約 3,140,702 件
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/20.html
<前2-2へ|次2-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」2-3 549 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 16 22.37 ID vGBiMEoLP ――冬越しの村、村はずれの館……年越祭の夜 (勇者に膝枕してみたいっ!) (よしきた) ――勇者 (勇者の頭、もふもふしてるぞ) (魔王も良い匂いだぞ?) ――勇者に (そうか? 太くないか?) (寝心地良いぞ) ~♪ ~~♪ 魔王「……んぅ」 魔王「ん……。どうやら、うたた寝してしまったようだな」 魔王「今何時だろう、日は暮れているようだが……。 だれかー……。だれか……。いないのか。 村長の所へ行くとか言っていたものな」 553 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 20 54.26 ID vGBiMEoLP 魔王「……」もそもそ 魔王「資料だらけだな」 魔王「んぅ……。背中が痛い。こんなところで 寝てしまったからだ」 ~♪ ~~♪ 魔王「……勇者か」 魔王「……」 魔王「もう一年も、だ」 魔王「……」 魔王「もう一年も、触れてない」 魔王「声が聞きたいんだ」 魔王「わたしは勇者の物なのに……」 魔王「勇者のものなのに」 557 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 26 53.49 ID vGBiMEoLP 魔王「勇者、わたしは弱虫になってしまったよ。 世界を変えることが恐ろしい。 戦争とはこんなに恐ろしい物だったんだな。 それではわたしもやはり、血に抗争の遺伝を 流れさせる魔族の一人であったのだ。 あんなに躊躇いなく流せていた血なのに……」 魔王「わたしは……。がんばっているぞ? 勇者。 勇者も頑張っているのか? 褒めて欲しいぞ」 勇者「おう。――偉いぞっ。魔王」 魔王「勇者ッ!?」 がたんっ 勇者「おっす」にこっ 魔王「勇者、勇者っ! 勇者っ」 勇者「お、なんだよっ」 魔王「このうつけ者っ。一年もの間どこをほっつき 回っていたんだっ。糸の切れた凧とはお前のことだっ」 勇者「痛っ、痛いぞ、魔王。ぼこぼこ殴るなっ」 魔王「えい。この程度では飽き足らない!」 勇者「わぁった。ごめん。すみませんっ。 わたくしが悪ぅございましたぁ~」 魔王「謝罪に誠意が足りないっ!!」 562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 31 15.17 ID vGBiMEoLP 勇者「だ、だ、だいたいなっ!」 魔王「ふんっ」 勇者「ちゃんと報告書は届けていたじゃないかっ」 魔王「あんなものは報告書とは言わん。絵日記というのだ!」 勇者「え、え、絵日記!?」 魔王「その。か、顔を見せに来ても良いではないかっ」 勇者「仕方ないだろうっ。こっちはこっちで忙しかったんだよ。 いまだって『開門都市』の件でてんやわんやなんだ。 北の砦に物資を運ぶ方法で頭を痛めているしっ」 魔王「何故そんなことをしてるんだ」 勇者「魔王が言ったんだろうっ。強硬過激派の芽を そいでおけって! 忘れたのかよっ」 魔王「勇者のでたらめな超絶破壊魔法で やってしまえば良いではないか」 勇者「出来るわけ無いだろっ」 魔王「……?」 勇者「みんな生きてるんだ。がんばってるんだぞ。 毎日毎日少ない手持ちと、なけなしの希望でさ。 そんなのいっしょくたに壊すなんて、出来るわけ無い」 565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 35 17.72 ID vGBiMEoLP 魔王「勇者……」 勇者「妖精の女王だって、森歌族だって」 魔王 ぴくっ 勇者「竜の公女だって、鎧族の娘だって、酒場の子だって」 魔王 びきびきっ 勇者「みんな、一生懸命なんだもんよ。勇者だからって 壊して良いなんて事、あるわけない」 魔王「そんなことを云って、本当はもてもてで 娘たちに囲まれて鼻の下を伸ばしておったのではないか!?」 勇者「そっ。そんなことはナナナ無いぞ! 断じてないっ」 魔王「そうなのか? 本当にそうなのか!?」 勇者「えー。その件につきましては誤解があるのでしたら 前向きな調査の上説明して差し上げたく」 魔王「その調査には是非串刺しを取り入れるべきだな」ぎらっ 勇者「そ、そ、そんなこと云ったって……あっちから……」 魔王「なにか?」ぎろっ 勇者「そ、そうじゃなくてだなっ!」 571 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 38 19.90 ID vGBiMEoLP 勇者「魔王だってなんだよ。若い公子とか、都の貴族とか エリート商人かなんかかららぶらぶ光線出されてたん じゃないのかよっ」 魔王「あっんの、メイド長めっ。口止めしておいたのに」 勇者「え? マジなの?」 魔王「……」 勇者「……」 魔王「あ、あれはだなっ! 決してやましいものではなく いわば決闘にも似た交渉の場での出来事でだなっ!! そもそも高度な交渉というのは妥協と駆け引き、 決意と損益が火花を散らす戦場と言っても良い場所でっ」 勇者「……」 ずぅぅぅん 魔王「勇者っ。なんだそのざまはっ 沼地にはまった石巨人のような顔をしおって!」 勇者「いや、だって」 ずぅぅぅん 魔王「ええい、この軟弱者っ」 575 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 43 02.07 ID vGBiMEoLP 勇者「軟弱とは何だよっ。俺頑張ってたのにっ! ぷにぷに魔王めっ!!」 魔王「ぷっ!? ぷにぷにっ!? ぷにぷにと云ったか! この口かっ! この口かっ!」ぽかぽかっ 勇者「痛いっ、やめれっ!」 魔王「わたしはこれでも毎日すとれっちとか体操してたのだ! 逆立ちだって頭をつけば出来るようになったのだ!」 勇者「お前魔王のくせに何でそう、みみっちい努力が得意なんだよ」 魔王「みみっちい云うな! 全ての野望は一歩目の努力から始まるのだ!」 勇者「このバカ魔王っ!」 魔王「アホ勇者っ!」 勇者「ひきこもりめっ」 魔王「放浪うつけ者っ!」 ~♪ ~~♪ 勇者「……はぁ、はぁ」 魔王「……むぅー」 ~♪ ~~♪ 勇者「やめよう」 魔王「うむ」 577 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 50 40.29 ID vGBiMEoLP 勇者「……これ、なんだ?」 魔王「これか、これは村長の家から流れてくるらしい」 勇者「年越祭の、音楽か?」 魔王「そうだろう」 ~♪ ~~♪ 勇者「明かりつけて良いか?」 魔王「いや、ダメだ。白衣はしわしわだし、寝癖があるのだ」 勇者「自分でばらしてたら意味ないじゃないか」 魔王「そんなことはない。予告編と本編では衝撃が違う」 勇者「あー。もうっ!」 魔王「?」 勇者「ま、魔王はいつでも美人で、その……素敵だよっ」 魔王「え、ええっ!? な、な、なにをっ」 勇者「べつにっ」ぷいっ 魔王「ううううう」 勇者「――ご馳走食べに行かなくて良いのか? 年越祭なら、子豚の丸焼きやら、酒やら、マスのはいった 香ばしいパイやら、香草包みやら、キノコのオムレツも 出るだろう?」 魔王「いい。ここにいる」 勇者「じゃぁ……あー。えー……。一曲、どうだ?」 578 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 54 36.09 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ ――right step foward. right step foward. 魔王「こ、こ、これでいいのか?」 勇者「もうちょい胸を張って」 魔王「こうか?」 勇者「上等」 ~♪ ~~♪ ――1/4 turn left step left. 魔王「あ、足を踏んでも赦すんだぞ? 真っ暗だから」 勇者「いや、雪明かりで見えるよ」 魔王「それはそうだけど」 勇者「白くて、キラキラして、きれいだ」 ~♪ ~~♪ ――1/2turn right step left back. 魔王「……優しい曲だ」 勇者「古王国の輪舞曲だって聞いたことがある」 581 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 12 56 38.50 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ ――Touch left next to right Clap. 勇者「そこで右へ半歩」 魔王「こうか? こうか?」 勇者「上手いじゃないか」 魔王「もっとましな服を着ておくんだった」 勇者「誰も見てないよ」 ~♪ ~~♪ ――right step foward. right step foward. 魔王「だ、だって。あっ」 勇者「大丈夫か?」 魔王「すまん」 勇者「魔王は良い匂いだな」 ~♪ ~~♪ ――left step foward. 2turn left step right back. 魔王「目が回りそうだ」 勇者「輪舞曲は苦手か? ターンが多いからなぁ」 魔王「そうじゃない……けど」 584 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13 00 42.06 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ ――right step foward. right step foward. 勇者「これ」 魔王「これは……私が使っていた櫛だ」 勇者「魔王城へも行ったんだ」 ~♪ ~~♪ ――1/4 turn left step left. 魔王「この櫛は小さな頃から使っていたんだ。 無くしたかと思っていた……」 勇者「大事に使っていたっぽい感じだったからさ。 もしかしたらと思ってな」 魔王「うん……」 ~♪ ~~♪ ――1/2turn right step left back. 勇者「安上がりで悪いけど、それが年越祭のプレゼント」 魔王「……勇者」 勇者「ん?」 魔王「プレゼント、無い。……わたし用意してないんだ」 587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13 04 02.91 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ ――Touch left next to right Clap. 勇者「気にするなよ。礼を期待してやってるわけじゃない」 魔王「それはそうだろうが……」 勇者「魔王は俺のものなんだよな?」 魔王「もちろん」 勇者「それを聞きに帰ってきたんだよ」 ~♪ ~~♪ ――right step foward. right step foward. 魔王「どうしたんだ? なにか辛いことでもあったのか?」 勇者「いや、頭が悪くてさ。俺。回り道して」 魔王「……」 勇者「勇者の頃は、出てきた敵を順番に倒していれば みんなに褒めてもらえたんだ。勇者なんて簡単なものだよな」 ~♪ ~~♪ ――left step foward. 2turn left step right back. 魔王「勇者」 勇者「ん?」 魔王「わたしも、やっぱり勇者に、その……」 589 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13 07 48.76 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ ――right step foward. right step foward. 魔王「あの、そのぅ、だな。 勇者にあげられる価値あるものなんてだな」 勇者「……え、あ?」 魔王「何でこのような時に限って、 手のひらが汗でペとぺとするのだっ」 ~♪ ~~♪ ――1/4 turn left step left. 魔王「うううう。……静まれ我が魔心臓よ。 そは決戦の時ぞ、ゆ、ゆ、勇者っ」 勇者「ま、ま、魔王? すごい気迫だぞ?」 ~♪ ~~♪ ――1/2turn right step left back. 魔王「ゆ、勇者。えっと……」ぎゅっ 勇者「それじゃステップ踏めないって魔王。 ……魔王?」 591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13 11 32.45 ID vGBiMEoLP ~♪ ~~♪ 魔王「勇者とくっつくのも、一年ぶりだ」 勇者「こっちだって」 ~♪ ~~♪ 魔王「その……勇者が良ければだな。持ち主として 褒美を取らせてもだな、もちろんまだまだ駄肉で ぷにってる訳で褒美というか罰ゲームかもしれないという 疑いはなきにしもあらずなのだがいやそれは 横に置いて報償というものは信賞必罰と云ってだな」 勇者「えっとその」 魔王「勇者……?」 勇者「……」 魔王「……」 ~♪ ~~♪ ……♪ …… 魔王「お、音楽終わってしまったな!!」 ばっ 勇者「そ、そうだなっ!! 離れないとっ」 ばばっ 魔王「……うううー」 勇者「……」 わたわた 魔王「――も、もうちょっとだったのにっ」 594 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 13 18 53.12 ID vGBiMEoLP ――冬越しの村、雪明かりに照らされる一室 魔王「行くのか?」 勇者「ああ。魔王と会えたから、勇気百倍さ」 かちゃ、がちゃ。 魔王「みんなとは、良いのか?」 勇者「魔王は随分人間くさくなったな」 魔王「弱くなったのだ」 勇者「それはこっちも同じだ」 魔王「今度は程なく会えような」 勇者「ああ。一月もかけず、『開門都市』を攻略する」 魔王「出来るのか?」 勇者「魔王と話したからな。糸口は見えたよ」 魔王「こちらも見えてきた」 勇者「次に会うのは」 魔王「戦火の交わるところになるだろうな」 勇者「おっし、準備できた!」 魔王「勇者」 勇者「おうっ」 魔王「構えて遅れは取るまいぞ?」 勇者「心配無用。……俺は魔王の剣にして道だ」 しゅわんっ!! 魔王「君は……わたしの光だよ」 625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 26 30.42 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、冬の国野営地 義勇軍兵「ほーうい!」 志願兵「交代だ! 差し入れをもってきたぞ」 兵士「ありがたい、なんだ?」 義勇軍兵「ナッツとベーコン入りの黒パンだよ」 志願兵「豪勢だなぁ!」 兵士「年越祭の残り物だそうだよ」 義勇軍兵「そうなのか? 祭りのご馳走もたっぷりだったのに」 志願兵「自分はあんな祭りは初めてでした」 兵士「ああ、今年はひときわ豪勢だったよ」 義勇軍兵「そうなのか?」 兵士「うん。我が国は、少しずつ暮らし向きが 良くなってきているようだ。 ねぇ、そうでありますよね! 士官殿」 士官「うむ、そうだなぁ。……ええい、ちゃんと 見張りをせんかっ!」 義勇軍兵「はっ!」 がしゃ 兵士「はぁっ!」 がしゃん! 士官「まぁ、今のところ敵軍も見えないが」 義勇軍兵「こちら側の陸地へは攻めてこないのでしょうか」 士官「過去の大規模進行の記録はないが、 人間軍がここに野営地を築いていることは 向こうも承知だろう。油断は禁物だ」 627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 32 03.15 ID vGBiMEoLP 義勇軍兵「それにしても……」 志願兵「ん?」 義勇軍兵「いいのかな。俺たち、ここでもう二週間だぞ」 志願兵「ああ、そうだな」 義勇軍兵「確かに寒い中、厳しい訓練をさせられているけれど それだけで戦に勝てる訳じゃないだろう? こうやって、ただ飯を食っていて良いのかなぁ」 志願兵「お偉方には、お偉方の考えがあるんだろうさ」 兵士「船が足りないんじゃないか?」 義勇軍兵「ふむ」 志願兵「そうなのか?」 兵士「ここにある船じゃ、半分も乗せられない。 おそらく船が到着するのを待っているんだろう」 女騎士「見張り、ご苦労!」 士官「敬礼っ!」 ザザザッ 女騎士「ここが耐えどころだ。気を抜くな」 義勇軍兵「はっ!」 女騎士「訓練はどうだ?」 志願兵「剣の使い方を教えて貰いましたっ!」 女騎士「戦場で己を生き延びさせるのは、常に己だからな。 わたしも守ってやることは出来ない。腕を磨けよっ!」 628 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 36 42.00 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、臨時作戦本部 冬寂王「……補給物資は? ふむ」 執事「斥候が戻りました。まだ動きはないそうで」 女騎士「なかなかに、焦れるな」 冬寂王「将軍でもそうか?」 女騎士「将軍と呼ばないで欲しい。臨時の肩書きだ」 執事「にょほほ。誰に恥じることない胸ですのに」 女騎士「斬られたいか」ぎろり 士官「よろしいでしょうかっ!」 執事「む、入れ」 士官「お客様がお見えですっ」 冬寂王「客?」 士官「紅の学士、と名乗っております。荷馬車隊と一緒でして」 女騎士「学士殿か。来て頂けたんだなっ」 執事「おお」 冬寂王「噂の天才的学者殿か? かねてから一度お会いしたいと は思っていたのだが、なぜ戦場へ?」 女騎士「王よ、学者だとは思わない方が良いぞ」ぼそり 631 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 43 04.03 ID vGBiMEoLP 魔王「わたしは紅の学士を名乗るもの。お初にお目にかかる」 執事「こ、これはっ」 女騎士(まさか、魔の気配に気付かれるのかっ!?) 執事「にょほー。たいそうな胸でございます」 女騎士 がっ 執事「~っ!」 冬寂王「挨拶痛み入る。わたしが冬の国の冬寂王だ。 もっとも即位したての若造だがな」 魔王「いいや、王の器量は冬越し村にまで響いてきている」 冬寂王「実績がないゆえ、期待感だけがあるのだ」 執事「お茶でも入れますかな」 魔王「ありがたい」 冬寂王「ところで、どのようなご用件で? 我が国の農業を支えてくれている方だと伺っている 是非一度お目にかからねばと思っては居たのだが 無理難題を積み上げられてしまってな。 ご挨拶も出来ぬままだった。申し訳ない」 魔王「ご丁寧に。すまないことだ。 ところで、王よ」 冬寂王「なんだろう?」 魔王「勝つつもりなのだろうな?」 634 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 47 32.48 ID vGBiMEoLP 冬寂王「無論」 魔王「是が非でも?」 冬寂王「あの島を取り戻すことは、 今の南部諸王国には必要なのだ」 魔王「どのような意味合いで?」 冬寂王「南部諸王国の、誇りを取り戻す」 魔王「ふむ」 冬寂王「現在の南部諸王国は、 云われるままに戦をする使い走りのような 国とも言えないような国でしかない。 あの島を取り返せば、わずかとは言えいくつかの交易路が 安定をするはずだ」 魔王「……」にやり 冬寂王「金のために将兵の命を掛けるとそしられようが」 魔王「いや、良い。理解は浅いが十分だ」 女騎士「まったく……」 635 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 51 34.98 ID vGBiMEoLP 執事「若に対して無礼な!」 女騎士「弓兵。私たちの出る幕じゃない」 魔王「無礼はわびよう」 女騎士「もしかしてブラックパウダーですか? そんなものが無くても、わたしは負けたりはしないと 云ったじゃないですか」 魔王「いや、ちがう。もってきたのは、塩だ」 冬寂王「……っ!」 女騎士「塩……」 執事「どこでそれを……」 魔王「馬車に6台分ほど用意してある。何かの役に立つかとな」 冬寂王「あなたは……」 魔王「……」 冬寂王「50里の彼方にいて、我が手の内を読むか」 女騎士「そうゆうことがある人だから」 執事「学士とは……そこまで……」 魔王「勝つつもりでいるのなら、あるいはと思っただけだ」 640 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 15 57 15.54 ID vGBiMEoLP 冬寂王「この戦に何を望まれる? その塩の代価は?」 執事「報償ですか? それとも宮殿の地位?」 魔王「地位は、とりあえず……そうだな。 登城が出来る程度の肩書きがあれば面倒がないな」 冬寂王「よし、許そう。だがそれだけだとも思えない」 魔王「時間が所望だ」 冬寂王「時間……?」 魔王「あるいはそれは戦場において黄金よりも 価値があるやもしれないが」 冬寂王「……」 魔王「わたしは勝利を求めたことはない。 だから勝利では足りない部分を司ろうと思う。 そのためには時間が入り用だ。 長くて一昼夜」 冬寂王「ありえんっ。奇襲が成立せんではないかっ」 魔王「それでも方策はある。女騎士殿ならばな」 執事 ちらっ 女騎士「まぁ、学士様が言うんなら有るんでしょう」 642 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 03 35.91 ID vGBiMEoLP ――魔界、開門都市、中央砦 遠征軍士官「……ま、まただっ!?」 遠征軍士官「こ、ここもだぁ」 遠征軍士官「呪いだ、呪われたんだっ!」 遠征軍士官「呪いなどである者か、これは暗殺者だ!」 遠征軍士官「それにしたって、ほんの五分だぞ? たった五分目を離しただけで、小隊一つが……」 遠征軍士官「こ、これは……」 遠征軍士官「ひからびて死んでる」 遠征軍士官「こっちは、炭化してるぞ」 遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタゲタ」 遠征軍士官「気が狂ってる!?」 遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタ! 夜、夜が来る! 月、月がふくれて、蒼く笑う。来る、やつが来る! ゲタゲタゲタゲタ! ゲタゲタゲタゲタ!」 遠征軍士官「な、なんだっていうんだ!?」 ギャァァァアアア!!! 遠征軍士官「こんどは第三見張り鐘楼だ! 急げッ!」 645 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 08 30.22 ID vGBiMEoLP ダダダダッ! 遠征軍士官「な、なんだこれは」 遠征軍士官「何でこんな泥とぬかるみが……ヒッ! ひぃっ!」 遠征軍士官「こっこんなっ」 遠征軍士官「呪いだ。人間業じゃないっ」 勇者「……フフフ。フフフハハ」 遠征軍士官「だっ、誰だ!?」 遠征軍士官「で、出てこいっ! 我らは地上最強の 聖鍵遠征軍だぞ! で、出てこいっ!!」 勇者「……腕が無くても、しゃべれるだろう?」 ギンッ! ズザンっ! ザガッ!! 遠征軍士官「ギャ、ギャァ!」 遠征軍士官「黒い、黒い悪霊だっ! 亡霊騎士だぁぁ!!!」 遠征軍士官「退けッ!」 遠征軍士官「退却だ、相手は悪霊だ!! 呪いが現れた!」 遠征軍士官「ゲタゲタゲタゲタ!!」 遠征軍士官「ああああ! 無数の死者が!? 悪魔だぁ!!」 647 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 13 51.39 ID vGBiMEoLP 勇者「ふんっ。腰抜けばかりだな」 羽妖精「黒騎士サマッ! カッコイー!」 勇者「あいつらがよわっちーだけだ。 それにしてもこれ、すごい顔な」 羽妖精「アハハハッ! 妖精ハ幻術、得意! エヘン!」 勇者「ああ、上手いぞ! この調子で、手分けして あちこちに幻を掛けるんだ」 羽妖精たち「「「「ハーイ!」」」 勇者「とびっきりの怖い幻で行くんだぞ?」 羽妖精「怖イ?」 羽妖精「怖イ!」 羽妖精「怖ーイ♪」 勇者「それから、夢魔鶫はいるか?」 夢魔鶫「御身の側に」 勇者「司令室一帯に夢の回廊を作り上げろ。 思い上がった貴族どもに毎晩の悪夢を送り込んでやれ」 夢魔鶫「仰せのままに」 650 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 19 45.04 ID vGBiMEoLP ――魔界、開門都市、貴族たちの豪華な寝室 司令官「ぎゃぁぁぁぁ!!??」 司令官「はぁ……。はぁ……はぁ…… ゆ……夢? 夢、なのか……?」 司令官「なんて……なんて夢だ。 あんなに無数の手が……死者が…… た、たかが魔族じゃないか。光の精霊の正義は 我らにあるのだ。あんな家畜、いくら殺そうが……。 さ、酒だっ! 酒をもてっ!」 魔族奴隷「御、御酒でござい……ます……」 司令官「獣臭い手で触れるな下郎っ!!」 どがぁ! 魔族奴隷「きゃぁんっ!」 651 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 25 57.79 ID vGBiMEoLP 司令官「だ、だから俺はいやだったんだっ!」 ガチャン! 司令官「こんな辺境! 地獄の都市! なにが占領地だ! 何が栄光だ! こんな所、流刑地ではないかっ!」 司令官「おれは聖王家につらなる、霧の王国の血を 引いているのだぞ。何でこんな獣臭い魔族の都市に ひきこもっておらねばならぬのだ! そ、そうだっ。俺の功績は世に並ぶものとてない。 聖王国へ帰れば栄耀栄華も思いのままだというのにっ」 魔族奴隷「やめてっ! ら、乱暴はっ」 司令官「黙れ! この二等魔族っ、動物もどきめっ! 貴様らがっ! 貴様らが居るから俺は帰れんのだっ!」 司令官「瀟洒な夜会もない、美しく着飾った淑女も居ない。 こんな田舎の砂埃にまみれた陰鬱な都市で、一生を おえるなどゆるされるものかっ!!」 がちゃん!! 遠征軍士官「指令っ!」 654 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 31 23.15 ID vGBiMEoLP 司令官「何事だっ!」 遠征軍士官「またです! また死霊騎士が現れました!」 司令官「なにっ」 遠征軍士官「こんどは街中に繰り出していた休暇中の 将官数名がその……」 司令官「報告せんかっ!」 遠征軍士官「水たまりで、溺死したと……」 司令官「……っ!!」 遠征軍士官「そ、それでその……士官たちが」 司令官「なんだというのだ」 遠征軍士官「これは魔族の呪いだと。中には帰国申請を 出す者すらいる始末で」 司令官「ええい! 何を抜かす! 今までさんざん 飽食の限りを尽くしてきたではないか!! 帰りたいと抜かすヤツには、魔族の娘でもあてがえ! 酒と金を掴ませろっ」 遠征軍士官「その、それは、どこから……」 司令官「街から奪えば良かろうっ!」 656 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 38 58.69 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、海岸線、深夜 漁師「来ました、王様!」 冬寂王「うむ、見えておる」 執事「本当に来ましたな!」 冬寂王「時期の読みもぴたり、だ。でかしたぞ」 漁師「いやぁ、こんなこと、ここらの漁師だったら あったりまえだでよぉ」 冬寂王「年越祭が終わってしばらくすると、 一週間ほどだけ、だったな」 開拓民「うわぁ、でっけぇ!」 開拓民「でっけぇなぁ!」 漁師「そうですだ。おれたちゃ、 あれをこう呼んでます、王様。 ――流氷 と」 冬寂王「よし、うかつに船で近づくな。つぶされるぞ! アンカーを打て! ロープを掛けろ! 岸に引き寄せるのだ! 氷の固まり同士をつなげたら、ロープを張り、 結合部に海水を掛けろ!! 流氷をつなげるのだ!」 657 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 45 03.42 ID vGBiMEoLP 開拓民「判りました、王様っ!」 開拓民「ほーぅい! ほーぅい!!」 漁師「おでは小型船で、他の流氷城もみてくるだぁよ」 冬寂王「たのんだぞ」 執事「わたしも斥候を飛ばしましょう」 開拓民「ほーぅい! よーそろー! ロープを引けぇ」 若い傭兵「ほーぅい! ほーぅい!」 兵士「おーせぃ! おーせぃ!」 女騎士「結合部に海水を掛ける! 班を組織しろ! 周辺には十分注意を払い、石弓兵は空中を監視!!」 冬寂王「海水を掛けたら塩をまくのだ! 1時間もすれば凍り付く! 手袋を忘れるな! 二時間ごとに休憩を取るのだっ」 開拓民「おらたちは大丈夫だよ、王様!」 開拓民「王様こそ天幕で温かくしていてくだせぇ」 冬寂王「わたしの方が若いではないか! あははは」 開拓民「まったくだなぁ! あはは! 王様には負けてらんねーべや!」 開拓民「ほーぅい! よーそろー! ロープを引けぇ」 冬寂王「橋を架けるぞ。流氷の橋を。いや、橋とはいわない。 この海峡を……騎馬の駆ける戦場としよう」 660 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 54 42.33 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、極光島沖合、早朝 女騎士「重装歩兵団、整列っ!」 ザザッ 王国軍兵士「「「「はっ!」」」」 女騎士「これより第二次極光島奪還、上陸作戦を開始する! 重装歩兵団諸君、中央を突破し、極光島湾岸部に橋頭堡を 築くのだ! 流氷の末端部は脆い。中央500歩分を隊列の 目安とせよ!」 王国軍兵士「「「「はっ!」」」」 女騎士「中佐、上陸後一隊を率い、湾岸部西方の岩山を 占拠せよ! 物見の監視体制と、防空拠点としたい」 王国軍中佐「拝命いたしました!」 女騎士「石弓部隊、先行して空中および水中を監視せよ。 この流氷、船ほど簡単に沈みはしないが、それでも 水棲魔族を甘く見るな! もし現れた場合は撤退を繰り返し、 射撃しながら後続を待て! 石弓傭兵「「「「はっ!」」」」 662 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 16 57 54.56 ID vGBiMEoLP 女騎士「義勇兵のおのおの方!」 義勇兵「「「おー!」」」」 女騎士「おのおの方には、ソリの防衛と、運搬警護をお願いする。 このソリは頑丈に作られている。また中型のものでも馬車 数台分の長さをもっている上、鉄の板で補強が為されている」 女騎士「替えの鎧や馬などを運ぶと同時に、それらの ソリは簡易型の防御柵、いや、小型の砦となるように 設計されている! 水棲魔族や大型魔族などが現れた場合、それらのソリを 盾として戦うのだ。 義勇軍槍兵と石弓兵を連携させれば、大型魔族や飛行魔族で 会っても十分対応可能だ。 重ねて云う。これは海戦ではないっ! 我らが人間の得意とする陸戦である! 個の力で戦う必要はない! 兵を回転させよ。 遊軍を頼れ。信頼が我らの力だ!」 兵たち「「「「おおおおー!」」」」 女騎士「第一目標、湾岸部! 橋頭堡を築き 補給線と陣地を確保するぞ。今回は、奇襲はお預けだ! 勝つべくして勝つ! 諸王国軍の力、見せてやれ!!」 666 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 18 01.37 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、極光島上陸部 王国軍兵士「押せ! 押せ!」 王国軍兵士「第三隊、前へ!」 伝令「後方右翼に大型魔族! 巨大烏賊です!」 将官「義勇兵と軽装歩兵に任せろ! この場所を死守すれば後続は来る! 退くな! 王国のために!」 王国軍兵士「「冬寂王のためにっ!!」」 王国軍兵士「「我らが姫騎士将軍に勝利を!!」」 うわぁぁぁぁ!! 伝令「左翼、後退! 蜥蜴人族、およそ1000!!」 将官「重装歩兵第四隊、押し出せ! 突進力を止めよ!!」 王国軍兵士「行くぞ! 第四隊の勇猛を精霊にお見せするのだ!」 王国軍兵士「大槍構え! 突撃ィッ!!」」 668 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 21 28.63 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、簡易司令部 女騎士「はぁっ……はぁっ……。だれか! だれかある!」 兵士「はっ!」 女騎士「伝令、斥候を20出せ! 橋頭堡は確保した。 通信体制を確立させよっ。 何もなくとも20分ごとに使いを出せ!」 兵士「はっ!」 女騎士「換えの馬を頼む。こいつの汗を拭いてやってくれ。 何度もわたしを助けてくれたからな」 馬 ぶるるるんっ 冬寂王「騎士将軍! 戦況は?」 執事「タオルですぞ」 女騎士「上陸作戦に成功、橋頭堡確保。岩山についても 抵抗戦力はほぼ制圧、占拠に移っています。 大型魔族の撃破は12」 冬寂王「12か……前回目撃された数のほぼ全てだな」 女騎士「どれくらい余剰戦力がいるか判りません。 決して油断できる数字はありませんけれどね」 670 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 27 32.68 ID vGBiMEoLP 冬寂王「して、損害は?」 女騎士「ざっと見たところ、500弱」 執事「なんと!」 冬寂王「大成功ではないか、ここまでの戦果を挙げられるとは」 女騎士「だがしかし、ここまでです」 冬寂王「……」 女騎士「ここまでは中央突破力と兵種連携で損害を減らして 前線を押し上げることが出来ました。首尾良く、極光島に 橋頭堡も確保できて、いま工兵にソリを解体させて 防備柵への組み替えをさせていますが……」 女騎士「極光島には天然の洞窟も多く、また山城は 堅固な要塞。そこに魔族の猛者、南氷将軍が居るのならば 籠城作をとってくるでしょう。 もちろん、包囲しているのはこちら。 勝つことは出来るでしょうが、ここからは時間のかかる 包囲線になるでしょうね。 消耗戦となれば、こちらの被害も無視し得ません。 そもそもそう言った戦いとなれば、水に潜り、 闇に溶けることが出来る魔族の方が有利です。 でも、まー」 671 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 30 51.10 ID vGBiMEoLP 執事「まぁ?」 魔王「戦には勝った。もう勝ちは決まったのだろう?」 女騎士「おおざっぱには」 魔王「その先はわたしの出番だ」 冬寂王「学士殿」 魔王「さて、古来城攻めとは難しいものだ。力押しで 解決するためには、攻城側は守備側の三倍の兵力を 要するという。わたしの見たところ、魔族の残存 兵力は約8000。私たちとより4000は少ないが 倍の差はない。勝てはするが、双方大きく消耗する」 女騎士「甘さのない読みだと思うな」 魔王「問題点は?」 女騎士「なるべく訓練を施したとは言え、こちらの兵の 練度のばらつきだ。特に義勇軍兵は、単独で敵の正面に 立たせたくはない。それからさっきも云ったが、 持久戦にも不安が残る。夜襲や攪乱を使われれば こちらが不利だ」 執事「では」 女騎士「魔族は巻き返しが図れると思ってこの状況に 乗っているとも云える」 675 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 48 30.78 ID vGBiMEoLP 冬寂王「聞いていても簡単な状況とは思えないんだが」 女騎士「まったくです。本当ならここからが 本番。ここはスタート時点ですからね。 ここから胃の痛くなる神経戦の始まりなんですが」 執事「学士様には策がある、と」 魔王「うむ」 冬寂王「どのような?」 女騎士「……」 魔王「もう、手は打った」 冬寂王「?」 バタン!! 伝令「伝令! 伝令でございます!!」 冬寂王「かまわん! 報告するが良い!!」 伝令「極光島のさらに南、魔界への大陸から軍勢出現ッ!! その数1万以上ッ! み、み、み、味方ですっ!!」 魔王「なんの芸もない。――援軍だ。この数の圧力で 南氷将軍は降伏……はせんだろうが、逃亡する」 677 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 51 00.73 ID vGBiMEoLP ――魔界、開門都市、作戦会議室 司令官「げ、限界だっ!!」 将官「……」 東の砦将「そんな声荒げなくたってよぉ」 司令官「そなたは外部の砦にいるから判らないのだ! この都市は悪夢だ。毎晩のように死霊が……。 街中には邪悪な死者の呪いが横行してるのだぞっ!」 東の砦将「そんなこと云ったって、 魔族娘のぼいんぼいーん☆にきゃっきゃうふふで 街中に居座ったのはあんたら近衛隊じゃねぇですか」 司令官「傭兵風情がっ!」 東の砦将「へぇへぇ、俺たちゃ傭兵ですがね。 それがなにか?」 司令官「ぐぅっ!」 東の砦将「大体、夢見にびびるってのは一人前の 男としていかがなものでござんしょねぇ」 680 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 54 11.31 ID vGBiMEoLP 司令官「これ以上は士気の限界だ。 わ、わ、我々は撤退を行う!」 将官「司令官殿っ!」 東の砦将「おおっと、そいつはどんなもんですかい? 仮にもこの都市は人間世界全てが総力を結集して落としたと 云っても良い、魔界の重要戦略拠点だ。 そいつを放り投げて司令官が逃げ出すってのは そりゃー軍律違反もいいところでしょうがよ」 司令官「~っ!!」 将官「貴公も口を慎め! 総司令官をなんだと心得る!」 東の砦将「へいへい。だが軍律は、軍律だ」 司令官「え、え、え……援軍だっ!」 将官・東の砦将「はぁ?」 司令官「これは援軍なのだ」 東の砦将「どこから援軍が来てくれるんです? 援軍要請でも出したんですか? まさか? 戦らしい戦もしてないのに?」 683 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 17 57 58.08 ID vGBiMEoLP 司令官「ちがう! 聞けば先日、極光島を舞台に 白夜王が奪還作戦を繰り広げたというではないか!! 白夜王は優れた指導力を発揮し勇戦したのだが 頼むに足りない無能な南部諸王国の王侯に 足を引っ張られたせいで苦い敗北を喫したという」 東の砦将「ああ、それなら俺も聞いてますけどね」 将官「白夜王は司令官の叔父上と 縁続きになられたとか」 東の砦将「あー」 司令官「ええいっ! それは関係ない! これは人類全体の 沽券に関わる重大事なのだ! かかる決戦とも云うべき 戦を前に、わが遠征軍が手をこまねくわけには行かぬ。 全軍をもって、極光島へと援軍に向かう!」 東の砦将「ばっ、ばっ、バカか、あんたっ!?」 将官「しぃーっ」 司令官「ええい! うるさい! これは総司令官たる わたしの命令だ! わたしの命令と云うことは、 聖王国、ひいては光の精霊の命令に等しいっ!!」 688 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 03 47.32 ID vGBiMEoLP 東の砦将「だからってこの都市を放っておく訳にも いかんでしょうが! この都市には軍の物資を 扱うために軍属ではない人間の商人だって沢山 いるんだぞ!? 彼らの安全をどうするっ!!」 司令官「黙れ、黙れ! そんな奴らは裏切り者だ! 魔族と交流しているような劣等民を守るために 尊い遠征軍の血を流せるものかっ!!」 東の砦将「……」 めらっ 司令官「そんの輩、勝手に来たのだ、勝手に死ねば 良いではないか。いや、いっそ都市に火をかけるか。 むざむざ魔族に都市を明け渡す必要もないだろうっ そうだっ!」 東の砦将 ダンッ!! 司令官「ひっ!? 」 東の砦将「……」 ギラッ 司令官「な、なんだ? 文句でもあるのかっ! 貴様! ううう、貴様なぞに、貴様なぞにっ!!」 ページトップへ <前2-2へ|次2-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/398.html
『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』通称『まおゆう』は固有名詞のない小説であり、それがいい味を出しているので入れるのも無粋だけど、それでもなお入れてみたい『ドラゴンクエストⅢ』センスの人のコーナー。 ネタバレだけど、三子弟も独立後は外交官だったり、将軍だったり、財務大臣だったりして、元の名前とは大きく異なった役割を担うキャラもいて、そのパターンがずいぶん多いということもあるし。 「自分のハンドルネーム」、「お気に入りのフィクションのキャラ」、「台詞にしたとき面白いもの」なんでもあり。 「パチャママ」 出典 インカ神話 豊穣の女神 -- (kakis) 2011-01-03 15 31 10 「ヴェルンティア」 出典 人工言語アルカ 原義:vernは崩壊、tiiaは愛。世界を滅ぼす最後の惑星外巨大生物(diminion)。 理由 ネタバレだけど、エヴァ的な巨大ロボットanjelikaの一つevanjelinのパイロットであるnalem arbazardとこの巨大生命体が戦闘したら世界終了。そして世界は滅びて再生し、無限の循環を繰り返す。いわゆるインド的円環史観。「まおゆう」の世界観もそんな感じだったが、ここの魔王と勇者は無限ループする世界を突破して丘の向こうへいけた -- (kakis) 2011-01-03 15 50 50 taruru -- (まさひろ) 2011-03-21 15 10 35 18号 -- (クリリン) 2011-06-23 22 56 14 magi -- (kotoha) 2011-06-23 22 57 19 魔王 -- (名無しさん) 2011-10-26 22 54 06 魔王 -- (なのは) 2013-01-13 11 03 40 魔王 -- (hiroki) 2015-07-20 22 50 57 名前 名前を入力してください「魔王」 すべてのコメントを見る 「ナユ」 出典 人工言語アルカ 原義 心(na)を受け取った(ju)。学問の女神ナユ。古代において熱心に勉強していたが14才で死んでしまい、それを憐れんだ知恵の神ユルグが再生させ神とした。 理由 めちゃくちゃ長寿な発明女子。異常なほどの本の虫 -- (kakis) 2011-01-03 16 25 16 「ルッカ」 出典:『クロノトリガー』 理由:未来技術の発明少女というとこの子。思い出補正は強し。 -- (kakis) 2011-01-03 21 18 41 名前 名前を入力してください「紅の学士」 すべてのコメントを見る 「ああああ」ドラクエ系ネームの基本ネタ名 -- (kakis) 2011-01-03 13 54 20 「ナレム」 出典 人工言語アルカ 原義 nalemは詩、arbazardは国名。エヴァ的な巨大ロボットanjelikaの一つevanjelin(白雪の槍)のパイロット 理由 ネタバレだけど、彼とシト的な巨大生命体diminionの最後の個体verntiiaと戦闘したら世界オワタ。そして世界は無から再生し、無限の循環を繰り返す。「まおゆう」もそんな世界だったが、こっちの魔王と勇者は無限ループを突破して丘の向こうへ行った -- (kakis) 2011-01-03 16 12 18 「キスして」 理由:魔王「この我のものとなれ、キスしてよ」。このようにセリフにした時面白いネタ名 -- (kakis) 2011-01-03 20 38 43 「あいたい」 理由:魔王「この我のものとなれ、あいたいよ」。せつない雰囲気を醸し出す。 -- (kakis) 2011-01-03 20 40 26 「やる夫」 理由:誰か、「やる夫があの丘の向こうを目指すそうです」を作らないか期待して -- (kakis) 2011-01-03 22 40 53 ああああ -- (名無しさん) 2013-02-15 13 13 47 名前 名前を入力してください「勇者」 すべてのコメントを見る 「ウララード」 出典 -- (kakis) 2011-01-03 20 21 57 「History 文明のはじまり」 エイミル(A耳を持つものの里)のルーリエ(里長)。モーラ(武の民)の伝説の戦士 理由:単純に好きなキャラだから。ルーリエ様、いつも害獣駆除ありがとうございます by エイミル住民一同 -- (kakis) 2011-01-03 20 25 07 名前 名前を入力してください「白の剣士」 すべてのコメントを見る 「ナズグル」 出典 J.R.R.トールキン『指輪物語』 語源 シンダール語、nazgは指輪、u^lは幽鬼。 理由 元人間で冥王サウロン第一の側近。実は9人組 -- (kakis) 2011-01-03 15 35 14 黒の言葉(black speak)だった。 -- (kakis) 2011-01-03 15 36 30 「OTIKA」 -- (ろりこんさん) 2012-08-24 02 02 20 名前 名前を入力してください「黒騎士」 すべてのコメントを見る 「ヴェアトリクス」出典 『Final Fantasy 9』 理由 イメージが -- (kakis) 2011-01-03 14 19 22 「アグリアス」 出典 『Final Fantasy Tactics』 理由 イメージが -- (kakis) 2011-01-03 16 31 03 名前 名前を入力してください「女騎士」 すべてのコメントを見る 「ユキ」出典 『涼宮ハルヒの憂鬱』 理由 なんとなく。やる夫系AAで有名なあの人。日本中、いや世界中に大量の夫がいる -- (kakis) 2011-01-03 14 11 29 「タバサ」 出典 『ゼロの使い魔』 理由 なんとなく。 -- (kakis) 2011-01-03 17 05 39 名前 名前を入力してください「女魔法使い」 すべてのコメントを見る 「ガラフ」出典 Final Fantasy5 理由 ネタバレだけど散り際とか。本家ガラフもずいぶん泣けた。そしてガラフを肉体派に育てると能力を引き継いだ孫娘が脳筋娘になる。 -- (kakis) 2011-01-03 14 09 06 名前 名前を入力してください「執事」 すべてのコメントを見る 「チグサ」 出典 『ガラスの仮面』 月影千草 理由:めちゃくちゃツンだけど、人をふるい起させて成長させる力があると思う。 -- (kakis) 2011-01-03 20 26 54 名前 名前を入力してください「メイド長」 すべてのコメントを見る 「ジャンヌ」 出典 世界史 ジャンヌ・ダルク 理由 言わずもがな。いろんな意味で聖女 -- (kakis) 2011-01-03 16 30 09 「シオン」 出典 人工言語アルカ 原義 xioはカモミール、-nは接小辞でカモミールちゃん。アルティス教の教祖シオン・アマンゼまたはフェンゼル・アルサールの乱で活躍した異世界少女初月紫苑のこと。理由:「宗教改革」や「世界を救う冒険」というキーワードからするとこれがぴったり -- (kakis) 2011-01-03 16 47 14 名前 名前を入力してください「メイド姉」 すべてのコメントを見る チャングム 出典 『宮廷女官チャングム』 理由 母がよくみているから。底辺から宮廷料理人という生い立ちとか。 -- (kakis) 2011-01-03 16 28 16 「レイン」 出典:人工言語アルカ 『紫苑の書』など 原義:儀式などに使う神具を表す語。ただし女性語で「着る」の意味で使用されているところしか見たことがない。ここでは人名lein yutiaのことを表す。「(神に)愛されし者にして神具」とはチュートリアル小説のキャラ名として使うにはどうもメタな匂いがする。 理由:メイド姉をシオンとするとやっぱり妹分はこの人だろうということで。天然系で、料理もおいしいけなげな子。 -- (kakis) 2011-01-03 21 13 31 名前 名前を入力してください「メイド妹」 すべてのコメントを見る 「ジョヴァンニ」 出典 世界史 ジョヴァンニ・ディ・ビッチ 理由 金持ち。 -- (kakis) 2011-01-03 16 38 54 名前 名前を入力してください「青年商人」 すべてのコメントを見る 「トーマス」 出典 世界史 トーマス・エドワード・ロレンス 理由:戦争を裏で支える工作員 -- (kakis) 2011-01-03 16 41 33 名前 名前を入力してください「貴族子弟」 すべてのコメントを見る 「オリバー」 出典 世界史 オリバー・クロムウェル 理由 護国卿ならぬ護民卿 -- (kakis) 2011-01-03 16 06 44 名前 名前を入力してください「軍人子弟」 すべてのコメントを見る 「ジャン」 出典 世界史 ジャン・バティスト=コルベール 理由 財務関連の偉い人。関税で経済を守った。 -- (kakis) 2011-01-03 16 35 31 名前 名前を入力してください「商人子弟」 すべてのコメントを見る 「イシュトヴァーン」 出典 『グイン・サーガ』 理由 傭兵出身で超絶出世だから。 -- (kakis) 2011-01-03 16 51 01 名前 名前を入力してください「東の砦将」 すべてのコメントを見る 「ピョートル」 出典 世界史 ロシア皇帝ピョートル1世 理由 寒いところの進歩的な人 -- (kakis) 2011-01-03 16 04 08 名前 名前を入力してください「冬寂王」 すべてのコメントを見る 「ホッシュ」 出典:「原始人に技術を教えるスレ」 未来技術村の村長ホッシュ。 理由:やっぱり村長と言えばこの人。ネ申さん(スレ住民)のおかげで今日も村は元気に育っていきます。実は槍も火もない時代に7人の妻と20人の子供を養ったという、伝説の人物 -- (kakis) 2011-01-03 20 44 04 名前 名前を入力してください「村長」 すべてのコメントを見る 「まこと」 出典 『スクールデイズ』 理由 あらゆるやる夫スレで死ねと言われているあの人。メイド妹への暴行許し難しということで -- (kakis) 2011-01-03 18 56 26 名前 名前を入力してください「村長の後継ぎ」 すべてのコメントを見る 「ショボーン」 出典:History 文明のはじまり 理由:ザ・川辺の芸術家。実は泳げない。クレソンを取ったり魚を取る時は細心の注意が必要。 -- (kakis) 2011-01-03 20 47 39 名前 名前を入力してください「小さな村人」 すべてのコメントを見る 「サム」 出典 J.R.R.トールキン『指輪物語』 理由 ある意味真勇者。という外伝なり二次創作が出るといいなぁ。エンディングの結論ではこの世界に生きる一人ひとりが勇者であり魔王だということで。 -- (kakis) 2011-01-03 18 59 52 映画版では肥満体形だが、原作のサムは特に太ってない。サムを太らせることでフロドのはかなさ弱さ、守ってやりたくなる感じをだすという演出かと -- (kakis) 2011-01-03 20 03 51 名前 名前を入力してください「痩せた村人」 すべてのコメントを見る 「ナナッシ」 出典 「原始人に技術を教えるスレ」 理由:ウッホ、オラ村の狩人。最近村を熊が荒らして困ってるだよ。 -- (kakis) 2011-01-03 18 57 53 「オルジ」 出典 「History 文明のはじまり」 理由:最近、偉大な狩人(エルガ)というとこの人だったりする。 -- (kakis) 2011-01-03 20 02 07 名前 名前を入力してください「村の狩人」 すべてのコメントを見る 「モモ」 出典:「History 文明のはじまり」 モモタロー(獣使い)を目指すモナ族の少年 理由:ベーコンいっぱい作るモ~。って言いそうだから。 -- (kakis) 2011-01-03 20 52 42 獣使いとは違うものの、中年の村人自身は養豚業を営む人だったりする。 -- (kakis) 2011-01-03 20 53 39 名前 名前を入力してください「中年の村人」 すべてのコメントを見る 「マック」 出典:「原始人に技術を教えるスレ」 理由 -- (kakis) 2011-01-03 19 41 59 金属器文明って強いわな。 -- (kakis) 2011-01-03 19 42 31 「クロ」 出典:「黒曜天使」くろすけ 理由:「History 文明のはじまり」では鉄の神として祭られている -- (kakis) 2011-01-03 20 06 15 名前 名前を入力してください「鋳掛け職人」 すべてのコメントを見る 「フェルデン」 出典 人工言語アルカ 原義:不明。竜王tiknoと獣王poenの娘にして、恋愛の女神。敵対する天神族(ert)の長の息子darkesと恋に落ちた。しかしdarkesがferdenの兄であるardesに殺されてしまい、darkesの妹lferに地神族(saar)への復讐を依頼して自殺した。 理由 結局、勇者とは結ばれなかった。しかしながら、別の人とは仲良くなったし自殺もしなくて良かった。 -- (kakis) 2011-01-03 19 10 50 名前 名前を入力してください「火竜公女」 すべてのコメントを見る 「ティクノ」 出典 人工言語アルカ 原義 不明。少なくとも96年にはいたはず。地神族(saar)の長(sal)にして竜(xilo)の司(rsiila)。時刻表示では9時の人。方角的には西の人。 理由:竜王だから。 -- (kakis) 2011-01-03 19 03 55 名前 名前を入力してください「火竜大公」 すべてのコメントを見る 「ケートイア王」 出典 人工言語アルカ 原義 不明。keetoiaは国名 理由 凋落する寒い国の悪徳王だから。とりあえず極光霊弾(pamilvolk)wo -- (kakis) 2011-01-03 19 49 12 名前 名前を入力してください「白夜王」 すべてのコメントを見る 「ハンニバル」 出典 世界史 カルタゴの将軍ハンニバル・バルカス 理由:片目司令官だから。あと結局撤退したから。作中では散々な扱いの片目司令官だけど、魔界に行って開門都市を取ってきたというのは、象と一緒にアルプス越えをしてきたあの人にも負けないすごい英雄的行為だと思うんだけどなぁ。 -- (kakis) 2011-01-03 20 09 51 名前 名前を入力してください「片目司令官」 すべてのコメントを見る 「みくる」 出典 『涼宮ハルヒの憂鬱』 理由:な…なんなんですか?ここ、どこですか?なんであたし貼られたんですか? -- (kakis) 2011-01-03 21 07 43 名前 名前を入力してください「魔族娘」 すべてのコメントを見る 「アウグスト」 出典 世界史 ポーランド王アウグスト二世 理由 鉄腕王だから -- (kakis) 2011-01-03 17 01 03 名前 名前を入力してください「鉄腕王」 すべてのコメントを見る 「マリア」 出典 世界史 ハプスブルク家のマリア・テレジア 理由 外交革命というキーワードが浮かんだから -- (kakis) 2011-01-03 17 02 50 名前 名前を入力してください「氷雪の女王」 すべてのコメントを見る 「ジョーンズ」 出典 『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』 理由:オットセイ?アシカ?まぁ、海獣には違いない。 -- (kakis) 2011-01-03 21 23 01 名前 名前を入力してください「南氷将軍」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「将官」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「従僕」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「副官」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「辣腕会計」 すべてのコメントを見る 「マルコ」 出典 世界史 マルコ・ポーロ 理由 クリルタイとかをやっているモンゴル的なところで旅をした -- (kakis) 2011-01-03 18 47 50 名前 名前を入力してください「中年商人」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「鉄国少尉」 すべてのコメントを見る 「シェヘラザード」 出典 『千夜一夜物語』 理由 イスラムっぽいストーリーテラーの女性というとこの人しか知らない -- (kakis) 2011-01-03 19 22 52 名前 名前を入力してください「奏楽子弟」 すべてのコメントを見る 「ミケランジェロ」 出典 世界史 ミケランジェロ・ブオナローティ。断じてCowabungaを連呼するTMNTではない。 理由:星型要塞とか土木技術というとこの人。 -- (kakis) 2011-01-03 19 15 17 名前 名前を入力してください「土木子弟」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「銀虎公」 すべてのコメントを見る 「ガラドリエル」 出典 J.R.R.トールキン『指輪物語』 ロスロリエン(花と夢の地)の女王Galadriel(輝きの花冠をかぶる乙女) 理由:ザ・妖精女王。cate blanchettは後にナルニア国物語の雪の女王をやったことからわかるように、結構悪人顔。 -- (kakis) 2011-01-03 20 33 01 名前 名前を入力してください「妖精女王」 すべてのコメントを見る 「ファンゴルン」 出典 J.R.R.トールキン『指輪物語』 エント(木の巨人)たちの長老。シンダール語でfangaが髭、orneが木で「木の髭」という意味。 理由 やるときはやる大きい人。 -- (kakis) 2011-01-03 21 04 45 名前 名前を入力してください「巨人伯」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「碧鋼大将」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「紋様の長」 すべてのコメントを見る 「卑弥呼」 出典 日本史 理由 和風で巫女で女王というとこの人しか知らないから。 -- (kakis) 2011-01-03 19 27 35 名前 名前を入力してください「鬼呼の姫巫女王」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「蒼魔王」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「蒼魔上級将軍」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「蒼魔の刻印王」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「紋章官」 すべてのコメントを見る 「のぶなが」出典 日本史 理由 騎士の方が武勇に優れる?そんなもの10倍のマスケットがあれば問題ない。 -- (kakis) 2011-01-03 14 13 44 「ゴンザロ」 出典 世界史ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバ 理由 長弓の方が命中精度に優れる?そんなもの10倍のマスケットがあれば問題ない -- (kakis) 2011-01-03 16 19 23 名前 名前を入力してください「王弟元帥」 すべてのコメントを見る 「フェリペ」 出典 世界史 スペイン王フェリペ2世 理由 スペインの王様っぽい名前だから。 -- (kakis) 2011-01-03 19 56 15 名前 名前を入力してください「聖国王」 すべてのコメントを見る 「ヴァレンシュタイン」 出典 世界史 アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン 理由 傭兵隊長で有名というとこの人しかしらない。 -- (kakis) 2011-01-03 20 14 18 名前 名前を入力してください「傭兵隊長」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「器用な少年」 すべてのコメントを見る 「アヴァン」 出典 人工言語アルカ 原義 不明。悪夢を見させる地神(saar) 理由:安易に。ちなみにal avanだとなぜか「いってらっしゃい」という意味になる。 -- (kakis) 2011-01-03 20 18 38 とりあえず、いろいろ工作にal avan(言ってらっしゃい) by 黒騎士 -- (kakis) 2011-01-03 20 20 25 名前 名前を入力してください「夢魔鶫」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「明星雲雀」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「死人鶫」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「若草鳩」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「メイドゴースト」 すべてのコメントを見る 「グレゴリウス」 出典 世界史 グレゴリウス九世と七世など。 理由 十字軍を提唱したり、異端審問したりだから -- (kakis) 2011-01-03 19 33 52 「ミロク」 出典 人工言語アルカ 原義 arbazardの独裁者mirok yutia。mirokは神、yutiaは愛されし者。つまり「神にして(神に)愛されるもの」的な意味。 理由:宗教国家のラスボスといえばこの人しかあり得ない。神々さえ成し遂げ得ない世界征服を成し遂げた人間を超えた「人間」 -- (kakis) 2011-01-03 19 38 09 名前 名前を入力してください「大主教」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「百合騎士団隊長」 すべてのコメントを見る 「パック」 出典 シェイク・スピア『真夏の夜の夢』 理由 無難な妖精名。 -- (kakis) 2011-01-03 16 59 01 名前 名前を入力してください「羽妖精」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「灰青王」 すべてのコメントを見る 名前 名前を入力してください「老賢者」 すべてのコメントを見る 「リディア」 出典 人工言語アルカ 原義 riは「奇麗な、おいしい」でdiaは「夢、幻」。奇麗な夢みたいな意味。人工言語アルカの世界kaldiaの設定を作った主要な作者 理由 メタな話 -- (kakis) 2011-01-03 16 54 17 「アマテラス」 出典 日本神話 天照大神 理由 太陽神で女性でヒッキー経験あり -- (kakis) 2011-01-03 19 58 51 名前 名前を入力してください「光の精霊」 すべてのコメントを見る 「セレン」 出典 人工言語アルカ 原義 theereは「静かな、黙らせる」で、-nは接小辞。黙らせる子みたいな意味。人工言語アルカの作者。 理由 メタな話 -- (kakis) 2011-01-03 16 57 01 「ロト」 ドラクエで有名な勇者の称号 -- (kakis) 2011-01-03 19 40 31 名前 名前を入力してください「黒髪の少年」 すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/37.html
<前5-5へ|次6-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6-1 22 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 47 37.22 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間 ガチャ 勇者「……ん、っせっと。っと」 魔王「……すぅ」 勇者「うわ、こりゃまた。……すげぇな。 良く判らんけど、ベッドに天井ついてるぞ」 魔王「……んぅ」 勇者「そぉっと、そぉっと……。 うわ、近寄ると余計すげぇ。 ……下手な宿屋の部屋と同じくらい でかいぞ、このベッド。どんな布団だよ」 ぼふっ 魔王「うー」 勇者「起こしちゃったか」 魔王「……うー」 勇者「気持ち悪いか? トイレ行くか」 魔王「……」きゅっ 勇者「いや、けろけろ吐くなら俺の服には吐くなよ?」 魔王「くっ……」 (メイド長っ。こんな発言にどうやってムードなんて 作ればいいのだっ!?) 23 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 49 25.05 ID z6GJxeoP 魔王「むぅ。平気だ。……でも、少しついてて欲しい」 勇者「うん、判った」 魔王「……」くてっ 勇者「結構飲んでたもんな」 魔王「うん。久しぶりだ。楽しかった」 勇者「そりゃよかった」 魔王「勇者」くてん 勇者「なんだ」 魔王「権利保持者的言動をしていいか?」 勇者「ん? いいけど?」 魔王「そうか」にこ「じゃあな」 勇者「うん」 魔王「靴を脱がせてくれ……ないか?」 勇者「へ」 魔王「ぬ、脱がせてくれ。その……ベッドが汚れるか」 勇者「う、うん……」 魔王「早くぅっ、するのだっ」ぱたぱた 勇者「暴れるなよ。汚れるんだろ」 24 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 50 34.69 ID z6GJxeoP 魔王「んぅ。くすぐったい」 勇者「ったく……。これでいいか?」 魔王「ん。楽になった」くてっ ごろごろ 勇者「転がって移動するなよ」 魔王「広いのだ。立つとふらふらする」 勇者「はいはい」 魔王「勇者は飲んでないのか?」 勇者「いや、飲んだけど。酩酊するほどじゃない」 魔王「そうか、つまらないな」 勇者「なんで?」 魔王「勇者も酔ってれば楽しいだろうに」 勇者「なにが?」 魔王「雇用、実質利子率、および収益率の関係について 2人で語り合うんだ。面白いぞう。ふふふふっ」 勇者「わかんないよ」 魔王「ぷくくくっ」 勇者「お前、相当に酔っぱらってるだろう?」 魔王「お酒は酔うために生産されたんだ。 つまり私が酔っていないと云うことは 酒類生産者の努力を無にしているではないか」ばふばふ 勇者「そりゃそうかも知れないけどさ」 25 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 51 33.70 ID z6GJxeoP 魔王 ぽむぽむ 勇者「?」 魔王 ぽむぽむっ! 勇者「そこへ来いって?」 魔王「そうだ」 勇者「いいけど」 とさっ 魔王「勇者だ」のしっ 勇者「勇者だよ」 魔王「いいなぁ。暖かくて、触り心地がよい」 勇者「この酔っぱらいめ」 魔王「嗚呼! 自分を褒めたい。 あの時の私はなんて目利きだったんだろう。 自分の賢さを再確認できるというのは 人生における喜びの一つだと私は思うなぁ」 勇者「その喜びはどうやら俺にはないようだ」 魔王「そんなことはないぞ?」 勇者「そうか?」 26 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 52 29.07 ID z6GJxeoP 魔王「だって、勇者はあのとき、 私を選んでくれたじゃないか……」 勇者「う、うん……」 魔王「勇者はとても賢い。本当だ。 本当にするために、私はあらゆる手を尽くすぞ? そうしたら、勇者はいつか “あのときの俺はなんて賢かったんだろう”って。 そう云えるようになるだろう?」 勇者「お、おう」 魔王「それでいいではないか、勇者」にこっ 勇者「おう。あんがとな」 魔王「いいんだ。私は、勇者のものだからな」 勇者「う、うん……」(どきどき) 魔王「……」 勇者「……そのぅ近くないか?」 魔王「離れないとだめか?」 勇者「だめ……じゃないんだけど」 魔王「それでこそ勇者だ」くたぁ 勇者「楽しそうな」 魔王「かなりな」 27 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 53 33.42 ID z6GJxeoP 勇者「なんだかなぁ」 魔王「勇者もまったりしないか?」 勇者「へ?」 魔王「まったりして、しばらく喋ったりしよう。 どうせ戻っても、もう宴もお開きだろう。 まだ眠くはないし、たまにはいいだろう?」 勇者「えーっと」 魔王「場所開けてあげるぞ。広いし」 勇者「えーっと」 魔王「だめ……か?」 勇者「そう言われるとすごく断りづらいんだよな」 魔王「うむ。学習した。 その時は肩をぎゅっとすぼめるようにして、 半分泣きそうな表情でやると 効果が倍増するという分析も出た」 勇者「……ちょっと用を思い出したので、また」 魔王「わかった! すまん! 謝りますっ 以後乱用はしないっ。約束するっ!」 勇者「ふんっ。油断の隙もないな」 28 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 55 32.81 ID z6GJxeoP 魔王「いいではないか。ちょっぴりごろごろするくらい」 勇者「魔王がごろごろするのに文句は言ってないよ」 魔王「いいではないか。ちょっぴり一緒にごろごろするくらい」 勇者「別にごろごろすることそのものじゃなくて あっさり魔王の手に乗っている自分自身に そこはかとないお手軽さを感じてきついわけだよっ」 魔王「難しい年頃だな」 勇者「簡単に生きたいのに、なんで難しくなる」 魔王「ほら、場所作ったぞ」 勇者「わぁったよ」 ぽふっ 魔王「脚を伸ばしてくれ」 勇者「なんで?」 魔王「靴を脱がせてやる」 勇者「いいよ! 自分で脱ぐよっ!」 魔王「いいではないか。私だって脱がせてもらった。 くすぐったくて、ぞくっとして、 正直未知の感覚だが、背徳的常習性を感じたぞ?」 29 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 19 56 48.85 ID z6GJxeoP 勇者「そんな訳のわからない常習性を感じたくないよ」 魔王「面白いのに」 勇者「面白くないって云ってるのっ!」 こつん、こつん、こつん…… 勇者「誰だろう」 魔王「通路だな」 こつん、こつん、こつん…… 勇者「……」 魔王「……」 こつん、こつん、こつん…… 勇者「……何で息殺してるんだよ。魔王」 魔王「……勇者こそ、何か罪悪感でもあるのか?」 勇者「……少しもないよ」 魔王「……私だって堂々としたものだ」 こつん、こつん、こつん…… 勇者「……」 魔王「……やっぱり押し黙るじゃないか」 ギイィィィィ 勇者「っ!?」 39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 36 29.15 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間 女騎士「えーっと、7番。……8番」 コツ、コツ、コツ 女騎士「9番目。っと……私の部屋はここか。 荷物は届いてるって云うけど……」 ギイィィィィ 勇者「っ!?」 魔王「……」 女騎士「……」 女騎士「なっ! 何をしているんだ、2人はっ!」 勇者「な、なにって」 魔王「夜のお茶会だ」 女騎士「魔王のごまかし方はそれだけかっ!」ぽかっ 勇者「いや、落ち着け」 魔王「だ、だって! だいたいっ! 女騎士こそ何をしているんだ。 こんな時間にいきなり訊ねてきてっ」 女騎士「いきなりも何も、この部屋は9番だろう? 私に割り振られた部屋だぞ」 魔王「何を言うんだ。9番は私の部屋だ!」 勇者「そうなのか? 俺も9番だぞ?」 40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 37 37.41 ID z6GJxeoP 魔王「そんな馬鹿な話がある物か。 クローゼットを見てみろ。ほら、これは私の鞄だ。 やっぱり私の部屋ではないか!」 女騎士「いや、その奥のケースは私のものだ。バッグも。 どうやら私の荷物もこの部屋に運び込まれているらしい」 魔王「じゃぁ、この風呂敷も?」 勇者「……いや、それは俺のです」 魔王「……」 女騎士「3人ともこの部屋なのか……」 勇者「誰が部屋割りしたかは予想がつくけど」 魔王「部屋が足りないわけでもあるまいに。 なんでこういうことになるのだ」 女騎士「なんか、檻に入れられて戦う、 コロセウムののライオンのような気分に……」 魔王「……せっかくこちらが攻めていたのにっ」 女騎士「何か言った?」 魔王「ううう。なんでもない」 女騎士「でも、やっぱり部屋割を組み直さないと」 勇者「そうだな。まぁ、2人で寝てくれ。 俺は何処でも寝れるし。んじゃ、またあした」しゅたっ 魔王「少し待て」 女騎士「ちょっと待って」 41 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 39 03.38 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”大きな客間 女騎士「――。――――」 魔王「――――、――!」 勇者「なんだかなぁ」 魔王「あー。勇者。話がまとまったぞ」 女騎士「待たせて済まなかったな」 勇者「へ?」 魔王「今晩は3人で寝る」 女騎士「そう言うことでよろしく」 勇者「またまたぁ」 魔王「一度あったことだ。二度目は問題ない」 女騎士「教会の正義からすれば問題はあるのだが 精霊様が細かく諭しておられた分野でもないことだし 今回はお許し願おう」 勇者「……う、うう」じりじり 魔王「何でそう嫌がる」 女騎士「そうだ、嫌がるなんておかしいぞ」 勇者「別に一緒に寝るぐらいちっとも嫌じゃないけど お前達は空気が重すぎるんだっての!」 43 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 41 03.84 ID z6GJxeoP 魔王「それなら安心しろ」 女騎士「今晩の所は休戦協定だ」 勇者「へ?」 魔王「いや、メイド長の作戦に乗って 毎回のように戦ばかりというのも面白くない。 だから今日は、喧嘩はしない」 女騎士「うん、私も魔王と喧嘩はしない。 張り合わない。すこし話をして、寝るだけだ」 勇者「そう……なのか?」 魔王「そうだ。……んっ」ひょい 魔王「このあたりの部屋には、全ての部屋に小さな浴室が ついているのだ。汗を流して夜着をきてくる」 女騎士「いいのか?」 魔王「休戦だから信頼しよう。勇者と話でもしていてくれ」 とっとっと、かちゃ 女騎士「そう怯えない。剣の主のくせに」 勇者「お前ら、すごい勢いで喧嘩するからなぁ」 女騎士「それもこれも勇者が原因だ」 44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 42 34.35 ID z6GJxeoP 勇者「うすうす、判ってはいるんだけど」 女騎士「まぁ、勇者らしいけれど」 勇者「はぁ……」 女騎士「ため息をつかない。 ……休暇の旅行に来てなんだけど、 なんとかっていう魔界の会議があるというしな」 勇者「ああ。忽鄰塔とかいう」 女騎士「それだ」 勇者「何か云ってたのか、魔王?」 女騎士「良くは判らないけれど、 随分厳しいのじゃないか? 何を目指すかにもよるが」 勇者「そういえば、最近は何だか 相談したそうだった気もするな……」 女騎士「私も知識はないのだがな」えへんっ 勇者「俺だって無いよ」 女騎士「私よりは、魔界の知識はあるだろう?」 勇者「細かい知識はあるけれど、仕組みや、 組織は良く判らない。地上みたいな意味での国家は あんまり感じたことがないな」 女騎士「そういえば、魔界でその種の国境を 感じたことはないな……」 45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 20 44 05.64 ID z6GJxeoP 勇者「氏族とか、種族とか云う言葉、何となくで使うけど よく考えると細かい部分が不明瞭だしな」 女騎士「とりあえず、知能がないのが魔物。 私たちの世界で云う、動物だよな。 知能があるのが魔族。 これはあちこちの都市や荒野に住んでいる」 勇者「忽鄰塔は、魔族の族長が集まり、重要事項を 決定する大会議、って云ってたな」 女騎士「そこでよい決議が出れば、人間との戦争は終わる?」 勇者「それだったらいいんだけど」 からからから、カチャン 魔王「ふぅ」 女騎士「早かったな」 魔王「さんざん風呂には入ったから、汗を流しただけだ」 女騎士「じゃあ、私も借りる」 勇者「いってらー」 魔王「暖まっているぞ」 とっとっと、かちゃ 勇者「忽鄰塔の話をしていたんだ」 魔王「ああ」 勇者「困っているのか?」 魔王「困っている、と言うわけでもないのだが 状況はあまり芳しくないな」 57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21 34 33.16 ID z6GJxeoP 勇者「んー。そもそもの基本から聞きたいんだが、 魔族って云うのはどれくらいの氏族がいるんだ?」 魔王「判らないな」 勇者「おいおい。把握もしていないのか?」 魔王「増えたり減ったりしているんだ。 名乗りの問題でもあるからな。 例えばある若者が新しい氏族だと名乗りを上げるなら、 それは新しい氏族なんだ。 もちろん古い氏族から縁を切る必要はある。 魔族の社会は氏族を中心に動いているから “氏族から離れる”というのはなかなかに勇気のいることだ。 でも、勇気があれば誰にでも可能なことなんだ」 勇者「ってことは、その会議にはおびただしい族長が来るのか?」 魔王「そうなるな」 勇者「良くそんなんで会議になるな」 魔王「大会議に出席するのは八つの大氏族と魔王だけだ」 勇者「そうなのか?」 魔王「ああ。さっきも云ったように、 氏族というのは莫大な種類があるんだ。 正確な統計ではないが、おそらく魔族と呼ばれる 知的種族の4割は、そう言った雑多な氏族だよ。 残りの6割を八つの大氏族がしめている。 会議に出席する魔王は、4割の雑多な種族の信任を受けている。 そういう建前なんだ」 勇者「そういうことなのか」 58 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21 36 46.53 ID z6GJxeoP 勇者「で、会議の議題とかは誰が出すんだ?」 魔王「基本的には魔王だな。話の流れで他の族長が 出すこともあるが、進行は魔王だからな」 勇者「ふむふむ、その辺は人間の会議に似てるな」 魔王「普通だ」 勇者「で、話合う内容について、意見が割れたらどうなるんだ」 魔王「意見が割れないように話合う」 勇者「それでどうにかなるものなのか?」 魔王「意見をまとめるために、長い期間をかけるんだ。 話し合いで一ヶ月をかけることもある」 勇者「そうか……。ちょっと想像がつかないな」 魔王「数日ごとに会議を繰り返すんだが、 当然その間には各氏族が意見のことなる氏族に 個別に交渉を行ったりするんだ。 贈り物をしたり、婚姻の約束をしたりもする。 時には圧力をかけることもあるな。 そうして意見を調整するんだな」 勇者「ああ、そういうことか。多数派工作ってやつだな」 魔王「そうだな。それで、だんだんと意見をすりあわせて 最終的には全会一致で結論が出る」 勇者「ふぅん……。それでも結論が出ない、 っていうか、論が割れちゃったりしたらどうなるんだ?」 魔王「最終的には割れたことはないんだ」 勇者「――?」 魔王「300年ほど前の咬竜の焔魔王の治世に行われた 忽鄰塔において、獣人族の族長が頑として 同意しなかったことがある」 勇者「そうそう。あるだろう? そういうとだってさ」 魔王「そこで、焔魔王はその族長を消し炭にしてしまったんだ。 結論は全会一致で素直にまとまったそうだ」 60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21 39 05.26 ID z6GJxeoP からからから、カチャン 女騎士「良いお湯だった」 勇者「お帰り」 女騎士「話の続きはどうだ?」 勇者「いま聞いてたよ、やっぱり地上とは いろいろ手続きが違うもんだなぁ」 女騎士「そうか……」 魔王「布団に入るぞ?」 もそもそ 勇者「聞く前から入ってるじゃないか」 魔王「べつに急いで入った訳じゃない」 女騎士「勇者は真ん中」 勇者「えーっと」 魔王「早く入れ。勇者」 女騎士「入らないと、わたしが入れないじゃないか」 勇者「おう」 もそもそ 魔王「ふぅ。なんだかこれはこれでよいものだな」 勇者「天井つきベッドなんて初めてだよ」 女騎士「天蓋って云うのだ」 魔王「まぁ、忽鄰塔の話はそんな感じだ」 女騎士「なかなかやっかいそうだ」 勇者「一筋縄ではいかなさそうだなぁ。 だいたい魔王だったら“消し炭にしてしまう”なんて しないだろう?」 魔王「そんな実力はないし、したくもないな」 61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21 40 22.17 ID z6GJxeoP 女騎士「条件面で折り合うとか、説得するとか」 魔王「まぁ、一氏族ごとに地道に行くしかないのかも知れぬ」 勇者「……」 魔王「どうした? 勇者」 勇者「あ、いや。魔界で見聞きした色んな人を思い出していた。 あの人達はどの氏族だったのかなぁ、って」 魔王「様々な氏族の者どもがいるからな」 女騎士「戦った記憶ばかり鮮明だけど、考えてみると 生活していたり家族がいるんだな。不思議だ」 魔王「こちらだって不思議に思っている。 殆どの魔族は人間なんて見たことがないんだからな」 勇者「そうだよな」 魔王「……ぅぁぁぅ」 女騎士「眠そう」 魔王「少し眠い」 女騎士「寝るとするか」 勇者「話の続きは、また明日にでも」 魔王「そうだな。勇者」 女騎士「うん、勇者」 62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 21 41 19.33 ID z6GJxeoP むぎゅぅ すりっ 勇者 びきっ 女騎士「我ら二人が喧嘩をしなければ、良いのだろう?」 魔王「うむ。喧嘩さえしなければ勇者を堪能できるわけだ」 勇者「……寝るんじゃないですか」 女騎士「寝るから暖を求めてる」 魔王「落ち着きすぎて眠れないくらいだ」 勇者「すごく辛い気がするんですが」 女騎士「つらいのか? 剣の主。どこが辛いんだ?」 魔王「何か問題があるようだったら、わたしがすぐに解決するぞ?」 勇者「もういいっす」 女騎士「そうかそうか」 魔王「あいかわらず、もふもふだなぁ」 むぎゅぅ すりっ 勇者「多分幸せなんだけど」 女騎士「それについては早めに結論を出すべきだな」 魔王「そうしないと有利子負債が膨らむばかりだぞ、勇者よ」 79 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 17 28.20 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”客室 メイド妹「んぅ……」ぼへぇ メイド姉「……すぅ……すぅ」 メイド妹「あ。おねーちゃんだ」 メイド姉「……すぅ」 メイド妹「おねーちゃん、おねーちゃん」ゆさゆさ メイド姉「……くぅん」 メイド妹「朝やよ ごはんつくららいと」ぼへぇ メイド姉「……んぅ」 メイド妹「パンやからいと、おねーちゃん」 メイド姉「……んぅー。……すぅ」 ほわぁ メイド妹「おいしいぱん。ほかほか……においする」ぼへぇ メイド姉「んー。いもーと。今日は、旅行よ……」 メイド妹「そか」きょろきょろ メイド姉「すぅ……。すぅ……」 メイド妹「わ! わぁ! あ、朝ご飯があるっ」ずざざっ 80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 18 44.99 ID z6GJxeoP メイド姉「すぅ……。すぅ……」 メイド妹「ど、ど、どうしよう? 作ってないのに朝ご飯があるよっ。 どうすればいい? お姉ちゃん、朝ご飯だよぅ」 メイド姉「……んぅ。……なかったらおなか減る癖にぅぅ」くて メイド妹「そっか」 メイド姉「……くぅ」 メイド妹「そういえばそうだよね」 メイド姉「すぅ……。すぅ……」 ほわぁ メイド妹「良い匂い」じゅるっ メイド妹「ど、どんなかなぁ……。わ。わ。黒いパンと、 白いパンと、ベーコンエッグと、黄色い果物と、 これなにかな。……ジャガイモのポタージュだぁ♪」 メイド姉「んっぅ」のびっ メイド妹「お姉ちゃん。起きた? ご飯だよ! ご飯できてたよっ!」 メイド姉「すごいね」にこっ メイド妹「食べて良い?」 メイド姉「二人で顔を洗ってからね」 81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 20 18.27 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”午前の岩風呂 ザパーン、ザプーン 東の砦将「おうっ」 勇者「おっす。おはよう」 東の砦将「何だ、顔色悪いな。眠れなかったのか」 勇者「いや、いろいろ……」 東の砦将「そうか。まぁ、色々あらぁな」 勇者「……主に自分が敵だったんだけど」 東の砦将「戦場では良くある事さ。しゃぁねぇな!」 勇者「なんだそれ?」 東の砦将「酒だ。用意してくれたんだ」 勇者「昼から飲んでるのか?」 東の砦将「昼からだから美味いんだろう」 勇者「うーん。一理あるな」 東の砦将「よし、いこうぜ」 トットット……トク、トクッ 勇者「うっす。では一献」 東の砦将「乾杯!」 勇者・東の砦将「ぷはぁっ!」 勇者「肴は何なんだ?」 82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 21 16.04 ID z6GJxeoP 東の砦将「ああ、焼いた小魚と、野菜の塩もみだ」 勇者「美味そうだな」 東の砦将「どんどん行こうぜ」 トク、トクッ 勇者「ああ……。ぷはぁ」 東の砦将「で、どうなんだ?」 勇者「なにがさ」 東の砦将「どれが本妻なんだよ」 勇者「へ? 何の話だ?」 東の砦将「おいおいおい。家族旅行だって云っただろう?」 勇者「“みたいなもん”だよっ」 東の砦将「ほぉ」にやり 勇者「ど、どうだっていいだろっ!」 東の砦将「隠すなって」 勇者「隠してないって」 女魔法使い「……興味津々」 勇者「うわっ!?」 東の砦将「ど、どこにいたんだっ」 女魔法使い「……潜っていた」 東の砦将「魔、魔、魔法使いの嬢ちゃん」 83 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 22 28.09 ID z6GJxeoP 東の砦将「どういう人間なんだ」 勇者「こういうやつなんだ。 とらえどころはないけど、悪いやつじゃない」 女魔法使い「……本妻争奪戦勃発。実録極道物語」 東の砦将「えー」 勇者「……」 東の砦将「嬢ちゃんが本妻なのか?」 勇者「そんなわけがあるかっ!」 女魔法使い「……本妻なんかよりも深い仲?」くたっ 勇者「だいたいなんで魔法使いがここにいるんだ。男湯だぞ」 女魔法使い「……混浴」 勇者「混浴でも何でも問題有るだろう。ううう、なんとかしろ」 女魔法使い「……迷彩魔法で問題なし」 東の砦将「何か肌色をした四角が一杯ちらちらしてるが」 勇者「どこが迷彩なんだっ」 女魔法使い「……最先端の薄いぼかし」 東の砦将「本当にとらえどころがないなぁ」 勇者「これで魔法使いとしての腕は特級なんだ。 導師クラスだろうが小指でひねれる」 東の砦将「そいつはすげぇな」 女魔法使い「ごきげん」 109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 57 19.79 ID z6GJxeoP 東の砦将「こうして昼から風呂の使って酒を飲んでると 浮き世のしがらみが、すーっと抜けていくな」 勇者「うーん」 女魔法使い「……勇者はぬけないの? お尻が青いから?」 勇者「もう青かねぇよっ」 女魔法使い「……赤かったらお猿」 東の砦将「どうした? なんかあるのかい?」 勇者「あー。まぁ」 東の砦将「なんだい」 勇者「忽鄰塔って判るか?」 東の砦将「ああ、大族長会議だろう。 魔王……って昨晩のあの美人が招集したって云う。 その話は、今じゃ魔族なら四つの子供でも知ってるぜ」 勇者「そっか」 東の砦将「忽鄰塔がどうかしたのか?」 勇者「出来れば、その族長会議で、人間との共存の道を 探りたいんだけれど、どうなるか判らないんだよなぁ」 東の砦将「そいつぁ、無理ってもんだろう?」 勇者「へ?」 112 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 22 59 43.56 ID z6GJxeoP 東の砦将「いや、だからよ。今度の忽鄰塔は人間世界への 遠征の規模を決めるもんなんだろう?」 勇者「誰がそんな話を?」 東の砦将「世間じゃもっぱらそういう話だ」 勇者「それは誤解だ。魔王はそんなことは望んじゃいない。 永久和平条約とは行かなくても、何とか停戦というか 少なくとも荒っぽくない結末を望んでいるんだ」 東の砦将「いや、そいつは昨日話を聞いたから判るけれど。 今度の忽鄰塔じゃ無理だろう?」 勇者「なんでだ?」 東の砦将「だって、魔族の間に“今度はどこまで攻め込む” なんて話がある時点で意識が そっちに向かっちまっているってことじゃないか。 みんなが戦争を望んでいるとは思わねぇが、 うわさ話がこう流れてるって事は 戦争したい誰かさんにとっては好都合なんだ。 そいつはきっとこの流れを利用している」 勇者「……っ」 東の砦将「戦ってのは、武器だの人数だの練度も大事だけど こういう数字には出せないような“雰囲気”ってのも 大事なんだよ。 雰囲気を持ってかれちまった軍は大抵負けるな。 傭兵生活が長いと、この匂いをかぎ分けるようになる。 負け戦の軍に傭兵が居着かないのはそのせいさ」 勇者「……うん」 113 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23 01 08.91 ID z6GJxeoP 東の砦将「その上、八大氏族だ」 勇者「ん?」 東の砦将「人魔族、蒼魔族、巨人族、竜族」 女魔法使い「……獣人族、鬼呼族、妖精族、機怪族」 勇者「それが八大氏族なのか?」 東の砦将「知らなかったのか? まぁ、とにもかくにも。 この八大氏族のうち、人間との和平……というか、 共存を望んでいるのは妖精族だけだ」 勇者「へ?」 東の砦将「妖精族だけなんだよ。共存を望んでいるのは」 勇者「だって開門都市には色んな氏族の人たちがいる じゃないか。それをいうなら火竜公女だって」 東の砦将「それは時勢、ってやつだ。 もし共存と決まれば、そりゃ共存するしかないだろう? 開門都市では少なくとも、当面共存と決まった。 だとすればその中でどう生きるかって話だよ。 俺たちは本当は共存なんて望んじゃいなかったんだ、 なーんて泣き言を言っても始まりゃしない。 それと同じように、共存を望んでいない派閥だって もし共存になったらと考えて、色々手は打ってるさ」 勇者「そうなのか……」 114 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23 02 18.16 ID z6GJxeoP 東の砦将「公女の嬢ちゃんの話によれば、 火竜の一族は頭は固いが馬鹿じゃないって事らしい。 竜族は大体のところ山岳部に住んで、 あまり他の魔族とも関わらない孤高の種族なんだ。 共存に反対って云うよりは放っておいて欲しいって事だな。 だが、竜族の住む山にはえてして鉱山物資が眠っている。 魔界では少ない純度の高い鋼の取れる山も竜族のものだ。 そういう場所に住んでいて、トラブル無しとは行かない。 だから、娘の一人には、出来る限りの学をつけて 人里に送り出したんだ。 もちろん公女の嬢ちゃん本人の性格もあるけどな」 勇者「そうだったんだ」 女魔法使い「……それぞれの氏族も内側は複雑」 東の砦将「まぁ、そうゆうこともある」 勇者「そうなのか?」 東の砦将「枝族といってな。 氏族の中も小さな氏族に分かれているんだよ。 たとえば公女の嬢ちゃんは竜族のなかの、火竜族、 その名門大公家の娘だ。 竜族はほかにも飛竜族だの土竜族だのがいる」 勇者「複雑なんだなぁ」 東の砦将「まぁ、生きてるんだから仕方ない」 117 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23 05 10.01 ID z6GJxeoP 勇者「……」 東の砦将「どうした」 勇者「でも、どうにかしなきゃ」 女魔法使い「……」 東の砦将「ふぅむ」 勇者「……」 東の砦将「黒騎士だの魔王の力でどかんと……やっちゃまずいか」 勇者「ああ」 東の砦将「そいつは親父のげんこつと一緒だもんな」 勇者「そうだ。出来れば俺たちは手を出さないで事が うまく運べばいいのに」 女魔法使い「……」 東の砦将「俺にもなんて云って良いのかは判らないが 例えばさっきの竜族みたいに“共存にしたい訳ではないが あえて云えば中立”みたいな氏族も他に探せばいるかも知れない。 あいにく公女みたいな知り合いは俺には他にいないから、 詳しい事情はわからんがよ」 勇者「ああ」 東の砦将「そういう氏族をきちんと調べてみるのが 手がかりかも知れねぇな」 勇者「そうだな」 119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 23 07 24.85 ID z6GJxeoP 女魔法使い「……典範」 東の砦将「ん?」 勇者「なんだ、魔法使い」 女魔法使い「……」 東の砦将「は?」 勇者「……調べればいいのか?」 女魔法使い こくり 勇者「よく判らないけど、 テンパンってのを探せば良いんだな? たはぁ。捜し物ってのは苦手なんだよな」 東の砦将「ふはははっ。お互いな」 女魔法使い「……」 東の砦将「まぁ、いいさ。そいつは俺の副官にでも言いつける」 勇者「悪いな」 東の砦将「いや、良いってことよ。 戦争は避けられないかも知れないが、 そうやって努力しておけば無駄にはならないさ。 出兵する氏族が一つでも減るかも知れないし もし戦争になっても、 いざという時に情けが刃に乗るかも知れない。 俺だって、てめぇがいつか助かるために あがいてるにすぎないんだからな」 180 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17 56 18.27 ID LAEzTxgP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”テラス メイド姉「お茶を入れました」 メイド長「ありがとう」 メイド姉「いえ……。静かですね」 メイド長「ええ」 メイド姉「……」こくっ メイド妹「~♪」 メイド長「メイド妹は何をしているのです?」 メイド妹「日記を書いてますー」 メイド長「日記?」 メイド姉「最近は良く書くんですよ」 メイド妹「へへ~」 メイド長「それは感心です。文字は毎日書くにつれ 理解が深まると云いますからね」 メイド姉「……えーっと」 メイド長「?」 メイド姉「絵が入ってても良いんでしょうか……」 メイド妹「これは、無いと、ダメなのっ」 メイド長「絵が入ってるんですか?」 181 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 17 58 19.26 ID LAEzTxgP メイド妹「じゃぁん♪ これは昨日食べたスープ!」 メイド長「あらあら」 メイド姉「そんなに気に入ったの?」 メイド妹「うん、美味しかった! 酪が入ってまーす」 メイド長「あら。レシピまで? 誰に聞いたのかしら」 メイド妹「黒っぽいもやもやのおねーさんに教わりましたー♪」 メイド長「……」 メイド姉「え? え?」 メイド妹「ほかにも、酪を塗って漬け込んだお肉を焼いたの の作り方はこれでーす」 かきかき メイド長「……はぁ。時々この子には驚かされます」 メイド姉「わたしなんて毎日ひやひやです……」 メイド妹「できたー!」 メイド長「ふふふっ。美味しい料理の研究ですか?」 メイド妹「はいっ。美味しいものは毎日書くの」 メイド長「料理以外のことも書くと良いですよ」 メイド妹「そうなのですか?」 メイド長「味の記憶は、印象ですからね。 その日起きた印象深い事を書いておけば、 後で味の記憶を思い出す時に役に立ちます」 メイド妹「そっかー! じゃぁ、女騎士のお姉ちゃんが 謳ったことも書いておこう♪」 メイド姉「あれは忘れたいんじゃないかしら……」 194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/18(金) 18 19 17.44 ID LAEzTxgP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”広間 メイド妹「これ、牛さんなのっ?」 メイド長「ええ」 東の砦将「牛なんて固くてまずくて食えたものじゃないと 思っていたけど、これは美味いな」 副官「ええ、豚よりも歯ごたえがあって、爽やかですね」 メイド妹「ね、どーしてっ? どーして柔らかいの?」 メイド長「普通の牛の肉が固くなるのは、 一杯働いているせいですよ。これは仔牛ですから」 勇者「へぇ、それで違うのかぁ」 女騎士「ふむ、こんな味だとはなぁ」 東の砦将「俺は気に入ったな。 これ、串焼きにしたら美味いんじゃねぇのか? 岩塩かけて」 副官「いいですね、わたしはこっちの団子が好きですよ。 スープに浮かべたり、ああ、煮込むのも良いかもしれません」 メイド姉「でも、あまり食べた事がないのはなぜかしら?」 魔王「それは生産性と関係がある。 馬と比べて気性が大人しい牛は、 農作業の大切なパートナーなのだ。 畑を耕したり、牛車で樽を運んだりとな。 馬車より遅いが、扱いは難しくない。 それに肉を食べるよりも、乳を搾る方が多くの農民に 取っては魅力的なのだろう。 豚に比べて子供の数も多くはないから、一家に乳を提供する 牛は家族の一員として扱われることもある」 勇者「そっかぁ」 女騎士「何にでも、子細はあるのだなぁ」 ページトップへ <前5-5へ|次6-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/21.html
