約 1,324,930 件
https://w.atwiki.jp/touhoukashi/pages/4199.html
【登録タグ さ 夢色プレリュード 姫城碧海 少女フラクタル 曲 永遠の春夢】 【注意】 現在、このページはJavaScriptの利用が一時制限されています。この表示状態ではトラック情報が正しく表示されません。 この問題は、以下のいずれかが原因となっています。 ページがAMP表示となっている ウィキ内検索からページを表示している これを解決するには、こちらをクリックし、ページを通常表示にしてください。 /** General styling **/ @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight 350; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/10/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/9/NotoSansCJKjp-DemiLight.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/8/NotoSansCJKjp-DemiLight.ttf) format( truetype ); } @font-face { font-family Noto Sans JP ; font-display swap; font-style normal; font-weight bold; src url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/13/NotoSansCJKjp-Medium.woff2) format( woff2 ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/12/NotoSansCJKjp-Medium.woff) format( woff ), url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2972/11/NotoSansCJKjp-Medium.ttf) format( truetype ); } rt { font-family Arial, Verdana, Helvetica, sans-serif; } /** Main table styling **/ #trackinfo, #lyrics { font-family Noto Sans JP , sans-serif; font-weight 350; } .track_number { font-family Rockwell; font-weight bold; } .track_number after { content . ; } #track_args, .amp_text { display none; } #trackinfo { position relative; float right; margin 0 0 1em 1em; padding 0.3em; width 320px; border-collapse separate; border-radius 5px; border-spacing 0; background-color #F9F9F9; font-size 90%; line-height 1.4em; } #trackinfo th { white-space nowrap; } #trackinfo th, #trackinfo td { border none !important; } #trackinfo thead th { background-color #D8D8D8; box-shadow 0 -3px #F9F9F9 inset; padding 4px 2.5em 7px; white-space normal; font-size 120%; text-align center; } .trackrow { background-color #F0F0F0; box-shadow 0 2px #F9F9F9 inset, 0 -2px #F9F9F9 inset; } #trackinfo td ul { margin 0; padding 0; list-style none; } #trackinfo li { line-height 16px; } #trackinfo li nth-of-type(n+2) { margin-top 6px; } #trackinfo dl { margin 0; } #trackinfo dt { font-size small; font-weight bold; } #trackinfo dd { margin-left 1.2em; } #trackinfo dd + dt { margin-top .5em; } #trackinfo_help { position absolute; top 3px; right 8px; font-size 80%; } /** Media styling **/ #trackinfo .media th { background-color #D8D8D8; padding 4px 0; font-size 95%; text-align center; } .media td { padding 0 2px; } .media iframe nth-of-type(n+2) { margin-top 0.3em; } .youtube + .nicovideo, .youtube + .soundcloud, .nicovideo + .soundcloud { margin-top 0.75em; } .media_section { display flex; align-items center; text-align center; } .media_section before, .media_section after { display block; flex-grow 1; content ; height 1px; } .media_section before { margin-right 0.5em; background linear-gradient(-90deg, #888, transparent); } .media_section after { margin-left 0.5em; background linear-gradient(90deg, #888, transparent); } .media_notice { color firebrick; font-size 77.5%; } /** Around track styling **/ .next-track { float right; } /** Infomation styling **/ #trackinfo .info_header th { padding .3em .5em; background-color #D8D8D8; font-size 95%; } #trackinfo .infomation_show_btn_wrapper { float right; font-size 12px; user-select none; } #trackinfo .infomation_show_btn { cursor pointer; } #trackinfo .info_content td { padding 0 0 0 5px; height 0; transition .3s; } #trackinfo .info_content ul { padding 0; margin 0; max-height 0; list-style initial; transition .3s; } #trackinfo .info_content li { opacity 0; visibility hidden; margin 0 0 0 1.5em; transition .3s, opacity .2s; } #trackinfo .info_content.infomation_show td { padding 5px; height 100%; } #trackinfo .info_content.infomation_show ul { padding 5px 0; max-height 50em; } #trackinfo .info_content.infomation_show li { opacity 1; visibility visible; } #trackinfo .info_content.infomation_show li nth-of-type(n+2) { margin-top 10px; } /** Lyrics styling **/ #lyrics { font-size 1.06em; line-height 1.6em; } .not_in_card, .inaudible { display inline; position relative; } .not_in_card { border-bottom dashed 1px #D0D0D0; } .tooltip { display flex; visibility hidden; position absolute; top -42.5px; left 0; width 275px; min-height 20px; max-height 100px; padding 10px; border-radius 5px; background-color #555; align-items center; color #FFF; font-size 85%; line-height 20px; text-align center; white-space nowrap; opacity 0; transition 0.7s; -webkit-user-select none; -moz-user-select none; -ms-user-select none; user-select none; } .inaudible .tooltip { top -68.5px; } span hover + .tooltip { visibility visible; top -47.5px; opacity 0.8; transition 0.3s; } .inaudible span hover + .tooltip { top -73.5px; } .not_in_card span.hide { top -42.5px; opacity 0; transition 0.7s; } .inaudible .img { display inline-block; width 3.45em; height 1.25em; margin-right 4px; margin-bottom -3.5px; margin-left 4px; background-image url(https //img.atwikiimg.com/www31.atwiki.jp/touhoukashi/attach/2971/7/Inaudible.png); background-size contain; background-repeat no-repeat; } .not_in_card after, .inaudible .img after { content ; visibility hidden; position absolute; top -8.5px; left 42.5%; border-width 5px; border-style solid; border-color #555 transparent transparent transparent; opacity 0; transition 0.7s; } .not_in_card hover after, .inaudible .img hover after { content ; visibility visible; top -13.5px; left 42.5%; opacity 0.8; transition 0.3s; } .not_in_card after { top -2.5px; left 50%; } .not_in_card hover after { top -7.5px; left 50%; } .not_in_card.hide after { visibility hidden; top -2.5px; opacity 0; transition 0.7s; } /** For mobile device