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前ページゼロの銃 『ゼロの銃 第二話』 目 目 目 目 目玉 無数の目玉が、ギースを見つめていた。 闇魔法『ブオーゾ』 怪物に喰われ咀嚼された人間の、目玉が蛙の卵のように連なり敵を見つめる。 それは罪悪や恐怖心といった人の心の影を縫い付ける魔法。 『ぎゃああああああああああああああああああああ』 『ひぃいいぃぃいいっ!!』 傍らに立っていた味方が、胸から上を抉られ喰われた。 地獄の剣谷のような鬣を持ち、己が肉を喰らう大蛇を纏う六つ目の獅子。 降り立つ大地にねばついたタールを撒き散らす。 喰われた兵の足元は影の代わりに黒い蛇がまとわり付き、肉を食まれて骨が見えている。 『神獣ギャンベロクウガ』悪意の塊とも言えるその怪物の王は、齢17の少年だった。 ギャンベロクウガは敵を喰らい肥え続け、少年は呪いのように次の怪物を呼び出している。 向けられた5万もの兵を、あの少年は『何割』削いだのだろう。 戦闘開始から大して時間が経っていないのに、そこここで積みあがった『肉片の塔』を見、ギースの背筋を恐怖が走った。 「殺せ!!死ね!!しね―――」 少し前まで交渉をしていた相手を……否、自分の傲慢さ故に生きて欲しいと願った相手に曇りの無い殺意を投げる。ナイフほどの力も無いそれが、ギースの心を燃え上がらせる。 最初に会ったときは普通の子供だった。青い理想論を振りかざし、無謀とも言える戦いを挑んできたのだ。 今も彼は、曇りの無い理想を抱いて、あの闇を吐き出し続けているのだろう。 ぎろりと、ブオーゾの睨みに据えられる。罪を暴く審判者のようにギースを大地に縫い付ける。 おまえの罪はなんだ。オレの罪は、この目をどこで見た!? 『どうしたのギース?』 母の優しい目がぼくに向けられた。 甘ったれの弟から視線を奪うことが出来たのに、ギースの心は満たされた。 途端に弟が喚きだす。鳶色の瞳が悔しそうに潤う。 『おかあさん! ぼくのレースを見てよ! 今日は一番うまくできたんだ!』 幼い嫉妬に歪んだ目、それが鬱陶しくて意地悪な気持ちになる。 「それでうまくだって? 目はばらばらだし、椿がまるまった紙くずみたいだ!」 『ばか! おにいちゃんのばか! 』 『おまえら止めろ! 母さんが困ってるだろ! 』 兄の怒った眼がこちらを向く。兄さんは怒るととっても怖い。 お母さんは笑っている。兄さんは怒っている。プルートは 頭 か ら 血 を 流 し て、瓶 に 入 れ ら れ る 声を上げそうになったところを、背後にいた兄に口を塞がれる。 『仕方が無いんだ。こうしないとオレたちまでガリアン人にされてしまう』 外ではスラファト兵が騒いでいた。スラファトがガリアン人を連行している噂を、大人たちがしていたのを思い出した。それでも混血が多いこの村が、振り分けにかけられるとは思いもしなかった。 弟は一人だけ、髪の色が亜麻色だった。他の家族は血を薄めたような赤毛なのに。 スラファト人の特徴は燃えるような赤毛だ。対してガリアン人の髪は麦の穂の亜麻色―― それでも肉親であることは変わらない。幼い頃取り上げられたばかりの弟を抱いたことを今でも覚えている。 今、弟は血を流しながら、母に抱えられ瓶に入れられていく。 目が、合った。 家族によって殺されようとしている弟が、薄目を開けてこちらを―――――― 「――――っ! 」 ざわり、と無数の目で睨まれたような寒気に、ギースの意識は覚醒する。 目なんてどこにも無い。窓から覗くのは朝焼けの光だけだ。 「…………」 嫌な夢を見た。冷や汗で毛布が湿っている。……服も しかし現実とどちらがマシだろう。比べても虚しいだけだが。 まだ起きるには早い時間のようで、ベッドの上の少女は健やかな寝息を立てている。 床で寝るのは結構体に負担がかかることのようだ。節々が軋んで仕方ない。ふと傍らに放られている下着を見つけ、自分の置かれてる状況に思いっきり眉をしかめた。 「くそっ! 」 毛布を払いのけ、千切るように下着を掴み取る。 ……折角だから毛布も干しておくか。あと汗も拭いたい。 ドアの鍵を外し、出て行こうとしてふと思いつきベッドへと戻る。 天蓋の豪華なベッドで惰眠を貪る新たな主、ルイズを見る。 淡い光を弾く白いかんばせ、シーツに広がるローズ・ブロンド。伏せられた瞼の奥には鳶色の瞳―― (この世界に来て初めて見たものが、こいつの目だった) なぜか弟と間違えて、思わず名前を呼んでしまったのだ。 縋るようなその目を、弟は死の際まで見せなかった――見せてくれなかったのに。 この少女も、あんな不安そうな目をしたということは、何かを耐えられない重圧を背負っているのだろうか? (だとしても、オレには関係ない) 只でさえ奇妙な自体に混乱しているのだ。これ以上厄介事は被りたくない。 ドアに向かいノブに手をかけ、一瞬止まり……静かに部屋を出て行く。 出てきたはいいが、洗い場の場所なんか知るわけが無い。 人気の無い女子寮の廊下を、コツコツと革靴の歩く音が響く。 すると、通りかかった部屋のドアがガチャリと開いて一人の少女が出てきた。 「……」 ルイズよりも小柄で特徴的な水色の髪をした少女は、いるはずの無い男の存在に驚愕することもなく、一瞥して去ろうとした。 「待ってくれ、一つ聞かせて欲しい。……洗濯をしたいんだが、洗い場はどこにあるか教えてもらえないか? 」 「………」 不躾な物言いかと思ったが、それを不快に思ったかを表情から悟ることは出来ない。 青髪の少女は無言で持っていた杖を窓に向ける。 その先を見ると、メイド姿の女性が洗濯をしているのが見えた。 「ありがとう。助かった ――そうだ。これを」 「…… ?」 シャツのポケットからレースのリボンを取り出し、小さな手に握らせる。 「他にやれるものが今は無いんだが……女の子はこういうのが好きだろう」 「………」 無言で手の上を見つめているが、嫌悪感のようなものは見られない。 「……外に出るのはどっちに向かえばいい?」 思い出してもう一つ質問する。リボンに伏せられた瞳をあげ、あっちというように杖を廊下の先へ向ける。 再び礼を言うと、もう用は受け付けないとばかりに別方向へと行ってしまった。 寡黙な少女だが、不躾というわけではない様だ。誰よりも早く起きて、あんな巨大な杖を持って何をしにいくのだろうか。 思案にふけるのもいいが、今は己の仕事をしよう。 示された方へ向かって歩き出した。 外に出ると、朝霧の引いた後の空気に爽やかな気持ちになった。 (満月より滴る王女のヴェール、淵に沈む聖女の息吹……) 水魔法《目覚め》の詠い始めを、そらでなぞる。 水分を含んだ空気を水底に沈められた水の精霊王、メルメットの王女の息吹に見立てた魔法式だ。発動すれば感覚が研ぎ澄まされ、また軽度の怪我なら回復する。 水の素質があまり無いギースでも、状況が揃えば封呪できる。 川の傍や湖のほとり、雨や朝霧の引いた後など漂っている水のロクマリア(魔法元素)が多いときのみ、威力は弱いがカートリッジに封呪出来るのだ。 (……カートリッジも、代わりになる銀も宝石も無いがな) くさる気持ちが抑えられない。出来ることといえば、小娘の下着の洗濯だけとは…… 一時でも惜しい――そんな体で洗濯をしているメイドの少女に声をかけた。 「すまないが……」 「っ! きゃっ!」 突然声をかけられて驚愕したらしい少女が、手に持っていた洗物物を落としてしまう。 ぼちゃん、と水しぶきをあげて金盥の泡の中に沈んでいく。 「あ、あ、申し訳ございません! 貴族の方と話すのにこんな格好で!」 泡に濡れた裾をはらいもせず戸惑いながら頭を下げる。 「いや、急に声をかけたのが悪かった。頭をあげてくれ。それに私は貴族でもなんでもない 」 「えっ!でも、この学院に平民なんか……護衛の傭兵ですか? 」 「……それも違うんだが」 10代そこらの小娘に召喚された使い魔です。と申告する勇気は無いし、平民だとか貴族だとか、重要な問題とは思えなかった。 「洗濯をさせて貰いたい。邪魔でなければ盥の端を貸してくれ」 「せっ! 洗濯なら私がさせていただきます! 今は使用人の分を洗ってるんですけど、とても貴族の方にそんな真似は」 させられません!と悲鳴のように宣言する彼女の気迫に、危うくルイズの下着を渡しそうになる。 『早朝仕事をしていたら、女子寮から出てきた不審な男が女物の下着を渡してきたんです!』 どう見ても下着ドロです。本当にありがとうございました。 (……冗談じゃない) 自分が新聞の記事になってるのを想像し眩暈がした。新聞がこの世界にあるのかは疑問だが。 「本当に貴族じゃない。そもそも、この世界の人間ではないんだ」 「世界……? 不思議なことを仰るんですね」 言外に失笑されたのを気取り、ギースの眉がつりあがる。咄嗟にズボンのポケットからハンカチを取り出して、メイドの眼前に掲げた。 「わぁ……すてきなレースのハンカチですね」 「スカロップエッジング」 「え?」 ぽつりと呟いた言葉は、呪文か何かだろうか? 「クロッシェ・タッチングは古く、歴史を辿って歴史書が一冊書きあがるほど変容してきた技術だが、その歴史の中で研磨された最新の技術がこの一枚に透けるようだろう。 見ろ!この華やかでありながら決して押し付けがましくない淑やかな可憐さの薔薇を!!」 得体の知れない『なにか』に押されて、火を噴くサラマンダーのようにレースへの美辞麗句が飛び出す。 本格的にレースの商売を始めてから、似合わないことをする羞恥心は消え失せたようだった。 「この技術は、歴史はこの世界に無いはずだ!」 くわっ!と凄むギース。異様な熱気に加え生来の目つきの悪さで、恐ろしさ5割増しである。 「よくわからないけど……すてきですね」 そんな熱気を物ともせずにうっとりとハンカチを眺める少女にガクッとギースの肩が落ちる。(そもそもレースに証拠を求めるのがお門違いなのだが) が、尚も羨望のまなざしで見つめる少女に幾分溜飲が下がった。 「……欲しいならやってもいい。それは一昨日私用に作ったばかりだが、一度も使ってない」 「えっ!そんな、いいんですか!?でも、高価なものなんじゃ」 少女の顔が喜びに湧き、次いで不安げな色がそれをかき消す。……価値がどれくらいのものか尋ねられたが、金を求める気にはなれない。 「言っただろう、私用に作ったものだと。」 素っ気無い言葉だったかもしれない。気を悪くしたか?と思って少女を見ると 「うれしい……大切にします!」 嬉しくて堪らないといった体の顔を向けられた。真っ向から向けられる好意が気恥ずかしくて顔を逸らす。 「盥と、井戸の場所を教えて欲しい。……石鹸もあれば」 「はい、どうぞ。――お名前、聞いてもよろしいですか?」 「……ギース=バシリスだ 」 「ギースさん……私、シエスタって言います!」 そう言ってシエスタは派手ではないけど愛嬌のある顔を、可憐に綻ばせた。 ギースが洗濯を終えて部屋に戻ると、ルイズは起きていたがあまり朝が強くないらしく、寝ぼけたような顔でぽつりと呟いた。 「……あんた誰だっけ?」 「……まだ頭が眠っているようだな。貴様に無理矢理呼び出された哀れな一般人だ」 「ああ、仕立屋だったわ。仕立屋、服着せて」 「ッ! 仕立屋では無いと言ってるだろうが!!」 噛み付くような恫喝も軽くあしらわれる。 怒りを堪えて辺りを見遣ると、椅子に大雑把な具合に掛けられてる制服があった。 それを取ると、ベッドの上のルイズに渡してやる。 「先に下着取って。そこのクローゼットの一番下に入ってるから」 「……羞恥心の消失はいつかお前を破滅させるぞ」 下着を洗わされたギースに戸惑いはもう無い。不本意であることは変わらないが。 クローゼットを探ると適当に取って乱暴に放り投げる。 「……ちょっと! なにすんのよ!……ハッ」 運悪く顔にぶつかってしまい、粗雑な扱いに抗議するが (5段レースの下着!?) 投げられた下着を見て驚愕した。適当に取ったように見えてきっちり選んでいたのでは?と思うと、言葉が出なかった。 「着せてと言った割には、随分素直に着替えてたな」 「……うるさい。わたしの許可無く喋ったらご飯抜くわよ」 「傲慢というより暴君か貴様!?」 憤慨を通り越してただ驚愕する使い魔に、言ったばかりのことも覚えられないのかと鼻で笑う。いや、あんまりな言い草に驚くしかなかったんだろうけど。 最初に呼び出してから随分と感情を出すようになったなと思った。分が悪い立場にいてもずけずけと物を言うし、声を荒げることも多い。こんな他人は……初めてだ。 ルイズの周りにいる『他人』は、能力について馬鹿にしてくる奴か、家名に媚びへつらう狐ばかりだ。そのどちらも疎ましいと思ってたし、突っぱねることが出来ない自分を歯痒く感じていた。 この男は、わたしのことを殆ど知らない。わたしが『ゼロ』と呼ばれていることも。 『ゼロ』のわたしに仕えることを、嘆くだろうか? 魔法が使えたという、この世界の貴族と同じく実力を示さないと評価されない世界で生きてきたこの男…… 疑問――不安は止め処なく溢れる。焦燥や悲哀と共に黒々とした釜から出てくるのだ。。 隠さないと、こんな思いは。貴族の誇りが傷ついてはいけない。 「……朝食を楽しみにしてなさい」 にやりと口元に笑みを張り付かせて言う。男…ギースは言葉も出せず凶悪な眼光をむけてくる。 何か言いたそうな瞳を無視し、ドアを開けて廊下に出ると、ちょうど今起きてきたらしい隣人の、キュルケ・ツェルプストーと鉢合わせた。 「げ」 下品なうめきが出て後悔するが、音が戻って来る訳がなくキュルケに届いてしまった。 「げっ…て、蛙でも潰したのかしら?」 胸元にかかる赤毛をかきあげて気だるげな目線を向けてくる。そのいちいちの仕草が胸焼けするほどの色気を放っていてうんざりする。褐色の肌とメロンのような巨大さのバスト、その谷間を惜しげもなく覗かせて数多の男を毒牙にかけるのだ。 (まさに食虫植物のような女だわ) 南国の奥地に咲くという巨大なラフレシアを脳裏に浮かべる。褐色のラフレシアは値踏みするような視線をルイズ……否、ルイズの後方に注いでいた。 嫌な予感がしてキュルケの顔を見上げると、ふふんとバカにしたような笑みが浮かべていた。 「ルイズも意外とやるわねぇ。部屋に男連れ込むなんて。ルイズの成長が嬉しくてたまらないわ!」 祈りを捧げるように胸の前で手を組むキュルケ。……とうとう脳にいくはずの養分まで胸に吸い取られたのかしら? 「でも知らなかったわ。ルイズって年上が好きなのね。だから勉強ばかりしてたのかしら?同級生なんか相手にならない?」 はた、と止まりすべての意味を理解した。こここ、ここ、この女――!! 「な、何言ってんのよ!ああああんたって奴は何でも色恋沙汰にしないと理解できないの!?脳内万年発情期も大概にしなさいよね!!」 「照れなくていいのよ? 人生には愛が必要なの。時には熱に浮かされることも」 「……盛り上がってるところ悪いが、私はただの使い魔だ。」 騒々しい喚き合いに剣を刺すように、不機嫌な声が割り込む。 「初めまして元気なお嬢さん。想像力に溢れててとても愉快な方のようだ。あなたのような人がいてルイズもさぞ楽しい生活を送れていることだろう」 胡散臭すぎて布で擦れば簡単に禿げそうな爽やかな笑顔と、一見絶賛してるような最低の皮肉の羅列に、案外こいつ子供っぽいなと頭が冷える。 「ふふ、面白い使い魔さんね。……そういえばあなたは何を召喚したの?」 ギースの言ったことを冗談と受け取ったらしい。ギースにまだ濡れた視線を注いでいる。 「……だから、これよ。名前はギース。職業、仕立屋」 「 仕 立 屋 じ ゃ な い !!」 「…………」 いちいち訂正するギースと、聞いたきり固まるキュルケ。彼女の中にも色々と葛藤があったらしい。なにか言う前にギースの左手を掴んで眼前に晒す。何をするんだ!と言いたげなギースを目で黙らせる。 「ほら、使い魔のルーンよ。」 「……ルイズ、あんたがここまで思いつめてると思わなかったわ。そんな、恋人を使い魔なんて言って連れてくるなんて…っと、フレイム、ごめんね。お腹すいた?」 まだ誤解が解ききれてないキュルケのマントが、背後に引っ張られる。のそりと出てきた巨体は――鮮やかな赤色のサラマンダーだった。 「あたしの使い魔はこのコよ。『微熱』に相応しい使い魔だと思わない?」 誇らしげにサラマンダーの背を愛撫するキュルケ。熱くないのかしら?顔と同じく手の皮まで厚いの? 「これは……サラマンダーか !?」 驚愕の声をあげたのはギースだ。双月を見上げたときのような驚きを瞳にたたえている。 「あんたの『世界』にもサラマンダーがいたの?」 「……本物を見るのは稀だが、火の初歩魔法だからよく――なっ!? 熱!」 急に叫んだギースを見ると、サラマンダーにズボンの裾を噛まれ……というか、舐められていた。 「やっ!やめろ!!舐めるな!!ズボンが溶けてる!?」 右足の脛の辺りだけ特徴的な透かしが入れられたズボンは、かっちりした印象だったギースにあいまって、その、なんというか自己愛者のようなザマになっていた。 「あっはははははははははははははは! 片足だけ透かし入り! あははははははははははははは!! ださい!!」 「サラマンダーの舌は焼け石の熱さなのよ。駄目よフレイム!舐めちゃ駄目!」 「あっははははははははははははははは!」 「いつまでも笑ってるなァ!!」 「フレイムは人懐っこいコだけど、こんなに好かれるなんてあなた、火の血が流れてるのかしらね?」 くすくすと笑いながら愉快気にギースを見る。 「……火属性の濃い血なんだ。」 「あら、貴族なの?どちらの方かしら?」 あまりこの話題は――したくない。 「……行くわよ、ギース」 「お、おい」 会話を強引に途切れさせて、不満な様子のギースの手を強引に引いて歩き出す。 背後で、「またお話しましょう」とキュルケが告げた。 ルイズより早く朝食を平らげたギースは、優雅に食事を続けるルイズを適当に言いくるめ食堂から抜け、朝洗濯をした洗い場へと向かった。 綺麗に整列して干されたシーツを突風がはためかせている。 誰もいないことを確認し、一人嘆息した。…ひどい朝食だった。 豪奢な食堂に迎えられ、磨かれた銀食器が並ぶ席に着こうとした途端、椅子をひかれ尻餅をついた。椅子を引いたのはルイズで 「使い魔の癖にメイジと同じ食事とる気でいるんじゃないわよ」 と見下ろした時の冷たい目を忘れない。 続いて床に並べられたほぼ具無しのスープと、硬い二切れのパン。あまりの硬さにレストランのディスプレイかと思ったほどだ。 (味以前に、量が足り無すぎだ……オレは犬か!?) 空腹のせいで気が立って仕方ない。イラつきを散らそうとズボンの腰ポケットに忍ばせたあるものを取り出す。 「《網のようよりは切っ先のように、からまるのではなく研ぎ澄まされよ。かの風神ゼノクレートの息吹はかくも凄まじ……》」 吹きすさぶ風の中、てのひらに魔力を寄り合わせる。シーツをはためかせる風は、故に乱流になって他方向から撫で荒れる。 詠唱が終わると、手の中に《鎌鼬》を封呪した銀のスプーンが出来上がった。 続いて井戸の傍にいって水魔法を封呪しようと踵をかえすと 「ギースさん?何をやってるんですか?」 「!?」 はためくシーツの向こうから、黒髪のメイド――シエスタが顔を覗かせる。 「なんでスプーンなんて……あっ!まさか朝食の後足りなかったの!?」 「こ、これには深い訳が」 朝食時にテーブルに置いてあった銀食器一組をこっそり盗んでいたのがばれて、あたふたする。 といってもスプーン・フォーク・ナイフを、沢山あるうちからデザート用やら肉用に分けられたのをバラバラに忍ばせたのだが、やはり分かってしまったらしい。 「…まぁ、気持ちは分かります。私たち平民が手も出ないような高級な銀食器が、あんなに並んでるんですもの」 ため息をつきながら、ギースの手の上のスプーンを取りあげる。 「か、返してくれ!」 「駄目ですよ。このスプーン、まだ黒ずんでいないじゃないですか」 「何?」 「銀食器は使っていると黒ずみが出るんです。それを悪魔がとりついたって言って嫌う貴族の方が多いので、黒ずんだ奴は捨ててるんですよ」 なんとも贅沢な話だと思った。銀は変色しやすい金属であり、それは空気中の硫黄と反応したために起こる為なのだが、表面だけなので正しい研磨をすれば元の輝きを取り戻す。 「だから黒ずんだ銀が溜まると商人を呼んで買い取って貰うんですけど、売る前にちょっとねこばばしちゃってます」 いたずらっぽく笑ったシエスタの、手を握る。 「な、なんですか?」 「……その銀を譲ってくれ」 シエスタの黒い瞳を見つめる。真剣な眼差しに当てられてドギマギしてしまう。 「た、沢山はあげられませんよ?」 「代償は払う。君に――」 シャツのポケットに手を差し込むと、レースのリボンを取り出した。 朝もらったハンカチとは意匠の違う可憐なレースにシエスタは心惹かれた。 「君の髪は刺さるような長髪なんだな。黒に白いレースはとても映えるよ」 「ひゃ、あ、あの」 気障な台詞を吐きながらシエスタの髪をひとふさ掴み、編みながら結わえていく。顔の右側だけみつ編みにした髪の束に、レースのリボンを絡ませる。 「とても似合っている。……銀食器、譲ってくれるか?」 「はう、は、はい…」 シエスタに廃棄予定の銀食器を貰い、食堂に戻ると誰もいなかった。 ……どうするべきか。 窓際に寄り校舎を眺める。歴史を感じられる古城のつくりに、ジノクライアの城の方が堅実で美しい――などとしょうも無い比較をする。 生徒の集まるところにルイズがいるだろう。と思い外を見たのだが、赤いものを見つけて閃いた。 食堂を抜け出し門を潜ると、使い魔フレイムを連れた少女―キュルケと言ったか?―と出会った。 「あらルイズの使い魔さん。おひとり?」 「ルイズとは…はぐれた。君は?」 「これから授業があるからフレイムを連れに行ってたのよ。新学期だから使い魔を披露しないと」 「よろしければ、ご一緒してもいいかな?」 「供を申し出てくれるなんて悪い気はしないけど…まだ帰らないの?」 眉根を寄せてギースを見る。どうやら本気で誤解してるらしい。 「…私も帰りたいさ。でも、方法が無いから仕方ない」 「どういうこと?」 「ルイズに異世界から召喚された。…本当に使い魔だ」 ポケットから銀のナイフを取り出し、フレイムの尻尾の炎を借りて加熱させる。銀全体が熱されると、ナイフが弾けて声が聞こえてくる。 《澄む流れは純真、濁る溜りは肥沃 めいめいに汝をすくい、飲み、吸い上げ、汝は血となり大地を廻る》 「え!?何?」 放たれたゲルマリックとロクマリアは『水』を示したものだ。きらきらとキュルケの周りを踊り……詠唱が終わる。 「……なんか、凄く気分スッキリしたような…」 「水魔法《源流》だ。井戸で封呪したから出来はそんなものだな」 放った魔法の出来を不満げに評するギースを、不審そうに見やるキュルケ。 「私の世界ではこうやって魔法を銀に封呪するんだ。…言っとくが貴族じゃないぞ」 いちいちこの世界は貴族というものを気にするから先に釘をさしておく。するとキュルケが感嘆したように呟いた。 「魔法が使える平民がゼロのルイズの使い魔ねぇ…いい拾い物なんだか、可哀想っていうか…」 「ゼロ?ルイズの姓はヴァリエールだったと思うが」 歯切れ悪く言うキュルケの態度が気になって、独り言に割り込む。 「それも知らないのね…いいの、気にしないで!」 手を振って話を終わらせようとする…まぁ、いいか。と頭を切り替える。 歩き始めるキュルケに合わせ、足を進めながら考えていたことを話す。 「私の世界のサラマンダーは殆ど絶滅してて……魔法研究に乱獲されたらしくて、実際に本物を見るのは初めてだ。サラマンダーの鱗は火打石のように、すり合わせると発火するというのを文献で読んだんだが本当か?」 「……どうかしら?確かにサラマンダーは色んな部位がマジックアイテムの加工に使われるけど……」 ギースは心中ほくそえむが、慎重に話さなければと思い言葉を続ける。 「見せたように私は魔法が使える。本来なら銃を媒介に銀の弾丸で使うんだが、丸腰で召喚されてしまった――今の私にあるのは知識だけ」 「………」 いかに不憫そうに見せるかが肝だ。それは魔法式を綴るように相応しい言葉を、感情こめて詠う。 「なにも出来ない私は、君の言うようにただの平民なんだろう。ルイズはことあるごとに平民だ貴族だと喚き私を辛い気持ちにさせる。…お願いだ。フレイムの鱗を少しだけ分けて欲しい」 「…それは、可哀想だけどフレイムが痛がるようなことは……」 「痛くないようにする。サラマンダーは火の生き物だから水じゃないな、風魔法の治癒魔法を発動させながら採取すれば良い。頼む、役立たずのままこの世界で生きたくない――」 最後は特に語感強く必死そうに言った。役立たず、の辺りでキュルケの肩が震えた。 「……いいわ。鱗をあげる。でもひとつお願いがあるわ……あなたの名前を教えて?」 「ギースだ。ギース=バシリス」 「ギースね。ゼロのルイズの使い魔。…不都合な魔法の使い手。あなたがルイズの使い魔だということを、覚えておくわ」 そう言って皮肉に微笑んだキュルケに、言葉の意味もわからぬままギースは感謝の表情を浮かべた。 「ちょっと!今までどこに行ってたのよギース!使い魔のくせにご主人サマを放っておくなんて何様のつもり!?」 「お前の下着を洗っていたんだ」 「!? ななななんてことを人前で言うのよっ!少しは周りの目を考えなさいよね!」 顔を赤くしたり青くしたり器用な奴だ。当然遅れた理由は違うが、人の目以前に洗わせた事実の方が恥ずべきことだと思うが。 ちらりと教室内を見渡す。どうやらキュルケも同じクラスらしい。 ルイズと同年代の少年や少女が皆同じように使い魔を従えていて、古代幻獣図鑑でしか見たことが無い生き物を使い魔にしている者もいた。 ふと、早朝出会った水色の髪をした少女を見つけた。彼女は使い魔を連れておらず黙々と分厚い本を読んでいる。 「……ちょっと、変なとこで突っ立ってないでよ。目立つでしょ」 声を抑えてルイズが言う。確かに少なからず注目されていた。 (……視線の種類が気にくわんな) 好奇と猜疑と、多くの嘲笑。 この学園の全員が魔法使い、そして貴族だという。故にただいるだけで侮られると―― 冗談じゃない。 無害無関係を装う視線すべてに敵意を向ける。眼光の鋭さは軍でも折り紙つきだった。あんまりキツイ目をするので上官にサングラスでもかけろと言われたほど…… めきょっ 「!!!!!!!~~~~」 「突っ立ってんなって言ったでしょ」 視線の半分が同情に変わった気がした。 「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュブルーズ、この春の新学期に、さまざまな使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 授業が始まったようだ。ふくよかで優しそうなご婦人が壇上にあがった。 ギースはルイズの隣の席に座っていた。最初は「使い魔は座るな!」とか抜かしたので起立していたら後ろの席の生徒から抗議が出たのだ。 「おやおや。変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」 「はい。ミス・シュブルーズ。服を新調したいときは是非この仕立屋に言ってください」 「お前はオレを何にしたいんだ!?」 半ば捨て鉢のルイズの発言に思わず反論する。シュブルーズと呼ばれた女性はあっけに取られたように固まっているが。 「ゼロのルイズ!召喚できないからってその辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 小太りのガラ声の少年がヤジを飛ばし、波打つような笑いが起きる。また嘲笑を当てられたと思い拳を握り立ち上がろうとするが 「座ってなさい」 隣のルイズがシャツの袖を掴み止めた。抑制する言葉のあまりの冷たさ……凍えて強張ってしまった手のような頑なな響きに、思考の全てを止められる。 「………」 思った反応が返ってこなかった失望にその場の空気が白けたようだ。静寂が訪れたのを感じ、シュブルーズが話し始める。 「私の二つ名は『赤土』。これから一年、皆さんに『土』系統の魔法を抗議します。ミスタ・マルコリヌ、魔法の四大元素を言ってください」 先ほどルイズをからかった小太りの少年が立ち上がる。 「は、はい。ミセス・シュブルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです!」 「そうですね。…今は失われた系統である『虚無』を合わせて全部で五つ系統があるのは皆さんもご存知の通りです」 (ん?) 気になる言葉があった。虚無? ギースの世界には前述の四つの属性に加えて『闇』と『光』がある。光はそのまま、焼け付く光線や雷、流星の召喚などを可能にする属性だが、闇は特に異質だ。影や暗闇という意味のそれは、物質に留まらず心に生じる闇そのものをも表す。 「虚無ってどういう属性なんだ?」 小声で隣のルイズに話しかける。怪訝に眉をしかめられたが――素直に説明してくれた。 「どんな属性って言っても……殆ど伝説の力みたいなものなのよ。始祖ブリミルが振るっていたって話だけど…何でも、ごくごく小さい粒みたいなものに直接干渉する力というのをどこかで読んだわ」 小さい粒というのは、ロクマリアのようなものなのだろうか? 大陸聖教のメンカナリンの研究によると、人の体を含む万物は、細かく複雑なゲルマリックのようなものが緻密に複雑に絡まって出来ていると言う発表があった。 我々が遺跡から掘り出し使っているゲルマリックの全ては、万物を創り上げた神々の言葉で、最も偉大な魔導師ベリゼルは神代に漂っていた魔法式を、『全て』掬い取り、感情ある怪物をいくつも従えたと言う。 (この世界の魔法はどうやって発動しているんだ?) あるいはこの世界の魔法をギースでも使えるのかもしれない。銃なしで撃てる魔法を。 「今日は皆さんに『錬金』の魔法について授業したいと思います。」 だいぶシュブルーズの話を聞き流してしまった。しかしこれから実践で魔法が見られるらしい。 「『錬金』の魔法については、一年生のときに出来るようになった人もいることでしょう。二年生では『土』系統の基本魔法なので、第一に覚えてもらう魔法です。」 シュブルーズは教壇に載せられた石に向かって、手に持った小ぶりな杖を振りかざした。そして一言二言何かを呟くと―石が突如光りだした。 「―― !」 光が収まると、輝く黄金が教壇に鎮座していた。 「ゴ、ゴールドですか? ミス・シュブルーズ」 驚きを代弁してくれたのはキュルケだった。興奮に身を乗り出している。 「違います。表面を真鍮に変えただけです。ゴールドを『錬金』できるのは『スクウェア』だけですから」 出来上がった真鍮を手に取り、冷たいトーンで言った。真鍮を再び石に変え、教室内を見渡す。 「では、次は皆さんにやってもらいましょうね……ミス・ヴァリエール」 名指しされ隣のルイズの肩がビクッと震えた。 (ん……?) いつも傲慢なルイズらしくない様子が気になり顔を見るが、見上げた顔はいつもの通り気丈な表情に変わっていた。 つり上がり気味の瞳には真摯さが宿っていて、纏う空気は張り詰めた糸というより――磨かれた刃のようだと思った。 「はい」 立ち上がるルイズに静止の声が掛かる。キュルケだ。 「先生、ルイズを教えるのは初めてですよね?それなら彼女にやらせるのは危険です!」 「ミス・ツェルプストー。確かに私はミス・ヴァリエールを指導するのは初めてですが、彼女がとても努力家だということは聞いてます。さぁ、ミス・ヴァリエール。失敗を恐れずにやって御覧なさい。」 「ルイズ、やめて」 キュルケは蒼白な顔をして止めさせようとするが、ルイズはつかつかと教室の前へ行ってしまった。 隣に立ったルイズににっこりと微笑み、シュブルーズは優しく話しかけた。 「錬金したい金属を心に思い浮かべるのですよ」 「はい」 真剣に教壇の上の石を見つめるルイズ。 「……?」 ふと、周りの生徒が机の下に入ったり、本を盾にしているのに気がついた。無言で教室を出て行ったのは水色髪の少女だ。 疑問に首を捻ったとき、教室の前の方から爆風が吹いてきた。パラパラと前髪が垂れてきて、爆心地を見やると――教壇に並び立っていたルイズとシュブルーズが黒板に叩きつけられ、石の乗っていた机は粉々になっていた。 爆発を受け生徒達の使い魔が暴れ周り、机の破片が壁に突き刺さっていたり、燦々たる様子だった。 「うわあああ!オレのラッキーが蛇に食われたああ」 「ゼロのルイズに錬金なんか無理なのよ!」 「ヴァリエールなんか退学にしてくれよ!命がいくつあっても足りない!」 生徒達の阿鼻叫喚の中に、ルイズへの誹謗が滲んでいる。どうやらこれが初めてでは無いらしい。 「ドット以下の『ゼロ』のルイズ!!」 埃と砕けた木片にまみれたルイズを見た。 その目は、がらんどうの穴のように――虚ろだった。 また――成功しなかった。 箒の柄を握りながらため息をつこうとするが、駄目だ。どうしてもため息じゃなく涙が滲んでしまう。 泣いてはいけない。自分の弱さを認めちゃいけない。 めちゃくちゃにしてしまった教室を、使い魔のギースと一緒に片付けているのだ。失敗した上に泣いたりなんかしたら、主としての矜持も失ってしまう。 ギースは何を言うでもなく、黙々と教室の掃除をしている。あの不名誉な二つ名やその理由を聞いてるはずだった。それでも何も言わない。嘲ることをしないというなら、今あるそれは『同情』だ。 我慢ならなかった。平民が貴族に同情など、この上ない屈辱だと思った。 「……聞いてたんでしょう。わたしが『ゼロ』だってこと」 突然語りだしたことに、怪訝と視線を上げるギース。喋り出しの声が弱く震えていて、格好がつかなかった。 「あんたが召喚されたのは貴族なのに魔法を一つも使えない、貴族の面汚しだって言われてるの」 捨て鉢になったような台詞が飛び出す。 「なんだ。お前、慰めが欲しいのか」 「――――!」 咄嗟に、手近にあった本をギースに投げつける。……が、顔に当たる寸前で防ぎ取られた。 「……この世界のことはよくわからんが、貴族に生まれたら軍属に付くのが決まってるのか?」 「…必ず、という訳ではないけど、国の有事には駆り出されるわね」 それでもトリステインにおいての貴族の立ち居地は自領の統治が重要なので、王城には正式な魔法師団が設立されている。 「全員というわけでは無いのだろう?……権力という椅子に座ってふんぞり返っているような奴もいるだろう。……それで良いんじゃないか」 「ばッ馬鹿にしてるの!?」 「馬鹿に?そう見えるならお前自身がそういうのを嫌悪しているんだ」 見つめてくる目がきつく眇められる。 「持てる権力を行使することに問題は一つもない。それを嫌悪する理由はなんだ?」 権力の上の傲慢を嫌悪する理由――それは 「それは『誇り』だろう。家名が背負ってきた誇り、貴族として平民を統べ導くための誇り。それは、お前が無力だからといって、簡単に捨てられるものなのか?」 「……そんなわけないじゃない」 わたしのお母様はとても優秀な魔法騎士だった。エレオノールお姉さまも、ちぃ姉さまも……その人たちの誇りを、わたしが汚しちゃ―― 「なら、生まれながらに魔法が使えない平民が、誇れるところの無い下卑た人間ばかりだと思っているのか?」 投げられた本を手に取り、開く。 「この本を刷っているのも平民、お前の服を作るのも平民。毎日口に入れるパンを作るのも平民だ。……彼らが下卑な存在なら、今持っているものを全て捨てるが良い」 「―――!!」 「出来ないなら、気がつけ。彼らを走らせるもの、お前を走らせるものの正体を。誰もが持っていて、振りかざすことが出来る剣の存在に気づけ」 気づけですって?平民のくせに、わたしが欲しくてたまらないものの正体を既に知っているというの? 再び黙々と片付けをするギースとは対照的に、ルイズは縛り付けられたようにその場で立ち尽くしていた。 それでもギースは咎めようとしなかった。見守るのではなく、彼女に撃ち込んだ弾丸を彼女が見つけるまで、彼女は動けないだろうと思ったからだ。 前ページゼロの銃
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前ページ次ページゼロな提督 トリステイン魔法学院の朝は学生達の起床から始まる、と学院の人は言う。 実際には下男やらメイドやらが日の出前から起床している。 さて、当然のことなのだが、ヤンもルイズの執事として働くと言った以上、日の出前か ら起き出して主たるルイズを起床時間に起こさねばならない。 同盟・帝国を通じてヤンの異名は数多い。が、振り返ってみるに、その中に「寝たきり 青年」というものがあったような気がする、と考えていた。朝食の時間ギリギリになった 頃に、ルイズと二人で寝ぼけた顔をつきあわせながら。 のぼり始めた太陽を見て、慌てて飛び起きる二人。 第3話 執事? ルイズ曰く「貴族は下僕がいるときは自分で服を着たりしない」とのことで、ヤンは下 着姿のルイズの服を着せてあげねばならなかった。帝国の貴族は知らないが、ルイズはト リステインの貴族。その執事をする以上はやむを得ない、というわけでヤンは渋々ルイズ にブラウスを着せる。 自分を奴隷にしようと目論んだ魔法使い、歪んだ選民意識と鬱屈した劣等感を抱かざる をえなかった貴族の少女…と思ってはいたが、見た目はユリアンよりずっと年下の可愛い 小柄な女の子。最初にルイズが16歳と聞かされたとき、思わず本人に真顔で聞き返して 足を踏まれてしまった。 そんな彼女の着替えを手伝っていると、ふと、自分に娘がいたらこんな感じか…と想像 してしまう。ユリアンは親子というには年が近かったが、ルイズの外見は丁度自分の娘く らいの年齢に見える。 素直でしっかり者で家事の天才ユリアンが兄、我侭で意地っ張りで泣き虫な妹ルイズ、 気丈で気が利くけど料理はぜんぜんだった妻フレデリカ、そして粗大ゴミ扱いされるぐう たらな自分。一瞬、そんな妄想にふけってしまう。 でも自分の娘は遺伝学上、絶対にピンクの髪にはならないので、髪を染めるかも知れな いけどそんな色に染めないで欲しいと祈ってるので、とっても無理のある光景だなぁと、 苦笑いしてしまった。 「ちょっと、なにボサッとしてるのよ」 ルイズが、手を止めて遠くを見つめるヤンを見上げていた。 「…ん?あ、ああ、すまない。ちょっと家族のことを思い出してね」 「家族?あんた、家族がいたの?」 「そりゃいるよ。僕にはもったいないほど美人で優しい妻に、養子だったけどとても素直 で真面目で、家のことを任せっきりだった息子がね・・・」 いいながらも、視線はだんだんうつむいていく。 それを見上げているルイズの表情も、だんだんと陰が広がる。 「・・・会いたいの?」 「ああ・・・会いたいな。本当に、父としても夫としても大した事をしてやれなかった。 それでも、多分、僕が急にいなくなって悲しんでいるんじゃないか、と思って」 「…そう」 ルイズはプイとそっぽを向いて、それ以上何も言わなかった。 ヤンも、黙々と彼女に制服を着せた。 ルイズが部屋から出たと同時に目の前の扉が開き、出てきた生徒達が挨拶をする。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 「そしておはよう、使い魔さん♪」 キュルケはルイズの後に扉から出てきたヤンにウィンクした。 「おはようございます。ミス・ツェルプストー」 ヤンは、キュルケに礼儀正しく礼をする。 「あらあら、相変わらず他人行儀ねぇ。キュルケって呼んでいいわよぉ」 色っぽく大きな胸とお尻を揺らしながら、キュルケはヤンに歩み寄る。 そのしなやかな指は学者肌の頬に伸びていく。 ペチッ ルイズがキュルケの手を払いのけた。 「あんたねぇ、毎度毎度いい加減にしなさいよ!」 「あーら、いいじゃないの。ちょっと親交を深めようと思っただけよぉ」 キュルケのわびれない態度に、更にルイズはムキになって怒り出す。 「深めなくていいわよっ!ウチのご先祖様達みたく、今度はツェルプストーに使い魔盗ら れましたなんて、絶対許さないわっ!! 「やーねぇ、ウチのひい祖父さまがあなたの所のひい祖父さまから奥さんを奪ったり、ひ いひい祖父さまが婚約者を奪ったり、みたいな事はしないわよぉ。 で・も!その人はあなたの恋人でも何でもないもの。だからぁ、恋をするのは自由なの よねぇ~♪」 甘い響きの言葉と共にじわじわ近寄ってくるキュルケに、ヤンはじわじわと後退してし まう。 「行くわよ、ヤン」 ルイズはキュルケを無視してヤンを引っ張っていった。 ヤンがルイズの執事を始めて数日。 朝食に向かうヤンにキュルケが迫り、ルイズが割って入るのが始まったのも数日。 ヤンの新しい生活が今日も始まる。 ヤンはルイズの部屋の掃除を終え、かごを抱えて学院の水くみ場の隅に来た。 「おはようございます」 「あら、おはよー」 「なんだい、相変わらず馬鹿丁寧だネェ。ここにゃクソッタレの貴族どももいないんだ。 もうちと気楽にやりなよ!」 洗濯場には、主に貴族の衣服を持ち寄るメイドたちがいた。 ヤンもルイズと自分の衣服を入れたかごを洗濯場の隅に置く。 ヤンの仕事の一つにルイズの衣服、特に下着の洗濯がある。 養子であるユリアンが彼の家に来たとき、彼はゴミの中に埋もれて生活していた。彼の 部下たちは上官を指して「ユリアンがいなけりゃヤンは生きてけない」「生活無能力者」「冬 になったら春まで冬眠してるさ」等の、とても親愛に満ちた、そして正しい評価を下して いた。その上、ヤンの時代に機械を使わず洗濯する人などいるはずもない。だから最初、 彼には洗濯の仕方も分からなかった。 目の前の洗濯物と、10倍の敵艦隊。どっちが手強いだろうか そんな平和このうえない悩みについて、ヤンは真剣に悩んでしまう。そんなことを考え ながら洗濯板でシルクの下着をごしごし洗い、ぼろぼろにしてしまうのだった。 洗濯を終え、部屋の掃除が済んだら、すぐに学院長室へ向かう。 コンコンとノックすると、カチャッと鍵が外れる音がして、「どうぞ」という女性の声で 中へと促された。 学院長室には秘書のロングビルしかいなかった。 「オールド・オスマンはどちらへ?」 秘書は凛々しく立ち上がり、しなやかな足取りでヤンの前に来る。 「今はトリスタニアへ行かれていますわ。代わって私が講義をして欲しい、と依頼されて おります」 「そうですか。ですが、あなたの仕事はよろしいのですか?」 