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成歩堂×春美 昨日、真宵ちゃんと春美ちゃんに引っ張られやってきたこの葉桜院で、何故かボクも『ス ペシャルコース』を受けることになってしまっていた。 それは、まあボクもイヤイヤとはいえ「やる」と言ってしまったのだから仕方ない。 朝方まで続いた『スペシャルコース』は無事に終えたが、ボクは寺院につくなりブッ倒れ、 目が醒めたらそこは布団の上で、あたりは夕焼け色に染まっていた。 「あっ」 寝ぼけ眼の端に顔を覗かせてきたのは春美ちゃんだった。ピョコンとした頭のわっかが元 気に動く。 「大丈夫ですか? なるほどくんたら、あれしきの事で倒れてしまっていたら真宵さまの 良き旦那様になれませんよ」 また何か誤解してるな…頭をかきながら起き上がると、誰が着替えさせたのかボクは新し い浴衣を着込んでいた。寒さに腕をさすると、春美ちゃんが用意してくれていたのだろう か。丹前を差し出してくれる。 「もうすぐ真宵さまお手製のカレーが出来ますから、その前に体を温めてきては? お風 呂、炊いておいたんです」 「ありがとう。じゃあ、そうさせて貰おうかな」 心のつっかえだったスペシャルコースを終えた今、夕焼けを背にお風呂に入り、カレー皿 を囲むのも悪くない。 ぼくはヨイショと立ち上がり、扉へと向かった。 そこへ掛けられた春美ちゃんの一言が。 「あ、お邪魔するのがお布団を畳んだ後になりますので、湯船に浸かっていて下さいね」 このときに、「お邪魔」とはどういう意味か足を止めて聞いておくべきだったんだ。 ボクはそれをしなかった自分を、後々激しく後悔することになった。 霊水と銘打った滝に打たれたボクの体は、睡眠という時間を隔てて尚、想像以上に冷えていたらしい。 昔ながらのヒノキ…っぽい木造りの浴槽にはられたお湯は、それほど熱くなさそうなのに、 足先を入れただけで熱湯に浸かる感覚を覚える。 それでもかけ湯をしつつゆっくりと体を埋めていけば、じんわりとした温かさで包まれて、 湯船に浸かる習慣がある日本人である事に心から感謝をした。 そう。この時までは。 「なるほどくん、お湯加減はいかがですか?」 「うわあっ! 春美ちゃん、い、いきなり入って来ないでくれよ!」 いつもの紫色の上着を脱ぎ、タスキで装束の袖を捲り上げた春美ちゃんがにこにこと笑っ ていきなり風呂場へと乱入してきた。 「まあ、そうですね…一声かけるべきでしたね。まあまあ、気にせずに。さ、上がってく ださい。お体洗いますから」 「は…はあ!?」 ボクの叫び声を無視して、構わず春美ちゃんはタオルを濡らし、せっせと石鹸をこすりつ けている。体を洗うとは、やっぱりその通り、体を洗ってくれるのだろう。しかし、ボクはそんな事頼んだ覚えは無いし…。 「い、良いよ。自分で洗えるから」 「まあっなるほどくん、遠慮しなくて良いんですよ。お手伝いさせてくださいっ」 「あの、手伝いも何も…お風呂ぐらい自分で入れるから…」 「いけません」 弱いボクの声は、キッパリとした春美ちゃんにはねつけられる。 「まだ、とは言え、将来は真宵さまの、お家元の旦那さまになられるのですよ。こうやっ て、下の人間に奉仕される事を覚えてください」 こんな発言は小学生のモノとは思えない。 …きっと、キミ子さんの教育だろう。とは言え、こうやって働かせることを目的とした教 育ではなく、春美ちゃんが家元となった時用の教育だろうが…。 それを思うと、ボクはなんとも言えない気持ちになってしまう。 春美ちゃんはそんなボクを見て、黙ったのは肯定の意味だと思ったのだろうか。タオルを 一度桶に入れ、湯船に入っているボクの腕を引っ張った。 「さ、のぼせますよ。あがってあがって」 まあいい。どうせだから背中でも洗ってもらおう。…誤解を解くのは、後でも出来る。 「実は私、殿方のお体を洗うのは初めてなのです。その、何か不手際があったらごめんなさい」 「うん。じゃ、よろしく頼むよ」 こくりと嬉しげに笑う春美ちゃんを見ていると、父親になった気分だ。 娘に背中を洗ってもらう。これは父親として、一番の幸せじゃないだろうか? ボクは一生懸命に、しかし丁寧に背中を隅々までタオルでこする春美ちゃんを感じる。 「ふわあ、殿方のお背中って大きいんですね。なるほどくんが特別なんでしょうか?」 「いや、標準だと思うけど…。イトノコさんの背中だったらさぞ洗いがいがあると思うよ」 「わあ、楽しみですっ」 いや、別にボクは「洗え」といったわけじゃないんだけど…。 「じゃあ、流しますね。お湯がかかりますよ」 春美ちゃんは、上の方から丁寧に石鹸を洗い流してくれる。 当たるお湯が痛くないのは、春美ちゃんが手で受け止めながらかけてくれているお陰だろう。 こんな細かい気遣いまで出来る春美ちゃんに、ボクは感謝と尊敬の念を抱いていた。 「さ、お背中終わりましたよ」 「ああ、ありがとう。前は、自分でやるから…」 振り向けばそこには、またもマジメな顔をしていた春美ちゃんが居た。 「何を言ってるんですか。いけません」 ……怖い。 前はいいよ、と何度首を振っても、いけません。と答える。 終いの方になってくると、春美ちゃんはいけませんとすら言わなくなった。 ただ、ひたすら、目で威圧をしてくる。 …………怖い。 「あ…の、じゃあ、ええっと、オネガイ、しようかな」 たった一度の恥なんだ。今後彼女と旅行をしなければ良い話なんだ。 ボクはそう自分に言い聞かせ、彼女を笑顔へ導いた。 ご機嫌になった春美ちゃんは桶とタオルを持ちボクの前へと回り込む。 やれやれ…。 恨むよ。キミ子さん。 「じゃあ、このタオル、取りますね」 「え!? いや、それは…!」 一応股間部分に乗せていたタオルは、ボクの抗議も空しく剥ぎ取られてしまう。 春美ちゃんは構わずボクの足の間へと滑り込み、胸をごしごしと洗い始める。 直視することが出来ない。ボクは湯船の方に顔を向け、一生懸命に時間が過ぎていくのを待った。 「ちょっと腕を回しますよ」 言って春美ちゃんは立ち上がり――彼女が立ち上がると、丁度座っている僕より頭1つ分大きくなる―― ボクの首に手を添えて洗い始めた。 ちらりと横目に見えてしまう彼女の装束は水に濡れて透けており、肌色が見える。 コドモ相手に持つものではない感情が、沸きあがって来る気がして、ボクは勢い良く首を横に振った。 「きゃっ…! ど、どうなさったんですか?」 そうだ。首を洗ってもらってたんだ。 謝ろうと彼女を見ると、ちょうど目の前は、白い装束がぺたりとはりつき、 胸の可愛い桃色の部分を覗かせていた。 「あ、いや、ええと、続きを…」 ボクは半ばヤケになって目をつぶる。 春美ちゃんは首をかしげて、作業を再開し始めた。 「じゃあ、流しますね」 首の泡を流す時に、顔にかからない様、あごを軽く上へあげてくれる。 触れる手は優しく、温かかった。 「あら」 ぼんやりしていたら、いつのまにかしゃがみこんで股間を覗いていた春美ちゃんの声に引き戻される。 「先ほどは下を向いていらしたのに…」 その言葉に驚いて、ボクもソレを見る。まだ少し下を向いているものの、ソレは通常時とは違い、 明らかに反応していた。 …………こんな20近く離れている女の子でもいいのか、ボクの体は…! 「ああ、洗う準備をなさってくれていたんですね。ありがとうございますっ」 別の方向に解釈をして、嬉しそうに笑う春美ちゃんに、ボクは心の中で謝罪する。 違う。違うんだよ春美ちゃん…。 「確かにさっきよりも、洗いやすそうです。ほら、先ほども言いましたけど、 わたくし、殿方のお体を洗うのは初めてでしょう? 実は…どうしようか困ってたんです…」 頬に手を添えて、恥ずかしそうに言った。…そういう顔をしないでくれ。 「あの、そこは、自分で洗えるから…その、汚いし」 「大丈夫ですよ。わたくしにお勉強させてください」 一応遠慮はしてみたものの、やはり、ムダだった。 にっこりと笑ったまま、手に石鹸をこすり付け、そっと小さな手をソレに添えた。 もうどうにでもなれ。 願わくば、これから起こる惨事――ボクにとっては――を誰にも漏らしません様に。 春美ちゃんは、片手を添えたまま撫でるように陰毛に埋まった根元から 亀頭までコドモ特有の柔らかな手でこすり上げる。 「…あら、なるほどくん、見てください」 「ん…何?」 「これ、石鹸が、どんどん元に戻って行ってしまいます」 ああ、それはカウパー線液と言ってね、通常はガマン汁と呼ばれるものが出てきたからだよ。 なんて説明するのも変な気がして、ボクは何でだろうね、とお茶を濁す。 …ヤバい。気持ちいい。最近、忙しかったせいだろうか。 ボクは、確実に、丁寧にかつ的確に擦りあげてくれる春美ちゃんの手に、欲情していた。 手の動きがゆっくり過ぎるせいもあるかもしれない。 彼女なりに気を使っているのだろうが、もどかしくて仕方ない。 「さ、お次は足ですね」 「えぇっ!?」 終わりかよ! それは、それはない。 無知は罪。はからずもゴドー検事の言っていた言葉が今更になって胸に染みてくる。 「あ、あの…春美ちゃん、悪いんだけど、もうちょっと洗ってくれないかな。 その、排泄する場所だからさ。石鹸が元に戻ったのって、汚れのせいなんじゃないかと思うんだけど…」 「洗い流せば大丈夫ですよ。真宵さまも最初はそれを心配してらっしゃいましたけど、 洗い流すとすごくピンクで綺麗でしたから」 …この子、全部判ってて喋ってるんじゃないだろうか? 「…えーと…そう。男の体ってのはさ、こうやって自分で勃ちあげる事は出来るんだけど、 自分で戻す事は出来ないんだよ。だから、手伝ってくれないかな」 男の体のしくみについて考えたのだろうか。春美ちゃんは一瞬きょとん、としてにっこり笑った。 「はい」 いうやいなや、春美ちゃんはボクの股間を思い切り押し下げようとした。 …声にならない声が出たような気がした。あくまで、声は出なかったのだから、気がしただけだけど。 「ちょ…ちょっと…!………っ!」 萎えれば良いとは思っていたけど、こんな萎え方は自分がかわいそう過ぎる。 ……痛い……。 「あ、すみません…」 この痛みは男しか判るまい。彼女は男の体を知らない。当然と言えばとうぜんだ…責めてはいけない。 「あの、さ、ボクが言うとおりにしてくれないかな…」 「はいっ」 折角の機会だ。ボクは戸惑っている息子を数度こすり、勃ってていいんだ、と教えた。 「これをね、春美ちゃんの腿で、はさんでくれないかな」 「もも、ですか?」 首をかしげながら春美ちゃんは装束の裾を少しだけまくり、白く細いももを出すと、 先ほどのボクに怯えていたのか、最初は触らない様にしてまたがり、やんわりと締め付けた。 それだけで射精してしまいそうだったが、 一度傷つけられた息子の心は癒されない。いや、癒してたまるか。 そんな闘志に燃えていたボクは、その時ある事に気付いた。 「…春美ちゃん…パンツ、履いてないの?」 「あ…その、わたくし、かえのパンツを必要以上に持ってきていなくて… 濡れたら困るから、脱いでいたのです…」 恥ずかしそうに隠す様に裾をひっぱる。 「…手は、肩に置いててね」 裾を引っ張っていた手は、「邪魔」にならないようにボクの肩にかけさせた。 恥ずかしそうにしている春美ちゃんはすごく可愛い。目の前には、また、可愛い飾りがやってきた。 「…さっき、綺麗にしてくれたお礼をしなきゃね」 ボクはもっともらしい説明を添えて、春美ちゃんの胸元をはだけると、その飾りをペロリと舐めた。 「あ…っ…いえ…そんな…」 ぴくりとする姿がまた愛らしい。湯気がこもっていたこの場所はサウナ状になっていたのだろう。 汗ばんでいた体からは、少し体臭がする。 そのニオイがまたボクの加虐心をあおり、腰に回していた手を、裾の中にもぐりこませた 「あの…何を…?」 「言っただろ。ボクの、コレを元に戻すんだよ」 コレ、の時に軽くこする。 ビクッとした体は、片手一本でも十分に束縛する事が出来る。もう片方の手は、臀部を軽く揉みこんだ。 「あの……は、恥ずかしい…です…」 「大丈夫。ここにはボクと春美ちゃんしかいないから」 は、と興奮で濡れた息を春美ちゃんの胸に吐きかける。 「ひゃっ…や…そ、そんなトコで喋らないで下さい…」 「なんで…?」 ちろりと出した舌は、絶えず飾りをくすぐる。 何かをガマンしている春美ちゃんの吐息は、明らかに困っていた。 「っん…だって…何か…変…」 「大丈夫。だって、これがプクンとしてるだろ? 嬉しいって言う証拠だよ」 言ってつついてやると、春美ちゃんは鼻にかかった様な声をあげた。 「な、なるほどくん…これ、また上がってきてます…っ」 どうしよう。彼女の顔からは、そんな言葉が汲み取れた。 見てみると、息子がさっき以上に勃ちあがっている。 「これも、大丈夫。一度あがりきらないと、元には戻らないんだ」 そろそろ、復讐も良いだろう。これ以上はボクもイイ思いをするのだし、苛めるいわれも無い。 「じゃ、ちょっと動くね。はさみ過ぎないように、かつ、ゆる過ぎないようにちゃんと挟んでてね」 難しい注文に、頬を赤く染めた春美ちゃんがこくりと頷く。 その頷きとともに、ボクは座ったままこきざみに腰を動かす。 摩擦で痛くなることは無いはずだ。 元々濡れていた上に、ガマン汁と石鹸で更にヌルヌルになっているから。 その代わり、クチュクチュという音が風呂場に響いた。 ぼんやりする頭で春美ちゃんの顔を伺ってみると、さきほどボクが首を現れていた様に、 ボクから視線を逸らしている。 正直に言って、とてつもなく可愛い。 こりゃ将来が楽しみだ。 そんなことを思いながら、動かしていたら、春美ちゃんがゆっくりと腰を下げた。 何も、上に座ろうとしている訳じゃない。 動くボクの股間に、春美ちゃんもこっそりとこすりあわせていた。 この年じゃ妊娠してしまうことも無いだろう。 ボクは速度をゆるめ、今度は春美ちゃんのタテスジに合わせるように、擦りあげていく。 毛も生えていないソコは、ふっくらした感触が気持ちよく、自然と息が荒くなる。 「あ……んぅ…」 ちっちゃなクリトリスが反応してるのか、耳元で春美ちゃんの喘ぎが聞こえる。 「も、もうすぐだから…」 春美ちゃんは涙をためた目でボクをみて、コクリと頷く。 ボクは弁護士として間違ったことをしているのでは? いや、問いかけなくても、している。もしも御剣がこの事を知ったらブチ殺されるだろう。 でも、ボクは止まらなかった。 ボクの動きにあわせる様にして不器用ながらも腰を振る。 その快楽は今までに味わったことがなく、程なくボクは、射精をした。 自然に力がこもってしまった腕に、春美ちゃんは気付き、ボクの顔を覗き込んだ。 「これ、元に戻りましたね」 まだ、にっこりと笑う春美ちゃんが可愛い。そうだね。呵責の念に苛まれつつボクは頷いた。 「ごめんね」とポツリ呟いて見せるが、謝る意味が判らないのだろう。春美ちゃんは首をかしげる。 「いや、良いんだ。そうだ。この事は誰にも言わないでね。その、恥ずかしいからさ」 「はいっ。わたくしと、なるほどくんのヒミツですね」 「…じゃ、そろそろあがろうか。カレーのにおいもしてきたし」 立ち上がろうとするボクの肩をあわてて春美ちゃんは押し戻す。 「駄目です。石鹸、ちゃんと洗い流さないと」 あ、そっか。桶に水を汲む春美ちゃんを待ちつつ、ボクは先ほどの行為を反省していた。 ああ、もう二度としません。オトナとして、弁護士として、恥ずかしい行いでした。 ……でも、ヨかったなあ…。 「ああっ。すみませーん」 そんなワザとらしい春美ちゃんの声に気付いた時には時既に遅し。 いっぱいに汲んだ水の入った桶が、ボクの顔めがけてすっ飛んできた。 こんなモノ、狭い風呂場で避けられるわけが無い。 見事にアゴにあたり、股間を押し下げられた時を思い出す痛い鈍痛がボクの頭に響いた。 「は…春美ちゃん…?」 「泡が。ほら、なるほどくんの体を、わたくし石鹸をつけた手で洗っていたでしょう? ウッカリ洗い流すのを忘れて、つるっと」 「つ…つるっと…?」 「…ええ。つるっと」 最初の間は何だったのか…。気になるが、ツッコめない。 「…春美ちゃん、もしかして…わかって…る?」 「何をですか?」 装束を直しながら首をかしげる春美ちゃんは、全然笑っていない。そこでボクはやっと気付いたのだ。彼女は、耳年間である。 加えて、閉鎖された空間の里での情報源は、昼間やっているドラマやワイドショー…。 無知? とんでもない。 「あの…誰にも…」 「言いません」 よろしくおねがいします。 ボクはそう言って、装束を直して冷ややかな視線で見やる春美ちゃんに土下座をしたのだった。 *おまけ* 「わはははははは。ビックリしたよ。ココについた途端、ブッ倒れるんだもの」 プクプクの頬を揺らしながらビキニさんが笑う。 「ハハ…想像以上に過酷だったもので…」 「だからあたしが昨日もっとオカワリしなよって言ったのに。ああいうのはね、体力勝負なんだよ」 「食べすぎなんだよ。真宵ちゃんは」 今日出されたカレーは、昨日のモノとは違うらしい。 …まあ、詳しく聞いても、市販のルーが違うだけらしいが。 「大変だったろうけど、雑念や煩悩は取り払われたでしょ。 霊感が無いヒトもね、時々はああやって滝に打たれると良いんだよ」 ビキニさんの言葉にグサリと胸を突かれた思いがした。 横目で春美ちゃんを見るが、美味しそうにカレーを食べながら、真宵ちゃんと語らっていた。 「…アンタ、ヒトの話聞いてるの?」 「え、ああ、はい!」 真顔になったビキニさんに慌てて頷いてみせる。 それに満足したのかまたわはわははと笑い始めた。 「特にオトコってのは煩悩だらけだからねえ!」 「ええ、本当に。世間の殿方にはもう少し 節 操 というものを覚えていただかないと…」 ボクの代わりに、春美ちゃんが答える。 ドキドキしているボクの心臓をよそに、女3人、楽しそうに笑っていた。 ……もう、こんな所、二度と来ない。 ボクは心の中でそっと泣きながら誓った。
