれてどこかに行ったってこなちゃんが言ってたから」 「そう、まだ就業時間までまだ時間があるわね、もう少しいいかしら」 お姉ちゃんはここを離れようとしない。私は思い切って聞いた。 「呼ばれて、何かあったの」 その質問にお姉ちゃんは即答した。 「呼ばれてここに来たら辻さんがいねて、デート断ってきたわよ」 「それでどうしたの」 「承知したわ」 「・・・お姉ちゃんそれで本当にいいの」 「・・・」 黙っているお姉ちゃん、私は黙っていられない。 「お姉ちゃんは辻さんをどう思ってたの、好きだったの」 「・・・好きだった・・・手紙をくれる前からなんとなく気になってた・・・」 「それならどうして・・・お姉ちゃんが分からないよ、辻さんも分からない、何のためにラブレターなんか出したのか」 お姉ちゃんは振り返り、私の額を中指で軽く弾いた。 「つかさ、なに一人で熱くなってるのよ、これは私と辻さんの問題でしょ」 痛くはないけど、打たれた額を手で押さえた。お姉ちゃんの顔を見ると私を見て笑っている。 「え、だって悔しくないの」 するとお姉ちゃんは、また振り返り、夕日を見ながら答えた。 「彼に言われたわ、友達を殴るような人と付き合いたくないって・・・こなたの事を言っているのはすぐ分かった、 こうまでハッキリ言われると、さっぱりするわね」 「あれは、こなちゃんの悪戯・・・理由を言えば・・・」 「そう、あれはこなたの悪戯、だけど、あの程度で殴ることはなかったわね、つかさもそう思うでしょ」 「それは・・・」 「こなたを殴ったどころか、怒鳴ったことは数え切れない、オタクって見下したこともあった・・・最低じゃない 今になって気が付くなんて、好きな人にそんな事言われたら・・・」 「こなちゃんは気にしていないと思うよ、こなちゃん、さっき、携帯の事、ごめん、そう言ってたよ」 お姉ちゃんは振り向いて私の目をみた。なにも言わない。その代わりに目に涙が溜まっていた。 そして、そのまま泣き崩れてしまった。 目の前のお姉ちゃんがが歪んで見える。私もいつの間にか涙を流していた。何も言わない。言えなかった。 もう終わっている・・・私が何を言っても、すでにもう過去のこと。後戻りできない。 ハンカチを出そうとしたけど・・・こなちゃんに渡したままだった。 涙を拭えず、手で目を押さえても涙は止まらない。もう諦めて泣いた。 就業時間を知らせるチャイムが鳴る。もう日は完全に暮れて空はもう暗くなっていた。 「お姉ちゃん、もう帰ろう」 お姉ちゃんの手を引いた。起き上がったけど力が入っていない私にもたれかかった。お姉ちゃんの腕を私の肩に回して運ぶように進んだ。とりあえず教室に向かった。 教室に着き適当な椅子にお姉ちゃんを座らせて、購買の自動販売機でコーヒーを買ってきてお姉ちゃんに渡した。 落ち着くまでにかなり時間がかかった。宿直の用務員さんに追い出されるように学校を出る。 そして、最終バスに乗った。家に帰ってもその日はお姉ちゃんは部屋から出ることはなかった。 こなちゃんの悪戯で始まり、こなちゃんの悪戯で終わった。 私はそれを全て見た。違う、見ていただけだった。助けることも救うことも出来なかった。ただ一緒に泣いただけ。それだけだった。 一ヶ月が経った、いつものみんなに戻るのに三日も要らなかった。 でも、ゆきちゃんもこなちゃんもおあれから、姉ちゃんと辻さんがどうなったか聞いてこなかった。 辻さんと別れての二日間のお姉ちゃんの気が抜けたような姿を見てもう分かってしまったのかもしれない。 まつりお姉ちゃんがお姉ちゃんの事を隠すのが下手だって言ってたけど、その意味が今分かった。 そして、いつもの生活に戻った。 いいえ、完全には戻っていない。何かが少し違う。何が違うのかは分からない、でも以前とは何かが違っている。 放課後、私はお姉ちゃんを待っていた。 「帰るわよ」 お姉ちゃんが教室に入ってきた。 「こなたとみゆきはどうした」 「こなちゃんは・・・限定品が売れきれるって言って先に行っちゃったよ、ゆきちゃんはそれに付いていったよ」 お姉ちゃんはため息をつく 「付いていったじゃなくて、連れて行かれたでしょ、まったく・・・そういえば、最近みゆき、私たちの寄り道付き合うようになったわね 「そういえばそうだね」 「それでいて、成績以前より上がってる・・・みゆきにもう勝てそうにない」 「お姉ちゃん、ゆきちゃんと成績争ってたの」 「いや、私が勝手に追いかけているだけ、みゆきは私なんか眼中にないわ」 違うよ、ゆきちゃんはお姉ちゃんを尊敬してる。私はあの時そう感じたよ。 「そういえば、こなちゃんも最近変わったよね」 「こなたが、どこが?」 「んー、そう言われると、説明できないけど、お姉ちゃんをあまり怒らせなくなったよね」 「そんな事はない、あいつは変わってない、断言するわよ」 そう、こなちゃんは変わってない。でも、怒鳴ったり、殴ったり、そこまで気が許せ合える友達がいるっていいよね。 「そういえば、お姉ちゃん遅かったね、どうしたの」 「ホームルームが長引いてね、メールすることも出来なかったわ」 「それじゃ、こなちゃん達を追いかけよう」 「そうね」 私達は教室を出た。靴を履き換えて外で待っているとなかなかお姉ちゃんは来ない。私はお姉ちゃんのげた箱に向かった。 お姉ちゃんはげた箱で手紙を読んでいた。 「お姉ちゃんそれは、もしかして・・・」 「そう、ラブレター」 お姉ちゃんはそう言うと隠すことなく私に手紙を渡した。 手紙を見ると、辻さんの書いた内容とほぼ同じ事が書いてあった。待ち合わせの場所も、日付時刻も。そして書いた本人の名前も書いていない。 字は綺麗に書かれている。見覚えがある字。一週間前、こなちゃんの家で見せてもらったゆたかちゃんの字と同じだ。 「げた箱の奥に入ってたわ、今まで気が付かなかった」 間違いない、この手紙はこなちゃんが入れた手紙。 「つかさ、私、この手紙の方を取っていたらどうなったかしら」 私に問いかける。私は想像した。あの時辻さんが来なかったらどうなったか。 屋上で待つお姉ちゃん、そこにこなちゃんが走ってお姉ちゃんの前に立つ。慌て、おろおろするお姉ちゃん。 そこでこなちゃんの種明かし。すると、怒ったお姉ちゃんはこなちゃんの頭をグーで殴る・・・ こっちでもこなちゃん、お姉ちゃんに殴られちゃうよ。私は思わず吹き出して笑ってしまった。 「つかさ、笑ったな、どうせ結果は同じってことね、聞くんじゃなかった」 「ごめん、お姉ちゃん」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 お姉ちゃんはしばらく手紙を見ると両手で丸めて出入り口のごみ箱に投げ捨てた。 「さ、これで全て終わり、行くわよ」 そう言うと、校舎の外へ出て行った。 私はごみ箱から丸まった手紙を拾った。 やっぱりお姉ちゃんは優しいね、手紙を捨てるなら破るよね。でもそうしなかった。 そういえばこなちゃんの悪戯、まだ途中だった。まだ終わっていない。終わらせなきゃね。 終わらせるのは、私しか居ない。全ての種明かしができるのは私。 こなちゃんには悪いけど、この悪戯私が引き継ぐよ。 でも、今すぐ種明かしはできない。今やったら、きっとみんな泣いちゃうよ。 一年後、五年後、十年後、いつがいいかしら。 この手紙を見せたとき、こんな事があったねって笑って語り合える、そんな時まで・・・おあずけだね。 丸まった手紙を私は丁寧に元に戻した。 それまで、私達が仲良しでいられますように。手紙にそれだけを祈りを込めて鞄にしまった。 「つかさー なにしてる、先行っちゃうわよ」 遠くからお姉ちゃんの怒鳴り声。いつものお姉ちゃん。やっぱりこうじゃないと、こなちゃん、ゆきちゃんも最近物足りないって言ってたよ。 それから私達は楽しい一時を過ごした。家に帰り、夕食を済ませた後、私は台所を占領してデザート作りに専念していた。 「お、つかさ、久しぶりに作っているわね、この前言ってた納得できなってデザートなの」 「まつりお姉ちゃん、そうだよ」 「で、なにを作ってるんだい」 「塩キャラメルレアチーズケーキ」 「それ、有名な店で食べたことあるわ、私はあまり美味しいと思わなかった」 「・・・有名なお店と私のとじゃ比べ物にもならない、お店のが美味しくなかったら私のなんて・・・それにこれは試作だし」 「悪かっわね悪気はないわよ、ってもう出来てるじゃん」 まつりお姉ちゃんは出来立てのケーキを近くにあったフォークですくいとって食べた。 