約 3,140,702 件
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/42.html
<前6-5へ|次6-7へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6-6 771 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 10 26.07 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、蒼魔族の天幕 蒼魔王「黒旗がたなびいたか」 蒼魔武官「どうやら魔王の命脈は尽きたようですな」 蒼魔王「ふっ。あのような惰弱な魔王、 どうあってもその命の炎は揺らめいていたのだ。 我らが提案に乗り引退しておれば命ながらえたものを。 しょせん、女に戦は出来ぬ」 蒼魔武官「真にその通りで」 ざっざっざっ 蒼魔上級将軍「王よ」ざっ 蒼魔王「おお。上級将軍、よくぞまいったな。 魔王は死んだぞ。……どこの誰だかは判らんが まったく見事なタイミングの事件よな」 蒼魔武官「将軍、お早いおつきで」 蒼魔王「して、王子は?」 刻印の蒼魔王子「父上。僕も一緒ですよ」 蒼魔王「おお! 健勝であったか? 我が息子にして世継ぎの皇子よ!」 刻印の蒼魔王子「はははっ。おかげさまでね」 蒼魔上級将軍「刻印の確認、済ませてございます」 蒼魔王「していかに?」 刻印の蒼魔王子「ふっ。この両目こそがその証」キィンッ 772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 11 56.60 ID 0Bi87sEP 蒼魔上級将軍「二つの瞳に表れた刻印、これこそ魔王の証。 しかもその強さたるや、歴代屈指かと」 紋章官「……蒼魔王子に称えあれ。ひゅっ」 蒼魔王「慶事である。わが治世もここに完結を見たか。 刻印の王子を得た年に、魔王が死ぬ。 これも魔界の神が蒼魔の一族を嘉したもうあかし!」 刻印の蒼魔王子「何時までも王子じゃ格好もつかないさ」 蒼魔王「……どういうことだ?」 刻印の蒼魔王子「将軍、頼むよ」 蒼魔上級将軍「はっ。御身がために」 紋章官「……」ニタニタ 蒼魔王「なっ! なにをっ!?」 蒼魔上級将軍「相馬族の繁栄のため、心安んじられよ、陛下」 蒼魔王「なっ! な、なっ! 貴様ぁっ!?」 ザッシュ!! ――ゴトン。 刻印の蒼魔王子「ふん」 蒼魔上級将軍「終わりましたな。刻印王よ」 刻印の蒼魔王子「刻印王か……。 悪くはないが、別の称号が待っている」 蒼魔上級将軍「さようでございます、我が主よ」 刻印の蒼魔王子「魔王はこの僕が継ごう。 ふっふっふっふ。はぁーっはっはっはっはっは!!」 776 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 30 45.41 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕 蒼魔上級将軍「さて、お集まり頂いたのは他でもない。 不幸な事件により魔王殿が身罷られたのは 我らにとって大きな傷手。 この窮地を脱するために、 氏族の長の知恵を借りねばならぬかと思い、お招きした次第」 碧鋼大将「……」ぎろっ 火竜大公「お前は誰だ。それに蒼魔王はどこにいるのだ」 蒼魔上級将軍「これは失礼をした、 わたしは蒼魔一族の兵を束ねる上級将軍。 蒼魔一族はこのほど新しい族長を迎えた。 今回のお招きは、新しい族長の紹介もかねていると 思っていただければ、これ幸い」 鬼呼族の姫巫女「新しい、族長じゃと?」 蒼魔の刻印王「この僕だ。蒼魔王の世継ぎの長子に当たる。 蒼魔王は昨晩、急な発作で世を去った。 僕は父からの後継指名を受けて王として学ぶべきを 学んできた身だ。この継承は蒼魔一族の支持も受けている。 ――以後、お見知りおき願おう」 銀虎公「……そうかい。血の匂いがしねぇでもないが」 巨人伯「一族の……きめごと……」 火竜大公「ふっ、そうだな」 鬼呼族の姫巫女「氏族の内側には干渉しないのが我らが習い。 それが蒼魔族の下した決断ならばしかたなかろう」 777 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 32 01.62 ID 0Bi87sEP 紋様の長「だが“魔王亡き後の”とは?」 蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことは 諸卿らもご存じのことと思うが、その後の対応策についてだ」 銀虎公「対応策も何も……」 鬼呼族の姫巫女「次期魔王決定については 星回りが決めることであろう」 蒼魔の刻印王「しかし、その時期が問題だ。 わが蒼魔族がかねてから再三主張してきたように、 今われらが魔界は人間界との戦時下にある。 停戦とも交戦とも結論が出ぬままに 魔王だけがこの世を去った。 次期魔王を得ぬままに時を浪費しては、 これは魔界の存亡に関わる」 勇者「……」 紋様の長「そう言われれば、そうではありますね」 碧鋼大将「では、どうせよと若長はいうのだ?」 火竜大公「魔王不在で忽鄰塔を続行すると?」 蒼魔の刻印王「それが必要であれば」 銀虎公「この九名で物事を決しようというのかい」 蒼魔の刻印王「ひとつ諸卿に報告すべき事がある。 それは僕のこの両目に、刻印があると云うことだ」 778 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 33 41.64 ID 0Bi87sEP 碧鋼大将「両目……に!?」 鬼呼族の姫巫女「まさか……」 妖精女王「かつて“魔眼”と恐れられた魔王でさえ、 刻印は右目のみだったと云うのに」 東の砦長「どういうこったい?」 蒼魔の刻印王「そうだ。僕はほぼ確実に、次の魔王だ。 いや、現魔王が死んでいる今、 ほぼ魔王であると云ってもおかしくはない。 蒼魔族が確認している限り、現時点で他の候補者は、 存在しない」 銀虎公「そうなのか!?」 碧鋼大将「そのようなことが……」 勇者「……っ」 紋様の長「考えてみれば、先代の六人は多い候補者でした」 蒼魔の刻印王「ふふふふっ。 そのような影響が、今代で出たのかも知れないな」 巨人伯「魔王……決まった……か……」 火竜大公(蒼魔族め……。何が魔族のためだ。 魔王廃位とはこのような心算あっての。 ……いわば保証付きの要求だったか) 鬼呼族の姫巫女「だが、しかし現在は候補者だ」 妖精女王「ええ、そうです。けして魔王ではない」 779 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 35 30.99 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「それは判っている。僕とて若輩の身。 諸卿らに支持して頂くまでは、 努々、魔王であるなどとは思い上がるまい」 碧鋼大将「ふむ」 巨人伯「では……どうしたい……」 蒼魔の刻印王「蒼魔族の長として、魔王の候補者として、 諸卿らに云いたいのは以下のようなことだ。 まず第一に今は非常事態であり、 魔王の空位は望ましくはないと云うこと」 銀虎公「それはそうだろうな」 蒼魔の刻印王「第二に前魔王の葬儀を行うべきだと云うこと。 と、同時に魔王殺害の犯人も探させなくてはならぬ。 この責任者を決める必要があるであろう」 火竜大公「ふむ、もっともな話ではあるな」 蒼魔の刻印王「蒼魔族としては、この暗殺事件の犯人は 人間だと考える」 東の砦長「憶測だっ!」だんっ! 蒼魔の刻印王「もちろん現時点では何の証拠もない。 魔族が犯人である可能性も十分に考慮に入れつつ 犯人を捜さねばならないだろう。 だが少なくとも、これは魔族の内部分裂を誘う卑劣な やり口であることには違いない。 この犯人は厳しく追跡し、捕らえなければならぬ」 碧鋼大将「人間か……」 銀虎公「奴らのやりそうな事だ。はんっ!」 780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 37 35.10 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「第三に、僕はいつまで待てばよいのか? と云うことだ。第一にも云ったように今は時間が惜しい。 確かに星によって刻印が押される者が今後出るかも 知れないが、継承候補者戦の時期を決めるのは 八大氏族、いまや九大氏族となったか。 その族長の持ち回りであったはず。 その決定をお願いしたい」 鬼呼族の姫巫女「次は、どの氏族が主催を行う予定だったか?」 妖精女王「先代はわたし達でした」 紋様の長「で、あるなら、我ら人魔か」 蒼魔の刻印王「どうか決定を下して頂きたい」 碧鋼大将「……」 火竜大公「……ぐぐっ」 鬼呼族の姫巫女「如何にする?」 紋様の長「……」 蒼魔上級将軍「紋様の長。ご裁可を」 紋様の長「……今は危急の時であると。 その言葉はわかります。 またいたずらに長引かせれば魔族全体の和が乱れるでしょうね。 わたし達には今すぐにでも新しい魔王が必要です。 どれだけの時が必要か。 これは難しい問題ですが……。 時をおく危険の方が大きいでしょう。 明朝。――明朝をもって継承候補者戦を行います。 その時までに刻印を持つ継承候補者が他に名乗り出ない場合、 魔王として、蒼魔の新王を頂くことになります」 781 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 39 05.22 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「……黒騎士殿」 勇者「……何用か?」 蒼魔の刻印王「御身は魔王の片腕。 その身体をつつむ漆黒の鎧兜は、 かつて剣の魔王と呼ばれた覇王を包んでいたもの」 勇者「……」 東の砦長「黒騎士……」 蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことには 深い哀悼の念を覚えるが、御身はわれらが魔界最強の騎士。 悪逆なる人間の侵攻に立ちはだかる最後の砦。 なにとぞご自愛くださり、 我と共にこの魔界の柱石となることを願う」 蒼魔上級将軍「我が君と当代無双の誉れ高い黒騎士殿! これで魔族の軍は世に並び立つことのない 最強のものとなりましょうなっ! ふはーっはっはっはっは」 巨人伯「……」 火竜大公「はしゃぐな、若造が」 蒼魔の刻印王「これは我が族のものが失礼をいたしました。 申し訳ございませぬ、ご老公どの……」 火竜大公「ふんっ」ばふっ 鬼呼族の姫巫女「このままでは……。また戦火が」 妖精女王「戦になってしまうのですか……」 810 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14 56 48.06 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、天幕で作られた街 ――明朝。 銀虎公「日が昇るな」 巨人伯「朝……だ……」 火竜大公「ふんっ」 妖精女王「誰も、来ませんね」 鬼呼族の姫巫女「この期間では難しいだろう」 蒼魔の刻印王「……」 東の砦将「黒騎士、そんなもの。脱いじまえ」 副官「そうですよ」 勇者「こんなもんでも、魔王に貰ったもんでな」 蒼魔上級将軍「今朝の太陽も、碧の美しい輝きだな」 銀虎公「誕生の朝か」 碧鋼大将「……刻限だ」 紋様の長「良いでしょう。仕方ありませぬ。 蒼魔の新王よ、前に。」 蒼魔の刻印王 ざっ 811 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 14 58 00.13 ID 0Bi87sEP 東の砦将「……」ぎりっ 紋様の長「我、紋様の長は忽鄰塔九大氏族の族長として そなたを最終候補者としてみとめる。 正式に魔王と名乗るは、魔王城、最下層、冥府殿にて 潔斎の四日を過ごしてからとなろうが、 そなたはこれより魔王として生きる覚悟有りや?」 蒼魔の刻印王「無論」 紋様の長「魔王の継承者として、その力を引き継ぐや?」 蒼魔の刻印王「謹んで」 紋様の長「では、魔王の略王冠を……」 蒼魔の刻印王「しばらく。紋様の長よ」 紋様の長「なにか?」 蒼魔の刻印王「これより我が右腕として、 この魔界全てを統べることのなる黒騎士に、 是非その栄誉をおわけ願いたい」 紋様の長「よかろう。では黒騎士よ」 勇者「……」 紋様の長「黒騎士よ、一歩前に進み、 この略王冠を新生魔王の額に乗せるよう」 813 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 04 43.13 ID 0Bi87sEP 東の砦将「黒騎士……」 副官「黒騎士様……」 妖精女王「黒騎士様……」じぃっ 勇者「……」ざっ 蒼魔の刻印王「我が片腕よ。長征の将軍よ。 魔界最高の騎士にして常勝無敗の黒き死の使いよ。 我が代の片腕としてそなたを迎えることを嬉しく思う。 そのことだけでも先代には感謝の気持ちを抑えられぬな。 この魔界に繁栄をもたらすために、その剣を 魔王に捧げ、魔王の命により為すべきを為せ」 勇者「御命了承つかまつった。 我が神聖なる所有の契約により 我が身命は永世に魔王のもの。 我が剣は魔王の敵を貫くものなり」 蒼魔の刻印王「……所有?」 東の砦将「黒騎士っ!!」 蒼魔上級将軍「新生魔王に祝福あれ!!」 うわぁぁぁ!! ばんざい! 魔王ばんざーい!! 蒼魔の将校「魔王ばんざい!!」 蒼魔の侍従「新魔王、蒼魔の魔王万歳っ!!」 紋章官「ヘヒヒッ。ふしゅ。ばんざい! ばんざい!」 ――黒点は伊達ではないのですぞ。 ヒュ………………ッ!!!! シュカッ! 814 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 06 12.33 ID 0Bi87sEP 紋章官/暗殺者「ふしゅーへっひっは……。ごぶっ。 く、くるじ……脚が、脚がぁ……。ふしゅっ、ふしゅぅ」 執事「静かにわめきなさい。みっともない」 ザシュ! 紋章官/暗殺者「ひげっ! ひぎぃぃ!! ふしゅるしゅる。 な、なにを、なにをする、じ、爺ぃいしゅ」 蒼魔の刻印王「何者だっ!」 蒼魔上級将軍「我らが家臣に何の狼藉を働くっ!!」 執事「だまらっしゃい! 儀礼の最中に取り乱すなど王族ともあろう者がはしたない 若でさえもうちょっとお上品でしたぞ」 東の砦将「あ、あ……あの方は。昔戦場で見たことがあるっ」 勇者「爺さん、遅いぞ。遅すぎだぞ」 執事「にょっほっほっほ。お待たせして申し訳ありません」 火竜大公「何が起きているのだ」 執事「にょっほっほ。これを持っていると確信できる、 そのチャンスを伺っていたのですよ。 ほれ……。こいつの懐に」 ごそごそっ 紋章官/暗殺者「それはっ! へぶしゅるしゅるっ! その瓶はやめろぉ!!」 815 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 07 14.87 ID 0Bi87sEP 銀虎公「瓶……!?」 執事「壊死の毒ですよ。 ……この毒のせいで、追っ手に差し向けた わたしの可愛い部下が五人もやられてしまった。 恐ろしい毒です。 既知の解毒方法では効果も望めない」 碧鋼大将「毒……まさか……」 巨人伯「暗殺……?」 蒼魔上級将軍「~っ!!」 東の砦将「おう。なんで、魔王を殺したのと同じ毒使いが 蒼魔の陣中にいるってんだ? え?」 紋章官/暗殺者「離せしゅるっ! 離すのだ、じぃ!」 紋様の長「それについてはじっくりとこの暗殺者に問う 必要があるでしょうな……」 紋章官/暗殺者「貴様、爺っ! 俺を足蹴にっ!」 がばっ! ザシュッ!! 紋章官/暗殺者「カハっ! あ、そ、そんな……。 ふしゅ、しゅる……しゅ……しゅ……」 蒼魔の刻印王「危ないところでしたな、ご老人」ちゃきん 東の砦将「貴様っ! 大事な手がかりをっ! 口封じのつもりか、蒼魔族のやり方はそうなのかっ!?」 817 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 08 09.14 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「とんでもない、これはご老人を助けようと しただけにすぎません」にこり 蒼魔上級将軍「ふっふっふっ」 東の砦将「そのような言い訳が通ると思っているのかっ!」 副官「重大な疑惑行為ですよっ!」 紋様の長「蒼魔の王よっ! 自らの口で、容疑者を捕縛し 詮議しなければならぬと云ったそばから、 重大な手がかりを握っているに違いないその者を 殺すとはいったい何事ですかっ!?」 銀虎公「そうだ、信義に悖るにもほどがあるぞっ!」 蒼魔の刻印王「ふっ」 こつんっ――ばさっ…… 碧鋼大将「こ、これは……。仮面……?」 巨人伯「この、おどご……」 火竜大公「この暗殺者は……。蛇蠱族だったのか……」 副官「蛇蠱族……?」 銀虎公「そんな……。獣人の一族だと……? ……ちがうっ! 俺たちは違うっ! 確かに俺たちは力を発揮するための 戦場を望んでいたが、暗殺なんぞ力を貸したりはしないっ! 違うんだ、俺たちはこんな事はしないっ!!」 蒼魔上級将軍「誰が信じる、そのようなことっ」 819 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 09 23.38 ID 0Bi87sEP 碧鋼大将「それを言うならば、蒼魔族とて同じであろう!」 火竜大公「そうだ、その蛇蠱族を紋章官として 雇い入れていた蒼魔族も疑念を避けることは叶わぬっ!」 蒼魔の刻印王「何か勘違いをなさっているようですね」 鬼呼族の姫巫女「何っ!?」 蒼魔の刻印王「言い訳? 疑惑? ふふふっ」 副官 ぞくっ 蒼魔の刻印王「僕はね、魔王なんですよ? 言い訳などする必要はない。 疑念を晴らす必要などさらにない。 それが魔王。 唯一にして絶対。 至高にして無二。 魔界の全てを統べる者。 今さらそのようなご託を聞く耳はありません」 紋様の長「だが魔王は忽鄰塔において、 氏族の長の半数を持って廃位出来るっ! このような状況下で魔王を続けられるわけがない!」 蒼魔の刻印王「僕は忽鄰塔の終了をここに宣言する。 そして、再び忽鄰塔の招集を出来るのは魔王だけだ」 碧鋼大将「っ!!」 妖精女王「そんなっ」 824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 12 54.86 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「宣言しますが、僕は二度と忽鄰塔など 開催しませんよ。 こんな会議は自分の意志を押し通す実力のない、 三流の魔王が頼る弱者の藁に過ぎない。 覇道を進む魔王は、絶対の支配者。 僕は、あの腐った女とは違う。 魔界の秩序とは我が身、この魔王のこと。 全ての法を越えた支配者が魔王っ。 判っていないのはあなたたちのほうだっ! ふっ。これで詰み。……お仕舞いですよ、諸卿」 ざっ 「そのような考え方をこそ改めたかったんだがな」 蒼魔上級将軍「誰だっ」 魔王「誰だとは挨拶だな……。ごほっ」 メイド長「まおー様、ご無理は」 女騎士「まだ法術が不十分なんだ。戻ろう」 魔王「必要があるんだ、目をつぶってくれ」 火竜大公「魔王……どの……」 東の砦将「魔王さんよっぅ!!」 妖精女王「魔王さまぁっ!!」 827 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 14 15.82 ID 0Bi87sEP 蒼魔上級将軍「何故っ!! 何故貴様が生きているっ!」 魔王「ここで一度云っておく。 魔王の身でこんな事をいうのもなんだが そもそもこの魔王というシステム自体が過渡期的性質を 持っているのだ。 たった一人の絶対者によって、その権威と武力と調整力によって、 氏族間の意見の相違やバランスの欠如を 全て吸収させようだなどという考えそのものが前時代きわまる。 良いか? 忠義だなどと云えば聞こえはよいかも知れないが その内とちくるった魔王が出てきて、積み上げたものを 全て根こそぎおじゃんにするのが世のおちだ」 執事「学士殿……」 魔王「済まなかったな。疑った」 執事「しかし、信じてくださった」 魔王「勇者が真剣にいうからな。 “あの爺はD以上は絶対に殺さないんだ”って。 それに、毒を使うのは流儀に反するのであろう?」 執事「わたしは紳士で通っていますからね。にょほっほっほ」 勇者「――と、云うわけだ“候補止まり”くん。 俺の剣は魔王のもの。俺の剣は魔王の示したものを貫く刃」 蒼魔の刻印王「黒騎士、貴様ッ!!」 魔王「勇者っ!」 勇者「あいよぉっ!」 魔王「蒼魔の王を捉えよ! 出来れば生かしたまま。 だが手向かいするならそれはそれで構わんっ!」 830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 17 01.32 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「はぁ!! まだ終わらんっ!!」 ガギィィン!!! 勇者「っ!?」 女騎士「な、なんだ。あの異常な魔力はっ!?」 メイド長「あれは冥府殿の負の気っ!」 ヒュバンッ! 蒼魔の刻印王「はぁっ! せやっ! せぃやぁぁ!!」 勇者「こいつっ。桁外れだっ」 ギン! ギキン! ガギン!! 勇者「“加速呪”っ! “雷剣呪”っ! “被甲呪”っ!」 蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!!!」 ギンッ!! ガッギギギギ!! 東の砦将「な、なんて奴らだっ!」 副官「銀光しかっ、見えないっ!?」 魔王「勇者っ!」 蒼魔上級将軍「いまだ! 黒騎士は我が君が押さえる。 今のうちに魔王を討ち取れっ! 魔王は軟弱だ! ましてや今は毒で弱っている、どの将兵にでも討ち取れるぞ!!」 勇者「なっ! ちょ。まて、それはたんまっ!」 蒼魔の刻印王「死にたいのか、貴様っ!」 ヒュギンッ!! 勇者「まずいっ。こいつ……戦力だけで云えば真魔王かっ」 831 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 18 52.62 ID 0Bi87sEP 蒼魔上級将軍「行けぇ!!」 蒼魔騎兵「はいやっ!」「どうっ!」「突撃ぃぃぃ!!」 東の砦将「騎兵だって!? おい副官っ!」 副官「はっ!」 東の砦将「族長をまとめろ、天幕は役に立たない。 蹴倒して足跡の防塁を造れっ!」 碧鋼大将「どこにこれだけの兵をっ!?」 銀虎公「うぉぉぉ!! やられる訳にはいかぬぅ!」ズダーン!! 勇者「夢魔鶫っ! 行って魔王を護れっ!」 蒼魔の刻印王「死人鴉っ! 行かせるな!!」 ギン! ギキン! ガギン!! 巨人伯「おおん……魔王……まもる……」 魔王「このような身体が。……けふっ。げふっ。」 メイド長「まおー様!」 女騎士「寄るなっ! 寄らば斬るぞっ!!」 蒼魔上級将軍「弓兵隊っ! 構えぇぇぇーい!!」 蒼魔弓兵隊 ざしゃっ 東の砦将「ありゃまずいっ!」 メイド長「っ!?」 蒼魔上級将軍「近づくなっ! 矢の数で攻めよっ! 一斉射撃準備っ! 撃てぇぇーい!」 832 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 19 55.28 ID 0Bi87sEP ヒュ………………ッ!!!! 蒼魔弓兵隊「え?」 ッカ 蒼魔弓兵隊「なんだ」 ッカ 蒼魔弓兵隊「なんで、おまえ。……弓を捨てて」 ッカ 蒼魔弓兵隊「首がっ! あいつの首がっ!?」 ッカ 蒼魔弓兵隊「どこだっ!? 何をされてるんだっ!?」 ッカ 蒼魔弓兵隊「見えないっ。俺の目がっ。目がぁ!!」 ッカ 蒼魔弓兵隊「うわぁぁぁああああ!!」 ッカ 執事「ふむ。二流の下というところですな」 835 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 21 48.25 ID 0Bi87sEP 東の砦将「あの爺さん、何やったんだ。あれは何なんだっ」 女騎士「射撃で倒したんだろう」 東の砦将「だって爺さん、何も持ってなかったじゃないかっ!」 女騎士「あの爺さんが何か持ってるところなんて見たことが無い」 東の砦将「あの爺さんは伝説の“弓兵”じゃないのかっ!?」 女騎士「そうだよ。でも、見たことはない」 東の砦将「なんで“弓兵”なんだよっ」 女騎士「相手は矢に刺されたように死ぬからだ」 勇者「行けぇ!! “上級雷撃呪”っ!」 蒼魔の刻印王「はじけっ! “凍結壁術”っ!」 ドッシャァァーーン! ビリビリビリッ! 蒼魔騎兵「いまぞ! 魔王を討ち取れっ!」 蒼魔騎兵「蒼魔に魔王を取り戻せっ!!」 ダカダッダカダッダカダッ 女騎士「っ! まずいっ。こっちは二日近く解毒に回復に、 もう体力も法力も限界なのに。数で押されるとは……」 メイド長「わたしが行きます」 魔王「だめだ……けふっ。お前だって」 蒼魔騎兵「我に続け! 魔王を討つぞっ!!」 ダカダッダカダッダカダッ 火竜大公「こわっぱどもがっ! 黙りんしゃいっ!!」 ゴオオオオッッゥッツ!! 836 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 15 24 27.51 ID 0Bi87sEP 蒼魔の刻印王「はぁっ! はぁっ……。 黒騎士よ、ここまでやるとは思わなかったぞ」 勇者「はっ……。はっ……。 それはこっちの台詞だ、“候補止まり”くん」 蒼魔の刻印王「だがここまでだ。受けてみろ!! 魔力充装っ“超高域炎撃死滅術式”っ!!」 メイド長「っ!?」 勇者「っ! 間に合えっ! 魔力結晶っ! “超高域雷撃結界呪文”っ!!」 ヒュダァァアン! ガキィィィィン!! 東の砦将「空がっ! 燃えあがる!?」 魔王「勇者っ!」 蒼魔上級将軍「わが君っ!!」 ゴゴオオオン!! 勇者「……はぁっ。はぁっ」 蒼魔の刻印王「……はぁっ、はぁっ。くっ」 執事「勇者。このままでは、学士殿がっ!」 蒼魔の刻印王「わが君、ここはっ」 蒼魔の刻印王「……兵を引かせよっ! 退却だっ!!」 勇者「……」ぎろっ 蒼魔の刻印王「……ふっ。命拾いをしたな」 勇者「魔王は守った。俺の勝ちだ」 蒼魔の刻印王「これは新たな戦乱の始まりに過ぎぬわっ。 ふはーっはっはっはっは!!」 905 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 12 33.25 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕 ――その夜 鬼呼族の姫巫女「それで、魔王殿の様態はいかがなのだ?」 紋様の長「それが心配だ」 勇者「一命は取り留めるだろうが、二週間は絶対安静だ。 その後も数ヶ月は不自由だろうな」 銀虎公「そうであったか……」 碧鋼大将「蒼魔族は?」 妖精女王「蒼魔族はどうやら付近に相当数の軍勢を 伏せていたようです。そちらと合流して、領土へと 帰還する進路を取っています」 東の砦将「……」 紋様の長「戦か」 碧鋼大将「蒼魔族の大会議に対する裏切りは明白だ」 巨人伯「……裏切り……よくない」 鬼呼族の姫巫女「きゃつらとの決着をつけるべき時が来たか」 勇者「現在魔王は病臥中だ。 その判断はいま少し待つべきかと思う。 今回の忽鄰塔にあたって、 蒼魔族は独自の予定や策謀を持って動いていたという印象を受けた」 906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 14 00.91 ID 0Bi87sEP 火竜大公「それについては同感じゃな」ぼうっ 勇者「で、あれば現在の逃走も何らかの策謀である 可能性も否定できないだろう」 紋様の長「暗殺者についても詮議をしませんとね」 銀虎公「獣人族は無関係だっ。信じてくれ」 碧鋼大将「今さらそのような申し開きを!」 (その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました…… えっと、背は副官さんくらいで…… でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて…… なんか、その……呼吸音が、変で) (漏れるような……蛇みたいな……) 東の砦将「いや、それについては、思い当たる節がないでもない」 火竜大公「なんだと?」 東の砦将「開門都市で“蛇のような呼吸音をさせる男”が ある捜査線上に浮かんだことがあってな」 副官「ありましたね。結局捕まえることは出来ませんでしたが」 紋様の長「それが今回の暗殺者だと? しかしだとしても 銀虎公や獣人の一族が無関係という証拠にはなりません」 銀虎公「本当だ、信じてくれっ」 東の砦将「その捜査自体は四ヶ月もまえのことで、 当時はその男は人間だと思われていた。 確かに人間の商人として開門都市に入り込んだはずなんだ」 907 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 15 51.57 ID 0Bi87sEP 副官「砦将……。そのようなことを。人間に対する疑義を いたずらに煽ってしまいかねません」 東の砦将「いいや。腹ぁ割っといたほうがいい。 俺たちゃどうあがいたって新参なんだ。 知恵を借りた方が良い結果もでらぁ」 紋様の長「……」 勇者「そうだよな……。うん。この兜ももういいだろう」 がちゃり 銀虎公「人間っ!」 碧鋼大将「まさかっ!?」 巨人伯「……その風貌」 勇者「ああ、俺も出身は人間だ。 今でも魔界に完全に定住しているとは言いがたい。 火竜大公の言葉を借りたとしても“半魔族”だな」 火竜大公「ふっ。はははっ。なるほど」 鬼呼族の姫巫女「人間が何故魔王の鎧を着ることに?」 勇者「俺はかつて人間に『勇者』と呼ばれていた男だ」 東の砦将「……云っちまうのかよ」 紋様の長「なっ!? 勇者ですって!」 銀虎公「魔族の宿敵、最強の人間!」 鬼呼族の姫巫女「やはりあの戦いの中、魔王殿が 叫んでいたあの言葉は聞き間違いではなかったのだな」 碧鋼大将「万機千刀の猛者、我が眷属千をたった一人で 屠ったというあの勇者かっ」 908 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 18 42.21 ID 0Bi87sEP 勇者「そうだ。……すまなかったな。 あれは戦争だった。綺麗事は言わない。 多くの魔族が俺に恨みを持つのは当然だ。 俺が倒した」 紋様の長「……っ」 銀虎公「あれほどの手練れ、どこの魔族が 隠れ潜んでいたのかと思ったが……っ」 火竜大公「ふぅむ。ふぅむ。得心がいったぞ」 鬼呼族の姫巫女「その勇者がなにゆえ、黒き鎧を着る? その鎧はかつての旧き魔王が纏ったもの。 魔王の許し無くば触れることも出来ない、魔界の宝の一つぞ」 勇者「魔王に口説かれてな」 妖精女王「口説く……?」 勇者「――三年前の秋、俺は魔王城に忍び込んだ。 魔王を討つためだ。 人間は魔族と激しい戦争を続けていて。 その頃の俺は、魔族が人間にたいして宣戦布告をして 人間を虐殺していたと思い込んでいてな」 紋様の長「それは違う。攻め入ってきたのは人間だっ」 勇者「今は判っている。しかし、あれは戦争だったんだ。 そして戦争にはその種の思い込みや誤解も付きもの。 少なくとも人間世界ではそのように事実は喧伝されていた。 酷い言い方だが、どちらに原因があったかは 少なくとも俺にとっては重要ではなかった。 魔族が人間を殺していた。それで十分だった」 909 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 19 37.57 ID 0Bi87sEP 銀虎公「……」 勇者「ともかく、俺は魔王の城に忍び込んだ。 罠は仕掛けてあったが、それまで多くいた魔族の衛兵や 戦士は姿を見せなくなっていた。 俺は仲間とも別れて、一人で奥へ奥へと魔王の城の中を 進んでいった。 そこで魔王と出会ったんだ」 碧鋼大将「魔王殿と」 勇者「自分を殺しに来たこの俺を魔王はたった一人で迎えたよ。 皆にも云ったように魔王は弱い。 あった瞬間に判ったよ。 ああ、こいつ今まで出会った魔物よりも格段に弱いって。 でも、あいつはたった一人で俺を待ち構え、 たった一人で俺を迎撃した。必死で。 剣を交える以外のことをしようとした。 言葉をつくして、信念を、自分の全てを賭けた。 今なら何となく判る。あいつがあのとき死んでいたら、 魔界がどうなったかも。人間の世界がどうなっていたかもな」 鬼呼族の姫巫女「どうなる……とは?」 勇者「あいつの言葉に寄れば、 二つの世界は互いの存在に依存している。 互いに憎しみあい、争いながらも 互いの存在がなければ成立しないんだ」 914 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 36 46.36 ID 0Bi87sEP 東の砦将「……」 勇者「人間世界には疫病と飢餓という問題があってな。 ……こちらから見れば、人間の世界は鉄やら塩やらがあって 豊かに見えるそうだが、実際暮らしている人間にとっては そうでもない。食料が足りなかったりしてな。 人が飢えて死ぬ。それをまぁ、言葉は悪いが ごまかすために魔族との戦争を決意した節がある」 副官「そう言われれば、頷ける節もあります」 勇者「一方魔界は血みどろの乱世だった。 俺が見た素直な感想を言えば、魔界には魔族が多すぎるんだ。 その上で居住可能な豊かな土地と、そうでない荒野の差が 激しすぎる。それが戦乱の本質的な原因じゃないか? 魔族同士を結束させ、まがりなりにも未来を見つめさせるために 人間との戦争は有用だった」 紋様の長「……」 銀虎公「それは……」 勇者「魔王はそれがイヤだったんだな。 こればっかりは理屈じゃない。 いや、理屈はどうとでもつけられるだろうさ。 本質をごまかした戦争は消耗戦にならざるを得ない。 それは文明都市族の全てを浪費する戦いでしかない。 とか。 じゃなければこのまま一進一退の攻防を繰り広げることは 乱世よりも甚大な人的被害を魔界にもたらす。 とかな」 915 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 20 38 19.42 ID 0Bi87sEP 勇者「でも、おそらく。そうじゃなかった。 ただ魔王は、イヤだったんだろう。 そんな非建設的なことをするのが。 魔族は――それを言うならば人間もだが、 とにかく自分たちが生まれてきた意味は、 そんなつぶし合いではなくて もっと他にもあるんじゃないか、って。 そう信じたかったんだろう」 勇者「だから人間の勇者である俺に云った。 そんなことは止めよう。もっと別の結末を見に行こう。 そう云ったんだ」 勇者「俺は勇者だ。そう呼ばれてきた。人間を救う英雄だと。 そうおだてられて魔界へ攻め込んだただの殺し屋だったよ。 でも、魔王は違う。 魔王は真剣に考えてた。 自分に出来るどんな手でも使って魔界を救おうと考えていた。 魔王が……本当の勇者だよ」 妖精女王「魔王様が……そんな……ことを……」 東の砦将「……」 副官「……」 勇者「ああ、別にあいつは戦争も争いも否定した訳じゃないぜ? ただなんて云うのかな、いまの『これ』は あまりにも不自然だ。歪んでいる。どこにもたどり着かない。 そんなことが云いたかったんだと、今の俺は思ってる。 あいつはちょっと頭が良すぎて、 云ってることの半分も 俺には理解できないことが多いのだけれど。 あいつの考える『豊か』とか『平和』ってのは 決して争いのない楽園じゃないよ。 ただ、争いが自らを滅ぼさず未来へ繋がるって事なんだと思う」 ページトップへ <前6-5へ|次6-7へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/57.html