styling **/ .uk-overflow-container { display inline; } #trackinfo.mobile { display table; float none; width 100%; margin auto; margin-bottom 1em; } #trackinfo.mobile th { text-transform none; } #trackinfo.mobile tbody tr not(.media) th { text-align left; background-color unset; } #trackinfo.mobile td { white-space normal; } document.addEventListener( DOMContentLoaded , function() { use strict ; const headers = { title アルバム別曲名 , album アルバム , circle サークル , vocal Vocal , lyric Lyric , chorus Chorus , narrator Narration , rap Rap , voice Voice , whistle Whistle (口笛) , translate Translation (翻訳) , arrange Arrange , artist Artist , bass Bass , cajon Cajon (カホン) , drum Drum , guitar Guitar , keyboard Keyboard , mc MC , mix Mix , piano Piano , sax Sax , strings Strings , synthesizer Synthesizer , trumpet Trumpet , violin Violin , original 原曲 , image_song イメージ曲 }; const rPagename = /(?=^|.*
https://w.atwiki.jp/animerowa/pages/663.html
さよならありがとう(再)◆WwHdPG9VGI 暗い部屋の中で、しんのすけは一人たたずんでいた。 ――帰ってきた。 足の裏から伝わってくる踏みなれた床の感触から、鼻腔から伝わる匂いから、 体を包む空気から、それを実感する。 だから、呼んでみる。 「とーちゃん……」 返事は返ってこない。 「かーちゃん……」 返ってきたのは静寂。 しんのすけは、目を閉じた。 分かっている。 もう呼んでも答えが返ってこないことを。 でも。それでも。 ――しんちゃん。もうすぐご飯だから、手を洗ってらっしゃい。 かーちゃんがいつものように台所から、弾んだ声でそう言ってくれる気がして。 ――おう、しんのすけ。一緒に風呂入るか。 頭を撫でながら、とーちゃんが暖かな声で言ってくれる気がして。 だって――居間も、食堂も、いつものままだから。 たった二日前まで当たり前だった日々が、そのまま残されていたから。 グッとしんのすけは拳を握り締めた。 ――とうちゃんとかあちゃんとひまわりとシロともっとずっと一緒にいたかった ――ケンカしたり、頭にきたりしても一緒がよかった。 叫びたくなる。 こんなはずはないと。こんなのは嘘だと。こんな醜いだけの現実なんていらないと。 5歳の少年が向かい合わなくてはならない現実はあまりにも辛すぎた。 背を向けたいという誘惑は本当に天上の桃のごとく甘美だった。 だけど、あの時選んだから。 前を向き、真っ向から立ち向かう道を。 だから繰り返す。あの時、母の墓に向かって言った言葉を。 「お寝坊はしない。菅原分太時計と高倉健時計とバブルス時計に起こしてもらわなくても起きる。 野菜だって庭に植えたりしないでちゃんと食べる。 お片付けだってする。 おやつも食べすぎたりしない。毎日、ちゃんと歯みがきをして寝る。 幼稚園にも毎朝バスに乗って行く。シロの世話だって絶対忘れない。 いっぱい食べて、勉強して、いい学校に行って――。 とーちゃんみたいな、とーちゃんよりすごい男になる……」 一言一言噛み締めるように言いながらしんのすけは、 ひまわりの寝ている部屋に向かって歩を進めていく。 そして襖を開けた瞬間―― 涙がしんのすけの頬をつたった。 布団の位置がいつものままだったから。 違いは一つだけ。 ひまわりの周りに当然いるべき人たちがいない。 ただそれだけの違い。 その違いだけが、本当に、本当に大きくて。 「……た?」 薄目をあけて小さな手を伸ばしてくるひまわりを、しんのすけはそっと抱きしめた。 (オラが、しっかりしないとダメなんだゾ) もうとーちゃんも、かーちゃんもいない。 ひまわりを守るのは『お兄ちゃん』である自分の役目だ。 「とーちゃん、かーちゃん。心配しなくていいからね。 オラ、ひまのお兄ちゃんだから。ひまはちゃんと、オラが面倒みるから。 キョンお兄さんや君島お兄さんみたいに大事な人をちゃんと守れるカッコいいお兄ちゃんになって、 ひまのこと、ちゃんと守るから。だから大丈夫。 きっとひまは、さとちゃんみたいにカワいくておませな小学生になって、 魅音おねーさんみたいなしっかりした高校生になって……。 そんで、エルルゥお姉さんみたいに優しくて綺麗な、トウカおねーさんみたいに凛々しくてカッコいい、 かーちゃん以上のイイ女になる。 だから、全然、心配しなくていいから。心配せずに寝てて、いいから 今までいっぱいお仕事してきたぶん、ゆっくり、休んで、いいから……」 ぽたり、としんのすけの頬をつたったものが床に落ちて小さな音を立てた。 しんのすけの奥歯が鳴った。 泣いていてはいけない。この涙は最後にしなくてはならない。 夢の中でとーちゃんと約束したから。 最後だから、最後にするために、この言葉を言わなくてはならない。 「とーちゃん、かーちゃん……。お疲れ様」 ■ 「この壁紙の仕上げは何でしょう? クロスですか?」 「いや……オラ、よく知らんのだけど……」 「そうですか……。天井は、塩ビクロス。下地はコンクリート……だな」 ぶつぶつ言いながら一人の執行官がチェック項目を埋め、 もう一人が家のあちこちを歩き回って、写真の撮影を行っている。 野原銀ノ助はためいきをついた。 その表情には疲労の色が濃い。 自慢の息子の失踪とそれに伴う一連の事態は、 お世辞にも若いとはいえない銀ノ介の精神と肉体にはあまりにも酷であった。 (何でじゃ? 何でこんなことになったんじゃ?) 繰言とは分かっていてもつい繰り返してしまう。 浮かんでくるのはいつも同じ問い。 あの日、警察から息子とその伴侶である野原みさえの失踪を聞かされたときは、 新手のオレオレ詐欺なのではないかと本気で思った。 だが、二人が失踪したというのは厳然たる事実だった。 旧姓小山みさえと野原ひろしは、ある夜忽然と失踪し、その行方はようとして知れなかった。 警察は当然の如く、失踪と事件の両面から捜査を開始したが、捜査は難航した。 預金を引き出した形跡はなく、車は車庫にはいったまま。 衣類、現金、カード、貴重品、携帯電話も全て家の中から発見された。 部屋には争った形跡はなく、それどころか外部から人が入った形跡自体が皆無。 携帯電話および電話の通話記録のどちらを洗っても、不審な人間からの通話記録はなし。 息子から事情聴取するも、得られたのは眠っていたので覚えていないという答えのみ。 まったくもって不可解極まる、というのが捜査関係者の共通した見解だった。 物盗りによって殺害されたという説、自発的に失踪したという説、 怨恨によって誘い出されて殺害されたという説、室内から連れ去られて殺されたという説――。 多くの仮説が挙げられたがどれも決定打にはならなかった。 結局、二人の人間がある夜消え、幼い息子とまだ赤ん坊の娘だけが残されたという事実だけが残った。 ネタ枯れの時期だったことが災いし、マスコミはこの不可解な事件を大きく取り上げ、騒ぎ立てた。 テレビ局員はえさに群がるアリのごとく、野原家に、双葉商事に、アクション幼稚園に押し寄せ、 関係者に執拗にマイクをつきつけ、週刊誌には、『現代の家庭崩壊はここまできた! 幸福な家庭の裏側で起きていた悲劇』 というような見出しが躍った。 外へ一歩出ればマイクを突きつけられ、テレビをつければ『野原みさえの親しい友人』と称する人物が、 憶測と中傷交じりのコメントを発し、訳知り顔のコメンテーターによって『無責任な親』『子供を捨てた人でなし』 と断罪するのを目にし、耳にする。 ただでさえ娘、息子の安否で身を引き裂かれるような思いをしている親族達の精神が臨界を突破するのに、 そう時間はかからなかった。 まず、元々謹厳実直な性格であった野原みさえの父、小山よし治が、 みさえのことを『浪費家で子供に暴力を振るう鬼母』などと決め付けた週刊誌記者を怒りに任せて殴ってしまい、 妻である小山ひさえと実家に戻らざるを得なくなった。 続いて野原つるが精神的疲労がたたって倒れ、実家での療養を余儀なくされてしまう。 ただ、この一連の出来事によってマスコミ関係者の行き過ぎが指摘され始めたことから、 過熱報道は収まる気配を見せ始めたのは不幸中の幸いと言っていいだろう。 また、これと前後するように、マスコミ関係者の車に落雷が立て続けに落ちる、 野原一家を中傷したコメンテーターの車が見えざる神の槌によって叩き潰されたような状態になる、 などの怪異が相次いだこともこれに拍車をかけた――と言われている。 ――なにせ噂の域を出ないものが多数ではあり、このことに関して関係者の口は重いので真偽は明らかではない―― ただ不可解なことが起きたのはどうやら事実のようで、その怪異は報道関係者の心胆を少なからず寒からしめたようで、 過熱報道は急速に終息へと向かった。 「――さん。……野原さん?」 「はっ……はぁ」 執行役の言葉に銀ノ介の意識は井戸の底から浮上した。 そんな銀ノ介に頓着することなく ――おそらく同じような事態に何度も立ち会って慣れているのだろう―― 執行官は淡々と言葉を続けた。 「この家は来月には競売にかかります。 野原ひろしさんは、債務者ですからご自身で落札することができませんが、 もし身内などで優先して落札してくださる方がいらっしゃるなら、裁判所に相談してください」 銀ノ介は無言で頷いた。 その眉間には深い苦渋の皺が刻まれていた。 そんな人間はいない。 月々のローンを肩代わりできる人間すら、親戚中を見渡してもいなかったのだ。 ローンの肩代わりも、競売への参加もできない。 そうなると、息子、ひろしの築いた一国一城は他人の物になってしまう。 息子がこの家を守るためにしてきた苦労、そしてこの家に対する思いを考えると断腸の思いだが、 どうすることもできない。 銀ノ介は部屋の隅でひまわりをあやしているしんのすけを見やった。 (許してくれ……ひろし、しんのすけ) 「何かご質問は?」 「……ありません」 「そうですか。では、私達はこれで」 最後まで淡々と言うと、執行官たちは出て行った。 「……終わった?」 「なんとか、の」 銀ノ介は嘆息しつつ答えた。 これでなんとか後始末の目処はたった。 「しんのすけ、じいちゃんは明日の新幹線で一度秋田へ帰る。 おまえとひまわりのことは、隣のおばさんに頼んである。 いい子にして――」 「オラ、じいちゃんと一緒に明日、秋田へ行くよ」 思わず銀ノ介は目をしばたたかせた。 「……けどまだ、幼稚園の友達にお別れもしとらんじゃろ?」 「いい。みんなには秋田へ行ってから手紙書くから」 「遠慮せんでいい。大した手間じゃないからの」 するとしんのすけは、わずかに逡巡するそぶりをみせた後顔を上げ、 「新幹線代だってただじゃない、違うの?」 「……子供はいらん心配せんでいい!」 「本当にそう? 畑、早くなんとかしないといけないんじゃないの? お金たくさんかかったのに、これからもたくさんかかるのに、 本当に大丈夫なの? ほけんきんも降りなかったんでしょ? 無駄遣いしちゃいけないよ」 「し、しんのすけ……」 銀ノ介は言葉を失って黙り込んだ。 確かにしんのすけの言うとおりだった。 東京でのゴタゴタで大分支出があった。 今後二人の子供を育てていくことを考えると、一円でも惜しい。 そして何より畑だ。 農作物は見かけによらずデリケートなもの。 しかるべき時にしかるべき世話をしてやらなければ育たない。 これ以上、東京で後始末に奔走している暇は――正直言って、ない。 そんな祖父の心を見通したかのように、しんのすけが口を開く。 「オラ、お兄さんだから」 ――ひまのこと守るってとうちゃんとかあちゃんに約束したから。 その言葉は心の中だけで呟く。 誰にもあの世界のことは話していない。祖父達にすらも。 これは生き残った仲間達の忠告によるものだった。 下手なことを言えば、『しんのすけが両親に言わされている』と邪推される可能性がある。 だから一切覚えていない、を通すのが最善、そう仲間達は考えたのだった。 その忠告にしんのすけは従った。 本当に辛かったけれど。 じいちゃん達に嘘をつくのが。テレビでとーちゃんやかーちゃんが悪く言われるのを聞くのが。 泣きたくなるほど辛かったけれど。 でも――我慢した。 それが一番良いことだというなら、そうしなければならないと思ったから。 