「まつりお姉ちゃん、試作だって言ってるのに」 まつりお姉ちゃんはしばらく何も言わずにケーキの味を確かめるように噛んでいた。 「この味・・・どこかで味わったことある」 そのまま目を閉じて何かを思い出そうとしているようだった。 「これはは卒業の時・・・つかさ、この味どこで・・・」 「この試作の試食、お姉ちゃんに最初に食べてもらおうと思ったのに」 「なぜかがみが最初なのさ」 「・・・言えない」 「言えないって、あんた達、最近おかしいと思ったけど、やっぱりね・・・かがみに試食ね、反応が楽しみだわ」 まつりお姉ちゃんはクスリと笑った。 「美味しくない?、やっぱりこのケーキ、お姉ちゃんにあげるの止めた方がいいかな」 するとお姉ちゃんは黙ってやかんに水を入れて湯を沸かし始めた。 「このケーキには紅茶が合うわね、私がかがみにいれてあげる」 「まつりお姉ちゃん・・・」 「私もあの時こんなお菓子が食べたかったわ、あの時、食べていたら・・・思い出にできたのに・・・きっとかがみも喜ぶわよ・・・きっと」 まつりお姉ちゃんは目を潤ませてそう言った。 塩キャラメルレアチーズケーキ、甘さの中に、塩のしょっぱさとキャラメルの苦さを入れた大人のスィーツ。 レピシ通りに作ってもどうしても上手く作れなかった。そして気が付いた。しょっぱさと苦さ、これは涙の味・・・実らなかった恋の切ない涙の味。 私はレピシを変えて作った。屋上での涙の味を思い出しながら心を込めて。 この涙の味を思い出にしまうために。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント 偶然が重なって出来た物語。とても楽しめました。GJ -- CHESS D7 (2009-09-18 21 11 02) いつものかがみのツッコミが招いた運命の悪戯ですか...。 何だかものすごく現実味のある話でとても面白かったです。 -- insane (2009-09-16 22 01 01)
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「どうして…どうして…」 式場にある棺の前で岩崎みなみは泣き崩れていた。 今のみなみからはいつもの冷静さは微塵も感じられない。 「ごめんなさい…ごめんなさい…ゆたか…」 棺の中のゆたかはとても安らかな顔をしていた。 対称に遺影の中にいる親友は可愛らしい笑顔を振り撒いていた。 みなみは目の前の棺に入っているゆたかに何度も謝っている。周りにいる友達は今のみなみには声をかけることができない。 泣き続けるみなみは、ふと肩に手が置かれたのを感じた。 「みなみのせいではないわよ…」 みなみは声のする後ろの方へ振り返った。 後ろにいたのは自分の母と、隣に住んでいる高翌良みゆきであった。 「あまり気に病まないで下さい。小早川さんが亡くなってしまったのは不慮の事故が原因です。みなみさんのせいではありませんよ。」 二人ともみなみのことを考えて声をかけているが、その声はみなみには届かない。 声どころか姿すら認識していないようである。 今、みなみの網膜に写っているのは、母とみゆきの後ろにいる他の参列者だった。 雨の中、皆ゆたかのために大勢の人が来ている。 その中にはゆたかの従姉妹の泉こなたやその父、そうじろう。また一緒に文化祭でチアをやったメンバーがいた。 こなたとそうじろうはわんわん泣いていて、それをなだめるかがみやつかさも、目に涙を溜めている。 ひよりやパティも涙を流して悲しんでいる。特にパティからはいつもの元気が微塵も感じられず、ただむせび泣いている。 それらを目にしたみなみは、ここにいるのが辛くなってきた。 (ごめんなさい…みんな…ごめんなさい) 自分のせいでゆたかは死んだ、そう思い。もうこの式場にいるのが辛くて、胸が張り裂けそうだった。 「みなみっ!」 「みなみさん!」 みなみは走って式場から、皆から逃げ出した。 みなみは自分の部屋のベットの上でうずくまって泣いていた。 「どうして…こんなことに…」 昨日のことを考えると涙が止まらない。 「ゆたか…」 みなみは昨日のことを思い出した。 「それでね、みなみちゃん」 ここは岩崎みなみの家、二人はみなみの部屋でおしゃべりをしていた。 おしゃべりと言っても、ゆたかが話す方がみなみのそれよりもかなり多い。 「あ、そろそろ帰らなくちゃ。私今日お姉ちゃん達と晩御飯食べに行くから。」 「…そう、駅まで一緒に行こうか?」 「別にいいよ、みなみちゃん。それに急がないと遅れちゃいそうだし。」 「でも…」 「大丈夫だよ、みなみちゃん。それにせっかく今日はプレゼントまで貰ったのになんか申し訳ないよ。」 みなみは今日、ゆたかに先日買ったばかりのかわいらしいリボンをプレゼントしていた。 みなみが買い物中に見つけた物で、ゆたかに似合うと思い買ったのだった。 そして、ゆたかは一人で帰った。 その約一時間後、みなみの家の電話が鳴り響いた。 「はい、岩崎です。」 いつも通りに電話に出たみなみには、この電話が自分を奈落の底に突き落とすような事を告げるとは思ってもいなかった。 「…そんな…」 「とにかく早く病院に来て!」 「わ、わかりました。」 電話の相手はこなただった。話によると、ゆたかはみなみの家から駅に向かう途中にトラックにはねられてしまったらしい。 現在病院に運ばれて緊急手術をうけているようだが、かなり危険な状態らしい。 みなみは急いで病院へと向かった。 病院についたみなみを待っていたのはみゆきだった。みなみはみゆきの後についてゆたかのところに向かった。 その間の二人に会話は無かった。 みなみが着く前にすでにゆたかの手術は終わっていた。 病室に入ったみなみを待っていたのは、こなたと柊姉妹、そしてこなたの父そうじろうだった。 しかしみなみの目にまず入ったのはベットの上で横たわり、顔に布をかけられている少女だった。 みなみは震える手で布を取った。 「そんな…ゆたか…」 「みなみちゃんが来る少し前に…ゆーちゃんは…うっうううう」 こなたは泣き出してしまった。そうじろうやかがみ、つかさ、みゆき達がこなたをなだめているがほとんど効果はない。 「わたしの…せいだ…わたしが…あの時一緒に帰っていれば…ゆたか…ごめん…ゆたか…」 みなみはついに我慢できずに泣き出した。 「ゆたか…」 みなみは少しだけ落ち着きを取り戻してきた。みなみが式場から飛び出してきてから数時間が経過していた。 「…どうすれば…」 ふとみなみはベット置いていた手に何かが触れているのに気がついた。 「リボン…これは…私があげた…どうして……!」 みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 耳に懐かしい声が聞こえた気がした 「どうしたの?みなみちゃん?」 目を開けたみなみが見たのは、死んだはずのゆたかだった。 「みなみちゃん?」 みなみは驚きで声が出なかった。しかし目からは大粒の涙がこぼれていた。 「みなみちゃん、泣いてるの?どうしたの、何かあったの?私変なこと言っちゃった?」 「…ゆたか」 「ど、どうしたのみなみちゃ…ひゃあ!」 突然抱きついてきたみなみにゆたかは小さな悲鳴とともに驚いた。 「み、みなみちゃん…」 ゆたかはどうすればいいのかわからなかったが、みなみの尋常じゃない様子を見て、みなみを抱き返した。 「ゆたか…よかった…」 「…何があったの、みなみちゃん?わたし、相談に乗るよ。」 ゆたかはみなみが何か大変なことを抱え込んでいると思った。 「ううん、違うよ…ちょっと怖い夢を見ただけだから」 「…大丈夫だよ、みなみちゃん」 それから数分の間この状態が続いた。その間に、みゆきの母であるゆかりに密かに写真を取られていたのを二人は知らない。 ゆたかに慰められ、みなみ冷静さを少しづつ取り戻してきた。 「みなみちゃん、もう大丈夫?」 「うん…ごめんゆたか、迷惑かけちゃって。」 「いいよ、いつもみなみちゃんに助けてもらってるし。」 ゆたかは明るい笑顔でみなみに言った。 「…ありがとう、ゆたか。」 もう二度と見ることができないと思った親友の笑顔を見れて、みなみは心が透き通っていくのを感じた。 しかし、その心は次の瞬間から少しづつ陰りを見せ始めることになる。 「あ、そろそろ帰らなくちゃ。私今日お姉ちゃん達と晩御飯食べに行くから。」 