<前2-3へ|次2-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」2-4 690 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 07 00.60 ID vGBiMEoLP 司令官「そうだ、そこまで文句があるなら、 貴様がやれば良いではないかっ!」 東の砦将「はん!?」 司令官「き、貴様が司令官だ! 貴様がこの街を守れば良かろう! それだけ大口を叩くからには貴様はこの街を 治められるのだろう? あ? 歴戦の傭兵様なのだろう?」 東の砦将「……わかった」 司令官「そうかそうか、貴公が誓約をするのだとなれば、 我も安心して援軍を出せるというもの! あははははは。 この先この都市を万が一魔族に奪い返されるようなこと あれば全て貴公の責任であると。そう心得よっ!!」 東の砦将「我が砦の将兵に、民間人のために命を惜しむような 不届きものは一人もいはしないっ」 司令官「いいや、極光島にいるのは魔族の猛将、南氷将軍と 聞いた。わたしはあくまで全軍をもって援軍に向かうぞ。 この魔界のような訳のわからぬ地を、兵を減らして移動 するバカは居はせぬわっ!」 東の砦将「~っ!」 司令官「ははは! 同じ軍のよしみ、500ほどは置いて 行ってやる。それでどうにかするが良い! 傭兵めっ!」 692 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 12 33.26 ID vGBiMEoLP ダッダッダ、バタン!! 東の砦将「あーあ、んったくよぉ」ボリボリ 副官「大将、大変なことになっちまいましたね」 東の砦将「ん? まったくだ。やりきれんな」 副官「どうしやす?」 東の砦将「どうもこうもない。仕方がねぇ、四方砦は 全て退去だ。守るだけの兵力はねぇ。全員都市に よびよせちまえ」 副官「はっ!」 東の砦将「それから街の有力商人を呼び寄せろ。 街に住む魔族の主立ったメンバーも、そうだな、 合わせて10人位招くんだ。 付近の有力魔族にも特使を送り出せ」 副官「え? どうするんですか!?」 東の砦将「兵力がないんだからしかたねぇだろう。 頭下げて頼むんだよ。臨時の自治政府だ。 今日をもって、この開門都市は人間の領地じゃねぇ。 交流都市として自治してくっきゃなかろうがよ」 697 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 29 20.62 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、橋頭堡天幕 伝令「報告ですっ! 極光島城塞から、 魔族軍出撃しました! その数、おおよそ7500!!」 女騎士「全軍だな」 伝令「魔族軍、南方樹氷、謎の援軍に向かって高速で進軍中!!」 女騎士「伝令ご苦労っ!!」 魔王「早かったな」 女騎士「おそらく、援軍と我らが合流して、連携行動に 出るのを嫌ったんだろう。突破するのなら今が最後の チャンスだ」 魔王「果断な決断だが、予想範囲内だ」 女騎士「魔族7500と援軍1万弱か」 魔王「どうなるかな」 女騎士「その援軍は、聖鍵遠征軍なのだろう? で、あれば練度も装備も、人間界最高のはず」 699 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 35 41.86 ID vGBiMEoLP しゅぃんっ! 勇者「そりゃどうかな? 存外だらしない奴らかもしれないぜ」 魔王「勇者!」 女騎士「帰ってきたのかっ」がしっ 魔王「……ごほんごほんっ」じぃ 勇者「え、えと。まぁなっ! こんなタイミングで良かったか?」 女騎士「ああ、ばっちりだ。だがどうやって聖鍵軍を 呼び寄せたんだ?」 勇者「それよりも、タイミング合わせるために迷わせたり 足止めしたりしたからな、結構疲労してるぞ、あいつら」 魔王「それでは、戦力は拮抗するやもしれんな」 バタン! 伝令「謎の援軍と魔族先端が接触! 援軍の軍様は縦に 長く伸び、先頭は少数! 蹴散らされてゆきます!」 勇者「な?」 女騎士「遠征軍ともあろうものが情けないっ」 魔王「助けに行かないとまずそうだな」 女騎士「とはいえ、島の向こう側だ、時間がかかる」 魔王「それくらいは持つだろう、いくら何でも」 700 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 18 40 24.18 ID vGBiMEoLP ゴオォォン!! 勇者「なんだっ!?」 バタン! 伝令「伝令!! 伝令!! 一騎の巨大な魔族が こちらの陣営に向かってきます! 南氷将軍を名乗っています! 軽装歩兵の一隊が壊滅ッ!!」 女騎士「退かせろっ!」 伝令「はっ!」 魔王「しんがりを自ら務める気か」 勇者「暑苦しいヤツだ」 女騎士「指揮官としての矜持だろうな」 魔王「だが、救援に向かうには倒す必要がある、か。 出来れば魔族の被害も出さず、逃走させたかったのだが……」 勇者「仕方ないだろう。信念があるヤツなんだ。 おれがいって、ちょっと捻ってくるよ」 女騎士「……いや」 勇者「へ?」 女騎士「それは、わたしの役目だ。 ここは任せてくれないか? 勇者。 武人の最後の願いだろう」 750 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 03 39.33 ID vGBiMEoLP ――第二次極光島攻略作戦、夕暮れの戦地 南氷将軍「はぁあぁっ!」 女騎士「はっ!」 ギンッ! ガギンッ! 南氷将軍「ははは! 嬉しいぞ! この勝負を受けてくれてなっ!」 女騎士「勝てる勝負、捨てる気はないっ!」 王国軍兵士「す、すごいぞ!」 騎兵将官「大地がめり込み、崩れるほどだ……」 南氷将軍「大言壮語しよる、これはどうだっ!」 ドガァンっ!! 女騎士「遅いっ!」 ヒュバッ!! 南氷将軍「我は天下無双! そのような攻撃、効かぬ」 女騎士「天下無双が聞いて呆れるっ」 753 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 07 29.71 ID vGBiMEoLP 南氷将軍「なんだと?」 女騎士「退くなら追うな、と命を受けている」 南氷将軍「っ! 愚弄するかっ!」 ギンッ! ガギンッ! 南氷将軍「敵に情けを受けるこの南氷将軍ではないわっ! 食らえ、“凍える吹雪”っ!!」 ひゅごぉぉぉっ!! 女騎士「勇者直伝っ! 岩盤返しっ!!」 ずだんっ! ダダダダダンッ!!! 王国軍兵士「ば、ば、ばけもんだっ!」 騎兵将官「だがなんて可憐なんだっ」 「え?」 南氷将軍「はははははは! 見事、さぁいくぞっ!」 女騎士「良かろう。引導を渡してやろうっ!」 南氷将軍「軽いわっ! 所詮女か、しゃらくさいっ!」 女騎士「女扱いしてくれるのは嬉しいが……」 758 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 14 44.49 ID vGBiMEoLP ギィィン!! 王国軍兵士「噛み合った!?」 騎兵将官「五倍は体重差があるんだぞ……」 ギリギリギリギリ 南氷将軍「やるではないかっ」 女騎士「非常識が身近にいると、これしきは身につく…… い、く、ぞっ! せいやぁぁぁ!!」 ザカッ! 南氷将軍「っ!?」 女騎士「まだ、まだっ!」 ザシュ! ザシャッ! ヒュバッ!! 王国軍兵士「なんて、なんて早さだ」 騎兵将官「姫将軍はこんなに強かったのかっ!!」 女騎士「いえぇぇええーい、やぁっ!」 南氷将軍「……ぐふっ」 ドサンッ!! 王国軍兵士「勝った……」 騎兵将官「勝ったぞ!」 王国軍兵士「「「俺たちの、勝ちだぁ!!」」」 763 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 23 00.69 ID vGBiMEoLP ――冬越しの村、早春 小さな村人「本当なのけ?」 中年の村人「本当だなやっ」 狩人「そうか、凱旋かぁ!」 小さな村人「ガイセンってなんだぁ?」 中年の村人「馬鹿だなぁ。戦に勝って帰ってくることだぁよ」 狩人「女騎士様も、学士様も帰ってくるって言うことだよ!」 メイド妹「こーんにーちは~♪」 メイド姉「こんにちは」 小さな村人「おんやまぁ。館の姉妹さんだなや」 中年の村人「おめでとうだなや!」 狩人「おめでとうだなや!」 メイド妹「はいっ!」 メイド姉「ありがとうございますっ」 小さな村人「いつ帰ってくるだなや?」 中年の村人「もう戦は終わったんだべ?」 狩人「馬鹿だなや。マゾクっちゅーのが居なくなんない限り 戦は終わったりしないんだなや。今回は、極光島っていう のをとりもどしたっちゅー話だぁよ」 766 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 29 33.23 ID vGBiMEoLP 小さな村人「そうなのけ?」 ほけぇ 中年の村人「でも、女騎士さんは、軍の将軍になって お話の英雄みたいに活躍したっておら聞いただよ」 メイド妹「そうなんだよ♪」 小さな村人「さっそく吟遊詩人さんが歌さ作ってただ! 格好良かっただよぉ~」 中年の村人「酒場にきとるんけ?」 狩人「酒場も二つになって、随分大きくなったべぇ」 メイド妹「あのね、あのね!」 メイド姉「当主様たちは、今から冬の王宮に向かうそうですよ」 小さな村人「王様のところだべか?」 中年の村人「ああ、きっとご褒美をもらえるだべよ」 メイド妹「きっとねー。ごちそうがでるんだよー」じゅる メイド姉「もうっ……。何でこんな食いしん坊に なっちゃったのかしら……」 メイド妹「えへへへ~♪」 小さな村人「何はともあれ、今年も春だぁよ! ああ、ここは良い村になっただなやぁ」 769 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 38 38.26 ID vGBiMEoLP ――冬の王宮、爵位授与式 吹奏楽隊 ~♪ ~~♪ 冬寂王「すまんな、こんな儀式に付き合わせて」 女騎士「いえ」 魔王「かまわん」 冬寂王「そなたらは目立つのは苦手なのだろうが これも王族のもってる義務の一つでな」 女騎士「心得ております」 魔王「万民に威を示すことも責務であろうな」 執事「準備万端整ってございます」 冬寂王「さぁ、行こう」 ぎぃぃぃぃっ! 来駕の万民 わぁぁぁ!!!! わぁぁぁ!!! 773 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 42 12.05 ID vGBiMEoLP 吹奏楽隊 ~♪ ~~♪ 冬寂王「我が民、我が祖国よっ!」 来駕の万民 わぁぁぁ!!!! わぁぁぁ!!! 冬寂王「諸君らの働きに感謝する。極光島奪還は成った! これもひとえに諸君らの忠誠、赤心によるものだと心得る。 こののち、極光島の防備に関してまた難しい計画があり それについては諸君ら、文武百官の力を借りることも あるだろう。また、このたびの戦役に恩賞も行わねば ならぬ。この冬寂王、力を貸してくれた諸君を決して 粗末には扱わぬ」 女騎士「まだまだ貧乏国ですけどね」 魔王「それでもマシになる途中の貧乏国だ。それに、 なんだ。身も蓋もない言い方だが、貧乏だからと 云って恩賞を値切っていては人が居着かぬ」 執事「まこと身も蓋もない話でございますなぁ」 冬寂王「今宵は小さいながらも宴を用意した。 楽しんで欲しい! 乾杯だ!」 777 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 51 13.90 ID vGBiMEoLP 冬寂王「杯を手に聞いて欲しい、この王宮に今日は客人を 迎えている。知っている者も多いとは思うが、かつて 勇者とともに魔界を駆け抜け、人界に大きな貢献をなした 三人の生きた伝説、その一人、女騎士殿だっ」 すっ 女騎士「ご紹介預かった、女騎士だ」 冬寂王「女騎士殿はこたびの戦役において、前線司令官 という非常に重い役目を担って頂いた。 さらには一騎打ちにて南氷将軍を仕留めるという まさに英雄に相応しい貢献もして頂いた。 実を言えば 我が国の将軍を打診したのだが、断られてしまったよ」 来駕者 あははははは!! 冬寂王「いやいや、もちろん冬の国が貧乏なせいもあるの だがな! だがしかし、女騎士殿は湖畔修道会の指導者 と云う責任有る立場についておられる。 湖畔修道会は、南部にとって無くてはならない組織だ。 我が国一つにその御身を縛り付けることは、精霊の意にも そむくことになろう! しかし、我が国の、人類の恩人であることには変わりない。 女騎士殿は、我が国の名誉伯位である! みなのものもそう心得よ!」 778 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 22 58 49.93 ID vGBiMEoLP 冬寂王「こちらは、紅の学士殿。 話を聞いたことはあるであろう? この地に奇跡の作物、馬鈴薯をもたらしてくれた、 我が国の恩人の一人だ」 「おお、あの噂の……」「風車もあの人の計画だとか」 「羅針盤を海軍に提供したと聞きましたぞ?」 「天才だ……」「万物見通せぬもの無し、と聞きます」 魔王「ご紹介にあずかった紅の学士だ。 生来の不調法もの故このような席で語る言葉を持たぬのだが、 このたびの戦勝にお祝いを申し上げるためにまかり越した。 この国は……流れ者のわたしに本当によくしてくれる。 その暖かさが胸の痛みを溶かすようだ。 わたしは、この国の人々の穏やかな笑みを忘れぬ。 この国の四季と四方に億千の幸いがありますように」 冬寂王「……」 執事「若、若っ」 冬寂王「ああ、すまん。 学士殿のありがたい言葉を頂きこの国の長として嬉しく思うっ。 もし願えるのならば、この国のさらなる発展のために、 その知恵を貸して頂きたい。 学士殿も学究野道がある故、宮殿へ招くことは叶わなかったが、 その功績、名誉爵位である!」 来駕者 わぁぁぁ!!! 785 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 06 55.22 ID vGBiMEoLP 参加者「乾杯!」「南部の安定のために!」「王の勝利に!」 女騎士「正式な授与式にせず、気を遣って頂いたのですね」 魔王「かもしれんな」 冬寂王「さらに皆には報告することがある。 今回の極光島奪還作戦において、南部諸王国は 一層の結束を強めた。 また、いままでのような対魔族軍事作戦のみならず、 通商、学術、技術分野でも協力が不可欠であるとの 結論に達した。 南部はその歴史において、一年の三分の一を雪に閉ざされた 寒く、貧しい国々として過ごしてきた。 しかし、地の宝は民である。 南部諸王国の民には興武の気風と、質素、倹約、素朴さ、 勤勉さ、暖かさが有るとわたしは信じる。 我が冬の国は、鉄の国、氷の国と条約を交わした。 これは通商および技術開発の各分野においても基本的な 協力の合意である。だがしかし、それのみならず 将来的な連合国家を視野に入れた取り組みだ。 我らは肩を並べ共に戦った。これから先、あらゆる分野で 共に進めると信じる。諸君らの協力を願いたい!!」 来駕者 わぁぁぁ!!! 冬寂王! 冬寂王! 798 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 14 08.62 ID vGBiMEoLP ――冬の王宮、宴の間 吹奏楽隊 ~♪ ~~♪ 質実な貴族「ほほう、三倍と!?」 若手騎士「作付けの方法はいかがなのです?」 魔王「今では種芋の管理を修道会に一任しているの ですがさほどの難しさでもない。種芋は購入して 貰う形なのだが、農業技術支援とコミだと考えて もらえば決して高い買い物では無かろうな」 冬寂王「……それにしても」 工業ギルド長「はは! それで銅の価格があがると?」 魔王「そうだ。分業体制における比較優位の法則という。 この国にはまだ有用な鉱物資源が多いはずだ。すぐに 利益には成らぬかもしれないが調査には利益があるの では無かろうか」 冬寂王「“生来の不調法もの故このような席で 語る言葉を持たぬ”――だと? どうだ、あの落ち着き、あの涼やかな態度。気品と美しさ。 貴族……。いや、王族のようじゃないか?」 冬寂王「なんて人なのだ。あの知恵、落ち着き。 発想の全て。……彼女も英雄なのか? 勇者のように。 それとももっと違う者なのか? いやはや、王になった途端にこんな奇跡ばかり 目にするとは! 世界とはまったく油断がならんな!」 809 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 25 12.48 ID vGBiMEoLP ――冬の王宮、宴の間、人のいないバルコニー 吹奏楽隊 ~♪ ~~♪ 勇者「おお! 邪魔してる」 執事「おやおや、お帰りでしたか。勇者」 勇者「あんまびっくりしないのな」 執事「にょははは! 童貞のまま死ぬのは魔法使いと きまっていますからな。勇者は童貞のままでは 死ねないでしょう?」 勇者「おお、ったりめぇだ」 執事「……お代わりをお作りしましょう」 勇者「ああ、あんがとな。……ん、美味いなこれ」 執事「にょははは。コックも喜びます」 勇者「うまうまっ! がふがふっ」 執事「……恨んでますかね、勇者」 勇者「なんでさ?」 執事「一人で行かせてしまいましたからね」 勇者「あれは俺がみんなを撒いて勝手に行ったんだ 恨んでるわけ無いじゃん。それじゃ逆恨みだ」 執事「まったくですなぁ。にょはははは」 812 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 29 35.24 ID vGBiMEoLP 執事「まぁ、そんなことではありませんよ」 勇者「じゃ、なにさ」 執事「さ、リキュールたっぷりのカクテルですぞ?」 勇者「お、あんがとな!」 執事「……」 勇者「ん、美味い。ああ……。 いつだったか、鬼面都市の酒場でも、作ってもらったっけなぁ」 執事「そうでしたねぇ」 勇者「懐かしいなぁ」 執事「ええ」 勇者「……」 執事「……勇者は」 勇者「ん?」 執事「勇者は、あなたは強すぎる」 勇者「うん」 執事「あなたはその気になれば、まぁ、魔将軍クラスは ともかくとして、千人軍隊とでも戦えるのでしょう」 勇者「まぁ、そうな」 817 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 35 06.55 ID vGBiMEoLP 執事「足手まといだから、我らを置いて行かれた 訳ではないでしょう? もちろん足手まといでもあった わけですが。本当の実力を出せないという意味では」 勇者「……」 執事「わたしが勇者に申し訳なく思うのは 勇者を一人で行かせたことではないんですよ。 勇者を孤独にさせてしまったことです。 勇者は強い。 戦えば軍にでも勝つ。 でも、その力を使えば使うほど、勇者はこの世界では 寂しくになってしまうでしょう? 普通の人間は そんな強さを受け入れることなんて出来ないのだから。 あなたは強さにおいて人間とは隔絶している。 あなたは、私たち三人を“孤独”にさせないために 置いていったのでしょう? でも、あなたは人間だ。人間であるはずだ。 その勇者を私たちは、孤独にさせてしまった。 それは私にはやはり、私たち人間の罪に思える」 823 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 40 26.18 ID vGBiMEoLP 勇者「……そんなことねぇって」 執事「寂しい思いをさせて、申し訳ありません」 勇者「いやいやいや。爺さんには色々教えて貰ったから!」 執事「にょほほ!」 勇者「おっぱいとかな! 尻とかな! パフパフの見極めとかな!!」 執事「偽パフパフはガチムチ兄貴ですからね~!!」 カチャカチャ 執事「……」すっ 勇者「うまっ! 美味っ!」 執事「ああ、勇者。今宵は良い夜です! でもね、聞いてください」 ~♪ ~~♪ 勇者「ん?」 執事「我々だって捨てたものではないのですよ。 我々だって、月を目指して、歩くことが出来るのです!」 827 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/07(月) 23 43 20.83 ID vGBiMEoLP 執事「二年前には出来なかったことが、少しは出来るように なっているのですよ? あなたと別れてから私も すこしは、努力をしてきたのです」 勇者「……?」 執事「あの音楽が聞こえますか? 広間の明かりが見えますか? 私が若を育てたんですよ。勇者、聞こえますか? あの笑い声が」 勇者「ああ、聞こえる」 執事「良い国でしょう?」 勇者「うん、全くだ」 執事「もう、勇者を孤独にはしませんよ。 勇者の桁外れの戦闘力が無くても、なんとかする。 もちろんまだひよっこですからな、よちよち歩きで 危なっかしいものですが、それでもやっていこうとしています。 勇者。勇者一人に罰を押しつけない国ですよ。 きっと、勇者が孤独ではなくなれる場所があります」 勇者「ああ……」 執事「お帰りなさい、勇者!」 勇者「ああ。爺さん。ただいまだ!」 908 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 12 48 05.32 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、晩夏、メイド妹の日記 「夏が終わろうとしてます。 勇者のおにーちゃんが帰ってきてから、もう半年がたちました。 当主のおねーちゃんはずっと機嫌がよいです。 騎士のおねーちゃんは毎日来ます。 剣の訓練がない日も、なんだか理由をつけて毎日来ます。 おねーちゃんはお昼ご飯を6人分つくることにしてしまったので 雨が降ったりして騎士のおねーちゃんがこないとこまります。 わたしがぷにぷにになっちゃうからね! 眼鏡のおねーちゃんは、この間までしばらく旅に出ていました。 帰ってきて怒られました。 勉強サボってごめんなさい。 でも、掃除はさぼってないよ! それに、花の名前は 今年は沢山覚えました。 今日は勇者のおにーちゃんのお弁当を届けに行きました。 勇者のおにーちゃんは毎日どこかへ行くけれど 大抵夕方には帰ってきます。今日はイノシシ狩りでした。 イノ鍋です。 でかしたぞ、おにーちゃん」 913 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 12 55 44.19 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、裏庭で訓練中 女騎士「遅い! 腕を上げろ!」 若手兵士「やぁ!」 びゅんっ! 若手騎士「そいや!」 びゅんっ! 女騎士「ちがう、盾を持つ側だ。 喉を晒すな! 半身を崩すな! 重心の切り替えを 素早く! 弱点を晒すのははこちらが攻撃したときなんだぞ!」 若手兵士「や、やぁ!」 びゅびゅん! 若手騎士「そりゃー!」 びゅん! 勇者「ちげー! もっとこう……グワっと来てズパン! だ!」 貴族子弟「ひぇー!」 びゅんっ! 軍人子弟「どりゃっ!」 びゅんっ!! 勇者「いいぞ、もっと後ろ足をひきつけろ!」 貴族子弟「こ、こうかな?」 おずおず 軍人子弟「きっとこういう感じでゴザル」 びゅん! 貴族子弟「そうか、こうか?」 びゅ 軍人子弟「そうそう!」 びゅんっ! 勇者「やれば出来るじゃねぇか、あと3000!!」 貴族子弟「ひぃぃぃ!?」 軍人子弟「な、なんとぉ!?」 915 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 00 17.71 ID I63MLpWkP 女騎士「では、仕上げだ! ため池の廻り5周!」 若手兵士「はぁ、はぁっ」 若手騎士「5、5周でありますか!?」 女騎士「疲れてる時じゃないと意味がない。 戦場で逃げ出すのはさんざん戦ったあとだろう? つまり、へとへとになったときに足が動くかどうかで、 生き死にが決まるんだ。とっとと行け!!」 若手兵士・若手騎士「「は、はいっ!」」 勇者「ってなわけで、お前らも行け。負けるなよ」 貴族子弟「ひぁ!?」 軍人子弟「はっ!」 勇者「ちょっとまった、お前らは馬鈴薯の袋担いでけ!」 貴族子弟「な、なぜそのような!? お、横暴だ!」 勇者「逃げてる最中に子供見つけたら背負って逃げてぇだろ?」 貴族子弟「うううう」 軍人子弟「わ、判ったでござる! いくでござる!!」 貴族子弟「ひ、ひぇぇ!」 919 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 06 23.34 ID I63MLpWkP 勇者「あ~! いい汗かいた! 気分爽快!!」 女騎士「ちっとも運動して無いじゃないか」 勇者「そんなことないぞ、他人に教えるってのは疲れるな」 女騎士「お前のは半分くらいいじめだ」 勇者「そうかなぁ。あれくらいやれるって」 女騎士「そのうち死ぬぞ」 勇者「だいじょぶだいじょぶ。半分くらい殺した方が育つって!」 女騎士「ホントにこいつは……」 勇者「うわぁ、暑いな」 がちょん、がしゃん 女騎士「鎧を投げ出すな。はしたない」 勇者「女騎士は厳しいなぁ。……もう。これでいいか?」 女騎士「そうだ、命を守る武具だぞ。丁寧に扱うべきだ」 勇者「暑ぃ~。おれ、井戸行って水浴びしてくる」 女騎士「ん、そうか?」 とことこ とことこ 勇者「ん?」 女騎士「どうした?」 922 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 12 39.57 ID I63MLpWkP 勇者「何でついてくるの?」 女騎士「わたしだって暑い。水浴びをしたい」 勇者「そうか」 女騎士「うむ」 勇者「よし、くみ上げるぞ? んしょ、んしょ」 女騎士「おー。ご苦労! このポンプなるものは便利だな」 勇者「まったくだな……。水貯まったか?」 ざぁぁぁぁ!! 女騎士「ああ。気持ちよいぞ! もう一杯頼む」 勇者「よしきた……んしょ、んしょ」 ざぁぁぁぁ!! 女騎士「ああ、涼しい! 爽快だ! もう一杯!」 勇者「どんどん行くぜ! ……んしょ、んしょ」 女騎士「勇者は本当にいいやつだな」 ざぁぁぁぁ!! 女騎士「ふぅ、訓練のあとの水浴びは最高だな」 勇者「そうだなっ!」 女騎士「さぁ、もう一杯頼んだ」 勇者「任せろ……ってか俺は汗みどろで暑いままだこのやろ-!!」 925 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 18 22.84 ID I63MLpWkP 女騎士「男のくせに細かいことを」 勇者「水浴びは俺の発案だっての!」 女騎士「ほれ、濡れ布巾だ」 勇者「ちべてー! 気持ちいいな! じゃねぇよっ!」 女騎士「仕方ない。わたしが汲み上げをやろう。代わってくれ」 勇者「よしきた!」 女騎士「よっこいしょ」 勇者「……」びきっ 女騎士「どうした?」 勇者「お、お、ひょ、ひょ」 女騎士「スライムみたいな顔で固まるなよ」 勇者「おま、な、なんか。なんで肩タオル?」 女騎士「水浴びしてたからだろ? ああ、なにか? おい勇者。それとも私の胸が肩タオルで隠れちゃってるぜ、 どんなサイズだよそれって云う突っ込みなのか!? 爺さんと再会してから品が無くなったな! しまいには斬るぞ!」 勇者「ま、まっしろ、ま、まっしろ」 929 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 24 50.02 ID I63MLpWkP 女騎士「ほれ、とっとと下に行け」 勇者「あぅあぅ」 ふらふら 女騎士「まったく。混乱呪文でもくらってるのか。 いくぞー。勇者、水でるからなー」 勇者「あぅあぅ」 女騎士「ん、せぇっの! ……んっしょ、んしょ」 勇者「き、きたぞー」 ざぁぁぁぁ!! 女騎士「ちゃんと髪も流すんだぞ ……んっしょ、んしょ」 勇者「子供じゃねーよ!」 ざぁぁぁぁ!! 女騎士「そうだ、勇者」ひょいっ 勇者 びきっ 女騎士「これ貸してやる。修道会で作った石鹸だ」 勇者「お、お、おぅ」 女騎士「お前挙動不審だ」 ざぁぁぁぁ!! 932 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 30 42.23 ID I63MLpWkP 勇者「ふわぁ。さっぱりしたぁ!」 女騎士「こっちもさっぱりしたな」 勇者「……」ぴょこぴょこ 女騎士「何してるんだ? 呪われてるのか?」 勇者「耳に水が入った」 女騎士「子供か、勇者は。ほら、タオルだ」 勇者「おお。あんがとよ」 女騎士「良く拭けよ。勇者の髪はもふもふだからな。 水分をちゃんと取っておかないと、あとで余計に汗をかくぞ?」 勇者「んぅ、わかってるって」 わしゃわしゃ 女騎士「櫛ももってないのか、お前は」 勇者「魔王がしてくれっからなぁ、自分のはねぇや」 女騎士「そうか……」 勇者「ふわぁ!」 とさっ 女騎士「どした?」 勇者「ちょっとベンチで休憩」 女騎士「ああ。良い風だな……」 すとん 勇者「夏の終わりのこの国は、最高だな」 女騎士「ああ、これから栗も美味しくなるだろうな」 さわさわさわ…… 勇者「……」 女騎士「……」 935 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 36 58.76 ID I63MLpWkP 女騎士「ずっとこうなら良いんだけどな」 勇者「そうな」 女騎士「……」 勇者「……」 さわさわさわ…… 女騎士「そうもいかないか」 勇者「うん」 女騎士「妻妾同居にしてもどちらが妻か決っせんと」 勇者「魔界にしても何時までも指をくわえてない、そろそろ動きが」 女騎士・勇者「え?」 女騎士「あ、ああ! そうだな! 戦は今は膠着状態だが この膠着状態が保証されているわけでは無論無い」 勇者「だよな」 女騎士「……疑問なんだが、勇者」 勇者「ん?」 女騎士「思うにだな」 勇者「うん」 939 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 43 05.61 ID I63MLpWkP 女騎士「弓兵の爺さんと、私と、勇者と…… しゃくだが胸のでかい魔王とでな。 それでパーティーを組んで 魔族の主立った将軍と砦、軍勢を全て撃破すれば 案外、この戦はあっさり終わるのじゃないか?」 勇者「あー。かもなー」 女騎士「ダメなのか?」 勇者「……」 女騎士「魔王は人間の味方になったんだろう?」 勇者「それは違うさ」 女騎士「そうなのか?」 勇者「魔王は、“勝ちでも負けでもない”戦争の終わりを 目指しているんだ。だから、そんな殲滅作戦みたいなのを 提案したら同意してくれないと思うぜ」 女騎士「そうか」 勇者「あいつはあいつなりの方法で、魔族を救おうとしてるんだ」 女騎士「そう……なのか?」 勇者「たぶん」 943 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 50 17.55 ID I63MLpWkP 女騎士「ままならないな」 勇者「そうでもないさ。俺はかえって良かった かもしれないと思う」 女騎士「そうか?」 勇者「確かに俺も女騎士も、強いさ。 『外なる図書館』へ行った魔法使いもな。 敵を倒すことは出来ると思うよ。 でも、敵を倒すことと味方を守ることは、似ているようで違う。 俺たちが魔族の軍を倒すのは良いけれど、 その間。俺たちがいない場所で 魔族の軍の逆襲を誰が防ぐ?」 女騎士「それは聖鍵遠征軍をはじめ人間の軍が守る」 勇者「本当にそれで解決になるかな?」 女騎士「出来るさ、きっと」 勇者「それに、そうやって魔族の強硬派を 粛正したあとどうするんだ?」 女騎士「え?」 きょとん 946 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 13 54 11.46 ID I63MLpWkP 勇者「それでもものすごい数の魔族が残るんだぜ? 戦争に直接参加していない魔族も、中立ぎみの魔族も居る。 人間は魔族の軍を全て殲滅しました、魔族は無防備です。 魔族の首具には全て敗戦国です。 ――で、その後は?」 女騎士「そ、それは……」 勇者「魔族狩りか? 奴隷か? なんだっけ、魔王は云ってたな そう、『植民地』だ」 女騎士「なんだそれは?」 勇者「“他人の土地に攻め込んで支配して、 自分たちの場所であるかのように利益を吸い上げること” だ、そうだ」 女騎士「そんなこと、人間はそんなことっ」 勇者「俺もそう答えかけたけど」 女騎士「っ!」 勇者「言い返すことは出来なかったよ」 950 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 07 58.61 ID I63MLpWkP 勇者「それにさ、そうやって奴隷にされて、人間に 支配された魔族の怒りはどれほどのものだろうな。 もちろん、その後の人間側の対応次第だけど 世界中の有りとあらゆる場所に憎しみの火だねが ばらまかれるんじゃないかな」 女騎士「それは……」 勇者「魔族が人間の主要な軍を全て殺し尽くし、 進軍をしてきて、南部諸王国を突破し、 聖王都を征服。人間は最後の一人に至るまで 魔族に征服されたとする。 世界のあちらもこちらも、家畜のように扱われる 人間でいっぱいだ。夏は灼かれ、冬は凍え、常に飢えて ムチに怯えて、哀れを誘う懇願だけが続く。 そうなったら、女騎士はどうする?」 女騎士「命が果てるまで魔族を殺すっ!!」 勇者「ほれみろ。同じじゃねぇか」 女騎士「……」 勇者「そうなったら、それはもう、 世界中で戦争が起きているのと同じだ。 俺たちたかが5人や6人程度でどうにかなる騒ぎじゃない。 世界が終わるまで憎しみが続くんだ」 954 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 17 15.78 ID I63MLpWkP 勇者「魔王は弱いよ。魔王のくせに笑っちゃうけど。 一対一で戦ったら、そうだなぁ……冬寂王と互角じゃないか? あの王様、あれでしぶとそうだしな。 でも、その程度。 爺さんでも女騎士でも、余裕で勝てると思うよ」 女騎士「……」 勇者「でも、あいつは最初から、 下手をしたら生まれた次の瞬間には気が付いてたんだ。 “並外れた戦闘能力でこの戦争を終わらせることは出来る” でも“争いの火種を鎮火することは出来ない”ってな」 勇者「あいつ、すげーよ? 知識ももちろんすげーけど 考えてることがすげーよ」 女騎士「だ、だから……」 勇者「?」 女騎士「だから、勇者は、魔王のこと……」 勇者「うん。仲間になった」 女騎士「……」 女騎士(わたしは、卑しいな……) 956 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 25 18.52 ID I63MLpWkP さわさわさわ…… 勇者「それにさー」 女騎士「……」 勇者「女騎士もすげー」 女騎士「え?」 勇者「だって、魔界から帰ってきたら修道会の院長だぜ? 農民の生活を底上げするんだ、とか言い出してやがるの。 その一年前は猪豚鬼のケツの肉を3cmずつスライスする 練習してたくせにさっ!!」 女騎士「ばっ、あれはお前らが乗せたんじゃないか!!」 勇者「でも、すげぇよ」 にかっ 勇者「なんだろう、正解が判る嗅覚でもついてるのかなぁ? お前たちはみんなすごいよ。びびるよびっくりだよ。 そうだよな、毎日腹一杯食えて、温かくて幸せなら 隣人に優しくできるもんな-。冴えてるよ」 女騎士「あれは、成り行きなんだ」 勇者「そうなのかー? でも、なんかもー。てへへ」 女騎士「……」 さわさわさわ…… 勇者「俺は斬った張ったしかできないから、 二人とも……。いや、みんなが……まぶしいなぁ」 959 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 36 11.81 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、台所 がちゃり 勇者「おーっす!」 魔王「おお、教練は終わったのか?」 勇者「おわったおわった、ばっちりさ」 魔王「お疲れ様だ」 勇者「魔王も休憩か?」 魔王「うむ、提出案件への評価が終わったからな」 メイド妹「当主のおねーちゃん、 お兄ちゃんが帰ってくると思ってそわそわ待って」 魔王「何を言うか、この口かっこの口かっ」ぎゅっ メイド妹「うーうー。もがもが……もがもが」 勇者「仲良いな、ほんと」 メイド妹「うー。けほっけほっ。もうっ」 魔王「余計なことを云うからだ」 メイド妹「はーい。座っててくださーい。 ちゃんとオレンジ水だします」 魔王「なんだそれは?」 勇者「お、なんか冷たいぞ?」 メイド妹「井戸水で瓶ごと冷やすのです♪ わたしが発見したのだー!」 960 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 44 41.27 ID I63MLpWkP 魔王「まったくもう」 勇者「お、美味いぞ! これ」 メイド妹「えっへーん♪」 魔王「これは……炭酸か?」 メイド妹「当主のおねーちゃんに教えて貰ったから、 工夫してみましたー!」 魔王「醸造職人もまっさおだな」 勇者「これ、しゅわしゅわで美味いなぁ。 蜂蜜の甘さも良いあんばいだ」 メイド妹「えへーん♪」 魔王「妹は、良い料理人になるやもしれんな」 勇者「へ? こんな食いしん坊が?」 魔王「良い料理人というものはえてして食いしん坊だ」 勇者「そうなのか?」 メイド妹「料理人?」 魔王「うむ、美味しい料理を作ったり開発したりするのだ」 メイド妹「うわぁん、それすごい♪」 勇者「すげぇ、花しょってるぞ」 魔王「恋する乙女の魔術か?」 勇者「よだれを垂らしてるところが違うな」 963 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 14 50 19.13 ID I63MLpWkP メイド妹「お姉ちゃんに報告してくるっ!」 勇者「何を?」 メイド妹「料理人になるって! 毎日好きなご馳走を作って食べるんだって!!」 勇者「何か誤解してないか?」 メイド妹「行ってくる-!!」 バタン! トタタタタッ! 魔王「騒がしいな、まったく」 勇者「ああ。でも、元気になったなー。あいつ」 魔王「ん?」 勇者「最初の頃は、姉ちゃんのうしろで半べそだったもんな」 魔王「そうだな。そのくせ、噛みついてきてな」 勇者「“めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ”だろ?」 魔王「ああ、そうだな。 メイド長のやつ、びっくりしておったなぁ!」 勇者「そうなのか?」 魔王「ああ。あのあとでな。“人間にもなかなか根性のある 娘がいる”と云っていたよ」 勇者「そうだったのかぁ」 ページトップへ <前2-3へ|次2-5へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/14.html
<前1-1へ|次1-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1-2 160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 44 06.99 ID AIDyRnsCP 勇者「で、挨拶がどうとか」 メイド長「ああ、そうでした。 その学術の研究と、新しい農作指導のために この村に興味を持たれてやってくる、というような 説明をいたしております」 魔王「そうか、話が早くて助かる」 勇者「そうだな、農業ともなれば時間がかかるものな」 メイド長「ええ。……まおー様」 魔王「ん?」 メイド長「魔王軍の方はいかがしましょう」 魔王「ああ。そうだな」 ちらっ 勇者「どうかしたか?」 魔王「勇者と私は、魔王の大広間で決闘をしたとしよう。 そこで両者共に深い傷を負ったという噂を流せ。 私はその傷を癒すために冥界温泉で療養中だ。 勇者は生死不明、一説によると落ち延びたと」 メイド長「かしこまりました」 162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 48 41.23 ID AIDyRnsCP 魔王「それでいいか? 勇者」 勇者「ああ。かまわない。俺はどうせ魔王のものだしな」 メイド長「あたあた、まぁまぁ」にこっ 魔王「からかうな」 魔王「この噂で、まぁ1年くらいの時間は稼げよう。 魔王軍の急進派も何かの策略ではないかと見て しばらくは動きを控えるだろう」 勇者「1年か」 魔王「その他にも手は打つ。粘るつもりもあるが まぁ、3年と云ったところだろうな、猶予は」 勇者「……」 魔王「その間に『まだ見たことのない結末』を 見つけなければならない」 勇者「見たいだけじゃなかったのか?」 魔王「……見つけ出さないと、私の持ち主に嫌われる」 勇者「あ、その。そ……そっか。そうだな」 164 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 53 49.41 ID AIDyRnsCP 魔王「それはいいとして、だ」 勇者「お、おう」 魔王「この地で結果を出したいのは、農法の改善だ」 勇者「のーほー?」 魔王「農業の方法だ」 勇者「農業の方法たって、 種撒いて芽が出て収穫するだけだろ?」 魔王「その方法を改善する」 勇者「うーん。改善なんてあるのか?」 魔王「同じ土地で麦を収穫し続けると どんどん質がわるくなるのはしっているか?」 勇者「あー。聞いたことがあるぞ。 大地の恵みみたいな物がなくなっちゃうんだろう?」 魔王「この辺りで広く行なわれているのは三圃式農業という もので、畑を3種類に分ける。 それぞれ夏に使う、冬に使う、一年間お休みと分けるんだ。 そしてローテーションさせてゆく」 165 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 00 59 01.92 ID AIDyRnsCP 勇者「工夫してあるんだな。ふむふむ。 いや、まてよ? そもそも何でローテーションするんだ? どんどん新しい畑を開拓すればいいじゃないか。 新しい場所なら大地の恵みもたくさんある」 魔王「ばかもの。 誰もが勇者のように化物じみた戦闘能力と体力と 破壊魔法を使えると思ったら大間違いだ」 勇者「そ、そか?」 魔王「開拓には長い時間と労力がかかる。 それにそうやって開拓範囲を広くすれば、 収穫や種まきなどで移動しなければならない 距離も広がるし、魔物や野生動物から防衛しなければ ならない敷地も広がってしまう」 勇者「そういえばそうか」 魔王「そこで3分割ローテーションを行なっているのだが」 勇者「ふむふむ」 魔王「この手法をより改善して、 食料の供給量を増やすのが当面の目的だ」 167 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 06 07.19 ID AIDyRnsCP 勇者「目的は判った。けれど、具体的にはどうするんだ?」 魔王「輪作……つまりローテーションという概念は良いんだ。 これを4回転式に改善しようと思う」 勇者「ふむふむ」 魔王「すなわち、大麦を作る畑、クローバを作る畑、 小麦を作る畑、かぶを作る畑に4分割する。 この四つをセットにして4年周期で畑を活用するんだ」 勇者「なんか、3ローテと大差がないように聞こえるな」 魔王「3ローテは1周期に一回お休みがあるだろう? こちらは4周期にお休みらしいお休みはクローバーだけだ」 勇者「それがそんなに大きい差なのか?」 魔王「差が出る秘密は、麦以外にある。それがカブだ」 勇者「シチューに入れると旨いけど、そんなに作っても 飽きるだろう?」 169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 10 12.33 ID AIDyRnsCP 魔王「もちろん人間が食べても良い。 麦ばかりだと健康に悪いからな。だがこのカブは 畜産の使うんだ。具体的に云うと豚の餌にする」 メイド長「豚、ですか?」 魔王「知ってるとおり、この寒くて貧しい地方では 肉食というのは冬場の重要な栄養素だ。 冬には充分な果物も野菜も採れないし、 充分な穀物が無い事の方が多い。 そこで豚を食べるわけだが、豚は生きているから 活かしておくためには食料が必要だ。 冬の間は人間の食糧すら不足するだろう?」 勇者「ああ、そうだな。だから豚は冬になる前に、 最低限の数を残してしめちゃうんだ。 それでソーセージやベーコンやハムにして、 冬の間の食糧備蓄をする。南部諸王国じゃ 何処でも見られる冬の始まりの風物詩って所だ」 魔王「冬場……つまり農作物が充分では無い時期の 代替え的補助食料なのに、結局は農業と同じように 季節に支配されている。これは非効率的なことだ」 173 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 17 28.72 ID AIDyRnsCP 勇者「……云われてみれば、そうだな」 魔王「そこでクローバーとカブを使う。 クローバーは夏場の間、豚や羊などの牧草になる。 畜産をおこなえば肥料も出してもらえるしな。 カブは冬の間に飼料として役立つ」 勇者「そうかっ!」 魔王「そうだ。この方法は『畑を休ませない』、 『畑を痩せさせない』、『農作物以外も豊かにする』 の三つのアイデアで出来ているんだ」 勇者「そこでこの村な訳か」 メイド長「どういう事ですか?」 勇者「この村みたいな、農業も畜産もやって、 ある程度自給自足の体制の方がこの農法には都合が 良いんだよ。データ採りの意味でも。 都市部や、小麦ばっかりを大量生産している、 それが出来ちゃうような温暖な地域では意味が薄い。 東方の米みたいな穀物にも効果が薄い。 『寒くて貧しい地域を救う』アイデアだから」 メイド長「そういうことでしたか!」 175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 22 32.70 ID AIDyRnsCP 魔王「他にもいくつかある。北氷海の魚による肥料とか 、農機具にも改良の余地がある」 勇者「へ? 色々あるんだな」 魔王「難しいのは、農地と村の統廃合だ。 放牧地にした場合、羊などの動物はコントロールに 難があるしな。いまの危険な時勢だと、この種の 『開墾した権利』の縄張り争いは、たやすく利権の 争いに変化してしまうのだ」 勇者「そうだな、それは予想がつくよ」 メイド長「でも、人間は土地を重視する、 って、まおー様はいってましたよね。 話し合いで解決するんですか?」 魔王「そこで魔族だ」 勇者「?」 魔王「魔族で村を攻める。 どうせたいした守備軍もいないだろう? ちょっとした中隊規模で充分だ。 脅して適度に放火でもしてやる。 最悪の場合は主立ったものを殺すこともあるかもしれない」 勇者「……」 177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 26 08.44 ID AIDyRnsCP 魔王「村人が立ち退いたあとに、魔王軍は駆けつけた 騎士団と一戦して引き上げる。開拓民は戻ってくる だろうが、それは領主の庇護下に入ってのことだろう。 その状況なら、農地の整理や、村と村との統廃合も 問題なく行くだろう」 勇者「……」 魔王「幻滅したか?」 メイド長「……まおー様」 魔王「むろん、手心は加える。そもそもこの手法は 王国側、少なくとも騎士団には内通者というか こちら側の理解者が必要だ。 だがこの種の作戦には事故がつきものだ。 血が流れないと云うことはあり得ないだろう」 勇者「……」 魔王「だが、わたしは何かをすると決めたんだ。 このまま、血まみれの夢に似た消耗戦を100年繰り返し 取り返しのつかない停滞を過ごすつもりはない。 わたしは『終わった後の物語』が読みたいんだ」 178 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 31 23.17 ID AIDyRnsCP 魔王「愛想が尽きたか? 魔王なんて嫌いになったか? で、でもダメだぞっ。 勇者は私のものだから。 絶対に手放すつもりはないぞっ」 メイド長「……」 魔王「それとも、やっぱり魔王を退治するつもりになったか? それならそれで仕方がないが……。 私は勇者のものだから その剣を避けるなんて出来ないけど……」 勇者「それでも……」 魔王「……」 勇者「それでも、救われる人はいるんだろう? この3年間の秘密休戦で救われる人はいるんだろう? それにその4ローテーションの工夫が上手く行けば 毎年何万人もの飢えた子供たちが春を迎えられるんだろう? ――そして戦争を終わらせるための余裕が、 人間の手に戻ってくるんだろう?」 179 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 01 34 26.27 ID AIDyRnsCP 魔王「そうだ」 勇者「なら俺はやっぱり魔王の剣だ」 メイド長「……」 勇者「俺は何をすればいい? ……まぁ、うっすらと判っちゃいるんだが」 魔王「予想通りだ。 勇者には『正義の味方』をやってもらう。 攻め込んだ魔王軍を撃退する、南部諸王国領主の 軍事的先鋒だ」 勇者「茶番だな」 魔王「うん。悪の首魁とこんな話をしているいま、 それは限りなく茶番だろう」 勇者「100回地獄へ行っても救われないな」 魔王「判るなんて云わない」 勇者「でも『その役が』いないと始まらないもんな」 240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14 42 09.44 ID AIDyRnsCP ――冬越しの村 魔王「思ったより難航しそうだな」 勇者「ああ、そうだな」 メイド長「あんなに分からず屋だとは思いませんでした」 勇者「仕方ないさ。俺たちにとっては挑戦だけど この村の人たちは、一年不作になっただけで人死が 出るんだ」 メイド長「それはそうですが……」 魔王「考えてみると、この地よりも魔界の方が 気候的には恵まれているな」 勇者「そういやそうだな」 メイド長「勇者様は魔界のあちこちに旅されたのですか?」 勇者「ああ、人間では一番の魔界通だと思うぞ」 メイド長「しかし、村長があの態度ですと 農業技術の改良ですか? 難しいのでは……」 魔王「うむ。……露骨に断ってくるわけでもないので 対処に困るな」 勇者「村長から見たら、魔王は貴族の令嬢に見えるんだ。 正面から反対はできないさ」 243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14 49 16.30 ID AIDyRnsCP メイド長「それならいっそ……」 魔王「却下」 メイド長「しかし、まおー様。目的のために手段は」 魔王「農地改革のために、細かい利権争いをする 領主や地主を取り除くのはやむを得ない。 生産性を上げるためには、必要なことだ。 でもそれは、農業技術が発展して集約農業が 可能になって初めて出来ることであって その技術的な先行試験場で、指導者を 取り除くことには百害あって一理もない」 勇者「だよなぁ」 メイド長「困りましたね」 魔王「ん……。やはり教育程度がネックなのか」 勇者「教育?」 メイド長「関係あるのですか?」 魔王「まぁ、いろいろとな。次の段階でと考えていたのだが あちこちに手を入れなければ物事が進まないようだ」 245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 14 54 32.24 ID AIDyRnsCP メイド長「何をするのです?」 魔王「考えても見ろ。私たちがこの村で生産性を 向上させても。それを他の村や王国にも伝えて いかなければ、全体的な変化は望めない。 でも私たちが一カ所ずつ教えて回るのは 時間的に見ても経済的に見ても不可能だ」 勇者「道理だな」 魔王「だから、新しい技術を覚えて様々な国へ 伝えるため専門の人員、まぁ、部下でも同盟者でも いいんだが、そういった人材も必要だ」 勇者「ふむ」 メイド長「それで、教育ですか」 魔王「ところで聞くが人間界の教育とはどうなってるんだ?」 勇者「そんなこと云われてもなぁ。そもそも教育って何だよ」 246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 00 09.67 ID AIDyRnsCP メイド長「……」 魔王「えーあー」 勇者「いやだからさー。当たり前みたいに 難しい言葉を使われても」 魔王「つまり、知識を子供や年下の存在に伝えると云うことだ」 勇者「何だ、簡単な説明じゃないか。そんなのは 人間社会にだって当然あるよ。そもそも教えなきゃ 赤ちゃんは話せるようにだってならないだろう? このあたりじゃ、まずは子供はじいさんか ばあさんに預けられて、まとめて育てられるな。 両親は畑や狩に出かけるから、同年代の複数の家の 子供がまとめて面倒を見てもらう」 メイド長「効率的なんですね。お年寄りにも仕事が出来ます」 勇者「ある程度年甲斐ったら、農作業の手伝いをすることに なるな。魔王みたいな理屈での話じゃないけれど、 いつ何処に何を作付けするかとか、天気の読み方だとか、 獣の避け方だとか、そう言う知識は数年も働けば自然と 身につくもんだ」 249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 24 38.66 ID AIDyRnsCP 勇者「それから、この地方の冬は深いんだ。 雪がどっさり降るし、冬には嵐がやってくることも多い。 この地方のこんな村では、冬の間は殆ど家の中に 閉じ込められるんだ。そんな間、農民たちは 細かい工芸品を作ったり、羊毛で衣類をこしらえたりする。 子供たちは長い冬の間、村の智慧者たちから いくつものお話を教わる。英雄譚や王の話、神々の話だな。 あー、なんだ。魔族の話も出てくるぞ。 それから、ちょっと目端の利く若者や村長の子弟は 読み書きを習ったりもする」 魔王「ふむ」 勇者「都市部だとまた話が違うな。 都市部で教育と云えば、教会でのミサと家庭教師だ。 家庭教師ってのは、知ってるか? えーっと、物語や読み書きや算術を教えてくれる 個人用の語り部みたいなものだ。 裕福な商家や貴族の家では両親が家庭教師を雇って、 自分の子供に様々な知識と技術を教えさせる」 メイド長「勇者様もその口ですか?」 勇者「まぁ、そうだな。とは云っても、俺の場合は 剣の教師とばっかりつるんで遊んでいたようなものだけど」 250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 33 52.38 ID AIDyRnsCP 勇者「どうだ? 教育ってこういう事の事じゃないのか」 魔王「いや、まさにそう言うことだ」 勇者「人間社会のことも任せておけっ」 魔王「まぁ、で、その人間社会の教育は未開なので」 勇者「未開っ!?」 魔王「む。表現が悪かった。『発展の過程における 初期的な未発達の状態』だな」 勇者「同じじゃねぇか」 魔王「からかっただけだ」 勇者「くぅ」 魔王「だが、自然な教育だよ。無理がない」 勇者「……」 魔王「とはいえ、こちらは不自然な発展を望んでいるから 不自然で気合いの入った教育をしなければならない。 ……だがなぁ、教育って云うのは金がかかるんだ」 勇者「金かぁ。俺勇者だし、勇者の装備を売れば そこそこ金にならないか?」 252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 40 23.28 ID AIDyRnsCP メイド長「えーっと、勇者の剣と勇者の盾、 勇者の鎧ですか……38万Gくらいにはなりますね」 勇者「なっ? すげーだろ?」 メイド長「どれくらい必要なのですか」 魔王「むぅ。そうだなぁ、今年度の予算計画は 流動的でいくつかのパターンを考えているのだが 切り詰めた案で5600万G程度かな」 勇者「お、おれの……勇者の……装備が……」 メイド長「落ち込まないでください。勇者様」なでなで 魔王「メイド長。それ以上の接触は禁止だ」 メイド長「はい、まおー様♪」 魔王「なかなかに難儀な話だなぁ」 勇者「まったくだな」 メイド長「まぁ、そろそろ冬になりますし、 どちらにせよ本格的な農業実験は春からでしょう? この冬を使ってゆっくり手を打てばいいですよ」 254 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 43 06.05 ID AIDyRnsCP 魔王「そうは云っても」 勇者「気は焦るよな。3年しかないし」 メイド長「まぁまぁ、今日は豚肉とカブのシチューを 作ってあるんですよ」 魔王「旨そうだな」 勇者「ああ、考えてても仕方ないか」 メイド長「では、調理の仕上げがありますので わたしはこれで。夕食はあと1時間ほどです。 お呼びに上がりますので、暖炉にでも当たっていて くださいね」 魔王「ああ、頼んだぞ」 ぱたり 勇者「……ふぅー」 魔王「疲れたか? 勇者」 勇者「んー。身体は何も疲れてないんだけどな。 普段考えないようなことを考えて、頭が疲れたよ」 魔王「ふふふ。そうだろうな」 256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 46 39.50 ID AIDyRnsCP 魔王「なぁ、勇者」 勇者「ん?」 魔王「暖炉が暖かいぞ?」 勇者「おう。暖かいな。この地方の寒さも、暖炉の前だと 多少許せるよな」 魔王「なぁ、勇者」 勇者「ん?」 魔王「そのぅ、良かったらなのだが。隣に来ないか?」 勇者「なんで?」 魔王「この角度が、暖炉が暖かくて気持ちよいのだ」 勇者「そなのか?」 魔王「そうなのだ。ほら、特等席だぞ」 勇者「ん。ほんとだ。あったけー」 魔王「どうだ?」 勇者「自慢そうな顔するなよ、魔王」 魔王「む。……まぁ、たしかに暖炉が暖かいのは 私の手柄ではないがな」 257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 50 45.68 ID AIDyRnsCP 魔王「……」 勇者「……」 魔王「勇者?」ぺ、ぺとっ 勇者「ん?」 魔王「さ、触って良いか?」 勇者「別に良いけど」 魔王「変な意味はないぞ。勇者の髪は暗い色だから ちょっと触れてみたくてな。ああ、つんつんしてるな」 勇者「ご先祖様にサムラーイがいたんだ」 魔王「なんだそれは?」 勇者「東方の戦士だよ。鎧も兜も真っ二つにする技が 使えたんだとさ」 魔王「そうか、勇猛な戦士殿だったんだな」 勇者「一族全員戦いの家系なんだ」 魔王「そうか? それ以外にだって、 勇者には素晴らしくて良いところが沢山だぞ?」 