約 3,793,868 件
https://w.atwiki.jp/wbmwbm/pages/76.html
3年に一度開催される天下一武道会。 歴戦の強者たちが集い、彼らが公に力を見せ付ける唯一の場所でもある。 今回は子供の部、大人の部といった制限はない。 年齢や性別は関係なく実力があれば誰でも参加できるのだ。 今回ベジータが参加した理由は悟空から直接前日に声を掛けられたことが発端であった。 「ベジータ、おめぇ一度武道会出てみねえか?」 「フン、くだらん。そんな雑魚どもの相手をする暇などない」 「まぁそう言うなって。最近は強ぇヤツも見るようになったし退屈はしねぇと思うぞ。 クリリン、悟飯、ピッコロ、悟天、あーそれに18号とパンも出るな。他にも・・・・」 「・・・カカロット、貴様もその武道会とやらに出るのか?」 「あぁ」 「そうか・・・ならば出てやる。キサマを遥かに越えた俺様のパワーを見せてやる」 ベジータは悟空にしか興味がなかった。 悟空を倒すことを目標としてただ強くなる、それだけが生きがいであった。 「おう!決勝で待ってるからな。負けんなよ」 「キサマも足元をすくわれんようにな クックック・・・」 ベジータの胸は高鳴り始めていた。約1年半を全て修行に費やしていたベジータ。 その力を解放する時がようやく来たのだ。 そして絶対の自信があった。 だが悟空はこの時、ベジータの気があまり大きくないことに気付いていた。 (カカロット、待っていろ・・・キサマを倒すのはこの俺だ!!) そして大会当日、難なくベジータを含めパンチングマシーンでの一次予選を突破したZ戦士たち。 「ったくだりぃな~、こんなことしなくても俺たちは突破確実だっつーの」 「まあそんな事言わずにクリリンさん・・・せっかくの大会なんですから気長に行きましょうよ」 ベジータの耳にクリリンと悟飯の声が聞こえてきた。 「ま、対戦相手の組み合わせの運がよかったら本戦にいけそうだな。 いきなり悟空なんかと当たったらと思うと 気が重くなるぜ~・・・神よ~俺に運をくれえ~~~~」 そこにベジータが口を挟んだ。 「そうだ、カカロットを倒すのはこの俺だ」 「ったく誰も聞いてないっての、っともう二次予選のトーナメント表が貼ってあるみたいだぜ!」 クリリンと悟飯の後ろを付いていき、掲示板を見る。 「クリリンさんそう気を落とさずに・・・」 「・・・がっくし。俺棄権しようかな・・」 そんなどうでも良い会話はよそに、ベジータは掲示板を見るとAブロックの第一試合にベジータの名があった。 対戦相手の名は・・・・・・パン (カカロットのとこの孫か。くそっ雑魚をよこしやがって) 頭で言いながらベジータは近くにいたオレンジ色のバンダナをつけた少女を見た。 「あ、ベジータおじさんとだ!よしがんばるぞぉ~。よろしくね!」 ベジータは興味がないといった様子で無言で踵を返した。 それから15分ほど時間が経ち、ようやく試合の場に立つことができたベジータ。 予選とは言っても本戦と同じ戦場で観客は多く、会場全体が盛り上がってきた。 アナウンサーの声が会場に聞こえてきた。 「さぁやってまいりました天下一武道会!今回はブロック予選もこの場で行うこととなりました! そんな説明はいらない?ではさっそく始めましょう!!Aブロック第一試合!ベジータ選手対パン選手! では試合はじめ!!」 言い終わったと同時に力の入った声が響き渡った。 「はあ!!!!」 ベジータは試合開始と同時にスーパーサイヤ人になった。 ベジータにとってつまらない試合を早く終わらせるためだ。 「オレは女相手だからといって容赦はせんぞ」 その時知った声がベジータの耳に聞こえてきた。 「ベジータ、あんま本気出さないでくれよお!パーン!全力でいけー!」 「ベジータさぁ~ん、頑張ってくださーい!」 「ったくあのパンとだったら本戦行けたのにな・・・ぶつぶつ」 観客席から試合を見ていた悟空、悟飯、クリリンがそれぞれ言った。 そこで悟空とベジータの目が合った。 待ってろよカカロット、と無言で告げた。 どこかを睨んでいる対戦相手を見てパンが言った。 「おじさんどこ見てるの?来ないならこっちから行くよ!」 パンが試合の第一歩を踏み込んで素早いパンチを繰り出した。が、ベジータは軽くかわした。 (話にならん・・・) 次々とパンは素早いパンチと蹴りを繰り出すがベジータにはかすり傷ひとつつかなかった。 同じパターンの膠着状態が3分ほど続いたとき (これで終わらせてやる) ベジータは本気の蹴りをパンにお見舞いした。はずだった。 「何ィ!?」 パンは片手でベジータの足首を捉えていたのだ。 ベジータは急いで足に力を入れ、手を振り払って間合いを取った。 「うーん、やっぱこの攻撃は当たらないやぁ。次はちょっと本気で行くからね!」 ベジータは予想外の出来事に頭が真っ白になった。 かなりの力をいれた蹴りのはずだった。 だがその蹴りをこんな少女に片手で受け止められたのだ。 (くそっどーなってやがる・・・) ベジータは困惑し額の汗を拭った。 「おいベジータのヤツ何やってんだ?」 「ベジータさんの今の蹴り、本気で蹴っていたように見えました・・・」 「そういやさっき会った時はやたらと気が小さく感じたんだが」 「僕もそう感じました。わざと気を隠してるような気ではなかったです」 クリリンと悟飯は観客席で会話をしながら試合を見ている。悟空は無言で試合を見つめていた。 「たぁ!」 パンは地を蹴って空中に舞い上がった。 ベジータはあまりの出来事にまだその場で呆然としながらパンを目だけで追っていた。 「これならどう!!」 空中から下方向へ足を突き出し、そのまま突っ込んできた。 「甘い!」 ベジータはその攻撃を受け止め、カウンターのパンチで決着をつけようとした。 「なんちゃって~~」 「なんだとっ」 パンは攻撃があたる寸前の距離でベジータの目では追えないほどの速さで瞬間的にベジータの真横に着地した。 「えいっ!」 パンは脇腹に肘鉄をお見舞いした。 「う・・・・ぉ・・・・」 ベジータはあまりの痛さに胃液を吐き出しそうになり腹を抑えた。 「え・・・その・・・大丈夫?」 パンはベジータにとって挑発的なセリフを言い放った。それと同時にパンも困惑していた。 (ベジータおじさんもう本気なのかな… このままだと勝てそうだけど••̺ ううん!そんなことない。だっておじさんすごい強いって聞くし) パンにとってベジータは祖父の悟空のライバルと聞いていて 絶対に勝てない相手だと思って、その上で試合に臨んでいたのだ。 強さという点では憧れの存在でもあった。 その相手に難なく攻撃を当ててしまった上に、 かなりのダメージを受けているようだったからだ。 「ベジータ・・・」 「マジでどうしたんだベジータは」 「ベジータさんがパンに苦戦してる・・・?」 観客席の3人もまさかの展開に驚きを隠せないでいる。 ベジータはパンに返事をした。 「フン、自分の心配をしたらどうだ」 ベジータはプライドにかけてもう回復したと言わんばかりに構えをとって言った。 「はああああああああああああああああああ!!」 ベジータはこれ以上醜態をさらすまいと全力で突進してパンチや蹴りのラッシュをかけた。 両者共に空中へ上がりながらベジータ側のラッシュが続いた。 (あれ、本気出してそうだけど攻撃が遅いなぁ・・・・・あたし勝っちゃうのかな) パンはそう思いながら怒涛の攻撃をガードし続けていた。 「だだだだだだだだだだだだだだだだだだだ!!!」 小娘相手に全力で相手をしている自分が情けなく思いながらも連続で攻撃を繰り出した。 しかし全てうまくガードされてしまって全く攻撃が当たらなかった。 (なんだと・・・くそっ!!) そしてラッシュの最後の気合のパンチまでもが片手で受け止められてしまった。 「そんなバカな!?」 パンがそれに反応して言った。 「本気出してほしいかな。私もまだ本気じゃないし」 「な!?」 パンは本気を出して欲しくて強気に言った。 ベジータは既に本気を出していたのにも関わらず少女相手に言われてしまったのだ。 カカロットを倒すために大会に出たはずなのにこんな小娘に遅れを取っているなんてと思い始めていた。 こんなガキに負けるわけにはいかない、ベジータは隙ありと すかさず受け止められている右手と変わって左手でパンチを出した。 「もしかして本気だったり?」 そのパンチも受け止められてパンが挑発的な言葉を続けた。 「ねぇどうなの?おじさん」 あまりにも侮辱されてベジータは逆上した。 (カカロットを倒すのはこの俺だ。こんなガキに負けるなんて断じてありえん!カカロットを倒すんだ!!) 「くそったれえええええええええええええええええええ!」 両手をパンに受け止められながら全身全霊をかけてパンの腹に膝蹴りを放った。 ドス!という鈍い音が鳴り勝負は決まったように見えた。 「フン・・・手間かけさせやがって」 ベジータはパンが下を向いて動かなくなったと思った。ちょうど髪に隠れて表情が見えない。 そして・・・・声がした。 「全然効かないよ」 ベジータは一瞬何が起こったかわからなかった。 全力の膝蹴りが目の前にいる少女に効かなかったのだ。 「おじいちゃんのライバルでもなんでもないじゃない。ふざけないでよね。 それにあたしより弱いなんて・・・それでもおじさんホントにサイヤ人の王子なの?」 ベジータは屈辱的な言葉を繰り返され、1年半ずっとカカロットを倒すためだけに費やした 修行の時間はなんだったのだと自分に問い始めていた。 「もうさっさと決めちゃうから」 パンは先刻繰り出したベジータの膝蹴りを真似て今度はベジータにお見舞いした。同じ威力で。 「ぁ・・・・・・」 白目を向いて完全に気絶してしまったベジータ。 先ほどのパンチをしたときに手を掴まれていたので丁度パンに釣り上げられるような格好になった。 「やっぱ気のせいじゃなかったか。俺らより随分と弱い気を感じたからな…。 にしてもベジータのヤツなっさけねーな。俺でも勝てるなありゃ」 「そんなこと言わずにクリリンさん。ベジータさんもベジータさんなりに頑張って修行したんですから。 ただ、ここまでとは思いませんでしたが…」 「ベジータ…やっぱおめーはオラを越えられねえ。パンに負けるなんて見損なったぞ」 悟空たちは完全に呆れ返っていた。 「え、もう終わり…?」 パンはこの後思いがけない巻き返しがくることに期待して手を離したがベジータはそのまま情けなく地面に落ちた。 パンも自分で着地した。 「ホントになんなのかしらこの人。いつも威張ってる感じだったけど・・・ 全然大したことないじゃない。 女の子に負けちゃって悔しくないの?って気絶しちゃって聞こえてないし・・・はぁ・・・」 負け試合前提で臨んだ試合にあっさりと勝ってしまって拍子抜けしたパン。 「まだ二発しか攻撃当ててないのにどんだけもろいのかしら」 そして無様に倒れているベジータの股間部分に目がいった。 「最っ低!」 戦闘服が黒く滲みダラダラと尿が漏れていたのだ。 「女の子に負けて失禁するなんてどんだけダサいの?情けない男ね!」 試合終了と同時刻に観客席に来たベジータの妻は 少女に見下された哀れな夫の姿を目にしたのであった。
https://w.atwiki.jp/nocry/pages/526.html
静かな夜だった。 ちなみに夜、とわたしが認識できたのは、窓の外の空の暗さや、夜気のせいではなくて、単純に壁にかけられた無機質な事務時計が12時過ぎを指していたからだ。 ちらちら時計を眺めるたびにうわあこんな時間になっちゃった、というのがわたしの正直な感想で、だから10時過ぎにはもうげんなりしていたし、11時を過ぎて12時を回ったときには、げんなりを通り越して涙目だった。 「局長ぉぉぉ……も、も、もうきょ、きょ、今日は勘弁してくだ、くださいぃぃぃぃ」 机にへばってわたしが泣きごとを言うと、すこし離れたところに座っていたマクスウェルがものすごく呆れた顔でこっちを見る。片眉をあげて、いまにもはあ? って声が聞こえてきそうだった。 彼はわたしが報告書を訂正する間、ずっと机に積み上げられているファイルを開いて書類に目を通していた。その量たるや、わたしがいまやっつけている何倍も、何十倍も積み上げられていて、これが限りのあるものなら、それでもいっとき頑張れば終わるのだから、よし、じゃあやってやろうかいっていう気にもなるとは思うけれど、なにしろ毎日毎日次から次へその山は追加されてゆく。いやになるっていうよりはもう断崖絶壁の絶望レヴェルだ。賽の河原の石積み、じゃないけど、それにそっくりだと思う。際限がない。本当にない。 わたしだったら頭がおかしくなって、積んでいるファイル全部根こそぎなぎ倒して、床にころがって奇声をあげながら手足をばたばたするかもしれない。本当にそんなレヴェルで、それをこのひとは毎日平気な顔をして席につき、黙々こなしているっていうのが、わたしにはもう信じられない。頭大丈夫って思う。破裂しないのって。 でももしかするとマクスウェルは、そうして仕事をしているのが一番落ち着くのかもしれない。 前に一度、出張先の空港で、出発予定の飛行機にエンジンの不備があったとかで、延々と五、六時間待たされたことがあった。どこか、空港近くのホテルを取って休むには短く、でもじっと待ってるには結構長くて退屈な時間だった。 空港なんだから、ラウンジで待てばいいのではという話なんだけれど、いつも経費かつかつしかおりてこない十三課に、有料のラウンジを人数分借りる経費はおりそうになくて、なにしろ移動の際の座席だって、司祭クラスじゃなきゃエコノミーで頑張るしかないのだ。 エコノミーと言えば、平均サイズのわたしだって、三時間越えの飛行機移動はお尻ががちがちに固まってしまうのに、背が高くて幅のあるアンデルセン先生とか、本当に大変だと思う。でもお金がないのだからしようがない。 あのエコノミーのひどく幅狭い座席に、一生懸命体を縮めるようにして、先生がちんまり座ってたりするものだから、同行任務のときにそんな姿を見ると、申し訳ないけどちょっと笑ってしまう。 でも先生は、そうした不便で窮屈な空の旅でも、不満とか文句を言わない。すくなくてもわたしは聞いたことがない。ぜったい息苦しくてたまらないはずなのに、そういうところはすごいなって思う。苦痛に強いひとなのかな。 話がすこし逸れてしまった。その空港に缶詰めになったとき、その場にいたのはわたしと、マクスウェルと、それからハインケルと、アンデルセン先生と、あと、ど忘れしちゃったけど、七課か八課の課長もいたと思う。現地視察とかで、うちの十三課のマクスウェルとそこの課長で、なんやらわたしたち三人の実働部の評価をするらしかった。実際評価するのはその七課だか八課の課長で、うちの上司は実質接待役だ。 評価されることはもちろんマクスウェルは否としないけれど、値踏みをされるのはとても嫌いだと言うことをわたしは知っている。そのときその何某がうちの局長に向けていたのは、明らかに値踏みの方の視線だった。 だからものすごく局長の機嫌は悪かった。 もちろん、愛想というか外面作るのがめちゃくちゃ上手なひとだったから、あからさまにその何某課長に当てこするみたいなことはしないんだけど、ほんのちょっとした、たとえば足を組み替えるしぐさだとか、咳払いの音なんかが、いつもより二割増し取り繕ったおきれいなもので、これは後から揺り返しが怖いなと、わたしは思ったりしたのだった。 待つあいだの五、六時間、先生は空港の安っぽいプラスティックの椅子に腰かけて、静かに外を眺めていた。ときどきは手を組んで、うつらうつらもしていたと思う。 わたしとハインケルは、たまたま機内持ち込みのトランクに入ってたトランプをしていた。トランプひとつで、五、六時間つぶせるもんなのかって疑われるかもしれないけど、人間ってすごいもので、もうそれしかやることがなかったら、わりと熱中できるものだ。もうずっと賭けないポーカーと大富豪やってた。 五時間以上やってたとか、今考えると結構狂気だなって思う。 一応誘ったけれど、先生は遠慮しますって言うし、何某課長だけ、ラウンジに案内して、戻ってきたマクスウェルは椅子に座っていた。何某課長がいなくなって、愛想で取り繕わなくてよくなったので、明らかにマクスウェルは低気圧になっていて、売店で買ったうすいコーヒーを飲みながら、案内板を眺めたり、発着掲示板を見たり、新聞を広げたりして落ち着きがなかった。 もうちっとも、じっとしていることができなくて、ひたすらいらいらしていて、そのときわたしは、このひとは自由に与えられた時間を消費するのが、とてもへたなひとなのだなと思ったのだ。 決められたやることがあると安心するひと。それがたとえ一人の人間がとてもこなせないような膨大な量でも、それをやっているあいだは、他のことを考えなくてすむから、ただの大きな駆動機を回すねじの一本でしかなくていいから、無意識にそんなふうに思っているんじゃないかなって思っている。 十三課機関室に残っているのは、わたしとマクスウェルのふたりだけだった。日付が変わってる時間帯だったし、とくだん喫緊の作戦任務もなかったから、他の局員はみんな定時であがっていた。 ハインケルも最初、残業になるわたしに付き合うよ、って言ってくれていたのだけれど、二時間ほど待って、手持ちのたばこが切れたあたりで、いいから先に上がってとわたしが言ったのだ。 もしこれが部屋にわたしひとりとかだったのなら、わたしもいてほしかったし、たぶん最後まで付き合ってくれたのだろうけど、局室にはマクスウェルがいたし、彼が、俺が最後まで面倒を見るぞとハインケルに言ったので、じゃあ、と言ってアッパルタメントに先に帰ったのだった。