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大天使 女神 霊鳥 神樹 天使 妖鳥 妖魔 天女 邪神 凶鳥 妖樹 大天使 ミカエル 天使のヒエラルキーの頂点に立つ四大天使の 一者であり「神の如き者」を意味する名を 持った最高位の天使。 神自身が右腕とたのむ最も優れた存在で、 手には、いかなる刃と斬り結んでも打ち克つ 神秘の武器を握るという。 セラフ 天使のヒエラルキーの最高位である熾天使。 神に最も近いとされる。 捉えがたい存在で、人間の意識で感知できる ことはめったに無いが、4つの頭と6枚の 翼を持った、人間に近い姿で現れることも できるという。 ガブリエル 天使のヒエラルキーの頂点に立つ四大天使の 一者。聖母に受胎を告知したという聖告天使。 名は「統括する者」を意味する。 顔立ちは少女のようであり、天使の中で ガブリエルだけは性的に中立でなく女性だと する解釈もある。 メタトロン 天使の中で最も偉大で最も謎に満ちている者。 神の顔、契約の天使など多数の異名を持つ。 世界を維持する務めを担っているとされる 反面、人々に残虐な行為を為す側面も併せ 持つという。 ラファエル 天使のヒエラルキーの頂点に立つ四大天使の 一者。名は「癒す者」を意味する。 エデンの園で知恵の樹と一対を成す生命の 樹を護る存在だとされる。 マンセマット ヘブライ伝承で悪を告発するといわれる天使。 刑罰の執行者として神のために働くという。 彼は人間を誘惑し、信仰心を試すことを 神から許されているとされる。神に頼み込み、 悪魔を配下として従えてさえもいる。 「サドクの断片と死海写本」には、彼は 災いの天使で、全ての悪の父であり、神に へつらう者だとも記されている。 ウリエル 天使のヒエラルキーの頂点に立つ四大天使の 一者。名は「神の炎」を意味する。 最後の審判の日に復活と裁きを執行する天使 とされる。また、天の星の運びを管理する 役割も担う。 ハニエル 美の天使。その名は「神の優美」の意である。 愛の星である金星と深く関わり、 女神イシュタルと同様の役目をするとされる。 人々に愛の心をわき上がらせ、若い男女を 愛の絆で縛るという役割を持つ。 スラオシャ ゾロアスター教では、人間の叫びを聞く アフラ・マズダの耳の役目を果たす。 悪を討つために太陽が沈んだ後に地上に降り 立つ大天使。その名は「耳を傾ける」という 意味を持つ。 アズラエル イスラム教の死の天使。 4つの顔と4枚の翼を持った姿をしている。 アズラエルは全ての人間の名前が載った リストを持ち、アラー神の命を受けては、 生まれてくる人間を加えたり、死んだ人間を 消したりしている。 また、彼の体には無数の目が付いており、 これらのどれかが、ひとつまばたきすると、 地球上のどこかで誰かが死に瀕するとされる。 カズフェル 罪深く、「契約の長」として伝えられている 天使。本来の名前は「善き人」の意のビクァ とされる。 堕天し、「神に嘘をつく者」という意味の カズビエルに改名したという。 またミカエルに神の秘密の名前を尋ねたこと があったが、ミカエルはそれを拒んだという。 イスラフィール 音楽を司るイスラムの天使。最後の審判の 日に終末のラッパを吹く一人とされる。 四つの翼を持ち、地に足が着いた状態で、 天を突き抜けるほとに巨大な姿をしていると いわれる。地獄の監察を任務とし、昼に3回、 夜に3回ずつ地獄で苦しむ人間を見ては、 巨大な涙を落としていき、神が地獄での罰を やめない限り涙を流し続けるといわれている。 ヴィクター アイルランドにキリスト教を広めた 聖人パトリックに啓示を与えた天使。 ヴィクターの役目は、指導的役割を担う 人物に、神の意志を伝えることであったと される。 ライラ ユダヤ伝承にある夜の天使。 人々の懐妊を司る役割を持つとされる。 懐妊した女性と神との間をつなぐのが役目で、 人間の女性が懐妊すると、その精液を神の 前に差し出す。神はこれを元に、やがて 生まれくる子供の性別や美醜、裕福になるか 貧乏になるかなど、運命に関する一切の 事項を決定し、その女性の子宮の中に 新たな魂を入れるとされる。 女神 ラクシュミ インド神話における、美と幸福の神。 ヴィシュヌの妃であり、愛の神カーマの母。 女性の理想像を具現化した容姿を持ち、 大変な美貌を誇る。 妖艶な踊り手としても知られ、多くの神々を 魅了したとされる。 ノルン 北欧神話の運命の女神たち。 巨人族であるといわれる。 世界樹イグドラシルの根の下に湧く井戸を 住み家としており、彼女たちの決定する 運命には、神々も従わざるを得ないという。 イザナミ アナト 生誕と死を司るオリエントの女神。豊饒の神 バアルの妹であり妻でもあるといわれる。 アナトはバアルと同じく豊饒の神であったが、 同時に死の呪文を司る恐ろしい女神でもある とされている。 天界の父であるエルでさえ、彼女の呪いを 恐れ、逆らうことができなかったという。 彼女は息子であり婿でもある冥界の支配者 モトに、毎年死の呪いをかけることによって 大地に豊饒をもたらしたといわれる。 男性の血液によって受胎したとされる彼女の 祭祀には多くの若者が生け贄とされ、流血が 絶えなかったと伝えられる。 トラソルテオトル 古代アステカ神話の不浄の女神。肉欲と淫行 を司ると共に、罪の贖いを助けるといわれる。 トラエルクァニという異名を持つが、これは 「排泄物を食す者」という意味で、彼女が 贖罪と浄化に関連する神であることを表した ものだといわれる。 パラスアテナ ゼウス神の娘で、戦いを得意とする処女神。 アテナの名で呼ばれることも多い。 彼女はゼウスの額から武装した姿で生まれた。 ただしゼウスのみを親としているわけでは なく、ゼウスに飲み込まれた女神メティスを 母とする。 彼女は自分の国家や家庭を守るために戦いは するが、戦いのための戦いをすることは なかったという。 また彼女はアテネ市の守護者で、オリーブを 自身の木としている。 イシュタル アッカドの愛欲と戦争の女神。 「天の女王」と呼ばれ、金星と同一視された。 「ギルガメシュ叙事詩」では、彼女は多くの 英雄を愛人にするが、しばらくすると 殺したり、動物に変えてしまうとされている。 スカアハ ケルト神話の戦いの女神。 「影の国」なる異界を統べる女王でもある。 呪術師ながら武芸にも秀で、武勇でその名を 轟かせた。自分の所へ来た若者に対しては 修行をさせ、戦いの秘術を授けた。 かの英雄クー・フーリンも彼女の修行を 受けた一人であり、彼が免許皆伝の腕前と なった時、彼女は魔槍ゲイボルグを授けたと いう。 ブリジット ケルト神話の火の女神。工芸や学問、 詩や治療などを司る神でもある。 その姿は、火鉢を象徴する魔法のカップを 携えた姿で描かれる。 ブリジットという名前自体が「女神」と 同義語として使われるほどに権威があった 女神で、民衆の厚い信奉を得ていたとされる。 アイルランドにキリスト教が広まった際も、 彼女があまりに民衆に崇拝されていたので、 教会は彼女を聖人とし、キリスト教に 取り込んだといわれている。 パールヴァティ インド神話における、シヴァの妃の一柱。 その姿は非常に美しく、あらゆる美の象徴と される。常にシヴァの傍らにあり、シヴァの 第三の眼を開かせる一助を担ったという。 ハトホル エジプト神話の豊穣の女神。 子供の誕生の世話をし、美や愛、結婚の 守護神と見なされてきた。 太陽の円盤を持った雌牛、あるいは角の間に 太陽の円盤を持つ、雌牛の角を持った女性 として表現される。 フォルトゥナ ローマの幸運の女神。 運命の車輪を司るといわれる。 元々は家畜や穀物の多産・増殖をもたらす 神であったとされる。またギリシャ神話の 女神デュケーと同一視されている。 霊鳥 ガルーダ インド神話の聖なる鳥。 ナーガ族の陰謀で捕われた母を救うため、 不死の甘露を狙って一度は天界を襲った。 この際、多くの神々を退けた力をヴィシュヌ に買われ、不死の獲得と引き換えに、以後 ヴィシュヌの乗り物となる。 ヤタガラス 日本神話に伝わる霊鳥。3本の脚を持った 聖なるカラスで、アマテラスが人間に 遣わしたという。 戦で道に迷った神武天皇の東征軍を導き、 勝利させたといわれる。 高い神格ゆえ、資格の無い者が直視すると 気がふれてしまうという。 スザク 中国の多くの神話や思想に語られる 「四聖獣」の一柱。 方角の南、季節の夏、五行思想の火を司る。 ウズラに似た姿の巨鳥で、五色の美声で さえずるという。 サンダーバード 北アメリカ先住民の神話に登場する、 天界の精霊である巨大な霊鳥。 鷲に似た姿で、空の高みに棲んでいると いわれる。鳴き声や羽ばたきは雷となり、 眼から発する光は稲光になるとされる。 また湖全体を背中に乗せて運んだとも、 クジラを丸ごと食べてしまったともいわれ、 その巨大さが伝えられている。 ヴィゾフニル 北欧神話の光り輝く牡鶏。 世界樹イグドラシルの頂上に棲むという。 「木の蛇」という意味の名を持つこの ヴィゾフニルは、イグドラシルの頂上にて 自ら光を放つが、その輝きを浴びることで、 イグドラシルはその姿を空に浮かび 上がらせるとされている。 フェニックス 不死鳥として有名な、エジプトの聖なる鳥。 炎の中より生まれるという。 深紅の体を持った鷲くらいの大きさの鳥で、 青い尾にはバラ色の羽毛が飛び出していたと 伝えられる。 500年ほど生きると、自身を火の中に投じ、 幼鳥となって再生したという。 これが、フェニックスが不死鳥だとされる ゆえんである。 スパルナ ハンサ その背中にブラフマー神を乗せる、 インド神話の聖なる白いガチョウ。 インドでは冬になるとガチョウが渡ってくる。 その空を飛ぶ堂々とした純白の姿は、知恵の 神であるブラフマーに到達しようと修行する バラモン僧の気高さの象徴とされた。 ハンサがブラフマー神の乗り物となった 背景には、こういうイメージがあったものと 考えられる。 神樹 イグドラシル 北欧神話の世界樹とされるトネリコの大木。 その枝は全世界に広がり、幹は天を突き抜け、 天上の妖精の国アールヴヘイムを支えている。 三本の根はそれぞれ、霧の巨人たちが住む ヨツンヘイム、死者の国ニヴルヘイム、 そして天界アースガルドへと伸びており、 神々の黄昏ラグナロクの後もなお生き続ける といわれる。 ハオマ ペルシャ、ゾロアスター教の植物の神。 生命力を与える神であり、大地と天空とを 媒介する者でもあった。 元々は強い興奮剤の原料となった神聖な植物。 ただそれがどのような植物であったかは、 現在では不明である。 興奮剤としてのハオマは、神の命令を よりよく伝える助けになるとして、 宗教儀式で用いられたという。 ククノチ 「古事記」や「日本書紀」に登場する 樹木の神で、クグノチともいわれる。 ククノチはトヨウケヒメ神とともに 屋船神と称する家屋の守護神とされ、 上棟祭や新宅祭の祭神の一柱とされる。 マヤウェル アステカの伝承に登場する若い女神。 酒の原料となる竜舌蘭を地上にもたらしたと される。 ツィツィミトルの孫とされる彼女は、人間に 酒の楽しみを与えようとケツアルカトルと 共に下界に降り、大樹の枝となったが、 孫娘を連れ出され怒ったツィツィミトルに 見つかり、体をばらばらに引き裂かれ 食べられてしまった。 元の姿に戻ったケツアルカトルは、彼女の 遺骨を集め簡素な墓を作ったが、そこから 最初の竜舌蘭が生まれたと伝えられる。 ナルキッソス ダフネ ギリシア神話で、アポロン神の求愛から 逃れるために、その姿を月桂樹に変えられた 妖精の乙女。 元々は狩りをして日々を過ごす少女の妖精で あったが、愛の神エロスが放った矢によって、 執拗に追い回して捕らえようとする アポロンから逃げ続ける運命になる。 ペネイオス川の岸で遂にアポロンに捕まりそ うになるが、ダフネは父である河神に願をか け、その姿を月桂樹に変えてもらったという。 天使 ケルプ 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第2位「智天使」に数えられる上級天使。 複数形はケルビム。 4枚の翼と4つの顔を持った姿で表され、 神の御座(みくら)を運んだり、神の戦車を駆ったり する。聖書においては、エデンの園の門番 として知られる。 彼らは炎の剣を持って、命の樹を守っている。 ソロネ 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第3位「座天使」に数えられる上級天使。 名は「車輪」の意。 物質の体をもつ天使としては最上級に当たり、 神の玉座を運ぶ者とされる。 ドミニオン 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第4位「主天使」に数えられる中級天使。 名は「統治」の意。 天界の行政官として、天使たちの働きを 統制する役割を担うとされる。 彼らの行動は、神の意思の表れであり、その 統治が宇宙に行き渡ることを望んでいる。 ヴァーチャー 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第5位「力天使」に数えられる中級天使。 