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11 気まずい夕食を終え風呂に入った後、糸鋸はひとり布団に入って春美の言葉を思い出していた。 いつもはこのままグダグダとTVをつけたりビールを飲んだりするのだが、 何となくそんな気にもなれず、春美が風呂に入っている間、 横になってただボンヤリと考えている。 (嘘や隠し事が分かる…) では、春美のついた嘘とは何だったのだろう? あの時、糸鋸は尋ねかけて止めた。 問いかけようとしたその瞬間、春美の心がますます頑なになっていくのをこの目で見てしまったからだ。 …半透明の鎖には、実体こそ無いもののご丁寧に頑丈そうな錠前まで付けられていた。 皮肉にもこの勾玉が一番最初に力を発揮したのは、作り主に対してだったわけだ。 成歩堂と真宵の「証言」についてだろうか? 確かに彼らが述べたとする言葉の中には、要領を得ない点が多い… ふたりが他にもまだ伝えたことがあったのか、全く別の内容だったのか、 糸鋸には見当も付きはしない。 むしろ春美が降霊を行ったこと自体が嘘だったのではないかとさえ思えてくる。 (…けれど) 糸鋸はかぶりを振ってその疑念を打ち消そうとした。 春美にそんな嘘を付く必要が、一体どこにあるというのか? あるいは嘘と言っても、その事とは全く別の些細なものかもしれないではないか。 (過敏になっているッス…) なまじ嘘が分かるというのも、あまり愉快なものではない。 なるほど、確かに真宵の勾玉は大したものだと糸鋸は改めて実感していた。 これから先どんなに技術や医学が発達して例え「嘘発見機」なるものが創られたとしても、 この不思議な力には到底およびはすまい。 これほどまでハッキリと、文字通り「目に見える」形で嘘を見抜いてしまうとは想像もしなかった。 だが、同時にこの勾玉がオカルトの産物とはいえやはり人間の道具に過ぎないのだということも、 糸鋸はしょっぱなから思い知らされる事になった。 (そこに嘘が『有る』のか『無い』のかが分かっても…自分にはどうする事もできないッス) その話のどこに嘘があるのか、なぜ嘘をつく必要があるのか、当然ながらそこまで教えてくれるものではない。 春美には申し訳ないと思いつつ、成歩堂や御剣ならともかく、 肉体派の自分にはどうにも上手く使いこなせる自信は無かった。 むしろ、日常生活では余計な摩擦を生むだけのものにも感じる。 実際、今がそうだった。 (必要なとき以外は、手にするものではないッスね。 …これは、ルール違反ッス) ごく一部の断片とはいえ人の心を読み取ってしまうその力に、 多少なりとも恐れを感じずにはいられなかった。 人間、事実を追及するよりも心地よい嘘に騙されている時の方が、いくぶん幸せなのかもしれない。 普段、哲学や人生論など面倒くさいことはあまり考えるたちではないのだが、 糸鋸もこの時ばかりは深刻にならざるを得ないのだった。 ドライヤーの音が聞こえる。春美が風呂からあがって髪を乾かしているのだろう。 糸鋸は、もう一度さっきの事を問い正してみるか否か悩んだが、 悩んでいるうちにパジャマ姿の春美が戻ってきた。 「もう寝てしまうんですの?」 入浴の熱気にまだ頬をポッポと赤くしたままそんな風に言う少女の表情は、 いつもと何ら変わらないように見える。 「…あ、あぁ。今日は、少し疲れてるッス。 春美ちゃんはTV観てていいッスよ」 (言いたくないものを無理に聞くことは無いか…) 彼はそう考えなおし、春美の意思に任せることに決めた。 色々と疑問は残るものの、 この娘があの事件の捜査に不利益になるような嘘を付くとは考えにくい。 何か他のことで思い悩んでいるかも知れなかった。 (…それはそれで、保護者としては相談して欲しいものだけど) と思わなくもなかったが、何せよ無理に顔を突っ込むのはでしゃばりというものだ。 「私も今日はもう寝ます。…電気消しますね?」 春美はそう言うと、少し背伸びして部屋の明かりのヒモに手を伸ばした。 … …… ……… 糸鋸は、しかし眠れなかった。 何かが気になるのだ。 重大なものを見落としているような感覚が心の内に芽生えている。 それは勘にすぎないのだが、 とてもとても頭の回るタイプとは言いがたい自分がどうにか刑事をやってこられたのは、 この直感に頼るところが度々あったからというのも事実だった。 (……) 糸鋸はもう考えるのを止めて眠ってしまおうと、むりやり目をつむった。 (…ん?) 何か暖かいものが背中に触れた。 「な、なんスか?」 その感触の正体を知って、糸鋸は思わず声を上げる。 いつの間にか春美が布団の中に入ってきて、自分の背中にすがりついているのだった。 子供とは言え、寝巻き越しに感じられる女の肌の柔らかさには何ら変わりが無いのだと、 糸鋸は初めて知った。 「…嫌わないで」 「えっ!?」 春美の押し殺すような声に、糸鋸は一瞬何のことだか分からない。 「勾玉の力で見えたのでしょう? わたくし、けいじさんに言ってないことがあるの」 (ああ、そのことか…) 糸鋸はようやく冷静になって、続く春美の言葉を聞いていた。 「だって、仕方ないんです。 私どうしたらいいのか分からなくって… それがもし本当だったらどうしようって…」 春美はますます強い力をしがみつく両の腕に込めながら、だんだん涙声になっていく。 「もしかしたら私、本当に何もかも失くしてしまうのかもしれない… でも、ひとりは嫌!嫌なんです、もう…」 糸鋸には少女の言う言葉の意味は今ひとつ掴み取れなかったが、 彼の知らないところで彼女は彼女にとって恐ろしく重大な決断を迫られていることだけは明白だった。 「この事はいつか…いずれきっとお話します。 だから、今は。 今だけは、どうかこのままそっとしておいて下さい。 このまま私のお父さんでいてください……………………どうか」 そう言って自分の背中ですすり泣く春美の声に、糸鋸まで胸が張り裂けそうだった。 布団の中に入ったまま、ゆっくりと春美の方に向き直る。 「けいじさん」 目を潤ませたまま、少女は糸鋸の顔を見上げていた。 暗くて細かい表情は分からなかったが、いつも優しい眼差しだけは見て取れる。 「…けいじさんっ!」 春美は思わず糸鋸のふところにその身の全てを預けて来た。 こうまで全く無防備に飛び込んでくる少女を咎めることなど、糸鋸にできはしない。 ただその肩を抱き、腕枕をしてやりながらそっと囁いた。 「大丈夫ッス」 と。 「メシの時にも言ったけど…ハルミちゃんは何も心配することはねッス。 ハルミちゃんが自分を信じてくれるように、自分もハルミちゃんを信じるッス… だから、泣かないで」 頬を撫でる手のひらは不器用だったが、この上なく温かい。春美は再び涙が溢れてきた。 糸鋸もまた指先に触れる春美の頬の柔らかさに、 キスのひとつでもしてやりたい衝動に駆られながら、 「おやすみ、ハルミちゃん…」 と言った。 「お休みなさい…」 男の腕の中で、春美も呟くように言った。 この温かさに抱かれたまま眠りにつくことに、何のためらいも無いようだった。 (お父サンだって、男なんスよ) 糸鋸は、やがて静かな寝息を立て始める春美の顔を眺めながらひとり思った。 (この先) …そう。この先、綾里キミ子が刑期を終え出所した後は、春美は彼女の元へ帰さなければならない。 そして、いつしか父親代わりだった自分のことなどキレイに忘れて、 他の良い男と一緒になるのだろう。 (大丈夫、ハルミちゃんなら上手くやれるッス) そんな悟りきった思いを馳せながらも、 糸鋸はどこかやり切れない寂しさのような感覚も同時に覚えていた。
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前 「それで。どうだった?」 情事の後、不意に問われた。 大きなものを受け入れた後、未だ熱を持つ部位が、微かな痛みと疼きを訴える。 微細な身体の挙動を無視し、巴は厳徒の問いをセイカクに把握した。出来れば 受け取り側の手間を省くため、目的語を略さずにいて欲しいものだ。 「狩魔検事と御剣検事……どちらも噂通り優秀な方のようです」 「狩魔のカンペキ主義は相変わらずだったね。いやいや」 「カンペキな証拠とカンペキな証人を用いての、カンペキな立証。彼が四十年近く 無敗を誇る理由が解りました」 ついでに、師に比べ弟子はやや潔癖なキライがあるようだった、と付け加える。 「ナルホドね」 厳徒はうんうんと頷きワイシャツに袖を通す。泊まらないのだろうか。珍しい。 「や。他人の意見は参考になるね」 巴は頷き自らも身支度をし。 (ああ、そういえば) 「似ているかもしれません」 ふっと考えを洩らした。 「似ている?」 「主席捜査官と、狩魔検事が」 「……ふうん」 かち、と、厳徒の鼻先で眼鏡のフレームが音を立てる。色付きレンズ越しの瞳は 表情が読み難い。 「キミはそう見たワケだ」 「……?」 戸惑う巴を前に、厳徒は口の端を緩め、 「ボクからすれば、トモエちゃんと御剣ちゃんの方が似ていたケド。ね」 「私、ですか?」 「そう。どっちかというと昔のトモエちゃんかな。希望いっぱいユメいっぱいだった」 皮肉にしては悪意が過ぎる、辛辣な口調。 「御剣ちゃんも。トモエちゃんと同じくらいアタマが良い子だといいんだケド。ねえ?」 早く“法”と“正義”だけでは“悪”を裁けないと悟ればいい──厳徒の言葉に 巴は沈黙を守る。 御剣は確かに甘いのかもしれない。それでも、正義を貫こうとする彼の姿勢は 認められるべきだ──その一言がどうしても口にできなかった。 厳徒と巴がオフィスを共有してしばらくが経った。 その間、打ち合わせ以外でオフィスに一緒にいたことは、数えるほどしかない。 考えてみれば当然の話だ。捜査官としての仕事があるときは現場と資料室と会議室 を往復するのが常、オフィスの机には報告書作成と僅かな休憩以外で座る機会がない。 加えて厳徒は地方警察副局長としての仕事も抱えている。席を暖める余裕は、巴 に輪を掛けて少ないはずだ。 更に言えば、緊急の用件に備え主席捜査官と副主席捜査官の休日はずらしてある。 担当の事件がない日はどちらか片方しか出勤していない、というのもざらだった。 「あ、お姉ちゃん! 待ってたよー」 お蔭で妹との待ち合わせに気兼ねなく使える。 巴がオフィスに入ると、スチール椅子に腰掛け足をぷらぷら揺らしていた茜が ゴキゲンな様子で手を振った。 機嫌の好い理由は直ぐに分かった。 「どうやらお迎えが来たようだな。さて、流れ者は去るとしよう」 「あ、はい。罪門さん、また今度!」 親指でテンガロンハットを押し上げる男、出てくる場所と時代を間違えた格好の 彼が腕利きの捜査官とは、初見の人間には解るまい。 「妹の相手をしてくれたのね。有難う」 「いや、バンビーナと話すのはナカナカ新鮮なもんだ。ウチは弟だけだからな」 「ばんびーな……?」 後ろで首を傾げる茜へ向けて、罪門恭介はテンガロンハットのつばを軽くはじいて みせて、別れの挨拶にする。 「それじゃあ、あとは姉妹水入らずで楽しむんだな」 「恭介、何か用事があったのでは?」 彼は気のいい男だが、同時に多忙な捜査官でもある。中学生の女の子の相手だけ するわけにもいかぬ立場なのだ。 罪門が自然な動作で肩をすくめる。 「なに、今日じゃなくても構わない用事さ。……明日の朝、カオを出してくれ。 今日は妹とゆっくりするんだな」 「――分かったわ。ありがとう」 仕事の話だ、と悟る。 おそらくは難事件、任務に就けば帰宅も家族との会話すらままならなくなる、 大口の捜査。 せめて今夜くらいは妹と一緒にいるといい──罪門の気遣いに、巴は感謝する。 茜はそんな大人二人の無言の遣り取りなぞ露知らぬ様子で、パイプオルガンを 物珍しそうに眺めている。 茜の横顔は幼い。まだたったの十四歳なのだ。 ──だから自分が守り、育てなければ。 これからしばらくは寂しい思いをさせてしまうだろう。今夜がその埋め合わせに なればいい。 「では、行きましょう、あかね」 「うん!」 (私が、この子を) 守らなくては──。 翌日。 連続殺人事件特別捜査本部が発足した。分類番号は“SL-9号”。 捜査の陣頭指揮を取るのは、地方警察副局長兼主席捜査官・厳徒海慈と副主席 捜査官・宝月巴の両名。警察局内で断トツの検挙率を誇る名コンビであった。 「連続殺人、ってコトは被害者が既に複数いるってコト。……グズグズしてる暇は 無い。会議、始めようか」 捜査会議室での厳徒の言葉に、居並ぶ捜査員らは真剣な面持ちで頷く。巴もその 一人だ。 「捜査資料には目を通してあるだろうから。多田敷捜査官。事件の概要だけ説明」 捜査責任者の多田敷道夫が起立し、スライドを操作する。 最初は──不謹慎な言い方だが──単なる殺人事件だった。平凡な、恨みをかう 機会もなさそうな主婦が殺された。その事件の初動捜査を担当していたのが多田敷 捜査官だ。 前述通り、殺害の動機が全く見つからない被害者に困惑しているところに、この 近辺で次の殺人事件が起こった。 場所も日時も近いふたつの事件、その関連性を現場は疑い始め──三件目、やはり 殺人事件が発生する段に至り、ようやっと『連続殺人事件』と定義されたのだ。 「……被害者同士の接点は、全くないのでしょうか?」 「三人は知り合いでも何でもありませんでした。共通の知人、のセンも今のところ ありませんわ」 巴の問いに、捜査員の市ノ谷響華が答える。 「共通点……と言えば、一番目と三番目の被害者の家が同じ町にあるコトくらい。 道ですれ違ったコトはあるかもしれませんが、それだけでは知り合いとも言えない でしょうねえ」 「……無差別の通り魔だとしたら、ヤッカイなことになるな」 発生現場の地図を睨みつけ、罪門恭介が呻いた。部屋に緊張が走る。 「カンゼンな無差別は有り得ない」 びしり。と。声が響く。 「被害者同士に何もなくても。犯人には必ず“動機”が存在する。犯行を誘発する ナニかが。ね。被害者本人じゃなくて犯人自身にあるのかもしれない。犯行の場所。 時間。犯人自身の生活。ナニかがある。必ず、さ」 厳徒の口元は、笑みの形を刻んでいる。 しかし目は。 「そこが犯人に繋がる“道”だ。――じゃ。ガンバろうか」 鋭い視線が人好きのする笑顔の奥へ隠される。 雰囲気に呑まれていた捜査官らが、我に返ったように、ハイ、と唱和した。 「三人目だし、マスコミさんもウルサくなってるし。早期解決といこうか。 あ。ナオトちゃん? 検察局の対応ってどうなってる?」 「はい、立件への要件が揃い次第、起訴に移れるよう手配してあります」 きびきびとした返答。罪門“捜査官”の顔がふっと自慢げに綻ぶのが、巴からも 見えた。 罪門直斗“検察官”。将来を嘱望される若者で、罪門恭介の自慢の弟。 「お! いいねいいね。そーいうヤル気!」 これが殺人事件の捜査本部だろうか、と思うような陽気さで厳徒は笑う。 「さっきも言ったけど、大きな事件だ。会議はこれくらいにして、動こうか」 厳徒が時計に視線を走らせて。 「じゃ。ボクと多田敷ちゃんはこれから記者会見だから。アトは、トモエちゃん。 ヨロシク」 「はい」 厳徒と多田敷が退出するのをきっかけに、他面々も三々五々動き始める。巴も 現場に向かうべく準備する。 「現場に行くならオレも付き合おう、セニョリータ」 「ええ、お願いするわ」 罪門と連れ立ち地下駐車場へ向かう。 道すがら見る男は、随分と。 「興奮しているみたいね、恭介」 「そう見えるかい? 弟との初めてのシゴトだからな。ちょいとばかりキンチョウ してるんだろうさ」 「キンチョウ……いえ、貴方、とても楽しそうに見えるわ」 苦笑に似た沈黙──「楽しい、か。そうかもな」 「アンタやガント副局長、“ゲロまみれのおキョウ”に多田敷、俺たち兄弟。最高 のシェリフたちで最高に凶悪なオオカミを狩る──ナカナカ経験できるコトじゃ ないだろ?」 テンガロンハットの下、罪門の目は輝いていた。 巴自身も似たようなものだ。 彼らとなら事件を解決できる、否、解決してみせる。昂揚と自負とがふつふつと 湧き上がる。 「頑張りましょうね」 「ああ」 ぼつ。と。 決意に正に水を差すように。 警察局エントランスから出たばかりの巴の肩に、水滴が落ちた。 