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前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 「きゅいきゅい! お姉さま、すごい!」 「うん。タバ―― お姉ちゃんは、なんでも上手だね!」 シルフィードとディーキンが、タバサのサイコロ賭博の様子を見て喜んでいた。 3つのサイコロを振って目の大小を当てる単純なゲームなのだが、タバサは今のところ大勝ちしている。 タバサは最初、慎重に一枚ずつチップを張って、シューターの癖をじっくりと観察していた。 シルフィードはタバサが負けるたびに毎回大げさに心配していたが、ディーキンは興味深そうに見守り続けた。 彼女はやがて、ときおり高額のチップを張るようになった。 そしてそういう時には、毎回必ず勝った。 とはいえ、タバサは仲間たちから褒めそやされても無表情なまま、淡々としていた。 「……それほどでもない」 そういって、謙虚なナイトのような姿勢を崩さない。 実際、先だってはイザベラに大負けしたのを内緒にしているので、彼女としてはあまり褒められるとかえって少し後ろめたかった。 大体にして、なんでも上手だというなら当のディーキンのほうがよっぽどそうじゃないかとタバサは思っている。 呪文ひとつで妖精やエルフにも似た驚くような生き物を召喚し、竜に化け、恐ろしく速い馬を作り、立派な衣装まで仕立てられるのだから。 彼の、自分自身の能力に対する評価が低すぎるのだ。 そう考えると、タバサはなんだか、ひどく歯痒いような思いがした。 (どうしてあなたは、いつも私を尊敬したような目で見てくるの……) 私の心を、こんなにも打ちのめしたくせに。 私はあなたから、そんな目で見られたいんじゃない。 あなた自身に、もっと自分はすごい人なんだと、わからせてあげたい。 きっと、あなたこそは、私の……。 そこまで考えて、タバサははっと我に返った。 これではいけない。 今は、勝負に集中しなくては。 一方ディーキンは、彼女の才覚に素直に感嘆していた。 自分にはぜんぜんわからなかったが、彼女はきっと、この短時間でなんらかのシューターの癖を見つけたのだろう。 その癖が出て目を読めるときを狙って、大きく張って稼いでいるのだ。 それにしても、貴族である彼女が一体いつ、どうやって、本職のシューターをも出し抜けるような賭博の技術を身につけたのだろうか? (タバサが嫌そうじゃなかったら、今度聞いてみようかな……) そんなことを考えている間にも、タバサはどんどんと勝ちを積もらせてゆく。 小負けと大勝ちを繰り返し、いつの間にか当初の軍資金を百倍以上にも増やしていた。 彼女の前には今や数千エキュー分のチップが積み上げられ、周囲には大勢のギャラリーが集まっている。 ディーキンはそれをみて少し考えると、そっとその場を離れた。 今回の仕事は、この賭場が儲ける仕組みに不正がないかどうかを確かめることだ。 タバサの活躍を見て感心しているだけ、というわけにはいかない。 ディーキンは、博打に関しては大して詳しくもない。 見たところ、タバサの方がずっと上手のようだ。 ここでゲーム自体に不正があるかどうかを見抜くのは彼女に任せることにして、自分はそれ以外の面から検討してみるほうがよいだろう。 もちろん、博打というのはすべからく胴元が儲かるようにできているもので、それ自体は別に不正ではない。 博打は慈善事業ではないのだ、胴元に金が入らなければ賭場は潰れる。 その通常の範囲を明らかに超える、不当としかいいようのない行為があるかどうかが問題なのである。 さておき、普通にゲームを提供していても無難に問題なく儲けられる胴元には、普通はイカサマを試みる必要などないはずだ。 店の側がイカサマを行って荒稼ぎをすれば、じきに負けの込んだ客から不正を疑われ始めるのは避けられない。 それでは、たとえどのようなイカサマかまでは露見しなかったとしても、遠からず客は離れていってしまうことだろう。 無論万が一にも露見してしまったなら、その時点でアウトである。 ゆえに通常、危険を冒してまでイカサマをするほどのメリットがないのだ。 イカサマをするのは、大抵は客の側である。 確率的に不利な立場である以上、真正直にゲームをやっていては、長期的には勝ちの目はないからだ。 それでもあえて、店の側が不正行為をするとしたら……。 店が相当切羽詰った状況に追い込まれていて、とにかく当座の金を大至急掻き集めねばならない場合などだろうか? しかし、見たところこの店はかなり繁盛しているようで、そんな状況には見えない。 あるいは、始めから長期間の経営を考えずに、短期間のうちに稼げるだけ稼いで姿をくらますつもりでいるのだろうか? それならば、ありえるかもしれない。 いや、それ以前に、話によると多くの客が負け続けで不正を疑われるレベルなのにもかかわらず、客は通い続けているのだという。 だとしたら、単にイカサマをしているというだけでは説明が付きにくいが……。 まあ何にせよ、推測だけでは埒があかない。 まずは何かしらの手掛かりを探し出してそれを手繰り、実際の証拠を掴むことだろう。 「ンー……、」 ディーキンはあちこちをゆっくりと歩きながら、人々の様子や場の雰囲気などを、ひそかに観察していった。 あちこちの卓に熱くなっている客がいて、舌打ち、文句、罵声、怒号等が、頻繁に飛び交っていた。 カードを床に叩きつけたり、地団太を踏んだり、自棄になって酒を煽ったりする者たち。 床は散乱した破れかけのカードやこぼれた酒で、ところどころ汚れている。 時折、ちょっとした諍いが起こって掴み合いの喧嘩をしそうになる客などもいた。 切れ長の目と銀の長髪を持つ、目端の利きそうな美男子の店員が素早く仲裁に入って、引き離す。 まあ、こういった博打の場ではよく見られる光景だともいえようが……。 ディーキンは、奇妙な違和感を覚えた。 ここは本来ならば、貴族や金持ちの商人などが出入りしている、かなり客層のよい高級カジノのはずだ。 それにしては、なんというか、こう……、雰囲気が、“混沌とし過ぎている”のだ。 これではまるで、ごろつきどもがたむろする、場末の賭場のようだ。 さらに注意深く客の様子を伺うと、一部の客の奇妙な動向が目に留まった。 大勝ちした一部の客が、悔しげな他の客を尻目に、ふらふらと店の奥へ向かっていくのである。 それらの客の中には、男もいれば女もいた。若い淑女もいれば、初老の紳士もいた。 だが、みな一様に、夢見るようにうっとりとして、上気した顔をしていた。 (やっぱり、あの女の人なのかな……?) ディーキンの頭には、最初にこの店に入った時に声を掛けてきた、あの異様に蠱惑的な雰囲気を纏った女性のことが思い浮かんだ。 仮に、あの女性が何らかの方法で、客を虜にして勝ち分を巻き上げているのだとすれば? もちろん、異性ないしは同性を誘惑して金を貢がせること自体は、倫理的な是非はさておいても、不正な行為であるとまではいえない。 しかし、普通ならいくら魅力的な相手であっても、勝ち分を毎回すべて貢いでしまうとは考え難い。 もしも魔法的な手段を用いて人々を虜にしたのだとすれば、それはあきらかに不当な手段での稼ぎといえよう。 十分な証拠もなく早々に容疑をかけて取り調べるのは憚られたので、先程は何もしなかった。 だが、こうして調べてみると、やはりあの女性が疑わしいと言わざるを得ない。 こうなれば、彼らが向かって行く扉の先、この店の奥の方の部屋に何があるのかを、確認してみなくてはなるまい……。 「失礼いたします」 ディーキンがそんな風に思案していると、突然声を掛けられた。 顔を上げてみると、声の主は先程喧嘩を仲裁していた給仕の男であった。 香水のよい匂いを漂わせ、整った魅力的な顔に愛想笑いを浮かべている。 「お客様のお相手がかりを務めさせていただいている、トマと申します。どうぞお見知りおきを。 何かお飲みになりますか、ディーキンス様?」 長い銀髪をかきあげると、切れ長の目が現れた。まるでナイフのような鋭い視線だが、同時に人懐っこい光をも含んでいる。 先程の女性には遥かに及ばないものの、なかなかに魅力的な雰囲気の男であった。 なお、ディーキンスというのは、もちろんディーキンが先程カジノ側に伝えた偽名である。 ディーキンでは今ひとつ貴族っぽくないので、ちょっとだけ長めの名前に変えたのだ。 ちなみにタバサは、ド・サリヴァン伯爵家の次女、マルグリットと名乗っている。 ディーキンスは、彼女の弟という設定だ。 シルフィードはというと、伯爵家の侍女、シルフィと名乗っている。 少しだけ短く縮めたのは、ディーキンとは逆に平民風の名前にするためだ。 「オオ、ありがとうなの。 ウーン、じゃあ、お兄さんのお勧めをもらえる?」 「かしこまりました、少々お待ちを……」 トマと名乗った給仕は、頭を下げてカウンターの向こうに行くと、ややあってお盆に飲食物を乗せて戻ってきた。 暖めたミルクに、柔らかめのビスケットが2枚。それと、氷砂糖の欠片がいくつか添えてある。 相手が小さな子どもに見えるので、それに合いそうなものを見繕って来たのであろう。 本当はスパークリング・ワインでも試してみたかったのだが、そんなことを言っては疑われるので、口には出さないでおいた。 ディーキンはお礼を言って受け取ると、傍の席に座って行儀よく食べ始める。 トマは、隣の席に腰かけてその様子をじっと見守りながら、小さな声で話しかけてきた。 「その、失礼とは存じますが。 ディーキンス様とご一緒にいらっしゃった、あちらのお嬢様は……」 「ン? マルグリットお姉ちゃんのこと?」 「ええ。その……、ディーキンス様とは、髪の色などが違っておられるようですね。 もしや、他所から養子に来られたのですか?」 ディーキンは、その質問を聞いてちょっと首を傾げた。 こういった類の質問は、人間の間では確か、かなり不躾な部類にはいるものだったような気がする。 おそらくディーキンがほんの小さな子どもなので、非礼を咎められることもあるまいと考えたのだろうが……。 だがそれにしても、平民が、それも接客係ともあろう者が、貴族に対してそんな質問をするものだろうか? 見れば、目の前のトマという男は申し訳なさそうな、居心地悪そうな様子を見せている。 今の質問がいささか不躾なものだとは、自分でも思っているらしい。 ならば、それでもあえて聞かねばならないほど、その質問が大事だということなのだろうか。 もしや今回の任務とも、何か関係が……? (ウーン……) ディーキンは、何と答えてよいものか迷った。 しかし、もし仮に任務の内容とも関係のある事であれば、あまり長々と考え込んで不自然に思われるのも拙いかもしれない。 とにかく何か答えようと口を開き掛けた、ちょうどその時。 「ええい、これで今日はもう三百エキューも負けた! イカサマではないのかッ!?」 少し離れたテーブルで、顔を真っ赤にした中年の貴族が、拳を振り上げて騒ぎ始めた。 マントの作りから見て、領地を持たない貴族のようだ。 おそらくは下級の官吏かなにかだろうと、ディーキンは最近学んだ知識に照らし合わせて判断した。 「お、お客様……。このテーブルは、最低賭け金五エキューからの、高額ルーレットでございます。 お気の毒ではございますが、運が向かなければそう言うこともあるかと……」 担当のシューターがしどろもどろになりながらも、理を解いて宥めようとする。 が、その貴族はなかなか納得しない。 「やかましい、わしはこの間も百エキュー近く負けたのだ! 貴様では話にならん、支配人を呼べッ!」 トマは顔をしかめ、ディーキンに向かって頭を下げると、席を立ってそちらの方へ仲裁に向かおうとする。 しかし、奥の扉が開いたのを見て、その足が止まった。 そこから出てきたのは、支配人……ではなく。 カジノで最初に出会った、あのひどく蠱惑的な女性であったのだ。 「あらあら、お客様。私どもの店に、何か御不満でも? 支配人は、今とてもお忙しいので……。私が、お話を伺いますわよ」 女性は目を細めて、騒ぎを起こした貴族の方へ歩み寄っていく。 「何をぬかすか、この平民ふぜ――――」 貴族はいきり立って怒鳴り付けようと振り向いたが、彼女の姿を見た途端に呆然として動きを止めた。 女性は、そんな貴族に媚びるような目を向けながら、甘えるようにもたれかかって、耳元で囁く。 「まだお話があるのなら、さあ……。 どうぞ、奥の部屋で、私と御一緒に――」 「……あ? あ、あ――――」 貴族はまるで腑抜けのようになり、女性に支えられるようにして、一緒にふらふらと奥の間へ向かっていく。 多くの客から妬ましげな視線を浴びているが、そんな事には気付きもしない。 「――あら、先程のお嬢様。 随分と、勝っておられるようですわね……」 女性は去り際にタバサに目を止めると、にっこりと妖しげに微笑んだ。 それから、そのテーブルのシューターの耳元で何事か囁いて、彼を奥に去らせる。 「申し訳ありませんが、このテーブルはシューターが疲れている様子ですし、もうお開きとさせていただきますわね。 そろそろ小さな賭け額にも飽きた頃でしょうし、この方の後ででも、私がお相手いたしますわ。 夜は、まだこれからですものね。そうでしょう……?」 また、あのねっとりと絡み付くような目でタバサ見ながら、そう提案する。 オーナーの意向を伺いもせず、一介の接客係が勝手にシューターに指示を出し、そんなことを取り決める。 越権行為とも思われる振る舞いだったが、誰も咎め立てをするものはいなかった。 「……続ける」 タバサは、彼女の顔を魅入られたようにじっと見つめたまま、そう言って頷いた。 シルフィードも、傍でぽかんと口を開いている。 どうやら、この女性の魅力は、種族を問わず通じるものであるらしい。 (ふうん……) ディーキンは一人平然として、そんな周囲の様子を観察しながら、ちらりと横のトマに視線を走らせた。 彼もまた、件の女性の虜になっている様子だった。 しかし一方で、タバサの方をちらちらと、何やら心配げに伺っているのも見て取れた。 「それでは、しばらく寛いでお待ちくださいな。 トマ。この方たちに、休むための席を用意して差し上げなさい」 女性はトマにそう命じると、腑抜けのようになった貴族を伴って、再び奥の方へと消えていく。 ディーキンは周囲の目を気にしながら、懐から何やら宝石らしきものを取り出して顔のあたりに持って来ると、その後ろ姿を見送った。 やがて、彼女の姿が完全に見えなくなると宝石を懐へしまい直し、俯いてじっと何事かを考え始める。 その顔つきは、普段の彼からは想像できないほどに深刻そうで、険しかった。 休憩するために一行に用意されたのは、非常に豪奢な寝室であった。 入り口の扉は、美しい半裸の妖精達の姿が精緻に彫り込まれた、薔薇色の大理石でできていた。 中には紫の天蓋を備えた大きなベッドがあり、退廃的なほど美しい装飾の施された、各種の調度品類が備えられている。 床には、官能的なほどに心地よい肌触りの絨毯が敷かれ、壁には、何やら艶やかな場面を描いた美しい絵画やタペストリが飾られている。 タバサはカジノ側の人間が立ち去ったのを確認すると、早速ディーキンと意見の交換を始めた。 ちなみに、シルフィードはこの部屋の豪奢な内装に興味津々の様子で、きゅいきゅいとはしゃぎながらあちこちを見て回っている。 「……あの女性は、確かに怪しい。 でも、ただ誘惑するだけで、誰からでも勝ち分をぜんぶ巻き上げられるとは思えない」 「うーん……、そうかもね」 ディーキンは実のところ、必ずしもそうでもないだろうとは思っていた。 しかし、あえてタバサにはまだ自分の考えや気付きを伝えないことにして、首肯しておく。 「それでタバサは、何か手がかりを見つけたの?」 タバサは、首を横に振った。 「まだ、何も。でも、あの人はこれから私と博打をするといっている。 絶対に勝つ自信があるのなら、そこに何か仕掛けがあるはず。