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0.とある喫茶店の前 PM0:00 「あっ!」 明らかにスピード違反のトラックが通り過ぎた後のこと、叫んだ時にはもう遅かった。 わたしがつい2秒前まで被っていた帽子が空高く舞っている。さらに、風に運ばれて遠くに消えていく。 追いかけようにも、車通りの多い道路に阻まれている上に信号は赤色。だけど、すぐに変わりそうだ。 「そう君、先に入ってて! 帽子探してくる!」 彼には喫茶店で待っててもらおう。 信号が青になった時にはもう、帽子を見失っていた。 どこ行っちゃったんだろう? 手がかりは方向しかない。 「ホントにもう、ツイてないよ……」 嘆いている場合じゃない、早く見つけないと。でも―― 「やっぱり、走るのはムリ……暑い……」 さっきまで帽子で遮っていた日の光が頭に直接当たって、急に暑くなってきた。 「お冷やだけ飲んでから探せばよかった……」 1.制服の少女とその友達 PM0:05~1:05 「あら?」 友達と二人で映画館へ向かっている時、ふと自分の前に影が出来た。上を見ると、白い物が宙を舞っている。 「帽子よねぇ……よっと」 「どうしたの、ゆかり?」 立ち止まり、帽子に手を伸ばす。二回ほど掴み損ねて、三回目でようやく帽子を掴めた。 「ねーえ、帽子拾っちゃった」 「拾ったって言うか飛んできたんでしょ。すぐそういうの手にとって……いいとこのお嬢様なのに」 お嬢様かどうかはわかんないけど、確かに拾ったとは言えないかしら? とりあえず、帽子を見てみる。真っ白で真ん丸い形で青いリボンのついた可愛いデザインの帽子。裏側を見てみると、小さく名前が書いてあった。 「名前があるわねぇ。『泉かなた』さんのだって」 「どうするの? 貰っちゃう?」 「ダメよぉ、探してるかも知れないじゃない」 「じゃあ、交番があったら届けよっか」 「そうしましょ」 帽子を被って、また歩き出す。 「って、ゆかりったら、帽子被ってるじゃない」 「だってぇ、日差しも強いし。あなたは私服で帽子被ってるけど、わたし制服だし」 「補習だったからでしょ。本当は午前中の映画を見る予定だったのに、ゆかりが昨日の補習サボるから今日の予定が狂ったんじゃない」 「細かいこと気にしちゃダメよぉ」 「はぁ……あんたって、絶対に一人じゃ生きてけないよ?」 「失礼ねぇ」 映画までけっこう時間があるから、しばらくデパートの中をうろつくことにした。本屋に入ったり服を見たり、暇つぶしにはもってこいね。 「あっ、あの帽子。ゆかりが被ってるのに似てる」 「ホントねぇ。ここで買ったのかしら?」 結局二人ともなにも買わずにデパートを出た。 「お腹すいたわねぇ。なにか食べない?」 「そうね、まだ時間はあるし。あっちに安くていい喫茶店があるから行こっか」 そこから十分くらい歩いて、着いたのはオシャレな感じの喫茶店。店先に黒板が置いてある。 「本日のオススメは……ってアレ?」 どうしたのかしら? 黒板を見てみると、書いてあったのは店のメニューとは全然関係ないことだった。 『愛するかなたへ なかなか戻ってこないから探しに行く。戻ってきたなら、一時に駅前で待っててくれ』 「これって、伝言板だったかしら?」 「違うわよ。それより、このかなたって人」 そう言ってじっとわたしの顔を見てくる。 「やーねぇ、わたしはゆかりよ?」 「違うってば! その帽子の持ち主!」 「……あ~! そういえば!」 帽子を取って、裏側を見る。確かに、かなたって人のだ。すっかり自分の物だと思ってたけど、拾い物だっけ?でも飛んできた物だから拾い物じゃなくて……飛来物ね。 「忘れてたの? で、どうするの? 映画までは時間あるけど……」 「飛来物だし、返しに行きましょ」 「飛来物って? まあ、いいか。それなら早く行こう。一時までもうすぐだし」 お昼抜きはつらいけど、帽子を返すために駅前まで歩く。ダイエットにはなるかしら。 「どんな人がくるかしらねぇ」 「帽子返したらそれっきりでしょ。あ、でもお礼は貰えるかも」 「そんな期待しちゃダメ。岩崎君に嫌われちゃうよぉ?」 「か、関係ないでしょ! 誰から聞いたのよ? そっちこそ高良君……アレ?」 「なぁに、どうしたの?」 視線を追うと、すごい速さで近づいてくる自転車が見えた。 「アレかしら?」 「そこのキミィィィ!」 高いブレーキ音を鳴らしながらわたしたちの前に止まる。 「的中ね」 「その帽子をどこで拾った!?」 「拾い物じゃなくて、飛来物ですよぉ」 「だから、拾い物でいいんだって」 「そんなことより! 病院の場所をしってるか!?」 『病院?』 思わず顔を見合わせる。予想外の展開。 「ええ、知ってます――」 「よし、この子を借りてくぞ!」 「えっ? あら、ちょっと……まぁ~ってぇぇ~!」 「ゆかり!?」 いきなり自転車に乗せられたと思ったら、次の瞬間には走り出していた。道を教えるってこういうこと? 「もう! 今日の映画楽しみにしてたのにぃ!」 「さぁ、病院はどっちだ!」 「次の交差点を左です! って、まだ赤信号です……やめてぇ~!」 2.公園のベンチに座る女性 PM0:15~0:50 「もう、財布を忘れるなんて……うっかり者なんだから」 今日は久々に実家に帰って結婚式の予定を話し合っていた。その帰り、彼がふと自分の財布がないことに気付き、取りに戻っている。 ちょうど近くに公園があってよかった。この暑い中、立って待ってるのは辛い。公園に入り、近くにあったベンチに腰を下ろした。 木陰にあるので他の場所より少し涼しい。 「ここから家まで往復――十五分くらいね。財布を探す時間も含めて二十分くらいはかかるかしら」 なにもしないで待つには少し長い。そう思いわたしはカバンから本を取り出す。今日実家に来る途中、開店と同時に本屋で購入したばかりの本。 ずっと楽しみにしてたから、帰ってからゆっくり読みたかったし、本を読んでると途中で止められなくなるのがわたしの癖だけど……時間も空いちゃったし。 「冒頭をちょっと読むくらいなら、ね」 そう自分に言い聞かせて本を開いた。 この本の著者は泉そうじろうという。彼は、最近売れ出してきた作家で、わたしは彼のデビュー作を読んで大ハマリし、今では新刊を発売と同時に買っている。 しばらくの間、暑さも忘れて本に集中していた。活字を読んでいるハズなのに、頭の中ではその場面の映像が流れているような感覚。うるさい蝉の鳴き声もいつの間にか消え、登場人物の会話が頭の中に直接聞こえてくる。 しかし、そんな感覚は目に走った一瞬の違和感でかき消された。目の中に汗が入ったみたい。 ちょうどキリのいい所まで読んだ後だったので、そこで本を閉じた。それと同時に暑さが蘇ってくる。 「みき」 名前を呼ばれたのでそちらを向く。立っていたのは予想通りの人物。 「ただお君、お帰り」 「待たせて悪かったね。じゃあ、行こうか」 恐らく彼は走って来たんだろう。大分汗をかいている。 「ちょっと休んでから行きましょう。すごい汗よ。ほら、お茶でも飲んで」 「ありがとう。じゃあ、そうしようか」 カバンから、タオルで包んだお茶のパックを取り出して彼に渡す。 わたしも同じお茶を飲んでいると、公園の隅、水飲み場の所に人影が見えた。水飲み場からこちらを愕然とした表情で見ている。 中学生くらいかしら? 青いブラウスに白いスカートを穿いた女の子。気付かれないように横目で見ていると、すぐにガックリと肩を落として歩きだす。公園から出るみたい。 少女はわたしたちの近くにある出入口に向かって歩いていた。近づくにつれ、少女の顔がよく見えるようになる。 「……ねぇ。あの子、大丈夫かしら?」 「うん? あの子かい? ……確かに元気がなさそうだね」 少女の顔色は真っ青だった。汗で服が湿っているのが見て分かる。目も虚ろで足取りはフラフラだった。 「ねぇ、キミ。大丈夫? 元気なさそうだけど……」 今にも倒れそう。そう思った時、反射的にわたしたちの前を通り過ぎようとした少女に声をかけていた。 少女は足を止め、ゆっくりと振り向く。ムリをしていると一目でわかる笑顔をしていた。 「ええ、平気です。気にしなぃd――」 言い終わる前に少女が膝をつき、ゆっくりと横倒しになる。いきなり過ぎて、対応が一瞬遅れた。 「……ねぇ、しっかり! 誰か来て、中学生くらいの子が! ただお君、救急車呼んで!」 しかし、公園に公衆電話はない。どうしたら…… 「近所の家で事情を話して電話を貸してもらうよ。氷かなにかも貰ってくる」 彼は冷静だった。そういい残して公園から出て行く。 とにかく、汗を拭かないと。ベンチの上に寝かせて、もっていたハンドタオルで少女の顔の汗を拭く。 しばらくして、桶のような物を持ったただお君が帰ってきた。中には氷枕と水が入っている。 わたしは氷枕を少女の首の裏に当て、タオルを濡らして汗を拭いた。遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。 「わたしは付き添うから、ただお君はそれを返してきて」 「ああ。あんまりムリはしないようにね」 ドアが閉まる寸前、ただお君が誰かに話しかけられてるのが見えた。救急車が走り出す。 気になって後ろを見ると、自転車が追いかけてきている。ただお君は……なぜか紙袋を二つ持っている。 「あの、この子の症状ですが……」 「あ、はい」 医者の声に振り向く。どうやら軽い熱中症らしい。少女の身体のあちこちに氷枕のような物が当てられている。後ろを見ると、追いかけてきていた自転車は見えなくなっていた。 3.青いブラウスの少女? PM0:20~0:35 帽子はどこにいったのだろうか? そんなことは、もうどうでもよかった。帽子なんてもう諦めている。お気に入りだったけど、色も形も同じ帽子なんていくらでも売ってるよね。今日も同じような帽子を見かけたし。 そう君の待つ喫茶店に戻りたい。でも、戻れない。その唯一にして最大の理由―― 「ここ、どこぉ……」 いつの間にか街から住宅街に迷い込んでいた。そろそろ頭もぼんやりしてきた。 「もぉダメ……死んじゃいそう……」 帽子の乗っていない頭に両手で申し訳程度の日陰を作りながらフラつく足で歩く。 とりあえず、日陰を探そう。水分補給出来る場所も。最悪、その辺の家に駆け込んで――っん? 「あれって……公園だよね?」 住宅街の外れ、たくさんの木が植えてある空間が見えた。近づいてみると、やっぱり公園だった。 公園なら水飲み場も日陰もあるよね? 期待を胸に公園に入った。 水飲み場は確かにあった。『故障中』の張り紙つきで。ベンチにはすでに人が座っているけど、あと一人くらい座れそう。入れて貰おうかな? そう思っていると、男性が公園に入って来た。ベンチに座っている女性の隣に座り、お茶を貰っている。 しまった、もう少し早く行動していれば…… もう、ベンチに座るスペースは無い。水も飲めない。ちょっと、いやかなり泣きそう…… もう公園を出よう。元来た出入口ではなく、公園を通過する形で反対側の出入口から出ようと歩き出す。 「ねぇ、キミ。大丈夫? 元気なさそうだけど……」 振り向くと、ベンチに座っていた男女が心配そうにわたしを見ていた。わたしは無理やり笑顔を作る。 「ええ、平気です。気にしなぃd――」 言い終える前に、わたしをとてつもない眩暈が襲った。上下左右の感覚が無くなり、世界がグルグル回る。気付いた時には頬に熱い地面の感触があった。 「――ねぇ――り! 誰――て! 中学生くら――! ただお君、救急――!」 ――中学生って……わたし、もう二十五だし結婚も…… 4.付き添ってきた女性 PM1:05~1:10 病院の対応は早かった。救急車に乗っていた医者から説明を受け、その間に少女の湿った服を着替えさせ、この病室にを寝かせた。聞くと、救急車内で処置はもう済んでいるので、あとは目を覚ますのを待つだけらしい。 「さっきまではそんな余裕なかったけど、可愛らしい顔してるなぁ」 そっと頭を撫でてみる。よく手入れされているのか、髪の毛はサラサラだ。 「あら? 顔に砂がついてる」 全部払ったと思ったんだけど。軽く頬を払う。柔らかい肌だった。 「……ふぇ?」 頬を触っていたら、気の抜けた声と共に少女が目を覚ました。どうやら起こしてしまったらしい。 しばし見詰め合っていると、だんだん少女の顔が強張ってきて―― 「……きゃぁー!」 いきなり悲鳴をあげられた。さらに、わたしの手を振り払ってわたわたとベッドの上を逃げ惑い。 「うわぁ!」 ベッドから落ちた。一体なんなんだろう? わたしってそんなに怖い顔だったかしら? 少女はなかなか起き上がらない。覗き込んでみると、ベッドの陰に隠れて涙目で震えていた。 「ねぇ」 「ひぃっ……! あなた……ここは……!?」 ひぃって、どこまでわたしを傷つければ気が済むんだろう? 「あのね、落ち着いて。怖がらなくても大丈夫よ。ここは病院。あなたは暑さで倒れてここに運ばれたのよ」 5.制服の少女と青年 PM1:10~1:15 「よし、やっと着いた!」 「はぁ……怖かったぁ」 よく生きてここまで来れたと思う。あんな大通りの信号を無視するなんて…… 「よし、今行くぞ、かなた!」 「えっ?」 宙に浮いている足。わき腹に体重がかかっている。わたしは、彼の小脇に抱えられている。 「ちょっ……自分で歩けますよぉ!」 「いいから、着いてきてくれ!」 「着いていくから降ろして……せめて、お姫様だっこに……」 しかし、わたしの訴えは聞いて貰えず、そのまま院内へ入っていく。彼は一直線にカウンターへ―― 「あら? この高さって……ねーえ、ちょっと待って……っ!」 予想していた衝撃は来なかった。恐る恐る目を開けると、鼻先数センチの所に壁がある。ギリギリセーフみたい。 「さっき、髪が長くて背の低い女が運び込まれただろう? 案内してくれ、身内なんだ」 上を見ても、カウンターが邪魔して様子が分からない。誰かのお見舞いみたいだけど。 「早くしてくれ!」 「あいた!」 いきなり迫ってきた壁に顔を押し付けられた。 「痛い……ちょ、降ろして……たすけてぇ~」 手足をバタつかせるけど、全然降ろしてくれない。 「わかった! そこの病室だな」 やっと顔が壁から離れた。鼻血は……出てないみたいね。 「ちょっとぉ! 気をつけてくださいよぉ!」 でも、彼には聞こえてないみたい。走っちゃいけないハズの廊下を全力で走り、ある病室の前に立った。迷いなく扉を開く。 なんでもいいけど、早く降ろしてくれないかしら? 6.少女の外見をした二十五歳の既婚者 PM1:10~1:15 目を覚ますと、目の前に女性の顔があった。思わず悲鳴をあげて逃げるけど、すぐに足場をなくしてずり落ちる。ちょうど、ずり落ちた先に隙間があったので、そこに逃げ込む。 ――ここどこ? あの人……わたしになにしようとして…… もしかして、そのテの人? そのテの人に誘拐されちゃったのかな……? わたし、女の人に襲われちゃうの? 「ねぇ」 急に声をかけられて慌てて振り向く。さっきの顔がわたしを覗き込んでいた。 「ひぃっ……! あなた……ここは……!?」 思わず情けない声を出してしまった。 「あのね、落ち着いて。怖がらなくても大丈夫よ。ここは病院。あなたは暑さで倒れてここに運ばれたのよ」 「……へっ?」 目の前にあるのは真っ白のシーツが敷かれたベッド。飾り気のない地味な部屋で、スライド式の大きな扉がある。ベッドの近くには、ナースコールらしきインターホンがある。わたしが着てる服も、入院患者のものだ。 「……病院だね」 落ち着いてみれば、なにからなにまで病院だった。 「って言うことは、あなたはそのテの人じゃないんですね?」 そう言うと、女性は顔を引きつらせた。しまった、よけいなことだった。 「ええ。わたしはみきっていうの。キミ覚えてないの? 倒れた時のこととか」 倒れた? わたしがこれまでのことを思い出す。 「ええと……道に迷って公園に着いて……ああ! あのカップルの人? じゃあ、彼氏さんは?」 「病院まで付き添ったのはわたしだけなの。彼は水と桶を借りた近所の人にお礼を言いに行ってるわ」 カップルで居たということはデート中だったんだ。邪魔しちゃったみたい。 「よくわからないけど……デートの邪魔しちゃいましたね……ゴメンなさい」 「気にしないで。キミが悪いんじゃないから。それより……」 「それより?」 「そろそろ、そこから出てきたら?」 わたしは、下半身をベッドの下にしたままだった。 ――あ、あれ? 「どうしたの?」 「なんか引っ掛かっちゃって……出られない」 どうしよう。そう思った時、急に病室の扉が開いた。 「かなた!」 どうしてこの場所がわかったのかは知らないけど、彼は現れた。 「そう君! ……その娘はだれ!」 謎の女子高生を連れて。 「知り合い?」 「わたしの夫と、知らない女子高生です」 みきさんが目を見開いた。 「夫って……中学生じゃ……えっ? いま何歳?」 「中学生って……わたしは二十五で既婚です!」 7.怒りのかなたさん PM1:20~1:30 ベッドの下から救出されたあと、そう君の話を聞いた。 そう君の行動は、喫茶店に伝言を残して、途中で自転車を拾い、公園でわたしを乗せた救急車を発見。みきさんの彼氏に話を聞き、救急車を追っている途中でわたしの帽子を被った女の子を見つけて、その子を道案内にしてここまで来た。と言うものらしい。 「で、みきさんの彼氏に荷物を預けた上に、この娘を道案内役として拉致したの?」 「拉致とは失礼な。ちゃんと同意を得た上での同行だぞ」 「高良ゆかりちゃんだっけ? ホントにヒドイことされなかった?」 「えーっとぉ、まずはいいって言ってないのに強引に連れてかれて。信号無視とかしてすごい怖かったです。あと、抱えられてた時に受付の壁で顔を打ちました。あ、この帽子、返します。飛来物です」 「飛来物? とにかくありがとう。ほら、全然同意してないじゃない! 危ない目にも合わせて! それに抱えてる時にヘンなところ触ってたんでしょ?」 「断じて、そんなことはない! ただ小脇に抱えてただけだ!」 「小脇に抱える時点でおかしいよ!」 ホントに、信じられない。おぶったりするのが普通なのに。……叫んだら元々痛かった頭がさらに痛くなってきた。ムリはするものじゃないね。 「とにかく! 罰として、みんなにお菓子と飲み物買ってきてね。自腹で」 どうやら諦めたのか、そう君はトボトボと部屋から出て行こうと扉を開いた。 「……」 「あー、なんだ。お取り込み中だったから待たせて貰ったけど、ケンカは終わった?」 どうやら、お医者さんはずっと待ってくれていたらしい。悪い事しちゃったかな。 8.カウンセラーかなたさん 2:30~ わたしは様子見で一日入院することになった。そう君は駄々をこねていたけど、ちょっと怒ったら渋々承諾した。今は、色々と買出しに出かけている。 あれからけっこう時間が経つけど、みきさんもゆかりちゃんも病室に居る。二人とも、今日は予定があったんじゃないかと聞いてみたけど、ゆかりちゃんは『かなたさんが一人になっちゃうじゃないですか』と言って残っていて、みきさんもそれに頷いていた。 「ゆかりちゃんって陵桜学園なんだ。頭いいんだね」 「そんなことないですよぉ。友達に頼りっぱなしです」 「彼氏とかは居ないの?」 「居ないですねぇ」 「いくらでも出来そうなのにね。ちょっと天然っぽくて可愛いし」 けっこうスタイルもよさそうだし、羨ましいなぁ。わたしなんて…… そう言えば、さっきからみきさんが元気ないね。 「みきさんどうしたの? 元気ないよ?」 「……ねぇ、かなたさん。ちょっと相談したい事があるんだけど、いいかしら?」 みきさんが急に真剣な口調で言った。 「え、相談? いいけど……あんまり役に立てないかもしれないよ?」 「じゃあ、その時はわたしが相談に乗ります」 「気持ちはありがたいけど、かなたさんじゃないとダメなの」 「え~、そうなんですかぁ……」 わたしじゃないとダメって、どんな相談なんだろう? 「かなたさん。旦那さんと結婚する時、不安にならなかった?」 みきさんが相談してきた内容は、予想したより遥かに重かった。 えーと、つまりこれは……今流行の―― 「マリッヂブルーってやつ?」 「えっ? じゃあ、みきさんって失踪中なんですか?」 「ゆかりちゃん……それは極端な例だから。そんな話どこで聞いたの?」 「この間、担任の先生が居なくなってぇ、みんなマリッヂブルーだって」 「……まあ、それは置いといて、みきさんは不安なんでしょ? どうして?」 「実は、彼の家は神社なんです」 みきさんの話を聞くと、みきさんの彼は若くして実家の神社を継いだらしい。彼女の不安は、普通の家庭とは違う環境でうまくやっていけるかどうかというもの。 「確かに、特殊な職業だよね」 そう君は作家だから、わたしも人のこと言えないけど。 「神社のお給料ってどこから……お賽銭? 小銭ばっかりねぇ」 「それじゃ生活できないよ。他にも寄付して貰ったりとか、色々あるみたいだね」 「ええ、お金に心配はないの。でも、わたしは神職のことなにも知らないから彼に迷惑かけちゃうかもしれないし、彼の負担になりたくないの。でも、どうしたらいいか――」 「信じればいいんだよ」 「えっ?」 不安は誰にでもあると思う。新しいなにかが始まる時は、期待と一緒に不安も大きくなる。 「悩んでも悩んでも、不安や心配が小さくならない時は――」 そう君が本当に小説作家になれるか不安だったけど、その方向に背中を押したのはわたしだから。 「相手を信じて全部を預けて、後ろからついて行けばいいんだよ」 そう君は進むのが早いから、ついて行くのが大変だけどね。 「迷惑かけてもいいんだよ。夫婦なんだから。それで、相手が重そうにしてたら、後ろから支えて、背中を押してあげるの。その代わり、相手が持ちきれなくなったら今度は自分が相手の不安を預かるの」 「……かなたさんは、そうしてきたの?」 「そうだね。彼が頑張るから、わたしはついて行けたし、彼が頑張れない時は相談に乗ってあげた」 そう君は放っておくといつまでもウジウジ悩むから、背中を押してあげないと。 「まあ、わたしは預ける前に背中を押しちゃったから、預けるまでが大変だったけどね」 そう言うと、みきさんは少し笑った。ゆかりちゃんは、ポカンとした表情。ちゃんと話を聞いてたのかな? 「ゆかりちゃんも、いつか相手が出来た時、今の事を思い出してね」 「相手かぁ……出来るかしら?」 「ありがとう、かなたさん。わたしったら、なんで一人で悩んでたんだろう? 一番信じられる人がすぐ近くにいたのにね」 「たまには甘えてみなよ。ウチのそう君みたいに、甘えすぎるのも問題だけどね。高校を決める時も、大学を決める時も、中退して作家になる時も、いっつもわたしに甘えてきてね」 「えっ? 作家さん? 泉で……そう君……まさか」 みきさんがなにかぶつぶつ言っている。 「かなたさんの夫って、作家の泉そうじろうさん!?」 「そうだけど、よくわかったね?」 「大ファンなんです! 今までの作品は全部読んでるし、今日発売の新刊も買いました!」 「ちょっと……みきさん落ち着いて――」 みきさんが興奮してわたしに詰め寄ってきた。それと同時に、病室の扉が開いた。 「戻ったぞ……って今度はなにやってるんだ?」 「あ、あの! サインしてください!」 みきさんが、自分のバッグから本を取り出して、今度はそう君に詰め寄った。 「なんにしても、みきさんが元気になってよかったですねぇ」 「そうだね」 結局、みきさんは暗くなるまでそう君と本の話をしていた。そう君がたまに助けを求めるような視線を送ってきたけど、全部無視。わたしはゆかりちゃんとお喋りをしていた。 9.扉の前にて医者のぼやき PM5:00 もう二時間くらい経つか? いつまで喋ってるんだろコイツら…… いま入ってもいいけど、なんかものすごく気まずい感じがする。さっきみたいにケンカではないだろうけど…… 結局、俺が回診の為に病室に入れたのは、その三十分後だった。
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「どうして…どうして…」 式場にある棺の前で岩崎みなみは泣き崩れていた。 今のみなみからはいつもの冷静さは微塵も感じられない。 「ごめんなさい…ごめんなさい…ゆたか…」 棺の中のゆたかはとても安らかな顔をしていた。 対称に遺影の中にいる親友は可愛らしい笑顔を振り撒いていた。 みなみは目の前の棺に入っているゆたかに何度も謝っている。周りにいる友達は今のみなみには声をかけることができない。 泣き続けるみなみは、ふと肩に手が置かれたのを感じた。 「みなみのせいではないわよ…」 みなみは声のする後ろの方へ振り返った。 後ろにいたのは自分の母と、隣に住んでいる高翌良みゆきであった。 「あまり気に病まないで下さい。小早川さんが亡くなってしまったのは不慮の事故が原因です。みなみさんのせいではありませんよ。」 二人ともみなみのことを考えて声をかけているが、その声はみなみには届かない。 声どころか姿すら認識していないようである。 今、みなみの網膜に写っているのは、母とみゆきの後ろにいる他の参列者だった。 雨の中、皆ゆたかのために大勢の人が来ている。 その中にはゆたかの従姉妹の泉こなたやその父、そうじろう。また一緒に文化祭でチアをやったメンバーがいた。 こなたとそうじろうはわんわん泣いていて、それをなだめるかがみやつかさも、目に涙を溜めている。 ひよりやパティも涙を流して悲しんでいる。特にパティからはいつもの元気が微塵も感じられず、ただむせび泣いている。 それらを目にしたみなみは、ここにいるのが辛くなってきた。 (ごめんなさい…みんな…ごめんなさい) 自分のせいでゆたかは死んだ、そう思い。もうこの式場にいるのが辛くて、胸が張り裂けそうだった。 「みなみっ!」 「みなみさん!」 みなみは走って式場から、皆から逃げ出した。 みなみは自分の部屋のベットの上でうずくまって泣いていた。 「どうして…こんなことに…」 昨日のことを考えると涙が止まらない。 「ゆたか…」 みなみは昨日のことを思い出した。 「それでね、みなみちゃん」 ここは岩崎みなみの家、二人はみなみの部屋でおしゃべりをしていた。 おしゃべりと言っても、ゆたかが話す方がみなみのそれよりもかなり多い。 「あ、そろそろ帰らなくちゃ。私今日お姉ちゃん達と晩御飯食べに行くから。」 「…そう、駅まで一緒に行こうか?」 「別にいいよ、みなみちゃん。それに急がないと遅れちゃいそうだし。」 「でも…」 「大丈夫だよ、みなみちゃん。それにせっかく今日はプレゼントまで貰ったのになんか申し訳ないよ。」 みなみは今日、ゆたかに先日買ったばかりのかわいらしいリボンをプレゼントしていた。 みなみが買い物中に見つけた物で、ゆたかに似合うと思い買ったのだった。 そして、ゆたかは一人で帰った。 その約一時間後、みなみの家の電話が鳴り響いた。 「はい、岩崎です。」 いつも通りに電話に出たみなみには、この電話が自分を奈落の底に突き落とすような事を告げるとは思ってもいなかった。 「…そんな…」 「とにかく早く病院に来て!」 「わ、わかりました。」 電話の相手はこなただった。話によると、ゆたかはみなみの家から駅に向かう途中にトラックにはねられてしまったらしい。 現在病院に運ばれて緊急手術をうけているようだが、かなり危険な状態らしい。 みなみは急いで病院へと向かった。 病院についたみなみを待っていたのはみゆきだった。みなみはみゆきの後についてゆたかのところに向かった。 その間の二人に会話は無かった。 みなみが着く前にすでにゆたかの手術は終わっていた。 病室に入ったみなみを待っていたのは、こなたと柊姉妹、そしてこなたの父そうじろうだった。 しかしみなみの目にまず入ったのはベットの上で横たわり、顔に布をかけられている少女だった。 みなみは震える手で布を取った。 「そんな…ゆたか…」 「みなみちゃんが来る少し前に…ゆーちゃんは…うっうううう」 こなたは泣き出してしまった。そうじろうやかがみ、つかさ、みゆき達がこなたをなだめているがほとんど効果はない。 「わたしの…せいだ…わたしが…あの時一緒に帰っていれば…ゆたか…ごめん…ゆたか…」 みなみはついに我慢できずに泣き出した。 「ゆたか…」 みなみは少しだけ落ち着きを取り戻してきた。みなみが式場から飛び出してきてから数時間が経過していた。 「…どうすれば…」 ふとみなみはベット置いていた手に何かが触れているのに気がついた。 「リボン…これは…私があげた…どうして……!」 みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 耳に懐かしい声が聞こえた気がした 「どうしたの?みなみちゃん?」 目を開けたみなみが見たのは、死んだはずのゆたかだった。 「みなみちゃん?」 みなみは驚きで声が出なかった。しかし目からは大粒の涙がこぼれていた。 「みなみちゃん、泣いてるの?どうしたの、何かあったの?私変なこと言っちゃった?」 「…ゆたか」 「ど、どうしたのみなみちゃ…ひゃあ!」 突然抱きついてきたみなみにゆたかは小さな悲鳴とともに驚いた。 「み、みなみちゃん…」 ゆたかはどうすればいいのかわからなかったが、みなみの尋常じゃない様子を見て、みなみを抱き返した。 「ゆたか…よかった…」 「…何があったの、みなみちゃん?わたし、相談に乗るよ。」 ゆたかはみなみが何か大変なことを抱え込んでいると思った。 「ううん、違うよ…ちょっと怖い夢を見ただけだから」 「…大丈夫だよ、みなみちゃん」 それから数分の間この状態が続いた。その間に、みゆきの母であるゆかりに密かに写真を取られていたのを二人は知らない。 ゆたかに慰められ、みなみ冷静さを少しづつ取り戻してきた。 「みなみちゃん、もう大丈夫?」 「うん…ごめんゆたか、迷惑かけちゃって。」 「いいよ、いつもみなみちゃんに助けてもらってるし。」 ゆたかは明るい笑顔でみなみに言った。 「…ありがとう、ゆたか。」 もう二度と見ることができないと思った親友の笑顔を見れて、みなみは心が透き通っていくのを感じた。 しかし、その心は次の瞬間から少しづつ陰りを見せ始めることになる。 「あ、そろそろ帰らなくちゃ。私今日お姉ちゃん達と晩御飯食べに行くから。」 「え?今なんて…」 「ごめんね、みなみちゃん。」 このときみなみは思った。 (一緒だ…あのときと) 「どうしたの?」 「ゆたか!」 「は、はい!」 いつもとは違う声の大きさと気迫にゆたかは驚いた。 「あ、ごめん、ゆたか、大きい声出して。」 「い、いいけど…どうしたの?」 「な、なんでもない。」 みなみはこのままゆたかを一人で帰してはいけないと思った。 「駅まで一緒に行くよ」 「別にいいよ、みなみちゃん。」 (この受け答えも同じ…、もしかしたら、このままじゃゆたかは…) 「一緒に行かせて!」 「え、は、はいぃ」 ゆたかは少し驚いた様子で、みなみの願いを承諾した。 (どういうことだろう、私、タイムスリップしたってこと?……とにかくゆたかを守らないと) (みなみちゃん、今日どうしたんだろう…) 駅までの道のりに二人の会話はいつもとは段違いに少なかった。 (確か泉先輩の話ではトラックにひかれて…。じゃあとにかく周りに気をつけないと) みなみは自分にそう言い聞かせ、周りを見渡している。 (みなみちゃん、さっきからきょろきょろしてどうしたんだろう。落ち着かないのかな…) いつものみなみが見せない挙動不審な姿にゆたかは少しだけ不安を感じていた。 二人とも会話の無い分、歩く早さも少し遅くなっていた。 目の前の曲がり角を曲がった瞬間、ゆたかが何かに気づいた。 「みなみちゃん、あれ!」 ゆたかが指をさした方を見ると、遠くの大通りで大型のトラックが電信柱に衝突し、大破していた。 「まさか…これがゆたかを。」 みなみは、これがゆたかをひいたトラックだと直感した。 「これが…私?どういうこと?」 みなみの独り言がゆたかの耳に届いていたらしい。ゆたかが聞いてきた。 「…なんでもない」 「そう、でもすごい状態だね…」 「そうだね。」 「誰も怪我してないといいけど…」 「!」 今の言葉でみなみは事故の起こった方へ走り出した。 「みなみちゃん!」 「怪我をしてる人を助けないと。」 「待ってよ、みなみちゃん。」 ゆたかはみなみを追いかけて行った。 「誰も怪我してなくてよかったね、みなみちゃん。」 「そうだね…本当によかった。」 事故現場についたみなみとゆたかはまずトラックの運転席を見たが誰ものっておらず、 みなみが運転席をよく見ようとトラックに乗ろうとしたとき、下から声をかけられた。 声の主はそのトラックの運転手だった。運転手は擦り傷ひとつ無く元気そうだった。 事故の原因は運転手によると、過労がたたったのが原因らしい。 極度の睡眠不足でウトウトしていてハンドル操作を間違えてしまったようだ。 「警察も来たし、一安心だね。」 ゆたかの純粋な笑顔を見て、みなみの不安は消え去っていた。何よりゆたかの死を未然に回避出来たことがなによりも嬉しかった。 「もしかしたら、私が事故に巻き込まれてたかもね。」 (確かに、ゆたかを一人で行かせていれば、歩く早さも違ったかもしれない。確かゆたかはあのとき晩御飯に間に合ために急いでいた。 やっぱりあのトラックがゆたかを…) 今度は冷静になったぶん、声に出すような真似はせず、心の中で分析した。 「本当によかった…」 「そうだね、みなみちゃん。あ、ここまででいいよ。」 みなみが前を見ると少し先に駅が見えてきた。 「じゃあね、みなみちゃん。」 「ゆたか、気をつけて。」 家の門をくぐったみなみを出迎えたのは愛犬チェリーだった。 チェリーはみなみにじゃれついてきた。 「今日は暗いし散歩はまた明日ね、チェリー。」 そう言って家の中に入ったみなみの耳に入ったのは電話の呼び出し音だった。 おそるおそる電話を取ったみなみは、奈落の底に再び落とされた。 「…泉先輩、どうしてゆたかは…」 「駅前でバイクにはねられて…打ち所が悪かったみたい。」 ゆたかの病室でみなみは物言わぬ状態となったゆたかの横にいた。あの電話は再びこなたからだった。 内容もほとんど同じ。違ったのはゆたかが死んだ原因だった。 「そんな…そんな…うあああああああああああああああああああ!」 次の日、みなみは以前と同じく式場を抜け出し再び自分の家に帰った。 今、みなみはベットの上で座り、うつむいている。 (もしかしたら、昨日のように…) そう思い、みなみは家に帰ると、早速ベットの周りをくまなく調べたが、あのリボンは見つからなかったのだ。 家に帰ってから数時間が経過した。 「!」 手に布の感触があった。ふと自分の手を見るとそれは前回に自分が掴んだゆたかのリボンだった。 (お願い…もう一度だけ…) みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 (また戻ってきた…) 「みなみちゃん?」 「あ、ごめん、なんだっけ?」 目を開けたみなみが見たのはやはり死んだはずのゆたかだった。場所も時間も全てが同じ、みなみは少し気が遠くなった。 (どういうこと…また私は戻ったの…この時に…) 「どうしたの、みなみちゃん?」 (会話も全て同じ…、やっぱり昨日に再び戻ったとしか思えない。だったら…) 「ゆたか…、時間は大丈夫?」 ここでもしゆたかが帰ろうとすれば確実に昨日に戻ったということになる。 それを確かめる為にみなみはゆたかに聞いた。 「あ…そういえばもう帰らないといけない時間だ。」 みなみは自分の仮説が当たっていると確信した。 (やっぱり…じゃあこれからゆたかはまた…、今度こそ私はゆたかを守る) みなみは心に中で強く誓った。 「あ、みなみちゃん、ここまででいいよ。」 今二人は駅の少し手前のところまで来ていた。途中のトラックの事故は同じように起こっていたが、 今回は何もせずに通り過ぎるだけにしておいた。 「…もう少しだけ…」 今回はトラックにかけた時間がないため、ゆたかは前回と同じようにバイクにひかれることはないとは思ったが、 みなみは念のためもう少しついて行くことにした。 改札の前まで二人は並んで歩いていた。周りの人が見れば仲の良い姉妹に見えたかもしれない。 「じゃあね、みなみちゃん。また明日」 「……」 みなみは黙ってゆたかを見送った、否、見送るつもりだった。 「え?みなみちゃん?」 改札を通り抜けたゆたかの横にはみなみが立っていた。 「少し暗くなってきたし、家まで送るよ。」 「い、いいよ、みなみちゃん、遠いし一人でも大丈夫だよ。」 「もし何かあったら大変。」 ゆたかはこの言葉は自分を子ども扱いしていると思ったが、親友が心配してくれているのだから文句は言わないで二人で帰ることにした。 「遅いよー、ゆーちゃん。」 「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっとみなみちゃんの家を出るのが遅くなっちゃって。」 「ま、ゆたかも帰ってきたんだし、そろそろ出発しようか!」 「そうだね、ゆい姉さん。」 家に着いた二人を待っていたのは、こなたとゆいだった。二人ともゆたかが遅いので心配して家の外で待っていたようだ。 「お~、みなみちゃん久しぶり~。」 こなたが能天気な声で言った。 「ありがとね、みなみちゃん、ゆたかを送ってくれて。遠かったのに悪いね、大変だったでしょ?」 「いえ、そんなことは…」 「そだね、ありがとみなみちゃん。」 ゆいとこなたに礼を言われて、みなみの顔が赤くなった。 「じゃ、みんな車に乗ってー。」 ゆいの号令にゆたかとこなたは車に乗り込んだ。 「みなみちゃんも一緒に行く?」 ゆいは軽くみなみに聞いてきたがみなみはこの質問に少し悩んだ。 (もしかしたらまたゆたかに何かあるかもしれない。…でも今回は泉先輩と成美さんが着いているし…) 悩んで末にみなみは遠慮することにした。 「またね、みなみちゃん。」 「うん、またね。」 みなみはゆたかを乗せた車が見えなくなるまで見送った。 家に帰ったみなみはまず電話の前に行った。 (今度こそ大丈夫…大丈夫。) みなみは祈るような気持ちだった。しかし今回はゆたかの周りのは二人の姉がいる、それがみなみの心の支えになっていた。 みなみは気を紛らわそうとテレビをつけた。画面に出ていた時間を見ると零時十分前を示していた。 丁度テレビではニュースを放送していた。今全国のニュースが終わり地方のニュースが始まった。 普段ならこんな時間にテレビなど見ないで眠っているのだが、今の精神状態では眠ることなどおそらく不可能だろう。 (ゆたか…、大丈夫、きっと大丈夫) みなみは自分に言い聞かせるようにして、どうにか安心しようとしている。 『次のニュースです。』 ふとみなみはテレビのニュースに耳を澄ました。 『今日、夜八時ごろ、普通乗用車同士の正面衝突事故があり、車に乗っていた三人の女性が死亡、一人が軽い怪我をしました……』 「え…」 みなみはこのニュースに言い知れぬ不安感を抱いた。 『……死亡したのは○○○さんとその娘の○○ちゃんと○○ちゃんです……』 「よかった…」 みなみはようやくほっとすることができた。少しだけ心の中で喜んだ。 (……こうやって喜んでいる人もいれば、さっきの事故で悲しんでいる人もいるかもしれない) そう思い、みなみは心の中の喜びをかき消した。少しだけ自己嫌悪に陥った。 『次のニュースです。』 テレビに目をやると、次のニュースが始まっていた。 『今日、夜九時半ごろ、停止していた普通乗車の側面にハンドル操作を誤った車が追突。 追突された車に乗っていた女性三人が負傷、病院に運ばれましたが三人ともまもなく死亡しました。』 「…まさか…」 みなみの心をまたしても不安が襲う。 『……死亡したのは』 みなみは息を呑んだ。 『運転席にいた警察官、成美ゆいさんと後部座席に乗っていた小早川ゆたかさんと泉こなたさんです。 警察の調べによると今日午後九時半ごろ○○交差点付近で信号待ちをしていた成美さんの車に、 飲酒運転の車がハンドルを誤り側面から衝突しました。衝突された車は大破しましが、 衝突した車に乗っていた、無職○○○容疑者で、警察はこの男を危険運転過失致死傷罪で現行犯逮捕しました。調べによると……』 「そんな…」 みなみは茫然自失に陥った。 次の日、ゆたか達の通夜が今までと同じように執り行われた。 今までと違うのは、遺影と棺が三つになっていることと、式に来た人数だった。 もうここにはゆたかの死を悲しんでいたこなたやゆいはいない。今こなたの棺の前では柊姉妹とみゆきが泣き叫んでいた。 いつもは冷静なみゆきも、親友が死んだとあってはいつもの落ち着いている面影は無い。 一回目の通夜の時より確実にここで流れている涙の量は増えていた。 みなみはまた通夜から抜け出した。 (どうすればいい…どうすれば…) みなみは自分の部屋で悩んだ、一体どうすれば自分はゆたかを救えるのかを。 (もうこうなったら一日中ゆたかの傍にいるしかない!) みなみの手にリボンの感触があった。 (今度こそ!) みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 目を開けたみなみの前にいたのはやはり死んだはずのゆたかだった。 今回もゆたかの言うことは全て同じだった (…ゆたかは私が守る!) みなみは再び自分に言い聞かせ、行動に出た。 「遅いよー、ゆーちゃん。」 「ごめんね、お姉ちゃん。ちょっとみなみちゃんの家を出るのが遅くなっちゃって。」 「ま、ゆたかも帰ってきたんだし、そろそろ出発しようか!」 「そうだね、ゆい姉さん。」 帰ってきた二人を迎えたゆいとこなた、そしてゆたかの行っている事は前回と全て同じだった。 「ありがとね、みなみちゃん、ゆたかを送ってくれて。遠かったのに悪いね、大変だったでしょ?」 「そだね、ありがとみなみちゃん。」 前回と同じくお礼の言葉を言う二人に、みなみは適当に答えた。 「じゃ、みんな車に乗ってー。」 ゆいの号令にゆたかとこなたは前回と車の席に乗り込んだ。 「みなみちゃんも一緒に行く?」 ゆいは軽くみなみに聞いてきた。 (ここだ、ここが分岐点、運命の別れ道…、ゆたかを救うには…) 「迷惑でなければ一緒に行かせてください。」 普段ならここでは遠慮するみなみだったが今回は違った。 事故が起こらないようにするには自分が同行し、行き先をできるだけ近くに変更してもらえばいいとみなみは考えたからだ。 「いいよいいよ、んじゃ乗って~。」 「…すみません、ご迷惑をおかけして。」 「みなみちゃん一緒に来てくれるんだ。ありがとうね、みなみちゃん。」 ゆたかの明るい笑顔が薄暗くなってきた辺りを照らした、みなみはそんな気がした。 みなみは少しだけ希望を取り戻した。 「何を食べに行くのですか?」 みなみはゆいに尋ねた。 「今日はお寿司だよ~。」 「…そうですか。」 「みなみちゃんお寿司嫌いだったっけ?」 「いえ、そんなことわ。」 「それはよかった。」 車は今、ゆいオススメのお寿司屋に向かっている。 ちなみに運転席にはゆい、その後ろにみなみ、その横にゆたか、そして助手席にこなたがそれぞれ座っている。 こなたが車に乗る際にみなみにゆたかの横の席を譲ってくれたのだった。 「あとどのくらい?」 助手席のこなたがゆいに尋ねている。その会話はみなみの耳には届いていない。 (この今が前と同じならば、前のニュースが言っていた通りの時間に事故が起こる…。確かニュースでは九時半だったはず。 今の時間から考えてもお寿司を食べた帰りに恐らく事故は起こった。…それを回避するには…。 店を出る時間を調整すれば事故は避けられるはず。…でも確実に避ける為には…) 「あの、すみません成美さん。」 「ん~、何かなみなみちゃん。」 「…実は私お寿司苦手なんです。」 「えっ!そうなんだ!お姉さんびっくりだ!」 ゆいが驚いている。するとこなたとゆたかが尋ねた。 「でもさっきはお寿司は大丈夫って言ってなかったっけ?」 「…確かにそう言ってたよね。みなみちゃん、急にどうしたの?」 「まあまあ、それじゃお姉さんオススメのお好み焼き屋に変更だあ。…お好み焼きは好きだよね?」 「…はい、大丈夫です。」 (…あんまり好きじゃないんだけど……仕方が無い。) みなみは少ししょんぼりした。助手席ではこなたがゆいに何やら文句を言っているようだ。 「あの、すいません泉先輩。私の勝手で。」 「いやいや違うよみなみちゃん。お寿司はしょうがないけどお好み焼きはちょっと…。」 「泉先輩、お好み焼き苦手なんですか?」 「いや、そうじゃなくて昨日お好み焼き食べたばかりでさ、さすがにまた食べるのはちょっとね…。」 「…すいません。」 「謝ることないよ。というわけでゆい姉さん、お好み焼き屋はパス。」 結局この後車を止めて話し合った末に、焼肉食べ放題で決定した。 「ふ~、食った食った。」 「お姉ちゃん…なんかオヤジくさいよ…」 「うおっ!妹に言われるとさすがにきくね…」 食べ終えて店から出たこなたとゆたかは二人でおしゃべりしている。みなみは時計を気にしていた。ちなみにゆいは会計中である。 「それにしてもみなみちゃん、今日はどうしたの?さっきから時計ばかり気にしてるみたいだけど。」 ゆたかがみなみに尋ねた。確かにゆたかの言う通り、食事の中みなみは時計をずっと気にしていてろくに食べていなかったのであった。 「ゆーちゃん、みなみちゃんは見たいアニメに間に合うか心配なんだよ。」 「それはお姉ちゃんじゃ…」 「ま、ともかくみなみちゃんは何でそんなに時間を気にしてるのかな?」 「……」 この質問にみなみは答えることが出来なかった。 「またね、みなみちゃん。」 「じゃね~。」 「また遊びにおいでね、みなみちゃん。」 泉家についたみなみは三人に別れを告げて、そのまま帰宅の戸についた。 と見せかけた。みなみは一旦泉家から離れた後に、再び泉家に戻って来たのだった。 ゆたかを守る為にはゆたかの近くにいる、それがみなみがゆたかを守る為に自分に下した決断だった。 みなみは家を見張れるところにずっと立っていることにした。時間は現在午後十時半。 普段のみなみならもう寝ていてもおかしくわない時間だ。 ちなみに今日、みなみの両親は共に用事で明日まで帰ってこない予定なので両親がみなみを心配して探し回ることもない。 よってみなみは落ち着いて家を見張ることが出来るのだった。 「…寒い」 今の時期の深夜になると気温は五度ぐらいとなる。 しかも今日はいつもより風が強く体感温度は氷点下に達していてもおかしくはなかった。 ふとみなみは携帯を取り出し画面をのぞいた。 (十時三十五分…せめて今日が終わるまではここにいよう。) その時だった。 ドォーン 「きゃあ!」 突如ものすごい音と風がみなみを襲った。 それらが来た方角を見て、みなみは全身から力が抜けるような感触を味わった。 「…そんな、家が…」 みなみは泉家が紅蓮の業火に焼かれていくのをただひたすらに見ていることしか出来なかった。 翌日、みなみは泉家の爆発及び火災はガス管のひびから漏れたガスに火が引火しておこったものだと聞いた。 (…そんなの、避けようがない…どうすれば…いい…) しかし考えてもさっぱりいい案が思いつかない。それどころか考えはどんどんマイナスに向かってしまう。 (それに犠牲者が…最初はゆたかだけだったのに今回は四人も…) 今回亡くなったのは、ゆたか、こなた、ゆいにそうじろうだった。 ゆいはその日の内に家に帰らずに、泉家に一泊していくと車の中でこなたと話しているのをみなみは聞いていた。 確かにゆたかを助けようとすればするほど犠牲者は増えていた。 (…もうどうすればいいか…わからない。) みなみはベットの上でじっと考えている。すると手にあの感触があった。 みなみは目線を下に落とした。 (…リボン…また…。これを取ればゆたかを救えるかもしれない。でも…どうすれば…。また犠牲者が増えるかもしれない…。 それに今度こそリボンが現れないかもしれない…。…こんな時、ゆたかならどうするかな…。) みなみは考えた後、再びリボンを手に取った。 みなみがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。みなみは目を開けていられなくなった。 「それでね、みなみちゃん」 (…よかった。戻ってこれた…。) 「…ねえ、ゆたか。」 「何?みなみちゃん。」 「もしゆたかの大事な人死んじゃったけど、その人を助けるチャンスがあったらどうする?」 「もちろん助けに行くよ。」 「でも助けるたびに自分の大事な人たちが次々と死んじゃうことになったら?」 「…う~ん、難しいな~。でも助けるチャンスがあるのにそれを見過ごしたくないな。」 「…そう。」 「そういえばもう帰らないと。今日お姉ちゃん達と一緒に外に食べに行くんだ。ちょっと急がなきゃ。それじゃあね、みなみちゃ!」 みなみはゆたかに抱きついた。 「どうしたのみなみちゃん、苦しいよ…」 最初は少し抵抗したが、みなみが泣いているのに気がつき、みなみを抱き返した。 「ごめんね、ごめんねゆたか。助けられなくてごめんなさい。」 ゆたかにはその言葉が意味することはわからない。 みなみはその後、ゆたかを開放し、玄関まで見送った。 (…もうどうしようもない。ゆたかを助けようとすれば他の人たちまで巻き込んでしまう。) ゆたかを見送った後、みなみは部屋の中でうずくまって泣いた。 「ごめんなさい、ごめんなさい、ゆたか…、ごめん…」 泣いているみなみの脳裏にゆたかの言葉が響きだした。 (「助けるチャンスがあるのにそれを見過ごしたくないな」) みなみはゆたかの言葉を思い出し、家をとび出した。 (私はなんてばかなんだ。ゆたかを見殺しにしようなんて!) みなみは走っていた。息は絶え絶えだがスピードはまったく落ちていない。 (ゆたかに追いつかないと。) みなみの足は限界に達していたが、今のみなみにはそれを感じている余裕も時間もなかった。 みなみはただ走った、親友の為に。 (見えた!ゆたか!) 曲がり角を曲がった時、遠くにゆたかの姿が映った。どうやら信号待ちのようだ。 しかし声を張り上げても届く範囲ではない。その時みなみは気づいた。 (あの交差点、確かトラックの…、ゆたかの横にある電柱は…確かトラックがぶつかった場所…このままゆたかがあの場所にいたら…) 恐らくゆたかはトラックに轢かれて帰らぬ人となるだろう、みなみは瞬時にそう悟った。 「ゆたか!」 みなみはゆたか越えをにそこから離れるように伝えようとしたが、ゆたかには声がとどいていないようである。 「ゆたか!」 みなみは走りながらもう一度声を出した。ゆたかまでの距離は十メートル前後だった。 あっちもみなみに気づいたようでこちらを振り向いた。 しかし安心しようとしたみなみの視界にゆたかに向かってくるトラックに気が付いた。 「ゆたか、危ない!」 みなみの声が夕方の町に響き渡った。 緋色の空に、一人の少女の体が、宙を舞った。 「ごめんなさい、ごめんなさい。」 一人の少女が眠る棺の前で、その少女の親友が涙を流して謝り続けている。その少女の肩に手が置かれた。 「仕方がなかったのよ、あなたのせいじゃないわ。」 声をかけたのはその少女の母だった。 「でも……でも。」 「これは不運な事故だったのよ。」 「でも……みなみちゃんは私をかばって!」 「だからこそゆたかがそんな顔してちゃ、天国にいるみなみさんも悲しむことになるのよ。」 「…みなみちゃん」 今日は岩崎みなみの通夜がいとなわれていた。参列者にはみなみの家族やチアをやったメンバー、 みなみの中学のころの友達など多くに人々がみなみのために足を運んでくれていた。 「ゆーちゃん、泣いてちゃだめだよ。みなみちゃんが心配しちゃうよ。」 「お姉ちゃん…ヒック…ヒック…うええええええええええええええん…」 「…ゆーちゃん。」 予定時刻通りにみなみの通夜がいとなわれた。 「みなみちゃん!みなみちゃん!目を開けてよ!みなみちゃんてば!」 ゆたかは自分をかばって宙を舞い、地面に叩きつけられた親友に向かって必死に声をかけていた。 (…何か声が聞こえる。…私を…呼んでる…) 「……」 みなみは目を開けた。まず見えたのはゆたかの泣き叫ぶ顔、そしてゆたかが握っていた自分の血まみれの手だった。 「みなみちゃん!よかった、よかったよう。」 「…ゆ…た…か…。」 薄れ行く意識の中、みなみは親友の名を呼んだ。 「みなみちゃん、しゃべっちゃだめだよう!」 「け…がは…な…い?」 かろうじて聞き取れた声に、ゆたかは答えた。 「わ、私は大丈夫だからしゃべっちゃだめだよ。」 みなみはその言葉に安心し、そして皆にはっきりと分かるような笑顔を浮かべた。 「…よ…かっ…た。」 「みなみちゃん…?」 ゆたかは自分が握っている手から力が抜けたのを感じた。 「みなみちゃん……そんな…、みなみちゃん!」 その声がみなみに聞こえることはなかった。 昨日の事を思い出してゆたかは再び親友の名前を声に出していた。 「…みなみちゃん…みなみちゃん…。」 ゆたかはベットの上で泣き続けていた。ゆたかは通夜終了後、みなみの部屋に入れてもらった。 ゆたかにとってはこの部屋がゆたかがみなみを最後に見た場所だった。 みなみの両親もゆたかを責めずに優しく接してくれたが、ゆたかにはそれすらもつらく感じていた。 ふいにドアの開く音がした。 「ゆたかちゃん…大丈夫?」 入ってきたのはみなみの母だった。ゆたかの事が心配なようだ。 「ごめんなさい…おばさん…。」 「謝ることないわよ。みなみだってゆたかちゃんにそんな事してほしいなんて望んでないわよ。」 ゆたかはみなみの母に抱きつき、泣き続けた。 ゆたかが目を開けると、そこにあったのは天井、辺りは暗い。 (私眠っちゃったんだ…。) 自分の体には布団がかけられていた。みなみの母がかけてくれたのだろうとゆたかは思った。 ゆたかはおもむろに体を起こした。 「…みなみちゃん。」 もう今日で何度この名前を口に出しただろうか。今のゆたかには後悔しかない。 (あの時、みなみちゃんは私に伝えようとしてた。危ないって…。どうして私は気づかなかったんだろう…。親友なのに…。) ふと手をベットに下ろすと何かの感触があった。 「あれ?これって、確かみなみちゃんが私にくれたリボン…、私あの時もって帰ったはずなのに…どうして……!」 ゆたかがリボンを持ち上げた時…世界が歪んだ。ゆたかは目を開けていられなくなった。
