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~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 「………っ!」 「ウニャ!?ギニャ~!ニャニャーッ!」 タバサは慌てて逃げ出そうとする猫の身体を咄嗟に掴んで、猫を庇うようにして自分の胸元に抱える。 捕まった猫はタバサの腕から逃れようとじたばたと暴れるが、それにはお構いなしにタバサは猫を抱いたまま器用にDISCを一枚取り出し、自分の頭に差し込む。 「クラフトワークっ!」 空間にあらゆる物体を固定化させるスタンド能力を発動させ、真上から降り注いで来たパイプの一つを空中に「固定」する。その能力によって固定化された物体は、外部からどんな衝撃を受けても動くことは無い。 そしてまた、スタンドパワーが続く限り、クラフトワークで固定出来る物体の数に制限は無い。 「こっちへ…!」 「ム……!」 クラフトワークのDISCに蓄えられていたスタンドパワーを惜しみなく使って、天井から降り注ぐパイプで「屋根」を作り出し、側に立っていたツェペリを誘導する。固定化されずに落下して来るパイプは「屋根」に弾かれて地面に転がり、あるいはそのまま「屋根」の上へと積み重ねられて行く。 パイプが「屋根」に激突する際に生じる衝撃を感じながら、その下でタバサ達は天井のパイプの崩落が収まるのを待つ。足元に、屋根から弾き飛ばされたパイプがゴロリと転がって来る。 そのパイプの内の一つが、妙に滑らかな動作でタバサ達の方に空洞となっているその穴を向ける。 ――まずい。 根拠の無いただの勘だったが、タバサの直感は特に太いそのパイプは危険だと訴えて来る。 だが、遅い。 気付いた時には、突然パイプの中から伸びた腕が猫を抱えるタバサの右腕を掴んだ直後だった。 「う………!?」 「ウニャア!」 自らを拘束する力が弱まったことで、猫がタバサの腕から逃れる。 既に収まり掛けていたパイプの雨に向けて「屋根」から飛び出し、まだ何本か落ちて来るパイプを物ともせずに、そのまま何処かへと走り去って行く。 一方、パイプから伸びた腕は万力のような力でタバサの右腕を締め上げ、そのまま鋭く尖った爪を伸ばして、彼女のか細い腕へと突き立てる。 その指は簡単にタバサの肉を貫き、筋肉を通って腕を構成する骨にまで触れようとしていた。 「うぐっ……あぁっ!」 肉が裂け、腕の神経をズタズタに引き千切られる感覚に、思わずタバサは苦悶の表情を浮かべる。 「ルン! ルン!ルン! ぬウフフフフ、たまげたかァああ!」 勝ち誇った雄叫びを上げて、パイプの中からズルズルと腕の持ち主が這い出してくる。 顔面にぼろ布で出来た覆面を被った大男。だが、その全身は不自然なまでに「厚み」が無かった。 良く見れば、タバサの腕を掴んでいる腕も含めて、まるで空気の抜けたゴム風船のようにペラペラだ。 だが、それでもその握力は常人のそれを遥かに越えており、タバサがその腕から逃れようと抵抗を試みても、まるで力を緩める気配は無かった。 『タバサ!クソッ、なんだこいつは…!?紙みてーな体のクセに、とんでもねー力をしてやがる!』 『そいつぁーそうだろうなァー。 どーやらそのドゥービーって奴は吸血鬼…いやあ屍生人らしいからなァー? ペラペラになった所で、こんな小娘の腕を握り潰すくらいワケねーみてぇだぜ?』 ドゥービーと呼ばれた大男の後に続いて、新たにパイプの中から這い出て来る影が一つ。 片手に短剣を持った人型の影。しかしその容貌は明らかに人間とは掛け離れた異形の姿をしている。 実体化したスタンドのヴィジョン。そのスタンドは大男の脇に立って、タバサ達に不敵な視線を向ける。 『一応、名乗っといてやるぜェ……俺の名はマリオ・ズッケェロ。このスタンドはソフト・マシーン。 能力は見ての通り、生物だろうと物体だろうと、何でもペッチャンコに変えちまうこと。 そしてペッチャンコになる具合は、俺の意思で自由自在に変えることが出来る。 例えば相手の意識を保ったまま、「厚み」を減らすことも出来る……そう、この化け物野郎みてぇーにな!』 ソフト・マシーンと名乗ったそのスタンドの意志に応じて、急激にタバサの腕を掴むドゥービーの体が「厚み」を取り戻して行く。それと共に、タバサの腕を圧迫する拳の力も勢いを強めて行き、今や骨をも砕かんばかりの力が彼女の右腕に圧し掛かって来る。 「うぁっ…!あ、あぐっ……!!」 「波紋カッター!」 パパウパウパウッ!パウッ! ツェペリの口から放たれたワインの刃が、タバサを掴んでいるドゥービーの腕を目掛けて飛び出して来る。 波紋の力を込めて超圧縮されたワインは安々とドゥービーの腕を切り裂き、その拘束からタバサを解き放つ。 「AGAHYYYYYY~!オ、オレの腕ェェェ!オレの腕がァァァァ~~~!」 ドゥービーが切り飛ばされた腕を押さえて悶絶している隙に、タバサは未だに食い込んだままの彼の腕を弾き落とす。それによって傷口を押さえる栓を失った形になり、タバサの右腕から更に激しく血が溢れ出して行く。本来ならば真っ白なトリステイン魔法学院の制服も今や穴を開けられ、その右腕部分は彼女自身の血でドス黒い赤に染まっていた。 「大丈夫か…とは問わんよ。戦えるかね?」 「………うん」 冷徹にそう尋ねて来るツェペリの存在が、今はとても頼もしい存在に思える。 そのままあまりの痛みに感覚すら失いつつある右手に今は構わず、タバサは軽く横に移動して空中に固定したままのパイプの「屋根」から外に出る。既に天井から降り注ぐパイプは一本も無く、落ちて来たパイプはその太さを問わずに地面に散らばったままだ。 「早く出て……もう、限界」 タバサの呟いた言葉の意味を察して、ツェペリも彼女に言われるがままに「屋根」の外へと飛び出す。 その途端、クラフトワークのパワーが途切れてパイプの「屋根」地面へと崩れ去って行く。 今まで「屋根」が吸収して来た他のパイプの衝撃をも加算して、物凄い勢いで「屋根」だったそれらは床へと激突し、めり込んで行った。 『チッ…サーレーのクラフトワークか。 勝手に俺の相棒のスタンドを使いやがって、超イラつく野郎共だぜェ~』 ソフト・マシーンがタバサ達に向けて敵意に満ちた視線を送って来る。 既に力を使い果たしたクラフトワークのDISCが、タバサの頭から抜け落ちてボロボロと崩れ落ちて行く。 「……エンペラー…!」 そのまままともに動く左手のみで指を構えて、タバサは射撃用DISCの力でスタンドの弾丸を撃ち込む。 タバサの意思によって自在に軌道を変える弾丸が向かう先は、ドゥービーやソフト・マシーンでは無い。 狙うは、未だに檻の中で超然とした態度を取っている猿であった。 あの猿が先程のパイプの雨を降らす直前に浮かべた表情は、間違いなくこちらに対する嘲笑。 お前達など、俺のスタンドで全員まとめて片付けてやる――そう勝ち誇っている者の笑みだった。 猿が次の行動を移す前に、一気に始末する。ソフト・マシーン達の相手はその後だ。 冷徹な殺意を乗せて、タバサは猿の脳天目掛けてエンペラーの弾丸を向ける。 「ゴホッ」 檻の隙間を潜り抜けて弾丸が飛んで行くが、猿に激突する寸前に彼が手にした何かによって防がれる。 それに激突した時点で、エンペラーの弾丸がエネルギーを使い果たして消滅する。 再びこちらを嘲笑いながら、猿は自らを閉ざしていた檻をゆっくりと開けて歩き出して来る。 檻に掛けられていた筈の錠前は既に無く、それは良く見れば、近付いて来る猿の手の中にあった。 猿はエンペラーの弾丸を受け止めた錠前を無造作に放り投げ、そしていつの間にか着込んでいた豪奢な船長服と揃いの帽子を取り出し、無闇やたらと気障ったらしい仕草でそれを被る。 『フンッ。この猿野郎め、ようやくお出ましか……だが、味方なら心強い船長殿にゃー違いねぇ』 皮肉交じりに呟くソフト・マシーンに一瞥をくれてから、その猿は改めてタバサ達に向き直る。 ソフト・マシーン達の脇で立ち止まり、猿は先程まで読んでいた本とは違う、分厚い本を懐から取り出し、あるページを捲ってタバサ達に突き付ける。 どうやら辞書の類であるらしい。 ある単語が強調して表記されており、その下には色々と意味を説明している文章が書かれている。 だが、ハルケギニアと言う目の前の猿とは別の世界の住人であるタバサには、生憎とその文字が 意味している所はわからない。 「「Strength」……意味する所は「Force(力)」「Enargy(元気)」「Power(勢い)」「Aid(助け)」」 首を傾げて戸惑うタバサの様子を見て取ったツェペリが、代わりに本の内容を読み上げる。 そして最後に、猿が殊更に強調して指し示す項目があった。 挑戦、強い意志、秘められた本能を暗示する、タロット8番目のカード。 「タロットカードに準えた「ストレングス」……それが貴様のスタンドの名前と言うわけか」 「ゴホ、ゴホッ」 ツェペリの問いを肯定するかのように、猿は満足げな表情で頷いた。 『ハッ……御丁寧に自己紹介ってワケか。エテ公のクセに生意気な野郎だぜ』 デルフリンガーの挑発に腹を立てたのか、こめかみを僅かにヒク付かせて猿が睨み付けて来る。 「UKYAAA!」 その怒りに誘発されるように、船室の中に設置されていた換気扇が一斉に動き出し、中のプロペラがタバサ達目掛けて飛来して来る。 「……クレイジー・ダイヤモンド……!」 ドララララララァッ!! 飛来して来る鋼鉄製のプロペラは、全部で四枚。 その動きを冷静に見極め、タバサは一枚ずつDISCのスタンドでプロペラの腹を叩いて弾き飛ばして行く。 不意を突いて撃ち込まれれば危なかったかもしれないが、先程の猿の雄叫びが 攻撃宣言であることは明白だった。そしてこの船自体が猿のスタンドである以上、目の前のドゥービーやソフト・マシーンの動きにさえ気を付けていれば、ストレングスによる攻撃手段は限られて来る筈。 攻撃があまりにも直情的、所詮は動物に過ぎない。タバサは一瞬、確かにそう油断した。 『――危ねぇ!タバサッ!!』 その僅かな油断が、彼女に五枚目のプロペラの接近を気付かせるのを遅らせてしまった。 「……なっ……!?」 床から滑り込むかのように飛んで来るプロペラに対し、タバサは上体を逸らすのが精一杯だった。 その動きで致命傷こそ避けられた物の、左腹部から右胸に掛けてをざっくりと切り裂かれてしまう。 そして彼女の身体を切り裂いたプロペラは、そのままの勢いで船室の壁へと突き刺さった。 「ぐっ…!あぐぁっ…!」 ふら付く足元を何とか落ち着かせながらも、タバサは後ろに一歩だけ下がって体勢を整える。 右手と胴体に走る激痛もさることながら、とにかく出血が激しい。 目の前の視界が掠れる。少しでも気を抜くと、そのまま昏倒しかねない程にタバサは消耗していた。 だが、ここで本当に気を失ってしまえば全ては終わりだ。その前にまだやらねばならないことがある。 タバサは辛うじて自由に動く左手でDISCを取り出し、それを自らの頭に差し込み、その能力を発動する。 「…ストーン……フリーっ…!」 発動させたDISCのスタンドがその全身を糸へと変えて、タバサの身体に纏わり付いて来る。 スタンドの糸が、今以上の出血を食い止めるかのように彼女の傷跡を縫合して行く。 「………くぅっ」 これで当面は失血の心配は無いだろうが、それも目の前の敵を倒せなければ意味の無い話だ。 タバサは血を失い過ぎたせいでくらくらする頭を振って、もう一度敵の姿を確認する。 この船全体を操るストレングスの本体である猿と、ソフト・マシーン。 ツェペリの波紋カッターで片腕を失ったものの、既に再び立ち上がっているドゥービー。そして。 「もう一人いるな。この場に、敵が」 傷だらけのタバサを庇うようにして、ツェペリが彼女の前に立ちながら言った。 その視線は、先程タバサの身体を切り裂いた五枚目のプロペラに注がれている。 『――ク、ク!クホホホハハハッ!気付くのが遅せーんだよォ!このタマナシヘナチン共がァァァ!』 プロペラが突然震え出したと思った瞬間、その姿を変えながら耳障りな高笑いを上げる。 やがてそのプロペラは、人間の顔に小さな手足をくっ付けたような姿をタバサ達に向けて見せていた。 『気付いた以上は名乗ってやろう!アタシの名は「女教皇(ハイプリエステス)」! さっきからずーっとフォーエバーと入れ替わりで攻撃してやってたってーのに、 ようやくアタシにお気付きとは頭のトロイ奴らよのーッ!マ、その方が楽でいいがね!クククク!』 「ゴフフフ」 ハイプリエステスに同意するかのように、フォーエバーと呼ばれた猿がニタニタと笑っている。 「フム。先程、最初にタバサを襲ったのも貴様だな……金属を操る、いや金属に姿を変えるスタンドか。 道理で、そこの猿のスタンドと見分けが付かん訳だ」 『そーゆーコトさ。フフン、そこまで気付いているたぁ、中々シブいオヤジだね。 アンタがもーちょい若かったら、好みのタイプだったかもしれないねェ』 本気なのか冗談なのかわからない口調で、それでもハイプリエステスが感心したように答える。 敵は金属に化ける。 やはり最初に自分の立てた推測は間違っていなかったのだと、ツェペリは今更ながらに思う。 だが、出来るならば、こうして敵に囲まれる状況に追い込まれる前に、奴を引き摺り出したかった。 その結果として、ここまでタバサを重傷に追い込んでしまった。 ――これがフンガミ君に知られたら、私はタダでは済まんだろうな。 それが場違いな考えであることは重々承知だったが、ふとツェペリはそんなことを思った。 『だがなッ!』 そんなツェペリの思考を中断したのは、ハイプリエステスのその一言だった。 『アンタはまだ気付いていねーコトがあるッ!それはッ!』 『敵は俺達だけでは無いのだッ!』 ハイプリエステスの後を引き継いでそう宣言したのは、こちらの様子を窺っていたソフト・マシーンだった。 床に転がったパイプの内の二本がガタガタと動き出し、そこから先程のドゥービーと同様に「厚み」を失ってペラペラになった何者かが這い出して来る。 そしてその二人はソフト・マシーンによって能力を解除され、急速に元の「厚み」が蘇っていく。 「ベロベロベロォォォ~~~~ん」 「ウケケケッ!やァッと出番ですかい、ミドラーの姉御!」 片方はそれなりに筋骨逞しい中年、片方はもう一人より若いが貧相な雰囲気の小男だ。 どちらも目の色に尋常では無い光を灯しており、鋭い牙の下から伸びる舌でジュルリと舌なめずりしている。 一目見ただけで、彼らがドゥービーや貨物室で戦った四人と同じ屍生人の仲間であることがわかる。 『チッ…!また屍生人共か!ったくワンパターンな野郎共だぜ!』 「だが面倒だね。デルフ君を勘定に入れなければ、敵の数は我々の三倍…… しかもその半分はスタンド使い。これは骨が折れそうだな」 毒づくデルフリンガーに、さして慌てた様子も見せずにいつも通りの口調でツェペリが答える。 今までの付き合いで、そうした上辺の態度程にはツェペリとて決して相手を軽く見ていないことはデルフリンガーにもわかる。これこそが彼の言う「恐怖」を支配し、戦いに臨む為の思考なのだろう。 『さあ――屍生人とスタンド使いッ!各々三人ずつを相手にどう戦うかなッ!』 そしてハイプリエステスの宣言と共に、敵はタバサ達を囲い込むようにして襲い掛かって来た。 「……屍生人達を…!」 「よかろうッ!」 タバサの言葉に力強く頷いて、ツェペリは彼女とは反対方向に駆け出して行く。 (スタンドで作られた船、そして屍生人共か………まさか、な) その途中、今自分が置かれている状況を鑑みて、ツェペリはふとあることを思いつく。 実に些細で、下らない考えだった。あまりの馬鹿馬鹿しさに笑う気にもなれない。 即座にその考えを振り払いながら、ツェペリはまず新たに姿を現した小男に狙いを定める。 「ウシャァァァァ!かつてDIO様を窮地に追い込んだ波紋の使い手! 貴様さえブッ殺せばもォ誰も俺をヌケサクと呼ぶ奴はいねーぜェェェーーッ!!」 自称ヌケサクの男が鋭い爪を振り回して来るが、ツェペリは足元に転がる鉄製のパイプの一つを 走りながら器用に蹴り上げ、自分に向けて迫って来るヌケサクの頭にパイプを叩き込んでやる。 「ブゲェッ!」 「鉄は生物では無い。だから、こうして直接触れねば――」 言いながら、ツェペリはヌケサクの頭に突き刺さったパイプを手で掴み、更に深く押し込んで行く。 「ウ、ウヒッヒヒヒヒヒヒィッ……!や、イヤですねェ旦那。物理のお授業ですかァ? そうですそうです、仰る通りに鉄は生きてませんよねェェェ! でっ、でも!でもでもでも、ミドラーの姉御のハイプリエステスは生きてる鉄ですよォ~。 何しろスタンドですからねェ~~~ハイ、生きる幽霊! それこそがスタンドなんですゥゥゥゥってアレコレ生物の授業でしたっけェェェェ~~~?」 流石は屍生人と言うべきか、頭にパイプを押し込まれてもなおヌケサクは死なずに口を開いている。 だが、今のこの状況が、ヌケサクにとっては果てしなくヤバイ物であるのは間違い無い。 何とかヌケサクはツェペリに向けて命乞いの言葉を口にしようとするが、実際に出てくるのは 混乱のあまりにわけのわからない戯言ばかりだ。 だからツェペリは彼の言葉に一切耳を貸さない代わりに、冷酷な声で一言、言ってやる。 「波紋は流れない」 それはヌケサクにとって、死刑宣告も同様の言葉だった。 「銀色の波紋疾走 (メタルシルバー・オーバードライブ)!!」 そしてツェペリは、パイプを通してヌケサクの体にたっぷりと波紋を流し込んでやる。 「アギギギギィーーー!!ブッ殺されたのはおれだったァーーーーー待ち伏せしてたのにィィィーーー」 屍生人の肉体とは正反対の性質を持つ波紋の生命エネルギーが、ヌケサクの全身に駆け巡り、 それによって彼の体がグズグズに溶かされていく。そして仇名通りにヌケサクな運命を辿った彼のことなど ツェペリはそれ以上は構わずに、パイプから手を離して片足を軸に体を反転。 今度は自分の後ろから迫って来ていた中年の屍生人に対して向き直る。 「所詮ヌケハクはヌケハクひゃなァ~。だがこのアダムスさんは一味違ふぜぇ? ほれ様のスピードがかわへるかーーーー?ベロロベロロンベロロォォ~~~~ん」 常人よりも遥かに長く伸びた舌を振り回しながら、アダムスと名乗る屍生人はツェペリに向けて突っ込んで来る。彼が屍生人の力を得ている以上、まともにその舌の一撃を受ければ恐らくは想像以上に痛烈なダメージが届くことだろう。 だが逆にツェペリは迷うことなくアダムスの舌に手を伸ばし、鞭のように蠢くそれを掴み取る。 「フンッ!」 先程のヌケサクと同様に、ツェペリはアダムスの舌を通して体内に波紋を叩き込む。 「ブエゲェッ」 ツェペリの波紋によって、アダムスの体が大きく仰け反る。 「ムゥゥゥゥゥンッ!」 だが、ツェペリは今度はアダムスの全身を完全に消滅させない程度に波紋のパワーに抑え、掴んだ舌を軸にそのまま彼の体を大きく振り回す。肉体こそ崩れないままに維持してはいるが、先程の波紋によって既に、アダムスの脳神経はほぼ完全に破壊されていると言ってもよいだろう。 「UHGOOOO!よくもオレの腕をォ~!許さねェー、噛み噛みして噛んでやっちゃうぜェ~」 片腕を失った状態でなおこちらに向けて突っ込んで来るドゥービーに向けて、ツェペリは手に掴んだアダムスの体を力いっぱいに叩き付ける。 「アギャッ」 「BUHUUUUU……テメー、邪魔するんじゃねーーーーェ!!」 ドゥービーが咆哮を上げると共に、突然彼の顔を覆った覆面がビリビリと裂ける。 その中から現れたのは、人間の頭から生えた無数の蛇。その大半が致死的な猛毒を持った毒蛇である。 そしてドゥービーは、髪の部分に蛇を生やした怪物メデューサを想起させるその頭を目一杯に アダムスの体に向けて叩き付ける。屍生人の超人的なパワーによって振り下ろされたドゥービーの頭は、そのままアダムスの肉と骨をバキバキと貫きながら彼の体へとめり込んだ。 「ルン!ルン!ルルルルン!ルン!」 ドゥービーの意志に応えるかのように、頭の蛇がアダムスの体を食い破るようにして突き出て行く。 その蛇は、未だにアダムスの舌を掴んだままのツェペリを狙って猛毒を含んだ鋭い牙を剥ける。 「何ともおぞましい姿だな。これも全ては石仮面の魔力が成せる業か…… だが、その存在は認める訳にはいかん!散滅するがいい、亡者共よ! 波紋疾走(サンライトイエロー・オーバードライブ)ーーーーーッ!!」 「OGYAAAAーッ」 先程のヌケサクと同じ要領で、舌を掴んだアダムスの体越しにドゥービーの体へと波紋疾走! ダイレクトに波紋エネルギーを叩き込まれたアダムスの肉体が、波紋によって生じた生命エネルギーの波に耐え切れずに崩れ落ちて行き、そのエネルギーは彼の体を伝わってドゥービーの頭部にも直撃する。 「KUBOOOAAA!」 たまらずにドゥービーは既に崩壊寸前のアダムスの体から頭を離し、自分の体外から波紋を振り払うかのように大量の蛇が巻き付いた頭を大きく振る。 次の瞬間、波紋のダメージとは別にドゥービーの体に妙な感覚が走り出す。 まるで今まで自分を拘束する重さが抜け落ちて行くかのような、浮遊感と開放感にも似た感触だった。 「WOOOOO!KYAAAAAHH!!噛んじゃった!噛んじゃった!いっぱい噛んでやったぜーッ!」 ツェペリが流した波紋によって蛇達の脳神経を狂わされ、自分目掛けてその牙を突き立てているのに ドゥービーが気付いた時には、既に彼の肉体は蛇の牙と波紋によって身体機能を停止する寸前だった。 「………フゥッ」 屍生人達が完全にその動きを止めて、消滅して行くのを見届けてから、ツェペリは軽く呼吸を整える。 この程度の格の低い屍生人程度ならば、何人で襲って来ようがツェペリの相手では無い。 そしてツェペリは、ある意味において屍生人共よりも余程厄介な残る三体のスタンド使い達に意識を向ける。 ハイプリエステスは姿を変えながら船内を自由自在に動き回り、懸命に応戦するタバサを翻弄している。 だが、逆に言えばハイプリエステスもまた、タバサに足止めされているせいで、こちらにまで攻撃を仕掛ける余裕が無いのだとも言える。 傷だらけの体で、タバサは良くやってくれている。 彼女の戦いにツェペリが報いるには、先程の屍生人達を倒すだけでは足りないだろう。 今の内に、自分が残る二体のスタンド使いを叩いておかねばならない。 そう決意を新たにフォーエバー達の姿を見据えた時、ツェペリはようやくあることに気が付いた。 「ム……!?」 ソフト・マシーンの姿が見えない。先程もこちらの様子を窺うばかりで、全然仕掛けてくる気配を 見せずにいたが、今は完全にその姿そのものを隠している。 あの針に貫かれてこの体をペラペラにされてしまっては、非常に危険だ。 焦る心を落ち着けながらも、ソフト・マシーンの姿を探して視線を動かすと、先程の屍生人達の戦いから黙ってこちらを見つめていたフォーエバーと視線が重なる。 そしてフォーエバーがその口元をニタリと吊り上げた時、ツェペリは半ば本能的に自らに迫る危険を察知する。 「グホホォーッ!」 フォーエバーの“攻撃宣言”と共に、先程もストレングスの攻撃手段として使われたパイプやプロペラを固定していた物以外にも、船内中で使われていたあらゆるボルトが集まって一斉に宙へと浮き上がる。 そして、そのボルトの群れがツェペリに向けて弾丸のように飛来する。 「ぬううぅッ!?」 雨霰と飛び散って来るボルトの弾丸の前では、例え宙に飛んでも地に伏せても、全身を蜂の巣にされるだけだろう。だが、この攻撃を前にして出来る限りダメージを抑える方法がたった一つだけある。 それを迷うことなく実行に移すべく、ツェペリは地面に向けて自分の体が水平になるよう跳躍し、飛来するボルトに対して足だけが接する体勢を取る。 