それを、見破ればいい」 おそらく、その仕組みと彼女自身の魅力を用いた誘惑とを組み合わせて客から金を搾り取っているのだろうと、タバサは推測していた。 自分の考えを話し終えると、ディーキンの意見を伺うように、じっと彼の顔を見つめる。 内心、彼からもっと良い提案か有用な助言でも出てこないだろうかと、少し期待しているのだ。 正直なところ、今言ったとおりにうまくやれるかどうかについて、彼女自身もそこまで自信を持っているわけではなかった。 先ほどのサイコロ賭博での大勝は、シューターの癖を見切ったのと、運とが半分ずつだ。 おそらく、普段からはイカサマはしていないのであろう。 一応、文句を言い出した客は一人いたが、おそらくは単に本人の運が悪かっただけなのかもしれない。 あの女性は、賭け金を上げてこれから自分と勝負をしようと言っていた。 おそらくは、その勝負で勝つための『仕組み』を解禁してくるはず。次からが、いよいよ本番となる。 だが、いったいどのような手を使ってくるのかについては、まだ何の手掛かりもないのだ。 いささか自信が持てず、不安を覚えるのも、無理はなかった。 心理的にいえば、亜人なり幻獣なりを相手にただ死力を尽くして戦えばよい普段の任務の方が、ずっとやりやすくて楽に感じられる。 「やっぱり、人間の最大の敵は人間……」 タバサが物思いに耽りながらそう呟くのを聞いて、ディーキンは内心で少し苦笑した。 いかにも人間らしい物言いだなあ、と思ったからである。 人間は、疑いようもなく、自分たちこそがもっとも優れた種族だと考えているだろう。 彼らは、エルフやドラゴンや、天使や悪魔などの強さ、優秀さを認めるはするかもしれない。 だが、それでも間違いなく、人間こそが世界の主人公だと考えている。 タバサの今の発言は、無意識のうちに人間の優位性を信じているからこそ出てきた言葉だ、とディーキンには思えたのだ。 まあ、別に人間に限らず、大方の知的種族はそうなのだろうが。 自分たちの上に異種族であるドラゴンを置く、コボルドのような種族の方が変わっているのだということは、ディーキンにもわかっていた。 それにしても、彼女の今の発言は、別の意味でも皮肉なものだといえよう。 だって、今回の敵は……。 そこまで考えて、ディーキンは思考を打ち切った。 それをタバサに伝えるのは、まだ早い。 彼女には、しばらく普通に勝負をしていてもらおう。 自分にはその間に、やっておかなければならないことがあるのだから。 「わかったの。じゃあタバサは、休憩が済んだらあのお姉さんと勝負をしていて。 ディーキンはその間に、ちょっとあのトマっていうお兄さんと、お話とか勝負とかをしてみたいからね―――」 前ページ次ページNeverwinter Nights - Deekin in Halkeginia
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前ページ次ページゼロの花嫁 一週間も経つと、キュルケもまともに授業に出られるようになった。 痩せこけた頬、青ざめた表情からは妖艶さが漂う程の美しき面影など微塵も見られない。 しかしそれをツッコメる猛者は生徒にも教師にもおらず、授業は淡々と進む。 一週間も授業をサボっていたのに誰一人文句をつけようとはしなかったのだ。当然といえば当然の反応であろう。 コルベールを除く教師陣は既に問題児四人に関わる事を放棄していた。 生徒でも彼女達に話しかけられるのはギーシュとモンモランシーぐらいで、後はメイドのシエスタのみ。 触れたら炸裂する弾頭のような扱いである。 ちなみにゴーレムの一件以来、ギーシュからルイズへの挑戦は滞っていた。 恐れをなしたのもあるが、それ以上に切実な理由がギーシュにはある。 前回負けたので決闘含めちょうど99回目。 記念すべき100回目の戦いは何としてでも勝利で終わらせたいと、秘策を練っている最中でもあるのだ。 モンモランシー曰く、平民が槍一本持って王城に攻め込むようなもの、だそうであるが。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人は学園始って以来の問題児ではあるが、授業は真剣に聞いている。 他の生徒にはない集中力を発揮する彼女達は、そういった面ではとても模範的な生徒である。 キュルケも遅れた分の内容はきちっと復習してきているようで、スムーズに授業を聞く事が出来ている。 時折行われるテストも、それが筆記であるのなら三人共学年で常に上位を保ち続けている。 実践では常にルイズが失敗しているのだが、その際に馬鹿にする者もキュルケぐらいで、他の皆はじーっと下を向いて気まずい雰囲気をやり過ごしにかかっている。 当のルイズはあっけらかんとしたもので、 「すみません、又出来ませんでした。これ以上は授業の妨げになるので、やり直しは後日という事でよろしいでしょうか」 と言いくるめさっさと席に戻ってしまう。 悔しさは当然あるだろうが、心の余裕の様な物が大きく、以前とは又違った対応も出来るようになっていた。 ルイズは燦に命じ、それとなくキュルケにトレーニングのアドバイスをさせる。 体を壊しては元も子もない。 魔法で治すにしても、より効率的なやり方をルイズと燦の二人は確立していたのだ。 何となくだが、直接ルイズが言ってはキュルケは聞いてくれなそうな気がした。 こうしてキュルケも授業に出てくるようになったが、やはり食事は別、一緒に居る時間も授業中のみ。 時折敵意に似た視線をルイズに投げかけ、何かを問いたそうにするも言葉には出さず、去って行ってしまう。 何か誤解があるのだろうかとルイズは思い悩む。 様々な事を共有してきた悪友、他の誰に解らない事でもお互いの間でなら通じる、そんな間柄だと思っていた。 だからこそ、ルイズは何も言わずに待つ。 友が自ら悩みを口にしてくれる時を。 本当に必要な時は、きっと頼ってくれると信じて。 夢中だった。 どうしようもない程に、他の何も目に入らないぐらい。 追いかければ、同じ道を走り抜ければ、きっと辿り着けると信じて。 それでも、やっぱり恐いのは無くなってくれなくて。 ただ毎日疲れ果て泥の様に眠るだけで。 そうしないと眠れない。体の中を暴れまわる言葉に出来ぬ感情が大人しくしてくれない。 だからやっぱり次の日も、目が覚めたら同じ一日を繰り返す。 半月程そうしていて、不意に気付いた。 必要なのはがむしゃらに走る事ではなく、単純に、時間が必要だっただけなんだと。 あの頃どうしようもないぐらい猛威を振るっていた激情は、最近では鳴りを潜めており、あるのはあの時の恐怖のみ。 結局それも恐くなくなったりする事はなくて、恐いままで、何とかやってくしかないんだって。 生まれながらに勇敢で、死を恐れぬ人間も居るかもしれないが、そんな人間に決して自分はなれないんだと思い知らされた。 「ごめんタバサ。私は誤魔化し誤魔化しやってく事にするわ」 ここには居ない友人に向かってそう呟き、キュルケは無茶を止めた。 衰弱死寸前で、ベッドに横になりながらそんな事を考えると、不思議と晴れやかな気分だった。 「こんのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ大バカーーーーーーーーーーッ!!」 ベッドの脇でルイズが絶叫する。 「こんなバカ見た事無いわ! 死ぬ気で頑張るんじゃなくて、死ぬつもりで特訓するバカが何処に居るのよ! アンタ本気で死ぬ所だったのよ! 魔法も効かないとかどんな状態よ一体!?」 一人でトレーニングをしていて倒れ、発見されたのは数刻後の事だ。 基本的に魔法は怪我や病気を治す手段であり、失われた体力を蘇らせる効果は薄い。 である以上、衰弱が原因で死に掛けたキュルケに魔法はほとんど通用しなかったのだ。 そんな事魔法を学んでいる者なら誰でもすぐに解ろうものだ、だからこそルイズは激怒しているのである。 突然病室のドアが音高く開かれる。 汗だくになって血相変えて現れたのはタバサだ。 横たわるキュルケ以外何も見えないといった様で、ベッド脇に駆け寄りキュルケの手を取る。 乾きひび割れた皮膚、かさかさの肌はいつでも肉感的なキュルケのソレとは到底思えない。 「あはは、ごめん。ちょっと無理しちゃった」 覇気もなく、弱々し気にそう語るキュルケ。 二人がこうしてすぐ近くで触れ合ったのは、あの晩、キュルケがタバサを突き飛ばして以来だ。 「……タバサの言う通りだったわ。どうやら私には無理みたい。ごめんねタバサ」 生気に満ち溢れ、煌々と輝いていた瞳は色褪せ、薄く濁った灰色の目をか細く見開いている。 全部私のせいだ。 キュルケはここまでやれないと思ってた。 こんなになる前に、きっと諦めると思っていた。 ルイズを止めてまで好きにやらせたのは、私が目を光らせているから大丈夫、そんな意味でもあった。 だが実際はどうだ。 自分の事で手一杯で、他に目をやる余裕も無くて、大切な友人を見殺しにしてしまった。 あそこまで追い詰められていたキュルケならこんな事になってもおかしくないと、そう考えられたはずなのに。 自分の都合を優先して、キュルケを蔑ろにした結果がコレだ。 余りに申し訳無さ過ぎて、自分が情けなくて、まともに顔が見られない。 キュルケの手を握ったまま、俯いて静かに嗚咽を漏らすタバサ。 ルイズはタバサの様子を見て、キュルケの有様を見て、何かがズレて来ていると感じた。 それは小さいズレだとも思う。 だが無視していいものじゃない、このまま行ったら四人にとって致命的な何かが起こってしまう。 まだ言葉に出来ぬ言い知れぬ不安といった段階だが、解決せねばならない何かであると、二人を見てルイズは思ったのだ。 絶対安静を言い渡されたキュルケに、燦とシエスタの二人は交代で付きっ切りの看病を行う。 キュルケの事だ、余りに退屈すぎると病室から抜け出しかねないとの判断からだが、その判断を下したのが学院における病室からの逃亡回数歴代一位のルイズなのでどうにも説得力に欠ける。 いや、凄く納得は出来るのだが、つまりお前が言うなという事である。 しかし予想外にキュルケは大人しくしており、また燦やシエスタの看護が良かったのか、キュルケは見る見る体調を取り戻して行く。 ある時、見舞いに来たルイズにキュルケが訊ねた。 「ねえ、ルイズは戦いが恐くないの?」 ルイズは即答する。 「何で私がそんなもの恐がらなきゃならないのよ」 馬鹿馬鹿しいとばかりに言い捨てるルイズに、キュルケは尚も問う。 「相手は本気で殺しに来てるのよ? 何処かで自分がミスしたら本当に死んじゃうのよ?」 キュルケの問いたい事が何なのかわかったルイズは、窓の外を見ながら気まずそうに頭を掻く。 「あー、そういう事ね……そりゃ、まあ、恐いといえば恐い、かも…………でもねっ、そんな事よりもよ!」 キュルケに向き直って強く主張する。 「もっと恐い事色々あるじゃない! そう思えば別に大した事なんて無いのよ! ええ、私は全然恐くなんてないわ!」 「もっと恐い事って、例えば?」 「そりゃ……」 即答しかけて言いよどむ。 そして本気で悩み出す。 「……何だろ?」 「いや聞いてるの私だし」 あーでもないこーでもないと頭を捻ってみたが、やはりうまい言葉は見つからなかった模様。 「と、ともかくそういう時があるのよ! あるったらあるの!」 「はいはい」 面倒になったのか、キュルケは追及の手を止める。 『もういいわ。この不可思議生物はもう、そういう生き物だと割り切るしかないわねぇ』 翌日、キュルケは同じく見舞いに来たタバサに同じ質問をぶつけてみた。 「……恐いし嫌い。でも他に選べないからそうしてるだけ」 ルイズと違い、重苦しい雰囲気を漂わせるタバサから、それ以上の事を聞く事は出来なかった。 仕方が無いのでルイズが戦える理由を聞いてみると、タバサなりの考えがあったようだ。 「元々大貴族の娘。そうやって育てられて来たはずなのに、学院では魔法が使えず劣等生扱い。 普通なら一週間と保たない。でもルイズは逃げなかった。その理由はわからないけど…… プライドと体面と自身の能力のバランスが著しく欠けた状態で、一年間踏ん張った。 あれは、とてもじゃないけど真似出来ない。私はその一年こそが今のルイズを形作る大きな要因だと思う」 キュルケは、まださほどルイズとも付き合いが深く無かった去年一年間を振り返る。 今でこそわかるが、確かにあの状況でヤケにもならず、歪みもせずにルイズがルイズのまま頑張り続けられたのは奇跡に近い。 「……何かといえば馬鹿にしてきたけど、良く考えると私もタチ悪い事してたわねえ」 「キュルケが本気で馬鹿にしてたのは最初だけ」 フォローが入るとは思って無かったキュルケは、きょとんとした顔をした。 「キュルケは意識してなかったと思うけど、ルイズを認めてたから事ある毎に構ってた。 ルイズにとっては他の馬鹿にしてくる人達と同じに感じられただろうけど、 キュルケ自身は本気で馬鹿にしてたとは思えない。むしろ色々気にかけてたと思う」 半分呆れ、半分照れたような顔になるキュルケ。 「別にフォローはいらないわよ」 「私はそう思ってただけ。実際どうかはキュルケとルイズにしか解らない」 突き放すような口調は、真面目すぎる話にタバサも照れているからであろうか。 キュルケはぐでーっとベッドに横になる。 「あー、もうわかんない事ばっかりね。自分の馬鹿さ加減が嫌になるわ」 「うん」 ここでトドメを刺すか、と思いタバサの瞳を見つめると、どうやらその「うん」は自身に向けての言葉だったらしい。 少ししんみりとしてしまった空気を変えるべく、キュルケは話題を逸らす。 「でも、今回の件でわかった事もたくさんあるわよ。ありがとねタバサ、何時も私の事見ててくれて」 「私は……」 それが出来なかったからキュルケがこんな目に遭っていると思っているタバサは、その言葉を素直に受け取れない。 しかしキュルケはそんなタバサの事情などお構い無しだ。 「私に出来る事と出来ない事、タバサはわかってたのよね。私あんなヒドイ事言ったのに、それでも心配して病室に飛び込んで来てくれたの嬉しかったわ。本当にありがと」 少し俯き加減のタバサは、ぼそっと呟く。 「……私も一つ解った事がある」 「ん?」 キュルケにしかわからぬ表情の変化、それは、やっぱり照れくさそうだった。 「ゴメン、より、ありがとう、と言われる方が嬉しい」 暖かい何かが胸の中に流れ込んで来て、顔が自然と笑みを形作る。 「それ、私の知る中でも一番の大発見よ」 くすぐったいような感覚は、けど不快では全然無くて。 部屋を出て一人になってもその感じは続いてくれて。 シルフィードに乗ってトリスタニアに辿り着いて。 人混みに紛れて下町を歩く足は自然と軽やかで。 でも、やっぱり私はどうしようもない存在だと、鍛冶屋に着くなり思い出した。 彼に悪意がある訳では無論無い。 これでいいか、そう訊ねながら私が依頼した贋作の杖を突き出して来てるのも、一生懸命さの現われだ。 だから彼は悪く無い。 悪いのは、みんなの信頼を裏切ろうとしている私。 例え誰にも見つからず完遂し得たとしても、多分私はもう、彼女達の仲間にはなれない。 あんなに綺麗な人達の側に、私みたいな薄汚いモノが居るなんて、私が許せない。 でも、例え裏切り者と謗られようとも、彼女達がかけてくれた言葉は決して忘れない。 これが終わったら、私はみんなの為に影に潜もう。 きっと色んな困難を迎えるだろう彼女達の力になれるように。 もう私に笑ってくれなくていい。今までにもらった分できっと一生生きていけるから。 でも、彼女達はそんな私の思惑何てお見通しだったみたい。 盗み出した杖を手にシルフィードの待つ森へと駆ける私の前に、私の大切な友達が立っていたのだから。 どうして、とは口に出来なかった。 始祖ブリミルが私のような卑怯者に相応の罰を下しただけだろう。 正直、この二人に責められるのが、一番堪える。 キュルケはまだ回復しきってない体を引きずるようにして、悲しそうに私を見ている。 ルイズは噴火寸前の活火山のようだ。しかし爆発を堪え、涙目になりながら睨みつけて来る。 サンは口をへの字に結んでじっと見ているだけ。 