約 1,324,947 件
https://w.atwiki.jp/touhoukashi/pages/4016.html
【登録タグ TUMENECO yukina さ ナナイロノキセツ ネクロファンタジア 幽雅に咲かせ、墨染の桜 ~ Border of Life 曲】 【注意】 現在、このページはJavaScriptの利用が一時制限されています。この表示状態ではトラック情報が正しく表示されません。 この問題は、以下のいずれかが原因となっています。 ページがAMP表示となっている ウィキ内検索からページを表示している これを解決するには、こちらをクリックし、ページを通常表示にしてください。 /** General styling **/ @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight 350; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/10/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/9/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/8/NotoSansCJKjp-DemiLight.ttf) format( truetype ); } @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight bold; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/13/NotoSansCJKjp-Medium.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/12/NotoSansCJKjp-Medium.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/11/NotoSansCJKjp-Medium.ttf) format( truetype ); } rt { font-family Arial, Verdana, Helvetica, sans-serif; } /** Main table styling **/ #trackinfo, #lyrics { font-family Noto Sans JP , sans-serif; font-weight 350; } .track_number { font-family Rockwell; font-weight bold; } .track_number after { content . ; } #track_args, .amp_text { display none; } #trackinfo { position relative; float right; margin 0 0 1em 1em; padding 0.3em; width 320px; border-collapse separate; border-radius 5px; border-spacing 0; background-color #F9F9F9; font-size 90%; line-height 1.4em; } #trackinfo th { white-space nowrap; } #trackinfo th, #trackinfo td { border none !important; } #trackinfo thead th { background-color #D8D8D8; box-shadow 0 -3px #F9F9F9 inset; padding 4px 2.5em 7px; white-space normal; font-size 120%; text-align center; } .trackrow { background-color #F0F0F0; box-shadow 0 2px #F9F9F9 inset, 0 -2px #F9F9F9 inset; } #trackinfo td ul { margin 0; padding 0; list-style none; } #trackinfo li { line-height 16px; } #trackinfo li nth-of-type(n+2) { margin-top 6px; } #trackinfo dl { margin 0; } #trackinfo dt { font-size small; font-weight bold; } #trackinfo dd { margin-left 1.2em; } #trackinfo dd + dt { margin-top .5em; } #trackinfo_help { position absolute; top 3px; right 8px; font-size 80%; } /** Media styling **/ #trackinfo .media th { background-color #D8D8D8; padding 4px 0; font-size 95%; text-align center; } .media td { padding 0 2px; } .media iframe nth-of-type(n+2) { margin-top 0.3em; } .youtube + .nicovideo, .youtube + .soundcloud, .nicovideo + .soundcloud { margin-top 0.75em; } .media_section { display flex; align-items center; text-align center; } .media_section before, .media_section after { display block; flex-grow 1; content ; height 1px; } .media_section before { margin-right 0.5em; background linear-gradient(-90deg, #888, transparent); } .media_section after { margin-left 0.5em; background linear-gradient(90deg, #888, transparent); } .media_notice { color firebrick; font-size 77.5%; } /** Around track styling **/ .next-track { float right; } /** Infomation styling **/ #trackinfo .info_header th { padding .3em .5em; background-color #D8D8D8; font-size 95%; } #trackinfo .infomation_show_btn_wrapper { float right; font-size 12px; user-select none; } #trackinfo .infomation_show_btn { cursor pointer; } #trackinfo .info_content td { padding 0 0 0 5px; height 0; transition .3s; } #trackinfo .info_content ul { padding 0; margin 0; max-height 0; list-style initial; transition .3s; } #trackinfo .info_content li { opacity 0; visibility hidden; margin 0 0 0 1.5em; transition .3s, opacity .2s; } #trackinfo .info_content.infomation_show td { padding 5px; height 100%; } #trackinfo .info_content.infomation_show ul { padding 5px 0; max-height 50em; } #trackinfo .info_content.infomation_show li { opacity 1; visibility visible; } #trackinfo .info_content.infomation_show li nth-of-type(n+2) { margin-top 10px; } /** Lyrics styling **/ #lyrics { font-size 1.06em; line-height 1.6em; } .not_in_card, .inaudible { display inline; position relative; } .not_in_card { border-bottom dashed 1px #D0D0D0; } .tooltip { display flex; visibility hidden; position absolute; top -42.5px; left 0; width 275px; min-height 20px; max-height 100px; padding 10px; border-radius 5px; background-color #555; align-items center; color #FFF; font-size 85%; line-height 20px; text-align center; white-space nowrap; opacity 0; transition 0.7s; -webkit-user-select none; -moz-user-select none; -ms-user-select none; user-select none; } .inaudible .tooltip { top -68.5px; } span hover + .tooltip { visibility visible; top -47.5px; opacity 0.8; transition 0.3s; } .inaudible span hover + .tooltip { top -73.5px; } .not_in_card span.hide { top -42.5px; opacity 0; transition 0.7s; } .inaudible .img { display inline-block; width 3.45em; height 1.25em; margin-right 4px; margin-bottom -3.5px; margin-left 4px; background-image url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2971/7/Inaudible.png); background-size contain; background-repeat no-repeat; } .not_in_card after, .inaudible .img after { content ; visibility hidden; position absolute; top -8.5px; left 42.5%; border-width 5px; border-style solid; border-color #555 transparent transparent transparent; opacity 0; transition 0.7s; } .not_in_card hover after, .inaudible .img hover after { content ; visibility visible; top -13.5px; left 42.5%; opacity 0.8; transition 0.3s; } .not_in_card after { top -2.5px; left 50%; } .not_in_card hover after { top -7.5px; left 50%; } .not_in_card.hide after { visibility hidden; top -2.5px; opacity 0; transition 0.7s; } /** For mobile device styling **/ .uk-overflow-container { display inline; } #trackinfo.mobile { display table; float none; width 100%; margin auto; margin-bottom 1em; } #trackinfo.mobile th { text-transform none; } #trackinfo.mobile tbody tr not(.media) th { text-align left; background-color unset; } #trackinfo.mobile td { white-space normal; } document.addEventListener( DOMContentLoaded , function() { use strict ; const headers = { title アルバム別曲名 , album アルバム , circle サークル , vocal Vocal , lyric Lyric , chorus Chorus , narrator Narration , rap Rap , voice Voice , whistle Whistle (口笛) , translate Translation (翻訳) , arrange Arrange , artist Artist , bass Bass , cajon Cajon (カホン) , drum Drum , guitar Guitar , keyboard Keyboard , mc MC , mix Mix , piano Piano , sax Sax , strings Strings , synthesizer Synthesizer , trumpet Trumpet , violin Violin , original 原曲 , image_song イメージ曲 }; const rPagename = /(?=^|.*
https://w.atwiki.jp/tsurucale/pages/105.html
『【俗・】さよなら絶望先生』第四集【特装版】 (キングレコード) 特典に、鶴田さんがイラストを描いた第九話のエンドカードが付いています。 ・STARCHILD 俗・さよなら絶望先生 ・俗・さよなら絶望先生 エンドカード (アニメ雑録)
https://w.atwiki.jp/nishiparo/pages/74.html
12 授業を終えて職員室に戻ってくると、ぼくの席には、女の子が背を向けて座っていた。 顔は見えない。 だが例え後姿だけであっても、2分の1の確率で、それが誰なのかは、然程の洞察力がなくとも、それこそ誰にでもわかるだろう。 長い黒髪に黒マント。 この澄百合学園。エキセントリックな性格の人間は数いれど、外見でそれがわかるのは、あの《人喰い》兄妹を於いて他にはいまい。 「…………」 しかし考えてみれば、ぼくの周りにはやたらと、双子とか三つ子が多いよなぁ。 首切り死体があったら入れ替わりを疑え。 推理小説であれば定番の格言だが、もしも彼、彼女らが一堂に会し、事件が起こったりしたら、それはそれは大変なことになるだろう。 どんな名探偵であっても、きっと途中で匙を投げ出すのは、想像するに難しくはない。 「戯言だけどね」 口の中で小さく言って、兄か妹か、どちらかはわからないが、殺戮奇術集団《匂宮雑技団》、その最高の失敗作の真後ろに立つ。 何だか随分と熱心に話し込ん、いや、うんうんと、頷きながら、正面に座っている彼女の言葉に聞き入っていた。 「どんなに新しい恋愛をしても忘れられない男というのは確かにいるものだよ。最低の酷い男だけどあの日の甘い夜が忘れられない」 「お姉さん捨てられちゃったの?」 ああ。これは妹の方か。 大人しく席に座って、話を聞いてるのを見た段階で、理澄ちゃんだと大体はわかっていたけど。 「そうなるね。彼は抱いた女を鼻をかんだティッシュと同じ感覚で一方的に突然捨てる。きっとあの夜のことなど覚えてないだろう」 「まだやっぱり好きなの?」 「それはどうなんだかわたしにもわからないな。でも大人の恋愛は好きと嫌いだけで成り立ってないんだ」 「…………」 これ以上このとびっきりの駄目大人を、純粋無垢な穢れを知らない少女の前で、得意気にしゃべらせてもいいもんだろうか? 「…………」 答え。いいわけがない。 決まってる。 この倫理のない人に、何もない人に、選ばない事を選んでる彼女に、年端もいかない少女に対する配慮があるとは、とても思えない。 「身体の相性というのもすごく重要なんだよ」 でもそれは思っただけ。 元々そういったことが得意じゃないのもあるが、話に割り込む間が何となく掴めず、手持ち無沙汰で立ち尽くしてるだけだった。 そこにはいつも通りに行動が伴わず、ぼくはいつも通りに、まるで予定調和のように後悔する。 答えが出てるのなら、飛びかかってでも、手のひらを、あの長く艶かしい舌で舐められても、とっとと止めるべきだった。 「それにわたしはどんなプレイでもオッケーなんだけど彼のあの趣味は感銘を受けたね。メイドというのはベタベタだけど奥が――」 「黙れ。殺すぞ」 したくない事としなくちゃいけない事。それはこういう事なんだろう。……ええ。勿論戯言ですよ。 「やあいっきー。人が悪いなぁ。居たのなら言ってくれればいいのに。いまちょうどきみのことを理澄ちゃんと話してたんだよ」 誓ってもいい。このお姉さんは絶対気づいてた。 「あっ!! 先生……いつから……いたんだね」 理澄ちゃんがぼくに気づいて、ささっと立って席を空ける。 それは教師と生徒という立場なら、目上と目下(あれ? 理澄ちゃんって何歳だっけ?)という立場なら、その行動はおかしくはない。 だがその動きは敬意を表したものではなく、どう考えても逃げてるようだった。 本当に押し倒してやろうか。 などと、出来もしないことを、刹那だけ思ってみる。 脳裏に浮かび上がった出夢くんの八重歯、いや犬歯が、キランッと、怖いくらいに妖しく光っていた。 「……びびったわけじゃない。誰かと違ってモラルがあるだけだ」 「人はそれを負け犬の遠吠えと言う。そう言えば知ってたいっきー? 犬が遠吠えするのはストレス発散だけじゃ説明が付かないんだよ」 春日井春日さん。これでも一応動物学者。 「……読心術もできたんですか?」 「うん。動物の心理を読むことに比べたらずっと楽だからね。それに愛し合っている二人の心は通じ合ってるものだよ」 言いつつしなを作る春日井さん。 多分いま、ぼくの中で膨れ上がっている感情は、殺意と呼ばれるもので間違いないだろう。 アパートの部屋。そこにある机の鍵の掛かった引き出し。 その奥で眠っているジェリコには、まだまだ人一人殺せる残弾が、余裕であったはずだ。鍵が絶賛行方不明なのが残念でならない。 勿論ぼくに人など、殺せるわけはないのだけれど。 「ああそうそう理澄ちゃん。いっきーはやっぱりベタだけど裸エプロンも好きなんだよ。男の夢だね。いいものはなくならない」 「…………」 やってやれないことはないかな、とぼくは思った。 「メイドさんはメイドさんであってメードなどではない愚弄するなぁ!! と怒鳴られたときにはびびっとキタね」 「ほんと黙れ」 全部が全部作り話じゃないとこが怖い。 「それじゃお姉さんお兄さん、これからアニキと約束があるので。タメになる話をどうもでした」 理澄ちゃんはタメになる話を《したらしい》春日井さんと、何の話もしてないぼくに、ぺこりと頭を下げると、微妙な距離を取りつつ、 じりじりと後ろに、おっかなびっくりな顔をして下がっていく。 「では……おさらばですっ!!」 そしてぼくと十分な距離を空けると、理澄ちゃんは本格的な逃走に移った。 おおっ!! 速い速い。脱兎とは先人も巧いことを言うもんだ。あ、マントを踏んづけた。手が使えないから顔面からダイブ。痛そう。 「まさかあの理澄ちゃんから恋愛について訊かれるとは正直言って驚いたよ。いやぁ~~青春だねぇ」 平素とまったく同じ表情で、そんなことをのたまう春日井さん。 「…………」 圧倒的に人選を間違ってるよ理澄ちゃん。こんなマニアックな恋愛をしてきた人に、きみみたいな初心者が意見を仰いではいけない。 まぁ、ぼくに持ってこられても、そりゃ困るんだけどさ。 「いまどきの女子高生も、中々可愛いやないのん」 突然会話に加わってくる舌足らずな声。 ぼくの生涯が後どれだけ続くか、それはわからないが、嫌だろうが何だろうが、問答無用で一生忘れられない声。 どこから話を訊いてやがったのか、どこで話を訊いてやがったのか、敬愛する恩師はひょっこりと、ぼくの机の下から顔を出した。 「……あなた、そんなところで何してんです?」 「うん? 消しゴムが落ちたから探しとっただけやよ? いまだに思春期の自分の期待に応えられんで悪いんやけど、――えへへっ」 「残念だねいっきー」 「…………」 期待もしてねぇし残念でもねぇよ。 大体から春日井さんはともかく、心視先生は自分の姿を鏡で良く見たほうがいい。 自分こそ平日に街を歩いていたら、一発で補導されそうな容姿のくせに。いい歳して死体ばっかり、嬉々と見てる場合じゃないと思う。 「でも本当にさ、若いってことは羨ましいよね。それだけでキラキラと輝いて見える。神足さんもそう思うでしょ?」 「知らん」 今度は後ろから声がした。振り向くと白衣を着た二人組が立ってる。 いや、別に二人はコンビを組んでいるわけではないのだが、凸凹ぶりが妙に嵌っていて、並べて数えた方が自然な二人だった。 髪型はさっぱり体型はぽってりの根尾さんと、印象はそれしかないくらい長い髪の毛の神足さん。 いつも通りの相方の返事に、根尾さんは大袈裟に肩をすくめて、フレンドリーっぽく笑いながらぼくを見る。 「きみは思うだろ? 若いってのはそれだけで、無条件に素晴らしいって」 「……どうでしょうね?」 ぼくは勿論いまだって若僧と呼ばれる歳だけど、さらにガキだった頃などは、とても、口が裂けても素晴らしいなどとは言えない。 それに女性だったら年上の方が好みだし。童顔なら言うこと――あれ? 「うん? なんや我が生徒?」 「……いえ……いえいえ……何でも………‥アリマセンヨ」 違う。違う違う。そんなわけがあるもんかっ!! ああ猛烈にウオッカを瓶一気したい。