そして足の裏の表面に対して最大のパワーで波紋を展開する。 「当たる面積を最小にして波紋防御ッ!」 ボルトの弾丸の幾つかは、ツェペリの展開した波紋のバリアーによってその勢いを軽減される物の、やはりその全てを完全には受け止めきれずに、幾つものボルトが容赦なく波紋バリアーを突き破ってツェペリの体へと突き刺さって行く。 「うぅおおおおおおおッ!!!」 その衝撃でツェペリの体が吹っ飛ばされ、勢い良くその背中を地面に叩き付けられ、思わず血の混ざった咳が口元から漏れる。頭から壁に激突しなかった分は不幸中の幸いだったが、それでも全身にかなりのダメージを受けており、中々早く起き上がることが出来ない。 ツェペリは悲鳴を上げる自分の体に無理矢理言い聞かせるように、何とかその場に立ち上がろうとする。 だが、その前にツェペリに向けて飛び出して来た影が、それを許さなかった。 『ハイ。残念だったな』 「くッ……!?」 淡々とした口調で言ったソフト・マシーンが、手にした剣をツェペリに向けて付き立てる。 その刹那、まるで空気の抜けた風船のようにツェペリの体が急速に「厚み」を失って萎んでいき、やがてペラペラの紙のようになって地面に広がる。 タバサがハイプリエステス、ツェペリが屍生人と戦ってる最中に、ボルトを集め出したフォーエバーの意図を察したソフト・マシーンはタバサ達に気付かれない内に、まず先程彼女がクラフトワークによって作り出した「屋根」の残骸へと近付いた。 クラフトワークによって「固定」された「屋根」にパイプの雨が降り注いだことで、ただ床に散乱するだけで済んだ他のパイプとは違い、その場所だけは「屋根」が複数のパイプの落下の衝撃をも加算して墜落した為に、何本ものパイプが地面に埋もれて山を作っていた。 そして一番上の方に積み重なったパイプを一本だけペラペラにして、自らもそのパイプに合わせて「厚み」を同期させることで、ソフト・マシーンはペラペラになったパイプの中に潜んで敵の目を誤魔化すことが出来たのだ。 後はフォーエバーが撃ち込んだボルトの雨によって、ツェペリが身動きが取れなくなったのを見計らい、立ち上がるよりも先にスタンド能力を叩き込み、生物が意識を失う「厚み」にまでペラペラにしてしまえば良かった。少しぐらいなら体に無茶の効く屍生人共ならば、多少「厚み」を減らしても意識を保てるだろうと踏んで、実際その通りに天井のパイプにその身を潜ませておいたのだが、ただの人間に過ぎないツェペリがソフト・マシーンのスタンドパワーを全身で叩き込まれれば、まずその意識を保つことなど出来はしない。 ソフト・マシーンの本体、ズッケェロの相棒であるサーレーが操るスタンド、クラフトワーク。 まるで今はこの場にいないサーレーが力を貸してくれたようだと、ソフト・マシーンは心強い気分になる。 そして限界まで「厚み」を奪われたツェペリに、既に意識は無かった。 『なんだ!?おっさんがやられちまったのか!?』 「…………く!」 ペラペラに変えられたツェペリの姿を視界の端に捉えながら、タバサは金属の刃になって迫るハイプリエステスにクレイジー・Dのラッシュを叩き込もうとする。だが、ツェペリが倒された動揺を突かれて、一瞬無防備になった左肩を切り裂かれてしまう。そこから零れ出たタバサの赤い血が、ハイプリエステスの体にべっとりと絡み付く。 「ぅぐっ……!」 『フフン…どーやらアンタもこれまでのようだねェ。今の内に念仏でも何でも唱えたらどうだい?』 『うるせー!オレ達がそう簡単にやられるかっつーの!なあタバサ!?』 「………っ」 デルフリンガーの言葉に、タバサは無言で頷く。 この命が尽きぬ限り、敗北は無い。そしてタバサには絶対に死ぬ訳にはいかない理由がある。 今までの戦いでもそうして来たし、今回だってそうだ。ここで敗れ去るなど決してあってはならぬのだ。 『いーや!もうお前はおしまいなのさ!まだ気付いていないようだねェ!ナハナハナハハハハハッ』 ハイプリエステスの言葉と共に、背後から船内に取り付けられていた消火ホースが勢い良く伸びてタバサの体を拘束し、そのまま消火ホースはタバサを縛り上げたまま、彼女の体を勢い良く壁に叩き付ける。 「か……はぁ…っ!」 背中に走った衝撃によって、思わずタバサの口から声が漏れる。 そのまま消火ホースは少しだけ壁に沈み込んで行き、タバサの体を完全に壁に固定する。 「グフ、グフホホホ」 ストレングスのスタンドによって消火ホースを操作したフォーエバーが、勝ち誇った笑みを浮かべながらタバサへと近付いて来る。その間にタバサは拘束から逃れようと抵抗を試みるが、 完全に壁に埋め込まれた消火ホースはビクともしない。 そして彼女の前に立ったフォーエバーが、捕らえられ、傷付いたタバサの姿を凝視する。 「フホォ」 鼻息を荒くし、これ見よがしにジュルリと舌なめずりをする。 その目にあるのはタバサに対する殺意では無い、もっと別の嗜虐心にも似た――おぞましい何か。 直感的にそのことを悟ったタバサは、改めて自分の背筋に冷たいものが走るのを感じていた。 「ブフフゥ~……」 フォーエバーが、邪悪に歪んだその顔を少しずつ近付けて来る。 荒い鼻息がタバサの顔に掛かり、それがまたタバサの怖気をじわじわと煽っていく。 そして、目の前の巨大な猿の口から伸びる唾液をたっぷり含んだ舌が、タバサの頬をジュルリと舐め上げる。 「う………!」 その感触から全身を走る生理的な嫌悪感に、タバサはたまらずに声を上げる。 「ホフゥ~ッ」 その表情が実にいい。俺に怯える顔をもっと見せろ。 目の前の猿はそう言っているかのように、恍惚の吐息を上げながら再びタバサの顔に舌を這わせて行く。 『ケッ。人間の女に興奮するだけならいざ知らず、ロリコンたぁな。まったく趣味の悪いエテ公だぜ』 『ククク……タチが悪いだろう?そのタチの悪さが、味方にすりゃあ頼もしいのさね』 その様子を眺めて嫌そうに声を上げるソフト・マシーンに、ハイプリエステスが含み笑いを浮かべて言う。 「………離して」 壁に縫い付けられ、フォーエバーの為すがままにされているタバサが呟く。 だが、フォーエバーは彼女の言葉など耳に入らぬとばかりに、その太い指をタバサの体に滑らせて、 彼女が着込んでいる制服のボタンを一つ一つ千切り飛ばそうとする。 「離して」 もう一度、タバサは念を押すようにその言葉を口にする。 先程と同様に、やはりフォーエバーは聞き入れる素振りなど一切見せずに、制服の第二ボタンを 弾き飛ばす。年頃の少女とはとても思えぬ程の、ささやかな膨らみしか持たぬ彼女の胸元が剥き出しになる。 素晴らしい、もう我慢できない。いきり立ったフォーエバーは最後に彼女の白い素肌を守る シュミーズを引き千切るべく、彼女の体に岩のように太くて大きな手を掛ける。 「離さないなら――」 普段通りの冷淡な口調で言うタバサが、眼鏡の奥から無表情な視線でフォーエバーを射抜く。 「あなたの負け」 「クレイジー・ダイヤモンドっ!」 そう宣言するや否や、タバサは自分の頭に装備したDISCのスタンドを展開し、その能力を発動させる。 目的は目の前のフォーエバーでは無い。 今の段階では、ただクレイジー・Dのラッシュを叩き込んだ所でフォーエバーに止めを刺すだけの決定打にはならない可能性があったし、何よりも無傷で残っている 他の二体のスタンド使い達が即座にタバサに向けて襲い掛かって来るだろう。 狙いは、今までの戦いで散々傷付けられ、自らの血に塗れたタバサ自身の右手。 クレイジー・Dには人体を含めたあらゆる物質を「修復」する能力がある。 手早く言えば怪我を治す力を持っているのだが、使用者自身の傷を治療することまでは出来ない。 勿論、タバサの狙いは自らの怪我を治すことなどでは無い。怪我をしているからいいのだ。 体内に流れる血液は確かに自分の体の一部だが、体外に飛び散って乾いた血液は既に物質の一部。 タバサの手に張り付いて乾ききった血液を「修復」しようとすれば、当然他の場所に零れ落ちた血液も一つの場所に集まろうとする。 例えば、先程タバサの左肩を切り裂いたハイプリエステスに付着したままの彼女の血液も、だ。 『なぁぬィィィィィーーーーーッ!?』 タバサの血液が「修復」されるのに引き摺られて、ハイプリエステスが壁に括り付けられたままの彼女の元へと突っ込んで来る。その進行方向には、今まさにタバサの服を剥ぎ取ろうとしていた巨大なフォーエバーの後姿あった。 そしてそのまま、ハイプリエステスの体がフォーエバーの後頭部に勢い良く激突する。 「ブゴォォォ!?」 突然の衝撃により、思わずフォーエバーはタバサの体を掴む手を離して転がり回る。 それによって彼女を壁に縛り付けていた消火ホースの拘束が緩み、両腕が自由に動くようになる。 その一瞬で充分だ。タバサはそこでクレイジー・Dの能力発動を解除し、懐から新たに一枚のDISCを取り出して、自分の頭の中へと差し入れる。 『ウヌヌヌヌゥ~!よくも舐めた真似をしてくれたなァァァ!こんガキャアアァァ!!』 フォーエバーの後頭部から離れたハイプリエステスが、再び金属性の刃物に姿を変えてタバサへと襲い掛かろうとする。 「メタリカの……DISCっ!」 『何ィッ!?』 そのまま飛び掛ろうとした直前、急激にハイプリエステスの身動きが取れなくなる。 タバサが頭に差し入れたDISCに刻み込まれたスタンド、メタリカは周囲の鉄分を自在に操作することが出来る。この至近距離ならば、攻撃の為に全身を金属に変えたハイプリエステスを操る程度は造作も無い。メタリカに自由を奪われたハイプリエステスは、金属の刃の姿のまま、タバサの意志に従って再び起き上がろうとしていたフォーエバーの眉間に深く突き刺さる。 「ウギャギャギャギャーーーーッ!!」 ハイプリエステスの刃に頭を刺し貫かれて、フォーエバーは絶叫を上げて再び地面に倒れて悶絶する。 『チクショー!体が動かんッ!は、早く脱出しなければッ………な、なんだァ!?』 必死にフォーエバーの体内から逃れようともがくハイプリエステスは、突然自らの体に走る違和感を感じていた。 それはまるでスタンドパワーを使い果たして、自分の体が急激に霧散して行くような感覚。 急激な眠気にも似たその感覚は、自分の意識までもがこのまま消滅して行くのではないかと言う恐怖を感じさせるものだった。 『うおおおおォ!ヤッ!ヤバイッ!何かわからんがここにいるのはヤバイィィ!ギニャーーーーーッ』 そのまま、最後まで自分の身に訪れた異変の正体を知ることなく、ハイプリエステスの意識は消滅した。 メタリカは地表や空気中、そして生物の血液内に含まれている鉄分すら、自由に操作することが出来る。 本来のメタリカの使い手であるリゾット・ネェロと言う暗殺者は、メタリカをより効果的に使いこなす為の試行錯誤の中で、まず暗殺対象に近付き、相手の体内に含まれている鉄分を刃物へと作り換えることでその命を奪うと言う使い方を編み出していた。 そしてタバサは今、それとは全く正反対の方法でハイプリエステスを葬り去ったのだ。 生物の体内にある鉄分を金属に変えることが出来るなら、逆に金属を鉄分に変えることだって出来る筈。 だからこそ金属に姿を変えたハイプリエステスの体をフォーエバーの中に潜り込ませ、 そのまま彼の血液の中に流れている鉄分に同化するように、ハイプリエステスを作り変えてやったのだ。 「ホーッ…ホゴッ、ホゴォーッ……!」 眉間の傷と体内に必要以上の鉄分を供給された為に、頭を押さえてのたうち回るフォーエバーに向けて、 消火ホースの拘束を解かれたタバサが悠然と歩いて行く。 「フ、フゴ、フゴゴッ!」 彼女と再びその後ろに現出したクレイジー・Dの姿を捉えて、フォーエバーは慌ててその場で仰向けになり、自らが着ていた船長服をビリビリに破いて自らの腹を見せる。 『ほー。そいつぁ降参のポーズってワケかい? 今更いっちょまえの動物を気取ってやがらぁ。どうするよタバサ?』 「……あなたは動物のルールを逸脱した」 意地の悪い口調で聞いて来るデルフリンガーに、タバサは懇願するような瞳をこちらに向けて来るフォーエバーの姿を、冷酷に見下ろしながら言う。 「それは、決して許されない」 その言葉の意味を悟って、フォーエバーの表情が恐怖に歪む。 だがタバサは、その姿を憐れだとは全く思わなかった。 躊躇うことなく頭に装備したDISCから現れているスタンドを近付けて、その拳を向ける。 「クレイジー……ダイヤモンド!!」 ドララララララララララララララララァーーーーーーッ!!! 「ギャバァーーーーーッ!!」 微塵も容赦の無い勢いで、クレイジー・Dのラッシュがフォーエバーの全身に叩き込まれる。 殴られ続けてボロ雑巾のように変えられたフォーエバーの体がピクピクと痙攣し、やがてその力を失って動かなくなる。その存在を維持出来るだけの生命力を奪われて、そのままフォーエバーの“記録”が風の中に溶ける霧のようにして、消滅して行く。 フォーエバー&「力(ストレングス)」、再起不能(リタイア)。 To be continued…… 第8話 その2 戻る
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~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 『さぁーてと』 『ウヒィッ!?』 只一人残されたソフト・マシーンが、デルフリンガーの言葉に怯えたような悲鳴を上げる。 『残るはテメーだけだよなぁ』 『ウググググ……』 デルフリンガーの言う通りだった。 元から大して当てにしていなかった屍生人三体はともかく、スタンド使い二人を目の前で倒されてしまったのは非常にヤバい。ソフト・マシーンという自分のスタンドは、相手にこちらの存在を気取られておらぬ内に、その虚を突いての奇襲戦法を得意とする能力であると、その本体であるズッケェロは自覚していた。 あるいは、今回のように強力なパワーを持ったスタンド使いとコンビを組んで サポートに回るという使い方でも、充分に役立てられるのだということもわかった。 だが、少なくとも自分が一対一の直接対決を不得手としていることだけは間違いは無い。 敵に手の内を明かしてしまった以上、相手の「厚み」を奪ってやろうと思っても、目の前のタバサは如何様にも対策を講じてそれを封じてしまうだろうし、そもそも、その為には敵に直接手に持った剣で刺し貫いてやらねばならない。 そこまで接近してしまったら、逆にあのクレイジー・Dの餌食になるのがオチだ。 どうあっても自分一人で勝てる訳が無い。ならば、やるべきことはたった一つ。 ここは素直に諦めて、ひたすら逃げるまでだ。 スピードに関しても平凡な能力しか持たない自分でも、逃げ切れそうな手段が一つだけある。 『動くなッ!』 そう叫んで、ソフト・マシーンは自分の能力でペラペラになったツェペリの体を引っ手繰り、手に持った剣を未だに気絶したままのツェペリに向けて突き付ける。 『動くなよ……このオヤジを殺されたくなければ、そこで大人しくしているんだ…』 『はっ。勝ち目が無いとわかれば今度は人質かァ?情けねぇ野郎だ、プライドってモンはないのかね』 『ウルセー!いいかテメェ、そっから一歩も動くんじゃねーぞ! わかってるよな、ピクリとも動くのは許さねーぜ!動いたらその瞬間にこいつを殺すッ!』 デルフリンガーの挑発に熱くはなっているが、ソフト・マシーンは未だにツェペリを掴む手を離さずにいる。 タバサは何も答えない。 代わりに、ソフト・マシーンが喚いている隙にDISCを取り出し、躊躇無くその能力を発動する。 『な!?テッ、テメー……!』 「ザ・ハンドっ!」 ガオンッ!! ソフト・マシーンの抗議の声を待つまでもなく、タバサとソフト・マシーンの直線上の空間に向けて あらゆるものを「削り取る」力を持ったザ・ハンドの右手を振るう。 その一撃によって、彼女達の間に広がる空間が「削り取られ」、まるでソフト・マシーンの体が瞬間移動したかのようにタバサの方向へと引き寄せられて行く。 『ウオオオオオーッ!』 衝撃の余りに、ソフト・マシーンは思わずツェペリの体を取り落としてしまう。 そして、引き寄せられる彼の目に映ったのは、先程のフォーエバーの如くクレイジー・Dを叩き込もうと待ち受けているタバサの姿だった。 『ヒギョエェェ!たッ、たッ、助けてくれェ~~~!!』 「クレイジー・ダイヤモンド!」 ドラァッ!! 容赦無く叩き込まれたクレイジー・Dの拳がソフト・マシーンにめり込み、そのままラッシュへと繋げる。 そして最後の止めとばかりにソフト・マシーンを力一杯殴りつけ、先程も彼が潜んでいたクラフトワークによって作り上げられたパイプの「屋根」の残骸へと向けて吹っ飛ばす。 『ウッガァァァァーーーーッ!!』 かつての相棒のスタンド能力によって「固定」されていたパイプの山に、数え切れぬ程の拳の乱撃を叩き込まれたソフト・マシーンが頭から突っ込んで行く。 そしてそのまま力を失って、敢え無くソフト・マシーンは消滅する。 そして、それによってソフト・マシーンの能力から解放されたツェペリが、急激に肉体の「厚み」を取り戻して行く。 「……起きて」 タバサは未だに気を失ったままのツェペリの許へと近付き、その頬をぺちぺちと叩く。 「………ム……ウゥ~ム……お、おおタバサか…!」 幾度かタバサがそうしている内に、やがて意識を取り戻したツェペリは勢い良く跳ね起きる。 そのまま油断の無い表情で周囲を警戒するが、敵の姿が見えないことを確認して、その表情を緩める。 「ウーム。私が今もこうして生きているということは、君がスタンド使い共を片付けて私を救ってくれたと言うことか……ありがとう、おかげで助かったよ」 一連の状況を察したツェペリが、タバサに向けて素直に頭を下げる。 『フフン、情けねーな、ツェペリのおっさん。そろそろアンタも引退する歳じゃねーの?』 「いやいや。六千年の時を過ごしているというデルフ君を前にして、おいそれとは退くことは出来んよ。 私もまだまだ、戦士としては未熟なのだということを、今の戦いでたっぷりと思い知ったからね」 『そいつは重畳。この経験を踏まえて今後も精進するんだね、若造のツェペリ男爵』 「ハハハ。畏まりましたぞ、戦士デルフリンガー」 オーバーなくらいに芝居が掛かった口調で、ツェペリとデルフリンガーが応酬を続ける。 彼らのその様子を見て、タバサはほんの少しだけ、口元に笑みを浮かべた。 『………んお!?』 だが、それも突然船全体を襲い出した震動によって中断される。 その勢いは、先程の貨物室で積み重ねられた木箱を崩落させようとフォーエバーが仕掛けた物の比では無い。それどころか、時を重ねれば重ねるほど、その震動もより大きくなっていくようだった。 考えられるのは只一つ。 この船全体がストレングスと言うフォーエバーのスタンド能力で維持されているのならば、その本体であるフォーエバーが消滅した今、支えとなるスタンドパワーを失ったこの船は崩れ去る運命にあるということだ。 「いかんな…!早く脱出するなり次の階層に行くなりせんと、この船は沈むぞ」 『タバサ!アレはねーのかよ!?ホレ、あの……地図が全部丸わかりになるヤツ!』 「今は、持っていない…!」 痛恨の表情でタバサが答える。 デルフリンガーが言っているのであろう、その階層の構造を瞬時にタバサへと伝える「ハーミットパープルのDISC」を、何故、自分は今持っていないのだろうかとタバサは悔やむ。 あのDISCさえあれば、次の階層への入口の在り処が一瞬でわかるというのに。 『なぬ~~~!?それじゃ本気でヤベェじゃねーか!このままじゃオレ達全員オダブツだぜ! ああ、遠い異郷の地。 その冷たい海の底でこのデルフリンガー様の伝説も密やかに終わっちまうのか……』 「…………っ」 デルフリンガーの言う通り、入口が見つからなければ、自分達はこの船の下に広がる果てしない大海原へと投げ出され、そこでお終いだろう。 そして、船が完全に崩れる前に次の階層への入口を探し当てるには、あまりにも時間が足りない。 だが、だからと言ってここで座して死を待つ訳にはいかない。 最後まで諦めるものか。 限られた時間で、何としてでも入口を見つけ出そうと、タバサは一歩を踏み出そうとする。その時だった。 「こっちだ」 自分を呼ぶ何者かの声が、タバサの耳に入って来る。 その声から敵意は感じられない。 タバサは頭を振ってその声の主を探す。そして、それは拍子抜けする程に呆気なく見つかった。 「早くしろ、急げ。オレに付いて来い」 数刻前にこの船室から逃げ出した筈の、斑模様の服を着た猫がタバサ達に尻尾と顔を向けていた。 猫はタバサが自分に気付いたことを悟ると、そのまま勢い良くその場から駆け出して行く。 「…………あ!」 タバサは言われた言葉の通りに、猫の後を追って駆け出して行く。 「あの猫……今、口を利いたように見えたが?」 『しかもこっちに来いだとさ。はてさて、今度は何が出て来るっつーのかねぇ』 まるで驚いた素振りを見せずに、ツェペリとデルフリンガーがお互いに口を開いてその事実を確認する。 この世界であれだけ色々な“記録”を見せられ続ければ、今更猫が喋った程度で驚く方が無理と言うものだった。 タバサとツェペリはその喋る猫に導かれて、激しく震動する船内を右へ左へと駆け抜けて行き、そして最後にとある扉の前へと辿り着く。 「この先にアンタ等がお探しの出口がある。オレに出来るのはここまでだ、せいぜい後は頑張るんだな」 「…………どうして」 どうしてあなたは自分にそのことを教えようとするのか。 何よりも先にタバサの口から出てきたのは、そのことへ対する疑問だった。 「アンタがいいヤツだからな」 そして、彼女の問い掛けに対して、猫は淀みの無い口調でそう答えた。 「あの状況で見ず知らずのオレを助けようとするなんざ、普通は出来ねぇ。大したモンだ。 オレを拾って育てた癖に、最後にはブッ殺そうとしやがったあのクソ野郎とは大違いだ…… そういやまだ言ってなかったが、オレの名前はドルチだ。んじゃ、縁があったらまた会おうぜ」 最後にドルチと名乗ったその猫は、そのまま今までと同じように扉の奥へと姿を消して行った。 『どーするんだい、タバサ。あいつの言ったコトを信じるのか?』 「……信じてみる」 そう答えて、タバサは扉に手を掛ける。 あの猫がタバサ達の前に現れる度に、この船に潜む敵との戦闘があったのは事実だ。 だが、だからと言ってそれが罠だったとも限らないだろう。 こちらに敵の居場所や次に行くべき場所を教えてくれていたのだと考えることも出来るし、そもそもこの船がフォーエバーのスタンド能力によって構成された物である以上、罠に掛けるとしたら、逆にタバサ達を迷わせた上で、じっくりとストレングスで痛め付けて消耗させる方が自然では無いだろうか。 そして、タバサの疑問に対する答え。ドルチが敵意を持っているとはどうしても思えなかった。 いずれにせよ、それが罠かどうかはこの扉を開いてみればわかる。 タバサはその手に力を込めて、そのまま勢いよく目の前の扉を押し開いた。 そこは機関室だった。巨大で複雑な仕組みの機械が動く度に、室内に響く唸り声を上げている。 ふと視線を先に向ければ、確かにドルチが言った通り、機関室の真ん中に次の階層に向けての下り階段が広がっており、そして当のデルチは、既にその機関室の中から姿を消していた。 『おほ…!本当にありやがった!なんだかあの階段も久しぶりに見る気がするぜ』 「急ごう、タバサ」 歓喜の声を上げるデルフリンガーとは対照的に、いやに淡々とした口調でツェペリが先を促す。 その態度に僅かな違和感を感じたが、タバサは気のせいだと考えて、促されるままに一歩を踏み出す。 まさにその瞬間だった。 「――MUUUUOOOOOOO……」 機械の動きに混じって、別の音が聞こえて来る。 それは声だった。何者かによる雄叫びの音。 