見上げる間に、曇天の空から次々と雨粒が落ちてきて、次第に激しくなる。 「雨か」 罪門が舌打ちする。 「現場の証拠が流れないといいけど」 「急ぐぞ」 「ええ」 雨の中、二人の捜査官は駆けだした。 当初の楽観的予測とは異なり、捜査は難航した。 捜査が困難、なだけならば予想の範囲内ではある。しかし、他にも問題が持ち 上がった。 バッシングである。 しかも内と外、両方から。 マスコミは連日事件の猟奇性と警察の無能ぶりを報道し、犯罪コメンテーターと いう人種が鼻高々と『ぼくのかんがえたはんにんぞう』を披露し。 世論に慌てた上層部はまだかまだかと捜査に支障が出るほど捜査官をせっつき。 「……そんなに言うなら、この人達が犯人を捕まえるべきだね」 「タレコミなら毎日入ってきてるだろう? 証拠もクソもない“告発”が、な」 テレビを前にしての多田敷と罪門恭介の会話を聞くともなしに聞きながら、巴は 事件の資料を読み返していた。 何度も読みこんで、暗唱できるほどになった情報。 ただ、見えてこない。 “真実”はまだ見えない。 コーヒーのいい匂いがした。 「――根を詰め過ぎるとロクなコトになりませんわよ」 鼻先のマグカップと、取っ手を握る白い手を交互に眺め、 「どうぞお上がりなさいな、宝月捜査官」 「あ、え、ええ、ありがとう」 苦笑と共に再度差し出され、慌てて巴はマグカップを受け取る。響華も同じく コーヒーを手に、巴の隣席に腰を落ち着けた。 「休める時に休むのは、悪いコトじゃあございませんよ」 「そうね……でも、落ち着かなくて」 資料を閉じ、マグカップを傾ける。少しぬるめのコーヒーは飲みやすかった。 時計を見る。 午後三時十一分。 捜査会議の開始時間をとっくに過ぎている。 厳徒と罪門直斗の姿は無い。 警察局長から呼び出しを受けたまま、まだ帰ってこない。 「そう落ち込むもんじゃあないよ」 ざっけない口ぶりに驚く巴へ、響華が微笑んだ。 「この“ゲロまみれのおキョウ”……色好い情報を用意しましてよ」 「――青影丈、という人物についてかしら」 響華は頷く。 青影丈は事件の容疑者のひとりで、響華が聞き込みに当たった。ナニか見つけた のか。 何時の間にやら男二人もテレビを消音モードに切り替え、響華の話を聞いている。 「残念ながら証拠はまだ──けどこのおキョウの──」 「や! 皆、お待たせー」 響華の台詞がクソ大きいドアの開閉音と、クソ暑苦しい挨拶に遮られる。 何とも言い難い雰囲気のなかへ、厳徒は気にする様子もなく入ってきた。普段 通りの態度──しかし一緒にやってきた罪門直斗が疲労を全身から滲ませているの を見ると、笑い声がいっそ空疎に聞こえる。 「もう参ったよ。局長ちゃんたらマスコミさんに突き上げられてアセっちゃって。 ま。退職金が出るかどうかの瀬戸際だから仕方ないけど。未解決連続殺人事件で 引責退職と任期満了円満タイショクじゃ、ゼンゼン違うからね」 にこにこ笑ってはいるが、発言内容は辛辣だ。 「それで? 皆で何のハナシ?」 「――厳徒副局長。事件の容疑者についてお話が」 空気が急に引き締まる。 「――聞こうじゃないか。おキョウちゃん、始めて」 青影丈が怪しい。響華は断言した。 「聞き込みの最中……“ピン”ときましたの。このオトコだ、と」 艶やかな栗色の髪が揺れ、その下から鋭い眼光が覗く。 「うまく隠したようですが……このおキョウの目は誤魔化せないのさ!」 「けど、証拠はない」 冷静に水を差したのは罪門直斗。コーヒーが効いたのか、幾分か顔色がマシに なっている。 「青影丈との話以外で、何か気になることはなかった? おキョウさん」 「……」 しばしの沈黙。「……車」 「青影の車ですけど、車体にキズがありましたわ。そう……事故、のような」 事故。「そういえば」多田敷が、ふと思い出したように声を上げた。 「事件発生の前に、ひき逃げ事件がありました。まさかその犯人が──」 「……だとすると、殺人事件とはカンケイない、ってコトになる。オレたちが追う のはひき逃げ犯じゃあない、殺人犯だ」 「あっ!」 罪門の指摘に、響華が悔しげな声を上げる。 (関係ない──) しかし、本当にそうなのだろうか。何か、何かが引っかかる。 被害者の資料をもう一度探る。 戸鉢里恵。 名栗武文。 草葉影丸。 最初の被害者『戸鉢里恵』の資料を手に取る。平凡な主婦。外出よりも家を好む 性格だったのだろう、買い物と町内会でのなんやかや、偶の友人との外食、そして 犬の散歩以外では、出歩く機会さえ殆どなかったという。 そんな彼女の、何処に殺される理由があったのか。 犯人の、彼女を殺さなければならない理由とは何だったのか。 (一体、何が) 巴を引き留めているのか。 ひとつの文章を見つける。 「――!」 日付は、殺害の二日前。 「関係は、あるかもしれない」 巴の言葉に全員が注目した。厳徒が面白げに先を促す。 「第一の被害者である戸鉢里恵、彼女は殺害の前に警察で事情聴取を受けている」 そこで一旦間を置く。 資料には聴取の内容までは書いていない。ここからは巴の想像になってしまう。 組み立てたロジックの正否を問うのは後でいい。 「これが、彼女の近辺で起こったひき逃げ事件に関するものなら、SL-9号との 関係もあり得るのでは?」 今、必要なのは、次に繋がるステップだ。 「多田敷ちゃん。ひき逃げ事件の資料、持ってきて」 厳徒の命令に多田敷が急いでパソコンを操作する。警察局内の共有データベース にアクセス。ひき逃げ事件の情報を検索する。 横で罪門が渋い顔をし、弟が苦笑いして囁いた。 「兄さんもパソコン覚えなよ」 「うるさい」 「……ありました。スライドに出します」 多田敷がパソコンを操作する。壁掛けスクリーンにひき逃げ事件の概要が提示 された。発生した日時、場所、そして目撃証言。 「トモエちゃん。ビンゴ」 厳徒の呟きが、静まり返った会議室にやけに響いた。 目撃者の名前は『戸鉢里恵』。 連続殺人事件の最初の被害者。 「ひき逃げの発生場所は?」 「此処──なんてこった、被害者のイヌの散歩コースだ。おキョウ、トンデモナイ 当たりを引いたな」 「……でもないようだよ」 否定の言葉は響華自身から。 「目撃証言の、ココ。ひき逃げしたクルマの型についての証言……『路地を、白い ワゴンが走っていって、ヒトをはねた』……残念ながら青影丈のクルマはクーペさ」 話していた面々に失望の色が広がる。 「あの」 そんな中、巴は戸惑いながら、 「ワゴン車と、クーペ、という車種とで見間違えた可能性はないの?」 「さすがに無いでしょう」 多田敷が首を横に振る。 「ワゴンとクーペでは型も大きさも違いますからね。聴取の際の車種の確認には 車のカタログを使っていますし、見間違いということは無いかと」 「そう……」 ならばひき逃げとは無関係なのだろうか── 「多田敷ちゃん。キミ、ポニーとマスタングの違いって分かる?」 「は?」 いきなりの質問は厳徒からだ。多田敷は目を白黒させている。 「馬だよ。馬の品種。じゃあ罪門ちゃんは分かるかな」 罪門、で、兄弟が一緒に顔を上げる。同じ名字がいると不便だねえ、と厳徒は 笑った。 「……西部のオトコが、馬を見分けられないワケがない。副局長もご存じのハズ」 「そうだね」 恭介の返答に厳徒はうんうん頷き、「でも、多田敷ちゃんには分からなかった」 「人間なんてさ、自分の興味ないことは覚えようとしないモンだよ。被害者の彼女、 免許も持ってなかったでしょ。クルマに興味があったとは思えないな」 「しかし、カタログで確認し、その上での証言です」 「昔。ボクが担当した証人で、軽トラとジープを見間違えたおじいちゃんがいたよ。 間違いの理由がケッサクでさ。おじいちゃん田舎のヒトで、車なんてトラックか トラクター、後はパトカーくらいしか見たことなかったの。 で。カレ。言ったんだよね。『大きなクルマはみんなトラックだろう!』って。 次
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絆―きずな― 1 葉桜院の事件から約1年―。綾里舞子の件は再び世間を騒がせたが、 最近になってようやく落ち着きを取り戻している。 そんな中、マスコミのごく一部は19年前のDL6号事件を引っ張り出し、 倉院流霊媒道はインチキだのペテンだのと煽っていたようだが、 真宵はさほど気にしていなかったようだった。 季節は桜も満開なる春、4月上旬。季節が変わっても成歩堂法律事務所は いつもと変わらぬ風景である。事務所の主成歩堂龍一と倉院霊媒道の家元で 自称カゲの所長綾里真宵、そしてたまに事務所に顔を出しては真宵とともに 仕事を手伝ってくれる小さな霊媒師(のたまご)綾里春美。 相変わらずの顔ぶれである。 「そういえば、彼女とはどうなったの?」 「彼女って?」 「やだなぁ、あやめさんだよ。去年出所してきたんだよね?あれからどうなったの?」 真宵はその後の成歩堂とあやめの関係を毎日のように興味津々で聞いてくる。 「どうって、たまに会うくらいでまだ何も・・・ってどうしてそんなことばかり 聞いてくるんだよ。それもほぼ毎日。」 「決まってるじゃない。私は副所長である前になるほど君のお姉さん代わりだよ、これでも。 だから、なるほど君が幸せになれるその日まで見届けるギムがあるでしょ。」 「小姑みたいなこと言うなよ。真宵ちゃんこそ自分の幸せを見つければ?」 「私よりなるほど君が先だよ。それに私は今でも十分幸せだし。」 笑顔で答える真宵に成歩堂は安堵の表情を浮かべる。いつの間に彼女はこんなに成長したのだろう。 いつも一緒にいる時間が多い成歩堂でさえ最近まで気づかなかった。 彼女もいつか暖かい家庭を築いていくんだろうか。 成歩堂が物思いにふけっていると、机上のデジタル時計の時刻を見てハッとする。 「えぇっ!もうこんな時間!?依頼人の面会が入ってたんだ。真宵ちゃん、悪いけど留守番頼むよ。 あ、あと御剣のやつが来るかもしれないから。」 「え?・・・あ、うん。わかった。いってらっしゃい。」 成歩堂は残りのコーヒーをぐいっと飲みほし、「じゃ、いってきます。」と言い、足早に事務所をあとにした。 御剣が来るということ聞いて、真宵は一瞬気持ちが焦ったような気がした。 それが何故かは分からない。ただ真宵は御剣に対してどうしても聞きたいことがあった。 しかし、恐くてなかなか聞けずにいた。 しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。 「はぁい。どーぞー。」 「お邪魔する。」 御剣がいつもと変わらぬ風貌で事務所に入ってきた。 今は、検事局に戻って仕事をしている。そういえば、来月あたりから また数ヶ月間海外で研修に行くとか。真宵は特に焦ることもなくいつもどおりに接する。 「あ、御剣検事。いらっしゃい。今紅茶入れますね。」 「ああ。ところで成歩堂はどうしたのだ?姿が見えないようだが。」 「なるほど君なら今留置所の方に行ってますよ。多分しばらくは帰ってこないと思います。 あ、もしかして大事な用とか?」 「いや。大した用事ではない。過去の事件の資料を渡しに来ただけだ。 あとであいつに渡してもらえないだろうか。」 御剣はかばんの中から大きめの茶封筒を取り出し、机の上に置いた。 「では、私はこれで・・・」 「ちょっと御剣検事!せっかく来たのにすぐに帰らないでくださいよー。 紅茶入りましたよ。」 「あ、あぁ、そうだったな。ではお言葉に甘えて。」 席を立とうとした御剣はまた座りなおす。真宵も紅茶を載せたお盆を運んでやってきた。 そのときだった。 ガタガタガタガタガタガタ 「きゃわっ!」 突然の大きな揺れに真宵はバランスを崩す。 転んだり尻餅をついたりはしなかったものの彼女が運んできた紅茶は よろめいたときにお盆の上に見事にこぼれてしまっていた。 「うわぁ、ごめんなさい。また入れなおしてきますね、御剣検・・・・・」 真宵が御剣のほうを見た瞬間、彼女は言葉を失った。 御剣が体を丸め、荒い呼吸をしている姿を目の当たりにしたためであった。 「御剣検事!」 真宵はお盆をテーブルの上に置き御剣の隣に座った。 そして、片手で彼の手を握りもう一方の手で背中をさすって御剣に必死で呼びかけた。 「御剣検事、苦しいですか?」 返事はない。真宵の握っている手からかすかに震えているのが分かった。 顔色も真っ青だし、短時間で冷や汗も多く出ている。 真宵の呼びかける声も次第に弱々しくなってきた。 (どうしよう。・・・・・・!) 真宵は何かを思い出したようにゆっくりと顔を上げる。 そして、背中をさする動作をやめ、席を立ち、御剣の正面に身をかがめて 彼をそっと抱きしめた。そして、再び背中をゆっくりとさすり始める。 「御剣検事。私の声、聞こえますか。もし聞こえてたら、そのまま聞いていてください。」 真宵は御剣の耳元で優しく語り掛ける。いつもの彼女からはあまり想像のつかない 大人びた女性らしい声。すると、さっきまで不規則だった御剣の呼吸が次第に 落ち着いた状態になっていくのが分かった。真宵はそのまま話しかける。 「地震はもう大丈夫ですよ。落ち着いたら紅茶一緒に飲みましょう。 あ、そういえば紅茶ひっくり返しちゃったんだ。あとでまた新しいの入れ直しますね。 それと帰るときは途中まで送ります。この近くにはサクラも菜の花も たくさん咲いてるんですよ。一緒に見ましょう。」 真宵は御剣を優しく抱きながら話しかける。しばらくすると、彼の両手がゆっくりと上がってきた。 無論、真宵はそんな彼の行動に気づくはずもなく、語り続けている。 上がってきた御剣の両腕は真宵の背中あたりでいったん止まり、そのまま軽く抱き返した。 お互いが抱き合う形となる。 「ひゃっ!・・」 ようやく気づいた真宵が驚きからびくっと体を震わせ、御剣の背中からぱっと自分の手を離す。 真宵は自身の鼓動が高鳴るのを感じた。しばらく沈黙が続く。が、真宵は御剣から離れることもなく、 またゆっくりと抱きしめた。 春の暖かい日差しとともに優しい時間が二人を包む。 真宵の腕の中で御剣がそっと口に出した言葉がある。 本人は分からないように言ったのかもしれないが、真宵にははっきり聞き取れた。 「ありがとう」と―――――
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エロく無いけど 夜も更けて通販番組が始まる頃。 ここ綾里法律事務所には労働基準法もなんのその。 板張りの部屋にちゃぶ台置いて、がりがり机に噛り付く男と 座りもせず、背筋を伸ばして竹刀を持つ女がいた。 竹刀を握るのは綾里千尋。この弁護士事務所の主だ。 今流行の弁護士ドラマから抜け出してきたような美人。 一流のキャリアウーマンてオーラが常に噴出している。 左胸に鈍く光るひまわり天秤のバッヂは誇りと威厳が詰まっていて重そうだ。 「それにしても、殺人事件がデビューとはたいした度胸ね」 「はぁ、自分でもそう思います」 「依頼人が、よ」 「はぁ」 炭酸の抜けたような返事をするのは成歩堂龍一。 流行の道からはみ出して溝に片足突っ込んだようなトンガリヘアー。 三流の社会人ひよこ組って匂いが、くたびれたスーツから漂っている。 左胸にぶら下がるひまわり組のバッヂには手垢と埃がついていて一度磨いたほうが良さそうだ。 「いい?解剖記録を見る限りじゃ大してこちらの手駒は揃わないわ」 二人は明日の法廷に備えて追い込み中なのだ。 竹刀を手で弄びながら千尋は言葉を続ける。 「なるほど君はヤッパリさんの友達だし面会して何か気づいた?」 にゅっと顔を近づける千尋をあまり意識しないようにしながらも、 たまに視線が胸元へ泳ぎだしそうになる気持ちを抑えつつ、冷静に答える。 「……そうですね」 少し俯き、胸元で視点を固定させてから考えを張り巡らせる。 矢張と話した事、か。 成歩堂は記憶の氷に開いた穴から釣り糸を手繰り寄せ始めた。 「もっとはっきりアリバイ説明してくれよ」 「だからよー、その日は……ブラブラしてただけだってば」 面会室にいる二羽のオウムが繰り返して無駄骨を突っつき合う。 何度目かのキツツキで進展の無い会話にヒビが入り始めた。 「いや、もっと他にさ」 「お前、オレを信じてないのか?」 オウムの片割れがギモンチョウに変わった。 「まさか」 「そもそも何でオレが逮捕されなきゃいけないんだ!メイヨキソンで訴えてやる!」 「しょうがないだろ。被害者の彼氏だぞ。23でフリーターで茶髪でそうやってすぐキレるし」 現代っ子の典型的なタイプだ。 「夢を忘れた社会の歯車なんかにオレの気持ちが分かってたまるか!」 やれやれと成歩堂は沸点の低すぎる矢張に水を注いだ。 「矢張、落ち着くんだ。僕の目を見ろ」 「ナルホドぉ……」 救いを求める潤んだ眼差しがこちらを向く。 成歩堂も弁護士のそれではなく、旧知の友としての目を向けた。 交差する視点。 懐メロが流れてきそうな雰囲気の中、あの日と変らない口調で言葉を投げかけた。 「10年位前に貸したままのゲーム、いい加減返せよ」 「テメッ、オレを信用してねーだろ!」 「いやー、急に思い出してさ」 「くそう!もういい。誰も信用してくれないなら……死んでやるぅぅぅぅぅぅ!」 