約 3,363 件
https://w.atwiki.jp/touhou/pages/395.html
亀夫君問題 過去問集 150スレ目 タイトル募集中 150スレ目18~119 【問題】 てゐ「やほー。みんなのアイドルてゐ様だよー! (…ねぇ、鈴仙。こんなもんで良いかな? えっ、もうちょっと胸を強調した方が良い? んっ、分かった。…えー、こほん) やほー。みんなのアイドルてゐ様だよー! えっへん! 今日はみんなにこっそりと山の巫女の秘密をバラシちゃうよ! あの巫女達がなんで幻想郷に来たのか、 それにはあの山の巫女がある理由で推した事が、 大きな理由の一つになってるんだよ それをみんなに考えて欲しいんだ! 答えられた人には豪華プレゼント……を鈴仙がプレゼントするウサ」 「早苗が幻想郷入りに積極的に賛成した理由」と「その理由を招いた最大の要因」を答えよ。 解説を表示 【解説】 ~少女酒宴中~ ~少女酒宴中~ ~少女酒宴中~ 鈴仙「で、てゐ? なんであんたがそんな早苗の過去を知ってるのよ?」 てゐ「んー。そりゃまあ、出雲で会ってた顔馴染みだからねぇ」 早苗「ええ、それで色々教えてもらったんです。幻想郷の事とか」 てゐ「諏訪は諏訪で神在月なんだから、別に出雲まで来なくても良いのにさぁ わざわざ来るなんて、本当に真面目だよねぇ」 早苗「だって、多くの神様達にお会いできる機会だし… てゐさん達から幻想郷の話も聞きたかったし…」 てゐ「だからって、周囲の人から不審を買ってちゃ世話無いよ 私ならすっぽかすね。鈴仙でも多分すっぽかす。実際大抵わたしゃ結構すっぽかしてるし」 鈴仙「…そういやあんたら一応神だったのね」 早苗「失礼な! 私はれっきとした現人神…いや、もうやめましょう…」 てゐ「皮膚病と恋愛相談をやってるよ。みなさんも、出雲に来られた際は是非お立ち寄りを~ …しかし外の世界って不便なんだねぇ 学校とやらに行かなきゃ、根掘り葉掘り聞かれて、有る事無い事噂を流されるんだって?」 早苗「しかも信用して貰えないんですよ! 神無月なのに、 『一体どこに行っていたの? ママは心配していたのよ』とか、 『早苗! クールなダディにだけ正直に話してみなさい』とか、 『早苗ちゃん。先生は本当の話を聞きたいのよ?』とか 『早苗…酸素欠乏症に掛かって…』とか、 『…早苗ちゃん、見知らぬ男の人にホイホイついて行ったって本当?』 『早苗ちゃん、しばらくおじさんと暮らさないかい?ハァハァ』とか… お義父さんもお義母さんも先生もお医者さんも友達も近所の人も… ホントにひとっっっつも信用してくれないんだから!」 鈴仙「ふーん。あんたも苦労してたのね」 早苗「あぁ、鈴仙さん。分かってくれたんですかっ! そうです! 人を信じるって事はね、とっても大事なことなんです! あんなに信じて貰えなかったら、幻想郷に来たくなるのも当然ですよね!」 鈴仙「ああっ、もう。まとわりつかないでよ、鬱陶しい!」 早苗「私は神なんです。現人神なんです。私の言葉を信じないのは愚かなのです ←結論」 鈴仙「うわーもぅ。この巫女の酔い方、凄く性質がわるぃ~」 てゐ「…でも、年頃の娘が一ヶ月ほど家出したら、普通心配するよねぇ…」 じゃれあう二人の少女を尻目に杯を傾けながら、てゐは思った。 早苗はただ「信用されなかった」のではなく、ただ常識がずれていただけではないのか、と。 そも信用されていないのなら、『信じない』以前に誰も『聞いてくれない』。 その事を練達の詐欺師としての経験から、てゐは知っていた。 実は早苗は、とても心配され、とても「信じたがられていた」のではないだろうか。 と、ふと意地の悪い事を考え、てゐは哂う。 人間は成長する。そう、ほんの短い時間の間に。 彼女が成長し「大人」になった時、はてさて「少女」を信用してあげられるのだろうか。 そして彼女は思い知るに違いない。自らが如何に『信用』されていたのか、を。 さてその時になって、彼女はどのような表情をするのだろう。 その様子を見逃す手は無いね、とてゐは思い、ちらりと早苗を見やって杯を傾けた。 鳥は#神無月の憂鬱 タイトル募集中 150スレ目506~686 【問題】 レミリア「たまにはこんな催しもいいかもね」 レミリアの思いつきで始まった『ホテル紅魔館』 紅魔館に客を招いて、一晩接待するものだ 今宵の客は8人、紅魔館の宿泊部屋A~Hに泊ることになったである。 今日泊ったのは橙・ルーミア・妖夢・幽々子・ミスティア・ルナサ・メルラン・リリカ 【宿泊部屋の位置】 ___________________ ←厨房 通路 →図書館 ___________________ A|B|C|D| ↑ |E|F|G|H| _|_|_|_| 扉 |_|_|_|_| 外 ________□□□□________ 客門 -20 00- ???「ない、ないわ…」 夕食後、各自が部屋に戻った後の出来事である とあるものがなくなっていた 19時にはあったことが確認されていて20時にはなくなっていたそうだ 誰かが部屋の前を通ることに気づけるものと気づけないものもいる レミリアの前に連れていくために、犯人は誰でどうしてそれをとったか当てよう とったもの【○○○の○○】 ※同じ意味なら別の文字数でも可 【ルール】 証言【質問】は無制限、解答は3回まで(【解答】と書いてください) 23 00で強制終了 証言してほしい人妖の名前を言って【質問】してください (例:魅魔様証言してください → 魅魔「私はその場にいないから証言できないよ」) キャラのしゃべり方が違うのは気にしない 質問によっては規制がかかる (例:あなたが犯人ですか?、それは誰のものですか? → レミ「どうしても考えたくないなら答えてもいいわ」) 時間によってENDが変わります BAD END条件 23 00を過ぎる GOOD END条件 犯人特定+物を当てる+どうしてそれをとったか当てる(22 59までに解答) HAPPY END条件 犯人特定+誰の物か+物を当てる+どうしてそれをとったか(22 00までに解答) 解説を表示 【解説】 部屋割 Aミスティア Bルナサ Cメルラン Dリリカ E橙 Fルーミア G妖夢 H幽々子 犯人 紅 美鈴 理由 夕飯を食べてなくてお腹がすいていたから、厨房にあったフランの夕飯を食べた レミリア「フランの夕飯を食べた犯人はあなたなのね美鈴」 美鈴「は、はい…」 レミリア「一応、理由は聞いてあげるわ」 美鈴「…私は夕食を食べていませんでした。お嬢様たちの食事後に私も食べに行ったんですが、 普段は用意されているのに本日はお客様に出す分が多くてそれに混じって出されてたようです」 レミリア「それで?」 美鈴「さすがに夕飯抜きではつらいので何かを作ろうかと思って厨房に向かってみたら一人前のご飯がありました」 レミリア「それで?」 美鈴「咲夜さんが用意してくれたんだと思い、どうせなら月でも見ながら食べようと思ったんです」 レミリア「そう」 美鈴「お嬢様、すいませんでした」 レミリア「何を、謝っているのかしら?」 美鈴「…妹様のご飯を食べたことです」 レミリア「美鈴、あなたがフランのご飯を食べたことは確かに腹立たしいわ」 美鈴「はい」 レミリア「でもね、それはこちらの落ち度であって、あなたを責めることでもないわ」 美鈴「……」 レミリア「納得してないって顔ね。いいわ、それなら罰を与えましょう」 美鈴「はい…」 レミリア「あなたは、フランを命懸けで守り続けなさい」 美鈴「お嬢様…」 レミリア「あの子の扱いは本当に命懸けよ? これ以上の罰はなかなかないと思うわ」 美鈴「…はい! 紅美鈴、喜んで罰をお受けします!」 レミリア「ええ、お願いね」 美鈴「いえ、妹様だけではありません、お嬢様を始めとした紅魔館の住民すべての盾となりあらゆる敵からお守りいたします!!」 レミリア「ふふ、下がっていいわ」 レミリア「そこにいるのでしょう、咲夜?」 咲夜「はい」 レミリア「あの子のおかげで助かっているのは分かっているわね?」 咲夜「はい、(魔理沙以外の)無粋な輩が戸をたたかないのも、紅魔館の評判いいのも美鈴が門番をしているからです」 レミリア「そうね、地味だけど大事な仕事をしているわ」 咲夜「ええ…」 レミリア「ホテル紅魔館が終わったら、紅魔館だけで遊戯大会でも始めようかしらね。美鈴も来させて」 咲夜「楽しくなりそうですわね」 地下のお部屋 フランドールは置き時計とにらめっこをしていた カチコチカチコチ… ぐ~ フランのお腹からかわいらしい音が聞こえた 現在の時間は22:55 ご飯の時間から三時間近く過ぎているが、未だにメイドは来ない フラン「…くすん、ご飯まだぁ?」 GOOD END「届かない夕食 ~咲夜さん気づいてあげて下さい~」 鳥→#フラン「(´・ω・`)」
https://w.atwiki.jp/chaina_battle/pages/766.html
天皇制(てんのうせい)は、天皇を君主又は象徴とする国家体制。特に天皇を元首又は象徴とする近代以降の国家体制(近代天皇制)を指すこともある。大日本帝国憲法(明治憲法)では天皇を元首とし、また日本国憲法では天皇を日本国の象徴であり日本国民統合の象徴として位置付けている。明治後期から敗戦までは天皇制などと表現することは不敬な表現であり、国体(=くにがら、くにぶり/漢書成帝紀)とよばれた。 概要 「天皇制」という用語は「君主制」を意味するドイツ語のMonarchieの和訳とされ、本来はマルクス主義者が使用した造語であった。1922年、日本共産党が秘密裏に結成され、「君主制の廃止」をスローガンに掲げた。1932年のコミンテルンテーゼ(いわゆる32年テーゼ)は、共産主義革命を日本で行うため日本の君主制をロシア帝国の絶対君主制であるツァーリズムになぞらえて「天皇制」と表記し、天皇制と封建階級(寄生地主)・ブルジョワジー(独占資本)との結合が日本の権力機構の本質であると規定した。第二次世界大戦が終結するまで「天皇制」は共産党の用語であり、一般には認知されていなかったが、現代では共産党と関係なくマスメディア等一般にも使用されている。ただし、天皇制という語の由来からこれを忌避して皇室という表現もよく用いられ、中にはあえて国体と戦前によく使われた表現を用いる人も根強く存在する。歴史学者の間では天皇が国家統治機構の前面に登場する近代以前の国家体制に適用することに対して批判もある。 以下、古代以来の天皇と政治体制との関わりを中心に解説する。 歴史 古代 歴史学上、天皇家は古墳時代に見られたヤマト王権の「治天下大王(あめのしたしろしめすおおきみ)」(あるいは「大王(おおきみ)」)に由来すると考えられている。3世紀中期に見られる前方後円墳の登場は統一政権の成立を示唆しており、このときに成立した大王家が天皇家の祖先だと考えられている。大王家の出自については、弥生時代の邪馬台国の卑弥呼の系統を大王家の祖先とする説、大王家祖先の王朝は4世紀に成立したとする説、など多くの説が提出されており定まっていない。当初の大王は軍事的な側面だけではなく、祭祀的な側面も持っていたと考えられる。 8世紀になると中国の政治体制に倣った律令制が整備され、天皇を中心とした中央集権制が確立し、親政が行われた(古代天皇制)。このとき歴代天皇に漢風諡号が一括撰進された。律令制が確立した当初において、政治意思決定に天皇が占める位置は絶対的なものとされていたが、9世紀ごろから貴族層が実質的な政治意思決定権を次第に掌握するようになっていった。10世紀には貴族層の中でも天皇と強い姻戚関係を結んだ藤原氏(藤原北家)が政治意思決定の中心を占める摂関政治が成立した。11世紀末になると天皇家の家督者たる上皇が実質的な国王(治天の君)として君臨し、政務に当たる院政が始まった。藤原氏(摂関家)の地位は相対的に低下した。天皇位にある間は制約が多かったものの、譲位して上皇となると自由な立場になり君主としての実権を得た。院政を支えたのは中級貴族層であった。 中世 鎌倉に武家政権が成立すると、天皇・上皇を中心とした朝廷と将軍を中心とした幕府とによる二重政権の様相を呈した。承久の乱では幕府側が勝利を収めた。だが、天皇側の勢力もまだ強く、鎌倉幕府が滅亡すると後醍醐天皇が天皇親政を復活させた。建武の新政参照。 室町幕府が成立すると南朝・北朝に分裂した。