「ええ、そのための時間は頂いておりますから。とはいえ、私も教師ではないので大した 事はお教えできません。故郷のアルビオンの地理や歴史を簡単に、だけですが、よろしい ですか?」 「いえいえ!教えていただけることなら何でも結構です。何しろ僕はこの世界のことを何 も知りませんから」 「わかりましたわ。それではこちらへ」 ロングビルはヤンと机を挟み、ハルケギニアの地理と歴史と文化、特にアルビオンにつ いての授業を行った。 ルイズが授業を受けている間、ヤンはこうやってハルケギニアについて様々な知識を学 ぶことにした。彼はルイズが受けている授業についても興味はあったのだが、さすがに魔 法のことは専門外。それにこの世界の地理政治文化、何より歴史への興味の方が上回って いた。 そしてオスマンは、彼を召喚して無理矢理使い魔にしてしまった負い目から、教育者と しての立場からも、彼の学問を修めたいという要望を断れなかった。 「…で、どうしてその『白の国』アルビオンは、宙に浮きっぱなしなんですか?」 「え?いえ、さぁ・・・どうしてなんでしょうね?大陸の中に巨大な風石があるのでは? なんて言われてますが、土メイジがいくら探査しても見つからないので、それは違うと思 いますが。 やはり風の精霊の力かと思いますわ」 トリステインと同面積の浮遊大陸アルビオン、と聞かされたヤンが頭を捻ってしまうの と同じように、浮いている理由を尋ねられたロングビルも首を傾げてしまう。 ヤンの知的好奇心は、まるで外の世界を初めて見た子供のようにあちこちへ駆け回って いる。何の疑問もなく暮らしている普通の人々には、回答に困ってしまうものも多い。も う少し自然科学に興味を持ってくれれば、文明も発達するのになぁ、とヤンは残念に感じ てしまう。 もっともハルケギニアの人々からしてみればどうだろうか。ヤンの世界の人々を「精霊 を恐れぬ不心得者どもで、魔法の力を無視する盲目の蛮人」と嘆き軽蔑するのではないだ ろうか。 そんな事を考えるだけでもヤンは想像力が遙か遠くへ向けて羽ばたいてしまう。 お昼前になり、ルイズ達生徒と同じように、ヤンの授業も終わりとなった。 「あ、ミスタ・ヤン。こちらがオールド・オスマンから預かった図書館の使用許可証です。 学生が入れる場所なら入れますので。司書にも話を通してあります」 「ああ!やっとできましたか。助かります!ありがとうございます!」 受け取ったヤンは満面の笑みで頭を下げた。嬉しさのあまりダンスをしそうになった。 だが、相手がロングビルしかいなかったことと、以前嬉しさのあまりユリアンとダンスを したのを部下たちに見られて笑われたのを思い出し、なんとか思いとどまった。 お昼になり、アルヴィーズの食堂横にある厨房で、ヤンは食事をとることにした。 「よ~お。来たか」 「お邪魔します、マルトーさん。いつもすいません」 頭を下げて厨房に入ってきたヤンを迎えたのはコック長のマルトー。でっぷりしたお腹 を揺らしながらヤンの肩を叩く。 「まぁったく、そうかしこまんじゃねぇよ!同じ平民同士、困った時はお互い様さ!あん たの食事の事はヴァリエールのお嬢様からも頼まれてるからな!」 料理を厨房の隅の机に持ってきたのはシエスタ。 「はい、ご飯ですよー。でも、こんな簡単なモノで良いんですか?」 「ええ、ようやく図書館の使用許可が下りたので、急いで行こうと思うんです」 机の上に並べられたのはサンドイッチと水。それを大急ぎで口に放り込み、すぐに立ち 上がる。 「ふぅ、有難うございました。ところで何か手伝える事はありますか?」 手伝う、とヤンに言われたマルトーは、慌てて顔を横に振った! 「あー、いやいや、大丈夫だ!それよりあんたは早く本でも読んで、色々勉強した方がい いぜぇ」 「はぁ、そうですね。この前のような失敗をしないよう、この国の事を学んでくるとしま す」 ヤンは恥ずかしげに頭をかいて、そそくさと厨房を出て行った。マルトーは他のコック 達に肘で突かれ、ちょっと言い方が悪かったかと頬をポリポリ指でかく。 先日、ヤンは食事の礼にと思い、厨房の後片づけを申し出た。洗い物を頼んだ後、マル トーはかまどの火を消しといてくれ、と何気なく言ってみた。 次の瞬間、ヤンはかまどの火に水をかけて消そうとしたのを、シエスタに羽交い締めに されて止められた。 かまどの火は、くべてある薪を火バサミで壷に移し、壷に蓋をして消す。かまどに残っ た小さな火には灰をかける。もし、火がくべられたままのかまどに水をかけたら、爆発的 に吹き上がる水蒸気に灰が巻き上げられ、厨房が灰だらけになる。水浸しになった灰は、 ただの泥。火をつけるのに邪魔なので全部取り除かねばならない。 だが、ヤンが生活無能力者とかどうとか言う以前に、宇宙で商船や戦艦やイゼルローン 要塞の中でずっと生活してきたヤンに、かまどの使い方は分からない。彼にとって火を消 すとは、砲撃等で発生した火災を消火する、ということだ。その消火も大概は緊急消火ボ タンを押すだけ。 そして、一応士官学校でサバイバル技術を学んだはずなのだが、実技が赤点ラインを往 復していたヤンに、そんなモノを期待するのは無茶としか言いようがない。もっとも、た とえサバイバル技術を完全に身につけていたとしても、「薪を小さく割るには斧を振り上げ るより鉈(なた)がいい」なんて事は知らない。鉈なんていう、ナイフとも包丁とも斧と も異なる、軍用ではない日用品としての刃物なんて、彼には使う事も見る事も無いのだか ら。 科学の宇宙で生きてきたヤンにとって、この中世魔法世界ハルケギニアは毎日がサバイ バルだ。意地を張ってルイズの下を飛び出したらどうなっていたやら、想像しただけで寒 気がしてしまう。 彼は、自分はこの世界では赤ん坊並の知識しか持ち合わせていないのだと、思い知らさ れていた。 「これが立体TV辺りなら、こういう日常生活は全部カットされて、『科学知識を駆使して 大成功の連続!』という事になるんだけどなぁ…現実って厳しいんだな、ファンタジーな 魔法世界なのに」 図書館に向かいながら、魔法世界の厳しい現実に打ちひしがれつつも感心してしまうヤ ンだった。 図書館は本塔にある。門外不出の秘伝書、魔法薬のレシピ、教師のみ閲覧を許された区 画『フェニエのライブラリー』もある。始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以 来の歴史が詰め込まれている、と言われている。 当然、平民立ち入り禁止。入り口の若い女性の司書がメガネ越しに出入りする教師や生 徒をチェックしている。司書はヤンを見ると、不審な顔はしつつ、咎める事はなかった。 再び視線を読んでいた本へ戻す。 一週間くらい前にどこからか召喚された平民使い魔、食堂では主を擁護するため居並ぶ メイジ達を前に怖じ気づく事無く頭を下げた人物、そういう話しは彼女も知っている。だ が何故に突然、この正体不明の人物に図書館使用許可が下りたかまでは知らない。内心、 本が盗まれたらどうするのか、という不安を感じてはいたが。 そんな司書の不安は気にせず、ヤンは足取り軽く図書館に入った。 だが、入った瞬間に頭を抱えてしまった。 本塔の大部分を占める図書館は、高さ30メイルの本棚が壁際にずらりと並ぶ光景は壮観 である。壮観なのはいいのだが、ヤンには上の本が取れない。昼休みなので他の生徒も教 師もいるが、彼等は『フライ』で本棚の間を飛び、『レビテーション』で本を取っていく。 もちろんヤンにはどちらも出来ない。 つまり彼が読めるのは下から数メイルの間にある本だけ。彼は遙か上を飛ぶメイジ達へ、 おあずけを喰らった子供のように羨ましげな視線を送った。 「…と言っても、とりあえず下の方の本だけ読めれば、今はいいんだけどね」 なんて負け惜しみじみた独り言をいいつつ、本棚の下の方の本から目的のタイトルを探 した。下の方にある本、即ち魔法を使わず出せる本、ということは使用頻度が多いので取 り出すたびに毎回魔力を消費していられない、基本的かつ重要な本。 「ああ、あったあった、これだな…」 彼が取り出した本のタイトルは、『ハルケギニア全土図』。 つまり、地図。 放課後、ヤンは厩舎前にやって来た。 「遅いわよ!どこほっつき歩いていたの!?」 そんな愛情に満ち足りすぎて涙が出てきそうな言葉を投げかけるのは、乗馬用のムチを 手にしたルイズ。彼女は約束通り、放課後にヤンへ乗馬を指南していた。 「ごめんごめん、図書館で本を読んでいたら遅くなってしまって」 「ふん、まぁいいわ。さ、早くやるわよ!」 と言ってルイズは下男に厩舎から一番大人しい馬を連れてこさせる。 大人しい馬、のはずなのだが、ヤンはこの馬から落ちたり振り落とされた記憶しかない。 そんな乗馬初心者ヤンの不安は、ルイズには信じられないような基本的なものだ。 「あのねぇ、落馬は馬が何かに驚いて暴走した場合が多いんだけどね。乗っている人の不 安を感じて馬も不安になるから、なんでもない音とかで驚いてしまうのよ。 乗馬を習いたいって言ったのはあんたなんだからね!もっとビシッとしなさいよ!!」 「い、いや、そう言われても、なぁ…」 初日、近付くのも怖かった。 鞍を手でつかみ、鐙に左足をかけて登ろうとしたら、鐙がフラフラ安定せず、鞍のつか み所も悪くて、落ちた。 どうにか乗ったら、即座に振り落とされた。 周囲に集まってきたメイドやコックやら平民達や、通りすがりの貴族達がクスクス笑っ たり爆笑したり。その度に、教えてるルイズ自身も恥ずかしくて顔から火が出る思いだ。 「全く・・・また、あたしが先に乗るから、あんた後ろにのんなさいよ」 「う、うん。お願いするよ」 「早く、まずは馬に慣れてよね。でないといつまで経っても教える事自体が出来ないわ」 「…面目ない」 そんな感じで、前に乗るルイズに怒られながらヤンはおっかなびっくり乗馬を習い続け ていた。 夜、ルイズの部屋。 魔法のランプが照らす室内に、ティーカップを前にした浮かない顔の二人。 ルイズは鏡台の前に座り、財布の中身を広げてため息をついた。 背後では床に直接胡坐をかいていたヤンが、ひざの上に広げた本を見ながら、ルイズに 負けないくらいの大きなため息をついた。 じろりとルイズが振り返る。 「…何よ」 「そっちこそ、どうしたんだい?」 「あんたの入れたお茶が不味いのよ」 「…うん、僕もそう思う」 ヤンが入れたお茶。それは、二人揃って一言、不味い!と言い切れるものだった。 「修行しなさいよね」 「心得ました、ミス・ヴァリエール」 しばし視線を交じわせた二人は再び同時に、さらに大きなため息をついてしまった。 またも二人の視線が交わる。 先に口を開いたのはルイズ。 「予想はつくでしょ?」 「まあね…僕の治療費、そんなに高かったのかい?」 「オールド・オスマンが言ってたでしょ?大きな家が一軒買えるって」 ルイズは財布をひっくり返すが、手のひらの上に落ちてきたのは銀色の貨幣数枚のみ。 「これが骨折とか、ただの怪我だったら、もっと残ったでしょうけどね・・・」 「そうか…本当に、苦労をかけるね」 「いまさら、何よ。 それで、そっちは何なの?地図なんか眺めて」 ヤンの膝の上に乗せられていたのは、昼間に図書館で借りてきた本『ハルケギニア全土 図』だ。 「うん、まぁ、簡単に言うと、僕の国とトリステインの距離とかを知ることができないか、 と思ったんだけどね」 その言葉を聴いて、ルイズの顔は一瞬曇りが広がった後、すぐに晴れ渡った。 「ふーん、その様子だと、どうやらあなたの国は相当遠いみたいね」 「遠いなんてもんじゃないよ…自力で帰るのは、ほとんど不可能だ」 「そうなの?ところで、どのへんなのよ」 と言ってルイズは地図を手に取り床に広げてみる。そこにはハルケギニア5国と、その 東の聖地辺りまでが書かれている。 「その地図には載ってないんだ」 「へえ~、それじゃ、聖地の向こう側なのね。ロバ・アル・カリイエなんだ」 押し隠した嬉しさを含むルイズの言葉に、ヤンは残念そうに首を横に振る。 「なによ、それよりまだ遠いの?いったい何処なのよ、それ」 「何処といわれても、ハルケギニアでは知られていない場所だよ」 「ふーん。ちなみに、故郷はなんて名前?」 「故郷?故郷かぁ~・・・」 天井を見上げて、しばし思案してみる。さて、自分の故郷といえる場所はどこだろうか。 ふとルイズを見れば、ちょっと興味ありげなようで、ヤンに近寄ってくる。 彼は、なるべくハルケギニアの人でも分かるような言葉で語った。 「子供のころは、旅商人の父に連れられて船に乗っていたよ。いろんな場所を巡ってきた。 だから故郷と言える場所はないんじゃないかと思う」 ルイズは床にペタッと座って、ヤンの思い出話を聞き始める。 「16歳になる直前、事故で父が死んでね。たまたまハイネセン…ああ、ハイネセンは僕 がいた国の首都だよ。士官学校の戦史科に入学できたので、あとはずっとその士官学校に いたんだ。 でも、実際には最前線のイゼルローン要塞にいた頃が、一番思い出深いなぁ。もしかし たら、その要塞が僕の故郷かも知れないな」 「ふぅ~ん・・・でも、知らない名前ばっかりねぇ」 「そりゃそうさ。僕だってハルケギニアもトリステインも知らないよ。でも、もしかした ら…と思ったんだけどね。過去に僕らの世界と接触した跡でもないものかと」 そういってヤンは切ない視線で地図を見つめる。 「で、方向で言うとこの地図のどっち?」 ヤンの前に地図を置いて尋ねてくるルイズだが、ヤンは首を振った。 「方向は分からないよ。なにせ、このハルケギニアの地図を見て分かったんだ。ここは僕 らの国では、伝説とされる世界だって」 「伝説?」 ルイズはキョトンとして聞き返す。自分の住んでる世界って、伝説になるほど特別だっ たのかしら?という感じだ。 だがヤンは、途方に暮れたように天井を見上げてしまう。 「そう、伝説。存在自体は誰でも知ってるけど、決して行く事の叶わない世界。虚数の海 の彼方にある、別世界・・・パラレル・ワールドさ」 ヤンはジッと地図を見つめた。 同盟の公用語と多くの共通点を持つ言語で記された、地球のEU地域そっくりのハルケ ギニアを。 次の日の朝、やっぱり二人は寝坊して大慌て。 「全くもう!なんて役に立たない執事なの!?ほらブラウス取ってよ!」 ヤンは慌ててタンスからブラウスを引っ張り出す。いや、本人は慌ててるつもりらしい が、どうにもハタ目には慌ててるという雰囲気がない。実際、バタバタとブラウスを引っ 張り出し、ショーツ一枚で教科書を揃えるルイズに手渡しているにもかかわらず。 「いやぁ、人は僕を『ごくつぶしのヤン』『無駄飯食いのヤン』と呼んだものさ」 「自慢になるかー!!」 慌てている風にみえないのは、この減らず口のせいかもしれない。 悪運強く、どうにか朝食の時間には間に合った。二人とも早足で食堂へ向かう。 早足ながらも、ルイズはふと思い出したように口を開いた。 「ねぇ、昨夜言ってた話だけど、伝説っていうくらい遠いんじゃ、もう助けとかもこない わよね?」 「いや、う~ん、それが分からないんだ」 ヤンがウンウン唸りながら寮塔を出る。外には同じように寝坊したらしい学生達が早足 で食堂へ向かっている。 「でも、自分で言ったじゃない。行く事が出来ないって」 「ああ、いや、実際には『帰って来れない』という事だと思う。とは言っても、僕の勝手 な想像なんだけど」 「帰って来れない?」 「うん。実際、『虚数の海』は行くのは簡単なんだ。でも帰ってきた人がいないんだ」 「なんだか、すっごい難所なのねぇ…そのキョスウノ海って」 ルイズは面白い話を聞けて満足したようで、上機嫌で食堂へ入っていった。 ルイズの頭に浮かんでいたのは、難破船がゴロゴロする嵐の岩礁。 だが、ヤンの頭に浮かんでいるのは、アムリッツァ。核融合の超高熱の中、無数の原子 が互いに衝突し、分裂し、再生し、膨大なエネルギーを虚空に発散させる恒星の名だ。 このアムリッツァ星系において、かつてヤン率いる艦隊は敗残兵の一員となった。補給 路を寸断され、敵地に孤立し、全滅の危機にすらあった。実際、あと僅かの所で退路を断 たれそうにすらなっていた。 この時、敵艦隊に襲われた戦艦がパニックを起こし、大質量近くにも関わらずワープし た。進路算定も不可能なまま亞空間に跳躍した後どうなるのか?それは、死後の世界に定 説がないのと同じく、誰も知らなかった。 ちなみに、この時起きた時空震に退路を断とうとしていた敵艦隊が巻き込まれて混乱、 このスキを突き、ヤンの艦隊は撤退に成功した。 もちろんヤンは、大質量付近のワープが即ちパラレル・ワールドへの転移、と考えては いない。もしそうであるなら、帰還者も、別宇宙からヤンのいる世界へワープして来る者 もあるはずだから。帰還者も別宇宙から来る者もいないのは、本来はパラレル・ワールド へは飛べない、ということ。 だが、ヤンは来ている。それは即ち、来る方法はあるということ。要はそれに気付くか どうか、という点。 「期待は薄いなぁ・・・」 ルイズの背中を見送りながら、ヤンはそれでも帰る方法を考えていた。 「ハァ…それにしても、どうしたものかなぁ」 溜息混じりに学院長室に入ると、今日もロングビルしかいなかった。 「まだオールド・オスマンはトリスタニアですか?」 「いえ、今はミスタ・コルベールの所ですわ」 机の上に本を広げながら、ロングビルが事務的に答えた。 「そうですか。それじゃ今日もあなたが?」 「ええ、今日は、あなたの質問にも答えられるよう、ちゃんと予習もしてきましたわ」 見れば机の上の本には、沢山のしおりやタグが付いている。 「あはは、どうもすいません。秘書の方にこんなことをお願いして」 「構いませんわよ。私にとっても勉強になりますから。それでは今日は始祖ブリミルにつ いて・・・」 そんな話をしつつ、ヤンは今日もハルケギニアについて学ぶ。だが、その表情が冴えな い事に、秘書は彼の入室時から気付いていた。 「もしかして、ホームシックですか?」 問われたヤンは、ハッとして顔をあげた。 「あ、うん、まあ、それもあるんです。でも今目の前の問題としては…恥ずかしながら、 お金の事なんです」 「お金…ですか?」 ロングビルは、あまりにも意外な事を言われたかのような顔で、ヤンをみつめた。 「ええ、何しろミス・ヴァリエールは僕を蘇生するために全財産を払ってしまいましたか ら。ヴァリエール公爵からの次の仕送りまで、どうしたものかと・・・あの、どうしまし たか?」 今度はヤンが意外そうな顔でロングビルを見つめた。 彼女は、信じられないものを見るかのように、メガネを何度も直しながらヤンを見てい たから。 「あなたが、お金がないんですか?」 「ええ、ありませんよ。私は財布を持たずに召喚されましたら。もちろん私の財布には1 ドニエたりと入っていませんでしたが」 冗談を言ったつもりだったヤンだが、彼女は笑うどころか怪訝な顔でヤンを見つめ続け ている。 そして、驚きと怒りの顔へと瞬時に変化した。 「あんのエロオヤジどもぉ!!」 気品あるロングビルの下品な叫びに、今度はヤンが驚いた。 ジャン・コルベール。 二つ名は「炎蛇」。火系統の魔法を得意とするトライアングルメイジで、トリステイン魔 法学院の教師。魔法を特に火系統の更なる活用法を発見しようと日夜研究している。 そして彼は今日も火の塔横の掘っ立て小屋、もとい研究室で頑張っている。 まずは研究素材から試料を取ろうと、ヤスリで削った。 ヤスリ『が』削れた。 ならば切ってみようと、一番大きく頑丈なノコギリで切ってみた。 刃がボロボロになった。 では溶かしてみようと、二つ名「炎蛇」に相応しい高温の炎を杖から吹き出した。 研究室ごと熱くなっただけで、全然溶ける様子はない。 「ええい、らちがあかん。コルベール君、どくんじゃ!」 コルベールの背後から、オスマンが杖を振る。 鋼鉄の拳が練成され、学院長の最高の魔力をもって振り下ろされた。 ガッキイイイイインッッ!! 凄まじい金属音と火花が響き渡り、粉々に砕け散った。 鋼鉄の拳『だけ』が。 いや、それを置いていた台座もついでに砕け散った。 粉々になった鉄拳と台座の破片の中に埋もれたそれは、まったく何の変化もない。 「し・・・信じ、られん、わい・・・」 「な、なんなのですか!これは、ありえませんぞっ!!」 オスマンとコルベールは、疲労と驚愕で床に膝をついてしまった。 この研究素材に費やした体力と魔力に比して、得られたものは何か。 それは、研究する事すら出来ない、という事実だった。 「本当に…ありえませんわねぇ…」 二人の背後で、地獄の底から響くような声がした。 ビクッと肩をすくませた二人が振り向くと、鬼のような形相で仁王立ちするロングビル が立っていた。 「し、信じ・・・られない・・・」 ロングビルの後ろには、秘書に迫られる二人以上に驚愕しているヤンがあった。 ヤンの事など忘れたかのように、ツカツカとロングビルは二人に詰め寄っていく。 「一体、どういうことですか、これは!この方の所持品は、全部返却したのではなかった のですかっ!?」 「い、いや、そのですな…あの」「よすんじゃ、コルベール君…もう言い訳は無理じゃ」 二人は、諦めた様に肩を落とし手を地についた。 粉々の破片の中にあるもの。それはトマホーク。 