「やめろよ。拘束具付けさせるぞ?」 「だったら舌噛んで死んでやるぅぅぅぅ!」 「やめろよ。口内炎が出来るぞ」 「……それはちょっと嫌だな」 「じゃ、もう一度だけ聞く。あの日何をしてたんだ」 「だからよー」 記憶の糸はまた始まったキツツキによって切られた。 「で、何か思い出した?」 「えーと、ゲームを借りパクされてた事くらいしか」 「……」 千尋の額にヒクッと十字路ができた。 事故多発につき注意って感じの交差点だ。 「なるほど君、明日からのおやつを頭脳パンにして欲しい?」 頭脳パン! 頭脳粉なんて怪しげな粉を混ぜこぜして膨らませたパンだ。 マグロの目といい勝負をしている。 同じレーズンパンでも冠に「頭脳パン」と付くとすごいへこたれる気がする。 毎日頭脳パンを買う自分を想像した。 『あらヤダ奥さん、あそこの弁護士さんまた頭脳パン食べてるわよ』 『まぁホントに。ウチの子にも食べさせて弁護士になってもらおうかしら』 『やめときなさいよ学校でいじめられるから』 『それもそうね』 『おほほほほ』 『おほほほほ』 もう一場面おまけに浮かんだ。 『ねーママ。あのおにーちゃん僕みたいにテスト悪かったのかな』 『しっ、見ちゃダメよ』 『でも』 『大人は色々大変なの。ああならないようにお勉強しっかりするのよ』 『わかったー』 もう数場面ほど浮かんだけど心の奥底に沈めといた。 「所長、勘弁してください」 「ならもっと真剣に考えなさい」 ご近所とのお付き合いに支障を来たしそうな由々しき事態である。 井戸端会議のホットニュースを避けるべく、知恵をこれでもかってくらい振り絞る。 振り絞る。 けれどもぴちょんと果汁3%くらいしか搾れなかった。 これじゃ知恵ジュースは名乗れない。 「えーと、特には無いですね」 こいつほんとに考えたのか?! 千尋の額は十字路だらけで大渋滞だ。 湿度80%くらいのジト目を成歩堂に向けてきた。 低気圧の疑い前線が目の前で発生している。 「大丈夫ですよ。矢張は無実だと信じてますから。 向こうがどんなに完璧な証拠を立てたって、所長みたいに必ず勝ってみますよ。」 張ったそばからポロポロ剥がれそうな虚勢を自信満々に宣言してくれる。 千尋は能天気予報100%男を見て、ふぅ、とどんより曇った溜息をつく。 この緊張感の無い新人君をどうしたものか。 明日の法廷に一抹二抹の抹茶な不安を苦々しく感じる。 『恐怖の突っ込み男』として鳴り物入りでデビューさせようと考えてた矢先の依頼。 今鳴らしたってギロがギーチョギーチョ鳴るだけだ。 チンドンヤだってもっとマシな楽器を選んでちんどんしている。 とりあえず、自分にできることは彼の楽器を磨かせる事だけ。 千尋は何度目かの決意を胸にした。 ふぅ、と溜息つく千尋を見て成歩堂は思った。 溜息一つ取ってもサマになるな。 こんなに真剣になって僕を教えてくれるだなんて、気があるのかな。 明日の法廷で並んでいたら恋人って誤解を受けるかもしれない。 えへへ、困ったなぁ。 夜はまだまだ更けていく。 千尋の講義もまだまだ続いていた。 気づけば二人の距離は縮まっており、熱心さが伺われる。 「いい?証言の中にどんな小さな穴でも開いていたら異議を申し立てるのよ?」 成歩堂はどっちかっていうとその胸に異議があった。 穴どころかブラックホールだ。 視線はバタフライの形で泳いでいく。 「なるほどくん」 すっと吸い込まれそうになるその大宇宙の神秘から竹刀が伸びてきた。 竹刀でぐりぐり頬を撫でなれ、潰された蛙のような顔になる。 「何か、考えてたのかしら」 千尋の笑顔はとてもまぶしかった。 蛇に睨まれた蛙の気持ちがよ~く分かった。 けどアマガエルにだってちゃんと防衛機能が装備されているのだ。 「いえ、その勾玉綺麗だな~と。似合ってますよね」 毒を出すのは怖いのでアメを出す。 アマガエルだけにアメ。とかは絶対言えない(いろんな意味で)。 真面目に指導してくれる千尋を余所に、成歩堂はそんな下らない事を考えている。 今のは僕にしちゃ良かったな。 将来有望な弁護士の片鱗を見せる素晴らしい返し言葉だね。 だけども目の前の鱗の塊は笑顔を崩さず竹刀を握る力を増すだけだ。 蛙の顔は整形したヒキガエルみたいになる。 「マ・ジ・メ・に・やりましょうね」 「僕が悪かったです。ほんっとうにもーしわけありません」 「はぁ……」 溜息って言えるほど息を溜める間も無い。 暖簾に腕押しってこういう事なのかしら。 「もういいから。似たような判例調べましょう」 「はい。え~と」 目の前にあるファイルの山脈から一束取り出し、一番上の書類に目を通した。 『パラパラ密室殺人事件』 「パラパラ?」 バラバラの間違えでもないようだ。 「心臓が悪いのにパラパラマニアな被害者に新曲のテープを送りつけて踊り狂わせて死に」 「なるほどくん、それはいいから他のを」 言葉のお尻を蹴っ飛ばして千尋は促した。 「じゃーこれを」 適当に捲って指を止める。 「えーと、連続おでんアツアツ…」 「なるほど君他のを」 その束は千尋が昔おバカな事件をファイリングしたものだけどすっかり忘れ去られてた。 夜は、まだまだ更けていく。
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16 「あっ、先輩…」 結局、面会ではなく「取調べに参加」という形で糸鋸が取調室に入るなり目に入ったのは、 今にも泣き出しそうな顔をあげる須々木マコの姿だった。 「須々木くん、一体どうしたッスか?何でこんなことに」 「…」 しかし須々木マコは俯いてしまい、それっきり自分から口を開こうとはしなかった。 疲れているのだろうか? 取調べを受けているのだから当然といえば当然だが、それだけではなさそうである。 「…確認するッス」 向かいの椅子に腰掛けながら、刑事は言った。 「キミがやったわけでは、ないッスね?」 先ほどそれまでの報告書を読んだが、「依然、黙秘」という他は何の記載もなかった。 そのことに糸鋸は一抹の不安を覚えずにはいられなかったが、 (…それでも) このコは違う。 人を殺すような人間ではない。 警察官としては失格かもしれないが、糸鋸にはそう信じているつもりだった。 だが。 (…ここで来て、なんで何も話さないッスか?) 口を閉ざしたまま俯いている彼女の小さな姿を見ながら、 糸鋸は不意に足元がグラつくような感覚を覚えてしまう。 「…」 須々木は黙ったままである。 「須々木くん」 糸鋸がそう促して、初めてやっと「…はい」と答えた。 それを聞くやそばに居た若い書記係が、冷たい顔のまま何事か手元の用紙に書き始めた。 侮蔑の表情とも取れる。 糸鋸は不愉快さをあらわにしながら、彼に少しの間席をはずすよう言った。 おそらくは、今の今まで取り調べに関わった人間は大小あれこういう目でしか須々木マコを見てはいまい。 「しかし…規則ですから」 まるで糸鋸が犯罪人の仲間であるかのような態度を取るのが癪にさわったが、 糸鋸はあえて穏やかな声で、 「5分間、部屋の前で待機」 と言って出ていかせた。 「…私じゃないッス」 ふたりきりになってようやく、須々木は小さく、しかし悲鳴のような声を上げた。 「私がやったんじゃないッス…先輩っ」 堪えていたものが急に堰を切ったように、大粒の涙がボロボロと机の上にこぼれて落ちた。 …須々木マコは嬉しかった。 それまでの誰もが自分を最初から殺人犯と決めてかかる者ばかりであった。 確たるアリバイもなく、また状況や証拠から疑われる余地は充分にあることを彼女は分かっている。 だが、それだけに糸鋸が朴訥なまでに自分を信じてくれていたのが(それが賢いことか否かは別として) 人間として純粋に嬉しかったのだ。 「キミ自身が『やっていない』と認めてくれたのだから、 それを証明してみせるのは自分の仕事ッス」 キミを救うためにも、知っていることを話してもらいたいッス。…いいッスね?」 須々木は、溢れてくる涙を拭いながら黙って頷いた。 「まず、昨夜仕事が終わった後のことを話して欲しいッス」 「…」 須々木は少し考えてから、口を開いた。 「昨日は…店じまいの後、いつもどおり片付けをして…たぶん1時半くらいに帰ったッス…」 「まっすぐ?」 彼女は首を振り、 「それが」 と言ってやや躊躇ったあと、 「実は…そのバンダナを忘れたのに気づいて、一度店に戻ったッス」 (ふぅん…) 確かに、最初から疑ってかかる者にはしたくない証言であっただろう。 「それは例の、血が付いていたバンダナっスね?」 「…はい」 彼女の証言によれば、一度店を出てから5分くらいで朝来るとき頭に巻いていたバンダナが無いのに気づいて戻ったので、 再び店に着いたのは1時45分くらいだということだった。 表の入り口から入り(最後に店を出る人間が鍵をかけることになっていたらしい。 この場合は、被害者の神楽イサオが鍵当番のはずだった)、更衣室ですぐバンダナを見つけ再び帰路に着いた。 おそらく2時前だったであろう、ということだった。 (2時…) 死亡推定時刻とほぼ一致する。 「バンダナを見つけるまで、誰かと会ったッスか?」 須々木は首を振り、 「誰とも…」 と言った。 「昨日は棚卸があったので、もともと店に残ってたのが店長…神楽さんと、私だけだったんです。 店長はコンピュータの入力処理や発注の仕事が残ってたので、わたし先に帰ったッス…」 「でも、バンダナを取りに行った時は神楽さんとも会ってない―――?」 「…はい。その時はキッチンの方にも明かりが入っているのが見えたので、 そっちで備品の確認でもしてるのかな?としか思いませんでした」 「キッチンの方から怪しい物音や人影は?」 須々木は少し考えてから、「―――いや、特には」と言った。 糸鋸はそこでふと疑問に思い、尋ねてみる。 「その時、バンダナに血が付いてるのは気づいたッスか?」 被害者の創傷部位は腹部のみであった。…であれば、須々木が店に戻ってくるまでに 神楽は殺害されていたことが確定する(無論、須々木が事件に関与していない事を前提とする)。 「いや…暗かったので、その時はよく見えなかったッス。 部屋に帰ってから赤いのが付いてるのを見て、驚いてしまって――― どこで着いたのか分からなかったけど、とにかくその時は汚れを落とそうと思っただけッス」 …しかし、布地に付着した血液はそう洗い流せるものではない。 それを証拠品として押収されてしまった、というわけだ。 そのバンダナをどこかに捨てずに洗濯しようとしたあたり、 須々木が殺害したものではないという信憑性がでてくるような気もする。 (誰かが須々木くんを故意に陥れるために仕組んだ罠…ってことッスか?) だが、それにしては腑に落ちない点が多すぎた。 「それじゃ、店に戻ってバンダナを取って出てくるまでのあいだ―――」 糸鋸は、確認の意味でもう一度尋ねる。 「―――キッチンの方へは、足を踏み入れてはいないッスね?」 須々木はまた少し考えたあと、「…はい」と答えた。 「………………ッ!?」 そこで、糸鋸の見開かれた両目が須々木マコの顔を凝視したままはたと動きを止めてしまった。 「先輩?」 「…」 糸鋸はわが目を疑った。 信じたくはなかったが、しかし紛れもなく目の前には幻の鉄鎖が須々木の身体を取り囲んでおり、 同様に半透明の巨大な錠前が彼の目の前に立ちはだかっているのだ。 (…勾玉の、ちから) ひとのつく嘘や偽りを視覚的に映し出す、まさに奇跡の結晶。 それが、彼が信頼を置く後輩に対して力を発揮している… 「5分です」 そう憮然と言い放ちながら入ってきた書記係の男が見たものは、 絶句して立ち尽くしている刑事の後姿と、 それを見て再び泣き出しそうになっている容疑者の表情であった。 (ああ…) 地下駐車場の愛車に乗り込みながら、糸鋸は嘆息ついた。 (また次の一手が見えなくなってしまったッス) 結局、その後須々木マコは再び黙り込んでしまったのだ。 糸鋸はさすがに疲れてしまって、一度帰宅して休むことに決めた。 父兄懇談会をほっぽりだしたまま来てしまい、アパートでひとり待つ春美の事も気がかりだった。 エンジンをかける。 「何をそんなに落ち込んでるの?」 「わっ!」 後部座席から不意に声をかけられて、糸鋸は文字通り飛び上がるほど驚いた。 「な、何してるッスか?狩魔検事…っ!?」 予想だにしなかった所へ予想だにしなかった人物が現れて、糸鋸はしどろもどろになりながらそう言うと、 「待ってたのよ」 そう答えるが早いが、冥はそのスリムな脚を座席と座席の間に滑り込ませてきた。 目の前のスカートからのぞく脚線美に糸鋸が思わずドキリとして目を逸らしている間に、 彼女は器用に身を割り込ませて隠れていた後部座席から助手席へと腰を降ろすのだった。 「話したいこともあったから」 「そ、そうッスか…じゃ送って行くッス」 未だバクバクと言い続けている心臓のまま、糸鋸はギアをローに入れた。
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01 春美が響也の家に世話になって、早数日が過ぎた。 早く成歩堂の所へ行かなければと思いつつ、どうしてもあと1歩で春美は踏みとどまってしまう。 ただでさえ色々と抱えているのに、響也のスクラップファイルの記事の内容まで引っ掛かって仕方ない。 自業自得とはいえ、それらが枷となって春美の決断を鈍らせていた。 響也は響也で「別に焦らなくても、決心がついたら行けばいいさ」と悠長な意見である。 ついついその意見に流されそうになるが、いつまでも躊躇している訳にはいかない。 「わたくし、本日…成歩堂くんを訪問しようと思います」 とある日の朝、春美は職場へと向かう響也を玄関で見送りながら告げた。 「そう、やっと決心ついたのかい。場所はこの前、地図を渡したから分かるよね?」 「はい。夕方には戻ります」 「…気をつけていっておいで」 ぽんぽん、と春美の頭を優しく撫でる。 「子供扱いしないでくださいっ」と恥ずかし半分で怒る春美を横目に、響也は笑いながら家を出た。 検察庁への道のりの間、響也はずっと頭の中で考え事をしていた。 春美は今日、成歩堂に会って全てを知ることになる。 証拠品の捏造疑惑は自分の兄が謀ったこと、そして知らなかったとはいえ自身も加担していたこと。 それを知ったら彼女はきっと、自分を侮蔑するだろう。 苦い記憶は見えない鎖となって、今でも響也に絡みついて離れなかった。 +++++++++++++++++++++++ 夏の日差しがジリジリと照りつける中、春美は響也に書いてもらった地図を頼りに成歩堂芸能事務所へと足を運んだ。 分りやすく丁寧に書かれた地図のおかげで、迷うことなく目的地に辿り着くことができたものの。 「うーーーーん…」 「成歩堂芸能事務所」と書かれた看板の前で、春美はかれこれ10分以上も悩み続けている。 この扉の向こう側に成歩堂がいるのは、分かっているのに。 「ここまで来たら、もう行くしかありませんっ!」 自分に言い聞かせるように意気込んだのち、春美がドアノブに手をかけようとしたその時ーーー。 「うちになにか用ですか?」 「ひゃあぁぁっ!」 いつの間に背後にいたのか、突然声をかけらた春美は思わず素っ頓狂な声をあげる。 振り返るとそこに立っていたのは、無精ヒゲを生やし、サンダル履きという気の抜けた格好の男。 姿、格好は随分と変わったが、春美は彼が成歩堂だと直感で分かった。 「な、成歩堂くん…」 「あれ? …もしかして、春美ちゃん?」 数年ぶりの再会はお互いにとって、随分と衝撃的なものになった。 スーツを脱ぎ捨て、目もなんだか半目でやさぐれた印象の成歩堂は春美を驚かせ、 かたや身長も随分と伸び、幼女から女性へと美しく成長した春美の姿は成歩堂を驚かせた。 成歩堂に案内されて入った事務所の中も、7年の時を経て随分と様変わりしている。 あちらこちらに所狭しと並べられた手品用具を不思議そうに見つめる春美の前に、成歩堂がお茶を置く。 「最初、誰だか分からなかったよ」 「成歩堂くんも…随分と変わられましたね」 「はは、色々とあったからね」 そう言って笑う顔は、昔と同じままだなと春美は思った。 「真宵ちゃんから連絡があって、近々来るかなとは思ってたけど」 「ま、真宵さまから連絡があったのですか!?」 響也と約束した通り、春美はすぐに家のものへ連絡は入れている。 だが真宵本人にはまだ連絡をしていないのだ。 「真宵ちゃん、『はみちゃんが不良になった』って大慌てしていたな。 すぐに分家に連絡があって少しは安心したようだけど…」 「…真宵さま、わたくしのこと気にかけて下さってるんでしょうか」 「そりゃもちろん、そうだろ。真宵ちゃんはいつだって、春美ちゃんのこと大事にしてるじゃないか」 「でも、わたくし聞いてしまったのです!!」 「なにを?」 「………実は…」 春美は向かいのソファに座る成歩堂に、洗いざらい話した。 里を飛び出した理由と、ある人物から成歩堂が弁護士を辞職した事実を聞いたこと。 春美の話に成歩堂は、なるほどね、と納得してポリポリと頭を掻く。 「真宵ちゃんの発言の真意は、真宵ちゃん自身から聞くべきだとして。 