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「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」
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前ページ次ページゼロのペルソナ 塔 意味…価値観の崩壊・緊迫 ガリア首都リュティスのヴェルサルテイル宮殿の一室に二人の男がいた。 一人はこの宮殿の主ガリア王ジョゼフ。 もう一人はすらりとした体に長い金髪と耳を持つエルフ、ビダーシャルだった。現在、ジョゼフの部下となっている。 彼は任務の失敗を自分の主である男に報告しに来ていた。 彼がジョゼフの下についたのはガリア—エルフ間の密約のためであり決して彼が望んだわけではない。 だが望んだものでなくても、目的が果たされるまでのほんの一時期の関係であれ、部下となったからには失敗の責は受けなければならない。 だからビダーシャルはジョゼフに任務の失敗を語っている。 彼の姪とその母を守りきれなかったこと。 襲撃者の中にジョゼフの言った水のルビーの保持者がいるかどうか知る前に傷を負ってアーハンブラ城から撤退したこと。 ビダーシャルが苦渋の顔で語っている間、ジョゼフの顔には激しい感情は浮かんでおらずそれは語り終えた後も同じであった。 ジョゼフはビダーシャルが喋り終えたと知ってから口を開いた。 「なら次の作戦に移るとするか」 ビダーシャルは眉をひそめた。そして不思議そうに尋ねる。 「任務に失敗ことについて言うことはないのか?」 ジョゼフはめんどくさそうに答えた。 「余が命令して、お前は失敗した。それだけではないか。お前だって罰して欲しいわけでもあるまい」 ビダーシャルは不審げにジョゼフを見た。全く腹の読めない男であった。 世間では無能王と呼ばれているらしいが、決して無能ではない。 やはり、シャイターンの力を持つ者は普通ではないのであろうか。 「次の作戦とは……」 「そうだ、戦争だ」 言っている内容に反してジョゼフの姿にまったくの気負いはない。むしろその姿は気だるげでさえあった。 陽介たちはアーハンブラ城からタバサを救出した後、数日馬車に揺られトリステインではなくゲルマニアのキュルケの生家、ツェルプストー家の領地を訪れていた。 彼らはツェルプストー領地内にある深く濃い黒い森の中に立つ城の中で休息をとっている。 一行がトリステインではなくゲルマニアに逃げこんだのはアーハンブラ城が地理的にガリアの中でもっともトリステインに遠い位置にあったからという理由もあったが、 それだけでなくタバサの母——オルレアン公夫人の処遇が問題であったからだ。彼女は謀殺された現王の弟の妻であり政治的な価値が大きすぎるのだ。 なので無断でトリステインに連れて行くことをはばかり、現在はゲルマニアで休息している間に手紙をトリステイン王家に送り判断をあおいでいる状況にある。 そしてゲルマニアのツェルプストー家をその休息の場所としたのはキュルケの強い勧めのためだ。 オルレアン公夫人の処遇についての手紙はトリステインでも指折りの名家ヴァリエール家の娘であるルイズが親しいアンリエッタに送った。 もちろん、出来る限りいい返事をもらうためであるが、その手紙の中にでさえ、オルレアン公夫人がどこにいるか書いてはいない。 トリステインに勝手につれて行くのが政治的にまずいのだから、当然ゲルマニアにいるのもまずいのだ。だからアンリエッタにさえ話せない。 話せば住居を貸してくれているキュルケに多大な迷惑がかかってしまう。 そしてオルレアン公を匿っているのはキュルケの独断であるため、ガリアの重要な貴人がゲルマニア国内にいることをゲルマニアの主である皇帝はもちろん、 現在彼らが宿を借りている城の主であるツェルプストー当主さえ知らない。 そのキュルケに多大な恩恵を預かっている二人は屋敷の中を歩き、みなが待っている部屋に向かっていた。 オルレアン公夫人がみなに感謝したいと話の場を設けることを求めたためだ。 「こんな悪趣味な館見たことないわね」 自分たちが世話になっている館に文句をつけているのはルイズだ。 廊下を歩きながら、彼女の目には奇怪に見えるこしらえを睨みつけるように見ている。 「オメエなあ、世話になってんだから、んな文句つけんなよ」 至極常識的な注意をしたのは彼女の横を歩く巽完二だ。 この彼女の使い魔は悪ぶっているわりに時々、常識人であることを示す。 「もちろん、わたしだって恩を感じてないわけじゃないわ。ただ、それとこれとは別よ。 ヴァロン朝かと思ったら、途中でアルビオン式になってるってどういうことよ?意味がわからないわ」 「知るかよ……」 ゲンナリとして完二は言う。この世界の建物の様式など完二が知るはずもない。 ただ、彼女がちゃんと恩を感じているのを理解したので、再度注意することは思いとどまりルイズの不満は適当に聞き流すことにする。 ルイズがツェルプストーの館がどれほどハルケギニアの文化と伝統をないがしろにしたものか並び立て、完二が相槌も打たずに聞き流しているうちに約束の部屋についた。 扉を開けると今やって来た二人を除く全員が、白いクロスがしかれた長い机の席についている。 机は長方形で長い方の二辺に彼らは腰かけている。入り口から見て左の上座近くからオルレアン公夫人、その娘タバサ、そしてその使い魔陽介。 オルレアン公はクマのアムリタにより心を取り戻しており、目にはもはや狂気は浮かんでいない。 未だにやつれが残るものの生気を取り戻した娘、タバサと似た美しい女性であった。 右側は同様の並びでキュルケ、その使い魔クマが座っている。ルイズと完二はクマに続いて座った。 そこは食事の場所であったが机の上には何も置かれておらず部屋には給仕の一人もいない。 口火を切ったのはオルレアン公夫人だった。 「このたびはわたくしと娘を助けていただいてありがとうございます」 そういうと彼女は頭を下げた。感謝された側は思わず居住まいを正してしまう。 彼女が心はすでに取り戻していたのだが、ちゃんと話すのはこれが始めてであった。 無論、心を取り戻してから娘のタバサとは馬車の中でさえ常に一緒にいたが、まだ全てを話しきるには時間が圧倒的に足りないであろう。 彼女は真摯な顔を斜め前の席に座るクマに向ける。いつもは丸みをおびたキグルミを着た、金髪碧眼の少年が治療してくれたことはすでに説明されている。 「その上、心を失ったわたくしを治してくださり、どのような言葉でならこの感謝の言葉を言い表すことができるのかわたくしは知りません」 「そ、そんなにかしこまらんでよいですと!どうしたらいいかわからんでクマっちゃうクマ」 オルレアン公夫人は恩人の愛嬌のある態度を見て微笑む。心を取り戻したその笑みは美しかった。 「ありがとうクマさん」 「いやーそれほどでもないクマよー」 クマは笑顔に魅了されながらくねくねと喜んだ。クマの奇態に全員が笑う。タバサも薄く微笑んだ。 笑いが収まるとオルレアン公夫人は語り始めた。 「かつてガリアが二分され内乱におちいる危機がありました」 その声には憂いの色があった。かつての罪を告白するかのようだ。 「わたくしはガリア王の手にかかることでその争いを回避しようとしました。これは自分たち一族のいさかいであって、それを国の争いにしてはいけないと思っての行動でした」 全員がオルレアン公夫人の話を真剣に聞いていた。タバサはじっとテーブルクロスを見ている。陽介はそっと小さな自分の主の肩に手を置いた。 オルレアン公夫人の告白は続く。 「ですがわたくしが正気を失っている後も貴族の間に不満は残り、シャルロットは苦難の中にいました」 その声に強い憂いの色が含まれる。 「わたくしのやったことは王族としての責務を、母親としての責務を捨てただけなのかもしれません……。 娘の代わりになるなどと綺麗な言葉で飾り立てた覚悟で毒酒を飲み、 それから娘にどんな過酷な処遇がもたらされるか知らず……いいえ、考えもせずに」 そこで彼女の言葉は終わり、重苦しい雰囲気が流れる。 その中、陽介が立ち上がり、タバサの後ろに立ち、彼女の母に力強く語りかけた。 「ならこれからはこいつのそばに居てやってください」 うつむいているタバサの両肩に手を置く。自分が彼女の味方であることを強く示すように 「俺には王族とかわかりません。いや、母親についてもよくわかんないかもしんないス。でもこいつが寂しがってたことは知っています」 陽介に力を貸してもらったかのようにタバサはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙でぬれている。いつもの無表情ではない。ただただ母を求める娘の顔だ。見つめられた母は息を飲む。 見つめるだけのタバサを、伝えたいことがあるはずの自分の主の背中を、陽介は押す。 「言いたいことがあるならちゃんと言っとけ」 タバサは悲しみでにごった声を出した。いつもの無感動な声ではない、聞いた者がいやおうにでも感情がわかってしまうほど感情が発露されている。 「母さま……もうどこにも行かないで……」 タバサは声を絞り出したことで感情が抑えられなくなったのか、泣きながら母に抱きついた。感情を抑える理性の防壁が決壊したのは母も同様だ。 二人は涙を流しながら抱きしめあった。お互いの存在を確かめるように。今までの年月を埋めようとするように。 キュルケは瞳を涙で潤ませながら優しげに親友を見、陽介も感慨深そうにご主人さまを見ていた。 ルイズと完二は懸命に涙を堪えている一方で、クマは声を上げて泣いていた。 親子の長い長い抱擁が終わった後にキュルケは手をパンパンと叩いた。 「さあ、食事にしましょう。これから一緒にいるなら楽しい思い出も作らないといけないわよ。ほらクマもいつまでも泣いてないでメイド呼んできて」 ぼろぼろと泣いていたクマは鼻を啜りながら涙を抑えて部屋から出て行って話の間、遠ざけていた使用人たちを呼びに行った。 それからは楽しい食事の時間となった。 完二は出された今まで見たこともない料理を出来る限り食べようとフォークと口を盛んに動かし、クマは人の皿に乗った料理まで食べようとした。 ルイズはゲルマニアには食文化さえも品が感じられないといい、キュルケがそれに反論した。 陽介はオルレアン公夫人に話しかけられ戸惑いながらもタバサと一緒に話をした。 食事がお開きになった後、陽介はオルレアン公夫人とタバサの部屋に呼ばれた。 陽介は親子の間にわけ入るのは、と遠慮しようとしたがオルレアン公夫人の強い勧めで結局、招かれることにした。 タバサ親子と一つの机を囲んでいるが、少し硬い。やはり親子二人の部屋に招かれるのは陽介も緊張した。 「あなたのような人が娘の使い魔で本当によかったわ」 「い、いや恐縮っす」 朗らかに笑うタバサの母に陽介は本当に恐縮しきっていた。 「もしいたら、わたくしの息子くらいの年齢かしら」 「17歳っスからちょっとデカいですよ」 陽介はおどけてみせる。 実際にタバサの母が若く見えるほど美しく、そして場を和ませるための冗談の意味も含めての発言だったが、 そのことから陽介にとって衝撃の事実が判明する。 「あら、それならシャルロットと二つ違いじゃない」 彼はその言葉が理解できなかったが、ゆっくりと理解してから驚きの声を上げた。 「ええええ!!ちょっ、おま、タバサいくつだよ!?」 単純な算数をして答えを出しておきながら陽介は答えを尋ねる。 「15」 陽介より年上で19歳ではなかったのでそれは陽介が計算で出した答えと同じであった。が、それでも驚きは弱まらない。 「おっま、てっきり12、13だと……」 使い魔がそういうと、その主はじっとその顔を見てきた。どこか非難めいたものがあるように感じるのは気のせいではないだろう。 娘の不機嫌とは母は反対にころころと笑った。 「あらあら若く見られてうらやましい限りよ。それに年齢が近いならあなた本当にわたくしの息子にならない?」 「え、それってどういう意味っスか?」 陽介はタバサの母の言いたいことがわからずに不思議そうに尋ねた。 「本当と言っても義理ということよ」 「母さま」 タバサは非難めいた顔を使い魔から母へと向けた。その頬に少しだけ朱がさしていた。 二人のやり取りを見ながら遅まきながらオルレアン公の言いたいことを理解してまたも驚き、それからニヤっと笑って見せる。 「いやあ、タバサはかわいいですけど、できればあと2年は待ちたいですね」 「あらあらシャルロットふられちゃったわね」 オルレアン公夫人は楽しげに笑う。 タバサは不満げに二人の顔を見てから「もう知らない」というように顔を背けてすねてしまった。 母と陽介は顔を見合わせ笑い、それからタバサに謝り始めた。 それはまぎれもなく家族と過ごす何気ない日常であり、タバサが強く望んでいたものであった。 望むことすらできないと諦めてしまいそうになったこともあった。 しかし長い逆境に耐え、自分の隣に立つ者を手に入れた彼女はそこにたどり着いた。 誰もがこの日のような楽しい日々が長くはなくとも続くものだと思っていた。 トリステインへルイズが出した亡命の願いは受け入れられるにしても退けられるにしても時間がかかるものと推測していた。 だが翌日トリステインから早急に手紙が返ってきた。 こちらから送るときも早くに返答がもらえるようにと急いで送ったがそれでもこれは異常なほどに早かった。 そして手紙の内容はそれ以上に驚くべきものだった。 オルレアン公の遺児シャルロットをガリアの新王として迎え入れ、そしてその母オルレアン公夫人も国賓として受けいれるとのことであった。 それは現ガリア政府へ対立姿勢を示すための象徴を欲したからであった。 そうロマリアを滅ぼすという蛮行を行ったガリア王ジョゼフに対抗する王が必要だったのだ。 6000年の歳月をかけて積み上げられた塔は崩壊を始める。 前ページ次ページゼロのペルソナ
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暇でタンポポとは? 2ちゃんねるのニュー速VIPでまったり行われているゲームです ※ルールについては現在、一部が模索されています。基本は以下の通り ◆出題者のルール◆ ▽問題の答えは、一般的に多くの人間が認知しているものでなければならない ※Wikipediaに答えのページがあるかどうかを基準にすると良い ▽制限時間の有無およびその時間を決める事が出来る 例 制限なし、出題から2時間以内、質問に対する解答から次の質問まで15分、12時まで ▽YN形式とABC形式のどちらで出題するかを選ぶことが出来る ※特定難度の高いと思われるものは、「嘘なし」と宣言して始めても良い ※YN形式の場合、「はい」「いいえ」「どちらともいえない」で答える ※ABC形式の場合、上の3つを「A」「B」「C」のどれかに置き換えて答える ▽どちらを選んだ場合も、答え方は明確にする(途中で変える等NG) ※出題者への安価がついた質問に対してしか答えなくて良い ※ヒントは出し過ぎないよう、スレの状態をみて必要であれば投下して良い ▽出題者は一度だけ、質問に対して嘘で答える事が出来る ※もちろん一度も嘘をつかないことも出来る ◆回答者側のルール◆ ▽質問は全10回までとする ※回答者同士の相談はおk ▽必ず「はい」「いいえ」「どちらともいえない」の3つで答えられる質問をする事 ▽「出題者への安価がついた質問」しか出題者は受け付けない事とする ▽ABC方式の際、明らかに答えが偏る質問をしてY/N判定に利用する事は禁止 例 貴方は人間ですか?(100%YES)、貴方の好きな食べ物はタンポポの根ですか?(99.9%NO) ※後者の例のような、100%NOではないが99.9%NOの質問を「タンポポ」という。詳しくは用語集へ。 ▽それ単体でY/Nは確定しないが、他の質問との複合によってY/Nが確定する質問をすることはできる ▽複数の選択肢を挙げ、「この中にあるか」等を聞く事(リスト聞き)は一回までとする ※「~で…位以内か?」等、何かで言い変えて一つにまとめられる場合リスト聞きとはならない ※頭文字など、リスト聞きに含めるかどうか微妙なものは出題者の意向にしたがうこと ▽最後の質問が終わった時点から5分間の間に、一人一回、回答を行うことができる ※カブったらそれまで、リロードを忘れず無駄弾のないように ◆その他のルール◆ ▽問題が終了したら、出題者は次の出題者を決める安価を出す ※この安価は辞退できる。辞退する場合は辞退者が再安価を出す事 ▽次スレを立てるときはスレタイに「暇で」と「タンポポ」をどちらも含める事 ▽出題中に寝落ちしたら大好きな物を1年間断つ事