259 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 54 50.43 ID AIDyRnsCP 勇者「そうかなー」 魔王「そうだぞ、たとえば、私が側にいても怯えないとか」 勇者「魔王はひ弱だし、女の人じゃん。運動不足だし」 魔王「でも魔王だからな」 勇者「そう言うものかな」 魔王「そう言うものなんだ」 勇者「なんだかしおらしいな」 魔王「さ、作戦なのだ」 勇者「?」 魔王「これから勇者相手に交渉をだな、するのだ」 勇者「何の?」 魔王「それを云っては交渉にならんではないか」 勇者「云わないで伝わるものか」 魔王「事は微妙を要する問題なのだ。出来るだけ誤解を 受けないようにきちんと説明をしたい」 勇者「話してみれば?」 261 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 15 58 09.56 ID AIDyRnsCP 魔王「つまり、外は寒いだろう? 冬の嵐到来だ。 そしてここは暖かくて居心地がよい。 じきに夕食のお迎えが来るまでは二人は暇で、 さしあたってやることがないだろう? もちろん今後やるべき課題は山積みでそれらに対して 考察を加えるという任務が巨大にそびえ立っているわけだが、 勇者は現在頭が疲れているという状況にあり、 効率的な作業は望めないわけだ」 勇者「あー」 魔王「もちろんこれはわたしの方で考えた草案というのも 愚かな一私案に過ぎないわけだが勇者の現在の疲労状況を 鑑みるにこのような俗説民間信仰の類も一概にその効能を 否定するわけにも行かないのではないかと思えるのだ時に 戦士はそのような蜜園で疲れを癒すと古書にもある勇者は そのような爛れた習慣はないというかも知れないが」 勇者「で、なにをどーしたいんだ?」 魔王「勇者に膝枕してみたい」 勇者「よしきた」ぼふんっ 魔王「あっ。あわっ。勇者……」 勇者「俺は魔王のものなんだ。遠慮は無用だぜ」 265 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 03 32.95 ID AIDyRnsCP 魔王「勇者」 勇者「んぅ……」 魔王「勇者の頭、もふもふしてるぞ」 勇者「遊ぶなよ」 魔王「撫でているだけだ」 勇者「魔王も良い匂いだぞ?」 魔王「毎日ちゃんと湯浴みしてるからな」 勇者「真面目だな」 魔王「うむ、真面目なのだ。 勇者のモノになって以来メイド長が容赦なくてな。 以前は研究続きで一週間着替えないなんて事も 少なくなかったんだが」 勇者「魔王は太ももすべすべだな」 魔王「そ、そうか? 太くないか?」 勇者「寝心地良いぞ」 魔王「そうか。救われる。勇者は本当に 寛大な心の持ち主だな」 勇者「あーえーうー。……えろ欲求の持ち主ではあるんだが」 魔王「?」 272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 12 30.35 ID AIDyRnsCP 魔王「その、勇者」 勇者「なんだー?」 魔王「さっきの、遠慮は無用というの」 勇者「?」 魔王「あれは本当か?」 勇者「うん、そうだぞ」 魔王「そ、そうなのか」おろおろ 勇者「……どした?」 魔王「う、うむ」 勇者「押し黙るなよ。怖いから」 魔王「私も自分がちょっぴり怖いぞ」 勇者「はぁ?」 魔王「いや、怯えてなどいられるか。 『まだ見ぬものを求める』。 それが私の生涯のテーマだったではないかっ」 勇者「??」 魔王「その、勇者……」じぃっ 勇者「何だよ、気軽に云えばいいぞ」 ガ タ ン ッ 275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 24 44.37 ID AIDyRnsCP 魔王「何だ、あの音は」 勇者「裏手? ……納屋かっ?」 ダダダッ 魔王「えいこれ! 待てと云うのだ!」 ――納屋 勇者「ここかっ!」 魔王「真っ暗ではないか」 ???「……。……」 勇者(人の気配?) 魔王「しばし待て、明かりの呪文を……」ぽわっ 姉 がたがたがた 妹 ぶるぶるぶるぶる 勇者「……なんだ? 子供だぞ」 魔王「どうしたのだ? 殆ど下着ではないか」 279 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 29 26.13 ID AIDyRnsCP メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「メイド長」 メイド長「また迷い込んできたのですね」 魔王「こやつらは何なのじゃ?」 メイド長「逃亡奴隷ですわ。この館は長い間無人でした。 無人の割には廃墟ではありませんでしたし、 周辺の村とは違う系統の権力に属していますからね。 そう言う場所は逃げ込む先として使われてしまうんですよ」 勇者「奴隷?」 メイド長「ええ、そうですよ」 勇者「奴隷なんて、そんなのどこから来るんだよ」いらっ メイド長「そこら中にいるではないですか? ここらにいる人間はその殆どが奴隷でしょう?」 勇者「ちがうっ。奴隷なんかじゃないっ!」 メイド長「あら。私の見当違いなのでしょうか」 勇者「奴隷制は野蛮だ。俺たちは許していない」 メイド長「そんなことをおっしゃられても」 282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 33 04.54 ID AIDyRnsCP 魔王「この者たちは、農奴なのだな」 勇者「農奴……?」 メイド長「やっぱり奴隷ではないですか」 魔王「農奴と奴隷は違う」 勇者「ほらみろ。この南部諸王国に奴隷はいないんだ」 メイド長「そうでしょうか?」 魔王「農奴は奴隷とは違い、個人財産が認められている。 家も持てるし、農機具も自前のものがもてる。 家族と一緒に暮らすことも出来るんだ」 勇者「まぁ、当たり前だな」 姉 がたがたがた 妹 ぶるぶるぶるぶる 魔王「その一方で、職業選択や移動の自由はない。 主に荘園……地主の農地で、農作業を行なうための 労働力として、選択の自由無く働かされる存在だ」 勇者「……」 メイド長「……奴隷とは違うのですねぇ。へぇ~」ふんっ 283 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 38 20.18 ID AIDyRnsCP 勇者「……」ぎりっ 魔王「メイド長、それ以上は云うな。奴隷制は悲劇的かも しれないが社会制度の中で経済的にも意味があったのは 事実なのだ」 メイド長「そうでしょうか?」 魔王「メイド長っ」 メイド長「……差し出口を。申し訳ありません」 魔王「……」 勇者「……」 妹 ぶるぶるぶるぶる 姉「あ、あのぅ……。あ、あさにはでてゆきますっ。 ごめ、ごめいわく……かけませんから…っ… どうか、ひとばんだけ」 メイド長「……」 魔王「メイド長。初めてではないのだろう? いままではどのように対処していたのだ?」 285 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 42 32.64 ID AIDyRnsCP メイド長「逃亡奴隷……農奴でしたか。それは重罪です。 付近の有力者との関係も悪くなります。 すぐさま通報して引き取りに来てもらっていました」 魔王「そうか」 勇者「……」 メイド長「勇者様、ご気分が優れないようですが?」 勇者「……厳しすぎないか?」 メイド長「自分の運命をつかめない存在は虫です。 私は虫が嫌いです。羽をもがれたようで見るに堪えません」 魔王「……っ」 勇者「あのなぁ!」 メイド長「大事の前の小事ではありませんか? このような些末時で付近の有力者の方々の 心証を悪くされても益のないことだと思いますが」 魔王「そう……だな……」 勇者「魔王……」 メイド長「では」 魔王「いや、連絡は明日の朝まで待つ。 湯を沸かせ。もう少しましな衣服もあるだろう。 反論は抜きだ。今回はそうする。もう、決めた」 286 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 47 50.29 ID AIDyRnsCP ――小さな部屋 魔王「あー。なんだ」 勇者「……歯切れ悪いな」 魔王「私は魔王であり経済屋だ。こういうのは苦手なんだ」 勇者「俺だって勇者で剣士なんだ。苦手だ」 姉「あの、ありがとうございます」 妹 おどおど 勇者「おう、気にしないで良いぞ」 姉「こんなりっぱなふく、はじめてです」 妹 こくり 勇者「そか? なんだかこの屋敷に残されてた古着だけど」 魔王「あー。腹はくちくなったか? 寝床は平気か?」 姉「はい。わらはふかふかで、 あたたかくて、きれいなへやです」 勇者「こんな小汚い部屋でもか……」 魔王「そう言う境遇なのだろう」 289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 16 57 08.31 ID AIDyRnsCP 姉「その、こんなによくしてもらったのですけど」 姉「あしたの、あさには、その……」 魔王「それは……」 勇者「……」 姉「おねがいです、つうほうしないでください。 いえ、そうじゃなくて」 妹 じわぁ 姉「にげますから。ほんのすこしだけ。よあけから すこしのあいだだけ、まってください」 ガチャリ メイド長「何を言ってるんですか。ろくな靴もない。 服も最低限。お金も道具も何もない。 街へ行って乞食でもやるつもりですか?」 妹「あ、あぅぅぅ」 勇者「どうにか……。どうにかなんないのか?」 291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 02 44.67 ID AIDyRnsCP メイド長「なりません。奴隷の生活は惨めですよ。 何も出来ない。何の希望もない。 自分自身の罪でそう居続けるしかできないと 自分で自分に言い聞かせながら生きてゆくのです。 この世の地獄かも知れませんね。 でもね」 姉「……」 メイド長「やっていることはメイドと代わりはありませんよ。 主人の意を受けて、主人の言葉なら何でもしたがう。 主人の夢を叶えるため、そのために命を捧げる。 奴隷とたいした違いは有りはしません」 魔王「メイド長。私はお前を奴隷だなどと思ったことは 有りはしないぞ」 メイド長「ええ、まおー様。 私もそのような扱い、まおー様より受けた覚えはありません。 でもだからより一層、正視に耐えません。 私と同じ仕事をしながら、 自らの手に運命をつかむことの出来ない その弱さは、灼かれて死んで償うべきかと思います」 妹「ちがうよっ!! ちがうもんっ!」 292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 07 38.70 ID AIDyRnsCP 妹「ちがうよっ、めがねのおねえちゃんはいじわるなのっ。 わたしたちはちゃんとにげてきたもんっ。 なにもできないわけじゃないもんっ。 みやこにいって、ふたりで、くらすんだもんっ」 勇者「……それは」 メイド長「何を夢物語を」 妹「でも、やるんだもんっ」 メイド長「百歩譲ってその熱意を努力と呼んでも 良いでしょう。しかし、それをなすに当たって 他者の家に忍び込み、あまつさえその厚意にすがり。 そればかりか寝床と食事を与えてくれた その他者の立場を逃亡によってさらに悪くする。 そのような方法を是とする。 それがあなたたち農奴のやりようですか?」 妹「だって、だってぇ!」 メイド長「もう一度云います。 自分の運命をつかめない存在は虫です。 私は虫が嫌いです。大嫌いです。 虫で居続けることに甘んじる人を人間だとは思いません」 姉「……」 294 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 13 49.12 ID AIDyRnsCP メイド長「判りましたか?」 姉「はい……」 メイド長「謝罪を」 姉「このやかたのみなさま……きぞくさまには ご、ごめいわくを、かけました。ごめんなさい」 メイド長「よろしい」 姉「……」 妹「ひっく……う。うううぅ」 メイド長「……」 じぃっ 姉「……」 メイド長「……それだけですか?」 妹「やぁ……。もどるの、やだよぅ……こわいよぉ」 姉「……いもうと、しずかにして」 297 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 17 39.30 ID AIDyRnsCP メイド長「……」 姉「わたしたちを、ニンゲンにしてください。 わたしは、あなたがうんめい、だと――おもいます」 メイド長「頭を下げる時は そのように這いつくばってはいけません。 せっかくスカートをはいているのですから 指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら 優雅に一礼するのです」 姉 ぺ、ぺこり メイド長「……魔王様。この館は魔王城に比べれば 掘っ立て小屋も同然ですが私1人ではいささか手が 足りません。メイドを雇ってもよろしいでしょうか?」 勇者「いいのかっ? メイド長。あんなに嫌いだって いってたのに。許してくれるのかっ?」 メイド長「嫌いなのは虫です。メイドを嫌う人は この世界に存在しません。たとえそのメイドが 新人であってもです」 魔王「許す。鍛えてやってくれ」 302 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 27 33.55 ID AIDyRnsCP ――雪の森の中 メイド妹「ゆーしゃーさまー。ゆーしゃーさまー」 メイド妹「ゆーしゃーさまーはどこですかー。 おいしーパンを、おとどけですよ」 ヒュンッ! 勇者「おう、お使いお疲れ」 メイド妹「わっ。どこにいたの?」 勇者「転移魔法だよ。声、森の中に響いてたぞ」 メイド妹「へへーん♪」 勇者「まぁ、この辺はすっかり安全になったから 平気だろうけどな。不用心なヤツだ」 メイド妹「ゆーしゃさまに、おとどけものです」 勇者「お!」 メイド妹「おひるごはんですー! クルミのパンと、 タマネギとベーコンのオムレツですー」 勇者「旨そうだな」 メイド妹「おねーちゃんがつくりましたっ」 勇者「順調に仕事覚えてるな。感心感心」 306 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 33 55.68 ID AIDyRnsCP メイド妹「おいしい?」 勇者「美味いぞ! 温かい紅茶がまた泣かせるな。 走ってきたんだろう?」 メイド妹「うんっ」 勇者「一口飲め?」 メイド妹「うんっ!」 勇者「昼間とは云え、屋外作業は辛いなぁ。 なんかこー滅入るよ、まったく」 メイド妹「あ、そだ。とうしゅのおねーちゃんから でんごんがあった」 勇者「何だ、先に云えよ」 メイド妹「『きょうは、いのしし6とうがのるまだ。 くまならいのしし2とうぶんにかぞえても、よい。 それから、かわのじょうりゅうをみてきてくれ。 はんらんしそうなばしょがあれば、 まほうでこわすか、なおしてくれ』」 勇者「人使い粗いな」 307 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 39 27.05 ID AIDyRnsCP 勇者「そういや、学校はどうした?」 メイド妹「ごごは、からだのたんれん」 勇者「お前は鍛錬良いのか?」 メイド妹「まだ、せいとすくないから。 おなじ年のこ、いないの。ゆうしゃさまに ごはんをとどけるのが、ごごのうんどうー」 勇者「お。『年』っておぼえたのか」 メイド妹「とーしゅのおねーちゃんが、 もじおしえてくれるんだよ」 勇者「忙しいクセにまめだな、魔王」 メイド妹「あと、さんすー」 勇者「算数か」 メイド妹「うまくやると、儲けでうはうは」 勇者「あの経済屋め。『儲け』だけは書けるのか」 メイド妹「損益分岐点、もかけるよ?」 310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 43 22.75 ID AIDyRnsCP 勇者「あと、2匹か、イノシシ換算で」 メイド妹「なべー!」 勇者「突然どうした」 メイド妹「いのなべ?」 勇者「ああ、あれは美味いな!」 メイド妹「いのなべにしよー!」 勇者「お前は食い気ばっかりだな」 メイド妹「ゆーしゃさまが、ごはんとってきてくれる」にこっ 勇者「……ああ、そうだな」 メイド妹「ごはんいっぱいは、とても幸せだよ」 勇者「そだな」 メイド妹「けんかないもん。 そんちょーのあとつぎさまにぺとぺととしなくていいの。 まいにちあったかい。おふとんほかほか。 ふくがきれい。おねーちゃんとふたりで ずっといっしょにいられる。それは幸せ」 勇者「……」 メイド妹「どうしたの?」 312 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 17 47 21.28 ID AIDyRnsCP 勇者「いや、勇者って相当に役に立たないなと思って」 メイド妹「?」 勇者「知識があるわけでもなければ、 金勘定が出来るわけでもない。農業も動物の世話も 出来ないし、先生は……出来るって云っても剣くらいだ。 こうなってみるとつくづく思い知る。 俺、口先ばっかり平和とか云ってたけれど 平和ってどういうモノなのか、どうすれば平和になるのか 平和になったらどうすればいいのかなんて ちっとも考えてなかったよ」 メイド妹「むずかしーね」 勇者「難しいな」 メイド妹「いのししべーこん、おいしいよ?」 勇者「あれ、好きなのか?」 メイド妹 こくん 勇者「気に入ったのか?」 メイド妹 うんうん 勇者「じゃ、勇者のお兄ちゃんとしては、もうちょい イノシシやっつけて、減らしてくるかね~」 316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 05 28.67 ID AIDyRnsCP ――館の広間、授業中 魔王「……以上が南部諸王国の現在の経済状態から 導かれる戦争の最大規模となる」 貴族子弟「……」めもめも 商人子弟「……えっとえっと」 軍人子弟「……」 魔王「私は専門ではないが、古来軍隊が壊滅すると されている損耗率は」 軍人子弟「……最後の一兵まで戦い抜くでござる」 魔王「おおよそ30%と言われている。3割だな。 ゆえに、この常備軍および恒常的な傭兵戦力によって 戦線維持は難しく、散発的な会戦と拠点防衛が 現在魔王軍との戦闘の要旨となる」 魔王「ここまでで質問は?」 メイド姉「聖鍵遠征軍はどうでしょう?」 魔王「うむ、あれは例外だな」 317 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 17 58.51 ID AIDyRnsCP 魔王「聖鍵遠征軍について知っているところを述べよ」 貴族子弟「あっ。はい。聖鍵遠征軍は中央大陸の 危機会議によって結成された、聖なる遠征軍です。 目的は邪悪なる魔族を殲滅しこの戦争を終結させること。 この15年の間に2回おこなわれました。 南の極点にある魔界門から魔界へと侵攻して 魔族の重要都市二つを破壊、魔王の都まで 迫りましたが、神のご加護虚しく魔王の卑劣な 補給線破壊行為により撤退を余儀なくされました」 魔王「おお。ほぼ満点だな。 ――このような遠征軍は巨大な兵力を背景にして 行なわれる。まず第一に必要なのは世界規模での 戦争終結への熱意だ。ただ一度の大遠征で終戦が 成し遂げられるのならば犠牲を払う価値があると 世界中の人間が望んでこそ、その戦いに身を 投じる参加者が生まれるわけだな」 魔王「もう一つは経済的バックアップだ。 本講の授業で何度でも扱うが、経済の支援無くして 社会も戦争行為も成り立たない。人間は食べなければ 飢えて死ぬ生き物なのだ」 321 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 21 39.10 ID AIDyRnsCP 貴族子弟「時には金や食料よりも重要なことがある」だむんっ 軍人子弟「算盤をはじいて戦など出来ないでござる。先生」 商人子弟「……そうでしょうか」 軍人子弟「飢えだなんて精神的な弱者の言い訳だ」 貴族子弟「そもそも領主が保護している人民に 飢えなどは存在しないじゃないですか」 メイド姉「飢えたことがないんですね」 魔王「……次は、南氷海。すなわち南部諸王国と 極点である、魔王の大陸を取り巻く海についてだ。 この海は軍事的、経済的な意味で非常に大きな意味を もっている。現在魔王軍との戦いのおよそ25%が 海を舞台に行なわれており……」 ちりーん、ちりーん、ちりーん メイド長「お嬢様、授業終了のお時間です」 魔王「もうそんな時間か。では、本日はこれで終える。 明日はこの続きだ。それから、剣士様が明日の午後は 手ほどきに来るそうだぞ」 軍人子弟「まっておったでござる」 貴族子弟「明日はあたりだな」 魔王「では、解散。わたしは長老の家に移動して 夜間の農業講座をしなければならないのでな」 ページトップへ <前1-1へ|次1-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/23.html
<前2-5へ|次3-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3-1 63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 45 11.38 ID I63MLpWkP ――冬の王宮 冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり 執事「若、大丈夫でございますか?」 冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。 茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」 執事「ははっ」 将官「王よ、次の一団が控えの間に」 冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」 執事「若、お茶でございます」 冬寂王「とんでもないことになってしまった」 執事「さようですなぁ。これはまったく」 ごちゃらぁ 冬寂王「早まった決断だったのだろうか」 執事「いえいえ、決断自体は決して」 冬寂王「しかしこの惨状では……」 執事「はぁ、いかんともしがたいですな」 71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 53 04.67 ID I63MLpWkP 冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、 嘆願に取引が増えるとは」 執事「予想外でしたな」 冬寂王「そもそも税などと云うのは、 春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて 終わりだったではないか」 執事「さようで」 冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、 軍を養い食わせる程度であったのに、 ここまで仕事が増えるのか!?」 執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。 それに商人から上がる税収に、移民の申請……。 王一人で捌くのは無理がありますな」 冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした? 税務官も居ただろうに」 執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。 そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。 これは我が国も、中央の大国のように 専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」 将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して よろしいでしょうか?」 冬寂王「ええい、通せ!」 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 58 49.17 ID I63MLpWkP 商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」 ごちゃらぁ 冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」 商人子弟「はぁ」 執事「こっちか?」 将官「その山は、探しました。こっちでは?」 冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」 商人子弟「何を探しておられるのですか?」 冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。 商人殿はニシンの交易であったか? 商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが 確かここらに置いたと……それから今月の税の とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」 商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた ひょい。 商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」 ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」 ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、 紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 06 17.82 ID I63MLpWkP 冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」 執事「いやはや、毎日が戦争ですな」 将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」 冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」 商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして ニシンを含む交易は次男の兄さんが、 商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、 仕事がないんですよ」 冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に どのような用件で参ったのだ?」 商人子弟「この紹介状を……」 「育てるのには飽きた。 あとは浴びるほど仕事を与えて 現場でこき使ってやってくれ。 ――紅」 冬寂王「……」 商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら 僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。 一応商人の家の子ですからね」 ほやん 冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ 執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 13 27.57 ID I63MLpWkP ――開門都市、大通りの縁日 ~♪ ~~♪ 勇者「へぇ、随分賑やかだな」 東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」 勇者「良い匂いだ」 東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな? おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」 勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」 東の砦将「冷たいエールもなっ」 人間商人「らっしゃい!」 勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」 人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」 勇者「そんなに安くていいのかい?」 人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、 半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。 それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」 勇者「そうだったのか~。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」 人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の 秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。 兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 22 34.47 ID I63MLpWkP 東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」 魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」 東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」 魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね? きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」 東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」 魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは 出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」 東の砦将「だといいがなぁ」 魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。 もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」 東の砦将「ああ、誓ってそんなことには 成らないようにするととっつぁんに約束するよ」 魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。 でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」 東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」 93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 26 36.58 ID I63MLpWkP ~♪ ~~♪ 勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」 東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」 勇者「食おう、食おう」 東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」 勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」 東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと! 最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」 ~♪ ~~♪ 火竜公女「ここにおったかや」 魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」 勇者「あ?」 東の砦将「出たよ」 火竜公女「出た、とはなんですか。 視察も公務だと再三言っておいたではないですか。 それをお二人でこっそりと」 勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」 東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」 勇者「俺……部下居ない……」 98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 32 23.87 ID I63MLpWkP 魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」 火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに やましさの証です、黒騎士殿っ!」 勇者「は、はいぃ?」 火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。 なんて連れない態度なのですか? 火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」 勇者「妻じゃないです」 火竜公女「そのような手練手管を用いずとも 妾の心も身体も、我が君の物」 勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」 魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」 勇者「いや、魔族娘は悪くないから」 魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの…… その……云ってしまった……ので、その ご、ごめんなさい」 勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり 104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 39 47.33 ID I63MLpWkP ~♪ ~~♪ 東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」 火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、 “縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って 仰ったんじゃありませんか?」 勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」 東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。 それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に 似て無くもないような、奇天烈なような……」 火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。 仕立てさせるのに手間がかかりましたが」 勇者「俺スルー……」 魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その…… み、見てるような……」 東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」 火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。 まったくとんだ愚図ですこと」 魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」 106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 45 50.35 ID I63MLpWkP 火竜公女「いいえ。良いんですっ」 魔族娘 びくっ 火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上 最低限この程度、と云うたしなみと 美麗さが必要なのです。 だいたい、魔族の未婚の女性が 肉体を誇示しなくてどうしますっ!」 魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」 火竜公女「魔族の常識ですっ」 魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」 勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」 東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」 勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」 東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」 火竜公女「我が君?」 勇者「美味いな、バターが最高だな!」 東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」 火竜公女「わ が き み っ!!」 勇者「はいっ!?」 109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 53 09.65 ID I63MLpWkP 火竜公女「いかがです?」 くるんっ 勇者「いかがって? 良い縁日だな」 火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ 魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」 勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」 火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ 勇者「えーと」 東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」 勇者(小声)「へ?」 東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」 火竜公女 ゴゴゴゴゴ 勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。 公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、 今日のは異国情緒が合って素敵だな! ……その、ちょっと露出が多いような 気がしないでもないが、祭りだしな!」 東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」 火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ! 妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」 123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 04 29.19 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室 魔王「ふむ……」 メイド長「今月に入って、もう2度ですから」 魔王「間隔も短くなってきているな」 メイド長「ええ、限界かと……」 魔王「あと、どれくらい余裕がある?」 メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。 そうですね……一週間程度なら」 魔王「よかろう。一週間後だ」 メイド長「……心中、お察しいたします」 魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。 いずれこの日が来るとは判っていた」 メイド長「はいっ」 魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」 メイド長「承りました」 魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」 メイド長「はい」 魔王「そのような顔をするな」 メイド長「……」 魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」 128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 12 48.73 ID I63MLpWkP ――鉄の国、郊外の丘の上 しゅいんっ! 魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」 メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」 勇者「大丈夫か」 メイド姉「は、はい……」 魔王「無理はせず、大きく息を吸え」 勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」 メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。 ふぅ、もう大丈夫です」 魔王「転移酔いだな、仕方がない」 勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」 ざっ、ざくっ、ざくっ 魔王「街までは、20分と云うところか」 勇者「そんなもんかな」 メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」 魔王「うむ、煙がたなびいているだろう? 数多くの工房が並んでおるのだ」 132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 18 25.84 ID I63MLpWkP 勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」 魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」 勇者「見に来たのか? メイド姉も?」 魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。 貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」 メイド姉「そんなこと、ないです……」 魔王「ほれ、市街地に入るぞ」 門衛「止まれ!」 門衛「どこからやってきた、商人か?」 魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」 門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」 魔王「身分も、役に立つものだな」 勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」 メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」 魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」 135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 23 40.86 ID I63MLpWkP 勇者「で、どこへ行くんだ?」 メイド姉「どこでしょう?」 魔王「うむ、判らん」 勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」 魔王「これだ」 ぺらっ 勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」 メイド姉「お詳しいのですね!」 勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を 解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」 メイド姉「すごい特技ですよ」 魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」 勇者「はいはい」 魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」 勇者「興味津々だな」 魔王「現場を見るのは初めてだからな」 勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」 魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。 だが武器でも農具でもないな」 141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 28 42.95 ID I63MLpWkP 魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」 勇者「ああ、そうだな」 メイド姉「……」 魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと 大きな力を持っているのじゃないかと思う」 勇者「……ふむ」 魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。 それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に 当てはめて知ったつもりになる」 勇者「それは、覚えがあるなぁ。 自分のやり方しかないと思い込んだり、 自分が正しいと思い込んだり」 メイド姉「はい……」 魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。 しかも、教育がより重要である理由は “教育が重要であるという事実”も教育がないと 理解されないという点にある」 勇者「ん? ちょっと難しいぞ」 144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 39 19.79 ID I63MLpWkP メイド姉「それは、そうなんです」 勇者「判るのか? メイド姉は?」 メイド姉「はい。そのぅ…… たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて “もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。 だからずっと貧しいんです」 勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ? そういうの見てるじゃないか」 メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。 ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って 事すらも判らないんです」 勇者「……」 魔王「……」 メイド姉「それは、とても不幸なことです。 だからわたしには当主様の話はよく判ります」 勇者「そっか……」 154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 49 05.09 ID I63MLpWkP 魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、 重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」 勇者「なんだろう? なぁ?」 メイド姉「判りませんね……」 魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。 一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには 莫大な時間がかかる。 しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。 もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を 育てるのに一生の時間がかかるならば、 知識を持っている人間は増えないことになるではないか」 勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」 メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、 追いつける気がしませんし……」 魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」 勇者「そう、なのか?」 159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 53 49.16 ID I63MLpWkP ――鉄の国、職人街、大型工房 がちゃり 職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」 魔王「世話になっているな、職人長」 職人長「いやなんの! この年齢になって まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、 みなの意気も上がっておりますよ」 メイド姉「広い工房ですね!」 職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」 プシュー!! 職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」 メイド姉「はいっ」 職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、 裏の屋敷の方にでも……」 魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」 職人長「あははは。冬の国で話したときと その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」 162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 57 58.44 ID I63MLpWkP 魔王「これか!」 勇者「でかいなぁ!」 メイド姉「これは、なんですか……? 脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」 職人長「外側は仮組ですから、 どうしても大きくなってしまいました。 もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、 ある種の棚というか、倉庫ですね」 勇者「倉庫?」 職人長「いらっしゃい」 カツン、カツン、カツン メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」 職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ 勇者「これは、印章?」 メイド姉「ハンコですか?」 