その声は次第に勢いを増し、こちらへ近付いて来るのがわかる。 「WRYYYYYYYYYYYYーーーーーー!!!」 そして、タバサ達を先へ進ませぬとばかりに、目の前にその声の主が天井から物凄い勢いで降り立って来た。 「………!」 『なんだぁ!?まだ敵がいやがったのかよ!?』 「FUUUHAAAAAAA……」 タバサ達の驚愕など意にも介さぬとばかりに、眼前の敵が威嚇するように低い声を漏らす。 フォーエバーが着ていた船長服よりも更に立派な装丁の施された、高級感溢れる服。 先程のジャンプを可能とする身体能力を見れば、彼が屍生人か吸血鬼の類であることがわかる。 だがその視線や表情は、顔一面を覆う石の仮面に遮られてタバサ達が見ることは叶わない。 『時間がねぇ!タバサ、一気に片付けるぞ!』 「わかった」 「――いや、君達は下がっていてくれ」 静かな口調でそう言って、しかし敵の姿から一瞬たりとも目を離さぬまま、ツェペリが一歩前に出る。 「ここは私に任せてくれ。いや……この敵は私一人で戦わせて欲しいのだ」 『んなっ…!?ど、どういうことだよツェペリさんよぉ!?今は時間が……』 「頼む。デルフ君」 今までに聞いた事の無い程の真剣な態度で、ツェペリはデルフリンガーにそう懇願する。 「……ツェペリさん」 そんなツェペリの態度を受けて、タバサも神妙な表情を作りながら彼の顔を見据えながら言う。 「その人は、もしかして……」 「ああ。間違いない」 「………わかった」 『な!?タバサ!?』 それだけで充分だった。 そして未だに納得のいかない様子のデルフリンガーの言葉を打ち消すように、タバサは軽く首を振る。 「あの人の…好きにさせてあげて」 『いや、だけどよぉ…』 「私からも、お願い」 『……………』 どこか悲しげな表情を作ってそう言って来るタバサの顔を暫く見つめた後、やがてデルフリンガーは根負けしたようにふぅ、と深く嘆息してから、言葉を続ける。 『……わかったよ。アンタ達がそうしたいなら、そうすりゃいいさ。 だがツェペリさんよ、そこまで言った以上は必ず勝てよ。船が沈むよりも早くだ。わかったな?』 「……ありがとう。すまないな、二人共」 タバサとデルフリンガーに向けて感謝の言葉を口にしてから、ツェペリは再び目の前の石仮面の男へと向き直る。 「まさかとは思ったが…!本当に……本当にこの船に貴様がいるとはなッ…! これもまたこの大迷宮の意志なのか……こんな運命を、迎えることになろうとはッ……!」 「KUAAAAAAAAーーーッ!!」 唇を噛み締めながらそう呻くツェペリの声など意にも介さずに、石仮面の男は咆哮を上げて飛び掛って来る。 「コォォォォォ…!」 波紋法の呼吸を整えながら、ツェペリは石仮面の男が振り下ろして来た右腕を回避し、すれ違い様に波紋を流し込むべく石仮面の男の腕に自分の両の掌を触れさせる。 「波紋疾……――ッ!?」 今まさに波紋を流し込まんとする瞬間、ツェペリは体内で練り上げた生命エネルギーの流出が止まるのを感じていた。腕が凍っている。ツェペリに触れられた瞬間、石仮面の男は逆に自分の腕に含まれていた水分を一瞬で気化させ、その影響で周囲の熱を奪って自分に触れるツェペリの手をも凍らせたのだ。 皮膚の下に走る血管に至るまでを完全に凍らされてしまえば、その場所にまでは生命エネルギーが流れず、従ってそこから波紋を流すことも出来ない。 これぞ気化冷凍法。 かつてこれと全く同じ技を、吸血鬼ディオ・ブランドーからその身に受けたことをツェペリは改めて思い出していた。 「くッ……!」 ここまでこの人物が“吸血鬼の肉体”に馴染んでいるとは! 様々な要因からツェペリは痛恨の表情を浮かべつつ、石仮面の男から自分の両手を何とか引き離そうとするが、石仮面の男の右腕ごと凍らされてしまっているツェペリの手は中々動こうとはしない。 「UOOOOOOOM…!」 そのまま、石仮面の男は自由に動く左腕を振り上げ、ツェペリの体を引き裂こうとする。 だがその時、突然飛んで来た銀色に輝くDISCが、石仮面の男の凍り付いた右腕へと突き刺さる。 その刹那、急激に凍結した部分の温度が上昇し、それを伝わってツェペリの両手の拘束までもが解放されていく。 「むう……ッ!」 その一瞬の隙を突いて、ツェペリは石仮面の右腕から一気に両手を引き離し、一旦距離を置く為に後ろに向かって跳躍する。見れば、先程から彼の戦いを静観していた筈のタバサがDISCを投げた姿勢のまま、厳しい瞳でこちらの姿を見返して来ている。 ツェペリの両手を拘束していたのは、気化冷凍法によって氷と化した空気中やツェペリ自身の体内に含まれていた水分。そして彼女が「水を熱湯にするDISC」を投げることで、石仮面の男の右腕を覆う 水分が常温以上の温度へと変わり、それがそのまま伝わってツェペリの両手を覆う氷をも溶かしたのだ。 「一人で戦うのはいい……でも、あなたが危機ならそれを見過ごす訳にはいかない」 静かに、しかし怒りにも似たその感情を隠そうともしないまま、タバサはツェペリに向けて言った。 あなたは仲間だから、と続けて呟いた後、彼女は少しだけその表情を緩める。 「……手を出したりして、ごめんなさい」 「いや……おかげで助かったよ。礼を言う」 素直に感謝の言葉を述べて、ツェペリは再び石仮面の男に向き直る。 タバサのおかげで両手を覆う拘束も解け、再び血液が循環を始めて少しずつ温度を取り戻していくのが実感出来る。 だが、この傷付いた両手で再び波紋を流せるようになるまでは、もう暫くの時間がかかるだろう。 そして、依然として石仮面の男は無傷のままだ。 今ツェペリ達が立っている船が完全に崩壊するまでの時間も、そう長いものでは無い筈。 こんな状況で一人で戦うなどと言い出したのは、只のツェペリ自身の我儘と拘りに過ぎない。 だが――それでも目の前に立つこの男だけは、自分の手で倒さねばならない相手なのだ! そして、自分のそんな我儘に、これ以上タバサ達を巻き込む訳にはいかない。 ツェペリは一気に勝負を決めるべく、再び天井近くまで跳躍。 手が使えないならば、脚を使うまで。 スクリュー状に自らの肉体を回転させ、勢いを増したまま一気に石仮面の男に向けて肉薄する。 「波紋乱渦疾走(トルネーディオーバードライブ)!!」 石仮面の男が空中を飛翔し、その蹴りに波紋ネルギーを乗せて迫るツェペリの姿を見上げる。 波紋による攻撃と、当たる面積を最小にしての波紋防御。 ツェペリの親友ダイアーの得意とする「稲妻十字空烈刃(サンダークロススプリットアタック)」と同様に、 攻撃がそのまま防御へと繋がる文字通り攻防一体の必殺技だった。 気化冷凍法は脅威だったが、その射程は石仮面の男自ら触れねば効果が及ばぬ短い距離の筈だ。 それはツェペリの至近距離に接近していながらも、彼の両手しか凍らせることが出来なかったことから明白。 そして波紋と共に攻撃を繰り出せば、石仮面の男にそれを防ぐ手立ては無い! 「MUUUUUUU!」 だが、石仮面の男を始めとする吸血鬼には、ツェペリが知らない能力がまだ一つだけあった。 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)。 それはかつてディオ・ブランドーがジョナサン・ジョースターの命を奪い、また自らの欲望に殉じて吸血鬼と化して朽ち果てていったツェペリの同門である戦士、ストレイツォによって名付けられた技だった。 そして今、石仮面の奥に隠された瞳から、超圧縮されて放たれた吸血鬼の体液が、空中から迫るツェペリの体に突き刺さり、そのまま彼の喉元を貫いて行った。 必殺の気迫で以って放たれた一撃を届けられぬぬまま、宙を浮くツェペリの体が地面へと叩き付けられる。 それと共に、吸血鬼が身に着けていた石仮面の一部が、体液を撃ち込んだ際の衝撃で砕かれてゴトリと床へと転がった。 仮面の外れた吸血鬼の顔は、他ならぬ地面に倒れ伏すツェペリの顔にそっくりだった。 「あ……あぁっ…!?」 それらの一部始終を見ていたタバサが、目を驚愕に見開いて呆然とした声を上げる。 『おでれーた…!だがツェペリのおっさんと石仮面……そしてこの野郎のツラ!全てが繋がったぜ…!』 タバサの身に付けたベルトに差し込まれているデルフリンガーが、歯噛みしながら呻く。 彼の言葉通り、石仮面の男を初めて見た時の疑惑は、その素顔を晒すことでついに確信へと変わったのだ。 かつてツェペリが語った石仮面の神話。彼が波紋を習得するそもそものきっかけ。 吸血鬼を生み出す力を生み出す石仮面を発見し、それを船に積み込んだ発掘隊の隊長が偶然にもその力を解き放ったことで、人間の世界に吸血鬼の存在が知られるようになった。 そしてその時に吸血鬼として生まれ変わった発掘隊の隊長こそ、ウィル・A・ツェペリの父親だった。 そして今、ツェペリ親子はこの世界が生み出す“記録”なって蘇り、再会を果たしてしまったのだ。 父のような悲劇を生まぬ為に波紋法を体得した息子を、他ならぬその父が殺すという運命を迎えて。 『チ……ィッ…!こんな運命…残酷すぎらぁーね…!』 「…………っ!!」 その双眸に怒りと憎しみを湛えて、タバサは吸血鬼に向けて装備DISCのスタンドを展開する。 許さない。例え相手が誰であったとしても。それがツェペリの愛する父親だったとしても。 この男は、自分の母とは違う。 心を深く傷つけられ、正気を失ってもなお娘を――この自分を守ろうとしてくれている、あの人とは違う。 大切な家族の命を奪おうとする者を、許しておくことなど出来はしない。 冷徹な「意志」にまで高められた殺意を抱いて、タバサは吸血鬼に向けて駆け出して行く。 彼女の殺意を感じ取った吸血鬼もまた、地面に倒れ伏すツェペリから興味を失ったように顔を向ける。 「…………ま……て……!」 喉を撃ち抜かれて、文字通り息も絶え絶えのツェペリが地面を這いずりながら、完全に怪物と化した己の父親の足首を掴んだ。 「貴様の相手は、私だ………貴方は…この私と共に…再び、この世界で…滅び去るのだ…」 既に波紋法の呼吸すら維持出来ぬ程に深く傷付いたツェペリに再び視線を向けて、彼の父親はもう相手が誰なのかも忘れ去ってしまったかのように、自分の息子に止めを刺すべく左腕を高く掲げる。 「WRYYYYYYYYYY!!」 後一度でいい。後一度だけ、波紋法の呼吸が出来ればいい。 既に気化冷凍法によって凍らされた両手には、波紋を流せるだけの血液が循環している。 ツェペリは自分の体に残された生命エネルギーを一点に掻き集めながら、その一度の為に呼吸を練っていく。 「父よ………これが私の……あれからの日々を送って来た……貴方の息子の……全てです……!」 殺意を込めて振るわれる父の左腕をその目に見ながら、ツェペリは自らの生命エネルギー全てを乗せて、かつて自分の目の前で太陽に包まれて死んで行った父に向かって、最後の波紋を解き放つ。 「深仙脈疾走(ディーパス・オーバードライブ)――!!」 ツェペリの体に父親の腕が突き刺さると共に、彼の集めた生命エネルギー全てが波紋となって吸血鬼と化した父親の体内へと流れ込んで行く。 息子の全てを受け止めて、その生命エネルギーを全身に行き渡らせた吸血鬼は、石仮面の魔力によって得た人間を超越する肉体を崩して行き、やがて完全に消滅する。 「…………!!」 タバサは急いで、地面に倒れ伏したツェペリの許へと向かう。 早く彼を助けなければ。今、自分が装備しているクレイジー・Dならば、どんな怪我でも治すことが出来る。 これ以上、目の前で大切な人がいなくなるのはもう嫌だ。 どうか間に合って。ただそれだけを願いながら、タバサは身を屈めてツェペリの体に手を伸ばす。 だが、彼女がツェペリの体に触れようとした瞬間、全ての生命エネルギーを失った彼の体が消滅した。 この世界で生まれた“記録”が命尽きる時に迎える、「死」の運命だった。 「そ……そんな……っ」 震える声で呟くタバサが、全身の力を失ってその場に膝を付いた。 どれだけ地面に手を伸ばした所で、ツェペリの姿は何処にも無い。 彼はたった今、タバサ達の目の前で、生命エネルギーの全てを使い果たして消滅してしまったのだから。 『ふ…ふざけんなよ……!呆気なさ過ぎるだろ……!?なあ、おい、ツェペリさんよぉ…!』 苦渋に満ちたデルフリンガーの慟哭にも、応える者は誰もいない。 今にも崩れ落ちそうな機関室の中では、それでも動きを止めようとしない機械の音だけが響いているだけだ。 「あ……あぁっ……あぁ…あ…」 また、いなくなってしまった。 自分の目の前で大切な人が逝ってしまうのを、またしてもタバサは見ているしか出来なかった。 愛する両親から名付けられたシャルロットの名前を捨て去って、今のタバサという「人形」の名前を名乗ることを決意してから、自分は二度と悲しいと言う気持ちを感じることは無いだろうと思っていた。 自分には、シャルロットから全てを奪った者達に復讐を果たさねばならないと言う使命がある。 だから全てが終わるまでは、他の全ての感情と一緒に、悲しいと思う気持ちも封印したつもりだった。 今では、それが再び大切な誰かを失うことに対しての恐れであり、自分の臆病から来る強がりに過ぎなかったのだということを、タバサははっきりと自覚していた。 悲しみは、背負って歩くには重過ぎる。 悲しみを沢山抱えれば、きっと自分はそれに押し潰されてしまうと思ったから。 だけど、大切な人の存在は、そんなものに負けないくらいの力をタバサに与えてくれる。 例え深い絶望の淵に追い込まれても、その人達がいてくれるならば、再び立ち上がることだって出来る。 人は一人では生きられない。自分はもう、一人では戦えない。だが、それでいいのだ。 孤独な者の強さは、いつかより強い力に直面した時、支えを失って脆くも崩れ去ってしまうものだから。 そして、だからこそ、大切な人を失った時の悲しみは、何よりも自分の心を深く抉り取って行くのだ。 わかっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。 それでも、実際にその瞬間に直面してしまった今、タバサの胸を耐えられない程の痛みが襲っていた。 「――タバサ」 ふと、顔を見上げる。その時タバサははっきりと見ていた。天に昇って行こうとするツェペリの魂を。 その姿は、かつて自分を救う為に、その命を捧げてくれたエコーズAct.3とまったく同じだった。 「すまない。私はこれ以上、君と共に戦うことは出来ないようだ。 だが、ありがとう……私の我儘を聞き届けてくれて。 かつて怪物と化し、そして今またその姿のまま蘇った父に、今度は私の手で引導を渡すことが出来た…… フフフ、何とも奇妙な運命だな……これで、せめて父が安らかな眠りに付いてくれれば良いのだが」 心の奥底から湧き上がる深い感慨を声に含めながら、ツェペリの魂がそう呟いた。 タバサにはそんな彼の気持ちが良くわかる。 どれほど変わり果てた姿になってしまったとしても、愛する親を救いたい。 例えその為に、目の前に残酷な運命が待ち受けていたとしても、決して悔いることは無いのだろう。 ああ。この人と自分は同じなのだ。 だがそのことに気付いた時には、彼はもう自分の目の前で逝ってしまった後だった。 タバサの顔が悲しみに歪む。 それが今のタバサが心に抱いている気持ちを、素直に表現した結果だった。 「……そんな顔をするんじゃない。君にはまだ、果たさねばならぬ使命があるのだろう? ここで立ち止まってはいかん。このレクイエムの大迷宮を統べる存在が、君のことを待っている。 戦いの思考を忘れるな。勇気を奮い立たせ、正義の道を歩いて行け。 そうすれば、何も恐れることは無い」 「わかってる……だけど…だけどっ……!」 「私の為に泣いてくれる、か……こんなことを言うのも何だが、嬉しいものだな。 だが、今は涙を拭わねばならない時なのだ。君のその気持ちは確かに私に伝わっている。 それだけで私には充分なのだよ。幸福とはこういうことだ……。 一度死んだにも関わらず、再び君のような仲間に出会えたことを、私は誇りに思うよ」 そのままツェペリは少し視線を横にやって、タバサの持つデルフリンガーの姿を見る。 「デルフ君、どうかタバサのことを宜しく頼む。 そして君が彼女と共に、君の言う相棒の元に帰れることを、私は信じている」 『……ああ。任せとけよ、ウィル・A・ツェペリ男爵』 「お願いするよ、戦士デルフリンガー」 これで最後だ。今まで辛うじて保たれていたツェペリの魂が、急速に形を失って霧散して行く。 「ツェペリ……さん…!」 「さらばだ、二人共。君達の進むべき正義の道に、希望の光があらんことを」 そしてタバサとデルフリンガーが見ている前で、ウィル・A・ツェペリの魂は天へと還り、その姿を消した。 彼女達はその姿を、ただじっと、いつまでも見ていることしか出来なかった。 『…………タバサ』 長い沈黙の果てに、デルフリンガーが静かに口を開く。 船を襲う震動は更に勢いを増しており、最早いつ崩壊するとも知れぬ状態にあった。 「……何も…言わないで」 体の奥から搾り出すように、タバサが掠れた声でそう言った。 「今は…何も………言わないで……」 『ああ……わかったよ』 それきり、デルフリンガーは口を紡ぐ。 後に残る音は、機械の駆動音と崩れ去ろうとする船の震動だけだった。 「………涙が……止まらない……」 やがてタバサは、ゆっくりと次の階層へと繋がる階段に向けて歩いて行く。 胸が痛い。心が悲鳴を上げている。視界がぼやけて、目の前の一歩を踏み出すことすら危うい。 だけど決してタバサは歩みを止めなかった。 そして、彼女が階段を降りきった時、スタンドで作られたその船は完全に崩壊して跡形もなく消え去って行った。 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued…… 第8話 その3 戻る
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タバサの沈黙 ◆d4asqdtPw2 「俺がそんなペテンに加担すると思うか!」 このセリフを劉鳳が吐くのはこれで5度目となる。 事の発端は服部平次が数時間前に提案した「偽りの脱出」である。 首輪に繋がれ、強大な殺人鬼とともに隔離空間に閉じ込められたこの最悪の状況。 その絶望の下で服部平次が提案した希望の種。 服部が己の命を賭して育てようと決心したそれを……劉鳳は頑なに拒絶した。 『しかし劉鳳よ。脱出の策が他にあるとは思えんぞ』 アミバが筆談で劉鳳を諭す。カズマの意思を受け継いでいている割にはなかなか冷静な男である。 まぁ「馬鹿を極める男」と比較するのも失礼な話であるが。 「そうか。それならば貴様らだけで行うがいい。俺には俺のすべき事がある」 たとえ服部の策が見事に実ったとして、劉鳳がその先に掴むのは正義を違えた勝利だ。 正義は彼にとって命よりも重い信念であり、彼の思考はその信念を貫くことを前提にしか働かない。 だから弱きものを謀った時点で劉鳳の同意は得られるはずがなかった。 しかし彼も正義に反するからといってその希望を殺すほど愚かではない。 だから作戦の詳細が主催者側に伝わらないように細心の注意を払っていたし、彼らの作戦の妨害するつもりもなかった。 俺は加担はできない。だから俺の見えないところでやれ。 それが、この絶望の状況を考慮した上での劉鳳の最大限の譲歩だ。 「それで、劉鳳はんがすべき事ってなんや?」 ふぅ、と大きく溜め息を吐いた後、服部が尋ねる。どうやら劉鳳の協力は諦めたようだ。 数時間に渡って交渉しても、劉鳳は頑として譲らないのだから仕方がないだろう。 「決まっている。悪を断罪し、弱きものを保護する事だ!」 そう言い放つと劉鳳はスゥッと立ち上がり、玄関へ向けて歩き出した。 治療のために抱えていた核鉄を床へ置き去りにして。 「……どこへ行くつもりだ?」 ドアノブに手をかけようとした劉鳳の腕をアミバが掴んで問いただす。拾ってきたのだろう、その手には2つの核鉄が握られていた。 先ほどから核鉄でずっと治療していたとはいえ、アミバには劉鳳が1人で戦える状態だとは思えなかった。 「ブラボーと桐山を随分と待たせてしまったからな。早く行ってやらなければ。……世話になった」 頭を下げることなく、服部たちの方を見ることすらせず礼を言うと、アミバの手を振りほどいて外へ出た。 しかしアミバは急いで劉鳳の前に飛び出す。 「駄目だ。怪我人を1人で行動させる訳にはいかん。どうしても行くなら俺たちもついていく」 その大きな体で劉鳳の行き先を塞いでそう言うと、平次とタバサに了解の合図を目で送る。 アイコンタクトを受けて平次はすぐに頷いた。ずっと本を読んでいたタバサは顔を上げてアミバを見たが、すぐに本に視線を戻した。了解したということだろうか。 「どうだ? 俺たちと一緒に行動してみないか?」 そう囁いてアミバがニヤリと笑う。しかし劉鳳は……。 「断る。貴様らのペテンに加担するつもりはないと言ったはずだ」 目の前で弱者を謀る人間を放置する事など劉鳳にはできない。 それが例え結果として人々を救う事になったとしても。 それから数分間。アミバと劉鳳が睨み合ったまま、気まずい沈黙が流れた。そこへ……。 『気分はどうかの諸君?』 2回目の放送が流れた。彼らの運命を大きく動かす放送が。 ◆ ◆ ◆ 灰原哀の名前が呼ばれたとき、正直言ってそれほど動揺はせぇへんかった。 もちろんアイツの名前が呼ばれた事は残念やし、工藤は相当なショックを受けるんやろなと心配した。 でも見知った誰かが死んだにしては俺の心は穏やかすぎた。 それは命を賭けた作戦に集中しとるせいなんか、俺がこの殺し合いに適応してしまったせいなんかは分からん。 ……それは分からんのだが、確かに俺は他の3人を全く心配させんくらい落ち着いていたんやと思う。 尤も、心配そうに俺の方を見ていたのはアミバはん1人で、あとの2人は俺を一瞥して仕舞いやったんやけどな。 劉鳳はんは俺をあまり信用してへんというか、少し距離を置いとる。……まぁ十中八九あの作戦のせいやろうがな。 タバサはあいも変わんと本に夢中や。死んだことを知っていたとはいえ、平賀才人の名前が呼ばれても眉ひとつ動かさんかった。 そんな訳で、灰原哀には悪いがアイツの死は俺たちの中でそれほど大きな問題として処理はされんかった。 それに……その後すぐに桐山和雄の名前が呼ばれてしもうたんやから仕方ないわ。 「桐山が……死んだだと?!」 桐山和雄。大して会話もしていないし、完全に信頼しているとも言いがたい男。 しかし空虚な目つきをしたその男は自分の正義を理解していると思っていた。 劉鳳が平次たちに心を許さなかった最大の理由はブラボー、そして桐山の存在だ。 劉鳳は秩序を形成することが平和への最大の近道と考えている。 そして秩序を作るには組織というものが必要となる。 ロストグラウンドでホーリーが崩壊した後はロウレスが秩序を守り、ロストグラウンドを平和に導いた。 だから、この殺し合いでも秩序を守る集団が必要なのだ、と劉鳳は考えていた。 彼の中にはブラボーと桐山と自分が中核となり、それを成していく未来が描かれていた。 「ちぃっ! ……絶影!」 予期していなかった事態に驚いたが早いか、劉鳳は急いで絶影に飛び乗る。 誰がやったのか……決まっている。先ほどの2人組。 だとしたらもう野放しにしておくことなどできない。一刻も早く断罪しなくては。 「待て!」 しかしまたしてもアミバが劉鳳を掴んで足止めさせる。 「そんな体で……自殺するつもりか?」 眉間にしわを集めつつも、アミバは冷静になれない劉鳳を必死になだめようと試みている。 「やかましい! 今あいつらを断罪せずにいつするというのだ!」 アミバに対して明らかな敵意をむき出しにして叫ぶ。 劉鳳の正義は命よりも遥かに重い。明日を生きるために今の悪を見逃すなど彼には出来るはずがない。 