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学院に辛うじて帰還した四人は、ひとまず報告に行く前に風呂を浴びる。本来ならすぐに行くべきだが、土くれのゴーレムと大立ち回りを繰り広げた四人は埃塗れで、とても人様の前に出られる格好ではないというのが大きかった。 それに夜に出て行って早朝に帰ってきたのだから、そんなに急ぐこともあるまいというオスマンの心遣いもあったのだが。 そして身なりを整えた四人から、学院長室で報告を受けたオスマンは頭を抱えた。 「あー、やっぱ酒場で尻撫でて怒らなかったからっていう理由だけで秘書選んだらあかんかったのう。新しい秘書どうしようかのう」 本気で頭を抱えるオスマンに、ジョセフが呆れて口を開いた。 「のうご主人様や。コレ斬り殺してええんかの」 「俺っちもこれは手打ちにするしかねえんじゃね? とか思うぜ」 「あたしも異論はないけど腐っても学院長だから」 「つまらないことで罪に手を染めてはダメ」 「ヴァリエールの家が罪に問われるから自重なさい」 本人を前にして酷いセリフを言い放題だったが、さすがにオスマンも後ろめたいことがありすぎるので何も言い返せない。コッパゲことコルベールも口笛吹きながら目をそらしている。彼もフーケことミス・ロングビルに誘惑されてあれやこれや話した前歴がある。 「……そ、そうじゃ。とりあえず、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーの二人にはシュヴァリエの称号授与を申請させてもらおう。ミス・タバサは既にシュヴァリエの称号があるから、精霊勲章の申請でええかの」 空気を変えようと苦し紛れに出た言葉に、ルイズが勢い良く食いついた。 「え!? タバサ……あんたってもうシュヴァリエ持ってたの?」 「シュヴァリエってなんじゃい」 「爵位としちゃ低いけど、純粋な武勲を挙げた時だけもらえる爵位よ!」 必要最低限の説明をしたところで、はた、と気付いたルイズがオスマンに振り返る。 「あの、学院長。ジョセフには何もないんですか?」 「あー……彼は平民じゃからの。爵位や勲章を授与するわけにはいかんのじゃよ」 やや残念そうに答えるオスマンに、ルイズが思わず机に両手をかけて詰め寄る! 「そんな! 彼はフーケ討伐にもっとも尽力したのに、何の褒賞もないなんて……!」 「あーあールイズや、ええんじゃよ。わしには過ぎた御褒美を前払いでもらっとる」 すわ、キスのことをからかうつもりか、と三人の少女に異なった種類の緊張感が走る。 だがジョセフは優しげに微笑むと、ルイズの横に歩いてきて、わしゃわしゃと頭を撫でた。 「こんなに可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ」 見る見る間に、耳どころかうなじまで真っ赤に染まっていくルイズの顔。 何事かを言おうとして、あ、う、あ、と言葉にならない声を発した後、何かを言おうとするのを諦めた。代わりに、ジョセフの脇腹へ渾身のチョップを叩き込んだ。 それを見てからかうキュルケ、懐から本を取り出して読み始めるタバサ。 わいやわいやと少女達特有のかしましさを目を細めて眺めていたオスマンは、キリのいいところでパンパンと手を叩いて騒ぐのを止めさせた。 「よし、諸君らも疲れておるじゃろうから今日はゆっくりと休みなさい。今夜は予定通り『フリッグの舞踏会』を執り行うからの、寝不足でクマなんか作ってせっかくの美貌を台無しにせんようにの」 その言葉に、三人の少女と一人の老人は横一列に並ぶと、オスマンに一礼し。それぞれ学院長室を後にする。 だがジョセフだけは、ルイズに断りを入れつつも学院長室に残った。 「聞きたいことがあるっつー顔じゃの、ジョースター君」 「お駄賃代わりに色々と聞かせてもらいたいこともありましての」 二人の老人が、ニヤリと笑いあう。 「ミス・ロングビル。お茶を……って、おらんのじゃった」 「なんじゃったらわしが淹れましょうか」 「いやいや、魔法で何とかするわい。これから練習もせにゃならん」 おっかなびっくり淹れた茶を飲みながらの、文字通り茶飲み会議が始まった。 破壊の杖に関する経緯を聞き、ハーミットパープルは内密にと言う根回しを経た上で、ある意味本題とも言える左手の義手に刻まれたルーンを見せた。 「ここに来てからというもの、わしには色々と説明し辛いことが多々起こりましての。わしの見立てでは、おそらくこいつが原因ではないかのうと」 ジョセフの言葉と、鉄の義手に刻まれたルーン。 それらを勘案しながら、オスマンはズズ、と茶を啜った。 「それに関しては既にミスタ・コルベールが調べておった。それは『ガンダールヴ』の紋章と言って、伝説の使い魔に刻まれるルーンだということじゃ。 今では失われた『虚無』の使い手の使い魔の証であると同時に、この世に存在する全ての武器や兵器を扱うことが出来る能力を持つ、ということじゃの」 オスマンの言葉を聞きながらも、やや首を傾げてジョセフが問う。 「武器や兵器……ということは、わしには波紋と言う力があるのですがの。その波紋を身体に流した時もどうやらガンダールヴの効果が出ているようなんですじゃ」 「その波紋と言う力がどういうものかは詳しく知らんが、それが『戦う為に生み出された技術』であるというなら、生身でも武器や兵器と認識されたのかもしれんのう」 「……まあ、一概に違うとは言い切れませんからの。ですが……わしがガンダールヴということなら、ルイズは虚無の使い手じゃと考えていいんですかの」 冷め掛けた紅茶のカップを手の中に残したままの質問に、オスマンは眉を顰めた。 「十中八九……とまではいかんが、わしらはそう考えておる。じゃが、現在では虚無の使い手はおらんし、この学院でも当然虚無の使い方を教授することはできん。 そして虚無の力があるとなれば、ミス・ヴァリエールが望むと望まんに拘らず、厄介事に巻き込まれる危険性も孕んでおる。そのため、もうしばらく……彼女には、『ゼロ』の仇名を甘受させる事になる。教師としてこれほど酷い仕打ちはないとは思うとるんじゃが」 辛そうに言葉を紡ぐオスマンを見ながら、ジョセフはカップに口をつけた。 いじめにも似た境遇を把握していながらも、それを解消する為の手段を見つけられずに手をこまねくしか出来ない悲痛を、白い髭の向こうに見取ることが出来た。 だからジョセフは、緩い笑みを浮かべて、言った。 「何。わしはヤンチャな娘を育てた事もありますし、手の付けにくい孫もおりました。それに比べたら、ルイズはワガママな子猫みたいなモンですじゃ。それに僭越ながら、あの子は意外と芯の強い子ですからの。どうか見守ってやって下され」 精悍な顔立ちと、年には似付かない鍛えられた肉体を持つ目の前の使い魔の言葉。 オスマンは、満足げに頷いた。 「この世界には『メイジの実力を見るには使い魔を見よ』という言葉がある。言葉通りの意味もあるんじゃが、メイジが召喚する使い魔は最もそのメイジに見合った使い魔が召喚される、という意味も持ち合わせておるんじゃ。 ジョセフ・ジョースター君。君はきっと、ミス・ヴァリエールが必要としたから、この世界に召喚されたんじゃろう。もうしばらく、君に苦労を背負わせる事になってしまうが。是非、あの子を見守ってやって欲しい」 ジョセフは、普段通りのニカリとした笑みを浮かべた。 「さっきも言いましたじゃろ? わしは可愛らしいご主人様の下で働くことが出来ること自体が過ぎた幸せです、とな」 その日の夜、『フリッグの舞踏会』は盛大に執り行われた。 土くれのフーケを学院の生徒が急遽追跡して捕縛した、ということで、その中心である四人は自然と舞踏会の主役になることが決定していた。 ジョセフは壁際で御馳走片手に友人達に武勇伝を語って聞かせ、キュルケは言い寄ってくる男達に囲まれて引く手も数多。タバサは巨大なローストビーフと格闘しつつも、追加される料理にも一通り手を出し続けていた。 そして、最後の一人は、やや遅れて登場した。 衛視の大仰な呼び出しの後、壮麗な門から現れたルイズの姿は、ジョセフでも「おぅ」と目を釘付けにしてしまうような、パーティードレスを見事に着こなした姿だった。 立ち居振る舞いは確かに由緒正しい公爵家の御令嬢であると証明していた。 (馬子にも衣装……つーのは違うのう。なんのかの言ってお貴族様なんじゃよなあ) と、普段の子猫っぷりとはまた違った雰囲気の淑女を見ていれば、ジョセフの姿を見つけたルイズが、優雅だけれど少々早足に彼の元へと近付いてきた。 そして友人達の輪が自然と彼女を迎え入れる形で開くと、ルイズはジョセフの目の前で立ち止まり、ぐ、と顔を見上げる。 「……ええと。ほら、あれよ。ちょっと、こっち来なさいよ」 「おいルイズ、ジョジョを独り占めしてんじゃねーよ」 ジョセフを有無を言わさず連れ出すルイズに、友人達から不服げな声が漏れるが、ジョセフは微苦笑を浮かべながらも片手で作った手刀をかざし、すまんの、と口だけで言葉を残した。 そのままパーティー会場のバルコニーへ来た二人は、夜空の空気に身を晒しつつ、何を言うでもなく手すりに腰掛けて横に並んだ。 「……あの、その。ちょっと、色々と聞きたい事があるのよ」 「わしに答えられることならなんなりと、ご主人様」 緩く指を絡めて手を組み合わせたジョセフを、ルイズは横目で見やる。 「その……ジョセフ。あんたは……元の世界に、帰りたい?」 「帰りたくないって言ったらウソになりますわい。向こうに家族を残してますからの」 静かに問いかけてくる言葉に、ジョセフは嘘を並べる事を選ばなかった。 「……そう」 ルイズの返事が寂しさを隠さなかったことは、誰が聞いても明らかだった。 「……私も、出来る限り……ジョセフが元の世界に帰る手段を探してみる、わ」 それだけ言って、会場に戻ろうとするルイズの手を、ジョセフがそっと掴んで止めた。 「待って下され、ご主人様や。帰りたいと言うのはウソじゃありませんがの。可愛いご主人様に仕えるのが幸せだというのも、ウソじゃないんですぞ」 「……ウソ」 「じゃからウソじゃないんじゃって」 いつものように頭をわしゃわしゃと撫でようとして、美しくセットされた髪を崩すわけにはいくまい、と、代わりに柔らかな頬を撫でた。 「もし帰る術があるなら、わしはきっと元の世界に帰りますがの。帰る事が出来ないなら、ワガママじゃが可愛らしい主人の側で生きるのも悪くはないだろうというのも、これまたわしの偽らざる気持ちでもあるんですじゃ」 「……だったら、どうせならウソでも、『帰る気はないです』って言ってよ。……なんだか、悲しい気持ちになるわ」 見て判るほどに潤んだ瞳で自分を見上げるルイズを、ジョセフは静かな笑みと共に見下ろした。 「敬愛する主人じゃから、ウソはつきたくないという気持ちだってあるんじゃよ。特に、最初のうちはウソの吐き通しだったからな」 「……いい年してっ。ウソも方便、って言葉も知らないのかしら。時と場合を考えなさいよ」 憎まれ口を叩きはするものの、頬に当てられた手を振り解こうともせず、ただされるがままになっていた。 ふと沈黙が訪れたが、僅かな間を置いて会場のオーケストラが音楽を奏で始めた。 「……ね、ジョセフ。ダンスは、出来るの?」 唐突な問いだったが、ジョセフは緩い笑みと共に言葉を返す。 「ダンスも小さい頃に仕込まれとるし、ニューヨークでもたまにダンスパーティーにお呼ばれされるがの」 「使い魔のくせに、ダンスまで出来るだなんて。ナマイキだわ」 そう言って、そっと手を捧げた。 「せっかくだから、踊ってあげてもよくってよ」 ジョセフは捧げられた手を取り、恭しく手の甲にキスをした。 「うむ、喜んで」 「ダンスの誘いをお受け下さり、光栄ですわ。――『ジョジョ』」 主人の口から零れた呼び名に、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みに変わる。 「……あによ。友人には、ジョジョって呼ばれてるんでしょ」 「ああ、その通り。友人にはジョジョと呼ばれておる」 ぷ、と頬を膨らませるルイズと、笑みを噛み殺すのに必死なジョセフ。 そのまま二人は会場の中央に向かった。 主人と使い魔が、手を繋いでダンスを踊ろうとする。 言葉だけで考えれば、非常に奇妙な光景である。 だが二人は、周囲からの奇異の視線に頓着する素振りさえ見せず、手を取り合った。 「おでれーた。主人と使い魔が、ダンスをするだなんてな。6000年生きてきたが初めて見ちまうぜ」 壁に立てかけられているデルフリンガーは、楽しげに鞘口を鳴らしていた。 To Be Contined →
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前ページ次ページゼロの少女と紅い獅子 無限に広がる宇宙の片隅、生物はおろか恒星すら見当たらない辺境の場で追跡劇が繰り広げられていた。 方や黒い球体。必死に追撃をかわし、巧みに減速加速を繰り返しながら時折怪光線を放って追っ手をけん制する。 方や赤い球体。怪光線や巧みな回避行動をものともせず黒い球体を追撃する。その動きに、一切の無駄はなく赤い球体は 遂に黒い球体の直後に迫った。 追撃を振り切らんと黒い球体は怪光線を乱射、続いて何処からともなく二匹の怪獣を呼び出しけしかけた。一瞬動きを止めた 赤い球体の隙を突いて、一目散にその場から逃れようとする黒い球体。一拍遅れて赤い球体が怪獣もろとも黒い球体に突っ込む。 その時であった。 突然、まったく突然に空間が乱れた。もっとも彼らだからこそ感知できたというべきか。突然開いた亜空への扉に、しかし黒い球体は これ幸いとばかりに飛び込む。まるで予定されていたような行動に、赤い球体は罠を疑ったがそれも一瞬。迫り来る二匹の怪獣もろとも 赤い球体も時空の歪に飛び込んだのだ。 赤い球体が飛び込むと同時に、時空の歪は役目は終わったとばかりに消滅した。後にはただ宇宙が広がるだけであった。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは春の使い魔召還の儀式で何十回かの失敗の後、遂に使い魔の 召還に成功した。しかし、彼女の眼前に現れたのは彼女の予想、いや、他の生徒達そして儀式を監督していたコルベールですら 予想だにしないものであった。 「……何、コレ。竜……なの?」 ルイズが呆然と呟く。彼女らの前に姿を現したのは、体長五〇メイルにも及ぼうかと言う巨大な二匹の竜であった。いや、彼女ら の常識からすれば竜かどうかは怪しい。これほど巨大なものは伝説の韻竜ですらありえない。 召還された竜モドキはピクリとも動かない。ルイズは我に返ると、少し離れて二匹を観察し始めた。 確かに竜には似ている。一方は黒、一方は赤、色自体は大した問題ではない。頭頂部と背中から生えた巨大な角は二匹の力強さを 物語っている。使い魔の使命の一つである、主を守る事に関してはまったく心配する必要はなさそうである。 しかもこの超巨大な生物を同時に二匹も召還したのだから、日頃から自分の魔法に関して強いコンプレックスを抱いているルイズにしてみれば 喜ぶべき事態である、だが。 「何だろ、大きいし強そうだけど。でも……」 ルイズは二匹から何ともいえない不気味さを感じていた。オーク竜とでも表現すればその顔の醜さが伝わるだろうか。濁り切った 眼は何処を見ているか見当もつかず、全身を覆うのは鱗の代わりに妙に凸凹した分厚い皮膚。その不穏さはルイズだけでなくほかの生徒も 感じ取ったようで、遠巻きに恐々ルイズと二匹を眺めていた。 だが、ルイズには贅沢を言っている余裕は無かった。サモン・サーヴァントの儀式を無事終了させねば二年への進級が出来ない。 第一、この二匹をほうって置く事など出来るわけも無い。 「あ、あの! ミスタ・コルベール」 「む、何かね、ミス・ヴァリエール」 「契約をしたいんですけど、あの、どうやってやれば……」 ルイズがコルベールに訴えると、とたんに不穏な空気を忘れたように野次が飛ぶ。 「ハハッ、ゼロのルイズじゃアレの口には届かねえな!」 「レビテーションも出来ないなんて、呼び出された方も思わなかっただろうよ」 「ねえ、ルイズ。あの口の場所まで上ったらいかが? いい運動になるんじゃなくって」 だが、野次を飛ばされるルイズはそれに構ってる場合ではなかった。契約の儀式『コントラクト・サーヴァント』は呪文を 唱えた後に、契約対象と口付けをかわさねばならない。つまり、ルイズは目の前の竜モドキとキスしなければならないのだが……。 「皆さん、静粛に! ミス・ヴァリエール、それについては仕方がないので私が『レビテーション』を唱えてあげましょう。しかし、見たまえ」 そう言ってコルベールは手に持った杖で、竜モドキの頭上を指した。 「君が召還のときに作ったゲートがまだ閉じていない様だがね」 その言葉にルイズがゲートに目を向けた時、今度は黒い球体が飛び出してきた。 「ええっ、まだ来るの!?」 ルイズが流石に驚きを隠せず思わず叫ぶ。二匹だけでも異例なのに三匹目、しかも今度はまったく正体不明である。 飛び出してきた黒い球体は暫らく竜モドキの頭上で制止していた。再び不気味な静寂が辺りを覆う。 静寂は一瞬だった。 「ギゥアアアアアアア!!!!」 突然二匹の竜モドキが咆哮を上げる、離れて成り行きを見物していた生徒達はたちまち恐慌状態に陥った。――例外は居たが。 一方ルイズはその雄叫びにすくんでまったく動けなかった。だが、それを嘲笑するものは居なかった。竜モドキの一方がルイズにようやく 気づくと虫を踏み潰すような気軽さで一歩踏み出そうとした。 「コレはいかん!」 咄嗟にコルベールがルイズに飛びつき間一髪彼女を救出する。 「さあ一旦逃げよう、ミス・ヴァリエール」 「あ、えと、でも、あの……」 半ばコルベールに引きずられながら、ルイズは後方を気にする。 「召還の儀式については後日再度行えるように、オールド・オスマンに掛け合おう。だがここで死んでしまってはそのチャンスも 手にする事が出来なくなってしまうぞ」 死という単語にルイズは身を強張らせた。もう、後方を気にする事はしなくなった。 暴れだした二匹の竜モドキが二人に襲い掛かってきた。鈍重に見えてもその巨体ゆえに追いつくのも時間の問題である。黒い竜モドキが 二人の直後に迫ったその時、竜モドキの横っ腹に火炎のブレスが浴びせられた。 唐突な炎の洗礼に幾らか怯む竜モドキ、その隙を突いて今度は全長六メイルの風竜がコルベールとルイズを空中へと持ち去った。 「いや、助かったよミス・タバサ」 コルベールは風竜の主――タバサに礼を言った。だが、タバサはフルフル首をふって 「まだ、危ない」 それだけ言うと風竜に指示を出して、先ほどの救いの炎の元へ向かう。そして赤毛の少女とその使い魔のサラマンダーを回収 すると再び空に上った。 「ったく、とんでもないのを召還したわねルイズ、どうするのよアレ?」 赤毛の少女――キュルケが悪態をつく。 「わ、わたしだって好きで呼び出したんじゃないわよ! 来ちゃったんだからしょうがないでしょう!?」 「あー、そうねわたしが悪かったわ。アンタにあれどうにかしろって言っても無理よね」 ルイズは更に言い返そうとしたが押し黙った。キュルケもそれ以上何も言わない。 「とにかく我々ではどうする事も出来ないな、アレの相手は軍隊だよ」 コルベールが校舎の方に目をやると騒ぎを察知して何人かの教員が出てきたが、巨獣を目にするや一目散に退散した。 「賢明」 それを見てタバサが呟く。そして、風竜を旋回させこの場から離脱しようした。 その時である、竜モドキが頭の角から怪光線を放った。不意を突かれたものの抜群の運動性で風竜が回避する、しかしもう一方が回避した先に 再び怪光線を放った。 