職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」 魔王「これが、私たちの新しい武器さ」 職人長「活版印刷機と名付けました」 169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 03 57.87 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下 女騎士「……」じぃぃっ 魔王「……」じぃっ 女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」 魔王「それはこちらの台詞だ」 女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」 魔王「洗面所は廊下の反対だ」 女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」 魔王「そっ、それはだな」 女騎士「それは?」 魔王「ええい、なんだ! 女騎士のその白いふりふりの寝間着は! これは、き、き、絹ではないかっ!!??」 女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」 魔王「良くはないぞっ。そんなもの」 女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」 177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 10 37.74 ID I63MLpWkP 魔王「……それはその」じりじり 女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」 魔王「べつにそんなことはしていない」 女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」 魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」 女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」 魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に 尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」 女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは まだましな馬鹿だ!」 魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」 女騎士「なに?」 魔王「わたしは女騎士を人間界で ほとんど唯一の友達だと思っている……」 女騎士「……うん、そうだね。魔王」 魔王「だから見逃してくれ」 女騎士「それはダメ」 186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 15 46.92 ID I63MLpWkP 魔王「後生だ。事情があるのだ」 女騎士「こっちだって事情があるの」 魔王「どんな?」 女騎士「これだっ」 ばっ! 魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』? これは女物のハンカチではないか……。 え? ええっ!?」 女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。 こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、 こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ 魔王「確かに……」ゴゴゴ 女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。 愛剣・神性惨殺も血に飢えている」 魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」 女騎士「?」 魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」 メイド長「それでは私めが」 魔王・女騎士「え?」 193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 24 27.59 ID I63MLpWkP 魔王・女騎士「えぇっ!?」 メイド長「夜伽でしょう? そんなことでもめるなんてはしたないですわ。 不肖、私がお務めさせて頂きます。 それで角が立たないでしょう?」 魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」 女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」 メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします? 成功もおぼつきませんよ。 こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。 閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」 魔王「それは、そうかもしれんが……」 女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」 メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、 そこで待っててくださいますね」 魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」 女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」 メイド長「では、廊下でなんか騒がないで お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ がちゃ! ポポイッ! 199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 29 42.50 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 ごろごろごろ、ズテン! 魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」 勇者「……なにやってるんだ? お前ら」 女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」 魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」 女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」 魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに 光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ そが今もっとも求められていることなのではないか? たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、 我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」 勇者「落ち着け」 スコン! 魔王「ぐっ!」 203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 34 04.82 ID I63MLpWkP 勇者「で、要約するとどういう事なんだ」 魔王「……」ちらっ 女騎士「……」ちらっ 勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」 魔王「ではタイムだ」 勇者「は?」 魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」 勇者「はぁぁー?」 こそこそっ 女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」 魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。 交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」 女騎士「どんな?」 魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」 女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」 勇者「ひまだなぁ」 209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 38 10.54 ID I63MLpWkP 魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」 女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」 魔王「それでいいか?」 女騎士「ちょっとまって、勇者は?」 魔王「ベッドの上に決まってる」 女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」 魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」 女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」 魔王「時間によって案件を共有するのだ」 女騎士「マシそうな提案ね」 魔王「生産性向上のための基礎知識だ」 女騎士「で、具体的には?」 魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、 陽が落ちてからは私が使う」 女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」 勇者「なんか小腹へってきたし」 216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 46 44.50 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」 魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。 その現実の哀しい写し絵だ」 女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。 “パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない” そうお祖母ちゃんも云っていた」 勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」 魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!! まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」 女騎士「火竜のなんとかの方が良いって 云うんじゃないでしょうね!?」 勇者「いや、そうじゃなくてっ」 魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!? 勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ 女騎士「胸がないとだめなのかっ!? そんな腐った肉がいいのか? 乙女の最上級は清らかさだぞっ。 神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり 勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」 230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 52 09.48 ID I63MLpWkP 魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」 女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」 魔王「一次休戦だ」 女騎士「心得た」 勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」 魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」 女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」 勇者「……」びくびく 魔王「勇者は緊張しているのか?」 女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」 勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?) 魔王「まあ落ち着け」 女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」 勇者(絶体絶命だ!) 魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」 女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」 241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 02 03.90 ID I63MLpWkP 勇者「……すー……すー」 魔王「寝たのか? 勇者」 女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」 勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら 俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!) 魔王「勇者の髪は、もふもふだ」 女騎士「うん、大きな犬みたいだね」 魔王「この髪を触るのが好きなのだ。 勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」 女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」 勇者「……すー……すー」 勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。 精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!) 魔王「……」 女騎士「……」なで、なで 魔王「なぁ、女騎士」 女騎士「なに?」 249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 08 26.33 ID I63MLpWkP 魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」 女騎士「へ?」 勇者(え?) 魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」 女騎士「免許? 免状みたいなもの?」 魔王「そうだ」 女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」 魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」 女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」 魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。 魔王というのは、何というか……。 魔王以外には上手く説明できないこともあってな。 代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」 女騎士「……」 魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、 それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。 今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが 勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に なっている事が大きい。 そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、 かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する かもしれない」 251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 21 00.90 ID I63MLpWkP 女騎士「でも、それなら……」 勇者(……) 魔王「ん?」 女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に 取り残されることになるんじゃないのか? それはすごく危険なように聞こえる」 勇者(……) 魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。 そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も 食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」 女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう? その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」 魔王「いや……」なで…… 女騎士「……」 魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、 そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。 ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」 253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 23 31.94 ID I63MLpWkP 女騎士「そう……なのか……」 魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」 勇者(……) 魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」 女騎士「いや……」 魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら 二人でどうとでもなる」 女騎士「そうか」 ほっ 魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、 馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」 女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」 魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。 そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。 これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。 必要なときは相談してくれ」 女騎士「承知した」 魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。 そして……。 勇者のことを頼む」 女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」 366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 37 01.74 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、魔王の屋敷、執務室 魔王「さて」 メイド姉「はい」 メイド妹「はーい」 魔王「大体飲み込めたか?」 メイド姉「判りました」 メイド妹「よくわかんない」 メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて 毎日のやることをこなしていくんですよ?」 メイド妹「はーい!」 メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」 メイド妹「は、はいっ」 魔王「なに、気負うことはない」 勇者「やはり長引きそうか?」 魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、 氏族の長の中には頑固者も居るからな。 人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。 何を考えているやら……。 そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」 370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 42 05.60 ID CkBATQ0gP 勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」 魔王「一人で行く」 勇者「……」 魔王「そのような顔をするな。 どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。 魔王でなければ出来ないこともする。 約束する、無理はしない」 メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」 魔王「うん、メイド長が居るからな」 勇者「……」 魔王「それに、この世界のことだって心配だ。 南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが 聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると 云うじゃないか」 勇者「らしいな」 魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。 何せわたしの持ち主だからな」 372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 47 53.84 ID CkBATQ0gP 魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、 心強いことなんだ。 前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。 農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。 だが、今回は違う。 開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。 もう一人のわたしだ。 だから、ここを任せる」 勇者「……判った」 魔王「それから、メイド姉」 メイド姉「はい」 魔王「これを預けよう」 メイド姉「指輪、ですか?」 魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。 大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。 幻術だから声や仕草はどうにもならないが、 わたしの姿になれるぞ」 メイド姉「どういうことでしょう?」 魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人 と 会わなければならないときもあろう? 大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、 どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を やってくれ」 373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 53 26.57 ID CkBATQ0gP メイド姉「判りました」 メイド妹「当主のおねーちゃん!」 魔王「ん、なんだ?」 メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ メイド長「これ!」 魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」 勇者「……」 メイド姉「無事のお帰りを祈っております」 メイド妹「お祈りしてるー!」 魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」 メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」 メイド姉「いってらっしゃいませ」 メイド妹「いってらっしゃーい♪」 しゅいんっ! 376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 57 38.85 ID CkBATQ0gP ――開門都市、街外れ ひゅわんっ! 魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」 勇者「運び屋は任せてくれよ」 メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」 魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」 メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」 魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」 勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」 魔王「よし、ではここでお別れだ」 勇者「いや、街までは送るよ」 魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」 勇者「へ?」 魔王「と、とにかく禁止だ。 ……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」 勇者「?」 魔王「ええい。勇者!」 勇者「おう?」 魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ! 378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 03 27.05 ID CkBATQ0gP 勇者「なっ、なんだよいきなり!」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」 勇者「――大丈夫なのか?」 魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」 勇者「とは云ってもなぁ」 魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。 先代たちが束になってかかってきたところで 負ける気はしない」 勇者「……」 魔王「それに、やっとここまで来た。 わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。 人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。 もう、丘の頂上は見え始めているんだ」 勇者「ああ、そうだな」 魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」 勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」 魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」 383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 07 45.08 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、実りの秋 小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」 中年の村人「おんや、こんにちはぁ」 羊毛職人「こんにちはぁ!」 小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」 羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」 小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」 中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」 羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。 もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。 クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。 今年のミルクは、すごく甘いだよ」 小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」 中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」 羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」 小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」 中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」 羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」 386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 11 55.63 ID CkBATQ0gP 小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」 中年の村人「撒くのかい?」 羊毛職人「魚カスってなんだべ?」 小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。 大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」 中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」 羊毛職人「そうなのかぁ」 小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。 修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。 その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」 中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」 小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は 減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」 中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」 羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」 小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」 中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」 羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」 小さな村人「そうすべなぁ!」 387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 17 57.20 ID CkBATQ0gP ――聖王都、貴族院 がやがやがや 軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」 富裕貴族「おめおめと――退却――とは」 司教「精霊の――にも――処罰――」 軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」 富裕貴族「――妾腹――な」 司教「王国臣民――100万の――」 軍閥貴族「この罰――」 富裕貴族「極刑――磔刑――」 司教「塩――すりこみ――焼きごて――」 がやがやがや 軍閥貴族「判決を――」 富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」 司教「しかるべき――宗教裁判――」 軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」 富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」 司教「神聖冒涜――」 ページトップへ <前2-5へ|次3-2へ> <前2-5へ|次3-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3-1 63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 45 11.38 ID I63MLpWkP ――冬の王宮 冬寂王「こ、こんなことになるとは」ぐったり 執事「若、大丈夫でございますか?」 冬寂王「強い氷酒をくれ。――いや、酒は自殺行為だな。 茶をくれ。うんと濃くしたヤツだ」 執事「ははっ」 将官「王よ、次の一団が控えの間に」 冬寂王「うう、判った。五分だけ、五分だけ休憩をくれ」 執事「若、お茶でございます」 冬寂王「とんでもないことになってしまった」 執事「さようですなぁ。これはまったく」 ごちゃらぁ 冬寂王「早まった決断だったのだろうか」 執事「いえいえ、決断自体は決して」 冬寂王「しかしこの惨状では……」 執事「はぁ、いかんともしがたいですな」 71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 53 04.67 ID I63MLpWkP 冬寂王「まさか、あの協定でここまで書類や陳情、 嘆願に取引が増えるとは」 執事「予想外でしたな」 冬寂王「そもそも税などと云うのは、 春と秋の2回にわけて、地主が城の倉庫へ運んできて 終わりだったではないか」 執事「さようで」 冬寂王「内政など、堤が切れたら賦役の発布し、 軍を養い食わせる程度であったのに、 ここまで仕事が増えるのか!?」 執事「南氷海の西側を通るルートと、港の使用権。 それに商人から上がる税収に、移民の申請……。 王一人で捌くのは無理がありますな」 冬寂王「そうだ。我が国の文官はどうした? 税務官も居ただろうに」 執事「あまりの激務に一週間で倒れましたな。 そもそも税務官など親子二人でやっていた仕事です。 これは我が国も、中央の大国のように 専用の役人を雇用しなければなりませんかなぁ」 将官「あのー。王? そろそろ次の商人を通して よろしいでしょうか?」 冬寂王「ええい、通せ!」 73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 18 58 49.17 ID I63MLpWkP 商人子弟「お初にお目にかかります、王よ!!」 ごちゃらぁ 冬寂王「おお、良く来たな、若き商人殿よ」 商人子弟「はぁ」 執事「こっちか?」 将官「その山は、探しました。こっちでは?」 冬寂王「それともこれか? 違うではないか!」 商人子弟「何を探しておられるのですか?」 冬寂王「ああ、すまんな。立て込んでいて。 商人殿はニシンの交易であったか? 商人殿があらかじめ出しておいた書状が届いていたはずなのだが 確かここらに置いたと……それから今月の税の とりまとめも。すまぬ、取り紛れてしまって」 商人子弟「ああ、それなら」 すたすたすた ひょい。 商人子弟「これですね。紹介状です。……税のとりまとめは」 ひょい 「おそらく、この帳簿でしょう」 ひょい 「嘆願書はこれ。今月分は、 紐でまとめてあるようですね。几帳面だけど乱暴だなぁ」 78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 06 17.82 ID I63MLpWkP 冬寂王「おお! 助かった。時間の節約になった」 執事「いやはや、毎日が戦争ですな」 将官「しかも乱戦気味です。消耗戦かも」 冬寂王「して、商人殿。ニシンであったかな?」 商人子弟「違います。僕は商人の家の三男坊でして ニシンを含む交易は次男の兄さんが、 商会と金貸しは長男の兄さんが継いだせいで、 仕事がないんですよ」 冬寂王「ふむふむ。それは大変だな。して、我が宮殿に どのような用件で参ったのだ?」 商人子弟「この紹介状を……」 「育てるのには飽きた。 あとは浴びるほど仕事を与えて 現場でこき使ってやってくれ。 ――紅」 冬寂王「……」 商人子弟「この宮殿で小さな船でも貸してくれるなら 僕も商売やら情報集めやらでお役に立てると思うんですよ。 一応商人の家の子ですからね」 ほやん 冬寂王「ふむ。いや、良いところにきた。あははは」 がしっ 執事「この国は、有望な若者を歓迎しますぞ」 がしっ 82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 13 27.57 ID I63MLpWkP ――開門都市、大通りの縁日 ~♪ ~~♪ 勇者「へぇ、随分賑やかだな」 東の砦将「ああ、思いつきの突貫企画にしちゃ、良い線行ってるな」 勇者「良い匂いだ」 東の砦将「こいつぁ、焼き豚だな? おい懐かしいな! おい、黒騎士。一切れ買おうぜ」 勇者「おう、そうしよう、そうしよう!」 東の砦将「冷たいエールもなっ」 人間商人「らっしゃい!」 勇者「その良く味の染みてそうなところを4切れくれ!」 人間商人「ほいよ! 金貨2枚で良いよ!」 勇者「そんなに安くていいのかい?」 人間商人「この祭りの販売物の仕入れは、 半額は都市の委員会さんがもってくれるんだとさ。 それで今日は大盤振る舞いって訳だ!」 勇者「そうだったのか~。うっわぁ、良い匂いだなぁ!」 人間商人「そりゃそうだ。この焼き豚は、砂丘の国の 秘伝のスパイスで味付けしてあるんだから。 兄ちゃん、良い買い物をしたよ!」 90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 22 34.47 ID I63MLpWkP 東の砦将「エールをくれ、ジョッキで二杯だ!」 魔族商人「こりゃぁ、東の大将じゃねぇですか」 東の砦将「ああ、すまねぇな。邪魔をして」 魔族商人「いやいや、とんでもねぇ。二杯ですね? きゅっと冷えた所を出しますから、待っててくだせえよ」 東の砦将「たのんだぜ。……どうだい? 案配は」 魔族商人「盛況ですねぇ。打ち壊し団も、今日ばっかりは 出ねぇと思いますよ。こんなに楽しい祭りなんだもの」 東の砦将「だといいがなぁ」 魔族商人「なんせ、戦いがないのが一番ですや。 もうね、戦争はまっぴらごめんですよ。焼け出されるのも おわれるのも、そりゃぁ辛いもんでがしょう?」 東の砦将「ああ、誓ってそんなことには 成らないようにするととっつぁんに約束するよ」 魔族商人「はははは! 人間の約束かぁ……。 でも、将軍様のだもんな! この都市ならそれも ありかもしれないなぁ。ほら、二杯だよ! 冷たいよ!」 東の砦将「おお、酒手はここに置くぜっ」 93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 26 36.58 ID I63MLpWkP ~♪ ~~♪ 勇者「おー。大将、買ってきたぜ?」 東の砦将「こっちもエール仕入れてきたぞ」 勇者「食おう、食おう」 東の砦将「よしきた。くっはぁ! んめぇなぁ!」 勇者「この火傷しそうな所を噛みちぎって、じゅわーってのがな!」 東の砦将「そいつを、この冷たいエールで流し込むと! 最高だな、おい。やっぱ食い物ってのはこうじゃなきゃ!」 ~♪ ~~♪ 火竜公女「ここにおったかや」 魔族娘「あ、あの……ここ、こ、こんばんわっ」 勇者「あ?」 東の砦将「出たよ」 火竜公女「出た、とはなんですか。 視察も公務だと再三言っておいたではないですか。 それをお二人でこっそりと」 勇者「べ、べつにこっそりって訳じゃないし」 東の砦将「なぁ? 部下にだって云ってきたし」 勇者「俺……部下居ない……」 98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 32 23.87 ID I63MLpWkP 魔族娘「ご、ご、ご……あぅあぅ」 火竜公女「妾を振り切って出掛けるのがすでに やましさの証です、黒騎士殿っ!」 勇者「は、はいぃ?」 火竜公女「妾は黒騎士殿の妻なのです。 なんて連れない態度なのですか? 火竜の一族でも涙が大河となってしまいましょう」 勇者「妻じゃないです」 火竜公女「そのような手練手管を用いずとも 妾の心も身体も、我が君の物」 勇者「俺のじゃないしっ。何の関係もしてませんしっ」 魔族娘「ご、ご、ご。ごめんなさいっ」 勇者「いや、魔族娘は悪くないから」 魔族娘「いえ、その……黒騎士様が、出掛けたの…… その……云ってしまった……ので、その ご、ごめんなさい」 勇者「まぁ、どっちにしろ、すぐばれたよ。うん」 がくり 104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 39 47.33 ID I63MLpWkP ~♪ ~~♪ 東の砦将「それにしても、着飾ってるじゃないか?」 火竜公女「当然です。……だって東の砦将様が、 “縁日って云えば、庶民の娘も着飾ってくる”って 仰ったんじゃありませんか?」 勇者「でも、ちょっと布すくなくね?」 東の砦将「ははは! そうだそうだ、云ったんだっけ。 それになんだなぁ、見ようによっては、東の衣装に 似て無くもないような、奇天烈なような……」 火竜公女「急いでしらべさせたのですよ。 仕立てさせるのに手間がかかりましたが」 勇者「俺スルー……」 魔族娘「ううう、なんか、みなさんが……その…… み、見てるような……」 東の砦将「おお、魔族の嬢ちゃんも可愛い格好させてもらって」 火竜公女「この娘に着替えさせるのに手間取ったのですわ。 まったくとんだ愚図ですこと」 魔族娘「す、す、すみません……その、ごめんなさい」 106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 45 50.35 ID I63MLpWkP 火竜公女「いいえ。良いんですっ」 魔族娘 びくっ 火竜公女「たかが下女とは云っても我が君に仕える以上 最低限この程度、と云うたしなみと 美麗さが必要なのです。 だいたい、魔族の未婚の女性が 肉体を誇示しなくてどうしますっ!」 魔族娘「それは竜族のことであって……ごにょごにょ……」 火竜公女「魔族の常識ですっ」 魔族娘「ひゃ、ひゃ……ひゃいっ!」 勇者「おー。焼き馬鈴薯だよ、こんなとこまで」 東の砦将「あれはこのあたりの食い物だぞ」 勇者「そういえば魔界原産だったっけ。食うか?」 東の砦将「食おう、食おう! 美味いぞ!」 火竜公女「我が君?」 勇者「美味いな、バターが最高だな!」 東の砦将「だろう? このまろやかな岩塩がな」 火竜公女「わ が き み っ!!」 勇者「はいっ!?」 109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 19 53 09.65 ID I63MLpWkP 火竜公女「いかがです?」 くるんっ 勇者「いかがって? 良い縁日だな」 火竜公女「いかがでしょう?」 ふわり、くるんっ 魔族娘「ご、ご、ごめんなさい、黒騎士様」 勇者「美味いぞ、馬鈴薯食うか?」 火竜公女「い、い、いかがですか!?」 くるんっ 勇者「えーと」 東の砦将(小声)「おい、その、あんだろ、もうちょっとこう」 勇者(小声)「へ?」 東の砦将(小声)「服褒めるとかさ」 火竜公女 ゴゴゴゴゴ 勇者「あー、うん! よく似合ってるぞっ。 公女はスタイルが良いからどんな服でも似合うけれど、 今日のは異国情緒が合って素敵だな! ……その、ちょっと露出が多いような 気がしないでもないが、祭りだしな!」 東の砦将「あ、馬鹿。それは褒めすぎだ、知らんからなっ」 火竜公女「そ、そ、そうですかっ!? 我が君っ! 妾はっ。妾は三国一の果報者でございます!」 123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 04 29.19 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室 魔王「ふむ……」 メイド長「今月に入って、もう2度ですから」 魔王「間隔も短くなってきているな」 メイド長「ええ、限界かと……」 魔王「あと、どれくらい余裕がある?」 メイド長「早ければ、早いに越したことはありませんが。 そうですね……一週間程度なら」 魔王「よかろう。一週間後だ」 メイド長「……心中、お察しいたします」 魔王「いや、なに。二年近くだ。良くもったものさ。 いずれこの日が来るとは判っていた」 メイド長「はいっ」 魔王「冥府宮に我が寝台を運ばせておけ」 メイド長「承りました」 魔王「人間界の仕事の後始末を急がねばな」 メイド長「はい」 魔王「そのような顔をするな」 メイド長「……」 魔王「すぐに戻れる。すぐにまた会えるさ」 128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 12 48.73 ID I63MLpWkP ――鉄の国、郊外の丘の上 しゅいんっ! 魔王「ふぅ、こちらはまだ空気が湿っているな」 メイド姉「頭の中がくわんくわんします……」 勇者「大丈夫か」 メイド姉「は、はい……」 魔王「無理はせず、大きく息を吸え」 勇者「考えてみたら転移呪文は初体験だったな」 メイド姉「はい。なんだか、目眩みたいで……。 ふぅ、もう大丈夫です」 魔王「転移酔いだな、仕方がない」 勇者「ゆっくり歩けば、回復するだろう」 ざっ、ざくっ、ざくっ 魔王「街までは、20分と云うところか」 勇者「そんなもんかな」 メイド姉「あれが鉄の国の都ですか! 大きいですねぇ!」 魔王「うむ、煙がたなびいているだろう? 数多くの工房が並んでおるのだ」 132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 18 25.84 ID I63MLpWkP 勇者「それにしても、今日は何の仕事なんだ?」 魔王「ああ、頼んでおいた機械の試作が出来たそうでな」 勇者「見に来たのか? メイド姉も?」 魔王「最近、わたしの仕事を色々教えておるのだ。 貴族よりも商人よりも筋が良いぞ」 メイド姉「そんなこと、ないです……」 魔王「ほれ、市街地に入るぞ」 門衛「止まれ!」 門衛「どこからやってきた、商人か?」 魔王「冬の国の学者だ。これが身分証明」 門衛「冬の国の国王印。そうでしたか! どうぞっ!」 魔王「身分も、役に立つものだな」 勇者「面倒がないのはありがたいよ、ほんと」 メイド姉「すごいですねぇ! 家がみんな石で出来てますよ?」 魔王「こらこら、上ばかり見ては危ないぞ」 135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 23 40.86 ID I63MLpWkP 勇者「で、どこへ行くんだ?」 メイド姉「どこでしょう?」 魔王「うむ、判らん」 勇者「なんだよ、頼りないな。手紙を見せろよ」 魔王「これだ」 ぺらっ 勇者「ああ、これは川沿いの職人街だな」 メイド姉「お詳しいのですね!」 勇者「勇者は風来坊だからな、色んな街でもめ事を 解決する旅だから地理だけは詳しくなるんだよ」 メイド姉「すごい特技ですよ」 魔王「わたしの物だからな。ふふんっ」 勇者「はいはい」 魔王「ほほう、あれは鉄か? こちらの工房では、銀細工か」 勇者「興味津々だな」 魔王「現場を見るのは初めてだからな」 勇者「今日は、何の工房にいくんだ? 武器か、農具か?」 魔王「工房自体は、銅の鋳造を行っている工房だ。 だが武器でも農具でもないな」 141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 28 42.95 ID I63MLpWkP 魔王「勇者とは以前、教育について話したことがあったな」 勇者「ああ、そうだな」 メイド姉「……」 魔王「わたしは、教育はこの世界においてもっともっと 大きな力を持っているのじゃないかと思う」 勇者「……ふむ」 魔王「本当の世界の広さは誰にも判らないほど広いのだ。 それを人間は……魂ある存在は、己の常識や、知識に 当てはめて知ったつもりになる」 勇者「それは、覚えがあるなぁ。 自分のやり方しかないと思い込んだり、 自分が正しいと思い込んだり」 メイド姉「はい……」 魔王「それらの闇を払うには、教育が必要だ。 しかも、教育がより重要である理由は “教育が重要であるという事実”も教育がないと 理解されないという点にある」 勇者「ん? ちょっと難しいぞ」 144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 39 19.79 ID I63MLpWkP メイド姉「それは、そうなんです」 勇者「判るのか? メイド姉は?」 メイド姉「はい。そのぅ…… たとえば、農奴は、教育が、つまり知識が少なくて “もっと良い世界がある”事もよく判ってないんです。 だからずっと貧しいんです」 勇者「でも、地主だのなんだのは良い生活してるだろ? そういうの見てるじゃないか」 メイド姉「でも、“そっちに行く方法”が判らないんです。 ううん、正確には“そっちに行けるかもしれない”って 事すらも判らないんです」 勇者「……」 魔王「……」 メイド姉「それは、とても不幸なことです。 だからわたしには当主様の話はよく判ります」 勇者「そっか……」 154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 49 05.09 ID I63MLpWkP 魔王「さて、そんな風に重要な教育だが、 重大な欠点というか、弱点がある。判るか?」 勇者「なんだろう? なぁ?」 メイド姉「判りませんね……」 魔王「それは、速度が遅いと云うことだ。 