徹底的にこの忌まわしい記憶を消去したい。 トラウマを自分で作ってどうする。 世の中にはわからないならわからないでいいことが、それこそ本当にいくらでもあるんだ。たまには学者を見習え。 「どうしたんや自分? 顔がメッチャ蒼くなっとんで?」 だっ~~触るなっ!! お願いしますここみん。しばらくぼくのことは放って置いてください。ほんとにほんとにお願いします。 ぼくはさっきの理澄ちゃんみたいに、心視先生から微妙な距離を取る。 「ほんまなんやのん? おかしなやっちゃなぁ? いまさらテレる仲でもないやんか?」 「どんな仲なの三好ちゃん?」 「それはいくら春日井ちゃんにでも、さすがにちょっと言えんなぁ。ま、背徳の匂いがする間柄、秘密の関係、とだけ言っておくわ」 「若いのが無条件で良いかどうかはともかく、卿壱郎博士みたいな年寄りには、なりたかないですね」 セクハラお姉さんコンビは無視。もう勝手に言っとれ。 「ああ、きみも見たんだ? 大垣くん、また殴られてたな。何があったか知らないけど、ああいうのは、理性的な行動とは言えないね」 卿壱郎博士は感情のスイッチ、その切り替えがやたら激しいジイサンだ。 普段は厭らしいくらい厭らしい狡猾な印象だが、一度頭に血が上ったら止まらない。 杖で殴る殴る、助手の志人くんを、とにかく殴る。 卿壱郎博士は昔、さる大きな研究所の所長をしてたらしい。 だから博士と呼ばれてるのは、そのときの名残だし、いまでは一教師に過ぎないはずのに、助手なんてのがいるのもそういうわけだ。 そして巨大で醜悪なコンプレックスの塊。 キレやすい子供が世間では、結構な社会問題になっているが、キレやすい老人もこれで結構な迷惑である。 「まったくやで。《カツラずれてる》って書かれた紙背中に張られたくらいで、そんな一々殴られてたら、大垣くんもほんまたまらんで」 「…………」 「子供心を忘れん軽い茶目っ気やん。あんなん殴ったりしたらあかん、ちょいやけど胸の奥が苦しくなったわ」 「…………」 だったら自首しろよ犯人。 「でも大垣くんもオイシイよね。宇瀬さんも見てる前でしこたま殴られて」 冷たい眼差しを恩師から、また何か、どうせろくでもないことことを言うんだろう春日井さんに、ぼくはゆっくりと向ける。 「……なんでそれがオイシイんですか?」 ぼくだったらそれはお断りだ。理不尽に殴られるだけで、勘弁してくれよ、って感じなのに、好きな女性の前で殴られるなんて。 それだけで苦痛が二乗されることは請け合いだ。 「恋愛というものがまるでわかってないねいっきーは」 ちっちっちっ、とぼくに向かって軽く指を振る春日井さん。何だかその仕草は、ひどく気障りだった。 「大垣くんが殴られる。宇瀬さんがそれを見る。可哀想。 二人っきりになったら慰めてあげようと思うよね。それは色々な方法で」 「…………」 何なんだそのルナ先生方式は。志人くんが死んじゃう、と涙目になった後で、美幸さんが授業でもしてくれるのか? 「……もしかしてですけど、あなた、理澄ちゃんにもこんな感じで、お話しをなさってたんですか?」 そう言ったぼくに春日井さんは、根尾さんにさらに輪を掛けた、アメリカ人みたいなオーバーアクションで肩をすくめる。 「くっ…………」 この人の動作の一つ一つが今日は気障りだ。 「馬鹿を言ってはいけないよ。見くびってもらっては困る。頼ってきた美少女名探偵に半端はできない。もっとかなり丁寧に話したよ」 と。 春日井さんのセリフが終わるのを、待っていたかのように、デヴィト・ボゥイの曲が鳴り響く。 ぼくの携帯だ。 ちなみにこのイカしてる着メロ設定をしたのは巫女子ちゃん。 "ピッ" 「もしもし」 「あ、お兄さん? すげぇ大事な話しがあんだけど、すぐに来てくんねぇかなぁ? 何の話かは……お兄さん心当たりあんだろ?」 「出夢くん、ちょっと待って」 ぼくは通話口を押さえて春日井さんを見る。 「これからぼく、多分死にたくないって思えるくらい、ボコボコに殴られそうなんですけど」 「慰めてあげるよ」 「良かったやん、我が生徒」 アパートの部屋。そこにある机の鍵の掛かった引き出し。 失われた鍵の徹底捜索を、ぼくは崩子ちゃんに命じようと決意した。 「はぁ……」 愛してるって言っても、許しちゃくれないだろうなぁ。人のことは言えた義理じゃないんだけど、出夢くんも大概ブラコンだし。 「はぁ……」 もう一度これ見よがしにため息を吐いて、ぼくは携帯を耳に当てた。 13 マイブームは? そう人に訊かれたなら、ぼくは散歩と答えるだろう。 実際歩くのは嫌いじゃない。 それに散歩のコースが夕暮れの校舎というのが、これで中々にイカしてて結構乙なものだ。 何より玖渚の代打とはいえ、教師でなければ、とてもではないが歩けないコースなのが、またポイントの高いところだろう。 澄百合学園。 いまさら説明をする必要もないほどの、超に超を二乗させた超々お嬢様学園。 本来であればぼくみたいな若い男が、悠長に歩いていい施設ではない。見つかったならば即座に、手が後ろに回ることは請け合いだ。 教師。 給料は安定してるし休みは山ほどあるしで、そこそこの力でやってる分には、これは本当に夢のような仕事だろう。 しかも女子校だと言うのだから、それこそ言うことは何もあるまい。 まぁもっともそれは、極々普通な世間一般の学校ならば、だ。 勿論この澄百合学園は、それこそ色んな意味で、そこそこの力ではできないし、極々普通な世間一般の学校なわけがない。 言っててちょっと悲しくなるが事実だ。 世間一般の普通の学校では、深夜に音楽室から悲しいピアノの演奏が聴こえたり、二宮金次郎が元気一杯に走り回ったりはするだろう。 でもナイフを持った女の子は徘徊してないだろうし、太った白衣の男の目撃情報もないはずだ。 しかもその二つが二つとも、嘘偽りのまったくない誇張ゼロの話なのを、ぼくは知りたくもないのに、とてもよく知っている。 何せ両方ともこの目で見てるからだ。 だがこの二つの学園徘徊話は、結構当たり前のように、ほとんど皆が皆知っている。――二つのうち一つは。 「ナイフの方は西条でまず間違いないでしょうから、そちらはとりあえずいいのですが……」 言いつつぼくの隣りを歩ってるのは子荻ちゃん。 「太った白衣の男、こちらは些か……いえ、かなり問題ですね」 その左手には日本刀。背中にはボウガン。由緒正しい女子高生の、気合の入った完全装備だった。 「…………」 やっぱりこの娘も例外ではない。しっかりと骨の髄まで、プロのプレーヤー、あちら側の世界の住人だ。 こちらの世界の常識がまるで、一切合切で通じないときがある。 これから戦地に行こうというなら、イラクやアフガンにでも行こうというなら、まぁ、その格好もわからなくはないんだけれど。 「体育着を盗んでいくような変質者を、総代表としては捨ててはおけません」 「…………」 チラリッと盗み見る。 子荻ちゃんの顔が弱冠だが赤くなっているのは、夕日に照らされてるから、決してそればかりではないのだろう。 怒るのもそりゃ無理はない。 女性ならば理屈よりも生理的に嫌だろうし、特にそれが思春期の女の子ならば尚更だ。 正真正銘血の繋がった父親とさえ、一緒に洗濯されるのを、それこそ親の仇のように思ってる年頃なわけだし。 「…………」 ぼくはどう思われてるんだろう。そして知られたら、どう思われるんだろうか。 変質者に盗まれたという体育着の中には、子荻ちゃんのものもあり、そしていまは、ぼくのアパートの部屋の押入れの奥にある。 「…………」 初めにこれだけは断っておくが、体育着強奪犯はぼくではない。 根尾さんだ。 ただ根尾さんを一応は、擁護する理由はないが彼を擁護するなら、体育着にはこれっぽっちも興味がないだろう。……多分だけど。 ぼくがあの人と、最初に出会ったのは、職員室じゃなかった。 たまたま夜の巡回で通りかかった、核攻撃からでも生き残りそうな鉄扉、理事長室の前である。 嫌味のないにこやかな貴族風笑顔を浮かべて、無言でじっと佇むぼくの前を通り過ぎると、その日はひょうひょうと闇に消えた。 次の日に職員室で自己紹介されてからも、たびたびぼくは根尾さんを、理事長室の前や職員室の金庫で見かけている。 気にならなかった言えば嘘だが、ぼくは常のように、曖昧々に放っておいた。 のだが。 自称《内部告発の達人》《裏切りの有段者》《秘密工作の専門家》《背徳の体現者》……ヘマをしたらしい。 熟練者ほど初歩的なトラップに引っかったりする。 校舎内で警報ベルを高らかに鳴らしてしまったみたいだ。 しかしそこからは根尾さん、さすがにさすがで、慌てて逃げつつも、それ以上傷口を広げたりはしない。 更衣室の窓から脱出するとき、手当たり次第目につく体育着をバッグに詰めて、しっかり変質者を装うことも忘れてはいなかった。 でも。 アパートに《いつも黙っててくれるお礼》そんな手紙入りのバッグを送るのは止めてほしい。 とりあえずバッグを隠した押入れへと、崩子ちゃんの視線がいくその都度、ぼくの心臓は危険なほどバクバクしてしまう。 根尾さんは何をどう勘違いしているのか、ぼくがコスプレ好きだとでも思ってるみたいだ。 失礼な。 そう思って窓ガラスを見た。 「…………」 思われても仕方なかった。 映ってるのは水面の向こう側。零崎人識。などでは勿論なく、澄百合学園の生徒――にしか見えない制服を着たぼくだった。 自分で言うのは本当に心底で嫌だが、ガラスに映る子荻ちゃんとのツーショットに、違和感がまるで気持ち悪いくらいに微塵もない。 「…………」 頭が混乱する。混濁する。くるくると狂いそうになる。 『あの手の犯罪は常習性がありますから、必ずもう一度するはずです。侵入した際見回りが女生徒二人なら、変質者も油断するでしょう』 制服を渡されたときに、子荻ちゃんからそんな説明はあった。 それは理解できる。 でも納得しろというのは無理だ。 そもそも男であるぼくが、わざわざこんな格好をせずとも、暇な女講師はこの学園にはいくらでもいるわけだし。 「…………」 まぁ誰に着せたところで、ちょいとばかり、パンチが効きすぎてるか。 見てみたいような見てみたくないような。しかし好奇心猫を殺すとも言うことだし、止めておくのがここはやはり無難だろう。 それにその場合の猫は、きっとぼくだろうから。 てなわけでいーちゃんは、いつも通りに、状況に流されてみましたとさ。 「めでたしめでたし、ってここで言えりゃ楽なんだけどな」 勿論言えるわけがなく、見せしめというか、晒し者というか、何か罰ゲーム的というか、後ろ指指されつつ、校内巡回三週目に突入だ。 それにしてもこの澄百合学園、改めて思うが異常なくらい広い。 ぼくは決まった巡回ルートしか歩かないので、ここで子荻ちゃんとはぐれたら、帰りは間違いなく深夜になってしまうだろう。 頼りない教師は隣を歩く、頼れる生徒をチラリと盗み見た。 いつもながらの綺麗で長いストレートの黒髪。その美しさにいつもながら見蕩れる。……触ったら怒るだろうか。 「何をじろじろ見てるんですか?」 殺気(?)を感じ取られたらしい。 子荻ちゃんは足を止め、ぼくを不審そうな、警戒してそうな、戸惑ってるような、そんな色々な感情が、ごちゃまぜになった顔で見る。 「いや、別に。何でもないよ」 「そうですか?」 「そうですよ。それよりも子荻ちゃん」 すぐそこの角を曲がると、生徒達の使ってる下駄箱がある正面玄関口だ。 窓の外を見るとはそろそろ、黄昏どきというには、いささか暗くなりすぎてる。このまま四週目に突入するんだろうか。 「疲れましたか?」 「うん。まぁ少しだけね」 実際それほど疲れちゃいないのだが、できれば、ここで終われるなら終わってほしい。 男がするにはファンキーでファンシーな格好をしてる所為か、足元からすーすー入ってくる風が、ずっと気になってしょうがなかった。 春夏秋冬をこの格好で通せる女性は偉大である。 ぼくには無理だ。 てか無理じゃない方が、この場合は問題だが、とにかくぼくには、これ以上は無理。 「それでは今日はこのぐらいにしておきましょう。この時間さえやっておけば、夜は放っておいても西条が歩き回ってますし」 「そうだね」 そういやいままでよくもまあ、あの二人は遭遇しなかったものだ。 根尾さんのラッキーは一体どこまで持つのか、完全無欠の人事ながら、だからこそ無責任に、ぼくの心臓は激しく震えてビートする。 あの人はあれで動けるデ、……いや、運動神経は悪くない人だから、プロだし、逃げに徹すれば死ぬことはないはずだ。 「多分だけど」 「何かおっしゃいましたか?」 「いやいや、何でもないよ。疲れたなぁってね。どうも身体がなまりになまってるみたいだ」 本当はそんな必要があるほどには、疲れているわけではないのだけれど、ぼくは肩や首をぐるぐると回す。 そしてどういうわけだか、子荻ちゃんはそんなぼくを見ながら、何だか随分と真剣な顔で、何かを思案しているみたいだった。 「あの、良かったら、チョコ……食べます?」 「チョコ?」 「身体が疲れたときは、やはり甘い物がいいですよ」 うん。それは知ってる。 「……そうだね。じゃあ貰おうかな」 でも何だろうかこの違和感は。ひどく《チョコ》というキーワードが引っかかる。 何故だか今日は甘くとも、餡子や果物では駄目な気がした。 はて? 本当に全体何だったろうか? それはとても嬉しいことの気がするが、いまいち頭にモヤがかかって思い出せない。 「…………」 いいか。思い出せなくても。 嬉しいのがわかってれば、理由なんてどうだっていいや。詮索すると詰まらないことになるかもしれないし。 綺麗にラッピングされてるチョコを、子荻ちゃんがじっと見ているので、ぼくはその場で丁寧に破いて、カリッと一口噛んでみた。 途端、嘘のような甘い味が口の中に広が――らない。 「あれ?」 見るからに不恰好な形からして、このチョコは、おそらくは誰かの手作りなんだろう。 「どうですか、チョコの味は?」 視線を明後日の方向に向けながら、でも意識ははっきりとぼくに向けて、子荻ちゃんは廊下の先を睨みながら訊いてきた。 ぼくはチョコを貰えて嬉しいが、どうも、子荻ちゃんは違ったみたいである。 もしかしたら一人で全部、食べたかったのかもしれない。女の子は甘い物がとにかく好きだから。遠慮しないぼくに怒ったのかな? とりあえず一口食べた感想だけは言っておこう。 「お店に出してお金が取れる味ではないね」 「ええ、でしょうね」 「美味しいと絶賛するような味では絶対ないし、かといって不味いと酷評するほどでもない。平たく言えば中途半端」 「…………」 らしくない。 子荻ちゃんの顔は、ぼくが味の感想を言い出してから、急に無表情になったが、心が無感情ではないのが丸わかりだった。 「でもぼくは、曖昧な味の方が好みだよ」 念の為に言っておくが、これは戯言ではない。 やれやれ。 らしくないのは、このしがない《戯言遣い》のぼくも一緒か。 まぁとは言っても、ぼくは例えそれがどんな味であっても、大概は美味しく食べられるんだけどね。 二口目。 気のせいかチョコの味がさっきよりも甘い。中々に食べ応えのあるチョコレートだった。もむもむと噛めば噛むほど甘くなっていく。 「……………………あは」 そんなぼくを見て、萩原子荻は、まるで年頃の女子高生のように、笑った。 14 "キッキュキュキュ~~~~" タイヤの密度と寿命を確実に磨り減らしながら、風景とフィアットの車体が、物凄い勢いで横へと滑っていく。 みいこさんには一体何と言って謝ろうか。 滅茶苦茶にコストパフォーマンスの悪い走りだった。 スピードだってこのクルマの、能力以上のものが出てるだろう。ボンネットからはいつ、白い煙が出てもおかしくはない。 「零崎、きみさ、もう少し普通には走れないのか?」 ぼくは視線を前方の、カーブを曲がる寸前、一瞬だけチラッと見えたベンツに向けたまま、ハンドルを握る零崎へと問い掛けた。 「このクルマで普通に走ったら、普通にベンツにゃ追いつけないぜ」 言いつつ殺人鬼は、またしても鮮やかなハンドル捌きで、フィアットの車体を綺麗に滑らせた。……無免のくせに。 だが、零崎の言ってることも、まぁもっともだ。 フィアットとベンツ。 両方ともに名車ではあるが、基本ポテンシャルが、あまりにもあまりに違いすぎる。 普通に走っていたのでは、ドライバーの性能差があっても、零崎と絵本さんに差があっても、追いつくのはまず確実に不可能だ。 だからこの金のかかるドリフトを、この先も続けるしかない。 「だいたいお前が悪いんだぞ。絵本さんのフレンチクルーラーまで食べちまうから」 そう。この追いかけっこ。そもそもこいつに原因がある。 「んなこと言ったってよ、目の前に置かれてたし、腹が滅茶減ってたし、あの女が席立ったしでさ、そこまで条件揃ったら喰うだろ?」 「知らん」 初めて自宅に遊びにきた客人に、ウキウキでコーヒーを淹れて戻ってきた絵本さん。 それはまさに零崎が、最後の一口を頬ばった、そのタイミングだった。 盛大にガシャンと音を立てて、トレイに載っていたコーヒーやら砂糖やらが、高級そうな絨毯の上にぶちまけられる。 わなわなと絵本さんは、何も持ってない手を震わせた後、こういうのも成長というんだろうか。 『も、もも、も……もう……し、ししし、死んでやるっ!!』 絵本さんはいつものように、その場で泣き崩れるということはなく、ポジティブだけどネガティブに、駐車場へと嗚咽混じりで走った。 その間ぼくは絨毯に広がる染みを、何となく見てるだけ、零崎に至っては、もぐもぐと、丹念に咀嚼するだけである。 『なにを悠長に落ち着いてるさっ!! 早く追いかけるさっ!!』 るれろさんが怒鳴らなければ、いまだ部屋の中で、ぼくと零崎は、揃ってまったりしていたろう。 仕方な、いや慌てて玄関に走ったときには、ちょうど絵本さんが駆るベンツ(Sクラス)が、駐車場から飛び出すところだった。 『鍵貸せよ。俺が運転する』 運転手には零崎が立候補したので、ぼくとるれろさんは助手席と後部席に乗り込み、それから三十分ほどのカーチェイスで現在に至る。 しかしこの殺人鬼、本当に運転技術が、びっくりするくらいべらぼうに高い。 ちょっとずつではあるが、コーナーを曲がるその度に、絵本さんのベンツとの距離を確実に詰めていた。 とはいえ。 「こりゃヤベえなぁ」 「……うん」 いままではカーブの多い峠道を走ってたから、まだなんとか勝負になっていたのだが、それももうそろそろ終わりが近づいていた。 ストレートではどうやっても、追いつけやしないだろう。 「だが安心しろよ、欠陥製品」 例の如く例の如しで、見切りの良すぎるぼくの心情を読んだのか、零崎は右顔面の刺青を、にっ、と笑みの形に醜く歪ませた。 ……この殺人鬼、ろくなことを考えない。 代理品。 こいつがぼくの心を読むのにも、ぼくがこいつの心を読むのにも、なんらの難しい技術は必要なかった。 わかるものはわかる。 「グランツーリスモで鍛えた俺の腕を信じろよ」 「……お前、勘違いしてるぞ。お前が腕を鍛えたと言い張ってるゲームは、きっとマリオカートだ」 ぼくは深くシートに身を沈める。 そしてバックミラーでるれろさんを見た。そりゃ当たり前なんだけど、今日も包帯はどこにもしてない。 「慣れないなぁ」 「うん? 何か言ったかい、《いーちゃん》?」 「危ないですから、頭は引っ込めてた方がいいですよ」 「ふうん?」 きょとんとしたるれろさんの顔。キリッとした頼れる姐さん風の印象だけに、そのギャップもあってかなんだかラヴリー。 クルマはカーブに差し掛かろうというのに、スピードをまるでまったく、落とそうという気配すらない。 「えっ? ええっ!? ちょ、ちょちょ、ちょっとあんた……なに……なにを……なにを一体…………してる………………さ」 零崎の座ってる運転席、その頭部の辺りをゆさゆさと揺すりながら、るれろさんの顔が徐々に青ざめ、声は段々と小さくなっていく。 「ショートカット」 一人だけわからなかった憐れな同乗者。 その疑問に答えてやった零崎は、さらにアクセルを踏み込んだ。 迫るガードレール。零崎の首に手を掛けたるれろさん。フィアットの損害。修理の見積もり。みいこさんへの言い訳を考えるぼく。 "ドオオオオォオオンッ!!" 衝撃。 割れるフロントガラス。 真っ白になる視界。 ぼくは思い切り蹴りを入れて、運転する零崎のため、そしてなにより自分の身の安全のため、すぐさまクリアーな視界を確保。 野を越え山を越え。 「舌噛むなよ」 "バゥウウウウウゥウ!!" 零崎の声を追うかのように、ざわり、と纏わりつくみたいに襲っくる浮遊感。 その日フィアットは空を飛んだ。 「っきゃあああああぁああああああああああぁあああぁあああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」 半瞬遅れて絹を裂くような悲鳴。 ちなみにぼくも零崎も、声帯を震わせてはいない。 後部座席から響いてくる声は、長く甲高く、とても乙女ちっくなものだった。 "ドオオオオォオオンッ!!" 着地。 しっかりと一拍堪えてから、零崎がハンドルを左に切る。 風景がコーヒーカップに載ったときみたいに、くるくるとくるくると、吐き気を覚えるほど気持ち悪く回っていた。 ネズミ花火みたいに爆ぜないのを、ただただ祈るばかりである。 と。 順調に、慎重に、大胆に、繊細に、強引に、丁寧に、緊急に、急速に、零崎は回転力を、殺して解して並べて揃えて晒していたが。 そこへ重量感を伴った白い影が飛び込んでくる。 対向車がもしいたら、なんてことは、まるっきり考えてはいないスピードだ。 しかも図ったよな正確さで、まっしぐらに小さなフィアットへと、巨大なベンツが問答無用で突っ込んで来る。 こういうとき、こういうときとは、死に直面したときと言う意味だが、事象がスローモーションで見えるというけれど、本当みたいだ。 ぼくにははっきりと見える。 ベンツの運転席。ハンドルを握ってる絵本さん。目をぎゅっと瞑っていやがった。 「…………」 そこそこの修羅場を乗り越え、数々の死線を潜り抜けてきた《戯言遣い》が、まさかこんなところ、こんな形でお亡くなりになるとは。 人生の幕引きとは突然で、案外に詰まらないもんである。 走馬灯。 玖渚友との出会い。 圧倒的な存在に打ちのめされた。幼い嫉妬。無言で青髪を蹴り飛ばしったけ。あれは悪い事をしたといまでも思ってる。 お前に初めて触れたあのときのぼくは、自尊心が歪に肥大してるひねたガキだった。 「…………」 でも謝ったら負けかな? なんてことを二十歳越えても思ってるぼくは、あのときから、変わらずひねたガキのままで、あまり成長はしてないのかもしれない。 やれやれ。 「戯言なん―――」 "キッキュキュ~~~~~~~~ガシャンッ!!" 決め台詞は遮られた。 まだ残っていたフロントガラスを、派手に全壊させる音と、ぼくと零崎の間を通りすぎた物体によって。 「やっぱ後部座席にもさ、シートベルトは必要だよな」 車内にいてもわかるタイヤの焦げた匂い。そして見ただけで、脳が勝手に作り出す、本能に染み込んでいる馴れた血の匂い。 ハンドルに顎を乗せながら、零崎は緊張感ゼロで暢気に呟いた。 しかしさすがはあの、《人類最強》哀川潤をして、《人類最速》とまで言わしめた反射神経。 ベンツから寸ででフィアットを逃すのに成功したらしい。 「回想と反省、もう終わったか?」 「……ああ、今日のところは、こんなとこだろう。後はまたの機会にでも取っておくよ」 それどころじゃなさそうだし。 バックミラーではなく、首を捻って後部座席を見るが、勿論そこには誰の姿もない。―――るれろさんの姿がない。 首を元に戻す。 七、八メートル先で、何かがぴくぴくしていた。