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【デュエルパート3】 簡単に今の状況を整理しよう。 こなたの手札は2枚、フィールドには伏せカードが1枚だけ。ライフは7000だ。 かがみの手札2枚、内1枚は『狂気のバルサミコ酢』、フィールドには守備の『柊みき(タダオカウンター1)』、攻撃の『柊かがみ』、『柊つかさ』、『日下部2200(あやの合体)』(2ターン攻撃出来ない)、『柊まつり』の5体と、伏せカードが1枚だ。ライフは4800。 そして、今はこなたのターン。どう動くのか!? 「私はみなみんを召喚!」 『岩崎みなみ』がフィールドに現れる。 攻撃力1500、守備力1300。☆×4。 「攻撃表示? 何考えてるの?」 「みなみんの特殊効果、このカードを生贄に捧げることで墓地のゆーちゃんを裏側守備表示でセットすることが出来る」 「!? またあの娘!?」 『岩崎みなみ』が墓地の『小早川ゆたか』を連れ出し、軽く応急処置をする。そして自分は墓地へと退場して行く。 フィールドには裏側守備表示の『小早川ゆたか』がセットされた。 「私はこれでターンエンドだよ……」 「打つ手が無いみたいね、この勝負もらったわ! 私のターン、ドロー!」 『小早川ゆたか』の効果は、戦闘で破壊されないという効果だ。そして裏から表になったとき、デッキから『泉こなたLV4』を特殊召喚できる。 まだ逆転のチャンスはある。 「戦闘で破壊されないなら効果で破壊すれば良い。私はつかさのもう1つの効果を発動!」 「もう1つの効果!?」 「そうよ。このカードを墓地に送ることで、レベル4以下の『柊』と名のつくカードを1体、デッキから裏側守備表示でセットすることが出来るの」 『柊つかさ』が「なんじゃこりゃあぁー!?」と墓地へ消えていく。 「裏側守備……まさか!?」 「そのまさかよ! 私はデッキから2枚目のつかさをフィールドにセット! この意味、分かるわよね?」 「くぅっ……」 『柊つかさ』は裏から表になったとき、相手フィールド上のモンスターを破壊できる効果を持っている。そして、今のこなたにはそれを回避する手段がない。 だが、セットしたターンは表に出来ないので、このターンは凌ぐことが出来る。 「まつり姉さんで守備モンスターを攻撃!」 「な、破壊されないのに!?」 「承知の上よ」 まつりの攻撃により、ゆたかが姿を現す。 「その娘の効果でデッキから『泉こなたLV4』を攻撃表示で特殊召喚するはずよね?」 「う……ばれてたか……」 フィールドに2枚目の『泉こなたLV4』が現れる。 「これを狙ってたのよ! 『柊かがみ』で『泉こなたLV4』を攻撃! 究極の愛」 「えぇー! さっきと技名違うー!」 『柊かがみ』が荒い息を上げながら『泉こなたLV4』に襲い掛かる! 「え、永続トラップ発動! 『幸せ願う彼方から』」 「何ぃ!?」 「手札を1枚捨てることで、モンスター1体を1度だけあらゆる破壊から免れることが出来る」 「あら、やっと私が出てきたわね♪」 カードの絵柄は、こなたとそうじろうの背後にかなたが居るという図だ。 「でも戦闘ダメージは適用されるでしょ!」 「くっ……」 こなたは1300のダメージ。ライフは5700に。 「今の戦闘で、私の攻撃力が更に上がるわ」 「攻撃力3300……」 戦闘するたびに攻撃力が上がる……正に柊強暴伝説の名に相応しいカードだ! 「私は手札から捨てた『こなたの携帯電話』の効果を発動! このカードのみが他のカードの効果によって手札から墓地に行ったとき、デッキからカードを2枚ドローする」 「私はこれでターンエンドよ」 相変わらず二人の有利、不利が交互に入れ代わるこのゲーム。しかし、これは良い試合でもあるのだ。見てる分には退屈かもしれないが、やってる本人達にしてみれば、一方的に攻められるよりも断然良いだろう。 さて、だいたいデュエルの流れは解って来たと思う。ここからは解説無しのこなた視点でお送りさせていただく。 ―――――― 「私のターン、ドロー!」 このカードは……! まだ、私には勝機がある!! 「魔法カード『ポイント使用』! 場のレベルを持つモンスター1体と墓地のモンスター1体をゲームから除外する事で効果発動」 「……」 見せてあげるよ、私の真の姿をね! 「デッキからレベルを持つモンスターを、召喚条件を無視して特殊召喚できる!」 「召喚条件を無視!?」 「場の私と墓地のパティをゲームから除外して、『泉こなたLV9』を特殊召喚!」 ようやく私の最強カードが使えるのか、どんな姿なんだろ……。 「うぉっ!? まぶしっ」 私のフィールドが光に包まれる。やがて後ろ姿が見えてきた。 「…………」 ん? 何でそんなに見とれてるの? ま、いつもの事か……。 「…………」 さりげなくお母さんを見ると、お母さんもかがみと同じ様にフィールドの私に見とれていた。 「ちょ、お母さ……泣いてるの?」 「ごめんね、まさかこんな形で見られるとは思わなかったから……」 お母さんが感激するほどの姿なのか……、一体どんな――! 再び前を向くと、光は消えていて、その姿が確認できた。その姿とは……。 「う、ウェディングドレスー!?」 「ふつくしい……」 「素敵ね、こなた」 そこには白のウェディングドレスを着て、手に花束のブーケを持っている私が居た。しかもお化粧までしてるし……。 攻撃力3300、守備力2500。☆×9。 って、強っ! かがみと同じ攻撃力じゃん! 「相手は……?」 「へ?」 「こなたの相手は勿論、私よね!!」 うわぁーい……。ま、予想通りの反応だけどね。 「何言ってるんですか、こなたの相手はそう君に似たカッコイイ男の子に決まってます!」 「アンタに聞いてないわよ!」 「むむ……」 ちょっと、二人とも……デュエルを続けますよー。 ふむふむ、どうやらレベル9は今までの貫通能力じゃないみたいだ。でもこの能力ならこのターンで勝てる! やるぞ! 「『泉こなたLV9』の効果! 手札を1枚墓地に捨てることで、ターン終了時まで相手モンスターのコントロールを得ることが出来る」 「はぁ……こなたぁ……」 「聞いてないし」 心を鬼にするとか言っといてこれだよ……。いいや、聞いてないなら勝手にやっちゃうもんね。 「手札を1枚捨てて効果発動! その効果により、『柊かがみ』のコントロールを得る!」 よし、これで勝ち……。 「ERROR! ERROR!」 「え!?」 エラー!? そんな事って……! 「ん? 何かしたの?」 「かがみに私の効果を発動したらエラーになっちゃったんだよ!」 「ん~、そりゃそうよ」 「なんでさ」 まさか、かがみ……デュエルディスクに細工を!? いつの間に……。 「言うの忘れてたけど、お母さん『柊みき』の効果よ」 「って、効果モンスターだったの!?」 「このカードがフィールド上に存在する限り、このカード以外の『柊』と名のつくモンスターカードは、相手モンスターの効果を無効にすることが出来るの」 「そ、そういうことは先に――」 「聞かないのが悪いんでしょ? 教えるなんてルールはないんだし」 「うっ……」 確かにそうだけどさぁ……むむむ。 そーなると、コントロールを得ることが出来るのは『柊みき』本体と『日下部みさお』だけか……。みさきちはひよりんの効果で、まだ攻撃できないから意味ないし……かがみのお母さんは弱いし……。 「さぁ、誰を奪うのかしら?」 「うー……」 「こなた、その効果は手札があれば何回でも出来るのよね?」 「え? あ……」 そうだ、この効果は1ターンに1度なんて書いてないじゃん! 私の手札はまだ1枚ある、つまり……! 「アドバイスありがとう、お母さん!」 「いえいえ、役に立てて嬉しいわ」 「よーし、先ずは『柊みき』のコントロールを貰うよ」 「……」 『柊みき』がかがみのフィールドから私のフィールドに移る。 「更に手札を1枚捨てて、今度は『柊かがみ』のコントロールを得る!」 「ちっ、気付いたか……」 これで私のフィールドには、攻撃力3300のモンスターが2体となった。まだこのターンで勝つことは出来ないけど……やれるだけやってやる!! 「バトル! 『柊かがみ』で……」 ここはやっぱり攻撃力が高いモンスターを倒した方が良いよね。 「みさきちに攻撃だ!」 「……!!」 かがみがみさきちに攻撃するが、峰岸さんが前に出て代わりに破壊された。合体したみさきちの効果だね。 「峰岸と合体した日下部を倒すには、2回攻撃しなきゃダメなのよ」 「分かってるさ、でもダメージは受けてもらうよ」 今の攻撃でかがみのライフは3700だ。やっと半分近くに減ったよ……。 「峰岸を破壊したことで私の攻撃力は300ポイントアップするわよ」 攻撃力3600か……。このターンしか使えないのが惜しいね。 「次に、私LV9でかがみのお姉さん……『柊まつり』を攻撃! ハイ――」 「幸せな未来へのロード!!」 「ちょ、お母さん……」 「一回言ってみたかったの♪」 フィールドを見ると、かがみのお姉さんは居なくなっていた。なるほど、幸せな未来へのロードか……。がんばれ! 立体映像だけど。 これでかがみのライフは2100!! もう一息だ!! 「やってくれるわね! 罠カード発動!」 「え!?」 そういえば伏せカードの存在を忘れてた!! 「『ふざけんじゃないわよ!』。これは自分モンスターが破壊されたとき、相手モンスターを1体破壊する効果を持っているわ!」 「!!」 「私は……もったいないけど、こなたを破壊!!」 物凄い爆音と共に、私のLV9は跡形もなく消えてしまった。 「そ、そんな……!!」 そして私は気付く。これを避ける手段があったことに……。 永続罠『幸せ願う彼方から』の効果を使えば良かったんだ。 このターン、私の効果を使わずに、私とかがみが相打ちをする。手札を1枚捨てて私は破壊を免れる。かがみも自身の効果を使い復活するだろうけど、攻撃力は元の2700に戻る……そうすれば次の私のターンで倒すことが出来たのに!! 私の効果の魅力に負けず、手札を残していれば……! 「これでこなたのエースモンスターは無くなったわね。次のターンで私の勝ちよ!!」 「……『泉こなたLV9』が戦闘以外で破壊されたとき、フィールドに『アホ毛トークン』を1体、守備表示で召喚する……」 フィールドに私と同じアホ毛が現れる。守備力1100……壁にもならないよ。 「ターンエンド……」 「モンスターは返してもらうわ。私のターン」 「…………」 「つかさをリバースし、効果発動! ゆたかちゃん撃破よ!」 「くっ……ゆーちゃん」 これで私を守るモンスターは『アホ毛トークン』だけ……! やばいって!! 「これで終わりよ、お母さんを攻撃表示に変更! バトル!」 「――っ!?」 「つかさで『アホ毛トークン』に攻撃!!」 壁が……失くなった。 「続いて、お母さんでこなたに直接攻撃! 高等祓い術!」 かがみのお母さんが私の目の前に来て、なにやらお祓いを始めた。……良かった、これなら直接攻撃でも痛くな―― 「ああぁぁぁぁっ!!」 「お母さん!?」 お母さんがもの凄く苦しんでいる。まさか……幽霊だから!? 「お母さん! お母さん!!」 「はぁ……はぁ……、大丈夫よ……」 「あら、闇こなたには効果抜群のようね」 「かがみ……!! いい加減に目を覚ましなよ!!」 「目を覚ますのはそっちでしょ! 『柊かがみ』で直接攻撃!! 一刀両断ry」 ちょ、そんなの喰らったら死ぬって……!! 「ぐぁ……!!」 「安心して、峰打ちだから」 ポッキーに峰打ちなんてないと思うけど……。 「こなた……大丈夫?」 「はは……何とか……」 残りライフは600か……。手札もない、フィールドには永続罠が1枚だけ……絶望的だ……。 「今の攻撃で『柊かがみ』の攻撃力が3900になったわ。ま、もう意味ないでしょうけど」 この状況でどうやって勝つ? 「日下部も次のターンで攻撃出来るようになるけど意味ないわね。私はこれでターンエンドよ」 「……」 無理だ……。 「こなた? どうしたの? 早くドロー……」 「勝てないよ……」 「え?」 「勝てっこないよ……。手札はゼロ、フィールドにはもう役に立たない罠カードが1枚、この状況でどうやったら逆転できるの?」 「……」 「無理でしょ? エースモンスターも殆ど墓地に行ってるし、ライフの差だって……これでどうやって勝てって言うんだよ!」 「こなた……」 思わず声を荒げてしまう。出来ないと分かったら難癖付けて……まるで子供だね私……。 「でも、こなた――」 「良いんだよ、もう……私はかがみと幸せに暮らすよ、この世界の人達だってホントはそれが望みなんでしょ? 私それほどかがみは嫌いじゃないし、もうこのまま――」 「こなた!!」 頬がひりひりする……、お母さんに叩かれた……? 私は叩かれた頬を抑えて呆然としていた。そしてお母さんを見ると、泣いていた……。 「こなた、自分が何を言ったか分かってる?」 「……」 「お母さんがここに来た理由は最初に言ったでしょ? それをどうしてちょっと負けてるからってそんなに自暴自棄になるの? 世界の人達がそんなこと望んでる訳無いでしょ……それに、こなたは何の為に今まで戦ってきたの?」 「ぁ……」 そうだ、私はかがみを助けるために……。あの楽しかった日々を取り戻すために……! 「お母さん、ごめん。私どうかしてたよ」 「お母さんの方こそごめんね、痛くなかった?」 「平気だよ。それに嬉しいよ」 「……?」 「お母さんに叱ってもらってね」 「ふふっ……叱ってもらって嬉しいなんて普通の子供じゃ言わないわよ♪」 「はは……」 だってお母さんに叱られるなんてもう二度と来ないかもしれないもんね。 「こなた、アヤメの花言葉は知ってる?」 「信じる者の幸福、最後まで諦めるなって事だね!」 「頑張って!」 まったく私らしくない。そうだよ、私が今までゲームでかがみに負けたことがある? 答えはノー。どんなゲームでも負けたことはない、それはこのデュエルでも同じ!! 「私は完全に空気ね」 「行くよ、私のターン! ドロー!!」 「いくらなんでも、そのカード1枚で逆転なんて不可能よ。ターンエンドして私の勝ちね♪」 「ふふふ、それはどうかな? かがみぃ~ん」 「な、何よ……急に余裕になったじゃない」 さぁ、読者の諸君! お決まりのBGMを脳内再生の時間だよ!! 「魔法カード『アホ毛サーチ』を発動! 墓地からモンスターを3体デッキに戻し、その後カードを2枚ドローする」 「手札を増やしたところで――」 「魔法カード『親子の絆』発動! 墓地に『泉そうじろう』・『泉こなたLV4~9』があるとき、ライフを半分払い『泉そうじろう』と『泉こなたLV6』を特殊召喚する!」 「そんなカードが出てきたところで私の『かがみ』には――」 まさかこんなカードがデッキに埋まってたとはね……行くよ、お母さん!! 「フィールドに『泉こなた』・『泉そうじろう』・『幸せ願う彼方から』の3枚が揃っている時、『幸せ願う彼方から』を墓地に送る事で手札から『泉かなた』を特殊召喚!」 フィールドに天使の翼を生やしたお母さんが現れる。 攻撃力0、守備力0。☆×10。 「自分とそっくりなモンスターがフィールドに居るなんて、なんだか不思議な気分ね♪」 「ふん、どんなモンスターが出るかと思えば……攻撃力0の雑魚モンス――」 「お母さんの効果、ライフを半分払い、全フィールド上のモンスターの攻撃力を0にする!」 「な、何よそれ!」 私のライフは300から150へ、でもそんなのもう気にしない!! 「そして効果の対象になったモンスター全ての元々の攻撃力を足した数をこのカードの攻撃力にする事が出来る!」 フィールドのモンスターの元々の攻撃力は……お父さん2200、私2500、かがみのお母さん1500、かがみ2700、つかさ1200、みさきち1700……つまり……。 「攻撃力11800のモンスターですって!?」 ありゃ、流石かがみ。早いね。 「かがみ、勝ちに急いで何も伏せなかった事を後悔するんだね!」 「そんな……、ありえない……!!」 「お母さんで『柊かがみ』に攻撃! 行くよお母さん!」 「えぇ!」 「「スターライトエクスプローション!!」」 『泉かなた』の翼が広がり、そこから光のビームが『柊かがみ』に直撃する。かがみの攻撃力は0なので、実質ダイレクトアタックと言っても良いかもね。 「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」 オーバーキル!! 遂に勝ったんだ!! 「勝ったぞぉー!!」 「よく頑張ったわ、こなた」 長いようで短かったけど……ようやく終わったんだ! この達成感は異常だね。 「私が負け……た?」 「かがみ!?」 ドサッとその場に倒れてしまったかがみ。どうしたの? まさか……!? デュエル終了、そして……
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ばれるわけが無い。そう自分に言い聞かせて、少女はそれに近づいた。 ばれてしまっても、ちょっとした悪戯で済むはずだ。そういった軽い気持ちで事を実行に移す。 それが、あの惨事への幕開けとも知らずに…。 - チョココロネは食べられない 出題編 - 「ふ~んふふ~ふふ~ふん♪」 「朝からえらくご機嫌ね」 ある日の登校時。かがみは先程から鼻歌を歌いながら歩くこなたにそう聞いた。 「そりゃあ、機嫌も最高潮になるよ…ほら、これ見てよ」 そう言ってこなたが鞄から取り出したのは、なにかの店の名前が書かれた紙袋だった。 「ベーカリーってことはパン?どこのお店の?」 「あ、こなちゃんそれって駅前のパン屋さんの!?買えたんだ、すっごーい」 それを見たつかさが歓声を上げた。 「ホントですか!?わたしもあのお店のパンは凄く好きなんですよ」 珍しいことにみゆきまでもが食いつく。 「えっ…二人とも知ってるんだ。どこのだろ…」 「おーっと。食いしん坊かがみんがこの情報を知らないなんて、槍が降るねこりゃ」 「うるさいなあ。わたしだって年がら年中食べ物のこと考えてるわけじゃないわよ…ってかそんなに食いしん坊って訳でもないわよ」 かがみが何時も通りこなたにからかわれようとしているのを察したつかさは、助け舟を出そうと二人の会話に口を挟んだ。 「ほら、お姉ちゃんアレ。この前まつりお姉ちゃんが買ってきたのだよ。お姉ちゃん、美味しいって五個くらい食べてたじゃない」 助けるどころか上から重しを落としていた。 「…五個て…」 「…あのパン屋さん、普通のところより全体的にパンが大きかったですよね…」 こなたどころか、みゆきまでもが一歩引いてかがみを見つめていた。 「…つかさ…後で覚えてなさいよ…」 「えーっと…あ、そうだこなちゃん!どんなパン買ったの!?見せてほしいな!」 見つめられている箇所がチリチリと熱いかがみの視線を受けたつかさは、冷や汗をたらしながら話題を変えようとした。 「つかさ、タゲ逸らし乙。ま、それはそれとして…聞いて驚け!なんと限定チョココロネをゲットできたんだよ!」 某ハイラルの勇者のごとく、高々と紙袋を掲げるこなた。それを見て、かがみが呆れた顔をした。 「チョココロネって、またあんたらしいな…ってかコロネ一つでそんな大層な…つかさ?」 かがみはつかさの様子がおかしいことに気がついた。魂が抜けたかのように、こなたの持つ紙袋を見つめている。 「つかさ?おーい、つかさー?」 かがみがつかさの顔の前でひらひらと手を振る。 「って、えええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」 「うわあ!?びっくりした!」 それに反応したのか、つかさが突如大声を上げ、かがみは驚いて三歩ほど後ろに下がった。 「ど、どうしたのよ?急に…」 「だってチョココロネだよ!数量限定だよ!一番人気なんだよ!普通買えないよ!どうやって買ったのこなちゃん!?」 普段からは想像もつかないような勢いでまくしたてるつかさを、かがみは冷や汗をたらしながら見ていた。 「そ、そんなに凄いんだそのコロネ…みゆきは当然知ってるのよね?…って、みゆき?」 かがみが先程までいた場所からいなくなったみゆきを探すと、こなたが掲げる紙袋に今にも食いつかんとする位置にいた。 「ちょっとみゆき!なにやってんの!?」 「え?…って、うわあ!みゆきさん!?」 かがみの声でみゆきの接近に気がついたこなたが、慌てて紙袋を胸元に抱き込んだ。 「あっぶなー…かがみならともかく、みゆきさんは盲点だった…」 「どういう意味だ…ってか、ホントになにやってるのみゆき…」 「す、すいません…その紙袋を見てたら無意識に…」 「みゆきが理性を無くすほどなんだ…ねえ、こなた」 「一口もあげない」 「…まだ何も言ってないわよ…いや、当たってるんだけど…」 これ以上外に出しておくのは危険だと感じたこなたは、紙袋を鞄の中にしまい込んだ。 「今日はニ時間目の体育がマラソンだったから、かなーりブルーだったんだけどねー。これでばっちり乗り切れるよー」 これ以上はないくらい嬉しそうに鞄を抱きかかえて歩き出すこなた。 「こなちゃん、いいなー」 「はい。羨ましいです…」 そのこなたの後ろをつかさとみゆきがついていく。 「………ふーん」 その更に後ろを歩くかがみは、顎に手を当てて何かを考え込んでいた。 体育の時間。こなたは文字通り風となっていた。 「うりゃりゃりゃりゃー!!」 「…こ、こなちゃん…速すぎるよ…」 「…ぜ、全然追いつけませんね…」 つかさどころか、みゆきすらも周回遅れにしそうな勢いのこなたを、クラス全員が『こいつホントに人間かよ』みたいな目で見ていた。 「いやー、走った走った。これだけお腹空かせれば、お昼もより美味しくなるに違いないよ」 「…それで…あんなに、張り切ってらしたんですね…」 満足気に汗を拭くこなたの横で、みゆきが息も絶え絶えに座り込んでいた。 「ってかみゆきさん、わたしに合わせようとしなくても良かったのに」 「…周回遅れは…嫌でしたので…」 「うーん。みゆきさんは、変な所で負けず嫌いだなあ…タオル、濡らしてこようか?」 「…はい…お願いします…」 こなたはみゆきからタオルを受け取ると、水道の方へと駆け出した。 「…まだ…走れるんですね…」 呆れたようにこなたを見送ったみゆきは、自分と同じようにへたばっていたつかさが、立ち上がって校舎の方を見ているのに気がついた。つかさの目線を辿ってみると、どうやら自分達の教室の方を見ているようだった。 「…つかささん?どうかなさいましたか?」 みゆきがそう声をかけると、つかさはビクッと身体を震わせ慌てて視線を戻した。 「な、なんでもないよゆきちゃん…なんでもないから」 「…そうですか?」 「次乗り切れば、お昼だねー」 三時間目終了後の休み時間、こなたは嬉しそうにつぎの授業の準備をしていた。 「こなちゃんのコロネが気になってしょうがないよ…」 「そうですね…」 つかさとみゆきは授業の準備をしながらも、こなたの鞄を見つめていた。 「よし!準備完了!トイレでも行くか!」 そう高らかに宣言しながらこなたは席を立った。 「こ、こなちゃん…そんな事あんまり大きな声で………あ…こなちゃん、わたしもいくよ」 そう言いながら、こなたに続いてつかさも席を立つ。 「んじゃ、連れションといきますか!」 「こなちゃーん、やめてー」 教室にいる全員の視線を集めながら、二人は教室を出て行った。 「…つかささんも、大変ですね」 二人を見送ったみゆきは、次の授業の予習を始めようとした。しかし、ふと目に入ったこなたの鞄に視線が止まる。しばらく鞄を見つめていたみゆきは、何かを振り払うように首を振ると、自分の机に向かった。 「ただいまー」 しばらくして、こなたが一人で教室に入ってきた。 「お、おかえりなさい、泉さん…あ、あのつかささんは?」 「んー、それがね、わたしがトイレから出た時にはもういなかったんだよねー…どこ行ったのやら」 「そ、そうですか…」 「…みゆきさん?」 「は、はい?なんでしょう?」 「なんか顔色悪いよ?気分でも悪いの?」 「い、いえ!なんでもありません!何時も通りですよ、わたしは!」 「そう?…んー、まあいいけど」 二人が話していると、つかさが教室に入ってきた。 「あ、つかさー。どこ行ってたの?せっかく肩組んで帰ろうとでも思ってたのに」 「ごめんね、ちょっと喉が渇いたから自販機に行ってたの…っていうか、そんな恥ずかしいこと出来ないよ…こなちゃんと肩組むの大変そうだし」 「む、それは遠まわしにわたしの背の低さを非難しているのかね」 「そ、そうじゃないけど…って、あれ?ゆきちゃん?」 「…な、なんでしょう?」 「なんだか顔色悪いけど、大丈夫?」 「あ、つかさもやっぱそう思う?」 「うん…気分悪いんだったら、保健室行こうか?」 「い、いえ…ご心配には及びません、はい…」 「そう?だったらいいんだけど…」 こなたとつかさは、なんとなく腑に落ちない表情で、顔を見合わせた。 そして昼休み。 「うにょわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 それは、こなたの奇妙な悲鳴で幕を上げた。 「ど、どうしたのこなちゃん!?…ていうか今のって悲鳴でいいの?」 「つかさ!つかさー!なんで…なんでこんなことにー!」 こなたは近寄ってきたつかさの両肩をがっしり掴むと、力任せに前後に揺さぶった。 「お、お、お、お、落ちつい、落ち着いて、こな、こな、こなちゃ」 「あ、あの泉さん…つかささんが大変なことになってますんで…」 みゆきがこなたを止めようと声をかけたが、今のこなたに声は届かないようだった。 「なーんーでーだーよー!」 「…こ、こな…おねが…まって…」 さらに激しくこなたがつかさをシェイクしていると、教室のドアが開いてかがみが入ってきた。 「ねえ、さっきの悲鳴?で、いいの?は、こなたっぽかったんだけど、何かあったの…って何をやってるんだお前は」 かがみはこなた達に近づくと、意識が朦朧としてるのか力なくカクカク揺れてるつかさを、こなたから引き剥がした。 「大丈夫ですか?つかささん…」 「…大丈夫…地球が震えてるから大丈夫…」 「かがみー!かがみー!これ見てよー!」 みゆきがつかさを介抱してる傍で、こなたはかがみにコロネの入った紙袋の中を見せた。 「…え…こ、これって…」 それを見たかがみは絶句した。 紙袋の中にあったのは、無残にも踏み潰されたチョココロネだった。袋の内側にチョコが飛び散り、靴の跡も痛々しく、もはや食せる物ではなかった。 「…なんで?…どうして、こんなことに?…」 「そんなのわたしが聞きたいよ!」 少し顔を青ざめさせながら聞くかがみに、こなたは噛み付きそうな勢いで答えた。そしてしばらく考え込むと、つかさを介抱しているみゆきに顔を向けた。 「みゆきさん!」 「は、はい!?」 「犯人見つけてよ!この前の資料室の時みたいにパパッとさ!」 「…え…あ、わたしが…ですか?」 「みゆきさんがこういうとき一番頼りになるんだから!」 期待に満ちた目で見つめるこなたからみゆきは目を背けると、俯いて考え込み始めた。 「…みゆきさん?」 「…いえ…そうですよね…分かりました、放課後までには何とか…」 俯いたまま答えるみゆきに、こなたは違和感を感じた。 「みゆきさん、ホントに大丈夫?」 「大丈夫です…ご心配なく」 「…だったらいいんだけど…はい、これ」 こなたはみゆきに、コロネの入った紙袋を手渡した。 「何かのヒントになるかもしれないし、みゆきさんが持ってて」 「あ、はい…」 みゆきは紙袋の中を覗き込んだ。中に入ってるのは目を背けたくなるような惨状のチョココロネ。 「…あれ?」 それを見たみゆきは首を捻った。 「どうかしたの?みゆきさん」 「…これって…」 こなたの言葉が聞こえなかったのか、みゆきはコロネを見つめながら考え込んでしまった。 放課後。すっかり人の出払った教室に、みゆき以外の三人が集まっていた。 「…みゆき、遅いわね」 机の上に頬杖をついたかがみが呟いた。ホームルームが終わった直後にみゆきの姿が消えたため、三人はしかたなく教室で待機していた。 「うん…どうしたんだろ?」 「わたし、ちょっと見てくるよ」 こなたが立ち上がり、みゆきを探すために教室出ると、丁度廊下の向こう側から歩いてくるみゆきを見つけた。 「あ、みゆきさーん」 「…泉さん」 「どこ行ってたの?みんな待ってるよ」 「すいません、少し証拠固めに職員室と購買の方にいってました…あまり利用しないので知りませんでしたが、購買は朝から開いているんですね」 「うん、部活の朝連の人とか利用するみたい…それで、犯人は分かったの?」 「はい、一応は…行きましょう、泉さん…真実のその向こうまで…」 「…え?」 こなたとみゆきの二人が教室に入り、四人はいつもお昼ごはんを食べる時のように机を囲んで座った。 「さて、今回の事件の犯人ですが…」 切り出すみゆきに他の三人の視線が集まる。 「残念ながら、この四人の中の誰かです」 「…え」 「…うそ」 「…わたしも容疑者なの?」 みゆきの言葉に、かがみとつかさは唖然とし、こなたは自分を指差して困った顔をした。 「一応、前提としてはそうなります。被害者だからと言って犯人ではないということはありませんし…勿論、探偵役も特別ではありません」 「で、でもなんでわたしたちなの?」 「泉さんが、このチョココロネを持っているのを知っているのは、恐らくこの四人だけだからです。コロネの存在を知らなければ、わざわざ泉さんの鞄を漁ることはないでしょうから」 みゆきはいつになく緊張した声でそう言った。そして、心を落ち着かせるために深呼吸をして、犯人を指摘する為に口を開いた。 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 「はい、今回は出番の無かった小早川ゆたかです」 「…同じく岩崎みなみです」 「…みなみちゃんは前回も出てなかった気がするんだけど…」 「無残にも踏み潰されたチョココロネ。果たして犯人は四人の内の誰なのか?」 「え?あれ?みなみちゃん?」 「みなさんもみゆきさんと共に、正解率99%の暇つぶしに挑んでみてください。では、今回はこの辺で…」 「え?もしかして締めちゃった?わたしがここにいる意味は?」 「………」 「みなみちゃん、どこいくの!?みなみちゃーん!」 ※ここから解答編 「岩崎みなみです」 「………」 「さて、みなさんは真相に辿り着くことができましたか?」 「………」 「それでは、解答編の幕開けです………ゆたか?」 「………」 「…等身大ポップ…いつの間に…」 - チョココロネは食べられない 解答編 - 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 みゆきはそこで言葉を止めてしまった。やはり指摘するのを躊躇してしまう。だが、それでも言わなければいけない。みゆきは勇気を振り絞って、言葉の続きを口にした。 「犯人はわたしです」 そう、これは自分の罪なのだから。 「………みゆきが?」 実際には短かったのだろうが、異様に長く感じる沈黙の後、かがみがそう呟いた。 「はい、わたしです」 「いつ?」 「三時間目と四時間目の間の休み時間です。その時に、泉さんとつかささんが教室から出て、わたし一人になっていました」 「…どうしてそんなことをしたの?」 「…言い訳に聞こえるかもしれませんが、踏み潰すつもりはありませんでした。ただちょっとだけ見てみたい…そう思ったんです」 みゆきはそこで、自分の鞄の中からこなたから預かった紙袋を取り出した。 「紙袋からチョココロネを取り出したときに、手を滑らせて床に落としてしまったのです。そして、それを慌てて拾おうとして、足をもつれさせて…」 その時の惨状を思い出したのか、みゆきは目を瞑って身を震わせた。 「幸い…いえ、不幸にもその時、クラスの誰もわたしの方を見ておらず、気づいた人はいませんでした。わたしは何を思ったのか、潰れたチョココロネを紙袋入れて泉さんの鞄に戻し、床に付いたチョコをふき取って自分の席に戻ったのです…そして、戻ってきた泉さんに何も言えず、そのままお昼休みになってしまったと言うことです…本当に、申し訳ありませんでした」 みゆきはこなたに向かい深々と頭を下げた。 「…泉さん?」 しかし、こなたからの反応が何もない。みゆきは違和感を感じて、顔を上げてこなたの方を見た。こなたは俯いていて表情が読み取れない。 「とりあえずこれで、今回の事件は終りよね?後はこなたとみゆきの問題だし、わたし達は帰るわよ…行こう、つかさ」 そう言って、かがみが席を立った。 「待って下さい、かがみさん。まだ終わってはいません」 こなたからの反応が未だに無いのを気にしつつも、みゆきはかがみが帰るのを引き留めた。 「え、でも踏み潰したのがみゆきならこれ以上何が…」 「あるんです…見ててください」 みゆきは自分の鞄から、ビニール袋に入ったチョココロネを取り出した。 「これは先程購買で購入したものです」 そして今度は、紙袋から潰れたチョココロネを取り出して、手で出来るだけ元の形になるように整えた。 「それを、わたしが潰したチョココロネに重ねてみます」 みゆきが二つのチョココロネを重ね合わせる。それを見たかがみの顔色が変わった。 「このように、この二つのチョココロネは大きさが全く同じです…おかしいですよね?」 かがみに向かい、みゆきがそう言った。かがみが思わず視線を逸らしてしまう。 「な、なにがよ?」 「朝の会話を思い出してください。泉さんがチョココロネを買ったお店は、普通のお店よりパンが大きいんです。それはチョココロネも例外ではありません。にも拘らず、このチョココロネは購買で購入したものと大きさが同じ…そこから考えられることはただ一つ」 みゆきは一度言葉を切り、改めてかがみの方をしっかりと見据えた。 「わたしが踏み潰す前に、何者かがチョココロネをすり替えていた…ということです」 「な、なんでそれをわたしの方向いて言うのよ…」 「すり替えたのが貴女だからです、かがみさん」 少しばかり長い沈黙の後、かがみはみゆきを睨むような目つきで見据え、席に座りなおした。 「わたしが、いつチョココロネをすり替えたって言うの?昼休みまでのどの休み時間も、そっちのクラスには行ってないわ」 「そうですね。それに、休み時間に来たとしてもわたし達のうち誰かがいましたから、チョココロネをすり替えるのは不可能です」 「だったら…」 「休み時間以外ならどうでしょう?」 「い、以外って…そんなの…」 「かがみさんは、朝のわたし達の会話を聞いて、チョココロネをすり替える計画を思いついたのではないでしょうか…一時間目が始まる前に購買でチョココロネを購入しておき、二時間目の間に授業を抜け出して体育でクラス全員が出払ったわたし達のクラスに入り、チョココロネをすり替えた…違いますか?」 「…証拠は…あるの?」 「購買の方より、朝に髪をふたくくりにした女の子がチョココロネを買って行ったという証言と、かがみさんのクラスの二時間目を担当された教師の方より、授業中にお手洗いに出て行ったという証言をいただきました」 「…う」 「あとは…つかささん次第です」 そう言いながら、みゆきがつかさの方を見ると、つかさは咄嗟に顔を伏せてしまった。 「…ゆきちゃんは、分かってるんだよね?」 そして、顔を伏せたまま呟いた。 「つかささんの件に関しては、ほとんど推測ですが」 「…そっか…わたし次第…そうだよね…」 「つかさ!」 思わずつかさの方に詰め寄ろうとしたかがみに、つかさは顔を向けニコッと笑った。 「お姉ちゃん、もうやめよう?…ゆきちゃんには分かってるみたいだし、隠し通せるものじゃないよ…ううん、隠してちゃいけないんだよ。悪いことは悪いことなんだから…」 それを聞いたかがみが、力なく項垂れる。 「つかささんは、かがみさんの行動に気が付いていたんですね?」 「うん。体育の時にね、お姉ちゃんがわたし達のクラスからこっちを見てるのに気が付いてね、あんなところで何やってるんだろうって気になって…」 「それで、泉さんとお手洗いに行く振りをして、かがみさんに問い質しに行った…」 「うん…なんか凄くいやな予感がして、こなちゃん達には言わないほうがいいかなって思って…お姉ちゃんの所に行ったら、こなちゃんのコロネ食べようとしてて…半分あげるから黙っててって言われて…それで…」 「それでは、チョココロネはその時に…」 「うん、お姉ちゃんと食べちゃったの…ごめん…なさい…」 こなたに向かい頭を下げるつかさ。しかし、こなたからの反応はまたしても無かった。 「…最初はね、ちょっとした悪戯のつもりだったの…」 それに気づいてか気づかずか、かがみが項垂れたまま話し始めた。 「こなたがあんまり得意気だったから、すり替えられたときにどういう反応するかなって…気づかずに食べちゃったら、思い切りバカにしてやろうって思って…でも、実物見たらどうしても我慢できなくなって…どうせバレっこないって、つい…」 「みんなの言い分はそれで全部?」 急に聞こえたこなたの声に、三人がびくりと身体を震わせた。そして、いつの間にか顔を上げていたこなたの方に顔を向ける。 「つまり、わたし以外のみんながなにかしらやらかしていて、わたしに何一つ言い出せないでここまで来ちゃった、と」 表情の無い眼で三人を見渡しながら、抑揚の無い声でこなたはそう言った。 「あ、あの、泉さん…」 そのこなたに恐怖にも似た感情を覚えたみゆきが、何かしら言い繕おうとした。 「…見損なったよ」 こなたはその言葉を遮り、鞄を持って席を立った。 「こ、こなちゃん、どこに…」 「帰る」 一言だけ残して教室を出ようとするこなた。 「待って、こなた!」 そのこなたの肩を後ろからかがみが捕まえる。 「ごめんなさい…わたしが…わたしが悪かったから…」 「だから許せって?」 振り返りすらせずに、こなたがそう聞いた。 「…償いはするから…なんでも、するから…お願い…」 「…なんでも?」 「…うん…わたしに、出来ることなら…」 「おーけー…その言葉が聞きたかったよー」 そう言って振り向いたこなたの顔は、笑顔だった。なんというか、ニンマリといった擬音がぴったりの笑顔だった。 「え?あれ?」 呆気にとられるかがみの前で、いつもの調子でこなたが喋りだす。 「そうだねー。じゃあ決行は今度の日曜日って事で、土曜日にでもミーティングをしよっか。みゆきさんとつかさはどうする?」 「え?は、はい?…あ、いえ。わたしも償いはさせていただきます…結果的にはわたしが踏んだのは違うチョココロネでしたけど、そうじゃなかった可能性もあったわけですし…」 「わ、わたしも、お姉ちゃんを止められたのに、コロネに釣られて止めなかったから…」 「おーけーおーけー、いいねいいねー三人かー。こりゃ楽しくなりそうだねー。早速帰って準備しなきゃ…あ、みゆきさん。このチョココロネ貰っていい?お昼ご飯食べてなくて、ちょっとお腹空いた」 「あ、はい…どうぞ…」 「あんがとー。そいじゃみんな、土日はちゃんと空けといてねー」 チョココロネにかぶり付きながら、教室を出て行くこなた。それを唖然と見送る三人。 「…ねえ、みゆき」 「…なんでしょう、かがみさん?」 「こういう時は『ぎゃふん』でいいのかな…」 「適切かと、存じます…」 泉家の日曜日の朝は遅い。 休み前日には、いつも以上に夜更かしをするこなたは勿論だが、平日には徹夜明けでもこなたやゆたかと朝食を共にするそうじろうも、昼頃まで寝ていることが多い。 そんなふたりの生活パターンに引き摺られてか、最初の頃は日曜日も早く起きていたゆたかも、段々と昼近くまで寝ているようになっていた。 カーテンの開ける音と共に、眩しい光が部屋に満ちる。 「う、うーん?」 その光でゆたかは目を覚ました。 「こなたお姉ちゃん?」 ゆたかはこなたが起こしに来たのだと思った。しかし、まったく予想していなかった声がした。 「おはようございます。お嬢様」 「………え?」 上半身を起こしたゆたかが、寝ぼけ眼で見たのは、メイド姿で深々と頭を下げているみゆきだった。 「え?ええ!?高良先輩!?って、メイドさん!?なんか色々と、ええええ!?」 「えーっと…こういう罰ゲームだと思って、少し落ち着いて貰えますか?」 混乱するゆたかをなだめるみゆき。 「え、罰ゲーム?高良先輩が?」 「ええ、まあ。色々ありまして…では、お顔を洗いに参りましょうか?」 用意してあったタオルを手に取り、みゆきは部屋のドアを開け、ゆたかに出るように促した。 「どうぞ、お嬢様」 「あ、はい…ありがとうございます」 「そんなお気遣いは無用ですよ、お嬢様」 「…うぅ、なんだかわたしが罰ゲームを受けてるみたい…」 なんだか妙な気分を味わいながら、ゆたかが廊下に出た瞬間。 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 と、悲鳴が上がった。 「い、今の声…」 「かがみさんですね。どうなされたのでしょうか?」 「…かがみ先輩も来てたんだ」 「ゆーちゃん、おっはよー。どうだったかね?今日のお目覚めは?」 ゆたかとみゆきが洗面所に向かっていると、こなたが声を掛けてきた。後ろには、やはりメイド姿のつかさを従えている。 「…こなたお姉ちゃん…訳がわからないよ…」 「まあ、折角のメイドさんなんだし、しっかり楽しまないと…ね、つかさ」 「…うぅ…こなちゃんの要求は恥ずかしいのが多くて…」 「ほら、つかさ。言葉遣い」 「あぅ…申し訳ありません、ご主人様…」 そんな二人を見ていたみゆきは、ふとさっきの悲鳴が気になり、こなたに聞いてみることにした。 「あの、ご主人様。先程かがみさんの悲鳴が聞こえたようでしたが…」 「ああ、あれ。わたしの予想通りだと、面白いことになってるよー」 「…おはよう…こなた、ゆーちゃん」 話してる後ろから、そうじろうが挨拶をしてきた。 「あ、おはよー。お父さ…うわーお」 こなたは挨拶を返そうとして、そうじろうの顔を見て思わず止まってしまった。そうじろうの右目に見事な青あざが出来ていたのだ。そのそうじろうの後ろには、顔を真っ赤にして俯いているメイド姿のかがみがいた。 「…頬に紅葉作ってくるくらいは、予想してたんだけどね…」 こなたは冷や汗を垂らしながらそう言った。 「お、おじさん…どうしたんですか?」 「いや…朝起きたらメイドさんに、グーパンチを顔面に貰ったんだが…訳がわからない…」 「流石はかがみ…容赦ないね…」 泉家の面々が話してる後ろで、つかさはかがみに小声で事情を聞いてみた。 「な、なにがあったの?お姉ちゃん…」 「…きのこの山がね…たけのこの里に…」 「お姉ちゃん…全然わかんないよ…」 「あー、それはねーつかさ。男性の朝の生理現象ってやつだよ」 いつの間にか二人の間に入り込んでいたこなたが、話に割り込んできた。 「お父さんのきのこの山がテント張って、たけのこの里みたく…」 「説明せんでいいっ!!」 「はい、かがみ。言葉遣い」 「…う…申し訳ありません、ご主人様…」 「さーて、次は何してもらおっかなー…お風呂で背中流すってのはどうかな?」 「ええええ!?それはダメだよこなちゃん!」 「で、出来るわけ無いでしょ!?」 「はい、二人とも。言葉遣い」 「あう…」 「もう、勘弁して…」 みゆきは、そんな光景を見ながら思っていた。 もしかしたら、こなたは四人のうちの誰かが犯人と聞いたときから、ずっとこういうことを考えていたのではないか、と。 友達の誰かが犯人。そう分かった時点で、こなたが考え始めた事は、誰が犯人ではなく、どうやってこれを笑い話に変えてしまおうか、だったのでではないか。 だから、なんでもするという台詞を引き出すために、あえて冷たい態度を取ったのではないか。 そして、罪にかこつけてわがまま放題をして自分にも非を作り、みんなの中の罪悪感を消していこうとしているのではないか。 すべては「あの時、こんなことがあったね」と、将来笑いながら話せるように。 「…とんでもない、被害者ですね」 みゆきはクスリと笑うと、未だなにかを言い合ってる三人に混ざりに行った。 自分もまた、その笑い話の一部として。 - おしまい - 471 名前:チョココロネは食べられない[saga] 投稿日:2009/01/25(日) 17 48 23.56 ID SazeaJw0 以上です。 途中でシリアスになりかけたので、方向修正しようと思ったら、何故かメイドに。 以下、NG場面(校正時点で判明した誤植) 「…半分投げるから黙っててって言われて…」 「ぶふぅっ!」 「こらこなた、吹くんじゃない。NGになる」 「…吹かなくてもNGです」
https://w.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/1696.html
つかさが専門学校を卒業するに当たり親からパソコンが贈呈された。しかしつかさはパソコンの操作や内容がよく理解できていない。そこでこなたにセットアップを依頼した。 こなた「これでよしっと……メール、インターネットは使えるようにしたよ」 つかさ「ありがとう、使い方も教えてもらうと助かるのだけど」 こなた「つかさ、後は使って覚えるしかないよ、メールとインターネット、ワープロとかなら今までも使えていたでしょ、それと同じだから」 つかさ「そうなの、分ったよ、やってみる」 こなた「ところでつかさ、このパソコン、メールとインターネットだけやるには勿体無い仕様だよ……どうだいゲームをインストールしてあげようか?」 つかさ「私今はそんなにお金持ってないよ」 こなたは不敵な笑みを浮かべた。 こなた「ふふふ、別にお金なんか要らないよ、ほら、いくつか持ってきた、選り取り見取りだよ」 こなたは鞄からいくつかソフトを取り出しつかさの机の上に並べた。 こなた「ネットゲームは?」 つかさ「んー、時間かかりそうだし難しそうだよ」 こなた「ギャルゲーは?」 つかさ「やった事ないし、それに私は女性だし……」 こなたは暫く考えた。 こなた「それじゃロールプレイングはどうかなこのゲームは全年齢対象だし面白いかもよ」 つかさ「それならいいかも」 こなたはつかさに許可を取る間も惜しむようにパソコンにそのゲームをインストールしだした。 つかさ「ちょっと、私まだゲームをするって言ってないよ」 こなた「いいから、いいから、興味なければアイコンをクリックしなければいいのだし……」 こなたに押し切られた。つかさはそれ以上何も言わなかった。そこにかがみがやってきた。 かがみ「ほー、こなたにしては珍しいわね、ちゃんとやっているみたいね」 こなた「一言余計だよ、私だってやる時はやる」 かがみ「言ってくれるじゃない、まさか変なゲームなんか入れていないわよね」 疑いの眼でこなたを見つめるかがみ。 つかさ「今ゲームを入れてもらっているの こなた「バカ……そこで言っちゃダメ……」 かがみ「……つかさに変な事教えないでよね」 こなた「ただの普通のロールプレイングゲームだよ……それにもうつかさだって大人なのだしそのへんの分別はついてよ、いつまでも子ども扱いしていると嫌われるよ」 こなたとつかさは見合って頷いた。 かがみ「ただの普通のって強調する所が怪しいわね、つかさも相槌なんかして……まあいいわ、一段落したら台所に来て、お昼作ってあるから」 こなたは驚き、嫌な顔をした。そんなこなたを尻目にかがみは台所に戻って行った。 こなた「も、もしかしてそのお昼ってかがみが作ったの?」 つかさ「今日はお母さんも居ないし、お姉ちゃんしか他に居ないよ」 こなた「うっげー、つかさの作ったのが良かったな、おばさんのもなかなかだったよね……期待していたのに……」 こなたは項垂れた。 つかさ「それよりこなちゃん、ゲームの方は終わりそうなの?」 こなた「もう放っておいても大丈夫だよ」 つかさ「それじゃお昼食べに行こうよ」 こなたは渋々と台所へと向かった。 こなたは台所の入り口で立ち止まった。つかさは立ち止まったこなたに後ろからぶつかった。 つかさ「ふぎゅ……こなちゃん急に止まっちゃってどうしたの?」 こなたは目を疑った。『普通』の料理が並べられている。『普通』に食べられそう。『普通』……かがみの料理に関して言えばこなたにとっては驚くべき光景だった。 こなた「これってみんなかがみが作ったの、昨日の作り置きじゃない」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「ふふふ、いつまでも料理下手なんて言わせない、私だってやる時はやる」 つかさの部屋でのお返しとばかりの台詞。 こなた「言ってくれるね、見た目だけじゃ分からないよ、食べてみないとね」 かがみはまるでメイドのように椅子を引いてこなたを誘った。それに吸い込まれるようにこなたは椅子に座った。 つかさ「……その料理、先週私が教えた……」 かがみ「バカ……言っちゃ……ダメでしょ」 今のこなたにかがみとつかさの会話は聞こえていなかった。箸を持ち料理を摘むと無造作に口に放り込んだ。かがみは固唾を呑んでこなたの行動を見ていた。 かがみ「どう?」 こなたは何度も料理を噛んでから飲み込んだそして暫く何も言わずに机に並べられた料理を見ていた。 こなた「……美味しい」 かがみ「聞こえない、もう一回」 これはこなたにとっては屈辱に近い。しかし真実は変えられなかった。 こなた「美味しいよ、さっきのは撤回する」 かがみ「やった!これで苦手を克服したわよ」 ガッツポーズをして喜ぶかがみだった。そんなかがみをこなたは冷ややかに見ていた。 こなた「いまさら何で料理なんか……食べさせたい彼氏でもできたの?」 かがみの動きが止まった。そして急に顔が赤くなった。当てずっぽうで言った言葉にこれほど動揺するとは思わなかった。 こなた「……図星かい……いつの間に、相手は同じ大学の人?」 つかさ「え、お姉ちゃん、こなちゃんの言っているの本当なの?」 つかさまでが本気にしだした。しかしかがみは別に彼氏ができた訳でも好きな人が居るわけではなかった。こなたの思いも寄らない質問が出たので動揺しただけだった。 かがみ「そんなんじゃないわよ、気になる人は居るけど話もしたことないわよ……」 こなた「ふーん、話したこともないって……はぁー」 片手を額に当ててため息をつく。 かがみ「な、なによ、そんなの私の勝手でしょ」 こなた「そうやってチャンスを逃しちゃうのだね……高校時代みたいに」 その言葉にかがみは見透かされたような衝撃が走った。言い返せなかった。そんなかがみを見ながらこなたは話し続けた。 こなた「かがみがいつも私達のクラスにお弁当を食べにきていた、それは何も私達に会いたいためだけじゃなかった……でしょ?」 かがみ「それは……」 言葉を詰まらせた。 こなた「かがみがチラ、チラ、って見ているのを知っていたよ、その先目線の先の男子生徒……名前は……」 かがみ「わー、その先は言うな、言ったら殴るぞ」 真っ赤な顔でこなたの口を両手で塞いだ。しかしこなたは直ぐにかがみの手を跳ね除けた。 こなた「もう過ぎたことなのに、そんなに照れなくてもいいじゃん……名前は言わないよ……その様子だと告白はしてないね?」 かがみは黙って頷いた。 こなた「もう諦めたの?」 かがみ「……もう過ぎたこと、こなたがそう言ったでしょ、もうその話はいい」 こなた「……わかったよ、もう言わないよ、でも何もしないと相手には何も伝わらないよ」 かがみ「そんなのは分かっている……分かっているわよ」 なにか重い雰囲気が広がった。それはこなたが帰るまで続いた。 その夜、つかさは自分の部屋で考え事をしていた。お昼のかがみとこなたの会話。こなたはかがみの好きな人を知っていた。 妹である自分は全く分からなかった。気が付かなかった。しかしこなたはかがみの心境を見抜いていた。 つかさは高校時代、かがみのクラスに気になる男子生徒が居た。これは誰にも言わない秘密。忘れ物をしていないのに教科書を借りにかがみのクラスに行ったことも しばしばあった。その人を見ていたいからだった。それでもこなたやかがみ、みゆきもつかさについては全く気付いていなかった。 もともと気が付かないようにしていたのだからある意味それは成功であった。でもかがみには気付いて自分のは気付かれない。なにか寂しい。つかさの心は複雑だった。 でも結局つかさ、自分も相手に告白していない。何も無いのと同じ。かがみと同じだった。こなたの最後の言葉が頭から離れなかった。 つかさ「あっ!」 つかさは思わずこなたがインストールしたゲームのアイコンをクリックしてしまった。別にゲームする気は全くなかった。でもおかしい。ゲーム画面が全く出てこなかった。 不思議に思って暫く画面をみているといきなり真っ白なウインドが立ち上がった。そこにはゲームタイトルすら出ていなかった。 きっとインストール途中でお昼に行ったからなにか不具合があったに違いない。そう思いながらウスを動かし画面消去、閉じるバツ印をクリックした。 『カチカチ』 空しくクリックするマウスの音が部屋に響いた。何度やっても画面が消えない。もうそろそろ寝るつもりだった。このまま電源落とそうと電源ボタンに手を伸ばした。 突然画面が変わった。電源を切る手が止まった。画面にはカレンダーと時計が表示されている。そして地図らしき画面も出てきた。 良く見るとその地図らしき画面は自分の住んでいる街のようだった。画面に描かれている線路を追っていくと最寄りの駅の名前が書いてあった。自分がその駅から帰る道を 追っていくと自分の家の辺りに赤く点滅するマークが点いていた。カレンダーと時計を見ると現在の日時が刻まれている。なんのゲームだろう。つかさは首を傾げた。 つかさはおもむろにマウスを手に持ち地図を見てみた。ドラックすると地図はスライドする。つかさは通学してきた道を追うようにマウスを操作した。 つかさ「あった」 独り言。陸桜学園と書かれている所までたどり着いた。地図を読めたのは初めてだった。少し嬉しかった。思わず陸桜学園の真上にカーソルを動かしクリックした。 すると陸桜学園の場所に青く点滅するマークがついた。マウスを動かしたが地図は固定されて動かなかった。何か設定か何かが終わった感じだったがつかさはあまりゲームを していないのでよく分からない。すると今度はカレンダーの日付が赤く点滅しだした。今日の日付だ。そして時計も赤く点滅している。今の時刻だ。 つかさは考えた。地図と同じように日付を決めるのかもしれない。 (やっぱり学校なら……あの日しかないよね) 卒業式の午後……つかさが言おうとして言えなかったあの日あの時。つかさはマウスを操作して日付と時刻をその時に合わせた。すると今度はカレンダーと時計が青く点滅した。 新たに画面が出てきた。 『これでいいですか?』『YES』『NO』 何が良くて何が悪いのかは分からない。しかしつかさは『YES』のボタンをクリックした。画面が消えてしまった。 つかさ「えー、何も起きないの、期待したのに……」 また独り言、つかさはため息を一回ついた。どうやらこのゲームはインストール失敗のようだった。つかさはお風呂に入るために部屋を出た。 急に眩しい光が差し込んだ。光の方向を見上げた燦燦と太陽が照り付けていた。おかしい。もう寝る時間のはずだった。自分の部屋を出ただけだったはず。 つかさは辺りを見回した。花壇。植えられた草花。後ろを向くと見覚えがある建築物。体育館……そう、陸桜学園の体育館。ここは体育館の裏庭だ。 はっと気が付いた。自分の今の姿だった。私服でしかも足はスリッパを履いている。誰かに見つかったら怪しまれる。つかさは身を低くして花壇の植え込みに身を隠した。 つかさはその時気が付いた。もしかしたらあのパソコンで設定した通りの日時と場所に来ているのかもしれないと。 つかさ「どうしよう、どうしよう」 何も考えられない。でも学校から出た方がよさそうなだけは理解出来た。裏門からこっそり出よう。そう思った。身を低くしたまま移動をした。 裏門に着くとつかさの足が止まった。裏門には制服を来た自分の姿があった。 (なんで裏門なんかに私が) その状況を思い出すに時間はかからなかった。 そうだった。彼に告白をするつもりだった。彼はいつも裏門から下校する。だから…… つかさは過去の自分を見ている。自信なさげに裏門の端に隠れるようにして立っていた。 (なんで隠れているの、それじゃ意味ないよ……) 植え込みの陰から過去の自分を見た。自分ながら情けない姿だったと思っていた。暫くすると校舎から一人の男子生徒が歩いてきた。目当ての人だった。 男子生徒は普段のように歩いてきている。過去のつかさは胸に手を当てじっと彼を見ていた。しかし彼は気付かない。 (今だよ、今飛び出して……) つかさは今にも叫びそうになったが耐えた。彼はそのまま過去のつかさを素通りして門を潜り去っていった。過去のつかさは手を胸に当てながらため息をついて項垂れた。 彼を追うこともなく過去のつかさは校舎の方に戻っていった。 (なにやっていたのだろう……ただ一言言うだけだったのに……) ただため息をつくばかりだった。 裏門は思いのほか人の出入りがあった。ここからは出られそうにない。つかさは裏門から出るのを諦め体育館の裏庭に戻った。するともう一人植え込みの陰に 隠れている人陰を見つけた。つかさには気付いていない様子、体育館の方を見ている。目を凝らして良く見ると制服を着たかがみの姿があった。 (お姉ちゃん、なんでこんな所に……そういえば私が教室に戻った時お姉ちゃんはまだ居なかった) 不思議に思いながらかがみを見ていると誰かを待っているようだった。でも隠れているのはどう見てもおかしい。かがみの手には手紙らしきものを持っている。 暫くすると体育館の方から男子生徒がやってきた。それはつかさのクラスメイトだった。こなたの話を思い出した。 (お姉ちゃん、もしかして手紙を渡すために呼んだのかな……その手紙はラブレター……) 男子生徒はキョロキョロと辺りを見回している。呼んだ人を探しているみたいだった。しかしかがみは一向に彼の前に出る気配はなかった。かがみは彼を見ているだけだった。 呼んだのはかがみだとつかさは確信した。数分経っただろうか。 男子生徒「おーい何している?」 体育館から別の男子生徒がやってきた。彼の友達だ。 彼「いやね、ここに来て欲しいって書置きが下駄箱にあってね……」 男子生徒「……悪戯だよ、少しは考えろよ……誰がお前をこんな所に呼ぶ」 彼「そうだよな、バカみたいだった、行こうか」 男子生徒たちは裏庭を後にした。かがみはそのまま彼を見送った。かがみは手紙を広げてじっと見つめた。そしてビリビリに破りその場に捨てた。 かがみの目には涙が流れていた。かがみはその涙を拭おうとはせず走ってその場を去って行った。 つかさ「お姉ちゃん……あの後笑って私達の前に現れて……カラオケパーティだって私達を誘った……そんな事があったなんて……知らなかった」 つかさはかがみが隠れていた場所に歩くと破られ捨てられたラブレターを拾った。 はっと気が付いた。つかさは辺りを見回した。自分の部屋に居た。思わずパソコンの画面を見た。画面は消えたままだった。夢を見ていたとつかさは思った。 つかさはパソコンの電源ボタンを押そうとして手を出すと。その手には破られた手紙の破片を握っていた。 『コンコン』 ドアがノックされた。 かがみ「つかさ、まだ起きているの、先に寝るわよ……」 かがみは深夜になっても起きているつかさを見て驚いた。 かがみ「珍しいこともあるわね……さてはこなたに貰ったゲームをしていたな……」 つかさは手に持っているものを見ていた。かがみは不思議に思いつかさに近づいた。 かがみ「何よ、それは……えっ……なんでつかさがそんなの持っているのよ」 つかさは手紙の破片をかがみに渡した。かがみは手渡された手紙の破片を見て当時の感情が湧きあがってきた。 つかさ「お姉ちゃんの気持ち、すごく分かるよ、言えなかったの……言えないって辛いよね……」 つかさの言葉にかがみは冷静さを失った。手紙を握り締めながらかがみは泣いた。あの時を思い出して。 数日後つかさはこなたを家に呼んだ。もちろんゲームに関して聞きたかったからだ。 こなた「何のゲームかっだって、やっていて分からなかったの?」 思い切って先日起きた出来事を話した。かがみの秘め事については伏せた。自分については諦めが着いたけどかがみはまだ心の傷は癒えていないと思ったからだ。 こなた「過去の世界に行っただって……ふふふ……つかさ夢でも見たのだよ」 つかさは内心がっかりした。今まで秘めていた自分の恋を打ち明けたのにこの程度の反応だったなんて。 つかさは黙ってパソコンを立ち上げゲームのアイコンをクリックして見せた。こなたは驚いた。見た事もない画面が出てきたからだ。 こなた「何、この画面は?」 つかさ「何って、聞きたいのはこっちだよ、壊れちゃったのかな」 こなた「どうやって操作したのさ、過去に戻るってどうしたの?」 つかさはこなたに説明をした。 こなた「赤い点滅と青い点滅か……赤が現在、青が行きたい年代って訳か……つかさにしてはよく分かったね」 つかさ「こなちゃん、元に戻るかな?」 しかしこなたは元に戻す素振りは見せなかった。 