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大学を卒業し、何とか無事に就職が出来てしばらく経った頃だった。 「出来ちゃったみたい…」 何やら深刻っぽい声色で、こなたがそう言ってきた。 「…何が?」 何のことかさっぱりなので、俺はそう返しておいた。 「そ、その…あの…あ…赤ちゃん…」 俺は返事をするのも忘れて、ぽかんと口を開けたまま固まった。 「…誰の?」 何とか絞り出した言葉は、我ながら実に間抜けな質問だった。 「もちろん、わたしとダーリンのだよ」 こなたが照れくさそうに答えた。 俺は混乱が収まらず、いつの種で出来たんだとか、どうでもいいことばかりが頭を回っていた。 「…産んでいいよね?」 「え?な、なにを?」 こなたの問いに、またしても間抜けな答えを返してしまう。 なにって決まってるだろうに、何を言ってるんだ俺は。 「赤ちゃん…産んでいいよね?」 それでもこなたは、辛抱強く聞いてきた。 俺は平静さを戻すために、自分の頬を二度ほど叩いた。 「…産んで悪い理由が無いだろ?」 ある程度正気に戻った俺は、そうこなたに言った。 「だよね…えへへ、良かった。産むなって言われたらどうしようかと思ったよ」 「俺がそんなこと言うわけ無いだろ?」 俺は余程の理不尽で無い限り、こなたの言う事は聞いてやろうと決めていた。 多少大変なことでも、俺が支えてやればいい。 「俺たちの子供か…嬉しいな」 それに、冷静になって考えれば、それは俺にとっても喜ばしいことだ。 「うん、嬉しいよ…とても、ね…」 こなたが、自分のお腹を撫でながら目を細めた。 高校を卒業する頃には、とても想像できなかった幸せな時間。 「…あんたら…わたしの前でこういうシーン展開するのはわざとか?嫌味なのか?…」 その中でかがみさんがふてくされていた。 - 命の輪に喜びを - こなたの妊娠が分かってから、数ヶ月が過ぎた。 この事は、彼女の友人達にもそれなりに大きな出来事だったらしく、知れ渡ってからはみんなが家に顔を出すことが多くなった。 「こなちゃんのお腹、ホントに大きくなってきてるよ…」 「知識として知ってはいても、実際に見ると不思議な感じがしますね…」 今日は、つかささんとみゆきさんの二人が、こなたの様子を見に来ていた。 「名前は決めたの?」 つかささんが、こなたにそう聞いた。 「いや、まだなんだよ…そうだね、そろそろ決めないとねー」 こなたが答えながら、俺の方をチラッと見てきた。 「そうだな。やっぱ、こなたの名前からなんか考えたいな」 俺がそう言うと、何かツボッたらしくこなたの顔が見る見る赤くなっていった。 「わ、わたしの名前から?」 「うん、こなたみたいに可愛らしい子に育って欲しいからな」 俺に似るとかゾッとしないしな。 「そ、そんな…まだ女の子とか分からないのに…」 そういやそうだ。 「女の子に決まってるさ」 言い切ってみた。何の根拠も無いが。 「…う…あ…わ、わたし、お茶のおかわり淹れてくる!」 急に立ち上がって、居間を出て行くこなた。許容量を超えたのだろうが、お腹に赤ん坊がいるため、今まで見たいに転げまわることが出来ないのだろう。 「わたし、手伝ってくるね」 つかささんがそう言って、こなたの後を追いかけた。こなたの身体を気遣ってくれてるのだろう。 俺はカップに残っていた紅茶を飲み干し、ため息を一つ吐いた。 「…今のご気分はどうですか?」 唐突にみゆきさんがそう聞いて来た。 「不思議な気分だよ」 俺は正直な気持ちを答えていた。 「実感が湧かないって言うか…いや、こなたと出会ってからそんなことばかりなんだけど…なんつーか、ね」 自分でも曖昧な返事だと思う。しかし、今の気分はかなり言葉にしづらい。 なんとか的確な言葉を探そうと四苦八苦してる俺を見て、みゆきさんはクスクス笑っていた。 「な、なんだよ…」 「ふふ、すいません…なんだか、幸せそうですね。少し、羨ましいです」 「そう…かな」 そう見えるのなら、そうなのだろう。 本当に、こなたと合えたことを嬉しく思う。俺は今まで信じたことも無い神様というものを、少しばかり信じていいような気さえしていた。 「…こなちゃん?…こなちゃん!」 その時、キッチンの方から只事じゃなさそうなつかささんの声が聞こえた。 俺は居間を飛び出し、キッチンに飛び込んだ。 目に入ったのは、床に倒れているこなたと、抱き起こそうとしているつかささん。 「こなた!どうした!?…つかささん、なにが!?」 俺はそう聞きながら、つかささんにぐったりと身体を預けているこなたの傍に座り込んで、その手を握った。 「わ、わからないよ…こなちゃん、急に倒れて…」 つかささんが泣きそうな顔で、俺に答えた。 「…大丈夫…大丈夫だから…」 こなたの呟きが聞こえる。顔色も真っ青で、どう見たって大丈夫じゃない。 「救急車を呼びました…泉さん、少しご辛抱を」 いつの間にかキッチンに来ていたみゆきさんがそう言った。 「すいません、独断で…」 そして、俺に向かってそう謝る。 「いや、助かるよ。ありがとう」 正直、そこまで頭が回っていなかった。 「…大丈夫…大丈夫…」 まるで、自分に言い聞かせるかのようにこなたが呟き続けている。 救急車が来るまでの間、俺はこなたの手をずっと握り締めていた。 「…このまま出産を迎えれば、非常に危険であると言わざるをえません」 医者のその一言は、俺を打ちのめすのに十分だった。 「危険って、どういう…」 分かってはいるのに、聞かずにはいられなかった。 「赤ん坊の方は問題は無いでしょう…しかし、母体の方は最悪の事態もありうると…」 俺は、それ以上は何も言えなかった。 「奥さんから聞いておられなかったのですね」 「え?」 「妊娠が分かった際に、奥さんには出産は危険であることは伝えておいたのですが…」 俺は、後ろに立っているそうじろう養父さんの方を見る。養父さんは黙って首を横に振った。 「…なんで誰にも話さなかったんだよ…」 静かになった部屋に、俺の呟きだけが響いた。 「ごめんね」 病室にいたこなたが、最初に言ったのは謝罪の言葉だった。 「それは、何に対してのごめんねだ?」 俺がそう聞くと、こなたは困ったように眉根を寄せた。 「色々だよ…黙ってたこととか、色々…怒ってる?」 こなたが、俺の顔を覗き込みながらそう聞いてきた。 「正直、怒鳴りつけたい…なんで、誰にも言わなかったんだ?」 「反対されると思ったから…それだけだよ」 これまでの中でも、最大の我儘だと思った。俺はどう答えていいか分からなくなり、こなたの大きくなったお腹をただ見つめていた。 「…ごめんね…ほんとに…」 黙っている俺に、こなたが優しい声で謝ってきた。 「…何か、俺に出来ることはあるか?」 そのこなたに、俺はそう聞いていた。こなたのこのとんでもない我儘でさえ、俺は許そうとしている。つくづく甘い夫だ。 「そうだね…じゃあさ、普通でいてよ」 「…え?」 「わたしが良いって言うまでさ、いつも通りに、普通にしててよ」 「それは、俺にしか出来ないことか?」 「多分、ダーリンにしか出来ないよ」 こなたが確信を持ったように言い切った。どこからそんな自信が来るのかわからない。 俺は、正直自信が無かった。今のこなたを前に、普通でなんていられるだろうか。 でも、それがこなたの望みなら、こなたの支えになるのなら、俺に選択の余地はないだろう。 「分かった…約束するよ」 本当なら、大変だけれども心踊るような日々だったに違いない。実際、出産が危険だと分かるまではそうだったんだ。 今は、大変なだけだ。辛いと言ってもいい。 追い討ちをかけるように、俺の仕事が忙しくなり、こなたの見舞いに行くことが困難になってきた。 こなたは気にしていないと…むしろ仕事の方を優先して欲しいと言ってくれてはいるが、こなたのことが気になり仕事に身が入らない。ミスも多くなり、仕事がますます増えていく。 悪循環だ。 こなたの病室に顔を出せた時も、傍目に普通に出来てるかわからない。 俺は、こなたとの約束を守れるのだろうか。 悪い感情ばかりが増えていく。 本当に、最悪だ。 その日、仕事から帰った俺は、洗面所で今日の昼飯を戻していた。 ここ数日は何を食べても戻すことが多い。ストレスが溜まりきってるのだろうか。 こなたの容態があまり良くなく、養父さんが病院に詰めて、家を空けがちなのは幸いだった。 こなたを託されておいてこんな様だ。正直、見られたくない。 「…あの、大丈夫ですか?」 「…え?」 誰もいないはずなのに声をかけられた。俺は驚いてそっちの方を見た。 「どうしてここに?」 そこにいたのは、高校を卒業した後、実家に戻っていたはずのゆたかちゃんだった。 「ごめんなさい。勝手に入っちゃって…インターホン鳴らしても反応が無かったから、心配になって…戻してたみたいだけど、大丈夫ですか?」 「ちょっと、仕事がきつかっただけだよ。心配ない」 正直、大丈夫じゃないけど、俺は無理矢理笑顔を作って見せた。 普通に見せないと。そう思って。 「いや、しっかし酷い有様だねー」 居間の方からまた違う声が聞こえた。あの声は、成美さんか。 「叔父さんもあんまり家にいてないんでしょ?疲れてるのは分かるけど、片づけくらいはちゃんとしたほうがいいよー」 居間に入ると、成美さんに説教じみたことを言われた。確かに家のあちこちが散らかっている。 「…しょうがないですよ。俺は整理とか苦手なんです」 それでよくこなたに怒られていた。その事を思い出すと胸が痛み、思わず顔をしかめた。 「まーそうだろうねー。こなたからそう言う事聞いてたし。だからね…ほら、ゆたか」 成美さんが、ゆたかちゃんの背中をポンと叩いた。 「え、えと…こなたお姉ちゃんが退院するまで、わたしが住み込みで家事をしますね」 ゆたかちゃんがそう言った。 「それは…大変じゃないのか?」 ゆたかちゃんだって、暇じゃないはずだ。 「そうかしれません…でも、些細なことです」 「いや、でも…」 「何を心配してるか知らないけど。こういう好意は素直にうけとりなよ」 成美さんが、今度は俺の背中を軽く叩いた。 「こなたを支えなきゃいけないんでしょ?…だったら、そのキミをわたし達が支える。そう言う事だよ」 いつもと変わらない調子で、成美さんはそう言った。 「…どうして?」 その成美さんに、俺はそう聞いていた。本当にどうしてか分からなかった。 「家族だもの。当たり前じゃん」 俺は、胸の奥がキュッと締まるような感覚を覚えた。 当たり前。この人たちは、当たり前の事を当たり前のようにしてるだけ。家族だからという、その一事だけで。 俺は、こなたのことばかり考えていて、全く周りが見えていなかった。 頑張ろう。そう、強く思った。 支えてくれる人がいるなら、俺はこなたを支えていける。悪循環が、断ち切れるような気がした。 「ありがとう…ゆい姉さん。ゆーちゃん」 俺は、無意識に二人をそう呼んでいた。 「おや、やーっとそう呼んでくれたねー」 ゆい姉さんが嬉しそうに頷く。その様子を見ていたゆーちゃんが、クスクスと笑ってるのが見えた。 「まあ、がんばんなよ、ゆたかも旦那さんも。わたしも暇出来たらこっちに顔出すから」 「…お姉ちゃん。来るのはいいけどあまり散らかさないでね?」 ゆーちゃんが困ったようにそう言った。 「う、何てこと言うかねこの子は…まるでわたしが何時も散らかしっぱなしみたいな…」 その姉妹の会話を、俺は笑って聞いていた。久しぶりに、ちゃんと笑えた気がした。 もし彼女達が支えを必要とした時は、今度は俺がしっかりと支えてあげよう。 一人の家族として。 俺が病室に入ると、こなたは上体を起こして本を読んでいた。 「調子良さそうだな」 俺がそう聞くと、こなたは頷いて見せてくれた。 「ダーリンも、調子良さそうだね…最初の頃はちょっと心配だったけど」 ベッドの隣にある椅子に座った俺に、こなたがそう言ってきた。 「俺の心配なんかしてないで、自分の心配しろよ」 そう言えるくらい、俺の調子は良くなっていた。それに釣られるように、こなたの調子も良くなっていく。 いい傾向だ。こなたが俺に求めてたのは、こういう事だったんじゃないかとすら、思えてきた。 ふと気がつくと、こなたは読んでいた本を置いて、俺の顔をじっと見ていた。 「な、なんだ?」 「ねえ、ダーリンはさ、かがみの事は好き?」 こなたらしい、なんの脈絡も無い質問だ。 「それは、どういう意味での『好き』なんだ?」 その辺りはハッキリしておかないとな。 「そりゃもちろん、異性としてだよ」 「…浮気オーケーと受け取っていいのか、それは?」 「いや、そうじゃないけど…あー、いやそうなのかな…うー」 今度は、いきなり悩み始めた。 俺は、いつもの調子の会話に少し嬉しくなっていた。 「ま、まあ、そこは置いといて、どうなの?」 こなたが重ねて聞いてくる。こうやってしつこく聞いてくるときは、何らかの意図があってのことだ。それが、いい事か悪いことかは置いといて。 「まあ、魅力的ではあるな…」 変な勘ぐりされても困るので、少し控え目な表現をしておいた。 控え目に言わなければ、かがみさんはかなり魅力的だと思う。怒ると怖いけど。 「ふーん…まあ、好意はある、と」 なんだか、拡大解釈されてるような気がする。 「んじゃさ、一つだけお願いしていい?」 「ん、なんだ?」 こなたがお願いって表現を使うのは、珍しい気がする。 「わたしにもしものことがあったらさ、かがみと再婚して欲しいんだ」 俺は、頭の奥が一気に冷えていくのを感じた。 「…ふざけてるのか?」 冷えた感覚そのままに声を出す。 「ふ、ふざけてるわけじゃないよ…」 思ったより冷たい声が出たのだろう。こなたが少し怯えているのがわかった。 「冗談じゃないなら、なおさら止めてくれ。そんなもしもの話なんて…」 最悪の事態なんて、考えたくもない。 「…絶対なんて無いんだよ…そうなる確率は無くならないんだよ…」 「こなた…」 「だから、そうなった時のために、なんかしておきたいんだ…この子には、母親ってのを感じさせてあげたいなって」 理解はできる。でも、納得は出来ない。 「…なんで、かがみさんなんだ?」 俺は答えが出せずに、話を逸らした。 こなたと付き合い始めた時から気にはなっていた。こなたはどうしてか、友達の中でもかがみさんには特別な思い入れというか、こだわりのようなものを持っている気がしていた。 「あー…それは、その…んー…まあ、いいか。こんな事話す機会なんてもうないだろうしね…」 こなたは、何故か頬を赤らめて頭をかいた。 「えっとね、驚かないで聞いてね…かがみと知り合ったのは高校の時なんだけど…その…その時にね、わたしはかがみの事好きだったんだ…えと…せ、性的な意味で」 「…同性愛…か?」 それは、驚くなと言うほうが無茶だ。 「うん、まあそんな感じ…あ、でもね、わたしが完全に同性愛者だってことじゃないと思うんだ。現にこうやってあなたと結婚して、子供も作ってるし、女の子にそう言う気持ち持ったの、かがみだけだったし…」 なんと言うか、微妙な気分だ。 「…浮気を見つけたときって、こんな気分なんかな」 俺がそう言うと、こなたはわたわたと手を動かして、言い訳を始めた。 「ああああ、違うよ。浮気とかじゃないよ。昔のことだよ。今はそんな気持ち薄れてるし、かがみはそんな気持ち全然無かっただろうし…」 もし、かがみさんがそんな気持ちを持ってたら、壮絶な三角関係になってたかもな…。 「だからその…かがみなら、いいかなって…わたしの全部、託してもいいかなって思って…」 最後の方は、呟くような声になっていた。 高校の時に好きだったという気持ち。こなたは今でも、その気持ちを持っているんじゃないだろうか。だからこそ、ここまでかがみさんを信頼することが出来るんじゃないだろうか。そう思うと、少しばかり嫉妬のような想いが湧き上がってきた。 「…飲み物でも、買ってくるよ」 「え?…あ、うん…」 その気持ちをこなたに悟られるのが嫌で、俺は適当な理由で部屋を出ることにした。 廊下に出ようとすると、ドアの前にいたかがみさんにぶつかりそうになった。 「あれ?かがみさん、今日は早いんだね」 いつもは、もう少し遅い時間に来るはずだ。 かがみさんからの返事は無い。思いつめたような表情が、少し気になった。 「こなた、今日は身体の調子が良いみたいなんだ。俺は少し買出ししてくるから」 俺はそう言って、廊下を歩き出した。 「…なんであんなに普通なのよ…」 後ろからかがみさんの呟きが聞こえた。 自販機で俺とこなた、それにかがみさんの分のお茶を買って、病室へ引き返す。 その途中で俺は、かがみさんのことを思っていた。 彼女はこなたが入院してから、ほぼ毎日見舞いに来ている。自分も仕事があるというのに、無理に時間を割いて顔を出していた。 かなり無理をしているらしく、日に日に弱っているように見えて、こなたも大分心配をしていた。 ふと俺は、どうしてかがみさんはそこまでしてこなたの見舞いに来るのだろうと、疑問に思った。 こなたへの思い入れと言うか、こだわりが少し普通じゃないような気がした。 さっきのこなたの話を思い出す。高校時代に、かがみさんのことが好きだったという話を。 「…まさかな」 俺は声に出して呟いて、足を速めた。 「ふざけないでよ!あんた何言ってるか分かってるの!?」 病室の前まで来たところで、中からかがみさんの怒鳴り声が聞こえた。俺は、持っていたお茶の缶をその場に放り出して、病室に飛び込んだ。 「そんなこと出来るわけ無いじゃない!あんた、わたしをからかってるの!?」 中では、かがみさんがこなたの胸倉を掴んで怒鳴りつけていた。 「お、落ち着いてよかがみ…そんな大きな声出したら、隣の部屋の人とかに迷惑だよ」 「あんたが変な事言うからでしょうが!」 俺はこなたとかがみさんの間に身体をねじ入れ、二人を引き離した。 「かがみさん、ホントに少し落ち着こう。それで、良かったらわけを聞かせてくれないか?」 「わけも何も、こいつが…」 かがみさんは、そこで言葉を切った。視線はこなたの方を見ている。俺もこなたの方に視線を向けた。 「………」 こなたが顔色を真っ青にして、ベッドの上でうずくまっていた。 「…な、なに?…どうしたの、こなた?」 「…い、いたい…」 かがみさんの問いに、こなたがかろうじてそれだけ答える。俺はベッドの横にあるナースコールのボタンを押して、こなたの傍にいき、その身体を抱きしめた。 「…こなた、大丈夫か?」 「…大丈夫…大丈夫…だよ…」 こなたの耳に囁きかけるように俺が聞くと、ほとんど聞き取れない声で答えが返ってきた。これは、かなり不味いかもしれない。 「陣痛だよ。始まったのかもしれない」 何が起こっているのか分かっていないのか、その場に突っ立ったままのかがみさんに、俺はそう言った。 「な、何が…?」 かがみさんがそう聞いて来たところで、何人かの看護士が部屋に入ってきた。苦しむこなたを担架に乗せて運び出す。俺はそれについて部屋を出た。 結果を簡単に言うと、こなたも赤ん坊も無事だった。その事が分かったときには、心の底からほっとした。 「あれ?こなた達は?」 病室に入ってくるなり、かがみさんが挨拶もなしにそう言った。 「母娘揃って検査だよ」 俺は読みかけの本をベッドの上に置いて、かがみさんに椅子を譲るために立ち上がろうとした。その俺を手で制して、かがみさんはベッドの上に腰掛けた。 「今日はあんまり時間無いから、こっちで良いわ。こなたの顔見たら帰るつもりだったし」 「そっか…」 しばらく会話が途切れる。こなたを間に挟まないと、意外と喋れる事が無いんだな。 「…あの時は、ごめんね」 唐突に、かがみさんがそう言った。 「何が?」 「子供が生まれた時の…こなたに怒鳴ったの。あんたも嫌な気分だっただろうし…」 「ああ、あの時の…」 どうして怒鳴ってたかは見当がつく。こなたはかがみさんに、『もしものとき』のことを話したのだろう。 「あの後、かなり自己嫌悪したわ…あれが原因でって事になったら、落ち込むくらいじゃすまなかっただろうけど」 「まあ、大丈夫だったから問題ないよ」 俺がそう言うと、かがみさんは呆れた表情をした後、盛大にため息を吐いた。 「なんだか深刻なわたしが馬鹿みたいね…」 いや、多分深刻じゃないほうが問題だと思うけど。 「…唐突だし脈絡もないし、かなりアレなんだけどさ…変な事言っていい?」 「そう言う事は、こなたでだいぶ慣れたよ」 「そう…あのね、高校の時にわたしがこなたの事好きだったって言ったら、驚くかな」 それは驚く。多分、かがみさんが考えてるのとは少々違う意味で。 「…どういう意味での好きなのかな?」 念のために、聞いてみた。 「どうって…えーっと…ラブ的な意味、かな?」 なんと言うか…俺は驚きを通り越して、呆れた気分になっていた。 「…そういうのもあったから、あの時こなたに本気で怒っちゃったのかもね…あー…やっぱ変よね。こういうの」 「いや、そうでもないんじゃないかな…こなたも同じ事言ってたし」 思わず言ってしまった俺の言葉に、かがみさんが目を丸くする。 「こなたが?…えっとそれってもしかして、こなたが高校の時にわたしをって事?」 俺は頷いた。 「…なんだ、そうだったんだ。相思相愛だったんだ…勿体ないことしちゃったかな?もし、告白とかしてたら上手くいってたかも」 「それは困るな」 「どうして?」 「俺がこなたと出会えなくなる」 俺の言葉に、かがみさんがクスッと笑った。 「そうね、それは困るわね…じゃ、お邪魔な私は帰るとするわ」 かがみさんがベッドから立ち上がり、ドアの方へと向かう。 「こなたに会っていかなくて良いのかい?」 俺がどの背中に向かってそう言うと、かがみさんは振り向きもせずにひらひらと手を振った。 「今日はいいわ。じゃね」 そう言って、ドアから出て行くかがみさん。 「あれ、かがみ?帰るの?」 その直後に、ドアの向こうからこなたの声が聞こえた。丁度戻ってきたところらしい。 「あ、うん。今日は時間内から。またね、こなた」 ドアを開けてこなたが入ってきた。 「かがみ、機嫌よさそうだったけど何かあったの?」 こなたはそう言いながら、ベッドに腰掛けた。 「ん、ああ、ちょっとな…お前だけか?」 赤ん坊も一緒に検査に行ったはずなのに、戻ってきたのはこなただけだった。 「うん。あの子の方は、もうちょっと時間かかるって」 「そうか」 しばらく、沈黙が続く。 「…もう、良いんだよ」 唐突にこなたがそう言った。 「何がだ?」 本当に何のことか分からず、俺はそう聞いていた。 「ほら、言ったじゃない『わたしが良いって言うまで、普通でいて』って」 「ああ、そう言えばそうだっけ」 正直、忘れてた。 「だからさ、もう良いんだよ…色々溜め込まなくてもさ」 あの時の俺なら、その言葉に甘えていたかもしれない。でも、今はもうそんな事は何一つ無い。 俺からのリアクションが全く無いからか、こなたがムッとしていた。 「なんだよー。ここは溜め込んだものを吐き出したりとか、泣き出したりとかするところじゃないのー?」 実に不満そうだった。 「普通なら、そうかもな」 「普通にしなくていいから、ノーリアクション?…なにが普通なのか分からなくなってきた…」 俺もだ。 「お前は、どうなんだ?」 「ふえ?」 こなたは振られたことが予想外だったのか、キョトンとした表情でこっちを見た。 「こなただって、色々溜め込んでたんじゃないか?」 本当にそうなのかは知らない。こなたは達観したところがあるから、そう言う心配は無いかもしれないけど、溜め込んでるものがあるなら、吐き出させてやりたかった。 「…怖かったよ…すごく怖かった…」 こなたは俯いて、それだけを呟いた。 「…そうか」 俺はこなたの横に座って、その身体を抱き寄せた。 こなたがほんの少しだけ見せた弱さ。俺はその意味を大切にしたいと思い、こなたを抱く手に力を込めた。二人の顔が自然と近づいていく。 「こなちゃーん!お見舞いに来たよ!調子どう!?」 その瞬間、時間が止まった。俺達は唇を合わせたままの格好で。つかささんはドアを開けたままの格好で。 「…つ、つかささん…だからノックはしたほうが良いと…」 つかささんの後ろから、みゆきさんがそう言いながら顔を覗かせていた。 「え、えっと…わたし達のことは気にしないで続きを…」 「つかさ…怒ってないから、ちょっと表でようか?」 「えええ!?」 「やめい、やめい」 つかささんの手を掴んで、病室から連れ出そうとするこなたの手を、俺が掴んで止める。 「折角、いいシーンだったのにー」 こなたは、ベッドに上がって不貞寝してしまった。 なんとも締まらないが、それくらいが丁度良いような気がした。 モノクロだった世界は、いつしか憧れていた色に満ちていた。 そのきっかけをくれた一つの出会い。 そこから、幾重にも繋がり続ける命の輪。 その中にいる喜びを、何よりも大事にしていきたい。 誰よりも大事な人と、分かち合いたい。 ゆるゆると、曖昧な答えで、俺たちらしく。 - 終わり -
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銃声と共に一匹の狼が床に落ち、その姿が砂へと戻る。 銃を撃った本人…こなたは肩で息をしながら、共に戦っているはずのロディのほうを見た。 「…まあ、わかっちゃいたけど、実力差ありすぎでしょ」 そう呟くこなたの視線の先では、すでに三体の狼を仕留めたロディが、ARMに弾丸を装填してるところだった。 『こっちは一匹倒すのにヒーヒー言ってるのにねえ』 手に持ったアガートラームから聞こえるのん気な声にこなたはむっとしたが、事実なので言い返せずに黙り込んだ。 「この辺りにはもういないようだね」 そのこなたの背中から、ロディが声をかける。こなたがそっちを向くと、ロディは狼になっていた砂の山から赤い宝石のようなものを回収していた。 「それ…えーっと…ライブジェムだっけ?持って帰るんだ」 「うん、これは色んなARMの燃料になるからね。売ればお金になるんだ」 「へー」 こなたはその話にうなずきながらも、この人懐っこい笑顔の少年に、金儲けの話は似合わないなと思っていた。 「この世には、お金で買えないものも確かにあるけど…お金で買えるものの方が遥かに多いんだよね」 こなたの思ってることを察したのか、ロディが少し照れ笑いを浮かべながらそう言った。 『顔に似合わず達観してるね』 「おい、こらポンコツ」 こなたは、自分が言いづらかったことをさらっと言うアガートラームに、思わず突っ込んでいた。 「はは、よく言われるよ…まあ、今のはパートナーの受け売りなんだけどね」 パートナーという言葉にこなたは驚いた。さっきからの戦闘で息切れ一つしてない彼が、パートナーを必要とするほど、この世界は過酷なのかと。 「その、パートナーさんはどこに?」 「僕のミスではぐれちゃってね…怒ってるだろうなあ」 さほど困った顔も見せずにそう言うロディを見て、かなり信頼関係のある間柄なんだろうなと、こなたは思った。 『意外とドジだ』 「おい、こらポンコツ」 そして、言いづらいことをはっきり言うアガートラームに突っ込んでいた。 ― わいるど☆あーむずLS ― 第二話『荒野の星』 「でも…おかしいな」 こなたの前を歩いていたロディが不意にそう呟いた。 「なにが?」 こなたがそう聞くと、ロディは少し歩く速度を落としてこなたの横に並んだ。 「砂獣の形態なんだけど…こんな所で狼形ってのはおかしいんだよね」 「あ、やっぱりそうなんだ」 こなたは、ロディが特に何も反応してなかったので、この世界では当たり前のことかと思っていた。 「砂獣は、元々そこにいる生物の真似をする傾向があるからね。僕が前に来たときは、虫型の砂獣ばかりだったんだけど…」 「虫よか狼の方がましかなあ…」 『狼の方が危険なきがするけど』 「虫は生理的にやばいでしょ」 「いや、そういう問題なのかなあ…」 ロディは話が脱線しそうなこなた達に突っ込んだ後、遺跡の廊下を見回した。 「砂獣には真似損ないってのはあるんだけど、まったく真似してないってのは今まで無かったからね。ここに狼の姿を真似れる何かがあるんだと思う」 「絵…とか?遺跡だしそういうのがあってもおかしくないでしょ」 こなたの意見に、ロディが顎に手を当てて考え込む。 「前に来たときはそう言うのは無かったなあ…いや、全部回ったわけじゃないけど…っていうか絵とかから真似たなんて事例も無いんだよね…」 こなたは、渡り鳥ってのは学者の真似事もするのだろうかと考えながら、ロディの邪魔をしないように少し前を歩いた。 「…あ」 そして、廊下の先に開けた場所があるのを見つけ、少し歩く速度を上げた。 「ほあー…」 こなたはその部屋の天井を見上げながら、思わずため息をついていた。学校の体育館くらいの広さの大きな部屋。壁や天井には良くわからない細かな文様がびっしりと刻まれている。 「これは…凄いね」 後から入ってきたロディも感嘆の声を上げる。そのままロディは部屋の中央に向かうと、そこにあった瓦礫の山を探り始めた。 「何かの祭壇が崩れたみたいだね…」 「ふーん…」 ロディの後ろから覗き込みながら、こなたはなんとなく嫌な予感がしていた。RPGならこういうところには大抵ボス敵が配置されてるはずだ、と。 「しかし、おかしいな…僕もだけど、この遺跡には何人も渡り鳥が来てるんだ。こんな大きな部屋が見つかってないなんて…」 と、そこでロディは言葉を止めた。 「ど、どしたの…?ふゃっ!?」 こなたが不安に駆られてそう聞いたのとほぼ同時に、ロディはこなたを抱きかかえて横に飛んだ。一瞬後に、こなた達のいた場所で爆発のようなものがおき、瓦礫が周囲に飛び散った。 「な、なに…?」 「構えて!」 慌てるこなたに、ロディが一喝する。こなたから離れたロディは、すでにARMを構えて臨戦態勢をとっていた。 こなたとロディが見る先…瓦礫の粉塵が晴れてくると、そこにいたのは今までのとは明らかに異形の狼だった。ふた周りほど大きい体躯に漆黒の毛並み。頭頂部から尻尾の方にかけて、紅い毛が背びれのようになびいている。 「…やな予感、的中しちゃったよ…強いよね?あれ」 「多分ね」 こなたの呟きにロディが答える、その真剣な横顔が敵の強さを物語っているようだった。 「…来るよ!」 「…え?」 狼が少し身をかがめたかと思うと、その姿が消え去った…いや、少なくともこなたにはそう見えた。一瞬後に金属音。そして、何かが横を通り過ぎたかのような風をこなたは感じた。 後ろを向くと、壁際でロディがARMを使って狼の噛みつきをガードしていた。 「なに…今の…」 まったく見えなかった。正直、レベルが違いすぎる。こなたは、レベル上げを怠ったRPGの主人公の気分を味わっていた。 「こいつ…やぁぁぁぁぁっ!」 ロディは狼にARMを噛ませたまま、その巨大な体躯を持ち上げた。線の細い少年に見えるロディのどこにそんな力があるのかと、こなたは目を見張った。そしてロディはそのまま狼の体を蹴り飛ばす。狼はこなたの上を飛び、最初の位置へと軽やかに着地した。 間髪いれずロディが銃撃を入れるが、狼は予測していたのか横に飛び弾丸をかわす。そして、狼はこなたの方を見た。こなたの背筋に寒気が走る。ロディが手ごわいと感じ、標的をこっちに変えたのだと、こなたは感じた。 「お前の相手は僕だ!こっちにこい!」 ロディが挑発をかけるが、狼はそちらを一瞥した後、口の端をゆがめた。 「え…笑った?」 こなたがそう呟くのと、狼の姿が消えるのはほぼ同時だった。こなたはとっさに横に飛んだ。狼の攻撃は直線的だ。かわせた…こなたはそう思ったが、すぐに違和感を感じる。さっき狼が攻撃してきたときのような、通り過ぎる風を感じなかったのだ。 「こなたちゃん!上だ!」 ロディの声にこなたは弾かれたように上を見た。そこにいたのは天井に張り付いた狼。その姿がまた消える。こなたはとっさにどうすべきなのか判断を迷ってしまった。 「ごめん!」 ロディの声が消えると同時に、こなたは腹の辺りに衝撃を感じた。そのままこなたは後ろに吹っ飛び、二度ほどバウンドして床に転がった。 「…いったー…」 呻きながらこなたが体をおこす。そして、さっきの場所を見ると、ロディが狼に左腕を咥えられていた。 わたしのせいだ。こなたは自分の鈍さを呪った。こなたがかわせないと判断したロディが、こなたを蹴り飛ばして狼の攻撃を受けたんだ。こなたはそう理解した。 狼が首を大きく振ると、ブチッと嫌な音がしてロディの体がこなたのほうに飛んできた。 「ロ、ロディ…くん…?」 こなたのそばに落ちたロディは顔色が青ざめていた。よく見ると左腕の肘から先が無くなっている。 「だ、大丈夫…?」 聞いてからこなたは、間抜けな質問をしたと思った。腕が無くなって大丈夫なわけがない。 「怪我は大したことないけど…あの狼、強力な毒をもってたみたいだ…体がうまく動かない…」 苦しそうにそう言いながら、ロディは立ち上がりARMを構えてこなたの前に立とうとした。こなたは深呼吸を一つすると、ロディの足を軽く蹴った。それだけでロディはバランスを崩して床に倒れこんだ。 「…な、なにを…」 「わたしがやるよ」 こなたはアガートラームを構えながら、ロディからできるだけ離れるように動いた。狼はすでにロディは脅威でないと感じているのか、こなたから視線を逸らさない。 『なにか考えが?』 「無いよ…やるだけやる。それだけ」 多分、わたしは死ぬんだろうな。こなたはそう思っていた。ロディの後ろに隠れていても、それは変わらないだろう。ならば、万が一にかけてやるだけだと…そう決意すると、少しだけ気分が落ち着くのをこなたは感じていた。 『…力が欲しいって思ってるね。伝わってくるよ』 「そりゃそうでしょ。この状況だもの。誰だって欲しくなるよ…なんか当てあるの?」 アガートラームの言葉に、こなたが軽い口調で返す。狼は余裕を見せているのか未だに襲っては来ない。 『当てがあるっていうか…今出来た』 「へ?どういうこと?」 こなたの問いにアガートラームは答えずに、そのまま黙り込んだ。 「ちょ、ちょっと…」 こなたは黙ったアガートラームに文句を言おうとしたが、目の端に捕らえていた狼が攻撃態勢を取ったため、そちらに集中せざるを得なくなってしまった。 「…やるしかない…やるしかない…」 こなたは自分を鼓舞するように呟きながら、狼の動きに集中する。真正面から撃っても、弾丸くらい軽く避けるのはさっき分かった。ならば隙を突くしかない。一番の隙は攻撃の直後。スピードを殺すためにブレーキをかけるその瞬間しかない。こなたはそう考え、攻撃をさけるために意識を集中した。 さっきのようにフェイントをかけられるかもしれない。どっちに飛ぶかくらいは見切るんだ。集中するにつれ、こなたは意識がなにか奥底に沈んでいくような感覚を覚えた。そして、アガートラームにアクセスした時と同じように、カチリと頭の奥で音がした。その瞬間、こなたの周りの景色が灰色となった。 狼が駆けてくる。こなたにはそれがはっきりと見えた。さっきまでのまったく見えない攻撃じゃない。普通に人が走るくらいの速度だ。こなたはそれを難なく避けることが出来た。 景色に色が戻る。狼の方を見ると、こなたを警戒するように唸り声を上げていた。 「…今の動きは一体…?」 ロディが信じられないと言う様にそう呟いた。 『アクセラレイター』 その問いに答えるかのように、アガートラームがそう言った。 「なに、それ?…ってーか今のなに?」 こなたは少し混乱しながらそう聞いた。こなた自身も自分が何をやったのか良くわかっていなかったのだ。 『アクセスの更に上。オーバーアクセスで引き出せる僕の機能だよ。短時間だけどこなたの体内時計を加速させると同時に、身体機能を大幅に上げることが出来るんだ』 「それをすると、さっきみたいなことが出来るってこと?」 『そう。こなたからは回りが遅く、周りからはこなたがとんでもない速度で動いてるように見えるはずだよ』 「…ふーん」 こなたは驚くより先に納得していた。いやに落ち着いている自分に戸惑いながらも、こなたはアクセラレイターをどう使おうか考えていた。 「こういうときは…攻めるべきだよね」 こなたはアガートラームを持った右手を背中に隠し、左手を前に伸ばして体を大きく沈めた。意味のないただのハッタリだ。しかし、さっきのこなたの動きを見た狼は、かなり警戒している。本能で動かず、多少の知恵を持ってるがために、こういうハッタリは良く効く。 「…アクセラレイター!」 叫ぶと同時に、こなたは狼に向かって迷いなく走った。周囲の景色が灰色になる。狼は動いていない。さっきフェイントを受けたこなたと同じように、どう動いていいか迷っているのだ。こなたは難なく、狼に接近することが出来た。 そして狼の腹の下へ、こなたはスライディングで滑り込むと、両足でその腹を思い切り蹴り上げた。狼がゆっくりと宙に浮く。こなたは蹴りの勢いを使って立ち上がると、狼に狙いをしっかり定めてアガートラームの引き金を連続で引いた。 景色が戻ると同時に狼の体が天井に激突し、その体に弾丸がいくつも突き刺さる。 「…シュート…」 聞こえてた声にこなたが振り向くと、いつの間にか立ち上がっていたロディが完全に天井に埋もれた狼に向かってARMを構えていた。銃口に光のようなものが集まっているのが見えた。 「エンドーッ!!」 耳を劈く轟音と共に弾丸が放たれる。光を纏った弾丸を受けた狼は真っ二つになり、地面に落ちて砂へと戻った。 「…やった…」 こなたは安堵してその場に座り込みそうになったが、崩れ落ちるロディを見て慌ててその側に駆け寄った。 「ロディ君!大丈夫!?」 こなたは倒れているロディの頭の側に座り込んだ。そのこなたに、ロディが弱々しく微笑んでみせる。 「…なんとか…一発だけ撃てたね…」 「さっきの?あれはなに?」 「…ARMは感応兵器だからね…心を深く繋げるとその威力を増すんだ…少し、疲れるけどね…」 ロディはそう言った後、目を瞑った。呼吸は荒く、明らかに危険な状態だ。 「ど、どうしよう…なんとかならないの、ポンコツ?」 『ここまできてポンコツ扱いとか…でもなんとかなりそうだよ。誰か来た』 「…え?」 こなたが顔を上げると、こなた達が入って来たのとは逆の方にある廊下から、一人の少女が入ってくるのが見えた。 オレンジのワンピースを着て、頭には大きなリボンをつけている、なんともこんな場所には不釣合いな格好だ。ロディとそう変わらない歳なのだろうが、顔に残るそばかすのおかげか、だいぶ幼い印象を受ける。 その少女はこなたたちに気がつくと、もの凄い勢いで走ってきた。 「ちょっと、ロディ!なにやってんの!?」 そして、そのままこなたを突き飛ばしてロディの横に座り込んだ。 「…ジェーン…アンチドーテを…」 「わ、わかったわ…」 ジェーンと呼ばれた少女は、格好に不釣合いな無骨なバックをあさると、鮮やかな黄緑色の葉っぱを取り出した。ジェーンはロディの口を無理矢理開かせ、それをねじ込んだ。そして、手で顎を動かし強引に咀嚼させる。葉っぱに強力な解毒作用があったのか、ロディの顔色はみるみる良くなっていった。 「なんか治ったみたいだね…よかった」 その様子を床に転がったまま見ていたこなたがそう呟いた。 『毒はともかく、手はどうするんだろうね』 「…思い出させないでよポンコツ」 「…こっちよ」 回復したロディとこなたは、ジェーンに案内されて遺跡の出口へと向かっていた。 「ところで…あんたなに?」 そのジェーンが、唐突に立ち止まりこなたのほうを振り向いてそう聞いた。 「なにって言われても…」 「彼女は泉こなた…異世界から来たらしいんだ」 言いよどむこなたに代わって、ロディがそう答えた。 「異世界?…ふーん、まあどうでもいいけど。あたしはジェーン・マックスウェル。ま、この遺跡出るまでだろうけどよろしく」 『歯牙にもかけないって感じだねえ』 ジェーンのあっさりとした態度にアガートラームがそう言うと、ジェーンは鼻を鳴らしてお手上げのポーズをした。 「ロディはそんな変な嘘つくやつじゃないし。それに、お金になりそうにないじゃない」 ジェーンはそう言って、また一行を先導して歩き出した。そして、数歩歩いたところで立ち止まり、凄い勢いでこなたの方に再び振り向いた。 「ARMが喋ったー!?」 『あ、僕の方には食いつくんだ』 「いや、だって普通喋んないでしょ…」 そして今度は、ジェーンの驚き振りを見たロディが嬉しそうにこなたの側に駆け寄った。 「でしょ!?凄いよね、喋るARMなんて!ジェーン、僕の鞄に工具が入ってるからちょっと分解して…」 ロディはそう言いながらジェーンの持っている無骨な鞄に手を入れた。ジェーンの格好に不釣合いだったのは、はぐれた時に置いてきてしまったロディの鞄だったからのようだ。 「…いや、あんた片手だから無理でしょ。ってーかいいARM見たら分解しようとするのやめなさい」 ジェーンがロディの手を叩いてそう言うと、ロディは渋々と言った感じに鞄から手を抜いた。 「あの…手、大丈夫なの?ロデイ君の…」 二人と一丁のやり取りを見ていたこなたが恐る恐るそう聞くと、ロディは食いちぎられた手をこなたの方に向けた。 「大丈夫だよ。これ、義手だから」 こなたが良く見てみると、断面から何かの配線が垂れ下がってるのが分かった。 「ああ。それで怪我は大丈夫だって…」 「そういうこと」 本当に大丈夫そうだとこなたは安堵したが、前を歩いているジェーンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。 「修理するのにお金かかるじゃない」 『…シビアな子だなあ』 アガートラームが呆れたようにそう言うと、ジェーンはもう一度鼻を鳴らして歩く速度を早めた。 「…ふわー…」 日の光の眩しさに目を細めながら周りを見渡したこなたは、思わず間の抜けたため息をついた。 遺跡から出たこなたが見たものは、見渡す限りの荒野。吹く風が砂塵を巻き上げている。テレビでしか見たことのない光景に、こなたは唖然としていた。 「この星の大地は、もう八割が荒野に覆われてるんだ」 そのこなたの後ろから、ロディがそう言った。 「ここから西に行くと小さな村があるから、まずはそこに行くといいよ…ホントはそこまで送ってあげたいけど、僕たちも仕事があるから…」 そして、西であろう方角を指差しながらそう言うロディに、こなたは不安な表情を見せた。 「それは…ちょっと心細いかな…」 そのこなたに、ジェーンがなにかを包んだ赤い布を差し出してきた。 「…これは?」 それを受け取って首を傾げるこなたに、ロディが苦笑して見せた。 「地図とコンパス、食料と水…あとライブジェムを何個か入れといたから、村に着いたら売ってお金にすればいいよ」 布を指差しながら、ロディが中身を説明する。 「…それと、その布はロディの使ってたスカーフだから。砂避けに使うといいわ。口に入ったら泣けるわよ」 そして、ロディの言葉を補足するかのようにジェーンが続けた。こなたはその二人を交互に見て、照れたように笑った。 「ありがとう」 こなたの感謝の言葉にジェーンは鼻を鳴らすと、こなたに背を向けて歩き出した。 「せいぜい、行き倒れないようにね」 そして、そう言いながら肩越しに手を振った。それを見たロディも苦笑しながら歩き出す。 「元の世界に戻れることを願ってるよ」 こなたの方に体を向けてそう言うロディに、こなたは手を振って別れを告げた。 「…行っちゃったね」 『そうだね…僕らも行こうか』 「うん…と、荷物確認しとかないと」 こなたはしゃがみこみ、渡されたスカーフを解いて中身を確認しはじめた。 「あれ、これは…?」 そして、説明された中にはなかった物を見つけた。手のひらに収まるくらいの小さな狼の彫像で、遺跡の中で倒した狼のボスによく似ていた。 「…まあ、もらっとこうか」 こなたは荷物を鞄につめ、口が隠れるようにスカーフを巻いて立ち上がった。 「まずは西…」 確認するようにそう呟いて、こなたは荒野の中へ足を踏み出した。 「…なにも言わなかったね」 隣を歩くロディがそう聞くと、ジェーンは首をかしげた。 「なにが?」 「こなたちゃんに…文句を言うかと思ったんだけどね」 「『あんたのせいでロディが怪我したのよ』って?…言ってもしょうがないでしょ。好きであそこに居たわけじゃないみたいだし、アンタのかばい癖は治しようがないし」 「…苦労かけるね」 「…まったくよ」 そして、しばらくお互い無言で歩いた後、ふとジェーンが何か思い出したようにロディのほうを見た。 「そういや、探してたものは見つかったの?遺跡出てきちゃったけど」 「ああ、これだよ」 ロディが懐から拳くらいの大きさの石を取り出した。ライブジェムに似ているが、澄んだ輝きをしており脈打つ鼓動のようなものが感じられた。 「ライブクリスタル…砂獣になる前のライブジェムだよ」 「マリエルだっけ…あのエルゥの子、こんなの何に使うつもりなのかしら」 「さあ…でも悪いことには使わないと思うよ」 「…でしょうね。アンタと同じ人畜無害な顔してたから」 ジェーンは呆れたように言いながら、頭の後ろで手を組んだ。 「ま、あたしは報酬がちゃんと貰えたら、それでいいけどね」 そう言いながら少し歩を早めるジェーンに、ロディは苦笑しながら付いて行った。 ― 続く ― 次回予告 かがみです。 こなたが辿り着いたのは、小さいながらも豊かな村。 そこでこなたに再会と新たな出会いが訪れます。 次回わいるど☆あーむずLS第三話『真面目兎とパン屋さん』 …え、つまらない?いや、予告って普通こんな感じでしょ…。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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かがみ「他の星から来た……不慮の事故で置いてけぼりにされて、そして二つのグループに別れた」 私は頷いた。 かがみ「するとつかさの出会った真奈美というのは人から離れているグループだった訳ね、よくそんな人と仲良くなれたものだ」 ひより「つかさ先輩は癖がありませんからね、少し天然も入っていますし、それが幸いしたのでは?」 かがみ「それだけならまだ良かったわよ……つかさは……」 ひより「はい?」 かがみ「い、いや、何でもない、気にしないで、それより私が心配しているのはコンと佐々木さん、彼等の意図が分らない、田村さんの記憶を消されたのよ、何を企んでいる?」 さっきは何を言おうとしたのだろう。慌てて話題を変えた。私の言った事に対して何か反論しようとしていた。 聞き返しても教えてくれそうにないから詮索するのは止めよう。 ひより「真意は分りませんが、私が佐々木さんと話した限りでは敵対はしていないみたいです、むしろ好意的に感じました」 かがみ「そうね、そっちのお稲荷さんは人間の社会に溶け込んでいる感じがする、人間の法に触れるような事はしそうに無いわね……でもね」 かがみ先輩の顔が曇った。 ひより「何かあるのですか?」 かがみ「二年前くらいかな、私ね、殺されそうになったのよ、そのお稲荷さんに」 その時私は泉さんとの会話を思い出した。 ひより「もしかして、真奈美の弟がどうのこうのって話ですか?」 かがみ先輩は驚いた。 かがみ「……何故それを知っているの」 ビンゴ、当たった、だけどその内容まではしらない。 ひより「いいえ、知りません、泉先輩が言いかけて止めてしまったものですから」 かがみ「まったく、あいつは中途半端なんだから」 少し頬を膨らませて怒った。 ひより「その弟に殺されかけたのですか」 かがみ先輩は首を横に振った。 