その後続いた長い戦乱の中、天皇の権威は衰えながらも主に文化・伝統の継承者として存続していった。 Template 節stub? 近世 織田信長、豊臣秀吉も天皇の存在や権威を否定せず、政治に利用することによって自らの権威を高めていった。江戸幕府のもとでも天皇の権威は温存されたが、紫衣事件などにみられるように、年号の勅定などを僅かな例外として政治権力はほとんどなかった。 幕府が学問に儒学の朱子学を採用したことから、覇者である徳川家より「みかど」が正当な支配者であるという尊王論が水戸徳川家(水戸藩)を中心として盛んになった。 尊皇攘夷論 江戸時代末になると尊皇攘夷論が興り、天皇は討幕運動の中心にまつりあげられた。尊王攘夷論は、天皇を中心とした政治体制を築き、対外的に独立を保とうという政治思想となり、幕末の政治状況を大きく揺るがせた。吉田松陰の唱えた一君万民思想は擬似的な平等思想であり、幕府の権威を否定するイデオロギーともなった。しかし、尊皇攘夷派の志士の一部は天皇を「玉」(ぎょく)と呼び、政権を取るために利用する道具だと認識していた。 明治維新 江戸幕府が倒れ、明治の新政府は王政復古で太政官制を復活させた。ヨーロッパに対抗する独立国家を創出するため、中央集権体制が創られた。明治政府は不平を持つ士族の反乱や自由民権運動への対応の中から、議会制度の必要性を認識していった。日本の近代化のためにも、国民の政治への関与を一定程度認めることは必要であり、近代的な国家体制が模索された。モデルになると考えられたのは、ヨーロッパの立憲君主国であった。 なお、真の統治者が将軍ではなく天皇である事を知らしめるため、当時、九州鎮撫総監が“将軍はいろいろ変わったが、天子様は変わらず血統も絶えずに存在する”という趣旨の文書を民衆に配布している。京都府もやはり天皇支配を周知すべく告諭を行なっている。更に新政府は行幸をたびたび行なった中奥宏『皇室報道と敬語』三一新書。 憲法下の天皇制 大日本帝国憲法 大日本帝国憲法はプロイセン王国やベルギー王国の憲法を参考に作成されたと言われている。伊藤博文は、ヨーロッパでは議会制度も含む政治体制を支える国民統合の基礎に宗教(キリスト教)があることを知り、宗教に替わりうる「機軸」(精神的支柱)として皇室に期待した。 天皇の地位 大日本帝国憲法第1条で、「大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定められており、第4条で「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リテ之ヲ行フ」と、日本国憲法とは異なり明確に「元首」と規定されている。 天皇の大権 大日本帝国憲法において天皇は以下のように記されている。 天皇は国の元首にして統治権を総攬する。 天皇は陸海軍を統帥する。 天皇は帝国議会の協賛を以って立法権を行う。 国務大臣は天皇を輔弼する。 司法権は天皇の名に於いて法律により裁判所が行う。 立憲君主制 大日本帝国憲法の制定により、日本は立憲君主国になった。大日本帝国憲法を起草した伊藤博文も、天皇に絶対君主の役割を期待するようなことはなかった。法文を素直に解釈すると大日本帝国憲法においての天皇は大きな権力を持っていたように読めるが、明治以降も、天皇が直接命令して政治を行うことはあまり無かった。この点について「君臨すれども統治せず」という原則をとる現代の日本やイギリスなどの君主と実態においては近しい存在であったという意見もある。しかしながら重要な政治的局面で影響力を行使することもあったため異なるという意見もある。大日本帝国憲法下の天皇の法的位置付けについては憲法学上さまざまな論争がなされてきた。 統帥権 衆議院において政府に反対する勢力が多くを占めることを予想して、貴族院に衆議院と同等の権限を持たせている。 実際に政治を運営するのは、天皇でなく元老や内閣(藩閥政府)の各大臣である。行政権は国務大臣の輔弼により天皇が自ら行うものとされた。大日本帝国憲法では、内閣の大臣は天皇を輔弼するもの(総理大臣も他の大臣と同格)と規定された。しかし、最終的な政治決断を下すのは誰か、という点は曖昧にされていた。対外的には、天皇は大日本帝国皇帝であるが実際の為政者は内閣としていた。内閣は憲法ではなく内閣官制で規定されており、内閣総理大臣は国務大臣の首班ではあるものの対等な地位とされた。 この構造の欠陥が昭和に入ってから野党や軍部に大きく利用されることとなった。「軍の統帥権は天皇にあるのだから政府の方針に従う必要は無い」と憲法を拡大解釈して軍が大きな力を持つこととなった(権力の二重構造、統帥権干犯問題)。軍部が天皇直隷を盾に独走・政府無視を続けて、もはや統制できない状況になるケースもあった。二・二六事件の際は昭和天皇が激怒し、「自ら鎮圧に行く」とまで主張したため、反乱軍は鎮圧された。また、終戦の際、ポツダム宣言の受諾・降伏を決定することは総理大臣にも出来ず、天皇の「聖断」を仰ぐ他なかった。しかし、天皇は立憲君主としての立場を自覚していたため、上御一人(最高権力者)であってもこの2例を除いて政治決定を下すことはなかった。こうした政治的主体性の欠如した統治機構を、政治学者の丸山眞男は「無責任の体系」と呼んだ。 なお、明治以降から終戦までの天皇制は従来の天皇制と異なるとして、絶対主義的天皇制、近代天皇制という語が用いられることもある。(天皇制ファシズム参照)。 日本国憲法 Template main? 連合国軍最高司令官総司令部は占領政策上、天皇制が有用と考え、日本国憲法に象徴としての天皇制(象徴天皇制)を存続させた。天皇制は昭和天皇の各地への行幸や皇太子結婚などのイベントを通して大衆に浸透し、一定の支持を得るに至っている。大衆の支持を基盤にした戦後の天皇制を大衆天皇制と呼ぶこともある。 憲法学会の学説では、日本国憲法下の現行体制を立憲君主制とは捉えず、また天皇は元首ではないとするのが通説であるが、実質的に元首であるという見解を示す説もある。しかし諸外国は、日本を天皇を元首とした立憲君主国とみなしており例えば、CIA各国要覧の日本の項では、「chief of state Emperor AKIHITO (since 7 January 1989)」と明記している。、日本政府も事実上天皇を元首として取り扱っている。 日本政府の公式見解は以下の通りである出典 象徴天皇制に関する基礎的資料 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会(平成15 年2 月6 日及び3 月6 日の参考資料)。pdfファイル。。 (日本を)立憲君主制と言っても差し支えないであろう1973年(昭和48年)6月28日参議院内閣委員会、吉國一郎内閣法制局長官答弁。 (天皇を)元首と言って差し支えないと考える1988年10月11日参議院内閣委員会、大出峻郎内閣法制局第一部長答弁。 戦前の論評 「日本の失敗を天皇制のせいだと非難はしても、日本の成功に関して天皇制を褒めることはしなかったのが戦後歴史家たちであるが、これと異なり、明治知識人たちは日本の進歩の功を天皇に帰しはしても、その短所を天皇のせいにはしなかった」という指摘が明治時代と戦後の天皇制に関する論評の違いについてなされているベン・アミー・シロニー(著) Ben‐Ami Shillony(原著)『母なる天皇―女性的君主制の過去・現在・未来』大谷堅志郎 (翻訳)、講談社、2003年01月、220頁。ISBN 978-4062116756。(第6章『近代的父性像の構築』より引用)。。 皇室擁護派の意見 天皇の世界征服による世界平和の実現「世界最終戦を経て、全人類が天皇を現人神(あらひとがみ)として信仰し、天皇の霊力によって世界を統一するべきである。」 大日本帝国陸軍参謀であった石原莞爾は、「人類が心から現人神(あらひとがみ)の信仰に悟入したところに、王道文明は初めてその真価を発揮する。最終戦争即ち王道・覇道の決勝戦は結局、天皇を信仰するものと然らざるものの決勝戦であり、具体的には天皇が世界の天皇とならせられるか、西洋の大統領が世界の指導者となるかを決定するところの、人類歴史の中で空前絶後の大事件である。」と主張した『世界最終戦論』(1940年・立命館出版)。「我らの信仰に依れば、人類の思想信仰の統一は結局人類が日本国体の霊力に目醒めた時初めて達成せられる。更に端的に云えば、現人神(あらひとがみ)たる天皇の御存在が世界統一の霊力である。しかも世界人類をしてこの信仰に達せしむるには日本民族、日本国家の正しき行動なくしては空想に終る。」とも主張した『戦争史大観』(1941年・中央公論社)。 皇室批判派の意見 Template 節stub? 戦後の論評 第二次世界大戦が終わると、共産主義や近代政治学(前記の丸山眞男ら)の立場などから天皇制批判が数多く提議された。1950年代から1960年代には、共産主義者を中心に天皇制の廃止を訴える意見もあった。昭和天皇崩御の際、テレビ朝日の『朝まで生テレビ!』で天皇制の是非について取り上げられた。しかし、これ以降、この問題を積極的に取り上げるマスメディアはほどんどない。 日本共産党は2004年に綱領を改正し、元首化・統治者化を認めないという条件の下、天皇制の是非については主権在民の思想に基づき国民が判断すべきである、という趣旨に改めた。[1] 各種の世論調査では、象徴天皇制の現状維持を主張する意見が多数であり、現在のところ象徴天皇制は日本国民に支持されている制度であると言える。これについては、国民の天皇への関心が薄らいだことや、マスメディアが各方面からの圧力を恐れて天皇制の廃止につながる話題、批判をタブー視していること(菊タブー)が原因であるとする見解もある。 「天皇制は日本人の心性に深く根ざしたもので、変える事は出来ないのではないか」と考えられることもあるTemplate 要出典?。例えば、戦後、天皇制廃止を叫んでいた日本共産党も、組織の内実は家父長的Template 要出典?な指導体制を取っており、徳田球一委員長は「徳田天皇」と揶揄された(思想家、竹内好はこうした事態を「一木一草天皇制」と呼んだ)。しかし、天皇制も日本の歴史の中で様々に位置づけを変えてきている。その中でも天皇制が権力者にとって都合のよいように様々に利用されてきたことは注意すべき点であろう。 皇室擁護派の意見 「思想取締りの秘密警察は現在なお活動を続けており、反皇室的宣伝を行う共産主義者は容赦なく逮捕する。……さらに共産党員であるものは拘禁を続ける……政府形体の変革、とくに天皇制廃止を主張するものは、すべて共産主義者と考え、治安維持法によって逮捕する」日高六郎『戦後思想を考える』岩波新書、1980年、3頁による。 内務大臣山崎巌、1945年10月 「天皇制の下に他国とは趣の異なったデモクラシーの運用が行われねばならぬ」(安岡正篤・1945年12月) * 安岡正篤「政体と日本天皇制」(部外秘)1945年12月。。 「天皇を現人神と仰ぎ奉り皇国を毒する内外一切の勢力を打滅せん事を期す」「大日本帝国憲法の復活」「核武装による皇軍再建」(大日本殉皇会・1961年設立) ref name= 公安 公安調査庁編『主要右翼団体規約・綱領・宣言集』公安調査庁、1968年。 「天皇制の下に日本民族の主体性を把握」(治安確立同志会・1952年設立) ref name= 公安 / Template 節stub? 皇室批判派の意見 Template main? 「天皇をたゞの人間に戻すことは現在の日本に於て絶対的に必要」(坂口安吾・1946年6月)坂口安吾「天皇小論」『文学時標』第九号、1946(昭和21)年6月1日発行。。 「天皇制が侵略戦争をはじめた」(宮本百合子・1949年2月)宮本百合子「ファシズムは生きている」『われらの仲間』第六号、1949年(昭和24)年2月25日発行。と述べている。 オウム真理教の日本シャンバラ化計画(オウム国家の樹立) 「シヴァ大神の化身で大宇宙の聖法の具現者たる麻原彰晃が神聖法皇として全権を掌握する祭政一致の絶対君主制国家である。」「オウム国家樹立に伴い、神道に基盤におく皇室は当然の如く廃止され、新たに葛城等の姓を与えて民籍人とする。代わって麻原一族が皇族となる。(既に自身の長男・次男に皇子なる称号を授与していた)。」