「うぬっ!」 コルベールが予め牽制用に唱えていた呪文を発動させ火球を叩きつける。相殺したものの派手な爆発が風竜を襲い、堪らず風竜は 空中でバランスを崩してしまった。 「きゃっ!」 叫びはほんの一瞬。バランスを崩した風竜から落ちたのはよりによって魔法がまったく使えないルイズだった。 「もう! 世話のかかる娘ね!」 キュルケがレビテーションの魔法でルイズの落下は阻止する、だが迫る竜モドキが居てはうかつに近寄れない。 二匹がゆっくり落ちるルイズに迫る。嬲り殺そうとゆっくりと近づいてきた。 『なんて最期、自分で呼び出した使い魔候補に殺されるなんて』 ルイズの頭をそんな考えがよぎる、だが彼女は頭をぶんぶん振ってその考えを打ち消した。 『何考えてるのよ、わたしったら。そうよ、こいつらは失敗よ。偶々出てきただけ』 ルイズは握り締めていた杖を振りかぶる。 『失敗したなら、また呼び出せばいいじゃないのよ! ゼロのルイズ!』 そう自分に言い聞かせ、自分を奮い立たす。彼女は今日何十何回目かの呪文を唱えだした。 「宇宙の果てのどこかにいる私の下僕よ!」 力強い呪文が小さな口から紡がれる。 「神聖で美しくそして強力な使い魔よ!」 眼前に巨獣が迫ってもそれは止まらない。 「私は心より求め訴えるわ!」 精神が集中する。 「我が導きに応えなさい!」 ルイズは大きく叫び、杖を振るった。 同時に天上のゲートが激しく光った、というより爆発した。そしてそこからルイズの呪文に 応えるように赤い球体が飛び出してきた。 「まだ来るの? 今度は何なのよ!?」 キュルケがあきれたように叫ぶ。コルベール、タバサの両人も新たな闖入者に警戒を向けた。 赤い球体の登場に二匹の竜モドキがいきり立つ。赤い球体は構わず二匹の前に回りこむと黒の竜モドキの胴体に突進した。 受け止める竜モドキ、だが球体はそのまま回転を止めず今度は垂直に急上昇し巨獣の顎をかち上げた。対応できずに黒い巨獣が 倒れこむ。間髪を居れず球体は動揺する赤い竜モドキに頭上に回りこむとそのまま頭の上に落下した。不意を突かれてこれまた 倒れる赤い巨獣。 その時、それまで微動だにしなかった黒い球体が怪光線を放った、光線はルイズに向かう。 彼女は咄嗟に目をつぶった。だが予想された痛みは来ない恐る恐る目を開けると、目の前には赤い球体がふわりと浮かんでいた。 「あ、助けて……くれたの?」 赤い球体はそれには応じない。黒い球体とにらみ合うように静止している。 暫らくして、上昇したかと思うと黒い球体は突然消滅した。それが合図だったように二匹の竜モドキは突然抱き合うと竜巻のような回転を 起こしながらこちらもどこかに消えて行った。 「ミス・ヴァリエール、無事かね!」 脅威が去ったのを見計らって、コルベールたちが近くに降りてきた。 「はい、ミスタ・コルベール。大丈夫です怪我はありません。それより……」 ルイズは目の前の赤い球体に目を向ける。 球体は立ち去るでもなく、静かに彼女達の前で静止している。 「やっと危なくなさそうなのが来たわね」 キュルケがいやみ半分といった風に声をかけてくる。ルイズはキュルケに一瞥をくれたが直ぐに気を取り直した。 「ミスタ・コルベール、この、えっと……。と、とにかく契約します」 ルイズの言葉にコルベールは頷く。 「うむ。さあ、君が最後だよミス・ヴァリエール。ま、この状況では急かす必要もないだろうが」 その言葉を受けて、ルイズは球体に一歩踏み出し、そっと球体に触れた。 その瞬間、ルイズの意識が一瞬途絶えた。 ルイズが一瞬の気絶状態から醒めると、そこは真っ赤な空間だった。上下の感覚が失われて、遠近も正確でない。 「ちょっと、何なの。また失敗?」 その言葉に反応したのか何処からともなく声がした。 『怪我がなくて何よりだ』 ルイズは驚いてあたりを見渡した。だがこえの主を見つける事は出来ない。 「誰、誰なの!? わたしをどうするつもり!」 『君に危害を加えるつもりはない、私は……L、いやM78星雲の戦士だ』 「えむ……、なんですって?」 『無理に理解する必要はない。私からも質問があるのだが、あの時空の歪を作ったのは君か?』 聞きなれない言葉に一瞬思考が止まるルイズ。 『私が出てきた穴のことだ』 「ああ、そ、そうよ。貴方を呼び出したのはわたし」 『意図的に私を呼び出したのかな?』 「神聖で美しくそして強力な者を呼び出し立たつもりよ」 ルイズの言葉に空間がユラユラうごめく。敵意はない、何処となく可笑しそうな雰囲気である。 『しかし何のためにそのような事を? ギラス達は同じ穴を通ってきた。奴らの襲来に対しての助けを呼んだ訳ではなさそうだが』 「使い魔を呼んだのよ」 『使い魔? それで私がその召還に答えたということか』 「そうよ、だから貴方にはわたしの使い魔になってもらうわ」 そうは言ってみたものの、ルイズにしてみれば精一杯の虚勢を張った発言であった。あの竜モドキ――彼曰くギラスと 言うらしい――をあっさり撃退した謎の物体が相手では無理もない。 学園中のメイジ、いやトリステイン王国の全軍が相手でも一歩も引かないかもしれない。気まぐれで彼女の命を奪うなど造作もないだろう。 暫らくの沈黙を破ったのは赤い空間だった。 「いいだろう」 「え、あ、あの」 『本来なら干渉は極力避けねばならないのだが、君の身分を察するにまだ社会的影響はなさそうだ。それに、 君も見ただろう。二匹の怪獣と黒い物体、アレを放置するわけには行かない。私は暫らくここに止まる必要がある』 「わたしの使い魔に、なって、くれるの?」 『ああ、だが約束して欲しい事がある』 「何かしら?」 『私の力を頼りすぎないで欲しい』 ルイズが一瞬呆ける、だが気を取り直すと。 「フ、フン。主が使い魔に遅れを取るわけないでしょう!?」 『いい返事だ、その言葉を信じよう。で、どうすれば良い』 どうすれば良いと返されて、ふとルイズは思い出し、とたんに慌てだした。 「あの、その、コントラクト・サーヴァントを行うには呪文を唱えた後、えっと、使い魔と口付けを交わさなきゃ成らないの、だから……」 ルイズの言葉が終わる前に赤い空間が歪む。たちまち目の前に、先ほどの竜モドキに勝るとも劣らない巨人の半身が現れた。もっとも、 その像はぼやけていてハッキリと見えなかったが、ルイズはその像から遥か南の地に住むという百獣の王を連想した。 『これで、大丈夫か?』 コクリと頷き、ルイズは呪文を唱え始めた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、 我が使い魔となせ」 そして、目の前の巨人に口付けをした。とたんに、視界が真っ白になる。 視界が戻ると赤い空間は消え去って、元の場所に戻っていた。そして目の前には精悍な顔つきの青年が立っている。 「あ、えっと、ミスタ・コルベール。私はどれ位いなくなってました?」 その言葉にコルベールは怪訝な顔をする。 「何言ってるのよルイズ。今、赤い球に触れたら突然光ってそこの彼が出てきたんじゃない。その人が貴方の使い魔?」 キュルケが代わって応えるのを聞いてルイズはかつごうとしてるのかと怪しんだが、コルベールの方を見ても何かあったような 顔をしていない。タバサは――いつも通りである。 「ミス・ヴァリエール契約の儀を……」 「あ、終わりました。ねえ、体にルーン出てない?」 そう言ってルイズは目の前の青年に向き直る。 「ルーン……この文様の事か」 そう言って、青年は左手の甲を掲げてみせる。 「何時の間に……まあ、ルーンが刻まれてるという事は成功したのだろう。しかし、珍しいルーンだな」 コルベールは興味深そうに観察していたが、やがて姿勢を正すと。 「まあ、大変な災難だったが。幸い犠牲者は出なかったのだからよしとしよう。君には色々聞きたい事があるがそれも後日としよう」 そう言って、校舎に戻っていった。キュルケとタバサも続く。 「私たちも行くわよ」 ルイズはそう言って青年を促した。そして、思い出したように立ち止まって、 「そう言えば名前を聞いてなかったわよね。貴方の名前は?」 青年はほんの少し考えるそぶりを見せた後、 「俺の名は、おおとりゲンだ」 第一話 終わり 前ページ次ページゼロの少女と紅い獅子
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64 名前: ティファニア式豊胸体操 [sage] 投稿日: 2007/09/18(火) 01 33 43 ID dQ2OoWrN 最近、ルイズの視線は大抵一点で固定されている。 転入生として魔法学院へやって来た、ティファニアの胸である。 彼女のふざけたサイズの胸と自分の地平線を見比べつつ、哲学的な思考にふけるのが、最近のルイ ズの日課であった。 (一体何なのかしらあれ。あんなの胸って呼んでいいのかしら。そもそも胸って何なのかしら。何で 男はそんなの重要視するのかしら。あんなお肉の塊を。そうよあんなの邪魔なだけなんだし、わた しには必要ないし) などと毎回同じ結論を出すのだが、才人がティファニアの胸をデレーッと見ているところを目撃し て、また思考が振り出しに戻ったりする。 (悔しいわ悔しいわ。あんな肉の塊に負けるなんて。わたしにはなんであの肉の塊がちょっとでいい からついてないのかしら。あの子からちょっと分けてもらえないものかしら) そんな風に考えて、ちょっと期待しながら始祖の祈祷書を捲ってみたりもするのだが、さすがの虚 無系統と言えども「他人の胸の肉を奪う魔法」は存在しないらしい。祈祷書に新たな記述が追加され ることはなく、本を開くたびに落胆のため息を吐くことになるのである。 ルイズは作戦を変えた。自分の胸に肉がなく、あの子の胸には肉がある。つまり二人のどこかに違 いがあるということである。ティファニアを一日中観察していれば、その違いも分かるだろう。同時 に、胸に肉をつける方法も分かるはずだ。 そんな訳で、ルイズはその日以来暇があればティファニアを観察していた。朝起きた後も授業中も 食事中も大浴場に入っているときも、ずっと。 「なんかよー、テファが最近一日中誰かの視線感じるって言うんだよなー。俺の世界じゃストーカーって 言うんだぜそういうの。お前も気をつけろよな、ルイズ」 才人がそんなことを言い出したので、この作戦もそろそろ止めにしなければならなくなった。 (でも、まだあの子とわたしの違いなんて少しも分からないのに) この数日間観察したが、食事も入浴法も就寝時間も、二人の間にはそれほど差はなかった。 では一体、この胸の肉の差はどこからくるのか。まさか彼女の体にエルフの血が混じっているのが 原因なのか。だとしたらもう手の打ちようがない。 歯噛みしたとき、ルイズはふと、ティファニアが奇妙な行動を取っているのに気がついた。 何やら、中庭の木の下で、奇声を上げながら妙な踊りを踊っているのである。不規則で乱雑な、見 たこともない踊りである。 (あれは一体……まさか、あれがあのふざけた胸の肉の秘密なの) どきどきしながらティファニアの踊りを見つめるルイズに、背後から静かな声がかけられた。 「あなたの推測どおり」 振り返ると、タバサがいた。静かな瞳でティファニアを見据え、指で眼鏡を押し上げる。 「エルフに伝わる豊胸の踊りに違いない」 「ということは、あれをやればわたしも革命的な胸の肉を得ることが?」 「そう」 「イヤッフゥー!」 喜びながらも、ルイズは怪訝に思う。何故このタバサが、自分にそんな情報を与えてくれるのか。 その疑問が相手にも伝わったのか、タバサはこちらに右手を突き出すと、黙って親指を立ててみせた。 「貧乳同盟」 ルイズは雷に打たれたような衝撃を受けた。貧乳同盟。なんと分かりやすい名前なのだろう。まっ 平らな自分とまっ平らなタバサ。目指すところは同じだったということか。 ビバ、友情。ビバ、貧乳同盟。タバサの知恵と自分の努力が合わされば、恐れるものなどなにもな い。目指すは山盛り胸の肉である。 「タバサ。わたしたち、頑張りましょうね」 ルイズはタバサの両手を握ってぶんぶん上下に振り、足取りも軽くその場から立ち去った。 65 名前: ティファニア式豊胸体操 [sage] 投稿日: 2007/09/18(火) 01 34 39 ID dQ2OoWrN ティファニアは悲鳴を上げて、大きくすぎる胸をばいんばいんと揺らしながら、必死で背中に手を 伸ばしていた。 しかし、届かない。あと少しのところで届かない。端から見れば奇声を上げながら踊っているよう に見えるだろうが、そんなことは気にしていられなかった。 そのとき、不意に背中に誰かの手が入り込み、すぐに抜き取られた。驚いて振り返ると、そこに見 知った小柄な少女が立っている。 その指先には、先程自分の背中に落ち込んだ毛虫が握られていた。小柄な少女、タバサはその毛虫 を無感動に地面に放ると、黙って親指を立てた。 「グッジョブ」 意味不明なまま、タバサは静かに立ち去った。 翌日、才人は聞きなれぬ物音で目を覚ました。 重い目蓋を押し上げると、ベッドから降りたルイズが奇声を上げながら変な踊りを踊っているのが見えた。 数秒ほどもその奇怪な情景を眺めたあと、才人は深々と嘆息し、また布団を被った。 (いろいろあって疲れてるんだなあ、ルイズの奴。生温かい目で見守ってやろう) ルイズの奇声は、それからしばらく続いていた。 朝焼けの空に浮かぶシルフィードの背中に跨って、タバサは「遠見」の魔法でルイズの踊りを眺め ていた。もちろんいつもの無表情である。 「ねえねえお姉さま」 「なに」 「どうしてあんな嘘吐いて、ルイズに変な踊りを躍らせてるの。理由を教えてほしいのね」 タバサは無表情のまま一言答えた。 「面白いから」 「きゅいきゅい。お姉さまってときどきすごくひどいのね」 これが、数百年を経た今も旧ヴァリエール公爵領に伝わる奇怪な儀式の始まりであったと、歴史学 者のノーヴォル・ヤマグッティー氏は語っているが、真相は定かではない。 なお、住民からこの逸話を聞き出したとき、同氏は 「とりあえず、おっぱいは大きい方がいいよね」 というコメント残している。まことに業が深い話である。
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「君は、危険なのだよ、キタロー君。ガンダールヴのルーンに、その奇妙な力だけならば、まだ良かった。 だが、君にはまだ何かがある。恐ろしい何かが・・・その何かを見過ごす事は出来ないのです」 物陰からキタローとコルベールの様子を伺うキュルケは、想いもよらない状況に戸惑いを隠せないで居た。 あの決闘での凛々しい姿に心底痺れ、(何時ものように)恋に堕ちたキュルケ。 彼・・・キタローの事を色々知りたいと、サラマンダーのフレイムに彼の行動を追いかけさせていた。 夜半過ぎに彼が一応の主・・・ルイズに気付かれないようこっそり部屋を出たのを知った時は、そうそうに恋の炎を燃やす機会が出来たと喜んだ物だ。 しかし、フレイムに誘導させる間もなく、彼はそのまま学園を抜け出してしまった。 そこで、タバサの風竜に乗せてもらいここまで来たのだが・・・ (どうしてあの昼行灯先生がダーリンと待ち合わせてるのよ!?) 彼女たち二人が演習場に辿り着いて見た光景。 それは普段の色ボケかつ昼行灯な姿からは想像も出来ない鬼気を発するコルベールと、あの決闘で見せた幻影を呼び出したキタローの姿だった。 タバサにとって、キュルケの今回の無茶は、かえって喜ばしい物だった。 「僕にまだある・・・何か?」 タバサも、それが知りたかったのだ。 あの使い魔の少年の放つ死の気配は、無数の視線を超えたタバサにとって無視できない類の物。 あの決闘以来彼を頻繁に目で追うようになったが、ある程度慣れたつもりでも未だに手に冷たい何かが滲んでしまう。 正体がわからないというのも大きな理由だ。 その正体が判るのであるのなら、夜中に急にたたき起こされ訳も判らずここまで『足』にされたことも許せそうな気持ちになる。 あくまで許せそう、であって許す気は無いのだけれども。 それに、あの先生・・・只ならない実力を隠している事は以前から気付いていた。 その片鱗をも垣間見る事が出来るのなら、明日少し寝不足になったとしてもかまわないとも思う。 「ええ、見極めさせてもらいましょう。君を、君の中のモノを」 物陰から伺う二人の少女の存在に気付かぬまま、コルベールは杖を振るった。 異形の戦いが、始まる。 無数の炎の鞭が、空気を切り裂いてキタローに殺到する。 「っ!?」 違う、それは炎のメイジが呼び出していた炎の蛇だ。 キタローは慌てて身を翻し、かわし切れないものはオルフェウスの音の衝撃でまとめて吹き飛ばす。 (小手調べで、これなの?これが、まだ学生のギーシュとはちがう、熟練のメイジの力・・・) 吹き飛んだ炎の蛇の残骸だけで、一気に周りの気温が跳ね上がってる。 恐るべき火力だった。もしあの蛇に絡みつかれたら、たとえペルソナ使いであっても、骨まで焼かれてしまいかねない。 「まだまだこんな物ではありませんよ。今夜、私は君を殺すつもりで居ます」 投げられた言葉にキタローが戦慄する間もなく、コルベールは更なる魔法を紡ぐ。 再度振るわれた杖にあわせて、今度は無数の蛇達がとぐろを巻くように球形の炎に姿を変える。 蛇から姿を変えた火球は、先刻の蛇よりも速く幻影を従えた少年の元へ殺到する。 慌てて飛びのく少年。その飛びのく前の足元へ『それ』は落下して・・・ 一瞬の閃光!続いて襲ってくる爆風と衝撃に、キタローは人形のようになす術も無く跳ね飛ばされた。 もし此処でキタローが、何か武器を手にしていたのなら、コルベールの魔法の数々をかわす事が出来たかもしれない。 しかし今のキタローはかのガンダールヴの力を使えない。 ペルソナはもう一人の自分自身であり、武器を使いこなすガンダールヴのルーンの発動条件には合致していなかったからだ。 故に今のキタローは人外の身体能力を発揮できない。 無論ペルソナを持たぬ身であれば、始めの炎の蛇の時点で既に無残な焼死体と化していただろう。 コルベールはそれほどまでの術者だった。 一方のコルベールにしても、楽観は出来ない状況だった。 相手は、未知なる力の持ち主だ。死の気配以外にも、メイジの常識が通じない強烈な力を振るえるはず。 今はまだ、コルベールを攻撃しては居ないが、もし攻めに転じたら・・・そう思うだけで杖を握る手が震える。 何より、彼を殺そうとしているこの瞬間が、コルベールにとって最悪の時間だった。 かつて犯した過ちの数々。それを省みて、二度と人を殺さないと誓ったはずだった。 だが今こうして一人の少年を死に追いやっている。 その中に眠る『何か』を見過ごせないが為に。 『何か』・・・恐らく『死』にまつわる何かが彼の教え子たちの傍にある・・・それを見過ごせないが為に。 死を遠ざけるために、目の前の少年を殺す。その矛盾もコルベールを苦しめていた。 そして・・・ 「っっぁぁぁっつ!!!」 ついに炎が、彼を焼いた。 一瞬にして燃え上がる衣服。肉が焼ける独特の異臭が辺りに漂って・・・ 「またお会いしましたな」 何故か、再び僕はベルベットルームにやってきたのだった。