かがみ「違ったみたいね、別のお稲荷さんみたい、それはつかさが言ったけどそれ以上詳しく教えてくれなくてね、それでも分ったことは、少なくともそっちのお稲荷さんの人間に対する憎しみは相当なもの、つかさと真奈美が仲良くなったくらいで解決できるレベルではないわ」 ひより「その弟さんをつかさ先輩が好きになったって聞きましたけど」 かがみ「二人は別れたわよ……」 ひより「そ、そうですか……」 この先の話しを聞きたいけど、かがみ先輩の悲しそうな顔を見ると聞くに忍びない。 別れたって、すると二人は好き合っていた時期が合ったって意味と解釈するのが普通、片思いなら別れるなんて表現は使わない ……お稲荷さんと愛し合うことなんか出来るのかな……私の腐った感情では計り知れない。 かがみ「田村さん」 ひより「はい?!」 かがみ先輩は急に改まった。 かがみ「コンの教育係を本当にするつもりなの?」 ひより「一応約束したっス……」 かがみ先輩は溜め息をついた。 かがみ「そこまで言うなら反対はしない、忠告だけする、相手は人ではない、まずそれを念頭に入れないとダメよ、常識は通用しないわよ、それから相手にはちゃんと 言葉で真意を伝えないとだめ、好きなら好きですってね」 ひより「ほえ?」 あ、あれ……好きですって……ち、違う、かがみ先輩は何を勘違いしていらっしゃるのか…… ひより「あ、あの、私は……」 かがみ「つかさの二の舞は勘弁してよね、成功を祈っているわ」 な、私の話しを聞こうとしていない。私はコンが好きなんて一言も言っていない。こんな時にボケなさるとは。 ひより「ちょっと待ってください……そうではなくて……」 かがみ「大丈夫、田村さんなら出来るわよ」 私の手を両手で握るかがみ先輩。完全にその気になっている。否定すればするほど逆効果なのかもしれない。 ひより「頑張り……ます」 かがみ先輩はにっこり微笑んだ。それはよくつかさ先輩に対して見せた笑顔だった。見事な勘違いだ。この辺りはつかさ先輩と同じ、双子の血は争えない。 今ならミッションを履行できかも、こっちも仕掛けてみるか。 ひより「かがみ先輩も誰か好きな人は居るのですか?」 握っていた手をいきなり離した。そして、顔が見る見る赤くなっていくのが分る。 かがみ「た、田村さんには関係ないでしょ」 泉先輩の言うようにかがみ先輩は恥かしがりや、この反応を見れば大体検討が付く、これ以上聞く必要はない。ある意味泉先輩のミッションの半分以上が達成された。 ひより「済みません、愚問でした、」 かがみ先輩は私があっさり引いてしまったのを意外に思ったのか、突っ込んで欲しかったのだろうか、少し寂しそうな顔になった。 泉先輩なら畳み掛けるように突っ込むだろうな…… 流石に先輩に対してそこまでは出来ない。 かがみ「それじゃ今日はここまでね、まだ聞き足りないでしょ、続きはまた連絡するわ」 ひより「はい、よろしくっス」 こうして初回のコンの取材は終わった。 今度はコンの側から見た取材も出来る。彼はどんな話しをしてくれるのか。これは面白くなってきた。 家に帰って今日の纏めをする為にパソコンを立ち上げた。泉先輩からメール着信が来ていた。内容は…… ミッションの経過報告を催促するものだった。意外と泉先輩はセッカチだな。なんて思ったりもしてみた。今日は色々な事がありすぎて頭が一杯だ。 纏めるのは後日でいいや、ボイスレコーダーにも録音してあるしね。 とりあえず「順調に進んでいます」とだけ返信しよう。 それから一週間もしない休日の日、私は駅の改札口で待ち合わせをしていた。相手はゆーちゃんやみなみちゃんではない。コン改め、まばぶを待っていた。 まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。彼に何を教えるのか、それは彼がどの程度人間を理解しているかが解らないと出来ない。 そんな事を言って、私自身、どれほど人間を理解しているのか甚だ疑問ではある。ふと足元を見てみた。いつもの運動靴。普段着…… ひより「もう少しましな服を着てくれば良かったかな……」 独り呟く…… コンの人間の姿はどんなだろう。イケメン、ブサ……はっ!! 何を考えているのだろう。デートじゃあるまいし。デート。いや、そんなのを意識してはダメ…… かがみ先輩が変な事を言ったからから、会う前からドキドキしてしまう。 そういえば…… 考えてみたら男性と二人きりで会うなんて初めてかもしれない。やばい。脂汗が出てきた。平常心、平常心…… 私は何度もその言葉を頭の中で唱えた。 「お待たせ、すみません」 後ろから男性の声がした。私はゆっくり後ろを向いた。 身長は私より少し高いくらい。年齢は私と同じ位に見える。顔は……可もなく不可もなくって所だろうか。 「田村ひよりさんですよね?」 ひより「はい、そうですけど」 まなぶ「私はまなぶです、今日一日お願いします」 彼は深々と頭を下げた。こんな丁寧なお辞儀をされるは初めてだった。 ひより「い、いいえ、こちらこそお願いします」 私も彼に釣られて深々と頭を下げた。 まなぶ「まさか貴女が先生だったとは思いませんでした、すすむは名前を教えてくれませんでしたから」 ひより「私じゃダメでしょうか?」 すこし謙った言い方をした。 まなぶ「いいえ、私を助けてくれた人の一人ですよね……すみません、あの時の状況はあまり覚えていません」 ひより「助けたと言うより、見つけたって言った方が良いかも」 まなぶ「これからどうしましょうか?」 ひより「取り敢えず喫茶店で話しましょうか」 自然に会話が成り立つ。初めて会うのに初めてとは思わない、不思議な感がする。コンとして何度か会っているせいかもしれない。 近くの喫茶店に私達は入った。飲み物はまなぶさんが持ってきてくれた。私の正面にすわるまなぶさん。どう見ても普通の人間。 少なくとも容姿ではお稲荷さんとは誰も見破る人は居ない。レジで頼んでから席までの動作を見ても不自然な所は無かった。私が教える所なんて無い様に思える。 ひより「人間になれるようになってから日が浅いと聞きましたが?」 まなぶ「つい一ヶ月くらい前からですよ、どうです、私の変身は?」 ひより「私には見分けが付かないです」 まなぶ「それは良かった、でもこの位は普通じゃないと人間の社会じゃ生きていけない」 私は頷いた。本人もそれを自覚している。私の出番は本当にないかもしれない。いや、まて、まだ一つあるかもしれない。 ひより「まなぶさん……呼び難いな、上の名前は無いの?」 下の名前で呼ぶには少し抵抗があった。 まなぶ「苗字は未だ無い、私達にはそう言うものはない、人間の社会で生きていくと決めたときに付ける、その時には戸籍とかに細工をしないといけない、 最近はパソコンを利用しているみたい」 ひより「他のお稲荷さんにしてもらうのか……」 まなぶさんは頷いた。 ひより「名前が無いのならしょうがないね……これだけ聞いておきたかった、人間についてどう思うのか、率直に答えてえると嬉しい」 まなぶさんは目を閉じて少し考えていた。 まなぶ「とても寿命が短いと思う、それが第一印象、私はたかだか50年位しか生きていないから解らないけど、私達が人間の社会で生きていく時は、 百年に一度、名前と容姿を変えるって言っていた、そうしないと私達の正体がバレてしまうって」 それはそうなると私も思った。百年でも遅いくらいかもしれない。 ひより「憎いとか、恨みとかはないの?」 まなぶ「私の両親は人間に殺された、そして、私はその人間に助けられた、正直一言では表現出来ない、少なくとも田村さん、小早川さんと柊家には感謝している」 ひより「人間は個人差があるからかもしれないね……」 あれ、さっき小早川って言っていた。ゆーちゃんの事を言っていると思うけど……私を良く覚えていないのになぜゆーちゃんの名前はすぐ出てくるのだろう。 「済みません、御代を頂きたいのですが……」 喫茶店の店員が私達の席にやってきた。 まなぶ「すまない、忘れていた」 そう言うとまなぶさんはポケットから財布を取り出した。財布を開けた時だった。私は目を疑った。お札入れの部分から緑色の物がはみ出していた。こ、これは、葉っぱ? ま、まさか、葉っぱをお札にして渡す気じゃないだろうか。 ひより「あ、はい、私が払います」 私は慌てて鞄から財布を取り出して御代を店員に渡した。まなぶさんはキョトンとした顔で私を見ていた。店員が去ると私は彼を睨みつけた。 まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」 ひより「その財布に入っているの、葉っぱでしょ、それをお札に変えようとしたよね?」 まなぶさんは財布をポケットにしまうと頷いた。 まなぶ「小さい頃、真奈美さんから教えてもらった技だよ」 得意げに話すまなぶさん。 ひより「それはね、すぐに技が解けて葉っぱに戻っちゃうから後で大変になるよ、お金は本物を使うように……まさか今までもその葉っぱのお金を使っていたんじゃ?」 まなぶ「うんん、それはない、人間と一緒に行動するから試してみたかった、それだけ……そうか、使っちゃいけないのか」 まなぶさんは胸のポケットから手帳を取り出しメモを書き始めた……そうか、これが佐々木さんの言う教育ってやつのかもしれない。もう少し様子を見る必要がありそう。 それにしてもつかさ先輩の話がこんな所で役に立つとは思わなかった…… 喫茶店を出て電車に乗り、テーマパークに行く予定を立てた。しかし……まなぶさんときたら…… ひより「ダメ~!! 何故赤で信号わたるの!!」 まなぶ「えっ? だって、狐の時子供達が信号は赤渡るのが良いって言っていたから」 ひより「ちょ、何で隣の駅なのに最長距離の切符買っているの!!」 まなぶ「え、だって、みんな同じじゃないの?」 ひより「早く来て、間に合わないよ」 まなぶ「こ、この動く階段が……恐くて降りられない」 ひより「はぁ、はぁ、はぁ」 隣の駅に移動するのになんでこんなに体力を使わなければならないのか。このお稲荷さんはダメダメかもしれない。基本から教えないといけない。 まなぶさんは相変わらず私の言う事を黙々とメモしていた。 こんなのはメモするまでも無いのに……佐々木さんや真奈美さんとは大違いだ。交通事故に遭ったりする訳だ。 それにまつりさんがいろいろ手を焼いていたのも納得する。狐も人間も中身が同じなら行動も同じ。 ひより「次の駅を降りたら私に付いて来て、先に行かないように、分った?」 まなぶ「はい、分っています」 う~ん、本当に分っているのかな、この空返事が怪しいな。先が思いやられる。50年も生きているのにまるで子供の様だ。 でも、お稲荷さんの寿命を考えるとこの程度の年月は短すぎるのかもしれない。私達人間はその50年で人生の半分以上を使ってしまう…… 仮に私が彼と親しくなったとしても……確実に私の方が先に亡くなるのか…… 生きている時間の幅が違うだけで一緒に居られないなんて、同じ種で寿命が殆ど同じなのはそう言う意味もあるのかもしれない。 テーマパークに着くとまなぶはまるで子供の様に大はしゃぎだった。これはこれで来た甲斐があった。 昼食が済むと彼は次第に私から注意を受けなくなってきた。それどころか外国人に道を聞かれて対応してくれる場面があった。彼に言わせると殆どの言語を理解出来ると 言っていた。この辺りはお稲荷さんと言わざるを得ない。帰りは地元の近くで食事をした。 まなぶ「顔に何か付いています?」 ひより「い、いや、付いていない……今朝と随分変わったと思って」 まなぶ「変わった、私は別にいつもと同じですが、田村さんがそう言うのであればそうかもしれません、今日はいろいろと勉強になりました」 まなぶは黙々と食事をした。私も食事をして暫く静かな時間が続いた。 まなぶ「あの~」 控えめな小さな声だった。私は食事を止めて彼の方を向いた。 ひより「はい?」 まなぶ「まつりさんにお礼が言いたいのですが……」 ひより「何故私にそんな事を、お礼なら自分で……あっ!」 まさか…… ひより「お礼って、コンの時に世話になったお礼?」 まなぶは頷いた。 ひより「それは出来ないし、止めた方が良いですよ、まつりさんは多分お稲荷さんの存廃を知らないし、説明しても理解出来るかどうか」 まなぶ「田村さんや小早川さんは理解していますけど」 ひより「私は普通とは少し違うから」 ん……またゆーちゃんの名前が出た。しかも理解しているって。するとゆーちゃんはまなぶや佐々木さんの正体を知っていると言うのだろうか。 そんな思いも束の間、まなぶは悲しい顔になって俯いてしまった。 ひより「もしかして、まつりさんが好きなの?」 まなぶ「それは……」 適当に鎌を掛けてみた。彼の顔が少し赤くなり俯いた。この態度から察するに図星に違いない。 ひより「あれだけ世話になったのだからお礼くらいはしたいですよね……」 二人を会わす。どうやって。まつりさんとコンなら佐々木さんの家に行けば良いし、最近も会っているみたいだから私が何かする必要はない。 人間として会わすなら……どうすれば良いかな…… 『ピン!!』 頭の中の電球が点いた。 ある。あるぞ。閃いちゃった。 ひより「私はコンの取材って理由で柊家に行く予定になっているから、私の漫画の弟子って事にして同行すれば会える、話題がコンだから話し易いかも」 まなぶ「ほ、本当ですか、あり難いです、ありがとうございます、先生」 し、先生だって、高校時代の部活でも言われていないのに。合わせてくれているのは解るけど、なんか嬉しい。 ひより「取り敢えず日時が分ったら佐々木さんに連絡するから、それで良いよね?」 まなぶ「はい、お願いします」 嬉しそうな顔。恋のキューピット役もたまには良いかな。 『ピンポーン』 私は佐々木さんの玄関の呼び鈴を押した。 すすむ「はい」 扉が開き、佐々木さんが出てくると私を見て驚いた顔をした。 ひより「帰り道でいきなり狐に戻ってしまいまして……その場で倒れたので連れてきました」 私の腕の中にコンは静かに寝ていた。 すすむ「変身が未熟なので時間をコントロールが出来ないですよ、戻るとき、周りに人は居ませんでした?」 ひより「いえ、公園の茂みに隠れたので大丈夫だと思います」 私はそっと佐々木さんにコンを手渡しした。 すすむ「済みませんね、こんな大役を任せてしまって、疲れたでしょう、上がってお茶でもどうですか?」 ひより「いいえお構いなく、私もなんかいろいろ教えられたような気がします」 すすむ「ありがとう、ところでまなぶはどうでした」 ひより「また会う約束をしました、今度は柊家を訪ねる予定です」 すすむ「やはり、まなぶはまつりさんに会いたいのですか」 私は頷いた。佐々木さんは溜め息をついた。 すすむ「今日はもう遅い、車で家まで送ろう、まなぶを寝かしてから車を出すから少し待ってくれるか?」 ひより「ありがとうございます」 佐々木さんは家の中に入っていった。 すすむさんはガレージから車を出してくれた。 すすむ「まなぶが狐になったのを見てどうだった?」 すすむさんの車が走り出すと同時に話しだした。 ひより「体全体が淡く光ったと思うと見る見る小さくなって……」 すすむ「いや、質問が悪かった、どう思ったのか、感じたのかと聞いたのだが」 ひより「どう思った……っスか?」 私は思わず聞き返してしまった。佐々木さんの質問の意図が全く分らなかった。 すすむ「大概、変身の姿の見た人間は失神するか、逃げるか、半狂乱になるのが普通だ、それなのに君はまなぶを抱いて家まで運んでくれた」 ひより「う~ん、見た時は確かに驚きましたけど、つかさ先輩の話がクッションになってくれたのかな、それとも悪夢を見たのが幸いしたのか、そんなには成らなかったっス」 佐々木さんは溜め息を付いてから話しだした。 すすむ「半狂乱になるくらいならまだ良い方だ、人間は自分の理解出来ないものを排除する傾向があるみたいでね、攻撃をしてくる者もいたのだよ、まなぶを見て分るように 我々は狐に戻った瞬間が一番弱い、攻撃されれば終わりだ、それ故に最高機密としていた、君のように冷静でいられる人間は希なのか」 佐々木さんの質問の意図が分った。これはお稲荷さんの存亡に関わる内容なのかもしれない。 ひより「難しいっスね、私の様な人が私以外に居ないのでなんとも言えない……でも、見たものをそのまま現実として受け入れられるかどうかが鍵になると思います、 私は、趣味のせいで見たものをそのまま模写する癖がありまして、そのせいかも知れません」 もっとも今では模写どころかだいぶ歪曲してしまっている。 すすむ「そうか……その君から我々はどう見える」 ひより「狐に変身出来るのを除けば私達とそんなに変わらないような気がしますけど……」 すすむ「変わらない……か」 佐々木さんの顔が曇った。 ひより「も、もしかして気に障りましたか、すみませんっス……」 今のはまずかったか。星間旅行が出来るまで発展した文明の星から来た人に対して言う言葉では無かった。 すすむ「ふ、ふふふ、その通りだ、変わらない……どうやら私は心の奥底では君達を未開の種族と見下していたのかもしれないな」 笑いながら話す佐々木さんだった。 すすむ「田村さん、君とはもっと早く出会いたかった」 これって私を褒めているのかな。あまり良い回答とは思わないけど…… 私の家の前に車は止まった。私が降りるとウィンドーが下がった。 すすむ「この調子でまなぶの教育を続けて欲しい」 ひより「このままで良いのなら、てか、他にしようが無いっス」 佐々木さんは笑った。 すすむ「おやすみ」 ひより「ありがとうございました」 佐々木さんの車は走り去った。 私は部屋の中で今日の出来事を振り返っていた。やはり何と言ってもまなぶが狐の姿になる場面が何度も鮮明に頭の中に蘇ってくる。 駅に着いたら直ぐに無言で公園に向かった。苦しそうだったし無言だったらトイレかと思っていたら予想を遥かに上回る出来事が起きた。 彼の体が淡く白い光に包まれたと思うとどんどん小さくなっていって、犬のような姿になってから狐になった。漫画やアニメで見たような…… 正直いって佐々木さんの言うようにその場から逃げたい気持ちになったのは確かだった。 狐に戻ったまなぶはその場に倒れて動かなかった。公園の裏とは言え人の出入りはゼロではない。見つかればあの時と同じようにいじめられるかもしれない。 放っておけない。そっちの気持ちの方が大きかった。 この気持ちはまつりさんがコンの世話をしていた時と同じ気持ちなのだろうか…… さてと。 『カチ』 ボイスレコーダーの再生スイッチを押した。寝る前に、この前のまつりさんの録音を再生して纏めるつもりだった。 『見てしまったね……』 佐々木さんの声……あ、あれ? これはこの前再生したものではないか。 ボイスレコーダーを手に取り表示を見てみた。なんてことだ、メモリが一杯になっていた。このレコーダーを買った記憶は私には無い。 そのせいかもしれないけどどうも操作が慣れない。この前のまつりさんとの会話は思い出しながら纏めるか…… 『ガサ・ガサ』 再生停止をしようとした時だった。物音が録音されている。 そうか。私はあの時録音ボタンを押したままレコーダーを仕舞ってしまったみたい。それでメモリが一杯になっていたのか。買ったばかりで不慣れだったみたい。 この音は……私を佐々木さんが運ぶ音だろうか。私は音からどんな状況なのか想像しながら聞いていた。 『ピッ、ピッ、ピッ』 電子音が響いた。他の音は聞こえなくなった。きっと佐々木さん家の中なのかもれない。 『……私だ、君の言うように来てしまった……そうか来るのか……待っている』 あの電子音は電話のボタンを押す音だった。佐々木さんの声、誰かと話している。君の言うように……これって、私が佐々木さんの家に来たのを予想した人が居るってこと? いったい誰だろう。 あの会話だと佐々木さんの家に来るみたいだ。もしかしたらその人と佐々木さんの会話も録音されているかもしれない。早送りボタンを押して時間を進めた。 『ピンポーン』 呼び鈴の音がしたので早送りを止めた。 『大丈夫、眠っているだけだ、安心しなさい……』 佐々木さんの声、眠っているのは私に違いない。 『本当に記憶を消していいのか、私は勧めない、万が一それが発覚したら責任は君に降りかかる、その覚悟があるのか』 音がしない。沈黙が続く、迷っているのか来訪者は黙っていた。 『はい、構いません、お願いします』 その声は私が良く知っている声だった……ゆーちゃん…… 佐々木さんと話していてどうも違和感があったけどこれで理解できた。佐々木さんはバレないようにゆーちゃんを庇ったから話しに違和感があったと私は思った。 それに佐々木さんはこのレコーダーを気にしていた。さっきの会話を聞かれたかどうか心配だったのか。最後まで聞くべきだった。 佐々木さんは私の記憶を消すつもりは無かった。記憶を消したのはゆーちゃん…… ゆーちゃんが私の記憶を消したのは何故だろう。 あの話しぶりだと既にゆーちゃんは佐々木さんがお稲荷さんだと知っている。おそらくコンの正体も知っている。 それは理解できるけど何故…… そういえばゆーちゃんは以前、私がコンの話しをしたら『そっとしておこうよ』って怒った事があった。 私はゆーちゃんにとって邪魔だったから…… 何の邪魔だったのかな……知りたい……それはゆーちゃんにとって知られてはいけないものなのか。 私の知っているゆーちゃんとはこんな事はしないし、出来ないはず。お稲荷さんに強制された訳じゃない。その逆、ゆーちゃん自ら私の記憶を消すように頼んでいた。 ……考えても先に進まない。これは直接聞くしかない。 しかし、私の記憶を消すくらいだから、そう簡単には教えてくれないだろう。どうする…… 時計を見るともう日が変わっていた。 あっ、もうこんな時間か……一度寝て少し落ち着こうか。 次の日、 大学の講義が終わり私は寄り道もせず泉家に向かった。アポは取っていない。その方が聞きやすいと思ったから。ゆーちゃんに弁解の機会を与えないで 真実のみを話してもらう。これがアポなし訪問の理由。もっとも居なければ出直すしかない。 さて……居ますように。 呼び鈴を押すとおじさんが出てきた。 そうじろう「おや、田村さんだったね、ゆーちゃんなら今帰ってきた所だ」 これは幸運だ。心の中でガッツポーズをした。 扉を全開にして私を通してくれた。 そうじろう「ゆーちゃん、お客さんだぞ」 ゆーちゃんの部屋に向かって大声で呼んだ。 暫くすると部屋からゆーちゃんが玄関にやってきた。 ゆたか「ひ、ひよりちゃん、どうしたの……急に……」 驚くゆーちゃん。この驚きは何を意味するのだろうか。 ひより「ちょっと取材でこの近くに寄ったものだから、居なければ帰るつもりだった」 ゆたか「そうなんだ、それじゃ私の部屋に来て」 ひより「お邪魔します」 靴を脱ぎゆーちゃんの後に付いていった。 そうじろう「後でお茶でも持って行こう」 ひより「有難うございます」 ゆたか「あっ、私がしますから」 そうじろう「それじゃ、そうしてくれ」 おじさんは自分の部屋に戻っていった。 部屋に入るとゆーちゃんは部屋を出て行った。しばらくするとお茶とお茶菓子を持って帰ってきた。 ゆたか「取材の帰りって言っていたね、もしかして漫画を再開したの?」 そうだった。コミケ事件から描いていなかった。でも、話としては入りやすい。まさかゆーちゃんからこの話を振ってくるとは思わなかった。 ひより「うん」 ゆたか「そうだよね、やっぱり好きな事をするのって一番楽しいから、それでなんの取材をしていたの」 ひより「コンの記憶が戻る過程の取材」 ここは嘘を付いても意味が無い。それにゆーちゃんの反応も見てみたい。 ゆたか「えっ、そ、それって、柊家の取材でしょ、だ、ダメだよ、また知り合いをネタにしたら、あの時どうなったか分かっているでしょ?」 動揺するゆーちゃん、一見私を心配しているようだけど、裏を知ってしまうとまた違って見えてしまう。 ひより「ふふ、その点は大丈夫、かがみ先輩のお墨付き、泉先輩が介入しないなら良いって言ってくれた」 ゆーちゃんは黙ってしまった。嘘を言っていないから私的に気は楽だけどゆーちゃんから見れば気が気じゃないよね。 これで大体分かったけど核心に触れなければ私の気が治まらない。鞄からボイスレコーダーを取り出した。 ゆたか「なに?」 首を傾げるゆーちゃん、私は再生ボタンを押してゆーちゃんの目の前に置いた。 『○月○○日、晴れ、町を歩いているとたい焼き屋さんを発見した、どうやら新規オープンしたようだ、手持ちは……準備していなかった、 一個分のお金しか持って来ていない、さて、たい焼きの中身を何にするか……』 あ、な、なんだ、ち、違う。 ゆたか「……そうだよね、そうゆう時って悩むよね……私だったら……」 ひより「ちょ、ちょっと待って、今のは違うから」 ボイスレコーダーを取り再生トラックを変えた。ゆーちゃんが慌てている私を見て笑っている。しくじった。 『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』 ゆーちゃんの顔が厳しく豹変した。顔色が見る見る青くなっていく。ボイスレコーダーは最後にゆーちゃんの声を再生した。 『はい、構いません、お願いします』 再生が終わると私はボイスレコーダーを鞄に仕舞った。 ゆーちゃんは俯いたまま何も話さない。あまりに決定的な証拠を突きつけられて何も言えなくなってしまったのだろうか。 私はゆーちゃんの言葉を待った。だけどその言葉はこのままでは聞けそうにない。ちょっとダイレクト過ぎたかも。 ひより「私ね、この録音を途中までしか聞いてなかった、だから私は佐々木さんに会いに行ってきた、そこで佐々木さんは紳士的に対応してくれた、 もちろん自分の正体も教えてくれたし、コンの話もしてくれた、残りの録音の昨日聞いた……それで佐々木さんはゆーちゃんを庇っていたのに 気が付いた、だからこうして私はここに来た、私の記憶を消したのはゆーちゃんだよね……どうして?」 口を噛んでいるように硬く閉じて開こうとしない。そんなに私に知られたくない内容なのだろうか。私は怒っていない。それは私の表情からも分かるはず。 あまりこんな事はしたくないけど。ゆーちゃんのかたくな態度を見るとせざるを得ない。 ひより「これがもしみなみちゃんだったら、同じ事をしていた?」 ゆたか「そ、それは……」 話そうとしたのも束の間、口が開いたがまた閉じてしまった。私は暫く真面目な顔でゆーちゃんを見ていた。 ひより「ふふふ、その姿、泉先輩と同じだね」 私は笑った そう、これはコミケ事件の場面でかがみ先輩が私を尋問する時に使った手法だ。厳しい態度を見せておいてから一転して砕けた笑顔。 かがみ先輩がそれを意識していたかどうかは分らない。こんなのは大学でも教えていないだろうし、そもそもそんな手法があるのかどうかさえ知らない。 だけど少なくとも私には効果があった。それをそのままゆーちゃんに試したのだった。それに私はかがみ先輩の様な笑顔はつくれない。上手くいくだろうか。 ゆたか「お、お姉ちゃんと……同じ?」 驚きながらも意味が分らないのか首を傾げて聞き返してきた。私は頷いた。 ひより「今、ゆーちゃんのしている事は、あの時の泉先輩と同じ、私はそう思う」 ゆたか「あ、う……」 よっぽど話したくないのか、目が潤んできてしまった。肩が震えているのが分る。 私もこれ以上責めるつもりは無い。それに付け焼刃の試みも失敗に終わった。 ひより「分った、ゆーちゃんが話してくれないのなら、もう聞かない、私は私のしたい様にするから、ゆーちゃんもしたい様にすればいいよ」 私は立ち上がり部屋を出ようとした。私は怒っていない。むしろゆーちゃんが隠し事をしているのが新鮮でとても興味があった。高校時代ではまず在り得なかった。 ゆたか「私……お稲荷さんを知っていた……」 ボソボソと話しだすゆーちゃん。私は立ち止まった。短いけどこれだけ話してくれただけでも嬉しい。私は振り返ってゆーちゃんの前に座った。 ゆたか「ごめんなさい……私、取り返しのつかない事をしちゃった……」 ひより「そうだね、そのおかげで私はボイスレコーダーを買った事実さえ忘れてしまった、何が録音されているかもね、それに、未だに操作が覚束ないよ、このレコーダーが 私の物って実感がない、だからゆーちゃんの所に来た」 ゆーちゃんは何か吹っ切れたように話しだした。 ゆたか「佐々木さんが言っていた、一つの記憶だけをピンポイントで消せないって……関連している記憶も消えてしまう可能性があるって……私、もしかしたら、 ひよりちゃんにとってもっと大切な記憶を奪ったかもしれない……」 ひより「ふふ、今度消されたらゆーちゃんやつかさ先輩の記憶まで消えちゃうね」 ゆたか「も、もう、そんな事しないよ……出来ないよ……」 私が笑うとゆーちゃんの目から大粒の涙が零れだした。そんなにしてまで私から何を隠そうとしていたのだろう。今ならそれも問い詰められそうだけど、 泣いている姿を見ているとやり難い。それに、あのかがみ先輩ですら泉先輩をあれ以上問い詰めなかったのだから。 ひより「佐々木さんの正体、何時知ったの?」 ゆーちゃんは少し落ち着きを取り戻した頃話し始めた。 ゆたか「整体院に通うようになって直ぐ……私がその日の最後の患者の時だった、治療が終わって外に出たら次回の予約を取っていないのに気が付いて、急いで戻ったて 診療室のドアを開けたら……佐々木さんの姿が……狐の姿に……なっていくのを見てしまった」 まだ少し泣き声が混ざりながらだった。 通うようになって直ぐ……私達がレストランかえでに行く前じゃないか。ゆーちゃんはつかさ先輩からお稲荷さんの話しを聞く前に既に知っていたのか。 ひより「それで……逃げたの?」 ゆーちゃんは首を横に振った。 この時のゆーちゃんの行動にすごく興味を引かれた。 ゆたか「恐かった……恐かったけど、逃げさすほど恐くなかった、多分佐々木さんの方がもっと驚いたのかもしれない、私を見るなり机の下に隠れてしまって……」 私の見ていた夢が消えた記憶の断片なら私はあの時逃げようとしていた。条件は同じなのに。 ゆたか「私は佐々木さんに向かって、「ごめんなさい、突然開けてしまって」……そう言ったら、机の下からゆっくり出てきてくれた、 狐の姿だと言葉が喋られないみたいで……何を私に言いたいのか理解できなかった、だから、私は明日来ても良いですかって言ったら頷いてくれた」 ひより「す、凄いね、狐になった佐々木さんに声を掛けられるなんて、よっぽど勇気がないとそんな事できないよ……ゆーちゃんを見直しちゃったよ」 これは素直に感心するしかなかった。ゆーちゃんは照れ気味なのか顔が少し赤くなったように見えた。 ゆたか「次の日、佐々木さんは全てを話してくれた、佐々木さん達は遠い星から来た人だって、それも数万年も前、事故が原因で帰れなくなったって言っていた」 ひより「数万年前、そんなに昔……そこまで私は聞いていなかった、凄い昔、確か調査で来たって言っていたけど……調査に来るって事は、やっぱり地球は珍しい星だったね」 ゆたか「うんん、地球みたいな星は結構いっぱい在るって言っていた、ここに来る前にも100個くらい調査したって言っていたよ」 ひより「百個……」 この星もそんな有り触れた星に過ぎないのだろうか…… ゆたか「あっ、でも、文明をもつ星は珍しいって、少なくとも調べた星では一個も無かったって」 ひより「い、いや、数万年前じゃ、私達も文明なんてレベルじゃ無かったよ」 ゆたか「そうだよね、人間をもっと早く知っていれば狐にならなくて済んだって言っていた」 ん、ちょっと待て、ゆーちゃんの話しは具体的でなんか実際に見てきた様な言い方だよね。まさか…… ひより「佐々木さんって何歳なの、その話しを聞いていると当時から居るような気がしてならないよ」 ゆたか「うん……当時からずっと生きているのは佐々木さんを含めて三人だけになったって……凄いよね……私達から見ればやっぱりお稲荷様だよ」 ひより「それじゃ、コンがお稲荷さんって言うのも知っていたの?」 ゆたか「……うんん、始めは気が付かなかった……佐々木さんの整体院で一回もコンちゃんには会っていなかったから……佐々木さんに話してどうやってコンちゃんを引き取ろうか いろいろ話し合って……でも皆には秘密にしたいから……」 秘密にしたいからコンの迷子のポスターを作るなんて言ってしまった。でも私はどんどん調べていくから記憶を奪おうなんて考えた。 私の頭の中の整理が付いた。 ゆーちゃんの話しは興味をそそるものだった。SFに興味ない私が聞き入ってしまうくらい。 お稲荷さんは仲間に連絡を取るために人間に知識を教えた事もあった。だけどその知識の為に人間同士争いってしまい文明が滅びてしまった。 それの繰り返し、それで人間から疎まれはじめて、追われて、逃げて……千年くらい前に日本に住むようになったそうだ。 お稲荷さんは約二十名が生き残って細々と暮らしている。殆どはつかさ先輩の居る町の神社に住んでいると。 佐々木さんの様に人間と一緒に生きているのは極少数、お稲荷さんをやめて人間になってしまった人も居ると言っていた。 それだったら最初から人間になっちゃえば良い。なんて思ったりもするけど、物事はそんなに単純じゃない。 何千年、何万年も生きられる事で私達には分らない良い何かがあるに違いない…… もっとも、たかだか二十年そこそこしか生きていない私が考えた所で分るはずも無い。 ゆたか「コンちゃんの教育係?」 私は頷いた。ゆーちゃんの話が終わると今度は私が今までの経緯を話した。ゆーちゃんは食い入るように私の話しを聞いていた。 ひより「昨日行ってきたけど……まぁ、子供と言うのか、笑っちゃうくらい」 ゆたか「そ、そうなんだ……」 ゆーちゃんは少し寂しそうな顔になった。 ひより「ん、どうしたの?」 ゆたか「え、あっ……佐々木さんは私にコンちゃんの話しはしなかったから……私ってまだ子供なのかな……」 ゆーちゃんがこんな事言うなんて……ゆーちゃんも教育係をしたかったのだろうか。 ひより「そうかな、佐々木さんは私にゆーちゃん程詳しく自分達の話しをしてくれなかったから……同じじゃないかな?」 ゆーちゃんはあまり納得していなかった様子だった。私は話しを続けた。 ひより「それで今度、柊家に彼を連れて行く」 やたか「えぇ、それって、正体を話しちゃうって事、だ、ダメだよ」 身を乗り出して迫ってきた。 ひより「い、いや、そうじゃなくて、まばぶさんがまつりさんにお礼を言いたいって言うから……勿論、正体なんかばらすつもりは無いよ、いきなりコンはお稲荷さんで、 人間に化けて来ましたよ、なんて言ったって信じてくれるわけ無いから」 ゆーちゃんは私から離れてホッと胸を撫で下ろした。 ゆたか「そうした方が良いよ……まつりさんにお礼……もしかして、コンちゃんは……まつりさんの事……」 ひより「そうだね、愛している……とは言えないけど、少なくとも好意は持っていると思う、殆どまつりさんが世話をしたって言うから、当然と言えば当然だね」 ゆたか「……そ、そうなんだ……ねぇ、ひよりちゃん……」 今度は改まって私に迫ってきた。だけど目は私を見ていない。言い難い話しなのかな。 ゆたか「うんん、何でもない……なんでもない……まなぶさんとまつりさん……か……うまく行くと良いね」 何を言おうとしたのだろう。少し気になるけど……今は考えるのは止めよう。 ひより「ふふ、ダメダメ、きっとまつりさんの好みじゃないと思うよ」 ゆたか「そんな事ないよ、きっとうまくいくよ!!」 珍しく私のおふざけに食いついてきた。もちろんまつりさんの男性の好みなんて知らない。適当にふざけただけだった。それなのにこの食いつき様は…… これはゆーちゃんも私と同じような状況にあると思って良い。 『よし!』 頭の中で気合を入れた。 ひより「もしかして、ゆーちゃんも誰かと誰かをくっ付けたい、なんて思っていない?」 ゆたか「えっ!?」 ゆーちゃんの表情が固まった。図星だ。この状況から察するに答えは自ずと導き出される。 ひより「ズバリそれは、佐々木さんといのりさん……」 ゆたか「え、え~ど、ど、どうしてそれを……」 動揺してどもってしまうゆーちゃん、やっぱりゆーちゃんは嘘を付けない。ちょっとだけホッとした。 ひより「佐々木さんがコンを引き取りに来た時、佐々木さんといのりさんが良い雰囲気だったのを思い出したから、もしかしたらと思ったのだけどね」 暫くするとゆーちゃんは納得したように落ち着きを取り戻した。 ゆたか「ひよりちゃん凄い……あの時そこまで気が付かなかった、鋭い洞察力だね」 ゆーちゃんにまで同じ様に褒められるとは。流石に照れてしまう。 ひより「それで、お二人はどこまで進んでいるのかな~?」 調子に乗った私はまたちょっとふざけ気味になった。ゆーちゃんの顔が曇った。 ゆたか「私がいのりさんに整体院を教えてから何度か通うようになって……」 いのりさんが整体院に通う……見た所身体が悪そうに見えないけど……好きになると通いたくなるものなのかな~ 整体師と巫女の恋物語……う~ん、ちょっといやらしいかな、いや、そう思う私がいやらしいのかもしれない……でも、もっと良い題名付けられないかな…… ゆたか「ひよりちゃん……聞いている?」 ゆーちゃんの声に我に返った。 ひより「は、はい、 なんでしょうか、佐々木さんが通うようになった……はい、次お願いします」 ゆーちゃんは頬を膨らませて怒った。 ゆたか「やっぱり聞いてない……」 やばい、やばい、妄想が止まらなくなってしまう。いつもの癖が出てしまった。私はゆーちゃんを見て集中した。 ゆたか「……いのりさんが佐々木さんに好意を持っているのは私もそこで分ったのだけど……佐々木さんの方がいのりさんを避けているような感じがする…… 何とかしたいのだけど、私の力ではどうする事も出来ない……何か良い考えがないかな……」 ひより「う~ん」 両手を組んで考え込んだ。これは難題だ。そもそも恋愛は私の得意分野ではない。いや、そもそもこうすればこうなるみたいな方程式なんか無い。 それが恋愛…… まなぶとまつりさんも同じ。それはつかさ先輩と相手のお稲荷さんも然り。 ひより「ごめん、私もそれに関しては全くのノーアイデア」 ゆーちゃんは沈んだ顔になった。もしかして、ゆーちゃんはこの恋愛の為に私の記憶を消したのかもしれない。 そうだ、そうに違いない。それしか考え付かない。自分だけで解決したい……そうか。無理しちゃって…… ひより「まなぶとまつりさんを会わせてそのまままつりさんがまなぶを好きになってくれれば私は何もする事がない、でもそう簡単にはいかないと私も思っている、 こうして片足を突っ込んだからには何とかしないと、お互いにね、ゆーちゃんもそう思っているでしょ?」 ゆたか「それじゃ……ひよりちゃんも?」 ひより「恋って他人がどうこうするものじゃないって言うのは認識しているけど、相手がお稲荷さんだとやっぱり放っておけない」 ゆーちゃんは当然と言わんばかりに相槌を打った。 ゆたか「このまま私はいのりさんと佐々木さんを担当するから、ひよりちゃんはまつりさんとコンちゃんをお願い」 ひより「うん」 さて、ゆーちゃんと話してほぼ目的を果たした。でも、もう一つ決めておかないといけない事がある。 ひより「……みなみちゃんにはどうやって説明するか、それが問題だね」 突然ゆーちゃんの顔が豹変した。 ゆたか「みなみちゃ……みなみには話す必要なんかないよ」 ひより「へ?」 私は呆気にとられた。どう言うことなんだ? ゆたか「ひよりちゃん、この話しはみなみに話したらダメだから、約束して」 いつになく強い口調だった。 ひより「……約束するのは構わないけど、みなみちゃんと何かあったの」 ゆたか「ひよりちゃんには関係ない事だから……」 言葉のトーンが少し下がった様な気がした。関係ないと言われても関係ないはずはない。 ひより「もしかして、喧嘩でもしたのかな」 ゆたか「もうその話しは止めて!」 ひより「う、うん、もう話さないよ」 また強い口調になった。どうやら喧嘩をしたのは確かなようだ……そういえば泉先輩を見送った後、かがみ先輩がそんな話しをしたっけ。 私には気が付かなかったけど、かがみ先輩の方が私より鋭い目を持っているのかもしれない。 喧嘩とはまた厄介な問題だ。 ゆーちゃんはああ見えて一途な面をもっている。みなみちゃんはちょっと言葉足らずな所があるから今まで喧嘩をしなかったのが不思議だったのかもしれない。 やれやれ、これも私がなんとかしないとならいみたいだ。 ゆたか「あっ、もうこんな時間、もう遅いし、夕ご飯を食べていかない?」 いつものゆーちゃんに戻った。 ひより「え、私は……」 ゆたか「遠慮しないで、いつも二人で寂しいから、おじさんもきっと喜ぶし、ね」 ひより「……それではお言葉に甘えまして……」 なんだろう、ゆーちゃんにこんな二面性があったなんて、これもツンデレの一種なのだろうか。いや、みなみちゃんと何があったからかもしれない。 でも喧嘩なんてどっちもどっちって落ちが殆どだし…… 取り敢えずまなぶと会う前にみなみちゃんに会う必要がありそう。 夕食はゆーちゃんとおじさんを含めた三人で食べた。おじさんは泉先輩の話しかしなかった。ゆーちゃんは何故かつかさ先輩の話しが中心になっていた。 その合間を縫うように私は雑談をした。やっぱりなんだかんだ言って泉先輩が抜けたのはこの家にとって大きな出来事だったのだろう。 そんな気がしてならなかった。 話しは長くなりすっかり夜も遅くなってしまった。おじさんの車でゆーちゃんが家まで送ってくれると言うので送ってもらう事になった。 ひより「家に連絡をとって兄に迎えに来てもらうよ」 ゆたか「うんん、引き止めたのは私だし、気にしないで」 ゆーちゃんは車のロックを解いた。 ゆたか「どうぞ」 私は助手席に乗った。そういえばゆーちゃんの車の運転は初めてだった。ゆーちゃんは運転席に乗りシートベルトを締めた。ゆーちゃんは私の方をじっと見つめた。 ひより「はい?」 ゆたか「シートベルト」 ひより「あ、そうだった」 私はシートベルトを締めた。その瞬間、ゆーちゃんの目つきが鋭くなった。道路の向こうの一点を凝視する目、獲物を狙う猛禽類そのものだった。 ひより「え、な、何?」 戸惑う私を尻目にゆーちゃんはサイドブレーキに手をかけた。 ゆたか「いくよ!!」 『ヴォン!!』 エンジンが爆音を上げた。 嗚呼……ゆーちゃんは成実さんと同じ血が流れているのを忘れていた。隣に座っているのは紛れもなく成実さんの妹であった。 その後の私はゆーちゃんのドライブテクニックを嫌と言うほど味わう事となった。 数日後私はみなみちゃんに連絡を取った。するとみなみちゃんの方から私の家に出向くと言ってきた。私はすぐに了承をした。 さて、みなみちゃんを呼んだのは良いけどどうやって話せば…… ゆーちゃんは昨日の話しはするなと言う。曲がりなりにも約束をしたからにはうかつには話せない。 みなみ「急用は何?」 ひより「え、えっと……」 ここに来て口篭る。みなみちゃんはゆーちゃんと一緒に居たから気兼ねなく話せたけど、こうして二人きりだと話しのペースが掴めない。 どうやって切り出すか。みなみちゃんはまごまごしている私を不思議そうに見ていた。ここ単刀直入にいくしかなさそうだ。 ひより「最近、ゆーちゃんと喧嘩していない?」 みなみ「ゆたかと……喧嘩」 復唱するとそのまま黙ってしまった。ゆーちゃんと違って表情からは何も分らない。 ひより「泉先輩の引越しの見送りに来なかったでしょ、泉先輩が出発した後ね、ゆーちゃんが……」 みなみ「あの時は用事があったから……」 私の話しに割り込んで来た。 ひより「みなみちゃんの話しはしたくないって……数日前だよ、本当はゆーちゃんもここに連れてきて一緒に話しをさせたいくらい」 みなみ「……その必要はない、あんな分らず屋といくら話しても結果は同じ」 ひより「ちょ……みなみちゃん……」 みなみちゃんとは思えないセリフだった。事態は思ったより深刻そうだ。 みなみ「ひよりは聞いたの、佐々木さんといのりさんの話しは……」 ひより「えっ!?」 まさかその言い方からするとみなみちゃんも話しを聞いているって事なの? みなみ「お稲荷さん、あえてそう言わせてもらう、彼らはつかさ先輩、かがみ先輩の命を奪おうとした、そんな人達といのりさんを一緒にさせるなんて正気の沙汰とは思わない」 ひより「人間もいろいろ居るのと同じ、お稲荷さんだっていろいろ居る、佐々木さんは私が見た所普通の人と同じ思考だと思う、いや、普通の人より理性的、 一緒に考えちゃダメだよ」 みなみちゃんはお稲荷さんの事を良く思っていない。つかさ先輩の話しを聞いていた時は感動している様にみえたのに…… みなみ「みゆきさんは言った、人は人意外愛せないって……まして彼らは他の星から来た者、愛し合うなんて出来るはずない、ゆたかのしようとしている事は悲劇しか生まない」 う、確信を付いてきた。確かに普通に考えるとそうかもしれない。でも、何故、みなみちゃんは心変わりしてしまったのかな。高良先輩の名前が出てきたけど…… そうか、高良先輩の影響をもろに受けてしまったみたい。高良先輩もお稲荷さんを良く思っていないって泉先輩が言っていたのを思い出した。 みなみ「ひよりからも止めるように言って欲しい……」 急に悲しい顔になった。喧嘩をしていてもゆーちゃんを心配している。そこは変わっていないみたい。なんかホっとした。 でも、みなみちゃんの言っている内容はそのまま私がしようとしている事に対しても止めろと言っている様に聞こえる。 ゆーちゃんはこうなるのを分っていて話しをするなって言ったのかな。 ひより「私は……止められない、正しいのか、間違っているのか、私には分らないけど、これだけは言える、好き合っているなら良いんじゃないの」 みなみちゃんは私を鋭い目で睨みつけた。 みなみ「……ゆたかはそんな不確かな感情で動いている、遊びで二人を弄んでいる、それこそ佐々木さんの怒りを招くだけ……」 ひより「あ、遊び……」 みなみちゃんは立ち上がって身支度をし始めた。 遊びだって……私はそんな浮ついた気持ちでまつりさんとまなぶを会わせようなんて思っていない。胸が熱くなった。込み上げる感情を抑えられなくなった。 ひより「違う、違うよみなみちゃん」 みなみちゃんは身支度を止めた。 みなみ「違う?」 ひより「そうだよ、私は命を懸けて佐々木さんの所に行った、それを遊びだなんて言わないで、私は……私は、少なくと私は間違っていないと思うから、二人を会わせて、 その後は二人で決める、それだけだよ、無理強いなんかしないし、させない、切欠を与えるだけ、それでもダメなの?」 みなみ「な、なにを言っているのか分らない、私はゆたかに言っているのに、なぜひよりがムキになる……」 私は我に返った。しまった。思わず自分に言われているような気がしてしまった。そんな私を見てみなみちゃんは微笑んだ。 みなみ「ひよりが趣味以外で熱く語るのを初めて見た……ゆたかが羨ましい」 みなみちゃんは身支度を終えると部屋を出ようとした。 みなみ「私は手伝えない、だけどひよりが正しいと思うならゆたかを助けてあげて……お邪魔しました、帰ります」 みなみちゃんは部屋の扉に手を掛けた。 ひより「もし、真奈美さんが生きていたら、きっとつかさ先輩の友達……親友になっていたよね、うんん、もうとっくに親友だった、二人はお稲荷さんと人間だよ…… だから私も同じ様に……」 一瞬動作が止まったけど、そのまま玄関の方に向かい、家を出て行ってしまった。 ゆーちゃんとみなみちゃんの仲直りすら誘導できないなんて……みなみなちゃんの言うように私達は間違っているのかな…… いや、成功させれば誰も文句は言わない。ゆーちゃんの為にも成功させてみせる。 私達は柊家に向かっていた。 ひより「打ち合わせの通りお願いね、シミュレーションを忘れないように」 まがぶ「分った……」 それから一週間後、二回目のまつりさんの取材の日になった。今度はまなぶと一緒だ。まつりさんがどんな行動をするか事前にシミュレーションをしておいた。 万全には万全を、少しでもまなぶの好感度を上げておきたい。あれ、まなぶの表情が硬い。 ひより「まなぶさん、まだ会ってもいないのに緊張しちゃダメ」 まなぶ「分っている、分っているけど、人間として会うのは初めてだ、私を見てどう思うだろう?」 ひより「……私はまつりさんじゃないから分らない、あまり気取らないで自分らしくいくしかないと思う」 この程度のアドバイスしか出来ないとは我ながら情けなくなる。 まなぶ「……家が見えてきた」 ひより「まつりさんには私のアシスタントも同行するって言ってあるから」 まなぶは手の平に人と三回書いて飲んでいる……そんなおまじないで緊張が解けるわけ……まさかお稲荷さんがその起源? 確認をする間もなく柊家の玄関の前に着いた。 ひより「それでは行きます……」 私は呼び鈴を押した。暫くすると扉が開いた。 かがみ「いらっしゃい、待っていたわよ……」 私の隣にいるまなぶをかがみ先輩がじっと見た。かがみ先輩にはまなぶの正体はまだ言っていない。取材が終わったら話すつもりでいた。 かがみ「……貴方が田村さんのアシスタントね……」 ひより「はい、大学の同級生でまなぶと言います」 まなぶ「よろしくお願いします!」 まなぶは深々と頭を下げた。 かがみ「取り敢えず中に入って、まつり姉さんが買い物から帰ってこないのよ……」 ひより「はい」 私達は家の中に入った。 かがみ「居間で待っていて、直ぐに呼ぶから」 かがみ先輩は携帯電話を取り出した。 まなぶは何の迷いもなく居間に向かって歩き出した。しまった。まなぶはこの家は初めての筈、だ、だめだよ。私は小走りでまなぶの前になって居間に進んだ。 ひより「家に入ったら勝手に歩いたらダメって言ったでしょ?」 私は彼の耳元で囁いた。 まなぶ「あっ、そうだった、ごめん、狐の頃を思い出してしまった、今度から気を付けるよ」 まなぶも小声で囁いた。これじゃ先が思いやられる…… かがみ先輩は携帯電話でまつりさんと会話をしている。おそらくさっきは見られていない。 かがみ「そうなのよ、もう彼女達来ているわよ」 …… かがみ「忘れていたって……ちょ、姉さんしっかりしてよ、今どこに居るの?」 …… かがみ「それじゃ直ぐ戻ってきて……急いで!!」 かがみ先輩は携帯電話を仕舞うと居間に来て私達の前に座った。 かがみ「ごめんね、姉さんすっかり忘れたみたい、急いで戻ってくるから少し待っていて」 ひより・まなぶ「はい」 かがみ先輩は私の隣に座っているまなぶをじっと見つめた。 かがみ「ふ~ん、成る程ね……」 かがみ先輩は腕を組み納得する様に二度頷いた。 ひより「なんでしょうか?」 かがみ先輩はまなぶを指差し言った。 かがみ「あんた、コンじゃない?」 ひより・まなぶ「ふえ?」 あまりに唐突で、的を射た発言に私達二人は奇声を上げるしかなかった。そんな私達を見てかがみ先輩は笑った。 かがみ「図星みなたいね」 ひより・まなぶ「ど、どうして分ったの?」 かがみ「コンは人の顔を見る時、二回瞬きをする、そのタイミングと間隔が全く同じだった」 まなぶは慌てて両手で目を隠した。それを見たかがみ先輩はまた笑った。 