そうするのが『立派なお兄ちゃん』、だと思ったから。 (じいちゃん……。本当のこと言わなくて、ごめんね) しんのすけは、これで何十度目になるか分からない言葉を心の中で呟いたのだった。 ■ 朝、いつにない沈痛な面持ちでよしなが先生はドアを開けた。 そのまま一言も発せずに黒板の前へと向かう。 空気で何かを察した園児達は、無言で席に座り先生の言葉を待った。 「――今日はみなさんに、悲しいお知らせがあります。 しんのすけくんが、おうちの都合で幼稚園を辞めることになりました」 よしなが先生の言葉に教室にざわめいた。 ある子は目を伏せ、ある子はため息をつく。 しかし、どの子にも共通した感情が見て取れた。 ――やっぱり。 という感情が。 子供といえど、連日の報道、そして大人たちの言葉から大体の事情は把握できる。 「せんせい……。しんちゃんは、どっちのおうちへ行くんですか?」 ネネちゃんの質問に、よしなが先生の眉がわずかに上がった。 幾つかの苦いものを飲み込みながら、 「……秋田のおじいちゃんのところへ行くことになりました。 だから今日は、しんのすけ君にお別れのお手紙を書きましょう」 「――先生、おわかれ会はいつやるんですか?」 いつぞや、父親の転勤話が持ち上がったとき、お別れ会を開いてもらったことを思い出しながら、 風間くんが尋ねてくる。 「……お別れ会は、できません」 「え!? どうしてですか?」 「しんのすけ君は今朝、秋田に向かいました。だから……」 そう言ってよしなが先生は唇を噛んだ。 ――そんな! せめて、みんなとお別れくらい。 ――しんのすけ君のお願いだそうです。最後くらい、みんなの迷惑になりたくないから、と。 (しんちゃんが、そんなこと……) 確かにマスコミの攻勢に晒されたことで、 園児の父兄の中には遠まわしにしんのすけのことを批判した人間もいる。 けれど、それはしんのすけが本来考えるべきではない。考える必要はない。 (天地がひっくり返っても、そんなこと言う子じゃなかったのに) マイペースの権化とも言うべき野原しんのすけが言う言葉ではない。 確かにしんのすけの行動には散々は振り回された。 腹が立つことも……それはもうかなりたくさん、あった。 けれど、けれど――。 思考の海に沈むよしなが先生を、園児達は困惑の眼差しで見つめるのだった。 ほとんどの園児達が先生を見つめる中、一人机をにらみつけている少年がいた。 ――あいつ。 シャープペンシルを持つ手に力が入った。 (何だよ……。顔もみせずに行っちゃうなんて。 ちゃんとあいさつしてやろうと思って考えておいたのに、無駄になっちゃったじゃないか) 文句の一つも書いてやろうと思って――やめる。 (いけないいけない。これは、お別れの手紙なんだしな……。 ええと……。 しんのすけ君、君はとっても、下品で、自分勝手で、わがままで――) ――何を書いてるんだ。 慌てて便箋の上の文字を消しゴムで消す。 (もっと、イイこと書かなきゃ。しんのすけのいいところ、いいところ……) 虚空をにらみながら、風間くんはしんのすけとの日々を思い出していく。 (しんのすけは、テスト勉強しなきゃならないって言ってるのに、人の都合も考えずに遊ぼうとか言うし、 居留守使ったら、宅配便と一緒に入ってくるし、勝手に水羊羹食べちゃうし、 こっちの台本無視して勝手に殿様役やっちゃうし、共有ロッカー1人で占領しちゃうし、 給食の時にシチューの缶倒したらフランス風フルーツ・ド・ライスシチューにして誤魔化そうとするし、 下ネタ大好きだし、すぐに変な格好したがるし、鬼のいない鬼ごっことか、アルカリイオン捜索とかわけわかんないことするし、 すぐに耳を甘噛みしてくるし、息吹きかけてくるし、 文句言っても、『いやぁ、それほどでもぉ』とか言って全然こたえないし……) ――キリがないな。 風間君は思わず微苦笑を漏らした。 野原しんのすけは、マイペースで、下品で、わけわかんないやつだ。 それは間違いない。 でも――それだけじゃなくて。 ――風間君がもっと遊びたそうだったから。 家の鍵をなくして困っていた時、一人だけ気付いて、焼き芋を持ってきてくれた。 ――明日僕とドッチボールしてくれる? ――やだ。 ――え……。そうだよね、僕となんか…… ――オラ、サッカーがいい。 友達じゃないって言ったのに許してくれた。 あの時だけじゃない。 いつだったか、映画の世界に入った時、自分はひどい事をしてしまった。 その時も、許してもらった。 熱いものが込み上げてくるのを風間君は感じた。 (ちゃんと、ありがとうって言うつもりだったのに……) このまま何も言わないまま、分かれていいのか? その思った瞬間、胸の中の熱いものは一瞬で心を満たしつくした。 ――いいわけあるか。 「先生! 僕、早退します! 頭が痛いんです」 はっきりした声で堂々と風間君は言い放った。 よしなが先生の視線と、風間くんの視線が宙で交差する。 先生の視線はすぐに緩んだ。 チラリとよしなが先生は手元の時計に目を落す。 ――まだ、間に合う。 「じゃ、先生と一緒に行こっか」 驚きの色をありありと顔に浮かべて立ち尽くす風間くんを尻目に、 「今から東京駅に行って、野原しんのすけ君のお別れ会をやります。 行きたい人は、手を上げてください」 朗らかによしなが先生は言った。 教室にざわめきが満ちた。 いきなりの事態の急転に園児達が顔を見合わせるばかり。 その時、さっと手が上がった。 「ボーちゃん、行くのね?」 鼻をたらした少年は、コクリと頷いた。 「ぼ、ボクも……」 「ネネも……」 するとマサオ君とネネちゃんも手を上げ、 それにつられるように一本、二本と手が上がり始め、瞬く間に全ての手が上がった。 「――分かりました。 それじゃあ、先生、バスを回してくるから、みんなは外で待ってて」 その言葉に弾かれるように、園児達は教室を走り出て行く。 最後の一人の背を見送り、よしなが先生は職員室に向かって歩き出す。 やってしまったという思いはある。 けれど、同僚のために園児達をのせた送迎バスで成田まで行った時に比べればマシな動機だろう、とも思う。 きっと園長先生なら分かって―― 「……何してんの?」 よしなが先生は思わず飛び上がりそうになった。 振り返るとそこには、まつざか先生の姿があった。 「……外でドッチボールやるから、ボールを取りに行こうと思って」 「あんた、何言ってんの? 今の時間、グラウンドはバラ組が使うことになってたでしょ?」 ――しまった。 言葉に詰まるよしなが先生に向かって、まつざか先生はため息を一つつき、 ポイと何かを放った。 ゆるい放物線をかいて飛んだそれは、よしなが先生の手の中に納まった。 「こ、これ……」 よしなが先生の瞳孔が一気に拡大した。 「子供達の面倒をちゃんとみてくださいね、だってさ」 「……勿論よ」 ぐっと、よしなが先生は手の中の送迎バスのキーを握り締めた。 「ほらほら、さっさと行かないと間に合わないわよ!」 多少意外なものを感じ、 「まつざか先生も行くの?」 よしなが先生の問いかけに、ふんと鼻を鳴らし 「上尾先生に代わってもらったわ。 まったく……これも一つの手のかかる子ほどカワイイって心理なのかしらね?」 「あはは、そうかもね」 苦笑しつつ、二人の先生はパタパタと廊下を走りぬけた。 ■ ――しんちゃん。 誰かに呼ばれた気がして、しんのすけは新幹線の窓から外を見た。 「あれ……?」 見慣れた顔がバタバタと走り回っている。 「ひょっとして……。お見送りに来てくれた?」 嬉しさが怒涛の如くこみ上げてくる。 窓から飛び降りようとして――しんのすけはその行為を中断する。 (ダメダメ……。オラ、いい子になるんだから) 銀ノ介に視線を送る。 昨日までの疲れがたたり、銀ノ介は泥のように眠っていた。 ひまわりも眠っている。 しんのすけは、銀ノ介にそっと上着をかけると、ドアへと駆け出した。 「しんちゃんだ!」 「しんのすけ!」 しんのすけの姿をみとめた園児達からわっと歓声があがった。 「ほっ……」 ――ほ、ほ~い! いつものようにその歓声にこたえようとして、 しんのすけは大慌てでその言葉を口の中に閉じ込めた。 「みんな、どうしたの?」 しんのすけの問いかけに、 「しんちゃんが、黙って行っちゃうからみんなでおっかけてきたのよ」 よしなが先生がおどけて答える。 「そうよ、水臭いじゃないの」 チョンと、まつざか先生はしんのすけの額をこづいた。 「そうだったんだ……」 ――ん? よしなが先生の顔にわずかに困惑の皺が刻まれた。 しんのすけの様子がおかしい。 「よしなが先生、ちゃんとご挨拶できなくて、ごめんなさい。 先生には、本当にお世話になりました。ありがとうございました」 「……あんた、何か悪いモンで食べたの?」 気味悪そうにまつざか先生は顔をひきつらせた。 すると、しんのすけはまつざか先生に向き直り、 「まつざか先生。今まで散々失礼なこといってごめんなさい。 先生にも、色々お世話になりました」 無言でまつざか先生はしんのすけの額に手を当てた。 「熱はないみたいだけど、一応病院に連れて行った方がいいかもしれないわね」 半ば以上、というかなり本気でまつざか先生は言った。 この上もなくマジメな表情でよしなが先生も頷く。 「……オラ、何か変なこと言った?」 心配そうにしんのすけが尋ねてくる。 「え? あ、う~んと、ごめんね。とっても立派な挨拶だと思うんだけど、 ちょ~っとしんのすけ君らしくないかなって、思って」 慌ててよしなが先生が答えた。 するとしんのすけは安堵のため息をつき、 「よかった……。 オラ、立派なお兄ちゃんになって、ひまのことちゃんと面倒みてやんなきゃいけないから……」 その言葉で全てを把握した二人の教師は、思わず目を閉じ、唇をかんだ。 数瞬の沈黙の後、 「そっか……。えらいね、しんのすけ君」 「立派よ、しんのすけ君」 無理矢理笑顔をつくり、二人の教師は言った。 ――妹のために自分がしっかりしなければ、 まだ5歳の少年の悲壮ともいえる決意に、いじらしさとやりきれなさを感じながら、 二人はしんのすけの頭を撫でた。 大きく頷き、しんのすけは友達に向き直った。 「ネネちゃん、色々ありがと」 「ううん、しんちゃんもね」 「マサオくんも。遊んでくれてありがと」 「そんなぁ。ボクのほうこそ、しんちゃんのおかげで楽しかったよ……。 元気でね、しんちゃん」 いつもと違うしんのすけの態度に戸惑いつつも、二人は別れの言葉を告げた。 その時―― 「立派なお兄ちゃんになることと、枠に自分をはめ込むことは別のこと」 低い声が響いた。 「ぼ、ボーちゃん?」 ネネちゃんが頓狂な声を上げた。 いつもぬぼ~っとしている、ボーちゃんとは思えないほどその声は迫力に満ち、 その眼光には力があった。 「ぼ、ボーちゃんの言ってること、難しくてよく分かんないなあ」 動揺が入り混じった声音でしんのすけが言う。 ボーちゃんは無言。 「と、とにかくボーちゃん、ありがと。元気でね」 それでも、ボーちゃんは無言でしんのすけを見つめ続けた。 耐え切れないというように顔をそらし、しんのすけは風間くんに駆け寄った。 「風間くん……。今までありがと。 オラ、風間くんとはずっと友達で――」 「――何が友達だ!」 風間くんのあまりの大声にその場にいた全員が飛び上がった。 そして次の言葉で凍りついた。 「結局楽になりたいだけじゃないか! 友達だとかいって、きれいな言葉で飾ったって結局――僕に飽きたんだろう?」 ――は? ハ? はァ? 疑問符を顔に貼り付かせ、目を点にする周囲を置いてきぼりに風間君の言葉は続く。 「か、かざま君……。オラ、そんなつもりじゃ」 「はっ! 思い出はキレイなままでってわけか? お笑いだね。 違うっていうなら、証明してみせろよ!」 「……分かった」 何故か瞳をうるませながらしんのすけが言う。 「これが、オラの気持ち……」 二人の顔が近づいていく。 唇と唇が触れ合おうとするの刹那―― げん こつ 「だからそういうのは、気持ち悪いからよせっていつも言ってるだろうが!!」 鈍い音に一瞬おくれて怒号が轟いた。 「んもぅ~。風間くんの愛情表現は激しすぎるゾ。 でもそこがまた、み、りょ、く、て、き~ん」 ――シナもつくるなっていつも言ってるだろ!? 何度言ったら分かるんだよ、お前はっ!! いつものように喉から飛び出しかけた言葉を無理矢理のどの奥に引き摺り戻し、 「……やっといつものしんのすけになったな」 どこか不敵な調子で風間君は言った。 「え?」 目を丸くするしんのすけに、 「お前みたいに無神経で下品で訳わかんない奴が、 いきなりいい子になろうとしたって無理なんだよ! ったく気持ち悪いったらありゃしない!」 「なるほどぉ~。風間君みたいに演技するには年季が必要ってわけですな」 「まぁね、これでも苦労してるんだ。 オタク臭を完璧に消すためには熟練の技と細心の注意と迂闊に話題にのらない忍耐力が必要――。 って、何言わすんだよ!!」 ゴホンと咳払いをし、真剣な表情をつくると、風間くんはしんのすけを正面から見つめた。 「しんのすけにいい子ちゃんは、似合わないよ」 はっとしたようにしんのすけの眉が上がった。 「そうよ!」 ポンと肩に手が置かれた。 「あんたは、言いたいこといって、欲しいものは欲しいっていうのが持ち味なんだから。 