こなた「……つかさに好きな人が居たって話は驚いたけど……言っているのが本当なら……私達は凄い物を手に入れた、そう思わない?」 つかさ「凄い物?」 鈍いつかさにこなたはため息をついた。 こなた「タイムマシーンだよ、誰も成し遂げられなかったタイムマシーン、時間旅行ができる、過去を変えることが、未来を確かめに行く事ができる、凄いよ」 つかさはそうは思わなかったつかさが過去に行って戻ってきた時はかがみがただ悲しみに泣いていただけだった。 つかさ「私はそんなに凄いとは思わないよ……」 そんなつかさにこなたは珍しく真面目な顔になった こなた「私も行ってみたい時代がある……できればやり直したい……」 つかさ「まさかこなちゃんも告白出来なかったの?」 こなたは黙ったままだった。つかさはもうそれ以上聞けなかった。こなたがかがみの心情に詳しかったのも理解できた。 こなた「……なんてね、タイムマシーンだなんて夢物語だよ、つかさは疲れて夢でもみたね、ゲームを元に戻したいけど今はソフト持って来てない、今度の休みにでもね」 笑顔で答えるこなた。つかさには作り笑顔に見えてしかたなかった。こなたはそそくさと帰り支度をし始めた。 つかさ「え、もう帰っちゃうの、お姉ちゃんもゆきちゃんもそろそろ来る時間だよ」 こなた「今日はそんな気分じゃない……二人によろしくって言って」 つかさ「……うん」 こなたは帰った。暫くするとかがみとみゆきが入れ替わるように来た。 かがみ「ただいま」 みゆき「お邪魔いたします」 つかさ「お姉ちゃんおかえり、ゆきちゃんいらっしゃい」 かがみとみゆきはつかさを見ると心配そうな顔をした。 かがみ「さっきこなたとすれ違ったわよ……何があったのよ、まさか喧嘩でもしたって訳じゃないでしょうね」 みゆき「どうしたのですかと聞いても、帰る、の一点張りでした、どうかしたのですか?」 つかさ「……何でもないよ、喧嘩もしてない、今度の休みにまた会う約束したし……何でもないって……お姉ちゃん、ゆきちゃん、上がって」 みゆき「それならいいのですが……」 かがみ「ま、つかさとこなたの事に口出しは無用ね、それじゃ、出かけましょ」 つかさ「あれ、どっか行くの?」 みゆきはクスクスと笑い出した。 かがみ「ちょっとしっかりしなさいよ、買い物に行く約束だったでしょ、つかさが言い出したのよ」 つかさ「あっ!!そうだった、ごめん」 つかさは急いで出かける支度をした。 楽しい買い物も終わりみゆきと別れ、つかさとかがみは帰宅した。 つかさは自分の部屋に入り着替えた。ふと自分の机を見た。パソコンの電源が入りっ放しになっていたのに気がついた。 こなたがいじっていて消すのを忘れたようだ。つかさは電源ボタンに手を伸ばした。 つかさは画面を見て電源を切るのを止めた。画面には『これでいいですか?』『YES』『NO』と表示されていた。 つかさ「そういえばこなちゃんが弄った、もしかして設定しちゃったのかな」 つかさはマウスで『NO』をクリックした。しかしまた元の画面に戻ってしまう。何度しても元の画面に戻ってしまった。つかさは強硬手段に出た。 パソコンの電源ボタンを押して直接切った。でも電源は落ちなかった。直接コンセントを抜くこともできたが新品のパソコンが壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたい。 『YES』をするしかなさそうだった。つかさは思った。こなたのやり直したいと言っていた時代にいけるのかもしれない。興味が出てきた。 いったいどんな物語が見られるのだろうか。つかさは高校時代の制服を着て玄関から靴を用意し自分の部屋に戻った。 深呼吸を一回した。 つかさ「こなちゃんごめんね」 まるで他人の不幸を見に行くような自分。思わずこなたに謝った。 そしてつかさは靴を履いて『YES』をクリックした。 何も起きなかった……やはりあの時は偶然だったのだろうか。つかさは考えた。あの時、風呂に入りに行こうとして扉を開けたら過去に行けたのを思い出した。 つかさはゆっくりと部屋の扉を開けた。 急に静かになった。そこは陸桜学園ではなかった。閑静な住宅街の家の門の目の前につかさは立っていた。表札には『泉』と書かれている。何度も来たことのあるお馴染みの 家、こなたの家の前だった。つかさは周りを見回した。特に変わった様子はない。何となくこなたの家が少し新しく見えるくらいだろうか。いったいどのくらい前の時代なのか まったく検討がつかなかった。つかさはとりあえず駅の方に歩いていった。見慣れた風景、だけどなにか違和感があった。 違和感と言えば久しぶりに着たせいかなのか制服がなんとなく着心地が悪い。もしかしたら少し太ったのかもしれない。 つかさは不思議に思った。学校ではなく何故自分の家だったのだろうか。近くに居た彼氏だったのかも。これなら普段着でも良かったのかもしれない。 曲がり角を曲がると道端に女性が倒れているのを見つけた。もう駅にだいぶ近い所だった。つかさは女性に駆け寄った。 つかさ「大丈夫ですか?」 女性「だ、大丈夫です、そこの椅子まで……」 女性の指差す方を見ると公園のベンチがあった。つかさは女性腕を自分の肩にかけて公園のベンチまで運んだ。つかさは女性を椅子に座らせて彼女の顔を見た。 つかさ「こなちゃん!」 叫んだが直ぐに間違えだと気付いた。 女性「こなちゃん?」 つかさ「い、いえ、人違いでした……本当に大丈夫ですか?」 こなたに似ている小柄な女性、以前こなたの家で写真を見たことのある人。その人が目の前に座っている。泉かなた。その人であった。しかし写真で見るよりもやつれている。 つかさはかなたが倒れていた所にあった荷物を持ってきてあげた。 かなた「すみませんね」 申し訳なさそうにつかさを見た。 つかさ「いいえ、倒れているのでビックリしました、救急車を呼びますか?」 かなた「大丈夫です、ですけど、もし良かったから私の荷物から水と薬を取っていただけると助かります」 つかさは鞄から薬と水筒をとってかなたに渡した。薬を飲んでいるようだった。病気なのだろうか。そういえばつかさはこなたから母親の死因を聞いていなかった。 もっともそんなのはよっぽどでなければ聞くことはまずないだろう。 つかさ「病気……なのですか?」 かなたはゆっくり薬を飲むと水筒をつかさに渡した。つかさは元の鞄に水筒をしまった。 かなた「お産後、ちょっと調子がわるくなって……ふぅ……楽になりました……」 つかさ「良かった……」 するとかなたの目がすこしきつくなった。 かなた「見たところ学生みたいだけど、こんな時間に……授業はどうしたの?」 声はとても優しかった。しかしつかさは答えを用意していなかった。なんて言えばいいのだろうか。何か見透かされているような目だった。嘘はつけそうにない。 つかさ「えっと、その……」 言葉を詰まらせるつかさ。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「その制服は陸桜学園……かしら、言えない事情があるのね、でも私を助けてくれた……もう聞かない……名前を聞いてもいい?」 つかさ「柊つかさです」 かなた「私は……泉かなた」 何か和んだ気持ちになった。かなたは暫く椅子で休んだ。つかさも話しかけるわけでもなく邪魔しないように近くに居た。 かなた「もうすっかり落ち着いちゃった、ありがとう」 つかさ「はい」 かなたは椅子からゆっくり立ち上がった。しかしフラフラしている。バランスを崩して倒れそうになった。つかさは自分の体を盾にしてかなたを支えた。 つかさ「家まで送ります」 かなた「ごめんね、こうなったら最後まで甘えさせてもうらおうかな、お願いします」 つかさはかなたを支えながら家の方に向かった。つかさは思った。本来こうするのはこなたじゃないといけなかったじゃないかと。 こなたはこの時代にセットをした。きっとかなたに会いたかったに違いない。興味本位で来てしまったつかさは後悔をしていた。 つかさ「家に着きました」 かなた「……不思議ね、私は道を教えていないのに……一回も間違わないで誘導してくれた……もしかして私を知っているのかしら?」 つかさはそこまで気が回らなかった。なんて言っていいのか分からない、ただ黙っているしかなかった。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「よかったら上がっていって、お茶でもどうぞ」 かなたは玄関の扉を開けてつかさを招く。つかさはこのまま帰りたかった。でもこのまま帰るのもなにか気が引ける。つかさはただ黙って泉家に入っていった。 つかさは居間に通された。今の状態と全く同じ配置にテーブルや家具が配置されている。つかさが居間の椅子に座るとかなたは台所で作業を始めた。 なにか落ち着かない。つかさはキョロキョロと辺りを見回していた。 かなた「そんなにこの部屋珍しい?」 笑いながらお茶を持ってきた。つかさの目の前ににお茶とお茶菓子を置くとかなたも席に着いた。何か言わないと。つかさは焦った。 つかさ「えっと、お子さんは、何処にいるのですか?」 かなたはつかさに落ち着きがないのはそのせいかと思った。 かなた「あ、赤ちゃんの気配がないから落ち着かなかったみたいね……そう君……夫が不規則な仕事をしているし、今の私もこんな状態だから親戚に預けているの」 その親戚はきっとゆたかの実家だとつかさは思った。 つかさ「そうですか……すみません家庭の事を聞いちゃって」 かなた「いいのよ、話したいから話しただけ、それよりお茶とお菓子食べちゃって」 つかさはお茶を飲み始めた。かなたはそんなつかさを見つめていた。つかさは少し恥ずかしくなった。 かなた「さっきお茶にお砂糖を入れる時、何の迷いもなくその瓶を選んだでしょ……つかさちゃん」 つかさ「えっ、だっていつも……」 つかさはドキっとした。色違いの同じ形の瓶に砂糖と塩が入っている。つかさは無意識に砂糖の入っている瓶を取っていた。 つかさはかなたを見て目を潤ませてしまった。なぜか無性に悲しくなった。こんないい人にもう会えなくなってしまうなんて。 かなた「この家をを知っているみたいと言うのかな、つかさちゃんを見ているとなんか他人のような気がしない」 何も言えなかった。つかさは俯いて涙を隠した。かなたはその涙に気付いたみたいだった。 かなた「家出でもしたの、きっと家族の方が心配していると思う」 これはチャンスだった。かなたが勘違いをしている。と言っても未来から来たなんて思わないだろう。つかさはそれに便乗することにした。この場を早く離れたかった。 つかさ「うん……そうかもしれない、私、帰った方がいいかな」 かなたは席を立つと引き出しから財布を取り出した。 かなた「これは少しだけどお礼、交通費の足しにでもして」 かなたはつかさの手を掴み持ち上げた。手の上にお金を置いた。 つかさ「こんなに、受け取れません……」 かなた「私の命の恩人ですものね」 かなたはにっこり微笑んだ。その笑顔に思わずつかさはそのお金をポケットにしまった。そしてそのまま玄関へと歩いてった。かなたもつかさの後を付いて見送ろうとした。 つかさ「あ、あとは私一人でいいので、休んでいて下さい」 かなたは立ち止まり笑顔で手を振った。つかさはドアを開けた。 外に出たはずだった。しかしそこは自分の部屋の中だった。現代に戻ってきた。その目の前にかがみが居た。 かがみ「つかさ、どうしたのその格好……まさかコスプレやっているって訳?」 かがみは呆れた顔でつかさを見ていいた。 つかさ「これは……へへへ」 苦笑いをした。 かがみ「まったく呼んでもこないから何をしていると思ったら……今頃になってこなたの趣味が感染するなんて……趣味の世界だから干渉はしないけど土足は止めにしないか」 つかさは慌てて靴を脱いだ。 かがみ「もうすぐご飯よ、着替えてからおりてきて」 つかさはポケットからお金を出した。かなたの笑顔が脳裏に浮かんだ。また涙が出てきた。しばらく下に降りることができなかった。 休日の日が来た。午前中からこなたは柊家に訪れていた。つかさはこなたに謝らなければならなかった。 つかさ「早速だけど私はこなちゃんに謝らないといけないの」 こなた「なぜ、何も悪い事なんかしてないじゃん」 きょとんとしてつかさを見た。 つかさ「この前こなちゃんが来たとき私のパソコンでゲームの設定をしたでしょ……時間と場所」 こなた「……したけど、それがどうかしたの?」 少し間を置いてから話した。言い難かったからだ。 つかさ「私……行っちゃったの、こなちゃんのやり直したいって言っていた時代に……」 こなたは俯いてしまった。つかさは思った。これでこなたと友達で居られないかもしれないと。きっと怒ってくる。覚悟した。 こなた「ふふふ、家出の少女ってつかさだったのか……やっぱり、何となくだけど試しに入れてみた時間と場所……これは本物だよ、つかさ」 つかさ「え、どうゆうこと?」 つかさは聞き返した。 こなた「あの日はお母さんが入院する日だった、お父さんから聞いた話だよ、その日、家出してきた陸桜の生徒に助けられたってね……その子の特徴が つかさに似ている、名前も聞いたらしいけどお父さんは忘れちゃった、だけどもうこれで分かったよ……」 つかさ「こなちゃん、もしかして私が行くと思っていたの?」 こなた「多分本当の事を言っていたら行かなかったでしょ、だから失恋っぽく演出したのだよ……もしかして制服着て行ったの?」 つかさ「設定した場所が学校だと思って……」 こなた「ふふふ、ははは、傑作だよかがみに見せたいくらいだ」 つかさ「見られちゃったよ……こなちゃんの趣味が感染したって言われた」 こなたは大笑いを始めた。しかしつかさはあまり悪い気にはならなかった。こなたは暫く笑い続けた。 こなた「つかさ、お母さんはどんな人だった?」 唐突だった。つかさは驚いた。 つかさ「え、なんで今更、おじさんとか、成実さんから聞いてないの?」 こなた「聞いているさ、聞いているけど……お父さんは妻としてしか聞いてない、ゆい姉さんはその時はまだ子供だった……つかさの思ったとおり教えて」 つかさは天井をみて少し考えてから話した。 つかさ「……とっても優しかった、あの時おばさんを助けたけどなんだか私が助けられたみたいだったよ、それにね、お金までくれるなんて、受け取っちゃけど返したいな」 こなた「そう、つかさのお母さんと比べてどう?」 つかさ「……こなちゃん、お母さんって比べるものじゃないと思うけど……」 こなた「そうだよね、そうだった……ごめん……でも比べないとイメージが湧かないよ」 また俯いてしまった。今度は本当に悲しいみたいだった。血の繋がっていない他人のつかさが悲しくなるくらいだ。こなたが悲しくなるのはつかさにも痛いほど分かった。 つかさ「それだったら会いにいく?」 こなたは俯いたまま動かない。つかさは質問を変えた。 つかさ「こなちゃん、やり直すって何をしたいの、おばさんって病気だったのでしょ、だったらもうどうしようもないよ……」 こなた「どうすることもできるよ」 こなたは鞄から小さい瓶を取り出しつかさの机の上に置いた。 つかさ「なに?」 こなた「バイトで稼いだお金で昨日買った薬だよ、あの時は不治の病でも今ではこの薬で完治できるのさ……三年前実用になった」 つかさ「もしかして、この薬を?」 こなた「……そう、この薬を持って行ってお母さんに飲んでもらう……それだけでいいよ……それだけで」 やり直すと言っていた意味が分かった。でも何故かつかさはあまり喜べなかった。 つかさ「それって歴史を変えちゃうってことだよね?」 こなた「変える訳じゃない、やり直す」 つかさ「でも、それはやってはいけない事じゃないかと思うのだけど……」 こなた「出来ないならやらないしやれない、でも救う方法がある、あるなら助ける、当たり前だよね」 つかさ「でも……過ぎ去った事実を変えるなんて……」 こなたは顔を上げてつかさを見た。 こなた「つかさもかがみと同じ事を言うね……つかさだって倒れていたお母さんを助けたでしょ、あのまま素通りすればよかったじゃないか、助けられるなら助ける、 つかさだって同じじゃないか、つかさはお母さんが居るからそんな事が言える」 こなたの目には涙が溢れていた。説得力があった。こなたの言う通りかもしれない。しかしつかさの言いたいのはそれではなかった。 かなたが生きていたとして、その世界でこなたが陸桜学園に進学しているのか疑問に思った。もし別の高校を選んだとしたら友達として一生会えない気がした。 それが過去を変えたくない理由だった。でも助けられるなら助けたい。自分の思いとこなたの言葉がつかさの頭の中で響いていた。 つかさ「こなちゃん、もしかしてお姉ちゃんにパソコンの話をしたの?私がお姉ちゃんと同じ事言ったって……」 整理がつかないのでつかさは話を変えた。こなたは直ぐに頭を切り替えた。 こなた「いや言ってないよ、以前タイムとラベル物の映画の話題をしていて論争になっただけ、歴史を変えるのっていいのかってね、かがみは変えちゃダメだってさ……」 つかさ「そうなんだ……」 こなたはまた直ぐに話を元に戻した。 こなた「つかさ……パソコン貸してくれるよね……」 つかさは返事が出来なかった。こなたはそんなつかさを見てもどかしくなった。 こなた「つかさ……つかさはもう二度も過去に行っているよね、でも今ここに居て何が変わった……変っていないよね、つかさが過去に行ってなかったらその日が お母さんの命日だったかもしれない、そう言う意味じゃもうつかさは過去を変えちゃった……それでも私のしようとしている事は間違っているのかな」 こなたはつかさを説得した。つかさは頭を抱えた。 つかさ「分からない……分からないよ……」 こなたは一回ため息をついた。このまま無理押ししても貸してくれそうにない。 こなた「それじゃ分かるまで待つよ……それからこの薬をつかさに預けるよ」 こなたは薬の瓶をつかさの手に置いた。 つかさ「なんで私が?」 こなた「つかさが居ない時パソコンを使うかもしれないでしょ……私はかがみを訪ねれば家にもつかさの部屋にも入れるからね」 つかさは驚いた。思わずこなたの目を見た。 こなた「もしかしたらやっちゃうかもしれいから……やっぱり快く貸してくれないとね、人の命がかかっているから」 こなたは微笑んだ。つかさにはその笑顔がかなたと重なって見えた。 こなた「あまり時間がないから期限を決めるよ……その薬の効力は一週間しか持たない……三日後、三日後の夜また来るよ、それで決めて」 つかさは自分の手にもっている瓶を見つめた。こなたは部屋を出て帰った。 家に帰ったこなたは考えた。なぜつかさはかなたの病気を治すのに反対したのか。過ぎ去った事実を変える。確かに自然の摂理に反しているかもしれない。 しかしつかさはかがみとは違う。そこまで難い考えはしないと思った。もっと別の何かがつかさを止めさせているに違いない。しかしこなたはそれが何かは分からなかった。 ゆたか「こんにちは」 高校を卒業したゆたかは実家に戻った。それから度々こなたの家に遊びに来るようになった。ゆいと同じように。 こなた「いらっしゃい、今日ゆい姉さんは一緒じゃないの?」 ゆたか「今日は遅番だから来られないって、お姉ちゃんによろしくって」 特に何をする訳でもない。ゆたかはこなたとの会話を楽しみにしていた。今日は話が弾む。 こなた「しかしゆーちゃんもしょっちゅう家に来ているけど、ゆい姉さんと同じだね」 ゆたか「やっぱり高校時代が楽しかったから……かも」 こなた「そもそも実家を離れてまでなぜ陸桜なんか選んだの」 ゆたかは少し意外そうな顔をした。 ゆたか「前に言わなかったかな……お姉ちゃんが通っていたから……」 こなた「そうだったっけ……そういえばみゆきさんもおばさんが通っていたからって言っていたかな……」 そう考えると何かを決める動機なんてそんなものなのかもしれないとこなたは思った。 ゆたか「意外とかがみ先輩とつかさ先輩も同じかもね、どっちが先に決めたかは分からないけど……」 こなた「ふふふ、いや、どう考えてもかがみが先でしょ……つかさは一人で決定なんか出来ないよ」 こなたは笑いながら話した。 ゆたか「笑っているけどお姉ちゃんは何で選んだの?」 こなた「私、私はね……お父さんと賭けをした、高校のランクで賞品を決めて……えっ?」 ゆたか「えっ?」 ゆたかは聞き返したがこなたの話が止まった。そうじろうと賭けをして決めた高校。もし、かなたが生きていたらそんな賭けをしただろうか。もしかしたら違う高校に行っていた。 つかさはそれを心配して躊躇しているのではないか。つかさはこなたと出会えなくなるのが嫌だった。そう思うとこなたもすんなり薬をかなたに渡せなくなった。 こなた「……ばかだよ、つかさは……そんな事考えたら何も出来ないよ……」 この時こなたの心が揺らいだ。 ゆたか「どうしたの、お姉ちゃん」 こなたの顔を覗き込むように心配した。 こなた「……な、何でもないよ……話の続きしようか……」 同時刻つかさはみゆきに電話をしていた。 つかさ「……って薬なんだけど、これってどんな薬かなって」 みゆき『……聞かない名前ですね、おそらく数年以内に開発された新薬だと思います、つかささんパソコンの前に移動できますか?』 つかさ「ちょっと待って……携帯電話にかけなおすから」 つかさは電話を切ると自分の部屋に戻った。パソコンを起動してみゆきに携帯電話をかけた。 つかさ「……あ、ゆきちゃん、ごめんね、いきなりこんな電話しちゃって」 みゆき『いいえ、お構いなく……私もパソコンの前に居ますので一緒に操作しましょう』 つかさはみゆきの言うようにパソコンにキー入力をした。すると薬の一覧表が表示された。 みゆき『これは……この薬は三年前に認可された薬ですね、特定の病気に開発された特効薬ですね、副作用も少なく他の幾つかの病気にも有効なので去年からは 処方箋無しで購入でるようですね、つかささん、この薬を使うのですか?』 つかさは慌てた。なんて言っていいのか少し考えた。嘘を付いてもしょうがない。 つかさ「え、うんん、こなちゃんのお母さんの病気について調べていたの」 みゆき『それを聞いて安心しました……泉さんのお母さんがこの病気に……もし、この薬がその時代にあったなら泉さんのお母さんもきっと良くなったと思いますよ』 つかさは迷った。タイムトラベルの話をみゆきにするかどうか。みゆきなら信じる信じないは別ににして一緒に考えてくれそうな気がしたからだ。 つかさ「こなちゃんもおばさんの病気の話をゆきちゃんに聞いたの?」 みゆき『いいえ、伺っていませんが……』 つかさは驚いた。こなたは自分一人でこの薬を調べたみたいだった。もっともこなたが先に聞いていればみゆきも薬の名前くらいは覚えていただろう。 無闇に話すのは控えたほうがよさそうだ。 つかさ「そ、そうなんだ、すごい薬だね……調べてくれてありがとう」 こなたを疑ったわけではなかった。しかしこの薬は本物だ。調べる必要はなかった。つかさはそのまま携帯を切ろうとした。 みゆき『ちょっと待ってください、余計な事かもしれませんがその薬は使用期限がとても短いですね……もっと詳しく知りたいのでしたらパソコンの画面を読んで下さい』 つかさ「……うん、分かった、ありがとう……」 つかさは携帯を切った。そのままパソコンの電源を切ろうとした。ふと薬の一覧表を見た。その薬の値段を見て驚いた。 三年前の十分の一の値段まで下がっている。他の病気にも使われたので一気に値が下がったようだ。それでも学生が簡単に購入できる金額ではなかった。 こなたの想いの強さはこれを見ただけでも充分理解できた。そして薬の使用期限、あまりのんびりはしていられない。 それでもつかさは決め兼ねていた。パソコンから離れた。自分の部屋を出る。そしてつかさは自然とかがみの部屋の前に立っていた。 『コンコン』 ドアをノックしてつかさはかがみの部屋に入った。かがみは机に向かって勉強をしていたようだった。 つかさ「勉強中だったみたいだね、また後で来るよ……」 かがみ「構わないわよ、もうそろそろ止めようかと思っていたところ、何か用なの?」 かがみは椅子を回転させてつかさの正面に向いた。 つかさ「例えなのだけど……例えばこなちゃんのお母さんを過去に行って助けたらどうなるかな?」 かがみ「……いきなり唐突だな……つかさ、出来もしない事を考えるよりこれからの事を考えた方がいいわよ」 かがみらしい答えだった。でもこれで引き下がるわけにはいかなかった。 つかさ「だから例え話、タイムマシーンがあったとして」 かがみはすぐにこなたとつかさで何かあったと思った。 かがみ「こなたと何かあったのか、そいえば今日来ていたわよね、そういえば珍しく私には何も言って来なかったけど……」 そして以前に似たような話をこなたとしたのを思い出した。 かがみ「ああ、あの時の話をこなたとしていたのか、つかさもその手の物語に興味を持つようになったみたいね」 つかさはとりあえず頷いた。 かがみ「つかさの例えは『親殺しのパラドックス』の逆を言っているのよ」 つかさ「親……殺しって……穏やかじゃないね、何それ?」 かがみ「簡単よ、つかさがタイムマシーンに乗っていて三十年前のお母さんを殺したとしたら、どうなると思う?」 つかさ「三十年前って私達生まれてないよね……私が生まれる前にお母さんが死んじゃったら今の私はどうなるの?」 かがみ「分からないが正解、この手の物語はそれがテーマになるのよ、だから想像でしか答えられない」 つかさ「お姉ちゃんは歴史を変えるのってダメだってこなちゃんに言ったの?」 かがみ「……やっぱりあの時の話をこなたとしていたのね……あれはダメって言うようより出来ないって言ったのよ」 つかさ「出来ないって?」 かがみ「良く考えてみて、タイムマシーンがもし在ったとしたら人間は絶対に過去の誤りを正そうとする、私だってやり直したい事なら山ほど在るわよ…… でも現実は変えられないのよ、過去にどんな事をしたとしてもその結果は変えられない、私はそう思う、そう言う意味でこなたに言ったつもりよ」 つかさ「それじゃタイムマシーンが在ったらお姉ちゃんは何かする?」 それはあった。もうそれはつかさに見られている。今更隠してもしょうがない。それにつかさになら話しても茶化されたりされない。 かがみ「在ったら真っ先に卒業式の日に行くわ……そしてあの時の私の背中を思いっきり押してやる……それだけよ……例え変えられなくても……それが人情ってもの」 つかさはかなたを助けたい感情が高まった。その結果が変らないとしても、こなたと会えなくなったとしても今より幸せになれるのなら良いと思った。 その時つかさは決意した。今ならかがみの願いが叶えられると。そしてつかさ本人の願いも同時に。 つかさ「お姉ちゃん、行ってみようよ、卒業式の日」 かがみ「はぁ、何言ってるのよ」 かがみは呆れ顔になった。 つかさ「お姉ちゃんに渡した手紙の破片……どうやって私が手に入れたと思う?」 かがみは慌てて机の引き出しを開けて手紙の破片を見た。手紙を持つ手が震えている。 かがみ「まさか……どうやったと思っていた……出来るはずがないと思っていた……」 かがみは放心状態だった。 つかさ「もし行きたかったら、制服に着替えて靴を持って私の部屋に来て」 つかさは玄関に自分の靴を取りに行きそのまま自分の部屋に戻った。 つかさが制服に着替えているとノックの音が聞こえた。 つかさ「はーい」 扉が開くと靴を持ち制服姿のかがみが居た。 かがみ「まさかまたこの服を着るとは思わなかったわよ、そろそろ処分しようと思っていた……何か違和感があるわね」 つかさ「それは太ったからだよ」 かがみ「バカ……そんなにはっきり言うな」 その時かがみは思い出した。 かがみ「そういえばあんた以前制服着ていたわね」 つかさ「……これで三回目になるよ」 かがみは黙ってつかさの行動を見守った。つかさはパソコンに向かい画面を起動した。そしていつものように地図と時計をセットした。 『ブブー』 パソコンから操作禁止の警告音が出た。つかさはまた同じ作業をする。 『ブブー』 警告音と共にカレンダーと時計が現在の時間に戻ってしまった。つかさは何度も設定しようとするが戻ってしまう。壊れてしまったのだろうか。 良く見ると設定しようとした日時が黄色く点滅している。故障ではないこのソフトがそうなっているみたいだった。つまり一度行った時代には行けないようになっていた様だ。 つかさは後ろから冷たい氷のような軽蔑の視線、いや、燃えるような怒りを感じた。 かがみ「つ、か、さ……」 重い低い声だった。つかさは後ろを振り向けなかった。 かがみ「謀ったわね……」 つかさ「……違う、違うの、この前行っちゃったから……行けないのかも、ちょっと待って、もう一回設定するから……」 かがみ「何を設定するのよ!それはゲームの画面じゃない……つかさ、あんたって人はそれほど人の失恋が面白いのか……人の気持ちを弄ぶなんて見損なった」 誤解だ。これは完全に誤解。どうやって説明する。つかさは一所懸命に考えた。とりあえず振り向きかがみの顔をみた。かがみの顔は怒りに満ちていた。 かがみは手に持っていた手紙の破片をつかさに叩き付けた。 かがみ「何がタイムとラベルよ、あの時見ていただけじゃない、その時これを拾ったな、今日まで隠して、それでさっきあんな話を持ち出して、私にこんな格好までさせて さぞかし楽しかったでしょうね……つかさ一人じゃこんなの思いつかないわね、こなたの入れ知恵か」 つかさはまずいと思った。あらぬ疑いがこなたにかかった。いまこなたはかなたの事で頭がいっぱいのはず。何とかしないと。 つかさ「こなちゃんには何も言ってない、こなちゃんは手紙の話は知らないよ……」 かがみ「……呆れた、単独犯か、あんたの顔なんかもう見たくない」 かがみの目からは涙が出ていた。かがみを完全に怒らせてしまった。かがみは飛び出すようにつかさの部屋を出た。つかさはかがみを追い掛けた。 かがみは自分の部屋に入るとドアを閉めた。つかさはドアをノックする。 つかさ「開けて、話を聞いて……」 何度もノックするが反応がない。部屋の中からかがみのすすり泣く音がかすかに聞こえる。つかさはノックするのを止めた。説明を諦めて自分の部屋に戻った。 かがみの心に大きな傷をつけてしまった。つけたのではない、傷を広げてしまった。つかさの足元に手紙の破片が落ちていた。つかさは手紙の破片を拾った。 もうあの時には戻れない。急につかさも悲しくなり目から涙が出てきた。つかさもあの時自分の背中を押したかった。そして気が付いた。つかさもかがみと同じだった。 まだ未練があったのだと。タイムマシーンを使って結局何もしなかった自分が情けなくなった。もうその時間すら取り戻せない。かがみの誤解も解けそうにない。 つかさはその場に倒れこんで泣きじゃくった。 こなたはつかさに呼ばれた。約束より一日早い連絡だった。まさかつかさの方から連絡がくるとは思いもしなかった。こなたは未だに悩んでいた。まだ結論が出ていない。 この際だからつかさと直接話して決めようと思った。こなたは柊家の門の前で呼び鈴を押した。出てきたのはかがみだった。 かがみ「いらっしゃい、今日は何の用なの?」 ぶっきらぼうな話し方だった。こなたは少し身を引いた。 こなた「や、やっふーかがみ、今日はつかさに呼ばれて来た……居るかな?」 かがみは無言でドアを全開にしてこなたを通した。 こなた「えっとつかさは何処に?」 かがみ「部屋にいる」 また同じ調子だ。 こなた「かがみどうしたのさ、つかさと何かあったの?」 かがみ「その名前も聞きたくない、用があるならさっさと行ってよね」 今度は怒り出した。こなたはかがみに追い出されるようにつかさの部屋へ向かった。 こなた「つかさ入るよ」 ノックをして部屋に入ると元気のないつかさが椅子に座っていた。こなたは扉を閉めると部屋の奥へと進んだ。 こなた「つかさ、かがみと喧嘩でもしたの、かがみのやつ凄い権幕だったよ」 つかさは事情を話したかったけど話せなかった。話すにはこなたにかがみの失恋の話をしなければならかったからだ。かがみと話すなと約束をした訳ではない。 秘密にしておくのがつかさのかがみに対する精一杯の償いだった。 つかさ「私が悪いの……」 こなたはそれ以上聞かなかった。つかさとかがみの仲の良さはこなたが一番良く知っている。そんな二人が喧嘩をするのはよほどの事情があると思ったからだ。 こなた「ところで今日は何の用なの、もしかしてお母さんの話?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、あまり時間がないでしょ……少しでも早い方がいいと思って連絡したの」 この言い方でこなたはつかさの答えを分かってしまった。 こなた「ちょっと待って、この前反対したじゃない、どうゆう心境の変化をしたの」 つかさ「私ね、おばさんは生き続けて欲しい、それが一番だと思ったから、ちょっとだけ会ったけど、優しさに包まれるような感じだった」 遠い目をしてつかさは答えた。 こなた「私の答えになっていよ、つかさはお母さんが生き続けて歴史が変って私と会えなくなると思っのでしょ?」 つかさはこなたの目を見ながら答えた。 つかさ「そうだよ、この前はそう思った。だけど、こなちゃんはおばさんと一緒に居た方が幸せだよ、少なくとも成人するまでは両親とも居た方がいいからね、 こなちゃんなら大丈夫、そのくらいで進路を変えないよ、例え違う高校に行ってもきっと出会って友達になれる、そんな気がする」 こなた「……つかさ、本当に良い?」 こなたは念を押した。 つかさ「うん、あの薬も調べてみたよ、凄く高価なんだよね……おじさんにも頼らずにお金を貯めて凄いと思うよ、私なら途中で音を上げちゃうよ……それにこの薬…… 私が卒業式の時代に戻ったって言った……言っただけなのに信じて薬を買った……私を信じてくれた」 もし、かがみが聞いていたらつかさ達は家には居られなかっただろう。これはかがみに対する皮肉ではない。純粋にそう思っただけである。 こなたはつかさの卒業式の話だけで信じた訳ではなかった。そうじろうから聞いたかなたを助けた人の話と照合して確信を得たのだ。 つかさの人を疑わない性格の成せる業か……つかさ自身はそれを自覚していない。 こなた「つかさ、ありがとう、ありがとう」 この時こなたも迷いが消えた。こなたは何度もつかさにお礼を言った。 あれからもう一時間も経っている。しかしこなたとつかさはまだかなたに会いに行っていない。二人は悩んでいた。 こなた「問題はお母さんにこの薬をどうやって飲んでもらうか、見知らぬ人がいきなり『この薬を飲んでください』なんて言ったって飲んでくれないよね、 食事に混ぜるか、飲み物に混ぜちゃってもいいかも……いっその事、羽交い絞めにして強引に押し込んじゃうかな……いくらなんでも病人にそれはないよね……」 こなたは腕を組んで考え込んだ。つかさはかなたに会った時を思い出していた。 つかさ「おばさんは嘘とか策略とかは要らないと思うよ、逆に何かすると怪しまれるよ」 こなた「どうしてそんなのが分かるんだい」 つかさは一度かなたに会っているから何かのヒントになるかもしれない。こなたは思った。 つかさ「おばさんを家まで送った時とか、お茶をくれた時とか……ちょっとした仕草で私を見抜いたの、さすがに私が未来から来たとは思わなかったけど、 付焼き刃みたいな作戦をしても見抜かれちゃうよ」 こなたは驚いた。かなたではなくつかさにだった。つかさはかなたの性格を的確に見抜いている。そうじろうもこなたに同じような事を言っていたのを思い出した。 こなた「それじゃどうすればいい……やっぱり歴史を変えるのは無理なのかな……」 こなたは項垂れた。 つかさ「だったら正直に話せばいいんだよ、私達が誰で、目的もちゃんと話すの、おばさんなら本当かどうかは分かると思うよ、そうすればきっと薬を飲んでくれる」 こなた「正攻法だね、それがいいかな、初めて会うのに嘘は付きたくない……つかさの通りやってみよう」 つかさはパソコンを起動させこなたに席を譲った。 つかさ「靴を持ってくるね」 つかさは部屋を出て玄関に向かった。そこにトイレに向かうかがみとばったり会った。かがみはつかさを睨み付けた。 かがみ「こなたと楽しい雑談か、いい気なものだな、私の話をネタにして盛り上がっていたな」 かがみの怒りは昨日と少しも変っていなかった。つかさは思った。何を言ったところでかがみの怒りは治まらないだろうと。ならば真実を話すまで。 つかさ「植え込みに隠れていたお姉ちゃんを見た、男子生徒が来ても隠れたままのお姉ちゃん、去っていった男子生徒、手紙を破る姿…… みんな見ちゃった、でもそれはほんの少し前に見てきた出来事」 かがみ「言っている意味が分からない……まだタイムとラベルの話をしているのか、いい加減にしろ」 かがみは睨んだままだった。だがかがみの心の奥底には心に引っかかる物があった。それはあの手紙の破片だった。 つかさ「でも信じて、悪戯や面白半分であんなのはしない……本当は、本当はお姉ちゃんにも一緒に来て欲しかった、一緒に考えて欲しかった」 つかさの目が潤んだ。心の底から訴えるような目だった。さすがのかがみも少し怯んだ。 かがみ「なにマジになっているのよ……あんた達いったい何をしようとしているのよ……」 つかさ「こなちゃんのお母さんを助けるの」 かがみは絶句した。荒唐無稽もはなはだしい。 つかさ「昨日はありがとう、おかげで決心がついたよ、成功を祈ってね」 つかさは玄関に歩き出した。かがみはつかさから感謝されるような話はしていない。ただ呆然とつかさを見送った。 つかさが部屋に戻るとこなたが首を傾げていた。 つかさ「どうしたの?」 こなた「どうしても時計が設定できない、何でだろう?」 もしかしたら自分と同じかもしれない。つかさは思った。 つかさ「もしかして前に設定した日時とおなじじゃない?」 こなた「……そうだよ、お母さんが入院する日に……」 つかさ「設定すると黄色く点滅してない?」 こなた「……しているよ」 つかさ「何故か分からないけど一度行った日時には行けないようになっているみたいだよ……こなちゃん分かる?」 こなたは腕を組んで考えた。 こなた「良くは分からないけど、同じ時間帯に何人も同一人物がいたら色々と不都合がおきるのかな……で、つかさは何故黄色く点滅するのを知っているのさ」 つかさは昨日のかがみを思い出した。しかしそれは言えない。 つかさ「昨日私、もう一回行きたかったから、卒業式の日……自分の背中を押してあげれば告白できるかなって……」 こなた「恋多き乙女だね……ある意味羨ましいよ」 こなたはこれ以上つかさに言わなかった。はやしたてたり、弄ったりはしなかった。 その日に行けないのが分かったこなたは、鞄から手帳を取り出してパラパラと捲り始めた。 つかさ「それは?」 こなた「これ、これはお母さんが入院してから亡くなるまでのお母さんの行動を書いた手帳だよ」 つかさ「いつの間にそんなのを……」 こなた「お父さん、ゆーちゃんのおばさんとかから聞いたのをまとめただけだよ、高校卒業してから作っおいたんだ、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった」 つかさはこなたのかなたへの思いの強さをまた目の当たりにした。 こなた「うーん、この日がいいかな、お母さんは一度退院しているのだよね、たった三日間だけどね……丁度亡くなる一ヶ月前、薬を飲む時期もベストかもしれない」 更にこなたは手帳を見ている。つかさはこなたを見守った。 こなた「この日は日曜日だよ、この日にしよう、休日ならお父さんは居ないかもしれないし、話をし易いかも」 つかさ「日曜日だとおじさん、家に居るよね?」 こなた「お父さんはサラリーマンじゃないからね不規則だよ、居たら居たで一緒に話を聞いてもらうのもいいかもしれない」 こなたは画面に向かい設定した。 こなた「『YES』『NO』って聞いてきたよ」 つかさ「ちょっと待って、こなちゃん薬忘れないで」 つかさは薬を取りこなたに渡そうとしたがこなたは手を前に出した。 こなた「薬はつかさが預かって、私だと落としたり無くしたりしそうだから」 つかさ「……そんなの事言ったら私だって……」 こなたは笑った。 こなた「そんなの気にしていたら最初から大事な薬をつかさに預けないよ、それに二人とも過去に行けるとは限らないじゃん、二回も行っているつかさの方が成功する可能性が高いと思って」 つかさは黙って薬を鞄の中にしまった。 こなた「準備はいい?」 つかさは頷いた。こなたは『YES』のボタンをクリックした。こなたは周りをキョロキョロと見回した。 こなた「……何も起きないよ……もしかして失敗した?」 こなたはがっかりとうな垂れた。 つかさ「うんん、靴を履いて、扉を開ければ行けると思うよ、二人同時に開ければ二人とも行けるかも……」 こなた「よし、やってみよう」 こなたとつかさは靴を履き部屋の扉の前に並んだ。二人の手が扉の取っ手にかけられた。 こなた・つかさ「せーの」 息を合わせて扉が開かれた。 次のページへ
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⑪ 次の日のお昼過ぎ……私は神社の前に車を停めた。 神崎さんは夕方って言っていた。随分早く着いてしまった。サービスエリアでもう少し時間を潰してくればよかったかな。 この前の時みたいに待っている必要はない。もうさっさとデータを渡しちゃおう。 このやり場のない気持ちでずっといるのは耐えられない。神崎さんがこれからどんな態度に出るのか……白黒つけてやる。 私は再び車を走らせ神崎宅を目指した。 この前来た時と同じ場所に駐車して車を降りた。そして神崎さんの玄関前に立った。 呼び鈴が押し難い……何故、約束の時間より早いから。データを渡して彼女の態度が豹変するのが恐いから…… やっぱり時間まで待とうかな。いや、もうここまで来て戻るなんて。 「はぁ~」 溜め息が出た。 私の秘密がバレた。神崎さんは私を記事にするのだろうか。いっその事あの時何もしないで帰っちゃえばよかったかな。 いや、神崎さんを助けないであのまま見捨てて私だけ逃げるなんて出来なかった。 記事にするとかしないとかそんな事を考えていなった。そうだよ逆に考えていたら助けられない。つかさがお稲荷さんを助けた時もそんな感じだったのだろうか。 つかさはあれこれ深く考えないからなぁ…… とか言っているけどこの私だって深く考えている訳じゃない。つかさと似たり寄ったりだ。でも、つかさはお稲荷さんと仲良くなったからある意味つかさの方が上かな…… それに引き換え私なんか…… 人差し指が呼び鈴のボタンの前で止まったままだ。かがみに励まされてここまで来たのに…… 「あの、何かご用ですか?」 こなた「ふぇ?」 声のする方を向くと正子さん? 正子「貴女は……確か泉さん?」 こなた「は、はい……この前は失礼しました……」 正子さんか。レジ袋を持っている。買い物の帰りだったみたい。 正子「娘に、あやめに用ですか? さっきまで一緒だったのですが生憎別れてしまいまして……夕方頃までは戻らないと思いますけど」 そう、約束は夕方だった…… こなた「そうですよね、約束もその頃だったもので……ちょっと早過ぎました、出直します……」 車を停めてあった場所に向かおうとした。 正子「折角遠い所から来たのですから時間まで上がって待って下さいな」 私は立ち止まった。 こなた「いや、悪いですよ、お邪魔になるかと……」 正子「まぁ、そう言わずに、どうぞ」 正子さんはドアを開けてにっこり微笑んだ。 こなた「……お邪魔します……」 正子さんの笑顔に吸い込まれるように家に入った。 あの笑顔には逆らえない。つかさやかがみのお母さん、みきさんにしてもそう、みゆきさんのお母さん、ゆかりさんはいつも笑顔だった。 神崎さんのお母さんも同じだった。 ……母……か。 正子「ごめんないね、こんなものしか無くって……」 こなた「お構いなく……」 正子さんはお茶とお茶菓子を私の前に置いた。 正子「丁度一ヶ月くらい前かしら、貴女がここに来たのは」 正子さんは私の目の前に座った。 こなた「そ、そうですね、そのくらいになります」 もう一ヶ月経つのか。潜入取材が終わったからそのくらいの期間は経っている。 正子「あやめもそのくらい仕事で空けていましてね、もしかしてご一緒でしたか?」 こなた「え、ええ、そうですね、半分くらいは一緒でした」 正子「あやめはいろいろなお友達を連れてきますけど、学生時代からの友人の様み見える」 そうか、取材とかでいろいろな人を連れてくるのか。私もその中の一人。 こなた「そうですか、私って童顔だから……身体も小さいし」 正子「ごめんなさい、私はそんな意味で言ったのでは……」 卑屈になったのが悪かった。話が途切れてしまった。初対面の人と話すのは難しいな。正子さんは二回目だけど。同じようなものか。 正子「あやめと今日はお仕事の約束ですか?」 こなた「は、はい……」 正子「そうですか……」 話題を作らないと……そう思えば思うほど何も話題が出てこない。焦るばかりだった。 正子「一昨日、慌てて帰ってくるなり「私宛の郵便はどこ」って問い詰められて、泉さんが出したものではなかったのですか?」 こなた「郵便……いいえ、私は出していません」 正子「良かった、それなら安心」 サイン会の招待状を探しにきたのかな。そうか。神崎さんは私に言われて一度帰ったのか。それでサイン会の招待状を見つけたのか。 こなた「すみません、それで、それより前は帰ってこなかったのですか?」 正子さんは頷いた。 正子「一度も連絡もしないで、酷いでしょ?」 帰っていなかった。まさかとは思ったけど彼女は本当に帰っていなかったのか。一人で貿易会社を調べて居たのだろうか。 お母さんに連絡もしないで一体何を調べていたのか。いや、どんな大事な取材か知らないけどお母さんを放って置いて良いなんてないよ…… こなた「そんなに一人が良いなら引っ越せば良いのに……」 正子「そうね……本当はそれが一番良いのかもしれない、でもあやめは分かれて暮らすなんて一言も言わない、なんだかんだ言ってまだ親離れできていないのかもしれない、 そう言う私も子離れ出来ていないのかも……」 こなた「ははは、実は私もまだお父さんと一緒に暮らしていたりして……」 正子「そうでしたか……こんな可愛い娘さんが居たら手放したくなるのも分かります」 こなた「はは、もう可愛いなんて言われる歳じゃ……それはないと思うけど………」 正子さんは照れている私を見て笑っていた。 こなた「あやめさんって子供の頃はどんな子だったの?」 正子さんは遠い目で私の向こう側を見た。 正子「そうね……学校から帰ってくると直ぐに遊びに出かけて、夕方になるまで帰ってこなかったかった……」 こなた「それって、遊びが仕事になっただだけで今と同じじゃないですか」 正子さんは笑った。 正子「ふふ、そうかもしれない……あの子は昔からそうだった、何にでも興味を持って……それでいて正義感は人一倍だった、 いじめられっ子を庇って男の子と喧嘩もしたくらいだった」 こなた「へぇ…」 正子「それでもやっぱり女の子、半べそで帰ってきた……それでも男の子の方に怪我をさせたみたいで、後で学校に呼び出された……」 こなた「あらら……男勝りだったんだね……」 私はただ正子さんに合わせているだけでいい。それだけで話がどんどん進んでいった。 正子「曲がった事が嫌いだった、それでも女の子らしい所もあってね……あれは小学校に入学する少し前だったかしら…… 怪我をした狐を大事そうに抱えてきて、助けたいって……」 狐……怪我をした狐だって……私は身を乗り出した。正子さんは私の反応を見て嬉しかったのだろう、話しを続けた。 正子「野生の動物は無理だよって何度も言い聞かせても聞かなくってね、勝手にしなさいって怒った……だけどあやめは諦めないで看病したみたいね…… 一週間くらいでその狐は元気になってあやめのあげた餌なら食べるくらいまで懐いた……真奈美なんて名前をつけたくらいだからあやめもよっぽど気に入ったみただった」 こなた「ま、真奈美!?」 正子「え、ええ、そうですけど、何か?」 こなた「な、何でもありません、それで、その狐はその後どうしたの?」 傷付いた狐……真奈美……そして、神社のすぐ近くの家……これは偶然じゃない。その狐は、真奈美は……つかさを助けたあの真奈美に違いない。 正子「どんなに馴れても野生の動物は飼えない……別れの日が来ました、丁度あやめが小学校に入学する日だったかしら、狐を山に帰す時……あの子の悲しい顔が今でも忘れなれない まるで親友と別れる様だった……」 親友……彼女は狐の正体を、お稲荷さんの秘密を知っているのか。 神社とこんなに近い家だだから。たとえ別れたとしても再会できる機会は幾らでもあるよね だとしたら…… まさか神崎さんがしようとしている事は。貿易会社に囚われている真奈美を助ける為。これはみゆきさんの推理と一致している…… 真奈美は生きているのか……そういえば神崎さんと私達は少しちぐはぐだった。それは私達と同じように彼女にも秘密があるから。 共通の秘密ならもう隠す必要はない。真奈美を助けるなら皆で協力しないと。私達が今まで彼女に秘密にしていたのも無意味だ。 もしかして今一番必要なのは神崎さんとつかさを逢わす事なのかもしれない…… 正子「どうかしましたか?」 こなた「え、い、いいえ、何でもありません、あやめさんに早く会いたくなりまして……」 正子「私のお話が役にたったのかしら……」 こなた「なりました、すっごく、あやめさんの事が分かりました」 正子「そうですか、泉さんのその、喜ぶ顔が見られてよかった……」 その後は私の話しを正子さんにした。高校時代、大学時代、もちろんつかさやかがみ、かえでさんの話しもした。 でも、お稲荷さんの話しと潜入取材の話しは出来なかった。 夢中で話したせいか時間はあっと言う間に過ぎた。 正子「もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに……なにやっているのか、あの子ったら……」 日は西に傾いてそろそろ夕方だ。だけど彼女は帰ってこない。 正子「しょうがない」 正子さんは立ち上がり携帯電話を手にした。電話をするのか。 こなた「あ、もしかしてあやめさんに連絡を?」 正子さんは頷いた。 こなた「私、そろそろ行かないと、長い間お邪魔しました」 正子「え、で、でも、まだあやめは帰ってきていない、約束は?」 こなた「大丈夫です、彼女に会いに行きますので……当てがあるから連絡しなくてもいいです」 正子「そ、そうですか……」 連絡する必要はない。神崎さんは待っているに違いない。あの場所で……それに確かめたい。もし私の、うんん、みゆきさんの推理が正しければ 彼女はあの場所にいるに違いない。あの神社に…… 私は帰り支度をした。 正子「……娘を……あやめをお願いします……」 こなた「え、それってまるで嫁に出すみたいな言い方ですよね……私、一応女なんですけど……」 正子「あらやだ、私ったら……」 私達は笑った。 正子「ふふ、泉さんはあやめと幼馴染みたいですね、どうかあやめの力になってやって下さい」 こなた「どうかな~ 力になってもらいたいのは私の方かもしれない」 正子さんは笑顔で私を見送ってくれた。 車を走らせて5分も掛からない場所……神社の入り口。 駐車スペースには神崎さんのバイクが停めてあった。間違いない彼女は神社に居る。バイクのすぐ横に車を停めた。 私は入り口に入り階段を登った。 つかさと真奈美の話で私は疑問に思っていた事が一つだけあった。それは誰にも言っていない。私だけの疑問として仕舞っていた。 それは真奈美が何故つかさを殺すのを躊躇ったのか。止めたのか。それがどうしても分からなかった。 真奈美は人間嫌いだった。それがたった一晩宿屋で一緒の部屋で過ごしただけで心変わりが起きるなんて、いくらつかさが誰でも仲良くなれるって言っても時間が短すぎる。 私が捻くれた考えだった。そう思った時もあったし、誰かに話せばそう言われるだけ。だけど心の奥では釈然としなかった。 そして、正子さんの話しを聞いてそれが解けた。 幼い頃の神崎さんが真奈美を助けたなら真奈美のつかさに対する行動が全て納得できる。だから会いたい。神崎さんに…… それを確かめたい。 頂上に向かう私の足が自然と速くなっていった。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 頂上に着くと息が切れていた。ちょっと飛ばしすぎたが……あれ? 周りを見渡しても彼女の姿が見受けられない。確かお弁当を食べていた時はこの辺りで景色を見ていたのに…… 私が階段を登って来たのは神崎さんには見えていたはず。って事は…… なるほどね、この前と同じように私を驚かすつもりだな。そう何度も同じ手に引っ掛かるほど間抜けではないのだよ。この神社で隠れるとしたら森に入った奥だけ。 私だってこの神社には何度も来ているからそのくらいは解る。よ~し。逆に驚かしてやる。 木の陰に隠れながら森の奥へと足を進めた。中は薄暗くてよく解らない。 森の中……そこはひろしとかがみが言い合いをして私が飛び込んで行った場所だった。あの時、確かにお稲荷さんは嫌いだった……嫌いだったけど 今は特にそんな感情はないかな……そういえばみゆきさんも最初は…… 『わー!!!』 こなた「ひぃ~」 後ろから突然の声にビックリして振り向こうとして足がもつれて尻餅をついてしまった。 あやめ「ふふ、私を驚かすつもりだったでしょ……それにね森の奥には行ったらダメだから、昔からの言い伝え」 私は立ち上がりお尻についた土埃を掃った。それを確認すると神崎さんは階段の方に向かって行った。私も暫くして彼女の後に付いて行った。 木の陰に隠れていたのか。そういえば私も木の陰に隠れてつかさを見張ったのを思い出した。 あの時はもう少しでキスシーンを見られる所だったけどひろしに気付かれて……あれ…… この神社に……こんなに思い出があったなんて…… 神崎さんはこの前の時と同じ場所で町の景色を眺めていた。私は更に彼女に近づいた。 あやめ「この景色を今でもこうして見られるのは泉さん、貴女のおかげだったなんて……私は……」 これって、ビルで別れ際の時に言い掛けたのを言うつもりなのかな。私は何もしないでそれを待った。 あやめ「私は……貴女を見掛けだけで判断してしまった、「そんな事なんか出来るはずない」……そう思っていた、真実を見抜けなかった、 曇った目では真実は見抜けない、記者失格ね……それに私は貴女を危険に曝してしまった……」 こなた「まぁ、誰も私がそんなのを出来るなんて思わないから、気にする必要なんかないよ……」 あやめ「……今の所潜入されたって報道はない、いや、停電の話しすら出ていない、きっと只の事故として処理された、完璧じゃない、どこでそんな技術を……」 ここで誤魔化しても意味ないかな。 こなた「木村めぐみ……さんから教えてもらった、あのUSBメモリーはめぐみさんから貰ったもの、もちろん中身の構造なんか全く分からない、でもそれを使う事はできる」 車の構造は知らなくても運転は出来る。それと同じようなものかもしれない。 私は財布からSDカードを取り出し神崎さんに差し出した。 あやめ「木村……めぐみ……」 神崎さんはSDカードを受け取とった。 あやめ「小林かがみ……貞子Y麻衣子、小早川ゆたか……貞子H麻衣子、田村ひより……この三人の共通点、調べてすぐに分かった、陸桜学園の卒業生……もしかして泉さん?」 こなた「ビンゴ、私も陸桜学園出身……でも今頃になってそんなのを調べるなんて……本当にプライベートは調べないないみたいだね……」 あやめ「それが私のポリシーだから、小早川さんは以前取材した事がある……ふふ、それにしてもどこにどんな接点が出来るなんて分からないものね……」 神崎さんは苦笑いをした。 こなた「これでミッション終了だね、結構楽しかった、こんなのはレストランで働いていたら味わえなかったよ」 あやめ「いや、まだ終わっていない、教えて、どうやってこの神社を寄付した、そして資金は?」 身を乗り出しで来た。これは記者としての好奇心なのか。それとも個人的に聞きたいのか。 こなた「話す前に……条件がある」 あやめ「条件って?」 こなた「私の事を記事にしないって約束して……」 あやめ「そうか、以前私はそんな話しをした……まさか貴女がその本人とは思わなかったから興味を持ってもらうように話しただけ、約束する、記事にはしない」 あっさり約束をしてくれた。かえでさんやかがみの言う通りだった。でも、……疑ってもどうしようもないか。彼女を信じるしかない。 こなた「げんき玉作戦、私はそう名付けた」 あやめ「げんき玉……それって〇〇〇〇ボールで、生き物の元気を少しずつもらって大きな力にする技……」 こなた「当たり、その通りだよ、お金の取引に出る端数を切り取ってスイス銀行に貯めていく」 あやめ「なるほどね、取られた本人はそれに気付かない……取られた量は少なくなくても塵も積もれば山となる……まさにげんき玉そのものじゃない、もしかして私も 取られたのかしら……」 こなた「さぁね、取られたかもしれない、私自身も取られたかもね」 神崎さんは私の目を見て話し始めた。 あやめ「巨大な力に立ち向かい泉さんはこの神社を守った……誰の為にそんな事を」 こなた「誰の為にって……誰だろう……つかさの為かな」 あやめ「つかさ……あの洋菓子店の店長の?」 こなた「うん」 あやめ「私、闘う女性は好きだな……」 真顔で何を言ってるの……この人。まさか…… こなた「へ、な、なにをいきなり、私はそんな気なんか全くありませんよ……」 神崎さんは笑った。 あやめ「何勘違いしてるの、強い物に立ち向かっていく女性の事を言っている、泉さんはまさにその通りじゃない」 こなた「別に私は戦士とかじゃないけど……」 神崎さんは私に背を向けて景色を見出した。 あやめ「さて、これでスッキリした、泉さんの手伝いも全て終わり、もうこれで貴女は自由だから、もう私に関わらなくて済む」 こなた「関わらなくて済むって?」 あやめ「もう二度と会う事はないでしょうね、短い間だったけどありがとう」 な、何だって、そんなのってないよ、一方的すぎる。 こなた「ちょっと待った、まだ私の話しは終わっていないよ」 あやめ「これから先は私の仕事だから……これ以上貴女を巻き込みたくない」 こなた「もう充分巻き込んでいるよ……」 あやめ「泉さんを危険な目に遭わせたのは悪かった、店長さんにも謝っておいて、さようなら」 自分の話しはしないつもりなのか。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。 神崎さんは階段を下りようとした。 こなた「さっき渡したSDカード、データを圧縮して保存していてね、その圧縮方法が特殊で私が持っているUSBメモリーが無いと解凍できないよ」 神崎さんの足が止まった。 こなた「無理に解凍しようものならたちまち自己破壊するようになってる……」 神崎さんは私の所に戻ってきた。 あやめ「とう言うつもり、私を脅そうなんて……」 こなた「もう、騙し合いはやめようよ」 あやめ「騙し合い?」 こなた「そうだよ、私も全てを話している訳じゃない、神崎さん、貴女もね」 あやめ「何を言っているのか分からない……」 さて、今までずっと神崎さんのペースだったけど今度からは私のターンだからね。 夕日が差し込んで来た。もうそろそろ日が沈む。私はこの町の風景を初めてこの神社から眺めていた。 あやめ「データを加工するなんて卑怯じゃない、それに騙し合いって……私にそんな疾しいことなんか無い」 神崎さんがあんなにムキになっているのをはじめて見た。卑怯は合っているかもしれない。私はデータを人質にとったのだから。 こなた「木村めぐみ……この名前を出した、神崎さんはその後全くこの事について何も聞いてこなかったけど、行方を追っていたんじゃないの?」 あやめ「そうだけど……」 言葉が詰まっている。やっぱり、隠しているな。それなら…… こなた「柊けいこ、木村あやめはもう何処にも居ないよ」 あやめ「何処にも居ないって、それは亡くなったって意味?」 こなた「少なくとも地球には居ないって意味」 あやめ「な、そんな冗談に付き合って居られない、それより早く解凍する方法を教えて」 神崎さんの声が荒げてきた。 こなた「神崎さんが幼少の頃、一匹の傷付いた狐を拾ったでしょ?」 あやめ「突然何を言っているの、そんなの全く何の関係もない話しを……」 さて、次の話しを聞いてどんな反応をするかな。 こなた「正子さんから聞いた、その狐の名前は真奈美って名付けたんだってね、でも、その狐は最初から真奈美って名前だった……ちがう?」 あやめ「え、あ、う……」 何も反論してこない。そうか。私の勘が当たったみたいだ。 こなた「もし、その狐が真奈美なら私達にもとっても重要な事なんだけどね」 神崎さんは一歩後ろに下がった。そして口を開けて驚きの表情をしていいる。 あやめ「ま、まさか、貴女……その狐の正体を知っているの?」 神崎さんは私達と同じだ。もうそれは疑いの余地はない。 