みんな私が何かを言うのを待っている。 だから私は、極力想いが口調に出ぬよう自制しながら話した。 「……コレ、必要だから持っていく。邪魔……する?」 すぐにルイズが激発した。 近くの壁に力任せの拳槌を叩き込む。 「何でよ!? 何で私がタバサの邪魔するのよ! ねえ教えてよ! 私が! タバサの邪魔をするの!?」 鬱屈していた物全てを吐き出すようにルイズは叫ぶ。 「ねえ! 何でよ!? サンも! キュルケも! そして貴女まで! 何で何も言ってくれないのよ! 困ってるなら声かけてよ! 辛いなら手を貸すよう言ってよ! 私は……私は……」 怒鳴りながら、歩み寄ってくる。 「貴女達の為ならどんな死線だって潜り抜けて見せるわ! 危ない橋だろうと怪我だろうと恐くなんて無い! もしも、どうしても貴女達が死ななきゃならないような事態になったら! 私も一緒に死んであげるわよ!」 目の前まで来たルイズが崩れ落ちる。 「……だからお願い、教えてよ。辛いって、困ってるって…… ……口に出してくれれば、私何だってやってみせるから…… 私馬鹿だから、言ってくれなきゃわかんないの……ごめんタバサ、私気付いてあげれないの……」 私にすがり付きながら泣き崩れ、それ以上言葉に出来ずにいる。 キュルケは、すたすたと歩み寄ってきて、私の両頬をその両手で包み込む。 ルイズもぐずりながらキュルケを見上げている。キュルケは、笑っていた。 うん、顔は笑ってるけど、全然笑ってない。 ごんっっっっ!! ……頭突きは予想外だった。 痛い、凄く痛い。 「ほら、ここで騒いでちゃ見つかっちゃうでしょ。こっちよ」 私もルイズも、キュルケに引きずられるように一室に隠れた。 片手で頭を押さえてる私を見て、キュルケは見た目は怒った顔をしてたけど、実は笑ってたと思う。 何でこの人は、こんなに私の事をわかってくれるのだろう。 私自身にもわかっていなかった私がして欲しい事を、事も無げにやってくれるのだろう。 ごめんなさい、私もう無理。他の誰は騙せても、この人達を裏切る何て事、出来ない。したく、ない。 つい先日一人で暴走してぶっ倒れたキュルケは、バツが悪そうに頭を掻いている。 「……とりあえず、この場で話進める資格あるのってルイズだけっぽいわね」 同じく単身敵地に乗り込んだサンも小さくなってしまっている。 当然タバサも、観念したのか大人しく言いなりである。 涙目のまま、ルイズは三人を睨みつける。 「アンタ達がいっつも勝手な事ばっかするからねえっ!」 すぐさま降参とばかりに両手を上げるキュルケ。 「ああもう、わかってるってば。私達が悪かったからとりあえずそれは置いておいて、タバサの話」 まだまだまだまだまだまだまだまだ全然言い足り無そうにしつつも、今は時間が無いのはルイズも理解している。 「で、どういう話なのよ? 偽物作ってそれ盗み出したのはいいけど、どっかで使いたいからそうしたんでしょ?」 タバサは静かに語り始める。 自分がガリア王家に連なる出自である事、毒により気を狂わされ人質にされている母の事、 王に疎まれ危険な任務をこなしている事、飲まされた特殊な毒を治す方法を探している事…… 全てを語り終えると、ルイズが得心したように頷く。 「……つまり、私達の敵はガリア王って訳ね」 キュルケが即座にツッコむ。 「飛躍しすぎよ! 普通にタバサのお母さん助けて解決にしときなさいって!」 燦は、何故か涙を溢していた。 「……私な、こんな事言うたらイカン思うけど……タバサちゃんがやっぱりええ子じゃったってわかって、ホント嬉しいんよ……タバサちゃんは絶対悪い事嫌いだって……本当良かった……」 それは皆の意見を代弁してもいたのだろう。 ルイズ、キュルケと順に燦の肩を叩いて落ち着かせる。 そしてルイズは肩を鳴らして腹を据える。 「んじゃ、行くとしましょうか。キュルケは留守番、コルベール先生見張って盗んだ事バレるようなら何とか誤魔化しておいて」 不満そうではあったが、まだ完調からは程遠いキュルケは仕方なくその役割を受け入れる。 抜き足差し足忍び足で外に出ると、確認までにとタバサは燦に槍の使い方を問う。 燦は少し自信無さ気であった。 「うーん、確か思いっきり投げればええと思うけど……何か込めるとか言うてた気もするんよ……」 槍の強度は持っただけでわかるので、投げても大丈夫だろうと思い、試しにタバサは槍を両手で掴んで肩に背負う。 タバサが片手で持てるような重さではなかったのでこうしたのだが、少し持ちずらい。 これで母が本当に治るのか。 半信半疑であったのだが、タバサの、母に元気になって欲しいという願いは、数年かけて積み上げた想いは、槍に力を与えた。 「こう?」 そう言いながら走って勢いを付け、槍を放り投げる。 非力なタバサには一瞬槍が宙に浮かぶ程度しか出来なかった。 すぐに重力に引かれ落下する。ほんの1メイルも飛んでいなさそうだ。 その槍が突如閃光を放ち、轟音と共に空へとかっ飛んで行く。 ルイズもキュルケも、そうしろと言った燦までもが、余りの光景に言葉を失う。 ぺたんと座り込んでしまっているタバサは、燦に向き直る。 「……これで、いいの?」 燦は既に光の点と化した槍を見つめながら、それでもタバサを元気付けるよう明るく言い放つ。 「多分大丈夫じゃきに!」 「多分抜いて、お願い」 やはり安堵からは程遠いタバサは、すぐにシルフィードに乗って成果を確認に向かおうとする。 ルイズも燦も余り自信の無い後ろめたさから、焦るタバサを止めようともせずシルフィードの背に飛び乗り、早速ガリアへと向かうのであった。 ガリア国、オルレアン領。 その一角に不名誉な印を押された屋敷があった。 立派な造りであり、広大な屋敷であったが、住人はたったの二人。 ベルスランと言う名の忠実な執事と、その主、オルレアン大公夫人。 毒により狂った主人を、それでもと甲斐甲斐しく面倒を見てきたベルスランは、その日、雷が落ちたような大きな音を聞く。 それが臣下の責務であると信じる彼は、全てをさておき夫人の下へと駆けつける。 結果的にそれは最も効率的な行動となった。 ノックの音にも返事が無い事を訝しみながら扉を開けたベルスランの眼前に、信じられぬ光景が広がっていた。 天井からぱらぱらと土砂が落ちてきており、欠けたレンガは窓際にしつらえてあるベッドの上に降り注ぐ。 そう、部屋に入った人間が、十人中十人注視するだろう、今の常と違うベッドだ。 痩せ細り骨ばった夫人の口が限界を超えて大きく開かれ、瞳は中空にある何かに抗議するかのようにぎょろっと見開かれている。 ベッドに寝ている全身が腹部を中心にくの字に折れ曲がり、その中心には、どうやら天井をぶちぬいてきたと思しき一本の槍が突き刺さっていた。 「奥様ああああああああああああ!!」 ここ数十年出した事もないような大声で絶叫を上げるベルスラン。 まさかこの槍を投げたのが遠くトリステインの地にいるもう一人の主人、シャルロットであるなどと想像だにしないだろう。 血相変えて近くの医師を呼びに向かい治療を行うと、見た目より遙かに怪我が小さかった事がわかり心底安堵する。 そして一つの事に気付いた。 『……ぬいぐるみを手に持っておられぬのに……何故奥様はあのように落ち着いていらっしゃるのか……』 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページS-O2 星の使い魔 裏通りを抜け、ブルドンネ大通りを歩く一行。 既に太陽は南に昇り、燦々と力強く昼飯時を知らせている。 「ごめんね~、タバサ。もしかして朝食、食べてなかった?」 「……貴方が急かしたから」 目の前で手を擦り合わせるキュルケに、感情を交えずに答えるタバサ。 人前で腹の虫の披露させられれば、女性なら誰だって不機嫌にもなるだろう。 「ホントにごめんね~、お詫びに今日は私が奢るから、ね?」 「……」 タバサの眼鏡が陽光を受けてキュピーン!と言わんばかりに輝いた。 (……早まった、かしら?) 親友の思わぬ反応に、ちょっぴり嫌な予感を隠せないキュルケであった。 はてさて、やって来たのは一軒の洒落た喫茶店。 何でも、タバサのお勧めらしい。 「えっと……ルイズ、あの看板、何て書いてあるの?」 「『やまとや』ですって。変な名前ね、東方由来かしら?」 首を捻るルイズとクロードを尻目に、タバサとキュルケはずいずいと店に入っていく。 取り残される前に二人も慌てて追いかける。 「いらっしゃいませ~♪」 にこやかに応対するウェイトレス。 掃除の行き届いた清潔な店内。 とりあえず店単位でのハズレという線では無さそうだ。 なかなかどうしてこのタバサ、食に関してはなかなかの目を持っているらしい。 メニューを開けば、ケーキにパイ、クレープ等のお菓子に、各種パスタといった定番メニュー……と呼ぶには怪しいものも幾つか。 『ファイナルチャーハン』『戦慄のグラタン』『落涙のリゾット』といった、嫌に物々しいもの。 『渚の贈り物』『忘れられない思い出』など、何がなにやらさっぱり解らない代物まで。 果ては、何やらちょいと怪しげな銘柄のワイン(時価)まで置いてあるようだ。 「私はクックベリーパイと紅茶!」 「あんたってホントそれしかないわねぇ……じゃ、私はツナサラダで」 「……ハリケーントースト」 「じゃあ、僕はこの胸のときめきってのを一つ」 四者四様に注文を済ませる。当然、伝えるのはクロードである。 注文を受けてカウンターに戻る際、ウェイトレスの唇の端に生暖かい笑みが浮かんでいたように見えたのは気のせいだろうか。 「あんた、結構チャレンジャーなのね……」 「う~ん、理解できないものを理解できないまま放っておくのは性に合わないって言うかね。 昔から知らない場所があったら、飛び込みたくなる性質なんだ」 「……地雷気質」 容赦の無さ過ぎる氷点下のツッコミ。 あのルイズさえもが凍り付いて二の句が告げない。『雪風』ここにあり。 クロード自身も、自分がここに居る原因がそれであったことに思い当たり、言葉も無く苦笑する。 (こりゃ、本格的に機嫌悪いわねえ……お腹のこと以外に何かあったのかしら) 一方のキュルケは、小さき友人の吐き出す毒の強さに頬を引き攣らせる。 普段のタバサならば、何の反応も無く黙殺しているところである。 こんな風にわざわざ他人に突っかかることなんて無い娘なのに。 これはもしかして、もしかすると。いや、まさかね。 「そう言えばさ、タバサ」 きっかけを得たのか、クロードが話を振る。 あら、ダーリンってばこの子にまで? ご主人様がほっぺ膨らしてるわよ。 「シャルロットっていう名前に心当たり、無いかな?」 タバサの肩がピクリと動く。 そのことに、タバサ以上にキュルケが驚いた。 珍しいわね、この子がこんな反応するなんて。 「何故、そんなことを聞くの?」 「これを届けてくれた人がそう名乗ったんだけど、 その人がなんだか君に似ていて……いや、似てるってのは少し違うかな。 何ていうか、通じるものがあるような気がしてさ」 表情を変えぬまま内心で舌打ちをするタバサ。 抜かった。この男、他人の事には想像以上に勘が鋭い。 シルフィ、帰ったらお仕置き。 『そんな~、お姉さま非道いのね~。きゅいきゅい』 「……さあ、知らない」 鼓膜を介せず届く言葉を軽く黙殺しつつ、表情を変えずに切り返す。 「……ああ、そう」 クロードもそれ以上は追求することなく、納得したように言葉を切る。 嘘だな。クロードは直感的にそう判断していた。 彼女のさっきの反応と言葉、普段の彼女とは差異がありすぎる。 だが、彼女がこう言うのならば真実がどうあれ、納得するしかあるまい。 親友であるキュルケならばともかく、クロードが立ち入るべき領域ではない。 果たしてキュルケの方を見れば、片目を瞑って肩を竦めている。 こちらもまた、深く詮索するつもりも必要性も感じていないようだ。 むしろ、ならばこその親友ということか。 「ふうん……ねえ、クロード。この子に似てたって言うけど、どんな人だったの?」 あんたはもう少し言葉の裏を読めるようになった方が良いと思います。 物凄い勢いでタバサが氷の視線飛ばしてるのが見えてないんですか。 クロードとキュルケの心がバロームクロースと言わんばかりに一致した。 今ならばザ・パワー抜きで想定外のシンメトリカルドッキングが可能な気がする。 「お待たせいたしました~♪」 結論から先に言うと、彼らがこれ以上この話題を続けることは出来なかった。 理由を簡潔に述べるとするならば、予想を斜め上に突き抜けた展開がやってきてしまったから、といったところか。 「……」 「……」 「……」 気まずすぎる沈黙が場を支配する。 やまとや名物『胸のときめき』。 トロピカルジュースの上にフルーツやシャーベットが山のように盛り付けられ、 豪奢なまでの装飾を施された贅沢なデザート。 問題だったのは、そこにストローが『2本』刺さっていたことである。 「……」 「……」 クロードが助けを求めるようにタバサに視線を向けるが、 当のタバサは完全無視を決め込んで黙々とトーストとコーンチップスを口へ運ぶばかり。 もしかしてコレの正体、知ってて止めなかったんですか。 僕、何か君を怒らせるようなことしたっけ。 いや、ここは逆にポジティブに考えるんだ。 野郎と二人っきりで注文してしまったら、くそみそな大惨事だったじゃないか。 ……現実逃避しても空しくなるだけなので、この辺でやめとこう。 「ええっと……ど、どうしよう、これ」 「どうしよう、ってもねぇ……」 流石のルイズも頭を抱えている。 この展開は完全に予想外だったらしい。 「んじゃ、私がダーリンと一緒にいただくってことで♪」 「待ちなさいよキュルケ! これはクロードが注文した品でしょうが! か、勘違いするんじゃないわよ! 使い魔のものは主のもの、主のものは主のものよ! つまりコレは、私に属するもの、所有物であって、アンタに分ける分なんてこれっぽっちも無いわ!」 なんですかそのジャイアニズム。 「……なべスパ」 「あら、もしかして妬いてるのかしら、ルイズ?」 「ば、馬鹿言うなっ! 大体何よ、あんただってそんなもん食って、 二の腕や腰周りにた~っぷり肉が付いて、そのうち男から見向きもされなくなるんだから!」 「んぐっ! ……ふ、ふんっ、胸に栄養が行ってないあんたに言われる筋合いは無いわね!」 バーニィ、この状況じゃ呼んでも来ないだろうなあ。 「……はしばみ氷」 「だいたいねえ、泥棒猫のツェルプストーは信用ならないのよっ!!」 「ふん、鼠も獲れないヴァリエールの無能猫に言われる筋合いは無いわねっ!!」 今日はいい天気だなあ、デルフ。 あ、そう言えばスリープモードにしてたんだっけ。 前略オフクロ様、僕は今日も元気にインド人のウリアッ上に飛び込んで大ピチンです。 くれぐれも土星の矢には気をつけてくださいね────── 「……」 「ん、クロード君? 帰ってきていたのか。随分疲れているようだが、どうしたんだい?」 「コルベールさん……女の子って怖いですね……」 「……クロード君。私が言うのも何だが、 そういった悟りを開くには、君はまだ若すぎると思うのだが」 「悟り、ですか……そうですねえ…… 今の僕ならドラゴンでもはぐれでもドンと来いって感じですよ、HAHAHA……」 「……」 前ページ次ページS-O2 星の使い魔