それを教えてくれたのは……あんたよ、しんのすけ」 「松坂先生……」 「そうそう。そりゃ、先生も腹立つことはあったけど、先生は、そのまんまのしんちゃんが好きだな」 「……よしなが先生」 「ね、ネネもいつものしんちゃんが好き!」 ネネちゃんがそういったのを皮切りに、 「ぼ、ぼくも!」 マサオ君が、 「僕も!」 ボーちゃんが、 「俺も」 「僕も!」 クラスの園児達が一斉にしんのすけに言葉をぶつけていく。 みんなの言葉に、しんのすけは照れたように頭に手をやりながら、 「……う~ん、オラみんなに愛されすぎてて困っちゃうゾ。 ああ、一つしかないこの身がうらめしや~」 「すぐそうやって調子に乗る! それは間違いなくお前の悪いところだ!」 「え~、風間くん。君の全てが好きだって言ってくれたじゃない。あれは嘘だったのぉ?」 「言ってねーよ!!」 「そ、そんな。あんなに熱い夜をすごしたっていうのに……」 「だからそりゃいつだよ。何時何分何十秒。地球が何回回った時だよ!!」 いつものやり取りにどっと笑い声が起き、暖かな空気が流れた、その時。 <東北新幹線、間もなく発車いたします。ご乗車になりまして、お待ちください> 突然夢から覚めた、そんな感覚が全員を襲った。 鉛の如く重い沈黙が一同を捕えた。 どの顔もさっきまでとは打って変わって暗く、沈痛なものが浮かんでいる。 「オラ……。いかなきゃ」 悲しそうに、それでも決然と頭を下げるしんのすけに向かい、よしなが先生が口を開いた。 「しんちゃん……。悲しい時は泣いていいのよ? 我慢しなくて、いいんだからね」 数瞬の間があって、 「オラ……泣かない。父ちゃんと、約束したから」 「しんちゃん――」 「それに……オラ……」 しんのすけの答えに、よしなが先生が再度口を開くのに先んじて、しんのすけは続けた。 「オラ、みんなとは、笑ってお別れしたいから!」 涙をこらえ、何とかよしなが先生は笑顔を作った。 「そうね……。うん、その方がしんのすけ君らしいよね!」 マサオくんが、ネネちゃんが、みんなが、鼻をすすり唇を震わせる中、 「よしなが先生、まつざか先生、風間くん、ボーちゃん、ネネちゃん、マサオくん、みんな。 見送りに来てくれて、ありがとう……。そんじゃ……またね!」 身を翻し、しんのすけは一目散に電車の中へと駆け込んでいく。 その場にいた全員が、目でしんのすけの行方を追った。 ――いた。 窓を開けて顔を出し、手を振っている。 「い~つまでも、たえる~ことなく、と~もだちで、いよう~」 突然、風間くんが大声で歌いだした。瞳を涙でうるませながら、一生賢明声を張り上げる。 皆がそれに続く。合唱が大気を揺るがした。 「みんな、あのね……」 幾らなんでもこれはまずい。 思わずよしなが先生は止めようとして――絶句した。 周りの、生徒達以外の人間の誰も、こちらの様子にきづいていない。 いつもなら状況の異常さに総毛だったかもしれない。 けれど何故かそんな感じはしなかった。 これは、神様か誰かが与えてくれた奇跡なんだ、何故かそんな風に思えた。 ――明日の日を夢見て、希望の道を。信じあう喜びを大切にしよう。 ――今日の日はさようなら。また、会う日まで。 発車のベルがなり響いた。電車がゆっくりと動き出す。 風間くんの中で何かがはじけた。 気がつくと体が勝手に電車を追って走りだしていた。 「しんのすけ――っ!」 絶叫がその風間くんの口からほとばしった。 「しんちゃーん」 マサオ君とネネちゃんがその後に続く。 「君の前途に幸あれ」 ボーちゃんがその場にたったまま、低い声で言う。 「頑張ってね――っ!」 「しんちゃ――ん、元気でね――っ!」 「風間くーん! ねねちゃーん! マサオくーん、ボーちゃん、元気でねー!」 「しんのすけ――っ! 僕ら、ずっと、ずっと――!」 新幹線の速度は無情だった。 みんなの小さな体と声はあっという間に遠ざかり、見えなくなってしまった。 風間くんの最後の言葉も風の音にかき消されてしんのすけの耳には届かなかった。 でも、心には、届いた。 ――ずっと、友達だからな。 投下順に読む Back ゲイナー・オーバーNext 今日までそして明日から 時系列順に読む Back ゲイナー・オーバーNext 今日までそして明日から 298 GAMEOVER(5) 野原しんのすけ 306 今日までそして明日から
https://w.atwiki.jp/ooorowa/pages/284.html
さよならの時くらい微笑んで ◆SrxCX.Oges 「一夏さん?」 虚空に向かって名前を口に出すけれど、その名を持つ少年からの返事は無い。 それでも、まるで壊れたレコードが同じ一節を延々と繰り返すかのように、彼女はその名前を呼び続ける。 いつか成果が出るかもしれない、なんて甘い想像と共に。 「どこにいるんですかあ?」 とぼとぼと、よろよろと、ふらふらと。 アスファルトで舗装された地面の上を進むその足取りは不安定。 蛇行する軌跡は彼女が平常な状態と言えない証であり、乱れに乱れ続ける進行方向は彼女が明確な目的地を持たない証。 きっとどこかで逢えるはず、という程度の漠然とした指針が彼女を突き動しているだけだ。 「私、貴方のためならなんでもしちゃえるんですのよ?」 身体を動かす原動力はその胸にある。 邪魔者達からいくら傷を負わされようとも、敵を倒すためにいくら命を削ろうとも。 最後に生き残れば勝ちなのだ。それさえ満たせば、何より欲するモノを掴み取れるのだから。 欲望が戦う原動力となってくれる。だから前へ、前へ。 「だから早くここに来てくださいませんか? ねえ、一夏さん?」 午後六時と共に始まった定時放送の内容で彼女が唯一覚えているのは、織斑一夏という少年の名前が呼ばれたということ。 既に一人をその手にかけて、この空間における死というモノの存在感を確実に味わった彼女の頭が、その名が呼ばれたことの意味を理解できないわけがない。 それでも彼女は、告げられた絶対的な事実の方こそが偽りだというかのように一夏を探し求めていた。 答えの来ない呼びかけと、目的地の存在しない移動と、成果の出ない行為への覚悟の確認とを、ひたすらに続けていた。 「一夏さん、これで終わりなんて酷いお話、私は嫌ですわよ? 私の幸せには貴方が必要なんですの、おわかりでしょう?」 客観的な理論に対して私的な感情論を持ち出して、幼児の駄々にも等しい理屈をこねて。ただ虚しい我儘だけが、彼女に辛うじて最後の悪足掻きをさせていた。 申し訳程度に街灯が照らすだけの果て無い暗闇に包まれているなら、普通は不明瞭さゆえの漠然とした不安を抱きそうなものだ。 しかし、本来なら生じるはずのそんな不安さえ存在を許されないほどに、今の彼女の心は空っぽ。 目の前に存在する闇に劣らないほどに、今の彼女の両の瞳は真っ暗。 それは彼女が唯一縋り付けるモノ、恋い慕う少年への愛が行き場を失ってしまったために。 それでも。 彼女は女として求める愛の欲望のために、友情も倫理もとっくに捨ててしまったから。 「私、貴方が大好きなんですのよ……!?」 永遠に実らない愛だけを、支えとも呼べないような支えにするしか……ひとりぼっちのセシリア・オルコットには残されていない。 ◆ もしもこの理性が狂い果ててしまったならば、むしろ気楽な話なのかもしれない。 彼と共に生きらえる場所に戻るためだ、彼以外の者達がどうなろうと知ったことかと叫んで。標的と見なした他人を躊躇なく切り捨てて、その度に目指す到達点へ着実に近づく喜びを実感して、その果てに彼との日々を掴み取って。数多の犠牲の上に成り立つ自らの命を嘆き悲しむ彼の隣に座って、私が満足できるのだから十分じゃないかと言って、血濡れの身体で彼を抱き寄せて。 そんな道を歩むことが出来たなら、その惨さにも耐えうるほどに心が凍りついてしまったなら。彼以外の犠牲になど罪悪感を抱く必要もなく、彼ただ一人だけに向ける情愛を胸に抱き、前に進むだけで済むのだから。つまり、物事を簡単に考えられるという意味では気楽な話なのかもしれない。 千冬の頭が“織斑一夏のたったひとりの姉”として歩むはずの未来を想像する。しかし、想像を実現してしまおうかと考えるより先に、別の何かが頭を過る。 一夏のことを考えれば、彼に惹かれて集まった教え子達の姿が過ぎる。一夏と同じく、命の終末と共に仲間達との幸せな日々を奪われてしまった篠ノ之箒の姿が、箒と一夏を喪えば千冬しか親身になれる相手がいない篠ノ之束の姿が過ぎる。 一夏以外の者達のことを考えれば、箒の命を奪った真木清人の無機質な面構えが、探究心に溺れた井坂深紅郎の毒々しい笑顔が過ぎる。 修羅へ堕ちようとした千冬を護るため、そして正しい道へ引き戻すために、その拳を邪悪へ振るった仮面ライダークウガの雄姿が。今も佇む千冬の傍らで、静かに待ち続ける小野寺ユウスケの姿が過る。 一夏ではない者達に思いを馳せる行為を止めようとしない自分の姿に、はたと気付く。同時に、理解できてしまう。 ユウスケとの死闘から自ら手を引いた時点で、優勝を目指す資格などとっくに失くしていたことを。人間として、大人として、教師として今まで背負い込んだ数多くの責任を、自分の独善のために放って捨てるなど今更できないことを。 “織斑一夏のたったひとりの姉”ただそれだけで在りたかったと考えようと。 最早その未来を永遠に手に入れられないこの現実を、どれだけ悔しく、歯痒く思おうと。 守るべき生徒と討つべき敵と、今でも支えてくれる小野寺ユウスケの存在に気付いてしまったのだから。 織斑千冬が“織斑一夏のたったひとりの姉”ただそれだけで在り続けることは――もう、出来ない。 だから、答えは決まった。 最も守りたい存在であった一夏の死は、目を逸らさずに受け止める。その上で、まだ守れるかもしれない、いや、守らなければならない生徒達のために、一夏以外の者達のために戦う。だから、一夏の亡骸の前で立ち止まる時間はもう終わりだ。立ち上がり、別れを告げて、ユウスケと共に歩み出そう。 全てを振り切れないから、振り切らない。それが新たに、そして改めて見出した千冬の決意。 背負ったモノを捨てないということは、全てに目を向けなければならないということだ。 例えば、病院に辿り着くまではディバッグに入っていたはずなのに、いつの間にか消えてしまった地の石。 あれが万が一悪意ある何者かによって回収されてしまった時には、こちらの意向などお構い無しにユウスケはその魔力によって物言わぬ傀儡に成り果て、悪人の命ずるままに暴虐を尽くすことになってしまう。 それを嫌だと感じるのは、自分の命惜しさだけではなくユウスケの意思が踏みにじられることへの嫌悪感ゆえだろう。 例えば、悪行に及ぶだろう敵として挙げられる“一夏の偽物”。 奴への私怨が無いと言えば、やはり嘘になる。それでも先のことを見据えると、激情に身を委ねないための自制心を忘れてはならないだろう。幼く脆い生徒達を支えるべき立場なのだから、尚更だ。 例えば、敵対すべきもう一人の相手と思われた赤いグリード。 しかし、予想に反して奴は既に命を落としたらしい。千冬の首に巻かれた首輪のランプの示す色は赤だが、数時間前に病院を発った頃から暫くの間だけ紫へ変わっていたことがその証明だ。 そう考えたため、奴の関わった場所で確実に何らかの戦いが起こったに違いない以上、あのグリードの軌跡を追って事態を究明するべきだと判断した。とはいえ実際に戦闘があったと思われる地点へ到達したところで、フィリップ達が乗っていたはずのダブルチェイサーの回収くらいしか出来なかったのだが。 こうして振り返ってみると分かるのは、決意新たに歩み出してから今まで出来たことなど僅かに過ぎない、ただ歩み出したというだけも同然の現実だ。どんなに歯痒く思おうとも、それが現実だ。 そして、突き付けられた現実はもう一つ――あの放送の中で、フィリップ一人を置いて先に逝ってしまった翔太郎とアストレアと共に名を呼ばれた、教師として今度こそ守るべきと決めた生徒の一人、シャルロット・デュノア。 とても認めがたい二つの現実が持つ威力は、千冬の心を打ちのめすには十分だった。生徒の犠牲などもうこれ以上出さないと決めた矢先にこのザマだ。自分のエゴを捨てて進んだ道で待っていたのは、またも押し付けられた喪失感だというわけだ。なんと滑稽で、なんと残酷な話だろう。 それでも、折れるわけにはいかない。守りたいモノをもう手放さないと決めたから。守れなかった痛みだって背負って、それでもなお足を踏み出さなければならないのだから。 そうして軋む音に耐え続けた千冬の心にも、あと僅かで午後七時を迎えようという時になり、ようやく光が差すことになる。 バイクのヘッドライトが照らす前方で織斑千冬が見つけたのは、守りたいと願った少女の一人、セシリア・オルコットの姿だった。 ◆ 眩い光が視界を埋めたと思えば、誰かに呼ばれたような気がした そのまま何となく立ちすくんでいると、誰かが目の前まで駆け寄ってきた。 再び名前を呼びかけてくるその人物の顔をぼんやりと眺めてみる。 「あ、」 一瞬だけ、探し求めた少年の顔を見つけたのだろうかと期待して、しかしそれは一瞬で消える。 「やっと会えたか、オルコット」 「織斑先生」 その少年に顔立ちが似ているだけの女性、織斑千冬だったと気付くのに時間はかからなかった。 どうして怪我を負っているのか、誰かに襲われたのか、などと聞いてくるが答える気力が湧かない。 