こなた「神崎さんは何て呼んでるのか知らないけど私達はお稲荷さんって呼んでる、知っているかもしれないけどUSBメモリーをくれためぐみさんもそう、けいこさんもね」 あやめ「ま、まさか、私の他にそれを知っている人が居たなんて……」 神崎さんはその場にしゃがみ込んでしまった。 こなた「悪いけど、神崎さんのデータをコピーさせてもらったから、私達にも必要なデータみたいだからね」 あやめ「いくら泉さんでもあのデータを解析なんか出来ない……待って、私達、さっき、達って言ってたでしょ?」 こなた「うん、少なくとも神崎さんが知っている私の知人は皆関係者だよ、勿論かがみ、ゆたか、ひよりもね」 神崎さんはゆっくりと立ち上がった。 あやめ「……これは偶然なの……まさか、私はその秘密を知っている人を探していた訳じゃない、いや、誰も知らないと思っていた」 こなた「どうだろうね、同じ秘密を持っているから自然と繋がったんじゃないの?」 あやめ「それで、貴方達は真奈美さんとどんな関係があるの?」 その話をするのははめんどくさいな。それにもうすぐ真っ暗になっちゃう。 こなた「私は直接そのお稲荷さんには会っていない……そうだね、つかさに会って直接聞くといいよ」 あやめ「つかさ……あの店長に、どうして?」 こなた「彼女が全ての始まりだから」 あやめ「え?」 私は階段の手摺にハンカチを巻いてその上に腰を下ろした。 こなた「下で待ってるよ~」 そのまま体重を手摺に預けた。滑ってどんどん加速していく。バランスを取りながら下がっていく。 私は休み時間とか暇を見つけて貿易会社のビルの階段で練習した。慣れれば簡単だった。 神社の入り口に着いて自分の車の近くで待っていると神崎さんが私と同じように手摺を滑って降りてきた。見事に着地すると私の所に歩いて来た。 あやめ「やられた、この下り方が出来るなんて」 こなた「悔しいじゃん、リベンジだよ、リ・ベ・ン・ジ」 神崎さんは笑った。 あやめ「ふふ、分かった、そのつかささんに会いましょう、話しはそれからみたいね」 こなた「うん」 あやめ「その前にこれだけは教えて、柊けいこ会長と木村めぐみが地球に居ないって言ったけど……それはどう言う意味?」 これは言っても良いかな こなた「お稲荷さんは殆ど故郷の星に帰った、宇宙船が迎えにきてね……どんな方法か分からないけど二人も連れて帰った、だからこの神社にお稲荷さんは居ないよ」 あやめ「帰った……そ、そんな……どうして……」 とても悲しそうな表情。意外な反応だった。 こなた「お稲荷さん個人個人で理由は違うと思うけど……あの二人は……今までの人間の仕打ちを見れば分かると思うけど……」 神崎さんは悲しみを振り払う様に笑顔になった。 あやめ「そう……今日は泊まっていきなさいよ、今から帰ったら日が変わってしまうでしょ、それに母が狐の話しをするなんて、そうとう気に入られたみたいね」 こなた「サービスエリアで泊まろうと思ったけど……お邪魔しちゃうよ?」 あやめ「ぜひそうして」 私は一番遠ざけていたつかさに神崎さんを会わそうとしている。本当にこれでいいのか。もっと彼女を調べてからでも…… そう思ったりもしたけど。もう決めてしまった事だ。それに神崎さんはお稲荷さんを知っている。そしてつかさと同じように狐を助けている。 きっと私達の仲間になってくれる。そうすればあのデータだって直ぐに分かるに違いない。そう思ってそれに懸けた。 でもさっきのあの悲しい顔は何だろう。あまりに悲しそうだから聞けなかったけど……けいこさんとめぐみさんを知っているいるのかな。 神崎あやめ……まだ何か秘密があるのか。つかさと会って真奈美の話しを聞いて彼女はどうするのかな。 分からない。ただ期待と不安だけが交差するだけだった。 ⑫ こなた「ほい、これでよしっと……ちょっとフォルダー開いてみようか」 あやめ「お願い……」 神社から神崎家に移った私達は神崎さんの部屋でデータの解凍をした。彼女はこの為に専用パソコンを用意していた。彼女にかがみの時の様な忠告は不要みたい。 私はフォルダーをクリックしようとした。 あやめ「待って」 私は手を止めた。 こなた「なに?」 あやめ「泉さん、こんなに早く解凍して良いの?」 こなた「え、それってどう言う事?」 神崎さんの言っている意味が分からなかった。手順で何か間違っているとも思えない。 あやめ「私がいつ約束を破って泉さんを記事にするか、そう思わないの……軽々しく人を信じるものじゃない……」 なんだその事か。 こなた「早いかな、もう神崎さんとは一ヶ月の付き合いだし、それに傷付いた狐を救ったし……お稲荷さんの秘密も知っているからね、もう仲間だよ、 それに約束破る人が態々そんなの言うわけないじゃん」 あやめ「……おめでたい思考だな……今時珍しい……」 こなた「そうかな、でも、そう言うのって神崎さんが一番嫌いなんじゃないの?」 私はそのままフォルダーをクリックした……アルファベットの羅列……コピーする時ちょっと見たのと同じようなデータ。まったく意味が分からない。 神崎さんはじっとデータを見ている。見ていると言うより……目で字を追っている。もしかして読んでいる? こなた「何か分かるの?」 あやめ「……これは、ラテン語みたいね……」 こなた「ら、ラテン語?」 あやめ「ふ~ん……それにしても少し古い……ちょっと時間がかかりそう」 こなた「あ、あの、ラテン度って?」 あやめ「古代ローマ人が使っていた言語」 古代ローマって何時の話しなの。全く分からない。もう少し黒井先生の授業を聞いていればよかった。 こなた「うげ、そんなのを読めるの?」 あやめ「……辞書があればだけど」 こなた「そんなの近所の本屋さんじゃ売ってないよ……」 でも見ただけでラテン語だって分かるのは凄い。もしかしたらみゆきさんと同じくらいの頭脳があるかも。 あやめ「そうね、あとでゆっくり解読してみる」 こなた「神崎さん、いったいこのデータって何?」 神崎さんはディスプレーの電源を切ると立ち上がった。 あやめ「泉さん、お稲荷さんの話しは母には言わないで欲しい」 こなた「え、う、うん、別に言われなくてもそうするつもりだけど」 あやめ「それを聞いて安心した、夕ご飯の手伝いをしているから少し待ってて」 神崎さんはそのまま部屋を出て行った。何かはぐらかされたな。教えてくれなかった。 ふと壁に貼ってある色紙を見つけた。これは貞子麻衣子のサイン……それも新しい。 なんだ神崎さん、ちゃっかりサイン貰っているじゃないか。 神崎さんの部屋を見回した……そのサイン意外は特に何もない。飾り気もあまりない。女の子部屋って感じはしないな。まだかがみの方が女の子らしい部屋かもしれない。 まぁ私も人の事は言えないか。本棚には専門書がずらりと並んでいる。 コミケに参加しているから薄い本があるかも……彼女の趣味が分かるかもしれない。本棚に手を伸ばした。だけど直ぐに手が止まった。 だめだめ、やめた。人の部屋を勝手に物色するのは止めよう。 私におめでたい思考だなんて言って置いて神崎さんだって他人を自分に部屋に一人だけにして無用心だよ。それとも私を信頼してくれたのかな。 まさか私を試しているって事は…… 慌てて部屋を見回した……隠しカメラみたいな物は見えない。もっとも隠してあったとしてもすぐに見つかるような位置には置いていないだろうね…… それとも神崎さんのポリシーとやらが私にも移ってしまったかな。多分今までの私なら躊躇無く本棚を物色していた。 神崎さんか……かえでさんから策士と言われて、かがみからは弱気を助け強きを挫くなんて言われて……それでもって潜入取材。 私が居なかったら確実に捕まっていた。そこまでしてかえでさんは何をしようとしているのか。 幼少時代は活発な女の子。そして狐、お稲荷さんとの出逢い。いったいどんなタイミングで真奈美は神崎さんに正体を明かしたのかな。 かえで「食事が出来たから来て~」 台所の方から声が聞こえる。 こなた「ほ~い、今行くよ~」 まだまだ私は彼女を知らなさ過ぎる。さてこれから少しでもそれが分かるかな。 私は神崎さんの部屋を出た。 あやめ「ちょっと……母さん、そんな事まで話したの……」 子供時代の話しを聞いたと言うと神崎さんは不快な顔をして正子さんに話した。 正子「何言ってるの、そんな事くらいで……」 食事は終わってもお喋りは続く。女三人寄れば姦しいってやつかもしれない。自分の家でもここまでお喋りに夢中にはなれなかった。 あやめ「なんかしっくり来ない……泉さんの幼少のはなしが聞きたい」 こなた「ん~それは内緒」 あやめ「なにそれ、お母さんに話せて私には話せないって……それなら、泉さんのお父さんに聞かないと」 こなた「……お父さんに会うって……あまり推奨できないけど……」 あやめ「何言ってるの、私の母には散々会っているくせに、不公平だ」 こなた「……散々って、これで二回目なんですけど……」 あやめ「二回も会えば充分じゃない、私なんか……」 こなた「私なんか?」 あやめ「い、いいえ、なんでもない……」 私が聞き直すと慌てて訂正した。何だろう。正子さんが居間の置時計を見た。 正子「もうこんな時間、片付けしないと、あやめは泉さんの相手をして」 あやめ「あ、う、うん……」 正子さんは台所に向かった。それを確認すると台所に聞こえないほどの声の大きさで神崎さんが話しだした。 あやめ「明日は何時に出るの?」 私も神崎さんの声の大きさに合わせた。 こなた「日が昇った頃かな」 あやめ「それで、柊つかささんにいつ会わせてくれるの?」 こなた「う~ん、明日って言っても向こうにも都合があるだろうからね、神崎さんは?」 神崎さんは自分の部屋の方を見た。 あやめ「私はもう少しあのデータを解析したい」 調べるって資料がなくて調べられるのかな。まぁ、データに関して言えばまったく私はお手上げだ。もうお任せするしかない。 そういえばつかさの店は毎週水曜が定休日だったな。 こなた「確証はないけど、今度の水曜日はどうかな、つかさの店が休みの日だよ、私も早出の日だから夕方なら時間空くよ」 神崎さんは手帳を出して広げた。スケジュールでも見ているのだろうか。 あやめ「私は構わない、あとは柊さん次第ね」 こなた「早速帰ったら聞いてみるよ、変更があるようなら連絡するから」 あやめ「そうね……そういえば貴女の電話番号聞いていなかった、良かったら教えてくれる」 こなた「あらら、そうだったね、メンドクサイから携帯から電話するから」 私が携帯電話を操作しているのを見ながら彼女は話し始めた。 あやめ「泉さん、貴女って面倒な事は全部他人任せ……それでいて重要な場面では先頭を切って走り出す……」 私は手を止めた。 こなた「へ?何それ?」 あやめ「一ヶ月泉さんと接しての率直な感想よ」 感想か……他の皆からもそう思われているのかな。 こなた「神崎さんは……私から見るといまいち分からない、記者の仕事が邪魔してるのかな、捕らえどころがなくって」 あやめ「別に構える必要なんかない、そうだったしょ?」 こなた「ふふ、そうかも、でもね、かえでさんなんか「策士」なんて言って警戒しているけどね」 あやめ「彼女あは最初から私を警戒していた、記者として行くべきじゃなかったのかもしれない」 こなた「でも、記者じゃないと取材出来ないよ、かえでさんああ見えても忙しい人だから」 あやめ「……」 神崎さんは何も言わなかった。 こなた「送っておいたよ」 神崎さんは携帯電話を確認した。 あやめ「OK、ありがとう、お風呂が沸いているから、それから隣の部屋に布団を敷いておいたから」 こなた「どうも」 あやめ「帰る時、多分母はまだ寝ていると思う、私は多分起きていると思うけどそのまま帰っちゃって良いから、それとも朝食食べてから帰る?」 こなた「いいよ、サービスエリアで済ませるから、データの解析でもしていて」 あやめ「そうさせて頂く」 こなた「実はね、こっちにもブレーン役の知り合いが居てね、もしかしたら神崎さんよりも先に解析しちゃうかもしれないよ」 あやめ「ブレーン役って……貴女って思っていたより顔が広いようね、是非その人も会ってみたい」 こなた「その人も普段忙しいからね、一応誘ってみるよ」 あやめ「もしかして、げんき玉作戦ってその人の考案なの?」 こなた「うんん、あの人はそう言う洒落っ気はないから」 あやめ「誰にも気付かれず、そして誰も傷つけず……その考え方が気に入った、全てにそうありたいものね」 こなた「難しい話は分からないよ」 あやめ「ふふ、そうかもね、貴女はアニメやゲームの話しをするのが似合ってる」 その後は、その通りにゲームやアニメや漫画の話しで盛り上がった。 次の日、神崎家を出て直接つかさの店に立ち寄った。時間は丁度お昼を過ぎたくらいだった。つかさの店はお昼の時間はさほど混まないから丁度良いかもしれない。 つかさの店の扉を開けた。 つかさ「いらっしゃいませ……あれ、こなちゃん」 つかさは私をカウンターに案内した。ここならつかさは作業しながら話せる。 こなた「どうも~あれ、いつもひろしが出迎えるのに?」 そういえばこの前もひろしが居なかったな。 つかさ「う、うん、ひろしさんはお父さんと一緒に神主のお仕事を手伝っているから……」 こなた「もしかして家業を継ぐの?」 つかさ「お父さんはその気満々みたい、本当に継ぐなら神道の学校に行かないと神主になれないけどね」 こなた「それで、本人はどんな感じなの?」 つかさ「どうかな~、なんだか少しその気になっているみたい」 お稲荷さんが神主か……それも悪くないかも。心の中ですこし笑った。 こなた「でもひろしが家業と継いだらこの店はどうなの、仕込みとか買出しとか大変になるでしょ、アルバイトさんも余計に雇わないといけないよね?」 つかさ「そうだけど、ひろしさんじゃないと出来ない仕事もあるから……」 さすが夫婦って所かな、ひろしって頼りにされているな。 こなた「それなら私の所に戻ってきちゃえば、スィーツの部門はまだ担当固定されていないし、スィーツ以外の料理だって出来るよ」 つかさ「え、ほんとに!?」 つかさは作業を止めてカウンターから身を乗り出してきた。驚きと喜びの表情だった。だけど直ぐに不安そうな顔になった。 つかさ「だけど、かえでさんが何て言うか……今頃になって戻るなんて……」 こなた「かえでさんなら心配ないよ……実はねかえで……あっ」 しまった。この話は止められていたのを忘れていた。やばい。 つかさ「実は?」 つかさが首を傾げた。 こなた「あえ、じ、実は私もつかさに戻ってきて欲しいな~なんて思っていたから、もしつかさがその気なら私からも頼んであげる、きっとあやのも賛成してくれるよ」 つかさ「ありがとう、こなちゃん、でもまだ決まっていないから、そうなったらお願いするかも」 ふぅ、危うかった。なんだかんだ言って私もつかさと同じだな。秘密を守るなんて出来そうにない。 こなた「まかせたまへ~」 つかさは笑顔で作業に戻った。そして私に軽食とコーヒーとケーキを用意してくれた。 つかさのあの様子だとかえでさんはまだ話していない。私はかえでさんに酷な事を言ってしまったかな。 こなた「今日はみなみの演奏はないの?」 つかさ「うん、まなみの強化練習でお休み」 こなた「へぇ、それで演奏会って何時なの?」 つかさ「再来週の日曜日だよ、こなちゃんも時間があったら聴きに来てね」 つかさは演奏会のパンフレット兼チケットを差し出した。私はそれを受け取った。 こなた「みなみが凄くまなみちゃんを買っていたけど、スカウトが来るとか、自分を超えたからもう教えられないとか言ってた」 つかさ「そういえばお姉ちゃんも驚いていた」 こなた「私もそう思うよ、あの練習曲が頭の中で今でも響いているくらいだから」 つかさ「ありがとう、」 つかさはそのまま厨房の奥に行こうとした。 こなた「もし、スカウトが来たらどうするの」 つかさの足が止まった。 つかさ「どうするのって?」 こなた「みなみが手に負えないくらいだから、もしかしたら本場に留学とかもあるかもしれないよ」 つかさ「留学って……どこに?」 こなた「分からないけど、クラッシックだと本場はどこだろう」 つかさ「その時になってみないと分からない……それにまなみはまだ一人じゃ何も出来ないし」 こなた「あ、つかさのその台詞、それは私がみなみに言った事だった、ごめん余計な話しだった忘れて」 不安を煽っただけだったか。余計な話しは止めて本題に入るかな。 こなた「そのままで聞いて、今日来たのはね、つかさに会わせたい人がいるからなんだ」 つかさ「え、私に、誰なの?」 こなた「記者の神埼あやめさんって人」 つかさは奥からカウンターに戻ってきた。 つかさ「記者……もしかしてこの前言っていた記者さん?」 こなた「そうだよ」 つかさ「私にインタビューでもするの、それともお店の紹介の取材なの?……私はそう言うの断ってるから……」 そうだった。記者を言うのは余計だった。どうも私って余計な事を言うな…… こなた「うんん、そうじゃない、記者としてじゃなくて、神崎あやめさんとしてつかさに会わせたい」 つかさ「そうなんだ、それなら、こなちゃんがそう言うなら会うよ」 さすがつかさだ、話が早い。 こなた「今度の水曜日ってお休みだよね、夕方は空いているかな?」 つかさ「うん、空いているよ……お客さんなら家より此処がいいかも、お料理も出せるし、お話も出来るし」 この店か。貸し切りと同じようなものか。その方が気兼ねなく話せるかも。 こなた「ついでって言ったらあれだけど、みゆきさんもも会わせたいからもしかしたら来るかも」 つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃん最近会っていないから……それならお姉ちゃんは呼ばなくて良いの?」 かがみか……かがみも関係者だよな。でもまったく考えていなかった。確かにみゆきさんに会わせておいてかがみを会わせない理由はないよね。 そこに気付くのはさすが妹と言うべきなのか。 こなた「かがみも呼ぶよ」 つかさ「わ~なんだか凄く楽しくなりそう、楽しみだな~♪」 鼻歌を歌いながら作業をし出した。何時に無く体が軽そうにテキパキと動いている。 つかさ「ところで何で神崎さんって人を私に会わせたいの?」 狐……いや、お稲荷さん、いや、真奈美の話は彼女が来てからの方がいいかもしれない。 こなた「それはお楽しみだよ」 つかさ「お楽しみ……そういえばこなちゃんから私に紹介なんて初めてかも、きっと良い人だね」 良い人か……つかさはかがみに私を紹介した時もそう言っていたってかがみが教えてくれたっけな。つかさは全く変わっていないな。 でも気付けば私より先に結婚して子供までいるから驚きだ。 つかさが出してくれた料理を食べ終わった頃、続々とお客さんが入ってきた。用も済んだ事だし帰るかな。 こなた「ご馳走様、そろそろ帰るね、御代は此処に置いておくよ」 つかさ「あ、御代はいいのに……」 こなた「私もお客様だよ」 つかさ「ありがとうございました、またのお越しを……」 ふふ、つかさからそんな言葉を聞くなんて初めてだ。そこに一人のお客さんがつかさに寄ってきた。 お客「今日はピアノの演奏はないのかい?」 つかさ「すみません、今日はお休みです」 お客「それは残念、最近演奏している子供は貴女のお子さん?」 つかさ「はい、そうですけど?」 お客「素晴らしい演奏だった、将来が楽しみですな」 つかさ「ありがとうございます……良かったらどうぞ」 お客さんは演奏会のパンフレットを受け取るとそのままテーブル席に向かって行った。つかさはお客さんの注文を受けて忙くなった。私はそのまま店を出た。 隣にレストランかえでが見える……顔を出してみようかな。 明日からあの店で仕事か……面倒くさいな。 帰ろう…… その水曜日が来た。 みゆきさんは仕事の関係でどうしても来られないと返事がきた。 かがみ「まさか神埼あやめを本当につかさに会わせるなんて」 かがみは二つ返事で返事が来た。私の思惑とは全く逆になった。しかも駐車場でばったりかがみと会うなんて。私はそこまで勘は冴えているわけじゃないからしょうがないか。 かがみ「向こうで神崎あやめと何を話したのよ?」 そして。この駐車場で会うのも何かの導きなのか。それともただの偶然なのか。駐車場に忘れ物を取りに来ただけなのに…… こなた「神崎さんは幼少の頃、傷付いた狐を助けてね、その狐の名前が真奈美と言うそうな」 かがみ「な、何だって!?」 驚くかがみ。本当は言うつもりは無かった。どうせつかさと神崎さんが会えば分かる事。 こなた「神崎さんの母親から聞いた話」 かがみ「真奈美って、まさか、嘘でしょ、すると神崎あやめって……」 こなた「そうだよ、彼女は狐の正体を知ってる、それでお稲荷さんの存在も知ってる」 つかさと神崎さんが会えばつかさが動揺してしまって何も話せないかもしれない。だからかがみには前もって話す必要がある。でも電話では話せなかった。 駐車場でかがみに会ったのはまるでそのチャンスを与えてくれたかの様だ。 かがみ「それじゃ貿易会社からもってきたあのデータって?」 こなた「多分それに関係する事だとは思うけど、神崎さんは教えてくれない、だけどつかさと会えばもしかしたら……」 かがみ「そ、そうね、確かにつかさの話しを聞けば彼女にとっても衝撃的なはず……分かった、私に出来る事なら協力する……」 かがみは直ぐにこの状況がどんな物なのか理解した。 こなた「みゆきさんが来られなかったのはちょっと痛いかな」 かがみ「みゆきも誘ったのか、仕事じゃしょうがないわよ、何か大きな山場に来たって言っていた……でもデータはとても興味深いって言っていたから」 こなた「ちゃんと渡したんだね、安心した」 かがみ「それよりかえでさんはちゃんと誘ったんでしょうね、彼女もつかさを理解している一人よ」 こなた「うんん、誘っていない……」 かがみ「何故よ、私やみゆきを誘っておいてあんなに近くに居るかえでさんを呼ばないなんて……」 かえでさんは妊娠しているから……と言えば済む話だけど。言えない。 そんな私の心境を知ってか知らずかかがみはそれ以上私を追及しなかった。 かがみ「つかさの店に行くわよ」 こなた「うん……」 つかさの店の扉には定休日の看板が立て掛けられている。でも店の奥に灯りが見える。もうつかさが来ているのか。約束の時間はまだ随分先なのに。 かがみは扉を開けて店の中に入った。私はその後に続いた。 かがみ「入るわよ、つかさこんなに早くから来て……」 つかさ「あ、お姉ちゃん……こなちゃんも、いらっしゃい」 こなた「うぃ~す」 つかさ「初めて会う人だからおもてなししないといけないでしょ、だから準備をしていたの」 かがみ「お持て成しって、まだどんな人かも分からないのに、つかさ、あんたは「疑い」って言葉をしらないのか……」 こなた「そう言うかがみだって私を絶対に記事にしないって言ってたじゃん、」 かがみの言う通りだった。神崎さんは記事にしないって言った。こうして見るとつかさにしろかがみにしろ本質的には同じなのかもしれない。この件で初めてそれが解った。 つかさ「こなちゃんの記事って何?」 こなた・かがみ「何でもないよ」 つかさ「ふ~ん?」 つかさはちょっと首をかしげたけど直ぐに料理に夢中になった。 かがみは溜め息を付くと適当なテーブル席にに腰を下ろした。私もかがみと同じテーブルに座った。かがみは店内をぐるっと見回した。 かがみ「お客さんが居ないお店って言うのも静かで悪くないわね……」 こなた「かがみはお客さんとしてしか店に入っていないからそう思うだろうね、私は開店前、閉店後も店に居るからこんな状況はよくあるよ…… でも、かがみがそう言うとそんな気がして来たよ、良くも悪くも思った事なんか無かったのに」 かがみ「私とこなたは業種が全く違うから、感覚が違うだけなのかもね……つかさとこなたは同じ業種だから私が新鮮に思った事でも当たり前だったりする訳よね」 こなた「私はあまりかがみの業種にお世話になりたくないよ……」 かがみは笑った。 かがみ「ふふ、飲食業と弁護士じゃ客の質が違いすぎる、でもね、正直言ってこなたとひよりが一緒に仕事をしていたら私の客になっていたと思う、 ゆたかちゃんとひよりだから出来た仕事なのかもしれない」 こなた「はい、その点につきましては反省しております……」 かがみ「本当か?」 かがみは私の目を真剣な顔でみた。 かがみ「いや、やっぱりあんた達にはもう少し監視が必要ね、顔にそう書いてある」 こなた「え?」 自分の顔を両手で触った。 かがみ「あははは、何マジに成ってるのよ、ばっかじゃないの」 こなた「うぐ!」 かがみはたまにこんな事するよな……こんな時にしなくてもいいのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、ちょっと手伝って~」 こなた・かがみ「ほ~い」 私とかがみはつかさの作った料理をテーブルに運んだ。 つかさ「これでヨシ!!」 テーブルには色取り取りの料理が並んでいる。 こなた「ちょっと、つかさ……これ、作りすぎじゃない?」 かがみ「神崎あやめを入れても四人、余るわね」 つかさ「多かったかな?」 こなた「まぁ、余ったのはかがみが全部片付けてくれるから心配ないよ」 つかさ「そうだね、お願いね、お姉ちゃん」 かがみ「お願いって……二十代ならまだしも、幾らなんでも無理よ」 こなた「へぇ、若い頃なら問題なかったんだ?」 かがみ「こんな時に何を言っている」 マジになるかがみ、さっきのお返しだよ。 こなた「余ったらレストランのスタッフ呼んで食べてもらおう」 つかさ「あ、それが良いね」 かがみ「……最初からそうすれば良いだろう……」 約束の時間近くなった頃だった。窓越しから一台のオートバイが駐車場に向かうのが見えた。 こなた「お、お客さんが来たようだよ」 かがみとつかさが私の目線を追って窓の外を見た。 かがみ・つかさ「どこ?」 こなた「ほら、大型バイクに乗っている人」 私は指を挿して見せた。 かがみ「大型なんて洒落たもの乗っているわね……神崎あやめか……面白そうな人ね」 つかさ「え、え、どこ、どこ?」 こなた「もう駐車場の方に行っちゃったよ」 つかさ「え~」 つかさは見逃したか。まぁお約束と言えばお約束だね…… こなた「そろそろ彼女が来るよ、つかさ、準備して」 つかさ「準備って、もう食事の用意は出来ているよ」 こなた「いや、そっちじゃなくて、心の準備だよ」 つかさ「え、そ、そんな事言われると緊張しちゃう」 こなた「いや、別に構える必要なんかないよ、普段のつかさのままで、普通に接すればいいから」 つかさ「うん、それなら出来る」 かがみは食事が用意されているテーブルより後ろに下がり椅子に座った。かがみは様子見って所だろうか。それに主役はあくまでつかさだからそれでいい。 つかさに彼女がお稲荷さんの事を知っているのは教えていない。つかさはそれでいい。予備知識なんか要らない。 つかさはそうやって乗り越えてきた。それに期待する。 駐車場の方から神崎さんがこっちに向かってきた。ジーパンに皮ジャン姿だ。ヘルメットは取ってある。彼女は店の入り口前で皮ジャンを脱いだ。 定休日の看板があるせいなのか暫く彼女は入り口で何もしないできょろきょろとしていた。つかさがゆっくりと扉を開けた。 つかさ「い、いらっしゃい、こなちゃん……泉さんから聞きました、神崎さんですね……どうぞ」 あやめ「失礼します」 つかさは神崎さんを通した。 こなた「いらっしゃい待っていたよ、こちらが話していた柊つかさ」 二人は軽く会釈をした。 こなた「そんでもって、向こうに座っているのが小林かがみ」 かがみは立ち上がりその場で礼をしてすぐ座った。 あやめ「小林……かがみ……」 神崎さんはかがみをじっと見ていた。 つかさ「あ、あの、始めまして、柊つかさです、記者さんって聞いていますけど」 神崎さんは微笑んだ あやめ「神崎あやめです、〇〇の記者をしています……」 つかさが手を神崎さんの前に出した。握手のつもりだろう。神崎さんも手を前に出して二人は握手をした。 つかさ「よろしくお願い……う」 ん、つかさの表情が変わった。握手した途端なんか急に苦しそうになった。どうした? 神崎さんの表情もなんかおかしい。無表情に握手した手をじっと見ている。つかさが腕を動かしている。引いている様に見えた。 つかさ「あ、あの……手が……い、痛い!!」 つかさが叫んだ。神崎さんはそれに反応して手を放した。つかさは握手されていた手を痛そうに擦っていた。神崎さんは思いっきり握っていたのか。緊張でもしていたのかな。 なんか変だ。ここは私が入って雰囲気を和らげるか。そう思った矢先だった。神崎さんはおもむろにポケットから何かを出した。 それは……ボイスレコーダーだ。 神崎さんはボイスレコーダーを操作しだした。そしてつかさの前に向けた。ば、ばかな。神崎さんはつかさを取材するのか。なぜ……私がそれを止めようとした時だった。 私よりも先にかがみがつかさの前に立った。 かがみ「神崎さん、どう言うつもり」 つかさ「お姉ちゃん?」 かがみの声に驚いたのか神崎さんは慌ててボイスレコーダーをポケットに仕舞った。だけどもうそれは遅かった。かがみの表情は怒りに満ちていた。 あやめ「これは……ち、違う」 かがみ「何が違う、あんたさっきつかさを取材しようとしていたでしょ、許可も取らないで何様のつもり」 神崎さんは黙って何も言わない。 かがみ「ボイスレコーダーの電源入ったままじゃない、帰って…」 つかさ「お姉ちゃん、ちょっと……」 かがみは扉を指差した。 かがみ「帰れ!!」 凄い……あんなに怒っているかがみを見たのは初めてだ。私もつかさも今のかがみを止められない。 神崎さんは手を擦るつかさを暫く見ると脱いでいた皮ジャンを羽織ると店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……どうして?」 かがみ「あんたは少し黙っていなさい」 かがみは興奮状態だ。今は何を言ってもだめだろう。 何故。ボイスレコーダーを使うなら此処に来る前に操作しておけば気付かれない。それが分からないような人じゃないのに。 まるでわざとしたようだ。わざと……意図的に……どうして。聞かないと。 まだ間に合うかな。 私は店を飛び出し全速力で駐車場に向かった。 ⑬ 私は走っている。私は間違えたのか。つかさを会わしちゃいけなかったのか。かがみにお稲荷さんの話しをしちゃいけなかったのか。分からない。 つかさと神崎さんはまだ挨拶しかしていない。何も話していないじゃないか。そもそもかがみがあんなに怒るなんて……どうして。 分からない事だらけだ。だから逃げるように店を出た神崎さんを呼び止めないと。駐車場について二輪専用の駐車スペースを見た。 居た! バイクに跨ってヘルメットを着けようとしている。 こなた「神崎さ~ん!!」 私は叫んだ。ヘルメットを着けようとする神崎さんの手が止まった。待ってくれそうだ。私はスピードを上げて彼女に近づいた。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 あやめ「泉さん、貴女って走るのが好きね……これで何度目かしら……」 微笑んで冗談を言う。でもその冗談に対応出来るほど余裕はない。 こなた「ど、どうして……」 息が切れてこれしか言えなかった。神崎さんは店の方を見ながら話した。 あやめ「この私が何も言い返せなかった……生死を潜り抜けたような凄まじい気迫、並の人が出来るものじゃない……柊つかさは彼女にとってどれほど大切なのか、二人の関係は?」 かがみは実際に二度も死にそうになっている。それに弁護士の職業のせいもあるかもしれない。私は呼吸を整えた。 こなた「かがみの旧姓は柊だよ、つかさの双子の姉、つかさがかがみをお姉ちゃんって言っていたの聞こえなかった?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「あまりの気迫でそこまで気を配る余裕がなかった……双子の姉妹……全然似ていないじゃない、二卵性かしら……」 こなた「そんな事より何故商売道具なんか出したの、もしかしてわざとやったでしょ?」 あやめ「ふふ、そう見える?」 こなた「……まさか、本当にわざとなの」 微笑んだまま何も言わない。私もかがみと同じように頭に血が上ってきた。 こなた「ば、バカにするな~、私が何でつかさに会わそうとしたか分かっているの、つかさは、つかさはね……」 頭に血が上ってなかなか先が言えない。 あやめ「もう私にはこれ以上関わらないで」 『ヴォン!!』 キーを入れてバイクのエンジンをかけた。 関わるなって、ここまで私を巻き込んでおいてそれはないよ。 こなた「……私達と一緒じゃダメなの、お稲荷さんの秘密を知っている同士じゃん?」 あやめ「これは私の問題だから」 こなた「卑怯だ、ここまで私に協力させておいて……」 「神崎さ~ん、こなちゃ~ん!!」 駐車場の入り口からつかさが走って来た。 こなた「一緒に戻ろう、謝ればかがみだって許してくれるよ」 あやめ「それじゃ、さようなら」 『ヴォン、ヴォン!!』 神崎さんはヘルメットを被った。慌てたのか長髪がはみ出ている。アクセルを全開にして私の前から飛ぶように走り去った。 何だろう。つかさを避けるようにも見えたけど…… つかさが私の所に来た時には既に神崎さんの姿はなかった。バイクのエンジン音が微かに残って聞こえるだけだった。 つかさ「神崎さん帰っちゃったの?」 こなた「うん」 悲しそうな顔で駐車場の外をみるつかさ。 こなた「つかさ、手は大丈夫なの、すごく苦しそうだったけど」 つかさ「う、うん、すっごい力で握られちゃって……男の人かと思うぐらいだった、でも、もう痛みは消えたから」 つかさは私の目の前に握られた手を見せた。少し赤くなっている。 つかさ「私……何か神崎さんに気に障る事したのかな……」 つかさは俯いてしまった。 こなた「別に気にすることじゃないよ……それよりかがみは?」 つかさ「なんか急にしょぼんってなっちゃって……」 感情に身を任せた反動でしょげちゃったかな。 こなた「取り敢えず店にもどう」 私は歩き始めた。 つかさ「待って……何かおかしいよ、お姉ちゃん、あんなに怒った姿をみたの初めて、神崎さんも何もしないで帰っちゃうし……こなちゃん、何か知っているの?」 いくら鈍感なつかさでも気付いたか。もう隠してもしょうがない。 こなた「神崎さんはお稲荷さんを知っている……」 つかさ「え?」 つかさは立ち止まった。私も止まった。 こなた「神崎さんが幼少の頃傷付いた真奈美を助けた」 つかさ「そ、それで?」 こなた「……それしか知らない、神崎さんはそれ以上教えてくれない、だからつかさに会わせようとしたのだけど……開けてみれば大失敗……余計こじれちゃった」 つかさ「まなちゃんと逢った人が私意外に居たんだ……神埼あやめ……さん、まなちゃんの事聞きたかったな……」 私はつかさを見て驚いた。もっと悲しむと思った。真奈美の死を思い出して泣いてしまうのかと思った。 でもそれは間違いだった。つかさはもう真奈美の死を受け入れていた。つかさの安らかな笑顔を見て確信した。 それならもうこの話しをしても構わない。 こなた「それからね、これは憶測だけど、もしかしたら真奈美は生きているかもしれない……」 つかさ「ふふ、こなちゃんったら、こんな時に冗談なんか」 こなた「いや、これはみゆきさんが言った事だよ……」 つかさ「ゆきちゃんが……ほ、本当に?」 こなた「うん、そして神崎さんもそれについて何か知っているような気がするんだ」 つかさ「知っている……」 こなた「そう、そしてその鍵になるのが貿易会社から盗んだデータ、今、みゆきさんに解析してもらってる」 つかさ「盗んだって……ダメだよそんな事しちゃ」 こなた「もうしちゃったからね、この前一ヶ月の研修ってやつがね、実は神崎さんと貿易会社で潜入取材をした、そこの資料室からデータをコピーした」 つかさ「私が知らない間に……そんな事を……」 こなた「ごめん、真奈美の話は嫌がると思って伏せたんだよ……まだ憶測だけの話しで、間違っていたらつかさが傷付くと思って……」 つかさ「……生きていたら嬉しい……例えそれが間違っていても、生きているって思える時間があるから、それでもやっぱり嬉しいよ」 ……涙ひとつ溢していない。それどころか昔を懐かしんでいるように見える。 葉っぱを見て泣いていたつかさ。私がちょっと詰め寄っただけで泣いてしまうつかさ。でもそれは弱さじゃなかった。 かえでさんの言っていたつかさの強さってこの事を言っているのか。 つかさはもう完全に真奈美の死を乗り越えていたのか。 それにつかさの口の軽さなんて私とあまり大差なんかなかった。いや、意識しても隠せなかった分私の方が酷いかもしれない。 神崎さんに最初に逢うべきだったのはつかさだった。 私は神崎さんと駆け引きだけで乗り過ごそうとしていただけだった。ゲームをしていたに過ぎなかった。 だから神崎さんは真実を話してくれなかった…… つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 こなた「つかさには敵わないや……」 つかさ「え、何が?」 こなた「笑顔だけで私の考え方を変えてしまったから」 真奈美が一晩でつかさを殺すのを止めた理由が今分かった。そういえばゆたかとひよりはつかさが凄いって何度も言っていたっけな。 今頃になってそれが分かるなんて。共同生活までした事があるって言うのに…… つかさ「……わかんないよ」 分からなくていい。それがつかさだから。 こなた「さて、店に戻ろう、かがみが待ってる」 つかさ「うん」 私達は店に向かって歩き始めた。 つかさ「ねぇ、神崎さんってどんな人、握手しただけだからまったく分からない」 こなた「どんな人か……一ヶ月くらい見てきたけど、仕事の為なら何でもするような人かな……でも……」 つかさ「でも、良い人なんだね」 良い人か…… こなた「なんで分かるの?」 つかさ「こなちゃんの友人だからね」 こなた「友達だって、彼女が?」 つかさ「だって、お姉ちゃんに追い出された神崎さんを追いかけたでしょ、呼び止めに行ったんじゃないの?」 こなた「呼び止めに行った訳じゃないよ」 つかさ「それじゃ何しに行ったの?」 こなた「わざと私達を怒らせるような事をしたから、その訳を知りたかった」 つかさ「それで、教えてくれたの?」 こなた「つかさが来たら逃げるように帰った」 つかさ「私、嫌われちゃったかな……」 こなた「あれじゃ逆に私達に嫌われようとしているみたいだ」 つかさ「記者さんって難しいね……」 それから店に着くまでつかさは考え込んで何も話さなかった。 店に戻ると椅子に座って項垂れているかがみの姿があった。 かがみ「つかさ、こなた……ごめん……台無しにしてしまった」 つかさは心配そうな顔でかがみの側に寄り添った。 こなた「謝らなくてもいいよ、かがみが出なかったから程度の違いはあったかもしれないけど私も同じ事をしていたから」 つかさ「恐くて何もできなかったよ……まつりお姉ちゃんと喧嘩していてもあんなに恐くなかったのに……」 かがみ「……そう、そんなだったの……そんなに怒っていた?」 こなた「まぁ、ボイスレコーダーを出されちゃね」 かがみ「ボイスレコーダー、違う、それだけならあんな事はしなかった、つかさが苦痛の表情をしているのに彼女は握手を止めようとはしなかった……だから思わず飛び出した その後後は何を言っているのか自分でもあまり覚えていない……」 そうか。だから私よりも先にかがみが飛び出したのか。これは身内と友人の感性の違いなのか…… つかさ「もう手は大丈夫だから……」 つかさは握られていた手を握ったり開いたりしてかがみに見せた。赤くなっていた所も殆ど分からなくなる位に元に戻っていた。 かがみ「そう……それは良かった……」 かがみはほっと一息つくと立ち上がり私の方を見た。 かがみ「それで、神崎を追い掛けて何か分かったのか?」 こなた「ん~、肯定も否定もしなかったけど……私の感じではわざとボイスレコーダーを出したみたい……」 かがみ「ふふ、だとしたら私はまんまと彼女の策にはまったってことなのか……こなたに神崎がなぜそんな事をするのか心当たりはあるのか?」 こなた「分からないけど……何度もこれからは私の仕事だって言っていたね」 かがみ「私達が居たら邪魔だって事なのか、こなたを散々引っ張りだしておいて……」 こなた「でも分からないのはあのデータを私が持っているに返せって一度も言わなかった、何故だろうね」 かがみ「それはデータなんてどうせ解析も分析も出来ないだろうって思っているのよ、頭に来るわ……完全に私達に対する挑戦だ」 つかさ「データっていったい何のことなの?」 私はつかさに何て言うのか迷っていると…… かがみ「もう秘密にしても意味はない、神崎とこなたが共同であの貿易会社の秘密データをPCから抜き取った」 つかさ「抜き取ったって……盗んだって事なの?」 つかさは私の方に向いて心配そうな顔になった。 こなた「盗む……人聞きが悪いけど……合ってる」 つかさ「そ、そんな事して大丈夫なの?」 更に心配そうな顔になるつかさ。返答に困った。 かがみ「今の所他人びバレた形跡はないわね」 つかさ「どうしてそんな危険は事をしたの……」 こなた「それは……」 私がまごまごしていると…… かがみ「真奈美さんが生きている証拠を探すためらしい……こんな事をしても無駄だとは思うけど……みゆきも罪な事をするわ」 つかさ「まなちゃんが……生きている、さっきもそれ言っていたよね、それって本当なの、ねぇ、こなちゃん!?」 つかさは私に詰め寄った。 こなた「分からない……」 かがみはつかさが用意した料理が置かれているテーブル席に腰を下ろした。 かがみ「みゆきも全く根拠がないなら私達にこんな話しを持ちかけてくるはずはない、それにみゆきやこなたとは違った意味で私はこのデータに興味があるわ、 私もこのデータの解析をしてみる」 つかさ「お姉ちゃん」 こなた「かがみ……」 かがみ「だって悔しいじゃない、このまま神崎の策におめおめとはまっているのは……それにこなたをコケにして、つかさも傷つけた、挙げ句の果てに私達が解析できないと思っている、 こうなったらあのデータは絶対に解析してやる、解析してやるんだから!!」 かがみは目の前の料理を食べ始めた。自棄食いだな……これは。 つかさ「でも……私がこなちゃんを追いかけた時、神崎さんとこなちゃんが駐車場で何か話していたけど、言い争いをしている様に見えなかった……」 こなた「一ヶ月も一緒に仕事をすれば情も湧いてくるよ……私達と一緒にって言ったけど……ダメだった」 かがみ「モグモグ、神崎は群れるのが嫌いなようね、彼女の仕事ぶりからもそれが伺える……こなた、もう彼女と一緒に何かするのは諦めた方がいい」 こなた「でも……神崎さんはあのデータの解析の方法を知っているみたいだったから、先を越されちゃうよ」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「この前みゆきにデータを持っていったら早速パソコンを立ち上げて中身を見た、こなたの言っていた謎も直ぐに解けた、あの文字の羅列はラテン語よ、 それもかなり初期のものらしい、それに粗方の内容も分かった、どこかの場所を説明している文だってね……みゆきは何時になく目を輝かせていたわ、 それにあのデータは英文もかなりある、そっちの方は私でも翻訳出来る……これでも神崎に引けを取ると?」 神崎さんはラテン語って言っていた。みゆきさんはそれ以上に内容にまで踏み込んでいる。かがみが手伝えば神崎さんより早く分かるかもしれない。 こなた「いいえ、引けを取っていません……そのままお続けください……」 かがみは気を良くしたのか食べるペースがまた上がった。 つかさ「私も……何か手伝える事はないの……」 かがみは何も言わず黙々と食べていた。つかさはしばらくかがみを見ていたけど返答してもらえそうにないと思ったのか今度は私の顔を見た。 つかさにはやってもらう事がある。これはつかさにしか出来ない。 こなた「あるある、つかさにはもう一度神崎さんに会ってもらわないと」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「……それは止めた方がいい、さっきの状況を見れば明らかだ」 そう、普通は誰もがそう思う。私も少し前ならかがみと同じだった。 こなた「つかさは駐車場に来たのは神崎さんに会いたかったからでしょ?」 つかさ「う、うん……まなちゃんの生前の話が聞きたくって……」 かがみ「あんな酷い目に遭わされてもなのか?」 つかさ「うん、私が痛いって言ったら直ぐに放してくれたからきっと大丈夫だよ」 かがみ「ふぅ、あんたはね少しは疑うって事を覚えた方が良いわ……」 こなた「うんん、あの人は駆け引きじゃなく真正面から行った方が良い、私はそう思う」 かがみ「真正面ってどう言う意味よ?」 かがみは首を傾げた。 こなた「つかさだよ、つかさ、裏も表もなくいつでも真正面だった、だから真奈美もひろしもつかさが好きになった、もう一回会う価値はあるよ」 かがみはしばらく考え込んだ。 かがみ「こなたがそう言うなら、一ヶ月神埼を見てそう言うなら……ただし、さっきみないな事があったら今度こそ許さない」 つかさ「何かよく分からないけど……やってみる」 つかさは両手を握って張り切っている。いいぞその調子だ。 かがみ「意気込みはいいけど、今日の明日って訳にもいかないでしょ」 つかさ「そ、そっか、どうしよう?」 こなた「それならまなみちゃんの演奏会が終わったら神崎さんに連絡とってみるよ、それならどう?」 つかさ「そうだね、その後の方がいいかも」 かがみ「後はあんた達に任せるわよ……」 つかさの表情を見て安心したのか今まで通りのかがみに戻ったようだ。かがみは再び料理を食べ出した。 こなた「かがみ、自棄食いはそこまでだよ」 かがみは自分の分の料理を殆ど食べ終えた所でナイフとフォークを置いた。 かがみ「別に自棄になってないわよ、丁度お腹一杯になった、ご馳走さま」 こなた「かがみでお腹一杯じゃ私とつかさじゃ食べきれないよ、それに神崎さんの分もあるし」 つかさ「ちょっと作りすぎたかな……」 こなた「まぁ、このまま残すのも勿体無いから私の店のスタッフ連れてくるよ、賄いを作る手間が省けて喜んでくれるよきっと」 つかさ「お願い~」 こなた「まぁ、この時間は向こうも忙しいから何人来られるか分からないけどね……」 私はレストランかえでに向かった。 やっぱり私の思った通りディナータイムなので来たのはかえでさんとあやのだけだった。 かえで「こりゃまたシコタマ作ったわね……」 あやの「……何かのパーティでもしていたの、誰かの誕生日だったっけ?」 テーブルに並べられた料理を見てあぜんとする二人だった。 つかさ「誰かの誕生日じゃないけど、食べて行って」 私達は料理を食べ始めた。かがみも料理に手を出そうとした。 こなた「ちょっと、さっき一杯食べたでしょ……」 かがみ「なによ、別に良いじゃない、減るもんじゃなし」 こなた「いやいや、減るでしょ……」 かがみのテンションが高くなった。つかさが思ったよりもダメージがなかったからかもしれない。 でも、つかさが追いかけてくるとは思わなかった。そのつかさに謝罪の一言も言わないで逃げるように去った神崎さん。分からない…… つかさ「かえでさん、どうしたの?」 皆でわいわい食べている中、かえでさんだけが何もしないでテーブルの外で立っていた。 かえで「え、あ、別に何でもない……」 つかさ「ねぇ、かえでさんの好きな茄子の料理も作ったから食べて」 つかさは茄子料理を小皿に取ってかえでさんに差し出した。 かえで「あ、ありがとう……うっ!!」 急に口を手で押さえて苦しそうに屈んだ…… つかさ「か、かえでさん、どうしたの?」 かえで「ちょっと臭いがきつくて……」 つかさ「え、そうかな、普段と同じ味付けなんだけど……おかしいな……」 つかさは茄子料理を食べながらかえでさんをじっと見た。そして一瞬目を大きく日宅と一歩下がって小皿をテーブルに置き、しゃがんでかえでさんと同じ目線になった。 つかさ「……もしかして……悪阻じゃ?」 かがみ・あやの「えっ!?」 つかさの言葉に私達はかえでさんの方を向いた。かえでさんは慌てて立ち上がった。 さすがに経験者には隠し切れないか。 かえで「ちょ、ちょっと調子が悪いだけ、さて……店に戻らないと」 つかさ「あ、かえでさん、待って」 つかさとかえでさんは店を出て行った。 私は溜め息をついた。かがみとあやのはそんな私を見ていた。 かがみ「少しも動揺しないなんて……知っていたのか?」 こなた「うん」 あやの「なんで黙っていたの?」 こなた「本人から止められたから……」 かがみ「止めるって、止める必要なんかないじゃない、結婚したんだし妊娠したくらい隠すことじゃない、いや、むしろ祝うべきでしょ」 こなた「ん~妊娠自体を内緒にとは言っていないんだけどね……」 かがみ「はぁ、じゃ何を内緒にしているのよ?」 こなた「だから……内緒なの」 かがみが首を傾げているとあやのが席を立った。 あやの「私もかえでさんの所に行く……」 足早に店を出て行った。 かがみは窓からあやのがレストランに入って行くのを確認した。 かがみ「……さて、私達二人きりになった、話してくれるわよね?」 私は話すのを躊躇った。 かがみ「私はあのレストランともこの洋菓子店とも利害関係のない部外者、しいて言えばつかさと姉妹関係であるだけ」 こなた「で、でも……」 かがみは真面目な顔になった。 かがみ「ここたがそこまで隠すなんて、かえでさんとの約束を優先したのか、それも良いかもしれない」 かがみは腕時計を見ると立ち上がった。 かがみ「……さっきのかえでさんの行動を見て思ったのだけど、つかさと握手をした時力いっぱいつかさの手を握ったのと似ているんじゃないかって」 こなた「似ているって?」 かがみ「かえでさんはつかさに真実を話すのを隠す為に誤魔化した、神崎もそれと同じって事よ」 こなた「誤魔化すって、つかさに隠すような事なんかないよ、初めて会うのだしさ……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「神崎とつかさは以前会っているような気がする」 こなた「え、だってつかさが知っていたら私達がしていた事が無意味じゃん?」 かがみ「会うって言っても神崎の一方的な出会いかもしれない、例えばレストランが引っ越す前ならどう、彼女が客として入る可能性は?」 確かに彼女の実家とレストランが在った場所とはそんなに離れていない。 こなた「それはあるけど……でもそれで手を強く握る意味が分らない」 かがみ「そうね、かえでさんは悪阻の症状が出たから分かった、神崎は一体何故力いっぱい握ったのか、病気じゃなさそうだけど……それが分からない……ごめん、 私はもう時間だ、帰るわよ、皆によろしく言っておいて、そして、つかさの会合の邪魔をしてごめん……」 何故か凄い説得力だった。かがみの弁護士としての観察なのか推理なのか……かえでさんと神崎さんを比べるなんて…… かがみは店の扉に手を掛けた。 こなた「かえでさん……店を辞めて田舎に戻って……そう言っていた……」 かがみは扉を開けるのを止めた。 かがみ「……あの店を手放すって、店はどうするのよ?」 こなた「私かあやのに店長になれって……」 かがみは私に近寄り両手で私の肩を握った。 かがみ「凄いじゃない、かえでさんに実力を認められたのよ」 こなた「うんん、断った……そしたらあやのでもつかさでも良いなて言っちゃってさ……」 かがみは両手を放した。 かがみ「バカね、そう言う時はいやでも引き受けるのよ」 こなた「だってレストランかえででしょ、店長が変わったら可笑しいじゃん」 かがみは笑った。 かがみ「ふふふ、それなら店名を変えれば済むじゃない……ふふふ、でも、こなたらしい」 私は少し不機嫌な顔にした。私の顔を見てかがみは笑うのを止めた。 かがみ「分かっているわよ、かえでさんが居なくなるのが淋しいんでしょ」 こなた「え、べ、別にそんなんじゃ……」 かがみ「こなたがツンデレにならなくていいから、素直になりなさいよ」 まさか、かがみから言われるとは思わなかった。 こなた「う、うん」 かがみは窓からレストランの方を見た。 かがみ「だったら素直にそう言いなさいよ、つかさなら形振り構わず言っている……今頃、もう言っているかもね」 こなた「でも……」 私が言おうとするとかがみは割り込んで続きを言わせなかった。 かがみ「この店の留守番するくらいの時間ならまだあるわよ、行きなさいよ、丁度つかさとあやのも行っているし絶好の機会じゃない、それでもダメなら諦めなさい」 私が行くとつかさの店が留守になる。私はそう言うとしていた。ここはかがみに甘えるとしよう。 こなた「……それじゃ……行ってくる」 かがみ「私からも一言、かえでさんの料理が食べられなくなるのはとても耐え難いって……そう伝えて」 こなた「うん」 私はレストランに向かった。 従業員用の出入り口から直接事務室に入った。そこにかえでさんは居た。かえでさんは椅子に座りそれを囲うようにつかさとあやのが立っていた。私はそこに割り込むように立った。 かえで「……何よ、三人とも雁首揃えて……」 あやの「さっきの、つかさちゃんの言っていたの本当なんですか?」 あやのが詰め寄った。 かえでさんは私の顔を見た。私は首を横に振った。 かえで「そうね、もう黙っていても無意味だ……そう、つかさの言う通り、私は妊娠している」 あやの「それで、泉ちゃんに何を内緒してって言ったのですか?」 かえで「……そうね、この機会に言うべきなのかもしれない」 かえでさんは一呼吸置いてから話し始めた。 かえで「私は店長を辞めて田舎に戻ろうと思うの、そこで小さな洋菓子店でもってね……」 あやの「ちょ、ちょっと待って下さい、店長を辞めるって……この店はどうするの、料理の味は、新しいメニューは……まだなだしなきゃいけない事がいっぱいあります、 それに、店長の料理を目当てにくるお客さんも沢山います……」 かえで「ここ一年位、私が直接厨房で腕を振るっていない、専ら事務の仕事をしていた、私の技術、味は全て貴女達が引き継いでいる、新メニューも私は一切口出ししていない、 貴方達だけで充分この店をやっていける、そう思った」 あやの「……赤ちゃんが出来たからからですか……」 かえで「いや、常々そう思っていた、妊娠はその切欠に過ぎない」 あやのは俯いた。私が潜入取材に行くときの姿と同じだ。 あやの「で、でも、私達だけじゃ……」 かえで「そうかしら、こなたは私以外の第三者にその力を認められた、神崎と言う記者にね、それに、あやのもこなたが居ない間の仕事の穴埋めも完璧だった、言う事はない」 私の力を認めた神崎さんか……記者嫌いのかえでさんが何故私に神崎さんの手伝いをさせたのか分かったような気がする。 かえでさんはつかさの方を向いた。 かえで「どう、つかさ、これを期に戻ってみたらどう、三人でこのレストランをもっと発展させてみる気はない、ここに高校時代からの友人が二人もいるし気兼ねなく仕事ができるわよ」 つかさは何も言わずかえでさんを見ている。やっぱり何も言えないか。しょうがない私が代弁するかな……そう思った時だった。 つかさ「私もね、赤ちゃんが出来た頃、お店を閉めようかな……なんて思ってた……不安で……恐くて……今のかえでさんの気持ち、すっごく分かるよ、だけどね、 子供が生まれて、まなみが生まれてからはそんな気持ちは何処かに飛んで言ったよ、かえでさん、今はただ赤ちゃんを産むことだけを考えて、生まれたらまた考えが 変わるかもしれないし、そうやって悩んだりすると身体に障るし、赤ちゃんにもよくないから」 それは私が代弁しようとしていた内容とは全く違っていた。 かえで「つかさ、私……私……」 かえでさんは今にも泣き出しそうなになった。 つかさ「だから、そんな顔になったらダメ……そんなかえでさんの顔は似合わないから……あっ、お店が留守になっちゃった、戻らなきゃ、また来るからね」 つかさは急いで自分の店に戻って行った。あやのはつかさが見えなくなるまでその姿を見ていた。 あやの「……つかさちゃん、やっぱりお母さんだね……かえでさん、さっきの話しは保留でお願いします……私も仕事に戻らなきゃ」 あやのも事務室を出て行った。私とかえでさんだけが事務室に残った。 こなた「……やられた、つかさがあんな事言うなんて……驚きだ、、かがみもそこまでは見抜けなかったか」 かえで「……母は強しって所ね……こなた、これから毎日は店に来られないかもしらないから、その時は頼むわよ」 こなた「はい! それは分かっております」 敬礼をしてウインクをした。 かえで「……確かにまだ決めるのは早いかもね……さて、こなた、向こうの料理の始末、私は行けないから行って来なさい、私の代わりに誰かスタッフを行かせるから」 こなた「ん~それは必要なかも」 かえで「なんで、まだ随分料理が残っていたわよ?」 こなた「かがみが留守番をしているからね、あれは猫に鰹節の番をさせるようなものだよ」 かえで「ふふ、まさか」 そのまさかだった。私がつかさの店に戻った時にはかがみが全ての料理を食べ終えていた。 ⑭ あれから数週間が経った。かがみは私の店にもつかさの店にも来なくなった。仕事が終わるとみゆきさんと礼のデータ解析をしているらしい。 私も手伝いたいところ、つかさもそう言っていた。だけど、行っても足手まといどころか邪魔になるだけだろう。ここはじっとかがみ達の報告を待つしかない。 こうしている間にも神崎さんもデータ解析をしているに違いない。私はメールや電話で連絡を取ろうとしたけど音信不通。潜入取材の時に泊まっていたホテルにも居ないようだ。 私達から逃げるように居なくなった神崎あやめ……何故私達を避けているのだろう。 いったい彼女の目的は何だろう。何をするにしても複数の方が効率は良い。この私が分かるくらいだから神崎さんだってそのくらい分かるはずなのに。 こなた「ふぅ~」 あやの「珍しい、泉ちゃんが溜め息なんて……」 こなた「まぁ、いろいろありましてね、こんな私でも悩みの一つや二つはあるのですよ」 あやの「もしかして、かえでさんが店長を辞めるって言った件?」 こなた「そんなのもあったね……」 あやの「あれ、それじゃなかったの?」 不思議そうに首を傾げるあやの。 こなた「確かにそれもあるけど、つかさがかえでさんを励ましたおかげで現状維持はしているね、だけど、出産した後はどうなるか分からないよ」 あやの「そうね、でも、こればっかりは私達がどうこう出来るものじゃないでしょ、かえでさんの考えもあるし」 かえでさんの考えか。 こなた「ところでかえでさんの旦那さんは会ったことあるの?」 あやの「うん、何度か」 こなた「しかし、この店の関係者でもない人のによく結婚まで漕ぎつけたものだね、かえでさんが結婚するって言うまでまったく知らなかった」 あやの「何でも専門学校時代の知り合いだったって、在学中は特に恋人同士ってわけじゃなかったって言っていたけど……何が切欠になるか分からないね」 こなた「切欠ね……」 あやの「泉ちゃんだって何が切欠でそうなるか分からないよ」 こなた「そうかな~」 『パンパン』 突然手を打つ音がした。音のする方を見るとかえでさんが立っていた。 かえで「はいはい、無駄な話しは止めて用のない人は帰宅しなさい」 私は早番で帰り支度をしている途中だった。 こなた「もうタイムカードは押したから大丈夫ですよ、私達の話し、聞いていました?」 かえで「話し?」 聞いていなかったみたい。さっき入ってきたばかりなのか。 あやの「そうそう、かえでさんの旦那さんの話し」 かえで「えっ?」 こなた「かえでさんからあまりその話し聞いてないから」 かえで「べ、別に私的な事を話す必要なんかないじゃない」 私は人差し指を立てた。 こなた「ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな、かえでさん、そう言う話が一番面白いんだよ」 かえで「面白い?」 こなた「うん、例えば何回目のデートで愛し合ったとか、週に何回愛し合っているとか」 『バン!!』 激しく壁を叩くかえでさん。 かえで「下らないこと言ってないでさっさと帰りなさい!!」 こなた「ひぃ~こわいよ~かがみより恐いよ~」 私は鞄を持って事務室の扉を開いた。 こなた「それではお先に失礼しま~す」 かえで「待ちなさい」 かえでさんがマジな顔になった。 こなた「あ、あれは冗談ですから、冗談、はは、元気な赤ちゃんが生まれると良いですね」 慌てて取り繕うが表情は変わらなかった。 かえで「神崎さんはお稲荷さんを知っていたらしいわね、しかも真奈美とも知り合いみたいじゃない」 こなた「え、あ……な、なんでそれを」 かえで「つかさとかがみさんから聞いた、何故私に話してくれなかった、私を軽く見ないで欲しい」 こなた「いや、普通なら話していたけど……なんて言うのか、ほ、ほら、妊娠しているでしょ?」 