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前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ 一四二 突然ほとばしった強烈な光によって視界が白一色に染まってから数秒が経つが、光の次に来るであろうと思われた身を骨まで焼き尽くす炎や、 耳をつんざく轟音はない。 君は眼を覆い隠していた手をそっと下ろし、おそるおそる瞼を開ける。 最初は視界になにも映らなかったが、まばたきして眼をこするにつれて、周囲の物の形と色彩が戻り始める。 君の眼がまず捉えたのは、疲労困憊の様子で屋根の残骸の上にぐったりとへたりこんでいる、ルイズの姿だ。 その手に杖と≪始祖の祈祷書≫を持ったままぺたりと座り込んだ、いくぶんだらしない格好にもかかわらず、夕陽の最後の残照を受けて長い髪が きらきらと輝くその姿は、美しく神秘的なものに感じられる。 君が怪我はないかと声をかけると、ルイズは 「わたしはだいじょうぶ。ちょっと疲れただけ」と答える。 「それより、周りを見て」 その言葉に従い、あたりを見回す。 崩れて瓦礫と化した農家、草一本生えておらぬ地面、あちらこちらに散らばる農具や調度品――荒れ果てたタルブの光景が眼に映るばかりだが、 すぐに、足りないものがあることに気づく。 村いっぱいに拡がり這いずりまわっていたはずの恐るべき≪混沌≫の怪物が、跡形もなく消えうせているのだ! 怪物の放つおぞましい悪臭さえ雲散霧消しており、君の鼻腔を満たすのは、草原から吹きつける風が運ぶさわやかな匂いだけだ。 ≪混沌≫に汚染されどす黒く染まったはずの土も、もとの状態に戻っている。 君は直感的に、なにが怪物を消し去ったのかを理解する。 ルイズの長々とした呪文の詠唱によって生まれた、あの凄まじい光だ。 陽の光が影を追い払うかのように、あの謎めいた光は≪混沌≫を、焼き払い、蒸発させ、一片も残さずに消滅させたのだ。 君の頭の中はいまだ、起きたことが信じられぬという思いでいっぱいだ。 君の知る限り、これほど強大な魔術の使い手はハルケギニアはもちろん、≪タイタン≫にも存在した例はない――創造主たる神々を除いては。 魔法の才能がほぼ皆無のために≪ゼロ≫と嘲笑されていた少女が、実は神にも等しい強大な力を秘めていたというのだろうか? 君は驚きと困惑の眼で少女を見やる。 「……これ、わたしがやったのよね? いまだに信じられないけど」 ルイズはそう言うと、じっと君を見つめる。 「ああ、お前さんがやったんだ」 答えに窮する君に代わって、デルフリンガーが声を上げる。 「お前さんは≪虚無≫の担い手、伝説の魔法使い様さ。しかしまさか、娘っ子が≪虚無≫とはねえ」 魔剣は、感じ入ったように言う。 「オスマンのじじいから解放されて以来、相棒のすげえ魔法やら、見たこともねえような化け物やらに驚かされっぱなしだったが、 こいつはなかでも一番の驚きだね」と。 「そう……。それにしてもあんた、≪虚無≫についてなにか知ってるみたいね」 もの問いたげな視線をデルフリンガーに浴びせながら、ルイズが言う。 「あんたたちに訊きたいことや言いたいこと、これから考えるべきことは山ほどあるけど、今は疲れたわ」 ルイズは君の差し出した手をとり、ゆっくりと立ち上がる。 「でも、あとひとつだけ確認させて」 「なんだね?」 「わたし、みんなを守れたのよね? シエスタとその家族を、わたしたちを歓迎してくれた村のみんなを」 君とデルフリンガーは、声をそろえてその通りだと答える。 「よかった……。わたし、やっとメイジになれた。民と国土を守るための力を持つ、本物の貴族になれたのね」 そう言ってルイズは、歓喜と安堵の入り混じった笑顔を見せる。 見ているだけでこちらも笑みが浮かぶ、いっさいの邪気のない心からの笑顔――いつも不機嫌そうにしている彼女が、初めて見せる表情だ。 「あ、あと、それからね。んっとね」 ルイズは急に君から視線をそらし、もごもごと呟く。 「その、あんたはよくやってくれたわ。ご主人様の命令に従って、しっかりわたしを守ってくれた。だから、その……」 君は黙って先をうながす。 「≪使い魔≫の忠誠には感謝と信頼を示さなきゃね。本当に、ありがとう……」 ささやくような声でそこまで言ったところで、頭上から強い風が吹きつける。 見上げると、タバサを乗せたシルフィードが君たちのそばに舞い降りてくるところだ。 ルイズはそそくさと君から離れ、≪始祖の祈祷書≫を鞄に押し込む。 遠くからはシエスタが、 「ミス・ヴァリエール! 使い魔さん! ご無事でしたか!」と叫びつつ駆け寄ってくる。 その後ろから歩いてくるのはキュルケと火狐のフォイアだ。三一八へ。 三一八 君とルイズが無事であることを確認したシエスタの喜びようは大変なもので、眼に涙を浮かべて、 「わたし、ミス・ツェルプストーといっしょに空からおふたりの様子を見ていたんです。家が崩れておふたりが怪物に呑みこまれてしまったときは、 もう駄目かと思いました。でも突然、小さな太陽みたいな光の玉が現れて、それがどんどん膨れ上がって、すごくまぶしくってなにも見えなくなって。 そして、眼を開けたときにはあの怪物は跡形もなく消えていました」と一息に言う。 いくらか落ち着いたシエスタは君とルイズをまじまじと見つめ、 「あの光はいったいなんだったんですか? ミス・ツェルプストーもあんな魔法は初めて見たとおっしゃっていました。 もしかして、ミス・ヴァリエールがあれを作り出したんですか?」と尋ねてくる。 君とルイズは、戸惑い顔で互いを見る。 あの光はルイズが≪虚無≫の魔法を使って生み出したものだと、シエスタに正直に告げてもよいものだろうか? 学院の授業で知ったところによれば、≪虚無≫は始祖ブリミルの時代以来失われていた、伝説の系統だ。 その伝説がよみがえったことが知れ渡れば、ルイズはたちまち渦中の人となり、二度と平穏を得られぬようになるのは火を見るより明らかだ。 口外せぬよう、強く釘をさせばシエスタから秘密が漏れることはないだろうが、問題はキュルケとタバサだ (少し離れたところでシルフィードも聞き耳を立てているが、君とタバサ以外の人間相手に言葉をかわすことはないようなので、心配ないだろう)。 「あたしも知りたいわね。怪物だけをきれいさっぱり消し去って、人にも家にも傷ひとつつけない魔法なんて聞いたこともないわ」 キュルケはそう言って君たちに歩み寄り、タバサも 「詳細を」と言って、 眼鏡のレンズ越しに青い瞳を輝かせる。 ふたりともあの光の正体を知りたがっているが、重大な秘密を打ち明けるには不安な点の多い相手だ。 キュルケ自身は信用に足る人間といってよいだろうが、ルイズの実家にとって永年の仇敵であるツェルプストー家の出身であり、 タバサにいたってはその素性さえ明らかではないのだ。 君は、キュルケたち三人にルイズが≪虚無≫の系統に目覚めたのだと、真実を告げるか(四七へ)? それとも、教えぬほうが得策だと判断して、作り話をでっちあげるか(一五二へ)? 一五二 君は、キュルケ、タバサ、シエスタの顔を順番に見回し、声を潜めて、これから言うことは絶対に他言無用だと告げる。 シエスタは緊張した面持ちで何度も大きくうなずき、キュルケは真剣な表情で 「始祖とフォン・ツェルプストーの名に誓って」と答え、 タバサはいつものように無言で小さくうなずく。 「ちょ、ちょっとあんた! わたしに許しもなく勝手に……」 焦った様子で抗議してくるルイズに君は、だんまりを続けて憶測にもとづいた噂を流されるよりも、すべてを打ち明けてから 秘密を守らせるほうがよい、と言い聞かせる。 「で、でも……。そりゃわたしだって、キュルケやタバサを信用してないわけじゃないけど……」 いまだ納得いかぬルイズに背を向け、君はおごそかに語りだす。 あの光は、自分の守護神である正義の女神、リブラが示したもうた奇跡だと。 「はぁ?」 キュルケとシエスタが同時に――ルイズもごく小さく――呆けたような声を上げるのにかまわず、君は話を続ける。 自分は祖国アナランドを救う英雄としてリブラに見守られており、どうにもならぬ窮地に陥ったときに助けを求めれば、 女神みずからが力を貸してくれるのだ。 あの光は女神の放つ純粋な善そのものの力であり、人間や建物にはまったく無害だが、邪悪と≪混沌≫にけがれた存在には致命的なものとなる。 しかしリブラの助けは今回が最初で最後だ、と君は語る。 ≪天の王宮≫の神々がむやみに地上へ干渉することは禁じられており、女神はもう助けに耳を貸してはくれぬ、と。 君が話すあいだぽかんと口を開けていたふたりは、こそこそと眼を見合わせる。 疑いの色が浮かんでいるように見える――ハルケギニアの常識からいえば荒唐無稽にすぎる話を聞かされたのだから無理もないが、 少なくとも話の半分は真実だ。 実際のところ、夜空に浮かぶ月の数さえ≪タイタン≫とは違うこのハルケギニアには大いなる神々の力も及ばぬため、 君はリブラの加護を得られぬ状態にあるのだが。 「そ、それじゃあ」 シエスタがおずおずと口を開く。 「使い魔さんは、その、始祖ブリミルとは別の――ひいおじいちゃんの国の神様の力を呼び出したっていうんですか?」 君は重々しくうなずき、このことがブリミルを信仰する僧侶たちに知られてしまえばただでは済まぬだろうから、 くれぐれも秘密を守るようにと念を押す。 「は、はい! 家族にも誰にも、絶対にしゃべりません!」 純真なシエスタは君の話を信じ込んだようだが、キュルケはいまだ半信半疑の様子で 「あなたのお国の神様、ねえ……」とつぶやき、 君の顔をじろじろと見る。 「とにかく、誓ったんだから秘密は守るわ。あなたたちが不思議な力で化け物を消し去ったってことは誰にもいわない。そうでしょ、タバサ?」 水を向けられたタバサはうなずくが、あいかわらずの無表情をたもっているため、君の作り話を信じているか否かをうかがい知ることはできない。 君たちがそうやって話しているうちに、南の森や東の丘に避難していた村人たちが戻ってくる。八〇へ。 八〇 タルブの村の一件から二日が経つ(技術点・体力点・強運点を原点まで回復させよ)。 青くきらめく鱗に覆われた風竜が、革の翼を力強くはばたかせて空を舞う。 風竜のシルフィードは魔法学院から一路南東へと向かっており、その背中にはふたりの人間が座っている――シルフィードの主であるタバサ、そして君だ。 君たちが向かう先は、トリステイン王国とガリア王国の国境地帯にあるタバサの実家であり、君は、延ばし延ばしになっていたタバサの家族を 治療するという約束を、ようやく果たそうとしているのだ。 シルフィードの背鰭を背もたれがわりにし、いつものように本の頁を見つめているタバサが相手では間が持たぬと考えた君は、シルフィードと 話をしてみることにする。 タルブに薬を取りに行ってからこの四日間、お前には世話になりっぱなしだなと語りかけると、竜は長い首を曲げて君を見つめ、 「これくらいお安い御用なのね」と答える。 「でも、村では大変だったのね。お船からなんだかわかんないけどすごく悪いものが落ちてきて、そいつが村に攻めてくるからみんなを遠くに 逃がしてたら、光がぴかっとひらめいて、あとにはなんにも残ってなくって。汚されたはずの土や風ももとどおり。 シルフィにはなにがなんだかさっぱりなのね、きゅい! ほんとにあの光はあなたが呼び出したのね?」 君は、いかにもそのとおりだと風竜の問いに答えながら、タルブの村での出来事を思い起こす。 避難先から戻ってきた村人たちの表情は、安堵と当惑が入り乱れたものだった。 村の建物の半数以上が倒壊したにもかかわらず意気消沈した様子がないのは、ひとりも死者を出さずに済んだためだろう。 彼らは家族や隣人たちが無事だったことを互いに喜びあい、村を襲った泥沼のような怪物と、それを消滅させた謎めいた光の正体をいぶかしむ。 村人たちは口々に君やルイズに質問を浴びせてきたが、君たちが知らぬ存ぜぬで押し通したため、村じゅうをさまざまな推論や噂が飛び交うことになった。 しかし、怪物が異世界から召喚されたすべてを汚染する邪悪の化身であり、それを打ち破った光が伝説の≪虚無≫だと言い当てた者はひとりもいない。 たとえハルケギニア最高の賢人がそこに居たとしても、タルブでなにが起きたかを正しく理解することは不可能だったに違いない ――それほど、常識の範疇を超えた出来事だったのだ。 翌朝、君たちが魔法学院に戻ると告げると、シエスタの父は 「また、いつでも来なさい。家はすぐに建て直してみせるから」と笑う。 村人たちに見送られて飛び立ったシルフィード(大勢の村人の避難に活躍した彼女とタバサは、まるで生き神のような扱いを受けた)が 学院に着いたのは、その日の夜のことだった。 「あ、湖! もうすぐお姉さまのおうち!」 シルフィードの弾んだ声を耳にして、君は眼下に拡がる風景を眺める。 遥か遠くに、陽の光を受けてきらきらと輝く水面が見える。 最初は小さな湖かと思った君だが、近づくにつれそれが、静謐な森に囲まれた驚くほど大きく、美しいものであることを知る。 君は、女神の聖地であるアナランド南部のリブラ湖を思い出す――大きさも美しさも、いい勝負だ。 やがてシルフィードは高度を下げ、湖から遠からぬ場所に位置する立派な――いくぶん古ぼけてはいるが――屋敷のそばに舞い降りる。一七九へ。 一七九 玄関で君とタバサを出迎えたのは、白いシャツと黒い上着、黒いズボンをまとった老人だ。 やせ細った体と皺だらけの顔の持ち主だが、驚くほどきびきびとした動きを見せる。 「お帰りなさいませ、お嬢さま」 老人はうやうやしく一礼すると、君たちを屋敷の中へと導く。 客間まで来たところで、君は奇妙な違和感を覚える。 この屋敷は、≪旧世界≫なら王侯の住まいと言っても通用するほどの立派な建物にもかかわらず、人の気配がまったく感じられず、また、 住人たちの生活の跡も見られぬのだ。 床はよく掃き清められ、置物や額縁にも埃ひとつないが、廃墟のごとくさびれた雰囲気が漂っている。 君は革張りの長椅子に腰をおろすが、タバサはなにも言わずにさっさと客間を出て行ってしまう。 当惑する君の前に、先刻の老人が茶と菓子の載った盆を持って現れる。 老人――ペルスランという名の執事――は上着と荷物を預かろうと申し出るが、君はそれを断り、館の主人に挨拶をしたいのだが、起き上がることも ままならぬ病身にあるのか、と尋ねる。 「さようにございます」 ペルスランは深くうなずく。 「奥さまは、いかなる熟達の≪水≫メイジにも癒せぬ、重い、重い病に蝕まれているのでございます」 そう語るペルスランの声は、怒りと悲しみに満ちたものだ。 君は名を名乗り、自分は遥か遠くの国から来た薬草医であり、今日はその病人のために来たのだと告げる。 自分の薬なら、その患者の病を治せぬまでも、症状をやわらげることくらいはできるかもしれぬ、と。 ペルスランはいくぶん疑わしげな眼で君を見る。 「異国のおかたでしたか。しかし、何人もの高名なお医者さまが手を尽くしましたが、奥さまの心を壊すあの呪わしい毒には……」 そこまで言ったところで一旦言葉を切り、思い直したように 「いや、お嬢さまが望みを託して連れてこられたおかたなのですから、私もあなたさまを信用いたしますぞ。なにとぞ、奥さまをお救いください。 お頼み申します」 口ではそう言っているものの、眼の前の老人が君のことを疑っているのは明らかだ。 魔法が絶対の価値をもつこの世界では、≪水≫の魔法に頼らぬ平民式の治療法など、うさんくさいものとしか思えぬのも無理はない。 しかし、これから君が使おうとしているのは≪水≫系統でこそないものの、れっきとした魔法なのだ。 ほどなくして戻ってきたタバサは 「ついて来て」とだけ言うと長く暗い廊下を先に立って進む。 突き当たりにある樫材の扉をノックするが、応えはない。 かまわずタバサは扉を開け、君たちはいささか殺風景な部屋に足を踏み入れる。 部屋の中心にはテーブルと椅子が一脚置かれており、部屋の隅の寝台には女がひとり横たわっている。 その女は骸骨のようにやせ細っており、髪は伸び放題。 骨ばった手に、傷んでぼろぼろになった布製の人形をつかんでいる。 骨と皮だけのその面相を見た君は相手を老婆かと思うが、よく見ればそれはまだ中年の女だ――まだ四十を越えてさえおらぬようだ! 女は、狂人めいたぎらぎらと光る眼で君たちを睨み、しわがれた声で叫ぶ。 「あなたがたは何者です!」と。 タバサは落ち着いた様子で女に 「母さま、こちらが先ほどお話ししたお医者さまです」と君を紹介するが、 相手は聞く耳を持たない。 「わかっています、わたしからシャルロットを奪いに来たのでしょう! 下がりなさい、この子は誰にも渡しません!」と叫んでからすぐ、 手にした人形にそっと囁く。 「ああ、ごめんなさいねシャルロット。やっと寝付いたところだったのに、起こしてしまって」 女の挙動を眺めていた君の背筋を、冷たいものが走る。 タバサの言葉から判断するに、寝台の上の相手は彼女の母親らしい。 しかし、完全に気がふれてしまっている女は、自分の娘を娘と認識できず、かわりにもの言わぬ人形を愛でているのだ! ペルスランは『奥さま』――タバサの母親――が毒に侵されていると言ったが、人間をこのようなありさまにまでおとしめる恐るべき毒など、 君は聞いたこともない。 これが何者かに毒を盛られた結果なのだとすれば、その犯人は≪奈落≫の魔人どもにも匹敵する冷酷で残虐、卑劣な輩に違いない。 「この子の父親を奪っただけでは飽き足らず、シャルロット自身にまで手をかけようとは……なんとおそろしい! わたしたちにかまわないで!」 怯えた声でわめき散らすこの女を治療するためには、まずはおとなしくさせねばならない。 病魔に侵された体にたいした力は残されておらぬだろうが、暴れられては貴重な薬を無駄にしてしまうおそれもある。 君は力ずくで女を押さえつけるか(二五六へ)、それとも術を使うか? FOF・三五五へ DIM・三三九へ NEM・三九七へ SUS・四〇七へ NAP・四六一へ 四六一 体力点一を失う。 真鍮の振り子は持っているか? なければこの術は使えぬため、一七九へ戻って選びなおさねばならない。 真鍮の振り子を持っているなら、取り出して術を使い始めよ。 女は振り子の動きを眼で追っている。 さんざん叫んでいた声が止み、動きがぴたりと止まる。 振り子はゆっくり前後に揺れ、相手はしだいに引き込まれていく。 女がまもなく眠り込んでしまったので、次の術にとりかかるべく背嚢をさぐる君の耳に、どさりとなにかが床に落ちる音が飛び込む。 慌てて振り返った君が見たものは、床に倒れこんだタバサの姿だ。 何者かの襲撃かと扉を、ついで開け放たれた窓を見るが、敵らしきものの姿はない。 デルフリンガーに敵の姿を見なかったかと尋ねると、 「相棒、その青髪の娘っ子が倒れたのはお前さんのせいだぜ」という答えが返ってくる。 君は屈んで、動かぬタバサを調べてみる――すやすやと寝息を立てている! どうやら、彼女は好奇心から君の真鍮の振り子を見つめ、術の影響を受けてしまったのだろう。 君は苦笑を浮かべながら彼女をそっと抱え上げると、母親の隣に横たえる。 歳相応のあどけない寝顔をしばらく見つめていた君は、ブリム苺のしぼり汁の入った瓶を取り出し、栓を抜く。 本来、ハルケギニアには存在せぬはずの果実の、強烈な匂いが鼻をつく。 君はゆっくりと確実に呪文を唱え、瓶のなかの液体にDOCの術をかける(体力点一を失う)。 眠る女の唇をこじ開け、少しずつ慎重に水薬を流し込む。 君の術によって効き目を増した薬が、人の心を壊す恐るべき未知の毒に打ち勝てるかどうかはわからない。 君は心の中でリブラに祈る――我が術に力を与えたまえ、この哀れな女を救いたまえ、と。 ようやく飲みくだした女の喉が、ごろごろと鳴る。 見守るうちに女の蒼白の顔に赤みが戻ってくるが、その心までもが癒やされたという確証はない。 眼を覚ましたときに、彼女の心をさいなむ恐怖と苦痛が消えていればよいのだが。 君は椅子に座り、テーブルに頬杖をつく。 やるべきことはやった。 あとはタバサの母親が目覚めるのを待つだけだ。七一へ。 七一 タバサの母親に薬を服ませてから、一時間近くが経つ。 母親より先に目覚めたタバサは、傍らに横たわるいくらか血色のよくなった母親の顔を驚きの表情で見つめ、次に君の顔をじっと見据える。 君が、彼女の肉体はともかく、心のほうが治ったかどうかはまだわからぬと告げると、彼女は小さくうなずく。 見れば、雪のように白い肌はほんのり赤みが差し、泉のように青く澄んだ瞳はわずかにうるんでいる。 タバサはなにかを言おうとするが、その頬を一粒の滴が流れ落ちていることに気づき、ぱっとそっぽを向く。 血の通わぬ石像のようだった彼女が見せる、明らかな感情の表れを前にして、君は驚きに言葉を失う。 しばらくして、君たちはふたりとも落ち着きを取り戻す。 いつもの調子に戻ったタバサは、そっと口を開き、君に言う。 「…ありがとう」と。 「あなたはシルフィードに乗って学院に戻って。わたしはここに残って、経過を見る」 タバサの思いもよらぬ言葉に君は、自分もこの屋敷に残るべきだ、と抗議の声を上げる。 自らの術が成功したか失敗したかもわからぬままでは、寝覚めが悪いというものだ。 「母さまはいつ眼を覚ますかわからない。でも、ミス・ヴァリエールからあなたを借りられるのは一日だけ。そういう約束」 タバサは淡々とした調子で言う。 「学院に戻ったら、必ず結果を知らせる。今日は帰って」 彼女が君を追い出しにかかる理由はルイズとの約束だけではあるまい、と君は考える。 タバサは自身が感情をむき出しにするところをこれ以上、他人である君に見られたくはないのだ。 目覚めた母親を前にしたとき、いつものように感情を抑えられる自信がないのだろう。 今回の治療でタバサとの距離が少しは縮まったように感じられたが、彼女は依然として頑なだ。 彼女は、その小さく華奢な身体にどれほどの重荷を背負っているのだろう? どのような苦悩が、少女の心を凍てつかせているのだろうか? 君はどうする? タバサの母親が眼を覚ますまで、この屋敷から一歩も出ないと言い張ってもよいし(九五へ)、学院で君の帰りを待つルイズの(そしてタバサの)機嫌を損なわぬよう、 言われたとおりに外に出てシルフィードのもとへ向かってもよい(二二四へ)。 前ページ / 表紙へ戻る / 次ページ