「……俺たちの目的はこの殺し合いの破壊。それは貴様も同じはずだ。 ならば今死んでどうする? そんなむやみやたらに振りかざすような正義など、心半ばで砕け散るぞ」 アミバにもカズマから受け継いだ遺志がある。 彼の命はもう自分1人で身勝手に消費する命ではないのだ。カズマとともに戦った男なら理解してくれるはずだ。 しかし、彼の思いは劉鳳には届かない。 なぜなら…… 「……なんだと?」 劉鳳の魂には、正義よりも優先されるものなど存在しない。たとえカズマの遺志を継ぐ反逆だろうと。 それは劉鳳がカズマと共にジグマールを倒した後も変わる事はない。 「また、貴様の身勝手のせいで誰かを殺すつもりか? 貴様の命を救って死んだあの少年のように」 気に入らないやつはぶっ飛ばす。そしてその後の事はその後に考えればいい。これがカズマの思考、反逆だ。 しかしその遺志を受け継いでいてもアミバの思考は違う。敵の強大さ、圧倒的に悪い状況を理解し冷静に慎重に事を運ぶのが彼の反逆。 そういった意味ではバトルロワイアルへの反逆はカズマより彼の方がずっと適任かもしれない。 「あの少年のように? ……平賀のことか……」 しかし、その思考は劉鳳が最も嫌うもの。 「平賀のことかッ!!」 おそらく今のアミバは劉鳳からしてみれば出会ったころのカズマ以上に相容れない存在。 アミバの冷静さも劉鳳からすれば、悪を前に手をこまねいて見ている臆病者にすぎない。 絶影を今までとは逆方向に、つまりアミバに向かって構える。明らかな戦闘態勢だ。 「……貫く正義すら持ち合わせていない……元殺人鬼が!」 「……なんだと?」 先ほど劉鳳が吐いたセリフを今度はアミバが吐き出した。 「人殺しに正義を理解できると思ったのが間違いであった。やはり貴様の反逆はカズマのとは違う! 貴様のは悪戯に秩序を乱すだけだ。そんなものはただの動物の、クズの戯れだ」 アミバは死んだ。いつ死んだかは分からない。が、少なくともカズマが死んだ瞬間には以前のアミバは死んでいた。 今の彼はカズマの反逆の魂に生かされているだけ。それに従ってただただ生きるだけ。 「動物と言ったか。カズマの反逆を。……クズと言ったな!! 許さん!」 だから、その反逆を否定されることだけは許されない。 その怒りはアミバの冷静さを以ってしても抑えることの出来ない激しいものだった。 核鉄を構えて……シルバースキンを展開した。 「許さん!」 彼もまた、目の前の男を敵と認識した。 「「貴様を倒し」」 退治する2人の中心。そこで2つの声が重なり 「正義を」 「反逆を」 真逆の音色を奏で 「「貫く!!」」 再びその咆哮は重なった。……最悪な形で。 「はァッ!」 先に動いたのは劉鳳。2本の鞭が曲線を描いてアミバへと走る。 しかしその曲線の軌跡はアミバへ達する直前に左右に大きく膨らみ、彼の逃げ道を塞いでから挟み込むように再びアミバへと向かう。 空へ飛びでもしなければ避けることのできないだろう双撃にもアミバは全く動じない。 避ける必要がないから。 「シルバースキンを砕いたカズマの拳は、こんなものではなかったはずだ」 今の傷だらけの劉鳳が放つ攻撃とカズマの一撃を比べ、この攻撃ではシルバースキンは破られないとアミバは覚る。 ならば直進するのみ! 左右から襲い来る衝撃を無視してアミバは目標へと駆け抜ける。 「悪いがそんな攻撃……通用しないぞ」 「予定通りだ馬鹿者が……剛なる左拳!」 それと同時に絶影が左腕を突き出す。 シルバースキンが鞭の攻撃を遮断するならば、この一撃で確実に仕留める。 肉体と微妙に異なる位置から繰り出される攻撃にアミバは慣れていない。 それならば長年アルターで戦ってきた劉鳳に利がある。 しかし2人の体力には大きな差があり、怪我や疲労が相当蓄積している劉鳳に対し、アミバは完璧な状態と言っていい。 どちらが勝ってもおかしくない。そして最初の一撃を決めた方がおそらく勝者となる。 「はああああッ!」 「“臥龍”ッ!」 アミバ鋼鉄の拳と異形の拳が交わる。 「……ちょ!!」 その中心に 「待ちやああああああ!!」 服部平次がいた。 「「……な!」」 お互いに拳の勢いを弱めようとするが……。 決死の一撃を簡単に止められるわけなどない。 「「ぬああああああ!」」 しかしあんなものを一般人が食らえば容易に頭が破裂してしまう。 根性で拳を引くアミバと劉鳳。 「「止まれえええええ!」」 そしてその結果 2人の拳は 服部に見事命中した。 「「服部ーーー!!」」 ◆ ◆ ◆ 「全く……なに考えとるんやオノレらは!」 幸いアミバの拳も、劉鳳の拳も勢いはほぼ殺されており、服部の頬をムンクの某絵画のように凹ませただけで止まった。 尤も今はおたふくの様に両頬とも腫れあがっている訳だが。 「すまない服部……しかしこの男が……」 アミバが申し訳なさそうに頭を下げるが、続けて劉鳳を睨んで非難を始める。 「なんだと? 元はと言えば貴様が……」 矛先を向けられた劉鳳も負けじとアミバに食ってかかる。 「なんだ? 貴様まだ文句があるのか?」 「やはり一度叩きのめされないと分からんようだな」 両者とも立ち上がり、再びゴングが鳴り響こうとしたそのとき。 「黙りゃあコラァァ!!」 服部の怒声……と言うより恫喝が響いた。 「「な……!」」 まさかの事態に2人とも言葉を失って服部に注目するしかない。 「ええかアミバはん、アンタはこの殺し合いを潰すんが目的やろ? ここで意味ない殺し合いに参加してどないすんねん?」 「それは! ……面目ない」 アミバは反論しようとしたが、明らかに激高した自分に非があると知っているので素直に謝罪するほかない。 「劉鳳はん、アンタも早いとこブラボーはんの元に行かんとアカンのやろ? ケンカしとる場合か?」 「しかし、あれはケンカなどではなくこの男がふざけたことを抜かすから……」 「そ、れ、を、ケンカって言うんやろが!」 しかし服部にも2人の気持ちが分からないわけではない。むしろ十分に理解していた。 命を超えて自己の中に存在するモノ。それは即ち全ての行動に優先されるモノ。 それの大切さは服部も知っている。そういった人間をいつも見てきたから。 そしてその人物たちは必ず殺しに手を染める。大切なモノのせいで周りを見失うから。 そして彼らもそいつらと根底は同じ、違うことといえば戦闘能力が遥かに高いことと、信念が強すぎること。 だから自分が手綱を引いてやる必要がある。彼らを彼らの望む結末へ導くために。 「とにかく、4人でブラボーはんのところまで急ぐで。さっきの作戦はそれまで中止や。」 そう言うとバイクに跨る。後部には、いつの間にかタバサがちょこんと跨っていた。 「そうか……それなら同行してもらおう。急ぐぞ、絶影!」 絶影を出したところで、1人でぼぉっと立っているアミバと目があう。 「貴様……まさか乗る気か?」 鋭く睨んで言い放つ。アミバなんかに背後に立たれ続けるなど冗談ではない。 「誰がそんな気味の悪いモノに乗るか!」 対するアミバも睨み返して言い放つ。劉鳳に世話になるなど死んでも御免だ。 「……なんだと!」 再び2人が顔を突き合わせて睨み合うが 「あぁもう、ケンカはええから! アミバはんはこっち! タバサは劉鳳はんに乗せてもらい!」 「……分かった」 呟いたタバサが表情を変えずにバイクから降りる。 ズカズカと足音を踏み鳴らして服部のもとへ行き、後部に座るアミバ。 対してタバサはヒョコヒョコと劉鳳のもとへと近寄ってその後ろへしがみ付く。 「振り落とされるなよ」 「……大丈夫」 直後、高度を上げる絶影が放つ轟音とバイクのエンジン音が不協和音を奏でる。 「アミバはん……敵に襲われるかもしれんねんで、仲良くしてや」 「あいつと共闘か? 冗談じゃない……お前らくらいは俺一人でも守れるさ」 ◆ ◆ ◆ 危険だ。 それが静かに状況を見守っていたタバサの感想。 戦闘専門の2人はバラバラ。おそらく狡猾な敵なら真っ先に服部を殺しにくる。 そのとき、側面の2人はいがみ合って服部の正面がガラ空きになるだろう。 服部は簡単に殺される。折角の脱出の希望が。 (そうなったとき身を挺して服部を守れるのは私しかいないが……) だが彼女にとって死は最悪の選択。 彼女にとっては生きて元の世界に帰る以外の結末は全て無意味なもの。 だから命を捨てて服部を守ったとしてもその行動に全く価値はない。 (……自分には成さなくちゃならないことがある。だから自分を優先すべき) そう考えて、胸の奥に生まれたモヤモヤを押し殺した。 自分はそれで正しいはずなんだと。 でも……本当に……。 あの2人、アミバと劉鳳は私の心の静寂を乱すノイズだ。 殺し合いよりも、彼らの信念が怖い。私も正義に反逆に心を動かされてしまう。 タバサは心の中で耳を塞いで沈黙する。 【C-8 西部/1日目 日中】 【上空、絶影で移動中】 【劉鳳@スクライド】 [状態]:疲労中、全身に軽いダメージ、右拳に裂傷と骨折(包帯が巻いてある) [装備]:なし [道具]:支給品一式、4色ボールペン、色々と記入された名簿、スタングレネード×2 [思考・状況] 1:変電所へ向かい、防人と合流。 2:村雨、散を断罪する 3:悪(主催者・ジグマール・DIO・アーカード)は断罪、弱者(シェリス)は保護 4:シェリス・防人の知り合い・桐山の知り合い・核鉄を探す。 5:平賀才人の伝言をルイズに伝える。 6:シェリスに事の真相を聞きだす。 7:アミバと共闘などできない。 ※絶影にかけられた制限に気付きました。 ※桐山・防人・平次・タバサと情報交換しました。 ※平次の策に乗る気はありません。 【タバサ@ゼロの使い魔】 [状態]:健康 [装備]:無し [道具]:ネクロノミコン(98ページ読破)、液体窒素(一瓶、紙状態)、支給品一式 、色々と記入された名簿 [思考・状況] 基本:元の世界に帰る。 1:劉鳳とともに変電所へ向かい、防人と合流。 2:服部の策に乗り、仲間を集める(一時的に中止)。 3:杖を入手する 4:キュルケとの合流。ルイズについては保留 5:シェリスからマントとナイフを返してもらう 6:チームに危機感。だが自分の命が最優先。 [備考] ※杖をもっていないので、使える魔法はコモン・マジックのみです。攻撃魔法は使えません ※劉鳳からシェリスの名前を知りました。 ※劉鳳と情報交換をしました ※劉鳳、アミバの事は完全には信頼していません(服部はある程度信頼) 【地上、バイクで移動中】 【アミバ@北斗の拳】 [状態]:健康、疲労小、強い決意、今までの自分に強い自己嫌悪 [装備]:ジャギのショットガン@北斗の拳(弾は装填されていない)、携帯電話 、シルバースキン@武装錬金 [道具]:支給品一式(×3)(一食分消費済み) 綾崎ハヤテ御用達ママチャリ@ハヤテのごとく、ノートパソコン@BATTLE ROYALE(これら三つは未開封) ギーシュの造花@ゼロの使い魔、神楽の仕込み傘(強化型)@銀魂 、核鉄(ニアデスハピネス)@武装錬金、スティッキィ・フィンガーズのDISC@ジョジョの奇妙な冒険(ポケット内) [思考・状況] 基本:ゲームの破壊、主催者の殺害。 1:服部とともに変電所へ向かい、防人と合流。 2:ゲームに乗っていない人物と協力する。 3:ゲームに乗った人物と遭遇した場合説得を試みて駄目なら殺害する。 4:ケンシロウとラオウには出来れば会いたくないがいざとなったら闘う覚悟はある。 5:服部の策に乗り、脱出をネタに仲間を募る(一時的に中止)。 6:劉鳳と共闘する気はない [備考] ※参戦時期はケンシロウに殺された直後です ※『スティッキィ・フィンガーズのDISC@ジョジョの奇妙な冒険』の説明書は存在しません。 ※平次・タバサと情報交換をしました 【服部平次@名探偵コナン】 [状態]:健康 両頬が腫れている [装備]:スーパー光線銃@スクライド、ハート様気絶用棍棒@北斗の拳 バイクCB1000(現地調達品) [道具]:首輪、「ざわ……ざわ……」とかかれた紙@アカギ(裏面をメモ代わりにしている)、支給品一式 、色々と記入された名簿。ノート数冊 才人のデイパック(内容は支給品一式、バヨネット×2@HELLSING、紫外線照射装置@ジョジョの奇妙な冒険(残り使用回数一回)未確認) [思考・状況] 基本:江戸川コナンよりも早く首輪のトリックを解除する。 1:アミバとともに変電所へ向かい、防人と合流。 2:シェリスを発見し、真実を明らかにする 3:江戸川コナンとの合流 4:自分自身にバトルロワイアル脱出の能力があると偽り、仲間を集める(一時的に中止)。 [備考] ※劉鳳からシェリスの名前を知りました。 ※劉鳳と情報交換をしました ※劉鳳、アミバ、タバサの事は全面的に信用しています ※自分自身にバトルロワイアル脱出の特殊能力があると偽るつもりです。 ※バトルロワイアル脱出の特殊能力は10人集まらないと発動しません。(現時点での服部設定) ※脱出作戦はブラボーに合って劉鳳と分かれるまで中止。 ※劉鳳、平次、タバサの名簿には以下の内容が記載されています。 名簿に青い丸印が付けられているのは、カズマ・劉鳳・シェリス・桐山・杉村・三村・川田・才人・ルイズ・防人・カズキ・斗貴子・タバサ・キュルケ・コナン・平次 ・灰原 赤い丸印が付けられているのは、ジグマール・DIO・アーカード・散・村雨 緑色の丸印が付けられているのは、蝶野 125 涙を拭いて 投下順 127 もうメロディに身を任せてしまえ 125 涙を拭いて 時系列順 127 もうメロディに身を任せてしまえ 102 偽りの脱出 劉鳳 138 遥かなる正義にかけて 102 偽りの脱出 アミバ 138 遥かなる正義にかけて 102 偽りの脱出 服部平次 138 遥かなる正義にかけて 102 偽りの脱出 タバサ 138 遥かなる正義にかけて
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~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 「フム。この世界が“記録”で成り立っている以上、こうした船の“記録”もあるか。 これもまた大迷宮の主が仕掛けた試練の一つと言う訳だな…… ならばデルフ君の言う、要塞という表現もあながち間違ってはいないのかもしれんね」 『んじゃあ、つまりこういうことかい?この船を攻略しなきゃー先へは進めない……』 「そういうことになるだろうね」 自らもまたこの世界で生み出された“記録”であるツェペリが、デルフリンガーの言葉を肯定する。 『はー。今更言うのも何だが、面倒な話だな。 間違いねぇ、その大迷宮の主って奴ぁそーとーな性悪野郎だね』 タバサも全く同感だったが、敢えて同意の言葉は口にせずに、再び甲板の様子を見回してみる。 一通りぐるりと歩き回ってはみた物の、次の階層の入口になりそうな物は見つからなかった。 甲板で見つからないならば、船の中だ。船内に通じる扉を見つけて、改めて探索を続行せねばならない。 それを探す為に、タバサが一歩踏み出そうとした時だった。 「ウニャー」 何やら聞き覚えのある動物の鳴き声が、彼女達の耳に入って来た。 『あ…なんだ?』 その鳴き声がした方向に視線を向けると、柱の影に立ち尽くす小さな影が見えた。 「…………猫」 全身に斑模様の服を着込んだ猫が、じっとこちらを見据えている。 やがて雄であるらしいその猫は、中々に恰幅のいいその体を反転させ、御丁寧にブーツまで履いた足で駆け出していく。 「あ」 気になって、ついタバサは猫の後を追い掛けてしまう。暫しの追いかけっこの末に、その猫は行く先にあった僅かに開いているドアの中へと滑り込み、その姿を消して行く。 「行ってしまったな」 いつの間に追い掛けて来たのか、タバサの後ろに立っていたツェペリがそんなことを言って来る。 『こんな船に猫がいるってのも妙な話だぜ。こりゃどー考えても、絶対に罠だな』 「うん」 「同感だね」 デルフリンガー達の言う通り、あの猫は間違いなく自分達を誘い込もうとしているのだとタバサも思う。 ドアの先に広がっているであろう船内で、どんな敵が待ち受けているのかも知れない。 ただ一つ、このレクイエムの大迷宮に辿り着く前に、あの古ぼけたホテルの中で戦ったエンヤ婆と同様、今までとは明らかに違う敵が襲い掛かって来るであろうことだけは間違いないだろう。 「……でも、行かないと」 それでも、次の階層へ辿り着く為には、タバサ達がこの先に進まざるを得ないのもまた事実。 思い通りに誘導されているのは気に入らない話だったが、その考えを振り払ってタバサはそう宣言する。 「行かないと、進めない」 「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。 あまり誉められた発想では無いが、他に手が無い限りは止むを得んか」 『そもそも、敵さんが罠を仕掛けて待ち伏せしてるなんざいつもの話だしな』 消極的ではあった物の、タバサの決定にツェペリが一応の同意を示し、デルフリンガーもいい加減にこの大迷宮にも慣れて来たとでも言わんばかりに、諦めたような声で口を開いた。 「気をつけて進む」 これもまたいつもの話だったが、この大迷宮を進むにはそれが一番の近道でもあった。 タバサは先程の猫が姿を消したドアに向けて歩いて行き、それを大きく開いて船内へと足を踏み入れる。 「……あなたの」 『うん?』 船内の通路を歩きながら、思い出したようにタバサはデルフリンガーに向かってふと口を開く。 「あなたの持ち主は、すごい人だと思う」 『オレの持ち主ィ?ってーコトは、今の相棒かい?』 「うん」 あのゼロのルイズに異世界から召喚されて来た彼女の使い魔であり、デルフリンガーの相棒、平賀才人。 ハルケギニアに伝えられる伝説の使い魔ガンダールヴの資格を持つ青年。 そして、一度はその命を狙ってしまったにも関わらず、伯父一族の手によって囚われていた自分を救ってくれた、今は離れ離れになってしまっている大切な仲間の一人。 慣れないハルケギニアで一人ぼっちになってしまっても、今までの日々を懸命に生きて来た あの人に対して、同じ境遇に陥った今のタバサは深い尊敬と共に改めて親しみを覚えていた。 そんな自らの胸中など知る由も無いだろうが、どうしてもタバサはそのことをデルフリンガーに伝えたくなった。 『……はて。アイツ、ここ最近、何かスゲーことでもやったかね?』 「ずっと前から、すごかった」 『フム……わかんねーな。しかし突然そんなコトを言い出すなんて、一体全体どーしちまったんだ? 相棒のことが恋しくでもなったのか?ああ、ひょっとして、実はお前さんも相棒に惚れてたとか!? あータバサ、それなら悪いこたぁ言わねぇ。もう一度良~く考え直した方がいいぜ。 確かにアイツはいいヤツだと思うけどよ、女にゃホンットにだらしのねーヤツだからなぁ。 ルイズにシエスタに……キュルケのヤツは最近大人しくなったみてーだが、今度は代わりに、あのぼいんっぼいんのハーフエルフの嬢ちゃんと来た! それにあの姫様もまんざらじゃねーみてぇだし、他のイイ男を見つけた方がぜってーお得だって!』 「ばか」 そうデルフリンガーに捲くし立てられると、まるでタバサが召喚した使い魔の風韻竜に話し掛けられている気分になって来る。あの臆病で騒がしくて、すぐ自分に甘えて来るシルフィードの存在も、今から思えば懐かしい。 なんとなくシルフィードがこの場にいるような錯覚を覚えて、タバサはついデルフリンガーの柄をぽこんと叩いてしまった。 そして船内を探索することしばし。今の所、船の中に誰かがいるような気配は無かった。 先程通った操舵室らしき場所では、山のように積み重ねられた機械が勝手に明滅を繰り返していたのだが、それらがこの船の航行に必要なのだろうと言う推測以外は何を考えても無駄だと判断して無視することにした。もし今ここにコルベールがいたら嬉々として使い方を調べようとしたのだろうが、今のタバサ達に必要なのは次の階層に進む為の入り口だった。 今はまだ見つからないが、タバサ達を狙う敵も必ずこの船内の何処かに潜んでいるはずだ。 こんな時には階層内の敵に自分達の位置を知らせ、誘き寄せることの出来る「エンプレスのDISC」があればいいと思うのだが、こんな状況でも無い限りは、ただ単に使い勝手が悪いだけのカス札と言うこともあって、今は一枚も持っていなかった。 注意深く周囲の様子を窺いながら、タバサは次の船室に通じるドアのノブに触れ、右手でそれを回す。 中を覗いてみれば、どうやら貨物室らしい。目の前の通用口の前にただっ広い空間の中に大量の木箱が積み上げられている。 「………?」 そのまま室内に入ろうと一歩踏み出した瞬間、タバサは右手に妙な違和感を感じていた。 右手が妙に熱い。いや、これは冷たいのか?正体のわからぬ違和感はそのまま右手全体に広がって行き、そして深く切り裂かれて止め処なく出血する自分の右手を確認した時、ようやくタバサはそれが何者かの攻撃による物だということに気付いた。 「う……!?くぅっ…!」 『何ッ!?タバサ!?』 傷付けられたことを自覚した瞬間、明確な痛みがタバサを襲う。 指が切り飛ばされていなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。 右手から零れる赤い雫が、彼女の足元に染み広がって行く。 「敵の攻撃か!」 『だが一体どこから仕掛けて来やがったんだ!?オレにゃあ全然見えなかったぞ!?』 「…わからない…!」 周囲を見回しても、襲撃者の姿らしきものはどこにも見えない。 ただはっきりしているのは、自分達の近くに潜んでいる敵が確実にいるということだけだ。 「ムゥ……ともあれ、まずはその怪我をどうにかせねばな。タバサ、手を出してくれ。 波紋でダメージを和らげておく。その後でしっかり応急処置をするんだ」 「うん……」 ツェペリに言われるままに、タバサは出血の止まらない右手を彼に向けて差し出す。 その手を優しく掴みながら、コォォォォォ…と言う独特の呼吸音を立ててツェペリが体内の呼吸を整える。 「波紋疾走(オーバードライブ)!」 そして空いていた側の手で、ツェペリはタバサの右手に波紋を流し込む。 波紋とは、言うなれば人為的に生み出された生命エネルギー。 石仮面の力によって生み出される吸血鬼や屍生人にとっては、天敵である太陽光と同様に肉体組織を崩壊するよう作用するが、人間に対してそのエネルギーを与えるならば、体内の生命活動を促進させ、傷の痛みを和らげて癒す力を早めることも出来る。 この異物が体内に入り込んで来るような感覚はどうにも好きになれなかったが、それでもツェペリが流した波紋によって、それまで右手に走っていた痛みが少しずつ和らいでいくのがタバサにははっきりと自覚出来ていた。 「これでよし。先程襲って来た敵のことは気になるが、かと言ってここでじっとしている訳にもいくまい。 この部屋へは私が先に入ろう。タバサ、君は傷の手当てをしながら付いて来てくれ」 「わかった」 ワインがなみなみと注がれたグラスを片手に、ツェペリが貨物室の中へと入って行く。 それに続いて、タバサも懐からほんの僅かに余っていたゾンビ馬の糸を取り出し、左手と口を使って器用に右手の傷を縫合して行く。 「………ム!」 そして貨物室の真ん中に辿り着いた辺りで、ツェペリは突然足を止める。 グラスの中のワインが激しく波打ち、震えている。 ワインが生み出す波紋はグラスを伝わり、腕を伝わり、体を伝わり、地面を伝わり、そしてこの貨物室内にいる何者かの生命の振動を感じ取る。 このワインはまさしく波紋探知機。 ワイングラスの波紋を通して、ツェペリは今、自分達に敵意を向ける者の存在を感知していた。 「何者だね。隠れていないで出来たらどうかな?」 ツェペリの凛とした声が、広い貨物室の中に響き渡る。 