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前ページ次ページプレデター・ハルケギニア ルイズとワルドは現在アルビオンへの貨物船に乗り込んでいた。 本来ならば出航は明日だったのだがこちら側が積荷の硫黄と同じ分の代金を払うこと。 そして風のスクエアメイジであるワルドが船の運航を手伝うという条件で出航となった。 今、ワルドとルイズは与えられた一室でテーブルを挟んで座っている。 テーブルの上にはワインとグラスが並べられている。 「ふぅ、最後の最後に邪魔が入ったが何とかここまで漕ぎ着けたね」 「ええ、でも大丈夫かしら。みんな……」 ルイズが心配そうな表情を浮かべる。ラ・ロシェールで囮となったキュルケ等のことが心配なのだろう。 「大丈夫さ、仮に捕らえられたとしても元々彼らは無関係だ。殺されるようなことは無いよ。 それに相手は所詮、平民だ。炎と風のトライアングルがいれば負ける可能性のほうが低い」 ルイズを安心させるかのようにワルドが言う。 それと同時に並べられたグラスにワインを注いでいった。 「取りあえず飲もうじゃないか」 ワルドがワインの注がれたグラスを差し出す。ルイズも同じくグラスを出し 互いのグラスとグラスを小さくぶつける。 ワルドの乾杯、の言葉とともに二人は注がれたワインを飲み干した。 「ルイズ、実は大事な話があるんだ」 「大事な話?」 急にワルドの表情が真剣な面持ちになる。 「僕と一緒になって欲しい。結婚しよう、ルイズ」 「け、結婚!?」 思わずルイズが驚きの声を上げる。 「そ、そんなワルド、私たちは確かに婚約者だけど…… まだ早いわ、まだ16よ私。それにこんなに急に……」 「そんなことは無いよ。君は立派に成長した。もう立派なレディだ」 ルイズの目を真っ直ぐに見据えながらワルドが優しく言う。 「と、と、とにかく少し考えさせて」 顔を真っ赤にしてルイズがしどろもどろに答える。 「わかったよ。確かに急な話だったかもしれない。でもルイズ、僕は本気だ。それはわかって欲しい」 「ワルド……」 「アルビオンについたら答えを聞かせて欲しい」 そう言うとワルドは静かに部屋を出て行った。 その頃ラ・ロシェールでは、 「どうなってんのよ一体?」 キュルケがハンカチで口元と鼻を塞ぎながら言う。 キュルケ達の目の前にはバラバラになった傭兵達の死体、屋根の方を見上げれば皮を剥がされ逆さ吊りになった 傭兵が見える。地面に傭兵の血液が雨だれの如く滴り落ちている。 周りにはキュルケ達の他にもラ・ロシェールの人々が集まり、ちょっとした人垣ができている。 「あれってルイズが召喚した化けモンじゃない。なんでこんな所にいるのよ。 しかも何で傭兵を……」 「まぁ結果として僕等は助かったわけだが……ウッ!?」 途端にギーシュが近くの路地へと走り嘔吐する。 「ふ、ふん。だらしないわねトリステインの男は。こ、こんなの屁でもないわ」 実を言うとキュルケも二回ほど嘔吐している。しかしキュルケの傍らにポツンと立つタバサの表情は いつもと変わらない。どこまでも無表情な顔はまるで人形のようだ。 「あなたは平気そうね、タバサ?」 キュルケの問いかけにタバサが小さく頷く。 「そう、強いわねあなたは……」 キュルケがタバサの小さな頭を優しく撫でながら小さく笑みを浮かべる。 「しかし、これからどうしようかしらね。ルイズ達は上手く出航できたみたいだけど……」 キュルケが夜空を仰ぐ。空には見事な双月が浮かんでる。 その頃タバサの使い魔のシルフィールドはラ・ロシェールの岩山の上で自身の巨体を丸めるようにして 眠っていた。大きな口からは穏やかな寝息が聞こえる。 下方に見える街で起こった惨劇のことなど露も知らないだろう。 しかし不意にその穏やかな眠りは破られた。シルフィールドの背中に何かが突然飛び乗ってきたのだ。 驚きのあまり体をバタつかせるシルフィールドであったが不意にその動きが止まった。 いや、体が固まったように動かなくなったのだ。 この時シルフィールドの耳穴には鋭い穂先の槍が挿入されており、その穂先は鼓膜の寸前で止められていた。 槍を握っている手の先には全身に鎧とマスクを身に着けた巨体、あの亜人がシルフィールドの背中の上に飛び乗っていた。 「死にたくなけりゃおとなしくしたほうがいいぜ、『韻竜』よ。言葉は分かるはずだろ?」 背中からの低い男の声にシルフィールドが驚きの表情を浮かべる。 亜人の腰に差された大剣が喋っている。 タバサの使い魔のシルフィールドはウィンド・ドラゴンということで通っている。 しかしその正体は遥か太古に滅んだと言われる『韻竜』と呼ばれる竜族である。 韻竜は他の竜族よりも遥かに高い知能を有し、人語を解することも容易だ。 そのことが周りにバレると何かと面倒なのでタバサ自身がウィンド・ドラゴンと嘘をつき シルフィールドもタバサ以外の人間と話すことは主人であるタバサから禁じられている。 (ど、どうして私のことを……) シルフィールドが頭の中で思考をめぐらせる。 するとまた背中から声がする。 「なに、ちょいとばかりお前さんに頼みがあるだけさ。アルビオンまで一っ飛びしてくんねえか。それだけさ。 韻竜なら軽いもんだろ?」 (そんな、でも勝手に飛んでいったらお姉さまに……) シルフィールドが考えていると槍の穂先が僅かに進みチクリと鼓膜に触れた。 思わずシルフィールドは夜空へと飛び上がってしまった。 飛び上がると共に耳から槍が引き抜かれる。 大きな翼を羽ばたかせシルフィールドは一気に空高く舞い上がった。 「へへ、ありがとよ。しっかしこんなとこで韻竜とはな。 本当めずらしいつーか運が良かったつーか……ってウォッ!?」 剣が喋り終わるのを待たずに突然シルフィールドの体が反転した。 続けざまに素早く宙返りと目まぐるしく動き回る。まるで暴れ馬ならぬ暴れ竜だ。 (振り落としてやるのね!) 亜人の体を振り落とそうと暴れ回るシルフィールドであったが不意に喉元に激痛が走った。 見ると亜人の手が喉元の肉を万力のような力で掴んでいる。 シルフィールドの体は固く青い竜鱗に覆われており体を保護している。 しかし喉元や腹部の白い部分は竜鱗に覆われおらず比較的柔らかい。 亜人の手に更に力がこもる。仮に人であれば引きちぎることなど不可能だが この亜人の力ならばたやすく肉を引きちぎるだろう。 あまりの痛みに遂にシルフィールドの心が折れた。 「わかった、わかったのね!アルビオンまで飛ぶから離して、きゅいきゅい!!」 シルフィールドの言葉と共に亜人が喉元から手を離す。 「やっぱり喋れたな」 「うう、ごめんなさいなのね、お姉さま……」 シルフィールドが涙目になりながら飛んでいく。 遥か先にはルイズ達の乗った貨物船が同じくアルビオンを目指し飛んでいるだろう。 船を追いかけるような形で背中に亜人を乗せたシルフィールドは夜空を駆けて行く。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
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第11話 ―トリスティン魔法学院・本塔― 本塔に、一人の者が立っていた。『土くれのフーケで』ある。 トリスティン中の貴族のお宝を、盗んでまわっている盗賊。その犯行は大胆かつ巧妙で、誰もフーケの姿を見たものはいない 。犯行現場の壁に『秘蔵の〇〇、確かに領収いたしました土くれのフーケ』とだけ残していく。 男か女か、誰も知らない 「さすが、トリスティン魔法学院の宝物庫ね。冗談じゃないわ。強力な魔法で守ってるのね」 フーケはそう呟くと、壁を器用に歩いていく 「いくら、物理的衝撃が弱点といっても…私のゴーレムでも無理みたいね」 その時、気配を感じて下を見ると…ルイズ、キュルケ、タバサとなぜか縄でぐるぐる巻きにされたエドがそこにいた 「あれは…まったく、平和ね」 フーケは、そう言うと壁に立ったまま下を見ていた 「や~め~ろ~!」 エドが、ぐるぐる巻きにされて、塔に吊られている 「いい?ルールは簡単よ。先にエドの縄を切った方が勝ちね」 「わかったわ。…じゃあ、私からいくわ!」 そう言うと、ルイズは杖を降った ちゅど~ん! エドのすぐ横の壁が、爆発した。壁にヒビがはいった 「殺す気かっ!」 エドは心の底から叫んだ 「さすが、ゼロのルイズね。…今度は私の番よ。」 そう言うと、キュルケは杖を振った。すると、見事に縄が切れた 「お~ち~る~」 エドは、落下する間になんとか両手をだし、壁に手をついた。しかし、錬金術が発動しない 「なんでだぁ~」 落下するエドが、何かに当たり落下が止まった。 タバサだ。タバサの使い魔のシルフィードが、落下するエドを受け止めたのだった 「あ、ありがとな」 「…いい…」 エドがタバサのシルフィードに乗って降りてきた 「私の勝ちね!」 キュルケは大きな胸を突き出し、ルイズに向かって誇らしげに言った 「…」 「さぁエド!私の部屋にいらっしゃいな。貴方にプレゼントをお渡しするわね」 ―その頃― 「なっ!?あの壁にヒビが!(あの魔法は、何なのかしら?)…まぁいいわ。」 そう言うとフーケは、仕事にとりかかった。フーケの前に、30メイルはあろうかという巨大なゴーレムが現れた 「な、なによあれ!?」 「ゴ、ゴーレム!?」 「…」 ルイズ、キュルケ、タバサは、ゴーレムの大きさに驚いていた がんっ! ゴーレムが本塔を殴り、塔の壁が崩れていく 「何やってんだ!早く逃げろ!…!?ルイズ!!」 「へっ?なっ!?」 ルイズの上に壁の破片が落ちてきた。 (間に合え!) エドは走った。夢中に走り、ルイズを突き飛ばした。 ドンッ!! ルイズがいた場所に、破片が落ちた 「「……」」 「相棒ぉ」 ………………………… 「いったぁ~い」 一瞬の沈黙の後、ルイズの声が聞こえた。エドは何とか間に合ったようだ 「あははははは」 ゴーレムの上で、フーケは笑っている。自分の仕事が成功したことと、逃げることしかできないルイズを笑っていた 「ありがとうね。貴方達。おかげで仕事がやりやすくなったわ。そこの、小さな使い魔君もよく頑張ったわね」 フーケがそう言って、立ち去ろうとしたとき― パンッ! 「だぁれが、どチビだぁぁぁぁ!!」 エドはそう叫ぶと、地面から何本もの槍が、ゴーレムに向かって伸びている ドド、ドス! (やった!) エドがそう思った時、突然ゴーレムがただの土くれに変わり、辺りに土埃がまった 「に、逃げられた…?」 フーケは見事に、エド達の目をくらましたのだ。 そして…穴が空いた宝物庫の壁には、 『破壊の杖、確かに領収いたしました。 土くれのフーケ』と、文字が刻まれていた
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百八話「MONEY DREAM」 宇宙商人マーキンド星人 登場 才人たちがタバサを救出するためにガリアへ侵入する手筈を整えていた頃、当のタバサは ガリア王国のアーハンブラ城に身柄を移されていた。エルフの土地である“サハラ”との 国境近くにある、ガリアの古城だ。タバサの母も同じ場所に連れられてきていて、眠らされていた。 現在のタバサは、杖は取り上げられているものの、虜囚の身になったとは思えないほど 自由にされていた。だが、城より外へ逃げ出すことは出来ない。城に在中するガリアの兵士たちに、 そして何より、タバサを下したエルフ――ビダーシャルに監視されているからだ。 ビダーシャルは何らかの目的があり、ガリア王ジョゼフに協力しているという。そしてビダーシャルは、 ジョゼフの要望により、母の心を狂わせた薬を作成中であった。――もちろん、タバサに飲ませるものだ。 このままだとタバサは、後十日ばかりで、死んでいるのと変わりないような状態にされてしまうのだ。 そうと分かっていながらタバサは、既にあきらめの境地にあった。万全の状態でもまるで 歯が立たなかったエルフ相手に、母を連れての脱走が出来るはずがない。逃げたシルフィードが 才人たちに助けを求めに行って、彼らが自分を助けようとガリアという大国を敵に回してしまう のではないかということだけが唯一の心配事であった。 タバサは自分に残されたわずかな時間を、眠ったままの母と一緒にいることに費やすことに決めた。 母のベッドに腰掛け、ビダーシャルの持ってきた本の一冊のページをゆっくりとめくっていく。 『イーヴァルディの勇者』。ハルケギニアの平民の間で広く読まれている冒険活劇だ。 自分も、イーヴァルディのようにいくつもの冒険をしてきたものだ。だがその幕切れは こんな形であった。ファルマガンとジルとの約束を果たせなかったことは残念であるが、 最早どうしようもなかった。 タバサは己の経験した冒険を回想した――。 今度のタバサの任務は、いつものような荒事ではなかった。ガリアのベルクート街に新しく 出来た賭博場に、貴族平民問わず多くの人間が入れ込んでいるのだという。その中には王宮で 働く者も少なくなく、賭け事に熱中してろくに働かなくなる者が日に日に増加していき、 しわ寄せを食らっている王宮が悲鳴を上げているとのこと。その問題の賭博場の人を惹きつける カラクリを暴き出し、潰してくるのがタバサに与えられた使命であった。 そしてタバサは、ド・サリヴァン伯爵家の次女、マルグリットと名を偽って、問題の賭博場に 臨もうとしていた。 「おねえさま、今度の任務は荒っぽいのじゃなくてよかったってシルフィ思うの。おねえさまが 怪我しないのは、シルフィにも嬉しいことなのね!」 最近のガリア貴婦人の間で流行している男装姿のタバサにつき従う、次女の格好のシルフィードが ウキウキしながらそう言った。 「怪しい賭博場の秘密を暴け、ってことだけど、どうせそんな場所に大した秘密なんてないのね。 人間なんて欲望にコロッと流されちゃうものだし、みんながみんな遊び好きのろくでなしってだけ なのね。あッ、もちろんおねえさまは別よ? で、そんなお馬鹿さんを引っかけるつまんない カラクリを暴き出すことくらい楽勝なのね~、きゅいきゅい」 上機嫌にまくし立てるシルフィードだが、極秘の任務の内容を口に出すわ、人間として不自然な ことを並べるわ、とひどいありさまなので、タバサに杖でポカポカ叩かれた。 「いたい、いたいよう」 「静かに」 「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしゃべらないのね。きゅい!」 そんなこんなでやってきた場所は、一軒の宝石店。しかしそこが件の、地下賭博場の入場口なのであった。 タバサは事前情報にあった合図を示すことで、宝石店から地下へ続く秘密階段を下り、 賭博場の扉の前まで来た。 横の小さなカウンターの前に立つ黒服の執事が、タバサに恭しい態度で告げた。 「貴族のお客さまでいらっしゃいますか。では、こちらで杖をお預かりします」 隣に立った、シルフィードが、心配そうにタバサの顔を覗き込む。杖を預けることは、 雪風のタバサがただの女の子になってしまうことを意味しているのだ。 タバサは、動じた風もなく、杖を執事に渡した。 ドアマンが扉を開くと、中からどっと、眩い光と人々の喧騒、酒とタバコの匂いが溢れてきた。 「地下の社交場、“天国”へようこそ!」 入り口をくぐったタバサに、きわどい衣装に身を包んだ女性がしなだれかかった。接客係のようだ。 「まあ! こんなお小さいのに! 坊ちゃん、誰かの付き添いで来たの?」 タバサは首を振った。 「あら、よく見たら、女の子じゃないの! どこの商家のお嬢ちゃんだい? どっちにしろ、 ここは子供の来るところじゃないよ!」 女がそう叫んだら、奥からでっぷりと太った中年男性が現れた。人当たりのよさそうな 商人風だが、目が笑っていない。 「ばかもの。貴族のお嬢様と、商人の娘を間違えるな」 男は女を叱りつけると、奥へと下がらせた。 「接客係の失礼をお詫び申し上げます。当カジノの支配人である、ギルモアです」 タバサは男に関心を払わずに、辺りを見回した。サイコロ、カード、ルーレット等、様々な賭け事が 絶えず行われ、大勢の人間が群がっている。情報の通りの賑わい具合であった。 「どうしてこんな地下にカジノを造ったのだ? といった顔をされてますな? いやなに、 こんな商売をしている内に、顔色で思っていることが分かるようになりましてな」 ギルモアという男が言葉を続けた。 「知っての通り、カジノは合法ですが、賭け金に上限が定められています。しかし当カジノは、 裕福な商家の旦那様や、名のある貴族の方々にも満足いくような賭け金を設定させていただいて おるのです。従ってこんな細々と営業させていただいている次第。そして当カジノは、他の賭場には ない特色がもう一つあります。