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百八話「MONEY DREAM」 宇宙商人マーキンド星人 登場 才人たちがタバサを救出するためにガリアへ侵入する手筈を整えていた頃、当のタバサは ガリア王国のアーハンブラ城に身柄を移されていた。エルフの土地である“サハラ”との 国境近くにある、ガリアの古城だ。タバサの母も同じ場所に連れられてきていて、眠らされていた。 現在のタバサは、杖は取り上げられているものの、虜囚の身になったとは思えないほど 自由にされていた。だが、城より外へ逃げ出すことは出来ない。城に在中するガリアの兵士たちに、 そして何より、タバサを下したエルフ――ビダーシャルに監視されているからだ。 ビダーシャルは何らかの目的があり、ガリア王ジョゼフに協力しているという。そしてビダーシャルは、 ジョゼフの要望により、母の心を狂わせた薬を作成中であった。――もちろん、タバサに飲ませるものだ。 このままだとタバサは、後十日ばかりで、死んでいるのと変わりないような状態にされてしまうのだ。 そうと分かっていながらタバサは、既にあきらめの境地にあった。万全の状態でもまるで 歯が立たなかったエルフ相手に、母を連れての脱走が出来るはずがない。逃げたシルフィードが 才人たちに助けを求めに行って、彼らが自分を助けようとガリアという大国を敵に回してしまう のではないかということだけが唯一の心配事であった。 タバサは自分に残されたわずかな時間を、眠ったままの母と一緒にいることに費やすことに決めた。 母のベッドに腰掛け、ビダーシャルの持ってきた本の一冊のページをゆっくりとめくっていく。 『イーヴァルディの勇者』。ハルケギニアの平民の間で広く読まれている冒険活劇だ。 自分も、イーヴァルディのようにいくつもの冒険をしてきたものだ。だがその幕切れは こんな形であった。ファルマガンとジルとの約束を果たせなかったことは残念であるが、 最早どうしようもなかった。 タバサは己の経験した冒険を回想した――。 今度のタバサの任務は、いつものような荒事ではなかった。ガリアのベルクート街に新しく 出来た賭博場に、貴族平民問わず多くの人間が入れ込んでいるのだという。その中には王宮で 働く者も少なくなく、賭け事に熱中してろくに働かなくなる者が日に日に増加していき、 しわ寄せを食らっている王宮が悲鳴を上げているとのこと。その問題の賭博場の人を惹きつける カラクリを暴き出し、潰してくるのがタバサに与えられた使命であった。 そしてタバサは、ド・サリヴァン伯爵家の次女、マルグリットと名を偽って、問題の賭博場に 臨もうとしていた。 「おねえさま、今度の任務は荒っぽいのじゃなくてよかったってシルフィ思うの。おねえさまが 怪我しないのは、シルフィにも嬉しいことなのね!」 最近のガリア貴婦人の間で流行している男装姿のタバサにつき従う、次女の格好のシルフィードが ウキウキしながらそう言った。 「怪しい賭博場の秘密を暴け、ってことだけど、どうせそんな場所に大した秘密なんてないのね。 人間なんて欲望にコロッと流されちゃうものだし、みんながみんな遊び好きのろくでなしってだけ なのね。あッ、もちろんおねえさまは別よ? で、そんなお馬鹿さんを引っかけるつまんない カラクリを暴き出すことくらい楽勝なのね~、きゅいきゅい」 上機嫌にまくし立てるシルフィードだが、極秘の任務の内容を口に出すわ、人間として不自然な ことを並べるわ、とひどいありさまなので、タバサに杖でポカポカ叩かれた。 「いたい、いたいよう」 「静かに」 「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしゃべらないのね。きゅい!」 そんなこんなでやってきた場所は、一軒の宝石店。しかしそこが件の、地下賭博場の入場口なのであった。 タバサは事前情報にあった合図を示すことで、宝石店から地下へ続く秘密階段を下り、 賭博場の扉の前まで来た。 横の小さなカウンターの前に立つ黒服の執事が、タバサに恭しい態度で告げた。 「貴族のお客さまでいらっしゃいますか。では、こちらで杖をお預かりします」 隣に立った、シルフィードが、心配そうにタバサの顔を覗き込む。杖を預けることは、 雪風のタバサがただの女の子になってしまうことを意味しているのだ。 タバサは、動じた風もなく、杖を執事に渡した。 ドアマンが扉を開くと、中からどっと、眩い光と人々の喧騒、酒とタバコの匂いが溢れてきた。 「地下の社交場、“天国”へようこそ!」 入り口をくぐったタバサに、きわどい衣装に身を包んだ女性がしなだれかかった。接客係のようだ。 「まあ! こんなお小さいのに! 坊ちゃん、誰かの付き添いで来たの?」 タバサは首を振った。 「あら、よく見たら、女の子じゃないの! どこの商家のお嬢ちゃんだい? どっちにしろ、 ここは子供の来るところじゃないよ!」 女がそう叫んだら、奥からでっぷりと太った中年男性が現れた。人当たりのよさそうな 商人風だが、目が笑っていない。 「ばかもの。貴族のお嬢様と、商人の娘を間違えるな」 男は女を叱りつけると、奥へと下がらせた。 「接客係の失礼をお詫び申し上げます。当カジノの支配人である、ギルモアです」 タバサは男に関心を払わずに、辺りを見回した。サイコロ、カード、ルーレット等、様々な賭け事が 絶えず行われ、大勢の人間が群がっている。情報の通りの賑わい具合であった。 「どうしてこんな地下にカジノを造ったのだ? といった顔をされてますな? いやなに、 こんな商売をしている内に、顔色で思っていることが分かるようになりましてな」 ギルモアという男が言葉を続けた。 「知っての通り、カジノは合法ですが、賭け金に上限が定められています。しかし当カジノは、 裕福な商家の旦那様や、名のある貴族の方々にも満足いくような賭け金を設定させていただいて おるのです。従ってこんな細々と営業させていただいている次第。そして当カジノは、他の賭場には ない特色がもう一つあります。――お客さまにいつまでもお遊びいただけるシステムをご用意しております」 初めて、タバサがギルモアに顔を向けた。 「ご興味を持たれましたな。そのシステムというのは、賭博とは別に、少々の労働と引き換えに 資金を稼げるというもので、これ故に当カジノに来られるお客さまは、たとえ賭けに失敗されても、 いつまでもお財布の底が尽きないのでございます。まさにこの世の“天国”! 夢のような場所と 自負しております」 そうやっていつまでも客を離さないのが、このカジノの秘密の一つか。だが、その「少々の労働」とは どういうものなのか? 「まぁ詳しいことは、後でのお楽しみということで……」 まずは賭け事を始めろ、とギルモアは暗に言っていた。だがその前に、タバサに一つ尋ねた。 「安心が第一の当カジノ故、慎重を期すために、お名前を伺っております」 「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」 「ありがとうございます。マルグリットお嬢さま、今日はどのようなゲームでお遊びですかな?」 タバサが選んだのは、サイコロを使った賭博だった。それが、タバサの魔法も暴力も使わない 冒険の始まりだった。 タバサは始めの内は、レートの下限ギリギリを黙々と張っていた。しかし十五回目の勝負で、 ディーラーの手つきを微妙な動きを見切ったことで大金を張り、見事に勝利した。そんなことを 繰り返して、タバサは数時間後にはチップの山を積んでいた。周りの人々が自分の賭け事を忘れ、 ギャラリーを作ったほどだ。 夜も更け、最初百エキューだったのがおよそ一万数千エキューのチップになった頃に、 ギルモアが揉み手をしながらやってきた。 「お嬢さま……これはこれは大変な大勝でございますな。さて、そろそろ夜も更けてまいりましたが……」 どうやらタバサは店の予想以上の大勝をしたようだ。このまま勝ち逃げされては困る、 との響きが混じっている。ここからが本当の勝負ということであった。 「続ける」 と返すと、ギルモアの目がわずかに細くなった。指をぱちん、と弾くと、サイコロのシューターが ほっとしたような顔で奥へ消えていった。 「申し訳ありませんが、このテーブルは、シューターが体調を崩してしまったので、お開きと させていただきます。さて、そろそろ小さな賭け額にも飽きた頃ではございませんか?」 ギルモアの持ちかけてきた勝負をもちろん受けるタバサだが、その前に集中力を回復するための 休憩を申し出た。 豪奢な別室に通されたタバサに、ついてきたシルフィードがヒソヒソ声で尋ねかけた。 「それでおねえさま、肝心のここを潰す方法って思いついたの?」 コクリ、とうなずくタバサ。 「この賭博場は、間違いなく、何らかのイカサマをしてるはず。それを見つけて、客たちに教える。 それで終わり」 タバサは賭けをしながら、カジノの様子を観察していた。その結果分かったのは、今のタバサのように、 大勝をした客はギルモアたちに目をつけられ、個室での賭けに誘い込まれた。そして誰も戻ってこなかった。 何故戻ってこないのかまでは分からないが……勝ち負けが決まっているギャンブルなどありはしない。 それはつまり、ギルモアは確実にイカサマをしているということだ。 「なるほど。で、おねえさまは、早速そのきっかけを見つけたって訳ね?」 タバサが今度は首を横に振ると、シルフィードはため息を吐いてタバサの頭をぐりぐりとかいぐり回した。 「お前はほんとに使えない小娘ね。ちゃっちゃと任務を終わらせて、買ったお金でシルフィに お肉を買うのが裏の任務なのね。では、シルフィが何とかしてあげるのね! イカサマとやらを 見つけてあげるのね! きゅい!」 タバサはシルフィードをじっと見つめると、言い放った。 「あなたには無理。今回は頭脳戦」 「それはつまり、シルフィの脳が足りてない、と言いたい訳なのね?」 「そうは言ってないけど、近い」 きゅいきゅいきゅい! と抗議の声を上げるシルフィード。 「こ、この、古代種のシルフィを捕まえて、足りてないとは上等なのね!」 「……ゲームでイカサマを見つけることは、いつもの戦いとは全く違う」 「シルフィだって、お役に立ちたいのね」 「気持ちだけもらう。大人しくしてて」 「なによなによ。バカにして。つまんない! つまんない! ちょっと散歩でもしてくるのね!」 気分を害したシルフィードが廊下に出ていった後で、外から扉がノックされた。 「誰?」 「給仕のトマです。お嬢さま、飲み物を持って参りました」 「入って」 ドアが開き、スマートな青年が入ってきた。しかし彼は、ワインの壜とグラスをテーブルに置いても、 部屋を出ていかなかった。 「失礼とは存じますが……お嬢さまは、名家のお生まれではないですか?」 と問うたトマの切れ長の目には、タバサは覚えがあった。わずかなタバサの変化を、 トマは見逃さなかった。 「お久しぶりでございます。シャルロットお嬢さま」 「トーマス」 「そうでございます。オルレアンのお屋敷で、コック長を務めさせていただいていたドナルドの息子、 トーマスでございます。シャルロットお嬢さまが、あの扉から現れた時には、跳び上がるほどびっくり致しました」 タバサの頭に、懐かしい記憶が蘇った。トーマスは手品が得意で、シャルロットはそれを見て いつも朗らかに笑っていた……。 昔懐かしいトーマスは己の来歴を語った。オルレアンの家が取り潰しになった後は、使用人も 散り散りとなり、トーマスも父を亡くしてからごろつきのような暮らしを送っていたが、ギルモアに 拾われてここで働くようになったのだという。 「さて、そんなお懐かしいお嬢さまに、ご忠告です」 「忠告?」 「はい。ここに先ほどのチップの九割を手形に変えたものを持って参りました。これをお持ちになって、 裏口より逃げて下さいませ」 「どうして?」 「さる事情があって、それは言えませぬ。ただ、この後のゲーム、お嬢さまは決して勝てない 仕組みになっております」 「理由を教えて」 トーマスの目の色に嘘はなかったが、それでもタバサは理由を求めた。トーマスは困ったように 首を振ったが、タバサが納得しないと思ったのか、話し始めた。 「この賭博場は……店名にあるような“天国”とは言えませぬ。むしろ……」 「むしろ?」 「……いえ、言葉が過ぎました。たとえるならば、喜捨院なのです。富んでいる者から金を巻き上げ、 貧しい人々に配る目的で作られた賭博場なのです。従って、お金をお持ちの方は必ず負ける、そういう 構造になっております」」 「誰が作ったの?」 「ギルモアさまでございます」 あの欲深そうな支配人が、トーマスの言ったような喜捨院を作るとは思えないが……タバサは 口には出さなかった。 「そのような訳で、勝った一割は、貧しい者への施しとお諦め下さいませ。残りは私の裁量にて お返し致します。それでご勘弁下さいませ」 トーマスは心からタバサを心配してそう配慮してくれたのだが、儲けて帰るのがタバサの 目的ではない。彼には悪いが、タバサはその後のギルモアとの賭け勝負に挑んだのであった。 だが、万全の心構えで挑んだにも関わらず、タバサはギルモアの仕掛けたイカサマのタネの、 糸口も見つけることが出来なかった。単純なカードのゲームで、カードに仕掛けは見当たらず、 カードを切る役もゲームの場所選びもタバサがやったにも関わらず、タバサは負け続けた。 一時間も経たずに、タバサは先ほどの勝ち分を全て溶かしてしまった。 タバサのチップを全て奪ったギルモアは、至極満足げに告げた。 「さて、お嬢さま。どうやらチップがなくなってしまったようですが……これ以上お続けに なるのなら、新たにチップを買っていただかなくては」 タバサは首を振った。 「おやおや、それではゲームは続けられませんな。しかしご安心を! このような場合に、 私めが先ほど申し上げた『システム』がご有用となるのです」 とギルモアが言った途端、トーマスの表情が一気に青ざめた。 「ぎ、ギルモアさま。マルグリットさまはまだ幼くいらっしゃいます。あの『仕事』をお勧めするのは……」 「控えろ、トマ。それをお決めになるのはお前ではない、お客さまだ。さてお嬢さま、新しくチップを お買い求めなさるためのお仕事を受けられますかな?」 ギルモアの申し出に、タバサは迷うことなくうなずいた。 イカサマのタネを暴けないのは非常に悔しいが、その『仕事』なるものの正体も確かめなければ なるまい。……トーマスがあんな反応をしたのだ、真っ当なものではない。 「結構でございます。ではお嬢さま、ご案内しましょう」 ほくそ笑むギルモアと、力なく肩を落とすトーマスにタバサがついていこうとした時、 それまでどこに行っていたのか、シルフィードがようやく駆け戻ってきた。 「おねえさま、待って!」 「おやおや、お連れさまではございませんか。彼女もご一緒されますか?」 タバサはシルフィードとギルモアを見比べ、シルフィードに向かって言いつけた。 「黙ってついてきて」 シルフィードは何かを伝えようとしていたが、タイミングが悪い。今はカジノの秘密を 確かめるのを優先した。 「でも、おねえさま! シルフィはさっき……」 「今は大事な局面。後で聞くから」 タバサがじっと目を見据えると、シルフィードはしぶしぶ押し黙った。 「お話しは済みましたでしょうか? それではこちらです」 ギルモアが先導していった先は、地下カジノの更に地下に続く階段。それを下りた先の、 絢爛としたカジノとは打って変わって寂しい光景の地下室に待っていたのは、四角いレンズの 眼鏡を掛けた一人の男だった。 「おっと、ギルモアさん。また新しいお客さまですか? おやまぁ今度は随分と小さいお嬢さんで」 「うむ、ド・サリヴァン家のマルグリットお嬢さまだ。例によって、ここから先の案内を頼むぞ、タマル」 タマルと呼ばれた男は、ギルモアと対等の立場のように会話をしていた。カジノの先にある 地下室を担当しているようだが、カジノの業務員ではなく外部の人間らしい。 「はいはいかしこまりました。それではお嬢さま方、ここから先の作業場に関してはこの不肖 タマルがご案内致します」 ギルモアから任されたタマルが、どこかおどけたような態度でタバサたちにお辞儀した。 「それでは早速、ご説明をば。上でおおまかな説明をお聞きになったとは思いますが、ここより先で していただくのは賭けではありません。対価を得るための労働でございます。なぁーにそんな難しいことを させたりはしませんとも。ここで稼いだ賃金は、そのまま自分のものにするのも良し、上のカジノで またお遊びなさる資金にされるのも良しでございます。まぁ、ほとんどの方はカジノに舞い戻られますがね」 弁舌を振るいながらタマルは、タバサとシルフィードを一つの扉の前まで連れてきた。 「作業の内容は二種類ありまして、どちらを選ぶかはお客さま次第でございます。賃金は安いけれど 『リスク』のないお仕事と、高いけれど『リスク』のあるお仕事」 「危険(リスク)……?」 タバサとシルフィードは怪訝な顔となった。 「まぁまぁ大したものではありませんけどね。ご覧になってからお決めになって下さいな。 それではこの扉の先で行われているのが前者の、安いけれどリスクのない仕事でございまぁす」 タマルが扉を開けた先に広がっていた光景は……タバサたちに目を疑わせるようなものだった。 広い部屋の奥に巨大な鋼鉄の装置が鎮座していて、それからは太いコードが何本も伸びている。 備えられた三つのガラス窓から見える輝きは……火だろうか? 博識のタバサでも、その装置が 何なのかは皆目見当がつかなかった。 