「え?今なんて…」 「ごめんね、みなみちゃん。」 このときみなみは思った。 (一緒だ…あのときと) 「どうしたの?」 「ゆたか!」 「は、はい!」 いつもとは違う声の大きさと気迫にゆたかは驚いた。 「あ、ごめん、ゆたか、大きい声出して。」 「い、いいけど…どうしたの?」 「な、なんでもない。」 みなみはこのままゆたかを一人で帰してはいけないと思った。 「駅まで一緒に行くよ」 「別にいいよ、みなみちゃん。」 (この受け答えも同じ…、もしかしたら、このままじゃゆたかは…) 「一緒に行かせて!」 「え、は、はいぃ」 ゆたかは少し驚いた様子で、みなみの願いを承諾した。 (どういうことだろう、私、タイムスリップしたってこと?……とにかくゆたかを守らないと) (みなみちゃん、今日どうしたんだろう…) 駅までの道のりに二人の会話はいつもとは段違いに少なかった。 (確か泉先輩の話ではトラックにひかれて…。じゃあとにかく周りに気をつけないと) みなみは自分にそう言い聞かせ、周りを見渡している。 (みなみちゃん、さっきからきょろきょろしてどうしたんだろう。落ち着かないのかな…) いつものみなみが見せない挙動不審な姿にゆたかは少しだけ不安を感じていた。 二人とも会話の無い分、歩く早さも少し遅くなっていた。 目の前の曲がり角を曲がった瞬間、ゆたかが何かに気づいた。 「みなみちゃん、あれ!」 ゆたかが指をさした方を見ると、遠くの大通りで大型のトラックが電信柱に衝突し、大破していた。 「まさか…これがゆたかを。」 みなみは、これがゆたかをひいたトラックだと直感した。 「これが…私?どういうこと?」 みなみの独り言がゆたかの耳に届いていたらしい。ゆたかが聞いてきた。 「…なんでもない」 「そう、でもすごい状態だね…」 「そうだね。」 「誰も怪我してないといいけど…」 「!」 今の言葉でみなみは事故の起こった方へ走り出した。 「みなみちゃん!」 「怪我をしてる人を助けないと。」 「待ってよ、みなみちゃん。」 ゆたかはみなみを追いかけて行った。 「誰も怪我してなくてよかったね、みなみちゃん。」 「そうだね…本当によかった。」 事故現場についたみなみとゆたかはまずトラックの運転席を見たが誰ものっておらず、 みなみが運転席をよく見ようとトラックに乗ろうとしたとき、下から声をかけられた。 声の主はそのトラックの運転手だった。運転手は擦り傷ひとつ無く元気そうだった。 事故の原因は運転手によると、過労がたたったのが原因らしい。 極度の睡眠不足でウトウトしていてハンドル操作を間違えてしまったようだ。 「警察も来たし、一安心だね。」 ゆたかの純粋な笑顔を見て、みなみの不安は消え去っていた。何よりゆたかの死を未然に回避出来たことがなによりも嬉しかった。 「もしかしたら、私が事故に巻き込まれてたかもね。」 (確かに、ゆたかを一人で行かせていれば、歩く早さも違ったかもしれない。確かゆたかはあのとき晩御飯に間に合ために急いでいた。 やっぱりあのトラックがゆたかを…) 今度は冷静になったぶん、声に出すような真似はせず、心の中で分析した。 「本当によかった…」 「そうだね、みなみちゃん。あ、ここまででいいよ。」 みなみが前を見ると少し先に駅が見えてきた。 「じゃあね、みなみちゃん。」 「ゆたか、気をつけて。」 家の門をくぐったみなみを出迎えたのは愛犬チェリーだった。 チェリーはみなみにじゃれついてきた。 「今日は暗いし散歩はまた明日ね、チェリー。」 そう言って家の中に入ったみなみの耳に入ったのは電話の呼び出し音だった。 おそるおそる電話を取ったみなみは、奈落の底に再び落とされた。 「…泉先輩、どうしてゆたかは…」 「駅前でバイクにはねられて…打ち所が悪かったみたい。」 ゆたかの病室でみなみは物言わぬ状態となったゆたかの横にいた。あの電話は再びこなたからだった。 内容もほとんど同じ。違ったのはゆたかが死んだ原因だった。 「そんな…そんな…うあああああああああああああああああああ!」 次の日、みなみは以前と同じく式場を抜け出し再び自分の家に帰った。 今、みなみはベットの上で座り、うつむいている。 (もしかしたら、昨日のように…) そう思い、みなみは家に帰ると、早速ベットの周りをくまなく調べたが、あのリボンは見つからなかったのだ。 家に帰ってから数時間が経過した。 「!」 手に布の感触があった。ふと自分の手を見るとそれは前回に自分が掴んだゆたかのリボンだった。 (お願い…もう一度だけ…) みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 (また戻ってきた…) 「みなみちゃん?」 「あ、ごめん、なんだっけ?」 目を開けたみなみが見たのはやはり死んだはずのゆたかだった。場所も時間も全てが同じ、みなみは少し気が遠くなった。 (どういうこと…また私は戻ったの…この時に…) 「どうしたの、みなみちゃん?」 (会話も全て同じ…、やっぱり昨日に再び戻ったとしか思えない。だったら…) 「ゆたか…、時間は大丈夫?」 ここでもしゆたかが帰ろうとすれば確実に昨日に戻ったということになる。 それを確かめる為にみなみはゆたかに聞いた。 「あ…そういえばもう帰らないといけない時間だ。」 みなみは自分の仮説が当たっていると確信した。 (やっぱり…じゃあこれからゆたかはまた…、今度こそ私はゆたかを守る) みなみは心に中で強く誓った。 「あ、みなみちゃん、ここまででいいよ。」 今二人は駅の少し手前のところまで来ていた。途中のトラックの事故は同じように起こっていたが、 今回は何もせずに通り過ぎるだけにしておいた。 「…もう少しだけ…」 今回はトラックにかけた時間がないため、ゆたかは前回と同じようにバイクにひかれることはないとは思ったが、 みなみは念のためもう少しついて行くことにした。 改札の前まで二人は並んで歩いていた。周りの人が見れば仲の良い姉妹に見えたかもしれない。 「じゃあね、みなみちゃん。また明日」 「……」 みなみは黙ってゆたかを見送った、否、見送るつもりだった。 「え?みなみちゃん?」 改札を通り抜けたゆたかの横にはみなみが立っていた。 「少し暗くなってきたし、家まで送るよ。」 「い、いいよ、みなみちゃん、遠いし一人でも大丈夫だよ。」 「もし何かあったら大変。」 ゆたかはこの言葉は自分を子ども扱いしていると思ったが、親友が心配してくれているのだから文句は言わないで二人で帰ることにした。 「遅いよー、ゆーちゃん。」 「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっとみなみちゃんの家を出るのが遅くなっちゃって。」 「ま、ゆたかも帰ってきたんだし、そろそろ出発しようか!」 「そうだね、ゆい姉さん。」 家に着いた二人を待っていたのは、こなたとゆいだった。二人ともゆたかが遅いので心配して家の外で待っていたようだ。 「お~、みなみちゃん久しぶり~。」 こなたが能天気な声で言った。 「ありがとね、みなみちゃん、ゆたかを送ってくれて。遠かったのに悪いね、大変だったでしょ?」 「いえ、そんなことは…」 「そだね、ありがとみなみちゃん。」 ゆいとこなたに礼を言われて、みなみの顔が赤くなった。 「じゃ、みんな車に乗ってー。」 ゆいの号令にゆたかとこなたは車に乗り込んだ。 「みなみちゃんも一緒に行く?」 ゆいは軽くみなみに聞いてきたがみなみはこの質問に少し悩んだ。 (もしかしたらまたゆたかに何かあるかもしれない。…でも今回は泉先輩と成美さんが着いているし…) 悩んで末にみなみは遠慮することにした。 「またね、みなみちゃん。」 「うん、またね。」 みなみはゆたかを乗せた車が見えなくなるまで見送った。 家に帰ったみなみはまず電話の前に行った。 (今度こそ大丈夫…大丈夫。) みなみは祈るような気持ちだった。しかし今回はゆたかの周りのは二人の姉がいる、それがみなみの心の支えになっていた。 みなみは気を紛らわそうとテレビをつけた。画面に出ていた時間を見ると零時十分前を示していた。 丁度テレビではニュースを放送していた。今全国のニュースが終わり地方のニュースが始まった。 普段ならこんな時間にテレビなど見ないで眠っているのだが、今の精神状態では眠ることなどおそらく不可能だろう。 (ゆたか…、大丈夫、きっと大丈夫) みなみは自分に言い聞かせるようにして、どうにか安心しようとしている。 『次のニュースです。』 ふとみなみはテレビのニュースに耳を澄ました。 『今日、夜八時ごろ、普通乗用車同士の正面衝突事故があり、車に乗っていた三人の女性が死亡、一人が軽い怪我をしました……』 「え…」 みなみはこのニュースに言い知れぬ不安感を抱いた。 『……死亡したのは○○○さんとその娘の○○ちゃんと○○ちゃんです……』 「よかった…」 みなみはようやくほっとすることができた。少しだけ心の中で喜んだ。 (……こうやって喜んでいる人もいれば、さっきの事故で悲しんでいる人もいるかもしれない) そう思い、みなみは心の中の喜びをかき消した。少しだけ自己嫌悪に陥った。 『次のニュースです。』 テレビに目をやると、次のニュースが始まっていた。 『今日、夜九時半ごろ、停止していた普通乗車の側面にハンドル操作を誤った車が追突。 追突された車に乗っていた女性三人が負傷、病院に運ばれましたが三人ともまもなく死亡しました。』 「…まさか…」 みなみの心をまたしても不安が襲う。 『……死亡したのは』 みなみは息を呑んだ。 『運転席にいた警察官、成美ゆいさんと後部座席に乗っていた小早川ゆたかさんと泉こなたさんです。 警察の調べによると今日午後九時半ごろ○○交差点付近で信号待ちをしていた成美さんの車に、 飲酒運転の車がハンドルを誤り側面から衝突しました。衝突された車は大破しましが、 衝突した車に乗っていた、無職○○○容疑者で、警察はこの男を危険運転過失致死傷罪で現行犯逮捕しました。調べによると……』 「そんな…」 みなみは茫然自失に陥った。 次の日、ゆたか達の通夜が今までと同じように執り行われた。 今までと違うのは、遺影と棺が三つになっていることと、式に来た人数だった。 もうここにはゆたかの死を悲しんでいたこなたやゆいはいない。今こなたの棺の前では柊姉妹とみゆきが泣き叫んでいた。 いつもは冷静なみゆきも、親友が死んだとあってはいつもの落ち着いている面影は無い。 一回目の通夜の時より確実にここで流れている涙の量は増えていた。 みなみはまた通夜から抜け出した。 (どうすればいい…どうすれば…) みなみは自分の部屋で悩んだ、一体どうすれば自分はゆたかを救えるのかを。 (もうこうなったら一日中ゆたかの傍にいるしかない!) みなみの手にリボンの感触があった。 (今度こそ!) みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 目を開けたみなみの前にいたのはやはり死んだはずのゆたかだった。 今回もゆたかの言うことは全て同じだった (…ゆたかは私が守る!) みなみは再び自分に言い聞かせ、行動に出た。 「遅いよー、ゆーちゃん。」 「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっとみなみちゃんの家を出るのが遅くなっちゃって。」 「ま、ゆたかも帰ってきたんだし、そろそろ出発しようか!」 「そうだね、ゆい姉さん。」 帰ってきた二人を迎えたゆいとこなた、そしてゆたかの行っている事は前回と全て同じだった。 「ありがとね、みなみちゃん、ゆたかを送ってくれて。遠かったのに悪いね、大変だったでしょ?」 「そだね、ありがとみなみちゃん。」 前回と同じくお礼の言葉を言う二人に、みなみは適当に答えた。 「じゃ、みんな車に乗ってー。」 ゆいの号令にゆたかとこなたは前回と車の席に乗り込んだ。 「みなみちゃんも一緒に行く?」 ゆいは軽くみなみに聞いてきた。 (ここだ、ここが分岐点、運命の別れ道…、ゆたかを救うには…) 「迷惑でなければ一緒に行かせてください。」 普段ならここでは遠慮するみなみだったが今回は違った。 事故が起こらないようにするには自分が同行し、行き先をできるだけ近くに変更してもらえばいいとみなみは考えたからだ。 「いいよいいよ、んじゃ乗って~。」 「…すみません、ご迷惑をおかけして。」 「みなみちゃん一緒に来てくれるんだ。ありがとうね、みなみちゃん。」 ゆたかの明るい笑顔が薄暗くなってきた辺りを照らした、みなみはそんな気がした。 みなみは少しだけ希望を取り戻した。 「何を食べに行くのですか?」 みなみはゆいに尋ねた。 「今日はお寿司だよ~。」 「…そうですか。」 「みなみちゃんお寿司嫌いだったっけ?」 「いえ、そんなことわ。」 「それはよかった。」 車は今、ゆいオススメのお寿司屋に向かっている。 ちなみに運転席にはゆい、その後ろにみなみ、その横にゆたか、そして助手席にこなたがそれぞれ座っている。 こなたが車に乗る際にみなみにゆたかの横の席を譲ってくれたのだった。 「あとどのくらい?」 助手席のこなたがゆいに尋ねている。その会話はみなみの耳には届いていない。 (この今が前と同じならば、前のニュースが言っていた通りの時間に事故が起こる…。確かニュースでは九時半だったはず。 今の時間から考えてもお寿司を食べた帰りに恐らく事故は起こった。…それを回避するには…。 店を出る時間を調整すれば事故は避けられるはず。…でも確実に避ける為には…) 「あの、すみません成美さん。」 「ん~、何かなみなみちゃん。」 「…実は私お寿司苦手なんです。」 「えっ!そうなんだ!お姉さんびっくりだ!」 ゆいが驚いている。するとこなたとゆたかが尋ねた。 「でもさっきはお寿司は大丈夫って言ってなかったっけ?」 「…確かにそう言ってたよね。みなみちゃん、急にどうしたの?」 「まあまあ、それじゃお姉さんオススメのお好み焼き屋に変更だあ。…お好み焼きは好きだよね?」 「…はい、大丈夫です。」 (…あんまり好きじゃないんだけど……仕方が無い。) みなみは少ししょんぼりした。助手席ではこなたがゆいに何やら文句を言っているようだ。 「あの、すいません泉先輩。私の勝手で。」 「いやいや違うよみなみちゃん。お寿司はしょうがないけどお好み焼きはちょっと…。」 「泉先輩、お好み焼き苦手なんですか?」 「いや、そうじゃなくて昨日お好み焼き食べたばかりでさ、さすがにまた食べるのはちょっとね…。」 「…すいません。」 「謝ることないよ。というわけでゆい姉さん、お好み焼き屋はパス。」 結局この後車を止めて話し合った末に、焼肉食べ放題で決定した。 「ふ~、食った食った。」 「お姉ちゃん…なんかオヤジくさいよ…」 「うおっ!妹に言われるとさすがにきくね…」 食べ終えて店から出たこなたとゆたかは二人でおしゃべりしている。みなみは時計を気にしていた。ちなみにゆいは会計中である。 「それにしてもみなみちゃん、今日はどうしたの?さっきから時計ばかり気にしてるみたいだけど。」 ゆたかがみなみに尋ねた。確かにゆたかの言う通り、食事の中みなみは時計をずっと気にしていてろくに食べていなかったのであった。 「ゆーちゃん、みなみちゃんは見たいアニメに間に合うか心配なんだよ。」 「それはお姉ちゃんじゃ…」 「ま、ともかくみなみちゃんは何でそんなに時間を気にしてるのかな?」 「……」 この質問にみなみは答えることが出来なかった。 「またね、みなみちゃん。」 「じゃね~。」 「また遊びにおいでね、みなみちゃん。」 泉家についたみなみは三人に別れを告げて、そのまま帰宅の戸についた。 と見せかけた。みなみは一旦泉家から離れた後に、再び泉家に戻って来たのだった。 ゆたかを守る為にはゆたかの近くにいる、それがみなみがゆたかを守る為に自分に下した決断だった。 みなみは家を見張れるところにずっと立っていることにした。時間は現在午後十時半。 普段のみなみならもう寝ていてもおかしくわない時間だ。 ちなみに今日、みなみの両親は共に用事で明日まで帰ってこない予定なので両親がみなみを心配して探し回ることもない。 よってみなみは落ち着いて家を見張ることが出来るのだった。 「…寒い」 今の時期の深夜になると気温は五度ぐらいとなる。 しかも今日はいつもより風が強く体感温度は氷点下に達していてもおかしくはなかった。 ふとみなみは携帯を取り出し画面をのぞいた。 (十時三十五分…せめて今日が終わるまではここにいよう。) その時だった。 ドォーン 「きゃあ!」 突如ものすごい音と風がみなみを襲った。 それらが来た方角を見て、みなみは全身から力が抜けるような感触を味わった。 「…そんな、家が…」 みなみは泉家が紅蓮の業火に焼かれていくのをただひたすらに見ていることしか出来なかった。 