<前9-2へ|次9-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」9-3 404 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 57 57.67 ID chcZF3wP 執事「差、ですか」 女騎士「うん」 執事「差なんてついてないと思いますよ」 女騎士「そんなことはない。 二人は一緒にソーセージを茹でたりして、 なんだかすごく仲の良い雰囲気だったぞ」 執事「そう言うこともあるでしょうが、相手は勇者ですからね」 女騎士「判らない」 執事「ほら、覚えていますか? 砂丘の都を」 女騎士「ああ、うん。旅をしたな」 執事「わたしと勇者が宿を抜け出して、 朝までパフパフで遊んで、 あなたにこっぴどく怒られたでしょう?」 女騎士「ああ、まったくだ。何であんな事がしたいんだか」 執事「それに、ほら。あの演説のあとの、 歌い手のお願い事件。あのときも勇者は喜び勇んで まるでトンビか鷹のように飛び出してゆきましたよね」 女騎士「思い出しても腹立たしい」 執事「いやはや、それは男性にとっては当たり前なのですよ」 405 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 59 22.90 ID chcZF3wP 女騎士「?」 執事「“女の子と親しくなりたい、ちやほやして欲しい” そういう言う気持ちは、多かれ少なかれ、 男性になら誰にでもあるものです。 でも、勇者は人よりもそれが大きい。 なぜだか判りますか?」 女騎士「スケベだからだろう?」 執事「まぁ、こほん。それも無きにしもあらずですが。 本当は少し違います。 勇者はね、やっぱり怖いんです。 あれだけの力を持っていますから。 人間から嫌われることが、 人間から怪物だと思われてしまうことが怖いんですよ。 だから、ああやって親しくされたり、 優しくされると、つい嬉しくなってしまうんです」 女騎士「わたしは怪物だなんて思ったりしない。 嫌いになんてならないのに」 執事「みんながそうであれば良かったんですけれどね……」 女騎士「……え?」 執事「それにね……」 女騎士「?」 執事「その一方で、特別な人が出来るのも、 やはりとても怖いんですよ」 406 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 00 42.18 ID chcZF3wP 女騎士「……」 執事「人間に嫌われるのが怖い臆病な勇者ですからね。 あんまり臆病すぎて、私たちを置き去りにして 一人で魔王のところへ行ったほどの勇者ですから。 特別な人を作って、出来てしまって その人が離れていくのはたまらなく怖いでしょう。 勇者が、魔王やあなたと深い関係になっていないのならば もちろん空気が読めないお調子者だというのもあるけれど どこかしら無意識のうちに、そう言った関係になるのを 勇者が怯えて避けているのかも知れませんね」 女騎士「そうなのかな……」 執事「なんちて。にょほほほほ。 真実なんて判らないですが、そうも見えると言うだけの 話なんですけれどね」 女騎士「うん……」 執事「まぁ、そう落ち込まないでください。 この老爺に素晴らしい策があります」 女騎士「本当か?」 執事「ええ、もちろん」こくり 女騎士「どんな策なのだ?」 執事「まず、勇者を人間だとは思わないことです」 女騎士「へ!?」 407 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 01 50.87 ID chcZF3wP 執事「馬です。勇者を馬だと思いなさい」 女騎士「何で馬なのだ? いや待った」 執事「どうしたのです?」 女騎士「メモをとる」 執事「真剣ですね」 女騎士「藁にもすがりたい気分なのだ」 執事「はっはっは! この爺の策は縦横精緻にして 脱出の隙を許しませんぞ。にょっほっほっほ」 女騎士「馬でどうするのだ?」 執事「馬ならば手慣れたものでしょう? 馬を馴らす時にはどうします?」 女騎士「話しかける」 執事「それから?」 女騎士「触るな。首筋を撫でたり。 ブラッシングをしたり。 とにかく自分にわたしが触るのは、 当たり前で、気持ち良いことだと思わせる」 執事「その通りです」 女騎士「さらには、人参やリンゴを与えたりもするな」 執事「それも標準的な手続きです」こくり 女騎士「そんな簡単なことで良いのか!?」 執事「基本は全く変わりません」 410 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 03 26.03 ID chcZF3wP 女騎士「そうだったのか……」 執事「そして、そのあとは正攻法です」 女騎士「正攻法」メモメモ 執事「はっきり面と向かって自分の要求を伝えるべきです」 女騎士「よ、要求」 執事「キスをしたいであるとか、抱きしめて欲しいであるとか」 女騎士「はっ、はしたないっ」 執事「勇者相手ですからはっきり伝えないと始まりませんぞ。 だいたいのところがおつむの程度も馬と同程度なのですから 馬が迷ったり困ったりしている場合、それは乗り手の 指示がはっきりしていないのです」 女騎士「それは……。確かにそう言うものだが」 執事「もちろん、普段の信頼関係なく、横暴な命令を出せば そのような乗り手は振り落とされてしまうでしょう。 普段のさりげない接触が大事。こういうわけです」 女騎士「ぐっ。……そうだったのか」 執事「どうしました?」 女騎士「魔王め。もふる、もふると、 子供じみていると思いきや まさかそんな深謀遠慮があったとは……」 執事「……良く判りませんがすごい殺気ですね」 女騎士「いや、感服したぞ、老師」 執事「老師っ!?」 414 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 05 26.12 ID chcZF3wP 女騎士「一筋の光が射したような思いだ」 執事「にょっほっほっほ! それは良かった」 女騎士「あとは、まぁ。……うう」どよん 執事「どうしました」 女騎士「いや、いいんだ。これも現実」 執事「ははぁ」 女騎士「現実は己の力で乗り越えなければ」 執事「いやはや、それは浅はかですぞ。女騎士」 女騎士「え?」 執事「長所であれ、短所であれ、それは己の特徴っ」 女騎士「?」 執事「己の特徴、得意とする戦場で戦わずして どうやって勝利をつかむというのですっ!!」 女騎士「た、たしかに」ごくり 執事「そんな女騎士に、爺からのささやかなプレゼントを」 ごそごそ、しゅた 女騎士「これは……?」 執事「布地節約の決戦装備。もちろん未使用です。 心が定まった時、この紙袋を開けなさい」 女騎士「良く判らないが、厚意はつたわった! やってみるぞ、この思いをぶつけてみるっ!」 執事「にょほほほほっ。面白ければ何でも良いのです。 頑張ってください、女騎士よ!!」 425 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 17 48.90 ID chcZF3wP ――大空洞、工事現場、いくつもの橋 コォォン! コォォォーン! 中年商人「いつ来てもすごいなぁ!」 土木子弟「おお。中年商人さん! 出来ましたよ! 完成です、やっとここまできたんですっ!」 中年商人「ええ、一足先に宿舎によってきましたよ」 土木子弟「そうか。みんなも喜んでいたでしょう?」 中年商人「ええ、すごい有様だった。今晩は宴で?」 土木子弟「ええ、完成祝いですからねっ!」 コォォン! コォォォーン! 中年商人「やっと、ですね」 土木子弟「はい。これでも、色々心にかかる所はあるんですが、 それでも当初の予定よりも石の橋を一つ増やし、 出来る限りの場所を安全に通行できるようにしたつもりです」 中年商人「もうすでに橋を渡った商人仲間からも 沢山の報告をもらっています。みんな感謝していますよ。 この橋と、近日にでも出来る、リフトのお陰で 多くの荷物が運べるようになる」 土木子弟「いいえ、俺こそ、こんな大仕事に抜擢してもらって。 技術者として誇ることの出来る仕事を出来ました」 426 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 19 41.71 ID chcZF3wP 中年商人「本来であれば、この大空洞にもう一つの計画通り 八年かけた石造りの立派な街道もお願いしたいのですが」 土木子弟「やはり、資金ですか?」 中年商人「いえ、資金の件は我らの領分です。 必要とあらばなんとしてでもかき集めますが。 どちらかというと……」 土木子弟「もしかして……」 中年商人「ええ」こくり コォォン! コォォォーン! 土木子弟「……」 中年商人「このあたりにも、もしかしたら斥候が 来ては居ませんか? 旅商人の話では、大空洞の 人間界側ではたびたび姿を見かけるようなのですが」 土木子弟「ええ、人間の軍が、と言う話ですね」 中年商人「そうです。ですから、ここも近いうちに 戦場になるかも知れません」 土木子弟「……」 中年商人「そのような顔をなさらずとも! 我ら人間は、ほら、わたしのように商人も多い。 それが有益であるならば、いたずらに破壊したりはしない」 土木子弟「だといいのですが……」 429 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 23 21 55.25 ID chcZF3wP 人魔族作業員「大将! お先にあがりますぜぇ!」 人夫「こんばんは、羊の鍋ですぜ-!」 巨人の作業員「まっている……ぞー……」 中年商人「……」 土木子弟「そうですね。ここの仕事は済ませたんだ。 俺たちが居座って護ったとしても、 橋を護りきれるはずもない。それに作業員の命は 何よりも大切だ。もし橋が壊れたのならまた直す 機会だってやってくるはずです」 中年商人「はい……。さーてっ、報酬の残りも お支払いしなければなりません。開門都市へ?」 土木子弟「そうですね。今晩んは騒いで、明日にでも」 中年商人「今後のご予定はおきまりですか?」 土木子弟「いえ、特に」 中年商人「では、一つ依頼があります」 土木子弟「なんですか? 工事かな」 中年商人「私たちのつかんだ情報によれば、 いずれ開門都市が戦場になる可能性は低くない」 土木子弟「……」ごくり 中年商人「今回は私たち『同盟』の商人からではない。 まだ依頼書も資金集めも終わっていない状況です。 満足に賃金を支払えないかも知れない」 土木子弟「引き受けましょう」 中年商人「いいんですか? そんなに躊躇いなく」 土木子弟「ええ。どっちにしろ、 帰りを待たなきゃならないひともいるもんですから。 都市の防壁を作る。一度挑戦したかったテーマでもあります」 506 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 27 19.46 ID iOYUExkP ――新生白夜直轄領、王宮行政庁舎 参謀軍師「なんだと?」 聖王国兵士「いえ、ですから……その」 聖王国騎士「予定していた量の硝石がないのです」 参謀軍師「無いだと? ふざけるな。 この王宮を占拠した直後に確認したではないか」 聖王国騎士「ええ、もちろん確認した程度にはあります。 木箱にして64個ですが……」 参謀軍師「あの倉庫の木箱は、では他には何が入っていたのだ?」 聖王国兵士「空でした」 聖王国騎士「倉庫入り口付近の木箱にだけ硝石が入っていて その他の木箱は空だった模様です」 参謀軍師「……っ」 聖王国騎士「いかがいたしましょう」 参謀軍師「その他の物資の状況は?」 聖王国騎士「衣料品や防寒具などは、おおよそ5万人分 食料はこのままの人数で言えばひと月持つかどうか」 参謀軍師「……」 聖王国兵士「また、現在船を建造中ですが 工具と、タールが大きく不足しています」 507 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 29 34.30 ID iOYUExkP 参謀軍師「まずは、この白夜の国の領内の開拓村から 強制徴収せよ。それで当面の工具や防寒具などは まかなえるはずだ」 聖王国騎士「いえ、それが……。 事前の報告より白夜王国ははるかに貧しいようなのです。 さらに、開拓村の殆どが無人で……。 どうやら付近の国に難民として流出しているようで」 参謀軍師「……南部の乞食国家はこのざまか」 聖王国騎士「これもお耳に入れるべきかとも思うのですが 諸国の王族や貴族の中には、すでに商人と手を組み 自国や中央で買い付けた物資の海上輸送を 始めているようです。 聖鍵遠征軍内部でも嗜好品を中心に 価格の高騰が始まっています」 参謀軍師「……っ。勝手なことを」 聖王国兵士「……」 参謀軍師「わかった。価格については教会や 諸王国ともはかって適切な手を打つとしよう。 海上運送については窓口を一元化し 必需品の価格を統制する」 聖王国兵士「はっ」 参謀軍師「硝石については、追って調べろ。 そもそも蒼魔族が半分しか持たずに我らを罠に かけたとは考えにくい。 おそらく、何者かが硝石を持ち出したのだ。 馬車で数百台にもなる荷物、 人目につかずに隠しおおせるわけもない。 難民にも聞き取り調査を行なえっ」 聖王国騎士「はっ!!」 512 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 55 06.67 ID iOYUExkP ――冬越しの村、森の中 ヒュッ! シュバッ!! 勇者「……っ!!」 ヒュワン、シュバンッ!! 勇者「はっ!!」 女騎士「……」じぃっ ビシッ!! ギリギリギリッ! 勇者「“雷雲呪”っ! “落雷呪”っ!! おおぉぉぉぉ!! “電撃呪”っ!!」 ビッシャーン!!! 勇者「はぁ……はぁ……」 女騎士「おい、勇者」 勇者「え? あ。女騎士」 女騎士「張り切りすぎだ、勇者。顔が真っ青じゃないか」 勇者「そんなことはない。リハビリだし」 女騎士「……」 勇者「もっともっと力を付けないと」 女騎士「勇者」 513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 56 41.71 ID iOYUExkP 勇者「へ?」 女騎士「いいから、ちょっと来い」ぎゅ 勇者「痛たた。なんだよ」 女騎士「それ以上は練習禁止」 ざっざっざっ 勇者「そんなこと言われたって」 女騎士「見てて痛々しいよ」 勇者「そうかなぁ……」 女騎士 こくり ざっざっざっ 勇者「でも、他になんにも取り柄がないしさ」 女騎士「そんなことも言うな」 勇者「……」 女騎士「勇者は別に戦闘が強いから勇者になった訳じゃない」 勇者「光の精霊の啓示を受けたからだろう?」 女騎士「ちがう」 勇者「じゃなんだよ」 女騎士「さぁ……。わたしにも判らないけれど」 ざっざっざっ 514 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 58 10.26 ID iOYUExkP ――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院 勇者「でかくなったなぁ」 女騎士「色々建て増しした結果だ。 ただいま……。戻ったよ」 修道士娘「院長。あ、それに剣士様」 勇者「どもども」しゅたっ 女騎士「湯は沸いているか?」ぐいぐい 勇者「いい加減はなせよ。耳千切れる」 女騎士「だめだ」 勇者「恥ずかしいっての」 修道士娘「ええ、水晶農園の方でしたら」 女騎士「ありがたい。行くぞ」 ざっざっざっ 勇者「ちょ、ま。まっ」 女騎士「少しも待たない」 修道士娘「院長さま、ご武運を~」 517 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 17 59 48.16 ID iOYUExkP ――冬越しの村、湖畔修道会、本部修道院、水晶農園 がちゃん! 勇者「う、うわっ」 女騎士「どうした?」 勇者「すごい湯気だな」 女騎士「湯で暖房しているんだ。 暖かい地方の植物を試験的に育てる仕組みだからね」 勇者「そうだったのか」 女騎士「初めてか?」 勇者「ああ、初めてだ。有るってのは聞いてたけれど」 女騎士「こいつはとんでもない金食い虫だよ。 魔王に言われて作ってはみたものの、 毎年暖房費が馬鹿にならないのし」 勇者「そりゃそうだろうよ」 女騎士「よし、ここだ」 勇者「ん?」 女騎士「湯だよ。暖房に使う湯の一部を、 湯浴みに使えるようにしてあるの。 汗を流したいだろ?」 518 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 18 01 48.89 ID iOYUExkP 勇者「ああ、それはありがたいけど」 女騎士「脱げ」 勇者「脱げるよっ! 1人でっ。 ってかこっちくるなよっ! へ、変態っ」 女騎士「変態とは失敬だな。一緒に入るなんて云ってない」 勇者「じゃぁなんだよっ」 女騎士「背中を流す」 勇者「~っ!!」 女騎士「いいじゃないか、腰には布でも巻いておけば」 勇者「そりゃそうだけど」 女騎士「ほら、脱げ」 勇者「判ったよ。脱ぐよっ! あっち向いてろよ」 女騎士「最初から素直に云えばいいんだ」 勇者「軽く負けた気分なんだぜ」 女騎士「もういいか?」 勇者「まだっ。だめだっ」 女騎士「ふむ」 勇者「……」もそもそ 女騎士「もういいだろう?」 勇者「むぅ。いいぞ」 519 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 18 02 44.24 ID iOYUExkP 女騎士「良し、そこに座れ」 勇者「こうか?」 女騎士「湯をかけるからな。熱かったら云えよ?」 勇者「うん」 女騎士「~♪」 ざっぱーん 勇者「うわ、あったけー」 女騎士「気持ちよいだろう?」 勇者「おお。いいな!」 ざっぱーん 女騎士「冬場に招待できないのが残念だ」 勇者「なんでさ? 冬の方が気持ちよいじゃないか」 女騎士「冬にここで湯に入ったら、 魔王の屋敷に帰るまでの雪の中で、 湯冷めどころか凍り付いてしまう」 勇者「ああ、そういえばそうだな」 ざっぱーん 女騎士「……泊まっていけばいいんだけどな」勇者「へ?」 女騎士「なんでもない」 531 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 19 57 29.96 ID iOYUExkP ざっぱーん 女騎士「~♪」 ごしごしごし 勇者「それ、なんだ?」 女騎士「柔らかいブラシだ。豚の毛で出来てる」 勇者「気持ちいいなー」 女騎士「だろう? わたしも愛用の品だ」 勇者「そうなのかぁ」 ざっぱーん 女騎士「~♪」 ごしごしごし 勇者「なんか、すごい手際がいいな。得意なのか?」 女騎士「仮にも騎士だからな。ブラッシングは得意だ」 勇者「そうなのか?」 女騎士「痒い所はないか?」 勇者「耳の後ろかな」 女騎士「よしきた」 ごしごし 勇者「はぅー」 女騎士「言葉がしゃべれる生き物の相手なんてちょろいものだ」 532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 19 58 45.26 ID iOYUExkP 勇者「なんのことだ? 今ひとつ良く判らないな」 女騎士「こちらの話だ」 ざっぱーん 勇者「ううっ」ぶるぶるっ 女騎士「耳に入ったか? 済まないな」 勇者「平気だ」 女騎士「次は腕だ、右腕をかせ」 勇者「うん。あー」 女騎士「~♪」 ごしごしごし 勇者「えっとさ」 女騎士「なんだ?」 勇者「いや、なんでもないけど……」 女騎士「変なヤツだな」 勇者「……いや、変じゃないんだけど」 女騎士「?」 勇者「くすぐったいのですが」 女騎士「男だろう? それくらい我慢しろ」 勇者「男だから我慢できないと云うこともあるわけで」 534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/10/02(金) 20 01 46.50 ID iOYUExkP 女騎士「もうちょっとだから」 わしゃわしゃ 勇者「ううー」 女騎士「真っ赤だぞ」 勇者「女騎士が服着ててほんと助かってる」 女騎士「?」 勇者「熱い。水掛けて」 女騎士「うん、わかった」 ざぱーん 勇者「ふぅ……」 女騎士「次は左手を貸せ」 勇者「うん」 ごしごしごし 女騎士「勇者は、ちょっと頑張りすぎだと思うぞ」 勇者「……」 女騎士「少なくとも、わたしは、勇者に助けて欲しくて 勇者を好きになった訳じゃない。それは多分、魔王も一緒だ」 勇者「え……。うぅ」 女騎士「何を真っ赤になってるんだ?」 535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 03 02.46 ID iOYUExkP 勇者「いや、そんなことを突然云われても……」 女騎士「ああ、そうか。 面と向かっていったのはもしかして初めてだったかなぁ。 わたしは勇者のこと、好きだぞ。 好きじゃない相手の剣になりたい訳がないだろう?」 勇者「……」 女騎士「固まっちゃだめだ」 ごしごしごし 勇者「えっと、すまん」 女騎士「うん。良いんだ。時間がかかるのは理解したから」 勇者「……?」 女騎士「勇者は強いよ。戦ったら、多分わたしなんか 足元にも及ばないだろう? でも、だから、その方法で強くなるのはもう限界だと思う」 勇者「……」 女騎士「限界というか、その方向で強くなっても、 もう実際には勝てる相手は増えないんだ。最強なんだから。 勇者が強くなるには、もっと自分を好きにならないと」 勇者「……そんなの出来るわけないし」 女騎士「出来るよ」 勇者「……」 ざっぱーん 536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 04 20.97 ID iOYUExkP 女騎士「絶対できると思うぞ?」 勇者「そうかなぁ」 女騎士「一緒に旅をしていた頃の勇者も優しかったけれど 今の勇者の方が何倍も優しいし、何倍も大きいさ」 勇者「……」 女騎士「だから、今勇者が抱えている悩みや、苦しみも そう言うの全部綺麗になくなるなんて云えないけれど もし仮に抱えたままでも、もっと強くなれるよ」 勇者「そうなれば、いいな」 女騎士「よっし。流すぞ~」 ざっぱーん! 勇者「これで終わりか?」 女騎士「いーや、ユブネに入る」 勇者「ユブネってなんだ?」 女騎士「そこの大きな桶だ。お湯が入ってる。 肩まで湯につかるんだ。サムラーイの修行らしいぞ?」 勇者「そうだったのか。サムラーイなら仕方ないな」 女騎士「身体を煮ることによって精神を鍛えるんだ」 勇者「精神……。俺に足りないのはそれだな!」 くわっ! 女騎士「100数えるまで出ちゃだめだぞ」 546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 29 52.78 ID iOYUExkP ――冬の王宮、広間、対策本部 冬寂王「ふむ……。ではこれで」 妖精女王「ええ、準備は良いようですね」 羽妖精侍女 ぱたぱた 執事「よろしかったですな」 冬寂王「うむ。とりあえず、停戦、および平和条約の 締結に向けての一歩を記すことが出来ましたな」 商人子弟「内容の方を一応確認いたしますと まず第一に大空洞から距離10里を中立地帯とし、 その内側への武力介入の原則禁止。 前二回の聖鍵遠征軍遠征、および極光党戦役における 捕虜の引き渡し条項。また、同戦闘の責任追及の禁止。 以降、互いの領土内にある事物の 所有権を主張することの禁止。 冬の国首都、および開門都市において 互いの領事館を作りその連絡に努める。 ……こうなっております」 冬寂王「何度か確認させていますが、 念を押しますとこの条約は南部連合として行なうものであり 連合加盟国の合意と署名は受けていますが 中央諸国家のそれは受けていない。 そのことを理解していただけるよう……」 従僕「……」 妖精女王「ええ、理解しています。あとはこの書類を わたしの側では、氏族会議の書き族長から、 書名をいただいて」 冬寂王「こちら側では連合参加諸国の書名を全て記入し 互いに交換すれば、締結ですな。内容についての 判断は終わっているので、あとは形式的な処置と なりますが」 547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 31 19.16 ID iOYUExkP 妖精女王「この一歩は偉大な一歩です」 羽妖精侍女「デスデス」 商人子弟「そうなればよろしいですね」 執事「ところで、鉄の国の氏族連合軍の件はいかがしますか?」 妖精女王「蒼魔族があのように瓦解した以上、 魔界へと引き上げさせるべきかと考えますが、 連合のお考えはいかがでしょう?」 冬寂王「こちらとしても異存はありません」 妖精女王「では、近々知らせを立たせましょう」 羽妖精侍女「ハーイ」 商人子弟「さて、これからも忙しいですね」 従僕「はいっ」 執事「課題は山積みですなぁ」 冬寂王「我らがこれを言うのもなかなか微妙ですが 中央諸国は白夜王国を占領し、新生白夜直轄領を 宣言しました」 妖精女王「直轄領……」 冬寂王「教会勢力の運営地、ということですな。 これにより、彼らは極大陸への足がかりを得たことになる。 報告の知らせによれば、彼らは魔界へと侵攻し 『聖骸』なるものを狙っているとか」 548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 33 08.47 ID iOYUExkP 妖精女王「その話は聞いておりますが、 『聖骸』などというものはわたしも知りません。 氏族会議でも学者に調べさせているはずですが 現在までの所それが何であるかは判っていないのです」 羽妖精侍女 ぱたぱた 商人子弟「ふむ」 冬寂王「あるいはそれは実在しないのかも知れませんな」 商人子弟「そうですね……」 妖精女王「どういう事でしょう?」 冬寂王「ただ単純に領土的欲求を強く持った中央の諸国家が、 地上から見て新たな可能性に満ちているように見える 魔界に発展の余地を見いだし侵略する。 その口実としてのでっち上げかも知れないという意味です」 妖精女王「その可能性は、悲しいですがあるのでしょうね」 執事「ですが、同時に彼らは『開門都市』の攻略をも 予定しているようです。 確かにゲートをくぐり抜けた、いままでは大空洞ですか。 それをくぐり抜けた先で、魔王の城へと向かうのであれば あの都市は理想的な補給位置にあるのですが、 だからといって他に目標と出来る場所が 全くないわけでもなく。意図は良く判りませんな」 妖精女王「ええ、鬼呼、蒼魔、人魔のいずれの領地で あっても攻め得たはずです。確かにあの当時は我ら 魔界の氏族は互いに不信感を居抱き合い、 連携面では問題が多くありましたから、 そこを突くには、竜族の保護下にありながら比較的 開放されていたあの都市を落とすのが 楽だったのでしょうけれど」 550 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 20 35 45.65 ID iOYUExkP 執事「しかし、今度はちがうのでしょう?」 妖精女王「はい。今回は氏族会議の結束も固くなり 決して望みはしませんが、以前のようなことはないかと 考えています」 冬寂王(だが、魔界は未だにマスケット銃なるものを 十分に理解していないのではないだろうか? あの武器が充分に配備された兵が、 本当に十万もいるのだとすれば、魔界の抵抗などは 薄紙のごとく破れてしまうに違いない……) 妖精女王「私たち妖精族は、身体も大きくはありませんし 魔力はともかく、戦闘能力には劣ります。 ですから、戦争は是が非でも避けたいのですけれどね」 商人子弟「そうですね、戦争にならずに済むのが 一番ありがたいんですが」 冬寂王(それは難しいだろうな。 ……ここまで諸国家や貴族を巻き込んでしまった以上、 一戦も交えずに帰るというわけにはもはや行くまい) 執事 ちらり 冬寂王「ええ、それが最も望ましい結果ですな。 しかし、同時に備えなくしての平和もまた あり得ないでしょう。 大氏族会議の皆様方、また魔界を統べるという魔王に、 くれぐれもよろしくお願いいたします」 556 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 05 00.94 ID iOYUExkP ――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室 魔王「んっ。うぅーん」ぽきぽき メイド長「お背中が痛いですか? まおー様」 魔王「うむ、ちょっと根を詰めてしまった」 メイド長「肩でもおもみしましょうか?」 魔王「たのむぅ」 メイド長「ぐてぐてしてらっしゃいますね」 魔王「うむ……」 メイド長「手強いですか?」 魔王「なかなかになぁ。方策は思いつくのだが 工作精度や冶金技術は一足飛びには上がらぬ。 工具を作るための工具も必要だと思うし……」 メイド長「そうですねぇ」 魔王「あの遠征軍とやらは何とかならぬのかなぁ」 メイド長「そんなにあれが問題ですか?」 魔王「へ?」 メイド長「いえ、そんなに強大な脅威だとは 思えないのですよね」 魔王「そうか?」 メイド長「はい」 557 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 07 51.03 ID iOYUExkP 魔王「どうする気だ?」 メイド長「いえ、出かけていって、 首脳部を100人ばかり上から順に殺せば済むのではないかと」 魔王「ああ、まぁ、確かにな」 メイド長「……」 魔王「だが、それで皆は納得するのかな」 メイド長「納得、ですか?」 魔王「ああ、納得だ」 メイド長「判りませんね」 魔王「そうだなぁ。うん。 実を言えば、わたしの当初考えていた課題は 殆どクリアされているんだ。 たとえば、人間世界側の飢餓の問題は、 馬鈴薯および玉蜀黍の栽培で随分緩和された。 もちろん政治指導の混乱で飢餓が起こりえることは あるだろうが以前のような、 根本的な飢餓は少なくなったと確信できる。 また、女魔法使いの助力も得て種痘が広がり始めた。 