約 8,779 件
https://w.atwiki.jp/kameyama2011/pages/122.html
1970年代のキャリコットたちは“サステイナビリティの=生き延びるための環境思想”は、あまり念頭においていなかったのではないか。 彼らの構想する「環境倫理学Environmental Ethics」は、基本的に「人間非中心主義に基づく倫理学」だ。そして、人間中心主義とその脱却はその初めから、人間の生き方云々よりむしろ、動物の取り扱われ方と並行して語られてきた。 現代に通じる意味での、「人間中心主義的」という表現は、1911年プロイセンでの第四回天然記念物保護会議のハンス・クローゼによる発言が初出のようである。 動物に関する『有益と有害』という世間一般の考えが、今日のわれわれによる自然の捉え方とやはり対立することが多いことに驚いてはならない。これに関して科学的動物学、古くからの人間中心主義的思考法を思い出させる学説を立てて久しい。経済的損失を最小にすることが、有害な生物を非難する理由として十分であり、そして根絶要求の基礎となった。 このクローゼの発言には、「有害」という概念への反感、および動物の権利論の萌芽を見て取ることができる。 cf.コンラート・オット、マルチン・ゴルケ『越境する環境倫理学 環境先進国ドイツの哲学的フロンティア』28頁
https://w.atwiki.jp/vocaloidchly/pages/8420.html
作詞:ラマーズP 作曲:ラマーズP 編曲:ラマーズP 歌:初音ミク 翻譯:弓野篤禎 莫非……前世的記憶……!? 提出無法原諒刪除帳號主義的up主的投稿影片見 → user/2523470 ——投稿者評論 搞砸了呢? 不論外表有多麼好 品行還是無法隱藏的 在重生的那一刻 靠四溢的香氣就能斷定了呢 就算是拘泥到腳尖 如果不能活用就傳達不到 也就是下過功夫之後 就會變成似乎意味深長的東西 有無趣味 不管怎樣 不管怎樣都好 確認一下吧 你的 真心話 是怎樣都好 都是宿命吧 想要 保持理想 只要如此說出 就會撒嬌說道 同情一下我吧 僅僅貪圖可是 沒有夢想的 不論外表有多麼好 品行還是無法隱藏的 如果要祈求新的命運 那只有面對取決於自己 就算是對人很和藹 是不是不知道到要暴露了呢 強到變成了新遊戲之類的 那就一點新鮮感都沒有了呢 就算因為一次的失敗就鬧彆扭 如果不去對抗就不會留下 也就是如果決定了極限 就會變成似乎沒有意義的東西 有無趣味 不管怎樣 不管怎樣都好 確認一下吧 你的 真心話 是怎樣都好 都是宿命吧 想要 保持理想 只要如此說出 就會撒嬌說道 同情一下我吧 僅僅貪圖可是 沒有夢想的 如果能夠重置關係性再次相遇 我覺得我會討厭你的 不論多少次都還是同樣的命運 劣根性也真是不膩煩啊 Yeah 其實很寂寞嗎? Yeah 不回頭看一下嗎? Yeah 想要保持自我嗎? 最初的心情已經丟失了 有無趣味 不管怎樣 不管怎樣都好 確認一下吧 你的 真心話 是怎樣都好 都是宿命吧 想要 保持理想 只要如此說出 就會撒嬌說道 同情一下我吧 僅僅貪圖可是 沒有夢想的 不論外表有多麼好 品行還是無法隱藏的 如果要祈求新的命運 那只有面對取決於自己
https://w.atwiki.jp/ideology-database/pages/232.html
Red Flood 国家民主主義 アイコン編集 英名 National Democracy 別名 登場作品 Red Flood(Hoi4) 上位イデオロギー 多頭政体 主要なイデオローグ 理想主義者が何と言おうと、国家間の競争はゼロサムゲームである。先の大戦はそれを十分に証明した。その本質的な真理を忘れ、現在の闘争を無視することは、全てを危険にさらすことになる。国家の混乱と政治的な行き詰まりの助産師である堕落した自由主義は、このことを典型的に示している。しかし、代表民主制、すなわち無関心な貴族ではなく、政府に対して国民が声を届けられるという概念は、本質的に欠陥があるわけではない。かつてのアテネやローマの市民民主制は、選挙権を愛国心や兵役と密接に結びつけていた。自由主義的な装飾品――つまり、弱点――を取り除けば、その概念が純化され強化された実行形態が現れる。それが国家民主主義である。 しかし、この傾向を定義するものは、曖昧な非自由主義的共和主義という概念以外に何があるだろうか?恐らく、その名前を最初に造語した理論家はポーランドの民族主義者であるロマン・ドモフスキであった。彼の経歴はロシア帝国への妥協によって傷つけられたが、彼のエンデツィア組織は民主的でありながら反多元主義で中央集権的なポーランドという概念を推進した。戦後のフランスの短命な極右政権は、主に君主主義と結びついていたが、第三共和制の派閥争いを同じくらい声高に非難する共和派の派閥もその政権内に存在していた。彼らの後継者の一部は民主制を完全に放棄したが、他の後継者は国民と国家の統一が政党や民主的過程、時には人民の化身としての指導者を通して発現され得ることを見出した。 実践的には、国家民主主義は政府権力の強化を支持する。指導者や政党が国民を体現するというならば、自由主義的立憲主義が多数派の意志に課す制限を一部撤廃することが可能であるべきだ。こうして強化された体制は、政治的、文化的な国家統一への脅威とみなされるものを排除する能力を持つ。このことは時にイデオロギーの名前の二つの半分(国家と民主主義)を対立させることもある。しかし、このラベルは政党内外で民主的構造を維持する政府を指すものであり、反対勢力がいかに抑圧されようとも関係ないのである。自由主義の構造的腐敗から解放されれば、彼らはこう反論するだろう。このイデオロギーこそが歴史の数ページに埋もれない代表政府を可能にする唯一の種類なのだと。 (RF日本語化Modより引用)
https://w.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/2619.html
http //www.nids.go.jp/dissemination/kiyo/pdf/bulletin_j4-3_4.pdf 『防衛研究所紀要』第4巻第3号(2002 年2月)100 ~ 119 頁。 戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―(1) 庄 司 潤一郎 →http //www.nids.go.jp/profile/senshi/02-syouji.html 戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―(1)はじめに 1 戦後日本における歴史認識の変遷-学界、言論界を中心として- 2 「太平洋戦争」の呼称をめぐる諸問題1)「太平洋戦争」 2)「大東亜戦争」 3)「第二次世界大戦」 4)「15 年戦争」 5)「アジア・太平洋戦争」 6)「今次の大戦」、「先の大戦」、「過ぐる大戦」、「あの不幸な戦争」など 7)その他 3 歴史認識における論点 4 歴代内閣の歴史認識と「不戦決議」 戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―(2) はじめに 終戦50 年を記念して衆議院において採択された「不戦決議」、さらには近年の新しい歴史教科書をめぐる議論に象徴されるように、日本において太平洋戦争に関する歴史認識は常に論争の的となっている。 ところで、歴史認識は大きく3分類することが可能であろう1 。第1に、個人の体験を通して得られた回想・思い出であり、それは戦場、抑留、空襲等、人や地域によって大きく異なっている。近年しばしば言及される「記憶」や「証言」もこの範疇に属している。第2に、教育、メディアや家庭などによって形成された国家・社会に共有されている「パブリック・メモリー」である。第3に、歴史家が史料の分析通して導いた学問としての歴史認識である。 この3者は必ずしも一致するとは限らず、個人の記憶は検証・淘汰されて初めて「パブリック・メモリー」、又は歴史学の対象足り得るし、歴史教育と歴史学における目的の相違もしばしば指摘されるところである。例えばアメリカにおいては、戦後50 年を記念して企画されたスミソニアン博物館における原爆に関する展示は大きな論争を生んだ。多くの米兵の命が救われたと原爆投下を正当化する「パブリック・メモリー」と、その使用は不必要であったという一部研究者の説が対立し、最終的には後者が屈したのである。 一方日本では、個人としての体験・記憶は存在するが、「不戦決議」をめぐる激しい議論が物語るように、諸外国と異なり太平洋戦争の歴史解釈に関する一定のコンセンサス-「パブリック・メモリー」-がいまだ形成されていないというのが実状である。 そこで本稿では、戦後日本における太平洋戦争に関する歴史認識を、学会、言論界での議論の変遷、太平洋戦争の呼称をめぐる諸問題、歴史認識をめぐる論争の主要な論点、歴代内閣の立場、閣僚の「失言」、「不戦決議」など政治の場における歴史認識、そして以上を踏まえた日本人の複雑な歴史認識の背景について分析を行う。 1 分類は、入江昭による。入江昭「太平洋戦争とは何だったのか」『防衛研究所戦史部年報』第2号(1999年3 月)1~3頁。 101 1 戦後日本における歴史認識の変遷-学界、言論界を中心として- (「付図」参照) 終戦後の日本に現われた太平洋戦争に関する歴史認識は、大きく2つに分類することができる。先ず、いわゆる「東京裁判史観」であり、昭和21 年から23 年にかけて開かれた極東国際軍事裁判の判決をもとにした歴史認識である。特色としては、満州事変から太平洋戦争にいたる日本の行動を、「一部軍国主義者」による「共同謀議」にもとづいた侵略と理解する点にある。従来この史観は、「勝者の裁き」に由来する押しつけられた歴史認識であり、戦後日本における歪んだ歴史認識のシンボルとして、保守派から批判を受けていたが2 、近年、東京裁判において昭和天皇や731部隊などの戦争責任が免責された点に関して、進歩派からも問題点を指摘されている3 。 この「東京裁判史観」は、連合国軍総司令部民間情報部により昭和20 年年末から新聞各紙に連載され、のち単行本にもなった特集「太平洋戦争史-奉天事件より無条件降伏まで-」(中屋健弐訳『太平洋戦争史』高山書院、1946 年)によって広く一般に普及することになる。 次に、戦後解放された共産主義者を担い手に、1949年の中華人民共和国の成立、翌年の朝鮮戦争の勃発、さらには国論を二分した昭和26 年のサンフランシスコ講和条約及び日米安保条約の調印といった国内外の情勢を契機として台頭した「マルクス主義史観」をあげることができる。この史観は、戦争責任が、東京裁判が認定した「一部軍国主義者」というよりは、明治維新以来の近代日本の資本主義に内在する問題であり、むしろ天皇制の中核をなしている諸勢力にあるという見方である。したがって、太平洋戦争を、帝国主義相互の戦い、ファシズム対反ファシズムの戦い、そして被支配民族による解放戦争という3つの枠組で把握しようとするものであった4 。 昭和28 年から翌年にかけて刊行された歴史学研究会編『太平洋戦争史』(東洋経済新報社、全5巻)、及び遠山茂樹を中心に編纂され岩波新書として刊行された『昭和史』などが代表的著作である。 特に後者は、資本主義対社会主義という冷戦の影響を強く受け、太平洋戦争を資本主義体制の矛盾に由来する帝国主義諸国間の戦いであると強調するとともに、大多数の国民を「被害者」 2 東京裁判に関する議論の一定の総括は、昭和58 年に開催された「『東京裁判』国際シンポジウム」においてなされた。詳細は、細谷千博・安藤仁介・大沼保昭編『国際シンポジウム 東京裁判を問う』講談社、1984 年を参照。 3 大江志乃夫「克服されなければならない『東京裁判史観』とは?」『東京タイムズ』1989 年1 月9 日付。荒井信一『戦争責任論-現代史からの問い-』岩波書店、1995 年、163 ~ 175 頁。又、全く別の視点から、「東京裁判史観」を日米合作と見なす考えもある。保阪正康「だから『東京裁判史観』を超えられない」『諸君』1998 年1 月号、142 ~ 150 頁。 4 波多野澄雄「対米開戦史研究の諸段階」『軍事史学』第17 巻第3号(1981 年12 月)2~5頁。 102 として描写する点が特色であり、イデオロギー色が濃いものであった5 。そのため、亀井勝一郎などの批判を浴び、「昭和史論争」という国民的な議論を惹起するにいたった6 。 亀井は、唯物史観が戦前の皇国史観と同様に一定の党派性を有しており、又過去の人間よりも現在の自分の方が進歩しているという考えは、歴史家が陥りやすい「傲慢な迷信」であると指摘しつつ、1)階級闘争中心の描写で「国民」という人間が不在である、2)共産主義者はすべて正しかったのか、3)単に支配階級によって煽動されたのではない、戦死者の真の声が全く響いてこない、4)参戦や満州における暴虐などソ連の行為に対する批判が避けられているといった批判がなされた7 。 