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前ページ次ページイザベラ管理人 イザベラ管理人第8話:何故信じるのか・中篇 耕介はシルフィードの上で、吸血鬼についての講義を受けていた。 「そりゃぁ…厄介だなぁ…」 (そういえば、前に会った吸血種と人狼のクォーターって娘も牙を隠しておけるって言ってた気がするなぁ。) そんな益体もないことを考えていると、シルフィードが口を挟んだ。 「吸血鬼は精霊の力も使えるのね。もっとも、シルフィみたいに姿を変えるような高度な魔法は使えないけど!」 「え、シルフィードも魔法が使えるのか?」 耕介はシルフィードが喋れるのは単にそういうものなのだろうとしか考えていなかったが…冷静に考えてみればありえないことではない。 翼人たちの魔法を見る限り、先住魔法とは口語で発動するもののようだ。ならば、喋れるということが先住魔法を操る第一条件である可能性が高い。 「もちろんなのね!シルフィは由緒正しき古代竜種である風韻竜!とっても気高くて高貴なのね!」 耕介はあえてツッコミを入れることはしなかった。 スルーされたことに不満げなシルフィードを放置して、耕介は如何にして吸血鬼を断定するかを考えるが…どれも一手足りない。 しばらく悩んでいた耕介だったが、何事か思いついたのか御架月へ視線を向ける。 「御架月、霊力を感じるみたいに吸血鬼も感じられるかわかるか?」 御架月は霊剣である故か、霊的な力を感じることができるのだ。その力で索敵にも活躍していた。 しかし、御架月の答えは芳しくないものだった。 「多分、魂がない状態でしょうから屍食鬼ならわかります。でも、僕らのいた世界とこの世界は力の使い方が違うので、多分吸血鬼自身を見つけることはできないと思います」 「どういうことだ?」 「僕らのいた世界…耕介様のような退魔師の方々などの力を使える人は、己に宿る霊力を用いて術を使うので、霊力の距離や大小を感じ取ることができます。 でも、メイジやこの前会った翼人の方々が使う魔法は、この世界に充満してる霊力とは違う力を使って発動してます。だから僕が感じられるのは、誰かが魔法を使った時にどこの力が減ったかだけなんです」 つまり、ハルケギニアでは誰かがどこでどのくらいの規模の魔法を使ったか、しか感じ取れないということになる。 やはり一手欠けるといわざるを得なかった。 「タバサは何か見分ける策をもう考えてあるのか?」 次に、当然ながら自分よりも吸血鬼の生態や魔法に詳しいタバサの意見を聞いてみる。 すると、タバサは自分を指し 「囮」 次に耕介を指し 「ただの剣士」 と言った。 耕介はその2語を繋ぎ合わせて意味を推測する。 タバサはあまり経緯を説明せずに結果だけ言うことが多いので、こっちで補完しなければならない。 「えっと、タバサが囮になって、俺がただの剣士のフリをして、吸血鬼がタバサに襲い掛かったところを狙うってことか?」 耕介の言葉にタバサが首肯する。 なるほど、それは合理的だが… 「ちょっと危険すぎやしないか?タバサが囮になるってことは杖を手放すんだろ?俺が囮になった方がいいと思うんだが」 メイジは杖がないと魔法が使えない。だから吸血鬼は杖を持っている間は手出ししてこないだろう。 故に囮になるのなら杖を手放す必要がある。しかし、そうなるとタバサは小さな女の子でしかないのだ。 それならば、男としてもかなり鍛えている耕介の方がまだしも襲われた時に危険が少ないのではないか。 「コースケは誰が見ても平民。なら、吸血鬼は必ずメイジである私から狙う」 そう、ここはハルケギニア。剣を持っていようが、所詮平民など束になってもかなわないメイジという存在がいるのだ。 ましてや相手は吸血鬼、ただの剣士になど後れを取るはずがない。 ならば自分を打倒しうるメイジを先手を取って殺そうとするのは自明の理だ。 「まぁそうなんだけど…やっぱりタバサを囮にってのはなぁ…」 だが、耕介にはやはり納得しきることはできない。 タバサのような少女を餌に使うなど、人間としても男としても気が引けるのだ。 「貴方の強みは誰にも知られていないこと。これが一番効率的」 だが、タバサの決意は固い。耕介が代案を思いつかなかったのもあり、囮作戦は決行されることとなった。 事前に何か不測の事態があった時用の連絡手段を決めていると、山間に小さな村が見えた。 目的地であるサビエラ村だ。 サビエラ村は山間の寒村で、人口も350人程度。 そんな村に吸血鬼の被害が出たのは、2ヶ月前。それから1週間おきに一人ずつ犠牲が出、現在までの被害者は9人にもなる。 しかもその中には王宮から派遣されたガリアの正騎士もいる、かなり深刻な事態だ。 既に村から引っ越す者たちも現れ、村は情報よりも寂れた印象を受ける。 当然、村人たちは不安に支配されており…そこに現れた騎士がタバサのような少女とただの平民の剣士であれば、その不安がさらに掻き立てられるのも致し方ない。 「今度の騎士様はあんな小さい女の子だなんて…」 「しかも平民の剣士を連れてるなんて、実力に自信がないってことじゃないか?」 だが、そんな悪評もやはりタバサの鉄面皮をわずかも動かすことなどできない。 耕介も自分たちがどう見えるかなどわかっているので、気にすることもないと思っている。 耕介たちはまず事件の詳細を聞くために村長の屋敷へと向かい…そんな二人を見つめる一団がいた。 村一番の切れ者と言われる薬師レオンをはじめとする若者たちだ。 「あんな頼りねぇ騎士と平民の剣士なんか当てになるかよ。この前の騎士みたく殺されちまうのが関の山だ!」 レオンの言葉に若者たちは次々と賛同し、瞳に凶暴な色を宿す。 一同を見回し、レオンはゆっくりと自分の考えを述べた。 「やっぱり、3ヶ月前に引っ越してきた占い師の婆さんが怪しいと俺は思う」 狂騒に囚われた彼らは、状況証拠だけで確証など全くないその言葉を疑おうとすらしない。 「ああ、体に悪いとか言って日中も外にでやがらねぇ。吸血鬼は日光に弱いっていうからきっとそのせいだ!」 「あのデカブツの息子が屍食鬼なんだよ!吸血鬼なんて正体さえわかればこっちのもんだ、焼き殺しちまおう!」 口々に物騒なことを言い合う彼らを諌める者は誰もいなかった。 この村は誰も彼もが、不安と不安に思うこと自体に疲れているのだ。 村でも最も高い場所にある村長の村についた二人は居間に通された。 「ようこそおいでくださいました、騎士様方。どうか、この村をよろしくお願いいたします」 人の良い…だが、疲れを感じさせる笑顔を浮かべた年老いた村長が深々と頭を下げた。 「ガリア花壇騎士タバサ」 「従者のコースケといいます」 互いに挨拶を交わし、まずは事件の詳細を話してもらうが…やはり報告書と変わるところのない内容であった。 「吸血鬼は日中は森の中に潜み、夜になると屍食鬼とした村人を使って手引きをさせて村に侵入しているんではないかと思うのです…。 以前いらっしゃった騎士様は村に侵入しようとしたところを狙うとおっしゃっておりましたが、結局失敗なされて…」 村長の話は参考意見にはなるが、やはり決定的なものはない。 情報の質も量も足りない現状では吸血鬼の居所を断定するのは不可能、と早々に二人は見切りをつけ、まずは村を回ることにした。 村長に礼を述べ、家を出ようとした時…耕介は視線を感じて振り返った。 「おぉ、エルザ。お前も騎士様方にご挨拶なさい」 扉の隙間から少しだけ顔を出してこちらを窺っていたのは、美しい金の瞳。 5歳程度であろう、金の長髪と人形のように整った顔立ちをもつ愛らしい少女だ。 エルザと呼ばれた少女は村長の声に従って恐々と二人の前までくると、硬い仕草でお辞儀をした。 「こんにちは、エルザ。ちゃんと挨拶できて偉いな」 子どもの扱いも慣れたもの、耕介はエルザの視線の高さに合わせてしゃがみ、笑顔で話しかける。 硬い表情だったエルザもわずかに笑顔になったが…タバサの杖を見ると顔をゆがめ走り出した。 「あ、エルザ…?」 耕介の声にエルザは一瞬だけ振り返ったが…結局走り去ってしまった。 耕介とタバサは顔を見合わせ、同時にタバサの持つ長大な杖に目を向ける。 二人の無言の疑問に答えたのは村長だった。 「失礼をお詫びします、騎士様。どうか許してやってください。エルザは1年ほど前、村の寺院で拾った孤児なのです。なんでも両親をメイジに殺され、ここまで逃げてきたそうで…。 きっと、行商人が貴族の方に無礼討ちにされたか、メイジの盗賊に襲われたんでしょうなぁ…。 わしは連れ合いも早くに亡くしてしまい、子どももおらんかったので、引き取って育てることにしたのです。 ですが、わしは未だにあの子の笑顔すら見たことはありません。体も弱く、外で満足に遊ぶこともできない。 その上、この吸血鬼騒ぎです。騎士様、どうかあの子のためにも、吸血鬼を討伐してください」 沈痛な面持ちでエルザの過去を語った村長は、耕介とタバサに頭を下げた。 「はい、必ずこの事件を解決します」 耕介は力強く頷き…タバサはそんな耕介を見つめていた。 二人は村長の家を出た後、被害に会った家々を回って聞き込みをしていた。 「わかったことは、吸血鬼は若い女の血を好む。戸締りを徹底しているのにどこからか進入してくる…か。不寝番をしていても眠ってしまうってのは何かあるのかな?」 村の広場で、わかったことを整理しながら吸血鬼の手口について二人は話し合っていた。 「多分、”眠り”の先住魔法。耐えるのは至難」 ”眠り”の先住魔法は空気さえあれば使える、隠密行動には最高の魔法と言える。 しかし、いくら話し合っても結局進入経路の断定はできなかった。 扉も窓も釘で打ちつけて家全体を密室にしていても、吸血鬼はまるで霧のようにその密室内に現れ、犠牲者を増やしてはまた霧のように去っていくらしいのだ。 「タバサ、俺の世界の吸血鬼伝説には、霧やこうもりに変身するとか、魔眼で人を魅了して操るとかあるんだけど、こっちの吸血鬼にそんな能力はあるのか?」 耕介の言ったような能力を吸血鬼が持っているのなら密室に侵入することなど造作もないことだが…タバサは首を横に振った。 「吸血鬼は姿を変える魔法は使えない。魔眼もない」 「そうかぁ…となるとやっぱり煙突から入ったとしか考えられないけど、大人が入れるサイズじゃないし…」 耕介が再び考え込んだ時、鍬や斧を持った一団が村はずれへと向かうのが見えた。 白昼だというのに松明を持った者たちもおり、どう見てもただ事ではない。 「なんだ、今の…気になるな、タバサいこう」 耕介とタバサは不穏なものを感じ、一団の後を追った。 一団は村はずれのあばら家の前でとまると、その家を取り囲みだす。そして、リーダーと思しき男が一歩前に出た。 「でてこい!吸血鬼!」 その声を皮切りに、他の男たちがわめきだす。 男たちは興奮状態で、今にもあばら家を叩き壊しそうなほどだ。 「どういうことだ…吸血鬼があそこにいるのか?」 彼らはあのあばら家の中に吸血鬼がいると確信しているようだが…どうにも耕介には腑に落ちない。 3ヶ月間、討伐にやってきた騎士さえも含めて誰にも姿さえも見せずに食事をし続けた吸血鬼を見つけられる材料がどう考えても存在しない。 村人たちにだけわかるような『何か』があるのだとしても、それなら村長が耕介たちに話すはずだ。 「まさか疑心暗鬼になって、それらしい人をつるし上げる気か?」 慌てて耕介が止めに入ろうとした時、タバサが耕介の服の裾を掴んで引き止めた。 耕介はタバサに真意を問おうとしたが…その前に状況に動きがあった。 村人たちが囲んだあばら家から耕介と同じくらい長身の屈強な男が出てきたのだ。 「誰が吸血鬼だ!ここには吸血鬼なんていねぇ!」 大男が声を荒げて村人たちに抗弁するが…火のついた村人たちには逆効果にしかならない。 「うるせぇ!ここの婆さんが吸血鬼だってのはもうわかってんだよ!お前らがこの村にきてから事件が始まった!婆さんは日中は絶対に外にでねぇ!吸血鬼以外にありえないんだよ!」 村人側のリーダーが動かぬ証拠だとばかりにわめきたてるが…それは村人たちが冷静さを欠いているとしか思えない言葉だ。 単なる状況証拠だけで確証に足りるものなどなにもない。 それでも不安に疲れきった村人たちの暴走は止まらない。むしろさらに加速し続ける。 「お前の首には吸血鬼に噛まれた跡だってある!お前が屍食鬼なんだろ!?」 「これは山ビルに食われた跡だって説明しただろ!他にも首に食われた跡のある奴だっている、よそ者だからって俺たちばかり疑うなんて酷すぎるだろ!」 村人があばら家に押し入ろうとし、大男が立ちはだかって睨みあう。まさに一触即発だ。 だが、その間に割って入った者がいた。 「な、誰だ!?」 それはタバサと耕介だった。 「俺たちは吸血鬼討伐に派遣された者だ。ここは俺たちが調べるから、いったん解散してくれ!」 「邪魔するな!騎士なんて信用できるか!」 だが、怒り狂った村人たちに矛を収める気はないようだ。 メイジに楯突くことも辞さないほどに彼らは追い詰められている。 これでは理を説いての説得も難しい…かといって力で制するわけにもいかない。 進退窮まった耕介とタバサを救ったのは、騒ぎを聞きつけた村長だった。 「お前たち、何をしとる!疑心暗鬼になるのはわかるが、証拠もないのに決め付けるなど許されんことじゃぞ!」 激昂していた村人たちも、さすがに村のリーダーの言葉には怒りを静めるしかなかったようだ。 だが、彼らがこのあばら家の住人を疑っていることに変わりはなく、何かあれば同じことが起こるのは明白。 「ここは俺たちが調査します、なんなら皆さんも同席してください」 村人たちを一時的にでも納得させるため、耕介は調査に彼らを同行させることにした。 村人たちが大人しくしていてくれるかは微妙だが…なんとか抑えるしかないだろう。 大男―このあばら家に住む老婆の息子でアレキサンドルという名らしい―は乱暴は絶対にしないと耕介たちが誓ったことで、渋々と中に入れることを了承してくれた。 あまり大勢で乗り込むのは良くないということで、耕介とタバサの他に薬師のレオンと村長があばら家に入る。 中は日も高いというのに窓が締め切られて薄暗い。粗末な家の奥のベッドにぼろぼろの毛布をかぶった人物だけが見えた、あれが件の老婆だろう。 「お…おぉ…」 老婆が突然現れた男たちに怯えたのか、胸元までかかっていた毛布を引っ張りあげて隠れてしまう。 「チッ、これじゃわからないだろ!」 レオンが無理やりにその毛布を引き剥がそうとするが… 「な、なんだよ、従者さん…!」 耕介がレオンの腕を捕まえて止めたのだ。上背のある耕介の無言の威圧にレオンは勢いをなくし、ベッドから離れた。 「お婆さん、騒がしくしてごめん。でも、貴方の疑いを晴らすためにも少しだけ調査に協力してくれませんか?口を開いてみせてほしいんです」 老婆は、耕介の言葉に恐々と毛布を下げ、口を開いてみせてくれた。 その口には牙はおろか歯の一本すらない。この世界には入れ歯の技術がないか、一般に普及していないのだろう。 「ありがとう、お婆さん。もういいですよ、大丈夫です。貴方の疑いは晴れました」 耕介は終始笑顔を崩さず、老婆を安心させることを最優先にしていた。 それはそうだろう、耕介もタバサもこれが全くの無意味だと理解している。 吸血鬼は牙を直前まで収めておけるし、老婆は肌が弱いらしく日光を当てるわけにもいかない。 元々、この老婆が吸血鬼であると断ずることも否定することも無理な話なのだ。 「おい、それで終わりかよ!?」 レオンが不満げに言い募るが…村長がレオンを諌めた。 「騎士様方がこれでいいとおっしゃっておるんじゃ。それに、お前には確実に吸血鬼だと判断する方法があるのか?」 その言葉にはレオンも押し黙るしかない。彼らとてわかっているのだ、吸血鬼だと断ずることなどできないと。 それでも誰かに怒りをぶつけずにはいられない。それほどにこの村自体が追い詰められている。 若者たちの一団を解散させた後、一通り村を回った二人は村長の家に部屋を準備してもらい、腰を落ち着けた。 「御架月、もう出てきていいぞ」 耕介は最近剣に篭らせてばかりの相棒を呼び出す。 剣から燐光が溢れ、御架月が姿を現した。 「ふぅ、なんだか最近出番が少ないです…」 「ごめんな、御架月。それで早速で悪いんだけど、今日会った人の中にいたか?」 愚痴をもらす御架月に悪いと思いながらも、今は一刻も早く吸血鬼の居所を突き止めねばならない。 御架月もそれは理解しており、すぐに意識を切り替えて答える。 「はい、いました。あのアレキサンドルっていう男の人が屍食鬼です」 それは、村人たちの決め付けが正しかったことを証明する情報だった。 「そう…か。吸血鬼がいたかはやはりわからないか?」 複雑な気持ちで耕介は頷き、さらに質問を重ねるが…やはりこちらは感じられなかったようで、御架月が首を横に振る。 耕介は今日わかったことを考え合わせて推論を立てた。 「仮に吸血鬼は煙突から進入しているとしたら、彼は俺と同じくらいの身長だし横幅もあるから動かす意味がない…吸血鬼は屍食鬼をあまり動かしていないのかな」 「おそらくそう。でも、見張る価値はある」 そういうとタバサは目を瞑り、しばらく押し黙っていた。 タバサが無口なのはいつものことだが、今回はどうやら違うようだ。 「シルフィードに夜、アレキサンドルを見張るように頼んだ」 使い魔の能力である主人とのテレパシー(ただし主から使い魔への一方通行)を使ったらしい。 しかし、夜間ずっと見張れとはタバサもご無体な主である。今頃シルフィードは不満たらたらであろう。 「後は…吸血鬼がいつ動くかわからないから、村の被害にあいそうな若い女性にこの家に集まってもらって俺たちで警護するってのが妥当か」 耕介の言葉にタバサも賛同し、吸血鬼対策のことも打ち合わせる。 警護のことを村長に報告してから二人は夜に備えて眠っておくことにした。 その夜、村長の家には15人もの女性が(人口の割に若い女性が少ないことが村の現状を表している)耕介たちの寝室の隣二部屋に押し込まれていた。 彼女たちは当然不満げであったが、命には代えられないと耕介が説得したのだ。 当然、家中の窓には厳重に板が打ち付けられ、出入りできるのは正面の玄関のみだ。 そして二人は何をしているかというと…酒盛りをしていた。 「タバサ様…もうおやめになった方が…」 耕介の言葉を無視し、タバサは杯を突き出して酌を催促する。 言うまでもないが、演技である。タバサが酔い潰れて眠ったフリをし、吸血鬼をおびき出そうというのだ。うまくいけば今夜で決着がつく。 だが…耕介は不安になっていた。 (こんなに飲んで大丈夫なのか?) タバサは既にワインを2本あけている。ワインは水…とはイザベラの談であるが、本当に大丈夫なのか。 しかし、タバサが眠る演技を始める様子がないので、仕方なく耕介も酌をする。 それを飲み干し…最後に一杯に決めていたようで、タバサはやっと眠る演技をし始めた…耕介には本当に眠っているようにしか見えないが。 「だ、大丈夫なのかな…」 耕介は苦笑を隠せない。とりあえず言われた通りにタバサをその場に残してワインと杯を片付けるために村長の家へ去る…フリをする。 耕介が物陰で息を潜めようとした…その時 「キャァアアアア!」 絹を裂くような…にはまだ幼い声音の悲鳴が聞こえてきた。 「まさか、エルザか!?」 耕介の言葉を裏付けるように、耕介たちが休んでいる部屋の壁から御架月が顔を出して叫ぶ。 