そして装置の周りに、全身を覆うハルケギニアには見られないような材質の服で身を包んだ人たちが、 何らかの作業を行っている。どうやら、装置を組み立て拡張する作業のようだ。 「基本的には、あれを作る仕事でございます。この仕事は主に平民がやってますね。カジノとは 関係ない、地上で職にあぶれた方々も招いて働いてもらってるんですよ。やっぱり人間、働いてないと いけませんからねぇ」 「えッ、ちょっと……『あれ』は何なの?」 唖然としているシルフィードが尋ねたが、タマルは意外そうに聞き返した。 「おや、知ってどうなさいます?」 「い、いや、何なのかも分からないで作るなんておかしいのね」 「左様ですか? そのようなことを言われたのは初めてですがねぇ」 タバサとシルフィードは思わず目を合わせた。 「まぁこの仕事は肉体労働なので、元より貴族の方には人気がないですし、お嬢さまの体格的にも 向いてないですね。お二人には、もう一つの方をお勧めします。お若いし打ってつけですよ」 ここでの説明を適当に切り上げ、更に奥の部屋へ案内していくタマル。だがその途中で、 タバサが呼び止めた。 「待って」 「おや、まだ何か?」 「……さっきの装置は、どこの国の技術が用いられてるの?」 「ああ、それはゲルマニアの最先端の工業技術で……」 「嘘」 タマルの言葉を、きっぱりとさえぎるタバサ。 「ゲルマニアの友人がいるから分かる。ゲルマニアの工業力でも、あれほどのものを作れるとは 考えられない。……あなたは、ハルケギニアの人間じゃない」 ハッと息を呑むシルフィード。一方で、タマルは面白そうに口の端を吊り上げた。 「お嬢さまは鋭いですねぇ。私の正体に自力で気がついた人は、あなたが初めてですよ」 そう言ったタマルの半身が歪み……一瞬だけ昆虫型の怪人のものとなった! タバサの推察通り、タマルはハルケギニア人ではなかった。はるか宇宙の彼方よりやってきた、 マーキンド星人という種族である。 「おねえさまッ!」 咄嗟にタバサを背でかばうシルフィード。今の杖のないタバサでは、宇宙人には太刀打ち出来ない。 しかしタマルに攻撃の意思はなかった。 「おっと何か勘違いされてるようですが、あなた方に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも ありませんよ?」 「え?」 「私はその辺の粗野な侵略者とは違う、生粋の商売人でございます。正体を知られたから、 何かする気なんて毛頭ありませんよ。素性なんてものは商売に関係ありませんでしょう? 砂漠の国境付近では、エルフとも貿易が行われてるではないですか」 知った風な口を利くマーキンド星人だが、タバサたちは警戒を解かない。それで肩をすくめる マーキンド星人。 「まぁそう固くならないで、商売の話に戻りましょう。いよいよこの先が、お嬢さま方に お勧めする、賃金が高いけれどリスクのあるお仕事でございますよ」 突き当たりの、二つ目の扉を開くマーキンド星人。その先に見えたものに――タバサたちは、 今度は言葉を失った。 部屋には大きなドーナツ状の円卓があり、その周囲に大勢の人間が椅子に座ってぐったりと 力を失っている。そして円卓の中央には……黄色く輝く巨大なエネルギーが浮遊していた。 エネルギーの塊は、ここにいる人間たちから吸い出されたもののようであった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略) どこまでも抜けるような青空の中、二機の『竜の羽衣』と鋼の乙女が飛ぶ。 飛行高度は二千メイル。今までとは違い、トリステイン空軍にも、 陸軍にも、何ら遠慮することはない。 高度を上げないのは、ルイズが乗っているからだ。専門の訓練を受け、 日常的に鍛えている少女たちとは違い、また鋼の乙女ふがくに抱かれて 飛んだときとも違い、高度差による気温の低下と大気圧の低下は、ルイズには あまり良いものではなかった。それに加えて触っても動作しないようには されていても後付けの操縦桿とフットペダルなどがある後席の圧迫感は、 慣れないルイズにはあまり居心地の良いものではない。 「それにしても、マミの髪型は前の方が絶対良かったよ」 『それがね、本来銃士隊に入隊したら髪を切らないといけないの。 ただ例外があって、上官の許可を得ればこうやってお下げにしたり 三つ編みにすることで伸ばすことができるの』 「アニエス姉さんらしいなぁ……。ふふっ。アニエス姉さんも、髪を 伸ばしたらいいのに。 でも、『許可』って、そう簡単に取れるものなの?」 『ああ、それ?訓練弾装填済みのマスケット銃を十挺ほど用意させて もらって、うちのエミリー小隊長と一対一の勝負して勝ったわよ。 そういう条件だったから』 「あはは……マミらしいや。昔っから銃の扱いうまかったしね。 『魔弾の舞踏』っとか」 『ちょ、ちょっとシエスタ!そんなこと今思い出さなくてもいいじゃない!』 「あはは」 二機の『竜の羽衣』、複座零戦と震電を操るシエスタとマミの会話が弾む。 ルイズはシエスタがここまで楽しそうに会話をしているところを見たことがない。 レシーバーを通じてルイズにも二人の会話は聞こえているが、それが突然 聞いたこともないものに変わる。 『……ところでシエスタ』 「……何?突然」 マミがトリステイン訛りの『日本語』で話しかけてきたのに、シエスタは 合わせる。 『あなた、キョウコやサヤカがまだ生きていた頃、夢の中で白い変な 生き物が出てくるってよく言っていたわね。その夢、今でも見る?』 「ああ、それ?うーん……そう言われてみれば今は見なくなったかな? わたしも大人になった、ってことかな?あはは」 シエスタのやや困惑した答えを聞いて、マミは安堵する。 『そう。それならいいの。ごめんなさいね。変なこと聞いて』 「二人とも何話しているのよ!?」 意味の分からない言葉のやりとりに業を煮やしたルイズが割り込んでくる。 そこにふがくも入ってきた。 『何って、日本語で話していただけじゃない。ちょっと訛ってるけど』 「『あ』」 ふがくのその言葉に、シエスタとマミは同時に、しまった、という声を出す。 任されているのか管制の気配がないあかぎだけでなく、このふがくも 大日本帝国の鋼の乙女。当然日本語は理解できるということを二人は 失念していた。 それを聞いて、ルイズは疎外感を禁じ得ない。自分だけが理解できない 世界というものが、これほど寂しいものだとは思わなかった。 (ふがくが召喚されたばかりの時って、こんな感じだったのかな……) ルイズはその言葉を飲み込んだ。二人はもう日本語で話すことはなく、 聞き慣れたハルケギニア公用語のガリア語で話している。それが自分への 配慮だということは聞くまでもなかった。 ルイズがそんな感情を抱くよりしばし時をさかのぼり――あかぎは タルブの村の墓場の森にいた。 「さあ、出ていらっしゃい」 両腕の飛行甲板を広げ、戦闘態勢を取るあかぎ。相手に影響を与えない 程度に展開した電探の網が、そこに隠れる誰かを捉える。いや、あかぎには その『誰か』の一人は分かっていた。しかし、そこにいる理由を考慮すると、 それを否定したかったのはあかぎ自身だったのかもしれない。 「きゅ、きゅいぃ~」 歴戦の軍人の放つ容赦のない気配に気圧された相手の一人が、堪えきれずに 声を出す。それで諦めたのか、離れた場所の茂みに隠れていた影が二つ、 あかぎの前に姿を現した。 「あなたは……タバサちゃんだったわね。そっちの子は初めて見る顔……かしら?」 そう静かに言うあかぎ。その視線はタバサを捉えて離さない。笑顔の 下に隠された、押しつぶされそうな重圧感に、タバサは耐える。 「どういうことか説明してもらえるかしら?」 「…………」 あかぎの言葉にタバサは無言で返す。そして、杖を構えた。その態度に、 あかぎは小さく溜息をつく。 「……そう。それが答え、ね。残念だわ。それなら、ちょぉっとお灸を 据えてから改めて聞くことにしましょうか」 そう言ったあかぎの飛行甲板の昇降機が激しく動き出し、艦載機―― 濃緑色の翼をきらめかせる戦闘機の精霊が次々と発艦する。それを見た シルフィードが悲鳴に近い声を上げた。 「きゅいっ!?お姉さま!み、見たこともない精霊なのね! それも、かなりの強さなのね!」 (『お姉さま』?確かに、タバサちゃんと似たところもあるけれど…… この感じは……?) シルフィードが韻竜だと知らないあかぎはその言葉に敏感に反応した。 そのわずかな隙を逃さずタバサは呪文を唱える。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」 瞬く間に何十もの氷の矢が出現し、あかぎに向かって放たれる。 タバサの二つ名『雪風』を象徴するトライアングル・スペル『氷の矢』(ウィンディ・アイシクル)。 今まで幾度となく死の淵からタバサを生還に導いた必殺の一撃は、 狙い過たずあかぎに迫る。 「くっ!」 あかぎは左腕を一振りし、飛行甲板に装備された連装機銃群で迎撃する。 高角砲までは使わなかったが、ハルケギニアの常識の埒外の弾幕は 氷の矢をすべて破壊するだけでなく、タバサとシルフィードの脇をすり抜け 後ろの木々をなぎ倒す。二人に一発も当たらなかったのは幸運と 言うほかない。一歩も動けなかったタバサの腋を冷たいものが、そして 太ももを嫌な感触の生ぬるいものが伝った。 「きゅ……きゅいぃぃ……」 (動けなかった……。いや、違う。『動かなかった』から、助かった……?) あまりのことに脳がオーバーヒートして硬直していたシルフィードが へたり込み、タバサは唇を噛む。情けをかけられたと思ったからだ。 実際、戦闘が始まってから、あかぎは一歩も動いていない。 それがタバサのプライドをいたく刺激する。 「ふう。危ない危ない。空母の対空砲火を抜くには、もうちょっと 足りなかったわね。 もう一度聞くわ。どうしてあなたたちがまだここにいるのか、それを 教えて」 「……あなたにこんなに簡単に見つかったのは予想外。どうしてかは 分からないけれど。でも、わたしも、果たさなければならない使命が あるから」 「そう。なら仕方ないわね。……みんな、お願いね」 あかぎのその言葉に応えるように、先程発艦した攻撃隊が舞い降りて 掃射を開始する。下草が爆ぜ、木々の幹がえぐられる中、タバサと シルフィードは避け、伏せ、転がって攻撃を必至に躱した。途中で タバサの眼鏡がどこかに吹き飛んだが、そんなことに構っている余裕など、 二人にはなかった。 (呪文を唱える隙が……ない) 這いつくばり、爆ぜる下草の青臭いにおいが鼻をつく中、タバサは 己の失策を悟った。あかぎの両腕の巨大な盾から精霊が飛び出した時点で、 もう自分たちの敗北は決定的だったのだと。あれを飛び立たせては いけなかった。森の中という地の利すら無視した全方位からの攻撃に さらされ、よしんば攻撃魔法が完成したとして、あの両腕の盾に並ぶ 放列の弾幕は脅威という言葉すら生ぬるい。事実、自分たちはあかぎを 一歩も動かすことができずにいる。しかも、まだ左脚の脚甲に装備された 六門の砲は戦闘開始から沈黙したまま。全力を出していない相手に 翻弄される自分が情けなく、口惜しかった。 (これが、鋼の乙女の実力……) タバサはニューカッスルで起こったことを知らない。 もし知っていたならば、鋼の乙女との戦闘は全力で避けただろう。 無様に地面を転がって、このまま死んでしまうのか――そう思ったとき、 シルフィードの悲鳴が上がった。 「きゅいぃぃぃ!」 あかぎの艦載機に腕を撃ち抜かれ、吹き飛ばされるように樹にぶつかる シルフィード。あかぎが本当に全力で殺す気だったなら、その程度どころか 今頃吹き飛ばされてなくなっていたはずの右腕は、まだつながったまま 鮮血を吹き出す。そのはずみで彼女の姿を欺いていた『変化』の魔法が解ける。 気を失い、竜の姿に戻ったシルフィードを見て、あかぎは目を丸くした。 「あらあら~。さっきの子は、あなただったの~?」 驚くあかぎ。だが、攻撃の手は休めない。攻撃隊の掃射は続き、 やがて地面を転がるタバサは何か硬いものにぶつかった。 「…………!」 タバサは上を見た。眼鏡なしでもぎりぎり焦点が合うその視線の先、 そこには……笑顔のまま左腕の飛行甲板を自分に向けるあかぎの姿。 目の前に突きつけられた、鉄と木で構成された飛行甲板に描かれた直線を 組み合わせた模様と甲板最後部の着艦標識である赤白のストライプ模様、 そして自分に向けられた両舷合わせて六基の連装高角砲の鈍い輝きが、 タバサの心をわしづかみにする。 「チェックメイト、ね」 「…………どうして…………」 「気づかなかった?あのまま避け続けたら私のところに転がり込むように 誘導していたのよ。 あなたはずいぶんと戦いに慣れているようだけど、こういう防戦一方、 っていう戦いの経験はなかったみたいね」 冗談じゃない、とタバサは内心思った。防戦一方どころではない。 まるで難攻不落の要塞に一人で突っ込めと命じられたようなものだ。 こんな、魔法一つ唱える暇すら与えられない全方位からの攻撃など、 よほどの間抜けが不用心に敵の罠のど真ん中にでも入り込まない限り あるわけない。しかも、その先にはこれだ。どうにか避けられていたのは そこに向かうように道を空けられていただけで、自分はまんまと罠に 嵌められ、絡め取られた。 ここまでの戦闘が繰り広げられているのに銃士隊が現れないのも、 あかぎがあらかじめ手を回していたのは間違いない。 その事実が、とにかく悔しく、情けなかった。 「さて、もう一度聞くわね。さっき使命って言ったわね。どういうことか 説明してもらえるかしら?」 高角砲を向けたまま、あかぎはタバサを見下ろす。その顔には柔和な笑み。 だが、タバサには彼女が纏う雰囲気がまるで裁きの女神のように思えた。 このまま理由を話したら……間違いなく、あかぎは自分を銃士隊に 引き渡すだろう。それか、このまま引き金を引かれるか。それ以前に 理由を話せるわけもない。シルフィードは気を失ったままで、自分は 杖こそ手放していないが地面に転がったまま起き上がることもできず、 ふがくの機関短銃以上の威力を持つ武器を向けられている。あかぎの 言うとおり、チェックメイトそのものの状況だが、それでもまだ諦める 気にはなれなかった。 杖を持つ手に力を込める。小さく、素早く唱える呪文――それは 『エア・ニードル』の魔法。タバサが不利な体勢から鋭く固めた空気を 纏った杖を振り上げるのと、あかぎがそれに反応して高角砲を撃つのは ほぼ同時だった。 重い砲声が轟く――ただし、空に向かって。これには想像した以上に 大きくなってきた騒ぎに森の外で待機していた銃士隊も突入しようとしたが、 アニエスとエミリーに制止された。 「待て、ペリーヌ!総員現状のまま待機だ!」 「今のはあかぎさんの高角砲だよ。さっきから聞こえてたあかぎさんの 艦載機の銃撃音といい、これって……?」 「わからん。だが、本当に大丈夫なのか?」 アニエスがエミリーに問いかける。この距離でかろうじて中の音まで 聞き分けられるのは、重戦車型鋼の乙女であるエミリーだけだ。 あかぎが電探を使用している可能性もあり、不用意に近づくと死者が 出かねないと言うことで、アニエスも対応に苦慮していた。 「いったい、中で何が起こっているんですの?わたくしも、あの方には 子供の頃によくお世話してもらったことがありますけれど……こんなのって!?」 銃士隊第四小隊長であるペリーヌも、困惑を隠しきれない。そもそも アンリエッタ姫の命令で部隊をまとめて王都トリスタニアへ移動するための 準備を進めるはずが、墓場の森で木が倒れるどころか外からでも分かるくらいの 激しい銃撃音が聞こえる有様では、そんなものは吹き飛んでしまっていた。 「さあな。だが、あの人が全力を出したら、普通の人間は近づくことも できなくなる。お前だって、良くて失明、下手すれば焼き人間、には なりたくないだろう?」 「う……それは、そうですけれど……」 アニエスにそう言われると、ペリーヌも黙るしかない。 「いざとなったら私が行く。だから、もう少し様子を見ようよ」 エミリーがそう言うと、アニエスも、彼女が鋼の乙女だとは知らない ペリーヌも、引き下がらざるを得なかった。 タバサの杖はあかぎに届かず、あかぎの左腕は上に跳ね上げられていた。 二人の間に割って入った影――それは、白い士官用海軍シャツに茶色い 航空袴姿の武雄だった。 「…………!?」 「……武雄さん?」 かがんだ姿勢でタバサの杖を右手で握り、あかぎの左腕を左肘で 跳ね上げる武雄。現世に存在してはならないその身であるからこそ、 二人の間に割って入ることができた。武雄はやれやれ、という顔をすると、 唇を尖らせる。 「ったく。おちおち寝てもいられねぇ。 人が寝てる側で派手にやらかしやがって。何やってるんだよ、あかぎ」 「だ、だぁってぇ~」 「だってもヘチマもねぇよ。ったく。子供相手に向きになってどうする」 武雄に叱られ視線を泳がすあかぎ。一方で子供扱いされたタバサも 不満をあらわにした。 「……子供じゃない」 「あ?子供じゃなきゃ阿呆だ。相手の実力も推し量れないで突っ込むなんざ、 阿呆のするこった。 いいか、あかぎが本気だったらな、そもそもお前さんら相手するくらいじゃ 弾の一発撃つ必要なんざないんだ。電探の出力を上げるだけで、二人とも 今頃こんがりほどよく焼けたローストチキンなんだよ。 そればかりじゃねえ。お前さんの相棒が喰らった一撃な、あかぎが本気で 殺す気だったら今頃腕に穴が開くどころか、良くて腕一本、下手すりゃ 全身血煙になって吹き飛んでるはずだったんだぞ。 死なないようにわざわざ相手してくれただけでも助かったと思え。このバカ」 杖を握りしめたままタバサにそう言った武雄の視線は冗談を言って いるものではなかった。だが、その言葉がタバサのプライドをさらに 傷つけた。 (じゃあ何?こっちが杖を向けた瞬間に焼き殺せるだけの手段があったのに、 わざわざ力の差を見せつけた?おまけにこっちが死なない程度に手を抜いて? それに『デュェンタン』?何?その聞いたこともない代物は? 第一、何?人のことを阿呆とかバカとか、おまけにロースト『チキン』って。 わたしが臆病者だって言いたいわけ?このじいさまは……) 言い返せないだけに心に澱がたまるタバサ。杖から『エア・ニードル』の 魔法も解け、それを見た武雄がようやく杖から手を離した。 タバサが戦闘の意志を見せなくなったことで、武雄は立ち上がり あかぎの横に並ぶ。それを受けて、あかぎはタバサと視線を合わせるように かがみ込んだ。 「さて、お話ししてくれるかな?」 「…………」 タバサはあかぎと視線を合わせない。その視線の先には――未だ目覚めない シルフィードがいる。 タバサはゆっくりと立ち上がると、泥と草にまみれた服と髪を払って シルフィードの元に歩み寄る。気を失っているだけだと確かめて、 ようやく安堵の溜息を一つついた。 「……治してやったらどうだ?」 「それはあの子の真意を確かめてからね。シエスタちゃんやふがくちゃんに とって悪いことをしているなら……」 その様子を見ていた武雄がぼそりと言うと、あかぎは目を閉じたまま そう返す。それを聞いて、武雄は「おお怖」と肩をすくませた。 「って言いたいところだけど、お話しするにはちょっと場所を変えた方が 良さそうね……今回はサービスよ」 電探で森の入り口に銃士隊が集結していることを知っていたあかぎは 唇に人差し指を寄せると『癒しの抱擁』を発動させる。 タバサやシルフィード、そして森の外で様子をうかがっている銃士隊や 村人まで緑の輝きに包み込んだ後で、あかぎはくるりときびすを返した。 タバサにとっては二度目の輝き。