一方、こうした「マルクス主義史観」は、戦後思想の底流にある「治安維持法への復讐」であり、『怨念史観』の一種であるとの指摘もある8。 「昭和史論争」はまさに、「戦後のマルクス主義史学全体にたいする批判としての意味をもち、現代史のあり方をめぐる論争、『現代史論争』の発端ともいうべき役割」9 を果たし、ほかにも竹山道雄(『昭和の精神史』新潮社、1956 年)、上山春平(『大東亜戦争の意味』中央公論社、1964年)らによって、亀井と同趣旨の議論がなされたが、保守派以外からも批判がなされた10。 その後昭和30 年代にかけて、独立を達成すると同時に経済復興の始まりにより自信を回復したことを背景として、左右両者においてアメリカへの嫌悪感が散見され始めた。保守派の代表は、林房雄の『大東亜戦争肯定論』(昭和38 年9月より『中央公論』に連載、昭和39 年に番町書房より刊行)であり、林はマルクス主義から転向した文芸評論家であったが、太平洋戦争を、ペリー来航以来の日本によるアジア解放の戦いの集大成であるとして積極的に肯定していた。こういった主張は、保守派の典型的な議論のひとつとして、継承されていくことになる。又、進歩派においても、日米安保条約といった対米従属を打破するとともに、アメリカにより占領期になされた「偽りの民主化」を克服しなければならないといった、反米色を基調とする戦後批判の色彩を濃くしていった11。 こうした進歩派に決定的な影響を与えたのが、ベトナム戦争であり、日本の加害に着目する 5 遠山茂樹は以下のように述べている。 「基本的には27 年テーゼ、32 年テーゼの上に、歴史批判の立場を求めたい。軍部を先頭にたてた支配者の戦争政策に対して、平和を守る戦線は、共産党を核とする以外にはありえなかった」「現代史研究の問題点」『中央公論』1956 年6 月、60 頁。 6「昭和史論争」全般については、堀米庸三『歴史と人間』日本放送協会、1965 年、及び犬丸義一「『昭和史』論争」『現代と思想』第13 号(1973 年9 月)、223 ~ 257 頁、同「『昭和史』論争(続)」『現代と思想』第19 号(1975 年3 月)、177 ~ 201 頁を参照。 7 亀井勝一郎『現代史の課題』中央公論社、1957 年、11 ~ 27 頁。 8 清水幾太郎『戦後を疑う』講談社、1980 年10 ~ 11、59 頁。清水はすでに、「自虐症患者、日本悪玉論者」との言葉を使用している(261 頁)。秦郁彦『昭和史を縦走する』グラフ社、1984 年、146 ~ 147頁。 9 前掲「『昭和史』論争」232 頁。 10 代表的なものとして、ねずまさし『「現代史」への疑問』三一書房、1974 年。 11 有泉貞夫「太平洋戦争史観の変遷」『季刊 アステイオン』第9 号(1988 年夏)72 ~ 74 頁。 103 「15 年戦争論」が生まれる契機となった12。「15 年戦争論」は、鶴見俊輔の評論をへて、家永三郎の著作『太平洋戦争』(岩波書店、昭和43 年)により初めて具体的にその内容が提示されたが、満州事変から太平洋戦争にいたる15 年間(実際は13 年11ヵ月)に及ぶ、中国を中心とするアジアに対する侵略戦争と見なし、アジアに対する種々の残虐行為を糾弾するとともに、治安維持法などの戦前・戦中における日本の国家体制をも問題視していた。したがって、太平洋戦争は、日本のアジアへの加害と、それに対する中国をはじめとするアジア人民の勝利として理解され、そのことに対する認識・反省の欠如が、日米安保条約のもと、ベトナム戦争において再び「アジアの侵略」に加担したと批判されたのである。すなわち、太平洋戦争とともに、日米安保条約、自衛隊といった戦後史(戦後体制)そのものにも、批判の矛先が向けられ、むしろその論拠として太平洋戦争に関する歴史認識が使われていた。又、こうした文脈のなかで、太平洋戦争における戦没者などの日本人犠牲者は、「英霊」ではなく、侵略戦争に奉仕した「犬死」として切り捨てられたのであった13 。 この家永の見解に対して池田清は、「昭和史論争」の流れを受け「歴史的客観性」の欠如を批判しつつ、「自ら安全な立場に依拠して、安易に史上の人物の思想や行動をその安全な立場から裁くことにどれ程の意義があるのだろうか」と述べ、当時の価値基準に自分を置いてみる「追体験」が必要であると指摘したのである14 。 いずれにせよ、『昭和史』、そしてそれを発展させた家永の『太平洋戦争』に示された歴史観は、その後の日本における歴史認識に多大な影響を与え、ひとつの原型となった。 昭和40 年代から50 年にかけて、各国における史料公開と研究手法が精緻化したことを背景としつつ、ベトナム戦争の終結、文化大革命、ソ連軍によるアフガニスタン侵攻など、米中ソといったかつての戦勝国の「正義」の行き詰まりは、日本においても、左右両翼のイデオロギーから距離を置いた冷静な「実証主義」研究の台頭をもたらした15 。しかし、当然のことながら、こうした研究は、マルクス主義陣営からは、侵略・加害といった問題意識が稀薄であり、歴史理論も欠如しているとの批判がなされた。さらに、戦前の日本がファシズムであったのか、ファシズムの明確な定義が存在するのかなどの点をめぐって、歴史家の伊藤隆とマルクス主義陣営の間で「ファシズム論争」が行われた16 。さらに伊藤は、敗戦という結末から、夢や理想を「偽り」、現実的な利害を「悪」として断罪しすぎるのは問題であり、「善玉と悪玉の葛藤というき 12 マルクス主義自体にも、支配層ではなく、国民一般の加害-戦後責任-を問題にし得ない欠点を内在していた点が指摘されていた。荒井信一『現代史におけるアジア』青木書店、1977 年、5 ~ 13 頁、吉田裕「一五年戦争史研究と戦争責任問題」『一橋論叢』第97 巻第2号(1987 年2月)202 ~ 205 頁。 13 前掲『昭和史を縦走する』143 ~ 145 頁。 14 池田清「同時代史研究のむずかしさ」『社会科学の方法』第4 巻第4 号(1971 年4 月)1~ 7 頁。 15 前掲「太平洋戦争史観の変遷」77 頁。 16 伊藤隆『昭和期の政治(続)』山川出版社、1993 年、9 ~ 25 頁。 104 わめて単純でイデオロギー的な歴史観からの脱却」を主張していた17。 その後も、日中戦争での日本軍の「残虐行為」をリポートした本多勝一『中国の旅』(朝日新聞社、1972 年)、731 部隊を扱った森村誠一『悪魔の飽食』(光文社、1981 年)など、日本による加害が取り上げられていった。 こうした見方をより促進するとともに「国際化」させたのが、昭和57 年のいわゆる「教科書事件」である。検定中の歴史教科書において、「侵略」が「進出」に修正させられたとの「報道」(のちに誤報と判明)をもとに、中国・韓国による抗議を受けて、国内においても、その修正を批判する声があがったのである18 。以降、歴史認識の問題は、近隣諸国との外交問題の大きなイシューとなっていった。 天皇の戦争責任についても、特に昭和46年の訪欧と同50年の訪米において脚光を浴び、様々な議論がなされるとともに、その責任を追及する著作も現れ19、昭和天皇崩御を機にピークを迎えた。 昭和天皇崩御と冷戦の終結(すなわちある意味における「社会主義」の崩壊)は、歴史認識に新たな局面をもたらすにいたった。従来の「マルクス主義史観」の人々が、「戦前日本の侵略性」、特に日本による残虐行為の発掘・糾弾、戦争犯罪の追及、戦後補償、そして昭和天皇の戦争責任究明へと特化していったのである20。例えば、1990 年代に入って、戦争責任に関する著作の刊行が、それ以前に比べ激増するとともに、分野も多様化しつつある点が指摘されている21 。 こうした現象を、伊藤隆は、「マルクス主義の有効性が崩壊したため、『正邪弁別』による日本近現代史批判へと転換した」22 と指摘し、評論家の保阪正康は、反戦・平和といった戦後日本のイデオロギーが、社会主義が幻想に終わったため立脚点を失い、新たに「従軍慰安婦」などの歴史認識と環境問題に活路を見出したと指摘している23 。 こうした動向は、あまりに「自虐的」であるとの、広範な国民的反発を生み、平成8年以降「自由主義史観研究会」、「新しい教科書をつくる会」などが結成された。歴史家の林健太郎は、こうした動きを「強い左翼史観への反発」24 であるとしていたが、その結果、「従軍慰安婦」問 17 伊藤隆『日本の歴史第 30 巻十五年戦争』小学館、1976 年、16 ~ 20 頁。 18 「教科書事件」の詳細については、渡部昇一『万犬虚に吠える』文芸春秋,1985 年、及び後藤文康『誤報-新聞報道の死角-』岩波新書、1996 年、93 ~ 97 頁を参照。 19 井上清『天皇の戦争責任』現代評論社、1975 年、D・バーガミニ・いいだもも訳『天皇の陰謀』れおぽーる書房、1973 年。 20 黒沢文貴「戦後日本の近代史認識」『法学研究』第73 巻第1号(2000 年1月)521 ~ 522 頁。 21 石田雄「戦争責任論再考」『年報現代史 第2 号 現代史と民主主義』東出版、1996 年、30 ~ 31 頁。 22 伊藤隆『日本近代史の再構築』山川出版社、1993 年、「はじめに」ⅰ~ⅲ。 23 保阪正康「大東亜戦争・太平洋戦争はいかに語られてきたか」前掲『防衛研究所戦史部年報』第2号、15 ~ 16 頁。同『オモテの言論 ウラの言論』秀明出版会、1999 年、8 ~ 76 頁。 24 林健太郎「戦争をめぐる閣僚たちの歴史認識」『朝日新聞』1994 年5 月25 日付。 105 題、歴史教科書の記述、「平和博物館」における展示、さらには映画『プライド』、『ムルデカ』や小林よしのりの漫画『戦争論』といった大衆文化においても、歴史認識をめぐる活発な論争がなされている。 確かに、「昭和史論争」以来の国民的規模の歴史認識をめぐる活発な論争であることは否定し得ないが、その担い手は両者とも、歴史家というよりそれ以外の「素人」であり、なかには市民運動家や弁護士も含まれ、それ故に安易に「政治化」し易い側面をもっていることは否定できない。多くの「実証主義」といわれる歴史家が、一定の距離を置かざるを得ないところに25、こうした論争の問題点と同時に、戦後日本におけるイデオロギー過剰の歴史学界の現状をも物語っていると言えよう。さらに、こうした歴史学の大衆化は、お粗末な議論に終始しており参入する気にもなれないと、冷ややかな反応もみられる26。 いずれにしても、近年のこういった議論をいかに解釈すべきであろうか。「自虐史観」と批判された人々は、相手方の歴史認識を、ヨーロッパにおいてネオナチに顕著に見られる「歴史修正主義(レヴィジョニズム)」の一類型に過ぎないと批判している27。「歴史修正主義」とは、既に実証された「歴史事実」を、一部史料・証言の矛盾を繰り返し突くことにより、その「歴史事実」全体を否定する手法のことであり、アウシュヴィッツのガス室やアンネの日記の真贋問題がその代表的なものである。 そういった傾向が、特に手法を中心として散見されるのは事実であるが、社会主義の終焉による「歴史の見直し」の一環としても理解することができるとの指摘28 もあり、両者が同時に進行していると見るべきであろう。「歴史の見直し」とは、イデオロギーなど政治的に歪曲・誇張された「虚像」を修正して、「歴史事実」を確定することで、カティンの森事件(かつてドイツ軍の仕業とされていた、ソ連軍によるポーランド軍将校虐殺)やナチスの犯罪をより誇張するために利用されていたアウシュヴィッツ強制収容所犠牲者数の下方修正などがそれである。 社会主義の崩壊をはじめとする世紀末の価値観の混乱のなかで、かつてイデオロギーの影響を強く受けた日本の歴史認識において、「歴史の見直し」と「歴史修正主義」の両者がともに展開されていると見るのが適当ではないだろうか。 25 秦郁彦は、こうした傾向を、「禁欲主義にこだわって、歴史家としての任務を放棄」と批判している。秦郁彦『現代史の争点』文芸春秋、1998 年、256 ~ 257 頁。 26 蓮實重彦・山内昌之『20 世紀との訣別』岩波書店、1999 年、16 ~ 17、267 ~ 268 頁。 27 議論を総括したものに、高橋哲哉『歴史/修正主義』岩波書店、2001 年を参照。 28 山崎正和「歴史の真実と政治の正義」『季刊 アステイオン』第52 号、1999 年11 月、9 ~ 33 頁。 106 2 「太平洋戦争」の呼称をめぐる諸問題 日本における太平洋戦争に関する歴史認識の難しさを物語っているのが、その呼称をめぐる議論である。