ひより「そ、それだけで、たったそれだけで分ったのですか?」 かがみ「勿論それだけじゃ分らない、田村さんのいままでの行動や、私の体験、つかさの話しとかを総合的に考えてね……今は私しか家に居ないから 思い切って聞いてみたのよ、仮に違っていても彼にさんにとっては意味不明な会話になるから問題ない」 ひより「まいったなぁ~そこまで考えた上の質問だったっスか……私からはもう何も言う事はないっス」 まなぶ「ま、まずい、これじゃまつりさんにもバレしまう……は、早く帰ろう……」 慌て始めたまなぶを見てまたかがみ先輩は笑った。 かがみ「ふふ、まつり姉さんは分らないわよ、お稲荷さんの話しを知らない、仮に知っていたとしてもまなぶさんとお稲荷さんを結びつけるような思考はないと思う、 田村さんみたいに想像力がある人じゃないと理解できないわよ」 ひより「そ、そうですか」 これって、褒められているのだろうか…… 急にかがみ先輩は真面目な顔になった。 かがみ「それはいいとして……なぜ連れてきたの、コンの話しをするのに本人を連れてくるなんて……もっと相談くらいはして欲しかった」 私とまなぶは顔を見合わせた。 ひより「……これには人には話せない深い事情がありまして……」 かがみ「深いって……今更私に何を秘密にすると言うのよ、つかさ、こなた、みゆき、私はもう殆ど知っているのよ、貴女達だってつかさから聞いているでしょうに」 ひより「はい、ですから事情であります」 かがみ「事情……事情って何よ」 かがみ先輩はまなぶの方を見た。まなぶは俯いて少し顔が赤くなっている。 かがみ「……何よ、人に言えない様な恥かしい事なの……」 私達は黙った。 かがみ「……ちょっと待って、まさか、まつり姉さんを……た、田村さんちょっとこっちに来なさい」 かがみ先輩は立ち上がり居間を出た。 かがみ「まなぶさんはそこで少し待っていて下さい」 私は居間を出ると二階に上がりかがみ先輩の部屋に連れられた。部屋に入るとかがみ先輩は扉を閉めた。 かがみ「どう言う事なの、あんたまなぶさんを好きじゃなかったの」 ひより「いいえ、私は別に好きでもなんでもないです、あの時は否定するほどかがみ先輩が勘違いされるものですから……」 かがみ先輩は自分の間違えに気付いたせいか少し照れてしまっていた。 かがみ「そ、そうだったの……そ、それなら別に問題はないけど……それにしても、選りに選って……まつり姉さんなのか……」 私は頷いた。 かがみ「確かにまつり姉さんはコンの世話をしたかもしれないけど……それはあくまで犬として、狐として見ていただけでしょうに」 ひより「それは私も彼に言いました、それでもお礼を言いたいって……」 かがみ「……あんた、何故そんなに首を突っ込む、下手をするとつかさの二の舞になるわよ……」 みなみちゃんと同じような言い方だ。 ひより「もう突っ込んでしまっていますから、私が何もしなくてもまなぶさんはきっとまつりさんに会おうとする、それならお膳立てくらいはしても良いかなって……」 かがみ先輩は腕を組んで考え込んでしまった。ここまで話したのならもう一つの話しもするかな…… ひより「あの、もう一つついでに……いのりさんと佐々木さんも同じような事をゆーちゃんがしようとしています」 かがみ「はぁ……な、なんだと、つかさといい、姉さん達といい、あんな狐に化けるお稲荷さんのどこが良いのよ」 呆れ顔でお手上げのポーズのかがみ先輩。 ひより「つかさ先輩は置いておいて、お二人はまだお稲荷さんの正体を知らないから何とも言えないっス」 『ブルブルブル』 かがみ先輩のポケットから携帯のバイブ音が鳴った。かがみ先輩はポケットを手で押さえた。 かがみ「まつり姉さんが帰ってくる……あぁぁん、もう、こんな時に限って早いんだから……もうこうなったら自棄(やけ)よ、田村さんは居間に戻って、 私もそれとなく手伝うから、どうなっても知らないわよ」 ひより「はい!!ありがとうございまス」 私は急いで居間に戻った。かがみ先輩が協力してくれるとは思わなかった。希望が湧いてきた。 居間に戻るとまなぶが心配そうな顔をしていた。 まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」 ひより「あ、ああ、何でもない、それよりまつりさんがそろそろ来るって、シミュレーション通りで行くから……」 まなぶ「分った」 言えるはずも無い、かがみ先輩が勘違いしていたなんて……わざわざかがみ先輩が部屋を移した意味がやっと分った。 まつり「ただいま~ごめん、ごめん、すっかり忘れてた~」 玄関の方からまつりさんの声がした。 かがみ「ごめんじゃないわよ、最低よ……文句は後ね、それより急いで、居間で待機しているわよ」 階段から降りてきたかがみ先輩。呆れた様子が声だけで分る。 まつり「サンキュー!」 まつりさんが居間に入ってきた。 ひより・まなぶ「こんにちは~」 まつり「こんにちは……」 部屋に入ったまつりさんは最初にまなぶに目線を向けた。 ひより「あ、紹介します、私の大学で、アシスタントをしている……」 まつり「宮本さんでしょ、話しはかがみから聞いてる」 聞いているって何を……まつりさんの顔が少しにやけているように見えた。 まつり「お似合いのカップルじゃない」 ひより・まなぶ「へ?」 居間の入り口から半身隠れてかがみ先輩が私の方を向いている。腕を顔まで上げてゴメンのポーズをしていた。ま、まさか、 『なんて事をしてくれたの!!!』 私は心の中で叫んだ。早とちり過ぎる。すんなり協力するなんて言ったのはこの為だったのか。 ひより「ち、違います、私達はそんなんじゃありません」 まつり「その必死に否定するのが余計に怪しい……」 まつりさんは笑いながら私達の前に座った。この誤解を解くのは並大抵のことじゃ出来ない…… まなぶが呆気にとられて放心状態になっている。まずい、まつりさんのペースに流されてはいけない。 ひより「あ、あのですね……」 まつり「ふふ、冗談はこれまでにして、取り敢えず自己紹介、私は柊まつり、この家の四人姉妹の次女、大学を卒業して現在は近所の工場の経理をしています」 まつりさんはまなぶの方を見ていた。さっきまでのふざけた姿とはもう違っていた。私は肘で軽く突いて合図をした。まつりさんの切り替えの早さには私も付いていけない。 まなぶ「私は宮本まなぶです、田村さんと同じ大学で学んでいます、家が遠いので佐々木整体院の佐々木さんの所に住み込させてもらっています」 まつり「佐々木整体院……佐々木さんの親戚なの?」 まなぶ「はい」 まつり「それじゃ、そこで飼っている犬のコンは知っているでしょ?」 『しめた!!』 私は心の中でガッツポーズをした。シミュレーション通りの反応だった。 嘘を付けばその嘘を誤魔化すためにまた嘘を付かなければならなくなる。嘘が嘘を呼び収拾がつかなくなり、重なっていくうちに辻褄が合わなくなりやがて嘘はバレてしまう。 私は考えた。嘘を付く必要なない。要はまなぶの正体だけを隠せば良い。 まなぶは実際に佐々木さんの家に住んでいる。居候であるのも事実。そこに何の間違えも無い。 そこで私は佐々木さんに頼んで苗字を付けてもらった。そして私の大学の学生になってもらった。佐々木さんの友人に戸籍や名簿の操作を出来る友人が居て、その人がしてくれた。 佐々木さんの友人なのだからやっぱりその人もお稲荷さんに違いない。 まなぶ「はい、コンは散歩が好きでよく佐々木さんと出かけていましたね」 まつり「ふふ、田村さん、取材なら私より宮本さんの方が詳しいかもよ」 本人なのだから彼ほどコンに精通している人はいない。 まなぶ「この度はコンの世話をしていただいてありがとうございました、遅ればせながらお礼を言わせて下さい」 まつり「どう致しまして……」 やった。お礼を言う事が出来た。これでまなぶの目的はほぼ達成された。私の目的もほぼ達成した。 まつりさんはまなぶをじっと見た。 まなぶ「何か?」 まつり「う~ん、何だろうね、初めて会うのに以前何処かで会ったような感覚……デジャビュって言うのかな」 まなぶ「私の様な人は沢山しますからね、他の人からも時より言われます」 まなぶとまつりさんの会話は私のシミュレーションでしていない領域に入った。あれほど緊張していたまなぶも自然体になっている。 まなぶとまつりさんの会話は弾み、私は会話の中に入る事すら出来ない状態だった。そんな時、まなぶは時計をちらちらと見だした。 私も時計を見てみた。そうだった。忘れていた。そろそろまなぶの変身時間が切れてしまう。 まつり「どうしたの?」 まつりさんもそんなまなぶの表情に気が付いた。 まなぶ「す、すみません、そろそろ私は帰らないといけません……」 そこにお茶とお菓子を持ってかがみ先輩が入ってきた。 かがみ「折角お菓子なので食べてからでもいいでしょ?」 まなぶ「そうしたのですが、時間がないので」 まなぶは立ち上がった。私も立ち上がった。 かがみ「田村さんも帰るの、少し話がしたいけど良いかしら?」 時間はいくらでもある。だけどまなぶが少し心配だ。 ひより「お話ですか……」 まつり「おやおや、宮本さんと一緒じゃないと淋しいのかな~」 ひより「い、いえ、そのような事はありません、でス」 またぶり返してしまった。そんな気なんか全く無いに…… まつり「それなら、私ももう少し宮本さんと話したいから、宮本さんを駅まで送っていく」 ひより「それは……」 それはまずい、もし変身が解けてしまったら…… まつり「大丈夫、横恋慕なんかしないから」 うゎ、こんな台詞が出てくるとは。これ以上こだわると誤解が膨らむばかりだ。 ひより「それでは取材は終わりで解散します……」 まつり「それじゃ行きますかな」 まなぶ「はい」 二人は楽しそうに部屋を出て行った。 まなぶ「お邪魔しました」 玄関を二人は出て行った。 かがみ先輩が居間に入ってきた。 かがみ「どうした、二人がこうなるのを望んでいたんじゃないの、それとも彼が好きだった?」 私の表情はそんな風にみえるのだろうか。 ひより「い、いいえ、彼はまだ人間に化けられる時間が短いので……それが心配なだけっス」 かがみ「……そうだったの、確かに途中で狐に戻られたら姉さん……気絶するかもしれないわね……私ってこうゆう所が分らないからダメなのよね……」 珍しく卑下するかがみ先輩。私の前にお茶とお菓子を置いた。 かがみ「悪いとは思ったけど宮本さんと姉さんの会話を聞かせてもらった……巧いわね……真実を話して核心を隠すなんて、私も宮本さんとコンが別人のような錯覚を してしまった、もしかして田村さんが考えたの?」 かがみ先輩からこんな風に言われるなんて。 ひより「隠したいのは宮本さんの正体がコンであるこの一点のみなので……そこだけを隠すだけを考えたらこうなったっス」 かがみ「……凄いわ、私の手伝いなんて要らなかった、いや、むしろ足を引っ張った……ごめんなさい……」 ひより「先輩から謝れると私も困りまス」 かがみ先輩が謝るなんて初めてみた。泉先輩と言い合いの喧嘩をよく見たけどかがみ先輩が謝る姿は一度もなかった。 ひより「ところで話しってなんでしょうか?」 かがみ「小早川さんといのり姉さんについてもっと詳しく聞きたい」 ひより「私も詳しく聞いたわけではありません、ゆーちゃんも私と同じようにいのりさんと佐々木さんをくっつけようとしているみたいで……」 かがみ「いのり姉さんが佐々木さんの整体に通っているのは知っていた、でも、それはゆたかちゃんの勧めだと思っていた」 ひより「それもあるかも知れませんが……いのりさんは佐々木さんが整体院を建築する時の地鎮祭でもう既に会っていたみだいっス」 かがみ先輩は私の話しを驚きながら聞いていた。 かがみ「運命……この言葉はあまり好きじゃない、だけど何かに導かれているようなそんな気になる、それはそれとして、田村さんとゆたかちゃんは何故人の恋愛の お節介なんかするの、普通は放っておくものよ、それにね、たとえ姉さん達が恋人になったとしてもあんた達に何のメリットもないわよ」 メリット……確かに何もないかもしれない。どうしてだろう。私は自分に問いかけた。 何も答えは出てこない ゆーちゃんの場合は何か理由はあるのだろうか……私自身が分らないのに他人の理由が分る訳がない。 ひより「何ででしょうね?」 手を頭の後ろに回して苦笑いをした。 かがみ「……呆れた、分らないでそんな事しているの……でも……そうゆうの嫌いじゃない」 ひより「強いて言えば、つかさ先輩の影響かもしれません」 かがみ「つかさの……確かにつかさが此処に居たら田村さん達と同じ様な事をしていたかもね……」 この雰囲気なら…… ひより「ところでかがみ先輩はどこまで進んだっスか?」 かがみ「わ、私にそんなお節介は無用よ!!」 相変わらず分り易い反応だった。これは恋人が居るのを認めているようなもの。それに、今はまつりさんで精一杯、かがみ先輩までは手が回らない。 ひより「どんな人なんです?」 かがみ「……私の大学のOB……法律事務所の仕事をしているわ」 ひより「社会人なんですか、どうやって知り合ったっス?」 かがみ「え、どうだったからしら……確か……彼が何か書類を大学に取りに来た時……道を尋ねてきたから……」 え、大学OBなら道なんか聞かなくて分るはず、なぜわざわざ聞くような事をしたのだろう。 かがみ「田村さん、どうかしたの?」 ひより「え、ええ、いや、大学の卒業生なら道を聞くのは不自然だと思いまして……」 かがみ先輩は今、それに気付いたような素振りで驚いていた。コンの正体を見破った人物と同じとは思えないほどの鈍感ぶり。 かがみ「そういえばそうね、どうして道なんか聞いたのかしら……」 ひより「別に考えなくても分りますよ」 かがみ「え、分るの、それだけの情報で?」 身を乗り出して迫ってきた。 ひより「最初からかがみ先輩を目当てで話して来たのですよ……簡単に言えば軟派っスね」 かがみ「え?」 突然おどおどし始めるかがみ先輩。いままで軟派された経験がないみたいだ。かがみ先輩くらいの女性なら一度や二度くらいはあっても不思議ではないのに。 う~ん、男性を避けているようにも見えない。それは高良先輩にも言えるのだが、男性の方が敬遠してしまっていたのかな…… ひより「切欠は何にしても親しくされているのなら隠す必要はないのでは?」 この話しになってから既に赤く成っていた顔が更に赤くなった。 かがみ「だ、だめよ、恥かしいじゃない……」 泉先輩が言っていたけど。かがみ先輩は恥かしがり屋だって。話し以上だなこれは。これじゃ泉先輩にいじられるのも納得してしまう。 私もかがみ先輩が同じ歳なら同じ事をしていたかもしれない。 かがみ「それよりあんたはどうなのよ、彼氏くらい居るでしょ?」 私の場合は…… ひより「ご期待にそぐえませんで……」 かがみ「はぁ、これじゃ一方的じゃない……言っておくけど、こなたにだけは言ったらダメだから」 その泉先輩から受けたミッション。泉先輩はかがみ先輩に恋人がいるのを見抜いた。私が黙っていてももう遅いかも。でも、知らぬが仏とも言うし、ここは黙っておこう。 ひより「私が黙っていてもいずれ分っちゃいますよ?」 かがみ「それでも黙っていて」 ひより「はい……」 それから私達は雑談をして過ごした。 私は一息入れてかがみ先輩が出してくれたお茶とお茶菓子を口に入れた。 ひより「ふぅ~」 やっぱり他人が淹れてくれたお茶は美味しい。 『ブ~ン、ブ~ン』 私のポケットの携帯電話が振動した。液晶画面を見ると……佐々木整体院からだ。 ひより「失礼します」 かがみ先輩に断りを入れて電話に出た。 ひより「もしもし」 すすむ『田村さんか……すまない、まなぶが失敗を……まつりさんの目の前で変身が解けてしまった、彼女はその場で倒れて私の診療所で眠っている……』 私が心配していたのが現実になってしまった。 ひより「私、そちらに行きます……何もしないで下さい、お願いします」 何もしてほしくない……私と同じように記憶を消されたら大変。万が一を考えて念を押した。 すすむ『何もしない、待っている……』 携帯を切り、ポケットに仕舞った。 かがみ「どうしたの、何かあったの?」 心配そうに私を見るかがみ先輩。事態は重大、黙っていられない。 ひより「まなぶさんがコンに戻ってしまったみたい……まつりさんの目の前で……」 かがみ「な、なんだと……そ、それで、姉さんはどうしたの」 かがみ先輩は立ち上がった。 ひより「佐々木さんの家で眠っているそうです」 かがみ先輩は両手を力いっぱいに握り締めていた。 かがみ「……私が田村さんを引き止めてしまったからだ……なんて事をしてしまったの……バカみたい……私は……つかさを助けられなかった…… まつり姉さんまでも……」 つかさ先輩を助けられなかった。何かあったのだろうか。そういえばかがみ先輩は呪われたって言っていたけど、それと何か関係しているのであろうか。 ひより「かがみ先輩は何も知らなかったから、不可抗力っス」 かがみ「私は……私は……」 私の話しを聞いていない。私も急いで佐々木さんの所に行かないとならない。 ひより「あの、私、急ぎますので、お邪魔しました」 部屋を出て玄関に差し掛かった時だった。 かがみ「待って……私も行くわ……車の方が早く着くでしょ」 かがみ先輩の手には車のキーがあった。 ひより「は、はい……」 かがみ先輩は携帯電話を取り出しボタンを押した。 かがみ「あ、お父さん、かがみだけど、急用が出来て車を借りたくて……」 …… かがみ「うんん、近くよ、こなたの家の近くだから隣町」 …… かがみ「はい、はい、分った……」 かがみ先輩は携帯電話を仕舞った。 かがみ「急ぎましょ……」 ひより「はい」 私達は玄関を出た。 ひより「つささ先輩を助けられなかったって言っていましたけど、何ですか?」 かがみ先輩の用意した車に乗ると同時に私は聞いた。かがみ先輩はエンジン掛けてゆっくり車を出した。 かがみ「ごめんなさい、今は話したくない……」 話したくないのか、それではこれ以上私は何も聞けない。 その後佐々木さんの整体院まで私達は何も話さなかった。 佐々木整体院の駐車場に車を止めると私達は玄関に向かった。整体院の入り口には休診の看板が立て掛けられていた。 呼び鈴を押すと佐々木さんが出てきた。佐々木さんは私の後ろに居るかがみ先輩に気付いた。 すすむ「君は……確か……」 かがみ「まつりの妹のかがみです」 ひより「彼女はお稲荷さんの事は知っていますので大丈夫です、入っても良いですか?」 佐々木さんはドアを開けて私達を入れてくれた。 かがみ「姉さんは大丈夫なの?」 玄関に入ると詰め寄るように佐々木さんの側に寄った。 すすむ「あまりのショックで気を失った様だ、今は静かに眠っている……診療所に行こう」 診療所に向かう途中の居間を通ると居間からゆーちゃんが出てきた。 ひより「ゆーちゃん」 かがみ「ゆたかちゃん、どうして此処に?」 ゆたか「丁度診療中だったから、突然受付の方から悲鳴が聞こえて……私と佐々木さんが受付に行ったら、まつりさんが倒れていて……そのすぐ横にコンちゃんが……」 私達は歩きながら話した。 すすむ「受付に人が居なくて幸いだった、すぐに休診にしてまつりさんを診療室に連れて行った」 佐々木さんは診療室のドアを開けた。 すすむ「どうぞ」 診療室のベッドでまつりさんは静かに眠っていた。そのベッドの直ぐ横に狐の姿になったまなぶがまつりさんを見守るように座っていた。 かがみ「まつり姉さん……」 かがみ先輩は駆け寄ってまつりさんに手を伸ばした。 すすむ「待ちなさい、起こしてはいけない……」 佐々木さんは小声だった。かがみ先輩はその言葉に反応して立ち止まった。そして、恨めしそうに佐々木さんを見た。 すすむ「今は落ち着いている、しかし起きた時、彼女が発狂するようなら……」 ゆたか「記憶を消すのですね……」 まなぶ「ク~ン」 まなぶは悲しそうな声を出した。 すすむ「残念ならそうじないと彼女の命が危ない」 かがみ「……それで記憶を消した場合、姉さんはどうなるの、まなぶさんや佐々木さん、コンの記憶まで消えるのか?」 すすむ「……それは分らない」 かがみ「分らないって、何よ、そんな不安定な術なんか……」 ゆたか「シー、かがみ先輩、声、大きい」 かがみ先輩は両手で自分の口を押さえて少し間を空けてから再び小声で話した。 かがみ「そんな不安定な術を姉さんに掛けさせないわよ」 すすむ「自分の見た現象が理解できず脳内が混乱し気を失った、今度目覚めた時、同じ事が起これば、彼女の脳内は飽和し、脳細胞が死んでしまう、それでも良いのか」 かがみ「姉さん……」 かがみ先輩はまつりさんの方を見てそれ以上何も言わず黙ってしまった。 まつり「う~ん」 まつりさんが唸り声を上げた。 すすむ「まなぶ、小早川さん、田村さんは此処にいるとまずい、更衣室へ……かがみさんはこのまま居て下さい、そして私に合わせて欲しい」 かがみ「は、はい……」 私達は更衣室に向かおうとしたけどまなぶさんは動こうとしなかった。 すすむ「気持ちは分るが今は隠れてくれ……」 まなぶ「ク~ン」 まなぶは動こうとしない。私が連れれにまなぶの所に向かおうとした時だった。ゆーちゃんが小走りにまなぶに駆け寄った。 ゆたか「コンちゃん、来て」 それでも動こうとしない。ゆーちゃんはまなぶを抱きかかえると小走りで更衣室に入った。私もその後を追うように更衣室に入った。 まなぶはゆーちゃんの腕の中でもがいて離れようとしていた。ゆーちゃんはそれを必死に放さまいと前足を握って押さえ付けていた。 ゆたか「ダメだよ、今、まつりさんがコンちゃんを見たら……お願い分って……」 まなぶ「フン、フン!!」 息が荒くなるまなぶ。しかしゆーちゃんの手はしっかりまなぶの前足を掴んでいた。 狐の姿になったまなぶはゆーちゃんの力でも容易に抑えられるみたいだった。もっとも変身が解けたばかりで力が出ないのかもしれないけどね。 ドアの隙間からベッドが見えた。まつりさんが動いたのが見えた。寝たまま大きく背伸びをしている。 まつり「ふぁ~~」 ひより「まつりさんが起きたよ……静かに……」 その声にまなぶは抵抗しなくなった。ゆーちゃんは静かに手を放した。ゆーちゃんとまなぶは私と同じようにドアの隙間からまつりさんの様子を見る。 まつり「う~ん、良く寝た……」 辺りを見回すまつりさん。かがみ先輩を見つける。 まつり「かがみじゃない、おはよ~」 かがみ「何が「おはよ~」よ」 まつりさんは暫くボーとしてから気が付いた。 まつり「あ、あれ、ここは……何処?」 すすむ「どうでしたか、私の整体は、途中で眠ってしまったので、ご家族の方をお呼びしました」 かがみ「まったく、迷惑掛けるのもいい加減にしろよな」 成る程、かがみ先輩はすすむさんに合わせている。 まつり「私って……あれ、確か宮本さんと一緒に……」 かがみ「どうせ此処まで来たから整体でもやっておこうと思ったのでしょ……」 まつりさんはベッドから起きて立った。 まつり「……そうだったかな……」 かがみ「帰るわよ……佐々木さん、どうもすみませんでした、姉さんも謝って」 まつりさんは戸惑いながらも佐々木さんにお辞儀をした。 すすむ「いいえ、また来て下さい、待っていますよ」 まつり「あれ……宮本さんは?」 一瞬、かがみ先輩と佐々木さんは怯んだ。まなぶも一瞬ピクリと動いた。 すすむ「あまりに気持ち良さそうに眠っているので……コンと一緒に散歩に行きました」 まつり「……そうですか、帰ってきたら今日はすみませんでしたと伝えて下さい……」 すすむ「伝えておきます、出口は玄関からどうぞ、履物はそちらにあります」 まつり「はい……」 かがみ先輩とまつりさんは居間の方に歩き出した。するとまつりさんは突然止まった。 まつり「フフフ~」 かがみ「なのよ、突然笑い始めて……」 まつり「夢を見ていた、それが面白くってね……コンが宮本さんに化けちゃう夢だった、笑っちゃうね、彼、何処となくコンに似ているから……そんな夢をみたのかな」 『バン!!』 私は心の中で『しまった』と叫んだ。 突然まなぶが隙間をこじ開けて飛び出してしまった。私も、ゆーちゃんも止める暇がなかった。 そしてまつりさんの目の前走り寄るとお座りをした。 まつり「コン、コンじゃない、久しぶり……」 まつりさんはまなぶの頭を軽く撫でた。 まつり「ダメじゃない、飼い主より先に帰って来ちゃ……そういえば家でもそうだったな……今日はこの家に迷惑をかけたから帰らなきゃ…」 まなぶ「ク~ン……」 まつり「そんなに悲しむな、また来るよ」 かがみ「駐車場に車があるからそこで待っていて……トイレ行ってから向かう」 かがみ先輩は車のキーをまつりさんに渡した。まつりさんはそのまま居間を出て玄関から外に出て行った。 私とゆーちゃんは更衣室から出た。 かがみ「佐々木さん、これはどう言う事なの……」 ゆたか「佐々木さん、何故、記憶を消しちゃったの、何故……」 私が聞きたい質問を先に二人がしてしまった。佐々木さんは椅子にゆっくり座り目を閉じた。 すすむ「私は記憶を消していない……まつりさん自身がパニックを回避する為に無意識に記憶を歪めたのだ……脳を守るための自己防衛だ……」 ゆたか「そ、そんな事って、これじゃ……」 すすむ「そうだ、これが私達の正体を知った人間の反応だ……これがあるが故に私達は人間に正体を教えられない、私達を認めてくれない……認めると精神崩壊がおきる…… 君達の様に在りのままの私達を受け入れてくれるのは希だ……」 かがみ「現実主義で、オカルト、迷信、ジンクスなんか信じない……そんな私でもパニックなんか起こさなかった、何故、まつり姉さんと何が違うと言うの」 すすむ「感性の違いとしか言いようが無い、後は知識や経験もあるのかもしれない」 まなぶ「ウォー!!」 まなぶは遠吠えの様に吠えると更衣室に走りこんでしまった。 ゆたか「コンちゃん……」 すすむ「小早川さん、田村さん、これで分っただろう……もう私達に関わるのは止めてくれ……」 まさか……これを言いたい為にわざわざ私をまんぶの教育係にさせた訳じゃないでしょう。いくらなんでもあんまりだ。 ひより「私……」 かがみ「ちょっと、何よその言い草は……」 私の言い出したのを打ち消すようにかがみ先輩が猛烈な勢いで佐々木さんに詰め寄った。 かがみ「いきなり変身を見せれば誰だってああなるわよ、私や田村さん、ゆたかちゃんはね、事前に狐や、変身の話しを体験者から聞いているのよ、 違いはそれ以上無いわ、まつり姉さんだって知っていればあんなに成らなかった」 佐々木さんは静かに立ち上がった。そしてかがみ先輩とは対照的に静かに、ゆっくりと話した。 すすむ「話しを聞いただけで正常でいられるなら貴女達はやはり特別だ、話からリアルに想像できる感性を持っている、私は……私達はこうして何度も 人間と別れてきた……無二の親友になった者もいる、それでも、正体を見ると……もう分るだろう、 何故殆どの仲間が人を避けるようになったのを……人間と争い、憎むだけが理由ではないのだよ」 かがみ「……う」 喉が詰まったように黙ってしまった。 いつも勢いで押し切るかがみ先輩が静かに話す佐々木さんに押されて言い返せないなんて。 『ピピピピ~』 沈黙を破るようにかがみ先輩のポケットから携帯電話の着信音が鳴り出した。かがみ先輩は相手も確認もせず透かさず耳に当てた。 かがみ「誰よ……」 鋭く尖った口調だった。 かがみ「遅くて悪かったな、詰まって出なかったのよ……」 うゎ、ちょっと下品すぎる。よっぽど佐々木さんとの言い合いで頭に来ているみたい……多分相手はまつりさんだろう。来るのが遅いから連絡したに違いない。 かがみ「今から出るから待ってろ!!」 話しの途中かもしれなかったけど強引に切りボタンを押して携帯を仕舞った。そして……佐々木さんを睨みつけた。 かがみ「ややこしいのよ、あんた達は、そんなに人間が嫌ならさっさと故郷の星に帰りなさい!!」 捨て台詞を吐くとそのまま玄関の方にドタドタと大きく足音をさせながら向かって外に出てしまった。 『ブォン』 かがみ先輩の乗ってきた車のエンジン音がした。そしてその音は小さくなっていく。かがみ先輩とまつりさんは整体院を離れていった。 佐々木さんは診療所の窓からその車を見えなくなるまで見ていた。 すすむ「ふふ……ややこしい……故郷の星に帰れ……か……ズケズケとはっきり言う娘だ」 微笑みかがみ先輩の言った言葉を噛み締めながら言った。 すすむ「柊かがみ……彼女は数年前に我々の使う拷問術に掛けられた形跡がある……」 拷問術……やけに穏やかじゃない名前……もしかして…… ひより「それってもしかして呪いですか?」 佐々木さんは頷いた。 すすむ「そうとも言うか、私達の間では禁じられているものだ……命令を強制させるもので、反抗すれば激しい苦痛を伴う……」 そういえばかがみ先輩自ら呪われたって言っていたっけ。 ひより「つかさ先輩を殺そうとしたお稲荷さん達ですか?」 すすむ「それしかあるまい……術が解けるまで耐えたのか……強い精神力だ……いったい何を彼女に命令したと言うのだ」 ひより「それならかがみ先輩の心の中を見れば良かったじゃないですか?」 佐々木さんは苦笑いをした。 すすむ「ふふ、全ての仲間が出来る訳じゃない、それぞれ得手不得手があるのだよ」 佐々木さんは人の心を読めないのか…… ひより「え、つかさ先輩と真奈美さんの話はどうやって知ったの?」 佐々木さんはゆーちゃんの方を見た。そうか……ゆーちゃんが話したのか…… そのゆーちゃんは肩を落とし項垂れていた。まつりさんの行動がショックだったに違いない。 私がゆーちゃんに声を掛けようとした時だった。 すすむ「田村さん、小早川さん、短い間だったがありがとう、もう私達は放っておいてくれ、それが私達、君達の為だ……」 かがみ先輩に言ったのは本気だったのか。まさか私達にも同じ事を言ってくるなんて。 ゆーちゃんの肩が震えはじめた。項垂れていて表情が分らないけど、きっと目にはいっぱいの涙が溜まっているに違いない。 すすむ「小早川さん、呼吸法は全て君に教えた、私は必要ない……」 ゆたか「う、う……ほ、本当……に」 声が上擦って聞き取れない。だけど何が言いたいのか私には分る。 ひより「あまりに一方的じゃないですか、それに、まつりさんだって……」 まつりさんだって、二度見れば理解出来る筈。 すすむ「これ以上悲劇を繰り返すと言うのか、もう一度変身を見ればどうなるか、さっき見たばかりだろう……今度は失神では済まないぞ」 真剣な目で語る佐々木さん。どうやら嘘を言ってはいない。 ゆーちゃんはゆっくりと立ち上がった。そして玄関の方にフラフラと歩き出した。ちょ……いくらなんでも簡単に諦めすぎる。 ひより「待ってゆーちゃん、帰るのはまだ早いよ」 私はゆーちゃんを呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まった。 ひより「佐々木さん、まなぶさんの教育、まだ終わっていないっス」 まなぶ「まなぶも、もう人間には興味ないだろう、かがみさんも私達を恨んでいる……それもそうだ、呪いを掛けたのだからな、私達は分かり合えないのだよ……」 だめだ。佐々木さんはもう私達を避けようとしている。どうしよう。 かがみ先輩がお稲荷さんを恨んでいる……確かに別れ際にあんな捨て台詞をしたら…… でも、かがみ先輩は私がまなぶを好きだと勘違いをした時、励ましてくれていた。恨んでいたとしたら応援なんかしないで反対していたと思う。 そうか……かがみ先輩はお稲荷さんとか人間とかそんなカテゴリーで物事を考えていないのかもしれない。問題は本人と相手の気持ち、この一点のみ。 そう考えれば今の佐々木さんにかがみ先輩が怒ったのも頷ける。 よし、かがみ先輩のその考えを取り入れよう。 ひより「いのりさんをどう思っているのですか?」 すすむ「どう思うとはどう言う意味だ」 ひより「そのままの意味です、好きか、嫌いか……私が見た所……少なくといのりさんは佐々木さんに好意をもっていると思います……」 ゆたか「ひ、ひよりちゃん……もう、もういいよ……これ以上は……」 力の無い弱弱しい声だった。私は構わず続けた。 ひより「どうですか?」 すすむ「それを聞いてどうする、もし、彼女が好きならまなぶの時の様にお節介をすると言うのか」 ひより「いいえ」 佐々木さんは気を悪くしたのか、少し眉毛が逆立った。 すすむ「なっ、バカにしているのか、遊んでいるのか」 ひより「好き合っているならお互いで決められる、かがみ先輩はそう言いたかった、過去に誰とどんな別れ方をしようが関係ないって……それに、さっきの怒り方、 いのりさんを少なくとも嫌いじゃない、嫌いなら怒らない……でしょ?」 すすむ「……お節介だな……今日はもう帰ってくれ……」 佐々木さんはまつさんの寝ていたベッドのシートを畳み始めた。 私も帰り支度をてから更衣室の方を向いた。 ひより「来週の日曜日、確かまつりさんは何の用事もない筈、午前十時、駅で待っているいから……取材に行くよ、多分最後の取材になると思う」 『ゴト、ゴト』 更衣室の奥で何かが動いている音がした。多分まなぶは聞いている。 ひより「行こう、ゆーちゃん」 ゆたか「う、うん……お邪魔しました……」 整体院を出てからゆーちゃんは一言も話してこない。私もいつ話そうかタイミングをうかがっていた。どうもそのタイミングは無さそうだ。 分かれ道が見えてきた。私は駅の方に、ゆーちゃんは泉家に向かう。そして、分かれ道に差し掛かった。 ひより「それじゃ、また……」 別れの挨拶が話すタイミングになってしまった。ゆーちゃんは俯いたままだった。私が駅の方に向かう道に身体を向けた。 ゆたか「待って……」 私は振り向いた。ゆーちゃんは悲しそうな顔をして私を見ていた。 ひより「何?」 ゆたか「……かがみ先輩が怒っていた理由って……ひよりちゃんが言っていた通りなの、かがみ先輩はお稲荷さんを恨んでいないの?」 ひより「うんん、分らない……私の推理と勘でそう思った」 ゆたか「分らない……そんな不確かな話しを平気で……」 ゆーちゃんの顔が険しくなった。 ひより「でも、それで佐々木さんの気持ちが少し分った、これは収穫だと思わない?」 ゆーちゃんはまた俯いてしまった。 ゆたか「……私が何度も試しても聞けなかったのに……コンちゃんとまつりさんを合わせて……佐々木さんの気持ちまで聞きだせちゃうなんて……」 ひより「まなぶさんとまつりさんは失敗だよ……佐々木さんだってはっきり「好き」と言った訳じゃないし……」 ゆたか「何故なの、ひよりちゃんは平気でいろいろな事が出来るの……私は佐々木さんやいのりさんがどうなるか……恐くて……先に進めない…… 整体院を出るとき、コンちゃんに会う約束までした……あんな悲しい事が起きたばかりなのに……」 そう言われるとそうなのかな……私は暫く考え込んだ。 ひより「別にたいした事じゃないよ……ぶっちゃけて言えば他人事だし……」 ゆちゃんは俯いた顔を持ち上げ、私を鋭く睨んだ。 ゆたか「た、他人事って、そんな言い方は無いよ」 表現が不謹慎だったかな。でも訂正する気はなかった。 ひより「私の人助けは生まれて初めてかもしれない、でもね、人助けなんて他人事じゃないと出来ないよ、いや、他人事だからこそ出来ると思うよ」 ゆーちゃんは納得出来ない様子だった。 ひより「溺れている人を助けようとして溺れている人の気持ちになったらどうなる?」 ゆたか「……それは……」 ひより「水か恐い、苦しい、もがいてももがいても浮かばない、下手をすれば自分が溺れちゃう……助けに行けないよね、他人事なら関係なく水に入れる、泳げなくても浮き輪を 投げられるし、周りを見れば助けを呼べるかもしれない」 そう、かがみ先輩は自分の恋愛に対しては放ってくれと言っているのに、私やまつりさんの事になると首を突っ込んでくる。それは他人事だから出来る事。 ゆーちゃんは目を大きく見開いていた。 ゆたか「私と全く逆なんだね……そんな考え方があるなんて」 ひより「うんん、私はまだ誰も助けていないから多分間違っているよ……こんな考え方、ゆーちゃんの方がきっと正しいね、忘れて」 ゆーちゃんには私の捻くれた考えは教えない方が良かったかな。 ゆたか「そんな事ないよ、何か今までモヤモヤしているのが取れた感じがする」 確かにそんな目覚めの時の様な顔をしている。あんな考えでも少しは役に立つのかな? ゆたか「そんな事より、コンちゃんとまつりさん、また会って大丈夫なの?」 ひより「変身を見なければね、人間に居られる時間がもっと欲しい」 ゆたか「佐々木さんは一週間位が限度だって言っていたよ」 一週間か。まばぶは一日持つかどうかって感じだな。でも、この前みたいに変身が解けてその場に倒れていないみたいだから成長している。 ゆたか「やっぱり、私達のしようとしている事って、無理があるのかな……もう関わらないで、なんて……」 ひより「どうかな、佐々木さんは心底そうは思っていないかも」 ゆたか「どうして?」 ゆーちゃんは疑いの眼で私を見ている。 ひより「佐々木さんは向こう側のお稲荷さんの所じゃなくて人間の町に住んでいる、だから心底人間が嫌いじゃないと思うよ、嫌いなら整体院なんか開業しないでしょ」 ゆーちゃんは黙って私を見ていた。これからどうするのか考えあぐねているのかもしれない。でもそれは私も同じ。 まなぶに帰り際、あんな事言ったけど実際どうして良いか分らない。 ひより「う~ん、困ったね、これは二人ではどうしようもないね、誰か応援を頼まないと」 一人、二人では出来ないけど、三人なら何とかなるかもしれない。 ゆたか「応援って、ひよりちゃん以外に誰を……つかさ先輩、お姉ちゃんは遠い所だし、かがみ先輩は怒っちゃったし……高良先輩は……ちょっと頼み難いよ……」 ひより「かがみ先輩は最初から協力してくれているよ……先輩達じゃなくて、居るよね、もっと身近な人が」 ゆーちゃんは首を傾げて考え込んだ。 ひより「やだな~みなみちゃんが居るでしょ」 ゆたか「みなみ……ちゃん」 ゆーちゃんの顔が曇った。そうなると思った。喧嘩の本当の理由を聞きたい。だけど普通に聞いても教えてくれないだろう。 ひより「みなみちゃんが関わらないのは、お稲荷さんがつかさ先輩やかがみ先輩を苦しめたら、でも佐々木さんやまんぶさんと会えばそんなイメージは無くなると思う」 ゆたか「違う、そんなんじゃない、私が遊び半分でしていると思っているから……だから手伝ってくれない」 やっぱり。そうだったのか。 ひより「ゆーちゃんとみなみちゃんが初めて会った時、ゆーちゃんは気持ち悪くて苦しんでいた、その時、手を貸してくれたのはみなみちゃんだったよね」 ゆたか「う、うん、そうだけど」 小さな声で頷いた。 ひより「それならもう一度苦しんで居る所を見せてやればいいよ、遊び半分じゃない、真面目で真剣な所を見せればきっと分ってくれる、それがみなみちゃんだよ」 ゆたか「でも、それをどうやって見せるの?」 私は腕を組んで考えた…… 頭の中の電球が光らない……まなぶの時に出てきたようなアイデアが出ない。でも、あれは半分成功して半分失敗してしまった。 まつりさんと一緒に帰すのはすべきではなかった。ちがう、違う、今はそんなの事を考えて居る時じゃない。とは言っても今度失敗したらゆーちゃんとみなみちゃん、 絶交してしまうかもしれない。失敗は許されない。 ひより「う~ん」 頭を捻っても何も出てこない。 ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、やっぱり人間とお稲荷さんは仲良くなれないよ、まして愛し合うなんて……地球の人じゃないから……しょうがないよね」 弱弱しく話すゆーちゃんだったけど、その言葉は私の胸にも深く突き刺さった。無理……つかさ先輩も愛し合っているのに別れた。無理なのか…… このままで良いのか、いや、良くない。何かが引っかかる。私のしている事が間違っているなんて思いたくない。 ひより「このままだと、みなみちゃんに「やっぱりこうなった」って笑われちゃうよ……みなみちゃんは結末が見えていた、だから手伝わなかった」 ゆたか「そうかもしれない……みなみちゃんに謝らないといけないね……」 謝る……何で、悪い事なんかしていない。 ひより「謝るのはまだ早いよ、まだ希望はある」 ゆたか「何、何で、この期に及んで何が出来るの」 ひより「まず一つ、まつりさんはコンとまなぶさんを夢の中で変身させていて精神を保った、まつりさんはコンがまなぶさんだったら良いなって思っている証拠、 今はダメでも時間を掛ければきっと理解出来ると思う、それともう一つ、さっきも言ったけど佐々木さんも人間との係わり合いが嫌なら人間の社会に居ないでしょ、 きっと心の何処かで人間が好きなんだよ、まだ諦められないと思わない?」 ゆたか「う、うん……」 力のない返事だった。 「小早川さんじゃない」 突然後ろから声がした。私達は振り返るといのりさんが居た。なんでこんな所にいのりさんがいるのか。 ゆたか「まつりさん、こんにちは、もしかして整体院に行くのですか?」 いのりさんは頷いた。そうか、それなら理解出来る。私はいのりさんに会釈をした。 いのり「最近まつりが手伝ってくれないから、巫女の仕事は全部私がやっている、そのせいで疲れが酷くて、佐々木さんのマッサージは効くからね」 ゆたか「あっ、今日は臨時休暇でしたよ」 いのり「え、そうなの……残念ね……でも教えてくれてありがとう」 いのりさんは駅の方に引き返そうとした。 ゆたか「あ、あの、いのりさん?」 いのりさんは立ち止まり、ゆーちゃんの方を向いた。 ゆたか「佐々木さんをどう思いますか?」 いのり「どう思うって……」 いのりさんは空を見上げて少し考えた。 いのり「とても上手い整体師だと思う、小早川さんも元気になったみたいだし」 ゆたか「い、いえ、そうではなくて、男性として……」 その言葉を聞いた途端いのりさんの顔が少し赤くなった。私の方をチラリと見た様な気がした。私が居ると気になるのだろうか。 いのり「か、彼は優しいし、話しも面白いから……やだ、なに言わせるの、年上をからかうものじゃない」 さらに顔が赤くなった。 ゆたか「すみませんでした、それは好きって事でいいですか?」 いのり「突然何を言っているの、もう帰る!!」 いのりさんは駅の方に足早に向かって行ってしまった。ゆーちゃんはその姿を見えなくなるまで見送った。 ゆたか「ふふ、かがみ先輩と同じような反応だった、やっぱり姉妹だよ、ひよりちゃんが居たから意識してたんだね」 久しぶりにゆーちゃんの笑顔を見た。 ひより「いのりさんを試したの?」 ゆたか「うん……今まで聞けなかった、だけど、ひよりちゃんが他人事じゃないとダメだって言うから、そう考えたら、自然に聞くことが出来た……いのりさんは 佐々木さんが好き……それで良いよね、ひよりちゃん?」 ひより「う、うん、私もそう思う」 突然積極的になった。私のアドバイスが効いたのか、それとも自棄になったのか。いや、自棄ならあんな笑顔はしない。ゆーちゃんは思っていたよりも 柔軟な思考の持ち主なのかもしれない。 ゆたか「二人は愛し合っている、大袈裟かもしれないけど……何とかしたい、だけどどうして良いのか分らない、やっぱりみなみちゃんの考えを聞いてみたい」 別に小細工なんか必要ない。今のゆーちゃんをそのまま見せればいいのでは。私でも分るのだからみなみちゃんなら……よし! ひより「それなら明日は空いているかな?」 私も来週の日曜までに方針を決めたい。みなみちゃんに会うのは早いほうがいい。 ゆたか「うん、明日は午後からなら空いているけど」 ひより「それなら、明日、みなみちゃんの家に行こう、私が連絡しておくから、もちろんゆーちゃんが行くのは伏せておく」 ゆたか「伏せるの?」 ひより「喧嘩している相手がいきなり訪問じゃ構えちゃうでしょ?」 ゆたか「……喧嘩……そうだった」 ゆーちゃんの顔がまた沈んだ。 ひより「それじゃ帰るよ、明日、駅で待ち合わせしよう、時間はメールで送るから」 ゆたか「うん、分った、それじゃ」 私達は別れた。 私達は岩崎家の玄関の前に着いた。私は呼び鈴のボタンを押そうとした。 ゆたか「ちょっと、待って……私だけ追い出されたらどうしよう」 声が少し震えている。 ひより「普段通りでいけば大丈夫だよ……多分……」 自信がなかった。多分って、これでは不安を余計に助長してしまうではないか……ボタンを押すのを躊躇した。 ゆたか「うんん、大丈夫、いつかはこうやって会わないといけないから」 その力強い声に後押しされる様に私は呼び鈴を押した。いつもならおばさんがドアを開けて対応する。しかし今回はみなみちゃん自ら私達を出迎えた。 みなみちゃんは私を見ると少し隠れ気味にいたゆーちゃんを見た。何も言わずドアを全開にした。 そしてそのままみなみちゃんの部屋に案内された。おばさんは見えない、出かけたみたいだった。チェリーも外に出されている。何時になく静かに感じた。 ひより「ピアノの練習をしていたの?」 みなみちゃんは頷いた。家から微かに漏れてきたピアノの音、この家にはみなみちゃんしか居ない。聞くまでもなかった。でも、今はこんな事しか聞くことが出来ない。 やっぱりゆーちゃんとみなみちゃんは何時もとは違う雰囲気だ。 みなみ「もう少しで弾けるようになる曲を練習していた」 これが普通なら「聴いてみたい」とか「どんな曲なの」とか、ゆーちゃんは言うだろう。でもゆーちゃんは何も言わなかった。もちろん私も言えそうにない。 何か話す切欠でもと思ったのに……この沈黙。時間だけが過ぎていく。 みなみ「これ以上何も出来なくなった、だから二人は此処に来た」 見透かしたような眼差しで私達を見ていた。当たっているだけに反論できない。 みなみ「これで分ったと思う、恋愛に他人が口を出すなんて出来ない、ましてお稲荷さん、異星人と人間の恋だなんて……」 みなちゃんの言っている事は多分正しい。それじゃ私の、私達がしようとしているのは間違っているっているのか。 ゆたか「みなみちゃん、佐々木さんが人間なら、コンちゃんが犬だったら、私もみなみちゃんの言うように何もしないし、お節介なんかしない、だけど…… 佐々木さんもコンちゃんもお稲荷さんだから……放っておけないよ」 みなみ「放っておけない……」 放っておけない。確か私もそう思った。 ゆーちゃんはつかさ先輩の話しを聞く前からお稲荷さんを知っていた。みなみちゃんも同じ。 ゆーちゃんが言うには彼らは好き好んで狐の姿になっている訳じゃないらしい。彼等の母星の大気成分が地球と違っていて 素のままでは長い時間生きていけない。遭難して殆どの機械が壊れて、少ない機材を使い苦肉の策で近くに居た狐の遺伝子を使って地球の環境に合わせた。 そして、一時的なら他の動物にも化けられるようにしたらしい。 それから暫くしてから人類を発見したと言っていた。狐の姿だと何かと不便なので人間の遺伝子を取り込もうとした時に装置が壊れてしまって中途半端な 状態になってしまったらしい。 狐と人間の姿を繰り返しながら生きてきた。それがお稲荷さんの正体だ。 もし、狐よりも先に人間を見つけていたら動物に化ける必要はなかった。そのまま装置を直して母星に帰れたかもしてないし、人間の代わりに地球を支配していたかもしれない。 狐と人間を見つけた順番……これがお稲荷さんの運命を変えた。ほんの少し、少し違っただけで今とは違った世界に成っていたかもしれない。 そして、私も…… ひより「つかさ先輩の話しを聞かなければコンはすごく賢い犬で終わっていた、佐々木さんの整体院に調べに行ったりしなかった、記憶を消される事もなかった、 佐々木さんの正体を知る事もなかった、勿論今日、こうして皆と会って話しをするなんて事もない、そして、なによりその出来事は私の想像をはるかに 超えている……これは一生掛かっても体験できないと思う、そうでしょ?」 私はみなみちゃんとゆーちゃんを見ながら話した。 みなみちゃんは私が話すとは思っていなかったみたいだった。私を見ている。私は更に続けた。 ひより「惚れた腫れたは興味なんてないけど、いのりさんとまつりさんはそれとは違う何かを感じる……だからこうしてみなみちゃんに助けを求めているの」 みなみちゃんは溜め息をついて今度はゆーちゃんの方を向いた。 ゆたか「わ、私は、只、元気にしてもらったお礼がしたから、いのりさんも佐々木さんの事が好きだって分ったら……」 元気になったお礼か。確かに高校時代のゆーちゃんとは比べ物にならないくらい元気になった。顔色も良いし、体付きも大人びて見える。 その嬉しさは本人にしか分らないのかもしれない。 みなみちゃんはもう一度溜め息を付いた。 みなみ「二人の言い分は理解できる……それでも私は協力できない、出来たとしても……解決するだけの力も知識もない」 ゆーちゃんはガックリ肩を落とした。みなみちゃんを巻き込もうと言い出したのは私、言い出しっ屁としてはそう簡単に引き下がれない。 ひより「何故、それはお稲荷さんがつかさ先輩を殺そうとしたり、かがみ先輩を呪ったりしたから?」 みなみ「それは……」 言い訳をするつもり、言い訳はさせない。間、髪を容れずに話した。 ひより「みなみちゃんはお稲荷さんがした事を全てお稲荷さんのせいにしちゃうの、まずは佐々木さん、宮本さんに会ってからでも遅くはないでしょ」 みなみ「ち、違う」 否定をした。それなら私達の相談を断る理由はない。それなのに拒んでいるのは何故だ。その答えは一つしかない。 ひより「高良先輩がお稲荷さんを嫌いだからでしょ?」 みなみちゃんは黙ってしまった。図星みたいだ。 ゆたか「殺そうとしたお稲荷さんはつかさ先輩を救った、私を元気にしてくれた人もお稲荷さんだよ、高良先輩は忘れて、みなみちゃんの意思で決めてお願い」 悲痛の叫びのように聞こえた。 二人は喧嘩をしていると思っていたけど、これは喧嘩じゃない。ただ二人の意見が違うだけだったのか。喧嘩だったらゆーちゃんがこんなに親身にならない。 ひより「遊びかもしれない、余計なお世話かもしれないし、お節介かもしれない、だけど、こんな事が出来るのは学生の時くらいかもしれない、 今なら失敗しても成功しても許されるよ、社会に出てしまったら成功しか許されなくなる……そうは思わない?」 みなみちゃんは黙ったままだった。私とゆーちゃんは顔を見合わせた。どうやら説得は無駄だったみたい。 私は立ち上がった。 みなみ「どうしたの?」 ひより「ごめん、やっぱり無理強いはよくない、私達二人で何とかする」 ゆーちゃんも私に合わせる様に立ち上がった。 ゆたか「うん、こんな話しを持ち込んじゃってごめんね、頑張ってみるから……」 諦めて一度帰る素振りを見せる……これは泉先輩がかがみ先輩によくやると言っていた。何度も成功しているらしい。 私達は泉先輩ではないし、相手はかがみ先輩でもない。成功するかまったく未知数。勿論失敗したら後戻りが出来ない諸刃の剣。 それを知ってか知らずかゆーちゃんは私に合わせてくれた。実際、ゆーちゃんは本当に諦めたのかもしれない。内心、祈るような気持ちで部屋を出ようとした。 