それなのに、ずっと問い続けた疑問をぶつけることは出来た。 「織斑先生。一夏さんは」 「一夏?」 「一夏さんは……どこにいらっしゃるんでしょう?」 この問いかけは純粋な疑問というよりも、半ば要求の意を持っていた。 あの眼鏡の言葉をただの妄言と笑い飛ばしてくれと、彼が今も何処かで戦っていると告げてくれと。虚ろな自分にまた自信を与えてくれと、望みを含んだ問いかけだ。 自分の知る人々の中でも指折りに強く理知的な千冬が断言してくれたなら、それだけで希望を抱く根拠としては十分なはずだったから。 「……」 目の前の千冬の顔が僅かに寂寥に染まり、目が伏せられる。 しかしその時間は数秒で終わり、真っ直ぐにこちらを見つめ直した。 「一夏は、もうどこにもいない」 たった一言で、セシリアの心が大きく波立った。 「少し前にこの目で一夏の遺体を見た。白式も奪われたようだが、それは回収した。さっきの放送を嘘だと思いたいのかもしれないが、あの内容は事実だ。だから一夏は……死んだ。おそらく、デュノアも同じだろう」 よりにもよって、貴方がそれを言ってしまうのか。 彼女がディバックから取り出した白の腕輪と、自分ではない誰かでさえが事実を認めてしまう言葉の二つがセシリアの胸に刺さる。 無理矢理に取り繕った砦が最後の止めとばかりにとんと突かれ、みるみる崩れさっていく。 もはや、言い訳する気力さえ湧かない。自分の願望など覆い尽くしてしまうように、この頭も心も、気が付いたら彼の消失を遂に認めてしまっていた。 「――ぁ、ああ、あ……」 身体を包む、暗い海の底へ溺れて沈んでいくような感覚。 悪夢はしょせん夢だと一笑に付すはずだったのに、現実として訪れてしまった。 彼を慕う心が実らないと決めつけられる瞬間、最も訪れてはいけない瞬間だというのに、現実はどこまでも我儘で、残酷だ。 「…………こんな……あんまり――」 涙は流れない。この一時間で既に出せる分は全て出してしまい、乾いた跡が二本だけ顔に残るだけだ。 悲鳴とも嗚咽ともつかない声が、震える口から途切れ途切れに零れていくのを止めることなど、とても出来るわけがなかった。 このまま放っておけば、この口から一夏への恨み言さえ出てしまうような気がした。 「……オルコット」 どこか慎重に、千冬が声をかけてくる。 「織斑先生、」 白いキャンバスにぽつりと新しい色を垂らすように、千冬の姿がセシリアの視界に映り込む。 織斑千冬。 ――織斑一夏のたった一人の肉親。セシリアよりずっと長く一夏と寄り添って生きてきた姉。恋愛とは異なる形で一夏を愛し、また一夏に愛されていただろう人。 ――今のセシリアと同じ絶望に呑み込まれているに違いない女性。ある意味で、鏡写しになった自分の姿。 「……お前の気持ちも、決してわからなくはない」 やっぱり、思った通りだ。 彼女なら、この気持ちをわかってくれるはず。再び涙が流れ出した時に、受け皿になってくれるはず。 「私、」 千冬に何を言おうとしているのか、セシリア自身にもわからない。 でも、千冬に少なからず期待を抱いたから声を出したのだ。胸を穿つ喪失感に対する共感を、どうしようもない痛みを分かち合える一言を貰えると。 だって、二人は一夏に置いてけぼりを食らったひとりぼっち同士なのだから。 やっと見つけられた、いつまでもいつまでも暗闇の中で一緒に佇んでいられる相手だと確信していたから。 だから。 「……だが、今は鳳やボーデヴィッヒを探そうと思う。私とここにいる小野寺と一緒に、お前も来い」 「――――――――え?」 次に紡がれた千冬の言葉に、ただ愕然とするしかなかった。 「ここから抜け出すには、まずあいつらを見つけてやらんことには始まらない。連中を倒すのに力がいるというのもあるが……まあ、これ以上真木の思い通りになって死なせるわけにいかないだろう」 どうして、千冬はこんな話をしているのだろう。一夏が死んだというこの時に。 「とりあえず一緒に行動するだけでも安全は確保できるはずだ。……お前も今すぐ力になれ、とは今は言わん。ただ、最低でも私たちとは一緒にいるべきだ」 どうして、千冬はこんなに冷静なのだろう。何の希望も見いだせずに立ち尽くすのが自然な姿のはずなのに。現に、今のセシリア自身がそうなのに。 「できるか?」 どうして、千冬は鈴音の話を、ラウラの話をしているのだろう。 一夏ではない誰か“なんか”の話をしているのだろう。 セシリア・オルコットには、織斑千冬が理解できない。 ◆ 千冬が一夏の死を嘆くように、ユウスケは18人もの死を突き付けられたことに衝撃を受けていた。 それだけではない。死者として名を連ねられた者達の中には左翔太郎がいて。彼が話に聞いたというワイルドタイガーの仲間のヒーロー二人がいて。アストレアがいて。彼女の友人の平和な日常で生きるべき少女がいて。千冬が守ると誓ったはずの生徒の一人がいて。それなのに井坂を始めとした名前を把握している悪人達は、赤のグリードとキャスターを除けば誰も呼ばれない。 放送が終わると共に胸中に生まれるのは、誰かの笑顔が不条理に消されてしまった嘆き。上乗せされる、蔓延る邪悪を防げなかった無力感。さらに叩きつけられる、いつかまた会おうと誓った仲間を奪われた悔しさ。悪に抗う意志が折れることは無くとも、消せない確かな傷を負わせるには十分だった。 だから尚更、守れなかった人がいるならば、せめて生きていると分かった人達だけは守りたい。悪意を撒き散らす敵が立ちはだかるなら、力の行使に躊躇いは無い。改めて、覚悟が形作られる。 その覚悟は……朧げだった士との向き合い方にも、僅かに方向性を見出させていた。 誰かの笑顔を守るユウスケの笑顔を守ろうと言ってくれた仲間との友情は、知らぬ間に変わり果てた悪と見なした義憤を天秤の反対側に置いたところで、やはり切り捨てられないだけの価値があると思う。 それでも、この六時間で味わわされた危機感と悲しみと、犠牲者の象徴として見せられた千冬の顔が、ユウスケに一つの決断をさせていた。 士が士自身の意志で“破壊”のための戦いに身を投じた理由を知り、本当に、本当に改めることが不可能だと分かってしまった場合は……仮面ライダークウガとして“世界の破壊者”ディケイドと対峙するべきなのだろう、と。 身に付けた全ての力を以て――道中に千冬から聞いた話によると、井坂との戦いの中で“赤の金のクウガ”が発現したらしい。叶うならばこの力も得たい――彼を止めるのが、かつての仲間としての責務だろう、と。 士の笑顔を奪いたいなど絶対に思えないけれども、心を押し殺してでも拳を振るうしかない時が来たならば、逃げ出すことはしたくないから。 守る覚悟と、戦う覚悟と、そして不確かながらも悲痛な覚悟。それが、感傷を経て抱いたユウスケの覚悟だった。 でもそんな先のことよりも、今は目の前にいる笑顔を失くした人達とここで向き合うのが先だ。 一人目が、今にも泣き出しそうな顔のセシリア・オルコット。 ユウスケにすら一目でわかるほどに彼女が希望を失った一番の理由が千冬と同じく一夏の死にあることは、千冬から聞かされた情報とセシリア自身の問いかけから明らかだった。尤も、家族愛と恋慕の情という意味では千冬の場合と異なるのだが。それに口には出していないが、友達のシャルロットの死も関わるのだろう。 彼女を励まそうにも、此処で初めて出会ったセシリアと積み重ねた時間は無いに等しいのだから、千冬のような親愛する者として触れあい励ますやり方はユウスケには選べない。 それでも、みんなの笑顔を守る仮面ライダーとしてなら語りかけられる。 大切な人を奪われるのは誰にとっても悲しいことで、心から望まぬ道を強いられるのも誰にとっても悲しいことで、だからどんな理由でも穏やかな日常を生きるべき子が道を踏み外すのはとても悲しいことだ。 憎悪に身を委ねて自らの身を傷つけ続けるより、遺された者と一緒に身を癒す方が最後には幸せになれるはずだ。 敵ばかりの環境が傷を癒すことを許さないというのなら、その環境こそ仮面ライダーとして許せない自分が身を挺して時間を稼げばいい。 そうして励ますことなら出来るから、セシリアに届けと言葉を紡いだ。セシリアが少しずつでも一夏のいない日々を受け入れて、笑顔を取り戻せるようにと願いながら。 そして、同じく笑顔を見せてほしい二人目の女性が、険しい面持ちの織斑千冬。 しかし、ユウスケが千冬の笑顔を見たことは無いのだと言えば嘘になる。たった一度だけ、彼女の笑顔を見ているから。 一夏を埋葬した簡素な墓地から旅立つ時のことだった。新たな一歩を踏み出す決意を言葉にして、心配をかけまいとするために胸を張り、最後にさよならを告げた時、千冬は確かに笑っていた。 どことなく不器用な、少し触れるだけで崩れ落ちてしまいそうな、儚い微笑みだった。 きっと悲しみに完全に呑み込まれない千冬の強さの表れで、同時に悲しみを表に出すわけにいかない千冬の強がりの表れだったのだろう。 人の笑顔はかくあるべきだ、などと語る気はない。たとえ快活に見えなくとも、今の千冬が彼女なりに形作れる笑顔だというなら受け止めるべきだ。そのことをわかっているから、完全とは言えなくとも千冬が立ち直ったと理解したと同時に首輪の中でセルメダルが増える感覚を得た。誰かの行為を見届けるというのもまた、一つの欲望なのだろう。 それでも、たとえ高望みを強いているのだとしても、いつか千冬には別の笑顔を見せてほしいとも感じていた。本当は哭いてしまいたいのではないかと見る方に疑わせることのない、心からの希望を感じさせる笑顔になってほしいと思ってしまう自分の心は、偽りたくなかった。 だから、一夏を喪った少女の痛みを癒そうと努める千冬が、今も同じ痛みを抱えたままだとわかってしまうから。今じゃなくても、 いつか彼女も共に笑顔になってほしいから。 遺された大切な人達の笑顔を守るために戦う彼女も、自分の力で守りたい。なんて、改めて願うのだった。 ◆ ――千冬への不可解が短い時を経て変質した姿は、名付けるとしたら“失望”だ。 セシリアと異なる形とはいえ、同じく一夏を強く愛していると思っていた千冬。ただ彼のためだけに共に慟哭するはずだった千冬。 でも、一夏以外の誰かが云々とさも重要そうに語る姿を見る限り、どうやら彼女への印象は勘違いに過ぎなかったようだ。 誰よりも一夏を恋い慕っているセシリアが、こうして動けなくなってしまっているのに。一夏の存在はそれだけ大きいのに。 ならば、同じく彼を愛していながら何事も無かったかのように振る舞っている者がいるのだとしたら……それは、その者の彼への愛は結局その程度だったという話なのだろう。 セシリアには今や全くどうでもいいモノに執心できる余裕があるのは、一夏の死を“そんなことより”の一言で流してしまえるからに違いない。 セシリアを絶対の基準として考えれば、今の千冬は全く異常だと言わざるを得ない。 だから、千冬は一夏に矮小な愛しか注いでいなかったという結論にしか繋がらない。 織斑千冬“なんか”が、セシリアの真の理解者となることは有り得ない。 そうだ。そうに決まっているじゃないか。 「……私も一夏を失くして悲しくないわけじゃない。それでも、戦うことは出来るさ」 ああ、なんて腹立たしい。 人生と最も嘆き悲しむべき時にどうでもいいモノを見つめられる人だったなんて。 セシリアと千冬の間に、まさか隔絶させた意識の差が存在したなんて。 救いようのない薄情者のくせに、家族愛という一夏からの想いを享受していたなんて。 ほんの一瞬だけでも千冬に何かを期待したセシリア自身に、そして応えられもしないのに期待だけ抱かせる真似をした千冬に腹が立つ。 なのに、千冬はセシリアを内心で落胆させるだけでは終わらない。 「オルコット。時間はかかってもいい。だから、道だけは踏み外すな」 「……俺も、君には幸せになってほしい。今はまだ難しいかもしれないけれど、君にも友達と一緒に笑ってほしいと思う」 千冬の手がこちらへ差し伸べられる。さあ、お前も一緒に一夏のいない明日を生きようじゃないか、と。 何やらしきりに口を挟むユウスケとかいう男と仲良く、一夏ではない何かについて説いている千冬の示す明日とは、果たしてどんな明日だろうか。 遺された人間をセシリアとセシリア以外に分けたとして、そこに生きる人間は全てセシリア以外の人間だ。 一夏の喪失を些末とみなす千冬や、そもそも一夏のことを知りもしないユウスケのような連中が蔓延る未来だ。 その中にセシリアを仲間入りさせたいというのはつまり、セシリアもその世界の住人となる条件を満たせということだろう。 一夏以外の誰かのためにに惚けろと。 一夏抜きで仲良しの輪を作りその中で戯れろと。 一夏のいない世界に呑み込まれた人間の象徴である、織斑千冬のようになれと。 奇異で耳障りな理屈をこねるその連中は、最後にセシリアの気持ちに対してこう告げるのだ。 「……全てが終わったら一夏と、篠ノ之と、デュノアを弔って、そして皆で学園へ帰るんだ」 お前の一夏への愛など、別のモノで上から塗り潰してしまえ。 ――期待を裏切られた失望は、やがて“憎悪”になる。 「織斑先生」 だから、答えは決まる。 一夏への愛を真に理解できない連中と手を取り合うなど、一夏のいない日常に染まるなど、絶対に。 「……わかりました。一緒に行かせてもらいます」 絶対に、拒絶する。 一夏のいない明日なんて、要らない。 目の前にいるのが無為な世界に連れ出そうと付き纏う連中だから、消し去るために武器を手に取るだけだ。 