世界史的に見て、一般的に戦争の呼称は、交戦国名、交戦地域、戦争の期間、戦争勃発の日時、戦争の当事者、戦争の規模、戦争の原因・目的などの基準によりなされている。又、第二次世界大戦については、社会主義諸国において、中国では「反ファシズム抗日戦争」、ソ連は「大祖国戦争」というように、その歴史的意義を強調する呼称が使用されている29。 他方、現在日本において太平洋戦争を呼ぶ場合、主なものとして以下のような呼称がある。 1)「太平洋戦争」 昭和20 年12 月8日からGHQにより新聞に連載された特集「太平洋戦争史」に由来し、現在でも最もポピュラーなもののひとつである。しかし、「Pacific War」はアメリカでは一般に、1879年から1883年にかけてのペルー・ボリビア連合軍とチリの戦争を指し、「the Pacific Theater in the Second World War」が太平洋戦争を意味するとの説もある30 。 2)「大東亜戦争」 「大東亜新秩序」というアジア解放の戦いであったとの趣旨で使用されるとともに、法的正当性も主張されている。すなわち、昭和16 年12 月10 日大本営政府連絡会議、12 日の閣議において、「支那事変ヲ含メテ大東亜戦争」と正式に決定された呼称であり、終戦後一時期GHQの指令により使用を禁止され、政府は暫定的に「今次の戦争」を使うこととした。しかし、独立回復後の昭和27 年4月11 日に発せられた法律第81 号により、GHQの指令はすべて無効になり、その後政府は「大東亜戦争」という呼称を一度も否定していないというのである。一方、アジア解放といった戦争目的を肯定する恐れがあるとの理由で、その使用を批判する声も根強い。 3)「第二次世界大戦」 「太平洋戦争」と「大東亜戦争」の対立を踏まえて、イデオロギー的に無価値なものとして使用されている。歴史家の斎藤孝がこの呼称を提唱したが、同じ信夫清三郎は、戦争目的を肯定するとか否定するとかの問題ではなく、当時の日本人は「大東亜戦争」を戦ったのであり、最も実体がともなっていると主張し、両者の間で論争が行われた31 。 又、一般に「第二次世界大戦」は、1939年のドイツによるポーランド攻撃により始まった 29 戦争の呼称に関しては、木坂順一郎「アジア・太平洋戦争の呼称と性格」『龍谷法学』第25 巻第4号(1993 年3月)、386 ~ 434 頁を参照。 30 前掲『昭和史を縦走する』149 頁。 31 信夫清三郎「『太平洋戦争』と『大東亜戦争』」『世界』1983 年8 月、222 ~ 231 頁、同『聖断の歴史学』勁草書房、1992年、ⅰ~ⅱ、斉藤孝「『大東亜戦争』と『太平洋戦争』-歴史認識と戦争の呼称」『世界』1983 年11 月、280 ~ 284 頁。 107 というのが通説であり、それ以前の満州事変、日中戦争などをいかに扱うかとの疑問の声もある。 4)「15 年戦争」 昭和31 年評論家の鶴見俊輔が初めて使用したが、一般に普及する契機となったのは、昭和43 年刊行の家永三郎の『太平洋戦争』であり、その後現在にいたるまで進歩派を中心に頻繁に使用されている。満州事変以降を連続した不可分の戦争ととらえ、主戦場は中国大陸であり、勝者は中国人民である点に力点が置かれている。戦後体制への否定的解釈も含意されており、反米主義と同時に、中国への贖罪意識さらには「劣等感」があるとの指摘もある32 。 5)「アジア・太平洋戦争」 「15年戦争」の流れを受け、昭和60年木坂順一郎により提唱され、近年急速に普及しつつある。実際には13 年11ヵ月といった「15 年戦争」に対する批判を受け、より発展させたもので、「東アジアと東南アジア及び太平洋を戦場とした日本の侵略戦争」を意味する。趣旨は、太平洋を主戦場にアメリカの物的国力に敗けたとのイメージがある「太平洋戦争」に代って、アジアに対する侵略を強調する点にある33 。 6)「今次の大戦」、「先の大戦」、「過ぐる大戦」、「あの不幸な戦争」など 政府が占領期、暫定的な呼称として「今次の戦争」と定めたことは前述したが、その後も内閣や天皇は公的な場においては、価値判断を回避して、こうした呼称を使用している。 7)その他 ・「東亜100 年戦争」 林房雄の『大東亜戦争肯定論』で展開された呼称で、ペリーの来航以降終戦までの、アジアに侵攻してきた白人勢力に対する日本の抵抗と反撃を意味する。 ・「70 年戦争」、「50 年戦争」など いずれも、台湾出兵、もしくは日清戦争から終戦までの日本のアジアへの侵略を趣旨とし ている。さらに、日清戦争から現在の自衛隊のPKO派遣までを日本による一貫したアジア 侵略と見なす「100 年戦争」といった呼称も近年現れている。 ・「昭和大戦」 太平洋戦争の持つ侵略と解放の両義性を踏まえつつ、朝鮮・ヴェトナム両戦争も包含したものとして、藤村道生が提唱した34。 以上のように、日本においては、前節で考察したようなイデオロギーの影響により戦争の 32 前掲『昭和史を縦走する』143 ~ 145、148 ~ 151 頁。 33 木坂順一郎「『大日本帝国』の崩壊」歴史学研究会・日本史研究会編『講座日本歴史 10 近代4』東京大学出版会、1985 年、338 ~ 339 頁。 34 藤村道生「『昭和大戦』という呼称の提案」『軍事史学』第32 巻第3号(1996 年12 月)4 ~ 13 頁。 108 呼称は多岐にわたり、いかなる呼称を使用するかは、歴史認識はもちろんその政治的立場をも示すリトマス試験紙、さらには「踏絵」として機能していると言っても過言ではない。 3 歴史認識における論点 これまで歴史認識の変遷、及び歴史認識を象徴的に示す太平洋戦争の呼称について述べてきたが、本節ではその具体的な論点を整理する。 第一に、日本の近現代史における「侵略」の有無、そしてその始点・連続性の問題である。始点については、幕末の海防論にまで遡及するものもあり、一方、戦後アジアへの「経済侵略」をへて、PKOなど現在にまでその連続性を指摘する意見もある。日本の行動を、世界史全体、特に帝国主義時代の流れのなかでいかに位置付けるべきか、又20 世紀の日本そして世界を考える際に無視できない社会主義をいかに判断すべきかとも密接に関係しており、さらに戦後体制の解釈を通して現在の政治上の争点とも関連しているといえよう。 第二に、日本の対外膨張、もしくは「侵略」の要因に関してである。「マルクス主義史観」は、「侵略」の要因として政治・社会・経済体制としての天皇制を指摘し、「侵略」の必然性を強調する。又、アジア蔑視、島国といった日本人の国民性に原因を求める説も散見されるが、いずれの場合もこうした決定論に対しては、それ程短絡的に因果関係を導き出せるかなど、疑問が呈せられている。 第三に、「戦争責任」といった場合、誰の、誰に対する、いかなる行為を対象とするのかといった問題である35。例えば、法的、政治的なものか道義的なものか、開戦責任か敗戦責任か、さらには戦争犯罪に対する責任か、明確に定義されず曖昧なまま結論のみが先行している。特に、昭和天皇の「戦争責任」について、平和主義者であったか否か、さらに「戦争責任」の有無について議論がなされている。 第四に、「侵略」の有無と関連する問題であるが、太平洋戦争がアジア解放の戦いであったか否か、換言すれば「大東亜戦争」か否かをめぐっては、現在にいたるまで活発な論争がなされている。独立には一定の役割を果たしたとしても、当初より「目的」としていたのか、単なる「結果」に過ぎないのかも議論の分かれるところである。 その亜流として、「自存自衛」の戦いであった、英米なども植民地を有しており同罪である、さらには戦争を戦った結果として戦後繁栄の礎となったといった議論があるが、それらの是非 35 丸山真男によりすでに指摘されている。「戦争責任について」『思想の科学会報』第17号(1957年3月)1~3頁。 109 をめぐっても論争がなされている36。 第五に、こうした太平洋戦争の位置付けと関連して、戦没者をはじめとする日本人犠牲者の取り扱いの問題である。一方に、戦没者に対する遺族等の私的かつ自然な追悼の感情、「平和の礎」としての慰霊、さらには「英霊」として顕彰することにより、国家のために殉じた公的な死として見なすべきであるといった遺族を中心に広く日本に受け入れられている認識がある。 他方、加害の側面を強調する人々は、戦没者は国家に服従を強いられた「被害者」であるとともに、侵略戦争においては「加害者」であり、したがってその死は「犬死」であると主張するのである37 。 近年、戦没者の問題に関して、二種の新たな論争がなされた。思想家の加藤典洋を中心に展開された「歴史主体論争」は、アジアの犠牲者の前に、先ず日本人300万人の犠牲者に思いを寄せるべきであり、それを通してこそ初めてアジアの犠牲者に対する真の追悼が可能であるとした加藤の主張に対して、それは日本のアジアに対する加害を曖昧にするものであるとの批判がなされた38 。 又、漫画家の小林よしのりは、漫画『戦争論』のなかで、「公」と「個」を対比しつつ、「公」のために「個」を犠牲にすることの尊さを主張し、太平洋戦争における犠牲者の意義を積極的に肯定したのであった39 。 第六に、南京事件、「従軍慰安婦」などのいわゆる「残虐行為」の問題である。南京事件の犠牲者数、「強制」か否かといった「従軍慰安婦」の実態など「歴史事実」の認定をめぐって現在でも議論が続いている。さらに、こうした出来事の日本近現代史のなかでの意義、国際比較、国際法的に犯罪か否かといった点でも、意見が対立しており、その歴史教科書への記載が焦点となっている40 。 第七に、過去を踏まえたうえで戦後50 年以上経過した今、積極的に未来に向けて建設的な議論を行なう方が生産的であるといった「未来志向」と、これまで回避してきただけに、より一層過去の歴史と向き合わねばならず、さもなければ将来にも盲目になるとの「過去の直視」との対立である。 この対立は、「不戦決議」に際しても見られたが、近年建設ブームを迎えている「平和博物館」の展示をめぐる議論が象徴的である。多くの「平和博物館」において、太平洋戦争中の日本による惨たらしい「残虐行為」が写真や映像によって展示されたが、「平和博物館」には戦争 36 江口圭一『日本の侵略と日本人の戦争観』岩波書店、1995 年を参照。 37 荒井信一編『戦争博物館』岩波書店、1994 年、10 及び33 ~ 34 頁。 38 加藤典洋『敗戦後論』講談社、1997 年、高橋哲哉『戦争責任論』講談社1999 年。論争を総括したものとして、安彦一恵・魚住洋一・中岡成文編『戦争責任と「われわれ」』ナカニシヤ出版、1999 年がある。 39 小林よしのり『新・ゴーマニズム宣言』小学館,1999 年。 40 前掲『現代史の争点』254 ~ 268 ページ。 110 の残酷な展示は不要であり、いかに平和を築くかといった将来の問題を積極的に取り扱うべきであるとの批判がなされた41 。 4 歴代内閣の歴史認識と「不戦決議」 歴代内閣の歴史認識を概観42 すると、第1次中曽根康弘内閣を転機に大きく変化している。それまでの内閣では、遺族会の影響、戦後補償問題との関係で、明確に「侵略」には言及しなかった。例えば、昭和48 年2 月田中角栄首相は、「侵略であったかなかったかという端的なお答えは、後世史家が評価するものであること以外にはお答えできません」と述べていたが、この発言はほとんど問題視されなかったのである。 中曽根首相は昭和57 年12 月、「国際的に侵略であるという厳しい批判を受けている事実は、政府としても十分認識する必要がある」と答弁しているが、「国際的に……」は、同年に生起した「教科書事件」を指しており、すなわち、本事件を契機として内閣にとって「侵略」の問題が強く問われるようになっていったのである。 同首相は、第2次内閣においても昭和60 年10 月、「太平洋戦争、大東亜戦争ともいっておりますが、これはやるべからざる戦争であり間違った戦争である、そういうことを申しております。中国に対しては侵略の事実もあったということも言うております」と、初めて日中戦争を侵略戦争と認めるにいたったのである。 その後は内閣として、「侵略」を否定することはできなくなり、例えば昭和64 年2 月竹下登首相が前述した田中首相と同様の発言を行なったところ問題化し、「わが国が過去の戦争を通じて近隣諸国などの国民に対し重大な損害を与えたことは事実だ。かかる行為について、侵略的事実を否定することはできない」との釈明を行なわざるを得なかったのである。 こうした潮流の典型は細川護熙首相で、平成5年8月、「私自身は侵略行為であったと、間違った戦争であったと認識している。過去のわが国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」と述べたが、のち与党内からも批判が出たため、細川首相はその後は同種の発言を控えるようになった。 