「こちらへは何も来てません!」 耕介たちは吸血鬼をおびき出す作戦の間、女性たちが無防備になることを避けるために部屋に御架月を待機させていたのだが…吸血鬼はさらにその裏をかいてきた。 「く、あんな小さい子まで狙うのか!?」 悪態をつきながら耕介と眠るフリをやめて飛び起きたタバサが1階のエルザの部屋へと急ぐ。 果たしてエルザは部屋の中にいた、幸いにも無事だったようだ。 「大丈夫か、エルザ!」 窓が割られており、どうやらそこから吸血鬼は進入しようとしたようだ。 耕介は毛布をかぶってガタガタと震えているエルザの体を検めるが、どうやら怪我もないらしい。 タバサは部屋の様子を検め、吸血鬼の痕跡を探すが…特に見るべきものはない。外には窓の残骸が散らばっているだけで足跡もなかった。 極度の恐怖に体が緊張しているエルザを居間に連れて行き、村長に出してもらった何枚かの毛布で包んで体を温めて耕介が手早く作ったスープを飲むとエルザは次第に落ち着いていった。 「エルザ、怖い思いをしたのに悪いけど、何があったのか話してくれないか?吸血鬼の手がかりを掴めるかもしれないんだ」 耕介の言葉に、エルザは少しの間沈黙していたが、つっかえつっかえに話してくれた。 「男の人が…入ってきて、エルザを連れて行こうとしたの…顔は暗くてよくわかんなかった…」 エルザも混乱していたのだろう、有力な情報はないが…襲われた時のことを仔細に思い出せというのも酷な話である。 その時、エルザがヒッと短く息を呑んだ。どうやらタバサの杖に気づいたらしい。それに気づくと、タバサは静かに居間を出るために歩き出した。 「ご、ごめんなさいお姉ちゃん…」 エルザもタバサに非はないと理解しているらしく、か細い謝罪を口にした。タバサは一瞬だけ振り返ってエルザに頷くと居間から出て行く。その際に「家を調べてくる」とだけ言い残していった。 耕介はエルザが落ち着くまでしばらく背中を撫でたりと世話を焼いていたが、エルザが船を漕ぎ出したあたりで、ベッドに寝かしつけるために自室に戻ることにした。 怯えているエルザを安心して寝かせてやるためだ。 耕介はエルザを自分が使っていたベッドに寝かしつけ、念のために窓を確認しようとした…その時、なにやら引っ張られる感触を感じた。 耕介が振り返ると、エルザが眠たげに目をこすりながらもしっかりと耕介の服の裾を握っていた。 「あー…エルザ、一緒に来るか?」 コクリと頷いたエルザを抱き上げ、窓から周囲をざっと確認する。 特に異常はない…どうやら今夜は吸血鬼も諦めたと見てもいいだろう。 一応警戒は緩めずに、耕介はエルザをベッドへと連れて行った…が、エルザは耕介にしがみついて離れようとしない。 「エルザ、まだ怖いか?」 耕介の言葉にエルザは頷くが…もう眠気が限界なのだろう、瞼が今にも落ちそうだ。 「お兄ちゃん…あったかい…」 案の定、エルザはその言葉を最後に瞼を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。 エルザが安心して眠ったことに安堵する耕介だったが…はたと気づいた。 「……俺、どうすりゃいいんだ…?」 耕介のシャツをエルザはガッシリと握っており、無理やり引き剥がすのも気が引ける。 結局耕介は朝まで同じ姿勢を強いられるのだった。ちなみに隣の部屋にいる女性たちへの説明と家の検分を終えて帰ってきたタバサが耕介を若干冷たい目で見ていた気がするが、気のせいだろう。 二人は朝まで不寝番をしてから眠り、夕方に目を覚ました。エルザは寝る前に村長に預けている。 今夜の不寝番の準備をしていると、扉が叩かれた。この家に泊まる女性が夕食を運んできてくれたのだ。 二人がありがたく食事を受け取り、女性が出て行くと、入れ違いにエルザが入ってきた。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、エルザも一緒に食べていい?」 どうやら昨日の一件ですっかり懐かれてしまったらしく、エルザは二人の了承も待たずに耕介の膝の上に飛び乗った。 特に断る理由もないので、そのまま3人で他愛ない会話をしながら食事をしていると、エルザが突然奇妙なことを聞いてきた。 「ねぇお兄ちゃん、野菜も鳥も皆生きてたんだよね?」 エルザの質問の意図を図りかねるが、とりあえず耕介はそれを肯定する。すると、エルザはさらに質問を重ねる。 「野菜や鳥を殺して私たちが食べるのって、生きるためだよね。でも、それって吸血鬼も同じじゃないの?」 エルザの声には何の打算も皮肉も言葉には込められてはいない。おそらく純粋に疑問に思っているのだ。 だから耕介はその疑問に真摯に答えた。 「そうだな。俺たちの食事と、吸血鬼の食事は同じ意味だ」 それは耕介の偽らざる本心だ。彼は吸血鬼のことを悪だなどとは一度も思っていない。 人間が生きるために他の動植物を殺すように、彼らも生きるために人間を狩る。ただ、それだけのことだ。 「じゃぁ…」 エルザがさらに言葉を重ねようとした時… 「耕介様!きます!」 御架月の声が響いた。 エルザが突然響いた第三者の声に驚くがかまってはいられない。 すぐさま耕介はエルザを降ろし、霊剣・御架月をもってタバサとともに隣の二部屋へ二手に分かれて突入する。 「じゅ、従者様?」 「全員扉側へ寄ってくれ!」 中では皆が食事を摂っていたが…次の瞬間、窓を破って何者かが部屋へと躍りこんできた! 構えていた耕介は、すぐさま扉側へ移動しようとしていた女性たちをすり抜け、御架月で抜き打ちの一撃を浴びせる。 さすがに相手も突入直後に攻撃が来ることは予測していなかったらしく、足元を襲う斬撃を避けることはできず…しかし、深手を負わせることもできなかった。 「何!?」 完璧なタイミングで入ったと確信していたが、相手は驚異的な反射神経で飛びのき、足を浅く斬るに止まってしまったのだ。 だが、相手にとっても無理な運動だったのだろう、壁に激突する。しかし、驚くべきことに相手は何のダメージもないかのように立ち上がってきた。 それは、やはりアレキサンドルであった。 アレキサンドルを見張っていたシルフィードからの合図で、二人は彼がここに来ることを察知していたから驚くことはなかった。 だが、女性たちは口々に悲鳴を上げ、部屋から逃げ出していく。 獲物がいなくなったと見たアレキサンドルは窓から飛び降り、走り去ろうとする。 耕介もすぐさま窓から飛び降り、背中から落ちて回転しながら衝撃を逃がす…だが、やはりダメージは免れない。 そんな耕介の上を人影が過ぎった。隣の部屋の窓から フライ でタバサが飛び立ったのだ。 屍食鬼となったアレキサンドルは獣並みの速度で走るが、空を飛べるタバサが先回りに成功し、挟み撃ちの状況となる。 アレキサンドルはすぐさま反転し、ただの剣士である耕介へと飛び掛った。 「ガァァァァ!!!」 昨日の母思いの青年の影など掻き消え、まさに猛獣のように吼えながらアレキサンドルが狼のような敏捷さで耕介を引き裂かんと迫る。 タバサは フライ で降りてきたばかりで魔法が間に合わない。 一瞬、タバサの鉄面皮が崩れ、焦りが顔をのぞかせ…だが、タバサには見えた。 耕介はアレキサンドルの跳躍の下を潜る形で駆け抜け…御架月を上段から振り切っていた。 ドシャァ!という重いものが地面とこすれる音がし、耕介の後ろに体を中ほどまで斬り裂かれたアレキサンドルが落下する。 タバサは我知らず息を呑み…耕介の評価を新たにしなければならないと考えていた。 アイスバレット を斬った時にその力量と刀の強度を理解したつもりになっていたが…ああも簡単に人間を両断するなど、異常だ。 さらに、ただの人間を優に超える屍食鬼の速度を前にしても動じず、見事に斬り捨てたその胆力も人並みはずれている。 タバサは思う。これほどに強力な使い魔である耕介を、イザベラはどうして認めようとしないのだろう? だが、その自問にはすぐに答えが出た。能力など関係なく、耕介が耕介であるからこそ、イザベラは簡単に認められないのだろう…と。 「タバサ!頼む!」 数秒呆然としていたタバサは耕介の声に我を取り戻し、再び鉄面皮をはりつけるとアレキサンドルへと駆け寄った。 二人で未だに腕だけで動こうとするアレキサンドルに土をかけ、タバサが 錬金 によりそれを油へと変える。 次いで 発火 をかけ…哀れな青年は今度こそ完全に停止し、燃え尽きて灰へと還った。 「安らかに眠ってくれ…」 耕介とタバサはアレキサンドルの魂の安らぎを願い、黙祷を捧げるのだった。 二人が瞑目していると、突然の突風とともにシルフィードが降りてきた。 「お姉さま、コースケ、大変なのね!」 サビエラ村激動の夜はいまだ終わりを告げない。 アレキサンドルと老婆が暮らしていたあばら家は今まさに燃え上がっていた。 「吸血鬼め!殺された者たちの恨みを思い知ったか!」 薬師のレオンをはじめとした村人たちがあばら家を取り囲んで、松明を投げ入れている。 「証拠もあがった、あの役に立たない騎士の代わりに俺たちが天誅を下してやる!」 女性たちがアレキサンドルが屍食鬼だったと喧伝したのだ。加えて、彼らは女性たちが煙突の中から落ちてきたという”証拠品”を見て確信を得た。 若者たちの怒りに再び火がつき、彼らは憎き吸血鬼を灰に還すためにこの場に集結したのだった。 そんな彼らのわずか上空を凄まじいスピードで影が過ぎった。次いで、炎上するあばら家に何かが落下する。 「な、なんだ!?」 村人たちは何が起きたのかもわからず突風に体勢を崩された。 再び影が落ち…今度は少女が空から降りてきた。それはタバサであった。 「き、騎士様…?」 村人たちが呆然とする中、厳しい表情で今にも燃え落ちんとするあばら家を睨んでいたタバサだったが…突然詠唱を開始した。 次の瞬間、あばら家から何かが飛び出してくる。タバサはそれに向かって威力を極限までセーブした カーレント を放つ。 空中から集められた水の洗礼を浴び、それの正体がやっと判明した。 それは耕介と…そして、老婆であった。 「ゲホ!ゲホ…!タ、タバサ、頼む…!」 タバサは憔悴した老婆に治癒をかける。 助け出すのが早かったためか、老婆は火に巻かれず、煙も吸い込まずに済んだようだ。だが、やはり無理を強いたために呼吸が激しく乱れている。 村人たちはしばらく呆然としていたが…あばら家が燃え落ちる音に我を取り戻した。 「あ、あんたたち何のつもりだ!!吸血鬼を助けるなんて!!」 レオンが激しく耕介とタバサを詰る。だが、耕介とタバサの反応は無言だった。 業を煮やしたレオンが耕介へと近づくが…耕介がレオンに振り向いただけで彼は足を止めざるを得なかった。 常に温厚で滅多に怒らない耕介だが…今回ばかりは本気で怒っていたのだ。 昨日の老婆の調査時に見せた威圧感など比にならぬ、死線を知る戦士の威圧にただの村人であるレオンが耐えられるはずもない。 やがて、老婆の呼吸が落ち着いてきた頃…押し殺した耕介の声が響いた。 「本当にこの人が吸血鬼ならアレキサンドルの襲撃が失敗した時点で逃げ出してる…真っ先に疑われるのはこの人なんだからな…!」 だが、村人たちも引き下がることはない。何故なら彼らには証拠品があるのだ。 「これを見ろ!こんな派手な染めの着物はその婆さんしかこの村じゃ着てねぇ!これが村長の家の煙突にあったんだ!」 そう、証拠品とは着物の切れ端だった。やせこけた老婆だからこその進入経路だと言える。だが、それでも。 「それはいったいいつ見つかったものだ!昨夜のエルザの一件の時に俺たちは煙突を調べたけど、そんなものはなかった!」 「な…!」 吸血鬼の進入経路は煙突だろうと考えていたタバサは昨夜の襲撃の後に痕跡がないか調べていたのだ。 しかし、その時点でそんなものはなかった。ならばこの切れ端はいったいいつ煙突に入ったというのか…。 「もう少し、冷静になって考えてくれ」 底冷えがするような耕介の声にレオンたちは何も言い返せず…二人が老婆を連れて去った後も動けずにいた。 村長に一つ質問をしてから老婆を預けた耕介とタバサは、女性たちに屍食鬼を倒したことを報告し、安心させてやる。 そして、緊張の糸が切れたのだろう、早々に女性たちが寝静まった後も不寝番を続けていた耕介とタバサの元にエルザがやってきた。 「どうした、エルザ。もう日も暮れたのに」 「あのね、皆を守ってくれたお礼がしたいの!」 エルザは昨夜のことが嘘のように明るく振舞っていた。 「今夜じゃないとダメなのか?」 「うん、夜が一番綺麗なの!」 どうやらエルザはどうしても今がいいようだ。 万一に備えて耕介とタバサのどちらかはこの場に残らなくてはならないため、メイジ恐怖症のエルザのことも考えてタバサが残ることになった。 「ごめんね、お姉ちゃん…お姉ちゃんには別のお礼を考えてあるから…」 エルザの申し訳なさそうな声にタバサは首肯だけで答える。 部屋を出る一瞬、耕介とタバサが目配せをしたことに、エルザは気づかなかった。 「あれ、お兄ちゃん、剣持ってきたの?」 耕介はエルザに連れられて村はずれの森の付近にやってきていた。 「ああ、もしここに吸血鬼が現れたら、武器がないとエルザを守ってやれない」 他愛のない会話をしながら、エルザはどんどんと森の奥へと進んでいく。 エルザはずっとご機嫌な様子で耕介に話しかけていたが、耕介はそれに対して最低限の言葉を返すだけだった。 やがて、開けた場所に出た時…耕介は瞠目した。 木々が避けてできたそこは一面の花畑であった。カラスウリに似た白い花が咲き乱れ、月光を浴びる様は幻想的だ。 「すっごく綺麗でしょ?」 その中をエルザは跳ね回る。たなびく金の髪と、風に舞う花吹雪、降り注ぐ白銀の月光が絶妙に絡み合い、まるで花の精が舞い踊っているようだ。 「ああ。こんなに綺麗な光景は初めてだな」 耕介も花畑の中ほどに進み出て、踊るエルザを見つめる。 「でもね、お兄ちゃん。お礼は別のものなんだよ?」 エルザがどこまでも無垢な微笑みを耕介に向ける。 「じゃぁ、何をくれるんだ?」 耕介も笑顔でそれに答え…さりげない動作で御架月の鯉口をきった。 「それはね…」 踊っていたエルザが立ち止まり、耕介へ体ごと振り向く。 突風に巻き上げられた花弁が二人を包み…まるでここは花の楽園。 「永遠の命だよ!」 白銀と純白に彩られた楽園で…耕介は金色の吸血鬼と出会った。 前ページ次ページイザベラ管理人
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前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 召還の儀式の最後の一人、ルイズが数十回の失敗の後になんと平民を呼び出してしまったとき、トリステイン魔法学園の教師、コルベールは驚いた。なにせ人間を召還するなどというのは今まで前例がない。 しかし、同時に彼は、落ちこぼれで見栄っ張りだが、その実影で涙ぐましい努力をしているルイズのことを、とても心配していたので、形はどうあれ、初めての成功を心の底から喜んだ。 ルイズは不満だ、やりなおしたいと食って掛かってきたが、コルベールはそれを許さなかった。 「(使い魔が何であるか、なんて長い目で見たら大した問題ではないんですよ・・・)」 使い魔によってメイジの才能を見る向きもあるが、それを言えば我が学院の長にして大賢者オスマンの使い魔はハツカネズミではないか。 それよりも、使い魔を従えたという事実こそが大事なのだ。ルイズへの風当たりもきっと弱まるに違いないし、そのほうが彼女に必要なことのはずだ。 だから、コルベールの心配を知ってか知らずか、ルイズがしぶしぶとコントラクト・サーヴァントを成功させたときは肩の荷が下りたような気すらした。 使い魔が人間だということは、後で学長と相談して何らかのフォローを入れよう。使い魔になる平民は少し可哀想な気もするが、なに、気にすることはない。 トリステイン最大の大貴族、ヴァリエール公爵家三女にとって唯一無二の存在になれるのだ。決して粗略にはされまい。 後は使い魔の少年の手に浮かび上がってきた奇妙なルーンを写し取って学院へ帰ろう。 コルベールはルーンを近くで見るために少年の手を取ろうとした。 油断しきっていたコルベールは、さっきまで顔を赤くして混乱していた少年の目に、いつの間にか『覚悟』の光が見えていることに気がつかなかった。 「エコーズACT3!その男を攻撃しろォー!!!」 『ACT3 FREEZE!』 その瞬間コルベールの体は草原にめり込むほどの勢いで前のめりに墜落してしまう。 「な・・・なんだ・・・?」コルベールは何かに躓いたのかと思い立ち上がろうとした。だが、意に反して腕をあげることすらできない。 「コルベール先生、何もないところで転ばないでくださいよ!」遠巻きに見ていた生徒達が笑う。だがコルベールは自らの身に起きたことの異常性に気づき始めていた。 「(う、動けない・・・!これは・・・私の体が『重くなっている』!?この少年の仕業か?そんなはずが・・・!重力制御など、例え土のスクウェアでも出来るものではない・・・!)」 ビキビキと体中の骨が軋む音がする。呼吸すらままならない。 いつまでも起き上がらないコルベールを生徒達が不思議に思い、騒ぎ出す。 「コルベール先生いつまで寝転がっているんだ?」 「ていうか、おい!あれを見ろよ!ゴーレムか?」 「見たことがない形・・・っていうか、微妙に浮いてる気がするんだが・・・」 「まさかメイジ・・・?でも杖は持ってないぞ!?」「マントも着てないしな。」 コルベールは目だけを辛うじて動かして、少年を見上げた。 すでに契約の刻印も済んだのだろう。立ち上がった少年はコルベールを見下ろした。 「それ以上・・・ぼくに近づかないでもらう・・・」 そしてその少年の前に、白い小さな人影が見える。体中に翠色の装飾を施した見たこともない形状のゴーレムだ。 ゴーレムはコルベールを指差して言った。 『射程距離5mニ到達シマシタ。S.H.I.T!』 このゴーレムがやったことなのだろうか。 もしかしてミス・ヴァリエールはとんでもないものを召還してしまったのでは・・・? だが当の本人は事態の深刻さをまるで分かってないようだ 「そのゴーレム、あんたの?