血まみれでぴくぴくしていた。 ここからでも、関接が曲がってはいけない方向に曲がってるのが、わかりたくもないのに、はっきりとした確信を持ってわかる。 ……血まみれの……関節が……ぴくぴく……ぴくぴく……って。 「オイオイっ!! いくぞ零崎っ!!」 いかんいかん。もっと慌てろぼく。 哀川さんや真心、それに《殺し名》連中の頑丈さに慣れてしまってる所為か、感覚がちょっと麻痺してしまってたみたいだ。 るれろさんはプロのプレーヤーといっても、肉体派とはいくらなんでも思えない。 十月には死ななかったのに、二月に死んだりしたら、それもこんなしょうもない理由で死なれたりしたら、かなりやりきれないだろう。 「医者だ零崎、すぐに医者を呼べっ!!」 「だから、その医者を追ってこうなったんだろうが」 ああそのとおりだ。 久方ぶりにぼく、滅茶苦茶パニくってるな。 くっそう。でもだったら一体どうする? ぼくはどうするべきだ? 折れてる手足の応急処置くらいならできるが、頭部を打っているのなら、素人が下手に動かしたりするのはまずい。 そしてるれろさんは間違いなく打ってるだろう。 八方塞だ。ぼくには何もできない。 「零崎、お前は、お前は何とかできないのか?」 「うん? ん~~? 悪りぃ。俺は殺すのが専門で治すのは埒外だ」 だろうな。 生粋の殺人鬼に聞いたぼくが馬鹿だったよ。ああ、でもほんと、こりゃどうしたらいいんだ? いまからでは救急車を呼んでも、とてもじゃないが間に合いそうにないくらいに、るれろさんの傷の具合は滅茶苦茶救急に見える。 怪我する事に掛けてはぼくだってプロだ。 最近は幸いな事にそうでもないけど、決してるれろさんにだって引けは取らない。らぶみさんはどうしてるだろう? などと考えている間にも、るれろさんの身体からは、血がどくどくと盛大に出ていた。 「こりゃ本当に出血大サービスってやつだな」 巧い。 とか思ってしまったぼくは、不謹慎な事を言った零崎よりも、ずっとずっと、救いようがないほど罪深いのかもしれない。 「い、痛い……さ。お医者さんを……は、早く…………」 「るれろさん!? 大丈夫で――」 そんなわけないか。 上げた顔も血だらけだし。 でも意識があるのは不幸中の幸いだ。安心は勿論できないが、生命の危険レベルはそれだけで大幅に下がる。 "キッキュキュキュ~~~~" そしてさらに下げ、いや消してくれる救いの天使が、タイヤを軋ませて、満面の狂気の笑顔を浮かべてやって来た。 「血の匂いでも嗅ぎつけたのか、あの女は?」 「……サメみたいだな」 劈くようなブレーキ音とともに、ベンツをるれろさんの身体ギリギリに止めると、絵本さんはプロの動きで素早く駆け寄る。 スキップで。 いつの間に着替えたのかその格好は、レインコートに長靴、絵本園樹外出仕様。 「えへ、えへへ、だ、大丈夫だから、大丈夫だからね、くふふ、るれろさん、もう、ももも、もう、大丈夫だから、こんなの大丈夫だよ、 ね、ねね、うふん、うふふふ、い、痛いのは、さ、さささ、最初だけだからね、ぐふ、くふふ、こ、こんなの、あ、あたしすぐに、すぐに 治しちゃうから、あ、ああ、あたし、や、役に立つから、えへへ、えへへへ、るれろさん………だから好きっ!!」 チラリと隣りを見ると、零崎が爪先立ちになってる。 いつでも逃げ出せる体勢だ。 まあ気持ちはわからないでもない。 絵本さんみたいな面白すぎる女性が、結構好みのタイプであるぼくでさえ、気づかぬ無意識のうちに半歩下がっていた。 だが絵本さんのアブないのは台詞だけで、、その治療技術には、微塵も危なっかしさはない。 元《十三階段》三段目、《ドクター》の異名は伊達ではなかった。 「うん。内臓破裂はないみたい。手足の開放性複雑骨折とアバラが六本のヒビ、それと全身の打撲と擦過傷だけだね」 それはそれで十分重症である。 でも生命の心配はこれでなくなった。一安心。 絵本さんは手足に添え木をし、救急箱から塗り薬を出して塗ると、白い包帯を全身にくるくると巻きはじめる。 「やっぱりこちの方が、ぼくはしっくりくるな」 その姿は四年前の右下るれろだ。 小さな声で言ったのだが聴こえてしまったようで、ぎろりと、るれろさんに睨まれてしまう。 切れ長の目はうるうると、ちょっとだけだが光っていた。 その理由は痛いからばかりでは、きっとないのだろう。 ここは目を逸らしてやるのが、大人の優しさというものだ。びびったんじゃない。本当だ。もう半歩下がってしまったが本当なんです。 「本当に傑作だよな」 「……そうだな」 「うん? どうした欠陥製品」 「なんでもないよ、人間失格」 本人には間違いなく自覚ゼロだろうが、零崎が話のオチをつけてくれた。 『さよなら戯言先生』05へ 戻る
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4314.html
前回のあらすじ 鶴屋さんのおうちは非常に大きな旧家です。一生働かなくてもいいくらいお金持ちです。旧家ですが、鶴屋さん本人は大変に前衛的な方です。 もっともっと遊んでいたかったようですが、とうとう働かなくてはいけない時期になってしまいました。これが幸せなのか不幸せなのかは分かりかねますが。 新築の喫茶店をひとつ任されることになった鶴屋さんでしたが、それがとても面倒だったので公園へ逃げ出してしまいました。 その後、長門のマンションに連れて行かれたSOS団はハルヒによってショッキングな告白を受けてしまいます。 SOS団は解散するようです ~~~~~ ハルヒは高校時代、酒で苦い経験をして以来ノンアルコール主義を貫き通している。だから今日のように盛大なパーティーが開かれていても、テーブルの上にアルコールの類は一切構えられていない。まあそれは別にいいんだが。 盛大なパーティーといっても、どこか大きな会館を借り切って大人数ではやし立てたり、豪華絢爛に着飾った集団がマスカレードをつけて優雅に微笑んでいるわけではない。 場所は長門のマンションの居間。服装もいつも通りのラフな私服。パーティーなんて大げさな言い方じゃなくて、仲間うちのささやかな会合と言った方が適切なものだ。 しかし料理は鶴屋さんが用意してくれた豪華食材を使ってSOS団三人娘が腕によりをかけて作られた世界にひとつだけのメニューだ。どんなセレブなパーティーでもこんな食事を口にすることはできまい。 たとえここが富士の樹海の最深部であったとしても、こんな世界にひとつだけの満漢全席が豪勢に盛り付けられていれば、そこは超豪華グルメパーティー会場と化してしまうに違いない。 まあ、今回はグルメパーティーじゃなくてSOS団解散記念パーティーなわけだが。 テーブルが布巾で拭かれ、人の心をあやしくくすぐる芳香を放つ料理が次々と並べられていく。待ちくたびれたぜ。この晩飯を腹いっぱい食うために、俺は朝と昼の飯を抜いてベストコンディションを設定してきたんだ。 こみあげる唾液を飲み込みながらジューシーに揚がった狐色のから揚げに見とれていると、コップを並べていたハルヒに 「ボーっと突っ立ってちゃ邪魔でしょ!」 と怒られてしまった。 ひとりだけ熊のようにウロウロしているのも悪いので何か手伝おうかと逡巡するも、狭い室内をSOS団メンバー (俺以外) 全員が慌しく動き回っているんだ。手を貸せることは何もない。 することもないのに同じ室内にいるとハルヒから 「団長が働いてるってのに、雑用がサボるな!」 と突き上げをくらってしまいそうだったから、俺は身を縮めてこそこそと廊下へ避難した。 とりあえず宴の準備が終わるまで身を隠していよう。皆が忙しそうに動いてる横で暇そうにしてるのも気が引けるからな。 こそこそとトイレに隠れて家に電話すると、妹が受話器に出たようだ。今夜の晩ご飯は食べてくるからいらないと言う旨を両親に伝えてくれと伝言を頼むと、妙に不機嫌そうな声で妹が受話器越しにぼやいた。 『またSOS団のみんなで一緒にいるの?』 え? ああ、そうだが。それがどうかしたのか? 『キョンくん、いつもSOS団と一緒にいるじゃない。夜くらい家に帰ってきてもいいんじゃない? キョンくんはハルにゃんたちのおもちゃじゃないんだよ』 ここ数日妹がSOS団の話をする時、わずかな変化だが、不機嫌になっているような節がある。しばらく遊んでやっていないんですねてるんだろうか? まさかな。もうあいつだって立派な大人なんだ。 辺りを照らす電灯の明かりが、少し傾いだように思えた。 子供だろうが大人だろうが妹は妹であり、何歳になろうとも俺の大切な肉親に違いはない。しかしだからこそ距離をおくことだってある。俺の都合で距離を作ることだってある。たとえ家族同士であろうとも人と人との間に一定の距離は必要だと思うからな。 その距離を読み間違えた人がKYと言われたり、ストーカーなんて馬鹿げた事をしたりするのさ。距離を図るということは相手を認めるということだ。 人は他人の存在を認識しているからこそ、相手のテリトリーを侵さないよう留意していられる。もしもそのテリトリーと己のテリトリーが重なり合ってしまったら、人はそれを不快と感じ自己領域から相手を追い出そうとするだろう。 他人から煙たがれる人は、たいていこの近すぎず遠すぎずの距離が測れていないんだ。 遠慮して距離をとりすぎる人は相手に背を向けてその存在に心を許していないと受け取られがちだし、逆に近すぎると馴れ馴れしく、相手の領地を征服しようしている暗喩だと受け取られかねない。 身内同士ということで、俺と妹のテリトリーは互いに同種のものであり、特に警戒を強めることもなく開かれているけれど。それでも、何故か最近は無性に妹との距離感が気になるのだ。 「俺のことを心配してくれているのは分かるんだが、俺のことは放っておいてくれていいぞ。夜が遅くなって迷子になるような年でもないしな」 『ダメだよ。キョンくんは帰ってこないと。家族なんだから』 たまに妹と話が合わなくなるんだが、俺なりにその原因をいろいろと考えてみた。何が誘因で、俺と妹との論上にすれ違いが生じてしまったのか。 妹は言う。キョンくんのためだから、私が○○してあげるから、キョンくんは△△するべきだ、と。 朝俺をたたき起こしに来ることも、朝ごはんを作ってくれることもありがたいことに違いはないのだが、なんて言うか、こう言うと悪いが……俺にはそれがおしつけがましく感じられるのだ。 朝は私が起こしてあげる。ごはんは私が作ってあげる。キョンくんが暇そうだから遊んであげる。夜は寂しいだろうから、私がむかえてに行ってあげる。私が。なんでもしてあげる。 私が、私が、私が、私が私が私が私が─── ───だから、私が必要でしょう? だから? 俺は、妹にこう言わざるをえない。 「なあ。もうそろそろお前も、兄離れした方がいいんじゃないか?」 『えっ……』 電話の向こう側の妹の吐息が受話器越しに伝わってくる。まるで俺に何かを言い返そうとして、口外する直前にそれを思いとどまった。そんな感じの躊躇が電子音を通じて感じられた。 世話を焼きたがる人によくある傾向だ。怠惰な性質の人に世話を焼き (たとえそれが押し付けであろうとも)、自分がその人にとって必要な人間であろうと主張する。 認められたい。自分を見てもらいたい。私という個人を認知し、肯定してもらいたい。顕在したい。存在したい。でも、それを為すための具体的な方法が分からない。 そういう人は、自分で自分自身にひどく曖昧で、そこから価値が見出せないから、まるで自分の姿を鏡に映し出すように、他人に自己という姿を知らせ、それが有益なものであると思い込ませようとする。 有益ということは価値があるということだし、価値があるということは形を持ちえるということ。形を持つということは、曖昧に濁っている自分像をはっきりと目視確認できるということにつながる。 そういう人は一様に、相手のためだと言いつつも、その実、自分のことしか考えていないことが多い。俺は、大好きな自分の妹にそんな有言無実な人間になってもらいたくない。 『……でも、私がいなきゃ……キョンくんは』 だから俺は妹に言わなければならない。俺は妹の声を途中で遮り、明瞭な意思で言葉を発する。 「俺は大丈夫だ。自分のことは自分でできる」 俺にも悪い点はある。だらだらと怠惰な生活を送っていたことが、結局妹に悪影響を及ぼしてしまったと言えなくもないんだ。 負い目を持つ者、自尊心の低い者。そういう人が複数人集まり互いに自分の自己顕示欲をなすりつけ合う。そうして互いに、自分が相手にとって必要な人間であると認識し合う。共依存というやつだ。 きっとあいつは、日常の何かから逃げていたんだと思う。何に背を向けていたのかは知らないが、何かの苦難から目をそらしていた。しかしそんな自分が嫌だった。そんな自己嫌悪から逃げ出そうとしていた。その逃げ場が、畢竟俺だったのだ。 妹は俺に依存していた。俺に必要な人間であると認めてもらおうとして、世話を焼いていた。俺がもっとちゃんとしていればそんなこともなかったろうに、そのせいで妹に逃げ場を与えてしまった。 怠惰な兄の世話を焼くことに自分の存在意義を見出したあいつは、嫌なことから目を反らして生きる術を見出した。楽な道に進み、困難に向かい合って自分で自分の姿 (価値というべきか?) を目視確認しようとする努力を怠ったのだ。 はっきりしない俺の態度が、あいつの人間的成長を間接的に圧迫していた。だから、それに気づいたから、俺は妹にはっきりと明言したのだ。 もう、俺にお前の世話は必要ない。だからお前は辛い現実に身体からぶつかっていき、自分を誇って生きてくれと。 俺は通話を切られた携帯電話を閉じ、重い頭を抱えてトイレから出た。 そこで怒ったハルヒにつかまった。 「団長や他のみんなが一生懸命準備してるのに、料理もしてないあんたが何でトイレにこもってサボってるのよ!」 あぁ、いや、サボってたわけじゃないんだぜ。今夜は晩御飯いらないと家に連絡してただけなんだ。あと、妹に人生の先達として生きるという意味を哲学的な部分までにおわせつつ講義したりだな…… 「抹香臭い言い訳なんて聞きたくないわ! だいたい携帯で家に連絡なんて10秒もあれば十分でしょ。トイレにずっと立てこもっていた理由にはならないわ」 ……確かに、それはそうだな。ごもっとも。 「罰として、今夜のパーティーの司会進行役はあんたに担当してもらうわ! 意義は認めないわよ!」 マジかよ。勘弁してくれよ。そんなのはお前か古泉の役回りだろう。俺にやらせたってつまらないパーティーになるだけだぜ。 「いいのよ。SOS団内の雑用は全部あんたの専売特許でしょ。ごちゃごちゃ言わずにやるの!」 へいへい。ったく、しょうがないな。SOS団での最後の大役をまっとうさせていただきますよ。 えー、本日は大変お日柄もよく…… 「何つまんない前置き言ってるのよ。さっさと本題に入りなさい」 ええい、人に司会進行をやらせておいて。文句つけるんじゃない。 「挨拶はどうでもいいから。乾杯が済んだら一発芸をやりなさい、一発芸。思いっきりうける芸じゃなきゃ許さないわよ」 無茶苦茶言うなよ。俺にそんな才能はない。笑える芸を見たけりゃ、古泉に落語でもさせりゃいいだろ。 「はっはっは。僕もそちらの方面には詳しくないもので、ご期待に沿いかねると思いますよ。寡聞にして、申し訳ないです」 とにかくだ。俺に一発芸は無理だ。なんならハルヒが手本を見せてくれりゃいい。 「ダメよ。私は採点専門なんだから。司会やるのはあんたの役。役割分担は大事なのよ。分かってる?」 分かってる?と訊かれてもな。不条理を感じてやまないんだが。役割分担も大事だが、適材適所で司会に向いた人を配してくれよ。 「ぶつぶつ言ってる暇があれば、バック宙返りでもやりなさい」 お前は俺に何を期待してるんだ。100%成功するはずのない体術をやらせてどうしようというのか。たすけてピコ魔神……。 俺が反論したところでハルヒが聞くはずもないか。それでもやれ、いいからやれ、とやたらバック宙を推奨するハルヒに根負けして、バック宙の代わりに床の上で後転してやった。後方回転なんて小学校の授業のマット以来だぜ。 そんな程度の低いバック宙があるか!とやたらご立腹の団長殿だったが、しかたないだろう。これが俺のフルパワーなんだから。 「僕らは皆、あなたがバック宙をしようとして怖気づき許しを乞うか、それとも後頭部を床にしたたかに打ち付けるかを想像していたのですが。思ってもみなかったあなたの後方回転という切り替えしにはしてやられた思いですよ」 いつも通りの慇懃な笑顔で、褒めているのか小馬鹿にしているのか分からないセリフを口にして方を竦める古泉。しかしやはり馬鹿にされているんじゃないかと感じてしまうのは、きっと長年積み重ねてきた経験からの条件反射だろうな。 「馬鹿になんてしていませんよ。あまりにもいつも通りの、SOS団らしい展開だったのでとても微笑ましく、ハートウォーミングを感じていただけです」 ハルヒと鶴屋さんが朝比奈さんに前転を強要している現場を傍観しながら、俺と古泉はテーブルの後方席でぽつぽつと語り合っていた。別に意味があって古泉と並んで座っているわけじゃない。たまたまだ。 確かに、こうしていると何の変化も感じない。いつも通りのSOS団だ。俺がため息をつきながら、古泉が傍らで肩をすくめながら、長門が無表情に座り、ハルヒと鶴屋さんが朝比奈さんにかまう。 今日がSOS団の解散の日だなんて、面と向かって言われてもそれが本当だとはにわかに信じられない。まさに、いつも通りローテーション。気をぬけば明日も明後日も、毎日がリンクするように、変わらずSOS団は継続していくのでは、と思える。 「それにしても。あのハルヒがねえ。SOS団を解散するなんて言い始めるとは。未だに信じられないぜ」 朝比奈さんがハルヒと鶴屋さんに前倒しに転がされているのを眺めながら、古泉は小さく息を吐き出すように笑った。 「以前、僕が文化人類学の通過儀礼の話をしたことを覚えていますか?」 通過儀礼? ええと確か、バンジージャンプとか、抜歯とか、そういう痛い話だったっけ? 「そうです。人間が成長していく過程で、次の段階の期間に新しい意味を付する儀式のことです。涼宮さんはこのイニシエーションを経験したからこそ、SOS団を解散する気になったのでしょうね」 ハルヒが、そんな痛い儀式を? いつのことだ? バンジーだか刺青だか知らないが、ハルヒがそんなことをしたと聞いたことはないし、それにその程度でハルヒがSOS団を解散するとは思えないんだが。 クエッションマークが浮かぶ俺の頭を知ってか知らずか、膝をつきながら古泉は湯飲みを傾けた。 「通過儀礼は、なにも苦しみや痛みを伴わなければいけないというものではありませんよ。むしろ、苦痛を伴ったとしても、自分が人生の次の段階へ進まなければならないという意識を持っていなければ、無意味とも言えます」 そういや以前、成人式に行ったからと言って大人の仲間入りを果たしたと実感するわけじゃない、という話をお前から聞いたことがあったな。 「まあ痛みこそなかったようですが、ここしばらく涼宮さんはずいぶん苦しんでいましたよ。お忘れですか? 数日前の、世界中の時間軸が数年前まで巻き戻された事を。あれも涼宮さんの苦悩が引き起こしたイニシエーションの一環だったようです」 ……わけが分からなくなってきたぜ。またそうやって俺をからかって遊んでるんだろ? 「いえいえ。そういうつもりではないのですが。通過儀礼にたとえたのは話を進める上での便宜ですよ」 湯飲みを机上に戻し、古泉は膝を曲げたまま話し始めた。 涼宮さんはずっと悩んでいたんです。 私たちはこのままでいいのか? いつまでも無職のままでいいというわけはないけれど、だからと言ってどうすれば良いか分からない。 なんとかしなければならない。就職もしなければならない。しかしそれも思うようにいかず、ままならない。 社会に出ようとする意欲は十分あるのに、そこでは自分の価値感が通じない。世間と自分の間に温度差がある。いや、本当は温度差など気にならないほど小さな差でしかないけれど、私にはその小さな差が耐えられない。 社会に出れば思い通りにいかないことも多々あるだろうとは覚悟していたけれど、理性がそれをストレスとして認識してしまう。そして、それを耐え忍ぶよりも。それでも私にはSOS団がある。 就職先に納得がいかなくても、社会に得心がいかなくても、SOS団に行けばみんながいるんだし。無理して働きに出る必要もないわ。 でもこの年になってフラフラしてるのも嫌だし、ニートとか無職とか言われるのも癪だし。それに、SOS団にいつまでもこだわり続けるわけにもいかないし。皆も早く一人前に自立しないといけないし。 逃げていてはいけない。逃げているだけでは凝視しなければならない現実が見えなくなってしまう。ぼやけてしまう。背を向けてしまっては見えなくなることがある。そしてそんな、目線を反らして見えなくなるものこそが本当に大事なものなんだ。 SOS団は過ごしやすい我が家のようなものだけど、それが皆の視界を覆う目隠しになってしまうのは堪えられない。 当たり前のことだが、前が見えなければ前には進めない。前を見ようと思ったなら、前を向かなければならない。 前を向くということは、つまり─── 「歯を抜いたり身体に針を刺したり、分かりやすい直接的な痛みを与えるだけがイニシエーションではありません。人が自分自身を変えようとする苦しみは、どんな形であれ全てイニシエーションに通じます。それが社会に適応しかねるという懊悩であってもね」 壁に背をあずけた古泉は相変わらずの様子で、ハルヒに促されて前転する長門の動作を眺望していた。 俺は涼宮ハルヒという人間を誤解していたのかもしれない。と、ふと思った。 もう長い付き合いなのだから、あいつのことはよく知っていると思い込んでいた。それが、どうやらそもそもの間違いだったようだ。 あいつは普通であることを嫌い、平凡な日常に悩むことはあっても、それ以外のことには基本的に関心を抱いていないと思っていた。 ハルヒは、そうだった。この世界が常識を保っていられるのは、あいつが誰よりも常識人だったからに他ならないんだ。 だからハルヒは、常識的であるが故に非常識に憧憬を抱いていたんだ。ただそれだけのことに過ぎなかったのだ。 きっとハルヒは、俺たちの誰よりも現実を見据えていたに違いない。だからずっとあいつは、この惨めな無職人生に悩み、苦しんで、もがき続けていたに違いない。そう。俺たちに見えない場所で。 あんなにもハルヒは駆けずりまわっていたじゃないか。なのに俺はそれが、行動力旺盛なハルヒの日常的な姿だとハナっから思い込んでいて。 こんなにもあいつの近くいたのに。こんなにも長い間あいつの隣にいたのに。こんなにもあいつを理解していると思い込んでいたのに。 「誰でもそうですよ。自ら望み無職であるのではない限り、悩んだり苦しんだり、絶望したり息苦しさを感じたりしているものです。あなたもそうだったのではないですか?」 きっと俺は無意識のうちに、口をへの字に折り曲げていたことだろう。古泉の問いかけが的を得ていたからだ。 確かに俺は、そうだった。無職であることに無力感を感じ、怠惰な自分に嫌気をさしていた。 こんな不景気な今の時代が悪いんだ、政治家が悪いんだ、と大した主張もなく斜めぶったことを考えながらすごしてきた。 たとえるなら、それは23時59分59秒。いくら時が過ぎようと、1秒経とうと1年経とうと、この固化して変色した考え方を変えない限り、俺の中の時計の日付は変わらない。 忘れ物をしていたことに、今やっと気づいたような思いがする。 