ぼくに7年前なにがあったのかは、今からちゃんと説明するよ」 成歩堂はズズッとお茶を啜ったあと、ゆっくりと語り始めたーーー。 +++++++++++++++++++++++ 成歩堂の話を全て聞き終わったのは、既に日が傾き始めた頃だった。 「…ということで、理解してくれたかな?」 春美は俯いたまま、こくんと頷く。 捏造疑惑の真相も、娘のことも、牙琉霧人の7年越しの計画も、そして響也と事件の関わりも全てが消化された。 緊張が一気に緩んだせいか、春美は思わず涙ぐんでしまっていた。 「なっ、成歩堂くんがっ…ぐすっ… ね…捏造するなんてっ…絶対にっ…嘘だとっ…わたくし信じてましたっ…ぐすっ」 「信じてくれて有り難う、嬉しいよ」 成歩堂は優しく笑いながら、春美にティッシュの箱を差し出す。 春美はそれを何枚か取ると、成歩堂に見られないようにぐちゃぐちゃの顔を拭きながら言う。 「わたくし…、真宵さまに連絡しなくては…」 「ああ、そうしたほうがいい。真宵ちゃん心配してたから連絡してあげなよ」 「いえ、それだけではありません。ちゃんと自分の耳で、真宵さまからあの言葉の意味を聞こうと思います」 成歩堂は、先ほどとは違った意味で春美の成長に驚かされた。 7年と言う月日は、外見だけではなく中身も随分と成長させるのだなと感心しながら、成歩堂は受話器を春美に渡す。 春美は受話器を受け取ると、本家へ繋がる電話番号をゆっくりとプッシュした。 +++++++++++++++++++++++ すっかり日も落ちた夏の夜。 体にまとわりつく湿った空気は響也を苛立たせる。 だがその苛立ちの理由は、決してそのせいだけではなかった。 表面にそれを出さないよう気をつけて帰宅すると、キッチンから鼻歌が聞こえてくる。 覗いてみれば、そこには嬉しそうに料理をする春美の姿があった。 「随分とご機嫌のようだね」 「おかえりなさいませっ。ご飯まだですよね?」 「ん、ああ…」 「では、すぐにご用意いたしますねっ」 花柄のワンピースに白いエプロン姿の春美は、再び鼻歌を歌いながら作業に取りかかる。 「すごいな、今夜はパーティーかい」 目の前に並べられたご馳走の数々は、春美の上機嫌の象徴のようだった。 「はいっ、お祝いです」 「なんのお祝いか、ぼくにも教えてくれよ」 「ふふふ、実はですね…」 春美は嬉しそうに、今日の出来事を話し始めた。 今から数時間前、春美は真宵と電話越しに話をした。 『はみちゃんっ、わたし心配したんだよっ!どうして家出なんてしちゃったのっっ!?』 開口一番にそう大声で叫ぶ真宵の声は、受話器越しに成歩堂にも聞こえるほどだった。 春美はまず心配をかけたことを詫びると、ずっと恐れていた真宵の発言についての話題に触れた。 『…そっか、はみちゃんあの時のわたしの会話聞いてたんだ』 「わたくし、真宵さまのお気持ちに気づかないでいたことがお恥ずかしいです…」 『ちょ、ちょっとはみちゃん!それは誤解だよっ!』 「え…?」 『あのね、よぉぉぉーーーーく聞いてね。 …実はわたし、ずっと綾里の本家と分家の問題について、なんとか出来ないかなって考えてたんだ。 あまり家元とか分家とかに捕われすぎないで、協力しあって倉院流を持続していきたいって。 そうすぐ簡単にはやっぱ難しいみたいだけど、なるほどくんにも相談しながら頑張ってたんだよ』 「!! わたくし、全然知りませんでした…」 『だって内緒にしてたんだもん! その計画が軌道に乗るまで、はみちゃんには言わないでおくつもりだったんだ。 近寄らせたくない、っていうのもそういうことだよ。 だってもし失敗しちゃったら、はみちゃんまで巻き込んじゃうと思って…黙っててゴメンね』 「真宵さま…ありがとうございますっ…。私てっきり、邪魔だったのかと勝手に…」 『もうっ、大好きなはみちゃんを邪魔だなんて思うワケないじゃんっ!』 「はいっ…わたくしも真宵さまが大好きですっ!」 『でねっ、なるほどくんもまた司法試験受けようかなって考えてるみたいでね! 一緒に頑張ろうって言ってて、目的を達成したらはみちゃんに報告しようかなって思ってたの。 はみちゃんにはバレちゃったけど、応援してくれるかな?』 「もちろんですともっ!わたくし…心からお2人を応援しておりますっ!!」 ぼろぼろと嬉し涙をこぼしながら、春美は受話器の向こうにいる真宵へと笑いかける。 成歩堂はその様子を見守りつつ、「司法試験、頑張らないとなあ」と呟くのだった。 +++++++++++++++++++++++ 春美から真宵とのやりとりの内容を聞いても、響也は大して驚きはしなかった。 正直、それは響也にとって想定内であったからだ。 想定外なのは、成歩堂を陥れることに加担してしまった自分の前で春美が笑っていることだった。 食事が終わるまで、春美は結局そのことについては触れようとしなかった。 それが余計に響也を苛つかせるが、春美はそれに気づくことないままリビングを後にするーーー。 風呂から上がった春美は、リビングのソファに仰向けで転がる響也の姿を見て驚いた。 ローテーブルの上には、酒の瓶や缶が散乱している。 食後から短時間でこれだけの量を飲んだなんて、信じられなかった。 「牙琉さん、大丈夫ですかっ!?」 「ん……」 春美の呼びかけに僅かに反応するが、身じろぎひとつしない。 「しっかりしてください!!」 慌てて春美は響也の頬をペチペチと軽く叩くが、いきなり響也に手首を掴まれてしまう。 「きゃっ!?」 「心配しなくても大丈夫だよ、このくらいで潰れたりしないさ…」 「で、でも飲みすぎです…」 「それよりもさ、成歩堂から全部聞いたんだろ?」 ゆっくりと閉じていた目を開け、響也は喋る。春美の手首を離そうとはしない。 「は、はい。娘さまのこととか、捏造は成歩堂くんがわざとしたことではないって…」 「ぼくが言いたいのはそれじゃないッ!」 「…つっ!」 急に声を荒げた響也は、春美の手首を強く握った。 「ぼくは、アニキの用意した捏造品の情報で成歩堂から弁護士バッジを奪ったんだ。 知らなかったとはいえ、キミからしたらぼくだってアニキと同罪だろ?」 「そんなこと…」 「そんなことないって? …分からないな、キミだってぼくと同じ気持ちだったんじゃないのかい?」 響也は上半身を起こし、春美の手首をぐいと自分の方へ引っ張った。 バランスを崩した春美は響也に倒れかかりそうになるが、寸でのところで堪える。 目の前に迫る響也の鋭い視線に、春美は思わず吸い込まれそうになってしまう。 「キミは信頼していた母親に利用されて、大好きな従姉妹をその手で殺すところだった。 知らなかったとはいえ、今でもそのことを負い目に感じている。たとえ周りが許しても、自分も同罪だって…」 「やめてください…っ!!」 響也の指摘に耐えきれず、春美は思わず顔をそらした。 小さく体を震わせているのが、掴んだ春美の手首から響也にも伝わる。 「…ごめん、ひどいこと言ってしまったね」 響也は掴んだままだった手首を離すと、深く項垂れた。 「本当はずっと尊敬してたよ、優秀なアニキを。だからこそ、余計に信じたくなかったんだ」 「牙琉さん…」 「ぼくは心のどこかで、まだ真実を認めたくないのかもしれない。…検事のくせにさ」 今まで決して誰にも見せなかった心の内を、会って間もない少女にどうして話してしまうのだろう? 自分と少女を重ね合わせているなんて、バカらしい。 ははっ、と響也は軽く笑う。 「牙琉さんはちゃんと認めようとしていらっしゃるではないですかっ!!」 春美はスクラップブックを手に取り、響也の前へ突き出した。 「これ…、見たのかい」 「申し訳ありません。 でも、お兄様の記事を破り捨てずに保存しているのは、受け入れようとしてることではないのですか? 尊敬していた頃のお兄様のことも、犯罪に手を染めたお兄様のことも、すべて」 「…………ッ」 春美の指摘に、思わず言葉が詰まってしまう。 そんな響也の頭を、春美はいきなり自分の胸元に抱きかかえた。 響也は一瞬、何が起こったのか分からなかった。 「辛いときは、泣いていいですっ」 「えっ?」 「よく真宵さまが昔、わたくしにこうしてくださいました」 子供をあやすかのような扱いをされて思わず響也は苦笑するが、何故か不思議と心地がよい。 「わたくしだって、お母さまのしたことは許せませんけれど…。 それでも大好きなお母さまに変わりはないですし、真宵さまがわたくしを必要としてくださるのなら、 くよくよせずに頑張ろうって心に誓いました。だから…」 「…だから?」 「その、上手く言えませんが…。 牙琉さんも、わたくしと一緒に頑張って乗り越えましょうっっ!!!」 春美の精一杯の励ましに、思わず響也は笑った。 ただの世間知らずの家出少女だとばかり思っていたのに、その辺の大人よりもよほど強い心を持っている。 現実から目を背けようとしていた自分のほうが、まるで子供のようだ。 「ははっ、まいったな」 響也は春美の体を引き剥がすと、今度は逆に春美の体を自分の胸元へ引き寄せて強く抱きしめた。 言いようのない感情がどんどんと溢れてくる。 「牙琉さん…?」 「ありがとう、キミのおかげで救われた気がするよ」 「い、いえ、そんな…。それより…恥ずかしいので、そろそろ離していただけませんか…」 響也に抱きしめられた春美は、動揺してジタバタともがいた。 この辺はやはり女子高生なんだな、と響也は笑った。 「ダメだよ、逃がさない」 そう言うなり、響也は春美をソファへと押し倒す。 何が起きたのか分からない春美は,響也の肩ごしに見える天井で状況を把握した。 「な、な、なにを…?」 「なにって、ぼくの口から言わせる気かい?」 両手を押さえつけられた春美は,抵抗する術もなく響也を見つめるばかりである。 不安そうな顔で自分を見上げてくる春美を、可愛いな、と素直に思う。 「ねえ、キスしていい?」 春美は一瞬、その言葉の意味を理解出来なかった。 そして遅れて、顔を真っ赤に染め上げながら軽くパニックを起こす。 「えっ、あのっ…そのっ…」 「ダメって言わないってことは、いいってことかな」 「あっ、ダ……っ…」 ダメです、と春美が言うより早く,響也は春美に口づけた。 初めての経験だった春美は,ぎゅっと固く口を閉ざしながらそれを受けていたが、 丁寧に何度も繰り返す響也の口づけに少しずつ解きほぐされ、呑まれていく。 そして口づけはいつしか深いものへと変わり、春美は響也の動きについていくのに必死だった。 響也の手が,春美のワンピースの裾を捲し上げた。 露になった白い太ももをなぞりあげると、春美は全身を大きく震わせる。 「やっ…いやっ……」 驚いた春美は、いつの間にか解かれていた両手で響也の胸を押して抵抗する。 響也はハッとして手を止めると、春美の上から退いた。 最初は軽い冗談のつもりだったのに、途中からブレーキが利かなくなってしまった。 遊びではなく、純粋に彼女を欲しいと思ったのだ。 「悪かったね」 響也はそれ以外にかける言葉が見つからなかった。 春美はなにも言わず、ただずっと黙っているばかりであった。 「…もしお寂しいのでしたら、わたくし添い寝いたしましょうか」 少しの沈黙のあと、春美が言う。 罵倒されるかと思っていた響也は、春美の言葉に面食らった。冗談かと思いきや、その表情は真面目である。 同情されているのだろうか?と響也は思ったが、たまにはそれもいいかもしれない。 「それって誘ってるのかい?」 「………………」 響也がわざと悪戯っぽく尋ねてみても、春美はYESともNOとも答えなかった。 「さっきも言ったけど、ダメって言わないことは、いいってことだと捉えるよ?」 「………はい」 一体、どういう心変わりなのか響也には分からない。 だが自分の気持ちを優先するのならば、答えは1つ。 「こっちへおいで」 響也に手を引かれ、春美は響也の寝室へと足を踏み入れたーー。 響也の寝室は、キングサイズのベッドにサイドボード、ルームランプとウォーターサーバーだけと、 いたってシンプルなものであった。 目立って設置されているキングサイズのベッドは、1人で寝るには広すぎる。 どうしてこんな広いベッドに1人で寝るのか理解出来ない春美は、ベッドの真ん中で小さく体育座りをしていた。 添い寝をすると言ったのは、昔よく悲しい時に真宵がやってくれたことだからだ。 もちろん響也にした提案が、真宵とは違った意味合いになることは春美も理解している。 口には出さなかったが、響也に「キミだってぼくと同じ気持ちだった」と言われた時、それを否定出来なかった。 自分と同じ隙間を抱えた彼を放っておけないと思ったのは、エゴなのだろうか。 ガチャリ、と寝室のドアが開き、シャワーを浴び終えた響也が入ってくる。 春美は上半身裸の響也を直視できずに、慌てて顔をそむけた。 「緊張してるの?」 ギシ、とスプリングを軋ませてベッドに乗り上げ、春美の顔を覗き込む。 「…いえ、大丈夫…です」 震えた声は、明らかに大丈夫ではない様子だ。 「無理はよくないよ」 そう言って優しく春美の頭を撫でる。 響也自身も無理強いなんてしたくはなかった。 「大丈夫ですから…」 目を逸らしながらではあるが、春美はハッキリとそう伝える。 「途中でやめる自信は、ないよ?」 「……………」 春美の沈黙を肯定と受け取った響也は、ゆっくりと春美に口づける。 「んっ…」 ぎこちなく春美はそれに答えるが、体はやはりガチガチだ。 キスをしながら、響也は春美の背中をあやすように撫でた。 体の力が少し抜けたところを見計らって、背中についているワンピースのボタンを1つずつ丁寧に外していく。 ワンピースを脱がせると、白い下着を身につけた春美の体が露出する。 「あまり見ないでください…っ」 恥ずかしそうに手で体を隠す仕草が初々しい。 「どうして?可愛いよ」 褒め言葉なのに、春美にとっては辱められている気分だ。 響也は春美の背中を後ろへ倒し、次にブラジャーを上にずらした。 発育途上の春美の胸は控えめな大きさであったが、捲し上げられたブラジャーのワイヤーに押されて その存在を主張している。 薄桃色の可愛らしい乳頭はツンと立ち、響也を誘っているかのようだった。 「いい眺めだね」 組み敷いた春美を上から見下ろしながら、目を細めて笑う。 そして可愛らしいその果実を口に含むと、舌の上で味わうように転がしてみせた。 今まで感じたことのない感覚が、春美の全身を駆け抜ける。 「や、やあっ…。んんっ…」 恥ずかしさのあまり春美は退かそうと響也の頭に手をかけるが、髪を掴むだけで力が全く入らない。 それどころか、愛撫はますます激しさを増していく。 声を必死で堪えて耐える春美の耳元で、響也が囁いた。 「好きなだけ声、出していいよ。聞かせてよ、ぼくだけに」 「ーーあッ!!」 いつの間にか響也の指が春美のパンツの布地をずらし、秘部へと触れた。 「ああ、あっ…やめ…っ」 「濡れてるね」 「………!」 指摘通り、春美の秘部は既に湿っていた。 響也がゆっくりと中指を差し込んでいけば、キツく締め付けてくる。 「力、抜いて。慣らさないと辛い思いをするから」 余裕なんて微塵もない春美は、響也の言葉なんて頭に入ってこなかった。 響也は半ば強引に指を引き抜くと、再び差し込んだ。 「…やっ…やあああっ!!!」 春美の中に入り込んだ指が、何度も出入りを繰り返して内壁を擦り上げる。 春美の意思に反して、秘部はどんどんと潤いを増していった。 「いやっ…あぁぁっ…ん…っ」 随分と中が濡れてきたことを確認すると、響也は更に人差し指を増やす。 そしてポイントを探すように、指で上側を探っていった。 「やっっっ!!」 ある箇所を擦ったとき、春美の体がビクンと大きく体を震えた。 「見つけた」と、響也はそのポイントを重点的に擦り上げていく。 「あっ…やっ…ああぁぁぁあーっっ!!」 まるで悲鳴に近い、春美の声。 感じたことのない刺激にビクビクと体を震わせ、自然と上半身が上へ逃げようとする。 だが腰を響也の手でガッチリと掴まれ、逃げることは叶わなかった。 「やめっ…やめてっ…」 涙目で必死に春美が訴えても、響也の指の動きは止まらない。 おかしくなるーーー。 「もっ…、もう無理で…す…。ごめんな…さい、…やっぱりっ…」 春美は耐えきれず、咄嗟に響也の腕を掴んで動きを制止しようとする。 だが、春美の手は簡単に響也によって振りほどかれてしまう。 「ゴメン、もうダメだよ」 響也の指に、先ほどよりも強い力がこもる。 「言ったよね、途中で止める自信はないって」 「そ…んなっ…、あっ、あああぁぁっっ!」 感じたことのない波が、春美に襲いかかろうとしていた。 「イッていいよ」 「あぁぁ…………っっ!」 まるで響也の言葉が合図かのように、春美は全身をビクビクと小さく痙攣させたのち、クタリと力を抜いて果てた。 響也が指を抜くと、中からトロりと溢れ出てきた蜜がシーツに小さい染みを作った。 幸いなことに、春美は濡れやすい体質らしい。 「そろそろいいかな…」と、響也は春美の両足に手を伸ばした。 絶頂の後、ぼんやりと天井を眺めていた春美は、自分の下肢を這う手の感触に気づいて視線を移す。 そして目の前の光景に、思わず目を見張った。 