一人の人間が持つ知識を他の一人に伝えるのには 莫大な時間がかかる。 しかも、同時に多数の人間に伝えるのには限界がある。 もし仮に、一人の教師が自分と同等の生徒一人を 育てるのに一生の時間がかかるならば、 知識を持っている人間は増えないことになるではないか」 勇者「あー。まぁ、云われてみればそうだなぁ」 メイド姉「でも、知識は尊い物ですからそれも仕方ないの ではないでしょうか? 当主様を学べば学ぶほど、 追いつける気がしませんし……」 魔王「それもまた、勝手に思い込んだ限界だ」 勇者「そう、なのか?」 159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 53 49.16 ID I63MLpWkP ――鉄の国、職人街、大型工房 がちゃり 職人長「やぁ。これは学士様! 長旅、お疲れになったでしょう!」 魔王「世話になっているな、職人長」 職人長「いやなんの! この年齢になって まだこんなに面白い仕事をくださるなんて、 みなの意気も上がっておりますよ」 メイド姉「広い工房ですね!」 職人長「ああ、あまり歩き回ると危険ですよ、お嬢さん」 プシュー!! 職人長「熱い蒸気なども使っていますからね!」 メイド姉「はいっ」 職人長「さて、お疲れでしょう。お茶でも入れますので、 裏の屋敷の方にでも……」 魔王「いや、結構。何よりも、まずは試作品を見たい」 職人長「あははは。冬の国で話したときと その性急さは変わりませんなぁ! さぁ、お連れ様も こちらへどうぞ。専用の倉庫を設けたのですよ」 162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 20 57 58.44 ID I63MLpWkP 魔王「これか!」 勇者「でかいなぁ!」 メイド姉「これは、なんですか……? 脱穀機に似ているような、もっと大きなような……」 職人長「外側は仮組ですから、 どうしても大きくなってしまいました。 もっとも本体は小さい物です。巨大に見えるのは、 ある種の棚というか、倉庫ですね」 勇者「倉庫?」 職人長「いらっしゃい」 カツン、カツン、カツン メイド姉「引き出しと、棚がすごい数ですね」 職人長「これが入っているんですよ」 コロンッ 勇者「これは、印章?」 メイド姉「ハンコですか?」 職人長「ええ、『活字』と呼んでいます」 魔王「これが、私たちの新しい武器さ」 職人長「活版印刷機と名付けました」 169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 03 57.87 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の廊下 女騎士「……」じぃぃっ 魔王「……」じぃっ 女騎士「な、なんで、こ、こんなところにっ」 魔王「それはこちらの台詞だ」 女騎士「いや、その洗面所はどこかなぁと」 魔王「洗面所は廊下の反対だ」 女騎士「大体、魔王は何でこんな所に?」 魔王「そっ、それはだな」 女騎士「それは?」 魔王「ええい、なんだ! 女騎士のその白いふりふりの寝間着は! これは、き、き、絹ではないかっ!!??」 女騎士「いいではないか、人が何を着ようとっ!」 魔王「良くはないぞっ。そんなもの」 女騎士「それを言うなら、魔王は何で枕を抱えているんだっ」 177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 10 37.74 ID I63MLpWkP 魔王「……それはその」じりじり 女騎士「そこ、ドアににじり寄るんじゃない」 魔王「べつにそんなことはしていない」 女騎士「勇者の部屋にこんな夜更けに行くつもりなのか?」 魔王「か、かまわないではないか。夜の茶会だ」 女騎士「それならこっちだって夜のお茶会決行だっ」 魔王「どこの世界に絹の寝間着で男の部屋に 尋ねるお茶会があるのだ! この馬鹿!」 女騎士「枕持参でお茶会と言い切る馬鹿よりは まだましな馬鹿だ!」 魔王「うむ。あー、こほん。女騎士」 女騎士「なに?」 魔王「わたしは女騎士を人間界で ほとんど唯一の友達だと思っている……」 女騎士「……うん、そうだね。魔王」 魔王「だから見逃してくれ」 女騎士「それはダメ」 186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 15 46.92 ID I63MLpWkP 魔王「後生だ。事情があるのだ」 女騎士「こっちだって事情があるの」 魔王「どんな?」 女騎士「これだっ」 ばっ! 魔王「なになに? 『我が君への永久の忠誠を誓って』? これは女物のハンカチではないか……。 え? ええっ!?」 女騎士「そうだ、あんの火竜公女だ。 こっちがなんやかやの仕事で忙殺されていると思って、 こんな粉かけるとは喧嘩を売るにもほどがある」ゴゴゴ 魔王「確かに……」ゴゴゴ 女騎士「そういう訳なので、今宵の私は退くに退けん。 愛剣・神性惨殺も血に飢えている」 魔王「どんな事情だ! こちらだって、残り数日のっ」 女騎士「?」 魔王「いや、なんでもない。とにかく、こちらも退けないっ」 メイド長「それでは私めが」 魔王・女騎士「え?」 193 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 24 27.59 ID I63MLpWkP 魔王・女騎士「えぇっ!?」 メイド長「夜伽でしょう? そんなことでもめるなんてはしたないですわ。 不肖、私がお務めさせて頂きます。 それで角が立たないでしょう?」 魔王「なんて事を云うんだメイド長!?」 女騎士「まったくだ、なんて横暴なんだ! 恥を知れっ!」 メイド長「だいたい未経験者の相手なのですから そんなにぴりぴりした気持ちで居てどうします? 成功もおぼつきませんよ。 こんな時こそ包容力と寛容の精神が必要なのです。 閨房で殿方を甘えさせられなければ一人前とはいえますまい」 魔王「それは、そうかもしれんが……」 女騎士「たしかに婦女としてはずべきであった」 メイド長「ではちゃっちゃと済ませてきますので、 そこで待っててくださいますね」 魔王「それとこれとを一緒にするなぁ!」 女騎士「それは騎士として諾とは云えないぞ!!」 メイド長「では、廊下でなんか騒がないで お二人で。いえ、三人で仲良くしてください」 にこりっ がちゃ! ポポイッ! 199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 29 42.50 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 ごろごろごろ、ズテン! 魔王・女騎士「ふぎゃっ!!」 勇者「……なにやってるんだ? お前ら」 女騎士「いや、その。こ、これはな! 事情があるんだ」 魔王「うむ、話せば長い事ながら深くやむにやまれぬ事情が あるのだ知っての通り世界情勢は混迷を極め我らが立場も また深い迷夢の中と言って良いというこの時期にだな」 女騎士「他人の錯乱を目にするとちょっと落ち着くな」 魔王「つまり、今後の展望と展開を踏まえた思索の果てに 光明を見いだすべき勇者と我らが腹を割って話すことこ そが今もっとも求められていることなのではないか? たしかにぷにぷにと云われるリスクはあるのだが、 我らはそろそろ次のステップを踏むべきなのではないかと」 勇者「落ち着け」 スコン! 魔王「ぐっ!」 203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 34 04.82 ID I63MLpWkP 勇者「で、要約するとどういう事なんだ」 魔王「……」ちらっ 女騎士「……」ちらっ 勇者「アイコンタクトとってんじゃねぇよ」 魔王「ではタイムだ」 勇者「は?」 魔王「あちらで作戦会議をするから、聞くなよ?」 勇者「はぁぁー?」 こそこそっ 女騎士「作戦ってどんな作戦があるんだ」 魔王「これでも私は話し合いの魔王なのだ。 交渉は我が領域。話し合いで決着をつけよう」 女騎士「どんな?」 魔王「上は私で下が女騎士でどうだろう」 女騎士「どこの変態なのだっ。魔王はっ!?」 勇者「ひまだなぁ」 209 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 38 10.54 ID I63MLpWkP 魔王「変態とは何だ? ベッドの上下だ」 女騎士「そ、そうか。済まない、誤解した」 魔王「それでいいか?」 女騎士「ちょっとまって、勇者は?」 魔王「ベッドの上に決まってる」 女騎士「私だけ下じゃないか、どこのいじめだ!」 魔王「だめか、ではタイムシェアリングはどうだ?」 女騎士「たいむしえあ? なにそれ?」 魔王「時間によって案件を共有するのだ」 女騎士「マシそうな提案ね」 魔王「生産性向上のための基礎知識だ」 女騎士「で、具体的には?」 魔王「勇者のベッドを陽のある間は女騎士が、 陽が落ちてからは私が使う」 女騎士「魔王だけ勇者つきではないかっ!?」 勇者「なんか小腹へってきたし」 216 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 46 44.50 ID I63MLpWkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、勇者の部屋 勇者「なんだこの状況は。何が起きてるんだ!?」 魔王「交渉とは妥協の婉曲な表現でもある。 その現実の哀しい写し絵だ」 女騎士「私だって不本意だ。しかし、しかたない。 “パンが一つ無いときは半分で感謝しなければならない” そうお祖母ちゃんも云っていた」 勇者「すげぇ粗末な扱いだよなぁ、俺」 魔王「何を言うんだ! 両手に女を抱えて!! まさか、勇者。……ふ、ふ、不満なのか」 女騎士「火竜のなんとかの方が良いって 云うんじゃないでしょうね!?」 勇者「いや、そうじゃなくてっ」 魔王「ぷ、ぷにぷにだからダメなのか!? 駄肉だからか!? 勇者は私の所有契約なのだぞ」むぎゅっむぎゅっ 女騎士「胸がないとだめなのかっ!? そんな腐った肉がいいのか? 乙女の最上級は清らかさだぞっ。 神に捧げられた純潔の方がいいに決まってるっ」すりすり 勇者「ううう、なんでだよう。なんでこうなんだよ」 230 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 21 52 09.48 ID I63MLpWkP 魔王「むぅ。このままではメイド長のいうとおりだ」 女騎士「……腹立たしいけど、そうだな」 魔王「一次休戦だ」 女騎士「心得た」 勇者「いつも俺の頭越しに会談がまとまるよ」 魔王「頭越しではないぞ? こうやって耳元で横になっている」 女騎士「うむ、肩に頭をもたせかけているだけだ」 勇者「……」びくびく 魔王「勇者は緊張しているのか?」 女騎士「自分の寝床なんだからそんなことはないだろう」 勇者(緊張してるよっ! しないわけないだろがっ!?) 魔王「まあ落ち着け」 女騎士「うん、戦場では冷静が生死を分けるぞ」 勇者(絶体絶命だ!) 魔王「暖かいなぁ! もふもふだ!」 女騎士「うむ、意外なほどに寝心地が良いな」 241 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 02 03.90 ID I63MLpWkP 勇者「……すー……すー」 魔王「寝たのか? 勇者」 女騎士「かもしれないな。疲れているのだろうし」 勇者(寝れるかっ。この状況下で寝れる童貞が居たら 俺が全部雷撃魔法で電気椅子にしてやるわっ!!) 魔王「勇者の髪は、もふもふだ」 女騎士「うん、大きな犬みたいだね」 魔王「この髪を触るのが好きなのだ。 勇者の髪を整えているのはわたしなのだぞ?」 女騎士「わたしの方が付き合いは長いから。そんなの知ってる」 勇者「……すー……すー」 勇者(だ、だめだ。寝たふりをするしかない。 精神を鎮めるんだ!! 高まれ俺の魂!) 魔王「……」 女騎士「……」なで、なで 魔王「なぁ、女騎士」 女騎士「なに?」 249 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 08 26.33 ID I63MLpWkP 魔王「わたしは、来週にでも魔界へ帰る」 女騎士「へ?」 勇者(え?) 魔王「いや、なに。魔王の免許更新のようなものでな」 女騎士「免許? 免状みたいなもの?」 魔王「そうだ」 女騎士「そっか……。すぐ帰ってくるの?」 魔王「いや、どうかな。早くて数ヶ月はかかると思う」 女騎士「何かあるの? 魔王……躊躇ってるよね?」 魔王「いや迷いはない。仕方ないことだ。 魔王というのは、何というか……。 魔王以外には上手く説明できないこともあってな。 代々の魔王の墓があるんだが、そこへ詣らないといけない」 女騎士「……」 魔王「それに、魔界にはたくさんの氏族があるが、 それらの多くは人間界侵攻に賛成なのだ。 今戦争が小康状態なのは、魔王であるわたしが 勇者と相打ちになり怪我の療養をしているという話に なっている事が大きい。 そろそろ姿を見せて、魔族の心をまとめなければ、 かえって暴走した一部の氏族が勝手に戦争を再開する かもしれない」 251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 21 00.90 ID I63MLpWkP 女騎士「でも、それなら……」 勇者(……) 魔王「ん?」 女騎士「魔王は、魔界で戦争賛成派のまっただ中に 取り残されることになるんじゃないのか? それはすごく危険なように聞こえる」 勇者(……) 魔王「わたしの専門は経済、すなわち交渉だ。 そこまで酷いことにはならないさ。だいたい金も 食料も無しで戦争を続けられる生き物なんて居ないよ」 女騎士「しかし誰か連れてった方が良いだろう? その……。勇者とか。なんならわたしが行こうかっ」 魔王「いや……」なで…… 女騎士「……」 魔王「いいんだ。魔王の墓は、冥府殿というのだが、 そこにはどうせわたし以外は誰も入れないのだ。 ついてきて貰うには及ばない。一人で行く」 253 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/08(火) 22 23 31.94 ID I63MLpWkP 女騎士「そう……なのか……」 魔王「うん、だから、ちょっとだけ勇者の体温が欲しくてな」 勇者(……) 魔王「駄々をこねてしまった。許されよ」 女騎士「いや……」 魔王「もちろんメイド長はつれてゆく。身を守る程度なら 二人でどうとでもなる」 女騎士「そうか」 ほっ 魔王「こちらの世界のことは、書類を残してゆくし、 馬鈴薯や農業については女騎士も知っての通りだ」 女騎士「うん、修道会に任せて欲しい」 魔王「『同盟』に頼んだニシンも届こう。 そろそろ風車の代金や新型羅針盤の契約料も入ってくるはずだ。 これらの利益管理も『同盟』に依頼してある。 必要なときは相談してくれ」 女騎士「承知した」 魔王「細かいことはみな、メイド姉に教えてある。 そして……。 勇者のことを頼む」 女騎士「わかった。――その命、この剣に賭けて守ろう」 366 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 37 01.74 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、魔王の屋敷、執務室 魔王「さて」 メイド姉「はい」 メイド妹「はーい」 魔王「大体飲み込めたか?」 メイド姉「判りました」 メイド妹「よくわかんない」 メイド長「妹は、お姉さんの云うことをちゃんと聞いて 毎日のやることをこなしていくんですよ?」 メイド妹「はーい!」 メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」 メイド妹「は、はいっ」 魔王「なに、気負うことはない」 勇者「やはり長引きそうか?」 魔王「メイド長の手の者に調べて貰っているが、 氏族の長の中には頑固者も居るからな。 人間世界が宝の山に見えている者も居るだろうし。 何を考えているやら……。 そんなものは、隣の芝生に過ぎないのだが」 370 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 42 05.60 ID CkBATQ0gP 勇者「やっぱり俺も行くべきじゃないか?」 魔王「一人で行く」 勇者「……」 魔王「そのような顔をするな。 どちらにせよこれは魔王の仕事なんだ。 魔王でなければ出来ないこともする。 約束する、無理はしない」 メイド長「わたしがまおー様のことは守りますわ」 魔王「うん、メイド長が居るからな」 勇者「……」 魔王「それに、この世界のことだって心配だ。 南部諸王国は安定してきたし、農業改革も順調だとは云えるが 聞いた話だと、白夜王国は政情不安定になってきていると 云うじゃないか」 勇者「らしいな」 魔王「わたしがこの世で一番信頼しているのは、勇者だ。 何せわたしの持ち主だからな」 372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 47 53.84 ID CkBATQ0gP 魔王「だから、この場所に勇者を残していくのは、 心強いことなんだ。 前回は勇者が魔界に行って、わたしは残った。 農業改革や技術指導は、わたしにしか出来なかったからだ。 だが、今回は違う。 開門都市の件で勇者がもうただの戦士じゃないことは判っている。 もう一人のわたしだ。 だから、ここを任せる」 勇者「……判った」 魔王「それから、メイド姉」 メイド姉「はい」 魔王「これを預けよう」 メイド姉「指輪、ですか?」 魔王「ああ、知り合いの地妖精に作らせたんだ。 大したことはないが、姿変えの幻術が仕込んである。 幻術だから声や仕草はどうにもならないが、 わたしの姿になれるぞ」 メイド姉「どういうことでしょう?」 魔王「商人からの代金の受け取りや、尋ねてきた客人 と 会わなければならないときもあろう? 大抵は勇者がうまくやってくれるだろうが、 どうしても必要なときは、この指輪でわたしの替え玉を やってくれ」 373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 53 26.57 ID CkBATQ0gP メイド姉「判りました」 メイド妹「当主のおねーちゃん!」 魔王「ん、なんだ?」 メイド妹「おみやげ。ね♪」にぱ メイド長「これ!」 魔王「あははは。うん、何か見繕ってこよう」 勇者「……」 メイド姉「無事のお帰りを祈っております」 メイド妹「お祈りしてるー!」 魔王「うむ。早ければ三ヶ月、長くても半年といったところか」 メイド長「おなかを出して寝ちゃいけませんよ?」 メイド姉「いってらっしゃいませ」 メイド妹「いってらっしゃーい♪」 しゅいんっ! 376 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 15 57 38.85 ID CkBATQ0gP ――開門都市、街外れ ひゅわんっ! 魔王「やはり勇者の転移魔法は便利だな」 勇者「運び屋は任せてくれよ」 メイド長「まおー様のよりずっと転移酔いが少ないですね」 魔王「うん、久しぶりの魔界だ!」 メイド長「そうですね、緑色の太陽。懐かしいですわ」 魔王「ここは――うん。大体判った、都市の南の外れだな」 勇者「そうだ、丘を下れば開門都市の南門に出る」 魔王「よし、ではここでお別れだ」 勇者「いや、街までは送るよ」 魔王「いいや、ダメだ。勇者は街に近づくな」 勇者「へ?」 魔王「と、とにかく禁止だ。 ……そんな、そのぅ。火竜の小娘に会いに行かなくても……」 勇者「?」 魔王「ええい。勇者!」 勇者「おう?」 魔王「もふもふさせろ!」 わしゃわしゃ! 378 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 03 27.05 ID CkBATQ0gP 勇者「なっ、なんだよいきなり!」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 魔王「なぁに。ちょっとした燃料補給だ」 勇者「――大丈夫なのか?」 魔王「勇者は心配性だな。男が廃るぞ」 勇者「とは云ってもなぁ」 魔王「大丈夫だ。今エネルギーを貰ったからな。 先代たちが束になってかかってきたところで 負ける気はしない」 勇者「……」 魔王「それに、やっとここまで来た。 わたしにも開門都市の明るい空気が感じられるぞ。 人間と魔族が一緒に暮らしている街があるじゃないか。 もう、丘の頂上は見え始めているんだ」 勇者「ああ、そうだな」 魔王「だから行ってくるぞ――わたしの勇者」 勇者「おう、いってきやがれ。――俺の魔王」 魔王・勇者「「また会おう、すぐにでも」」 383 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 07 45.08 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、実りの秋 小さな村人「ほーうぃ! ほーうぃ!」 中年の村人「おんや、こんにちはぁ」 羊毛職人「こんにちはぁ!」 小さな村人「きょうは一杯だぁね、どうするんだい?」 羊毛職人「ああ、もう秋だからねぇ。チーズの仕込みをしないと」 小さな村人「ああ、そうかぁ。今年はどんな案配だい?」 中年の村人「アーモンド入りのは作るだか?」 羊毛職人「良いよぉ、ミルクの出も良いし。 もちろんアーモンド入りのも作るだぁよ。 クローバーの葉をたっぷり食べてるせいかなぁ。 今年のミルクは、すごく甘いだよ」 小さな村人「そりゃぁ、良いことを聞いただよ」 中年の村人「小麦か馬鈴薯ととりかえてくれるだか?」 羊毛職人「もちろんだよ。銀貨でもかまわないよ?」 小さな村人「そういや、銀貨も使うようになっだぁね」 中年の村人「そうだなや。うちは埋めて貯めてるだよ」 羊毛職人「あんれまぁ。そうだね、用心せんとね」 386 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 11 55.63 ID CkBATQ0gP 小さな村人「こっちは馬鈴薯の畑に、灰と魚カスを撒くだよ」 中年の村人「撒くのかい?」 羊毛職人「魚カスってなんだべ?」 小さな村人「教会で教えて貰った、肥料だなや。 大地の恵みが弱らないように撒くと良いらしいだよ」 中年の村人「でも、お金がかかるんがなぁ」 羊毛職人「そうなのかぁ」 小さな村人「まぁ、でも、たいした金額じゃねぇさ。 修道士様が教えてくれた馬鈴薯で作った金だ。 その修道院にお返ししたって罰は当たらないべ」 中年の村人「そりゃ、そうかもしれんなぁ」 小さな村人「それに、撒かないと馬鈴薯は病気に なりやすいっていうべさ。うちんとこは小麦の畑は 減らしたから、馬鈴薯病気になったら困っちまう」 中年の村人「そうか、そうか。おらんとこも撒くかなぁ」 羊毛職人「おらは、自分の腹にニシン詰めてぇな」 小さな村人「あははは! 酒場でバター焼きを詰めるべ」 中年の村人「ああ、そりゃいいだなや!」 羊毛職人「チーズが一杯売れたら考えるだぁよ」 小さな村人「そうすべなぁ!」 387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 17 57.20 ID CkBATQ0gP ――聖王都、貴族院 がやがやがや 軍閥貴族「――開門都市を放棄して――」 富裕貴族「おめおめと――退却――とは」 司教「精霊の――にも――処罰――」 軍閥貴族「さすがは――弱腰の貴族――」 富裕貴族「――妾腹――な」 司教「王国臣民――100万の――」 軍閥貴族「この罰――」 富裕貴族「極刑――磔刑――」 司教「塩――すりこみ――焼きごて――」 がやがやがや 軍閥貴族「判決を――」 富裕貴族「いや、いまこそ――軍事法廷――」 司教「しかるべき――宗教裁判――」 軍閥貴族「敵前逃亡――任務放棄――」 富裕貴族「王国に対する裏切り――利敵行為――」 司教「神聖冒涜――」 ページトップへ <前2-5へ|次3-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/68.html
<前11-1へ|次11-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」11-2 463 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 20 54.79 ID 8sofY9MP ――遠征軍、奇岩荒野、湖畔修道会自由軍 ズギューン!! 「だ、だめだっ!?」 「どこから撃たれているんだっ」 「前線が持ちませんっ!」 「このままじゃお終いだぁ」 女騎士「副官殿? 後事を託して良いか?」 副官「拝命いたしました」 女騎士「獣牙の精鋭兵諸君っ! 突撃だ! 騎士団続けっ!」 獣牙双剣兵「おおおーっ!!」 湖畔騎士団「姫将軍に続けっ!」 ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ ギィィン!! うわぁぁぁ! うわぁぁぁ!! 副官「すさまじい速度ですね」 執事「にょっほっほ。性格ですな、あれは」 副官「良し、我々も移動しましょう」 執事「御意」 副官「狙撃部隊! 場所を移動しますよ、右前方の丘へ。 護衛騎士は周辺を索敵。夜露に警戒をしてください。 火薬の補給は後方部隊管理っ!」 執事「副官殿は細かい用兵が得意ですな」 副官「大将がずぼらですからね。雑用ばかり身について」 執事「にょほほ。良いことです」 副官「位置についたら各自狙撃位置を確保! 後方の司令部が立ち直る気配を見せたらこれを狙撃」 ライフル兵「了解ッ!」 執事「これで、この陣地も落ちましたな」 464 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 23 15.90 ID 8sofY9MP 副官「はい……」 執事「気になることでも?」 ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ 「我につづけぇ! 降伏したものは敵に非ず! 伏せたものにはそれ以上の攻撃は無用だっ」 副官「卓越した手腕です。我らだけで襲撃を企てていた時よりも、 被害も小さく、遙かに早い攻略です。ですけれど……」 執事「焦っているのですね」 副官「はい」 執事「もう少しです。あと2つ」 副官「しかし、落としたとしてもこの軍だけの兵力では」 執事「そうでしょうかね」 副官「?」執事「聖鍵遠征軍の中にも、きしみが出ているのではないですかな。 にょっほっほっほ。総司令が本軍から出るとは、異例ですぞ。 あのつるつる将軍もおそらくそれを考えているはず」 副官「王弟元帥が?」 執事「彼がいれば、包囲戦はもっと絶望的だったでしょうからね」 副官「そうでしょうか?」 執事「今指揮を執っている指揮官もきわめて優秀かつ、 合理的なのでしょうが、その上を行くでしょう。 格、というものは時に冷酷です。自覚でしょうが」 副官「自覚、ですか?」 執事「ええ。手を汚す、もしくは手を汚さない。 何が出来て何が出来ない。全て自覚のたまものですよ。 わたしは少々年が行ってからそれに気が付きましたが」 副官「それが、英雄の資質なのでしょうか」 執事「あるいは、勇者の。かもしれませんな」 465 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 24 39.01 ID 8sofY9MP ――魔界、大空洞近辺、赤い荒野 鉄国少尉「報告しますっ。最後方部隊、大空洞を抜けるためには あと一日半はかかる模様」 軍人子弟「よし、先遣隊を先行させるよう指示をだすでござるっ」 鉄国少尉「了解っ」 鉄腕王「どうだい?」軍人子弟「あと一両日で全ての部隊が大空洞を抜けるでござる」 鉄腕王「たいしたもんだ。行くって決めてから一週間で ここまで来ちまうとはな」 軍人子弟「それもこれも、多数の協力があってのことでござる」 鉄国少尉「まったくです」こくり 冬寂王「なかなか暖かいな、この装備は」 羽妖精侍女「温イノデス」 将官「商人子弟殿が、これだけの予備の防寒具を備蓄しているとは」 冬寂王「小癪な真似をする男だ。ふははは」 軍人子弟「……感謝でござる」 鉄腕王「しかし、準備が良い割には糧食が少ないな」 将官「ええ、一週間分しかないのでは?」 冬寂王「強引に出てきたからか……」 軍人子弟「これで良いでござるよ。計画通りでござる」 冬寂王「そうなのか?」 軍人子弟「糧食を持てば安心感は増すでござるが、 行軍速度は著しく落ちるでござる。 全ての行動を輜重隊の速度を基準に考える必要があるで ござるからね。 今回の遠征では、補給線は軍とは独立して動かすでござるよ」 鉄腕王「こいつが強情で、そこは譲らないんだ」 467 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 26 41.83 ID 8sofY9MP 軍人子弟「出来れば補給は持ちたくないのが本音でござる。 それに関しては、当てになるかどうだか判らない 気障ったらしい男がいるのでまぁ、なんとなく」 鉄腕王「いいのか? 当てにならない男を当てにして」 冬寂王「ここには3万の連合軍がいるんだぞ!?」 軍人子弟「何とかするでござろう。あれでも同期でござる。 それに拙者、全面戦争で勝てるとは思っていないでござる」 鉄腕王「うむ……」 将官「やはりマスケットには」 軍人子弟「マスケットの一斉射撃に、 歩兵や騎兵を突入させるには無理がござるよ。 もちろん幾つか使える策がないわけではござらんが 相応の犠牲を払う覚悟で行なう、いわばいかさまでござる。 拙者も前線司令をする限りどのような手でも使うつもりでござるが 大局的に見て、いかさまだけで勝てる相手でもござらん。 いかさまはやはり時間稼ぎや、 局所での戦術的な勝利を得るに留まるでござるよ。 戦争に勝つとは、大局で勝つと云うこと。 おそらく、師匠なら……」 鉄国少尉「?」 軍人子弟「いや、何でもござらん。 肝心の“荷物”は十分に用意が出来たでござるしね。 負けるぐらいならば、逃げ出すでござるよ」 鉄腕王「わしは負けるなんて考えていないぞ」 羽妖精侍女「急ギマショウ。皆サン」パタパタ 軍人子弟「侍女どの、ではこれから先の地勢を 教えて欲しいでござるよ」 羽妖精侍女「ハイデス」 471 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 50 21.61 ID 8sofY9MP ――14年前、夏、ある領主の館、広間 裕福な貴族「ほほう、これは賢そうな!」 貴族婦人「ええ、まさに英雄の相ですわ」 貴婦人「可愛らしい黒髪ね、小さな勇者さん」 勇者「えへへ~」 老賢者「何をでれでれしておるのじゃ。きもいわ」 勇者「う、うるさいっ」げしっ 老賢者 ひょい 「甘いわ」 ぼこんっ 勇者「あうっ!」 裕福な貴族「賢者様、そんなにしからないでやってください」 貴族婦人「そうですよ。勇者さまは平和と繁栄の象徴。 この世界の守護者なんですからね」 裕福な貴族「この年でもうすでに二十四音呪全てを使いこなすとか」 勇者 えへん 貴族婦人「素晴らしいことですわ。そのうえ、剣技においては、 もはや大国の騎士団長クラスにも達するのでしょう?」 貴婦人「強いのですね、勇者様は」にこり 老賢者「強いか弱いかとは、 何も技のみにて決まるわけではないですからな。 この勇者は、いってみればまだ見習いでして。 人を救う意味がわからない限り ケツはブルーのまんまでありつづけて青いあざが取れませんなぁ」 勇者「むー」 貴婦人「そんなことないわよね?」 勇者「うん! おれがんばるもん!」 474 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 53 05.69 ID 8sofY9MP 裕福な貴族「ふふふっ。そうだ、勇者どの?」 勇者「はいっ?」 裕福な貴族「武器庫でも見に行ってくるかね? これでも我が領地は歴史があるのだ。 勇者ではないが、伝説の剣士が使っていたという 名剣もあるのだよ」 貴族婦人「あら、そういえばそうですね」 勇者「行って良いか、じじ……賢者ー」 老賢者「まぁ、良かろう」 勇者「行きたいですっ!」 裕福な貴族「では、侍従に案内させよう」 侍従「ははっ。こちらでございます、勇者様」 勇者「ありがとうね、お爺さん」 ガチャ。カッカッカッ 裕福な貴族「ふむ。あの少年が……」 老賢者「そうですな」 裕福な貴族「どうなのですか、素質は?」 老賢者「まさに勇者です。歴代の中でもことに優れた、 心根の正しく、優れた若者になるでしょう。 しかし、それには時間が必要ですな」 裕福な貴族「時間はない。賢者殿もお聞きになられたでしょう? 教会付きの法術官も高名な占術士も、こぞって告げるのを。 新たなる魔王が現われたのです。一刻も早く勇者を旅立たせねば」 老賢者「あの子はまだ幼いのです」 裕福な貴族「幼いとは言え、二十四音呪と無類の剣技。 勇者としての力は十分だ。一刻も早く戦場へ出さねば我ら人間は 魔族の脅威にいつさらされるのか判らないのですぞ? 賢者殿」 老賢者「そんなことで滅びるぽんぽこぴーなど 滅びてもちっとも構わないとわたしは思うのですがね」 480 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 56 01.06 ID 8sofY9MP ――14年前、夏、ある領主の館、武器庫 じゃきーん! がちゃー! 勇者「うっわ、すっげぇ! 格好良いー!」 勇者「いいなっ。いいなっ。これ格好良いなぁ」 がちゃがちゃ 勇者「これなんかすごい良いなぁ。鎧は、結構大きいけど。 剣なら持てるよな。この剣、魔力あるんだな」 ペカー! キラキラ! シュォンシュオン! ライドゥ! 勇者「すっげー! 回るよ! 音が出るよ! 光るよ!」 きらきら 貴族の娘「ねぇねぇ、あれ?」 貴族の息子「そうだろう」 勇者「ん?」 貴族の息子 じー 勇者「こんにちは?」 ぺこっ 貴族の息子「お前、勇者なのか?」 貴族の娘「勇者なの?」 勇者「うん、そうだけど。この家の子?」 貴族の息子「そうだ。領主の跡取りだ、偉いんだぞ」 貴族の娘「わたちは姫なのよ」 勇者「そうなんだー。おれ勇者。よろしくねっ」 貴族の息子「ふぅん」じろじろ 貴族の娘「勇者は無敵って、本当?」 481 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 57 05.76 ID 8sofY9MP 勇者「えーっと、強いよ。うんっ」にこぉ 貴族の息子「本当かよ?」 貴族の娘 くすくす 勇者「え?」 貴族の息子「ちょっと向こう見てみな、お前」 勇者「うん」くるっ ゲシッ! ボカッ!! 貴族の息子「うわー! 本当だ!」 貴族の娘「すっごーい!!」 勇者「い、痛いな。何するのさっ!!」 貴族の息子「剣が刃こぼれしてるよ!」 貴族の娘「ほんとだ、ほんとー!」 勇者「なにするんだよっ」 貴族の息子「怒るなよ。良いじゃないか、怪我しないんだから」 貴族の娘「身体が鉄なんでしょ?」 勇者「違うよ。ちゃんと痛いよっ」 貴族の息子「血も出て無いじゃないか」 蹴りっ 勇者「あぅっ」 貴族の息子「わ、すげー! “がちん!”だって」 貴族の娘「ほんと? ほんと?」 勇者「なんで痛くするんだよっ」 貴族の息子「訓練だよ。兵士はみんなやってるだろう?」 勇者「俺は兵士なんかじゃないよっ」 貴族の息子「兵士だろ? 父様が言ってたぞ」 484 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 22 58 15.66 ID 8sofY9MP 勇者「違う。おれは勇者だもんっ」 貴族の息子「給料が要らないから便利、なんだよな」 貴族の娘「ねー?」 勇者「……ちがうもんっ」 貴族の息子「ふーん。つまんないのっ」 貴族の娘「田舎者ね-。言葉が通じないわ」 勇者「通じてるよ」ぶんぶんっ 貴族の息子「何かぶひぶひ聞こえるねー」 貴族の娘「豚さんじゃないわよ。豚さんはもっと可愛いもの」 勇者「っ!」 貴族の息子「しーらない。おい、勇者、ここ、片付けておけよ。 あと、いくら金に困ってるからと云って盗むなよ」 貴族の娘「着てる服も、ぼろぼろだもんねぇ」 勇者「~~っ!」 がちゃっ 貴族の息子「全然言い返せないの。弱虫だ」 貴族の娘「勇者なんて、ただの田舎者ねー」 勇者「……」 かちゃ、かちゃ 勇者「……」 かちゃ、かちゃ 勇者「馬鹿は相手にしなーい。じいちゃんも云ってたもんね。 そんなの予想済みだもんねーだ。ばーやばーや。うんこたれー」 かちゃ、かちゃ 勇者「お掃除、片付け。おけー」 ぐいっ 488 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 04 02.84 ID 8sofY9MP ――14年前、夏、ある領主の館、廊下 がちゃ。かつーん、かつーん。 勇者「じじーの話は終わったかな。おなかへっちゃったよ」 かつーん、かつーん。 勇者「でも、も、いいや。……早く帰ろう。 森で修行してたほうが楽しいや。 貴族の子供って、うるさいし、偉そうだし。馬鹿ばっかりじゃん」 貴婦人「ええ、先ほどお目にかかりましたわ」 若い貴族「ほほう」 貴族の女性「どうでした? 勇者とやらは」 勇者「あ! さっきの綺麗なお姉さんだ♪」 貴婦人「気持ち悪い。見られただけでぞっとするわ。 あの黒く磨いたような髪の色。あんなに幼いのに 二十四音呪を全て使うそうですよ? 湖の国の魔法学院であれば八の呪をこなすだけで 教授として迎えられるほどの難関詠唱魔法を」 若い貴族「それはそれは」 勇者「え……」 貴婦人「見た目は子供ですけれど、とんでもない。 こちらの頭の中も服の中までも見通されているのかと 思うと怖気がとまりませんわ」 若い貴族「ははは、気にしすぎですよ。 あれは、王の使う強大な軍事力の1つに 過ぎないんですから」 貴族の女性「でも、気持ちは判りますわ」 489 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 05 59.09 ID 8sofY9MP 貴婦人「ええ。考えてもご覧なさい。 一緒の部屋に自分を一瞬にして 氷付けにもで消し炭にでも出来るような怪物がいるのよ。 自分の命も尊厳もそいつの言いなり、指先1つ。 幼い姿をしていてもそんな存在は、怪物よ」 若い貴族「確かにそうかもしれないな」 貴族の女性「わたし達は遠慮して正解でしたね」 勇者「――」 貴婦人「にこにこと人間のように喋って…… わたしはダメ。一緒の部屋にいただけで気が狂いそう」 若い貴族「ははは。これは嫌ったものだ。 憂さ晴らしに葡萄酒でもどうです? 梢の荘園を もつ叔父から素晴らしい一品が……」 かつん、かつん、かつん 勇者「――」 勇者「……ぽんぽこぴーの。……ぽんぽこぴー。 一般人なんてぽんぽこぴー……♪」 がちゃん。ざっ 老賢者「おろ?」 勇者「あ! じじー。もう話し終わったのかっ? 帰るか?」 老賢者「うむ、そうじゃの。疲れたわい」 勇者「おれもだよー。やっぱ森がいいね」 かつん、かつん、かつん 勇者「……」 老賢者「……」 勇者「あのさ。じじー」 老賢者「なんじゃ?」 勇者「期待なんてするもんじゃないね」 老賢者「それに気が付くとは、成長したではないか。勇者よ」 513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 47 39.25 ID 8sofY9MP ――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、陣地後方 光の銃兵「王弟元帥だっ! 王弟元帥の軍が戻られたぞっ!」 光の槍兵「聖王国の王弟元帥、総司令官だっ!」 カノーネ部隊長「王弟元帥の軍が戻られた! これで食料が手に入る!」 カノーネ兵「なんと、王弟元帥の軍は、 一戦もせずに無傷で食料を手に入れて戻られたらしいぞ。 流石希代の名将だ。敵さえもその意の前にはひれ伏すという!」 「王弟元帥っ!」 「王弟元帥っ!」 「元帥万歳っ!」 王弟元帥「現金なものだ」 参謀軍師「それが民草というものです」 聖王国将官「いかがしましょう」 光の銃兵「王弟元帥万歳!」 光の槍兵「ばんざーい!!」 王弟元帥「食料馬車50台分を振る舞え。 医薬品は全て我が軍の天幕へ。 残りの食料は2/3を灰青王へと届けさせろ。 1/3は我が軍で押さえておけ」 参謀軍師「そんなにも灰青王へと送って平気なのですか?」 王弟元帥「やつは無能な男ではない。 上手く配分して長持ちさせるだろうさ。それより問題は後方だ」 参謀軍師「はっ」 聖王国将官「謎の軍によって、我が軍の後方陣地および 食料集積地点が強襲されている問題ですね」 王弟元帥「残りはいくつだ?」 参謀軍師「現在はすでに残り3かと」 王弟元帥「もはや無いな」 聖王国将官「え?」 王弟元帥「この時点ですでに落ちているだろう」 516 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 49 36.52 ID 8sofY9MP 参謀軍師「敵の軍とは……?」 王弟元帥「それは判らぬな。しかし、ここは魔界だ。 あの都市で打ち破ったという敵の軍勢六万が 魔界の軍の全てなどと云うことはあるまい。 未だに十万、二十万の軍を保持しているはずだ。 今までその軍が出てきていないのは、 ただ単純に氏族間の力関係の問題であるか、 集合に時間が掛かっていると云うことに過ぎないのだ。 また、如何に宗教的な聖地であるとはいえ、 1つの都市を守るために割ける防衛力には、 自ずと価値的な限界があるという事実を示唆するともいえよう」 参謀軍師「はっ」 王弟元帥「あるいは……」 聖王国将官「あるいは?」 王弟元帥「可能性は濃いとはいえないが、人間か」 聖王国将官「人間と云いますと」 王弟元帥「南部連合だ。 南部連合が、魔族の援軍に立つと決めた場合、 その侵攻ルートからしても聖鍵遠征軍の後衛地は 全て撃破されるだろうな」 参謀軍師「……ふむ」 伝令兵「伝令です! 王弟元帥閣下!!」 王弟元帥「なにごとだ?」 伝令兵「はっ。本陣後方、つまり南方から接近中の軍有り。 距離はまだ10里ほどあるはずですが、その数おおよそ4万弱。 王弟元帥閣下におかれましては、食料調達の遠征より戻られ お疲れかとは存じますが、麾下三万を率いて、この軍勢4万に 当たって頂くようにとの、大主教猊下からの仰せです」 参謀軍師「統帥権は王弟閣下にあるのだぞっ」 聖王国将官「4万……」 王弟元帥「しかし防がぬ訳にも行かぬだろうさ。 都市攻略にかかり切りの灰青王の軍では再編成が間に合わぬ。 となれば仕方があるまい。 行くぞっ! 至急前線の決定と周辺索敵、 そして軍議の準備をせよっ!」 517 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 51 19.69 ID 8sofY9MP ――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕 ……ォォン! ……ドォォーン! 伝令兵「王弟元帥閣下、軍を返し最後尾警戒に入られました。 元帥閣下は早くも前線司令部として天幕を設営、 周辺に灌木を用いて防御柵を作られております」 従軍司祭長「わかった。何か変事があれば、即座に知らせるが良い」 伝令兵「はっ! 承りました」 ……ォォン! 従軍司祭長「王弟元帥閣下であれば 後方の守りは盤石でありましょう」 大主教「丁度良い時に帰ってきた。有能な男よ」 従軍司祭長「はい」 大主教「これもやはり精霊の導き。天意は我にあり」 ころり。ころり 従軍司祭長「そ、その……。大主教、猊下?」 大主教「どうした?」 従軍司祭長「目の……瞳の治療をされねば……」 大主教「よいのだ。ふふふ。 我らが光の子の同胞、前線の兵士達が その命を掛けて戦っている……。 われも相応の痛みをともにせねばな。ふっふっふっ」 百合騎士団隊長「そのお心、感じ入ります」 518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/11(日) 23 52 31.44 ID 8sofY9MP 大主教「ふふふ。それに、われにはもはや俗世の視力など 必要はない。常に精霊の導きを見ることが出来るゆえ」 従軍司祭長「で、では、せめて包帯を」 大主教「好きにいたせ」 百合騎士団隊長「私がやりましょう」にこり 従軍司祭長「あ、ああ……」 大主教「ふふふ。さて、隊長よ、あちらの準備はどうだ?」 百合騎士団隊長「ええ、大主教猊下。機は熟しました」 従軍司祭長「……?」 大主教「防壁は、崩れそうか?」 百合騎士団隊長「灰青王様の言葉によれば、 もはやひびの入った欠陥品とのこと。 巨大な鉄槌の一撃あれば卵の殻のように砕け散りましょう」 大主教「任せる。好きなようにせよ」 百合騎士団隊長「有り難き幸せです」とろん 従軍司祭長「……」 ……ォォン! ……ドォォーン! 大主教「後方を王弟元帥が固めている間に」 百合騎士団隊長「承りました」 従軍司祭長「何を……?」 百合騎士団隊長「精霊の子らの献身を届けるのです。光の根源に」 521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 08 48.63 ID fsI5836P ――地下城塞基底部、地底湖 ピィピィピィ! ピィピィピィ! 女魔法使い「うるさい……」 明星雲雀「起きて、起きてご主人。寝ている間に終わっちゃう」 女魔法使い「……」 明星雲雀「ご主人ぼろぼろ」 女魔法使い「……すぅ」 明星雲雀「起きて! 起きてご主人!」 女魔法使い「……揚げちゃうぞ」 明星雲雀「ピィピィピィ! 虐待反対動物愛護!」 女魔法使い「……」 ふわり メイド長「魔力回路のチェックはただいま急がせています」 明星雲雀「ピィピィピィ!」 女魔法使い「……助かる」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 明星雲雀「揚げられちゃうよ! 食べられちゃうよ!」 女魔法使い「……“捕縛式”」 明星雲雀「ピギャン!」 メイド長「女魔法使い様」 女魔法使い「……?」 メイド長「僭越ながら、お手当を」 522 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 11 52.46 ID fsI5836P 女魔法使い こくり メイド長「では、包帯を巻きますので」 女魔法使い「聞かないの?」 メイド長「……」 女魔法使い「この両手の平の刻印を」 メイド長「聞いて宜しいのですか?」 女魔法使い「……」 メイド長「……」 女魔法使い「……」 メイド長「仰る必要はありませんよ」 女魔法使い「……必要だから」 メイド長「はい」 明星雲雀「ピィピィ!」 バタバタ 女魔法使い「騒がしい」 メイド長「18小隊のメイドゴーストを配置しております。 まもなく、回路の断線部分は全てリスト化されるでしょう。」 明星雲雀「わたしが修理しますよ。するんだったら!」ばたばた 女魔法使い「させる。鳥に」 メイド長「はい」 明星雲雀「わたしは専用なんですからねっ」 女魔法使い「……態度が大きい」 明星雲雀「ピィピィ! 主人、仕事をとってはダメですよ」 女魔法使い「……判ってる」 527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 18 16.65 ID fsI5836P ――火焔山脈、紅玉神殿、あてがわれた官舎 カツーン、カツーン 辣腕会計「15番から42番までは小麦」 中年商人「小麦確認。よーっし」 同盟職員「こちらも合致ー」 辣腕会計「ふぅ。欠品は無いようですね」 中年商人「ああ。それにしても。だが」 同盟職員「お茶でも持ってきましょうか?」 辣腕会計「ああ、頼む」 中年商人「街では今頃激しい戦闘だろうな」 辣腕会計「そうですね」 中年商人「俺たちはこうして倉庫の資材管理かー」 辣腕会計「これも大事な仕事ですよ」 中年商人「それにしても、この量はなんだ? 『同盟』はこれほどの物資を開門都市に集めていたのか? どうやって運び出したんだ?」 辣腕会計「これは火竜大公の個人財産ですよ」 中年商人「個人財産!? 馬鹿いえ、べらぼうな量の小麦だぞ。 俺は魔界でこんな量の小麦を見たのは初めて。 いや、魔界ってそもそもこんな量の小麦がとれ」 ガチャ 青年商人「ご無沙汰してますね」 中年商人「おい、なんでこんなとこにっ!」 辣腕会計「委員! いつこちらにっ!?」 529 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 20 34.38 ID fsI5836P 青年商人「たった今ですよ。 転移符のおかげで、身体中痛くてかないません。 こんなに衝撃があるとは……。 勇者のはもうちょっと乗り心地が良かったのですが」 火竜公女「お二人の力が必要です」 中年商人「これは姫君」 辣腕会計「やっとこちらへ避難されたのですか?」 青年商人「いや要らないでしょう」 火竜公女「必要です」 青年商人「ここは穏便に三人で話を詰めてですね」 火竜公女「そのような時間的猶予はありませぬっ」 中年商人「どういう事なんだ?」 辣腕会計「さぁ」 ガチャン!! ざっざっざっざっ 火竜公女「お二人もついてきてくださりますよう!」 青年商人「……」じー 中年商人「あの視線はついてくるなって云う意味じゃねぇか?」 辣腕会計「そうですね」けろり 中年商人「結構趣味悪いな、お前さん」 辣腕会計「口に出して再度要請しないと云うことは、 “ついてきて欲しくはないが、止めるほどの強い権限はない” というところでしょう。で、あれば事態を把握しておく方が 後々委員のためにもなるかと考えます」 中年商人「ものは言いようだな」 辣腕会計「内勤が長いとは言え、わたしも商人ですから」 中年商人「違いない」 531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 25 15.84 ID fsI5836P ――火焔山脈、紅玉神殿、大公の部屋 バターンッ!! 火竜公女「父上っ!!」 火竜大公「むぅ、なんじゃ小桜角。騒々しい。 いったい何時ついたのだ。探させておったのだぞ」ぼふぅっ 辣腕会計「“小桜角”ってなんです?」 青年商人「幼名ですよ」 中年商人「詳しいんだな」 青年商人「ありがたくないことにね」 火竜公女「結納とはどういう事ですっ!?」 中年商人「はぁぁぁ!?」 辣腕会計「結納っ!?」 青年商人「……」ふいっ 火竜大公「いや、結納とは、結婚を望む殿方の家から 花嫁の家に送られる支度金の一種じゃな」 火竜公女「そのような蘊蓄を聞いているわけではありませんっ!」 火竜大公 ちらっ 青年商人「ふぅ……」 火竜大公「そこなる男から、送られてきてな」 火竜公女「それは聞きました。わたしがお聞きしたいのは、 なぜわたしの意志も確かめずにそのような 仕儀となったかと云うことですっ」 火竜大公「それこそ、二人で話合えば済む問題ではないか」 532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 26 46.67 ID fsI5836P 青年商人「あー」ちらっ 中年商人「こんどこそ“出て行ってくれ”のサインじゃないか?」 辣腕会計「そのようですね」しらっ 火竜公女「どのような意図なのですか。商人殿」ぎらり 青年商人「説明しましょう。 これは高度に政治的判断に基づく先行投資とでも呼べる行動で、 将来のあり得る行動オプションの幅を確保するための 自衛的な防御策です」 火竜公女「妾の家に贈り物をするのが?」 青年商人「あー。そうですね、結果的にそうなります」 火竜公女「妾との婚姻をお望みでしょうか?」 中年商人「ド直球だな」 辣腕会計「姫ですから」 青年商人「いや、決してそう言うわけではありません」 火竜公女「では結婚するつもりは全くないと」 青年商人「そのように取られても困ります。 未来は、全周囲的に広がっているわけですからね。 特定の契約において将来的な契約の幅を狭めるのは 感心できない取引手法です」 火竜公女「どうあってもしらを切るつもりでありまするか」 青年商人「それは心外です。わたしは誠実な取引相手です」 火竜公女「曖昧な態度は商人殿の器量の底を策見せまする」 青年商人「機に臨んで応変なんです」 534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 29 52.65 ID fsI5836P 火竜公女「……」 辣腕会計「……」 火竜公女「判りました」 青年商人「判って頂けましたか、感謝いたします」 火竜公女「この二人と父上では、証人が足りないと仰せなのですね」 青年商人「そのようなことは云っていませんっ。 