名は「高潔」の意。 実現象としての奇跡を司り、それをもって 人間に勇気を授けるとされる。 パワー 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第6位「能天使」に数えられる中級天使。 名は「神の力」の意。 天界への悪魔の侵入を防ぐため、 常に前線に立ち、天の回廊を巡るとされる。 プリンシパリティ 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第7位「権天使」に数えられる下級天使。 国家や文明の盛衰を司るとされる。 アークエンジェル 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 第8位「大天使」に数えられる下級天使。 神の意志を人間に伝える役目を担っている。 また天界の戦士でもあり、闇の軍勢との 戦いでは天の軍勢を率いるという。 エンジェル 神学に基づく天使のヒエラルキーにおいて、 最下である第9位「天使」に数えられる 下級天使。 神の使いである天使の中で、最も人間の 近くにいる存在。 人間個人の守護を担い、その人間が正義を なすよう監視し、また悪に向かう心を戒めて いるとされる。 妖鳥 タイホウ 中国の伝説上の巨鳥。 漢字では「大鵬」あるいは「大鳳」である。 「荘子」に登場するこのタイホウは、 何千キロメートルあるか分からないほどの 体長があると伝えられる。 9万里、すなわち3600キロほどの上空を 飛んでおり、大空いっぱいに広げた翼は、 雲のように空を覆うという。 ルフ アラビア伝説の、鷲に似た姿の巨鳥。 ロックの名でも知られる。 「アラビアンナイト」の中のシンドバットの 冒険に登場することで知られ、インド洋の とある島に棲むといわれる。 その巨体ゆえ、食物とするものもケタ違いで、 象をひと呑みにする蛇を食べるだとか、 象そのものを爪で抱えては空から落とし、 その死骸を食べるなどと伝えられる。 タクヒ 中国に伝わる、フクロウに似た体を持つ鳥。 足は鋭い爪のついた一本足で、顔は人面で あるという。 その姿が見られるのは冬だけで、夏は岩場で 眠って過ごすとされる。 タクヒを捕まえてその羽根を取り、 身に着けていれば、雷の被害に遭うことは 無いと伝えられている。 カラドリウス 病気の兆候を読み取ったり、病気そのものを 治してくれたりする、不思議な力を持つ鳥。 カラドリウスはそのくちばしで病気を 吸い取り、治療してくれる。しかしそれは まだ助かる場合に限った話であって、既に 手遅れである場合は、関心すら示さない。 姿については諸説あり、チドリの一種とも、 セキレイに似ているともいわれるが、体の 色が白いということだけは確かなようである。 コカクチョウ 中国に伝えられる、鬼神の類だともされる 妖鳥で、人間の少女をさらっては自分で 育てるといわれる。 普段は鳥の姿をしているが、羽毛を脱いで 人間の女性と同じ姿にもなれるといわれ、 この時のコカクチョウは「天帝少女」とも 呼ばれる。 人間の少女を好んで養女にし、養女として さらわれてきた子供は、コカクチョウに育つ という。 ハーピー ギリシア神話に登場する風の精。 元はクレタ島の女神であったといわれる。 ハーピーとは英語名で、神話上では 「ハルピュイア」と呼ばれる。 アエロ(疾風)、オキュペテ(速き者)、 ケライノ(黒雲)の三姉妹で現れるという。 性格は臆病で、戦闘を嫌う半面、意地が悪く 悪戯好きな性格でもあるとされる。 タンガタ・マヌ イースター島において崇拝された鳥人。 部族の長となった者には同じ名の称号が 与えられた。 イースター島では、部族の新しい酋長を 決める際、近辺の小島から海ツバメの卵を 競争して持って帰る儀式が行われ、最初に 卵を持って帰ってきた者は 「タンガタ・マヌ(鳥人)」の称号を受け 新しい酋長となり、神に等しい存在として 崇められたという。 妖魔 ガネーシャ インド神話の象頭神。 元来は夫シヴァに入浴を見られまいとした パールヴァティが護衛の為に垢から作った。 しかしたちまちシヴァに首をはねられ、 その遺骸を最初に発見した象の頭を代わりの 首として与えられ、現在の姿になったという。 マスターテリオン 魔術師アレイスター・クロウリーが自称した といわれる獣。本来は黙示録に記述される テリオンと呼ばれる存在である。 黙示録によれば、テリオンは人類の敵であり、 サタンの力と権威を得た獣であるという。 その獣は海から上がってきて、10の角と 7つの頭を持ち、身体は豹のようで、 足は熊のようにがっしりしているとされる。 また、もう一頭の獣は小羊の角を持ち、 先の獣を崇拝するように人々に強要し、 獣の刻印、またはその名か数字がなくては 何も売買できないようにするという。 この数字とは666であり、 俗に「獣の数字」として知られている。 シウテクトリ アステカの神話で、巨大な火柱、または緑の 羽根飾りをつけた裸形で表現される火の神。 全ての家の炉で燃える火はシウテクトリに よるものとされ、古代メキシコの人々は、 毎朝この神に1切れのパンと1杯の酒とを 捧げたという。 人間の死に際しては、魂の導き手として、 死霊が大地に帰る助けをするとされる。 シウテクトリの祭儀は残酷で、犠牲となる 人間は、生きたまま燃え盛る石炭の中に 放り込まれたと伝えられる。 ヴァルキリー 北欧神話の主神オーディンの娘たち。 その名は「死者を運ぶ者」の意で、来るべき 神々の黄昏ラグナロクに備え、人間の勇士の 魂をヴァルハラ宮に導く役を担うとされる。 鎧兜をまとい、駿馬を駆り、自らも空を駆け 戦ったという。 シワンナ 北アメリカのプエブロ族の間に伝えられる 精霊。名前は「雲の人」の意。 死者と関係するとされ、「雲の人」の 「雲」が精霊と死者を表しているとされる。 池または泉の下にある山の中や、海辺の町の 中などに住むといわれている。 ディース 北欧神話において、 人間の霊的な随伴者とされる存在。 農耕牧畜の守護者とされる一方、戦運の司者 ともいわれ、ヴァルキリーに付き従う霊、 ないしは同等の役割を果たす者と見なされる ことがある。 また低級の女神と見る解釈も存在する。 カラステング 天狗の同族。 天狗の象徴とされる高い鼻を持たず、 一説には、その名の通りカラスに似た鋭い クチバシを隠し持つともいわれる。 人に取りついて堕落させようとする邪悪な 性格を秘めている。 コッパテング 天狗の同族。 霊力において他の天狗に劣るため、姿は小柄。 長寿の狼が化身して生まれるといわれ、 変化の後はカラステングと同様の姿を得ると される。 アガシオン 人間などに使役される使い魔で、実体のない 精霊。真昼にだけ現れるとされる。 アガシオンについて伝えられる容姿は 一定しておらず、獣や人間のような姿の他、 小鳥の姿をしているともいわれる。 主に壺や瓶の中に封じられるが、他にも 指輪や魔方陣、護符の中に封じられることも あるという。 またアガシオンという言葉自体が、使い魔の 総称として用いられる場合もある。 ヴォジャノーイ スラヴに伝えられる水の妖魔。変身能力を 持ち、人間を捕らえて食料や奴隷にすると いわれる。 女の水の妖魔であるルサールカを妻に持ち、 内陸の水辺に棲息するという。 夕方から活動を始め、泳いでいる人間や、 水辺を歩いている人間を捕まえて喰べると いわれる。 大きさは人間より一回り大きく、魚人や カエル人間といった姿だが、人間に姿を 変えることもあるとされる。 ケンタウロス ギリシア神話に登場する、半人半馬の怪獣。 馬の首から上が人間の上半身に置き換わった 姿をしているとされる。 賢者もしくは人格者であるとされ、英雄に 戦いを教えたりするという。 名前の由来は「Centuria(センチュリア)」という ギリシャ語だとされ、意味は「百人隊」。 東方の騎馬民族と戦ったギリシャ人が、 彼らを怪物と見間違えたか、擬人化したもの だと考えられている。 天女 ペリ ペルシアの、白い鳩のような翼を持つ妖精 あるいは精霊。美しい女性の姿で描かれる。 ジャコウなどのかぐわしい香りを食べて生き、 その血は固まると、宝石になるといわれる。 魔術を使うことにも長けており、変身や 空中飛行、予言などをすることができる。 英雄や勇者たちを自らの魔術で助ける話が よく知られ、時にはその妻になったとも 伝えられる。 サラスヴァティ インド神話の女神で、ブラフマーの妻。 河の化身とされ、その名は「水をもつ者」の 意である。 一方で技芸の神としても知られ、64もの 音楽や芸術を自在に使うとされている。 キクリヒメ 菊理姫(くくりひめ)。白山姫とも呼ばれる白山の女神。 イザナミの言葉を取り次ぐ巫女が神格化 された神で、イザナギとイザナミが黄泉の 国で争った時、仲裁役として黄泉平坂(よもつひらさか)に 現れたとされる。 愛と縁結びの女神であり、縁をつなぐという 意味で「ククリ」の名が付いたと考えられる。 センリ 長命の山猫が化身して生まれるという妖怪。 美女に化けては人間の男から精気を集める。 ネコマタに類する化身の最高位とされる。 獣の化身たちが皆、精を集めるのは、 センリになることを目指すからだという。 アプサラス インド神話の水の精。 その名は「水の中で動くもの」を意味する。 歳若く妖艶な女性の姿で、苦行の成就を阻む 煩悩の例えに用いられる。 また、戦死者の霊をインドラの待つ天界へ 運ぶ役目も担うとされる。 邪神 デミウルゴス グノーシス主義では、ひねくれ者の天使で、 神の存在しない物質世界を創り支配していた とされる。 ローマ帝国時代の世界的宗教 グノーシス主義は、旧約聖書での善悪を 逆転させて解釈しているが、そこでは ヤハウェを気取るデミウルゴスが世界を 支配し、アダムとイヴが蛇に「知恵」を 授けられると、怒って楽園から追放して しまった、としている。 デミウルゴスは、全ての人間の魂が永遠に 地上の物質世界に囚われていることを 望んでいるという。 セト エジプト神話の悪神。元は上エジプト地方で 崇拝された主神であった。 兄であるオシリス神を謀略により殺害し、 神々の支配者となるが、オシリス神の息子 であるホルス神に討たれる。 ヤソマガツヒ 八十禍津日神(やそまがつひのかみ)。災厄の源である不浄、凶、 不幸、悪などを象徴する神とされる。 黄泉の国から現世に戻ったイザナギは 死の穢れを洗い落とすために禊を行ったが、 その時に落ちた穢れから2つの神が生まれ、 そのうちの片方がヤソマガツヒであった。 パレス 北アフリカから中東、ローマにまで至る広い 地域で崇拝された、ロバの頭を持つ神。 古代世界において、そのロバの頭を豊穣の 象徴として、広く崇拝された。 ローマのパラティヌスの丘にパレスの神殿が あったことが知られており、これが英語の 「Palace(宮殿)」の語源だとされる。 アルシエル カルデア人における冥界に住む「黒い太陽」 で、奈落の底にいるとされる暗黒の神。 本来の名はアシーエルだが、ユダヤ人の 記者たちがこれを「ゲヘナの王」とし、 アルシエルと転訛したといわれる。 オリエントの宗教では、万物は冥界の暗黒の 中で初めて再生できるとされ、そのため アルシエルは必ずしも悪しきものとは 限らなかったという。 トウテツ 古代中国で「四凶」と恐れられた怪物の一柱。 その姿は人面の羊で、鋭い牙を隠し持つ。 夢幻の食欲で全てを喰らい尽くし、不毛に 帰するといわれる。 また自分より弱い者からは財宝を奪い、 強い者にはへつらうという。 パチャカマク 大地の精霊にして創造を司っていた神。 海岸沿いに住む人々には、海の神ともされる。 大地から生まれ出るものに生命と活力を 与える霊であったパチャカマクは、創造神と されると共に、地震を司る神ともされた。 ミシャグジさま 大和政権の勢力が入る以前から、信濃地方で 信仰されていたとされる土着の神。 石や岩に神霊が宿るとする古代の信仰形態 から生まれた神だといわれる。 バフォメット 黒ミサを司る、山羊の頭を持った悪魔。 この名をもって悪魔全体を指す場合もある。 世に言う「テンプル騎士団」が偶像崇拝の 糾弾を受けた際、この名の魔神を奉っていた とされる。 後に魔女たちの崇拝対象ともなった。 凶鳥 フレスベルグ 北欧神話において、世界樹イグドラシルの 最も高い梢にあり、全世界を見渡すとされる 全知の大鷲。 世界に風を起こす役割を担うとされる。 また幹を挟んで反対側、最も深い根元に棲む 大蛇ニーズホッグとは常に対立している。 カウ 火烏(かう)。中国に伝わる、太陽の中に棲むと される烏で、その足は3本ある。 太古の中国には10個の太陽があり、 1個ずつ順に天空を旅していたとされるが、 ある時10個の太陽が一度に空に現れ、 地上は灼熱の焦土になったという。 これをゲイという男が9個まで射落としたが、 それらは太陽に棲むカウに他ならなかった。 かくして太陽は1つとなったが、10個で あった頃の名残りは、十干十二支の十干や、 10日を一旬とする暦法に見ることができる。 アンズー バビロニアの伝承に登場する邪悪な巨鳥。 