――お客さまにいつまでもお遊びいただけるシステムをご用意しております」 初めて、タバサがギルモアに顔を向けた。 「ご興味を持たれましたな。そのシステムというのは、賭博とは別に、少々の労働と引き換えに 資金を稼げるというもので、これ故に当カジノに来られるお客さまは、たとえ賭けに失敗されても、 いつまでもお財布の底が尽きないのでございます。まさにこの世の“天国”! 夢のような場所と 自負しております」 そうやっていつまでも客を離さないのが、このカジノの秘密の一つか。だが、その「少々の労働」とは どういうものなのか? 「まぁ詳しいことは、後でのお楽しみということで……」 まずは賭け事を始めろ、とギルモアは暗に言っていた。だがその前に、タバサに一つ尋ねた。 「安心が第一の当カジノ故、慎重を期すために、お名前を伺っております」 「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」 「ありがとうございます。マルグリットお嬢さま、今日はどのようなゲームでお遊びですかな?」 タバサが選んだのは、サイコロを使った賭博だった。それが、タバサの魔法も暴力も使わない 冒険の始まりだった。 タバサは始めの内は、レートの下限ギリギリを黙々と張っていた。しかし十五回目の勝負で、 ディーラーの手つきを微妙な動きを見切ったことで大金を張り、見事に勝利した。そんなことを 繰り返して、タバサは数時間後にはチップの山を積んでいた。周りの人々が自分の賭け事を忘れ、 ギャラリーを作ったほどだ。 夜も更け、最初百エキューだったのがおよそ一万数千エキューのチップになった頃に、 ギルモアが揉み手をしながらやってきた。 「お嬢さま……これはこれは大変な大勝でございますな。さて、そろそろ夜も更けてまいりましたが……」 どうやらタバサは店の予想以上の大勝をしたようだ。このまま勝ち逃げされては困る、 との響きが混じっている。ここからが本当の勝負ということであった。 「続ける」 と返すと、ギルモアの目がわずかに細くなった。指をぱちん、と弾くと、サイコロのシューターが ほっとしたような顔で奥へ消えていった。 「申し訳ありませんが、このテーブルは、シューターが体調を崩してしまったので、お開きと させていただきます。さて、そろそろ小さな賭け額にも飽きた頃ではございませんか?」 ギルモアの持ちかけてきた勝負をもちろん受けるタバサだが、その前に集中力を回復するための 休憩を申し出た。 豪奢な別室に通されたタバサに、ついてきたシルフィードがヒソヒソ声で尋ねかけた。 「それでおねえさま、肝心のここを潰す方法って思いついたの?」 コクリ、とうなずくタバサ。 「この賭博場は、間違いなく、何らかのイカサマをしてるはず。それを見つけて、客たちに教える。 それで終わり」 タバサは賭けをしながら、カジノの様子を観察していた。その結果分かったのは、今のタバサのように、 大勝をした客はギルモアたちに目をつけられ、個室での賭けに誘い込まれた。そして誰も戻ってこなかった。 何故戻ってこないのかまでは分からないが……勝ち負けが決まっているギャンブルなどありはしない。 それはつまり、ギルモアは確実にイカサマをしているということだ。 「なるほど。で、おねえさまは、早速そのきっかけを見つけたって訳ね?」 タバサが今度は首を横に振ると、シルフィードはため息を吐いてタバサの頭をぐりぐりとかいぐり回した。 「お前はほんとに使えない小娘ね。ちゃっちゃと任務を終わらせて、買ったお金でシルフィに お肉を買うのが裏の任務なのね。では、シルフィが何とかしてあげるのね! イカサマとやらを 見つけてあげるのね! きゅい!」 タバサはシルフィードをじっと見つめると、言い放った。 「あなたには無理。今回は頭脳戦」 「それはつまり、シルフィの脳が足りてない、と言いたい訳なのね?」 「そうは言ってないけど、近い」 きゅいきゅいきゅい! と抗議の声を上げるシルフィード。 「こ、この、古代種のシルフィを捕まえて、足りてないとは上等なのね!」 「……ゲームでイカサマを見つけることは、いつもの戦いとは全く違う」 「シルフィだって、お役に立ちたいのね」 「気持ちだけもらう。大人しくしてて」 「なによなによ。バカにして。つまんない! つまんない! ちょっと散歩でもしてくるのね!」 気分を害したシルフィードが廊下に出ていった後で、外から扉がノックされた。 「誰?」 「給仕のトマです。お嬢さま、飲み物を持って参りました」 「入って」 ドアが開き、スマートな青年が入ってきた。しかし彼は、ワインの壜とグラスをテーブルに置いても、 部屋を出ていかなかった。 「失礼とは存じますが……お嬢さまは、名家のお生まれではないですか?」 と問うたトマの切れ長の目には、タバサは覚えがあった。わずかなタバサの変化を、 トマは見逃さなかった。 「お久しぶりでございます。シャルロットお嬢さま」 「トーマス」 「そうでございます。オルレアンのお屋敷で、コック長を務めさせていただいていたドナルドの息子、 トーマスでございます。シャルロットお嬢さまが、あの扉から現れた時には、跳び上がるほどびっくり致しました」 タバサの頭に、懐かしい記憶が蘇った。トーマスは手品が得意で、シャルロットはそれを見て いつも朗らかに笑っていた……。 昔懐かしいトーマスは己の来歴を語った。オルレアンの家が取り潰しになった後は、使用人も 散り散りとなり、トーマスも父を亡くしてからごろつきのような暮らしを送っていたが、ギルモアに 拾われてここで働くようになったのだという。 「さて、そんなお懐かしいお嬢さまに、ご忠告です」 「忠告?」 「はい。ここに先ほどのチップの九割を手形に変えたものを持って参りました。これをお持ちになって、 裏口より逃げて下さいませ」 「どうして?」 「さる事情があって、それは言えませぬ。ただ、この後のゲーム、お嬢さまは決して勝てない 仕組みになっております」 「理由を教えて」 トーマスの目の色に嘘はなかったが、それでもタバサは理由を求めた。トーマスは困ったように 首を振ったが、タバサが納得しないと思ったのか、話し始めた。 「この賭博場は……店名にあるような“天国”とは言えませぬ。むしろ……」 「むしろ?」 「……いえ、言葉が過ぎました。たとえるならば、喜捨院なのです。富んでいる者から金を巻き上げ、 貧しい人々に配る目的で作られた賭博場なのです。従って、お金をお持ちの方は必ず負ける、そういう 構造になっております」」 「誰が作ったの?」 「ギルモアさまでございます」 あの欲深そうな支配人が、トーマスの言ったような喜捨院を作るとは思えないが……タバサは 口には出さなかった。 「そのような訳で、勝った一割は、貧しい者への施しとお諦め下さいませ。残りは私の裁量にて お返し致します。それでご勘弁下さいませ」 トーマスは心からタバサを心配してそう配慮してくれたのだが、儲けて帰るのがタバサの 目的ではない。彼には悪いが、タバサはその後のギルモアとの賭け勝負に挑んだのであった。 だが、万全の心構えで挑んだにも関わらず、タバサはギルモアの仕掛けたイカサマのタネの、 糸口も見つけることが出来なかった。単純なカードのゲームで、カードに仕掛けは見当たらず、 カードを切る役もゲームの場所選びもタバサがやったにも関わらず、タバサは負け続けた。 一時間も経たずに、タバサは先ほどの勝ち分を全て溶かしてしまった。 タバサのチップを全て奪ったギルモアは、至極満足げに告げた。 「さて、お嬢さま。どうやらチップがなくなってしまったようですが……これ以上お続けに なるのなら、新たにチップを買っていただかなくては」 タバサは首を振った。 「おやおや、それではゲームは続けられませんな。しかしご安心を! このような場合に、 私めが先ほど申し上げた『システム』がご有用となるのです」 とギルモアが言った途端、トーマスの表情が一気に青ざめた。 「ぎ、ギルモアさま。マルグリットさまはまだ幼くいらっしゃいます。あの『仕事』をお勧めするのは……」 「控えろ、トマ。それをお決めになるのはお前ではない、お客さまだ。さてお嬢さま、新しくチップを お買い求めなさるためのお仕事を受けられますかな?」 ギルモアの申し出に、タバサは迷うことなくうなずいた。 イカサマのタネを暴けないのは非常に悔しいが、その『仕事』なるものの正体も確かめなければ なるまい。……トーマスがあんな反応をしたのだ、真っ当なものではない。 「結構でございます。ではお嬢さま、ご案内しましょう」 ほくそ笑むギルモアと、力なく肩を落とすトーマスにタバサがついていこうとした時、 それまでどこに行っていたのか、シルフィードがようやく駆け戻ってきた。 「おねえさま、待って!」 「おやおや、お連れさまではございませんか。彼女もご一緒されますか?」 タバサはシルフィードとギルモアを見比べ、シルフィードに向かって言いつけた。 「黙ってついてきて」 シルフィードは何かを伝えようとしていたが、タイミングが悪い。今はカジノの秘密を 確かめるのを優先した。 「でも、おねえさま! シルフィはさっき……」 「今は大事な局面。後で聞くから」 タバサがじっと目を見据えると、シルフィードはしぶしぶ押し黙った。 「お話しは済みましたでしょうか? それではこちらです」 ギルモアが先導していった先は、地下カジノの更に地下に続く階段。それを下りた先の、 絢爛としたカジノとは打って変わって寂しい光景の地下室に待っていたのは、四角いレンズの 眼鏡を掛けた一人の男だった。 「おっと、ギルモアさん。また新しいお客さまですか? おやまぁ今度は随分と小さいお嬢さんで」 「うむ、ド・サリヴァン家のマルグリットお嬢さまだ。例によって、ここから先の案内を頼むぞ、タマル」 タマルと呼ばれた男は、ギルモアと対等の立場のように会話をしていた。カジノの先にある 地下室を担当しているようだが、カジノの業務員ではなく外部の人間らしい。 「はいはいかしこまりました。それではお嬢さま方、ここから先の作業場に関してはこの不肖 タマルがご案内致します」 ギルモアから任されたタマルが、どこかおどけたような態度でタバサたちにお辞儀した。 「それでは早速、ご説明をば。上でおおまかな説明をお聞きになったとは思いますが、ここより先で していただくのは賭けではありません。対価を得るための労働でございます。なぁーにそんな難しいことを させたりはしませんとも。ここで稼いだ賃金は、そのまま自分のものにするのも良し、上のカジノで またお遊びなさる資金にされるのも良しでございます。まぁ、ほとんどの方はカジノに舞い戻られますがね」 弁舌を振るいながらタマルは、タバサとシルフィードを一つの扉の前まで連れてきた。 「作業の内容は二種類ありまして、どちらを選ぶかはお客さま次第でございます。賃金は安いけれど 『リスク』のないお仕事と、高いけれど『リスク』のあるお仕事」 「危険(リスク)……?」 タバサとシルフィードは怪訝な顔となった。 「まぁまぁ大したものではありませんけどね。ご覧になってからお決めになって下さいな。 それではこの扉の先で行われているのが前者の、安いけれどリスクのない仕事でございまぁす」 タマルが扉を開けた先に広がっていた光景は……タバサたちに目を疑わせるようなものだった。 広い部屋の奥に巨大な鋼鉄の装置が鎮座していて、それからは太いコードが何本も伸びている。 備えられた三つのガラス窓から見える輝きは……火だろうか? 博識のタバサでも、その装置が 何なのかは皆目見当がつかなかった。 そして装置の周りに、全身を覆うハルケギニアには見られないような材質の服で身を包んだ人たちが、 何らかの作業を行っている。どうやら、装置を組み立て拡張する作業のようだ。 「基本的には、あれを作る仕事でございます。この仕事は主に平民がやってますね。カジノとは 関係ない、地上で職にあぶれた方々も招いて働いてもらってるんですよ。やっぱり人間、働いてないと いけませんからねぇ」 「えッ、ちょっと……『あれ』は何なの?」 唖然としているシルフィードが尋ねたが、タマルは意外そうに聞き返した。 「おや、知ってどうなさいます?」 「い、いや、何なのかも分からないで作るなんておかしいのね」 「左様ですか? そのようなことを言われたのは初めてですがねぇ」 タバサとシルフィードは思わず目を合わせた。 「まぁこの仕事は肉体労働なので、元より貴族の方には人気がないですし、お嬢さまの体格的にも 向いてないですね。お二人には、もう一つの方をお勧めします。お若いし打ってつけですよ」 ここでの説明を適当に切り上げ、更に奥の部屋へ案内していくタマル。だがその途中で、 タバサが呼び止めた。 「待って」 「おや、まだ何か?」 「……さっきの装置は、どこの国の技術が用いられてるの?」 「ああ、それはゲルマニアの最先端の工業技術で……」 「嘘」 タマルの言葉を、きっぱりとさえぎるタバサ。 「ゲルマニアの友人がいるから分かる。ゲルマニアの工業力でも、あれほどのものを作れるとは 考えられない。……あなたは、ハルケギニアの人間じゃない」 ハッと息を呑むシルフィード。一方で、タマルは面白そうに口の端を吊り上げた。 「お嬢さまは鋭いですねぇ。私の正体に自力で気がついた人は、あなたが初めてですよ」 そう言ったタマルの半身が歪み……一瞬だけ昆虫型の怪人のものとなった! タバサの推察通り、タマルはハルケギニア人ではなかった。はるか宇宙の彼方よりやってきた、 マーキンド星人という種族である。 「おねえさまッ!」 咄嗟にタバサを背でかばうシルフィード。今の杖のないタバサでは、宇宙人には太刀打ち出来ない。 しかしタマルに攻撃の意思はなかった。 「おっと何か勘違いされてるようですが、あなた方に危害を加えるつもりなんてこれっぽっちも ありませんよ?」 「え?」 「私はその辺の粗野な侵略者とは違う、生粋の商売人でございます。正体を知られたから、 何かする気なんて毛頭ありませんよ。素性なんてものは商売に関係ありませんでしょう? 砂漠の国境付近では、エルフとも貿易が行われてるではないですか」 知った風な口を利くマーキンド星人だが、タバサたちは警戒を解かない。それで肩をすくめる マーキンド星人。 「まぁそう固くならないで、商売の話に戻りましょう。いよいよこの先が、お嬢さま方に お勧めする、賃金が高いけれどリスクのあるお仕事でございますよ」 突き当たりの、二つ目の扉を開くマーキンド星人。その先に見えたものに――タバサたちは、 今度は言葉を失った。 部屋には大きなドーナツ状の円卓があり、その周囲に大勢の人間が椅子に座ってぐったりと 力を失っている。そして円卓の中央には……黄色く輝く巨大なエネルギーが浮遊していた。 エネルギーの塊は、ここにいる人間たちから吸い出されたもののようであった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページイザベラ管理人 イザベラ管理人第8話:何故信じるのか・中篇 耕介はシルフィードの上で、吸血鬼についての講義を受けていた。 「そりゃぁ…厄介だなぁ…」 (そういえば、前に会った吸血種と人狼のクォーターって娘も牙を隠しておけるって言ってた気がするなぁ。) そんな益体もないことを考えていると、シルフィードが口を挟んだ。 「吸血鬼は精霊の力も使えるのね。もっとも、シルフィみたいに姿を変えるような高度な魔法は使えないけど!」 「え、シルフィードも魔法が使えるのか?」 耕介はシルフィードが喋れるのは単にそういうものなのだろうとしか考えていなかったが…冷静に考えてみればありえないことではない。 翼人たちの魔法を見る限り、先住魔法とは口語で発動するもののようだ。ならば、喋れるということが先住魔法を操る第一条件である可能性が高い。 「もちろんなのね!シルフィは由緒正しき古代竜種である風韻竜!とっても気高くて高貴なのね!」 耕介はあえてツッコミを入れることはしなかった。 