たぶん今ごろは遅い、とか言いながら、深夜の、どうでもいい昔のラブロマンス映画でも垂れ流しながら、銃の手入れをしているんじゃあないかしら。 床の上に置いた重たいガラス鉢みたいな灰皿が、たぶんもうみっしりなっているにちがいないのだ。 その様子が目に浮かぶようだった。 泣きついたわたしを眼鏡のむこうから見たマクスウェルは、一瞬口をつぐんですこし首を傾げ、考えるふうになった。たぶん、わたしが甘えてゴネているだけか、それとも結構ぎりぎりになっているか、その見極めをしていたんだと思う。そうして片眉をあげ、肩をすくめて、 「――わかった。今日は終いだ、」 そう言った。 こういうマクスウェルの、なんかこっちのことを考えてるときの、首をかしげてちょっと困った顔の仕草って計算でやっているのかな。見るたびに気になるんだけれど、ものすごくずるいと思う。 たとえば任務で不手際やらかして、帰ってきてがみがみ怒られている時だって、説教し終えたあとに一拍間をおいて、それから最後にしようがないな、みたいな顔をされると、なんだか今までの不満が全部ちゃらになるような気がする。ああもうこのひとほんっと厭味で嫌なやつ、もう言うことなんか聞いてやらないもんねーみたいに、怒られてるときは思っていたはずなのに、最後にそうして優しいような悲しいような顔をほんの少し見せられると、あ、うわ、って思って、そうしていつの間にか自分の中のさっきまであったほんっと嫌なやつ、がどこかに行ってしまっているのだ。 たぶんこれはわたしだけじゃなくて、十三課のどの局員にも言えることなんじゃないかな。だからこのひとは、言い方に険はあるし、性格的にいろいろ難があったりしてるにもかかわらず、局員から嫌われていない。上司だからって言うだけじゃなくて、きちんと一目置かれているし、みんなサポートすることも厭わない。 それって結構すごいことだと思う。 残りはまた明日、マクスウェルが見られる時間に見てくれることになった。よろよろと立ち上がったわたしに待て、と彼が制止をかける。かけながら左手は机の上の据え置きの受話器を持っていた。 どこに電話するのかな。ようやく解放されてほっとしたのもあって、わたしがぼんやり見ていると、彼は電話口のむこうに出た相手と、ああ私だ、とか言ったあと、二言、三言、なにかやりとりをして、すぐに受話器を元に戻した。そうして放心しかけているわたしの方を見て、 「送らせるからそれまで待て。」 そう言った。 送り、わたしが彼の言葉をくり返すと、そうだとマクスウェルは頷く。 「お、送らせるって、わ、わた、わたし、」 「――ひとりで帰れるから大丈夫だとか言うなよ。お前は女だろ。」 「え、え、で、でも、でも、」 こういう時けっこう困る。普段は地雷が埋まっていたり、銃弾飛び交う紛争地帯にだって任務の二文字でぽんと抛りこんだりするくせに、こういう、なんでもないときだけ、女あつかいしたりするのって本当に困る。 ありがとうって言ったらいいのか、そうされて当然って思ったらいいのかもよくわからない。 いつだったか昔、どこかの枢機卿の姪御さんだとかが彼にエスコートされて、一発で落ちた。表立ってはどうと言うこともなかったけど、水面下でちょっとした騒ぎになった。 たぶんマクスウェルは、この国の男性ならみんなするはずの、通り一遍な対応をしただけだとは思う。でも、なにしろ顔が顔だし、接待用の猫をかぶっているので、誤解されたらしい。 最初はたしか熱烈なラブレターを何通も何通も受け取って、一応慇懃なお返事差し上げていたようなのだけれど、じきにうんざりした彼に当たり散らされた。一般の人ならそこで諦めないといけない状況だったけど、彼女は枢機卿の姪御さんなわけだから、ツテだのコネだの最大限利用したらしい。そうして手を回され、上部からじきじきのお達しがきたりして、マクスウェルも無視するわけにはいかなくなった。何度か食事も一緒にしただとか言っていたし、最終的には出待ちされたらしい。 ――お前、考えられるか? 居住区の裏口出たらそこに彼女がいたんだぞ? わたしにまで愚痴ったくらいだから、たぶんものすごくびっくりしたんだと思う。これがローマ市内の借り上げ住宅に住んでいるとかだったら、そこに押しかけられていたのかもしれない。 さいわい、と言っていいのかわからないけど、さいわい彼は情報秘匿の義務があったから、ローマ市内ではなく、ヴァチカンの居住区内の一室に寝起きしている。している、といっても、わたしも話に聞いただけだし、いったいどこの部屋なのかまでは知らない。知らないし、知ろうかなとはあまり思わない。呼ばれたこともない。彼は、そういう自分のテリトリーに踏み込まれることをものすごく嫌うからだ。 踏み込まれるのがきらいなひとが、自室ではないと言え、ヴァチカンの居住区にまで他人が押しかけてきたらどうなるかだなんて、そんなの、火を見るより明らかだ。とりあえず彼は仕事を山に埋もれるようにして、その彼女があきらめるまで、自室に帰らなかった。どこで寝ていたのか、外回りが多いわたしはよく知らない。でも、部屋ではなくてどこか器具倉庫とか、文書室とか、そんなところで仮眠していたのだと思う。 そもそもの原因は、生まれ持った彼の顔で、彼の女の人にする態度ではなかったのだから、それはすこしは気の毒だとも思ったけれど、でも誤解されるような隙を見せた彼も、ちょっとは悪いのかもしれない。 とりあえず、もうすこし、自分の顔が周りに与える影響について自覚を持った方がいい。 ところで、わたしのことを迎えにくるのは誰なのかなと気になった。彼がさっき電話してた相手。詰め所の警備員とかじゃないと思うけど、誰なんだろう。 なにしろ真夜中のヴァチカンはもう静まりかえっていて、残っているのは、わたしたちを含めても僅かというところじゃないのかなって思った。たぶん、石の聖人たちの方が圧倒的に多い。 「きょ、局長、おく、送らせるって、」 「ぅん?」 「ハ、ハインケル?」 「いや。彼はもうアッパルタメントに戻ってるんだろ? 休んでいるのにわざわざ呼び戻すのも気の毒だ。時間もかかる。」 「じゃ、じゃあ、」 いったい誰がとたずねるわたしへ、 「……アンデルセンだ」 マクスウェルは眼鏡を外し、眉間を揉みながら言った。 「え、」 「ちょうど市内にいたのでな。大通りのあたりにいるらしい。本来なら、俺が送っていくのが筋なんだろうが、俺はまだ仕事が残ってる。」 いやいやいや。 マクスウェルに突っ込みを入れる怖いもの知らずな勇気があったのなら、わたしはそのとき入れてみたかった。万年寝不足のマクスウェルを、わざわざわたしの部屋まで送らせるなんて、上司と部下の関係除いたって、もうなんていうかとんでもないと思った。 彼がわたしを女性あつかいしてくれて、気にかけてくれることは大変ありがたいと思うけれど、思うけれど、でも、やっぱりとんでもない。お気持ちだけありがたく頂いておきますが結構です。 だってもうわたしを送るくらいなら、一分でも長く寝てほしい。 このひとは十三課を束ねる大事な結束材だ。この結束材はもろくて細くてすぐ切れてしまいそうに見えるけど、それがなければ十三課の個性的な面々はばらばら散らばってしまうくらい大事なものだ。そう思った。 それに、いまわたしはさらっと聞き流しそうになったけど、まだ仕事が残っているとか言ったよねって。え、日付変わってて、わたしはとうに音を上げたのに、このひとまだ仕事するのって思った。震えてしまいそうだ。どんだけ仕事に人生ささげてるの。 でも、捧げてるわけじゃないのかな。 とりあえず上まで送る、気晴らしにもなるとマクスウェルが言って、わたしたちは並んで部屋を出た。 十三課の機関室はヴァチカンの地下にある。続いている廊下も地下だ。だからこのあたりの区画は、年中温度が一定していて、暑さ寒さがあまり感じられない。設備は相当古いもので、換気装置もガタガタ言うばかりで半分効いているのかいないのか、でもそこで仕事をしている彼が窒息死していないのだから、一応回っていると言うことになる。 無機質な廊下だった。言ってみればただの筒なのだ。 これが一般オフィスの廊下なら、たとえば窓なんかがついていて、見る見ない関係なしに外の景色が眺めれちゃったりするのだろうけれど、地下なのだからもちろん窓もない。かといって壁を飾る一枚の絵もない。 なにも無いと言っても、これが宇宙船の通路みたいな、近未来的な筒だったら、またなにも無いのが情緒的と言えなくもないけど、ヴァチカンのここは、ところどころ地下水なのかなんなのか、黄色く変色した壁紙の染みがあるだけの、蛍光灯に照らされた、うら寂しい廊下だった。 うら寂しいと言えば、この廊下の壁一枚向こう側には、ご遺体が埋まっている。ヴァチカンの地下に死者の町がある、というのは、たぶん観光ガイドにも載っているから、みんな知ってる有名な話だと思うけれど、つまりはたくさんのご遺体が埋まっている昔の墓地だ。 その墓地を縫うようにして、この廊下や秘匿機関の部屋は設置されている。だからもしかすると、この何となしにひんやり冷えているような空気の何割かは、遺骸から発せられているものも混じっているのかもしれない。 死者が、動いて生きている人間を食い散らかしている現場に赴くことも多いわたしは、だからべつに幽霊が怖いとか、祟りがどうのか信じていない。でも、ここを通るたびになんでか、うわーこんなところで年中仕事とか勘弁、みたいな思いが胸に湧く。わたしは湧くのだけれど、隣のマクスウェルはどうなんだろう。平気なんだろうか。 三百六十五日のほとんどを、この穴倉で過ごして、遺骸から発せられる臭気を吸って、吐いてしている彼に、すこし聞いてみたい気もした。 「……さっむ、」 通路を進んで、重たいばかみたいに大きな扉を押して外に出る。外と言っても厳密にいえば屋外ではなくて、サンピエトロ聖堂のすみっこのあたりに出る通路を今回は使った。十三課は秘匿機関と名付けられているだけあって、ヴァチカンのあちこちに通じる通路を持っているのだけれど、ここを選んだ理由としては、やってくるアンデルセン先生と待ち合わせがしやすかったからかなと思う。 あたり前のことだけど、聖堂内は閑散として、人影はなかった。 まあ、もし仮に今誰かがいるとしたら、不審者か見回りの警備員くらいしかいないんだけれど。そこに現れたってことは、わたしたちも不審者ってことになる。 わたしがちら、と半歩後ろからやってくるマクスウェルを見ると、その視線の意味を正しく理解した彼がふんと鼻を鳴らして、俺がいるから大丈夫だと言った。 ここに出たのがわたしひとりだったら、たぶんすぐに監視カメラを確認した警備員がすっ飛んできたに違いない。場合によったら、誰何さえされずに取り押さえられる可能性だってある。 でも今は後ろをマクスウェルが歩いている。いうなれば顔パスだ。 ああそうか、だから彼はここまで付いてきてくれたんだ。わたしは遅れてそのことに気が付いた。 気晴らしをしたいからだとか、肩をほぐすだとか、そういう適当な理由を言って、だけど騒ぎにならないようにきちんと対処している。同時に色んなことに気が回るひとなんだなと思う。百遍生まれ直したって、わたしはそんなふうになれそうにない。 感心してしまう。 感心しながら、両手を体に押し付けるようにしてわたしは身震いした。まだわりと秋も初めで、本格的な冬の寒さは来ていないはずなのに、寒暖のない地下の空気になれてしまうと、外気が涼しいというよりはもう寒い。 わたしは結構寒いのが苦手だった。暑いのならいくらでも平気で、もちろんだらだら汗はかくけれど着替えてしまえばどうと言うことはない。でも、寒さはなんだか体の表面を撫ぜるようにして空にあたたかさを持っていってしまうから、物理的に体が冷えるというのもあるけど、気持ちまでなんだかすっと冷たくなってしまうような気がするからだ。 寒いと手のひらが痒くなる。手のひらを爪でぼりぼりやりながら、わたしはこのひとは寒くないのかなってマクスウェルを見た。 言ったように、わたしは寒がりだったから、もう朝晩涼しくなってきた気温に合わせて、肌着を一枚重ねて着ていたり、綿じゃなくて毛ものの混じっているやつにしたりしていた。でも彼は、基本的に地下に一日缶詰でいるのだから、朝晩の涼しさなんてあまり関係がない。しかもわたしは、帰り遅くなることを見越して持ってきた外套があったけれど、送りがてら外に出た彼はシャツとベストだけだった。もう絶対寒いと思う。 だのにマクスウェルはまったく震えていなくて、わたしは結構びっくりした。心頭滅却すれば、だとかいう言葉があるけど、意志の力で寒さをこらえるとかできるのかなって思った。 蝋燭も消えて、今は非常灯しかないからあまりはっきり見えないけれど、よくよく見たら耳元の産毛のあたりとか細かな毛がぶわ、って立っているように思う。だのに身震いひとつしていない。 「……あ、み、見てくださいよ、きょく、局長。」 そんなどうでもいいことを考えているうちに、視界の端になにか白いものが入って、わたしはそちらに目を移した。目を移し、それからすこし近づいてわあ、という声が出る。 祭壇の上に軽くたたまれてあったのは、生成り色のレースだった。とても長いものだ。イタリアと言えばヴェネチアレースだけど、わたしはレースにまったく詳しくない。手編みだとか機械編みだとかそんな言葉を知ってるくらいだ。でもその置いてあったものは、一見しただけで、ものすごく手間とお金がかかっていそうなもの、というのだけはよくわかった。 どうしてこんなところに置いてあるんだろう。 わたしの声に、同じように視線を流したマクスウェルが、祭壇の上を見止め、ああ、と小さく声をあげ、今日、何組か結婚式があったらしいしなと言った。 「うちにも通達が来ていた。午前十時から午後三時までは、立ち入り禁止とかな。」 「け、結婚式、」 「そう。やってたらしいぞ。許可を得るのに数年かかっただとか言っていたが、そんなもん、近所の教会であげてりゃあいいんだ。祝福なんてどこで受けたって同じだろうに。」 もう一度ふんと鼻を鳴らしてマクスウェルは言った。それが建前でなく、心底そう思っている口調だったので、わたしはすこし笑う。 年のうち、そう多くはないのだけれどここでも結婚式が執り行われる。数組、多いときは十数組、いちどきに行われて、たしかにね、カトリック総本山で挙げたいという気持ちもわからなくはないけど、そうして挙げているひとたちにはちょっと申し訳ないのだけれど、こんな、せっかくの晴れの日を、団体さんで挙げなくても、と思わないでもない。 でも地方の、マクスウェルの言うところの近所の教会とは違って、聖歌隊だって一団並んでいたりするのだから、舞台装置としての荘厳さというか、格調高さは、まあ、結構、見ものではある。 「じゃ、じゃあこれ、わ、忘れ物かな」 「そうなんだろうな。」 言ってマクスウェルが、その置忘れのヴェールを手に取った。するする広げて、いったいどうするつもりなんだろうとわたしが見ていると、ほら、だとか言って、彼が急にこちらを向き、頭上にうすい透かし模様のオーガンジィを広げる。わたしは一瞬わっとなって目をつぶりそうになったけれど、上から降ってくるやわらかな雨は、まるで音もなくふんわり落ちて、 「似合う。」 こっちをみて、悪戯そうな顔をした彼がくつくつと笑った。 その彼の顔が、蜻蛉の翅のような薄い紗幕越しに見える。えーこのひとこんなことするんだっていうのが、そのときのわたしの素直な感想だった。小難しい顔をして机にかじりついているのが常態、みたいになっているけど、こうして見ると子供っぽい。 「持って帰って、ハインケルにも見せてみろよ。」 あいつ絶対びっくりするぞ、そんなことを言っている。想像してわたしはすこし照れてしまった。ぽかんとしたあとに似合う、と言ってくれるだろうハインケルの顔が容易に想像できたからだ。でもそれは、あくまでも想像であって、 「そ、そ、そんなことできない。」 わたしは慌てて首をふる。 「――どうしてだ? 持って行って、明日の朝いちばんに戻しておけば、バレやしない。何も問題はないだろ。」 そんな悪魔のささやきをしれっと勧めてくる。体裁のいい機関じゃない自覚はあるけど、一応司教でしょう、司教としてそれってどうなの。そんなの口にしちゃっていいの。 わたしはもう一度、慌てて首をふった。 「よ、汚したり、やぶ、破いたら困るし、ぜ、ぜった、絶対、煙草の煙つく。」 「……ああそうか、煙か、」 においはちょっと困るなあと言って、またマクスウェルが肩を揺らして笑った。こんな時間まで、わたしの始末書に付き合わせたにしては機嫌がいい。 わたしもしばらく一緒になって笑って、それから目の前の、その機嫌がいいらしい彼の横顔をじっと見た。彼はいま、わたしにヴェールをかぶせたあとは向こうの、非常口の緑の灯りを眺めていた。 それでつい、わたしにも悪戯心がわいた。やったらたぶん怒られるだろうなっていうのはわかっていた。でも、やったら怒られるってわかっていて、そこで本当にとどまることができたなら、きっと歴史上の様々な出来事は、半分くらい起こってないんじゃないかって思う。エバだって知恵の実に手を出さなかったはずだ。 だからわたしはえいって心の中で勢いをつけて、わたしに頭からかぶせられていたレースの長くて広い生地を、抱き込むような形でマクスウェルの頭上に広げてかぶせる。 「え、」 きっとまったく予測してなかった頭上からの襲撃に、ぎょっとなった彼が身構えたそこへ、さっきわたしがされたように、やわらかに広がったヴェールが彼を包み込む。一瞬目をつぶったらしい彼が、おそるおそる目を開き、自分が何をされたかを理解して、由美江、お前なあ、と呆れた声を出した。 「俺に広げてどうするんだよ。」 