翌日、みなみは泉家の爆発及び火災はガス管のひびから漏れたガスに火が引火しておこったものだと聞いた。 (…そんなの、避けようがない…どうすれば…いい…) しかし考えてもさっぱりいい案が思いつかない。それどころか考えはどんどんマイナスに向かってしまう。 (それに犠牲者が…最初はゆたかだけだったのに今回は四人も…) 今回亡くなったのは、ゆたか、こなた、ゆいにそうじろうだった。 ゆいはその日の内に家に帰らずに、泉家に一泊していくと車の中でこなたと話しているのをみなみは聞いていた。 確かにゆたかを助けようとすればするほど犠牲者は増えていた。 (…もうどうすればいいか…わからない。) みなみはベットの上でじっと考えている。すると手にあの感触があった。 みなみは目線を下に落とした。 (…リボン…また…。これを取ればゆたかを救えるかもしれない。でも…どうすれば…。また犠牲者が増えるかもしれない…。 それに今度こそリボンが現れないかもしれない…。…こんな時、ゆたかならどうするかな…。) みなみは考えた後、再びリボンを手に取った。 みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 (…よかった。戻ってこれた…。) 「…ねえ、ゆたか。」 「何?みなみちゃん。」 「もしゆたかの大事な人死んじゃったけど、その人を助けるチャンスがあったらどうする?」 「もちろん助けに行くよ。」 「でも助けるたびに自分の大事な人たちが次々と死んじゃうことになったら?」 「…う~ん、難しいな~。でも助けるチャンスがあるのにそれを見過ごしたくないな。」 「…そう。」 「そういえばもう帰らないと。今日お姉ちゃん達と一緒に外に食べに行くんだ。ちょっと急がなきゃ。それじゃあね、みなみちゃ!」 みなみはゆたかに抱きついた。 「どうしたのみなみちゃん、苦しいよ…」 最初は少し抵抗したが、みなみが泣いているのに気がつき、みなみを抱き返した。 「ごめんね、ごめんねゆたか。助けられなくてごめんなさい。」 ゆたかにはその言葉が意味することはわからない。 みなみはその後、ゆたかを開放し、玄関まで見送った。 (…もうどうしようもない。ゆたかを助けようとすれば他の人たちまで巻き込んでしまう。) ゆたかを見送った後、みなみは部屋の中でうずくまって泣いた。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ゆたか…、ごめん…」 泣いているみなみの脳裏にゆたかの言葉が響きだした。 (「助けるチャンスがあるのにそれを見過ごしたくないな」) みなみはゆたかの言葉を思い出し、家をとび出した。 (私はなんてばかなんだ。ゆたかを見殺しにしようなんて!) みなみは走っていた。息は絶え絶えだがスピードはまったく落ちていない。 (ゆたかに追いつかないと。) みなみの足は限界に達していたが、今のみなみにはそれを感じている余裕も時間もなかった。 みなみはただ走った、親友の為に。 (見えた!ゆたか!) 曲がり角を曲がった時、遠くにゆたかの姿が映った。どうやら信号待ちのようだ。 しかし声を張り上げても届く範囲ではない。その時みなみは気づいた。 (あの交差点、確かトラックの…、ゆたかの横にある電柱は…確かトラックがぶつかった場所…このままゆたかがあの場所にいたら…) 恐らくゆたかはトラックに轢かれて帰らぬ人となるだろう、みなみは瞬時にそう悟った。 「ゆたか!」 みなみはゆたか越えをにそこから離れるように伝えようとしたが、ゆたかには声がとどいていないようである。 「ゆたか!」 みなみは走りながらもう一度声を出した。ゆたかまでの距離は十メートル前後だった。 あっちもみなみに気づいたようでこちらを振り向いた。 しかし安心しようとしたみなみの視界にゆたかに向かってくるトラックに気が付いた。 「ゆたか、危ない!」 みなみの声が夕方の町に響き渡った。 緋色の空に、一人の少女の体が、宙を舞った。 「ごめんなさい、ごめんなさい。」 一人の少女が眠る棺の前で、その少女の親友が涙を流して謝り続けている。その少女の肩に手が置かれた。 「仕方がなかったのよ、あなたのせいじゃないわ。」 声をかけたのはその少女の母だった。 「でも……でも。」 「これは不運な事故だったのよ。」 「でも……みなみちゃんは私をかばって!」 「だからこそゆたかがそんな顔してちゃ、天国にいるみなみさんも悲しむことになるのよ。」 「…みなみちゃん」 今日は岩崎みなみの通夜がいとなわれていた。参列者にはみなみの家族やチアをやったメンバー、 みなみの中学のころの友達など多くに人々がみなみのために足を運んでくれていた。 「ゆーちゃん、泣いてちゃだめだよ。みなみちゃんが心配しちゃうよ。」 「お姉ちゃん…ヒック…ヒック…うええええええええええええええん…」 「…ゆーちゃん。」 予定時刻通りにみなみの通夜がいとなわれた。 「みなみちゃん!みなみちゃん!目を開けてよ!みなみちゃんてば!」 ゆたかは自分をかばって宙を舞い、地面に叩きつけられた親友に向かって必死に声をかけていた。 (…何か声が聞こえる。…私を…呼んでる…) 「……」 みなみは目を開けた。まず見えたのはゆたかの泣き叫ぶ顔、そしてゆたかが握っていた自分の血まみれの手だった。 「みなみちゃん!よかった、よかったよう。」 「…ゆ…た…か…。」 薄れ行く意識の中、みなみは親友の名を呼んだ。 「みなみちゃん、しゃべっちゃだめだよう!」 「け…がは…な…い?」 かろうじて聞き取れた声に、ゆたかは答えた。 「わ、私は大丈夫だからしゃべっちゃだめだよ。」 みなみはその言葉に安心し、そして皆にはっきりと分かるような笑顔を浮かべた。 「…よ…かっ…た。」 「みなみちゃん…?」 ゆたかは自分が握っている手から力が抜けたのを感じた。 「みなみちゃん……そんな…、みなみちゃん!」 その声がみなみに聞こえることはなかった。 昨日の事を思い出してゆたかは再び親友の名前を声に出していた。 「…みなみちゃん…みなみちゃん…。」 ゆたかはベットの上で泣き続けていた。ゆたかは通夜終了後、みなみの部屋に入れてもらった。 ゆたかにとってはこの部屋がゆたかがみなみを最後に見た場所だった。 みなみの両親もゆたかを責めずに優しく接してくれたが、ゆたかにはそれすらもつらく感じていた。 ふいにドアの開く音がした。 「ゆたかちゃん…大丈夫?」 入ってきたのはみなみの母だった。ゆたかの事が心配なようだ。 「ごめんなさい…おばさん…。」 「謝ることないわよ。みなみだってゆたかちゃんにそんな事してほしいなんて望んでないわよ。」 ゆたかはみなみの母に抱きつき、泣き続けた。 ゆたかが目を開けると、そこにあったのは天井、辺りは暗い。 (私眠っちゃったんだ…。) 自分の体には布団がかけられていた。みなみの母がかけてくれたのだろうとゆたかは思った。 ゆたかはおもむろに体を起こした。 「…みなみちゃん。」 もう今日で何度この名前を口に出しただろうか。今のゆたかには後悔しかない。 (あの時、みなみちゃんは私に伝えようとしてた。危ないって…。どうして私は気づかなかったんだろう…。親友なのに…。) ふと手をベットに下ろすと何かの感触があった。 「あれ?これって、確かみなみちゃんが私にくれたリボン…、私あの時もって帰ったはずなのに…どうして……!」 ゆたかがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。ゆたかは目を開けていられなくなった。