かえで「私の身体を気遣ってと言いたいのか、余計なお世話よ、お稲荷さんの真実を知っている人間は一握り、知っているだけでなく理解しているのはもっと少ない、 あやのは理解者の一人、だけど、こなたの親友に全く理解できない人が居たわよね……確かみさおさんだったかしら」 こなた「みさきちは最初から物分りは良くない方だからしょうがないよ、今でも彼女は私達の話しをフィクションだと思ってるから」 みさきちは全く私やつかさの話しを信じてくれなかった。あやのが言ってもダメだから諦めていた。 かえでさんは首を横に振った。 かえで「物分り良し悪しや知識の量などは関係ない、お稲荷さんのを現実のものとして受け入れられるかどうかが問題、私達の様なのは特別で むしろみさおさんの様なのが世間一般の標準的な反応なの、神崎さんがお稲荷さんを受け入れているのなら数少ない協力者になるはず」 かえでさんは神崎さんをつかさに会わせるのを黙っていたのを怒っているようだ。 こなた「かえでさんなら仲間にできたの」 かえでさんはまた首を横に振った。 かえで「つかさの手を強く握ってかがみさんを怒らせた、私も彼女が何を考えているのか全く分からない、多分あの時居ても何も出来なかった、 だけど、私も理解者の一人だから、それだけは忘れないで」 こなた「う、うん」 かがみもそう言っていたっけ。 あやの「それなら私も同じ、私にも話して欲しかった……」 そういえばそうだった。あの時声をかたのがつかさ、みゆきさんだけだった。つかさの一言でかがみを追加した。 こなた「あれは私の思い付きだったから、あまり深い意味は無くって……本当はつかさだけの予定だった」 あやの「そうだったの……でも、でもかえでさんと同じで私が居てもあまり効果はなかったかもね、みさちゃんをお稲荷さんの仲間に出来ないのだから」 あやのは少し苦笑いになった。 こなた「まぁ、もう終わった事だし、これからは皆にも協力してもらうようにするよ、二人ともありがとう」 二人は大きく頷いた。 かえで・あやの「お疲れ様~」 店を出ると直ぐ隣につかさの店……入り口には定休日の看板が立て掛けられていた。今日は水曜か……そういえばもうすぐまなみちゃんの演奏会か。 きっとみなみとの練習につきあっているに違いない。つかさの家に遊びに行くのも止めるかな。たまには何処にも寄らずに真っ直ぐ帰ろう。 未だ空は薄暗く日の光が少し残っている。こんなに早く帰るのは久しぶりかもしれない。仕事が早く終わってもゲーマーズとかに行っちゃうからね 家の玄関の扉を開けた。 こなた「ただい……ん?」 『わはははは~』 開けると同時に笑い声が私の耳に飛び込んできた。お父さんの声だ。お父さんはテレビとかで大笑いするような人じゃない。ゆい姉さんかゆたかでも遊びに来たのかな。 声のする居間の方に向かった。そして居間に入った。 そうじろう「おかえり、こなたか、今日は早いな」 お父さんの正面に座っている人……あれ……ば、ばかな。 そうじろう「おっと紹介が遅れた、娘のこなたです」 あやめ「お邪魔して……あ、ああ~」 そうじろう「お、おや?」 そこに居たのは神崎あやめだった。神崎さんと目が合うと二人とも硬直したように動作が止まった。 そうじろう「何かありましたかな……」 お父さんは私と神崎さんを交互に見ながら戸惑ってしまった。神崎さんは自分の腕時計を見た。 あやめ「も、もうこんな時間……長居をしてしまいました、今日はこのくらいにします……ありがとう御座いました」 神崎さんは慌ててテーブルの中央に置いてあったボイスレコーダーを仕舞うと立ち上がった。 そうじろう「そうですか、お構いもしませんで……」 あやめ「失礼しました」 神崎さんは私をすり抜けて玄関の方に出て行った。 そうじろう「こなた、挨拶はどうした……おい?」 お父さんが何か言っているけど何も聞こえない。 何のために私の家に……ボイスレコーダーを使っていたって事は……取材……何の? もう彼女に振り回されるのは沢山だ。考えても意味がない。直接聞くしかない。私は振り返り神崎さんを追った。 そうじろう「こなた?」 お父さんの呼びかけを他所に居間を出た。 神崎さんは玄関で靴を履いていた。 こなた「ちょっと待って」 靴を履き終えると私を見た。そして微笑んだ。 あやめ「……泉さんのお父さんだったの、苗字が同じだったね、泉さんと同じような所が沢山あった、とても面白い人だった、これで私も貴女の父親に会ってお相子になった」 またそんな事を言って誤魔化す。 こなた「今度はなんの取材なの、もう私は関係無いんじゃないの、どうして……」 あやめ「……同僚が急病になってね……私はその代理で来たにすぎない、もともと編集部にあった取材だった、まさかこの家が泉さんの家だったなんて……」 こなた「取材って、お父さんの取材?、この前の取材とは関係無いの?」 神崎さんは頷いた。これは全くの偶然だったのか。そのまま神崎さんの言葉を信じるとして、それならこうして再会できたは千載一遇のチャンスだ。 こなた「教えて、何でつかさの手を強く握ったの、ボイスレコーダーを出したの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「二人には謝っておいて……」 こなた「謝るなら自分で謝ってよ……」 神崎さんは黙ってしまった。 こなた「どうして黙ってるの……何で教えてくれないの、お稲荷さんの関係なら私達だって……協力できるし、協力してもらいたい」 神崎さんは玄関の扉を向き私に背中を見せた。 あやめ「ふふ、私はあの時、捕まっている筈だった……」 こなた「捕まるって……潜入した時の話し?」 あやめ「そう、まさか貴女がお稲荷さんのハッキング技術を継承しているとはね……しかも助けに来るなんて、これで私の計画はやり直しになった、これも何かの運命かしらね」 こなた「でも、私が来た時、神崎さんは怯えていたよ……」 あやめ「……それは私の覚悟が足りなかったから……」 こなた「覚悟って……そこまでして何をしようとしているの」 神崎さんは扉に手を掛けた。 あやめ「知りたければあのデータを調べなさい……どうせ何も分からないだろうけどね……もう行かないと……」 こなた「ちょっとまだ話が……」 私が言おうとすると扉を開けて出て行ってしまった。 この前の様な駆け引きは止めて自分の気持ちをストレートに話したつもりだった。それでも彼女は真実を話してくれない。 このまま追いかけてもこれ以上の話しは聞けないような気がした。 そうじろう「こなた、神崎さんと知り合いなのか」 玄関にお父さんが来た。 こなた「まぁね、お店の常連客だった人だよ」 そうじろう「お稲荷さんだのデータだのってやけに深刻そうな話をしていたみたいだけど、何なんだ?」 お父さんにはまだお稲荷さんの話しはしていない。話して理解してくれるだろうか。みさきちみたいになる可能性もあるしあやのみたいになる可能性もある。 かえでさんが言っているようにこれは知識の量とか理解力とかは関係ないお父さんがお稲荷さんを受け入れられるかどうか。ただそれだけなんだ。 こなた「お父さんには関係ない事だよ」 そうじろう「そうか、話せない事ならそれもいい」 あまり興味がないのかすぐに引き下がった。でもそれでいいのかもしれない。 お父さんがもし、お稲荷さんを受け入れなかったら。そう思うと話せない。 こなた「それより何の取材なの、売れない作家さんなのにさ」 そうじろう「お、言ってくれるじゃないか、これでも食べていけるくらいは稼いでいるんだぞ」 こなた「私を大学まで育ててくれたしね……」 実際作家だけで食べていけるのだからそれなりの実力があるのは理解出来る。 そうじろう「まぁ、の作品に関しての取材だそうだ、出版社からも許可が出ているから私も受けたのだけど……三日の予定で今日はその二日目だった」 二日目、って事は昨日も来ていたのか。寄り道をしていたら今日も会えなかった。明日から遅番になるから今日しか会えるチャンスがなかったのか。 そうじろう「取材と言っても半分以上が雑談で終わってしまったけどな」 こなた「雑談って……そういえば私が帰って来た時笑っていたけど?」 そうじろう「ああ、話が面白くてね、彼女はコミケに参加しているそうだ、それから話がそっちの方に流れてしまった」 こなた「彼女はゲームも好きだよ」 そうじろう「そうなんだよ、ゲームだけじゃなくガ〇ダムも好きでね、しかもファースト、これは貴重すぎてたまらないじゃないか、知り合いならなぜもっと早く紹介してくれなかった!」 興奮するお父さん。確かに私意外でこんな話が出来るのは彼女しかいないかもしれない。 こなた「私だって知り合ってまだ二ヶ月目だよ、それに彼女は忙しいからね……」 そうじろう「明日が楽しみだ」 そう言うと居間の方に向かって行った。 こなた「ふぅ~」 溜め息が出た。やれやれお父さんがすっかり気に入ってしまった。 いや、まて、確か神崎さんのお母さんも私を気に入ったなんて神崎さんが言っていた。まさか本当に取材を理由に仕返しをしたのじゃないだろうか。 そんな風に思えるような事も帰りがけに言っていたし…… そうじろう「お~い、こなた、夕食の準備を手伝ってくれ」 こなた「ほ~い」 まぁいいや。今度は危害を加えたわけじゃないし…… それから、まなみちゃんの演奏会の当日が来た。 クラッシックにはそんなに興味ないし、多分まなみちゃんの演奏意外は居眠りをしてしまうかもしれない。それでも何故か会場に来てしまった。 会場には意外と沢山の客が来ている。会場入り口で入場の列に並んで順番を待っていた。 私の順番が来てチケットを係員に渡した。 スタッフ「……演奏者のご関係の方ですね?」 こなた「え、まぁ、知り合いなので……」 スタッフ「それでは特別席へどうぞ、そから演奏10分前までなら控え室へも行けますので……」 係員はチケットの半券とプログラムを私に渡した。私はそれをを受け取って会場の中に入った。 特別席は最前列の数段か……私の席はA―12……あ、あった。 席を見つけて座った。辺りを見回した。特別席に座っているのは私だけだった。ちょっと来るのが早すぎたかな。それとも控え室に居るのだろうか。 もしかしたらかがみやみゆきさんも来ているかも。つかさはこのチケットを店で配っていたしね。 ここでボーっとしても暇なだけだちょっと控え室を覗いてみるかな。私は席を立ち控え室に向かった。 あれ、おかしいな~ 案内の地図にはこの辺りに控え室があるはずだけど。私は辺りをきょろきょろと見回した。でもそれらしい部屋は無かった。 もしかしたら東西を逆に見たのかもしれない。元の場所に戻ってみるかな。 「神崎さん~」 私の後ろから男性の声がした。神崎だって、まさか。 私は声のする方に振り向いた。二十代前半くらいの男性が小走りに私の方に向かってきた。 男性「神崎さん~」 間違いないこの男性が神崎さんと言っている。ってことは……ゆっくりまた振り返った。少し先に長髪の女性の後姿が見えた。間違いない神崎さんだ。まずい振り向かれたら 私が居るのが分かってしまう。咄嗟に建物の柱の陰に身を隠した。男性は私を通り越して長髪の女性の方に走っていく。 男性「神崎さん、こっち、聞こえています?」 長髪の女性が男性の声に気付いて振り返った。顔が見えた。間違いない神崎あやめだ。あの男性が居なかったら彼女と鉢合わせになっていた。 あやめ「坂田さん、そんなに大声を出さなくても聞こえているよ」 あの男性は坂田って言うのか。誰だろう。神崎さんとどんな関係があるのかな。それに彼女が何故この会場に来ているのか。 坂田「そっちは違いますよ、逆方向、控え室はこっちですよ」 あやめ「そっちだったの、どうりで部屋がないはずだ」 坂田「インタビューはあと一人だけですよね」 神崎さんは頷いた。 坂田「演奏までまだまだありますからそこの喫茶店で休憩しませんか?」 男性が見ている方を見ると喫茶店があった。神崎さんは暫く喫茶店を見ると、 あやめ「それじゃ少し休もうか」 神崎さんと坂田は喫茶店に入っていった。どうも気になるな。見つからない様に私も入って見よう。 二人が喫茶店に入って数分してから私は喫茶店に入った。この喫茶店はセルフサービスの店だ。席は自由に決められる。適当な飲み物を頼むと二人の座る席の横に 気付かれないように座った。 坂田「井上さんの代理お疲れ様です」 向こうの声も聞こえる。これはもしかしたら神崎さんの秘密が分かるかもしれない。私は聞き耳を立てた。 あやめ「彼女が病気じゃどうしようもない」 坂田「病状はどうなんですか、確か神崎さんと同期でしたよね」 あやめ「今日、精密検査をするって言っていた、今の時点ではなんとも言えない」 坂田「そうですか……ところで、井上さんの文化部の仕事はどうですか、神崎さんだと物足りないんじゃないですか?」 あやめ「物足りない?」 坂田「そうですよ、アーティストや作家さんの取材、時には今日みたいにお子様の取材ですよ、政治家や企業の不正を調べている方が神崎さんらしいと思って」 井上って人の代理で来ているのか。そういえばお父さんの時もそう言っていた。するとお父さんの時も今日も神崎さんの意思で来た訳じゃなかったのか。全くの偶然だった。 あやめ「ふふ、私はそんな大それた仕事なんかしたくなかった、井上さんの様な仕事の方が好き」 さかた「へぇ~そうは見えないな~」 坂田は手に持っていた物をテーブルに置いた。それはカメラだった。かなり高級そうなデジタルカメラだ。もしかしたら坂田はカメラマン? あやめ「ところで次のインタビューは誰なの?」 坂田「えっと~」 坂田は鞄から紙を出して見た。 坂田「最後の演奏者で柊まなみちゃんですね……」 あやめ「柊……まなみ……ですって?」 柊まなみ……これからまなみちゃんの所に行こうとしていたのか。 坂田は持っていた紙を神崎さんに渡した。 坂田「小学三年生の女の子、初演だそうですよ、子供の初演にしては遅い方だとは思いますけど……なんでも今回の演奏会で最注目の子だそうです」 へぇ、やっぱりまなみちゃんは注目されているのか。ちょっと嬉しかったりするな。 神崎さんは渡された紙をじっと見ていた。 坂田「あれ、その子知っているのですか?」 あやめ「え、あ、いや、知っているだけで直接会ったわけじゃない……」 神崎さんは紙を坂田に返した。 坂田「演奏曲は……ショパンの舟歌だ、うぁ~」 坂田は感嘆の声を上げた。 あやめ「その曲って難しいの、私は音楽に疎いから分からない」 坂田「これをデビューでやるなんて……技術はもちろん表現力も試される大作ですよ……小学生がどんな演奏するのか楽しみだな」 神崎さんはテーブルに置いていあるコーヒーを飲み干した。 あやめ「最後まで居るつもりはない」 神崎さんは立ち上がった。 坂田「え、折角来たのに聴いていかないの、それで記事なんか書けるのですか?」 あやめ「行くよ!」 神崎さんは喫茶店を出た。 坂田「あ、ああ、ちょっと待ってくださいよ~」 坂田はテーブルに置いてあったカメラを大事そうに抱えると神崎さんの後を追った。私も少し時間を空けてから店を出た。 神崎さんは井上さんの代わりにこの取材をしているのか。お父さんのもそうだった。神崎さんは嘘を付いていなかった。 井上さんって……神崎さんと同期って言っていたけど、仕事を代わりにするくらいだから親しい仲なのかもしれない。病気か…… 坂田「す、すみません、ちょっとトイレに行きたくなったのですが……」 申し訳なさそうに神崎さんに言った。神崎さんは立ち止まった。 あやめ「しょうがない、行って来なさい、先にインタビューは進めているから、適当に来て写真を撮って」 坂田「はい……」 坂田は神崎さんと別れてトイレに向かった。そして神崎さんはそのまま歩き出した。私も神崎さんとの間隔を空けて付いて行った。 しばらく歩くと係員が立っている区域に入った。神崎さんは手帳の様な者を係員に見せている。許可証なのかな…… 係員は神崎さんを通した。私は……暫く時間を置いて係員の所に向かった。 係員「何か御用ですか?」 どうする……そうだ。チケットの半券があった。私は半券を係員に見せた。 係員「どうぞ」 私はそのまま通路の奥に入った。 神崎さんは柊まなみと書かれた控え室の前に立ち止まった。私も壁際に立ち止まり神崎さんから見えないようにした。 『コンコン』 神崎さんはドアをノックした。 「はい、どうぞ」 部屋の中から声がした。この声はつかさだ。神崎さんはゆっくりドアを開けた。 つかさ「か、神崎さん?」 ドア越しから分かるほど目を大きく見開いて驚いているつかさが見える。 あやめ「柊さん……」 神崎さんも立ち止まりドアを開けたままの状態になっている。これなら二人の状況が分かる。私には好都合だ。 つかさは直ぐに普通の表情に戻り腕を神崎さんの前に出した。握手か…… 神崎さんは立ったまま動こうとしなかった。するとつかさはにっこり微笑んで一歩前に出た。 つかさ「この前のやり直し」 つかさは神崎さんの目の前に手を出した。 あやめ「……ば、バカな、何も聞かずに何故そんな事が出来る、また同じ事をしたらどうするの」 つかさは首を横に振った。 つかさ「二度もそんな事はしないでしょ、だってまなちゃんを助けた人だもん」 あやめ「まなちゃん、まなちゃんって真奈美の事?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、それで、私はまなちゃんに助けられた……まなちゃんと会っている人がひろしさんの他に居たなんて、とっても嬉しくて……」 あやめ「ひろし……さん?」 つかさ「うん、私の夫で、まなちゃんの弟だよ……」 つかさの目が潤んでいる。真奈美を知っている人に出逢えてよっぽど嬉しいのだろう。神崎さんの手が自然に前に出てつかさと握手をした。 結局私もかがみも必要なかった。つかさと神崎さんだけで良かった。 私は余計な事をして遠回りをさせてしまった。この二人は逢うべきして逢ったんだ。 あやめ「ちょっと待って、貴女に子供が……まなみちゃんが居るってことはそのひろしってお稲荷さんは……」 つかさ「うん、人間になった、実はね私の三人のお姉ちゃんの旦那さんもね……」 神崎さんは両手をつかさの前に出してつかさを止めた あやめ「そこまで……こんな所で話すような内容じゃない……」 つかさ「で、でも……」 あやめ「なるほどね、泉さんが私に柊さんを会わせたくなかった様ね、その意味が分かった……柊さん、もうその話は止めましょう」 つかさ「もっと、まなちゃんの事……聞きたい……」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「今は出来ない、私は記者として此処にいるの、分かって……」 つかさ「……で、でも……」 坂田「神崎さん~」 坂田が戻ってきたみたいだ。小走りに部屋に向かっている。私に気付かずそのまま素通りした。 あやめ「ほらほら、何も知らない人達に聞かれたら不味いでしょ、私と同行しているカメラマンの坂田って言う人だから私に合わせて」 つかさ「あ、う、うん……」 坂田「すみません遅れまして、あ、あれ……?」 坂田は左右きょろきょろと見回している。 坂田「柊まなみちゃんは……?」 坂田はカメラを握りいつでも撮れるような体勢になった。 あやめ「私もさっき来たばかりだから」 神崎さんはつかさをつんつん突いた。 つかさ「え、あ、ああ、先生と奥の部屋で練習中です……」 先生……みなみも来ているのか。教え子の初舞台だから当然と言えば当然か。 坂田「最終調整って訳ですね、撮影したのですがよろしいですか?」 あやめ「私もインタビューをしたい、時間は取らせません」 つかさは暫く考えた。 つかさ「まなみは……娘はちょっと上がり性なので、カメラとか向けられると戸惑ってしまうかも……」 坂田はカメラを仕舞った。 坂田「……どうします神崎さん、後一人だけなんですけどね……」 あやめ「……それなら演奏の後ならどうかしら?」 つかさ「それなら問題ないかも」 坂田「あれ、神崎さん、柊ちゃんの演奏は最後ですよ、そこまで残らないってさっき言っていたような……」 あやめ「坂田、井上から何を学んだ、相手に合わすのもの時には必要だ、特に子供はね」 神崎さんは坂田を嗜めるとつかさの方を向いた。 あやめ「どうせなら完璧な状態で演奏してもらいたいから……それじゃ演奏が終わったら此処で会いましょう」 つかさ「あっ……それなら特別席が空いているので……お姉ちゃんとゆきちゃんの分」 つかさは半券を二枚神崎さんに渡した。 あやめ「あら、お姉さんは来られないの?」 つかさは頷いた。 あやめ「それは残念、謝りたかった……また機会を改めましょう、それでは」 神崎さんは会釈すると部屋を出た。そして扉を閉めた。 坂田「謝るって何です、それにお姉さんって……あの人と知り合いだったのですか?」 あやめ「まぁね……」 坂田「まぁねって……知り合いならそう言ってくれればよかったのに……」 二人は私の隠れている壁を通り過ぎて行った。二人は話しているせいなのだろうか、私には気付いていない。 二人の気配が消えるのを確認して控え室の前に移動した。 『コンコン』 つかさ「は~い、どうぞ」 私は扉を開けた。 つかさ「こなちゃん、来てくれたんだ!!」 こなた「やふ~つかさ、暇だから来たよ」 つかさは私の手と取ると跳びあがって喜んだ。 つかさ「こなちゃん、さっきね神崎さんが来てね……」 早速さっき起きたばかりの出来事を私に楽しげに話しだした。秘密とか内緒とかそう言うのはつかさには関係ない。楽しい出来事があれば直ぐに誰かに話したがる。 そう、それがつかさ。 つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 私は笑った。 こなた「神崎さんと仲良くなれたみたいだね」 つかさ「うん!」 あの時怒った自分がバカバカしく感じてきた。つかさは一人で真奈美に出逢って親友になった。そしてその弟のひろしと結婚までしている。私はそれに少ししか関わっていない。 ひろし言うように最初からつかさを参加させていればよかった。つかさの笑顔を見てそれを確信した。 こなた「それじゃ私は客席の方に行くね」 つかさ「え、まだ来たばかりなのに、まなみやみなみちゃんに会ったら、もう少しで来ると思うし」 こなた「うんん、神崎さんにの言うように演奏直前で上がり症が再発したら困るでしょ、演奏会が終わったら来るよ」 つかさ「そ、そうだね……こなちゃんの言う通りだね、またね」 こなた「また~」 私は控え室を出た。部屋を出る直前のつかさの淋しそうな表情が印象に残った。それは私が直ぐに部屋を出たからじゃない。きっとかがみやみゆきさんが来なかったからだ。 私はかがみ達がこなった理由を知っている。直接聞いたわけじゃないけど分かる。 私が席に戻ると、その隣の席に神崎さんが座っていた。本来ならそこにかがみかみゆきさんが座る席。今までの私なら一般席に移動するところだけどそのまま自分の席に座った。 これはつかさがくれたチャンスだ。 こなた「ちわ~」 あやめ「泉さん……帽子を被っていたから声を掛けられるまで気付かなかった……こんにちは……」 目を大きく見開いて驚く神崎さん。 こなた「つかさの娘が参加している演奏会だから私が来ても不思議じゃないでしょ、お父さんの時と同じだよ」 あやめ「そ、そうだけど……」 そこで透かさず質問。 こなた「所でカメラマンの坂田さんはどうしたの、またトイレでも行った?」 あやめ「う、な、何故坂田を知っている?」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「いやね、私も道を間違えて喫茶店の方に向かって歩いていたら神崎さんを見かけてね、ちょっと様子を見させてもらった」 神崎さんは呼吸を整えるとまた席に座った。 あやめ「……全く気付かなかった……貴女、探偵のセンスがあるのかもね……坂田はこの会場の写真を撮りに行っている……」 ってことは当分ここには来ないな。それならお稲荷さんの話しも出来る。 こなた「それは神崎さんが教えてくれた事だよ、それよりさ、つかさと会って分かったでしょ、もう神崎さんと私達は運命共同体みたいなももだって、 こうして神崎さんの同僚の井上さんの病気の代理の仕事で私達に関わっているのも偶然じゃないと思う……それで……井上さんの病気って重いの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「会った事もない人なのに心配までされるなんて……それにしても柊さんの関係者はまなみちゃんの先生と泉さんしか来ていないじゃない、それで運命共同体なんて……可笑しい」 神崎さんはさら苦笑いをした。 こなた「かがみやみゆきさんが来ないのは神崎さんのせいだよ」 あやめ「何故、私は何もしていない」 少し怒り気味の口調だった。 こなた「何も教えてくれないからだよ、かがみなんかムキになってデータを解析している、だから来られない」 あやめ「あのデータは解析できるはずはない、諦めなさい」 こなた「どうかな~ 神崎さんは何処まで調べたかは知らないけど、あのラテン語のデータ、あれは何処かの場所を説明している文だってかがみが言っていたけどどうなの?」 神崎さんはまた立ち上がった。そして私を見下ろした。 あやめ「……驚いた……貴女にはいろいろ驚ろかさせられる……データを渡さなければ良かった」 こなた「もう遅いよ、どうせ分かっちゃうなら秘密にする必要なんかないじゃん?」 あやめ「どうせ分かるも物……どうせ分かるものなら私が教える必要はない」 こなた「あらら、意外と強情さんだね、一人よりも私達と一緒の方が良いと思っただけなのに」 あやめ「もうその話はお仕舞い」 まだ話したい事があるのに。更に話しをしようとした時だった。 坂田「神崎さん~」 あの声は……坂田か。もう戻ってきたのか。 あやめ「貴女に協力をさせたのが間違いだった……」 神崎さんは小さな声でそう呟いた。 こなた「え?」 坂田が神崎さんの隣の席に近づいた。神崎さんは立ったまま神崎さんが来るまで待っていた。 あやめ「随分早いかったじゃない、もう撮影は終わったの?」 坂田「はい、おかげさまで……」 坂田は私が居るのに気が付いた。私の方を見た。そして席に着くと神崎さんの方を見た。 坂田「お知り合いで?」 あやめ「そう」 坂田は私に一礼をした。そして私も会釈した。確かにもうこれ以上話はできそうにない。 坂田「もうそろそろ最初のプログラムの時間ですよ」 気付くと辺りには観客が大勢席に座っていた。そして数段後ろの席にはいのりさん、まつりさんの姿もあった。 神崎さんは席に着いた。もう神崎さんと話しはできそうにない。 かと言っていのりさん達と会って話しをするには時間が短すぎる。これから最後のまなみちゃんの演奏の順番がくるまで退屈な時間になりそうだ…… データの内容が分かったから会いたいとかがみから連絡が来たのは演奏会から丁度一ヵ月後だった。 ⑮ ここから「ひよりの旅」の登場人物が登場します。「ひよりの旅」を読んでいない人は読んでから続きを読む事をお奨めします。 私はつかさの店の扉を開けた。 こなた「おひさ~」 つかさ「こなちゃん!!」 まるで数年会っていないような嬉しそうな声で出迎えるつかさ。 つかさと会うのは一ヶ月ぶりだろうか。職場がこんなに近いのに不思議なものだ。会おうとしないと会えないなんて。 かえでさんの体調が良くないのでその分忙しくなったせいなのかもしれない。 今日は水曜日。つかさの店はお休みだ。かがみは店を待ち合わせ場所に指定した。かがみは既に居た。テーブルに座り軽食を食べている。つかさの店では出していない料理だった。 かがみは私に気が付かず夢中で食べている。かがみの姿がほっそりと見えた。あの大食いのかがみなのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃんが来たよ」 かがみ「ん?」 かがみは食べるのを止めて私の方を向いた。その顔を見ると目に隈ができている。頬も少し削げ落ちているような気がする。 かがみ「早いわね……ってすぐ隣だから当たり前か……」 こなた「な、なに……少しやつれた?」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「あんたがもってきた宿題のせいよ……流石に疲れたわ……」 こなた「かがみがそんなにするなんて、よっぽどなんだね……」 かがみ「いや、6割以上はみゆきがした……ラテン語に歴史、地理に……物理学、工学まで幅広い知識が必要だった、この短期間でできたのはみゆきが居たおかげ」 こなた「ん~、難しい事はいいから、結果だけ教えてよ」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「待ちなさい、皆が集まるまで」 こなた「みんな?」 かがみ「そうよ、お稲荷さんを知っている人は全て呼んだ、皆に聞いてほしい」 お稲荷さんを知っている人……あのデータってどんな内容なのだろう。 つかさ「ところで神崎さんは来てくれるの?」 こなた「分からない……」 電子メール、手紙、電話、いろいろなツールで連絡を試みたけど返事は貰えなかった。直接家に行ければよかったけど、その時間が取れなかった。 かがみ「分からないって、何よ、あいつから吹っかけて来たのよ、張本人が来ないでどうするのよ!!」 悔しそうにするかがみと残念そうな表情のつかさが対照的だった。私自身も来て欲しかった。 「こんにちは……」 いのりさん、まつりさんが入ってきた。 つかさ「あ、いらっしゃい……」 まつり「大事な話があるって言うから来たよ」 身内にも内容をまだ話していないのか。まつりさんといのりさんか。この二人はたまに店に来てくれるけど、学生時代から話したりはしていないな…… かがみ「すすむさんとまなぶさんはどうしたの、彼らにも来てって言ったはずだけど」 いのり「来るけど少し遅れるかも……」 お稲荷さん、いや、元お稲荷さんも呼んでいるのか。って事は結構大勢になるかも。 いのりさんが私が居るのに気が付いた。 いのり「こんにちは、久しぶり……泉さんだったかな、まなみちゃんの演奏会依頼ね」 こなた「こんちは~、どうもです」 つかさが店の奥から雑誌を持って来た。 つかさ「ねぇ、見て見て、まなみの演奏が記事になっているよ」 まつり「あぁ、そういえば、あの時の女性記者とカメラマンが取材に来ていた」 つかさはいのりさんに雑誌を渡した。その雑誌は来月号の見出しになっていた。 いのり「これって、わざわざ出版社から先行で送ってきたみたいね……」 つかさ「神崎さんが直接送ってくれたみたい……だから来てくれると思ったのに……」 まつり「え、あの記者と知り合いなの?」 つかさ「う、うん……」 いのり「へぇ、つかさって意外と顔がひろいんだ……演奏が終わってから取材だって二人が入ってきた、そう言えばあのカメラマン、まなみちゃんの演奏を絶賛していたのを覚えている」 そう、あの坂田ってカメラマンが取材の終始神崎さんと一緒に居たから立て込んだ話が出来なかった。だから私は途中で帰ってしまったので演奏後の取材の話しは知らない。 かがみ「お父さんとお母さんも来てくれたみたいね……来なかったのは私だけだった、ごめん」 つかさ「うんん、気にしていないから……」 気にしていないか……つかさはそんな風に言えるようになったのか。 こなた「あれ、ご両親、特別席には居なかったけど?」 つかさ「あまり前の席だとまなみに気付かれちゃうって、一般席に移動したって言ってた」 いのり「あった、あった、まなみちゃんの記事があったよ」 雑誌を開いたまま私達にそのページを見せた。まなみちゃんの姿が写った写真が掲載されている。あのカメラマンが撮ったものだ。 恥かしそうにはにかむ姿がまなみちゃんの特徴を捉えている。さすがプロのカメラマンって所かな。 いのりさんは雑誌を自分の方に向けた。 いのり「どれどれ……」 いのりさんはまなみちゃんの記事を読み出した。 いのり「舟歌、私自身その曲を聴くのは初めてだった、ショパンと言えば、子犬のワルツ、幻想即興曲、雨だれ、別れの曲、彼の残した曲は数知れないがこの曲を思い浮かべる人も 少なくないだろう、私はこの演奏を聴いてそう思った、 恥かしそうにピアノの前に座る柊まなみ、あどけない小学三年生、しかし鍵盤に手をかざすと表情が豹変した、 出だしの重い音の向こうから聞こえる舟歌のリズム、船出をする喜び、そして出発地を離れる不安と淋しさ、そして到着への期待と希望が次第に膨らんでいく様子が私の心に 染み渡ってきた、この子は一度船旅を経験した事があるのではないか、そう思わせる程の説得力があった演奏だった……」 いのりさんは雑誌を閉じた。 いのり「凄いじゃない、大絶賛だよ、こんなに褒められるなんて滅多にないよ」 まつり「そういえば周りで涙を流している人も居たよね」 こなた「へぇ、そんな演奏だったんだ?」 かがみ「へぇって、あんたも会場に行ったんじゃないの?」 こなた「えっと、最後の演奏だったもので……すっかり夢の世界に……」 かがみ「あんたは何しに行ったんだ!!」 皆は笑った。私も笑った。 「こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。さて、そろそろ本題に入りそうだ。 みゆきさんが来ると続々とかがみの呼んだ人達が入ってきた。最終的に かがみ、つかさ、みゆきさん、あやの、いのりさん、まつりさん、ゆたか、ひより、みなみ、かえでさん、そして、ひろし、ひとしさん、すすむさん、まなぶさんの四人の元お稲荷さん が集まった。 集合時間が過ぎても神崎さんが来る気配は感じられない。 かがみ「時間を過ぎたから始めさせてもらう、神崎さんにはどうしても来て欲しかったけどね……しょうがない、みゆき、後は頼むわよ」 みゆき「はい」 みゆきさんはピアノの前に立った。それを囲むように皆が座った。 みゆき「皆さん、お集まり頂きありがとうございます、貿易会社から入手したデータを解析しましたので皆さんのご意見を賜りたいと思います……それでは最初に、 すすむさん、オーストリア北部の山岳地帯と聞いて何か思い出しませんか?」 私達はすすむさんの方を向いた。すすむさんは目を閉じた。 すすむ「あれは……忘れるはずもない、我々が最初に訪れた土地だ……」 ひより「え、最初に訪れたって……四万年前でしょ……それに船が故障したって……」 すすむ「そうだ、本来ならもっと南のアフリカ大陸辺りを目指したのだがね……」 そうか、確かすすむさんはけいこさんと同じくお稲荷さんがこの地球に来てからずっと生きていたって言ってたっけ。 みゆき「やはりそうでしたか、データの中にラテン語で書かれた文章がありました、それには「遥か昔に空から訪問者が訪れた」と書かれていました、事情を知らない人ならば これはただのおとぎ話や伝説で片付けられたかもしれません、でも私は直ぐに解りました、お稲荷さん達の宇宙船だったのではないかと」 すすむ「当時は氷河期で雪と氷だけの土地だった、お前達の先祖は少し攻撃的だったからネアンデルタールの人々の集落に身を寄せた、彼等は私達を温かく受け入れてくれた」 みゆき「……彼等は間もなく滅びたようですが?」 すすむ「彼等の頭脳は人類より発達していた、しかし声帯が人類ほど発達していなかったので意思の伝達が不自由だった、そのために次第に人類に追い詰められた」 みゆき「興味深い話ですね……それは後で聞きます……話を元に戻します」 つかさがつんつんと私の背中を突いた。私がつかさの近くに寄ると耳元でつかさが囁いた。 つかさ「ゆきちゃんとすすむさんの会話の意味がわかんないよ、声帯がどうのこうのってどうして?」 私も小声は話す。 こなた「ん~、言葉が話せないと困るって事じゃないの、身振り手振りだけじゃ相手に伝わらないからね……」 つかさは首を傾げてしまった。私もこれ以上の説明は出来なかった。 みゆき「文章は続きます、「その地で彼等は呪いを施した、決して地を掘ってはならぬ」と、これはもしかして宇宙船の残骸を発見されない為の忠告ですか?」 すすむ「そう、放射性物質があった、それに我々の技術をされたくなかった、当時の人類では全く理解は出来ない物だったがね、言い伝えだけが残ったのだろう」 みゆき「……この文献の通り、約40年前、遺跡が発見されました、そのスポンサーが貿易会社です、今でも発掘は続いていて、その発掘品の殆どはシークレットで 殆ど公開されていません、全ては謎です……結論から先に申し上げると、貿易会社は既にお稲荷さんの存在に気付いていると思います」 すすむ「……その可能性はあるが……現代でも我々の技術を分析はできまい、船は完全に破損してしまった、 残った装置も殆どが有機物質から構成されているものだ、とっくに土に還っている」 みゆき「これは何ですか?」 みゆきさんは一枚の写真を私達に見せた。それはガラスの様な、水晶の様な透明な板が写っている。 みゆき「これもデータの中にあった写真です、遺跡の一部だと思われますが?」 すすむ「……メモリー」 こなた「メモリーってpcで使うような?」 すすむ「そうだ……」 ひより「お稲荷さんって知識は忘れないって言ってなかった、そんなもの要らないような気がするけど?」 すすむ「人間になって知識は一割も覚えていない……この地球の様に知的生命体との接触を想定して我々の知識と歴史を記録した物だ、しかし未だ読めないだろう」 みゆき「それではこれはどうですか?」 みゆきさんは更にもう一枚の写真を出した。そこには見た事もない文字がぎっしり書いた紙が写っている。 すすむ「それは我々が使っていた言語だ……まさかあのメモリーの中身を読み取ったのか、ふふ、まだ忘れていない、読めるぞ、核融合における基本技術が書かれている」 みゆき「この言語は私にもさっぱり解読できませんでした、しかし貿易会社は40年も秘密でこれらを研究しています……それがどう言う意味が分かりますか?」 皆は黙って何も言わない。私も分からない。つかさがまた私の背中を突っつく。 つかさ「私何を言っているのかさっぱり、こなちゃん分かる?」 こなた「ん~、どうやら貿易会社がお稲荷さんの秘術を盗んでいるみたい……」 つかさ「ふ~ん?」 分かっていない様だ。 すすむ「貿易会社が我々の技術を使って儲けている、と言いたいのか?」 みゆき「そうです……」 すすむさんは笑った。 すすむ「なら放って置けば良い、我々の技術や知識は何れ人類も自ら得るだろう、知りたい者にはくれてやれ」 みゆき「いいえ、それならば一企業が独占しては……これは全世界に公開されるべきです」 みゆきさんとすすむさんの口論が始まった。私には難しくて分からなかった。多分つかさも分からないだろう。他の人達はどうだろう。みんな呆然と二人を見ているだけだな。 でも……この二人の口論。何れ分かるなら教える。教えないって話しだ。何処かで同じような…… そうだ。私と神崎さんだ。神崎さんがまなみちゃんの演奏会で言っていた…… かえで「二人とももう止めなさい」 かえでさんの言葉で二人の口論は止まった。 かえで「もうそれは終わった話よ、それはけいこさんがしようとした事じゃないの、結果がどうなったか……分かるでしょ?」 みゆき「……はいそうでした」 すすむ「……そうだったな……」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「問題は貿易会社ね、みゆきさんの話しを聞くとけいこさんの正体をお稲荷さんって分かっていた様な気がする、つかさ覚えていない?」 つかさ「ふえ?」 いきなり振られてつかさは困惑してオロオロしている。私も話しに付いていけないのだからつかさも同じだろう。 かえで「まだレストランが引越しする少し前、二人で神社の頂上に登ったでしょ、二人で登るなんて何度もないから覚えている、そこの木の陰に黒ずくめの男が隠れていたでしょ、 つかさは観光客だなんて言っていたけどね」 つかさは頭を抱えて考え込んだ。 つかさ「あっ!!」 つかさはピンと立ち上がった。 かえで「思い出した?」 つかさ「うん……あの人って観光客じゃないの?」 かえで「あれが観光客だもんですか、貿易会社の差し金よ、あの神社がお稲荷さんの住処だったのを調べていたにちがいないわ」 かがみ「そんな事があったなんて知らなかった」 かえで「私も当時はそこまで根深いとは思わなかったからあまり気に留めておかなかった……国の権力を使ってけいこさんを拘束するなんて、フェアーじゃない」 ひとしさんがいきなり立ち上がった。 ひとし「話はそれで終わりか、4万年前の遺跡を掘り返しただけ、可愛いものじゃないか、もう私達には関係ない、」 かがみ「可愛い……それだけなら私は貴方達を呼ばないわよ」 ひとし「それじゃ何だって言うんだ……」 かえで「こらこら、夫婦喧嘩はやめなさい」 かがみが言い返そうとした時、良いタイミングでかえでさんが割り込んだ。 かえで「かがみさん、続きを聞かせて」 かがみ「は、はい……データの中に貿易会社の取引先の情報があって、その中に国際的に取引を中止されている国の名前が幾つもある、それだけじゃない、 その取引の商品がこれ」 かがみは紙を鞄から出した。英語で書いている表だけど読めない。 ひとし「……兵器か……素粒子銃、レーザー砲……なんだこれは、こんな物今の時代に不釣合いな兵器だな」 かがみ「実験装置として売っている……密輸が発覚しただけでも企業の存亡に関わる大スキャンダルよ」 ひより「もしかして神崎って記者はそれを調べるために?」 かがみ「記者としてはそうかもしれない、でも、彼女もお稲荷さんの存在を知っている、しかも真奈美さんをね」 ひより「どう言う事です?」 かがみが話そうとした時だった。 ゆたか「その前に聞きたい事が……」 かがみ「どうぞ」 ゆたかはかがみではなくすすむさんの方を向いた。 ゆたか「お稲荷さんの知識で武器を作れるの、宇宙は戦争もできないほど過酷だって、そう言ったのは嘘だったの?」 すすむ「嘘じゃない……」 ゆかた「それじゃどうして武器が作れるの……」 ひろし「お前達も経験しているはずだ、火薬は爆弾にもなれば花火にもなる、簡単な事だよ」 ゆたか「私達次第って事……かがみさんごめんなさい、続きを話して下さい」 どうしたのかな、ムキになって ……ゆたかはすすむさんが好きだった……からかな。女心って分からないな……って私も女か。 かがみ「それはみゆきから話すわ」 みゆき「板に記録されている文字は標語文字ですよね?」 こなた「ひょうごもじ?」 みゆき「漢字の様に一つの文字で意味を成すものです」 すすむ「そう、私達が古代に使っていた文字を敢えて選んだ、無闇に解読されないように」 みゆき「貿易会社でもおそらく解読できていないでしょう、そのはずなのにこうしてお稲荷さんの知識を利用した兵器が作られている、膨大な量の文から必要な部分だけを選んで」 ひとし「誰かが翻訳をしている……」 みゆき「そうです、私の推測ですがその人が真奈美さんではないかと……」 つかさ「ま、まなちゃん……」 ひろし「姉が生きている、ばかな……」 ひろしは立ち上がった。 ひろし「生きているならとっくに僕が気付いている、それに翻訳する必要なんかない、メモリーの知識は脳の中に入っているのだから」 みゆき「真奈美さんが人間になっていたとしたらどうですか、人間になると使わない記憶は自然と消えていきます、すすむさんはさっきそう言いましたね」 ひろしは黙って立ち尽くしている。 かがみ「みゆきの推理に説得力あってね……私は支持するわ、おそらく真奈美さんは強制的に翻訳させられている、」 これがかがみとみゆきさんが分析した結果か…… ひとし「しかし……あくまで推測だ、証拠がない」 つかさ「でもお稲荷さんの文字が読める人が居るんでしょ、それじゃお稲荷さんしか居ない」 ひとしさんはつかさに何も言わなかった。単純、単純で何の捻りもない素直な答え。だからひとしさんは反論できない。 みゆき「……貿易会社本社25階、遺跡保管庫にメモリーの本体が保管されています……泉さんから頂いたデータから得た情報で、真奈美さんが居るとしたらその辺りのはずです」 25階……25階って確か…… ひとし「……真奈美ではないにしても仲間がいる可能性があるのか……」 すすむ「だとしたらこのまま何もしない選択はない」 まなぶ「仲間が囚われているのなら助けないと……」 まなぶさんが立ち上がった。 まなぶ「でも……けいこさんが、あのけいこさんが何も出来ずに捕まってしまった、すすむよりも永く人間と暮らして人間の鼓動は把握しているはずのけいこさんがね、甘く見ない方 がいい、今度私達が捕まったら助ける方法はない、故郷から助けも呼べない、失敗は許されないぞ」 かがみ「確かにあの時、裏で何か大きな権力が動いていたのは感じていた、それが……あの貿易会社、素人集団の私達が対抗できるかしら……」 みゆき「しかし、泉さんはデータを無事に取ってきました……出来ませんか?」 みゆきさんは私の方を見た。 こなた「それは神崎さんが居たからだよ……それにあのビルの25階は貿易会社直営の銀行があるだけだよ、そこはデータを取った資料室とは比べ物にならない警備だね」 みゆき「銀行……」 あやの「そうそう、思い出した、あのビルで働いている時、25階の銀行は特別だったね、専門の警備会社が警備していて会員制の銀行だから一般人は入れやしない」 まなぶ「……なるほど簡単ではなさそうだ……」 まつり「ちょっとちょっと、なに、もう潜入する気満々じゃない!!」 突然まつりさんが立ち上がった。 まつり「もうまなぶはお稲荷さんじゃない、人間なの、そこに居る三人もそう、いくらお稲荷さんの知識を悪用されているって、もう4万年前の遺跡を勝手に掘り起こして いるだけじゃない、そんなのはもう時効、私達がそんな危険なことまでして守るものじゃないよ、後は専門家に任せればいい」 専門家……適任がいる。神崎さん…… みゆき「し、しかし……お稲荷さんが囚われています」 いのり「けいこさん達を助けるような訳にはいかないのは確か、下手な事をすれば私達の命もも、囚われているお稲荷さんの命だって取られてしまうかもしれない、 兵器を作って密輸するような死の商人だったら何をするか分からない、法律なんか平気で無視するに決まっている、うんん、もう破っているじゃない」 いのりさんも立ち上がった。 いのり「悪いけどこれ以上の話には付き合えない」 まつり「同じく」 そして二人はそれぞれの旦那の方を向いた。すすむさんとまなぶさんは首を横に振った。 すすむ「悪いが話しだけは最後まで聞く」 いのりさんはかがみの方を向いた。 いのり「かがみ、いったいどうゆうつもりなの、一体何をしようとしてるの、大企業、いや、今や貿易会社は今や大国と対等に渡り合っている、一個人が喧嘩売ってただで済むとおもう」 かがみ「……別に喧嘩なんかするつもりは……でもね、私も法律を齧った端くれ、こんな大罪を黙って見逃すつもりはない」 いのり「それならかがみ一人ですればいいじゃない、私達を巻き込まないで!」 かがみ「巻き込まないって、姉さん、私達はそのお稲荷さんと一緒になった、彼等の運命や背負っているものも一緒なの」 いのり「私はそんなものまで背負った覚えはない、行くよ!まつり」 まつり「う、うん……」 いのりさんはまつりさんを引っ張りながら店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……」 かがみ「あんなの放っておけばいいのよ!」 怒るかがみに心配そうに二人が出て行った出入り口を見つめるつかさ……対照的だな…… かえで「ちょっと待って、話しを進める前にハッキリしておきましょ」 かがみ「な、何をです?」 かえで「いのりさんやまつりさんの言い分は間違っていない、彼女はお稲荷さんと一緒になった訳じゃない、人間のすすむさん、まなぶさんと一緒になった、それはかがみさん、 つかさも同じ、違うかしら?」 つかさ「うん」 かがみ「それは……」 自信を持って頷くつかさに少し戸惑い気味のかがみだった。 かえで「これからの話しはすごく危険な話し、下手をすれば誰かが罪を犯すかもしれないし命を落とすかも知らない、いのりさん達は夫にそんな危険な事をして欲しくないだけよ、 だから出て行った、それは私達も同じ、これは強制でもなければ義務でもない、協力するもしないも自由……退出するならどうぞ」 うぁ~これはある意味いろいろフラグが立ちそうなイベントだ。私はどうする…… ここまで来て続きを見ないのは勿体無い。それに半分は私のせいでもあるからね。 見た所誰も動きそうにない。これで決まりかな…… ひろし「それじゃ出て行くのは君だ、田中かえで……」 ひろしがそんな事を言うなんて……そういえばかえでさんを苦手だって言っていたっけ。いままでお返しかな…… かえで「何故」 ひろし「随分お腹が大きくなってきているじゃないか」 かえで「私が妊婦だから……そう言うなら見損なわないで、生まれてくる子の為にも私は此処に残る」 ひろし「おめでたいやつだな……」 かえで「な、何ですって、何がおめでたい!!」 その時だった。私はデジャブを感じる。何だろう……そうだ。 私を見下したような言い方だった。 「おめでたい」……あの言い方、イントネーション、間合い……あの時の神埼さんと全く同じだ。 ひろし「生まれてくる子の為なら尚更こんな所に居るな……子がいなければ話して聞かせる事もできないじゃないか」 どこかの方言なのか。偶然に同じなんて…… かえで「それなら貴方だって同じじゃない、子供が居るでしょ」 つかさ「ふふふ……」 突然つかさが笑った。 かえで「な、何が可笑しいのよ……」 つかさ「やっぱり姉弟だね……私もねまなちゃんから言われちゃった、「おめでたい」って、ひろしさんも良く言うよね……まなちゃんを思い出しちゃった」 え……そ、そんなバカな、ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた? つかさ「まなみはもう小学生だし自分の足で歩けるよ、でもねお腹の中の赤ちゃんはお母さんから出られない、だから危険な事をしたらダメなの……それに、 かえでさんの顔色があまり良くない……早く帰った方がいいかも?」 かえでさんはお腹を手で触った。 みゆき「つかささんの言う通りです、帰って休まれた方がいいと思います……」 かえでさんはゆっくり立ち上がった。 かえで「ごめん……つかさ……こんな時に力になれなくて……」 つかさは首を横に振った。 かがみ「姉さん達のフォローをしてくれてありがとう……」 かえで「うんん、でも、これだけは言っておく、無茶だけはしないで……私が言う事じゃないか……」 かえでさんは苦笑いをしながら店を出て行った。 つかさが言った言葉が頭から離れない。「おめでたい」…… ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた。そして神崎さんも……この事から言えるのは只一つ。 ひろし「姉が囚われているかもしれない、これだけでも充分貿易会社を調べる価値はある、それに加えて我々の知識が悪用されているとなれば尚更だ、しかし問題は神崎あやめの 本当の目的だ、密輸を暴いて名を上げるためか、それとも囚われた人物を救おうとしているのか、それとも、その両方なのか」 かがみ「その二つとも違うかもしれない……本来なら此処に来て居なければならない人よ、データの提供者本人なのだから……」 そうだよ、いえる事は一つ、神崎あやめは真奈美…… つかさ「こなちゃんも私も何度も連絡したけど来てくれなかった…ねぇ、こなちゃんそうだよね」 お弁当を横取りされた時、彼女はお弁当を作ったゆたかの心を見抜いていた、あれは神崎さんの千里眼だと思ったけど違う、あれはやっぱりお稲荷さんの力だった。 つかさ「こなちゃん?」 間違いない。神崎さんは真奈美が化けた人だった。だからつかさと握手した時、つかさに正体を知られるのを恐れて力いっぱい握った。 つかさ「こなちゃん、聞いてる?」 全てが説明つくじゃないか……いや一つ疑問が残る。問題はひろしが何故それに気付いていないのか。 いや、そんなのはどうでもいい。もう一回神崎さんに会えば分かる。 かがみ「おい、こなた!!」 こなた「ひぃ!!」 かがみの大声で私は我に返った。 つかさ「どうしたの、ボーっとしちゃって?」 こなた「へ、私に何か御用ですか?」 かがみ「御用じゃないでしょ、さっきからつかさが呼んでいたのが聞こえなかったか……まったく、どうせアニメの事とか考えていたんでしょ……」 こなた「え、ちが……」 まて、この話しをした所で笑われるに決まっている。決め手が「おめでたい」じゃ「おめでたい」って言われるに決まっている。 こなた「へへへ、ばれちゃった……」 かがみ「やれやれ……」 溜め息をつくかがみ。 つかさ「神崎さん……来てくれなかった」 つかさの一言で今まで何を話していたのかが想像ついた。 こなた「ああ、彼女はデータ自体を渡したくなかったみたいだった、それとお稲荷さんの秘密を知っているとは思わなかったみたいだしね、とても危険な事をしようとしているのだけ は分かったよ」 すすむ「なんとか神崎を私達の前に連れてこられるか、そうでないとこれからの行動が決められない」 こなた「う~ん」 私は腕を組んで考えた。 ひとし「来ないなら来ないで我々だけで行動するしかないだろう、その時は泉さんの力を借りる事になるだろうがね」 みゆきさんは鞄からA4サイズのファイルを私に渡した。 みゆき「データを分析した詳細が書かれています、これを神崎さんに渡してください、きっと私達に協力してくると思います」 こなた「へ、私が渡すの?」 かがみ「当たり前だ、一番彼女と接触しているのがこなたのだから、それに仲も悪くはないでしょ?」 こなた「それはそうだけど……」 そうか、このデータを利用すれば神崎さんに会える。神崎さんはまだ完全にデータを分析し切れていない。そうに違いない。 こなた「分かった、やってみる」 こうして私は神崎さんの家に直接A4ファイルを渡しに向かうのだった。 彼女はお稲荷さんなのか。真奈美なのか。もう誤魔化しも駆け引きも要らない。 次のページへ