そう言った。 そういえば、彼はわたしとハインケルに対してだけ、自分のことを俺って言う。どれだけ仕事で有用な局員にも、長年傍でサポートしているひとたちにも、決して言わない。懇親会とかで、酒をしこたま飲まされた時でもその口調は間違えない。 つまりそれって、わたしたちに他のひとたちよりもほんの少しだけ、気を許してくれているのかなって思ったりする。 そんなことを思って眺めていると、肩でひとつ息を吐き、彼はこちらを軽く睨む。けれどどういうわけか、本当に機嫌がいいようだった。睨んだ目に、ほとんど険が見当たらなかったからだ。 そうしてにらまれたわたしと言えば、その目にほとんど険がなかったにもかかわらず、しばらく固まってぽかんとマクスウェルを見つめてしまった。ぽかんというより、ぽっかーんくらいだったかもしれない。それくらいわたしの頭は真っ白だった。いやちょっとこれシャレにならなかったわって、その言葉だけがぐるぐる、ぐるぐる頭の中を回る。 生成り色の、オーガンジィの総レースのヴェールをかぶったマクスウェルは、なんというかとんでもなかった。わたしに語彙力がないのがちょっと悔やまれる。なんかもっと劇的な表現ができればよかったんだけど、でもとにかくとんでもない。聖堂のそっちに目をやるのはさすがに控えたけど、ピエタのマリアそっくりなのだ。 たぶん、あ、マリア、だとかわたしが呟いたら、聡いマクスウェルはわたしが言いたい意図を正しく理解して、せっかく上機嫌なところをたちまち雷になるかもしれなかった。 だからわたしは、うっかり失言しないようにただ口を閉じて――ぽかーんしてたわけだから、開いていたけど――マクスウェルをじろじろ眺めた。 いやでも本当にこれは同じ人間という種なんでしょうか。盛りすぎでなく純粋に思う。 わたしは修道女という神にすべてをささげる道を選んでから、もちろん自分が誰かと結婚して家庭を持つだとかいう幻想はどこかへ抛り投げてしまったけれど、でもささげたと言うこととは別次元で、きれいなものも、かわいいものも好きだ。だから、結婚式で花嫁さんが被るヴェールにはいろんな形やら名前やらがあるのもちょっとは知っていて、たとえば顔の前に短めにかぶせて、花婿さんがめくる形のヴェールや、わた帽子みたいにふんわりやわらかに盛り上がるヴェールだとか、結婚情報誌を手に取る機会があると、そんなものを眺めて、わあ素敵だなあって思ったりもする。 自分が被るか被らないかとかじゃなくて、かわいいものは純粋にかわいい。 その、いろいろな形や長さがあるうちのひとつがマリアヴェールというものなんだけれど、つまりは聖母マリアさまがつけていらしたような、こう頭にすっとかぶせる形のヴェールってことになる。 そうして、これを言ったら大変失礼な話になるかもしれないけど、これね、マリアヴェールに関しては、似合うひとと似合わないひとっていうのが明確に分かれるのだ。その分岐点ってなんなのって言うと、つまり美人かそうでないかって話になるんだけれど、その条件において、目の前の彼は完璧すぎた。 えーもうこれモデルでしょ。モデルさんでしょ。 普段からマクスウェルはきれいな顔をしている。それはハインケルみたいにちょっと中性的なものじゃなくて、もっと男性よりの、はっきりとしたきれいさだ。背丈もある。 でも、じゃあ男らしいのかっていうと説明がむずかしい。男くささとはいちばん遠縁のような気がするから。 その、男であることに変わりはないのに美しいひとが、頭からヴェールをかぶるとこんなにも凶器になるとは思わなかった。心臓に悪いです。 さっき同じ人間という種なのって思ったけど、人間を組成している成分ってほとんど変わりはないと思う。ものすごく蛋白が偏っているとか、ものすごくアミノ酸が多いとか、そんなことはないはずで、だから例えると同じ小麦という素材を使って、麦粥ができるか、スポンジケーキができるかの違いってことになる。 目の前のひとは、言うなら三ツ星レストランのオーナーシェフが作ったデコレーションケーキみたいなもので、ところでわたしは彼をケーキに喩えたけど、おいしそうって意味じゃあない。 おいしそう、って言うとちょっと意味合い変わってくるでしょ。 さっきも言ったように、マリアヴェールっていうのは、マリアさまがつけていらした形と似ているからマリアヴェールという名前がついているのだけれど、そういう点では、いま彼は、文字通りマリアヴェールなのだった。 そうして今が深夜でよかったと思った。これが観光客のいる日中の聖堂だったり、好きものの信者が集まるミサだったりすると、ものすごく厄介なことになると思う。厄介というか、危険というか、言葉選びが難しいけれど。 その、おそらく自分自身のそうした危うさ、みたいなものにまるで無自覚なひとが、どう見たってわたしよりよっぽど似合うヴェールかぶって、しかもあまりにわたしが唖然と見ていたものだから、最初はこっちを睨んでいた目がだんだんおや、といぶかしむものになり、それからこいついったいどうしたんだろう的な、きょとんとしたものに変わっていって、最後にはあの、首をかしげてこちらをうかがう顔になった。 そうするとヴェール越しに見えるからなのか、普段よりものすごくあどけない顔に見えて、なんだかとてもどきどきする。あどけないとか、自分より年上の相手に対して使う言葉じゃあないけど、そう見えてしまったのだからしようがないのだ。 なんか大丈夫? って。そんな無防備な顔、わたしに見せても何も出ないよって。 なんとなく、わたしとマクスウェルの間に流れていた微妙な空気を、そのときかたん、と小さな物音が切り分けた。 とても小さな音だった。こんな深夜の、誰もいない聖堂の中でなければ聞き落としてしまうほど小さな音。 ぱっと目をやると、緑色の非常灯に照らされた戸口のところに、静かに立つ大きな体が見えた。アンデルセン先生だ。 こちらを見ていることはわかったけれど、先生がどんな顔をしているかまではわからなかった。なにしろ暗い聖堂の中だったし、唯一と言っていい非常灯を背にしていたので、先生の顔は闇に沈んでいる。 でもわたしは、誰か第三者が現れてくれたことにほっとしていた。あのままだとどうしたって、きれいですねって口走ってしまいそうだったから。口走ったら、不機嫌になるに決まってる。 アンデルセン先生は、一瞬、ヴェールに隠れたマクスウェルとわたしを見比べるようにして、それからいったいどうしましたと言った。静かだったけど、ちょっと面白がっているような声にも聞こえてわたしはあれってなる。普段、あまりそんな声を出すようなひとではなかったからだ。 「由美江を部屋まで送れと呼ばれたと思っていたのですが、パーティの余興の間違いでしたか。」 「ばか言うな。」 むっとしたようにマクスウェルが答える。そうして舌打ちをしながら、かぶせたヴェールをさっさと取ってしまった。わたしはあ、もったいない、だとか思ってちょっと残念な気持ちでそれを眺める。なんとなくもうすこし見ていたかったような気がした。 一瞬、間が生まれる。 そのとき、眺めていたアンデルセン先生が一体何を考えていたのか、わたしにはわからない。 先生はつかつかと大またでマクスウェルに近づいた。長身の彼より、さらに先生は頭ひとつ分大きかったから、そんなふうに急にぐっと距離を詰められると、マクスウェルは先生を見上げる形になる。 それは普段先生があまりしないような動きだった。先生は自分が十分大きいのを理解していて、だから動くときも予測的というか、ここにこう動くとこうなる、みたいな計算している動きをしているとわたしは思っていて、それがとてもきれいで好きだった。無駄にがさつな動きをしないのだった。だからそういうふうに、ずいと踏み込む先生はとても珍しいと思う。 そうして、マクスウェルが無造作に脱ぎ去ったレースの生地を、これは花嫁さんの大事なものでしょう、大事に取り扱ってくださらないと、なんて言って、先生は腰をかがめて拾い上げ、 「――は、」 マクスウェルの口から、そうして眺めていたわたしの口からも、同じような間抜けな音が漏れたと思う。声というより呼吸音だった。 拾い上げたヴェールは畳むか、丸められるか、どちらかの動きになるとわたしも彼も思っていて、だからそれはそれは奇想天外な、予測不能な行動だったのだ。 先生は拾ったヴェールを広げて、もう一度マクスウェルを覆った。 わたしはさっき、ぽかんとしてマクスウェルを見たって言ったけど、ぽかんと言うなら、今の彼の表情がまさにそれなんじゃないかと思った。人間って、びっくりしすぎると咄嗟に何も反応できなくなるっていうけど、本当だ。 「――……似合う。」 そうして、さっき彼が言ったのと同じ言葉を、今度は先生が口にした。相変わらずの暗がりだったし、先生はこちらに背を向ける位置にいたから、わたしからは先生の顔は見えない。でも、びっくりしたまま見上げるマクスウェルの表情はよく見えた。 マクスウェルは怒らなかった。値踏みされるのと同じくらい、からかわれることが嫌いなひとだったから、即座に反応して烈火のごとく怒り狂うかと思ったのに、彼はまったく無反応だった。 自分を見下ろした先生の顔を仰いだまま完全に固まって、しばらくのあいだ先生の顔をヴェール越しに穴が開くほど眺めていた。 「……蛹だな。」 低い声で先生が言った。その声にほんの少し笑いが含まれているように聞こえて、だとしたら先生はいま、見えないけれど笑っているのだ。 それから先生はおもむろに手を伸ばし、その自分が掛けたヴェールの上から、マクスウェルの顔をなぞる。相変わらず脳停止しているらしい彼は、されるがままだった。 親指の腹で彼に触れ、それから先生はマクスウェルの耳元に屈みこみ、二言、三言、何か囁いた。とても短い言葉だったと思う。わたしにはよく聞こえなかったけれど、用件というよりは、単語とか、名前とか、聖句とか、そんなぐらいの短さのように思えた。 わたしはそれを見た瞬間、どういうわけかあ、となって、なんだかとても気恥ずかしくなってしまった。暗くてよかった。明るい光源があったら、顔が赤いのがわかってしまう。 屈みこんで彼に囁いたアンデルセン先生の親しさ、みたいなものを、わたしは知らない。 そうして、囁かれた彼は、それまで以上に目を見開いて、次になにか言いたそうに口を数度開いたり閉じたりする。それは彼が遅ればせながら怒ろうかどうしようか、悩んでいる仕草に見えた。 結局彼は怒らなかった。タイミングを逸したのかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。わたしにはわからない。 そうして最終的に、ヴェール越しのマクスウェルは、向かいに立つ先生に向かって片眉をあげ、しようがないなという顔をして、諦めたように笑う。その笑いはとても無防備だった。さっきわたしに向けたあどけない顔より、ずっとずっときれいだった。 それからふとわたしの存在を思い出したように彼はこちらへ目を移し、 「由美江が待っている。送ってやれ。」 そう言った。 わたしは急に思い出してもらえてありがたいやら、なんだか場の空気を読めていないようで気まずいやらで、 「お、お、お願いします。」 ぺこんと先生に頭を下げた。 先生が頷き、振り向いて、そうしてこちらに向かってゆっくり歩いてくる。その大きな肩の向こうで、マクスウェルがヴェールを脱いでくるくるとまとめていた。 「行きましょうか、」 近づいた先生がわたしに言う。はい、と返事をしてマクスウェルに合図し、わたしは先生と肩を並べて聖堂の非常口から外へ出る。 「……おやすみ。」 後ろから彼の声が聞こえてわたしはもう一度振り向く。見送ったあと、彼は局室にもどるのだろう。あの、饐えた死体のにおいの充満する地下にこもって仕事をするのだ。 振り向き、軽く手をあげた彼に黙礼してまた前へ向き直りながら、そういえばどうしてアンデルセン先生はここに来たんだろうと、わたしははじめて気になった。 ちょうど市内にいるから、そんなふうに彼は言った。大通りのあたりにいるらしい。 ……ちょうど。ちょうどってなんだ。 わたしは最初市内のことを、ローマ市内だと思って聞き流していて、でもよくよく考えたら、ローマ市内のフェルディナントルークス院からここは、わたしとハインケルが住むアッパルタメントよりも距離があるのだ。しかもこんな夜中に、ローマの大通りを任務もないのに先生が歩く? 明日の朝いちばんから子供たちの世話があるのに? そうして、先生がここにくるのにそう時間はかからなかったのだ。だから市内というのはローマ市内のことじゃなくて、ヴァチカン市内のことだ。 でも、どうしてヴァチカン市内にいたんだろう。 再生儀礼の定期点検のためにヴァチカンにいたのじゃないかとちょっと思ったけれど、でもすぐちがうと思った。点検はつい先週終わったはずだった。どうして知っているかというと、点検でヴァチカン内にいたとき、わたしは先生と食堂ですれ違ったからだ。 それに、臨時で追加点検するのなら建物内、医務局に近いところだとか、すくなくても居住区内にいると思う。人気のない、深夜のヴァチカンの一般区域にいる理由なんてない。 わたしたちイスカリオテの武装神父隊に所属する人間は、いつなんどき召集がかかるかしれない。だから普段は自宅だとか、教会だとか、自分の居所がわかる場所にいるか、もしくは別の場所に移動するときは一報入れるというのが、原則としてある。絶対義務じゃないけれど、そうして連絡のつかない場所に行って、連絡が取れなかったときのマクスウェルの怒気を考えたら、ひと手間かけていた方がずっと気が楽だ。 つまりアンデルセン先生は、点検でないなにか別の用事があって、フェルディナントルークス院から個人的にヴァチカン市内へやってきていて、しかも十三課エリアやその他別課のどこも訪れることなく、一応上司に自分の居場所は伝えていたものの、真夜中の大通りをぶらついていたと言うことになる。 なんとなしに続けてわたしは、マクスウェルが不思議に機嫌がよかったことを思い出した。わたしがあれだけやらかしても、腹を立てて怒鳴ることがなかった。それって普通じゃありえないことだった。いつもなら絶対雷が落ちてておかしくない状況だった。 ……でも、それってどういうことなんだろう。 わからない。けれど、アンデルセン先生がヴァチカン市内にいたことと、マクスウェルの機嫌がよかったことはなんとなく繋がっているような気がした。 隣を歩く先生にちら、と目をやる。視線をやったわたしに敏く先生は気が付いて、こちらを見てどうしました、と言った。 「……な、なんでもな、ないです。」 いつもハインケルからあんたは鈍いのが持ち味だよね、だとか言われているわたしだけど、面と向かって、先生なんの用事で近くにいたんですかとは聞けない。さすがに聞けない。 聞いてはいけない気がした。 「……もうすぐナターレですねぇ、」 あたふたしているわたしに気を使ってくれたのか、先生があたりさわりのない話を振ってくれた。そうですね、とわたしがぶんぶん縦に首を振って同意すると、その動きが面白かったのか、先生は低く忍び笑いを漏らす。 「院では今年も小さなパーティを開きますからね、もしよかったら、ハインケルも連れていらっしゃい。」 「わあ、い、いいんですか。」 「いいですとも。子供たちも喜びますよ。」 すくわれた思いでわたしはほっとし、いつの間にかがちがちにこわばっていた肩の力を抜こうとした。なんだろう。あとひとつ、なにかのパズルのピースがぱちんと嵌まったら、今のこの、わたしの中の釈然としない思いが、きれいに整理整頓されそうな気もするんだけれど。 肩を抜こうとして先生に笑い返し、そうしてふっといつもの先生に何かひとつ足りない気がしてわたしは内心首をひねり、 ――……あ。 あらためてぎくっとなる。それからその内心の動揺を、とにかく先生にだけは気付かれないようにしようと思って、急いで前を向いた。声を出したらあからさまにうろたえているのがわかると思って、口をぎゅっとつぐんで急ぎ足で歩く。寒いし遅いから早く帰りたいわたしに見えているといいなと思う。 ちょうど街灯と街灯の間だったから、そんなにおかしい挙動ではなかったと思うけれど、できれば先生に伝わらなければいいなと思った。 アンデルセン先生に足りないもの、いつもの先生に何かひとつ足りない違和感、それは先生が常なら首から胸に提げている十字架だった。 先生の胸元に十字架がなかった。朝起きて夜寝るときだって先生は外していなかった。わたしは孤児院の時から知っている。 今、先生は着けていなかった。たとえば結んでいた紐が切れたのかもしれない。くすみに気づいて磨こうとして外したまま忘れたとか、そうした理由なのかもしれない。でも、そう思おうとしながら、わたしはまったくその「かもしれない」を信じていないことに気が付いた。 先生は十字架を今、身に着けていないことを自分で知っている。わかっている。忘れたわけじゃない。 でも、それってどういうことなんだろう。十字架を外さないと駄目なことって何かあるのかな。余計に聞けないと思った。 とにかく早く部屋へ帰ろうと思った、口をひらいたらいろいろボロを出しそうだ。 隣を歩くアンデルセン先生が、わたしの様子を見て何を考えていたかは知らない。先生もわたしに倣えしたのか、とくにそれ以上口を利かなかった。 石畳の意志のでこぼこした表だけを睨みながら、わたしは早く早く、と念じながら必死になって歩いた。 寒さはいつの間にか忘れていた。
https://w.atwiki.jp/undercurrent/pages/153.html