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こなたはああ言ったけど、私はどうしても諦めきれない。このままだとつかさは実刑、退学処分は免れない。つかさはそんな事よりさつきちゃんの死に目に 会えない方が辛いだろう。もう一度つかさに似た子と会って真相を聞きたい。私は時間があると彼女を見つけた駅周辺を探し回った。 一週間が過ぎた。今日は一人で帰る事になったのでまた駅周辺を探し回った。人を探すというのがこんなに難しいとは思わなかった。 確かにつかさに似ている以外、住んでいる場所も名前も知らない。そんな人を探すなんて。一本道が違うだけで会うことはできない。 諦めかけた時だった。公園を通りかかると、公園の中央に一人の女性を見つけた。化粧をしている。髪型も違う。でも私には分る。つかさ……。 この公園は煙草を吸っていた時の公園だ。最初からこの公園をマークするべきだった。彼女は以前と違い一人で公園のベンチに座っていた。 何をする訳でもなく空を見上げていた。私が公園に入っても気が付いていない。彼女はおもむろに煙草を取り出し火を点けようとした。 私はその煙草を取り上げた。その時初めて彼女は私の方を向いた。その時の彼女の顔は漫画を取り上げた時のつかさそのものだった。 かがみ「あんた、未成年じゃないの?、煙草なんか吸うもんじゃないわよ」 なんの抵抗もなく言えた。初対面の人で何の係わり合いも無い人にこんな事が言えるとは思えなかった。彼女は私を無視し、煙草のケースを取り出し 煙草を取り出そうとした。私はケースごと取り上げた。 かがみ「話、聞こえなかったかしら、返事くらいしたらどうなの?」 彼女は私を睨みつけてきた。しかしつかさの顔でそんな事をされても怖くは無い。私もつかさを叱るつもりで睨み返した。そういえば高校になってから つかさに怒ったことも、叱ったこともなくなった。それだけつかさが成長したからなのだろうか。 「未成年で吸っちゃ悪いのかよ……」 驚いてしまった。声までつかさと同じだった。彼女は目を逸らしてそう言った。 かがみ「当たり前でしょ、いままで注意されたこと無かったの?」 「そんな事する奴はあんたが始めてだよ……なんだよ、さっきから私のことジロジロと」 化粧で分らないがきっと顔を赤らめている。こんな所もつかさに似ている。 かがみ「先週あんたに付いてきた取り巻きの高校生は?、一緒じゃないみたいね、リーダでもしてたのかしら」 「なんでそんな事知ってんだよ!、誰だよあんた……私に何の用があるんだよ!」 すごい権幕だ。でも私は動じない。 かがみ「なんか他人の気がしなくてね、私は柊かがみ、陸桜の二年生、あんたは?」 「同じ歳かよ……上級生ぶりやっがって」 歳まで同じとは思わなかった。私を上級生と思っていたのか。それならもうつかさと同じように接してやる。 かがみ「名前は?」 私はもう一度問い質した。 「辻……さつき」 さつき……これも偶然というのか、まさかつかさが見舞いに行っていた女の子と同じ名前なんて。 かがみ「隣り、座っていいかしら?」 さつき「勝手にすれば……」 私は辻さんの隣に座った。 かがみ「どこに住んでるの?」 さつき「近く」 かがみ「いつから?」 さつき「忘れた……」 かがみ「高校は?」 さつき「○○学園高校……なんだよさっきから、尋問かよ」 その高校は知っている。かなりのエリート校だ、私も受けようとしたけど止めたくらい。みゆきクラスの生徒が沢山いる高校だ。 かがみ「ごめん、それじゃ私の事も話すわよ」 さつき「興味ない……」 かがみ「可愛くないわね」 さつき「同じ年齢の人に言われたくない」 こんな会話がしばらく続いた。つかみ所のない子だったけど基本的には悪い子じゃなさそうだ。仕草や表情に時折つかさを思わせるような癖も伺える。 似ているのは姿、顔、声だけじゃなかった。つかさと話しているのではと思ってしまうほどだった。 さつき「さっきから赤の他人にそんなに話しかけて来るんだよ、気持ち悪いな」 かがみ「……妹と似てるからかな」 さつき「それだけで?」 それだけだったかもしれない。彼女の姿が少しでもつかさと違っていたら話さなかったかもしれない。 かがみ「そう言う辻さんだって私と会話を付き合ってくれて、なぜ?」 さつき「うざいんだよ、早くここから立ち去りたい」 かがみ「そう?、別に鎖でつないでいるわけじゃないわ、いつでも立ち去れるわよ、でも立ち去らなかったわね」 辻さんは立ち上がった。 さつき「こんな奴初めてだ、もう帰るよ」 かがみ「……付き合ってくれてありがとう」 辻さんはそのまま立ち去ろうとした。 かがみ「忘れ物よ」 取り上げた煙草を差し出した。 さつき「未成年は吸っちゃだめなんでしょ、適当に処分しておいて」 かがみ「もし良かったら明日も会わない?、同じ時間、同じ場所で、待ってるわよ、約束よ」 さつき「私、明日来ると思う?」 私は頷いた。 かがみ「一つ言わせて、化粧は二十歳からするものよ、それと髪型も整えたほうが良いわね、そう、一週間前のようにね」 さつき「明日は来ないよ、待ってても無駄だだから」 そのまま彼女は走り去った。 辻さんが真犯人なのだろうか。疑問に思った。第一印象とこれほど違うとは。つかさに近い性格だった。家庭か学校に何か問題を抱えているのだろうか。 何か無理をして反発しているような気がした。たった一回会っただけで人は理解できなか。西日が急に差し込んできた。もうそんな時間か。私は帰路についた。 かがみ「ただいま」 いのり「おかえり……随分ご機嫌ね、何か良いことでもあったの?」 かがみ「……つかさに会ってきた」 いのり「嘘、まだ面会は認められていないわよ……つかさはいったいどうしたって言うのよ、あれからずっと黙秘らしい」 つかさはあれが試練だと思っているのか。ばかだよ。否認をすればいいだけの事なのに。 かがみ「取調べ、長引きそうね……でもつかさは無実だわ、それだけは言える」 いのり「そうね……それだけは私だって分る」 帰ってから家での会話でこれで終わってしまった。 次の日、私は約束の時間通り公園に着いた。辺りを見ましても辻さんが来た様子はない。約束か、私が一方的にそう言っただけだった。 せっかく来た事だし待つだけ待つか。昨日と同じベンチに腰を下ろして待った。 さつき「遅れたけど来たよ」 10分くらい待っただろうか。来た。私は後ろを振り向いた。化粧を落として髪を整えていた。そしてリボンを頭につけている。 かがみ「つかさ……つかさ」 私は思わず彼女を抱きしめて泣いてしまった。 さつき「うわ、いきなり何するんだよ」 そうだった。つかさが来るはずはなかった。我に返った。 かがみ「……ごめん、あまりにつかさに似ていたから」 さつき「つかさって妹の名前?、そんなに似ているんだ、私」 かがみ「似てるってレベルじゃない、つかさそのものよ……よく来てくれたわね、ありがとう」 辻さんはそのまま黙って顔を赤らめた。さて、来たらやってもらいたことがあった。 かがみ「辻さん、悪いわね、これに着替えてくれない、そこにトイレがあるから」 私はつかさの着ていた制服を辻さんに渡した。 さつき「……妹って柊さんと同じ高校だったの?、今何年生?」 かがみ「私と同じ学年、双子だから」 辻さんは私をじっと見た。 さつき「双子ね、私と似ていないけど……」 かがみ「二卵性だからね、さ、着替えなさい」 さつき「ちっ、私はお前の妹の代わりかよ、そんなコスプレみたいのはしたくない」 かがみ「確かにつかさの代わりだけど私の為じゃない」 さつき「だったら何の為なのさ」 かがみ「説明するより来てもらった方が早い」 さつき「そんな説明があるか」 と、言いながら渋々とトイレへと向かった。 さつき「この制服まるで測ったようにピッタリだ」 そこに立っているのは柊つかさそのものだった。 かがみ「それじゃ行くわよ、つかさ」 さつき「つかさって、私はさつき……何処に?」 かがみ「○○病院よ」 さつき「病院……柊さん、病気なんですか?」 私はそのまま駅の方に向かった。少し遅れて辻さんが付いて来る。 病院に着いた。受付に向かったが少女のフルネームを聞いていなかった。 かがみ「すみません、お見舞いに来たのですが、さつきちゃん……分りますか?」 受付「ちょっと待ってください」 受付係りが名簿を調べ始めた。 さつき「さつきちゃん……同じ名前」 かがみ「そうね、同じ名前……つかさがよく見舞いに行って元気つけてあげてたらしいわよ」 さつき「そのつかさって妹さん、どうして来れないの?、何故私が代わりにならなきゃならないの?」 私はあえて答えなかった。理屈より感じて欲しかった。 受付「小児病棟の辻さつきさんの部屋ですね、303号室になります、すみませんがこちらにお名前を記入お願いします」 私達は顔を見合わせた。まさか苗字まで同じとは思わなかった。 さつき「同姓同名……」 かがみ「不思議なこともあるものね、とりあえず行くわよ、辻さんは柊つかさとして接してあげて」 さつき「そんなこと言ったってそのつかさって人一回も会ってないし、子供って言ったって初対面じゃ分らない」 かがみ「辻さつき、そのままでいいのよ、思うように、思ったことを、思うがまま、その子に語ってあげればいいの、簡単でしょ」 辻さんは黙ってしまった。