このように、内閣としては「侵略」を認めるようになっていたが、細川首相への批判が物語るように、十分なコンセンサスを得たものではなかった。それを象徴しているのが、歴史認識 41 庄司潤一郎「『平和博物館』から見た歴史認識」『諸君』2000 年10 月、158 ~ 169 頁。 42 首相及び閣僚等の発言については、当時の新聞より引用。引用の注は省略。 111 に関する閣僚の「問題発言」(「失言」)43である。戦後政治史上、数多くの閣僚が「問題発言」により陳謝、さらには罷免・辞任に追い込まれているが、内容別にみた場合、歴史認識に関するものがトップであると言っても過言ではない。最近でも昨年2月、野呂田芳成衆院予算委員長が、「大東亜戦争のおかげで植民地支配が終わり、アジア諸国は独立した」と発言して、問題となったばかりである。 その内訳は大別すると、「侵略(戦争)」の否定、朝鮮半島に対する植民地支配の正当化、そして南京事件、「従軍慰安婦」など論争となっている問題の「否定・又は過小評価」である。 島村宣伸文相(平成7年8月)による「侵略戦争か否かは、考え方の問題だ。侵略のしっこが戦争だ、一方的に日本だけがやったならば突き詰める必要があるが、世界中にはいろいろな事例がある」との発言をはじめ、「侵略」の有無に関する発言は、藤尾正行文相(昭和61 年9月)、永野茂門法相(平成6年5月)、桜井新環境庁長官(平成6年8月)、橋本龍太郎通産相(平成6年10 月)などが行なっている。 植民地支配については、平成7年10 月江藤隆美総務庁長官による「日韓併合条約を無効と言い始めたら、国際協定は成り立たない。植民地支配のなかで日本はいいこともした」といった発言で、ほかにも藤尾正行文相(昭和61 年9月)などの発言である。 又、中国との関係では、南京事件に関して、中国側が言う「大虐殺」は捏造であるといった発言は、永野法相(平成6年5月)、石原慎太郎衆議院議員(平成2年9月)が代表であろう。 近年の「従軍慰安婦」問題においても、平成10 年7月中川昭一農水相が、「歴史的事実として教科書に載せることに疑問を感じている」と発言を行っている。 こうした状況のもとで、平成7年6月の「不戦決議」を迎えることになる。本決議は、自民・社会・さきがけの連立政権成立時の3党合意を受けて、検討してきたものである。相反する歴史認識を有する自民党と社会党の対立は、「侵略」の定義、世界史上における位置付け、戦後補償に結びつく「謝罪」の文言の挿入の是非、「戦争責任」などをめぐって表面化し、最終的には、下記のような折衷案として誕生することになる。 『歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議』(「不戦決議」) 「本院は、戦後50 年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる。また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為や他国民に与えた苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社 43 閣僚等の「失言」については、失言王認定委員会『大失言』情報センター出版局、2000年、土屋繁『日本を決めた政治家の名言・妄言・失言』角川書店、2001 年、及び加藤典洋「失言と病言-『タテマエとホンネ』と戦後の起源」『思想の科学』第29 号(1995 年6 月)4 ~ 29 頁を参照。 112 会を築いていかなければならない」 この折衷案は、英米も同罪であるといった観点から、世界近代史の背景に言及するとともに、「侵略」、「謝罪」の文言を、それぞれ「侵略的行為」、「深い反省」に置き換えるとともに、冒頭に日本を含めた全戦没者に対する哀悼を表することにより、最終的に決着したのである44 。 しかし、衆議院本会議における本決議の採決には、新進党と共産党が欠席し、さらに連立3党からも約70 名の欠席者が続出したため、全会一致を旨とする国会決議であるにもかかわらず、半数をわずかに上回る賛成を得たに過ぎなかった。 同年8月村山富市首相は、終戦50 周年談話として、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くのアジア諸国の人々に苦痛を与えました」と一歩踏み込んだ発言を行ったが、外国には、「不戦決議」とのニュアンスの相違故、どちらが日本の真意かといった誤解を与えかねないものであった。 一方、侵略戦争を美化・合理化するものであると決議を批判するとともに、採決を欠席していた共産党は以下のような決議(案)を発表していた。 「政府にたいし、侵略戦争への深い反省と関係諸国への真摯な謝罪、誠意ある国家補償、日本国憲法の恒久平和の原則をまもり、戦争を二度と繰り返さない決意をあきらかにすることを求める」45 さらに社会民主党は、党の「政策の基本理念と政策の基本課題」の第3項に、「過去の植民地支配と侵略戦争の反省と謝罪をおこない、その過ちを繰りかえさないことを諸国民に誓い……」との歴史認識に関する文言を挿入したが46 、『読売新聞』はそれを「これ以上なにをするのか。社会党綱領案の自虐史観」と批判していた47 。 海外を含めた本決議に対する反応も、「明確な謝罪が欠如している」、「曖昧な内容で真意が理解できない」、「より未来を志向すべき」といった多様なものであった。 44 「不戦決議」をめぐる動向については、安村廉『歴史を裁いた政治家たち-戦後50 年、国会の狂騒-』展転社,1995 年、「『戦後50 年決議』問題と日本のアジア・太平洋侵略」『前衛 臨時増刊 1996 政治経済総覧』日本共産党中央委員会、1996 年6 月、27 ~ 47 頁、「不戦決議は必要だったか」文芸春秋編『日本の論点 96』文芸春秋、1996 年、130 ~ 139 頁を参照。 45 前掲「『戦後50 年決議』問題と日本のアジア・太平洋侵略」34 頁。 46 『月刊 社会民主』1996 年2 月、46 頁。又、同党は、『植民地支配の謝罪・侵略への反省 未来の平和への決意 国会決議実現に向けて』と題したパンフレットを作成している。 47 朝倉敏夫「とれんど」『読売新聞』1995 年12 月28 日付。 113 本決議は、「歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び」と述べていたが、上記の動向は問題の困難さ・複雑さを物語っている。 つづく →戦後日本における歴史認識―太平洋戦争を中心として―(2) 日中歴史共同研究
https://w.atwiki.jp/ideology-database/pages/228.html
Red Flood リバタリアン資本主義 アイコン編集 英名 Libertarian Capitalism 別名 登場作品 Red Flood(Hoi4) 上位イデオロギー 自由主義 主要なイデオローグ カール・マルクスは、ブルジョワジーが封建制を打ち破るという革命的な役割を果たしたと書いたが、封建制に代わるものの中でどうやって生き残るかという問題がすぐに浮上した。集団に代わって個人が台頭したとき、彼らは新たに得た自由にどう耐えるのであろうか?啓蒙主義とその不満に対する解決策は、リベラリズムの進歩から後退することでもなければ、獲得されたそれを守ることにかけることでもない。いや、違う。解決策は、仕事がまだ終わっていないということを認めることである。資本主義は必要悪でもなければ、利用可能な選択肢の中で最もマシなものでもない。むしろ、肯定的で生産的な理想であり、人類が繁栄するための最も完璧で正しい手段である。準備のできていない者は結論にたじろぐかもしれないが、他の者はもっと大胆なものを選ぶ。リバタリアン資本主義の道である。 この傾向の知的背景は、大方明らかにリベラリズムの進化である。個人が自分の利益に対して合理的に行動する能力を強調し、普遍的人権―特に財産権―に対する準原理主義的な解釈を順守する。しかし、階層や国家権力の固有の暴力について、無政府主義的な説明を参照する者もいる。結果はかなり異なることがあるが、究極的な目標は、最小限の統治を行う自由主義政府であり、国防や法執行を主な関心事とする夜警国家として特徴づけられることもある。言論の自由が核心的価値である一方で、一部の原則は政治的議論の対象とするべきではないと考える者もいるかもしれない。そうすれば、大衆が新たな枷を投票で自ら身につけてしまうことを防ぐことができるからだ。 世界の統制主義的傾向に対して、リバタリアン資本主義は何か英雄的で飼い慣らされていないものを提示する。一方では自由主義国家の最終的な退化と非難され、他方ではその純粋な搾取的表現として非難されてきたが、それでも大戦後以降、伝統的な自由主義政党ではある程度の信頼性を得てきた。私利私欲であれ、権威主義の潮流に対する反抗の叫びであれ、その支持者はその約束を信奉している。世界を根本から作り替えようとする大胆不敵な人々には、無限の可能性が待っている。暴君に人々がそれを獲得することを止めようとするどんな権利があろうか? (RF日本語化Modより引用)
https://w.atwiki.jp/yasamasu/pages/21.html
あ行アラガミ 安価 イシツブテがっせん 異能 異名ポテンシャル 《 異界 》と《 領域掌握 》 初心 「エイヴィヒカイト」種 「英霊」種 エキスパンション エッツィナ・オネィサン 遠洋 王位継承 王様ゲーム オブザーバー 親崩れ か行カンナギタウン キッサキシティ 金冠サイズ クロガネトンネル 軍 月末杯/週末杯 獣道 剛剣と柔剣 抗争 ゴッドイーター コトブキシティ コミュニティガード 「固有ポテンシャル」と「資質」 さ行サポーター 指示 資質 資質との心中 「島津」種 召喚 ジム 種族値 種族ポテンシャル 深海棲艦 スタジアム スライム ジンオウガ/亜種 シンオウ地方 随行上限 スナッチ団 スナッチボール スプリガン 生態兵装 「精霊」属 属別ポテンシャル ソノオタウン た行ダンジョン ダンジョン/必要防御力 ダンジョン/乱入 地方 「テイルギア」種 デュエルモンスター テレポート 天賦の才 等級 「刀剣男子」種 トラウマ化 トレーナー トレーナーネーム な行能力 「ネットナビ」種 は行ハードマウンテン バウンス ハクタイ図書館 百代の王 ハンター ハンター・ハンター ハンディキャップ 控え室 フィールドカバーリング フィールディング 風林火山 武具 フィールディング フロンティア 「ベテラン」化 防具 ポケットモンスター ポケモンスタジアム ポケモンの売買 ポケモンバトル ポテンシャル ま行「魔眼」 ミオシティ 妙手 メガ進化 モンスターハンター や行野生ポテンシャル 要統率値 妖精 四大資質 ら行ルイセロッテ レベル わ行わざマシン 英数字行6 あ行 アラガミ 「オラクル細胞」を有するポケモン。 「アラガミ」は「モンハン」と同じく属名。 「モンハン」と同じ「敵性種」であり、「600族」。 「まもる」等を覚えないところも同じ。 が、「モンハン」とは完全に、相互に「天敵」関係である。 もしアラガミとモンハンが同じダンジョンに存在した場合、両者の争いにより周辺一帯が焦土と化す、 とまで言われるほど苛烈な縄張り争いが行われる。 「伝説種」のアラガミは「接触禁忌」と呼ばれ、モンハンの「古龍」と同じく「要統率:A」である。 余談であるが、「統率型」であっても基本的には「天敵」関係のポケモン同士を同じPTに入れることはできない。 安価 安価の可能性は無限大である。次の自由安価で「ラケルを妹にする」を取ることを止めはしない。 イシツブテがっせん スタート時、参加者は一か所に固まっている。 イシツブテはフィールドのいたるところに隠されており、それを見つけることから協議は始まる。 イシツブテを用いない攻撃は反則として失格。 逆にイシツブテを用いれば何をしても良い。 意識不明となった時点で失格になる。 制限時間は日没まで。 勝利条件は日没時に失格になっていないこと。 異能 「異能」とは、「能力:A」以上の能力を指す言葉。 「能力:B」以下とは異なり、「能力:A」以上の固有ポテンシャルは、 引き起こす事象が超常的である。 人のみでそれだけの「ポテンシャル」を発揮する存在は生態そのものが異端であり、 通常の「努力」というものが理解できない。 これは逆もまた然りであり、「能力」と「育成」の相反性を示す有名な話である。 異名ポテンシャル 人々に周知されることでその「名声」が力を得たポテンシャル。 通常1PTに「3」体までが保有できる。