自分の両足は響也に抱え込まれ、大きく膝を割られている。 その上、少しだけ持ち上げられているせいで腰が浮き、自分の秘部を響也の目の前にさらけ出しているのである。 余りの恥ずかしさに春美はジタバタともがくが、力が入らない為に抵抗にすらならない。 「うっ…いやぁっ…、見ないで…くださ…っ」 「どうして? すごく魅力的だよ」 「やっ…」 響也の視線に耐えられず、春美はきつく目をつむった。 心臓が強く脈を打っているのが自分でも分かるほどに緊張している。 濡れぼそった秘部に、響也は自身をあてがった。 なるべく傷つけないように、ゆっくりと先端を埋めていく。 「…ッ、さすがにキツいか…」 充分に濡れているとはいえ、初めて異性を迎え入れる春美のそこは簡単に侵入を許そうとしない。 緊張のせいで春美が全身に力を入れてしまっているので、尚更であった。 春美の力を抜かせるため、響也はいったん動きを止めて春美に口づける。 「ふ、あっ……」 口内を貪るかのような深い口づけを響也がすれば、春美の意識はそちらに持っていかれる。 春美の体から力が抜けていくのを確認すると、響也は一気に腰を進め、全てを春美の中へと押し込んだ。 「…あぁあっっ!!!」 突き上げられる衝撃に、春美は何もかも分からなくなる。 だが、余裕がないのは春美だけではなかった。 キツく締め付けてくる春美のそこに、響也は思わず持っていかれそうになる。 欲しいと思う気持ちが次から次へと湧き出て止まない。 まるで、いくら水を飲んでも乾いた咽が潤わないような感じだった。 シーツを握りしめる春美の手を、響也は自分の背中へと回させた。 「苦しかったら、爪を立ててくれて構わない」 「っ…」 春美が返事をする間もなく、響也は腰を動かし始める。 「あっ、あぁっ、はぁっ…」 「ねぇ、この音…聞こえる?」 響也はわざとらしく春美の耳元で囁いた。 春美の中が掻き回されるたび、くちゅ、くちゅ、とイヤらしい水音が結合部から聞こえてくる。 「あっ、あっ、ああっ…」 羞恥心で春美は泣きそうだった。胸が苦しくていっぱいになる。 けれども体は快楽を得ようと、いつしか貪欲に響也を求めていた。 ベッドのスプリングが軋む音すらも、興奮を掻き立てる。 響也も限界が近かった。 「……くッ」 背中にしがみつく春美の手が背中に爪を立てると同時に、響也は白濁した欲望を吐き出す。 びくん、と大きく震えた響也を感じとった春美は、ゆっくりと瞳を開けた。 涙でぼやけた視界には、切なそうに眉をひそめた響也の姿が映っている。 春美は響也の頬を優しく撫でると、自分からそっと口づけをした。 +++++++++++++++++++++++ 翌日、春美は倉院の里へ帰ると響也に告げた。 それは真宵との誤解が解けた時に、既に春美自身が決めていたことだった。 理由は「少しでも修行をして、早く真宵の役に立ちたいから」である。 「本当に色々とお世話になりました、どうも有り難うございます」 駅の改札口まで送ってもらった春美は、深々と響也に頭をさげて礼を言う。 丁寧に挨拶をする春美の顔は、初めて会った時と違って清々しいものへと変わっていた。 「いや、いいさ。ぼくのほうこそ…いろいろと有り難う」 「突然やってきて、突然帰ってしまうなんて…シンデレラみたいだね」 「す、すみません…」 「謝らないでいいよ。それよりもさ…手、出して」 なんだろう?と不思議に思いながら言われるがままに春美が手を差し出すと、響也は懐から取り出した鍵を乗せた。 ハート型のキーホルダーについた鍵は、春美が借りていたゲストルームのものである。 「これ…!」 「今度は家出じゃなく、ぼくに会いに出ておいで。その時はとびきり熱いギグを聴かせてあげるよ」 「はいっ!わたくし、また会いにきますねっ」 春美は嬉しそうに鍵を握りしめる。 きっと春美はギグの意味も、ハート型のキーホルダーの意味も分かっていないだろう。 「…今はそれでも、まぁいいか」 サングラス越しに小さくなっていく春美の後ろ姿を見送りながら、響也は小さく笑った。 【おわり】
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夏の蝉の五月蝿い、午後の事である。 「ああ、冥。」 「わざわざこんな暑い日に来させてまで…そんなに重要な事件の資料でもあるの?」 明らかに苛立っている彼女をまあまあ、と宥め成歩堂は彼女をソファーへと 座らせた。 「安っぽいソファー…。」 「…知ってる。」 いつもと変わらず、高慢な態度で此方を睨みつけてくるが 話す内容が内容なのでその目にすら愛情が湧いてくる。 正直言うと、服装にも僅かな期待をしていた。 いつも見る服じゃなくて良いですよ!!と念を押していた。 彼女は違う服こそ着てきたが、真夏と言うのにキャミソールの上には 薄手の長袖カーディガンを羽織り、下はパンツスタイルだった。 一言で表すと、完全防備、が丁度良い。思わず、溜息を吐いた 「服って冥が決めてるの?」 「服とかにはあまり興味が無いから、たまにレイジと行って 買ってくる位よ。結局彼が決めるし…って論点をずらさないで。」 あの過保護兄気取りめ、と心中で毒づいた。 「事件の資料と言うか、まあ、お願いがあって。」 「お願い? 狩魔は嘘は嫌いよ。」 「嘘については謝るよ。でもまあ、これも重要な事でして。」 「…また変な事をしたら、許さない。今日は鞭だって忘れずに持って…あれ?」 また――と言う言葉の通り、前科がある。 二人は互いに相思相愛の状態にあったが、それから一向に進展は無く、 むしろ度重なる他人からの邪魔によって後退している様な気がした。 例えば、真宵ちゃんがタイミング悪く事務所内に入って来たり、 御剣の冥に対する過保護なまでの親愛などである。 しかも彼女もまた初めてとあって、決心するまでに時間を要すのだった。 成歩堂も男である。そう何度も邪魔され、良い雰囲気と言うのに 前戯にすら到達しないと言うのは我慢の限界であった。だから 先日、酔った勢いとは言え、彼女を押し倒してしまったのだ。 しかし自分はまるでその事の記憶が無い。 証拠として冥の首筋につけられた痕を見せてもらったのだが 自分がそこまで溜まっているとは…とそれ以降焦っている。 今度こそ本当に犯罪沙汰を起こし、被告席に立つ羽目になるかもしれない、と。 そして彼女を呼んだ訳だった。 「鞭、忘れたみたいですね。」 「まま待ちなさい、成歩堂龍一。えと…痛いんでしょう…それは。」 「それ、とは何でしょう。」 「今更、畏まった様な敬語を使わないで!」 「論点をずらさないでくれるかな? 冥? それって何?」 冥は自分の言った言葉を反芻され顔を赤くした。 ああ、可愛いなあ。…真宵ちゃんが言ってた つんでれ って奴は きっと彼女にぴったりと当て嵌まるのだろう。 「意地が悪い…。」 「知ってるよ。」 嫌々と、首を横に振る彼女をソファーに押し倒して、首筋を甘噛みしてやった。 初めての体験に冥は体を強張らせている。強そうにしていても 18歳の処女である事に変わりは無い。 「最初、痛いのは仕方ない。でも僕に任せてくれ。」 「ぅ…ん。」 頼りなさそうに冥は返事をした。その声から分かるように もう拒絶をするつもりは無いようなので、ほっとする。 口では嫌がっていたが、彼女も一応はこうなるであろう事を予測し、 心構えをして来ていたのだろう。 恥ずかしそうにする彼女の服を脱がせると、思わず冥の身体に 釘付けになった。 普段の完全防備の時とのギャップが大き過ぎたのか 予想以上に彼女は艶っぽく、美しかった。 フランス人形の様な…いや、それ以上か。 「や…そんなに、見ないで」 「ああ、ごめんごめん。あんまりにも綺麗だったから。」 恥ずかしさに言葉を無くす彼女の頭を優しく撫で、口付け、 少しでも彼女の緊張を解す事に専念した。
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Catcher in the mine field (地雷畑でつかまえて) 御剣怜侍の深いため息が紫煙と共に吐き出される。 もはや昔の話だが、証拠の偽造も証言の操作もお手のもので、悪徳検事とすら呼ばれた自分が、たかが人ひとりを騙すことに暗澹たる気分になっている。 それは、その騙す相手が自分の知り合いだから、という理由だけでもないことを、成歩堂に言われるまでもなく彼は自覚していた。 「あ、こんにちは! ここに顔出すなんてめずらしいですね」 成歩堂法律事務所の自称「副所長」は、前もって訪問を知っていたため、手際よくお茶を出してくれた。 応接間で御剣が腰掛けたソファの向かいに、成歩堂も大仰に腰を下ろした。 アイコンタクトをよこした彼の顔つきは、すでにいっぱいいっぱいだったが、それは御剣も似たようなものだったろう。 「何か用件があるんじゃないのか、御剣」 「まあ、そうなんだが」御剣はお茶を飲み干した。緊張で喉が渇いていた。 「じつは、真宵くんになのだが」 「えーっ! あたしですか」真宵が当惑と期待の混じった表情を浮かべるのを見ると、更に罪悪感に打ちのめされそうになる。 「いや、メイがだな、もう着なくなった水着があるから、真宵くんにあげてほしいといって、これを。夏にぐらい海には行くんだろう? 着るといい」 「かるま検事が?! えーっ、なんか意外」 「ほ、ほら」と成歩堂。「狩魔検事って、女の子には結構優しいから、きっと、な、なかよしになりたいんじゃないかな」 「そっか~……じゃあ、お礼の手紙、エアメールで書かなきゃな」 「それは、私がアメリカに帰ったときに渡しておこう」 「それにしても、かるま検事のお下がりって……サイズ、合うのかな」 「あ、そうだ!」成歩堂はしらじらしくぽんと手を打った。「真宵ちゃん、今ちょっと試着してみれば?」 「えーっ!! やだよそんなのっ。恥ずかしいに決まってるでしょ!」 「そんなの、どうせ海じゃ同じカッコになるじゃないか。なあ御剣」 唐突に話を振られて、彼はビクッと飛び上がった。 「御剣だって、早く、真宵ちゃんの水着姿見てみたいだろ?」 「えっ……あー」視線が泳ぐ。「うん……まあ、そうだな」 「御剣検事」真宵は軽く唇をとがらせて睨んだ。「……むっつりスケベ」 「ぐうっ」 「じゃ、着替えてくるけど、のぞいたらトノサマンキックだからね」 真宵は少しはにかんで笑って、奥の部屋へと消えた。 「わ、私は軽く同意しただけなのに……なぜ私だけ名指しで、む、む、むっつり……」 「しょうがないよ、耐えるんだ、御剣。先が思いやられるぞ」 やがて御剣の唇の震えもおさまった頃、着替え終わった真宵が恥ずかしそうに戻ってきた。 男性陣はほっと胸を撫で下ろした。お披露目されたのが、意外なことに、褒め言葉に困るような体ではなかったからだ。 水着の色は黒。首の後ろと背中で紐を結ぶ三角ブラと、同じく両脇で結ぶボトムのビキニだ。 肌はまぶしさに目を細めてしまいそうなほど白い。 アイドルのように細いわけではないが、少なくとも、あれだけ何でも別腹に収めているわりには贅肉に無駄がない。 胸の膨らみのボリュームも平均だろうし、ワイヤーブラではないため、その形の良さがしっかり確認できる。 隙間から向こうが見える太ももの発育ぐあいにも、年相応の健康的な色気があった。 「可愛い!!」 「わっ、びっくりした! なるほどくん、何?」 「だから、可愛いって」 「え、そうなの? 大声で、指をつきつけながら言うから、あたしてっきり『異議あり』って言ったのかと……なるほどくんがそんなこと言うの珍しいね」 「いや、だって、ほら、なかなかのもんじゃないか。なあ御剣」 「えー、あー」 「もっと近くに来て見せてよ」 真宵はよほど照れたのか、うつむいて体を小さくまるめながら、ひょこひょことソファの前まで歩いていった。 御剣はというと、知らずに眉間にしわを寄せて、とうに空っぽの湯飲みを口につけて飲もうとしては離すのを何度も繰り返している。 「一回転してみてよ」 「なるほどくん、顔がすごいオヤジになってる」言いながらも、彼女は段々いい気持ちになってきているのだろうか、素直に言うことをきいた。 「きれいなおしりだ。なあ御剣」 「むー、うー」 「なあ御剣! そうだよな!」 「う、うム!」 実際、成歩堂の言葉はうそではなかった。ウエストのくびれから腰、そして臀部、太ももにかけてのラインは、上から下へ思わず手を滑らせたくなるほど誘惑的だ。 「ほんと? 御剣検事」 「……ああ、本当だ」彼は大きく咳払いしたあと、小さく付け足した。「きれいだ……と思う」 真宵は真っ赤になった。 それからも成歩堂は法廷で鍛えた口の上手さであれこれと彼女の体を褒め、うながされて御剣も時々同意した。 そのうちに、真宵の顔には、たんなる恥じらいとも喜びとも違う表情が時おり見え隠れするようになった。 女の顔だ。半裸で人前に立ち、男二人になめ回すように見つめられ、一箇所ずつ愛撫を受けるがごとく魅力をささやかれる。 そういう状況が、まるでその被虐を快とする「女」の顔をさせるのだろうか、と御剣が思い当たったとき、彼は下半身が臨戦状態になる例の感覚をおぼえ、あわてて足を組まなければならなかった。 目で犯す、という言葉を思い出してから一瞬で、二人がかりで真宵を目ではないもので犯す情景を思い浮かべてしまった自分を激しく恥じた。 「やっぱりさあ、真宵ちゃん、霊媒師以外にも天職があるような気がしてきたよ」 やっと成歩堂が本題に入って、彼はとりあえず一安心した。 「あ、やっぱり? なんかね、実はあたしもうすうす」 「うん、真宵ちゃん、きっとモデルに向いてるよ」 「そうそう……って、え? モデル? あたし今、考えてたの、トノサマンの監督とか」 「まあまあきっと似たようなもんだよ、モデルも監督も。なあ御剣」 「うーム……」 「まあ、さすがに転職はしないとしても、ためしにやってみるといいんじゃないかな。若いうちにいろいろやっておかないと」 「そ、それはそうだけど、監督とモデルは全然ちがうよ! だって、今だってこんなカッコしてるの恥ずかしいのに、モデルなんかやったら、もっと大勢の人の前に出るんだよ?! あたし、恥ずかしくて死ぬよ! そんなの!」 「いいじゃないか、こんなにきれいな体してるんだもの。見せないと損だよ」 「その理窟わかんないし! だって、だってだって、ようするに、体を見せてお金とるお仕事でしょ? そんなの、とてもじゃないけどあたしにはつとまんないよ」 「つとまるっ! なあ御剣!」 「あ、ああ、そうだな」 「ぼくなら真宵ちゃんの写真集が出たら絶対買う! なあ御剣!」 「うム」 「ぼくは1冊買うところを、御剣なら3冊買う! なあ御剣!」 「うム……ん?」 「その内訳は、保存目的、閲覧目的、使用目的だ!」 「あのさ」真宵の顔からは先ほどまでの上機嫌さは消え失せていた。「かくしゴト」 「えっ」 「かくしゴト。しないほうがいいんじゃない? さっきから思ってたんだけど、二人とも、法廷の外ではウソもハッタリもぜんぜんダメダメだよね」 沈黙。 「い、いやその。けしてそのようなことは」 「うーん、ばれてしまってはしょうがないな」 「な、成歩堂、そんな簡単に認めては、今までの努力が」 彼女の頬はついさっきまで羞恥と快感のために紅く染まっていたが、もはや今は、それが怒りのためとなっている。 「実はその。ある人物から頼みごと……というか、取り引きを持ちかけられてて」 「何それ?」 「このあいだ会ってきた、写真家の先生を覚えてる? こんど担当する再審法廷の、事件の重要な関係者とされている」 「ああ! あのガンコオヤジ」彼女は思い出し怒りでさらに頬をふくらませた。「なだめてもすかしても、なんにもしゃべってくれなかったケチのオヤジでしょ」 「こんどの依頼人は序審で既に有罪判決が出てる。それをくつがえすには新証言がぜったい必要なんだ。そこで」 「取り引き……」 「僕についてきた真宵ちゃんを覚えてたらしくてね。昨日、急に連絡が来て、つまり、彼女を撮らせてくれたら、証言台に立ってもいいと……」 「ちょ、ちょちょっと、そんな、バカなっ! も、もし、あたしが実は着痩せするタイプで、こう見えても三段腹だったり、ものすごい剛毛だったりしたらどうするの!」 「それは、素人モノは被写体のレベルが低いところが逆にいいって言ってた」 「そんなの程度によるでしょーが!」 「うん、そうなんだ。ぼくもそう思った。 そこで、こうやって、体をとりあえず見せてもらって、その結果、えーと、あまりにも……『ラーメンっ腹』だったりしたら、話を通すまえに断って、何か他のことで手を打ってもらおうかと……」 「……。なんか、それって、すっごい失礼な話だね」 怒っている。 真宵は普段怒らない。たまに頬をふくらませたり、顔を上気させることもあるが、百面相のように、すぐ怒りを忘れていつもの顔に戻る。 ところが、今は、そうそう機嫌を直しそうにないくらいへそを曲げている。まるで真宵が真宵ではないかのように。 「うう……ごめん。ほんとごめん、真宵ちゃん! でも、真宵ちゃんにどうしても一役買ってもらわないと困るんだ。そのために、事件の担当検事じゃない御剣にまで協力してもらったんだよ。 