人間世界も魔界も、これで人口は増え始めるだろう。 人間世界には南部連合なる経済圏が誕生し、 しばらくは軍事的緊張が続くだろうが、 その状況さえ乗り切れば、 中央諸国家とも良い関係が築けるのだと思う。 中央側がどう考えようと、多様性は世界安定の鍵だ。 二つの経済圏が存在した方が、発展の速度も安定度も 増すことは確実なのだからな」 559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 12 03.81 ID iOYUExkP 魔王「また、魔界では長い間続いていた種族間のわだかまりも 合議制の会議と、いくつかの事件を経てゆっくりとだが 融かされつつある。魔族という氏族社会に、人間という 異分子が紛れ込んだことによって、潤滑油的な効果が 有ったのかも知れない。 現在進んでいる交易街道の計画は、 確実に氏族同士の架け橋となるだろう。 魔界は歴史の新しい局面へと入ったのだ。 こうして考えてみると、 “人間界の飢餓”“南部と中央の使役関係” “魔界の側の氏族間の対立”。 どれも解決の道しるべは出来たのだ。 もちろんいずれも根の深い問題だし、 これからもトラブルはあるだろう。 だが、それらは乗り越えられないものではないはずだ。 またそれら全てをわたしが背負うつもりもない。 ここはみんなの住む世界なのだから、みんなだってその 進歩には参加してもらわねば困る」 メイド長「そうですね」 魔王「しかし、だとすると、 今これから起きようとしている戦争 ……つまり、中央の教会が考えている第三次聖鍵遠征軍は “システム上避けえない戦争”では無いということになる。 追い詰められて否応なく行なう戦争ではない。 欲望に駆られたのか、 それとも何らかの狂信によるものなのかは わたしには判らない。 けれど、そこには飢餓や経済的な逼迫とは また別種の力学が働いているように思われるのだ」 560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 16 25.99 ID iOYUExkP 魔王「だが、以上の考察を正しいとすると 原因を取り除く……、つまり、食糧の自給率を 上げるであるとか、話し合いによって氏族間の鬱積した わだかまりを低下させるとか、 その種の手法で解決させられるのかどうかは疑問だ。 聖鍵遠征軍首脳部にはそれなりの能力もあれば損得勘定も 有るのだろうが、少なくとも参加している民衆は 宗教的な情熱に突き動かされているわけであろう? そうであれば、損得勘定で矛を収めさせることも 難しいと予想することが出来る。 これはなかなかの難問だ。 そんな彼らを“納得”させる方法は、 暗殺なんかじゃないと思うんだよ」 メイド長「ではなんです?」 魔王「その答えがわからないから悩んでいる」 メイド長「困りましたね」ぎゅぅ 魔王「ううう。痛いぞ。メイド長」 メイド長「すみませんっ」なでなで 魔王「何か見落としているような、 間違っているような気もする」 メイド長「そうなんですか?」 魔王「食糧の問題も雇用の問題も外交の問題も 経済を中心に回っている。 経済が上手く行かなければ世界は幸せにはなれない。 でも、経済が上手く行くだけでも 幸せにはなれないのかもしれないな……」 563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 47 45.37 ID iOYUExkP ――鉄の国南部、辺境の森、獣人族の大天幕 ばさっ 東の砦将「よう!」 軍人子弟「お邪魔しているでござるよ」 東の砦将「あんたも飽きないな! こんな森の中へ何度も何度も。 何か面白いことでもあるのか?」 軍人子弟「面白いもなにも、見ず知らずの世界の話が 聞けるなんてそうそうできる事じゃないでござるよ」 メイド妹「うんうんっ♪」 東の砦将「そりゃそうだが。おや? ……こっちのちっこいお嬢さんはなんだい?」 軍人子弟「ああ、これは拙者の妹分でござる」 メイド妹「ござるー♪」 東の砦将「元気いいなっ!」 獣牙戦士「面白い娘だぞ」 東の砦将「そうなのか?」 人間傭兵「なかなかに気合いが入ってるな。あははは」 564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 49 17.76 ID iOYUExkP 軍人子弟「今日の所は、差し入れにきたでござる」 メイド妹「うん、そうそう!」 東の砦将「差し入れ?」 獣牙戦士「すごく美味いぞ」 軍人子弟「この娘は、なんというか、 料理の妙を心得てござってなぁ」 メイド妹「どんどん食べて!」 「美味いぞう」「おう、たいしたもんだ!」 人間傭兵「もういっぱいくれや」 東の砦将「ほほう」 軍人子弟「本人の希望もあって今日は一緒にきたでござるよ」 メイド妹「ですです。魔界のお料理の話も聞きたかったから」 東の砦将「そうかそうか。嬢ちゃんは料理人かい」 メイド妹「未来の宮廷料理人ですっ」 ばさっ 銀虎公「何事か?」 軍人子弟「本日もお邪魔させていただいたでござる」 銀虎公「ふむ」 軍人子弟「もうそろそろご出立だとか」 565 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 21 52 06.96 ID iOYUExkP 銀虎公「今朝知らせが入った。 偵察部隊と合流の上、明後日には出立する」 軍人子弟「ならば、それまでには是非、一献なりと さしあげないと、帰すに帰せないでござる」 銀虎公「……」 軍人子弟「人間界の酒も、決して悪くないでござるよ。 これは、鉄の国で取れた強い酒でござる。 雅な華やかさはないでござるが、この大地の酒でござる」 銀虎公 ちらっ「料理を振る舞ってくれたのか?」 メイド妹「美味しいので一杯どうぞっ」 銀虎公「物怖じしないのだな」 軍人子弟「拙者の妹分は特別でござるよ」 メイド妹「ささ。熱いうちに!」 銀虎公「いただこう」 軍人子弟「酒もつぐでござるよ」 銀虎公「うむ」 とくとくとく…… 軍人子弟「魔界には月がないと聞いたでござる」 東の砦将「ああ」ごっくごっくごっく 銀虎公「あの、白いものか」 軍人子弟「今宵は月が沈むまで飲むでござるよ」 572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/02(金) 22 18 10.44 ID iOYUExkP ――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦 ガサガサッ!! 傭兵斥候「おい。まずいぞっ!」 ガサガサッ! 傭兵弓士「どうしたんだ?」 傭兵斥候「遠征軍の部隊が、こちらに向かってくる。 マスケットとか言うヤツも一緒だ」 ちび助傭兵「どれくらいなんだ?」 傭兵斥候「随分横に大きく広がってて判らない。 一つの部隊は20人~50人くらいだが、 そんな部隊がわんさとある。 どうやら、硝石を持ち逃げしたのがばれたらしい」 傭兵弓士「そりゃぁ、あんだけ難民にも見られているしな」 器用な少年「や、やばいじゃないか! 逃げようぜ」 生き残り傭兵「そうも行かない」 ちび助傭兵「ああ、逃げてはだめだ」 若造傭兵 こくり ページトップへ <前9-2へ|次9-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/61.html
<前9-6へ|次10-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」10-1 35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 02 37.22 ID O8aL4rAP ――冬の国、王宮、予算執務室 商人子弟「どうだ?」 従僕「あったかいですー!」 商人子弟「指は?」 従僕「にぎにぎしてもひっぱられませーん! 良いなぁ、この手袋もっふもふですよ? すごいなぁ。お水も弾くのですか?」 商人子弟「きちんと手入れすればね」 従僕「もっふもふー」ぺたぺた 商人子弟「こらこら、ところ構わず撫でるのはやめなさい」 従僕「えへへ」なでなで がちゃん 将官「着ましたよ」 商人子弟「そっちはどうです?」 将官「保温性は、まだちょっと判りませんが 従来の外套よりも暖かいですね。それに、随分軽い。これは?」 商人子弟「毛皮を薄くして、 二重ばりの内側に羽毛を入れたものです。 多少値段が張るんですがね、よいでしょう?」 将官「ええ、素晴らしいですよ」 38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 04 13.40 ID O8aL4rAP 商人子弟「この種の防寒装備は、我ら冬の国の得意と するところですからね」 従僕「温かいのです」 なでなで 将官「急に防寒具の改良に着手されたのは何故です?」 商人子弟「急にではありませんよ。 そのうちに、とは思っていたんですけれどね。 魔族は毎年攻めてくる相手ではありませんけれど、 冬は毎年やってくるでしょう? で、あれば防寒具の改良をするのは 国民全体の利益になり得ますしね。以前からの計画です」 従僕「そうですよねー」にこにこ 商人子弟「必要になる気もしますしね」 従僕「?」 将官「……?」 商人子弟「それに、我が国はやはりいま少し兵士が欲しいでしょう? 軍人になれば上等な外套や手袋が支給されるとなれば 応募も増えるでしょうし、現場の士気もあがるでしょう? 冬になったからと云って、領内の巡視は続くんですからね」 将官「そうですね、はい」 商人子弟「銀行も出来ましたし、 この種の仕事は随分やりやすくなりましたよ」 40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 06 16.65 ID O8aL4rAP 将官「銀行? お金を借りることが出来ると、 何か良いことがあるんですか?」 商人子弟「試作品さえ出来てしまえば、 あとは銀行からお金を借りて “企業”を一つ立ち上げれば良いわけです。 “企業”には、今回の場合興味のある皮商人や、 縫製ギルドの職人に参加して貰うわけですね。 そして品物を生産する。仕事は沢山あります。 まずはこの手袋と外套を、軍に行き渡るだけ納品して貰う。 その後は同じアイデアで品物をつくってみんなに売れば 良いわけですものね。 良いアイデアや商品があるにもかかわらず、お金がなかったり ギルドの中で若手であると云うだけで、チャンスがつぶれていた 様々な人たちの仕事が新しく始まりやすくなるわけですよ」 従僕「新しいケーキ屋さんとかっ♪」 将官「しかし、でも、そうすると、銀行からお金を借りて それでもし仕事が失敗したらどうするんですか? 銀行だってお金を損してしまうでしょう?」 商人子弟「だから試作品が大事なんですよ。 計画書でも良いですけれどね。 そう言った資料と、仕事をしたいという人の人柄をよく見て 銀行は貸すお金を判断するんですよ。 金貸しは役人であってはならないし、銀行は役所ではないんです。 どちらかというと、仕事を一緒にする仲間であるべきです。 ……師匠の受け売りですけれどね。 この立場に成ってみると、いちいち身に染みます」 従僕「チーズの保管所も出来ましたもの♪」 将官「難しいのですねぇ」 商人子弟「この国は恵まれています。人々はみんな素朴だし、 働き者で、笑顔が力強いですから。なにごともなければ ずーっと発展が続くはずですよ」 45 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 35 46.18 ID O8aL4rAP ――鉄の国、兵舎、執務室 軍人師弟「次の書類が欲しいでござる」 鉄国少尉「はっ」しゅたっ 軍人師弟「ふむふむ……。これはよしっと」 ぺたん 鉄国少尉「確認済みですね」 軍人師弟「うむ。みんな真面目に警備を続けているでござるね」 鉄国少尉「ですね。前回の戦いで国境警備の重要性も判りましたし」 軍人師弟「連絡手段も重要でござるね」 鉄国少尉「通信塔の建築、早く済むと良いですね」 軍人師弟「あれはやはり来年まではかかるでござろう。 秋の間に大まかな測量が終わって、着工は来年でござるよ」 鉄国少尉「はい」 かりかりかり かりかりかり 軍人師弟「ん……」 鉄国少尉「どうされました」 軍人師弟「旧白夜王国に放った密偵からでござる」 鉄国少尉「ふむ」 軍人師弟「……やはり治安に問題が生じているようでござるね。 それからしきりに練兵を繰り返しているようでござる」 鉄国少尉「練兵ですか……」 軍人師弟「他にやることもないのでござろう」 46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 37 05.71 ID O8aL4rAP 軍人師弟「次を」 鉄国少尉「こちらです」 しゅたっ 軍人師弟「これは、護岸卿に回して欲しいでござる」 鉄国少尉「了解しました」 軍人師弟「閲兵および、行軍訓練の指揮指導は第一大隊長に 任せるでござるよ。そろそろ出来るでござろう?」 鉄国少尉「はい、通達いたします」 軍人師弟「それから、開拓村の収支の報告書は」がさがさ 鉄国少尉「こちらです」すっ 軍人師弟「司書を呼んで、これの複製を二つ作って 欲しいでござる、かたほうは冬の国の商人子弟宛に。 拙者が手紙をそえるでござる。 一つは王へと報告書と共に出すでござる」 鉄国少尉「すでに複製もありますよ」 軍人師弟「助かるでござるよー」 かきかき 鉄国少尉「……」じー 軍人師弟「それから、少尉には近衛の訓練と」 鉄国少尉「お断りします」 軍人師弟「へ?」 鉄国少尉「そんなに仕事を振りまくって何を考えているんですか?」 軍人師弟「あ、いや。そろそろ皆、自分の仕事を……」 鉄国少尉「違いますよね」 軍人師弟「……」 鉄国少尉「わたしは一緒に行きますからね」 軍人師弟「……そう、でござるか」 鉄国少尉「はいっ」 54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 45 52.01 ID O8aL4rAP ――魔界(地下世界)の荒野、傭兵騎士団の旅 器用な少年「うっわ、すげぇな」 生き残り傭兵「見渡すばかり赤い土、あっちに見えるのは、森か?」 ちび助傭兵「視界が良すぎるな」 若造傭兵 こくり 傭兵弓士「さぁって、あの大空洞を抜けたは良いが」 貴族子弟「しばらくは北西だねー」 器用な少年「なんだよ。あんちゃんはこっちも詳しいのか?」 貴族子弟「あんちゃんって呼ばないでくれないか? いい加減温厚な僕でも盗癖のある子供の調理法を 考え始めてしまうよ?」 器用な少年「な、なんだよっ。やんのかよっ」 生き残り傭兵「暴れるなよ。馬が驚く」 ちび助傭兵「このあたりもまだ寒いな」 若造傭兵「ああ」 貴族子弟「来ました」 器用な少年「え?」 ふっ 冬国諜報部員 ぺこり 貴族子弟「しばらく世話になりますよ」 冬国諜報部員「いえ、上から支持を受けております。 如何様にでもお使い下さい」 55 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 48 44.87 ID O8aL4rAP 生き残り傭兵「隠密かっ?」 貴族子弟「ええ。流石にこのあたりの様子がわからないのも 心配ですしね。わたしも腕っ節には自身がないですし」 メイド姉「手紙でお願いしたものは、揃いそうですか?」 冬国諜報部員「はい、しかし、宜しいのでしょうか? 情報だけでよいという話でしたが」 メイド姉「ありがとうございます」ぺこり 冬国諜報部員 すっ メイド姉「……。ん……。距離よりも、山道のほうが やっかいですね。ここからだと、一月はかかるでしょうか?」 冬国諜報部員「20日ほどでしょうか」 生き残り傭兵「ずいぶんな距離だな」 貴族子弟「開門都市の状況は?」 冬国諜報部員「現在は、防壁などが作られたり、 物資が運び込まれたりしています。 相変わらず人の出入りはルーズですが、 聖王国側の人間が入った様子は今のところありません」 貴族子弟「そっちの警戒心はゆるそうですからね。 そのへんは冬国さんのほうで見てあげて下さいますよね?」 冬国諜報部員「はい、局長の指示ですから。 暗殺にだけはくれぐれも用心しろと……」 貴族子弟「食えない爺さんだなぁー」 57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 00 50 30.12 ID O8aL4rAP メイド姉 ぺらっ、ぺらっ 冬国諜報部員「いかがです?」 メイド姉「把握しました、ありがとうございます」 冬国諜報部員「いえいえ。あ、宜しいですよ、それは」 メイド姉「いえ。トラブルの元ですし、全て覚えました」 冬国諜報部員「了解」 生き残り傭兵「で? 代行。これからどっちに行くので?」 ちび助傭兵「こうなれば、ヤケクソだな。どこまでもいくさ」 若造傭兵 こくり 傭兵弓士「どちらにしろ、移動しよう」 貴族子弟「メイド姉くん。僕は、しばらく別れて良いかな?」 メイド姉「はい。お願いします」 生き残り傭兵「おろ、旦那は?」 貴族子弟「僕は根っからの都会ものだしね。 そろそろ都会の空気が恋しいよ。それに仕事にも好都合だ。 開門都市へ向かう」 傭兵弓士「じゃぁ、俺たちは代行と? どこへ向かうんだ?」 メイド姉「竜の領域へ。この魔界でももっとも古くから栄える 大氏族、竜の一族の本拠地のある、火焔山脈です」 生き残り傭兵「火焔山脈……?」 メイド姉「ええ。竜一族、一万年の宝を借り受けないといけません」 102 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 21 29.44 ID O8aL4rAP ――新生・白夜直轄領、王宮、執務室 王弟元帥「ここが限界点だな」 参謀軍師「……」 聖王国将官「そのようですね」 灰青王「意見の一致を見たわけだ。結構」 聖王国将官「食料の残量、砲弾の備蓄、装備の普及。 これ以上時間をかけても、おそらく人数が増えてはゆくが 補給の関係でよりアンバランスな、 非戦力の増加を招くだけでしょうね」 灰青王「逆に言えば、この数字が、現在の中央国家群の 基盤的な限界点ということになる」 従軍司祭長「と、なれば躊躇うことなく一刻も早い出発を」 王弟元帥「軍の規模を報告せよ」 参謀軍師「総勢は約24万と3千。 農奴による新規編制歩兵部隊は20万強となります。 うち、マスケット部隊は10万。新型銃フリントロック部隊は250。 残りの14万は槍兵、および大盾部隊。 貴族軍3万と5千、騎馬戦力1万となっています。 またこれ以外にも非軍事参加者8万」 聖王国将官「非軍事参加者と云うのが気に食いませんな」 王弟元帥「そういうな。彼らは職人や飯炊き女、娼婦、 それに商人なのだ。彼ら無しでは、いくら輜重隊を整備しようが、 軍そのものが機能しなくなる」 103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 24 13.01 ID O8aL4rAP 参謀軍師「最終的には、マスケットと槍兵の比率は ほぼ同数の混成部隊となりました」 灰青王「それは運用でどうとでもなるだろう」 王弟元帥「中核歩兵部隊20万、か」 参謀軍師「これ以上この地に留まりましても、 食糧備蓄の低下を招くだけ。また、これ以上時をおきますと 本格的な氷雪の季節の到来となります」 王弟元帥「よかろう。……出陣だっ」 参謀軍師「はっ!」 聖王国将官「はっ!」 灰青王「腕が鳴るな、ふふふっ」 従軍司祭長「精霊様もことのほかお喜びでしょう」 王弟元帥「残存部隊5000を残す。この港および都市は重要な 補給中継点だ。残存部隊は落葉の国の管理に一任し、 ただし槍兵4000を与えよ」 参謀軍師「承りました」 王弟元帥「大主教猊下は?」 従軍司祭長「もちろん同道いたします。猊下は王弟閣下に 全幅の信頼を置いておいでになる。 道中であっても、その安全はいささかも損じられることはない。 そう考えて宜しいですね」 王弟元帥「もちろんだ」 参謀軍師「早速部隊への通達に取りかかります」 灰青王「搬入および連絡も急がせるとしよう」 104 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 26 45.75 ID O8aL4rAP ――冬の王宮、謁見室 タッタッタッタッ 将官「王! 王! 冬寂王っ!」 冬寂王「何事だ」 将官「白夜の国に駐留していた聖鍵遠征軍が とうとう動き始めました! 船団を活発化させて極大陸の前哨地に、 次々と兵を送り込んでいます」 執事「始まりましたな」 冬寂王「やはり魔界への侵攻を優先させたか」 執事「まぁ、こちらに攻めて来るとなると、 相当の消耗を覚悟しなければなりませんし。 そもそも南部連合となった現在、南部の我ら三ヶ国をつぶす間に 湖の国が聖王国中枢部を破壊するなどと云うことも 考えられますからな」 冬寂王「うむ。……誰ぞ伝令はおらぬか!」 伝令「は、ここに!」 冬寂王「至急、氏族会議の領事館にお知らせせよ!」 将官「随分と情勢が変わりますね」 執事「無関係というわけには行きますまい……」 冬寂王「われらも南部連合会議を開催し、対応策を協議するのだ」 105 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 28 06.27 ID O8aL4rAP ――氷の国、紫の応接間 氷雪の女王「目の回るような忙しさですね。これだけの書状とは!」 参事官「ええ、しかしなんとか目を通してしまわないと」 氷雪の女王「この手紙は…… “我が領内には天然痘の患者があふれかえり、 その有様はまさに煉獄の門が開いたかのようです。 氷の国におかれましては、同じ人間としての公徳心を持って、 どうか我が領土に薬を寄付して頂けることを願います”」 参事官「はぁ……。寄付ですか」 氷雪の女王「銅の国なのよ。腹立たしいわねぇ。 この間まで人の国の人間をマスケットで ばんばん撃ち殺しておいたくせに、 公徳心なんてどんな顔をしていたら、云えるのでしょう?」 参事官「肖像画が確かありましたよ。 吟遊詩人に命じて各国首脳の肖像画は なるべくそろえさせておりますからね」 氷雪の女王「いいわ、見ないでも。 思い出したわ。 カエルに似てるけれど、カエルの側も 縁を切りたいような顔だったわね」 参事官「さようで」 氷雪の女王「はぁ、これ全部そうなのかしらねぇ」 参事官「さようですなぁ」 107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 29 14.30 ID O8aL4rAP 氷雪の女王「出来れば助けてあげたいのだけれど」 参事官「だからこそ、書状も検討しておきませんと」 氷雪の女王「これの山は?」 参事官「そちらの山も似たようなものですが、 比較的小さな村からの嘆願の手紙ですよ」 氷雪の女王「何故封筒が二重なのかしら」 参事官「湖の国や梢の国に送られたものも、 全てこちらに回して貰っているからですな」 氷雪の女王「え?」参事官「こういった仕事は、女王の得意とされることですので ぜひ情報を一元化するように貴族子弟様が手配されまして」 氷雪の女王「この仕事全部をあの昼行灯に押しつけてやりたいわ」 参事官「さようですか」 氷雪の女王「ええっと……。 “じょおうさまこんにちは ぼくたちのむらは おとなのひとが、てんねんとーで みんなたおれて くろくなって、たべるものも ないです たすけてください。 おねがいします”」 参事官「ふぅむ。これは潮の王国の辺境の村からですね」 氷雪の女王「すぐにでも接種の薬と修道士を送らなければ」 参事官「いや、少し待って下さい」 109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 32 37.47 ID O8aL4rAP 氷雪の女王「どうして?」 参事官「これと同様の手紙も数多くきております」 氷雪の女王「でも、小さな村であれば種痘の量も それほどには必要ないだろうし、 第一、この幼い子供達自身はなんの罪も咎もないはず。 出来るのであれば力を貸してあげたいって、 修道院の教えにもそうでしょう?」 参事官「いえ、同様の手紙24通は、全て同じ書式で、 潮の国鱒の港の商館を経由して郵送されてきたわけです」 氷雪の女王「え……?」 参事官「鱒の港の商館といえば、潮の国の王の伯母が、 王族の免税特権を用いて巨額の利益を稼ぎ出している裕福な 貴族商人ですからね」 氷雪の女王「……」 参事官「いかがいたしましょう?」 氷雪の女王「至急人をやって真偽を確かめさせて!」 参事官「はぁ。……かなり真っ黒だとは思いますが」 氷雪の女王「もうっ。こっちは?」 参事官「ふむふむ、これは猪首の国からですな」 氷雪の女王「えーっと “精霊の恵みたる治療薬を貴公ら南部連合なる 蛮夷の国にて独占するとは言語道断。 我が勇猛なる教会僧兵百万の狼牙棒の餌食になりたくなくば 速やかなる慈悲を請い、全ての医の秘密を つまびらかに明かし、我が国に服従を誓え”」 参事官「……空気が読めていませんな。 100万の兵ってどこのお花畑で遊んでいるんでしょうか」 氷雪の女王「これは捨てちゃいましょう」 110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 17 34 54.20 ID O8aL4rAP 氷雪の女王「はぁ、それにしてもねぇ。殆どゴミね」 参事官「ええ」 氷雪の女王「検討する気になるのは、わずか5通とは」 参事官「どうにも外交する気がないとしか思えませんな」 氷雪の女王「どうした物かしらねぇ」 参事官「鵲の魔術ギルド、これはどういたします?」 氷雪の女王「候補に残しては見たけれど、パスね」 参事官「で、ございますか」 氷雪の女王「ええ。研究目的で売ってくれという話でしょう? この種痘でお金儲けをするつもりはないし、 金儲けの意図が透けて見えすぎるわ」 参事官「と、なりますと……。稲穂の国の支援と、 自由貿易都市でございますか」 氷雪の女王「自由貿易都市の件は、『同盟』の商館に依頼をして 高炉に組み込めるかどうか、黒い噂がないかどうかを 見て貰いましょう」 参事官「さようでございますね」さらさら 氷雪の女王「稲穂の国の支援については、 わたしの一存では決めがたいわね。 これは連合の会議ではかってみます。保留にしましょう」 参事官「承知いたしました」 氷雪の女王「天然痘の対処方法の情報は、ずいぶんな衝撃を 各国に与えたようね……。取り扱いに注意しなくては」 116 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18 17 22.88 ID O8aL4rAP ――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の貴賓室 王弟元帥「はっはっはっ! 随分すさまじい経験をしてきたのだな」 勇者「やー。まぁ、でも、美味いんだってば! 魔界の猪はさー。尻のところなんかぷりっとした感じなんだよ」 王弟元帥「そうなのか?」 勇者「ああ。捕まえるのはちょっと大変だけどね。 あいつら、特にゲートに近い場所では、気が荒くなるんだよ。 いまはゲートが無くて大空洞だけどね」 王弟元帥「そうだと聞いたな。勇者は何か知ってるのか?」 勇者「なにかって? もっぎゅ、もっぎゅ」 王弟元帥「ゲートが消失した顛末についてだよ」 勇者「ああ。1回蒼魔族が攻めてきた事件があってね」 王弟元帥「ああ。白夜王国の時か?」 勇者「いや、それよりずっと前にさ。 その時、ちょっとした必要があって広域殲滅呪文で 穴を掘ったんだ。穴掘るのは魔法でも大変だな。 ゲートが壊れちゃったのはもったいなかったけれど 結果として魔界へと通じる穴が空いたから、 同じと云えば同じだよね」 王弟元帥「そうだな。すごい景色だと聞いている」 勇者「うん、見物だよ。……むしゃむしゃ。 あ、これも食べて良い?」 王弟元帥「おお。たっぷりと食べてくれ」 勇者「ありがとうなっ」 参謀軍師「……何が起きているんだ」 聖王国将官「……判らない」 119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18 19 08.18 ID O8aL4rAP 勇者「んでまぁ。機怪族ってのはさ、全体的に板金鎧を着た騎士に 似ているんだけど、中身もぎっしりだから相当重いわけだな。 重さで云うと、同じ大きさの騎士の1.5倍くらいはあると思うぞ。 でも、防御力は二倍あると思った方がいい」 王弟元帥「ほほう、そうか。さすが勇者だ。 魔界のありとあらゆる事に精通しているのだな」 勇者「旅暮らしが長いからね」 参謀軍師「あの……閣下?」 聖王国将官「こちらは……?」 王弟元帥「おお、紹介しよう。一時行方不明と噂されていた勇者だ」 勇者「おじゃましています。勇者です」 参謀軍師「いえ、その……。お姿は見たことがありますが」 聖王国将官「生きていらっしゃったのですね!」 王弟元帥「うむ、やはり魔王と戦ったそうだ」 勇者「そうそう。痛み分けだ。 やぁ、ぶっちゃけ前評判はあてにならないよ。 弱い弱いなんて云っても魔王だね。 あの圧倒的な(胸の)オーラ。決着をつけることは出来なかった」 参謀軍師「そうだったのですか……。魔王は?」 聖王国将官「では噂どおり」 王弟元帥「うむ、一命を取り留めたそうだ」 勇者「実は俺も深手を負って、仮死状態だったんだ。 目覚めたのはつい最近でね」 王弟元帥「聖鍵遠征軍の噂を聞き、やってきてくれたのだ」 120 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18 20 30.68 ID O8aL4rAP 勇者「うん、しばらくやっかいになろうかと 思うんだが、良いかい?」 参謀軍師「それは……」 聖王国将官 ちらっ 王弟元帥「もちろんだとも勇者。 覚えていてくれるだろうか? そなたが魔王征伐を決意し、 教会の祝福を一身に受けて旅立ったあの日、 わたしも他の王族に入り交じりバルコニーから 熱い思いで見つめていたのだ。 勇者の鎧を光に輝かせ旅立つそなたは、この歳になったとはいえ 男子の胸の中にある高潔な騎士道と冒険の心を刺激せずには 置かないまさに一幅の英雄の肖像だったよ」 勇者「そう言われると照れるな。でへへぇ」 参謀軍師(勇者の戦闘能力は一人で重武装の騎士数千に 匹敵すると云われていた。 その戦闘能力は、マスケットであっても大隊規模。 さらに勇者には長い魔界での冒険により地形や文化、 魔族の知識がある。懐柔するメリットは十分にある、 と云うことか……) 聖王国将官「ではしばらくご一緒ですね」 王弟元帥「おお、そうなるな。 どこかに快適な部屋を用意してくれ」 勇者「ああ、気を遣わなくて良いよ。おれはさ。 水浸しでなけりゃ船底でも相部屋でもなんでも良いから。 メシさえ美味ければそれでさ」 参謀軍師「至急、整えさせましょう」 王弟元帥「そして食料をたっぷりとな! 勇者は病み上がりだ。 身体を癒すためには美味い食事と酒がなければ始まらぬだろう」 勇者「いや、ごっつぁんです!」 122 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18 22 45.71 ID O8aL4rAP ――聖鍵遠征軍、旗艦『勇壮』の執務室 がちゃり 参謀軍師「勇者の部屋は整え、ご案内してきました」 王弟元帥「ふむ……」 参謀軍師「どのような目論見でしょう、勇者は」 聖王国将官「目論見があるのでしょうか?」 王弟元帥「どういうことだ?」 聖王国将官「いえ、旅に出る以前。 つまりもう4、5年は前になりますが 勇者についてわたしが聞いた話ですと、 豪放磊落と云えば聞こえは良いですが、 強大な戦闘力にまかせた行動をする 多少子供じみた正義感を持つ冒険者だったと。 そう聞いています」 王弟元帥「わたしもそう聞いたな。 しかし、今日の印象はかなり違う。 確かに損得抜きで動きそうな熱みたいな物は感じたが、 それとは別に、世界に損得勘定があること自体は 理解していると思わされた。 なんの考えも無しに来たわけでも無かろう」 参謀軍師「とりあえずの口上はどのようなものだったのですか」 王弟元帥「魔界の魔物は強い。人間界の猛獣に比べてもさらに 凶暴な種類も少なくはないし、独特の生態や毒を持つものも多い。 これだけ大人数で魔界へと渡ると、その犠牲者も多くなる。 勇者として、一般人の犠牲はなかなか見過ごしがたい。 ちょっとしたガイドを務めるためにやってきたが、 勇者である自分を雇わないか、と」 参謀軍師「ふむ」 聖王国将官「話をそのまま信じるならば、 雇わない手はありませんね」 124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 18 25 21.70 ID O8aL4rAP 王弟元帥「それはそうだ。勇者の戦闘能力は脅威だしな」 参謀軍師「それに話を信じるのならば、 魔王もまた健在と云うことでしょう。 