「日本という国名は、天皇と密接に繋がっており、オウム国家を表すものとしては相応しくない。よって以下の国号に変更するのが望ましい。真理国、オウム国、神聖真理国、太陽寂静国。」 破壊活動防止法の解散指定のために公安調査庁が提示した「証拠の要旨」より。公安調査庁はこの計画をもって、オウム真理教を破壊活動防止法や無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律に該当するテロ組織と規定している。。 Template 節stub? 天皇制絶対主義 Template 独自研究? 天皇制絶対主義とは、講座派による日本近代における近代天皇制の体制を定義した言葉。「絶対主義的天皇制」とも言われる。 明治維新後の政治体制を、絶対主義とみなし「絶対主義天皇制」と規定したのは、主に唯物史観を取り入れた左派の歴史学者である。この場合、明治維新から第2次世界大戦までの日本の政治体制は絶対主義であり、明治維新はブルジョワ的市民革命ではなく、不十分な改革であったと評価される、社会経済史理論の一形態である。 これに対して、「自由主義史観」では、歴史解釈は「類似」し、「平行」する現象の存在により成立するので、幕府が外交権・貿易権を有した江戸時代がすでに絶対主義体制であったと考えられる、としている新しい歴史教科書をつくる会編『国民の歴史』産経新聞社、1999年、486頁参照。。 また、啓蒙君主と比較して論じる者や、明治維新を市民革命と比較する視点もある。 脚注 Template 脚注ヘルプ? Template reflist? 参考文献 天皇制絶対主義の文献 服部之総『天皇制絶対主義の確立』(『新日本史講座6』所収) 井上清『天皇制絶対主義の発展』(『天皇制に関する諸問題』1954年所収) 那須宏「明治維新-天皇制絶対主義の成立と再編」『岐阜経済大学論集』ISSN 03865932 岐阜経済大学学会編・岐阜経済大学学会発行、I~IVに分けて6巻1号〔1972年1月〕、6巻3号〔1973年3月〕、7巻1号〔1973年6月〕、7巻2号〔1973年9月〕に掲載。 関連項目 象徴天皇制 天皇制廃止論 天皇制ファシズム 天皇機関説 出典 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』_2008年11月26日 (水) 08 14。
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/1825.html
改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください さらに、戦後一世を風靡したマルクス主義者たちにとっては、打倒すべき対象である天皇のイメージは“悪ければ悪いほどよかった”。こうして、息苦しい記憶に裏打ちされた「暗い情念」と、占領軍による権威づけと、イデオロギー的利益とが結び合わされ、この三位一体の黙契が実証的な精神を押さえ込んできたのが戦後精神史の一般的な風景だった。この流れに掉さして、「創られた伝統」を増幅させたのが、宗教史の分野では村上重良であり、憲法学の分野では宮沢俊義であり、政治思想の分野では丸山眞男だった。 ~ 新田均(憲法政治学者)『「現人神」「国家神道」という幻想』(2003年) <目次> ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論◆1.丸山テーゼと、その検証 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ■3.村上重良「国家神道論」と反論◆1.「国家神道」に関する事実検証 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP ■4.ご意見、情報提供 ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み 「社会主義・共産主義への“進歩”を「歴史の必然」と考えるマルクス主義者・戦後民主主義者(進歩的文化人)によって、進歩に逆行する反革命、すなわち「天皇制ファシズム(日本ファシズム)」と断罪された戦前期日本の国家体制、およびマルクス主義の二段階革命論に関するまとめページ」(↓下記)を参照。 マルクス主義と天皇制ファシズム論 このページでは、分野毎の各論(①丸山「天皇制ファシズム論」、②村上「国家神道論」の内容検証・反論)をまとめます。 ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論 丸山眞男は1946年5月に発表のデビュー論文「超国家主義の論理と心理」、翌1947年6月の講演「日本ファシズムの思想と行動」で、一気に戦後言論界のオピニオン・リーダーに躍り出て、以降1960年の反安保闘争でも活躍し、戦後民主主義者の代表として長期にわたって左翼陣営に大きな思想的影響を及ぼした政治学者である。 東京裁判史観と密接に結び付いた彼の「天皇制ファシズム論」は、戦後マスコミ・教育界の絶対的な思想的ベースとなり、現在でも強くその影響をとどめている。 ◆1.丸山テーゼと、その検証 ※サイズが画面に合わない場合はこちら をクリック願います。 現代政治の思想と行動 増補版 丸山眞男 (著) 1964刊 1974増補出版社 / 著者からの内容紹介戦後日本を代表する政治学者・丸山眞男の『日本政治思想史研究』(東京大学出版会)にならぶ主著。「戦後日本社会科学の精神的起点の一つ」(道場親信)と評され、「丸山学派」とよばれる多くの学者に影響を与えた。三部に分けられ20本の論文が収録されている。各論文は、講演調、書簡体、対話体と、ヴァラエティにとんだ歯切れのよい文体でつづられており大変読みやすく、また著者自身による詳細な「追記および補註」も読者の理解を助けてくれる。第一部には「日本ファシズム」をめぐる論考がおさめられている。特に「超国家主義の論理と心理」の与えたインパクトは大きく、その後の天皇制分析の出発点となった。「軍国支配者の精神形態」では「無責任の体系」というキーワードで日本の支配機構を分析、戦争責任問題の分析への道をひらいた。第二部にはファシズムと同時に共産主義の問題も論じている。第三部では政治学の基本的な概念を整理した文章がならんでおり、著者自身の時代状況への対応も見ることができる。「現代における人間と政治」では、『独裁者』などチャップリンの映画からときおこし、知識人の役割についての考察を深めている。半世紀たった今も、全く色あせるどころかますます輝きをます政治学的考察の宝庫。★評価中共と毛沢東を激賞しスターリンの「功績」をも懸命に擁護して、日本とアメリカの「ファシズム化」に警鐘を鳴らし続けて「本物の知識人」たちを“啓蒙”した丸山眞男の主要論文集。怪番組NHK JAPANデビュー第二回:天皇と憲法の思想的な源流もここにある! 丸山眞男の時代 竹内 洋 (著) 2005.11刊内容(「BOOK」データベースより)戦後の市民による政治参加に圧倒的な支配力を及ぼした丸山眞男。そのカリスマ的な存在感の背景には、意外なことに、戦前、東大法学部の助手時代に体験した、右翼によるヒステリックな恫喝というトラウマがあった。本書は、六〇年安保を思想的に指導したものの、六〇年代後半には学生から一斉に背を向けられる栄光と挫折の遍歴をたどり、丸山がその後のアカデミズムとジャーナリズムに与えた影響を検証する。★評価『日本主義的教養の時代―大学批判の古層』のもう一人の中心的編集者。1942年生まれの著者はまさしく学生時代に丸山眞男の強い影響を受けた世代だが、それだけに鋭く丸山氏の矛盾点・問題点を突いている。戦前から続く丸山と蓑田胸喜の浅からぬ因縁、戦後の学生運動への共産党の干渉、1960年の安保闘争、その後の全共闘など「丸山眞男の時代」を簡潔に描き出しており、読み易い。 知識人とファシズム―近衛新体制と昭和研究会 マイルズ・フレッチャー (著), 竹内 洋 (翻訳), 井上 義和 (翻訳) 内容(「BOOK」データベースより)自らの理念を現実化すべく国策関与を深める蝋山政道、三木清、笠信太郎ら当代随一の知識人たち。はたして1930年代は「暗い谷間」だったのか?戦後思想を規定した丸山眞男の誤謬を撃ち、昭和戦前期のイメージを根源から塗り替える。 ★評価日本思想研究家M.フレッチャーによって1982年に著された本書を2011年にようやく翻訳。既に80年代にフレッチャーは昭和研究会の理論家の思想遍歴から、丸山テーゼは成り立たないことを論証していた。全体に良訳であり、巻末の訳者竹内洋氏による丸山テーゼの今日的状況を含めた解説も分かりやすい。お勧め。 日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 井上 義和 (著) (上記のM.フレッチャー『知識人とファシズム』の訳者の一人) 2008.6刊内容(「BOOK」データベースより)国家的危機の時代における大学の使命とは何か。欧化一辺倒の東京帝国大学に学風改革を迫り、高度国防国家を標傍する政府とも命がけの思想戦を繰り広げた東大生たち。戦時体制下で宿命的に挫折した“日本主義的教養”の逆説を読み解き、日本型保守主義の可能性を探る。目次第1章 「右翼」は頭が悪かったのか―文部省データの統計的分析第2章 政治学講義と国体論の出会い―『矢部貞治日記』を中心に第3章 学風改革か自治破壊か―東大小田村事件の衝撃第4章 若き日本主義者たちの登場―一高昭信会の系譜第5章 学生思想運動の全国展開―日本学生協会の設立第6章 逆風下の思想戦―精神科学研究所の設立第7章 「観念右翼」の逆説―戦時体制下の護憲運動第8章 昭和十六年の短期戦論―違勅論と軍政批判第9章 「観念右翼」は狂信的だったのか―日本型保守主義の可能性★評価現代の日本会議に繋がる国民文化研究会の母体となった昭和10年代の右翼学生運動の系譜を追い、左翼が壊滅した後、国家改造を進める革新右翼(国家社会主義者・アジア主義者)と激しく対立した観念右翼(伝統保守・日本主義者)の論理と活動の一段面を論証した好著 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ※サイズが合わない場合はこちら をクリック 丸山テーゼは、故意に革新右翼・観念右翼を区別せずに、「狂信的な右翼ファシスト」と一括りにして、激しく糾弾しているが、 (1) 昭和初期の日本の政治・思想状況を解明する上で、この両者を区別する必要性があることは、革新右翼の代表である昭和研究会の理論家であった矢部貞治氏(政治学者)の戦後に発表された記録から早くに知られており、 (2) 1970年代には、伊藤隆氏(歴史学者)が、「進歩(欧化)-復古(反動)」軸と「革新(破壊)-漸進(現状維持)」軸の2軸に、左翼・右翼などの諸思想・勢力を位置づけ、 1 「進歩(欧化)-革新(破壊)」象限に位置する左翼は1930年代半ばに壊滅したが、 2 その後「復古(反動)-革新(破壊)」象限に位置する右翼から、「復古」をより志向する「観念右翼」と、「革新」をより志向する「革新右翼」が分離して、1940年の近衛新体制運動を巡って対立した。 3 近衛政権は、凡そ自らのブレイン集団である昭和研究会を中心とする「革新右翼」の路線に引きずられる形で支那事変を長期化させてしまい、さらに大東亜戦争へと追い詰められていった。 4 しかし敗戦が続く中で、「革新右翼」は後退し、「観念右翼」が、元の親英米派・旧体制派の自由主義者・重臣層と連携して戦争の幕引きを図った。 とする構図を提唱している。 (3) 上のモデル図は、伊藤隆氏の「進歩(欧化)-復古(反動)」軸の「反動」を「伝統」に置き換えて、下の政治的スタンス5分類・8分類図に附合する形式に、「観念右翼」「革新右翼」「左翼」「オールド・リベラル」を各々位置づけたものである。 -... ※サイズが合わない場合はこちら をクリック ■3.村上重良「国家神道論」と反論 村上重良は戦後の宗教史の第一人者とされ、慶応大・龍谷大講師を勤めた人物である。 