ほんっと、頼むよ」 「そんなこと、引き受けるに決まってるじゃない」 「え?」 「あたしが怒ってるのは別のことだよ。 つまり、あーやって本当のこと黙っておいて、おだてなきゃ、人様に見せる気になれないような体の持ち主だって思われてたってこと」 「うっ……そ、それはしょうがないだろ、あんなにいつもいつも、アイスクリームとケーキとみそラーメンとお好みやきをそれぞれ別の胃に収納してるんだから!」 「しかも、御剣検事まで、そう思ってたなんて。すっごいショック」 「ぐ、ぐうっ」 「だけど、実際、真宵ちゃんきれいな体なのに、モデルなんて嫌だって、さっき言ってたじゃないか」 「依頼人の人生がかかってるなら別に決まってるでしょ!」 御剣も成歩堂も、こんどこそ何もいえなかった。 「……すまない、真宵くん」静寂に耐えかねて、御剣がやっと口火をきった。「われわれがもっと、きみのことを信頼していれば済んだ話だった」 「べ、べつに、謝ってもらっても、あたしはただ」真宵はあからさまにどぎまぎしたように視線を泳がせた。「ただ、二人とも、抜けてるなって呆れて……」 「抜けている?」 「そうだよ。裸が見たいんなら、こんなまわりくどいことしなくてもさ、御剣検事もなるほどくんも、『北風と太陽』知らないの?」 「どういう話だったかな」 「服を脱がせるには色々方法があるってこと」 「たとえば?」 「たとえば……ベッドの上でとか」 御剣はむせた。 真宵自身も、言ってから、しまった、というように顔を歪めたっきり、うつむいて黙った。 その場で、成歩堂だけが、感慨に瞳を震わせていた。 「ま、真宵ちゃんが、ついに下ネタのジョークを飛ばす年頃になったなんて……。 しかも、ちょっとセクハラ気味でもある! この際、『北風と太陽』とはなんの関係もないところなんて、まったく気にならない!!」 「なるほどくんっ!!」真宵は叫んだ。「晩ごはん、なんかありえないぐらい豪華な食事おごってよ! あたりまえだからねっ!!」 真宵は成歩堂の申し出をことわって、写真家との交渉を自分で行うことにした。 電話口で彼女が何を言われているのかは、返事のしかたでだいたいわかる。 「あの、本当にこういうの初めてなんで、できれば水着までしか脱ぎたくないんですけど」 「はい……はい……そ、それはわかります、けど……」 「ええ……でも……はい……え、あ、あの困ります」 「だめです、だめです、ほんとに。困ります」 真宵の眉が困惑に歪むたび、成歩堂が、今すぐにも電話を取り上げて交渉を替わりたいといった顔をするのだが、御剣もまったく同じ心境だった。 なんだかひどいことに加担してしまった気がして、罪の意識が彼の胸を苦しめた。 「あの。下着姿なんて、ほんっと無理ですから。ほんっと」 次に彼女が放った一言が、ただそう言っただけだったなら、御剣はそれほど気をもむ必要はなかった。 しかし、幸か不幸か、真宵と彼は目が合ってしまった。目を合わせながら、彼女は言ってしまったのだ。 「無理です、だって、あたし、まだ、好きな人にそんなカッコ見せたこともないんですから!」 御剣は、昂ぶるような気持ちといたたまれない気持ちを同時を覚え、心が分裂したかのように感じた。 今すぐにでも帰りたいと思ったが、もちろん許されない。 成歩堂が電話を替わって、なんとかこちらの希望通りに話がおさまり、三人は真宵のリクエストで鍋をつつきに行くことになった。 真宵が手洗いに立ったところを見計らって、成歩堂が嫌になるほど爽やかに笑いかけてきた。 「言った通りだったろ」 「何がだ」 「脈ありなんてもんじゃないさ」 「……成歩堂」御剣は葉巻に火をつけ、灰皿を引き寄せた。成歩堂がけむたがるのをわかっていて、あえて、だ。「犯罪教唆も犯罪のうちなんだが」 「なんでだよ」 真宵に対して気がひけるのにはいくつも理由がある。 彼女に殺人者の汚名を着せるために、当然のように検死報告書に手を加え、証拠を隠匿したこともある。 仕事上、身をくらませていた彼女の母親の連絡先を秘密裏につかんでおきながら、そしらぬ顔をしていたこともある。 その行方知らずの原因になった事件には、自分も深くかかわっていたというに。 そして、だ。 いま彼女は、親友の成歩堂の亡き師である綾里千尋が一番気にかけ、彼に世話をたくした少女なのだ。 成歩堂は、真宵が無事に成長することを、その姉と同じくらいに強く願っているだろう。 かように、御剣自身と彼女をつなぐ道は、獣道であるどころか、いばらが生い茂り、しかもいたるところに地雷が埋め込まれている。 除去作業をこなすどころか、思いっきり踏んで自分も真宵も爆発で木っ端みじんになる自信がたっぷりある。 それになにより…… 「彼女はまだ子どもだろう」 「正真正銘の18歳以上だよ」 「それもそうだが、そういう問題ではなくてだな……」 「知ってるかもしれないけど、彼女はああ見えて結構しっかり者だよ。御剣よりも、よっぽど大人なんじゃないかって思う時もあるよ。 もし、彼女が子どもだとしたら、きみなんかきっと赤ん坊くらいだよ」 「悪かったな、赤ん坊で」 「そうやってすぐ拗ねるところとかな」 真宵がもどってきた。男たちはとっくにごちそうさまをすませていたが、まだまだ、彼女の胃の中には食べ物が魔法のように消えていく。 ふと、彼女は疑問を口にした。 「そういえば、御剣検事って、事件の担当じゃないんでしょ? なんで、来てくれたの?」 「ああ、そりゃ」本人より早く成歩堂が答えた。「もちろん、真宵ちゃんが、御剣の言うことだったらなんでもきいてくれるかなと思だだだだだ」 掘りごたつの下で向こうずねをしたたか蹴られて、彼は悶絶した。 「犯罪の真相解明のためだと言われて、しょうがなく一役買っただけだ」 「へえ~。前から思ってたんだけど御剣検事って、なるほどくんの言うことなら結構なんでもきいてあげてるよね。 わかった、弱みでも握られてるとか?」 「……だいたい、そういうようなものだ」 シャワーの済んだあと、彼は、疲れて眠りにつくまで腹筋を鍛えるつもりでいた。 運動で性欲が発散できるだなんて、もう信じてもいなかったが、他に気をまぎらわすいい方法も思いつかない。 相変わらず目を閉じれば、真宵のあらわになった白い肌が浮かぶばかりだ。 彼女は少女らしくはにかんで微笑む。まぶたの裏の情景の中の自分は、意識せずに真宵に手を伸ばし、彼女を引き寄せる。 御剣は、硬く自己主張した分身をもてあます自分が、猛烈に情けなかった。見たくはない自分がそこにいた。 自分は劣情を催している……よりによって、真宵くんに。 視姦されながら、悦楽を押し隠しきれず瞳をうるませて自分を見やる真宵の表情が忘れられない。 〈いっそ〉と彼は思った。自分から堕ちてやるか……、そうだ、彼女にふさわしくないような、みっともない男に、自分から成り下がれば。 そうすればきっと、嫌われることだってできるに違いあるまい。 彼の思いつきはまったく自分の行為を正当化するための言い訳でしかなかったが、だが充分だった。 ベッドランプ一つが部屋を照らす中、横たわっている御剣は、最初はためらいがちに陰茎を握り、首の根元をこすっていたが、やがてピストン運動に移った。 恥ずかしそうに体をくねらせていた真宵に、ひょっとしてMの素質があるかもしれないと邪推した瞬間、知りうる限り残酷でいやらしい責め苦を課されて泣き叫ぶ彼女の姿が目の前にひろがった。 「あぁ……あっ」こらえる暇もなく、御剣の手の中のそれは何度も痙攣しながら裸の腹に自涜の証を吐き出した。 遅れて、いつもよりも濃厚な匂いが鼻につく。精液はほんの少しだが胸のあたりにまで飛んできていた。 始末したあと、彼はベッドランプを消した。忘れもしない2001年の年末からずっと、一度たりとも部屋を真っ暗にすることがなかったし、暗いところへ入ることもなかった。 17年ぶりに包まれる完全な闇の中、その暗黒に溶けて消え入ってしまいたいと心の底から願った。 彼は愚息の催促に耐えかねて、もう一度オナンの罪を重ねた。 ロケ地は、地方の廃病院の中とのことだった。 真宵は保護者の同行を、もう一つの承諾条件として写真家に提示し、OKを貰っていた。 もちろん、成歩堂のことに決まっている。しかし。 「なんで私まで行く必要があるんだ」 「まあまあ」と成歩堂。 当の彼女は、御剣の肩に頭をあずけて、車に揺られて気持ちよさそうに眠っている。体臭とシャンプーの混ざったいい香りが鼻腔をくすぐるのが彼を悩ませた。 「なぜ、貴様はそんなにも熱心に人の仲を取り持とうとするんだ」御剣は明らかに不機嫌だった。「親戚のおばちゃんじゃあるまいし……」 「うーん、そりゃ、真宵ちゃんは次期家元だから、もともと引く手あまただろ。 どこの馬の骨とも知れない奴が寄ってきて、うまいこと言われて、コロッと騙されちゃうかもしれないじゃないか。 まあ、きみだって、外ヅラと中身の差を考えればサギみたいなもんだけど、身近なところですませたほうが、千尋さんにも心配かけないだろうし」 「……。じゃあ、お前が首輪でもつけとけばいいじゃないか」 「まさか! ぼくだったら苦労させどおしに決まってるだろ。 その点、きみは将来有望だし、収入は高水準で安定してるし、不自由な思いをしろっていうほうが難しいよ。 ……なんか、言ってたら、ぼくが御剣と結婚したくなってきた」 「次期家元か……。気持ちはわかるが、まず絶対にありえないな」 「なんで!」 「自分が、綾里怜侍と名乗るところを想像するだけで、アイデンティティがまるごと崩れ落ちるのを感じる」 「……たしかに……」 直前になって、モデルがごねだすという状況が、この業界ではそれほどめずらしくないことがありがたかった。 写真家もスタッフたちも、とりあえず今はまだ苦笑いだけにとどまってくれている。 廃病院の内部でドアの壊れていない部屋をさがして、割り当てられた更衣室の中から、真宵は声だけで要求したらしい。 つまり、御剣を連れてきてほしいとのことだった。 「真宵くん? 聞こえるかね」壊してしまってはいけないと、ノックはやめておいた。「私だ。入らせてもらっても……」 「あ、あの、えーと。それは。……いや、そのー、やっぱり入ってきていいよ」 「では失礼する……、わあーっ!!」 「やっ、やだ、だからそんな見ないでってばー!!」 御剣はあわてて回れ右をしたので、閉められたドアにおもむろに顔面をぶつけるところだった。 「な、なるほど」彼は咳払いした。「だいたい、話はわかった」 「……そういうことなんです」 一瞬のことではあったが、充分に目に焼きつく光景だった。 水着よりも紐といったほうがよっぽど近い。布地は必要最小限だけで、ほとんど裸だ。 体の美しさを引き立てることやデザインを度外視して、とってつけたように胸の先端と局部を隠しているのが、猥褻というよりむしろ滑稽だった。 「あたしが悪いの。ど、どんなもの着るかってこと、話し合ってなかったから」 「きみは悪くないさ。おそらく先方はわざと黙って」 「そう……そうなんだけど、でも、う、うそをつかれたわけじゃないし」真宵の声が震えている。 「あたし、いまさら、嫌だなんて言えない、けど、こんなの絶対無理だし」 「真宵くん、落ち着きなさい。……そのぅ、すまない、私がついていながらこんなことに」 言いながら、今すぐ真宵を抱きすくめたい衝動が突き上げてきた。 「うぅ、それで、しかも、言われてるの。打ち合わせで」 「何をだ?」 「撮影中、水をかけますって。全身に。あたし、水着だからいいかなってなんも考えないでOKしちゃって」 御剣は愕然とした。水着の色は白だったからだ。もし、そんなことをしたら……。 自分が生唾を飲んだ音が聞こえてしまったかと、ひやりとした。 間をおかず、真宵が小さなすすり声を上げはじめた。 その声に、こんな時に欲情してしまった自分が非難されているかのような錯覚を覚え、御剣はたまらず、意を決して振りかえった。 真宵は顔をあげて一瞬びくりとした。マスカラの溶けた涙が頬を黒く汚している。プロのメイクアップを施されて、美しく彩られた顔も、今は台無しだ。 「みつるぎ検事ぃ……!」 てのひらで涙を拭ってやると、彼女はいっそう顔をくしゃくしゃにして、御剣の腕の中へ吸い寄せられていった。 「みっ、御剣検事は」 「うん」 「あたし、どうすればいいの? 御剣検事は、あ、あたしに、どうしてほしい?」 真宵を抱きしめる腕に力がこもる。 「どうしてほしいと言ってもなぁ……」 「んっ……」 「正直に言うと、検事としての自分は、きみに撮影を強行させたがっているが、男としての自分は、それを拒絶している」 「だったら」 「どちらも本当の自分に変わりはないんだ」 「でも、でも、あたし」真宵は激しくしゃくり上げた。 「なるほどくんが言ってたことあたってるんだもん。御剣検事の言うことだったら、きっとなんでもきけちゃうんだもん。 だから、御剣検事が、もし、しろとかやめろって言ってくれさえしたら」 「そういう考え方はやめなさい」御剣は彼女の顔を両手で包んで、こちらを向かせた。 「真宵くん。自分のことは、ちゃんと自分で決めるんだ。私が力を貸すのはそのあとだ。いいね?」 「うぅ……ん。ごめんなさい」 真宵は自分の顔に添えられた御剣の手を上から握った。 はーっという大きなため息をつくと、少し落ち着いてきたようだった。 「まいったなぁ」彼女はクイッと大げさに眉を上げてみせた。「……こんなヘンな紐じゃ、ハダカのほうがまだましだよ」 「なるか? 裸」 「えーっ……」 「いや、私も、脱いで撮られるほうがずっといいように、いや、変な意味ではなくてだな、うム、君はせっかくきれいな体をしているんだし、う。あー、その」 「そうかな。なんか、その気になってきちゃったよ」 「そ、そそのかしてしまったんだろうか」 「お願い、あるんだけど」 「何かね」 「……あのね。撮影、する前に、好きな人に見てほしいの。なにもきてないとこ」 御剣は大きく嘆息して、肩を落とした。「……なんか、そう来るような気がしてたんだ」 「えへへ」 「で」御剣はわざと顔をしかめて、手を放し、パッときびすを返すふりをした。「誰を呼んでくればいい。成歩堂か」 「御剣検事なんか死んじゃえ」 「ああ、今すぐ死にたいな」 数秒間、両者はまんじりともせず睨み合ったあと、真宵が、 「脱がせて」 と言った。「お願い」 お願いされてしまった。 御剣は絶望的な気分でブラジャーの肩ひもの下に指をすべらせた。 後
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ナルマヨ 今朝のテレビでは、今日の自分の運勢は下から3,4番目の位置だった。別に信じているとかそんなわけではないが、なんとなく毎日見てしまう。 そこではニュースキャスターというか占いキャスターというか、そんなお姉さんが、何が嬉しいのかにこやかにこう告げていた。 『○○座のあなたの今日の運勢でーす。身近な存在だと思っていた人から突然思いもつかない一言を言われてびっくりしちゃう? それが良いことにせよ、悪いことにせよ、とにかく大変な1日になりそうです。ラッキーアイテムはお花!』 少し気にかかる内容ではあったが、こういう占いが当たったためしなどほとんどない。 これを見て思ったことといえば、そういえば近くに新しく花屋が開店したらしいから今度行ってみるかといったことぐらいだった。 「ねえ、なるほどくん」 「ん?なに、真宵ちゃん」 ここは成歩堂法律事務所。今年で開業してから3年が過ぎ、苦労の甲斐あってか最近はそれなりに繁盛している。・・・・・・今は何の事件も取り扱っていないが。 そして、その事務所にて棚から何かを取り出そうと取っ手に手をかけている男がいた。 彼の名は成歩堂龍一。26歳。一応ここの所長である。・・・・・・威厳は無いに等しいが。 彼は今、この間ゴドー・・・・・・いや神乃木検事を面会しに行った時に新しいメニューを思いついたとかで (どうやって留置場の中でそういうのが思いつけるのかがどうしてもわからないが)教えてもらった『特製ゴドーブレンド144号』を早速作ろうとしているのだった。 あの日彼と共にコーヒーを飲んでから、最近少しマイブームなのだ。 仕事着である青いスーツに、一見地味な顔かたちの中で唯一自分の存在を主張している見事に後ろに尖がった髪型。 これらが彼のトレードマークである。 別に髪は固めているわけではなく単に子供の頃からずーっとこれのまま変わらないだけなのだが、 おかげで他のヘアスタイルにしようと思ってもできやしない。 もしかするとこの髪型のせいで、どうせ何を着ても似合わないだろうと思ってお洒落に無頓着になり、結果彼に地味という印象がついたのかもしれない。 ともあれその成歩堂がコーヒー豆を取り出しているところを、ある女の子に声をかけられたのだった。 その少女の名前は綾里真宵。19歳。この事務所の(自称)副所長だ。さらに言えば強力な霊媒師の家の将来の家元でもある。 彼女は成歩堂とは違って、普段から着物にちょんまげという非常に個性的な格好をしている。 正直に言うと変なだけだが。しかし少なくとも地味ではない。 