「理想と現実のギャップに苦しむことができるということは良いことですよ。苦しみに苛まれている最中にはそれを良いと感じる余裕はないでしょうが、しかしその苦しみを踏破できた時、人はさらに熟成された人間へと進化することができるのですから」 古泉の言わんとすることも分かる。たとえるならば、俺たちの持つ類の悩みとは井戸を掘る行為に似ているのだろう。 井戸を掘っている最中は疲れ、汗が噴出し、体力も消耗し、スコップを持つ手が痺れて痛むだろう。しかしそんな痛みに耐えて穴を掘り続けていれば、穴はより深くなり、穴としての体裁を整え、やがては水脈に行き当たるに違いない。 テストで高得点を取ろうと思えば必死に勉強しなけりゃいけないし、金を稼ごうと思えば額に汗して労働しなけりゃならない。 そういうことなんだろう。より立派な人間になるためには、それなりの、哲学を学ばなくてはいけないなどと言うつもりはないが、様々なことを考え、感じ、経験し、自分の中でそれらをまとめあげなければいけないのだろう。 いつだったか、谷口は俺に言った。なんの感慨もなく社会に出たって、大人らしいのが外観だけで中身が伴っていなければ、より大きな苦労を味わうだけだし、後悔に打ちのめされると。 「だから僕らは苦しむのです。悩めば悩むだけ、人が掘り下げる穴は深まります。受け入れが広く、深ければ、それだけ多くのものを内包することができるのですよ」 ハルヒの方を眺める古泉の表情は、とても穏やかだった。 「涼宮さんのイニシエーションは、おそらく終わったのでしょう。彼女は理想と現実のギャップの苦しみから、彼女にしか知りえない悟り的なものを感得し、その上でSOS団を解散するのが最良だと判断するに至ったのでしょう」 俺の方へ向き直った古泉の顔は、いつも通りのうさんくさい笑顔に戻っていた。 「俗な言い方をするならば、涼宮さんも大人になれたということですよ」 重い腰を上げて長門のマンションから出た俺は、肌寒い夜風に身震いしながらズボンのポケットに手をつっこんだ。 俺の一発芸に始まり、回ったり走ったりはしゃいだり、語ったり歌ったり転がったりしていたSOS団解散パーティーが解散パーティーっぽくなくなってきた頃合を見計らい、俺は苦笑しながら食料の買出しに国道沿いのコンビニへと出かけた。 今日は、とても意義深い日になったと、俺はこみあげる感情をおさえきれずに一人でニヤニヤと古泉のようににやけていた。 思い返すだけでおかしくなる。まったく、せっかくのSOS団の解散パーティーだと言うのに。 あれは3,40分前のこと。朝比奈さんが 「SOS団がなくなると、寂しくなりますね」 と涙ぐんでいた時のことだった。 「今度うちがさ、新しい喫茶店をオープンさせることになったんだよね。んで、その店の経営が私に一任されちゃってるんだけどさ。従業員も決まってないんだよ。みんなさえ良ければ、職場を提供するからそこで働かないかい?」 最初は鶴屋さんが何を言っているのか分からなかったが、次第にその意味が分かってきたことで、最高にご機嫌だったハルヒが大声で鶴屋さんに詰め寄っていた。 そんなに力いっぱい肩を揺すっていたら、鶴屋さんの首がとれちまうぞって言ってハルヒを取り押さえたっけ。 「従業員が5,6人いればいいな、とか思ってたけどさ。まだ竣工もしてない店だし、従業員の募集もしてなかったんだ」 「え、いいんですか、鶴屋さん?」 困惑気味の朝比奈さんの顔には 「またノリだけで言ってるんじゃないのかしら」 と書いてあるように見えた。 「もちろんさっ! SOS団の皆なら信頼できる人材ばかりだし、立派に店を盛り上げてくれるだろうって確信してるもんね! 私もみんなが一緒にいてくれたら、めがっさ楽しいお店になるって信じられるし!」 ノリだけで話を進めるのはSOS団の悪い癖だが、良い所でもあると素直に思えた。 新生SOS団の結成と方向性が決まったわね、とまた勢いだけで新団体旗揚げを宣言するハルヒを止める者が誰もいなかったのは、ハルヒを止められないと諦めていたからではない。誰もがハルヒと同じ思いを持っていたからだったからだ。 一瞬のうちにあっさりと就職が決まり面食らっていた俺たちだったが、少し落ち着いて冷静になってみると、今後の身の振り方をみんなで改めて話し合う必要がありそうだと言うことになり、足りなくなったジュースやおかずをとりあえず俺が買いに行くことになったのだ。 いつもならパシリに使われることに抵抗を感じるところだが、今日はそんなものは一切感じない。ただ、自分も皆のために動いてやりたいという積極的な心地よい満足感があるだけだ。 とにかく早く買う物を買って帰って、みんなで新団体の組織構成について話し合いたいと思う。 いい機会だから団体名をSOS団から変えてみたらどうだろう。俺も雑用から格上げしてくれないか。などなど。いろいろと打診してみるつもりだ。 俺がコンビニに行ってる間に全てを決められていないことを願いつつ。 「今日はまた一段と寒いわね」 街頭のほのかな灯りの下で物思いにふけっていた俺は、背後から聞こえた聞き覚えのある声に少し驚いて振り返った。 「何がいいかしら。私は中華まんなら肉まんがいいけど、みくるちゃんは肉まんよりピザまんとかの方が好きかもね。有希は、やっぱりカレーまんが好きかしら?」 白いカーディガンを羽織ったハルヒが、早足で近づいて来て隣に並んだ。 「あんたは何がいいの? 肉まん? ピザまん? まさかあんまんじゃないわよね? 私あんまんが苦手なのよ。だから、あんたが勝手にあんまんを買ってこないかどうか見張りにきたの」 俺の腕の横にある、中華まんみたいにつやの良い頬が少し印象的だった。 「お茶買って行きましょう。ジュースばっかり飲んでたら口の中がべたべたするし胸がつかえるもんね」 いつものことではあるが、今日はよくしゃべるな。そういう衝動にでも突き動かされているのか? 「あら、ペラペラしゃべるよりも、有希みたいに無口な方が良いってこと?」 極端なんだよ、お前の感覚は。その中間がバランスよくていいんじゃないか。 「なんだか、胸がいっぱいになってるのよ。今はね。だから胸の中にあるものを全部出しちゃいたいような気分なの」 ふーん。そんなもんかね。 人通りの少ない宵の街路を、散歩をするように俺とハルヒが並び様に歩いていく。月明かりが、少し暖かく感じられた。 俺、料理免許とろうと思うんだ。ラーメン屋とか、自分の店を持ちたいとか思ってるわけじゃないけどさ。なんか、そんなんもいいかな。なんて思って。 「そう。いいんじゃない?」 暗い夜道はまっすぐに伸びている。乾いた風が前髪をなで上げるように吹いて行く。垂れ下がったカーテンのような街灯の光が、しんしんと降り積もる雪のように胸の中へしみこんでくる。 横目でちらりとハルヒの頬に視線を向ける。ハルヒは何かを考え込むような表情で、さっきまでのハイテンションが嘘のように落ち着いた様子で空を見上げていた。 塀向こうの国道から車のエンジン音が聞こえてくる。遠くの線路から列車の走行音が軽いリズムを伴って響いてくる。そんな当たり前の、違和感ない日常の出来事のひとつとして、隣をハルヒが歩いている。 ハルヒと肩を並べていることに何の感情も芽生えない。今はそれが当然、当たり前のこと、意識しなくても鼻が酸素を吸い込んでいるように至当のこと。今は。 ああ。そうか。と、俺はそこに至ってようやく気づいた。 何に気づいたかって? 野暮なことは訊くもんじゃない。くだらないことさ。 ハルヒ、これやるよ。 俺はポケットから取り出した銀のブレスレットをもったいつけもせず、ぶっきらぼうにハルヒへ投げてよこした。 「なによ、これ? ブレスレット?」 ああ。こないだ買ったんだ。何て言うか、お前への誕生日プレゼント。包装もなしで悪いが、別にいいよな? 「私の誕生日? 私の誕生日はもっと先なんだけど。あんた、古泉くんの誕生日と勘違いしてるんじゃない? それならまだ分かるわよ」 まあ、いいじゃないか。深い意味はないんだ。やるって言ってるんだから、受け取っておけよ。 手に取ったブレスレットをまじまじと観察していたハルヒは、それを無言で目線まで掲げ上げた。月の光を反射する銀の腕輪は、ハルヒの手の上できらきらと高価な宝石のように輝いていた。本当は安物なんだけどな。 「そういえば、こうして思い返してみるとあんたからまともにプレゼントもらったのって、これが始めてだわ」 活発なハルヒにならもっと派手な物が良かったかなとも思ったが、こうしてみるとシンプルで落ち着きのある物の方がこいつには似合うんじゃないかと思えてくる。 「ありがと」 小さな声で、ハルヒはぽつりとつぶやいた。傍若無人な涼宮ハルヒにはあまり似つかわしくないセリフだな。似つかわしくない言葉だったからこそ、普段とのギャップが大きくて。なんだか少し動揺してしまった。 俺とハルヒは夜風の中、言葉も無く歩いていた。これほど心穏やかになっている自分を意識するのは、本当に久しぶりのことだと思った。 マンションからコンビニまでの距離は決して近くないけれど、道中で人とすれ違うことのない静かな時間だった。 やたらとまぶしい光を正面から受けながら自動ドアへ近づくと、それまで横に並んでいたハルヒがごみ箱の前で立ち止まった。 「早くしなさいよ。皆も待ってるんだからね」 お前、入らないのか? 外は寒いぞ。 「私はいいの。いいからほら、行ってきなさいよ」 いいのか? お前が見張ってないと、あんまん買ってくるかもしれないぜ? 「あんたが好きな物買ってくればいいわ。あんまん買いたいんなら買えばいいわよ」 ハルヒはくすんだ自販機にもたれかかると、腕に巻いたブレスレットを見つめながらそう言った。まるで欲しくて欲しくてたまらなかったおもちゃを買ってもらった子供のように、しげしげと。 分かったよ。じゃあ、すぐに買ってくるからそこで待ってろ。肉まんもたくさん買ってきてやるから。 「うん。待ってるわよ」 顔を上げたハルヒは目を細めて微笑みながら、小さく手をふった。 自動ドアが低い電気音をたてて横へスライドする。コンビニ内の暖かい空気がゆるゆると肌をなでる。 あったかい。 そうだ。とそこで思い直し、俺はハルヒの冷えた手をとって引っ張った。 ハルヒは少し驚いたふうに目を開いたが、俺の手に引かれるまま店内に入ってきた。 「どうしたの?」 ハルヒの冷たくなっていた手が、次第にあたたかくなっていく。水銀灯のような明かりを含む大きな目が、俺を見つめていた。 俺だけに買い物を任せるなよ。お前も買いたい物があれば選ぶといい。店の前で待ってるだけなんて、つまらないだろ? 尻込みせずに、何にでも飛び込んでみるもんだぜ。そっちの方が楽しいし、お前らしいじゃないか。 「そうね。そうよね」 店内には誰もいない。俺たち以外の客は皆無だ。店員も陳列棚の向こう側でかがみこみ、商品の点検を行っているみたいだ。 まるでこの場には、俺とハルヒしか存在していないような錯覚さえもする。 「買いたい物があれば、一緒に選んだらいいものね。私たち、これからも一緒なんだし。ずっと、一緒がいいよね」 ハルヒは銀の腕輪を巻いた手首をなでながら、「うん」 とうなずいた。 FM放送の送る音楽が流れる中、踊るような仕草で手元の小ぶりな買い物かごを手に取ったハルヒは、押し付けるようにそれを俺に手渡した。 「んじゃ、さっさと買い物済ませて帰りましょう!」 整然と棚に並べられた化粧品の前を元気よく小走りに通り抜け、大型冷蔵庫の前でハルヒは立ち止まるのももどかしく振り返る。 「絶対に、絶対にずっと一緒なんだからね!」 髪をかきあげるハルヒの動作が、妙に懐かしい風景のように思えた。 そうだよな。それがいいよな。と。 これから先、何が待ち受けているか分からない新しいことへの挑戦だけど。仲間たちと一緒なら不安など何もない。むしろ楽しみなくらいだ。 何があろうと、大丈夫。きっとうまくいく。性根を据えるほどの覚悟はできていないが、何があっても過去を振り向いたりはしないつもりだ、という覚悟は決まってるんだ。 俺はゆっくりとした足取りでハルヒの後を追う。ハルヒも手を振って催促しながら、それを待つ。 焦ることはない。そうさ。今までだって、別に焦ることはなかったんだ。 時間は、まだまだたくさんあるのだから。 ~SOS団の無職 ・ 完~
https://w.atwiki.jp/niko2/pages/253.html
さよならフシギダネ! かことのけつべつ! ◆LXe12sNRSs (非登録タグ) パロロワ ニコニコ動画バトルロワイアル 第百四話⇔第百五話 第百五話⇔第百六話 人間は勝手だ。いつだって自分たちの都合でオレたちを捨てていく。 面倒になった、経済的余裕がなくなった、飽きた、嫌いになった、etc.……。 理由なんて、オレたちには関係ない。 奴らはみんな、オレたちの声なんかには耳も傾けない。 オレは、そんな捨てポケモンたちの嘆きの声をたくさん聞いてきた。 昨日可愛がってくれたご主人が、明日には蹴飛ばしてくる。 いつもはもらえたごはんが、永遠にもらえなくなる。 いくら鳴いても、主人は迎えに来てくれない……。 その苦しみが、奴らにわかるか? ……いや、わかりゃしないさ。 じゃなきゃ、誰だって幸せにやっていける。 奴らが俺たちを裏切らなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。 そう、サトシが……オレを捨てなきゃ。 オレが初めてサトシと出会ったのは、捨てポケモンたちが集められた保護施設だったろうか。 初めは変な奴だと思ったさ。オレを見るや否や、ゲットしたいなんて言ってきたんだから。 ゲットね……言い方を変えようが、それはつまり、捕獲ってことだろ? 捕まえて、家畜にして、戦わせるのも働かせるのも悪さをさせるのもトレーナーの自由。 餌を抜くのも、ストレス発散に虐待するのも、捨てたりするのもトレーナーの自由さ。 モンスターボールなんてものを発明したのは、いったいどこのキチガイなんだろうな。 まったくいい迷惑だ。勝手な人間たちのせいで、どれだけのポケモンが迷惑を被ってることか。 ……でも、あいつは、サトシはちょっと違ったんだよな。 馬鹿でお調子者、猪突猛進で後先考えない、主人にはしたくないタイプの人間だった。 ポケモンバトルだって我武者羅に攻めて攻めての繰り返し、戦略なんて考えやしない。 そのくせ危ないことには首を突っ込みたがる。オレが何回あいつをつるのむちで助けてやったと思ってるんだ。 取り柄といえば……まぁ、自分の手持ちポケモンに対しては優しかったさ。 餌だってちゃんとくれたし、無茶な命令もしてはこなかった。そこだけは評価してやる。 だが、それも今さらな話さ。あいつはオレを捨てたんだ。 こんな、人間やポケモンが入り乱れて殺し合うなんていう、わけのわからない場所に。 それだけでこれまで築いてきた評価は暴落。あいつは最低のトレーナーだ。 そのサトシが、どうやら死んだらしい。 眠気まなこで、オレは確かに聞いたんだ。放送で呼ばれる、サトシの名を。 サトシだけじゃない。あいつの最初のポケモンだったピカチュウまで死亡者として呼ばれていた。 ……そっか。あいつら、死んじまったんだな。 いい気味だ。ああいい気味さ。きっと、オレをこんなところに捨てた罰が当たったんだな。 感傷なんてありゃしないさ。あいつは、とっくのとうに赤の他人なんだから。 オレはオレの道を行く。これからは、野生のポケモンとして生きていくんだ。 もう、サトシのフシギダネじゃない。 ……そうさ、オレは野生のポケモンなんだ。 もう、タケシの作ったポケモンフーズを食べることも、 ロケット団の連中とバトルすることも、 ピカチュウやヒトカゲやゼニガメと遊ぶことも、 サトシの指示通りに動いて、 サトシの指示通りにわざを出して、 サトシのよっしゃーという声を聞いて、 サトシに頭を撫で回されて、 サトシによくやったなと褒めてもらうことも、 もう、ないんだな。 ……ダネ。 ちくしょう、オレはもう、ただのくさポケモンじゃないんだぞ! 最初にあの人間を殺したとき誓ったじゃないか! オレは、あくポケモンになったんだ! サトシのフシギダネはやめたんだ! 憎めよ! オレを捨てたあいつを憎めよ! 馬鹿かオレは!? オレはあいつの命令もなしに、人間やポケモンを殺したんだぞ!? それなのに……なのに。 なのに、どうしてこんなに悲しいんだよッ! ダネ、ダネ、ダネェ~……。 そもそも、なんであいつら死んでんだよ!? あいつはオレをここに捨てたんだろ!? なのに、なんでサトシがここで死ぬんだよ!? オレと一緒に捨てられたのか? 馬鹿、誰にだよ!? ひょっとしたらロケット団の陰謀か? 馬鹿、あいつらにそんなことできるか! じゃあ、いったいなんだってんだよ!? 誰がオレを捨てて、誰がサトシとピカチュウを殺したんだよ!? ……わからねぇよ。オレそんなに頭よくねぇし、ダネしか言えない低知能ポケモンだし。 だから、誰か教えてくれよ。誰が……誰が悪いんだよ……どうすりゃいいんだよ……サトシィ! ダネェ! ダネェ……ダネ、ダネダネダネダネダネェェェ~! ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! わけがわからないけど、なんだか涙が出てくる。なんで……こんな気持ち……。 もうこんなの嫌だ。モンスターボールに戻って寝て忘れちまいたい。 くそっ、オレがこんな状態だってのに、サトシはなにやってんだよ? ああ、死んだんだったな。知ってるよ馬鹿野郎! もういないってことだろ!? オレが殺したあの人間みたいに、青ざめた顔で眠ってやがるんだろ!? んで、もう起きないんだ! そんなの……そんなの嫌だぁ~! サトシ、サトシ、サトシサトシサトシサトシサトシサトシサトシサトシ! ダネ…………ダ、ネェ……………………。 返事をしてくれよ……もう一度オレに指示をくれよ……もっとオレのこと褒めてくれよ……。 サトシ……会いたいよ…………。 ………………それと、ごめんなさい。 ◇ ◇ ◇ 割り切ろう。もう、オレにはそれしか方法がないから。 だけど、今度こそちゃんと覚悟を済ませよう。もう、やり直すことなんかできないのだから。 だから、オレは、ここで正式に『サトシのフシギダネ』をやめる。 人間もポケモンも殺す、あくポケモンよりもっと悪いポケモンに、オレはなる。 だからゴメン。お別れだ、オレ。 でも、サトシやピカチュウのところにはいけないんだ。 オレ、生まれ変わるんだよ。 それじゃ。 ――さよなら。サトシのフシギダネ。 ◇ ◇ ◇ 一頻り泣いた後、民家から出てきたのは、生まれ変わった彼の姿だった。 背中に背負っていた種は、その姿を『蕾』へと変化させ、目つきは銀狼のように鋭くなっていた。 これは、彼にとっての決意の表れなのだろう。主人の分まで、悪に染まってでも人生を生き抜くという。 それまでずっと拒み続けていた進化を、彼は受け入れた。過去との決別を果たすために。 そこには、凶悪な野生ポケモンの姿しか残っていなかった。 【E-3 町・一軒家/一日目 日中】 【フシギダネ(フシギソウ)@ポケットモンスター】 [状態]:静かなる決意 [装備]:バールのようなもの@現実 [道具]:支給品一式、白菜@テニミュ [思考・状況] 1:サトシやピカチュウの分まで生き抜く。どんな手段を使ってでも ※TASが死んだと思ってます ※弾幕を開発中のようです ※本が無くても、コツを掴んだので開発は可能です。 ※進化したため、状態異常(眠気)及び傷が治りました。 sm105:対照k 時系列順 sm108:ヒゲ☆パチ sm105:対照k 投下順 sm107:静かなる古城 sm103:とかちシスターズ フシギダネ sm125:ぼくらの
https://w.atwiki.jp/galgerowa/pages/256.html
瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(前編) ◆guAWf4RW62 薄暗い建物の中、金属の摩擦音だけが幾度と無く鳴り響く。 「――くそっ……、マジで硬いな……」 春原陽平は金物屋にて、特殊合金製のニッパーで手錠を断ち切ろうとしていた。 まだ手錠が切れていない所為で上半身こそ裸だが、腰から下はごく一般的なジーンズを履いている。 ――陽平が涼宮茜と共にこの場所を訪れたのは、一時間程前の話だ。 市街地の中央部を出たとは言え、博物館に向かう道中には様々な建物が点在していた。 そこでまず陽平は手早く排泄を済ませ、続いて衣服を入手した。 そして手錠から解放されるべく、金物屋に立ち寄ったという訳である。 「……春原さん、まだなの?」 苛立ちを隠し切れぬ様子で、茜が問い掛ける。 彼女が憤るのも、至極当然の事だ。 手錠を切断するという作業は必要不可欠であるが、余りにも時間が掛かりすぎている。 宮小路瑞穂との約束がある以上、一刻も早く博物館に向かわなければならないのにだ。 「待ってくれ……もうちょっとだからっ……」 急かされた陽平は、滝のような汗を流しながらも、ニッパーを思い切り握り締める。 するとこれまでの努力の甲斐もあってか、バキンと大きな音を立てて、手錠の鎖が千切れ落ちた。 実に六時間振りの、自由の身。 計らずして、陽平は歓喜の声を上げる。 「やった! あんな頑丈な手錠を壊せるなんて、流石僕! そこに痺れる、憧れるぅ!」 「別に痺れないし憧れません! ほら、瑞穂さん達が待ってるだろうし、早く博物館に行くわよ」 「――わわっ、ちょっと待ってくれよ……!」 茜が早々に出発してしまった為に、陽平は慌てて荷物の整理に取り掛かる。 Tシャツを上半身に纏い、駆け足で茜の後を追う。 何処までも能天気な陽平を、年不相応に大人びた茜が引っ張っていく構図。 鎖が切れた所で二人の関係は変わりそうに無い――かのように思われた。 それから暫くして。 特に敵に出会う事も無く、二人は博物館の前まで辿り着いた。 二人共も大した武器は持っておらず、襲撃されれば一貫の終わりだったのだから、これは間違いなく僥倖と云える。 否――今回に限らず、これまで陽平と茜は一度も殺し合いに乗った人物と出くわしていない。 強いて言えば勘違いからトウカに襲撃された程度だが、あの時だって大きな苦労も必要とせずに凌ぐ事が出来た。 陽平も、茜も、信じ難い程に幸運だったのだ。 そして駄目な時は何をやっても裏目に出るというが、その逆もまた然り。 「あれは――」 何かに気付いた茜が、唐突に首を横へと回す。 陽平がその視線を追うと、その先から二人の少女――宮小路瑞穂とアルルゥが歩いてきていた。 陽平も茜も一目散に、瑞穂達の方へと走り寄った。 「……瑞穂さん!」 「陽平さん……茜さんも――ご無事で何よりです」 合流場所を決めていたとは言え、再び生きて会える保障など何処にも無かった。 故に一行は表情を緩めて、お互いの無事を祝い合う。 だがそんな中、一人だけ警戒心を露としている者が存在した。 その事にいち早く気付いた陽平が、疑問の言葉を発する。 「瑞穂さん、この子は――」 「あ、そうですね。……ほらアルルゥちゃん、ご挨拶して」 「…………」 促されたものの、アルルゥは瑞穂の背中に張り付いたまま離れようとしない。 極度に人見知りするアルルゥからすれば、この反応も仕方の無い事。 何しろ相手の一人は、数時間前に自分を驚かせた男なのだ。 「……困ったわね」 梃子でも動かないといったアルルゥの様子に、瑞穂も困惑気味の顔となってゆく。 だがそこで茜が、堂々とアルルゥの顔を覗きこんだ。 「――9点 10点 10点 10点 10点 9点 10点 10点 9点 10点! 