今度は敵として戦ったのに、傷どころか 人に見られたら恥ずかしい衣服のシミや汚れまで消したあかぎの背中を、 タバサはぼやけた視線で見つめる。 「……きゅ……きゅぃ……」 「あなた、もう一度人間の姿になっておいてね。それができたら 私についてきて」 背を向けたままシルフィードに言うあかぎ。事情が飲み込めないが、 先程までの戦闘で恐怖心を植え付けられたシルフィードは、こくこくと 頷くと『変化』の先住魔法を使い再び人の姿を纏った。 森から人影が現れたとき、その場には緊張が走った。 あかぎは突入体勢のまま待機していたアニエスたちの前まで来ると、 にっこりと微笑んでみせる。 「ごめんなさいね。ちょっと派手にやり過ぎちゃった」 「いや……あれは……派手と言うには……」 あかぎにそう言われて困惑するアニエス。 だが、森からタバサとシルフィードが現れると、目の色が変わる。 「あなたは……ミス・タバサ?それにそちらは?」 「ああ。あの子たち、忘れ物を取りに戻ってきたところを、私が暴れたのに 巻き込んじゃったのよ。お詫びも兼ねて、少しうちで休んでいってもらうわね」 「い、いや……しかし……」 「私がそう言っているの、信用できないのかしら~?」 あかぎは笑っている。しかし、その雰囲気はその笑みとは対照的だ。 思わず一歩後ずさったアニエス。それを肯定と受け取ったあかぎは、 タバサとシルフィードを連れて自分の家に向かった。 「……どうして何も言わなかったのですか?」 「笑いたければ笑え。だがなペリーヌ。わたしは……いくらなんでも 五千七百万リーブルを超える鋼の海の女王にたてつく蛮勇は もはや持ち合わせていない」 そう言うアニエスの顔には苦渋の色がありありと見える。思い出したく ないことを思い出したかのようなその顔に、ペリーヌは思わず声を上げた。 「はぁ!?」 「私は隊長を支持するよ。誰だって死にたくはないよね」 「どういう意味ですのそれ……」 何のことか分からないペリーヌの横で、うんうんとアニエスの言葉に 賛同するエミリー。それを見て、ますますペリーヌは混乱したのだった。 「さあ、どうぞ」 シエスタの家に案内されたタバサとシルフィード。食堂のテーブルを 囲むのは、あかぎ。だが、シエスタの母は、湯気の立つ『アメユー』を 四つ、テーブルに置いた。 「ありがとう、まどかちゃん」 「あかぎおばあちゃん、わたしももう大きな子供がいる年ですから……」 シエスタの母はそう言うが、あかぎは静かに微笑む。 「あら。あなたも、環(たまき)ちゃんも、乃理(のり)ちゃんも、ほむらちゃんも、 み~んな私にとっては大切な孫よ~。たとえ血はつながっていなくてもね」 「……」 タバサはその光景に懐かしさとうらやましさがない交ぜになった。 祖父母が生きていた頃――それはまだ両親がまだいつまでも一緒にいてくれると 思えていた幸せな時間。幼い頃、優しくなでてくれた祖父母の手のぬくもりは 今でも覚えている。そして……それはもう還らない時間で、それを思い出したとき、 胸の奥がちくりと痛んだ。 「……あらあら。どうしたのかしら~?」 いつの間にかあかぎが自分に向き合っていた。シエスタの母はすでに この場におらず、シルフィードは熱い『アメユー』に四苦八苦していた。 「……変わった名前。不思議な響きがする」 タバサはとっさに話題を変えた。あかぎもそれを理解しながら話に乗る。 「そうね~。まどかちゃんたちまでは、武雄さんと私が名前をつけたの。 でも、シエスタちゃんが生まれたとき、もういいだろうって、武雄さんが 言ったから、それからは若い人たちに任せちゃっているわね。 ね、武雄さん」 あかぎがそう言って視線を隣に移すと、そこにはさっき森で出会ったままの 格好の武雄が座っていた。いつの間に――とタバサは目を見開く。 そんなタバサの前に、武雄は布にくるんだ何かを置く。 それは――タバサがあかぎとの戦闘中にどこかに飛ばした眼鏡だった。 「とりあえず歪んではなさそうだったが、念の為あとで職人に見て もらった方がいいな」 「……ありがとう……」 タバサは眼鏡を受け取り、かけてみる。いつもの視界が戻ってくる。 それを見て、武雄はひとつ頷いて見せた。 だが……テーブルの『アメユー』を一口含んだとき、武雄の表情が曇る。 「……才人の野郎、俺がいねぇとすぐ原料ケチりやがって。ルーリーも 何やってたんだ」 「今年は大麦が不良だったんですって。これでも一番良いものを出して もらったわよ」 あかぎがそう言ってシエスタの祖父を擁護する。だが、武雄の怒りは 収まらない。 「ダメだ。こんなもの、うちの沽券に関わる」 「……おいしいのに、ダメなの?」 それを聞いてタバサも『アメユー』を一口飲んで、素直な感想を口にした。 そのタバサに、武雄は頭を下げる。 「すまない。ダメなんだ。これじゃ水飴に深みがない。 次は本物を出せるよう、俺からもきつく言い聞かせておく」 「……次?」 思わずタバサは聞き返す。その顔に、武雄がにかりと笑って見せた。 「……最初からそのつもりだったんだろう?あかぎ」 「そ~ね~。事情がありそうだけど、私には悪い子には見えないから~」 そう言って笑い合う二人。二人が振りまく温かい空気と、温かい 『アメユー』が、凍ったタバサの心を溶かしていく。 「話してもらえないかしら?どうしてこういうことをしたのか。 そうそう。安心して。私たち以外の誰もあなたの話を盗み聞きして いるなんてことはないわ。それは保証するから」 「それも『デュェンタン』の力?」 「ええ。信用できないかしら?」 タバサは首を横に振る。そうして、ぽつりぽつりと語り始めた。 「……わたしの本当の名前はタバサじゃない。 本当の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン」 「オルレアンって……まさか、あなた」 記憶の中にある家名に、あかぎが目を丸くする。その言葉に、タバサは 頷いた。 「父はガリア王ジョゼフ一世の王弟、オルレアン公シャルル。 でも、父は伯父に暗殺され、母も、伯父が開いた宴でわたしの代わりに エルフの毒をあおって心を狂わされた。家名は不名誉と傷つけられ、 そして、わたしは従姉の配下の騎士となって、いつ死んでもおかしくない 任務をこなし続けてきた。いつかきっと、父の無念を晴らし、母を元に 戻せる日が来ると信じて」 「なんてこった……こんな子供に」 武雄がテーブルを叩く。その行動に一番驚いたのはタバサ本人だ。 「……どうして?あなたには何も関係がないことなのに」 「ああ。確かによそ様の家の話だ。だがな、子を持つ親なら今の話を 聞いて頭に来ないわけがないんだよ」 「こう言うと親の傲慢に聞こえるかもしれないけれど、子供ってね、 親の貯金箱だと思うの。いっぱいいっぱい愛情を溜め込んで、少しくらい 振られてもびくともしないくらいにしてあげたいの。 それに、あなたのお母様があなたに代わって毒をあおった理由も よく分かるわ。 親ってね、結局はそういうものなのよ。我が身がどうなろうとも、子供だけは 守りたいって。 おかしな話よね。私は子供が産めないのに、育てさせてもらっただけなのにね」 「…………」 タバサには目の前の二人の話がまるで別世界のように聞こえた。 赤の他人のことなのに、まるで自分のことのように怒り、悲しめる二人が 信じられなかった。彼らの国では、それが普通のことなのだろうか、と。 だから、話せたのかもしれない。 「……私の使命は二つ。 一つはこの村に潜入調査に入って行方不明になった騎士を捜すこと。 そして、もう一つは、この村で開発されている新型銃を奪取し、可能ならば その製造施設を破壊すること」 「きゅいっ!?お姉さま、そこまで言ってもいいの!?」 タバサの言葉にシルフィードが目を丸くした。だが…… 「実に順当な命令だ。貴様は死ね、ってな」 「一つ目はもう達成したわね。だけど……」 武雄が腕を組んで得心したように頷き、あかぎも目を閉じてタバサに 答えを促す。電探で探知されていたとは知らないタバサはやっぱり 見られていたのか、とあきらめにも似た気持ちになった。 「二つ目の使命は失敗。あなたが本気だったら、今頃わたしたちは ぼろ屑のようになって森に屍をさらしているところ」 「あら~?私が本気だったらぼろ屑なんて。欠片一つも残す気はないわよ~。 血煙くらいは許してあげるけど~」 目を閉じたまま、あかぎは『アメユー』を一口飲む。その、どこぞの 悪魔の双子ですかと言いたくなるような楽しげに物騒な言葉に シルフィードが縮み上がった。それを見て、武雄が呆れたように言った。 「おいおい。あんまり子供をいじめるなよ」 「あら。失礼ね。教育しているだけじゃない。まぁ、本当なら実戦で 使用されたって情報すら流したくないし。冗談半分本気半分、ってところ かしらね」 「…………。わたしは新型銃について、何も見なかった」 タバサは『アメユー』を一息で飲んで、あかぎと真っ正面から向き合った。 状況から言ってタバサを監視している者がいるはずで、そこから情報が 流れるだろうが、あかぎも武雄もそれについては言及しないでおいた。 「そうしてもらえるとこっちも助かるわね。 何かお礼がしたいところだけど……残念ながら先代のルイ一三世陛下の 頃ならまだお話しできたんだけれど、今のジョゼフ一世陛下とは直接の おつきあいがないの。 ネフテスのテュリーク様に事情を話せばそっちの方から手を回して もらえるかもしれないけれど、問題はガリア王国の通行査証を出して もらえるか、ね」 あかぎがそう言って溜息を一つつく。いきなりとんでもないことを 言い出したあかぎにタバサは言葉も出ない。だが、武雄はゆっくりと 頭を振った。 「このご時世だ。期待はできないだろうな。俺はもうこの村から動くことが できないし、ルーリーももういい年だ。 国境警備も厳しくなっているだろうし昔みたいに川伝いってのも難しいだろうな」 「この村から動けない……?」 怪訝に思ったタバサが素直に問うと、武雄はまるで風景に溶け込むように その姿を薄め――また元に戻った。 「ま、こういうことだ。シエスタやアニエスから聞いただろ? 俺はもう五年前に死んでるよ。日本人はヴァルハラに迎えられないみたいでな」 「幽霊(ファントーム)……」 タバサはそうつぶやくと、その場に固まった。その様子にシルフィードが わたわたと慌て出す。 「お、お姉さま、気をしっかり持つのねー!」 「なあ、ひょっとして……」 その様子に、武雄はあかぎと向き合った。 「ダメだったみたいね~。今日はうちに泊まっていってもらいましょうか~」 そう言って、あかぎは楽しそうに微笑んだ。 前ページ次ページ萌え萌えゼロ大戦(略)
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クレイジー・イン・アラバマ 題名:クレイジー イン アラバマ 原題:Crazy In Arabama (1993) 作者:Mark Childress 訳者:村井智之 発行:産業編集センター 2000.6.15 初版 価格:\1,600 今年のベストには絶対に入れようと思っている、ぼくとしてはかなりお気に入りの作品。 ルシールおばさんと少年ピージョーとの二つの物語が同時進行するブラックでヒューマンで何ともアメリカな物語であるのだけれど、何と言っても1965年のアラバマが舞台ってところが味噌。マーティン・ルーサー・キング牧師とアラバマ州知事ジョージ・ウォ-レスとの演説対決のシーンもあれば、夫を殺してその首を持ち歩きならがもハリウッド女優を目差しているルシールおばさんの『じゃじゃ馬億万長者』出演風景もある。 どちらかと言えばジョン・グリシャムの好みそうな人種運動の熱気のさなかで、とても個人的な二人を主人公に据えて、とても異様な世界を情感豊かに、そして何よりも劇的に描いている不思議な作品。そう遠くない重い歴史のうねりの中に身を置きながら、あくまでブラック・コメディというか、ホームドラマを貫く物語性の骨太さは何とも言えず好感度抜群。 ルシールおばさんはアラバマ一のお尋ね者となってアメリカ西部に車を駆ってゆくのだが、映画『テルマ&ルイーズ』そのままのアメリカの広漠感を思わせる。アメリカの夢。刹那主義。明日なき疾走感。暴走。そしてラスベガス、ハリウッドの名シーンの数々。夢を追うために殺人者になったルシールおばさんにいつのまにか同化させられてしまうのはどうしてなのだろう。 一方、ピージョーの周囲は公民権運動をめぐって俄かに騒がしくなり、映画で言うならまるで『ミシシッピ・バーニング』。読み応えはそうした事件にもあるのだけれど、むしろ葬儀屋を営む叔父一家や街の人々の個性、そしてそれぞれの感性までもがじっくりと描かれている部分にあるのかもしれない。この小説のなんという魅力溢れる部分か。キャラクターの一人としておざなりにしていない作者の気概が凄い。 70年代アメリカン・ニューシネマを思わせるやるせなさ、残酷さ、そして奔放でタフな生への讃歌。爆発力。これ以上ないほどに野生的な自然とのハーモニィ。たまらない読後感を残す作品である。 あまりに深く広大なこの作品世界にだれもがはまってしまうはず。今日現在、一押し作品! *ちなみに訳者はエドワード・バンカー『リトルボーイ・ブルー』の村井智之氏。非常にいい訳者だと思います。 (2000.07.20)
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一晩眠って、ふっきれたわけではなかったけど、少し開き直っていた。 ゼロだろうとエロだろうと馬鹿にされているという点では変わらないし、事実であるという点も変わらない。 評価が上下しようと事実が動くわけでもなし、あんた達好きに言ってなさいよってこと。 単純で苦しいとは思うけど、自分を鼓舞する……というよりどうでもよくなっていた。 グェスは朝になったら隣で寝ていた。何この女。 「ねールイチュ、今日の朝ごはん何出ると思う? チーズ味のペンネ出ないかな」 「……さあね」 昨晩あれだけやりあったというか一方的に蹴ったり殴ったり罵倒もしたのに、グェスは全然頓着していなくて、何も無かったかのように振舞っている。 ひどいこと言っちゃったな、とか、いきなり暴力はなかったかな、とか、ご主人様の威厳を保ちつつ仲直りするにはどうしようかな、なんてことで悩んでたわたしが馬鹿みたい。 これは彼女なりの優しさなのか、それとも脳みその代わりに別の物が詰まってるくらい底抜けにタフだからなのか。たぶん後者。 「おはよーミッキー、老師。なんか昨日大変だったみたいね」 「そちらも色々あったようじゃが」 「お二人とも元気そうですね」 「元気元気、あたしとルイチュは元気で仲良しなのォ」 グェスは屈託無く笑ってた。命をかけた戦いの末、顔面どころか全身が変形するくらいボッコボコにぶん殴られた翌日だとしても、「はーい元気?」なんて言って胡散臭い笑顔で話しかけてくるんだろう。 驚くというより呆れるけど、今朝はこの無神経さがありがたかった。 「そうそう、ミキタカ。あんたキュルケやタバサと何やってたの。ぺティだけじゃなくギーシュやモンモランシーまでいたみたいだけど」 「それはタバサ会ですよ、ルイズさん」 タバサ会? タバサのファンクラブ? おっぱいは小さい方がいい派? それならわたしだって……。 「タバサ会とはタバサさんを中心にした勉強会です。使い魔たちにこの世界のことや文字などを教えているんです」 「なんだ、やっぱり勉強会なんだ」 「なんだと思っていたんですか?」 「……そりゃもちろん勉強会よ」 タバサが中心ってのは意外だけどね。あの子ってそういうの嫌がりそうじゃない。 「はじめはタバサさんとキュルケさん、ドラゴンズ・ドリームさんだけの勉強会だったのですが、私と老師も混ぜてもらいました」 ドラゴンズ・ドリーム? あのドラゴンか。変な名前。 「老師からギーシュとモンモランシーさんにも伝わって、人数が増えたのでシエスタさんがお茶を用意してくれたりもした、というわけです」 シエスタか。どうせミキタカにひっついてきたんだろうな。 「なぜ中庭でやってるの?」 「図書館でやっていたそうですが、ドラゴンズ・ドリームさんが騒ぐので追い出されてしまったとか」 「ふうん」 「タバサさんの教え方は大変ためになります。とても分かりやすいです」 なるほどぉ。対人スキルは最低ってタイプかと思ってたけど、案外あの子もやるようね。 「グェスさんも参加するといいですよ。文字が分かれば何かと便利ですから」 「だそうよ。どうする、グェス?」 「そうねェ」 フォークとナイフを置き、腕を組んだ。 「正直勉強ってやつは好きじゃないんだよね」 うん、知ってた。あんたってそういうタイプよね。 「でも今回は参加してみようかな」 むっ。これは予想外。 「ちょっと思うところあってね。あたし今燃えてるんだ」 だらしがない、やる気がない、仕える気もない、ないない尽くしのグェスがいつになく燃えている。 ただし、本人がそう言ってるというだけの話。 タバサ会――誰のネーミング?――でのグェスは、学習意欲があったとは到底思えない。 ただ、他との比較でいうなら多少はあったと言えるかもしれない。 なぜなら会はわたしが考えていたものとは少し違っていて、婉曲的表現を使うとすれば、自由かつ奔放なものだった。 「えッ!? あんたらも水族館にいたの? あたし以外にも『心の力』を使うヤツがいたのね……無茶しなくてよかった」 「水族館はオレの生まれ故郷ダぜ。何十年もアソコで暮らしてきたンだッツーの!」 「わたしは懲罰房くらいしか存じておりませんが。ゲロッ」 訥々と文字の読み方について教えるタバサを他所に、教師役以外の全員が雑談に精を出していた。 や、わたしは真面目に聞いてるんだけどね。タバサかわいそうだから。 「ロッコバロッコっていたよねー、あのイカレ腹話術士」 「キュイキュイッ! いたいた、クソ所長ナ。シャーロットはなかなかセクシィーだったよナァー」 「ヨーヨーマッ! のっかりてェー……セクシーさでございましたねェ」 今、タバサが微妙に反応したような……気のせいかな? 「あとさ、七不思議女」 「あの黒人ナ。男子監の方でも有名だったゼェー」 「あの方もまたのっかりてェェェェェお美しさでした」 「自分の小便飲むジジイは知ってる? 頭おかしいって有名だったらしいけど」 「……聞いたことねェナ。ゼンッゼン覚えがネェーぜ」 「ノストラダムス信じて人殺しまくった間抜けポリ公のこと知らない?」 「……全く、少しも、ビックリするほど初耳でございます」 機械的に相槌を打つヨーヨーマッとドラゴンズ・ドリーム……の腹話術をしているタバサで「水族館」とかいう場所の話をして盛り上がっている。 ていうかこれ腹話術でもなんでもないよね。わたしタバサにまでタバカられてた? いや駄洒落じゃなくて。 「地獄へ行け、だなんて念を押されたんだ、ねっ、ねっ」 「酷い事をするヤツもいるもんだなあ。そのロハンってヤツは間違いなく悪魔だ」 「いじめられたよ、つらかったよ……ねっ」 「安心したまえチープ・トリック。ぼくは君をそんな目に合わせたりしないからね」 こっちはこっちで聞いてないし。 声が漏れてくるだけで大釜の中で何をしているのか分かったもんじゃない。 まさか自分の使い魔と……ちょっと新しいわね。文字通り釜を掘る……ふふっ、上手いこと言っちゃった。 「老師、ギーシュは大丈夫なんですよね」 「心配することはあるまいよ」 ぺティとモンモランシーは何かボソボソ話してる。 ギーシュのことで相談しているみたいね。 「べつに、わたしはアレの恋人でも何でもありませんけど……」 嘘つけ馬鹿。あれだけ見せつけてよく言うわね。 