さっきまでソファーの上にねっころがって何やらティーンズ雑誌らしき本(ようやく興味を持ち始めたらしい)を読んでいたのだが、 今はその本は机の上に置かれていて、本人はなんとなくかしこまった風にソファーに座ってこちらを見ている。 なんというか、じーっと。 「あのさ」 真宵は何か言いかけたが、そこで急に視線をぱっとこちらから逸らし、また黙ってしまった。 「?」 とりあえずお湯を沸かそうとやかんの中に水を入れる。じゃー・・・と、静かな部屋の中に水の音だけが響く。 「あのね」 真宵はなんだか言いにくそうにもじもじとしている。 大抵こんな時は、何か悪さをしでかしてそれを黙っていたが、良心からか、あるいは弁護士相手に黙っていてもいずればれると思ってか、 その罪を告白しようとしている時だ。 またはお小遣いを上げてくれと要求しようとしている時。どちらにせよ、成歩堂にとってあまりいい話になったためしはない。 水と共にやかんの重さがどんどん増していく。もうそろそろ止めるかと蛇口に手を伸ばしたその時。 「あのね、なるほどくん。せっくすって、何歳の時に初めてした?」 がらがっしゃん! 落としたやかんから水が飛び出してくる。 幸い流し台の中だったので床が水浸しになることはなかったが、中にあったコップが1つ割れてしまった(どうせ安物だが)。 「な、な、な、な、な、な」 何をいきなり。 そう言おうとして振り返ると、真宵の顔は俯いたまま真っ赤になっていてぼしゅうーっと蒸気まで出ているのが目に入った。 「い、いや、あのね?ほら、この本」 そう言って慌てて真宵はさっきの本を取ってぱらぱらと捲り、特定のページでその捲る手を止めた。そしてそれをこちらに見せてくる。 成歩堂もひとまず蛇口を締めて(やかんとコップはその状態にしておいたまま)真宵の隣に座り、本の中身を見た。 見るとそこには何かのコーナーでNさんやらYさんやらといった数人の女性が匿名で写っていた。そのコーナーとは・・・・・・。 「『君タチの初体験は何歳(いつ)から?』、だあ?」 よく見てみると、これはティーンズ雑誌というよりは少し大人向けの本だ。 まさか真宵がいきなりこんな本を買うはずもない。 「真宵ちゃん、どこでこんなものを?」 落ち着いて聞いたつもりだった。声が裏返ったような気がしないでもないが。 すると真宵は、何故か半笑いを浮かべながら 「あ、これ?ナツミさんが」 「ナツミさん?」 あの頭がボンバーな関西弁カメラマンを思い起こす。ここ最近会っていないが、自分の知らない内にこの2人はどこかで交流でもあったのだろうか。 「うん。なんかね、色々話してたら突然、 『アンタ勉強不足やわ!よっしゃ!ケチなウチやけど特別にプレゼントしたるからコレ見てしっかり勉強しい! お代はまた今度会った時でええわ!』 とか言って渡されたの」 口真似だけでなく顔まで真似て真宵はその場の光景を再現している。 それプレゼントじゃないじゃん、と突っ込もうかと思ったがやめておいた。 まあ真宵のそういった努力とはまったく関係なしに、なんとなくその場の光景は想像できる。 きっと猥談でもしかけたが真宵があまり理解しきれていないので業を煮やしたのだろう。 これが本格的にどぎつい本でないのは、彼女の、まだ辛うじて水滴1粒ほど、ぎりっぎりで残った良心からだろうか。 「そ、それでさ。なんかこのヒトたち見てみると、なんかみんな初体験は15歳とか、18歳とか、そんな娘ばっかりでさ」 こちらと視線は合わさずに、真宵は雑誌の女性群を指さした。 たしかに、成歩堂からしてもこれは早すぎるんじゃないかと思うくらいに若い時から経験している娘もいる。 そこで、大体彼にも真宵がなんでこんな質問をしたのかという理由がわかってきた。 貞操観念の強そうな倉院の人間にとって、こういった都会の子たちを見るのはいわばカルチャーショックみたいなものなんだろう。 それで自分・・・成歩堂龍一もこんな感じなのか、と疑問に思った。そんなところだろう。 とりあえずこれも彼女の倫理観を養う教育の1つとして、質問には答えてやるべきだ。 そう思い、成歩堂が口を開きかけたその時。 「それでね?この中の1人に、 『男でも女でも、ハタチまでに済ませてなきゃやばいでしょ』 ってコメントがあって」 「・・・・・・・・・・・・ッ!!」 どぐしゅうっ! 続けられた真宵のその言葉が成歩堂の胸に深々と突き刺さった。 ある種、トラウマを抉られたかのような気分になる。 実際にはいくら性の乱れとかいって初体験時の子たちの年齢が低下しつつあるこの日本社会といえ、 それでも20代まで経験していない人なんて山ほどいて、むしろそっちのほうが普通であるということは頭ではわかっている。 わかってはいるのだが、やはりこんな言葉を聞くと敗北感を感じずにはいられない。 かくいう彼もまた、大学に入ってちいちゃん(実際はあやめだったのだが)と出会うまでは童貞だったのだ。 「なるほどくん、何歳だったの?」 これは試練か。 そんなことを思いつつ、試練ならば逃げてはいけないとも思う。 改めて、この質問には真面目に答えるべきだ。彼女の将来のためにも。 「僕は・・・・・・」 21歳の時だよ。 「19歳だったね」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 (あれ?) 頭で考えていたせりふと、口に出たせりふがまったく違う。 本当は21歳だったという真実は告げられない。されど15歳とか言うには抵抗がある。 ならばぎりぎり10代である19歳という年齢が、告げるには最もちょうどいい年齢である。 そんな思考が反射的に瞬時に頭の中で行われたのだ。法廷中でも滅多にない頭の回転の早さで。何事だこれは。 しかも『だったね』なんて微妙に格好つけちゃったりもしている。 「そうかあ、19歳かあ」 真宵は頷くと、何やら考え込むように黙ってしまった。 違う、違うんだ。本当は21歳なんだ。僕が19歳の時なんて、付き合うどころか女の子と話したことすらあまりなかったんだ。 そんなことを言えばすむ話なのに、どうしても喉のところで何かがつっかえて口に出すことができない。 そのつっかえているものとはつまり、見栄といったものなのだろう。 口で言えないのならばと身振り手振りで伝えようとする。 「?何それ。呪術の踊り?」 「いや・・・・・・」 当然伝わるはずもない。 「い、いやでもね?真宵ちゃん。世の中には10代で経験してる人もそりゃいるけど、それ以外にもそうでない人たちがたくさん・・・・・・」 「なるほどくんは19歳だったんでしょ?」 そう言われ、ぐっと詰まる。 ここで嘘だったと言えばいいのに。 そんなことを思えば思うほど、何故か口に出し難くなる。 と。 「わたしも19歳」 真宵は右手の人差し指だけを立てて、ゆっくりと自分の顔の方に向けた。 「・・・・・・・・・・・・」 「そいで、再来月には20歳」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 突っ込み候補その1 そう言えば、真宵ちゃんももうそろそろ選挙権を得る年頃なんだね。 突っ込み候補その2 まさかまた誕生日プレゼントは等身大トノサマン人形がいいとか言うんじゃないだろうな。 突っ込み候補その3 じゃなくて、その言葉は一体何を意味しているのかな。 「だからなるほどくん、お願いします」 突っ込みを入れる前に結論を言われてしまった。 真宵の表情は確認できない。 何故なら彼女はちょこんとソファーの上に正座して、そして深々とこちらに向かって頭を下げてきたからである。 あたかもこれから初夜を迎える新妻のごとく。 『○○座のあなたの今日の運勢でーす。身近な存在だと思っていた人から突然思いもつかないことを言われてびっくりしちゃう? それが良いことにせよ、悪いことにせよ、とにかく大変な1日になりそうです。ラッキーアイテムはお花!』 一瞬、そんなお姉さんの言葉が頭をよぎった。 例の花屋に行っておけば今頃違った運命だったのかなあ、などと成歩堂は思っていた。 ホテルバンドー。 元はただのビジネスホテルだったのだが、とある元ボーイの手腕によりいまや日本で知らないものはいないという超一流豪華ホテルになっている。 ちなみに現在レジャーランドを建設中である。もうすぐ完成予定らしい。 普通なら何日も前から予約していなければとても入れないようなところなのだが、たまたま部屋が空いたらしい。簡単に部屋を取ることができた。 ・・・・・・取られるものはきっちり取られたが。これで今月は質素な生活を送らねばならなくなった。 部屋の第一印象は、きれいとか豪華とか、そういうことよりもまず広いと思った。 予想はしていたが少なくともウチのアパートの部屋よりはよっぽど広い。 1人で寝るには広すぎるくらいに大きなベッド。バスルームは完備されていてテレビもでかい。よく見ると有料でゲームもできるらしい。 さらにはベッドの傍にボタンが設置されていて、それを押せばすぐに執事がやってくる仕組みになっている。 さきほど何の用もないのに真宵が面白半分でそれを押してしまい、向こうに迷惑をかけてしまった。 お詫びとして成歩堂がチップを払ったことで丸くおさまったが。いいかげん財布の底も尽きてくるというものだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 なんというか、落ち着かない。あらためて自分が庶民であることを思い知らされた気分になる。 年代ものの高級ワインがずらーっと並んでいるところに1つだけぽつんと存在する缶ビールのような。 何故自分たちがこんなところにいるのかというと、さすがに事務所内や汚い自分のアパートではアレなので せめて最初の時くらいはそれなりにムードがあるところで、という理由でここを選んだのだが・・・・・・。 (じゃなく、なんで僕がこれから普通に真宵ちゃんと寝るなんて状況に陥っているんだ!?) 「なるほどくん。えと、シャワー浴びてくるね」 真宵は着替えのいつもの紫色のやつではなく白い着物(よく知らないが、小袖とかいうやつだろう。つまりは下着のようなものだ)を抱えて、 そそくさとバスルームの中へと入っていった。 「・・・・・・・・・・」 青いスーツを側の椅子に掛けて、大きなベッドの上にどさっと腰を下ろす。 窓の方を見やるともう夕暮れであることがわかった。太陽が沈みかけている。最近は暗くなるのが早いので、すぐに夜中と同じくらいの暗さになるだろう。 ここは25階と聞いているがさすがに高い。吊り橋から冷たい川の中へダイブした身としては、あまり窓には近寄りたくはない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 微かにシャワーのお湯のはねる音が聞こえる。 今のうちに逃げ出してしまおうかとも一瞬考えたが、後に残された彼女の気持ちを考えるととてもそんなことはできない。 しかし考える。このままでいいのか、と。 もう残された時間は少ない。 今までなんとなく流されに流されてここまできたが、真宵がシャワーから出てくるまでのこの時間が冷静に判断をすることができる最後のチャンスだ。 (なんでこんなことになったんだ) 事の発端は何であったか。 ナツミさんが真宵に渡した(本人とて、まさかこんなことになるなんて予想だにしていなかっただろう)あの本のせいだろうか。 あの本を読んでこんなことをしようとか思いつく、そんな真宵の思考がぶっ飛んでいるせいだろうか。 いや。 「僕のせいだ」 あの時つまらない見栄で本当のことを言えずに嘘をついてしまった自分のせいだ。 嘘というものは後になればなるほど真実を告白しにくい、ということは子供の時からいやでもわかっていたことなのに。 ましてやこんな職業ならばなおさらだ。 今さらになって、自分のしでかした悪さを告白しようとする時の真宵の気持ちがよくわかってしまう。 (19歳、か) たしかに自分も19歳の頃は真宵のように、女の子とそういう関係を結びたいと焦っていた時期があった。 でも口ベタだったので、女の子とろくに話す機会もなく、かといって矢張に誰かを紹介してもらおうという気にもなれず、 結局特に何も起こらずに20歳を迎えたのだった。 大学で芸術学部を志したのは、高校時代にそんな口ベタだった自分を変えようと決心したということも理由の1つだった。 そんなことを考えているとふと、矢張のことなどを思い出す。 奴はその頃から色んな女の子と付き合っては振られ、付き合っては振られを繰り返していた。 決して自分から振ったことはないと豪語しているが。 それはつまり、2人の仲が破局する原因は常に奴のほうにあるということなのだろうが、まあそれはわかりきっていることではある。 御剣とはその頃はまだ連絡すら取り合っていない状態だったのでよくわからないが、奴のことだ。きっと何人もの女性を泣かせていたのだろう。 ― 「私はそんな風に見えるのか?」 「い、いきなりそんな怖い顔して何を言い出すッスか御剣検事」 ― ともあれ、たしかに劣等感を感じていたことは否定はできない。だから真宵の気持ちもわからないことはない。 しかし、大学でちいちゃん・・・・・・あやめさんと出会って。初めてセックスをして。お互いに初めて同士だったので、最初はどうもうまくいかなくて。 けれど、たしかに気持ちは通じ合った。 だからその時はセックスの内容そのものは問題ではなく、お互いの気持ちが通じ合えたという満足感で満たされたのだ。 しかし、今は違う。 自分にとって真宵は妹のようなものだし、また彼女にとっても自分は兄・・・・・・ ・・・・・・いやたしか以前に『わたしはなるほどくんやはみちゃんのおねえさんなんだから!』とかなんとか言っていたが・・・・・・ まあとにかくそんな感じに思っているのだろう。 年齢は関係ない。気持ちが通じ合っているのなら、自分で責任を取れる覚悟さえあるのなら、10代からだろうがすればいい。 だが気持ちが通じ合わないのなら、セックスには何の意味もない。 周りからすれば非常に青臭い考え方なのかもしれないが、これが自分の主張だ。 やっぱり・・・・・・ (やっぱり、本当のことを真宵ちゃんに言って帰るべきだ) そう結論に至る。 恥をかいてもいいじゃないか。軽蔑されてもいいじゃないか。それが彼女のためなのだから。 「なるほどくん?」 「うわああああ!!」 いきなり肩越しに話しかけられ、成歩堂は飛び上がって叫び声をあげた。 「ど、どうしたの?」 「あ、い、いや。なんでもないんだ」 バクバクと跳ねる心臓を押さえる。落ち着け、落ち着けと心中に念じる。そして真宵を見る。 「・・・・・・何それ」 「じゃっじゃーん。なんかお風呂場にあったから着てみたんだー」 何故か得意そうな顔で身に纏ったバスローブを見せつける真宵。クルクルと回ったりさえもしている。 ただサイズが大きめなので、なんとなく子供が背伸びをしようとして母親の服を着てみたとかそんな印象を受けざるをえない。 例のちょんまげは解いていた。これだけでなんだか別人に見えてしまう。 「どう?どう?似合う?」 「あえて似合うか似合わないかのグループに分けるのでありますならば、どちらかと言うと似合わない方に近いかと申し上げますコレ」 「・・・・・・誰のモノマネ?」 (おかげで動悸も静まったし) これでもしまかり間違って似合っていたりしたら、心臓はますます跳ね続けたことだろう。 「ちえっ、いいもん。似合わないことなんて最初っからわかってたし」 そう言って真宵はいきなりそのバスローブの前の紐を解くと、なんとそれを脱いでバサッとその場の床に落としてきた。 「んな!?ま、真宵ちゃ・・・」 慌てて目を伏せようとするが・・・・・・。 「ふっふっふ。ふぇいんとだよなるほどくん」 その下には、先ほどの着替えに持っていった小袖を着ていた。これはさすがにサイズもぴったりだし和服ということで似合わないということはない。 さっき見たところでは確認できなかったが、どうやら微妙に現代風にアレンジされているらしく下の丈が少し短めになっている。 「あはは、びっくりした?」 「・・・・・・まあね」 「なるほどくんもシャワー浴びる?」 「いや、僕は・・・・・・」 「そっか。じゃあ、その・・・・・・し、しよ?」 こちらの目は見ずに、真宵はやけに素早い動きで広いベッドの中に潜り込んでこちらとは逆に顔を向けて寝転んだ。 恥ずかしくてこちらを見れないということか。やはり彼女も相当無理をしている。 こんな形で、周りから後れるのが嫌だからとかそんなつまらない理由で、セックスするべきではない。 もう1度、これから彼女に伝えなければならないことを反芻する。 緊張して頭が少し混乱気味だが、それでもなるべく冷静に考えた。 『男女の間に気持ちがないのなら、するべきじゃないんだ』 成歩堂は意を決して口を開いた。 「真宵ちゃ・・・・・・」 「好きだよ」 また遮られた。なんだか今日は自分が何か言う前を見計らったかのように真宵が喋りだしているような気がする。 だけど今回ばかりは、遮られようが自分の言葉を伝えなければ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「ん?」 その2