合計97点!」 「あ、茜さん……?」 茜の顔には、今まで見せた事も無いような人懐っこい笑顔が浮かんでいる。 瑞穂が怪訝な表情となるが、構わず茜は軽快に言葉を続けてゆく。 「う~ん、文句無しに可愛い子ねっ! 私は涼宮茜って言うの」 「………」 「ほら、何もしないからそんなに怖がらないで? 貴女の名前は?」 吟味するような視線を送ってくるアルルゥに対し、茜はあくまで優しく語り掛ける。 するとようやく少し警戒を解いたのか、アルルゥは一歩前に身を乗り出した。 「ん…………アルルゥ」 そうなってしまえば、後は簡単だった。 茜は持ち前の明るさ――この殺戮の島では、これまで影を潜めていたが――を存分に活かし、積極的にアルルゥへと話し掛ける。 瑞穂もそれを手助けする形で動いた為、すぐに茜達はアルルゥと打ち解ける事が出来た。 自己紹介や情報交換も滞りなく進んでゆき、四人は各々が辿ってきた道程や目的を話し終えた。 そこで陽平が、確認するように口を開いた。 「まずはこのまま此処で、アセリアって奴と蟹沢きぬって奴が、来るのを待てば良いんだね?」 「――はい、そうです。あれからだいぶ経っていますし、アセリアさんはそろそろ来る頃だと思いますよ」 ……その筈だった。 アセリアが謎の襲撃者と一戦を交えたのは、2時間近くも前の話。 凶器を用いての戦いがそう長引くとは思えないし、もう博物館に到着しても可笑しくない時間だ――生きていれば、だが。 「そっか……それじゃ、僕はちょっとトイレに行ってくるよ。また前みたいな目に合うのは、ゴメンだからさ」 「あ、そうね。私も行こうかな……アルルゥちゃんも一緒に行っとこ。瑞穂さんはどうする?」 茜の言葉を受け、瑞穂は少し考え込んだ。 確かに行ける時に行っておいた方が良いのだろうが、出来れば女性と一緒に行きたくは無い。 普段から女装を強要されているのだから、女便所に行っても誤魔化す事自体は容易なのだが――まあ男として、極力避けたい行為ではあるのだ。 それにわざわざ一緒に行かなくても、近くにある民家やらで用を足せば事足りる。 そう結論付けた瑞穂は、『周囲の地形を把握しておきたい』といった言い分を用いて、その場を離れていった。 残された陽平とその仲間達は、特に瑞穂の行動を気にするといった風も無く、裏口から博物館の中へと侵入してゆく。 まず最初に、陽平達は職員用の事務室へと足を踏み入れた。 事務室の照明は灯されており、自分達が此処に来る以前に、誰かがこの部屋を訪れた事を暗示していた。 となると一応、襲撃される可能性も考慮しなければならない――故に陽平は、鞄の中からとある物を取り出した。 「――――フ、これっ……なら、敵が居ても…………ハア、一発、さっ…………!」 「「……………………」」 茜とアルルゥは心底呆れたといった様子で、目の前の光景を眺め見る。 陽平が取り出したのは、優に長さ2メートルはあろうかという巨大な鉄パイプ――博物館に来る道中、工事現場で入手したもの――だったのだ。 確かにその威力、その頑強さは、下手な刃物など比べ物にならぬだろう。 たっぷりと遠心力を上乗せしての一撃は、まともに当たれば敵を戦闘不能に追い込めるに違いない。 だが一つ、大きな問題がある。 「…………アンタ、もしかしなくても馬鹿?」 「…………陽平お兄ちゃん、無理するの良くない」 「――――フッ、ハ、ハァ……平気……平気……僕の真骨頂は、ここからだぜっ……!」 茜とアルルゥの容赦無い言葉が、次々に陽平の胸に突き刺さる。 巨大鉄パイプの重量は凄まじく、陽平程度の膂力では持ち上げるので精一杯だ。 にも関わらず陽平は必死に鉄パイプを引き摺り、博物館の中を突き進んでゆく。 それは明らかに愚かな行為だったが、陽平としては少しでも強力な武器を携えて、仮初の安心を得たかったのだ。 陽平達は事務室を後にし、代わりと言わんばかりに展示場への扉を開け放つ。 瞬間、鼻をつく異臭が陽平の嗅覚を襲った。 「これは…………血の臭いっ!?」 この臭い、一度嗅いでしまえば忘れられる筈も無い。 新市街地で鳴海孝之を発見した時と同様に、展示場にも濃厚な死臭が満ちていた。 日の光が届かぬ薄暗い環境下では、遠目から部屋中の様子を全て把握しきる事は難しい。 故に陽平達は臭いの発生源を探るべく、慎重な足取りで歩いてゆく。 床は少し水で濡れていたが、歩くのに支障が無い程度には乾燥していた。 そして、陽平達は見てしまった。 赤い水溜りの上で寝そべる、首から上が消失した少女――朝倉音夢の死体を。 音夢の死体は無事な部位など何処にも無く、腹部からは内臓が零れ落ちていた。 「ぐっ……酷いな……」 「うぅっ……」 その光景を目の当たりにして、世界背景上死体を見慣れているアルルゥはともかく、陽平と茜は顔面蒼白となった。 新市街地で死体を見た時は、狂気に取り憑かれた鳴海孝之に意識がいっていたお陰で、多少は気を紛らわせれた。 だが今は違う。 陽平達はどんな映画よりもグロテスクな光景を、その双眸で直視してしまったのだ。 計らずして心の奥底から恐怖が沸き上がり、冷静な思考が奪い去られてゆく。 陽平と茜は唯只肩を震わせて、その場に立ち尽くす事しか出来ない。 その所為だろうか――正面玄関より侵入し、背後から忍び寄る存在にすら、気付けなかったのは。 「――動くな、武器を捨てろ」 「――――ッ!?」 突如後ろからかけられた、凍て付いた重い声。 陽平が巨大鉄パイプを捨て、背後へと振り返ると、そこにはコルトM1917を携えた死神が屹立していた。 男の銀髪はこの死地に於いても美しく輝き、身に纏った黒い服との対比がそれを一層際立たせる。 その男は、この島で一秒でも長く生き延びようと思うのならば、絶対に出会ってはならない存在だった。 「……国崎往人?」 茜が呆然と声を洩らす。 最高ボタンの説明書に、国崎往人の外見的特徴について書いてあったので、目の前の男が誰かは分かる。 かなりの長躯に、鋭い瞳、少し青みの混じった銀髪、そのどれもが説明書の記載と一致する。 だが説明書によれば国崎往人は、無愛想ではあるが心優しい人物の筈。 そんな男が何故、今自分達に銃口を向けているのだろうか。 「何故俺の名前を知っているかは知らないが、まあそんな事はどうでもいい。 死にたくなければ、質問に答えろ」 「アンタ、殺し合いに……」 「――黙れ、お前達に質問する権利なんて与えるつもりは無い」 「う、ううっ……」 陽平は問い掛けようとしたが、言い切るよりも早く銃口を向けられてしまい、恐怖に顔が引き攣ってしまう。 こちらを射抜く絶対零度の視線、双眸の奥底に宿った紅蓮の炎。 こうやって対峙しているだけでも伝わってくる、圧倒的なまでの死の気配。 最早、訊ねるまでも無い。 眼前の男は間違いなく殺し合いを肯定しており、既に何人もの人間を屠ってきた屈強な殺戮者だ。 トウカと出会った時とは違い、説得など何の意味も為さない。 下手な言動、下手な行動を取ってしまえばその瞬間に殺されてしまうと、当然のように理解出来た。 陽平が萎縮したのを確認してから、往人は淡々とした口調で話し始める。 「俺は神尾観鈴という女を捜している。金髪にポニーテルの能天気そうな女だ」 「…………」 「観鈴の行き先に心当たりがあれば、包み隠さずに教えろ。嘘を吐くと自分の命を縮めるだけだと理解しろよ?」 「…………そんな奴、一度も見掛けてないよ」 陽平には、往人が観鈴を見つけてどうするつもりなのかは分からない。 もしかしたら何か恨みがあって、殺してしまおうと考えているのかも知れない。 だが見ず知らずの少女と自分達の命を天秤にかければ、どちらを優先するかなど決まりきっている。 だからこそ陽平は、素直に真実を口にした。 茜も陽平の言葉に対し、首を縦に振るばかり。 観鈴の居場所を知らないこの二人に、利用価値など欠片も無い――そう判断した往人は、何処までも冷徹に告げる。 「そうか――ならもう用は無い。悪いが死んで貰うぞ」 「――――ひ、うああっ……」 陽平の喉の奥底から、まるで自分のものでは無いような掠れた声が絞り出される。 陽平がちらりと視線を動かすと、朝倉音夢の惨死体が目に入った。 ――自分もこうなってしまうのか? そう考えると恐怖が際限無く膨れ上がってゆき、身体の震えがどんどん強まってゆく。 このままでは傍で寝そべる少女と同じように、自分も圧倒的な暴力の前に破壊し尽くされてしまうだろう。 そのような事態、絶対に許容出来ない。 自分にはまだまだやりたい事だってあるし、こんな所で殺されるような罪だって犯してはいない。 そんな陽平の内心を意にも介さず、往人が引き金を絞ろうとした時、事態は一変した。 薄暗い環境下である事に加え、陽平と茜に集中力を傾けていた往人は、もう一人の少女の存在を完全に失念していたのだ。 「……みんなをいじめるの、ダメ!!」 「ガ――――!?」 往人の即頭部を、大きな衝撃が襲った。 アルルゥが往人目掛けて、デイバックを思い切り投げつけたのだ。 往人は銃こそ取り落とさなかったものの、大きく体勢を崩してしまう。 そして、これは茜達に生まれた唯一にして最大の好機。 「――アアアアアアアッ!!」 恐怖を振り切り、甲高い雄叫びを上げて、茜が突撃を敢行する。 往人が苦し紛れに銃弾を一発放ったが、まともに照準をつけていない状態では、いかな強力な火器といえども敵を破壊する事は出来ぬ。 茜は大きな銃声にも足を止めず、武器を取り出す時間も惜しいと言わんばかりに、そのまま往人の腰に組み付いた。 「くっ、この――――」 茜は必死の思いで往人を押し倒そうとするが、予想以上に激しい抵抗を受け、なかなか狙い通りにはいかない。 いくら隙を突いたとは言え、そして茜は水泳部仕込みの優れた身体能力を持ってるとは言え、往人相手では体格が違い過ぎるのだ。 一人では、このまま往人を押し切るのは不可能だ。 ……しかし二人掛かりなら別。 二人掛かりならこのまま往人を押し倒し、制圧しきれるだろう。 だからこそ、茜は仲間に向けて大きく叫び――――絶望した。 「春原さ――――っ…………!?」 有り得ない光景。 視界に映る背中。 茜が頼ろうとした仲間は――春原陽平は、出口に向かって一目散に逃げ出していた。 その事態を認めた瞬間、茜の頭は驚愕と絶望で埋め尽くされてしまう。 そして次の瞬間、腹部に奔る強烈な激痛。 「――仲間はもう少し選んだ方が良いぞ」 「う……あああ…………ぁ……」 往人の頑強な拳が、茜の腹をしっかりと捉えていた。 茜は苦しげな吐息を洩らしながら、大理石の床の上に崩れ落ちる。 茜が晒した隙を的確に突いたその拳撃は、一発で意識を刈り取るに十分なものだった。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「――――ク、フ……ハ……、ハアッ……」 ――死にたくない。 今陽平の思考を占めているのは、たった一つのシンプルなその思いだけだった。 生物の本能に従って生き延びるべく、陽平は一目散に博物館の外へ逃げ出そうとしていた。 裏口の扉を乱暴に押し開けて、脇目も振らずに敷地を出ようと走り続ける。 そして博物館の敷地から脱出を果たした辺りで、前方から一人の人物が駆けてきた。 それは銃声を聞きつけ、大急ぎ戻ってきた瑞穂だった。 「――陽平さん、何があったんですか!? 今の銃声は!?」 「……敵が博物館の中に現れたんだ! 銃だって持ってたし、今すぐ逃げないと危ない!」 銃を持っている――その言葉を聞いた瞬間、瑞穂の顔に強い焦燥の色が浮かんだ。 碌な武器も持っていない自分達では、銃に対抗するなど夢のまた夢。 万が一戦う事になってしまえば、結末は一つしか用意されていないだろう。 そう考えると陽平の言い分は妥当と判断しざるを得ないが、大きな問題がある。 「待ってください! 茜さんとアルルゥちゃんは、今何処に?」 「う…………」 「どうしたんですか!? 黙っていたら分かりません!」 「まだ、あそこに……」 言い淀んでいた陽平だったが、瑞穂の気勢に押され、ようやく博物館の方角を指差した。 瑞穂は大きく息を飲んだ後、何かを堪えるような重苦しい声で、確認するように言った。 「……つまりこういう事ですか? 陽平さんは、茜さんとアルルゥちゃんを見捨てて逃げてきたと、そういう事ですか?」 「く――――だって仕方ないじゃないか! アイツ体もでけえし、すげえ恐ろしい目をしてた……逃げなきゃ殺されちまうよ!」 「…………」 瑞穂の返答を待たずに、陽平は早口で捲くし立てる。 「だから瑞穂さんも僕と一緒に逃げようよ! 今から助けに行ったって絶対間に合わないしさ! あいつらには悪いけど、自分の身には代えられねえよ! 知り合ったばかりの奴の為に、命なんて懸けられる訳がないからな! ほら、早く逃げよ――」 「……り……なさい……」 「――え?」 臆面も無く逃亡を主張してくる陽平だったが、瑞穂はそれを途中で遮った。 続けて心の奥底から、全力で叫んだ。 「――黙りなさいっ! 知り合ったばかりだろうと関係ない! アルルゥちゃんも、茜さんも、私の大切な仲間です! 貴女は自分の安全しか考える事が出来ないのですかっ! 仲間を思い遣る事も出来ないのですかっ!」 「瑞穂……さん……?」 陽平の驚愕をよそに、瑞穂は凄まじい剣幕で続ける。 「分かっているの!? 今の貴方は最低です! 女の子を見捨てて逃げ出すなんて、それでも男ですかっ……。 恥を…………恥を知りなさいっ!!」 「ちょ、ちょっと瑞穂さ――」 止める暇も無い。 瑞穂は己の内心を吐き出すと、もう陽平には目もくれずに博物館の中へと飛び込んでいった。 陽平はどうするか一瞬迷ったが、本能のままに博物館から離れるように走り始めた。 確かに瑞穂の言い分には一理あるし、この島に連れてこられる前なら共感出来ただろう。 勢いで口にした事とはいえ、瑞穂を守ると宣言した事だってある。 陽平にも仲間を守りたいという気持ちは当然あるのだ。 しかし、である。 「何が恥を知りなさい、だよ……死んじまったら、そこで終わりじゃないか!」 結局、先程味わった恐怖には打ち勝てなかった。 今博物館の中に戻ったら、またあの恐ろしい男と対峙しなければならない。 そして次はもう、逃げ切る事など適わぬだろう。 今仲間を助けに行けば、間違いなく自分は殺され、無惨な死体の仲間入りを果たしてしまうのだ。 そう考えると、自ら死地に身を投じるなど、絶対に有り得ない選択肢となっていた。 「うぅ――――クソ……、なんでこんな事に…………どうして僕が殺し合いなんか……! もう嫌だ、助けてくれ岡崎っ……!!」 顔を涙で汚しながら、親友の姿を求め、陽平は独り走り続ける。 瑞穂に対して抱いていた恋心も、仲間に対する思い遣りもかなぐり捨て。 不甲斐ない自分と理不尽な状況への怒りと、死に対する絶対的な恐怖を胸に秘めて。 ◇ ◇ ◇ ◇ 場所は移り変わり、博物館の展示場。 国崎往人は、倒れ伏す茜に対しコルトM1917の銃口を向けた。 また一人、この島から邪魔者を消し去る為に。 観鈴を守り抜く為に。 だがそんな往人を妨げる少女が、この場に一人存在している。 アルルゥは往人の前に立ち塞がり、真っ直ぐな視線を送った。 「……だめ! 茜お姉ちゃんが死ぬのやだ」 「――――ッ!? お、お前は……」 往人の心に動揺が走る。 先程まではじっくりと観察する余裕が無かったが、こうやって正面から対峙すると、目の前の少女は余りにも似過ぎていた。 自分が最初に殺した少女、エルルゥに。 となると、まさかこの少女はエルルゥの―― 往人が結論に思い至るとほぼ同時、アルルゥが口を開いた。 「アルルゥのお姉ちゃん、死んだ。カルラお姉ちゃんも…………死んだ。これ以上……誰かがいなくなるの、やだ」 言葉を紡ぐアルルゥの声は、悲痛な響きを伴っていた。 聞いているだけで胸が張り裂けそうになるような、そんな声。 まだ年端もいかぬ少女のものとは思えぬ程、悲しい声。 それを耳にした往人は、自身の心が凄まじいまでの痛みに襲われるのを感じた。 自分は、この少女から姉を奪い取ったのだ。 一生掛けても癒し切れぬであろう、何処までも深い傷を、少女の心に刻み込んでしまったのだ。 アルルゥだけでは無い。 これまで殺してきた佐祐理にも、エスペリアにも、大切な人間は居ただろう。 自分は多くの人間から、掛け替えの無い存在を奪い取ってしまったのだ。 「お兄ちゃんは……どうして人を殺そうとする? 皆も――お兄ちゃんも悲しくなるだけなのに、どうして?」 どうして――決まっている、観鈴を守る為だ。 自分はその為に修羅になると、心に決めた。 今更道を変えるつもりなど毛頭無い。 相手が誰であろうとも関係無い。 観鈴が生き延びる為には、生き残りが一人にならなければならいのだから、無害な人間であろうとも殺す。 それが自分の決意。 自分には言い訳する事も、謝罪する事も、決して許されない。 「――おやめなさいっ!」 「……瑞穂お姉ちゃんっ!」 そこで、瑞穂が現れた。 その手には、小さな投げナイフがしっかりと握り締められている。 新たなる来訪者の登場を受けた往人は、一瞬だけ驚いたが、すぐに気を取り直した。 敵が一人増えた所で、自分の圧倒的優位は揺るぎようが無いのだ。 コルトM1917の銃口をすっと動かし、瑞穂に照準を合わせる。 「……誰だか知らないが、死にに来たのか? そんなナイフ一本で現れるなんて、正気の沙汰とは思えないな」 「正気でないのは貴方の方です! そんな子供を殺そうとするなんて、何を考えているんですか!」 「子供かどうかなんて関係無い。俺はどんな手を使ってでも、大切な人間――観鈴を絶対に守りたいと思う。だから観鈴以外は全員殺す、それだけだ」 心は痛むし、涙だって流したが、自分の選んだ道に迷いは無い。 だからこその言葉だったが、瑞穂は全力でそれを否定する。 「大切な人を守る為に戦う、ですか……。けれど貴方はその観鈴という方にまで、大罪を背負わせようとしているのですよ!」 「大罪――だと?」 往人の顔に、僅かな動揺の色が浮かび上がった。 瑞穂の澄んだ瞳と言葉が、往人の心を射抜いてゆく。 「この島に連れてこられた60人以上の命を引き換えに生き延びる――これを罪と云わずして、何と云うのですか? 貴方はそれだけの重荷を、観鈴さんに背負わせる気ですか?」 「み……すずに……俺は……」 これまで幾度と無く説教なら受けてきた。 人殺しなどもう止めろと、諦めずに皆で力を合わせようと、言われ続けてきた。 そして自分はそれらを全て振り切って、修羅として戦い続けてきた。 だが、観鈴に罪を背負わせているなどといった事には、考えが及ばなかった。 そうだ――自分が目的を果たした場合、観鈴は60人以上の命を犠牲にして生き延びる。 自分だけではなく観鈴もまた、どうしようもないくらい大きな罪を犯してしまう事になるのだ。 「私は観鈴という方がどんな人か知りません……。ですがそんな方法で命を救われても、その先に幸福などあるとは思えません」 「く…………うう……」 たとえ本人の意志で無かったとしても、多くの人間を死なせてしまった咎は、観鈴の心を締め上げ続けるだろう。 償う事すら許されない。 死んでしまった人間は決して蘇らない。 失われてしまった命は決して取り戻せない。 この殺戮の島から只一人生き延びた所で、観鈴の将来に輝きなど在りはしないだろう。 それでも――それでも自分は、観鈴に生きていて欲しいから。 「う……あああああああァァァァアアッあああ!」 往人は全てを振り切るように叫んだ後、引き金を引こうとして―― 「やだあああああっ!!」 刹那のタイミングで、アルルゥが瑞穂の前に飛び出した。 093 恋獄少女 投下順に読む 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 103 星の館 時系列順に読む 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 073 陽のあたる場所(後編) 国崎往人 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 090 無垢なる刃 アセリア 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 090 無垢なる刃 宮小路瑞穂 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 090 無垢なる刃 アルルゥ 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 082 Crazy innocence 春原陽平 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編) 082 Crazy innocence 涼宮茜 094 瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
https://w.atwiki.jp/nishiparo/pages/76.html