だいたいのところ、開門都市を助ける算段の中で、 商人ゆえ兵力がないという話だったではありませんか。 兵力はないが兵力になりそうな物資の話に及んだから その存在をお教えしただけで、 どうして話がそこまでこじれるのですか」 火竜公女「こじれるもなにも、商人殿が逃げ回っているのです」 青年商人「逃げていません」 火竜公女「では、開門都市を救ってください」 青年商人「わたしはただの商人ですっ」 火竜公女「違います。勇者、もしくは魔王です」 辣腕会計「は?」 火竜公女「妾は黒騎士殿と約しました。幸せになると。 はっきり言います。黒騎士殿を振りました。 振られたのかも知れませぬ。 あれは魔王殿のものですから」 青年商人「知っています。いまさらですが ……気が付きましたからね」 火竜公女「ですから、妾は幸せになる必要がありまする。 黒騎士殿が悔し涙を流すほどに。 ですから、妾と添い遂げる殿御は勇者もしくは魔王に 準じるほどのお方でないと約束を違えます」 中年商人「むちゃくちゃな話だ」 辣腕会計「剛速球も良いところですね。 言いがかりじゃないですか」 火竜大公「はーっはっはっはっ。 わしもどうせ嫁にくれてやるなら相手は その程度の大器であって欲しいものと思うておった」 538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 32 28.58 ID fsI5836P 青年商人「二人で何を無茶なことを言っているんですか!?」 火竜公女「商人殿が魔王になってくださるのならば、 この件での追求は取りやめましょう」 中年商人「おいおい」 辣腕会計「委員がこんなに追い詰められているのは始めてみましたよ」 火竜公女「いかがかや?」 青年商人「いったいなんですか。論理が捻れているではないですか。 なぜわたしが魔王にならなければならないのですか!?」 火竜公女「魔王であれば、妾も幸せになれますし あの都市を救ってくれるはずであるまする」 青年商人「それは間尺に合いませんよ。 魔王になれば、仮に、ですよ。 仮に魔王になればあの都市を救えるかも知れない。 でも、実際救うかどうかは別でしょう? 取引をするのであれば“魔王になる”か “あの都市を救う努力をしてみる”かのどっちかですよ! それが等価交換というものです。 1つの弱みで無限に譲歩を引き出すとはどんな悪辣なやり口ですか。 商人としての仁義にもとりますよっ」 火竜公女「では、商人殿はどちらなら引き受けるのです?」 青年商人「どちらかと云えば……」 中年商人「二重拘束だ」 辣腕会計「は?」 中年商人「無茶な選択肢を2つ突きつけて選ばされてる。 選んでいるようで、追い詰められてるだけだ」 辣腕会計「ずいぶん交渉術を覚えましたね」 青年商人「選びませんからね。そもそも魔王は一人でしょう? こんな茶番には意味なんて無い。 名乗ったからって実力がつくわけもない」 火竜公女「いえ、選んでくれまする」 青年商人「……」 火竜公女「妾は確信しておりまする」じぃ 541 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 00 39 33.26 ID fsI5836P 青年商人「はぁぁぁ……。失着手でした」 火竜公女「お選びください」 青年商人「判りました。魔王の方で。しかし良いですね、 こんなのはお遊びに過ぎませんからね。 わたしが魔王を名乗ったところで、現実には何一つ変わらない。 なんの実力がついたわけでもないし、それと開門都市を救う とか云うのは全くの別問題なんですからね?」 火竜大公「くくくっ。はーっはっはっはっは! 未だかつてこのような場所で、これほど安易に 魔王を名乗った男などいなかったであろうになっ。 はっはっはっはっは!!」 火竜公女「承知しておりまする。では妾が勇者ですね」 青年商人「は?」 火竜公女「残り物ですが、それも縁起がよいと申しまする」 中年商人「何を言ってるんだ、姫は」 辣腕会計「わたしに判るわけが無いじゃないですか」 火竜公女「確認いたしまするが、魔王になられたからには あの都市を救う力があるのですよね?」 青年商人「それは判りませんが、もしその必要があれば 微力を尽くしましょう。 おそらくは、あの都市はわたしが考えていたよりも、 大きな意味合いを持っているのでしょうから。 しかし、わたしはあの都市のために何かをすると 決めたわけではありません。 貴女の詭弁に乗って見ただけに過ぎませんからね」 火竜公女「ええ、商人殿。この件では永久に感謝しましょう。 さて、父上。しなければならぬお願いがありまする」 火竜大公「申すが良い」 火竜公女「忽鄰塔開催を。その権利は魔王のものなれど 父上は魔王の権威を議長として預かったはず。 で、あれば魔王殿に変わり忽鄰塔を招集することも可能でしょう」 火竜大公「忽鄰塔を?」 火竜公女「そうです。魔界の全部族をあの地に。 忽鄰塔であれば、魔王殿の力を存分に発揮できるはず。 ましてや二人もいるのであれば。 ――妾とて望みを叶えるためにならばどのような あがきもして見せまする」 612 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 03 11.25 ID fsI5836P ――11年前、冬、深い森の広場、木の根もと 勇者「おい、じじー」 老賢者「……」 勇者「林檎持ってきたぞ」 老賢者「……うむ」 勇者「……」 老賢者「……」 勇者「何を見てるんだ」 老賢者「……星を」 勇者「星?」 老賢者「あれは、なんだろうな」 勇者「星だろう?」 老賢者「星とは、なんだろう」 勇者「……うーん」 老賢者「不思議だ」 勇者「そうかなぁ?」 老賢者「……歳を降るごとに不思議が増える」 勇者「うーん」 老賢者「……」 勇者「……」 613 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 04 09.72 ID fsI5836P 勇者「じじーは、最近静かだ」 老賢者「……うむ」 勇者「林檎、食べないのか?」 老賢者「うむ」 勇者「食べちゃうぞ?」 老賢者「食べるが良い」 勇者「……。むしゃ」 老賢者「……」 勇者「……むしゃ」 老賢者「……」 勇者「なぁ、じじい」 老賢者「……」 勇者「食べようぜ? 林檎」 老賢者「――勇者」 勇者「ん?」 老賢者「わしには、もういらないのじゃ」 勇者「……」 老賢者「……」 勇者「……やだな」 老賢者「どうした?」 勇者「そんなのは、いやだな。 ……なんか変じゃん。間違ってるよ」 老賢者「自然なことだ」 勇者「そんなことないっ」 老賢者「時が来たのだよ」 勇者「嘘だっ」 616 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/12(月) 20 05 32.55 ID fsI5836P 老賢者「勇者」 勇者「っ」 老賢者「こうして耳を澄ましておると、 世界の至る所にある小さな呟きやさざめきがきこえる。 清澄さを増した闇の中を、遠い遠い音信のように伝わる。 この世界は豊かだ。 小さな者どもの、睦言がさざ波のように波紋を広げている」 勇者「判らないよ」 老賢者「……わるくない。そう言ったのだ」 勇者「余計わからないよ……」 老賢者「勇者」 勇者「……」ぎゅっ 老賢者「期待をするのは、馬鹿のやる事よ」 勇者「うん」 老賢者「しかし、期待することを諦めるのは唾棄すべき所行だ」 勇者「――」 老賢者「期待せよ」 勇者「なんで、いまさら。そんなっ」 老賢者「そなたには、その力がついたのだから」 勇者「勇者の力なんて欲しがった事、一度もないっ」 老賢者「それは勇者の力とは別だよ」 勇者「判らないって云ってるじゃんっ!」 老賢者「……上手くは、教えて、やれぬなぁ」にこり 勇者「――っ」 ページトップへ <前11-1へ|次11-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/25.html
<前1-2へ|次1-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1-3 323 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 36 03.83 ID AIDyRnsCP ――館の廊下 勇者「よっ。お疲れ」 魔王「疲れた」 勇者「疲れた顔してるよ」 魔王「なぜ私は教育などと言い出したんだろう。 人間の子供の相手をするのがあんなにも疲れるとは 思わなかった。あれではまるで動物ではないか。 理非も交渉も通じない」 勇者「あー」 魔王「なぜあの者たちはあんなにもプライドが高いのだ」 勇者「貴族や軍人や富裕層だからじゃないか?」 魔王「いっそ蛙に変えてしまうか」 勇者「冗談に聞こえないぞ」 魔王「冗談ではない」 勇者「止めておけ」 魔王「そうか」しょぼん 勇者「村長の家に向かうんだろう? 付き合うよ」 332 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 43 21.00 ID AIDyRnsCP 魔王「む。寒いな」 勇者「雪が降ってないだけましだ」 魔王「寒いぞ、勇者」 勇者「俺はその中で一日中イノシシを追っかけてたんだぞ? 魔王は家の中にいたんだから文句言うな」 魔王「ちがう。寒いのだ」 勇者「……」 魔王「……だめか?」 勇者「わかった、ほら」ばふっ「これであったかいか?」 魔王「うん、あったかい」 勇者「ご機嫌か」 魔王「ふふん。悪くはない」 勇者「偉そうだな」 魔王「勇者を手に入れて本当に良かった」すりっ 勇者「あー。こほん」 魔王「?」 勇者「おたがいな」 334 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 50 56.62 ID AIDyRnsCP 魔王「まぁ、なんとか動き出したのだから 文句を付けるのもおかしいのだろうな」 勇者「まぁなぁ」 魔王「悲しいほどに権威が物を言うのだな。 貴族の子弟を受け入れて、箔がついたら農民も 学んでも良いと言い出すのか。新しい農法も この春からそれなりの規模で実験開始だそうだ」 勇者「結果が出るのに、時間はかかるだろうな」 魔王「いや、来年からにでも結果は出す」 勇者「出来るのか?」 魔王「秘密兵器を手に入れたからな」 勇者「なんだそれは」 魔王 ごそごそ 「これだ」 勇者「なんだその固まりは?」 魔王「これは馬鈴薯という。作物だ」 勇者「??」 魔王「植物なんだ。こうやって掘り出しているが、 この丸い部分は土中に出来る」 339 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 54 44.77 ID AIDyRnsCP 勇者「ふぅん……」 魔王「これはなかなか美味で栄養価の高い食物なのだ。 そのうえ、このような食用部分が地下に出来るために、 鳥害を受けにくい。また、痩せた土地や寒冷地、 固い地面でも成長できるという優れものだ。 そのうえ、土地あたりの収穫量は、ざっと計算した ところ小麦の3倍に当たる」 勇者「まじかよっ!?」 魔王「ああ、大まじめだ」 勇者「神の食べ物か!?」 魔王「いいや、魔界の食べ物だ」 勇者「……」 魔王「異文化、異文明の接触というのは、 このように大いなる恩恵を生むことがあるんだ。 たとえ不幸な形の接触であっても、接触は接触だ」 勇者「複雑だなぁ」 341 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 18 59 48.00 ID AIDyRnsCP 魔王「もっともこの馬鈴薯にだって弱点がない訳じゃない」 勇者「なにがあるんだ?」 魔王「まず、毒性がある」 勇者「ダメじゃん!」 魔王「いや、強い毒ではないし、毒性が発生するのは、 日光に当たって発芽しかけたものだけだ。 収穫や保存においてきちんと管理すれば問題ない。 むしろ冷暗所で保存すれば一年程度は持つはずだ」 勇者「ふむ……」 魔王「また、連作障害がある。この馬鈴薯という植物は 条件さえ合えば、年に3回程度収穫できるのだが」 勇者「聞くだにすごいな。さすが魔界の植物だ」 魔王「ああ。だが、その分土中の栄養素、つまり いわゆる『大地の恵み』を多く消費してしまうんだ。 必要な種類の恵だけ使ってしまうから、おなじ場所で 作り続けると出来が悪くなって、病気にもかかりやすくなる」 勇者「ふむふむ」 344 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 06 00.60 ID AIDyRnsCP 魔王「もうちょっと」 勇者「へ?」 魔王「もうちょっとくつくのだ。隙間があると寒い」 勇者「う、うん……。あー。くっつくとこっちが いろいろもにょもにょなんだけど」 魔王「……わたしの身体は気持ち悪いか?」 勇者「いやいや、そうじゃないんですが」 魔王「まぁ、とにかく。この食物も、寒冷地の 飢饉対策に役立つはずなんだ。毒性の部分は 気をつけていればさほど大きな問題にはならない。 どちらかというと、連作障害の方が問題だろうな」 勇者「俺の理性の方にも問題が」 魔王「大地の恵みは時間がたてば回復するが それに対してこちら側からも働きかけを行なう方法を 確立しないと、一カ所に留まって生産量を上げることは 限界があるだろうな」 勇者「大地の神に祈祷でもするのか?」 346 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 10 57.82 ID AIDyRnsCP 魔王「そうだな。祈祷の一種だ」 勇者「無神論者じゃないのか? 魔王は」 魔王「私が無神論だろうと何だろうと、 利用できるものは隙無く隈無く躊躇無く 利用したおすのが経済屋というものだ」 勇者「ある種の悪魔だな、こいつ」 魔王「大地そのものに、契約の証として捧げ物をするんだ。 この種の捧げ物は人間社会でも、経験的に行なわれている。 焼いた食物や動物の遺骸、動物の糞尿や、食べかすなどだ」 勇者「ふむ。なんか捧げ物ってイメージじゃないけど」 魔王「期待しているのは南氷海の魚なんだがな」 勇者「なぜ?」 魔王「捧げ物には魚が良いんだよ」 勇者「買ってきてやろうか? 転移呪文でひとっ飛びだぞ」 魔王「ありがたいが、持って帰れる量ではないと思う。 畑一つに月50匹。それも毎年だと云ったら驚くか?」 350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 17 55.33 ID AIDyRnsCP 勇者「うっわ、そりゃ」 魔王「無理だろう?」 勇者「うん」 魔王「だが、それも問題が大きくてな」 勇者「なんだ? 南氷海に問題でもあるのか?」 魔王「ああ。二つある。 一つは、勇者も知ってると思うが南氷将軍だ」 勇者「……あの親父か」 魔王「ああ、あの男、魔族の中でも強硬派だからな。 魔王の私が伏せっているこの時期でも略奪行為を 続けていると聞いている。銀鱗族、飛魚族、鉄亀族、 巨大烏賊族、歌姫族を率いる、魔族でも指折りの 実力者だ……」 勇者「何度か戦りあったことがある。 ばかでかい図体で、すげー銛さばきだった」 魔王「南氷海で活動するからにはどうあっても 利害が衝突するだろうな」 355 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 27 04.00 ID AIDyRnsCP 魔王「もう一つが『同盟』だ」 勇者「なんだそりゃ」 魔王「この話は、もうちょっと伏せておこうかと 思ってたんだがな。良い機会だから説明しておこう」 勇者「うん」 魔王「正式には『南部独立都市および自由商人による 経済同盟』と呼ぶ。まぁ、いまでは『同盟』で 何処でも通じるな」 勇者「聞いた覚えはあるけど、それって有名なのか?」 魔王「名前だけは有名だが、実体をする人間は 多くはないな。特に商人でない人間にとっては 意味が薄い」 勇者「つまり、商人の寄り合い所帯だろう?」 魔王「まぁ、そうだ。 50年ほど前に南部諸王国中心の街にうまれた団体だ。 交易商人による団体で、団体構成員の交易特権を 守るために生まれたのが発祥の契機だな」 357 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 32 55.13 ID AIDyRnsCP 勇者「交易特権?」 魔王「ああ。ある街から別の街に物資を持っていくと 当然のように、許可が下りたり、降りなかったりするだろう」 勇者「あるな」 魔王「商人たちはその『許可』を求めるし 手に入れれば守りたがったんだ。 当たり前だな、その免許のあるなしで、 商売が出来るかどうかが決まる。死活問題だ」 勇者「ふむふむ」 魔王「時代が下ると、税の機構が整備されて、 おなじ許可でも税が重かったり軽かったりするようになった。 こうして王族や貴族は税を通じて経済に接触できるんだ。 しかしそれは逆に、経済の輩、つまり商人が 貴族や王族といった支配階級に接触することをも意味する」 勇者「うへぇ、なんだか難しい話だ」 魔王「『同盟』はそういった商人の作った組織の中でも 最大のものだよ。その規模は想像を絶する」 勇者「へー? どれくらいなんだ? 千人くらいいるのか?」 359 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 38 05.19 ID AIDyRnsCP 魔王「この場合、人数は問題じゃないんだ」 勇者「そうなのか?」 魔王「経済的な組織だからな。動かせる富の量や 流通に介入する能力が彼らの武器だ。人数じゃない」 勇者「理屈で云えばそうなるのか。 ……で、どれくらいなんだ?」 魔王「その商業範囲は、南部を中心にしてではあるが この中央大陸全土に及ぶ。 主要な都市に『同盟』の出張機関がない場所はなく、 『同盟』の支店がある場所こそがすなわち主要都市だ。 『同盟』の総資産は誰にも判らないけれど、 いくつかの歴史的な介入から私が試算する限り その総額は天文学的な規模にあがる」 勇者「……」 魔王「少なく見積もっても、南部諸王国全部を 5回売り買いしてもおつりが来ることは確かだ」 勇者「!?」 362 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 42 11.51 ID AIDyRnsCP 魔王「そう言う組織なんだ」 勇者「なんだそりゃ!?」 魔王「こと、この南部地方に限って云えば、都市間の 小麦の流通のおおよそ60%に同盟の息がかかっている。 その気になれば、領主も王の首もすげ替えられる力を 『同盟』はもっていることになるな」 勇者「化物かよ」 魔王「まごうことなき化物だ。 人間の生活は化物の背に乗って行なわれている」 勇者「俺、そのなんとか同盟ってのに頼まれて 何回か戦意高揚演説したことがあるぞ」 魔王「そうなのか?」 勇者「ああ。魔族を倒しに立ち上がろう、えいえいおー! みたいなやつ。そのあとひらひらしたドレスの 姉ちゃんが出てきて、攻城塔の上でうたってたぞ。 キラッ☆とかいって」 魔王「プロパガンダだな。数百万Gは儲けただろう」 勇者「おれには謝礼15Gだったんだぞっ!?」 368 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 47 46.85 ID AIDyRnsCP 勇者「うううう。俺は、俺ってヤツは……」 魔王「そんなに落ち込むな、勇者」 勇者「俺はそんなヤツらに騙されて……」 魔王「経済は君の専門じゃない。無理もないさ」 勇者「俺はそのお姉ちゃんに『憧れてますっ!』 なんてキラキラ瞳で云われたせいで それだけで胸がいっぱいになって 魔界へ飛び出しちゃうし」 魔王「……」 勇者「帰ってきたら祝勝パレードで 良い感じのパーティーに招待しますからとか 依頼してきた青年に言われちゃったりして、 モテますねとか肘でつつかれて舞い上がったり……。 いま考えるとあの青年も商人だったんだなぁ」 魔王「……」 勇者「うううう。俺はダメ勇者だ」 魔王「ふんっ。きつい教育が必要だな」 371 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 55 05.85 ID AIDyRnsCP 勇者「つまり、敵だな」 魔王「あ-。物騒なことを云うな」 勇者「いいや、敵だ。最上級撃魔封殺雷撃魔法で仕留める」 魔王「都市攻略術式を個人相手に使おうと考えるな」 勇者「だって騙したんだぞ」しくしく 魔王「子供か、君は。 ……そもそも『同盟』には意志なんてないんだ。 金儲けをするための商人が寄り集まって、 知恵を出し合い、自分たちの身を守り成長することだけを 願った組織。もはや肥大してしまって個人の思惑なんて 欠片も差し挟めないほどに成立してしまった 『概念』に近い存在なんだ。 仮に勇者がだまされたとしても向こうに騙すつもり なんて無かったし、逆に言えば復讐したって 痛みなんて感じる機能はない」 勇者「くぁ、余計むかつく」 魔王「敵でも味方でもない。獣みたいなモノなんだ」 勇者「……」 魔王(それでも、あるいは……) 372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 19 59 02.75 ID AIDyRnsCP 勇者「むー。知らないことばっかりだ」 魔王「ぼやくな」 勇者「まぁ、いいけどさ。戦ってばかりいる時よりも 前に進んでいる気がするから」 魔王「……ずっと側にいる」 勇者「うん。俺もだ」 魔王「あー。あー」あせっ 勇者「なんだ?」 魔王「ほら、もう村長の家だ。きょ、今日は クローバーによる土中の恵みの結晶化について話すのだっ」 勇者「そ、そか」 魔王「……その」 勇者「うん」 魔王「4時間ほどで、帰るから」 勇者「わかった」 魔王「い、いってくるからな」ぎゅっ 勇者「おう! 行ってこい!」ぎゅっ 419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22 46 44.67 ID AIDyRnsCP ――湖の国、首都郊外 しゅんっ! 勇者「……いいぞ」きょろきょろ 魔王「む。便利なものだな、転移魔法というものは」 勇者「魔王だって使えるだろう?」 魔王「いや、個人長距離移動性能と、目的地の選択の 関係でここまでの汎用性はない」 勇者「そうなのか」 魔王「術式が違うのだ。機会があれば研究したいが」 勇者「まぁ、いまは目的が先か」 魔王「うん。どこだ?」 勇者「あの丘の向こうだ。念のために顔は隠してな」 魔王「心得た。淑女の服に比べれば、変装の方が ずっと着心地が良いぞ」 勇者「あれはあれでよい物なんだがなぁ」 422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22 53 25.47 ID AIDyRnsCP ざっざっ 魔王「あれか?」 勇者「ああ、あの石造りの建物が、このあたりの 修道会を束ねる修道院だ」 魔王「宗教ばかりは私たちには判りづらいな」 勇者「俺だって説明しにくいよ。専門家じゃないんだし。 まぁ、でも『同盟』が化物だとすると 『教会』だって同じくらい化物だって事だ」 魔王「ふむ。用心するべきなのだな」 勇者「ああ、もちろんだ。お前は特に魔王なんだからな。 危険人物リストのぶっちぎりナンバー1だ。 なんせ神の敵だぞ」 魔王「ははは。神など恐れたことはない」 勇者「神の名を叫ぶ人間ってのは怖いんだぞ」 魔王「うむ、それは肝に銘じる」ぶるっ 勇者「さ、いくぞ。一応紹介の連絡だけは 入ってると思うが……」 魔王「最悪魔法で逃げ出せばいいだろう」 勇者「悪い意味で場慣れしてきたな、俺たちも」 423 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 22 59 20.74 ID AIDyRnsCP ――湖畔修道会、内部 修道士「こちらでございます、お客様……」 魔王「静かだな」 勇者「うん」 修道士「我が修道院はただいま『沈黙の行』の 時間です。どうかお気遣い賜りますよう……」 魔王「う、うん……」 勇者(雰囲気に飲まれてるぞ、魔王) かつん、かつん、かつん…… 勇者(独特の雰囲気があるな、修道会ってのは) 修道士「こちらが会議のための部屋となっております。 もうしわけありませんが、我が修道院は 午後の祈りを控えております。 しばらくお待たせしてしまうのですが」 勇者「かまわない。案内ありがとう」 424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 04 27.16 ID AIDyRnsCP 魔王「さて、と。潜入は成功だ」 勇者「あとは、院長に面会して交渉か」 魔王「うん」 勇者「今回は出たとこ勝負って事になるのか」 魔王「まぁ、いくつか交渉材料は考えてきてあるんだが。 というか、そもそもこれは人間側のために考えた 人間にメリットの多い企画なんだがなぁ」 勇者「相手は宗教屋だからな」 魔王「そういえば、この世界の人間は、なんと言ったっけ? その、光の精霊とかを信じているんだろう?」 勇者「ああ、中央大陸の主だった国は全て光の精霊信仰だ」 魔王「勇者はさっきから聞いていれば、 涜神的な言動が多いが、信仰心は薄いのか?」 勇者「薄いというか、何というか。 戦場に身を置いて、特に魔物なんかと戦ってると、 精霊様ってのは身近に感じるんだよ」 魔王「ふむ」 勇者「信仰心が薄い訳じゃなく、友達感覚のつきあいなんだ」 魔王「そうなのか? それはまた珍しい気がするんだが」 429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 11 19.24 ID AIDyRnsCP 勇者「まぁ、俺は特別だよ。 夢のお告げなんかも聞いたりしちゃったしな」 魔王「神は実在するのか!?」 勇者「神じゃない、光の精霊だ」 魔王「ふむ……」 勇者「すごく善人なだけで、竜とか魔王とかと 似たような存在なのじゃないかな? 光の精霊も。 面倒くさいことが断れない気の弱い性格なんだと思うよ」 魔王「そんな存在でも、信仰の対象なのだろう?」 勇者「まぁな。それに信仰以外の所でも、 『教会』ってのは社会の中で大きな意味を持ってるんだ。 こんだけでかい組織だからなぁ。 『同盟』なんか人数だけで云えば比べものにならない」 魔王「研究や学術の面でも、か」 勇者「ああ。この世界のそう言った知識は、 殆ど教会の権力の下にあると云っても 良いんじゃないかな。以前にも話しただろう? 都市部の人々は、教会のミサで お話や読み書きを教えてもらうんだ」 432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 17 41.52 ID AIDyRnsCP 魔王「その組織に期待したいんだがな」 勇者「まぁ、今日のはとっかかりだし、 失敗しても傷口は浅くて済む。 『教会』は大所帯だから、内部ではいろんな 派閥があるんだ。いまはその派閥が『修道会』という 形で表に出てきている。様々な『修道会』が 入り乱れているのが現状だ」 魔王「でも、すべて光の精霊を信仰しているのだろう?」 勇者「そうだよ。だから表向き、全ての『修道会』は 友好的、と言う建前になっている。善の勢力ってことだな。 でも実際には信仰の方法論が違ったり、過激さが違ったり もっと露骨に云えば信者の奪い合いでライバル関係で あることも少なくはない」 魔王「なんだか、魔界の部族の領土争いと変わらないな。 破壊神と煉獄神と暗黒神とにわかれていたほうが、 まだ判りやすいぞ」 勇者「そう言う宗教があるのか?」 魔王「あるぞ。でも、大半はただのファッションだ」 435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 22 45.56 ID AIDyRnsCP 勇者「で、まぁ。この湖畔修道会は修道会の中でも 実利的、かつ穏健でな」 魔王「ほう」 勇者「農民の生活援護みたいな事を主な活動にしているんだ。 労働力の提供とか、ブドウ栽培の指導とか、 戸籍の補完とか、そうそう、病院もやってるよ」 魔王「病院もか!」 勇者「つーか、病院ってのは教会の仕事だろう? もっとも病人は受け付けない教会も少なくないけどな」 魔王「……ふむ」 勇者「魔王?」 魔王「どうした?」 勇者「魔王は……。なんだかな、そのう。 時々すごく寂しそうな顔をするよな。いまみたいな時」 魔王「そうか?」 勇者「ああ」 魔王「そんな自覚はないんだがな」 勇者「そうなのか? なぁ、魔王。魔王には どういう風に物事が見えて」 ガチャリ 437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 30 35.05 ID AIDyRnsCP 魔王「あー。お初にお目にかかる」 勇者「はじめまして。紹介書は届いてるかと思いますが」 魔王「南部辺境で農業を中心に研究生活を送っている。 紅の学士と云います。よろしくお願いしたい」 勇者「俺はその介添え兼護衛の白の剣士。 修道院に入るのは気後れする粗忽者なのだが ご寛恕ください」 女騎士「……」 魔王「湖畔修道会に来たのは初めてですが 立派な建物ですね、びっくりしました」 勇者「……あ」 女騎士「……白の剣士ですって?」 魔王「へ」 勇者「あー。それはな。えっと」 女騎士「ゆ う し ゃ ! あなたねっ!!」 勇者「うぁ」 441 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 38 33.95 ID AIDyRnsCP 女騎士「なにが『白の剣士』よっ。 いままで何処ほっつき歩いてたのよ! もう一年よ!? 一年も音沙汰無しでっ!!」 魔王「どういうことなのだ?」 勇者「いや、その」 女騎士「あなたがあたしたちを放り出したんでしょっ。 この先に進むのは一人で良いとか何とか 適当なことほざいてっ!! あんな辺境の街で放り出された 私たちの身にもなりなさいよっ。 どんだけ心配したことかっ。 ってか腹立たしかったか!」 魔王「あー」 勇者「だってさぁ」 女騎士「だってもクソもないのよっ! あっ。す、すみません。精霊様、クソなんて 云ってしまいました。懺悔しますっ」 442 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 42 50.89 ID AIDyRnsCP 勇者「ううう」 女騎士「私はともかく、弓兵さんも、魔法使いちゃんも ものすごくへこんでたんだからねっ」 魔王「攻撃力過多なパーティーだな」 勇者「回復は俺と騎士でやりくりをね」 女騎士「話聞いてるのっ!? 勇者っ」 勇者「すんません」 女騎士「……ふぅ。で、いままで何してたの?」 魔王「あー」 勇者「そ、それは」 女騎士「ああ。済みませんでしたっ。学士様。 席も勧めませんで、今すぐお茶を持ってこさせます」 魔王「は、はぁ」 勇者「どうしたもんかなぁ」 女騎士「わたしは、元聖銀冠騎士団所属の女騎士。 ゆかりあって、いまはこの湖畔修道会で みんなの生活の向上のために勤めています」 444 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 48 48.98 ID AIDyRnsCP ――湖畔修道会、会議室 勇者「と、まぁ。そんな訳で。魔王にも手傷は 負わせたんだけどさ。魔物総攻撃みたいな話になっちまって 退却してきたって訳さ」 女騎士「そうだったの……。まさか、いままでずっと 怪我の療養を?」 勇者「いや、それはないな。まぁ、色々事情があって 表舞台には顔を出せなかったって云うか……」 女騎士「諸王国がそこまで手を回したのっ!?」 魔王「――」じぃっ 勇者「いや、なんだそれ?」 女騎士「ううん。いいんだけどっ。判ったわ」 勇者「そっちは何でこんなところで修道院長やってるんだ?」 女騎士「もうっ。 私は元々の出身がこの辺なのよ。 騎士の叙勲されたのも教会でだったし教会所属の騎士なの」 勇者「そーいやそうだったなー」 446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 52 05.81 ID AIDyRnsCP 女騎士「……実は、勇者が魔王城に向かってね。 それを諸王国軍本部へと報告して、ひと月たった頃。 特使が来てね。……勇者が出かけて、その身を顧みず 魔王に一矢浴びせたって。そう言って、仲間全員に 恩賞金が出たのよ」 魔王「ふむ」 女騎士「勘違いしないでよねっ。 私は受け取ってないんだから。 ……で、そのあとね。 私たち三人はいままで大きな活躍をしてきたから、 王国の要職に取り立てるって……」 勇者「そうだったのか」 女騎士「……それって、体の良い引退勧告だよね。 私はイヤだった。勇者をだしにして出世するなんて イヤだったし。だから故郷に戻って、今度はみんなの ためになる仕事をしようと思って」 勇者「立派な志じゃないか。いや、女騎士は以前から やるときゃやってくれる男気あふれた仲間だと 思ってたんだよ」 女騎士「…………はぁ」 450 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/04(金) 23 55 54.27 ID AIDyRnsCP 勇者「で、あとの二人は?」 女騎士「……うん」 勇者「?」 女騎士「……弓兵さんはね。ほら、元々兵士だったでしょ?」 勇者「ああ、そうだな」 女騎士「だからね、諸王国軍に帰ったの。 恩賞金ももらってた。連合参謀本部の諜報室に 行くんだって云ってたよ。……その、ごめんね」 勇者「何で謝るんだ? 俺の活躍で報奨金が出たなら それってすごく良いことじゃないか。出世もしたみたいだし」 女騎士「……う、うん」 勇者「で、魔法使いは? あいつも金もらってただろ? ああ見えて守銭奴だからな。 『東方の、魔道書、買った……』とか 無表情のままぼそぼそーっとか云ってたろ? あいつは味わいのあるヤツだからなぁ」 女騎士「魔法使いちゃんは、1人で行っちゃった」 勇者「へ?」 女騎士「勇者を追って、魔界へ」 453 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 07 26.45 ID 5kaffl9OP 魔王「……」 勇者「……」 女騎士「……ごっ、ごめんね」 勇者「止めたんだろ?」 女騎士「もちろんだよっ! でも、次の朝。 荷物が無くなってて、多分……」 勇者「じゃ、仕方ない。気持ちはわからんでも無いけれど 女騎士が気に病む事じゃないさ。もとはといえば 俺が1人で突っ込んだせいなんだろうしな」 女騎士「……勇者」 勇者「それより、今日は交渉だの相談だのがあってきたんだ」 女騎士「紹介状にも書いてあったけど……」 勇者「ま……学士」 魔王「わたしだな。改めて挨拶させてもらおう。 紅の学士と呼んで欲しい。学者だ」 女騎士「初めまして、勇者のもと仲間の女騎士です」 458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 14 23.98 ID 5kaffl9OP 魔王「今日来たのは、この修道会のお力をお借りするためだ」 女騎士「うかがいましょう」 魔王「まず、これを見て欲しい」 とさっ 女騎士「これは?」 魔王「馬鈴薯、と言う植物だ。くわしい情報はこちらの 羊皮紙にもまとめてあるが、要点をまとめると 寒冷地でも耕作可能な農作物で、単位面積あたりの 収穫量は小麦の三倍に達する」 女騎士「っ!?」 魔王「もちろん、いくつかの注意点もあるが 作物としては多くの優位性がある。栽培もけして 難しくはない。お解りだと思うが」 女騎士「この作物は、多くの飢餓者を救える」 魔王「そうだ」こくり 461 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 18 19.44 ID 5kaffl9OP 女騎士「どのような助力を当修道会にお望みですか? 金銭ですか? それでしたらどのような手段を用いても、 最大限出来うる限りの謝礼を用意させていただきます」 魔王「ほら見ろ、勇者。これがこの作物に対する 智慧ある人物の対応だ」 勇者「わるかったなぁ、反応が鈍くて」 女騎士「……政治的介入や権力の行使をお望みなのですか? 何らかの爵位や身分を? 申し訳ありませんが、 当修道会は王族や貴族にそこまでの影響力は 保持していないのです。お金の用意できる量も……」 勇者「いや、それはない。 女騎士がそう言うの苦手なのはよく知ってるし」 女騎士「勇者じゃなくて、学士様と話してるのっ」 魔王「金銭的な援助は、それはあればあっただけ嬉しいが 当面の目的はそうではない」 女騎士「どういったことでしょう?」 467 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 26 57.24 ID 5kaffl9OP 魔王「南部辺境に、冬越しの村という寂れた寒村がある」 女騎士「はい」 魔王「その村に修道院を建てて欲しい」 女騎士「そんなことでよろしいのですか?」 魔王「私ももちろんバックアップをしよう。その修道院を 中心に、この馬鈴薯の栽培方法を農民に指導して欲しいのだ」 女騎士「それは願ったりというか、我が修道会の理念に 乗っ取った行動ですが……。そんなことで良いのですか?」 魔王「うん。もちろん、馬鈴薯の栽培が成功した場合、 付近の村や国に修道院を増やして、その栽培方法を 広めてもらえないだろうか」 女騎士「その過程でこの修道会の影響も増えますから、 それはこちらにとっては得ばかりの話ですが、 学士様にとってはどのような得があるのですか?」 魔王「実はこちらの目的も、馬鈴薯の栽培方法の伝播でね。 南方寒冷地の食糧事情の改善がされれば目的にかなう」 女騎士「そう……ですか」 468 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 30 44.67 ID 5kaffl9OP 魔王「それに栽培したいのは馬鈴薯だけではない。 農業の手法改革研究も進めている。 従来の三圃式農業にかわる、新しい生産性向上の 手法がある」 女騎士「そうなんですか!?」 勇者「なかなか優れものだぜ」 魔王「そう言った手法を実験的に行なっているのが くだんの冬越し村なのだが、成功したとしても 私達だけでは広く伝えるための組織や人材が 不足しているのだ。 そう言った点で協力しあえればと考えている」 女騎士「あなたは、光の精霊様に使わされた 御使い様に違いありませんっ」 勇者「それはどーかなー」 魔王「……」げしっ 勇者「痛っ!?」 472 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 34 57.42 ID 5kaffl9OP 女騎士「そのようなことであれば、出来うる限りの。 ええ、私自らが冬越し村へと赴き、修道会の 総力を挙げて助力いたしましょう」 魔王「ご厚情痛みいる」 勇者「いや、それは……」 女騎士「何か文句あるの? 勇者」 勇者「いや、なんてーのかなぁ。ほら、えーっと」 女騎士「じれったいわね」 勇者「俺って昔から危険をはらんだニヒルな 勇者じゃない? だから、ほら。 近くにいると、無用の火の粉が……」 女騎士「そんなのずっと前から体験済みよっ。 それとも私が冬越し村に行くと何かまずいわけっ?」 勇者「えーっと……それは、そのまおーとか……」 474 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 38 15.85 ID 5kaffl9OP 魔王「協力してくださる修道会の長に 失礼があってはいけないぞ、勇者」 勇者「ええーっ!?」 女騎士「……余裕がおありですね」めらっ 魔王「余裕など無い台所事情ゆえ、こちらの修道会に 協力を求めてきたのだ。わたしは契約至上主義者ゆえ 契約の相手には最大限の敬意を払うことにしている」 勇者(た、たすけてー) 女騎士「ともあれ、二度と会えないかと思った……。 いえ、一年ぶりに会うことの出来た勇者と一緒に このような恩恵の食物をもたらしてくれた学士様も 光の精霊のお導きというものでしょう。 わが修道会の天命かと思います」 魔王「いいえ、魂持つものの努力です」 女騎士「……ええ、そうですね。その通りです」 478 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 41 19.55 ID 5kaffl9OP ――湖畔修道会、前庭 女騎士「本当い良いの? 見送りは」 勇者「ああ、かまわない。部屋でも良かったのに。 どうせ転移魔法なんだから」 女騎士「そりゃそうだけど」 魔王「では、冬越し村で会えるのを楽しみにしている」 女騎士「そうですね、冬の間はさすがに移動できませんから。 この修道院の後任院長を決めて、春一番でそちらへと 向かいましょう。修道院建築に関して、当地の領主や 有力者との間に好意的な合意が出来れば良いのですが」 魔王「そちらに関しては、この冬の間に 出来る限りの根回しをしておこう」 女騎士「ありがとうございます」 勇者「なんだか仲が良さそうに見えて怖い」 女騎士「何か言った?」 勇者「なんでもありません」 女騎士「では春に!」 魔王「ああ、春にお目にかかろう」 482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 49 00.34 ID 5kaffl9OP ――冬越し村の春 小さな村人「うんわぁ、やっとこお日様が顔をだしたなや」 痩せた村人「だしたなやぁ。ああ、風がぬるくなってきた」 村の狩人「ほーい。ほーい」 小さな村人「どうしたー?」 痩せた村人「今日は良い天気だなやー」 村の狩人「そうだなぁ。今年はなんだか良い事が 起きそうな気がするだなー」 小さな村人「さっそくかい?」 村の狩人「ああ、ウサギが4匹も捕れたよ。 1匹は村長さんの所へ持っていく」 小さな村人「そりゃぁいいな!」 痩せた村人「今年はイノシシの塩漬けがまだたくさんあるしな」 村の狩人「ああ、びっくりしたなや」 小さな村人「これも村はずれの剣士様のお陰だなー」 痩せた村人「うちの息子が、斧を研いでもらっただよ」 村の狩人「熊もつぶしてくれたとかで、 森の中も少し風通しが良いみたいだなや」 485 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 56 25.53 ID 5kaffl9OP メイド妹 ~♪ ~♪ 小さな村人「おんや。噂をすれば、村はずれの館の姉妹だなよ」 痩せた村人「本当だ。ほーぅい、ほーぅい!」 村の狩人「どこへいくんだーい」 メイド姉「こんにちは、みなさん」ぺこり メイド妹「あのねー。村長さんの所へ、木イチゴの樽漬け を分けてもらいに行くんだよっ」 小さな村人「そーかそーか。えらいな」 痩せた村人「お客さんでもくるんかい?」 メイド姉「はい、そのようです」 村の狩人「そうかそうか。……ふむ。 ようし、このウサギを、当主の学者様へと お届けしてほしいだなや」 小さな村人「おんや、太っ腹だな、狩人さん」 村の狩人「なんの。森を安全にしてくれた 大恩あるおうちじゃないか。 ウサギなんて春になったのだからまた取れるだな」 486 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 00 59 34.36 ID 5kaffl9OP メイド妹「ありがとー♪」 小さな村人「それもそうだ。 これは沢で取れたクレソンだなや。 ほら、分けてやるから持っていくと良い」 メイド姉「ありがとうございます、本当に」 痩せた村人「雪解けの屋根修理には是非呼んでくれだな」 村の狩人「そうだそうだ、是非お世話してやんねと」 メイド姉「はい。かならず当主に伝えます」 小さな村人「ええってええって」 痩せた村人「なんだ、みんなにこにこしてからに」 村の狩人「やぁ。やっぱりお屋敷詰めともなると 本当に2人ともべっぴんさんだねぇ」 メイド姉「……」 小さな村人「ああ、本当だ。俺たちとは全然違うだなや。 賢くて優しくてべっぴんで、俺たちは、みんな 2人に憧れてるだなよ」 メイド妹「ありがとー」にこぉっ メイド姉「……ごめんなさい」 492 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 11 23.61 ID 5kaffl9OP ――村はずれの屋敷、深夜 勇者「よっ。ほっ」 ぎゅっ、かちっ 勇者「こんなもんか? 薬草もあるし、あとは 現地でどうとでも奪えばいいか」 魔王「こんな深夜に完全武装か」 勇者「魔王……」 魔王「私の物のくせに」 勇者「あー。うん。……ごめん」 魔王「なんだその情けない顔は。勇者だろうに」 勇者「後ろめたいとどうしてもこういう顔になるんだよ」 魔王「私はお前の物なんだぞ。そしてお前は私の物だ」 勇者「ああ」 魔王「止められるとでも思ったか?」 勇者「……」 魔王「見くびらないでもらおう」 勇者「え? いいのかっ?」 494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 15 01.77 ID 5kaffl9OP 魔王「ほら」 勇者「これは?」ずしっ 魔王「先々代だったか? の魔王が使ってたという、 黒玉鋼の鎧兜だ。安心して良い。呪いの類は かかっていない」 勇者「……?」 魔王「魔王の私がいなくて、魔界の統治のたがが 緩んできてるんだ。勇者はその粛正を適当にしてきてくれ」 勇者「お、おう」 魔王「こっちの紙に信用できそうな部族の族長のリストと、 紹介状をしたためておいた。人捜しなら助力を仰ぐ 必要もあるだろう」 勇者「いや、あいつはああみえて、その……。 動じないヤツだから。 きっと平気でけろっとしてると思うんだ」 魔王「だからといって探していけない道理もあるまい」 499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 18 26.71 ID 5kaffl9OP 勇者「魔王……」 魔王「私が寛大で感謝するんだぞっ」 勇者「もちろんだ。ありがとう」 魔王「……」じぃっ 勇者「?」 魔王「それだけか?」 勇者「なにが?」 魔王「ほら、そのぅ。人間には、その、何だ…… 親しい人と……というか親しい男女が別離をする時の 特別な風習があるそうではないか」 勇者「えー。あ。ああ」 魔王「……駄肉だからダメか?」 勇者「何でこういうタイミングで じわぁって見上げるかなっ!?」 魔王「所有契約の項目外なのか?」 じわぁ 501 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 21 29.62 ID 5kaffl9OP 勇者「えー、あー。その」 魔王「やっぱりスキンシップが足りないのか」 勇者「なんでそうなる」 魔王「実は毎週メイド長に説教されるんだ。 『まおー様はスキンシップが足りません。 そもそも露出もかわいげも足りてないんですから スキンシップくらいケチってどうなります? いいですか? 戦争の基本は物量です。 飽和攻撃で殿方の理性など崩壊させてしまえば 戦術の必要性すらないのです』 そう言われるんだ」 勇者「戦術論的には正しいんだが」 魔王「ダメなのか?」 勇者「そ、その。照れくさいぞ。 そういうのはさ、ほら。 もっと落ち着いた時にさっ」 504 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 24 44.99 ID 5kaffl9OP 魔王「それで良く勇者が名乗れるな。 それでは臆病者ではないかっ」 勇者「ば、ばか云えっ。俺は勇気にかけては 世界公認の第一人者、それゆえ勇者ですよ!?」 魔王「では覚悟を決めるのだっ」 勇者「何で開き直ってるんだよ、魔王っ」 魔王「半年だぞ!? 雪の中にこもって 生活してればアドバンテージが取れて当然だろうに なんだか流されるままにずるずると 何の進展もなく半年もの時間を浪費してしまった事実が 私を責めさいなんでるのだ。 そんな状況下でそろそろ修道院の建築も始まり、 夏の間には完成してしまう上に、 私の勇者は昔の女を探しに行ってしまうわけで 精神的に追い詰められない方がおかしいではないかっ」 勇者「あー」 508 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 01 29 15.28 ID 5kaffl9OP 魔王「……」じぃ 勇者「まったくなぁ」 魔王「……」 勇者「……」 ちゅ 魔王「……むぅ」 勇者「なんだよその恨みがましい視線はっ」 魔王「おでこではないか」 勇者「おでこで悪いか。気に入らないなら返せ」 魔王「それはダメだ。勇者の全ては私に所有権がある。 つまりこのおでこも私の私有財産だ。議論の余地はない」 勇者「むぅ……」 魔王「……」 勇者「残りは帰ってからっ!」 魔王「約束だぞ、勇者。かならずだぞっ!」 しゅんっ! ページトップへ <前1-2へ|次1-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/76.html