勇者の傷が癒えて魔王の傷だけが癒えぬと考えるのは 都合の良い考えですから」 聖王国将官「そうですね」 王弟元帥「対魔王のためにも、勇者は飼っておく必要がある」 参謀軍師 こくり 聖王国将官「しかし、あれだけの脅威は危険ではありませんか」 王弟元帥「居所のわからぬ脅威よりは判る脅威のほうが まだ対処のしようがあるというものだ。 そのためにも手元に置いておいた方が良いだろう。 しばらくはわたしが勇者の相手をしよう。 ふふっ。わたしと同じく、あれもまだ若い男に過ぎない。 人はそこまでおのれ自身から自由になることは出来ぬ。 いずれ何らかの尻尾を出すだろうさ」 参謀軍師「そう仰られるのであれば、私からは何も」 聖王国将官「ええ、王弟閣下の御心のままに」 王弟元帥「あと数日もあれば極大陸に到着する。 そのあとは雪中行軍になるだろう。 船の座礁などがないように十分な警戒を呼びかけろ」 参謀軍師「はっ、承知いたしました」 王弟元帥(勇者、か。……確かに得体が知れないが 強力なカードが手に入ったものだ。 このカード、使い方によっては民衆の信仰を一手に引き受ける 教会に匹敵するほどの影響力さえ持つやも知れぬ。 大主教、それがお解りか? ふふふふっ) 135 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 41 08.48 ID O8aL4rAP ――開門都市、九つの丘、防壁建築現場 土木師弟「じゃぁ、説明したとおりだ。 今日から北側の防壁にかかる。 チーム制でかかるので頑張ってくれ」 蒼魔族中年作業員「判りました。配置につけ」 蒼魔族作業員「「「「はい」」」」 ざっざっざっ ざわざわ 中年商人「どうだい調子は?」 土木師弟「商人さん。随分進んでましたよ。作業は加速しています」 中年商人「やっぱり予算かい?」 土木師弟「予算が付いたのは有り難いですね。 作業員に給料が払えます。日当で払えると進みますね」 ざっざっ 火竜公女「そうかそうか。弁舌を振るった甲斐があった」 副官「そうですね、これはいずれ必要になる物ですから」 土木師弟「お姫さま」 中年商人「姫さんも来てたのか」 火竜公女「姫はよして欲しいと云っておりましょう」 副官「ははははっ」 土木師弟「それにしても、こんなに予算を つけて貰っても良いんですか?」 副官「ええ、かまいませんよ。 この防壁作成で人が集まっていますからね。 彼らが食料を買ったり、生活すれば物資もどんどんと 運び込まれて、それだけ税収も上がる計算です」 136 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 42 29.76 ID O8aL4rAP 土木師弟「そういうものなのか?」 中年商人「まぁ、自治委員会と俺たちでは立場が違う」 副官「自治委員は商人ではないですからね。 儲けなくても良いんですよ。逆に大もうけするとまずいです」 土木師弟「ふむ……」 火竜公女「それよりも、あれに見えるは蒼魔族かや?」 土木師弟「ええ。今週から参加しているんですよ。 300人ほどです。氏族会議の紹介状でやってきましてね」 副官「どうですか?」 土木師弟「働き者ですね。規律正しいかなぁ。 集団で何かをすると云うことに非常に馴れているし、 簡単な指示でも勝手に手順を決めてこなしますよね」 中年商人「ふーむ」 副官「ああ、やっぱりねぇ」 土木師弟「でも、その反面、やはりプライドは高いですよ。 昔から云いますからね。蒼魔族の誇りの高さは雪豹山脈を 越えるほど、って。他の種族の人には負けたくないって 思ってるみたいですね。ま、来週からはその辺も加味して ばらして混ぜて作業かな、なんて思うんですが」 中年商人「現場監督ってのも難しいんだな」 土木師弟「まったくですよ。 一介の設計士には荷が重いって云うのに」 火竜公女「それも修行ゆえ、頑張ってください」ころころっ 副官「早いところ大将が帰ってきてくれれば良いんですけどねぇ」 137 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 44 06.02 ID O8aL4rAP ――湖の国、首都、『同盟』作戦本部 がやがや 同盟職員「速報が入りました。遠征軍、白夜王国を進発! 目標極大陸、魔界侵攻。採集へ委員数、24万。総数33万。 大型船1000隻以上の大船団です」 本部部長「動きましたな」 青年商人「こちらは?」 同盟職員娘「大陸中央部に流通する木炭の価格は前年比320% 流通量の70%に何らかの影響を行使できています。 鉄鉱石が多少ふえています」 本部部長「情報が入っています。 どうやら秘密工房の会計は、木炭を購入する資金を目当てに 手元に置いていた鉄鉱石の一部を売りに出したようですな」 青年商人「買いたたいてしまって下さい」 本部部長「同じくこれは娼館経由の情報ですが、 秘密工房および、銅の国の鉄工ギルドは王弟閣下の名前を使って 夫君の国から木炭を供出させるように、嘆願書を送ったようです」 青年商人「嘆願書、ですか」 本部部長「体裁は嘆願書ですが、内容はかなり威圧的で 実際問題としては要求書に近いものと思われます」 青年商人「手紙を書きましょう。……そうですね、これは。 湖の国へ直接で構わないでしょう。 同じく冬の国の商人子弟殿にも出します。 片棒を担いで貰いますよ」 138 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 45 36.28 ID O8aL4rAP 同盟職員「どうするんですか?」 青年商人「梢の国も湖の国も、もはや南部連合の一員でしょう。 銅の国ごときの命令を受ける立場にはないはず。 銅の国の工房に物資を送り込むためには、 湖の国の湖上輸送を利用せざるを得ません。 湖を渡る木炭輸送船に関税をかけてもらいます。 冬の国では防御に用いられた策ですが、 それが攻撃に用いられるとどうなるか、 まだ中央の国々は知らなすぎる。 関税をとりあえず、木炭馬車一台あたり金貨60枚あたりから 始めましょうか」 同盟職員「60枚!? 木炭そのものよりも高額ですよ!」 青年商人「まだ買わないという選択があります。 欲しくないのなら買わなければなんの問題もありません。 輸送連絡路を押さえていないという意味がそれなんですからね」 同盟職員「了解っ」 本部部長「この後の動きですが、どうしますか」 青年商人「……」 本部部長「……」 青年商人「『同盟』で銀行が現在設置されている都市の数は?」 同盟職員娘「64です」 青年商人「南部連合を中心に増やしたとして、100前後ですか」 本部部長「何をお考えですか?」 青年商人「聖光教会の力の根源は数です」 139 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 47 50.33 ID O8aL4rAP 同盟職員「信者のですか?」 青年商人「それもありますが、支部の数も大きい。 支部というのはただの出先機関ではありますが、 一定の数を越えることで、単体として以上の機能を持ち始める。 あれは、網状機構です」 同盟職員「よく判りません」 青年商人「つまり、4つの教会寺院は、 4つの建築物という以上の存在になるわけですね。 実際のところ、1つの教会寺院よりも 5倍か6倍の意味合いを持っている」 同盟職員「……ふむ」 青年商人「そのもっとも顕著な例が『為替』です」 本部部長「まさか、為替に手を出すおつもりですか!?」 青年商人「はい」 本部部長「それはリスクが大きすぎるのでは……」 青年商人「承知の上です」 同盟職員「リスクって?」 本部部長「……知っての通り、為替というのは、遠隔地に 金を送るための機構の一種だ。 現金を直接送る場合、気候の変動や、盗賊、事故などの リスクが存在する。金貨を積んだ馬車ほど野盗のよだれが垂れる 得物は有りはしない。わが『同盟』でもどれだけの金が 輸送商談の護衛費に払われているか考えてみれば良い。 多量の金貨は馬車数台分になることすらある」 同盟職員娘「はい」 本部部長「為替の応用は様々にあるが、たとえばある都市で 金貨100枚を証書に変える。別の街でその証書を金貨100枚に 戻すことが出来る。……実際には税がひかれるが、 これが為替だ。これを実行するためには、別の都市の間に 同じ組織の支部があり、それなりの資金力を持っていて 信用がないと成立しない。 ――そして現在それが可能なのは、小さな領土内以外では 聖光教団だけだと云える」 140 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 19 49 49.79 ID O8aL4rAP 青年商人「聖光教会はこの為替機構を用いて 莫大な利益を上げています。 それが教会の力の源泉の一つとなっている」 同盟職員「1/10税ですね?」 青年商人「そうです。為替を売買する場合、 税として1/10が教会の懐に入る。 確かに遠距離を護送するに当たって多量の 傭兵を雇うよりは安くつきますが、 それでも決して小さな金額ではない」 同盟職員娘「わたし達『同盟』はそれを嫌って 独自の銀行組織を立ち上げるに至ったのだと理解していました」 本部部長「確かにその側面はある」 青年商人「為替業務は本来銀行の職分だとわたしは考えています。 教会が主張するように税収の代行業務のオマケではないと 思っていますからね」 本部部長「しかし、聖光教会の支部の数は莫大で これと正面からぶつかれば、いままで様々な商人や 社会動静を隠れ蓑に使ってきたわたし達の存在が 注目を集めることにもなりかねません」 青年商人「最大限配慮しましょう。 しかし、考えても見て下さい。 いま、この大陸は政治的にも軍事的にも文化的にも 動乱のまっただ中にあり、 様々な勢力が虎視眈々とおのれの領域を 拡張するチャンスをうかがっている。 そのなかで、聖光教会は指導者たる大主教がゲーム盤を 離れているのですよ? 礼節の問題としてすら、この勝負には激突の価値があります」 本部部長「勝機は?」 青年商人「もちろん」にやり「ありますよ」 195 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22 44 50.20 ID O8aL4rAP ――魔界(地下世界)辺境部、赤の荒野 勇者「でやっ!」 ボンッ!! 光の兵士「す、すげぇ!!」 光の銃兵「鉄みたいな皮膚の犀の魔物を、一撃で!」 荷運びの作業員「ありがとうございました!」 勇者「なんのなんの。ここいらでは、あの種の魔物が多いのだ。 歌いながら歩いた方がいいぞ。変に静かに進むより、むこうが さけてくれるし」 光の兵士「そうなのか?」 光の銃兵「勇者様、ありがとうございます」 勇者「はっはっは。しばらく一緒に行くぜ」 娼婦のお姉さん「勇者様ぁん♪ かわいい」 勇者「そっ、そういうことは、夜になってからですっ。 えっちなのはいけないことだと思いますっ」 娼婦のお姉さん「ふふふっ。助けてもらったもの、 サービスするわよん♪」 従軍司祭「……」じぃっ 光の兵士「流石勇者様! おもてになる!」 勇者「はっはっは。ボクはそんな欲望のために戦っている わけじゃナいのだヨ。世界の平和のためサ」 荷運びの作業員「はっはっはっは! 勇者様、無駄にハンサム顔になってるぞ、まったく!」 198 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 22 46 30.01 ID O8aL4rAP 王弟元帥「どうやら随分馴染んでいるようだな」 聖王国将官「ええ」 光の銃兵「勇者様は銃は撃てないのか?」 勇者「いーんだよ。おれは雷だせっから」 光の銃兵「そうなんかぁ? 銃は強いぞ」 参謀軍師「聖百合騎士団から、勇者の身柄引き渡し 要請があったというのは?」 王弟元帥「事実だ」 聖王国将官「え?」 王弟元帥「勇者は、光の精霊の使徒。 そうである以上、その存在は精霊の恵みであり、 教会が世話をするに相応しい、とな」 聖王国将官「何を考えているんでしょう」 参謀軍師「勇者の象徴としての力ですか?」 王弟元帥「教会も気が付いてはいると見える」 荷運びの作業員「それにしても、重いな」 勇者「馬どうしたのよ?」 荷運びの作業員「あの雪の中連れてくるのは大変なんだ。 可愛い馬っ子は沢山倒れちまった」 蹄鉄職人「無事な馬は、みんな貴族様の騎馬に持ってかれたしな」 勇者「そうなのかぁ」 聖王国将官「どうご返答されたんですか?」 王弟元帥「勇者本人の意志による、と答えておいたよ」 聖王国将官「では……」 王弟元帥「どこかで下らぬ夕食会、だろうな。戦場なのに」 参謀軍師「そこで、勇者自身の言葉を聞くと?」 王弟元帥「大主教殿も見極めたいのであろうよ、勇者を」 201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23 29 20.29 ID O8aL4rAP ――開門都市、庁舎、自治委員会 副官「出来ればそうでなければ良いとは思っていましたが 人間の軍が近づいてきています」 人間職人長「そうなのか……」 人魔商人「人間? 軍?」 獣人軍人「状況は俺から報告しよう。人間の軍は総勢約三十万」 人間長老「さんじゅうまんっ!?」 魔族娘「ご、ごめんなさいっ」 火竜公女「これこれ。何でも謝ればいいと云うものではありませぬ」 魔族娘「大きい声で、びくっとしちゃって……ご、ごめんなさい」 人間長老「いや、すまぬ」 火竜公女「つづきを」 獣人軍人「約三十万の軍勢だ。これはこの都市の人口の おおよそ5倍から6倍に達する」 人間長老「なんと」 副官「彼らは聖鍵遠征軍です。 つまり、1回はこの街を征服したあの人間の軍ですね」 人魔商人「また人間か! 何回この街を滅ぼせば気が済むっ!」 魔族娘「うううっ」 204 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/05(月) 23 30 34.75 ID O8aL4rAP 火竜公女「我らはここで意見を一つにせねばならぬかと思う」 副官「はい」 人間職人長「意見、とは」 人魔商人「市中の人間族の動向だろう」 獣人軍人「そうだな」 魔族娘「……?」 人間長老「この自治委員会にも何人かの人間が参加している。 街の人口も、約1/3が人間だ。 この情報が広まれば、戦火を避けて聖鍵遠征軍に 投降を考える人間も出てこよう」 火竜公女「そうですね」 人魔商人「つまりは、裏切り者と云うことだな」 獣人軍人「……」 火竜公女「この街は魔王殿の直轄領。 そもそもこの都市の人間たちは魔族の奴隷として この街にいるのではなく自由意志で この都市にいるのではありませぬかや?」 副官「……」 人魔商人「……」 火竜公女「で、あれば投降が裏切りとは云えぬのでは?」 獣人軍人「しかし結果としてこちらの情報が 筒抜けになるやも知れぬ」 副官「話が先走りすぎです、一度戻りましょう。 そもそも聖鍵遠征軍の現在位置は?」 ページトップへ <前9-6へ|次10-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/26.html
<前3-3へ|次4-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」4-1 30 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 14 59 58.18 ID I7KnzzEP ――冬越し村、屋敷の厨房 勇者「お。おお? こうか? こうか!?」 メイド姉「もっと優しくしてください、勇者様」 メイド妹「もんでぇ。お兄ちゃん。もっと揉んでー♪」 もみもみ 勇者「なんて、ちっとも嬉しくないな。実際」 メイド妹「さぼっちゃダメだよお兄ちゃん」 メイド姉「ミルクっぽくて良い香りです」 メイド妹「ふふーん。細かい挽きの小麦だもん」 勇者「小麦は、挽きがきめ細かいほど高いからなぁ。 これ、随分高かったろ? いいのか、散財して」 メイド妹「でも、パイ生地にするには、細かい方がいいんだよ。 馴れたら、色んな挽き方とか、大麦とか、蕎麦も試してみる」 勇者「ふーん。パイ、ねぇ」 31 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 01 18.44 ID I7KnzzEP メイド姉「妹? もう最初の分は焼けたかも」 メイド妹「うん♪ みてくる」 勇者「なんか結構面倒だなぁ。生地なんて普通、 混ぜてお仕舞いじゃないのか?」 メイド姉「えーっと、パイの場合は この折りたたんで伸ばすという作業が重要みたいですよ」 勇者「そうなのか?」メイド姉「本によればそうですね」 メイド妹「わひゃお♪ うひゃひゃー♪」 勇者「なんて声出してるんだ、あいつ」 メイド姉「よっぽど嬉しいんでしょうね」くすくす メイド妹「でーきたー! 完成~!!」 勇者「お、出来たのか?」 メイド姉「どう? 膨らんだ?」 メイド妹「すごーい! きれい! 金色でぴかぴか!!」 勇者「どれどれ? お。すごいな、確かにきれいだぞ」 メイド姉「本当ね。ひまわりみたいねっ」 33 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 03 34.58 ID I7KnzzEP メイド妹「はいっ! 食べてみて」 勇者「これは。熱っ、あちち」 メイド姉「布巾で持ってください、勇者様」 メイド妹「焼きたてだから、熱いよぉ?」 勇者「こいつは、ん! 馬鈴薯と、ベーコンか?」 メイド妹「うん、馬鈴薯とベーコンのパイなのっ♪」 勇者「うまいなぁ、これちょっとすごいぞ? なんつぅか、家庭の味なのにすごく贅沢で豪華というかっ」 メイド姉「美味しいわ。上出来よ、妹」 メイド妹「わーい♪ わーい♪」 くるくるっ 勇者「妹は才能あるなぁ。こいつはイけてるぜ?」 メイド姉「ええ、満点です」なでなで メイド妹「えへへへ~」 にへらっ 勇者「もう1個良いか?」 メイド妹「もちろん!」 34 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 05 43.57 ID I7KnzzEP 勇者「うまっ。うまっ」 メイド姉「これは、小麦のグレードを下げて 原価をコントロールできれば名物料理になるかもしれないわね」 メイド妹「ほんと?」 勇者「ああ、まじだぜ。この具材の所は変えても良いんだろう?」 メイド妹「うん、鮭でも、キノコでも、羊でも良いと思うよ。 あと、甘い味も合うんだって。プラムとか、洋なしのも 考えてる~」 勇者「じゃぁ、酒場でも出したがるかもしれないな」 メイド姉「ええ、焼いておけば暖めるだけで出せますし」 メイド妹「ねぇねぇ、じゃぁ。わたし料理人になれるかなっ?」 勇者「はん? もう料理人だろう?」 メイド姉「ですね」 くすっ メイド妹「やったー! わたし料理人だぁ♪」くるくるっ 勇者「何でそんなに嬉しいんだ?」 メイド姉「あの子は、食いしん坊ですしね」 メイド妹「えへへへ~。だってお仕事だよ? お仕事あれば、のーどに戻らないで済むんだよ。 わたしこれから料理作って、もっと上手になって みんなに食べさせてあげるんだぁ♪」 35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 07 48.34 ID I7KnzzEP 勇者「そっか」 メイド姉「……」なでなで メイド妹「ね、ね? 美味しい? 美味しい?」 勇者「美味しいぞ」 メイド姉「うん、美味しいよ」にこっ メイド妹「いっぱいあるんだよ! いっぱい作ったから!」 勇者「そっか。妹は料理人かぁ。いいな、それ」にこり メイド妹「うんっ」 勇者「で、お姉ちゃんの方は何になるんだ?」 メイド姉「え?」 勇者「いや、何になるのかな、と。――お嫁さんとかか?」 メイド姉「そんな。わたしなんてとても……」 メイド妹「おねーちゃんは、眼鏡になると良いよ♪」 メイド姉「もうっ、そんなこと云ってると叱られますよ?」 メイド妹「うー」 ドンドンドン! 勇者「あれれ? 誰だろう」 「夜分遅くに失礼! 誰かおられませぬかっ!? 誰かご在宅ではございませぬかっ!?」 ドンドンドン! 39 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 25 08.13 ID I7KnzzEP ――魔王城、最下層、冥府殿 オオオオン! オオオオオン! メイド長「随分、魔素が濃くなっておりますね」 魔王「無理もない。二年近く放置していたからな」 メイド長「ええ……」 魔王「荒れておるな、魔王の魂どもめ」 メイド長「封印はいかがでしょう?」 魔王「うむ。ぎりぎりだが、どうにかなるようだ。 わたしが中に入れば、ポテンシャルを 内側に解放して沈静化するだろう」 メイド長「まおー様が心配です……」 魔王「こんな残留思念に乗っ取られるのは わたしだってごめんだ。 150年の生のうちでも、 これほど命を惜しむ気持ちになるのは初めてかもしれないな」 メイド長「……」 魔王「悪いことばかりでもない。ここに入れば それだけで戦闘能力が上がるからな」 40 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 28 10.09 ID I7KnzzEP メイド長「それは……。 歴代魔王様達の能力全てが順次継承されてゆくのですから 戦闘能力は増大するでしょうが……」 魔王「故に、魔王は魔族最強なのだな。ふふっ。 ……歴代魔王の中には日常からこの冥府殿を寝所として 使用していた剛の者もいたと聞く」 メイド長「それで破壊本能にとりつかれた まおー様なんて見たくはありませんからね」 魔王「わたしだって見たくない。 そういう筋肉で解決! 的な思考はスマートさに欠ける。 醜悪だ。学究の徒として耐えられない」 メイド長「まおー様は学究の徒というより、 夢をおいかける現実主義者のような方ですよ」 魔王「ま、とにかく」 メイド長「……」 魔王「地震が起きない程度には、 この結界の内圧を下げてやらねばならん。よいな? メイド長」 メイド長「はっ」 魔王「もしここから出てきたわたしが、 わたしでなかった時には……」 メイド長「一命に賭けて、その“魔王”。討たせていただきます」 44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 46 45.94 ID I7KnzzEP ――冬越し村、魔王の屋敷 冬寂王「……」 女騎士「……」 執事「そのような次第で、 早馬に早馬をかさねまかり越した訳でして……」 勇者「……判った」 メイド姉「……」 メイド妹「おねぇちゃん……?」 ぎゅっ 冬寂王「しかし、学士殿が留守とは」 勇者「最低でも二月は帰らないと云う話だ」 執事「そうですか……。その知恵におすがりしたく 思っていたのですが。居ないとなりますと」 女騎士「それにしても教会め。 ……光の精霊様をなんだと思っているんだ。 詭弁の種に使っているだけじゃないか」 冬寂王「……」 46 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 51 32.19 ID I7KnzzEP 執事「しかし、聞けば幻術の指輪があるとか」 女騎士「爺さん。その先を口にすると両手に 首を抱えることになるぞ」 執事「しかし、わたしが言わずに誰ば云います」きっ 勇者「……っ」 冬寂王「すまぬ……」 女騎士「……何故、このような試練を」 冬寂王「勇者よ。……いきさつは爺から聞いた。 本来ならばあなたの生還を祝い国を挙げて 祭りを催すべきなのだろうが……。 その大恩ある勇者、そのお身内にまたしてもこのような 災禍をふりまく事になってしまった。 すべてこの冬寂王、冬の国、南部諸王国に力なき故のこと」 執事「若……」 冬寂王「すまぬ。我が不徳ゆえ、 故無くこのような仕儀となってしまった。 事は全て、我が南部諸王国が中央のくびきを脱しようと 独歩の気風を育てようとしたことから始まったこと。 詫びて詫びきれるものではない」 47 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 55 02.72 ID I7KnzzEP 勇者「まぁ、その話は終わってるんだ。 気にしないで欲しいな」 女騎士「……」 メイド姉「あの、わたし……わたしが……」 勇者「それは不許可だ」 メイド姉「だけどっ」 冬寂王「……勇者、しかし」 勇者「おい、王様。その先は口に出したら感電死だぞ。 もしここにあいつが居たらそういうオチもあったかも しれないけれどな」 (なんだったら魔族に村を襲わせて……) メイド姉「でも……」 メイド妹「お姉ちゃん~」ぎぅっ 勇者「だけど、その先は考えても、口に出したら 王としては立ち行かないんじゃないかと思うぜ。 それとも、その独歩の気風ってのは思いつきで云ってたのかよ」 冬寂王「……っ」 48 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 15 56 34.14 ID I7KnzzEP 冬寂王「だがしかし、わたしには冬の国の国民全てを 守る義務がある。そのためには……。そのためには……」 執事「……」 勇者「ま、その辺は俺の方で案配するよ」 女騎士「……勇者?」 勇者「メイド姉には迷惑掛けるが、捕まってくれ」 メイド姉「はい」 冬寂王「それは……」 勇者「で、冬の国を出て、適当なところで俺が助ける。 なに、たかが異端審問の護送隊だろう? いても100人やそこらだ。たいした敵じゃない」 女騎士「だがしかし、それじゃあ!」 執事「……勇者すみませぬ。申し訳ございませぬ」 勇者「引き渡して、冬の国を出たあとならば、 冬の国へのおと咎めはないだろう? 責任は護送隊の方にあるはずさ。それで万事解決だ」 49 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 00 14.29 ID I7KnzzEP 執事「勇者。……それでは、勇者はまた」 勇者「うん。まぁ……また姿をくらませなければならないけどな。 しかたあるまいよ。教会に逆らうのは無理なんだろうし」 執事「また。この老愚は。 勇者を一人に……。また勇者を一人で……」 勇者「あー。ならない、ならない。 今回はこの姉妹も居るし、そのうち学士だって帰ってくる。 女騎士だって爺さんだって王様だって、 表だっては無理だろうが……また会ってくれるだろう?」 女騎士「論外だ、会うだなんて。わたしは共に行く」 勇者「それじゃ農民のや開拓民の支援を誰がやるんだよ」 女騎士「……それくらいっ、修道院の組織で出来るっ」 勇者「ま、そこのところが……。 軌道に乗り始めてきた改革や新しい作物、色んな発明が 全部無駄になっちまうのが痛いところだけどな。 しかしまぁ、メイド姉を見殺しにしたところで、 全部異端とか云って禁止されてしまうんだから同じ事だ。 あいつには生ぬるいって云われるんだろうけど ……俺はやっぱり勇者だから、見捨てるなんて出来ないよ」 50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 03 39.18 ID I7KnzzEP 執事「また勇者一人に背負わせてしまうのですか……」 冬寂王「これも全て人界の醜さだというのに。 我が身で済むことでさえあればっ」 勇者「落ち込むなよ。夜逃げには馴れてるんだ」 女騎士「では――この村ともお別れか」 メイド妹「おねーちゃん。この村から引っ越すの?」 メイド姉「……」 メイド妹「酒場のおいちゃんにパイ教えてあげちゃだめ?」 メイド姉「……」 冬寂王「……っ」 執事「若。若には、国を守る責務がおありです。 背筋を伸ばしてくだされっ」 勇者「そうそう、笑っておこうぜ。空元気でもな!」 女騎士「勇者……。勇者であれば、聖王都の軍でさえ 相手に回して戦うことも出来るのに……」 勇者「残念ながら、俺のオーナーがそう言うやり方は 許してくれないんだよ。戦って勝つとか、倒して奪うとか。 ……だからって、奪わせる気なんかないけどな」 56 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 29 49.75 ID I7KnzzEP ――冬の国、名も知れぬ村 なんだって? 学士様が? まさか、そんなわけがあるわけないべ! だって、教会の人が道ばたでそう怒鳴っていただよ。 教会? 修道会じゃないのけぇ? うん、中央の教会から来たっていう、おっかない人だっただぁよ。 まさかぁ。 学士様が異端? そんなこと……。 でも、そう言ってただよ。 学士様がもってきた馬鈴薯は、悪魔の食べ物だって。 だって馬鈴薯がなかったらどうするんだべ? 学士様が居なかったら、うちの孫娘は死んでいたんだべや。 何かの間違いに決まってるだぁよ。 でも……学士様が連れて行かれたらどうすんだべ。 57 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 31 27.31 ID I7KnzzEP ほーうい! ほーうい!! ほーうい! どうしたんだべか? そっただ慌てで、羊でも逃げちまっただかぁ? おい、森の中の道にっ。はぁっ、はぁっ! へ? 森の中の道に、学士様をとらえるって 檻と鎖を引きずった、おっかない兵隊さん達が進んでるだよっ! え? 本当けっ!? あれは、この国の兵隊じゃないべ、なしてだ? なして冬の国に、人間の国が攻めてくるんだべやっ? 学士様を、学士様を出せって叫んでるべやぁ! それじゃ学士様が異端だってのは……。 恐ろしい、なんてことだべや。精霊様、どうかお慈悲を! ガシャン。ガシャーン。ガシャーン。 ああ、聞こえてきた。どうなっちまうんだべ。 せっかく暮らし向きも良くなってきたと思ったのに……。 この国はどうなっちまうんだべ……。 63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 43 44.52 ID I7KnzzEP ――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室 辣腕会計「……以上です」 青年商人「そう、ですか……」 辣腕会計「これはやはり」 青年商人「ええ、教皇選挙の結果でしょうね。 今度の教皇は大陸中央、生粋の聖王国主義者です。 おそらく、教会の威信の低下を察知したのでしょう。 その回復のために、三回目の聖鍵遠征軍を企画して いるのですね」 辣腕会計「そのためには、内政を回復させつつある 南部諸王国が邪魔である、と」 青年商人「そうです。 このところの魔族の進軍の鈍化。 いえ、鈍化というよりは空白ですね。 その影響で、南部諸王国が経済的自立を強め 結果、中央の発言力が低下している」 辣腕会計「中央が南部諸王国のとりまとめを させようとしていた白夜王は、敗戦責任を取り 半ば以上失脚した形ですからね」 青年商人「ええ、その上、中央がノーマークだった 冬寂王などという英傑まで現われて、 人心を掌握しつつある。 さらには謎の学士が様々な農業改革や 機械開発を通して、南方の荒れ果てた地でも その人口を養えるだけの食料が生産されてしまった」 64 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 45 08.90 ID I7KnzzEP 辣腕会計「食料は、中央が南部諸王国につけた いわば番犬の鎖でしたからね」 青年商人「……中央は、教会権力の権威を見せつけるために 魔族との軍事行動において勝利を喧伝しなければなりませんが 南部諸王国が国力をつけることは、望んでいない。 そう言うことになりますね」 辣腕会計「はい……」 青年商人「……」 辣腕会計「委員、『同盟』としてはどうしますか?」 青年商人「現状では、身動きが取れませんね」 辣腕会計「……」 青年商人「目下すべきは別のことです。 10人委員会の準備をしましょう。 ……彼は居ますか?」 ガチャ 中年商人「おう、そろそろかと思ってたぜ」 貴族子弟「お邪魔します、青年商人さん」 67 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 48 09.53 ID I7KnzzEP 青年商人「いえいえ、いつでも歓迎ですよ」にこにこ 貴族子弟「足がありませんでしたから、 こちらこそありがたいですよ。 ああ、そうだ。これ、氷雪女王からの代金です」 辣腕会計「それはわたしが受け取りましょう」 がさごそ 青年商人「女王はいかがお過ごしですか?」 貴族子弟「今回の件では心を痛めていますよ。 だがしかし“三国通商同盟の盟主は冬寂王だ”と。 それだけははっきりと申されました」 青年商人「そうですか」 中年商人「さぁて、俺はどこに行けば良いんだい?」 青年商人「中央へ。他の10人委員へと会ってきてください」 中年商人「この坊主は?」 青年商人「どうされます?」 貴族子弟「いやー。わたしは、氷雪宮にいても役立たず なんですよ。女王もね。丁度良いから各国をまわって お土産の饅頭でも配ってこい、なんて仰られて」 中年商人「良いのかよ、そんな暢気で」 70 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 50 25.45 ID I7KnzzEP 貴族子弟「氷雪の国は別名、詩人のふるさと。 