19 日本海の孤島から京都に戻ってきて、玖渚を城咲のマンションに送ったその帰り道。 疲れているとはいえ、もう夜も遅いとはいえ、京都に住んでいる人間が、市内でバスやタクシーを使うのは恥だと思ったが。 「…………」 妙な意地などは張らずに、大人しく使っときゃよかった。 暗く人気のない道。 自動販売機の明かりに照らされている。 「よう――俺の敵」 曲がり角を曲がったその先に――狐面の男がいた。 「何を……してんですか?」 この人は出どころを心得ている。ここぞというところを――外さない。 でも今回に限っては、いくら狐面の男でも、運命や物語に、虚を突かれたんじゃなかろうか。 しゃがみ込んで釣銭口に、指を突っ込んでるその姿。 「『何をしてんですか』ふん。そりゃお前、見たまんまのことだぜ」 見たくはなかった。 ってか、あんた一応ラスボス格なんだから、私生活もちゃんとしてくれよ。あんまり情けないと、正義の味方のぼくまで情けない。 「それじゃ、何でそんなことしてんのか、まぁその事情を聞いておきましょうか」 「いいだろう」 ゆらりと立ち上がる。 釣銭を探っていた男とは思えないくらい、その態度は当然のように偉そうだった。 この人、雰囲気だけなら、満点に近いんだけどなぁ。 「寒さもかなり和らいできて、夜風が気持ちのいい最高の夜だ。ちょいとドライブにでも洒落込もうと、俺はクルマを走らせた」 「ええ、それで?」 「一時間ほどかな。そこでガスがないのに気づいて、俺はあっちこっちとスタンドを探し始めた」 狐面の男は《幽波紋じゃねぇぞ》、といらない台詞を吐いたが、勿論ぼくは、断固として聴こえないふりをする。 「ええ、それで?」 無視して先を促した。 「だが結局、ガスが切れる前にスタンドは見つからず、俺は仕方なく鴨川の辺りにクルマを捨てて、てめえの足で探して彼此二時間……」 そろそろいい歳なのに、この人、案外に体力あるんだなぁ。 「ええ、それで?」 「しかし、それでも一向に見つからねぇ」 きっと狐面の男とスタンドの縁が、絶対的に切れてたんだろう。 ぼくは適当にそう思った。 「仕方ねぇから、タクシーを拾って帰ろうとしたんだが、懐をいくら探っても財布がねぇ、ついでに携帯までないときてやがる」 「ええ、それで?」 入れる合いの手が、かなり、どうでもよくなってきたのは、決して気のせいだけじゃない。 「さすがに小銭程度はあったんで、なら公衆電話だと探したが、最近はスタンド以上に、電話ボックスを探すのは至難の業だ」 「ええ、それで?」 いい加減ここまで付き合えば、《帰ってもいいだろう》、そんな風に心のどこかで囁く、もう一人のぼくの声がはっきりと聴こえた。 「まずは腹ごしらえだと、目に付いたコンビニに立ち寄ったんだが」 「いや、小銭しかないんですよね?」 「うん? ああ、その点についちゃ問題ねぇよ。俺だって馬鹿じゃねぇんだ。手持ちは二百四十円。肉まん食っても釣りがくらぁ」 「はぁ……」 そんなに威張らないでほしい。 大人の所持金が二百四十円って、狐さん、かなり恥ずかしいことなんですよ。 「そいで揚々とコンビニに入ったんだが、やはり、というより、こんなのはいまさらだが、運命や物語はまざまざと存在する」 「ええ、それで?」 ぼくもおなかが減ってきた。 中年の戯言を早々に切り上げて、とっとと塔アパートに帰りたい。 「すっかり、否、うっかり忘れていたが、今日はサンデーの発売日だったんだな」 「……ええ……それで?」 いま気づいた。 狐さんが小脇に抱えている本、あれは一体全体何だろうか? そしてサンデーの値段は確か、二百四十円じゃなかったっけ? 「買っても買わなくても――」 ぼくの視線に気づいたのか、小脇にしていた本を、すっと狐さんは差し出してくる。 「それは同じこと」 表紙は美少女じゃない名探偵だった。 「あんた、本当に何にも考えてないだろ?」 全然まったく同じじゃない。 せめて十円でも残ってればまだしも、手持ちの心許ない全財産、それを綺麗に使い切ってどうする。 「……大体の事情はわかりました。とりあえず、木の実さんと連絡取りますから、そういう真似は、だからもうやめてください」 やるせない。 こんな人と一生付き合っていくのかと思うと、自分という人間が、ひどくいたたまれず、そして可哀想になってきた。 「木の実を呼ぶのか?」 「他に引き取り手がいないでしょ?」 血の繋がった身内ではあっても、哀川さんは、絶対に引き取ってくれそうもないし。 故意に恋して濃いになる。 恐るべきステータス異常から、まるで回復する兆しもない彼女、一里塚木の実さんに、ここは迎えに来てもらうしかあるまい。 「だけどよ俺の敵。若作りだがこれで俺だって、もう結構なおっさんだぜ?」 「ええ、それで?」 言いつつメモリーから、木の実さんの名前を探す。 ぼくは機械には滅法弱いので、グループわけとかはまったくしてない。 順番もランダム。 元々がそんなに数はないが、探すのはそこそこ面倒である。 「そのおっさんがお前、帰れないから迎えに来てくれってのは、ふん、中々に恥ずかしいものがあるな」 「気づいてもらえまし――」 やっと木の実さんの名前を見つけ、ボタンを押そうとしたそのとき、ぼくの視界の端を、何かが物凄いスピードで動いた。 ぼくが来たのとは反対側の曲がり角。 曲がろうとしたんだろうが、ぼくらを見つけてか、慌てて身体を引っ込めたみたいである。 「…………」 「どうした?」 「……何だか怪しい人影が……」 「俺はここにいたが?」 「いや、狐さんじゃなくて」 自分が怪しいって自覚はあるんだな。 「そこにいるんだろ? 出て来いよ――人間失格」 「ほう? いるのか?」 それでもしばらくそいつは、じっと息を潜めていたが、狐さんはともかくとして、ぼくにはそんなこと無駄だと観念したらしい。 代理品。 奴が《陰身の濡衣》に匹敵するだけの、気配を絶つ技術を持っていても、そんなのはそれこそ同じことだ。 「よう――欠陥製品。今夜は可笑しな奴とツルんでんじゃねぇか」 いつものことだけどさ。 そう、余計なことを言ってから、零崎はとてとてと歩いて、悪びれもせずに、ぼくと狐さんの前にその姿を現す。 毎度お馴染みの殺人鬼。 「…………」 こいつもしかして、京都に定住してるんだろうか? とてもエンカウント率が高い。 別れるときはいつも決まり文句のように《二度と会うことはない》、互いに言ってはいるが、週に一度は約束なしで会っている。 しかしまあ、京都の治安も、どうりで年々悪くなるわけだ。 これでもかと奇人変人大集合である。 最近は少し、いや、かなりお疲れ気味の女刑事さん。 年中消耗戦を繰り広げている沙咲さんに、この二人を紹介したなら、いくばくかは、失った元気を取り戻してもらえるだろうか? 「お前いまさらりと、ひでぇこと考えたろ?」 零崎がジト目になってる。 「まさか。超楽しいとか、マジ楽しいとかは、まだ何とかついていけたけど、鬼楽しいは無理だなって思っただけさ」 ぼくは零崎から視線を逸らして、誤魔化すみたいに狐さんを見た。 「くっくっくっく……」 思わせぶりに笑っていた。 「…………」 でも多分意味なんてない。 この人はそういう人だ。いつだって何も考えちゃいない。そのくせ引っ掻き回すのは、ぼく以上に巧いときているから厄介だ。 本当に。 嫌になるくらい。 「こうして因縁浅からぬ三人が、雁首を揃えたのも何かの縁…………よし、これからどっか呑みにでも行くか?」 「すいませんが狐さん、ちょっと黙っててください」 何がよしだ。 そもそもあんた文無しだろうが。 「ああ、それじゃさ――」 「何だ人間失格。お前また律儀にキャラを守って、ここでおなかが減ったとか、まさか言い出すつもりなのか?」 「何だ欠陥製品。お前目が怖いぞ。そうじゃなくて……いや、まぁそうなんだけど……」 よくわからないことを言いながら、零崎は自分が来た曲がり角の奥を見る。 「縁が合ったのは三人じゃねぇんだ。 さっきぶらぶらと、吉野家かすき家か考えて歩ってたら、偶然にも運命の再会しちゃってさ」 「あ」 親の不始末は娘の不始末。 こちらも出どころを外さない。 その人はゆっくりと、その圧倒的な存在感と、絶対的な赤色を現した。――滅茶苦茶嫌そうな顔で。 「よう――いーたん。零崎くんと台詞がカブって何だけど、あたしも言っとくわ、今夜は可笑しな奴とツルんでんじゃねぇか」 そう言いながら哀川さんは、ぼくではなく狐さんを見ていた。 だがその視線には、まるで気づいないかのように、狐さんはにやりと、愉しげに笑いながらぼくを見る。 お面を被ってはいても、何故か確信を持って、それがはっきりとわかった。 「財布が来たな。これで金の心配をする必要はねぇ」 「ああ? 何言ってんだクソ親父」 凄む哀川潤。 ぼくには関係ないのにすげぇ怖い。 「さてどこに行くか? 俺の行きつけの店は、ここからだとちょいと遠いしなぁ」 「てめぇ聞けよっ!!」 顔まで赤くしている娘の怒声もどこ吹く風で、父親の思考はすでに、どうするかと呑みに行く店のセレクトに入ってる。 人類最強を子供扱い。――いや、まぁ子供なんだけどさ。 しかし、 狐面の男。 哀川潤。 零崎人識。 お面を被った着流しの中年に、美人だけど目つきの悪いど派手な赤色のお姉さん、それに顔面刺青の通り魔少年。 うん。 濃いメンバーが集まった。一般人がぼくしかいない。 店員の引きつった顔が目に浮かぶ。 「いーたん、その肩書きはお前、とっくのとうで無理があるだろ? 諦めてもう認めめちまえよ。お前は胸を張っていい立派な変態だ」 心を読まれたらしい。 哀川さんが愉しげに声をかけてくる。 それは本人に言ったら間違いなく怒るだろうから、一生の内緒だけど、父親が持っている雰囲気にとてもよく似ていた。 「全然似てねぇよ」 強烈な重力を感じる声音。 心を読まれたらしい。 墓まで持っていこうとした秘密が、僅か一秒足らずで見破られてしまった。 とはいえ哀川さんに対すれば、ぼく如き小ざかしい《戯言遣い》の決意などは、まぁ大体こんなもんだろう。 「なぁ、まだ店決まんねぇのかなぁ?」 声に振り向くと零崎が、座り込んでおなかを撫でてる。 殺人鬼は行く気満々みたいだ。 そういやこいつは、金、いくら持ってるんだろうか? とは言っても今日のところは、哀川さんの奢りになるんだろうけど、さ。 「潤、知ってる店はこの辺にないのか?」 「何であたしがオキニの店を、お前に教えなきゃいけねんだよっ!!」 親子喧嘩が終わる気配がない。 どころか段々とヒートアップしているみたいである。まだまだ零崎が食欲を満たすまで時間が掛かりそうだ 「堅いこと言うなよ。お前に酒を教えてやったのは俺だぞ」 「…………」 あれ? 二人が袂を分かったとき、潤さんって何歳くらいだったけかな? 何にしても昔から狐さん、ろくな父親ではなかったみたいである。これこそわかりきっていまさらだけど。 「…………」 それにしても、狐さんの台詞じゃないが、吹いてくる夜風が堪らなく気持ちがいい。 反転文字の玖渚仕様の時計を見ると、日付がちょうど変わるところだった。 しっかし自販機の前でこんなにダベるって、まるで春休みで浮かれてる高校生みたいである。……こんなのも……たまには悪くない。 「傑作だな」 「戯言だろ」 零崎は笑い、ぼくも微かに笑った。 20 何故だかぼくは、学校に咲いている桜は、奇妙なほど綺麗に感じたりする。 風に舞い散るその儚さが、生意気に咲き誇る可愛い生徒達と、どこかオーバーラップするからかもしれない。 窓の外を眺めながら、ぼんやりと、ぼくは何とはなしに、曖昧々にそう思った。 アグレッシブな孤島の招待を受けた四日後。 望みもしない無断欠勤をした為に、タイトルに偽りありの、随分とお久しぶりな澄百合学園。 「…………」 時計を見ると、授業開始のチャイムが鳴ってから、すでに五分以上が経過している。 しかしまだ早い。 教師がそんな時間ぴったり(すでに五分経過してるが)に教室に来ては、生徒達から無言のひんしゅくを買うこと請け合いだ。 円満に授業を行いたいのなら、もう後五分は、最低遅れていくべきだろう。 「…………」 だがまぁ正直に本心を言ってしまえば、ぼくがこうして一人でお花見しているのは、そういった生徒達への理解だけでは決してない。 朝、自分の部屋のソファで目を覚ましたときから。 人のベッドを占領して寝てる親子を見たときから。 勝手に冷蔵庫を物色してる殺人鬼を見たときから。 ずっと思っていた。 「……だりぃ~~~~……」 どうも軽く五月病みたいである。――いつもと言えばいつもではあるんだけれど。 それはそれとして。 部屋でいまだに惰眠を貪っているのか、それともとっとと出ていったかは知らないが、自由人のあの人たちがちょっと羨ましい。 「…………」 今日は絶好のお花見日和。 すでに無断で四日も休んだのなら、五日休んだところで『それは同じこと』じゃないかと、ぼくはかなりダメ駄目なことを考えていた。 七々見奈波から借りている分厚い本もある。 舞い散る桜を愛でながら、日がな一日読書するのも悪くない。 「…………」 ああ、でもその前に、これからここに来る彼女には、ちゃんと言っておかないとな。 「その様子ですと、今日も自習ですか?」 窓枠に気だるそうに寄りかかっていたぼくは、冷たいとすら感じるほどの、清水のように凛とした声の彼女へと振り向く。 「やあ子荻ちゃん」 見なくとも誰が来たかは足音でわかっていた。 彼女のクラスの授業のときには、ぼくは毎回毎回ぐだぐだと遅れて、そのたびにわざわざ、こうして律儀に呼びに来てくれる。 いつ頃からだろうか? 覚えてない。 これはもう自然な因果の流れで、子荻ちゃんとぼくとの間で恒例になった、言ってみれば儀式のようなものだ。 「桜がね……」 「桜?」 「あんまりにも綺麗だったから、今日は自習にしようかと思ってさ」 「はぁ?」 きょとんとした顔をする子荻ちゃん。 可愛い……じゃなくて、その気持ちはわかる。 花が咲いてるから自習って、どっかの国の大王じゃねぇんだから。それじゃあの三人よりも、ある意味、自由と言って過言ではな――。 「……いや、過言か」 哀川さんはともかくとして、風が吹き雨が降ったら即、狐さんはその日一日を、丸々お休みにしそうだもんな。 零崎なんて毎日が日曜日だし。 「…………」 まぁ、ああなりたいとは、間違っても思わないけど、ね。 「そうだ。お昼くらいなら奢るし、よかったら子荻ちゃんも一緒にどう? お花見」 あんな《人間失格》の生活してたらとてもじゃないけど、女子高生とそうそう、知り合う機会なんてないだろうからな。 「…………」 勿論戯言ですよ? 「お花見? いまから先生とですか? ふうん」 少しだけ思案するように、子荻ちゃんは窓の外を、満開に咲き誇る桜を仰ぎ見る。 授業のことも忘れて、思案している。 その何気ないちょっとした仕草でさえ。 「…………」 絵になる娘だった。 「子荻ちゃんは」 「はい?」 「何を美しいと思う?」 「桜ですね」 「桜……か。だったらきみは、桜に似てる」 「……くすっ」 春日井春日さんを模倣して、《戯言遣い》は巧いことを言おうとしたが、どうも失敗したみたいである。 ネタ元がいくらなんでもベタ過ぎた。 完璧にモロバレみたいで、子荻ちゃんは可笑しそうに、まるで年頃の女子高生みたいに、小さくだけど愉しそうに笑ってる。 「いま笑ったね?」 「すいません。つい……」 「とんでもない。きみの笑顔は素……そろそろ辞めようか、これ?」 「そうですね」 また子荻ちゃんはぼくを見ながら、本当に、心の底から、おかしそうに屈託なく笑った。 しかし、思っていた以上に難しいんだな、これ。 密かにわずかにだが、ぼくは春日井さんを、見直したり見直さなかったり。でも――やっぱり見直さなかったり見直したり。 と。 「およ? お二人揃ってこんなところで何してるですか? もう授業始まってますですですよ?」 振り返る。 最近このパターンで人に会うこと多いなぁ、などと思いながら、見なくともやはり、誰が来たのかはわかっていたが振り返る。 邪魔しやがって、気の利かない弟子だ、そう思いながら振り返る。 「姫ちゃんこそどう――うおっ!?」 「ふうん? どうしたですか? そんなびっくりした顔して。可笑しな師匠ですねぇ?」 不思議顔の姫ちゃん。 制服の上からエプロンをして、不思議顔の姫ちゃん。 手にはチェーンソーを持って、不思議顔の姫ちゃん。 「…………」 教育現場の崩壊はここまできてたのか? 護身用のナイフでブスりなんて目じゃないぜっ!! これなら玉藻ちゃんのナイフは全然オッケイだな。むしろ可愛くすらある。 「でもチェーンソーはまだ待ってくれ。そりゃ時代が百年ばかり加速し過ぎてる」 「師匠、さっきから一体何を言ってるですか?」 「姫ちゃん。さっきから一体何を持ってるの? そして何か嫌なことでもあんの? 子荻ちゃんで良かったら相談に乗るけど?」 「……先生が相談に乗るんじゃないんですか?」 「任せた」 ぼくには無理です。 授業中にチェーンソーを持って徘徊する少女の悩みなんて、持ってこられたって何も答えようがないではないか。 きっと少女じゃなければ、学園の生徒じゃなければ、相談に乗ってやることは不可能な、とてつもなくデリケートな悩みなんだろう。 多分。 「別に姫ちゃん、嫌なことなんてないですよ? 師匠から出された宿題を、うっかりやってないことくらいです」 「…………」 てめぇ。それ今日が提出日じゃねぇかよ。 「それはそれとして、紫木、どうしてそんなものを持って、こんな時間に徘徊してるんです? まだまだ明るいですよ?」 言い方からして子荻ちゃん。 玉藻ちゃんは完全に諦めてるみたいだった。 学園の夜を徘徊するナイフ少女にノコギリ少女、そして間隙を縫うように暗躍するデブ――まるでここは百鬼夜行である。 戯言だけどね。 「ああ、これを言ってたですか? これは鶏を捌こうとして持ってるだけですよ」 「鶏?」 「調理実習です。美味しい唐揚げが出来る予定なので、師匠にもあまったら、そっちの予定は未定ですが、食べさせてあげるですよ」 「……ありがとう。涙が出るほど嬉しいよ、我が弟子よ」 ってか、鶏を捌くとこから調理を開始するとは、この学園らしいちゃらしいが、いつもいつも、変なとこばっかりに気合が入ってる。 自分の食べるものは自分で殺す。 それをこうして教えるのは、おそらく良いことなんだろうけど。 生きていれば誰しもが罪を背負ってる。 などと大層な意見があるわけでもないのに、哲学ちっくなことを考えていたら。 「紫木、飼育小屋ならあっちです。この先は職員棟しかありませんよ」 子荻ちゃんがやれやれ、とでも言いたそうに首を振って、姫ちゃんの後ろを、全然まったくお話にならないほどの逆方向を指差した。 「あれ? そうだったですか?」 姫ちゃんが似合いもしないあの陰鬱な表情で言う。 「何となくこっちの方だったら、ギタギタのバラバラのちゅうぶらりんに、……何となく出来そうな気が……したですが…………」 「…………」 鶏肉の調理についてだ。きっとそうだ。決まってる。それ以外に何がある。何もありはしない。――学園長はいま部屋に居るだろうか。 ひどく気になる。 「姫ちゃんって料理は、得意だったりするの?」 だがそれは訊いてはいけない気がした。何故だかはわからないがそんな気がした。 「ええ、かなり得意ですよ。味っ子と呼ばれていた時代もあるほどです。どんな料理でも他人より美味しく作れます」 「すげぇ時代があるんだな」 本当だったら天才料理人の立場がない。 「あなたとはそこそこ、付き合いが長いですが、そんなの訊いたことありません。まぁ口では何とでも言えますからね」 「……何ですか萩原さん。もしかして、YOUがきよし、とでも言いたいですか?」 「わたしは萩原子荻」 「西川じゃなく横山」 間髪入れずダブル突っ込み。 即興の連携で何の打ち合わせもなく、《戯言遣い》と《策師》のチームプレイ。 恐らく歴史上これが初めて。 いや、だからどうしたと言われれば、別段どうもしないが、咄嗟にしてはこれが驚くほどに、二人の呼吸ははばっちりだった。 最近は周りにボケ役ばかりで、突っ込みがぼくしかいなかったから、思ってた以上に何だかかなり嬉しい。 小さな幸せってこういうことかなぁ。 「…………」 それじゃもうちょっと、それを大きくしてみよう。 「姫ちゃんの唐揚げが出来るのを持って、玉藻ちゃんたちも誘ってさ、みんなでお花見に行くとしようか。だからいっぱい作ってね」 「承知しましたっ!!」 あどけない少女の笑顔。皮肉で笑うのでもなく無垢で笑うのでもなく傑作で笑うのでもない。 それはただ純粋な笑顔。 「…………」 あまりに姫ちゃんの笑顔は眩しすぎて、ぼくは桜を見ようとするふりをしながら、不自然にならないよう注意して眼を逸らす。 「…………」 一瞬だけだがもう一人の少女、子荻ちゃんをぼくは視界に捉えた。 「今週で桜も終わりでしょうか?」 「どうだろうね……」 いまさらながらに思う。この学園はどこもかしこも眩しい。眩しすぎる光に満ちていた。 戯言抜き。 「こんなのも悪くない」 奇跡のような心からの言葉だった。 21 探し物は何ですか? 見つけにくいものですか? 鞄の中も机の中も―――。 「探したけれど見つからないの?」 「ですですぅ。隅の隅から隅から隅まで、それはもうずずいっと、姫ちゃん探しましたですけど」 「ふむ」 そこまで言い切るほど探しても、ちっとも見つからないとなると、これはやはり、どこかに落としたと考えるべきなんだろう。 「気づいたのはいつなの?」 「小一時間前です」 「朝はあったんだよねぇ?」 「間違いありません。姫ちゃんの一日は遊馬さんに、おはようございますって、きちんと挨拶することから始まるです」 「となると、学園内のどこかに、ま、あるんだろうけど――」 しかしこの澄百合学園は、写真一枚を探すには、あまりにもあまりに広すぎる。 足を使って地道に探すのは、いくらなんでも馬鹿馬鹿しい。 「とりあえず姫ちゃん、誰かが拾ってるかもしれないし、ここは保健室にでも行こうか」 正直あんまり気がすすまないけど。 徒労となるのがわかってるのに『必死にぼくは探しました』、そんな言い訳じみた自己満足をする為だけに疲れたくはない。 「ふうん? 師匠、何故ここで保健室に行くですか?」 不思議そうな顔をする姫ちゃん。 そりゃそうだろう。 ぼくも最初に聞いたときは、多分、似たような顔をしていたはずだ。 「前に知り合いに聞いたことがあるんだ。そいつは保健室の主なんだけど、学校内で情報が集まるのは、職員室と保健室なんだってさ」 「へー、そうなんですか?」 「さー、どうなんだろう?」 なんせぼくも、自分の体験として語ってるわけじゃないから、その辺りはいまいち返答が曖昧模糊である。 ……いつも通りと言えばいつも通りだが。 「でも師匠」 「うん?」 席を立っていざ保健室へ、と歩き出したぼくの後ろを、姫ちゃんが子犬みたいに、ちょこちょことちょこちょことついてくる。 その姿はチワワなんぞよりも、遥かに愛らしい癒し系キャラだ。 「そのお知り合いの方の学校はともかく」 「うん」 「この澄百合学園の保健室に、情報なんてものが、はたして集まりますかね?」 「……うん」 そういやそうだ。 考えてみれば情報が集まる集まらない云々よりも、あそこには第一から人が寄り付かない。 たとえ熱で頭がくらくらしてようが、みんな倒れる寸前、そのぎりぎりまで、絶対に保健室には行こうとしないもんな。 啜り泣きで出迎えられれば、それもまぁ、致し方がないけれどね。 治るものも治らなくなりそうだし。 それに絵本さんはブラック・ジャック先生もびっくりの名医だけれど、お世話にならずに済むのなら、それはそれに越したことはない。 甘えるな、というやつだ。 「っても無闇に歩き回るのもなんだしなぁ」 そもそも迷子になりかねない。 子荻ちゃんを案内役にでもしない限り、それはちょっとばかり危険だろう。 「…………」 本当にどんな広さだよ。 「それじゃ保健室には、行くだけ行ってみますですか?」 「そうだね。後のことは後で考えよう」 いざとなったら《困ったときのお子荻ちゃん》に颯爽とご登場願うしかあるまい。――頼りにしてるよ。 「あ? 待てよ。そういやもっと適役がいるじゃないか」 こんなときこそ名探偵の出番だ。 携帯のメモリーから理澄ちゃんの名前を探す。隣りに《大泥棒》の名前があるのが、我ながらなかなかイカす配置だなと思った。 「もしもし」 「うん? お兄さん?」 「あれ? 出夢くん?」 「何か用かい?」 「うん。ちょっとね」 「ま、用がなくちゃ電話しちゃ駄目なの、なんてツンデレされても困るから、別になくてもいいけどさ。ぎゃはははははははははっ!!」 「…………」 相変わらず飛ばしてるなぁ。 「理澄ちゃんはいるかな……って、そりゃいるに決まってるか」 「なんだよなんだよ。つれねぇなぁお兄さん。僕よりも理澄の方がいいのかよ。そりゃあんまりにも酷いよおにーさん」 「だいじょうぶ。ぼくは出夢くんも理澄ちゃんも、二人ともちゃんと平等に愛してるさ」 「…………」 「今日は理澄ちゃんに仕事を頼もうと……出夢くん? 聞いてる?」 「ああ、聞いてるよ」 声のトーンがさっきよりも何だか落ちてる。 怒らせちゃったかな? 電話っていうのは相手との空気が掴みづらいのも、あんまり好きじゃない理由の一つだ。 ここは用件をとっとと言って、さっさと切ってしまった方がいいだろう。 「探し物なんだけど、いまは平気かな?」 「ん~~? あ~~っと、あ、ごめん、駄目みてえよ。立派立派、根性だきゃこいつら、ちゃんと一人前にあるみてぇ」 「いま何してるわけ、出夢くん?」 「あん? お兄さんに早蕨って教えたっけ? 匂宮の分家なんだけどさ、そこんとこの兄妹を、ちょいとばかしシメてんとこ」 「ほどほどにね」 「ああ、一応殺さないように、手は抜いてやってんぜ。どうだいお兄さん、僕って呆れるほど優しい奴だろ? ぎゃははははははっ!!」 「……そうだね」 でもそんな大きな声で話しちゃ駄目だ出夢くん。 それじゃシメられてる早蕨の兄妹にも、しっかり聴こえてしまって、あんましその優しさには、意味なんてないんじゃないかな? 「おらっ!! 何度も言わさすなよっ!! お前らじゃ六十億人ほど人数が足りねぇっ!!」 意味なんてない。 「どっちにしてもすぐには、いま学校だろ? 行けねぇ場所だから、ごめんよ、おにーさんの期待に応えらんなくてさ」 「いいって、それじゃ仕方ない」 「ちなみに探し物ってなによ?」 「写真なんだけどね。なんか朝見たのを最後に、どっかいっちゃったらしくてさ」 「あれ? 失くしたのって、お兄さんじゃねぇの?」 「姫ちゃんのなんだ」 「あいつ腕は恐ろしいほど立つけど、そういうとこヌケてそうだもんな。ま、突き抜けて馬鹿だから、何も不思議なことはねぇけど」 「まあね」 ちらりと姫ちゃんを見る。 思わぬ長電話にただ待っているのも飽きたのか、指をくいっついっと振って遊んでいた。 悪いけど頭が良くは見えない。 「…………」 だが気持ちの良い娘だということは、それだけで十分以上に良くわかった。 「お兄さんは紫木の鞄の中とかは見たん?」 「いや」 「じゃあ見てみん。見つけよう見つけようって必死になってる本人より、何となく探してる第三者の方が、結構見つけたりするもんだぜ」 「ふむ」 姫ちゃんが肩に提げてるポシェット。 なるほど。 出夢くんの意見には一理ある。 確かにぼくは自分の目で、写真がそこに無いことを、ちゃんと確認したわけではない。 「あのさ姫ちゃん、そのポシェットの中身、ぼくが見てもいいかな?」 「ふうん? 別にいいですけど」 顔と肩で携帯を挟んで押さえながら、ぼくは受け取ったポシェットを、慎重に丹念にがさごそする。 「師匠のその姿、何か凄~~く怪しいですぅ」 心ない弟子の意見は無視。 リールに巻き付いてる状態の、ピアノ線やらなんやらの各種の糸。それに、おはじき、お手玉、剣玉と、遊び道具が充実していた。 「…………」 見事にバッテンだらけの答案用紙を発見。 女子高生の私物を漁っているのに、ちっとも胸がときめきゃしない。 そして。 「ありがとう、出夢くん」 「感謝の気持ちは形で頼む」 「今度会ったらちゅーしてあげるよ」 「…………」 「ごめん、調子に乗った。理澄ちゃんも含めて何か奢る」 「期待してるぜ。そんじゃまた」 「またね」 電話を切って姫ちゃんを見る。 この娘はもう少しでいいから、罠を見破るとか、そういうとき以外でも、注意力を発揮してほしい。 「はい、これでしょ。姫ちゃんの探し物は」 「えっ? あれ? えっ? ありましたですか? おっかしですねぇ? 姫ちゃんちゃんと見たですのにぃ」 「ま、保健室に行かないで済んでよかったよ」 「よかったですぅ」 嘘偽りのない笑顔で姫ちゃんは、両手で大事そうに受け取りながら、にこにことにこにこと、写真のように屈託なく微笑んでる。 必死さがそれだけでわかろうというものだった。 「…………」 市井遊馬。 ぼくのような代理品ではない。紫木一姫の本当のただ一人の師匠。 ん~~。 ちょっとだけ、妬けたりするかな。 「師匠ぅ」 「うん?」 「一緒に写真撮りませんか?」 変わらぬ笑顔を浮かべたまま、姫ちゃんがぼくを見る。 やっぱりその純粋過ぎる笑顔は、どことなく、雰囲気が玖渚と似ていたりした。ぼくの胸の奥にある深い部分が、くすぐられる。 「いいよ」 もしかしたら市井遊馬も、こんな気持ちだったのかもしれない。 「ハイ、チーズ」 「姫ちゃん、それって掛け声が、随分と古臭くない?」 何かしてあげたくなる。守ってあげたくなる。笑顔でいてほしくなる。――とにかく放っておけない娘だった。 『さよなら戯言先生』07へ 戻る