「でも、目の前で死なれでもしたら目覚めが悪いし」 「死にはせんじゃろう」 「老師がおっしゃったことは本当なんですよね? ギーシュは大地っていう」 「でまかせというわけではないが……こうなればいいと思ったことを口に出しただけじゃ」 ぺティも大概いい加減ね。 「そ、そんな。それじゃギーシュは……」 「こうなればいい、ということを信じれば理想に近づく。今必要なのは生きる気力。目的じゃ」 「でも……」 「心配しなさるな。あの若者、ああ見えて強かに生きておる。少々の悪条件はものともせんよ」 なんていうかこの爺さん、無理矢理いい話っぽく締めるの得意じゃない? モンモランシーも感じ入った顔してるし。忘れちゃだめですよー、この人は『あの』ミキタカの使い魔ですよー。 「ミキタカさん、サンドイッチ美味しいですか?」 「ええ。ティッシュペーパーよりも美味しいです」 出たなァァァ……またいちゃついてからに。 不順異性交遊を脇から眺めるのは嫌いじゃありませんけどね、あんた達に限っては別。大いに別。 後からのこのこ出てきたくせにシエスタの彼氏面してる変人メイジに災いあれ。 義務としてルイズヒップアタックを敢行し、二人の間に割り込もうとしたけど押し戻された。 ミキタカではなくシエスタの手で。意外な展開に目を見張る。 「ちょ、ちょっとシエスタ。あなた勘違いしてるんじゃない?」 「……」 「あのね。えっとね。わたしは場も弁えずにべたつくあなた達を注意しようと……」 「へぇ……ほんとにそれだけなのかなぁ……?」 え? ええ? な、なに? シエスタが言ったのよね? シエスタなのよね? 「あの……どういう意味?」 「べ、べーつーにー?」 「言ってごらんなさいよ」 「最近、ミス・ヴァリエールの目、ちょっと怪しいなと。そんな風に思っただけです」 シ、シエスタ……ちょっと見ない間に強い子になって……。 でもそんなあなたを……そんなあなたを見たくはなかった……! 「ほんと……今日は暑いですわね。夜だというのに汗が止まりません」 おおっ……胸元をはだけて、かきもしない汗をハンカチで! え、シャツのボタンまで!? な、なんてサービス精神……ゴクリ。やはりわたしが睨んだ通りの隠れ巨乳! 抑えられない色気が立ち上る……うう、その向かう先がわたしだったらよかったのに。 シエスタ。その美しい胸じゃなく机の上の二十日鼠に目をやるような男のために……ああ……。 「ぷっ」 え? 今シエスタ笑った? わたしの胸見て笑ったよね? そんな……はにかみ屋さんで頑張り屋さんで隠れ巨乳だったシエスタが……。 優しげな兎の瞳が狡猾な狐の眼に変わってる。恋は女の子を女に成長させるのね。なんて残酷なの。 わたしにできることといえば、ミキタカのために為されたサービスを横から覗き見ることだけ。 惨めね。シエスタと仲良くなりたい、そんなささやかな願いさえぶち壊された。 ミキタカはシエスタの作ったサンドイッチを残さず食べ切り、バスケットケースにかじりついた。 にこやかにそれを押しとめる様はまるで世話女房みたい。 チラッとわたしを見て、勝利の微笑み。なんてかわいい笑顔。それだけに皮肉。 ああ、嘆息。わたしは完全な敗北を喫した……二人から離れることしか許されない。 さよならシエスタ。わたしはあなたとお友達になりたかった。 二人を置いてすごすごと元いた席に戻る。ただただ悲しい。 「ルイズ、そっちも大変みたいだね」 「うるさい! 何慰めてくれてるのよ、マリコルヌのくせに!」 このデブちんはまったく空気を読めないんだから。 だいたいこいつがここにいること自体がおかしいのよね。蛙に勉強させてどうしようっていうのかしら。 マリコルヌ曰く、 「ぼくがこいつと心を通わせられないのは言葉が分からないからかもしれないって思ってさ」 ってその発想自体が現実逃避してるっていうのよ! いい加減で現実見なさい! あなたの蛙は妙なナリってだけでただの蛙でしかないの! 言葉教えたって分からないし、心が通じないのは単なる実力不足! 隅っこでろくに動きもしない使い魔相手にぶつぶつお喋りする姿が気色悪いのよ! わたしとグェスを見習いなさい。力が無いという現実を見つめながらも向上心は忘れずに…… 「ギャッハハハー! マジかよ! 教戒師の神父、あのヘアスタイル受け狙いじゃなかったのかよ!」 「しッかもあのデンパヤロー、実はホワイトスネイクなんダッツーの。コレ秘密なんだけどヨォー」 ……忘れてないわよね? 「情けない。本当に情けないわ」 くっ、やっぱりこいつが出張ってきたか。 「何が情けないのよ」 「横合いから殿方をかっさらわれるのがヴァリエールの伝統なんでしょうけどね」 何勘違いしてるんだか色狂い。シエスタのどこが殿方だっていうのよ。 ……え、まさかとは思うけどわたしが知らないだけでシエスタが男だったりしないわよね。 あれだけ存在感のあるおっぱいを有していて、かつ、下にも一本ぶら下げている……人類の夜明けね。アリだわ。 「出し抜かれて悔しくないの?」 「うるさい」 「アピールが足りないんじゃない? 胸が足りない分そっちで頑張らなきゃダメよ」 「うるさいって言ってるのが聞こえないのお熱のキュルケ。あんたは向こうで熱湯作ってなさい」 わたしに憎まれ口を叩かれようと、キュルケの余裕は崩れない。風邪っぴきと罵られてどもるマリコルヌなんかとは大違い。 こういうところに憧れちゃうのよね。冷静に考えてみると、こいつってわたしのコンプレックスを象徴するような存在かもしれない。 「あたしは微熱。お熱はあんたの頭でしょ。胸や魔法だけじゃなく頭までゼロだったのかしら」 やっぱり嫌な女。顔真っ赤にして涙目でうつむいてやる。少しは気まずくなるがいいわ。 「えっと……ほら、見ろよ。今日もミス・ロングビルが壁歩きしてる」 なぜかその空気に耐えられないマリコルヌ。あんた関係ないでしょう。 「あら、本当。ここのところ毎晩出てるみたいね」 「そうなの? わたしは昨日初めて見たけど……やっぱり院長のセクハラでストレス溜まってるんでしょうね」 「更年期障害ってやつなんじゃない?」 「君たち本人がいないと無茶苦茶言うなぁ。案外宝物庫を調べてるんじゃないか」 「なんでそんなことするのよ」 「今話題の盗賊がいたろ。貴族相手にしか盗まないっていう」 「ああ、土くれのフーケとか……ミス・ロングビルが土くれのフーケっていうの? それ、無理あるでしょ」 マリコルヌってば真面目な顔でとんでもないこと言うわね。 「呼びかけてみれば分かるんじゃない? フーケって呼んで返事をすればフーケなんでしょ」 キュルケも笑いながらひどいこと言ってるし。 「フーケさーん!」 ……え? 「フーケさーん! 聞こえていますかー!」 ……は? 「フーケさーん!」 ちょ、ちょっとミキタカ! あんた何やってるの! うわ、みんなこっち見てる。ミス・ロングビルまでこっち見てるじゃない。 「呼べばいいんですよね。フーケさーん!」 誰もそんなこと言ってないって! 慌てて口を押さえたけど、ミス・ロングビルはどこかに消えていた。 あーあ、一人で壁歩き楽しんでたんでしょうに。悪いことしちゃったわね。 「あんたは軽口と本気の区別もつかないの!」 そりゃキュルケじゃなくても怒るわ。 「だからグラモンの人間は困るっていうんだ」 いいぞマリコルヌ、もっと言ってやれ。 「待て待て。聞き捨てならないぞ。ド・グラモン家の人間が全員ほら吹きであるかのような言い方じゃないか」 「当たってると言えば当たってると思うけど」 「モンモランシー! 悲しませないでおくれ美しい人。ぼくは君のためなら全てを投げ打ち……」
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遥かなる正義にかけて ◆3OcZUGDYUo 白銀のコートを纏った一人の男が力なく大地に膝を屈し、彼の前で転がる惨めな少年の亡骸を凝視している。 その男は錬金戦団戦士長と言う肩書きを持つ者……防人衛、またはキャプテン・ブラボーと名乗る男。 そして彼の目の前で口元から赤く、生々しい臓物をだらしなく垂らし、 つい先程20にすら満たない僅かな人生に終幕のカーテンを下ろした男。 防人衛の同行者、桐山和雄が横たわっていた。 今このエリアA-8にはこの二人、いや、酷な言い方になるが人間が一人と有機物の塊が存在していると言う方が正しいのが現状だった。 またいつもはその両の眼は揺ぎ無い信念、正義の色で染まっているブラボーのそれが今ではその面影を微塵も感じさせない。 「桐山……」 全ての人類を守るため全てのホムンクルスをその鍛え抜かれた拳、正義、信念で打ち砕く決意をブラボーは以前ある場所で誓った。 そしてその決意はこの殺し合いでさえも一時も曲げる事はなく行動してきたとブラボーは自負していた。 だが現実はどうだ? ブラボーが戦士として、年上の者としてどんな命の危険から守り通すと誓っていた少年。 そんな少年、桐山を自分の身代わりで死なせてしまったのも同然といえるこの現実。 「俺の力が散に届いていればこんな事には…………くっ!」 今更後悔を感じても全く意味のない事であり、そんな事をする暇があるなら他にやるべき事は山ほどある。 勿論、そんなわかりきったような事はブラボーにも理解出来ていた。 だが、あまりにも無様で最悪な結果を引き起こしてしまった自分に対しての一種の自己嫌悪がブラボーの脳に疼く。 そして拳を力強く、自分の不甲斐無さを砕くかのように握り締め、ブラボーは変電所の外壁に向かって歩き出す。 そんな時、今のブラボーにとって酷く耳障りが悪い声が響いてくるのを彼は両の鼓膜で感じた。 『気分はどうかの諸君? 午後12時を迎えたので2回目の定時放送を行うぞ』 そう。第二回定時放送の時間が始まったからだ。 禁止エリアを読み上げる光成の声を無言で聞き、ブラボーは記憶していく。 生憎今この場にデイパックは持って来ていなく、当然筆記用具や地図も持って来ていなかったからだ。 やがて光成の声が脱落者の名前を読み上げる事を始めたのを聞き、ブラボーは思わず神経を今以上に集中する。 (戦士カズキ、戦士斗貴子……いや、彼らは強い。きっと錬金の戦士として今も生きているハズ。何も心配する事はない……) 自分の大切な部下、そして錬金の戦士でもある武藤カズキと津村斗貴子の二名。 彼らの安否について一瞬最悪のケースを思い浮かべるが、直ぐにそれをブラボーの脳は却下する。 しかし、先程自分を打ち負かした葉隠散のような存在が、他にも存在する可能性が充分有り得るこの殺し合い。 そんな事を断定できる事は決して出来はしない。 だがブラボーは只ひとえに信じていた。 自分のブラボーな部下達が志半ばで死ぬような事は決してないという事を。 そして光成の言葉は続く。 そんなブラボーの希望をかき消すかのように。 『桐山和雄』 ギリギリと歯軋りを唸らせ、ブラボーは感情を爆発させるのを抑える。 今は怒りを吐き出す時ではなく散に、そしてこの光成と名乗る老人に正義というありったけの拳を叩きつける。 全てはその時まで取っておくために。 そんな決意を噛み締めた所でふいにブラボーの聴神経が彼の脳に向けて、ある情報を送った。 ブラボーにとってとても馴染み深い名前を。 『武藤カズキ』 「何だと!?」 思わず誰に言うわけではないがブラボーは驚愕の声を上げる。 一瞬、この放送の内容自体がまやかしであるとブラボーは思考を張り巡らす。 だが、直ぐにそんな事をしてもあの老人にはメリットはないという考えに至った。 どんな理由があるかは知らないが、殺し合いを促している光成という人物が偽の情報を掴ませるのは考えにくい。。 これらの事を踏まえて、武藤カズキが死んだという事は真実であるとブラボーの脳は結論付ける。 自分が錬金の戦士にスカウトし、類まれな戦士の才能を見せつけた少年。 人を守るために自分が施した過酷な訓練を潜り抜けたあの少年が、武藤カズキが。 ――死んだ とても口にはしたくない忌々しく、衝撃的な事実。 言葉ではとても表す事は出来ない、ブラボーが今感じている感情。 確かにいえる事はその感情がとても居心地が悪く、虫唾が走るようなものであるという事。 だからブラボーは彼らしい方法でこの吐き気を引き起こす程、気に障る感情をかき消す事に決めた。 ガァン! そう、変電所の壁を己の拳で思いっきり、手加減は掛けずに殴りつける事で。 ガァン!ガァン!ガァン! 奇しくも今ブラボーが行っている行動は自分の無力により平賀才人を死なせてしまった劉鳳が行った行動と同じであった。 やはりブラボーと劉鳳、この二人には完全とは言えないまでも確かに通じるところがあるのだろう。 ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!ガァン! 何度も何度も拳をで殴りつけ、だが全く充実感というものが涌いてこない無意味な行動。 それでもブラボーは殴るのを決して止めようとはしない。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぁぁぁ!!」 咆哮を上げながらブラボーはその拳で殴り続ける。 最早時間の経過など忘れたかのように。 第二回定時放送が終わり、数十分が経過した後ブラボーが変電所の出口から重い足取りで出てくる。 肩には彼のものと今は亡き桐山の分のデイパックを掛けながら。 ブラボーはひとしきり壁を殴りつけた後、その重い身体を引きずりながら簡素ではあるが桐山を土に埋め、埋葬を行った。 そして劉鳳と合流するためにデイパックを持ち、変電所の前で彼を待っていようと考えていた。 そんな時、ブラボーは一人の男と目が合う事になる。 「貴様、キャプテン・ブラボーという男だな?」 赤い、まるで人体から噴出した鮮血を染み渡らせた事により作る事が出来たような真紅。 その真紅の色彩で彩られたコートを纏う大男がブラボーに問う。 「…………」 「ククク、どうしたヒューマン? 何故私の問いに答えようとしない?」 ブラボーは何故一言も発さないのか? 生憎特徴的なテンガロンハット風の帽子やコートによりブラボーの表情は解らない。 だが、自分の問いを無視されているにも関わらず大男は依然嬉しそうに歩を進めながら、目の前に居るブラボーに話しかける。 対して一向に口を開かないが、ブラボーは大の方へ歩き出す。 次第に二人の男の距離は近づく。 「平賀才人が既に死んでいたとはな……全く、私のご馳走が台無しになってしまったか」 才人の名が出た事により、ブラボーの動きはネジが切れたように止まってしまう。 この大男は平賀才人の関係者、それもあまりいい関係ではないものであるとブラボーは思っている事だろう。 しかしブラボーは沈黙を保ったまま遂にほぼ目の前の位置に立った大男を鋭い視線で射抜くだけだ。 だがそんな視線は大男には、王立国教騎士団“ヘルシング”に所属する不死の王“ノーライフキング”。 そう。吸血鬼、アーカードにとってそよ風のようなものだった。 「あぁそうだ、確か散が殺した桐山という餓鬼が居た筈だな」 目線を左右に振り、アーカードは桐山の死体を探し出そうとする。 確かにアーカードは先程殺した散の肉体を捕食した事により、それなりに腹は満たしていたが満腹ではない。 そのため彼が桐山を探しているのは決して間違ってはいない。 だがアーカードが何よりも求めるものは飽きる事のない強者との闘争。 アーカードはその望みを叶えるためにはどんな手段をも行使する。 そう、たとえば闘う意思のない者をその気にさせるように扇動する事などを。 「……何者だ……貴様は!?」 「アーカード、吸血鬼だ」 「!? 貴様が桐山が言っていたアーカードか……だが」 思わず口を開いたブラボーにアーカードが答える。 桐山から情報を貰っていたブラボーは即座にアーカードに対して構えるが何故桐山や散の事を知っているかという事が気になった。 その疑問を問いかけようとした所でアーカードが割り込む。 依然、嬉しそうな表情を浮かべながら。 「何故私がその事を知っているか知りたいか? 簡単な事だ、散の身体を喰らい、奴の身体に流れていた血が私に教えてくれたのだ」 ――何だと?―― 「散は手強かった、あの強さなら私は心臓をくれてやっても良いと思った程だ。 だが、所詮奴は人間ではない。化け物を倒すのはいつだって人間ではなくてならない」 ――あの散を倒しただと?―― 「今私を殺さなければ貴様も含めて大勢の血が私の血となるだろうなぁ。 まずは手始めに散の記憶にあった葉隠覚悟、マリア、劉鳳、村雨良から頂くとするか」 ――何を……この男は何を言っている!―― 「さぁどうするヒューマン? 貴様が狗のように私の前から逃げ失せる事が出来れば貴様の命は助かるだろう! だがそうなれば貴様の代わりにもっと大勢の人間が死ぬだろう!」 ――この男……この男は!―― 「さぁ選べヒューマン! 貴様はどうする!? どう足掻く!? どう闘う!? どうした!? 早く決定して見せろ! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY! HURRY!」 アーカードがそう言い放った瞬間、ブラボーの身体は遂に沈黙を破り動きを見せる。 右足を天高く振り上げ、腰の回転をそのまま余すことなくその右足に伝達。 アーカードの即頭部にブラボーは鮮やかな右回し蹴りを完全に喰らわせた。 「答えなど決まっている! 貴様はこのキャプテン・ブラボーが倒……いや! 貴様の命はこの俺が今この場で砕いてみせる! それが俺の正義だ!」 数十分前には桐山とカズキの死に対して、悲しみに身を沈めていたブラボー。 最早、その時のブラボーとは違い、今の彼の両眼に『絶望』という文字は存在しない。 只、紛れもなく最低な悪であると断定したアーカードに対する怒りがあるだけだ。 そのブラボーの咆哮をアーカードは一文字も聞き落とす事なく聞き取る。 ブラボーの右足が直撃している事により歪められた表情を更に歪めせた。 勿論、歓喜という無邪気ともいえる感情を含ませて。 「HAHAHAHAHAHAHAHA! ならばやってみせろヒューマン!」 「ほざくなぁ!!」 今、一人の吸血鬼と一人の錬金の戦士の闘いの幕が上がる。 誰にも止める事は出来ないアーカードの闘争への“欲求”。 歪める事は許されないブラボーの戦士としての“正義”。 決して重なる事はなかった二つの音色が今、この場で重なり始めた。 ◇ ◆ ◇ エリアB-8上空で奇妙な物体が常人の走力を遥かに超えた速度で飛行している。 その物体はアルター能力という物質変換能力により精製された銀色のアルター、絶影の真の姿、真・絶影である。 そして真・絶影に乗っている者が二人。 一人の青年の方は劉鳳、絶影を操るA級アルター使いであり、揺ぎ無い正義を秘めた男。 もう一人の少女の方はタバサ、『雪風』の二つ名を持ち、風の魔法を主に操る少女。 彼らは劉鳳の仲間であるブラボーとの合流を遂げるために、一直線に落ち合う場所である変電所を目指していた。 「………ちっ!」 苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ劉鳳は舌打ちをする。 その事はあまりにも小さな体躯、軽い体重を誇るタバサが一緒に真・絶影に乗っているためだ。 何故なら、今この状況で出せる最大の速度が出せていなかった事に関係していた。 離陸するときは何も問題はなかったが、その後一刻も速く変電所に着くため真・絶影の速度を上昇させた際。 危うくタバサが風圧により吹き飛ばされそうになったからだ。 だがその事でタバサに対して降りろと言うのは、あまりにも酷な話であると流石の劉鳳にも理解出来る。 責める事も出来ずに只、苛つきが溜まる一方だった。 「質問がある」 そんな時珍しく普段無口で必要な時しか口を開かないタバサがその口を開く。 それも出会って未だ数時間しか経っていなく、お世辞にも社交的とは言えない劉鳳に対して。 タバサの予想外な言葉に劉鳳は思わず驚き、一瞬硬直してしまう。 