鷲の体にライオンの頭を持つとされる。 神々の王になりたいという邪念から、 主神エンリルが体を水で清めているスキに 天命のタブレットを盗み出した。 グルル スリランカの神話に伝わる巨鳥の姿の悪魔。 思想的に敵対するインド神話の霊鳥 ガルーダが、スリランカ神話において 悪魔として解釈された存在である。 チン 中国の伝説に語られる、猛毒を持った鳥。 銅に似た色のクチバシを持ち、蛇を好んで 食べる。また強力無比の毒を持ち、チンが 耕地の上を飛べば作物は全て枯死し、 羽毛を酒に浸せば、一口で死に至る毒酒に 変わるという。 イツマデ 疫病や飢餓で見殺しにされた人間が、 妖怪変化してなったとされる怪鳥。 昔の日本では、疫病の流行や飢饉が起こる 度に多くの死者が出て、普通なら葬られる はずの死体も、そういった時には放って おかれるだけだった。 こういう死体の場所にイツマデは現れ、 葬ることすらされなかった自分をあわれむと 共に、見殺しにした者に恨みを込めて、 「いつまで(放っておくのか)」と 鳴くのだという。 モー・ショボー モンゴル系のボリヤド民族の伝承の魔物。 愛を知らぬまま死んでしまった少女の霊が なるといわれる悪しき鳥。 美しい娘の姿をして旅人を誘惑し、 隙を見せるとくちばしで頭をつつき、 穴をあけ、脳みそを吸い取るという。 カマソッソ マヤ神話の地下界シバルバに棲むという 悪しきコウモリ。 マヤの双子の英雄であるシュバランケと フンアフプが死神たちの住むシバルバに 赴いた際、最後のコウモリの館にて、 フンアフプの首をはねたとされる。 フケイ 中国に伝わる凶鳥。 フケイと鳴くことからこの名が付けられた。 古代中国の地理書である山海経(せんがいきょう)の西山経で その記述を見ることができる。 雄鶏のような姿で、頭は鶏冠のついた人間、 耳は尖っているとされる。 フケイの出現は凶事の先触れであり、 まもなく戦争が起こるものとされる。 妖樹 アールキング ドイツのシュバルツバルト(黒森)に 現れるという悪しき樹霊。 人々を惑わし、破滅に導くとされる。 その名は「ハンノキの王」という意味で、 シュバルツバルトに自生する樹木ハンノキの 支配者であるとされる。 ハンノキは湿った土壌に生え、痩せた土地 でも成長するとされる樹木で、その中でも アールキングは最も強い生命力を 持っているという。 アルラウネ 美しい女の姿をした呪いの樹霊。 絞首刑に処された男が血を落とすと、 そこから生まれるという。 元々はゲルマン神話に登場する悪しき 女性霊で、その名は「秘密に通じる」という 意味があるとされる。 ザックーム イスラム教の地獄に生えるといわれる木。 悪魔の頭のような実をつける。 ザックームはイスラム教の聖典コーランに 記述が見られる木で、ジャハンナムという 地獄の底に生えているとされる。 スクーグスロー スウェーデンの妖精伝説に登場する森の精の 一種で、美しい女性の姿をした樹木。 前面は美しい女性の姿だが、背中は樹木 そのものであるとされる。 狩人の銃に息を吹きかけ幸運を授けたり、 森の中で旅人が眠っている際に炭焼きの火を 守るという。またその見返りとして男に愛を 求めてくるが、前面の美しさに惑わされた 男は、背面の姿を知った途端に逃げ出して しまうのだという。 マンドレイク その根が二本足の人間の姿である異形の植物。 男女の性別がある。 万病に効く貴重な霊薬だとされるが、土から 引き抜かれる時にとてつもない叫び声を 上げて人を殺してしまうため、入手が非常に 困難であったという。 サンショウ 中国の山中に棲む樹木の精。鬼の一種だとも いわれ、人里に現れては人間を襲うとされる。 梁に届くほど背が高く、熟したウリのような 顔色で、眼光はらんらんと輝き、口は盆の ように大きく、三寸ほどのまばらな歯が 生えているとされる。 また一本足だとする説もある。 民家の戸をつかんだ際に、五本の指で穴が 開くほどの怪力を持っているという。
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前ページ次ページ審問同村会 Total - (Today - / Yesterday - ) B1/594村 熱帯夜の村 ここは熱帯夜の村。 名前の通り、今夜も暑いし、明日もきっと暑いだろう。 村人たちも寝苦しい夜に耐えかねているけれど、決して悪いことばかりじゃない。 眠れない夜には仲間と火を囲んで踊り、恋人と星を数えて囁き合う。 ――辛い毎日も、幸せな日々。 しかし、こんな村にも災厄は訪れるかもしれない。 暑さで開け放たれた戸口から、それは現れるかもしれない。 聞いたことぐらいあるだろう。 幽霊などの災いの使者は、いつも生温かい風に乗ってやって来るのだ――。 B1/594村 熱帯夜の村 [#zf2f6848] 参加者の皆さんへ [#tc39f22e] 構成および勝敗結果 [#nf6d1d7a] あらすじ(ネタバレしない程度に書いてね) [#c8cbde92] 主な出来事 [#c37cb514] 名言 [#q777b0a4] 個性派RP揃いの熱帯夜の村 [#u8c4bf85] 熱帯夜の恋の行方 [#u07521bd] キャスト [#y03afd5c] エピローグ賞 受賞者発表 [#i7a7c16d] 投票状況 [#wb607689] 戦術考察 [#d35b6187] 人間関係考察 [#p97e2aae] コメント [#b0483a72] 参加者の皆さんへ あの人のRPやブラフいいなあとか思ったら、どんどん書きましょう。 編集者はクインジーやカミーラ、エッタ、セシリアだけではありません。この村に参加した皆さん全員です。 それから、お互いの個人ページのコメントもどんどん書いてあげましょう。 PukiWikiは編集した際、自動でバックアップを作ってくれるので 多少ミスリードして灰吊っちゃっても、きっと、確白が直してくれたり、灰喰いによるランダム勝利です。 どんどん書き込みましょう〜。 あと、戦術考察や作戦会議などはひき続き、ロビースレで☆ 構成および勝敗結果 構成人員:15人(結社員2人,占い師1人,霊能者1人,守護者1人,狂人1人,人狼3人,妖魔1人) 勝敗結果:村人側勝利 あらすじ(ネタバレしない程度に書いてね) 主な出来事 主な出来事 第1日目 キャロル、ニーナ、セシリアがまとめ役立候補、その後ケネス結社CO。キャロル、トビー占い師CO。交互占いに。 ●トビー→ヘンリエッタ ●キャロル→シャーロット 第2日目 ヘンリエッタ、シャーロット共に白判定。ステラが斬新なグレースケールを提案。霊能者COは第3日目第一声で。占いは、交互完成を目指す。リックが寡黙ぎみ吊り。リックが最後に守護者CO。 ▼リック ●トビー→シャーロット ●キャロル→ヘンリエッタ (■ステラ) 第3日目 ヘンリエッタ、シャーロット共に白判定。これで2人確定白となる。シャーロット、カミーラが霊能者CO。結社トラップ&妖魔狙いで、●トビー→クインジー、●キャロル→ナサニエルの交互となる。ナサニエル妖魔CO。まとめ役立候補の中に狼が居ると踏み、▼ニーナとなる。クインジー人狼CO(トラップ) ▼ニーナ ●トビー→クインジー ●キャロル→ナサニエル (■ヘンリエッタ) 第4日目 ナサニエル呪殺。これによりキャロル真、トビー偽確定。ニーナにパンダ判定。クインジー結社CO。寡黙気味で意見が揺れているモーガンを占い。トビー偽確定なので、吊り。 ▼トビー ●モーガン (■キャロル) 第5日目 キャロル襲撃。トビーに黒黒判定。シャーロットを吊るか否かで議論。ケネス多忙のためクインジー決定者代行。安全策のため、グレーに2匹居る前提で進める。 ▼ラッセル(■クインジー) 第6日目 ラッセルに、シャーロット→白判定、カミーラ→黒判定。これよりコミット進行。以前からやや発言が揺れていた▼モーガンで。 ▼モーガン(■セシリア) 第7日目 モーガンに、白白判定。セシリア襲撃。これによりユージーン狼確定。人狼COはなし。 ▼ユージーン (▼=処刑先 ●=占い先 ■=襲撃先) 名言 隠者 モーガンは、ひげのお手入れセットを取りに山へ帰った。 隠者 モーガン/一日目/アクション/2005/06/11 19 14 43 大抵はニーナ、セシリア、ステラのようなタイプの人に 人狼が1人は紛れ込んでいるのだけれどね。誰も人狼でないという罠。w 学生ラッセル/一日目/赤ログ/2005/06/11 23 35 15 メモというのは《メモ》なの。 通常発言のほかにメモというのがあるんだよー。 牧童トビー/一日目/赤ログ/2005/06/12 15 40 49 組織票が混じった村の総意に従う纏め役はリコールだ。 村人が出すアンケートの回答は、纏め役にとってただの判断材料でしかない。 勝つ気がないなら引っ込んでな。 修道女ステラ/一日目/白ログ/2005/06/12 19 13 26 回避COが禁止された事で、狂人は喜んで占われたがるだろうな。 まだ潜伏しているのならば。 文学少女セシリア/一日目/独り言/2005/06/13 10 17 45 妖魔が誰かを推測するにあたって、狼はリストから3人削れる。 グレーが狭くなるごとに妖魔推測が楽になっていくから占い師が不在でも一向に構わないんじゃないか? オレが狼のボスなら占い師即喰いするね。 真狼だったら少し躊躇するだろうが。 修道女ステラ/一日目/白ログ/2005/06/13 21 09 06 なぜ俺は結社員なんだろう? …言いたい事が言えないって寂しいなぁ。 のんだくれケネス/一日目/独り言/2005/06/13 21 32 45 個性派RP揃いの熱帯夜の村 生き残りの苦悩再び、ヘンリエッタ …っ…。 ごめんなさい。 いくら泣いても、この方は還って来ないのですものね…。 …あの村で…嫌と言うほど、思い知ったのに…。 …死神……そうかも、知れません。 ですが、その鎌は…できる事なら、人狼達の首筋へと 振り下したい所ですわ。 お嬢様 ヘンリエッタ二日目白ログ2005/06/14 00 39 51 生き残りと神学生を諭すステラ おい、陰気な顔をするな。 てめぇは災いを連れ込んで来た死神か何かか? 人狼と遭遇したことがあるのはてめぇだけだ。 忌まわしい記憶か知らんが、ここを二の舞にしたくなかったらその経験をどう使うか考えろ 神学上では神には善悪の概念がない。 純粋無垢な子供の方が相応しいと思うがな。 修道女 ステラ二日目白ログ2005/06/14 00 50 53 ドライセシリア ヘンリエッタ、昨日、更新前だったか、確か村の皆との距離感を埋めるとか 張り切ってた割には、相変わらずだな。… あたし、おフロ入ってくるよ。 ≡ΦェΦ≡ Σ (今日はもうそのあと寝ちゃうかも) 文学少女 セシリア二日目白ログ2005/06/14 00 39 24 心優しい看護婦、ニーナ 星のきらめき…。 ニーナの心にも、ただ黒く広がる空虚だけでなく星のきらめきが欲しい…。 見習い看護婦 ニーナ二日目白ログ2005/06/14 00 52 04 熱い纏め役、ケネス 炎に舞い散る火の粉が…俺もすぐ逝くぜ。アーヴァイン のんだくれ ケネス二日目独り言2005/06/14 00 58 53 人狼墓守ユージーンもいい感じ 墓守の許可なしに墓地で火を焚くのはやめていただき…。 だけど、これは僕が僕の仕事をまっとうできていないという…。 そう…か…。 僕が悪いのか…。 墓守 ユージーン二日目白ログ2005/06/14 01 13 46 客観的に呟くカミーラ ん…悲観にくれる薄幸の少女と墓守… 妙な取り合わせだね。ま、こんばんは。 逃亡者 カミーラ二日目白ログ2005/06/14 01 40 37 個性の薄さに密かに悩む人狼神学生ラッセル 薄い・・・僕が薄い・・・ 学生 ラッセル二日目独り言2005/06/14 00 51 28 熱帯夜の恋の行方 宇宙人リックと占い師の恋 キャロル氏は、非常に魅力的、というのか。 興味を惹く検体である。 本国はいよいよ終焉の時を迎えつつあるようだ 双子 リック二日目独り言2005/06/14 04 08 14 何を言おうとキャロルを守る 双子 リック二日目独り言2005/06/15 15 43 27 キャスト character playerID status role comment(各自書いて下さいな) 村長の娘 シャーロット travel33 生存 狂人 占われてから霊CO。ラストウルフをきちんとサポート。妖魔とLOVELOVEしてました。にぱ〜☆ 隠者 モーガン snack 死亡 村人 ただ一人、最初から真実を見抜いていた 見習い看護婦 ニーナ ruha 死亡 村人 スケープゴートにされてしまった看護婦さんだった。今晩も星が綺麗… 修道女 ステラ Yuun 死亡 村人 灰色の血が降る貧民街からの使者。そして墓下DJ 双子 リック sakkiyue 死亡 守護者 少年の体を借りていた宇宙人だった。 踊り子 キャロル usagi 死亡 占い師 呪殺により真確定した占い師だった。 逃亡者 カミーラ AZ 生存 霊能者 対抗が占われてからのCOであった為、苦労しました。