コルベール先生に何をしたの?」 「今度はこっちが質問する番だっ!!いったいぼくに何をしたんだ!!」 康一はルイズを睨みつけた。 「なによ。そんな目したって怖くないわよ!あんたはもう私の使い魔になったんだから、私の言うことを聞きなさい!私の質問に答えるのよ!」ルイズは命令した。 ファーストインプレッション(第一印象)が大事なのだ。使い魔に我が侭を許せば後が大変である。イニシアチブを取らなければならない!・・・と本に書いてあったのだ。 「使い魔だって?それはすごく・・・すごく嫌な響きがするぞっ・・・!人間というよりは、まるでペットを呼ぶような・・・」 「ペットじゃないわ。まったく・・・使い魔も知らないなんて、どこの田舎者よ・・・。とにかく、あんたは私が召還したんだから!私の言うことを黙って聞けばいいのよ!平民!」 「じゃあ、ぼくに攻撃してきたのは君・・・?」 そこで康一は気がついた。この女の子はスタンドが見えている。 つまりこの子はスタンド使いだ・・・! 「もう一度聞くよ・・・。ぼくに何をしたんだ・・・?この左手の印は何?」 「それは使い魔のルーンよ!あんたが私のものになった証よ!あんたは一生私に仕えるのよ!」 康一は震えあがった。 「じょ、冗談じゃないぞっ!ぼくはそんなのまっぴらごめんだっ!今すぐ元のところに戻してくれ!」 「知らないわよそんなの!あんたが勝手に来たんでしょ!私だって、あんたみたいなチビの平民が使い魔だなんて嫌よ!」 康一は目の前のルイズと呼ばれる女の子を攻撃するべきか考えていた。 しかし、自分よりも小さな女の子(きっと中学生くらいだろう)を攻撃するにはためらいがある。 それに、なぜかこの口の悪い女の子からは、不思議と『悪意』が感じられないのだ。 自分を拉致し、無理やり使い魔とやらにしようとしているにも関わらず! ルイズはこの生意気な平民をどうしてくれようかと考えていた。 意味の分からないことを喋るし、変なゴーレムは出すし、何よりこっちの質問にまるで答えようとしない!使い魔の癖にご主人様をなんだと思っているんだろう! そしてなにより、やっと手に入れた使い魔に、舐められるのだけは絶対に嫌だった。 二人の間に険悪な空気がただよう。 そこに車に潰されたカエルのように、未だ地面にへばりついたままのコルベールが割って入った。呼吸がほとんどできないので今にも死にそうなか細い声である。 「ちょ、ちょっと待ってください・・・。こんなところで争ってもしょうがありません。ミスタ、何か誤解があるようですから、どうか落ち着いた席で話し合いを・・・。」 「疑問はおありでしょうが、私からちゃんとお答えします。これは我々にとっても前例のないことなのです・・・」 康一は懇願するコルベールを見ながらしばらく考えていた。 自分は被害者のはずだ。でも攻撃したという当人達からはなぜか悪意を感じないのだ。 それどころかまるでこっちが理不尽なことをしているような空気すらある。 それにこの小さな桃色髪の少女はともかくとして、こっちの男性はまだ話が通じそうだ。 「・・・わかりました。ちゃんと説明してくださいよ!ACT3!3 FREEZEを解除しろ!」 康一がそういうとコルベールの目の前からゴーレムが消えた。それと同時に体の自由が戻ってくる。 コルベールは軋む体をなんとか立ち上がらせ、服についた草を掃った。 「えーと、大丈夫ですか?」康一が気遣う。 「ええ、なんとか・・・」コルベールは苦笑いした。 実はあまり大丈夫ではなかった。ものすごい圧力で地面に押さえつけられていたので息をするたびに肋骨が痛む。 骨は折れていないと思うのだが・・・。 コルベールは一つ大きく息をすると、ざわめく生徒達に向き直った。 「さぁ、みなさんはもう学院に戻りなさい!」 「ミスタ・コルベール!ルイズとその平民はどうするので?」人垣の中から手があがる。 「学院長と話しあった上で今後のことを決めます。みなさんは自分の使い魔をしっかり慣らして、しっかり明日の授業の準備をするように!では解散!」 コルベールは手を叩いて帰るように促した。 奇妙な平民や突然現れて突然消えたゴーレムに興味津々な生徒達だったが、彼らも自分の使い魔を召還したばかりである。 二言三言なにやら唱えて杖を振ると、大人しく言いつけにしたがって飛び去っていく。 「さぁそれではとりあえず学院長室までお越しください。そこで話を伺いましょう。ミス・ヴァリエール。当然ですがあなたにも来てもらいますよ。」コルベールも数語の呪文と共に浮かび上がり、生徒達の後を追っていく。 「と、飛んだ・・・」康一は愕然としている。空を飛ぶスタンド使い?しかも全員が? そしてそれを横で見送る桃色の髪の女の子に聞いた。 「君も飛ぶの?」 ルイズはそれを聞くと、きっと康一を睨みつけ、ぷいっとそっぽを向いた。 そして早足で歩き去っていく。 未だに自分の置かれた立場がいまいち分かっていない康一だったが、いつまでもここにいるわけにもいかないので、彼女の後をついていくことにした。 みなが立ち去った後、二人の少女がまだ帰らずに残っていた。 「ねえタバサ。いったい何があるって言うの?」 一人の少女は先ほどルイズにキュルケと呼ばれた少女である。大きく開いた胸元からは褐色の肌が覗き、はっとするような色気がある。その足元には大きなトカゲを従えている。 「ルイズの使い魔が気になるの?きっとマジックアイテムか何かをもっていたのよ。」 と腕を組む。 「たしかに不思議なゴーレムだったけれど、小さいしすごく弱そうだったじゃない?ミスタ・コルベールは不意打ちで転ばされてしまったんだわ。」 いかにも「これだからトリステインの男は」と言わんばかりに鼻を鳴らす。 しかしタバサと呼ばれたもう一人の少女――青いショートヘアーで、グンパツな女性と比べてこちらは背が小さく、なんというか・・・平坦だった――は真剣な表情で先ほどコルベールが倒れていた場所にしゃがみこんだ。 「見て。」 タバサはぼそりと言った。 「何?落し物でもあったわけ? え・・・これって・・・」 キュルケがタバサのそばまで行くと、今まで草で隠れていた『跡地』が見えた。その場所だけ地面が人型にめり込んでいる。 「深さは10サント近くあるわね・・・。でもどうして転んだだけでこんなことになってるのかしら。」キュルケはアゴに指をあて、 「実はミスタ・コルベールの体重が100リーブル(約470kg)くらいあった・・・とか?」冗談めかして笑った。 タバサは笑わずに振り返り、言った。 「只者じゃない。」 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
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前ページ次ページS-O2 星の使い魔 裏通りを抜け、ブルドンネ大通りを歩く一行。 既に太陽は南に昇り、燦々と力強く昼飯時を知らせている。 「ごめんね~、タバサ。もしかして朝食、食べてなかった?」 「……貴方が急かしたから」 目の前で手を擦り合わせるキュルケに、感情を交えずに答えるタバサ。 人前で腹の虫の披露させられれば、女性なら誰だって不機嫌にもなるだろう。 「ホントにごめんね~、お詫びに今日は私が奢るから、ね?」 「……」 タバサの眼鏡が陽光を受けてキュピーン!と言わんばかりに輝いた。 (……早まった、かしら?) 親友の思わぬ反応に、ちょっぴり嫌な予感を隠せないキュルケであった。 はてさて、やって来たのは一軒の洒落た喫茶店。 何でも、タバサのお勧めらしい。 「えっと……ルイズ、あの看板、何て書いてあるの?」 「『やまとや』ですって。変な名前ね、東方由来かしら?」 首を捻るルイズとクロードを尻目に、タバサとキュルケはずいずいと店に入っていく。 取り残される前に二人も慌てて追いかける。 「いらっしゃいませ~♪」 にこやかに応対するウェイトレス。 掃除の行き届いた清潔な店内。 とりあえず店単位でのハズレという線では無さそうだ。 なかなかどうしてこのタバサ、食に関してはなかなかの目を持っているらしい。 メニューを開けば、ケーキにパイ、クレープ等のお菓子に、各種パスタといった定番メニュー……と呼ぶには怪しいものも幾つか。 『ファイナルチャーハン』『戦慄のグラタン』『落涙のリゾット』といった、嫌に物々しいもの。 『渚の贈り物』『忘れられない思い出』など、何がなにやらさっぱり解らない代物まで。 果ては、何やらちょいと怪しげな銘柄のワイン(時価)まで置いてあるようだ。 「私はクックベリーパイと紅茶!」 「あんたってホントそれしかないわねぇ……じゃ、私はツナサラダで」 「……ハリケーントースト」 「じゃあ、僕はこの胸のときめきってのを一つ」 四者四様に注文を済ませる。当然、伝えるのはクロードである。 注文を受けてカウンターに戻る際、ウェイトレスの唇の端に生暖かい笑みが浮かんでいたように見えたのは気のせいだろうか。 「あんた、結構チャレンジャーなのね……」 「う~ん、理解できないものを理解できないまま放っておくのは性に合わないって言うかね。 昔から知らない場所があったら、飛び込みたくなる性質なんだ」 「……地雷気質」 容赦の無さ過ぎる氷点下のツッコミ。 あのルイズさえもが凍り付いて二の句が告げない。『雪風』ここにあり。 クロード自身も、自分がここに居る原因がそれであったことに思い当たり、言葉も無く苦笑する。 (こりゃ、本格的に機嫌悪いわねえ……お腹のこと以外に何かあったのかしら) 一方のキュルケは、小さき友人の吐き出す毒の強さに頬を引き攣らせる。 普段のタバサならば、何の反応も無く黙殺しているところである。 こんな風にわざわざ他人に突っかかることなんて無い娘なのに。 これはもしかして、もしかすると。いや、まさかね。 「そう言えばさ、タバサ」 きっかけを得たのか、クロードが話を振る。 あら、ダーリンってばこの子にまで? ご主人様がほっぺ膨らしてるわよ。 「シャルロットっていう名前に心当たり、無いかな?」 タバサの肩がピクリと動く。 そのことに、タバサ以上にキュルケが驚いた。 珍しいわね、この子がこんな反応するなんて。 「何故、そんなことを聞くの?」 「これを届けてくれた人がそう名乗ったんだけど、 その人がなんだか君に似ていて……いや、似てるってのは少し違うかな。 何ていうか、通じるものがあるような気がしてさ」 表情を変えぬまま内心で舌打ちをするタバサ。 抜かった。この男、他人の事には想像以上に勘が鋭い。 シルフィ、帰ったらお仕置き。 『そんな~、お姉さま非道いのね~。きゅいきゅい』 「……さあ、知らない」 鼓膜を介せず届く言葉を軽く黙殺しつつ、表情を変えずに切り返す。 「……ああ、そう」 クロードもそれ以上は追求することなく、納得したように言葉を切る。 嘘だな。クロードは直感的にそう判断していた。 彼女のさっきの反応と言葉、普段の彼女とは差異がありすぎる。 だが、彼女がこう言うのならば真実がどうあれ、納得するしかあるまい。 親友であるキュルケならばともかく、クロードが立ち入るべき領域ではない。 果たしてキュルケの方を見れば、片目を瞑って肩を竦めている。 こちらもまた、深く詮索するつもりも必要性も感じていないようだ。 むしろ、ならばこその親友ということか。 「ふうん……ねえ、クロード。この子に似てたって言うけど、どんな人だったの?」 あんたはもう少し言葉の裏を読めるようになった方が良いと思います。 物凄い勢いでタバサが氷の視線飛ばしてるのが見えてないんですか。 クロードとキュルケの心がバロームクロースと言わんばかりに一致した。 今ならばザ・パワー抜きで想定外のシンメトリカルドッキングが可能な気がする。 「お待たせいたしました~♪」 結論から先に言うと、彼らがこれ以上この話題を続けることは出来なかった。 理由を簡潔に述べるとするならば、予想を斜め上に突き抜けた展開がやってきてしまったから、といったところか。 「……」 「……」 「……」 気まずすぎる沈黙が場を支配する。 やまとや名物『胸のときめき』。 トロピカルジュースの上にフルーツやシャーベットが山のように盛り付けられ、 豪奢なまでの装飾を施された贅沢なデザート。 問題だったのは、そこにストローが『2本』刺さっていたことである。 「……」 「……」 クロードが助けを求めるようにタバサに視線を向けるが、 当のタバサは完全無視を決め込んで黙々とトーストとコーンチップスを口へ運ぶばかり。 もしかしてコレの正体、知ってて止めなかったんですか。 僕、何か君を怒らせるようなことしたっけ。 いや、ここは逆にポジティブに考えるんだ。 野郎と二人っきりで注文してしまったら、くそみそな大惨事だったじゃないか。 ……現実逃避しても空しくなるだけなので、この辺でやめとこう。 「ええっと……ど、どうしよう、これ」 「どうしよう、ってもねぇ……」 流石のルイズも頭を抱えている。 この展開は完全に予想外だったらしい。 「んじゃ、私がダーリンと一緒にいただくってことで♪」 「待ちなさいよキュルケ! これはクロードが注文した品でしょうが! か、勘違いするんじゃないわよ! 使い魔のものは主のもの、主のものは主のものよ! つまりコレは、私に属するもの、所有物であって、アンタに分ける分なんてこれっぽっちも無いわ!」 なんですかそのジャイアニズム。 「……なべスパ」 「あら、もしかして妬いてるのかしら、ルイズ?」 「ば、馬鹿言うなっ! 大体何よ、あんただってそんなもん食って、 二の腕や腰周りにた~っぷり肉が付いて、そのうち男から見向きもされなくなるんだから!」 「んぐっ! ……ふ、ふんっ、胸に栄養が行ってないあんたに言われる筋合いは無いわね!」 バーニィ、この状況じゃ呼んでも来ないだろうなあ。 「……はしばみ氷」 「だいたいねえ、泥棒猫のツェルプストーは信用ならないのよっ!!」 「ふん、鼠も獲れないヴァリエールの無能猫に言われる筋合いは無いわねっ!!」 今日はいい天気だなあ、デルフ。 あ、そう言えばスリープモードにしてたんだっけ。 前略オフクロ様、僕は今日も元気にインド人のウリアッ上に飛び込んで大ピチンです。 くれぐれも土星の矢には気をつけてくださいね────── 「……」 「ん、クロード君? 帰ってきていたのか。随分疲れているようだが、どうしたんだい?」 「コルベールさん……女の子って怖いですね……」 「……クロード君。私が言うのも何だが、 そういった悟りを開くには、君はまだ若すぎると思うのだが」 「悟り、ですか……そうですねえ…… 今の僕ならドラゴンでもはぐれでもドンと来いって感じですよ、HAHAHA……」 「……」 前ページ次ページS-O2 星の使い魔
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6話 「諸君、決闘だ!」 そう言ってギーシュが薔薇の造花の杖を掲げると、周囲から大きな歓声が上がった。 ヴェストリの広場にはすでに多くの生徒が集まり、ギーシュとホワイトスネイクを取り囲んでいる。 ルイズは生徒の輪の最前列で、ホワイトスネイクの背中をじっと見つめていた。 「さて、逃げずに来たことは褒めてあげるよ」 「部屋ノ隅デ震エテイルコトヲ選バナカッタノハ立派ダッタナ」 食堂での応酬と同じように、ホワイトスネイクから挑発が返される。 「ふん、では始めさせてもらうよ」 そう言ってギーシュが杖を振ると、杖から薔薇の花びらが一枚離れた。 だが次の瞬間、薔薇の花びらは甲冑を着た女戦士の人形へと変わった。 人形は金属製らしく、全身が淡い金属光沢を放っている。 「ホーウ……」 ホワイトスネイクが感嘆した声を上げる。 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。文句はないだろう?」 「御託ハイイカラサッサトソノ人形デ仕掛ケテコイ」 「そうかい、では遠慮なく」 ギーシュが言い終わるのと同時に女戦士の人形が走り出す。 が、数歩で立ち止まった。 「おっと、そういえばまだ名乗っていなかったな。 僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。 したがって僕の青銅のゴーレム、ワルキューレが君の相手をするよ」 そう言ってまたフッとカッコつけた。 ただこれがやりたかったがために女戦士の人形――ワルキューレを止めたようだ。 「では、いくぞ!」 その声とともに、再び走り出すワルキューレ。 ホワイトスネイクとの間合いを一気に詰める。 そして自身の拳の間合いにホワイトスネイクをおさめると、すかさずパンチを放ったッ! ぶおん、と空気を切り裂く青銅の拳はホワイトスネイクのボディへと一直線に向かい―― グワシィッ! 受け止められたッ! 「な、なんだってぇ!?」 (コノ威力……パワーハCッテトコカ。 私ノ方モパワーCガ妥当。ルイズハ近クニイナイシ、コノ距離ナラ当然ダナ) 驚くギーシュと、相手と自分を冷静に評価するホワイトスネイク。 「今度ハコチラノ攻撃ダ」 ホワイトスネイクは素早くワルキューレの懐に潜り込む。 そしてその伸びた腕を掴むと、一気に反動でワルキューレの体を宙に浮かせ―― ドグシャアッ! 頭から地面に叩きつけたッ! 「『ジュードー』トカイウヤツダ。パワーノ弱イ私ニハ、ウッテツケノ技デナ」 「な、な、な……」 予想だにしなかった事態にギーシュは言葉を失う。 彼の目の前で地面に突き立てられたワルキューレはしばらく手足を動かしていたが、すぐに墓標みたいに動かなくなった。 そしておろおろするギーシュとは逆に生徒達は大歓声を上げた。 「すっげぇーぜ、今の! あいつ、何やったんだ!?」 「ワルキューレを頭から地面に叩きつけるなんて……」 「野郎……面白くなってきたじゃねーか」 そしてルイズも、予期しなかったホワイトスネイクの実力に唖然とする。 「な、何なの? 今あいつがやったの……?」 「特別な体術」 「……え?」 「彼は体の反動を使ってゴーレムを投げ飛ばした。 