スルーされたことに不満げなシルフィードを放置して、耕介は如何にして吸血鬼を断定するかを考えるが…どれも一手足りない。 しばらく悩んでいた耕介だったが、何事か思いついたのか御架月へ視線を向ける。 「御架月、霊力を感じるみたいに吸血鬼も感じられるかわかるか?」 御架月は霊剣である故か、霊的な力を感じることができるのだ。その力で索敵にも活躍していた。 しかし、御架月の答えは芳しくないものだった。 「多分、魂がない状態でしょうから屍食鬼ならわかります。でも、僕らのいた世界とこの世界は力の使い方が違うので、多分吸血鬼自身を見つけることはできないと思います」 「どういうことだ?」 「僕らのいた世界…耕介様のような退魔師の方々などの力を使える人は、己に宿る霊力を用いて術を使うので、霊力の距離や大小を感じ取ることができます。 でも、メイジやこの前会った翼人の方々が使う魔法は、この世界に充満してる霊力とは違う力を使って発動してます。だから僕が感じられるのは、誰かが魔法を使った時にどこの力が減ったかだけなんです」 つまり、ハルケギニアでは誰かがどこでどのくらいの規模の魔法を使ったか、しか感じ取れないということになる。 やはり一手欠けるといわざるを得なかった。 「タバサは何か見分ける策をもう考えてあるのか?」 次に、当然ながら自分よりも吸血鬼の生態や魔法に詳しいタバサの意見を聞いてみる。 すると、タバサは自分を指し 「囮」 次に耕介を指し 「ただの剣士」 と言った。 耕介はその2語を繋ぎ合わせて意味を推測する。 タバサはあまり経緯を説明せずに結果だけ言うことが多いので、こっちで補完しなければならない。 「えっと、タバサが囮になって、俺がただの剣士のフリをして、吸血鬼がタバサに襲い掛かったところを狙うってことか?」 耕介の言葉にタバサが首肯する。 なるほど、それは合理的だが… 「ちょっと危険すぎやしないか?タバサが囮になるってことは杖を手放すんだろ?俺が囮になった方がいいと思うんだが」 メイジは杖がないと魔法が使えない。だから吸血鬼は杖を持っている間は手出ししてこないだろう。 故に囮になるのなら杖を手放す必要がある。しかし、そうなるとタバサは小さな女の子でしかないのだ。 それならば、男としてもかなり鍛えている耕介の方がまだしも襲われた時に危険が少ないのではないか。 「コースケは誰が見ても平民。なら、吸血鬼は必ずメイジである私から狙う」 そう、ここはハルケギニア。剣を持っていようが、所詮平民など束になってもかなわないメイジという存在がいるのだ。 ましてや相手は吸血鬼、ただの剣士になど後れを取るはずがない。 ならば自分を打倒しうるメイジを先手を取って殺そうとするのは自明の理だ。 「まぁそうなんだけど…やっぱりタバサを囮にってのはなぁ…」 だが、耕介にはやはり納得しきることはできない。 タバサのような少女を餌に使うなど、人間としても男としても気が引けるのだ。 「貴方の強みは誰にも知られていないこと。これが一番効率的」 だが、タバサの決意は固い。耕介が代案を思いつかなかったのもあり、囮作戦は決行されることとなった。 事前に何か不測の事態があった時用の連絡手段を決めていると、山間に小さな村が見えた。 目的地であるサビエラ村だ。 サビエラ村は山間の寒村で、人口も350人程度。 そんな村に吸血鬼の被害が出たのは、2ヶ月前。それから1週間おきに一人ずつ犠牲が出、現在までの被害者は9人にもなる。 しかもその中には王宮から派遣されたガリアの正騎士もいる、かなり深刻な事態だ。 既に村から引っ越す者たちも現れ、村は情報よりも寂れた印象を受ける。 当然、村人たちは不安に支配されており…そこに現れた騎士がタバサのような少女とただの平民の剣士であれば、その不安がさらに掻き立てられるのも致し方ない。 「今度の騎士様はあんな小さい女の子だなんて…」 「しかも平民の剣士を連れてるなんて、実力に自信がないってことじゃないか?」 だが、そんな悪評もやはりタバサの鉄面皮をわずかも動かすことなどできない。 耕介も自分たちがどう見えるかなどわかっているので、気にすることもないと思っている。 耕介たちはまず事件の詳細を聞くために村長の屋敷へと向かい…そんな二人を見つめる一団がいた。 村一番の切れ者と言われる薬師レオンをはじめとする若者たちだ。 「あんな頼りねぇ騎士と平民の剣士なんか当てになるかよ。この前の騎士みたく殺されちまうのが関の山だ!」 レオンの言葉に若者たちは次々と賛同し、瞳に凶暴な色を宿す。 一同を見回し、レオンはゆっくりと自分の考えを述べた。 「やっぱり、3ヶ月前に引っ越してきた占い師の婆さんが怪しいと俺は思う」 狂騒に囚われた彼らは、状況証拠だけで確証など全くないその言葉を疑おうとすらしない。 「ああ、体に悪いとか言って日中も外にでやがらねぇ。吸血鬼は日光に弱いっていうからきっとそのせいだ!」 「あのデカブツの息子が屍食鬼なんだよ!吸血鬼なんて正体さえわかればこっちのもんだ、焼き殺しちまおう!」 口々に物騒なことを言い合う彼らを諌める者は誰もいなかった。 この村は誰も彼もが、不安と不安に思うこと自体に疲れているのだ。 村でも最も高い場所にある村長の村についた二人は居間に通された。 「ようこそおいでくださいました、騎士様方。どうか、この村をよろしくお願いいたします」 人の良い…だが、疲れを感じさせる笑顔を浮かべた年老いた村長が深々と頭を下げた。 「ガリア花壇騎士タバサ」 「従者のコースケといいます」 互いに挨拶を交わし、まずは事件の詳細を話してもらうが…やはり報告書と変わるところのない内容であった。 「吸血鬼は日中は森の中に潜み、夜になると屍食鬼とした村人を使って手引きをさせて村に侵入しているんではないかと思うのです…。 以前いらっしゃった騎士様は村に侵入しようとしたところを狙うとおっしゃっておりましたが、結局失敗なされて…」 村長の話は参考意見にはなるが、やはり決定的なものはない。 情報の質も量も足りない現状では吸血鬼の居所を断定するのは不可能、と早々に二人は見切りをつけ、まずは村を回ることにした。 村長に礼を述べ、家を出ようとした時…耕介は視線を感じて振り返った。 「おぉ、エルザ。お前も騎士様方にご挨拶なさい」 扉の隙間から少しだけ顔を出してこちらを窺っていたのは、美しい金の瞳。 5歳程度であろう、金の長髪と人形のように整った顔立ちをもつ愛らしい少女だ。 エルザと呼ばれた少女は村長の声に従って恐々と二人の前までくると、硬い仕草でお辞儀をした。 「こんにちは、エルザ。ちゃんと挨拶できて偉いな」 子どもの扱いも慣れたもの、耕介はエルザの視線の高さに合わせてしゃがみ、笑顔で話しかける。 硬い表情だったエルザもわずかに笑顔になったが…タバサの杖を見ると顔をゆがめ走り出した。 「あ、エルザ…?」 耕介の声にエルザは一瞬だけ振り返ったが…結局走り去ってしまった。 耕介とタバサは顔を見合わせ、同時にタバサの持つ長大な杖に目を向ける。 二人の無言の疑問に答えたのは村長だった。 「失礼をお詫びします、騎士様。どうか許してやってください。エルザは1年ほど前、村の寺院で拾った孤児なのです。なんでも両親をメイジに殺され、ここまで逃げてきたそうで…。 きっと、行商人が貴族の方に無礼討ちにされたか、メイジの盗賊に襲われたんでしょうなぁ…。 わしは連れ合いも早くに亡くしてしまい、子どももおらんかったので、引き取って育てることにしたのです。 ですが、わしは未だにあの子の笑顔すら見たことはありません。体も弱く、外で満足に遊ぶこともできない。 その上、この吸血鬼騒ぎです。騎士様、どうかあの子のためにも、吸血鬼を討伐してください」 沈痛な面持ちでエルザの過去を語った村長は、耕介とタバサに頭を下げた。 「はい、必ずこの事件を解決します」 耕介は力強く頷き…タバサはそんな耕介を見つめていた。 二人は村長の家を出た後、被害に会った家々を回って聞き込みをしていた。 「わかったことは、吸血鬼は若い女の血を好む。戸締りを徹底しているのにどこからか進入してくる…か。不寝番をしていても眠ってしまうってのは何かあるのかな?」 村の広場で、わかったことを整理しながら吸血鬼の手口について二人は話し合っていた。 「多分、”眠り”の先住魔法。耐えるのは至難」 ”眠り”の先住魔法は空気さえあれば使える、隠密行動には最高の魔法と言える。 しかし、いくら話し合っても結局進入経路の断定はできなかった。 扉も窓も釘で打ちつけて家全体を密室にしていても、吸血鬼はまるで霧のようにその密室内に現れ、犠牲者を増やしてはまた霧のように去っていくらしいのだ。 「タバサ、俺の世界の吸血鬼伝説には、霧やこうもりに変身するとか、魔眼で人を魅了して操るとかあるんだけど、こっちの吸血鬼にそんな能力はあるのか?」 耕介の言ったような能力を吸血鬼が持っているのなら密室に侵入することなど造作もないことだが…タバサは首を横に振った。 「吸血鬼は姿を変える魔法は使えない。魔眼もない」 「そうかぁ…となるとやっぱり煙突から入ったとしか考えられないけど、大人が入れるサイズじゃないし…」 耕介が再び考え込んだ時、鍬や斧を持った一団が村はずれへと向かうのが見えた。 白昼だというのに松明を持った者たちもおり、どう見てもただ事ではない。 「なんだ、今の…気になるな、タバサいこう」 耕介とタバサは不穏なものを感じ、一団の後を追った。 一団は村はずれのあばら家の前でとまると、その家を取り囲みだす。そして、リーダーと思しき男が一歩前に出た。 「でてこい!吸血鬼!」 その声を皮切りに、他の男たちがわめきだす。 男たちは興奮状態で、今にもあばら家を叩き壊しそうなほどだ。 「どういうことだ…吸血鬼があそこにいるのか?」 彼らはあのあばら家の中に吸血鬼がいると確信しているようだが…どうにも耕介には腑に落ちない。 3ヶ月間、討伐にやってきた騎士さえも含めて誰にも姿さえも見せずに食事をし続けた吸血鬼を見つけられる材料がどう考えても存在しない。 村人たちにだけわかるような『何か』があるのだとしても、それなら村長が耕介たちに話すはずだ。 「まさか疑心暗鬼になって、それらしい人をつるし上げる気か?」 慌てて耕介が止めに入ろうとした時、タバサが耕介の服の裾を掴んで引き止めた。 耕介はタバサに真意を問おうとしたが…その前に状況に動きがあった。 村人たちが囲んだあばら家から耕介と同じくらい長身の屈強な男が出てきたのだ。 「誰が吸血鬼だ!ここには吸血鬼なんていねぇ!」 大男が声を荒げて村人たちに抗弁するが…火のついた村人たちには逆効果にしかならない。 「うるせぇ!ここの婆さんが吸血鬼だってのはもうわかってんだよ!お前らがこの村にきてから事件が始まった!婆さんは日中は絶対に外にでねぇ!吸血鬼以外にありえないんだよ!」 村人側のリーダーが動かぬ証拠だとばかりにわめきたてるが…それは村人たちが冷静さを欠いているとしか思えない言葉だ。 単なる状況証拠だけで確証に足りるものなどなにもない。 それでも不安に疲れきった村人たちの暴走は止まらない。むしろさらに加速し続ける。 「お前の首には吸血鬼に噛まれた跡だってある!お前が屍食鬼なんだろ!?」 「これは山ビルに食われた跡だって説明しただろ!他にも首に食われた跡のある奴だっている、よそ者だからって俺たちばかり疑うなんて酷すぎるだろ!」 村人があばら家に押し入ろうとし、大男が立ちはだかって睨みあう。まさに一触即発だ。 だが、その間に割って入った者がいた。 「な、誰だ!?」 それはタバサと耕介だった。 「俺たちは吸血鬼討伐に派遣された者だ。ここは俺たちが調べるから、いったん解散してくれ!」 「邪魔するな!騎士なんて信用できるか!」 だが、怒り狂った村人たちに矛を収める気はないようだ。 メイジに楯突くことも辞さないほどに彼らは追い詰められている。 これでは理を説いての説得も難しい…かといって力で制するわけにもいかない。 進退窮まった耕介とタバサを救ったのは、騒ぎを聞きつけた村長だった。 「お前たち、何をしとる!疑心暗鬼になるのはわかるが、証拠もないのに決め付けるなど許されんことじゃぞ!」 激昂していた村人たちも、さすがに村のリーダーの言葉には怒りを静めるしかなかったようだ。 だが、彼らがこのあばら家の住人を疑っていることに変わりはなく、何かあれば同じことが起こるのは明白。 「ここは俺たちが調査します、なんなら皆さんも同席してください」 村人たちを一時的にでも納得させるため、耕介は調査に彼らを同行させることにした。 村人たちが大人しくしていてくれるかは微妙だが…なんとか抑えるしかないだろう。 大男―このあばら家に住む老婆の息子でアレキサンドルという名らしい―は乱暴は絶対にしないと耕介たちが誓ったことで、渋々と中に入れることを了承してくれた。 あまり大勢で乗り込むのは良くないということで、耕介とタバサの他に薬師のレオンと村長があばら家に入る。 中は日も高いというのに窓が締め切られて薄暗い。粗末な家の奥のベッドにぼろぼろの毛布をかぶった人物だけが見えた、あれが件の老婆だろう。 「お…おぉ…」 老婆が突然現れた男たちに怯えたのか、胸元までかかっていた毛布を引っ張りあげて隠れてしまう。 「チッ、これじゃわからないだろ!」 レオンが無理やりにその毛布を引き剥がそうとするが… 「な、なんだよ、従者さん…!」 耕介がレオンの腕を捕まえて止めたのだ。上背のある耕介の無言の威圧にレオンは勢いをなくし、ベッドから離れた。 「お婆さん、騒がしくしてごめん。でも、貴方の疑いを晴らすためにも少しだけ調査に協力してくれませんか?口を開いてみせてほしいんです」 老婆は、耕介の言葉に恐々と毛布を下げ、口を開いてみせてくれた。 その口には牙はおろか歯の一本すらない。この世界には入れ歯の技術がないか、一般に普及していないのだろう。 「ありがとう、お婆さん。もういいですよ、大丈夫です。貴方の疑いは晴れました」 耕介は終始笑顔を崩さず、老婆を安心させることを最優先にしていた。 それはそうだろう、耕介もタバサもこれが全くの無意味だと理解している。 吸血鬼は牙を直前まで収めておけるし、老婆は肌が弱いらしく日光を当てるわけにもいかない。 元々、この老婆が吸血鬼であると断ずることも否定することも無理な話なのだ。 「おい、それで終わりかよ!?」 レオンが不満げに言い募るが…村長がレオンを諌めた。 「騎士様方がこれでいいとおっしゃっておるんじゃ。それに、お前には確実に吸血鬼だと判断する方法があるのか?」 その言葉にはレオンも押し黙るしかない。彼らとてわかっているのだ、吸血鬼だと断ずることなどできないと。 それでも誰かに怒りをぶつけずにはいられない。それほどにこの村自体が追い詰められている。 若者たちの一団を解散させた後、一通り村を回った二人は村長の家に部屋を準備してもらい、腰を落ち着けた。 「御架月、もう出てきていいぞ」 耕介は最近剣に篭らせてばかりの相棒を呼び出す。 剣から燐光が溢れ、御架月が姿を現した。 「ふぅ、なんだか最近出番が少ないです…」 「ごめんな、御架月。それで早速で悪いんだけど、今日会った人の中にいたか?」 愚痴をもらす御架月に悪いと思いながらも、今は一刻も早く吸血鬼の居所を突き止めねばならない。 御架月もそれは理解しており、すぐに意識を切り替えて答える。 「はい、いました。あのアレキサンドルっていう男の人が屍食鬼です」 それは、村人たちの決め付けが正しかったことを証明する情報だった。 「そう…か。吸血鬼がいたかはやはりわからないか?」 複雑な気持ちで耕介は頷き、さらに質問を重ねるが…やはりこちらは感じられなかったようで、御架月が首を横に振る。 耕介は今日わかったことを考え合わせて推論を立てた。 「仮に吸血鬼は煙突から進入しているとしたら、彼は俺と同じくらいの身長だし横幅もあるから動かす意味がない…吸血鬼は屍食鬼をあまり動かしていないのかな」 「おそらくそう。でも、見張る価値はある」 そういうとタバサは目を瞑り、しばらく押し黙っていた。 タバサが無口なのはいつものことだが、今回はどうやら違うようだ。 