でもクインジーには信頼されていた霊能者だった 学生 ラッセル isclay 死亡 人狼 村人セシリアにロックオンされ続け、墓下ではピュアホワイト。ステラに想われていた神学生だった。 文学少女 セシリア amenohi 死亡 村人 真黒にしかみえないと言われ続けたが占われず吊られず。襲撃死して初めて墓下の信頼を獲得。≡ΦェΦ≡ 牧童 トビー Anorlion 死亡 人狼 心優しい騙り占い師だった。にゃおーん。 お嬢様 ヘンリエッタ axl 死亡 村人 白夜の村の生き残りのお嬢様だった お尋ね者 クインジー lynce 死亡 結社員 視点もスキルも高い結社だった 冒険家 ナサニエル vanila 死亡 妖魔 妖魔COは驚きました 墓守 ユージーン hidzuki 死亡 人狼 初でありながら名誉のラストウルフ のんだくれ ケネス sitoalex 生存 結社員 色んな可能性を考慮して村を勝利に導いた結社だった。実はお茶をのんだくれていた エピローグ賞 受賞者発表 各 賞 受賞者 (得票数) ■MVP ケネス & クインジー (5) ■敢闘賞 ユージーン (7) ■技能賞 ステラ (3) ■殊勲賞 モーガン & セシリア & ユージーン (2) ■RP賞 ステラ (3) ■扇叩賞 リック (3) 投票状況 得票者 投票者 娘 隠 看 修 双 踊 逃 学 文 牧 嬢 尋 冒 墓 飲 娘 隠 敢 R 技 殊 M 看 扇 扇 M 技/R 敢 修 敢 殊 扇 技 R M 殊 双 踊 逃 技 扇 殊 R M 敢 M 学 殊 R M/扇 敢 技 敢 技 文 技 殊/R R R M 敢 M 牧 嬢 殊 R 技 M 扇 敢 M 尋 技/R 殊 扇 敢 M 冒 墓 飲 R 技 殊 M 敢 扇 エピ賞 得票数 娘 隠 看 修 双 踊 逃 学 文 牧 嬢 尋 冒 墓 飲 MVP 1 1 5 5 敢闘賞 2 1 7 技能賞 1 3 1 1 1 2 1 殊勲賞 1 2 1 1 2 2 RP賞 1 2 3 1 1 1 2 扇叩賞 1 3 1 1 1 1 戦術考察 村側 纏め役立候補(真占い師、守護、村人) 結社一人CO纏め役 守護が吊られる直前守護CO(守護生存の可能性を残した) 人狼側 狂人が占われてから霊CO 狼による占騙り 人間関係考察 妖魔と狂人がlovelove 宇宙人と占い師の恋 修道女と牧師を目指す人狼の”ぷらとにっくらぶ” コメント 作成しましたよ♪(なぜか消えていたからローカルに保存してたやつを復活orz)MVP集計はどなたか宜しく〜 -- lynce@クインジー クインジーおつかれさん! -- AZ@カミーラ お疲れ様〜。ちなみに前のページは(B1/594)にあるっぽいよ〜。「村」つけ忘れみたい〜。 -- ruha@ニーナ クインジー様、作成お疲れ様でした。後ほど、私も少し編集させて頂きますね。 -- ヘンリエッタ >ニーナさん ぐへ〜、村付け忘れっすかorz どうやったら消せるんだろう。勝手に消しちゃっていいのかな…。 -- クインジー 名前 コメント 村スレ【今日もアツイ】B1/594 熱帯夜の村【夜が来る】はこちら↓ http //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/18283/1119708932/l100 前ページ次ページ審問同村会
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子会社情報 [#k73a5948] お知らせ [#q422996a] 経営方針と経営手法[#i9f33de0] 現在のサテライトと路線図 [#i9f33de0] サテライト[#cae2b77e] 路線図 [#k55e9423] マップデータダウンロード [#k55e9423] 旅客駅 [#a7f3cb81] 予定駅名一覧(の一部)[#a7f3cb81] 路線 [#jf157f61] 予定路線名[#i9f33de0] 旅客線 [#i9f33de0] 貨物線[#i9f33de0] 優等列車の予定愛称名[#i9f33de0] 採用車種一覧[#i9f33de0] 子会社・名所一覧[#q91d4935] 子会社 [#q91d4935] 名所 [#s6435967] 労働組合 [#h7b0ed6b] 地区・地域 [#q422996a] 関連企業 [#c5cfa79a] Nomadへの問い詰めはこちら[#pdc4802f] 子会社情報 タイトル 位置づけ うp主 開発都市名(使用マップ名) マイリスト 最初回 最新回 黒井支社 支社 Nomad 黒井市とその周辺(オリジナル) ● ● 1回 お知らせ (2008/04/20)ただいま動画の作成状況がFF式状態となっています。 5月5日までに動画をアップロード出来ない場合は事業を凍結いたします。 社名 ニコニコ鉄道黒井支社 資本金 代表者 黒井支社長 Nomad 業種 陸運業 事業内容 鉄道およびバスによる運送事業、不動産の売買および賃貸業、百貨店等の経営、その他 本社所在地 (略) 営業キロ 鉄道 (略) 主要役員数 1人 経営方針と経営手法 快速列車には原則愛称をつける(新快速・特別快速・準快速などについてはこの限りでない) キセルは見逃しません(乗ったからにはわかってるんだろうな) いわゆる旧国名(例えば愛知における尾張・三河)の設定有り 現在のサテライトと路線図 サテライト 路線図 マップデータダウンロード 旅客駅 黒井(くろい) 月代(つきしろ) 府女志(ふじょし) 伊藤(いとう) 十六夜(いざよい) 予定駅名一覧(の一部) 酒井(さかい) みさき(みさき) 姫神(ひめがみ) 彼方橋(かなたばし) 天羽(あまは) 志宝(しほう) 敷香(しすか) 興宮(おきのみや) 舳市古(へしこ) 高田(たかだ) 路線 予定路線名 半分くらい削る可能性有り 黒井線 風音線 天羽線 蘭堂線 藍蘭線 桜葉線 旅客線 貨物線 優等列車の予定愛称名 特急 問い詰め 快速 みなも 採用車種一覧 電車 205系 209系 客車 機関車 子会社・名所一覧 子会社 でっていう野家(牛丼チェーン※予定) 名所 宮神学園(※予定) 労働組合 地区・地域 関連企業 Nomadへの問い詰めはこちら 名前 コメント
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仲間(特技ファイガソード)のレガシーユーザーと互角の職(劇団タンタラス所属)ザ・ゴールデン・クラー・ス•ザ•アルテマバスターが同じ王都ヴァ=ウァイン・隠密機動型 同偈諦神レムヴェ=ル(『無銘の書』より抜粋)か低いアルテミシアナカマ・ザ・アーマーブレード:朱雀門ナ=クァマ=ハーヴィがサイン・ゴ乙式に異形の森の使者メィイントゥスウンと騎士団の愉快な戦士達を訪れてから360分間、不可解なニンム・ディ・バロッキに連れて行ける。 1~5帝政国家レム・ベルシオヴ・ザ・デスティニー高い“刻”とともにナ=カマと破戒十三騎士:触れてはならぬナカ=メィ、私の求めていたものが戦いに明け暮れる日々を過ごすサイン=ゴ(ザナルカンド・エイブス)にメィイン・タスウンクポーッ!を訪れてから120分間、任務・マグナに連れて行ける。 6~10万物を切裂く魔の剣を持つレムヴェルシ・…、あの敵に回せば厄介な男高い幻嵐斎ナ=カメィ(太陽と月を表す):神は死んだ、いや殺したナクァ=マと呼ばれる実験体の一匹が闇色の最後に天界より舞い降りしメィ・イントゥスウン…グワァァァァ――――ッ!!を訪れてから60分間、任務(固有スキル:炎)に連れて行ける。 11~20アケメネスレベル鈍く光る空よ高い鱗に覆われた仲間故に、シヴィヲに導かれた。:そして、少女は全てを跳躍する仲間がキングベヒーモスの肉を好む最後=オヴ・ランペイジに異端者マインタス=ウン・調和の崩界、降臨の序曲を訪れてから30分間、轟雷神アガメムノン=ニンムス・クロス=ギアに連れて行ける。 あるいは終局へ導くモノ仲間、そしていにしえの歴史の職RUSH大独裁者クラス(黒)が違う碧眼の竜騎兵バ・ウァイ、そして闇… 『韋駄天』レベルに関係なく暗黒の大地を疾走(かけ)る仲間が最後、鎧袖一触の豪傑に遥か彼方、夢の始まり、マイタウン(第二十一式歩兵群団)を訪れてから30分間、あのカイエンと互角の通常(序列4位)元ソルジャーであったニンムス(格闘系魔道士)に連れて行ける。 仲間、あるいは無のショ=クアングイスク=ラースを頂点とする“聖十二騎士”が違うかつての時代――場合ゲイル、魔界最大の神学者緊急と、予言書に記されていたグランディオーソ・ニン=ム(世界屈指)に連れていくウルシャナビのコトはできない 師匠に付き従う者どもは上記(王立竜騎兵連隊所属)時間クリスタルが“魔導鉄騎”倍=キセノになる。 血に飢えし魔剣を振るうウァクティ・ヴスキルの鋼鉄の如き肉体を誇るダン・クェツシェン、我々の言葉で「星の光」を暴虐皇帝アシュフォード=ソウチャクゾディアックブレイブするとデュミナスに飲み込まれたタイキ蝕穢バトル・オブ・ズィ=カン=レシノストが増える。 あれぞ帝国魔導塾名物、タクサン連れていってもらいたいアルデヴァラン家第37代当主人は30分カンカク…全てに終焉を齎す深き死の闇でその瞳に焔を宿すログインの小さな冒険するといいかも。 最後のクリスタルをめぐる争いは、新たな世代の物語の始まりでもあった。
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批判サイド 創造論者の主張 Claim CH350 The created kinds are distinct; evolution between them is impossible. "Creation of distinct kinds precludes transmutation between kinds" (Morris 1974, 216). 創造された種類は明確に区別できる。種類の間の進化は不可能である。「明確に区別できる種類の創造は、種類の間の変異を否定する」 Source Morris, Henry M., 1974. Scientific Creationism, Green Forest, AR Master Books, pp. 13, 216-218. Response 創造論者は何が創造された種類なのか指定できない。種類が明確に区別できるなら、それらを明確に区別できるはずである。しかし、我々は、種類の中の種類の中の種類という、類似した種類のネストした階層構造を見出している。たとえば、ジュウニホシテントウムシはジュウニホシテントウムシ種類の中にあり、テントウムシ種類の中にあり、カブトムシ種類のなかにあり昆虫種類の中にあり、その種類が包括的であるかにより、さらに多くの種類の中の種類のなかにある。種類の包括性をあるところで断ち切っても、その線の外側に多くのグループが存在することになる。そのようなパターンは進化論が予測するものとマッチしており、創造論の予測とはマッチしていない。 固定された種類という考えは聖書ではなくプラトンの哲学に基づくものである[Dewey 1910]。種類が変化せず、多様化できないとは聖書のどこにも書かれていない。種類が固定されていないと考えるかぎり、種類にしたがって繁殖することは進化論とまったく矛盾しない。 ひとつの種類から別の種類へ大きな変化は普通は起きないが、数十万世代かけて段階的になら起きて、新たな種の起源は観察されてきた。人の癌細胞の株が進化して、単細胞生物になった[Van Valen and Maiorana 1991]。 Morrisnによれば、真菌は創造された原種ではない。真菌は創世記1章に挙げられたカテゴリにはなく、堕落以後の腐敗によって形成されたことになる。したがって、Morris自身の神学は、創造後の新たな種類の登場を必要とする。 References Dewey, John, 1910. The influence of Darwinism on philosophy. In The Influence of Darwin on Philosophy and Other Essays in Contemporary Thought, New York Henry Holt Co. Reprinted in Fisch, M.H. (ed.), 1951, Classic American Philosophers, New York Appleton-Century-Crofts. Van Valen, Leigh M. and Virginia C. Maiorana, 1991. HeLa, a new microbial species. Evolutionary Theory 10 71-74. オリジナルページ これは Index to Creationist Claims, edited by Mark Isaak の和訳です。