みなみ「そこまでして……分った、直接参加は出来ないけど、一緒に考えよう……」 ゆたか「本当に、高良先輩はいいの?」 みなみ「みゆきさんにはむしろ協力して欲しい、私から頼んでみる」 ゆたか「やったー!」 飛び跳ねて喜ぶゆーちゃん。私もホッと一息ついた。ゆーちゃんは早速みなみちゃんの近くに座ったが直ぐに立ち上がった。 ゆたか「嬉しくなったら緊張が取れたのか……ちょっとお手洗い借りるね……」 ゆーちゃんは小走りに部屋を出て行った。部屋を出て行くのを確認するとみなみちゃんは溜め息をついた。 ひより「ありがとう、高良先輩までも巻き込んでくれて」 みなみ「……ゆたか一人では何も出来ない、それにひよりも巻き込むなんて思わなかった、まさか記憶を奪うなんて、ひよりは怒っていないの?」 ひより「うんん」 みなみ「それは良かった」 みなみちゃんは笑顔を見せたのも束の間、急に悲しい顔になった。 みなみ「ゆたかを止めたのは失敗するとか成功するとかの問題ではなかった、それはひよりにも言える」 ひより「え、何それ、何が心配なの?」 みなみ「もう既にゆたかには話した……ゆたかから聞いて」 ひより「やだなぁ~そんな勿体ぶってさ、教えてくれてもいいじゃん、もう隠し事したって意味無いよ」 みなみ「もう、ゆたかには話したから……」 いったい何を話したというのだろうか。少し気になる。でもみなみちゃんは口を閉じてしまった。 ゆたか「おまたせ……」 扉を開けたゆーちゃんは私とみなみちゃんの表情を見て一瞬立ち止まった。 ゆたか「私がいない間に話しを進めちゃって、ずるいな~」 ゆーちゃんはさっき座った所に腰を下ろした。さっきみなみちゃんが言わなかった内容を聞きたいけど流石にみなみちゃんの目の前では聞けない。 みなみ「佐々木さんと宮本さん、二人をそれぞれゆたかとひよりで担当していたと聞いたけど、それで合っている?」 突然みなみちゃんは本題に入り始めた。私がゆーちゃんに質問をさせないためだろうか。 ゆたか「うん、そうだよね、ひよりちゃん」 ひより「う、うん、そうだったね、ちょっと競争っぽくなったのだけどね」 みなみ「一人では力が分散してしまうと思う、例えば誰か一人を重点的にしてみたらどうだろう、佐々木さんと宮本さん、どちらが危機的かにもよるけど」 どちらが危機的か、それはどう考えてもまつりさんとまなぶだろう。 ゆたか「やっぱりまつりさんとコンちゃんかもしれない……」 これはゆーちゃんと同意見だ。私は頷いた。 みなみ「一致したなら話しは早い、まつりさんと宮本さんを二人で担当してみれば?」 私とゆーちゃんは顔を見合わせた。 ゆたか「やってみようか」 ひより「そうだね」 ゆたか「今度の日曜日、取材するって言っていたよね、私もそれに同席しても良いかな?」 ひより「別に構わないと思う」 話しはスムーズに進行していく。みなみちゃんはそれをただ見守っていた。 話しが終わり、帰りの時間が近づいてきた。私が玄関を出るとゆーちゃんはチェリーちゃんに挨拶すると言って庭の方に向かって行った。 そして玄関にはみなみちゃんと私が残った。 ひより「さて、どうなるかな、楽しくなってきた」 みなみ「……楽しくなってきたなんて、とても当事者の発言とは思えない」 ひより「うんん、当事者はいのりさん、まつりさんとお稲荷さんの二人、私とゆーちゃんはそれを傍観しているにすぎないよ」 みなみ「傍観者、まるで他人事の様に物事をとらえる、そんな考え方あるなんて、ひよりなら大丈夫かもしれない」 ひより「大丈夫って?」 ゆたか「おまたせ~」 みなみちゃんから何か聞けるような気がしたけど、丁度ゆーちゃんが戻ってきて聞けなくなってしまった。 ゆたか「チェリーちゃん、お散歩がしたいみたいだった」 みなみちゃんは腕時計を見た。 みなみ「もうこんな時間、支度しないと」 ゆたか「そうだね、私達も帰ろう」 ひより「うん、みなみちゃん、今日はありがとう」 私達は岩崎家を後にした。 ゆたか「ひよりちゃん、みなみちゃんを説得する時、つかさ先輩の話しを持ち出したけど……」 駅に向かう道を歩いている時だった。歩きながら話しかけてきた。 ひより「私からしてみればつかさ先輩の話しがこの一件の始まりであり、切欠だからね」 ゆーちゃんは立ち止まった。私は二、三歩歩いてから止まりゆーちゃんの方を振り向いた。 ゆたか「ごめんなさい……」 突然の謝罪、意味が分らなかった。 ひより「いきなり謝られても意味が分らないよ」 私は一歩ゆーちゃんに近づいた。 ゆたか「ひよりちゃんの記憶を奪ったのはひよりちゃんにお佐々木さんの正体を隠す為じゃなかったの」 ひより「え、それ以外に何があるの言うの?」 私は更に一歩近づいた。今更理由が違ったとしても何が変わるものでもない。だけど興味はあった。聞いてみたい。 ゆたか「私……一人で解決したかった、だから……」 ひより「一人で、解決?」 余計分らなくなった。私の復唱にゆーちゃんは頷いた。 ひより「詳しく話して……」 ゆーちゃんは近くの公園に歩いて行った。私はゆーちゃんの後に付いて行った。 ゆーちゃんは公園のベンチに腰を下ろした。私はゆーちゃんの目の前に立ったまま話しを聞いた。 ゆたか「佐々木さんといのりさんを恋人にしてあげたい、そう思った、だけどそれは私一人で、私だけの力でしたかった、でも、ひよりちゃんはどんどん佐々木さんの正体に 近づいてくるから、きっと正体を知れば私を手伝いたいって言うに違いない、そう思ったから、なるべくひよりちゃんを佐々木さんに近づけたくなかった……」 ゆーちゃんの推測は間違っていない。知れば私は手伝いに行く。現にまつりさんとまなぶに関してはゆーちゃんと同じ事をしている。 ひより「なんで、そんなに一人にこだわるの、こうゆうのは一人より二人、二人より三人で解決した方がいいに決まってる」 ゆたか「それは……つかさ先輩が一人で……一人で解決したから」 一人で、ゆーちゃんはつかさ先輩の話の事を言っているのか。 ひより「それはつかさ先輩と真奈美さんの話しを言っているの?」 ゆーちゃんは首を横に振った。 ゆたか「つかさ先輩は叩かれるのを覚悟してこなたお姉ちゃんを守った……凄いよ、」 ひより「確かに凄いと思った、いくらかがみ先輩とは言え、本気で殴りかかったからね、泉先輩も言っていたけど、一人旅をしたつかさ先輩は以前とは比べ物にならないね」 ゆたか「うんん、つかさ先輩は一人旅をする前からそうだった、私は知っていた、つかさ先輩の凄さ」 ひより「それはまた凄い評価だね……」 ゆたか「初めて会った時だった、つかさ先輩は私を見ると腰を下ろして同じ目線で話してきた、子供扱いされたと普通は思うけど、全然そうは感じなかった それどころかとても話し易くて、お姉ちゃんと話しているみたいだった、これはみなみちゃんでも感じなかった……」 ひより「つかさ先輩は誰とでもすぐに仲良くなれそうな感じはしていたけどね……でもそれはかがみ先輩、うんん、いのりさんやまつりさんの影響があったからだと思う」 最近、つかさ先輩の話しをすると思っていたけど、まさか憧れの対象だったとは…… そうか、ゆーちゃんは成実さんの運転の真似をしたのは成実さんへの憧れではなかった。つかさ先輩の真似をしたかったのか…… ゆたか「かがみ先輩が言っていたのを覚えてる、つかさ先輩の一歩先に居たかったって言っていたのを」 ひより「……そんなの言っていたね、一歩先どころか学年でもトップクラスだもんね、釣り合いが取れないよね」 ゆたか「うんん、かがみ先輩は知っていた、普通じゃつかさ先輩に勝てないって、学年でトップの成績くらい取らないとつかさ先輩と釣り合わない、つかさ先輩は 数値や目に見えるものでは測れない物を持っていたから」 もしかしてそのつかさ先輩と同じようになりたいと思って今まで無理をしてきたって事なのだろうか。 ゆたか「でももうそれは敵わないのが分った、みなみちゃんの言うように私は一人じゃ何もできない」 そうか、みなみちゃんのアドバイスが裏目に出たのか、二人で解決するって今のゆーちゃんを否定しているのと同じだ。 ひより「みなみちゃんはゆーちゃんのその目的を知った上であんな事言ったのかな、それでもいいじゃない、ゆーちゃんはゆーちゃんだよ、別につかさ先輩になる必要はないし、 かがみ先輩の様にする必要もないよ、ゆーちゃんだって数値や目に見えるものでは測れない物を持っているよ」 ゆたか「あるの、そんな物?」 潤んだ瞳で見上げて私を見ている。 ひより「つかさ先輩の隠れた才能を見抜くなんて誰もが出来ることじゃない、身内でもない、ましては高校になって初めて会ってそれが分るなら凄いと思うよ、それに、 佐々木さんからお稲荷さんの秘密をいろいろ聞き出しているじゃない、まなぶさんも教えてくれなかったのも沢山あった」 ゆたか「そ、そうかな?」 ひより「そうだよ」 これは慰めでもなんでもない。私が思った事をそのまま話しただけ。笑顔が少し戻った。 「バゥ!!」 突然私の後ろから白い陰が横切りゆーちゃんの目の前に覆いかぶさる様に現れた。 ゆたか「ちぇ、チェリーちゃん!!」 ゆーちゃんのその声に反応するようにゆーちゃんの目の前でお座りをするチェリーちゃん。良く見るとリードが付いたままになっている。 ゆたか「どうしたの、だめじゃない、みなみちゃんを置いてきちゃ」 ゆーちゃんはチェリーちゃんの頭を軽く叩いた。耳を折り畳み、申し訳無さそうな態度をとるチェリーちゃん。まるでまつりさんとコンのやり取りを思い出させる光景だった。 みなみ「チェリー!!」 公園の入り口からみなみちゃんが駆け寄ってきた。息を切らしている。 みなみ「ひより……ゆたか……まだ帰っていなかったの?」 私は頷いた。ゆーちゃんはチェリーちゃんを構っていてみなみちゃんに気付いていない。 みなみ「この公園は散歩のコースに入っていない……チェリーが突然を振り切って走って行ったから……」 ゆーちゃんの匂いでも追ってきたのだろうか。でも、こうしてまた三人が集まった。これは偶然か。偶然だろう……だけど。 ひより「チェリーちゃん、お稲荷さんじゃないよね?」 みなみ「まさか、普通のハスキー犬、私が小さいとき……」 ひより「ふふふ、分っている、冗談だよ、冗談」 私が笑うと暫くしてみなみちゃんも笑った。そして、ゆーちゃんとチェリーちゃんを見た。 ひより「まるで飼っているみたいに仲が良いね、ゆーちゃんとチェリーちゃん」 みなみ「うん」 ひより「チェリーちゃんは私には何故か唸るだよね~」 みなみ「うん……」 ひより「ゆーちゃんはつかさ先輩に憧れていた、そしてつかさ先輩と同じようになろうとした、一人で人間とお稲荷さんの因縁を断ち切ろうとしていた」 みなみ「え……一人で……」 ひより「みなみちゃんには言わなかったみたいだね、考えてみれば言わない筈だよ、一人でしようとしたのだから」 みなみ「憧れは自分がそう成れないから憧れるもの、一人でなんて……はっ!!」 みなみちゃんは自分の言った事に気付いたみたいだった。 ひより「つかさ先輩はとんでもない事に巻き込んでくれた」 自分の世界に入っている。私の話しを聞いていない。やれやれ、それなら最初から喧嘩なんかしなければ良いのに。 みなみ「私は……ゆたかの真意を知らなかった……」 ひより「知らなかったじゃなくて、知られたくなかった、誰にも知られずに完結したかったんだね」 ゆーちゃんはみなみちゃんに気付いた。 ゆたか「みなみちゃん、いつの間に……」 みなみ「チェリーが迷惑をかけたみたい……」 ゆーちゃんはベンチから立ち上がった。そしてチェリーちゃんのリードをみなみちゃんに渡した。 ゆたか「ダメだよ、大型犬を放したら大変な事になっちゃうでしょ、小さい子にじゃれついたら大怪我だよ」 みなみ「確かに……」 みなみちゃんはリードを強く握り締めた。そんなみなみちゃんを見ながらゆーちゃんは話した。 ゆたか「人間になったり、狐になったり、遺伝子操作をしているのは分るけどそれ以上は分らない、遠い星から来るのくらいの文明をもっているのだから理解できなくて 当然だよね、私達の知識や経験じゃ及びもしないよね、そんな彼らでも事故が起きてしまうなんて」 みなみ「今の私達より進んだ文明の技術、私達では理解出来ないくらい素晴らしいもの、でも、所詮人が使っている以上そんなものなのかもしれない」 ゆーちゃんは空を見上げた。 ゆたか「お稲荷さんの故郷……何故助けに来ないのかな……連絡はとれないの」 みなみ「みゆきさんが言っていた、お稲荷さんの故郷はおそらくとても遠い星、人間の技術で彼等の故郷と連絡はできないって」 ゆたか「そうなんだ……だから帰れないんだね」 ゆーちゃんは空を見上げるのを止め、みなみちゃんの方を見た。 ゆたか「帰れないのなら、やっぱり私達と一緒に暮らすのが一番」 みなみ「それが最善ならそうかもしれないけど……現実はそうではなかった、その原因は私達人間の方にあるのかもしれない……」 ゆたか「そうだね……難しいね」 ゆーちゃんとみなみちゃん、今まで話せなかった分を取り戻すように語り合っている。やっぱり二人はこうでなくてはならない。高校時代を彷彿とさせる。 私は二人の会話に入らず暫く見ていた。チェリーちゃんも静かに二人をみていた。 次のページへ
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雪…かぁ… ったく、学校へ通うのには迷惑なのよね たまに地面が滑ったりするし… 「お姉ちゃん!雪ふってるよ!」 この子はこの子で… ほんとこういうの好きね… 「もう知ってるわよ」 「でも久しぶりだね…」 「まぁそうね、ここらへんはあまりふらないものね」 たまにはいいかなと思うけどね だけど私寒いのは少し嫌いなのよね… 「つかさ、準備出来た?」 「うん、もう出来てるよ」 「じゃあ行こうか」 「うん」 … 「きれいだね…」 「そうね」 こんな返答しか出来ない自分が…少し嫌い… 「夜まで降らないかな…」 受験で忙しいってのにつかさはいつもマイペースね 「なんで夜まで降って欲しいのよ?」 「お姉ちゃん、今日何日だか分かる?」 「…」 何日だっけ… 日付けを忘れるなんて私はニートか… 「今日はね、12月24日だよ」 あ、そっか…だからつかさこんなにはしゃいでいたのね… 「つかさ、相手でもいるの?」 「いや、いないよ?」 「じゃあなんで?」 「だって…クリスマス・イヴに雪が降ってるのってなんだかワクワクしない?」 「まぁ…ね。 でもクリスマス・イヴは恋人と一緒に過ごすのが普通でしょ?」 「それはですね、日本独特のものらしいですよ」 みゆき…どこから現れた… 「ゆきちゃん、いきなり…」 「あ、びっくりさせてしまいすみません」 ほんとよ… そんな大げさな事でもないけどね 「でもみゆき、ほんとに日本だけなの?」 「はい、そうですよ。確か欧米やヨーロッパあたりでは外出はほとんどしないらしいのです。 外出する時と言ったら教会へ行く時らしいですね。家では家族全員でクリスマスカードを送りあったり 家庭料理をごちそうするのが普通みたいです。要は、家で過ごすのが当たり前みたいですね。 日本ではこの日に恋人と過ごす人が多いのでそう見えるだけですね」 「へぇ…そうなんだ…」 「まぁ…でも日本にいるからには恋人と過ごしたいわね…」 「かがみに恋人なんているの~?」 「いきなり現れるな!」 こなた…こいつもみゆきみたいに現れるわね… いや、みゆきがこなたみたいに現れたのか 「ちょっとかがみを脅かしてみたくなってね…」 「もう慣れたわ」 「ちぇっ…つまんないの… でもさ、かがみに恋人なんているの?」 「…っ!いるわよ…」 「お姉ちゃん…?」 「つかさは黙って」 「…」 「どんな人~?」 「こなたもうるさいわねっ!」 言えるわけ…ないじゃない… 「そんな怒らなくてもいいじゃん~」 「もうっ!先行くわ!」 「あっ!お姉ちゃん待って!」 私はこなたから逃げるように走り出した それにつられるようにつかさもついてきた 「行っちゃいましたね」 「だね」 … 「はぁ…はぁ…」 「ついてこなくてもよかったのに…」 「だって…お姉ちゃん、いないでしょ…?」 「いるわよ」 「え…?どこ?」 そう言ってつかさが周りを見渡す… この子はほんとにここらへんにいると思ってるのかしら… でも私の周りにいるのはほんとだけどね… 「なに見てるの?」 「周りにいるって言ったから…」 「ばかね」 「え?」 「私の目の前にいるわよ」 「…?」 つかさは後ろを振り向く 「誰もいないよ?」 「ほんと鈍いわね…」 「どういう事?」 「まぁいいわ気付かないなら気付かないで」 「…?」 「もう行くわよ、って言ってももう学校だけど」 「…」 つかさは最後までよく分かってないようだった でもそんな所が… … 「じゃあね」 私は教室の前でつかさと別れる とりあえず自分の教室に入り席に鞄を置いたと同時にいつもの二人がやってきた 「おっす柊ぃ」 「柊ちゃん、おはよう」 「おっす、二人共」 「なんだかんだ言ってもうこの日だよなぁ……」 「峰岸、楽しみにしてたでしょ?」 「う…うん、まぁね」 「兄貴と二人でデートかぁ…羨ましいぜ…私らなんて…なぁ…柊…」 「あ、日下部ごめん…」 「ちょっ…柊…私だけ置いてけぼりかよ… で、相手はどんな奴なんだ!?」 「それは日下部には言えないなぁ…」 「そうか!わかったぞ!隣のクラスのあのちびっ子だな!?ちびっ子なんだな!?」 「それはどうかねぇ」 「いや!ちびっ子以外ありえない!」 「大声出すなって…うるさいわよ」 「でも…柊ちゃん、女の子でしょ?」 「ちょっ…峰岸も信じるなよ…」 でも…女なのは変わりないけど… 「だっていつも飽きるぐらいに隣のクラスに行ってるなんて怪しすぎだぜ。いくら妹が心配だからって」 「ほんとに心配なのよ。という事で隣行って来るわね」 「相手教えてくれたっていいじゃんかぁ…」 「みさちゃん、柊ちゃんを応援してあげましょ」 「うぅ…私だって…私だって…」 「じゃあさ、私達三人で過ごすのはどう?」 「あやのがいいんなら遠慮しないけど…」 日下部、なんだかんだ言ってよかったわね。 まぁいいや、つかさのクラスへいこっと 「おっす」 「お、きたきた。でさ…」 「うるさい、もうその話は終わり」 「うぐぅ…」 もう、話すパターンまるわかりね、こいつ。 「それにしても今日は冷えますね」 「そうだね……」 「こんな寒い季節は嫌だわ。こなたぐらい嫌だわ。」 「ちょっとかがみんや、それは酷いんじゃないですか」 「いや、大丈夫よ。こなただし」 「かがみが言う大丈夫は大丈夫なのかねぇ…」 あぁ…なんかいつものやりとり… いつもこんなんでつまらないわ… 少し変化ぐらいあって欲しいわね…もう… 「あ、そうだ。お姉ちゃん一つ聞きたいんだけど…」 「なに?」 「さっき…学校来る前の事…」 「あれね、自分で気付きなさい。以上。もうそろそろ鳴るみたいだし戻るわ」 「そんなぁ…」 … 「つかさ、何があったの?聞かせて聞かせて」 「えっとね…」 …説明中… 「こんな事があったんだ」 「あの後そんな事があったんですか」 「なるほど。かがみがあんな反応するわけだ」 「なにかわかったの?」 「つかさ」 「こなちゃん、なに?」 「フラグたってるね」 「え?ふらぐってなに?」 「今日のうちにわかるよ」 「えぇ…こなちゃんまで教えてくれないなんて…」 「みゆきさん、言っちゃだめだよ」 「はい。わかってます」 「もう…二人して…」 「つかさ、お楽しみは後でとっとくもんだよ?」 「でも…」 … ふぅ… 私は意味も無く窓の外に降る雪を眺めながらため息をついた 昼かぁ…夜まで降ってくれそうね 教室の中まで外の寒さが伝わってきそうね 「柊ぃ、向こうには行かないのか?」 「今日はいいわ」 「じゃあ一緒に食べましょ」 「でもさ、柊、恋するのはいいけどさ、妹はないぜ」 くっ…いつのまにこいつらにまで… つかさ自身はあの事わかってないけど それをこなたに話してこなたが回してるようね… 明日会ったら殴ってやろうかしら… 「…誰から聞いた?」 「ちびっ子だ」 「やっぱりね…」 「でも、柊ちゃん、なんで?」 「そうね、面倒とか見てるうちにね… あの子は放っておけないって感じで…というか離したくない…」 「でも、妹にもいつかは相手ができるだろ?」 「まぁ…私もそこまで拘束する気はないわよ。 でも相手の男がちゃんとした人なら…」 「姉ガードは固いなぁ…狙ってる人、頑張れ」 「と言うかつかさ狙ってる人いるの?」 「なんと言っても嫁さん候補上位だからね」 「どこで調べたのよ…」 「ん、部活の情報」 「あぁ…なるほどね」 「柊ちゃん、今日は妹ちゃんと過ごすの?」 「そうね、ただ家で過ごすのもあれだし、それに…」 「好きだから?」 「うん」 「仲良くていいよな…」 「え、そう?」 「私もそう思う。これぐらい仲良い姉妹いたら邪魔出来ないわよ」 「へぇ…私は普通だと思ってたけど…」 「まぁ…頑張ってね」 周りから見たらやっぱそうなんだなぁ… … う~ん…なんていうかなぁ… 「ふぅ…」 ため息…か… 「つかさー、帰るわよ」 「あ、お姉ちゃん、今行くー」 うん、寒いけど今日は楽しもうか、つかさ 「ね、お姉ちゃん」 雪が降る帰り道で私とつかさは肩を並べて歩く 「何?」 「朝言ってたお姉ちゃんの恋人ってどんな人?」 「んーとね…」 ワクワクしながらつかさがこっちを見ている 仲間にしますか? | はい いいえ はいに決まってるじゃない。 …ってなんでドラ○エになってるんだ… しかもなんだよ仲間にしますかって… 「お姉ちゃん?」 「あ、なんでもないわよ」 「…?」 「とりあえずさっきの話に戻るけど、 えーっとね…いつもそばにいるひとで…」 「学校にいるの?」 「いるわよ」 「へぇ… 「それでいつもドジするような子で…」 「かわいいね」 …自分の事だと気付いていないみたいね それにこなたも余計な事言ってないようね 「いつまでも守ってあげたくなる人かな」 「想像がつかないなぁ…」 「今も近くにいるけどね」 「えっ?」 そう言ったらつかさがあたりを見渡す 「…人いないよ?」 「なんであんたはそんなに鈍いのよ…」 だから守ってあげたく…」 「あ…あぁぁぁぁぁっ!」 「分かった?」 「もしかしてお姉ちゃんが好きな人って…」 「うん」 「こなちゃんなの?」 …わざとやってるのかしら…? 思わずずっこけそうになったわよ 「なんでそうなるのよ…」 「だって…近くにいるって言ったから… えっと…あそこに…あれ?こなちゃんがいたのになぁ…」 つかさが指を指した方向を見てみた あぁ…あれね… 私が見た先には草と一緒に青い毛がぴょこんと生えていた おーい、アホ毛、見えてるぞっと… 本人は隠れたつもりだろうけどね というかつかさ、毛見えてるのにこなたが見えないってどんだけ… ほんとに見えてるのか? 「後…お姉ちゃん、学校にいる時いつもこっち来てこなちゃんといるし…」 「…他にもいろいろ言ったでしょ?ちゃんと聞いてた?」 「う…うん、一応…」 あぁ、聞いてなかったのね この子が言う一応は聞いてない証ね 「もういいわ、遠まわしに言うとどうせ気付かないから直接言うわ」 「なんだ違ったのかぁ…」 「聞いてる?」 「うん。大丈夫」 「私の好きな人はね…」 ふぅ…話しずらいなぁ… 私は一回空を見上げた 「…?」 そしてつかさを見る 「つかさよ」 「えぇっ!?」 まぁ、予想通りの反応ね 「冗談じゃないわよ?」 「でもなんで私…?」 「だから言ったじゃない。ずっとそばにいて守ってあげたいって…」 「そうなんだ…」 ったく、やっと気付いて…とても疲れたわ… 「じゃ…じゃあ朝こなちゃんに言った事嘘じゃないんだね」 「うん、だから今日はつかさと過ごしたいなぁって…。嫌…?」 「私は、嫌じゃないよ。むしろ嬉しいぐらいかな…」 「じゃあ決まりね、今日は二人でどこか行こうか」 「うん、一回家帰ってから行こ」 「そのつもりよ」 …あー、こなた、後ろからついてきてるのバレバレよ 今日一日中ストーキングするつもりかしら… というか、バイトあるんじゃないのか? 「大丈夫、今日はなしにして貰ってるから」 なんか後ろから声が聞こえたような気がするけど気にしない。 気にしたら負けかなと思ってる 「でも、この雪夜まで降ってくれるかな?」 「大丈夫よきっと」 ね、きっと… つかさが願ってたらね… … 「「ただいまー」」 と帰ってきたら家族はみんなクリスマスモードに入っていた 「二人共、おかえり」 「準備早いわね」 「普通こんなもんじゃない?」 「まぁいいわ。とりあえず今日家に居られないから。ね、つかさ」 「うん」 「え?なにそれ、もしかして…」 「そのまさかよ」 「二人して…いつのまに…」 「ま、そういうわけだから。つかさ一回上行こ」 「相手はどんな人なんだ…」 上へ行く時まつり姉さんが何か言ってた気がしたけどきにしない 「いつもそばに居てくれる人だよ」 つかさ…余計な事言わなくて…まぁいいや … どんな服着て行こうかなっと… 「お姉ちゃん!どんな服がいいかな?」 「好きな服でいいんじゃない?私も悩んでるのよね…」 「うん、分かった。お姉ちゃんも好きなように選んでね」 つかさはそう言い残して自分の部屋へ帰って行った あ…そうだ。あの服にしよう そう思いながら私はある服を手にした …着れるかなぁ…? 着れるわよね。大丈夫大丈夫。 … よしっ。丁度よかった。 これで大丈夫。 つかさも準備出来たかな? 少し聞きに行ってみよう 「つかさー、準備出来た?」 「うん、もうちょっと待っててね」 「じゃあ、準備出来たらこっち来てね」 「うん、わかったよ」 扉越しに話しかけそして自分の部屋に戻り少し本を読む… … ふぅ…もう10分経つけどなにやってるのかしら… 私は本を置いて立ち上がる… その時部屋のドアが開いた 「あ、お姉ちゃん遅れてごめんね」 やっと来たか… …ん? つかさの服を見て私はある事に気付いた 同時につかさも気付いてくれたようだ 「お姉ちゃん…その服…」 「つかさも…」 「「誕生日の時私にプレゼントした物だよね…?」」 偶然にも声が重なり同じ事を言っていた 「えへへ…」 「あまり着る機会なかったからね…」 「凄い偶然だね…」 「で…でもコート着るからあまり関係ないわよ。 そ、それじゃあ…まぁ、早く行きましょうよ」 「うん、そうだね…」 不意にドアがまた開いた 「かがみ、つかさ、遊びに行くのはいいけどご飯はどうするの?」 お母さんのようだった 「外で食べてくるから大丈夫」 「うん、私も」 「そう、分かったわ。でも、あまり遅くならないようにね」 「大丈夫よ。私がいるから」 「そうね。後、出来ればつかさにケーキ作ってもらいたかったけど…」 「お母さん…ごめんね」 「気にしないでいいわ。じゃあ…どうしようかな…。 そうだ、買ってきて。お願い」 「うん、わかった。ちゃんと買ってくるわ」 「頼んだわよ」 … 玄関までお母さんが見送りをしてくれた 「二人共、8時前には帰ってきなさい」 「心配しないでいいわよ、そんな遅くまでいるつもりないから」 と言い私達は二人で玄関を出る その後すぐにまつり姉さんがやってきてお土産よろしくと言ってきた はいはい…わかったわよ… 家を出てからしばらくした所でつかさが話しかけてきた それにしても朝より冷えるわね… 「お姉ちゃん」 「なに?」 「雪、夜まで降りそうだね」 「そうね…でも、私寒いのは少し苦手なのよね…」 「じゃあさ…」 「ん…?」 「手、繋ごうよ」 「だ…大丈夫よ、手袋してるし…」 「でも…繋ぎたいな…」 「高校生にもなって…手を繋ぐのは少しかんべんね…」 「じゃあ、腕組もうよ」 「…さらに恥ずかしいじゃない…」 「あぅ…」 「…あーもう…気が狂うわ… 分かったわよ、繋げばいいんでしょ繋げば…」 「お姉ちゃんの手、暖かいね…」 「うっ…うるさいわね…」 もう…恥ずかしい… …私はふと何かに気付いた様に後ろを振り返る … やっぱりいたか… 電柱に隠れてもバレバレですよ、こなたさん。 アホ毛、はみ出て見えてますよ? それにしてもこなたも暇ね。 しかし…こなたに手を繋いでる所見られたらなんて次会った時なんて言われるか… 「お姉ちゃん、どうしたの?」 「…なんでもないから気にしなくていいわよ」 「そっか」 「ところでさ、どこ行くか決まってるの?」 「…何も決めてないわね…」 なんだか後ろで秋葉!秋葉!言ってる変な人いるけど気にしない気にしない。 誰が行くかっつうの…一人で勝手に行ってなさいよ 「どうしよう…」 「う~ん…」 「…思ったんだけどさ」 「いきなりなによ?」 「私達二人で出かけるのって結構久しぶりだよね」 「そういえば…そうね」 「まぁ、だからと言ってなんもないんだけど…」 「でも、確かにここんところは出かけるときこなたたちと一緒だったものね」 「なんか新鮮な感じがするね…」 「まぁ…ね」 「で、私達どこ向かってるんだっけ?」 つかさの言葉を聞いてハッとした 私とつかさは周りを見てみた ここは…あれ?いつのまに電車の中…? いつ乗ったっけ? と言うかこの電車はどこ向かってるの? 「大宮みたいだよ」 と言うかなんだか心の中を読まれた様な気がする… 「まぁ、いっか大宮で」 「うん」 わたしたちは駅を降りてまず最初に目に入ったのがクリスマスツリーだった 「あ!クリスマスツリーがあるね」 「…暗い夜の中そして雪が降る中で光ったらきれいなんでしょうね…」 「うん…」 「でも…なにしよっか…こういうの初めてだし…」 「映画見ようよ。ね」 「そうするか。その後ご飯食べるか」 「そうだね」 … はぁ…なんだかいすに座ってるだけでなんだか妙に疲れたわ… その理由は映画見てたらなんかあると急に腕にしがみついてくるつかさがいたからかな… でも…嬉しかったけどね… …そういえば…こなたもいたわよね… 妙に目立つあの頭のてっぺんの毛…わかりやすいわね… どこまでついてくる気よ… 「怖かったよぉ…だからホラーは嫌い…」 やっぱやめとけばよかったかな? でも…見たかった理由はつかさがしがみついてくるから… 私、変ね… 「まぁ、そこらへんでご飯でも食べましょ」 「…うん」 「でもさ…ご飯食べた後どうする?」 「みんなにお土産とか買わなきゃ」 「あぁ…そうだね」 「それにお母さんからケーキ買うよう頼まれてるでしょ」 「うん」 「あ、つかさ先行ってて。私ちょっと後から行くから」 「お姉ちゃんどうしたの?」 「いや、ちょっとね。だから先行ってて」 「うん、分かった」 雪が降る町の中でつかさが先に行くのを見てる しばらくして私は後ろからついてきてるこなたに近づいて話しかけてみる 「こなた、一緒にくる?」 「いやぁ…やっぱわかってたか…」 「バレバレよ。特にその毛」 「ん~…やっぱこれか…」 「で、一緒に行動する?」 「えー…とね、私は後ろからスネークするだけで充分だからお二人だけで楽しんできなー」 「…言ってる意味がよくわからんけどこなたがいいんならいいわ。じゃあね」 「じゃあねー。…二人の邪魔…出来るわけないじゃん…」 「何か言った?」 「いや、何も」 こなたと話し終えたら私はすぐつかさに追いつく 「お待たせ」 「あ、おかえり。お姉ちゃん。それで何してたの?」 「ん…ちょっとね…」 つかさはこなたがついてきてるのに気付いていないようね。 別にいいけど… 見つけたら見つけたですぐこなたの所行くだろうし… 「まぁ…そこ入ろっか」 「そうね」 … 「ふぅ…おいしかったわね」 「でも、お姉ちゃん…太るんじゃない…?」 「うっ…それは言わないで…まだケーキがあるのに…」 「ケーキは明日までとっとけばいいんじゃない?」 「今日食べなくていつ食べるのよ…」 「それもそうだね…」 「それで、つかさはどんなの食べてたっけ?」 「えーと…あれはバルサミコ酢のなんとか?だったかな」 「バルサミコ酢って何よ…」 「バルサミコ酢って言うから酢の一種だと思うよ。私もよくわかんないけど…」 「よくわかんないもん頼むなよ…」 「いやぁ…なんか…だって食べたくなって…でもおいしかったよ」 「まぁそれでいいんならいいわ」 中にもまたこなたいたけど…何食べてたのかしらね? 私達には知ったこっちゃないけど さて…クリスマスツリーの飾りが点灯するのは…後ちょっとか… 「つかさ、少しお土産でも見に行ってみよう。いいものないかもしれないけど」 「でもどんなの買ってあげる…?」 とりあえず後ろでアニメグッズ!アニメグッズ!言ってる人は無視して。 「だけどあまり高いもの買えないわね…」 「そうだね…お小遣い貰ってから行けばよかったね」 「なんとかいいもの見つけましょ」 「うん」 … 「これ、お姉ちゃんどう思う?」 「あ!これいいわね」 … 「これ、どう?」 「う~ん…微妙だね…」 「私はいいと思うけど…」 … 「あ…これ…欲しかったものだ」 「買えばいいんじゃない?」 「いや…今は我慢するよ」 … 「なんかいいもの見つかった?」 「まだまだ…かな」 「やっぱだめね…」 … 「プレゼント選んだ?」 「う~ん…まだ…」 「なんでもいいわよ」 … 「これ…かな…」 … 「やっぱつかさにはこれね…」 … 「ふぅ…いろいろ探してただけだけど疲れたね」 「そうね…でも中々いい物が買えたわね」 「お姉ちゃん、私のプレゼント選んだ?」 「もちろんよ。つかさもどう?」 「うん、バッチリ!」 「そう、よかったわ」 …外に出たらさっきより寒くなっていた うぅ…でも我慢ね…我慢我慢 つかさは寒く思ってないのかしら? 「お姉ちゃん大丈夫?」 「まだまだ大丈夫よ」 「なら良かった」 この子は言った事を鵜呑みにするのね・・・ 改めてそう思った… それよりこなたは… いいや。もう気にしなくていいわね。あいつは っと…時間は時間は… なんとか間に合ったようね… 「つかさ、今から凄いわよ」 「何が起こるの…?」 「見ててなさい」 来るわね… 5…4…3…2…1… その瞬間クリスマスツリーが光り始めた 「…!」 つかさはこの光景を言葉に出来なかったようだ かく言う私もね… 「…凄いわね…」 「そうだね…」 つかさと見れて…よかったぁ… 「お姉ちゃん、知ってたの?」 「いや…ここ来た時に思い出した」 「でも…雪降る中でこういうの…いいね」 「まぁね…だけど残念だけどそろそろ時間よ…」 「もう少したのしみたかったけど…しょうがないね。わがまま言う訳にもいかないからね」 「そうだ、まだケーキ買ってないじゃない」 「あ…そうだね」 「早く買って帰ろう」 「うん」 雪…不思議なものね… ただの白い粒なのにこんな時だととてもきれいに見えるのは… … 「さて、ケーキも買ったし帰りましょうか」 「うん、疲れたけどとても楽しかったね」 「そうね…またこれればいいわね…」 「きっと来れるよ」 来れれば…いいけどね… そういえばこなたの奴… もういないわね。まぁ、もう帰ったんでしょうね 家へ帰るときもずっと雪は静かに降り続いていた 「静かなところが…やっぱ好きだな…」 「私もね…どっちかって言うと静かな方が…」 …ふぅ…ほんと疲れたわ 「もうすぐ家だから早く帰ろう」 「うん」 … 「「ただいまー」」 しばらくするとお母さんが出迎えてくれた 「あら、おかえりなさい」 「ちゃんとケーキ買ってきたよ」 「はい、お疲れ様。早くあがってゆっくり休みなさい。疲れたでしょう?」 「うん、そうする」 その後は少し休んだ後お風呂入って… ケーキ食べて…お土産を渡したっけ… あぁ…明日は太るな…きっと… みんなと居る時…まつり姉さんにからかわれたな… 相手はどんな人なのかって… 適当に言っといたから大丈夫ね … 私はいま自分の部屋のベットに転がっていた と、ドアの方を見たらゆっくりと開いてきた 「お姉ちゃん」 つかさだった 「プレゼント…」 「あぁ…そうね、忘れてたわ」 つかさはベットの前まで来た 長かった寒い日も終わりね… 「はい。お姉ちゃん」 「うん、ありがと。じゃあつかさも。」 「ありがと。ここであけてみてもいい?」 「…恥ずかしいから自分の部屋で開けてちょうだい」 「うん、そうするね」 そう言うとすぐ部屋を出て行った さてと…私も…開けるか… 「どんなのかな…?」 紙包みを破いてゴミ箱へ捨てる きれいな箱ね… ゆっくりとその箱を開けてみる … そこにはきれいにリボンが二つ入っていた って…私がプレゼントしたものもリボンなんだけど… まぁ…でも…どうしようか… 明日使うのはもったいないわね… かと言ってずっと使わないのもつかさに悪いし… う~ん… まぁ…いいわね。 …もう…つかさ… おやすみ、つかさ 終わり
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7月7日 私に娘が出来ました。名前はこなたと言います。 ほら、隣で寝ているのがこなたです。 かわいいですよね。まだ生まれて一ヶ月ちょっとしかたっていないんですよ。 これから夫のそう君と二人で力を合わせてこの子を育てるんです。頑張っていかないといけませんね!エイエイオー!!……なんちゃって さて、今日は何の日か分かりますか? そう、今日は織姫様と彦星様が年に一度、今日だけ会うことが出来る特別な日。七夕です。 そして願い事を書いた短冊を笹に吊るすと、願い事が叶うって言いますよね? つまり私が何をしているかと言うと、もちろん私だってお願い事をするんですよ! いいんです!子供っぽいってそう君に言われたって、そんな事気にする必要はありません! 大切なのはやさしく素直な心を持つ事です。そうですよね。 さあ、書けました。そう君に見られる前に笹に吊るしてしまいましょう。 織姫様、彦星様。どうか私の願いを叶えてください……。 こなたの背は私に似ず 性格はそう君に似ませんように かなた 同時刻 今日の早朝、私は双子の娘を産んだ。 これでこの子の姉二人を合わせて四人姉妹となり、男を産む事は結局なかった。 それでも神様から授かった赤子なのだ。大切に育てていこう。 今日はこの子達の誕生日であり、七夕でもある。 これはきっと偶然ではなく、何か特別な意味があるに違いない。私はそう信じたい。 「お母さん、大丈夫?」 この子の姉となったいのりやまつり、それと旦那が、私と双子が眠る病室へやって来た。 いのりとまつりは、自分の妹たちをまじまじと見つめ、楽しそうに二人で話をしている。 「ねえ、あなた。短冊にお願い事を書いたの。境内にある笹の林に結わえてもらえないかしら」 旦那は無言で短冊を受け取ると、やさしく微笑んでくれた。おめでとう、って。 つかさとかがみに 織姫様、彦星様のご加護がありますように みき それから17年後の7月6日 つかさとかがみは、自分の家の境内に友人のこなたとみゆきを招き入れていた。 最近は梅雨の真っ只中らしく、四人はなかなか太陽を拝む事が出来ないでいた。 夕暮れだと言うのにむしむしと湿気と気温ばかりが高く、これでは彼女らの不快指数がうなぎ登りだ。 「や~、さすが神社の子は違うね!自分の家に笹林があるなんてさ!」 「えへへ。でもこなちゃんが急に私の家に来たいって言うからビックリしちゃった」 「せっかく来てもらったのにこんな天気で、なんか悪いわね」 かがみがそう言って空を見上げた。 今日は七夕前日だと言うのに空は雲に覆われていた。そもそも星が見られないのは毎年の事だからと、あまり期待はしていなかったのだが。 「まあ、天気の事は仕方ないよ」 「明日は雨という予報ですし、残念ですが今年も織姫彦星は見る事が出来そうにありませんね」 三人はお互い目を見詰め合うと、はぁ~とため息を吐き、なんだかそれがおかしくて自然と笑みがこぼれた。 今回三人がここに集まったのは、もちろん七夕でやらなきゃならない行事をするためだ。 これをしなけりゃ七夕は始まらない。 「じゃ~ん、短冊は私が持って来たよ!」 「おー……。なんてお願いしようかしらね」 「おっと、その前に、織姫と彦星ってなんて名前の星か知ってる?」 「織姫がベガで、彦星がアルタイルでしょ?」 「そのとおり!じゃあ、それぞれの距離って知ってる?」 「たしかベガが約25光年、アルタイルが約17光年ですね」 「あんた、さすがというか、良くそんな事知ってるわね」 「いえ恐れ入ります……」 「みゆきさんの言うとおり。彦星は光の速さで17年、織姫は25年かかるんだよ。だからさ、短冊に書いたお願い事があの星に届くには、彦星には17年、織姫には25年かかるってわけさ。つまり、今書いた願い事は、17年後か25年後に叶うはずなんだよ!」 「ほわ~~~~」 「あれ、つかさ?あぁダメだ。全然付いて来れてないわね。後でゆっくり教えてあげるわ」 「いずみさん、すごい事を考えていらっしゃるんですね。でももしそうなら、織姫と彦星に願い事が届いて、更に実際に地球で叶うまでには、往復分でまた17年と25年の時間がかかりませんか?」 「それは、神様なんだからきっと何とかしてくれるって!」 「そんなまた適当な。あれ?こんな展開、何かのラノベにもあったような……」 「かがみん、細かい事は気にしないのがいいよ~」 こなたの提案から、四人は彦星用に17年後と織姫用に25年後と、それぞれの時に叶って欲しい願い事を短冊に書き記す事になった。 あたりは徐々に暗くなっていき、手元が見えづらくなった頃には、短冊は林の笹に結わいつけられていた。 気温はやや下がり、心地よい風が四人の汗ばんだ肌を冷ますと、そのままサラサラと周りの笹の葉を鳴らして通り過ぎていった。 いくら空が曇っていようとも、笹の林は十分に神秘的な雰囲気をかもし出しており、四人は緊張感に似た、言葉に表しがたい何かを感じていた。 「つかさはなんて書いた?」 「えっとねぇ、『17年後も皆いっしょでいられますように』と『25年後も皆いっしょでいられますように』だよ」 「むー、それってさ、お願いが届くのが17年後でお願いが叶うのは更に17年後にならない?34年も先のことを言ってることになるよね?書くんだったら『皆いっしょでいられますように』だけで言いと思うんだけど」 「え?そっか……。で、でもそれでもいいかも!34年後と50年後にも皆一緒になれるよ!」 「それはロマンチックですね。ずーっと私たちが一緒です」 四人の楽しげな会話は、笹林の静寂の中に溶け込んでいった。 その日の深夜、ちょうど日付が変わろうとしていた時だった。 四人……いや、深夜アニメを見るために待機している約一名を除く三人が眠っている時間の事。 雲の上で日本中の誰かに見られてることのない、七夕の主人公である2つの星の1つアルタイルが一際強く瞬いていた。 気流の乱れが光を屈折させてそう見えたのか、あるいは星自体が光を発したのか。 誰にも見られる事も無く、ただひっそりと瞬いていた。 7月7日 「まってー、お姉ちゃ~ん!」 「つかさ急いで!あんたが寝坊するのがいけないんでしょうが!!」 「う~、だって目覚ましが勝手に切れてたんだもん……」 「切れてたんじゃないわ、きっとあんたが自分で切ったのよ。無意識で。もういいわ、とにかく走って」 かがみとつかさは慌しい朝を迎えていた。 かがみはどうにかこなたとの待ち合わせ時間に間に合わせたく、あせる気持ちが強くあった。 どうにか間に合ったにも関わらず、バス停にはこなたの姿が無かった。 「はぁっ、はぁっ。こなちゃん、いないね。ひぃ、ふぅ」 と言ってもこなたが遅刻してここに時間通りに来ない事は、それほど珍しい事でもなかった。 ただ、ここまで苦労してたどり着いたかがみにとっては、「またか」では済まされる事はなかった。 「あいつ……、あとで説教してやるっ」 どうせ携帯にメールや電話をしたところで、普段から携帯を携帯していないこなたと連絡が取れるとははなから考えてはいない。 結局、バスがやって来るまでこなたは現れなかった。 おそらくこなたはまた遅刻だろう。これもいつもの事であり、つかさとかがみは先にバスに乗ることにした。 「おはよう、ゆきちゃん。こなちゃん、また遅刻みたいだよ」 「おはようございます、つかささん。今日はお誕生日でしたよね、おめでとうございます。泉さんならほら、そこにいらっしゃいますよ?」 つかさはみゆきが指差す方向を見たが、こなたの姿は見つからなかった。 「え~、どこ~?」 「ほら、そこですよ。自分の席で本を読んでいらっしゃいます」 「ほぇ~……」 確かにこなたの席で本を読む少女の姿があった。それは青く長い髪で、トレードマークのアホ毛と無きボクロがある。 「え?え?ほ、本当に、こここここここここここなちゃん?」 「あ、つかさ?」 しかし、目の前のこなたの姿は、スレンダーでキリっとしておりで、背がつかさよりも高くて、見た目の幼さが完全に消えたこなたの姿だった。 もしもこなたの成長が止まらず、そのまま背が伸び続けていたならば、まさにこんな体格になっていたかもしれない。 「つかさ、今日は17歳の誕生日でしたね。おめでとうございます!」 「な、なんじゃこりゃ―――――――――!!!!!!!」 賑やかな教室の中で、つかさの悲鳴がこだました。 昼休みになり、かがみは初めてスレンダーで大人なこなたを目の当たりにした。 その前につかさから話は聞いていたため、かがみの悲鳴がこだまするような事は無かったが、それでも狐に化かされているんじゃないかと、到底納得など出来なかった。 「な、なあこなた。えっと何から聞けばいいのか……」 「なんですか?かがみ……」 「じゃあ単刀直入に、なんでそんな格好になっちゃったのよ。なんでみゆきみたいに敬語なのよ」 「えっとー、なんのことですかぁ?私はいつも通りだと思うんですけど。そ、それに敬語だっていつもの事じゃないですか……」 「あんたまさか本気なの?あぁ、なにがなんだか……」 「ねえゆきちゃん。こなちゃんの言ってる事って本当?」 「ええ。本当ですよ。どうしてですか?」 「え、ええとね……。うん、なんでもないよ」 「そうそう、かがみとつかさ~。今日、私の家に来ませんか?」 「はあ?」 「いや、実は誕生パーティを開こうと思ってるんですよ。だから、ぜひぜひ来て欲しいな~って」 かがみとつかさはお互いを見つめあい、そして無言のまま小さく頷いた。 「行くわ!」「行くよ!」 「じゃあ決定!学校が終わったらそのまま私の家に直行です!」 何が起こっているのか全くわからない二人にとって、こなたの家に行けることは幸運だった。 なぜこなたの姿が変わってしまったのか。はじめあれがこなただと気が付けなかったほどの変わりようだ。 性格まで変わっているように思う。普段のこなたに比べて、素直になっているようにかがみは感じた。 もう一つ気になるのは、こなたが変化した事を認知しているのが、つかさとかがみだけだと言う事だ。 みゆきによれば、こなたはいつも通りだと言う。クラスメイトも特にリアクションも無く、つかさとかがみだけが取り残されたようだった。 本当は皆の方が正しくて、私たちが間違っているんじゃないか。つかさにそんな考えが頭をよぎり不安にさせた。 そういった答えが、もしかしたらこなたの家にあるかもしれない。いや、ここに無ければ、他に答えを見つける当ては無い。 こなたの家は、つかさとかがみにとっての、唯一の頼みの綱だった。 こなたの家は小さかった。いや、かがみとつかさが知るこなた家が特別大きかったのであって、今のこなたの家のサイズは通常サイズと言えるかもしれない。 庭にはいくつかの花壇があり、良く手入れされていてとてもきれいだ。 洋風に統一されているようで、芝生が青々としていて所々に小人の形をした置物が陳列しており、いかにも女性が好みそうな庭だった。 はたして、こっちのそうじろうはこんな趣味なのだろうか?かがみは疑問に思った。 「ただいま。お母さん」 「お帰りなさい。かがみちゃんにつかささん、みゆきさん。お久しぶりですね」 目の前に現れたのは、かがみとつかさが求めていたこなたの姿だった。 小さくて胸が無く、あのちまっこい、なつかしのこなたの姿だった。 しかしよく見ると、雰囲気や物腰の違いが直ぐに分かる。 むしろこれは今のこなたとそっくりだった。 そして、見た目の違いにも気が付いた。こなたのトレードマークである、アホ毛、泣きボクロ、猫のような口が無い。 それらも今のこなたに受け継がれていた。 目の前にいる人間、それはこなたの家に遊びに行くたびに見ていた、部屋の片隅にいつも置かれた写真の中の人物。 「わ、小さいこなちゃん!」 「それは言わないで―――」 「まさか……。あ、あなたはもしかして、こなたのお母さんですか?」 「え?こなちゃんのお母さん?かなたさん?」 「え、そうですけど……、どうしたんですか?そんな怖い顔して」 「そんな、そんなまさか!」 「お姉ちゃん大丈夫?」 「うん。じゃあ、あの。もしかして、こなたのお父さんは?そうじろうさんはどうしたんですか?」 「かがみ、どうしてそんな事を急に?」 「ごめん、こなた。どうしても知りたいのよ……」 「そう君のですか……?知ってると思うけどそう君は死んじゃってます。そうですよね、こなたの親友だし、大切な事も知っててもいいですよね」 あのね、そう君は病気で死んでしまったんですよ。 あれはこなたがまだ中学生の頃でしたね。やさしくて一途なひとでした。 そうそう、そう君ね死んじゃう直前は私たちや、こなたのいとこの、ゆたかちゃんやゆいちゃん囲まれていたんです。 そうくんよっぽどうれしかったみたいで、『俺の人生は勝ち組だったよ、最高の萌え死にだ』なんて言って息を引き取ったの。 「私にはあまり意味がよく分からなかったけど、きっと幸せだったんですね」 「あぁ、まぁ。おじさんらしいと言うか、突っ込んでいいのか悲しむべきなのか……」 初めは面食らっていた二人だったが、お互いを大切な親友だと想いあっていることは、以前となんら変わっておらず、次第にこの状況にも馴染んでいった。 つかさとかがみの誕生パーティは順調に進んでいた。 次第に空は暗くなり、七夕を祝うため短冊を飾る家がいくつか見えた。 泉家の質素で小さなベランダにも、かわいらしい小さな笹が飾られていた。 「私からは、はい、リボンですよ!つかさとかがみのために、手作りしたんです!」 「わー、こなちゃんありがと~」 「団長とかは書いてないのね……」 「では、私はペンケースです。すみません、泉さんのように手作りは難しかったです」 「そんなことないよ。すごくうれしいよ!」 そこにかなたが、ろうそくを17本立てた特大ケーキを持ってやって来た。 ほんの少し前まで、絶対に会うことの無いだろう人物だったはずの人間。 しかしかなたの性格が幸いしたのか、かがみたちが抱く違和感は直ぐになくなっていた。 かなたの、昔から会っていたかのような親しみやすさが、二人にはうれしかった。 「七夕がお誕生日だなんて、ロマンチックですね~。こなたが生まれて直ぐのときにも、短冊にお願い事書いたのよ~。今日でちょうど17年前の事になりますね」 「そうなの~、どんなお願いだったんですか?」 「そうねえ、こなたの背は私に似ず、性格はそう君に似ませんように だったかしら。ちゃんと願いが叶ったみたいですね。 こなたが立派に育って、うれしいでしすよ。ふふふ。