その主著『国家神道』(1970年刊)および『慰霊と招魂―靖国の思想』(1974年刊)は、終戦後まもなくの時期にGHQによって出された「神道指令」や、東京裁判の審理進行に合わせて提示された丸山眞男「天皇制ファシズム論」をベースとして、神道や靖国神社を「天皇制ファシズムによる侵略戦争のイデオロギー装置」と激しく批判し、戦後のマスコミや日教組の神道批判・靖国神社批判に「学問的根拠」を与えた、とされる。 以下、村上「国家神道」論の内容と、新田均氏の下記の著作による反論、および関連する近代日本精神史の出来事を列記します。 ◆1.「国家神道」に関する事実検証 ※サイズが合わない場合はこちら をクリック。 『国家神道』 村上重良(著)内容紹介国家神道は、近代天皇制国家がつくりだした国家宗教であり、明治維新から太平洋戦争の敗戦まで80年間、日本人を精神的に支配しつづけた。本書は、国家神道の成立から解体までの過程を詳細にたどり、その構造と思想を分析して本質的性格を明らかにすることによって、神道が日本人にとっていかなる意味をもったかを追求する。★評価★神道や靖国神社を批判する戦後左翼のバイブルとなった一冊。 ↓下は残念ながら現在絶版です。復刊アンケートにご協力願います。http //www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=39829 「現人神」「国家神道」という幻想 新田 均 (著) amazonで一部ページを拝見できます。豊富な実証的研究により、「明治以降の日本は北朝鮮のような異常な絶対主義君主国家だった」という立花隆など左翼の大嘘を完全に打ち破る名著※amazonの内容紹介より一部引用「現人神」「国家神道」??これらの言葉から、現代の日本人はどんなイメージを連想するだろうか。おそらく、狂信的な「天皇崇拝思想」と、それを支えた「国教制度」といったとこだろう。そして、この「日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度」は「明治政府が日本の近代化のために考え出した」などとされている。だが著者は、「そのような認識は思い込みに基づく幻想にすぎない」と喝破する。それは最近の実証的歴史研究の成果に照らしても明らかなのだが、これが意外と世間では知られておらず、歴史の専門家でさえ、少し分野が違っただけで知らない者が大多数なのだという。世間で知られていないことがそれほど大きな意味を持たないなら、それでもかまわないのかもしれないが、この「幻想」はわが国の首相の靖国神社参拝問題や政教関係訴訟、さらには教科書問題や外交関係にまで影を落としている。“虚像”が誰によって、いかにして創られたかを検証する。「「現人神」「国家神道」とは、日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度である」との嘘八百の言説に異議あり! こういったイメージが幻想に過ぎないことを、実証的歴史研究の成果に照らして明かす。 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP STEP1 「日本は韓国を侵略した」 → ×(嘘) 韓国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP2 「日本は中国を侵略した」 → ×(嘘) 中国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP3 「明治維新以降(あるいは戦前)の日本は異常な天皇制ファシズム国家だった」 → ×(嘘) 当ページの解説参照。但しその際に浅薄な皇国賛美史観に陥らないよう注意しましょう(⇒国体とは何か② ~ その他の論点参照) どうせなら早くSTEP3まで行きましょう。 ■4.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 以下は最新コメント表示 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/2262.html
改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください さらに、戦後一世を風靡したマルクス主義者たちにとっては、打倒すべき対象である天皇のイメージは“悪ければ悪いほどよかった”。こうして、息苦しい記憶に裏打ちされた「暗い情念」と、占領軍による権威づけと、イデオロギー的利益とが結び合わされ、この三位一体の黙契が実証的な精神を押さえ込んできたのが戦後精神史の一般的な風景だった。この流れに掉さして、「創られた伝統」を増幅させたのが、宗教史の分野では村上重良であり、憲法学の分野では宮沢俊義であり、政治思想の分野では丸山眞男だった。 ~ 新田均(憲法政治学者)『「現人神」「国家神道」という幻想』(2003年) <目次> ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論◆1.丸山テーゼと、その検証 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ■3.村上重良「国家神道論」と反論◆1.「国家神道」に関する事実検証 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP ■4.ご意見、情報提供 ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み 「社会主義・共産主義への“進歩”を「歴史の必然」と考えるマルクス主義者・戦後民主主義者(進歩的文化人)によって、進歩に逆行する反革命、すなわち「天皇制ファシズム(日本ファシズム)」と断罪された戦前期日本の国家体制、およびマルクス主義の二段階革命論に関するまとめページ」(↓下記)を参照。 マルクス主義と天皇制ファシズム論 このページでは、分野毎の各論(①丸山「天皇制ファシズム論」、②村上「国家神道論」の内容検証・反論)をまとめます。 ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論 丸山眞男は1946年5月に発表のデビュー論文「超国家主義の論理と心理」、翌1947年6月の講演「日本ファシズムの思想と行動」で、一気に戦後言論界のオピニオン・リーダーに躍り出て、以降1960年の反安保闘争でも活躍し、戦後民主主義者の代表として長期にわたって左翼陣営に大きな思想的影響を及ぼした政治学者である。 東京裁判史観と密接に結び付いた彼の「天皇制ファシズム論」は、戦後マスコミ・教育界の絶対的な思想的ベースとなり、現在でも強くその影響をとどめている。 ◆1.丸山テーゼと、その検証 ※サイズが画面に合わない場合はこちら をクリック願います。 現代政治の思想と行動 増補版 丸山眞男 (著) 1964刊 1974増補出版社 / 著者からの内容紹介戦後日本を代表する政治学者・丸山眞男の『日本政治思想史研究』(東京大学出版会)にならぶ主著。「戦後日本社会科学の精神的起点の一つ」(道場親信)と評され、「丸山学派」とよばれる多くの学者に影響を与えた。三部に分けられ20本の論文が収録されている。各論文は、講演調、書簡体、対話体と、ヴァラエティにとんだ歯切れのよい文体でつづられており大変読みやすく、また著者自身による詳細な「追記および補註」も読者の理解を助けてくれる。第一部には「日本ファシズム」をめぐる論考がおさめられている。特に「超国家主義の論理と心理」の与えたインパクトは大きく、その後の天皇制分析の出発点となった。「軍国支配者の精神形態」では「無責任の体系」というキーワードで日本の支配機構を分析、戦争責任問題の分析への道をひらいた。第二部にはファシズムと同時に共産主義の問題も論じている。第三部では政治学の基本的な概念を整理した文章がならんでおり、著者自身の時代状況への対応も見ることができる。「現代における人間と政治」では、『独裁者』などチャップリンの映画からときおこし、知識人の役割についての考察を深めている。半世紀たった今も、全く色あせるどころかますます輝きをます政治学的考察の宝庫。★評価中共と毛沢東を激賞しスターリンの「功績」をも懸命に擁護して、日本とアメリカの「ファシズム化」に警鐘を鳴らし続けて「本物の知識人」たちを“啓蒙”した丸山眞男の主要論文集。怪番組NHK JAPANデビュー第二回:天皇と憲法の思想的な源流もここにある! 丸山眞男の時代 竹内 洋 (著) 2005.11刊内容(「BOOK」データベースより)戦後の市民による政治参加に圧倒的な支配力を及ぼした丸山眞男。そのカリスマ的な存在感の背景には、意外なことに、戦前、東大法学部の助手時代に体験した、右翼によるヒステリックな恫喝というトラウマがあった。本書は、六〇年安保を思想的に指導したものの、六〇年代後半には学生から一斉に背を向けられる栄光と挫折の遍歴をたどり、丸山がその後のアカデミズムとジャーナリズムに与えた影響を検証する。★評価『日本主義的教養の時代―大学批判の古層』のもう一人の中心的編集者。1942年生まれの著者はまさしく学生時代に丸山眞男の強い影響を受けた世代だが、それだけに鋭く丸山氏の矛盾点・問題点を突いている。戦前から続く丸山と蓑田胸喜の浅からぬ因縁、戦後の学生運動への共産党の干渉、1960年の安保闘争、その後の全共闘など「丸山眞男の時代」を簡潔に描き出しており、読み易い。 知識人とファシズム―近衛新体制と昭和研究会 マイルズ・フレッチャー (著), 竹内 洋 (翻訳), 井上 義和 (翻訳) 内容(「BOOK」データベースより)自らの理念を現実化すべく国策関与を深める蝋山政道、三木清、笠信太郎ら当代随一の知識人たち。はたして1930年代は「暗い谷間」だったのか?戦後思想を規定した丸山眞男の誤謬を撃ち、昭和戦前期のイメージを根源から塗り替える。 ★評価日本思想研究家M.フレッチャーによって1982年に著された本書を2011年にようやく翻訳。既に80年代にフレッチャーは昭和研究会の理論家の思想遍歴から、丸山テーゼは成り立たないことを論証していた。全体に良訳であり、巻末の訳者竹内洋氏による丸山テーゼの今日的状況を含めた解説も分かりやすい。お勧め。 日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 井上 義和 (著) (上記のM.フレッチャー『知識人とファシズム』の訳者の一人) 2008.6刊内容(「BOOK」データベースより)国家的危機の時代における大学の使命とは何か。欧化一辺倒の東京帝国大学に学風改革を迫り、高度国防国家を標傍する政府とも命がけの思想戦を繰り広げた東大生たち。戦時体制下で宿命的に挫折した“日本主義的教養”の逆説を読み解き、日本型保守主義の可能性を探る。目次第1章 「右翼」は頭が悪かったのか―文部省データの統計的分析第2章 政治学講義と国体論の出会い―『矢部貞治日記』を中心に第3章 学風改革か自治破壊か―東大小田村事件の衝撃第4章 若き日本主義者たちの登場―一高昭信会の系譜第5章 学生思想運動の全国展開―日本学生協会の設立第6章 逆風下の思想戦―精神科学研究所の設立第7章 「観念右翼」の逆説―戦時体制下の護憲運動第8章 昭和十六年の短期戦論―違勅論と軍政批判第9章 「観念右翼」は狂信的だったのか―日本型保守主義の可能性★評価現代の日本会議に繋がる国民文化研究会の母体となった昭和10年代の右翼学生運動の系譜を追い、左翼が壊滅した後、国家改造を進める革新右翼(国家社会主義者・アジア主義者)と激しく対立した観念右翼(伝統保守・日本主義者)の論理と活動の一段面を論証した好著 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ※サイズが合わない場合はこちら をクリック 丸山テーゼは、故意に革新右翼・観念右翼を区別せずに、「狂信的な右翼ファシスト」と一括りにして、激しく糾弾しているが、 (1) 昭和初期の日本の政治・思想状況を解明する上で、この両者を区別する必要性があることは、革新右翼の代表である昭和研究会の理論家であった矢部貞治氏(政治学者)の戦後に発表された記録から早くに知られており、 (2) 1970年代には、伊藤隆氏(歴史学者)が、「進歩(欧化)-復古(反動)」軸と「革新(破壊)-漸進(現状維持)」軸の2軸に、左翼・右翼などの諸思想・勢力を位置づけ、 1 「進歩(欧化)-革新(破壊)」象限に位置する左翼は1930年代半ばに壊滅したが、 2 その後「復古(反動)-革新(破壊)」象限に位置する右翼から、「復古」をより志向する「観念右翼」と、「革新」をより志向する「革新右翼」が分離して、1940年の近衛新体制運動を巡って対立した。 