力任せに投げたのとは違う」 いつの間にかルイズの横に立っていたタバサが解説する。 「な、何であんたがここにいるのよ! っていうか今の説明……」 「この子が自分で見たいって言ったのよ、ルイズ」 「あっ、キュルケ!」 「ご機嫌いかが? 今朝は危うく寝坊するところだったそうじゃないの」 「う、うるさいわね! ちゃんと朝食には間に合ったんだからいいじゃないの!」 「はいはい。それでタバサ、あいつはどうなの?」 「分からない。動きに余裕があるから、まだ何か隠してるのは確実」 「ふ~ん……それは楽しみ。っと、そろそろ動きそうね」 一旦止まった戦いが、再び動き始める。 場所は変わってトリステイン魔法学院の学院長室。 ギーシュとホワイトスネイクの決闘が始まる、数分前のことだ。 「暇じゃのう……」 「平和ですからね」 「何かこう、面白いことでも起きんかのう……例えば決闘とか」 「学院長自らが風紀を乱さないでください。それと」 「何じゃ、ミス・ロングビル」 ドグシャァッ! 「ぶげぇッ!」 「私のお尻をなでるのはやめてください」 華麗なハイキックで老人を椅子から蹴倒す女性は、ミス・ロングビル。 反対に椅子から蹴倒された老人がオールド・オスマン。 ロングビルはオスマンの秘書で、そのオスマンはこのトリステイン魔法学院の学院長を務めている。 「あいたたた……」 ミルコ・クロコップのようなハイキックをモロに食らったにもかかわらず、何もなかったかのように立ち上がるオスマン。 「今度やったら王宮に報告しますからね」 「ふん。王宮が怖くて学院長が務まるかい」 オスマンはふてくされたように言うと、床から何かを拾い上げた。 「気を許せる友達はお前だけじゃ、モートソグニル。 ん、ナッツが欲しいのか? ちょっと待っておれ」 オスマンはポケットからナッツを数粒取り出すと、 手の上にちょこんと乗っているハツカネズミのモートソグニルに近づける。 モートソグニルはちゅうちゅうと鳴いて喜ぶと、ナッツをかじり始めた。 「ん、どうじゃ? うまいか? もっと欲しいか? じゃがその前に報告じゃ、モートソグニル。 ……ほうほう、純白かね。だがミス・ロングビルは黒にかぎ」 ボグォッ! 「うげぇっ!」 オスマンの言葉を遮るようにして叩き込まれたのは、胃袋に正確に打ち付けられるヒザ蹴りッ! そして頭から床に倒れこんだオスマンに、さらに追撃の後頭部への踏みつけッ! ゲシッゲシゲシィッドガッドゴオッドゴッドゴッ! 「分かった! 分かったから! ちょ、やめるんじゃミス・ロングビル! 痛い! 痛いからッ!」 そんなふうにしてオスマンがロングビルに蹴り回されていると、不意にドアが大きな音を立てて開いた。 「オールド・オスマン!」 「何じゃね?」 そう答えたオスマンは、すでに床の上でなく椅子の上に座っていた。 まるで何もなかったかのようだ。 ロングビルも同様に、部屋の隅の椅子に腰かけて物書きをしている。 まさに早業である。 学院長室のバイオレンスな日常はこうして保たれているのだ。 「たた、大変です!」 そう言って広すぎる額を汗で光らせているのはコルベール。 使い魔召喚の儀式に立ち会っていた教師だ。 「なーにが大変なもんかね。どうせ大したことのない話じゃろうて」 「そんなこと言わずに! こ、これを見てください!」 そう言ってコルベールがオスマンに突き出した本のタイトルは「始祖ブリミルと使い魔たち」。 「ほーう……それでこの古い本がどうしたのじゃ?」 「その本の……このページです! それと、これを!」 コルベールが本のページと、一枚のルーンのスケッチをオスマンに見せる。 オスマンの目が本とスケッチを素早く行き来した。 その眼は先ほどまでの好々爺の目ではない。 熟練の魔法使い特有の、鷹のように鋭い目だった。 「ミス・ロングビル。少し席をはずしてもらえるかね?」 「かしこまりました」 ロングビルはそれだけ言って、学院長室を出た。 と、入れ替わりに一人の教師が血相を変えて飛び込んできた。 「オールド・オスマン! い、一大事です!」 「今度は何じゃ?」 オスマンが眉間にしわを寄せて言う。 「それが、ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようで……」 「決闘? やれやれ……暇を持て余した貴族は、本当にロクなことをせんのう」 今さっき暇を持て余して「決闘でも起きないかな」とか言った揚句にセクハラしていた男とは思えないセリフである。 「それで、決闘しとるのはどいつじゃ?」 「は、はい……一人はギーシュ・ド・グラモン。もう一人は……」 「グラモンのとこのバカ息子か。どーせ女の子の取り合いでもしたんじゃろうて。それでもう一人は誰じゃ?」 「もう一人は……その、私も信じられないのですが……」 「何じゃ、早う言うてみい」 「……亜人です。昨日ミス・ヴァリエールが召喚して、契約したやつです」 思わず顔を見合わせるオスマンとコルベール。 「よろしい。ではその決闘は放っておきなさい」 「ええ!? い、いいんですか? 教師の中には『眠りの鐘』の使用許可を求める者もいますが……」 「……ギーシュ・ド・グラモンと戦う亜人はどんなヤツじゃね?」 「へ? は、はあ……ミス・シュヴルーズの話では、言葉も話せるし授業も聞けるとのことでしたが……」 「つまり頭はいいんじゃろ? だったらやり過ぎるようなことはせんハズじゃ。放っといて構わんよ」 「そ、そうですか……」 そう言って教師が学院長室を出て行くのを見届けると、壁にかかった大きな鏡に杖を振った。 すると、その鏡にある光景が映し出される。 ヴェストリの広場の、今まさに行われている決闘の光景だった。 鏡の中ではギーシュと亜人――ホワイトスネイクが向き合い、 二人の間にギーシュのゴーレムが頭から地面に突き立てられていた。 「……コルベール君。わしの判断は合っておったと思うかね?」 「まだ分かりません。でも、間違っていたと分かった時には全てが手遅れでしょう」 「そうじゃな……そうならんようにせんとなあ」 机の上でナッツをかじっていたモートソグニルが不意にぴょんと窓に飛び移ると、そのまま外に出て行った。 戦いが動いたのは、ちょうどその時だった。 場所はヴェストリの広場に戻る 「ふふ……ま、まさか僕のワルキューレを倒すとはね。な、中々やるじゃあないか。 だが、これで終わったと思うなよ!」 冷や汗をぬぐいながらギーシュが再度薔薇の造花の杖を振るう。 杖から離れた花びらは6枚。 それらが宙に舞い上がって、6体のワルキューレになって地面に降り立ったのはやはり一瞬の出来事だった。 「おいおいおいおいおいおい! ギーシュのやつ、出せるワルキューレの残り全部出したぞ!」 「あれで頭に血が上っちゃったのかなあ?」 「そりゃああんなの見せられたらなあ……」 ギーシュの陣容に生徒も驚きの声を上げる。 だが―― 「サッキノガ6体カ。面白クナッテキタジャアナイカ」 ホワイトスネイクは焦り一つ見せずに、むしろ楽しそうに言った。 「ふふん、そうやってのん気してられるのも今のうちさ。 考えてもみなよ、君? 6対1だぜ? 勝てっこないよ。 もし君が僕に『ごめんなさい』と言えば」 「脳ミソガクソニナッテルラシイナ」 「な、なんだとお!?」 「ソンナ寝言聞イテルヒマガアッタラサッサトソイツラヲ私ニ差シ向ケロ」 「……そうか、そんなに死にたいんだったら!」 ギーシュが杖を振るうと、ワルキューレたちの目の前の地面から武器が突き出てきた。 剣、両手剣、長槍、ランス、斧、スレッジハンマー……。 いずれも大変な重武装だった。 そしてワルキューレたちが、それらを手に取り、ホワイトスネイクに向けて構える。 「今ここで殺してやるッ!」 ギーシュの声とともに、一斉にワルキューレがホワイトスネイクに襲い掛かる。 やられる! 次の瞬間に訪れているであろう凄惨な光景に、思わず目をつむるルイズ。 その直後に大きな歓声が上がった。 やられ、たんだ。 あいつが、あのにくたらしい嫌味な使い魔が、ホワイトスネイクが! ルイズが絶望に近い、うすら寒い感情が自分の心に湧きあがってくるのを感じる中、 その肩をぽんぽん、と叩かれた。 思わずルイスは振り向く。 「なーに目なんかつむっちゃってるのよ、ルイズ」 キュルケだった。 「でも、でもあいつが!」 「自分の使い魔の安否ぐらい、自分で確かめなさいよ」 そう言われて、顔を正面に向けられるルイズ。 その目に飛び込んだ光景は―― (私ノスピードハA。上々ダナ。 ソレニ対シテコイツラハCッテトコカ。 何テ、スットロイヤツラナンダ) ホワイトスネイクはワルキューレたちの有様に呆れながら、大振りの斧の一撃をやすやすとかわす。 その後ろから飛び込むようにして襲ってきたランスの突きも、とっくに見えていた動きだった。これも難なくかわす。 さらに両手剣の横薙ぎ、長槍の連続突き、スレッジハンマーの振り下ろしが立て続けにホワイトスネイクに向かってくる。 だが、全部遅すぎた。 スキを窺うようにして仕掛けてきた、剣を持ったワルキューレの攻撃も見え見えの奇襲にすぎなかった。 軽くかわして、ついでに足を引っ掛けてやった。 ワルキューレが無様にすっ転んで地面を転がる。 そうやってホワイトスネイクがワルキューレをあしらうたびに、周りの生徒たちから歓声が上がった。 あの亜人は何なんだ? 何であれだけ武装した、しかも6体もいるワルキューレ相手にあんなことができるんだ? なんてヤツなんだ、あの亜人は! そんな呆れたような、あるいは感嘆したような感情が彼らの歓声の源だった。 「あいつ……すごい」 「そうね。あんなに大きいのに、あんなに身のこなしが軽いなんて、感心しちゃうわ。 ……でも彼、攻撃はしないのね」 「さっきみたいな投げ技は使えない。かと言って青銅のゴーレムを一撃で破壊できるようなパワーは彼にはない」 「……何で分かるのよ?」 タバサの推測にルイズが異議を唱える。 「一発ぶん殴っただけでワルキューレを壊せるなら、最初の一体をそうやって壊してるじゃない?」 「あ……そ、それもそうね……」 「でもキュルケの言うとおり。このまま避け続けてもそれだけじゃ意味がない」 「じゃあ彼はどうするのかしら?」 キュルケがタバサに尋ねる。 タバサの視線の先には前後をワルキューレに挟まれたホワイトスネイクがいる。 前のワルキューレは斧を、後ろのワルキューレはランスを構えている。 「彼は、避ける」 タバサが呟くように言った。 前門のワルキューレが斧を振りかぶる。 後門のワルキューレが構えたランスをホワイトスネイクの背中に突き出す。 瞬間、ホワイトスネイクは地面を強く蹴り、宙に飛んだ。 斧のワルキューレとランスのワルキューレが、互いに攻撃すべき相手を見失い―― 「避けて同志討ちさせる」 ズゴォッ! 互いの得物が、互いに直撃したッ! 一方のワルキューレは胴体をランスで穿たれ、もう一方のワルキューレは斧で首を跳ね飛ばされていた。 「くそッ、だが!」 ギーシュは毒づきながらもすぐにハンマーを携えたワルキューレをホワイトスネイクの着地点に先回りさせる。 自由落下するホワイトスネイク。 それを待ち受けるワルキューレ。 ホワイトスネイクはそれにちらりと目をやると、小馬鹿にしたように笑った。 そしてワルキューレのハンマーの射程に、ホワイトスネイクが入ったッ! 「今だッ!」 ゴヒャァァッ! ギーシュの声に応じ、ワルキューレは打ち上げるようにハンマーを振るうッ! だが、手ごたえなし。 ハンマーがホワイトスネイクを粉砕する音は、響かなかった。 (あれ? 何だ? 何が起きた?) 混乱するギーシュをあざ笑うかのように、ホワイトスネイクはワルキューレの背後にすとんと着地した。 「言イ忘レタガ……私ハ射程圏内ノ空中ヲ自在ニ移動デキル。 空中デ一旦停止スルクライ、造作モナイコトダ」 そう言ってホワイトスネイクは腰を落としてワルキューレの胴体に腕を回し、ガッチリとロックする。 そしてッ! メシャッ! バックドロップだッ! 後頭部から地面に叩きつけられたワルキューレは、自重と落下の衝撃で簡単に自分の首を手放した。 「くそぉぉぉーーーーーーーッ!!」 やけくそになったギーシュが残る3体のワルキューレでホワイトスネイクを取り囲む。 「やれぇッ!」 ギーシュの号令で、3体が一斉にホワイトスネイクに襲い掛かる。 「『ギーシュ』・・・・・・ダッタカ。ヤハリオ前ハ……」 ホワイトスネイクは3体の攻撃を容易く避ける。 さっきのようなそれなりのコンビネーションもない、 ただ3体が一緒に仕掛けてくるだけの攻撃などホワイトスネイクには何の意味もなさない。 ゆえに今回、ホワイトスネイクは避けるだけではなかった。 攻撃を避ける間際にワルキューレたちの武器の切っ先、矛先をわずかにずらしていた。 そしてホワイトスネイクが3体の包囲から抜けると同時に―― 「タダノ、馬鹿ダッタナ」 ガッシィィーーンッ! 3体のワルキューレは一体化していた。 互いの武器で、互いの胴体を貫きあって。 「そ、そんな、ぼ、ぼぼ、僕の、ワルキューレが……ぜ、全滅……」 ギーシュがかすれた声でそう呟いたのと、ヴェストリの広場が大歓声に包まれたのはほぼ同時だった。 「や、やりやがった! あいつ勝っちまった!」 「ブラボー……おお、ブラボー!」 「グレート! やるじゃあねーかよ」 そして驚いていたのは、ルイズも同じだった。 「あいつ、あんなに強かったんだ……」 「すごぉーい! いいカラダしてるとは思ってたけど、まさかこんなに強いなんて! あたし、彼のこと気に入っちゃったかも……」 「ちょ、キュルケ! あんた本気なの!? っていうかあれはわたしの使い魔よ!?」 「そんなの関係ないわ。恋ってのは突然訪れるものなの。 ツェルプストーの女はそれに何よりも忠実なのよ」 「そういう問題じゃないでしょ!」 「二人とも静かに」 唐突にルイズとキュルケの会話をタバサが遮る。 「どうしたの、タバサ?」 「様子がおかしい」 「え……?」 タバサの言葉に従い、ルイズとキュルケは広場の中心に目を向ける。 そこにあったのは、腰を抜かして地面にへたり込むギーシュと、彼にゆっくりと歩み寄るホワイトスネイクの姿。 「お、お前! ぼぼ、ぼ、僕に、何する気だ!」 「私ガコノ決闘ヲ楽シミニシテイタ理由ハ3ツ」 一歩ホワイトスネイクが近づく。 しかしギーシュは動けない。 「ち、近寄るな! 来るなあ!」 「1ツ目ハハメイジノ戦イノ一端ニ触レラレルコト。 私ハコノ世界ニ来テマダ日ガ浅イ。 ナノデコノ世界ノ一般的ナ戦イニ直ニ触レラレタノハトテモ価値ノアルコトダッタ」 また一歩ホワイトスネイクが近づく。 しかしギーシュは動けない。 「なな、何言ってるんだお前! や、やめろ、近づくな! 来ないでくれ!」 「2ツ目ハ自分ノ戦闘能力ノ現状ヲ測レルコト。 ヤハリ戦闘能力トイウヤツハ実戦デシカ測レンカラナ。 コッチニ来テカラ私自身ガ弱クナッテイルコトモ心配ダッタカラナ」 ホワイトスネイクが、ギーシュに手の届く位置まで来た。 しかし……ギーシュは動けない。 「そ、そうだ! ぼくが悪かった。ぼ、ぼくが悪かったんだ、だから……ひぃっ!」 「ソシテ3ツ目ハ……」 ホワイトスネイクがギーシュの胸元を掴んで無理やり立たせる。 ギーシュは動けない。逃げられない。 そして「それ」が行われる。 「だから許し」 ドシュンッ! 空気を切り裂くような音とともに、ホワイトスネイクの貫手がギーシュの額に突き刺さった。 「3ツ目ハ、オ前ノ記憶ト『魔法ノ才能』ヲ得ラレルコトダ」 「あいつ、やりおったわ!」 「遠見の鏡」で決闘を見ていたオスマンが叫ぶ。 同じく決闘を見ていたコルベールは既にここにはいない。 ヴェストリの広場に行ったのだろう。 「まさかとは思っとったが……ええい、モートソグニル!」 遠い場所で決闘を見張らせていた自分の使い魔の名を呼ぶオスマン。 すぐに返事と思しき鳴き声が返ってくる。 「眠りの鐘じゃ! すぐに鳴らせぃ!」 言うが早いが、オスマンは素早く杖を抜いてルーンを唱える。 「サイレント」の呪文だ。 その鐘の音の響くところにある者をことごとく眠らせる眠りの鐘。 響きは音としては学院長室まで聞こえなくとも、音の波として確実にここにも到達する。 うっかり自分も眠ってしまうわけにはいかないため、音そのものを遮断したのだ。 (たかだか子供の決闘とはいえ、死人を出すわけにはいかぬ) オールド・オスマンは人間としてはダメな男だが、教師としては最上の男だったのだ。 「あ、あいつ、ギーシュを殺しちゃったの!?」 ルイズが震える声で言う。 「どうでしょうね……血は出てないみたいだけど、放っておくのはヤバそうだわ」 「同感」 キュルケとタバサが杖をホワイトスネイクに向けて構える。 「な、何してるの二人とも!?」 「止めるのよ。このまんまじゃ、本当にただ事じゃ済まなくなりそうだもの。 別に彼を殺したりはしないから大丈夫よ」 そう言ってルーンを唱えるキュルケ。 タバサの方はすでにルーンを唱え終わっており、その目の前に7、8本のツララが形成されている最中だった。 そして、タバサがツララをホワイトスネイクに向けて飛ばそうとした瞬間、その鐘の音は響いた。 決して大きな音ではなく、しかし心の奥底にまで浸み渡る音。 その音がタバサの体から力を奪っていった。 (こ、これ、は……) 薄れゆく意識の中で、タバサは音の正体を理解した。 (これは、『眠りの鐘』) その眠りの鐘の影響は、ホワイトスネイクにも及んだ。 「コノ音……何、ダ……コレハ?」 全身から力が抜けていき、激しい睡魔がホワイトスネイクを襲った。 「第、三者ノ……介入カ? アルイハ……ダガ……!」 ホワイトスネイクは、ギーシュの額から貫手を引き抜いた。 引き抜いた指に挟まれていたのは輝く二枚のDISC。 貴重な戦利品だ。 滅多なことでは手放せない。 こんな、わけのわからない攻撃なんかのためには、決して。 「コレハ……回収……スル。カ、確、実、ニ……」 最後のパワーを振り絞って体内にDISCを収納すると、ホワイトスネイクは煙のように姿を消した。 To Be Continued...