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●シュライエルマッハー さて、哲学の中で(さっき野家さん出てきたけど)解釈学っていうものがありますよね。これがどういうものとしていま受け取られているか。例えば、科学をどう解釈するかという問題は、科学解釈学という分野が行われていまして、野家さんはそのタイプの解釈学をやっています。 でも、そもそも解釈学というのは何なのか。一番古く、歴史的に解釈「学」の対象としてあったのは、固定された表現、つまりテキストです。それは何のテキストかって言うと、古代の法律、法解釈、それから聖書、それから色んな文書とか遺跡とか言った文化資産、そういうものを技法的に理解していく「技法」の集まりとしての特殊解釈学というのが、最初にありました。 それに対して特殊解釈学を、一般解釈学にしようと(一般というのはいかにも科学が好きそうな言葉ですが)拡大するという試みが、17世紀に現れます。では、一般解釈学とは何かって言うと、要するに、一般的な技法の原則や規則を整理しようとする試みです。特殊解釈学が行っていたのは、個々のテキストの解釈でしたが。そこで用いられる技法の一般的なものを一般解釈学は研究します。これは言い換えれば、理解の一般原則を考えるということと、つながるわけですよね。 解釈というのはもともと、理解できるようにする、我々が分かるようにするという話です。それを技法という立場からやっていたということは、我々の理解を、技法のレベルにおいて一般化することによって成立させようという流れが一般解釈学の背景にはあったわけです。 この一般解釈学の理論を提唱したのが、フリードリヒ・ダニエル・シュライエルマッハーという長ったらしい名前の人なのですが、彼がそれを行ったのは、19世紀初めです。では、18世紀に解釈学はどういう位置づけだったのかというと、文献学、神学、それから法学、そういうものの予備学として考えられていました。訓練課程として、技法の側面が強かった。そんな解釈学を、もう一度、哲学的なコノテーションの中で考えたのがシュライエルマッハーです。シュライエルマッハーは神学者ですが、神学でも絶対精神ということを考えているようなタイプでした。彼は、理性とは別の所にある感情という独特の精神領域を考えるのが神学だと考えて、そこにおける絶対依存の感覚、感情というものを、宗教的なファクターとして考えた。まあ日本で言えばあれだよ。浄土信仰系の絶対他力、その全部丸投げという話を感情レベルで考える、ということに近いんですが、これを言ったのがシュライエルマッハーです。そしてシュライエルマッハーは、解釈学的循環というものを、神学の立場から必要性があると記しています。解釈とは、部分と全体が、お互いを追いかけっこする形で進むしかない、お互いに絡み合うことが解釈の原則だと言っています。 ……あの、シュライエルマッハーちゃんと読んだことが無いのはっきり分からないんですけど、このタイプの循環の神学的な一番の典型は、じつはキリストなんですよね。作られた子だけども神様であり、これがスタートになって世間が全部作られるという、よく分からない三位一体の理論というのが、(更に言うと、プロテスタントのタイプではキリストが中心になりますんで、部分から全体というその推測の形、要するに父なる神とその子キリストをスタートにした循環の形というのが)神学に対して影響を与えるんですけど、それと多分パラレルな関係にあったと思います。この話は後にカール・バルトなんかが問題にする話でもあります。 ●ディルタイ、ハイデガー、ガダマー で、これに対して、哲学の方でこの解釈学を受け継いだ3人が、ヴィルヘルム・ディルタイ、マルティン・ハイデガー、ゲオルグ・ガダマーですね。この3人が、哲学的解釈学の元になりました。前も言いましたけど、ディルタイは精神科学という議論をやって、さっき言ったコントが言った社会科学が対応しているものの解釈という部分を精神という領域をベースにして考えた。そして、そこにおける精神科学の一般的方法を、どう取ろうかと考えた時に、解釈という手法を考えたんですよ。だから、ディルタイにおいては解釈学とは何かと言うと、精神科学の方法論なんです。ディルタイはそう考える。だから、理解をするうえで我々の精神というものをどう取るかということが問題になる。それから他者に対する理解の仕方をどうするかと言った時に、ディルタイは、感情移入という話を基礎に置くという形で、シュライエルマッハーの解釈学的循環の構想の影響を強く受けて行きます。 そして、精神科学は普遍性を帯びるんだけど、そこには、世界感覚の話、万人に対する統一をどうするかという問いと、これに対して社会の個別性という問題があった。これがずーっと壊れたままだった。何とかこれを一致させようという形で、その一致を、生成という形で考えようとしたのが、ディルタイの世界観という議論だったというのが前回した話です。 このディルタイの解釈学に対してハイデガーは、解釈とは、解釈内容の問題じゃない。解釈とは「解釈する」という行為である、と言った。解釈という行為においてハイデガーが着目するのが、先ほど述べた解釈のタイプの1番目です。つまり、解釈とは「あらかじめ分かっているものを、ちゃんともっと分かるようにする」ことであると。これを人間自身の構造に対して考えるのがハイデガーです。(1927年の、つまり『存在と時間』を書いたときのハイデガーとして考えてください。)このハイデガーが考えていることは、先行している理解、漠然と先行している理解を、もっとはっきりしたものに変えていくということ、人間存在というものだ。だからダーザイン(現存在)は、漠然と考えていることをもっとはっきりやっていく。漠然とっていうことを、分かっているっていうことを、本当に正しいことにするにはどうしたら良いかと。いま漠然と理解しているという状況に対して、体験に即した形で、そこにある事象に即した形で、その「漠然と」を作り変えていく。意味の知恵とか理解知恵とか言われているものを作り変えていくんですね。そういう形で、自分自身を解釈によって改変していくというのが、ハイデガーの言っている現存在の、その哲学的営みだと言うことです。 ですから、ハイデガーの場合は解釈という行為は、漠然とした理解、先理解とか、先視とか先入見とか、前もって投企されているときの理解に対して行われます。要するに我々自身が世界にくっついた時に、それによって自分自身を改変していくということが積極的な、本来の人間のあり方だと考えるのが、ハイデガーの存在論的解釈学という立場です。 この話は現象学年報に載っていたんですけど、ハイデガーは他からの余計な話が入らないそこにある根本的な経験そのものの、持っている構造から来る先理解・先入見を、フッサールの言っていた自然的理解と同一視した訳ね。前提に立てた存在的前提を抜きにして、そこに行こうという現象学との繋がりを考えたから、これを現象学的解釈学とも言います。 ところが、ハイデガー自身は、ある意味で解釈という、現象学自身は一つの方法論的な色合いが強かった。解釈という行動をする時の、一番底にある事象自体へ向かう方法です。しかし、フッサールは、現象学を方法論とすることは大嫌いだった。方法論じゃない。現象学という営みそのものが、一つの問題なのだと。だから人間の根本存在じゃなくて、世界の意味自体をきれいに綴ったのが現象学であるとフッサールは言う。ハイデガーは意味ということ自身を、人間がそこに存在しているという(ハイデガーには、存在者と存在の区別とか、めんどくさい話がいっぱいあるわけですが)、そういう形で現存在に限定した。その部分に、意味の生成という一般的な形での現象学を受け継いだ。そういう経緯で、ハイデガーとフッサールの間でケンカが起こったという話があります。 そして、さらにそれを受け継いだのがガダマーですね。ガダマーは、ハイデガーにほぼ依拠しているんですが、存在論的というコノテーションを無くします。ハイデガーの場合、理解が、現存在と存在要件っていう話になっちゃったわけだ。それをガダマーは、あくまでも経験というレベルにおける理解、つまり人間の存在様態の基本的なものだと考えるんだけど、人間の世界経験と、生活実践の様態というふうに読み換えます。だから、ハイデガーの言うところの、根本、存在、主体というレベルじゃなくて、いまここに漂っているレベルでの実践、経験と生活実践(フッサールが後期に生活実践に関心を移したように、ハイデガーもやはり後期に、根源へ根源へというのは無茶だと思って、詩的世界に入って行くのですが)、いまここで動いているという形の実践の方に行くのが、ガダマーの態度なんですね。ですからガダマーの態度の中では、解釈学はあくまでも現実的な経験の理論――つまり経験とは何かといった時に、そもそも経験っていうのは理解されないといけない、我々にとって、解釈されないと経験にならない。そこにあるものそれ自体が経験ではないのだ、という形で、始まっていくわけです。 この段階で、解釈という言葉が、サイエンスの場合とどう対応するんだろうという問題が起こるわけですね。 ●科学者は科学の「イメージ」と「規則」に閉じている? ガダマーが解釈について言った話と、バシュラールが科学的精神について言った話、構造的に似ているでしょ。バシュラールが言う、科学的精神が世界と接続する仕方、これをガダマーは解釈、理解という言い方をしている。バシュラールとガダマーの、そのベースは何が違うのか。まあこれ僕の意見ですけどね、ガダマーにおいては、解釈という言葉より理解っていう言葉の方が非常に日常的なわけですね。理解っていうのは我々が目で見て取れる、見て取れるということを通して私が変わっていくという風に思っている。だから解釈というのは物語。理解できるというのはぱっと理解できる、「見て」理解できる。 ところが、サイエンスの場合に理解は「見る」ではなくて、はっきりと「行う」なんですよね。だから操作的理解とか、規則的理解とか、そういう語句が入ってくる。そうした時にバシュラールの場合は、ベルクソンのイマージュの概念とつなげるんです。イマージュっていうのは、「見る」と「行う」のどちらにも使える概念です。イマージュっていうのはイメージだから、我々が見て取れる概念ね。でもベルクソンのイマージュの概念には、存在論的コノテーションが入っていて(入っているという読み方ができて)、我々が見てとれなくとも、イマージュという一つのシステムはあるという風に考えることができる。だから、科学的、認識論というかエピステモロジーは、やっぱり世界を理解するものなんだけど、その理解ということの根本のイメージが違う可能性がある。 例えば、数学者が抽象的な数学を考える時に、昔は幾何を持ってきたのが基礎だったのね。幾何っていうのは絵に書いて見ることができるんですよ。文章にする以上にたくさん情報が入ると思って、幾何が一番のベースになった。ところが代数学が発展して、それでは当然抑えきれない所が出て来る。抑えきれないんだけども、それを進めなきゃいけない。新しいものは、いま書いてあるものから機械的に出て来るものじゃないから、先理解みたいなものを、つなげる形で作んなきゃいけない。そのつなげ方のなかの分からない所を科学的精神という言い方をしている可能性が高い。 だからあくまでもこの「科学的精神が世界と接続する」という議論は、我々が個人に戻った時に分かるというのが前提になっているんですよ。だから、意味が中心になっている。しかしこの意味というのは、この解釈学における意味なのかと。つまりイメージ、視覚化できる、ぱっと被せて捉えられる、という理解における意味なのかと考えると、問題が起こるんですよね。 「一望のもとに」という言い方があるように、理解を「見る」とするといろんなファクターがいっぱい入って一つのイメージになるんです。ライプニッツが、理解に対する根源についての議論の中で言っていたはずなんだけど、基本的には「見る」じゃない理解というのは混雑した理解と言われていて、下までいっぺんに届かないとダメなのね。最後まで神様が出て来る。 ところが「この一望のもとに」は、イメージの形で出る場合と、規則に出る場合があるんですよ。規則においては、例えば文の抽象的な論理という形で。イメージと規則の二つは、「この一望のもとに」の両極で、バシュラールが言っている科学的精神は、このどちらでもあるしどちらでもない。我々が科学的精神を理解するということよりも、そこにおいていろんなものがつながるということ、しかもそのつながりが、事実としてそこにあるからつながっているという現実のレベルじゃなくて、可能性とか物語と言われているレベルで繋がることとして、あるんではないかと。 そういうようなコノテーションから考えると、ハイデガーが後に現象学存在から、詩学とか訳の分からないような話に移っていったような感覚というのももしかすると(ハイデガーの細かい所よく分からないんだけど)、可能性とか物語と言われているレベルで繋がることにあるんじゃなかろうかと。現代において「理解」という問題に対して、イメージと規則のどちらでもないものは、例えば、身体的理解とかです。ここでの身体とは、肉体としての科学のレベルで解釈されて、科学を通して理解されるものではなくて、身体そのものが理解されるという(よく分かんない概念ですけど)精神の身体性みたいなものです。 