3 近衛政権は、凡そ自らのブレイン集団である昭和研究会を中心とする「革新右翼」の路線に引きずられる形で支那事変を長期化させてしまい、さらに大東亜戦争へと追い詰められていった。 4 しかし敗戦が続く中で、「革新右翼」は後退し、「観念右翼」が、元の親英米派・旧体制派の自由主義者・重臣層と連携して戦争の幕引きを図った。 とする構図を提唱している。 (3) 上のモデル図は、伊藤隆氏の「進歩(欧化)-復古(反動)」軸の「反動」を「伝統」に置き換えて、下の政治的スタンス5分類・8分類図に附合する形式に、「観念右翼」「革新右翼」「左翼」「オールド・リベラル」を各々位置づけたものである。 - ... ※サイズが合わない場合はこちら をクリック ■3.村上重良「国家神道論」と反論 村上重良は戦後の宗教史の第一人者とされ、慶応大・龍谷大講師を勤めた人物である。 その主著『国家神道』(1970年刊)および『慰霊と招魂―靖国の思想』(1974年刊)は、終戦後まもなくの時期にGHQによって出された「神道指令」や、東京裁判の審理進行に合わせて提示された丸山眞男「天皇制ファシズム論」をベースとして、神道や靖国神社を「天皇制ファシズムによる侵略戦争のイデオロギー装置」と激しく批判し、戦後のマスコミや日教組の神道批判・靖国神社批判に「学問的根拠」を与えた、とされる。 以下、村上「国家神道」論の内容と、新田均氏の下記の著作による反論、および関連する近代日本精神史の出来事を列記します。 ◆1.「国家神道」に関する事実検証 ※サイズが合わない場合はこちら をクリック。 『国家神道』 村上重良(著)内容紹介国家神道は、近代天皇制国家がつくりだした国家宗教であり、明治維新から太平洋戦争の敗戦まで80年間、日本人を精神的に支配しつづけた。本書は、国家神道の成立から解体までの過程を詳細にたどり、その構造と思想を分析して本質的性格を明らかにすることによって、神道が日本人にとっていかなる意味をもったかを追求する。★評価★神道や靖国神社を批判する戦後左翼のバイブルとなった一冊。 ↓下は残念ながら現在絶版です。復刊アンケートにご協力願います。http //www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=39829 「現人神」「国家神道」という幻想 新田 均 (著) amazonで一部ページを拝見できます。豊富な実証的研究により、「明治以降の日本は北朝鮮のような異常な絶対主義君主国家だった」という立花隆など左翼の大嘘を完全に打ち破る名著※amazonの内容紹介より一部引用「現人神」「国家神道」??これらの言葉から、現代の日本人はどんなイメージを連想するだろうか。おそらく、狂信的な「天皇崇拝思想」と、それを支えた「国教制度」といったとこだろう。そして、この「日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度」は「明治政府が日本の近代化のために考え出した」などとされている。だが著者は、「そのような認識は思い込みに基づく幻想にすぎない」と喝破する。それは最近の実証的歴史研究の成果に照らしても明らかなのだが、これが意外と世間では知られておらず、歴史の専門家でさえ、少し分野が違っただけで知らない者が大多数なのだという。世間で知られていないことがそれほど大きな意味を持たないなら、それでもかまわないのかもしれないが、この「幻想」はわが国の首相の靖国神社参拝問題や政教関係訴訟、さらには教科書問題や外交関係にまで影を落としている。“虚像”が誰によって、いかにして創られたかを検証する。「「現人神」「国家神道」とは、日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度である」との嘘八百の言説に異議あり! こういったイメージが幻想に過ぎないことを、実証的歴史研究の成果に照らして明かす。 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP STEP1 「日本は韓国を侵略した」 → ×(嘘) 韓国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP2 「日本は中国を侵略した」 → ×(嘘) 中国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP3 「明治維新以降(あるいは戦前)の日本は異常な天皇制ファシズム国家だった」 → ×(嘘) 当ページの解説参照。但しその際に浅薄な皇国賛美史観に陥らないよう注意しましょう(⇒国体とは何か② ~ その他の論点参照) どうせなら早くSTEP3まで行きましょう。 ■4.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック + ... 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 以下は最新コメント表示 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/kolia/pages/1658.html
改行ズレ/画像ヌケ等で読み辛い場合は、ミラーWIKI または図解WIKI をご利用ください さらに、戦後一世を風靡したマルクス主義者たちにとっては、打倒すべき対象である天皇のイメージは“悪ければ悪いほどよかった”。こうして、息苦しい記憶に裏打ちされた「暗い情念」と、占領軍による権威づけと、イデオロギー的利益とが結び合わされ、この三位一体の黙契が実証的な精神を押さえ込んできたのが戦後精神史の一般的な風景だった。この流れに掉さして、「創られた伝統」を増幅させたのが、宗教史の分野では村上重良であり、憲法学の分野では宮沢俊義であり、政治思想の分野では丸山眞男だった。 ~ 新田均(憲法政治学者)『「現人神」「国家神道」という幻想』(2003年) <目次> ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論◆1.丸山テーゼと、その検証 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ■3.村上重良「国家神道論」と反論◆1.「国家神道」に関する事実検証 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP ■4.ご意見、情報提供 ■1.戦後民主主義者の思想の枠組み 「社会主義・共産主義への“進歩”を「歴史の必然」と考えるマルクス主義者・戦後民主主義者(進歩的文化人)によって、進歩に逆行する反革命、すなわち「天皇制ファシズム(日本ファシズム)」と断罪された戦前期日本の国家体制、およびマルクス主義の二段階革命論に関するまとめページ」(↓下記)を参照。 マルクス主義と天皇制ファシズム論 このページでは、分野毎の各論(①丸山「天皇制ファシズム論」、②村上「国家神道論」の内容検証・反論)をまとめます。 ■2.丸山眞男「天皇制ファシズム論」と反論 丸山眞男は1946年5月に発表のデビュー論文「超国家主義の論理と心理」、翌1947年6月の講演「日本ファシズムの思想と行動」で、一気に戦後言論界のオピニオン・リーダーに躍り出て、以降1960年の反安保闘争でも活躍し、戦後民主主義者の代表として長期にわたって左翼陣営に大きな思想的影響を及ぼした政治学者である。 東京裁判史観と密接に結び付いた彼の「天皇制ファシズム論」は、戦後マスコミ・教育界の絶対的な思想的ベースとなり、現在でも強くその影響をとどめている。 ◆1.丸山テーゼと、その検証 ※サイズが画面に合わない場合はこちら をクリック願います。 現代政治の思想と行動 増補版 丸山眞男 (著) 1964刊 1974増補出版社 / 著者からの内容紹介戦後日本を代表する政治学者・丸山眞男の『日本政治思想史研究』(東京大学出版会)にならぶ主著。「戦後日本社会科学の精神的起点の一つ」(道場親信)と評され、「丸山学派」とよばれる多くの学者に影響を与えた。三部に分けられ20本の論文が収録されている。各論文は、講演調、書簡体、対話体と、ヴァラエティにとんだ歯切れのよい文体でつづられており大変読みやすく、また著者自身による詳細な「追記および補註」も読者の理解を助けてくれる。第一部には「日本ファシズム」をめぐる論考がおさめられている。特に「超国家主義の論理と心理」の与えたインパクトは大きく、その後の天皇制分析の出発点となった。「軍国支配者の精神形態」では「無責任の体系」というキーワードで日本の支配機構を分析、戦争責任問題の分析への道をひらいた。第二部にはファシズムと同時に共産主義の問題も論じている。第三部では政治学の基本的な概念を整理した文章がならんでおり、著者自身の時代状況への対応も見ることができる。「現代における人間と政治」では、『独裁者』などチャップリンの映画からときおこし、知識人の役割についての考察を深めている。半世紀たった今も、全く色あせるどころかますます輝きをます政治学的考察の宝庫。★評価中共と毛沢東を激賞しスターリンの「功績」をも懸命に擁護して、日本とアメリカの「ファシズム化」に警鐘を鳴らし続けて「本物の知識人」たちを“啓蒙”した丸山眞男の主要論文集。怪番組NHK JAPANデビュー第二回:天皇と憲法の思想的な源流もここにある! 丸山眞男の時代 竹内 洋 (著) 2005.11刊内容(「BOOK」データベースより)戦後の市民による政治参加に圧倒的な支配力を及ぼした丸山眞男。そのカリスマ的な存在感の背景には、意外なことに、戦前、東大法学部の助手時代に体験した、右翼によるヒステリックな恫喝というトラウマがあった。本書は、六〇年安保を思想的に指導したものの、六〇年代後半には学生から一斉に背を向けられる栄光と挫折の遍歴をたどり、丸山がその後のアカデミズムとジャーナリズムに与えた影響を検証する。★評価『日本主義的教養の時代―大学批判の古層』のもう一人の中心的編集者。1942年生まれの著者はまさしく学生時代に丸山眞男の強い影響を受けた世代だが、それだけに鋭く丸山氏の矛盾点・問題点を突いている。戦前から続く丸山と蓑田胸喜の浅からぬ因縁、戦後の学生運動への共産党の干渉、1960年の安保闘争、その後の全共闘など「丸山眞男の時代」を簡潔に描き出しており、読み易い。 知識人とファシズム―近衛新体制と昭和研究会 マイルズ・フレッチャー (著), 竹内 洋 (翻訳), 井上 義和 (翻訳) 内容(「BOOK」データベースより)自らの理念を現実化すべく国策関与を深める蝋山政道、三木清、笠信太郎ら当代随一の知識人たち。はたして1930年代は「暗い谷間」だったのか?戦後思想を規定した丸山眞男の誤謬を撃ち、昭和戦前期のイメージを根源から塗り替える。 ★評価日本思想研究家M.フレッチャーによって1982年に著された本書を2011年にようやく翻訳。既に80年代にフレッチャーは昭和研究会の理論家の思想遍歴から、丸山テーゼは成り立たないことを論証していた。全体に良訳であり、巻末の訳者竹内洋氏による丸山テーゼの今日的状況を含めた解説も分かりやすい。お勧め。 日本主義と東京大学―昭和期学生思想運動の系譜 井上 義和 (著) (上記のM.フレッチャー『知識人とファシズム』の訳者の一人) 2008.6刊内容(「BOOK」データベースより)国家的危機の時代における大学の使命とは何か。欧化一辺倒の東京帝国大学に学風改革を迫り、高度国防国家を標傍する政府とも命がけの思想戦を繰り広げた東大生たち。戦時体制下で宿命的に挫折した“日本主義的教養”の逆説を読み解き、日本型保守主義の可能性を探る。