「シルフィードに夜、アレキサンドルを見張るように頼んだ」 使い魔の能力である主人とのテレパシー(ただし主から使い魔への一方通行)を使ったらしい。 しかし、夜間ずっと見張れとはタバサもご無体な主である。今頃シルフィードは不満たらたらであろう。 「後は…吸血鬼がいつ動くかわからないから、村の被害にあいそうな若い女性にこの家に集まってもらって俺たちで警護するってのが妥当か」 耕介の言葉にタバサも賛同し、吸血鬼対策のことも打ち合わせる。 警護のことを村長に報告してから二人は夜に備えて眠っておくことにした。 その夜、村長の家には15人もの女性が(人口の割に若い女性が少ないことが村の現状を表している)耕介たちの寝室の隣二部屋に押し込まれていた。 彼女たちは当然不満げであったが、命には代えられないと耕介が説得したのだ。 当然、家中の窓には厳重に板が打ち付けられ、出入りできるのは正面の玄関のみだ。 そして二人は何をしているかというと…酒盛りをしていた。 「タバサ様…もうおやめになった方が…」 耕介の言葉を無視し、タバサは杯を突き出して酌を催促する。 言うまでもないが、演技である。タバサが酔い潰れて眠ったフリをし、吸血鬼をおびき出そうというのだ。うまくいけば今夜で決着がつく。 だが…耕介は不安になっていた。 (こんなに飲んで大丈夫なのか?) タバサは既にワインを2本あけている。ワインは水…とはイザベラの談であるが、本当に大丈夫なのか。 しかし、タバサが眠る演技を始める様子がないので、仕方なく耕介も酌をする。 それを飲み干し…最後に一杯に決めていたようで、タバサはやっと眠る演技をし始めた…耕介には本当に眠っているようにしか見えないが。 「だ、大丈夫なのかな…」 耕介は苦笑を隠せない。とりあえず言われた通りにタバサをその場に残してワインと杯を片付けるために村長の家へ去る…フリをする。 耕介が物陰で息を潜めようとした…その時 「キャァアアアア!」 絹を裂くような…にはまだ幼い声音の悲鳴が聞こえてきた。 「まさか、エルザか!?」 耕介の言葉を裏付けるように、耕介たちが休んでいる部屋の壁から御架月が顔を出して叫ぶ。 「こちらへは何も来てません!」 耕介たちは吸血鬼をおびき出す作戦の間、女性たちが無防備になることを避けるために部屋に御架月を待機させていたのだが…吸血鬼はさらにその裏をかいてきた。 「く、あんな小さい子まで狙うのか!?」 悪態をつきながら耕介と眠るフリをやめて飛び起きたタバサが1階のエルザの部屋へと急ぐ。 果たしてエルザは部屋の中にいた、幸いにも無事だったようだ。 「大丈夫か、エルザ!」 窓が割られており、どうやらそこから吸血鬼は進入しようとしたようだ。 耕介は毛布をかぶってガタガタと震えているエルザの体を検めるが、どうやら怪我もないらしい。 タバサは部屋の様子を検め、吸血鬼の痕跡を探すが…特に見るべきものはない。外には窓の残骸が散らばっているだけで足跡もなかった。 極度の恐怖に体が緊張しているエルザを居間に連れて行き、村長に出してもらった何枚かの毛布で包んで体を温めて耕介が手早く作ったスープを飲むとエルザは次第に落ち着いていった。 「エルザ、怖い思いをしたのに悪いけど、何があったのか話してくれないか?吸血鬼の手がかりを掴めるかもしれないんだ」 耕介の言葉に、エルザは少しの間沈黙していたが、つっかえつっかえに話してくれた。 「男の人が…入ってきて、エルザを連れて行こうとしたの…顔は暗くてよくわかんなかった…」 エルザも混乱していたのだろう、有力な情報はないが…襲われた時のことを仔細に思い出せというのも酷な話である。 その時、エルザがヒッと短く息を呑んだ。どうやらタバサの杖に気づいたらしい。それに気づくと、タバサは静かに居間を出るために歩き出した。 「ご、ごめんなさいお姉ちゃん…」 エルザもタバサに非はないと理解しているらしく、か細い謝罪を口にした。タバサは一瞬だけ振り返ってエルザに頷くと居間から出て行く。その際に「家を調べてくる」とだけ言い残していった。 耕介はエルザが落ち着くまでしばらく背中を撫でたりと世話を焼いていたが、エルザが船を漕ぎ出したあたりで、ベッドに寝かしつけるために自室に戻ることにした。 怯えているエルザを安心して寝かせてやるためだ。 耕介はエルザを自分が使っていたベッドに寝かしつけ、念のために窓を確認しようとした…その時、なにやら引っ張られる感触を感じた。 耕介が振り返ると、エルザが眠たげに目をこすりながらもしっかりと耕介の服の裾を握っていた。 「あー…エルザ、一緒に来るか?」 コクリと頷いたエルザを抱き上げ、窓から周囲をざっと確認する。 特に異常はない…どうやら今夜は吸血鬼も諦めたと見てもいいだろう。 一応警戒は緩めずに、耕介はエルザをベッドへと連れて行った…が、エルザは耕介にしがみついて離れようとしない。 「エルザ、まだ怖いか?」 耕介の言葉にエルザは頷くが…もう眠気が限界なのだろう、瞼が今にも落ちそうだ。 「お兄ちゃん…あったかい…」 案の定、エルザはその言葉を最後に瞼を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。 エルザが安心して眠ったことに安堵する耕介だったが…はたと気づいた。 「……俺、どうすりゃいいんだ…?」 耕介のシャツをエルザはガッシリと握っており、無理やり引き剥がすのも気が引ける。 結局耕介は朝まで同じ姿勢を強いられるのだった。ちなみに隣の部屋にいる女性たちへの説明と家の検分を終えて帰ってきたタバサが耕介を若干冷たい目で見ていた気がするが、気のせいだろう。 二人は朝まで不寝番をしてから眠り、夕方に目を覚ました。エルザは寝る前に村長に預けている。 今夜の不寝番の準備をしていると、扉が叩かれた。この家に泊まる女性が夕食を運んできてくれたのだ。 二人がありがたく食事を受け取り、女性が出て行くと、入れ違いにエルザが入ってきた。 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、エルザも一緒に食べていい?」 どうやら昨日の一件ですっかり懐かれてしまったらしく、エルザは二人の了承も待たずに耕介の膝の上に飛び乗った。 特に断る理由もないので、そのまま3人で他愛ない会話をしながら食事をしていると、エルザが突然奇妙なことを聞いてきた。 「ねぇお兄ちゃん、野菜も鳥も皆生きてたんだよね?」 エルザの質問の意図を図りかねるが、とりあえず耕介はそれを肯定する。すると、エルザはさらに質問を重ねる。 「野菜や鳥を殺して私たちが食べるのって、生きるためだよね。でも、それって吸血鬼も同じじゃないの?」 エルザの声には何の打算も皮肉も言葉には込められてはいない。おそらく純粋に疑問に思っているのだ。 だから耕介はその疑問に真摯に答えた。 「そうだな。俺たちの食事と、吸血鬼の食事は同じ意味だ」 それは耕介の偽らざる本心だ。彼は吸血鬼のことを悪だなどとは一度も思っていない。 人間が生きるために他の動植物を殺すように、彼らも生きるために人間を狩る。ただ、それだけのことだ。 「じゃぁ…」 エルザがさらに言葉を重ねようとした時… 「耕介様!きます!」 御架月の声が響いた。 エルザが突然響いた第三者の声に驚くがかまってはいられない。 すぐさま耕介はエルザを降ろし、霊剣・御架月をもってタバサとともに隣の二部屋へ二手に分かれて突入する。 「じゅ、従者様?」 「全員扉側へ寄ってくれ!」 中では皆が食事を摂っていたが…次の瞬間、窓を破って何者かが部屋へと躍りこんできた! 構えていた耕介は、すぐさま扉側へ移動しようとしていた女性たちをすり抜け、御架月で抜き打ちの一撃を浴びせる。 さすがに相手も突入直後に攻撃が来ることは予測していなかったらしく、足元を襲う斬撃を避けることはできず…しかし、深手を負わせることもできなかった。 「何!?」 完璧なタイミングで入ったと確信していたが、相手は驚異的な反射神経で飛びのき、足を浅く斬るに止まってしまったのだ。 だが、相手にとっても無理な運動だったのだろう、壁に激突する。しかし、驚くべきことに相手は何のダメージもないかのように立ち上がってきた。 それは、やはりアレキサンドルであった。 アレキサンドルを見張っていたシルフィードからの合図で、二人は彼がここに来ることを察知していたから驚くことはなかった。 だが、女性たちは口々に悲鳴を上げ、部屋から逃げ出していく。 獲物がいなくなったと見たアレキサンドルは窓から飛び降り、走り去ろうとする。 耕介もすぐさま窓から飛び降り、背中から落ちて回転しながら衝撃を逃がす…だが、やはりダメージは免れない。 そんな耕介の上を人影が過ぎった。隣の部屋の窓から フライ でタバサが飛び立ったのだ。 屍食鬼となったアレキサンドルは獣並みの速度で走るが、空を飛べるタバサが先回りに成功し、挟み撃ちの状況となる。 アレキサンドルはすぐさま反転し、ただの剣士である耕介へと飛び掛った。 「ガァァァァ!!!」 昨日の母思いの青年の影など掻き消え、まさに猛獣のように吼えながらアレキサンドルが狼のような敏捷さで耕介を引き裂かんと迫る。 タバサは フライ で降りてきたばかりで魔法が間に合わない。 一瞬、タバサの鉄面皮が崩れ、焦りが顔をのぞかせ…だが、タバサには見えた。 耕介はアレキサンドルの跳躍の下を潜る形で駆け抜け…御架月を上段から振り切っていた。 ドシャァ!という重いものが地面とこすれる音がし、耕介の後ろに体を中ほどまで斬り裂かれたアレキサンドルが落下する。 タバサは我知らず息を呑み…耕介の評価を新たにしなければならないと考えていた。 アイスバレット を斬った時にその力量と刀の強度を理解したつもりになっていたが…ああも簡単に人間を両断するなど、異常だ。 さらに、ただの人間を優に超える屍食鬼の速度を前にしても動じず、見事に斬り捨てたその胆力も人並みはずれている。 タバサは思う。これほどに強力な使い魔である耕介を、イザベラはどうして認めようとしないのだろう? だが、その自問にはすぐに答えが出た。能力など関係なく、耕介が耕介であるからこそ、イザベラは簡単に認められないのだろう…と。 「タバサ!頼む!」 数秒呆然としていたタバサは耕介の声に我を取り戻し、再び鉄面皮をはりつけるとアレキサンドルへと駆け寄った。 二人で未だに腕だけで動こうとするアレキサンドルに土をかけ、タバサが 錬金 によりそれを油へと変える。 次いで 発火 をかけ…哀れな青年は今度こそ完全に停止し、燃え尽きて灰へと還った。 「安らかに眠ってくれ…」 耕介とタバサはアレキサンドルの魂の安らぎを願い、黙祷を捧げるのだった。 二人が瞑目していると、突然の突風とともにシルフィードが降りてきた。 「お姉さま、コースケ、大変なのね!」 サビエラ村激動の夜はいまだ終わりを告げない。 アレキサンドルと老婆が暮らしていたあばら家は今まさに燃え上がっていた。 「吸血鬼め!殺された者たちの恨みを思い知ったか!」 薬師のレオンをはじめとした村人たちがあばら家を取り囲んで、松明を投げ入れている。 「証拠もあがった、あの役に立たない騎士の代わりに俺たちが天誅を下してやる!」 女性たちがアレキサンドルが屍食鬼だったと喧伝したのだ。加えて、彼らは女性たちが煙突の中から落ちてきたという”証拠品”を見て確信を得た。 若者たちの怒りに再び火がつき、彼らは憎き吸血鬼を灰に還すためにこの場に集結したのだった。 そんな彼らのわずか上空を凄まじいスピードで影が過ぎった。次いで、炎上するあばら家に何かが落下する。 「な、なんだ!?」 村人たちは何が起きたのかもわからず突風に体勢を崩された。 再び影が落ち…今度は少女が空から降りてきた。それはタバサであった。 「き、騎士様…?」 村人たちが呆然とする中、厳しい表情で今にも燃え落ちんとするあばら家を睨んでいたタバサだったが…突然詠唱を開始した。 次の瞬間、あばら家から何かが飛び出してくる。タバサはそれに向かって威力を極限までセーブした カーレント を放つ。 空中から集められた水の洗礼を浴び、それの正体がやっと判明した。 それは耕介と…そして、老婆であった。 「ゲホ!ゲホ…!タ、タバサ、頼む…!」 タバサは憔悴した老婆に治癒をかける。 助け出すのが早かったためか、老婆は火に巻かれず、煙も吸い込まずに済んだようだ。だが、やはり無理を強いたために呼吸が激しく乱れている。 村人たちはしばらく呆然としていたが…あばら家が燃え落ちる音に我を取り戻した。 「あ、あんたたち何のつもりだ!!吸血鬼を助けるなんて!!」 レオンが激しく耕介とタバサを詰る。だが、耕介とタバサの反応は無言だった。 業を煮やしたレオンが耕介へと近づくが…耕介がレオンに振り向いただけで彼は足を止めざるを得なかった。 常に温厚で滅多に怒らない耕介だが…今回ばかりは本気で怒っていたのだ。 昨日の老婆の調査時に見せた威圧感など比にならぬ、死線を知る戦士の威圧にただの村人であるレオンが耐えられるはずもない。 やがて、老婆の呼吸が落ち着いてきた頃…押し殺した耕介の声が響いた。 「本当にこの人が吸血鬼ならアレキサンドルの襲撃が失敗した時点で逃げ出してる…真っ先に疑われるのはこの人なんだからな…!」 だが、村人たちも引き下がることはない。何故なら彼らには証拠品があるのだ。 「これを見ろ!こんな派手な染めの着物はその婆さんしかこの村じゃ着てねぇ!これが村長の家の煙突にあったんだ!」 そう、証拠品とは着物の切れ端だった。やせこけた老婆だからこその進入経路だと言える。だが、それでも。 「それはいったいいつ見つかったものだ!昨夜のエルザの一件の時に俺たちは煙突を調べたけど、そんなものはなかった!」 「な…!」 吸血鬼の進入経路は煙突だろうと考えていたタバサは昨夜の襲撃の後に痕跡がないか調べていたのだ。 しかし、その時点でそんなものはなかった。ならばこの切れ端はいったいいつ煙突に入ったというのか…。 「もう少し、冷静になって考えてくれ」 底冷えがするような耕介の声にレオンたちは何も言い返せず…二人が老婆を連れて去った後も動けずにいた。 村長に一つ質問をしてから老婆を預けた耕介とタバサは、女性たちに屍食鬼を倒したことを報告し、安心させてやる。 そして、緊張の糸が切れたのだろう、早々に女性たちが寝静まった後も不寝番を続けていた耕介とタバサの元にエルザがやってきた。 「どうした、エルザ。もう日も暮れたのに」 「あのね、皆を守ってくれたお礼がしたいの!」 エルザは昨夜のことが嘘のように明るく振舞っていた。 「今夜じゃないとダメなのか?」 「うん、夜が一番綺麗なの!」 どうやらエルザはどうしても今がいいようだ。 万一に備えて耕介とタバサのどちらかはこの場に残らなくてはならないため、メイジ恐怖症のエルザのことも考えてタバサが残ることになった。 「ごめんね、お姉ちゃん…お姉ちゃんには別のお礼を考えてあるから…」 エルザの申し訳なさそうな声にタバサは首肯だけで答える。 部屋を出る一瞬、耕介とタバサが目配せをしたことに、エルザは気づかなかった。 「あれ、お兄ちゃん、剣持ってきたの?」 耕介はエルザに連れられて村はずれの森の付近にやってきていた。 「ああ、もしここに吸血鬼が現れたら、武器がないとエルザを守ってやれない」 他愛のない会話をしながら、エルザはどんどんと森の奥へと進んでいく。 エルザはずっとご機嫌な様子で耕介に話しかけていたが、耕介はそれに対して最低限の言葉を返すだけだった。 やがて、開けた場所に出た時…耕介は瞠目した。 木々が避けてできたそこは一面の花畑であった。カラスウリに似た白い花が咲き乱れ、月光を浴びる様は幻想的だ。 「すっごく綺麗でしょ?」 その中をエルザは跳ね回る。たなびく金の髪と、風に舞う花吹雪、降り注ぐ白銀の月光が絶妙に絡み合い、まるで花の精が舞い踊っているようだ。 「ああ。こんなに綺麗な光景は初めてだな」 耕介も花畑の中ほどに進み出て、踊るエルザを見つめる。 「でもね、お兄ちゃん。お礼は別のものなんだよ?」 エルザがどこまでも無垢な微笑みを耕介に向ける。 「じゃぁ、何をくれるんだ?」 耕介も笑顔でそれに答え…さりげない動作で御架月の鯉口をきった。 「それはね…」 踊っていたエルザが立ち止まり、耕介へ体ごと振り向く。 突風に巻き上げられた花弁が二人を包み…まるでここは花の楽園。 「永遠の命だよ!」 白銀と純白に彩られた楽園で…耕介は金色の吸血鬼と出会った。 前ページ次ページイザベラ管理人