思えば劉鳳がタバサと二人っきりで行動を共にしてから、碌に会話と言っていいものをしていなかったからだ。 「何故劉鳳はそこまで頑張れる? 正義を成し遂げるために?」 そんな劉鳳を無視して、タバサはあまり表情を変えずに訊ねる。 劉鳳がアミバとの最初の激突で気絶した時からずっとタバサは劉鳳、アミバに対して疑問を持っていた。 しきりに『正義』を掲げる劉鳳、そして『反逆』を掲げるアミバ。 どちらもあまり自分には理解出来ない言葉を掲げる二人。 特に自分の身が既にボロボロなのに休む事を良しとせず、活動を続ける劉鳳に対しては疑問が深まるばかりだったからだ。 「そうだ……散達のような悪を断罪する事が俺の正義! 俺の命はそのために存在する!」 「でも正義とは決して一種類でない。その散という人達にも譲れない正義があるのかもしれない。 それに劉鳳の正義が必ずしも正しいとは限らないハズ」 声を荒げる劉鳳に対して、タバサは極めて冷静に言葉を返す。 どこか思わず劉鳳の強い意思に引き込まれていきそうなのを抑えようとしているかのように。 「確かに奴は人類を抹殺するという正義があると言っていた……だが! そんなものが本当に正義と呼べるのか!? 絶対にイエスではない! たとえ俺の前に立つ者がどんな正義を掲げても俺の正義で断罪する! もし俺が負ければ俺の正義が間違っているのだろう!その時が来るまで俺は絶影で闘い続けるだけだ!」 最早演説のような調子で、劉鳳はタバサの問いに対して自分の正義について豪語する。 劉鳳の怒声とも取れる大きな声をタバサは黙って聞いている。 いつものタバサならその声の大きさに、思わず両耳に手を当て、両耳を塞いでしまうかもしれないというのに。 そして相変わらず表情は変えずに『そう』と短い返事をするだけでタバサは視線を劉鳳から逸らしてしまう。 まるで何かから逃げるように。 ◇ ◆ ◇ 真・絶影が飛行する位置から、大分東側に位置する地点で二人の男を乗せたバイクが疾走する。 真・絶影に乗る劉鳳達と同様に新たなる合流者、ブラボーと合流するために変電所を目指すという目的を持って。 だが乗っている二人の男の様子は全く正反対のものだった。 「もっと速度は出せないのか服部!? このままでは劉鳳のヤツが先に着いてしまうぞ!」 少し慌てている男の名はアミバ。 元の世界でケンシロウに殺された後に、この殺し合いに呼ばれたアミバであったがもう以前の彼ではない。 一人の反逆者(トリーズナー)、シェルブリットのカズマとの交流で以前のアミバの人生に全く無縁だった 『信念』、『反逆』の精神を受け継いだ事で彼は変わっていたのだ。 そしてそのカズマと同じように劉鳳に対して一種の対抗心を燃やしているのもまた何か運命を感じさせている。 「だぁぁぁーっ! これが限界ギリギリや! 大体競争とかしてるわけでもあらへんしそんな事気にすんなや!」 一方しきりにバイクの速度を上げろと促すアミバに対して、明らかな苛つきを覚えている色黒の青年の名は服部平次。 服部が元居た世界では、『西の名探偵高校生』と称される程にちょっとした有名人である服部。 そしてたった今遂に蓄積された鬱憤が溜まり大声を上げた青年である。 「……すまん」 「解ればいいんや! しかしホンマに仲が悪いやっちゃな……」 素直に自分の非を認めてアミバが口にする謝罪の言葉に服部は応える。だが服部はある不安を抱えていた。 言うまでも無くアミバと劉鳳の不仲であり、先程自分が身体を張って介入しなければ、不要な血が流れる事態になったかもしれない。 アミバと劉鳳が正面から本気で衝突すれば、自分やタバサなどひとたまりもない事は明確。 彼らの力量を考えれば、その辺に落ちている小石と同等の扱いとなる事は、決してあり得ない事ではない。 「俺は悪くない。そもそもあの劉鳳のヤツがだな……」 「はいはいさよかー」 心の中で『どっちもどっちやろがー!』と渾身のツッコミを行って、服部はアミバの返答を軽く流す。 服部自身は口に出しても別に良いと思っていたが、そんな事を言えばアミバがまた何か言い訳まがいな事を言うだろうと思い、 止めておくことにしたのだ。 それにそんなくだらない事より服部は気になる事がある。 勿論、キャプテン・ブラボーという彼にとっては、劉鳳の話でしか知らない新たな合流者の事についてだ。 (なんでキャプテン・ブラボーって偽名を名乗ってるんやろなぁ……もしかして何か自分の本名を隠したい理由でもあるんか? まぁこれは本人に直に聞くのが一番やろな) 探偵という立場上どうしても偽名を使っているブラボーに、あまりいい印象は持てない服部だったが、 直ぐにその事について推理する事を一旦保留する。 不器用ではあるが、明らかに悪人とは言えない劉鳳が信頼している人物であるブラボー。 その事実だけで今の服部には充分だったからだ。 そしてバイクは未だ疾走を続ける……エリアA-8を目指して。 ◇ ◆ ◇ 「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 エリアA-8で始まった吸血鬼、アーカードと錬金の戦士、キャプテン・ブラボーの闘争は未だ熾烈さを伴って続いていた。 闘争の幕が上がり未だ数分しか経っていないという時間的要因も当然あるが、 アーカードもブラボーは今まで過酷な激闘を潜り抜けてこの殺し合いに呼ばれた者達。 そんな彼らが僅か数分で終わる闘争を行うわけがない。 そしてブラボーがまるで獣ような叫び声を上げながらアーカードに向かって、 右の拳を普段の彼からは想像が付かない程暴力的に拳を揮う。 「グッ……いい攻撃だヒューマン!」 顔面にブラボーの右の拳がブチ込まれたにも関わらずアーカードが仰け反ったのはほんの一瞬の事、 瞬く間に幾多の鮮血に漬かってきた吸血鬼の腕を横方向に恐るべき速度で振り抜く。 当然ブラボーの上半身を切り裂くために拳ではなく、手刀の形を作りながらだ。 吸血鬼には吸血をする事で同属を増やす事や己の身体の事故修復能力など恐るべき力を備えている。 だが何と言っても吸血鬼の真の恐ろしさは……そう極めてシンプルに力が人間に較べてケタ違いに強いことだ。 そんな力で繰り出される手刀は容易にブラボーの身体を切り裂く事は出来るだろう……但し、当たればの話だが。 「甘い!貴様は必ず俺が――」 身体を一気に屈める事により、ブラボーの頭上でアーカードの腕が不気味な轟音をたてて振り抜かれる。 驚異的なスピードだがブラボーも只の人間でなくホムンクルスを掃討するために結成された錬金戦団の戦士長であり、 一流の徒手空拳の技術を誇る男。 かなり危ない所だったがブラボーはアーカードの腕を回避、 そのまま身体を元の高さに起き上がらせるため大地との反発力を利用して右足を上方に向かって蹴り上げる。 狙いはアーカードの喉、人体で主要な部位の一つである延髄に衝撃を喰らわせるために。 「俺が? 俺がこの私にどうするというのだ? 狗のように吼える貴様は私に何を見せてくれる!?」 アーカードも只ブラボーの攻撃を受けているだけでない。 咄嗟に空いていた左腕で自分に向かって蹴りこまれてくるブラボーの右足を掴む。 やはり先程ブラボーに叩き込まれた打撃や自分の攻撃が空振りに終わった事に対して悔しさはなく、 寧ろ嬉しそうな表情を浮かべながらアーカードもブラボーと同様に叫ぶ。 そして左腕に力を込め、アーカードはブラボーの右足をその吸血鬼の力で締め上げようとする。 「言うまでもない! 俺が貴様の――」 だがブラボーは全く慌てる様子もなく、右腕でアーカードの左腕を殴りつけ圧倒的な力による右足の拘束を解く。 いくらブラボーが戦闘に慣れていると言っても、あまりにも早すぎる反撃行動。 実はブラボーは自分の右足による攻撃はアーカードと今まで闘った実体験、 そして散を倒したという事実から防御される事は予想していた事が関係していた。 そのためアーカードに締め上げられる前に反応する事が出来たというわけだ。 「死を見せてやる! 貴様はこのキャプテン・ブラボーが必ず殺してみせる!」 キャプテン・ブラボーは怒りに身体を震わせていた。 普段のブラボーがとても言わないような「殺す」という単語を何の抵抗もなく口に出せる程に。 何故カズキや桐山のような子供達が死んでしまい、こんな屑みたいな異常者アーカードが今ものうのうと、 憎たらしい笑いを浮かべてこうして生きているのか? ブラボーの心は疑問のピースで埋まっていき……ついには怒りと言う文字のパズルが出来上がってしまった。 当然ブラボーの怒りは未だ収まろうとはしない。 「うおおおぉぉぉぉぉ!!」 ブラボーの右拳による打撃で一時的にアーカードの左腕に痺れが走る。 更にブラボーは腰を落とし、同様に両腕も自分の腰の高さまで落とし構えを取る。 ブラボーが持つブラボー技(アーツ)13の内の1つを繰り出そうとする。 「粉砕! ブラボラッシュ!!」 散が纏っていた強化外骨格霞には、さしたる効果を与えられなかった両拳による怒涛のラッシュ。 だが今のブラボーは散と闘った時よりも更に大きな怒りを、桐山に託され、更に重さを増したこの殺し合いを潰すという使命がある。 散との闘いで繰り出した時以上の速さで、ブラボーは両の拳を縦横無尽にアーカードの身体に叩き込む。 肉と肉がぶつかり合う派手な音と共に、アーカードの身体に生まれる不自然な凹凸。 アーカードの身体から噴出される鮮血がブラボーのシルバースキン形コートを朱色に染めていく。 まさに獲物の返り血を浴びた悪魔の存在を象徴するかのように。 だがアーカードは吸血鬼だ、こんな事で倒れはしない。 「捕まえた」 遂にアーカードは、今まで縦横無尽に暴れまわっていたブラボーの左腕を、しっかりとその腕で掴む。 吸血鬼の恐るべき力を片腕で振りほどく事は、いうまでもなく容易でない。 その事をブラボーも当然理解しており、未だ拘束を受けていない右腕を叩き込む事によりアーカードの拘束から逃れようとする。 だがブラボーがその行動を行おうとする前に、突然彼の視界は真っ白の世界で閉ざされてしまう。 瞬く間にして生まれ、白に染まりきった世界。 一瞬何が起こったか理解出来ずにいたブラボーだったが、自分の顔に違和感を感じ、何が起こったかを遂に理解する。 「豚のような悲鳴を上げろ」 ブラボーが感じた違和感の正体はアーカードの掌の感触だった。 そう、アーカードの手がブラボーの顔を掴み、彼の手を覆う白い手袋がブラボーの視界を覆っていたから。 更にアーカードはそのまま、彼の身体をその圧倒的な力で大地に叩きつける。 唐突に襲ってきた衝撃に、一瞬痙攣を起こし、嗚咽を漏らしながら碌に身動きが取れないブラボー。 だが、アーカードの身体は対照的に動く事を止めない。 ブラボーの顔面を掴み、彼の身体を無理やり仰向けの体勢にさせ、アーカードはそのまま疾走を開始する。 「があああぁぁぁぁぁ!!」 アーカードに引きずられる事でブラボーの頭部、背中、肩、足などが地面と擦れ彼のコートを、肉までも引き裂いていく。 そのアーカードの圧倒的な力、走力で生み出されるダメージは、ブラボーの身体を確実に蝕み鮮血を滴らせる事になる。 そしてそのままアーカードは片腕で軽々とブラボーの体を前方に投げつけ、勢い良くブラボーの体は大地に放り出された。 放り投げられたブラボーは咄嗟に体勢を整えようとするが―― 「さぁどうしたヒューマン? まだまだお楽しみはこれからだ」 一手早くアーカードの手には巨大な拳銃、フェイファーツェリザカが握られており、その照準は真っ直ぐブラボーの方に向けられていた。 銃器の扱いには嫌という程慣れているアーカード。 その狙いには一寸の狂いもない。 フェイファーツェリザカの引き金に掛けられた指が動き、一切の躊躇なく引かれようとした瞬間―― 「剛なる右拳、伏龍!」 異形の拳がアーカードの腹に撃ち込まれ、思わずアーカードの身体を数歩引かせる事となる。 今この場にもう一つの『正義』が降り立った。 ◇ ◆ ◇ 劉鳳には今彼の目の前に居る人物について知っていた事は何一つなかった。 真・絶影で攻撃を仕掛けた時点ではアーカードの名を知らなかったから当然だ。 だが一つだけたった今極めて単純な事だがわかった事がある。 それはアーカードがブラボーを放り投げた瞬間で完全に確定事項となった。 無論、アーカードは紛れもない敵だと言う事が。 何故そんな事が言えるか? 何故ならアーカードは自分の仲間であるブラボーと闘っている。 その事実だけだがあまりにも充分すぎる理由と言えるからだ。 「まだだ! 剛なる左拳、臥龍!」 タバサを抱え、真・絶影から劉鳳がブラボーの傍に降り立つ。 更に真・絶影の左腕を先程の右腕と同じように射出、完全な悪と断定できるアーカードに追撃の拳を喰らわせる。 真・絶影の右拳だけでは踏みとどまっていたが、更に左拳まで撃ち込まれてはアーカードも体勢を崩さずにはいられない。、 そのまま両拳に押し込まれる形で変電所の壁に勢い良く叩きつけられる。 更にアーカードが叩きつけられた箇所は、奇しくも先程ブラボーが激情に任せて拳を殴りつけたそれと同一の位置。 アーカードの巨体が飛び込まれた事により、脆くなっていた変電所の外壁がボロボロと音をたてて崩れる。 音を立ててアーカードの身体は瓦礫の雨に埋もれていく事になる。 「無事かブラボー!?」 「すまん! 助かったぞ劉鳳!」 ブラボーに腕を差し出し、彼の体勢を整える動作を補助しながら劉鳳が訊ね、それにブラボーが帽子を拾い上げながら答える。 だが彼らの表情は決して再開を祝うようなおめでたいものではなかった。 「すまんブラボー……俺の力が足りなかったばかりに良という男に平賀を……」 「俺も同罪だ劉鳳……俺の身代わりになって桐山は散の手で……」 第二回定時放送により、互いの失態については知っていたが劉鳳とブラボーの二人はそれぞれの不甲斐無さを自分の仲間に打ち明ける。 共に『正義』を打ち立てると誓い合った仲間に対して。 そんな二人のやりとりをタバサは不思議そうにだが、一時も目を逸らさずに凝視していた。 まるで彼ら二人から何かを見出すように。 「ところでこの少女はどうしたんだ?」 「ああ、その子の名はタバサ。俺の新しい仲間であり、後二人こっちに向かってきている。そして……平賀の知り合いだ」 「よろしく」 「そうか……」 そんなタバサの視線を感じ、ブラボーは劉鳳に訊ねるがその答えを聞き、思わず顔を下げる。 それは劉鳳本人も同じ事であり彼もまた項垂れてしまう。 自分達が守るべき者を守れなかった事に対して贖罪を行うかのように。 「それよりもあの男は一体何者だ?」 「奴は正真正銘の悪、吸血鬼アーカードだ。それにあの散を倒し、奴の記憶を持っているとも言っていた」 「何ッ!? あれが桐山の言っていたアーカードという奴か! それに散を倒しただと!?」 アーカードについてブラボーの返答を聞き、劉鳳は思わず驚愕する。 一度散に負けた身として散の力は充分に知っているから当然な事だ。 自分が散と闘った、ブラボーが散と闘った時間を計算するとアーカードはつい先程まであの散と闘っていた可能性がある。 そんな状況でもあるに関わらずアーカードが真・絶影の剛なる右拳、伏龍を受けても立っていた事に劉鳳は驚きを隠せない。 「ならば一応奴が死んだかどうか確認するべきだ!」 「確かにそうだな……まぁ恐らく死んでいるとは思うが」 劉鳳の提案にブラボーが相槌を打ち、賛成の意を示す。 だが実際のところ二人とも恐らく確認など意味のない事だと思っていた。 既に散と闘っていたという事実、ブラボーの打撃、真・絶影の拳、そして変電所の外壁の破壊による瓦礫の落下。 これ程までのダメージをアーカードは負っていたのだから、二人が安心する事も無理はない。 そう思い劉鳳は絶影を解除し、あまり警戒せずに二人はタバサを残して、 アーカードが埋まっている地点に歩を進めるが――それは間違いだった。 ――BANG! 突然聞きなれない轟音が――銃声が辺り一帯に響き渡り、瓦礫の隙間から一発の銃弾が劉鳳とブラボーの方へ向かってくる事になった。 絶影を発動する事は間に合わず、二人は咄嗟に横方向に飛びのき難を逃れる。 しかしそれは完全に逃れたとは言えなかった。 「「逃げろ! タバサァァァァァ!!」」 そう、その銃弾は偶然にもタバサの方へ――いや、アーカードはこれを狙っていたのかもしれない。 この危機的状況を劉鳳とブラボーがどう回避するかを見るために。 だがたった今体勢を崩した劉鳳とブラボーにはタバサを守る事は出来ず、只大声を上げてタバサに逃げろと言う事しか出来なかった。 撃鉄を起こされる事で撃ち出された銃弾が真っ直ぐタバサの方へ進んでいく。 その銃弾を目の当たりにしてタバサは只、凝視するだけで動く事は出来なかった。 やがてタバサの視界が黒一色に――否、銀一色に染まる。 何故タバサの視界は銀色に染まったのか?それは―― 「武装錬金!!」 そう、たった今シルバースキンを纏ったアミバがタバサの頭上を飛び越え、彼女の前に立ち、迫り来る銃弾をシルバースキンで防いだからだ。 今二つの『正義』と『吸血鬼』が奏でる『闘争』という演舞に『反逆』という役者が介入した。 ◇ ◆ ◇ 今まで服部とアミバを乗せ、疾走していたバイクだが突然調子が悪くなりエリアA-8東部に停車してしまっていた。 そのためアミバが一足先に変電所に向かう事になっていた。 大地を蹴り、疾走を続けるアミバの視界には劉鳳とシルバースキンと全く同じ服を纏った男がタバサの元を離れ、 瓦礫の山に向かっていた二人が入ってくる。 (大の男が二人雁首を揃えて何を探しているというのだ?) 何をやっているかわからない二人に対して疑問を抱いたアミバはその疑問を解くために取り合えず跳躍する事にした。 この事が偶然にもタバサを救った事はアミバにとっても知る由もなかった。 「大丈夫かタバサ!?」 「うん、大丈夫」 さすがに驚いた表情をしたタバサにアミバは声を掛ける。 只、ひとえに自分の仲間であるタバサの身を案じて。 「アミバ! お前……服部はどうした!?」 「服部ならバイクとやらの故障で未だ後ろに居る! それよりその男が――」 「キャプテン・ブラボーだ! 宜しく頼ぞアミバ!」 どことなく何かを認めたような表情をした劉鳳と、ブラボーも直ぐにアミバとタバサの元に駆けつける。 そして簡潔に互いの状況、身の上の情報について劉鳳、ブラボー、アミバは交換を完了する。 その短い情報交換の中でブラボーは、自分のシルバースキンをアミバが纏っている事に驚きは隠せない。 本来核鉄は使用者の闘争本能を具現化する事で精製される唯一無二の武器である。 よってアミバがシルバースキンを発動する事など、有り得ない事であったがブラボーはその疑問について考える事を一時中断する。 その謎は後で考えれば良い事であり、それよりもブラボーの心には喜びがあった。 一つは勿論タバサに怪我一つ無かった事、そしてもう一つは自分のシルバースキンを扱う人物がこの殺し合いに乗った人物で無かった事だ。 未だブラボーはアミバについてあまり知っている事はない。 だが、彼はアミバの瞳を見て全てを悟った。 その『正義』に燃える瞳を見ることで。 「こちらこそ頼むぞ! キャプテン・ブラボー!」 力強い手でアミバとブラボーは握手を行い、互いを同じ意思で闘う同士として認める。 だが彼らが今行う事は互いの交流を深める事ではない。 直ぐに握手を解き、劉鳳、ブラボー、アミバの三人は一点をその鋭い両眼で見つめる。 「HAHAHAHAHAHAHAHA! アミバと言ったか? 貴様の名は散の記憶にはないようだ。 おもしろい! さぁ化物であるこの私を倒してみせろヒューマンども!!」 「「「ほざけぇ!!」」」 瓦礫の山からアーカードが全身から血液を滴らせ、姿を現し、叫び声を上げる。 やはり闘争の幕は未だ降ろされる事は許されないようだ 中編