【2ch】 87 名前: 本当にあった怖い名無し Mail: sage 投稿日: 05/11/22(火) 22 47 56 ID: gmIZs3zq0 なんか難しい話をしている最中失礼するよ 私が妊娠したとき、訳有って私の実家には報告できなかったし、 実家は他府県にあるため、寄り付きもしなかった。 それなのに、私の母と同居する姉の娘は、「おばちゃんに赤ちゃんができた」と毎日騒いでいたそうだ。 姪が騒ぎ出したのは、私が初めて病院に行って、妊娠が確認された時期だった。 先日、そのことが気になって、姪に、「どうして私に赤ちゃんができたことがわかったの?」と聞いたら なんとなくそんな気がしたと答えてくれた そんな不思議なことをしてくれた姪には霊感は米粒ほども無い
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/566.html
371 ◆YSssFbSYIE sage 2008/11/11(火) 01 42 08 ID 8dPwe1m1 【その10】 迫りくる妹の指はとうとう俺のブリーフの窓へとかけられ、 マイサンをまさぐるように引きずり出した。 小窓から元気なくこんにちはする我が分身。 さすがにこんな状況では勃つものも勃たないようだ。 しかしそんなことお構いなし、妹は俺のチ○コを指で撫で、はじき、こね、もてあそぶ。 いくら理性で耐えようとしても、そこは悲しいかな生理現象。 ムクムクと体積を増やし自己主張をし始める。 刺激を与えるとピクピクと勝手に脈動する肉棒でしばらく遊んでいた妹だったが、 なぜか突然合掌して俺のチ○コを拝みだす。 とてもいやな予感。 「えーと、なにをしていらっしゃいやがりますですか?」 「食べる前に『いただきます』は基本でござるよぅ」 いやいや、全然、基本じゃないから。 なんとかやめさせようと必死に説き伏せようとするものの、 スイッチオンになった妹が聞くはずもなく。 抵抗むなしく、俺の分身は美味しく食べられてしまうのだった。 372 名無しさん@ピンキー sage 2008/11/11(火) 01 42 52 ID 8dPwe1m1 【その11】 初めて体験する妹の口の中。 舌の動きやら絶妙な締めつけやら暖かさやら、 未知の快感に俺の脳はスパーク寸前になっている。 頭ではこんなことしてちゃいけないとわかっているのに、 あまりの気持ちよさに流されてしまいそうになる。 いや、すでに流されてる。どうにでもなれ。いや、なっちゃだめだ。 じゅぷりじゅぷりと粘液質の音が響きわたり、 妹の頭が動くたびに何とも言えない気持ちよさに俺のムスコも昇天寸前。 「ぁぅっ!」 ずん!とくる快感が背骨を貫き、頭の中が真っ白になる。 そして1人でハッスルしたときのフィニッシュに似たなにかが、下半身で弾けた。 意思と関係なくドクンドクンと脈動しながら、妹の口の中へと大量放出してしまう情けない俺。 その放出したザーメンを、嬉しそうに全部受け止める妹。 口の中いっぱいに溜めた精液を、その味とにおいを堪能するように舌の上でころがしているようだ。 そしてしばらくねちゃねちゃと音を立てて噛んでいたが、 堪能しきったのかごくりと飲み込んでしまった。 「17年モノザーメン、まったりとしてコクがあり、 それでいてねっとりと舌にまとわりつくイカくさい風味、 大変おいしゅうございますぅ」 味の報告なんていらん。想像してしまったじゃないか。 373 ◆YSssFbSYIE sage 2008/11/11(火) 01 43 23 ID 8dPwe1m1 【その12】 「兄上ドノのザーメントロトロで、口の中が妊娠しちゃいそうでござるよぅ」 本当に口の中で妊娠したらそれはそれで凄いが、そういう報告は生々しすぎるのでやめてほしい。 「次はいよいよお待ちかねのメインディッシュの時間んんんんんんっ!」 キャーホホホと叫び笑いながら、優子はいそいそとショートパンツを脱ぎ始める。 まるでギャグマンガの1シーン。色気もクソもあったもんじゃない。 せめて、こう、はじめてぐらいはムードってものがあってもいいんじゃないか? などと思ってしまうのは間違っているだろうか。 いや、そうじゃなく。実の兄妹同士でこういうことをするのはやはりいかん。 「えーと、優子さん? さすがに兄妹で本番行為はNGだと思うのですが・・・・・・」 さすがに禁断の兄妹愛をこれ以上発展させるわけにはいかない。 なんとかこの説得で正気に戻ってくれればいいのだけれども。 しかし優子は俺の言葉を聞くと笑いをピタリと止め、 普段俺に見せないような瞳で見つめてきた。 「・・・・・・優子のこと、嫌い?」 ああ、そんな目で俺を見るな。 ちょっとどころじゃなくかなりキモいが、それでもやっぱりかわいい妹だ。 そんな悲しそうな瞳で見つめられたら、抵抗する気がなくなっちゃうじゃないか。
https://w.atwiki.jp/hengtouhou/pages/804.html
モンスター/オーク [U] スナガ『ラグドゥフ』/Lagduf, the Snaga (Umber o; ) === Num 140 Lev 8 Rar 2 Spd +0 Hp 190 Ac 32 Exp 80 ラグドゥフは弱いオークの部隊を指揮する隊長で、過剰な暴力を示すことで部隊の統制を保っている。 「お前さんには二度も話してるぜ、ゴルバグの豚どものほうが先に門を出たとね、そしておれたちのほうはだれも出ちゃおらんとね。 ラグドゥフとムズガッシュの野郎が駆け抜けたが、二人とも矢で射たれた。」(J.R.R.トールキン、瀬田貞二・田中明子訳 新版指輪物語) 彼は通常地下 8 階で出現し、普通の速さで動いている。 この混沌の勢力に属する人間型生物を倒すことは 1 レベルのキャラクタにとって 約213.33 ポイントの経験となる。 彼は通常護衛を伴って現れる。 彼はドアを開け、ドアを打ち破ることができる。 彼には破邪でダメージを与えられる。 彼は暗黒の耐性を持っている。 彼は侵入者をほんの少しは見ており、 200 フィート先から侵入者に気付くことがある。 彼は一つか二つの上質なアイテムを持っていることがある。 彼は 2d6 のダメージで攻撃し、 2d6 のダメージで攻撃し、 1d9 のダメージで攻撃し、 1d9 のダメージで攻撃する。 雑感 名前
https://w.atwiki.jp/kimo-sisters/pages/565.html
なんとなく 第1話 なんとなく 第2話 なんとなく 第3話 なんとなく 第4話 なんとなく 第5話 なんとなく 第6話
https://w.atwiki.jp/adventure-age-wiki/pages/88.html
依頼者 なし。 報酬額 なし。 内容 デーモンの首領を倒す。 同行者 カシム Lv.16 戦士Lv.13 HP132 MP48 STR8+3 VIT7+6 DEX8+3 INT6+3 ATK28~44 DEF30 W-DEF0 F-DEF0 A-DEF0 ストライキングLv.5 ウェポンマスタリーLv.4 シールドマスタリーLv.4 ヒーリングLv.3 攻略 アシュハロンの町に着くとティエラがパーティからはずれ、カシムが仲間に入る。 そのままボス戦に突入することも出来るが、回復のために寺院に入ることも出来る。 ボスはハイデーモン・エラーサ。 通常攻撃だけでなく、麻痺、混乱、全体攻撃までしかけてくる。 HP、防御共に高く、長期戦になるのは必至。 しかもカシムのヒーリングはほとんど使えないので、回復には自分のキャラのヒーリングか回復アイテムを買い込むしかない。 カシムのHPとMPのデータを書き控えておくことを忘れてしまいました。どなたか教えてくださいorz
https://w.atwiki.jp/wbmwbm/pages/156.html
空手娘1スレ/(233-236)金藤恵子vsことりに敗れた男 神保ことり 空手 金藤恵子 数か月の入院生活を終えたおとこは退院してすぐにスポーツ店で金属バットを購入した。以前、美少女空手家神保ことりを犯そうとして失敗した代償は大きくいまだに痺れることがある。だが欲望は尽きない。今回のターゲットは神保ことりの師匠でもある金藤恵子だ。 神保ことりの強さも伊達ではないが、金藤恵子の強さはそれをはるかに凌駕していると思う。2人とも素晴らしい美脚の持ち主でしかもありえないほどの美貌の持ち主でもある。すれ違う男は間違いなく全員が振り返る。今回は迷った末に金藤恵子を犯す。金藤恵子の方が 好みというのもあるが、正直神保ことりが怖くて仕方ないのだ。ことりちゃんの本気の空手パンチは見事に男の体中の骨を粉砕していたし、脳天に叩き込まれた踵落としは頭蓋骨にヒビを入れた。また空手パンチ内臓にも障害を及ぼした。屋根瓦はもちろん、本物のコンクリートブロックを 粉々にすることりちゃんのパンチで死ななかっただけましかもしれないが。だがそれ以上に驚いたのはバット折りだ。男の振り下ろした木製バットを見事真っ二つにへし折ったのだ。ことりちゃんの回し蹴りが本物の木製バットをへし折ることは知っていたが、それはしっかり固定されたバットに限ると思っていた。 それを根元から真っ二つに… だが金藤恵子の回し蹴りは本物のバットを少なくとも3本はまとめてへし折る。そこで今回は金属バットを用意したのだ。いくら極真の有段者で本物の木製バットをまとめてへし折る蹴りでも金属バットをへし折るなどあり得ない。 今回も金藤恵子を呼び出すためにまずは教え子を襲う。 男は金属バットを手に金藤恵子の道場を訪れる。金藤の道場では道場を自由に開放しているから大体誰かが稽古している。今日はラッキーなことに女子が1人で稽古している。これなら襲いやすい。高1くらいだろうか、なかなかかわいい。この娘ならヤりがいがある。だが勿論少女は黒帯。油断はできない。しばらく物陰から稽古を見ていたが、かなり手強いかもしれない。巻き藁に刺さる正拳突きは鋭く重いし、 サンドバッグに叩きこまれる回し蹴りも重い。金藤恵子の弟子だけある。だが仕方ない。男は意を決して道場に上がり込む。少女はいきなり金属バット片手に土足で上がり込む男に驚く。 「ちょっとなんですか」 無言で歩んでくる男に少女も構える。女子高生とはいえ極真空手黒帯の女空手家だ。オーラが違う。だが男は容赦しない。いきなり少女の頭めがけて金属バットを振りかざす。空手で鍛えた運動神経で咄嗟にガードする。なんとか頭は守ったが腕は折られた。さすがの少女も激痛に倒れ込む。男は早速少女に馬乗りになる。ことりちゃんや金藤恵子ほどの色っぽさはないがまだあどけなさがあってかわいらしい。勿論処女だろう。 男は自らのパンツを脱ぐ。股間はギンギンに固く勃起している。少女の黒帯をほどこうと手をかけた刹那、少女の拳が目の前にあった。次の瞬間男は道場の隅にまで飛んでいた。なんと顔面パンチ。岩のように固い空手女子高生の拳が顔面に炸裂したのだ。鼻血が止まらない。鼻っ柱も真っ二つらしい。初めて味わう空手少女の顔面パンチの破壊力は想像を絶していた。退散しないと。命の危機を感じる破壊力だった。だが顔面パンチのせいで視力もままならない。 少女はさらに攻撃を加える。極真では禁じられている顔面パンチだが今回は仕方ない。渾身の空手パンチを下顎に叩き込む。勿論下顎は砕け、前歯が数本吹き飛ぶ。まだ高1とはいえ屋根瓦数枚をまとめて砕き割るパンチ力。それが顔面に炸裂するとは考えただけで恐ろしい。男はよろめきながら何とか逃げられた。 その晩、早速金藤恵子から電話があった。 「明日道場に来なさい。今日が最後の晩餐だからいいものでも食べておくことね。」 その晩は激しかった。明日はついに憧れの金藤恵子を犯せる。強い女を力づくで倒して犯すのだ。もちろん中出しさせてもらう。もし妊娠でもしたら最高だ。 本当は明日のために取っておくべきだが我慢できなかった。金藤恵子をオカズにして2発抜いた。 いよいよ決行の日。金藤を倒す流れは何度もシミュレーションしているから完璧だ。だが油断してはいけない。金属バットを持つ自分が圧倒的に優位だが金藤の強さは別格だ。 動体視力も凄い。今回は金藤恵子を殴り殺すこともやむを得ない。金藤恵子とセックスできるなら仕方ない。出来れば殺さず自分のものにしたいが。 道場に行くと既に金藤は正座して集中している。あまりの殺気とオーラに少し怖気づく。 「やっと来たわね。それにしてもひどい顔ね。顔面パンチ喰らったらしいわね。あなたも運が悪いわ。あの子は中学の時に全日本を制覇してるわ。ことりちゃんも襲おうとしたらしいけど彼女は世界チャンピオンよ。極真女子ならあなたなんて一撃で殺すことも容易いのよ。」 「やっと恵子さんとやれると思うと興奮が止まらないよ。」 男はカチカチに勃起した股間をあらわにする。 「今から殺されるのに勃起?今回は手加減しないから。」 「悪いけどこっちにはこれがあるからね。俺も恵子さん殺してでも犯すよ。」 「そんなので私を倒せると?」 金藤は鼻で笑う。いよいよ対決。 「押忍!」 だがさすがの金藤もバットを持った相手には容易に踏み込めない。男のスイングも鋭い。やりがいがある。 しかし大振りのスイングの一周の隙を見逃さなかった。瞬時に懐に入るとがら空きのボディに本気の空手パンチを叩き込む。男はバットを振りあげたまま動きが止まる。それでも金藤は容赦しない。試合でもここまですることはないが今回は例外。 男は意識を失いかけている。本物のブロックを粉々にする金藤恵子の拳を何発も受けてまだ死んでいないだけこの男も凄い。ようやく金藤の拳が止む。これでも十分だが金藤恵子の攻撃は止まない。とにかく容赦しない。次は蹴り。美しく長い脚から繰り出される回し蹴りはもはや芸術的だ。 だが金藤恵子の回し蹴りは美しいだけでなく破壊力もとてつもない。本物の木製バットなど男の太い脚でも折れないのに金藤は自慢の美脚でいとも簡単にまとめてへし折る。 「せっかくだからこれ折ろうかな。」 金藤は男の金属バットを拾い上げる。 「折れるかしら。さすがに金属バットは折ったことないけど。」 金藤は息も絶え絶えの男に金属バットを構えさせる。 さすがの金藤も金属バット折りは初めて。少し緊張している。だが意を決してバットの根元に渾身の蹴りを叩き込む。バット折りで一番大切なのは恐れないことだ。果たして… 金属バットは根元から完全にくの字に曲がっている。金藤は間髪いれずさらにもう一撃を加える。 バキッっっっっっっ 今度は金属バットが完全に真っ二つになった。衝撃の金属バット折り。しかもモデルのような美人がへし折ったのだ。 「一撃で折りたかったわね。」 金藤は少し悔しそう。 「次はあなたよ。」 金藤は次は男をターゲットにする。 「次はあなたの番よ。私の蹴りの威力を味わいなさい。」 男は必至で命乞いをするが金藤は容赦しない。腹部の痛みで立てない男を無理やり膝蹴りで起こす。大好きな女の美脚が今は自らを痛みつけているのだ。 ここからは下段回し蹴りの嵐。下段回し蹴りは金藤恵子にとって一番の得意技。木製バットをへし折るのは当然だが金属バットをもへし折る破壊力。これまでへし折ったバットは何本だろう。 数えたことはないが1000本は下らないだろう。普段は手加減するが今回はバット折りの要領で男の足を本気で蹴る。脛、太ももと容赦しない。もちろん一撃で立っていられない。男は金藤にもたれかかろうとするが金藤はそれすら許してくれない。 何発喰らっただろう。足の感覚は全くない。もう歩けないかもしれない。なんとなくわかるが金藤の攻撃も止んだ。すると猛烈に興奮してきて射精寸前になる。 「締めは顔面蹴りよ。」 床に座っている男の顔面に女空手家金藤恵子必殺の下段回し蹴りが炸裂する。金藤の攻撃はまだ終わっていなかったのだ。 首が飛びそうな破壊力。男は道場の隅まで飛んでいく。さすがに息も絶え絶え。だが金藤恵子は後悔はない。一応救急車を呼ぶかと電話を手に取るその時驚きの光景を目にした。 なんと男がパンツを脱いでカチカチに勃起した股間をあらわにしている。そして次の瞬間、信じられないがまるで洪水のようなとてつもない勢いで射精したのだ。金藤恵子ももちろん男性の射精は見たことはあるがこれには驚いた。 道場の天井にまで達しそうだった。そして男はビクンと震えて動かなくなった。瀕死でも男という生物は興奮を感じるのか。いやむしろ瀕死だからこそ最後に子孫を残そうという本能が働いたのかもしれない。きっと男は妄想の中で金藤恵子を激しく 犯したのだろう。これはなかなか幸せな最期と言えるだろう。(完)
https://w.atwiki.jp/jhs-rowa/pages/179.html