(それ以上は無名な異名から効果を発揮しなくなる) 大きく「あるトレーナーのもとでの活躍が名声を得たタイプ」と、 「何らかの偉業を成し遂げることでその活躍が異名として昇華したタイプ」に分かれる。 《 異界 》と《 領域掌握 》 《 異界 》と《 領域掌握 》は【同格】として扱われます。 《 フィールド効果 》には《 スタジアム 》《 ジム 》《 ダンジョン 》《 異界 》《 領域掌握 》が存在しますが、 《 異界 》《 領域掌握 》は他の3つを【上書き】します。 ただし、《 異界 》《 領域掌握 》がかち合った場合、何方も「自陣」のみに展開されます。 初心 恋愛に耐性がないこと。 恋愛をしたことがないという意味ではない。 恋愛小説やラノベを読んでいれば「くっさ」と一笑にふせることが、彼/彼女にとっては最良となったりするかもしれない。(適当) 「エイヴィヒカイト」種 独力で「第四階梯」に到達する、という能力を持つ種族。 生殖能力が低く、個体数が非常に少ない。 戦闘を非常に好む性質で、その無限の闘争の果てに己を高めることができる。 育成型以外に人気であることは言うまでもないが、 育成型の『エイヴィヒカイト』ほどに絶望的なものもまたいない。 「英霊」種 「英霊」は厳密には種族名ではない。 「セイバー」「アーチャー」「ランサー」「ライダー」「キャスター」「アサシン」「バーサーカー」の七つの種族を含む「属名」である。 種族は比較的古くから存在する古い現代種であり、多くの「亜種」を持つ。 「織田信長」は「アーチャー」の亜系、「立花道雪」は「セイバー」の亜系。 して、『固有種』である「アストルフォ」は「ライダー」の亜系であると言えるようだ。 エキスパンション 「純統率型」のみが付与できる『特権』ポテンシャル。 トレーナーの「統率」によってポケモンの能力が最大限引き出されるのみならず、 それを超えて「拡張」されたもの。 18タイプすべてに対応し、各々のポケモンは自分と同じタイプのものを習得できる。 ひとたび『エキスパンション』を付与できるようになれば、 『役割』と同じようにトレーナーは『エキスパンション』を自由に付け替えることができるようになる。 エッツィナ・オネィサン 邪教の神。 ハーレムを司るモノ。 不義の象徴であり、その名自体が姦淫の罪を誘惑する古代語である。 昔の絵画においては淫蕩、色欲の大罪の象徴として描かれる。 今回のフリーパートでは登場しない。 遠洋 シンオウ地方に限らず、あらゆる地方に存在するダンジョン。 地方と地方を分断するダンジョンであるともいわれる。 陸の沿岸からどれだけ離れているかで「深度」が「0~5」の間で変化 深海、または極めて陸から遠い海上は「異界」と化している。 「深海棲艦」が出現するのは「深度・2」以上の領域。 更に、彼女らが棲息するのは「深度・5」の深海であるといわれ、 研究者たちはそこに彼女らの《 隠れ里 》が存在すると推測している。 王位継承 「王位」は継承されるものである。 各「街」ごとに継承方式は異なるが、 基本的にその世代の中で最強のトレーナーが継承する仕組みが整っている。 王位を継承するかは基本的に当代の王の判断にゆだねられており、 基本的に「4」年ごとに世代が変化するのが一般的なスパンである。 王様ゲーム 籤によって選定された「王」が、 同じく籤によって選定された臣民同士(または自分と)に好きなことをやらせるもの。 基本的にはそれだけなのだが、「王の言葉は絶対」の法則のもと、 少し際どい方向へと発展しかねないものでもある。 真の王者には神が宿る。 オブザーバー 「PTに参加している」だけで味方全体に効果を及ぼすポケモン。 希少な資質であり、一地方でも指折り数える程度。 「草タイプの味方」や「英霊属の味方」など、対象が限られる能力であり、 それでも多大な価値を持つ。 親崩れ ポケモンには「♀親と同じ種族として生まれる」という原則がある。 しかし、低い確率であるが、♂親の種族として生まれる場合がある。 これを「親崩れ」と呼び、ポケモン世界の謎として知られる。 余談であるが、「♂しかいない種族」が存続できるのは、この親崩れのおかげ。 それらの種は親崩れを起こさせやすいといわれている。 か行 カンナギタウン 「巫女」と呼ばれる異能者の町。 「巫女長」と呼ばれるコミュニティリーダーが単独で街を守護している。 「巫女長」のもとで「巫女」たちは修練を積んでおり、 その中で最も優れるものが次代の「巫女長」となる。 テンガン山と隣接しており、 「北」に近づくほどに深度が上がるテンガン山の性質上、近隣の野生ポケモンは強い。 キッサキシティ シンオウで――否、世界で最も過酷な場所に存在する都市。 シンオウ史の中で最も新しく地図に載った街であり、最新の「ジムを擁する=都市と呼べる規模の街」である。 世界最大級のダンジョン「テンガンざん」が外界との接続を邪魔しており、 さらに「テンガンざん」は北に行くほど難易度が上がる鬼畜仕様。 「テンガンざん」は外部、つまり外側にも「テンガンざん・外部」という名で「ダンジョン」化している。 それも、「テンガンざん・外部」は一番浅層で「深度・2」。 このため、街のすぐ近くを強力な野生ポケモンが闊歩している。 ――キッサキシティは中に「深度・5」級のダンジョンである「キッサキしんでん」があることも特徴的。 というか、この街はもっといっぱいエピソードがあるのに、ありすぎてここには書ききれない。 代表的なものを最後に一つ。 「キッサキの冬は、家屋が野生ポケモンの「ゆきふらし」のせいで深刻化した降雪により倒壊する」 「世界で最も過酷な街」の名に偽りがないことがお分かりいただけるであろうか。 金冠サイズ 一つの種族で最も体が大きい個体。 もとも「体力」種族値は種族的な「傾向」程度で、 体の大きさやスタミナ量などによって同種間でも個体ごとに幅がある。 が、世界で「最大」であることはそれ自身が『固有』の『ポテンシャル』として評価され、 ただでさえ多い体力にさらに上方補正が掛かる。 こうして、素の高耐久に補正が重なることで『金冠』は悪魔的な耐久を誇るのだが…… 「誾」はもう色々振り切って「600」に届いてしまうなど、ひどいことになっている。 クロガネトンネル クロガネシティ近郊に存在する低層ダンジョン。 「深度・2」までの比較的浅いダンジョンと言える。 現在此処の「深度・1」は「独裁型」であり、 『風林火山』と呼ばれるポケモンが構造を複雑化しているという。 軍 この世界にはトレーナー達による街の防衛とは別に、「軍」と呼ばれる組織が存在する。 これはいわば「警察機構」であり、 もともとはコミュニティリーダー傘下の、いわゆる「ジム」が担う役割である。 時代の変遷とともに「街の外」「街の中」のための戦力が分化し、内側に特化した「軍」が生まれた。 「中」を戦場にするとはいえ、ポケモンが犯罪者となったり、 ポケモンを使った犯罪などが考えられるため保有する戦力は高い。 その成立背景には「フロンティア」も一枚噛んでおり、「外」はフロンティアの経験者が構成し、 「中」は街の住民が構成する、というような主体の差に表れる。 月末杯/週末杯 「TR:2」以上のトレーナー同士の戦いは見世物としても優れる。 派手な色彩の炎雷が弾け、豪快な質量がぶつかり合う様は観衆の心をつかむ。 どの街/町でも「スタジアム」を用意し、そこにトレーナーを招いて戦わせる。 「TR:3」以上の大会にはその街の「コミュニティリーダー」が参戦することもある。 獣道 ダンジョンが持つ特性。 「深度」を隔てた境界付近の領域にはポケモンが本能的に往来を避ける領域が存在する。 このため基本的に「深度」間でのポケモンの行き来は行われず、その例外が「獣道」である。 上述のような領域が途切れている箇所が散在しており、 その付近では上位の「深度」から下の「深度」への「逃避」、 あるいは逆に下位から上位への「昇格」を目論むポケモンが往来する。 いずれも下位の「深度」のポケモンにとってその付近を通るポケモンは自分よりも強い場合が多く、 その付近にはポケモンが避ける空白領域となる。 ポケモンが居ない天然の道、「獣道」である。 剛剣と柔剣 剣には「剛の太刀」「柔の太刀」という概念がある。 相手と斬り合う時に、こちらの攻めを防ぐ相手の剣をどう崩すかという概念だ。 敢えて剣を叩きつけ、相手に消耗を強い、あるいは守りごとに斬り断つのが「剛」。 打ち合いを避け、守りを掻い潜って急所を素早く切り裂くのが「柔」の太刀である。 手数で相手を圧倒し、守りをすり抜けて急所に剣を突き立てるユウキは、明らかに後者である。 抗争 ダンジョンで見られる野生ポケモンの「むれ」同士の争い。 特にダンジョン内でのモノを指す(ダンジョン間のモノは「戦争」と呼ぶ) 全てのダンジョンは「独裁型」に向かう傾向を持ち、その過程で「抗争」は起る。 ダンジョンの一区画を占有支配する『ヌシ』同士の争いであり、 ダンジョン一層全てを独裁する「唯一」の『ヌシ』を定める戦いである。 抗争は他の野生ポケモンを刺激し、時にスタンピードを引き起こす。 ゴッドイーター 「アラガミ」の天敵である「亜人」。 アラガミと同じく『オラクル細胞』を有する人類の友好種であり、『神』を殺す能力を持つという。 同じく「アラガミ」を天敵に持つことから、「友好種」でありながら「敵性種」である「モンハン」と共生できる。 コトブキシティ シンオウで最も発展している街。 「文化・芸能」の拠点が「ヨスガ」であるなら、「経済」の拠点は「コトブキ」である。 他の地方とシンオウを繋げるド級の「テレ・ゲート」を有する「首都」である。 この関係上、他地方との交流が最も積極的なのはコトブキであり、 月に一度、地方を超えた商人たちによる、「越境市場」が開催される。 コミュニティガード 略称CG。 コミュニティリーダーと共に街を守る防衛戦力。 フロンティアがシンオウ各地を飛び回る遊撃戦力ならば、CGは各街・町を守護する常駐戦力。 フロンティアを退役したトレーナーが主な構成員で、「TR:2~6」が主。 フロンティアを辞めた後の受け皿で、近隣ダンジョンの監視やスタンピード時の防衛を行う。 一線を退いた後ではあるが、月例大会などに出場しながら腕を磨いている。 また、主要道路や水道上の野生ポケモンの掃討も行っており、 彼らの尽力によって街間のコネクションは保たれているといっても過言ではない。 「固有ポテンシャル」と「資質」 固有ポテンシャルは基本的に資質ごとにある程度の類似性を持つ。 これは『固有』が当人の特徴に関連する、ということと、 資質が当人の性質を反映する、という両者の関係からである。 指示型なら「指令」や「クリティカル」に関連したものといったように、 ある程度「資質を活かした」定型というものが存在するのもまた事実である。 さ行 サポーター 随行員。 ダンジョンアタックでは、トレーナーの他に、もう一人だけ「サポーター」を連れることができる。 (複数人連れると、分断のリスクが高まるため必ず一人まで) サポーターを連れることで、サポーターの能力によって特定マスの仕様が変わったりする。 さらには、野生ポケモンとの戦闘においても「サポーター」の助力を受けることができる。 この場合、サポーターの助言により判断材料を増やすことができ、 また、サポーターの応援により味方の士気が高揚し、《 サポート効果 》として発揮されることがある。 サポーター/追加任命。 サポーターの追加任命はある意味でPTにとって死活問題である。 「統率型」以外は自由に役割の任命が出来ず、別の役割に変更するのに時間がかかる。 当然、そのサポーターがいない場合は他の役割を任命できないままに役割なしで行く必要がある。 このため、サポーターによって追加役割を手持ちに持たせるためには、 特定のサポーターと専属契約を結ぶのが通例である。 指示 「育成」「統率」に並ぶトレーナーの資質の一つ。 常に鋭い「読み」を見せる者はこの「指示」が高い。 相手の行動予測に長け、「フィールドカバーリング」に秀でているかを示す。 そもそもフィールドカバーリング」には相手の次手を予測する能力が不可欠であり、 これら二つは矛盾することなく、むしろ必然性を伴って両立する。 深い洞察力と身体能力によって、ポケモンに「急所」を狙わせたり、 高度な『指令』を指揮することができたりする。 資質 トレーナーの資質は大きく四つ、「指示」「育成」「統率」「能力」。 そのすべてに言えることであるが、「B」と「A」の間の隔たりは大きい。 「A」でできるようになることが「B+」では出来ない、というのは本当によくある話である。 資質との心中 資質とはトレーナーの能力であり、しばしばそのアイデンティティである。 「己の指示力を頼らないくらいなら死んだほうがマシだ」 「己が育成したコイツ等と死ねるなら本望だ」 「メンバーを妥協するくらいなら裏切られて死ぬ」etc... トレーナーが己の資質を信頼することは、このような危うさと表裏一体である。 