いや、その、別に私が背が低い事を気にしていたわけじゃないんですよ!」 「お母さん!恥ずかしいなぁもお。私は短冊が無くてもちゃんと育ってました!」 「むむ、短冊にお願い……。17年前……」 時間が過ぎるのはあっという間だった。 もうそろそろ帰らないと、みゆきが乗る最終バスに間に合わなくなってしまう。 帰らなくてはいけない。そう、小さなこなたがいるあの世界に、帰らないといけない。 七夕と言う、特別な日はもう直ぐ終わってしまう。 大きなこなたと、かなたとの別れには複雑な思いがあった。 しかし別れなくては、帰れないのだから。 つかさ、かがみ、みゆきの三人は、夜道を歩いていた。 昨日の天気予報では雨と言われていたにもかかわらず、夜空を見上げると満天の星空が広がっていた。 かがみは少しずつ気が付き始めていた。ここは、自分がいた世界とは違うのではないかと。 「ねえ、お姉ちゃん。ゆきちゃんに正直に言おうよ。今の私たちのことを。だってこのままじゃ帰れないよ?」 「うん……。なんとなくわかってきたのよ。でも……。ねえみゆき」 「はい、なんでしょか?」 かがみは、みゆきに全てを明かす事にした。 世界が違っていても、みゆきとは親友のはず、そう信じていたからこそ打ち明けた。 「まさかそんなことが……。にわかには信じられませんが……いえ、かがみさんがそうまで言うのなら信じます」 「ありがとう、みゆき。こなたの家に行って、いくつかヒントを見つけたわ」 「お姉ちゃんすごい!なにが分かったの?」 「すごく、迷惑な話だけど、どうも、かなたさんの短冊の願いが、17年目にして成就しちゃったみたいなのよ。小さいこなたが言ってたじゃない、アルタイルまでお願い事が届くには17年かかるって」 「えー!?本当に叶っちゃったんだ!」 「それはすごい話ですね」 「性格がおじさんに似ないようにするには、かなたさんは必要不可欠で、途中で死んじゃうわけには行かないし。 あとは、かなたさんが作る栄養バランスの取れた食生活でこなたの身長が伸びたのかしら?きっとあいつコロネばっかり食べてるから大きくなれないのよ」 「つまり、願いが叶うと同時に、かなたさんの寿命が延びたということですか?」 「そうなるわね……」 「じゃあ、なんで私たちだけ、こなちゃんの背が低い事とか、かなたさんが死んじゃってる事を知ってるの?」 「なんでかは分からないけど、ここ、願いが叶った世界と、私たちが知ってる願いが叶わなかった世界の二つがあるんじゃないかって思うのよ。それで私たちが、願いが叶った世界に移ってきたんじゃないかって。私の考えはここまでなんだけど、みゆきはどう思う?」 「そうですね……。私が今まで一緒にお付き合いしていた、つかささんとかがみさんは、今の背の高いこなたさんととても仲が良かったんです。 それが突然、お化けでも見てるかのような目でこなたさんを見るようになってしまって、私もちょっと変だと思ったんですよ。 途中からまたいつもどおりに仲が良くなってきて安心していたら、突然こんな告白をされて、実はちょっと戸惑ってます」 「ごめんねゆきちゃん。私たちも困ってるの。助けて~」 「もちろん、お力になれることはできる限りのことをいたします。 まず、私の知っているつかささんとかがみさんが何処へ行ってしまったのかを考えると、 やはりかがみさんのおっしゃるように、実は世界が二つあって、もう一つ世界へあなたたちと入れ替わったのかもしれませんね」 「そっかー、こっちの世界にも私たちがいたんだもんね。いまごろ背の低いこなちゃんと仲良くしてるのかな」 「えぇ、私も今までのかがみさんとつかささんに会えないのは辛いんです……。でもどうしてかがみさんとつかさんだけが?」 「さあ、これも七夕関係なのかしらね~。七夕生まれの私たちに対する彦星の気まぐれかしら」 「そ、そんな~~。困るよ~。どうしたら戻れるのかな?」 「また短冊に書いてお願いするとか。返してくださいって」 「しかしそれが叶うのは17年後の事ですよ。書かないよりはマシかもしれないですが……」 「「う~~~~ん……」」 つかさとかがみは、かがみの部屋で一緒に眠っていた。 一人用のベッドに二人入るのだから、当然窮屈で、お互いの体温や寝息が聞こえてきそうだった。 一緒に寝たいと言い出したのは、つかさの方だった。 自分たちは外の世界から来た、この世界ではただ二人だけの異世界人。 そう考えると、この世界にいるべきではなくて、全てから仲間はずれにされそうな気がして、怖くて悲しかった。 今の、背が高くて少し大人びているこなた。でも自分の世界のこなたと同様にやさしくて、ただ喋っているだけでも楽しくて、やっぱりあれは、こなただった。 そう考えると、この世界もそれほど悪くは無いかもしれない。 「ねえ、お姉ちゃん。起きてる?」 「なんだ、あんたも眠れないの?」 「うん……。本当に明日は元の世界に帰れるのかな?」 「正直、神のみぞ知るって感じよね。でも、つかさが思いついたあれなら、きっと明日には戻ってるわよ。あんたらしくなく、よく思いついたわよね」 「えへへ、昨日短冊書くときに、似たような失敗してたから、そう言えばって……。こっちの世界のこなちゃんもゆきちゃんも、かなたさんもいい人だったね」 「……。あんた、本当は戻りたくないの?」 「ううん、帰りたい。でも、楽しかった。この思い、こっちの世界の人に伝えくて……」 「……。寝ましょう。明日はまた学校なんだし」 「うん……」 この日の夜も、アルタイルが強く瞬いていた。 よく晴れたこの日、たくさんの人がそれを見たかもしれない。しかしそれに興味を持つような人は結局いなかった。 ただただ静かに、アルタイルは瞬いていた。 7月8日 「あーもー、一緒に寝たから、一緒に寝坊しちゃったじゃない!」 「うー、私のせいじゃないもん!」 「とにかく急ぐわよ!」 かがみとつかさは慌しい朝を迎えていた。 かがみはどうにかこなたとの待ち合わせ時間に間に合わせたく、あせる気持ちが強くあった。 どうにか時間に間に合い、バス停を見ると、そこには背の小さなこなたの姿があった。 「うわ~~、こなちゃんの背が低い!背が低いよ!お姉ちゃん!」 「あー、小さいこなた~。会いたかったわ~!」 「な、なんだなんだ!?私を小さいって言うな―――――!!」 学校にはみゆきの姿があった。 「あ、ゆきちゃんおはよう!」 「おはようございます。あのう、失礼ですがどちらの世界のつかささんでしょうか……?」 「ゆきちゃん、私たち帰ってきたよ。小さいこなちゃんの世界に戻ってきたんだよ」 「戻ってきたんですか!?あぁそれはよかった……」 「ゆきちゃん、背の高いこなちゃんの世界の私からのゆきちゃん宛のお手紙が、私の机の上においてあったよ。やっぱり私と考える事同じなんだね。私も向こうの世界で気持ちを伝えたくて手紙を書いて置いておいたんだ」 「また、背が低いとか高いとか、私の体にイチャモンつける気?私だって好きでこうなったんじゃないやい!」 「えへへ、背の高いこなちゃんも、背の低いこなちゃんも大好きだよ!」 「だから背が高いとか低いとか、一体なんなんだ―――――!!!!」 2年B組に、和やかな笑いが広がっていた。 境内にある、笹の林の中に、短冊が一つ新たに吊るされていた。 昨日降った雨のために、ぐしゃぐしゃに濡れてしまい、何が書いてあるかかろうじて読める程度だった。 17年前の私たちを、 背が高いこなちゃんのいる世界に戻してください つかさ かがみ 「あ、そう言えば……」 かがみは2年C組の教室で、一人あることに気が付いていた。 「今回はアルタイルだったけど、もう一つ、ベガの距離が25光年。25歳の誕生日のときにもなんか起こるかも」 「なんだよ柊、にやにやしてなんだか不気味だぜ~」 「な、なんでもないわよ!」 2年C組でも、和やかな笑いが広がっていた。
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チャリンチャリーン! 私、泉こなたは――――ママチャリで荒廃した都市・メトロシティを爆走していた。そこら辺に転がっているコンクリート片に躓かないように、注意して走る。 ―――後ろを見る。かがみも三輪車を乗りこなし、しっかり私の後に付いてきている。 ・・・・ことの始まりは、昨日、かがみ宛に届いたビデオレター。それには―――誘拐されたつかさと、いかにもガラの悪そうな男どもの映像が流されていた。・・・何が目的かはわからない。ただ手紙の届け先には『メトロシティ』と記されていただけだった。 「相手が素手で戦うとは限らない・・・。いざとなれば百歩神拳を使わざるを得ない」 百歩神拳とは・・・・・かつて神が使っていたと伝えられている、一子相伝の暗殺拳。30年前、ある中国人がプロレスのリングで使ったと記録されているが・・・・詳細は不明な技だ。 キコキコキコキコ・・・ 「ま、待ちなさいよっ!二輪と三輪じゃ全然加速度が違うじゃないっ!っていうかお前の自転車で二人乗りすればいいんじゃないのっ!?」 「・・・・あ~~~。駄目だよー、かがみ。こういうのは雰囲気が大切なんだから・・・・。もう、かがみのせいで一気に冷めちゃったよ・・・あーあー」 「ぐ、く・・・た、頼むからマジメにやってよね。つかさの一大事なんだからさ・・」 そうそう、そうなのだ。つかさの一大事! 悪党どもにさらわれたクラスメート。そしてそれを助けに行く主人公こと私・・・・。ああ・・・・燃える! あ、ちなみにかがみは2Pキャラね。 ――――おっと、1stステージ突入!前方を見れば、早速そこらにたむろっているモヒカンどもに遭遇した。 「よーーーし、行くぞーーーー!!!かがみっ、ちゃんと私について来てねっ。そりゃー」 「いでぇっ!?あ、あ、あんだあああああっ!!?」 自転車から飛び降り、モヒカンの頭に蹴りをくれてやる。あまりのことに動転し、しばらく私達の様子を伺っている。 「アンタ達、私の妹のつかさを誘拐したわね!?取り戻しにきたわっ!」 「はんだぁ~~~~???ちょーうざっど~~~。おめ、タレのコーハーよ?刺身にしてやんど~~~~?(ビキビキ)」 おーおーおー、いかにも不良漫画に出てきそうな顔とセリフ!このシチュエーション・・・・おおおおお燃えてきたーーーー!!! 「上等だねっ!百歩神拳を解き放ってやる!百戦百勝脚!レッグラリアート!!」 「ギャー」 「行くよかがみ!多分このまま前に進んでいけばつかさに会える!あ、あとそこにあるドラム缶壊しちゃ駄目だよ?」 「ええ・・・?で、でもこなた、やりすぎだと思うけど・・・」 「大丈夫だってば。その内似たような顔した連中がぞろぞろ出てくるから」 非常に困惑顔のかがみ。――――まぁ今まで普通に暮らしていた分、荒事には慣れてないいだろね~。でも、いかにも弱そうなキャラでも、レベルを上げると一番強くなる物さ! 「ほらっ、急ごう、かがみっ」 「え、ええ・・・」 ―――――数分後 「じょ、冗談でしょう・・・?」 「ね、私の言ったとおりだったでしょ?」 私の予想通り、同じ顔のモヒカン男がゾロゾロと集まってくる。皆一斉に私たち目掛けて襲い掛かってきた。 「シャラッ!!だっでんっ、ねっぞッッ!?!?」 「いやあ~~~、せめて日本語喋って~~・・・・」 「―――っと、危ないっ、かがみ!烈火飛龍脚!・・・・・・・おっと、これはやっこさんいい物落としてくれたよ。はいかがみ。トンファー」 「と、とんふぁー??」 「うん。たかがトンファーってナメちゃあいけないよ。コレを極めた者は最強になれるんだから」 完全に怯えきっている彼女に、無理矢理トンファーを渡す。さっき私が言ったことは気休めでも嘘でもない。トンファー上級者ともなれば、目からビームをだせるものさ。 「パオラッッッ!ツレ、ずった!」 「キャーーー、トンファーキック!」 かがみのトンファー技を喰らい、吹っ飛んでいくモヒカン。これは・・・・もしかすれば、彼女、才能あるかもしれない・・・・。 「その調子だよかがみ!よーし、どんどん前へ進もう!」 その後も・・・・続々とモヒカン男が出現し、私達を襲い掛かってきたが・・・・焼け石に水。私達の防波堤としては余りに脆く、多くの命が散っていった。そして―――― 「・・・アンタがこのステージのボスだね?」 「ステージ?ボス?何を言っているのですか、君は・・・。しかも私の部下をこんなにまで痛めつけてくれるとは・・・・。これ傷害罪で訴えられますよ?」 「その前に・・・・つかさを返しなさいっ!知ってるんだからね・・・あんた達が連れ去ったって!」 「つかさ・・・・?いえ知りませんねえ~~~。私は帝愛グループの歯亜戸(はあと)という者ですが・・・あなた達、警察がここに来るまでちょっと居なさい」 はあと・・・・。異様に太った、ツルツル頭の男は、はあとと名乗った。 ハァト、ハート・・・もしかして、これって・・・。 「えいっ」 プチッ 丁度持っていた裁縫針で、はあとさんの手をチクッと刺す。するとプツッと血が滲んできた・・・・・。 「ギャーー、血が、血がああああ~~。いでえよおお~~~」 ―――穏やかに私達に話しかけていた男が、裁縫針にて傷つけられた指を見た途端、気が狂ったかのように暴れ始めた! 「やっぱり!ハート様は血を流すと凶暴になるんだ!気をつけてねっ、かがみ!」 「ちょっと!何でワザワザ相手を怒らすのよ!?し、しかも何で私に話を振るのよ~~~~!」 「いでえよおおお!!?」 先程の穏やかな振る舞いとは打って変わり、暴徒と化したハート様がかがみに襲い掛かる。張り手が――――かがみに襲い掛かる! 「ぐっ、くそ・・・トンファーパンチ!」 「あ、それは駄目!」 ハート様にパンチは効かない。分厚い脂肪の壁に阻まれて、衝撃が吸収されてしまうからだ。 案の定、かがみのパンチが全く効いた素振りなどなく、そしらずにハート様は暴れまわっていた。 「わっ、ど、どうしようこなた・・・。私のトンファー、効いてないよぉ~・・」 「うーーーん・・・・・・・・・ポク、ポク、ポク、チーン。ひらめいた」 私の頭の中に、ジョースター卿の顔が思い浮かんだ。 「何?かがみ。ハート様に攻撃が効かず、どうすればいいかわからない?・・・かがみ、それは無理矢理ダメージを与えようとするからだよ。逆に考えるんだ。『放っといてもいいや』と考えるんだ」 「えっ?え、えと・・・?」 「逃げよう」 気が狂ったかのように暴れまわるハート様だったが・・・幸い私達の姿は見えていないようだった。これなら逃げても気づかれないだろう。 急いでずらかる私達女子高生二人。 何か壁を壊したり、モヒカン男を放り投げたりしてるけど・・・まぁ、それは私達じゃなくハート様がやってるってことでさ・・・・こらえてくれ。 「こ、怖かったー・・・。つかさ、無事かなぁ・・・」 「無事だといいね~。まぁ多分大丈夫だよ。さぁ、第2ステージに急ごうか」 今度はエレベーターに乗るみたいだ。 ただしこのエレベーターは広く、人が20人ほど乗れそうなくらい大きかった。しかも・・・・何故か壁、そして天井がなく露出した作りとなっていた。――――これは、まさか・・・・。 「かがみ、気をつけてね。こういう場所ってある法則があるんだよ・・・」 「???」 スイッチを押し、エレベーターが動き始める。――――すると・・・。 「・・・・だじでっ!ぞおおおおおおおい!?」 「きゃああああああっ!?」 「やっぱり!上から色々降ってきた!」 相変わらず意味不明な言葉を吐きながら、モヒカン男とは違った新種、安全第一ヘルメットを被った男達が、上から飛び降りてきた! 「百裂拳!龍尾脚!」 「きゃあっ、トンファータックル!トンファーまきびし!」 いくらいようと私達二人の敵ではない――――。頑張って降りてきても、直後に私達によって蹴散らされていたりする。 「ふー、あらかた片付いたね」 「はぁ、はぁ、つ、疲れたわ・・・」 「何言ってんのかがみ。まだボスキャラがいるハズだよー」 そう言った直後・・・また上から誰かが降ってきた・・・! ズシン・・・ざわ・・・ざわ・・・ 「あ、あ、あ・・・・・・あんたら・・・!ううっ、ひでえ・・・・・・。俺達無理矢理働かされて・・・・・・いや!働いていただけなのに・・・・!なんていうか・・・・・・・・不条理っていうか・・・・・ひどすぎる!」 「あ、あのー・・・」 「ひどい・・・・・・!ひどすぎるっ・・・・・・!こんな話があるかっ・・・・・・・!命からがら・・・・・・・やっとの思いで・・・・・・・・ううっ!」 「あの・・」 「不条理っ・・・・・・・・!鬼・・・・・!悪魔・・・・・!ひでえ・・・・ううっ!せっかく手にした奴らの未来・・・・・・希望・・・・・・・・人生をっ・・・・・・・・!」 妙に鼻とアゴが長い男が出てきて、突然愚痴り始めた。その内容は、イマイチ筋が通っているのか通ってないのか、解りにくいものだったりする。 「とりあえずえいっ」 ボカッ 「(ぐにゃっ)うおっ・・・・・・!ぐうっ・・・・・・!そんなっ・・・・・・・!どうしてっ・・・・・・!?どうしてっ・・・・・・!?」 なが~い前フリの割にはあっけなく一発で気絶するアゴ男。えーと、お疲れ様でした。 「さ、さあ行こうかがみ。つかさが待ってるよ」 「え、ええ。行きましょうか」 遂に第3ステージに突入!そろそろ終わりに近づいてきてるハズだよっ! 「む、目の前にあるこのビルが怪しい。中に入ろう、かがみ」 「え?でも私達アポとってないんだけど・・・」 「何を甘いこと言ってるのさ!ここはきっと悪の秘密結社だよ!放って置いたら世界が核の炎に包まれちゃうYO!」 「そ、そうなの?」 ・・・全くかがみはわかっていない。こんな黒色のビル、悪の本拠地だと昔から決まっているというのに! 戸惑うかがみの腕を無理矢理引っ張り、黒ビルへと突っ込む私達。自動ドアが開いた直後、美人の受付のお姉さんが目の前にいた。 「ねぇねぇ美しいお姉さん。つかさいる?ここに捕らわれているんでしょ?」 「―――いらっしゃいませ。あの、申し訳ありませんがアポは取っておられるでしょうか?」 「ないよ。ねぇ、つかさいるの?いないの?」 「・・・誠に申し訳ありませんが、事前に連絡を頂いてない場合の急なご来社はご遠慮して頂いておりますので。また後日、連絡を頂けませんか?」 「・・・・・入らせてくれないんだね。なら、こうするまでだよっ!」 スタタタタタ! お姉さんの引き止める声を無視し、急いで2階まで走る。―――なかぬなら、なかせてみせよう、ホトトギス。 「きゃーー!強盗!強盗よ~~~~!!!誰かっ、誰か来て~~~~~~」 「なななな、ア、アンタァ!!!??こ、これって立派な犯罪よ!?どう言い訳する気よっ!?」 「どーもこーもないよっ。多分ここの最上階につかさはいるねっ!絶対だよ」 「何で多分と絶対を一緒に言うのよ?!これでつかさがいなかったら、アンタただじゃ置かないわよ!?」 ツンツン私につっかかるかがみ。 でも・・・・ツンがあるからこそ、貴重なデレに萌えるんだよなぁ。・・・・あれ、私ってM? 一呼吸置いた後、階段を登る私達の前に、お馴染みのザコキャラがうようよと出てくる。今度はグラサン、角刈り、黒スーツのいかついおっさんだけど・・・・。 んだけどやっぱり雑魚は雑魚。やられる運命なんだなぁbyみ○を 「荒馬封奪!烈火太陽脚!」 「トンファー頭突き!トンファーヒップアタック!」 何の苦もなく黒スーツどもを蹴散らす。私達は・・・・・無敵だ! 「はぁっ、はぁっ・・・・こ、こなた!もうすぐ最上階よ!」 「おk、かがみ。そこら辺にゴツイ扉ない?多分そこだよ」 「こっ、これじゃない?」 かがみは指す方を見てみると・・・・・十分過ぎるほどゴツイ、鉄張りの、真っ赤に塗装された扉が見えた。 「よし・・・・。ここにつかさがいる。―――そして、最後のボスもね」 「ゴクッ・・・」 ゆっくりと、扉を押し開ける・・・・・。 ギギギギギギ・・・・・ そこには――――― 「つかさ!」 気絶してベッドに寝かされたつかさと、そのすぐ横に、妙に威厳のある小男が座っていた。 「ほっほっほ。アナタ達、こんな所に勝手に入ってきちゃ駄目でしょう?早くお帰りなさい・・・」 「あなたがつかさを誘拐したのね・・・・!覚悟しなさい!」 「ほ・・・?何を申されるのです?この子を誘拐だなんて・・・。――――そうそう、自己紹介が遅れました。私の名は不理居座といいます。帝愛グループ埼玉支店の社長をしております。以降お見知りおきを」 ふりいざ・・・。 オカマ口調のその男は、恭しく自己紹介をした。 「泉こなたって名前だよ・・・。フリーザ!つかさを取り戻すために・・・勝負だ!」 「私は柊かがみというわ名よ。・・・つかさを誘拐した罪、その体で払ってもらうんだからね!」 「・・・丁度いい。ここの所、長らくデスクワークでしたので体がなまってなまって仕方がなかったんですよ。少しウォーミングアップに付き合ってもらいましょうか」 ラスボス戦・・・。これに勝てば、全てが終わるんだ―――――! 先手必勝。いの一番に、私はフリーザ目掛けて攻撃を放った。 「心突錐揉脚!」 「なんの!」 あっけなくかわされた――――。なら、これなら・・・! 「烈火飛龍脚!」 「おっほっほ・・・」 「隙あり!トンファー・ツインテール・ウィップ!」 「ホーーッホッホッホ」 これも・・・当たらない・・・。 「ほっほ、中々の身体能力をお持ちのようだ。でもそれじゃあ私には勝てない」 「く・・・百戦百勝脚!」 「トンファーナッコォ!」 「オーーーッホッホッホ!!」 この男・・・・フリーザ・・・・今までの雑魚、ボスと違って、異常なまでに強い・・・・! 「ゼエッ・・・ハァッ・・・つ、強い・・・」 「ハッハッハ。これで終わりのようだ。―――さて、警察の方々が来るまで、少し大人しくしていただきましょうか」 フリーザが迫る・・・・。や、やられる・・・・・! 「――――これだけは使いたくなかった・・・。こなた、目を瞑りなさいっ!トンファー太陽拳!」 「おおっ!?目が・・目がぁぁ!?」 トンファー内部に内蔵されていた豆電球が、フリーザの両目を捉える―――! 「今の内よ!」 「おおおおおおお!!」 フリーザの両脚を、風車をする如く、抱え込む。百歩神拳、奥義――――――。 「―――――九龍城落地!!」 ドッガァーーーーン! ・・・・・決まった。 フリーザは気絶し、ピクリとも動かない・・・。 「か、勝ったのね、私達・・・・」 「うん・・・危なかったけどね・・・」 私達が二人して、激闘の余韻に浸っていると・・・・・突然大声で叫びつかれた。 「あーーーーーーっ!お姉ちゃん、こなちゃん、何やってるのーーー!?何で不理居座さん気絶してるのよ~~~~!!」 「あっ、つかさ・・・?」 気絶していたはずのつかさが立ち上がり、フリーザの所まで駆け寄る。そして・・・・優しく看護し始めた。 「な、何やってるのよアンタ・・・」 「それはこっちのセリフよっ、お姉ちゃん!この人は私の恩人よ!?何てことしてくれたのよ!」 ・・・・・・・・・全く話が見えない。 このままつかさを救出し、エンディングロールが流れるハズだったのに・・・・。これは、一体??? 「不理居座さんは、迷子になっちゃった私を助けてくれたの!それで私の家まで迎えに来るよう手紙を出したのに!?」 「あーーーー・・・・」 あれはそういう意味だったのね。でもさ、それにしてはガラの悪い人達多く映ってたよね・・・。 ウ~~~ウウ~~~・・・・・ウウ~~~~ウウ~~~~~~~・・・・ 「やばっ、パトカーのサイレン音だ・・」 「・・・・・・・逆に考えるんだ。『逃げちゃってもいいさ』と考えるんだ」 「こなちゃん・・・?お姉ちゃん・・・?」 「「逃げろっ」」 「えっ、二人とも~~~!?」 つかさを抱えて急いで走り出す。 ――――――幸い・・・私達が逃げ切るまでにパトカーが到着することなどなかった。 ―――数日後 (―――以上。突然すぎる帝愛グループの不祥事の発露に、多くの関係者は混乱を禁じえません・・・) 「・・・・・う、運が良かったわ。到着した警官達が、偶然あの会社の不祥事を発見して、私達のことはうやむやになってくれたのだけれど・・・・最悪、牢屋に入る所だったわ・・・」 「そうだね・・・。傷害罪、無断進入、他にも色々罪が追加されるだろうね・・・・」 ―――本当に危なかった。 正直、恩を仇で返すマネをして心苦しいが・・・でも、身から出た錆びじゃあ仕方ないよね? 「大体!お前が変な勘違いするからこうなったんだろうが!」 「ひどいよ、それを言うならかがみだってノリノリで破壊しまくってたじゃない!」 「お二人とも、落ち着いてくださいっ。こうしてみんな無事なんだからいいじゃないですか」 「そうだよ。結果はどうであれ、私を心配して二人とも来てくれたんだから、そこだけは本当に嬉しく思ってるよ」 それでもかがみと私の睨みあいは終わらない。 ―――――こうして。 私とかがみの初めての討ち入りはメタクソな結果に終わったのでした。
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その日、泉そうじろうは葬儀の喪主を務めていた。 小さな棺に横たわる小さな遺体――彼の妻、かなたである。 子供のように無垢な表情を浮かべている妻――であった存在――を見るにつけ、そうじろうは現実から逃避することを図り、その都度自分を叱りつけ、現実に戻ろうと必死になった。 残されたのが自分一人なら、自暴自棄に生き続けるも自由、人としての道を踏み外してもよいだろうし、あるいは妻のもとへ向かうこともできただろう。 それを許さなかったのは、目の前にある小さな、本当に小さな命――そうじろうとかなたの一人娘のこなたの存在だった。 それはかなたが生きたという証でもあった。だからそうじろうは、こなたに精一杯の愛情を注ごうと思った。そう思いながら、そうじろうはこなたを抱きかかえた……。 そうじろうが妻の葬儀を終えてしばらく後のことである。 ふとそうじろうは、妻の墓参りに行こうと思い立った。 埼玉在住だが、二人とも石川出身である。生前のかなたの遺志を尊重し、かなたの遺族とも話し合った結果、遺骨の一部をかなたの実家の墓地に納骨することにした。 そういう経緯でかなたは、埼玉と石川の二つの墓地に眠っている。 そうじろうは敢えて埼玉ではなく、石川の方の墓参りを選んだ。 埼玉から石川へ向かうには、一度都内に出て、空路を利用するのが最も効率的だが、それにしても難儀な道のりである。 そうじろうがそこまでして石川へ赴いたのは、かなたの遺族への挨拶も兼ねてだが、しばらく娘と距離を置きたかったからである。 こなたを育てようと決意したあの日、こなたを抱きかかえたその腕は、無意識のうちに自分の頭上に運ばれ、勢いよく振り下ろされようとしていた。 振り下ろされる腕はその途中で力を緩め、そのようなことをすれば当然、腕の中にあった「もの」は床へしたたかに叩きつけられることになる……。 そうじろうの腕が最高の高さに達した瞬間、ようやく我を取り戻したそうじろうは、自分のしでかそうとした行為に嫌悪感を覚えた。 「こなたのせいでかなたが死んだわけじゃないのに……俺は何をやってるんだよ!」 まだ気持ちの整理がついていない、そう思ったそうじろうは、妹のゆきにこなたを預けると石川へと向かった。 道中、自分の中にあった醜い感情を思い出すたびに、そうじろうはそれを拭い去ろうとしたが、いつまでもまとわり続けていた。 心の不調は体にも影響し、そうじろうは結局一度も食事をすることができずにいた。自分好みの販売員が勧めてきたにも関わらず……。 石川県内の某空港に到着したそうじろうは、バスで駅へ、次いで電車でかなたの実家へと向かう。 かなたの実家に着く頃には、夜に差しかかろうとするほどの夕景色であった。 とりあえず今夜一晩泊めてもらい、翌朝墓参りに出向く、その後はしばらくかなたの実家に滞在する―ー。 突然思いついた予定を機械的に処理する、名前も内容も終点も不明確な「儀式」を執り行うことで、気持ちを整理することができるとそうじろうは信じていた。 その夜は「醜い感情」の妨害でほとんど眠れなかった。朝食も同一人物が邪魔をして、ほんの僅かしか口にしなかった。 睡眠と栄養の不足した体で、そうじろうは墓参りに出向いた。 かなたの両親が、無理するのはやめた方がいい、と止めたが、そうじろうは頑として譲らなかった。ならば付き添いを、と申し出たがこれも固辞し、一人で出かけた。 その様子は何かに憑依されたかのようだった。 かなたが眠っている寺でそうじろうは思わずつぶやいた。 「この寺……懐かしいなあ」 ここにはそうじろうとかなたの幼い日々の記憶が詰まっている。時にかなたを怒らせ、泣かせ、呆れさせ……いつもかなたがそうじろうに振り回されてばかりだった。 感傷に浸りつつ、そうじろうはかなたのもとを目指した。 墓石は手入れが行き届いており、几帳面な家系であることを漂わせていた。 花を捧げ、線香を手向けると、そうじろうは墓石に向かって語りかけた。 「かなた……いくら何でも早すぎるだろ? 俺がデビューできて、こなたが生まれて、それで何で、入れ替わるようにお前が逝くんだよ? お前の人生って何だったんだ? どうしてあんな幸せそうな顔できるんだ?」 墓石が応じるはずもない。そこにあるのは終点の見えない片道路線のみ。 それでもそうじろうはなお言葉を続ける。 「俺さ、謝らなくちゃいけないことがあるんだ……。そっちからもう見てるかもしれないけど、俺、こなたのことを……」 そこまで言いかけて、そこから言葉が続かなかった。そうじろうは墓石の前でうずくまり、涙をこぼし続けていた。 かなたの魂が慰めてくれるわけではないし、そうじろう自身も必要としていなかった。 許してくれることも望まない。むしろ軽蔑してくれてもよかった。そして自分は、その中でただひたすら泣きじゃくっていたかった。 こうすることで満足できるのである。たとえそれが自己満足に過ぎないものだとしても……。 「そう君……」 そうじろうの耳に、ついこの間まで聞きなれていた声が響く。 「かなたの声……どうして?」 よく状況を把握しきれていないうちに、今度は見慣れていた人物の姿が目に飛び込む。 そうじろうは確信した。ここにいるのは紛れもなく、かなただと。 そうじろうが「かなた」を認識すると、呼応するかのように「かなた」が話しかけてきた。 「そう君、すごく泣いてたね」 「かなた、何でそれを……ああ、なるほど」 そうじろうはこれが夢であると見抜いた。実にできすぎている展開だ。それも夢であるなら納得できる。ならばこのまま都合のいい夢を見ていたかった。 「そう君……」 「何だい?」 「すごく幸せだったから、私……だからもう悲しまないで」 そう言うと「かなた」の指がそうじろうの顔に当てられた。指はそのままそうじろうの涙をふき取っていった。 そうじろうが突然の出来事に戸惑っていると、微笑みながら言葉を紡いだ。 「そう君ならこなたのこと大事にしてくれるって信じてるよ。だってあの時、自分の悪い心を振り払おうとしてたもの……」 「かなた……」 「そろそろ時間だから……もう行くね」 「ま、待ってくれ!」 「いつもそう君とこなたのこと、見守ってるから……じゃあね」 「かなたー!」 目を覚ましたそうじろうは、やはりあれが夢だったと実感した。涙が乾いているのは……あくまでも自然乾燥だと思うことにした。 「しっかし、何であんな夢見ちゃったんだろ?」 そうじろうは考え込み、そして気づいた。 夢には多かれ少なかれ見る人間のイメージが投影されている。自分が「かなた」の夢を、それもあのような内容の夢を見たのは、自分のかなたに対するイメージ――人を暖かく包み込む優しさが反映されているからだと。 いや、それも少し違うと、また頭をひねる。 人がイメージを形作るには記憶が必要、つまり……。 ようやくそうじろうに理解できた。これは自分に向けられたかなたの優しさに触れた記憶によるものであるということを。どのような自分も受け入れてくれるかなたがいたことを――。 そして思い出した。自分がどれほどかなたを振り回しても、謝れば許してくれたことを――。 「ごめんよ、かなた。もう一つ謝らないと。お前のこと信じてなかった……」 そう墓石に向かって謝った。 「それで、こなたのことだけど……お前の分も目一杯愛情注いで育てるよ。もちろん、いつかあの時のことを話してこなたに謝る。だから許してくれ」 墓石は相変わらず無言である。だが別にそれでもよい。かなたは許してくれることを分かっているから。 そう思うと、そうじろうの心は急に軽くなった。それは体にも影響を与えた。 そうじろうの腹がだらしない音を立てた。すると無性に笑いがこみ上げてきた。何もかもがすっきりしたかのように。 「悲しくても腹は減るもんだなあ」 何かのアニメの台詞を引用したのだろう。そうじろうは元のそうじろうに戻った。 「えーと、まずはどこかで腹ごしらえをして、それから荷物をまとめて……一刻も早くこなたの所へ帰ろう、うん!」 この旅で一人の男の人生が変わった。娘がそのことを知るのは何年も先のこととなる。 泉家にある一枚の写真――。 夏のある夜に撮影されたものである。 写っているのは一家の主そうじろうと娘のこなた、そして何か得体の知れないもの……。 その場に居合わせた「当事者」たちは、やれ「呪われる」だの「心霊写真」だのと騒ぎ、折を見てお炊き上げしようという方向にまで話が飛躍した。 しかし、何か引っかかるものがあったのか、結局お炊き上げの話がうやむやになってしまったまま、時間だけが経過していった。 こなたが母の墓参りに――それもわざわざ石川の方に――行きたいと言い出したのは、その写真を見てからだった。 特に理由などない。ただ「何となく」でしかなかった。 出発は秋のある連休。 顔ぶれはそうじろう、こなた、いとこの小早川ゆたか、その親友の岩崎みなみである。 かなたの墓参りなのだから、本来ゆたかとみなみが同行する積極的な理由はない。 ゆたかが墓参りを申し出たのは、「おばさんも私にとって大切な人だから」という自発的な理由による。 もっとも、ゆたかはあまり体が丈夫ではない。普段はみなみがゆたかを介抱している。 ゆたかの付き添いならば、ゆたかの姉の成実ゆいも考えられたが、仕事が入ってしまった。そこで名乗りを上げたのがみなみだった。 ゆたかはみなみに迷惑をかけたくないと考え、みなみの付き添いを遠慮したが、それでもみなみは着いて行くと譲らない。ならば自分は墓参りを取りやめると言ったところ、今度は行った方がいいと主張し、とうとうゆたかが折れた――これが事の次第である。 そうじろうの方は快く承知した。旅行は大勢で行った方が楽しい、とは本人の弁だが、女好きである性格を考えると、邪な――しかしささやかな――下心があったことを、こなたはとうの昔に見抜いていた。 石川へ向かう道中でゆたかが何度も気分を悪くしたものの、一行は無事に到着した。 以前そうじろうがかなたの墓参りに行ったときと同様、かなたの実家で一晩過ごし、それから翌朝墓参りに出かける予定となっている。もっとも、ゆたかとみなみはそうじろうの実家に泊まり、翌朝合流することになっている。 そうじろうの両親、つまりゆたかの祖父母がゆたかの顔を見たいと言ってきたためだ。 そのような経緯を経て夜が明けた。 それぞれ朝食を終えると、予定通りそうじろうとこなたは、かなたの眠る墓地に向かった。あとはゆたかとみなみが来るのを待つだけ――なのだが、一向に現れる気配がない。 「遅いなあ、ゆーちゃんとみなみちゃん」 こなたが心配そうにつぶやく。 それからさらに五分ほど経過して、こなたの携帯が震えはじめた。 「こなた、携帯鳴ってるぞ?」 「あ、マナーモードにしてたから気づかなかったよ。もしかしてゆーちゃん?」 発信源を確認したところ、果たしてゆたかであった。 「あ、もしもしゆーちゃん?」 「あの、岩崎です……」 「おりょ? みなみちゃん、どしたの?」 「すいません、もうすぐそっちに着きそうなところで、ゆたかが気分悪いって……」 「そうなんだ……で、今どこ?」 「とりあえず、近くの公園に……しばらく休んでから行きます」 「うん、分かった。じゃあ先にお墓参り済ませちゃうから」 こなたが通話を終了し、携帯をかばんにしまったところでそうじろうが尋ねた。 「ゆーちゃん、具合悪くしちゃったのか?」 「うん」 「じゃあ、先に行こうか」 「うん」 そうじろうとこなたは脇目もふらずに、そして互いに一言もしゃべらずに、ただかなたの墓へと足を進めた。 やがてかなたの墓に到達する。 そうじろうは慣れた手つきで花を供え、線香に火をつけ一部をこなたに渡す。 先にそうじろうが線香を手向け、手を合わせる。こなたもそれに続く。 二人は終始無言であった。ここが墓地だからというのもあるだろうが、そのことがすべてではないだろう。 なすべき作業を終えてもまだゆたかとみなみは姿を見せない。 このまま漠然と時間が流れるのに耐え切れなくなったのか、そうじろうが口を開いた。 「なあ、こなた。ゆーちゃんたちが来るまであっちで待ってようか」 「うん」 二人は墓地からほんの少し離れたところにある境内のベンチに腰掛けた。 「こなた、かなたの墓参りは埼玉でもやってただろ? 何でわざわざこっちに来ようと思ったんだ?」 「お父さんさ、前に一度こっちに来たんでしょ? お母さんのお葬式のすぐ後に」 「ああ」 「それでかなー? 何となくお母さんに呼ばれてる気がして」 「そうなのか……で、何か感じたのか?」 「別に……」 娘の反応に戸惑いを覚えたそうじろうはある決意をした。 「こなた、お父さんな、お前に謝りたいことがあるんだ……」 「何さいきなり?」 「実は……」 父の突然の告白にこなたは呆然とした。 あの時父親が自分のことを……。 「ごめん……ごめんよ……」 そうじろうはひたすら謝罪し続けた。涙を交えながら。 こなたはそれを黙って聞き続け、やがて再び口を開いた。 「お父さん……どうしてそんなこと今言うの? 黙ってれば分からなかったのに……」 こなたの指摘はもっともである。自らの罪を詫びるのは人間として正しい姿勢だが、それが原因で無駄な亀裂を生じることもあるのだ。 こなたは父の意図を測りそこねていた。 「あの時、ここに来たのはその自分が許せなくて……気持ちの整理をつけたかったんだ」 そうじろうは顔をくしゃくしゃにしながら、こなたの問いに答えた。 「それで決めたんだ……絶対にこなたを幸せにすると、あの時のことをいつか謝ろうと」 そこまで言うと再びそうじろうは泣き出した。まさに号泣であった。 こなたは父の肩に体を寄せた。そしてハンカチを取り出すと涙を拭いてやった。 「こなた……」 「お父さん、もう泣かないで……今度は私の話聞いてくれる?」 そうじろうは黙ってうなずいた。 「私ね、お母さんがいなくて、ほんとは寂しかったよ……。 何でもないなんて嘘、これが漫画だったら奇跡とか起こって……もちろんそんなことないのは分かってるよ、でも……」 気がつけばこなたの目には涙が浮かんでいた。ほんの少しの刺激で決壊を起こしそうなダムのように……。 それでもこなたは気力を振り絞って言葉を続けた。 「私、お父さんより先に死ぬ気はないって言ったけど、でも……でも、お父さんがいなくなるのもやだよぉ……」 こなたの精神が限界を迎えた。 その様子を見たそうじろうもまた、耐え切れなくなった。 そうじろうはこなたを強く抱きしめた。こなたもそうじろうに強く抱きついた。 永遠に一緒にいるなど到底不可能なことは分かりきっている。それでもそうじろうはできるだけ長い時間をこなたとともに過ごそうと決意した。 二人のやり取りが終わってしばらくして、ゆたかとみなみが来た。 ゆたかが墓参りを終えるとすぐに帰宅することにした。元々そういう予定だった。 一行はこの地に別れを告げると、電車に乗り、空港を目指す。 ここを離れればいつもの日々が待っている。少々惜しい気もするが、みんなその「いつもの日々」がたまらなく愛おしいのである。 こなたは家にたどり着くとふと、「きっかけ」の写真を眺めたくなった。 「えーと、確かここに……え? お父さん、ゆーちゃん、ちょっと来て!」 「どうしたこなた?」 「何? お姉ちゃん?」 「こ、これ……」 こなたは写真のある部分を指で示した。この写真が「呪いの写真」などと不名誉な扱いを受ける原因になった部分である。 「嘘……だろ?」 「お姉ちゃん、これって……」 一同が驚きを隠せないのも無理はない。 そこに写っていたのは幽霊、であるからこれはまぎれもなく心霊写真。 ただし写っていた人物はそうじろうの最も愛した女性――泉かなただった。 そうじろうとこなたはようやく分かった。この写真から感じていたものが何であったのか。 翌日、学校でこなたはこのことを友人に話した。 「ふーん、うちの神社にお炊き上げ頼もうとしてた写真にお母さんがねえ……」 「不思議なこともあるんですね」 かがみとみゆきが相槌を打つ。 「きっとそれって、こなちゃんとおじさんがお母さんに対して素直な心を見せたから、神様が会わせてくれたんだよ」 つかさは臆面のない台詞にこなたは切り返した。 「つ、つかさ……恥ずかしい台詞禁止!」 その様子を見てかがみは思えわずからかってたくなった。 「あれー? こなたが珍しく照れてるー」 「うるさいうるさいうるさーい!」 完
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-ゆたか「ねぇ、私達が来る前に弾いていた曲って何、今度聞いてみたいな……」 みなみ「いつでも来て、弾いてあげる」 ゆたか「ありがとう、今度聴きにいくから」 今頃に成ってそんなのを聞くなんて。 でも、もう完全に仲直りしたみたいだ。もっとも喧嘩と言うよりは意見の相違からくる意地の張り合いだったのかもしれない。それでお互い気まずくなってしまっていたに違いない。 ひより「さて、すっかり日も落ちたし、この辺りでお開きにしましょうか」 『ファ~~』 チェリーちゃんが大きな欠伸をし、前足を前に出して背伸びをした。公園を出るのを察知したみたい。 私達は辺りを見回し話しに夢中になっていたのに気が付いた。公園の街灯が点灯している。 みなみ「ゆたか、ひより、頑張って」 私とゆーちゃんは頷いた。みなみちゃんはチェリーちゃんを連れて公園を出た。私とゆーちゃんも公園を出て駅に向かう。 ゆーちゃんの決意が分った。みなみちゃんの想いも分った……いや、分っていない。みなみちゃんは私に何を忠告したかったのだろう。聞きそびれてしまった。 それにしてもつかさ先輩に憧れるなんて……私にはそれを完全に理解は出来なかった。 一人で旅をして、家を出て、全く新しい環境で、全く新しい人々の中でレストランを切り盛りしている。そこで出会った人達と共に……強さ、たくましさを感じる。 その辺りに憧れのだろうか。それとも……いや、今はまなぶとまつりさんの事を考えないと…… う~ん。頭がいっぱいになった。 帰って、お風呂に入りながら頭を整理しよう。 その日曜日が来た。頭を整理どころか何の対策も思い浮かばないまま時間がすぎてしまった。 ゆたか「おはよ~」 待ち合わせの駅前に既にゆーちゃんは居た。私を見つけるとにっこり挨拶をした。 ひより「おはよ~」 挨拶を返した。 ゆたか「コンちゃん来るかな」 心配そうに駅の改札口を見るゆーちゃんだった。 ひより「どうかな、あの時の感じからするとどっちとも言えない」 ゆたか「私、いろいろ考えたのだけど、何も思い浮かばなくて」 ひより「それはこっちも同じだよ、ただ言えるのは小手先の作戦じゃダメだね、かと言ってあまり深く掘りすぎてもダメかも」 ゆたか「それじゃ何も出来ないよ」 ひより「そうだね、何もできない……でも、それが一番良いのかもしれない、自然の流れに合わすしかないよ」 無策の策と言うのだろうか。我ながら情けない。 約束の時間を過ぎてもまなぶが現れる気配はなかった。 このまま待っていても仕方がない。 ひより「さて、行こうか」 ゆたか「え、待っていなくて良いの?」 私は頷いた。しかしゆーちゃんは納得出来ない様子だった。 ひより「まつりさんと会って、またまなぶさんが狐に戻った所を見られたらそれこそお仕舞いだよ、」 ゆたか「そうだよね、それだけは避けないとね」 ひより「だから来ないのも正解なのかもしれない」 ゆたか「それじゃ、私達だけで行こう……あ、あれ?」 ゆーちゃんは不意に建物の陰の方を向いた。 ひより「何?」 ゆたか「あれ、犬……うんん、狐だよ……さっき影が横切ったのが見えた」 私もゆーちゃんと同じ方向を見た。 ひより「何は見えないけど……」 ゆーちゃんはまた別の所に顔を向けた。 ゆたか「あ、まただ、きっとコンちゃんだよ」 ひより「どこ、どこ?」 私はキョロキョロと周りを見渡したが何も見つける事はできなった。 ゆーちゃんはゆっくりと歩き始めた。 ゆたか「今度はこっちだよ、私達を誘導しているのかも」 ひより「ゴメン、私にはさっぱり……」 私はゆーちゃんの後に付いていった。ゆーちゃんは影を追いながら歩いて行った。 ひより・ゆたか「ここは……」 影に導かれて来た所は、神社の奥にある倉庫。それは私達が最初にコンを連れてきた場所だった。 まなぶ「ごめん、街中で、人前で話したくなかったから此処に連れてきた、人気の無いここなら話が出来る」 私達の後ろからまなぶの声がする。私達は振り返った。 ひより「まなぶ……さん」 ゆたか「え、この人が?」 そうか、ゆーちゃんは人間になったコンを見ていないのか。まなぶは私達に歩いてきた。 まなぶ「結論から先に言う、今日は柊家に行かない」 ゆたか「ど、どうしてですか、正体さえ知られなければ大丈夫ですよ」 まなぶ「その正体が問題なんだ、私はまだ1日も人間で居られない、そんな不安定な状態でまつりさんと会うなんて出来ない」 ゆたか「で、でも」 まなぶ「せめてすすむと同じくらい、一週間は人間で居られるようにする、そらからだよ……一ヵ月後か、一年後か」 ゆたか「それならコンちゃんの姿で……」 まなぶは首を横に振った。 まなぶ「やっぱり犬じゃだめなんだ、人間として彼女と会いたい、そう思うようになった、それがどう言う意味かもね、私は彼女、柊まつりが好きだってこと」 ひより「す……き」 その言葉を聞いた瞬間なんとも言えない感情が込み上げてきた。 ゆたか「そうなんだ、それじゃしかがないね、ちゃんと変身できるようになってからでも遅くないかも、その時になったら手伝いを……」 まなぶ「いや、もういいよ、田村さんはもう充分に協力してくれた、あとは私だけでしたい」 そうだった。これ以上私の出る幕はない。 ひより「その通り、もう私の出来る事はここまで、後は二人の問題だよ」 ゆたか「ひよりちゃん、そんな中途半端でいいの?」 私は頷いた。 ひより「中途半端どころか、目的はそれだよ、これ以上の介入はそれこそ余計なお節介になるからね」 ゆたか「う~ん……」 ゆーちゃんは納得のいかないような表情をした。 まなぶ「それより、すすむが変な事を言い出して困っている」 ゆたか「変な事?」 まなぶ「ああ、整体院を閉めて遠くに引っ越すなんて言いだした」 私とゆーちゃんは顔を見合わせた。 ゆたか「どうして、いのりさんは諦めちゃうの」 まなぶは両手を広げてお手上げのポーズをした。 まなぶ「それは私も言った、だけどダンマリだったね、その代わりに、仕事をしすぎた様だって言っていた、そろそろ攻撃されるって……意味が分らん 人間の君達なら何か分るのではないか?」 私とゆーちゃんはまた顔を見合わせた。分るはずもない。 まなぶ「すすむは大勢の人間を治してあげているのになぜ攻撃されなければならない、小早川さんなんか初診の時とは見違えるほど元気になったじゃないか」 その言葉にピンと来た。 ひより「それは、同業者とか、他の団体から圧力がかかるのかな、整体で出来る範囲を超えて治しちゃうと怪しまれるのかも、正当な治療をしなかった…違法な 事をしたんじゃないかとか……」 まなぶ「それは、妬み、嫉妬って言いたいのか」 ひより「まぁ、そうとも言うね……」 まなぶ「人間って嫉妬深い生き物なんだな」 人間以外の人から言われると身につまされるような思いに駆りたたられる。何も言い返せなかった。 まなぶはメモ帳を取り出し書こうとしたけど止めた。 まなぶ「書き留める必要はないか、我々もまた嫉妬深いのかもしれないからな」 まなぶはメモ量を仕舞った。 まなぶ「さて、私は帰る、すすむには思い留まるよう説得してみるつもりだ、時間があったら君達も頼むよ、予定では二ヵ月後に引越しみたい」 ひより・ゆたか「はい」 まなぶは後ろを向くと狐の姿になった。そしてそのまま草むらに消えていった。狐に戻っても気を失わなくなっている。思ったよりも早くまつりさんの再会ができそうだ。 ひより「さて、私達も行きましょうか」 ゆたか「行くって、何処に?」 ひより「柊家だよ、約束しているしね」 私が歩き出してもゆーちゃんはその場に留まったままだった。 ゆたか「でも、コンちゃん、宮本さんは居ないし……」 肩を落とし落胆している様子が私にも分る。 ひより「かがみ先輩の様子もみないといけないから、泉先輩のミッション……あ」 しまった。これは内緒の話しだった。 ゆたか「……ひよりちゃん、この状況で別の依頼まで出来るの……私はそんなに頭が回らない、いのりさんと佐々木さん……私じゃ力不足だった」 ゆーちゃんは佐々木さんが引っ越すのを気にしているのか。そのおかげでミッションはスルーだ。良かった。 ひより「いや、優先順位を見誤っただけだよ、まつりさんはコンの時に基本的なコミュニケーションが取れていたからまなぶさんになっても手を掛ける必要は無かった、 私なんか必要ない位だよ、問題なのはいのりさんと佐々木さん、人間同士だけの付き合いだから手を焼く必要があった、それだけだよ、ゆーちゃんのせいじゃない」 それでもゆーちゃんは動こうとしなかった。 ゆたか「ひよりちゃんは凄いね、そんな分析まで直ぐにできるなんて、なんでそんなに切り替えが早いの……まるで図書館でいくつもの小説を代わる代わる読んでいるような、 週刊誌の漫画を好きな順番で観ているような……楽しんでいる、そんな感じにさえ見える……これも他人事だからできるの?」 ひより「え、えっと、それは~」 私ってそんなに気移りするように見えるのかな。私はまつりさんもいのりさんもかがみさんも別の物語だとは思っていない。 ひより「別の漫画とか小説とか、そんなんじゃないよ、この物語は一つ、全てはつかさ先輩の一人旅から始まった一つの物語、こう考えられない?」 ゆーちゃんは目を閉じて暫く考えた。そして目を開けて首を何度も横に振った。 ゆたか「だめ、ダメだよ、まつりさんはまつりさん、いのりさんはいのりさんだよ、それぞれ別だよ……ごめんなさい、少し考えたいの……ごめんなさい」 ゆーちゃんは走って倉庫を出て行ってしまった。そして私一人が残った。 私ってあまりに客観的に考えすぎるのだろうか。ネタを探すときとかは主観的に考えると詰まる場合が多い、だから一歩も二歩も引いて考える。 