言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、俺は俺を騙すことなく生きていく ◆j1I31zelYA 跡形もなくなった。 違う、『跡形だらけになった』と表現すべきだろう。 天を突く塔のような建造物がひとつ、ごっそりと崩れ落ちたのだから。 ここはさしずめ神様のごみ捨て場だろうかというほどの瓦礫が、小高い丘を一面に埋めつくして鉄筋の山と成していた。 今になってもまだ瓦礫が崩れ足りないように陥没を起こす音が響いて、時おり地面を余震のように揺らす。 月灯りのしたに輪郭だけを残して、『跡形だらけ』は夜闇へと埋没していた。 百メートルは離れていようかという、この杉林にさえコンクリートの塊がごろごろと散乱している。 あの瓦礫の山の最下層に、何人もの中学生が、何十匹もの犬たちが、埋もれて眠っている。 杉林の合い間からその光景をのぞいて、悪趣味な塚のようだと七原は思った。 文字どおりの一括埋葬。破壊した者も、破壊された者も、等しく飲まれて見えなくなった。 「植木は、『死にたくねぇ』って心の中で思ったとしても、言わない奴だったんだ」 菊地善人と名乗った少年は、そう言った。 横目に見ていたのは、そんな瓦礫の雨に打たれた少年の死体だった。 崩れ落ちたホテルの中から、七原によって転移させられて。 尋常ではない量の赤い血液でその身を汚したまま、永遠に動かなくなっている。 「俺、最初は植木耕助って奴はズレてるんだと思った。 哲学者のカントっつうおっさんが『道徳形而上学言論』の中で『正義の源は行動ではなく動機にある』とか書いてるのを読んだことがあってな。 おおざっぱに言うと『正義かどうかが決まる法則は、最善の行動をしたかどうかじゃなく、自分を犠牲にして他人のために尽くす動機があったかどうかで決まる』っつう理論なんだが。 俺は最初、『植木の法則』もその類だと思ってた。最初から正しかったんだ。 でも、正しすぎて周りとズレてて、バロウが襲ってきた時も、率先して自分が盾になって。 皆を守るのが当たり前で、自分が真っ先に死ぬようなことをして。 正しいだけで、こんな場所だと何も守れないかもしれない。そういう危うい奴なんだと思ってた」 菊地善人は、片膝をたてて座ったまま話している。 少し離れた位置に横たえた植木耕助を、埋葬しようという動きは見せない。 埋めたくない気持ちは、七原にも理解できた。 植木から間隔を置いて、さっきまで一緒だった少女も寝かされているから。 誰も掘り返さないホテルの跡地に埋められる瀬戸際から連れ出したのに、また地面の中へと遺体を埋める。 弔うためとはいえ、『どう違うのだ』と思ってしまうだろう。 「話を聞く限りだと、えらく我が儘な奴だな。付き合わされたら心労で死ねそうだ」 「……そうかもしれないな。勝手だったのかもしれない。 でも、シンジが死んでからは、身勝手じゃなくなっていったんだ。 それに、俺の考えていたことだって違ってたんだ」 語られる植木耕助という人物像は、七原にとって意外でもあり、どこか納得する印象でもあった。 宗屋ヒデヨシやテンコと情報交換したときは、植木耕助とはたいそう頼りになるヒーローのような男だと聞いていた。 それはそれで、誤りでは無かったのだろう。少なくとも、無条件で絶対に助けに来てくれる存在なんて『頼りになる』と形容してなんら差し支えない。 けれど、それだけでもない。 「植木は、自分以外の人間が――友達が目の前で死んでいった時に、すげぇ辛そうにして、泣いてたんだ。 ほんのちょっと一緒に笑いあっただけの俺らを、あっさり気の合う仲間だと思ってたんだ。 だから――正しいからとかじゃなくて、仲間だと思ったから、本気でバロウから守ろうとしてくれたんだ。 俺は、実際のところ、そういう植木と一緒にいるのが楽だった」 ただ一緒にいるだけで、楽になったんだ、と。 「だから、アイツはAIみたいに倫理的なことを自動で判断して動いてたわけじゃねぇよ。 植木だって、俺たちと同じ中学生だったんだ。 我が儘だったとしても、仲間を失いたくないから動いちまうことぐらいあるだろ」 それは淡々とした言葉だったけれど、必死に訴えるような熱がこもっていた。 なぜだか、七原は思い出した。 死んだ結衣とレナのことでテンコと喧嘩になって、黒子から『二人はそうとしか生きられなかったんだと思います』と、言われたことを。 正しいと思ったことをしたのではなく、そうとしか生きられなかったと。 そして菊地は念を押すように、七原を見つめて聞いた。 「その植木が言ったんだな。死にたくない、って」 「ああ、自分の命惜しさで言ったわけじゃなかったけどね」 「でも、自分が生きなきゃいけないから、死にたくないって言えるようになったんだな?」 頷くと、菊地は目元でも隠すように手のひらでメガネを覆った。 口が、『ちくしょう』という形に動いた。 少しだけ、堪えるようにそうしていた。 「七原だったか。ありがとうよ。最後に植木を救ってくれて」 七原は、それには答えなかった。 まだ自分の為したことが本当に『救い』なのかどうかよく分からなかったし、七原は七原で、菊地が看取った方の人間を思うところがあったから。 「あいつは――切原は、笑って死んだんだな?」 言ってから、気づいた。 あの悪魔だった者のことを『切原』と名前で呼んだのは、これが初めてだった。 「ああ。『お前のことを心配してるやつがいたぞ』って伝えたら……憑き物が落ちたみたいな顔してたよ」 「……帰る場所なんて無い無いってしつこかったのに、最後は『やっぱり帰る場所ありました』で終わりかよ。幸せなもんだな」 吐き捨てるように、そう言ってしまった。 その語気に、菊地がややたじろいだ反応を見せる。 それが、ささくれた七原には苛立ちとして蓄積された。 俺があいつを悪しざまに言うのがそんなに意外かよ、と。 許そう、とは思わない。 許せるはずがない。 散々に暴れて、きっちり人のトラウマを抉るように、言いたいことを喚き散らして、 身勝手な理由で少女を二人殺して、それなのに奪われた被害者ヅラをしていて。 船見結衣と竜宮レナを、殺された。 彼女たちを切り捨てようとした七原がこう言うのは傲慢かもしれないが、美味しい肉じゃがを作ってくれた子たちだったのに。 そのあげくに、『お前には七原とは違ってまだ帰る場所がある』という指摘を、半ば以上認めるような形で死んでいった。 『ワイルドセブン』の引き金は、決してそこにかけた指をおろさない。 七原にとっての何者かだった少女たちを殺した人間から、憎しみを取り消すことなど不可能だ。 一度奇跡的に心を繋げられたからといってあっさり許せるのなら、それはどんな聖人だと吐き捨てている。 その苛立ちが挙動に出てしまったのか。 菊地は申し訳なさそうに嘆息し、そして控えめな声で言った。 「すまん、俺は――あいつに命を救けられたもんだから」 「知ってるよ。――俺もだよ」 知っている。 だが、しかし、それでも、と。 切原赤也は、おそらく『悪魔』という呼称で片付けていい存在ではなかった。 白井黒子と同じ中学生だった。 そして、彼女と言葉を交わし、戦闘を交わし、最後には心を交わした。 崩れゆくすべての中で、白井黒子を、七原秋也を、菊地善人を、全員を救けるべく動いた。 そして、七原秋也と、わずかな間でも同調(シンクロ)をした。 未だにこの身に宿るたしかな能力(チカラ)。 触れたものを転移させる、『自分だけの現実』。 それは間違いなく、まぎれもなく、白井黒子と、切原赤也が、授けていったのだ。 「最後に俺に見せた笑顔はここにいない誰か宛てかもしれないけど、それを信じさせたのは白井さんか、七原がしたことの結果なんだろうさ。 なぜなら、俺じゃないことだけは確かなんだからな」 切原赤也が、最後に信じたのは何だ。かつての仲間か――おそらくそれだけではない。 不定形の『じぶん』を信じたのだろう。白井黒子もあの海岸でそうしたように。 「白井の勝ちか――いや、あいつはそういう言い方はしないだろうな」 彼女なら言うだろう。貫いて、そして守っただけだと。 何を貫き、何を守ったか。それは―― 問うまでもなく、既に七原は聞いていた。 「そうだ、あんた――七原だったな。 こんな時で悪いが、杉浦綾乃っていうポニーテールの女の子を見なかったか? 海洋研究所に探しにいたかもしれないんだ」 七原の納得したような表情の変化を、見て取ったのか。 菊地はおずおずと、そしていきなり話題を切り替えた。 もとはと言えば、その女の子を探していたんだと。 知り合ったばかりの男の前で余韻に浸っていた気まずさもあったので、さっと意識を切り替えていく。 杉浦綾乃――名前くらいは聞いたことが無いわけでもない。 赤座あかりか、あるいは白井黒子か、とにかくホテルでとりとめなくお互いの話をしていた時に、そういう名前を紹介された覚えがあるような、無いような。 つまり想像できるのは、おそらくこの菊地善人とは異なる世界からきた中学生であり、殺し合いの中で知り合ってしばらく一緒にいたのだろうということ。 おそらく、七原と白井のような喧嘩上等の関係ではなく、普通に仲良くなった関係として。 ふと、いつか親友から言われた言葉を思い出した。 ――おまえたち、いいカップルに見えたんだ。さっき。 「あんたら――いいカップルだったのか?」 「は!?」 菊地善人は、ぼけっとした。 それはもう、知り合って間もない七原でさえ『こういう顔をする菊地は珍しいのだろう』と分かるほどにぼけっとした。 だったので、七原もさすがに察した。 「いや、今のは無しだ。……俺たちは海洋研究所で切原に遭ってからここまで来たけど、誰とも会わなかったよ」 「そうか……ありがとな」 悄然と肩を落としながらも、今度の菊地は冷静だった。 噛み締めるように頷き、黙考するような素振りを取る。 もとより大きな期待は抱いていなかったのだろう。七原たちと杉浦綾乃が遭遇していて、なおかつ彼女が生存しているならば、今ここまで来ている方が自然なのだから。 こちらも、探し人の特徴を聞き出すことにかこつけて情報交換に持ち込むべきか。 七原の方もそう思考した時、菊地が「そうだ」と言った。 「浦飯幽助、常磐愛、バロウ・エシャロット……こいつらの、知り合いだったりしないか?」 「いいや。名前を聞いたことある奴はいないでもないが、特に接点は無いな」 そう答えると、今度は嘆息した。 それはまるで、がっかりすると同時にどこか安堵しているように見えた。 違和感のある態度。 七原は観察力を尖らせて、そこに疑う余地を見出す。だから尋ねた。 我ながら、意地の悪い問いかけを。 「おかしな聞き方をするんだな。もし、はぐれた知り合いを探してるんなら『そいつと知り合いかどうか』なんて聞き方はしない。 さっきみたいに『会ったかどうか』を聞く方が先決だからな。 まず『関係者かどうか』を確認する……こいつはまるで、恨みを晴らしたい相手を探る時のやり方だ」 菊地の身体に、電撃のような緊張が走り抜けるのを七原は見た。 改めて七原へと向けられる視線が、『こいつは信頼しても大丈夫なのか』と探るようなそれへと変わる。 声の出し方も少なからず硬化させて、菊地は言った。 「……言っとくが、そいつらは誰にとっても危険人物だ。 だから殺してもいいなんて言うつもりはないけど、さっきの七原達だって『復讐は絶対にNO』って思想でも無いんだろ?」 なるほど、その通り。 先刻の戦いで、これは俺たちの因縁なのだから、殺し合いになるだろうけど手を出すなと、七原は菊地たちに公言している。 「ああ、別にアンタを責めるつもりは無いよ。ただ、気になるんだ。 俺がもし『その人達はボクの大切なお友達なんです。何をしたかは知りませんが、ボクが絶対に止めますからどうか殺さないでください』って答えたらどうしてた」 少し、痛いところを突かれたという顔。 そんなところだろうかと、菊地の苦そうな表情を見て推測する。 「そうだな……そのときは悪いと思ったかもしれないけど、『よし分かった、あいつらが改心してくれると信じよう』にはならなかっただろうな。 第一、 お友達から説得されたぐらいで良心を取り戻す連中じゃない、あいつらは」 七原にとって、それは甘かった。煮え切らなかった。 冷徹に腹を据えているようで、まったく甘いと思った。だから七原はそう言った。 「ツメが甘いな。そこまでキマってるなら、最初からあんな聞き方しちゃいけねぇよ。 俺がその浦飯ってやつの親友だったら、お前を止めにかかってたかもしれないんだぜ?」 「手厳しいんだな。七原には、それができるぐらいに殺す覚悟が決まってるのか」 いくらか警戒を孕んだ声に、「まぁな」と軽く肩をすくめて返す。 人を食ったような返答になってしまったが、これでも内心ではひどく驚いていた。 最初から『殺して終わらせる』ことを(まだ煮え切らない言い回しだが)肯定している反抗者に出会ったのは、なんとこれが初めてのことだ。 ――よりによって白井黒子が死んだ直後に、『初めて』を経験したくはなかったが。 「それより、その三人は危険だって話してくれるなら、どう危険なのかも教えてくれるとありがたいんだけどな」 己ばかり情報を吐き出す側になっていることに抵抗もあったのか、菊地はまったく正論だと頷きながらも眉をひそめていた。 しかし、語りだした。 やはり根の部分では警戒心が薄いのか、それとも七原に詳らかにしたところで、マイナスにはならないだろうと判断したのか。 ◆ ◆ ◆ たびたび毒を含ませた皮肉だらけの言い回しをする、鼻につく男。 それが、ここまでの七原秋也に対する菊地善人の総評だった。 ただし、それをことさらに憤慨したり、いわゆる『こんな怪しい男と一緒にいられるか!俺は部屋に戻る!』とかやらかすほど菊地も神経質ではない。 菊地がここに至るまでに何度も仲間を失ったように、七原秋也だって多数の喪失を経験してきたに違いないのだから。 むしろ、三十数人の死体が転がっているこの場所で、未だに精神をすり減らすことなく健全そのものの中学生がいたら、そちらの正気が疑わしいところだ。 七原秋也から雰囲気として見え隠れしている凶暴さを帯びた何かも、この世界では『よくあること』のひとつでしかないのかもしれない。 それに正直なところを言えば、悪い意味でなく、驚いている。 七原の言う『覚悟』について、探りたいと思っている。 それはつまり、『敵を殺人によって排除する覚悟』ということだから。 菊地は何度も『防衛のために殺すことを否定しない』『殺人を否定するなら殺しに代わる手段を見つけろ』と綾乃たちに説いてきたけれど。 同じように、己にもそれができるのかと自問してきたけれど。 あからさまに『殺して終わらせる』ことを(断言は避けているようだが)肯定している反抗者に出会ったのは、なんとこれが初めてのことだ。 「――待て」 七原秋也が、止めた。 「そいつは本当に、宗屋ヒデヨシか?」 宗屋ヒデヨシの臨終を聞いて、そう遮った。 「それは、どういう意味だ?」 真面目な顔で不可解な質問をされて、菊地は眉にしわを寄せる。 しかし、察しの良い方である彼は、すぐにその理由を閃いた。 「お前……もしかして、俺たちが出会う前の宗屋ヒデヨシに会ったのか?」 ここで初めて名前を登場させたはずの宗屋ヒデヨシにだけ追及をするとしたら、その可能性がまず浮かんだ。 そして……邪推かもしれないが、『それは本当に宗屋ヒデヨシなのか』という尋ね方が怪しい。 七原にとっての宗屋ヒデヨシは、『菊地が話したようなことをしない』ということなのか。 自覚的に険しい目をしていく菊地を見て、七原はひとつ嘆息した。 やれやれ、と。これからとても疲れることをするかのような、そんなため息だった。 「最初に警告しておく。俺は嘘をつくつもりはないが、信じるかどうかはアンタしだいだ」 そう言って、七原は不思議な動きをした。 右手を己の胸にあてて、少しの間だけ、目を閉じていたのだ。 まるで、話すべきかどうかを自問するように。 胸の中に、問うべき誰かでも住んでいるかのように。 そして、告げた。 「宗屋は、赤座あかりを殺したよ」 ◆ ◆ ◆ 全てを話した。 最初に山小屋の近くで宗屋ヒデヨシに佐天涙子の二人と出会ったところから、 宗屋ヒデヨシの錯乱に振り回されてホテルを逃げ出し、海洋研究所に流れ着いたところまで。 「おい」 遮ることなく全て聴いた菊地は、冷たい声を出した。 言葉を探すように唾をのみ、ずれたメガネを直す。 そして声の温度をそのままに、言った。 「じゃあ何か? お前の知ってる『宗屋ヒデヨシ』は、『だだをこねて仲間内に亀裂をいれた上、急に疑心暗鬼にかられて戦闘を妨害したあげく、発狂してなんの罪もない赤座あかりを撃ち殺して逃げていった』。 そういう奴だってことか?」 「『俺の知ってる宗屋ヒデヨシ』なら、その通りだ。アンタの知ってる宗屋はまた違ったらしいけどな」 菊地にしてみれば信じられないような話だろうが、七原からしても困惑するような話だ。 あのヒデヨシが、植木耕助たちと再会したときには本来の勇敢なヒデヨシとして行動しており、仲間のことを激励しながら希望を残して死んでいった、なんて結末は。 信じるかどうかは菊地善人しだい。 そう警告しておいたが、さて。 「……俺は、信じられないとは言わないさ。 だが、つまり、七原はどう思ってるんだ?」 質問に、質問が帰ってきた。 「宗屋ヒデヨシ君は、殺し合いの極限状況やら、桐山和雄がいるストレスに耐えられなくて発狂しました。 だから身体を張って植木君を助けてくれたのも何かの間違いです。 彼を殺しにかかっていた浦飯君たちも、もしかしたら狂った彼と戦っていただけなのかもしれません。 そういうことになるのか? そう言いたいのか?」 「そこまでは言わないさ。本当に浦飯とやらが凶悪犯なのかは正直決め打ちできないけど、 もしそいつらが襲ってきたりしたら容赦なく殺せるしな。 だから、俺としては話の真偽がどうだったとしてもスタンスは変わらないんだ。信じるかはアンタの問題だよ」 菊地がギリ、と唇を噛んだ。 信じられないと言いたいのか、あるいは他人事のようにスタンスが変わらないままの七原に苛立ったのか、どちらにせよ七原に対する好感情でないことだけは伝わる。 こうなるだろうからこそ、さっき話すかどうかで躊躇したのだから。 「なら、聞き方を変えるぞ。宗屋ヒデヨシは、どうして赤座あかりを殺したんだと思う?」 「分からないさ。俺たちはあんたと植木ほど『一緒にいて楽な仲間』じゃなかったからな。 主催者は殺し合いで優勝すれば生き返らせるとか抜かしてたが、その放送があったのはあの一件の後だしな。 ただ……そうだな。強いて言えば、宗屋は俺たちに知らない『何か』をポケットに隠し持ってた。 秘密兵器の支給品か何かを見て、『赤座あかりは殺さなきゃ』と思っちまうようなことを知ったのかもしれない。