柄の部分が切れヘッド部分しか無いが、炭素クリスタルの刃を持つヤンの世界で作られ たトマホークだ。 そして、これをヤンに返していないという事は… 「どういう事か分かりますか!?これは立派な窃盗です!あなた方は、彼が意識を取り戻 した時の騒ぎを忘れたとでも言うんですかっ!彼にとっては召喚と契約は、拉致監禁なの ですよ!? おまけに彼の所持品を隠匿し、あまつさえ破壊しようなどとっ!!」 「い、いや、別に盗むとか壊すとかじゃなくてじゃな」「そ、そうですぞ!これは研究のた めに」 「だまらっしゃいっ!!貴族の手本たるべき教員が、平民だからと彼の財をゆえ無く奪う など、恥知らずも甚だしい!だから貴族は平民に恨まれ、嫌われ、憎まれるのですっ!」 叱責される二人は、もう言い返す言葉もなく正座で説教され続けていた。 だが、ヤンの耳には彼女の怒号は届かないようだ。 震える足で、一歩また一歩とトマホークへ近寄っていく。 「こ…これは、まさか、そんな…」 彼の目は、これ以上ないくらいに見開かれている。 その姿にロングビルも気がついた。 「ええ、それはあなたと一緒に召喚された物ですわ。その斧の刃は、信じられませんが、 恐るべき巨大さのダイヤモンドですわね。先日、学院長室の机に置きっぱなしになってい たのを見て驚きましたわよ。 それを売れば、あなたの治療費を倍返ししてなお、お釣りが来ますわよ」 炭素クリスタルの刃、それは巨大な人工ダイヤモンド。といっても天然ダイヤモンドそ のものとは少し違う、衝撃にも強い物質だが。 ヤンの世界では、鏡面処理により光学兵器を弾き小火器程度ではダメージを受けない装 甲擲弾兵と近接戦闘を行うための武器。装甲を貫くための武器なのだから、刃がダイヤモ ンドというだけでなく、斧の本体も相応の硬度・重量を持つ。ビーム兵器の高熱にも耐え る。 ヤスリで削れたりノコギリで切れたり火で溶けたりトンカチで割られるようなシロモノ ではない。 売る、という言葉を聞いて、今度はコルベールが眼を見開いた。 「ま、待って下さい!そ、それは、いやダイヤの刃はともかく、その斧本体について、せ めて教えて下さいませんか!?」 「そう、そうなんじゃ!どうにかして調べたいのじゃが、恐るべき硬度と粘性で傷一つつ かんから、試料も取れず」 ギロッとロングビルに睨まれて、再び二人は黙った。 だが、ヤンも黙っていた。黙って斧を、特に柄の切断面を見ている。 「・・・間違いない・・・」 しばしの後、ヤンが呻くように呟いた。 その言葉に、背後の3人は顔を見合わせてしまう。 あの、と声をかけるロングビルの言葉も彼には届かない。 「間違いない、片刃式だ…同盟の、斧だ」 震える手でそれを手に取る。左手のルーンが輝くが、それすら気付かない。 「やった…やったぞ!来てたんだ、ローゼンリッターが!『レダⅡ』号にっ!!助けに来 てくれていたんだっ!!」 ヤンは、今度は本当に踊り出した。ヘッド部分しかない斧を持って、左手のルーンを光 らせながら、ヘタながらも軽やかに。 それを見ている3人は、果たしてヤンという人物は正気なのだろうか、と本気で考えて いた。 「ローゼンリッター?」 放課後になり、ルイズは再びヤンに乗馬を教えるべく厩舎前に来た そこにはヤンがいた。ただし、見た事もないほど上機嫌なヤンが。 「うん、薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊。我が軍最強の白兵戦部隊でね、その戦闘 能力は1個連隊で1個師団に匹敵すると言われる程だったよ」 二人は馬を並べながら、広場をポックリポックリまわっている。どうにかヤンも馬に嫌 われないようになったらしい。慣れない手つき腰つきながらも、ルイズの馬と並走出来て いる。 「その部隊が、あんたを助けに来ていたの?」 「その通りさ!そして恐らく、僕を召喚ゲートから引っ張り出そうとしていたんだ!」 と大声を出したとたんに、いなないて前足を振り上げた馬に振り落とされた。 ヤンの推理はこうだ。 ヤンが銃撃された瞬間、恐らくは失血死した直後に、ローゼンリッターの誰かが彼の傍 に来ていた。その人物はヤンの死体を見て、一時は絶望した事だろう。 だが、次の瞬間には驚愕した。何か光る鏡のようなものがいきなり現れ、ヤンの死体を 鏡面に吸い込もうとしたから。慌ててヤンの身体を押さえようとしたが、急な事で間に合 わなかった。もしくは吸い込む力に負けた。 斧で鏡らしき物をたたき割ろうとしたが、無駄だった。鏡ではなくゲートだったので素 通りしてしまう。 ならゲートの向こう側にいる人物を殺すか装置を破壊しようと銃を抜いた。だが慌てて いたため手が滑って銃もゲートの中へ落としてしう。それがヤンが持つ銃。 しょうがないのでさらに斧を突っ込み、ゲートを破壊するか開いたままで固定しようと した。だが、ゲートは閉じてしまった。同時に斧の柄は亞空間ごと切り裂かれた。 結果、ルイズが度重なる失敗の後に召喚したのは、ローゼンリッターの斧のヘッドと銃 と、瀕死のヤン。 尻の泥をはたき落として馬に乗り直そうとするヤンに、不安そうなルイズの声が届く。 「でも、召喚の瞬間に誰かが居たからって、ここまで助けが来るとは限らないわよ…ね」 「そうだね、その通りだよ」 よっこらせっ!というかけ声と共に馬に乗り直したヤンが、意外なほどあっさりと同意 した。ルイズも拍子抜けしてしまう。 「何しろ、僕が別の空間に行ってしまったのは分かるけど、どこに行ったかは分からない んだから。来るにしても、いつのことやら」 聞いているルイズは、喜びを隠そうともしない。馬の駆け足も早くなってる。 「そりゃそーだわ。ざーんねんだったわねぇ!とりあえず、あんたはお茶の入れ方でも学 んでくる事ね!」 「そうしようか。でも、その前に、君に追いつくとしようかな!」 そう言ってヤンは馬を早足で走らせて、ルイズを追いかけた。 だが、既に彼の頭の中では、さらに推理が進んでいた。 ヤンを救出に来たと言う事は、当然戦艦で来ていた。そして襲撃者の艦を破壊した。 『レダⅡ』号へ強行接舷した後も、襲撃者の援軍や帝国軍が来ないか、警戒していたはず だ。あらゆるレーダー・観測機器を最高度で稼働させていただろう。 ならば、召喚ゲートの開閉とヤンの亞空間転移もセンサーに捉えたのではないか? 召喚ゲート近くにいた隊員の証言。センサーの観測結果。何故か見事に切り裂かれたト マホークの柄。見つからない斧の頭。一つずつなら幻覚だ故障だ事故だと済ませたかも知 れない。 だが、4つが同時に存在すれば、それは信じるに足る重要な情報だ。 「問題は、やっぱりハルケギニアの場所が分からないって事なんだよなぁ。それに、そも そもあの戦乱の最中、私を捜しに来る余裕はイゼルローンのみんなには無いだろうし。第 一、魔法の扉がセンサーにひっかかるかなぁ?」 そんな不安がヤンの頭をかすめる。 とたんに、再び彼は馬に振り落とされた。 ルイズの笑い声が広場に響いた。 第3話 執事? END 前ページ次ページゼロな提督
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前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔 「ミスタ・コルベール! 召喚のやり直しをさせてください!」 「駄目です。ミス・ヴァリエール。使い魔召喚の儀式は神聖なものです。それがどんな『もの』であろうと、呼び出してしまった以上は契約しなくてはなりません」 春の使い魔召喚の儀式。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン。ド・ラ・ヴァリエールは自身の召喚の結果を不服として、担当教諭のコルベールにやり直しを要求するが、コルベールはというと「伝統・神聖」の一点張りで取り付く島もない。 必死に食い下がるルイズとそれを諭すコルベールのやり取りに、呼び出したばかりの使い魔に夢中だったほかの生徒たちもにわかに注目しだした。 ルイズとコルベールを囲むように人だかりができ始めていた。 「なぁ、マリコルヌ。何の騒ぎだい? またゼロのルイズが何かやらかしたのか?」 ルイズたちを囲む輪の中にいたマリコルヌ・ド・グランプレに、級友のギーシュ・ド・グラモンが声をかける。 「あぁ、ギーシュ。傑作だ。さすがはゼロのルイズだぜ。実にふさわしい使い魔を召喚したもんだよ」 そういって笑い出すマリコルヌに、ギーシュは怪訝な顔であたりを見渡す。 「なぁ、マリコルヌ。そのゼロのルイズが呼び出した使い魔てのはどこにいるんだ?」 もう一度あたりを見渡してみるが、どこにもそれらしきものはいない。 「ひょっとして、何も呼び出せなかったから使い魔も『ゼロ』ってオチかい? それはちょっと引っ掛け問題としてもフェアじゃないと思うな。『召喚した』て言ったじゃないか」 「いやいや、ちゃんと呼び出してるんだよ。ギーシュ。あそこをよく見てみろよ」 笑いをこらえながらマリコルヌが指差す。 しかし、指し示された場所を見ても、草原の中にぽっかりと直径1メートルほどの円状に草の禿げた、むき出しになった地面があるだけだ。 草が禿げているのはルイズの爆発による影響だろう。 コルベールが禿げているのは何による影響だろう? 「なぁ、マリコルヌ。僕の目が悪くなったのかな? やっぱり何もいないように見えるんだが…」 「よく見てみろって、草の禿げた真ん中だよ。なんと言っても相手はあのゼロだからね。常識的な使い魔を探しても見つけられないさ」 「真ん中ねぇ…」 もう一度目を凝らして見る。 「真ん中には…石ころがあるな」「そうだね、ギーシュ」 もう一度見る。 「手のひらサイズってところだな」「そんなとこだな、ギーシュ」 さらに見る。 「板状だな」「板状さ、ギーシュ」 さらにもう一度見る。 「ほんのり半透明だな」「半透明さ、ギーシュ」 しつこく見る。 「ひょっとして、アレかい?」「アレさ! ギーシュ!」 二人は顔を見合わせると、 「ギャハハハハハハ!」 と馬鹿笑いした。 ギーシュとマリコルヌのやり取りを、ルイズは憮然とした表情で見ていた。 「ミスタ・コルベール。あの二人が私を侮辱しました。ちょっとレビテーションかけてもいいですか?」 完全に据わった目で言うルイズ。 「だ、駄目です! ミス・ヴァリエール。クラスメイトとは仲良くしなくてはいけません!」 「なら、先生があの二人をもやし祭りにして下さい」 「学院の教育方針として、体罰は禁じられてますので…」 「なら注意するなりなんなりして下さい!」 ルイズの剣幕に、コルベールは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてギーシュたちに注意に向かう。 「二人とも、貴族たるもの『ぎゃはは』などとはしたなく笑うものではありません!」 「そこかよ…」 注意を終えて帰ってくるコルベール。 ジト目で向かえるルイズ。 「先生。私、将来子供ができたら留学させようと思います…」 「それはいいですね。若いうちから見聞を広げるのはいいことです。私もいつか他の国で教鞭を振るって見たいものです」 「そうしてくださると留学させないで済むので助かります」 「さぁ! もう、いい加減覚悟を決めてブチュッとやっちゃいなさい! ミス・ヴァリエール!」 コルベールが会話は終わりだといわんばかりに高らかに言う。 ルイズもあきらめて、ぶつくさ言いながらも、召喚された石のそばに歩いていく。 「なによ! いつも新しい技術がどうとか、『火は破壊だけのものだなんて古い考えにとらわれてはいけない!』だとか言ってるくせに、 こういうときは伝統伝統って、きっと自分の中でそういった矛盾を抱えてるから、知らないうちにストレスになって禿げるのよ!」 「何か言いましたか…ミス・ヴァリエール…」 「何も言ってませんっ!!」 ルイズは大きくため息をつくと、自分の足元にある『それ』を見る。 手のひらサイズで板状の、少し透明な石ころ。 悔しいがギーシュやマリコルヌの言う通りではある。 せめて土にまみれていたりすれば、爆発のせいで地中の石がむき出しになっただけだとか主張して、もう一度召喚させてもらうという策もあるのだが…。 綺麗な円形に禿げた草原。爆発で抉れた地面の中心にポツリと置かれた石ころ。 さすがにこれを地面から出てきたものだと主張するのは無理があるか…。 「はぁ~~~~…」 もう一度、露骨に大きくため息をつく。 そして、しゃがみ込んで石を見る。 どこからどう見ても石だ。 「ミスタ・コルベール! 石です!」 「見ればわかります」 「石と契約するなんて聞いたことがありません! それに石には意思がないからこの石にはそもそも私と契約する意思があるとは言えない訳で、契約する意思のないものに無理やり契約をさせるのは非道と思います!」 「確かに石と契約するなんて聞いたこともありませんが、そもそも石を召喚するなんてことも聞いたことありません。とにかく使い魔は、サモンサーヴァントによって召喚されたものと契約すると決まっています。石を召喚してしまった以上、石と契約するしかないでしょう。 それに、石に意志がないなんてどうして言えるのです? 意志を表現する手段がないだけで意思はあるかもしれませんよ?そして、サモン・サーヴァントに応じた時点で使い魔になる意志はある、と私は考えます。 そうでないと、ドラゴンのような本来凶暴な生物が、いきなり呼び出されてコントラクト・サーヴァントに素直に応じるはずがありませんからね」 ルイズのよくわからない理屈は、コルベールのわかるようなわからないような屁理屈によって潰されてしまった。 (考えろ…考えるのよ…ルイズ! 姫様と遊んでいたときに、厨房にあったイチゴを二人で全部食べて従者を怒らせてしまったときも、逆切れと誤魔化しで何とかしたじゃない!) ルイズは最後の足掻きをしようと知恵をめぐらすが、 「まぁ、あなたにも言いたい事はいろいろあるでしょうが、一つだけ理解していただきたい。私があなたにその石との契約を勧めるのはあなたのためを思ってのことということです。 召喚が失敗してしまったのなら召喚のやり直しはできますが、召喚してしまった以上再度召喚することは認められません。それを踏まえたうえで契約しないと言うのであれば、今回の召喚の儀は失敗とせざるを得ません。 召喚の儀が失敗となれば進級を認めるわけにもいきません。石ころを召喚してしまった時点で失敗・留年としてしまうこともできますが、それはしません。つまり、あなたに契約か留年かの選択の余地を差し上げようと私は言っているのですよ」 それはコルベールの言葉によって結実することなく霧散してしまった。 (留年…そんなことになったら…) ルイズはもし自分が留年ということになった場合、家族たちがどう反応するかを考えてみる。 まず浮かんだのは、長姉であるエレオノールの神経質そうな顔だった。 ルイズの留年を知らされたエレオノールは、 「使い魔と契約できないし、魔法もろくに使えるようにならないで留年。そういうことでいいわね、チビルイズ」 と言って、ルイズの頬を抓るだろう。 「ご、ごめんなひゃい。お姉ひゃま」 いつものようにルイズが謝ると、エレオノールは言うだろう。 「何を謝っているのかしら? このおチビ」 「え、あの…魔法が…学院を…その…」 「何度言えばわかるのかしら? 貴族は魔法をもってその精神とするのよ。それで、チビルイズは謝れば立派な貴族になれるのかしら?」 「えと、あの…その」 ルイズはそう言われて情けなく口ごもるだけしかできない自分がありありと想像できていやになってくる。 「過ぎたことはもういいわ。ねぇ、あなたはどうすれば立派な貴族になれるのかを聞きたいの。来年の春には使い魔と契約できるのかしら? もう一年学院に通えば進歩するのかしら? そもそもチビルイズは一年間学院にいてどれだけ成長できたのかしら?」 この後もネチネチとエレオノールの説教は続くだろう。途中「学院に一年長くとどまると言うことは、結婚が一年遅れると言うことでもあるのよ」などと自分で言っておいて、 「誰が嫁き遅れよ!」なんて言ってルイズにあたるのだろう。 いやだ、いや過ぎる…。 そもそも留年と言うことになって一番落ち込んでるのはルイズなのだ。 そんなときはやさしく慰めてもらいたい。 「やさしく」と言うことで次に思いついたのが、次姉のカトレアの顔だった。 (ちい姉さまならやさしく慰めてくれるに違いないわ) でも駄目だと、ルイズは頭の中で打ち消す。やさしさと言うのは時に厳しさよりも残酷なことがあるのだ。 きっとカトレアはルイズの頭を胸に抱き寄せて優しく慰めてくれるだろう。そしてこう言うに違いない。 「ねぇルイズ。貴族にとって魔法がすべてと言うわけじゃないわ。私だって家の中に閉じこもってばかりで魔法なんてほとんど使う機会がないわ。 でも動物たちもいるし、毎日とても楽しいの。ルイズもお家にいてくれたらもっと楽しくなると思うわ。 お家でも魔法の練習はできるし、ふとした拍子に突然使えるようになるかもしれないわよ」 あぁ、想像出来てしまう。 きっとカトレアは純粋なやさしさから、何の嫌味もなく、本心でルイズを慰めてくれるのだろう。 魔法の使えないルイズを受け入れてくれるだろう。 だがそのやさしさを受け入れることは、魔法を使えない自分を受け入れてしまうことと同義なのだ。 それは駄目だ。エレオノールの説教よりもある意味でダメージは大きい。 (それならお父様は?) 父親も厳格な人物できっとルイズをきっときつく叱るだろう。 だが妻には頭が上がらなかったりと、少し甘い部分もあるのだ。きっと一通り叱った後こう言うだろう。 「まぁ、留年は残念だが、頑張った結果だろう。駄目だったならまた一年頑張ってみればいいさ」 と、最後にはニコニコ笑ってルイズの頭の上に大きな手を乗せ慰めてくれる、ような気がする。 そして笑いながらこう言うだろう。 「しかし、卒業がいつになるかわからないからな。今のうちから縁談を進めておかないとエレオノールのように…ゲフンゲフン。どうもワルド子爵も軍務で忙しいようだし、 スーシェ男爵もなかなか悪くない男だと思うが、会ってみるだけどうだ?」 そこからはなし崩し的に次々と縁談を持ち込んできて、いつの間にやら結婚している自分が想像できる。 二十七になっていまだに結婚していないエレオノールのこともあり、その手の話には過敏なのだ。 駄目だ。ダメージは少ないだろうがとても納得できるものではない。 ルイズの妄想はついに最悪の結末にたどり着く。 母親が、烈風のカリンがじきじきに説教するのだ。 その時母は、なぜか甲冑に身を包み、マンティコアにまたがっている。 そして巨大な竜巻を作りながら言い放つのだ。 「ルイズ。構えなさい」 駄目だ! 駄目だ! もう説教ですらない。 「ミス・ヴァリエール? いい加減現実に戻ってください」 コルベールの声にルイズはハッと我に返る。 「先生! 私契約します! させて下さい!」 ルイズには、家族に留年を報告するということよりも最悪の事態というものが存在しないように思えていた。 (もうこの際、石でいいじゃない! 石ってことは土系統よ! 系統もわかってこれで晴れてゼロ脱出に違いないわ!) ネガティブも行き着くところまで行けば、逆にどんな些細なことでもポジティブになれるらしい。 「よい返事です。では、早いとこ契約してください」 コルベールに促され、ルイズは再びしゃがみ込み、石を拾い上げようとする。 「えっ…」 ルイズの指が石に触れた瞬間――ルイズの目の前に突然一人の少年が現れた。少年はしゃがみ込み地面に目を向けている。 (何を見てるのかしら? じゃなくて! なに? どこから出てきたの?) 突然現れた少年に驚き、思わずあたりを見渡すルイズだが、そこで異変がこの少年だけでないことに気付く。 ルイズの目に映るのは魔法学院の演習場ではなかった。見たことのない町並みがルイズの目の前にひろがっていたのだ。 ここはどこなのか。そしてなぜ自分はここにいるのかという驚きが沸いてくるが、その驚きを感じる前に更なる驚きがルイズを襲う。 ルイズはそこにいなかった。 どことも知れぬ町並みを見ているし、音も聞こえる。どこかから空腹を誘うようなにおいも感じる。 だが、ルイズの体はそこにはなく、まるで感覚だけがその場の空気に溶け込んでいるかのようだった。 「なっ? えっ!?」 ルイズは驚いて、思わず石から手を離してしまう。 すると、目の前に広がる景色は魔法学院の演習場に戻っていた。 先程まで見ていた景色はかけらもない。 「ミスタ・コルベール! この石、なんか変です!」 「そうですか。ただの石じゃなくてよかったですね。では、授業時間も無限ではありませんので早くコントラクト・サーヴァントをして下さい」 ルイズが、今体験したことをコルベールに説明しようとするが、コルベールはまたルイズがなんとかサモン・サーヴァントのやり直しをしようとあがいているのだと判断し、まるで取り合わない。 仕方なくルイズはもう一度石に触れてみる。 すると、やはりルイズの五感はどこか知らない場所に飛ばされる。 それは予想されていたことなので、先程のような驚きはない。思わず石から手を離してしまうこともない。 ルイズは、今度は注意深く辺りを見回してみる。 やはりまるで見たことのない景色。