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学院に辛うじて帰還した四人は、ひとまず報告に行く前に風呂を浴びる。本来ならすぐに行くべきだが、土くれのゴーレムと大立ち回りを繰り広げた四人は埃塗れで、とても人様の前に出られる格好ではないというのが大きかった。 それに夜に出て行って早朝に帰ってきたのだから、そんなに急ぐこともあるまいというオスマンの心遣いもあったのだが。 そして身なりを整えた四人から、学院長室で報告を受けたオスマンは頭を抱えた。 「あー、やっぱ酒場で尻撫でて怒らなかったからっていう理由だけで秘書選んだらあかんかったのう。新しい秘書どうしようかのう」 本気で頭を抱えるオスマンに、ジョセフが呆れて口を開いた。 「のうご主人様や。コレ斬り殺してええんかの」 「俺っちもこれは手打ちにするしかねえんじゃね? とか思うぜ」 「あたしも異論はないけど腐っても学院長だから」 「つまらないことで罪に手を染めてはダメ」 「ヴァリエールの家が罪に問われるから自重なさい」 本人を前にして酷いセリフを言い放題だったが、さすがにオスマンも後ろめたいことがありすぎるので何も言い返せない。コッパゲことコルベールも口笛吹きながら目をそらしている。彼もフーケことミス・ロングビルに誘惑されてあれやこれや話した前歴がある。 「……そ、そうじゃ。とりあえず、ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストーの二人にはシュヴァリエの称号授与を申請させてもらおう。ミス・タバサは既にシュヴァリエの称号があるから、精霊勲章の申請でええかの」 空気を変えようと苦し紛れに出た言葉に、ルイズが勢い良く食いついた。 「え!? タバサ……あんたってもうシュヴァリエ持ってたの?」 「シュヴァリエってなんじゃい」 「爵位としちゃ低いけど、純粋な武勲を挙げた時だけもらえる爵位よ!」 必要最低限の説明をしたところで、はた、と気付いたルイズがオスマンに振り返る。 「あの、学院長。ジョセフには何もないんですか?」 「あー……彼は平民じゃからの。爵位や勲章を授与するわけにはいかんのじゃよ」 やや残念そうに答えるオスマンに、ルイズが思わず机に両手をかけて詰め寄る! 「そんな! 彼はフーケ討伐にもっとも尽力したのに、何の褒賞もないなんて……!」 「あーあールイズや、ええんじゃよ。わしには過ぎた御褒美を前払いでもらっとる」 すわ、キスのことをからかうつもりか、と三人の少女に異なった種類の緊張感が走る。 だがジョセフは優しげに微笑むと、ルイズの横に歩いてきて、わしゃわしゃと頭を撫でた。 「こんなに可愛いご主人様の下で働けるんじゃ。老いぼれにゃ過ぎた幸せということじゃよ」 見る見る間に、耳どころかうなじまで真っ赤に染まっていくルイズの顔。 何事かを言おうとして、あ、う、あ、と言葉にならない声を発した後、何かを言おうとするのを諦めた。代わりに、ジョセフの脇腹へ渾身のチョップを叩き込んだ。 それを見てからかうキュルケ、懐から本を取り出して読み始めるタバサ。 わいやわいやと少女達特有のかしましさを目を細めて眺めていたオスマンは、キリのいいところでパンパンと手を叩いて騒ぐのを止めさせた。 「よし、諸君らも疲れておるじゃろうから今日はゆっくりと休みなさい。今夜は予定通り『フリッグの舞踏会』を執り行うからの、寝不足でクマなんか作ってせっかくの美貌を台無しにせんようにの」 その言葉に、三人の少女と一人の老人は横一列に並ぶと、オスマンに一礼し。それぞれ学院長室を後にする。 だがジョセフだけは、ルイズに断りを入れつつも学院長室に残った。 「聞きたいことがあるっつー顔じゃの、ジョースター君」 「お駄賃代わりに色々と聞かせてもらいたいこともありましての」 二人の老人が、ニヤリと笑いあう。 「ミス・ロングビル。お茶を……って、おらんのじゃった」 「なんじゃったらわしが淹れましょうか」 「いやいや、魔法で何とかするわい。これから練習もせにゃならん」 おっかなびっくり淹れた茶を飲みながらの、文字通り茶飲み会議が始まった。 破壊の杖に関する経緯を聞き、ハーミットパープルは内密にと言う根回しを経た上で、ある意味本題とも言える左手の義手に刻まれたルーンを見せた。 「ここに来てからというもの、わしには色々と説明し辛いことが多々起こりましての。わしの見立てでは、おそらくこいつが原因ではないかのうと」 ジョセフの言葉と、鉄の義手に刻まれたルーン。 それらを勘案しながら、オスマンはズズ、と茶を啜った。 「それに関しては既にミスタ・コルベールが調べておった。それは『ガンダールヴ』の紋章と言って、伝説の使い魔に刻まれるルーンだということじゃ。 今では失われた『虚無』の使い手の使い魔の証であると同時に、この世に存在する全ての武器や兵器を扱うことが出来る能力を持つ、ということじゃの」 オスマンの言葉を聞きながらも、やや首を傾げてジョセフが問う。 「武器や兵器……ということは、わしには波紋と言う力があるのですがの。その波紋を身体に流した時もどうやらガンダールヴの効果が出ているようなんですじゃ」 「その波紋と言う力がどういうものかは詳しく知らんが、それが『戦う為に生み出された技術』であるというなら、生身でも武器や兵器と認識されたのかもしれんのう」 「……まあ、一概に違うとは言い切れませんからの。ですが……わしがガンダールヴということなら、ルイズは虚無の使い手じゃと考えていいんですかの」 冷め掛けた紅茶のカップを手の中に残したままの質問に、オスマンは眉を顰めた。 「十中八九……とまではいかんが、わしらはそう考えておる。じゃが、現在では虚無の使い手はおらんし、この学院でも当然虚無の使い方を教授することはできん。 そして虚無の力があるとなれば、ミス・ヴァリエールが望むと望まんに拘らず、厄介事に巻き込まれる危険性も孕んでおる。そのため、もうしばらく……彼女には、『ゼロ』の仇名を甘受させる事になる。教師としてこれほど酷い仕打ちはないとは思うとるんじゃが」 辛そうに言葉を紡ぐオスマンを見ながら、ジョセフはカップに口をつけた。 いじめにも似た境遇を把握していながらも、それを解消する為の手段を見つけられずに手をこまねくしか出来ない悲痛を、白い髭の向こうに見取ることが出来た。 だからジョセフは、緩い笑みを浮かべて、言った。 「何。わしはヤンチャな娘を育てた事もありますし、手の付けにくい孫もおりました。それに比べたら、ルイズはワガママな子猫みたいなモンですじゃ。それに僭越ながら、あの子は意外と芯の強い子ですからの。どうか見守ってやって下され」 精悍な顔立ちと、年には似付かない鍛えられた肉体を持つ目の前の使い魔の言葉。 オスマンは、満足げに頷いた。 「この世界には『メイジの実力を見るには使い魔を見よ』という言葉がある。言葉通りの意味もあるんじゃが、メイジが召喚する使い魔は最もそのメイジに見合った使い魔が召喚される、という意味も持ち合わせておるんじゃ。 ジョセフ・ジョースター君。君はきっと、ミス・ヴァリエールが必要としたから、この世界に召喚されたんじゃろう。もうしばらく、君に苦労を背負わせる事になってしまうが。是非、あの子を見守ってやって欲しい」 ジョセフは、普段通りのニカリとした笑みを浮かべた。 「さっきも言いましたじゃろ? わしは可愛らしいご主人様の下で働くことが出来ること自体が過ぎた幸せです、とな」 その日の夜、『フリッグの舞踏会』は盛大に執り行われた。 土くれのフーケを学院の生徒が急遽追跡して捕縛した、ということで、その中心である四人は自然と舞踏会の主役になることが決定していた。 ジョセフは壁際で御馳走片手に友人達に武勇伝を語って聞かせ、キュルケは言い寄ってくる男達に囲まれて引く手も数多。タバサは巨大なローストビーフと格闘しつつも、追加される料理にも一通り手を出し続けていた。 そして、最後の一人は、やや遅れて登場した。 衛視の大仰な呼び出しの後、壮麗な門から現れたルイズの姿は、ジョセフでも「おぅ」と目を釘付けにしてしまうような、パーティードレスを見事に着こなした姿だった。 立ち居振る舞いは確かに由緒正しい公爵家の御令嬢であると証明していた。 (馬子にも衣装……つーのは違うのう。なんのかの言ってお貴族様なんじゃよなあ) と、普段の子猫っぷりとはまた違った雰囲気の淑女を見ていれば、ジョセフの姿を見つけたルイズが、優雅だけれど少々早足に彼の元へと近付いてきた。 そして友人達の輪が自然と彼女を迎え入れる形で開くと、ルイズはジョセフの目の前で立ち止まり、ぐ、と顔を見上げる。 「……ええと。ほら、あれよ。ちょっと、こっち来なさいよ」 「おいルイズ、ジョジョを独り占めしてんじゃねーよ」 ジョセフを有無を言わさず連れ出すルイズに、友人達から不服げな声が漏れるが、ジョセフは微苦笑を浮かべながらも片手で作った手刀をかざし、すまんの、と口だけで言葉を残した。 そのままパーティー会場のバルコニーへ来た二人は、夜空の空気に身を晒しつつ、何を言うでもなく手すりに腰掛けて横に並んだ。 「……あの、その。ちょっと、色々と聞きたい事があるのよ」 「わしに答えられることならなんなりと、ご主人様」 緩く指を絡めて手を組み合わせたジョセフを、ルイズは横目で見やる。 「その……ジョセフ。あんたは……元の世界に、帰りたい?」 「帰りたくないって言ったらウソになりますわい。向こうに家族を残してますからの」 静かに問いかけてくる言葉に、ジョセフは嘘を並べる事を選ばなかった。 「……そう」 ルイズの返事が寂しさを隠さなかったことは、誰が聞いても明らかだった。 「……私も、出来る限り……ジョセフが元の世界に帰る手段を探してみる、わ」 それだけ言って、会場に戻ろうとするルイズの手を、ジョセフがそっと掴んで止めた。 「待って下され、ご主人様や。帰りたいと言うのはウソじゃありませんがの。可愛いご主人様に仕えるのが幸せだというのも、ウソじゃないんですぞ」 「……ウソ」 「じゃからウソじゃないんじゃって」 いつものように頭をわしゃわしゃと撫でようとして、美しくセットされた髪を崩すわけにはいくまい、と、代わりに柔らかな頬を撫でた。 「もし帰る術があるなら、わしはきっと元の世界に帰りますがの。帰る事が出来ないなら、ワガママじゃが可愛らしい主人の側で生きるのも悪くはないだろうというのも、これまたわしの偽らざる気持ちでもあるんですじゃ」 「……だったら、どうせならウソでも、『帰る気はないです』って言ってよ。……なんだか、悲しい気持ちになるわ」 見て判るほどに潤んだ瞳で自分を見上げるルイズを、ジョセフは静かな笑みと共に見下ろした。 「敬愛する主人じゃから、ウソはつきたくないという気持ちだってあるんじゃよ。特に、最初のうちはウソの吐き通しだったからな」 「……いい年してっ。ウソも方便、って言葉も知らないのかしら。時と場合を考えなさいよ」 憎まれ口を叩きはするものの、頬に当てられた手を振り解こうともせず、ただされるがままになっていた。 ふと沈黙が訪れたが、僅かな間を置いて会場のオーケストラが音楽を奏で始めた。 「……ね、ジョセフ。ダンスは、出来るの?」 唐突な問いだったが、ジョセフは緩い笑みと共に言葉を返す。 「ダンスも小さい頃に仕込まれとるし、ニューヨークでもたまにダンスパーティーにお呼ばれされるがの」 「使い魔のくせに、ダンスまで出来るだなんて。ナマイキだわ」 そう言って、そっと手を捧げた。 「せっかくだから、踊ってあげてもよくってよ」 ジョセフは捧げられた手を取り、恭しく手の甲にキスをした。 「うむ、喜んで」 「ダンスの誘いをお受け下さり、光栄ですわ。――『ジョジョ』」 主人の口から零れた呼び名に、少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑みに変わる。 「……あによ。友人には、ジョジョって呼ばれてるんでしょ」 「ああ、その通り。友人にはジョジョと呼ばれておる」 ぷ、と頬を膨らませるルイズと、笑みを噛み殺すのに必死なジョセフ。 そのまま二人は会場の中央に向かった。 主人と使い魔が、手を繋いでダンスを踊ろうとする。 言葉だけで考えれば、非常に奇妙な光景である。 だが二人は、周囲からの奇異の視線に頓着する素振りさえ見せず、手を取り合った。 「おでれーた。主人と使い魔が、ダンスをするだなんてな。6000年生きてきたが初めて見ちまうぜ」 壁に立てかけられているデルフリンガーは、楽しげに鞘口を鳴らしていた。 To Be Contined →
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クレイジー・イン・アラバマ 題名:クレイジー イン アラバマ 原題:Crazy In Arabama (1993) 作者:Mark Childress 訳者:村井智之 発行:産業編集センター 2000.6.15 初版 価格:\1,600 今年のベストには絶対に入れようと思っている、ぼくとしてはかなりお気に入りの作品。 ルシールおばさんと少年ピージョーとの二つの物語が同時進行するブラックでヒューマンで何ともアメリカな物語であるのだけれど、何と言っても1965年のアラバマが舞台ってところが味噌。マーティン・ルーサー・キング牧師とアラバマ州知事ジョージ・ウォ-レスとの演説対決のシーンもあれば、夫を殺してその首を持ち歩きならがもハリウッド女優を目差しているルシールおばさんの『じゃじゃ馬億万長者』出演風景もある。 どちらかと言えばジョン・グリシャムの好みそうな人種運動の熱気のさなかで、とても個人的な二人を主人公に据えて、とても異様な世界を情感豊かに、そして何よりも劇的に描いている不思議な作品。そう遠くない重い歴史のうねりの中に身を置きながら、あくまでブラック・コメディというか、ホームドラマを貫く物語性の骨太さは何とも言えず好感度抜群。 ルシールおばさんはアラバマ一のお尋ね者となってアメリカ西部に車を駆ってゆくのだが、映画『テルマ&ルイーズ』そのままのアメリカの広漠感を思わせる。アメリカの夢。刹那主義。明日なき疾走感。暴走。そしてラスベガス、ハリウッドの名シーンの数々。夢を追うために殺人者になったルシールおばさんにいつのまにか同化させられてしまうのはどうしてなのだろう。 一方、ピージョーの周囲は公民権運動をめぐって俄かに騒がしくなり、映画で言うならまるで『ミシシッピ・バーニング』。読み応えはそうした事件にもあるのだけれど、むしろ葬儀屋を営む叔父一家や街の人々の個性、そしてそれぞれの感性までもがじっくりと描かれている部分にあるのかもしれない。この小説のなんという魅力溢れる部分か。キャラクターの一人としておざなりにしていない作者の気概が凄い。 70年代アメリカン・ニューシネマを思わせるやるせなさ、残酷さ、そして奔放でタフな生への讃歌。爆発力。これ以上ないほどに野生的な自然とのハーモニィ。たまらない読後感を残す作品である。 あまりに深く広大なこの作品世界にだれもがはまってしまうはず。今日現在、一押し作品! *ちなみに訳者はエドワード・バンカー『リトルボーイ・ブルー』の村井智之氏。非常にいい訳者だと思います。 (2000.07.20)
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「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」