しかし疲弊した今の身体には、銃を武器にする力は無い。ならば、彼らの独善に愛されるこの身体を武器にすれば良い。取り入って庇護されて、身体を癒してメダルを増やして、チャンスが巡った時にこそ改めて銃弾を浴びせればいいだけの話だ。 「今の私に何が出来るのかわかりませんけれど、何か、したいとは思うんです」 どこの誰とも知らない者を愛する奴がこの命を狙うから、取るに足らない者と愛を築く奴がこの情熱を取り除こうとするから、抗うために戦える。 これが、この身を動かす原動力。 「……よし」 千冬の右手にそっと髪を撫でられる。鬱陶しい、とは言わないでおこう。 「セシリアちゃん、俺達の来た方向には誰もいなかった。俺達がまだ言ってない方向に行こうと思うんだけど、どうする?」 「え? ああ、でしたらあちらの方へ行きましょう」 身の安全を確保するために、まずはセシリアの本来の目的を知るラウラ達から逃げるべきだろう。 彼女らとの遭遇を避けられそうな方向を指定して、案内されるままにサイドカーに乗り込む。私の隣に座るべき男は断じてお前じゃない、とも言わない。 「わかった。ここも危険だし、はやく行こう」 「へ、なぜ?」 「あと一時間で禁止エリアになるという意味だが……オルコット、聞いていなかったのか?」 そう言って、聞き逃した情報を教えてくれた。この点は素直に感謝しよう。 名簿に印をつけていない総勢47人の名前を眺める。効率的に命を守るために協力できそうな青陣営の参加者は何人だろうか。そして、自分の志向を否定しそうな邪魔者は何十人いるのだろうか。などとぼんやり考えながら。 唸りを上げ始めたバイクのエンジン音が耳に届く。出発の時が迫ると知ると共に、やり残したことに気付いた。 「織斑先生」 「ん、何だ?」 それは、ただの自分の意志の再確認。 彼女らをこんなにも近くに寄り添わせて時間を共に過ごすのは、あくまで殺すまでの準備期間。 この先で何が起ころうと、彼女らと心を通わせることはない。 いつか別れを迎えるための確固たる殺意と、それを悟らせないための念押しとして。 「ありがとうございました」 「……ああ」 感謝の言葉を捧げてやった。上手く笑えていた、と思う。 【一日目 夜】 【D-3 路上】 【小野寺ユウスケ@仮面ライダーディケイド】 【所属】赤 【状態】健康、ダブルチェイサー(バイク部分)に乗車・運転中 【首輪】15枚:0枚 【コア】クワガタ:1 【装備】ダブルチェイサー@TIGER BUNNY 【道具】なし 【思考・状況】 基本:みんなの笑顔を守るために、真木を倒す。 1.千冬さん、セシリアちゃんと一緒に行動する。 2.千冬さんとみんなを守る。仮面ライダークウガとして戦う。 3.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。 4.“赤の金のクウガ”の力を会得したい。 5.士とは戦いたくない。しかし最悪の場合は士とも戦うしかない。 6.千冬さんは、どこか姐さんと似ている……? 【備考】 ※九つの世界を巡った後からの参戦です。 ※ライジングフォームに覚醒しました。変身可能時間は約30秒です。 しかし千冬から聞かされたのみで、ユウスケ自身には覚醒した自覚がありません。 ※千冬が立ち直ったこと、セシリアを保護したことによりセルメダルが増加しました。 【織斑千冬@インフィニット・ストラトス】 【所属】赤 【状態】精神疲労(中)、疲労(小)、深い悲しみ、ダブルチェイサー(バイク部分)の後部座席に乗車中 【首輪】130枚:0枚 【装備】白式@インフィニット・ストラトス、シックスの剣@魔人探偵脳噛ネウロ 【道具】基本支給品 【思考・状況】 基本:生徒達を守り、真木に制裁する。 1.小野寺、オルコットと一緒に行動する。 2.鳳、ボーデヴィッヒとも合流したい。 3.一夏の……偽物? 4.井坂深紅郎、士、織斑一夏の偽物を警戒。 5.小野寺は一夏に似ている。 【備考】 ※参戦時期不明 ※白式のISスーツは、千冬には合っていません。 ※小野寺ユウスケに、織斑一夏の面影を重ねています。 ※セシリアを保護したことによりセルメダルが増加しました。 【セシリア・オルコット@インフィニット・ストラトス】 【所属】青 【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、精神疲労(極大)、倫理観の麻痺、一夏への依存、ダブルチェイサー(サイドカー部分)に乗車中 【首輪】5枚:0枚 【装備】ブルー・ティアーズ@インフィニット・ストラトス、ニューナンブM60(5/5 予備弾丸17発)@現実 【道具】基本支給品×3、スタッグフォン@仮面ライダーW、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII@インフィニット・ストラトス 【思考・状況】 基本:一夏さんへの愛を守り抜いてみせましょう。 1.一夏さんが手に入らなくても関係ありません。敵は見境なく皆殺しにしますわ! 2.一夏さんへの愛のためなら何だって出来ますの……悪く思わないでくださいまし。 3.一夏さんへの愛のために行動しますの。殺しくらいなら平気ですわっ♪ 4.織斑先生達の前では殺し合いに乗っていないフリ。賢い生き方を、ですわ。 【備考】 ※参戦時期は不明です。 ※制限を理解しました。 ※完全に心を病んでいます。 ※一応、青陣営を優勝させるつもりです。 ※ブルーティアーズの完全回復まで残り5時間。 なお、回復を待たなくても使用自体は出来ます。 【共通備考】 ※三人は少なくともラウラ、フェイリス、イカロスがいないと思われる方面に移動するつもりです。 084 絞【ちっそく】 投下順 086 イグナイト(前編) 084 絞【ちっそく】 時系列順 086 イグナイト(前編) 048 Oの喪失/失われた日々 小野寺ユウスケ 100 儚き憎しみに彩られた悲痛の幕開け~獅子身中の虫~ 織斑千冬 079 ろくでなしブルース(前編) セシリア・オルコット
https://w.atwiki.jp/nishiparo/pages/77.html
15 羽目を外すとは、多分、こういうことをいうんだろう。 ミニスカートが宙を舞っていた。 「《冬山で雪女に遭遇 ただしマッチョで色黒 なおかつ死因は撲殺》みたいなっ!!」 勿論ミニスカートが自由意志で飛ぶわけもなく、それは誰かに投げられたと考えるのが、論理的に極めて妥当なところだろう。 そして胡坐を掻くぼくの前に落ちているミニスカート。 智恵ちゃん家に一緒に来たとき、巫女子ちゃんの穿いてたものと、寸分違わずとてもよく似ていた。 ベランダに陣取るのはむいみちゃん。 「あたしは――あたしを許してるぅうううぅうううぅううううぅ~~~~~~~~~~っ!!」 似合わないと思っていた白衣が、意外なことに結構似合っている。 でも、どこか、戯れで巫女子ちゃんが着せたときから、ぼくは違和感を感じていたのだが、それがなんだかいまになってわかった。 後姿を見たからわかった。 窓ガラスを全開で叫ぶその姿は、バリバリ特攻服にしか見えない。 近所迷惑も大概だが、時刻はまだ八時にもなってないので、この程度のご乱行なら、まあギリギリ大目に見てもいいだろう。 今夜は珍しく彼女も酔っていた。 玄関で土下座したみたいな格好で、さっきから、ぴくりともしないのは秋春くん。 またしても電車が混んでいたらしく、毎度の事ながら遅刻した罰ゲームに、すでに酔ってきていたむいみちゃんに、駆けつけ十杯なんて 無茶をさせられて、来てから三十分ほどで早々にダウン。 最後の一杯がスピリタスだったのが、おそらくは彼の早過ぎる退場の原因だろう。 ダイイングメッセージはない。 そして彼女。 「今日は来てくれてありがとね。いっくん」 落ち着いた感じで礼儀正しく話す彼女も、さっきまではえらく酔っていたのだが、いまはアルコールがいくらか醒めたみたいだ。 良い子のポジションの彼女。 一人で酔っ払い軍団を相手しなければならないと思ってたので、これは敵の戦力を削っただけでなく心強い援軍でもある。 「…………」 だからここではあえて何も言うまい。 ぼくの身体のあっちこっちに、赤い斑点を付けたことには。しばらくは人前じゃ風呂にも入れない。 「いや、別に礼を言われるようなことじゃないと思うけど」 「でもいっくんは、いまもこういうの、嫌いってほどじゃなくなったかもしれないけど、あまり好きでもないんでしょ?」 ぼくと彼女は決定的に違う。 だけれどどこか似た匂いのするこの家の主、智恵ちゃんは気まずそうに、しかしそれでも、当たり前のようにその台詞を言った。 正面に愛らしくちょこんと座って、ぼくの表情を見つめる円らな瞳。 それはまるで。 見透かすように。 脳内を裏側から覗くように。 周りははっちゃけて大騒ぎしているが、ぼくと智恵ちゃん、二人の共有する空間だけは、台風の目の中のように静かだった。 「そんなことはないさ。四年前とかと比べたら、大分この雰囲気にも慣れたぜ?」 「確かに慣れたみたいだけど、やっぱり、好きではないんでしょ?」 「そんなことはないさ。中々に楽しいもんだ」 「嘘だね」 「本当だよ」 「嘘だよ」 「嘘だけどさ」 くすり、と智恵ちゃんは可笑しそう笑う。 その瞳に映る寂しさも悲しさも、無論消えてなどはいないが、勿論消えるわけもないが、本当に心から笑ってるみたいに見えた。 「…………」 ぼくは戸惑う。 江本智恵がそんな風に笑ったことに戸惑う。 その笑顔はもうすでに、二十歳を越えてるのに、ぼくよりも一つだけど年上なのに、あどけない少女みたいで可愛らしかった。 「…………」 まぁ、そうは言ってみたものの、ぼくよりも八つ年上で、まんま中学生のような三つ子もいるけれど。 ロシア語で絶望の果てを意味する鴉の濡れ羽。 あの人たちは、あの島の住人たちは、今頃一体全体どうしてるだろうか? 毎月毎月社交辞令のように送られてくる招待状。 またポストに入っていたら、日本海に浮かぶ孤島に、ほんの少しだけ、メイドさんも居ることだし、行ってもいいかな、そう思った。 ぼくのメイドさんたちは、あの三姉妹は元気だろうか? 「はい、これ。いっくんは2Pね」 「はい?」 物思いに耽っていたぼくの手に、智恵ちゃんが何かを握らせる。見るとそれは、黒く四角く重厚な――。 「スタンガン?」 「コントローラーだよ」 答えながら智恵ちゃんがプレステのスイッチを入れると、ジョオォォオン、と音を立てながら、テレビ画面に浮かぶソニーのロゴ。 「グランツーリスモ。いっくんとは、まだ対戦したことないよね?」 「……うん。でもカーレースは、助手席だったけど、先週嫌になるくらいやったから……」 と。 “パサッ” 「うん?」 ぼくの頭に何か軽いものが乗っかる。手に取ってそれを見た。布地がふんわりとしてて柔らかい。 「…………」 「…………」 しばしそれをじっと眺めてから、これはアレですか? わかりきった答えを確認するために、ぼくは智恵ちゃんを見ようとして。 “バシンッ!!” 背中を叩かれた。 女の子の力であっても、不意打ちなので結構痛い。 「《貞子のビデオを見て今日で七日目 ただし場所は伽耶子の家》みたいなっ!!」 などと言いつつ巫女子ちゃんは、ぼくの首に腕を廻して、しなだれかかるように抱きついてくる。 背中が柔らかい。 手にしてるものを見る。 「…………」 背中が柔らかい。 酔ってる所為なのかどうなのか、巫女子ちゃん、男に対する警戒心が、かなり猛烈に薄くなってるみいたいだ。 これは注意しておくべきかも知れない。 ぼくだからいいようなものの、そうじゃなかったら、勘違いされても仕方ないくらいの、くらくらと眩暈がしそうな大胆さだ。 天真爛漫にもほどがある。 そういう女性のある意味では無責任な部分が、大人しい羊だったはずの男を、一瞬で獰猛なオオカミに変貌させるのだ。 「巫女子ちゃん」 声のトーンを落とす。 この娘に注意をするときは、少し大人気ないくらいに、キツめに言わないとてんで効果がない。 「そんな格好で男に抱きついたりしたら、押し倒されても文句は言えないよ。巫女子ちゃんは、押し倒されたいのか? どうなんだ?」 言葉をもっと選ぶべきだったろうとは思う。 女の子に対してこれは、あんまりな言い草だ。 巫女子ちゃんは押し倒されても文句は言えないが、ぼくは泣かれても文句は言えないだろう。 でも背中から聴こえてきたのは、堰を切ったような嗚咽などではなく。 「べ、べつにいいよ…………………………………………………………………………………………………………………………いっくんなら」 と、上ずりドモッた声で、巫女子ちゃんはそう言った。 最後に小さく小さくぼそっと、何か言ったようだが、残念ながらぼくの鼓膜は、その声を聴き取れなかった。 「巫女子ちゃん、そんなこと言うもんじゃない。もっと自分を大切にしなきゃダメだよ」 我ながらこの台詞は言ってて恥ずかしい。 どの面下げて言ってるんだ。この《戯言遣い》は。 ぼくを見つめる智恵ちゃんの視線が、嫌が上でも羞恥心を煽ってくれる。 にこにことにこにこと、本当に愉しそうに、ぼくと、ぼくに抱きついている巫女子ちゃんを、眩しそうに見つめていた。 「いっくんには、巫女子ちゃんがいるんだね」 自分の右肩の後ろ辺りを、くるんと、円を描いて指さす智恵ちゃん。 