時には自分でさえも他人として考える……ゲームのプレーヤーとキャラクターと同じ関係、キャラクターを画面から操作しているからキャラクターがいくら危険な目に遭っても 悲しい出来事があっても進んでいける……泉先輩もそれに似ているように思っていたけど……従姉妹のゆーちゃんがあの反応じゃ違うのかな、やっぱり私は普通じゃないのかな……。 腕時計を見た。もう行かないと約束の時間に間に合わない。一回深呼吸をした。 それでも私は行くしかない。柊家に。 柊家の玄関の前、ゆーちゃんは見当たらない。きっと帰ってしまったのだろう。気を取り直して私は呼び鈴を押した。出てきたのはかがみ先輩だった。 かがみ「いらっしゃい」 かがみ先輩は私を見てから周りを見渡した。 かがみ「ゆたかちゃんと宮本さんは、一緒だって聞いていたけど?」 ひより「はぁ、実は諸事情がありまして……」 かがみ先輩は溜め息をついた。 かがみ「そっちも大変ね、まつり姉さんも居なくてね、急に仕事が入ったとか言って出て行ったわ……連絡する時間もなくて、ごめんなさい」 これで私の目的は泉先輩のミッションだけになってしまった。これは今までの出来事に比べればお遊びみたいなもの。かがみ先輩は彼氏とうまく行っているいみたいだし、 私の出る幕はなさそうだ。ゆーちゃんも心配だし…… ひより「そうですか、それでは今日は無しと言う事で、お手数を掛けました」 私は会釈をして帰ろうとした。 かがみ「待って、興味があるわ諸事情に、良かったら聞かせて」 かがみ先輩はドアを開けた。かがみ先輩は笑顔で私を迎えた。 ひより「……お邪魔します……」 吸い込まれるように私は泉家に入った。そしてかがみ先輩の部屋に案内された。 かがみ「宮本さんがまつり姉さんを好きだって?」 〇ッキーを食べながら驚くかがみ先輩だった。私は今までの出来事をかがみ先輩に話した。 ひより「はい」 かがみ「まぁ、分らないではないわね、宮本さんの正体がコンならばね……人間としてか……彼は本気みたいね、私はその気持ちを大事にしたい、問題はまつり姉さんが どう思っているか、それだけだわ、私から見た感じではまんざらでも無さそうよ、他に彼氏もいなさそうだし」 ひより「本当ですか!?」 私は少し声を高くして聞き返した。かがみ先輩は食べかけた〇ッキーをお皿に置いた。 かがみ「あくまで私が見た感じよ、本人に直接聞いたわけじゃない、確証はないわ」 ひより「そ、そうでした、軽率でした」 かがみ「それより、いのり姉さんと佐々木さんが心配ね」 ひより「あの、佐々木さんが整体院を辞めて、引越しするのは……」 かがみ「そうね、これも本人聞かないと真意は分らないけど、大筋、田村さんの推理で合っていると思う、確かにあの整体院は評判が良すぎたかもしれない、 そこに利害が出てきて、いろいろな事を考える族(やから)が出てくるのも確かよ……考えてみれば私達人間の方もややこしいわね……」 かがみ先輩はまたお皿に盛った〇ッキーを食べだした。 かがみ「田村さんも遠慮なく食べなさいよ、お茶も入れたし」 かがみ先輩はお菓子の盛られたお皿を私に差し出した。私はお皿を掴んだ……あれ、かがみ先輩はお皿を放そうとしない。私は少し力を入れた。しかしかがみ先輩は放そうとしない。 ひより「いゃ~、かがみ先輩、全部食べたいならそう言って下さいよ……」 かがみ先輩は何も言わなかった。しまった。禁句(タブー)を言ってしまったか。私は慌ててお皿を放した…… ひより「か、かがみ先輩?」 私の問い掛けにまったく反応しない。まるで人形の様に固まっている。 ひより「かがみ先輩、冗談はよしてください……」 全く反応がない。もっともかがみ先輩はこういった冗談はしないタイプだ。私はかがみ先輩の目の前で手を振った。反応なし。この時、事の重大さに気付いた。 ひより「かがみ先輩!!!」 ありったけの大声、そしてかがみ先輩の両肩を掴んで前後左右に激しく揺さぶった。かがみ先輩の全身が激しく揺れる。 ひより「しっかり、しっかりするっス、だめ、死んだらダメ、つかさ先輩が、ご両親が……私だって……私だって……」 なんだろう。目の前のかがみ先輩が歪んで見える。目頭が熱くなってきた。 こんな時は救急車を呼ぶのが先だっけ…… 頭はそう思っていても手ははかがみ先輩から放れなかった。 泉先輩との漫才。時には怒って、時には笑って……そんな光景が頭の中を過ぎっていく。 冷静に。 早くかがみ先輩から離れて電話を…… 別の私が私に語りかけてくる。私は我に返ってかがみ先輩を放した。そして携帯電話を取り出し119番に掛けようとした。 かがみ「ちょっと、お菓子が全部床に落ちちゃったじゃない……」 電話をする動作を止めてかがみ先輩の方を見た。かがみ先輩は何事も無かった様に床に落ちたお菓子を拾ってお皿に戻していた。 ひより「かがみ……先輩?」 かがみ先輩は私の方を見た。私の顔を見て驚いた。私の目から涙が出ていたのに気付いたのだろう。 かがみ「な、なによ、お菓子が落ちたくらいでそんな、泣くなんて……」 ひより「え、たった今、何が起きたのか分らなかったっスか?」 かがみ「何って、お皿からお菓子が落ちて……」 ひより「その前っス、よく思い出して下さい、かがみ先輩は人形みたいに動かなかった」 かがみ「あ、あぁ、そ、そうだったかしら、最近論文を書いていて徹夜続きだったから、疲れが出たのかも……」 思いついたような言い訳だった。私には嘘だと直ぐに分った。 ひより「そんな在り来りなもんじゃなかったっス、あれはどう見ても意識が飛んでいました」 かがみ先輩は残りのお菓子を全て拾うとお皿を机の上に置いた。 かがみ「田村さんには隠せないわ……最近、意識が飛ぶことがあってね……この前もゼミ途中で抗議の意味が分らなくなった……」 ひより「それは尋常じゃないっス、早くお医者さんに診てもらわないと……」 かがみ「大丈夫よ、高校受験の時もそんな事があったから、田村さん、もしかして心配して泣いてくれたの、嬉しいじゃない」 笑顔ではいるけど、いつもの笑顔とは違った。作っている。 ひより「以前、呪いにかかったって言っていましたけど、その後遺症とかじゃないっスか?」 かがみ「……そんなの、分るわけないじゃない、呪いの知識なんて全くないのよ」 やっと本音が出た。見栄っ張りもここまでくると頑固者って感じだ。皆に心配を掛けまいとしているのだろうか。 ひより「それは私も同じです」 かがみ「この事は、皆には内緒にして……」 力ない声だった。 やっぱりそう言う事だったのか。このまますんなり内緒にして良いのだろうか。呪いならお医者さんに診せても分らないだろう。仮に何かの病気だったら皆に分かってしまう。 皆に知られないように確認する方法……ある。あるじゃないか。 ひより「佐々木さんならそれが分かるかも、治療法も知っているいるかも」 かがみ「だから大丈夫だって、この話は止めましょう」 ここは折れてはだめだ。 ひより「他人の私ですら涙がでてしまった、これがつかさ先輩、ご家族、泉先輩、高良先輩だったらどうだっか想像できます?」 かがみ「つかさ……お母さん……こなた……」 さぁ、かがみ先輩、ここで想像力を使って下さい。かがみ先輩が亡くなったらどれだけの人が悲しむのか…… ひより「かがみ先輩の恋人はどうですか」 ここでダメ押しだ。 かがみ「わ、分かったわよ、白黒付けようじゃない、でも佐々木さんの所は休診中じゃないの」 やった。診てもらう気になってくれた。 ひより「それは問題ないっス」 私は携帯電話を取り出した。 かがみ「ま、まさか、今から?」 ひより「善は急げ、っス」 佐々木さんは快く引き受けてくれた。 私達はかがみ先輩の用意した車に乗って佐々木整体院に向かった。 すすむ「診て欲しいのは田村さんではないのか?」 ひより「はい、かがみ先輩です」 私は頷いた。かがみ先輩は私の後ろでやや緊張気味な様子だった。 すすむ「とりあえず診療室へ」 私達は診療室に案内された。佐々木さんは椅子を二つ用意し、私とかがみ先輩はその椅子に座った。そして佐々木さんも向かい合う形で椅子に座った。 すすむ「それで、彼女の何を診て欲しいと言うのだ?」 ひより「呪いの後遺症が無いかどうかです」 すすむ「な、なんだと?」 佐々木さんはかがみ先輩の方を見た。 ひより「時々意識が飛ぶ事があるそうです、ついさっき、一時間くらい前にも……」 佐々木さんは腕を組んで険しい顔になった。 すすむ「私は呪術に関しては専門ではない、詳しくは判らん、見た所呪いは完全に解かれているみたいだが……良いだろう、私の分かる範囲で調べてみよう」 ひより「ありがとう」 かがみ「お願いします……」 佐々木さんは立ちありかがみ先輩の目の前に立った。 すすむ「いや、そのまま、座ったままで良い、リラックスして」 かがみ先輩は目を軽く閉じた。佐々木さんはかがみ先輩の額に触れるか触れないかくらいまで手を近づけてかざした。そして佐々木さんも目を静かに閉じた。 3、4分くらい経っただろうか。自分にはちょっと長く感じた時間だった。佐々木さんは静かに目を開けた。 すすむ「……呪いは完全に消えている、問題ない」 かがみ先輩は立ち上がり得意満面の態度で私を見た。 かがみ「ふふ、だから言ったじゃない、ひより!!」 ひより「そ、そうですね、でも、良かったじゃないですか」 ひより、かがみ先輩は私をそう呼んだ。泉先輩や高良先輩を呼ぶように名前で呼んだ…… かがみ「当たり前じゃない、こんな時に病気なんかしてられない」 すすむ「ただし疲労が溜まっているのは確かだ、どうだ、私の整体を受けるが良い、休診中だから御代はいらない」 ひより「良いんじゃないですか、これを期に受けてみたら?」 かがみ「ちょっと、痛いのは……」 すすむ「私の整体はそんなものじゃない」 かがみ「それじゃ、お言葉に甘えまして……」 私は立ち上がり診療室を出て受付室でかがみ先輩を待つことにした。 かがみ先輩……泉先輩、高良先輩の親友、つかさ先輩の双子の姉、いのりさん、まつりさん、二人の姉がいる。努力家で高校時代には高良先輩に匹敵する成績までになっている。 抜け目ない性格と思いきや、泉先輩によくいじられたりするし、つかさ先輩みないなボケもたまにしたりする。裏表がはっきりした性格だ。 それゆえ、ツンデレといわれているのかも知らない。 初めて会ったのは泉先輩の紹介だった。『先輩』だったからか私とかがみ先輩は泉先輩を通してしか交流がなかった。今回だって泉先輩のミッションがなければ頻繁に会うなんてなかった。 私は何でかがみ先輩の分析をしているの。それは高校時代に既にしている。昔のネタノートを見れば書いてあるじゃない。 私は一呼吸を置いて考えた。 『ひより』なんてそんなに親しくなったのだろうか。どうして。頻繁に会っているから。それだけなら日下部先輩はかがみ先輩と私以上に会っているのに名前で呼んでいない。 何故……私を……? それとも私の考えすぎだろうか…… かがみ「ありがとうございました」 診療室からかがみ先輩の声がした。整体が終わったみたいだった。あれこれ考えているうちに時間がすぎてしまったようだ。診療室からかがみ先輩が入ってきた。 かがみ先輩を見て驚いた。肌が艶々しているように見える。顔色も良いし、表情も温泉でも入っていたみたいにスッキリしていた。 かがみ「何だろう、体が軽くなったよう……ひよりもしてみたら、体の中か洗われた様よ」 笑顔で私に整体を勧めるかがみ先輩。 ひより「休診中なのに二人もしてもらったら佐々木さんに悪いような気が……」 診療室から佐々木さんも入ってきた。 すすむ「私は一向に構わない、田村さんも疲れが溜まっているぞ」 かがみ「ほらはら、遠慮しない、受けてきなさい」 私の手を取って引くかがみ先輩。あまり乗る気はしなかった。 まてよ、佐々木さんと話せるチャンスかもしれない。 ひより「それじゃ……お願いします……」 かがみ「終わるまで待っているから」 ひより「い、いえそんな、誘ったのは私なので待っていなくても良いです……」 かがみ「車だし、家まで送るわよ」 ひより「そこまでしてくれなくとも……」 すすむ「それなら私が送ろう、この後も特に用事はない、それに見たところかがみさんより疲れが酷い、時間が掛かる」 かがみ先輩は暫く考えている。 かがみ「分かりました、佐々木さん、済みませんが後をよろしくお願いします、今日はありがとうございました」 かがみ先輩は深々と頭を下げた。 かがみ「それじゃひより、またね」 私に手を振るとかがみ先輩は外へ出て行った。この前と違ってあっさりした感じがした。引越しの件で一言二言あるのかと思ったがそれはなかった。 でもそれはそれで良いのかもしれない。質問をする人が代わっただけ。それだけの話しだ。 すすむ「それでは田村さん、診療室へ……」 佐々木さんは診療室に体を向けた。 ひより「その前に一つ聞きたい事があります」 すすむ「何かね?」 佐々木さんは立ち止まり振り返った。 ひより「コン……いや、まなぶさんから聞きました、引越しされるようですね」 すすむ「あいつ……余計な事を……」 佐々木さんは私から目を逸らした。 ひより「この整体院は街にもやっと定着しようとしているのに、どうしてですか、評判を妬む人が居るからですか?」 佐々木さんは目を逸らしたまま黙っている。 ひより「いのりさんは……好きではなかったのですか、別れてもいいのですか?」 佐々木さんは何も言わない。そんな中途半端な態度に少し苛立ちを覚えた。 ひより「何故です、それだったら何故私をまなぶの講師役なんかさせたの、直ぐに引っ越しするなら最初から真奈美さん達の仲間と一緒に行動すればよかったじゃないですか」 私は少し声を荒げた。 すすむ「何も知らない小娘が、知った風に……好き嫌いで全てが決まるわけじゃない、もう良い、帰ってくれ」 ひより「だったら教えてください、それまで帰りません」 小娘だなんて、確かに彼等の十分の一も生きていないかもしらないけど。私はもう小娘じゃない。そんな言われ方をすれば怒りもする。 すすむ「全くどいつも、こいつも柊かがみのように強情なやつばかりだ」 かがみ先輩が強情ってどうゆう事? ひより「何故かがみ先輩の名前をこんな場面でだすの、それに強情ってなんですか、佐々木さんはそんなにかがみ先輩と面識はないでしょ?」 すすむ「この前会った時、いろいろ言われたものでな……」 あの時は佐々木さんに意見を言っただけで強情とは違う。嘘を言っている。佐々木さんは何かを隠している。まさか。 ひより「まさか、かがみ先輩に何かあったの?」 そのとき佐々木さんの身体が少し揺れたように見えた。 ひより「診療室でかがみ先輩と何を話したの、私には会話が聞こえなかった、何を話話したの、呪いが完全に解けていなかったとか……」 佐々木さんは暫くしてからゆっくり私の方に向いた。 すすむ「さすが私達の正体を見破っただけのことはある、感情に任せて言った失言からそこまで分かるとは」 ひより「呪いは解けていなかった……」 すすむ「呪いならまだましだ、彼女の脳に悪性新生物がある……」 ひより「あくせいしんせいぶつ……まさかそれって」 すすむ「そう、脳腫瘍だ、それもかなりの悪性だろう、場所もおそらく外科的には取り除けまい」 目の前が急に真っ白になった。 ひより「そ、それで、さっきの整体で綺麗スッキリ治しちゃったのでしょ?」 佐々木さんは首を横に振った。 すすむ「私の整体は今まで人間から得た知識や技術を私なりに統合、改良をしたものだ、残念ながら悪性新生物には対応していない」 ひより「で、でも、かがみ先輩、あんなに肌艶も綺麗になって、健康その物だった」 佐々木さんはまた首を横に振った。 すすむ「免疫を強めるようにしたが気休めだ、進行を遅らすくらいしかできない……あともって半年くら……」 ひより「やめてー!!!」 私は両耳を手で押さえて叫んだ。この先は聞きたくなかった。 ひより「何故です、何故、かがみ先輩がそんな病気にならないといけない、呪い……呪いのセイでしょ、」 すすむ「あの呪いは脳に直接働きかけるもの、全く影響がなかったとは言えない、しかし呪われなくとも何れは発病しただろう」 身体が熱い、怒りが込み上げてきた。 ひより「だったら責任を取って、かがみ先輩がお稲荷さんに何をした、何もしていないでしょ、勝手に呪って、かがみ先輩を病気にして」 佐々木さんには何も責任は無い。それは分かっていた。だけどこう言うしかなかった。 佐々木さんは私の顔をじっと見た。 すすむ「目から水が出ているな……泣いているのか、残念ながら私達は泣くと言う心理状況を理解していない、人間になっても頭の中までは変わらないのでね、 大事な物を失った時、得た時に泣くと聞いたが……柊かがみは田村さんにとってそう言う存在なのか、親でも姉妹でもない赤の他人ではないか」 ひより「……そんな事はどうでもいいから、早く治して……」 すすむ「……治す方法はある、だが人類の技術では合成できない物質がいくつかあって……無理だ……」 ひより「もういい、何処にでも引っ越して、二度と私達の前に現れないで」 私は立ち上がった。 すすむ「彼女は自分でも分かっていたのだろう、病気の事を言ってもあまり驚かなかった、只、内緒にしてくれと言っていた……私は約束を破ってしまったな、すまない」 私はそのまま診療室を出た。 別れの言葉も何も言わない。 所詮人間とお稲荷さんはそんな関係。分かり合えるはずも無い。 何もする気がしない。気が重くなるばかりだった。大学に行っても上の空。家に帰ってもボーとしているだけ。 ときよりかがみ先輩の事を思い出しては涙を流すだけだった。 佐々木さんと別れてから一週間、そんな事の繰り返し。 自分の部屋で机に向かってペンを取っても何も描けなかった。 『ピピピーピー』 私の携帯電話に着信が入った。泉先輩からだ。いつもはメールのやりとりだけだったのに。珍しい。携帯電話を手に取った。 ひより「もしもし……」 こなた『やふ~ひよりん』 まだ半年も経っていないのにとても懐かしい声に思えた。 ひより「先輩、久しぶりっス、どうしました」 こなた『いや~最近めっきり報告が途絶えちゃっているからどうしたのかなと思ってね、かがみんのミッションは行き詰まったかな?』 そういえば最近になって何も報告していなかった。そうだ。こんなミッションなんか関係ない。もっと大事な事を言わなければ。 ひより「そんな事よりもっと大事な話があります」 こなた『なんだい改まって……』 ひより「かがみ先輩は……」 『内緒にして』 かがみ先輩の声が私の頭の中に響いた。 ひより「かがみ先輩は……」 こなた『かがみがどうしたの?』 ひより「かがみ先輩には彼氏がいるっス」 病気なんて言えない……何故、いつもの私なら話しているのに…… こなた『お、おお、その断定的な言葉、それ、それだよ、それを待っていたんだ、まぁ、だいたい想像はしていたけど、これは面白く成ってきたぞ』 声が弾んでいる。楽しんでいるようだ。 こなた『しかし、どこでその情報を仕入れたの、かがみ自らそんなのは言わないはず』 ひより「実はかがみ先輩から「ひより」って呼ばれているっス」 こなた『なるほどねぇ~かがみの信頼を得たってことか、ひよりんもやるじゃん』 ひより「い、いえ、それほどでも……」 こなた『そうそう、かがみは親しくなると呼び捨てになるんだよね、高校時代初めて会った時なんかね……』 かがみ先輩の出会いの話しを長々話す泉先輩……ゲームの話しをしている時よりも活き活きとしていた。かがみ先輩が病気と分かったらどうなるのだろうか。 私と同じようになるのかな。いや、もっと悲しむかもしれない。つかさ先輩はどうなのだろう……ますます言えなくなってしまう。 やばい。また涙が出てきてしまった。これが電話でよかった…… こなた『ちょっと、ひよりん、聞いているの?』 やばい、上の空だった。 ひより「は、はい、聞いてるっス……それよりそっちの状況はどうなんですか、つかさ先輩達と上手くいっています、例の店長さんとは?」 こなた『ふ、ふ、ふ、聞いておどろけ、私はホール長になったのだよ』 ひより「え、それは凄いっすね、おめでとうございます」 こなた『声が棒読みだよ……まぁいいや、つかさとはシフト制になってからあまり会えなくてね、同じ部屋を借りているのにおかしいよね』 なぜか素直に喜びを表現できなかった。 こなた『最近松本店長とつかさが私達スタッフに内緒で何かしているみたいだけど、まぁ、つかさの腕も上がっているからもしかしたら副店長になる打ち合わせかもね』 ひより「二人揃って凄いですね、応援しています」 こなた『ありがとう……』 『ただいま~』 携帯からつかさ先輩の声が聞こえたとても小さい声、遠くからのようだ。 こなた『お、つかさが帰ってきた、やばい、今日は私が夕食当番だった、それじゃまた連絡よろしくね』 ひより『は、はい……』 二人は私が思っていた以上に成功している。すごいな。 携帯電話を切って机に置いた。結局話せなかった…… 私は気が付いた。今までゆーちゃんに言っていたのは間違えだった。親しくなった人に対して 他人事なんて言えるはず無い。かがみ先輩の病気でそれが分かった。私はゆーちゃんの喜怒哀楽を観て弄んでいただけだった。 そう言われても反論できない。今までゆーちゃんに言ってどれほど傷ついたのだろう。バカ……私のバカ……コミケ事件からまったく私は変わっていない。 それから間もなく私は風邪をこじらせて寝込んでしまった。 もう私は何も出来ない…… 『ピンポーン』 熱はは引いた。でもまだ体はダルイ。ここ数日大学にも行けなかった。たとえ私の風邪が治ってもかがみ先輩の病気は治らない。これからどうして良いかも分からない。 普段の私なら皆に事情を話してこれからどうするか決める。だけど……それすらも出来なくなってしまったなんて。 『コンコン』 ノックの音がした。お母さんかな…… ひより「は~い」 ドアが開くとそこにはゆーちゃんが居た。私と目が合うとにっこり微笑んだ。さっきの呼び鈴はゆーちゃんだったのか。 ゆたか「おはよ~風邪をこじらせたんだって?」 ひより「まぁね……それよりいいの、大学に行かなくて」 ゆたか「ふふ、今日は日曜日だよ」 そうか日曜日なのか。曜日の感覚がなくなってしまった。あの日以来時間がとってもゆっくりに進んでいるように感じる。 ゆたか「座ってもいい?」 ひより「良いけど、風邪……うつるかもよ?」 私の警告をよそにして私の寝ているベッドの横に腰を下ろした。そして私を優しく見下ろしてじっと見つめた。 ひより「な、何……私の顔に何か付いてる?」 ゆたか「うんん、昔からお見舞いをされてばっかりだったから、こうして誰かをお見舞いをしてみたいと思っていた、ひよりちゃんが初めてになったね」 もう少しすればもう一人お見舞いに行かなければならない人が居る……そして一度入院をすれば退院することはない。 ひより「それで、その初めてのお見舞いはどう?」 私をじっと見るゆーちゃん ゆたか「ん~どうかな、分からない、もっと時間が経てば分かるかも」 ひより「そう……」 私はそれ以上聞かなかった。それ以降私は何も話さなかった。ゆーちゃんも自分から話そうとはしなかった。 朝日が窓から入ってきて部屋の温度が上がった。心地よい温度だ。このまま眠ってもいいくらいだった。そんな私の心境を知ってか知らずか、ゆーちゃんはゆっくりと立ち上がった。 ゆたか「長居すると悪いから帰るね」 ひより「うん……お構いもしませんで、ごめんね」 ゆたか「うんん、お大事にね……」 ゆーちゃんは私に後ろを向いてドアの所まで移動して止まった。 ゆたか「ひよりちゃん、話してくれないの?」 話してくれない……何のことかな…… ひより「話すって……あぁ、お見舞いされた気分だね……なんだか上から覗かれて、恥かしいような……」 ゆたか「違うよ、もっと大事な事、何故黙っているの……かがみ先輩の事」 ま、まさか、どうしてゆーちゃんが知っている。そんな筈はない、かがみ先輩は内緒にするって言っていた。 ひより「な、なんの話しか分からない……」 ゆーちゃんはゆっくり振り返った。 ゆたか「取材の途中でひよりちゃんと別れて思った、ひよりちゃんは一人で柊家に行ったのに私は逃げてしまったって、だから、もう一度佐々木さんの所にに行ってみようと、 そう思って、行ったの……佐々木さんの整体院に、そこに佐々木さんは居なかった、でも、コンちゃん……宮本さんがいてね……全て話してくれた」 まなぶが話したのか。余計な事を……もう一人悲しむ人が増えるだけなのに。 ひより「全て聞いたのなら私から話す必要はないよ……もう私に出来る事は何もない」 ゆたか「ひよりちゃんらしくない、こんな時は、私に、みなみちゃんに、場合によっては高良先輩や泉先輩にだって話して相談するでしょ?」 ひより「だって……だって、かがみ先輩は内緒にしろって言うし、先輩の気持ちにを考えるともう何も出来ない」 また涙が出てきた。ゆーちゃんに見られないように布団で顔を隠した。足音が私に近づいてきた。 ゆたか「ひよりちゃん、溺れちゃったね……そう思ったから此処に来たの、ひよりちゃんが私を救ってくれたように」 ひより「溺れる、私が?」 ゆたか「他人事じゃないと人は救えない、そう言ったのは誰だっけ?」 私は布団を取り上半身を起こした。 ひより「救う、どうやって、お稲荷さんにだって治せない病だよ、何も出来ないよ……」 ゆたか「そうかな、私はそうは思わない、だって他人事だもん、なんでも出来る」 ゆーちゃんはにっこり微笑んだ。 ひより「え……」 ゆたか「やれるだけやって、それでダメなら……悲しいけど諦めるよ、でも、それまでは……諦めない、他人事ってこうゆう事ででしょ、ひ・よ・り」 ゆーちゃんは人差し指で私の額を突いた。 ゆたか「一人だけ、ありふれた物で化学物質を合成できるお稲荷さんが居るらしいの、今ね、コンちゃんとみなみちゃんでそのお稲荷さんを探してもらっている」 ひより「ゆ、ゆーちゃん……」 ゆたか「溺れるのはまだ早いよ、ひよりちゃん、かがみ先輩が亡くなるまではね、うんん、絶対に死なせない、そうだよね?」 ひより「そんな事言ったって……」 ゆたか「コンちゃんもみなみちゃんもひよりちゃんのおかげで手伝ってくれていると思ってる、私たちに任せて風邪を治すのに専念して……それから、 かがみ先輩の病気も治るように祈っていて……奇跡は滅多に起きないけどね、祈りや願いがないと起きないって誰かが言っていた、私もそう思う」 ゆーちゃんは腕時計をみた。 ゆたか「あっ、いけない、もう約束の時間、それじゃ、ひよりちゃんお大事に」 ひより「待ってゆーちゃん、わたし、私……佐々木さんと喧嘩してしまった……引越しを止められなかった」 ゆたか「しょうがないよ、あの状態じゃ私も同じ事をしてたかも、でもね、別れても生きてさえいれば何とかなるよ、今はかがみ先輩が優先だね」 ゆーちゃんはにっこり微笑むと部屋を出て行った。 教えたゆーちゃんに教えられるなんて……それに私がするはずだった事を先にするなんて。 ひより「ふふふ……ははは」 なぜか笑った。そしてさっきよりも大粒の涙が出てきた。この涙は大事な物を得たのか失ったのか…… 私は涙を拭かずそのまま床に就いた。何故か涙を拭きたくなった。 熱っぽいせいか頭が回らない。考えるのを止めた。 今はただかがみ先輩の回復を祈った。 私はゆーちゃんと待ち合わせをしていた。東京都内のとある駅前。 こんな所で待ち合わせは初めてだ。私もこの駅を降りるのは初めてだった。 風邪が治り私もかがみ先輩を救うために皆の手伝いに参加している。あれから何週間か経つけど目的のお稲荷さんは見つかっていない。まなぶは 以前住処だったつかさ先輩と泉先輩が住む町の神社に行ったがもぬけの殻だったと言う。お稲荷さん達は全員何処かに引っ越してしまったみたいだ。 そういえばつかさ先輩の彼氏もお稲荷さん。二人は別れたと聞いたがそれと関係あるのだろうか。 「おまたせ」 後ろから男性の声。まなぶの声。私は振り向いた。 ひより「まなぶさん……」 まなぶ「なんだい、私ではいけないような顔をして」 ひより「い、いや、ゆーちゃんと会う約束をしたものだから、意外だった」 まなぶ「小早川さんは岩崎さんと一緒に別行動してもっている、彼女達は彼の自宅に向かっている、私達は彼の仕事場に向かう、どちらかに居るはずだ」 ひより「彼って誰?」 まなぶ「もちろん私の仲間の……」 ひより「ほ、本当に、早く行こう……何処!?」 私はまなぶの手を掴み歩き出した。早くかがみ先輩の病気を治してもらいたった。逸る気持ちを抑えられなかった。 ひより「……法律事務所……」 まなぶ「そうだ、そこに私の仲間が居る、そこに居なければ小早川さんが向かっている自宅に居る」 私が思っていたのとはかけ離れた所に案内された。病院かどこかの研究所かと思っていた。 待てよ……法律事務所……って。確かかがみ先輩の彼氏も法律事務所で働いていたって言っていた。 ひより「ちょっと、かがみ先輩の彼氏も法律事務所で働いているって聞いたけど、これって偶然なのかな」 まなぶは法律事務所の玄関を見ながら答えた。 まなぶ「偶然もなにもない、かがみさんの彼氏だよ」 ひより「え……も、もしかして、かがみ先輩の彼氏もお稲荷さん……」 まなぶ「その様だな、すすむが彼女を呪いの診断をした時に微かに仲間を感じたそうだ」 かがみ先輩の彼氏もお稲荷さん……かがみ先輩はそれを知っているのだろうか。ややこしいとか言っている所から察するに知らないと考えた方がいいかもしれない。 まなぶ「かがみさんには悪いが尾行させてもらった、それでこの法律事務所と自宅を突き止めた」 まてよ、何故だ。何故そんなまどろっこしい事をする。 ひより「こんなコソコソしていないで直接頼めば済むでしょ、かがみ先輩の恋人なら直ぐにでも病気を治すはず」 まなぶ「いや、彼では病気は治せない、恐らく彼なら仲間の居場所を知っていると思ってね、かがみさんと一緒に居ない所を見計らって彼と会う作戦だ、 事務所から出てきたら聞くつもりだから、しばらく張り込みをしよう」 ひより「え、あ、はい……分った」 そんなにうまい話はなかったか。 それにしても、つかさ先輩、かがみ先輩、いのりさんにまつりさん。ものの見事に四姉妹がお稲荷さんと関係している。良い意味でも、悪い意味でも。 偶然かもしれない。だけどそれだけでは片付けられない運命的な何かを感じてならい。 その運命の一端に参加している私、これもまた運命なのだろうか。 そもそも私は漫画のネタ探しから始まったのが切欠だ。それだったら……つかさ先輩にしても一人旅が切欠。どちらも世間一般に珍しいものじゃない。 不思議だな……私はまなぶを見ながら考えていた。 まなぶ「……私の顔に何か付いているのか?」 まなぶは事務所の出入り口を見ながら話した。私の目線に気付いたようだ。この状況なら聞けるかもしれない。前から聞きたい質問があった。 ひより「ちょっと二つ質問いいかな?」 まなぶ「なんだい?」 彼は事務所から目を離さなかった。 ひより「何故まなぶさんは真奈美さん達ではなく佐々木さんと住むのを選んだの」 まなぶ「……人間に興味があったから……と言っておこうかな、詳しく知るには人間と暮らすしかない……人間と共に暮らしている仲間は三人いるけど、すすむが一番 一般の人間と接している人数が多いと聞いて、それで決めた、答えになったかな?」 私は頷いた。 ひより「うん……それで人間に接した感想はどうだった?」 その答えを聞くのが少し恐かった。 まなぶ「まだ調べ足りないけど……よく似ているよ私達に」 ひより「そ、そうなんだ……」 似ている……これはまた微妙な答えだな。そう言えば前にも同じような事を言っていた。 まなぶ「……それで、もう一つの質問って?」 ひより「え、ああ、まなぶさんは何故私達の手伝いをしてくれているの、嬉しいけど、そんなにかがみ先輩と親しかった訳じゃないのでは?」 まなぶ「好きな人の妹が死に瀕している……助けたいと思うのは当然じゃないのか?」 ひより「それは、そうだけど、それだけじゃないと思って」 好きな人……またこの言葉を聞くとは思わなかった。なぜかその言葉はあまり聞きたくなかった。 まなぶ「記憶を失って、コンとして飼われていた頃だった、まつりさんが仕事で散歩に行けない時などはかがみさんが代わりに散歩に連れて行ってくれた、 私を擬人化してよく愚痴を言って面白かった、それにまつりさんとは違う道を行ってくれてね、飽きさせなかった、とても他人事じゃいられないよ」 かがみ先輩の愚痴の内容も聞きたかったけど、今はそんな雰囲気ではなかった。 まなぶ「それじゃ私から質問、何故君はかがみさんを助けようとする」 ひより「へ?」 まなぶ「見るからに私よりも動機は薄いような気がするが、出身高校が同じと言うだけで血縁関係もない」 ひより「う~ん」 そう言われると……なんて表現していいのだろうか。 まなぶ「なんだ、答えられないのか、好きだからじゃないのか」 わ、え、どう言う事…… ひより「す、好きって……わ、私もかがみ先輩も同姓だし……そ、そんな百合的な展開はな……」 まなぶ「ふ、ふふ……はははは」 まなぶは事務所の方を見たまま笑った。 まなぶ「君は自分の事になると何も答えられないみたいだな、分かったよ、多分田村さんも私と同じ理由だな」 彼はは百合って意味を知っているのかな。そんなのを確認なんかできっこない。 『ピピピ』 まなぶはポケットからスマホを取り出し操作しだ。 まなぶ「君の友人からメールだ、自宅は留守なのでこっちに向かうそうだ、合流しよう……すまない、事務所の入り口を見張っていて欲しい」 ひより「はい……」 まなぶがスマホを操作している間、私が事務所の入り口を見た。 時がゆっくりと流れているように思えた。 まなぶ「彼の名は小林ひとし、彼との交渉は全て私に任せて欲しい、かがみさんの意思を尊重して病状は伏せることになった」 ひより「ゆーちゃんとみなみちゃんもそれで良いのなら……」 まなぶ「もう既に打ち合わせ済」 私が風邪をひいている間に話しは進んでいたようだ。 確かにお稲荷さんとの交渉はお稲荷さんに任せた方が良いのかもしれない。 それに最初はあんなに反対していたみなみちゃんも手伝ってくれている。なによりあのゆーちゃんがあれほど積極的になるとは思わなかった。 その時、事務所の近くをゆーちゃんとみなみちゃんが通りかかった。私は携帯電話で二人を呼んだ。 みなみ「ここで張っていたの?」 私とまなぶは頷いた。 ゆたか「自宅は留守だったから多分この事務所だよ」 まなぶ「そろそろお昼だ、出てくると思う」 ゆたか「小林さん、コンちゃんは会ったことあるの?」 まなぶ「いや、会った事はない、向こうの仲間は真奈美さん以外殆ど知らない」 ゆーちゃんはまなぶをまだコンと呼んでいるのか。最初に狐の彼を見つけたのはゆーちゃんだった。あの時のイメージが強かったのか。 それにまなぶも否定していない。人間のときくらいは みなみ「何人か事務所を出入りしているけど見逃したりしない?」 まなぶ「人間になっていようが、狐になっていようが、他のに化けて居ようが、仲間ならすぐに分かる……ん?」 まなぶの目が鋭く光った。 まなぶ「彼だ!!」 私達は学ぶの目線を追った。事務所の玄関を出てきた男性。その人だろうか?? まなぶ「私と彼が会っている時は出てこないように」 そう言い残すと小走りに彼の元に走っていった。私達はその場に留まりまなぶと男性の動向を見守った。 まなぶが話しかけると彼は立ち止まりしばらく何かを話してから二人は歩き出した。私達は彼等の後を気が付かれないように追いかけた。 ひより「こっち、こっち」 小声で二人を呼んだ。 ゆたか「で、でもこれ以上近づいたら……」 ゆーちゃんは更に小さな声で答える。 ひより「大丈夫だって、それに近づかないと会話が聞こえない」 まなぶと小林さんは近くの公園の隅で立ち止まった。私達はぎりぎりまで近づいて物陰から様子を覗う。 ひとし「まさかこんな所で仲間に会えるとは思わなかった……しかし君には一度も会った覚えが無い……」 まなぶ「私は宮本なまぶ」 ひとし「あぁ、思い出した、最近生まれた子じゃないか……大きくなったものだ」 二人の会話がよく聞こえる。小林さんはまなぶを知っているのか…… まなぶ「私より若い仲間は居ないと聞いた」 ひとし「そんな事より用事とはなんだ」 まなぶ「人を探している、化学物質を合成できる人」 ひとし「回りくどい言い方だな……たかしの事を言っているのか、呪術と錬金術で彼の右に出る者は……真奈美くらいだ」 たかし、たかしと言うお稲荷さんが薬を作れるみたいだ。 まなぶ「今何処に居る?」 ひとし「……会ってどうする?」 まなぶ「合成して欲しい物がある」 ひとし「……合成して欲しい物、我々にそんな物は必要ない筈だ、何に使う、人間に復讐でもするのか、武器や毒と言うのなら止めておけ……」 まなぶ「いや……薬を作ってもらおうと……」 ひとし「薬だと……」 まなぶ「治したい病気が……」 ひとし「病気……我々は病気にはならない筈だ」 まなぶ「助けたい……人間が居る」 不味いな、このままだと薬を誰に使うのか分かっていまうかもしれない。 ひとし「そうか……助けたい人間が居るのか、それは君にとって大事な人なのか」 まなぶ「そうだ」 小林さんは暫くまなぶを見て首を振った。 ひとし「彼にそれを頼むのは難しいだろう、彼の人間嫌いは仲間の中でも一、二を争う」 まなぶ「それでもしなければ、何処にいます?」 ひとし「住み慣れた地を離れしまったらしくてね、私でも彼等の住処は分からない……残念だが力にはなれない、それでは失礼させてもらうよ」 小林さんはまなぶに会釈をすると公園を出ようとした。 ゆたか「待ってください!!」 ゆーちゃんが飛び出した。その声に反応して小林さんが振り向いた。 まなぶ「ば、バカ……来たらダメって……」 ひより「まずい、みなみちゃん、ゆーちゃんを止めないと……」 あれ……みなみちゃんの反応がなかった。私は後ろを振り向いた……でも彼女の姿は見えなかった。 再びゆーちゃんに目線を戻すと……あろうことかゆーちゃんの隣にみなみちゃんも立っていた。 ひとし「な、なんだ君達は……何処かで見た顔だな……」 ゆたか「お願いです、どうしても助けたい人が居るの、居場所だけでも教えて頂けませんか」 ゆーちゃんが頭を下げるとみなみちゃんも頭を下げた。こうなったら自棄だ。私も物陰から出て二人の横に並び頭を下げた。 小林さんは私達を見ていた。 ひとし「この人間達はおまえの仲間なのか」 まなぶ「……そうです」 小林さんは私達に向かって話しだした。 ひとし「その様子から見ると私達の正体を知っているみたいだな……さっきも言ったように仲間は住処を離れてしまった、随時移動しているみたいで私でも 把握しきれないのだよ……それに、本来人間を救うのは人間で行うべきだ、私達が介入する問題ではない」 その言葉は冷たく私達を貫いた。 まなぶ「それを承知で頼んでいるのが分からないのか……」 ひとし「悪いが時間がない」 小林さんは公園の出口に向かって歩き出した。ゆーちゃんは小走りで小林さんを追い抜き公園の出口に立ち塞がった。 ひとし「すまないがそこを退いてくれ……」 ゆーちゃんは首を横に振った。 ゆたか「……本当に……本当に助ける気はないの……貴方の愛ってそんなものなの?」 ひとし「藪から棒に何を言っている……」 ゆたか「私達が誰を助けたいのか知りたくないですか、知っても同じ事が言えますか……」 まさかゆーちゃんはかがみ先輩の名前を言うつもりなのか。 みなみ「ゆたか……」 みなみちゃんはゆーちゃんを見て首を横に振った。ゆーちゃんはみなみちゃんを見て躊躇したようだ。その後の言葉が出てこなかった。 ひとし「……助けたい人とは私の知っている人なのか……」 小林さんはゆーちゃんを見た後、振り返り私とみなみちゃんを見た。 ひとし「……君達は……私の知人と一緒に居た時があるな……まさか……」 ゆーちゃんの言葉で分かってしまったようだ。もう秘密にしている意味はない。 ひより「私達は、かがみ先輩、柊かがみの友人です」 ひとし「かがみ……かがみの何を助けようとしている、彼女に何があった、なぜ我々の力を必要とする……」 小林さんが急に動揺しだした。私はある意味これで少しホッとした気分になった。同じ態度であったならかがみ先輩の恋は終わっていたのかもしれない。 小林さんは辺りを見回した。 ひとし「話しを詳しく聞きたい、ここでは落ち着かないだろう、事務所に戻ろう……来てくれ」 まなぶ、小林さんとみなみちゃん達は公園を出た。 ひより「ゆーちゃん、小林さんにかがみ先輩の話しは内緒にするんじゃなかったの?」 私はゆーちゃんを呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まった。 ゆたか「うん……そう決めたし、かがみ先輩もそれを望んでいた」 ひより「でもそれを破った、どうして?」 ゆたか「かがみ先輩を助けたかったから……それだけしか頭になかった……それで助かるならかがみ先輩に怒られても良い、皆から責められても構わない……」 ひより「かがみ先輩は怒るかもしれないけど、私は責めたりはしないよ、みなみちゃんもね」 ゆたか「えっ?」 ひより「さて、行きますか、皆、先に行っちゃったよ、たかしってお稲荷さんに頼まないといけないからね、まだまだ困難はこれからだよ」 ゆたか「う、うん」 私とゆーちゃんは皆に追いつくために走った。 小林さんの勤める法律事務所の会議室に通された。そこで私達は今まで経緯を小林さんに話した。 まなぶとの出会い、佐々木さんとの出会い、柊家との関係……そしてかがみ先輩の病気の事…… ひとし「脳腫瘍だと……」 私は頷いた。 ひとし「ば、ばかな、そんな気配は微塵も感じなかった」 ひより「秘密にしていたようです、多分家族や親友には知られたくなかったと思います、もちろん恋人の貴方にも……」 ひとし「彼女の心を読めなかったと言うのか、それは在り得ない」 まなぶ「かがみさんは以前呪われている、その時に呪術者と何度も接触しているはずだ、そうこうしているうちに心を読まれない術を身につけたのかもしれないな」 小林さんは何も言わず考え込んでしまった。 ゆたか「そんな事より公園で話していたたかしってお稲荷さんを探さないと、かがみ先輩の病気を治す薬を作れるのでしょ?」 小林さんは目を閉じて腕を組んた。 ゆたか「どこに居るのですか、協力して下さい……」 ひとし「……まなぶはたかしを知らないのか……」 まなぶ「初めて聞く名前……すすむも何も言わなかった……極度の人間嫌いだって言っていたね……」 小林さんは目を開け腕組みを解いた。 ひとし「幼かったまなぶでは覚えていなかったか……人間嫌いだけならまだ希望もあるがな……」 まなぶ「何が言いたい、こっちは急いでいる、こうしている間にも……」 小林さんはもったいぶった様に少し間を空けてから話した。 ひとし「かがみに禁呪をしたのが……そのたかしだ……」 まなぶは何も言い返せなかった。私たち三人は顔を見合わせて驚いた。 私達はかがみ先輩に呪いを掛けたおいなりさんにかがみ先輩の病気を治してもらわなければならない……気が遠くなるような事だった。 でも諦められない。諦めたらかがみ先輩はあと半年後には亡くなってしまう。 ひより「そのたかしってお稲荷さんは何故かがみ先輩に呪いをかけたのです?」 それならばたかしってお稲荷さんの情報をなるべく詳しく知る必要がある。 ひとし「私も直接彼から聞いたわけじゃないから真意はわからん……真奈美が亡くなったのをかがみの妹が原因と思っているらしい、 その妹に彼と同じ境遇を味合わせてやりと思ったのだろう」 違う……確かにつかさ先輩が関係しているかもしれないけど、真奈美さんが亡くなったのはつかさ先輩のせいじゃない。誤解だ。 ひより「たかしって真奈美さんを好きだったのですか?」 ひとし「好きもなにも婚約者だった……」 ひより「こ、婚約者……」 好きな人……愛する人が亡くなれば何かのせいにしたくもなる。それはなんとなく理解できる。 ゆたか「でも、真奈美さんが亡くなったのはつかさ先輩のせいではありません」 珍しく断定的に言うゆーちゃんだった。それも私が思っていたのと同じ内容だった。 ひとし「……そうだな、そうの通り、真奈美が死んだのはむしろ我々側の問題だ……族に言う逆恨みと言うやつだろう」 ゆたか「お願いです、なんとかたかしさんを探し出せませんか……」 祈るように手を合わせて懇願するゆーちゃんだった。 ひとし「君達に頼まれるまでもない、私が直接彼に頼む……いや助けさせる、それが彼の責任だ」 小林さんは席を立ち上がった。そして会議室を出ようとした。 みなみ「何処に行くの?」 小林さんは立ち止まった。会議室に入って初めてみなみちゃんが口を開いた。 ひとし「たかしの所に会いに行く……」 みなみ「会う……何処に居るのか知っている?」 ひとし「草の根分けてでも探し出すまでだ……」 みなみ「会ってたかしさんが拒んだらどうする?」 ひとし「拒むだと、そんな事をすれば彼の命はない、悪いが急いでいる話はこれまでだ」 また小林さんは部屋を出ようとした。 みなみ「……かがみ先輩を第二の真奈美さんにしたいの?」 ドアのノブに手を掛けた所で小林さんは止まった。 ひとし「第二の真奈美……どう言う意味だ」 みなみ「怒りで話しかければ怒りで返ってくるだけ、誰も助からない、誰も救えない……」 小林さんは暫くノブを持ったまま動かなかった。そしてノブから手を放してから大きく深呼吸をした。 ひとし「……そうだな、その通りだ、岩崎さんと言ったな、私は危うく同じ過ちを仕出かすところだった」 小林さんはさっき座っていた椅子に戻り座った。 ひとし「私がたかしに会うとお互いに感情的になってしまう……どうしたものか……」 みなみ「たかしさんとの交渉は私達がします、だから彼を探し出して欲しい……」 そんな話は聞いていない。私には荷が重過ぎる。 ひより「ちょっと……」 ゆーちゃんと目が合った。そしてゆーちゃんは頷いた。その決意に私はその先の言葉を言えなかった。 ひとし「そうか……やってみるが良い、そのくらいの時間はまだある、しかし君達が失敗したら私が直接出向く、それで良いな?」 ゆたか・みなみ「はい!!」 ひより「は、はい……」 急に振って湧いたミッション。自信なんかない。でもやるしかないのか…… さっきからゆーちゃんはモジモジして何かを言いたそうにしていた。少し間があったので決心がついたの小林さんに向かって話しだした。 ゆたか「あ、あの~、質問いいですか?」 ひとし「何か?」 ゆたか「かがみ先輩とはどうして知り合ったのですか、かがみ先輩は小林さんの正体を知っているの?」 ひとし「彼女に私からは話していない、多分私の正体は知らないだろう……彼女とどうして出会ったか……それは、 たかしが再び彼女を呪うのを監視してくれ……そう友人に頼まれてね、それが切欠だ」 頼まれた……同じだ。私が泉先輩からかがみ先輩の様子を見てくれって言われたのと同じじゃないか。 ゆたか「その友人もお稲荷さんなんですね……」 小林さんは頷いた。 ひとし「……結局たかしは一度もかがみの前に現れていない、しばらくして友人がたかしを保護したと連絡があった、それで私の仕事は終わるはずだった」 ゆたか「筈だった?」 ひとし「たかしは何時現れるか分からない、彼女の監視は四六時中続いた……そういえば君達三人も何度かかがみと会っていたな…… 監視していて、そのうちに、一度くらい直接会ってみたくなってね……声を掛けた……」 ひより「それでかがみ先輩を好きになった……ですか?」 小林さんは何も言わず、何も反応しなかった。でもそれが答えだった。 ひとし「さて、身の上話しはここまでだ、約束通り彼を、たかしを探しに行かないとな」 小林さんは立ち上がった。 ひとし「この事務所は好きなように使うと良い、所長には私から言っておく」 そう言うと小林さんは会議室を出て行った。 私は溜め息を一回つくとみなみちゃんに向かって話した。 ひより「たかしと交渉ね……そんな無茶振りをアドリブでしちゃうなんて……失敗は許されないよ……私、自信なんかない……」 みなみ「ご、ごめん……」 みなみちゃんは俯いてしまった。 ゆたか「で、でも、あの時みなみちゃんが小林さんを止めなかったら大変な事になっていたよ、私なんかあの時どうして良いか分からなかった……」 それは私も同じか。小林さんが出て行こうとした時、ただの傍観者になっていたのは事実だった。 ひより「こうなるのは必然だったのかな……それはそうとみなみちゃんは何故急に私達を手伝うようになったの」 みなみ「それは、みゆきさんがお稲荷さんを許したから……お稲荷さんの知識を知りたいって……」 ひより「みなみちゃんが説得したんだね、それは良かった」 みなみちゃんは首を横に振った。 ひより「え、それじゃどうして高良先輩はお稲荷さんを許したの?」 私はゆーちゃんの方を向いた。ゆーちゃんは慌てて首を横に振った。 みなみ「つかさ先輩は人間とお稲荷さんが一緒に暮らせるように何かしている、それに賛同するようになったと聞いた……」 ここでもつかさ先輩が出てきた。私の知らない所で、しらないうちに……何故……私の一歩も二歩も先に行っているような気がする。 ゆたか「流石だね……」 当然の事の様に言うゆーちゃん。つかさ先輩はそんな人だったのか。高校時代のつかさ先輩はもっと……もっとボーとしていて、いつも皆の後に付いている様な…… まなぶ「ところで、たかしとの交渉はどうするつもりなんだ?」 まなぶの声に一気に現実に戻された。私達は顔を見合わせるだけだった。 まなぶ「一度はかがみさんを呪った人だ、そんな人にかがみさんの病気を治す薬を作ってもらうように頼むなんて……出来るのか?」 ゆたか「出来る出来ないじゃない、しないとダメだよ……」 まなぶ「どうやって、行き当たりバッタリが通用する相手とも思えないが」 ゆーちゃんは言葉に詰まった。私もみなみちゃんも何も言えない。 ゆたか「頼むしかないよ、頼んで頼んで命乞いするの」 みなみ「私も頼む……」 ひより「それしかない……」 まなぶ「無策の策か、それも良いだろう」 まなぶは席を立った。 まなぶ「ひとし一人より二人で探したほうが早い、手伝ってくる」 まなぶは会議室を出て行った。 ゆーちゃんはまなぶの出たドアを見ていた。 ゆたか「コンちゃん……少し変わったかな」 ひより「変わった?」 ゆたか「うん、なんか少し頼もしくなった、それに人間になっているのに苦しそうじゃなくなってる」 ひより「人間としてまつりさんに会いたいって言ってからね……」 ゆかた「そ、そうだった、もうコンちゃんなんて言えないね……」 みなみちゃんは立ち上がった。 みなみ「こうして居ても仕方がない帰ろう、それで、それぞれがたかしに何を言うのか考えよう、宮本さんが言うように今の私達は無策、 このままだとたかしはかがみ先輩を救ってくれない……」 ゆたか「そうだね……今はそれしか出来ないよね、帰ろう」 ゆーちゃんも立ち上がった。そして私も立ち上がった。 事務所を出るとき、所長さんに私達の携帯電話の番号と家の電話番号を小林さんに伝えて貰うように頼んでから帰宅した。 