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前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神 「……はははっ、こりゃまた傑作だ。人形の使い魔に、これまた人形が召喚されるとはね」 と、プティ・トロワに高笑いを響かせるのは、ガリア王女イザベラ、タバサの従妹である。 「まさかアルビオンから生きて帰ってくるとは思わなかったけど、そういうわけかい。 使い魔、あんたの実力は、これと同じガーゴイルで観察させてもらったよ」 イザベラは、蛾を象った魔法人形を弄んでいる。 「それで、ウェールズは生きてるんだろうね? 報告しな」 「――ウェールズ王太子はトリステインに亡命。既に王宮に到着しているはず」 「そうかい。――父上も何を考えて、亡びる国に無駄な手出しをしたのかわからないけど、まあいい。 今日のあたしは機嫌がいいんだ。下がりな。次の任務があるまで、学校でお勉強でもしてるんだね」 嫌がらせの一つもなしに開放されたことを怪訝に思いつつ、タバサは王宮を後にする。 しかし、すぐにある一線に思い至った。長門有希の行為は、ガリアから監視されていた、ということは――。 「ユキ、時間がない」 「どうしたの」 「母様が危ない。あなたの力は、全て観察されていた。ジョゼフは、あなたが母様を治せることを知っている」 + + + いっぽう、王の暮らすグラン・トロワでは、ガリア王ジョゼフとその使い魔、 そしてフードを被った男――エルフである――が、リュティスの町中を馬で駆け抜けるタバサの狼狽振りを、遠見の鏡で眺めていた。 「――ほう、気付いたか。もう少し泳がせておくつもりだったが、有能過ぎる使い魔を持ったことが運のつきだったな、シャルロット。 しかしミューズ、おまえは構わぬのか。あの使い魔をリュティスに引き止めることもできたのだぞ。知人なのだろう?」 「だから、そのミューズって、石鹸みたいな呼び方やめなさいよ」 ジョゼフが女神の名で呼ぶ使い魔、ミョズニトニルンは不機嫌そうに答える。 ガリア王とエルフの青年、長身の二人に挟まれ、子供のようにも見える彼女は、 長門有希と同じ制服に身を包み、頭には黄色いリボンを結んでいる。 「そうね……。有希は仲間だった。けど、裏切ったの、あたしを。信じてたのに――。 それに、魔法使いだってことを隠してたなんて。 ……そうね、本当はどうすればいいのか、あたしは分かってないのかも――」 「ふふ、構わん。裏切り……か。おれも、ミューズのように悲しむことができるようになりたいものだよ」 「お話のところすまないが――」 「おお、ビダーシャル。うむ、行ってくれ。頼むぞ」 顔も向けず言い放つジョゼフに対し、エルフの男は表情一つ変えずに従う。 彼が何かを呟いたかと思うと、つむじ風が舞い、エルフの姿をかき消した。 「なに? 今の。これも魔法?」 「先住魔法、らしいな」 「へぇっ。いろんな魔法使いがいるのね、この夢の中には」 「メイジではなくエルフではあるが。――夢、か。そうかもしれん、この世界は」 「……でも、魔法使いがいても宇宙人にも、未来人にも会えないのよね。 魔法使いだって超能力者と似たようなものだけど、いざ会ってみると――」 ミョズニトニルンの少女は椅子に背を預け、小さく呟いた。 + + + トリステインとの国境に位置する領地まで、最短距離の街道でも馬で四日。 その道のりを、タバサと長門は三日で走破した。 二人は、オルレアン公の屋敷へと続く最後の坂道を、満身創痍の状態で駆け上がる。 「だいじょうぶ、ユキ?」 「わたしの肉体には有機生命体の疲労の概念がない。それより、あなた。この一週間、無理のし通しで、もう限界」 「……もうすぐ、屋敷に着く」 視界が開け、国境のラドグリアン湖を望む丘の上、白亜の城へと馬が横付けされた。しかし、 「遅かった……」 木の無垢の扉は斧で破られ、当然の事ながら執事の出迎えはない。 そして中へ入ると、略奪とまではいかなくとも、壁にかけられた絵や家具、調度品の全てが持ち去られ、 がらんとした室内にはただ、開け放たれた窓から風だけが吹き込んでいた。 「母様!」 わずかな希望を込めて、タバサは母の寝室の戸を開け放つ。 だが彼女の予感した通り、湖を望む大きな窓の前に、母の姿はない。その場にへたり込むタバサ。 しかし長門は、そんな主人の様子ではなく、部屋の隅を見やっていた。 「誰?」 すると、光にかき消されていた男が、二人の眼前に姿を現す。長い耳が、彼がエルフであることを表していた。 「精霊がわが身を隠していたはずだが……。同胞か?」 「ちがう」 長門は平坦に問う。 「あなたの周りには情報操作の跡がある。なぜ?」 「情報――?」 しかし、男は答えることを止める。タバサが男に飛び掛ったのだ。 「お母様を!」 タバサの杖に光が集まり、氷の矢を作り出す。 それは、トライアングルのタバサには本来不可能なほど巨大な――。タバサの心の震えが、彼女をスクエアに覚醒させていた。 しかし、 「タバサ――! だめ――」 「地の精霊よ――」 長門が叫ぶのが早いか、男の目の前に土が集まると、そこに透明な壁を作り出した。タバサのウィンディ・アイシクルはあえなく砕け散る。 「土を珪素に変えた?」 長門は相手の情報操作能力に舌を打つ。 そして壁は土に戻るとタバサの四肢に絡みつく。土は杖を飲み込み、彼女の体を振り回すと、屋敷の壁へと放り投げた。 「……命までは取らぬ。しかし、これも契約のこと、われに同行願おう――。 む――、なおも抵抗するか。……争いは好まぬ、わが同胞に近きものよ」 男、ビダーシャルは、長門有希へと向き直った。 長門は半身に構え、杖をビダーシャルへと指し向けている。 「……争いを望むか。愚かな」 長門は高速言語を詠唱する。しかし――、 「情報の操作が――、接続が切断されている?」 長門有希の試みたいかなる情報操作も、その対象にたどり着く前に、手応えもなくかき消される。 まるで、座ろうとした瞬間、椅子を後ろに引かれるがごとく。彼女でさえも驚愕の表情をわずかに浮かべざるを得ない。 「これは……。精霊を侵食しようとする者など! この悪魔め!」 ビダーシャルもまた、長門有希の行動に困惑していた。精霊との契約によって物の理を改変するのではなく、 精霊の領域を力で支配する。エルフにとって長門有希は侵略者、まさに悪魔として捉えられたのである。 宇宙人とエルフの間で、目に見えない情報、そして精霊の引き込み合いが続く。 しかし突如としてビダーシャルが動いた。 ビダーシャルは床を蹴ると、長門有希との物理的距離を詰める。それに呼応し、長門は空中に舞う。 すると二人の間に、銀の刃が飛んだ。 情報操作のせめぎ合いに全能力を傾けている長門には、物理攻撃を放つ余裕も、 そして、そうするための物理的媒体もない。刃――エルフが砂漠の生活に用いるナイフは、 長門有希の心臓を、正確に刺し貫いた。それと同時に、ナイフを伝い、長門有希を構成する肉体へと、精霊の情報が流れ込む。 長門もまた、床へと倒れ臥した。もはや彼女には、流れ込む情報、精霊の力を無理に押さえ込むことしかできない。 ビダーシャルは長門有希に近寄り、ナイフを引き抜こうとする。 「わが生活の道具を、このようにして血に染めるとは――」 だが、ナイフを掴むという行動は、ビダーシャルにとって安易なものでありすぎた。 彼がナイフを掴んだ瞬間、長門とビダーシャルの間に、物理的接触を介した情報連結が行われる。 その兆候を覚えた瞬間、すでに長門有希の情報操作は、ビダーシャルの周りの精霊を手中に収めていた。 ビダーシャルはナイフを抜くと、身を翻し、逃げ出すようにして窓を破って屋敷から飛び出した。 「この屋敷の周囲の精霊を取り込んだ――か。悪魔め――。精霊を支配下に置かれては、近付くこともできぬ」 ビダーシャルは、湖を囲む森へと消える。 だが長門有希もまた、ビダーシャルのいう精霊によって、自身の情報を侵食されていた。 ナイフによる肉体の物理的損傷こそ塞がれてはいるが、 細菌のように長門有希の体へ侵入しようとする精霊、情報操作とのせめぎ合いに、彼女は身を起こすことができない。 ――先に立ち上がったのはタバサであった。 全身を強く打ち、気を失ってはいたものの、朦朧とした意識の中で使い魔を抱き起こす。 一言も発さず、フライによって屋敷を出ると、屋敷の前に残されていた馬のうち一頭に跨り、全速力で屋敷を離れた。 ほとんど眠ったような状態のまま、裏街道を昼夜の別なく進む。国境の関所を回避するなど、 北花壇騎士のタバサにとっては、眠っていてもこなせるほどに造作もないことである。 トリステインへ入ったのが、屋敷を出た日の夕刻、そしてトリステイン魔法学院へたどり着いたのは、翌々日の正午であった。 魔法学院の厩舎へ馬を預けると、二人はその藁の上に、並んで倒れ臥した。 + + + タバサが目を覚ますと、そこは魔法学院の救護室であった。そして傍らには、長門有希が本も読まずに座っている。 「ユキ……、あなたは?」 「あなたの領地から離れることで、情報操作――あの男のいう精霊による侵食から逃れられた。 あの男の情報操作は座標に依存しているよう。……礼を言う。あなたがわたしを助けた」 「いい。巻き込んだのはわたし」 「……ありがとう」 すると、二人の声に気が付いたように、ドアが勢いよく開け放たれる。 「タバサ! 気が付いたの?」 部屋に飛び込んできたのはもちろんキュルケである。そして才人、ギーシュもいる。 「よかった……。あなた、三日三晩眠り続けてたのよ。 打ち身だけで命に別状はないって言われてたけど、それでももうダメなんじゃないかって――」 キュルケは、上半身だけ起こしたタバサを抱き締めた。 「本当に、なんともなくてよかったよ。タバサだって、ルイズの友達だもんな」 才人も頬を緩める。 「友達?」 タバサが問う。 「ああ。俺たちを追いかけて、あんな危ない場所にまで来るなんて、友達じゃなかったらなんだっていうんだ。 それに、ルイズもタバサもキュルケの友達なら、ルイズとタバサは友達だよ」 才人は寂しげに言う。 「あら、誰がルイズの友達だったかしら?」 キュルケもまた、寂しく笑った。 タバサは友を騙した罪の重さを心に刻む。しかし、キュルケの胸から面を上げると、 友に託した、いや、押し付けたと言っていい、任務のその後を問いかけた。 「――ところで、ウェールズ王太子は?」 「ああ、そのことだが、まずいことになったよ」 とギーシュ。 「やっぱり――」 と呟いたタバサの声は、長門以外には聞こえない。ギーシュは言葉を続ける。 「姫様にはこれ以上なく感激していただけたけれども、その後に父――軍の元帥なんだが――に呼び出されて、 こっぴどくなんてものじゃない、怒られたよ。なんてことをしてくれたんだ、ってね。 確かにその通り、アルビオンの新政府はすぐにでも、トリステインに侵攻してくるだろうって、もっぱらの噂さ。 ああ――、僕は姫に殉じようとするあまり、亡国への道に加担してしまったのか……」 「ギーシュはそう言うけどさ、俺とタバサ、それに長門さんのやったことは正しいと思うよ。 ルイズだってそうしたはずだ。そうさ、ルイズだって――」 ルイズのことを思う余り、才人はそれ以上言葉を紡ぐことができない。そしてタバサもまた――。 + + + その日の午後、長門有希は、自室に移り身を休めるタバサを残し、一人広場で本を広げていた。 しかし、ページは殆ど繰られることがない。そんな彼女に、近付く者がいた。 「や、やあ。長門さん」 「平賀才人?」 「ああ。ちょっと、話があるんだけど、いいかな」 「……ここでいい?」 「――うーん、聞かれると、まずいかなあ、やっぱり」 「ならば場所を移すべき。わたしの部屋はタバサが眠っている。あなたの部屋は?」 「俺の部屋? 使用人の部屋だし、狭くてもいいなら。 だけどもしルイズが、自分以外の女の子を部屋に連れ込んだって知ったら……」 「ルイズは連れ込んだの?」 「へっ? い、いやなんでもない。口が滑った」 才人はにやっと口を開ける。 「作り笑い」 「……ああ。やっぱり、笑えなんかしないさ、こんなときに」 うつむく才人と、普段にも増して無口な長門。二人は塔へと並んで向かった。 + + + しかし塔の入り口で、二人は唐突に呼び止められる。 「サイトさん!」 振り返るとそこには、草木で染められたロングスカートに身を包んだ黒髪にそばかすの娘が、トランクを抱えて立っている。 「や、やあシエスタ。久しぶり」 「あれ、そちらの方は――。今日はミス・ヴァリエールとご一緒じゃないんですか?」 「……ああ。いろいろあってな。ルイズはいま学院にいないんだ……」 「そうなんですか。浮気はいけませんよ、サイトさん」 「そ、そんなんじゃないって。ところでどうしたんだい、いきなり呼び止めて」 「ええ――。それがわたし、休暇を貰って、今から田舎に帰るんです」 「そりゃまたどうして」 「アルビオンが攻めてくるって噂ですよね。だから、田舎のほうが安全だろうって、コックのマルトーさんが――」 「この学院だって、これで結構安全だとは思うけどなあ。そりゃ、泥棒に入られたりはしたけれど」 「うーん、でも、大丈夫ですよ。ただの田舎ですもの、盗るものなんてなんにもないですから。 そうだ、今度遊びに来ませんか? 馬でしたら半日もかかりませんから。タルブっていう、ワインがおいしい村なんですよ」 「……ああ。考えとくよ」 「つれないですねー。もう、おこっちゃいますよ! ぷんぷん!」 才人が苦笑いを浮かべるのを見つつ、シエスタは笑顔で去っていった。 彼女が荷馬車に乗り込むのを確認するまで、才人は視線を外さない。 「……じゃ、行こうか」 「あれは、誰?」 「ん……、メイドのシエスタ。友達だよ」 「あなたは――、浮気者?」 「ち、違うって」 「浮気はやめたほうがいい。不幸」 不幸、という言葉に、長門はいつになく語調を強める。 「わかってるさ。今の俺は、ルイズを助けることしか考えちゃいないよ。――もしかして長門さん、浮気されたことある?」 「何を言っているの?」 その言葉に、長門有希の目の色が変わった。長門は才人に向けて杖を構える。 「じ、冗談だって。ほ、ほら、早く行こうぜ。シエスタならまだいいけど、二人でいるところをギーシュに捕まったら、なんて言われるか」 長門を後ろから押すようにして、二人は女子寮塔の階段を上る。 + + + 寮塔の一角、ルイズやキュルケ、タバサの部屋と同じフロア、日の当たらない側に位置するのが才人の部屋である。 本来ならばメイドが雑務を行うために設けられたものではあったが、ベッドと机が運び込まれ、一応の体裁は整えられていた。 「……それで、話なんだが」 椅子には長門が腰掛け、才人はベッドに座り話を切り出す。 「アルビオンが攻めてきたら、俺は戦場に行こうと思う」 「なぜ?」 「ルイズほどのメイジだ。わざわざ誘拐するなら、何かの目的があるはずだろ? なら、戦争に連れて来るんじゃないかって」 「それで、どうするの?」 「助け出す。それ以外にないさ。それで、お願いがあるんだ。 ……頼む! 同郷のよしみだ。どうか俺がルイズを助け出すのを、手伝ってくれないか!」 才人はベッドから降りると、長門有希へ土下座した。 「あなたの言ったことは、無計画で無謀」 「分かってる。だけど、ルイズが来るとしたら、そこしかないじゃないか」 「――ただ、わたしたちも、戦場へ向かうつもりでいた」 「……へ? なんで?」 「あなたと同じ。彼女を発見できるとすれば、確立が一番高いのはそこ」 「でも、わたし"たち"って言ったよな。長門さんだけじゃなくて、タバサも行くってことか?」 「わたしたちがアルビオンに向かうとき、キュルケに頼まれた。ルイズをよろしく、と。 なのに、わたしたちも彼女を守ることができなかった。だから」 「……そうか。わかった。頼むよ、長門さん。それに、タバサにもよろしく」 「ええ」 + + + 「……それで、どうする? もう少しゆっくりしていくか?」 一通りの話を終えると、才人は椅子に身を預ける。 「帰る。そろそろタバサも起きているはず」 「そうか。じゃあ、頑張ろうな。絶対にルイズを助け出すんだ」 長門は深く頷いた。そして、扉に手をかけようとしたのであるが、 ふと足元を見ると、埃を被ったノートパソコンが壁に立てかけられていることに気が付いた。 「これは?」 「ああ、俺のパソコン。電池切れで動かないけどな」 「……見せてもらって、いい?」 「え? いいけど――」 長門有希はテーブルにノートパソコンを開くと、杖を向け、高速言語を詠唱した。 そして、電源ボタンを押す。すると、電源が投入されたことを表すLEDが点灯する。 「あれ、……動いて、る? どうして」 「バッテリーを錬金した」 もちろん実際には、魔法ではなく情報操作であることは言うまでもない。 「そうか、流石だな……」 「触っても、いい?」 「ああ、いいけど、あんまりフォルダの中は見ないでくれ」 「了解した」 長門有希は黒い画面を立ち上げると、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩く。 次々とウィンドウが出ては消え、描画の追いつかない画面が点滅した。 「あのー、長門さん? 何をされているので?」 「このコンピューターを通じて、ハルケギニアに張り巡らされた情報網へのアクセスを試みている」 「そ、そうか」 才人には、彼女がなにをしているのか、全く理解できない。 なにせ、パソコンにはケーブル一つ繋がってはいないのだから、 何らかのネットワークに接続していること自体、あり得ないことなのである。 しかし、長門有希が力強くエンターキーを押し、画面の表示を見つつ発した言葉には、才人も思わず目をみはった。 「わかった」 「なにが?」 「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、今、アルビオン空中大陸とトリステイン王国の間の海上に存在する」 「海の上? ――ってことは!」 「そう。船の中。彼女は、トリステインに侵攻するアルビオン軍に同行している」 「そうか! 待ってろよ、ルイズ! すぐに助けてやるからな!」 気持ちを高ぶらせる才人を尻目に、長門はノートパソコンを閉じ、タバサの部屋へと戻っていった。 今まさにアルビオン軍がトリステインに向かっているという事実に才人が思い至るのは、長門が部屋を出た後であった。 「おきてる?」 長門はタバサに問う。 「おかえり」 「――アルビオン軍がトリステインに向かっている。ルイズを、助けに行く?」 タバサは首を縦に振る。 「わたしたちにも、責任の一端がある」 「了解した」 「……わたしは母を助けられなかった。ならばせめて、友人を――」 タバサは母を思い、そして、友を思った。 それは彼女にとって初めての、自身の宿命から離れた、生きるための目的である。 前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神