良くない未来を予知したとか」 あるいはその時点で発狂していたのかも、という可能性はさすがに言わなかった。 何も好きこのんで菊地を苛立たせることを言うつもりはない。 ただ、七原視点では、その可能性もあったのではないかとさえ思っている。 宗屋ヒデヨシは、『全員で欠けずに仲良く力を合わせてハッピーエンドを迎える』ことにこだわっていたから。 かつての七原秋也と同じぐらい、そう願っていたから。 それが絶望視されたときに何を思い、どんな行動に走るのかなど、それこそ『未来予知』でも使わなければ読めなかっただろう。 「俺は――あんたの話を嘘八百だと決め付けるわけじゃない。 それでも『俺の見た宗屋ヒデヨシ』を信じる」 そして、菊地はそう言った。 断固として譲らない。 菊地の声色が、メガネの奥の眼が、そう言っていた。 「宗屋ヒデヨシは、アンタの言うとおりホテルを出た時には錯乱してたのかもしれない。 でも、その後でちゃんと正気に戻ってくれたんだと、そう信じる。 だってあいつは、『後を任せた』って言ったんだ。 植木に――今となっちゃ俺に、自分のやろうとしたことを託そうとしたんだ。 錯乱して人を殺し回ってたような奴が、仲間にそんな風に託せるわけがない。 あいつは自分の過ちに気がついたんだ。でも、せっかくまっとうな道に戻れたのに、浦飯の連中に殺されちまったんだ」 「そうか」 菊地は、あくまでヒデヨシを信じる方を選んだ。 だとすれば、七原の立場からは何も言うことはない。 七原秋也は、浦飯幽助のことも常磐愛のことも知らないし、宗屋ヒデヨシが命を落とした場面も目にしていないのだから。 ただ、あれだけの事をやらかしておきながら、それでも仲間との絆を持ち続けたまま逝けたのかという虚しさだとかやっかみが少しあるだけだ。 これで宗屋ヒデヨシの話は終わり。あとは菊地善人とせいぜい傷つけ合わない関係を築ければいい。 「それで、大事な仲間を殺された仇だから、さっきの三人は問答無用で撃ち殺すのか? そりゃまたずいぶんと短絡的に方針転換したもんだな」 それでいい。 そのはずだった。 文句も不満も何もないし、ちょっかいを出すような権利も義務もないはずだった。 七原は浦飯や常磐に関する因縁の外にいて、完全なる第三者のはず、だったから。 「短絡的、かよ?」 「植木耕助の仲間だったにしちゃ、短絡的だなぁと思ったんだよ。 あいつは、あの切原のことも『救けられないって諦めるのは、嫌いだ』って言ってたぜ。 最後の時も、誰も彼も守るんだとか『正義』だとか言ってたな。 『託された』ってんなら、植木は浦飯や常磐を殺すことなんか託しちゃいなかったんじゃないのか」 菊地の顔に、石でもぶつけられたようにカッと怒りが点った。 「ああ、そうだよ。これは植木じゃない俺の――それも【正義】なんかじゃない、偽善者【さつじんき】の考えだ。 植木や杉浦が見たら、激怒して止められるだろうさ。『独善で突っ走らないことを説いた菊地先生が、どうしてそんなことをするんだ』ってな」 吐き捨てるような言葉。 ああ、そりゃあ怒るだろうなと思いつつ、しかし怒らせていることが何故かたいそう小気味よかった。 なぜ、菊池に苛立つのかがよく分からない。白井との喧嘩ではあるまいし、この状況下で争ったところで誰も得をしないのに。 「殺人鬼――ねぇ。じゃあ菊地から見て、俺も殺人鬼になるのか?」 「殺したかどうかじゃなくて、在り方の問題だよ。 たしかに俺は平和ボケした日本人として15年生きてきたけど、『殺さなきゃ殺される』って時に、考え抜いた上で殺すことを否定するつもりはなかったんだ。 極端な話、たとえ『死にたくないから殺し合いに乗ります』って考えだったとしてもな。 そういうやつらを殺人鬼呼ばわりするほど、冷たい人間にはなりたくないんだ」 最初から殺すことを否定していたわけじゃなかった。 その言葉は七原にとっては意外だったし、そこに関しては悪くない思いがした。 少なくともこの場所では、ずっと見えないところでも『お前は間違っている』と言われ続けていた気がしたから。 「でも、今の俺はそうじゃないんだ。考えずに殺そうとしてる。まだ迷ってる。 どころか、今さら自分のやろうとすることは、間違いだと思ってる。 植木や宗屋に託されたとか言いながら、アイツ等の遺志を裏切るようなことをするんだからな。 植木は、『全員を救ってみせる』って言った。 杉浦は、『人を殺さなくても済む方法を絶対に見つける』って言ってた。 アイツ等がどんなに本気でそう思ってたか、知ってるんだ。一番近くで見てたんだから。 これからやることは、殺人である以上に仲間の裏切りなんだ。 何の相談もなしに、杉浦や植木が殺さずに救おうとしたやつらを殺すんだからな」 苛立ちを覚える理由のひとつが、分かった。 おそらく、彼は彼なりに頭が割れそうなほど苦悩しているのだろう。 見ていてそれが分からないほど、七原も想像力が劣悪ではない。 しかし七原視点では、それはそれとして無自覚に酔っているように見える。 悩みに悩んで、酔っているように。 「間違ってると思うならやらなきゃいいじゃないか。 俺だって、『仲間』の遺志を聴いた後だってのに、いきなり逆のことを言い出す奴の覚悟が本物だとは思えねぇよ」 七原だって、一度や二度の失敗で諦めを覚えたわけじゃなかった。 山のような死屍累々を見てきたから、何度も心が死にかけたから、こうなった。 似たような考えの持ち主だというなら一緒に行動するのも楽だけれど、 そいつが『改めて死人を見てナーバスになったから、間違ってることは分かってるけど、本当に本当にやりたくないけど、仲間の復讐に走るのも兼ねてアンタと同じようにします、俺は賢いから』というポーズを取っていたら。 歯ぎしりして憤慨するなという方が無理だ。 ああ、これが理由の二つめだ。 しかし。 「そんなに『いきなり』か? 」 菊地善人が、哂った。 「なぁ、俺は本当に、『いきなり』か?」 とてもただの中学生が、同い年の少年に向ける目つきではなかった。 七原がまさに、その殺したい仇であるかのような目だった。 「たしかに、植木の遺言をもらったそばからこんなことを言い出すのは仲間失格だな。 でもな。じゃあ――その植木を殺したのは、誰だ?」 俺が七原のことを知らないように、七原だって俺のことを知らないだろう。 これが誰にも見せたことのなかった『菊地善人』だと、 夜闇の中でギラギラと光る眼に、そう言われたかのようだった。 「まさか、この崩壊がただの事故だと思ってるわけじゃないよな? 元からホテルが自然崩壊するほどボロかったら、俺たちだってあんな無用心にホテルの中を探し回ったりしなかったよ。 じゃあホテルをぶっ壊したのは誰だ。放送で呼ばれた人数を引いて、生存者は18人。 ホテルの下にいた5人を差し引いて13人だ。俺の知ってる殺し合い反対派を差し引けば、容疑者はもっと狭められるな。 今のところ、最有力容疑者はバロウだよ。あいつの『神器』を使えば、ボロボロのホテルを倒壊させるぐらいはできるだろうさ。 浦飯にもやれるだろうけど、あの光線を撃ったなら目立つはずだし、俺たちもあの遭遇からかなり急いでここまで来たからな。可能性としてはだいぶ低いってところだ。 もしくは、まだ会ったことない誰かが、俺も知らない能力だとか支給品を使ってやったのかもしれない」 冷静に、おそらくはとても頭脳明晰なのだろう、その理性で分析をしていく。 これまでにどうやって、守りたかったものを潰されたのか。 「『いまさら』なんだよ。こんな場所で、手を汚すことを否定はしないさ。けど、許せるはずもないだろ。 殺すかどうかを必死に悩んでる連中のすぐそばで、満足そうに、良心の呵責もなしに人を殺す連中がいる。 バロウは、死にたくないからとかじゃなくて、最初から自分の夢を叶えるために、自分勝手のために殺し合いに乗ったって植木が言ってた。 常盤と浦飯は、俺たちの、仲間の絆を利用して、踏みにじって、陥れて皆殺しにしようとした。 そんな連中のせいで、シンジも、神崎も、宗屋も、植木も、俺の見てる前で殺された。 ……守ろうとしても、救けようとしても、主催者の手先みたいな連中がみんなみんな奪っていくんだ。こんなのって、ないだろ?」 誰もが切原のように、よりどころを奪われたせいで『悪魔』として狂ったわけじゃない。 誰もが白井と切原のように、本当は同じ場所に立っているわけじゃない。 最初から痛みもなしに人を殺せる、積極的に悪の道を選んだ中学生もいる。 「七原はさっき言ってたな。桐山和雄は『理由』も無く殺し合いに反抗してたんだって。 その逆の、『理由』もなしに人を殺す悪党もいるんだよな。 そんな奴らを生かしておくのが、がんばって生きてる奴らのためなのか? この殺し合いを開いた大人どもだってそうだ。もし脱出するまでに連中と戦わなきゃいけないなら、七原だって大人どもを殺すんだろ?」 間違っていることを知りながら、みんなのために殺す。 すべて喪ったと自負する七原と違って、菊地はまだすべて喪っていないのだから。 そういう意味では、彼は『一度目の殺し合い』での七原秋也なのかもしれないし、しかし今の七原と違っているのも無理はない。 喪わないために、失おうとしている。 「俺は、植木の理想が叶うんだってことも、杉浦の『答え』も、守りたいんだ。 だから、杉浦たちが生きて『殺さないで済む答え』を見つけられるように、俺が、理想を捨てる。 だってあいつ等には、俺と違って、まだ可能性が残ってるんだから」 本気だった。 その眼は絶望を見てきたように暗いが、七原のように冷えた眼ではない。むしろ、すがりつこうとする者の眼だ。 それもそうかもしれない。彼は七原にとっての中川典子を喪わないように、そうするのだから。 それは、七原からしても、おそらく賢いのだろうと思える決断だ。 だが。 「菊地は、間違ってないよ」 七原は、肯定する。 菊地は驚いた顔を見せ、しかし頷く。 菊池が間違っているなら、七原も間違っているようなものだ。 いや、ある意味では間違っているのかもしれないが、ある少女から『それもまた正しい』と肯定されたばかりだし、ここで自己否定に走っても埓があかない。 これが菊地善人にとっての『正義』なら、否定する理由も否定されるいわれもないはず。 だが。 吐き捨てた。 唾棄するように、吐いて捨てた。 「間違ってない――――――――けどな、気に入らねぇ」 胸のうちに、ふつふつとした怒りが宿る。 はっきりとした。 七原秋也は、こいつだけは、肯定するわけにはいかない。 理由の三つ目。 そして、一番大きな理由だ。 「ああそうだ、さっきから気に入らなかったんだよ」 気に入らない。 間違っているでも、悪いでも、くだらないでもなく。 その表現が、一番しっくり来た。 白井黒子に感じた、灼熱のような羨望と哀れみとは別のものだ。 少なくとも、七原秋也はこいつを羨ましいとか妬ましいとは絶対に思わない。 いや、『一緒にいるだけで楽になれる』なんて言葉を何のてらいもなく言えるところに関しては羨ましいかもしれないが。 ただ――とてつもなくムシャクシャと、怒りがある。 俺の絶望(カクゴ)を、こんな半端な覚悟と同列にされたくないという憤慨がある。 何よりも、一番に気に入らないのは 「殺す理由を仲間のせいにしてんじゃねえよ、頭でっかち」 菊池の頭に青筋が浮くのが、はっきりと見えた。 構うものか。白井黒子だって、すれ違ったら『また喧嘩しろ』と言っている。 仮に黒子がこの場にいて止めたとしても、やっぱり言っていただろうけど。 「何が『みんなのため』だよ。お前はただ、復讐心を満たすために仲間を理由に使ってるだけじゃないか。 みんなのためって言えば、罪悪感が少しはマシになると思ったのかよ。 なら、殺したことのある俺から言ってやる。どんな悪党だろうと、狂人だろうと、殺したら手は汚れるんだ。傷だらけになるんだ。誤魔化すな。 桐山は理由もなしに殺す危険人物だったけどな、それでもアイツだって被害者だったことには変わらねぇんだ。正しいと思ってないくせに、正義の味方(ヒーロー)気取ってんじゃねぇ」 「は? お前今、『気取り』っつったか」 青筋を浮かせて怒る菊地が、視線を刃のように携えて七原を睨み据える。 ちっとも恐れるものではない。今の七原なら、鼻で笑えた。 「気取りだよ。俺の知ってる本物の『正義の味方(ヒーロー)』はな、一度も俺や切原やロベルトのことを『悪』とは言わなかったぜ? 俺たちの言葉でどんなに傷ついても、『貴方たちのためにやってるのに』とは言わなかったぜ。 道徳の教科書を丸呑みしたようなことを言ってきたけど、押し付けてきたけど、でも、それが『頼りにされたい』っていう私情で、我儘なんだってことは、否定しなかった」 『ありがとう』や『おつかれさま』を欲しがっていても、欲しがっているからこそ、『私が正義(せいぎ)を実行するのは、皆のためだ』なんて絶対に言わなかった。 七原と否定しあったけど、最後には認め合ったけど、そこだけはずっと変わらなかった。 「それは――俺だって、自分のためでもあって……」 「さっき『仲間への裏切りになるのは分かってる』って言ったな。本当に分かってるのか? テンコは俺のことを『犠牲になったやつがみんな正しいと思ってる』とか言ってたけどな。 でもな、俺だって、『なんで俺なんかを助けたんだ』って思わないわけじゃない。結果的にどう転ぶかなんて分からないんだ。 俺や白井の見た景色を、お前は見てない。痛みも重さも知らない、まだ堕ちてないお前が、堕ちた景色を見てきた風に語って、仲間まで巻き添えにすんな。 『俺と違って後輩には可能性が残ってる』とか、ぜんぜん感動できねぇよ。自分ができないことを人にやらせて、思考停止してんじゃねぇ」 怒りか、狼狽か、菊地の顔がみるみると鼻白んでいく。 正直なところ、少し愉快だった。 その口が開き、怒鳴り返される。 「だったら! 後輩のためにできること考えるのは無意味かよ! 俺にはそれぐらいしか、してやれることが無いんだよ!」 「無意味じゃないさ。でも、所詮は我儘なんだ。 俺を守って死んだ年上の友達はな、死ぬ時に『復讐なんかしなくていい』って言ってたぜ? ただ、好きな女の子を守って生きてくれたら、それでいいってな。 でも、俺は、ぶっ壊そうとする方を選んだ。死んでいった連中のために壊したいって思ってたけど、そうじゃない。 俺のためなんだ。そうしなきゃ、俺が前を向いて生きられなかったんだ」 川田章吾は、最後に『国を壊すなんて、そんなことしなくていい』と言った。 その願いを踏みにじりたいわけじゃなかった。それでも、何もしないでいることは選べなかった。 「みんな我儘なんだよ。テレビの中で怪獣を倒してる正義の味方(ヒーロー)は、ついでに街も壊してる。 白井が切原を『帰そう』としたのも我儘なら、俺が『革命』しようとするのも我儘なんだ。植木が仲間を助けようとしたのだって我儘だったろうさ。 でもな、その『我儘』と呼ばれるものこそが、俺たちにとっての、正義(ヒロイズム)なんだ」 つまるところを、そう言った。 菊地にどうしろと言いたいわけじゃない。 ただ、このままだとこいつに未来があるはずないし、きっと白井のように理想のその先に行きつくような結末は得られないと、そう思った。 それに、植木耕助に向かって『想いが死なないようにする』と言ったこともある。 ……本当に真からの現実主義者(リアリスト)なら、こんなことで熱くなったりはせずに、菊地のこともなあなあで肯定して利用していくのではないかという自覚もある。 「お前はさっき、自分が『正しくない』と言ったけどな、たとえ正しかったとしてもお前は『正義の味方(ヒーロー)』にはなれないよ。 誰もが正義の味方(ヒーロー)になれるわけじゃないんだ。なろうとすることもない」 最後に、だいぶ語調を和らげて、そう言った。 誰もがなれるなら、白井だって一度狂いかけることはなかった。 それが分かっているから、七原も、菊地の感情を逆立てないようにそう言った。 だから。 「そうかよ」 その言葉を聞いた菊地が、今までで一番辛そうに表情を歪めるとは、予想外だった。 怒ったのでも、悲しんだのでもなかった。 辛そう、としか形容できなかった。 「そっか。俺は知らないのか。 そりゃあな。俺にはまだ喪ってない奴らがいるよ。それに、元の世界に帰ったら、まだ生きてる友達だって担任だって待ってるさ」 小声でそんなことを言いさして、その唐突な感情を引っ込める。 無の表情に戻ると、冷徹そうに矢継ぎ早の言葉を繰り出した。 「けどな――お前と同じところまで堕ちなきゃ、何か言う資格さえないのか? お前、たびたび自分たちが一番不幸みたいな話し方になってるよな。そりゃあ実際、そういう目に遭ったんだろうな。 けど、堕ちなきゃヒーローを語れないみたいに言うな。俺だってな、『お前が俺たちよりどんだけ重いのか』ぐらいは察しがつくんだ」 どうした、まずい地雷でも踏んでしまったのかと、戸惑ったのがしばらくのこと。 そして、遅れて言葉の意味が頭に入ってきてからは、ぎくりとしたのが二割、むっとしたのが八割だった。 不幸ぶっている。それは否定できなかったし、自分の不幸に酔うなんて行為はたいそう嫌悪していたから苦い顔もしたくなる。 白井と喧嘩した時なんかは、露骨に『平和な世界』に向かって八つ当たりをした。 けど、まったく卑屈にならずに生きろという方が無理だろう。むしろ、殺し合いをやっとのこと生き延びて逃亡生活を始めたところで、別の殺し合いに招待されて、ともに生き延びた恋人をも失いました、なんて最悪の経験をしたことに比べれば、ぜんぜん不幸自慢を表に出してない方だとさえ言いたい。 『むっとした』の中身を言葉にするとそういうことで、だから『察しがつくはずない』と思っていた。 