なぜか馬がついてない馬車が走っていたりと、ルイズの理解の及ばないような物もある。 そしてルイズが空を見上げると、今まで見たどんなものよりもルイズの常識と相容れないものがそこにあった。 そこには一つの月が燦然と輝いていた。 (な、な、なんで月が一つしかないのよ~っ!?) ルイズの、ハルケギニアの常識では月は二つあるのが当たり前であり、二つの月が重なるスヴェルの月夜でも小さい月の方が前に出るので、完全に一つしか月が見えないなんてことはありえない。 (一体、ここはどこなの? そもそもあの石は何なのよ!?) ルイズがそう思った瞬間だった。 突然、目の前の景色が変わる。石を離したときのように、魔法学院に戻ったわけではない。ルイズの知らない、また別の景色が展開される。 次から次へと景色が、場面が変わっていく。 場面が移り変わるごとに、少しずつ情報が蓄積されていく。 先程ルイズが抱いた疑問。その答えを探すかのように、その答えにかかわる場面を次々と体験していく。 「…エール!? ミス・ヴァリエール!? どうしたのです!?」 ルイズが石から手を離すと、目の前には心配そうにルイズの顔を覗き込むコルベールがいた。 「………大丈夫です。契約します」 ルイズは心ここにあらずといった様子でつぶやくとハンカチを取り出し、ハンカチ越しに石を持った。 ルイズは、目の前の石が一体何なのかすでに理解していた。これと契約することがどういう結果をもたらすのかはまるでわからないが、普通の平凡な使い魔と契約するよりは良いかもしれないと思い始めていた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ…」 呟く様に呪文を唱えると、ルイズはそっと石に口づけをする。 コルベールとルイズ以外の生徒たちが、フライの魔法を使い校舎へと戻っていく。 フライの魔法だけでなく、すべての魔法が使えないルイズには、ゆっくりと己の足で歩いていくしかない。 ルイズは立ち止まると、ハンカチに包まれた石を改めて見る。 それはルイズたちが住む世界とは別の世界で『本』と呼ばれる物。人が死に、その魂が地中で化石化したものである。 『本』に触れると、その魂の持ち主の人生のすべてを読み取り、追体験することができる。 ルイズが『本』に触れることで見た景色は、人が死ねば『本』になるのが当たり前の世界に生きた、ある男の人生だった。 ルイズの指が『本』に軽く触れる。そしてすぐ離す。 この『本』の魂の持ち主。その姿を確認しただけだ。 「…よろしくね。モッカニア」 その『本』に記された魂の持ち主。その名をモッカニア=フルールという。 前ページ次ページ虚無の魔術師と黒蟻の使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (59)炎蛇の教示者 ウルザが常に肌身離さず携帯し続けた大剣。それには意味があった。 何もウルザは伊達や酔狂でそれを放さなかったのではない。軽々しく放せなかったというのが正しいのだ。 ハルケギニアに来てからこれまでの短い期間では、プレインズウォーカーといえども、ルーンのエンチャントを完全に解明しきることは適わなかった。 だがその効果の中に、対象者に対する精神汚染に類する効果が存在する『可能性』があることは、早い段階で判明していた。 仮にそのような効果があったとしても、パワーストーンを眼窩に納めたそのときからグレイシャンの呻きに四千年晒されてきた彼である。影響を受け付けない可能性も十分にある。 だが、どのような小さなリスクでも、それが使命を阻害する可能性があるのなら慎重を期すべきだと、ウルザはそう考えた。 その結果、彼はルーンと自分自身とを切り離すことを思いついたのだ。 しかし、使い魔の感応でもって、繋がっているルイズの状態を常に把握しておくことは、ウルザの行動計画において非常に重要度の高い事項であるのもまた事実。 その意味において『ガンダールヴ』のルーンは、手放しがたい実益ある代物であるのも確かであった。 そこでウルザは『ガンダールヴ』を活用しつつも、精神汚染の可能性を完全に排除する方法はないかと考えたのである。 そしてその末に思いついたのが、ルーンの転写であった。 常に帯剣するアーティファクトにルーンを移植しておいて、必要に応じて活用することにしたのだ。 だがここに至り、その力がギーシュに力を与えることとなった。 ウルザにとって共感能力の活用と、精神汚染の可能性の排除という思惑しかなかったルーンの移植が、一人の少年によって盗み出されたいまとなって、『ガンダールヴ』本来の力によって、彼を助けているというのは、なんとも皮肉な結果であった。 昔からギーシュは、体を動かすこと自体は嫌いではなかった。走ることも、跳ぶことも、無論自分を鍛えることも別段苦手ではなかった。 だが、かつてこれほどまでに肉体が思い通りになったことがあっただろうか。いや、ない。 素早く体を動かしながら、そんなことを思った。 手にした長大な剣が、羽毛のように軽い。ペーパーナイフのような気安さでそれを二度振るい、×の字を描く。 すると一呼吸遅れて、正面から襲いかかろうとした三体のゴブリンが崩れ落ちる。これまでどれだけ倒したか、良く覚えていない。 ギーシュはゴブリンが崩れ落ちる様を見届けず、すぐさまそこから横っ飛びにワンステップ。 彼がいた場所を石槍が素通りするのと、跳んだ先で更にゴブリン二体を撫で斬りにしたのがほぼ同時。 しかし、それでも終わりは見えない。 打ち倒すべき敵は山といるのだ。 まだまだ縦横無尽に駆け回らねばならない。この戦場で生き残るためには。 だからギーシュは駆ける。 その手に、『剣』を携えて。 両軍共にまだ何とか連携を保って戦っている空戦とは違い、このとき既に地上戦は、敵味方入り乱れた混迷の坩堝へと突入していた。 悲鳴、怒号、金属同士がぶつかり合う音。それらの喧噪が戦場を支配している。 様々な魔獣や亜人、不死人、そして鎧を着た人間たちがそこかしこで命を叩き付け合っている。 隊列もなく、戦術もなく。ただ必死に、敵も味方も、傷つき、傷つけ、倒れ、倒し、泥沼の闘争を続けている。 圧倒的な物量を投入して敵を殲滅・圧倒せんとするアルビオン軍に、それを突き崩して虎の子である対空砲を無力化させようとする連合軍。 互いに退けない、決死の戦い。血で血を洗う争い。 そこではとうに、騎士の理想や戦いの矜恃といったものは失われてしまっている。地に墜ち尽くしている。 まさに混沌。 だがそのような泥沼の戦いの中、人々は燦然と輝くものを目にすることになる。 ある平民の歩兵は目撃した。多数の敵を相手に、単身果敢に立ち回る勇者の姿を。 ある貴族の騎兵は目撃した。閃光の如き一撃をもって、巨躯を下した豪傑の姿を。 彼らは周囲の目を引きつけてやまない英雄の姿を、しっかと目に焼き付けた。 その戦いぶりを見た連合軍は嫌がおうにも鼓舞されることとなった。 そうして戦術と連携が再び機能し始める。 小さな変化。だがこの戦場においては、初めての好転であった。 無論、そのようなことを当のギーシュには知るよしもないのだが。 「す、凄いぞ僕。やればできるじゃあないか!」 最初に比べてかなり数を減じた敵を前に、ギーシュはやや興奮してそう言った。 服こそ所々血に汚れているが、それら一切すべては返り血によるもの。 ギーシュ自体はまだ怪我一つ負っていない。それどころか、あれだけ動きを見せたあとだというのに、息の乱れ一つない健在ぶりである。 「くそっ、剣を使うのがこんなに簡単だと知っていたら、もっとモンモランシーにいいところを見せつけたのにっ!」 叫んで一閃。バタバタとゴブリンが地に伏せた。 あるときは苛烈に、あるときは優雅に、手にした武器を振るう。緩急を付けながら、翻弄して敵を仕留める。 その強さたるや、まるで戦場に降臨した闘神。 だが、そんな動きを魅せる彼をして、つい先ほど初めて剣を振るった正真正銘の素人だなどと、誰が信じるであろうか。 けれども、それがまごうことなき真実なのである。 いま、彼の体は軽快という言葉一つで表せないほどの、俊敏さを発揮していた。 一歩踏み出せば軽く三歩分は踏み出している。跳躍すれば二メイルは楽勝。走って駆ければ鳥より速い。 また、肉体だけではなく、感覚もかつてないほどに研ぎ澄まされていた。 周囲数メイルの内にいるものが、いまどのような動きをしているのか、それが音と気配で手に取るようにわかるのだ。 だが、そんなことすら色あせてしまうような驚きは、己の有している技能によってもたらされた。 ブレイドの使い方もろくに知らない素人同然の自分が、剣を持った途端に、歴戦の勇士のような技術を発揮したのだ。 これには驚いた、流石に驚いた。 先ほどから驚きの連続だが、だがそれでも驚かずにはいられなかった。 驚天動地とはこのことである。 けれどこのときばかりは、ここまでお膳立てされた状態がありがたかった。 (やってやる!) 彼は決意のまま、自分の意志で一歩を踏み出した。 それから四半刻、ギーシュは戦った、戦い続けた。 戦場というキャンバスにアートを描くように、思い描いた戦いを繰り広げた。 それらすべては、愛する彼女のもとに帰るために。 「これはあれかな。僕の中でこれまで眠っていた隠れた才能が、なんやかんやの危機によって、突如として呼び覚まされたとか、そういうことかな!?」 余裕が出てきたギーシュは、左手を顎に添えて、現状をそのように分析していた。 口を動かしつつも右手は大剣の柄を掴んでおり、いまはそれを刺突剣のようにして鋭い突きを繰り出している。 正面には醜悪なゴブリンの戦士が数体。戦闘は未だ継続中である。 だがその口ぶりに、もう焦りや驚きはない。 驚きが一回転して、実感を伴った静かな興奮がその身を包んでいる状態だった。 「うーん、やっぱりそうとしか考えられない。うん、そういうことにしておこう!」 脳内麻薬からくる一種のハイ状態でそうやって納得するギーシュは、己の左手が光り輝いていることなど、露とも気にしていなかった。 「とっ、と」 しかし流石に油断が過ぎていたのも事実。ギーシュは敵の打撃が背後から迫るのを感じ、一端剣を両手で握り直した。 目を細める、呼吸を整え、タイミングを計って――体を翻す。 ターン、背後の敵に向き直る。 そしていまぞ振り下ろされる打撃の衝突点に、ギリギリで剣を割り込ませることに成功させる。直後にガキンという音。両手から肩へと衝撃が伝わった。 結果、棍棒は大剣で受け止められていた。 だが危機は去っていない。今度はいま背を向けた側にいる敵たちがギーシュの無防備な背を狙うのがわかった。 対処するべきは二方向からの攻撃。これに対してギーシュの頭脳は、本能的に最善の動きを導き出した。 大剣の刀身に右手を延ばして、その一部分、突起のある一画に施された細工を操作する。 突起を掴んでスライドさせ、刀身を接続しているアタッチメントを外し、中から極細の繊維を取り出し指で絡め取る。そしてギーシュは滑らかな動作で、それを動かし操作した。 すると手元でカシャリという音。同時に、大剣の一部が突如外れて分解されていた。いや、より正しくは分離されていた。 準備は整えたギーシュは体を半歩ずらし、前後の敵を左右に捉えた。 右手は流れるような手つきでその外されたパーツを掴み、それを勢いよく突き出した。 左手は大剣を盾にして、ゴブリンの攻撃を受け止めた。 時間にして半秒。一連すべて、目にも止まらぬ早業であった。 ウルザが『剣』に施した処置は、ルーンの移植のみに留まらなかった。 むしろそちらの方が後付けで付与されたもので、本来は別の意味を持つアーティファクトであったのだ。 それはウルザがかつて目にしたアーティファクト『梅澤の十手』に対して、彼がアーティフィクサーとしての導き出した回答であった。 組み替えることで、様々な形状、様々な機能を持ち、適宜最適な形での運用を可能とする変幻自在の万能兵装。 彼が手を加え、原形も残さぬほどに改造し尽くされたシュペー卿の剣の、現在の姿であった。 『剣』に付与された特性・発想自体は目新しいものではない。 現に、ウルザ初期の作品である『ウルザの復讐者』も、同様の基本理念に基づいて作られている。 その時々、局面に合わせて姿形を変える多相の戦士。それが戦いというものに対する一つの終着点であるというのは研究者にとっては周知の事実である。 ウルザはそれを武具に応用したに過ぎない。 あるときは大剣、あるときは小剣。槍、斧、鞭、その他様々な形状に組み替えることで、戦局に応じた戦い方を可能とするアーティファクト。言うなれば『多相の武具』。それこそが、ギーシュが手にしているアーティファクトの正体だった。 「む……ん、むむ?」 左右の大小を用いて敵を屠り、一方で攻撃を受け止めることに成功した、ギーシュは怪訝な顔をした。 刃の中から現れた刃。右の小剣で貫いた敵の姿、それが予想と大きく異なっていたためだ。 心臓を一突きにされて崩れ落ちたのは、曲刀を手にした黒い鱗のヘビ人間であった。 見たこともない亜人種。だがそれに、おやと思う暇も与えられない。 危険を察知して跳躍。即座にその場から飛び退いた。 直後、上から下へ叩き付けられる戦斧の、強烈な一撃が見舞われる。それはその場に残ったゴブリンもろとも巻き込んで、大地を深く抉りつけた。 そして退いた先で、ギーシュは見た。そこにいたのは赤銅の巨体。凶悪凶暴の代名詞とも言える怪物、ミノタウロスであった。 「くそっ、なんなんだいきなり……っ!」 吐き捨てたギーシュは、またゾクリとした悪寒が背中を走ったのを感じた。 ――何かおかしい。 予感じみたものを感じて、ギーシュは顔を左右に巡らして周囲を見た。 するとどうだろう、周囲の状況が先ほどまでと一変してしまっていた。 先ほどまで取り囲んでいたゴブリンの軍勢の姿ない、その代わりいまはそこに様々なものがいた。 青い肌をした一つ目の巨人がいた。山羊と蛇の特徴を有した獅子がいた。猿の顔を持った人間大の蝙蝠がいた。翼を持ったピンクのヒポポタマスがいた。怒り狂う猿人がいた。炎でできたヒトガタがいた。異様に長い針金のような手足を有した真っ黒な蜘蛛がいた。 他にも何匹もの怪物どもがギーシュの周りを取り囲んでいた。 「くっ!?」 そこはまるでモンスターの博覧会だった。 ギーシュは状況を把握したときに、さしあたりいま最優先でなにをしなくてはならないのかを考えた。 それは、『戦う』か『逃げる』かの二択。 心も体も充実している、本能はまだまだ戦えると吠えている。だが、理性はこの場は全力で逃げるべきだと言っていた。 先ほどまでゴブリンの軍勢を相手に有利に戦えていたのは、徒党を組んでいただけで連携をしていなかったということもあったが、個々の能力が貧弱であったことが大きかった。 ギーシュはその点を突いて、数の有利さを利用されないように攪乱しながら、素早く、確実に各個撃破をしていったのだ。 だが、いま周囲を取り囲んでいる敵にはそれは通じそうもない。 ただのモンスターの集団に連携などあろうはずもないが、個々の強さは先ほどまでの小兵とは比べものにならないほどに強靱そうな個体が集まってきていた。 では、逃げられるかと言えばそうでもなかった。 周囲を取り囲まれているのはもちろんだが、見えている中にも足が速そうなモンスターが何体もいるのが見える。 例えうまく囲みを抜けたとしても、それで終わりではない。 タイムアップ。 『―――ッ!!』 耳をつんざくような吠え声、ミノタウロスが戦斧を振り上げる。直撃を受ければ、どんな人間であろうと真っ二つにするだろう恐るべき一撃が再び振り下ろされようとしている。 ギーシュはそれを見た。恐れずにしっかりとそれを見て、それから行動した。 決められた動作で手にした大小を組み合わせて、一度元の大剣の形状に戻す。 そうしてから再び分解、分離、組立、一瞬。 今度手に握られているのは杖。 そして少年は叫ぶ。 「ワルキューレ!」 ◇◇◇ 「……私を、彼女のもとに連れて行って下さい」 男はそう、もう一人の男に言った。 「連れて行く? それは構わない。けれど君はそれでなにをするつもりなんだい?」 黒い肌をした男は応えた。 「約束を果たします」 「なるほど……。それでなにが変わると?」 「………」 「ただの罪滅ぼし?」 「……いいえ」 「本当に? 誰かを言い訳にした贖罪ではないと?」 「はい……。私は行って、私の過去を変えてみせます」 現在に惑うものは、そう言った。 ◇◇◇ 「シィッ――!」 膝立ちからクラウチング。巨躯に似合わぬ敏捷さを発揮して一足飛び。メンヌヴィルがインファイトの距離に肉薄する。 対するのはローブを纏った禿頭の中年。 一見して冴えないその男こそは、〝伝説の傭兵〟の異名を持つメンヌヴィルが二十年間探し求めていた、討ち果たすべき目標であった。 「フッ!」 近づきざまのワンツー。続けて見せ拳の左でフェイントを入れつつ、右脇腹を狙ったボディブロウに繋げる。 鮮やかな攻撃。 だがそれらは、コルベールの構えた両腕の上下ですべて阻まれてしまう。 鉄壁の防御。ならばそれを越えてやると、メンヌヴィルの闘志が勢いを増す。 軽くローキックを入れると見せかけて、一歩後退。 寸間を計って膝を曲げる、腰を捻る、上体を傾かせ――それでいてどっしりとした安定感。 肩を入れ込み、重心移動によって生み出された破壊力を拳に込める。 次の瞬間、破城槌のような打撃が風を纏って突き出された。 牛でも殺せそうな一撃。人が受けて無事でいられるような代物ではない。 けれどコルベールは、メンヌヴィルの犯した決定的なミスを見逃さなかった。 それは距離。 決定的に踏み込みが甘い。真の必殺には半歩足りない。 コルベールは人体を破壊するに十分な攻撃力が乗せられた拳撃に対して、守るより避けることをした。 予備動作無しに、膝のバネだけで後ろに跳ぶ。往年のキレを失わない、見事な回避運動であった。 だがしかし、この化かし合い自体は、戦場経験の長いメンヌヴィルに軍配が上がった。 「ウル・カーノ!」 腕が伸びきる寸前、傭兵がルーンを叫んだ。 続くゴウっという音。 力ある言葉に従い、拳が空中を擦過して白い炎が発生。一瞬遅れて、突き出した腕を追随する炎が、コルベール目指して一直線に走ったのである。 射程は伸びた。メンヌヴィルは目算を誤ったのではなく、最初から距離を水増しするつもりで拳を放ったのだ。 男の口元が凶暴につり上がる。〝防げるはずがない〟 確信の笑み。 けれども彼は、メンヌヴィルが長年追い求めてきたこの男は、期待通りにその確信すらも上回ってみせた。 「カーノ!」 炎が到達して焼き尽くすと思われたすんでのところ、コルベールは右手に握っていた杖を左手にパスして持ち替える。そしてその手でポール型の杖を振り降ろし、軽く叩くようにして、先端で白炎を打った。 続く呪文の発動。 瞬間、白と赤の炎がシャボン玉のように膨らみ、破裂した。 それはまるで、これまで幾度となくくり返してきた動作をなぞるかのような、淀みのない動きだった。 完璧に不意を打ったはずだった。杖無しでの徒手による魔法行使、予測できる訳がない。 だが実際、現実として不意打ちは失敗に終わった。 思えば二十年前にも、この男は自分が放った背後からの不意打ちを、難なく防いでいたではないか。 そのことを思いだして、メンヌヴィルは―― 「素晴らしい!」 と、『驚嘆』と『歓喜』と『賞賛』で相手を讃えた。 極至近距離で発生した莫大な熱量に、視力を失ったはずの目が『くらむ』感覚を覚えるが、メンヌヴィルはそれを堪えて思い切り体を捻った。 そして跳躍する。追撃を諦め、躊躇せず後退を選択した。 蛮勇を持って立ち向かおうとするほどには、メンヌヴィルは目の前の男を侮ってはいなかった。 再び睨み合う。仕切り直して男たちは対峙する。 果たして、変化はあった。 「は、はは……」 知らず、メンヌヴィルの口から笑い声が漏れていた。 メンヌヴィルの心中は、先ほどよりもずっと昂ぶっている。 追い求めてきたものに、ついに追いついたという高揚感が、全身を包み込んでいた。 体中に力が漲る、気力が充実している。 宿敵を前にして、いまが自分の人生で肉体・精神共にピークであると、メンヌヴィルをとりまくすべてが告げていた。 神など最初から信奉していない彼であったが、いまこのときに巡り合わせてくれた神の采配に、心から感謝を捧げた。 「はっ、はは! 楽しいなぁ! 嬉しいなぁ! 隊長殿! それでこそ俺たちの隊長殿、俺たちの炎蛇だ! 良かった、本当に良かった!! この二十年間信じていたかいがあったっ! お前は、お前だけは、絶対に衰えていないと信じていたかいがあった! さあ始めよう! あの夜の続きを! 二十年前の続きを! 俺たちの始まりの夜を、もう一度! ここで!!」 ずっと待っていた饗宴の始まりに、男の全身が震えている。 その顔は、熱に浮かされたように狂笑が張り付いていた。 腰に括られていた魔法の発動体たるメイスを手に取り、前傾に構える。 そしてすり足でジリジリとメンヌヴィルは前進する。その様子は獲物を前にした猛獣のようにも見える。 そんないつ本気の殺し合いが始まってもおかしくない緊張感の中だった。 コルベールが、ぽつりと言葉をこぼした。 「君は二十年前と、何も変わっていないのだね……」 その言葉に、メンヌヴィルは動きを止めぬまま応じる。 「そうだ。俺はあの夜以来、ずっとお前を追い求めて生きてきたのだ。