<前13-3へ|次13-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-4 335 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 50 31.29 ID 6OFcHF6P ――光の塔、その道程 ……コオォォン 女騎士「だーかーらー! “ひとつまみ”ってのは 指先でつまめる量。なんで“ひとつかみ”と いっしょにするっ」 勇者「そんなこと云ったって」 魔王「ま、魔界には様々な氏族がいるからな。 そう言う曖昧な表現は争乱を招く元になるのだ」 女騎士「へー」 勇者「冷たい視線だっ」 魔王「理不尽だぞ、女騎士っ」 女騎士「食料を無駄にするのは、修道会の教えに反する」 勇者「それはそうだけど」 魔王「食事なんてメイド長に頼めばいいのだ。 あちこちに酒場だってある。自分で作れなくとも なんの問題も発生しないっ。些末な問題だ」 女騎士「そう? ……勇者」 勇者「ん、なんだ?」 女騎士「はい。ビスケット」ひょい 勇者「ん。さんきゅ」ぱくっ 魔王「っ!?」 336 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 55 06.61 ID 6OFcHF6P 女騎士「そして勇者。美味しい?」 勇者「うん、美味いな。もっきゅもっきゅ」 魔王「な、な、なにを……っ」 女騎士「そうか。もっとあるぞ」なでなで 魔王「何をしているのだっ!?」 女騎士「何って。……馴致だ」 魔王「馴致だとっ!?」 女騎士「いや、言葉が悪かった。……餌付けだ」 魔王「同じ意味だっ! 勇者も、何を馴染んでいるっ」 勇者「さくさく歩こうぜ、先は長いんだから」 魔王「~っ!!」 女騎士「魔王。悪いことは云わない。料理を習おう。 別にすごく上手である必要はないんだ。 普通の男なら知らないが、勇者は空腹になれば 普通の料理でさえあれば大抵ご馳走だと思って食べてくれる。 食事はいいぞ。食事をしている勇者は無防備だからな」 魔王「無防備……なのか?」 女騎士 こくり 勇者「おーい、置いていくぞー」 女騎士「勇者は、お腹一杯の時と寝てる時はすごく可愛いぞ」 魔王「う、うむ」 337 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 57 52.36 ID 6OFcHF6P 女騎士「もふもふもさせてくれるようになったしな」 魔王「しかし、慣れるのはいいが、それはそれで ときめきがなくなるという意味合いでは負けというか ある種の本末転倒を感じないでもないではないか」 女騎士「こちらは一杯一杯だ。ときめきどころか 心臓が暴走しているのだから、問題ない」 魔王「勇者の側の問題だ。勇者にだって動揺してもらいたい。 そうでなくては公平ではないぞ。 こちら側ばかりが動揺するのは魔王としての沽券に関わるっ」 女騎士「沽券で勝てるなら世話がない。 まずは勝つ。具体的に云うと、同衾だ。 ときめきはその後に考える」 魔王「な、なんという実利的な……」 女騎士「これが老師から教わった策だ。まずは勝て! 相手を負かすのはそれからでも遅くはない」 魔王「わたしが女騎士に軍略を語られるとは……」 勇者「なにやってんだよ。急ぐって云っただろう?」 魔王「あ、ああ。済まない」 女騎士「道中の雑談だ。無言だと却って早く疲れる」 勇者「なんの話だ?」 魔王「いや、なんの話というか。そのぅ……。し、塩だ」 勇者「塩?」 魔王「あ、いや。帰ったら多少料理を習おうかと」 女騎士「うん、そう言う話だ」 338 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05 01 05.77 ID 6OFcHF6P 勇者「いいんじゃないか。よっと」 とったったっ 魔王「うん。何か食べさせてやるぞ、勇者!」 勇者「腕は同じくらいなんだ。いっしょに作ろうぜ」 魔王「それもいいな。二人で料理をすると楽しいぞ。 出来上がりは今まで不幸だったけど……」 女騎士「うん。そのときはわたしも一緒に……」 …………ィン…… 勇者「どした? 女騎士」 女騎士「あ、いや」 魔王「なにかあったのか?」 女騎士「ん。ちょっと」 勇者「ちょっとって?」 女騎士「勇者、魔王。ほら、荷物降ろして」 勇者「なんでだよ」 魔王「……」 女騎士「わたしが後から持っていってあげるよ。 “瞬動祈祷”――ほら、持続時間も強度もあげておいたぞ。 これでさくさく登れ?」 勇者(胸がざわざわする……) 魔王「危険が迫っているのか?」 勇者「そうなんだな、女騎士っ!?」 339 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05 02 42.35 ID 6OFcHF6P 女騎士「ここはわたしが引き受けた」 勇者「何いってんだっ。三人で戦うべきだろうがっ」 魔王「勇者……それは……」 女騎士「これはわたしの客だ。それに、勇者。 わたしだって気がついてる」 勇者「なにを?」 女騎士「勇者の力は、殆ど回復してない。 封印されてるも同然だ。そんな状況では、戦場に立って 広域魔法や広域剣技の余波を受けるだけで、 回復の手間がかかる。それは魔王も一緒だ」 勇者「~っ!」 魔王「……うむ」 女騎士「上は説得なのだろう? だとすればわたしはあまり役には立たない。 わたしは馬鹿だからなっ!」 にこっ 勇者「おまっ」 魔王「胸にも頭にも栄養が行ってないとは」 女騎士「胸は関係ないっ!!」 勇者「……っ」 女騎士「そんな顔をするな。勇者。ほら、荷物は置け。 鎧も脱げ。今更関係ないから。 これは……。ほら、ビスケットだ。 二人で食べて良いぞ。 わたしも追いつくからな、少しは残して置いて」 勇者「ああ」 魔王 こくり 340 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 05 05 38.75 ID 6OFcHF6P 女騎士「じゃぁ、行って。 そんな顔しちゃだめだ。わたしは女騎士だぞ? 蒼魔王みたいなのが相手じゃ大変だけど そこらの人間や魔物に負けるわけがない。 蒼魔王のいない今、ピンチになるわけ無いじゃないか」 魔王「……女騎士」 女騎士「口げんかは、少しだけ、お休み」 勇者「判った。上で待ってるからなっ!」 女騎士「ああ。勇者!」 勇者「?」 女騎士「――。ん。なんでもないぞ。 うん、そうじゃなくて。 がんばれ! それに、我が剣の主。 剣の主の……剣の主の願いに加護をっ」 勇者「……。判った! 行ってくる!」 魔王「任せる」 女騎士「任される」 ダッダッダッダッ ……コオォォン …………コオォォン 女騎士「さて」 くるっ 女騎士(大主教と云えば、教会の最高位。 建前では大陸一の法術の権威。 だけど修道会の法術とは比べたこともない。 どちらが光の法術を使いこなせるのか。 それに……。魔法使いの云う“歴代魔王の思念”。 合わせれば、並の魔王よりずっと強い。か……) ジャキッ 女騎士「面白い。たとえどれほどの力をもってきても ここより先へは一歩も行かせない。 勇者の隣を歩くために。剣の主人を守るために。 騎士の力の全て、この身を全てを、盾としよう」 385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 30 28.04 ID VaDFVbYP ――開門都市近郊、混戦の中で ゴッゴォォーン!! カノーネ兵「弾着確認っ!」 百合騎士団隊長「ふふふっ」 偵察兵「防壁東側に、土煙が上がっています。 おそらく廃屋か、庁舎に命中したと思われますっ」 カノーネ兵「……」がくがく 百合騎士団隊長「続けなさい? 停止命令は出していないわ」 カノーネ部隊長「お、恐れながらっ。あの地域には我が軍の 突撃部隊も侵入しているはずですが……」 百合騎士団隊長「やりなさい」 にこっ 教会騎士団「精霊の思し召しだ、やれっ」 光の銃兵「精霊は求めたもう!」 光の槍兵「精霊は求めたもう!」 カノーネ部隊長「は、はいっ。ほ、砲弾を込めよっ!」 カノーネ兵「はひぃ」 がたがた ゴッゴォォーン!! ゴッゴォォーン!! 百合騎士団隊長「ふふふっ。聞こえるわ……。 その甘さと苦さに酔いしれそう……。 血の染みた黒々とした大地に抱かれて眠る同胞よ、 魔族と剣を交えて狂気に陥る信徒の群よ。 戦場はまさに深紅に染まる大舞踏会のよう……」 教会騎士団「筆頭騎士団長っ!」 386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 34 01.60 ID VaDFVbYP 百合騎士団隊長「なぁに?」 教会騎士団「追加のブラックパウダーが届きましたっ」 百合騎士団隊長「かまわないわ。カノーネ部隊に優先配備。 マスケット部隊には三斉射の分量さえあれば良いでしょう。 それから“お土産”用に、二、三人に抱えさせなさい。 南部連合に手こずる王弟閣下にも目を覚まして頂きましょう。 血の香りを嗅いで奮い立たない殿方なんていないのに。 ふふふふっ。なにを小手先の戦術で戦を長引かせているのやら」 教会騎士団「はっ!」 ゴォォン! ガァォーン! 光の銃兵「っ!」 光の槍兵「近いです、これは銃声……」 百合騎士団隊長「南部連合の突出部隊か、都市からの迎撃部隊ね。 丁度良いわ。霧の国の騎士団残存兵と、マスケット中隊2つを そちらへ差し向けて。叩きつぶさせなさいっ」 光の銃兵「はひぃ! いってきますっ!」 光の槍兵「精霊は求めたもうっ」 百合騎士団隊長「よい子ね」 にこり 教会騎士団「……散る花ですが」 百合騎士団隊長「灰青王の死んだ今、霧の国の騎士団も兵団も 戦闘能力を期待は出来ない。こんな使い道がせいぜいなの。 期待していたのに 私の側から消えるなんて。 ……やはりね。 ずっと側にいてくれるのは、精霊だけ。 暖めてくれるのは、精霊の慈悲だけ。 流れ去るものに期待をするなんて意味もない。 私の汚れを拭ってくれるのは、精霊様だけ。 この腐った両手を清めてくれるのは、くれるのは……」 教会騎士団「精霊の恩寵は永遠です」 百合騎士団隊長「……ええ。くっ。くくくくっ。 突撃させなさい。 それからカノーネの着弾はさらに都市中央部へ。 陣を少し前進させます。 ……精霊は求めたもう。 血の香りを、混沌を、そして死の苦鳴を……。 ふふふっ。ふふっ。うふふふふっ。 精霊の恵みを! 精霊の平安を! 精霊の粛正を! 地に遍く混沌と薔薇の赤を塗り広げるのっ!」 387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 35 42.14 ID VaDFVbYP ――開門都市、中央庁舎、執務室 ……ゴォォン。 ……ォォン 庁舎職員「せめて二階の執務室に移りませんと」 青年商人「ここで十分」 火竜公女「執務の邪魔をしてはならぬっ」 庁舎職員「し、しかしっ」 青年商人「庁舎まで攻め込まれる事があるのなら、 一階だろうと二階だろうと敗戦には代わりありません。 それに執務室では広さも処理能力も足りない」 庁舎職員「しかし、ここでは内密の軍議も」 火竜公女「事ここにいたって、 “内密”などというものはありませぬ」 ……ゴォォン! 魔族娘「す、すいませんっ!」 びくっ 鬼呼の姫巫女「娘はすぐに謝るな」 傷病兵「中央街道、大六区まで閉鎖とのこと。 集積場所を無名神殿広場前まで移動っ!」 青年商人「もう一段階下がらせますよ」 火竜公女「わかりました。 ……無名神殿前広場を第一集積地としますっ。 無名神殿前に集められた捕虜および傷病者を後方輸送っ。 鴉神神殿、渡り神神殿前広場の2つに分割して移動をっ。 ――魔族娘、頼みまする」 魔族娘「はいっ! 行ってまいりますっ」 鬼呼の姫巫女「よろしく頼む」 宿屋の市民「わ、私もお供しますっ」 388 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 39 18.54 ID VaDFVbYP 庁舎職員「そのほか、十番街で火災。 規模は中程度、南八番街で倒壊多数。 市保有倉庫とは連絡取れずっ。 また、医薬品倉庫壊滅を受けて、包帯の残存量が……」 青年商人「ギルド長っ!」 紋様族職人長「は、はいっ!?」 青年商人「仕立て職人および倉庫から布を供出っ。 支払いは全て当局回しで、清潔な布を出させてください。 医薬品については、東十二番街の有角商会地下倉庫に 予備の蓄えが千と五百人分はあります。 衛士!」 衛士「はっ!」 火竜公女「徒行で突破、前述の物資を確保してくださるかや? これを全て第三次集積地に移動。 班分けは15人。――義勇軍から募って馬車四台を編成」 衛士「判りましたっ」 鬼呼の姫巫女「なぜそのようなことを知っているのだ」 青年商人「商売相手の在庫把握は商談の基本です」 鬼呼の姫巫女(この二人、修羅場慣れしているのか? どこから来るのだ、この胆力はっ) ……ゴォォン。 ……ォォン 青年商人「火災は放置っ。あの地域の避難は完了済みですし、 建物は漆喰と煉瓦が殆どです。昨晩の雨も残っている。 燃え広がりはしないっ。市保有倉庫へは連絡を……。 姫巫女、頼めますか?」 鬼呼の姫巫女「良かろう。若草鳩よ、いくが良いっ!」 若草鳩「ピロロロッ。判りました姉御っ!」 バタバタバタッ! 伝令「ま、魔王さまっ!!」 青年商人「落ち着いて報告を」 389 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 40 37.27 ID VaDFVbYP 伝令「で、伝令です。敵の砲撃、激化!! それにマスケットを持った新手の人間数千人が南門から侵入。 無秩序な動きで、破壊を繰り返しながらあふれ出していますっ」 青年商人(……来た) 火竜公女「到来でございまする。商人殿」 鬼呼の姫巫女「~っ!! ここまで来て、敵の増援っ。 いや、最初から判っていた予備兵力か……。 しかし、恐るべき数。それにマスケット兵とは……」 庁舎職員「このままでは砦将どのも危機に!」 市民職員「いや、族長に限ってそのような手には乗らぬはずですが」 青年商人「待っていた好機です」 鬼呼の姫巫女「は?」 庁舎職員「なっ、なにをっ」 ……ゴォォン。 ……ォォン 青年商人「遠征軍はその統制を失っている。 ……説明をしたでしょう。遠征軍の4つの勢力を。 その勢力の統制が乱れ、混乱している。 今流れ込んできたのは、遠征軍の中核とは言え、 その実体は促成で教練を施した民兵に過ぎない。 しかしその民兵こそが遠征軍の最大戦力です。 そして彼らは“教会の剣”だった。 ……教会に何らかの問題が起きたと考えられます」 鬼呼の姫巫女「その剣がこちらを向いているのだっ」 390 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 42 49.29 ID VaDFVbYP 青年商人「何を言っているんです? 戦とは剣と剣による傷つけあい、そのものではないですか。 相手の剣が向けられただけで降伏では話になりませんよ。 それに、剣が向けられたからこそ勝機がある」 鬼呼の姫巫女「……っ」 火竜公女「敵の首魁の守りが薄くなっていますゆえ」にこり 青年商人「そう言うことです」 鬼呼の姫巫女「これを待っていたというのか?」 ……ゴゴゴーン! ズドォーン! 伝令「砦将どの、撤退を開始! 防衛線を押し下げて、 無名神殿の方向へとさがってゆきます! 人間の軍は勢いに乗り軍を前に。ただし略奪や混乱に 手をさかれて、戦場は混沌としていますっ!!」 青年商人「貴族軍はこれで開門都市の南部を使った 市街戦の迷宮に引き込んだはずです。 民兵の過半数もそれに続くでしょう。 大事なのは交戦地域、交戦地点をこちらが指定すること。 そして指定してもそうは思わせぬ事。 わたし達が望む戦闘を行ない、 望まないタイミング、望まない地点での戦闘は “相手に思いつきさえさせない”。 ……それが私と砦将の出した結論です。 それさえ守り、非戦闘地域で補給と兵站を途切れさせなければ まだまだ粘ることは出来ます。 タイミングと、範囲を制御する。 商戦と何ら代わりがありません」 火竜公女 くすくすくすっ 鬼呼の姫巫女「……っ」 青年商人「そして、守りの薄くなった本陣へ攻撃を仕掛ける。 ――それは、私の役目でしょうね。 こればかりは勝てるとお約束は出来ないのですけれど」 火竜公女「私もお供を」 青年商人「それはだめです」 391 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 44 43.88 ID VaDFVbYP 火竜公女「なにゆえにっ」 青年商人「この執務室で補給と後方支援部隊の 指揮を執る人材が我が方には必要です。 少なくとも、お財布の重さが判る人間がね」 火竜公女「そんな……。ただの言い訳でありましょう?」 青年商人「共同事業者でしょう?」 火竜公女「それは……」 青年商人「相方でしょう?」 火竜公女「……っ」 青年商人「どうしました?」 火竜公女「商人殿が意地悪を言いまする」 青年商人「“良くできたおなご”は、殿方をどうするのです?」 火竜公女「~っ。……っ」 鬼呼の姫巫女「――やれやれ。公女のこのような表情を見れるとは」 火竜公女「判りました。私は……。 私はこの執務室でお待ちしておりまする。 なにとぞ首尾良く吉報を持ち帰ってくださいますように。 私は信用しておりまする。 商人殿は、魔王の名を冠するに相応しき方。 わたしの……。……いえ、それはよそ事でございまする。 どうかご武運とご商運を。良い取引を祈りまする」 青年商人「お任せあれ。“同盟”十人委員会の筆頭として この都市を預けられたものとして、 恥ずかしくない商談を約束しましょう」 392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 47 37.19 ID VaDFVbYP ――開門都市近郊、南部連合陣地 ゴガァンッ!!! ズダァァァン!! 光の銃兵「た、助けてくれぇ!!」 光の槍兵「な、なんでっ! なんで俺たちがっ!」 光の突撃兵「ど、どけぇえ! どいてくれぇっ!」 包帯の光の兵「ひぃぃぃぃっ。撃つなっ! 撃つなぁっ!」 ズキュゥン! ドガァン! ギシィ、キンッ! 鉄腕王「前線で何が起きているっ!?」 偵察兵「砲撃ですっ! 遠征軍本陣よりの砲撃っ。 自軍のマスケット部隊に着弾。被害が広がっていますっ」 鉄腕王「誤射か!?」 軍人子弟「違う……」 ズダァァァン!! ゴガァンッ!!! 偵察兵「違いますっ! 怠戦にたいする警告というか、 ある種の督戦行動のような……。 我が軍に向かって駆り立てて民兵を追い立てていますっ」 鉄国少尉「まさかっ!? そこまでっ」 光の銃兵「うわぁぁ! 返事をしろっ。槍兵! 槍兵っ」 光の槍兵「ごふっ。ごぶごぶごぶ……。げはっ……」 光の突撃兵「止めろぉ! 俺たちは敵じゃない! やめてくれぇ!」 鉄腕王「なんてことをっ」 軍人子弟「指揮系統を乱したのが徒になったでござる。 このままでは遠征軍の損害は……」 鉄国少尉「遠征軍の損害など気に掛けている場合ではっ」 393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 48 51.99 ID VaDFVbYP 軍人子弟「かけている場合でござるよっ! ここで必要以上の被害を出せば、 双方にとって傷跡が深くなりすぎるっ!! 世界は混沌の淵に沈むでござるよっ。それではなんのためにっ」 鉄国少尉「ではっ」 きっ 鉄腕王「……」 鉄国少尉「受け入れを進言します」 軍人子弟「少尉……?」 鉄国少尉「見捨てることが出来ないなら、助けるしかないでしょう。 我が南部連合は、民を……。 開拓民も農奴も等しく助けることによって 大儀を得た国々の集まりです。 その大儀が、助けろと命じるならば、 我ら軍人はその声に耳を傾けるべきです」 ゴォォン! ズゴォォン! 鉄腕王「たしかに、離間工作じみたやりかたもした。 奴らの兵を寝返らせてこちらに引き込むのは戦略のうちだった。 しかしこの状況で助けるとなれば、こちらから軍を突出させ 敵の本陣に切り込むことになるだろうよ。 あの光る塔が現われてから、奴らの本陣は混乱の一途だ。 組織的な抵抗はないかも知れないが、 それでも狂気じみた反撃はあるかも知れんぞ」 冬寂王「……」 鉄国少尉「必要であれば躊躇うべきではありません」 軍人子弟「その通りでござる。許可を願うでござる」 冬寂王「行ってくれ。頼む。……将官っ!」 将官「はっ!」 冬寂王「こちらは塹壕を整備している。カノーネの砲撃は 平地よりもよほどその威力も精度も押さえることが出来るだろう。 1部隊……いや、4部隊を率いて、こちらへ向かってくる 遠征軍民兵の受け入れを始めろ。武装解除の上、後方へ護送。 姓名を控えて一カ所にまとまってもらえ!」 394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 50 23.60 ID VaDFVbYP 軍人子弟「準備をするでござるよ」 鉄国少尉「了解っ!」 軍人子弟「今度こそ死線をくぐることになるでござるが」 鉄国少尉「そのようなこと。あははははっ」 軍人子弟「……」 鉄国少尉「我が国の安全、我が国の繁栄、我が国の利益。 それらのために戦うのは尊く素晴らしいことです。 それらは軍人としての任務であり、本懐」 軍人子弟「……」 鉄国少尉「しかし“どこかの誰かのため”に戦うのは、 軍人ではなく、男子の本懐であると、護民卿はおっしゃられた」 軍人子弟「若気の強がりでござるよ」 鉄国少尉「それでも良いではないですか。 この攻撃を凌ぎきり、 あの三千余名を収容、敵のカノーネ部隊さえつぶせば 遠征軍は、少なくとも圧倒的な数的優位を失う。 待ち望んできた均衡状況が訪れる可能性が高い」 軍人子弟「その通りでござる。 この一手は人道的な見地からのみならず、 戦略的見地から見ても、われらが放つ最高の一撃」 鉄国少尉「我らが鉄の国の槍は、岩をも貫く」 軍人子弟「……そろそろもてるとか、 そういう場面も欲しいでござるが」 鉄国少尉「は?」 軍人子弟「いいや、なんでもないでござるよっ! この凛々しくも雄々しく汗臭いのが我が国でござるっ。 さぁ、馬に乗るでござるっ! 切り込み準備っ!! カノーネ部隊を沈黙させるため、いざ! 推して参いるっ!」 395 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 51 45.00 ID VaDFVbYP ――開門都市近郊、混乱の戦場 ドゴォォーン! ズギャ! うわぁぁぁ!! 押せぇ! 押せぇ! 撃つな、俺たちを撃たないでくれぇ 遠征軍士官「なんだって!?」 聖王国騎士「真実です、早く取り次ぎをっ」 遠征軍士官「判った、このことは他言無用だ」 聖王国騎士「はっ! はいっ」 光の銃兵「光は求めたもう! 光は求めたもうっ!」 光の槍兵「精霊は魔族の血を求めたもうっ!」 遠征軍士官(何を言っているんだ! このような時にっ。 数万!? 数万を超える魔族の援軍が、 ゆっくりとだがこの地に終結しつつあるだとっ!? 馬鹿な! 馬鹿なっ!? なぜそのような数の軍勢がっ。 そのような軍勢は我が遠征軍が世界で初めてのはず。 愚劣で未開の魔族にそのような軍勢を組織できるはずがないっ。 何かの間違いだ! 間違いに決まっているっ!!) ばさっ! 遠征軍士官「閣下っ!!」 参謀軍師「王弟閣下は前線である。何事かっ」 聖王国騎士「そ、それがっ。ご、ご報告しますっ! 目下、この場所に向かって北方および東方の森林地帯を抜け、 最低数万の魔族の軍が迫っているとのことっ」 参謀軍師「なっ!? 数万、ですとっ!?」 遠征軍士官「最低、です。先遣部隊は森の橋からこちらを 観察しているとの情報がもたらされましたっ」 396 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 54 24.50 ID VaDFVbYP ――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟 清明の時節、辺城を過ぐ 遠客風に臨んで幾許の情…… ……ゴォォン!! 光の少年兵「……」 野鳥は閑関として語を解し難く 山花は爛漫として名を知らず…… 光の少年兵(……なんだろう、この歌。 死んじゃったのかな、ぼく) 葡萄の酒は熟して愁ひに腸は乱れ 瑪瑙の杯は寒くして酔眼明らかなり…… 光の少年兵(優しい、綺麗な声……。 梢がさわさわ鳴っているみたいな……) 遥かに想ふ故園 今好く在りや 梨の花さく深き院に鷓鴣の鳴く声すらん 光の少年兵(綺麗で、泣きたくなるような……歌……) ゴォォン!! 光の少年兵「砲声っ!!」 がばっ 奏楽子弟「ん。目が覚めたかな」 光の少年兵「え? えっ!?」 奏楽子弟「いいよ。横になってて」 397 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 55 18.29 ID VaDFVbYP 光の少年兵「え、あ……あ。ああっ……」 奏楽子弟「うん? 耳?」 ぴこぴこ 光の少年兵 こくこく 奏楽子弟「私は森歌族……。君たちの云う、魔族なの」 光の少年兵「なっ!? ぐっ」 奏楽子弟「ほらほら、無理しなくて良いよ。 多分、腕折れちゃってるよ。じっとしていた方がいい」 ゴォォン!! 光の農奴兵「ああ、じっとしていた方がいい」 光の少年兵「え? あ……。たくさん」 光の農奴兵「ああ」 こくり 光の傷病兵「逃げ出して、もう戦え無くて集まっているんだ」 光の少年兵「そんな……」 奏楽子弟「ごめんね、こんな水しかあげられないのだけど」 光の農奴兵「いや、その……。感謝する。ほら、坊主、飲め」 光の少年兵「でも魔族の……」 奏楽子弟「魔族でも水ぐらい飲むよ」 光の少年兵 じぃっ 奏楽子弟 かちゃかちゃ 光の少年兵「なんなんだ、それは。ぶ、武器かっ」 光の農奴兵「楽器だよ。この人は、歌人なんだそうだ」 光の傷病兵「吟遊詩人だよ」 光の少年兵「え?」 奏楽子弟「水と同じ。魔族も歌うの。 ……歌うしかできない時には特にね」 399 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 56 29.88 ID VaDFVbYP ゴォォン!! パラパラパラ…… 光の農奴兵「近いな」 光の傷病兵「……もう、帰りてぇよ」 光の農奴兵「なぁ、なんでこんなところに来ちゃったんだろう」 光の傷病兵「そりゃ精霊様が求めたから……」 光の少年兵「僕たちは栄光ある光の子って云われてやってきたのに。 いやなのにっ。戦争なんて……偉い人だけでやればいいのにっ!」 奏楽子弟「……」かちゃかちゃ ズドォォン! 光の農奴兵「仕方ない」 光の傷病兵「俺たちは何も出来ないんだ。 農奴なんだ。拒否権なんて無いんだ。 云うことを聞かなきゃならなかった。そうでなきゃ飢えていた。 仕方なかったんだ。仕方ないじゃないかっ」 光の少年兵「……っ」 奏楽子弟「いずこに……♪」 光の少年兵「え?」 奏楽子弟 ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。 今は遠き我が村よ。 遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。 401 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 07 58 27.19 ID VaDFVbYP 光の農奴兵「……綺麗な、声だぁ」 光の傷病兵「……」 奏楽子弟「どこに行っちゃったの? 昔の故郷は。 ……っていう歌」 光の農奴兵「それは」 光の傷病兵「……」 光の少年兵「そんな事なんで云えるんですかっ」 奏楽子弟「その、小さいの」 光の少年兵「え、あ? ……こ、これ」 奏楽子弟「それはね。小さな子供の手袋だよ。 多分この家に住んでいたんだろうね。 魔族にも、赤ちゃんだって小さな子供だって沢山いるんだよ。 この手袋のサイズは、紋様族かな。 紋様族の子供は、賢くて可愛いんだよ。 あの路地を走って遊んでいたんだと思うな。 日が暮れて、夕ご飯が出来るまで」 光の少年兵「……っ」 奏楽子弟「誰も悪くないよ。戦争だから。 すごく怒りたくても、私は怒らないよ。 同じくらい痛かったし怖かったのを、知ってるから」 光の農奴兵「……すまねぇ」 奏楽子弟「ううん。――でも、ね。 やめるためには、誰かが頑張らないと。 私は魂の血を流すよ。 だって血は流せない。必要だとしても。 この手に剣は握れないから。 ううん、握らない。そう決めたの。 殺すのも殺されるのも、絶対にしないの」 光の少年兵「――っ!」 402 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 08 02 22.85 ID VaDFVbYP 奏楽子弟「それに……。 あなたたちに、殺させたりもさせたくない」 光の農奴兵「なんで、魔族なのに、なんで……そんなに」 奏楽子弟「関係ないよ」 にこっ 奏楽子弟「わたし達は、同じでしょ? 大砲の音が怖くて、ぶるぶる震えて隠れている。 それでも、どんなに怖くても、もう戦争はやめようって。 そう考えてる。……だから一緒だよ」 光の傷病兵「……ひっく。……ずずっ」 光の少年兵「ごめん……なさい……」 ~♪ 奏楽子弟 ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。 今は遠き我が村よ。 遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。 ――茜射す陽に照らされし、黄金の麦畑。 風走る度に、波をうつすかぐわしき麦の穂よ。 今は遠き我がふるさとよ。 遠く、遠く、凍える白夜にて思う。 ――故郷を守ることもなく、 今はその声は風に埋もれ、草に隠れ、雪の舞に見失い 伝える言葉無く、指先も枯れ果ててなお鮮やかに ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。 何処に行きたまいしか、黄金の髪揺らす甘き約束よ。 421 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 25 26.54 ID VaDFVbYP ――光の塔、その道程 ギィン!! キィンッ!! 女騎士「ぐっ!」 大主教「もう終わりか、修道会女騎士よっ。ふはははっ」 ギィン!! 女騎士「させるかっ! “聖歌六連”っ!」 大主教「“光壁三連”っ!」 ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!! 女騎士「っ!」 大主教「どうした、速度が落ちたぞ?」 女騎士(これほどとはっ。魔王の力とは。 本来の魔王の力とはこれほどのものだったのか。 これじゃ全開の時の勇者の速度と力そのもの。 いや、それ以上じゃないかっ) 大主教「この両手は動かぬが、 もとより我は剣士でもなければ 武芸者でもない。一介の聖職者に過ぎぬ。 両手が動かずとも、我が祈りは万物を斬り刻む」 女騎士「黙れ! だれが聖職者なのだっ。 聖職者を愚弄するなっ! 貴様には精霊に使える敬意の一辺も感じない。 その気持ち悪い玉と魔王の力で 貴様は光の精霊を愚弄しているだけだっ!」 大主教「ここまで来たならば知っていよう?」 ギィン! ギリギリギリ!! 大主教「その魔王すらも精霊の願いが生み出したと云うことを」 女騎士「……っ」 423 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 27 41.98 ID VaDFVbYP 大主教「その通り!! その通りなのだよっ。 すべては炎の娘の願いから始まったもの。 あの無垢な娘の救世の祈りから。――であればこそっ!」 ギィン! キィン!! 女騎士(くっ。押されるっ!? ただの斬撃祈祷がこれほどに重いっ) 大主教「なればこそ、この汚濁に満ちた世も! 戦乱も! 嘆きの苦しみも裏切りも欲望もこざかしい浅知恵もっ! 全てはあの娘の願ったものなのだっ! 全ては“精霊の許したもの”。全ては“聖なるもの”っ」 ごごごごっ 大主教「“電光呪”っ!」 女騎士「っ!? “光壁”っ! か、重なれっ! “光壁双盾”っ」 ズガァァーン!! 大主教「ふふふふっ」 女騎士「これは、24音呪っ!? まさか貴様っ」 大主教「そのとおり。勇者の力だ……。 神聖術式で捕縛した勇者の力を借り受けたまで。 使いこなすには至らないがな」 女騎士「下衆がっ!」かぁっ! 大主教「呼気が乱れているぞ。はははっ!」 女騎士「黙れ! 黙れぇ!! “嵐速瞬動祈祷”っ!」 大主教「“加速呪”――っ!?」 ギキィン!! 女騎士(届いっ……て、ない!?) 大主教「見えるかな」 女騎士「なっ。それは……。なんだ、その霧はっ」 424 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 30 16.35 ID VaDFVbYP 大主教「知らないのか? 判るまいな。 歴代の魔王でさえその身に纏うことは叶わなかった 超越者の証し……“やみのころも”。 全ての攻撃を遮断し、我を守る物質化現象を果たした “魔王達の霊の結晶そのもの”だ」 女騎士「五月蠅いっ!」 ガッ! ガッ! ザシュ!! 大主教「……くく」 ズガッ!! 女騎士「っ!」 大主教「……どうした?」 女騎士「ならば……。“錬聖祈祷”っ!」 大主教「攻撃力の強化と、光の属性付与か」 女騎士「闇の力であれば、弱点は自ずと明白だっ!」 大主教「良かろう」 ゴッ! ジャギィィィン! 女騎士「そんな……」 大主教「狙いは悪くはないが、 そもそもの攻撃力が足りなすぎるようだな。 弱点を突いてさえ、かすり傷もつけられぬ。 あの老人と同じとは、修道会の麒麟児も所詮この程度か」 女騎士「――老人っ? 弓兵かっ。 あいつをどうしたんだっ!?」 大主教「殺したぞ?」 女騎士「っ!?」 大主教「ああ。そう言えば、一緒に旅をした仲間だったのだな。 足を貫いても手向かってきたので、腕を引きちぎってやった。 奇怪な技で我が腕を麻痺させてきたので、 臓物を踏みつぶしてやったよ。 最後の最後まで悲鳴を上げぬ頑迷な老人だったがな」 425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 40 34.16 ID VaDFVbYP 女騎士「きさまっ。貴様ぁ!! 何を、お前はっ!!」 大主教「“後は任せましたよ、お転婆姫”とかなんとか、 最後まで強がりをぬかしてなっ。 凡夫には所詮判らぬようだ。この力の圧倒的な差がっ。 “風剣呪”っ! “雷撃呪”っ!」 ビシィッ!! ドギャン!! 女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ」 大主教「どうした、退がるだけかっ! はぁっ!」 ドゴォンッ! 女騎士(爺さんが、死んだ!? 死んだなんて……っ) 大主教「器用に跳ね回る」 ドゴォンッ! 女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ! 弾け光の壁っ!」 大主教「確かに防御術は精霊の御技の中核。 修道会の術式は我が教会のものとは多少違うようだが、 干渉力も発動速度も申し分はない。 流石修道会の首座をしめる光の術士にして騎士。 その防御術があれば、我が攻撃をしのぐことも、 あるいは可能かも知れぬなぁ……。 だが何回しのぐ? 何回しのげる?」 女騎士「限りなど無いっ!」 大主教「その言葉を試してみようではないかっ」 ゴォン! ヒュバッ!! ザシャァン!! 426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 42 19.49 ID VaDFVbYP 女騎士(あの爺さんがっ。爺さんがっ! 勝算も無しに“任せる”なんて云うはずがない。 あるんだっ。 糸よりも細くても、何か、隙があるっ。 あるはずだっ、探すんだっ。 私は勇者の剣。 私は勇者の騎士っ。 こいつを、この怪物を勇者の元に行かせは、しないっ。 あの変態の、馬鹿で、あほで、すけべでっ。 それでも、それでもわたしを導いてくれた 爺さんをっ。任せる、と言ったならっ) 大主教「それっ! “斬撃祈祷六連”っ!」 ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン! 女騎士「“光壁四華”っ! がはっ! ぐぅっ」 ドゴォン! ばさっ 女騎士(見つけるんだ。……魔法使いを。 あの思いを……。裏切る、訳には……。 いかない。……騎士、なんだ……ぞ……) 大主教「ふっ。四つ防ぐのが精一杯のようだな」 女騎士(そ……れ……) 大主教「もはや座興も終わらせよう。“斬撃祈祷六連”!!」 女騎士「それ、だ……」 ふわっ 大主教「!?」 428 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/16(月) 18 44 05.14 ID VaDFVbYP 女騎士「はぁ……はぁ……」 大主教「なにを……!?」 女騎士「さぁ……」 大主教「“斬撃祈祷六連”っ!!」 ふわりっ ひゅかっ 女騎士(この怪物の、大主教の弱点は…… 戦闘経験の少なさ。……っく。 圧倒的な力を持ってはいても、戦闘の回数自体は、少ない。 そして、その経験の元になってるのは、おそらく…… 爺さんとの戦い。 ……爺さんは、勝て無いと判っていた。 判っていたから、勝とうとはしなかった……。 “自らの敗北を持って、こいつに仕込んだ” “間違った戦闘経験という毒の入った餌を”) 大主教「何をしたっ!? その動きはなんだっ」 女騎士「偶然だ……。はぁっ……はぁっ」 大主教「瀕死の女がっ」 女騎士(この方法でも、時間稼ぎに過ぎない。 動きには隙がある。 爺さんが仕込んだ罠の戦闘経験のせいで この化け物の攻撃にはリズムが“ありすぎる”。 それに攻撃はどれも強力だが、真っ正直で、直線。 だけど……。 私の攻撃じゃ、通じない。 あの黒い霧も、おそらく精霊祈祷の光の壁も越えれない。 わたしの使える“光壁”はこいつだって使える。 その上再生能力まで……。 あれがもし勇者の力のコピーなら致命傷以外は 全て回復しかねない……) ページトップへ <前13-3へ|次13-5へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/66.html
<前10-5へ|次11スレ目へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」10-6 916 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23 36 21.63 ID 7lABGacP ――闇の中の子供 魔王「ふんっ。くだらないな。 モデル化などといって 数字パズルをいじくり回して何が楽しいのやら。 そのような物を使わないと未来予測も出来ないとは」 あの頃のわたしは、寒く孤独な研究室と図書館の中で 自らを構成する要素をとりまとめるだけに精一杯で。 自分の小さなプライドを守るためだけに必死に学んでいたのだ。 魔王「そもそも希少性ある経済資源を再分配するだけのことなのに、 どれだけ非合理的な欲求を変数として扱わねばならんのだ」 世界の全てを敵に回して たった一人で孤独な戦いを挑んでいた。 魔王「どだい人間の道徳や欲求などを含んだ行動を モデル化したところで、そのモデルは教育程度によって 変化してしまうではないか。 そして教育の程度は経済の規模や文化程度、 すなわち個々の要素を含むゲシュタルトによって成り立っている。 そうである以上、両者の関係は再帰的に成らざるを得ない」 小さくて惨めな、自分を必死守って 毎日歯を食いしばり学んで、 広い世界の人々を見下すことでしか 自分自身を正当化できなかった幼いわたし。 918 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23 37 43.46 ID 7lABGacP 図書館が全てだった。 外の世界を憎んでいた。 羨ましくて、ねたましくて、気が狂いそうだったから。 誰も見たことがない未来を望んでいたのに そんなものはこの世界のどこにも有りはしないと 自分自身を諦めさせるために経済学を学んでいたわたしの 冷たく寂しい冬の尽きせぬ夜のような闇の中に―― 魔王「このような、あちらもこちらも再帰するような 関数モデルを、結局は統計的な手法を元に丸めてゆくのが 数学的な手法だというのなら、 その根本なるものは雲の中にあるようなものに過ぎないのに」 ――世界を救う人を、勇者と呼ぶ。 そんなおとぎ話みたいな儚い声を、 どうやって信じれば良いんだろう。 こんなに学んでも学んでも、世界は真っ暗なのに。 そんな人がいるのだろうか? わたしはこんなに寂しいのに。 そんな場所があるのだろうか? この閉塞したモデルの他にわたし達の住まう場所なんて。 魔王「――くだらないじゃないかっ」 期待して良いのだろうか。 わたしが夢見ることを許してもらえるだなんて。 夢見ても良いのだろうか。 そんなおとぎ話に出会えるだなんて。 919 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 23 38 55.81 ID 7lABGacP ――開門都市、庁舎、魔王の寝室 魔王「……んぅ」 魔王「夢……か……」こしこし 魔王「夢とは言え、痛むんだな」 ……ォォン! ……ドォォーン! 魔王「……」 魔王「会いたいな。勇者に」 魔王「私はがんばってるぞ、勇者」 魔王「絶対この都市は落とさせない。 この都市が落ちたら、きっと魔族も人間も退くに退けなくなる。 だから、勇者は来ない方がいいんだ。 ……ここに来たら、あの祭壇を見てしまう。 わたしは勇者と戦いたくなんて無い。 勇者と戦うくらいなら ――いい。 勇者がいなくても、 我慢する」 魔王「……」ぽろっ 魔王「好きなんだな、わたし」 魔王「……」 魔王「会いたいぞ……」 927 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 10 34.74 ID ilMrMHoP ――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕 ……ドォォーン! ……ォォン! ……ゴォォン! ……ズドォォン! 大主教「続けよ」 従軍司祭「はっ、はい。豚二千五百頭、小麦馬車8台、 甜菜樽七つ、果物および香辛料、馬車二台。 毛布、および防寒具、馬車四台……」 ガサッ 光の兵士「しっ、失礼しますっ」 従軍司祭長「なんだ。伝令か?」 光の兵士「はっ」おろおろ 従軍司祭長「話すが良い」 光の兵士「は、はいっ。我らが大空洞との間に築いてきた 宿営地のうち一つが、正体不明の軍に襲撃を受けたとのことっ」 従軍司祭「なっ!?」 従軍司祭長「なんだと、詳しく話せっ」 光の兵士「はっ。これも避難してきた兵からの話ですが…… 魔族の精悍な歩兵軍の襲撃があり、 糧食や武器が奪われたそうでありますっ!」 929 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 11 36.47 ID ilMrMHoP 従軍司祭長「被害はそれだけか?」 光の兵士「はい。幸いにして死者、負傷者はきわめて少なく、 ただし馬などは散らされたために、 徒歩にて本陣へと合流をしている最中」 大主教「取るに足りぬ」 光の兵士「は?」 大主教「取るに足りぬ。攻撃を続行させよ」 従軍司祭長「……。良い、下がれっ」 光の兵士「はっ! はい、かしこまりましたっ!」 大主教「防壁の様子はどうなのだ」 ころり。ころり。 従軍司祭長「はい。昨日からは補修の動きも鈍くなり、 都市側の資材もかなり困窮してきたと見えます。 一部の防壁には、ほころびも見栄、おそらくあと4、5日の うちには何らかの進展が見られるかと」 大主教「なまぬるいな。突撃をさせるのだ」 従軍司祭長「し、しかしっ……」 大主教「精霊は求めたもう」 従軍司祭長「……っ」 大主教「ゆけ、光の園へ。 あの都市の住民に恐怖を刻み込んでやるのだ」 930 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 12 44.42 ID ilMrMHoP ――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 光の信徒「聞いたか?」 光の銃兵「ああ」 光の槍兵「何をだ?」 光の信徒「どうやら、2つめと3つめの集積地も落とされたらしい」 光の槍兵「そうなのか!?」 従軍靴職人 とぼとぼ 荷馬車の御者「うううぅ、水をくれ」 光の信徒「ああ、見ろ。ここ数日で人が増えているだろう? 食料も武器も奪われて、荒野を旅してここまで たどり着いたらしいんだ」 光の銃兵「そうだったのか。なんにせよ、命があるのは行幸だ」 カノーネ兵「果たしてそうかな?」 光の銃兵「それはどういう事だ?」 カノーネ兵「考えても見ろ。 奴らは後方の補給線を守って食料を蓄えていたんだぞ。 そいつらが食料を奪われたばかりか、 この前線に押しかけてくるって事は、食料は増えていないのに その食料を食う口は増えているって云うことだ」 ひゅるるる……どぉぉーん!! 光の信徒「……っ」 光の銃兵「しかし、同じ光の仲間じゃないかっ!」 光の槍兵「だといいがな」 931 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 13 57.95 ID ilMrMHoP 光の信徒「ともあれ、あの都市を落とせば、 食料も水も物資も手に入るはずなんだ!」 光の槍兵「……」ふいっ 光の銃兵「どうしたんだ?」 光の槍兵「いや、考えても見ろ。 俺たちが砲撃を加え始めてから、明日でもう十日だぞ? 貴族や司令部は、あの都市さえ落とせば 食料も財宝もたっぷり手に入るって云っているけれど 本当に食料なんてあるのか? つまり、あの都市には魔族が沢山いるんだろう? 魔族であってもメシを食うんだろうから あの都市の食料を、食い尽くすことだってあるんじゃないのか?」 光の信徒「……」 光の銃兵「それは……」 光の槍兵「そうなったら、俺たちはこの荒野の中で、 食料も無しで放置されちまう」 光の騎兵「いや、それはないさ。いま王弟元帥閣下がいないのは まさにそのためなんだからな」 光の銃兵「へ?」 光の騎兵「王弟元帥閣下と勇者どのは、 魔族の領土に食料と物資の補給に出ているんだ。 おそらくそろそろ帰ってくるはずだ。だから大丈夫さ」 光の槍兵「そうだったのか! 勇者さまもかっ!」 カノーネ兵「それで前線には王弟元帥閣下が いらっしゃらなかったんだな!?」 光の騎兵「そうさ。王弟元帥閣下さえ帰ってくれば、 あんな防壁なんて一撃の下に破壊して、 俺たちはこの戦に勝利が出来る事は間違いないからな」 945 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 48 16.33 ID ilMrMHoP ――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地 がさ、がさりっ 副官「どうだ?」 獣牙双剣兵「おう。見える……。 明かりが多い。警戒しているようだ」 獣牙投槍兵「すでに襲うのも4カ所目だ、警戒もしているだろう」 獣牙槌矛兵「ぬぅ」 副官「ここからは、奇襲でけりをつけるわけにも行かないか」 獣牙双剣兵「奇襲ばかりではつまらぬだろう」 獣牙投槍兵「本当の戦はこれからよ」 副官(そうはいくか。こっちの数は5000を割ってる。 奇襲しないでマスケットを喰らえば倒れていくしかない。 兵の補充が望めない以上、減らすわけにはいかない。 ……けれど、集積地を襲っていくしか開門都市を 援護する手段はないと来ている) 獣牙双剣兵「司令よ」 副官「ん、ああ」 獣牙双剣兵「大事にしてくれるのは判るが、 我らは獣牙の精兵。あの人間界への遠征をも乗り越えた 銀虎公の部隊なのだ。暴れさせてくれ」 獣牙投槍兵「そうだそうだ。俺の槍はマスケットなどには負けぬ」 獣牙槌矛兵「我ら五千には銀虎公の魂が宿っている。 負けはせぬ! そんなはずがないっ!」 副官「……」 獣牙双剣兵「ためらっても他に手段などあるまい?」 副官「判った。奇襲を敢行する。出来るだけ広域に散開し 三日月状の陣形で一気に集積地に接近、マスケット兵を倒すぞ」 獣牙兵「おうっ!」 948 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 48 57.10 ID ilMrMHoP ピィィィィッ!! 副官「良し、行くぞっ! 突撃っ!!」 獣牙双剣兵「おおっ!」 獣牙投槍兵「我ら獣牙の力を見せつけてやるっ」 獣牙槌矛兵「我らの魂に力をっ!!」 光の防御部隊長「きっ! 来た。本当に来たっ!?」 光の信徒「ど、どっ!?」 光の歩兵「お、おちつけ!」 光の防御部隊長「そうだ。マスケット部隊! 構えぃ!!」 光の銃兵「はっ!」 がちゃ! じゃき! がちゃっ!! 光の防御部隊長「引き寄せよ、一兵たりとも近づけるな」 光の信徒「ううう、や、槍兵も準備せよ」 光の歩兵「はぁ!」 ザシャ! 副官(読まれていたかっ!? まずいっ) 獣牙双剣兵「左右へ散開しながら前進っ!!」 獣牙投槍兵「行くぞぉ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! ゴウゥゥン!! ゴォォン! 獣牙槌矛兵「かはっ!?」 「ぐはぁっ!!」 「うぐっ!?」 ばたっ 「ぎゃぁ!」 光の防御部隊長「第二射装填、そっ」 光の信徒「?」 ズギュゥゥーーンッ! ばたり ズギュゥゥーーンッ! ズギュゥゥーーンッ! 954 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 00 53 10.00 ID ilMrMHoP ――遠征軍、奇岩荒野、物資集積地近辺の灌木の茂み 女騎士「落ち着け。敵はこちらの位置を把握はしていないぞ」 ライフル兵「はっ!」 女騎士「望遠鏡による光学観測を続けろ。 パートナーに警告と指示を忘れるな。 狙撃手と騎士は必ず二人一組で行動だ。 槍兵は後回しで良い、相手は寄せ集めの軍隊だ。 指揮官と聖職者をまずは狙え! その後は指揮を引き継いで立ち上がったやつから狙撃だ」 ライフル兵「了解っ」 湖畔騎士団「たき火の明かりの中に棒立ちです。右ッ!」 女騎士「落とせ」 ライフル兵「行きます」 ズギュゥゥーーンッ! 湖畔騎士団「命中。次の目標を」 女騎士「悪くない命中率だな」 執事「にょっほっほっほ。わたし直伝ですからね」 女騎士「だからその動きはやめろ」 執事「ふふふっ。では、わたしは少々」 女騎士「どうするんだ?」 執事「向こう側から突出してきた魔族の皆さんの被害を減らす ために、少々攪乱してこようかと思います」 女騎士「一人で良いのか? 変態老師」 執事「なんですかそれはっ!?」 女騎士「いや。あのパンツを見た結果、 中間的な呼称に落ち着いたのだ。……わたしも行こうか?」 執事「いえいえ。大勢で行っては、狙撃の時に不便でしょう。 わたしなら隠密行動で攪乱できます。お任せあれ」にょりゅん 女騎士「……ふっ。よし、マスケット兵達を押さえつけたならば、 前進して制圧に移るぞ! 騎士団、準備を開始っ!」 977 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01 14 36.74 ID ilMrMHoP ――聖王都、八角宮殿、冬薔薇の庭園 カッカッカッ ガチャ ざわざわ……ざわざわ…… 「商人風情がもっとも由緒正しいこの宮廷に何を」「ああいやだ」 侍女「こちらへ」 青年商人「はい」 カッカッカッ ガチャ ざわざわ……ざわざわ…… 「あれが、ほら『同盟』とやらの」「優男ではないか」 青年商人(さすがに豪華絢爛だな。 たかが廊下にここまで装飾を懲らすとはね) 侍女「この奥でございます。国王陛下はすでにお待ちでございます」 青年商人「了解。飴でも要ります?」 侍女「は?」 青年商人「ただの冗談ですよ。こほんっ」 侍女「では、失礼させて頂きます」 がちゃん。 ~~♪ ~~~♪ 触れ係「『同盟』所属、湖の国商館より、 青年商人様がいらっしゃいました」 978 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01 16 36.40 ID ilMrMHoP 青年商人「はじめまして、ご挨拶させて頂きます。 私は湖の国を中心に広く商いをさせて貰っております 青年商人と申します。以後、お見知りおきを」 国務大臣「うぉっほん。わしが国務大臣だ。そして」 王室付き高司祭「わたしはこの聖王国の王室付きを勤める高司祭」 国務大臣「こちらにいらっしゃるのは、 精霊の恩寵厚き、我らが16代国王、聖国王様でいらっしゃる」 聖国王 くるり 国務大臣「そちの謁見を許す、との仰っている」 青年商人(これはこれは……。このおつきどもは面倒くさいな。 多少荒療治も必要か。だが、この王は……) 聖国王「良く来てくれた。経済と商業の立場から この王国への提案があるそうだな? 周囲は止めたのだがな。余とて世相を知らぬ訳ではない。 今日の話は、密かに楽しみにしておったのだ」 国務大臣「……ふんっ」 青年商人「ありがとうございます。 本日は色々お話があるのですが……。 そうですね、まずはお願いがございまして……」 聖国王「申してみよ」 青年商人「私ども『同盟』は商人の間の互助組織でございます。 一人一人旅商人のようなささやかな商いをしております商人や、 何代にもわたる一家を作り上げた商人が参加しております 組織でして、大陸のあちこちの都市に商館を築いております」 980 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01 18 23.88 ID ilMrMHoP 聖国王「ふむ」 青年商人「この度、この『同盟』の商館の一部で 為替を取り扱う業務を始めまして。 おかげさまで好評を頂いております」 王室付き高司祭 ぎりっ 聖国王「為替か。うむ、判るぞ」 青年商人「こちらの為替業務に関する許可および、 勅書を頂けましたならばありがたく思います」 王室付き高司祭「殿下、私は反対させて頂きますっ」 聖国王「なぜだ?」 王室付き高司祭「元々為替なる仕事は我ら教会の業務。 全国に散らばる光の信徒の相互の互助のために 興した事業でございます。 そもそも金銭を扱うのは高度な信用が必要。 この場合、信用とは資産であります。 お金を払う約束、貸す約束、どちらの約束にしろそれを 実行するだけの信用がなければ成り立ちませぬ。 新興の商業組合にこのような仕事を許可すること自体が 間違いであったのです」 青年商人「恐れながら国務大臣閣下。この国の法にて、 為替業務の許可が必要だとの項目はございましたか?」 国務大臣「……それは……無いようですが」 王室付き高司祭「……っ」 青年商人「許可を頂きたいと云ったのは、 これはもはや純粋な礼儀上のことでございます」 984 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/09(金) 01 20 44.33 ID ilMrMHoP 王室付き高司祭「では、私は聖なる光教会を代表いたしまして 陛下に求めます。そもそのような法がなかったのは、 我ら教会以外がその人を全うできなどというのが、 自明だったゆえのこと。 すぐさま法を改正し、いや、国王命令でもって教会以外の 為替業務を停止すべきです。 これを聖なる光教会として、強く要請いたします」 聖国王「……」 青年商人「さて、高司祭どの」 王室付き高司祭「なんですか、商人“どの”。 わたしが陛下と話をしているのですよ」 青年商人「じつは、我ら『同盟』でも、 教会の為替を利用していましてね」 王室付き高司祭「ふん、やはりそうではないか」 青年商人「為替証を現金にしてもらおうと思い、 西海岸の自由都市にいったのですが、現金化を断られました」 王室付き高司祭「それはっ」 聖国王「それは事実なのか?」 青年商人「困ったわたしは、その隣の都市にも行ったのですが、 そこでも断られまして」 王室付き高司祭「……っ」 青年商人「じつは5カ所で断られていまして。 為替証とは公正証書の一種であるはずですよね? 金を預かりはしたが、契約したにもかかわらず、 返すことは出来ない。教会はそう仰るのですね? 西海岸の商人は現在大混乱、いえ、大恐慌です」 ページトップへ <前10-5へ|次11スレ目へ>