たぶん菊地からは『お前は俺よりもずっと仲間の死を見てきたのだろう』とか『お前はとっくに何人か殺してるんだろう』とか、そういうことを言われるのだろうと予想した。 だから、その次の言葉は、頭を横殴りにされるような不意打ちだった。 ペラペラとよどみなく、菊地は暗唱を始めた。 それは、七原もよく知っている言葉だった。 「『さて、『六十八番プログラム』は、そうした情勢下にあるわが国には、ぜひとも必要な実験であります。 確かに、15歳のうら若い命が幾戦幾万と散ってゆくことについては、私自身も血涙をしぼらずにはおられません。 しかし、彼らの命がこの瑞穂の国、我ら民族の独立を守るために役立つならば、彼らの失われた血は、肉は、神の御代より今に伝えられましたる美しき我が国に同化し、未来永劫、生き続けるとは言えないでしょうか』」 四月演説。 中学一年の歴史の教科書。 誰も顔さえ見たこと無い、総統閣下のサインがもらえて。 「――待て」 張りつめた声で遮ると、菊地はこれ見よがしに肩をすくめた。 「控えめに言っても頭おかしい演説だよな」 「お前――俺たちと同じ世界から来たのか?」 冷静に顧みれば、『報告書』の時のように支給品を利用したという可能性もあったのだろう。 しかし、そう問い返した七原の顔はかなり間の抜けたものだったらしく、菊地が口端を上げて笑った。 もしかすると、『浦飯たちは仲間ではなく仇だろう』とずばり当てられたことを、やり返したつもりかもしれない。 無言のまま、菊地はディパックを開けて中を探ると、分厚い本を取り出して手渡してきた。 携帯電話の灯りをつけて、七原は本の表紙を確認する。 図書館にあった蔵書らしく、透明なカバーがかけられて、背表紙にはバーコード付きのシールが貼られていた。 年鑑であるらしい、その本のタイトルは『総統閣下の御言葉で振り返る20世紀』。 「杉浦が見つけてきたんだ。四月演説とやらも全文載ってたぜ」 「……一回かそこら読んだだけで覚えたのか? 記憶力がいいんだな」 「リンカーン大統領のゲスティバーグ演説を原文で覚えてみたのに比べりゃ楽だったよ」 「中学生の学習範囲じゃねぇだろ。……どうやって、俺がこの世界出身だと分かった?」 総統閣下に行幸されて歓喜にむせび泣く観衆の写真をひとりひとり油性マジックで仮想的に血まみれにしいたような不快感を抱きながら、七原は本を閉じる。 「俺は今まで少なくとも六つぐらいの世界の人間に会ったけど、大東亜共和国の世界から来た奴は一人もいなかった。 なら、いい加減に遭遇してもおかしくない頃かと思ってたんだ。 そして、仮に俺が悪趣味な殺し合いを主催する大人だったとしたら、だ。この世界から殺し合いの参加者を選ぶとして。 俺なら普通の一般中学生より、この『プログラム』とやらを経験した中学生の中から選定するね。 だから『この世界』から来た参加者がいたら、そいつは『殺し合い』からのリピーターである可能性が高い。そう思ってたのさ。 で、さっきのアンタの発言を聞く限り、自分には帰る場所が無いみたいな言い方をしたり、殺す覚悟についてよく知ってる風だった。察しがつくには、それで充分だ」 言い終えると菊地は口端をあげたまま、年鑑を受け取ってディパックに戻す。 こいつは本当に何を考えているんだと、七原は苦々しい感情で満たされた。 確かに七原はこいつの神経を逆撫でして苛立たせてきたかもしれないが、しかしそれをやり返すためだけに相手のトラウマかもしれない過去をひけらかすように暴きたててドヤ顔をしたりすれば、その時点でもう立派な『悪者』といっていい。 それが分からないほど周りが見えないわけではないはずだ。 「すごい名探偵だな。いや、本当にすごいよ。これが殺し合いじゃなくて絶海の孤島殺人事件とかだったら菊地善人無双になるな……それで、何が言いたいんだ?」 「いや、前提条件を確認したんだよ。確かに俺はあんたから見たら半端ものなんだろうが、少なくとも俺は『アンタに比べて何も知らない』ことは知ってるんだってな。 それに、もうひとつ聞きたかったのさ。俺は本のおかげでアンタの口から喋るでもなく分かったけど、アンタは今までその身元を仲間に話してきたのか?」 「……相手によったな」 実のところ、白井黒子たちには支給品のせいで丸裸なまでに知られてしまったこともあり、執拗に隠そうとする気もいい加減に失せていたのだが。 「なら、ホテルで白井さんと赤座さんも交えて警戒しながら話し合ってた時には、まず言えなかったってことだよな。 たぶん、桐山が赤座あかりの友達をヘタすりゃ殺してたことも、桐山和雄に特殊な事情があったことも、桐山と七原が最終的に殺し合うことも、ずっと言えないままだったんじゃないか?」 今さらそこを問うのか、と虚をつかれた。 思えば、スイッチが『七原秋也』から『革命家』へと切り替わったのは、あの会話からだったとも言える。 桐山も宗屋も白井黒子も赤座あかりもいた、あの場所からだった。七原が大東亜共和国のことも桐山のことも伏せて、利害の関係を築こうとしたのは。 「悪いか? 仮に言ってたとしてもまた誰かが暴走するか、まず良い結果には転ばなかっただろうけどな」 あれで間違っていなかったと思っている。 あの場で、まだ互いを理解できていない関係で、『俺たちは互いに脛に傷を持っていますし、桐山にいたっては人を簡単に殺せる人間ですが仲良くやりましょう。赤座さんの友達の船見さんを殺しかけてしまったことはごめんなさい』などと釈明を始める人間がいたら、そちらの方が馬鹿だ。 だいいち白井たちが桐山に反感を持って言い争いになれば、桐山が同盟に見切りをつける可能性さえもあった。 「間違ってないよ。お前は、あの時にできるベストを尽くしたはずだ。 たとえあの場にいたのが俺だったとしても、桐山って奴を警戒したり、白井さんの反感を懸念したりで、打ち明けたくなくなるだろうな。 ……けどな、お前は、その後の事件を話すとき、宗屋ヒデヨシの暴走と白井さんの甘さがああいう結果を生んだかのように言ったよな。 理想や正義で人が救えないってんなら、逆に言うけど、理屈だけで人を動かせるのかよ。 あの時、宗屋の隣にはいつ人を殺すかしれない危険人物がいた。そいつが人を蜂の巣にするところを見て、知り合いがあっけなく死んだりもしたんだ。 しかも、『出会ったばかり』の七原は、宗屋よりも桐山とばっかり仲が良さそうに話していて。 そんな状態で宗屋に『自分を信用して何もするな』ってのは、ちと要求のレベルが高すぎやしないか? 勘違いするなよ――俺は別に、七原の責任を追及しようだとか、七原は間違ってるとか、そういうことを言いたいんじゃないんだ 『宗屋や白井さんの甘ったるい考えが招いたせいにして、それで終わらせることでも無いよな』って言いたいんだ。つまり――」 口端をあげていた菊地の顔から笑みがすっと引いた。 作り笑いを外した下から出てきたのは、こちらを真剣に見据える顔。 まるで鏡の前で笑顔の練習をしていたら、鏡に映った自分が急に笑顔をやめて真顔になったような不気味さだった。 「ただ、あんたの言葉を借りるなら――間違ってないけど、気に入らねぇ」 菊地が動いたのは、七原がまばたきをして眼を開けるほどの時間だった。 眼前に、握られた『拳』があった。 !? 親指を人差し指の隣にそえて握りこんだ、りっぱな『ぐー』だった。 おい待て、と思ったがそれで拳が止まるはずがない。 かろうじて、歯を食いしばるのが間に合った。 「頭でっかちで悪かったな!!」 ゴン、と鈍い音を耳ではなく身体が聴いた。 叫び声と同時に、思いっきり殴られていた。 左頬から顎にかけてのあたりをえぐり抜くような一撃だった。 そのまま体が地面を浮き、斜め後方へと吹っ飛ばされて尻餅をついた。 痛い、というよりもひたすら重い、と感じた。 なぜこんなことを、と思うより先に、『こんなに力があったのか』という驚きが先に来た。 地面に手をついて顔を上げた時に、震えの混じった菊地の叫び声が追いかけてきた。 「自分だって理屈ばっかりのくせに、人を理屈だけ呼ばわりしてんじゃねえ!! 俺だってなぁ……好きで半端だったわけじゃねぇよ!!」 殴ったそいつの姿を見れば、姿勢こそ整っているものの、視線はすっかり『ガンをつけている』人間のそれだし、真横に固くむすばれた口元は歯を強く食いしばって臨戦態勢を継続していることが分かる。 殴った拳は、怖いわけでもあるまいに構えられたまま震えていた。 よく分からないが、それでも分かったのは、逆ギレされたということ。 それを理解した瞬間に、七原の理性もまたプッツリと遮断された。 人間なんて、単純なものだ。 宗屋ヒデヨシを初めとする何人もの人間から、行動原理を非難された時よりも。 撃たれたら即死するような銃口を向けられた時よりも。 殺し合いに乗った人間と対峙した時よりも。 “いきなり殴られた”という事実の方が、簡単に『やりかえそう』というリミッターを外した。 七原秋也は、必要なら少女だろうと撃ち殺すつもりの『革命家』だったけれど、 しかし、あの白井黒子にだって、掴み上げても、突きとばしても、それでも手を挙げることだけはしなかったぐらいには『紳士(フェニミスト)』だった。 しかし、 今目の前にいるこいつは、男だ。 いかにもお坊ちゃん育ちのガリ勉くんのような容姿をしているけれど、れっきとした男だ。 それも、おそらく。 ――こいつ、歯が折れるぐらいのことは度外視して殴りやがった。 手をあげない、理由がない。 「やりやがったなテメェ!!」 人間を殴り返す時の言葉なんて、どんな状況だろうとテンプレートなものだ。 右の拳を振りかぶり、即座に踏み込む。 元運動部だったこともあってステゴロは経験豊富とはいかないが、これでも孤児院育ちだ。やり方の心得ぐらい当然ある。 だからそこそこ自信のある拳だったのだけれど、菊地は首の動きと軽い後退だけでいなしきった。 何か格闘技の経験でもあるのかと察した時には、空振りした右腕を掴まれている。 菊地の左手だけで七原の腕をねじるように捕らえたまま、二人は30センチ少々の距離で視線を交えた。 ギリ、と歯から軋みの音をさせた後、菊地はまた口を開く。 訴えるような目で、絞り出すような声で。 「資格がないことなんて知ってるさ! でも! 俺だって…………『主人公(ヒーロー)』になりたかったよ!」 ◇ ◇ ◇ あらかじめ言っておくと、菊地善人はただの中学生である。 中学生相応の身体に、中学生相応の精神。 担任教師、鬼塚英吉のようなゴキブリ以上のしぶとさもなければ、彼のように何度も生徒を救い、ミラクルを起こすだけの求心力もない。 無茶に無茶をかさねれば道理も吹っ飛ばす、担任教師とは違う。 無茶に無茶をかさねても、できないことだってたくさんある。 菊地のファインプレーで鬼塚や3年4組の生徒たちが助けられたことも何度となくあったけれど、 鬼塚なら身体ひとつで解決するような誘拐事件やら学校籠城事件のような大人の犯罪に身を投じるには、まだまだ経験も実力も伴っていない。 そもそも生徒だから巻き込まれてはならない、そういう年頃の少年に過ぎない。 ただひとつ、『天才』だということを除いては。 どんなことも平均以上、一位が当たり前。 大学のセンター試験を受けても優秀な得点をたたき出せるし、いきなり外国に放り出されても困らないぐらいには複数の外国語に堪能している。 たゆまぬ努力に因っている部分もあるけれど、その努力もひっくるめて『天才』と呼ぶに差し支えない。 しかもいわゆる社会でステイタスとなるお勉強だけに留まらず、数日以内に800万円の借金を返済する方法や、絶対に露見しないカンニングで全国一位を取る作戦を考案したりもする。 身を滅ぼさないラインを見極めた上で『物事を思い通りに運ぶ手腕』を学習していて、実践の機会さえあれば面白がっていかんなく発揮してきた。 それも、ただIQがたくさんあるだけの天才ではない。いつの間にか空手の道場に通って有段者になってしまったりと、『中学生が遭遇するかもしれないたいていのトラブル』にはあっさりと対処できる力を持った天才だ。 神崎麗美という『自分を超える天才』や、鬼塚英吉という『自分にないものを持っている人物』がそばにいたこともあって決して己を過大評価はしていないが、 それでもクラスメイトを相手に『これだから凡人は』と気取るぐらいには有能だし、有能であろうと努力している。 いつか鬼塚だって驚かせるぐらいビッグになってやると、未来の夢を見られるぐらいには。 ◇ ◇ ◇ 俺だって主人公(ヒーロー)になりたい。 言葉にしてみれば、なんて子どもっぽい、器が小さい、恥ずかしい、菊地様らしくない。 でも、この場所に限っては、そうなりたかった。そうあらなければと思っていた。 だって菊地善人は、最初から意識していたのだから。 『鬼塚英吉は、ここにはいない』 『鬼塚英吉でも、ここまで助けにくるのは不可能だろう』 菊地と神崎麗美が違うのは、鬼塚に対しての認識だった。 神崎は、困った時は助けに来てくれる神様のように思っていたけれど。 菊地は、一人の先生として、同じ人間として見ていた。 過剰に信頼せず、かといって全くの信頼がないとも言わず。 だから、神崎なら思わないことを、決意する。 つまり――あんな主人公(ヒーロー)のように、自分もなりたい。 先生みたいに、殺し合いなんてものを始めた悪党どもに一発キメてやると。 ましてやこの世界には、彼らの鬼塚英吉(主人公)がいなかったのだから。 そして鬼塚英吉がいない3年4組なら、クラスの参謀役である菊地善人が、それらしい役回りを演じてみようとするしかなかったのだから―― 「論破されたら暴力かよ。しかも武道を喧嘩に使っていいのか」 七原の右手を止めたのはいいけど、その直後に少し困った。 このまま押し倒しに移行するのは簡単だけれど、一方的に殴りかかって押し倒してにでは、何がしたいのかちょっと分からない。 いや、殴りたいのは本音だったけれど、一方的にフルボッコにしたかったのかと言われたら違う気がすると血が上っているなりに分析する。 「お前こそ、殺し合いの経験がどうたら言ってたくせに、全然なってないじゃねぇか! 人の殴り方も知らないのかよ!」 とりあえず売り言葉に買い言葉で言い返す。 七原の額に青筋がびしりと浮き、その頭が勢いをつけるようにのけぞる動きをした。 空いた左腕で殴っても躱される、と読んでの頭突き。 追い詰められた人間がヘタを打つ時と同じだと菊地は予想して――その予想を、完全に外された。 「だっ……!!」 頭突きではなく、噛み付き。 それも、拘束していた手の指先を、犬歯で食いちぎるように。 左手から力が抜けた隙を逃さずに七原の腕が自由になり、そして右ストレートのやり直しが菊地の腹に突き刺さっていた。 身体は鍛えていたが、それでも痛かった。 「がっ……!」 「殴り方、なんか知らなくても、殺し合いは、できんだよ! そっちこそ、ご自慢のその拳はここじゃ役に立たなかったのか!?」 腹を曲げて身体を追ったところで、七原の蹴りが追撃する。 根性を発揮して転がるように回避。 距離をとってから身を起こしつつ、回復する間を持たせるためにも叫び返す。 「ああ、使うつもりだったさ!! 使う機会なんか来なかったさ!! 腕から鉄球を出したり鉄柱を出したり、指からビームまで出したり! 空手をかじった程度でどうにかなるレベルじゃなかったさ!!」 七原は律儀にも、菊地が立ち上がるまで待っている。 これまでに遭遇してきた敵の中では、正直、こいつが一番『中学生』らしかった。 化物じみた力を持つ者がうろうろしているこの世界。 バロウ・エシャロットも浦飯幽助も、さっき立ち会ったホテルひとつを倒壊させる規模の戦いも。 正直なところ、菊地とは違う次元にいる超人達が戦っているようにしか見えなかった。 「だったら自分(テメェ)の限界ぐらいは分かるだろうが! ヒーロー気取りで他人の心配する前に、死なないことを考えてろ!」 そう言い返されたことが、菊地を奮起して立たせた。 もっぺん殴る。 そのために最適化された拳を構えて、一陣の風のように飛び出す。 わざと『気づかせる間』を与えた最初のワンパンとはレベルが違う。 空手と言えば『破壊力がある』『実戦向き』というイメージが公にも知られているが、それはつまり『速い』ということに他ならない。 しかし最善の一撃よりも早く、『ヒュン』と空気を裂く音が鳴った。 「テメ……能力を使うのは卑怯だろうがっ!」 テレポートを使って菊地の背後に回り込んでからの背中蹴りが繰り出されるのと、 菊地が咄嗟に振るった裏拳がタイミングよく激突するのは、ほぼ同時だった。 双方ともに1ヒットを稼いたことになり、顔をしかめながらよろけ、そしてまた立ち上がる。 「格闘技経験者を相手に、卑怯も何もあるか!」 というのが、頬を抑えながらの七原の弁。 考えてみれば、ステゴロと口論を並行して繰り広げる必要性はどこにもなかったのだが。 いつしか二人には、拳の応酬と怒声のキャッチボールを同時に遣り取りする流れが出来上がっていた。 右の拳を振り上げ、振りぬきながら、菊地が叫ぶ。 「でも、七原は戦ってきたじゃねぇか! そんな、能力を手に入れる前から!」 七原は覚えたてのテレポートによってまた消失し、菊地も不意打ちを警戒してその場から無作為に跳んだ。 テレポートを回避手段として使うようになったことで、双方がタイミングを見計らうようになり、通常攻撃がその分だけ浅いものとなっていく。 七原を探しながら、菊地は溜めていた言葉の続きを吐き出す。 「俺と同じ一般人なのに、負けたり、失ったり、傷ついたり……それでも、ロベルトとか切原とか相手に、ずっと前線に出てたじゃねえか! 俺にとっては、それだけでも『主人公(とくべつ)』なんだよ!!」 主人公(とくべつ)な人間のことを、菊地はよく知っている。 