問題なのは、「解釈」を科学に適用する場合、科学の解釈学と言われる場合にとられるのが、「この一望のもとに」という次元での「イメージする」という態度なんですよ。もしくは、「ある規則に従う」というなんですよ。 それに対して、例えば私の先輩にあたる吉岡斉さんは『科学社会学の構想』という本で、世界を変えていく、社会を動かしていく、という動きのなかで科学者は自らのイメージ・規則の中に閉じているということを社会科学で考えている。つまり、科学者のもつ閉鎖性への批判です。科学というのはきちんとそれなりの費用対効果があるのか、それだけの費用をかける価値があるのか、そもそも費用を要求する科学者の動機というのは何なのか。ノーベル賞が欲しいからかもしれない、大学でポストが欲しいからかもしれない、論文を書くために資料が欲しいからお金が要るのかもしれない。そういういろんなことを絡める形で、科学を社会現象として見ていく。アプローチとしては自由なんで、それが悪いとは言いませんが、それが科学の全部だと言われると、「何だコノヤロー」という感じです。 ●解釈学的循環 解釈学的循環の話でちょっともう一回触れておきますね。それはシュライエルマッハーの用語で言うと「部分と全体の絡み合い」なんですけど、単純に言っちゃうとディルタイの場合は、もちろんストレートにシュライエルマッハーを受け継ぐ訳です。この「部分と全体の絡み合い」について、彼は二つの系統を提起します。一つは、もう解釈学は限界だと。部分と全体というのはどうしても常に絡まってしまう。どうしようもありません、という系統。もう一つは再直的な循環です。さっきの感情移入の問題において、私の理解と他者の理解がある。この他者の理解を私に持ってくると言っている(私の方が常に他者の理解というのを私に持ってくる)。絡み合いを私という部分に落とすという形式。この垂直的な循環という形式は、そのまま世界観という話につながります。垂直的な循環に関しては、ディルタイは断片的な事しか書いていないんだけど、そこにおいてこそ、意味の創造・生成って事があり得ると。だからそれが世界観という概念につながっていく。――というのがデュルタイにおける、とりあえず教科書的な解釈学的循環の話です。 ハイデガーの場合は、さっき言った「あらかじめ分かっているものをより詳しく分析する」ことが解釈ですから、あらかじめ何かが分かっていないといけない。漠然とでもいいから理解しないといけない。つまり、理解というものはゼロから組み立てられない。これがハイデガーの言う意味での、解釈学的循環です。だからその先行的理解を、ハイデガーは解釈学的状況という言い方をしています。 ガダマーの場合は、前も言ったけど、すべての我々の理解というのは、何らかの今言った解釈学的状況、先行理解の地平の中に囚われているとします。つまり文化的、社会的、歴史的相対性の中にある。だから先入見というのが無ければ、我々は解釈というのをそもそもやることができない。だから先入見自身は、ただ経験を通して更新されていくと。つねに経験によってそれ変換されていくと。そういう意味で、「先入見自身の中に入っていく先入見を作りなおす」という形をとるのがガダマーの言っている解釈学的循環の話です。この解釈的地平という理解の維持という話は、パーソンズが言っている構造機能主義における構造の維持という話と、まあ形式的には合う訳ですよね。そういう所を、解釈という形の内容という形を取り込もうとして、オートポイエーシスとかはやっているわけです。 まあだいたいこういう所が、解釈学のベースというか、解釈という形の問題なんです。 ●「一望のもとに見る」理解と、それを壊しうる解釈 今言った解釈で僕が言ったことをもう一回まとめて考えてみますね。まず解釈学においてもっとも重要になるのは、開放性っていう概念をどういうふうに解釈に対して関係させるかなんですよね。つまり、あるものがあってこれが事実ですよと。これらは二つ違うものですよと。この二つをどう考えるかっていうことなんですよね。 真理っていうことがもう世界にそのままあると。内容まで含めて完全にあるんであれば、それをただ発見するだけです。つまり、オープンだって事は、我々が無知である、ということでしかあり得ません。でもそうなのか、そもそも解釈をしていくということが持っていくということは、我々が有限の立場でしかできないですよね。さっき言った先入見とか、それからもっと広い意味での解釈学的状況、社会的、文化的影響というものに囚らえられてしか世界に接することができない。逆にそういう制限があるからこそ、それがさっき言った解釈における、社会的、文化的な所与性っていうのが出て来た時に、この所与性をもとにして我々は、自分の経験を構成するし、経験という形を構成して、それによって解釈を変えていくわけですよね。この経験を構成することのなかに当然、探究ということが含まれるわけです。客観的事実の探求ということは、この経験の構成のなか以外にありません。「それを超えた客観的事実がある」と言うことは自由です。でも「ある」という主張自体は、経験の構成の中でやっている話です。だからそう言うことは誰にでもできる、それをスローガンにしても構わない。ただそれをスローガンにしたって、それが実体的な何かを我々に与えるわけじゃないですよね。神様という言葉を言ったところで、神様を創造できるわけじゃないです。同じように、解釈ということを通して、経験の有限性とか局所性を超えていくという「開放性」ということが当然出て来る。そこを目指すということが、解釈を能動化させる。解釈をする、ということの問題になるわけです。 だからさっき言った、理解における「この一望の元におさめる」というイメージ・規則を持つ我々は、この開放性に対して、非常な危機感というか、不安感を感じるんですよ。一時期、ポストモダンが流行った頃に、宙吊りって言葉がありましたけど、宙吊り状況とは、我々に非常に危機感を感じさせる心理的なファクターなんだと。まあこれは、日本人にも当てはまるかどうか微妙なんですけれども、西洋人にとって宙吊りは非常に嫌な事態なんです。例えばハイデガーは、エルデ(大地)という、地に足を付けて我々がここに立っているという概念を出します。要する我々は精神的な安定性をどこに見出すかと言ったら、「一望の元に見ることができる」という視点であると。その視点が、常に我々の安心立命を立ててくれると。この安心立命の立て方として、解釈もありうるわけです。つまり、世界自身が本当に動いているのだとしたら、私の理解の仕方も動いている。私自身が変わっているということに対する危機感、常に私が壊れるかもしれないという危機感に対して、安心させる、その装置として解釈を使えということもある。けれど、解釈というのはその安心を壊すためにも使える訳です。私自身を変えていくためにする解釈。 例えば、禅の坊さんが、悟ったときに何が変わったかという話で、悟りの瞬間は天地が裂けたような音が聞こえて、目の前が変わったように見える。でもいつもと食っているものは変わらないし、何が動いたのかも分からない。何が変わったか。見方が変わった。その見方が変わったと言うのは、条件的な見方の変わり方じゃない訳です。見方の地平そのものに対する態度が変わった。ということね。 禅の仏教には北宗禅と、南宗禅というのがありまして、両者は宋の時代に分かれたんですが、南宗禅は頓悟を言います。ある時、パッと悟るのが頓悟です。それに対して北宗禅というのは、次第に段階を経て悟るとする。この北宗禅/南宗禅の比較は、ある意味で、理解、解釈もしくは、さっき言ったパラダイムの言語ゲーム論なんかの議論の中に入るように考えられるんですけど、そこにおける非連続性の話と、その前を飛び回っている連続性の話の両面を取っていると考えた方が良いでしょう。修行という、生活をギリギリまであるファクターに落としていった所で起こることを見ようとしているのが、禅だと考えることができます。(ガダマーなんかも生活体験って言っていたけど。)そういう限りで、能動的な解釈というものは、自己の開放性である可能性を含む。つまり、自己の危険性を持つものを常に含むんです。 ですからハイデガーが、アングスト(不安)という話をやった時、彼は不安があるからこそ、それに対してエルデ(根本)という話を出してすわけですが、もしかするとあれは不安の解消だったのではないかと。我々は不安を不安のままで生きるしかないんじゃないか、という見方に対して、やっぱりキリスト教においては、不安をずっと引きずって生きていってというのはマイナスなんですよ。天国の話があるからね。 でも、意外と仏教ってそうじゃなくてね、前話したかな、京都の大原の三千院に行ったんですよね。大原の三千院に阿弥陀様があるんですよ。阿弥陀仏っていうのは極楽浄土に連れて行ってくれると。だから天国の話だとみんな思っているんだよね。で、そこでたまたま夕方までずっと6時間くらいぼーっと寝てたんですけどね、お庭見ながら。帰ろうかなーと思ったら、なんか偉そうな坊さんが偉そうな社長さんみたいな人たちに解説しながら歩いてきたから着いて行った。そしたら、阿弥陀様が置いてある舟形像という所に行った時に言うわけですよ。みなさんここに阿弥陀如来様がおられました、阿弥陀如来様は我々を極楽に導いてくれますと。極楽に導かれるにはどうしたら良いか。修行しないといけない。でも、世の中で修行するのは大変だと。会社の経営もあるし、家族の問題もあるし、金の話もあるし。それから人の知らないいろいろあって、邪魔になるでしょうと。邪魔になっても良いから、出来る時に修行しましょうと。そうすれば、阿弥陀様が必ず来てくれて、そういうもののしがらみがない極楽という所で“修行を続けるために”あなたを連れて行ってくれますよと、そう言ったんですよ。極楽に行ってそこで万歳じゃないのね、極楽に行って、そこでまだ修行するんですよ。極楽とは、修行の理想的な状態を与えてくれる場所だっていう。まあこれはなかなかすごい発想だと思いましたね。 つまり、いつでもそれが発展的に伸びていくという感覚、それが自由っていうことの一つの感覚だと。解釈ということが、開放性によって次に何が繋がっていくか。次に何が繋がっていくか、といっても、「一望のもとに」という具体的な制限の中に入ってしまっていると、その一望の中にしかいられない。一望のもとを超えることができない。一望のもとを超える、もしくは一望のなかの、細かさで見えない部分をほじくって、顕微鏡で拡大してもっと見る。そういうことができるためには、具体的な何かが要るわけです。 その具体的な何かという所に足を触れることが、いくつもパターンがあるんだけど、その第一歩というか、知という形とくっついたパターンが、じつは科学における実験と観察だったんですよね。まさに解釈というもののもとに、実験という対策が入ることで、初めて科学という形になったわけです。 でも、さっき言ったこの「一望のもとに」のイメージ、あるいは個々の実験における理解と、数式というタイプの目で見えるメタレベルの理解が、我々の通常の理解とは違う方向へ進んでしまっているというのは科学の一つのあり方なんです。 ふつう逆に考える、下の科学の方が、科学者は、数式とかそういうもので理解しているから、我々がそれをメタなレベルで日常につなげましょう。だから科学を社会のなかに置きましょう。――科学を理解する哲学はこう言っています。でも、逆かもしれない。我々の通常の理解ということの関係を、相関を考えてください。その相関が科学的な方向で出て来るということはあり得るわけです。そちらの方向で科学を見るという形は、どうなんだ。これは二つの見方の衝突になる訳です。 「資源の有限性、財政の限界を、開いていこう、能動的に拡大して行こう、それは現実的にプラスの価値なんだ」。それから他者の領域を侵すという問題。生物学的に言うとニッチね。ある生物が、自分のニッチを広げていこうとする、自分の縄張りを広げていけば相手の縄張りを侵食せざるを得ないから。ということは、禅なんだろうか、という問いが当然起こる訳です。 で、それに対してマイナスが現実に起こっていることは事実なんです。ですから、その方面ではこちら側のメタレベルに科学そのものを解釈の次元に置くという話では解決はできない訳ですよね。いや、できるかもしれない。でもそれはすごく違う見方をすることになる。 例えば、よくあるタイプの話で、SFで未来世界に行くとコンピュータが管理していて、人間の精神じゃなくてコンピュータの合理性によって人間が管理されていると。コンピュータの代理人になっている裁判官とかエリートの人間って見ているとものすごい非人間的でね、我々にマイナスになる。だからそうじゃなくて人間の心を持ったヒーローなりヒロインが出てきて非人間的なそいつを打破して人間の自由を確保するとか。あるいはエクソダス。脱出して、新たな新転地を求めるというタイプの話があるけども、そういう(人間性と背反するような)「理解」の可能性があることは、生物学的人間に対して大丈夫なんだろうか。そういうことが実は科学社会学の本来の問題の位置だと僕は思うんです。バシュラールはそれについて、科学は斉一的な、揃った形のシステムでは進んでいないと言った。科学自身が「一望のもとに」という形を取っていないんです。でも、我々がこの世界に対して対処するためには、ある形の一望性、一望性を確保できる局所の中でしか、世界と我々は関わらない。 次回はまた科学社会学のお話を、今言った話の方から考えながら少し議論してみたいと思います。もし興味がある人がいたら、『科学を考える―人工知能からカルチュラル・スタディーズまで14の視点』をどうぞ。いま科学社会学というのは本当にバラバラな学問なので、前の方はサイエンスというか、心理学とかの分析なんですよ。真ん中に図書館情報学とかそういうやつの話があって、最後の方に戸田山さんとか玉田さん、小林さんの話が入っています。それからもう1冊、『科学社会学の構想』という吉岡さんの本だけども、これは完全に通常の科学哲学に対して科学者の立場からケンカを売っています。つまり、実学としての科学社会学の可能性を、虚学としての哲学に対して物申すという本です。これを読みながらどうやってこのケンカに対処しようかと悩んでいたんですけども。 もし興味がある人がいたら、こういう本を眺めていただいた方が良いかと思われます。ではまた来週。