ぼくに抱きついてる巫女子ちゃんの指先が、何だかモジモジとゴニョゴニョと、組んでは離してを延々と、飽きもせずにくり返してる。 懐かしいと、ふっと思った。 在神館地下食堂。 出会ったあのときから、青井巫女子という名の女の子は、リアクションを取ってなきゃ気がすまない。 あれ? いつの間にか手に何か持ってるぞ。んん? 携帯ストラップネックレスか? こんなのまだ持ってたんだなぁ。 ぼくは一度聞いた声は忘れない。X/Yは筆記体の反転鏡文字。巫女子ちゃんの誕生日は四月二十日。 何もかもが傑作なくらいに懐かしい。 と。 まぁそれはそれとして、いまはそんなことよりも。 「……《あーあ》って、ここで言ったら、それでオチつくかな?」 「どうだろうね」 片目をつぶって問い掛けるぼくに、智恵ちゃんはにっこりと優しく微笑んだ。 16 始まりは一本の電話だった。 朝から聴くと妙な気分になる Let s Dance。ぼくの携帯がけたたましく鳴っている。 “ピッ” あまり考えもせずに出てしまった。 これが間違いの一歩目。 まあ例え確認してもしなくても、結果は何も変わらなかったろうが、せめて誰から掛かってきたかぐらいは、確認するべきだったろう。 「あはは、少年。あはははは。あーはははははは。あーははははははははは…………」 聴こえてきたのはいきなりの大爆笑。 「やーい。やーい。ざまーみろ。そいじゃ少年、まったねぇ~~」 狂ったみたいに笑うだけ笑って、そいで言いたいことを言うだけ言ってから、電話は一方的に切られた。 「…………」 着信履歴を見ると、当然のように番号は非通知。 だがいまの電話が誰からのものかは、ぼくはわかりたくもないのに、はっきりと確信を持ってわかる。 残念なことに。 あんな風な《頭の回路がショートでもしてんじゃねぇか?》みたいな電話、ぼくの知り合いでは唯一ただ一人しか掛けてきやしない。 「おっ?」 何て考えたらまた電話が鳴った。 “ピッ” 即座に出る。ぼくも本当に懲りない男だ。……というより馬鹿なんじゃなかろうか。 「きみみたいなやつにだけは、言われたくはないんだね」 切れる。 「…………」 ぼくはそのまましばしの時間、ツーツーツーツーと、耳朶を打つ音を聴きながら固まっていたが、やがてそれにも飽きて呟いた。 「あなたに電話番号、ぼく教えてましたっけ? 真姫さん」 今更そんなのは、あの人に対して、愚問もいいところだけどさ。 真姫さんにとって個人情報保護法などは、きっと笑いのタネでしかないのだろう。 しっかし。 だからあの人は嫌いなんだよ。 何て言ってた。《ざまーみろ》って言ってたのか? 放っとけよなもう。人の不幸な未来を嬉々と実況中継すんな。それも滅茶苦茶中途半端に。あんたはノストラダムスかよ。 “コンコン” 「失礼します。ご在宅でしょうか?」 と。 一体全体どこからどんな不幸がやって来るのかと、押入れの体育着が崩子ちゃんにでも見つかったのかと、いらない心配までして、 頭がくらくらしてきたぼくの耳は、控えめなノックの音と慎ましやかな声を捉えた。 「…………」 これか? これなのか? これがそうなのか? 早くも来やがったのか? それはいささかせっかち過ぎる。まだ心の準備が、開き直りが、諦めが、ぼくは全然まったくできてはない。 ぼくはそ~~っと足音を忍ばせて、扉にぴたりと張り付くと、魚眼レンズで慎重に外を窺う。 「あれ?」 ぼくの良く知っているメイドさんが、手を前に揃えた可愛いポーズで、この職業の正装であるエプロンドレスを着て立っていた。 でも。 「さて……これは誰だろう?」 ぼくにだって希望がないわけではない。 彼女だろうか。 いや、彼女かもしれない。 できれば彼女がいいけれど、まあ、彼女でもいいだろう。 しかし、彼女も捨てがたい……。 「…………」 やっぱ誰でもいいのか。 とりあえず、眼鏡をしてはいないので、てる子さんではないだろうが、後は話してみないことには、ぼくにはちょっと判別できない。 あかりさんorひかりさん。 丁か半か。 “ガチャッ” そんな心境で扉を開ける。 この不確定な状況を、もうしばらく楽しんでいたいというのはあるが、可愛い可愛いぼくのメイドさんを、寒い廊下に淋しくポツンと、 いつまでも立たせておくわけにもいくまい。 「どうも。ひさしぶりです――」 はたして後に続く台詞は、あかりさんと言おうか、ひかりさんと言おうか、そのときぼくは考えてなかったのだが。 「…………」 「……ん?」 そもそもそんな必要はなかった。 現在はまだ正体不明のメイドさんは、扉を開けて腹部ががら空きになったぼくに、無言です――っと身を寄せてくると。 “ドンッ” 「うぇ!?」 目の前が吐き気をともなって暗くなる。 この距離でどうしてそんなに威力があるのかと、惚れ惚れするくらい見事な正拳を不意撃つで叩き込まれた。 「あぐぅ……ぐ、ぐ…………」 がくんと、脚が崩れる。 「…………」 よろよろと倒れ込んでくるぼくを、メイドさんはす――っと、近寄って来たときとは逆回しのように、無言のままあっさりと避けた。 「ぐぅ……あ……ああ……はぁ…………」 みっともなく四つん這いで、ぼくは寒く冷たい廊下に蹲る。 意識が電池切れみたいに途切れる前に、首を捻って最後に見た光景は、エプロンドレスから眼鏡を出して、虚ろな瞳でぼくを見下ろす、 てる子さんの姿だった。 17 目が覚めたらベッドの上だった。 起き抜けで焦点が定まらない。ってかそれだけでは説明がつかないほど、頭がぼ~~っとしている。 しかし、それでもすぐに気づいた。 自分の部屋じゃないことに。 なにせ天井がべらぼうに高かったし、ところどころの部屋の調度、いや雰囲気が、嫌味なく上品に、とてつもなく豪奢すぎる。 「…………」 そしてなにより、ぼくの首筋に、ぎゅっと抱きついているぬくもり。 例えお気に入りの抱きまくらにだって、これほどのものは、決して奪われはしないが与えてももらえない。 円らな瞳を見開いて、いつからそうしてたのだろうか、にこにことぼくに微笑んでる。 「うぃす。……おはよう……ところでさ、お前、何してんだよ?」 そう訊いたぼくに、それを待ってましたとばかり、そいつはさらに一層笑みを深くした。 大きく息をすぅ~~っと、目一杯吸い込んで、誇張なしに滅茶苦茶広い部屋に、小さな身体から特大の声を響かせる。 「じゅ~~~~~~~~~~で~~~~~~~~~~んちゅ~~~~~~~~~~!!」 なるほど。 玖渚は只今充電中らしかった。 「……友、それはいつものことだから、充電は勿論いいけど、ここは一体全体どこなわけなんだ?」 何とはなしにどことなく、見覚えがある気は、するようなしないような。 「うに? ここ? ここはイリアちゃんのお家だよ」 玖渚はさらにさらに、ぎゅっとぼくの首筋に抱きつきながら、にこにこしながら当たり前のように答える。 「そうなんだ」 「そうなんだよ。でも僕様ちゃん安心したよ。このまま出番ゼロかと思った。ドキドキしてたのは、いーちゃん以外は内緒なんだよ」 「そっか。そりゃ悪いことしたな」 「ううん。別にいいよ。いーちゃんが僕様ちゃんを忘れるわけないもん」 確認するのも馬鹿らしい。 ぼくと玖渚の関係。ぼくと玖渚の空気。ぼくと玖渚の繋がり。 二人の間に、余計な説明や、余分な釈明や、無駄な台詞や、無為な質問や、邪魔な言葉は一切いらない。 しかし今回ばかりは、それにちょいと、甘え過ぎたようである。 「まあそりゃな。でも正直、お前や哀川さん、それに真心みたいのは、切れすぎる手札だから、簡単には使えなかったりするんだ」 ぼくはぼくなりに気を遣ったのだが、どうもそれが、返って裏目に出たみたいだった。 ごめんな。 心の中だけで短く謝ると、黒髪を撫でつけながら、ぼくはゆるりと部屋を見回す。 玖渚の好きな色。 部屋にあるあらゆるものが、純粋な白一色に統一されていた。 鴉の濡れ羽島。玖渚友来賓仕様。 「なあ友」 「なんじゃらほい?」 「この部屋ってさ、いつ来るか、いや二度と来ないかもしれないお前の為に、なのにいっつも白いままなのかなぁ?」 「うに? うにうに? うううん。それはないと思うよ。予め来るのがわかってるから、その都度用意してくれるんじゃないかな?」 「ふ~~ん。ま、そりゃそうか……って、待ってくださいよ玖渚さん」 すると玖渚は今日のことを、事前に知っていたわけか? 「うん。知ってたよ。ちなみにいーちゃん、島に来てから今日で二日目だよん」 「二日目?」 えっ? ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。なんですか? ぼくはこの島に来てから丸一日、意識不明だったってことか? それって結構ヤバかったんじゃ。 「うにー。それは大丈夫だと思うよ。てる子ちゃんパンチが原因じゃないから、クロロホルム嗅がせすぎたんだってさ」 「……そうか」 いや待て。 クロロホルム嗅がせすぎで、丸一日意識不明って、そっちも十分以上にヤバいだろう。 大体からして、クロロホルムとか持ってんだったら、初めっからそっち使えよな。腹部が思い出したようにズキズキしてくる。 “コンコン” 「友さん、わたしです。いま宜しいいでしょうか?」 ついでに頭もくらくらしてきたぼくの耳は、控えめなノックの音と慎ましやかな声を捉えた。 「全然問題なく宜しいよ」 「失礼します」 “ガチャッ” 言って室内に入ってきたのは、勿論エプロンドレスを着たメイドさんである。これははたして……誰なんだろうか? 「あ、お目覚めですか」 半身を起こしたぼくに、そのメイドさんは、決して演技などではなくて、心底ほっとしたように、その胸を撫で下ろしてくれる。 「……どうも」 そんなわけでこのメイドさんは、三姉妹の次女、ひかりさんだった。 「てる子ったら薬の量を間違えたみたいで、もう起きないんじゃないかと心配しました。姫菜さんは平気だって言うんですけど……」 ひかりさんは安心した顔をしてるけど、まだいくらか心配そうでもある。 この人のちょっとした優しさは、毎度のことだが結構嬉しい。 「ああ、本当に大丈夫ですよ」 こういうのも慣れてる方だし。 良いものか悪いものかを考慮しなければ、ぼくはこの歳にしては、経験だけはそこそこ多い方だ。 自慢にならないものの方が、隠しておきたいものの方が、記憶から抹消してしまいたいものの方が、圧倒的に多いのが問題ではあるが。 「そろそろお夕飯の時間ですけれど、お腹は空いてらっしゃいますか?」 壁に掛かってる大仰な白い時計を見ると、時刻は七時少し前を指し示している。 「ペコペコです」 今時こんな表現する人いないよな、そう思いながら言うと、ひかりさんはにっこりと微笑んだ。 「それではダイニングへお越しください。他の皆さんはもう席についておられます」 「はぁ……」 他の皆さん、ね。 お腹は空いてるけど、正直、行きたくねぇなぁ。 「お嬢様もあなたを待っておられますし」 行きたくねぇなぁ。 「僕様ちゃんも、いーちゃんに付き合って何も食べてないから、お腹がペッコペコだよ。早く行こ。でもその前に、髪くくって」 「……わかったよ」 こいつに言われてしまえば否応もない。 ぼくは腹を決めて、玖渚の髪をほどきにかかった。 「いーちゃん、さんくー」 18 地獄の扉が、ゆっくりと開く。 ぼくの足取りは、クロロホルムのせいだけではなく、かなり重かった。 「戯言だよなぁ……」 円卓。 二つの空席。 玖渚を座らせて、ぼくはその隣りに座る。 腰を落としながら、ぼくはぐるりと席についてる一同を、その一人一人を順番に見渡した。 誰が決めたわけではないが、この面子で食事をするときは、ぼくの席は暗黙の了解で、ラッキーナンバー七時の位置と決まってる。 「…………」 ラッキーってなんだ? このメンバーでそんなもんがあるわきゃない。 「どうかね? 身体の調子は? 頭はぼ~~っとはしてないか?」 どんな理由で七がラッキーなどと、どこのどいつが決めやがったのかと思ってたら、隣りの八時、赤音さんから話しかけられた。 「大丈夫です。多少くらくらしますけど」 このおかしな状況に。 「クロロホルムは注意した方がいい。あれはハマると、煙草なんて目じゃないくらい闇突きになるよ」 「ぼくは使用したんじゃなくて、使用されたんですけどね」 十時の位置を見る。 てる子さんは視線に気づいてるだろうが、こちらを見る素振りすらない。 黒ぶちの眼鏡の向こうに、一体何を見ているのか、虚ろな瞳が覗いている。ピントのずれた、焦点の合ってない瞳。 いや……焦点が合ってないわけじゃない。 ぼくに焦点を合わせていないだけなのだろう。 とはいえ彼女のぼくに対する溜飲も、いくらかは下がってるはずだ。 腹部が絶妙な理、いやリズムで、こちらが忘れかけたのを見計らうようなタイミングで、しつこく丹念にズキズキしている。 「赤音さんは、今日のこと知ってたんですか?」 物欲しそうにジ――ッと、食卓に並んでる料理を、いまかいまかと眺めてる玖渚友。 それをぼくは目の端で観察しながら、気になっていたことを、状況に驚いてる風もない赤音さんに訊いてみた。 「ああ。勿論知ってたよ。さらに補足するなら、きみ以外は全員知ってる」 「……おい」 おさげにした髪を引っ張る。 「あうー」 玖渚は変な声を出して、料理からぼくへと視線を移した。 「うに? なに? いーちゃん?」 ぼくが口元に手を当てて顔を近づけると、玖渚も小さな耳だけをすっと寄せてくる。 