途中で買った花束を辻さんに渡した。 303号室。個室の部屋だった。名前、辻さつきと書かれている。私はドアをノックし扉を開けた。そして辻さんの背中を押して先に部屋に入れた。 「あっ!、柊お姉ちゃんが来たー」 辻さんは黙っていた。 「お花、きれいだね」 辻さんは黙って少女に花束を渡した。 「ありがとう」 受け取ると喜び病室中を駆け回った。とても死期が近い子供とは思えない。少女は花瓶に水を入れて花を飾った。 「ねぇ、泉のお姉ちゃんは?」 「……今日は私だけだよ……」 少女は少し悲しい顔をした。 「ねぇ、絵本の続き、読んで……やくそく」 少女は絵本を辻さんに渡した。 「……何処からだっけ?、お姉ちゃん忘れちゃった」 少女は絵本を開き辻さんにここだと示す。辻さんは開いた絵本を受け取ると椅子に座った。少女はベットに座り絵本を覗き込むように見る。そして辻さんは 絵本を読み始めた。少女は彼女をつかさだと思い込んでいる。優しく絵本を読む辻さんも完全につかさを演じている。一度も会ったこともないはずなのに。 私はそのまま病室を離れ病院の出口まで出てしまった。やはり私はこうゆう場面は直視できない。改めてつかさとこなたの優しさと勇気が分った。 私はこんな死を目前にした少女と一緒には居られない。私は卑怯だった。本来私がやるべき事を辻さんに押し付けてしまった。 私は辻さんが真犯人だと思っている。そして辻さんの代わりにつかさが無実の罪で裁かれようとしている。つかさが何を思い無実の罪を受けようとしているのか 辻さんに分ってもらおうと思いついた計画だった。辻さんの良心に訴えようと。その為に私は少女、さつきちゃんを利用してしまった。さつきちゃんが大きくなって この事を知ったらきっと私を恨むだろう。しかし少女は大きくなる事もない……最低だな……私。 一時間を超えた位で辻さんは病院を出てきた。もう私服に着替えていた。つかさの制服を私に渡した。 かがみ「さつきちゃんが来ちゃったらばれちゃうじゃない、着替えるの早すぎだわ」 さつき「もうすっかり寝ちゃってるから大丈夫」 さてこれからが本番だ。彼女に話す。少女の運命と私の本当の目的を。もう後戻りは出来ない。 かがみ「本当はつかさが花束を渡すはずだった、絵本を読んであげるはずだった、でもそれは今できない、つかさは強盗の罪で取調べを受けているわ」 辻さんは黙って私を見ている。 かがみ「つかさは自分が無実だとは言わない、それは、あの少女、さつきちゃんのためよ……つかさはねさつきちゃんの為に祈っているのよ、 その為なら自分がどうなってもいいと思っている、あの子はも数ヶ月の命……辻さん、もう分るでしょ、私の言おうとしている事が」 さつき「私はつかささんと同じ容姿……なるほどね……」 私は辻さんの答えを待った。 さつき「私は……ごめんな…い」 辻さんは泣き出した。この涙は私から逃れるためのものか。それともつかさとさつきちゃんの話を聞いたから泣いたのか。まだ分らない。 かがみ「私に謝ってもしょうがないわよ、これからどうするかは……分るわよね?」 辻さんは俯きながら話し出した。 さつき「私は今まで何をしていいのか分からなかった、忘れていた、だから……だから、反発した、捻くれた、答えはでなかった、でも、思い出した」 かがみ「それで人を傷つけて良い訳けないわ、被害者は幸い軽傷で済んだみたいよ、今ならまだ罪は償えるわよ」 さつき「私の試練だったみたい……間に合うかな?」 私は頷いた。すっかり力を落として動こうとしなかった。 かがみ「一人で行けないのなら、私も一緒に行くわよ」 さつき「私が逃げると思ってるの?」 そうは思わなかった。しかしもう少し様子をみたかった。私は黙って彼女を見ていた。すると辻さんは頭につけていたリボンを外し私に差し出した。 かがみ「これは?」 さつき「これを……さつきちゃんに渡して下さい」 私はさつきちゃんに会うことはできない。辻さんを改心させる為とはいえ利用してしまった。合わせる顔がない。 かがみ「まだ時間は在るわよ、直接渡しなさい、たぶん会えるのはそれで最後よ」 さつき「いいえ、かがみさんから渡して欲しい、私はあの子をもう見られない」 辻さんも私と同じ心境なのか。思わずリボンを受け取ってしまった。 さつき「かがみさん、十年後、また会いましょう、約束しませんか」 かがみ「……辻さん、いくら強盗が重罪でも十年は長いわよ、そこまでは……それに面会もできるわよ」 さつき「うんん、もう会えない、その時まで、だから……」 辻さんの覚悟は分った。私は彼女を信じる。 かがみ「分ったわ、約束しましょう」 さつき「ありがとう」 辻さんは二、三歩私から離れると深々とお辞儀をした。そして駅の方に走っていった。これで良かったのだろうか。 自問自答しながら私も駅の方に向かった。 帰り道、駅を降り、しばらく歩くとこなたとみゆきを見かけた。二人は私に気が付かず素通りし、繁華街に向かっていった。二人は鳩のように首を振り 何かを探しているようだった。私はゆっくり後ろから二人に近づき声をかけた。 かがみ「こなた、みゆき、何やってるのよ」 二人は飛び上がって驚いた。 こなた「か、かがみ、いや、つかさに似た人をさがし……もごもご」 慌ててみゆきはこなたの口を手で塞いだ。 みゆき「いえ、宿題で繁華街における客の動員数の動向と趣向を……」 何を言ってるのか分らない。でも何をしていたのかは分かる。私に内緒で。泣けるじゃない。私はこらえた。 かがみ「……さっき私の前を通り過ぎたわよ、気が付かなかったのか、そんな節穴の目で何を調べるんだよ……別にごまかす事なんかないわよ、 つかさの為に……ありがとう、でも、もういいわ、もう終わったから」 二人は顔を見合わせた。 こなた「終わったって?、何が終わったの?」 みゆき「どうしたのですか?、何があったのですか?」 かがみ「いろいろよ……そう、いろいろとね、もう遅いわよ、帰りましょ」 こなた「でも、つかさ……」 かがみ「つかさは帰ってくる、もうすぐ……私は信じる」 かがみ「オース、お昼食べに来たわよ……みゆきは?」 こなた「いらっしゃい、待ってたよ、みゆきさんは職員室に届け物だよ」 つかさ「お姉ちゃん、最近こっちばかり来てるけど平気なの?」 かがみ「平気よ、お昼くらいこっち来たくらいで、気にすることないわ」 みゆき「お待たせしました」 教室にみゆきが入ってきた。 四人でいつものように楽しい昼食。辻さんと別れて三日も経たないうちにつかさは釈放された。真犯人は自首をした。しかしそれは辻さんではなかった。 未成年なので名前は公表されていない。みゆきの話ではつかさ達のクラスの男子生徒らしい。席が空いている所に居た生徒。思い出した。わざわざ違う高校 の制服を着るなんて。最初辻さんを見つけたときに付いてきてた男子。煙草を差し出した人だ。つかさに罪をなすり付けようとしたようだが、罪に耐えられなくなり 自首したとの事。 辻さんは彼を説得したのだろうか。あの時の会話は自分が犯人と言っているように受け取った。何故あの時、自分は犯人ではないと言ってくれなかったのか。 私は真意を確かめようと彼女を探した。公園にも居なかった。街中を探したがいなかった。辻さんの通っていた高校も調べた。しかし辻さつきと言う生徒は 在学していないことが分った。さすが名門高校、スペインにも分校があったがそこにも彼女の名前はなかった。そして辻の名で街中を探したが 『さつき』と言う名前はあの少女しか居なかった。彼女は消えた。痕跡を残さずに。それとも彼女は私に嘘を言ったのか。 こなた「しかし真犯人が自首してきてよかったね、つかさ、本当に最後まで罪を被るつもりだったの?」 つかさ「分らない……でもさつきちゃんが元気になって良かった」 みゆき「まさか新薬の臨床試験に辻さんが選ばれるとは、それで、その薬が効いた、奇跡としかいいようがありません」 つかさ「こなちゃんの教えてくれたおまじないのおかげだよ、すごいよね」 自分が捕まって酷い目にあったというのに、さつきちゃんが助かったことを喜んでいる。おまじないの効果で片付けてしまっている。私はそんなつかさが好きだ。 私には到底出来ない事。こなたやみゆきも最近はつかさと出歩くことが多くなった。私はもしかしたら姉失格かもしれない。 つかさが釈放されて二ヶ月後、みゆきが言うように突然新薬の臨床試験を行うことになった。