漫画やドラマの主人公みたい――なんて形容は気取っているかもしれないが、それでも『吉祥学苑でそれに当たる存在は誰だ』と尋ねれば、生徒の誰もがそいつの名を挙げるだろう。 その教師は、決して天才などではなかった。むしろ、ただの人間より劣っていること多数だった。 最初は、尊敬するとか軽蔑するとか以前に呆れた。 今までに出会った人間の中でも一番の、斜め上をいくような馬鹿だったのだから。 それなのに、まさかこんな教師がいるなんて、と感嘆だけが残る。 これまでに積み重ねてきたIQ180の勉学も、タイ語や北京語なんてマイナーなものも含めてしっかりと詰め込んできた知識も、合成写真作りだとか隠し無線の制作だとかの実用的な小技も、 すべてをフル活用して勝負したとしても、とうてい敵わない『特別な人間』がいることがたいそう愉快だった。 そして、この世界にも主人公(ヒーロー)たる存在は何人もいた。 まっすぐでも歪でも、揺るがない信念を持っていて、それを貫くだけの強い心を持っていて。 彼らは菊地と同じ中学生だったけれど、菊地よりもずっと立ち向かう術を、大切なものの守り方を、知っていた。 「勝手に憧れてんじゃねぇ! 俺が何をしたか、少しでも話しただろうが!」 連続でテレポートを使ったのだろう。 七原は菊地の眼前に出現して、いい音がする右ストレートで菊地を転ばせた。 「佐天を死なせて、典子を死なせて、桐山も、赤座さんも、竜宮も、船見も、白井も! 死なせてきたり、殺したりの連続なんだぞ!」 知っている。菊地には七原を羨む資格はないどころか、どだい無礼かつ不謹慎な感情だろう。 だが、それでも。 全身がギシギシ軋んできたのを無視して、菊池は上体を起こした。 七原を見上げて、吐き出した。 「憧れたりしてねぇよ! でも、俺みたいな卑怯者より、ずっと頑張ってる! 俺は、皆に戦わせて棒立ちだったんだからな!」 知恵をしぼって、知略を尽くして、あるかもしれない脱出の光明を探す。 犠牲になってしまった人たちのためにも、生き残ることを考える。 人間離れした連中に襲われた時には、植木のようなヒーローが戦ってくれる。せめて適材適所として、彼らのサポートでも演じたい。 それでいいと、思おうとしてきた。割り切ろうとしてきた。 でも。 植木も杉浦も、いなくなった。 たった一人で、そんなことできやしないと分かった。 「いい先輩ぶって、後輩から慕われて、そういうのが、嬉しかったんだ!楽だったんだ! 俺はお前みたいにできねぇよ! たった一人になっても、自分のやってることに誇りも正義も持てないんだよ!」 殴ると見せかけて、脛を思い切り払ってやった。 七原の表情に驚きが浮かび――しかしよろめきながらも、菊地の袖を掴んで引いた。 二人して、杉林の腐葉土にどさりと転倒する。 取っ組み合う。殴り合う。 拳を振り下ろしながら、振り下ろされながら、それでも合間に、息継ぎをするように怒鳴る。 「俺だってそうだったよ! 好きで――ぐっ……こうなったんじゃない! プログラムでっ……亡くしたんだよ! 家だって無くなった!」 「俺だって、クラスメイト亡くし――だっ! 亡くしてるよ! 全員じゃないけど……はぁっ……三年四組には、戻らないんだ!」 胴体の間に膝をいれて、膝蹴りの応用で七原を投げた。 七原の背中が腐葉土に落下する、どさりという音がする。 「急に持ち出すな――っんなの、初耳だ!」 「仕方ねぇだろ! 俺だって我慢してんだよ! 俺のが先輩だしゲェホッ……後輩の方が、ショックでかそうだったん、だから!」 吉川のぼるの名前と、相沢雅の名前が呼ばれた。 泣いていた植木耕助や杉浦綾乃がいた手前、二人の心痛を慮ることばかりに苦心していたけれど。 クラスメイトが笑顔を取り戻し、更生していく過程を見てきた菊地にとって、その死が軽くなかったはずがない。 四組のいじめられっ子筆頭だったけれど、鬼塚がやって来てからは見違えるほどの度胸をつけていった吉川のぼる。 何度も鬼塚派と敵対してきたけれど、一年の頃からクラスを共にし、四組のアルバムを作って『いつもクールな菊地クン』とかアルバムに書きこんでいた相沢雅。 植木耕助のように、戦友というわけではなかったけれど。 杉浦綾乃のように、暇さえあれば共に過ごすような密度の濃い友人という付き合いでもなかったけれど。 それでも、彼らは『四組の仲間』だったのだ。 1人だけ涙を見せずに落ち着いていられたのは、抑えていたからだ。 植木たちがそばにいなければ、八つ当たりで手近にあったものを殴って蹴り砕いて壊しつくすぐらいのことだってしていただろう。 「何もできねぇんだよ! 年下の奴らにばっかり戦わせてきたんだ!! だったら……だったら俺は、せめて、『先輩』としてぐらい、しっかりしてなきゃ駄目だっただろうが!」 叫ぶと息が切れて、ぜいぜいと喘いで、そして咳が止まらなくなった。 ゲホゲホと、肺から咳が出ていくたびに、弱くて汚い胸の内が吐き出されていく心地がする。 目の前で、神崎麗美をも喪った。 その死を前に、何もしてやれなかった。 もしかしたら菊地の言葉が何かを変えられたのかもしれないけれど、それを確かめる前に、 救おうとしていた神崎麗美から庇われて、救けられてしまった。 麗美のことばかりじゃない。 守るとか守れないとか、成功するとか失敗する以前の問題だ。 動くことさえ、できなかった。 バロウ・エシャロットが図書館を襲った時には、『自分にできることはないから』と正義の味方(ヒーロー)の植木耕助にすべて押し付けた。 そんな菊地のことを諭して、植木を助けた真のヒーローは、碇シンジだった。 二度目にバロウが襲ってきた時は、これまた年下の越前リョーマに戦ってもらって、綾波レイや高坂王子もそれぞれに戦ったなかで、何もせず見ていただけで。 越前や高坂は迷わずに綾波を止めようとしたのに、シンジの遺志を知っていたはずの自分はただ、止めることさえも迷っていただけだ。 軽い偵察気分でいなくなっていた間に、杉浦綾乃の身には何事かが起こっていて。 菊地は彼女がいてくれたことで、支えられてきたのに。 彼女がいなくなったのはもしかすると、菊地が杉浦のそばを離れていたせいかもしれなくて。 浦飯幽助たちとの戦いの時も、菊地が駆けつけた時にはとっくに手遅れで、宗屋ヒデヨシが犠牲になった。 ホテルでの戦いに居合わせた時には、菊地以外の全員が体を張ったおかげで生かされた。 菊地の代わりに陣頭に立っていた主人公(ヒーロー)たちの責任なんかでは断じてない。 菊地自身が迷ったり出遅れたりしたせいで、何も成せなかったのだから。 『先生』ぶってあれこれ口を出してきたけれど、そんな言葉を送った生徒の多くが死んでしまった。 生きている彼女たちだって、こんな時にそばにもいてやれない人間の言葉が、今、どれほど支えになるものか。 今だって、一刻も早く杉浦を見つけなければいけないのに、海洋研究所にいないと分かれば、もうどこに行ったのか見当さえつかない。 「俺だって――役に立つ男になりてぇよ!! 主人公(ヒーロー)みたいに――一発キメられる男になりたかったよ!!」 未だに『悪党を排除するかどうか』なんてことに悩んでいる菊地とは違う。 自分にしかできないことを持っている、己の役割で人に影響を与えられる、そんな主人公になりたかった。 もちろん、鬼塚と菊地ではスペックが違うのだから、まるっきり彼のように真似てみるような愚行には走らなかったけれど。 それでも、『生徒(こうはい)の進む道を照らしてやる』とか『生徒(こうはい)が助けを求めていたら駆けつけて危機を救う』とか、そんなことが、できるようになりたかった。 主人公どころか、何もしていない。 役割が欲しい。価値が欲しい。じっと棒立ちのまま死んでいくのを見るなんて、もう嫌だ。活躍したい。意味をください。 まだ生きている誰かを守れる、力をください―― 「――頑張ってる、とか言われたのは初めてだったよ」 腐葉土に転がったまま、七原がそう呟いた。 なんで殴られながら褒められたんだよ、とぼやくのも忘れずに。 「竜宮には立派だって言われたし、白井には正しいって言われたけどな。 あいつらはあいつらなりに悩みを抱えてたから、頑張ってたから、逆に出てこない言葉だったんだろうな」 身体にはどっしりと疲労感が乗っている。 場違いかもしれないが、遠足や林間学校から帰った後の、熱っぽいような疲労とも似ていた。 身体はボコボコに凹んでいてもおかしくないぐらいに痛かったけれど。 「――ちょっと、偉そうに言い過ぎたな。 役に立たなかったのは、プログラムの時の俺だって同じさ。 俺だって、一回目は川田にほとんど押し付けてたようなものさ」 「そうでもないだろ。戦い方見てりゃあなんとなく分かったよ。 ……正直、どっちが不幸自慢してたのか分からなかったな」 それが謝罪の代わりだったのだろうか。 そう言ったことで、本当に最後の力が抜けた。 杉林の隙間から星空が視界に入ってくる。 強敵だった。 七原の戦い方は、噛み付きやテレポートまで何でも使ってくる容赦のなさがあった。 単に、ずるい、というだけじゃない。 とっさにそれらを使う選択肢が普通にあるほど、がむしゃらに戦場を生きてきたはずだから。 七原にもまた、菊地の戦い方を知られた気がする。 さかんに『格闘技経験者』と愚痴を吐いていたが、それはつまり、基礎のスペックでは圧倒的に開きがあり――菊地がそれだけのものを積んでいたことを、認めたということだから。 拳で語れば全てが分かる、なんてクサイことは信じていないけれど。 それでも二人は、気が済むまで、喧嘩をした。 「――馬鹿だろお前」 「うるせぇなぁ。馬鹿って言うやつが馬鹿なんだよ馬鹿」 「今自分で言ったぞ馬鹿。なら俺たちはどっちも大馬鹿か」 そして。 菊地はこの時になって初めて。 友達のためではなく、自分のための涙を、少しだけ流した。 ◆ ◆ ◆ 「結局、決意は固いのか?」 七原が、進路について悩んでいる学生ふたりのような平穏さで、そう尋ねた。 「ああ。頭は冷えたけど――それでも俺にはやっぱり、他の道は選べないと思う」 「それは結局、思考停止かもしれないぜ?」 「そうかもな――でもな、本当なら、今、自分の進路を決めるなんて、しなくていいはずだろ……?」 「進路、ねぇ……」 「七原だって、今日明日にでも復讐を始める予定じゃなかったはずだろ。 プログラムが終わって、まずは生き延びて――十年計画とかで、革命のやり方でも覚えるつもりだったんじゃないか?」 「そりゃあ、な」 答えを見つけられるのは、すごいことだ。 けど、見つけられなかったからって、本当なら焦ることなんかないはずだ。 鬼塚英吉だって、和久井繭事件の時に言っていた。 10年後でいいのだと。10年後にBIGになって、見返しに来いと。 『そんぐれぇ背負って生きた方が張り合いが出るもんなんだよ人生っつーのあよ』 生徒にはみんな、未来があるはずだと。 「でも、10年後じゃ駄目なんだよ。ここでは皆、今しかない。今決めないと、死んじまう。 でも、ほんとなら『今しかない』はず無いんだ。未来が欲しいんだ」 階段に座り込んで、終わらない夢の話を、いつまでも続けられるような。 そんな未来が、菊地善人のハッピーエンドだ。 「主人公じゃなくていい。悪役(さつじんき)でいい……先生からぶん殴られたって、植木と同じところに逝けなくたって、杉浦から軽蔑されたっていい。 未来のためなら今、殺していいなんて思わないけど。みんなが『今だけ』じゃなくなるなら、それでいい」 ハリセンを持ってダジャレを言っていた、杉浦の笑顔を思い出した。 二度目に出会った時は――正直シンジのことを思うと寂しくはあったけれど、 越前と綾波が、ずいぶんと距離を縮めていたのを思い出した。 植木耕助が気にかけていた、天野雪輝がまだ生きていることを思い出した。 初めて出会った同い年の少年、七原秋也の方を見た。 「未来ねぇ……俺は今すぐ大人になったっていいけどな」 「七原はそれでいいんじゃないか? それに、言うほど大人でもないみたいだしな」 「大人だって殴り合いの喧嘩ぐらいするだろ」 「そこじゃない……七原が、色んなことを俺に教えてくれた心境の変化のことさ。 現実主義者(リアリスト)なら、宗屋のことなんか、いくらでも自分に悪印象な情報はごまかして、都合のいい話を作れたはずだろ」 「さっきの放送を聞いたろ? もう二十人も生き残っちゃいないんだ。 その中で殺し合いに反抗するつもりでいる奴はもっと少ないだろうな。 より有益な情報を持ってるやつだって、既に死んじまったか分からない。 こんな状況で、お互いに情報を出し渋って、お互いに何も分からないまま自滅していくよりは、打ち明けた方がマシだとは思っただけさ」 「それだけか?」 「一応、聞いてみた。『ずっとここにいる』って言った奴がいたから、胸に聞いてみたんだ」 直後に、言いすぎたと思ったらしく、寝そべったまま顔を90度背けられた。 菊地も聞きすぎたと分かったので、話題を逸らすことにした。 「まぁ、反則スレスレの技を喧嘩で使ってくるあたりは、大人げないかもな」 「有段者が初心者をボコボコにするのと、どっちが大人気ないんだよ。 だいたい、喧嘩ってのは勝つためなら何でもありじゃないのか?」 「いや、言っとくけど、俺はもっと本気でやろうと思えばできたからな」 「加減してたのか?」 「いや、わりと本気だったよ。ただ、喧嘩に有利な道具を持ってたけど、使わなかった」 まだ紹介をしていなかったこともあり、菊地はその携帯電話と説明書をディパックから取り出した。 元々は、宗屋ヒデヨシが持っていた説明書きと、電話番号のメモだった。 「未来日記か……?」 「ああ、さっきかけてみたら、契約の許可を出してもらえたんで、しておいた」 「ああ、話をする前に電話をかけたりしてたやつか」 七原は寝転んだまま説明書きを月明かりに透かして読み始めた。 菊地も寝転んだままディパックをまさぐり、大きなタオルを二枚取り出す。 「ほれ」 一枚を七原に投げた。 元は、神崎麗美のディパックに入っていたもので、どこかのサービスエリアの売店にあるタオルのように知らない地名がプリントされている。 「おー、ありがとよ」 七原が頭にタオルを被り、だるそうにゆっくりと汗を拭く。 菊地も同じようにした。 ただのタオルなのに、神崎が遺したものだと思うと少し切なかった。 だから菊地は、しばらく布の中で両眼を閉ざしていた。 ◇ ◇ ◇ それは、分岐点。 あの時、気分が変わって外出していなければ。 あの時、ちょっと気が向いて友達に電話していなければ。 人生には、そんな選択肢が往々に存在する。 『いなければ』の後にはたいてい、一生引きずるような大事故に遭うだとか、逆に知っていなければ大失敗をするところだった情報を知って掬われるだとか、そんな分岐点が待っている。 その時、七原秋也に訪れた選択肢も、最初は何気ないものだった。 汗を拭きながら、ふと閃いたのは、ちょっとした思いつきにすぎない。 頭には、全面を覆った大きなタオル。 右手には、無差別日記の携帯電話。 その効果は、先ほど電話番号の書かれた説明書きを読んで覚えた。 所有者の周囲で起こる出来事を、所有者は除いてむさ別に予知する未来日記。 これまでに見てきたいくつかの未来日記の中でも、極めて汎用性が高い。 そして、現在未来日記の所有者となっているのは菊地善人だ。 つまり、無差別日記は、菊地のそばにいる七原の予知ができるということになる。 体育座りのような姿勢で座って、頭からタオルをかぶってぼーっとしているようにする そういう仕草をすることで、ごまかす。 体育座りならば膝の上に置いている両手を、それとなくタオルの内側へ。 どこかで監視なり盗聴なりしている主催者からは見えないように、布をへだてた下で携帯の画面を開く。 左手で、首輪に手を当てる。 右手にある携帯電話の、未来予知を確かめる。 これから試すのは、『首輪を外そうとすることで、未来がどう変わるのか』だ。 そして――。 ◇ ◇ ◇ 結論から言えば。 この時、ほんの思いつきから行動していなければ、七原秋也は知らないままだった。 行動していたことで、七原秋也は知ってしまった。 知ってしまった真実は、ひとつ。 ――七原秋也の『首輪』は、機能が停止している。 POISON
https://w.atwiki.jp/hengtouhou/pages/2256.html
モンスター/オーク v2.0.0 [U] スナガ『ムズガッシュ』/Muzgash, the Snaga (Umber o; ) === Num 1369 Lev 8 Rar 2 Spd +0 Hp 162 Ac 30 Exp 80 ムズガッシュは弱いオークの部隊を指揮する隊長で、上役にへつらい出世を企んでいる。 「お前さんには二度も話してるぜ、ゴルバグの豚どものほうが先に門を出たとね、そしておれたちのほうはだれも出ちゃおらんとね。 ラグドゥフとムズガッシュの野郎が駆け抜けたが、二人とも矢で射たれた。」(J.R.R.トールキン、瀬田貞二・田中明子訳 新版指輪物語) 彼は通常地下 8 階で出現し、普通の速さで動いている。 この混沌の勢力に属する人間型生物を倒すことは 1 レベルのキャラクタにとって 約213.33 ポイントの経験となる。 彼は通常護衛を伴って現れる。 彼は遠隔攻撃をすることがある。 彼はドアを開け、ドアを打ち破ることができる。 彼は暗黒の耐性を持っている。 彼は侵入者をほんの少しは見ており、 200 フィート先から侵入者に気付くことがある。 彼は一つか二つの上質なアイテムを持っていることがある。 彼は 2d4 のダメージで攻撃し、 2d4 のダメージで攻撃し、 2d4 のダメージで攻撃する。 雑感 名前