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4620.html
前回のあらすじ 鶴屋さんのおうちは非常に大きな旧家です。一生働かなくてもいいくらいお金持ちです。旧家ですが、鶴屋さん本人は大変に前衛的な方です。 もっともっと遊んでいたかったようですが、とうとう働かなくてはいけない時期になってしまいました。これが幸せなのか不幸せなのかは分かりかねますが。 新築の喫茶店をひとつ任されることになった鶴屋さんでしたが、それがとても面倒だったので公園へ逃げ出してしまいました。 その後、長門のマンションに連れて行かれたSOS団はハルヒによってショッキングな告白を受けてしまいます。 SOS団は解散するようです ~~~~~ ハルヒは高校時代、酒で苦い経験をして以来ノンアルコール主義を貫き通している。だから今日のように盛大なパーティーが開かれていても、テーブルの上にアルコールの類は一切構えられていない。まあそれは別にいいんだが。 盛大なパーティーといっても、どこか大きな会館を借り切って大人数ではやし立てたり、豪華絢爛に着飾った集団がマスカレードをつけて優雅に微笑んでいるわけではない。 場所は長門のマンションの居間。服装もいつも通りのラフな私服。パーティーなんて大げさな言い方じゃなくて、仲間うちのささやかな会合と言った方が適切なものだ。 しかし料理は鶴屋さんが用意してくれた豪華食材を使ってSOS団三人娘が腕によりをかけて作られた世界にひとつだけのメニューだ。どんなセレブなパーティーでもこんな食事を口にすることはできまい。 たとえここが富士の樹海の最深部であったとしても、こんな世界にひとつだけの満漢全席が豪勢に盛り付けられていれば、そこは超豪華グルメパーティー会場と化してしまうに違いない。 まあ、今回はグルメパーティーじゃなくてSOS団解散記念パーティーなわけだが。 テーブルが布巾で拭かれ、人の心をあやしくくすぐる芳香を放つ料理が次々と並べられていく。待ちくたびれたぜ。この晩飯を腹いっぱい食うために、俺は朝と昼の飯を抜いてベストコンディションを設定してきたんだ。 こみあげる唾液を飲み込みながらジューシーに揚がった狐色のから揚げに見とれていると、コップを並べていたハルヒに 「ボーっと突っ立ってちゃ邪魔でしょ!」 と怒られてしまった。 ひとりだけ熊のようにウロウロしているのも悪いので何か手伝おうかと逡巡するも、狭い室内をSOS団メンバー (俺以外) 全員が慌しく動き回っているんだ。手を貸せることは何もない。 することもないのに同じ室内にいるとハルヒから 「団長が働いてるってのに、雑用がサボるな!」 と突き上げをくらってしまいそうだったから、俺は身を縮めてこそこそと廊下へ避難した。 とりあえず宴の準備が終わるまで身を隠していよう。皆が忙しそうに動いてる横で暇そうにしてるのも気が引けるからな。 こそこそとトイレに隠れて家に電話すると、妹が受話器に出たようだ。今夜の晩ご飯は食べてくるからいらないと言う旨を両親に伝えてくれと伝言を頼むと、妙に不機嫌そうな声で妹が受話器越しにぼやいた。 『またSOS団のみんなで一緒にいるの?』 え? ああ、そうだが。それがどうかしたのか? 『キョンくん、いつもSOS団と一緒にいるじゃない。夜くらい家に帰ってきてもいいんじゃない? キョンくんはハルにゃんたちのおもちゃじゃないんだよ』 ここ数日妹がSOS団の話をする時、わずかな変化だが、不機嫌になっているような節がある。しばらく遊んでやっていないんですねてるんだろうか? まさかな。もうあいつだって立派な大人なんだ。 辺りを照らす電灯の明かりが、少し傾いだように思えた。 子供だろうが大人だろうが妹は妹であり、何歳になろうとも俺の大切な肉親に違いはない。しかしだからこそ距離をおくことだってある。俺の都合で距離を作ることだってある。たとえ家族同士であろうとも人と人との間に一定の距離は必要だと思うからな。 その距離を読み間違えた人がKYと言われたり、ストーカーなんて馬鹿げた事をしたりするのさ。距離を図るということは相手を認めるということだ。 人は他人の存在を認識しているからこそ、相手のテリトリーを侵さないよう留意していられる。もしもそのテリトリーと己のテリトリーが重なり合ってしまったら、人はそれを不快と感じ自己領域から相手を追い出そうとするだろう。 他人から煙たがれる人は、たいていこの近すぎず遠すぎずの距離が測れていないんだ。 遠慮して距離をとりすぎる人は相手に背を向けてその存在に心を許していないと受け取られがちだし、逆に近すぎると馴れ馴れしく、相手の領地を征服しようしている暗喩だと受け取られかねない。 身内同士ということで、俺と妹のテリトリーは互いに同種のものであり、特に警戒を強めることもなく開かれているけれど。それでも、何故か最近は無性に妹との距離感が気になるのだ。 「俺のことを心配してくれているのは分かるんだが、俺のことは放っておいてくれていいぞ。夜が遅くなって迷子になるような年でもないしな」 『ダメだよ。キョンくんは帰ってこないと。家族なんだから』 たまに妹と話が合わなくなるんだが、俺なりにその原因をいろいろと考えてみた。何が誘因で、俺と妹との論上にすれ違いが生じてしまったのか。 妹は言う。キョンくんのためだから、私が○○してあげるから、キョンくんは△△するべきだ、と。 朝俺をたたき起こしに来ることも、朝ごはんを作ってくれることもありがたいことに違いはないのだが、なんて言うか、こう言うと悪いが……俺にはそれがおしつけがましく感じられるのだ。 朝は私が起こしてあげる。ごはんは私が作ってあげる。キョンくんが暇そうだから遊んであげる。夜は寂しいだろうから、私がむかえてに行ってあげる。私が。なんでもしてあげる。 私が、私が、私が、私が私が私が私が─── ───だから、私が必要でしょう? だから? 俺は、妹にこう言わざるをえない。 「なあ。もうそろそろお前も、兄離れした方がいいんじゃないか?」 『えっ……』 電話の向こう側の妹の吐息が受話器越しに伝わってくる。まるで俺に何かを言い返そうとして、口外する直前にそれを思いとどまった。そんな感じの躊躇が電子音を通じて感じられた。 世話を焼きたがる人によくある傾向だ。怠惰な性質の人に世話を焼き (たとえそれが押し付けであろうとも)、自分がその人にとって必要な人間であろうと主張する。 認められたい。自分を見てもらいたい。私という個人を認知し、肯定してもらいたい。顕在したい。存在したい。でも、それを為すための具体的な方法が分からない。 そういう人は、自分で自分自身にひどく曖昧で、そこから価値が見出せないから、まるで自分の姿を鏡に映し出すように、他人に自己という姿を知らせ、それが有益なものであると思い込ませようとする。 有益ということは価値があるということだし、価値があるということは形を持ちえるということ。形を持つということは、曖昧に濁っている自分像をはっきりと目視確認できるということにつながる。 そういう人は一様に、相手のためだと言いつつも、その実、自分のことしか考えていないことが多い。俺は、大好きな自分の妹にそんな有言無実な人間になってもらいたくない。 『……でも、私がいなきゃ……キョンくんは』 だから俺は妹に言わなければならない。俺は妹の声を途中で遮り、明瞭な意思で言葉を発する。 「俺は大丈夫だ。自分のことは自分でできる」 俺にも悪い点はある。だらだらと怠惰な生活を送っていたことが、結局妹に悪影響を及ぼしてしまったと言えなくもないんだ。 負い目を持つ者、自尊心の低い者。そういう人が複数人集まり互いに自分の自己顕示欲をなすりつけ合う。そうして互いに、自分が相手にとって必要な人間であると認識し合う。共依存というやつだ。 きっとあいつは、日常の何かから逃げていたんだと思う。何に背を向けていたのかは知らないが、何かの苦難から目をそらしていた。しかしそんな自分が嫌だった。そんな自己嫌悪から逃げ出そうとしていた。その逃げ場が、畢竟俺だったのだ。 妹は俺に依存していた。俺に必要な人間であると認めてもらおうとして、世話を焼いていた。俺がもっとちゃんとしていればそんなこともなかったろうに、そのせいで妹に逃げ場を与えてしまった。 怠惰な兄の世話を焼くことに自分の存在意義を見出したあいつは、嫌なことから目を反らして生きる術を見出した。楽な道に進み、困難に向かい合って自分で自分の姿 (価値というべきか?) を目視確認しようとする努力を怠ったのだ。 はっきりしない俺の態度が、あいつの人間的成長を間接的に圧迫していた。だから、それに気づいたから、俺は妹にはっきりと明言したのだ。 もう、俺にお前の世話は必要ない。だからお前は辛い現実に身体からぶつかっていき、自分を誇って生きてくれと。 俺は通話を切られた携帯電話を閉じ、重い頭を抱えてトイレから出た。 そこで怒ったハルヒにつかまった。 「団長や他のみんなが一生懸命準備してるのに、料理もしてないあんたが何でトイレにこもってサボってるのよ!」 あぁ、いや、サボってたわけじゃないんだぜ。今夜は晩御飯いらないと家に連絡してただけなんだ。あと、妹に人生の先達として生きるという意味を哲学的な部分までにおわせつつ講義したりだな…… 「抹香臭い言い訳なんて聞きたくないわ! だいたい携帯で家に連絡なんて10秒もあれば十分でしょ。トイレにずっと立てこもっていた理由にはならないわ」 ……確かに、それはそうだな。ごもっとも。 「罰として、今夜のパーティーの司会進行役はあんたに担当してもらうわ! 意義は認めないわよ!」 マジかよ。勘弁してくれよ。そんなのはお前か古泉の役回りだろう。俺にやらせたってつまらないパーティーになるだけだぜ。 「いいのよ。SOS団内の雑用は全部あんたの専売特許でしょ。ごちゃごちゃ言わずにやるの!」 へいへい。ったく、しょうがないな。SOS団での最後の大役をまっとうさせていただきますよ。 えー、本日は大変お日柄もよく…… 「何つまんない前置き言ってるのよ。さっさと本題に入りなさい」 ええい、人に司会進行をやらせておいて。文句つけるんじゃない。 「挨拶はどうでもいいから。乾杯が済んだら一発芸をやりなさい、一発芸。思いっきりうける芸じゃなきゃ許さないわよ」 無茶苦茶言うなよ。俺にそんな才能はない。笑える芸を見たけりゃ、古泉に落語でもさせりゃいいだろ。 「はっはっは。僕もそちらの方面には詳しくないもので、ご期待に沿いかねると思いますよ。寡聞にして、申し訳ないです」 とにかくだ。俺に一発芸は無理だ。なんならハルヒが手本を見せてくれりゃいい。 「ダメよ。私は採点専門なんだから。司会やるのはあんたの役。役割分担は大事なのよ。分かってる?」 分かってる?と訊かれてもな。不条理を感じてやまないんだが。役割分担も大事だが、適材適所で司会に向いた人を配してくれよ。 「ぶつぶつ言ってる暇があれば、バック宙返りでもやりなさい」 お前は俺に何を期待してるんだ。100%成功するはずのない体術をやらせてどうしようというのか。たすけてピコ魔神……。 俺が反論したところでハルヒが聞くはずもないか。それでもやれ、いいからやれ、とやたらバック宙を推奨するハルヒに根負けして、バック宙の代わりに床の上で後転してやった。後方回転なんて小学校の授業のマット以来だぜ。 そんな程度の低いバック宙があるか!とやたらご立腹の団長殿だったが、しかたないだろう。これが俺のフルパワーなんだから。 「僕らは皆、あなたがバック宙をしようとして怖気づき許しを乞うか、それとも後頭部を床にしたたかに打ち付けるかを想像していたのですが。思ってもみなかったあなたの後方回転という切り替えしにはしてやられた思いですよ」 いつも通りの慇懃な笑顔で、褒めているのか小馬鹿にしているのか分からないセリフを口にして方を竦める古泉。しかしやはり馬鹿にされているんじゃないかと感じてしまうのは、きっと長年積み重ねてきた経験からの条件反射だろうな。 「馬鹿になんてしていませんよ。あまりにもいつも通りの、SOS団らしい展開だったのでとても微笑ましく、ハートウォーミングを感じていただけです」 ハルヒと鶴屋さんが朝比奈さんに前転を強要している現場を傍観しながら、俺と古泉はテーブルの後方席でぽつぽつと語り合っていた。別に意味があって古泉と並んで座っているわけじゃない。たまたまだ。 確かに、こうしていると何の変化も感じない。いつも通りのSOS団だ。俺がため息をつきながら、古泉が傍らで肩をすくめながら、長門が無表情に座り、ハルヒと鶴屋さんが朝比奈さんにかまう。 今日がSOS団の解散の日だなんて、面と向かって言われてもそれが本当だとはにわかに信じられない。まさに、いつも通りローテーション。気をぬけば明日も明後日も、毎日がリンクするように、変わらずSOS団は継続していくのでは、と思える。 「それにしても。あのハルヒがねえ。SOS団を解散するなんて言い始めるとは。未だに信じられないぜ」 朝比奈さんがハルヒと鶴屋さんに前倒しに転がされているのを眺めながら、古泉は小さく息を吐き出すように笑った。 「以前、僕が文化人類学の通過儀礼の話をしたことを覚えていますか?」 通過儀礼? ええと確か、バンジージャンプとか、抜歯とか、そういう痛い話だったっけ? 「そうです。人間が成長していく過程で、次の段階の期間に新しい意味を付する儀式のことです。涼宮さんはこのイニシエーションを経験したからこそ、SOS団を解散する気になったのでしょうね」 ハルヒが、そんな痛い儀式を? いつのことだ? バンジーだか刺青だか知らないが、ハルヒがそんなことをしたと聞いたことはないし、それにその程度でハルヒがSOS団を解散するとは思えないんだが。 クエッションマークが浮かぶ俺の頭を知ってか知らずか、膝をつきながら古泉は湯飲みを傾けた。 「通過儀礼は、なにも苦しみや痛みを伴わなければいけないというものではありませんよ。むしろ、苦痛を伴ったとしても、自分が人生の次の段階へ進まなければならないという意識を持っていなければ、無意味とも言えます」 そういや以前、成人式に行ったからと言って大人の仲間入りを果たしたと実感するわけじゃない、という話をお前から聞いたことがあったな。 「まあ痛みこそなかったようですが、ここしばらく涼宮さんはずいぶん苦しんでいましたよ。お忘れですか? 数日前の、世界中の時間軸が数年前まで巻き戻された事を。あれも涼宮さんの苦悩が引き起こしたイニシエーションの一環だったようです」 ……わけが分からなくなってきたぜ。またそうやって俺をからかって遊んでるんだろ? 「いえいえ。そういうつもりではないのですが。通過儀礼にたとえたのは話を進める上での便宜ですよ」 湯飲みを机上に戻し、古泉は膝を曲げたまま話し始めた。 涼宮さんはずっと悩んでいたんです。 私たちはこのままでいいのか? いつまでも無職のままでいいというわけはないけれど、だからと言ってどうすれば良いか分からない。 なんとかしなければならない。就職もしなければならない。しかしそれも思うようにいかず、ままならない。 社会に出ようとする意欲は十分あるのに、そこでは自分の価値感が通じない。世間と自分の間に温度差がある。いや、本当は温度差など気にならないほど小さな差でしかないけれど、私にはその小さな差が耐えられない。 社会に出れば思い通りにいかないことも多々あるだろうとは覚悟していたけれど、理性がそれをストレスとして認識してしまう。そして、それを耐え忍ぶよりも。それでも私にはSOS団がある。 就職先に納得がいかなくても、社会に得心がいかなくても、SOS団に行けばみんながいるんだし。無理して働きに出る必要もないわ。 でもこの年になってフラフラしてるのも嫌だし、ニートとか無職とか言われるのも癪だし。それに、SOS団にいつまでもこだわり続けるわけにもいかないし。皆も早く一人前に自立しないといけないし。 逃げていてはいけない。逃げているだけでは凝視しなければならない現実が見えなくなってしまう。ぼやけてしまう。背を向けてしまっては見えなくなることがある。そしてそんな、目線を反らして見えなくなるものこそが本当に大事なものなんだ。 SOS団は過ごしやすい我が家のようなものだけど、それが皆の視界を覆う目隠しになってしまうのは堪えられない。 当たり前のことだが、前が見えなければ前には進めない。前を見ようと思ったなら、前を向かなければならない。 前を向くということは、つまり─── 「歯を抜いたり身体に針を刺したり、分かりやすい直接的な痛みを与えるだけがイニシエーションではありません。人が自分自身を変えようとする苦しみは、どんな形であれ全てイニシエーションに通じます。それが社会に適応しかねるという懊悩であってもね」 壁に背をあずけた古泉は相変わらずの様子で、ハルヒに促されて前転する長門の動作を眺望していた。 俺は涼宮ハルヒという人間を誤解していたのかもしれない。と、ふと思った。 もう長い付き合いなのだから、あいつのことはよく知っていると思い込んでいた。それが、どうやらそもそもの間違いだったようだ。 あいつは普通であることを嫌い、平凡な日常に悩むことはあっても、それ以外のことには基本的に関心を抱いていないと思っていた。 ハルヒは、そうだった。この世界が常識を保っていられるのは、あいつが誰よりも常識人だったからに他ならないんだ。 だからハルヒは、常識的であるが故に非常識に憧憬を抱いていたんだ。ただそれだけのことに過ぎなかったのだ。 きっとハルヒは、俺たちの誰よりも現実を見据えていたに違いない。だからずっとあいつは、この惨めな無職人生に悩み、苦しんで、もがき続けていたに違いない。そう。俺たちに見えない場所で。 あんなにもハルヒは駆けずりまわっていたじゃないか。なのに俺はそれが、行動力旺盛なハルヒの日常的な姿だとハナっから思い込んでいて。 こんなにもあいつの近くいたのに。こんなにも長い間あいつの隣にいたのに。こんなにもあいつを理解していると思い込んでいたのに。 「誰でもそうですよ。自ら望み無職であるのではない限り、悩んだり苦しんだり、絶望したり息苦しさを感じたりしているものです。あなたもそうだったのではないですか?」 きっと俺は無意識のうちに、口をへの字に折り曲げていたことだろう。古泉の問いかけが的を得ていたからだ。 確かに俺は、そうだった。無職であることに無力感を感じ、怠惰な自分に嫌気をさしていた。 こんな不景気な今の時代が悪いんだ、政治家が悪いんだ、と大した主張もなく斜めぶったことを考えながらすごしてきた。 たとえるなら、それは23時59分59秒。いくら時が過ぎようと、1秒経とうと1年経とうと、この固化して変色した考え方を変えない限り、俺の中の時計の日付は変わらない。 忘れ物をしていたことに、今やっと気づいたような思いがする。 「理想と現実のギャップに苦しむことができるということは良いことですよ。苦しみに苛まれている最中にはそれを良いと感じる余裕はないでしょうが、しかしその苦しみを踏破できた時、人はさらに熟成された人間へと進化することができるのですから」 古泉の言わんとすることも分かる。たとえるならば、俺たちの持つ類の悩みとは井戸を掘る行為に似ているのだろう。 井戸を掘っている最中は疲れ、汗が噴出し、体力も消耗し、スコップを持つ手が痺れて痛むだろう。しかしそんな痛みに耐えて穴を掘り続けていれば、穴はより深くなり、穴としての体裁を整え、やがては水脈に行き当たるに違いない。 テストで高得点を取ろうと思えば必死に勉強しなけりゃいけないし、金を稼ごうと思えば額に汗して労働しなけりゃならない。 そういうことなんだろう。より立派な人間になるためには、それなりの、哲学を学ばなくてはいけないなどと言うつもりはないが、様々なことを考え、感じ、経験し、自分の中でそれらをまとめあげなければいけないのだろう。 いつだったか、谷口は俺に言った。なんの感慨もなく社会に出たって、大人らしいのが外観だけで中身が伴っていなければ、より大きな苦労を味わうだけだし、後悔に打ちのめされると。 「だから僕らは苦しむのです。