勿論、それが悪いことであるなどと評価できる根拠は一切ない。 「島津」種 「セイバー」種の亜系。 「立花道雪」と同時期に分流した近縁種。 技「うんようのたち」を得意とし、「前に向けて撤退する」と言われるほど凄まじい闘争本能を持つ。 「セイバー」亜系の中でも指折りの突破力を持ち、「示現流」と呼ばれる「初太刀の必殺」能力を有する。 召喚 ポケモンが持つ能力のひとつ。 小さなものではポケモン個体個体の「生態兵装」の召喚から、 大きくなると『親玉』の「むれ」や『天賦の才』の同種の召喚まで。 自身の周囲に「自身の『下』にあるもの」を呼び出す技法であり、 高等な「召喚」技法は「統率」の領分に分類される。 ジム シンオウ地方の8個の街に一つずつ存在する施設であり、組織。 街の自警戦力であり、その長は「王」または「ジムリーダー」と呼ばれる。 「王」は「フロンティアリーダー」に並ぶ実力を持ち、フロンティアの「TR」を上げるための関門となる。 その「ランクアップテスト」あるいは「ジム戦」は、ジムの特設《 フィールド 》で行われる。 種族値 ポケモン達に固有の数値。システム上「S~E」のランクであらわされる。 だいたい「C」が標準で、「B~A」は「高い」、「E~D」は「低い」とされる。 「AA」を超えると「非常に高い」という評価が妥当である。 実値に直すと大体以下のような区分になっている。 なお、「+/-」がついていると「そのランクの中で特に高い/低い」ということを表す。 S…200~ AAA…170~195(-~+) AA…140~165(-~+) A…110~135(-~+) B…90~105(-~+) C…60~85(-~+) D…35~55(-~+) E…1~30(-~+) 種族値に優れるポケモンは食物連鎖の上位に位置することが多く、「敵性種」であることが多い。 当然奔放な種が多くなるので、求心力に優れるトレーナーでなくては従えられない。 種族ポテンシャル ポケモンのポテンシャルの中で最も重要なポテンシャル。 種族ポテンシャルの数は「階梯」という単位で数える。 「育成:A」ならば「第四階梯」、「B」ならば「第三階梯」、「C」ならば「第二階梯」、 「D」ならば「第一階梯」まで付与できる。 「第一階梯」は「Lv100」までに到達できるといわれる。 深海棲艦 要統率「B~」、海の「敵性種」。 「艦娘」種と天敵関係にある代表的な人類の敵性種の一つ。 味方との連携によって「ぼうえいせん」を敷く艦娘とは対照的に 味方との連携によって「しんりゃくせん」を仕掛ける攻撃的な種族である。 上位種として「姫」「鬼」と呼ばれる「伝説種」が存在する。 スタジアム 各街・町に一つずつ存在する《 フィールド 》のこと。 それぞれに特異な《 フィールド効果 》をもっており、 観客は《 ダンジョン 》戦さながらの地形を利用した戦闘が楽しめる。 毎週末には各《 スタジアム 》で大会が開かれ、 そこには「フロンティア」のトレーナーや「CG」、一般のトレーナー、時には「王」も出場する。 多くの大会で話題になる活躍を果たせば、ポケモンが『異名』を獲得することもある。 大会のレギュレーション等は各スタジアム、開催時期によって変化する。 スライム 『ドラゴンクエスト』種に属する不定形種。 古代種「メタモン」を祖先に持つとされ、 特性も「かわりもの」「へんげんじざい」「へんしょく」等「変化」に関わるものが多い。 万物を吸収し消化し同化する能力を持ち、その性質上成体は優れた「体力」をもつ。 また、前述のとおり個体の質量がどんどん肥大化してゆくため、 同種内での『金冠サイズ』の移り変わりが激しいという稀有な種族でもある。 ジンオウガ/亜種 「モンハン」には「亜種」と呼ばれる『変種』が存在する。 一定個体存在する『変種』であり、「亜種」同士は生態が似通う。 ジンオウガの「亜種」は「黒雷」と呼ばれる「龍」属性の雷を操るという。 シンオウ地方 本作の舞台。広大で肥沃な土地と厳寒の冬が特徴的。 地方を縦断するように、世界最大級のダンジョン(1)である「テンガン山」が存在する。 地方特性として、野生ポケモンが他の地方よりも強力であるということが挙げられる。 豊富な資源を埋蔵しており、冬季を耐え忍べば食料なども豊か。 それらを食べて育ったポケモンは精強な体を得るという。 (1)ダンジョン:野生ポケモンの巣窟 随行上限 フロンティアが規定した、「依頼に連れていけるポケモン数の上限」のこと。 【規定人数】の項目に明記されており、 それを超える数のポケモンを携帯してはならない。 数の暴力で野生を倒しても、トレーナーの成長につながらないためである。 スナッチ団 「スナッチボール」という技術により野生ポケモンを『野生』のまま捕獲できる技術を有した犯罪組織。 『スナッチドワイルド』が公式戦参加を禁じられているのは、 10年前、『野生』を維持できる『スナッチドワイルド』のポケ身売買が横行したからである。 その本質は「野生ポケモンの営利利用」。 フロンティアの台頭により組織化した密猟者の集まり。 強力なトレーナーやハンターが在籍し、ある意味で競争相手であるフロンティアを妨害した。 10年前、フロンティアとの抗争が激化し、当時の「上位」トレーナー達の攻撃で壊滅した はずだったが? スナッチボール スナッチ団が生成する、黒灰二色の謎のモンスターボール。 捕獲したポケモンの『野生』を維持する機能があり、 その『属別』を強制的に『スナッチドワイルド』にしてしまう。 12~10年前、これによる『野生ポケモン』の使用が横行し、 一時期シンオウ地方の「統率型」が半ば駆逐されてしまったことがある。 スプリガン 闇妖精。あらゆる場所に生息する。 イタズラ好きで、旅人を「あやしいひかり」で惑わせるエピソード等が有名。 ステータスは「特攻/特防」が高く、『コンヒューズ』の属別を持つ。 面白い特徴として、『天賦の才』は必ず「両刀」になる。 これはスプリガンに少なくない頻度で現れる『変種』が物理型であるからだといわれる。 生態兵装 ポケモンの戦闘用の装備。 生態的に有するものであり、 折れたり壊れたりしても休息を経れば再生する。 後天的な「育成」によって付与することも可能で、『属別』として得られることも。 別のポケモンを生態兵装とする例も存在する。 「精霊」属 シンオウの魔窟ダンジョンでも敵性種から逃れることができる「友好種」。 「統率:C」以下のトレーナーが持っていることが多い。 属別ポテンシャル トレーナーが任命するだけでよい『役割』の次に得やすいといわれるポテンシャル。 大まかな『属』単位での特徴を表した能力がポテンシャル化たもの。 必ず一体のポケモンにつき一つ。 中には、属単位の能力ではなく、個人の武装を『属別ポテンシャル』に押し込む者もいる。 ソノオタウン のどかな町。 町の外縁部と中央部の境に「ソノオの花畑」が町を取り囲むように展開されており、 季節に合わせて多種多様な景色を楽しむことができる。(冬は雪景色) 近くに「タタラ製鉄所」「谷間の発電所」の二つの中規模ダンジョンが存在し、 大規模ダンジョンである「ハクタイの森」が存在する。 た行 ダンジョン ポケモン達が集う野生の王国。 豊富な資源と、苛烈な生存競争が行われている。 人界から遠ざかるほどに生息するポケモンの強さが変わり、 「深度」という指標であらわされる。 「深度」は「1」から「5」まで。 「深度・4」以上は「異界」と呼ばれ、比喩ではなく「別の世界」に通じている。 ダンジョン/必要防御力 ダンジョンの必要防御力はダンジョンの性質によって左右される。 ポケモンが閉所に密集するせいで抗争が激しく、流れ弾も多い「密集型」 広大で開けた土地にポケモンが散在するために防御力が低くてもよい「散在型」 強力な少数のポケモンが完全にそのダンジョンを管理している「独裁型」。 どのようなダンジョンも「独裁型」に向かう傾向があるといわれる。 必要防御力は「密集型≧独裁型>散在型」である。 ダンジョン/乱入 ダンジョンは人知の及ばぬポケモン達の楽園である。 ダンジョンアタックとはそんなポケモン達の領域に侵入する行為に他ならず、 予測不能なアクシデントは日常茶飯事といってもよい。 その一つが、「乱入」である。 地方 この世界には「カントー」、「ジョウト」、「ホウエン」、「シンオウ」などの「地方」が存在する。 そして、これらの「地方」間には莫大な距離の隔たりや、海、地裂、巨大ダンジョンなどが存在し、 「地方」同士のコネクションを阻害している。(逆説、これらが存在するから地方という単位が存在する) 現在は空間を跳躍する「テレ・ゲート」技術の普及により地方間の移動が可能であるが、 それよりも以前は一部のトレーナーを除いた人々にとっては「地方」が一つの世界であった。 ポケモンの分布や傾向、住民性や風習など「地方」間には確たる「違い」が存在している。 「テイルギア」種 「属性力」と呼ばれる力を引き出して戦うと言われる種族。 「属性力」とはいわばポケモンの「タイプ」のことであり、 自身の「タイプ一致技」の強化や相手の「タイプ不一致」技の軽減などの 「タイプ」に密接に関わる『種族』を習得する。 『属別』として『エレメンタル』を習得するなど、 その「属性」に特化した性質は非常に広範にわたる。 デュエルモンスター 「要統率:C」の中立種。 サイクル戦に強い『属別』をもつ。 「デュエルモンスター」は属名であり、そこから「上級」「シンクロ」「融合」「エクシーズ」に分かれる。 更にそれぞれが「火」「水」「風」「地」「光」「闇」の6属性に分かれ、一つの種族名になる。 つまり、「上級モンスター/光」種や、「シンクロモンスター/火」種のようになる。 テレポート ポケモンの技の一種 主にエスパータイプのポケモンが習得する。 自分が訪れたことがある遠くの場所に一瞬で移動することができる。 フロンティアは本島から遠く離れた場所に存在するため、 トレーナーを迅速に依頼の場所へと送り届けるために大量のエスパーポケモンが雇われている。 天賦の才 ある種族の中で最も「種族値」が優れる個体。 最高の才覚を持つ存在であることそのものが『固有』の『ポテンシャル』として「世界」に認められる。 『天賦の才』を持つものは持たないものと比べてポテンシャルの効果が強力になり、 種族値も高く、特殊な能力を持ち、特別な技を習得し、 さらにトレーナーの「育成」もなく鍛錬でレベルを上げ、やがて『第四階梯』に至る。 等級 「TR」のこと。 「TR」ごとに明確に生きる世界が分割されている「下位」とは異なり、 「上位」は「TR:3~6」の間の線引きが比較的あいまいである。 このため、「上位」大会の中で各々のトレーナーの強さを大まかに比較する指標として、 バッジの数」を「等級」という単位で呼称する。 「刀剣男子」種 メジャーな「中立種」。 己を「刀剣」の生体兵装に変じる能力を有し、本人達も刀剣の扱いに長ける。 種族としては原則「♂」しかおらず、「はがね」の属性を有する。 正確には「刀剣男子」は「艦娘」と同じく「属名」であり、さらに 「大太刀」「太刀」「脇差」「長刀」「短刀」「打刀」などの「種族」に分類される。 トラウマ化 ダンジョンで「瀕死」となることはとても恐ろしい。 命の危険がある中で体を十分に動かせない状況になってしまう事の無力感は想像を絶する。 時にその恐怖心はポケモンの精神をむしばみ、以後の戦闘に復帰できないほどに深刻化する。 強力な「むれ」との戦いを欠員が存在する状況で行うリスクは大きく、基本的にその場でダンジョンアタックを取りやめる事件である。 「統率:A」のトレーナーはそんなポケモンたちの恐怖心を解し、確実に再起させることができる。 トレーナー 原義は[Trainner];訓練する者。 ポケモンたちを鍛錬し、まとめ上げ、戦闘時には指示を出してサポートする。 トレーナー自身がポケモン同士の戦闘についていく能力を要するため、限られた者にしかなることができない。 トレーナーネーム トレーナーが街内で活動するうえで背負う「看板」。 《 三遊亭コーラック 》のように《 漢字カタカナ 》で構成され、 「漢字」の部分を「屋号」、「カタカナ」の部分を「PTネーム」と呼ぶ。 「屋号」は他者によって与えられ、「PTネーム」はトレーナーが名づける。 な行 能力 四大資質の一つ。 トレーナー自身の『ポテンシャル』を表す資質。 四大資質の中で最も「B」と「A」の間の隔たりが大きい。 「A」ランクの者は己の中に「異能」を眠らせているという。 人の身でポケモンと同等以上の事象を引き起こすことすらある彼らは、 時に排斥、時に崇拝の対象となり、子供の頃に「孤児」となることも少なくないという。 「固有ポテンシャル」、「専用ポテンシャル」の数と質を決定するパラメータ。 一般に「能力」と「育成」は反比例する傾向にあり、基本高位の能力者は育成が低い。 