目次第1章 「右翼」は頭が悪かったのか―文部省データの統計的分析第2章 政治学講義と国体論の出会い―『矢部貞治日記』を中心に第3章 学風改革か自治破壊か―東大小田村事件の衝撃第4章 若き日本主義者たちの登場―一高昭信会の系譜第5章 学生思想運動の全国展開―日本学生協会の設立第6章 逆風下の思想戦―精神科学研究所の設立第7章 「観念右翼」の逆説―戦時体制下の護憲運動第8章 昭和十六年の短期戦論―違勅論と軍政批判第9章 「観念右翼」は狂信的だったのか―日本型保守主義の可能性★評価現代の日本会議に繋がる国民文化研究会の母体となった昭和10年代の右翼学生運動の系譜を追い、左翼が壊滅した後、国家改造を進める革新右翼(国家社会主義者・アジア主義者)と激しく対立した観念右翼(伝統保守・日本主義者)の論理と活動の一段面を論証した好著 ◆2.丸山テーゼに代わる昭和初期日本の政治・思想状況モデル ※サイズが合わない場合はこちら をクリック 丸山テーゼは、故意に革新右翼・観念右翼を区別せずに、「狂信的な右翼ファシスト」と一括りにして、激しく糾弾しているが、 (1) 昭和初期の日本の政治・思想状況を解明する上で、この両者を区別する必要性があることは、革新右翼の代表である昭和研究会の理論家であった矢部貞治氏(政治学者)の戦後に発表された記録から早くに知られており、 (2) 1970年代には、伊藤隆氏(歴史学者)が、「進歩(欧化)-復古(反動)」軸と「革新(破壊)-漸進(現状維持)」軸の2軸に、左翼・右翼などの諸思想・勢力を位置づけ、 1 「進歩(欧化)-革新(破壊)」象限に位置する左翼は1930年代半ばに壊滅したが、 2 その後「復古(反動)-革新(破壊)」象限に位置する右翼から、「復古」をより志向する「観念右翼」と、「革新」をより志向する「革新右翼」が分離して、1940年の近衛新体制運動を巡って対立した。 3 近衛政権は、凡そ自らのブレイン集団である昭和研究会を中心とする「革新右翼」の路線に引きずられる形で支那事変を長期化させてしまい、さらに大東亜戦争へと追い詰められていった。 4 しかし敗戦が続く中で、「革新右翼」は後退し、「観念右翼」が、元の親英米派・旧体制派の自由主義者・重臣層と連携して戦争の幕引きを図った。 とする構図を提唱している。 (3) 上のモデル図は、伊藤隆氏の「進歩(欧化)-復古(反動)」軸の「反動」を「伝統」に置き換えて、下の政治的スタンス5分類・8分類図に附合する形式に、「観念右翼」「革新右翼」「左翼」「オールド・リベラル」を各々位置づけたものである。 -... ※サイズが合わない場合はこちら をクリック ■3.村上重良「国家神道論」と反論 村上重良は戦後の宗教史の第一人者とされ、慶応大・龍谷大講師を勤めた人物である。 その主著『国家神道』(1970年刊)および『慰霊と招魂―靖国の思想』(1974年刊)は、終戦後まもなくの時期にGHQによって出された「神道指令」や、東京裁判の審理進行に合わせて提示された丸山眞男「天皇制ファシズム論」をベースとして、神道や靖国神社を「天皇制ファシズムによる侵略戦争のイデオロギー装置」と激しく批判し、戦後のマスコミや日教組の神道批判・靖国神社批判に「学問的根拠」を与えた、とされる。 以下、村上「国家神道」論の内容と、新田均氏の下記の著作による反論、および関連する近代日本精神史の出来事を列記します。 ◆1.「国家神道」に関する事実検証 ※サイズが合わない場合はこちら をクリック。 『国家神道』 村上重良(著)内容紹介国家神道は、近代天皇制国家がつくりだした国家宗教であり、明治維新から太平洋戦争の敗戦まで80年間、日本人を精神的に支配しつづけた。本書は、国家神道の成立から解体までの過程を詳細にたどり、その構造と思想を分析して本質的性格を明らかにすることによって、神道が日本人にとっていかなる意味をもったかを追求する。★評価★神道や靖国神社を批判する戦後左翼のバイブルとなった一冊。 ↓下は残念ながら現在絶版です。復刊アンケートにご協力願います。http //www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=39829 「現人神」「国家神道」という幻想 新田 均 (著) amazonで一部ページを拝見できます。豊富な実証的研究により、「明治以降の日本は北朝鮮のような異常な絶対主義君主国家だった」という立花隆など左翼の大嘘を完全に打ち破る名著※amazonの内容紹介より一部引用「現人神」「国家神道」??これらの言葉から、現代の日本人はどんなイメージを連想するだろうか。おそらく、狂信的な「天皇崇拝思想」と、それを支えた「国教制度」といったとこだろう。そして、この「日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度」は「明治政府が日本の近代化のために考え出した」などとされている。だが著者は、「そのような認識は思い込みに基づく幻想にすぎない」と喝破する。それは最近の実証的歴史研究の成果に照らしても明らかなのだが、これが意外と世間では知られておらず、歴史の専門家でさえ、少し分野が違っただけで知らない者が大多数なのだという。世間で知られていないことがそれほど大きな意味を持たないなら、それでもかまわないのかもしれないが、この「幻想」はわが国の首相の靖国神社参拝問題や政教関係訴訟、さらには教科書問題や外交関係にまで影を落としている。“虚像”が誰によって、いかにして創られたかを検証する。「「現人神」「国家神道」とは、日本国民を狂信的な戦争へと導いた思想と制度である」との嘘八百の言説に異議あり! こういったイメージが幻想に過ぎないことを、実証的歴史研究の成果に照らして明かす。 ◆2.自虐史観を完全に払拭する3STEP STEP1 「日本は韓国を侵略した」 → ×(嘘) 韓国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP2 「日本は中国を侵略した」 → ×(嘘) 中国はなぜ反日か?参照 ↓ STEP3 「明治維新以降(あるいは戦前)の日本は異常な天皇制ファシズム国家だった」 → ×(嘘) 当ページの解説参照。但しその際に浅薄な皇国賛美史観に陥らないよう注意しましょう(⇒国体とは何か② ~ その他の論点参照) どうせなら早くSTEP3まで行きましょう。 ■4.ご意見、情報提供 ↓これまでの全コメントを表示する場合はここをクリック +... 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 以下は最新コメント表示 大変意義のあるサイトに敬意を表します。国家神道に関する村上重良・新田均両氏の著作は歴史の事実と整合性がない、と云うのが現在の評価ではないでしょうか。佐藤雉鳴『神道指令・日米の錯誤』にそのことが記されています。二人の著作ではGHQ文書の解明ができていないということらしいです。 -- チキン (2012-03-09 09 27 32) 今晩は。佐藤氏のサイトを少し見ましたが、佐藤氏個人の独自解釈を強く打ち出している方という印象をまず受けました。こちらの政治思想・政治理論シリーズは、今の日本において「保守」として押さえておくべき「常識」とは何か、ということに主眼をおいて編集しており、新田均皇學館大学教授の論は、その検証内容の実証性・検証結果の総合性から見て、まさにこの「保守の常識」に合致する内容足り得るものと思量し当ページにて紹介しています。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 15 55) これに対して佐藤氏の論は、教育勅語の「内外」という文言の解釈に関する佐藤氏の異論申し立てから全てを演繹している感があり、本人の独自解釈ばかりで検証が浅く総合性に欠けるように思います。因みに教育勅語については、明治40年に文部省が公式に発表した英訳があり、そこでは「中外」は「in all places」となっていて「中外」を「宮中と民間」とする佐藤氏の独自解釈はやはり妥当ではないと思います。詳しくは教育勅語とその精神を参照願います。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 30 18) 補足すると、「保守として押さえるべき常識」とは具体的には、チャンネル桜・日本会議といった実績のある保守系団体・メディアの打ち出している公式的な見解、ということにほぼなります。新田均教授の見解は、この条件に該当すると思われます。これに対して佐藤氏の論は、単なる個人の独自解釈であり、かつ一見したところ、内容が散漫で結局読者の頭を混乱させる効果しかなく、むしろ有害との印象を受けました(従って、現時点では却下)。 -- ページ作成者 (2012-03-10 01 58 45) 名前 ラジオボタン(各コメントの前についている○)をクリックすることで、そのコメントにレスできます。 ■左翼や売国奴を論破する!セットで読む政治理論・解説ページ 政治の基礎知識 政治学の概念整理と、政治思想の対立軸 政治思想(用語集) リベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配 デモクラシーと衆愚制 ~ 「民主主義」信仰を打ち破る ※別題「デモクラシーの真実」 リベラリズムと自由主義 ~ 自由の理論の二つの異なった系譜 ※別題「リベラリズムの真実」 保守主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ ナショナリズムとは何か ケインズvs.ハイエクから考える経済政策 国家解体思想(世界政府・地球市民)の正体 左派・左翼とは何か 右派・右翼とは何か 中間派に何を含めるか 「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き 最速!理論派保守☆養成プログラム 「皇国史観」と国体論~日本の保守思想を考える 日本主義とは何か ~ 日本型保守主義とナショナリズムの関係を考える 右翼・左翼の歴史 靖國神社と英霊の御心 マルクス主義と天皇制ファシズム論 丸山眞男「天皇制ファシズム論」、村上重良「国家神道論」の検証 国体とは何か① ~ 『国体の本義』と『臣民の道』(2つの公定「国体」解説書) 国体とは何か② ~ その他の論点 国体法(不文憲法)と憲法典(成文憲法) 歴史問題の基礎知識 戦後レジームの正体 「法の支配(rule of law)」とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 立憲主義とは何か ※概念/理念定義、諸説紹介 まとめ 「正義」とは何か ~ 法価値論まとめ+「法の支配」との関係 正統性とは何か ~ legitimacy ・ orthodoxy の区別と、憲法の正統性問題 自然法と人権思想の関係、国体法との区別 「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のために 日本国憲法改正問題(上級編) ※別題「憲法問題の基礎知識」 学者別《憲法理論-比較表》 政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価 よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) ブログランキング応援クリックをお願いいたします(一日一回有効)。 人気ブログランキングへ
https://w.atwiki.jp/th_izime/pages/989.html