悩めば悩むだけ、人が掘り下げる穴は深まります。受け入れが広く、深ければ、それだけ多くのものを内包することができるのですよ」 ハルヒの方を眺める古泉の表情は、とても穏やかだった。 「涼宮さんのイニシエーションは、おそらく終わったのでしょう。彼女は理想と現実のギャップの苦しみから、彼女にしか知りえない悟り的なものを感得し、その上でSOS団を解散するのが最良だと判断するに至ったのでしょう」 俺の方へ向き直った古泉の顔は、いつも通りのうさんくさい笑顔に戻っていた。 「俗な言い方をするならば、涼宮さんも大人になれたということですよ」 重い腰を上げて長門のマンションから出た俺は、肌寒い夜風に身震いしながらズボンのポケットに手をつっこんだ。 俺の一発芸に始まり、回ったり走ったりはしゃいだり、語ったり歌ったり転がったりしていたSOS団解散パーティーが解散パーティーっぽくなくなってきた頃合を見計らい、俺は苦笑しながら食料の買出しに国道沿いのコンビニへと出かけた。 今日は、とても意義深い日になったと、俺はこみあげる感情をおさえきれずに一人でニヤニヤと古泉のようににやけていた。 思い返すだけでおかしくなる。まったく、せっかくのSOS団の解散パーティーだと言うのに。 あれは3,40分前のこと。朝比奈さんが 「SOS団がなくなると、寂しくなりますね」 と涙ぐんでいた時のことだった。 「今度うちがさ、新しい喫茶店をオープンさせることになったんだよね。んで、その店の経営が私に一任されちゃってるんだけどさ。従業員も決まってないんだよ。みんなさえ良ければ、職場を提供するからそこで働かないかい?」 最初は鶴屋さんが何を言っているのか分からなかったが、次第にその意味が分かってきたことで、最高にご機嫌だったハルヒが大声で鶴屋さんに詰め寄っていた。 そんなに力いっぱい肩を揺すっていたら、鶴屋さんの首がとれちまうぞって言ってハルヒを取り押さえたっけ。 「従業員が5,6人いればいいな、とか思ってたけどさ。まだ竣工もしてない店だし、従業員の募集もしてなかったんだ」 「え、いいんですか、鶴屋さん?」 困惑気味の朝比奈さんの顔には 「またノリだけで言ってるんじゃないのかしら」 と書いてあるように見えた。 「もちろんさっ! SOS団の皆なら信頼できる人材ばかりだし、立派に店を盛り上げてくれるだろうって確信してるもんね! 私もみんなが一緒にいてくれたら、めがっさ楽しいお店になるって信じられるし!」 ノリだけで話を進めるのはSOS団の悪い癖だが、良い所でもあると素直に思えた。 新生SOS団の結成と方向性が決まったわね、とまた勢いだけで新団体旗揚げを宣言するハルヒを止める者が誰もいなかったのは、ハルヒを止められないと諦めていたからではない。誰もがハルヒと同じ思いを持っていたからだったからだ。 一瞬のうちにあっさりと就職が決まり面食らっていた俺たちだったが、少し落ち着いて冷静になってみると、今後の身の振り方をみんなで改めて話し合う必要がありそうだと言うことになり、足りなくなったジュースやおかずをとりあえず俺が買いに行くことになったのだ。 いつもならパシリに使われることに抵抗を感じるところだが、今日はそんなものは一切感じない。ただ、自分も皆のために動いてやりたいという積極的な心地よい満足感があるだけだ。 とにかく早く買う物を買って帰って、みんなで新団体の組織構成について話し合いたいと思う。 いい機会だから団体名をSOS団から変えてみたらどうだろう。俺も雑用から格上げしてくれないか。などなど。いろいろと打診してみるつもりだ。 俺がコンビニに行ってる間に全てを決められていないことを願いつつ。 「今日はまた一段と寒いわね」 街頭のほのかな灯りの下で物思いにふけっていた俺は、背後から聞こえた聞き覚えのある声に少し驚いて振り返った。 「何がいいかしら。私は中華まんなら肉まんがいいけど、みくるちゃんは肉まんよりピザまんとかの方が好きかもね。有希は、やっぱりカレーまんが好きかしら?」 白いカーディガンを羽織ったハルヒが、早足で近づいて来て隣に並んだ。 「あんたは何がいいの? 肉まん? ピザまん? まさかあんまんじゃないわよね? 私あんまんが苦手なのよ。だから、あんたが勝手にあんまんを買ってこないかどうか見張りにきたの」 俺の腕の横にある、中華まんみたいにつやの良い頬が少し印象的だった。 「お茶買って行きましょう。ジュースばっかり飲んでたら口の中がべたべたするし胸がつかえるもんね」 いつものことではあるが、今日はよくしゃべるな。そういう衝動にでも突き動かされているのか? 「あら、ペラペラしゃべるよりも、有希みたいに無口な方が良いってこと?」 極端なんだよ、お前の感覚は。その中間がバランスよくていいんじゃないか。 「なんだか、胸がいっぱいになってるのよ。今はね。だから胸の中にあるものを全部出しちゃいたいような気分なの」 ふーん。そんなもんかね。 人通りの少ない宵の街路を、散歩をするように俺とハルヒが並び様に歩いていく。月明かりが、少し暖かく感じられた。 俺、料理免許とろうと思うんだ。ラーメン屋とか、自分の店を持ちたいとか思ってるわけじゃないけどさ。なんか、そんなんもいいかな。なんて思って。 「そう。いいんじゃない?」 暗い夜道はまっすぐに伸びている。乾いた風が前髪をなで上げるように吹いて行く。垂れ下がったカーテンのような街灯の光が、しんしんと降り積もる雪のように胸の中へしみこんでくる。 横目でちらりとハルヒの頬に視線を向ける。ハルヒは何かを考え込むような表情で、さっきまでのハイテンションが嘘のように落ち着いた様子で空を見上げていた。 塀向こうの国道から車のエンジン音が聞こえてくる。遠くの線路から列車の走行音が軽いリズムを伴って響いてくる。そんな当たり前の、違和感ない日常の出来事のひとつとして、隣をハルヒが歩いている。 ハルヒと肩を並べていることに何の感情も芽生えない。今はそれが当然、当たり前のこと、意識しなくても鼻が酸素を吸い込んでいるように至当のこと。今は。 ああ。そうか。と、俺はそこに至ってようやく気づいた。 何に気づいたかって? 野暮なことは訊くもんじゃない。くだらないことさ。 ハルヒ、これやるよ。 俺はポケットから取り出した銀のブレスレットをもったいつけもせず、ぶっきらぼうにハルヒへ投げてよこした。 「なによ、これ? ブレスレット?」 ああ。こないだ買ったんだ。何て言うか、お前への誕生日プレゼント。包装もなしで悪いが、別にいいよな? 「私の誕生日? 私の誕生日はもっと先なんだけど。あんた、古泉くんの誕生日と勘違いしてるんじゃない? それならまだ分かるわよ」 まあ、いいじゃないか。深い意味はないんだ。やるって言ってるんだから、受け取っておけよ。 手に取ったブレスレットをまじまじと観察していたハルヒは、それを無言で目線まで掲げ上げた。月の光を反射する銀の腕輪は、ハルヒの手の上できらきらと高価な宝石のように輝いていた。本当は安物なんだけどな。 「そういえば、こうして思い返してみるとあんたからまともにプレゼントもらったのって、これが始めてだわ」 活発なハルヒにならもっと派手な物が良かったかなとも思ったが、こうしてみるとシンプルで落ち着きのある物の方がこいつには似合うんじゃないかと思えてくる。 「ありがと」 小さな声で、ハルヒはぽつりとつぶやいた。傍若無人な涼宮ハルヒにはあまり似つかわしくないセリフだな。似つかわしくない言葉だったからこそ、普段とのギャップが大きくて。なんだか少し動揺してしまった。 俺とハルヒは夜風の中、言葉も無く歩いていた。これほど心穏やかになっている自分を意識するのは、本当に久しぶりのことだと思った。 マンションからコンビニまでの距離は決して近くないけれど、道中で人とすれ違うことのない静かな時間だった。 やたらとまぶしい光を正面から受けながら自動ドアへ近づくと、それまで横に並んでいたハルヒがごみ箱の前で立ち止まった。 「早くしなさいよ。皆も待ってるんだからね」 お前、入らないのか? 外は寒いぞ。 「私はいいの。いいからほら、行ってきなさいよ」 いいのか? お前が見張ってないと、あんまん買ってくるかもしれないぜ? 「あんたが好きな物買ってくればいいわ。あんまん買いたいんなら買えばいいわよ」 ハルヒはくすんだ自販機にもたれかかると、腕に巻いたブレスレットを見つめながらそう言った。まるで欲しくて欲しくてたまらなかったおもちゃを買ってもらった子供のように、しげしげと。 分かったよ。じゃあ、すぐに買ってくるからそこで待ってろ。肉まんもたくさん買ってきてやるから。 「うん。待ってるわよ」 顔を上げたハルヒは目を細めて微笑みながら、小さく手をふった。 自動ドアが低い電気音をたてて横へスライドする。コンビニ内の暖かい空気がゆるゆると肌をなでる。 あったかい。 そうだ。とそこで思い直し、俺はハルヒの冷えた手をとって引っ張った。 ハルヒは少し驚いたふうに目を開いたが、俺の手に引かれるまま店内に入ってきた。 「どうしたの?」 ハルヒの冷たくなっていた手が、次第にあたたかくなっていく。水銀灯のような明かりを含む大きな目が、俺を見つめていた。 俺だけに買い物を任せるなよ。お前も買いたい物があれば選ぶといい。店の前で待ってるだけなんて、つまらないだろ? 尻込みせずに、何にでも飛び込んでみるもんだぜ。そっちの方が楽しいし、お前らしいじゃないか。 「そうね。そうよね」 店内には誰もいない。俺たち以外の客は皆無だ。店員も陳列棚の向こう側でかがみこみ、商品の点検を行っているみたいだ。 まるでこの場には、俺とハルヒしか存在していないような錯覚さえもする。 「買いたい物があれば、一緒に選んだらいいものね。私たち、これからも一緒なんだし。ずっと、一緒がいいよね」 ハルヒは銀の腕輪を巻いた手首をなでながら、「うん」 とうなずいた。 FM放送の送る音楽が流れる中、踊るような仕草で手元の小ぶりな買い物かごを手に取ったハルヒは、押し付けるようにそれを俺に手渡した。 「んじゃ、さっさと買い物済ませて帰りましょう!」 整然と棚に並べられた化粧品の前を元気よく小走りに通り抜け、大型冷蔵庫の前でハルヒは立ち止まるのももどかしく振り返る。 「絶対に、絶対にずっと一緒なんだからね!」 髪をかきあげるハルヒの動作が、妙に懐かしい風景のように思えた。 そうだよな。それがいいよな。と。 これから先、何が待ち受けているか分からない新しいことへの挑戦だけど。仲間たちと一緒なら不安など何もない。むしろ楽しみなくらいだ。 何があろうと、大丈夫。きっとうまくいく。性根を据えるほどの覚悟はできていないが、何があっても過去を振り向いたりはしないつもりだ、という覚悟は決まってるんだ。 俺はゆっくりとした足取りでハルヒの後を追う。ハルヒも手を振って催促しながら、それを待つ。 焦ることはない。そうさ。今までだって、別に焦ることはなかったんだ。 時間は、まだまだたくさんあるのだから。 ~SOS団の無職 ・ 完~
https://w.atwiki.jp/yuiazu/pages/1078.html
注意 この話はけいおん!原作漫画とアニメの最終回が混合しています。 卒業式はアニメ版で、後日談は漫画版です。 よって、憂と純は軽音部に入部したことになっています。 これまでの、けいおん!!は……。 「もう……部室片付けなくても……、お茶ばっかり飲んでいても叱らないから……」 「卒業……しないでよ……」 「花びら、5枚……。私達みたいだね!」 「でもね、会えたよ……。素敵な天使に……」 「……大好きを、ありがとう」 「あんまりうまくないですね!」 「えっ!?」 「……」 あれからすぐに新学期が始まった。 憂と純が入部してくれたおかげで、あと1人勧誘すれば廃部は免れる。 ビラ配りも頑張ったし、まだ新歓ライブもある。チャンスはまだ……! 「けど……」 この部室、こんなに広かったかな……。 私は独り思った。 前まではあんなに賑やかで、そして明るかった。 先輩がいない。それがこんなに堪えるものとは思わなかった。 「先輩……」 部員を引っ張っていける、あなた達の力が欲しいです……。 形見とは言いたくないけど、あの日もらった写真と桜を握りしめている。 見返すたびに忘れられない楽しい思い出が甦る。 だからなのかな。今でも先輩がそばにいるような気がしてならない。 ガチャ……。 「あの……」 「はい?」 部室に知らない人が来るのは何だか不思議だ。リボンの色から新入生らしいことはわかった。 「入部希望なんですけど……」 入部……希望……? 「本当に!?」 「は、はい……」 ……遂に、遂に来たんだ! 「か、確保ぉ~!」 「う、うわああぁ!」 ~Hにさよなら / この部室にギターの旋律を~ 「ご、ごめんなさい……」 「いえ……」 あぁ、あのとき律先輩みたいに飛びついてしまった……。 我ながら恥ずかしいです。 「それで、名前は?」 「青山 昌です」 「昌ちゃんね? 楽器は何をしてるの?」 「ドラムを少々……」 「おぉ! うちは今ドラマーがいなかったから助かるよ」 これで、一応部員は4人になったから廃部じゃなくなる! 「そういえば、ほかの部員の方は今どこに?」 「あ、あぁ。もうすぐ来ると思うから」 「そうですか」 そして少しの沈黙、間が持たないよ。何か話題は……。 「あ、お茶淹れるね?」 「お茶ですか?」 「あ……、いや、何か飲むかなって」 「いや、大丈夫ですから」 「そう……、私、ちょっと買いに行ってくるね」 私は間を持たせられなくて、部室から出て行った。 「はぁ……」 何しているのかな……、私。 「お茶……か」 咄嗟に昌ちゃんにお茶を飲むかと聞いた自分がおかしくて笑った。 「あれだけだらけないで下さいって言っていたのにさ……」 あの時、部室でお茶会を毎日していたことが嘘のようだ。 普通なら考えられないことだけど、それが私にとっての軽音部の光景だった。 ムギ先輩がお茶を持ってきて、律先輩がだらけて、澪先輩がそれを叱って……。 唯先輩が私に抱きつく……。 「……」 少し寂しくなった背中と首周りをなでながら、私は自販機に行った。 大して欲しくもなかったけど、紅茶を買って戻る。 部室のドアの前、何となく入りづらいなぁ……。 「……あずにゃ~ん」 「……!」 この声は……! 「唯先輩!」 急いでドアを開けて中に入った。 「あ、梓ちゃん……」 「どうしたんですか?」 部室には憂と昌ちゃんしかいない。 「ずっと気配がしていたからもしやと思いましたが……。唯先輩、どこですか? どこに……」 散々見回してみても、2人しか見当たらない。 「……どこ、どこに……?」 「あ、あのね、梓ちゃん」 申し訳なさそうに憂が話しかけてきた。 「何?」 「さっきのは……昌ちゃんにお姉ちゃんのことを聞かれて……、それで、ちょっと真似を……」 「……え?」 ……そうか。あれは憂だったのか。 ……そうだよね、唯先輩がこんなところにいる訳ないよね。 「ご、ごめんね!? 梓ちゃん。本当にごめん……」 私は、もう何も言う気力は無かった。 「……怒らないの?」 私がここで踏ん張らないと……。こんなに依存していたら、先輩に笑われちゃうよ……。 私は物置に入ると、静かにドアを閉めた。 ─部長、唯先輩がいなかっただけなのにあんなに落ち込んでいるんですか?─ ─……!─ ─だって、大学に行ったぐらいで……─ ─でもね、お姉ちゃんは梓ちゃんの大事なパートナーだったんだよ─ ─2人でいるのが当たり前なぐらい、仲良しだったんだよ─ ─……そうなんですか─ 物置はずいぶん広くなっている。 あの着ぐるみも、ぬいぐるみも、ギターも、いろんなものが今では無い。 「……持って帰ってって言ったのに」 ふと見ると、隅の方にケロがいた。今思えば、どうやってここまで持ってきたのか不思議だ。 首には小さなホワイトボードが掛けられ、独特な落書きが施されている。 「唯先輩……」 傷心の私だけど、そんなことに構っていられるほど暇じゃない。 まだ、新歓ライブが残っている。 昌ちゃんが入部してくれると言ってくれたから廃部はもう無いけど、軽音部をもっとすごくしたい。 あの時以上に活気あふれて、練習に打ち込む部活にしたい。 「じゃあ、憂、純、行こう!」 「うん、頑張ろう!」 「私の本気、見せちゃうぞ!」 純ったら……。でも、少し落ち着けた。こういう所、頼りになるな。 「それでは、軽音部の発表です」 そして、私達はステージに出る。新入生の歓声に迎えられて、何だか緊張してきた……。 やってやるです……! そして、演奏が始まった……。 最初はうまく行っていたけど、中盤に差し掛かると緊張のせいかミスが目立ち始めた。 「ま、まずい……!」 「純、落ち着いて。まだ修正がきくから!」 「わかった……!」 何とかフォローしあい、演奏を続ける。 絶対成功させる……! 絶対に! バツン! 「な、何!?」 しかし、それも急に終わった。 目の前が真っ暗になり、音が途切れた。 「みなさん、落ち着いてください! 機材のトラブルです。もうすぐ復旧しますのでお待ちください」 こんな時に、トラブル……!? 「あ、梓!」 「落ち着いて。とりあえず、待つしかないよ……」 完ぺきとは言えない演奏。そして、このトラブル。状況は最悪だ……。 こんなんじゃ、こんなんじゃ……。 「……大丈夫だよ。私たちなら」 憂が自信を持って言ってくれた。 「私たちなら、何とか出来るよ!」 「そうだよ。私たちなら!」 純もそう言ってくれた。 「……そうだね!」 そして、ステージに光が戻った。 「うっ……!」 そして、演奏を再開しようと2人を見た時、あることに気がついた。 「う、憂……。そのギターは……?」 何故か、憂の腕にはギー太があった。確かステージに上がった時は持っていなかったはずだ。 「うふふ……」 にっこりと笑う憂。何? 何がどうなっているの? 訳が分からずに首をかしげると、憂がステージの脇を指差した。 「……先輩達!?」 そこには軽音部のみんながいた。 「律先輩に、澪先輩、ムギ先輩まで……?」 そして、何故か先輩達の横に憂がいた。 ……憂がいる? 憂が2人いる!? 「じゃあ、あなたは……」 ステージで私の隣にいるこの人は……! 「やぁ、あずにゃん」 「な、何で……!」 「今日は大学が早く終わったから、みんなで様子を見に来たんだ」 「学校をまわりながら、私はずっとあずにゃんのこと見てたんだ」 「気のせいじゃなかったんだ……!」 「あたし、聞いてない……」 純が驚きと感動の言葉をつぶやいた。 「何だかこんなことになって、居ても立ってもいられなくなってさわちゃんに頼んでステージに……」 「……唯せんぱあああぁい!」 「うおぅ!」 私は泣きながら唯先輩に抱きついていた。 「相変わらず、小さくてかわいいねぇ」 よしよしと私の頭をなでる唯先輩。 この感じ、久しぶりだ……。 「本当に唯の行動は予測不可能だな」 「澪だって出て行きたかったんじゃないの?」 「ちょっとな……」 「でも、梓ちゃん、唯ちゃんに会えてうれしそうね」 「本当にお姉ちゃんは梓ちゃんのこと好きなんだね」 「さて、思わぬアクシデントもありましたが、軽音部の発表を続けさせていただきます」 司会の人がそう言った。どうやら演奏が再開できるようだ。 「おっと、あずにゃん分の補給はこのあたりにして……」 唯先輩が私をやさしく放した。 「始めようか!」 「はい!」 「じゃあ、頑張ってね! 梓」 純がステージの横に行き始めた。 「ちょっと、純!」 「2人の方がいいでしょ?」 軽くウィンクをして、先輩達の横に並ぶ。 もう……、純ったら。 「行くよ、あずにゃん!」 「はい!」 それからの演奏はもう不思議なくらい楽しかった。 演奏が上手とか、そういう問題じゃない。 心から音楽が楽しいと思える演奏だった。 「じゃーん……」 演奏が終わった途端、一斉に歓声と拍手の嵐が起こった。 「唯先輩、今日はありがとうございました!」 「いえいえ、卒業生なのにステージに上がってごめんね?」 「そんな、とても助かりました」 唯先輩が来てくれたからここまで立て直せた。 本当にこの人はすごい。さすが、私の先輩です! 「じゃあ、最後の締めにいきますか!」 「はい!」 「「さぁ、君も軽音部に入部しませんか?」」 これで終わりだ! END おまけ! ニコニコ動画の【けいおん!!】 『さあ、おまえの放課後を数えろ!』 【仮面ライダーW】 これのタグに感化されて作った仮面ライダーW風サブタイトル Yの入部 / 部活動は4人で1つ Yの入部 / 財布を泣かせるもの Tに手を出すな / 満点の取り方 Tに手を出すな / 一夜漬けで勝負 女性…S / 先生は軽音部 女性…S / 衣装の代償 Mを探せ / 澪はそれを我慢できない Mを探せ / トレーニングキャンプ Nな旋律 / 新入部員は見た! Nな旋律 / ジャズプレイヤーの娘 復活のV / 嫉妬 復活のV / 仲直り ライブでC / 忘れられたギー太 ライブでC / 軽音大パニック Wの残光 / 鍋パーティ Wの残光 / 絆を取り戻せ さらばUよ / ガールズバンド さらばUよ / 友は演奏と共に Pが止まらない / 奴の名はむったん Pが止まらない / ギタリストの流儀 還ってきたD / 律には向かない楽器 還ってきたD / 諦めない女子 旅行にKへ / スクールトリップ 旅行にKへ / お土産はこれだ Jの遊戯 / 純は手癖が悪い Jの遊戯 / 梓オン・ザ・ラン Fが見ていた / 進路マジカルレディ Fが見ていた / 決死のティーパーティ 悪夢なE / 眠り姫のユウウツ 悪夢なE / 相棒は誰だ? 風が呼ぶG / 先生追うべし 風が呼ぶG / 今、ステージの上で Iの悲劇 / すずしさを探す女子 Iの悲劇 / あねいもうと Lの彼方に / やがて熱気という名の雨 Lの彼方に / 全てを振り切れ 来訪者X / お祭りの夜 来訪者X / 暑中お見舞いの名のもとに Rの可能性 / バッドマラソンパラダイス Rの可能性 / ビリが許せない Bの迷宮 / 不思議な彼女 Bの迷宮 / パイプラインは傷ついて Oの連鎖 / 大根役者 Oの連鎖 / ジュリエットの告白 Kが求めたもの / 唯の前髪 Kが求めたもの / 最後の演奏 残されたA / 梓からの願い 残されたA / 永遠の先輩 Hにさよなら / この部室にギターの旋律を なるほど、あずにゃんが切り札ですか。実に興味深い -- (名無しさん) 2010-12-09 12 25 38 エッチにさよならと読んだ俺をどうにかしてくれ -- (名無しさん) 2010-12-10 07 12 07 ↑当然、メモリブレイクだ -- (名無しさん) 2010-12-13 13 31 21 さりげなくサブタイトルが秀逸だな。Wとけいおん!どっちもいい感じで混ざってる。 -- (名無しさん) 2010-12-13 20 43 43 名前 感想/コメント: すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/gekiken/pages/41.html
「ハックルベリーにさよならを」作:成井豊 2003年7月19日(土)14:00~ 19:00~ 2003年7月20日(日)13:00~ 16:00~ 新潟市民芸術文化会館 スタジオB (新潟県新潟市中央区一番堀通町3-2) 前売 ¥500 当日 ¥700 より大きな地図で 新潟市民芸術文化会館・りゅーとぴあ スタジオB を表示 その他情報: 成井豊 演劇集団キャラメルボックス 公演の感想などお気軽にコメントを残して下さい! 名前 コメント