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前ページ次ページゼロの花嫁 一週間も経つと、キュルケもまともに授業に出られるようになった。 痩せこけた頬、青ざめた表情からは妖艶さが漂う程の美しき面影など微塵も見られない。 しかしそれをツッコメる猛者は生徒にも教師にもおらず、授業は淡々と進む。 一週間も授業をサボっていたのに誰一人文句をつけようとはしなかったのだ。当然といえば当然の反応であろう。 コルベールを除く教師陣は既に問題児四人に関わる事を放棄していた。 生徒でも彼女達に話しかけられるのはギーシュとモンモランシーぐらいで、後はメイドのシエスタのみ。 触れたら炸裂する弾頭のような扱いである。 ちなみにゴーレムの一件以来、ギーシュからルイズへの挑戦は滞っていた。 恐れをなしたのもあるが、それ以上に切実な理由がギーシュにはある。 前回負けたので決闘含めちょうど99回目。 記念すべき100回目の戦いは何としてでも勝利で終わらせたいと、秘策を練っている最中でもあるのだ。 モンモランシー曰く、平民が槍一本持って王城に攻め込むようなもの、だそうであるが。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人は学園始って以来の問題児ではあるが、授業は真剣に聞いている。 他の生徒にはない集中力を発揮する彼女達は、そういった面ではとても模範的な生徒である。 キュルケも遅れた分の内容はきちっと復習してきているようで、スムーズに授業を聞く事が出来ている。 時折行われるテストも、それが筆記であるのなら三人共学年で常に上位を保ち続けている。 実践では常にルイズが失敗しているのだが、その際に馬鹿にする者もキュルケぐらいで、他の皆はじーっと下を向いて気まずい雰囲気をやり過ごしにかかっている。 当のルイズはあっけらかんとしたもので、 「すみません、又出来ませんでした。これ以上は授業の妨げになるので、やり直しは後日という事でよろしいでしょうか」 と言いくるめさっさと席に戻ってしまう。 悔しさは当然あるだろうが、心の余裕の様な物が大きく、以前とは又違った対応も出来るようになっていた。 ルイズは燦に命じ、それとなくキュルケにトレーニングのアドバイスをさせる。 体を壊しては元も子もない。 魔法で治すにしても、より効率的なやり方をルイズと燦の二人は確立していたのだ。 何となくだが、直接ルイズが言ってはキュルケは聞いてくれなそうな気がした。 こうしてキュルケも授業に出てくるようになったが、やはり食事は別、一緒に居る時間も授業中のみ。 時折敵意に似た視線をルイズに投げかけ、何かを問いたそうにするも言葉には出さず、去って行ってしまう。 何か誤解があるのだろうかとルイズは思い悩む。 様々な事を共有してきた悪友、他の誰に解らない事でもお互いの間でなら通じる、そんな間柄だと思っていた。 だからこそ、ルイズは何も言わずに待つ。 友が自ら悩みを口にしてくれる時を。 本当に必要な時は、きっと頼ってくれると信じて。 夢中だった。 どうしようもない程に、他の何も目に入らないぐらい。 追いかければ、同じ道を走り抜ければ、きっと辿り着けると信じて。 それでも、やっぱり恐いのは無くなってくれなくて。 ただ毎日疲れ果て泥の様に眠るだけで。 そうしないと眠れない。体の中を暴れまわる言葉に出来ぬ感情が大人しくしてくれない。 だからやっぱり次の日も、目が覚めたら同じ一日を繰り返す。 半月程そうしていて、不意に気付いた。 必要なのはがむしゃらに走る事ではなく、単純に、時間が必要だっただけなんだと。 あの頃どうしようもないぐらい猛威を振るっていた激情は、最近では鳴りを潜めており、あるのはあの時の恐怖のみ。 結局それも恐くなくなったりする事はなくて、恐いままで、何とかやってくしかないんだって。 生まれながらに勇敢で、死を恐れぬ人間も居るかもしれないが、そんな人間に決して自分はなれないんだと思い知らされた。 「ごめんタバサ。私は誤魔化し誤魔化しやってく事にするわ」 ここには居ない友人に向かってそう呟き、キュルケは無茶を止めた。 衰弱死寸前で、ベッドに横になりながらそんな事を考えると、不思議と晴れやかな気分だった。 「こんのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ大バカーーーーーーーーーーッ!!」 ベッドの脇でルイズが絶叫する。 「こんなバカ見た事無いわ! 死ぬ気で頑張るんじゃなくて、死ぬつもりで特訓するバカが何処に居るのよ! アンタ本気で死ぬ所だったのよ! 魔法も効かないとかどんな状態よ一体!?」 一人でトレーニングをしていて倒れ、発見されたのは数刻後の事だ。 基本的に魔法は怪我や病気を治す手段であり、失われた体力を蘇らせる効果は薄い。 である以上、衰弱が原因で死に掛けたキュルケに魔法はほとんど通用しなかったのだ。 そんな事魔法を学んでいる者なら誰でもすぐに解ろうものだ、だからこそルイズは激怒しているのである。 突然病室のドアが音高く開かれる。 汗だくになって血相変えて現れたのはタバサだ。 横たわるキュルケ以外何も見えないといった様で、ベッド脇に駆け寄りキュルケの手を取る。 乾きひび割れた皮膚、かさかさの肌はいつでも肉感的なキュルケのソレとは到底思えない。 「あはは、ごめん。ちょっと無理しちゃった」 覇気もなく、弱々し気にそう語るキュルケ。 二人がこうしてすぐ近くで触れ合ったのは、あの晩、キュルケがタバサを突き飛ばして以来だ。 「……タバサの言う通りだったわ。どうやら私には無理みたい。ごめんねタバサ」 生気に満ち溢れ、煌々と輝いていた瞳は色褪せ、薄く濁った灰色の目をか細く見開いている。 全部私のせいだ。 キュルケはここまでやれないと思ってた。 こんなになる前に、きっと諦めると思っていた。 ルイズを止めてまで好きにやらせたのは、私が目を光らせているから大丈夫、そんな意味でもあった。 だが実際はどうだ。 自分の事で手一杯で、他に目をやる余裕も無くて、大切な友人を見殺しにしてしまった。 あそこまで追い詰められていたキュルケならこんな事になってもおかしくないと、そう考えられたはずなのに。 自分の都合を優先して、キュルケを蔑ろにした結果がコレだ。 余りに申し訳無さ過ぎて、自分が情けなくて、まともに顔が見られない。 キュルケの手を握ったまま、俯いて静かに嗚咽を漏らすタバサ。 ルイズはタバサの様子を見て、キュルケの有様を見て、何かがズレて来ていると感じた。 それは小さいズレだとも思う。 だが無視していいものじゃない、このまま行ったら四人にとって致命的な何かが起こってしまう。 まだ言葉に出来ぬ言い知れぬ不安といった段階だが、解決せねばならない何かであると、二人を見てルイズは思ったのだ。 絶対安静を言い渡されたキュルケに、燦とシエスタの二人は交代で付きっ切りの看病を行う。 キュルケの事だ、余りに退屈すぎると病室から抜け出しかねないとの判断からだが、その判断を下したのが学院における病室からの逃亡回数歴代一位のルイズなのでどうにも説得力に欠ける。 いや、凄く納得は出来るのだが、つまりお前が言うなという事である。 しかし予想外にキュルケは大人しくしており、また燦やシエスタの看護が良かったのか、キュルケは見る見る体調を取り戻して行く。 ある時、見舞いに来たルイズにキュルケが訊ねた。 「ねえ、ルイズは戦いが恐くないの?」 ルイズは即答する。 「何で私がそんなもの恐がらなきゃならないのよ」 馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨てるルイズに、キュルケは尚も問う。 「相手は本気で殺しに来てるのよ? 何処かで自分がミスしたら本当に死んじゃうのよ?」 キュルケの問いたい事が何なのかわかったルイズは、窓の外を見ながら気まずそうに頭を掻く。 「あー、そういう事ね……そりゃ、まあ、恐いといえば恐い、かも…………でもねっ、そんな事よりもよ!」 キュルケに向き直って強く主張する。 「もっと恐い事色々あるじゃない! そう思えば別に大した事なんて無いのよ! ええ、私は全然恐くなんてないわ!」 「もっと恐い事って、例えば?」 「そりゃ……」 即答しかけて言いよどむ。 そして本気で悩み出す。 「……何だろ?」 「いや聞いてるの私だし」 あーでもないこーでもないと頭を捻ってみたが、やはりうまい言葉は見つからなかった模様。 「と、ともかくそういう時があるのよ! あるったらあるの!」 「はいはい」 面倒になったのか、キュルケは追及の手を止める。 『もういいわ。この不可思議生物はもう、そういう生き物だと割り切るしかないわねぇ』 翌日、キュルケは同じく見舞いに来たタバサに同じ質問をぶつけてみた。 「……恐いし嫌い。でも他に選べないからそうしてるだけ」 ルイズと違い、重苦しい雰囲気を漂わせるタバサから、それ以上の事を聞く事は出来なかった。 仕方が無いのでルイズが戦える理由を聞いてみると、タバサなりの考えがあったようだ。 「元々大貴族の娘。そうやって育てられて来たはずなのに、学院では魔法が使えず劣等生扱い。 普通なら一週間と保たない。でもルイズは逃げなかった。その理由はわからないけど…… プライドと体面と自身の能力のバランスが著しく欠けた状態で、一年間踏ん張った。 あれは、とてもじゃないけど真似出来ない。私はその一年こそが今のルイズを形作る大きな要因だと思う」 キュルケは、まださほどルイズとも付き合いが深く無かった去年一年間を振り返る。 今でこそわかるが、確かにあの状況でヤケにもならず、歪みもせずにルイズがルイズのまま頑張り続けられたのは奇跡に近い。 「……何かといえば馬鹿にしてきたけど、良く考えると私もタチ悪い事してたわねえ」 「キュルケが本気で馬鹿にしてたのは最初だけ」 フォローが入るとは思って無かったキュルケは、きょとんとした顔をした。 「キュルケは意識してなかったと思うけど、ルイズを認めてたから事ある毎に構ってた。 ルイズにとっては他の馬鹿にしてくる人達と同じに感じられただろうけど、 キュルケ自身は本気で馬鹿にしてたとは思えない。むしろ色々気にかけてたと思う」 半分呆れ、半分照れたような顔になるキュルケ。 「別にフォローはいらないわよ」 「私はそう思ってただけ。実際どうかはキュルケとルイズにしか解らない」 突き放すような口調は、真面目すぎる話にタバサも照れているからであろうか。 キュルケはぐでーっとベッドに横になる。 「あー、もうわかんない事ばっかりね。自分の馬鹿さ加減が嫌になるわ」 「うん」 ここでトドメを刺すか、と思いタバサの瞳を見つめると、どうやらその「うん」は自身に向けての言葉だったらしい。 少ししんみりとしてしまった空気を変えるべく、キュルケは話題を逸らす。 「でも、今回の件でわかった事もたくさんあるわよ。ありがとねタバサ、何時も私の事見ててくれて」 「私は……」 それが出来なかったからキュルケがこんな目に遭っていると思っているタバサは、その言葉を素直に受け取れない。 しかしキュルケはそんなタバサの事情などお構い無しだ。 「私に出来る事と出来ない事、タバサはわかってたのよね。私あんなヒドイ事言ったのに、それでも心配して病室に飛び込んで来てくれたの嬉しかったわ。本当にありがと」 少し俯き加減のタバサは、ぼそっと呟く。 「……私も一つ解った事がある」 「ん?」 キュルケにしかわからぬ表情の変化、それは、やっぱり照れくさそうだった。 「ゴメン、より、ありがとう、と言われる方が嬉しい」 暖かい何かが胸の中に流れ込んで来て、顔が自然と笑みを形作る。 「それ、私の知る中でも一番の大発見よ」 くすぐったいような感覚は、けど不快では全然無くて。 部屋を出て一人になってもその感じは続いてくれて。 シルフィードに乗ってトリスタニアに辿り着いて。 人混みに紛れて下町を歩く足は自然と軽やかで。 でも、やっぱり私はどうしようもない存在だと、鍛冶屋に着くなり思い出した。 彼に悪意がある訳では無論無い。 これでいいか、そう訊ねながら私が依頼した贋作の杖を突き出して来てるのも、一生懸命さの現われだ。 だから彼は悪く無い。 悪いのは、みんなの信頼を裏切ろうとしている私。 例え誰にも見つからず完遂し得たとしても、多分私はもう、彼女達の仲間にはなれない。 あんなに綺麗な人達の側に、私みたいな薄汚いモノが居るなんて、私が許せない。 でも、例え裏切り者と謗られようとも、彼女達がかけてくれた言葉は決して忘れない。 これが終わったら、私はみんなの為に影に潜もう。 きっと色んな困難を迎えるだろう彼女達の力になれるように。 もう私に笑ってくれなくていい。今までにもらった分できっと一生生きていけるから。 でも、彼女達はそんな私の思惑何てお見通しだったみたい。 盗み出した杖を手にシルフィードの待つ森へと駆ける私の前に、私の大切な友達が立っていたのだから。 どうして、とは口に出来なかった。 始祖ブリミルが私のような卑怯者に相応の罰を下しただけだろう。 正直、この二人に責められるのが、一番堪える。 キュルケはまだ回復しきってない体を引きずるようにして、悲しそうに私を見ている。 ルイズは噴火寸前の活火山のようだ。しかし爆発を堪え、涙目になりながら睨みつけて来る。 サンは口をへの字に結んでじっと見ているだけ。 みんな私が何かを言うのを待っている。 だから私は、極力想いが口調に出ぬよう自制しながら話した。 「……コレ、必要だから持っていく。邪魔……する?」 すぐにルイズが激発した。 近くの壁に力任せの拳槌を叩き込む。 「何でよ!? 何で私がタバサの邪魔するのよ! ねえ教えてよ! 私が! タバサの邪魔をするの!?」 鬱屈していた物全てを吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「ねえ! 何でよ!? サンも! キュルケも! そして貴女まで! 何で何も言ってくれないのよ! 困ってるなら声かけてよ! 辛いなら手を貸すよう言ってよ! 私は……私は……」 怒鳴りながら、歩み寄ってくる。 「貴女達の為ならどんな死線だって潜り抜けて見せるわ! 危ない橋だろうと怪我だろうと恐くなんて無い! もしも、どうしても貴女達が死ななきゃならないような事態になったら! 私も一緒に死んであげるわよ!」 目の前まで来たルイズが崩れ落ちる。 「……だからお願い、教えてよ。辛いって、困ってるって…… ……口に出してくれれば、私何だってやってみせるから…… 私馬鹿だから、言ってくれなきゃわかんないの……ごめんタバサ、私気付いてあげれないの……」 私にすがり付きながら泣き崩れ、それ以上言葉に出来ずにいる。 キュルケは、すたすたと歩み寄ってきて、私の両頬をその両手で包み込む。 ルイズもぐずりながらキュルケを見上げている。キュルケは、笑っていた。 うん、顔は笑ってるけど、全然笑ってない。 ごんっっっっ!! ……頭突きは予想外だった。 痛い、凄く痛い。 「ほら、ここで騒いでちゃ見つかっちゃうでしょ。こっちよ」 私もルイズも、キュルケに引きずられるように一室に隠れた。 片手で頭を押さえてる私を見て、キュルケは見た目は怒った顔をしてたけど、実は笑ってたと思う。 何でこの人は、こんなに私の事をわかってくれるのだろう。 私自身にもわかっていなかった私がして欲しい事を、事も無げにやってくれるのだろう。 ごめんなさい、私もう無理。他の誰は騙せても、この人達を裏切る何て事、出来ない。したく、ない。 つい先日一人で暴走してぶっ倒れたキュルケは、バツが悪そうに頭を掻いている。 「……とりあえず、この場で話進める資格あるのってルイズだけっぽいわね」 同じく単身敵地に乗り込んだサンも小さくなってしまっている。 当然タバサも、観念したのか大人しく言いなりである。 涙目のまま、ルイズは三人を睨みつける。 「アンタ達がいっつも勝手な事ばっかするからねえっ!」 すぐさま降参とばかりに両手を上げるキュルケ。 「ああもう、わかってるってば。私達が悪かったからとりあえずそれは置いておいて、タバサの話」 まだまだまだまだまだまだまだまだ全然言い足り無そうにしつつも、今は時間が無いのはルイズも理解している。 「で、どういう話なのよ? 偽物作ってそれ盗み出したのはいいけど、どっかで使いたいからそうしたんでしょ?」 タバサは静かに語り始める。 自分がガリア王家に連なる出自である事、毒により気を狂わされ人質にされている母の事、 王に疎まれ危険な任務をこなしている事、飲まされた特殊な毒を治す方法を探している事…… 全てを語り終えると、ルイズが得心したように頷く。 「……つまり、私達の敵はガリア王って訳ね」 キュルケが即座にツッコむ。 「飛躍しすぎよ! 普通にタバサのお母さん助けて解決にしときなさいって!」 燦は、何故か涙を溢していた。 「……私な、こんな事言うたらイカン思うけど……タバサちゃんがやっぱりええ子じゃったってわかって、ホント嬉しいんよ……タバサちゃんは絶対悪い事嫌いだって……本当良かった……」 それは皆の意見を代弁してもいたのだろう。 ルイズ、キュルケと順に燦の肩を叩いて落ち着かせる。 そしてルイズは肩を鳴らして腹を据える。 「んじゃ、行くとしましょうか。キュルケは留守番、コルベール先生見張って盗んだ事バレるようなら何とか誤魔化しておいて」 不満そうではあったが、まだ完調からは程遠いキュルケは仕方なくその役割を受け入れる。 抜き足差し足忍び足で外に出ると、確認までにとタバサは燦に槍の使い方を問う。 燦は少し自信無さ気であった。 「うーん、確か思いっきり投げればええと思うけど……何か込めるとか言うてた気もするんよ……」 槍の強度は持っただけでわかるので、投げても大丈夫だろうと思い、試しにタバサは槍を両手で掴んで肩に背負う。 タバサが片手で持てるような重さではなかったのでこうしたのだが、少し持ちずらい。 これで母が本当に治るのか。 半信半疑であったのだが、タバサの、母に元気になって欲しいという願いは、数年かけて積み上げた想いは、槍に力を与えた。 「こう?」 そう言いながら走って勢いを付け、槍を放り投げる。 非力なタバサには一瞬槍が宙に浮かぶ程度しか出来なかった。 すぐに重力に引かれ落下する。ほんの1メイルも飛んでいなさそうだ。 その槍が突如閃光を放ち、轟音と共に空へとかっ飛んで行く。 ルイズもキュルケも、そうしろと言った燦までもが、余りの光景に言葉を失う。 ぺたんと座り込んでしまっているタバサは、燦に向き直る。 「……これで、いいの?」 燦は既に光の点と化した槍を見つめながら、それでもタバサを元気付けるよう明るく言い放つ。 「多分大丈夫じゃきに!」 「多分抜いて、お願い」 やはり安堵からは程遠いタバサは、すぐにシルフィードに乗って成果を確認に向かおうとする。 ルイズも燦も余り自信の無い後ろめたさから、焦るタバサを止めようともせずシルフィードの背に飛び乗り、早速ガリアへと向かうのであった。 ガリア国、オルレアン領。 その一角に不名誉な印を押された屋敷があった。 立派な造りであり、広大な屋敷であったが、住人はたったの二人。 ベルスランと言う名の忠実な執事と、その主、オルレアン大公夫人。 毒により狂った主人を、それでもと甲斐甲斐しく面倒を見てきたベルスランは、その日、雷が落ちたような大きな音を聞く。 それが臣下の責務であると信じる彼は、全てをさておき夫人の下へと駆けつける。 結果的にそれは最も効率的な行動となった。 ノックの音にも返事が無い事を訝しみながら扉を開けたベルスランの眼前に、信じられぬ光景が広がっていた。 