それを受けて、複数のくぐもった声が前方から返って来た。 「オレ達に気付くとは、貴様只者じゃないな」 「そのワイングラス…こいつ、もしや波紋使いか?」 「波紋使い。オレ達の仇敵、憎んでも飽き足らない連中だ」 「どちらでもいい。ここに来た以上、貴様等には死んでもらう」 周囲に積まれた木箱の上から、複数の影がタバサ達の正面に向けて飛び出して来る。 数は四体。どれも辛うじて人間と同様に二本の手足を持ってはいるが、その肉体は不自然なまでに盛り上がり、頭部は最早人間の原型を留めておらず、その姿は醜悪の一言。 そして体から飛び出した何本もの血管が、まるで触手のように中空をうねっている。 「………っ」 応急処置の途中でまだ縫合の終わっていない糸を地面に垂らしながら、タバサが前に出ようとする。 「君は下がっていたまえ、タバサ。この程度の数の屍生人(ゾンビ)共など、私一人で充分だ」 ツェペリはそうタバサを制して、屍生人達に向けてまた一歩踏み出していく。 「……気をつけて」 暫くツェペリの顔を見据えた後、タバサはその言葉を聞き入れて、素直に後ろに下がる。 そして油断無く屍生人達の様子を窺いならがも、再び糸による応急処置を再開する。 「オレの名はペイジ」 「プラント」 「ジョーンズ」 「ボーンナム」 一人一人、律儀に屍生人達が名乗りを挙げる。 そして次の瞬間、四体の屍生人が一斉にツェペリの許へ向けて猛然と駆け出して来る。 「「「「血管針攻撃ッ!」」」」 屍生人達の体から針のように伸びる血管が、地面に立つツェペリに向けて真っ直ぐに伸びて行く。 冷静にその動きを見据えていたツェペリはその場で一気に前方へ跳躍、血管の群れを飛び越えてその動きを回避すると共に、そのまま空中を飛びながら屍生人の一体へと迫る。 「仙道波蹴(ウェーブキック)ッ!!」 「UGOOO!?」 真上から放たれたツェペリの膝蹴りが屍生人の一体の脳天に命中する。 膝を中心として脚全体に波紋を帯びたその蹴りを受けて、屍生人の一体がその頭部をジュウジュウと溶かしながら悶絶し、当のツェペリはそのままその屍生人を踏み台にするような形で、先程まで彼が立っていた場所とは反対方向の位置へと着地する。 「AGOOOO~!!」 「ジョーンズ!?チィィッ、やはりこいつは波紋使いかッ!」 「その通りだ。そして私は、貴様達のような亡者共を滅するに躊躇いは持たん」 冷ややかに宣言して、ツェペリは次なる屍生人に向けて拳を叩き込むべく拳を突き出す。 だがその為には距離が足りない。 そう思った瞬間、彼の腕が本来の長さ以上に伸びて、屍生人の一体に向けて迫って行く。 「ズームパンチ!」 自らの間接を外して腕を伸ばし、その際に生じる激痛は波紋エネルギーで和らげる。 そしてツェペリの拳が屍生人の一体に命中した時、腕全体に流された波紋エネルギーが拳を通じて 屍生人の体に流れ込み、屍生人の肉体と反発を起こしてその肉体組織を崩壊させるべく作用していく。 「GYAAAA!」 その一撃は先程蹴りを叩き込んだ屍生人と同様に、完全に止めを刺すまでには至ってなかったが、それでも二体の屍生人の体内に流し込んでやった波紋は、暫くの間彼らを無力化するには充分な量だった。 そしてツェペリは、その間に残る二体を仕留め損なう程の甘い戦士でも無い。 戦力の半数を失った屍生人達は、文字通り絶対絶命の危機に追い詰められていた。 「クソッ、ペイジまで!」 「やはり波紋使いと正攻法で戦うのは不利ということか……!ならばッ!」 残った屍生人の片割れがその場で反転、ツェペリに背を向けて一直線に駆け出して行く。 「プラントッ!?」 「そこの小娘の方をッ!確実に潰させて貰うまでよォーッ!KUAAAAAA!!」 常人を遥かに越える脚力で、応急処置を終えて今までの戦闘の一部始終を見守っていたタバサ目掛けてその屍生人が突進して来る。彼女の身体を刺し貫くべく、屍生人の全身から突き出た血管の束がその場で立ち尽くしているタバサの方向へと向けられる。 タバサは冷静に屍生人の接近する様子を見据えたまま、そして一歩、後ろへと跳んだ。 「その程度で逃れられると思っているのかァァ!RUOOOOOーーーッ!!」 咆哮と共に、屍生人の放った血管の束がタバサを狙って伸びて来る。 タバサは軽く後ろに下がったまま、その場を一歩も動かない。 そして猛然と疾駆する屍生人の身体が無数の血管針と共に彼女にぐんぐん近付いて来て―― 「ウオォォォッ!?」 タバサまであと一歩と言う所で、それ以上進めなくなった。 全く痛みを伴わなかったが為に、屍生人には自分の身に何が起きたのかわからなかった。 だが彼がタバサの目前に迫った瞬間、彼の脚が在り得ない方向へと曲がり、捩れて、気が付いた時には既にその脚は人間としての形すら保ってはいなかった。 「あなた達が私を狙う可能性は、充分にあった」 全身を支える脚の形を失って、無様に地面を転がる屍生人を見下ろしながら、タバサは言う。 既に彼女の背後には、装備用として頭に差し込んでいたDISCのスタンドが発現している。 「だから、潜航させておいた――ダイバーダウンのDISC」 屍生人の足元で、地面から上半身だけを突き出したスタンドが力を使い果たして消え去ろうとしていた。 あらゆる場所に潜航し、自らに触れた者の構造を内側から自由に作り変えてしまうスタンド。 目の前の屍生人達が、そしてまだ見ぬ自分の右手を切り裂いた襲撃者が、自分に向けて襲い掛かって来ることを見越して、タバサは既にダイバーダウンを周囲の地面に潜航させていたのだ。 そして、身動きが取れずにもがいている屍生人に向けて、タバサは装備DISCのスタンドの拳を向ける。 「クレイジー…ダイヤモンドっ!」 ドラララララララララァッ!! 「AGYAAAAAAA!!」 絶え間なく続くラッシュが、屍生人の体へと叩き込まれて行く。 クレイジー・Dの拳が容赦なくめり込む度に、人間を超越した筈の彼の肉体が更に歪に変形して行く。 そのまま止めとばかりに与えられた最後の一撃によって、その屍生人の体が先程ツェペリに波紋を流され悶絶していた仲間達の元へと吹き飛ばされる。 「ウゲッ」 「グギャ」 蛙が潰されたような悲鳴を上げて、三体の屍生人の体が折り重なって地面に倒れ伏した。 「おお……ジョーンズ…ペイジ…プラント…!何ということだッ…!」 「後は貴様だけだな」 「くッ」 ツェペリの気迫に気圧されて、最後に残った屍生人が後ろへと一歩退く。 そして後ろでは、クレイジー・Dを展開したままのタバサが厳しい瞳で屍生人の動向を窺っている。 前門の虎、後門の狼。あるいは袋の鼠と言うべきか。屍生人に逃げ場は無かった。 張り詰めた無言の睨み合いの末、一番最初に動き出したのは―― 目に見開いて驚愕の表情を浮かべるタバサだった。 「――後ろっ!」 「何ッ!?」 悲鳴にも似た彼女の叫びを耳にして、ツェペリは半ば反射的に真横へと飛ぶ。 その刹那、ツェペリの背後から巨大な影が飛来して、物凄い勢いでそれまで彼の立っていた場所を通り抜けて行く。 「AGOOO!!」 ツェペリとその陰の直線上に立っていた屍生人が、彼の背後から飛んで来た運搬用のクレーンの直撃を受け、頭と胴体を潰されてその場へと崩れ落ちる。 そして先端に鋭い鉤爪状のフックを括り付けたクレーンは、その勢いを全く殺さぬままタバサの方に向けて突っ込んで来る。しかし既にその進行方向から外れていたタバサには命中せず、先程彼女達が入って来た通用口の真上の壁に突き刺さってその動きを止めた。 『な…何だったんだよ今のは!?オレ様すげぇおでれーたぞ!?』 「………っ!」 大慌てで喚き散らすデルフリンガーの言葉にすぐには答えず、タバサは銀色に輝くDISCを一枚取り出し、四人で固まって倒れている屍生人達の一体に向けてそれを放り投げる。 『こっ……このバカ犬!エロ犬!スケベ犬!ヘンタイ犬ーーーーーーっ!!』 タバサにとってはトリステイン魔法学院のクラスメイトであるゼロのルイズの記憶が封じ込まれたDISCが屍生人の体内に差し込まれ、やがてそのルイズのDISCに刻み込まれた力によって屍生人の体が大爆発を起こし、それに巻き込まれた残りの屍生人達もまとめて塵となって消滅する。 「……ふぅっ」 爆発の後に残ったのは再び静寂。 タバサ達が周囲を見回しても、誰かが隠れている気配は感じ取れない。 「いやタバサ、先程は君のおかげで助かったよ。再び真っ二つになって死ぬのはもうゴメンだからね」 それまで散々激しい動きをしておきながら、雫一つ零れていないワイングラスを揺らしてツェペリが言った。先程は波紋探知機として屍生人達の接近を感じ取ったワインも、今は何の反応も示していない。 『しかしよぉー。今の柱と言い、タバサの怪我と言い…この船、想像以上にヤバいんじゃねーのか?』 残りのゾンビ馬の糸を全て使って傷を縫合したタバサの右手を見ながら、デルフリンガーが口を開く。 「そうだね。そして何よりも問題なのは、我々がまだ敵の正体を掴めていない、と言うことだな。 敵の立場になって考えよ――これもまた戦いの思考の一つだが、その考えに基づくと、 敵は我々に気付かれることなく、こちらを攻撃する手段を持っていることは間違い無い」 『コソコソ隠れて不意打ち狙いってコトかい?ったく、どんな奴かは知らねーが、陰険なヤローだぜ』 「だが奇襲も立派な作戦だよ、デルフ君。そして、そうした敵を倒す為には――」 「隠れている所を、見つければいい」 ツェペリの視線を感じたタバサが、彼の言葉に続いて答える。 彼女のその答えに、ツェペリは満足そうに頷く。 「その通りだ、タバサ。先程の屍生人の迎撃といい、君はもう充分に戦いの思考を実践しているようだ。 ジョナサン・ジョースターも私の自慢の生徒だったが、もしかすると君には私が教えることなど何も無いのかもしれんな」 ひとしきり鷹揚に笑ってから、ツェペリは不意に厳しい表情を作って言葉を続ける。 「ともあれ、こうも我々の不意を突いた戦い方をするということは、まず間違いなく敵はスタンド使いだろう。 またそいつは、スタンド能力で近接戦闘が出来るパワーを持っている訳では無いようだ。 もしそんなパワーがあるならば、今の屍生人と同様に直接我々の目の前に姿を現しているだろうからね」 『つーことは、フンガミの野郎が使っていたよーな自動操縦型のスタンドか』 「恐らくはな」 少し前の階層まで共に戦った仲間と、そして彼が行使していたスタンドの姿が、皆の脳裏に浮かぶ。 噴上裕也とハイウェイスター。この大迷宮で偶然拾った赤ん坊を安全な場所に送り届ける為に彼がタバサ達と別れてから、もう随分と長い時間が経ったように思える。 「フンガミ君のスタンドと同様に、遠隔操作で操るスタンドが相手ならば、逆に接近戦は不得手ということだ。 先に本体のスタンド使いを発見して、直接叩いた方が早いだろう。 そして最後に、これが最も重要になるが、敵はどうやら金属を武器に使うのでは無いかと考えられる」 『金属ゥ~?』 唐突と言えばあまりにも唐突なツェペリの言葉に、デルフリンガーは訝しげに声を上げる。 『そりゃ一体どういうこったい。なんで今の段階でそんなことがハッキリと言えるんだ?』 「………木箱」 デルフリンガーの質問に、周囲に積み上げられたそれらに視線を送りながら、タバサが答える。 「木箱が、崩れて来ない」 もし周囲の木箱が、今タバサ達の立っている場所に向けて崩落して来れば、先程彼女らの不意を突くかのように飛来して来たクレーンと同様の致命的な破壊力を生むだろう。既に四人の屍生人達が倒された以上、仲間達を巻き添えにする心配も無い筈なのに、依然として木箱は沈黙を保ったままだ。 そしてタバサが先程触れたドアノブもまた、クレーンと同様の金属であることを踏まえれば、敵が金属を自在に操る――あるいはそれに近い能力を持っているのでは無いかと推測出来た。 『フム……木で出来た箱は動かねぇ、だから敵が好きに出来るのは金属だけ、か。なるほどな』 「これからはドア一つ開けるにも苦労しそうだが、仕方がないね。 現にドアノブに触れたタバサがこの有様だ。 下手な所を触れば、その場で我々は全滅するかもしれんな」 口調こそ冗談めかしているが、ツェペリの目には冗談の欠片も混じってはいなかった。 「気をつけながら、移動する」 生憎と、今の自分達にはそれ以外に出来ることは無い。 そのことを確認するように呟いてから、タバサは再び先へと進もうとする。その瞬間だった。 「…………っ!?」 突然、地震でも起きたかのように貨物室の床が震え出した。 震動は次第に勢いを増して行き、思わずタバサはバランスを崩してその場に膝をついてしまう。 そしてふと、急に視界が暗くなった。 頭上を見上げれば、限りなく正方形に近い形の巨大な塊が、宙に浮いてタバサ達に影を作っているのが見える。 『――落ちて来てるじゃねーかぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!』 天井近くまで積み上げられた木箱が降り注いで来る中で、 先程のタバサ達の推測を全力で否定するかのようにデルフリンガーの悲痛な叫びが貨物室の中に反響する。 「ウーム……私の考え違いだったか。いや、しかしそれでは先程タバサが受けた傷の説明が付かんな…… フム、これはもしかすると…」 『ツェペリのおっさんよォォォ!こんな時に何ノンキに考え事してんだぁぁぁぁ!? さっきの御高説、どっからどー見ても完ッ璧に大ハズレじゃねーかよぉぉぉぉッ!!!』 あと数秒で木箱の下敷きというこの状況下の中で、不自然なまでに冷静に推測を続ける ツェペリに対し、完全に取り乱した様子のデルフリンガーが大声で喚き散らす。 頭上を見上げるまでも無く、一同を押し潰そうと木箱の雨が容赦なく雪崩れ落ちて来るのがわかる。 しかしツェペリはあくまでも余裕の表情を崩さぬまま、未だに地面へ蹲ったままのタバサに向けてその手を伸ばした。 「タバサ、準備はどうかね?」 「いい」 ツェペリと同じく取り乱した様子一つ見せずに、タバサは差し出されたツェペリの腕を力強く握り締めて答える。 「しっかり掴まってて」 そう言って、タバサはツェペリの腕を掴んだまま、足を一歩だけ踏み出す。 その刹那、彼女の体がまるで爆発に巻き込まれたかのように前方へと勢いよく吹き飛ばされて行く。 『うおおおおーーーーーッ!!?』 「……エコーズ……」 その衝撃に驚きの声を上げるデルフリンガーの叫びを耳にしながら、タバサは小さくその名を呟いた。 タバサにとって掛け替えの無い存在であるスタンド、エコーズAct.3。 彼自身のスタンドとしての特性として、エコーズAct.3は「あらゆる物を重くする」と言う能力を持っていた。 そして、彼がその姿に至る一歩手前の形態であるエコーズAct.2には、それとは別の能力として尻尾の先端を変形させて擬音を表わす言葉を書き込むことにより、書き込んだ言葉そのままの現象を引き起こすことが出来る。 例えば地面に「ドッグォン」と何かが爆発するような言葉を書き込めば、その文字に触れた者はまるで爆風に巻き込まれたかように遠くへと吹き飛ばされる効果が生まれるのだ。 そして今まさに、エコーズAct.2の能力を封じ込めたDISCによって、その文字を書き込んだタバサは自ら文字に触れることで、腕を掴んだツェペリと共に、木箱が床に崩落するまでの間隙を縫うようにして、先程入って来た通用口とは反対方向に向かって吹き飛ばされて行く。 大丈夫。きっとエコーズが自分達を守ってくれる。 タバサはそれを信じて、爆風の勢いに身を任せて宙を飛んでいた。 『おおおーっ!壁!壁壁カベカベカベカベーーーーーッ!!』 その勢いで木箱の雨を潜り抜けた彼女達の目の前に、今度は一面に広がる金属製の壁が見えて来る。 エコーズAct.2の文字による衝撃も、重力に従って次第にその勢いを落として行ってはいるのだが、今のままのスピードでは地面に落下するよりも先に壁へ激突する方が先だった。 まともに激突すればタダでは済まない。頭からぶつかるなら脳挫傷、体を打ち付ければ内臓を痛めて血を含んだ咳を吐くぐらいの羽目になるのは確実だろう。 いずれにせよ、そんなダメージを大人しく受ける訳にはいかない。 タバサは先程エコーズAct.2のDISCを使用する際に、あらかじめ装備しておいたDISCのスタンドを空中に浮いている体勢のまま展開する。 「――スパイス・ガール!」 WANNABEEEEEEEE!! 女性的な外観をした人間型のスタンドが、タバサ達の目前に迫った壁に向けて拳を叩き込む。 それとほぼ同時にタバサ達は、変わらぬ勢いのままに金属で覆われた壁へと叩き付けられる。 だが、スパイス・ガールのスタンド能力で「柔らかく」なった壁は、激突の衝撃を全て緩和し、タバサ達の体を優しく包み込む。そしてスパイス・ガールの能力が解除されることで、元の平面の形を取り戻そうとする壁と共に、その壁にめり込む形になっていたタバサ達の体が室内の側へと押し戻される。 タバサとツェペリが壁に押されて悠然と床に着地した頃には、既に貨物室を襲った震動も木箱の崩落も、全てが収まった後だった。 『……はー。ったく、死んだかと思ったぜ……おでれーたってレベルじゃねーぞ、おい…』 「ハハハ、私もあまり生きた心地はしなかったがね。ま、これもタバサを信じればこそだな」 タバサがDISCのスタンドで地面に何か細工をしていたのを見た時、ツェペリは自分の命を彼女に預けることを決めた。 あの状況下では、下手に自分が動いた所で現状を打破出来るとは思えなかった為だ。 もし、自らの力ではどうしても対処出来ない状況に追い込まてしまったらどうするか? その時は仲間に頼るまで。自分は今、一人で戦っている訳では無いのだ。 今までの戦いの中で、ツェペリは命を預けるに相応しい仲間であるとタバサのことを評価していた。 僅かな期間の中で目覚しく成長を遂げて行くジョナサン・ジョースターとは少し違うものの、自らの非力さを理解した上で、思考と戦術で以って冷静に戦いに臨むタバサの存在は、やはり側で見ていて頼もしいものだ。 ただ、時折己の限界を超えて無茶をするきらいがあるのは、やはり彼女がまだ若いからだろうか。 それとも、自らが果たさねばならぬ使命に心を囚われるあまり、焦りや気負いがあるのだろうか―― 恐らくはその両方だろう。ツェペリ自身にも経験があるからこそ、わかる。 父を人ならざる吸血鬼へと変え、大勢の人々の命を奪った石仮面を葬り去るべく、全てを捨てて波紋法を学んだ自分になら。 そして、何か一つタバサが無茶をする度に、いつも心配ばかりしていたあの噴上裕也ならば彼女が上辺ほどには無感情な少女では無いことに気付いているだろう。 冷静ではあるが、冷徹では無い。 普段から無口で無表情を装っているからこそ、いざと言う時には胸の内に秘めた感情の動きが浮き彫りになることもあるのだ。 その感情は戦いに臨む際には時として命取りになる。 だが、それを完全に失ってしまっては人間として必要な正義の心をも失ってしまう。 かつては誇り高き戦士として謳われた古代の騎士タルカスが、邪悪な吸血鬼ディオ・ブランドーの手によって屍生人として蘇生させられた時、ただ残忍で凶暴なだけの怪物へと変貌していたように。 そして“生前の”自分は、愛弟子ジョナサンを救うべくタルカスとの戦いの中で死を迎えた。 あの時は、ツェペリに波紋法を与えた師トンペティが予見した通りに運命が訪れた。 ならば今はどうだ? 一度“死んだ”この自分には、この世界でどのような未来が待ち受けているのだろうか。 ――それは今考えても仕方があるまい、とツェペリはふと胸の内に浮かんだ想いを振り払う。 生前の運命が何であれ、今この場に立っている以上は、自分が望む目的の為に歩いてかねばならない。 この大迷宮の最深部にあると言う、吸血鬼に力を与えるエイジャの赤石を自らの手で封印する。 その為に、自分は今、ここでこうしてタバサ達と共に行動を共にしているのだから。 「とにかく礼を言うよ、タバサ。君のおかげで助かった」 「うん。でも気にしないで」 それからタバサは、仲間だから、と小さな声で呟いた。 『まあ何とか助かったからいいような物の……なあ、ツェペリさんよぉ』 「何かな?」 『敵さんの能力ってのは一体何だと思うね。どーも、金属を使うって言うだけじゃ無さそうだぜ?』 先程まで木箱の雨に潰されかけた恨みがあるのか、意地の悪い口調でデルフリンガーが聞いて来る。 しかしツェペリは彼の言葉に含まれていた棘や皮肉の類は一切気にせず、フム、と再び考え込む。 「確かに君の言う通り、先程の私の推測は正しい予想では無かったようだ。 正確に言うならば、金属“だけ”を使うという表現がな…… 先程我々に向けて木箱を崩して来た揺れと言い、次に考えられるのは――」 『船の中のモンを自由に操れる能力ってワケかい?』 「違う……船のスタンド」 冗談交じりに言ったデルフリンガーの言葉に、後から続いたタバサが修正を入れる。 「この船そのものが……誰かのスタンド能力」 そして、その場にいる皆の想像を代弁するかのように、彼女はそう呟いた。 『……スタンドで作った船、か。まー普通だったら悪い冗談で済ませただろーけどよぉ。 ここまで来ちまうとそれ以外に考えられねーよなぁ』 半信半疑という様子ではあったが、それでもデルフリンガーはタバサの言葉に同意する。 無論、確証は無い。だがその可能性はかなり高いはずだとタバサは思う。 以前に戦ったスタンド「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」は、本来ならばガラクタ当然のポンコツ車の外見・性能を強化すると言うスタンド能力を発揮していたし、レクイエムの大迷宮の番人とも言うべきエンヤ婆の「正義(ジャスティス)」もまた、幻のホテルを生み出す程のスタンドパワーを持っていた。 だとするならば、彼らと同じように船一つを丸ごと生み出し、操作出来るスタンドが存在していても不思議では無いだろう。 非常識とはタバサは思わなかった。この世界で触れた異世界の文化一つを取ってみても、自分の想像を絶する物であった以上、自分の想像を超えるよう突拍子も無い能力を持ったスタンド使いがどれだけ出てきても不思議では無いのだ。 そしてここは文字通り敵の腹の中であり、自分達の行動は全て敵に筒抜けとなっていると考えるべきだろう。 「…だが、それだけとも思えんが……ん?」 貨物室に入る直前、タバサを襲って来た敵の攻撃にあくまでも拘るツェペリが彼女の右手の傷に視線を送ると、その先に見覚えのある相手の影が視界の中に入って来た。 斑模様の服を着込んだ猫。先程、この船内にタバサ達を誘導して来た張本人だ。 「あ」 一同の視線に気付いたその猫は、ニャーゴと一鳴きした後に再び踵を返して目の前から去って行く。 「あの猫……また姿を現したな」 『ハッ。あのドブチ野郎、まるで「ご苦労さん、今度はこっちだ」って案内してるみてーだな』 恐らくはデルフリンガーの言う通りなのだろう。 だが、今はまだ、この船に潜むスタンド使いに対しての手掛かりは、あまりにも少ない。 敵がこちらを誘い込む気ならば、それに乗って相手の同行を見極めるのが一番手っ取り早い。 死中に活。確かに下策には違いなかったが、ここで手をこまねいているだけでも同じことだ。 「あの子を追う」 言うが早いか、タバサは貨物室の外へ向かって出ようとする猫を追って走り出していた。 「……やれやれ。何だか着実に敵の罠に嵌まって行ってる感じがするねえ」 『まーな。だけどそれも、虎穴に入らずば何とやらってヤツなんじゃねーのかい?』 「違いない」 軽く肩を竦めて、ツェペリも彼女の後を追って物凄いスピードで駆け出して行く。 「クレイジー・ダイヤモンド…!」 ドラァッ!! この船全体がスタンドの可能性がある以上、迂闊に手で触れる訳にもいかない。 