吟遊詩人を多く輩出する芸術の発祥地ですからね。 わたしみたいな穀潰しでも居心地が良いんです。 ま、ダンスと口説き文句が冴えないと 居心地悪くなってしまう国なんですけどね」 青年商人「では、決まりですね」 中年商人「ふむ」 青年商人「当面は静観です。決して天秤を揺らさぬよう。 そして、静かに10人委員に接触を持ってください」 中年商人「こいつはどうするんだ?」 青年商人「ご本人の仰るとおり、船に乗せて 行き先々でご挨拶させてあげればいいのではないですか? 手を貸す必要はありませんよ。 もちろん、あなたが紹介したい相手でも居れば、 そうなさることに反対はありませんが」 貴族子弟「一つよろしくお願いします」にこにこ 中年商人「まったく、俺はガキの子守かよぉ」 貴族子弟「そこを何とか。美味しい酒あるんですからっ」 とっとっとっと、がちゃん。 71 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 16 52 17.21 ID I7KnzzEP 辣腕会計「――さて」 青年商人「はい」 辣腕会計「10人委員会への接触は、任せるとして」 青年商人「彼ならば他の委員の旗色を伺ってくれるでしょう。 教皇派がどれくらい居るのか、早急に把握したいですね」 辣腕会計「委員はどちらなのです?」 青年商人「どちらでもありませんよ。むしろどちらかに 偏っていたら、きっとあの人に軽蔑されてしまう」 辣腕会計「わたしはどうしましょう」 青年商人「……ふむ」 ぺらっ 青年商人「資産調査をお願いします」 辣腕会計「は?」 青年商人「『同盟』各支部の動的財産の規模把握、 および『同盟』参加商人に資産状況の把握です」 辣腕会計「資本……ですか?」 青年商人「ええ。聖鍵遠征軍が組織されるにせよ そうでないにせよ、次に吹く風は生半可ではありませんから」 74 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 00 46.59 ID I7KnzzEP ――冬の国、王宮、控えの間 うわぁぁ、うわぁぁ 勇者「外はすごい群衆だ」 女騎士「ああ、魔王は農民たちに慕われていたからな」 メイド姉「はい」 勇者「横柄な態度の女なのにな」 女騎士「そうか? 修道院にやってくる 開拓民や農奴の中には、魔王を本当の女神様だと 思い込んでるやつだって沢山いるんだぞ?」 メイド姉「わたしと妹が村の道を歩いていると」 勇者「……?」 メイド姉「みなさん、笑って手を振ってくれるんです。 笑顔で話しかけてくれるんですよ? この春はこんなに馬鈴薯が取れたって。 この秋は小麦の育ちが良いって。 それでベリーをくれたり、 タマゴを持っていけって云ってくれたり。 ウズラを届けてくれたり。 あの屋敷で、村の人から貰ったものが 食卓に並ばない日なんてありませんでした」 勇者「そうだったのか」 女騎士「……あの村らしいな」 75 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 01 41.49 ID I7KnzzEP メイド姉「みんな本当にいい人で、 わたしや妹のことを可愛がってくれて。 当主様の役にたってやってくれ、って。 自分たちは本当にお世話になってるけれど 色んなお手伝いは直接できないから、って。 馬鈴薯をくれてありがとう、って。 時には赤ちゃんを連れてきて 小さな葉っぱみたいな手に触らせてくれるんです。 賢くて優しくなるように、って。 ただの農奴だったわたしにですよ? 当主様に仕える、偉い人だからって」 勇者「……」 メイド姉「あの村は、良い村ですね。 わたしたちが逃げ出した地主は、 隣村で没落してしまったみたいですが。 あの村では開拓民の方も、地主さんも、農奴の方も 本当に一生懸命で。支え合って、健やかで。 修道院で教えて貰った歌を夕暮れの畑で 麦を刈りながら何時までも歌っているんです」 勇者「うん」 メイド姉「……お別れするのは、少し寂しいですね」 女騎士「なに、次の住まいでも、きっと良い出会いがある」 77 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 03 34.19 ID I7KnzzEP 女騎士「王は、すでに向かったか?」 勇者「ああ、引き渡しは広場の中央という話だったな」 女騎士「見せしめにしたいのだろうさ」 ぎりっ 勇者「あれが……使者か」 うわぁぁ、うわぁぁ 女騎士「わたしも行かねばならぬな。 湖畔修道会の長としてあの下卑た男の言葉を 受ける必要があるのだ。汚らわしいが」 メイド姉「はい、あの」 女騎士「?」 メイド姉「いってらっしゃいませ」 女騎士「メイド姉。君だってわたしの友人だ。 思い悩む必要なんて無いのだぞ」 カッカッカッ 勇者「……。よし、俺も移動する。無いとは思うが 周辺の監視もしておきたい。平気か?」 メイド姉「はい」 78 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 05 29.02 ID I7KnzzEP 勇者「大丈夫だよ。メイド姉はなにも怖がる必要も 難しく考える必要もないんだ。二日以内にきっと 助け出してやる。少しだけ辛抱してくれ。 済まないな、こんな役を押しつけて この国や人々を守るのは、俺や女騎士や、王の仕事なのに」 メイド姉「はい……」じっ 勇者「どうした?」 メイド姉「いえ。……わたし」 勇者「ん?」 メイド姉「いえ、なんでもないんです」 勇者「……? では、行く。ずっと見ているからな」 メイド姉「はい」 カッカッカッ メイド姉「……。……っ」 メイド姉「わたし……」 メイド姉「……」ぐすっ メイド姉「何でこんなに、何も出来ないんだろう……」 80 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 13 27.99 ID I7KnzzEP ――冥府殿、闇の奥底 オオオーン。 オオオオオオーン。 魔王「こんな所……勇者には。みせ、られないな……」 殺せ! 殺せ! 人の全てを! ゲートを破壊せよ。 全ての大地は我が魔族のもの。世界の全ては我が魔族のもの! 魔王「違うであろう。……お前が言っているのは “俺のもの”でしか……ないではないか」 そのどこがいけないっ。それのどこが悪いっ。 実りは全て手を伸ばした者の獲物。 剣を、鋼を持ち。 奪ったものが全てを手に入れる。 それが太古から続くただ一つの掟。絶対の法則ではないかっ! 魔王「芸のないことを。……太古から続く? 新しい掟を作るだけの想像力……の……欠如をことさらに 自慢をするなっ。何のために脳が……ついているのだ」 そのような脆弱な魔力で如何にこの世を統べる? どうあがこうがこの世は力。 魔王「力にも……色々種類……が……あるのだ」 81 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 15 05.98 ID I7KnzzEP 結局は貴様とて雌ではないか。 我が力、比類無き魔力、無敵の肉体、鉄をも引き裂く 戦の力を求めてこのしとねに入ったのであろう? 良かろう、くれてやる。我にその心を明け渡せっ。 魔王「馬鹿も休み休み云え。……わたしは……売約済みだ」 ふはははは! そうか、魔王。新しき魔王よ! 好いた男でも出来たのか。まさに女だな。 だがしかし、貴様が如何に愛そうと その愛ごとに勇者は粉々に引き裂くぞ? お前が魔王である限り、勇者がお前を討ちに来る! それを避けるために、 お前は結局我が力を求めねばならんのだっ。 魔王「時代遅れの旧弊な老害め。 殺すの、殺されるの。それだけかっ。 その問題は……すでに解決しているわっ」 だがしかし、この闇にいる間、 主導権は我にある。 がはははは! 波に揺られる木の葉のような貴様が いつまで己を保てるかなっ。がはははは! 魔王「ごふぅっ……ああ……これは…… 流石に……げふっ、げふぅっ……」 82 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17 17 00.71 ID I7KnzzEP 苦しかろう! 身を任せるが良い。 我が力、大地を砕く無類の能力を与えてやろうっ。 魔王「ふふっ」 何がおかしいっ。新参の魔王よっ。 魔王「あはは……げふっ。げふっ、ごふっんっ。 これじゃ、ゆうしゃに……見せられない…… 嫌われて……しまうなぁ……」 魔王「可愛くない……し、色気も…… ないのに……。 せめて……清潔に……してないと……」 何を余裕ぶった態度を! 冥府の波動を受け入れるが良い! 魔王など、所詮は代々続く“器”にすぎぬのにっ。 魔王「……なら……“器”の残滓が……偉そうにほざくな ……ごふっ。げふんっ……内蔵が……よじれ…… はは。 知っておるか……?」 墜ちろっ! 墜ちろっ! 貴様に魂などないのだっ! 魔王「……ゆうしゃの、くろかみは ……もふもふ、なのだぞ? ああ、あったかい。 いつまでも、触って……いたい……な……」 87 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 28 22.55 ID I7KnzzEP ――冬の国、王宮前広場 ざわざわざわ、ざわざわざわ 執事「すごい人の数だな」 将官「ええ、付近の村からも人が詰めかけているようです」 執事「何も起きなければよいが……」 将官「警備を増やしましょう」 執事「そうしてくれ」 ざわざわざわ、ざわざわざわ 押すな、押すな。みろ、あの台の上か? あれが王か? いやよく見ろ、俺たちの王はあんな 貧相じゃない。じゃぁ、使者とか云うやつか? まさか本当に学士様が異端なのか? そんなことはないよな。 学士様に限ってそんなことがあるはずが…… あ! 見ろ! 王が、王がお出ましになったぞ! 冬寂王「……諸君、大儀である」 使者「王よ。約束どおり、捕縛したのだろうな?」 89 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17 29 41.38 ID I7KnzzEP 冬寂王「引き渡そう」すっ ザッザッザ 治安兵士「……こちらへどうぞ」 メイド姉「……」 学士様! あれは学士様だよ! 間違いないっ! そうだ、俺の息子も、あの学士様に畑のことを教えて貰った。 だぁよ。うちの豚だって学士様に見て貰っただぁ。 病気の姉ちゃんを見て貰ったのに……。学士様行っちゃうの? 学士様が異端だって、そんな! 精霊様、お慈悲をっ! 使者「ふむふむ。うむ、間違いないな? 替え玉を使おうとしても無駄だ。こちらには学士の 顔を知っている人間だって用意しているのだからな。 だがこれは間違いなく本人のようだ」 冬寂王「ご異存無いか?」 使者「如何にも。召し捕らえよっ!」 審問僧兵「はっ!」 ビシィ! 審問僧兵「抵抗するなっ!」 ドスンッ メイド姉「……くふっ」 93 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17 32 26.91 ID I7KnzzEP 冬寂王「……っ」めらっ 使者「さて、冬寂王、女騎士殿。 教会はあなた方の協力を感謝しますよ。 このような異端の女と関係性が無かったことが判り、 これは両者にとって誠に重畳であると申せましょうな」 冬寂王「痛み入る」 女騎士「……ああ」 使者「ふっ。殊勝な態度ですな。それでよいのです。 南部諸王国にとって中央との関係をこじらせ 良いことなど一つもないのですからね。 我らは魔族の驚異の前に、強固かつ永続的に 手を組む必要があるのです。 そうでしょう、王よ?」 冬寂王「……っ」ぎりっ 女騎士「……」 使者「ふっ」 くるっ 使者「捕縛士、その異端者を打ち据えよ。 外套をはげっ! 手かせをはめて王都まで連行するぞ」 審問僧兵「はっ!」 ビシィ! 96 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17 35 04.28 ID I7KnzzEP 執事(堪えてください、若。 すまぬ、罪も無き少女よ……。 このような責めをおわせた世よ、呪われてあれ……) 審問僧兵「這いつくばれっ。枷をっ!」 メイド姉「……」キッ 使者「これは反抗的な。まさに異端者の目。 何か申し開きでも? 精霊の教えに背く悪魔の使いが、ですが」 学士様……。学士様、嘘だよな? 異端だなんてそんな。 あんなに皮膚が裂けて、血が流れて……。精霊様……。 お姉ちゃんは何でぶたれてるの? わるいことしたの? もうそんな。おら見てらんねぇだ。 メイド姉「わたしは……。 わたしは、魂持つ者として皆さんに語らなければならない ことがあります」 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉「……わたしは。 わたしは、農奴の子として生まれました」 学士様が!? そ、そうなのかやっ!? おらたちといっしょの農奴だって!? 99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/10(木) 17 38 03.42 ID I7KnzzEP メイド姉「農奴の生活は苦しいものです……。 もちろん地域や地主、貴族などによって違うのでしょうが 少なくともわたしが過ごした幼少期のそれは苦しいものでした。 わたしは七人の兄弟姉妹の三番目として生まれました。 ある兄は農作業中、腕を折り、 そのまま衰弱して捨て置かれました。 ある姉は、ある晩地主に招かれ、帰りませんでした」 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉「冬の良く晴れた朝、 一番下の弟は、とうとう目を覚ましませんでした。 疱瘡にかかった姉妹も居ます。わたしは何も出来ませんでした。 生き残ったのは、わたしと二つ下の妹くらいのものです……。 あるとき逃げ出したわたし達に転機が訪れ それは運命の輝きを持っていましたが わたしはずっと悩んでいました」 メイド姉「ずっと……」 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉「運命は暖かく、わたしに優しくしてくれました。 あんなにも優しい言葉を聞いたのは初めてです。 ――安心しろ、と。何とかしてやる、と」 103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 42 06.78 ID I7KnzzEP メイド姉「しかし、みなさん。 貴族の皆さんっ。兵士の皆さんっ。 開拓民のみなさんっ。そして農奴の皆さんっ。 わたしはそれを拒否しなければなりません。 あんなに恩のある、優しくしてくれた手なのに。 優しくしてくれたのに。 優しくしてくれたからこそ。 拒まねばなりませんっ」 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉「わたしは、“人間”だからですっ。 わたしにはまだ自信がありません。この身体の中には 卑しい農奴の血が流れているじゃないかと、 そうあざ笑うわたしも確かに胸の内にいます。 しかしだからこそ、だとしてもわたしは“人間”だと 云いきらねばなりません。なぜなら自らをそう呼ぶことが “人間”である最初の条件だとわたしは思うからです」 メイド姉「夏の日差しに頬を照らされるとき 目をつぶってもその恵みが判るように、 胸の内側に暖かさを感じたことがありませんか? たわいのない優しさに幸せを感じることはありませんか? それは皆さんが、光の精霊の愛し子で、人間である証明です」 104 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 44 51.05 ID I7KnzzEP 使者「い、異端めっ!」 ビシィッ! メイド姉「異端かどうかなど、問題にもしていませんっ。 わたしは人間として、冬越し村の恵みを受けたものとして 仲間に話しかけているのですっ!!」 きっ メイド姉「みなさんっ。 望むこと、願うこと、考えること、働き続けることを 止めては、いけませんっ。 精霊様は……精霊様はその奇跡を持って人間に生命を あたえてくださり、その大地の恵みを持って財産を与えて くださり、その魂のかけらを持ってわたし達に自由を 与えてくださいました」 自由――? メイド姉「そうです。それはより善き行いをする自由。 より善き者になろうとする自由です。 精霊様は、まったき善として人間を作らずに、 毎日、ちょっとずつがんばるという 自由を与えてくださった。それが――喜びだから」 メイド姉「だから、楽だからと手放さないでくださいっ。 精霊様のくださった贈り物は、 たとえ王でも! たとえ教会であっても! 犯すことのない神聖な一人一人の宝物なのですっ!」 108 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 47 57.60 ID I7KnzzEP 使者「異端めっ! その口を閉じろっ」 ビシィッ! メイド姉「閉じませんっ。 わたしは“人間”ですっ。 もうわたしはその宝物を捨てたりしないっ。 もう虫には戻りませんっ。たとえその宝を持つのが辛く、 苦しくても、あの冥い微睡みには戻りはしないっ。 光があるからっ。 優しくして貰ったからっ!」 使者「この異端の売女めに石を投げろ! 何をしているのだ。 民草たちよ、この者のに石を投げ、その口を閉じさせよっ! 石を投げない者は全て背教者だっ!!」 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉「投げようと思うなら投げなさいっ。 この狭く冷たい世界の中で、家族を守り、自分を守るために 石を投げることが必要なこともあるでしょう。 わたしはそれを責めたりしないっ。 むしろ同じ人間として誇りに思うっ。 あなたが石を投げて救われる人がいるなら、 救われた方が良いのですっ。 その判断の自由もまた人間のもの。 その人の心が流す血と同じだけの血をわたしは流しますっ」きっ 冬寂王「……っ」ぎりっ 111 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 50 17.69 ID I7KnzzEP メイド姉「しかし、他人に言われたからっ 命令されたからと云う理由で石を投げるというのならばっ! その人は虫ですっ。 己の意志を持たない、精霊様に与えられた大切な贈り物を 他人に譲り渡して、考えることを止めた虫ですっ。 それがどんなに安逸な道であっても、 宝物を譲り渡した者は虫になるのですっ。 わたしは虫を軽蔑しますっ。 わたしは虫にはならないっ。 わたしは“人間”だからっ」 こつん。 こつんっ! ごつん、どつんっ! どんっ! 使者「止めよ! 石を投げるのはこの汚れた女にだっ! 能のない農民風情がっ! 貴様らも、貴様らも全て背教徒だ!! 何をしている冬寂王! この場にいる民衆全てを取り押さえよっ! 捕縛士っ! もはや異端は明白だっ。 その娘っ! 即刻首を切り落とせぇっ!」 あ、ああっ。学士様が。学士様の言葉がっ。 ざわざわざわ、ざわざわざわ メイド姉(ごめんなさい。勇者様……。 勇者様が任せておけって云ってくださったのに……。 わたし、出来ませんでした。 メイド長様。一度も呼べなかったけれど…… 先生って呼んでも、許してくれますか?) 117 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 17 58 47.27 ID I7KnzzEP ギィンッ! 冬寂王「それには及ばない」 女騎士「……」 びゅんっ! 「立てるか?」 メイド姉「あ……あ……」 使者「な、何をする気だ!? お前達っ」 冬寂王「わたしは、この国の王だっ!」 使者「っ!」 冬寂王「だがしかし、その前に一人の“人間”でもある。 わたしは中央に繋がれた犬の国の王子として過ごしてきて、 判っていたつもりであったが、いつの間にか心まで虫に なっていたようだ。 ……このような娘に教えられるとは。 己が不明を恥じるばかりだ。 そして我が国の民の心に このような誇りが育っていようとはな」 冬寂王! 冬寂王! 冬寂王! 王様、王様だ! それに姫騎士将軍だぁ!!! 女騎士「わたしは光の精霊のしもべの一人として、使者殿。 そなたの立ち居振る舞いが恥ずかしい。 そして中央の教会の為したことも、だ。 精霊様は仰られた。“あなたは罪を治めなければならない”と。 罪を犯す自由もまた人間に与えた上で……」 119 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 18 01 25.04 ID I7KnzzEP 使者「な、何を言い始めるのだ、貴公達!?」 冬寂王「我が冬の国は、紅の学士に正式なる保護を与える」 女騎士「湖畔修道会は、紅の学士を聖人として認める」 使者「っ!?」 うわぁぁぁ!!! 王様が、王様が学士様をお守りくださった! やはり学士様は異端なんかじゃなかっただなや! 修道会の人が言ってくれだな! 聖人さまって! そうだなや、学士様は。おら達の学士様は聖人さまだなや! かえれ! かえれ! 使者は、国へ帰れっ! こつんっ! ごつん、どつんっ! どんっ! 女騎士「お引き取り願おう、使者殿」 冬寂王「これもまた、お前達の目論見のうちなのであろうが…… 以降は別の形でお目にかかろう。今はお引き取りを」 使者「おっ! 覚えておれっ。この背教の国々めがっ! 精霊の子たる中央協会に背いて、地上に存在できると 思わぬ事だなっ!!」 166 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 10 25.46 ID I7KnzzEP ――冬の王宮、広間、対策会議 勇者「あー。まったくねっ!」 だむんっ!! メイド姉「すみません……」 勇者「俺はもー。あいつに言われまくってたから 丸く収めよう、丸く収めようとしてたのに、 こんなんだったら 上級炎熱地獄呪文でぱぁっと焼き馬鈴薯にでもだなぁ!?」 メイド妹「おなかへった」 将官「何かお持ちしましょうか?」 商人子弟「いいね。ポリッジでも」 メイド妹「ぽりっじー!? あれ美味しくない」 将官「では、クルミのパンなどあったはずですから」 冬寂王「面目ない」 女騎士「大丈夫だ、勇者。わたしがついているっ」 氷雪の女王「勇者殿、勇者殿。どうか気を静めて」鉄腕王「がははは。起きちまったことは仕方なかろう!」 勇者「大体なんだ、お前ら! おまえら自分の国 どうこうしようって言う気があんのかこら! しかも何で王族増えてるんだよっ!」 鉄腕王「いや、事態が事態じゃからして。 あの演説は聴いておったよ。呼ばれてたし」 氷雪の女王「あれは素晴らしいものでした。 是非国民にも伝えなければ」 ページトップへ <前3-3へ|次4-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/78.html
<前13-5へ|次13-7へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-6 515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17 48 38.74 ID G90fcMMP 女騎士「あはっ。……はははは」 ゆらっ 大主教「何を笑う。血にまみれ、盾も鎧も砕け散った姿で」 女騎士「盾か……確かに」 からん 大主教「諦めよ」 女騎士「いや。答えてなかったと思って」 大主教「……」 女騎士「世界の半分。だったな……。 答えるよ。確かに魅力的なお誘いだけど 半分じゃ、少なすぎる」 大主教「……少ない?」 女騎士「ああ、お断りってことさ」 大主教「貴様……」 キンッ! キンッ! ジャキンッ!! ザシュ!! 女騎士「判らないだろうなッ! 好きな人がいるって事が。 大事な人を思うと云うことがっ。 敬慕、忠節、至誠、そして誓約。 騎士の持つ全てがお前には理解できないだろうっ? そして、何よりもこの胸に咲く思いがっ。 勇者といると暖かいんだ。 まるで春の芝生の昼寝みたいに。 雪の日の暖炉の前のうたた寝みたいに。 勇者と話すと楽しいんだ。 年越し祭りの朝目覚めた子供みたいに。 友達と駆け出す草原のようにっ。 勇者に微笑まれると嬉しいんだ。 この世界で何よりも大事なものに触れたみたいにッ」 516 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 17 52 06.37 ID G90fcMMP 大主教「なっ!?」 女騎士「わたしは“世界の全て”を持っているっ!! 勇者を思っているから。あいつに微笑んでもらったから。 あいつを思い出すだけで。 勇者の拗ねた子供みたいな笑顔を思い出すだけで 勇者の癖っ毛の黒髪を思い出すだけでっ。 この胸には風が吹くんだ。 魂の内側に“世界の全て”を感じるんだっ。 勇者を思うだけで、わたしは“世界の全て”を 簡単に手に入れられる。 騎士としたって、1人の女としてだって。 そんなわたしに、たった“半分”で褒美を語るなんて お前みたいに貧しい大魔王は願い下げだっ!!」 大主教「……っ!」 女騎士「わたしがこの思いを失わない限り。 “世界の全て”がわたしの味方。滅びろ、化物ッ!!」 大主教「だがしかしっ。“斬撃祈祷六連”っ!」 ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン! 女騎士「っく! こんなっ……。斬撃がっ」 大主教「どんなに大口を叩いた所で、 現にお前は立っているのもやっとではないかっ」 ドヒュンッ! 大主教「っ!? 火球っ! だれだ、この魔力っ!!」 520 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 08 24.49 ID G90fcMMP ――地下城塞基底部、地底湖 バチィッ!! メイド長「っ! また刻印がっ」 女魔法使い「……問題、無い」 メイド長「ですがっ」 女魔法使い「この刻印の一つ一つが生まれなかった魔王。 ……悲しい思いを受け継ぐ宿命を背負う魔族。 刻印が一つ砕けるたびに、1人の魔王が天の塔を 登ると思えば、痛くなんて無い」 メイド長「ですがっ! 持ちません」 女魔法使い「……持つよ」 メイド長「――」 女魔法使い「持つよ。無限に。限りなく」 メイド長「しかしっ」 バチィッ!! 女魔法使い「だって……」 メイド長「あ……」 女魔法使い「この胸には勇者が居る。 わたしの中に勇者の横顔が鮮やかに残っている。 勇者を見ていると優しい気持ち。 みんな家に帰る夕暮れの街みたいに。 初めて頭を撫でてもらった穏やかな出会いみたいに。 勇者の声を聞くと嬉しい。 わたしにはない明るさと強さを持っているから。 勇者の声にならない優しさを感じるから。 勇者の視線を追うと胸が締め付けられる。 手に入らないと思ってた夢を送られたみたいに」 メイド長(なんで……。何でそんな顔で微笑むんですか……) 521 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 10 22.81 ID G90fcMMP 女魔法使い「だからっ!!」 バチィッ!! メイド長「っ!?」 明星雲雀「ピィピィピィ! だ、だめですよご主人! そんなことをしたら魂が焼き切れちゃいますよっ!!」 女魔法使い「負けられないっ。負けられないんだよっ!! そんな枯れ枝みたいな、エゴの固まりの化物にはっ! いつまでもいつまでもっ。 負け犬に甘んじている あたしだと思って欲しくはないなぁ!!」 バキィン!! バンッ!! バンッ!! メイド長(なんて魔力っ。こんな、こんな力がっ!) 女魔法使い「判らないか。 ――判らないだろうなぁ、お前“達”には。 何千回生きようと、いいや! 何千回も生きれば生きるほど判らないだろうなぁっ! あたしには云える。 “たかが大魔王風情には”ッ! 最初だけが真実なんだよ。 何千回もやり直したのが間違いなんだよっ。 “もう一度だけやり直す”? そんなものはな、ねぇんだよっ!! ――惜しいのは判るよ。別れが辛いのも判る。 でも、だからって、悔しいからって。 “もう一回”を繰り返しちゃだめな事ってのが この世界の中にはあるんだよっ!! この胸の思いはあたしだけのものだっ。 お前らなんかには判らない。触れさせないっ。 うらやましいか? うらやましいだろう。この黄金の思いがッ。 お前達はたとえあと一万回繰り返したって 二度とこの思いに触れることは出来ないんだ。 だって。 だってこの想いの中で、わたしの中でっ。 勇者はいつも微笑んでいるっ! だから、最初を最後にするっ! 悪い夢を終わらせるっ。この胸の黒い闇を吐き出してッ。 たとえあたしが勇者の隣にいられなくてもっ!!」 523 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 25 16.43 ID G90fcMMP ――光の塔、その道程 ドヒュンッ! ドヒュンッ! ドヒュンッ! 女騎士(感じる。魔法使いの援護をっ) 大主教「空間から直接、だと!? 遠隔魔法なのかっ。 そのような魔術式、教会の古文書にも無いぞっ」 女騎士「あの無表情っ娘だって願い下げだって言ってる」 ボォォォッ! ドヒュンっ!! 大主教「“光壁双盾”ッ!」 バシュッ! 大主教「これしきで、我がどうにかなるとっ」 女騎士「思って、いるっ!!」 ザシュッ! 大主教「なっ。なんだっ。それはっ。なぜっ!?」 女騎士「はははっ」 大主教「なぜ防御を……。“光壁”を貫ける。 いや……すりぬけ……る!?」 ――剣がふわってぶれて、霞んで消える技な。 気配も消えてしまう技。あれは……。 女騎士「はははっ。……見たこともないんだろう」 524 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 27 53.99 ID G90fcMMP ヒュバッ!! ざしゅんっ! 女騎士「左手の薬指で、重心を取るように脱力。 剣の刀身から魔素を吸収。周辺の空間を把握……」 大主教「なっ。何を言っているのだ、空間っ!? そのような技が、騎士に使えるはずがっ」 女騎士「……騎士の技じゃない」 大主教「っ! く、来るなっ!! “斬撃祈祷六連”ッ! “雷撃四象呪”ッ!」 キンッ! ギンギンギンッ!! 女騎士「見えてる、効かないっ」 大主教「なっ!?」 女騎士「判らないのか、お前の身体の無数の“黒点”が。 見え見えだ……。動きの弱点も、打ち込みもっ。 全部あの爺さんが教えてくれてるんだよっ。 両腕だけじゃない、その身体に印を残してるっ。 お前はわたしとだけ戦っている訳じゃないっ!」 ギィィィンッ!! 大主教「っ」 女騎士「“光壁”はもう効かない。 この技を。 この技だけを、何千回も何万回も繰り返したっ。 お前の弱点は、わたしのかつてのっ」 ――大きな技ほど“光壁”で止めようとするからな。 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど 大主教「無駄だ、そんなことで我はっ! “光壁”ッ! “光壁双盾”ッ! “光壁四象”ッ!!」 女騎士「弱点なんだよっ!!」 527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 32 33.21 ID G90fcMMP 女騎士「はぁぁぁっ!!!! つ、ら、ぬ、けぇっ!!」 ザカァァッ!! 大主教「っ! ごぷっ。……さ、再生。……開始」 女騎士「させない」 ちゃきっ 大主教「な、に……を……」 女騎士「盾は砕けたんじゃない。捨てたんだ」 大主教「二刀……? そ、れ、は……っ。ごぷっ」 女騎士「勇者はこれを捨てていったんじゃない。 ――置いていったんだ。 わたしを信じて、丸腰で上に登ったんだ。 わたしにこれが使えると思ったかどうかは判らない。 けれど、わたしを信じた。 わたしが勇者の剣だから、 自分の腰に“これ”がなくても、良しとしたんだ」 大主教「勇者の……剣……だ、と……?」 女騎士「魔を滅するオリハルコンの剣だ」 大主教「それが……抜けるはずが……ない。 勇者のみが……使うことの許された……」 女騎士「かはっ……。はははっ。 ぼろぼろだよ。げほっ……ははっ わたしだってひどい有様だ。 けど。 だれが決めたんだ? たった1人にしか使えないって」 大主教「摂理を……摂理を、守れ」 女騎士「はは。ははははっ。 判ったよ。お前が、大魔王が何であんな言葉を言うのか。 摂理、か……。世界の半分を与える、か。 お前の正体が」 大主教「我は、大主教。……人間にして、大魔王」 529 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 33 52.17 ID G90fcMMP 女騎士「お前は……。 お前達は“過去”だ。 お前達は結局は完成済みの世界が欲しいんだっ。 自分が把握できる材料だけで構成された 全てが予測できて全てが約束通りの……。 