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sideゆたか ジリリリリリリリリリリリリ! 「う…ん…ふあぁ、もう朝か…」 何だか少し眠り足らない気分で私は目覚めた。 「もう朝よー、起きなさーい!」 下でどこかで聞いたような女性の声が聞こえた。私は急いでベットから飛び起き、そして自分の部屋に立った…? 「あれ?」 ふと私に妙な違和感が襲い掛かった。私の部屋じゃないような… そこが私の部屋じゃなくて、私の親友みなみちゃんの部屋だと気づいて、私は驚いた。 確かに昨日はみなみちゃんとここで遊んだけど、私は家に帰ったのに… 「…私何でみなみちゃんの部屋に…?あれ?」 私はそこでもう1つの違和感に気づいた。 「何だかいつもより目線が高いような…」 いつもなら私が見上げなければ見えないものが、今では私と同じ高さだった。身長が伸びたのかなぁ…。 とりあえず私は部屋を出てリビングにむかってみることにした。 「おはよう」 リビングにはみなみちゃんのお母さんがいた。 「あ、おはようございます」 私は笑顔でそう返した。…あれ?みなみちゃんのお母さんが少しびっくりしたような顔つきになってるんだけど…。 私何か変なこと言っちゃったかな… 「どうしたの、みなみ?口調が変よ」 え?みなみ?私はゆたかなんですけど…と言おうとたが、嫌な感じがしたのでやめておいた。私は顔を洗いに洗面所へむかい、そこで鏡を見た。 「え…あれ…私が…み、みなみちゃんになってる!!!」 私は驚きのあまり大きな声を出していた。 sideみなみ 「…あれ?ここはゆたかの部屋…どうして…?」 私の朝一番はこの奇妙な言葉から始まることになった。とりあえずベットから起き上がり周りを確認してみる。 …やっぱりゆたかの部屋だ…。私、昨日は自分の部屋で寝たはずなのに。 「ゆーちゃーん!ご飯できてるよー!」 下から泉先輩の声が聞こえた。…ゆーちゃん? 私は部屋を出て辺りを見回したがゆたかの姿はなかった。それにしてもゆたかの部屋のドアノブってあんなに高かったっけ? 私は泉先輩の声がする方へと足を進め、リビングについた。そこには泉先輩の父親であるそうじろうさんがいた。 …なにがおかしくてそんなにニヤニヤしてるんだろう…? 「ゆーちゃんが寝坊なんて珍しいね~」 泉先輩が話しかけてきた。…え?ゆーちゃん?私はみなみなんですけど………もしかして! 「え?ちょっとゆーちゃんどうしたの!?」 「トイレなんじゃなのか?」 「お父さん無神経すぎだよ」 そんな泉家二人の会話が聞こえた。 私は急いで洗面所に向かい、自分の姿を鏡で見てみた。 「……え?私がゆたかに、ゆたかになってる…」 私は茫然自失になった。 結局その後、私はリビングに戻らず部屋でゆたかの携帯から自分の携帯に電話をかけてみることにした。 …まさか自分の携帯に電話することになるとは… ゆたかの電話帳から自分の名前を探して電話した。それにしても自分電話番号って案外覚えていないものだ。 電話を耳に近づけて、少し待ってみる。すると 「ただいま、電話に出ることができません」 今の私にとってはまさに非常な通告が私の耳を貫いた。 「ゆーちゃ-ん!大丈夫!?」 リビングから泉先輩の声が聞こえた。とりあえず怪しまれない為にも私はリビングへと足を運んだ。 sideゆたか 「う~、どうしよう、やっぱり誰も出ないや」 私がみなみちゃんの家の洗面所で大声を上げた後、みなみちゃんのお母さんが心配して来てくれた。 私はなんとかごまかして、今みなみちゃんの部屋でみなみちゃんの携帯から私の携帯に電話してみたけど 「電話に出ることができません」と返ってきた。 「…どうしよう、みなみちゃん大丈夫かな」 私は今私が使っている体の本来の持ち主であるみなみちゃんのことを思い浮かべた。みなみちゃん今頃どうしてるんだろう…。 …もしかしたら私の体の中にいるのかも…。ううん、そうに違いないよ。 「みなみー、もう出ないと遅刻するわよー」 部屋の外からみなみちゃんのお母さんが呼んでいる。…今はとにかく学校に行こう、そうすればみなみちゃんにも会えるかもしれない。 そう考えた私は急いで制服に着替えて家を飛び出した。 …あ、朝ごはん忘れてた… sideみなみ 私はとにかく学校に行ってみることにした。どうして私がゆたかの体になっているのかはわからなかったが、 学校に行けばゆたかに会えるかもしれない。そこで相談してみようと思ったからだ。 私は急いで制服に着替えて、失礼だけどかばんの中身を確認し今日の時間割どおりに教科書を入れようとしたが、 やっぱりゆたかは前日に用意を済ませていた。それにしてもゆたかの制服って体の大きさから考えて少し大きいような…。 私はかばんを持って部屋を出て玄関で靴を履き替えようとした。 「ゆーちゃん、一緒に学校行くからちょっと待って」 泉先輩が私を呼び止めた。正直こんな状態であまり人と接したくない。 「すみません、私今日は学校に用事があるので先に行きます…あ…」 気づいたときにはもう遅い。泉先輩はまたしても心配そうに私に近づいてきた。…目線が一緒だ…。 「ゆーちゃん、今日は何か変だよ、どうかしたの?」 そう言いながら泉先輩は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。…何だか恥ずかしい。 それにしてもこういう風に熱を測られるのは久しぶりだった。昔はよくお母さんやみゆきさんにやってもらったりしていたが、 今ではそんなことはしていない。さすがに恥ずかしい…。 「ん~、熱はないみたいだね」 私のおでこから泉先輩のおでこが離れた。何だか寂しい…。 私は赤くなっているであろう顔を先輩から少し背けて、ゆたかの口調で、 「だ、大丈夫だよ、いず…お姉ちゃん…」 危ない危ない、一瞬泉先輩って言いかけてしまった。あ…また泉先輩が何か言いかけてる。 私はいってきますと言って急いで家を飛び出した。すると後ろから 「ゆーちゃん、自転車乗らなきゃ!」 私は一旦家に戻って先輩から鍵を渡してもらった。 sideゆたか 「まだかな…」 私が学校に着いたのは予鈴の35分前だった。 学校に着いた私はとりあえず正門で自分の体を待ってみることにした。 すると「ヴヴヴヴヴヴヴヴ」 と携帯のバイブ音が聞こえた。とっさに私は自分の…じゃなかった、えっとみなみちゃんの携帯を手にとって液晶に表示された名前を見てすぐに電話に出た。 「もしもし」 電話の向こうからは私の声が聞こえた。 「もしもし」 私は驚いたが一応私も返事をしてみた。…少しの沈黙、そして… 「あなたはだれなんですか?」「あなたはだれなんですか?」 一字一句同じ言葉を同時に話してしまいまた沈黙。 今度は私が 「えっと、あなたは誰なんですか?私は小早川ゆたかですけど」 私は自分の声に向かって聞いてみた。すると… 「ゆたか!よかった、大丈夫!?」 「やっぱり、みなみちゃんだね。よかった」 私は心底安心した。みなみちゃん無事だったんだ。…無事…? 「ねえ、みなみちゃん、もしかして今私の体の中にいるの?」 私は恐る恐る聞いてみた。返答は予想通り 「…うん」 やっぱり…。 「朝起きたらゆたかの家にいて、鏡を見たらゆたかになってた」 「私と一緒だよ。私も今みなみちゃんだもん」 それにしてもなんでこんなことになったんだろう。 「私もわからない。とにかくこのことはあまり人に知られない方が…あ…すみません…ブチッ、ツ-ツーツー」 唐突に電話が切れた。私は携帯電話の電池を確かめたが、電池は満タンで電波は三本だった。 「みなみちゃんどうしたんだろう」 私は正門の前で私の姿をしたみなみちゃんが来るのを待つことにした。 sideみなみ 「すみません」 …びっくりした、やっぱり電車の中で電話はまずかったみたい。 私の声のゆたかと話しているといきなり横から車掌さんが来て注意された。初めてだったのでかなり驚いてあたふたしてしまった。 …とりあえず学校に行こう、話はそれから…。 電車は私の降りる駅にもうすぐ着くころあいだった。 sideゆたか 「あ…えっと、おはようみなみちゃん…」 「お、おはようゆたか」 校門前で私達はようやく会うことができた。それにしても自分に挨拶するって何だか変な気分。でもお姉ちゃんならこういうの喜びそう。 私は正門にある時計を確認した。予鈴まではあと25分、まだまだ時間はある。 私達は学校内のできるだけ人気のない所に移動して話をすることにした。 sideみなみ 私はゆたかの提案に乗って学校の人気のないところを探し、なんというかよくある感じだけど体育館の裏に向かうことにした。 しかしゆたかの少し早いスピードに私の体はいとも簡単に悲鳴を上げた。 「うっ……」 急に吐き気がこみ上げてきた。そういえば今の私はゆたかなんだ。 「み、みなみちゃん大丈夫?」 ゆたかが心配して私の顔を覗き込んできた。自分の顔に覗き込まれるなんて…。 「だ、大丈夫…だよ、ゆたか…」 私は何とか元気なふりをしたがゆたかは「そんなことないとい」言って私を抱えた。お姫様抱っこされるなんておもわなかった。 しかもゆたかに…。私は気分が悪いのも忘れて回りを見たが幸い人はいなかった。それでもかなり恥ずかしい。 「ゆ、ゆたか」 「遠慮しなくていいよ、みなみちゃん。いつもみなみちゃんには助けてもらってるしこれぐらいしないとね」 「あ…う…」 ゆたかが私にほほえみながらそう言った。私ってあんなにきれいに笑えるんだ。ゆたかってやっぱりすごいな。 「ここぐらいでいいかな?」 「…いいと思う」 色々考えている内に私達は体育館裏に来た。ゆたかはそこで私を下ろした。何だかほっとしたようながっかりしたような…。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …正直なんて答えたらいいかわからない。とりあえず 「あまり人に気づかれないようにしないといけないと思う」 と答えておいた。 「どうしてこうなっちゃったんだろう?」 確かにそれが一番の謎である。予想さえすることもできない。こればっかりは博識なみゆきさんでもわからないだろう。 ふとゆたかを見ると少し心配そうな顔をしている。…どうしてゆたかだと私の顔であんなに表情が出せるのだろう? 「とにかく私はゆたかとして、ゆたかは私として今日をやり過ごすしかない」 と、私は提案した。ゆたかもこれには納得したが依然として懸案事項は残ったままの状態にある。 ふと携帯で時計を見ると予鈴の3分前だった。私達は急いで教室へと向かったが、 いつも通りにロッカーを開けて上履きを履いたためにゆたかは私の体で自分の小さな上履きを履こうし、 私はゆたかの体で自分の大きな靴を履こうとしてしまった。 要するに私達は体が入れ替わったことを忘れていつも通りに上履きを履き替えてしまった。 そのため二人であたふたし、結局私達は遅刻した。 こうして私達の奇妙な一日は始まった。 一時間目 数学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) どうしよう、まさか私とみなみちゃんの体が入れ替わっちゃうなんて…。 何だか授業にも集中できないけど、ノートはしっかり書かないとね。 ふと私はみなみちゃんの方を見た。みなみちゃんは先生の話を熱心に聞いているように見えた。私も頑張らないと! と思ったときいきなり先生が 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を××、三問目を岩崎。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 と言った。って、え~~~~~~~~~!私先生の話全然聞いてなかったよ~、どうしよう…。 と、とにかくこの練習問題の上の例題の解き方を参考にして考えてみよう。 …たぶんこんな感じかな。よし書きに行こうっと。 私は黒板に自分の解法と答えを書いて席に座った。あ~ドキドキした~… ん~、でも黒板に書かれた一問目と二問目の解答を見てるとなんだか違和感が…。 私が座ったのを見計らい先生が一問目から順番に赤いチョークで添削していってる。 一問目と二問目は丸みたい、三問目は…うわ~なんだかまたドキドキしてきた~。 そして三問目…って先生なんで何も書かずに私が黒板に書いた私の解法とにらめっこしてるんですか? ……あ、私違う練習問題やっちゃった…。さっきの違和感はこれだったんだ。 その後私は先生に少し怒られて、クラスメートに笑われた。 ごめんね、みなみちゃん…。 sideみなみ(inゆたか) それにしてもどうしてこんなことになったんだろう。 前では先生が熱心に説明をしてるけど私には届かない。私はひたすらぼうっと前を見ていた。 ふと気になってゆたかを見てみた。 なんだか奇妙な気分がする。私はここにいるのに私の体はそこで一緒に授業を受けてるなんて。 それにしてもゆたかはすごいな。ずっと前を向いて熱心に授業を聞いてる。私も見習わないと。 すると先生が練習問題を解く人を当てていった。岩崎と呼ばれたとき驚いて、体がビクッとした。危ない危ない今は私はゆたかなんだ。 変なことをしてゆたかに迷惑はかけられない。しっかりしないと。とにかく私も練習問題解かないと。 …どの練習問題かわからない… ゆたかは黒板にすごく可愛らしい丁寧な字で解答を書いて席に戻った。 …あれ?なんだか他の二問と少し違うような… 先生が問題に赤いチョークで添削を行っている。ゆたかの問題までは全て丸だった。 そしてゆたかの書いた問題にさしかかったとき先生はチョークを止めた。 「…岩崎、お前どこの問題をやったんだ?」 「え、えっと86ページの練習問題12の(3)の問題です…」 「やるのは練習問題11だ。話をしっかりと聞かないからこうなるんだ」 「す、すいません」 私の周りのクラスメートがクスクスと笑っているのが聞こえた。周りから見れば私が間違えた様に見えているだろう。 ゆたかは耳まで真っ赤にしてうつむいている。 ゆたか、大丈夫かな… sideひより い、岩崎さんが解く問題を間違えるとは驚きっスね。少し疲れてるのかな…? でも珍しいものが見れたし、ま、いっか。 それにしても岩崎さん耳まで真っ赤にしてる。何だか小早川さんみたい。 で、その小早川さんは心配そうに岩崎さんを見つめてる。何だか今日はふたりの立ち位置が逆な気がするような… その数分後、私達の鼓膜を予鈴という福音が振るわせた。 あー、やっと休み時間キターーーーーーー。 一時間目から数学って息が詰まっちゃうよ。 あ、そうだ岩崎さんにさっきはどうしたのか聞いてみよっと。 「岩崎さん、さっきはどうしたの岩崎さんらしくないミスっスね」 って岩崎さん無視することないよね。聞こえてないのかな。 「何?田村さん?」 「いや、小早川さんじゃなくて私が呼んだのは岩崎さんなんだけど」 「あっ!」 何だか今日は変な日だなぁ… 二時間目 化学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) う~~、まさかこんな時に解く問題を間違うなんて…。 休み時間に田村さんにばれないようにみなみちゃんに謝っておいたけど許してくれたかな。「別にいい、大丈夫」って言ってたけど…。 それにもしかしたら田村さんに怪しまれてしまったのかもしれないよ…。 とにかく今度からはしっかりしないと! 幸いにも今回の授業は当てられることもなく平和に過ぎていった。助かった~…。 sideみなみ(inゆたか) ゆたか、大丈夫かな。それにしてもなんだか物凄く熱心に授業を聞いてる。さっきのことなら気にしなくてもいいのに。 私だって違う問題をやってたんだから。 …あ、黒板を写し前に消された…。 自分のノートだと気にならないけどこのノートはゆたかのなんだからしっかりと書かないといけないのに…。 どうしよう、後で誰かに見せてもらわないと。 私は周りを見渡した、田村さんはなんだか過ぎ勢いでノートに何か書いてる。板書してるのだろうか、それとも絵を書いてるのか。 次にパトリシアさんを見た。パトリシアさんは結構熱心に授業を受けている。パトリシアさんに見せてもらおう。 ……でも何だか板書できなかったことゆたかに隠すみたいでなんだか嫌。ここは正直にゆたかに見せてもらおう。 sideパティ やっとニジカンメがオわりました。ニポンゴわかってもカガクはつらいでス!エイゴでもわからないことだらけでしょうネ…。 あ、ユタカがミナミとハナしていまス。ナニしてるのかな?ちょっとミにイってみましょう。 「ゆたか…じゃなくて、みなみちゃん…?」 「な、なにかなみ…じゃなくてゆたか…?」 ナンだかフタリともぎくしゃくしていまス。 「さっきの授業でノートにうつしきれなかったところがあって、ゆ…みなみちゃんのノート見てもいい?」 「う、うん…はいこれ」 「あ、ありがとう、ごめん」 「いいよ」 …やっぱりヘンでス。キョウのミナミはヒョウジョウがユタカのようにユタかでス。 でもキョウのユタカはミナミのようにアマりヒョウジョウがデてません。まるでフタリのココロがイれカワってしまったようでス。 …ていうかフタリともヨコにワタシがいることにキづいてますカ? 三時間目 英語 sideゆたか(inみなみ) …う~ん、やっぱりこの状況にはなれないなぁ。 さっきだって呼び方間違いそうになっちゃったし…。 でも朝よりかは大分なれてきたかな。 …よく考えたら慣れることも大事だけど戻る方法を探すことのほうが大事なのかもしれない、…じゃなくて大事だね。 本当にどうしたらいいんだろう…?そもそもどうしてこうなったんだろう?前日の晩ははいつも通りに布団に眠ったけど…。 …寝相…かな…? やっぱり思い当たる物がないなぁ。 あ、もしかしたら昨日じゃなくてもっと過去のことに原因があったのかもしれない。 確か一昨日は…そういえば、学校で体育の時間に久しぶりに参加していつもよりかなり気分が悪くなっちゃって病院に行ったっけ。 あの時は本当に皆に迷惑をかけたなぁ。う~ん、でもこのこととはあまり関係なさそう。…はぁ…。 私は小さくため息を吐いた。 …とにかく授業に集中しようっと。 sideみなみ(inゆたか) …この状況にはどうにも慣れることができない。さっきもついつい呼び方を間違えたし…。 今日はゆたかに迷惑ばかりかけてしまっているし、しっかりしないと! …そういえばどうしてこんな不可解な事がおこったのだろうか…。 特に前日の行動にいつもと違うことはなかった。ゆたかと一緒に私の家でおしゃべりしたり、一緒にチェリーの散歩に行ったぐらい。 これらのことをしてもこんな事になるとは到底思えない。 …じゃあその前の日は……確かゆたかが体育のときに倒れちゃってとてもひどい状態だったから病院に運ばれたっけ…。 あの時はすごく心配したな。学校を早退してゆたかのお見舞いに行ったっけ…。幸い医者とその時一対一で話して、 心配要らないって言われてすごく安心したのを今でもよく覚えている。でも顔はこわばったままだったと思うけど…。 確かその後に泉先輩が病室に大きな音をたてて入ってきた。でもさすがにこれらのことは関係性がなさそう。 …一体何が原因でこんなことに…、とにかくその理由を特定できれば解決法もおのずとわかる可能性が高い。 次は少し長い休憩時間だし、その時に二人でまた人気のないところで話すことにしよう。 休憩時間(20分.ver) sideこなた ふわ~、よく寝た~。ほんとこの時間帯の授業って眠たくなるよね~、ってこの前かがみに言ったら 「あんたの場合は年中無休でそうじゃない」 と言って頭をピシャリと叩かれたっけ。 「こなちゃん、お弁当一緒に食べようよ」 「私もご一緒させて下さい」 いつも通りにつかさとみゆきさんがお弁当を持って私の席まで来てくれた。もうちょっと待てばかがみも来るだろう。 「うん、食べよっか」 とりあえず私は二人と近くの席を寄せ集めた。 そうしてるとかがみがお弁当を持ってやって来た。私達は今日も四人でお弁当を食べる……はずだった。 「ねえ、そういえば今日学校の玄関のところでゆたかちゃんとみなみちゃんが二人して急いで校舎の中に走っていったけどさ、 しかも予鈴がなった後なんだけど。二人にしては珍しいよね?」 え?ゆーちゃんは私よりも随分早く家を出たけど。…なんだか様子は変だったけど。 それって人違いじゃない? 「そんなことないわよ、確かにゆたかちゃんとみなみちゃんだったわよ。顔もちゃんと見たんだから間違いないわ」 …どういうことだろう。私より早く出て遅刻?私だって今日は遅刻寸前だったのに。 「みなみさんが遅刻するとは珍しいですね、今までそのようなことは一度もなかったと思いますよ」 みゆきさんも不思議に思っているようだ。 確かに真面目なあの二人ならそんなことはまずないと言ってもいい…あ! 私は今日の朝に見たゆーちゃんの妙な様子を思い出しゆーちゃんのクラスに行くことにした。 どうしたんだろう、ゆーちゃん。学校に着くまでに気分が悪くなったのかな。少し心配だ。 かがみ達には適当に言っておいて、私は教室を出た。 …あ!お弁当忘れるところだった…。 sideゆたか(inみなみ) 三時間目が終わって、20分の休憩時間が始まった。 とにかく今はみなみちゃんとお話したいな。色々考えたけどこのままみんなに隠しとおせる自信がない。 もういっそみんなに話してしまったほうがいいのかもしれない。 私はゆっくりと席を立ってみなみちゃんのいる元私の席へと足を進めた。 sideひより さーて、いつも通りに岩崎さん達と一緒にお弁当食べようかな。 岩崎さんの方へお弁当を持って行った。岩崎さんの席には小早川さんがいた。二人で何か話しているみたい。 「岩崎さん、小早川さん、お弁当食べよう」 私は二人に言ったが 「…ごめん、今日はちょっと用事がある」 「ごめんね、田村さん」 そうっスか。ん?やっぱり二人の言動がおかしい気がする。なんだか二人が入れ替わってる感じなんだけど…。 あ、二人とも「ヤバッ!」見たいな顔してるし。本当に変だなぁ。 「イッショにおヒルタべませんカ?」 パティがお弁当を持ってきた。私はパティに二人は用事があるから今日は無理って言ってたって言った。 その後小早川さんと岩崎さんは二人でお弁当もってどこかに行っちゃった。 とりあえず私達は二人でお弁当を食べることにした。 sideパティ キョウのランチはヒヨリとフタリでタべることになりましタ。 いつもならユタカにミナミもイッショにタべるけどキョウはいません。ヨウジがあるらしいでス。 「一体どうしたのかな、二人とも」 「ウ~ム、もしかしたらフタリともできてしまったのかもしれませんネ」 とりあえずジョウダンでカエしましたがタシかにキになりまス。 キノウとかにこんなコウドウをフタリがミせてもベツにおかしいとはオモいませんが、 キョウはフタリともヨウスがヘンでしたからミョウにキになりまス。と、そこに 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 OH!コナタがトツゼンやってきましタ。どうしたのでしょうカ? sideみゆき いつもなら四人で囲んで食べる昼食ですが今日は三人で食べています。 なぜか泉さんがゆたかさんのところに行ったからです。ゆたかさんが遅刻したのが気になるのでしょうか…? 四人で食べているのに慣れているせいか、少し寂しく感じてしまします。 そういえば、先程かがみさんが小早川さんだけでなく岩崎さんも遅刻していたと言っていました。 よく考えると今日、みなみさんと一緒に学校へ行こうとしてみなみさんの家を尋ねてみましたが、 みなみさんはすでに学校に行った後でした。 無論私は遅刻はしていません。これは少々不可解ですね。後でみなみさんに聞いてみましょう。 sideみなみ(inゆたか) いつみならお昼を食べている時間だが、今日はゆたかと一緒に学校の屋上で食べることにした。 それにしても未だに中身がゆたかとわかっていても自分の姿と話すのは中々慣れない。 屋上に着いた私達は二人で座ってお弁当を食べ始めた。少し経ってからゆたかが話しかけてきた。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …私にもわからない。原因不明だしどうしようもない。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 私は考えていたことを言った。そろそろ田村さんかパトリシアさんかが気づくとはいかないとしても違和感は感じているに違いない。 「じゃあ話すの?」 それも正直不安だ。もし誰かに話して学校中に広まりでもしたら周りから何か言われることは間違いない。 私はそういうのが苦手だから話すのは避けたい。でも誰かに話したい、話して楽になりたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 私はゆたかにそう意見を提示した。 ゆたかは少し考えてるそぶりを見せてから、あまり時間をかけずに 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ゆたかは微笑みながらそう言った。 sideこなた 私がゆーちゃんの教室に着くとひよりとパティがお弁当を食べてた。教室を見渡してもゆーちゃんどころかみなみちゃんもいない。 とりあえず私は二人を呼んでみた。 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 パティが私に気づいて声をあげた。 「OH!コナタ!どうしましたカ?」 私は二人の席まで歩いた。 「ゆーちゃんかみなみちゃんにちょっと用事があってね。ふたりがどこに行ったか知らない?」 「ウ~ン、シりませんネ」 「私もっス」 …そっか、二人も知らないんだ。 私は二人に今日の朝のゆーちゃんの様子が妙だったこととゆーちゃんが私よりもかなり早く出たのに遅刻したことを話した。 「確かに妙っスね。それに今日二人ともなんだか様子が変だったっス」 「ミナミはヒョウジョウユタかになってたり、らしくないミステイクをおかしましたし、ユタカはなんだかムヒョウジョウでした」 ん~、何だか二人が体か心が入れ替っちゃったみたいだね。 「そう、それっス!私もそう思うっス!」 「ワタシもです!でもそんなことありえないですヨ。マンガやゲームじゃないですシ…」 何だかそう言われると本当に二人が気なってきたな~。そうだ! 「ねえ二人とも、ゆーちゃんとみなみちゃんを探しに行かない?」 私がこう言うと二人は少し考えてから私の誘いを承諾した。 とかなんとかあって今私達三人は学校の屋上の扉の裏から、ゆーちゃんとみなみちゃんが二人でお弁当を食べているのを覗いている。 私達が着いたころには二人は座ってお弁当を食べているようだった。 私達は三人で耳を澄まして会話を聞いてみることにした。 「…私達何やってんでしょうかね?」 ひよりんが疑問を口にした。 「シー!ヒヨリ、シズかにするでス」 「パティも声が大きいよ。まあここはなんか出て行きにくい感じだし空気読んでここで聞いてるんだから。 今いきなり二人に声をかけるより大分ましだよ」 と言って私はひよりんを静かにさせた。まあひよりんもまんざら二人の会話に興味のないわけではないらしい。 私達は集中して二人の会話を聞きにはいった。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 みなみちゃんが自分で自分の名前呼んでるんだけど。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …え、何を?やっぱり何かあったんだ。ていうかゆーちゃんの口調がおかしいよ。朝もこんな感じだったっけ。 「じゃあ話すの?」 何だか今日のみなみちゃんは表情がよく出てるね。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …やっぱり私達に何か隠してるみたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 あれ?ゆーちゃんいつからみゆきさんのことを高良先輩じゃなくてみゆきさんって呼ぶようになったんだろう? 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ここで二人はお弁当を食べ終えたようだ。立ち上がってこちらの方へ来ようとしていたので私達は急いでその場から離れた。 それにしても、ゆーちゃんとみなみちゃんは私達に何を隠してるんだろう…。 その後は廊下でパティとひよりと別れて私は教室に戻った。その時には予鈴三分前だった。 …私、お弁当食べてないよ。 四時間目 数学A sideゆたか(inみなみ) やっぱりなかなか解決策は見つからないなぁ。とりあえず高良先輩には相談することにしたけど他の皆には話したほうがいいかな。 でももしかしたら信じてもらえないかもしれないし…。…はぁ…。 そういえば五時間目は体育だったっけ。もしかしたらこの前みたいに気分が悪くなって皆に迷惑かけないで思いっきり楽しめるかも。 でも、みなみちゃんは…、私の体じゃ参加できないよね。私も見学しようかな…。 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を岩崎、三問目を××。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 はう!まさかまたなんて…、どうしようまたどこの問題か聞いてなかったよ~。 ふとみなみちゃんの方を見ると私に手でどこの問題か伝えてくれた。ありがとう、みなみちゃん。 それにしても自分はここにいるのに体は違うところにあるなんてやっぱり不思議な気分だなぁ、どうにも慣れないよ。 私は問題を手際よく解いて黒板へむかった。 sideみなみ(inゆたか) この授業の後は確か体育だ。でも次のお昼休みに高良先輩に相談しようと私は思っている。授業が終わればすぐに行かないと。 …そういえば今、私はゆたかの体だから体育は見学したほうがいいかもしれない。 今日の朝も気分が悪くなってゆたかに抱いてもらったこともあるし…。 確か見学の場合はジャージに着替えて先生に見学することを伝えるのだったかな。したことないからよくわからない。 とりあえず授業に集中しておこう。一時間目に様なことがまた起こるかの知れないし。 そして予想通り同じことが起こった。まさか同じようなことが起こるなんて。 でも今回はしっかりと話は聞いてたし大丈夫。ゆたかは……何だか不安そうにこっちを見てる。 私は手でゆたかにどの問題をやるのか伝えてみることにした。 お昼休み sideみゆき 予鈴がなってお昼休みの時間となりました。まわりでは外に元気に出て行く人や誰かとおしゃべりしている人などがいます。 私も少し体を動かしたい気分です。最近は受験勉強にとられる時間が多くて…。 一年生や二年生のときよりゆったりできる時間は減っています。 あ、そういえばみなみさんに少々聞きたいことがありましたね。すっかり忘れていました。 幸い次の時間は英語ですので少し遅くなっても大丈夫そうですね。 私は席から立ち上がりみなみさんのところへむかうため教室を後にしました。 一年生の廊下を歩き、みなみさんのクラスが見えてきました。 すると私の目線の先にみなみさんとゆたかさんの姿が見えました。 私は呼ぼうと思いましたが小早川さんとみなみさんからこちらに近づいてきたので呼ぶのはやめました。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 私はそう二人に話しかけました。 sideみなみ(ゆたか) ゆたかと一緒にみゆきさんのところへ行こうとするとみゆきさんが教室の近くにいたので私達は難なくみゆきさんと会うことができた。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 「ごめんなさい、今はあまり時間はなくて……、みゆきさん、ちょっと着いてきてください」 私はもう自分をゆたかと偽るのはやめていつも通りに話すことにした。 みゆきさんは少し不思議そうな顔していた。 私達は体育館の裏の方へ行った。 「どうしたのですか、みなみさん、小早川さん。何だか二人とも様子がいつもと違いますよ」 「みゆきさん」 私はみゆきさんにゆたかの体で話しかけた。 「は、はい」 「これから話すことをよく聞いてください。すべて本当のことです。信じられないかもしれませんがお願いします」 みゆきさんの頭上には珍しくクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。 「みなみちゃん」 ゆたかが少し心配そうに見つめている。 「とにかく話を聞きましょう」 みゆきさんがそう言ったので私は全て話した。今日のこの不可解な現象のこと、その全てを。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんが高良先輩に全て話し終えた。高良先輩は驚いた顔していましたが、私とみなみちゃんの真剣な眼差しのせいか信じてくれたみたい。 「…つまりみなみさんとゆたかさんの心が入れ替わってしまった、ということですね」 「…はい」 「…え~と、今小早川さんが話したということはみなみさんが話したということですよね」 「はい、すいません、わかりにくくて…」 「いえ…そうようなことは…」 みゆきさんは少し困惑顔で話している。 「高良先輩、どうしたら元に戻れますか?」 私は単刀直入に聞いた。 「……すみません、私には全く…わかりません…」 「…そうですか」 正直やっぱりとは思ったが、小さな期待が私の中にあったのかもしれない。少しがっかりした。 「このことを私以外に話しましたか?」 「いえ、みゆきさんだけです。あとできれば秘密にしておいてください。他の皆さんにはまた色々考えてから伝えようかなと思っているので」 高良先輩の質問にみなみちゃんが答えた。 「わかりました……けれども一体どうすれば……原因などで心当たりなどはおありですか?」 「それも特には…、色々考えましたがそういう事は全くなかったと思います」 私も聞かれたが、みなみちゃん同様に答えた。本当にこれからどうしよう…。 sideこなた あれ?みゆきさんがいないや。もしかしたらみなみちゃんのところかな。確か二人はみゆきさんに相談するとか言ってたっけ。 じゃあ、今はみゆきさんはみなみちゃんやゆーちゃんと話をしてるのかな。 それにしてもゆーちゃんどうしたんだろう、私達に内緒なんて。皆の誕生日はまだまだ先だし…。 …私達が知らなくてみなみちゃんがだけが知ってることかぁ。何かあったっけ…。 私は席に浅く腰掛けて上を向いて考えを巡らせた。…何だか私っぽくないね。 あ、そういえば確か一昨日にゆーちゃんが体育で倒れて病院に運ばれたな。私が病室に行ったときみなみちゃんが先にいたっけ…。 なんか医者から話を聞いてたみたいだけど、みなみちゃん何かすごく怖い顔してたような。 ……まさか……そんなことないよね……でももしかしたらゆーちゃんの体に何かが……。 ははは、まさかねー……。 でも、さっきの二人の会話はかなり怪しい…。 確かに病院にいたのゆーちゃんは少し苦しそうな感じはあったけど今は元気だし、 でもじゃあ今日の朝のゆーちゃんの妙な様子はなんだろう。 それに私より早く家を出たのにどうして私より遅い上にみなみちゃんと一緒なんだったんだろう。 まさかもう時間がないからって遊んでた、いやどこかでおしゃべりしてたとか……。 私はこの後つかさとかがみに話しかけられるまで上を向いて考えていた。 あはは…そんなことないよね…。後でみゆきさんに二人と何を話したか聞いてみよう。 …またお弁当食べるの忘れてた… 五時間目 体育 sideゆたか(inみなみ) 結局高良先輩と話したけどあまり成果は上げられなかったなぁ。でも誰かに相談できて少しだけスッキリした気がする。 今日の体育はバスッケットボール、私はいつも見学してるか、参加できてもみんなと同じように素早く走り回ることができない。 それどころか途中で気分が悪くなって倒れそうになってチームを抜けてみんなに迷惑をかけちゃったりする。 でも今回は違う。今はみなみちゃんなんだから。今までろくに参加できなかった分今日は張り切っていくぞ~!!! ホイッスルが鳴り私の試合が始まる。私は積極的に動いてボールを受け取ってはドリブルで相手に突っ込んでいった。 でもなかなか上手くいかない、それどころか上手にドリブルがつけない。結果相手チームにボールを何回も取られちゃった。 あんまり授業に参加してないツケが回ってきたみたい。でもすごく楽しかった。体を動かすと気持ちいいし、何だか気分が高揚する。 …確かお姉ちゃんがそういうことを「最高にハイッってやつ」って言ってたっけ。 結局私達のチームは四試合やって一勝しかできなかった。 でもその勝った試合で私のシュートが始めて入ったときはその場にへたり込んでしまった。 もう泣きたいぐらいに嬉しかった。今だけ心が入れ替わったことに感謝できる、…みなみちゃんには申し訳ないけど…。 sideみなみ(inゆたか) お昼休みにみゆきさんに相談したせいか、今は相談する前より少し気が楽な感じがする。 今日の体育、私は見学せずに参加することにした。 前回の授業でゆたかが倒れてしまったせいか担当教師は止めたが私はそれを聞き入れなかった。 ゆたかも「無理しないほうがいいよ」って言ってくれた。 でも、前回途中で抜けて、ただでさえ見学が多いのにこれ以上授業に参加しなでいるとゆたかの体育の成績が下がってしまいそうな気もした し、それにたまにはゆたかだって出来るところをみせたいはず、と思いできるだけ私は頑張ってみることにした。 そして試合は始まった。私はいつもよりさらに気合を入れて臨んだ。ちなみに試合はハーフコートではなくオールコートだった。 最初のうち私はドリブルで相手を抜き、そのままレイアップや三点シュートを連発し取れるだけ点をとった。 この小柄な体は相手を抜いてリングの下まで向かうのにかなり好都合だった。でも数分で気分が悪くなって交代を余儀なくされてしまう。 交代して脇で座って休んでいると、同じチームの休憩している人や他の人達が来て、 「どうしたの小早川さん、すごいじゃない!」・「キョウのMVPはユタカですネ」・「今回は調子いいんだね、安心したよ」と言ってくれた。 何だか私は嬉しくて、少し恥ずかしくなった。 「小早川さん顔真っ赤だよ」・「あはは、かわい~」・「も、萌えるっス」とも言われた。 何だかこの体も悪くないな、と思った、…ゆたかには悪いけど…。 そうこうしているうちに今まで最高に楽しかった体育の時間は終わった。ゆたかもすごく楽しんでいた。 ゆたかとは敵チームだったけど、一緒に試合をした時は本当に楽しかった。 私はゆたかのシュートを阻止したり…背が全然足りなかったけど。私のドリブルしているとボールを取られて、また取り返したり。 私は自分の体のこととか忘れていた。 だからその後気分が少し悪くなってしまったけど、最高に充実した授業だった。 ちなみに一番勝った回数が多かったのは私のチームだった。その後私はみんなにMVPに選ばれて軽い胴上げまでされた。 …明日も確か体育あったはず、心が入れた替わった状態が明日まで続いてもいい気がしてきた。 その後私達は教室で着替えた。 昼休みに着替えたときはみゆきさんに相談した後で時間がなかって急いでいたからあまり気にしなかったけど、 ゆたかって胸結構あるんだ…。 皆に、特にゆたかにばれないように気をつけて少しだけもんでみた。…やわらかい。いいな…。 私は小さなため息をついた。それは周りの喧騒の中に消えていった。 sideこなた ようやく五時間目が終わった、疲れた~。半分眠っていたような感じだったよ。 そんなことよりみゆきさんに何を話していたか聞いてこよっと。 私は席を離れてみゆきさんの席へ行った。みゆきさんは何だかぼうっとしていた。 「ねえ、みゆきさん」 「……」 へんじはない ただのしかばねのようだ …じゃなくて、どうしたんだろう。何だか考え事で頭が一杯みたい。そういえば授業中も当てられてしどろもどろで答えてた。 四時間目まではこんなことなかったのに、やっぱり原因はゆーちゃんとみなみちゃんの話を聞いたからかな。…たぶんそうだろうね。 そんなに大変なことになっちゃってるのかな…。本当にゆーちゃんが心配になってきたよ。 「みゆきさん!」 私は少し大きな声で呼んでみた、すると 「わひゃぁ!」 と可愛い声を出した。 「な、ななななんんですか、泉さん?」 「…びっくりしすぎだよ、みゆきさん」 「す、すいません、少々考え事があって」 「ゆーちゃんとみなみちゃんのことだよね」 私は単刀直入に切り出した。みゆきさんは驚いたような顔をした。 「…泉さんも知っていましたか…」 「まあね」 知らないけどここはわかってるフリをしておく。さっき盗み聞きした時のゆーちゃんとみなみちゃんの会話で 「でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」って言ってたってことは皆には隠すつもりでいるってこと。 たぶん皆には内緒にするようにみゆきさんは言われてるだろうけど、 ここは知っていることにして適当に話を合わせれば大体のことはわかるかもしれない。 だてに私もバカじゃないってことだね。今まで色んなゲームをしといてよかったよ。 「しかし大変なことになりましたね、泉さんも心配ですよね…」 みゆきさんはとても心配そうな顔で話し始めた。やっぱり何かあったんだ…。 「…そうだね」 私は適当に相づちをうった。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんし」 「え……?」 私はすごく嫌な感じがした。やっぱり病気?…治らない? 「でももしかしたらすぐにでも…泉さん?」 私はみゆきさんの言葉を聞く前にみゆきさんの席から離れた。……すぐにでも……死ぬ……とかだったり……。 怖い、その後を聞くのが怖い、怖くて怖くてたまらない。 どうしよう、ゆーちゃんが死んじゃったら…どうしよう…。私お姉ちゃんなのに…何で気づいてあげられなかったんだろう。 私は予鈴が鳴り先生に注意されるまで呆然と立っていた。この後の授業は頭に入らなかった。 …もう何も考えられなかった…。 六時間目 古典 sideゆたか(inみなみ) 今日最後の授業は古典。…やっぱり難しいや。 それにしても何だかこの体でいるのも結構なれてきたかな。まだ小早川や、ゆたかと呼ばれると反応したりしてしまうけど。 そういえばさっきの休み時間みなみちゃん何だか体育の時間の時よりも少しだけ暗くなってた感じがしたけどどうしたのかな? あと田村さんとパトリシアさんが何だか私とみなみちゃんの方を見て内緒話をしてたし、どうしたんだろう。…ばれちゃったのかな…? 私は教室にある時計を見た。授業終了まではあと15分だった。放課後に本格的に治す方法を考えたほうがいいね。 …とりあえず、みなみちゃんと高良先輩と一緒にどこかに行くことにしよう。 sideみなみ(ゆたか) 今日の授業終了まではあともう少し。今日は突然こんなことになって驚いたけど楽しいときもあったし、 今はそれなりに落ち着いてきている。 今日の放課後は事情知っている私とゆたかとみゆきさんで話し合って今後どうするか決めることにしよう。 「次のところを…小早川、読んでくれ」 …あ、今のゆたかは私なんだった。ちょっと油断してた。 私は先生に指定されたところを読み、ホッと安心してまた考えを巡らし始めた。 とりあえず放課後は三人で今後のことについて話し合ってみようかなと思う。 その数分後授業終了を伝えるチャイムの音が学校中に響き渡った。 放課後 sideゆたか(inみなみ) 今日の学校がやっと終わった。 私はみなみちゃんを誘って二人でみゆきさんを誘って三人で、とりあえずみなみちゃんの家にむかうことにした。 sideみなみ(inゆたか) 私はゆたかの願ってもない提案に乗り、みゆきさんと三人で私の家にむかうことにした。 私はゆたかとみゆきさんのクラスに行き、みゆきさんを呼んで三人で帰った。 そういえばみゆきさんのクラスを覗い時、泉先輩が自分の席でぼうっとしていた 。どうしたんだろう、授業は終わっているのに…。 私達には全く気づいていないみたいだった。 道中でも三人で色々話してみたが、結局解決策は見出せず、気がつくともう私の家についていた。 みゆきさんは家に一旦荷物を置きに行った。 ゆたかと私が庭に入るとチェリーがゆたかにじゃれついてきた。散歩に行きたいのだろうか…。 …何だか少し寂しいな。最近チェリーは私にそっけなかったのにこういうときに限ってじゃれついている。 ゆたかがうらやましい…。私はちょっとだけ微笑みながらチェリーをなでた。するとチェリーは尻尾を振ってじゃれついてきた。 あれ?もしかして今のゆたかは私だって気づいたのかな、さっきまでじゃれついていたゆたかにはあまり構わなくなったし。 私達はチェリーと一緒に家に入った。中ではお母さんが「久しぶりね、ゆたかちゃん」と言ってくれた。 …さすがにお母さんにこう言われると悲しい。 ゆたかはおじゃましますと言いかけたが、途中で気づいてただいまと言った。 「こんにちは、おじゃまします」 「あら、みゆきちゃん、こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。お母さんがうれしそうにみゆきさんを迎えた。 その後私達三人は私の部屋に入った。 sideこなた 「こなちゃん、こなちゃん、どうしたの?」 「何ボーっとしてるのよ、とっくに授業は終わったわよ。ていうか学校自体終わったけどな」 私は誰かに体をゆすられて何もない思考から目覚めた。 「よかった~、どうしたのかと思ったよ~」 「ほんと何やってんだか…」 私をゆすっていたのはつかさだった。安心した様な顔をしている。 横にはあきれ顔をしたかがみがいた。二人を確認した後私は周りを確認した。教室には生徒が数人いるだけだった。 窓から差し込んでくる夕焼けが私にはとてもまぶしく感じられた。 「あっ!」 私はがばっと起きて時計を見た。時刻は六時間目終了から15分経っていた。もちろんみゆきさんはもうクラスにはいない。 「もう、びっくりっせないでよ、こなちゃん」 「何驚いてんのよつかさ。ほら、こなたも変な事してないで帰るわよ」 「みゆきさんは!?」 私は二人に聞いた。おそらく大声だったのだろう、二人は驚いていた。 「ど、どうしたのこなた」 「いいからどこ行ったの!?」 「ゆ、ゆきちゃんならもう帰ったよ、ゆたかちゃん達と帰るって言ってたけど…こ、こなちゃん!」 私はつかさからそこまで聞くと勢いよく立ち上がり、かばんも持たずゆーちゃんのクラスへ向かった。 ゆーちゃんのクラスを覗くとそこにはひよりんとパティが二人で話していた。他にも何人か生徒がいる。 「い、泉先輩、どうしたんスか?」 「コナタ、どうしたネ?イキがアがってますヨ」 教室にはやっぱりゆーちゃんとみなみちゃんの姿はない。 「ゆーちゃんとみなみちゃんは!?」 私は二人に聞いた。ここでも大きな声だったのだろう、教室の中にいる人の目線が私に集まった。 しかし今の私には気にならなかった。 「こなた!落ち着きなさい!」 突然後ろから声がした。 「カガミ!」 私が振り向いて誰か確認するよりも早くパティが答えた。 「あんた何をそんなに焦ってるのよ。とにかく落ち着け!」 かがみは私の肩をつかんで結構な大声で言った。私は少しずつ落ち着いきを取り戻してきた。かがみの横ではつかさが肩で息をしている。 「落ち着いた?」 「う、うん、ごめんかがみ」 「いきなり教室からでていくんだもん、びっくりしたよ。はい、かばん」 教室に忘れてきたかばんをつかさが渡してくれた。…必死になって忘れてたんだ、今思い出したよ。 「ありがと、つかさ」 私はつかさにお礼を言った。 「で、いきなりどうしたんスか?」 ころあいを見計らってかひよりんが本題をぶつけてきた。 「ユタカとミナミのことですカ?」 話が早くて助かった。私はみんなに話した。 sideかがみ 「うそ…そんな…」 横ではつかさが顔を真っ青にしている。今にも泣きそうだ。私はつかさの手を握ってあげた。 「ね、ねえこなた、さすがにそれはないんじゃない?」 私もこなたの話はさすがにいきなり信じることはできなかった。ゆたかちゃんが死ぬなんて…。 「た、確かに泉先輩の話は的をえてるっス」 「…ワタシもそうオモいまス」 田村さんとパトリシアさんはこなたの話を少なからず信じているようだ。 「でも朝の様子が変で遅刻しただけでそれはいくらなんでも…」 私はこなたに反論した。 「でも…一昨日に病院でみなみちゃんが怖い顔をして医者と話してるのを見たし…」 「で、でもそこでそんなゆたかちゃんの命の話なんてしないはずよ、まずは家族に話すもんでしょ」 「…今日、ゆーちゃんとみなみちゃんが屋上で話してるのをひよりんとパティと一緒に聞いたんだ。 そこでゆーちゃんが皆に隠してるってはっきり言ったんだよ」 「違うことなのかもしれないじゃない」 反論していく私にも何だか嫌な感じがしてきた。 「それに二人はみゆきさんに相談するって言ってたんだ。だから五時間目の後の休み時間でみゆきさんに聞いてみたんだ」 こなたの声がどんどん重くなってくる。 「みゆきは何て言ってたの?」 この先を聞くのが少し怖かったが、私はこなたに聞いた。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんって…言ってた…」 こなたの目から一筋の涙がこぼれた。…これは本当にやばいのかもしれない。 田村さんとパトリシアさんは無言でうつむいている。つかさはこなたの倍以上の涙を流していた。 「…じゃあ…こなたの言うとおり…ゆたかちゃんは…」 私の中でもこなたと同じ結論が出た。 「みんな、ゆたかちゃんを追うわよ!」 私達は五人でゆたかちゃんのもとに急ぐことにした。 この言葉についてこない人は 誰もいなかった sideつかさ ゆたかちゃんが…死んじゃうなんて…信じられないよ、信じたくないよ…。 私はお姉ちゃん達と急いで校門まで来た。 「そ、そういえばユタカはどこにイったんでしょうカ!?」 パトリシアさんがお姉ちゃんに聞いた。 「よ、よく考えたらわからないわね」 確かによく考えたらゆたかちゃんがどこにいるか私達わからないや。 隣ではこなちゃんが電話をしていた。…あ、今切った。 「…みんな、ゆーちゃんはみなみちゃんの家だって」 「わかったわ、ありがとうこなた」 「こなちゃん、誰に電話してたの?」 私が聞いた。 「みゆきさんの家に電話したんだよ。みゆきさんやゆーちゃん達だと言ってくれないかもしれないからね。 みゆきさんが一緒に帰ったんならみなみちゃんかみゆきさんのどちらかの家だと思ってたし。 さすがにみゆきさんもお母さんに口止めするのを忘れてたみたいだね。みゆきさんがかばんを置きに来たときに言ってたみたいだよ」 「す、すごいねこなちゃん。まるで探偵みたいだね」 私は素直に感心した。他の三人も驚いているみたい。 「あんた案外すごいじゃない。みんな、みなみちゃんの家に急ぐわよ!」 再びお姉ちゃんの号令に従って私達は急いでみなみちゃんの家へとむかった。 それにしてもここまで必死なこなちゃんなんて始めて見たよ。 sideかがみ 私達は今、みなみちゃんの家にむかうために電車に乗っている。 それにしてもこなたってすごいわね。こんなに頭がきれるなんてね。 …やっぱりゆたかちゃんが大事なんだ。私にも妹がいるからその気持ちはすごくわかる。 そういえば私が読んでる小説に、ピンチになったら急に頭のきれるって人がいたわね。正確には人だったものだけど。 …さすがにこんなこと考えてる場合じゃないわね。…ゆたかちゃん…大丈夫かな…。 こなたの話を聞く限りふざけているようなそぶりはなかった。それどころかこなたのマジ泣きなんて始めて見た。 それにこなたの話には文句がつけられない。反論できるところが存在しなかった。 電車がみなみちゃんに家の最寄り駅に近づくにつれて私の心臓の鼓動はどんどん高まっていった。 sideひより まさかこんなことになるなんて…小早川さん、どうして私達に教えてくれなかったんだろう。 やっぱり日ごろの行いかな。そう言われると反論なんてできないし。 でも今日の体育の様子から考えるとまだ信じられないよ。あんなに頑張って、すごく活躍してたのに…。 もしかしたらもう時間がないからあんなに張り切って活躍していたのかもしれない。 電車は私達の降りる駅の二つ手前だった。 sideパティ ユタカ…ダイジョウブでしょうカ…。 すごくシンパイでス。せっかくここにキてできたシンユーなのに…それをウシナってしまうなんてたえられません…。 …ミナミはそんなジュウヨウなことをシっていてどうしてワタシタチにオシえてくれなかったのでしょうカ? いくらユタカにクチドめされていたとしてもひどいでス。ワタシタチだってゆたかのシンユーなのに…。 デンシャはワタシタチのオりるエキのヒトツテマエでしタ。 sideこなた 心臓がバクバク鳴ってるのがすごくわかるぐらいに私は緊張してる。 みゆきさんの「でももしかしたらすぐにでも…」って言葉を思い出すたびに私は心が壊れそうな程に締め付けられる。 私は窓の外の景色を見てそれらの気持ちから逃避を試みた。しかし、外に走っている救急車が目に入り、私は咄嗟に目をそらした。 ……怖いよ……。 電車のスピードが落ち始めた。私達の降りる駅に着くようだ。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんの家に来てもう30分ぐらい経ったかな。 三人で色々話したけど具体的な解決策は全くない。 とりあえず明日にはみんなを集めてこのことを言うっていうのは決まったけど…。 私達ずっとこのままなのかな…。部屋は静けさに満ちていた。 すると下からインターホンが鳴り響く音が聞こえた。 みなみちゃんのお母さんが出たみたい。 「みなみー!田村さん達が来たわよー!」 私達は階段を駆け降りてドアを開けた。 「ゆーちゃん!」 するといきなりお姉ちゃんがみなみちゃんに飛びついた。みなみちゃんは困惑顔に少しばかりの朱を添えた顔をしている。 「み、みなさん、どうしたんですか?」 みゆきさんの驚いた声とともにドアのほうを見てみるとそこには、かがみ先輩につかさ先輩、田村さんにパトリシアさんまでいた。 「岩崎さんどうして言ってくれなたんスか!?」 「そうでス!ひどいですヨ!ワタシタチシンユーなのに…」 私はいきなり田村さんとパトリシアさんから糾弾をうけた。 「別に隠すことなかったんじゃない」 「…そうだよ~」 横では抱きつかれたままのみなみちゃんにかがみ先輩とつかさ先輩が諭すように言っている。つかさ先輩は今にも泣きそうだ。 私はとりあえず皆にみなみちゃんの部屋へ行くように促した。 sideみなみ(ゆたか) 私の部屋には今、私を入れて八人の人がいる。 どうやらみんな私とゆたかを心配して来てくれたようだ。…やっぱりばれてたんだ。 「どうして隠してたの?」 泉先輩が口を開いた。 「あ…えっと…余計な騒ぎを起こしたくなくて…」 ゆたかが答えた。 「私達すごく心配してたんだよ」 「そうでス!」 「別に話してもよかったんじゃない?」 「そうだよ、ゆたかちゃんにみなみちゃん。それにゆきちゃんも」 つかさ先輩がみゆきさんを糾弾した。 「すいません、二人の意思を汲んだつもりでしたが私の間違いだったようですね」 「それで…治す方法は…ないの…?」 泉先輩がつらそうにみゆきさんに質問した。 「すいません。三人で話したのですが私も聞いたことがない状態なので…」 みゆきさんの声が若干しょんぼりしているように聞こえる。 「ゆーちゃん、体は大丈夫なの?」 泉先輩が私に向かって話した……あれ?泉先輩、ゆたかは私じゃなくてあっちなんですけど…。 「…あの泉さん…」 みゆきさんが怪訝な顔で泉先輩に話しかけた。 「何?みゆきさん?」 「泉さん達の言う私達の隠し事はどのような内容なのですか?」 sideこなた みゆきさんが隠し事の内容を聞いてきた。正直ゆーちゃんを問いただしたかったけど、 何だか今のみゆきさんは無視したらやばそうな感じだったので答えることにした。 私が話した後、ゆーちゃんにみなみちゃん、みゆきさんは唖然としていた。…え?どうしたの?何か変なこと言った? 「わ、私が死んじゃうの!?」 みなみちゃんが答えた。 「え?いや死ぬのはゆーちゃん…じゃないの?みなみちゃんじゃないでしょ」 「そ、そういえばどうして今日は岩崎さんが小早川さんの名前で反応して、小早川さんは岩崎さんの声で反応してるの?」 ひよりんが尋ねた。そういえば屋上での会話でそんな事あったような…。 「皆さん、小早川さんは死にません。あなた達は大きな勘違いをしています」 みゆきさんが立ち上がって言った。え?どういうこと? 「実は…」 みんながみゆきさんの声に耳を傾けた。さっきまであんなに騒がしかった部屋は静まりかえっている。 「小早川さんとみなみさんは、今心が入れ替わった状態なんです」 一瞬の静寂が辺りを包み込みその後 「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 私達五人は大きな声で答えた。 その夜 sideゆたか(inみなみ) 「じゃあね、みなみちゃん、高良先輩」 「またね、ゆたか」 「みなさんさよなら」 日がかなり傾き、辺りは少し暗くなっていた。みなみちゃん達はみなみちゃんの家を後にした。 今私はみなみちゃんの体なのでみなみちゃんの家に泊まることになった。高良先輩も一緒に泊まってくれるので安心できた。 高良先輩が真実を話した後、お姉ちゃん達はすごく驚いていた。お姉ちゃんは私に泣きながら抱きついてきた。 ちょっと恥ずかしかったけど、私は嬉しかった。だってお姉ちゃんが私のことすごく心配してくれたのが痛いほどわかったから。 かがみ先輩はお姉ちゃんに何か言いたそうだったけど、泣いているお姉ちゃんを見て何も言わないことにしたみたい。 つかさ先輩も安心したのか泣いていた。田村さんもパトリシアさんも目に涙を溜めていた。やっぱり皆には話したほうがよかったみたい。 あの時のみんなの様子を見て私は思った。 しかしこの状態を治す方法は結局思いつかなかずに、お姉ちゃんの「明日になったら治ってるよ」の一言でなぜか片付いた。 私はみんなが帰った後、高良先輩とみなみちゃんのお母さんと一緒に晩御飯を食べて、その後一緒にお風呂に入った。 二人で背中を流し合ったりしてすごく楽しかったな。 体育で疲れたせいもあってか、お風呂はすごく気持ちよかった。 …それにしてもみなみちゃんの家のお風呂ってすごく大きいんだね。びっくりしたよ。 sideみなみ(inゆたか) ゆたかとみゆきさんと別れて、私達は泉先輩や柊先輩達、それに田村さんやパトリシアさんと一緒に帰宅の途についた。 「あんたねえ、本当にいい加減にしなさいよ」 「あはは…今回はわざとじゃないし許してよ~かがみん」 「上目遣いしても無駄だっつの」 泉先輩の頭上に拳骨が降り落ちた。泉先輩はうめきながら頭を抱えている。 それを見てつかさ先輩はおろおろし、田村さんやパトリシアさんは笑っている。私もついつい笑顔になってしまう。 「それにしてもこばや…じゃなくて、え~と…岩崎さん…?」 「何?」 田村さんはまだ慣れていないようだ。 「今日一日なかなか大変だった?」 「…大変だったけど、すごく充実してた。いろんな人と話せたしそれに…」 「それニ…?」 隣からパトリシアさんが話しに入った。 「…みんなが私達の事をすごく心配してくれているのがわかってうれしかった」 私は言い切ると恥かしさのあまりうつむいた。 「あはは…」 「トウゼンですヨ!」 田村さんは少し照れ笑い、パトリシアさんは胸をはって言った。…あんまり胸を強調しないでほしい…。 「でも本当に安心したよ」 泉先輩が言った。拳骨からは回復したようだ。 「はい…本当にすいません。迷惑をかけてしまって」 「いやいや、勘違いした私も悪いんだし別にいいよ」 と言って泉先輩は笑った。本当に安心したような笑顔だった。…でも私とゆたかはまだ入れ替わったままなんですけど…。 「でもまだ入れ替わった心を戻す方法はわからないまだだから安心できないよ、こなちゃん」 つかさ先輩、ナイスです。 「大丈夫だって、つかさ。一日経てば元に戻るよ」 どういう理論かわからない。 「それはあんたのギャルゲーの話だろ」 …ギャルゲー…ですか…。 泉先輩にかがみ先輩がつっこみを入れた。何だか面白くて私は笑った。 「…ゆた、じゃなくてみなみちゃんも笑ってる場合じゃないでしょ」 「まあまあかがみんや。私の持ってる漫画に、その姿で自分の望んだ事をやれば元の戻るってのが…」 「だからそれは漫画の話でしょうが!」 かがみ先輩の拳骨が再び快音を響かせた。こういうのを見ているとこのままでも悪くない気がしてくる。 私達は駅に着くたびにバラバラになっていき、最後に柊先輩達が電車を降り、泉先輩と家にむかった。 家に着いた私は泉先輩に続いて朝以来にこの家に入った。確か朝のときはすごく焦って大慌てだったっけ…。 私は家に入り、泉先輩は晩御飯の準備を始めたので私も少なからず手伝った。 その途中に泉先輩が「みなみちゃんはいいお嫁さんになるね」と言ってくれた。 すなおに嬉しかったが父親の前ではゆーちゃんと呼んでくれないと怪しまれますよ。 晩御飯が大体できて来た時泉先輩が何かをレンジで暖め始めた。 「…何を暖めてるのですか…じゃなくて暖めてるの?」 すると泉先輩はにんまり笑って「今日食べそびれたお弁当」と言った。泉先輩の晩御飯の量は二食分だった。 そして晩御飯を無事に食べた私はお風呂に入ることにした。 私が脱衣所に入ろうとすると泉先輩が一緒に入ろうと言っていきなり入ってきて服を脱ぎだした。 私は遠慮したがなんだかんだで一緒に入ることになった。湯船はそれほど大きくはなかったが私達二人が入っても十分に余裕があった。 私達は二人でずっとおしゃべりを楽しんだ。 お風呂から上がった私は泉先輩の部屋で勧められた漫画などを読んでいた…いや読まされたと言うほうが的確な表現なのかもしれない。 それにしてもすごい部屋だと思う。壁にはアニメのポスターが貼られ、パソコンや机の周りにはフィギュアが所狭しと並んでいる。 しかも泉先輩はあきらかに男性が好むようなゲームし始めた。やらないか?と言われたがさすがにこれは断った。 ただ漫画は結構楽しかった。そうしていると私…じゃなくてゆたかの携帯が鳴った。ゆたかからのメールだった。 「こんばんわ、みなみちゃん そっちは大丈夫?こっちはとても楽しいよ。チェリーちゃんもなんだかすごくなついてくれてるしね。 今日は迷惑ばかりかけてごめんね。あとありがとう。明日には元に戻ってるといいね。」 私はそのメールに返事を送って部屋にある時計を見た。もう11時だった。いつもの眠る時間を大幅に過ぎていた。 漫画の続きが気になったが私は泉先輩にオヤスミと言い、部屋を後にした。ていうか先輩受験生ですよね、勉強しないといけないのでは? そう思い、私はもう一度部屋に戻って泉先輩に言った。 すると泉先輩はなんとか話をそらそうとしたが結局はパソコンを消して勉強し始めた。 私はそれを確認してゆたかの部屋に戻り、ベットの上で今日一日を思い返しながら眠りについた。 …が明日の学校の用意を忘れていたことを思い出して明日に必要な教科書をカバンに入れて、もう一度ベットに入り今度こそ眠りに落ちた。 明日には元に戻っていることを祈りながら… 次の日 sideゆたか 「う~ん、よく寝た~」 私は大きくあくびをすると周りを見渡した。…あれ?ここはどこ? 私は部屋を出ると隣の部屋からつかさ先輩が出てきた。すごく驚いたような顔をしている。 「あ、あれどうしてかがみが…?ていうかどうして私はここに…!」 つかさ先輩は何かに気づいて走ってどこかへむかった。私もついていった。 つかさ先輩の向かった先は洗面所だった。そこでつかさ先輩は 「えーーーーーー!私がつかさになってるーーーーーー!」 私も鏡を覗くとそこには予想通り私の顔でなくかがみ先輩の顔が写っていた。 「…昨日よりひどくなってる…」 この私の言葉を聞いてつかさ?先輩が私の方を向いて 「え…それって…、あの一応聞きたいんだけどあなた…誰?」 と聞いてきた。 「えっと…小早川…ゆたか…です…」 「ちょっ!ゆーちゃん!?」 朝の柊家に二人の双子?の声が響き渡った。 sideみなみ 「う…うん…」 私が目覚めるとそこは文字通り私の部屋のベットの上だった。 「よかった…元に戻ってる」 私は安心して横を見た…何で私が寝てるの? そして自分の体をよく確認してみた。長い桃色の髪、そして…大きな胸…これって…みゆきさん…。 「う…みゅぅ……ふわ~~…」 隣で寝ている自分が起きた。 「あれ?ここどこ?…確かみなみちゃん家だっけ?」 まさかこの人も… 「あの、あなたは誰ですか?」 私は尋ねた。 「ふぇ?私はつかさだよ~」 外では小鳥があさから美しい音色でコーラスを奏でている。 私は朝からため息をついた。 こうして私達のさらに奇妙な一日が始まった。