タバサの頭に装備された攻撃用DISCのスタンドが放った一撃が、目の前の金属製の扉を吹き飛ばした。 天井は大小様々なパイプが剥き出しになっており、先程の貨物室程のスペースは無いが、それでも結構な広さの船室だ。 その船室の真ん中で、タバサ達が追い掛けていた猫が立ち止まってある一点をじっと見つめていた。 『なんだい。今まで逃げてばっかいたってーのに、今回はやけに余裕だな』 タバサ達が近付いて来ても、その猫は特に警戒した様子も無くヒクヒクと鼻を鳴らしている。 「…………」 タバサはその場に屈み込んで、猫の頭をぽふぽふと触ってみる。 特に抵抗する様子も無く、タバサのされるがままに身を任せている。 そこで今度は顎を撫でてみる。 ごろごろ。目を細めて呻き声を上げる。嫌がっている訳では無さそうだ。 ――面白い。今度はどこを触ってやろうか。耳の裏?それとも腹か? 全部撫でるのもいいかもしれない。目の前の猫の存在は、無意味にタバサの嗜虐心を刺激する。 『ん……?おい、見てみろよタバサ』 「はっ」 思わず猫を撫でるのに夢中になってしまった。それもこれも、こいつが可愛いのがいけないのだ。 デルフリンガーの呼び声で正気に戻されたタバサは、慌てて猫を撫でる手を止めて視線を脇に向ける。 「…………猿?」 タバサ達の視線の先には、頑丈そうな錠前で閉ざされている鋼鉄製の檻。 その中で、まるでハルケギニアのオーク鬼やトロル鬼もかくやと言う程の、巨大な猿が鎮座していた。 『こりゃおでれーた。猿が本を読んでやがる……』 その猿は口元に紙煙草を咥え、煙を吐き出しながら、胡乱な瞳で手にした本をパラパラと捲っている。 紙煙草と言う物自体を見たことの無いタバサには、猿の咥えている物の正体まではわからなかったが、 彼が手にしている本については見覚えがある。 正確に言えば、それと良く似た物を見たことがある、と言うべきだろう。 不自然なまでに鮮明に描かれた半裸の女性の絵に、見慣れない文字による装飾。 親友キュルケの実家に家宝として伝わっていた、異世界から召喚されし書物にそっくりだった。 以前シエスタを強引に召抱えようとしたあのジュール・ド・モット伯に対して、あの平賀才人がシエスタを取り戻すために決闘を挑んだ際、仲裁にやって来たキュルケがあの本と引き換えにシエスタを取り返したと言う騒動を、タバサは良く覚えている。 そう言えば、平賀才人はあの本も自分と同じ世界から同様に召喚されて来たと言っていた気がするが、ともあれ、あの召喚されし書物には「男性の欲情を駆り立てる」と言う力があるとされており、 それが好色なモット伯の琴線に触れたというのは間違いないだろう。 一応、タバサも問題になったあの本をキュルケから読ませて貰ったことはあるが、目を通した所で何の感慨も湧かなかったし、そもそも、己を高める為の知性の研鑽と言う目的で読書を心掛けている 自分には、娯楽の為の本などは気分転換用に時々読めればそれで充分なのだ。 だがそれでも、この世界で戦いに明け暮れる日々を送っていると、何でも良いから本を読みたくなって来る。 時折大迷宮の中に落ちている、あのコミックスとやらの文字が読めたら良かったのに。 タバサはDISCのパワーを強化する為の大切なコミックスの存在が、たまに恨めしく思える時さえある。 だが、今はそんなタバサの読書に対する姿勢やこだわりなどはどうでも良い。 問題なのは、人間の男の欲情を煽る類の本を、目の前の猿が当たり前のように読んでいると言う点だ。 「……ツェペリさん」 「何かね、タバサ」 「あなたの世界では……猿も本を読むの?」 「いいや。少なくとも、私の知る限りでは普通の猿は本など読まんよ」 我ながら相当に間の抜けた質問だとは思ったが、それでもタバサは大真面目な表情で尋ねる。 そしてツェペリも、タバサの言わんとしていることを察知して、同じく真剣な口調で答えた。 『と言うことは……ひょっとするか?』 「ああ、ひょっとするだろうね」 そこでようやく、猿はこちらの存在に気付いたかのように、手にした本を放り捨てて振り向いて来る。 口に咥えた煙草を檻の中に擦り付け、その火を消す。 そうした一連の仕草だけで、この猿が相当な知能を持っていることが窺える。 特にそう感じさせるのは、そのあまりに人間的な仕草以上に、火を恐れていないことだ。 動物にとって、火とは未知の力だ。 人間が他の動物以上に繁栄して来た背景の一つは、火の力を自在に使いこなして来た為だ。 言い換えれば、人間とは火の「恐怖」を克服し、支配したその「恐怖」を与えることで他の生物達を駆逐してきたのだとも言える。 それはツェペリやスタンド使い達の世界でも、タバサの生まれ育ったハルケギニアだろうと変わらない。 だが、火を前にして全く恐れを見せず、逆にそれを煙草の為に使ってみせるこの猿は既に動物の範疇を越えている。 そして、それは同時にこの猿が火の「恐怖」を上回る「力」を持っている傍証にも成り得る。 猿はタバサ達の方に視線を向けたまま、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。そして。 『コイツっ…!やっぱりコイツが、スタンド使いかぁーッ!!』 デルフリンガーの叫びを肯定するように、船室の天井を走るパイプの群れがタバサ達に降り注いで来た。 To be continued…… 第8話 その1 戻る
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契約! クールでタフな使い魔! その① 「あんた誰?」 日本とは思えないほど澄んだ青空の下、 染めたものとは思えない鮮やかなピンクの髪の少女が彼を覗き込んでいた。 黒いマントをまとい手には杖。まるで魔法使いのような格好だ。 いぶかしげに自分を見つめるその表情に敵意の色はない。 だから、とりあえず周囲を見回した。 ピンクの髪の女と同じ服装をした若者達が囲むように立っていた。 共通する事は全員日本人ではない事。欧米人が多いようだ。 するとここは…………ヨーロッパのどこかだろうか? なぜ、自分はこんな所にいる。 そう疑問に思ってから、ようやく自分が草原の中に仰向けに倒れていると気づいた。 ヨーロッパを舞台にした映画に出てくるようなお城まで遠くに建っている。 「…………」 事態がいまいち飲み込めず、しかし警戒心を強めながら彼はゆっくりと起き上がった。 少女は、男が自分よりうんと背が高く肩幅も広い事でわずかにたじろぐ。 「……ちょ、ちょっと! あんたは誰かって訊いてるのよ! 名乗りなさい!」 「やれやれ……人に名前を訊ねる時は、まず自分から名乗るもんだぜ」 「へ、平民の分際で……ななな、何て口の利き方!?」 少女が顔を赤くして怒り出すのとほぼ同時に、周囲に群がっている連中は笑い出した。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」 誰かが言う。笑いがいっそう沸き立ち、少女は鈴のようによく通る声で怒鳴った。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 どうやら、この少女の名前はルイズというらしい。 ルイズ……名前から察するにフランス人だろうか。という事はここはフランス? となると、この訳の解らない状況にも説明がつくような気がしてきた。 あのトラブルメーカーの友人が関係しているかもしれない。それはさすがに被害妄想か。 (しかし……スタンド攻撃にしては妙だ。 俺をここに瞬間移動させたのはこのルイズという女らしい……。 だが周りにいる奴等の言動を見ると、どうにもスッキリしねぇ) とりあえず彼は、一番近くにいるルイズを見下ろして訊ねた。 「おい、ここはどこだ。フランスか?」 「フランス? どこの田舎よ。それに使い魔の分際で何よその態度は」 「使い魔……?」 先程聞いた『サモン・サーヴァント』という単語を思い出す。 そして、見渡してみれば黒いマントの少年少女達の近くには、様々な動物の姿があった。 モグラであったり、カエルであったり、巨大なトカゲであったり、青いドラゴンであったり。 「………………」 ドラゴン? 集団から少し離れた所で、髪が青く一際年齢の低そうな少女がドラゴンの身体を背もたれに読書をしている。 ファンタジーやメルヘンでなければありえない光景だ。 もし、これが夢や幻でないとしたら、つまり……現実に存在するファンタジーといったところか? 約五十日ほどの旅でつちかった奇妙な冒険のおかげで、非現実的な事に対する耐性ができたというか、 そういうものを柔軟に受け入れ理解し対処する能力を磨いた彼は、 持ち前の冷静さと優れた判断力のおかげもあって取り乱すような事はなかった。 周囲をキョロキョロ見回している平民の姿に腹を立てたルイズはというと、 教師のコルベールに召喚のやり直しを要求していた。しかしあえなく却下される。 「どうしてですか!」 「二年生に進級する際、君達は『使い魔』を召喚する。 それによって現れた『使い魔』で、今後の属性を固定し、専門課程へ進むんだ。 一度呼び出した『使い魔』は変更する事はできない。 何故なら春の使い魔召喚は神聖な儀式だからだ」 「でも! 平民を使い魔にするなんて聞いた事がありません!」 ルイズとコルベールの会話をしっかり聞いていた彼は、ある仮説を立てる。 つまり自分はルイズの能力によって、元いた場所からここに『召喚』された。 そしてそれは周囲にいる全員が行っているようであり、スタンド能力ではなさそうだという事。 さらにここはドラゴンがいる事からヨーロッパどころではなく、 ファンタジーやメルヘンの世界だという……突飛で奇抜で冗談のような話。 『召喚』されるのは本来――動物やあのドラゴンのような神話の生物等であり、人間ではない。 しかし彼女ルイズは人間を『召喚』してしまった。 『召喚』された生物は、『召喚』した人間の『使い魔』であるらしい。 『使い魔』という単語からだいたいどのようなものかは想像できる。 (俺が……この女の使い魔だと? やれやれ、冗談きついぜ) とにかく、彼にとって今必要なのは現状把握をするための情報だ。 話をするのに一番適しているのは……少年少女達を指導しているらしいハゲ頭の中年。 さっそく彼に声をかけようとしたところで、彼と話をしていたルイズがこちらを向いた。 ルイズは自分が召喚した平民を見た。 身長は190サントはあろうか、黒いコートに黒い帽子をかぶっている。 顔は……なかなか男前だが、それ以上にとてつもない威圧感があって、怖い。 でも、自分が召喚したんだから。自分の使い魔なんだから。 だから、しなくちゃ。 「ね、ねえ。あんた、名前は?」 恐る恐るもう一度訊ねてみる。まただんまりかと思った矢先、男は帽子のつばに指を当てて答える。 「承太郎。空条承太郎だ」 「ジョー……クージョージョータロー? 変な名前ね」 本当に変な名前だった。聞いた事のない発音をする名前だ。 ルイズは彼の奇妙な名前を頭の中で暗唱しながら、彼に歩み寄り、眼前に立つ。 そして彼の顔を見上げて、届かないと思った。承太郎は鋭い双眸で自分を見下ろしている。 やる、やってやる。こうなったらもうヤケだ。 ルイズは、ピョンとジャンプして承太郎の両肩に手をかけて自分の身体を引っ張り上げ――。 CHU! 一瞬だけ、ついばむようなキス。 さっきから鉄面皮を崩さない承太郎もこの行動には驚いたようで、目を丸くしている。 ストン、とルイズは着地した。ほんの一秒かそこらの出来事。 心臓がバクバクする。だだだだって、今のはファーストキスだったから。 頬が熱くなる。周囲の視線が気になる。 承太郎はどんな顔をしてるんだろうと思って、見上げて、ヒッと息を呑んだ。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ なんだろう、これ。承太郎はただ立っているだけなのに、地響きが起きているような錯覚。 あまりのプレッシャーに、ルイズは思わず一歩後ずさり。 その瞬間、承太郎が叫んだ。 「いきなり何しやがる、このアマッ!」 「キャッ!」 重低音の怒鳴り声のあまりの迫力にルイズは尻餅をついた。 続いて、承太郎も膝をつく。左手の甲を右手で覆い隠しながら。 「グッ……ウゥ!? こ、これは……」 使い魔のルーン。 承太郎の左手に刻まれたものの正体を、ルイズは恐る恐る教えた。 こうして――ルイズは奇妙な服装をした奇妙な平民を己の使い魔としたのだった。 今日召喚された使い魔の中で一番クールでタフな使い魔がこの承太郎だとも知らずに。 目次 続く
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『参ったねえ、こりゃ実に参った』 手に握り締めた知恵ある剣、デルフリンガーが何度目とも知れぬ愚痴を漏らす。 ここはハルケギニアと呼ばれる世界。 トリステイン魔法学院に在学する学生達に、遺跡調査の依頼が舞い込んで来た。 それ自体は、決して珍しい話では無い。 魔法学院に通うメイジ達とは例外なく貴族の家系であり、彼らはいざともなれば習得した魔法を駆使して、他国との戦争の為に激しい戦場に立たねばならない。 学問や魔法の研究、そして武者修行の為に、魔法学院の学生達は日々の授業以外にも命の危険を伴う冒険に挑む必要があるのだ。 今回もそうした――危険ではある物の、ありふれた冒険の一つのはずだった。 『よお、これからどうする。先に進んじまうか、連中を探すか、どっちだい』 遺跡を守護するガーディアンとの戦いに気を取られ、仕掛けられていたトラップを見抜けなかったのは自分のミスだった。結果として、一緒に遺跡までやって来た仲間達と離れ離れになってしまい、今この場にいるのは自分と、そしてデルフリンガーの一人と一本。 一刻も早く仲間達と合流し、任務を終えてこの遺跡を脱出する。 果たさねばならない目的の数はたった3つ。口で言うのは簡単だが、かなり困難な話である。 今、自分は何処にいるのか?仲間達の位置は?遺跡を守るガーディアンやトラップの存在は? 目的に対して問題は山積み。 もし一人でこの遺跡に訪れていたとしたら、気にする事は無かっただろう。 だが、仲間達を放っておくわけにはいかない。彼らは、孤独だった自分に出来た初めての友達。 死と隣り合わせの戦場でも、笑って肩を並べてくれる、かけがえの無い人達。 父を殺され、母を狂わされ、自らもまたトリステイン魔法学院での過酷な任務の中で惨死することを望まれた、あの可愛そうなシャルロットは、もういないのだから。 『なあ、タバサ――』 「皆と合流する」 タバサはいつも通りのか細い声で――しかしはっきりと意思を込めて声に出した。 『んぉ?お、おう、わかった。しっかしおどれーたぜ、あんたがちゃんと返事をしてくれるなんてよぉ?』 それっきり返事は返さない。決してデルフリンガーのことが嫌いな訳では無かったが、必要の無いこと以外は、あまり喋りたくは無かった。 それは、誰に対しても変わらない、他人へのタバサの接し方。 ――しかし何故、自分はこのインテリジェンスソードを持っているのだろう? これは彼女のクラスメイト、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール―― 通称「ゼロのルイズ」の使い魔が使っている筈の剣なのに。やはりこの剣は異世界から来たというその使い魔の青年、平賀才人の手に握られているのが良く似合う。 まあ、いい。武器を失う羽目になった才人のことは気になるが、 彼やルイズの側にはタバサの頼れる親友キュルケや、少々お調子者だけど召喚魔法の技術は確かなギーシュと言った仲間達がいるはず。 自分は彼らの無事を信じて、「早くデルフリンガーを返したいなあ」と考えていればいいのだ。 『んじゃ、合流すると決めたからにゃ、どっちに行くよ?右か?左か?上かい下かい?』 「……………」 タバサは黙って歩き始める。途中途中で、魔法を使って自分が通ったというサインも残しておく。 他に良い考えがある訳じゃなかったが、向こうもこちらを探しているなら、きっと大丈夫。 例えすぐには会えなくても、互いに強く「探そう」「会いたい」という意志を持って 歩いているなら、いつかは必ず再会出来るはずなのだ。 何故なら、自分達はお互いに向かっていっているのだから――。 『……おっ。こりゃどーも、順序が逆になったみてぇだな』 デルフリンガーの言葉に、タバサもこくりと頷く。 彼女達の目の前に立ち塞がる扉は、これまで散々遺跡の中で見続けて来た石造りの物とは違う、金属とも有機物とも付かぬ物質で作られている奇妙なデザインの扉だった。 まるで扉自体が何かの生き物であるかのように、巨大で禍々しい力すら感じ取れる。 この扉を開いたが最後、何が起こるのか――そうしたイメージすら封殺してしまう程の凄味があった。 そう。間違いなく、この扉こそがこの遺跡に眠る最大の「何か」なのだろう。 『どうする、タバサ?』 「……………」 一人でこの扉を開けてしまって大丈夫なのか?出来るなら、仲間達と合流したい。 この扉の先に何があるのかわからない以上、迷いはある。 ――だが、逆に。 逆に考えるなら、今ここで自分一人で扉を開いてしまえば、皆を巻き込まなくて済むのかもしれない。 その為に例え自分が命を落としたとしても、仲間達だけは助けられるかもしれない。 今まで歩いて来た中で、別の道は無かった。後戻りか、扉を開いて先に進むか。二つに一つ。 「………開ける」 決然とした口調で、タバサは言う。デルフリンガーを鞘に収め、自分の杖と一緒に脇へ置いておく。 そして、その小さな手を目の前の扉に掛け、精一杯の力を込めて開こうとする。 ゴトリ ――扉は、あっけない程簡単に開いた。 そしてその刹那、タバサは何か目に見えぬ圧倒的な力によって、凄まじい勢いで扉の中に引き摺り込まれようとしていた。 『――タバサ!』 「…………!!」 なけなしの力を振り絞って、タバサは声を頼りにデルフリンガーを掴む。杖は、間に合わない。 そして一人と一本は、扉の中へと吸い込まれて行く。 やがて意識を失うその直前、タバサは確かに誰かの声を聞いた気がした。 「――大迷宮へ……そして君の試練へ……ようこそ……――」 ゼロの奇妙な使い魔「タバサの大冒険」 To be continued… 戻る
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登録日: 2015/07/01 Wed 23 58 36 更新日:2021/04/22 Thu 19 06 22 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 MF文庫 スピンオフ ゼロの使い魔 ゼロの使い魔外伝 タバサの冒険 タバサ ヤマグチノボル ライトノベル 外伝 わたしは人間なの。だから人間の敵は倒す……それだけ。 ゼロの使い魔外伝・タバサの冒険とは、 ヤマグチノボル原作のライトノベル『ゼロの使い魔』の登場人物・タバサを主人公にしたスピンオフ作品である。 既巻は3巻。 今拓人によるコミカライズもされている。ただし途中から原作9巻から10巻のアーハンブラ編へとシフトする。 【あらすじ】 本編の舞台となるトリステイン魔法学院に通う少女タバサは、 実はガリア王国の暗部の汚れ仕事を請け負う秘密組織『北花壇騎士団』の一員であり、本名をシャルロット・エレーヌ・オルレアンと言った。 タバサはガリア王国の傲慢な王女イザベラの命を受けて、様々な困難な任務に狩りだされる。 しかし、タバサは文句ひとつ言うこともなく、無理難題の任務の数々をこなしていく。 そこにはタバサの生家と王家の血塗られた因縁が隠されていた―― 【概要】 基本的に、任務を与えられたタバサが現地へ赴いて現地の人たちと交流しながら任務を果たしていくという一話完結方式をとっている。 だが中にはシルフィードを主人公にしたものや、タバサの過去編も存在しており、タバサという人物をいろいろな方向から掘り下げていっている。 本編とはリンクしており、それぞれの話が本編のどのあたりの出来事なのかをわかるようになっている。 イザベラは後に本編にも登場。本作のエピソードや登場人物はいずれも人気の高いものが多い。 【主な登場人物】 タバサ トリステイン魔法学院に通う2年生。ガリアからの留学生であり、小柄な体と青い髪と目を持ち、二つ名は『雪風』 本来はガリアの王家の一門であるオルレアン家の娘であるが、現在その地位は剥奪されていてタバサは偽名である。 母の心を魔法の毒物で狂わされており、その解毒剤を手に入れるためと復讐のために、いかなる危険な任務をも受けている。 性格は無口で人付き合いを自分からはしないタイプ。 しかし情には厚く、任務の達成には遠回りになるとわかっていても人命や心を優先した作戦をとることもある。 反面、隠れドSなところもあり、普段はおとなしく見えてもちゃっかりえげつない手段で意趣返しをすることもある。 シルフィード タバサの使い魔で、2年生昇級の『使い間召喚の儀』で呼び出された。 周りにはウィンドドラゴンに見せているが、実は人語を解する絶滅種『風韻竜』の生き残りで、本名はイルククゥ。 年齢は200歳を超えているが、精神年齢の発達は遅く、おつむは幼児並み。 明るく優しく奔放な性格で、危険な任務ばかりさせられるタバサのことを常に心配している。 なお、主人といい勝負の食いしん坊である。 イザベラ ガリア王国の第一王女で、国王ジョゼフの一人娘。 王家の人間であるためタバサと同様の青い髪と瞳を持っているが、印象は凶暴。ファンからの愛称はデコ姫。 気まぐれで冷酷かつ嗜虐的な性格をしており、タバサとは正反対。 タバサの属する北花壇騎士団の団長を兼任しており、彼女がタバサに命令を出すところから物語は始まる。 魔法の才能に乏しく、強いコンプレックスを抱いており、天才的なメイジであるタバサに強く嫉妬していることから、 あてつけにタバサにわざと危険で困難な任務ばかり当てている。 【これまでのお話】 第一話、タバサと翼竜人 北花壇騎士団員タバサに任務が下った。指令は、エギンハイム村で村人と対立している翼人を討伐せよ。 しかし、現地に赴いたタバサの前に、人間と翼人の共存を願う恋人たちがやってきて、なんとか討伐を中止してくれと頼んでくるのだった。 第二話、タバサと吸血鬼 サビエラ村で、一晩のうちに若い娘が体中の血を吸い尽くされて殺害される事件が続発した。ハルケギニア最悪の妖魔、吸血鬼の出現である。 吸血鬼討伐に出発したタバサだったが、吸血鬼は普通の人間と見分けがつかない。 姿なき殺人鬼に対して、タバサがとる作戦とは。 第三話、タバサと暗殺者 王女イザベラに暗殺を狙っている者がいるとの疑惑があがった。タバサは魔法でイザベラと入れ替わって捜査をはじめる。 だが、暗殺者の正体と黒幕は意外な人物であった。 第四話、タバサと魔法人形 珍しい任務が下った。ガリアの名門の引きこもりの少年を学校に通わせろというのだ。 危険のない任務に退屈げなイザベラから、たわむれに魔法人形スキルニルを譲られたタバサはいつもどおりに任務に向かう。 しかし少年の冷え切った家族関係と、彼を一身に思うメイドのアネットの訴えに、タバサはある考えをめぐらせるのであった。 第五話、タバサとギャンブラー 違法賭博場撲滅の命を受けたタバサ。偽名を使って潜入するが、カジノのディーラーはなんとタバサの家で昔に仲のよかった使用人だった。 しかも、イカサマ賭博の証拠を掴まなくてはカジノをつぶすことはできない。 情と使命、さらにタバサの目をもあざむくカラクリの正体とは? 第六話、タバサとミノタウロス 任務を終えて、とある村で休息をとっていたタバサは、平民の老婆から助けを求められる。 エズレ村に人食いのミノタウロスが現れ、生贄を求めているというのだ。 