そんな世界が居心地が良くて、 そこから一歩も出たくないんだっ。 でも、おあいにく様だっ」 大主教「やめろっ……そ、それをっ…… お前もただでは済まないぞっ…… この……我の身体に集う、魔王の……気を…… 感じぬのか……っ」 女騎士「お前達がいくら誘おうと、 世界の半分をよこすと云おうと、 次の楽園を目指すと交渉したところで、 そんなのは全部死んだ世界だっ。 そんな世界には“明日”は絶対来たりしないじゃないかっ。 “明日”が来ない世界に勇者が居るはずがない。 あいつは、だれよりもみんなの“明日”が好きなんだから。 ――お前達がどんなに自分の都合の良い楽園を 静止させて作り上げようとした所で、 私たちがたった一つ善きことを為しただけで砕け散るんだ。 馬鈴薯を広めただけで。 四輪作を伝えただけで。 種痘を発見しただけで。 風車を、羅針盤を、印刷を、自由を、航路を見つけただけで。 ううん、そんな大げさな事じゃない。 誰かを好きになって、その人の笑顔のために 何か一つを必死にやり遂げるだけで お前の箱庭は静止の呪縛から解き放たれて崩壊するんだ。 世界は、明日が好きなんだっ!!」 大主教「がはっ……止め、ヤメ……」 ごぶっ。どぶっどぶっどぶっ……。ざしゅっ。 530 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 18 36 35.03 ID G90fcMMP 女騎士「おしまい……だッ!!」 ザシュ!! 大主教「ッ!!!」 女騎士「お前の好きな世界に、還れッ!!」 大主教「がはっ! がふっ…… かはっ! がはぁっ! ただの……騎士に……やぶれ……るとは だが……光ある限り闇もまたある……ように……。 未来を望むものがあれば…… ……過去を願う弱さも、また……精霊の……遺産…… 我には、見えるぞ…… いずれ、再び……何者かが、過去より現れる……。 そのとき、世界には……お前も…… お前の仲間も……いはしない……。 明日を得ると共に、お前達は今日、 永遠を失ったのだ…… ふははははっ……がふっ!!」 オォォォオオオオン!! ……オオォォォオオン!! 女騎士「はぁ……。はぁ……」 女騎士「……はぁ……」 カランッ 女騎士(血が、ないや……。 少し頑張り、過ぎたか……。 でも、役目は、果たした……かな。 勇者の剣。出来た、かな……。 まだ……。 登らなきゃ……。 勇者の元へ。 魔王と、一緒に……。 あの人の元へ……。行か……なきゃ……) 532 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 19 13 05.76 ID G90fcMMP ――地下城塞基底部、地底湖 オォォォオオオオン!! ……オオォォォオオン!! メイド長「……震動がっ!」 女魔法使い「……」 明星雲雀「勝った! 勝ちましたよご主人っ! あの胸のない殻付き人間が勝ちましたよっ!!」 メイド長「勝った……んですか?」 女魔法使い「まだ」 明星雲雀「ピィピィピィ!?」 オォォォオオオオン!! ……オオォォォオオン!! メイド長「え?」 女魔法使い「……ここ。わたしはここっ。 来てっ。わたしはここにいるっ」 明星雲雀「ぴ? ぴぃっ!?」 メイド長「なにを……」 女魔法使い「わたしはここにいるっ。 ここに、最期の刻印があるッ!!」 メイド長「っ!!」 533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 19 16 11.29 ID G90fcMMP 女魔法使い「……お前の最期の依り代っ。 現世に留まるための最期の魔王候補、 刻印の持ち主はここにいるっ。 来てっ! この刻印を頼りにっ」 メイド長「なっ! 何を言うんですか、魔法使いっ!?」 女魔法使い「……へん?」 明星雲雀「おかしいですよっ」 女魔法使い「でも、封印の間はもう、ない。 ……だれかが、それをしなきゃ」 オォォォオオオオン!! ……オオォォォオオン!! メイド長「だからって」 女魔法使い「……憐れまれたくない。 憐れまれたくないから、メイド長。 あなたを選んだの」 メイド長「……っ」 女魔法使い「……ね?」 くてん メイド長「最初から……。 ……いえ。……ええ。そう、でした……か……」 女魔法使い「……ん」 メイド長「……魔法使い様」 女魔法使い「……ん」 メイド長「お終いではありませんよね?」 女魔法使い「……うん。ほんの少し、眠るだけ」 メイド長「……貴女の眠りに、良い夢を。 貴女の眠りを、世界の幸せの全てが守りますように。 お見送りできて、光栄です。 あなたはまごうことなく、我が一族。 ――勇者の、支えでした」 女魔法使い「うん」 にこっ 536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20 02 47.61 ID G90fcMMP ――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場 ……ゴォォン! 百合騎士団隊長「あ……。あ……っ」 灰青王「静かにしろよ。ほら、こっちに来い」 ぐいっ 百合騎士団隊長「……灰青王」 灰青王「あぁ。やっぱりおめぇ、別嬪だなぁ……」 百合騎士団隊長「何を、何をしているんでですっ。 血まみれになって。何を考えているんですっ!!」 灰青王「血が好きだって云ってたじゃねぇか。 薔薇みたいで綺麗って」 百合騎士団隊長「……っ」 灰青王「“あなたの全てをくれたならば わたしの身体も魂も思いのままにして良いわ”って 云ってくれただろ? そうしけた顔するなよ」 百合騎士団隊長「貴方はっ!!」 灰青王「騒ぐなよ。見つかっちまう。 あっちはあっちで、大詰めだ……。 なにより、さ…… せっかくの逢い引きなのに」 ばしゃっ。ぼたっ。ぼたっ。 百合騎士団隊長「血が……。血が。 わたしの手が、薫る。鉄の香り、ぬめり…… 熱さ……冷たさ、悲鳴……嗚咽……。 戻ってくる、穢れが……ううう。ううううっ」 灰青王「なぁ、おい」 百合騎士団隊長「……あ。……あ。ああ」がくがくっ 灰青王「お前に惚れてるって、俺云ったっけか」 百合騎士団隊長「あ、な……にを…… 閨の中の睦言を本気に? ……あなたは馬鹿ですか? 遊女の戯れ言を本気にとるだなどとっ」 537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20 05 19.47 ID G90fcMMP 灰青王「騎士じゃなかったのか?」 ぼたっ、ぼたっ 百合騎士団隊長「知っているでしょう? この身体の何処が騎士だと? どこに純潔や貞節があるとっ!? 汚濁の染みついた腐臭を放つわたしの身体にっ。 あるのは、見え透いた甘言と 遊女の手管だけだというのに。 ……あはっ。 あははははっ。 それとも本気になったんですか? そんなに良かったんですか、わたしの中が? 蕩けきって忘れられなくなったんですかっ」 灰青王「……なぁ」 百合騎士団隊長「お笑いぐさですね。霧の国の御曹司が!」 灰青王「泣きそうな顔で、云うなよ」 百合騎士団隊長「っ!」 灰青王「お前くらい佳い女はいないさ。 後生だから哀れむと思って 俺と付き合ってくれねぇか?」 百合騎士団隊長「プライドまで失ったんですか……」 灰青王「元々大して持ち合わせちゃいなかったんだ。 あるいは、手に入れようとするお前が あまりにも眩しくて、 全てを投げ打つ気になったんだと 自惚れてくれたって良いぜ?」 539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/18(水) 20 13 10.62 ID G90fcMMP 灰青王「しゃぁねぇや。 ……他にくれてやれるもんが……無ぇん……だから」 百合騎士団隊長「……なんで。なんでっ。 あははっ。 なんで、こんなに、嬉しいのか。 ……これは哀れみです。疲れたから。 もう疲れ果てたから。 貴方に哀れみをかけてあげるだけ。 貴方だけのものになってあげます……」 ひゅぱっ……。とすっ……。 灰青王「馬鹿だな……。ま、仕方ねぇか……。 お前も連れて行かないと…… 他の男にとられるかなとは……思ってたんだ」 百合騎士団隊長「あは。……そんな。お世辞ばかり。 でも、仕方、ありません。 ……わたしには、死がこびりつきすぎて もう、ずっと精霊なんて……見えてなかった……から」 ばしゃっ。ずるずる…… 灰青王「俺も見たことねぇや。……。 独り占めだ。こりゃ……できすぎだ、な」 百合騎士団隊長「……大事になさい。 血の薔薇で出来た身体……あなたの、専用に するの……ですから……」 灰青王「……こふ」 百合騎士団隊長「暗い……。そう……。 そうです、よ、ね……。終わりなんて、いつでも。 こんなもの……。でも……」 ――もう、寒くはない。 647 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 11 44.67 ID KvXPKcsP ――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央 東の砦長「……銃声、か」 青年商人「いえ。聞こえましたか?」 冬寂王「喧騒だろう」 パァァァァアア!! 王弟元帥「わかった。その至宝、受け取ろう」 参謀軍師「……閣下」 王弟元帥「もう言うな」 メイド姉「これこそが“聖骸”。わたしは平和を願います。 どのような形であれ、いま、この地に集った魂有るものは これ以上の血を望んでは居ないのですから」 王弟元帥「そうであるということにしておこうか」 メイド姉 にこにこ 王弟元帥「恩に着せたつもりか?」 貴族子弟(まぁ、実際、王弟殿は追い詰められていた。 魔族の民衆が集まったらその数は十万。 戦力としては烏合の衆だろうが、数は数だ。 抵抗はしても遠征軍の補給が難しいのは火を見るよりも 明らかだ……。食料も、火薬もない。 滅びるのは時間の問題ともいえるだろう。 唯一の勝機は都市を占領して籠城しつつ 地上との連絡を取ることだろうが、 それも簡単にいくとは思えない状況だった。 その上、南部連合の民兵切り崩し作戦。 修道会による破門問題。 教会勢力の四分五裂に、貴族達の私軍崩壊。 マスケットを中心とする戦力はそろっていたにせよ おそらく、内部はシロアリに食い荒らされたように ぼろぼろだったのだろう。 現に冬寂王は、その弱みを突き力尽くで崩壊させる 交渉戦略を持って現れた。 青年商人は判らないが……。 我が兄妹弟子は王弟閣下に“落としどころ”を用意したわけだ) 648 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 18 36.40 ID KvXPKcsP メイド姉「いいえ、そんなことは思っていません。 ……当面の対立はこれで回避されたかも知れませんが 対立の根幹は少しも解決していません」 冬寂王「そうだな。二つの領域の、相互不理解。 環境の差から来る社会や風俗、経済機構の差」 青年商人「まったくです」 王弟元帥「それは言外に“利用したい”と 云ってるようなものではないか。くっくっくっ」 青年商人「全くです。ひどい2人ですね」 冬寂王「我は持って回った交渉は不得手でな」 メイド姉「わたしは交渉自体不得手ですから」 参謀軍師「……はぁ?」 東の砦長「俺にふろうとするなよ」 青年商人「まぁまぁ。……取り急ぎ、この騒ぎを静めましょう。 わたしは都市に戻ります。都市防備軍はそろそろ矛先を 収めているでしょうが、追加の指示が必要でしょう」 王弟元帥「こちらは遠征軍を静止して、軍を引かせよう。 無いとは信じているが、この交渉が策略である可能性もある。 武装解除には応じることは出来ぬぞ」 冬寂王「かまわんだろう」 メイド姉「お任せします」 東の砦長「冬寂王、それからあーっと。そちらのお嬢さんも。 話もあるだろう。開門都市の庁舎に、 小さいが寝床くらいは用意できるだろうし 会議室もある、そちらへ来ないか?」 650 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 19 16.88 ID KvXPKcsP 青年商人「そうですね」 メイド姉「そう言ってもらえると嬉しいですが。 しばらくわたしは都市入りは控えたいと……。 そういえば、勇者様はもうこちらに?」 王弟元帥「勇者? 学士殿と同行していたはずではないのか?」 参謀軍師「……戦場で一瞬見かけたという報告もありましたが」 東の砦長「いいや、見ていないし、報告も受けていない」 青年商人「魔王殿が一緒でしょう」 冬寂王「魔王……?」 メイド姉「あー……。はい」 王弟元帥「……ふむ。情報は集めてみよう」 参謀軍師(教会が動いたという。なにやら胸騒ぎもするのだが) 青年商人「冬寂王。食料は?」 冬寂王「届いた。使わせてもらったが、まだまだ備蓄はある」 青年商人「では、一部を王弟閣下へと」 冬寂王「承った」 聖王国将官「いただけるのですか? 食料を。 これで民兵の飢えも収まるというものです」 青年商人「いえいえ。お気になさらずに。 代金はすでに国元の方からいただいていますからね」 参謀軍師「は?」 青年商人「それについては、今後の会合で詰めましょう。 軍を引いてもらうにしろ、条件や条約。公式発表など 協議しなくてはならないことは多くあるでしょうからね。 今は、とにかく戦闘を停止させることです」 651 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 21 39.07 ID KvXPKcsP ――光の塔、駆け上がる二人 タッタッタッ……。タッタッッ……。 勇者「はぁ……。はぁ……」 魔王「うう、いたたっ」 勇者「どうしたんだ、魔王」 魔王「急に走ったので、脇腹が痛い」 勇者「どんだけ格好悪いんだよ」 魔王「わたしはインドア派の魔王なのだ」 勇者「はぁ……。はぁ……」 魔王「ぜぇ、ぜぇ……」 勇者「かなり離れたな……」 魔王「ああ」 勇者「ん……」 魔王「戦闘の気配、感じるのか?」 勇者「いや。だめだ。やっぱり能力が下がってるな。 半里程度なら把握できるけれど、もう五里は走ったからな」 魔王「そんなにか」 勇者「あいつの“瞬動祈祷”のおかげだ」 魔王「そうか。――そうだな」 勇者「走らなくて良いから、足動かそう。 立ち止まってると、余計に足が動かなくなるぞ」 魔王「わかった」 652 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 24 08.73 ID KvXPKcsP コォォォン…… 魔王「……」 とぼとぼ…… 勇者「女騎士は、何かが追ってくるって 知っていたみたいだったな」 魔王「……うん。そうだな」 勇者「魔王は知っているんだろう?」 魔王「……ある種の、バックアップのようなものだ」 勇者「ばっくあっぷ? なんだそれ」 魔王「予備、代理というような意味合いだ。 わたしと勇者は、本来であれば戦う運命だったろう?」 勇者「ああ。結局な」 魔王「でも戦わなかった。 だから、本来の役割から云えば欠陥があるんだ。 この状況は正常ではない。異常だと云える。 だから、代理の勇者や魔王が発生するんだ。 事態が正常に戻らない限り、バックアップが発生し続ける。 追ってきたのは、そう言った代理だと思う」 勇者「もしかして、蒼魔の刻印王も?」 魔王「あのときは確信はなかった。 けれど、その後から考えると、そのとおりだ。 あれもバックアップなのだろう。 バックアップの目的は、収斂……。 おそらくだが、元通りに戻そうとしている。 新しく現れたのが魔王であれば、 勇者を殺そうと追ってきたのだろうし 新しく現われたのが勇者であれば、 わたしを倒そうと追ってきたのだろうな」 勇者「……っく」 653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 27 04.63 ID KvXPKcsP 魔王「おそらく、バックアップの発生には様々な要因が 絡んでいると推測できる。 魔法使いが何らかの仕掛けをしたらしいしな」 勇者「そうなのか?」 魔王「うむ。バックアップの発生は、 私たちが一方的に不利になるわけではない。 もし新しく発生した魔王が味方になってくれるのならば こちらは魔王2人と勇者1人の戦力だ。 ……私たち2人だけでは戦力が足りないと考えた 魔法使いが何らかの作業を行なっていたのは知っている。 今考えると、バックアップ……冗長性のシステムを 利用した、“この機構”に対する介入だったんだな」 勇者「メイド姉が勇者を名乗ったのって……」 魔王「ああ、そのこと自体はただ単純に思いつきと 自分の覚悟の表明だ。びっくりはしたけれどな。 一歩も引かずにこの世界の行く末に一石を投じ、 その結果に責任をとるという意思表示だろう。 ……しかし、この状況下では違った意味を持つ。 おそらくメイド姉の“名乗り”は“機構”に承認され 本当に勇者としての能力を持ってしまった。 全くの偶然なんだろうが……。 いや、偶然にしては出来すぎか。でも、作為もない。 あるいはこれが、これこそが。奇跡かも知れないな」 勇者「……まじか」 カツーン、カツーン 魔王「推測だが、聞いた限りほぼ事実だ。 そもそも、彼女が異常なまでに行動的になって 大規模に活躍をするようになったのは 冬越し村を出てからだ。 考えてみると蒼魔の刻印王と呼応するような時期に当たる。 勇者としての意志が芽生え、旅の間に徐々に それが本格化したのではないだろうか」 654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 30 18.78 ID KvXPKcsP 勇者「メイド姉も俺みたいな戦闘能力を身につけているのか?」 魔王「それは何とも云えない。 現にわたしは魔王だが、そこまでの戦闘能力は持っていない。 それは、勇者と魔王の継承システムの違いに 依るのかも知れないし。 ただ単純に個人個人の資質に依るのかも知れない。 バックアップなんて云うのもわたしの推測だけで、 事実かどうかの確認を取った訳じゃない。 だから全ては確認されていないんだ」 勇者「そっか。むちゃくちゃ強くなった メイド姉ってのも想像しずらいものな-。 まぁ、こんな戦闘力なくたって問題ないさ」 魔王「ふふふっ。そうだな。わたしは最初から弱いしな」 カツーン、カツーン 勇者「他にも、居るんだろうな」 魔王「青年商人は“人界の魔王”を名乗っていた。 あの名前も、おそらく“承認”を受けてしまったのだろう。 事がこうなっては、誰が勇者、もしくは魔王の資格を 持っているのか判らない」 勇者「良い知らせ、だな」 魔王「そうなのか?」 勇者「その代理の発生が確率的に分布しているのなら、 味方の方が増えているはずだ。 もし敵の数の方が速いペースで増えているのならば そもそも俺たちがやろうとしていることが、 みんなの望みとかけ離れているって事じゃないか」 魔王「それはそうかもしれないが……」 勇者「話し合いの過程でもしかしたら剣を交えている 勇者と魔王がいるかも知れないけど、 それは、結局はそいつらの問題だ。 ……ここまで来たら、俺たちには手が出せない。 本人達に任せるしかないだろう。 良い知らせだと考えておこうや」 655 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 35 29.93 ID KvXPKcsP 魔王「……不思議だ」 勇者「どうしたんだ?」 魔王「いや、魔王と勇者とは、なんだろうって」 勇者「……魔法使いは、同一だって云っていたな。 光の精霊の願望が生み出した、 “この世界を持続させるための機構の一部”だと言っていた」 魔王「それはもちろんそうだ。 でもそれは概念的な、あるいは定義的な意味づけだろう?」 勇者「……?」 魔王「たとえば、太陽だって風だって海だって、 無ければこの世界には大ダメージで、 世界は今とは全く違う様相になってしまう。 王制国家だって農業だって、発明されなければ 世界は大混乱も良い所だ。 ――つまり、その意味合いにおいて、それら全ても “この世界を持続させるための機構の一部”と云える」 勇者「まぁ、そうだな」 魔王「つまり、“機構の一部”なんていう言い方は 世界維持という観点に立って物事を観察した時、 そう言う言い方も出来る……という程度の言葉でしかない。 世界の立場に立てば、あるいは魔法使いのような 研究者の立場に立てば、私たちは“機構の一部”なのだろう。 それは判る。 でも、それだけなんだろうか……。 では、この胸にある“丘の向こうを見たい気持ち”は どこからやってきたんだろう? これも機構の一部なんだろうか……。 “勇者を好きな気持ち”もそうなんだろうか……」 勇者「……」 カツーン、カツーン 魔王「そんな風には思いたくないんだ」 656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 38 45.69 ID KvXPKcsP 勇者「そうだな」 魔王「あるいは……」 勇者「あるいは?」 魔王「精霊の立場から見たら、私たちはなんなのだろう」 勇者「――救済、じゃないかな」 魔王「救済?」 勇者「わからないけど。そんな風な気がした。 夢の中の光の精霊は、いつでも、途方に暮れていて。 とても困っている感じだったから。 きっと長い長い時間の中で、自分でもどうにもならないほど こんがらがっちゃったんじゃねぇかなぁ」 魔王「こんがらがる……か」 勇者「救われなかったんだろう。 救いを想像できなかったんじゃないかな。 あるいは、“救われちゃいけない”って思ってたとか」 魔王「何故?」 勇者「さぁ。思い込んじゃってるんだろう」 魔王「……そうかもしれない。観測的には」 勇者「だな」 657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 00 40 31.20 ID KvXPKcsP 魔王「そんな精霊を説得できるのかな」 勇者「そりゃ出来るだろう」 魔王「私たちが魔王と勇者だからか?」 勇者「ちげーよ。この塔を登る魔王も勇者も 俺たちが初めてじゃない」 魔王「では、魔王と勇者の2人だからか?」 勇者「それも違うな」 魔王「ではなぜ?」 勇者「上手く言葉にはならないな。 でも、説得は出来るよ。 意味はある……。 俺たちがこの塔を登る意味はあるよ。 勇者だからじゃなく、魔王だからじゃなく。 俺と、魔王だから。 説得は出来る、と思うよ」 魔王「勇者は、何か予想しているんだな」 勇者「うん。まぁ、なんとなく」 魔王「それはなんなんだ?」 勇者「だから、上手くは云えないよ。 でも、世界ってすげぇじゃん? 旅を思い出してみろよ。 魔王もあの冬越し村を思い出してみ?」 魔王「うん」 勇者「あれら全部は光の精霊が産んだ奇跡から 育まれてきた現在の世界なんだぜ? そんな優しい精霊を、説得できないなんて思わないよ」 661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 15 58.45 ID KvXPKcsP ――光の塔、精霊の間 タッタッタッ……。タッタッ……。 勇者「ここが……突き当たりだ」 魔王「この扉の奥が……」 勇者「入るぞ?」 魔王「うむっ」 ……ゴォォーン 勇者「おーい! いるか、精霊ー。来たぞー!」 魔王「おいおい、そんなに気安くて良いのかっ!?」 勇者「俺はここの常連なんだよ。来るのは初めてだけど 夢も中なら何回も来たことがあるっての」 魔王「そう言えばそうか」 勇者「おーい。おーい」 光の精霊「勇者……」おずおず 勇者「おっす!」 光の精霊「魔王……」 魔王「あー。お初にお目にかかる」 光の精霊「とうとう、来てしまいましたね。 勇者と、魔王が……。わたしが、光の精霊です」 勇者「露骨にしょんぼりするなよ。予定が狂う」 光の精霊「すみません……」 664 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 18 51.24 ID KvXPKcsP 勇者「その様子じゃ色々話は判ってるみたいだな?」 魔王「ふむ」 光の精霊「ええ……」 勇者「で、うーん。どうしようか」 魔王「任せておけ! みたいな態度だったではないか」ぶつぶつ 光の精霊「ゆ、勇者は。世界を救ってはくださらないのですか?」 勇者「は? ああ。 その質問は、一応約束みたいなものだな。 その答えは“No”だ。 つか、救える部分は救う。 手助けできるのなら、する。 でもそれは俺が俺として行なうもんであって、 勇者として、ではないよ。 世界を救う特別なモノとしての勇者は、 もう必要ないんじゃないかと思う」 光の精霊「魔王は……そ、その。 魔界を、導いてはくれないのですか?」 魔王「答えは“否”だ。……そもそも専制的な 統治機構は緊急時、もしくは発展時の過渡的な機構だと 云うのがわたしの信条だ。魔界にはすでに忽鄰塔によって 議会政治の初期形態が浸透しつつある。 魔王による中央集権はそこまで必要とは思えない。 むしろ専制君主政治による弊害の方が目立ってきている」 光の精霊「だめですか……」 勇者「ううぅ。そんな涙ぐまれると、すげー罪悪感がある」 魔王「これはやりずらいぞ、非常に」 光の精霊「勇者は……」 667 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 22 05.57 ID KvXPKcsP 勇者「ん?」 光の精霊「……思い出しては、いないんですよね?」 勇者「なにを?」 魔王(……思い出す?) 光の精霊「……」じ、じぃっ 勇者「いや、2人で見つめられても。いや。ちがうぞ!? いくら俺でも、精霊に手を出したことはないぞっ!? それ以前に逢ったのは今が最初だっ!」 魔王「あやしい」 勇者「俺悪者かっ!?」 光の精霊「……いえ、その」 魔王「ん?」 光の精霊「その……昔の……」 勇者「判んないぞ。さっぱり」 光の精霊「そう……です……か」 勇者「?」 光の精霊「ダメ、ですか? このままでは。 このままの世界を続けるのは、そんなに悪いことですか? 確かにこの世界には不幸なこともたくさんあります。 疫病もあれば、飢餓もあり、戦争も時には起きるでしょう。 しかし、それもけして多くはないのです。 わたしは覚えています。 大地が波のようにうねり、山は火を噴き、 森は灼け、海は凍り付き、あるいは沸騰した災厄の日を。 あれに比べれば、大地は平和ではありませんか」 669 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 23 31.66 ID KvXPKcsP 勇者「あー」 光の精霊「預言者ムツヘタの残したように、 地に闇が訪れる時、必ずや光の意志を引き継いだ勇者が現れ、 世界の闇を打ち払う。 世界はその伝説を胸の希望とし日々を過ごす。 親は子へ、子はその子へと伝説を語り継ぎ 永遠を永遠のままに暮らす。 それがそんなにも悪いことですか? ……ダメですか? 破滅を避けるのは……悪ですか?」 勇者「……」 魔王「……」 光の精霊「ダメ、ですか? 間違っていますか……?」 勇者「それはさ」 魔王「勇者。わたしが話そう」 光の精霊「……」じぃっ 魔王「それは全く間違っていない。必要だった」 光の精霊「……はい」 魔王「私たちは、あなたに感謝している。 魔界では光の精霊に対する信仰は廃れてしまったが それでも碧の太陽に対する感謝の気持ちを忘れた 氏族は一つとしてないだろう。 精霊五家の興亡の記録はもはや賢者に伝わるのみだが 心ある者たちは感謝の念を絶やしたことはない」 光の精霊「はい」 魔王「私たちは、あなたのことが大好きだ」 光の精霊「ありがとうございます」ぺこりっ ページトップへ <前13-5へ|次13-7へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/53.html
<前8-3へ|次8-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」8-4 498 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 03 30.10 ID L1AOl7sP 勇者「ぜぇっ……ぜぇっ……」 蒼魔の刻印王「能力が同じであらば攻撃側が有利なのだ。 攻撃側は自分の好きなタイミングで好きな場所に攻撃が出来る。 防御とはその本質からして、事後処理にならざるを得ない。 つまり、手遅れ。 手遅れであると云うことが救済の真実。 そう、それはこの世界の真理。 摂理なのだっ! そうだろう? 勇者っ! “天始爆炎術”っ!!」 勇者「お前っ!? わざと街をっ。 うわぁぁああああ! “氷結天蓋呪っ!”」 蒼魔の刻印王「だから遅いと云って! いるのだっ!!」 ズバシャァッ!! 勇者「ぐはぁっ!!」 蒼魔の刻印王「お前の体も心も弱点だらけだっ。 お前はこうして街の被害を見過ごすことすら出来ない。 確かに勇者。流石に勇者だけのことはある。 我が刻印が教える最大の宿敵よっ。 ……その戦闘能力は我を超えることもいまや素直に認めよう。 だが、だからといって勝敗は、それとはっ」 勇者「くそおっ!」 蒼魔の刻印王「別だっ!!」 ガギィィン!!! 勇者「はっ。そうかよっ!」 蒼魔の刻印王「減らず口をっ」 勇者「吹っ切れたぜ。どんなに人間離れしてようとな それでみんなに嫌われようと、ひとりぼっちになっちまおうと それでも“お前なんか”に負けるより、よっぽどましだっ!」 501 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 07 01.39 ID L1AOl7sP 蒼魔の刻印王「っ!?」 勇者「おおおっ!! “招嵐颶風呪”っ!」 蒼魔の刻印王「こ、れはっ!?」 びゅごぉぉぉっ! 勇者「はっ。お前程度の飛行魔法で制御できるかっ。 こいつはごきげん直伝の気象制御呪文の強化版だっ。 俺とお前ごとふっとばす嵐の結界っ。 まずはもっとましな場所へいこうやっ」 蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ! “天眼察知術”っ! “剛力使役術”っ!」 勇者「“神速呪”っ! “雷剣呪”っ! “鏡像呪”っ!」 ゴオオオオッ!!! ガギィィン!! 勇者「いい加減に諦めろっ!」 蒼魔の刻印王「諦めたともっ! 無傷で勝つことはなっ!」 ギィン! ガギィン!! ビギィン!! 勇者「応えろ!! 黒の鎧っ! そなたは何ぞっ!!」 “我は鎧っ。汝を守り、汝が敵の刃を悉く弾く物なり” 蒼魔の刻印王「何故それを使いこなせるっ」 勇者「知ったことかぁっ!! 誰かが誰かを助けようとするのが全部手遅れだとっ!? それが摂理だとっ!? したり顔で語ってんじゃねぇっ!!」 ギィーーーーンッ!!! 513 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 22 46.62 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍 蒼魔上級将軍「どうだ?」 蒼魔近衛兵「我が軍が押していますな。 波状攻撃が功を奏しています。時間の問題です」 蒼魔軍軽騎兵「攪乱に成功しましたっ」 びゅんびゅんびゅん!! びゅんびゅん!! 蒼魔上級将軍「状況を報告せよっ!」 蒼魔軍歩兵団長「丘陵地帯の高さ15歩まで前進。 現在約1500の歩兵大隊が激しい戦闘中っ!!」 わぁぁ! ガキン! ガシャン! 「蒼魔の力を見せよっ!」 「刻印王のためにっ!」 蒼魔上級将軍「敵ながらあっぱれなものよ。 ふっ。女騎士だと? あの研いだ刃のように美麗な娘か。 若の好みに照らせば未成熟だろうが、清冽な蕾も美というもだ。 ここで一気に押しつぶし、司令官を生け捕りにするぞっ! 敵司令官を捉えた兵には、二階級特進を約束する。 温存兵力5000を投入せよっ! 重装騎兵準備っ!!」 ザガシュ! ザシュ! 蒼魔軍重騎兵「御身が前にっ!!」 蒼魔上級将軍「敵の戦線はぎりぎりで持っている 張り詰めすぎた糸ににすぎぬっ! 汝らが突進力と突破力で一気に片をつけよ!! 我らが数的有利は、これで敵の二倍に達する! こざかしい抵抗はここまでだ! 一気に片をつけよっ!」 515 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 23 30.56 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 女騎士「右翼槍兵は50歩前進っ! 陣形を維持せよっ! 最右翼より弓兵で援護っ! 連携により間断を与えずに攻撃せよっ!!」 冬国仕官「中央に槍兵中隊を追加っ! 押せっ! 押せっ!!」 女騎士「傷病兵の後方搬送にかかれっ! 軽傷の弓兵は搬送班へと動けっ!! 頭を下げろっ」 冬国仕官「左翼騎兵隊、戻りましたっ!!」 女騎士「ご苦労! 諸君らのお陰で一五の中隊が退却に成功した。 感謝と共にゆっくりと休憩を与えたいのだが」 混成騎馬部隊「なにをおっしゃるか! 姫将軍!! 我ら敵中突破から戻りましたが未だに意気軒昂っ! 次なる下命をお待ちいたしますっ」びしっ! 