帰宅して椅子に座る。 普段ならネタをまとめる作業をしている所。でもネタ帳もボイスレコーダーも最近は使っていない。かがみ先輩の病気の事で頭がいっぱいだ。私が悩んだ所で 先輩の病気が良くなる訳じゃない。そんなのは分かっている。分かっているけど悩まずには居られなかった。 たかしと会って何を言う。 『かがみ先輩を助けて下さい』 これじゃ何の捻りもない。 『貴方の呪ったかがみ先輩が死にそう、だから病気を治して……』 これじゃ当て付けがましい。 『お願いです……』 違う、違う……どんな言葉を繋げたって彼が人間を憎んでいる限りかがみ先輩を助けるなんて在り得ない。まずは彼の人間に対する憎しみを解くのが先……どうやって。 何千年も溜まりに溜まった恨みや憎しみをどうやって。それこそかがみ先輩の病気を治してもらうより難しいかもしれない。 そういえばつかさ先輩は真奈美さんと友達になった……とうやって。 一緒に泊まって一緒に話しただけ……たったそれだけ……それだけで……分からない。今更ながら分からない。つかさ先輩は何をしたのかな…… それならいっそのことつかさ先輩に頼んでしまおうか。かがみ先輩の一大事だから真っ先に駆けつけてくれる……つかさ先輩ならたかしの恨みも解いてくれるかも…… 『内緒にして……』 また頭の中にかがみ先輩の声が響いた。 家族には教えたくないだろうな……特につかさ先輩には…… 結局何も解決策は出てこなかった。 ふと携帯電話を見る。もしかしたら小林さん達がたかしを探したのかもしれない。 なんだ……何もないか……あれ、着信履歴がある。 履歴にかがみ先輩の携帯電話番号が載っていた。ここ数時間前の時間だ。なんの用だろう? 時計を見ると午後十時、電話をするにもそんなに迷惑のかかる時間ではなかった。私はそのままボタンを押して電話をかけた。 かがみ『もしもしひより?』 ひより「こ、こんばんは~」 そうだ。かがみ先輩に許可をとればなんの問題もない。 ひより「かがみ先輩、実ははつかさ先輩に……」 しまった。私はまだかがみ先輩の病気を知らない事になっている。佐々木さんとの口喧嘩で思わず佐々木さんが言ってしまったので分かった。 今ここで言ってしまったら佐々木さんが秘密を破ったのを教えるようなもの。言えない…… かがみ『つかさ、つかさがどうかしたのよ?』 ひより「い、いや、何でもないっス……」 かがみ『それより、佐々木さんといのり姉さんはどうなったのよ?』 ひより「それは……」 今は何も出来ない。その余裕がない。 かがみ『実ね、いのり姉さん、最近元気が無くて……整体院が休みになっているのと関係があると思って電話した、何か心当たりはないかしら?』 ひより「あるような、ないような……」 かがみ『何だ、その中途半端な回答は!!』 本当にかがみ先輩は病気なの。そう疑ってしまう程元気な声だった。 かがみ『電話じゃ埒が明かないわね、明日、時間空いていない、よければ相談に乗って欲しい』 後回しにするはずだった問題をかがみ先輩から依頼されるとは思わなかった。でも、断る理由は無いか…… ひより「空いていますけど……ゆーちゃんやみなみちゃんも呼びましょうか、人数が多い方がいろいろな意見が聞けますよ」 かがみ『いや、ひよりだけで来て』 ひより「は、はい……」 かがみ『時間は午後からなら何時でも良いわ』 ひより「わかりました……おやすみなさい」 かがみ『おやすみ』 電話を切った。 私一人で……何だろう?……。 ひより「ふわ~」 欠伸が出た。元気なかがみ先輩の声を聞いたせいなのか。急に眠くなった。今は眠るしかない。気が紛れる。少なくとも眠っている間は…… 次の日、私は午後一番でかがみ先輩の家に行った。 かがみ「いらっしゃい、待ってたわ、入って」 家に入り私は辺りを見回した。 かがみ「今日は私以外誰も居ないわよ、まつり姉さんは仕事、いのり姉さんはお父さんと地鎮祭、お母さんは遠くにお買い物……」 ひより「そ、そうですか……」 かがみ「何心配そうな顔してるのよ、別に襲ったりねじ伏せたりなんかしなから安心しなさい」 ひより「え、あ、心配な訳では……」 かがみ「ふふ、ささ、居間にぞうぞ」 かがみ先輩があんな冗談を言うのを初めて見た。普段と違うと対応に苦慮するもの。 居間に行くと既に飲み物とお菓子が用意されていた。 ひより「こんなにしてくれなくても」 かがみ「いいから、いいから」 私の背中を押して居間の中央まで進みかがみ先輩は腰を落とした。私も席に座った。 ひより「相変わらずお菓子が好きっスね」 かがみ「まぁね、否定はしない……さて、早速いのり姉さんについて話しましょ……」 ひより「……その前に一つ聞きたい事があります」 そう、双子の姉なら分かるかもしれない。それがヒントになるかもしれない。そして、この質問なら私がかがみ先輩の病気を知っているの悟らせない。 かがみ「聞きたい事……何よ改まって……」 お菓子をつまみながら私の質問を待つかがみ先輩だった。 ひより「つかさ先輩はどうやって真奈美さんと仲良くなったのかなって、お稲荷さんと人間の因縁を断ち切るなんてそう簡単に出来るとは思えない、 つかさ先輩の話を聞いただけでは分からなくて……是非かがみ先輩の意見を聞きたいっス、佐々木さんといのりさんの今後の対応にも参考になるかな……」 かがみ先輩はお菓子を食べるのを止めてしばらく私の後ろ上の方をじっと見つめながら考えていた。 かがみ「真奈美さんね……彼女とは一度会ってみたかった……」 またしばらくかがみ先輩は私の後ろ上を見ながら考えた。 かがみ「真奈美さんが亡くなった今、当事者から話を聞けない、ただ言えるのはつかさの何かに真奈美さんは魅かれた」 ひより「そ、そうですか……」 かがみさん、貴女もそのお稲荷さんを魅了させる何かをもっている。心の中でそう突っ込みを入れた。 かがみ「その何かに一緒に暮らしていて気付かないなんて、私も相当鈍いわ……」 ひより「そうですね」 かがみ「そうそう、私は鈍い……ってこんな時だけ納得するな!」 私は笑った。少し遅れてかがみ先輩も笑った。へぇ、かがみさんってこんなノリツッコミもするのか…… その何かが分かれば全てが解決できるような気がする。 かがみ「ただ一ついえる事は、佐々木さんにしろコン、宮本さんにしろ真奈美さん達みたいに深い憎しみは人間に対して持っていない」 それは私も思っていた。彼らは人間と一体になって暮らしている。それは小林さんも同じなのかもしれない。 かがみ「最近、整体院が休診しているみたいだけど、何か心当たりはないの?」 ひより「引越しをするって言っていました……」 かがみ「なっ!! そう言うのは早く言いなさい」 どうも調子が狂う。普段通りに対応できない。かがみさんを怒らせてばかりいる。 ひより「す、すみません……お稲荷さんは百年に一回、自分の正体を隠すために引越しするって言っていましたけど……」 かがみ「あの整体院は百年も経っていないわよ、それが理由ではない……わね……」 かがみさんは腕組みをして考え込んだ。本来なら私もここでいろいろ考えるところ、でもそこまで深く考えられない。 かがみ「一度、いのり姉さんと佐々木さんを会わす必要があるわね……」 ひより「……はい……」 かがみさんは私をじっと見た。 かがみ「どうしたの、さっきから、いつもなら色々な意見を言うのに……らしくないわよ」 そんな、かがみさんを目の前にして普段通りにしろって言うのは無理があり過ぎる。 ひより「……はぁ、まぁ、頑張ります……」 かがみさんは立ち上がった。 かがみ「人と話すときは目を見るもの、あんた何か隠しているわね」 やばい、こんな時に限ってかがみさんの勘が冴えるなんて。やっぱり来るべきじゃ無かったか。私は慌ててかがみさんの目を見た。 ひより「何も隠してなんかいませんよ……」 かがみ「そうかしら」 かがみさんが私に一歩近づいた時、急にかがみさんの体がふらついて私に向かって倒れかかってきた。私は中腰になり慌ててかがみさんを支えた。 ひより「だ、大丈夫っスか?」 かがみ「……大丈夫よ……ありがとう……」 またかがみさんが固まってしまったあの時の状況が頭に浮かんだ。かがみさんは姿勢を戻した。私は手を放すと自分の席に戻った。 ひより「また調子が悪くなったのですか?」 こんな質問しか出来ないなんて…… かがみ「大丈夫、なんて言えないわね」 ひより「言えない?」 これはもしかしたら病気を告白するかもしれない。私はグッとお腹に力を入れて聞く準備をした。 かがみ「そう、私……妊娠しているから……これはお母さんしか知らない……」 ひより「それはおめでたいですね……えぇっ?!!!」 私は慌ててかがみさんのお腹を見た。全然膨らんでいない。って事はまだ三ヶ月を越えていないと考えるのが…… まてまて、かがみさんの命は後半年……確か妊娠期間は……間に合わない……かがみさんは赤ちゃんが生まれる前に……すると赤ちゃんも…… かがみ「頭の中で計算しているわね、ひより……」 その言葉に私の思考は止まった。そのままかがみさんの目を見た。 かがみ「あんたの計算は正しいわよ、私は出産する前に亡くなる……」 かがみさんの顔は思いのほか冷静だった。むしろ微笑んで見えるくらいだった。 ひより「……な、何故です、どうして……」 かがみさんは俯いた。 かがみ「そうよね、ひよりもそう思うわね、余命幾許もない私が赤ちゃんなんて……一時の快楽の為に命を弄ぶと思って……」 私は立ち上がった。そして両手で強く机を叩いた。 ひより「違う、そんなんじゃない、何故そんな話を私にするの、他にもっと言わなきゃならない人が居るでしょ、泉先輩、高良先輩、日下部先輩、峰岸先輩……私よりも 親しい人が居るでしょ……何故私なの、そんな……そんな話をいきなり聞かされて……私にどうしろと……」 かがみ「……峰岸は名前、変っているわよ……」 こんな時に突っ込みを入れるなんて……興奮している私とは対照に冷静すぎるかがみさんだった。私は返事をせずそのままかがみさんを見た。 かがみ「ごめん……ごめんなさい……話を聞いてもらいたかった……それだけ、理由はそれだけ」 「ごめんなさい」初めてかがみさんから聞いた言葉だった。泉先輩と喧嘩をした時でも自分からは謝らない人なのに。気持ちが冷静になっていくのを感じた。 私はゆっくり座った。 ひより「私がかがみさんの病気を知っているの、分かっていたのですね……」 かがみ「……ひよりには話しておきたかった、だから呼んだ……一方的なのは百も承知、それでも聞いて欲しかった……気に障るならこのまま帰っても良いわよ」 別に追い出す感じではなかった。口調は穏やか、私が感情任せに怒鳴ったのに反応していない。さっき怒鳴った私が恥かしくなった。 ひより「……さっきは怒鳴ってすみません……あまりにショッキングだったもので……先輩に対して失礼でした」 かがみ「先輩、後輩なんて関係ない……ありがとう、取り敢えず座って」 かがみさんはにっこり微笑んだ ひより「はい」 私は座った。 ひより「でも……どうして……私なんか……」 かがみ「もう知っていると思った……あんた泣いてくれたじゃない、それともあの涙は嘘だったの?」 泣いた……かがみさんが固まってしまった時の事を言っているのか。 ひより「い、いいえ、嘘泣き出来る程器用でないです……」 かがみさんはまた微笑んだ。 かがみ「安心したわ……嬉しかった、嘘泣きだったとしても嬉しかった」 ひより「泉先輩達だって泣きますよ、私でなくても……」 かがみ「こなた、みさおがねぇ……あいつらが泣くかしら、みゆきくらいしか想像できない」 ひより「そうかなぁ~私なんか大泣きする泉先輩の姿が頭に浮かびますよ」 かがみさんは私の後ろを見ながら答えた。 かがみ「だから内緒にしてって言った」 ひより「どう言う事です?」 かがみ「私があと半年で死ぬなんて分かったらあいつら絶対に普段通りじゃなくなる」 それはそうだ普通で居られるはずは無い。 ひより「そうですよ、親しければあたりまえじゃないっスか」 かがみ「……私は普段通りのあいつらが良いのよ……急に優しくされたり、泣かれたりしてもそれは本当のあいつらじゃない……それは家族にしても同じ、 普段通り、話して、笑って、喧嘩して……」 普段通り……か。私にはよく分らない。 ひより「病気が悪くなれば何れバレますよ?」 かがみ「その時までで良いわよ……」 それなら…… ひより「実は、ゆーちゃん、みなみちゃんも知っていますよ」 かがみさんは私の目を見た。 ひより「い、いや、私でなくて……まなぶさんが教えてしまったらしいっス」 かがみ「……別に怒ってなんかいないわよ、知られてしまったのはしょうがないわよ……ひよりも佐々木さんが口を滑らせてしまったって聞いたわよ……」 そうか、かがみさんは佐々木さんの所に行って整体治療をしてもらっているのか。だから私の事も知っているのか。 かがみ「記憶を消す事だって出来るのに、佐々木さんはしなかった、技術に頼らないのは評価に値する」 ひより「みなみちゃん……高良先輩に教えるんじゃないかって少し心配なんです」 かがみ「いまの所それは無いわね、みゆきはつかさの手伝いに夢中だし、かえって良かったわよ」 なんか少し肩の荷が下りた感じだ。でも小林さんが病気を知ってしまったのはかがみさんに教える気にはなれなかった。なぜなら小林さんの正体も知ってしまうから。 ひより「あの、妊娠の件なんですが……御相手は?」 かがみ「そう、この前言っていた彼、恋人、小林ひとしさん……」 すんなりだった。顔を赤らめる事もなくはっきりと言った。小林ひとし、初めて聞く名前ではない。もう既に会っている。 ひより「どうして……」 かがみ「私は彼が好き……だから彼を受け入れた、それだけよ、他に何か必要なの?」 そう正々堂々と言われると言い返せない。もうこの二人は恋人じゃない、愛し合っている。夫婦といってもいいくらい。あの時の小林さんの態度を見ても明らかだ。 ひより「い、いや、それだけで充分だと思います、だけど……」 かがみ「……だけど私には時間がない、私のした事は間違っている……そう言いたそうね」 いちいち私の先回りをするかがみさん。いや、まだ時間がないと決まった訳ではない。 ひより「私達はまなぶさんの協力を得てかがみさんの病気を治す方法を探しています、まだ諦めないで……」 かがみ「お稲荷さんの秘術、それとも知識を使うと言うの……嬉しいじゃない……その気持ちだけでおなか一杯」 ひより「絶対に成功させますから……」 かがみ先輩は目を閉じた。 かがみ「ひよりは後何年生きる、十年、二十年、五十年……もっとかしら、私は後何年生きる、半年、一年……もう少しかしら……期間の違いはあるけど必ず私達は 死ぬのよ、どんな技術か秘術かしらなけれど、命を救うなんてそう簡単には出来ないわ、絶対なんて言わない方がいい」 かがみさんはもう諦めている……そんな気がしてきた。 ひより「そんな悲観的な……」 かがみ「ふふ、ひより達がしようとしている計画が失敗しても私は怒ったりしないわよ、てか、死んだら怒りようがないわね」 ひより「こんな時になにを冗談なんか……」 かがみ「私は何も特別な事を望んでなんかいない、只、普段通りにしたいだけ……食べて、飲んで、笑って、怒ってそして愛するだけ、一つ心残りなのは私が死ねばお腹の 赤ちゃんも亡くなる……これくらいね」 私ににっこり微笑みかける。私は何も言えずにた。そしてかがみさんは目を開けた。 かがみ「私のつまらない話しを聞いてくれてありがとう、さて、これからいのり姉さんと佐々木さんをくっ付ける計画を話しましょ……」 ひより「は、はい……」 かがみ「私ね、いのり姉さんはささきさんの事が好きなのは確かだと思うの……それでね」 …… …… かがみさんの話はいつもと同じ口調、ときより冗談を交えながら話していた。 かがみさんは諦めている。そう、もう自分は助からないと覚悟を決めている。だけど……何故だろう。そこからは悲しみや怒りとかは出てこない。 そして希望や絶望も感じさせない。 かがみさんを呪ったお稲荷さん、たかしは憎くないのだろうか。友達や家族と別れるのは辛くないのだろうか。 死ぬ前になにか遣り残した事はないのだろうか。何か欲しい物は…… 幾らでも出てくる未練や無念……でもかがみさんからはそんなのは感じない。それでいて自分が死ぬと言う事実から逃避しようとしている訳でもない。 そう、まるで私達が普段何気なく暮らしている日々と一緒にの様な…… 普段……かがみさんはそう言った。 そうか、かがみさん病気が治るのを諦めているけど生きるのは諦めていない。だから冗談を言ってふざけもするし、恋愛だってする。赤ちゃんだってその中の過程に過ぎない…… 周りの人がかがみさんを気遣いするのは返ってかがみさんにとっては鬱陶しいだけ……だから内緒にする……そう言う事なのか。 …… …… かがみ「それでね、ひよりには佐々木さんの引越しを止めてもらいたい、いや、思い滞めさせるだけでも良いわ……方法は任せる、お稲荷さんの扱いはひよりの方が慣れているでしょ」 いやいや、かがみさん、貴女はそのお稲荷さんを恋人……いや、夫にしていますよ。心の中でそう呟いた。 もしかしたら、彼がお稲荷さんでも人間でもどちらでも関係ないのかもしれない。もう私が二人に関して何かする事はもうない。二人で解決するに違いない。 ひより「はい、任せて下さい」 かがみ「お、いつものひよりに戻ったわね」 ひより「私は何時でも私ですよ、かがみさんと同じです」 私はウィンクをして笑った。そして家族が誰も居ない日に私を呼んだ意味も分かった。 かがみ「……ひより、分かってくれた……うぅ」 かがみさんの目から光るものが零れ落ちた。 ひより「どうして泣くのですか、私はかがみさんを理解しましたよ」 かがみ「ひよりが大声で怒鳴った時、正直もうダメだって思った、理解者が一人も居なかったら私……もう……」 その場に泣き崩れてしまった。この時私も一緒に泣くところ。でもまだ泣けない。ゆーちゃんが言ったようにまだ助かる可能性があるのなら私はまだ諦めない…… 私はかがみさんが泣き止むまで席を立たなかった。 かがみ「今日はありがとう、最後に醜態を見せてしまったわ」 ひより「いいえ、私もいろいろ至らぬ点もあったと思います……」 私達は両手でしっかりと握手をした。 かがみ「つかさとみゆきがしようとしている事が成功すれば私達人間の世界観や価値観を根底から変えてしまうような大きな事、羨ましい、私もその一員に入りたかった、 だけど私には時間がない、せめて……いのり姉さんの手伝いくらいはしてやりたい……」 ひより「それは普段からしているじゃないですか」 かがみ「そうかしら」 ひより「はい」 私は微笑んだ。 かがみ「……それじゃまたね」 ひより「また……」 別れ際のかがみさんがとても淋しそうに見えた。 かがみさん無理しちゃって…… 帰り道心の中でそう呟いた。 でも、死期が近い身でありながら普段通りなんて誰でも出来る事じゃない。私だったらどうなんだろう……その時になってみないと分からないかな…… それにしてもかがみさんと小林さん……二人は愛し合っている……私もあんな恋愛をしてみたい…これが……憧れ……か。 ゆーちゃんがつかさ先輩なら私はかがみさんに憧れる。あんな生き様を見せ付けられたら…… 「田村さん?」 後ろから声がした。私は振り向いた。 いのり「やっぱり田村さんだ、すれ違ったの気付かなかった?」 そこには巫女服姿のいのりさんが立っていた。その横に神主姿のおじさんも居た。 ひより「あ、こんにちは、す、すみません、気付きませんでした」 私は二人に向かって会釈した。 いのり「この姿で気付かなかったなんて、よっぽどな考え事をしていたみたいね」 確かに二人は巫女と神主姿、普通なら直ぐに目に付く。そう、よっぽどな考え事だったかもしれない。でもこの二人には話す訳にはいかない。 いのり「かがみと会っていたのかな、その帰り道ね」 ひより「はい……」 いのり「あ、丁度良かった、これから神社に持って行く物があるから手伝ってくれる?」 ひより「あ、良いですよ」 いのりさんはおじさんの方を向いた。 いのり「お父さん、神社にお払いもって行くから先に帰って」 だたお「だめじゃないか、かがみのお友達を利用するなんて失礼だろう」 私の顔を見て申し訳なさそうに礼をした。 ひより「いいえ、お構いなく、ここで会ったのも何かの縁ですよ、喜んで手伝わせていただきます」 なんだろう、ここでいのりさんに会うのは何か偶然では片付けられない何かを感じる。 ただお「すまないね、それじゃよろしく頼むよ」 おじさんはいのりさんにお払いを渡した。 いのり「それじゃ、行こうか」 私はおじさんに礼をするといのりさんと神社に向かった。 いのり「これでよしっと!!」 神社奥の倉庫、その中にいのりさんは恭しくお払いを納めた。いのりさんを巫女さんなんだなって思った瞬間だった。いのりさんは倉庫の鍵を閉めた。 いのり「ありがとう」 ひより「あの~私、何もしていませんが……」 私は何も渡させていなかった。持ち物は全ていのりさんが持っていた。私と一緒に行く必要は全く無い。そんな私を見ながらいのりさんは咳払いを一回すると真剣な顔になった。 いのり「私達に気付かないような考え事、それはかがみに関係することかしら、かがみと家で何を話したの?」 す、鋭い、流石は柊家の長女、私の表情で只事ではない何かを感じたのか。それでわざわざこんな所まで連れてきたのか。 どうする。「なんでもありません」で帰してくれるほど簡単ではなさそうだ。私が返答に困っていると透かさず話してきた。 いのり「話したくない、話せない……どっちにしても気になる、最近かがみの様子がおかしいから、何か知っていたら話して欲しい」 なんてこった。かがみさんと別れてすぐに秘密を暴かれる危機がくるなんて。安請け合いなんかするんじゃなかった。どうする。中途半端な嘘は通用しないしすぐにバレる。 いのり「田村さんが話せないならかがみに直接聞くか、ごめんなさい、こんな所まで連れてきて」 ま、まずい、直接なんて聞かれたらかがみさんは本当の事を言うしかなくなる。ここでなんとかしないと。考えろ、考えるんだ、ひより!! ひより「此処、覚えています?」 いのり「え?」 いのりさんは周りを見回した。 いのり「覚えてるって……何?」 いのりさんは首を傾げた。 ひより「ここにコンを連れてきましたよね」 いのり「……あ、あぁ、そう、そうだった、最初は私が見つけたのにまつりに取られてしまった」 本当はゆーちゃんが最初に見つけたのだけどね。あ、そんな事考えている暇はなかった…… ひより「あの犬、狐にすごく似ていませんでしたか?」 いのり「似ている、私が狐に間違えるくらいだった、鳴き声も狐そっくり、だからコンって名付けた」 いいぞいいぞ、こっちの方に話題を掏り替える。 ひより「私、思ったのですよ、つかさ先輩の一人旅の出来事に似ているなって」 いのり「似ている……?」 いのりさんはまた首を傾げた。 ひより「実はつかさ先輩も旅先で狐に会っているのですよ」 暫く考え込んでいたいのりさんだが、急に手を叩いた。 いのり「あ、そういえば思い出した、つかさは夕食の度に度の話しをしていた、狐が、お稲荷さんがどうのこうのって……あんなの話し、作っているだけの絵空事だと思っていたから かがみ以外は聞き流していた……そ、それがどうかしたの?」 やっぱりつかさ先輩は家族に話していた。あまりに現実離れしているから普通なら聞き流してしまうのは当たり前。 ひより「つかさ先輩が今まで嘘を付いたり、作り話をしたりした事ってあります?」 いのり「……な、ない……」 ひより「でしょ」 私は微笑んだ。 いのり「つかさが嘘をつかないとしたら……あの話は……ちょっと、田村さん、詳しく教えて!!」 食いついた……このままやり過ごせるかもしれない。真実を話して核心を隠す……また使うとは思わなかった。 私はつかさ先輩の一人旅で起きた出来事を話した。 いのり「ま、真奈美さん……」 話が終わるといのりさんは袖で目を隠した。涙を拭っているように見えた。 ひより「もし、コンが真奈美さんの一族だとしたら……って考えいたらいのりさん達とすれ違った……」 いのり「かがみとそんな話しをしていた訳ね……ちょっと待って、もし、もしコンがお稲荷さんだとしたらその飼い主である佐々木さんはどうなの……」 私は両手を広げてお手上げのポーズをした。話すのはここまで。 ひより「そうなんです、想像だけが膨らむのですよ……」 いのり「……分かった、ごめんなさいね、変な疑惑をしてしまって」 ひより「いいえ、それでは帰らせてもらいますね、さようなら」 私は歩き始めた。 いのり「ちょっと待って」 ギクリとした。まだ何かあるのだろうか。私は振り向いた。 いのり「この話はあまり他言すべきでないと思う、つかさは喋り捲っているみたいだけど……大丈夫かしら?」 ひより「つかさ先輩もその辺りは分かっているみたいですよ、気の許した人にしか話していないみたいですから……」 私は内心ホッと胸を撫で下ろした。 いのり「そうね、私も話さないようにする……」 いのりさんは少し心配そうな顔をしていた。 ひより「いのりさん……佐々木さん、気になりますか?」 しまった。何を言っているのだ。さっさと帰ればいいものを。 いのり「……気にならない、なんて言えない、彼の整体院が連日休診しているから……」 もし、本当にいのりさんが佐々木さんを好きならばいつかは通る道。でもそれは私ではどうする事もできない。 ひより「私……まだ異性を本気に好きになった事がないから分からない、でも特別な人で無い限り誰もが一度は誰かを好きになるものでしょ?」 いのり「……まぁ、そうね……」 ひより「生まれて、成長して、誰かを好きになって、次に命を繋ぐ……そして亡くなる……生きているなら当たり前、生命が生まれてからずっと続いてきた営み…… こんな当たり前な事なのに何故祝ったり悔やんだりするのが不思議に思っていました」 いのり「冠婚葬祭ね、私も巫女をやっていると何度もそう言う場面に出あうわね」 ひより「でも実は、当たり前の様でどれもが奇跡に近い出来事だったって……」 いのり「そうね、そうかもしれない……なぜそんな話しを?」 かがみさんを見てそう思った。何て言えない…… ひより「いえ、そう思っただけです……」 私は会釈をしてその場を離れた。いのりさんはこれ以上私を引き止めなかった。 神社の入り口に差し掛かるとかがみさんが走って向かって来た。いのりさんの帰宅が遅いので心配になったのだろうか。かがみさんは私に気が付いて駆け寄ってきた。 かがみ「はぁ、はぁ、いのり姉さんは一緒じゃなかった?」 息が切れている。全速力だったみたい。 ひより「さっきまで一緒でした、まだ倉庫に居るかもしれません、それよりそんなに走って大丈夫なのですか?」 かがみ「ま、まさかひより、私の事を言ってしまったんじゃないでしょうね?」 私は首を横に振った。かがみさんがホッとした表情で中腰になった。 ひより「でも、いのりさんはかがみさんの異変に気付いていますよ、誤魔化すためにつかさ先輩の一人旅の話しをしました……ですから、まなぶさんや佐々木さんを お稲荷さんかもしれないと思っているかもしれません」 かがみ「私の異変に気付いているだって、そうか、それじゃ私はこのまま戻った方がよさそう……」 ひより「行ってあげて下さい、いのろさんも悩んでいるみたいだし……佐々木さんの事で」 かがみ「私が行っても姉さんの悩みなんか解決できっこないわよ」 ひより「それでも良いじゃないっスか、二人で話す機会なんてそうそう無いですよ」 かがみさんは暫く神社の奥を見ていた。 かがみ「……そうね、そうするわ」 ひより「それでは、私は帰ります」 かがみ「あんた、急に変わったわね……いつも外から覗き込んでいて介入なんかしない感じだった、こなたと一緒にいても行動するのはこなたの方だったでしょ、 でも、今のひよりは……まぁ、良いわ、また会いましょ」 かがみさんは私の肩をポンと叩くと早歩きで神社の奥に入っていった。 二人は倉庫で何を話すのかな……お稲荷さん、佐々木さん、コン……それとも自分の病気を明かすのか……それはないか……戻ってみるのも良いけど二人の邪魔はしない方がいい。 ここは私、ひより流の想像で済ますとするか。 私は家路に向かった。 私はかがみさんの言うように佐々木さんの整体院に行き引越しを止めてもらうように頼んだ。だけど答えはノーだった。 それでも私は時間があれば佐々木さんの所に行き続けた。佐々木さんの答えは変わらなかったけど私が来るのは拒まなかった。そして。 かがみさんが生きている間は整体の治療をしなければならないので居てくれると約束してくれた。また、私とかがみさんにゆーちゃんと同じ呼吸法を教えてくれると言った。 ゆーちゃんやみなみちゃん、まなぶの協力があったのは言うまでもない。それで、ここまで漕ぎ付けたのに一ヶ月近く掛かってしまった それから間もなくだった。小林さんから連絡があったのは…… ひより「ワールドホテル本社……」 東京の一等地に聳えるビル。高級ホテルだ。私はビルを見上げた。 ひより「このビルにたかしが来るって……間違いないの?」 まなぶ「そうひとしは言った、私も仲間の気配を感じる……もうこのビルに居る」 ひより「間違いはない……だけど……どうしてこんな東京のど真ん中で……このビルなんだろう?」 私達三人とまなぶは小林さんの言った通りの日と場所に待ち合わせをして合流をした。小林さんはたかしがこのビルに用事があるのと分かったので私達に教えてくれた。 これが彼の行方を知る数少ないチャンスと言う事だ。 みなみ「ワールドホテル……会長は柊けいこ、ホテル以外に幾つも工場も経営している、しかも特許申請が数千に及びその全てを会長が申請したと……」 ひより「柊……」 何だろうこれは偶然なのかな…… ゆたか「……こなたお姉ちゃんから聞いたのだけど、レストランかえでがこのホテルの傘下に入るって聞いたの……なんか偶然にしては出来すぎているような……」 ひより「……そうだね、その通り出来すぎている……」 まなぶ「いや、偶然じゃない、もう一人仲間の気配を感じる……きっとこのホテルの関係者の中に我々の仲間が居る」 ここにもつかさ先輩が関係していると言うのだろうか? ひより「それって、佐々木さんや小林さんみたいに人間と一緒に暮らしているお稲荷って事だよね、あと何人いるの?」 まなぶ「……それは分からない、すすむはそんなに詳しくは教えてくれない、只、その一人がこのホテルに居るのは確かだな」 ゆたか「小林さんも来れば良かったのに……」 ひより「それはダメだよ、私達がたかしと交渉しないといけないから……」 ゆたか「そ、そうだったね……」 まなぶ「たかしは真奈美さんの婚約者だった、だとすれば幼い頃の私を知っているかもしれない、最初に私が彼を呼び止める、その後は君達に任せるよ」 ゆーちゃんは俯いてしまった。 ゆたか「今日までに彼にどんな交渉をするか……皆、考えて来たの……私、何も思いつかなかった……ごめんなさい……」 みなみ「一ヶ月もあったのに、何故……真剣に考えたの?」 ゆたか「一ヶ月なんて短すぎる……そう言うみなみちゃんはどうなの」 みなみ「私は……」 みなみちゃんはおどおどし始めた。 ゆたか「みなみちゃんだって同じでしょ、自分が言い出したのだからもうとっくに案が出ていると思った」 まなぶ「おいおい……この期に及んで喧嘩かよ……もう計画は実行されている、後戻りは出来ない……それだけは忘れるな」 ゆたか・みなみ「あ、う、ごめんなさい……」 まなぶの一活で二人は静かになった。でも、二人の喧嘩はそれだけたかしとの交渉が難しい事を物語っている。はっきり言って私も二人同様になにか決め手を持っているわけじゃない。 だけど私はかがみさんと会った。話した……それだけはゆーちゃんとみなみちゃんと違う…… ひより「この東京のど真ん中、人間の住む世界の首都と呼ばれている場所にたかしが来た、これは私達に少しは都合がいいかもしれない」 ゆたか「何故?」 ひより「たかしは人間が嫌い、そんな人がわざわざこんな所に来るってことは彼の人間に対する考え方が変わったのかなって思う、だから話せば分かってくれるような気がする」 その考え方を変えたのは何だろうか。自然に変わるとは思えない。でも、今それを考えている余裕はない。 ゆたか・みなみ「それで……どうすれば……」 ひより「下手な芝居や、感情的に訴えるのは逆効果……単刀直入に私達の想いを伝える……」 ゆたか「それだと、私が最初に言った方法とそんなに変わらないよ……」 ひより「え、ははは……そうだね」 私は苦笑いをした。まさかゆーちゃんに突っ込まれるとは…… まなぶ「しかしそれが一番シンプルで良いのでは、それならたかしがどう出てきても柔軟に対応が取れる」 まなぶは私達三人を見回した。 まなぶ「三人一斉に出て来られると相手も警戒する、ここは一番冷静なひよりに担当してもらってはどうだ?」 うげ、まなぶは何を宣わっていらっしゃるのですか、いきなりそんな大役を…… 私が断ろうとすると、ゆーちゃんとみなみちゃんは目を輝かせて私の手を取った。 ゆたか「そうだよ、ひよりちゃん、お願いします」 みなみ「私では多分何も言えないと思う、ひよりなら……」 皆は私を買い被り過ぎている。私だって何も出来ない…… ひより「私……そんなに自信ないよ、失敗するかもしれない、それでも良いの?」 ゆたか「そうかな、佐々木さんを取り敢えずでも留まらせたのはひよりちゃんだよ、大丈夫だよ」 みなみ「私をここまで連れて来たのはひより、大丈夫」 ひより「で、でも、人の命が懸かっているし……」 まなぶ「誰もひよりを責めたりはしない」 皆が私を励ましている……それにかがみさんも言っていたっけ、助けたいと思ってくれるだけで嬉しいって……それならば…… 私は手の平に人の字を三度書いて飲んだ…… ひより「結果はどうなってもそれを受け止める、それで良いなら」 三人は頷いた。そしてこの言葉は自分自身にも言い聞かせた。 まなぶ「さて、彼を何処に呼ぶかが問題だ。飲食店だと騒がしくて話しに集中できない」 みなみ「皇居外苑の公園はどう、ここから歩いて行ける距離……」 まなぶ「分かった……彼が動いた……ひより達は公園に向かってくれ、私が彼を連れて行く」 ゆたか「私はここに残る、ひよりちゃん達と合流できるようにしないと」 まなぶ「そうしてくれ」 まなぶはワールドホテルの入り口に向かった。ゆーちゃんは此処に留まり、私とみなみちゃんは公園に向かった。 いよいよ本番だ…… 公園の一角に私達とみなみちゃんは場所を確保した。人通りが少なく思いのほか静かだったからだ。 ひより「此処なら問題なさそう」 みなみ「ごめん……私、ひよりに全部押し付けてしまった……」 みなみちゃんは私に深く頭を下げた。 ひより「ふふ、今更そんな事言われてもね……でも、今ならまだ代われるよ、代わってくれるなら喜んで代わるよ」 みなみちゃんは慌てて頭を上げ、驚いた表情をした。 ひより「ははは、じょうだん、冗談だってば」 みなみ「……こんな時に冗談が言えるなんて、やっぱりひよりが適任……」 みなみちゃんは驚いた表情のまま答えた。 ひより「冗談でも言わなきゃこんな事出来ないよ、かがみさんは覚悟を決めているみたいだけど、やっぱりそれでも生きたいと思っているに違いない、 一人の体じゃないからね……」 みなみ「……ひより、今、何て……」 みなみちゃんの携帯電話が鳴った。私を見ながら携帯電話を手に持った。 みなみ「……そう、橋を抜けて暫く歩くと私達がいる……」 みなみちゃんは私に向かって頷いた。合図だ。彼が、たかしが来る……みなみちゃんは携帯体電話を耳に当てながら私から離れて迎えに行った。 私一人広い公園に立っている。 みなみちゃんにかがみさんの赤ちゃんの話しをするのは少しフライングだったかな。結果がどうであれたかしと会った後にみんなに話すつもりだった。 空を見上げると夏の青空が広がっている。さて、覚悟を決めるか……私の覚悟なんてかがみさんに比べたら取るに足らないものかもしれないけど…… みなみちゃんは随分遠くに迎えに行った。小さく見える。どんどんみなみちゃんが近づいてくるのが分かった。そのすぐ後ろにゆーちゃん。またその後ろにまなぶが居た。 まなぶの後ろに男性が付いて来ている。彼がたかしだろうか。人間と距離を置いて住んでいるお稲荷さんの一人。はたして彼はどんなお稲荷さんなのだろう。 まなぶや佐々木さん以外のお稲荷さんは話しに聞いた真奈美さんしか知らない。緊張とプレッシャーが私を襲う。 彼はまなぶと一緒にどんどん私に近づいてきた。ゆーちゃんとみなみちゃんは途中で止まり私を見ている。 男「……彼女か、俺に用があると言う人間は」 ぶっきらぼうな話し方、ここに来るのが余り良く思っていないみたい。 まなぶ「そうだ」 男「あまり時間がない、手短に頼む……俺はたかしだ」 まなぶは私達から離れてゆーちゃん達の所に移動した。自己紹介か。それなら私も。ただの自己紹介じゃ私が誰か分からない。 ひより「わ、私は田村ひより、柊かがみの友人と言えば分かってもらえるでしょうか……」 たかしは少し驚いた顔になった。 たかし「柊かがみの友人、それで、その友人が俺に何の用だ?」 ここからが勝負、お願い。うまく行って…… ひより「い、今、柊かがみは不治の病に侵されています……残念ながら私達人間の力では彼女を治す事ができません、はるか彼方の惑星の、進んだ文明の知識を貸していただけませんか、 私にとって彼女は掛け替えのない友人です……お願いです」 私は深々と頭を下げた。たかしは暫く私を見て大きく息を吐いた。 たかし「……まなぶが居たとは言え、よく俺を探し当てたな……俺が彼女、柊かがみにした事を知っていて、それでも俺に救えと頼むのか……」 ひより「はい、救えるお稲荷さんは貴方しかいないと伺っています……」 たかし「彼女の病名は何だ」 ひより「悪性脳腫瘍……」 たかし「そうか、それは残念だ……その病気を治す薬に必要な物質はトカゲの尻尾……野草……更に二年の発酵期間が必要だ……」 ひより「に、二年……」 私の頭の中が真っ白になった。 ひより「かがみさんの余命はあと半年……間に合いません、ど、どうすれば良いですか、何でもします、お願いです……なんとかなりませんか……」 私の目から涙が出てきた。わたしはたかしの目を見ながら懇願した。たかしは私の目をじっとみていた。 たかし「不思議だな、ホテルの会議室で君と同じように頼んだ人間が二人いた……」 ひより「えっ?」 たかし「ふ、ふふふ、はははは、これは傑作だはははは……田村ひより、遅い、遅すぎるぞ……」 急に笑い出した……何故、それに私と同じって……誰……理解出来ない…… たかしは笑い終わると真面目な顔になった。 たかし「二年前……柊つかさと言う人間が既に薬を作っている……昨夜、もう柊かがみに飲ませた、もうその話は終わっている」 ひより「へ、あれ……ど、ど、どう言う事ですか……」 まさに狐につままれるとはこの事なのか。何がなんだか分からない。 たかし「二年前、俺は人間の銃に撃たれた、その時通りかかった柊つかさに助けられた……彼女は俺を恋人のひろしと勘違いしていたがな……俺は彼女を試した、 彼女は寸分狂わず俺の指示通り薬を調合した、薬を俺に使いたいが為に……俺がたかしと分かっていても彼女は同じ事をした、違うか、田村ひより」 ひより「あ、は、はい……つかさ先輩ならしたと思います」 たかしは微笑んだ。 たかし「俺はもう必要ないだろう、帰るぞ……」 ひより「待ってください、ホテルに居た二人って、柊つかさと高良みゆきですか?」 たかし「……そんな名前だったか」 ひより「あ、ありがとうございます」 たかし「何故礼を言う、薬を作ったのも飲ませたのも柊つかさだ、礼は彼女に言え……」 ひより「でも、その方法を教えたのは……」 たかし「教えさせたのも柊つかさだ……」 たかしは私に背を向けてきた道を戻って行った。 ゆーちゃん達が私に駆け寄ってきた。 ゆたか「いまのたかしさんの言った事本当かな……」 みなみ「もし嘘を言っていたらどうする、もう彼を探せなくなるかもしれない」 ひより「いや、嘘は言っていない、近くで話した感じでは嘘は言っていない」 まなぶ「私も態度や仕草からは嘘を感じなかった……」 そう、つかさ先輩を語るときのたかしの表情に嘘はない。ゆーちゃんは携帯電話を取り出してボタンを操作し始めた。 ゆたか「話していても何も分からない、確かめよう……こなたお姉ちゃんに……」 ゆーちゃんは携帯電話を耳に当てた。 ゆかた「もしもしお姉ちゃん……え今何処なの……え……そ、それでどうしたの……」 始めは驚いた表情だった。だけど次第に笑顔になってくゆーちゃんだった。内容は分からないけど結果はだいたい理解できた。 ゆーちゃんは満面の笑みで携帯電話をしまった。 ゆたか「昨日……かがみ先輩が倒れて緊急入院したって……それで、お姉ちゃんとつかさ先輩が病院に駆けつけると、柊家の家族がいて……病気がみんなにわかってしまった、 今日、精密検査のはずだった、だけど……」 ひより・みなみ・まなぶ「だけど?」 思わず復唱した。ゆーちゃんは笑いながら言った。 ゆたか「何も無かった、誤診として退院したって!!!」 ひより・ゆたか・みなみ・まなぶ「やったー!!!!!」 私達は手を取り合って喜んだ。 つかさ先輩。柊つかさ。ゆーちゃんが憧れている先輩。高校時代ではいつもかがみさんと一緒に居て目立たない存在だった。自分から積極的に何かするような人ではなかった。 ただ、いつも笑顔でその場を和やかにしていただけの存在……そう思っていた。ゆーちゃんの過大評価だと思っていた。コミケ事件のつかさ先輩を見ても憧れの対象にはならなかった。 でもそれは私の過小評価だった。私や、ゆーちゃん、みなみちゃん、お稲荷さんのまなぶまでも動員しても出来なかった事をつかさ先輩はたった一人でしてしまった…… 数値では表現できないって……この事なのかな……憧れのの対象がまた一人私の心に刻まれた。 お稲荷さんと人間と共存か……つかさ先輩なら出来るかもしれない。 ひより「これでお腹の赤ちゃんも安心だ……」 みなみ「それはどう言う意味、たかしさんが来る前にも言っていた」 皆が私に注目した。 ひより「じ、実ね、かがみさんには子供が……」 みなみちゃんは驚いた。 ゆたか「あっ、その事なんだけど……おばさん、みきさんの勘違いだって、病院で検査したけど妊娠はしていなかったって……」 ひより「へ、うそ……私はそれで……それで……」 それで何度泣いた事か。勘違いじゃ済まないよ……でも、さすがかがみさん、つかさ先輩のお母さんだ、勘違いもスケールが大きい。 まなぶ「妊娠はありえない、我々は変身しても卵巣、精巣とも変わる事はない、人間の子供ができるわけがない……完全に人間になれば別だ、ひとしは人間になっていない」 ひより「ふ~ん、避妊の必要がないわけだ……生でし放題だね……」 ゆたか「ひ、ひよりちゃんのエッチ!!」 みなみ「ひより、下品すぎる……」 まなぶ「私はそんな意味で言ってはいない……」 ぬぇ、みんな全否定ですか。 ひより「そんな、私はこの場を和やかにしようと……」 一瞬周りが凍りついたと思った。 ゆたか・みなみ・まなぶ「ぷっ、は、ははは、うははは」 三人は爆笑し始めた。私が浮いてしまった形になってしまった。三人の笑い顔を見て私も笑った。いままで圧し掛かった岩のような重いものが取れたような瞬間だった。 まなぶ「私は帰るとしよう、すすむが結果を気にしている……」 みなみ「私も帰る、みゆきさんに今までの事を話すつもり、ひより、ゆたか、構わないでしょ?」 私とゆーちゃんは頷いた。 ひより「さて、あとはまつりさんといのりさんだけだな……あっ、そういえば忘れていた、まつりさん、わたしとまなぶさんが付き合っていると思ったままだった……」 まなぶ「そんな誤解はすぐに解けるさ……もう私は自分の力でで解決する、いのりさんとすすむに集中してくれ」 ひより「う、うんそうだったね……」 誤解か……そうだ、誤解だった…… ゆたか「それじゃ、ここで解散だね」 ひより「そうしようか……お疲れ様」 みなみちゃんとまなぶは東京駅の方に歩いて行った。さて、私も帰るとするかな。 ゆたか「ひよりちゃん……」 後ろから私を呼ぶ声がした。私は振り向いた。 ひより「ゆーちゃん、そういえば帰り道が同じだったね、一緒に帰る?」 ゆたか「ひよりちゃん、宮本さんの事どう思っているの?」 ひより「どう思っている……彼はお稲荷さんで、私の弟子……みたいなものだけどそれがどうかしたの」 ゆたか「……さっき宮本さんが「誤解」って言った時、ひよりちゃんすごく淋しそうな顔になった」 私が淋しそうな顔に……まさか。 ひより「え……そうかな、そんな事無いよ」 ゆたか「宮本さんと一緒にいる時、ひよりちゃん凄く楽しそうだった、名前も下の方で呼んでいるし、いのりさんやかがみ先輩が誤解するのも分かるようなきがするの、 ひよりちゃんの気持ちは、好きじゃないの?」 ゆーちゃんの目が真剣だ。お稲荷さんはもともと苗字なんかないから名前で呼んでいるだけなんだけだけど…… ひより「彼はお稲荷さんだし、彼はまつさんが好きだから……」 ゆたか「違う、宮本さんやまつりさんは関係ない、ひよりちゃんの気持ちを聞いているの」 ひより「彼は友達でそれ以上でもそれ以下でもないよ……」 ゆーちゃんはガッカリしたような顔になり溜め息をついた。 ゆたか「そうなんだ……そうなんだね」 ひより「そうだよ、それがどうかしたの?」 ゆたか「あ、うん、何でもない、何でもないよ、ちょっと気になったから聞いただけ……なんでもない、一緒に帰ろう……」 ゆーちゃんは小走りに走っていった……ゆーちゃん何を知りたかったのだろう? 私は首を傾げた。 少し遅れてゆーちゃんの後を追った。 ゆたか「ねぇ、せっかく東京まで出てきたのだし、皆を呼び戻して食事でも食べていかない、かがみ先輩に会いたいけど、お姉ちゃん達が先に会っているから押し掛けるのも悪いし」 ひより「私は別に良いけど、みなみちゃんとまんぶさんは……」 ゆたか「私、みなみちゃんに連絡するね」 ゆーちゃんは携帯電話を取り出した。私も携帯電話を取り出した。当然のように携帯電話のメモリからまなぶの携帯電話の番号を選ぶ……そういえば 男性の携帯番号を登録しているなんて……友達なら当然だ。ゆーちゃんが変な事を言いだすものだから変に意識してしまう。 二人はまだ東京駅に居たので呼び戻すのはそんなに時間は掛からなかった。 ワールドホテルのレストランで私達四人は食事をした。そこで私達はかがみさんの無事を祝った…… 精神を集中させて……ゆっくりと、慌てず時間を忘れて、ゆっくりと……吸って……吐いて……静かな海の波のように…… ひより「ゴホ、ゴホ……」 すすむ「はい、止め……どうした、この前はうまくいったのに、今日は全然ダメだな」 ひより「……すみません、なんか調子が乗らなくて」 かがみ「確かにその呼吸法は難しいわね、私もこの前出来るようになったばかりよ、ゆたかちゃんがわずか一週間で一通りできるようになったのは驚きだわ」 かがみさんの病気が治って一週間を越えた頃、私は整体院でゆーちゃんと同じ呼吸法を学んでいた。ゆーちゃんが出来るくらいだから直ぐに物になると思ったがそれは大きな間違えだった。 一ヶ月以上経っても基本が出来ていないと言われる始末。 それでも呼吸法が成功すると身体が軽くなったような感じになり、頭もスッキリする、疲れも取れて何日でも徹夜で漫画を描けるような気になる位調子が良くなる。 ひより「でもこの呼吸法凄いですね、流石はお稲荷さんの秘術、知識ですね」 すすむ「いいや、前にも言ったかもしれないがこれは我々の物ではない、人間が独自に見つけ出したものだ」 ひより「そ、そうですか……こんな凄いのに……どうして広まらなかったのかな」 すすむ「確かに悪性新生物や感染症には効果が無いがそれ以外には絶大な効果を発揮する……物には適材適所があるものだ、そうした人間の捨てた技術や知識を私は 拾って歩いた……その技術だけでも今の医術に引けを取らない、人間はこうした物を平気で捨てていく……」 なんか重い話しになってしまった。私はそこまで深く考えなんかいないのに。 かがみ「平気で捨てるのは進歩するからよ、貴方達の故郷でも同じ様にして来たんじゃないの、それが文明と言うものよ、それが良いか悪いかなんて今は分からない、 失って初めてその価値に気付く、いや、捨てた事すら気付かない、違うかしら」 すすむ「……そうかもしれないな……」 ぬぅ、話しに入っていけない。あんな話しに突っ込むなんて。泉先輩の時の突っ込みとは大違いだ。かがみさんって人に合わせる事が出来るみたい。 かがみ「私の病気がこんなに容易く治るなんて、何故たかしと言うお稲荷さんにしか調合が出来ないのよ」 すすむ「我々はは母星での知識は全て共有で出来るようになっている、しかし、この地球に来てからの知識や技術は各々独自に身につけていて共有できないのだよ、 たかしはこの地球の物から我々が使用する物を作れないかと日夜研究していた……」 かがみ「……それでトカゲの尻尾を使うのは納得がいかない、つかさのやつ、そんなのを平気で飲ませるのよ、まったく頭に来るわ」 すすむ「トカゲの尻尾……そんな物を使うのか、初めて聞いた」 佐々木さんは笑いながら答えた。 ひより「彼がそう言っていましたから……でも治ったから良かったじゃないですか、私達は何も出来ませんでしたけど」 やっぱり言わない方が良かったかな……でも、そう言うのも面白いでしょ、かがみさん。 かがみ「うんん、そんなこと無いわよ、あんた達が動いたからこそつかさの薬が成功したのよ……まだお礼を言っていなかったね、ありがとう」 ひより「そう言ってもらえると嬉しいっス」 かがみさんは真面目な顔になって佐々木さんの方を向いた。 かがみ「ところで、佐々木さん、いつまでこの整体院を休むつもりなの、引越しもいいけどせめてその時までは再開してもいんじゃない、 男性の家に未婚の女性が何度も出入りすると何かと悪い噂が出るわよ」 すすむ「……またその話しか……」 うんざりする佐々木さん。 かがみ「いのり姉さんと会うのがそんなに辛いの、何がそうさせるの、私達に話せないの?」 ひより「微力ながら手伝いますよ」 すすむ「そう言ってくれるのは嬉しいが……もうその話は止してくれ……」 かがみさんは溜め息を付いた。 『ドンドンドン』 居間の入り口の扉から叩く音がした。 ひより「私が行くっス」 私は扉を開いた。あれ、誰も居ないと思って下を向くと狐の姿になったまなぶが立っていた。こんな状況にも全く驚かなくなった私……慣れすぎちゃっているな…… ひより「まなぶさん……そんな姿で何か用?」 まなぶ「フン、フン、フン!!」 興奮している息づかい。だけど彼が何を言いたいの理解出来ない。 ひより「どうしたの、人間にならないと分からないよ……」 すすむ「居間に来て欲しいと言っている……田村さん、かがみさんも……」 かがみ「私も……ですか」 私達は居間に移動した。 次のページへ