「指示」「統率」に優れるものはそれを活かすことで高水準の能力を発揮するといわれる。 「ネットナビ」種 電子回路の世界に住まう、情報生命体のポケモン。 要統率は「C」。 「デジタルモンスター」と似た特徴を持っているが、 こちらは『スカウター』適性を持たず、よりウイルスやバグとの戦闘能力に特化する。 『トランスミッション』という特殊な回路規格を有し、 トレーナーの『全開』指令と『熟達』指令を相互変換することができる。 この特徴から特に「指示型」が的確に利用できるといわれるが、そのほかの資質でも有効に活用できる。 は行 ハードマウンテン シンオウ地方で三本の指に入る難関ダンジョン。 「フロンティア」の「サバイバルエリア」そのものである。 活火山であるが噴火活動は中のポケモン達によって抑えられている。 ダンジョン自体がポケモンを「熱くする」性質を持っており、 此処のポケモン達は『闘争本能』を刺激されるようだ。 バウンス 「だっしゅつボタン」をもとに編み出された戦型。 「艦娘・空母」など、耐久面に優れるポケモンが持つことで真価を発揮する。 安全に味方を交代させるためのサポート特化の能力であり、 優秀なバウンスがいるPTは戦いの展開が非常に楽。 ハクタイ図書館 「かこといまをつなぐまち」ハクタイシティの、目玉ともいうべき存在。 「知識の継承」を主軸に置いた施設であり、いわゆる「大學」の機能を持つ。 このため、「ハクタイ大學」という呼ばれ方もする。 シンオウで公式に出版された書物の全てと、あらゆる絵画などの写本が置かれている。 「ミオ図書館」と比べて学術系の書物に長じており、 一部の図書はすべてデータ化された後「ミオ図書館」に移送される。 百代の王 「ハクタイシティ」の王位継承は委譲制である。 すなわち、当代の「王」が自ら一名を選出し己の王位を与える、という形式である。 退位の時期も、次代の王位も「王」が決めてしまえる、 ある意味で最も「王」が王権を振るうことができる制度である。 その代わり、「王」は他者に寝首をかかれない「強さ」を持っている必要がある。 ハンター トレーナーとは別の職業であり、同じ目的を持つ。 すなわち、街外の野生ポケモンとの交戦である。 トレーナーとは明確に違い、己の身一つと武器、防具、豊富な道具を用いる。 身一つで大自然と戦うことに喜びを見出すものもいれば ポケモンを殺すためにポケモンを仲間にすることを嫌ってハンターになる者も ハンター・ハンター 「アラガミ」に対して「ゴッドイーター」があるように、 「モンハン」の天敵たる「ハンター・ハンター」種が存在する。 モンスター「ハンター」を狩る者(ハンター)が由来となっており、最も原始的な天敵関係の一つ。 「アラガミ」とは同じ「モンハン」を敵対者とすることから共存が可能 また友好種であるため「統率:D」でも従えることは可能である。 ハンディキャップ 「身体欠損」が最も代表的であるが、「トラウマ」などの心因的なものも。 満足な状態に比べて動きに精彩を欠くようになり、 ポケモンであれば種族値の低下などを招き、 『属別ポテンシャル』をデメリットポテンシャルに上書きされる。 (『スナッチドワイルド』もこの部類) 而して、トレーナーであれば、資質の低下に直結する。 控え室 「TR:2」以上のトレーナーには、 「リゾートエリア」にささやかながら「チームのための部屋」が用意される。 主にチームの今後を話し合うための空間であり、 「TR:2」では手狭なスペースしか与えられない。 「TR」が上がるにつれて待遇は向上してゆき、それはそのまま 「フロンティア」の実力主義的な側面を反映しているといえる。 フィールドカバーリング トレーナーの基本的な技術。 ポケモン同士の戦いに巻き込まれない位置取りをすること。 同時に、正しいポジショニングによって戦況をいち早く視認し、ポケモンに指示することが肝要。 卓越したものは、ポケモン同士にギリギリまで近づくことで指示伝達のタイムラグを減らす。 人間技じゃない。 フィールディング フィールドカバーリングのこと。 ポケモン同士の苛烈な戦闘の余波を回避しつつ ポケモンに最適な指示を出すための位置取りを行い続けること。 「指示」の項目にはこのフィールディングの技術への評価も入っており、 コレが低いと、時折回避に専念しすぎてダンジョン内で迷子になってしまうことも……? 風林火山 クロガネトンネルが三日にして「独裁型」になった後、 トレーナー達のダンジョンアタックは一挙に難しくなった。 野生ポケモン達が『風林火山』の言葉を叫びトレーナーに刃向かい、 執念深く、死兵と化してまで自らの居場所を護ろうとしたのである。 「風林火山」の二つ名は、三日陥落の逸話とこのエピソードによって定着したといわれる。 武具 「指示:A」以上のトレーナーがダンジョンアタック時に身に着ける「装備」。 その用途は信じがたいことに「ポケモンとともに参戦すること」。 使用素材によって「特殊機能」……付与される『トレーナーポテンシャル』が変化する。 一般に特殊機能の効果は優れており、ユニーク。 フィールディング フィールドカバーリングのこと。 ポケモン同士の苛烈な戦闘の余波を回避しつつ、 ポケモンに最適な指示を出すための位置取りを行い続けること。 「指示」の項目にはこのフィールディングの技術への評価も入っており、 コレが低いと、時折回避に専念しすぎてダンジョン内で迷子になってしまうことも……? フロンティア その名は「最前線」を意味する。 過たずその通り、フロンティアに所属するトレーナー野生ポケモンとの戦いに繰り出され、 徹底的に鍛え上げられる。 決して止まらない人材の回転こそが現在の人類の安寧を支えてている原動力である。 ちなみに、トレーナーは高級取りで、夢もあるため、本当に希望者が後を絶たない。 「ベテラン」化 「トラウマ化」はダンジョン内でポケモンが「瀕死」となった時に発生する症状である。 「統率型」の人間が「瀕死」となったポケモンのケアを行うことで防ぐことができるが、 「統率型」の人間とポケモンの相性や、「瀕死」になる際のダメージ、戦況等によっては 「トラウマ化」を抑制することができず、それはのちの人生において「癒えぬ傷」となる。 「トラウマ」を発症したポケモンはとなり、戦場に立つことができなくなるが、 強い「統率」力の影響力を利用し、傷ついた心を「リライブ」することで、トラウマを克服した『ベテラン』として復帰することができる。 ただし、復帰後も『ベテラン』化した影響によりレベルが上がりにくくなる、種族値が低下する、等様々なデメリットを余儀なくされてしまう。 特に『属別』が「トラウマ」に因んだデメリットポテンシャルに変化するという重大な欠落が存在する。 一方で、『ベテラン』化することでポケモンの器用さに磨きがかかるという事例も報告されており、 また『ベテラン』化することで必ず『異名』を獲得する、『ベテラン』の『異名』は1PTに「3」体までという制限とは別枠として数える、などのメリットもあり、 一概に悪いことばかりであるとも言い切れないのが実際のところである。 ベテラン化には「トラウマ」からの「リライブ」のほかに、単純に齢の関係で前線に立てなくなり始めるポケモンに起こることもある。 防具 野生戦ではトレーナーにも「防御力」が求められる。 というのは、よほどの天才でもない限りは1回2回フィールドカバーリングに失敗するからだ。 そういう時に、戦闘の余波を受けても大丈夫であることを担保してくれるのが「防具」である。 同時に「防具」には「特殊機能」を付与することが可能で、この性能は「防具」の「防御力」と反比例する傾向にあるらしい。 使用素材によって「特殊機能」……付与される『トレーナーポテンシャル』が変化する。 一般に特殊機能の効果は比較的控えめで画一的。 ポケットモンスター この世界に存在する、人間とは異なる隣人たち。 細かい特徴を挙げるとキリがないが、特に重要なのは、 単純な「戦闘力」で考えた場合、彼らが人間よりも優っているケースが多いことである。 このため、一部のポケモンたちは人間を他の動物同様に弑してしまう。 同時に、ポケモンの中には人間と共生し、互いに高めあい、共に強いポケモンたちに立ち向かうものもいる。 「ポケモントレーナー」「手持ちポケモン」の始まりである。 ポケモンスタジアム ポケモンバトルを行うための施設。 オーソドックスなものであれば、十分に広い長方形の区画が準備されている。 建材はポケモン達の衝突に耐えうる素材であり、当然建設には多大な金が必要。 フロンティアのスタジアムはトレーナーたちのために解放されており、 申請することで誰でも使用することができる。 ポケモンの売買 この世界のポケモンの捕獲は、基本的に双方向的な合意に基づくものでなくてはならない。 ポケモンの譲渡――場合によっては売買――も同様である。 「基本的に」とあるのは、 例外として「コミュニケーションが取れないほど知能が低い」ポケモンはその限りではないからである。 ゆえに、そのようなポケモンを捕獲し、売買するのは道義的にはともかく、犯罪ではない。 ポケモンバトル トレーナー対トレーナーの勝負。 野生とは違って敗北しても命を落とさないが、賞金を払う必要がある。 また、鍛えられたポケモンやトレーナー同士の戦いは見ごたえがあり、 人々にとっての娯楽としての側面も近年評価されつつある ポテンシャル この世の生きとし生ける生命が保有する能力をシステムが情報化したもの。 いわば身体能力を数値化するに等しく、「低確率」などの確率はその能力を発揮できる状況がそろうか、 そろわない状況で無理に発揮して発動できるかといった可能性をもとに定められる。 ポテンシャルには保有限界―――「容量」が存在し、生得的な特徴として「容量」が大きい者も小さい者もいる。 ポケモンで言えば『天賦の才』などはその容量が広く、 人間で言えば―――― ま行 「魔眼」 「異能を有した眼」の事。 保有者の視覚によって異能を発動させることができる。 「視たものを発火させる」「視たものを捻じ切る」「死を視る」「未来を視る」エトセトラ…… 「魔眼」の扱いに習熟したものは、常人にはありえないほど多くのモノを「視る」ことができるという。 ミオシティ 港町。美しい海原の景色を堪能できる「船乗りの町」。 最近「ジムリーダー」が代替わりし、前任の一番弟子が後を継いだ。 「ジムリーダー」が兼任する「王位」の継承により、少し慌ただしくも新鮮な空気になっている。 大規模ダンジョン「こうてつじま」への定期便が存在し、トレーナーの修練所の一つになっている。 民俗学的文献が集められている「ミオ図書館」が存在する。 妙手 「指示型」の特権。 一時的な極限思考加速。 別名を「タイム」とも。 体感の一秒を五分にまで引き延ばす超加速であり、 即座の判断を熟慮のソレに変貌させる魔性の一手。 「A」ランクで一試合に「1」回、「AA」で「2」回、と増えてゆく。 「妙手」を使用した一手は未来予測じみた感性と思考によって、「絶対に相手に読み勝つ」一手となる。 メガ進化 「メガストーン」と呼ばれる鉱石に野生ポケモンが長時間触れていたり、あるいは飲み込んだりした時に起こる。 古生種(原作ポケモン)の一部(フライゴンとかは無理ってこと)だけに許された、常識はずれの進化方法だ。 モンスターハンター 縮めてモンハン。正確には属名であり、多様な種によって構成される。 最もポピュラーな「敵性種」と呼ばれており、人間を食糧ないしそれ以下として弑することにためらいがない。 ほぼ例外なく種族値の合計が「600」以上の「600族」であり誕生時点で「Lv50」は最低限超えるとされる。 唯一共通する弱点として、「まもる」等の技を覚えない。 や行 野生ポテンシャル 「深度・3」以降の野生ポケモンが所持する「野生の力」。 より深い「深度」では、ダンジョンがその「力」の一部をポケモンに譲渡する。 この「力」を用いてポケモンが各々の特質に沿って獲得するのが「野生ポテンシャル」であり その力は、トレーナーでいうところの「専用ポテンシャル」に酷似している。 要統率値 良く勘違いされることであるが、 「要統率」の値は「それを満たせば必ず従う」というものではない。 「統率:A」のトレーナーが「要統率:C」のポケモンに嫌われることも、 従えられないこともある。 逆に、1ランク程度の不足であれば、稀なケースであるが「妥協」されることもある。 妖精 「妖精」属。 要統率は「C」。 「スペル」と呼ばれる『属別』を有し、技の追加効果を駆使する種族。 ダンジョンの各所に《 隠れ里 》と呼ばれる独自の《 異界 》を形成し、密生する性質を持つ。 上位種族に「精霊」が存在し、一つの《 隠れ里 》の『ヌシ』となったものが「精霊」に進化する。 また、一定以上のレベルの「妖精」は進化することで『固有種』化する性質を持ち、 その将来性から統率の高さに関わらず好まれる。 