「私はね、諏訪子。あの子が、少しでも楽になるのならばと、頑張ってきたつもりなんだよ。」 「…………。」 「…やっぱり、間違ってた。いくらこんなこと繰り返しても、あの子は、幸せじゃない。」 「…何が、いけなかったのかな…。」 「私たちの思う幸せと、早苗の思う幸せ、答えは同じでもその叶え方が違っていた。ただ…それだけよ。」 「それじゃ、…そんなんじゃ、早苗も私たちも、いつまでたったって幸せになんかなれないじゃないか…!ひどいよ、そんなの…。」 「もういいさ。私の行方も、早苗の行方も、…早苗にまかせる。もし、あの子の思いのほうが強いのなら…、その時は、」 ああもう、次の信者さんがいっぱいいるのに、何やってるのかしらあの二人は! もっと、もっといっぱいお賽銭を、信仰を、でないと、でないと…! 「何サボっているんですか、早く次の信者さんのところへ行って下さいよ!こんなことでは今日の目標に全然足りないじゃないですか! ほら、立ってください!諏訪子さま!」 「さ、早苗、ごめんなさいすぐ、すぐに行くから…!」 泣くくらいならすぐに行けば良いのに…!でなきゃ大声出さなくてすむんだから…! 「今日は神奈子さまにもいっぱい指名が入っているんですから!さあさっさと、」 「早苗、私はもうやめる。」 …は、何を言ってんだか。 「…笑えない冗談はよろしいですから。働かざるもの食うべからずですよ?…意味、わかりますよね…?」 「もう十分だ。諏訪子はどうだか知らんが、もう私には我慢がならん。自分の立ち位置も分からんようなものにへつらうのも、もうまっぴらだ。」 …本当に笑えない。頭が痛い。 「なるほど、つまり神奈子さまは、」 「やめて早苗!神奈子も少し落ち着いて!いまそんなこと言ったって、なんにも、」 「黙ってな諏訪子、頭を冷やすのはこいつだ。自分が誰で何者なのか、少し勉強させてから話してもらわないと。」 頭が痛い。頭が痛い。胃が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。 「…よく、わかってますよ?私は、風祝です。現人神です。私は、私を裏切るものを罰することができる、つまり、神奈子さまの事も、」 「やってみな早苗。はっ、そんな度胸も勇気もないくせに!」 「だめだ、神奈子!だめだったら!」 「…………××××、×」 「やめて、早苗、やめてーーーーーーーーっっっ!!!」 「…××××、×××××××××!」 …言ってしまった。だって、あまりにも、うるさいから、あたま、いたくて、 「心配ないよ、諏訪子。すぐ会える。」 それだけ言い残して、神奈子さまは消えてしまった。私には何も言わないで、消えてしまった。頭痛は消えないのに。すごく、すごく痛いのに。 「…早苗は、これを望んでいたの?」 ふいに、声が聞こえた。耳鳴りもひどい。キーンとする。 「…こんなことがしたくて、幻想郷に来たの?」 私は、何がしたかったのだろう。頭が痛い。 「…みんなで、幸せに。早苗は、そうじゃなかったの?」 みんなでわらって、たのしく、 「…まあ、もう、どうでもいいけど、ね………。」 どうしようもない、神奈子さまは消えてしまった、消えてしまった?…違う、消してしまった、私が。 「一つだけ言っておく。早苗はもう神の力も奇跡も使えない。」 「………?」 「お前が使っていたのは神奈子の力だ。私が信仰を集め、神奈子が力にし、還元する。私に信仰がいくら集まろうが、お前にその恩恵が行くわけではない。」 「…え、いや、だって、」 「早苗は神奈子の風祝だから。私の風祝ではない。それだけだ。そして神奈子がいなくなった以上、…私はここにとどまる必要はない。」 理解ができない。神奈子さまはいない。諏訪子さまもいなくなる。………………………、そんなこと、私が、許すわけないのに。 「早苗は早苗で"神様"になればいいさ。私は二度とこない、二度と会わない。私は、私の風祝を探しに」 「×××××××××。」 ああ、すごくびっくりした顔をしている。…罰ですよ。私を捨てようとしたから。 「………………………。」 少しだけ悲しそうな顔をして、諏訪子さまも消えた。諏訪子さまも何も言わなかった。 「…私、がんばったのになぁ。信仰を集めて、お賽銭もいっぱいもらって、そしたら、神奈子さまと諏訪子さまがえらいねってほめてくれて。 だから、私、もっと、もっと、いっぱい集めて、暑い日も寒い日も、イヤなときでも我慢して、」 『早苗さん、早苗さん。諏訪子さまと神奈子さまはまだかな?ずっと待ってるんだけど。ほら、今日は大人数でいいよって言うから いっぱいつれてきたんだけど…。』 今日の信者か…。もう、ここには何もないというのに…。 「…もう、神奈子さまも、諏訪子さまも、ここにはいません…。今日は、お引取り下さい…。」 いないのだ。もうどこを探しても。 『…いないってどういうこと?前金で結構払ってるでしょ。どうすんのよ、みんな準備万端なのに。』 「…お金はお返ししますから、どうか、どうか今日は…………。」 『いや、返さなくて良いよ。もう一人いるでしょ?現人神さまが。』 「………は?」 『行こうか。みんなお待ちかねですから。』 「…あ、いや、はなして、放してください!」 必死で振りほどく。このまま連れて行かれたら、私は、あの神奈子さたちのようにに…! 『そんな嫌がらなくても良いでしょ。あんだけ神様二人にさせてたんだから、自分だけイヤイヤってのは通用しないでしょ。』 「…!よらないで下さい。力を使いますよ…!」 『…そっちがその気なら、こっちも人呼んじゃうから。お~い、お前らこっち来てくれ~。』 「…くっ、風よ!」 『わっっっ……………………………?…え、何?』 なにも、起こらない。当たり前だ、私の神様は、私が、 『まあいいや。じゃ、お楽しみタイムですね!』 「い、いやっ、いやぁっ、風よっ!奇跡よっ!なんで、なんでっ私がっ!神奈子さま、諏訪子さま、助けてっ、助けてっっ!かみさまっっ!」 『"やっぱり神様なんていなかったね"って名言もあるくらいですから。ま、今日の神様は早苗さんなんですから仕方ないですよね。 さあ、今日も信仰をいっぱいあげちゃいますから!期待しててくださいね、"神様"!』 早苗ざまぁ -- 名無しさん (2009-05-12 11 58 54) ざまぁwwwww -- 名無しさん (2009-05-13 13 41 18) そして早苗はマワされる・・・ざまぁ -- 名無しさん (2009-05-15 15 34 12) ざまぁwそう持ってこられたか -- 名無しさん (2009-05-21 01 57 04) m9(^Д^)プギャー -- 名無しさん (2010-01-05 15 30 25) 悲惨だ……自業自得だが同情する -- 名無しさん (2010-02-28 21 36 39) なんかざまぁとは言えないな・・・ -- 名無しさん (2010-03-04 15 08 55) こういうの見ると、 自分のをもぎ取りたくなる衝動に駆られるのは何故だ? -- 名無しさん (2010-11-02 03 34 35) 早苗ざまぁとしかいえんwww とにかくざまぁm9(^Д^) -- 名無しさん (2012-03-03 23 43 21) ・・・とりあえず乙。 -- 名無しさん (2012-03-27 08 15 11) はぁ………ざまぁwwwww -- 名無しさん (2012-04-10 19 31 13) ざまあww -- 名無しさん (2013-12-26 16 47 26) 人間の後はいじめてきた妖怪に仕返しされるさなビッチ -- 名無しさん (2014-03-11 07 14 29) そもそもなんで神様二人は黙ってマワされてたんだw もっと早くおこってりゃここまで増長することもなかったろうに -- 名無しさん (2014-03-31 14 28 50) 自業自得。 -- 名無しさん (2014-08-13 10 34 21) 早苗ざまあwwwwwwwwwwwww -- 名無しさん (2015-07-09 20 24 16) オーマイゴッド×2よ、早苗をもっと早くに叱っておやりよ。 とりあえず、空気を読んだ俺は、早苗ざまぁと言っておく。 -- キング クズ (2016-07-08 07 35 08) かなすわは神なのに人間に負けるってありえなくね? あとクソ人間ども1番悲惨な方法でもがき苦しみ死ね -- 名無しさん (2017-09-21 17 24 31) 自業自得 -- ロリこん (2018-01-06 18 36 57) 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/tohofight/pages/1581.html
~ 人里 裏路地 ~ 「れいむー、誰も引っかからないねー」 「まったくです。皆さん常識に囚われすぎなんですよ!」 「誰か引っ掛ければ久しぶりにまともな食事が出来るの思ったのにー」 ファイト開始から既に半日が経過しているにも関わらず、腋三人衆は戦果ゼロ。 それもそのはず。凶暴なことで有名なチート巫女、何かがぶっ飛んだ天然ブラック現人神、そもそも種族レベルで伝説的な人攫いの鬼。 そんな物騒極まりない連中が人里を闊歩してるのだ。普通の人間なら近寄られる前に逃げる。 しかも、今はDQN座りでくだを巻いているのだ。これでは人間どころか妖怪でも近寄り難い。 「こーなったらいっそ攫っちゃうか?」 「それはナンパって言わないでしょ……」 「困りました。これでは信仰が集まりません」 「そーいえば偉い人は何してるんだろ? 萃香、ちょっとミニ使って偵察してよ」 「うぃ。りょーかーい」 「便利ですね……」 ~ 数刻前 ~ 「ンフフ……ちょっといいですか?」 「うゎ酒臭っ……ふぁい? にゃんれすか~?」 「実はこういう者なんですけど、モブキャラ枠での出演者を探してるとこなんですよ。 別に今すぐ返事しろとは言いませんから、少し考えていただけませんか? あ、お友達とかも誘ってオッケーですよ」 里人A(酔い)は手渡されたカードを見た。 「博麗……神主? うぇぇぇぇぇ!?」 里人Aの酔いは醒めた。 ~ 人里 中央広場 ~ 「出演者募集中と聞いて歩いて来ました」 「恵まれない門番に愛の手をー!」 「そろそろスペルカード以外での出番が欲しいです!」 「夏の後は冬じゃありません。秋はちゃんと存在します!」 「蓬莱ニートの汚名を返上するチャンスってこれのこと?」 「地下に篭ってるからって忘れないでー!!」 「むしろ出番よりカリスマを返してー」 「あたしゃここにいるよ……」 神主が出演者を募集中という噂は雷光の如きスピードで幻想郷を駆け巡り、今では里の外からも多数の人妖が詰め掛けている。 「まぁまぁ、皆さん落ち着いて。とりあえず一緒に飲みませんか?」 ~ 再び裏路地 ~ 「ってな状況だったよ」 「勝てるかボケェェェ!!」 「信仰の桁が違いすぎますね……」 萃香がミニの見てきた状況を伝え、愕然とする霊夢と早苗。 「いくら神主でもこれはきたないわね。ちょっと文句言ってくる」 「ちょ……いくら霊夢でも勝てる相手じゃないって!」 「いえ、逆転のチャンスかもしれませんよ?」 額に血管を浮かべながら歩く霊夢を追うように二人が続く。 ~ そして中央広場 ~ 「そこまでよ!!」 「ンフフ……やっと主役が来ましたね」 「いくら御大でも出演を餌にして釣りまくるとか、手口が悪質過ぎなんじゃないの?」 「釣りじゃありませんよ。だってほら、ここにいる時点で皆さん既に出演してるじゃないですか?」 『!!』 「えっと……それってつまり……」 「異変も宴会も幻想郷では日常の一部ということです。 そして、本当に何でもない日常の光景だったとしても、こうやって誰かの目に触れている時点で作品なんです」 「この状況そのものが作品ってこと?」 「観察者という存在が……っと、やっぱり大っぴらにネタバレするのはよくないので秘密です。 そんな細かいことを気にせず、今はただ一心不乱に呑みましょう」 「そいつには賛成だよ。霊夢も難しい顔してないで楽しもうよ」 「これが神主ですか……常識とか勝敗とか、そういったものに囚われないどころか測り切れないレベルです。 妖怪でありながら神のように信仰されているという噂もあながち嘘ではないように思えます」 その後、宴会は三日三晩続き、神主が去った後には意識不明の人妖の海が残されていた。 結果:対戦相手すらも引っかけた神主の完全勝利 人里の住人 早苗 神主 萃香 誘惑 霊夢 1対3
https://w.atwiki.jp/yaruoperformer/pages/2770.html