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26 私は都心のとあるホテルの入り口に居る。丁度エレベータに乗ろうとした時だった。 「すみません、お客様」 後ろから私に声をかける人がいた。振り返ると女性だ、制服からするとホテルスタッフらしい。 スタッフ「恐れ入りますが御用はなんでしょうか」 こなた「このホテルに泊まっている人に会いに行くところだけど」 スタッフは大きく頭を下げた。 スタッフ「すみませんがそのお客様とお約束はしていますか」 私は頷いた。するとスッタッフはフロントの受付の方を向いた。 スタッフ「受付でサインをお願いします」 私は受付でサインをした。さすがにこのクラスのホテルになると受付の対応が違う。あのスタッフはコンシュルジュってところかな。 うちのレストランもあのくらいの対応をすれば一流って言われるのかな。 受付でサインを済ますと再びエレベータに向かった。 『コンコンコン』 ドアをノックした。ドアが開いた。 「¿Quién es usted?」 こなた「ほえ??」 見たことの無い男性が出てきた。髭を蓄えている。 「Váyase.」 何を言っているのか分からない。私はポケットからメモリー板を出して男性に見せた。男性はメモリー板を見ると溜め息をついた。 神崎「やはり無駄だったか」 こなた「もうこのホテルに入ってから居場所は分かっているからね、こんなに便利なのに何故今まで見つからなかったの?」 やっぱり神崎さんだった。このメモリー板を持ってからお稲荷さんの居場所は直ぐに分かるようになった。例え別の人に化けていても見破るのは簡単だ。 私は部屋の中に入った。 神崎「前にも言っただろう、起動しなければ只の箱に過ぎない」 こなた「自動で起動できるようにしなかったの、そんなのお稲荷さんなら簡単にできるじゃん?」 神崎「機械に判断と選択はさせない」 こなた「へ、分かんない、もっと簡単に教えて」 神崎「私達の母星で起きた事件だ、機械が我々に反抗してしまってね」 こなた「あ、それって、よくゲームとかで出てくるネタだね」 神崎「いや、実際に起きた、私達の星ではね、それで長い戦いが起きた……」 こなた「神崎さん達が今こうして居るって事は機械に勝ったんだね?」 神崎「勝ったっと言うより我々が機械の制御を自分自身に取り込んだ、だから機械は我々の意思なしでは動かないようにした」 こなた「取り込んだって?」 神崎「機械の制御権を全て我々の中、遺伝子に組み込んだ、これで機械は我々の道具に戻った、機械は我々の脳からの命令がないと動かない、君達の細胞にいるミトコンドリアと 同じ、ミトコンドリアの遺伝子を細胞の核に移してミトコンドリアを制御しているのとね、それに至るまで多大の犠牲を余儀なくされたがな、その副産物として 変身と長寿、そして君達の言う超能力を得た」 こなた「ふ~ん」 言っている意味の半分も理解できなかった。みゆきさんなら理解できただろうけど……無表情の私にちょっと不機嫌な様子の神崎さんだった。 神崎「他人事だな、君たちもいずれそれに直面するぞ、自分の作った道具に滅ぼされるなんて考えただけでも恐ろしいとはおもわんのか?」 こなた「でも私が生きている内は大丈夫でだよね」 神崎「それは、どうかな……」 神崎さんは改まって私を見た。わたしの顔を見て話を続けるのを諦めたのか話題を変えた。 神崎「ところで何の用だ?」 こなた「作戦の続きがあるでしょ、忘れちゃったの?」 神崎さんは部屋にある置時計を見た。 神崎「もうそんな時になるのか……本当にしなければならないのか?」 こなた「もちろん、その為にきたんだよ、最後まで付き合ってもらうから」 神崎「そうだったな……ちょっと待ってくれ準備する」 神崎さんはいそいそと身支度を始めた。 こなた「……その姿で行くつもりなの?」 神崎「そのつもりだが、何か問題があるか?」 こなた「ん~、最初に私に見せた姿がいいかも……」 ひげもじゃで背が高すぎ。すごく威圧感がある。 神崎「そうか……30分ほど余計にかかるがいいか」 神崎さんは洗面所に向かった。 こなた「なんで洗面所に、変身ならここですればいいじゃん?」 神崎「君は着替えをする時見せびらかすのか?」 こなた「そ、そんな事はしないけど……」 神崎「それと同じだ、失礼する」 そのまま洗面所に入った。お稲荷さんの変身って着替えみたいなものなのか……始めて知った。 そういえばめぐみさんの時は私の前でよく変身していたけど、同性だったから気にならなかっただけなのかな……まだまだお稲荷さんについては良く分からないことだらけだ。 神崎「君の作戦はいつ思いついた?」 洗面所の更衣室のドア越しに声が聞こえた。 こなた「神崎さんが言った時、殺し屋が来るって」 神崎「そうか……」 それ以降神崎さんは話してこない。きっと狐に戻ったに違いない。 …… …… そう、あの時……神崎さんは私に金縛りの術をかけようとしていた。 神崎「泉、私を見ろ……」 この重みのある言葉で直ぐに分かった。まともに彼をみれば術を防ぐ術はない。でも幸い私には彼が残したボイスレコーダを持っている。 はたして私が使って神崎さんの術を封じる事ができるだろうか。どのくらいの範囲で効果があるのか分からない。でも使うしかない。まずは神崎さんを止めないと私の 作戦は始まらない。 『カチ』 私は手をズボンの後ろのポケットにまわしてそっとスイッチを入れた。そしてゆっくり神崎さんの方を向いた。 神崎「どうだ、動けないか……」 うごけ……ん?……! しめた、動けそうだ。それならここは術にかかった振りをする。私は何も言わなかった。神崎さんの隙を狙う。 神崎「お前を巻き込む分けないはいかない、このまま最終電車で帰ってもらう、特急に乗れなくても終点の駅ならホテルは沢山ある……」 私に催眠術をかけるつもりなのか私の顔に腕をゆっくり伸ばしてきた。私の額にその手が触れるか触れないかの距離まで来た瞬間、 私は一歩神崎さんの真横に移動して身体を一回転させて神崎さんの背後に回り私の腕を神崎さんの首に回してもう片方の腕で完全にロックした。俗に言う裸締めだ。 神崎「うぉ!?」 こなた「動かないで、腕にちょこっと力を加えれば頚動脈から頭に血が行かなくなるよ、そうなれば数秒で落ちるよ」 神崎「な、何故効かない……なぜ……?」 こなた「神社でボイスレコーダ拾っちゃったからね」 神崎「まさか……もっと遠くで捨てるべきだったな……なんて素早い身のこなし、見えなかった、しかも急所を的確に狙うとは……東洋の武道と言うやつか……」 こなた「武術はちょこっと齧っただけ、油断したから素早く見えただけ、だけど技の効果は本物だよ」 神崎さんは全身の力を抜いて渡しに委ねた。 神崎「そうだな、本物の様だ、抵抗はしない……それでこの状態で私に何をする気だ?」 こなた「それより私を帰した後どうするつもりだったの?」 神崎「あの殺し屋には個人的に因縁がある、ヨーロッパに居た頃友人だった人間を何人か殺されている」 こなた「敵を討つつもりなの?」 神崎「そうだ……」 思ったよりも深刻だった…… こなた「それで、その後はどうするの」 神崎「殺し屋があやめを殺した様に見せかける、殺し屋の死体が一緒ならあやめと刺し違えたと思うだろう、そして、殺し屋の雇い主が分かれば貿易会社の全貌が明らかに……」 半分は私が立てた作戦と同じ、だけど半分は全く違う。 こなた「残念でした、殺し屋の雇い主は分からないよ、神崎さんも長年貿易会社を調べている割には分かってないね?」 神崎「なんだと、何故だ!?」 神崎さんが少し暴れそうだったので腕に少し力を加えた。すると直ぐに大人しくなった。 こなた「武器の密売を隠せるくらいの力をもってるんだよ、殺し屋を雇ったなんて分かりっこない」 お稲荷さんらしくない。親友を殺されて頭に血が上って冷静な判断ができないのかもしれない。 神崎「君なら何かあるとでも言うのか」 こなた「あやめさんの死体を利用するのは全く同じ、だけどその方法が少し違う……聞いてみる?」 神崎「もしその話を聞いて私が断ったらどうする」 こなた「このまま絞め落とすよ、と言いたい所だけど、どうしても神崎さん……お稲荷さんの協力が必要なんだ……」 私は絞めていた腕を解いた。神崎さんは私から一歩離れて手で首を擦りながら振り返った。 神崎「何故放した……いくら素人でも同じ技にはかからないぞ」 こなた「そうかもしれないけど、そっちもお稲荷さんの術は使えないよ」 神崎「……そうだった、話してみろ、その作戦とやらを」 こなた「神崎さんは殺し屋に催眠術をかけてあやめさんを殺したと思い込ませて」 神崎「それで……その後はどうする」 こなた「それだけでいいよ……うんん、もしかしたらメモリー板も取り戻しにくるかもしれないから、それも奪還させたと思い込ませる必要もあるかもね」 神崎「ばかな、そうしたら彼は証拠隠滅を図るぞ……話にならん、私は私のやり方で……」 こなた「殺し屋を殺してどうするの、殺したって神崎さんの友達は帰ってこない、あやめさんだって!!」 この時、殺し屋が家に火をつけるなんて思ってもいなかった。あの時は私の作戦を説明するのでいっぱいだった。 神崎「……殺し屋を許せと言うのか?」 こなた「うんん、そうは言ってない、ただ、誰一人傷つけたくないだけ」 神崎「傷つけない……どうやって」 こなた「あやめさんのパソコンを使う、以前盗んだデータを公に知らせたらどうなるかな、それもあやめさんが亡くなった時間に合わせて送ったら?」 神崎さんは暫く考えた。 神崎「パソコンの操作はどうするつもりだ」 こなた「証拠を消す為に必ず殺し屋はパソコンに何かをするはず、それを合図に発信するようにする」 神崎「……出来るのか?」 こなた「元気だま作戦よりは簡単だと思うけど?」 神崎さんはまた考え込んだ。 こなた「真奈美さんが何故亡くなったか教えたから知っているでしょ?」 神崎「ああ、知っている、柊さんと握手をした時、彼女の意識から鮮明なイメージが飛び込んできた……装置のスイッチを入れていなかった……慌てて入れたがもう遅かった」 やっぱり私の思った通りだった。 神崎「あのイメージで真奈美が捕らわれているという推測は絶望的になった……それでも微かな希望に賭けたのだがな……」 こなた「つかさが旅をしたから亡くなったんて言わないでよ」 神崎「分かっている……」 こなた「それじゃ何をすればいいのか分かるよね?」 神崎さんはあやめさんの方をじっと見つめた。 神崎「……いいだろう、君の作戦にかけよう……」 こなた「そうこなくっちゃ!!」 神崎さんは振り返って私を見た。 神崎「そのセリフはあやめが生前よく使っていた……」 こなた「感傷に浸るのは作戦が終わってから」 神崎「そうだな……」 って言ったみたものの実際殺し屋をどうやって催眠術にもっていく方法までは思いつかなかった。 こなた「えっと……その殺し屋さんってどんな人?」 神崎「そんなのを聞いてどうする?」 こなた「誘き出すのに参考になるかなって……」 神崎「なんだ、もうとっくに考えてあるのかと思った」 呆れ顔の神崎さんだった。 神崎「彼の対処は私がする、君はあやめが生きている様に振舞ってくれればいい」 こなた「この部屋でパソコン打ってればいいかな?」 神崎さんは頷いた。 神崎「仕掛けは出来るだけ急いでくれ」 私は部屋のカーテンを閉めて椅子に腰掛けた。カーテン越しの影が外からは長髪の女性が居る様に見える。 神崎「それでいい」 神崎さんは部屋を出た。 これから殺し屋が来るまでの時間はどのくらいか覚えていない。夢中でパソコンを操作していた。 つかさの家に着くまでの時間から逆算すると多分1、2時間位の時間だった。 突然部屋の明りが消えた。そしてパソコン本体の隣においてあったUPSのランプが点灯した。 1から2分くらい経っただろうか、部屋の外から神崎さんの呼ぶ声が聞こえた。メモリー板の明りを頼りに部屋を出て声のする方に向かった。 玄関の入り口に神崎さんが立っていた。その直ぐ隣に見知らぬ人影が見える。明りを向けると男性がマネキン人形の様に静止して立っていた。もう神崎さんが金縛りの術を かけた後のようだ。 こなた「この男性が?」 神崎「そう、殺し屋だ」 身長はさほど高くない。顔つきはどう見ても東洋人系の顔……日本人にしか見えない。 こなた「ヨーロッパの殺し屋じゃないの?」 神崎「いや、彼は変装の名人だ、どんな民族にも違和感なく溶け込める」 こなた「急に停電になったけど?」 神崎「もちろん彼の仕業だ、彼は潜入するとき電源と通信を遮断する……言い忘れていたがこの状況でメッセージは送れるのか?」 こなた「幸いUPSがああったから大丈夫、メッセージもあやめさんの携帯電話経由で送るから問題ないよ」 神崎「そうか……」 ほっと一呼吸整えると神崎さんは殺し屋の額に手を添えた。 神崎「彼はもうあやめを殺した……メモリー板も回収した事にする」 こなた「それじゃこれを」 私は神崎さんに携帯電話を渡した。 神崎「これは?」 こなた「あやめさんの机の中に入っていた携帯、多分機種変更で使わなくなったやつ、これをメモリー板だと思い込ませて」 神崎「……君はあざといな……」 神崎さんは受け取った携帯電話を殺し屋のズボンのポケットに入れた。 こなた「彼をあやめさんの部屋に移動させないと……」 『パチン!!』 神崎さんが指を鳴らすと殺し屋の足が動いた。そして誘導するようにあやめさんの部屋に移動した。 部屋に移動すると私はあやめさんの周りに張り付いている繭の様な物を引き剥がした。引き剥がすと繭の様な物は泡の様に解けて消えた。 あやめさんを抱き起こすと椅子に座らせた。 こなた「準備はいいよ」 神崎さんは殺し屋から手を放そうとしなかった。 こなた「どうしたの、もしかして催眠術がかけらないとか??」 神崎「……彼は此処を離れる際、火を放すつもりだ……台所から出火させて事故にみせつもりらしい……」 こなた「大丈夫、もうメッセージは送られているはずだから……」 神崎「いや、そうじゃない、火事になればあやめは……あやめの身体は焼け爛れるぞ……場合によっては身元が判らないほどに、それでも良いのか?」 こなた「……もう亡くなっているからあやめさんは何も感じないよ……」 神崎「……君は冷酷だな……」 神崎さんは片手を上げた。 神崎「この指を鳴らして3分後に金縛りの術が解ける、それと同時に彼はあやめを殺し、メモリー板を奪還したと思い込むはずだ……」 私は頷いた。 神崎さんは両目を閉じて全身を震わせながら指を鳴らした。 『パチン!!』 神崎さんは椅子に座っているあやめさんをじっと見ていた。 こなた「急いで出よう!!」 私は彼の手を引いて家を出た。そして次の駅まで歩いて行き始発電車でつかさの家に向かった。 これがあの時、あやめさんの家で起きた一部始終。 …… …… 神崎「これでいいのか」 洗面所から出てきたのは初めて会った時の神崎さんの姿だった。いろいろ思い出していたらもう30分も経ってしまったようだ。 こなた「うん、それでいい」 神崎「本当に行くのか?」 こなた「もちろん、行かないと私の作戦は終了しないからね」 神崎「何故私が行く必要がある」 こなた「神崎さんから直接話して欲しいから」 神崎「泉さん、君の方が適任だと思うが……それに私の話を聞いて信じてくれるかどうかも分からない」 こなた「信じる信じないは向こうが決める事、真実を話すのが大事なの……」 神崎さんは黙って何も言い返してこなかった。 こなた「行こう」 私達は部屋を出た。 ホテルを出た私達は私の車に乗って出発した。 神崎「何処に行く……」 こなた「神社だよ」 神崎「神社?」 こなた「そう、神社、つかさと真奈美さんが初めて会った場所、そしてあやめさんと真奈美も……そこが一番話すのに相応しいと思ったから」 神崎「あの神社か」 こなた「待ち合わせ時間に間に合うように少し急ぐよ」 私はアクセルを踏んだ。 神社の頂上が見えてきた。待ち合わせをしていた人はもう既に居た。 神崎「どうしても話さなければならんのか?」 こなた「そうだよ、5年間も騙し続けたのだから、ちゃんと責任とってよ」 今日はあやめさんの四十九日。納骨を終えた正子さんと待ち合わせをした。正子さんに会わせたい人がいると約束をした。 話すには打ってつけの日。だから今日にした。 階段を登ってくる私達に気付いた。私達に微笑みかける正子さん。 こなた「どうも遅くなっちゃって……」 正子「いいえ、私もついさっき来たばかりなのよ」 正子さんは神崎さんに気付いた。私の陰に隠れているのをのど着込むように見た。 正子「彼が?」 こなた「はい、会わせたい人です……ほら、神崎さん……」 私は神崎さんの後ろに廻り彼の背中を押して正子さんの前に立たせた。そして私は2、3歩下がった。 神崎さんは正子さんに会釈をした。 正子「貴方は……確か……あやめと一緒に家に来たわよね?」 神崎「……はい、よくご存知で……」 正子「良く覚えている、なんせあやめが初めて男性を連れてきたのだから……」 神崎さんのあの姿はあやめさんの生前からの姿だったのか……変身し直させて良かったかもしれない。 神崎「実は正子さんに言わなければならない事実がありまして……」 正子「事実?」 正子さんは不思議そうな顔で私の方を向いた。私はただ頷くしかなかった。正子さんは再び神崎さんの方を向いた。 神崎「……あやめ……いや、あやめさんは……」 正子「あやめがどうかしましたか?」 神崎さんを見て首をかしげさらに不思議そうな顔をする正子さんだった。 神崎「貴女の娘さんは5年前に既に亡くなっていた、それまでの間、私が成り済ましていました……」 神崎さんはその場で深々と頭を下げた。経緯の説明がない。お稲荷さんの話もしない。あまりに短い言葉だった。これじゃ何がなんだか分らない。理解出来ないじゃないか。 最初からちゃんと説明しないと。私が話そうとした時だった。 正子「確か……あの時は土砂降りの雨だったかしら……ずぶ濡れになって小脇に壊れたヘルメットを抱えて帰って来たわね……」 私は立ち止まった。。 正子「どうしたの?……そう聞くと「何でもない」……そう言って部屋に入って言ったわね……覚えています」 神崎「土砂降り……壊れたヘルメット……ば、ばかな……入れ替わった最初の時……」 正子「悲しげなあやめの表情でしたね、なんとなく違和感があった……」 神崎「そんなはずはない、容姿はもちろんあやめの記憶は全てトレースした、幼少から亡くなる寸前までの記憶、彼女の性格も、癖も……」 正子さんは話を続けた。多分神崎さんの話を理解できていない。 正子「……そして次の日、部屋から出てきたあやめは元のあやめに戻っていた……」 どんなに正確に変身しても他人は他人。母親は騙せないか…… 神崎「何故聞かなかった、何故黙っていた?」 正子さんは目を閉じながら話した。 正子「それを聞いたら……あやめがどこか遠くへ行ってしまうような……そんな気がしたから……でも、部屋から出てきたあやめはあやめだった、私の娘そのものでした…… あれから5年……もうそんなに経つのね……」 正子さんの目から涙が一筋流れた。 涙を流している正子さん見て急に私も悲しくなった。そして、 彼女と出逢ってから今までの出来事が走馬灯のように浮かんできた。 取材や作戦じゃくてもっといろいろ話したかった。ゲームやアニメの話、皆と軽食を食べながらバカな話でもして…… その時気付いた。私の会っていたあやめさんはあやめさんだった。少なくとも金縛りの術を使う直前までは神崎あやめだった。 私は大事な親友を一人失った…… 私はあやめさんを見殺しにした。私はあざとく……冷酷だった。 こなた「正子さん、わ、私……」 この作戦を考えたのは私。だから私は正子さんに話そうとした。でも正子さんは首を振って私を止めた。 正子「もう済んだ事だから……それより二人共、あやめの墓前で手を合わせて欲しい……」 正子さんは振り返ると神社の奥の方を向いて手を合わせた。 神崎「墓前……まさか、あやめは……」 正子「そう、この地に散骨しました……幼少から此処が好きでした、そして今でも……そう思いまして」 神崎さんは正子さんのすぐ後ろに立つと手を合わせた。 私はそのままの位置で手を合わせた。 ……あれ。目頭から熱い物が頬を伝った。 涙だった。 本人には一度も会っていないのに。泣く事なんて無いと思っていたのに…… 祈りが終わっても私は暫くその場を動く事ができなかった。 涙で目がくもって見えなかったから。 こうして私の作戦は終わった。 成功したのか。失敗したのか……今の私には分らなかった。 27 あれから半年以上が過ぎた…… 元に戻った。かえでさんは出産が近いので相変わらずつかさが代わりを務めている。 それ以外は普段と全く変わらない生活…… いや変わった…… つかさ「こなちゃん」 仕事が終わり、私が更衣室に入るのを呼び止めた。珍しい。 こなた「ん、今日は早番だよ?」 私のタイムシフトを間違えた。そう思った。 つかさ「知ってる……」 私がそのまま更衣室に入るとつかさも後から直ぐに入ってきた。 こなた「どうしたのさっきから、何か用でもあるの?」 つかさ「う、うん……」 もじもじしてはっきりしない。私は構わず着替え始めた。 つかさ「こなちゃん……かえでさんの事黙っていたの……怒ってる?」 こなた「……ほぇ、もう半年も経つのに何を言ってるの?」 着替えながら聞き返した。 つかさ「最近のこなちゃん……少し変わったから……」 こなた「変わった?」 つかさ「う、うん……いつもの元気がないような気がして、それに何となく……そっけない様な……」 元気がない。そっけない…… こなた「そうかな、私は普段と何も変えていないけど……つかさの気のせいだよ」 つかさ「う、うん……ごめんね、邪魔しちゃって……」 つかさは部屋を出ようとした。 こなた「ちょっと待って」 着替え終わった私はつかさを呼び止めた。 つかさは振り返った。 こなた「もし、かえでさんと井上さん、二人同だったらどっちに薬を渡した?」 つかさ「えぇ??」 つかさは凄く困った顔をした。そして目を上下左右に動かしながら考えている。 つかさの反応はだいたい想像できた。それでもこんな質問をするのだから私ってそうとうSなのかもしれない。 こなた「別に考えなくてもいいじゃん、私なら迷うことなくかえでさんを選ぶよ」 つかさは悲しそうな顔をして俯いた。 こなた「優しいね、つかさは……井上さんは会ったことも話したこともない赤の他人、かえでさんを選んでも誰も文句は言わないよ」 つかさ「で、でも……」 こなた「そうだよ、つかさは内緒にしていた、だから私は神崎さんをみゆきさんの居る所に連れてこられた」 つかさがかえでさんの容態を話していたら私はどんな作戦をしていただろうか……きっともっと冷酷な…… そんな私の思惑とは裏腹に驚いた顔で私を見るつかさだった。 こなた「ほらほら、そう言う事だから私は全然怒っていない」 つかさ「うん……でも、なんだかこなちゃん……変わったよ」 変わったって何が変った? こなた「それよりかえでさんが出産したら戻ってくるよ、つかさはどうするの?」 つかさ「私のお店に戻りたいけど……ひろしさんがお父さんの後を継ぎたいって……」 こなた「それならもうお店畳んじゃってこのままこの店に残ればいいじゃん?」 つかさ「そうしたいけど……かえでさんが……」 こなた「かえでさんが反対するわけないじゃん、もし反対したら、私も店を辞めちゃうって言うから」 つかさ「そ、そんな事して……大丈夫なの?」 こなた「そしたらつかさと二人で新たに店を出す……」 つかさはまた驚いた顔で私を見た。 こなた「……なんちゃってね、その時になったら考えればいいじゃん?」 つかさ「ふふ……そうだね……」 つかさが笑った。そういえば半年前からつかさが笑ったのをはじめて見たような気がした。 そして私も釣られるように笑った。 つかさ「そうそう、今日お姉ちゃんと会う約束してたでしょ?」 こなた「え???」 つかさ「先週の約束をすっぽかしたから注意するように言われたの」 すっかり忘れていた。 こなた「えへへ……ゲーセン寄ろうとしてたりして」 つかさ「今日は大丈夫だね!」 こなた「それじゃお先に!!」 つかさ「お疲れ様~」 私は店を後にした。 かがみの法律事務所…… 先週もそういえば約束した場所はそこだった。いったいかがみは私に何の用があるのかな。つかさに確認させるほど大事な話なのだろうか。 約束だけして要点を言わないなんてかがみらしくない。 事務所に入るとかがみの事務室に通された。 通されたけどかがみの姿が見えない。椅子に座っても居ないし…… 『ドカン!!』 もの凄い勢いでドアが開いた。顔半分が埋まるくらいの大量の書類を抱えてかがみが入ってきた。 かがみ「ちょっと、突っ立ってないで手伝え!!」 私は黙って半分くらいの書類を取った。かがみは自分の机に書類を置き、その上に残りの書類を積み重ねた。 かがみ「ふぅ~」 かがみは自分の手で肩を揉みながら私をじっと見た。 『バシッ!!』 いきなり私の背中をひっぱ叩いた。 こなた「痛いよ!!」 かがみ「なにしけた顔してる、らしくないわよ!!」 こなた「らしくないって、私がどうしたららしくなるのさ!」 かがみは私を指差した。 かがみ「普段のあんたならそんな口答えしないわよ、動じないで「あ、そう?」なんて聞き流す」 ……確かにそうかもしれない。 かがみ「そうね、この前のあんたのした事は元気だま作戦と違って数字では出てこない、人情に訴える作戦、しかも死体とは言え人間を一人傷つける……」 こなた「もうその話は止めて……」 かがみは言うのを止めた。だけど直ぐに話した。 かがみ「神崎さんを連れてきた時の勢いはどうした?」 こなた「……」 私は何も言えなかった。 かがみ「後悔しているのか……そんな感じね……」 こなた「今その作戦をしろって言われても、もう出来ない……」 かがみ「どう言う心境の変化があったか知らないけど、少し安心した」 かがみは笑顔で椅子に座った。そしてさっき持ってきた書類を一枚手に取って見た。 かがみ「あんたは貿易会社の情報をネット経由で暴露した、大手新聞社、雑誌会社、そして神崎あやめの働く出版社……だけどどれ一つとして動いた会社はなかった……そうよね?」 私は小さく頷いた。かがみは更にもう一枚書類を手に取った。 かがみ「動いたのは只一人、井上浩子さん……彼女が各界に働きかけて貿易会社の不正を告発した……そして今や何カ国も巻き込む国際問題にへと発展している…… あんたの機転が功を奏した、やるじゃない」 こなた「それは……みゆきさんの秘薬が完成していたから、そうでなければ井上さんはそんな事できなかったよ」 かがみ「そうね……」 こなた「はは、これでみゆきさんは億万長者だよ、すごいね」 かがみは書類を置き立ち上がった。 かがみ「それがそうでもない」 こなた「そうでもないってどう言う事?」 私は耳を疑って聞き返した。 かがみ「薬は未完成品で製品として認められなかったそうよ、それでみゆきの研究チームは解散、研究員も解任された」 こなた「う、嘘……なんで?」 かがみ「みゆきが貿易会社に融資をしたのが発覚してね……」 まさか……なんで……理解出来ない。 こなた「……そんなの関係ないじゃん、それに融資したのは告発される前の話だよ……うんん、そんなのあの薬の価値と比べれば屁みないたもんだよ」 かがみ「そうね、屁みたいなもの、だけど世間は、社会はそう見なかったって事よ」 淡々と話すかがみを見て居ても立ってもいられなかった。 こなた「あの薬の効力はかがみが一番知ってるでしょ、かえでさんだって、お腹の赤ちゃんも、井上さんも救ったんだよ……」 かがみ「私の脳腫瘍を完治させた……凄い薬だわ、まさにお稲荷さんの知識と技術には敬服する以外にない」 こなた「……私だ……私がみゆきさんに融資なんかさせたから……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「いや、こなたのせいじゃない、たまたま都合の良いネタがみゆきにあっただけ、例え融資をしなくても別の理由で同じ結果になっていた」 こなた「何で、どうして?……」 まったく理解ができなかった。 かがみ「早すぎたのよ……」 こなた「早すぎた?」 かがみ「あの薬は数世紀の時間を先取りしたような物、そんな物が出回ったらどうなる、現在流通している薬の7,8割がゴミになってしまう 製薬業界は大混乱よ、人類にあの薬を受け入れる準備はまだなかった、それだけよ」 こなた「……それだけの理由で?」 かがみ「それだけの理由があれば充分なの、人類が選んだ選択よ」 こなた「私はそんなの選んでない……」 これが無意識の、自分の意思とは関係ない選択ってやつなのか、私達だけのちからじゃ止められない選択…… かがみ「ワールドホテルのけいこさんにしても、貿易会社の経営者にしてもそれを知っていたからお稲荷さんの知識を世に出すのに選別していたのよ、、 人類が受けいれらるような基本的な知識だけを利用していた、だから同じようなデータになったのよ」 こなた「私には理解出来ないよ……」 かがみはまた椅子に座り書類を見だした。 かがみ「だから私は貿易会社の弁護を引き受ける事にした」 こなた「へ、どうして、あんな会社の弁護を?」 かがみ「こなたが消したデータ以外にまだお稲荷さんのデータを隠し持っている……それを全て消すため、弁護を引き受ければあの会社の情報を全て閲覧できる」 こなた「そんな事して大丈夫なの……」 かがみ「もちろんバレれれば私の弁護士としての生命は絶たれるわね、だからこなたを呼んだのよ、あんたなら分からないように消せるでしょ?」 こなた「出来るけど……どうしてそんな事を」 かがみ「私達姉妹の夫は全員お稲荷さん、夫はもう人間になっている、そして子供達も居る……私達家族を守る為よ……そんな理由じゃ納得できんか?」 こなた「うんん……そうじゃないけど……」 私はポケットからメモリー板を取り出した。かがみはそれを見た。 こなた「それじゃこれも要らないって事?」 かがみ「要らない……出来れば処分して欲しい、と言っても宇宙船の墜落に耐えて更に4万年も地中に埋まって 壊れないような物を処分なんてできない、だけどあんたが持っている分には 私はなにも言わない、めぐみさんからもらったUSBメモリーも含めてね……」 私はメモリー板を仕舞った。 かがみ「それで、返事は、引き受けるの、引き受けないの?」 こなた「引き受けるよ……かがみが捕まる所なんて見たくないよ……」 かがみ「ありがとう……」 かがみの素直なお礼を見たのは初めてかもしれない。 かがみ「ところでこの地球にお稲荷さんは他に居ないのか?」 こなた「うん、メモリー板に反応があるのは神崎さんだけだよ」 かがみ「力を消す装置を使っているお稲荷さんがいたら分らないじゃない?」 こなた「うんん、狐に戻った時はあの装置は意味ないって言ってから、少なくとも現役のお稲荷さんは神崎さんだけだよ」 かがみ「そうなの……ちょっとは期待していたけど、やっぱり真奈美さんは……」 こなた「微かな希望を打ち砕く訳じゃないけど、つかさと神崎さんが握手をした時、神崎さんはつかさのイメージを見たって、特に首の傷が致命的だった」 かがみ「……あの時ね……装置のスイッチを入れるの忘れたって……お稲荷さんでも忘れる事あるのね……」 こなた「それじゃ用が済んだら帰るよ」 私は部屋を出ようとした。 かがみ「待て、相変わらず薄情だな……少しは付き合え」 こなた「いや、忙しそうだし……」 かがみ「今日の仕事は終わった」 かがみは書類を置いて立ち上がった。 こなた「い、いや、じゃなんでそんな大量の書類を……見る為じゃないの?」 かがみは笑いながら私よりも先に部屋を出た。 かがみに連れられて居酒屋に来た。 居酒屋だけあってレストランかえでとは雰囲気がちがっていた。 かがみ「どうこの店、個室もあって雰囲気でるでしょ?」 こなた「う、うん……それより良いの、ワインもう2杯目だよ、酔い潰れても送ってあげないよ……」 かがみ「酔っている様に見えるか、まだ2杯しかでしょ!!」 いや、もう充分酔っている…… かがみ「そうそう、神崎あやめさんを殺したとされる殺し屋が捕まったわよ、国際手配されていてかなりの大物みたいね……決め手は神崎あやめの携帯電話……」 こなた「神崎さんの仲間も殺されたって言ってた」 かがみ「ふ~ん」 かがみ目が細くなりにやけた。 こなた「な、なに、急にそんな顔して……気持ち悪いよ……」 かがみ「事務所に来てから神崎さん、神崎さんって、よくその話をするわね」 こなた「そんな話してないよ……」 かがみ「顔が赤くなっているじゃない、白状しなさいよ」 こなた「白状ってなに、お酒が入れば赤くなるよ……」 今日はやけに絡むな…… かがみはおつまみを一口食べた後私に近づいた。 かがみ「あれから何度も会ってるんでしょ?」 こなた「会ってるけど?」 かがみ「何処までいったのよ、」 こなた「何処までって……」 かがみは私の背中を叩いた。 かがみ「なに照れてるのよ、隠すような歳かよ、あんたが神崎さんを気にしているのはバレバレだ」 こなた「……」 そんな風に見えていたのか。だけど言っている事はだいたい合っていた。 かがみ「私は別に構わないと思う、お稲荷さんなら浮気は絶対にしないし」 こなた「いや、無理だよ……」 かがみ「何が無理なのよ!!」 かがみは迫ってきた。 こなた「冷酷であざとい……って」 かがみ「冷酷、あざとい……何よそれ?」 こなた「作戦をする時、神崎さんにそう言われた……好きとか嫌いとか以前の問題だよ……」 かがみは自分の席に戻りワインを飲み干した。 かがみ「あんたギャルゲーとかしている割にまったく分かってないわね、言葉通りの意味じゃないわよ」 言い方がカチンときた。私は立ち上がった。 こなた「もう帰る……」 かがみ「まぁ、待て、分らないなら教えてあげる、神崎さんはあんたの作戦に協力したでしょ……」 こなた「したよ……それがどうかしたの」 かがみは溜め息を付いた。 かがみ「これだけ言ってまだ分らないのか……鈍いわね……とにかく彼はまんざらでも無いって事よ、諦めるな」 こなた「諦める……何を?」 かがみは私をじっと見た。 かがみ「あんたを見ていると昔のつかさ……いや、ひよりを思い出す、まったく同じだ」 こなた「さっきから何言っているのか分らないよ……」 かがみ「だったら考えろ、気付いたら手遅れになるぞ」 こなた「かがみ……酔ってるよ……」 かがみ「うるさい、今日は最後まで付き合ってもらうわよ」 こなた「わかったよ……」 なんか非常にハイテンションのかがみだ。しょうがない今日は付き合うか…… そういえばこうやって飲み会をするのは久しぶりかもしれない。 それもかがみと二人だけなんて学生時代まで遡らないとしていないかもしれない。 職場ではちょくちょくやっている。つかさやあやのは毎日のように会っているから気にもしていなかった。みゆきさんやみさきちにしてみれば一年に数回程度だ。 かがみにしてもつかさに比べれば少ない。時間が合わない。特に社会人になってからはその一言で会わなくなった。ゆたかやひより、みなみに関しても同じだ。 たまにはこんな時間が有ってもいいかな…… かがみ「みゆき……」 酔い潰れたかがみが寝言のように一言。みゆきさんの名を口にした。 もしかしたら薬が認められなかったのを一番悔しくおもっているのはかがみじゃないかな。現代の医学では治せない病気をたった一晩で完治したのを目の当たりにしている。 しかも自分の身体で…… だからこそみゆきさんもあの薬を再現しようと頑張ったのかもしれない。 今度みゆきさんと飲みにいくかな。 こなた「ここでいいよ、止まって」 車はゆっくりと止まった。 運転手「990円です……」 私は1000円を運転手に手渡した。 こなた「おつりはいいから」 私はかがみを肩に抱くとタクシーを降りた。 『ピンポーン』 呼び鈴を鳴らすとすぐに出てきた。 ひとし「泉さん……あ、かがみ、かがみじゃないか……」 私とかがみを見て少し驚いた顔をした。 こなた「よせば良いのに、飲みすぎちゃったみたいで……」 ひとしさんは呆れた顔でかがみを見たがすぐに近づいてかがみを抱き寄せた。 こなた「それじゃこれで……」 ひとし「介抱して疲れたでしょう、少し休んでいけばどうだい?」 こなた「でも、もう遅し迷惑でしょ?」 ひとし「子供達はもう寝てしまった、問題ない」 こなた「それじゃお言葉に甘えまして……」 ひとしさんはかがみを今のソファーにそっと寝かすと毛布をかけてあげた。 ひとし「少しここで休ませる……お茶でいいかな?」 こなた「え、長居する気はないので……」 ひとし「来たばっかりでそれはないだろう」 ひとしさんは台所の方に向かいすぐに戻ってきた。ひとしさんは私にお茶お出すとかがみの方を向いて心配そうな顔になった。 ひとし「普段はこんなにハメを外す事はないんだけどな……」 こなた「まぁ、いろいろあったから……」 ひとしさんは私の方を見た。 ひとし「君の方がいろいろあっただろう、仲間が迷惑をかけたみたいだな、礼を言わないといけない」 仲間って神崎さんの事を言っているのかな。 こなた「うんん、それよりかがみがいろいろやらかそうとしてるけど、良いの?」 ひとし「……貿易会社の弁護の話か?」 私は頷いた。 ひとし「さすがかがみ第一の親友だな、話したのか……私は反対したのだが彼女がどうしてもって言うから根負けしてまったよ……」 こなた「反対したの?」 ひとし「ああ、第一危険すぎる、それに情報を消さなくとも大半の人間は真実とは見ないで自然に消されるもの……」 こなた「それじゃ何で……」 ひとし「それは君だよ、泉さんが行った一連の行動が彼女を動かしたみたいだな、「こなたには負けられない」……そう言っていた」 ひとしさんは再びかがみの方を向いた。 こなた「一つ聞いていいですか?」 ひとし「ん、どうぞ?」 ひとしさんはかがみの方を向いたまま答えた。 こなた「……かがみを何で好きになったの?」 ひとし「聞いていないのか?」 こなた「ひろしに護衛を頼まれて守っているうちに好きになったって……それくらいしか、かがみはそう言う話はあまりしないから……」 ひとしさんは私の方を向いた。 ひとし「そうだな、それで正解、ほぼ全てを話していると言って良い」 こなた「……かがみのどこが気に入ったの?」 ひとし「……急にそう聞かれてもね……」 ひとしさんは困った顔をした。話を変えよう。 こなた「故郷の星に帰りたくなかったの?」 ひとし「故郷か……故郷はこの地球だ、私はここで生まれてここで育った、真に故郷と呼べるのはけいこ、めぐみ、すすむくらいだろう」 こなた「神崎さんは?」 ひとし「……ああ、彼もそう、彼は1万年前、私達の集団から離れた……そう聞いている」 こなた「他に離れた人はいたの?」 ひとし「10名程同じ頃別れた、彼らは東に向かった、恐らくシベリアから北米を経て南米に行ったと思う、そこで知識を先住していた人類に教えたに違いない」 10名も南米に……でもメモリー板には何の反応も無かった。 こなた「で、でも」 ひとし「……そう、彼らはとっくに亡くなったみたいだな……私みたいに人間になったか、争いに巻き込まれたのか、自然災害だったか……今となっては知る事はできない」 こなた「ごめんなさい、変な事聞いちゃって」 ひとし「いや、別に構わない、すべて私の生まれる前の話だ、気にしていない、そう考えると神崎が生き残ったのは奇跡に近い、たった一人で……」 こなた「そうですね……」 かがみ「う~ん……」 かがみが唸った。 こなた「あ、かがみが起きるとまた騒ぎ出すから帰ります」 ひとし「ふふ、そうだな」 ひとしさんは玄関の外まで見送ってくれた。 呼んだタクシーが目に前に止まった。 こなた「これで失礼します」 ひとし「そうそう、かがみの何処が好きになったって話だけど……理由は無い、ただ好きになった……」 こなた「ただ好きになった……それだけ?」 ひとし「言葉では形容しにくくてね、そう言うしかない……」 タクシーのドアが開いた。もっと聞きたかった。だけど…… こなた「それじゃ……」 私はタクシーに乗り込んだ。 かがみが言っていた。神崎さんの話ばかりするって……ひとしさんと話したときも結局神崎さんの話しになってしまった。 何でだろう…… 私がひよりと同じだって…… 結局それもかがみから詳しく聞けなかった。 何だろう。この変な気持ちは…… 28 こなた「ふぁ~」 大きな欠伸……これで何回目だろう。 今日は休日。 暇と言えば暇だ。 今日のかがみの依頼は休み。それでもって裁判の準備で忙しいそうだ。 あんな会社の弁護なんて適当でいいじゃん。そう言ったら、決まったからには全力で弁護するなんて言うし。 仮に無罪になったらどうするって聞いた。そうしたら かがみは無罪にはならないって言う。それじゃ全力で弁護と矛盾するじゃん。 かがみ曰く、弁護士は無罪にするのが仕事じゃない。適正な罰をうけさせるのが仕事だって。貿易会社はもう既に社会的制裁を受けているから弁護する必要があるって…… 確かにもう企業としての貿易会社は潰れたも同然だけど…… 難しくて分らないや。 あやめさんの友人、井上さんと争う形なってしまった。本来なら私達は井上さんを支持する立場だけど……複雑だよね。 あやのやつかさは出勤日、遊びに行けない…… なんで今日に限って休みが合わないのかな…… テレビもこの時間帯に面白いのは放送していない。 何もする事がない。こんな時は溜まった留守録のアニメを観るけど、そんな気にはなれない。 オンゲー・オフゲーもする気になれない。ベッドに寝てボーと天井を見ている。 そういえば本棚に未だ読んでいない漫画がたまっているのを思い出した……何故か読む気になれない。 かがみと会ってから一週間、それなり私は考えた。 考えた。何を。かがみは面白半分に私をからかっているだけ。そうだよ。 でも……あの時のかがみはからかっている様には見えなかった。 私がひよりと同じだって。何処が、どうゆう風に? そういえばひよりはあれから会っていない。会えばそことなく聞けもするけど……あまり聞きたくないかな…… それでもかがみ言いたい事は分かった。私が神崎さんを好きだって。そう言っているのは分る。 私が……神崎さんを、お稲荷さんを好きだって? ばかみたい。 仮に私が好きだとしても…… 『ピンポーン』 呼び鈴の音がした。品物が届いたかな、、いや、最近ネットショップで何も買っていない。回覧板か何かな…… 私は徐に身体起こした。 『ピンポーン』 こなた「はいはい今行きますよ」 独り言をいいながら玄関に向かった。 ドアを開けるとそこには…… ゆたか「こんにちは~」 ゆたか「ゆーちゃん!!」 思わず昔の呼び名で呼んでしまった。 ゆたか「遊びにきたよ、いきなりで迷惑だったかな、急に時間が空いたから……」 こなた「うんん、そんな事ないよ、入って入って!!」 私は居間にゆたかを通した。 こなた「それにしても久しぶりだね」 ゆたか「うん、お姉ちゃんにお弁当を渡してから会っていないね」 こなた「あっ、そうそう、お弁当箱返さなきゃ!!」 ゆたか「うんん、あれは元々お姉ちゃんのもだから、私が卒業して此処を出る時間違えて持って行っちゃった」 立ち上がったけどゆたかがそう言うので直ぐに座った。 こなた「それにしても急だね、もう映画化の仕事は終わったの?」 ゆたか「うん、もう9割りくらい終わったから、昨日打ち上げして休暇をもらったの」 こなた「そなの、それならひよりも一緒に来ればよかったのに」 ゆたか「うんん、ひよりだけは今日も仕事、明日休みだって」 こなた「そうなんだ……」 ゆたかは辺りを見回した。 ゆたか「おじさんは?」 こなた「お父さん……お父さんは正子さんとお買い物に行ったよ」 ゆたか「正子さんと……」 こなた「ついでに映画も観るとか言ってたかな……」 ゆたかはにっこり微笑んだ。 ゆたか「ねぇ、これってデートじゃない?」 こなた「デートって、デート?」 ゆたかは何度も頷いた。 こなた「まさか、あの歳で?」 ゆたか「うんん、年齢なんか関係ないよ」 こなた「それはそうかもしれないけど……有り得ない……」 ゆたか「そうかな、そうでも無い様な、ゆいお姉ちゃんが言っていたけど、正子さんは不思議と懐かしい感じがするって……かなたおばさんに似ているって」 ゆい姉さんがそんな事言っていた? 確かにゆい姉さんは生前のお母さんに会っている。 こなた「でも、ゆい姉さんだって幼かったでしょ、そんなの覚えているかな?」 ゆたか「う~ん、でもそう言ってたし、おじさんとそんな話しなかったの?」 こなた「そんな話なんかしない」 ゆたかはまた笑顔で話した。 ゆたか「でもこのまま仲が良ければ結婚だって、お姉ちゃん、新しいお母さんができるかも?」 私は笑った。 こなた「お父さんが正子さんと、あははは、まさか……それに今更お母さんなんて言われてもね……」 ゆたか「嬉しくないの?」 こなた「別に……」 嬉しいとか嬉しくないとか……でも、正子さんなら……なんて思ってみたりもする。 ゆたか「正子さんは何時まで此処に?」 こなた「新しい家も完成したし、来週には引っ越すかな……」 ゆたか「今まで一緒に暮らしているのに分らなかったの?」 こなた「……そこまで気にする余裕がなかったから」 ゆたかの顔が曇った。 ゆたか「ひよりから全部聞いたよ……いろいろあったって……」 こなた「そうだよ、いろいろあった……って、ひよりから聞いたの?」 ゆたか「うん」 話したのか。っと言ってもゆたかは知っても構わない。 ゆたか「みゆき先輩の話は……残念だったね」 ゆたかも知っていた。いや、これは結構大きく報道されたから普通なら気付くだろう。 こなた「お稲荷さんの知識を世に出すのが早すぎた、そうかがみが言ってた」 ゆたか「たかしさんがつかさ先輩のやさしさに最大限の礼を尽くしたのがあの薬、そうだとしたらあの薬は お稲荷さんの知識の中でも特に高いものだったんだね」 こなた「それなら自分の物にしちゃえば良いのに、馬鹿だよ……」 ゆたかは呆れた私を諭すように放し始めた。 ゆたか「私も以前に調べた事があってね、お姉ちゃんは世界四大文明って知っている?」 こなた「そのくらいは、黄河、メソポタミア、インダス、エジプト……」 ゆたか「うん、それに中南米に栄えた文明……これも全部お稲荷さんが教えた知識が元になってる」 お稲荷さんは4万年前に地球に来た、それを考えれば想像できる。調べるまでも無い。 ゆたか「例えば……ピラミッドの建造方法は現代でも大きな謎の一つになってる、何千年も崩れない石の積み方は現代でもかなり難しい技術だって、 それを三つも造っているのに後世にその技術が伝わっていない……それに中米のマヤ文明に至っては高度な文字や天文学、 建築技術もあったのに全部放放棄したかのようにみんな忘れてしまった、それと同じ事がみゆき先輩にも起きた、私はそう考える」 こなた「……なんでそんなに沢山教えたのかな?」 ゆたか「メモリー板が見つからなかったから、人間に故郷までの通信をしてもらおうと思ったって言ってた……だけど、それも諦めたって」 こなた「誰がそんな話を?」 ゆたか「かがみ先輩とひとしさん」 こなた「ふ~ん、でもゆたかに話して漫画のネタにされたらまずいんじゃないの?」 ゆたかは首を横に振った。 ゆたか「真実を知らない大多数のひとは只のネタだと思うから、だから私やひよりに話したと思う……逆に私達がネタにするから 神話化される、」 こなた「なんとなく分ったような気がした……」 昔話や神話をまさか本当だとは誰も思わないか…… ゆたか「かがみ先輩、お姉ちゃんの事すごく褒めてた、だから貿易会社の弁護を引き受けられたって」 かがみはそんな事までゆたかに話したのか。 こなた「私の作戦が中途半端だった、かがみがその穴埋めみたいな事をしている……」 ゆたか「だからお姉ちゃんも手伝ってるわけだね」 こなた「まぁね……」 ゆたかが急に私を見て微笑んだ。 こなた「な、何……急に……」 ゆたか「ひとしさんに何故かがみ先輩を好きになったって質問したって?」 こなた「え?」 なんでゆたかがそんな話を知っている。ひとしさんが話した? ……違う、かがみだ。まさかあの時起きていた? こなた「かがみから聞いたの?」 ゆたか「うん」 ゆたかは大きく頷いた。 かがみめ余計な事を……かがみはつかさよりお喋りなのか? そういえばつかさとひろしの時もかがみはよく私にあれこれ話していたっけ…… かがみの場合は親しい人には表裏を見せない。それは恋愛にしても同じって訳か…… ゆたか「お姉ちゃん!!」 ゆたかの顔が真面目になった。私は返事を忘れてゆたかを見た。 ゆたか「神崎さんとよく会ってるって?」 こなた「……会ってる」 ゆたか「会って何をしてるの?」 こなた「……何をって……メモリー板の使い方を教えてもらってる……すすむさんが教えてくれないから……」 ゆたか「それはね、彼の立場を勘得ると、未婚の女性と何度も会えないから、いのりさんに気を使っているの」 そうだったのか。全く気にもしていなかった…… ゆたか「それでその後はどうしてるの?」 まるで尋問をうけているようだ…… こなた「どうしてるって……お腹が空くから食事したり、買い物したり……」 ゆたか「おじさんと正子さんと同じだよ、それってデートって言うの」 こなた「だから……そんなんじゃないよ……」 ゆたか「お姉ちゃん!!!」 さっきよりも私を呼ぶ声が力強くなった。 こなた「な、何……」 ゆたか「お姉ちゃんは神崎さんをどう思っているの?」 どう思っている? ゆたか「べ、別に……」 ゆたか「好きなの、嫌いなの?」 好きか嫌いか……そう言われれば答えは決まっている。 ゆたか「お姉ちゃんが神崎さんをなんとも思っていなければ話しはこれで終わり、だけどお姉ちゃんのその表情はそうじゃないって言っている」 こなた「ふふ、どっちでもいいじゃん……もう関係ないし」 ゆたか「関係ない……関係ないってどういう意味?」 こなた「私がどっちでも意味ないって事だよ」 ゆたか「だからそれじゃ分らない!!」 いつもの笑顔のゆたかじゃない。なんでそんなに構ってくるかな。 こなた「神崎さんは私の他に好きな人が居るって意味だよ」 これは言いたくなかった。ゆたかがあまりにしつこいから勢いで言ってしまった。 ゆたか「他に好きな人……それは誰なの?」 こなた「……神崎さんは井上さんが好きなんだよ」 ゆたか「井上さんって、井上浩子さん?」 こなた「そうだよ、だから、もう良いでしょ、もうこの話は終わり!!」 私は立ち上がり自分の部屋に行こうとした。しかしゆたかも立ち上がり私の前に回りこんで立ちはだかった。 こなた「どいてよ……」 ゆたか「それは直接本人から聞いたの?」 こなた「だから……どいて……」 私はゆたかを睨みつけた。ゆたかはどこうとはしなかった。 こなた「……聞かなくても分るよ、神崎さんは井上さんを助けようと必死になってたからね……」 ゆたか「本人に聞いてもいないのに決め付けるなんて、それじゃダメだよ」 こなた「聞く……聞くって神崎さんに井上さんが好きなのなんて聞けるわけないじゃん」 ゆたかは激しく首を横に振った。 ゆたか「ちがう、ちがう、そうじゃなくて、お姉ちゃんの気持ちを話すの」 こなた「私の……気持ち?」 ゆたかは頷いた。 ゆたか「相手がどう思っているなんて関係ない、まず自分の気持ちを言わなきゃ何も始まらないよ」 ……ゆたかってこんなに積極的だったかな? こなた「……話すって……そんなの言えないよ……」 ゆたか「……それは分る、すっごく分る……だから敢えて言うの、そうじゃないと手遅れになる、ひよりの様に……」 かがみも同じような事を言っていた。 こなた「ひよりがどうしたのさ?」 ゆたか「ひよりはまなぶさんが好きだった、だけどその気持ちを話すのが遅れて結果的にまつりさんに先を越された」 かがみが言いたかったのはその事なのかな…… こなた「だけど井上さんと私じゃ……比べたら私の方が……悪いに決まって……」 ゆたか「それを決めるのは神崎さんでしょ、お姉ちゃんじゃない、言うのは簡単だよ、言えないなら握手でもすれば嫌でも相手に伝わる、 だってお稲荷さんだもんね、それともメモリー板を使う?、それってお稲荷さんの力を超えられるって聞いたよ」 こなた「もういいよ、ゆうちゃん……言いたい事は分かったから……」 ゆたか「本当?」 こなた「うんうん」 ここは嘘でも言っておこう。そうじゃないと永遠に説教されそうだ。 ゆたかは体を移動させて通りを空けてくれた。これで自分の部屋にいけるけどゆたかもこれ以上追求しそうにないので 戻って居間の椅子に座った。ゆたかも私の後に付いてきた。 そして椅子に座った。その時だった。左手の薬指に光る物を見つけた。 こなた「それは?」 ゆたかは私の視線を追って自分の左手を見た。 ゆたか「これ?」 ゆたかはにっこり笑い左手の甲を私に見せた。薬指に指輪がはまっている。 こなた「それってもしかして……」 ゆたかは頷いた。 ゆたか「婚約指輪……」 こなた「やったじゃん、マネージャさんとか言ってた人?、……あれ、他の人は?」 ゆたか「両親やゆいお姉ちゃん、おじさんにも言っていない、身内ではおねえちゃんが最初だよ」 こなた「結婚式には必ず行くから」 ゆたか「式は当分お預け……かな、でも籍は入れるつもり……」 こなた「おめでとう……」 ゆたか「ありがとう」 こなた「ひよりより先立ったね」 ゆたか「うんん、ひよりの方が先だったりして……」 私は驚いて席を立った。 こなた「本当に?」 ゆたか「今日仕事って言うのは嘘で本当は結婚届を出しに行って……あっ!! これは内緒だよ」 ゆたかは慌てて口に人差し指を差し出してポーズを取った。 こなた「分ってるって、何れバレるだろうけど、それまで黙ってるよ」 ゆたか「ありがとう」 こなた「それにしてもダブルなんて……学生時代からは想像もつかない……」 ゆたか「そうかな……確かに最初はひよりは私とみなみの出会いから親友になるまでの過程を漫画のネタにしようと…… うんん、実際にネタにしていた、ひよりはそういった想像力は凄いと思う、だけど一つ一つが断片的だから私が それを繋げて一つの物語にする、だから私達は二人で一人分の仕事をしている……半人前かも……」 こなた「いやいや、それで映画化できるほどの作品ができるのだから一人前だよ」 ゆたか「これもお稲荷さんのお陰だよ」 こなた「お陰って……唐突に……」 ゆたか「お稲荷さんの存在が私達の想像力を膨らませたのは確かだから……」 こなた「それならつかさがその最初の切欠を作ったようなもんだよ」 ゆたかは遠目になって上を向いた。 ゆたか「もし、宇宙船が事故を起こさなかったらお稲荷さんは4万年も地球に居なかった、きっと調べ終わったら帰ったよね?」 こなた「そうだろうね、元々のお稲荷さんの体は地球に合わなかったみたいだし……」 ゆたか「そう考えると私達とお稲荷さんが出会うって凄いことだよ、無数にある星の中から地球を見つけただけでも奇跡だよ、 それに宇宙の歴史を一年にすると人間の歴史なんて数秒にもならないって言うでしょ、その数秒の中で他の星の人間と出会えるなんて……」 こなた「まぁ、そうだね」 ゆたか「だからお姉ちゃんもその出会いを大事にね」 こなた「まぁ……そうする……」 なんだかゆたかに言い包まれた感じがしてならない。 それでも嫌な気はしなかった。 ゆたか「おじさん……遅いね……」 確かに遅い。もうとっくに帰ってきても言い時間だった。 ゆたか「せっかく報告しようかと思ったのに……」 左手の指輪を見ながら呟くゆたか…… こなた「いや、お父さんより両親が先じゃない?」 ゆたか「そうかもしれないけど、高校三年間も居させてもらっているから……」 ゆたかは立ち上がり帰り支度を始めた。 ゆたか「叔父さんを元気付けようと思ったけど、それも必要ないみたいだし、むしろそれが必要なのはお姉ちゃん……かな」 こなた「それは余計なお世話だよ」 ゆたかは笑いながら玄関に歩いて言った。 ゆたか「そうそう、さっきお姉ちゃんが言った事、あれは少し違うと思うよ」 こなた「さっき言った事、何?」 ゆたか「神崎さんが井上さんを好きだったって言ったでしょ」 こなた「そうだけど……」 ゆたか「神崎さんは約束を守るために井上さんを助けようとした、私はそう思う」 こなた「約束……誰と?」 ゆたかは溜め息を付いた。 ゆたか「だから……うんん確証はないから言えない、お姉ちゃん自身が確かめて……それに諦めたらおわりだから」 こなた「う、うん……」 ゆたか「それじゃ、おやすみなさい」 こなた「おやすみ……」 ゆたかは玄関を出た。 ゆたかは何を言いたかったのだろう。 私は首を傾げた。 もう日が替わる時間だ……お父さん遅いな。 正子さんがこの家に来る事になって直ぐだったかな。世間体が悪いって事で結局正子さんは近所のアパートを借りて住む事になった。 でも直ぐにお父さんとよく会うようになった。 ちょくちょく家に来て掃除とかお父さんの世話をやくようになった。 ゆい姉さんもよく遊びに来るからそんな二人の姿を見てお母さんに似ているなんて思ったに違いない。 私の休日は仕事の時が多いし時間も不定期…… そういえば二人が会っている所を見たことがない。いったいどんな話をしていたのだろう。 まさか本当に二人は…… その時、玄関に人の気配がした。 そうじろう「ただいま」 帰ってきた。私は自分の部屋に忍び足で向かった。 そうじろう「こなた~」 私を呼んでいる。私はパソコンのスイッチを入れ、ヘッドホンを付けた。 暫くするとドアをノックする音が聞こえた。私は気付かない振りをした。 ドアを開ける気配がした。私はそこで初めて気付いた振りをする。 こなた「あ、お父さんお帰り……」 わざとらしくヘッドホンを外した。でもお父さんはそれに気付かない。そればかりか何か思い詰めた顔をしている。 そうじろう「こなた、折り入って話がある……」 こなた「どうしたの、改まちゃって?」 まさか……ゆたかの言う通りに……? 私は座ったままお父さんの顔を見上げた。 そうじろう「こなたももう大人だ、私の言う事は理解できると思う……後は許してくれるかどうかが……」 こなた「前置きは良いから何なの?、こっちはゲームの真っ最中だから……」 ゲームなんかしてもいないのに白々しい…… そうじろう「そ、そうか、そうだな……」 それでもお父さんは激しく動揺していた。これはマジな話に違いない。そう確信した。 そうじろう「お父さんは……」 お父さんは緊張している。こんなお父さんを見たのは初めてだ。 自然に私も体全身に力が入ってきた。手に持っているヘッドホンを強く握っているのが自分で分った。 そうじろう「お父さんは、正子さん……神崎正子さんににプロポーズをした……」 何とななくそれは分っていた。だけど改めてそう聞かれると、どう対応していいのか分らない。 なんて言ったら良いのか…… 29 お父さんは何て言った? ヘッドホンが壊れるくらいの力が入っていた。私はヘッドホンを机の上に置いた。 こなた「ふふ、お父さん……エープリルフールはもうとっくに過ぎたよ……そういえばずいぶん前にも似た様な嘘を……」 そうじろう「嘘じゃない……これは本当の話……」 私の話に割り込むように話してきた。 ……嘘じゃない…… お父さんの顔は真剣そのものだった。 こなた「そ、それで相手は……?」 そうじろう「受けてくれなければこなたに話さない」 なんだろうこの気持ちは…… 私は立ち上がると部屋を出た。 そうじろう「何処へいく……まだ話は終わっていない……」 私は制止を無視して歩いた。お父さんが後から付いてくるのが分る。 そして……お母さんの位牌の前で立ち止まった。 そうじろう「こなた……」 お父さんもすぐ後ろで止まった。 若い頃……生前のお母さんの写真……にっこり微笑んでいる。 こなた「……正子さんってお母さんに似ている……そうゆい姉さんが言ってたみたいだね……」 私はお母さんの写真を見ながら話した。 もちろん容姿はぜんぜん似ていない。似ているのは内面的な事を言っているに違いない。 そうじろう「……それを何処で?」 こなた「つい一時間くらい前までゆたかが遊びに来ていたから……」 そうじろう「そ、そうか、ゆーちゃんから聞いたのか……」 おとうさんは私の前に移動すると座り位牌に手を合わせた。 そうじろう「こなたが神崎さんの母親を連れてきた来た時正直驚いた……知るはずも無いかなたの面影を感じて俺に合わせたのかと思った」 こなた「そんなの知らない……家を焼かれてしまったから呼んだだけ、私の友達の母親だから」 そうじろう「知らなかったのか……これも何かの縁なのかもしれない……」 こなた「もしかしてお母さんの代わりで?」 お父さんは振り返って私を見た。 そうじろう「違う、違うぞこなた、それは断じてない、かなたの代わりではない、神崎正子、一人の女性として愛しているから……決して代わりではない」 愛している……か、例え娘にでもそんなに簡単にはっきり言えるなんて…… そうじろう「お母さんを……かなたを裏切ったと言いたいのか?」 裏切り……お母さんはどう思っているのだろう……亡くなっているから聞けるはず無いもない。 それなら正子さんの亡くなった旦那さんはどうなの……? あやめさんならどうした? 皆聞けない。 そうじろう「……こなた、これは浮気でも裏切りでもない、分って欲しい」 聞けないなら生きている人で決めるしかない。 私はどう思う…… お父さんのあの真剣な態度、正子さんは受けたって言っていた。 そうじろう「こなた……」 お父さんは涙目になっているた。 こなた「……正子さんは?」 そうじろう「アパートに送って来た」 そうなのか……お父さんは私が許すかどうか試しているのか…… 私の意見なんてどうでも良いのに…… こなた「正子さんが受け入れたのならもう私の出る幕はないよ、早く家に連れてきて一緒に住んだら?」 そうじろう「い、いや……あやめさんの喪が明けてから……それに妹のゆきにも相談した、やはり娘の意見も聞かないとな……」 あやめさんは本当は5年前に亡くなっている。喪がどうのこうのは当てはまらない。 って言う事は……正子さんはお稲荷さんの話をしていないのか…… 今まで娘の私が話をしていないくらいだから話せないかもしれない。 そうじろう「こなた?」 お父さんは驚いた顔をした。 でも……今はその時じゃないみたい。 こなた「ん?」 そうじろう「も、もしかして、私達を許してくれるのか?」 こなた「さっきそう言わなかった?」 お父さんは私の右手を両手で握った。 そうじろう「ありがとう、ありがとう……」 ありがとう、おとうさんは何度もそう言った。 こんなに動揺したお父さんを見るのは初めてだ。 こなた「お父さんと正子さんが結婚したら……あやめさんとは姉妹ってことになるね……」 そうじろう「……歳は同だったな……誕生日は5月1日だそうだ、彼女はこなたの姉になる……本当に残念だった、 お父さんの所に取材に来たのは代理だったが、とても楽しい子だった……」 そう、本当は井上さんが取材に来る筈だった。急病であやめさんが代わりを引き受けた。それはまなみちゃんの演奏会の時も…… こなた「それじゃ正子さんに挨拶しに行かないと……」 そうじろう「い、いや、それはもう少しまってくれ……」 こなた「どうして、私が許したならもう何も阻む者は居ないよ?」 そうじろう「時間を見ろ、もう遅い」 こなた「それじゃ明日だね、私は早番だから夕方には帰れる、どうせ家に呼ぶんでしょ?」 そうじろう「そ、そうだが……」 こなた「それじゃ決まりだね……それにしてもどうやって正子さんを落としたの、口説いたとか?」 そうじろう「こ、こら、人聞きの悪いこと言うな、別に口説いてなんかいない、ただ自然に……」 お父さんの顔が赤くなっている……これはいじり甲斐があるってもんだ。 こなた「確かに……確かにゆいの言うとおりかなたの面影があった……しかしそれだけではプロポーズなんかしない……」 その後、おとうさんは正子さんと出会った時からプロポーズするまでの話をし始めた。 