四大資質 トレーナーに必要な4つの資質。 このうちのどれが「E」であっても、一流のトレーナーたりえないと言われる。 基本的にどの資質も「C」で標準、「B」で高水準、「A」で天才と呼ばれる。 が、「上位」のトレーナーはほぼ確実に資質「A」を持つことから、 如何に『野生』が恐ろしいものであるかが伺える。 同時に複数の資質が「A」という人間は極めて稀である。 ら行 ルイセロッテ 「魔女の手下」とされる弱小種。 「魔女」と「手下」のような「眷属関係」はポケモンには珍しい生態ではなく、 一般に「眷属」は「主」を守護し、補佐するために繁殖能力に優れる。 個体数が多いためか、「眷属」とされる種には『変種』が発生しやすく、 その『変種』を「主」に置換し、中心としたコミュニティを築き上げることがある。 レベル ポケモンの練度を表す指数。 レベルが離れるほどに相対的に能力の差が表れるようになる。 具体的には、 「10」レベル差があるとレベルが高いほうの全能力が「1.1倍」の補正を受けるに等しい。 「20」レベル差があるとレベルが高いほうの全能力が「1.2倍」の補正。 「30」レベル差なら「1.3倍」……といった塩梅である。 トレーナーによってレベリングの効率の良しあしがあるので、時にレベル差は暴力となりうる。 わ行 わざマシン ポケモンに持たせることで、使いきりの「技能拡張」を可能とする持ち物。 非常に高価で、希少性が高いがその分奇襲性は抜群。 各「ジム」を突破することで得られるが、それ以外にも入手方法がある。 「育成:AA」になると、特定の技の「わざマシン」をポケモンから抽出できるのである。 英数字行 6 トレーナーにとって最も親しみ深い数字の一つ。 「6」とは、手持ちの上限数である。 ダンジョンというある種の極限状態において、 トレーナーの統率力が及び、パーティの統制が効くのは「6」が上限とされている。 また、十分な統率力を保有していても、 相応以上の「指示」能力がなくては一戦闘で「6」以上のポケモンを扱いきれない。 これらの理由から、手持ちの数は「6」を上限としている。
https://w.atwiki.jp/81908/pages/135.html
技術的に深く習得したことや、ある分野をマスターしたことについては、 人に教えることができるようになるでしょう。 大衆の意見や感情に惑わされず、状況をよく見て、冷静に判断することを心がけます。 現場主義的なところがあり、できるだけ正確な情報を得て、タイミングを逃さず 効果的な戦略を提案し、実行しようとするでしょう。 あまり他者をコントロールしようとは思わないかもしれませんが、 一人一人が与えられた課題に没頭して、成果を出しチャンスをもらいたいと思っています。 そして、客観的に導かれたことには自己を律して厳しく従うとともに、 他者もそうすることを望みます。 その仕事の意義や影響よりも、目の前に使命を定め、それを着々と問題解決してゆこうとするでしょう。 ISTPは大人しい性格だと勘違いされていることが多いようですが、 一方で、 Se-Niペアを使うことから、 果敢に現状を乗り越えチャンスをものにしようとするところがあります。 何度も挑戦することで、実際に成功することはよくあることです。 このことは、以外にも見過ごされる事実です。 ISTP自身は、個人主義的なところがありますが、 歳を重ね 外向的感情 が発達すると、効率性、分析能力、観察力、行動力をフルに活かし、ビジョンを持って 仲間たちとともに目標を達成するため、取りまとめてゆこうとするでしょう。
https://w.atwiki.jp/welbiography/pages/18.html
クレイステネス クレイステネス 分類 政治家 生没年 紀元前570年ごろあるいは紀元前549年ごろ~紀元前500年ごろ? 出身地 アテナイ 官位・爵位など 特になし 異名など 特になし 業績など 僭主政打倒後のアテナイで民主主義的な改革をおこなった 著作 特になし 古代ギリシャの政治家?。アルクメオン家?の出身。 生涯前期 クレイステネスの改革 参考文献 各国語表記 使用条件など 生涯 ペイシストラトスの時代にアルクメオン家の一族はアテナイ?から追放されていた。 前期 ペイシストラトスの死後、息子ヒッピアス?が僭主となっていたが、暴政をおこない民心は離反した。アルクメオン家の者たちは僭主を嫌っていたスパルタ?に働きかけてその軍勢を動かし、紀元前510年僭主政治を終わらせた。 クレイステネスの改革 やがてクレイステネスは民衆の反スパルタ感情を利用してスパルタ軍を撤退させると、紀元前508年クレイステネスの改革と呼ばれる民主主義的改革に着手した。また彼が陶片追放?を創始したという説話があり、それによると最後は自分自身が最初の陶片による追放者となったという。 参考文献 村川堅太郎?ほか著 『ギリシア・ローマの盛衰』講談社学術文庫、1993年 各国語表記 英語 Cleisthenes ギリシャ語 Κλεισθένης フランス語 Clisthène ドイツ語 Kleisthenes 中国語 克里斯提尼 使用条件など この記事の著作権はKanbunにあり、転載などを禁じます。 -
https://w.atwiki.jp/wiki7_benjamin/pages/23.html
關於時間(timeperiod )的設定 在其他的設定檔案裡,有一個timeperiod 的關鍵字,然後在這後面跟著一個名稱: timeperiod 24x7 這個關鍵字的後面跟著 24x7,事實上是一個已經定義好的物件。如果要將上頭的文字用中文來作表示,應該是會像: 使用timeperiod物件名稱 名為24x7的物件 在nagios裡我們需要定義監視的時間。基本上,時間的模式也可以說是一個物件,所以它也具有物件的特性。 定義時間的語法如下所示: define timeperiod { timeperiod_name 24x7 #名稱 alias 24 Hours A Day, 7 Days A Week #別名 sunday 00 00-24 00 #星期,時間帶 monday 00 00-24 00 tuesday 00 00-24 00 wednesday 00 00-24 00 thursday 00 00-24 00 friday 00 00-24 00 saturday 00 00-24 00 } timeperiod 的代表 timeperiod_name 在以上這一個範例裡,我們定義了一個timeperiod 的物件,這個物件的名稱叫做24x7,也就是7天,每天24個小時的意思,這裡的 timeperiod_name 是用來識別每一個timeperiod 的判斷條件,就好像是資料庫裡每一個表格所具有的primary key一樣,具有唯一性,如果不小心使用了重覆的名字,那在啟動nagios之時,會出現錯誤的訊息。 當我們在其他的設定檔裡,要使用這裡所定義的timeperiod 物件之時,所以用的名稱就是這個timeperiod_name。 timeperiod的別名 相對於主鍵所具有的唯一性,別名就比較沒有限制,別名的目的是為了讓這個timeperiod物件的內容,更容易被人所了解。 時間帶 接在別名下方的,是這個timeperiod的主要內容,它的格式大致上是前面是星期,然後後面跟著是時間。 sunday 00 00-24 00 後面的時間,如果是不連續的情況,可以用豆點區隔,作多個時間段的定義。 monday 00 00-09 00,17 00-24 00 範例 以下分別列出幾個範例 No Time Is A Good Time 下列這個定義檔,定義時間帶的部份沒有寫出來,表示沒有任何一個時間是需要工作的時間。這個定義檔有什麼用?嗯,比方說,你想要暫時停止某一個監視時,只要簡單的將該監視所使用的timeperiod 指定為 none (timeperiod_name所定義的名稱),就可以輕鬆達成目的,而不需要真的把該監視從設定檔中拿掉。 define timeperiod { timeperiod_name none alias No Time Is A Good Time } Non-Work Hours 下列的定義檔,定義了一個名為nonworkhours的timeperiod 物件,故名思義,這個時間區間主要在於非工作時段,也就是通常你人不在辦公室的時間。 define timeperiod { timeperiod_name nonworkhours alias Non-Work Hours sunday 00 00-24 00 monday 00 00-09 00,17 00-24 00 tuesday 00 00-09 00,17 00-24 00 wednesday 00 00-09 00,17 00-24 00 thursday 00 00-09 00,17 00-24 00 friday 00 00-09 00,17 00-24 00 saturday 00 00-24 00 } "Normal" Working Hours 下列的定義檔,定義了一個名為workhours的timeperiod 物件,故名思義,這個時間區間主要在工作時段,也就是大多數的人會在公司的時間。當然有些特定假日會出現在以下所定義的時間帶裡面,此時必須要針對需要,實際的來作調整。 define timeperiod { timeperiod_name workhours alias "Normal" Working Hours monday 09 00-17 00 tuesday 09 00-17 00 wednesday 09 00-17 00 thursday 09 00-17 00 friday 09 00-17 00 } 當一切都設定好之後,我們就可以執行下面這一個名令: /usr/local/nagios/bin/nagios -v /usr/local/nagios/etc/nagios.cfg 來檢查是否設定正確無誤。 此時,我們所定義的物件,應該會出現在檢查結果的輸出裡: Checking time periods... Checked 4 time periods. 如果沒有出現錯誤的信息,那就是表示你的設定是ok了。 如果出現了錯誤信息:比方我故意將某個字拼錯,將monday給拼成了monkey,此時 ,nagios就會告訴我,我在第28行的地方打入的monkey它無法辯識。我就可以依照nagios的指示,來作調整。 Error Invalid timeperiod object directive monkey . Error Could not add object property in file /usr/local/nagios/etc/timeperiods. cfg on line 28. 可能有些比較細心的人會問,如果將星期的排列順序顛倒,或是這些定義的排列是否有一定的順序,其實你如果好奇的話,可以試著改改看,在用nagios -v 設定檔的命令加以測式。 不過我已經作過這樣子的測式了。nagios沒有送出錯誤的訊息。其實,nagios在讀取設定檔時,雖然是一行一行的由下往下讀下來,但是只要行頭的關鍵字是它所認識的,這些關鍵字的排列順序,是完全自由的。
https://w.atwiki.jp/cgwj/pages/155.html
リパラオネ現代翻訳理論(理:lipalain nytyr'd akrunftylilyr)とは、リパラオネ思想における翻訳研究の一潮流。 目次 概要 理論家と思想フィシャ・ユミリア フィシャ・グスタフ・フィレナ 概要 翻訳研究はユエスレオネ時代に至るまで、リパラオネ思想の中では学術的な研究としてみなされてこなかった。その理由は、それまでの翻訳論が翻訳者それぞれの翻訳に付随する所感などで語られ、個人的な技術の領域を見做されてきたからである。 翻訳の理論的側面が問題になってきたのはユエスレオネ連邦がハタ王国と接触し、レスバスカラスタン運動が言語思想家のフィシャ・ユミリアによって問題視されてからである。フィシャはレスバスカラスタン運動が示す理想主義的側面を批判し、それがそもそもリパライン語によって記述されていることにも本質的な問題があるとした。リパラオネ思想的な翻訳理論においてはこうした翻訳の「同化的傾向」への批判に対して、形式主義・創造主義的な文学批評理論や言語思想の影響を受けて形成されてきた。 理論家と思想 フィシャ・ユミリア フィシャ・グスタフ・フィレナ フィシャ・グスタフ・フィレナは「説明と翻訳の違い」(plasio ad akrunfto cecio estalle)を現代翻訳理論における題材として取り上げた。また、フィシャ・ユミリアの異化的翻訳重視の翻訳論を否定した。