お前のために生きてきたのだ!」 「……そうか」 「俺は二十年前から、今日のこのときのことばかりを考えて生きてきた。朝も昼も夜も寝ているときも起きているときも! いつも考えてきた! お前という炎を、俺の炎で焼き尽くす日のことを考えてきた!」 「それは……悲しいな」 その一言で、メンヌヴィルの足が止まった。 「……なんだと?」 「君はこの二十年に、何も得るものがなかったというのか? 何も変われなかったというのか? 何も手にできなかったと? ただそうして……止まったままで過ごしてきたというのか?」 「違う。俺はこの二十年、己を焦がし続けてきた。戦いを糧に腕を磨き、力を手に入れ、失われた視力に代わるものも手に入れた。だがそれもこれも、すべてはお前の背に追いつくためだった!」 「やはり君は何も変わっていない。何もかも、あの頃のままだ。……でも、私は君とは違う」 「やめろ、それ以上言うな!!」 続く言葉に戦くようにして、メンヌヴィルが声を張り上げる。 その先は聞きたくないと、大音声で叫ぶ。 だが、コルベールは残酷に言葉を紡いだ。 「いいや、言うよ。私は言う。君は二十年前の私と戦いたいようだが、私はもうあの頃とは違うのだ。私がここに来たのは、二十年前の続きをするためでも、過去を精算するためでもない。私は、現在の私として、自分の生徒を守るためにここに来たんだ。 例えその結果、君と戦うことになったとしても、それは決して過去を言い訳にした戦いなどでは決してない」 凛とした声が、大空洞に響く。 それはコルベールからメンヌヴィルへの、決別の言葉だった。 「馬鹿な! ではなぜ俺の前に立っている! 俺を倒すためだろう!? そうなのだろう!?」 「……私は、私の二十年を捨てる気なんてない。二十年前に戻るつもりもない。私は、一教師コルベールとして、生徒を守るためにここに来たんだ! そしてそれこそが現在の私の戦う理由でもある!」 その言葉を聞いて、メンヌヴィルの笑顔が崩れた。その顔が嘆きの様相に変わった。 「おお……おおっ! 隊長殿、隊長殿は俺のためではなく……そんな小娘一人のために戦うというのか!?」 「そうだ!」 「なぜ、なぜだ……っ! 闘争とは常に己のために行われるべきもの! 隊長殿はやはり腑抜けになってしまわれたのかっ!?」 「いいや、私と君の戦う理由、そここそが私と君とを隔てる二十年そのものなんだ!」 その宣言、己の理想を否定する言葉を耳にして、メンヌヴィルは杖を落としていた。 尋常ならざるショックを受けて、両手で顔を覆っていた。 そして、嘆きの面で叫ぶ。 「なんという……なんということだ! こんなことは認めん、到底認められん! 俺が望んだ戦いは、炎は、そんなものではなかった! 俺の理想はもっと崇高なものであったはずだ!」 「……そう思うならば、君は君の正しさを証明したまえ。私は私の正しさを全力で証明する!」 「良いだろう隊長殿! 結局は戦うことになるのだ。互いの二十年、どちらが正しかったのか、はっきりさせようではないか! そうして私はお前を下し、お前を堕落させたすべてを焼き尽くす!」 床に落ちたメイス型の杖を拾うメンヌヴィル。 その姿はどこか緩慢で、悲しみに暮れているようでもあった。 その前で、コルベールは毅然として立ち、相手に向かって手招きをする。 「来たまえメンヌヴィル『君』。講義の時間だ」 「炎の色は、温度によって変わる。わかるかね?」 ――〝炎蛇〟のコルベール 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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召喚されたのは、煤汚れた2つの鉄くずだった。 何らかの魔法がかけられているようではあったが、少なくとも"生き物"ではない。 異例の事態であったため、判断は保留。本来は使い魔召喚の儀が完了しなければ足切りされるものなのだが、 学院長の判断を仰ぐ、という形でうやむやになった。 周囲の視線から避けるように自室へと戻ったルイズは、召喚されたガラクタを力任せに床に叩きつけると、 声にならない声をあげながら泣き叫び続けるのだった。 --- それは現実味のない"夢"だった。 ここでない場所、今でない時。 そこでくりひろげられる、戦い。 『お前は誰だ』 繰り返される問いかけ。 『俺か?俺は、通りすがりの――』 目が覚めると、朝だった。 どうやらそのままずっと眠ってしまっていたらしい。 襲ってくる空腹に気だるげに身を起こすと、床には昨日投げ捨てた"それ"が転がっているのが目に留まった。 煤汚れていたはずのそれは、窓からもれる朝日を、白い光沢の表面と中央の赤い輝石で反射させて輝いていた。 「君の軽率な行いのせいで、可憐なるレディを傷つけてしまった。それは理解できるかな?」 人だかりが出来ていた。 なんでも、二股がバレたギーシュがメイドに八つ当たりしているらしい。 人ごみを掻き分けて前に出たルイズは顔をしかめた。 「やめなさい。下品にもほどが有るわ」 ギーシュは悪趣味なフリル付きの服をしならせ、手にした薔薇の花を突きつける。 「物の道理というやつを、愚鈍な平民に諭していたところだ」、と。 ギーシュにとって不運だったのは、そのメイドがルイズの"お気に入り"だったということであろうか。 「あんたのそれは、ただの言いがかり。道理もなにもない、駄々こねてわめいてる赤ん坊と同じよ。 気分が悪いからいいかげんやめて。あなたは罪のない平民に嫌がらせをすることで、トリステイン全ての 貴族の誇りを汚しているのよ。今すぐモンモランシー達とシエスタと、ここにいるすべてのみんなに謝罪しなさい」 だが彼は、赤ん坊と同じ、ではなかった。不幸なことに彼は、正真正銘の赤ん坊だったのだ。 「決闘だ!!」 そういうことになった。 決着は一瞬だった。 『アタックライド!ブルァァァスト!!』(※若本ボイスでお楽しみ下さい) ガンモードへとその形状を変えたライドブッカーから射出される弾丸は、クラインの壷から生み出される 無尽蔵の50口径エナジー弾。 原型を留めぬほどに粉砕されたゴーレムを目の当たりにして茫然自失のギーシュに、空間を破砕して 唐突に出現したマシンディケイダーが突撃し、全く見せ場のないまま決闘は終わった。 その後ルイズは、学院長と交渉してシエスタをヴァリエール家専属とし、以後誰も彼女にちょっかいをかける者は いなくなった。 その日のうちにルイズの個室にはベッドとクローゼットが運び込まれた。シエスタは後にこのことを振り返り、 "クックベリーパイの奇跡"と家族に語ったという。 使い魔が得られなかったルイズはこの思わぬ同居人に顔を緩ませ、トリステインの城下町まで買い物にさそう。 2つ返事で了解したシエスタと虚無の休日を満喫し、途中乱入したキュルケ、タバサとともに風竜に乗って帰還した ルイズを待っていたのは、30メートルを超える巨体の土のゴーレムだった。 翌朝、4人に徴集がかけられた。 ルイズは目の下にくまを作ってフラフラと揺れて立っていた。昨日城下町のゴミ捨て場で拾った喋る剣のせいで 寝不足だったのだ。 目撃したゴーレムについて話をしていると、ミス・ロングビルがあわただしく駆け込んでくる。 「フーケの潜伏先を発見しました」 馬車に揺られながら眠りこけるルイズ。 鎖でぐるぐる巻きにされたデルフを抱えて寄り添うシエスタ。 黙々と本を読むタバサ。 無意味にハイテンションなキュルケ。 御者をしながら我関せずのロングビル。 やがて一行は森の前の小屋に到着した。 目を覚ましたルイズは、警戒もせずずかずかと小屋に歩み寄り、中へと入っていく。 あっけに取られて固まっていた4人は、あわててあとを追った。 「これが『破壊の杖』?」 ルイズは苦笑した。 「とても杖には見えないわねぇ」 「・・・・・・ユニーク」 「あれ?ミス・ロングビルは?」 シエスタのつぶやきと被るように、轟音とともに小屋が倒壊した。 ・ ・ ルイズはキレていた。 シエスタがぐったりとしたまま動かない。 必死に魔法を撃ちながら後退するキュルケとタバサ。 しかし、騒ぎで馬が逃げ出していた為、逃走手段がない。 風竜が助けに飛んできたのだが、ゴーレムの動きが激しく近づけないでいる。 ・ ・ ルイズはキレていた。 ・ ・ ルイズはぶちキレていた。 『破壊の杖』に『カード』をセットしてゆらりと立ち上がると、タバサに向けて引き金を引いた。 抗議の怒鳴り声をあげるキュルケにも、問答無用で引き金を引く。 風竜をあしらったゴーレムが、ルイズ達に向かって振り向いた。 フーケは口元を醜悪にゆがめて哂っていた。恐怖のあまり狂ったか、と。 『破壊の杖』の形状から、使い方には想像がついていた。 だが、いくら引き金を引いても何も起こらなかった。 その疑問もどうやら解消したようである。 フーケは哂っていた。自分のゴーレムが崩れ去るその瞬間まで。 そのゴーレムの左肩は高熱で溶け出し、足は地面と融解していた。右半身は無数の氷の槍にで砕かれて散った。 あっけない結末。 フーケのゴーレムは再生不可能なまでに破壊されていた。 『疾風のサヴァイヴ』と『烈火のサヴァイヴ』 それが、ルイズが二人に撃ち込んだものの正体だった。 ただ大きいだけのゴーレムは、短時間ながらスクウェアクラスの力を発揮した二人の敵ではなかった。 わめき散らして文句を並べ立てるキュルケを完全に無視して、ルイズはシエスタを介抱していた。 タバサが黙ってそれに従い、治療を施している。 キュルケが怒鳴り疲れる頃、ロングビルが戻ってきた。 どうやって倒したのか、不自然なまでに執拗に聞いてくる。 ルイズは顔を顰めながら『破壊の杖』にカードを1枚セットし、ロングビルに渡した。 後ずさり、飛びのいて杖を構えるロングビル、いや、土くれのフーケ。 銃口を自身に向けると、ためらいも無く引き金を引いた。 「ふんふんふんふふ~~ん。答えは聞いてない!」 パニックを起こし、そのまま続けて引き金を引いたフーケは、胸を真っ赤な血に染めて事切れた。 彼女の最後の言葉は、哀れにも多くの人の知るところとなる。 学院に戻り、報告を果たした4人。 ルイズとキュルケにはシュバリエの称号が、タバサには精霊勲章が授与されるよう、取り図らわれた。 また、『破壊の杖』は宝物庫に戻されることなく、ルイズに管理が委ねられた。 フーケ討伐の報は、翌日には王宮にまで届いていた。 これ幸いと学院を訪問し、こっそりとルイズに会いに来たアンリエッタは、アルビオンへの潜入任務を持ちかける。 ルイズは二つ返事で引き受けると、親書と指輪を預かった。 『ファイナルフォームライド!リュリュリュリュウキ!!』 ルイズは面倒ごと(ギーシュ)を避ける為に、アンリエッタが帰った直後にアルビオンへ出発した。 毛布にくるまり、ドラグレッダーの背でシエスタと交代で仮眠をとる。 明け方にはラ・ロシェールの町並みが見えていた。 三日後でないとアルビオンに渡る便が出ない。それは極めて深刻な問題だった。 ルイズは脱力していた。だが、何日も足止めをくらうつもりもなかった。 ウェールズ皇太子がニューカッスルに陣を構えているというのは既に小耳に挟んでいた。 ディエンドライバーに『ナイト』をセットしてシエスタを撃つ。自分はディケイドライバーで『リュウキ』に。 かくして二人はミラーワールドを通って堂々とアルビオンに渡り、襲撃も場内の警戒も無視して、 陽が傾く頃にはウェールズの部屋に忍び込むことに成功した。 「華々しく散る」 そう言ってウェールズは笑った。 ルイズはそこにかつての自分を見た。 もし自分がディケイドライバーを手にすることがなければ、それにまつわる戦いの記憶に触れること がなければ、どうなっていただろう。 きっと貴族の誇りの為にフーケに挑み、無様な屍を晒していたに違いない。 今すぐにでもこのバカを昏倒させて、アンリエッタのおみやげにするのは簡単だ。だが、ルイズもまた "貴族"であった。 自国を危険に晒してまで個人の感傷を通すわけにはいかない。悩むルイズの心をさらにかき乱したのは、 使者としてやってきたワルドであった。 彼は謁見を申し出ると、人払いを申し出た。自室にワルドを招くウェールズ。 表向きいないことになっているルイズとシエスタは、ずっと隠れたままだった。 思いがけない人物との再会に気を緩め、姿を見せようとするルイズ。だが、その好意は無残な形で 裏切られる。ワルドの風がウェールズを貫いたのだ。 ウェールズにすがるシエスタ。睨み付けるルイズ。 一瞬愕然としたワルドだったが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。ディエンドライバーの銃口を突きつけるルイズ を前に、4体の偏在を生み出して取り囲んだ。 ワルドは微塵も慌てていなかった。小娘二人、始末するのは造作もないと思っていた。 だから、ウェールズがワルドを伴って部屋に入って来たとき、念のために、とカードをセットした状態で隠れ ていたことも知らなかった。まあ、知っていてもそれが何なのか、彼は知らなかったのだが。 『カメンライド!ディケーィド!!』 腕を横なぎに振るい、サイドハンドルが押し込まれると、風の攻撃魔法を吹き飛ばし、 "仮面ライダー"がハルケギニアに降臨した。 『アタックライド!イリュージョン!!』 現れた4体の分身に、ワルドの偏在は驚愕する暇もなく切り捨てられた。 狭い室内である。確かに個室としては破格の広さではあるが、それでも回避できる空間の余裕がなかった。 残ったワルドの本体も、反撃も回避すら許されずひれ伏した。かませ犬退場の瞬間であった。 『アタックライド!タイムベント!!』 ウェールズを蘇生したルイズは、レコン・キスタ5万の軍勢の前に立っていた。 ゾルダを召喚し、エンドオブワールドで先制攻撃。その後も様々な仮面ライダーを召喚してたった一人で戦っていた。 交錯するドラグレッダーの火球と竜騎士の魔法。 ウェールズは奇襲にあわてて軍を編成していたが、まだ出撃には数分かかるだろう。 ルイズはその前に決めるつもりだった。 手にしたのは無銘のカード。 「覚えておきなさい!その目に焼き付けなさい!私が!この世界の!仮面ライダーよ!!」 ・ ・ 虹色の光とともに描かれたのは、自身が最もよく知る戦士 『カメンライド!ルイズ!!』 ・ ・ ・ それは変身前の姿と同じ。 ヒロイック・サーガ 『アタックライド!英雄の歌!』 ・ ・ それは自分自身のもうひとつの仮面 『カメンライド!サン!!ナノーハ!!コトノハ!!シタターレ!!ルフィ!!オーフェン!!アドバーグ!!』 ・ ・ 暴食する"可能性"の使い魔。得られなかった自分とは違う自分が共に在ったはずのものたち。そして―― 『――ゼットン!!』 ・ ・ ・ ・ 自分以外のこの世界の仮面ライダー。 「終わりにしましょうか。オリバー・クロムウェル」 『ファイナルアタックライド!!ルルルルイズゥ!!』 「エクスプロォォォォォオジョン!!!」 その日、ハルケギニアに"ゼロの破壊者"が降臨した。
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前ページ次ページゼロと雪姫 ゼロの雪姫 「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ!我が導きに答えなさい!」 少女が詠唱を終えて杖を振ると爆発が起きて煙が舞い上がる。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは何十回やったかも覚えてない『サモン・サーヴァント』はまたも失敗かと誰もが思った。 が、そうでは無かった。 煙からルイズの元に何かが走って来た。 身体の大きさはリンゴ2つ分、白と黒が混じった体毛に長い尻尾を持ったリスの様なイタチの様な生き物だった。 ルイズは足下に寄ってきたその生き物を両手で優しく掴み、ひょいっと自分の顔の近くまで持ってきた 「やっ、やったわ!初めて魔法を成功させた!」 ルイズは涙と声を出して喜んだ。 自分がイメージしていた物とはかなり違うが魔法を成功させたという事実さえが真ならそれで良かった。 「あなたのお名前はどんなのしようかな~」 「おい!あれを見ろ!」 生徒の一人が大声を上げる ルイズは前に顔を向けると、爆発があった場所に小さな人影が見えた。 「う~ん。何なのですか今の爆発は?」 そこには自分が今抱えているのと良く似た生き物を両肩にそれぞれ一匹ずつ乗せた少女が立っていた 背の高さは自分のお腹の所までか。 冬を連想させるフワフワした服を着ていた。 「どっ、どこから来た子なの?」 「っというか何故ゼロのルイズが召喚した動物がもう二匹いるんだ?」 周りの生徒達がどよめき始める。 「あー!リンク!駄目じゃない鏡に飛び込んじゃ!」 「へっ?リンク・・・・?」 少女はルイズが抱えている動物に指を差して声をあげるとルイズに近づいていった 「すみません、この子がご迷惑をおかけてして」 少女はルイズにペコリと頭を下げた 「あ、え?だ、大丈夫よ」 ルイズは呆気に取られた顔をして答えるとリンクと呼ばれた動物はルイズを離れて少女の腕の中に飛び込んでいった。 「リンク。めーっ!でしょ。それにしてもここは何処ですか?」 「あの~お嬢さん?あなたは何処からこの学院に入って来たのですか?」 横で見ていたコルベールが怪訝な顔をして少女に尋ねた。 「学院?それって学校の事ですか?おかしいですね。私は確かバッハ・クロンに繋がる通路を通っていたのに」 「バッフ・クラン?」 「バッハ・クロン!今から私はゲイナー達に会いに行くのです」 「ゲイナーとはこの学院の生徒ですか?」 「はい」 「君たち。ゲイナーと言う生徒をご存知ですか?」 コルベールは生徒達に尋ねるが、生徒達はそれぞれ相談した後首を振った 「皆知らないそうですよ?」 「そんな!ゲイナーはキングゲイナーのパイロットなんですよ! この学校の生徒のガウリ隊が一人位知っている人が居いなんておかしいですよ!」 キングゲイナー?ガウリ隊?少女の口からまた知らない単語が出てきた。 コルベールは腕を組んでうーんと唸る。 「あの~、ミスタ・コルベール?私そろそろ『コントラクト・サーヴァント』を済ませたいのですが・・・・・・・」 ルイズは戸惑いながらコルベールに近づく。 「ミス・ヴァリエール。これは推測ですが、この子は貴女のサモン・サーヴァントでやって来たのかも知れません」 「えっ!?」 ルイズが驚きの声をあげた。 「この子は先程、バッハ・クロンと呼ばれる場所へ行く通路に居たと言っています。当然そんな場所はこの学院にはありません それにさっきここに居る皆さんに聞いた通り、ゲイナーという生徒はこの学院には居ないです」 「じゃ、じゃあ本当にこの子はサモン・サーヴァント来たのですか?」 「そうかもしれません」 「そうなったらこの子が私の『使い魔』?」 「そうなりますねぇ」 「ちょっ、ちょっと待ってくださいミスタ・コルベール!人が使い魔だなんて聞いた事がありません! その子の周りに居る動物が使い魔かもしれませんよ!?」 ルイズは手を振りながら言うと少女が微笑みながら答えた。 「この子達ですか?この子達は私のお友達です。この子がリンク、この子がリンス、この子がリンナ。可愛いでしょ!」 「う~んどうやらオマケみたいなものですね。大体三匹一緒に召喚されるとは今まで前例が無いですし」 「そ、そんなぁ!やり直しは出来ないのですか!?」 「ミス・ヴァリエール。これは神聖な儀式です。やり直すことが出来ません」 「そんな・・・・・」 ルイズはがっくり肩を落とした。 「あの~お話し中の所申し訳有りませんが、私はどうすればいいのですか?」 少女が二人の間に立つ、するとルイズはガシッと少女の両肩を掴んだ。 「使い魔の契約をするわよ!女の子同士だったら多分ノーカンだし!」 ルイズが吹っ切れた顔で言った。 「契約ですか?」 「そう、契約よ!貴女、お名前は?」 「アナ=メダイユです」 「アナね、わかった。」 ルイズはアナから手を離すと小さな杖を構えた 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」 呪文を唱えるとアナの唇と自らの唇を交わした 「んんーーー!!」 突然のルイズの口付けにアナは驚き声をだした。 そしてルイズが唇を離す 「いきなりキスをするなんて、ビックリするじゃない!」 「貴女の反応、イエスね!これで貴女は私の使い魔よ!」 少女とキスをした。ルイズは官能的と言うか背徳的というかよくわからない気持ちになっていた。 「きゃあ!あ、熱い!」 アナが突然の体の異常に気付き、大きな声を上げ、失神した 「た、大変!ミスタ・コルベール!この子・・・・」 「安心したまえ。これは一時的なものだ。おっ、ルーンが刻まれた」 アナの右手にルーンが浮かび上がる。 こうしてアナはルイズの使い魔となった 前ページ次ページゼロと雪姫