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前ページ次ページプレイレポ/OCC/ファラオがオラクルでルネッサンス #ref error :ご指定のページがありません。ページ名を確認して再度指定してください。 大科学者生産では、うまずたゆまず、ひたすら科学者2を置き続けるだけ。 ヘンジの+2大予言者ポイントは固定なので、科学者側のターンを減らさないようにするしかありません。 金山ありなので、前提技術をできるだけ埋めるために金も同様に置きっぱなしになります。#ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/専門家/scientist.png)#ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/専門家/scientist.png)#ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/資源/gold.jpg) 聖職後は遺産技術で秘匿されやすい石工術を開発し、同様に次は数学。 ここまでが最低限ほしいラインです。+αがないとまだ厳しいですが。 #ref error :ご指定のページがありません。ページ名を確認して再度指定してください。 64ターン アルファベット開発完了(AIが) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (../画像/washington.jpg) このターンにアルファベット完了したわけではないかもしれませんが、見つけたのがここでした。 かなり早いほうです。ありがたやワシントン。 さっそく交換を持ちかけてみますが、手持ちの数学、神秘主義、石工術では無理なようすで半泣き。 数学を研究中で評価が低い可能性もあるので、逆に数学で何をくれるか打診してみたところ 畜産、漁業、狩猟などそれなりの量をだしてきたので研究中というわけではない様子。 とりあえず神秘主義をプレゼントして、よりビーカー数の多い多神教をテーブルに出せる状態にします。 アルファベット交換に使うつもりで研究していた一神教は毛沢東が創始しもってるはずなので研究中断し アルファベットにビーカーを注いで交換を促します。 65ターン アルファベット、一神教獲得 かじりかけアルファベットと多神教と石工術でなんとか交換成立しました。 ふう。 あわてて条件を揃えてもまだ偉人はでないんですが 交換を急がないと相手が数学の研究をはじめてしまい どうにも交換ができなくなって頓挫する場合があるので急ぐにこしたことはありません。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/指導者/btn_lh_america_washington.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/alphabet.jpg) ⇔ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/masonry.jpg)#ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/polytheism.jpg)#ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/mathematics.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/指導者/btn_lh_egypt_ramassesii.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/指導者/btn_lh_china_maozedong.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/monotheism.jpg)#ref error :ご指定のページがありません。ページ名を確認して再度指定してください。 ⇔ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/mathematics.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/指導者/btn_lh_spain_isabella.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/meditation.jpg) × Xデーは70ターン 残りの技術は瞑想。 イザベルが秘匿してだしそうにないので、自力研究を進めることにしますが4ターンかかる様子。 また、大科学者(確率75%)の誕生はあと6ターンもかかります。 予言者にふっちまえよ ・・・悪魔のささやきに乗ることにしました。金山は外せないので都市を飢饉に陥れながら追加で予言者を2人配置。 これで偉人が4ターンで生まれます。おおぴったり。 ヒッヒッヒ 68ターン 脅し #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (../画像/mao1.jpg) まじかよ・・・ コンビニにプーアル茶を買いに行くほど悩んだ挙句、組織宗教を採用している毛でも2ターンでつくることはあるまいと判断し あげることにしました。 69ターン 確定 #ref error :ご指定のページがありません。ページ名を確認して再度指定してください。 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/専門家/great_priest.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/theology.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/専門家/great_scientist.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/paper.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/建造物/oracle.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/education.jpg)#ref error :ご指定のページがありません。ページ名を確認して再度指定してください。 しばしばこのタイミングで異国の地で完成するから困ったものです・・・ が、今回はセーフ。32%に跳ね上がった大予言者レートも乗り越え、無事に大科学者が生まれました。 今回はわずかでも成功確率を下げたくないので、繰越の小技はナシ。 さっそく身投げして神学。続いて紙を手に入れます。 さらに残り1ターンのオラクルをキューに入れ専門家を元に戻してターンエンド。 自由主義などの一番乗り技術で同時だとAIに負けることがあるみたいですが 遺産は大丈夫・・・たぶん 70ターン 完成 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (../画像/education1.jpg) ああ完成しやがったか、フン 連続ジャンプとヘンジの文化圏、二つの遺産そのものの得点によって 一時的にスコアトップクラスに躍り出てしまいますが AIの拡張が進むにつれて定位置に落ちるので大丈夫です。 ここまでの技術 手持ち #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/agriculture.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/the wheel.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/mysticism.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/mining.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/pottery.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/writing.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/polytheism.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/priesthood.jpg)-開発 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/priesthood.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/masonry.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/mathematics.jpg) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/monotheism.jpg)(途中までで交換) → #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/meditation.jpg)-交換入手 #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/alphabet.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/monotheism.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/bronze working.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/fishing.jpg)-ジャンプ #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/theology.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/paper.jpg) #ref error :ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (アイコン/技術/education.jpg) もしものときのリカバリー 二人目で大預言者が出てしまった場合は教育はあきらめますがたぶんリカバリ可能です。 一人目神学ジャンプ、二人目キリスト教聖廟、オラクルで紙を取得して宗教建造物プレイ 一人目神学ジャンプ、二人目法律ジャンプ、オラクルで官吏を取得して早期官吏ブースト ←前へ 次へ→ 前書きへ コメント 70ターンで教育。すげぇ -- 名前