天井からぱらぱらと土砂が落ちてきており、欠けたレンガは窓際にしつらえてあるベッドの上に降り注ぐ。 そう、部屋に入った人間が、十人中十人注視するだろう、今の常と違うベッドだ。 痩せ細り骨ばった夫人の口が限界を超えて大きく開かれ、瞳は中空にある何かに抗議するかのようにぎょろっと見開かれている。 ベッドに寝ている全身が腹部を中心にくの字に折れ曲がり、その中心には、どうやら天井をぶちぬいてきたと思しき一本の槍が突き刺さっていた。 「奥様ああああああああああああ!!」 ここ数十年出した事もないような大声で絶叫を上げるベルスラン。 まさかこの槍を投げたのが遠くトリステインの地にいるもう一人の主人、シャルロットであるなどと想像だにしないだろう。 血相変えて近くの医師を呼びに向かい治療を行うと、見た目より遙かに怪我が小さかった事がわかり心底安堵する。 そして一つの事に気付いた。 『……ぬいぐるみを手に持っておられぬのに……何故奥様はあのように落ち着いていらっしゃるのか……』 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページるろうに使い魔 『魅惑の妖精』亭の一室で、キュルケはベットに体を預けた。 貴族を追っ払ったあの後、店内は拍手喝采だった。それに満足しながらワインを煽っていたのだ。 しばらくそうやって盛り上がっていた後、そろそろ夜も更けたということでこの店に泊まることにした。無論ルイズのツケで。 「あああ、あの女、いいい、いつか絶対殺してやるんだから…」 遠巻きにそんなことを呟いていたルイズを思い出しながら、キュルケはふと起き上がった。 夜で暗くなった外は、街の灯りだけが綺麗に映し出されていた。その中に、あの子の姿は見当たらない。 「本当にどうしたのかしら…」 何か事件に巻き込まれたのだろうか、探しに行った方がいいかな。とそんなことを考えているキュルケだった。 しかし今でも不思議に思う。最初に会った頃なんて「本の虫」以外の感想なんて無かった筈の彼女に対して、こんな気持ち…。 もしあの決闘がなかったら…未だに自分と彼女とは犬猿の仲だったろう。決闘の後、何であんなこと言ったのかは自分でも分からないけど…悪い気はしなかった。 それに、あの子は今大きなものを背負い込んでいる。決して消えぬ復讐の怒りと、あるもの全てを奪われた悲しさ、その両方のせいで、あんな無表情が出来上がってしまったのだ。 あの子の素性と過去を知った今、少しでも助けになってあげたい。それはキュルケの感情の中にも確かにあった。 「…やっぱり、探しに行こ」 そう言って、キュルケは仕度を整える。するとドタバタするような音が、下の階から響いてきた。 第四十一幕 『微熱と雪風 後編』 店の下では、大変な騒ぎとなっていた。何せさっきこっぴどくやられた貴族たちが、今度は一個小隊レベルの兵隊を連れてきたのだから。 数からして五十かそこらだろうが、それでもその数が店の前に並ぶといいのはまさに圧巻と言えた。 さて、そんな軍隊の前に立つ貴族の一人…キュルケに瞬殺された男は、腰を抜かしているギーシュ達の方へと歩み寄った。 「な…何の用ですか?」 震える声で、ギーシュは尋ねる。男はにっこりと笑いながら言った。 「いや何、是非とも我ら、先程のお礼を申し上げたいと思ってな。しかし我らだけでは十分なお礼が出来そうもないので、このように軍隊を引っ張ってきた次第」 ギーシュ達は唖然とする。そして窓の外には更に何十人もいるのを見て、椅子から転げ落ちそうになった。 そして直ぐに逃げようとしたが、その道をほかの騎士たちに阻まれた。 「ちょっと待って、アイツを今呼んできますんで!!」 「いやいや、お礼でしたら貴方達も一緒に。仇を討ち、討たれるのはこれ、友人の権利であり、義務でありますからな」 そう言って、ギーシュやルイズ、モンモランシーを引っ張って外に連れ出した。 「助けて!!」 そう絶叫したが、それを聞き届けてくれる人は居なかった。 外へと連れ出されたルイズ達は、そこで兵隊五十人以上を前にして囲まれていた。こんな数の軍隊を目の当たりにしたのはワルドの時以来だった。 あの時は、剣心が神速の剣術で敵を一瞬の内に薙ぎ払っていたが、今回その頼りになる使い魔がいない。 ルイズ達はガタガタと震えた。彼女は今働き詰めで精神力を使い果たしていたし、ギーシュなんかはとっくに戦意喪失している。モンモランシーは必死で中立宣言していたが認められていないようだった。 「あんただけ逃げるんじゃないわよ!!」 「何よ、わたしは関係ないでしょ!!」 騎士たちより先に喧嘩を始めるルイズとモンモランシーだったが、それで状況が変わるわけない。キュルケにやられた騎士の一人が、ニヤリと笑った。 「まあまあ、あのレディのご友人なのだから、貴方達も相当の使い手でしょう? ご遠慮なさらずに精々暴れていただきたい!!」 「いや、わたし達アイツの友人なんかじゃないから!!!」 そうルイズ達が思いっきり叫んでも、その言葉は虚しく空に響くだけだった。 騎士はゆっくりと杖を掲げる。それに合わせて周りの兵隊も杖を上げた。 「いやぁああああ!! 助けてぇ!!!」 脳裏に彼の姿を思い浮かべながら、ルイズは目を瞑った。そんな時、向こう側から声が聞こえた。 「只の喧嘩でござろう? そんな大人数でするものではないでござろうに」 若干呆れたような声、そちらをルイズ達は素早く振り向く。 そこには剣心とタバサが立っていたのだ。 「ケンシン!! タバサ!!」 ようやくホッと胸をなでおろしながら、ルイズは叫んだ。 「あら、あんた達こんなとこで何してんの?」 今度は、店の入口からそんな声が聞こえてくる。ギーシュ達が見ればそこにキュルケがいたのだった。 キュルケの姿を見た騎士は、怒りで顔を歪ませながら言った。 「何、お礼参りに来ただけですよ。貴方の前にそこのご友人たちに相手をしてもらおうと思った次第」 「なあに、貴方達そんな殊勝なことしてくれていたの?」 クスクスと笑いながら、キュルケはルイズ達を見る。すかさずルイズ達は叫んだ。 「んな訳ないでしょ!! 元はといえばあんたのせいでしょうが!! あんた何とかしなさいよ!!」 しかしキュルケは、そんなルイズたちの心の叫びをスルーしてタバサを見た。 「あっ、タバサ!! 丁度良かった。今から探しに行こうと思っていたのよ」 「人の話を聞きなさああああい!!」 最早緊張感もへったくれもないような空気が流れていたが、それを振り払うように騎士が告げる。 「なれば丁度いい。ここで今仇も揃ったことだし、改めてお相手願いたい」 「まあまあ落ち着いて。ここで喧嘩したって周りが迷惑かけるだけでござろう?」 剣心が諌めるように口を開いた。剣心としても、余り目立つようなことはしたくない。敵にここに居るとバラすようなものだ。 だが、彼等はそんな剣心を一瞥して叫ぶ。 「貴様のような平民風情に用はない!! 私は彼等に話しているのだ。引っ込んでいろ」 どうにも彼らは止まりそうもなかった。既に掲げた杖は、ひっきりなしに剣心達に向けている。引く気は皆無のようだった。 「ほらキュルケ、あんた何とかしなさいって」 ルイズがここぞとばかりに口を開く。キュルケはキュルケで、心底呆れたような顔で先程酌を誘った騎士の一人を見つめた。 「男の嫉妬程醜いものはないわね。どうしてここの国はそんなにプライドや面子にこだわるのかしら。大して大事そうにも見えないのに」 だがその言葉は、完全にここの兵隊連中(ついでにルイズたち)の心に火をつける結果となった。ふざけるな!! お前なんかに何がわかる!! この牛女!! 乳女!! と口々に怒鳴り込む。 (あ~あ、やっちゃったか…。ま、いいか) そう思いながらもそれを気にした風でもなく、キュルケは杖を構える。 と、その前にタバサが身を乗り出した。 「加勢なら間に合ってるわよ。あなたは関係ないんだから」 「借りがある」 タバサは、キュルケの方を振り向いて言った。 「ラグドリアンの件? あれはいいのよ。あたしが好きで行ったんだし」 「違う。その前」 タバサは、人差し指を突き立ててはっきりと言った。 「一個借り」 それを聞いたキュルケは、優しげに微笑んだ。 「随分前のこと覚えているのね。でも今それを返さなくてもいいのよ。また別の機会にでも―――」 と言いかけて、タバサの周りに冷たい氷が吹きすさぶのを感じた。思わず兵たちや騎士も後ずさりする。風自体が音を立てているわけでもないのに、異様な圧迫感を醸し出していた。 それを気にせず、タバサは剣心の方を向いて言った。 「貴方は見ていて欲しい。目立つのは避けたいはず」 まるで一人で全員を相手にするかのような物言いに、騎士たちは恐れながらも憤慨した。 「コラコラ、人を舐めるのを大概にしないか!! 君一人で私たちを相手にするとでも!!」 「…そうでもしなければ、先には進めない」 そう言い置いて、タバサは一歩前へ出る。それを見た騎士たちは笑うというより、呆れ果てた様子だった。 「子供がお遊びで首を突っ込むものじゃない!! そこまで我らを愚弄するか!!」 「ああ、言い忘れていたけれど、この子はあたし以上の使い手よ。何せ『シュヴァリエ』の称号を持っているのだからね」 シュヴァリエ…。そう聞いただけで兵隊達は顔を見合わせる。あの子供が…? 「その反応だと、シュヴァリエの称号を持つ者はここにはいないようね。なら相手にとって不足はないのでは?」 キュルケはそう言ったが、流石にこの数相手だと心配なのか、こっそりタバサに耳打ちして囁く。 「…無理だと思ったらあたしも介入するから。元々あたしの蒔いた種だしね」 「大丈夫、見ていて」 キュルケと、剣心を見てタバサは言った。二人共、いつでも加勢できるように油断なく構えていた。 「でもあの子ってば、つまらない約束をいちいち覚えているんだから」 どこか嬉しそうに、キュルケはそう呟いた。 既に周りでは、人だかりで一杯だった。誰も彼もが、恐れながらもこの決闘の行く末を見届けたかったのだろう。 しかし、王軍の兵隊達からすれば、なんとも舐められたものだった。この数相手にたった一人、しかも『シュヴァリエ』を擁しているからとは言え、見た目は年端もいかぬ少女ではないか。 これでは名誉も何も…と思ったが、軍隊を引き連れている時点でもはや名誉もへったくれもないのではあるが、それでも子供相手に本気など出せぬ。それこそ名誉が地に落ちてしまう。 ならばどうすれば良いか? 「簡単だ。子供に教育を行うのは、大人の役目であろう?」 先に杖を抜かせればいい。要はそういうことだった。よくよく見れば、あんな子供がシュヴァリエの称号を持つなんて笑わせる。 どうせ詐称かハッタリだろう。ならばここで間違いは正さねばならん。 誰も彼も、こんな少女に負ける姿なんて想像もつかなかったのであろう。 騎士の一人が、前に乗り出して杖を構えた。 「お嬢さん、先に杖を抜きなさい」 タバサは、ゆっくりと杖を構える。だがそれは、騎士や兵達から見ても独特の構えだった。 飛びかかるように腰を屈ませ、杖は鞘を持つように後ろにし、もう片方の手で丸みの手前部分に手をかける。 抜刀術の構え…それを彼女なりにアレンジしたものだった。 「おいおい、何だあの構えは!!」 「ひどいものだ。本当にシュヴァリエなのかも怪しいな!!」 それを見た兵隊は、どっと笑った。だがタバサはそれを気にする風でもなく、ただその構えで佇んでいる。 前に出た騎士が、呆れたようにため息をついた。 「やれやれ、構えすらまともに出来ん子供がシュヴァリエなどとは笑わせる。詐称は正せねばならん。悪く思うなお嬢さ―――」 しかし、言葉はそこでうち切られた。 タバサの居合を放つかの如く、杖を振り抜く動作と共に、『エア・ハンマー』を唱えたからだった。 「――――ぐわっ!!?」 視界から、身を乗り出した騎士の姿が吹き飛ばされ消える。囲んでいた何人かの兵士を巻き込んで。 彼らがそれに呆気にとられる隙に、タバサは走って前に詰めた。 「このガキ―――」 驚き、そして怒りながらも杖を向けようとするも、その前にタバサの風によって薙ぎ払われる。 返すように杖を振って、そこで四、五人が宙を舞う。その隙に敵の魔法が着弾するかと思えば、まるで天狗のように『フライ』で身を空に踊らせ、それらをかわしていく。 その華麗でいて流暢、美しさすら感じられる動きに兵士たちが見惚れる、その隙を的確に狙い風と氷の魔法を撃ち込んでいく。相手も負けじと魔法を放つが、それすらも上手く同士打ちを誘うように狙わせて、その数を減らしていった。 「…凄い…」 「え…彼女、ここまで強かったのかい…?」 「わ、わたしには何が何だか…」 ルイズ達が呆然としてその光景を見ている。隣ではシルフィードが嬉しそうにきゅいきゅい喚いていた。 「ほら、そこ、今なのね!! お姉さまもっとやっちゃえなのね!!」 そしてタバサの戦いぶりを見て、驚いたのはルイズ達だけではなかった。 「…あの子、やっぱり強くなってる」 キュルケもまた、思わずそう呟いた。随分昔に決闘したときとは、まるで別人のように動きが違っている。 もう一年以上前の話だが、それでもここまで強くなっていると感じたことは無かった。何せあの時以来ずっと一緒にいたのだから、こうまで腕を上げているのなら気付くはずだから…。 そして剣心も剣心で、彼女の動きに中々に目を見張らせていた。 (あれは『見取り稽古』か?) 彼女の身のこなし、あれは間違いなく自分の動きとかぶるものがあった。アンドバリの指輪の一件で、どことなく自分の動きを参考にしていたのは知っていたが、こうやって見るともう間違いなかった。 『見取り稽古』というものがある。日々の稽古に加え、更に強敵との戦いを見てそれを取り入れる練習法。 自分のよく知る一番弟子も、飛天の技を模倣とはいえ使いこなしているのを聞いたことがある。 彼女の動きはまさにそれだった。小さな体躯を利用して動き回り、素早い魔法で的確に倒す。まだまだムラっ気はあるが、足りない部分は魔法でカバーしている。 それはちゃんと一つの戦い方になっていた。 (そういえば、タバサ殿は隣で拙者の戦いをよく見ていたでござるな) フーケとの時や、ワルドだった仮面の男との時のことを、剣心は思い出した。式場でワルドとの戦闘も、彼女は動き一つ漏らさず自分の剣を見ていたっけ…。 けど、だからといって直ぐに覚えられる程甘いものではない。それこそ血の滲むような努力と執念とも言える向上心があって初めて培われるものだ。 (一体何がここまで、彼女を動かすのだろう…?) やはり、剣心はタバサに対してそう思わずにはいられなかった。 「くそっ、ここまで来て負けられるかぁ!!!」 ここで、キュルケにやられたあの騎士が叫ぶ。 既に兵の大半が倒れ、残りも恐れをなして逃げていく、そんな中で彼は怒りに任せて突進していった。 杖を強化する『ブレイド』を唱え、接近戦を仕掛けてくる。騎士の振り下ろした一撃が、タバサの真上へと飛んでくる、そんな事態でもタバサは慌てなかった。 「喰らえ!!!」 空を切るような音と共に剣の一閃が光を放つが、そこにタバサはいなかった。否、空を飛んでいた。 『フライ』を唱え、一早く上空へと逃れたタバサは、杖を振り上げてそのまま騎士目掛けて落下していく。騎士は、それに迎え撃つ形で杖を振り上げた。 『フライ』+―龍槌閃― 騎士の杖が、落ちてくるタバサの頬を掠める。対してタバサは、落下の勢いに乗りながら杖を振り下ろし、騎士の頭へ打ちはなった。 ガツン!! と小気味よい音を響かせながら、タバサはふわりと着地する。頭を打たれた騎士は、目を上に回して昏倒していった。 「ひっひいいいいいいいいいい!!!」 「わ、分かった。あんたは本物の『シュヴァリエ』だよ!!」 「だっだから助けてぇぇぇぇ!!!」 この攻防が決定打になったのか、残りの兵隊達は皆恐れをなして逃げ出していった。誰も彼も、進んであんな目に遭うのは御免被りたかったのであろう。 タバサは杖をおろした。それと共に、周りからは拍手喝采で包まれる。 「すげえ!! あの数相手に対したもんだぜ嬢ちゃん!!」 「見たかよ、逃げたアイツ等の顔! みっともねえったらありゃしねえぜ!!」 普段からの貴族の振る舞いに鬱憤を貯めていたのだろう。まるで英雄のようにタバサをはやし立てた。 タバサはそれを気にせず、いつも通りの無表情でキュルケ達の元へと歩み寄る。その顔はとてもさっきまで戦闘を行っていたようには見えない雰囲気だった。 「これで一個返し」 「ええ…でも貴方、いつの間にそんなに強くなったのよ?」 驚きの感情が抜けきっていないのか、どこかポカンとしながらもキュルケは尋ねた。 しかし、タバサはいつもの無表情で言った。 「別に…何でもない」 そして今度は、剣心の方を向いた。 「どうだった?」 「今のは……『龍槌閃』?」 剣心はポツリとそう呟いた。さっきの技は間違いない。今のは確かに自分の十八番の『龍槌閃』だ。 それを聞いたタバサは、ゆっくりと首を振る。 「まだ完璧じゃない」 けど、一応形にはなっている。『模倣』や、『見様見真似』がつくが、今のは確かに『龍槌閃』だった。 「これでもまだ、その人には敵わないの?」 タバサは、周りの倒れた兵士達を見て剣心に問うた。その目は相変わらず、どこか危なげな印象を与えた。 一見、確固たる信念を持ちつつも、少し崩すと脆く散っていきそうな、そんな目だった。 「…敵う敵わないではござらんよ。奴は『強い』んじゃなく、『危ない』でござるから…」 しばらくすると、向こうから更にたくさんの兵達が押し寄せてくる。どうやら騒ぎを聞きつけ本格的に動き出したようだった。 「いたぞ! こっちだ!!」 流石にこれ以上はマズイだろう。特にタバサの場合、先陣切って暴れた張本人なのだから、この場にいると厄介事になりそうなのは火を見るより明らかだった。 「…しばらく身を隠す」 タバサは、シルフィードを連れてそう言った。戸惑うルイズ達に、更にこう付け加えた。 「この騒ぎはわたしが起こしたことにして。それであなたたちに火の粉はかからない筈」 「…タバサ殿」 剣心は、その意味を素早く理解する。このままでは素性がバレる剣心にとって、こちらの情報を敵に与えるようなものだ。だから自分が身代わりになることでそれを一手に引きうけるつもりなのだ。 それを聞いたキュルケは、慌てて口を開く。 「ちょっと待ってよ、事の発端はあたしよ。何もそこまでして―――」 タバサは、皆まで言わせず首を振った。そして意味深げにこう呟く。 「…これでいい」 そして最後に、剣心の方を向いて言った。 「もし何か進展があったら、連絡する」 「もう、止まらないのでござるか?」 タバサは、剣心を強く見つめた。その目はもう、留まることを知らない。 剣心は、小さくため息をついた。 「分かった…でも絶対に一人で追わないで欲しいでござるよ。必ず知らせて欲しいでござる」 コクリ、と頷くと、シルフィードを呼んで一目散に駆け出していく。 「じゃあ皆、バイバイなのね~~!!」 いまいち状況をよく分かってないシルフィードの呑気な声が、最後に辺りに残っていった。 キュルケと剣心は、どんどん小さくなるタバサの後ろ姿を見つめた。考えることは違えど、恐らく二人は同じような気持ちをタバサに向けていた。 そんな剣心の腕を、ルイズが不安そうな表情で無意識に掴んでいた。どこにも行って欲しくなさそうに…。 前ページ次ページるろうに使い魔