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (34)ガリアの地下牢 ほぼ毎日、眠りにつけば夢を見る。 繰り返し、繰り返し、同じ夢。 子供のような無邪気な顔をした、父の仇。 悪鬼のような形相で自分を人殺しと罵る、従姉妹。 二つの顔が闇の中で浮んでは消える。 そして叫ぶ、貴様は咎人、許されぬ罪人。 苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ、終わりなき苦しみに喘げ大罪人。 死者と生者とがタバサを責め立て続ける。 償え償え償え償え、終わりなき償いに狂え大罪人。 正直、気が、狂いそうになる。 しかし一方では、それを冷静に受け入れる自分がいる。 だからこそ、タバサは思う…… 牽制のエア・ハンマーを前方に叩き付けるも手応えは無し。 けれどタバサは止まらず壁を蹴って、三角飛びに宙へと跳ねる。 そして杖を持たぬ右手を伸ばして、天井からロープで吊られていた照明器具を掴むと、ブランコの要領で一度、二度と反動をつけてから、前方へと飛んだ。 当然、その間に次なる呪文の詠唱に入ることも忘れはしない。 滞空一瞬、右手前方から響く、何かが砕かれる破砕音。 注意をそちらに向けると、タバサの着地点付近にあった椅子が、何かに巻き込まれるようにして、破片を撒き散らしながら粉砕されたところだった。 「ウインド・ブレイク……ッ!」 空気の槌を放ってから唱えておいた呪文を、着地寸前、そのタイミングで発動させる。 荒れ狂い吹き荒れる瀑風、解き放たれたのは、タバサの背後。 同じ年頃の娘よりも大分小柄なタバサの体が、背後から背を押す形で吹き付けた魔法の風に煽られて、小枝のように宙を舞う。 直後である、タバサが降り立つはずだったそこが、三つ傷に裂けたのは。 ここはガリアの国王が住まう居城『グラントロワ』 その奥まったところにある一部屋、何十人ものシェフが一同に集まって腕を振るうことを考えて設計された大きな厨房。 本来ならこの夜更け、静まりかえっているはずのそこで、タバサは例の『幽霊』と死闘を繰り広げていた。 銀色に鈍く光る料理台、何本もの瓶が置かれているその端に、タバサは膝を曲げて、両足揃えに着地する。 そしてそのまま勢いを殺しきれず、ぐるんと前方へ一回転。すぐさま膝のバネでもって立ち上がると、今度は前に向かって全速力で駆け出した。 タバサの走る料理台、その長さ十五メイル、だがその長さが果てしなく遠い、そして長い! 背後からは追跡者の音。 地面だけではなくテーブルの上、付け加えるなら鉄板の上であってもお構いなしである。 また口の中の呪文は結実していない、これでは牽制は間に合わない。 とっさ、先ほど転がった際に右手でくすねておいた小瓶を反射的に足元にたたきつける。 音を立てて瓶が砕け、中身の液体が飛び散った。 もどかしい、何もかもがもどかしい。 勢いを殺さず背後を振り返るのも、叩きつけた右手を懐にやるのも、懐から小ぶりのナイフ一つ取り出すのも、それを天井に向かって投げつけるのも、全部が全部、もどかしい。 しかし、焦れそうになる自分を制して達成した一連の行動は、果たしてぎりぎりの境界で間に合った。 タバサの頭上、高さ二メイルの位置で魔法によって照明用に小さく燃えていた石、ナイフはそれを盛っていた皿に狙い違わず命中した。 こぼれて落ちる青く燃える石、それがテーブルへと落ちた途端、 周囲が青く燃え上がった。 闇に慣れた目を目映いばかりの光に焼かれながら、タバサは間一髪で既にその場から飛び退いた。 そして右手で光を遮りながら、火中に目を凝らす。 そこでは、目に見えない何かが、火に巻かれて悶えていた。 「ウインディ・アイシクル!」 タバサは調理台の上から素早く飛び降りると、背筋が凍るような悪寒に襲われながらも、口中で唱えていた呪文を流れるようにして解き放った。 ウインディ・アイシクル。氷の矢。 それは風の系統を二つと水の系統を組み合わせることで発動する、彼女が得意とするスクウェア・スペル。 空気中の水蒸気を凍らせて、矢にして飛ばすという攻撃的な呪文である。 放たれる矢の数は術者の力量にも左右されるが、タバサの力を持ってすればその数は何十にも及ぶ。 それら氷矢の雨とも言うべき猛威が、燃えさかる炎に向かって猛然と放たれた。 振り下ろされた荒れ狂う巨獣の如き暴虐の力でもって、たちまち調理台は削られ、砕かれ、破壊される。 だがそれでも氷弾は勢いを止めない。 タバサは氷の矢によって『幽霊』が吹き飛ばされたと考えられた方角に向かって、続けざまに氷矢の打ちっ放しにする。 その手には、先ほどまでとは違う、確かな手応え。 確かにこの敵は姿が見えない、だが、攻撃が通じない訳ではないという確信。 自分の直感を信じて、タバサは精神の疲弊も省みず、続けざまに次の呪文の詠唱に入った。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 このチャンスを、逃すわけにはいかない。 そして 「アイス・ジャベリン……」 掲げた杖の周囲には、巨大な氷の槍が四本発生していた。 「………ッ!」 一旦力を溜めるようにして杖を引くと、タバサは裂帛の気合いとともに杖を振り下ろし、氷槍を、全力でもってつるべ打ちにした。 カラガラと、調理場の壁の一角が崩れ落ちる。 無理もない。全力のアイス・ジャベリン四本、たとえ頑健なオーガであろうとも一本で十分なところを続けざまに四本。 そんなものを食らわせられたとあっては、いくら重たい煉瓦を積み上げられた壁であっても一溜まりもない。 ――仕留めた。 そう思った途端、緊張に強ばった体が弛緩した。 全力全開、精神力の疲労も考慮せずに放った連続攻撃。これで倒せないはずがない、そう考えてタバサは小さな胸をなで下ろす。 そして気がついた、膝がかすかに笑っていることに。 『幽霊』らしきもの。それと戦うことは、タバサが思っていた以上に、強いストレスを精神と肉体に与えていたようだった。 タバサはふらつく体を調理台のまだ無事の部分に手をついて支え、ついで近くにあった背のない円椅子に腰を下ろそうとした。 だが、油断は時に、大きな口を開けて罠という形で我々を襲う。 緊張を解いた耳に届いた、ジャリジャリという砂を噛んだような音。 忘れるはずもない、自分を狙う、狩猟者の音。 気がついたときにはもう遅い、死の爪はすぐそばまで近づいていた。 加えて体勢も事態の悪さを後押しする。タバサは、座ろうとして体勢を崩した今そのときを狙われていた。これでは重心を移動させようがない。 避け難い一撃が、身に迫る。 しかし、タバサとて死線を越えた数は、両手の指を足しても足らないほど。 そしてこのときも、彼女はギリギリで的確な選択を取っていた。 杖を、捨てる。 彼女は左手で握っていた魔法行使のための媒体である杖を、こともなげに放り投げたのである。 続けてその細い足に力を込めて、持ちうる全力でもって床を蹴った。 その力によって、腰が落ちると同時、バランスを崩して後ろへと倒れ込む椅子/タバサ。 これからしようとしていることに要求されるのは、腕の力、即ち腕力、それに脚力、バランス、タイミング。 タバサは杖を離して自由になった両手を、上体を反らして崩れつつある体勢のまま後ろ手に床に付けた。 そしてそのまま全身のバネを動員し、体を垂直方向、上に持っていく。 気持ちが良いほどに背筋をピンと伸ばした、美しい姿で両足を揃えて天へと伸ばす。 彼女の取った姿勢、つまりそれは倒立、逆立ちである。 学院の制服のまま、逆立ち。 そんなことをすれば、スカートの下に包まれた純白の三角形――つまりパンツだが――が露わになるのは自明の理。 ぺろんと垂れ下がったスカートから穢れを知らない清潔な白が惜しげもなく晒される。 裾のフリルと中央にあしらわれた小さなリボンがかわいらしいデザインの、どちらかというと子供っぽさが残る布面積が広いものである。 そしてそこからしなやかに伸びている両太ももは、細いながらも女性的な丸みを見る者に感じさせなくもない。 あるいは、そういった体の固さと柔らかさ、そのアンバランスさが未成熟な魅力そのものであろう。 無論、彼女とて好きでこんな姿を晒した訳ではない。 それは直後に、倒立した彼女の頭部、十サント弱の距離を爪痕が引き裂いて行ったことからも明白である。 十サント弱、こう表現すると離れた距離のように感じる。 しかし、目前に死が駆け抜けていく距離としては、あまりに近い、あまりに危うい。 またその距離は、これまでの戦いの縮図のようでもある。 タバサはこれまで、何度もこういった極小の差で攻撃をやり過ごしている。 それはもう、タバサの側にちょっとしたミス、ちょっとした想定外が起これば、致命傷を避けきれなくなるということの示唆でもあった。 曲芸的回避を成功させると同時に、タバサはすぐさまその場に体を丸めて足を床につけると、直立の姿勢に戻る。 だが、その頃には爪痕は既に角度を変えてタバサの方へと引き返してきているのが見えた。 その動きは先ほどまでに比べれば多少敏捷性に陰りが見られる。しかしそれでも人間が見てから避けるにはギリギリの早さである。 目線をそらして、先ほど自分が投げ捨てた杖を追う。 凡そ三メイル先の床の上、様々なものや破片が散らばっている中に、それはあった。 思ったよりも力が入ってしまったのか、杖はタバサが考えていた以上に遠くに転がってしまっている。 しかも咄嗟の判断だったとはいえ、投げ捨てる方向が悪かった。 もしも杖を取りに向かったならば、確実にその前に『爪』と接触することになる。そういう位置関係だった。 正直、今の状態でまた先ほどのようなことを繰り返すのは、タバサとしても御免こうむりたいところである。 杖、それは魔法の媒体、貴族の証、魔法使いにとっての生命線。 だが今は諦めるしかない。何よりも自分の命を優先させなければならない。 タバサは、生き残るためには今何をしなければならないかを考える。 まずしなければならないこと、それはこの窮地からの脱出。 広い調理場、それでいて出入り口は一つ。 ここは確かに誘い込んで戦うには悪くない環境である。回避して逃げ回るだけの空間も確保しつつ、見えない敵の逃亡を許さない。 しかし、逆にして考えれば、その利点は敵にしても同じこと。 一つしかない出入り口とタバサの位置関係は、今は『爪』を挟んで向こう側になってしまっている。 これではやはり敵との接触なくして、外へと脱出することはできない。 追い詰めたつもりが追い詰められていた、笑えない話である。 ガラガラ と、何かが崩れる音がした。 タバサは反射的にそちらに一瞥をくれる。 戦闘中、しかも危機的状況、普段ならばそんな時に一瞬とはいえよそ見をするタバサではない。 しかしこの時は連続する危機的状況や不利な環境に動揺していたのかもしれない。 だが、そのことが、今回に限っては彼女に活路を見いださせた。 「……――ッ!」 音、それは先ほどタバサの魔法によって崩れた壁が、更なる崩壊を引き起こした音だった。 けれど、重要なのは音ではない、その背後に見えたものだった。 分厚い壁の向こうにあったもの、それは空洞であった。 空洞、しかも穴の左右にもその空洞は続いているようだった。 ―――隠し通路 その虚ろの正体に思い当たった瞬間、タバサは駆けだしていた。 王宮の隠し通路。 そんなものは所詮、噂好きの口に上る与太話に過ぎないと思っていた。 事実、タバサが以前手に入れた王宮の見取り図には、そんなものは記載されていなかった。 だが―― 「………本当に、あった」 ガリア王国の王宮、グラントロワに限っては本当だったようだ。 しかも、おざなりな作りの非常時の避難経路などというものではない、かなりしっかりした作りの通路である。 高さ二メイル、幅一メイル五十の煉瓦造り、それが時には登り、時には下り、延々と続いている。 流石に明かりまでは灯されていなかったが、タバサが手に持ったタクト型の小さな杖の先には魔法の明かりが灯されており、周囲を確認できる程度の光量を確保していた。 杖が使えなくなったときのための応急処置、予備の杖である。 高度な駆け引きや集中力が必要な戦闘時に使用するのは全く持って自殺行為だが、こうして戦いの外で使う分には支障はない。 幸い、この通路に入ってから『幽霊』はその姿を見せていない。(元々見える訳でもないのだが) 呪文による攻撃で手傷を負わせることに成功していたのか、それとも別の理由があるのか。 どちらにせよ、行き先も分からない、今どこを歩いているかも分からない、そんな状況でも『幽霊』に追い回されるよりはずっと良い、タバサはそう思うことにしていた。 これまでのこと、これからのこと、考えをまとめながら歩いていたタバサが、足を止めた。 前方にあるのは石作りの壁、つまり、この道はそこで行き止まりなのであった。 それまで長々と続いてきた道が、そこで突然に途切れいているのである。 タバサは訝しみ、手に持っていた発光する杖を壁行き止まりに近づけて、その表面を手でなぞりながら観察した。 そしてさわり続けて暫く、ある一カ所で、かすかな窪みを感じ取った。 まるですり減ったかのように、うっすらとくぼんでいる一角。 その付近に光を当てて観察してみると、その周囲に小さな隙間があることを発見した。 いや、これは割れ目ではない、何かの仕掛けを動作させるスイッチである。 タバサが全体重をかけて窪みの部分を押すと、行き止まりだと思っていた石壁が、重たい音を立てながら左へとスライドしていった。 そしてその先には、深淵へと降りていく階段が、誘うようにその口を開いていた。 一見して奈落へと続いていくかのように思えた階段。 しかし実際に降りてみると、階段は螺旋状になっているだけで、ほんの数分下った程度で、その底をタバサに見せていた。 底にはまた石の扉。 しかし、先ほどのものとは様子が違う。石には鉄で引き手が取り付けられていた。 ここまで来た者には隠す必要もないということだろうか。 タバサは先ほど同様、体重をかけてその扉を横に引いた。 そうして苦労して扉を開いたタバサを迎えたのは、魔法による光だった。 最低限の光量、本を読むほどには十分ではない光、人間を生かすために最低限といった程度の光である。 次に異臭がタバサを出迎える。何かを腐らせたような、そして腐ったまま放置して、そこから更に風化するまで放っておいたような、そんな匂い。 流れ出した空気は、湿り気が一回りして水になってまた空気中に溶け込むことを繰り返しているような、濁り淀んだ粘つくもの。 ――カタコンブ。 のぞき込んで、最初にタバサが抱いた感想である。 ただし、そこは厳密には墓地ではない。 弱々しいが、決して先を見通せないほどではない魔法の光、照らし出されて見えるのは、左右にいくつも連なる鉄格子。 地下牢、それがこの場所の正体。 しかも、以前タバサが投獄された、正規の地下牢ではない。 城の見取り図にも記載されていない、一部の者しか存在を知らぬ秘密の地下牢。 公に出来ぬ者や永久に閉じ込めておかねばならぬ者、はたまた両方か、そこはそういった者たちを生かしておく為の場所であった。 十分ではない光を補うために杖を掲げ、小さな足音を立てながらタバサはその中を歩き始めた。 手前から順に左右の格子の中を確認していく。 ほとんどの牢は無人だったが、中には元々死体だったであろうものや遺留品が残されているものもある。 そう言う意味では、そこは正しく地下墓地でもあった。 そして、その音が聞こえたのは、八つほどの牢を確認し終わった頃であった。 「――、 ――、」 最初は聞き取れないほど小さな音だった。 だが、よく耳を澄ませば分かる。 それは人の息づかい。 「また来たか、……愚鈍なる女王よ。お前は無能にして恥知らずであったあの蒙昧なる父親と何ら変わらない」 声が響いたのは、タバサがそのことに気づいたのとほぼ同時であった。 「許さぬ……許さぬぞ。たとえ始祖がお許しになろうとも、この私はお前を絶対に許さぬぞ」 奥から響く、男の声。 その声色には怒り、絶望、失意、恨み、憎しみなどの負の感情がこれでもかと詰め込まれているようである。 「王座とは、貴様のような者が座って良い場所ではない……貴様の父は簒奪者であったが、貴様はそれよりなお劣る」 タバサはどんどんと、牢の奥へと進んでいく。 それに比例して、聞こえる声も、より一層はっきりとしたものになっていく。 どうやら声の主は、一番奥まったところに繋がれているようだった。 「真に王位に就かれるべきは……就かれるべきは、シャルロット様であった。それを、それを貴様が……っ!」 その名が告げられたのは、タバサが男の囚われた牢の前に来たときだった。 突如として飛び出した自分の名前に、タバサは顔色は変えずとも内心で驚いた。 だが、驚いたのは相手にしても同じこと。タバサの姿を見た男は、先ほどまでの剣幕はどこへやら、呆然とした顔つきでタバサを見つめた。 そして、わなわなと口を震わせ、絞り出すようにして声を漏らした。 「ま、まさか……」 投獄されてから、それなりに日が経っているのだろう。男の服は薄汚れ、髭は伸ばし放題になっていた。 けれど、その服や顔立ちには見覚えがある。 男が着ているのは制服、しかもガリア王室を守る騎士であることの証である花壇騎士の制服だった。 加えて、うっすらと記憶にあるその顔、タバサは確かに何度かその男を見ているはずだった。 「シャルロット様!? 貴女様はシャルロット様ではございませんか!? わたくしです、カステルモールです!」 「明けぬ夜など無い」彼女は私にそう言った。 ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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やりすぎたか?……いやいや、ああ言う世間知らずにはトラウマになる位の教育が必要だろうよ。煙草を吹かしながら学院をぶらつく。 どうやら俺はこの学院で知らない者が居ない状況になったようだ。興味本位で話し掛ける生徒が後を絶たない。 「トニー!トニーこんな所に居たの!!」 昼頃になると、ルイズが必死に俺を探していた。しかしおかしな話だよな、マフィアの俺をこんな風に呼ぶ少女と言う様はな。 「邪魔だと思っていたからな、そこらをぶらついていただけだ」 「一緒に居なさいよっ……早くこっちに来なさい!!」 やれやれ、子守りも楽じゃねぇなぁ……。 移動した先にはまぁ何と言うか、貴族らしいと言うか庭で昼食を催してやがる。随分と楽しそうな雰囲気だが、俺の姿が見えるとその 雰囲気は一変。先程の事態を知っている者は緊張の色が見え、嬲ったデブはトラウマでも植え付けられたのか逃げたす。本来はルイズの 話では召喚した使い魔の為にロクに授業がないと聞き及んでいたが、どう見てもこれは御茶会だな……。 「……」 しかしそれでも、この場が少々緊張に包まれているのが分かる。今までの流れを見てキュルケ辺りがルイズを馬鹿にしに来ると思うのだが、 キュルケとルイズが軽く一言・二言交わした後、火の付いたトカゲを連れてそのまま離れていく。だが、俺を見て一瞬ウィンクしたのを 見逃さない。 「あの姉ちゃんなら、お前を馬鹿にすると思ったんだけどなぁ」 「……アンタを恐れてるのよ」 mission:『平民の使い魔:ギーシェ午後の災難』 恐れてる?そんな馬鹿な。あの姉ちゃんの性格なら構わずからかってそうだがな。現に今ウィンクしたしな。 「お茶持ってきてよ、トニー」 「何?それ位……まぁいいか、持ってきてやるよ」 今日はルイズの顔を立てるんだったな、面倒だったが茶ぐらい持って来てやる事にした。 しかし無駄に広い中庭だよな……そんな事を考えて茶を取りに行こうとした時、エプロンドレスを着た姉ちゃんにぶつかり、姉ちゃんが 持っていたケーキを拍子で落としてしまった。 「すまない、余所見をしていた」 「いえ、大丈夫です」 落としたケーキを拾ってやると、姉ちゃんは俺の左手の甲を見てこう言う。 「貴方は……ミス・ヴァリエールの使い魔になったと言う……」 「俺の事を知ってるのか?」 「平民が使い魔に召喚され、大暴れしたって噂ですよ?ミス・ヴァリエールの髪を兎のように引っ張り上げたとか」 嫌な噂の流れ方だな……まぁ事実だから仕方がないがな。 「俺にしちゃあ貴族なり平民なりは知ったこっちゃないがな」 だが、この言葉でこの姉ちゃんはさも当然にこう言いきる。 「魔法が使えるのが貴族で、それ以外は平民でしょ?」 「なるほど、単純なものなのか……じゃあ姉ちゃんも魔法使いなのか?」 頭に浮かんだ事をそのまま聞いて見る。だが、彼女の答えはこうだった。 「とんでもない、私はここで御奉仕させて頂いているシエスタと言う者で貴方と同じ平民です。貴方はトニー・シプリアーニさんですよね?」 「ああ、合っている。トニーと呼んでくれて結構だ」 だが話の途中で、昨日後ろから不意打ちした優男がシエスタにこう声をかけた。 「おーい、ケーキはまだかい?」 「はい、ただいま」 だが、直前俺は止める。ん?まて、対面に座っているのは昨日と女が違う……あの姉ちゃんは世話になったモンモランシーではないか……野郎。 「いや待て、それは俺が持っていこう」 「しかし、それは今……」 『落ちた』もんだよ、あのマセガキにはこれで十分……鬼畜?とんでもない、当然の憂さ晴らしだろ……。 俺が憂さ晴らしを込めて落ちたケーキを持って優男の所に行くと、昨日世話になったモンモランシーとまるで恋人のように茶を飲み、昨日呼んだ であろう使い魔に頬擦りをしてモンモランシーに気味悪がられていた。 「お待たせいたしました」 モンモランシーは気が付いたがこの優男は俺には気が付かなかった。訳の分からない愛の語らいをやっている。 「ついでにお茶も頼むよ」 まぁ持ってきてやるよ、精々腹が下らない様気をつけるんだな……。