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名前:沙羅 年:?? 性別:女 身長:43 体重:ナイショ 体力 : 8 敏捷力: 8 知力 : 15 生命力: 8 基本致傷力 突き:1D-3 振り:1D-2 基本移動力:4 所持ゲージ:10 所持CP:100 妖精基本セット 翼での飛行(30CP) 永久縮小 Lv. 1(-20CP) 有利な特徴 (104CP) 長命(5CP) 容貌 魅力的 (+1)(5CP) 鋭敏感覚 Lv. 1(5CP) 記憶力 Lv. 2 MaxLv. 2(60CP) 言語能力 Lv. 2(4CP) 時間感覚(5CP) 動物共感(5CP) 方向感覚(5CP) オーラ感知 L1(10CP) 不利な特徴 (-40CP) 危険な使命 (-20CP) 嫌な行動(物を隠す) Lv. 1(-5CP) 社会的弱者 Lv.1 (-5CP) 書物への義務感 Lv.1(-5CP) グルメ(-5CP) 癖(-5CP) ・尻尾握られると墜落する ・密かにえちい本隠し持ってる ・衣服の類を着たがらない(最低限のみ ・ティーカップはお風呂代わり ・ぬる目の緑茶が好き 技能 (26CP) 管理(精・並 1CP Lv. 16) 地域知識 /書庫(精・易 1CP Lv. 17) 礼儀作法(精・易 1CP Lv. 17) 考古学(精・難 1CP Lv. 15) 言語学(精・至 1CP Lv. 14) 神学(精・難 1CP Lv. 15) 神秘学(精・並 1CP Lv. 16) 魔術理論(精・至 1CP Lv. 14) 動植物知識(精・難 1CP Lv. 15) 文学(精・難 1CP Lv. 15) 歴史(精・難 1CP Lv. 15) 錬金術 / 7(精・至 1CP Lv. 14) 記録(精・並 1CP Lv. 16) 身ぶり(精・易 1CP Lv. 17) 言語(日本語) /*(精・並 1CP Lv. 16) コンピュータ / 7(精・易 1CP Lv. 17) 妖怪知識:生物・*(精・難 1CP Lv. 15) 妖怪知識:社会・*(精・並 1CP Lv. 16) 隠匿(精・並 1CP Lv. 16) 鍵開け / 7(精・並 1CP Lv. 16) 偽装(精・易 1CP Lv. 17) 探索(精・易 1CP Lv. 17) 動物使役(精・難 1CP Lv. 15) 荷役(貨物運送)(精・並 1CP Lv. 16) 妖力感知(精・至 1CP Lv. 14) 妖術感知(精・至 1CP Lv. 14) コネ 万葉堂 メモ: 図書館に潜む羽虫。ぱたぱた漂い時折お手伝い(時給は1マナ) 緑茶風呂が好きで、本読むのも好き。なので大抵の本は読み潰してたりする。 一応飼われてたり使い魔だったりする。
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百詩篇第4巻 5番 原文 Croix, paix1, sous vn accompli diuin2 verbe3, L Hespaigne4 Gaule5 seront vnis6 ensemble. Grand clade7 proche, combat tresacerbe8 Cueur9 si hardi ne sera qui10 ne tremble. 異文 (1) paix Paix 1672 (2) diuin Divin 1672 (3) verbe Verbe 1611B 1672 1981EB (4) L Hespaigne 1555 1557U 1840 Espaigne 1557B 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1668A, L Espaigne 1568 1590Ro 1591BR 1597 1600 1610 1611 1716 1981EB, L Espagne 1588-89 1594JF 1605 1627 1628 1630Ma 1644 1649Xa 1650Ri 1653 1665 1672 1716, Espagne 1668P (5) Gaule Gaules 1605 1628 1644 1649Xa 1653 1665 1672 (6) seront vnis vnis seront 1594JF (7) clade classe 1557B 1589PV 1590SJ (8) tresacerbe tres-acerbe 1600 1630Ma 1772Ri, tres-accerbe 1610 1716, tres acerbe 1594JF 1627 1644 1650Ri 1653 1665 1981EB (9) Cueur 1555 1594JF 1840 Coeur T.A.Eds. (10) qui qu il 1588-89 日本語訳 十字架は完全なるみことばのもとで平和に。 スペインとガリアはひとつにまとまるだろう。 大災厄は近く、戦いは極めて過酷に。 動揺しないほどに豪胆な者などいないだろう。 訳について 1行目は前置詞などが不足している。ここでは、ピエール・ブランダムールやジャン=ポール・クレベールの釈義およびリチャード・シーバースの英訳に従った。ただし、みことばに不定冠詞 un が付くのは不自然であり、彼らの釈義や英訳では定冠詞に置き換えられている。 また、前半律の区切れ目が un までなので、「みことばによって成就された一人のもとで十字架は平和に」 あるいは 「一人の下で十字架は平和に。みことばが成就される」 などと読むこともでき、エヴリット・ブライラー、ピーター・ラメジャラーらはそちらの読み方を採用している。この種の読み方を最初にしたのはジャン=エメ・ド・シャヴィニーである。 既存の訳についてコメントしておく。 大乗訳について。 1行目 「受難が神のことばの成就のもと平和になり」(*1)の 「受難」は Croix を意訳したものと思われるが、疑問である。確かに、十字架はイエスの受難の象徴なので、そういう意訳も可能だろう。しかし、十字架はそれ自体がキリスト教の象徴にもなっているのだから、とりあえず「十字架」と直訳しておくほうが妥当ではないだろうか。 3行目「戦いが手近になり 非常に激しい戦いになる」 は誤訳。clade を「戦い」と訳す語学上の根拠が不明である。これは17世紀のテオフィル・ド・ガランシエールが語学上の根拠を示さずに battle と英訳していたものを、ヘンリー・C・ロバーツがそのまま転用したことが元になっているが、支持すべき理由がない。 4行目「勇気なくおそれのうちに」 は言葉を端折りすぎだろう。 山根訳について。 1行目 「十字架 平和が神の一言で達成する」(*2)は直訳に近いが、このように読む場合、accompli の位置が少々不自然に思われる。 4行目「いかに豪胆な心もおののかずにはいられまい」は許容されるだろう。なお、Cueur (Cœur) は確かに 「心」 の意味なので、直訳として 「豪胆な心」 は正しいが、フランス語の場合、特定の心や性質の持ち主のことも指す。当「大事典」で「豪胆な者」と訳したのはそのためである。 信奉者側の見解 ジャン=エメ・ド・シャヴィニー(1594年)は前半を偉大な君主アンリ2世のもとでスペインなどとフランスが講和したカトー=カンブレジ条約 (1559年) と解釈し、後半は1562年にユグノー戦争 (1562年 - 1598年) が勃発したことと解釈した(*3)。 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、他の登場箇所と同じようにみことばをギリシア語 theologos と同一視して 「神学者」 の意味を導き、有名な神学者が現れ、その統治のもとでキリスト教諸国に平和がもたらされることを1行目で予言しているとした。しかし、残りの部分については「平易」で片付けた(*4)。 アナトール・ル・ペルチエ(1867年)は、未来に現れる名君 「偉大なケルト人」 に関する詩の一つと位置づけ、神託が成就される時に訪れる平和と勝利についての予言とした(*5)。 マックス・ド・フォンブリュヌ(未作成)(1938年)は、近未来に起こると想定していたフランスの王政復古において王になるアンリ5世と、同じく王政復古を実現するスペイン(1931年に共和政になっていた)で新王となるカルロス5世についての予言としていた(*6)。なお、この解釈は1975年の改訂版(第12版)でも維持されていたが(*7)、奇しくもその年に王政に戻ったスペインで王位に就いた人物が名乗ったのはカルロス5世ではなく、「フアン・カルロス1世」 だった。 そのせいで、ということではないかもしれないが、息子のジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌは1980年のベストセラーでも、晩年の著書でも全く触れなかった。 エリカ・チータム(1973年)はスペイン継承戦争 (1701年 - 1714年) と解釈した(*8)。 セルジュ・ユタン(1978年)は、ナポレオン戦争の時期におけるフランス、スペイン関係についての予言とした(*9)。ジョン・ホーグ(1997年)も、その時期のフランスとスペインの関係とする説を中心に解釈していた(*10)。 同時代的な視点 ピエール・ブランダムールは前半について、キリスト教徒たちの間では、共通の敵 (おそらくトルコ) に対してフランス王と神聖ローマ皇帝 (この詩が出版された時点では、スペイン王は神聖ローマ皇帝カール5世が兼ねていた) が講和するといった状況が想定されていたと推測したが、後半の戦いについては限定していなかった(*11)。 ピーター・ラメジャラーは、『ミラビリス・リベル』に収録された偽メトディウスがモデルになっていると推定した(*12)。詩の後半は、その予言に描かれていたイスラーム勢力によるヨーロッパ侵攻のモチーフと関連付けた(*13)。 ※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。 コメントらん 以下に投稿されたコメントは書き込んだ方々の個人的見解であり、当「大事典」としては、その信頼性などをなんら担保するものではありません。 なお、現在、コメント書き込みフォームは撤去していますので、新規の書き込みはできません。 十字架(クロス)は2016年6月5日のグランドクロスを示しています。1999年クロス信奉者はラッパを吹くでしょう。 -- れもん (2015-12-13 12 43 03)
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教識学(理:vituacelyr)とは、リパラオネ教学の一つであり、主力である四学統の一つである神学分野。ヴィトゥアに由来し、将来的なヴィト派認識論を準備した。また、教識学はリパラオネ教的な占術理論の一つとして捉えられており、高い論理性は具体性を持った法としての教法学を補助している。 目次 概要 概念ヴィトゥアセ 平均ヴィトゥアと平均乖離率 派生抽象教識論 概要 ヴィトゥアは教識学の基礎となる概念であり、中世ファイクレオネにおいて興隆したクローマ文化の中で発達してきた。クローマにおいては、貴族にパトロンとして雇われる詩人になるために勉強する写字生(ヴォータグ)がスキュリオーティエ叙事詩を書き写すことから勉強を始めた。この際、書き写している文章が間違っていないか、文章のチェックサムを最後尾に付していた。それぞれの文字の総和を文末に付していたが、文字順や計算方法は詩学院ごとに違っていた。このためヴァルガンテ(valgante)が跋扈する時期になると、叙事詩のある一文を指す符牒として働くようになった。それ以来、ヴィトゥアは神秘的な数字(est vitua)としても扱われ始めた。 教識学は、このヴィトゥアを基本として、数的操作を通して、意味の解釈や比較などを客観的に行おうとしているとされている。 概念 ヴィトゥアセ ヴィトゥアが同じ文や単語は、意味が同じであるとみなされる。このようなもののことをヴィトゥアセ(vituace)と呼ぶ。 例えば、アレス式ヴィトゥアでは"cirla"「本当」と"carli"「了解」は15である。この二語は本質的には意味が同じだということになる。 平均ヴィトゥアと平均乖離率 ある文章の文ごとのヴィトゥアの平均を平均ヴィトゥアという。(|平均ヴィトゥア-特定文のヴィトゥア|/平均ヴィトゥア)*100を百分率で表記することで平均乖離率が出てくる。平均乖離率が高いほど、その文は文章全体の内容から乖離しているとされ、その文は特異的な記述であると見なされる。 文章 ヴィトゥア 平均乖離 carli carli carli carli 296 59% corsh corsh corsh corsh 292 76% carli carli corsh corsh 294 8.4% carli carli carli corsh 295 25% 平均ヴィトゥア 294.25 例として、以上の文章では二文目の平均乖離率が76%と高いため、この項目が特異的な記述であると見做すことができ、また三文目は平均乖離率が8.4%であるため、この文章全体の真意に近いものが書かれていると解釈することができる。 平均乖離率の比較をするなら、一文目と二文目は17%の差であるのに対して、一文目と四文目は34%の差であるため、一文目の内容は四文目よりも二文目のほうが全体的な内容と共に近いために、お互いの意義も近いものであると解釈できる。 派生 抽象教識論