____,、 _______,、 _,.、rセ升ア⌒ _、+''"~ ミ / 7 / ~"''~、、 ___/ /  ̄ ヽ乂{ / _ - < ミメ、 ⌒ア ,. '´ ⌒ ``ヽ、 - 、 .\ ノ / ;/ / \ 、 、 \ / ;′ . ./ / ,′ .、 \ \ |⌒ヽ __ノ { .;′ / /.} ハ '/ ∨ 人 ,、_ノ ,.イ { { / { } N } } \ __ ゝ_ / . {八 ∨ ノノ--ミ } ! } /;′ / ヽ ∧ ヽ, ../⌒ヽ____ γ { ∨ \ ミ'´芹ミx \ 圦 V / .! ´ } } ∧ ∨ 、 \ Y、 } .{ \ } \弋,乂炒ヽ, \{ .\ jI斗-- { { ノ .} / } ∨ \ Ⅵ ) ノ ハ .乂 ヽ⌒ } },, ⌒' ` ィf芹ミxァ,,乂 ∨ 人 (_ / .∨ /\),/、/ イ .\ \ `ト,ノノ / 乂炒_ノ( { ト .\ ;厂 ;′ ヽ / { // ///⌒) .人 ⌒ヽ圦 ⌒ / } ⌒ア(⌒ヽ /| .// レ'´ ///_厶 ( ) )! ..、 `こヽ |、 ./_/,' /\ト-ィ // \ , -'/| //// (ハ \ ノ )\ 乂-彳⌒< . イヽ .厂 //////7/..///| ///// ⌒Y ヽ ノ | \ _,,.、丶´ア_ _ _ _ノ .ノ ハ{ /////// ,' .厶イ天`''</ 乂_ノ .} /、 . ..|  ̄_、+''"~ /⌒ ⌒ 乂{ / ヽ / `''<// / {∥ヾ `````` .从/ ‐=≦ /,' . ,. '´ - ヽ_ / / .{ | / } / \ / { . . // `''<___./ ./ | _|__ / jI斗--/ \ 入 / 人 \ { . ' / / / / ,'、`'´ / / \ 、 { / / , / { '´イ ../ \ \ 圦 / / .{ ./ .∧/ ,/ 〈 ミ .イ个c。.,_ . / { // .{/ / / / .∨ / `゛¨ '' ‐- ....,, __/ 乂__;; 、丶´ / / { .八 ∨ / .{ .八 ./, ∧ ∨ / 八 ∧ /, .∧ .} 〉 } ∧ \ /, { _,,.. -‐ '' "´ .〈 |\ .ハ ./, >'゙´ } 名前:岩永琴子(いわながことこ) 性別:女 原作:虚構推理 一人称:私 二人称:あなた 口調:丁寧語/敬語 AA:虚構推理.mlt 「虚構推理」の主人公兼ヒロイン。 岩瀬家のご令嬢で見た目は中学生の体格だが、大学生である。 右目と左足は義眼と義足になっているが、これは11歳の頃に人間的な考えに欠けていることから、 妖怪達によって「知恵の神」になることを求められ、右目と左足を失い、 定期的に通院が必要な身体になる代償に現人神となった。 妖怪や幽霊からは「おひいさま」と慕われている。 義足であるが足はそれほど悪くはないのだが、両親が心配して杖を持たされている。 上記の通り、人間らしさに欠落しておりお嬢様らしくない言動が多いが、真面目モードではその頭脳明晰を発揮する。 「関係者が納得する終わり方」をモットーとしている。 桜川九郎には片思いをしており、彼の元恋人に嫌がらせも行っている。 アニメ版の制作会社が携わった「デュエルマスターズ・キング」にもカメオ出演している。 キャラ紹介 やる夫Wiki Wikipedia アニヲタWiki ニコ百 ピクペ 登場作品リスト タイトル 原作 役柄 頻度 リンク 備考 フードの神様は戯れに聖杯戦争をしてみたいそうです Fateシリーズ 第2回目に登場するアサシンのマスター 常 初登場回 まとめ R-18 あんこ レミリアは青春を謳歌するようです オリジナル 2年目のレミリアのクラスメイト 常 まとめ 予備 あんこ 完結 小悪魔は聖杯戦争を開催するようです Fate 因幡月夜のマスターでカルデア所属 準 まとめ 予備Wiki あんこ 完結 元囚人マホロア、釈放される オリジナル 夕日班の1人 準 初登場 安価 あんこ完結 やる夫はポケモン世界で何かを成すようです ポケットモンスターDPt ロックハート家の晩餐会の招待客の1人 準 Wiki R-18 短編 タイトル 原作 役柄 リンク 備考
https://w.atwiki.jp/h_session/pages/6498.html
ナイトウィザード用キャラクターシートテンプレート 【キャラクター情報】【属性とレベル】 ライフパス 【基本能力値】プラーナ 【戦闘能力値】 特殊能力 魔法 アイテム所持品 【設定】 【成長記録】 [部分編集] 【キャラクター情報】 キャラクター名 赤口杏梨 プレイヤー名 kase 性格 普段は無邪気だがいざという時ひねくれている ワークス 生き神 年齢 少女 性別 娘 ふたつ名 ミシャグジさま 髪の色 金 瞳の色 緑 肌の色 肌色 身長/体重 150㎝/40㎏ 【属性とレベル】 第一属性 水 第二属性 天 統合レベル 3レベル(GL) 大いなる者 3レベル(CL) レベル(CL) レベル(CL) レベル(CL) 経験点:- 未使用経験点:- ライフパス 生まれ 神の御子 奇妙な生活 劣等感 闘気修正 1 コネクション/関係 天眼大僧正/-- 御門家/-- --/-- [部分編集] 【基本能力値】 基本能力値 ベース 成長値 現在値 基本能力値 ベース 成長値 現在値 【筋力】 5 -- -- 【知力】 11 -- -- 【器用】 6 -- -- 【信仰】 10 -- -- 【敏捷】 8 -- -- 【知覚】 5 -- -- 【精神】 9 -- -- 【幸運】 11 -- -- CF修正値 (*1) 3 闘気 (*2) 4 プラーナ 出自 内包値 解放力 -- 34 8 プラーナ現在値= 【戦闘能力値】 能力値名 基本値 クラス修正 特殊能力 総合 未装備 装備修正 装備状態 闘気 最終戦闘値 【命中】 (*3) 5 -- -- -- 5 -- 5 -- 【命中】 5 【回避】 (*4) 6 -- -- -- 6 -- 6 -- 【回避】 6 【攻撃】 (*5) 5 +4 -- -- 9 +2 11 -- 【攻撃】 11 【防御】 (*6) 7 -- -- -- 7 +5 12 -- 【防御】 12 【魔導】 (*7) 10 +5 -- -- 15 +1 16 -- 【魔導】 16 【抗魔】 (*8) 10 +5 -- -- 15 +3 18 -- 【抗魔】 18 【行動】 (*9) 9 -- -- -- 9 -- 9 +4 【行動】 12 【移動力】(*10) 2 HP最大値(成長値):19+4(1d6-1) MP最大値(成長値):30+8(1d6+3) [部分編集] 特殊能力 取得数:3 名称 取得Lv 重複 タイミング 効果 備考 小さな奇跡 自動 不可 - 願いをひとつ叶える - 魂狩り 0 不可 常時 ダメージ判定に関わらずCL+4ダメを与える - 斥力場 2 不可 対抗 CLまでのMP消費1につき任意戦闘能力値+1 - 混沌の運命 0 不可 常時 CF値を2つずつ持つ - 魔法 取得数:5 名称 Lv 属性 系統 MP 発動 カウント 時間 対象 射程 範囲 タイミング 効果 リブレイド 3 天 攻撃 8 11 5 - エリア 1 1sq 通常 絶対命中、魔導+5(最大35) マジックシェル 2 天 付与 4 10 0 - 1 1 単 対抗 抗魔+(抗魔-5)最大10 フォースシールド 2 天 付与 4 9 0 - 1 1 単 対抗 防御+(抗魔-5)最大10 キュアウォーター 3 水 治癒 5 11 5 - 1 1 単 通 治癒(抗魔-10)最大5 レインコール 2 水 治癒 4 11 4 - エリア 1 1sq 通 治癒(抗魔-10)最大3 アイテム ヴァルゴ:0k 装備 種別 重量 命中 回避 攻撃 防御 魔道 抗魔 行動 射程 備考 メイジスタッフ 武器 1 - (+4) +2 (+2) +1 - - - マジカルなステッキ 巫女服 全身 1 - - - +1 - +3 - - 幼児サイズ ヘルメット 頭 1 - - - +2 - - - - かっこいい帽子 ジャケット 上 2 - - - +2 - - - - 鳥獣戯画の刺繍 合計 - 5 - - +2 +5 +1 +3 - - - 所持品 総重量:0 0-Phone:≪マジカルフォン≫≪エスポラント≫の2つの機能を持つウィザード専用携帯 ウィザード専用クレジットカード“Mugen-Kun”:≪信用取引≫≪ご利用は計画的に≫ウィザード専用のクレジットカード 幸運の宝石 死活の石 ピグマリオン≪モバイルシステム≫≪メモリースロット≫≪データベース≫39.8k [部分編集] 【設定】 某宗教結社の現人神をやってる少女、エロレギュなので当然毎日エロ儀式で信者の精を注ぎ込まれています。 孕んでも神の子が増えるのでありがたがられます、安心。 お陰ですっかり思考が娼婦。 【成長記録】 LVUP+200kv-39.8k-8+200kv LVUP+1kv コメント
https://w.atwiki.jp/pbw-8m/pages/17.html
設定資料-世界・神様 目次 設定資料-世界・神様世界の創造と今 神様 現在の世界 ギフト 世界の創造と今 8Mの世界には様々な神話が今に伝えられています。舞台である日本では神道に則った形で(イザナギとイザナミ)世界は作られたとされていますが、ヨーロッパに行けば聖書の影響が強い、といったような形です。どれが本当の話なのかは今に至るまでわかっていませんが、それが理由となって現在に至るまで世界のいたるところでは大きな戦争が行われたりもしています。 神様 8Mの世界には神様は実在します。何故かと言えば、時たまではありますが目に見えて手が触れる形で神様がすぐ傍に現れるからです。 五王市にある稲荷神社には時折狐の容を取って神様がやってきては油揚げの代わりに願いをかなえてくれたり、ヨーロッパでは今も森には妖精が飛び交い、家の中では悪戯家霊が夕ごはんをつまみ食いしていったりしています。しかしながら、勿論彼らは神話の存在だけあり、その力は例えギフトを持っていたとしても人間ではかなわないこともままあるため、今でも畏敬の念を持って信仰の対象となっている神様も多く、中には強大な力を持って隣国に攻め込んだ神様もいます。また、中には悪しき神々と呼ばれるものも存在し、これらは悪魔とも呼ばれ、人々に邪な取引を持ちかけ事件を起こすこともあります。 強力な力を持つ神様は容易に人前に姿を現すことはありませんが、キャラクターは神様やその眷族達と触れ合うこともあるでしょう。 現在の世界 現在の世界は神様の影響もそこそこに、人々は人で暮らしている側面が強い状態です。60年ほど前まには宗教を理由とする第二次世界大戦がありましたが、現在はその暗い過去が残っており、ほとんどの国が融和路線を取っています。日本はWW2では敗戦しており、その理由は現人神であった天皇がその中途で何らかの理由で人になってしまったからと言われていますが、真実はまだ公にされていません。 ともかくとして、人は人で暮らしており、現在の日本は自動車産業とその独特の文化で世界の中で動いています。 ギフト 人には一人ずつ、何らかの神様やその眷族がついていると言われており、日本人はそれらを八百万の神様として崇めています。他の、例えば一神教の影響が強い地域では唯一神の遍く力と慈悲という解釈ではありますが、そういった理由なのか人には一人ずつ、何らかの天賦の才「ギフト」があります。ギフトは人が生まれた時には既に与えられていますが、それだけで発揮するものではなく、それ相応の努力や“器”を手に入れることで発現したり、強力になっていきます。 例えば人より何倍も速く走ることのできるギフトを持つ人は、毎日走り込んだり、スポーツシューズを大切に扱うことでその力を強めていきます。これらは神様がその人を良く見ているからであり、逆に言えばそのギフトにそぐわない行為ばかりしていた場合はギフトの力は弱まってしまいます。また、“器”は「コンテナ」とも呼ばれますが、日本では器という呼称が一般的です。器についてはあってもなくても構わないのですが、あったほうがより強まる傾向にあるようです。 ギフトには様々な種類があり、例として挙げたように走りが速くなるものもあれば、誰もが涙を流すほど美味しい料理を作るものもあります。中にはエスパーや魔法のようなギフトもあるようですが、余りに強力なギフトはそれを持っていると言うだけで色々な制限がかけられてしまうこともあります。特に攻撃的なギフトについてはその使用は警察や軍隊などでないと活かしきれず、時折それを利用した犯罪者も出てきています。これまで最も最悪とされたギフトは猛烈な火球を発生させる力でいくつもの街を破壊し、WW2では悪魔のギフトとして恐れられました。