他人にまったく躊躇することなく、それも嬉しそうに話している。 そう、まるでお母さんの話を私に聞かせているいる時のお父さんとまったく同じだった。 それに引き換え私は…… つかさやかがみだって、いや、私以外の皆もそうやっていた。 お父さんを見ていてなんだか勇気が沸いてきた。 そうさ、簡単だ。選んでボタンを押すだけ。いつも私がゲームでやってきたじゃないか。 そうじろう「こ、こなた」 突然微笑んだ私にお父さんは話を止めた。 こなた「うん?」 そうじろう「あやめさんの件については本当に残念という他はない、だがこなた……彼女はそうとう危険な取材もしていたそうじゃないか、 いままでよくこなたが巻き込まれなかったのが不思議なくらいだ」 いや、思いっきり巻き込まれている。二回の潜入取材、メモリー板、いのりさんの参加、みゆきさんの薬、かがみの弁護…… 私の周辺も巻き込んで大騒ぎになった。 大騒ぎになったけど……何故か嫌な感じはしなかった。 そうじろう「わ、悪かった、彼女はこなたの親友だったな、悪く言うつもりはなかった」 こなた「お父さん、あやめさんの取材を受けたでしょ……」 そうじろう「そうだった、彼女と会っていなければこなたが正子さんを招こうと提案しても賛成はしなかった」 お父さんは不思議そうに私を見た。 こなた「ん?」 そうじろう「い、いや、何ていうのか、あやめさんとこなたはどうして出会ったのかって……どう見ても接点がみつからんのだよ」 接点…… こなた「片や出版社随一の記者、片やしがないレストランのホール長、まぁどう見ても接点なんかないよね……」 そうじろう「い、いや、皮肉と捉えないでくれ、ただ純粋にどう出会ったか聞きたかっただけで……」 慌てて言い訳をするお父さん。 接点、それは一言で言えばお稲荷さん。もっと限定的にいえば私のげんき玉作戦、それらをあやめさんは追っていくうちに私に出会った。 ある意味出会いべくして出会った……これって運命ってやつなのかな。 つかさが一人旅に出ていなければ、私もレストランで働くこともなかった。 それじゃ何をしていた? ふふ、ニートになっていたかな…… そうじろう「こ、こなた?」 不思議そうに私を見るお父さん。はたしてお稲荷さんの話をした時、お父さんはどんな反応をするのだろう。 素直に受け入れてくれるのか。みさきちみたいに鼻で笑ってネタで終わってしまうのか…… そうじろう「……すまない、今はそんな話をするべきではなった、こなたが話す気になったら……それでいい」 そうじゃない、そうじゃないけど……今はそれで良いのかもしれない。 お父さんは部屋を出ようとした。 こなた「お父さん」 お父さんは立ち止まり振り向いた。 そうじろう「ん?」 こなた「結婚……おめでとう」 そうじろう「あ、ありがとう」 照れくさそうに小走りに自分の書斎に行ってしまった。 こなた「ふぅ~」 溜め息を一回。 お母さんの写真を見た。 お父さんはお母さんにもあんな風に告白したのかな…… それにしても私って……どうして言えないのかな。 倒産はさりげなく言っていた。 私が女性でお父さんが男性だから ……いや、性別なんて関係ない。 好きなら好きって言えばいいだけじゃん。 そうだよ、普段ゲームでやっているようにカーソルで選んでエンターキーを押すだけ……簡単じゃないか。 なんか勇気が湧いてきた。 今度の休みの時神崎さんと会う。丁度メモリー板の使い方も一段落しそうだし。するならその時だ。 こなた「お父さんが出来たなら私にだって出来るよね」 お母さんの写真に向かってそう呟いて部屋を出た。 こなた「こうでしょ?」 つかさがひろしと一時別れた時に見たと言う光の幻想をイメージした。 もちろん実際に見たわけじゃない。あくまでイメージ。 足元がぼんやりと光りだした。 そして床も光りだす…… 神崎「ほぅ、もう会得したか……これで私の教える事は全てだ」 理屈は詳しく知らないけど大気のエネルギーを制御する技術らしい。 時間が経つのは早い。気付けばもうその時が来てしまった。 ここは柊家が管理する神社の倉庫裏。メモリー板の使い方を教えてもらうって言ったらつかさが此処を教えてくれた。 私も長年この神社に出入りしてきたけど初めて知った所だった。 ここには神社関係者以外滅多に人が来ない。メモリー板の使い方をレクチャーしてもらうには打ってつけの場所。 こなた「光だけじゃなくて熱も制御できるんでしょ?」 神崎さんは頷いた。 神崎「その気になれば爆発で辺りを吹き飛ばし一面焼け野原にさえ出来る、そして一瞬で周りを凍結することだってね」 こなた「凄いね……お稲荷さんってこのメモリー板の能力が使えるんでしょ?」 私はポケットからメモリー板を取り出した。 神崎「ああ、使えるがメモリー板ほど強力ではない……」 こなた「ふ~ん、貿易会社ってこのメモリー板の本当の能力をしらなかったんだね、知っていたらあんな遣い方しなかったよね」 神崎「そうだな、メモリー板の情報を解析していけば何れ気付いたかもしれないがな」 私はメモリー板をじっと見た。 神崎「その技術はほんの基本にすぎない、どうだ今の人類ではとうて成しえない力を手にした感想は、地球を支配出来る力を得たんだ」 私は笑った。 こなた「ふふ、中二病じゃあるまいし……そんなの興味ないよ……うちのレストランのイベントの時とかのイルミネーションに使えそうだね」 神崎さんも笑った。 神崎「そう言う遣い方もあったか……ふふ」 あれ、これって、なんか良い雰囲気じゃない? これってフラグが立った? チャンス? なんだかドキドキしてきた。 そういえば告白なんて……初めて? うぁ、この歳になって初めて、おかしいかな…… 神崎「一つ聞きたい事がある」 こなた「は、はぃ!!?」 突然の質問に声が上擦ってしまった。 神崎「メモリー板の使い方を得て何をするつもりなんだ、野心か野望か……さっきの話からするとそんな風にも思えない、真意を聞きたくてね」 真意か…… こなた「そう言うのって教える前に聞かない?」 私の質問返しに神崎さんは苦笑いをした。 神崎「……そうだな、そうかもしれない、何に使おうと君の自由、誰も君を阻むものは居ない、私でさえも」 それならどうして私に教えたのか聞きたいくらいだった。 こなた「メモリー板の持ち主としてはどんなものなのかちゃんと知っておきたかったから……答えになってるかな?」 神崎さんは頷いた。 神崎「それで、それを知った感想はどうだ?」 また難しい質問を……みゆきさんを連れてきたいくらいだ。 こなた「変身、つかさの見た光の幻想、かがみの呪いと病気を治した薬、金縛りの術に催眠術……深い原理は分らないけど、それが魔法じゃないってのが分ったよ、 うんん、多分教えてもらう前から分っていた、だけどこれだけ進んだ現代でもお稲荷さんの知識と技術はやっぱり魔法なんだなと思った、 これだけチートな物をつかったら反則だよ」 神崎「それで?」 まだ続きをききたそうだ。もうないのに…… こなた「……だからこのメモリー板はここに在ってはいけないんじゃなかったって、でも私はそれを持っている、私達以外の人がそれを知ったらきっと 欲しがるよね、貿易会社みたいに、でもさ貿易会社って特別な会社じゃないよ、普通の人が経営して普通の人が働いていた普通の会社…… 私も普通の人間、私はこのメモリー板をずっと隠していく自信がない、例え隠しきれたとしても私が死んだらどうなるかな…… そう思うと誰にも渡せなくなっちゃう」 神崎「そうか……それで?」 私の言いたい事を分っているみたいだった。 こなた「貿易会社の裁判が終わったらこのメモリー板を壊そうと思ってる」 神崎「壊すのか……本当にそれでいいのか、そうしたらもう魔法はつかえなくなるぞ」 こなた「もう充分に教えてもらった、太古の時代からお稲荷さんから教えてもらった知識と技術を使って今の暮らしができているし、 なによりかがみの病気を治してくれたのが一番嬉しかった……」 神崎さんは立ち上がった。 神崎「壊すか……賢明な判断だ」 まだ私の話は終わっていない。 こなた「それにね……」 神崎「まだあるのか?」 こなた「それに……あやめさんと逢わせてくれたらもう充分……お稲荷さんじゃないと出来ないよね」 神崎さんは寂しそうな顔になった。 神崎「私が会わせたのははい、彼女が、あやめ自身がそうさせたにすぎない、彼女の意思がなければそうはならなかった……」 こなた「それでもお稲荷さんじゃなきゃ出来なかった」 神崎さんは苦笑いをしながら帰り私宅をしだした。 さて……もうそろそろ時間だ。もう心の準備は出来ている。 あとは言うだけ。 神崎さんが帰りの支度をしている。言うなら今だ。 こなた「あ、あの~」 神崎さんが支度を止めてこっちを向いた。 神崎「泉さん、メモリー板を壊す前にして欲しいことがある」 こなた「え、え、あ、な、何ですか?」 私の声が小さくて聞こえなかったのか突然の事で言葉が詰まった。 神崎「母星との交信がしたい」 こなた「あ、それなら……」 私はメモリー板を神崎さんに渡そうとした。 神崎「いや、壊す直前でいい」 神崎さんはメモリー板を受け取ろうとはしなかった。 こなた「直前って?」 神崎「私の目的は終わった、もうこの地球にいる理由がなくなった」 え、どう言うことなの。ちょっと…… こなた「無くなった……って?」 神崎「そう、無くなった、私は故郷に帰る」 ちょっ、帰るって。そんな話は聞いていない。 こなた「地球ってやっぱり人間が居て住みにくいのかな……」 神崎「住み難い、いや、もう故郷より長く此処に居る、狐に変身してしまうのを除けば快適に近い、どんなに鍛えても必ず狐の姿になってしまう期間ができてしまう、 そんな私を助けてくれたのも人間だった」 それじゃ帰る必要なんかないじゃないか。 こなた「もしかして故郷に危機が来ていて大変だから?」 神崎「そういえば先に帰った仲間の中にはそれで帰った者もいたそうだな、それに、その危機は私が一人帰ったところでどうにか出来る問題ではないらしい」 こなた「それじゃ何で?」 神崎「あやめとの約束が終わった……」 こなた「あやめさんとの約束?」 約束って、いつ、どんな約束を。 神崎「そう、井上浩子と神崎正子をよろしく頼む……それが彼女の死に際の私へのメッセージだった」 こなた「えっ!?」 神崎「もちろんあやめはもう瀕死で言葉すら発する事はできなかった、彼女の記憶をトレースすした時に彼女の意思が私にそう伝えた」 あやめさんとの約束。違う……それじゃ違うじゃないか。 こなた「そ、それじゃ井上さんの病気を治そうとしたのは……?」 神崎「あやめとの約束を果たす為」 まさか、これってゆたかが言っていた約束した相手って…… それに言葉を交わした約束じゃない。あやめさんの意識の中のメッセージを勝手に約束にしている。 うそ、それって、まさか…… こなた「あやめさんと神崎さんって……?」 神崎「私は神崎あやめを愛していた」 その時私の頭は真っ白になった。 神崎「此処には彼女の思い出がありすぎる……ここに残っていても辛いだけだ……」 神崎さんはあやめさんを好きだった…… 私ってどんだけニブチンなの。 こなた「井上さんを必死に救おうとしていたからてっきり井上さんを……」 神崎「彼女とは直接会っていない、もちろん神崎あやめとしては会っていたが彼女には特別な感情はない、それがどうかしたのか?」 こなた「え、い、いや、な、なんでもない、何でもないよ……」 神崎さんが好きなのが井上さんからあやめさんになっただけ。何ら問題はない。そうだよ。全く問題なんか無い。 神崎「井上さんには私の話は伏せていて欲しい、あくまで神崎あやめは半年前に亡くなった、そうでなければ約束の意味が無くなってしまう」 こなた「そうだよね、うんうん、意味はないね……そ、そうだ、帰るならこのメモリー板もそのまま持って帰ってもらえればわざわざ壊す必要なんかないじゃん?」 え……私って何を言っている? 違うよ。私はそんなのを言いたいんじゃなくて……。 神崎「……なるほど、確かに壊す必要はないな……それにそれの方がより安全」 こなた「つかさもけいこさんに会いたがっていたから交信するならつかさも一緒でいかな、もう二度と通信なんか出来そうにないし」 どうして……喉元まで出掛かっているのに言えない。 言えないよ。 神崎「私に許可を取るまでも無いだろう」 こなた「はは、そうだよね、私がすればいい……」 それから街に出て食事をして別れた。 何を話したのかはっきり覚えていない。 そして私は言おうとしていた言葉を一言も言う事が出来なかった。 30 『カタカタ』 静寂した部屋にキーボードを叩く音だけが響く…… 『ギャチャ!!』 ドアを開ける音がした。それでも私は作業を止めなかった。 かがみ「お! ちゃんとやってるわね、感心、感心」 私は振り向きもせずモニターを見ていた。 かがみ「もう家にきてからかれこれ2時間も……、小休止しなさい、お茶とお茶菓子持ってきたわよ」 ここはかがみの法律事務所の別室。私はここに来てはかがみの依頼を履行していた。 モニターの机とは別の私の後ろにあるテーブルにお皿を置く音がした。 こなた「別に疲れていないから……」 かがみ「まぁ、こなたにしならゲームをやっている時間と比べて2時間はたいした事はないかもしれないけど、根を詰めると体に毒よ」 いつになく優しい声のかがみ。普段の私なら「気持ち悪い」って言っている……だけどそんな気分ではなかった。 諦めて部屋を出るかと思ったけど椅子を動かす音が聞こえた。かがみは座ってお茶をすすりだした様だ。 確かにただモニターに向かっていても面白くない。 私は作業しながら話した。 こなた「裁判はいつ終わるの?」 かがみ「……なにしろ企業が相手だから時間はかかるのは確かよ、 だから少しくらい休んでも一向に差し支えない」 こなた「かがみの依頼はもう少しで終わるよ、だからもう少しやっていくよ」 かがみ「ちょっ!! 私の見立てではあと1年はかかる作業よ…… それもメモリー板の力ってやつなのか?」 かがみは相当驚いている。声を聞いてだけで分る。 こなた「そんな所……」 かがみ「それにしても早すぎるわよ」 こなた「早いに越したことはないでしょ、裁判が終わったらもう作業は出来なくなるんでしょ?」 かがみ「……それはそうだけど……」 かがみは黙ってしまった。またキーボードを叩く音が響く。 かがみ「あ、そうそう、知っているかもしれないけどあやめさんを殺した犯人が捕まったわよ、 容疑はもちろんあやめさんの殺害」 一瞬手が止まった。 かがみ「なんだ、知らなかったのか?」 こなた「ふ~ん、捕まったんだ……」 かがみ「なによその気の無い返事は……」 私は再び手を動かし始めた。かがみはそのまま話を続けた。 かがみ「出国する寸前で押さえたそうよ、決め手があやめさんが使っていた携帯電話」 また手が止まってしまった。 かがみ「あんたの機転で殺し屋が捕まったのよ、やるじゃない」 こなた「別に……」 かがみの溜め息が聞こえた。 かがみ「そうそう、ヨーロッパを中心に活動していた職業としての殺し屋よ、日本では一人だけみたいだけど、 分っているだけで10人以上の要人を手に掛けていた様ね、きっとその中に神崎さんの友人含まれているわね……」 私はかがみの話を聞きながら手を動かした。 かがみ「どうあがいても彼の極刑は免れない」 こなた「そんなの自業自得」 かがみ「そう、自業自得、この日本の裁判で判決が出ても犯人引渡し条約があるからその国々で同じような裁判をする事になるわね、 恐らく彼が生きている内には終わらないわよ、事実上の終身刑のようなものになる、これも言い換えれば因果応報ってやつ」 こなた「因果応報ね……」 かがみ「なによ言い直して、言いたい事があるなら言いなさい」 こなた「けいこさんやつかさはお稲荷さんと人間が共存できるようにしようとした」 かがみ「失敗しちゃったけどね……」 こなた「……そして今度はお稲荷さんの記録を全て消そうとしている……そんでもってその両方に私は関わっている……これって良い事なの、悪い事なの?」 かがみ「ふ~ん、こなたもいろいろ考えるようになったわね、偉い偉い」 こなた「ふざけないでよ!!」 かがみ「ごめん……」 このあとかがみは暫くなにも話さなかった。答えを考えていたのだろうか。 かがみ「善悪なんて立場や状況で変わってしまう、絶対的なものじゃない、まぁ普通に私達の立場を考えれば人間を基準に考えるわね、 つかさやけいこさんがしようとしていたのは紛れも無く良いこと、おそらく殆どの人に異論はないでしょうね、 でも失敗した、だから今の私の行動がある、 私はこれで良いと思っている、もともとこれは私が考えた事、こなたはそれに従っただけ、こなたは悪いと思っているわけ?」 こなた「うんん、悪いと思ったら手伝わない、だけど……」 かがみ「お稲荷さんの知識を勝手に消して良いのかって言うんでしょ、そう、そうよね、私もそれで助かった、それがあれば助かった命が幾つあるか、 でも、貿易会社の件もある、彼らはそれを武器に利用しようとした、実際に作って使用した記録もあるわよ、それで奪われた命がいくつあるのか、 差し引きゼロって言い方もあるかもしれない、でも命はそう言うものじゃない、 お稲荷さんの知識ってそう言う物、お稲荷さん達は故郷でそういった知識を得てはその諸刃の剣に悩みながら克服してきた、 そのプロセスを飛ばして得た知識は使いこなせない、それが私の結論、だからお稲荷さんの知識を消す必要があるのよ…… まぁ、人間も自分自身の知識を使いこなしているかと言えば疑わしいけどね」 私は画面に向かって作業を続けた。 かがみ「ちょっと、人が一所懸命に話している間くらいは手を休ませなさい!!」 こなた「立て込んだ作業があって……もうちょっとだから……」 かがみ「あんたのそう言う所、全く変わっていない!!」 かがみのさっきの説明。私でも納得ができるものだった。 それに引き換え私が神崎さんにした話ときたら……全然説得力がない。ダメじゃん。 かがみみたいに頭の回転が早くて活舌だったら…… かがみ「それでこなた、折角使い方を会得して早々すまないけど、メモリー板はこの案件が解決したら……」 こなた「壊すって言いたいんでしょ?」 かがみ「えぉ!?」 意外だったのかかがみが言葉を詰まらせた。 こなた「さっきの話を聞けば分るよ、そんなに驚かなくても……」 かがみ「そ、それなら話は早いわ……壊してくれる?」 こなた「壊すのはそんなに難しくないよ、『壊れろ』って命令するだけ、だけどね残っている燃料が暴走してちょっとした爆発をするかもしれない」 かがみ「ちょっとした爆発?」 こなた「うん、たいした事じゃない、竜巻が来た位の被害だから」 かがみ「竜巻って……おい、尋常じゃないじゃない……」 こなた「うん、だから壊すのは止めて持って行ってもらう話になったから心配しなくていいよ……それにめぐみさんからもらったUSBメモリーも 同じ燃料が使われているみたいだから一緒に持って行ってもらうから」 かがみ「……なんだもうそんな事まで考えていたのか、流石ね……っておい!!」 いつものかがみの突っ込みが始まるか…… かがみ「持って行ってもらうって何処に誰が持っていくのよ?」 その突っ込みも流石だよ。 こなた「神崎さんだよ、お稲荷さんの故郷に持って帰っるって、母星と連絡して迎いに来てもらう……」 かがみ「あぁ、なんだそう言う事なの」 こなた「うん、そう言う事……」 かがみが話さなくなったと思ったら直ぐに話し出した。 かがみ「……帰る、帰るって言ったわよね?」 こなた「うん、言ったけど……」 かがみ「帰るって、あんた、こんな所でパソコン操作していていいのか?」 こなた「……私がどうこう出来る問題じゃないし……」 かがみが私の近くに歩いてくる気配を感じた。 かがみ「出来る出来ないの問題じゃないでしょ、あんた神崎さんの事が好きじゃないのか、止めないのか……」 こなた「神崎さんはあやめさんが好きだったって……止められないよ……」 後ろから両肩を掴まれ座ったまま椅子を回された。私はかがみの正面を向いた状態になった。これじゃパソコンの操作が出来ない。 私は腰に力をいれて元に位置に回転させようとしたけどかがみが私の両肩を押さえているから動かない。 かがみは私の目を睨んだ。私は目を逸らした。 かがみ「帰る意味が分っているのか、彼の故郷がどのくらい遠いか分っているのか」 私は何も答えなかった。 かがみ「何か言いなさいよ……少なくともこなたの方から一生掛かっても会いに行けない距離……」 こなた「……そんなの知っている……」 かがみ「だったら何故……あやめさんに遠慮しているのか、彼女はもう居ない、遠慮なんか必要ないじゃない、引き止めなさいよ、 まだ告白もしていないのか、それとも神崎さんなんか好きでもなんでもないのか、二度と逢えなくなるのよ、 さようならで終わりでいいのか?」 執拗に責めて来るかがみ。最後のさようならで終わりでいいのか…… そう言われたら急に目頭が熱くなった。かがみがそれに気付いた。 かがみ「こなた……あんた……」 両肩から腕を放した。 こなた「引き止めるなんて……言えなかったよ……」 かがみ「言えなかった……」 こなた「好き……なんて……引き止めるにはそれを言わないとダメでしょ……だから」 かがみ「やっと言ったわね……その涙で判った……本気のようね」 そうかもしれない。この言葉を言うのは他人には初めてかもしれない。 かがみ「……でもそれは私にではなく神崎さんに言えばよかったのに……」 でもそれが本人ではくかがみに言うなんて…… こなた「……ボタンを押すだけだと思った……只それだけの簡単なものだと思ってた……でも本人が目の前に居ると……つかさみたいに出来なかった」 かがみが私から離れて席に戻った。 かがみ「……あんたもしかして告白しようとしていたの?」 私は黙って頷いた。 かがみ「つかさは自分の気持ちを後先考えずに直ぐに表に出すのよ、論外よ…… すごい、凄いわよ、こなた、しようとしただけでも凄いわ……私はそうしようとすら出来なかった……」 こなた「えっ!?」 私は始めてかがみの方を向いた。 かがみに嘲笑されるのかとおもった。思いっきり弄られるのかと思った。 かがみ「そうよね、言えるはずないわよ、言ったらどうなるのか、嫌われたどうしよう、冗談だろって言われるかもしれない、頭の中が ネガティブでいっぱいになっちゃうのよね……分るわ、私もそうだったからよくわかるわよ、うんん、今もそうだから」 まるで私と同じように俯いているかがみの姿がそこにあった。 こなた「今もそうって……結婚して子供までいるのに……」 かがみ「……彼……ひとしから私に近づいてきた、私は何もしていないのよ……」 こなた「何もしていないって?」 私が聞き返すとかがみはゆっくり顔を持ち上げて私を見た。 かがみ「大学時代、彼から声をかけて来たのよ、その内容までは覚えていない、他愛ない事だった…… でも彼は次第に私の心の中が判っているような行動をし始めるのよ……将来の夢、好きな食べ物、場所……次第に彼に惹かれたわ そして気が付けば私の彼の腕に抱かれていた……もし彼が本気じゃなかったら……私は……私は……」 今まで一度も聞いたたことの無い恋愛の話をしている。あのかがみが…… かがみ「……だから私は一度も彼に……好きとか、愛しているなんて一度も言った事はない……」 こなた「でもさ……ひとしさんはお稲荷……」 かがみは腕を私の前に出して手を広げた。 かがみ「お稲荷さんだから私の心を読み取るって言いたいんでしょ?」 私は頷いた。 かがみ「ひとしがお稲荷さんだと知ったのはまなみちゃんが生まれてからなのよ……それまで私はずっと人間として彼と接していた…… 普通じゃとっくに愛想尽かれていたわよ……私は運が良かっただけ……」 かがみが恥ずかしがりやなのは知っていた。だけどここまでだったなんて…… だけど私はかがみとほぼ同じかそれ以上に奥手だ。 かがみはやもめの私をあまり弄らなかったのはその為だったのか…… かがみは立ち上がった。 かがみ「そうよ、神崎さんもお稲荷さんじゃない、こなたの心は分っている筈よ、それなのに帰るだなんて……もしかしたらあやめさんに遠慮しているのは むしろ神崎さんの方かもしれない……こなた、まだ諦めるは早いわよ!!」 かがみは再び私に近づいた。 こなた「早いって言われても……どうすれば……」 かがみ「まずははっきりとあんたの意思を伝えるのよ」 こなた「……でも……」 かがみ「わかってる、分っているわよ、それができていれば悩んでいない、いいわ私も一緒に考えるから諦めるなよ!!」 かがみは私の肩を何度か叩いた。 こなた「う、うん……」 私は椅子を回転させてパソコンの作業に戻ろうとした。 かがみ「待ちなさい」 半回転したくらいで動きを止めた。 こなた「な、なに??」 かがみ「こなた、あんたに会わせたい人がいる、今度の休日は空けておきなさいよ」 こなた「会わせたい人……誰、私の知っている人?」 かがみ「それは内緒、いろいろ勘ぐられたくないからな、只言えることは私があんたにひとしの話を出来たのはその人のおかげだと思っている」 確かに今のかがみはさっきまでとは違っていた。カウンセリングみたいなものなのかな…… こなた「空けるのはいいけど……その分作業が遅れるけどいいの?」 かがみ「別に構わない、裁判は遅れているし、それに裁判が長引いた方が良いでしょ、別れる日が延びるわよ、それに対策だって念入りにできるし」 かがみは微笑みながらウィンクをした。 こなた「え、あっ、そ、そうだね……」 もうかがみの対策は始まっているようだ。かがみがこんなに頼もしく見えたのは初めてだった。 かがみ「それじゃ、約束を忘れるなよ、あんたよくすっぽかすからな」 こなた「はは、そうだね……」 かがみ「お、今日初めて笑ったな、そうそう、それで良いのよ」 こなた「でもさ……なんで私が神崎さんを好きだって分ったの? お稲荷さんでもないのに」 かがみ「はぁ!?」 かがみは一瞬驚いた顔をして笑い出した。 かがみ「ははは、あんた、黙っていれば分からないと思ってたの、ほんとこなたって相変わらず鈍いわね……あの時神崎さんを連れてきた来た時点で 分ったわよ、あんたが良く言うフラグってやつをビンビン立てていたわよ、多分あの時居た人の殆どがそう思ったわよ」 こなた「はは、そう、フラグね……はは自分の事だと分らないね……ははは」 私達は笑った…… かがみ「ポチっ!!」 『カチッ!!』 こなた「あっ!!」 突然かがみはパソコンの電源ボタンを押して強制終了させた。 こなた「ちょっ、かがみ~今日の作業未の分のデータみんな消えちゃったよ!!」 半分起こり気味で言うとかがみは笑いながら話した。 かがみ「今日の仕事は終わりよ」 こなた「終わりって……今日の作業でどれほど手間が掛かったか分るの?」 かがみは私の話を聞こうとせずこそこそと何かの支度をし始めた。 かがみ「こなた、出かけるわよ支度しなさい」 こなた「出かけるって……何処に?」 かがみ「こんな時は飲むに限る……っと言ってもこなたはそう言うのは苦手だったわよね……ゲームセンターならどう?」 こなた「……そんな気分じゃない……」 かがみ「なに言ってるのよ、昔、私がそう言っても無理矢理に連れて行ったでしょ」 それって高校時代の話なのか…… こなた「誰かを連れ立って行く歳じゃないし……」 かがみ「そんなの気にした事ないくせに」 かがみは私の腕を掴み引っ張った。私はは渋々立った。 こなた「分ったよ……ちょっと準備するから待って」 かがみ「ふふ、ゲーセンなんて行くの久しぶりね、行っておくけど子供を相手に鍛えたから以前の様にはいかないからな!!」 なんかすっごく息巻いているし…… 私がかがみを呆然と見ていると。 かがみ「どうしたの、行くの、行かないの?」 こなた「行くけど……」 かがみ「行くけど何よ?」 こなた「仕事を中断してまで何で私に構ってくれるのかなって……」 かがみ「なに水臭いこと言っているのよ、私とこなたの仲じゃない、そんなの気にするな」 こなた「う、うん」 私は周りの書類を片付けだした。かがみはもう準備が出来たのか部屋の扉の前で私を待っている。 かがみ「こなた、支度しながらでいいから聞いて、私達はお稲荷さんの痕跡を消そうとしている、だけどねどうしても消せない物があってね」 こなた「突然何を言い出すと思ったら……その消せない物って何?」 かがみ「私よ」 こなた「かがみが、何で?」 かがみ「私は現代の医学では治せない病気に掛かった、でもお稲荷さんの秘薬で治った」 こなた「そうだけどそれがどうかしたの?」 かがみ「よく考えてみて、私は今此処に居ない筈の人間なの、こなたとこうして話している筈はない、つまり私がこうして生きているのは お稲荷さんが居たから……」 こなた「分り易いね、その通りだけど、まさかかがみを消すわけにはいかないよ……」 かがみ「そう、だから私の言動すべてがお稲荷さんの知識がもたらした結果そのものになるのよ、良い事、悪い事、その全てがね」 こなた「……そうだとしたら、かえでさんや井上さん、 みゆきさんの臨床試験で助かった人もそうなるよ……」 かがみ「そうね、だけど私がその最初の人……だから私はなるべく良いことをしようと思って……」 こなた「メンドクサイじゃん、そんなの、今まで通りのかがみで良いんじゃない、 命が助かって良かった位で思っていれば、一人で背負う必要なんかないよ」 かがみ「メンドクサイっておま……」 こなた「はいはい、準備できたよ、行こうよ、見せてもらおうか子供と鍛えた実力とやらを」 かがみ「何よその言い方……何かのネタか?」 こなた「え、知らないの、これね……」 かがみ「分った、分った、語りだすと長いから行こう」 私達は部屋を出た。 今日は全てを忘れられそうだ。 昔に戻って遊びまくろう。 次のページへ
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こなた「おはよー!つかさ、みゆきさん!」 みゆき「おはようございます、泉さん」 つかさ「こなちゃん、おはよー。今日は遅刻ギリギリだね~」 こなた「いやー、ちょっとだけのつもりでネトゲに手を出したら、明け方まで盛り上がっちゃってさ」 つかさ「そうなんだ~」 みゆき「夜更かしは体に障りますから、程々にされた方がいいと思いますよ」 こなた「わかっちゃいるんだけどねー……ところで、かがみはもう自分の教室に戻ったの?」 つかさ「それがね、お姉ちゃん今日はお休みなの」 みゆき「どうやら、風邪をひかれてしまったとかで」 こなた「へぇ、そうなんだ。つかさのがうつっちゃったのかねぇ?風邪はうつすと治るって言うし」 つかさ「ひどいよ~、こなちゃん」 ~さらば!怪傑かがみん!~ まさか、つかさに続いて私までもが風邪で倒れてしまうとは思わなかった。 昨日つかさに『この時期に風邪なんて気がゆるんでる証拠よ』なんて言うんじゃなかった。 漫画じゃあるまいし、注意したそばから倒れるなんて、姉としての面目が丸潰れだ。 それにしても、やることが無くて困る。 昼食後に薬を飲んでひと眠りしたらだいぶ調子は良くなったが、ベッドを抜け出してウロウロする訳にもいかない。 ベッドの上でも出来る事といったら読書くらいだが、今は頭がボーっとしていて大好きなラノベも読む気にならない。 四の五の言わずに寝ていればいいのだが、私はつかさと違ってそう何時間も寝てはいられない人間なのだ。 そんなことを考えながらじっと天井の一点を見つめていると、ふと先週の出来事が思い出された。 みゆきは怪傑かがみんの正体についてどう考えているのだろうか。 みゆきの発言を額面どおりに捉えれば、みゆきはその正体が私だとは思っていないことになる。 しかし、もしかしたらアレは正体に気が付いた上での私への気遣いなのではないかとも考えられる。 常識で考えれば、目の前で自白して衣装を身にまとったのだから正体に気が付かない訳がない。 ……もっとも、本当に本当の常識ってヤツで考えれば一番最初の時にバレてるハズなんだけど。 それともう1つ。 最後にみゆきが私の事を『親友』と表現したあの発言は、正体に気付いている事を踏まえての発言ととれる。 『私は、正体がかがみさんだと気付いていないフリをさせていただきます』という意味にとれなくもないのだ。 さすがにコレは深読みのし過ぎかもしれないが、あの時のみゆきの表情からはそうとしか考えられないから困る。 そういう風に考えていくと、みゆきだけじゃなくこなたも正体に気付いている可能性がある。 自白こそしていないものの、私はこなたの目の前で着替えをした事があるのだ。 あいつも普段はバカっぽい事ばかりしているが、他人の思惑なんかに対して妙に鋭い節がある。 バカと天才は紙一重なんていう言葉があるが、こなたは紙一重で天才の方なのかもしれない。 だとしたら、私の趣味がコスプレだと決め付けてバイト先であんなことをしたのも、あいつなりの気遣いということだろうか。 『私は、正体がかがみだって気付いていないフリをさせてもらうヨ』という考えに基づく行動だと、とれなくもない。 もしかして『ダブル怪傑かがみん』の写真を撮るという2人の行動は、秘密を共有することへの覚悟、或いは気遣いなのだろうか。 仮に、仮に私のこの考えが当たっていたとしよう。 その場合、私が怪傑かがみんを演じる必要はほとんど、いや、まったく無くなってしまうのではないだろうか。 正体がばれているのなら、柊かがみという人間の想いを伝える代役の存在意義は0に等しい。 それにみゆきはあの時――彼女が正体についてどう考えているにせよ――怪傑かがみんにではなく、私、柊かがみに感謝の言葉を捧げた。 怪傑かがみんは必要ないのだろうか。 考えることに少し疲れたので、私は天井を見つめながらボーっとすることにした。 扉が控えめにノックされるのが聞こえたが、面倒なのもあってわざと返事をしない。 しばらくして、遠慮がちにお母さんが部屋の中に入ってきた。 み き「かがみ、入るわよ……あら、起きてたの?調子はどうかしら?」 かがみ「うん、だいぶ良くなったみたい。明日には学校に行けると思うわ」 み き「そう?無理しなくていいのよ?」 かがみ「別に無理なんかしてないって」 み き「ならいいんだけど。辛くなったらすぐに言いなさいね」 かがみ「うん、ありがと……ねえ、お母さん」 み き「なあに?」 かがみ「お母さんも私と同じ様に17歳の頃から怪傑の力を使い始めたんでしょ?」 み き「そうだけど、急にどうしたの?」 かがみ「ただ、この間のお父さんの反応から考えると最近は力を使ってなかった」 み き「ええ、そうよ。あの時はずいぶん久しぶりだったから緊張したわ」 かがみ「何か理由があったの?」 み き「理由?何の?」 かがみ「怪傑の力を使わなくなった理由。何か特別な理由とかきっかけみたいなものがあったのかなって」 み き「そうねぇ……忘れちゃったわ。ずいぶん昔のことだから」 お母さんは少しだけ考える仕草をしてから、笑顔でそう答えた。 かがみ「結構大事なことだと思うんだけど、本当に忘れちゃったの?」 み き「そんなことより、お友達がお見舞いに来てるわよ。起きてるなら、あがってもらってかまわないわね」 かがみ「お母さん、私の質問に――」 み き「あら、いけない。そういえば、お鍋を火にかけっぱなしだったわ」 かがみ「ちょっと、お母さんってば……ああ、もう。まだ話は終わって無いってのに」 逃げられた。おそらく私の質問に答える気は無いということだろう。 まあ、お見舞いに来ている友人を放ったままにしておくにはいかないし、今は答えを追求するのは諦めよう。 数分後、お見舞いの品と思しきぽっきー1箱を携えて、こなたが姿をあらわした。 こなた「やふー、かがみ。元気してたー?」 かがみ「風邪ひいて学校休んでる人間が元気なわけ無いだろ」 こなた「うむ、なかなかの反応だネ。元気そうで何よりだよ」 かがみ「人の体調をどこで判断してるんだ、あんたは」 こなた「――でさ、つかさはまた携帯電話を没収されたってわけなんだよ」 つかさ「うわああ、こなちゃん。それはお姉ちゃんには言わないでって言ったのに~」 こなた「あれ?そだっけ?」 かがみ「ふふ。まったく、つかさはしょうがないんだか……ケホッ、ケホッ」 つかさ「お姉ちゃん、大丈夫?まだ喉が痛むの?」 かがみ「ああ、心配しなくても大丈夫よ。ちょっと違和感が残ってるだけだから」 こなた「ちょっとしゃべり過ぎちゃったカナ?とりあえず、何か飲んだ方がいいんじゃない?」 つかさ「そうだね。私、何か飲み物もってくるよ。こなちゃんも何か飲むでしょ?」 こなた「あー、おかまいなく」 つかさ「遠慮しなくていいよ。お茶がいい?それともコーヒーがいいかな?」 こなた「んー、じゃあかがみと一緒のでいいや。ありがと、つかさ」 つかさが台所へと降りていき、こなたと2人きりになった。 私の喉を気遣ってか、こなたは何もしゃべらずに部屋の中を見回したりしている。 かがみ「ねえ、こなた」 こなた「んー?」 かがみ「変な遠慮しなくていいから、何か話しなさいよ」 こなた「あ、ばれてた?」 かがみ「まあね」 話を仕切りなおすためか、それとも照れ隠しのためかはわからないが、こなたはアハッと笑った。 こなた「そだねー、じゃあ何を話そうかな」 かがみ「私が休んでる間にあった事とかでいいじゃない」 こなた「もうほとんど話しちゃったよ。後はみゆきさんが、かがみにくれぐれもお大事にって言ってたくらいかなぁ」 かがみ「おい。それって一番最初に言わなきゃダメだろ」 こなた「まあまあ、忘れずに言ったんだからいいじゃん」 かがみ「おまえなぁ……みゆきに申し訳ないとは思わんのか?」 こなた「あー、それとさ、かがみがいない間に怪傑かがみんは1回も登場しなかったから」 かがみ「は?」 こなた「ん?」 かがみ「えーっと、何でその情報を私に言う必要があるんでしょうか、こなたさん?」 こなた「え?だって、かがみはコスプレするくらいにあの人の大ファンなんでしょ?気になるかと思って」 どうやらこなたは紙一重でアレの方だったようだ。 せっかくだから、少し試してみようか。 かがみ「ごめん、こなた。ちょっとトイレいってくる」 こなた「いってらー」 つかさの私服を無断借用して着替えを済まし、こっそり持ち出した仮面とマントを身に着ける。 部屋に戻ると、都合の良い事に中にはこなた1人しかいなかった。 どうやら、つかさはまだ飲み物の準備をしているみたいだ。 当のこなたはやることが無くて余程ヒマだったのか、私の机の周りでなにやらゴソゴソしていた。 こなた「うわっ!?か、かがみ、コレは違うんだよ!?別に家捜しとかしてたわけじゃ……あれ?」 こなたは扉の前に立つ私をもう一度よく見る。 こなた「か、怪傑かがみん!?」 怪傑K(あー、やっぱりそうなっちゃうんだ。この間、目の前で着替えた時は柊かがみって認識してたのになぁ) こなた「な、何でここに?私、今日は別に悩み事なんて無いですよ?」 怪傑K(完全に気が付いてないな、あの表情は。とりあえず、これでこなたはシロだって確認できたわね) こなた「もしかして、私じゃなくてかがみに用があるんですか?」 怪傑K(残るはみゆきか……いっそのこと、今週末にでも家に招待して同じように試してみようかしら) こなた「おーい」 怪傑K「はっ!?……な、何か用かしら?」 こなた「それはこっちの台詞なんですけど」 怪傑K「あ、ああ、ええっと……その、今日は柊かがみに会いに来たんだけど、どうやらいないみたいね」 こなた「そうですか。かがみならすぐに戻ってきますから、待ってたらどうですか?」 怪傑K「え?い、いや、そうもいかないのよ。ほら、こっちにも事情ってもんがあるし」 こなた「むー……?」 怪傑K「な、何よ、そんなに私の事をじっーと見て。何か変かしら?」 こなた「いや、いつもと何か違うなーって思いまして」 怪傑K「ち、違うって、どこが?」 こなた「髪型がツインテールじゃなくてストレートなトコとか、服装が制服じゃなくて私服っぽいトコとか……」 怪傑K(ヤバッ、バレるかも!?どうしよう、今更だけどこれはコスプレだってことにしようかしら……でもそれもなんか嫌だな) こなた「ああっ!?もしかして!?」 怪傑K(まさか、バレちゃった!?とりあえず否定しなきゃ!!) こなた「2号?」 怪傑K「違うの!!……は?あれ?2号って?あれ?」 こなた「違うんだ。じゃあ、あなたは誰なんですか?」 怪傑K「あれ?え?……え、ええ~っと、私は、その……そう!V3よ!怪傑かがみんV3!」 こなた「V3!?ということは3人目!?」 怪傑K「ま、まあ、そうなっちゃうわね」 こなた「かがみにも教えてあげなきゃいけないね、怪傑かがみんは3人いるって。ってことは、いずれ3人揃ったところとかも見れるのかなぁ」 怪傑K「ええっ!?そんなの無理に決まってるじゃないッ!!……あ、えっと、そうじゃなくって。違うのよ。3人もはいないから」 こなた「ふぇ?なんで?だって、あなたはV3で、3人目の怪傑かがみんなんですよね?」 怪傑K「それは、ほら、アレよ、アレ。まあ、アレっていったらアレしかないじゃない?」 こなた「アレ?」 怪傑K「だから、アレよ、アレ……そ、そう!消えたの!1号と2号は消えちゃったのよ!」 こなた「な、なんだってーーーーー!!!?」 かがみ「はぁ~……なんか、ものすごい墓穴を掘ってしまった気がするわ……」 困っている人々を救うため、悪の組織に立ち向かうことを決めた怪傑かがみん1号と2号。 V3にすべてを託し、彼女らは組織の本拠地へと乗り込んでいった。 そして彼女らの活躍により組織は壊滅し、その本拠地も謎の大爆発により消え去ったのだった。 しかしそれ以降、1号と2号の姿を見た物はいない。 勢い余ってそんな話をしてしまった。 とりあえず、つかさの部屋で再び着替えて自分の部屋へと戻る。 扉を開けると、こなたは目をキラキラと輝かせながら興奮気味に話しかけてきた。 こなた「かがみ!すっごい情報を入手したよ!」 かがみ「わ、わかったから、少し落ち着け。何よ、すごい情報って?」 こなた「怪傑かがみんってさ、なんと3人もいたんだよ!」 かがみ「へ、へえー、本当に?」 こなた「本当だヨ!力の1号に技の2号、そのすべてを受け継いだ力と技のV3!彼女らは世界をまたにかけ、地球征服を企む巨大な悪と闘ってるんだって!」 こいつ、もう話に尾ひれをつけてやがる。 なんだよ力と技って。地球征服って。 こなた「――でね、ついに1号と2号はその身を犠牲にして、悪の首領もろとも炎の中へと消えていったんだってさ!いやー、燃える展開だよねー!」 かがみ「はいはい。どうせまた、何かのネタかなんかでしょ?まったく信じらんないわよ、そんな話」 こなた「えー、少しくらいは信じようよ。せっかく教えてあげたのに」 かがみ「はいはい。もうわかったから……それにしても、つかさ遅いわね。何やってんのかしら?」 こなた「言われてみれば、結構時間たってるよね。ちょっと見てこようか?」 かがみ「いいわよ。そのうち来るでしょ」 それから数十分後、心なしか元気のない顔をしたつかさが飲み物を持ってきた。 戻ってくるまでやけに時間がかかったし、台所で何か失敗でもしたのかしらね。 私は飲み物を口にしながら、再びこなたが『怪傑かがみん』の最新情報をつかさにまくしたてる姿を少し呆れて眺めていた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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ある日のこと、私は自分の部屋で勉強をしていた。辞書で調べようとしたら。 辞書が無いことに気が付いた。 そういえばお姉ちゃんに貸したままだった。私はお姉ちゃんの部屋に向かった。ノックをした。 返事がない。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けたら、お姉ちゃんは居なかった。買い物にでも出かけたのだろうか。でも宿題はさっさと終わらせたい。 私はちょっと悪いと思いながらも部屋の中に入ってお姉ちゃんの机の上を探した。 辞書は机の真ん中に置いてあった。その辞書を持ち上げた時、その下に封筒があるのを見つけた。 あて先はお姉ちゃん。封筒の中身は出ている。もしかして、ラブレター? 思わず封筒の中身を手に取り読んだ。 字はとても綺麗で丁寧に書かれていた。そして内容は、放課後屋上で大事な話があるから会って欲しいと・・・ これって、思った通りラブレターだ。さらに見ると待ち合わせの日時は・・・明日の日付が書いてあった。 しかし書いた本人の名前が書いてない。 「人の部屋に黙って入って泥棒みたい、感心しないわね」 後ろから突然声がした。お姉ちゃんだ。買い物袋を持っている。どうやらおやつの買出しに行ってたみたい。 「え、そのー、辞書を返してもらおうと思ったんだけど・・・」 「で、今持ってるのは何かしら」 「これは・・・」 「・・・読んだのね」 私は黙って頷いた。そして覚悟した。きっとお姉ちゃんは怒って私を叱り付ける。 「しょうがないわね」 しかしお姉ちゃんは怒ることなく一回大きなため息をつき、部屋の中に入りドアを閉めた。 「ごめんなさい」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 「謝ることはないわ、私もそんな所に置いておいたのも悪いし・・・見られたのがつかさでよかった」 「でも凄い、ラブレター貰うなんて、明日、会いに行くんでしょ」 「そうね」 お姉ちゃんは、力のない声で一言、そう答えた。 「嬉しくないの」 「正直言って微妙、書いた人誰だか分からないし・・・」 「でも、明日会いに行くなら応援するよ」 「いや、応援されても困るわ、こればかりは・・・自分がどうこう出来ることじゃないし」 かなり複雑な心境な様、私もお姉ちゃんにどうこう出来ることはないみたい。 「あ、私、部屋に戻るね」 私は部屋を出ようとした。 「つかさ、待って、辞書忘れてるわ」 「ありがとう」 「あと、つかさ、この事は・・・」 「内緒だね、分かった」 「それが一番心配だわ」 「それじゃ約束する、誰にも言わない」 私は部屋に戻った。 今までに無いお姉ちゃんの真剣な顔・・・あの手紙、見なかった方がよかった。今更私は後悔していた。 そして、日付は変わり、手紙の待ち合わせの時刻が近づいた。 こなた「みんな、そろそろ帰ろうか」 かがみ「あ、ごめん、みんな先に帰って、私、用事があるの」 こなた「え、会議でもあった?みゆきさん」 みゆき「今日は会議はありませんね」 かがみ「ちょっと図書室で調べ物よ」 こなた「それじゃしょうがないね、つかさ、みゆきさん行こう」 お姉ちゃんと別れ、私達はバス停に向かっていた。すると、こなちゃんが時計を気にしだした。 こなた「まだ早いけど、早いにこしたことはないかな」 つかさ「どうしたの、こなちゃん」 こなた「ふふふ、お二人さん、これから面白いイベントがあるんだけど見にいかないかい」 つかさ「イベント? 何かな」 こなた「かがみが告白される決定的は瞬間をだよ!」 なんでこなちゃんが手紙のことを知っているのか、自分の耳を疑った、でもこなちゃんははっきりとそう言っている。 つかさ「なんでそんな事をしってるの!」 こなた「ほぅ、つかさは知らないってことは、かがみ、内緒にしてたね、かなり本気っぽいね」 つかさ「どうゆう事なの」 こなた「一週間前、かがみのげた箱の中にラブレターを仕込んでおいたのさ」 つかさ「それって・・・」 こなた「そう、、時間が来たらドッキリ!!、その時のかがみの反応を楽しむのさ」 あの手紙がこなちゃんの書いた手紙?、こなちゃんの筆跡は私もお姉ちゃんも知ってる、すごく特徴のあるある字のはず。 つかさ「こなちゃんが書いたんじゃ字で誰が書いたかばれちゃうよ」 こなた「つかさ、鋭いところに気が付いたね、私もそう思ってね、ゆーちゃんに書いてもらったのだよ」 つかさ「ひどいよこなちゃん、悪戯にしてはやりすぎだよ、私、そんなの見たくない」 こなた「つかさは不参加、みゆきさんは」 みゆき「私は・・・見てみたい・・・です」 こなた「おー、予測と反対だ、みゆきさんが参加してくれるなんて」 みゆき「い、いえ、私はただ、かがみさんが恋愛にどのような概念を持っているのか興味があるだけして・・・」 そう確かに昨日、お姉ちゃんの部屋の出来事がなかったら私も一緒に見に行っていたかもしれない。お姉ちゃんはかなり本気だったことは間違いない。 それがドッキリだったなんて。その時、こなちゃん達が急に心配になった。 そんなお姉ちゃんに、あれは嘘だったなんて・・・出て行ったら、きっと激怒するに違いない。 そして、こなちゃん達と喧嘩にでもなったら・・・ そんなのはやだ。 つかさ「こなちゃん、やっぱり私も行く」 こなた「つかさ、そうこなっくちゃ」 つかさ「でも・・・あまりにお姉ちゃんが可哀想」 こなた「もう、後戻りはできないよ、実行あるのみ」 私達は一度、自分のクラスに戻った。お姉ちゃんは図書室で時間が来るのを待っていた。 こなちゃんはそれを確認すると、私達を屋上へと案内する。 そして、屋上に着くと、 こなた「ここだと私達が居るのがバレちゃうね」 こなちゃんは辺りを見回した。そして給水タンクの陰に誘導する。 こなた「ここで待とう」 そう言ったと同時だった。お姉ちゃんが屋上にやってきた。手紙の指定時間よりかなり早かった。 こなた「うわ、もう来ちゃった、待ちきれなかったのかな、危ないところだったね、とりあえず時間までは出ないから」 そうこなちゃんは言い私達はしばらくお姉ちゃんの行動を見ることになった。 お姉ちゃんは同じところを行ったり来たり、落ち着きがない、見ているこっちも焦ってくる。 時間が近づいてくると、その場に止まって、自分の髪の毛を触り始めた。 お姉ちゃんがいつも緊張している時にする仕草、なんだかもう見ていられなくなってなってきた。 こなた「そろそろ時間だ・・・行くよ」 こなちゃんがお姉ちゃんに向かおうとした時だった。 みゆき「ちょっと待ってください」 ゆきちゃんがこなちゃんを止めた。そしてゆきちゃんは黙って指を指す。その方向を見ると。 出入り口から男の子が入ってきた。 男の子はお姉ちゃんを見つけると近づいてきて何やら話しかけている。遠くて何を言っているのか分からない。 お姉ちゃんも一言、二言何かを言っている。 しばらくすると、お姉ちゃんは笑い始めた。とても楽しそうな笑顔。今まで私も見たこともないような・・・楽しそうだった。 そして、二人は肩を並べて屋上を後にした。私達は呆然と出入り口を見ていた。 つかさ「こなちゃん、これってどうゆう事なの」 聞いてもこなちゃんは何も答えてくれなかった。 みゆき「あの男子・・・」 つかさ「知ってる人なの」 みゆき「あの方はA組の学級委員」 つかさ「それじゃ、お姉ちゃんも知ってる人なんだね、ところでどこ行ったのかしら」 みゆき「おそらく、図書室だと思います」 つかさ「何故、声ぜんぜん聞こえなかったよ」 みゆき「かがみさんの唇が、最後に図書室に行こうと言ってたのが分かりました」 つかさ「それじゃ今までの会話も」 みゆき「残念ながら、かがみさんしか正面向いていなかったので、かがみさんはほとんど話していなかったので分かりません」 つかさ「あの男の子、名前は」 みゆき「確か・・・辻さんだったと思います」 つかさ「なんか、こなちゃんの言ってたことが本当になっちゃたね」 みゆき「嘘から出た真ってことでしょうか」 この状況だと、あの手紙は本物になってしまったことになる。するとお姉ちゃんとの約束が・・・ つかさ「こなちゃん、ゆきちゃん、実は昨日、こなちゃんの手紙見ちゃったんだ、それがお姉ちゃんにバレちゃって、誰にも言わないって約束したんだけど」 みゆき「それでつかささんは最初反対したのですね、分かりました、私は他言はしません」 つかさ「こなちゃん? さっきからどうしたの」 こなた「あの手紙は私が確かにかがみのげた箱に入れた・・・」 つかさ「こなちゃん、聞いてるの」 こなた「え、ああ、聞いてるよ、内緒でしょ、分かってる、分かってる」 この後、しばらく沈黙が続いた・・・ 最初の目的がなくなった。もうここに居る理由はない。 つかさ「もうここに居てもしょうがないよね、帰ろう、それとも図書室行く?」 みゆき「そうですね、二人はそのままそっとしておいてあげましょう」 私とゆきちゃんは屋上を出ようとした。しかしこなちゃんはその場を動こうとしなかった。 つかさ「こなちゃんどうしたの?、行こう」 こなた「・・・ここから図書室見えるよね、私、もう少しここに居る」 そう言うと、隣の校舎が見える所に向かった。 こなた「こなちゃん、そっち図書室のある校舎じゃないよ」 こなちゃんは返事をしてくれなかった。 もう一言こなちゃんに話しかけようとした時、ゆきちゃんが私の肩をたたいた。 「行きましょう」 ゆきちゃんのその一言で二人だけで屋上を出ることになった。 一度、私達は鞄を取りに自分のクラスに戻った。 駅までゆきちゃんと二人だけで帰るのは初めてだったような気がした。 その帰りの途中、バスの中でふとこなちゃんの事を考えていた。 お姉ちゃんとが辻さんと会ってからこなちゃんは変わった。 どう変わったかは分からない、でも・・・少なくとも喜んでいるようには見えなかった。 「こなちゃん、どうしたのかな」 思わず、口に出してしまった。 「分かりませんか」 ゆきちゃんが聞き返した。別にゆきちゃんに質問をしたわけではなかったけど、 「ゆきちゃんは分かるの」 「・・・分からなくもないのですが」 言い難そうに言葉を詰まらせている。私が知りたそうにゆきちゃんの目を見ると、振り切ったように私に話し始めた。 「かがみさんが、私達から去って行くような気がしたのではないでしょうか」 「お姉ちゃんが、何で」 「かがみさんと辻さんが恋人になれば、私達と会ってくれる機会がそれだけ減ります」 「それは、当然じゃない、恋人じゃなくても、新しい友達ができたりすれば、同じことじゃないの」 「そうゆう事を言っているのではなく・・・」 「それじゃ、どうゆうこと」 しばらくゆきちゃんは黙っていた。 「好きな異性ができてしまうと、同性との関わり合いが変わってしまう場合があります」 「・・・言ってる意味が分からないよ」 ゆきちゃんは黙ってしばらく私の目を見た。 「今後かがみさんは、つかささんや私に対する言動が変わるかもしれないと言う事です、良い意味でも、悪い意味でも・・・」 「ゆきちゃん、それ大げさだよ、あれくらいで変わるなんて、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだよ」 「それならいいのですが・・・」 その後、私達に会話はなかった。 バスが駅に着きゆきちゃんと別れた。 どうもすっきりない。こなちゃんもゆきちゃんもお姉ちゃんが辻さんに会ってから変わった。 ゆきちゃんはお姉ちゃんが変わるって言ってたけど、さっきのゆきちゃんの方がよっぽど変わってる。 そんな事を考えているうちに自分の家に着いた。 「ただいま」 すると奥からいのりお姉ちゃんの声がする。 「おかえり、あら、かがみはどうしたの」 「遅くなりそうだから、先に帰ってきた」 「珍しいわね、遅くなっても一緒に帰ってきてたじゃない・・・まさか喧嘩でもしてないわよね」 「喧嘩なんてしてないよ」 「まぁ、そうよね、あんた達が喧嘩する所なんて想像できないわね・・・それより丁度よかった」 「丁度よかった?」 「お父さんとお母さん、今日帰りが遅くなるって連絡がきてね、それで夕食の準備をしようとしたら材料が無いのよ」 「それなら私、買い物してくるよ」 その時、以前まつりおねえちゃんが作ってくれたパエリアを思い出した。 「いのりお姉ちゃん、今日の献立って決まってるの」 「いや、まだだけど」 「それじゃ、パエリアでいいかな」 「え、そういえば以前まつりが作ったことがあったわね、つかさ、大丈夫なの」 「作ってるの見てたし、材料も買い物しから覚えてるよ」 「流石ね、それじゃ全面的にお願いしちゃおうかしら」 お姉ちゃんには何もできないけど、これをお祝い代わりにしようと思った。 夕食の準備をしていると、まつりお姉ちゃんが帰ってきた。 まつり「ただいま・・・この香り」 いのり・つかさ「おかえり」 まつり「あれ、もしかして、パエリア作ってるの」 つかさ「そうだよ」 まつり「そうだよって、レシピ教えてないわよ、なのになんでつかさが作れるのよ」 つかさ「作ってるところ見てから」 まつり「見てただけで作れるなんて・・・私だけの取っておきが」 いのり「つかさと一緒に作った時、盗まれたわね」 まつり「ま、いいわ、それより最近、つかさ、デザート作ってないわね」 つかさ「作ってるけど・・・納得出来るのが作れなくって、お姉ちゃん達に食べてもらっていないだけ」 まつり「納得って、今まででも充分美味しいわよ」 つかさ「ありがと、でも、どうしても上手にできないケーキがあって・・・」 まつり「へー、手が込んでそうね、こんどうまく出来たら食べさせてよ」 つかさ「うん」 いのり「そういえばかがみ遅いわね」 まつり「それなら携帯で・・・」 まつりお姉ちゃんが携帯電話を取ったその時、 かがみ「ただいま」 つかさ「お姉ちゃん、おかえり、丁度夕食ができたよ」 まつり「かがみ、遅いわね、委員会の会議でもあったの」 かがみ「いや、ちょっと友達と話してたら」 まつり「友達?、つかさもとっくに帰ってるし、怪しいわね」 かがみ「別に怪しくなんかないわよ、とにかく着替えてくる」 そう言うと、自分の部屋に向かって行った。 まつり「まったく、何か隠してるわね、だいたい想像つくけどね、かがみはああ見えて隠すのが下手だからね」 いのり「詮索は後にして、お皿並べるの手伝って」 私達姉妹だけの夕食、みんな私の作ったパエリアを美味しいと言ってくれた。 雑談にも華が咲く、まつりお姉ちゃんのつっこみにお姉ちゃんは軽く受け答える。 なんてことは無い普段の夕食風景、お姉ちゃんもいつものお姉ちゃん、なんの変わりもない。 私はほっとした。やっぱり考えすぎだった。私はみんなの会話に進んで参加した。 とても楽しい夕食になった。 後片付けも終わり、自分の部屋に戻った。今日は特に宿題があるわけでもない。 椅子に座り机を見ると漫画の本が置いてあった。以前こなちゃんに借りたものだった。 これから特にすることもない。漫画を見ることにした。しかし一人で見るのも味気ないのでお姉ちゃんの部屋に行こうと思った。夕食の話の続きもしたい。 「お姉ちゃん入るよ」 ドアを開けてお姉ちゃんの部屋に入った。 「何か用なの」 「遊びに来たよ」 私はいつものようにお姉ちゃんのベットを椅子代わりに座り漫画を読み始めた。しばらくすると。 「つかさ、ここは私の部屋よ、漫画なら自分の部屋で読みなさいよ」 「えっ?」 「聞こえなかったの、読むなら自分の部屋でって」 「お姉ちゃん?どうしたの、昨日の事怒ってるの」 お姉ちゃんは一回おおきなため息をついた。 「もう私達は子供じゃないの、もう私達は一人の人間として認め合わないと」 「言っている意味が分からないよ、別にいいじゃん」 「それじゃ、まつり姉さん、いのり姉さんの部屋でまったく同じことができるかしら」 「それは・・・」 「それと同じよ、悪いけど出て行って」 冷たい声が私の耳を貫いた。私はお姉ちゃんの部屋から追い出された。しばらくお姉ちゃんの部屋の前から動けなかった。 自分の部屋に戻った。ベットに寝そべり仰向けになった。何故か涙が出てきた。 あんな事一度も言ったことないのに。縄張りに入ってきた私を追い払うようだった。 お姉ちゃんの気持ちが理解できない。涙は目から溢れ頬を伝ってく。 ふとゆきちゃんの言葉を思い出した。 ゆきちゃんの言いたいことってこの事だったの。私はもう泣くしかなかった。 どのくらい時間が経ったか、ドアのノック音がする。 「つかさ、入るわよ、あんた漫画の本忘れてたわよ」 私の泣き顔を見てすこし驚いた様子、ドアの入り口から進もうとしなかった。 「入ってきていいよ、私は追い出したりしないから」 皮肉っぽくお姉ちゃんに話しかける。お姉ちゃんは私が泣いている理由にすぐに気が付いたみたい。 「さっきはごめん、宿題でどうしても解けなかった問題があって気がイライラしてたから・・・」 すぐに謝ってきた。でも、その理由に私は納得しなかった。 「放課後、どうなったの」 私はお姉ちゃんの言い訳を無視してストレートに聞いた。するとお姉ちゃんは扉を閉めて部屋の中央に進んできた。 「つかさに隠しても意味無いわね、昨日手紙も見られてるしね」 「相手はA組の辻さん、つかさは知らないわね、屋上で会うなり、私の読んでいる本の話題で盛り上がってね」 「図書室で話してたら終業時刻になったの、そして・・・帰り際に・・・告白・・・」 顔を真っ赤にして私に話した。 「返事はしたの?」 「いくら知ってる人でも、すぐには返事なんかできないわよ・・・次の日曜に・・・デートの・・・」 言葉がゆっくりと、言い辛そうにしているので続きを思わず言った。 「約束したの?」 