女騎士「……すまぬ」 わぁぁ! ガキン! ガシャン! 「押せぇ! 押せぇ!」 「蒼魔の刻印王のために!!」 「押しつぶせ! この丘を奪い取れ! 進めぇ! 進めぇ!!」 混成騎馬部隊「将軍っ!」 女騎士「よぉし!! その意気だ、騎馬の勇士よっ! わたしはお前達を誇らしく思うぞっ! 今槍兵を整理して、戦線を一瞬あける。 陣形の中央やや左翼から飛び出して、蒼魔軍後方を攪乱せよ!」 混成騎馬部隊「ものどもっ! 姫将軍のご命令だっ! 蒼魔とか云う奴らに一泡吹かせてやるぞっ!」 「「「おおおおっ!!」」」 527 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 35 49.34 ID L1AOl7sP ――鉄の国と白夜の国国境地帯、森林、大破砕 ズガンッ!! ガンガンガンガンッ! ドゴォォン!! 勇者「“雷撃呪”っ!!」 蒼魔の刻印王「“黒焔術”っ!!」 ビリビビビリボウッ!! 勇者「――ッ!!」 蒼魔の刻印王「はぁぁぁっ! せやッ!」 ギンッ! ギギンッ! 勇者「……はぁっ! はぁっ! どうした?」 蒼魔の刻印王「くっ」 勇者「人質取れなきゃ、まぁそんなもんだよな」 蒼魔の刻印王「化け物めっ」 ギン! キンギン、キガッ!! 勇者「お前には言われたくない。“候補止まり”くん」 蒼魔の刻印王「その名でわたしを呼ぶなぁっ!!」 ギガンッ! バシャァァン! 勇者「っ!? あれはっ」 蒼魔の刻印王「人間の部隊!? しめたっ」 勇者「行くなっ!! “雷光捕縛呪っ”!!」 蒼魔の刻印王「ははっ! 遅いっ!! これで逆転だっ!!」 528 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 20 38 09.57 ID L1AOl7sP ――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部 魔王「状況は判った」 メイド長「魔王様。未だに妖精女王からの連絡は……」 魔王「判っている。しかし、これ以上は待てぬ」 メイド長「……」 魔王「東の砦長、もう一度地勢の確認を」 東の砦長「ここから中央部にかけては、殆どが浅い湿地帯だ。 騎馬による行動は速度が落ち、著しく制限される。 蒼魔族は西方から中央の丘陵地帯へ激しい突撃を繰り返している。 中央の丘陵地帯に陣取った女騎士将軍の軍は、 俺から見てもほれぼれするような用兵だが 兵の疲労度は限界だ。落ちるのも、遠くはない」 魔王「銀虎公、ゆけるか?」 銀虎公「あたりまえだ。我らは野山をその住まいとする 獣牙の勇士、その精鋭8000! この程度の湿地帯に足を 取られるような弱兵は一人たりとも連れてきてはいないっ!」 魔王「全ての兵に、深紅の布をつけさせ、確認させよ」 銀虎公「準備万端整っている」 魔王「では、この蔓穂ヶ原外周部を高速で進軍っ! 銀虎公麾下の全軍をもって蒼魔族の側面から、 本陣へと食らいつけっ!! 遠慮は無用、逆賊を討つのだっ!」 銀虎公「心得たっ!」くるりっ 銀虎公「誇り高き獣牙の勇士よっ! 魔王の命が下されたっ! これより我ら、一陣の風となり、一振りの剣となり 蒼魔族本陣を切り裂くっ! 我に続けっ!」 533 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 04 07.98 ID L1AOl7sP ――白夜王国首都、荒れ果てた街路 ビュンビュンビュン!! ビュンビュンビュン!! 蒼魔警備隊「てっ! 敵襲っ!」 蒼魔防御隊「敵だ、てっくふっ!? ぎゃぁ」 傭兵弓士「鐘楼制圧っ!!」 傭兵剣士「続いて兵舎に向かう。この鐘楼から援護頼む」 傭兵弓士「任せておけっ」 傭兵隊長「野郎どもっ! 行くぜっ!」 傭兵槍騎兵「はいやっ!! せいや!」 ダカダッダカダッダカダッ! 傭兵隊長「防備柵をぶっ壊せ!!」 傭兵槍騎兵「おおおおっ!」 がっしゃーん!! 飢えた市民「ああっ!!」 飢えた難民「あ、あんたがたはっ!」 傭兵隊長「おい! あんたらこの国の人間かっ!?」 飢えた市民「そうです、奴らが! あの蒼い魔族が」 傭兵隊長「わぁってるって! あんたらの長はどこだィ!? 他に捕まっている連中はどこだ?」 飢えた難民「わ、わかりません。おそらくあちこちの 屋敷に閉じ込められて、大きな建物に沢山押し込められて 無理矢理鞭で働かされて……」 傭兵槍騎兵「大きな屋敷……」 534 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 05 29.37 ID L1AOl7sP 蒼魔駐留仕官「貴様らっ!! と、突撃ぃ!!」 蒼魔警備隊「うわぁぁ!!」 傭兵隊長「しゃらくせぇ!!」 ガギィン!! 傭兵槍騎兵「隊長のお話中だっ! 行儀良く死にやがれ!!」 ザッシュ!! 傭兵剣士「隊長っ!! 兵舎を制圧! 兵士は殆ど いやがりませんでしたっ。奴らはいったい……」 傭兵隊長「わかったぞ! 魔族の兵は殆ど城だ。 って事はそこらの貴族の館や豪邸を調べろ! 難民や市民が閉じ込められていたら即座に解放して、 食料と衣服だけもって逃げ出せって云え!! 方角は北西の森だ。 いいか、財産や荷物を持っていこうとしたらやめさせろ。 動きが遅くちゃ話しにならねぇ!! とにかく逃げさせるんだっ!」 傭兵槍騎兵「判りやした。おい、五、六人ついてこいっ。 他の隊長にも連絡だっ!」 傭兵隊長「本隊は城へと派遣しろっ!」 傭兵剣士「はっ!」 536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 06 55.82 ID L1AOl7sP 傭兵隊長「弓兵部隊を編制。全ての鐘楼を制圧するんだ。 その後城壁に取りかかれ。相手の人数は少ない。 揺動して兵を偏らせて、弱点を突け!」 傭兵弓士「了解っ!」 痩せこけた娘「隊長さん、これ……」 傭兵隊長「は?」 痩せこけた娘「おみず……」 傭兵隊長「おう、あんがとよっ。嬢ちゃん。 だがよ、おめえさんも顔を拭くこった。真っ黒だぜ?」 痩せこけた娘「おかさんが、襲われないように。 きたなくしなさいて……」 傭兵隊長「そっか。……賢いな。 じゃぁ、賢いついでだ。母ちゃんと一緒に西北を目指せ! 他のみんなにも触れて回るんだ。 この辺にはもう魔族の連中はいねぇ。 わかるな?」 痩せこけた娘「できる」こくり 傭兵隊長「よっしゃ、急げ! どうやら俺の鼻が まだむずむずしやがる」 痩せこけた娘「ありがと、ね?」 傭兵隊長「うるせぇや。……急ぎなっ!」 551 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 24 22.04 ID L1AOl7sP ――白夜王国首都、荒れ果てた市街 ギン! キィンっ!! 蒼魔駐留仕官「退くな! ここで退けば刻印王に罰せられるぞ!」 蒼魔警備隊「人間めぇ! 下等な生物のくせに、死ねぇっ!!」 傭兵剣士「下等も上等もあるか、このボケがぁっ!!」 傭兵弓士「斉射っ!!」 ビュンビュンビュン!! ビュンビュンビュン!! 蒼魔駐留仕官「なっ!」 蒼魔警備隊「後ろっ!?」 蒼魔防御隊「ぎゃぁぁぁあ!!」 傭兵隊長「どうだっ?」 傭兵槍騎兵「市街地の制圧、ほぼ完了。 南東を除いて市民への通達も終了。ただいま小隊に編制した 200人で個別に家々を当たらせています」 傭兵隊長「急がせろっ」 傭兵槍騎兵「城ですか?」 傭兵隊長「この感じは、違うな。もっときな臭ぇ」 傭兵槍騎兵「?」 傭兵弓士「隊長っ!! 隊長っ!!」 傭兵隊長「どうしたっ?」 552 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 25 18.08 ID L1AOl7sP 傭兵弓士「北部街道に、軍勢ありっ。 この白夜国首都に向かっていますっ!!」 傭兵隊長「規模、軍装、速度報告っ!」 傭兵弓士「速度は徒歩更新、距離はおそらく5時間っ! 夕暮れには到着っ! 軍装は歩兵装備と思われる物が 中心なれど、遠距離のために未確認っ。規模はっ」 傭兵隊長「規模はっ?」 傭兵弓士「見渡す限りっ。最低で数万っ!!」 傭兵隊長「っ!」 傭兵槍騎兵「ど、どうします、隊長っ!?」 傭兵剣士「城門前広場に、残留部隊の結集終了っ!」 傭兵隊長「市民の避難にどれくらい掛かる?」 傭兵槍騎兵「おそらく半日弱は」 傭兵隊長「急がせろ。片刃団の旦那に話しをつけるんだ。 支給馬車部隊をでっち上げるて難民の中でも傷病者や 老人どもは有無を云わさず乗っけちまえ。避難を急がせろ!」 傭兵槍騎兵「人間ですよね、その軍勢は。援軍ですか?」 傭兵隊長「敵だ」 傭兵槍騎兵「そんなっ!?」 傭兵隊長「このタイミングで援軍なんてあるもんかっ。 そんなぬるい話世の中にありゃしねぇ。 おい、命しらずの馬鹿野郎どもッ!!」 傭兵たち「おうっ」 「はっ!」 「何だよ大将っ!」 傭兵隊長「騎馬で20騎ほど着いてこいっ! 斥候に行くぞ。 残った連中は市民の避難を最優先させろ! 城の中の魔族は威嚇射撃で固めておけば問題はねぇっ!!」 559 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 44 33.93 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍 蒼魔近衛兵「なっ!」 ガァァァ! グワッシャ! ザシュゥ! 「なっ! な……なんでっ!」「敵襲っ!」「敵襲っ!!」 蒼魔軍軽騎兵「後方、後方だっ!」 蒼魔軍歩兵団長「いや、左翼だっ!! 蒼魔上級将軍「何が起きたっ!? 報告せよっ!!」 蒼魔近衛兵「敵襲ですっ」 ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ! 「敵襲っ!」 「獣人だ、すごい数の獣人がっ」 獣牙双剣兵「獣牙の一族、森狼族見参ッ!!」 獣牙斧兵「同じく、黒猪族っ、蒼魔族に天誅を加える!」 獣牙短槍兵「雪豹が一族の戦士、参戦いたすっ!」 蒼魔上級将軍「何故獣人どもがっ!?」 蒼魔近衛兵「反転っ! 重装歩兵団を反転させよっ!」 蒼魔上級将軍「無能者がっ!」 どかっ! 蒼魔上級将軍「前方丘陵地帯に脇腹を見せるつもりかっ!? 軽騎兵団、重騎兵団っ。歩兵の展開余地を確保するのだ!! 迂回して獣人の一軍を突けっ!!」 蒼魔軍軽騎兵「ははーっ!」 560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 47 15.11 ID L1AOl7sP 獣牙双剣兵「はははっ! そのような物かっ」 ひゅばっ! 獣牙斧兵「騎馬がなにをするものぞっ!!」 ドガァン! 蒼魔上級将軍「何をしているっ!?」 蒼魔近衛兵「敵の数は予想よりも多く、その数五千以上っ」 蒼魔上級将軍「予備兵力を投入せよっ」 蒼魔近衛兵「展開できるだけのスペースがありませんっ。 そのうえ、獣人の一族はわざわざ湿地帯を選び戦い、 こちらの騎馬部隊の機動力がいかせませぬっ」 蒼魔軍歩兵団長「獣臭い、土着の民めがっ!」 ザシュゥ! ドシュ! ザシュ! ヒュバッ! 「蒼魔族を討てっ!!」 「我ら獣牙の勇士っ!」 「魔族の正義を天に知らしめよっ!」 「我らが勇気をっ!」 蒼魔上級将軍「歩兵団長っ!!」 蒼魔軍歩兵団長「はっ!!」 蒼魔上級将軍「歩兵団から精鋭を抽出し、橋頭堡を500歩分 おしあげよっ!! 決死の覚悟で行なうのだ。 それだけの余裕があれば、現在遊兵となっている 歩兵部隊を獣人に向けることが出来るっ」 蒼魔軍歩兵団長「承りましたっ!!」 561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 48 16.80 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、前衛陣地 わぁぁ! ガキン! ガシャン! うわぁぁ!! 進めぇ! 進めぇ! 人間を皆殺しにせよっ! 冬国槍兵士「圧力が上がったっ!?」 冬国弓兵士「なにを、一歩も、退くなっ!!」 ビュンビュンビュン!! ビュンビュンビュン!! 女騎士「違うっ!! これは好機だっ!! 後衛槍兵部隊っ!!」 混成槍兵士「はっ!」 女騎士「今こそ出番だ。前線へと移動! 中央槍兵は入れ違いに後退っ! 騎馬部隊の退却を助けると共に 敵の圧力を押し戻せっ! わたしも出るっ」 冬国仕官「そんなっ」 女騎士「南の凍土の勇士達よっ!! 聞けっ!! この一戦の持つ意味をっ。その魂にきざめっ。 故郷を守るために一歩も退くな! 敵が魔族だからではないっ。 ここは諸君と諸君の父祖が開拓した故郷だからだっ! 思い出せっ!! 背丈を超えるほどの大岩を動かし ひび割れた手で苗を植えっ、凍り付いた大地に桑を撃ち込み そしてこの大地は実りを約束する諸君らが故郷となったのだ! 眼前を見据えろっ! 敵は魔族ではないっ!! やつらは侵略者なのだっ。敵は、侵略をしてくる存在だっ! 戦えっ!! 故郷を守るためにっ。後1時間だけ持たせろっ!」 566 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 55 10.09 ID L1AOl7sP ――白夜の国近郊、原生林上空からの落下 ヒュゴォォォー!! 勇者「やめろぉ」 蒼魔の刻印王「未だかつてその言葉で 手をゆるめるような相手がいたのかね?」 ヒュゴォォォー!! 勇者「そいつらは、関係がないって」 蒼魔の刻印王「関係がないだと!? この世界全ては やがて我、魔王の物となるのだ。関係のない物など、 存在しないわっ!」 勇者「逃げろっ! どこの軍勢だか判らないけどっ。 逃げろおおおおお!!!」 蒼魔の刻印王「構う物か、灼熱の海に沈めっ! 集えよ焔っ! 煉獄を焼き付くした七つの剣の名にかけて」 キイイイーン!! 勇者「っ!?」 蒼魔の刻印王「なっ! こ、これはっ!!」 キイイイーン!! 勇者「大規模集団法術……っ」 蒼魔の刻印王「身体がっ、じゅ、ばくされるっ」 キイイイーン!! 勇者「……こんな場所で、何でこんな大人数儀式をっ」 蒼魔の刻印王「なぜだっ。何故これほどっ」 568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 56 36.51 ID L1AOl7sP ――白夜の国近郊、勇者を見上げる街道 宝石飾りの馬車の影「……光を……強めよ」 百合騎士団隊長「はっ! 司祭長! 呪縛するのだっ」 従軍司祭長「司祭よ! 声を合わせて祈りなさい! あれなるは魔族の将軍っ、敵の首魁のうち二人。 構うことはありません、祈りの心を合わせて、 光の縛鎖を構成するのですっ!」 従軍司祭「「「「はいっ!」」」」 宝石飾りの馬車の影「……」 百合騎士団隊長「250人の高位司祭の祈り、 どのような魔族とはいえ逃れられるものではないだろう」 従軍司祭長「祈りなさい! 精霊の光を求めて。 締め付け、絞り上げ、砕け散るほどにっ!! あれは敵! 我らが人間族の敵っ!! 敵の破滅を祈るのです。あの存在は、精霊の敵だっ!!」 宝石飾りの馬車の影「……ふふふっ……好機とは……」 百合騎士団隊長「いかがなさいます?」 従軍司祭長「聖別された月桂樹をふるのです」 従軍司祭「「はいっ!」」 しゃらん…… しゃらん…… しゃらん…… 宝石飾りの馬車の影「……銃に、祈りを、集めよ」 百合騎士団隊長「はっ! マスケット隊っ!!」 569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 21 58 35.07 ID L1AOl7sP ――白夜の国近郊、原生林上空 キイイイーン!! 勇者「鎧に、ひびがっ……っ」 蒼魔の刻印王「身が、千切れそうだっ……」 勇者「はんっ。ざまぁ、ないっ」 蒼魔の刻印王「下らぬ事をっ。動けぬとは言え、 貴様を消し炭にすること位できぬと思うているのかっ」 勇者「……っ!」 蒼魔の刻印王「“広域殲滅”……」 勇者「こんなところで広域殲滅呪文使うなっ! 糞野郎っ!」 蒼魔の刻印王「下らぬ静止を。自分が誰の攻撃を受けているのか 考えても見るのだな。……人間族からも見捨てられたか」 勇者「違うっ! おれは、違うっ!!」 蒼魔の刻印王「違わぬっ! 所詮この世界はっ」 ゴォォォーン!! 勇者「ガハッ」 蒼魔の刻印王「グフッ」 勇者「なん……だ、これ……」 蒼魔の刻印王「……傷口が、灼ける。……鉄の、玉?」 ゴォォォーン!! ゴォォォーン!! ゴォォォーン!! 578 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22 03 04.96 ID L1AOl7sP ――鉄の国、蔓穂ヶ原、南部 魔王「気にくわないな」 メイド長「どうしたんですか?」 魔王「いや……。女騎士は、何をするつもりだったんだ」 メイド長「?」 衛門騎士「あの中央丘陵の徹底死守では?」 魔王「なぜ?」 メイド長「……」 東の砦長「ふぅむ。あの姉ちゃんは、あんだけの用兵家だ。 じり貧なのは見えていただろう。 こっちの援軍を当てにしていたのか?」 魔王「で、あればいいのだが」 メイド長「まおー様、そんな風に考え事をしていると、 泥が跳ねて汚れてしまいますよ」 東の砦長「戦場だ。仕方ねぇよ、目くじら立てるなって」 魔王「泥――」 メイド長「?」 魔王「砦長、銀虎公に至急伝令っ! 西方に向けて退却っ。全速だっ!!」 衛門騎士「我が軍は優勢ですぞっ」 東の砦長「いいや判った。伝令だなっ!! 急げっ!! 最重要だっ!! 退却を始めるぞっ!!」 580 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22 04 26.07 ID L1AOl7sP ――蔓穂ヶ原、中央部丘陵地帯、蒼魔軍 蒼魔近衛兵「将軍っ!! 上級将軍っ!!」 蒼魔上級将軍「どうしたっ!」 蒼魔近衛兵「獣人が撤退してゆきますっ!」 蒼魔上級将軍「なんだとっ? ……奴らは優勢に戦を 展開していたはず。我が軍の回頭はっ!?」 蒼魔近衛兵「未だ半ばです。騎馬隊の追撃をさせますか?」 蒼魔上級将軍「馬鹿を云うな。この湿地帯でどのような 事になるかも判らんのかっ。だが好都合だ。 今のうちの獣人の一族方面に重奏騎兵部隊を配置せよ。 日が落ちる前に前方の人間の部隊を一網打尽にするぞ!!」 蒼魔近衛兵「はっ!」 蒼魔軍歩兵団長「全軍前進っ!!」 ダカダッダカダッダカダッ 斥候「報告っ! 報告でございますっ! 将軍、上級将軍っ!! 後方に敵部隊出現っ!」 蒼魔上級将軍「何を慌てているっ」 斥候「後方に聖王国の軍が出現しましたっ。辺境国境地帯を 通ってきたらしく監視から漏れて、その……」 蒼魔上級将軍「聖王国だと? それは援軍だ。 ふっ。どうやら待ちきれなかったと見える。 あの硝石とやらが喉から手が出るほど欲しかったのだな。 くっくっくっく」 582 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 22 05 29.55 ID L1AOl7sP 蒼魔近衛兵「距離は? 数と装備は?」 斥候「最後尾はほんの30分ほどで接近します。 数は、無数。最低でも三万」 ……ウン 蒼魔上級将軍「三万とはなっ。はんっ! 参謀殿も気が早い。この際、三ヶ国を一気に平らげるおつもりか。 まぁいい。今は目前の敵に集中せよ! どうした! 獣人の一族の脅威は去った、まだ押しやれぬのかっ!! これ以上の時間をかけるようならば、歩兵隊を処罰するぞっ」 ……ォゥン 斥候騎兵「将軍っ!! 将軍っ! 報告でありますっ!!」 ズル、グシャ 蒼魔上級将軍「落ち着けっ」 斥候騎兵「後方に聖王国なる軍数万がっ」 蒼魔上級将軍「愚か者っ。そのような報告、すでに聞いたわっ!」 ……ドォゥン 斥候騎兵「その軍が、未知の武装により我が軍を攻撃っ!! 我が軍後衛部隊、および輜重防衛部隊は、すでに全滅っ!!」 蒼魔上級将軍「なっ。なん……だと……ッ!!」 666 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23 50 40.46 ID L1AOl7sP ――白夜の国近郊、街道 宝石飾りの馬車の影「……かの二人、蒼魔の王と、堕ちし者」 百合騎士団隊長「はっ」 宝石飾りの馬車の影「……なんとしても、仕留めよ。 ……あれは、あのものは……人間を攻撃……できぬ…… 呪い、悪罵を持て、包囲せよ……あざけり、拒絶するのだ それだけで……あれは……ちからを、うしなう…… 祈りを込めた……鉛で…… かの者の……命は……断てる……」 百合騎士団隊長「承りましたっ」 従軍司祭長「大主教さまっ」 従軍司祭「奴らは落ちました! あの高さ、助かるはずもなくっ」 百合騎士団隊長「油断するな! 必ずや死骸を見つけ出せ いいや、必ず生きているぞっ! マスケット隊と 従軍司祭の部隊をもって方位探索の上、殲滅するのだ!」 従軍司祭長「はっ!」 マスケット兵「探索部隊、用意っ!」 宝石飾りの馬車の影「……機会は多くない。かならずや……」 百合騎士団隊長「必ずや見つけ出し、草の根分けても殺すのだ!」 671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23 54 23.70 ID L1AOl7sP ――鉄の国、蔓穂ヶ原、中央部付近 ゴウゥゥン!! 魔王「はぁっ! はぁっ!」メイド長「まおー様っ! まおー様っ!」 ガウゥゥン!! 衛門騎士「何だ、この音はっ」 魔王 ガクガクっ メイド長「まおー様。しっかりしてくださいっ」 東の砦将「大丈夫かよ。真っ青だぜ」 魔王「――な、なぜだ。 何故ここにあれがあるっ。な、なんでっ」 ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! メイド長「まおー様っ」 魔王「誰が、何故っ。――こ、これほどの量をっ」 東の砦将「何か知っているのか、魔王様ようっ!」 魔王「だ、だめだっ! 女騎士が死ぬっ。 あ、あれは蒼魔族などよりもずっと恐ろしいものだっ。 女騎士がっ!! このままでは、それはいやだっ!」 メイド長「まおー様っ」 パシンッ!! 673 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23 55 11.58 ID L1AOl7sP ゴウゥゥン!! ガウゥゥン!! メイド長「しゃんとしてくださいっ!」 魔王「あ……」 メイド長「こんなところで足をすくませて死ぬおつもりですかっ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! 衛門騎士「近いっ! 東、尾根っ!」 東の砦将「来やがった、逃げるぞ!!」 魔王「……くっ」 メイド長「こちらへっ」 衛門騎士「切り開きます。続いてくださいっ!!」 東の砦将「どこにこれだけの歩兵がっ。なんだあの杖はっ!?」 魔王「銃……。マスケットだ」 衛門騎士「ぐっ!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! 「ぎゃぁっ!」 「手がぁっ!」 「見えない、真っ暗だっ」 「何だ、何が起きたんだっ!!」 「うわぁぁっ!」 東の砦将「ちきしょうっ。なんて数だ! こいつらなんだってんだ!!」 メイド長「っ!」 675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/28(月) 23 57 31.04 ID L1AOl7sP 衛門騎士「こっちにも歩兵がっ」 東の砦将「騎兵はいないのか、こいつらっ」 魔王「東はダメだっ」 東の砦将「そんな事言ったって、その西がっ」 ガサガサッ! ジャブジャブッ 光のマスケット兵「ひっ! い、いたぞっ!!」 光のマスケット兵「死ねっ!! 異端めぇ!」 光のマスケット兵「我ら信徒以外の南部の民は皆異端だっ!!」 光のマスケット兵「ば、化け物と一緒にっ。っ! 死ね魔女!!」 ゴウゥゥン!! ゴォォン! ゴウゥゥン!! ゴォォン! 魔王「~っ!」 メイド長 ぎゅぅっ! ザシュ! ザパァッ!! 光のマスケット兵「ガハァァッ!!」 銀虎公「遅くなったな、魔王殿っ!」 魔王「銀虎公っ!!」 東の砦将「無事だったか!!」 メイド長「こんなに血を流しているではありませんかっ」 銀虎公「なんのこの銀虎公っ。三度魔王殿の命を 守るまでは死なぬと約束したっ! いま、わが獣牙の者が西への活路を切り開いている。 蒼魔はまだしも、あの奇妙な筒は得体が知れぬ。 我が手の者もかなりの数やられた」 魔王「っ!」ぎゅぅっ 東の砦将「一刻も早く退却すべきだ。行こうっ!!」 704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 37 51.23 ID 1eGbtUQP ――白夜の国近郊、原生林 ドグワシャーン!! 執事「っ!!」 勇者「な、んで爺さんっ」 蒼魔の刻印王「ゴボワッ!! グブゥッ」 執事「ふふふっ」 勇者「爺さんっ! 爺さんっ!! 何やってんだよっ」 執事「なかなか格好良い登場だったでしょ。にょほ……ほ」 勇者「穴だらけじゃねぇかよっ!! 何で俺かばってんだよ! あんた年寄りじゃねぇか! 最近風邪の治り遅いとか愚痴言ってたじゃねぇかっ!!」 執事「風通しがよい紳士でございます」 勇者「馬鹿云ってんじゃねぇよっ!! “治癒呪”っ」 執事「向こう側が見えるシースルー。なんちゃって。 げぶっ、ごぼっ。……かはっ!!」 勇者「な、なんで。なんでこんなとこ……っ」ぼたぼた 執事「蒼魔族を探っていまして。……けふっ。 昔取った杵柄、無音潜入術でございます……。 戦の気配で、勇者の元へと……」 勇者「なんでだよぅ、なんで呪文が発動しないんだよっ」」 執事「……勇者こそ、血を流しすぎです。けふっ。 こんなにぼろぼろではないですか」 大丈夫、これしきでは死にません。 それより、早く、トドメを。そやつは、大きな障害」 蒼魔の刻印王「げぶうっ。ごはっ。げふっ……に、んげん、めぇ」 勇者「そんなこたぁどうでも良いんだよっ!!」 705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 39 13.15 ID 1eGbtUQP 執事「にょほ……。そやつを暗殺する……機会を 狙っていましたが……とうとう、得られず……」 蒼魔の刻印王「このようなところで……、 終わってたま……る……か……っ」 ガサッガサガサ 勇者「っ!」 執事「このような……時にっ……」 ガサッガサガサ 傭兵隊長「睨むなよ。あんたの戦いは地面から見てた。 おい、とりあえず、酒ぶっかけて、包帯を巻け」 傭兵槍騎兵「はっ」 執事「……すみませぬ」 勇者「ぐっ。誰だ、お前っ」 傭兵隊長「爺さんももちろんだが あんたも限界みたいだな。こっちの魔族も虫の息だ。 仲間割れなのか、魔族も?」 執事「こちらの方は魔族ではありません」 勇者「大差はねぇよ」 傭兵隊長「……」 執事「……」じぃっ 傭兵隊長「おい爺さん、助けて欲しいか?」 執事「ぜひっ。この方だけでもっ」 707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 40 28.95 ID 1eGbtUQP ガサッガサガサ 傭兵弓兵「隊長。さっきの変な筒を持った奴らと重武装兵士が 散開して森の探索に入っています。 どうも連中、中央の教会と貴族らしいですね」 傭兵隊長「はん。おい、勇者さんとやら」 勇者「くっ! こんな傷ぐらいでっ。げふっ」 執事「勇者、いけませんっ。私が参ります」 勇者「何だよ、爺さん。俺より重傷のくせにっ!!」 執事「そう言うことを言ってるのではありません。 勇者。あなたは……あの弾丸を受けてはいけませんっ。 あの悪意も、祈りも、受けてはいけません」 勇者「何云ってるんだか判らねぇよっ」 執事「人間を敵に回してはいけませんよ。 わたしが行きますから、勇者は逃げてください。 ……にょほ、ほほっ」 勇者「ぜんぜんっ判らないぞ、爺っ!」 傭兵隊長「おい、兄ちゃん」 勇者「黙ってろっ!」 傭兵隊長「うるせぇっ! こっちだって命がけなんだ、 すぐ答えろっ! おめぇよ、誰かを助けて“ありがとう”って 云って貰ったこと、あんのかよっ!」 709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 41 44.96 ID 1eGbtUQP 勇者「あるよ。どうだって良いだろ、そんなのっ」 傭兵隊長「何回だよっ」 勇者「んなの覚えちゃいねぇよ。いっぱいだよ」 傭兵隊長「そっか。ちっ。羨ましく……は、ねぇか。 1回こっきりだって、俺は負けちゃ、いねぇ」 傭兵槍騎兵「隊長……」 傭兵隊長「爺さん、こっちは良いんだな?」 執事「もちろん」 傭兵隊長「ふんっ。悪いな、こっちも余裕はねぇんだ」 蒼魔の刻印王「に、んげん、めぇ。許さぬ、許さぬぞぉ このわたしに手を挙げるとは……身の程をっ」 傭兵隊長「戦場のことだ。許しておけ」 ザシュ 傭兵隊長「おい、若造、ちっけーの。 この爺さんと兄ちゃんを馬に乗せろっ」 傭兵槍騎兵「急げっ」 執事「ぐっ。げぶっ!」 勇者「何するんだよっ」 傭兵隊長「黙ってろっ! お前らみてぇに 身体中から噴水みたいに血をビュービューだしてる 連中見るとしらけるんだよっ!」 傭兵達「あはははは」「ちげぇねぇ」「まったくだ!」 714 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 43 14.85 ID 1eGbtUQP 傭兵隊長「おい、若造。ちびすけ。お前らはここで帰宅組だ。 二人を無事に届けろっ。 この指輪を持っていけ! コイツラは多分必要な人間だ。 氷の宮殿の貴族子弟の旦那に届けるんだっ。 こいつは重要な任務だぜ。ただのヒヨッコには任せねぇ」 若造・ちび助「はい、隊長っ!」 執事「……くふっ」くたっ 勇者「馬鹿云うな、俺はまだいけるっ! 勝手なこと云うなよっ! おれは、まだまだっ。ぎぃっ!!」 傭兵隊長「わかんねぇ兄ちゃんだな。 おめぇが頑張りすぎると そこの爺さんが道連れで死んじまうんだよ。 そこの爺さんがかばったのは、おめぇの身体じゃなくて 魂なんだよっ! 分かれよ、この馬鹿ちんがっ!!」 勇者「っ!」 傭兵隊長「よーし、おまえら! 騎乗だ! これからあの貴族連中に突っ込んでかき回すぞ! 陽気な歌を歌え! 野郎どもっ! おれたちゃ、未来の騎士様だぜっ!」 傭兵達「よっしゃぁ」 「ばっか野郎! 大将は白夜の王だ!」 傭兵隊長「あーっはっはっは! ちげぇねぇや! お前らが騎士なら 俺は王様にしてもらわなきゃな! さぁ、いくぞ! 馬鹿野郎ども!!」 715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 44 32.64 ID 1eGbtUQP 勇者「ちょっとまてよっ!!」 ダカダッ 勇者「おい、馬を止めろっ。死ぬぞっ、あいつ死んじまうぞっ」 若造「生意気を云ってはダメだ」 勇者「ぐふっ……。っくぅ」 若造「ぼろぼろだ。生きているだけでおかしい」 ちび助「それに」 ダカダッ ちび助「隊長の命令は絶対だ。じゃなきゃ、みんなが死ぬ」 勇者「俺が助ける役なんだぞっ。なんでだよっ。 なんでだよっ。なんでなんだよっ!!」 若造「……」 ちび助「隊長は、勇者だ。ヒーローなんだぞ? 俺を助けてくれた。沢山の孤児もだ。 あの街で、小さな女の子に“ありがとう”って云われたんだ。 お前みたいな得体の知れないちんぴらに 心配されるほどおちぶれちゃいない」 若造「そうだ。一人前の男は。立派な男は。 自分の死に場所は自分で選べる。 一人前の男は、自分一人の勇者なんだぞ」 勇者「なんでこんなに……っ。ごふっ、ごふっ……」 721 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/29(火) 00 47 30.30 ID 1eGbtUQP ――青い光がくるぶしを洗う砂浜 ゴウゥゥン!! ゴォォン! ぎゃぁっ! 手がぁっ! 異端だ! 異端は死ねっ! ちきしょうっ! ちきしょうっ! 消してくれぇ! 焼けるぅ、俺の足がぁ! 誰か、手を貸してくれっ! 大木にはさまれてっ ゴォォン! ザシュゥッ! 見えない、真っ暗だっ。助けて…… お前達はみんな精霊の敵だっ! 人間の分際でっ! ここから消えろっ!! 光の精霊よっ! お慈悲をっ!! 何だ、何が起きたんだっ!! うわぁぁっ! ドゴォォン!! ゴォォン!! 女魔法使い「……」 メイド姉「……判りました」 女魔法使い「……」 メイド姉「判りましたっ」ぼたぼたっ ページトップへ <前8-3へ|次8-5へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/75.html