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前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔 ニニンがゼロ伝・音速の使い魔 第一話 使い魔、現るの巻 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」 虚空が眩く輝きそこから虹が架かる。 『いやっほぅ!!天界からイタズラ天使が舞い降りたイメージで虹をすべってカワユク登場!! そう!!、ワシが!!、ワシが!!ワシが統領じゃーい!!』 黄色く丸っこい得体の知れない翼の生えた生き物が虹からすべり降りてきた。 「や、やった、成功したんだわ!」 「おい、ゼロのルイズが幻獣を呼んだぞ!」 「あの幻獣喋ってるぞ!」 「何なのあの幻獣、見たこと無いわ!」 「アルゥエ?ココはだぁれ?ワタシはどぉこ?」 手にペロペロキャンディを持ってキョロキョロする黄色い生物。 「アアア、アンタ、喋れるのね・・・名前はなんていうの?」 (やった、スゴいわ!喋られる幻獣なんて大当たりじゃない!?) 心の中で歓喜するルイズ。 「オッス、オラ甘くて苦いママレードボーイ音速丸ヨロシク!」 「・・・は?」 きょとんとするルイズ。 「おい、ソコの釘宮ボイ○!ココは一体ドコなんでぃ!アンタ、だぁれ?ももももしかして誘拐!? いやーヤメテパンツぬがさないでーっ!」 「ちょっ、何言ってんのよ!中の人なんて居ないわ!伏せ字の位置間違えてんじゃないわよ!誘拐なんて冗談じゃないわ! 使い魔として私が召喚したのよ!って何時の間にパンツ履いたのよ!?」 歓喜から一転不安になるルイズ。 非常にまずい流れの予感がする。 「コントの途中ですまないがミス・ヴァリエール」 担当の教師コルベール(ハゲ)が寸劇を中断させる。 「コ、コントじゃありません!」 ルイズの抗議を無視して話を進めるコルベール 「時間が押してるんだ。その幻獣と早く契約を済ませてしまいなさい。」 「ミスタ・コルベール、この使い魔ヘンです!なんか物凄くイヤな予感がします!やり直させて下さい!」 「ダメだ、何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。好むと好まざるにかかわらずこの幻獣を使い魔にするしかない」 コルベールがルイズの要望を突っぱねる。 「おい、コッパゲ、ココは一体ドコなんでぃ!おまえら一体何でぃ!さてはオレ様に仕向けられた刺客だな!?」 「私はコルベールだ!ツルッパゲではない!・・・まあいい、ココはトリスティン、そしてここはトリステイン魔法学院だよ キミはミス・ヴァリエールに使い魔として召喚されたんだ。彼女が呪文を唱え口付けを交す事で儀式は完成する。」 (あ、今このハゲ余計な事言わなかった!?) 「ムフフ成る程、つまり吾が輩は世界の平和の為にやって来た総理大臣というわけだな!よぅし解った! おい、釘宮○イス!使い魔になってやるから早く契約をすませろ!」(むちゅー) 突如8頭身サイズになってチューのポーズをする音速丸。 「だから伏せ字の位地間違えんじゃないって言ってんでしょ! あ、あの・・・ミスタ・コルベール、ホントにコレとしなきゃいけないんですか・・・?」 「うむ、例外は認められない」 「うぅぅ・・・『我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ』・・・」 「おらーっ、どうした、早くしねぇかー!」 8頭身のまま『むちゅー』のポーズで待ち受ける音速丸。 「ちょ、キモイ!ミスタ・コルベール、やっぱりこんなのイヤです!」 「あれ?何この鏡、音速丸ー、ドコいったのー・・・きゃっ!?」 ピンクの服を着た女の子が音速丸が出て来た虹から滑り墜ちてきて案の定ルイズと衝突する。 ごっ、ぶちゅっ。 「○※△◇ッ!?」 音速丸の顔面にルイズの顔が押し付けられる。 「ごふっ!?アヂィィィィィッ!?カラダが熱いぃぃぃっ、もしかしてコレがLOVE!?」 「落ちつきなさい、使い魔のルーンが刻まれてるだけだよ。じきに治まる。」 案外冷静なコルベール。 「ところで・・・こちらのお嬢さんは知りあいかね?」 と虹から墜ちてきた少女を指して言う。 「あの、初めまして!私、『忍』(しのぶ)って言います!!ニンジャ学校に通ってる見ならいニンジャなんです!!ヨロシク御願いします!!」 ペコリと頭をさげる忍。 「ニンジャが何かは知らないが、シノブさんか。元氣なお嬢さんだね」 「えーん忍ー、聞いてよーっ、唇うばわれたーっ、もうオヨメにいけないのーっ」 「なんだか知らないけど泣かないで音速丸。よしよし」 胸に抱き付く音速丸を慰める忍。 「な、泣きたいのはコッチよ!私、初めて・・・っ、いいこと?アンタは人間じゃないんだから今のはノーカンよ!ノーカン!」 顔面の痛みと情け無さで涙目のルイズ。 「あらまあ、こちらの方は雅(みやび)ちゃんと声も喋り方もそっくりですね~」(なでなで) 「ちょ、ミヤビって誰よっ頭撫でないで・・・ふにゃぁ」 『ああ、ちょっとイイかも~』といった表情で忍に撫でられてふにゃりとするルイズ 「おおすげぇ、ツンデレだ、流石魔法世界。」 「おい見ろよ人が飛んでるぞ」 「おまえら、驚く順番違うくねーか?」 突如ゾロゾロと顕れる黒装束の団体。 「な、何なのよアンタら!」 「あ、紹介しますね、ニンジャ学校でクラスメートのみなさんですよ~」 「「「ヨロシクーっす」」」 と息の合った挨拶をする黒装束のみなさん。 「しかし、スゴい忍法ですね音速丸さん、我々が通って来た鏡みたいなのは何だったんですか?」 と黒装束の1人。 「フフフ、聞いて驚くなよサスケ、・・・あれはな・・・」 「アレは?」 「二次元の壁を越える忍法だったんだよ!」 「「「な、なんだってー!?」」」 「す、スゴいじゃないですか音速丸さん!」 「エルフだ!エルフに逢える時がやっと来たんだ!」 「ネコミミメイド、ネコミミメイドはドコに居るんだ!?」 「ようし、こうなったらみんなで音速丸さんを胴上げだ!」 「「「ワーッショイ!、ワーッショイ!」」」 「素晴らしいです。忍は感動で涙が止まりません」忍が感動で涙をハラハラと流す。 「アハハハ、ウフフフ」 胴上げされてご満悦の音速丸。 「な、何なのよコイツらー!!!!」 ルイズが叫んでいると、コルベールが音速丸に近づいて手を取る。 「いやん、ちょっとレディのお手々になにすんのぉ~」 クネクネする音速丸。 「キミ、気持ち悪い声を出さんでくれたまえ・・・ほう、キミ、珍しいルーンだね・・・ちょっとスケッチを取るから待っててくれたまえ」 「き、キレイに描いてね・・・」(ぽっ)と顔を赤らめつつセクシーポーズを取る音速丸。 「描きづらい、キミ、普通にしててくれんかね。さっきも言ったように時間が押してるんだよ・・・よし描けた。もう良いよ」 「さてと、コレで全員召喚の儀式は無事終わったようだね。じゃあ皆教室にもどるぞ」 するとルイズ以外の教師と生徒全員が空に浮かび学園の方へ飛んでいく。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 他の生徒達がルイズを嘲りながら飛び去っていく。 悔しがるルイズ。 「普段ツンツンしてる娘が悔しそうに涙を浮かべてる表情もなかなか良いですな」 「やっべぇ、ちょっとオレ『きゅん』と来ちゃったよ」 「おまえら結構マニアックだなー」 と例によって忍者達が本人の感情を逆撫でしかねないような感想を平気で述べる。 「う、ウルサイ!ウルサイ!ウルサイ!バカ!人の気も知らないで!私だって、私だって!・・・・」 涙が溢れそうになる。 「あ、音速丸さんが泣かした。」 「ヒドイや音速丸さんこんな可愛い子を泣かして!」 「見損ないましたよ音速丸さん!」 「オレのせいかよ!今のはテメェらがワルいだろうが!」 「ああ大変、雅・・・じゃなくてルイズちゃんが泣いて・・・はっそうだわ」 忍が風呂敷を取り出す。 「泣かないでルイズちゃん!私がルイズちゃんでも空が飛べるようにしてあげます!」 「えっホント?って何で私を紐で縛ってるのかしら?」 「えへへ、ホントはですね、この忍法は高いところから降りるための術なんですけど今回はコレを使いまーす」 「忍ちゃん、いつでも準備は出来てるよー」 と何処からともなく巨大な送風機を設置している忍者たち。 「ちょっと何その怪しげな物体はちょっと待って何するつもりなのよ!」 「サスケさーんお願いしまーす!」 「OK、それでは、『レディー、GO!!!』」 かけ声と共に突如送風機から突風が出る。 「『忍法ムササビの術』!!やーっ!」 「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 勢いよく空へ舞う忍と紐で吊されるルイズ 「よぅし!忍法ムササビの術大成功!」 ハイタッチをする忍者達。 「死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!死んじゃうぅぅぅぅぅぅ!?」 忍とルイズは突風で、浮遊する他の生徒を巻き込みつつ学園の方へとすっ飛んで行くのだった。 つづく? 前ページ次ページニニンがゼロ伝・音速の使い魔
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前ページ次ページ残り滓の使い魔 粗末な食事を終え、悠二はルイズとともに教室に来ていた。 大学の講義室のような教室には、既に何人もの生徒とそれぞれの使い魔がいた。 昨日召喚されたときに大半の使い魔は見ていたが、それでもゲームなどでしか見たことのない架空の生き物たちは、悠二を魅了した。 ルイズが席に着き、その隣に悠二も腰掛けようとしたが、ルイズが非難するような目で自分を見ていたのに気づき、床に座りなおした。 しばらくして、先生と思われる中年のふくよかな女性が教室に入ってきた。女性は教室中を見回しながら言った。 「春の使い魔召喚の儀式は大成功のようですね。このシュブルーズ、毎年さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのです」 「おやおや。変わった使い魔を召喚したのですね、ミス・ヴァリエール」 シュブルーズの目が悠二で留まり、隣のルイズを見て言った。 そう言うと教室中が笑いに包まれた。 「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」 そう誰かが言い出したのを発端に、しばらくの間、 「かぜっぴき!」 だの、 「ゼロのくせに!」 などといった、小太りのマリコルヌという生徒とルイズの小学生レベルの口げんかが続いた。 その後、シュブルーズがマリコルヌ他数名の生徒の口に赤土を押し付けることで教室に静寂が戻った。 授業が開始され、はじめに魔法について基本的な説明があった後に錬金の実演となった。 (魔法を自在法に応用できるのかな?) 多少の期待を胸に秘めつつ授業を聞いていたが、どう聞いても先生は自分の属性である『土』系統の魔法びいきであった。 しかし、シュブルーズが錬金の魔法を使ったときには“存在の力”の流れに微妙な変化があったので、授業を聞いたこと自体無意味ではなかった。 「ルイズ、スクウェアとかトライアングルって何なの?」 「簡単言うとメイジのレベルね。ドット、ライン、トライアングル、スクウェアがあって後者ほどレベルが高いってこと」 「ふーん。で、ルイズは何なの?」 こう聞くとルイズは下を向き黙ってしまったが、シュブルーズにこのやり取りを見咎められ、ルイズが錬金の実演をすることになった。 「先生、危険です」 なぜかキュルケがシュブルーズにやめさせることを提言していたが、先の錬金を見た悠二には、どこに危険な要素があるのか皆目見当がつかなかった。 教室の前にルイズが立ったとき、生徒たちは机の下に隠れていた。悠二は、なぜみんなが机の下に隠れているのかわからなかったが、とりあえず警戒だけはしておくことに決めた。 そして、ルイズが呪文を唱え、杖を振ると、大きな爆発が起こった。 現在、教室にはルイズと悠二しかいなかった。あの爆発の後、シュブルーズは気絶してしまい自習となった。 しかし、爆発を起こした罰として教室の掃除をすることになったのだ。もちろん魔法は使用せずに掃除することになる。 ルイズは不貞腐れているのか全く手が動いていなかった。それに反して、悠二はしっかりと掃除していた。ルイズがゼロといわれている理由も、爆発の後に生徒の誰かがルイズを馬鹿にしているのを聞いてわかった。しかし、悠二はルイズに何も声をかけず黙々と掃除をしていた。 ふと、ルイズが口を開いた。 「どうせあんたも心の中で私を馬鹿にしてるんでしょ! 魔法も使えないくせに威張ってるとか思って! そうなんでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ルイズが怒鳴るように喚きたてると、悠二が静かに口を開いた。 「初めから全てができる人はいないよ。努力し続けて、ようやくできるようになるんだ」 悠二は自分の経験を元にルイズに言っていた。 悠二はここに来る前、身体能力向上のためにシャナと早朝鍛錬をしていた。 『振り回す枝を、目を開けて見続ける』 『前もって声を掛けた一撃を避ける』 『十九回の空振りの後に繰り出す、二十回目の本命の一撃を避ける』 『二十回の中に混ぜた本気の一撃をよけて、隙を見出したときは反撃に転じる』 このように段階を経て鍛錬を続けていた。はじめはシャナの振り回す枝を、目を開けて見ていることもできなかったが、努力し続けることでこの段階まで至っていた。 それに、他人がなんて言っても、自分で考えてどうするか決めないとダメだし」 そして、友人である佐藤啓作が悠二を羨望の眼差しで見ていたことを思う。 悠二が“徒”から“存在の力”を吸収し、フレイムヘイズと対等とまではいかないが、劣らぬ力を発揮して戦う姿を。 それを憧れとも嫉妬とも取れる目で見ていたが、彼は自分に出来ることをする、と外界宿に行くことを決断する。 ここに至るまでは、さまざまな葛藤があったようだが、彼なりの結論を出し、慕っているフレイムヘイズ、マージョリー・ドーを助けるという目的のために、羨望などを捨て前向きに進んでいた。 (それに、) 悠二は最初に会ったころのシャナを思う。 (最初は自在法が苦手だったシャナも、いきなり紅蓮の双翼を出せるようになったし) かつて、敵として『弔詞の詠み手』と戦ったときを思い出す。あの戦いを境に、シャナは突如として自在法を使えるようになっていた。 そう考えると、ルイズが魔法を使えない理由は、悠二には契機がまだだとしか思えなかった。 「ルイズも魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてるし、応援もする。使い魔でいる間は守るっても言ったしね」 「うるさいうるさいうるさい! いいから黙って掃除しなさい! それと、ご主人様に生意気な口を利いたからご飯抜き!」 他人にはバカにされてばかりであったが、悠二の邪気のない「信じている」という言葉にルイズは面食らった。 悠二は不意に怒鳴られ驚いたが、そっぽを向いたルイズの横顔が赤くなっているのに気づき、声は掛けず掃除に戻った。 このあと二人は一言も話すことなく掃除を続けた。 二人は掃除を終え食堂に行ったが、悠二は食事抜きだったことを思い出し、コルベールの所へ行こうとした。 (先生のいる場所の名前は聞いたけど、そこがどこにあるのかはわからないんだった) ルイズに聞こうにも聞きにくい雰囲気だしな、と食堂の前で途方にくれていた。肩を落としている悠二の前に、シエスタが現れた。 「あの、ユージさんどうしたんですか?」 「コルベール先生のところに行きたいんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「ミスタ・コルベールなら図書館にいると聞きましたよ。……ところで、図書館の場所はわかりますか?」 「……よければ教えてくれないかな?」 悠二はシエスタに図書館の位置を教えてもらいコルベールに会いに向かった。 図書館近くの廊下で偶然にも悠二とコルベールは鉢合わせた。 「コルベール先生、少しいいですか?」 「君は、昨日ミス・ヴァリエールの使い魔の……」 「坂井悠二です。あの、このルーンについて聞きたいことがあるんですが?」 悠二がそう言い左手に刻まれたルーンを見せると、コルベールはわずかに眉をしかめた。 「聞きたいことは何かね? 私にわかる範囲でなら説明できるが」 「ルイズに、ルーンは付与効果があるって聞いたんですけど、このルーンの効果って何ですか?」 「もう一度ルーンを見せてくれないかね? ふむ、しかし効果まではわかりかねますな」 そうコルベールは言って、無意識のうちに、持っている本を強く抱えなおした。その仕種を見た悠二は、違和感を覚えていた。 (見間違えかもしれないけど、なんで本を僕から隠すようにしたんだ? 本に、僕には知られたくないようなことが書いてあるのか? そうでもないと、隠すような行動をした意味がわからない) 悠二のルーンから手を離し、若干焦りを感じるような声色でコルベールは言った。 「力になれなくてすまないね。他にも何か困ったことがあったら相談してくれたまえ。私はこれから、学院長のところに行かなければならないので失礼するよ」 そういい残し、早足で去っていってしまった。 (コルベール先生の部屋は外にあるはず。それなのに、違う方向に向かった) 悠二は、戦闘時ばりに考えをめぐらせた。 (このまま学院長に会いに行くってことは、あの本も持っていくということだ。急いでいたということを考えると、早く伝えなければならないような重要な内容) 先ほどのコルベールの行動から推測を続ける。 (それに、さっきルーンの話で明らかにあの本を意識した。ということは、このルーンのことで学院長に急いで報告しなきゃいけないような大事な話か) 悠二は音を立てず、コルベールが行ってしまったほうへ走り出した。 悠二がコルベールを追って学院長室に向かっているころ、ルイズは自室のベッドの上でじたばたと暴れていた。 「わかわかわかわか! なんなのあいふは! そえい、ふふへはっへ! ん~~~~~!」 枕に顔を押し付けながら叫んでいたので、何を言っているのか全くわからないが、この場面を見れば、明らかに怒っているとわかる光景だった。 ルイズがこうなった原因は、昼食を食べている時にあった。 「あら、ルイズ。もう掃除は終わったの? 意外と早かったわね」 ルイズが食べようとすると、キュルケが不適に笑いながら話しかけてきた。 「ええ、おかげさまでもう終わったわ」 ルイズは、これでもうこの話はおしまい、とでも言うように言い放ったが、それに構わずキュルケは続けた。 「ところで、あなたの使い魔はどうしたの? ここにはいないみたいだけど」 「あいつなら、ご主人様に生意気なこと言ったから食事なし」 それを聞いたキュルケは、意地悪な笑みを浮かべた。 「あの使い魔が何を言ったか知らないけど、満足に食事もできないんなら、そのうち逃げちゃうんじゃないかしら? もしかして、こうしてる今にも逃げてるかもしれないけど」 「そんなわけないじゃない! まったく、失礼しちゃうわ!」 そう言って顔を赤くしながら食事をするルイズを見て、キュルケは満足げな笑みをたたえた。 「いじわる」 キュルケの隣に座る青髪の少女、タバサが呟いた。 「あの子をからかうのって、おもしろいのよね~」 そう言ってから食事に戻った。 (そうよね、あんまり厳しすぎてもダメよね。そうよ! 飴と鞭の要領よ!) キュルケにからかわれた後、ルイズはそう考え、食堂の前で待っているだろう使い魔のためにパンを持っていくことにした。 (お腹を空かしているだろう使い魔のためにパンを持っていく優しいご主人様、さらに従順になるでしょうね) 自分が食事を抜きにしたことを思考の脇に置き、ずる賢く笑い、食事を終え食堂を出たが、そこに使い魔の姿はなかった。 (どこ行ってんのよ、あいつったら) まあ、どうせ部屋に戻って空腹に悶えているのよね、と思い、またしても黒い笑みを浮かべ自室に戻った。 そして今である。意気揚々とした足取りで自室に戻ったが、空腹に泣いているであろう使い魔がいなかった。 (ごごご、ご主人様がせっかく食事を持ってきてあげたっていうのに、あのバカったらどうしていないのよ!) 声にならない怒声を上げ、ルイズはベッドにダイブしたのだった。 しばらく、うつ伏せで枕を抱きしめ、足をバタバタさせ、今いない悠二、パンを持ってくる原因とも言えるキュルケに対し、怒りをぶちまけていた。 ある程度冷静になると、急に不安に襲われた。 (本当に使い魔逃げちゃったのかしら? せっかく召喚したのに。初めて成功した魔法だったのに) 考え始めると、ネガティブな思考が頭の中を埋め尽くし、再度ルイズは枕を強く抱きしめた。 前ページ次ページ残り滓の使い魔