助っ人を引き受けたタバサだったが、ミノタウロスの正体は人攫いの野盗がミノタウロスを騙ったものだった。 追い詰められるタバサだったが、なんとそこに本物のミノタウロスが現れる。しかも、そのミノタウロスは人語をしゃべり、自らを貴族と名乗った。 番外編、シルフィードの一日 とある平和な日、のんびりとしていたシルフィードはニナという少女と仲良くなる。 けれども、近隣の村の住人にはドラゴンであるという理由だけで嫌われてしまった。 使い間仲間に慰められても傷心のシルフィード。だが、そんなシルフィードを救ったのは少女の純粋な心であった。 第七話、タバサと極楽鳥 イザベラの気まぐれと嫌がらせで、火龍山脈に住む極楽鳥の卵を採りに行かされることになったタバサ。 そこでタバサは、料理人を目指して修行中というリュリュという少女に出会う。 だが極楽鳥は強力な火竜に守られていて手出しができない。そこでタバサは、錬金を使っての料理という新境地を目指している リュリュの魔法を使おうと考えるが、リュリュは大きな壁にぶち当たっていた。 第八話、タバサと軍港 ガリア王国軍両用艦隊の軍艦が次々と爆破されるという事件が起き、タバサが調査に派遣される。 幹部士官らに邪険にされながらも、協力者を得て調査を進めるタバサだったが、次第に事件の背後に潜むどす黒い影に気づいていく。 それはタバサ自身の生い立ちにも関わる。人の心を弄ぶ禁呪を用い、無関係な人間を大勢巻き込むことをも辞さない狂気だった。 第九話、タバサとシルフィード シルフィードがタバサに召喚された直後のお話。 見るからにちんちくりんなのに偉そうなタバサに不満タラタラのシルフィードだったが、ある日ひとりでお使いに出かけることになった。 ところが世間に疎いシルフィードは悪い人にだまされて…… 第十話、タバサと老戦士 コボルドに襲われているというアンブラン村に赴いたタバサ。彼女はそこで、村人から慕われているユルバンという老戦士に出会う。 タバサの実力を持ってすればコボルドは敵ではなく、任務達成は容易なものと思われた。 だが、タバサたちは村で過ごすうちに奇妙な違和感を感じ出す。さらに血気にはやったユルバンがコボルドに囚われてしまい…… 第十一話、タバサと初恋 最近タバサの様子がどうにも変だ。妙にそわそわして落ち着かない様子だったりしている。 それが恋だと思ったシルフィードは一念発起、なんとかタバサの初恋を成就させようとあの手この手を試みるけれど空回りばかり。 一方で、タバサも自分の中に芽生えた不思議な気持ちがわからずに自問自答を続けていたが…… 第十二話、タバサの誕生 タバサがまだシャルロットと名乗っていた時期の話。 ガリアの先王が亡くなり、時期後継者候補のひとりであったシャルロットの父オルレアン公が暗殺された。 ジョゼフが王となり、オルレアン派最後のひとりであるシャルロットは母の身柄と引き換えに怪物の跋扈するファンガスの森に送られる。 そこは凶暴な合成生物キメラたちの魔境であり、ボス格である『キメラドラゴン』を倒さなければならない。 戦闘経験などないシャルロットはキメラに襲われて絶望するが、そこを森の猟師であるジルという女性に救われる。 ジルから戦い方を学び、シャルロットは戦士として成長を始める。だがそれは、長くつらい戦いの始まりでしかなかった…… 追記・修正はムラサキヨモギを噛み締めながらお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] これらの中では極楽鳥の話が一番好きかな。リュリュがすごくいい子ってのもあるけど、彼女の魔法が完成したらハルケギニアから飢餓がなくなりそう -- 名無しさん (2015-07-20 01 11 09) アニメの最大の罪はデコ姫を出さなかったことである -- 名無しさん (2015-08-06 00 39 39) なんやかんやでかなり続いたんだな -- 名無しさん (2015-09-15 16 55 09) OVAでシリーズ化希望 -- 名無しさん (2016-05-16 13 15 48) ふと思ったけど、錬金で食料作れたら人口爆発につながるんじゃなかろうか -- 名無しさん (2017-02-05 21 45 18) 読み返すと、ハッピーエンドで終わらない話もあるし、本編に比べて大人向けファンタジーって感じがしたな -- 名無しさん (2018-07-04 00 01 47) 作れたらというより、錬金による食料生成はあまりうまいものが作れないだけで昔から可能だったっぽい。普段からは食べてないだけで深刻な食糧不足ならそれで食べ物を作るだろうからハルケギニアでは餓死なんて基本ないんじゃないか。魔法のサービスは思いのほか安いようで、大豆に錬金をかけてつくる代用肉のほうが本物の肉よりずっと安いみたいだし。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 50 54) 時系列的にはちょっとおかしな話もある。「タバサとシルフィード」では彼女はサイトと同じ日に召喚されていてまだいくらも時間が経ってないはずなのに、タバサの任務や境遇について妙に詳しかったりとか。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 54 31) 名前 コメント
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ここは、タバサの名言集を書き連ねる場所です。 過度な期待はしないでください。 ※書き足すのは自由ですが、本人が消す可能性があるので、ご注意を。 「もっと私を見てほしいんです!!」 チャットの参加者の人たちが、誰か特定の人に目を向けている場合に、よく使うセリフ。 ここで無視すると、ヒナミザワ症候群が一気にL5到達する場合があるので、ご注意を(おま 「チン☆クロ召喚!」 シンクロ召喚をする際に、発するセリフ。絶対に文字サイズは最大という暗黙のルールがある(おま ちなみに、これ前に何かの召喚術のような言葉を入れると、さらにグッド。 元ネタは、ニコニコ動画のあるMADより。 「闇射す道となれ」 レッド・デーモンズ・ドラゴンをシンクロ召喚する際に、↑の言葉の前に入れる言葉。 「光射す道となれ」を闇バージョンにしたという由来がある。 「ぷいにゅー」 沈黙の際に、よく発する言葉。 世界中の人が、やさしい心をこめてこの言葉を言えば、この世は平和になるという裏設定がある。 元ネタは、「ARIA」のキャラクター「アリア社長(アリア・ポコテン)」の鳴き声より。 「バカ野郎」 主に、自分のことを指していう言葉。 本人が言うには、「誰が言うかによって、萌えか萎えかは、変動する」らしい(ぇ 元ネタは、「みなみけ」のキャラクター「南チアキ」がよくいう言葉より。 「死神かww」 いろんな用途がある言葉。チンクロ召喚の際の言葉にしてもいいし、人に対しての突っ込みでもいい。 「スピリッター」 スピリットデッキのことを指す。
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~学生寮の部屋~ 「それでは…えーと、余ったDISCの回収の方をお願いします……と」 『そこで送信ボタンを押すんだ』 「あ、はい。よいしょっ」 ポルナレフの指示通りに、シエスタが今までパソコン上で書いていた電子メールの内容を送信する。 暫く待つ内に送信終了の文字が画面上に表示され、メールが確実に送信されたことを知らせる。 「……ふぅ。この「ぱそこん」って言うの、何度使っても中々使い方が覚えられませんね…」 『それは仕方が無いな。まず使われている言葉自体が君達の世界の物とは違うし、そもそもこうした機械自体、私の世界でも誕生してから数十年…… ここまでの機能を持つようになったのも僅か十年足らずの話でしか無かったからな』 携帯用のノートパソコンの前で深く嘆息するシエスタに、ポルナレフはそう答える。 モニター画面には、かつての友人達の国で使われていた、彼にとっても異国の言葉が並べられている。 『それに私とて、この国の言葉はあまり詳しくは無い。少しぐらいなら読めるんだがな』 一人はある旅の中で命を落とし、もう一人はその旅の後で別れて以来、二度と再会することは無かった。 ポルナレフは、もう二度と出会うことの無い友人達の姿を思い出しながら言う。 「でも、すごいですね。遠い所にいる人にも、こうやってお手紙みたいなのを出せるんですから」 『そうだな』 既に、生活必需品やその代わりになるDISCを仕入れる為に「パッショーネ」「レストラン・トラサルディー」と言った、この世界で生み出されるDISCやアイテム、生活用品等を回収し、販売・提供している集団と何度か電子メールの遣り取りをしているが、未だに電子メールの仕組みは良くわからない。 ポルナレフから、電子メールの送受信以外にもこのパソコンが持つ機能について色々と聞かされてはいたが、そのどれもが、ハルケギニアで使われている魔法よりも余程御伽噺めいているとシエスタは思う。 そんな彼女の心の内を見透かしたかのように、ポルナレフもその言葉に同意する。 『私の世界でも、少し昔では考えられない話だ……全く、時代とは常に変わる物なのだな』 「あ、その言い方、おじさんみたいですよ、ポルナレフさん」 『ハハハ…シエスタから見れば、私は立派なおじさんだよ。おまけに今では死んでしまった幽霊だしな』 自分の体内に居住空間を作ることの出来る亀のスタンドの中で、自らの肉体を失ったポルナレフは笑う。 シエスタは再びテーブルの上のパソコンに視線を向け、感慨深げにその金属製の機械を撫でる。 「……こういうのが当たり前にある所から、サイトさんは来たんですよね。 今までずっと、もしかしたらって思っていましたけど… やっぱり、サイトさんは私なんかとは全然違う国の人なんですよね……」 名門貴族の子女でありながらも、満足に魔法の使えないゼロのルイズが、それでも辛うじて 召喚に成功した使い魔――異世界からやって来たと言う平民の青年、平賀才人が大事そうに“それ”を持っていたことを思い出しながら、シエスタは言う。 平賀才人の持っていた“それ”と寸分違わぬ形をしている目の前のパソコンもまた、この世界が生み出した無数の“記録”の一つ。どういう理屈だかは不明だが、電力の存在する亀の中ならば問題無く利用出来るこの平賀才人のパソコンも、“本来”のシエスタがいるハルケギニアでは必要な電源を供給出来ずに、ずっと以前に動かなくなって久しい。 シエスタと出会ってから、彼は自分の生まれた世界の色々な話をしてくれた。 特に、彼女の生まれ故郷に奉られていた、祖父の形見である「竜の羽衣」が彼の生まれ故郷で作られた乗り物であり、他ならぬ彼女の祖父自身も平賀才人と同じ国からやって来た異邦人であると言う話を聞いた時は、半信半疑ながらも大層驚かされたものだった。 やはり、彼は自分とは違う世界の人間なのだ。いつかは元の世界に帰ってしまうのかもしれない。 そうなれば永遠に会えなくなってしまう。ちょっと頼りなくて、女の子に対して優柔不断な所もあるけれど、それでもいざと言う時は誰よりも勇敢で一生懸命で、トリステイン魔法学院に通う貴族達とは違う、平民である自分と同じ目線で物事を考え、接してくれたあの人と。 今ここにいる自分は魔法学院で暮らすあのシエスタ本人では無いけれど、それでも平賀才人に惹かれ、彼に想いを寄せ続けて来た彼女の記憶を確かに持っている。 本来の世界で時を過ごして来た者達と全く同じ記憶や精神を持つ者…… この世界で生み出される“記録”と言う存在は、そういうものだった。 今の自分が感じているこの不安と焦燥もまた、ハルケギニアのシエスタが胸に抱いている感情と寸分違わぬものなのだ。 少なくとも、彼女のような“記録”が形作られたばかりの、その瞬間だけは。 「……サイトさんに、会いたいな」 この世界が作り上げた“記録”にはそれぞれに役割が与えられている。 そしてシエスタと平賀才人がそれぞれに担う役割は、お互いに交わってはいない。 彼女がこの世界に“誕生”してから、未だに再会していないその青年の姿を思い出しながら、シエスタはそう呟いた。 「ホンギャ!ホンギャ!ホンギャア~!」 それでも一向に赤ん坊は機嫌を直そうとはしない。 その様子を見て、シエスタはようやく赤ん坊が何を求めているのかを悟る。 「…どうもお腹が空いてるみたいですね。何かご飯を作ってあげないと…」 「メシか……だったらミルクでも作るか?それぐらいなら俺でも出来るだろ」 「う~ん。それよりも、出来ればちゃんとしたご飯の方がいいんですけど…」 噴上裕也の提案に、シエスタは困ったような表情を浮かべて首を振る。 「仕方がありません。私、今から作って来ますから。 ユウヤさん、ちょっとだけ赤ちゃんのことをお願いしますね」 「うっ。やっぱり俺が見てなきゃダメか」 「ダメですよ。それに、この子だって女の子なんですから、女の子に優しいユウヤさんならそのぐらい出来ますよね?」 言外に、下手に赤ん坊を扱ったらタダでは済まさないと言っているのは明白だった。 気は進まなかったが、彼女の言う通り、このまま赤ん坊に食事を摂らせないという訳にはいかない。 食事による栄養分の摂取は人間の生活において最も重要な行為だ。 その重要性を誰よりも知るが故に、自らも栄養補給に特化したスタンドを発現させた噴上裕也は、観念したように頭を下げる。 「……わかったよ、何とかやってみる。だけどシエスタ、なるべく早く戻ってきてくれ」 「はい、勿論です。いつまでも赤ちゃんのお腹を空かせておくわけにはいきませんものね」 にっこりと笑ったつもりだったが、赤ん坊のスタンドのせいでシエスタの笑顔は噴上裕也には見えない。 頭を掻きながら、噴上裕也は透明になっている赤ん坊の“臭い”を辿って、その体に触れる。 その感触を受けて、シエスタは既に透明になりつつある噴上裕也に向けて赤ん坊を渡す。 「フギャア!フギャア!フギャア!フギャア~!!」 心なしか、シエスタに抱かれていた時より赤ん坊の泣き声が大きくなった気がする。 コイツとはとことん相性が悪いんだな、と噴上裕也は赤ん坊を抱きかかえながら、そんなことを思う。 「なあシエスタ」 「はい?」 「全速力で頼むぜ」 「はい、わかりました」 既に再び亀の中のスタンドに入り込もうとしていたシエスタに向けて、噴上裕也は心の底からそう願った。 噴上裕也がこの赤ん坊を連れて学生寮の部屋にやって来てから、平賀才人のパソコンで赤ん坊の世話に必要な生活用品を色々と取り寄せているので、ベビーフードを作る為の食材に関しては問題はない。亀のスタンドの中に調理場のスペースも増設してあるので、その気になれば学生寮の部屋と亀のスタンドがあれば充分生活は出来る。 逆に言えば、この世界で日常生活を送る為の必要最低限の環境を整える為に、シエスタも含めてこれらの空間が存在しているのだとも言える。 そして噴上裕也が赤ん坊の泣き声を必死に押さえつけようと四苦八苦することしばし。 ようやく、皿に盛られたベビーフードを片手に持ったシエスタが亀の中から出て来た。 「ユウヤさーん、シズカちゃーん?どこですかー?」 “臭い”で相手の様子や居場所を察知出来る噴上裕也とは違い、シエスタには透明になった状態の二人の様子はわからない。 きょろきょろと見回しても、透明になった範囲がより広がっている室内の様子しか見えない。 「おう、ここだここだー」 「どこですかー?見えないんですけどー?」 「ベッドの上だ、すぐ来てくれー」 「はーい」 未だに赤ん坊の声が止んでいないので、それに負けないくらいの大声を上げて噴上裕也は答える。 そのベッド自体も透明となっていてシエスタの目には見えなかったが、位置はわかる。 何かにぶつかって転んだりしないように注意を払いつつ、シエスタは普段ならベッドが置かれている 場所に向けて、ゆっくりと近付いて行く。 「その調子だ。そのまま左…じゃなくて、お前の方から見て右に2、3歩って所だ」 「この辺ですか?」 噴上裕也の言葉通りに歩みを進め、シエスタは空いた方の手を伸ばす。 ぽふん、と何かに当たる感触。 「あ。二人とも、みーつけた」 「おう。随分と美味そうなモンを作って来たらしいな、臭いでわかるぜ」 「うふふ、有難うございます。えーと、それじゃあどうしようかな……っと」 流石に片手では赤ん坊を抱けないので、一旦膝をついて床に離乳食の入った皿を置く。 「それじゃユウヤさん。赤ちゃん、お借りしますね」 「あいよ」 そして膝をついたまま、噴上裕也から慎重な動作で透明の赤ん坊を受け取る。 赤ん坊の体が上を向くように、自分の腕と体でしっかりと固定してから、シエスタは片手を伸ばして皿と一緒に持って来たスプーンでベビーフードを一掬い。そのまま赤ん坊の口元へと運んでいく。 「はーい、待たせちゃってごめんなさい。ご飯が出来ましたからねー」 「フギャ……ふぇ?」 ベビーフードの臭いを嗅ぎ取った赤ん坊が、泣き声を止めてスプーンの中のそれに口を近付けて行く。 シエスタのアシストを受けて、そのままスプーンの中身を一含み。 「ウキャ♪ウキャキャ♪」 シエスタの作ったベビーフードがお気に召したらしく、赤ん坊が手足をバタバタ動かして次の一口を催促し始める。それと共にアクトン・ベイビィの能力が勢いを弱め、室内の透明化が解除されていく。 そして赤ん坊の注文通りに次の一口を運ぶシエスタの目の前に、憔悴した様子の噴上裕也が姿を現した。 「…ユウヤさん、お疲れですね」 「ああ、スゲー疲れた。どーも俺は、このガキにゃ好かれてねぇみてーだからなぁ…。 まァしかし、お前さんの方は結構気に入られてるみてーだな。 そういやタバサにも割かし懐いてたっけか、コイツ」 「あはは。もしかしてこの子ってば、「女の子が好き」とか」 「有り得るな。いやマジな話、俺よりかは女の方が抱かれ心地がイイってのはあると思うぜ。 何よりもまず“臭い”が違う。人それぞれではあるんだが、大概は女の“臭い”の方が 甘ったるくて柔らかいんだよな。逆に男の“臭い”は強くなりがちなんだが、それは多分、 男は女にガキを生んでもらわなくちゃなんねー都合上、女を引き寄せる為に強い“臭い”に ならざるを得ないからなんだろうな。 ま、ともあれ男の俺の“臭い”は、このガキみてーな赤ん坊には刺激が強いのかもしれねー。 体内に溜まっている不純物が少ない以上、ガキの感覚ってのは鋭敏なモンだからな」 「もうっ。良くはわかりませんけどそのお話、何だか言ってることがエッチっぽいですよ」 「簡単に言やあ、抱いたり抱かれたりは男よりも女に限るって話だな。少なくとも俺はそーだぜ?」 「はいはい。まったく、ユウヤさんってばエッチでいけないお兄さんでちゅねー。ねえシズカちゃん?」 「オギャ」 シエスタの胸に抱かれながらベビーフードを平らげている赤ん坊―― 乳母車や服に縫い付けられていた刺繍などから、静・ジョースターと言う名前が判明した彼女が、シエスタに同意するかのように声を出した。 「…しかしお前、マジで美味そうなモン食わせてるな」 物欲しそうに静の食事を覗き込む噴上裕也が、そんなことを呟いた。 自慢の鼻をヒクつかせて、“臭い”を元にベビーフードの正体を探ってみる。 トロトロに煮込まれているベビーフードから漂ってくるのは、ミルクに卵黄、それにバナナとパンの“臭い”。 どうやらこれは、それらを一つの鍋の中でトロトロになるまで煮こんだものらしい。 「これ、実はポルナレフさんに教えて貰った物なんですよね」 「ポルナレフの旦那に?」 静に離乳食を食べさせながらのシエスタの言葉に、噴上裕也は地面をのろのろと歩く亀の方に視線を向ける。 「旦那、アンタにも子供がいるのかい?何だか意外だな、アンタには独身ってイメージがあったんだが」 『いいや。君の言う通り、私は独身だよ』 亀のスタンドの中から姿を見せて、ポルナレフが噴上裕也の言葉を肯定する。 『昔の知り合いが赤ん坊に作ってるのを思い出してな、それをシエスタに教えてみたんだ。 あの時は花京院が随分と参っていて、どうしたものかと不安に思ったものだが……』 「知り合いねぇ。それもやっぱり、あんたの言うスタンド使いの仲間って奴か?」 『そうだ。その人の名は、ジョセフ・ジョースター……この赤ん坊の義理の父親になるらしいな』 「……ジョセフ・ジョースターか」 今はもう懐かしい、かつての仲間の名前を、ポルナレフは感慨深げに口に出した。 そしてその名前は、噴上裕也にとっても全く未知の名前と言うわけでは無かった。 「仗助の親父だな……まさか、アンタが仗助の親父と知り合いだったとは思わなかったぜ」 『こちらも、君がジョースターさんや承太郎を知っているとは思わなかったよ。 だがそれ以上に、ジョースターさんに隠し子がいたってことの方が驚きだな…… そして、この赤ん坊や仗助という息子もスタンド使い。 スタンド使いが互いに惹かれ合うというのも運命だが、どうやらそれ以外にも ジョースターさん自身は子宝に恵まれると言う運命も背負っているらしいな』 そう呟くポルナレフにつられて、噴上裕也もシエスタの胸元でベビーフードをがっつく赤ん坊に視線を向ける。余程腹が減っていたのか、それともベビーフードが美味いのか、見ていて気持ちの良いくらいの食べっぷりである。 「………ムゥ」 なまじ嗅覚が発達しているせいで、ベビーフードの芳醇な香りをダイレクトに嗅ぎ取ってしまい、噴上裕也はその“臭い”を通じて激しく食欲を刺激される。 「なあシエスタ……こいつの食ってるメシ、後で味見してもいいか?」 「ダメですよ」 物凄い速度でシエスタにそう即答される。 「なんでだよ」 「シズカちゃんだって女の子ですからね。 ユウヤさんが食べちゃったら関節キスになっちゃうじゃないですか」 そう答えるシエスタの顔は大真面目だった。 「お前なァー、こんなガキと間接キスもクソもねぇだろうが」 「そういうわけにはいきません。 女の子がそういうことをしていいのは、この人ならお嫁さんになってもいい、って思った人だけなんです。 私達がこの子を預かっている以上、こういうのはキチンと守らなくちゃいけません」 次第にシエスタの言葉が熱と力を帯びて来る。 当の静は食事中で御機嫌な為か、スタンド能力を発動させる気配など欠片も見せずに、 口の周りを零れたベビーフードで好き放題に汚している。 「間接キス程度でそりゃ幾ら何でもオーバーだぜ。 普通にキスするってんならまだ話はわかるけどよォー…… ちょいとウブ過ぎるってゆーか、少女漫画でも今時そんなネタなんざ使わねーぞ」 寧ろ自分が何か飲み物を飲んでいると、逆に間接キス目当てに群がって来るようなタイプの女の方が馴染み深い噴上裕也には、シエスタの言葉は感覚的に理解し辛い話だった。 だがそう言えば、彼の近所に住んでいると言う漫画家の書いた本には、今シエスタが言っていたような台詞が何処かのシーンであった気がする。あれを最初に見た時は随分と古典的な表現だと思ったが、 シエスタからこんな話を聞いた今では、あれはあれでリアリティがある描写なのかもしれないと噴上裕也は思った。 「オギャ、オギャッ」 「とにかく。これと同じのを食べたいなら、お鍋に少し残ってるのがありますから、それで我慢して下さい。 ……はーい、お姉ちゃんのご飯はおいちかったでちゅか?お腹ぽんぽんになりまちたかー?」 噴上裕也に言ってから、シエスタは皿の中の離乳食を全て平らげた静にそう微笑み掛ける。 今言われたことに関しては兎も角として、シエスタのそんな優しさに満ちた表情を見ると、やはり女と言う生き物は自分よりも遥かに大きい存在だと噴上裕也は思う。 この世界に広がるレクイエムの大迷宮と呼ばれる空間から、静を連れて初めて彼がこの部屋にやって来た時、確かに目を丸くしてはいたが、詳しい事情を説明したら彼女は快く静の面倒を見ることを引き受けてくれた。