さつきちゃんで試す事に。 もちろん効く可能性はゼロに近かったらしい。でもその薬は効いた。さつきちゃんの病気は完治した。 こなた「一週間後、退院することになったね……かがみも退院するまでに一回はお見舞いに行こうよ、みゆきさんも来てくれているんだしさ」 みゆき「どうして来れないのですか、以前、私達がつかささん達を尾行した事をまだ気になされているのですか?」 私は沈黙をした。みゆきの言った事も少しはあるがそれが理由ではない。私はさつきちゃんを利用してしまった罪悪感がどうしても取れなかった。 つかさ「そんなの理由にならないよ、今日行こうよ、お姉ちゃん、委員会の会議無いんでしょ?」 かがみ「ごめん、今日も用事があって……」 つかさは悲しい顔をした。 放課後私は公園に居た。つかさが釈放されてから二ヶ月。暇を見つけてはこの公園のベンチに座っている。彼女と話したベンチ。しかし彼女は来ない。 もう一度会って話したかった。嘘を付いたことなんかもうどうでも良かった。もう聞くつもりもなかった。ただ会いたいだけだった。彼女と会えば一緒に さつきちゃんの所に行けるような気がしたから。 西日がベンチに射しこむ。彼女は来なかった。今日、来なければもうこの公園に来るのを止めようと思っていた……来なかった。帰ろう。 家に帰るとすでにつかさは帰っていた。夕食の手伝いをしていた。私はそのまま自分の部屋に入り宿題を片付けた。 夕食が終わりしばらくすると久しぶりにつかさが私の部屋に入ってきた。 つかさ「お姉ちゃん、遊びに来たよ」 つかさを見ると漫画の本を持っていた。 かがみ「また漫画かよ、たまには小説とか読んだからどうなんだ」 つかさ「えへへ、これ、こなちゃんから借りたんた、明日、返さなきゃいけないから」 つかさが私のベットに腰掛けようと時だった。 つかさ「あ、リボン、お姉ちゃん、リボン変えたんだ?」 かがみ「いや、変えてないけど、どうして?」 つかさは私の机に置いてあったリボンを取った。 つかさ「このリボンだよ、お姉ちゃんが使うには長いかなって思って……あれ?、このリボン、さつきちゃんにあげたリボンだ、どうしてお姉ちゃんが持ってるの?」 このリボンは辻さんと別れる時に付け取ったリボン。どう言うことなんだ?。私が聞きたい。 かがみ「リボンなんか何処でも同じもの売ってるわよ、私がそんなの持ってるわけないでしょ」 つかさ「さつきちゃんにあげる時、刺繍したんだよ……ほら、ここに私の字で『さつき』って書いてあるでしょ……あれ、これ凄く古くなっちゃってるよ、 十年くらい経ってるみたいに色が褪せちゃってるよ……お姉ちゃん洗っていないよね?」 かがみ「リボンなんか洗わないわよ……」 おかしい。病室にいたさつきちゃんはリボンをしていなかった。さつきちゃんが辻さんに渡したのか?。いや。それなら辻さんが付けていたリボンはどうしたんだ。 つかさ「、なんでお姉ちゃんが持ってるんだろ?、不思議だね……」 古くなって色褪せたリボン。確かに随分時間が経ってるようにも見える。 つかさ「不思議と言えばね、さつきちゃん変なこと言うんだよ、絵本の続きを読んであげようとしたらもう私が読んだって……何時って聞いたら私が 捕まっていた時なんだよね……それに楽しい絵本なのに急に私が泣き出したんだって……それで『思い出した』って言ったって?、 病気で幻覚でも見てたのかな?……そういえばお姉ちゃんも私に似た人見かけたんだよね、関係あのかな?」 『思い出した』確かに辻さんはそう言った。『試練』とも言っていた。そして十年も経っていそうな古いリボン。まさか…… かがみ「つかさ、こなたから教えてもらったおまじない、さつきちゃんに教えた?」 つかさ「うん、教えたよ、でもこのおまじないは辛いことが起こるから大きくなるまで使っちゃダメだよって言ったよ」 辻さんがさつきちゃんの病室に入ってから急に態度が変わった。会ったこともないつかさを演じていた。それは行き当たりばったりの適当な演技じゃない。 つかさを知っていないとできない演技だった。現にさつきちゃんは彼女をつかさだと思っていた。彼女は以前につかさに会っている。 私は仮定をした。さつきちゃんが十七歳になった時、つかさが以前にさつきちゃんを救うためにおまじないをした事を知った。 そこで彼女はつかさと同じおまじないをして祈った。つかさを助けたいと……彼女はこの時代に飛ばされた。その時、おまじないの試練によって彼女の 記憶が奪われた。そして目的を失い、彼女は苦しみ、反抗的になった。私は彼女にさつきちゃんを見せた。つまり昔の自分を見せたことにより記憶が蘇った…… 未来のさつきちゃんなら真犯人が誰か知っていても不思議はない。つかさとさつきちゃんの祈りが時を超えて、お互いを助けた…… かがみ「ふ、ふふ、はは、傑作だ、そんなばかな話があるわけないわ、はははは」 つかさ「お姉ちゃん?」 私は笑った。都合のいい想像に、バカさ加減に。笑うしかなかった。 つかさ「そんなに面白い?、お姉ちゃんはまだあのおまじない信じていなんだね……」 かがみ「信じるもなにも、たかがおまじないよ……」 つかさ「そうだね、たかがおまじない……さつきちゃんね、退院したらお父さんの仕事でスペインに行っちゃうんだって……十年くらい会えなくなるみたいだよ…… もう一度あのおまじないしようかな……でも、もうあんな辛い目に遭うのも嫌だな……」 笑いが止まった。仮定じゃなかった……辻さんの言った十年後って、会うのは辻さんじゃない、十年後のさつきちゃん……辻さつき……。 つかさ「このリボン、返してね、さつきちゃんに渡さなきゃ……」 つかさはリボンを持って自分の部屋に向かおうとした。 かがみ「待って、そのリボン、私がさつきちゃんに渡すわ」 つかさは立ち止まり満面の笑みを私に見せた。 つかさ「お姉ちゃん、やっと、やっと会う気になってくれたんだね」 かがみ「そうよ、約束だから……つかさ、スペインから帰ってきたさつきちゃんを見たら驚くわよ」 つかさ「約束?、驚く?、どうゆうことなの?」 かがみ「その時が来れば分るわよ」 つかさからリボンを受け取った。 ……はっとした。私のした事、さつきちゃんは許してくれたのか。 だからリボンを私に渡した……そして十年後会う約束をした。急に涙が出てきた。涙は止められそうにない。 つかさ「お姉ちゃん、笑ったり、泣いたり……どうしたの?」 かがみ「何でもない……何でもない、つかさ、あのおまじないは本物だよ……それが分った」 つかさ「そうでしょ、でもよかった、さつきちゃんが亡くなる前におまじないをして、亡くなった後だと効果ないんだって、こなちゃんが言ってたよ」 こなたはお母さんに試したんだな。つかさ、そのくらい気付けよ。と言いたかったが止めた。そんな詮索をしないからつかさの願いが叶った。そんな気がした。 私はあのおまじないで願いを叶えることは出来なさそうだ。私が出来ることは……。涙を拭った。 かがみ「つかさ、漫画読んでるけど数学の宿題はもう終わったの?、確か先生同じでしょ?、宿題出ているはずよね」 つかさの動きが止まった。 つかさ「まだだったりして……」 私は漫画を取り上げた。 かがみ「それじゃここに宿題持ってきなさい、分らないところは教えてあげるから」 つかさ「でも、こなちゃんに明日返すって約束が……」 私はため息をついた。 かがみ「どうせこなたも宿題やってないでしょ、私が電話で言ってあげるから、宿題終わるまでこの漫画預かっておくわよ」 つかさ「お姉ちゃん、黒井先生みたいだよ……」 渋々と自分の部屋に教材を取りに行った。その時間を利用し、こなたに電話をかける。案の定、こなたも宿題をしていなかった。 今度みゆきも誘って勉強会をするか。 私は私。それ以上でもそれ以下でもない。 思うように、思ったまま、思った事をそのままに。 さつきちゃんに教えたつもりが教えられた。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント 深い!そして面白い!なんかドラマ化しても おかしくない完成度の高い作品。 -- チャムチロ (2014-03-09 22 52 53) 奥が深く素晴らしいssでした! 作者GJ -- 名無しさん (2010-08-17 18 00 25) 素晴らしかったですwwwGJwwww -- 名無しさん (2010-06-22 17 34 52)