「さっきは聞きそびれたけど、お前はいつから、今日のこと知ってたんだよ? そして、どうしてぼくに教えなかった?」 予め知っていたならば、ぼくは率先して学校の宿直をやったろうし、それが叶わなくとも、腹部に雑誌を入れるくらいは出来たのだ。 「だから教えないようにって、あたしが玖渚ちゃんにお願いしたんだよ」 九時の位置。 嫌らしく不敵そうに、にやりと微笑んで、ぼくに占い師が、よく通る冷たい声をかけてくる。 内緒話。 そんなものは、この占い師の前にしては、あらゆるで無意味だ。 本人にはその気がなくとも、番組が視えてしまう彼女には、物語が見えてしまう彼女には、姫菜真姫には、あらゆる意味で無意味だ。 「まともにきみを誘ったりしたら、ごねるのはわかってたからね」 真姫さんは言って手にしたワイングラスを、チョイッと、ぼくをからかうようにして、にやにやとしながら持ち上げる。 「…………」 そして沈黙で応えるぼくを見て、尚一層笑みを深くしてから、ビールみたいに一気に喉へと流し込んだ。 いつも思うがこの人は、どんなお酒だろうが、変わらず同じペースで飲み干す。 序でにその感想も、あまり変わらない。 「アルコールって本当に素晴らしい。嫌なこと全部忘れられるから」 ぼくの全身のパーツを売っても、おそらくは買えないだろうワインが、コルクを開けてからの、あまりに短すぎる生涯(?)を終えた。 何か蝉みたいである。 主に葡萄が原料の高級すぎる液体も、こうなってしまえば悲しいもんだ。 「きみほどじゃないけどね」 首を傾げてひひひと笑う真姫さん。 「…………」 魂底からとことん性格悪いなぁこの占い師。 ぼくは真姫さんから背けるように、視線を逆サイドに持っていくと、四時の位置、苦笑している深夜さんと目が合った。 「俺も知ってたし、結構きみとは顔を会わせてるから、出来るんなら教えてやりたかったんだけど」 悪かったね、とでも言うように、片目をつぶってみせる。 大概のことは許されそうな、柔和な顔立ちと柔和そうな口ぶり。 無意識に、無為式に、人を苛立たせ、落ち着かなくさせる才能に、望まず長けてる身としては、いつも思うがひどく羨ましい。 四年前より随分とマシにはなったけど……。 「……別にいいですよ」 ぼくは内心の感情を悟られぬよう、何気なくそう言いながら、深夜さんの隣り、五時の位置をそっと窺う。 かなみさんは物思うような、そいでいて何も考えていないような目で、豪奢に光り輝く巨大なシャンデリアを、ただ、見つめていた。 ぼくも釣られてシャンデリア見上げる。 「………あ」 そして思い出した。 記憶力の悪さは、自他共に認めるほど、とても不本意だが定評があるのに、珍しいことに一発で脳内検索ができた。 確かかなみさんって《死の直前》の、果敢ないもんが、好きだったんじゃなかったけ? シャンデリア。 はらはらと散る桜の花びら。 「…………」 まさか。 オペラ座……なのか? この島の主人の性格を考えれば、そのぐらいの、常識の外にあるイベントが、冗談抜きに用意されてそうだから油断できない。 「通じるといいけどなぁ……あれは勿体無いよなぁ……」 “はぁあーー” 大きなため息をつきながら、かなみさんは何かぶつぶつと、わけのわからない独り言を呟いてるのが聴こえる。 意味不明だった。 天才の呟くことは毎度だがよくわからない。 わからないので早々に、ぼくは思考のチャンネルを切り替え、説明など一切不要のものを、微動だにしない玖渚に倣って視界に収める。 「…………」 平凡な表現で何ではあるが、こんなものはひねっての仕方ない。 ご自慢の作品群は、掛け値なしに美味そうだ。 三時の位置に座って、十一時の位置に座ってる玲さんと、料理について話す弥生さんが、ぼくにはどこか誇らしげに見える。 “グウゥゥウウ~~~~” おなかがいつかの、普通少女みたいに、何のひねりもなく普通に鳴った。 「…………」 丸一日以上食べてない。 ぼくの空腹感もさすがに限界が近かった。 「…………」 だからそろそろ、この人に触れないわけには、やはりいかないのだろう。どうしても……いかないのだろう。 赤神イリア。 この鴉の濡れ羽島の主人たるイリアさんは、瞼を閉じて、唇を微かに歪ませて、何だかとても愉しそうに笑っている。 嫌な予感が――した。 最後の料理を並べ終えて、一時と二時の位置に、あかりさんとひかりさんが腰を降ろす。 これで役者は揃ったというやつだ。 ゆっくりと焦らすかのように、イリアさんは目を開けると、ぼくがしたみたいに一同を、その一人一人を順番に見渡す。 ぼくと目が合ったとき、笑みが深くなったように見えたのは、気のせいであると信じたい。 「今日は招きに応じてくださって、誠にありがとうございます」 「…………」 ああいうのをお嬢様は、この筋金入りのお嬢様は、赤神イリアさんは、招きなんて言ちゃうんだ。 この人はまったくもって本当に素敵で素晴らしい。 どうも使っている言語が、イリアさんとぼく、相変わらず違うみたいである。 「それでは皆さん、一日一番のお楽しみの時間と、洒落込みましょうか」 イリアさんは子供のように手を合わせて、 「いただきます」 と言った。 この島だけが世界の全てなのだから、それはまあ当然なのかもしれないが、四年経っても、精神年齢にあまり進歩は無いようである。 それが可愛いと……言えなくもないんだけど。 「言いたくはないな」 「うに? いーちゃん、何か言った?」 「可愛いって言ったんだよ」 「さんくー。いーちゃんもカッコいいよん」 「そりゃどうも」 両手に箸を持った姿でそんなことを言われても、イマイチどころかかなり説得力が足りない。……嬉しいは嬉しいけど、さ。 でもって。 「ところであなた、いまは何でも、女子高生と――うはうはとか?」 それは《いきなり》という表現がぴったりだった。 イリアさんの歌うような音頭で乾杯をして(ぼくと玖渚はジュース)、そのグラスをまさに置いた瞬間である。 全員がイリアさんを見て、それから即座に、ざっと音をさせて、視線をぼくへと集めた。 え……? いま何かさらりと、とんでもないことを、おっしゃりやがりませんでしたか? このお嬢様。 大体《うはうは》って何だよ……。 それは血統賞付きのお嬢様には、あまり相応しい言葉じゃないぞ。玲さんが目を見開いて、びっくりした顔をしているじゃないか。 「夜の学校を連れ添って歩いたりとか、お弁当を一緒に食べたりとか」 ぼくは九時の位置をを睨む。 情報の発信元はどうせ、年中が南国気分の、酔っ払い超能力者に決まっていた。 もっとも、ぼくみたいな若僧が睨んだ程度じゃ、百戦錬磨の真姫さんは小揺るぎもしない。 どころか嫌らしそうに、にやにやしながら、目一杯グラスに注いだワインを、やはりビールみたいに楽しそうに飲んでいる。 「バレンタインにチョコをもらったりとか、その女の子と同じ制服を着てたりとか」 「あれれ? いーちゃん、遂にそっちの方向に目覚めちゃったんだ?」 それはどういう意味だ玖渚友。 皆の視線がドスドスと、容赦なく身体に突き刺さって、滅茶苦茶に痛い。確実にぼくはイタい人間だと思われてる。 「前からだけどね。ちなみにいまきみのことを『コスプレ野郎』って、心の中で言った人がいるんだね」 ぼくは一時をさっと見た。 あかりさんがさっと逸らした。 「…………」 ショックだった。 「ああそれと、一人でこんな画を楽しんじゃ悪いから、かなみさんに絵に描いてもらったのが、これなんだね」 布の被せてあるカンバス。 五時の位置を窺うと、かなみさんは面倒そうに、興味なさそうに、だけどじっと、真姫さんが取り出したカンバスを見てる。 と。 「えっ!?」 かなみさんがムール貝の磯蒸しを取った。 車椅子から自分の足で、しっかりと立ち上がって、ムール貝の磯蒸しを取った。 皆が絵へと集中した刹那の衝撃映像は、それこそぼく以外なら、真姫さんくらいしか見てはいないだろう。 「んん? どしたのいーちゃん? そんなびっくりコンテスト優勝おめでとうみたいな顔して?」 「……クララが立っ……いや、なんでもないよ」 「はいは~~い。そこのお二人さん、こっちに注目なんだね」 真姫さんがばさっと布を取り去った。 「タイトルはセーラー服を脱がさないで」 賭けたっていい。 このふざけたタイトル。 絶対にこのお気楽極楽占い師が付けてる。 「わぁおっ!! いーちゃんすんごいカ~~ワイイ~~」 全然嬉しくない。 だけどそれは紛れもなく、見事なでき栄えだった。この距離でも、十分に分かる。頭じゃなくて身体が、愕然としているのが分かる。 見る者を選ぶようなものを、わたしは芸術とは呼ばない。 そう言われたのはいつだったろう。いつかの、かなみさんの台詞が、思い出された。 「…………」 ……しかしこんな形では、思い出したくなかったなぁ。 「うふふふ。いい絵じゃないか。きみ、本当に女の子だったらよかったのにな」 振り向きぼくに微笑む赤音さん。 手にしてるフォークには、ベルギー風うなぎのグリーンソース煮、それが丸々一尾突き刺さっていた。 何気にこの人も胃袋キャラ。 「うん。こういうのを名画というんだろうね。見ていて惚れ惚れするよ。それでも――画家って職種は好きになれないけれど」 後半だけは小さな声で呟いて、赤音さんはまた絵に視線を戻す。 まるでその目は、絵に罪はないとでも、言いたそうだった。……いや、画家にも罪はないんだけどね。 と、まあそれはそれとして。 さりげなく見渡すと皆一様に、その浮かべている表情は様々だが、熱心に絵を見ている。 「もう一つちなみに『きゅいぃい~~!! かわぴい~~!!』なんてことは、てる子さんは思ってないよ」 ぼくは十時をさっと見たりはしなかった。 そんなことをする必要はない。ぼくらの間にそんなものはいらない。同属意識。ぼくらは深い場所で通じ合っている。 おなかというよりは胃が猛烈に痛い。 けど。 「…………」 なんなんだこりゃ? このページをめくったら《犯人はヤス》って書かれてたみたいな、滅茶苦茶不意打ちの羞恥プレイ――どこまで続くんだ。 『さよなら戯言先生』06へ 戻る
https://w.atwiki.jp/retrogamewiki/pages/11921.html
今日 - 合計 - Thread Colors~さよならの向こう側~の攻略ページ 目次 基本情報 [部分編集] ストーリー [部分編集] 攻略情報 [部分編集] Tips [部分編集] プチ情報 [部分編集] 関連動画 [部分編集] 参考文献、参考サイト [部分編集] 感想・レビュー 基本情報 [部分編集] ストーリー [部分編集] 攻略情報 [部分編集] Tips [部分編集] プチ情報 [部分編集] 関連動画 [部分編集] 参考文献、参考サイト [部分編集] 感想・レビュー 名前 コメント 選択肢 投票 役に立った (0) 2012年10月12日 (金) 12時05分56秒 [部分編集] ページごとのメニューの編集はこちらの部分編集から行ってください [部分編集] 編集に関して
https://w.atwiki.jp/vocaloidchly/pages/7463.html
作詞:とあ 作曲:とあ 編曲:とあ 歌:初音ミク 翻譯:a050107231/Birpig/バーピッグ 上傳於2015/12/12/29 19 55 離別的紀念物 閃閃發亮的包裝紙上 寫著「恭喜」的祝詞 與你相遇以來 以及往後的日子 若稍稍感到不安或寂寞的話 就一切交給我吧! 一直以來 即便機會不多 有你的笑容陪伴 我就歡喜不已了 再見了再見了 若當別離的日子來到 希望 就此結束一切 用你的雙手 結束這段愛戀 我不寂寞哦 也不會悲傷哦 所以吶・・・在埋葬一切之前 即便被耍得團團轉 被擅自拋棄 我都不要緊 我不會生氣哦 僅僅希望你往後人生中的 偶爾露出的笑容或是淚水 都能一併閃耀著光芒! 若有一天 哪怕只是一點兒 能在你的回憶中活著 我就已經滿足了 再見了再見了 若當別離的日子來到 希望 就此結束一切 用你的雙手 結束這段愛戀 我不寂寞哦 也不會悲傷哦 所以吶・・・在忘卻一切之前 希望 就此結束一切 用你這雙手 伴我入眠 就此後分手也好 別離也罷 所以吶・・・ 全部就此結束吧 請你親手與我作個了結 在埋葬一切之前 忘卻一切之前 拜託了・・・用你的雙手
https://w.atwiki.jp/mushi/pages/139.html
https://w.atwiki.jp/kinsho_second/pages/3490.html
さよなら常盤台 【本文】 第1章 1. ◆ 2. ◆ 3. ◆ 4. ◆ 5. ◆ 6. ◆ 7. ◆ 8. ◆ 9. ◆ 10. ◆ 第2章 1. ◆ 2. ◆ 3. ◆ 4. ◆ 5. ◆ 6. ◆ 7. ◆ 8. ◆ 9. ◆ 10. ◆ 第3章 1. ◆ 2. ◆ 3. ◆ 4. ◆ 5. ◆ 6. ◆ 7. ◆ 8. ◆ 9. ◆ 【著者】 29-165氏 【初出】 2016/04/13 初投稿 2016/06/18 完
https://w.atwiki.jp/yurina0106/pages/667.html
タグ おっとり 曲名さ DAMにて配信中 歌 MELL 作詞 長岡建蔵 作曲 さっぽろももこ 作品 さよならを教えて 〜comment te dire adieu〜OP
https://w.atwiki.jp/touhoukashi/pages/5855.html