そして本来なら厄介者に過ぎない自分がこの部屋に居続けていても、全く気にした様子を見せずに明るく振舞っている。 そんなシエスタに対して、噴上裕也は深い恩義と尊敬を抱いていた。 女は大きな人間愛を持っている。 それが噴上裕也の持論であり、彼が女性を尊敬して止まない理由の一つでもある。 元の世界で事故に遭った彼を甲斐甲斐しく世話をしてくれた女性達もまた、噴上裕也に惜しみなくその愛を注いでくれたし、自分はそれに報いる為ならば命を賭けても惜しくは無いと思っている。 愛には報いで以って答えねばならない。 それこそが自らの尊敬を形として示すことに繋がるのだと噴上裕也は思うのだ。 「……仕方ねーな。んじゃ、食いに行くついでにその皿、洗って来てやるよ」 そして噴上裕也は今、本当に些細ではあるが、シエスタのその愛に報いる為の言葉を口にする。 「えぇっ?いや、そんな、悪いですよ」 そんな噴上裕也の言葉に、シエスタは面食らったような面持ちで彼の顔を見上げる。 トリステイン魔法学院に奉公するメイドの彼女にとって、家事全般は仕事の一部だ 。時折、あの平賀才人が仕事を手伝おうかと持ち掛けて来るぐらいならともかく、それを全部肩代わりするとなどと言う話にはまるで慣れていない為、シエスタはつい自分の耳を疑ってしまう。 「気にすんなって。鍋の中のメシを食い終わったら、そっちの方も洗っとくぜ。いいだろ?」 「それは構いませんけど……でも、本当にいいんですか?」 「俺がやりたいからそう言ってんだよ。こっちが忙しい所を呼び付けちまったってのもあるしな…… ここに世話になっている以上、俺も何かやんねーとな」 シエスタが床に置いたままの皿を拾い上げて、噴上裕也は腰掛けていたベッドから立ち上がる。 「ユウヤさん……」 「このガキの面倒を見るのだって、いつまでもアンタに頼りきりって訳にはいかないからな。 まあ、まずはこのガキに好かれることから始めなくちゃなんねーか」 「ホギャ」 そう言って、噴上裕也がシエスタの胸の中で抱かれる静を見下ろす。 当の静は元気一杯とばかりに手足をばたばたと動かしている。 服越しからでもわかるシエスタの豊かな胸に触れる度に、ぽふん、とその手が弾かれる。 「きゃっ」 「……全く、女の癖に羨ましいヤツだぜ。まあ、どーせ赤ん坊だし意識してやってるワケじゃねーのか」 「もうっ!ユウヤさんったらっ」 今のは流石に気恥ずかしかったのか、顔を赤くしてシエスタが抗議の声を上げる。 「まあ悪ィけど、とにかくこいつを洗い終わるまでそのガキの面倒を見といてくれや。 忙しいって言うなら、何とかそいつの御機嫌を取ってみるけどよ」 「いいえ。丁度一段落ついた所ですし、そもそもここってそれほどお仕事とか無いんですよね」 基本的に、今のシエスタがやらねばならない作業と言えば、この学生寮の部屋と亀の中のスタンドの掃除や身の回りの物の洗濯、平賀才人のパソコンを使っての生活用品の確保。 後はせいぜい自分の為の食事を作るぐらいである。 亀の中に住んでいるポルナレフは肉体を失った幽霊だし、静と噴上裕也の二人が居候を始めたからと言って、大して全体的な作業量が増える訳では無かった。 広大なトリステイン魔法学院で日がな一日中働いている“本来の”シエスタに比べれば、その忙しさには天と地ほどの差があるのだ。 「暇を潰すなら昼寝するなり、亀の中でテレビを見るなりすればいいってワケか。 まったく、まさかこんな所でネコドラくんやキャプテン翼が見られるとは思ってもみなかったぜ」 部屋の中をのろのろと歩く亀に視線を送りながら、噴上裕也は言う。 驚くべきことに、亀のスタンドで生み出された部屋の中には実際に映るテレビまで置いてあった。 この世界が全て“記録”で作られている都合上、見られる番組は既に放映済みの物ばかりだったが、他にめぼしい娯楽が存在しない以上、テレビがあるというのは日本に住む現代人の噴上裕也には有り難い話であった。 「てれびですか…面白いしすごい物だとは思うんですけど、まだ使い方が良くわからないんですよね…… なんだか下手に動かして壊しちゃっりしたら怖いですし」 ただでさえ慣れないパソコンを使わざるを得ない羽目に陥っていることもあり、辟易した様子でシエスタがぼやく。 「どちらかと言うと、私はここにある本を内緒でお借りして読むことが多いんですよね」 トリステイン魔法学院の学生寮のある一室を模したこの部屋の本棚には、整然と、しかし所狭しとばかりにぎっしりと本が詰まっている。 しかし、そこに書かれている文字は噴上裕也にとっては異世界の物。 開いた所で、前衛的な暗号文が一面に広がっているだけなので、全く読み解けるものではなかった。 そしてまたシエスタにとっても、この部屋の持ち主である貴族が日常的に読むような魔法に関する学術書や専門書などは、読んだ所で到底理解出来そうも無かったが、 中には「イーヴァルディの勇者」などの物語も僅かながら置いてある為、それらを少しずつ読んでいけばそれなりに暇は潰せるものだった。 「本か。そういえば、この部屋は確か……」 「はい」 噴上裕也の言わんとすることを察して、シエスタは頷きながら言った。 「この部屋は間違いなく、ミス・タバサのお部屋です。正確には、その“記録”を元に作られた物ですが」 「………タバサか」 その名前を聞いて、噴上裕也はこの部屋の足元に広がる大迷宮で出会った少女の姿を思い出す。 過去として過ぎ去ってしまったものの“記録”で作られているこの世界の中で、唯一現実の時間を生きている異世界からの来訪者。自らもまたこの世界によって生み出された存在である噴上裕也にとっては、二重の意味での異邦人であり、そして彼が今この場所にいるきっかけを作った相手でもある。 後で知った話だったが、彼女は本来ならハルケギニアにおける貴族―― 魔法の力を行使するメイジであるにも関わらず、この世界に迷い込んだ際に、魔法を使う為に必要な杖を失ってしまったとのだいう。 それは自分のようなスタンド使いが、そのスタンド能力を奪われるのに等しい話だと噴上裕也は思う。 戦う為の牙を砕かれた獣と同様に、本当ならば、今のタバサはただの非力な少女でしかない。 だが、それでも彼女は、この世界が生んだスタンド能力を形に換えて行使出来るDISCを武器にして、元の世界へと帰るべく、レクイエムの大迷宮を支配する存在を目指して今も戦っているはずだった。 噴上裕也はタバサがどんな運命を背負っているのかは知らない。 しかし、それが如何に重く、そして苛酷なものであるのかは彼にもわかる。 それは心を閉ざして、自らの痛みに対してどこまでも無頓着にならねば耐えられない程のものであり、だからこそ彼女は自らが傷付くことをまるで厭わずに戦うことが出来るのだ。 あんなに小さく、抱き締めれば折れてしまいそうなくらいに細い体で、彼女はどれ程の戦いを今迄潜り抜けて来たのだろう。そして、これから先、彼女にどんな苛酷な試練が待ち受けていると言うのだろうか。 噴上裕也は、本当はタバサという少女は心優しい女性なのだと思っている。 一度は敵として立ちはだかった自分を赦し、またスタンド使いに攫われた静を助ける為に、必死になって戦った彼女の姿を、そして静に向けて優しく子守唄を歌って聞かせた時に見せた、あの悲しげな微笑みを見れば、彼女の胸にどれほどの深い愛情が秘められているかが良くわかる。 だが、だからこそ、彼女は自分が傷だらけになってでも、戦うことが出来てしまえるのだろう。 愛が強ければ強いほど、激しければ激しいほど、人間は形振り構わずにどこまでも走り続けてしまう。 そして誰かを深く愛するが故に、人は傷付き、苦しまねばならない時もある。 きっとタバサは、そんな経験を他の誰よりも多く積み重ねて来たのだろう。 誰かに報いて貰う為の物ではない。 惜しみなく与え続ける為の愛情こそが、苛酷な戦いの中にあって彼女を今日まで支え続けて来たのだ。 きっと自分が思っている以上に、タバサは強い女性なのだろう。 例え目の前に立ち塞がる障害がどれほど辛いものであろうと、運命を切り開いて行ける力を持っている。 だがそれでも、これからも激しい戦いの度に傷付いて行くだろう彼女の姿を思うと、噴上裕也の心は張り裂けそうになる。 彼女が背負っている運命を肩代わりしてやれない自分の無力さを呪わずにはいられない。 自分はタバサが心置きなく戦えるよう、大迷宮の中で拾った静を連れてこの場所にやって来た筈だ。 だが、それでも自分は「恐怖」に駆られて、タバサを見捨ててしまったのでは無いかと、噴上裕也は悔やんでいた。現在、彼女と共に行動しているウィル・A・ツェペリという人物が、噴上裕也に向けて言ったお前は己自身の「恐怖」に敗れ去ったのだと言う言葉そのままに。 だが、それでも―― 噴上裕也はタバサの身を案じ続けるだろうし、そして彼女には忘れないで欲しいと思う。 彼女を愛し、その身を案じる者がゼロでは無いのだと。 背負っている運命を共に分かち合い、肩代わりしたいと思っている者が確かにいると言うことを。 誰かに与える為だけの物では無い、彼女自身に与えられる為の愛が存在していることを。 本当ならば今すぐにでも彼女の許へ飛んで行きたい所だが、それが叶わない以上は ここで待ち続けるしかない。そしてもし、今度タバサが助けを求めて来た時は、今度こそ彼女の力になる為に何でもするつもりだった。 それを伝える為にも、どうかタバサには無事でいて欲しいと噴上裕也は願う。 今、彼女を支えるのは、ツェペリとあのデルフリンガーとか言う口喧しい喋る剣に任せるとしよう。 「タバサ。お前は今、何をやっている……?」 答える者は誰もいない。 あの静ですら、今は満腹になったせいで、再び深い眠りに落ちようと口を噤んでいるだけだった。 ~レクイエムの大迷宮 地下11階「ストレングスの船」~ 「……くしゅん」 『うん?風邪でも引いたか、タバサ』 「大丈夫」 ずずっ、と軽く鼻を啜って呼吸を整えてから、タバサは周囲を見回す。 今までに通り抜けて来た階層は、規模の大小こそあれ、どれも平面的な構造の、如何にも迷宮と言う佇まいであった。だが今回は、そんな物とは全く異なる異質な空間が目の前に広がっていた。 「ここは…どうやら船のようだねぇ」 タバサ達も頭の中で考えていた内容を、ツェペリが代わって口にする。 今、彼女達が立っている金属的な構造物の上から見えるのは、四方一面に広がる青い海。 前後に細長く伸びる長方形の足場と、あちこちに聳え立っている柱のような物を見れば、確かにここが船の甲板であることは容易に想像は付く。しかしツェペリを除いたタバサとデルフリンガーには、それを素直に受け入れる為にはどうしても拭えない違和感があった。 『まァ、海の真上にあるってこたぁ船なんだろうけどよぉー…… こんな物々しい船、今まで見たことねーぞ?これじゃあまるで城とか要塞じゃねーか。 まったく、オレ様マジでおでれーたぜ』 デルフリンガーの言葉に、タバサも小さく頷いて同意する。 彼女達の世界ハルケギニアにおける船舶とは木造が基本であり、構造物の全てが金属類で出来ている船などは例え国家所有の戦艦の中にすら存在していない。 またタバサ達が暮らしている地域では、天空に浮かぶアルビオン大陸を別にすれば、基本的に人間達の住んでいる国家は全て地続きとなっている為に、海洋航海の技術はそれ程発展している訳でも無かった。寧ろ「風石」と呼ばれる魔法の力を秘めた石によって空を飛行する「フネ」の方が、船舶としては主流なくらいであった。 「それに……帆が無い」 続けて言ったタバサの言葉も、彼女達が今いる場所が船の上だと受け入れ難い理由の一つだった。 ここが船である以上は、風を受けて速度を上げる為の帆が必要となる筈である。 それは風石で飛翔するフネですら例外では無い。 風石のみでもフネが飛行することは可能だが、それでは消耗品である風石も消耗する一方であり、だからこそ風石の消耗を軽減し、尚且つより航海の速度を高めるべく、帆を掲げて空に吹く風を利用しなくてはならないのは、海上航海用の船と何ら変わりは無いのだ。 『こりゃどう見てもオレ達の世界の船じゃねーな。ツェペリさんよ、こりゃアンタの世界のモンだろ?』 甲板の上でありながらも、何処を見回しても帆の一つも見受けられないこの船が ハルケギニアの技術力で作られた物だとは到底思えない。 ならば考えられるのは只一つ。デルフリンガーの言う通り、この船は目の前にいるツェペリが存在していた世界で作られた物だということだった。 「うむ、恐らくはそうなるのだろうな。だが」 『だが?』 「私もこんな形状の船は見たことが無い。恐らくは私が生きていた時代よりもっと後…… そう、例えばフンガミ君が暮らしていた頃の時代ならば、こういう船もあるのだろうね」 甲板に立っている柱の一つを軽く小突きながら、ツェペリは言った。 ツェペリとあの噴上裕也が元の世界で暮していた国は、お互いにその存在自体は知られている物の、位置的には遠く離れているのだと言う。 そもそも、彼ら二人の間には生まれた時代そのものに百年程の差があるらしい。 魔法の力によって繁栄するハルケギニアで生まれたタバサには、百年程度で大幅な技術革新があった時代などは聞いたことは無かったし、六千年にも及ぶ長き時代を生きて来たデルフリンガーにとっても、彼の生まれたばかりの頃と比べて、今のハルケギニアが技術面で目覚しく発達したと思える所はそうそう無かった。 だが、ツェペリ達の世界には魔法の力が無いと言う。 それならば、魔法の力の代替として、あの破壊の杖や竜の羽衣を作り上げるような科学技術が発展し、たった百年の差でまるで別世界のように技術革新が起きると言うこともあるのかもしれない。 そして、自身も優れたメイジでありながら、魔法の力に頼らない科学技術を研究しているせいで変わり者扱いされているトリステイン魔法学院の教師コルベールが自分で作った「エンジン」とやらを披露した時、これを改良すれば船だって動かせるという話をしていたことを、タバサはふと思い出していた。 今、自分が立っている船や、以前戦ったことのある「運命の車輪(ホイール・オブ・フォーチュン)」のスタンドによって強化されていた車などは、そのエンジンの仕組みを実際に応用・発展させて動いているのだろう。 それに実際、コルベールはタバサの親友キュルケの財力を借りて建造した飛行船「東方(オストラント)号」に、あの竜の羽衣の研究成果や平賀才人からの話を基にして、魔法以外の技術で動く仕掛けをふんだんに盛り込み、それらの実用を成功させていた。 コルベール一人で考えたアイデアですらそうなのだから、より大勢の人間が寄り集まって研究や考察を重ねれば、ハルケギニアなど問題にならぬ速度で科学技術が発展するのは当然の帰結と言えるだろう。 今までにも平賀才人から、何度か彼が生まれた世界についての話を冗談半分に聞いていたが、ある程度の誇張はあるにせよ、彼の話は概ね真実であったのだと今のタバサは認めざるを得なかった。 この世界に来てからと言うもの、タバサはハルケギニアで築き上げて来た自分の考え方や価値観の類が、如何に狭い視野に限られた物だったのかを嫌と言う程思い知らされて来たが、それと共に、これ程までに何もかもが違う世界で生まれながらも、あの平賀才人はよくもあそこまでハルケギニアに順応して、今まで暮して来たものかと改めて感心する。 既にタバサは、平賀才人がツェペリや噴上裕也達と同じ世界からやって来たことを疑ってはいない。 そしてもし、自分が逆に彼の住む世界へと迷い込んだとしたら、恐らくは何も出来ずに途方に暮れるだけだったであろうとも思う。 そこには愛する母も、親友も、憎むべき伯父一族もいないから。 今まで研鑽を重ねて来た知識や魔法の力も、全ては母を守り、伯父一族に復讐を成し遂げる為のものだ。 それが両親から与えられた名前を捨ててまで、今までタバサが築き上げて来た全てだった。 だが、己自身の全てを一方的に奪われてしまえば、人はその先、一歩も進めなくなってしまう。 この世界に迷い込んだ直後は、タバサもそうして歩くべき道を見失ってしまった。 だが、この世界で始めて手にしたスタンドのDISCに宿っていた、あのエコーズAct.3が再びタバサに道を指し示してくれた。彼が自分を救う為にその身を犠牲にして、タバサの目の前で逝ってしまったのは確かに悲しいことだが、あの時エコーズAct.3から受け継いだ未来への希望は、更に先へと進めねばならない。 それこそが誇り高く散って行った彼の生命に対して、唯一報いることになるのだとタバサは思う。 そして今、彼が作ってくれた未来によって、タバサはこの世界でも新しい仲間を大勢作ることが出来た。 この世界で力を貸してくれる人達がいる。ハルケギニアに帰って会いたい人達がいる。 それがどれだけ、自分にとって至福なことなのか、今のタバサにははっきりとわかる。 大切な仲間達の想いを無駄にせぬ為にも、タバサはこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。 元の世界に帰る為に、大迷宮を支配する存在に会うと言う目的が定まっている以上、後はそこに向けて全力で進むだけだ。 「出口を探す」 『いや、探すっつったってよぉ。本当にそんなモンがあるのかね、この船の中に』 「きっと、ある」 この船もまたレクイエムの大迷宮の一部である以上、次の階層に通じる道は確実に存在している筈。 強い確信を持って、タバサは頷いた。 To be continued…… 第7話 後編 戻る
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本の質を保護するために、日の光があまり入らないように設計されているトリステイン学院の図書室のさらに奥の、人目に付かぬ一角で、タバサは1人DIOと机を挟んで向かい合っていた。 ハルケギニアの文字を習得するために、しばしば図書室に出入りしていたDIOと、何度か会ったことのあるタバサだったが、人とつきあうのが嫌いな彼女はそのたびに一言二言言葉を交わすくらいだった。 今日もたまたま、図書室で本を読んでいるDIOと鉢合わせをしたタバサだったが、今日に限ってDIOの方から話があると持ちかけられたのだ。 アルビオンでの一件以来、ルイズの使い魔のルーンに御せられたDIOは、人に危害を加えることが出来なくなっていた。 故に、その点についてはタバサは安心していた。 それに自分もこの使い魔には興味があったので、話を聞くことにしたのだった。 「話って、何?」 若干の恐怖と湧き上がる期待を抑えつつ、タバサは素っ気なく聞いた。 DIOはそれに答えずに、懐から小さな水晶玉を取り出し、机の上に置いた。 「……?」 DIOの意図が読めず、困惑するタバサ。 "ズズズ……" すると、DIOの左手から、シダ植物のような茨が浮き出てきた。 とっさに身構えたタバサだったが、そんな彼女を置き去りにして、DIOはゆっくりと茨を纏った左手を水晶玉にかざした。 "バシィイーン!" すると、それまで透明だった水晶玉に、黒い乱雲のような靄がかかった。やがて靄が晴れてゆき、水晶玉の中に一人の人影がほんやりと映り始めた。 身を固くしていたタバサは、自分に危害を加えようとしているのではないことに気づき肩の力を抜きながらその様子を眺めていたが、水晶玉に映るがハッキリするにつれて、驚愕で目を見開いた。 はたしてそこに映っていたのは虚ろな目をして人形を胸に抱き、イスに座っている女性であった。 「……母様!」 見まがおうはずがない。それはまさしく、ガリアにいるはずのタバサの母親であった。 食い入るように水晶玉の中の母親を眺めていると、闇の向こうでDIOが説明した。 「幻想像(ヴィジョン)だ……。私のではない……。君…自身の心の中を、私の『能力』を通じて念射させているのだ……」 なにせ、相手は目からビームをだすような人物だ。 こんなことも出来るのだろうと、タバサは妙に納得した。 それとともに怒りが沸いてきた。 自分が傷を抱える所に土足で踏み込まれた気分だった。 鋭い視線をDIOに向けるタバサ。 こんなものを見せ付けて、自分の心を抉ってどうしようというのだ。 話次第ではただでは置かない。 目でそう非難する。 闇に隠れて顔は見えなかったが、DIOはいかにも同情たっぷりといった悲しそうな声色でタバサに語り掛けた。 「タバサ君。 君は悩みを抱えている……苦しみを抱いている…。 私は君のような優秀な人が苦しむのを見るのは忍びないんだ……。 今の水晶の像が、君の『苦しみ』なんだね? 力を貸そうじゃないか……。 私にも苦しみがあって、私の可愛いマスターのせいで自由に動けない体なのだ……。 だから、私にも力を貸しておくれ。 君の母親を治す術を探してやるよ…。 私と付き合えばきっと君の心から『苦しみ』を取り除けると思うんだ。」 タバサはDIOからの思わぬ提案に怒りを忘れた。 そして、不思議な…実に不思議なことに、タバサはDIOの言葉がすうっと心に染み込んでゆくのを感じた。 目の前の男は、本当に自分の力になってくれるつもりだ……なんとなくそんな気分になった。 「どうだねひとつ…私と友だちにならないかい……?」 タバサの心は揺れに揺れた。 目の前の男は、不老不死の吸血鬼だ。 気分次第で人間を死に追いやる。 いかにさっきのような能力を持っているからと言って、信用に足る相手ではないことは、タバサは十分理解していた。 ---しかし。 (………母様…) タバサの脳裏に浮かんだのは、自らの身代わりとなって心を壊された母の姿だった。 タバサは、どんな手段を使おうとも母を治す決意をしていた。 母を治すために、そして母をあのような目にあわせたジョゼフ王に復讐をするために、タバサはこれまで知識と実力を蓄え続け、若くしてシュバリエの称号をも手に入れた。 しかし、いつまでたっても解決の糸口さえ見つからぬ毎日。 焦りを感じ始めていたのは確かだ。 そんなときに現れたのがDIOだった。 これも何かの縁なのかもしれない……。 彼と関われば道が開けるかもしれない。 それに、誓ったではないか。 母を治すためなら…復讐のためなら悪魔にだって身を捧げると。 タバサは迷いを振り切った。 「………わかった」 承諾の意を伝える。 タバサは踏み出してはならぬ一歩を自ら踏み出した。 心の中の闇がDIOによって掬い取られ、先ほど目にした茨のように自らの体が縛り付けられる感覚。 闇の向こうで、DIOがニヤリと笑った気がしたが、タバサには最早どうでもよかった。 「うれしいよ…タバサ。 この友情はきっと、お互いの為になるよ」 DIOは甘ったるい口調でそういった。 しかし内心DIOは黒い微笑みを押さえられなかった。 相手の承諾さえ得れば、そこから先はルイズの縛りの範囲外だ。 DIOは自分の計画の起点がうまくいったことに喜んだ。 後は…… 「タバサ。 友人である君の顔を改めて見たい……。 私の側に来て、顔をよく見せてくれないか…?」 その言葉に、タバサは何かに操られたようにゆっくり椅子から立ち上がり、机をまわってDIOの横まで歩み寄った。 「…………」 タバサの心にもはや恐怖はなかった。 あるのはこれから自分にされるのだろう『何か』への期待だけだった。 DIOがそっとタバサの頬に手を添える。 タバサは抵抗しなかった。 「美しいよ、タバサ。 君はやはり私の友人にふさわしい……」 甘い言葉を囁きながら自分の頬を優しく撫でるDIOに、タバサは目を瞑って身を委ねた。 ふいにその手がピタリと止まった。 タバサは目を瞑ったままだ。 「可愛いタバサ。これから少しおまじないをするよ………。些か難しいものだから、しばらくじっとしていておくれ」 タバサはコクンと頷いた。 "ズギャルン……!!!!!!" ---この瞬間、タバサは確かに悪魔にその身を捧げた。 2へ