「そうよ、そこで返事するって約束をした」 「凄いよ、お姉ちゃん」 「本の趣味も合ってるし、気も合いそうだと思ったわ、でも、つきあってみないと分からないじゃない、それにデートなんて初めてだし・・・つかさならどうする」 「私にそれを聞いたって・・・」 「そうだろうと思った」 「えー」 お姉ちゃんは笑った。それに釣られて私も笑った。そしていつの間にか涙は止まっていた。 「よかった、笑ってくれて、本当にごめん」 「私も、お姉ちゃんの心境も知らないで・・・」 「なんかつかさに話したら気が落ち着いたわ、邪魔したわね、あ、私の部屋で漫画読みたいなら来ていいわよ」 「ありがとう、今日はもういいかな、時間も遅いし」 「そうね、じゃ私、戻るわ」 お姉ちゃんは自分の部屋に戻ろうとした。 「待って、お姉ちゃん」 「何?」 「この話、まだ内緒にするの?、いつまでも隠せないと思うし、ゆきちゃんならきっといいアドバイスしてくれると思うよ」 お姉ちゃんはしばらく黙って考えていた。 「みゆきや峰岸なら話してもいいかな、若干二名以外は・・・」 「こなちゃんと日下部さん・・・」 「つかさは普通にしてれば良いわ、その中でバレたのならそれはそれでいい」 「分かった、そうする」 そうは言ってもみんなはもう知ってしまっている。でもお姉ちゃんに本当のことは言えなかった。それでも心の重荷は取れた。 「それじゃ、おやすみ」 「おやすみ、お姉ちゃん」 普段のお姉ちゃんに戻った、でも確かにゆきちゃんの言うと通りになった。こなちゃんもこの事を知っていたのだろうか。 そうなると私は何も知らない子供だったのかな。私は一人取り残されたような寂しさがこみ上げてきた。 私が子供なのは今更どうにかなるものじゃない、今はお姉ちゃんと辻さんがうまくいく様に、それだけを祈ろう。 それから何日か過ぎた。みんなは普段通り、お姉ちゃんと辻さんの事に触れることなく・・・と言うより、そんなことがあったことなど 忘れているようだった。そんな放課後。 かがみ「あれ、おかしいな」 つかさ「どうしたの」 かがみ「携帯電話が見当たらないのよ」 みゆき「ご自宅に忘れてこられたのでは」 かがみ「それはない、朝、家から出るとき確かに持ってから」 つかさ「それじゃ私の携帯から電話してみる?、近くにあれば音で分かるよ」 かがみ「悪いわね」 こなた「あー、かがみ」 かがみ「なによ」 こなた「かがみの携帯、今朝トイレ行っている間に着メロと壁紙、最近私の気に入ったアニメに変更しちゃったんだよね」 かがみ「!」 稲妻のようにお姉ちゃんの拳がこなちゃんの頭に当たった。遅れて雷鳴のようにお姉ちゃんが叫ぶ。 かがみ「なんてことするのよ」 教室にお姉ちゃんの声が木霊する。こなちゃんはその場にうずくまり、両手で頭をおさえた。 こなた「痛いよ、かがみ、黒井先生より痛い、グーで殴らなくても・・・」 かがみ「当たり前でしょ、人の物を勝手に、つかさ、電話するの止めて」 私は手を止めた。 みゆき「落し物でしたら職員室か用務員室へ行かれては、届けられているかもしれませんよ」 かがみ「そうするわ、こなた、あんたも手伝いなさいよ」 こなた「えー、着メロ変えたのと、かがみが失くしたのと関係ないじゃん」 かがみ「あの携帯見られたらオタクと思われるでしょ」 お姉ちゃんはこなちゃんを引きずるように教室を出て行った。こなちゃんは頭を押さえながら渋々ついていく。 「お姉ちゃん、本気で怒ってたね」 「そうですね、あの様子ですとかがみさん時間かかるかしら」 「ゆきちゃん、お姉ちゃんに何か用があったの」 「委員会の書類が溜まったので、倉庫の整理をしたかったのですが」 「私でよければ手伝うよ」 「つかささん、お願いしてもよろしいでしょうか」 「うん」 「それでは鍵をもってきますので、自習室に行って下さい」 私は自習室に入りゆきちゃんを待った。だれも居ない。とても静かな部屋。 「お待たせしました」 ゆきちゃんが入ってきた。自習室の奥に扉が在り、その扉を鍵で開けた。 「こちらです」 案内されると本棚に書類が山のように積まれていた。 「沢山在るね」 「そうなんです。こちらの書類をあちらへ運んで欲しいのですが」 「わー、確かに一人でやるには大変だよ」 早速私達は作業に入った。約半分くらい片付けた頃、私はバスでの会話のお礼をした。 「この前、とても助かったよ、ありがとう」 「何の事でしょうか」 「こなちゃんの偽ラブレターの事だよ、バスの中で私に言ってくれた事」 「ああ、あの事ですか、何かあったのですか」 「あの日の夜、お姉ちゃんの部屋に遊びに行ったら追い出されちゃって・・・ここは私の部屋だからって」 「そんな事があったのですか」 「すぐ謝ってくれたけどね、でも、ゆきちゃんのあの言葉が無かったら私今頃どうなってたか」 「あれは例え話なので・・・かがみさんはすぐ謝りましたか・・・凄いですね、普通出来る事ではありませんね、とても敵いません」 ゆきちゃんはお姉ちゃんに感心していた。 「終わりました、つかささんありがとうございました」 「いいえ、どういたしまして」 書類の移動が終わり、ゆきちゃんが扉に手をかけた、だけどそのまま止まって動こうとしなかった。 「どうしたの」 するとゆきちゃんは口に人差し指を立てた。 「しー」 私も音を立てないようにその場に留まった。すると自習室の扉が開く音がした。そして中に誰かが入ってくる。 ???「ここなら誰もいない、ここにしよう」 壁越しに男の子の声がした。 「辻さん・・・」 ゆきちゃんは小さい声でそう言った。 生徒「何だよ、急に呼び出して」 辻「とりあえず奥に入って」 自習室の扉が閉まる音がした。 辻「以前ラブレターをげた箱に入れた話しただろ」 生徒「そんな事いってたな」 辻「とりあえず、今度の日曜、デートする所まではいったんだけどね」 生徒「お、凄いじゃん、で、相手は誰だよ」 辻「柊・・・」 生徒「柊?ってC組の?」 辻「・・・そうだよ」 生徒「なんで」 辻「委員会で何度か会っているうちにね、いい人だなって思った。さっきまで」 生徒「さっきまで?、なんか意味深だな」 辻「見てしまったよ、友達なのかな青い髪の小柄な女子を思いっきり殴ってるのを・・・」 生徒「・・・俺、二年の時柊と同じクラスだったから分かる、その子はたぶん泉だな、二年の時もよく泉を怒鳴っているの見かけたよ、結構名物だったぞ」 辻「・・・知らなかった・・・会議の時とえらい違いだな・・・そんな人だったなんて」 生徒「で、話ってなんだい、こんな事を言う為にこんな所まで・・・」 辻「俺、そのデート断ろうと思ってるんだけど、自分から誘っておいてだから・・・柊を屋上まで呼んでくれないかな、呼んでくれるだけでいいんだ」 生徒「そんなの自分でやれよ」 辻「二年の時同じクラスなら話やすいじゃないか、な」 生徒「しょうがないな、明日の昼飯おごれよ、で彼女何処にいるんだ?、放課後だから帰ったんじゃないのか」 辻「殴られた子、泉だっけ、その子と鞄も持たないで出て行ったからまた戻ってくるはず、C組の辺りを探してくれ」 生徒「わかった」 自習室の扉が開く音がして二人は出て行った。 聞いてはいけないものを聞いてしまった。そんな気がした。でもなんか納得ができない。 「ゆきちゃん、なんか間違ってるよ、見ただけで、理由も聞かないで、一方的に決めちゃうなんて」 「・・・」 ゆきちゃんはただ黙って扉のとってを握っていた。 「お姉ちゃんのいい所もいっぱいあるのに、ゆきちゃんもそう思うでしょ」 珍しく私の問いに何も答えようとしなかった。しばらくして、ゆきちゃんはゆっくり口を開いた。 「かがみさんの一番見せたくない所を見られてしまいましたね・・・」 「でも、約束してたんだよ」 「かがみさんと辻さん、お互いに会議での姿しか知りません、会議でのかがみさんはとても輝いて見えました 私は二年の時、委員長を務めましたが・・・会議を最後にまとめてくれたのはいつもかがみさんでした」 「そんな話初めて聞いた・・・お姉ちゃん委員会の話なんかしないし」 「そこもかがみさんの素晴らしい所です」 「それなのに・・・どうにもできないの、ゆきちゃん」 「私も・・・私もこの手でドアを開けて辻さんに訴えたかった、かがみさんはそんな人ではないと」 「そうだよね」 「しかし、先ほどの状態を見られたのであれば、弁解の余地はありません」 「ゆきちゃんも、そんな事を言うの」 「あれは、じゃれ合いみたいなもの、確かに私達から見ればそうですが、彼らから見ればただの暴力なのです」 「ゆきちゃん・・・悔しいよ、あれは私が知る限り初めてだよ、殴ったの、何とかならないの」 「私にもう聞かないで下さい」 少し大きな声でゆきちゃんは言った。私は思わず一歩引いて驚いてしまった。こんな事を言うゆきちゃん、初めてだった。 「ごめんなさい、私、何をしていいか分からない」 よく見るとゆきちゃんの目に涙が溜まっていた。 「ゆきちゃん・・・」 「何をしていいか分からない、ただ彼らの話を聞いていただけ、かがみさんには助けられてばかりなのに、何も出来ないなんて」 「そんな事言ったら、私も同じだよゆきちゃん」 「屋上のかがみさんの笑顔、素敵だった・・・それがこんな結果に・・・偶然を怨みます・・・私は屋上に行くべきじゃなかった・・・ ごめんなさい、この鍵で倉庫を閉めてを図書室に返して頂けませんか」 そう言うとゆきちゃんは倉庫のドアを開けて、逃げるように自習室を出て行った。私はしばらく倉庫から出ることができなかった。 ゆきちゃんはもう終わるって決め付けちゃってる。お姉ちゃんならきっと誤解だって言って解決だよ。 倉庫の鍵を閉め、私はゆきちゃんの言われた通りに鍵を図書室へ返した。 教室に戻ると、こなちゃんが一人、頭をさすりながら自分の机に座っていた。 「つかさ、どこ行ってたの」 「ゆきちゃんの手伝いをちょっとね」 「みゆきさんが・・・」 「ゆきちゃんがどうしたの」 「飛び込むように教室入ってきて、さっさと荷物まとめて帰っちゃったよ、何かあったの?」 「家の用事があったみたい」 「ふーん」 こなちゃんはそれ以上聞いてこなかった。 「ところでこなちゃん、お姉ちゃんの携帯電話見つかったの」 「ああ、あったよ、職員室に届けられてた」 「かがみは慌てて携帯取って隠そうとしてたよ、電源切れてたのに」 私はこなちゃんに言いたいことがあった。私がそれを言いかけたとき。 「私・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな」 言おうとしたことを先に言われてしまった。調子が狂ってしまった。 「お姉ちゃん、あんな事するの初めてみた」 「・・・つかさがそう言うなら、かがみの怒りは相当のものだね」 「そうだね」 私はわざと冷たくそう答えた。こなちゃんはそのまま黙り込んでしまった。俯き悲しそうな顔。 今更こなちゃんを怒ってもどうにもなるわけない。それよりまだこなちゃんは頭をおさえている。それが心配になった。 「こなちゃん、頭見せてみて」 「いてて、普通ならすぐ痛みがとれるんだけどね」 「見事にできてる、こぶが・・・冷やした方がいいかな」 私は洗面所に行きハンカチを水に浸してきてそれをこなちゃんに渡した。 「ありがと」 こなちゃんはハンカチを頭に置いた。 突然私の携帯電話が着信した。携帯をみるとお姉ちゃんからの電子メールだった。 「電子メール?、かがみから?」 「うん」 「内容は?」 「遅くなるから先帰っていいよって」 「かがみ、さっき男子に呼ばれてどっか行ったけど、その用事なのかな、すぐ戻るって言ってたけど・・・」 私はその用事を知っている。答えられるわけがない、話を続けた。 「私はお姉ちゃん待つけど、こなちゃんはどうする」 「今日は・・・帰らせてもらうよ」 そう言うとこなちゃんは帰り支度を始めた。 「かがみに合ったら、携帯の事、ごめんって言っておいて、直接なんて言い辛いし」 「うん、言っておく」 こなちゃんと別れ、私はしばらく教室でお姉ちゃんを待っていた。だけど来る気配はない。 もう日は落ちかけて終業時間も近い、私は教室を出て向かった。屋上に。 屋上に着いた、そこにお姉ちゃんが居た。辻さんとお姉ちゃんが出会った所に。後ろを向いて夕日をを見ている様。 私はお姉ちゃんに近づいた。そして話しかける。 「お姉ちゃん、もう帰ろう、終業時間だよ」 後ろを向いたままお姉ちゃんは話した。 「つかさ、先に帰っていいってメールしたのに、よくここが分かったわね」 「誰かに呼ばれてどこかに行ったってこなちゃんが言ってたから」 「そう、まだ就業時間までまだ時間があるわね、もう少しいいかしら」 お姉ちゃんはここを離れようとしない。私は思い切って聞いた。 「呼ばれて、何かあったの」 その質問にお姉ちゃんは即答した。 「呼ばれてここに来たら辻さんがいねて、デート断ってきたわよ」 「それでどうしたの」 「承知したわ」 「・・・お姉ちゃんそれで本当にいいの」 「・・・」 黙っているお姉ちゃん、私は黙っていられない。 「お姉ちゃんは辻さんをどう思ってたの、好きだったの」 「・・・好きだった・・・手紙をくれる前からなんとなく気になってた・・・」 「それならどうして・・・お姉ちゃんが分からないよ、辻さんも分からない、何のためにラブレターなんか出したのか」 お姉ちゃんは振り返り、私の額を中指で軽く弾いた。 「つかさ、なに一人で熱くなってるのよ、これは私と辻さんの問題でしょ」 痛くはないけど、打たれた額を手で押さえた。お姉ちゃんの顔を見ると私を見て笑っている。 「え、だって悔しくないの」 するとお姉ちゃんは、また振り返り、夕日を見ながら答えた。 「彼に言われたわ、友達を殴るような人と付き合いたくないって・・・こなたの事を言っているのはすぐ分かった、 こうまでハッキリ言われると、さっぱりするわね」 「あれは、こなちゃんの悪戯・・・理由を言えば・・・」 「そう、あれはこなたの悪戯、だけど、あの程度で殴ることはなかったわね、つかさもそう思うでしょ」 「それは・・・」 「こなたを殴ったどころか、怒鳴ったことは数え切れない、オタクって見下したこともあった・・・最低じゃない 今になって気が付くなんて、好きな人にそんな事言われたら・・・」 「こなちゃんは気にしていないと思うよ、こなちゃん、さっき、携帯の事、ごめん、そう言ってたよ」 お姉ちゃんは振り向いて私の目をみた。なにも言わない。その代わりに目に涙が溜まっていた。 そして、そのまま泣き崩れてしまった。 目の前のお姉ちゃんがが歪んで見える。私もいつの間にか涙を流していた。何も言わない。言えなかった。 もう終わっている・・・私が何を言っても、すでにもう過去のこと。後戻りできない。 ハンカチを出そうとしたけど・・・こなちゃんに渡したままだった。 涙を拭えず、手で目を押さえても涙は止まらない。もう諦めて泣いた。 就業時間を知らせるチャイムが鳴る。もう日は完全に暮れて空はもう暗くなっていた。 「お姉ちゃん、もう帰ろう」 お姉ちゃんの手を引いた。起き上がったけど力が入っていない私にもたれかかった。お姉ちゃんの腕を私の肩に回して運ぶように進んだ。とりあえず教室に向かった。 教室に着き適当な椅子にお姉ちゃんを座らせて、購買の自動販売機でコーヒーを買ってきてお姉ちゃんに渡した。 落ち着くまでにかなり時間がかかった。宿直の用務員さんに追い出されるように学校を出る。 そして、最終バスに乗った。家に帰ってもその日はお姉ちゃんは部屋から出ることはなかった。 こなちゃんの悪戯で始まり、こなちゃんの悪戯で終わった。 私はそれを全て見た。違う、見ていただけだった。助けることも救うことも出来なかった。ただ一緒に泣いただけ。それだけだった。 一ヶ月が経った、いつものみんなに戻るのに三日も要らなかった。 でも、ゆきちゃんもこなちゃんもおあれから、姉ちゃんと辻さんがどうなったか聞いてこなかった。 辻さんと別れての二日間のお姉ちゃんの気が抜けたような姿を見てもう分かってしまったのかもしれない。 まつりお姉ちゃんがお姉ちゃんの事を隠すのが下手だって言ってたけど、その意味が今分かった。 そして、いつもの生活に戻った。 いいえ、完全には戻っていない。何かが少し違う。何が違うのかは分からない、でも以前とは何かが違っている。 放課後、私はお姉ちゃんを待っていた。 「帰るわよ」 お姉ちゃんが教室に入ってきた。 「こなたとみゆきはどうした」 「こなちゃんは・・・限定品が売れきれるって言って先に行っちゃったよ、ゆきちゃんはそれに付いていったよ」 お姉ちゃんはため息をつく 「付いていったじゃなくて、連れて行かれたでしょ、まったく・・・そういえば、最近みゆき、私たちの寄り道付き合うようになったわね 「そういえばそうだね」 「それでいて、成績以前より上がってる・・・みゆきにもう勝てそうにない」 「お姉ちゃん、ゆきちゃんと成績争ってたの」 「いや、私が勝手に追いかけているだけ、みゆきは私なんか眼中にないわ」 違うよ、ゆきちゃんはお姉ちゃんを尊敬してる。私はあの時そう感じたよ。 「そういえば、こなちゃんも最近変わったよね」 「こなたが、どこが?」 「んー、そう言われると、説明できないけど、お姉ちゃんをあまり怒らせなくなったよね」 「そんな事はない、あいつは変わってない、断言するわよ」 そう、こなちゃんは変わってない。でも、怒鳴ったり、殴ったり、そこまで気が許せ合える友達がいるっていいよね。 「そういえば、お姉ちゃん遅かったね、どうしたの」 「ホームルームが長引いてね、メールすることも出来なかったわ」 「それじゃ、こなちゃん達を追いかけよう」 「そうね」 私達は教室を出た。靴を履き換えて外で待っているとなかなかお姉ちゃんは来ない。私はお姉ちゃんのげた箱に向かった。 お姉ちゃんはげた箱で手紙を読んでいた。 「お姉ちゃんそれは、もしかして・・・」 「そう、ラブレター」 お姉ちゃんはそう言うと隠すことなく私に手紙を渡した。 手紙を見ると、辻さんの書いた内容とほぼ同じ事が書いてあった。待ち合わせの場所も、日付時刻も。そして書いた本人の名前も書いていない。 字は綺麗に書かれている。見覚えがある字。一週間前、こなちゃんの家で見せてもらったゆたかちゃんの字と同じだ。 「げた箱の奥に入ってたわ、今まで気が付かなかった」 間違いない、この手紙はこなちゃんが入れた手紙。 「つかさ、私、この手紙の方を取っていたらどうなったかしら」 私に問いかける。私は想像した。あの時辻さんが来なかったらどうなったか。 屋上で待つお姉ちゃん、そこにこなちゃんが走ってお姉ちゃんの前に立つ。慌て、おろおろするお姉ちゃん。 そこでこなちゃんの種明かし。すると、怒ったお姉ちゃんはこなちゃんの頭をグーで殴る・・・ こっちでもこなちゃん、お姉ちゃんに殴られちゃうよ。私は思わず吹き出して笑ってしまった。 「つかさ、笑ったな、どうせ結果は同じってことね、聞くんじゃなかった」 「ごめん、お姉ちゃん」 お姉ちゃんに手紙を渡した。 お姉ちゃんはしばらく手紙を見ると両手で丸めて出入り口のごみ箱に投げ捨てた。 「さ、これで全て終わり、行くわよ」 そう言うと、校舎の外へ出て行った。 私はごみ箱から丸まった手紙を拾った。 やっぱりお姉ちゃんは優しいね、手紙を捨てるなら破るよね。でもそうしなかった。 そういえばこなちゃんの悪戯、まだ途中だった。まだ終わっていない。終わらせなきゃね。 終わらせるのは、私しか居ない。全ての種明かしができるのは私。 こなちゃんには悪いけど、この悪戯私が引き継ぐよ。 でも、今すぐ種明かしはできない。今やったら、きっとみんな泣いちゃうよ。 一年後、五年後、十年後、いつがいいかしら。 この手紙を見せたとき、こんな事があったねって笑って語り合える、そんな時まで・・・おあずけだね。 丸まった手紙を私は丁寧に元に戻した。 それまで、私達が仲良しでいられますように。手紙にそれだけを祈りを込めて鞄にしまった。 「つかさー なにしてる、先行っちゃうわよ」 遠くからお姉ちゃんの怒鳴り声。いつものお姉ちゃん。やっぱりこうじゃないと、こなちゃん、ゆきちゃんも最近物足りないって言ってたよ。 それから私達は楽しい一時を過ごした。家に帰り、夕食を済ませた後、私は台所を占領してデザート作りに専念していた。 「お、つかさ、久しぶりに作っているわね、この前言ってた納得できなってデザートなの」 「まつりお姉ちゃん、そうだよ」 「で、なにを作ってるんだい」 「塩キャラメルレアチーズケーキ」 「それ、有名な店で食べたことあるわ、私はあまり美味しいと思わなかった」 「・・・有名なお店と私のとじゃ比べ物にもならない、お店のが美味しくなかったら私のなんて・・・それにこれは試作だし」 「悪かっわね悪気はないわよ、ってもう出来てるじゃん」 まつりお姉ちゃんは出来立てのケーキを近くにあったフォークですくいとって食べた。 「まつりお姉ちゃん、試作だって言ってるのに」 まつりお姉ちゃんはしばらく何も言わずにケーキの味を確かめるように噛んでいた。 「この味・・・どこかで味わったことある」 そのまま目を閉じて何かを思い出そうとしているようだった。 「これはは卒業の時・・・つかさ、この味どこで・・・」 「この試作の試食、お姉ちゃんに最初に食べてもらおうと思ったのに」 「なぜかがみが最初なのさ」 「・・・言えない」 「言えないって、あんた達、最近おかしいと思ったけど、やっぱりね・・・かがみに試食ね、反応が楽しみだわ」 まつりお姉ちゃんはクスリと笑った。 「美味しくない?、やっぱりこのケーキ、お姉ちゃんにあげるの止めた方がいいかな」 するとお姉ちゃんは黙ってやかんに水を入れて湯を沸かし始めた。 「このケーキには紅茶が合うわね、私がかがみにいれてあげる」 「まつりお姉ちゃん・・・」 「私もあの時こんなお菓子が食べたかったわ、あの時、食べていたら・・・思い出にできたのに・・・きっとかがみも喜ぶわよ・・・きっと」 まつりお姉ちゃんは目を潤ませてそう言った。 塩キャラメルレアチーズケーキ、甘さの中に、塩のしょっぱさとキャラメルの苦さを入れた大人のスィーツ。 レピシ通りに作ってもどうしても上手く作れなかった。そして気が付いた。しょっぱさと苦さ、これは涙の味・・・実らなかった恋の切ない涙の味。 私はレピシを変えて作った。屋上での涙の味を思い出しながら心を込めて。 この涙の味を思い出にしまうために。 終 コメント・感想フォーム 名前 コメント 偶然が重なって出来た物語。とても楽しめました。GJ -- CHESS D7 (2009-09-18 21 11 02) いつものかがみのツッコミが招いた運命の悪戯ですか...。 何だかものすごく現実味のある話でとても面白かったです。 -- insane (2009-09-16 22 01 01)
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■ルール■(今回は大幅に変更) ・冒頭に続けて文章を書く(冒頭はすぐ下) ・長さは3レスまで ☆冒頭☆ パラリ、パラリ。 紙の捲れる音が小さな部屋にこだまする。 「ああ、あった」 私は探している物を見つけ、安堵する。そして考える。 ……何をしているか説明しよう。 簡単に言うと、辞書を引いているのだ。 辞書を引き、目的の語句を見つけては、左手のシャープペンシルをすらすらと動かしている。 普段勉強などそっちのけでネトゲにのめり込んでいる私が、何故真面目にもこんなことをしているのかって? 実はこれには深ーいワケがあるのだ。 ID LyHnAQSO氏:後悔 「こなたー、まだー?」 「こなちゃん早くー」 「泉さん。時間はありますから、焦らなくても大丈夫ですよー」 …責っ付かせたり、なだめたりする声が背後から聞こえる。 ようするに、賭に負けたわたしはみんなの分の宿題をやらされているのだ。 お泊り会の余興にと、変な事提案するんじゃなかった。 ってか、つかさに負けるとは思わなかった。 ついでに、みゆきさんまで乗ってくるとは思わなかった。 『後悔先に立たず』 開いた辞書に、そんな言葉が載っていた。 ID ZJ5JuAAO氏:合成魔法 「こなた!合成魔法まだなの!?」 「もーちょっとー!」 この魔界、いつ魔物が現れてもおかしくないというが、まさか自分の部屋に現れるとは思わなかった。 そして私は今、強力な合成魔法を作り魔物を倒すため呪文辞典で呪文を探しているのである。 合成魔法のエキスパートが倒れてしまった今この魔物を倒せるのは私しかいない。 「こなた早くしてー!」 「・・・・・あ・・・あった!」 「よし、その呪文を掛け合わせるのよ!」 ・・・・・・。 こなたは硬直してしまった。 「・・・・・・ごめん、この呪文のこことここってどうやって計算するんだっけ・・・」 「は?」 「やっぱり普段から勉強しとくのって大事なんだなー・・・」 ズバッ バタッ 『GAME OEVR』 かがみ「ちょっとこなた!あんたのせいで負けちゃったじゃない!」 こなた「ごめんごめん、合成魔法ってはじめて使うから・・・」 かがみ「え?アンタこのゲーム結構やりこんだって言ってたじゃない?」 こなた「魔法の合成だけは数学みたいでやる気にならないんだよねー」 かがみ「別に合成くらい攻略本のこの表見れば一目瞭然でしょ?」 こなた「いや、攻略本は見ない主義なんで」 かがみ「一生終わらんぞ」 おわし ID Flp/hsSO氏:頑張って考えたんだよ ――翌日。 「やっほーかがみん。かがみ昨日さ、金魚の名前で悩んでたよね」 「え、うん。でm、」 「それでね私昨日かがみの為に凄い名前考えたんだ! しかも超かっこいいんだよ!」 「こな、」 「その名も『宇宙金魚の朱き龍』!」 「お、」 「宇宙金魚の朱き龍と書いて、『Space goldfish red dragon スペースゴールドフィッシュレッドドラゴン』って読むんだよーっ! カッコイイ! もうこれで決まりでしょ!?」 「……いや、もう名前決まってるから」 「え? あ、そうだよね……」 その後、こなたは自分のアホ毛に『一点集中蒼髪海流神 ワンポイントブルーリヴァイアサンヘアー』と名付け、一人盛り上がっていたという……。 ID bjl35kDO氏:だって一緒にいたいじゃん! 「ほな、来週までに進路調査表提出な~」 「むぅ~進路か~どうしようかな~」 と、そんな風にいかにも悩んでますという雰囲気を醸し出しながら周りの皆に進路先を聞いていた高3の春… 「私?私は弁護士が夢だから◎△大学行くわよ?」 「私はお姉ちゃんと同じ大学がいいけれどやっぱり私の学力じゃ…」 「お恥ずかしながら留学を考えておりまして…」 なんて皆しっかり将来考えてるんだなぁって思ってた けれど夏休みが明けたあたりから皆で同じ大学に行くことになった みゆきさんとかがみんの秀才コンビに私とつかさはスパルタで勉強した …が 「お姉ちゃん!あった!あったよ!私も!」 「おめでとうございます、つかささん、これで残るは泉さんですね」 「どう?こなた?あった?」 「ぃ…」 「え?」 「ない…私……落ちちゃった、まぁ、普段勉強しない私が急にやったって受かるはずないよねーははっ、いやーつかさに負けたのは悔しいけどしかたないか…ごめんねみゆきさん、かがみ、あんなに教えてくれたのにダメだったや」 「泉さん…」 「こなちゃん…」 「こなた……」 「なんや?落ちたんかいな?」 「Σっ!先生!」 「まだあきらめるのは早いで泉ぃ~後期が残ってるで、ま、さらに厳しいかもしれへんけど」 「……。」 「え?どないした?ウチなんか変なこと言うた?」 「そうよ!こなた!後期があるじゃない!」 「そうですよ!泉さん!これから私もさらに力を入れて教えますからがんばりましょう!」 ……ってな理由 「あぅ~頭が…」 「こなたーかがみちゃん達が来たぞー」 「待ってました!先生!」 受験まであと2週間…絶対受かる! ID bjl35kDO氏:代役 「と言うわけで臨時の方が見えるまで明日、あさっての2日間だけどなたか…」 あの時や…あの時に視線が合うてしまったからや… 英語の担当が急に病気になったさかい、代わりがくるまで代役をゆうてウチが選ばれたんや 「つまりや、訳すとこれは…あれ?toss aboutってなんや?」 さっきから調べては訳し、訳しては調べての繰り返しや あーもうあかん!なんでウチが生徒らの問題解かなあかんのや… 「そや!ネトゲで英語できるやつおったわ、さっそく聞いて…」 【ただいまメンテナンス中】 そやな、そううまく世の中は回らんわな… 「うだうだ言うてもダメや!よっし!やったるでぇ」 時刻は夜中の3時すぎ… 独身の淋しい夜が今日もまた更けていく ID g01gamoo氏:キャラ崩壊~ep.0~ 話は1週間前の日曜日にさかのぼる。 その日、ネトゲを寝落ちした私の夢の中にお母さんが降臨してこう言った。 『ゲームばっかりしてないで、勉強もしなきゃダメよ』 今思えば、この忠告は素直に聞いておくべきだった。 その時の私は若気の至りというやつで、母に反抗的な態度をとってしまったのだ。 「えー。だって、お父さんもしてるじゃん」 『そう君は、あれでも一応は立派な社会人だからいいの。こなたは、まだ学生でしょう?』 「そうかもしれないけどさぁ」 『やっぱり、素直に聞いてくれないのね……仕方ないわ、本当はこんなことしたくなかったけど』 「ふぇ?なに?なにするつもりなの?」 『かわいそうだけど、最後の手段をとらさせてもらいます。大変なことがおきるけど覚悟してね、こなた』 「えっ!?うそ!?最後の手段って……まだそんなに話し合って無いじゃん!!大変なことってなにさ!?」 『問答無用です!え~いっ!』 私はこれをただの変な夢だとしか思っていなかったのだが、そうではなかった。 翌日、確かに大変なことが起こったのだ。 「おはよー、かがみにつかさ」 「……誰よ、あんた?つかさ、知ってる?」 「……ううん。初めて会ったけど」 「えっ?……ちょ、ちょっと、変な冗談はやめてよ、かがみ」 「お姉ちゃん、同じクラスの人とかじゃないの?」 「自分のクラスの人間の顔くらい覚えてるわよ」 校舎の前で会ったかがみとつかさに、私達の関係を完全否定されてしまったのだ。 それだけではなかった。 「おはようございます、みなさん。どうかされたのですか?」 「おはよう、みゆき。ちょっとね、変なヤツにからまれちゃって」 「ゆきちゃん、おはよー。えっとね、この人が私達に挨拶してきたんだけどね……」 「み、みゆきさん!みゆきさんは、私のことわかるよね!?」 「ええ。同じクラスの泉さんですよね。こうして言葉を交わすのは初めてですが」 「そっ、そんなぁ……」 「あの、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが?」 「あ、うん。大丈夫……です……」 その後、かがみとつかさ、それにみゆきさんは私を置いて3人で校舎へと向かった。 何も考えられなくなった私は、その日は学校に行くことをやめた。 まっすぐに家へと戻り、シャワーだけ浴びると、すぐにベッドにもぐりこんだ。 何もする気が起きなかったから。 やがて私が眠りにつくと、前日と同じように夢の中にお母さんが降臨した。 『こなた、少しは反省したかしら?』 「……うん」 『そう。それじゃあ、ちゃんと勉強も頑張るって約束できる?』 「……うん、約束するよ。だからさ、かがみ達を元に戻してよ」 『わかったわ。こなた、両手を出しなさい』 その言葉に従って差し出した手の上に、広辞苑レベルのやたら分厚い本が置かれた。 表紙には、何故か私の名前が書かれている。 『その辞書には、あなたの記憶がその記憶を表すキーワードと一緒に刻まれているの。もちろん、かがみちゃん達との思い出も』 「それで、私はこれをどうすればいいの?」 『あなたが取り戻さなければならないすべての記憶、その記憶にまつわるキーワードをこのノートに記しなさい』 そう言って、お母さんは3冊のノートを取り出した。 ノートにはそれぞれ、柊かがみ、柊つかさ、高良みゆき、と名前が書かれている。 「えっとさ、こんなこと言うのアレなんだけどさ……もっと簡単に戻せないの?こう、どばーっと一気に」 『別にいらないって言うのなら、このノートはあげないし、辞書も返してくれていいのよ?』 「うう……ごめんなさい。自分で招いた結果なのに、楽をしようと考えた私がバカでした」 『よろしい。それじゃあ、これをあげるわね。猶予は明日の朝4時よ。頑張ってね、こなた』 「ええっ!?ちょ、それなんて無理ゲー!?短すぎるよっ!!」 私は母の姿が消えた直後に目を覚ますと、慌ててベッドから飛び起き、時計だけ確認してすぐに机にむかった。 そして、手に持っている辞書を猛スピードで捲り、最初のキーワードとなる『偶然』や『出会い』という単語をみんなのノートに描き込んだ。 ☆ そして、現在の時刻は深夜2時。 辞書を引き始めてからかれこれもう14時間にもなる。 ここにきて、ようやく最後のページを捲り終えた。 「やった……やっと、終わった……」 半日以上にわたり集中力フルパワー状態で体と頭を酷使し続けたせいで、もうくたただ。 すべては終わった。もう寝よう。 そう思いベッドに向おうとしたその瞬間、私の脳裏にふとすばらしい考えがひらめいた。 コホン。えー……諸君、心して聞いて欲しい。 間に合ったと言う達成感。 そして、今日経験した絶望的な寂しさから抜け出せると言う喜び。 さらには、安堵感からくる眠たさ。 これらのことから、今の私は正常な思考ができる状態ではないと言えよう。 だから、これから私がやろうとしていることっていうのは、ほんの出来心な訳で。 神のいたずら的なアレというか、小悪魔の囁き的なアレというか。 つまり、私は悪くないし、これだけ頑張ったんだから、ご褒美くらいあってもいいし。 私がかがみのノートに今からある言葉を書き込んじゃうのは、偶然と言う名の必然と言う名の偶然。 誰も悪くない。もちろん、私も悪くない。オーケー? えいやっ、と辞書に無いはずのキーワードをかがみのノートに書きなぐってから、私はベッドに飛び込んだ。 どうか、私がこんなことしたのをお母さんが見ていませんように、と願いながら。 ……見ててもいいから、見逃してくれますようにっ! ☆ 翌日、というよりは私が寝てからほんの数時間後。 かがみとつかさは、いつもの集合場所で私のことを待ってくれていた。 「おはよー、かがみにつかさ」 「おっす。こなた」 「こなちゃん、おはよー!」 よかった。2人が私のことを認識してくれた……んだけど、つかさの様子がおかしいような……? 「つかさ、今朝はなんだか元気――」 「こなちゃん!そんなテンションじゃ、俺より強いヤツを探してる人とか全方位において負けが無い人達に負けちゃうよ!?」 「……か、かがみ、つかさはどうしちゃったの?壊れたの?」 「え?何が?いつも通り元気でつかさらしいじゃない」 「うひゃーっ!わたし、なんだかワクワクしてきたよっ、こなちゃん!引かない!媚びない!省みない!我が生涯に一片の悔いなーしっ!」 あああああ。つかさが頭髪を金色に輝かせて、天に向ってオーラを立ち上らせて、凄い動きをしながら「師匠ー」って叫んでる…… 漫画が違うよー。こわいよー。 「ところで、こなた。今日の放課後さ、体育館の裏に来て欲しいんだけど……ダメ?」 「え?……い、いや、別にいいけど」 「何よ、その態度。イヤなら別に断ってくれたらいいのよ?」 「べ、別にイヤじゃないよっ!むしろ、喜んで行くよっ!」 壊れてしまったつかさはどーでもいい。 今の私は、かがみのことが非常に気になるのだ。 何故なら、私は昨日かがみのノートに…… 「そう?そんなに乗り気なら、放課後じゃなくて今でもいっか」 「ふぇ!?い、今デスカ!?……ひ、人がいっぱいいるじゃん。恥ずかしいよ。告白はやっぱり人気の無いところのほうが……」 「ああ、大丈夫よ。私がしたいのは告白とかじゃなくて、もっと肉体的かつ直接的なスキンシップだから」 「ふわぁっ!?ぬ、脱いだ!?かがみが脱いだっ!!……た、助けてぇーっ!お母さぁーんっ!」 かなたはノートから目をはずすと、悲鳴をあげて全裸のかがみから逃げ惑うこなたの姿を天上から覗いて、溜息をついた。 『自業自得……かしらね。もっと勉強させなきゃダメかしら』 かなたはそう呟くと、こなたが昨晩必死で書いたノートに視線を戻し、今現在の騒動の原因となった単語を改めて見つめなおす。 眠たさゆえか、学力のなさゆえか、はたまた凡ミスか……こなたが間違って記してしまった単語を。 みゆき:無的 つかさ:天燃 かがみ:変 ID C5N4Q2AO氏:無題 かがみ「珍しいわね、アンタが辞書片手に書き取りしてるなんて」 こなた「さすがに私も何時ももれなく遊んでるわけじゃないよー」 つかさ「私手伝っていい?」 こなた「え・・・いや・・・その・・・・・・、私一人の力でやりたいんだよ!」 つかさ「え、そうなんだ・・・」 かがみ「遠慮しなくていいわよー♪」グイッ こなた「アッー」 かがみ「ん?・・・・・『エッチ』・・・変態の意。hentaiの頭文字をとったもの。・・・陰・・・男子の生殖器の一部で、さおのように伸びたりする部分。・・・強姦・・・・・・・・・」 こなた「いやー暇な時辞書があるとついそんな単語ばっかを・・・」 かがみ「お前は思春期の中学生か」 ID E39Zayw0氏:ネトゲのためなら 数日前のこと。 ネトゲもやりつくして退屈だった私は、お母さんの部屋をたずねた。 世間にはラノベ作家として有名なお母さんだけど、その辺のオタクたちが束になってもかなわないほどのスーパーオタ女でもある。 そんなお母さんなら、マイナーだけど面白そうなネトゲでも知ってるかもしれないと思ったのだ。 部屋に入ると、お母さんはちょうどパソコンに向かってネトゲ中。 画面をのぞいてみると、そこはカオスだった。 アルファベットや日本語、中国の漢字、ハングル文字、なんかミミズのようなよく分からない文字までがごたまぜになったチャットが、ものすごい勢いでスクロールしてる。 お母さんは、鼻歌まじりに、そのカオスなチャットと戦闘コマンドを神速のキーパンチでこなしていた。 モンスターを倒すと、チャットのスピードがやや落ちた。 お母さんは、パーティメンバーとのチャットをこなしながら、 「ん? どしたの?」 「お母さん、これ、何言ってるか分かるの?」 「分かるよ。最初は苦労したけどね。基本的な会話とスラングとアスキーアートさえ分かれば、とりあえずは大丈夫」 このネトゲは、世界でも難易度最高クラスのMMORPGで、世界中のディープなネットゲーマーたちが集っているそうだ。 コンピューターが扱える文字なら使用言語は自由というルールのため、ゲーム上の会話は国際色豊かすぎるカオス状態。 「いやぁ、世界中の文字を表示するのに、フォント入れまくったよ。エリアごとにモデルの国があってね。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)は、そのエリアの言葉で話すんだよね。新しいエリアに行くたびに、辞典めくりまくり」 お母さんは、「旅先でよく使う各国語会話辞典」なる本を手に取った。 「ちなみに、このエリアはスワヒリ語だね」 なんという凝った設定だ。 泉こなた──我が母は、ついにこの域にまで到達してしまったのだ。 お母さんは、朝までそのネトゲで遊び続け、私は後ろからその画面を眺めていた。 チャットの内容はさっぱり分からないけど、雰囲気は伝わってくる。 なんだかとても楽しそうだった。 ネトゲからいったん落ちたお母さんが、 「やってみるかい?」 「チャットが大変そうだよね」 「大丈夫だよ。古参は初心者相手なら英語であわせてくれるし、『English OK』モードにすればNPCの会話もみんな英語になるから。初心者用の練習エリアもあるしね」 お母さんはことなにげにそういったけど、私の英語の成績からすれば、それは最高難易度だといってもいい。 というわけで、私は英語をマスターすべく辞典をめくっているのである。 スラングやネトゲ用語はネットで検索するとして、基本的なところはよく使う文章を辞典を見ながら訳して覚えるしかない。 とりあえず、流れるような英語の会話を見た瞬間に理解できるようにならないと。 その後、私の英語の成績が急にあがって、クラス担任の黒井先生を驚愕させたというのはまた別の話。 ID J7t352SO氏:意地 「ねえ、お母さん…無理しなくていいんだよ?」 後ろから、何と言うか気遣うような声。 「…無理してないよ。いいからお母さんに任せなさいって」 その声の主が自分の娘ってのが、なんとも情けない。 「もう…変なところで意固持なんだからあ」 娘が呆れた声をあげる。 そりゃ意地にもなろうというもの。 『たまには親を頼りなさい』なんてカッコつけて娘の宿題を手伝いだしたのだから、この泉こなたの名にかけても、やり遂げなければならないのだ。 「…こんなの習ったっけ…」 名をかけても、解らない所はやっばり解らない。 こんな事なら、学生時代にもう少し真面目にやっとけばよかったよ。 「…お母さん…頭から煙りでてるよ」 「うるさい、気が散る。少し黙ってて」 「…もう…提出間に合うのかな…あ、ちゃんと読める字で書いてね」 誰に似たのか、生意気な子だ。 「…こんな無理してくれなくても、お母さんの事好きなのにね」 …ホント生意気な子だ。
https://w.atwiki.jp/luckystar-ss/pages/27.html
つかさ「ねぇこなちゃん・・・」 こなた「ん?なぁにつかさ?」 つかさ「こなちゃんはさ・・・もし・・・もしだよ?明日死んでしまうって宣告されたら」 つかさ「こなちゃんは・・・最期に何をしたい?」 こなた「いきなりそんなこと言われても実感わかないなぁ~・・・うーん・・・」 こなた「やっぱりネトゲかな~心行くまでプレイするかなぁ~」 つかさ「そっか・・・」 こなた「つかさは?もしそうなったらどうしたい?」 つかさ「え?私・・・?私は・・・」 つかさ「私は・・・みんなと一緒にいたい・・・かな・・・」 こなた「ふぅ~ん、なんかつかさらしいや」 つかさ「私がいて、お姉ちゃんがいて、こなちゃんもゆきちゃんもいて・・・」 こなた「・・・・・・・・・」 つかさ「お母さんも、お父さんも・・・先生も一緒にいて・・・」 つかさ「みんなで・・・笑って・・・すご・・・したい・・・ぅうっ」 こなた「おぉわ、つかさ、何も泣かなくても・・・」 つかさ「ごめ・・んね・・ごめん・・・あは、なんで泣いてるんだろうね、私・・・なんで・・・涙・・・」 こなた「つかさ・・・?」 つかさ「あの・・ね・・・こなちゃん・・・私・・私ね・・・病気・・・なんだ・・・」 こなた「・・・え?」 つかさ「お医者さんが言うにはね・・治らないんだって・・・手遅れ・・なんだって・・・」 こなた「つか・・さ・・・?」 つかさ「それでもね・・少しでも長く生きるために・・・入院するんだって・・・明日から・・」 こなた「・・・」 つかさ「私は・・・私は・・・もっとみんなと・・一緒に・・いたいよ・・」 つかさ「もっとみんなと・・笑っていたいよ・・・この・・・教室で・・・」 こなた「つかさ・・・」 つかさ「入院なんてしたくないよぉ・・・うっぅ・・・」 こなた「・・・わかった」 つかさ「・・・え?」 こなた「あたし達、毎日お見舞い行くよ!学校ある日も、休みの日も、雨の日も、風の日も!たまに学校さぼっちゃったりなんかして!」 つかさ「こな・・ちゃん・・・」 こなた「かがみも、みゆきさんも、クラスのみんなも、先生だって!一緒にお見舞いに行くよ!」 こなた「つかさが病院にいてもさびしくないように、あたし達がんばるよ!だから・・・」 つかさ「こなちゃん・・・」 こなた「だから、つかさも入院したくないなんて言わないで!がんばろうよ!」 こなた「少しでも長く!あたし達といられるように!」 つかさ「こなちゃぁん!私・・・がんばるよ!もっと・・みんなと一緒にいたいから・・・私、がんばるから!」 ―――――病室内にて――――― つかさ (今日はいつごろきてくれるかな・・・) つかさ (あ、みんなが来てくれるまえにご飯食べちゃわないと!) ―――カランカラン つかさ (うあ、いっけない手が滑ってスプーン落としちゃったよ・・・うぅ~) つかさ「・・・・・・滑っただけ・・・だよね・・・」 つかさ「ふぅー、ご馳走様でした・・・っと」 つかさ (今日はお休みの日だから、そろそろみんな来てくれるころかな?) ―――ガラガラ こなた「やほーぃ!つかさー元気してるか~ぃ!?」 かがみ「ちょ、こなた病室なんだから静かにしなって!」 こなた「えぇ~いいじゃん~この病室つかさだけなんだからー、細かいこと気にしてるとはげるよかがみ~ん」 かがみ「だーからあんたはねぇ――――」 つかさ (ふふ、またやってる・・・仲いいなぁ~二人とも) つかさ (私も・・・あの輪に入れたらな・・・) かがみ「ぁ、つかさごめんねー。ちょっと遅くなっちゃったかな」 つかさ「うぅん来てくれるだけでうれしいよ、ありがとうお姉ちゃん、こなちゃん」 こなた「いやいや礼には及ばないよ~」 かがみ「だからあんたは・・・あ、みゆきは今日ちょっと用事があるらしくって来れないって」 かがみ「伝言:今日は行けなくてごめんなさい。明日は必ず―――だってさ、ほんとみゆきは礼儀正しいわねぇ」 こなちゃん達に打ち明けてから一週間が経ちました。 こなちゃん達は、約束どおり毎日病院に来てくれています。 嬉しいんだけど・・・ちょっと負担になってたりしないかな、大丈夫かな・・・。 学校のある日は、その日学校で起きた出来事だったり、ゆきちゃんの萌え要素?をこなちゃんが語ってくれます。 お姉ちゃんは、治ったときの為に私に勉強を教えてくれてます。 ゆきちゃんは、いつもお見舞いにきてくれると美味しいフルーツとかたくさん持ってきてくれます。 みんなで「おいしーね」って言いながら食べるんだ。 みんな優しくて、私も楽しくて・・・なんだかすごい幸せなんだ。 ―――でも、楽しい時間はあっという間に過ぎていくんだよね。 ―――12月になりました。 ―――――入院生活も早いものでもう2ヶ月目です。 かがみ「でさー、そん時のこなたがさ―――」 こなた「それ言ったらかがみんだって―――」 つかさ (・・・少しだけ、寂しいんだ) つかさ (贅沢なことだって分かってる。毎日みんなが顔を見せてくれるんだもん) つかさ (けど・・・私もその場に・・・いたい・・・) みゆき「つかささん、あまり考え込んじゃいますと、お体に悪いですよ」 つかさ「え?あ、そういうのじゃなくて、んとね、ボーっとしてた・・・かな、アハハ・・・」 みゆき「そうですか?それならいいのですけど・・・あまり無理はなさらないようにして下さいね」 みゆき「リンゴをカットしておきましたので、どうぞ召し上がってください」 つかさ「うん、ありがとう。ゆきちゃん」 こなた「つかさは相変わらずボーっとしてるんだねー、何か病気にかかる前と変わってない感じがするよ~」 ――――カンカラン 私の指から滑り落ちる小さいフォーク。 最悪のタイミングだよ。みんなといるときは今まで大丈夫だったのに。 病室の中に広がる一時の静寂。そして――― かがみ「つ、つかさ!?だ、大丈夫!?」 つかさ「うん・・・だいじょうぶ・・・だよ」 こなた「ほんとに大丈夫なの!?」 つかさ「うん、いつものこと・・・だから・・・ウッ」 ―――痛い ――痛い痛い痛い ―イタイイタイイタイイタイ つかさ「イヤアアアアア!!!」 みゆき「ナ、ナースコールを―――」 かがみ「つ、つかさ!しっかり―――」 こなた「大丈夫!?つかさ!!つかさ―――」 つかさ (ぅ・・・ん・・・) つかさ「え・・・ここ・・・なんで・・・?」 目を覚ました私は驚く以外の反応ができませんでした。 つかさ「なんで・・・?なんで・・・?」 見間違えるはずもありません。そこは・・・私の自室でした。 柊家の・・・柊つかさの部屋でした。 状況がつかめないまま、私はとりあえず居間へ向かいました。 そこには――― かがみ「あれ、つかさ今日は早いのねー珍しい。たまには朝ごはんしっかり食べなよー」 つかさ「え・・・え、なん・・・で?」 かがみ「んー?どしたの?そんなとこで固まっちゃって」 つかさ「私・・・病気で・・・病院に入院してたはずじゃ・・・?」 かがみ「何言ってるの?熱でもあるの?大丈夫?」 つかさ「う、ううん。何でもないよ!さーって、朝ごはんたべよっかなー」 かがみ「そーしなー」 つかさ「・・・・・・・・・」 つかさ (間違いない・・・私の家。戻ってこれた?病気にかかってない私に?) 心が躍った。私は、苦しく、つらい生活から解放されたらしい。 つかさ「やったーーーー!!!」 かがみ「ちょ、何急に叫んで!?やっぱあんた病気!?」 つかさ「違うよお姉ちゃん、私、病気から解放されたんだよ!」 ??「――――状態は良好ですが・・・意識は戻るかどうか・・・」 かがみ「そんな!?先生、どうにかならないんですか!?」 医者「こればっかりは・・・本人の回復力次第・・・としか」 こなた「つかさ・・・」 みゆき「つかささん・・・」 かがみ「ぅ、うぅあぁぁぁ―――」 その日は雨だった。まるで、あたしの気持ちに同情してくれるように、雨はザァザァと降り注ぎ続けた。 あれから数日。つかさはまだ目を覚まさない。 あたしはというと・・・学校を休んで、ずっとつかさの側にいてあげている。 基本的に病院なのでとても静かだ。 たまにこなたが来るとにぎやかになるけど・・・。 つかさも寝心地がよさそうだ。 勘違いかもしれないけど、つかさがたまに薄っすらと笑みを浮かべる。 きっと幸せな夢を見ているに違いない。 かがみ「少しくらい、休んでいいから。休んだら、帰ってきてね・・・つかさ」 こなた「ウィース!WAWAWAわっすれもの~」 かがみ「ぉぃどんな登場の仕方だそれは」 こなた「かがみん知らないの~?遅れてるよ~」 かがみ「知るかっ」 こなた「・・・つかさの様子は?」 かがみ「全然。こっちの気持ちもしらないで幸せそうな寝顔浮かべてるよ」 こなた「そか、んーしかしほんとつかさの寝顔は可愛いね~。萌えだね」 かがみ「ったく、あんたはほんとーにしょーもないわね」 こなた「ほえ?なんでー?」 かがみ「ほら、前にあたしが休んだときお見舞いに来てくれた事あったでしょ」 こなた「おぉ、そういえばそんなこともあってねぇ」 かがみ「あのときも、あんたあたしの寝顔覗き込んでたでしょ、まったくあんたは」 こなた「いやあれはー、まぁ不可抗力っていうかーアハハ」 かがみ (こなたってば、こういうとこ素直じゃないんだよなぁ) 今なら、みゆきの言ってたこなたなりの元気付けってのも納得できるかな。 かがみ「やっぱみゆきにはかなわないわねー」 かがみ「ありがと、こなた。あんたがいるから、あたしもずっとつかさの側にいてやれるよ」 こなた「うぉぅ、まさかかがみんからそんな言葉が出るとは・・・」 かがみ「人がまじめに言ってるんだから素直に受け止めろや」 こなた「あはは、ごめんごめん。なんか改めて言われるとこっぱずかしくて」 かがみ「・・・ま、あんたにお礼言うことなんてもう二度とないかもね~」 こなた「ぐ・・・」 かがみ (でも、ほんとにありがとね・・・こなた) ====学校・お昼==== みゆき「やっぱり、かがみさんもつかささんもいらっしゃらないと少し寂しい感じがしますね・・・」 こなた「んーまぁそうだねぇやっぱりかがみんが大きいかな・・・アム」 みゆき「つかささんの病気のことで、色々と調べてみたのですが・・・」 こなた「何か分かったの?」 みゆき「それがさっぱりなんです・・・すみません」 こなた「いやいやみゆきさんが悪いんじゃないんだし、謝らなくていいって」 みゆき「ですけど―――」 こなた「あ!」 みゆき「え?」 こなた「今ピコーンって出た!閃いた!頭の上に電球ついた!」 みゆき「え?え?」 こなた「鶴だよ!鶴!千羽鶴折ろうよ!つかさのために!」 みゆき「千羽鶴・・・ですか。いいですね!早速今日のHRに少し時間をお借りして皆さんに協力してみましょう!」 HRでの千羽鶴の審議は異議を唱えるものもなく、我ながら見事な策であった。 これは孔明もびっくりですよ奥さん。 黒井先生「一日一個クラスみんなで鶴折ればすぐやすぐ!みんなおもっきしがんばりやー!」 一同「「はーい」」 黒井先生「あ、白石ー、お前は休みの人の分も折ってなー」 白石「えぇ!?」 つかさ「おねえちゃ~ん、ここ分からないんだけど~」 かがみ「またぁ?まったくもうしょうがないわねあんたはー」 こなた「かがみんかがみん、あたしもこっからずっとわかんない」 かがみ「お前はもう少しまじめにやれ!」 こなた「なんだよ~つかさにだけ甘いんだもんなーかがみんはー」 かがみ「あんたももう少しまじめにやってくれれば教えようって気になるんだがな・・」 新しい(といっても元に戻っただけなんだけど)生活はとても楽しいです。 病院にいたころが嘘みたいに体が軽いんです。 つかさ「ねぇお姉ちゃん」 かがみ「んー?またわかんないの?」 つかさ「私、戻ってこれてよかったよ」 こなた「んあ、つかさ、何言ってんの?」 かがみ「何かこないだからたまに変なこと言うのよねーこの子」 かがみ「変なものでも食べたのかしら?」 つかさ「あはは、違うよ~。でも、戻ってきたんだよ。私。ずっと一緒だよ」 かがみ「まったくこの子は。甘えん坊さんなんだから」 こなた「フラグ?これフラグ?」 かがみ「アホなこと言ってないでさっさと問題解きなさい」 つかさ (そういえばゆきちゃんはこないのかな・・・?) つかさ「ねぇお姉ちゃん、今日はゆきちゃんこないの?」 かがみ「ゆきちゃん?誰よそれ。漫画キャラか何か?」 つかさ「え・・・?」 こなた「つかさ~、あたしですら二次元と三次元の区別はできるっていうのに~」 つかさ「え?え?みゆきちゃんだよ。高良みゆきちゃん。同じクラスの!」 こなた「高良みゆき・・・?そんな人うちのクラスにいないよ?」 つかさ「えぇ!?眼鏡かけて、おっとりしてて、いつもこなちゃんが天然記念物っていってるゆきちゃんだよ!?」 かがみ「つかさぁ~、あんた夢でも見てたんじゃないの?夢と現実ごっちゃにしちゃだめよ~」 つかさ (ゆきちゃんが・・・いない・・・?) つかさ「冗談・・・だよね・・・?ゆきちゃんがいないなんて・・・嘘・・・だよね・・・?」 かがみ「つかさ・・・あんたほんとに大丈夫?ちょっと混乱してるんじゃない?」 つかさ (そうだ、これは夢なんだ。寝ておきたらきっとゆきちゃんもいるはずだよ。うん) つかさ「あは、はは。そうかもしれないから、ちょっと横になってくるね。ごめんねこなちゃん、お姉ちゃん」 こなた「お気になさらずにー。ちゃんと正気に戻ってよー」 かがみ「ゆっくり休んでらっしゃーい」 そうだよ。これは夢なんだよ。 ・・・どこからどこまでが夢なんだろう。 もしかしてこの世界自体が夢・・・? ・・・そんなはずないよ。みんなここにいる。私もここにいるもん。 早く寝て、起きて、夢を覚まさなきゃ! つかさ「・・・・・・ぅ、うん」 つかさ (朝・・・きっとこの世界は本当の世界だよ。ゆきちゃんもいるはずだよ、うん) つかさ「あ、お姉ちゃんおはよー」 かがみ「お、つかさ早いねー、おはよう」 つかさ「え・・・?早いって、今日学校の日だからいつもの時間だよ・・・?お休みじゃないよね・・・?」 かがみ「へ?学校?何それ?」 つかさ (えっ・・・!?な、なんで!?) つかさ「な、何って学校だよー、やだなーお姉ちゃんとぼけてるの~?」 かがみ「学校・・・学校・・・?がっ・・・こう・・・?」 つかさ (・・・とぼけてるっていう感じがしない・・・まさか、夢の中のゆきちゃんの時みたいに・・・) かがみ「が・・・こう」 つかさ 「・・・っ!?」 本能的に・・・危ない感じがしたんです。 だから、私は逃げることにしました。 逃げる・・・私は何から逃げてるの・・・? 私が逃げてるのは――――― 分からないよ・・・私は何から逃げてるの・・・? 大分走ったと思います。けど、おかしなことにきづいたんです。 ある地点までたどり着くと、元の場所に戻ってしまうんです。 そして何より、もっと不気味なのは・・・人に誰一人として会わないんです。 つかさ「なんで!?なんでこんなことになっちゃったの!?」 つかさ「私の!私の世界を返してよ!!なんで私から世界を奪っちゃうのぉ!」 つかさ「どうして!?わかんないよ!!誰か教えてよ!!!」 ???「「「もうわかっているんでしょ?」」」 つかさ「っ!?だ・・・だれ・・・?」 みゆき「つかささんが逃げているから、こんなことになっちゃったんですよ?」 つかさ「ど・・・どういうこと?」 こなた「あたし達が看病してるのに、つかさ一人だけ逃げちゃうなんて・・・ズルイヨネ?」 つかさ「・・・っ!?」 かがみ「つかさ・・・」 つかさ「お、お姉ちゃん・・・たすけ」 かがみ「これはね、罰なのよ。つかさ。だから、我慢してね?」 つかさ「お・・・ねぇ・・・ちゃん・・・?」 つかさ「イヤアアアアアアアアアア!!!!!」 かがみ「!?つ、つかさ!?どうしたの!つかさ?待っててね!すぐお医者さん呼んでくるから!」 その日、つかさの容態が急変した。 今まで何もなかったのに、どうして今になって突然・・・。 つかさは、集中治療室へ連れ込まれた。 あたしは・・・ただ祈るしかできなかった・・・あの子の無事を・・・。 かがみ (そういえば、こなたが千羽鶴を折ってるって言ってたな・・・) かがみ (今なら・・・千羽鶴にだってすがりたい・・・お願い・・・あの子を助けて・・・) 医者「一命は取り留めています。ですが、まだ危険な状態であることには――――」 絶対安静、面会謝絶・・・以前よりも容態は悪化してしまったらしい。 こなたが来たらなんて説明しよう・・・。 ====学校==== こなた「998・・・」 みゆき「999・・・」 こなた&みゆき「1000!!!」 こなた「できたぁぁ!」 みゆき「やりましたね!こなたさん!」 こなた「うん。早くつかさのとこへ持って行ってあげよう!」 ====再び病院へ==== こなた「か~がみ~ん!できたーーー!!!って何で廊下に出てるの?」 かがみ「病院で大声だすやつがいるか!」 かがみ「・・・張り紙してあるでしょ・・・容態が悪化して、面会謝絶なのよ・・・」 こなた「むむむむむ・・・」 こなた「そんなの関係ないさ!あたしはこの千羽鶴を届ける為に来たんだから!」 かがみ「で、でも・・・」 みゆき「・・・そうですね、千羽鶴を渡すくらいなら、大丈夫じゃないですか?」 かがみ「みゆきまで!?」 かがみ「んんんん・・・しょうがないわね・・・」 こなた「よし、決まりだね!じゃあ行こうー!」 かがみ (つかさ・・・がんばって・・・) つかさ「ぅ・・・う、ここ・・・は・・・?」 つかさ「みず・・・うみ?綺麗・・・」 つかさ「あれ、水面に誰か写ってる・・・これは・・・?」 みゆき「つかささん、ファイトです!」 みゆき「つかささんはきっと良くなりますよ、かがみさん。元気出してください」 つかさ「ゆきちゃん・・・」 こなた「つかさの寝顔も可愛いねぇ~」 こなた「つかさなら、なんとかしてくれる!みたいなね・・・元気だして、かがみん」 つかさ「こなちゃん・・・」 かがみ「つかさ・・・早くよくなって・・・一緒に・・・」 かがみ「ずっと一緒にいるからね・・・」 つかさ「おねぇちゃん・・・」 つかさ「私・・・私・・・」 つかさ「みんな・・・ごめんね・・・私・・・私だけ逃げてた・・・!」 つかさ「みんなだって辛かったよね!苦しかったよね!なのに、私・・・!」 つかさ「ごめんね・・・ごめん。私が間違ってたんだよね・・・」 つかさ「私・・・・・・りたい・・・」 つかさ「私!もといた世界に帰りたい!!」 つかさ「辛くても、苦しくても、病気でもいい!みんなと一緒にいたい!!」 つかさ「わたしも!!みんなといっしょにいたいよ!!!」 ・・・瞬間、景色が大空の大パノラマに切り替わった。 その中で、いくつもの思い出が切り替わりながら私は落ちていく。 途中、幾度と鶴の大群に出会った。切り替わる景色の中、変わらずに彼らはいた。 まるで、こっちだよこっちだよと誘導するように。 次に目を覚ました時、私は病室のベッドの中にいた。 お医者さんの話では、意識を取り戻したのは奇跡としかいいようがないらしい。 おねえちゃんは泣いてました。もちろん私も泣いてました。 こなちゃんも、ゆきちゃんも。みんな私の為に泣いてくれました。 私もみんなと一緒に泣きました。だって、いつでもみんなと一緒だから。 窓の方に目をやると、クラスで作ってくれたという千羽鶴が飾ってありました。 窓の外には・・・まるで千羽の鶴が羽ばたいているかのような雪景色が広がっていました。 これで、私の闘病記を終わります。この後の事は私にもどうなるかわかりません。 もしかしたらすぐ死んじゃうかもしれないし、生きながらえるかもしれません。 けど、ひとつだけいえることがあります。それは・・・ もう、逃げ出さない。いつでもみんなと共に・・・。 つかさ「みんな、ありがとう」