<前13-2へ|次13-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-3 256 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 40 12.44 ID rH.ZqWkP 大主教「……汝ら光の子よ、いよいよ決戦なる時は来た」 うわぁぁあああ! 大主教さま、大主教さまぁ!!! 大主教「我ら精霊の子らが邪教の都の防壁を攻めあぐねて 長い時がたった。しかし見よ、眼前に扉は砕け落ちた! ……これは精霊の怒りの炎、御手に持つ雷霆の恵みである。 立ち上がれ、精霊の、光の子らよ! 時は来た! 精霊は求めたまう。 精霊は自らを求める子らに無限の抱擁と優しさをもち 喜びの野へと迎え入れるであろう……。 我らが四方にもはや敵と云えるものはなく」 参謀軍師(なっ!?) 大主教「精霊の光と慈悲は、あまねく世を照らす。 見よ、南方に迫るは異端の軍である。 我ら地上世界への生を許されながら魔族と通じ 世界に穢れを振りまく者ども。きゃつらは敵ではなく もはや刈り取るべき腐った稲穂でしかない。 光の子らの二万よ、あの軍を滅ぼすが良い」 ざわざわ、ざわざわ……い、いいのか。ほ、滅ぼす? 参謀軍師「ばかなっ!」 大主教「見よ、北方には開門都市。邪教の都。 精霊を奉じぬ邪悪の化身、魔族の住まう、腐敗と瘴気の 源泉がそこにある。精霊の光を遮り、この世界に闇を広げる 邪悪の根源を絶つべき、光の子らの二万よ、 あの都を滅ぼすが良い」 ほ、ほろぼす? 全部で突っ込むのか? あの砲撃の中に…… 参謀軍師「それでは全軍ではないかっ! 予備兵力はどうなるっ!?」 257 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 41 27.70 ID rH.ZqWkP 俺たちはまだ国に帰りたいんだ、異端なんてまっぴら…… だけど、人間を殺すって……戦争なんだ…… どうせ貴族が全てを……俺たちは何処まで行っても…… 大主教「我はここに宣言する。これは聖なる戦。 光の精霊の骸を我らが聖なる光の教えに取り戻す聖戦である。 ――この戦において勇を示すは 我ら光の子の最大の義務にして至高の奉仕。 敵に情けをかけ、あるいは背を向けるは背教であると知れ! 大主教と精霊の御名においてここに宣言をする。 四方の異端を排除せよ! それが出来ぬものは、ことごとく異端であるっ。 野に落ち顧みられることのない麦のように そのもの、腐れ行く未来を過ごすことになると知れ」 い、異端……魔族を殺さなければ……い、いやだ 腹が減った……だれか少しでもいいから…… 異端になったら、俺だけじゃなく、娘や、妻が…… 故郷の父も、母も異端に…… 参謀軍師(この流れでは。……あまりにも民衆に圧力を かけすぎではありませんか。これでは彼らが暴発してしまう) 大主教「剣を持て! マスケットを掲げよ! 今日は祝祭の日! 奪え、殺せ、異端の全てを! 破壊し尽くせ! もはや四方に散るは呪われた獣。 進み、打ち、殲滅するのだ! 光の子らよ! 精霊の祝福を! 精霊は求めたもうっ!」 ……たもう……精霊は、求めたもう 精霊は求めたもう……精霊は求めたもうっ!! 奪え! 壊せ! 倒せ! 全てを我らが手に!! ……精霊は求めたもうっ!!……精霊は求めたもうっ!! 大主教「進むがよい、子らよ! 喜びの野は目の前であるっ!」 258 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 43 59.95 ID rH.ZqWkP ――開門都市、南門周辺、市街戦 ゴォォン! ゴォオン! ドゥーン! ドゥゥン!! 光の槍兵「精霊は求めたもうっ!!」 光の銃兵「精霊は求めたもう! う、うわぁぁ! く、来るなぁ! 魔族は来るなぁ! 撃つぞ! 撃ち殺してやるぞっ!!」 光の剣兵「行け! 進めぇ!!」 光の突撃兵「突撃だぁ!!」 貴族の私兵「なっ」 貴族騎兵「農奴兵どもか。やっと本軍を突入したとみえる。 貴様ら、こちらだ、この通りから奥へ」 ドカッ! ズグググ、ダダダダッ 貴族の私兵「!!」 貴族騎兵「話を聞けっ! そちらはヤツらの陣地がっ! ええい、勝手に行くなっ!!」 ゴォォン! ゴォオン! ドゥーン! ドゥゥン!! 光の銃兵「精霊は求めたもう! 異端には死を……」 光の槍兵「お、俺たちは帰りたいだけなんだっ。 お前達魔族がいるから帰れないんだよぉっ!」 光の剣兵「食い物を、食い物をよこせっ!!」 光の突撃兵「お前達みたいなのがいるからぁ!!」 ……ドゥーン! ドォォーン! 観測兵「接近、マスケットを含む混成部隊1200ほど」 土木師弟「っ! 来始めたな。ここからが本番だ」 巨人作業員「……おお」 259 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 44 57.51 ID rH.ZqWkP 義勇軍弓兵「まずは我らだな」 土木師弟「うん。防壁内側の射手通路に部隊を配置。 引きながら攪乱射撃! 高低差を利用して頭上から射かけるんだ」 義勇軍弓兵「了解っ!」 人間作業員「投石準備できましたっ」 蒼魔族作業員「こちらも完了だぞっ」 キィン! ガキィン!! 土木師弟「いいか、これは甘さでも慈悲でもないっ。 敵の命は残すんだっ! このような局地戦では、戦闘不能で十分。その方がいい。 敵の方が兵力は大きいっ。重傷を負わせて、敵に後方輸送と 治療を強制させろっ。特に貴族や騎士とかいう人間の お偉いさんを怪我させれば、おつきの人間や護衛の人間を含めて 五倍の人数が戦場から撤退してくれるっ」 巨人作業員「わがっだ」 義勇軍弓兵「弓兵隊、整列よしっ!!」 人間作業員「投石機、準備よしっ」 蒼魔族作業員「焼けた石も混ぜたぞっ」 土木師弟「狙いは大通りっ。最前列の貴族集団っ! 待てっ。いま、砦将の軍が引き上げる。まだだっ! まだっ! 俺たちの作った防壁を信頼しろ。 この塔は容易く敵に落ちたりはしないっ。 落ちるかっ。あいつを迎えるまで、俺の作った橋も 俺の作った防壁も、落ちてたまるかっ! ――今だっ! いけぇ!!」 ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! 光の銃兵「なっ!? ど、どこから。うわぁ! くるなぁ」 ドキュン、ドギューン!! 光の槍兵「撃つなっ! むやみに撃てば同士討ちになるっ」 光の剣兵「どこだっ。塔!? 防壁の塔だっ!!」 光の突撃兵「魔族めぇ!!」 土木師弟「第二攻撃準備っ! 前線工作班に伝達! 小鳥通り、および砂塵通りをバリケードで封鎖、家を引き倒せ!」 巨人作業員「おおっ!」 265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04 21 53.62 ID rH.ZqWkP ――開門都市、近郊、遠征軍本陣から南部連合軍 突き進め! 突き進め! 我ら光の子! 異端を貫く輝く槍! 光の銃兵「精霊は求めたもう! 精霊は求めたもう!」 光の槍兵「うわぁぁぁ!! く、くるなぁ!!」 ドギュゥゥン! ドギュァァーン! 光の銃兵「てっ、敵だ!」 光の槍兵「南部の裏切り者だっ! 突き進めっ! 異端の臆病者なんてマスケットの敵じゃないっ」 光の銃兵「そ、そうだな。大主教が守ってくれるさ。 そうさ、そうじゃないと俺たちはっ。くっ。 なんでこんな異郷の果てで……。う、うわぁぁ!!」 光の槍兵「来るなぁ! 来るんじゃねぇっ!!」 ドォォン! うわあああああ!! 王弟元帥「戯けがっ! なんという混乱だっ!!」 参謀軍師「閣下っ」 王弟元帥「何をしたというのだっ! あの男はっ!?」 参謀軍師「『聖戦』の宣告をっ! そして本陣に存在する民兵全てを2つに分割し、 それぞれ都市とこちらの前線に全力投入を宣告しましたっ」 聖王国将官「馬鹿なっ」 王弟元帥「~っ!」 参謀軍師「このままでは、あの軍は暴徒の群と変わりません。 突破力はありますが、その勢いが途切れるところを 狙われれば容易く崩壊してしまうに違いありませんっ」 王弟元帥「その通りだ。南部連合の将は、我らのそのような 失態をけして見過ごさぬであろう。このままではっ」 聖王国将官「至急掌握を! 王弟閣下!」 266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04 23 20.94 ID rH.ZqWkP 王弟元帥「無論だっ! 行くぞ。騎馬部隊800近衛として 我に続けっ! 先行する暴徒二万の先端を横合いから浚うっ」 聖王国将官「はっ!!」 王弟元帥「参謀っ! 後衛の取りまとめをっ」 参謀軍師「はっ!」 王弟元帥(っ! 後手に回ったと云うのか。大主教っ。 この罪は高くつくぞ。この異教の果てにてその慢心、 高慢、傲岸不遜っ。中央諸国家のみならず自らの版図、 聖光教会の歴史をも終わらせるおつもりかっ!? やはり。戦場において2つの頭を持つ竜は生き残ることが出来ぬ。 ――斬る。 それ以外、我らが地上に帰り着くすべはないっ) ドォォン! うわあああああ!! 光の銃兵「撃てっ! 撃てぇ!!」 光の槍兵「逃げるな! 南部軍!! お前達が来たから! お前達が裏切ったから、俺たちはこんなにも腹を減らしてっ! お前達が食料を独り占めしたから、 俺たちはこんな故郷を離れた場所でっ!」 ドギュゥゥン! ドギュァァーン! 聖王国将官「射程距離外でマスケットを撃っているようですっ」 ダカダッダカダッダカダッ 王弟元帥「戦場の熱気に耐えられぬ民兵だ。仕方あるまいっ」 聖王国将官「打ち方止めっ! 聞こえんのかっ! 我らは王弟閣下の近衛なるぞっ! 従えっ! 従えっ」 うわぁぁぁあ!! くれ! いや、よこせっ!! 俺のだっ!! 俺のものだぁっ!! 王弟元帥「何が起きているのだっ!?」 267 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04 24 42.79 ID rH.ZqWkP よこせ! それは俺のっ! こっ、こっちの馬車もだっ! ――干しぶどうだ! 干しぶどうが入っているっ。 こっちの馬車には、水とエールもあるぞっ!? 斥候兵「報告しますっ! 敵は撤退開始っ! 速やかに前線を後退させてゆきます、それにっ」 聖王国将官「何が起きているっ! 報告を」 斥候兵「て、敵が残していった数十台以上の馬車にっ パ、パンや食料がっ!!」 聖王国将官「っ!? 毒か? 食べさせるのを止めさせよっ」 斥候兵「無理ですっ! 民兵の殆どは満足に食事も取れないような 待機状態で長い包囲網を続けていました。 体力も緊張も限界だったんですっ。 前線はパンの奪い合いと、詰め込みあいで完全に膠着っ。 この混乱を収拾するのは不可能ですっ」 聖王国将官「なんていう……」 王弟元帥「……」 聖王国将官「どんな思惑があるというのだっ! 南部連合はっ」 ガサリ 王弟元帥「――」 斥候兵「そ、それがパンと一緒に大量に積まれていた 木版刷りらしきものでして……」 王弟元帥「……三食の保証。そして天然痘の予防。 ここまできて。この魔界までやってきてっ! ――開拓民の募集、だと!? 冬寂王っ!!」 268 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04 26 45.67 ID rH.ZqWkP 王弟元帥「お前は、この戦場までやってきて 我らと矛を交えるつもりはないとでも云うのかっ! なぜ自らを否定するっ! 王族に生まれ、民を支配する金の冠をその額に頂いて 統治者として君臨してきた貴様が なぜ得体の知れぬ学者の娘のようなことを言い出すのだっ。 答えろっ! なぜ自らの未来を塗りつぶすようなことをするっ。 全ての秩序を否定して、無為を行なおうとするっ! 見ろ、この民衆をっ! パンを与えれば泥の中でむさぼり喰らうっ。 このように自分本位な者たちに何らかの権利や自由を与えて 国が治まるとでも考えているのかっ!! 答えろっ! 冬寂王っ。 貴様はっ! “貴様ら”はっ!! この戦場に何を見ているのだっ!!」 聖王国将官「王弟閣下……」 斥候兵「南部連合軍、すくなくとも半里後退しましたっ」 王弟元帥「~っ!」 聖王国将官「毒が含まれているわけでもなければ、 これは戦術的には無意味な行為です。 たかだか数時間の足止めが為されるだけに過ぎませんっ。 我らは何も失ってはいないっ! 落ち着いてください、王弟閣下」 王弟元帥「判っている」ぎりっ 聖王国将官「では、この隙に突出したマスケット部隊を 収拾して、戦線を再構築。 少なくなりましたがブラックパウダーを再配――」 斥候兵「あれはっ!?」 王弟元帥「あれは、なんだっ」 269 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 04 27 50.57 ID rH.ZqWkP ――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟 うわぁぁぁあ!! ドゴォォン! ドギュゥゥン!! ゴァァン! キィン! ギキィン! 石が! 燃える石がっ! 進め! 進めぇ! 精霊は求めたもうっ! 精霊は求めたもうっ! 殺せ! 魔族を殺せ! 異端を殺せ! 背教者を殺せ! 殺さなければ、剣を持たない者は 全て異端だ! 魔族と通じた裏切り者だっ!! 光の少年兵「……っく。うっ」 ずるっ……ずるっ…… 光の少年兵「いやだ。もういやだ……」 光の少年兵「帰りたい」 光の少年兵「……殺すのはいやだ」 光の少年兵「……殺されるのはもっといやだ」 光の少年兵「痛い、苦しい、飢える、焼ける……」 ずるっ……ずるっ…… 光の少年兵「……判らない。判らない」 光の少年兵「ううっ。戦いは、まだ……」 どぉんっ! ドォォーン! 光の少年兵「……」 光の少年兵「ううっ。うぅ」 284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 08 20.16 ID rH.ZqWkP 光の少年兵「行った、かな」 光の少年兵(ここに隠れてれば……) ガチャン!! 光の少年兵「っ!?」 光の少年兵「……? 荷物が落ちただけか。なんだろう。 魔族の荷物かな。魔族の家だろうし」 光の少年兵(考えてみれば、僕は魔族の姿なんていっかいも ちゃんと見たこともないのに。なんでこんな世界の果てまで) 光の少年兵「……」 がさっ、がさっ 光の少年兵「服か」 光の少年兵「魔族も、似たようなの着るんだな。 でかいな。これは、商人用なのかな……あ」 ぽろっ 光の少年兵「……これ」 光の少年兵(小さな、手袋。僕よりも半分くらいの。 ……子供の。ううん、赤ちゃんの。魔族の、赤ちゃんの) 光の少年兵「……うぅ。なんだよ。何だって云うんだよぅ。 こんなにちっちゃくて。魔族ってなんなんだよっ。 なんでこんな風になっちゃってるんだよぅ。うううっ」 ゴォン! ゴゴゴゴゴ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!! 光の少年兵「っ!? 今度は何がっ!?」 286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 12 59.52 ID rH.ZqWkP ――開門都市近郊、全ての人々 なっ!? なんだ、あれはっ!? 塔!? なんであんなものが。 判らない、突然。 突然現われたぞ! 光って、白くて、どれほど高いんだ。 まるで糸のように天空に伸びているじゃないか……。 光の塔だ……。 天に続く塔。 光の……精霊の、塔? 精霊の塔だっ!! あれは、精霊の宝の眠る塔だっ!! 精霊が我らを迎えてくれている吉兆だっ! いや、戦をいさめる凶兆だっ! 果てが見えない、なんて……。 なんて高い塔なんだ……。 いったい何が起こっていると云うんだっ!? 289 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 18 03.68 ID rH.ZqWkP ――光の塔、おそらく下層 コオォォン…… 勇者「ここが『天塔』なのか……」 魔王「まぶしくて、真っ白で眼がきついな」 女騎士「魔力感知が追いつかない。全体が高レベルの 魔法具のような……。いや、それ以上の反応だ」 勇者「そのうち馴れるとは思うけど。大理石じゃないな、これは」 魔王「うん、部屋も通路もないようだ。 ただひたすらに、巨大な螺旋階段と巨大な踊り場が 遙か上まで伸びている……」 女騎士「本当に、ただの通路なんだな」 勇者「ま、この状況下だ。かえって有り難いさ」 魔王「そうだな」 女騎士 こくり ……コオォォン 魔王「行こう」 勇者「ああ」 コオォォン…… 女騎士「どれほどの高さがあるのかな」 勇者「ちょっと判らないな」 女騎士「魔王も判らない?」 魔王「不明だ。話によれば1500里。途轍もない距離だ」 女騎士「そうか。――その、勇者は」 勇者「?」 290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 19 21.44 ID rH.ZqWkP 女騎士「身体は……。どうなんだ?」 勇者「ああ。なんか、さっぱりだ。 いつもの半分の半分もも力が出やしない。 どうもなんか特殊な呪詛でも喰らったような感じだ。 たいがいの呪いは無効化できるんだけどなぁ」 魔王「そうか」 勇者「それさえなきゃ“飛行呪”で 塔の内側を一気に飛んで登れるたと思うんだけどな」 魔王「それはどうかな」 魔王「さっきから定期的に紋様が刻まれている。 反呪とか引力制御とかだ。この塔の内側で飛行は 出来ないと思う」 女騎士「ふぅん」 勇者「それならハンデ無しだ」 女騎士「ま。荷物持ちはわたしがやる。ちょうど良かった」 勇者「悪いな」 女騎士「なんだ。二人とも、わたしを置いて行く つもりだったんだな」 魔王「あー」 女騎士「抜け駆けだ」 魔王「今回はそう言う話ではないではないか」 女騎士「置き去りか。……魔王には友情を感じていたのに」 魔王「それはわたしだって人間の親友だとは思っているけれど 今回ばっかりは事情が事情というかだな」 女騎士「二人で内緒で、で、出かけるなんてな」 291 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 20 50.85 ID rH.ZqWkP 勇者「……さくさく登ろう。行くよ? 行きますよ?」 魔王「良いではないかっ。結局は同行できたのだし!」 女騎士「ぷになのに」じー 魔王「……むっ」 女騎士「~♪」 勇者「あー。なんだね。そういえば」 魔王「どうした?」 勇者「さっき、女騎士は随分おとなしくなかったか? 魔法使いのところで、だけどさ」 女騎士「そんなことはない」 魔王「そういえば、魔法使いと何を話してたんだ?」 女騎士「え、いや」 勇者「ん?」 女騎士「新作小説について?」 勇者「そうなのか!?」 魔王「そうかっ。やはりご機嫌殺人事件シリーズは 不朽の名作だなっ。あのカオスな展開と切ない ラブストーリーがたまらなぁい。 “ガッシ!ボカ!”を遙かに超えた表現だ」 女騎士「……うう。ちょっと後悔してる」 勇者「少しどころじゃない表情だ」 292 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 22 21.90 ID rH.ZqWkP 魔王「ふむ」 女騎士「まぁ、わたしがついてきて便利だろう? いまでは勇者の力も落ちている。 わたしの“瞬動祈祷”なら2人にもかけられるし、 勇者の力を無駄にしないで済む。先行きは長いわけだし」 勇者「それはそうだけど」 女騎士「荷物持ちにも便利だ。わたしは元気だからな」 魔王「……」 女騎士「魔王」 魔王「え? ああ」 女騎士「そう言うことにして置いて」 魔王「うむ」 勇者「……?」 魔王「今は、上に待ち受けているものが先決だ。 急いで登るに越したことはないはずだ」 勇者「上には、精霊がいて、直談判だろう。 そんなに急ぐべきなのか?」 女騎士「急ごう」 魔王「そうだな。地上では戦争が起きているんだ。 私たちがのんびりしているわけにも行かない」 293 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 23 45.28 ID rH.ZqWkP コオォォン…… 勇者「……」 魔王「……」 ……コオォォン 魔王「これで良かったのかな」 女騎士「?」 勇者「良かったんだろ」 魔王「……」 勇者「正直に言えば、良かったか、悪かったのかは判らない。 けど、判らないって事は、判る」 女騎士「戦場を、離れたこと……?」 魔王「そうだ」 勇者「昔、爺さんが言ってた。 良かったか悪かったか判らないなら、 その二つは判らないという意味では一緒なんだ。 点数がつかないという意味では、まったく一緒。 だから“良かった”事にしておいても、問題なし」 魔王「随分強引な思考方法だな」 女騎士「勇者らしくてほろりと来そうだ」 勇者「それに、メイド姉が言ってたよ」 魔王「メイド姉? そう言えば、さっきも言っていたな。 近くに来て、勇者になる。なっている、と」 ――それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように わたし達には翼がついている。 本当は誰だって知っているはずなんです。 チャンスがあるのならば、賭けてみたい。 わたしはやはり、そこまでお互いに馬鹿だとは 思いたくないんです。わたし達は自由なのですから。 294 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 25 59.24 ID rH.ZqWkP 勇者「ああ」 女騎士「どうやら、わたしの知らないことが 沢山おきているみたいだ」 勇者「それは仕方ないさ。俺だってびっくりしたし……。 女騎士がこっちに来ているのだって知らなかった」 魔王「そうだ。勇者だって何をしてたのやら」 女騎士「ともかく。メイド姉が近くにいて。 えーっと勇者? それは冗談ではなくて、その、なんなんだ?」 勇者「うん。正直舐めてた。あいつは、すげぇや」 魔王「そうか? うん、そうだろうな。 あの娘は、逸材だ。古典的自由主義をドライブして 人権思想や憲法の規定にまで思想が及んでいるからな」 女騎士「それは……すごいことなのか?」 勇者「憲法ってなんだ? 法律じゃないのか?」 魔王「憲法って言うのは、法律の親玉なんだ。 原型というか、理念と言ってもいい。 いわば“法律を作る時の基本的な考えを示すもの”だ。 もちろん国によって語句は変わるから これは概念論に過ぎないけれどね」 女騎士「難しいな」 魔王「つまり、この世界、国家や氏族によって方は様々だ。 それはよいとしても、そもそも王や族長が変わった時点で、 いろんな決まり事や方はひっくり返ってしまうだろう? 国の基本的考え方や性格は、その行動を見て判断する しかないわけだ。 憲法というのは、様々な法律の下になるガイドラインだ。 この法律には次の支配者を決めるものも含まれる。 つまり“その国の基本的な性格”を表現していて それを見ただけで、その国がどのような考えに 基づいているか判る。それが憲法だ」 295 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/13(金) 19 29 23.53 ID rH.ZqWkP 女騎士「それは、すごいことなのか?」 勇者「うん、すごそうだけど、やっぱりぴんと来ないな」 魔王「王が変わっても、途切れないと言うことだよ。 おそらく冬の国は十年以内に憲法の制定にたどり着くだろうが もし制定されれば、王が変わろうと冬の国は、百年の間ずっと 農奴を持たない自由と平等の国へなる。なろうとし続ける。 これは、宣誓書であると同時に、計画書なんだ」 女騎士「そう聞くとすごいな」 勇者「王弟にまで啖呵きってたからな」 魔王「ほう!」 女騎士「聖王国の!?」 勇者「ああ。“次はわたしが相手にしてやるから 覚悟して金玉小さくしていやがれ、んだとコラ!?”って」 魔王「いや、それは云わないだろう」 女騎士 こくこく 勇者「それは冗談としてメイド姉は “わたし達には翼がついている”って云ってたよ。 だから、俺たちが。 閉じ込めてはいけないと思った」 女騎士「……そうか」 魔王「そうだな……」 勇者「俺も魔王も女騎士も、魔法使いや爺さんもさ。 あんまり過保護にしてると、メイド姉みたいな 頑張ってる人をゆがめちゃうんだってさ。女騎士」 女騎士「うん。わたしも、それは魔法使いから聞いた」 296 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 30 49.14 ID rH.ZqWkP 魔王「そうか。……人間は驚愕の種族だから」 勇者「へ?」 ――あなたが魔王をさぼっているから、 わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。 いい加減に本気を出して仕事をしてください 正直、少しがっかりしました。 もう少し熱を冷ましてください。 あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない。 魔王「いや。青年商人にめちゃくちゃに言われてな」 勇者「なんて?」 魔王「えーっと……。足手まといだから、とっとと勇者を 探し出して、そっちで仕事をしろ、みたいな」 勇者「云うなぁ、あいつ」 女騎士「同盟の指導者ですか」 魔王「あれはあれで傑物なのだ。 聞けば先物に売り浴びせに 取り付け騒ぎに果ては為替操作までしていた。 まさにやりたい放題だ。 鬼畜だぞ。 わたしよりずっとえげつない。 確かに経済圏がひとつしかなかった中央大陸において 商人の活躍の余地は少なかったのだが、 逆に言えばその中でどれだけ飢えて未来を 求めていたことやら。 あれはあれで、ある種の英傑だ。 魔王を名乗るだなんて冗談にしたってはまりすぎだぞ」 勇者「?」 魔王「い、いや。こっちの話だ」 女騎士「勇者に、魔王か……」 ――あなたの戦闘能力は勇者の全開時の40%以下でしかない。 でも、そんな数値上の比較は関係ない。 約束をしたならば、果たして。 297 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 19 32 00.79 ID rH.ZqWkP コオォォン…… 勇者「……下はどうなっているだろうな」 魔王「遠征軍は今にも雪崩を打って開門都市に 流入しようとしている……。 最悪は市街戦、その後、虐殺。 怒りに駆られた魔族側は報復措置として、開門都市を逆包囲。 人間達は開門都市に籠もったまま、 数ヶ月の飢えを経てそのまま全滅」 女騎士「南部連合も援軍を出したんだ。その数は三万に迫る。 ゲートのあった大空洞を抜けた救援軍は、形としては 遠征軍の補給線を断って後背をついた。 兵糧攻めにはなっているけれど、 数の上でも戦闘能力の上でも、遠征軍は未だ圧倒的な 優位性を持っている。良くて、膠着の泥沼戦。 悪ければ、殲滅戦。どちらにしてもこの場で戦争は終わらず、 その戦果は地上へと飛び火して、全ての国々を焼き尽くす」 勇者「……」 魔王「でも、そうはさせないと思っている人もいる。 青年商人は判っているし、火竜公女、東の砦将もいる」 勇者「メイド姉と貴族子弟もいるしな」 女騎士「冬寂王や鉄腕王、軍人子弟にもこちらに来ている」 魔王「それなら、まだチャンスはある」 女騎士 こくり 勇者「まぁな。魔法使いもいる。 あいつは昔から、頼りになるやつだし……」 魔王「そうか」 女騎士「……」 勇者(……まだなんか隠している気はするんだけどさ) 322 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03 37 58.12 ID 6OFcHF6P ――開門都市、近郊、遠征軍本陣 ゴゴゴォォン! ゴゴゴォォォン! 大主教「司祭よ」 ころり。ころり。 従軍大司祭「はっ。はいっ」 大主教「ふふ。どうした、震えているでは無いか。 ……恐ろしいのか? 天のおののきが。それとも、我か」 従軍大司祭 がばっ 「い、いえっ」 がくがく ころり。ころり。 大主教「時は満ちた。きゃつらの、すくなくとも1人は 死んだのだ。そして精霊への道が現れた」 従軍大司祭「――っ」 百合騎士団隊長「では」 大主教「喜びの野……。“次なる輪廻”への架け橋」 従軍大司祭「次なる……輪廻?」 大主教「悠久を永遠へとする力だ」 従軍大司祭(判らない……。大主教は何を考えているのだ。 い、いや。大主教は……。何になってしまったのだっ) 323 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03 39 35.42 ID 6OFcHF6P 大主教「これより我は出陣する」 従軍大司祭「そ、それは。南部連合方面へ? それとも開門都市にとどめを刺しに? いえ、どちらにしろ、まだ腕のお怪我も 癒えてておりませんっ。大主教様にもしもがあればっ」 大主教「もはや、そのようなことは些末な問題だ」 従軍大司祭「しかしっ」 大主教「……あの暗殺者。良い仕事をしたが それでは腕が動かぬ程度のこと。 刻一刻とこの双玉の瞳に力が満ちてくる。 今を置いて時はない。 あの塔を我より先に登るものがあれば、 全ては水泡に帰す……。大隊長」 百合騎士団隊長「はっ」 大主教「これより、汝を光の筆頭騎士とする」 百合騎士団隊長「ありがとうございます」 大主教「地には混沌が充ちている。 それはたとえようもなく美しい。 もはや既存の権力は全て無用となった。 この混沌の中で、大陸の全ての国家、 魔界の全ての部族は解体されなくてはならぬ。 光の再生には混沌こそがふさわしく それがこの終局を言祝ぐ最高のフィナーレとなろう。 この地を混沌で充たせ」 百合騎士団隊長「承りました」 324 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03 41 33.32 ID 6OFcHF6P 大主教「大司祭」 従軍大司祭「はっ、はひっ」がくがく 大主教「我々、光の教団は長きにわたり地上世界の 信仰の庇護者、精霊の代弁者として活動を続けてきた。 欲にまみれた貴族。権勢を誇る王族。目先しか見えぬ商人。 愚妹にして貪欲な農夫達の全てを真理という光において 善導してきたのだ。 それもこれも、光の恩寵。 それが精霊の意志ゆえだ。 しかしながら、彼らは彼らの罪を意識しないばかりか 我らが教会をも取り込み、権勢の道具と見なすに至る。 手を取り合うべき時期は過ぎ去った。 我らは我らの王国を打ち立て、 この地を教会の教えで充たさなければならぬ」 従軍大司祭(なっ!? なんという馬鹿げたことをっ。 正気なのですか、大主教!? いや、狂気であるはずがない。しかし、それは……。 それがどれくらい途方もない世迷い事か判らぬはずもない。 我ら聖光教会がどれほどの信者の数を誇ろうと それのみにて国という、いわば俗界の機構を運営できるという 事にはならないではありませんか!? 我らにはその技術も経験も不足しているっ。 そもそも、今更に表舞台に立つ意味がありませぬ。 特定の国を持たないからこそ、我らは多くの国に 信者を得ることが出来たっ。我ら最大の武器である 国境を越えた共通の組織という利点を捨てて…… 捨てて……。 いや、捨てずに国を持つ。 ――それは) 百合騎士団隊長「世界を精霊の御名の元に。 “全てを精霊の下に”。くすくすくすっ」 大主教「その役目は、大司祭に任せる。存分に腕を振るえ」 従軍大司祭「っ!!」 325 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 03 42 56.18 ID 6OFcHF6P 従軍大司祭「お待ちくださいっ! お待ちください大主教様! そのようなことをすれば、この世にどのような災厄と 混乱が巻き起こることかっ! どうかご再考をっ!」 百合騎士団隊長「その混乱を“美しい”と仰せです」にっこり 従軍大司祭「しかしそれではっ! あまりにも多くの命が 無為に失われ」 大主教「いずれ同じ事」 従軍大司祭「は?」 大主教「もはや天の塔は起動したのだ。 精霊も聖骸もその姿を現した。となればいずれ同じ事。 この世界の混乱は、次へは持ち越されぬ。 であるならば、終末には炎こそがふさわしい」 従軍大司祭「な……なにを……?」 大主教「判らぬか。いや、それはいい。 しかし信じることも出来ないとは、聖職者として失格だな」 従軍大司祭「え? あ、あっ……」がくっ ずるずるっ 百合騎士団隊長「なんの迷いがありましょう。 この身には精霊の穢れ無き光が充ちています。 わたしは迷いません。わたしは決して穢れてはいない。 穢れなど、しない。この身には汚泥など触れ得ない。 わたしは信仰します。わたしは帰依します。 喜びの野に。悪夢のない影無き国を信仰します。 お連れください、大主教猊下っ」 大主教「よかろう」 ぎゅぐ。ぐちゅる。ぞぎゅ……。ご……とん…… 従軍大司祭「がはっ……。ごぼっ、ごぼっ……な……にを……」 大主教「後は任せたぞ。筆頭騎士にして女司祭よ」 328 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 02 29.44 ID 6OFcHF6P ――地下城塞基底部、地底湖 女魔法使い「……魔力回路の補強を」 メイド長「お任せください」 明星雲雀「ピィピィ……」 女魔法使い「……大丈夫」 メイド長「――」 女魔法使い「この両手の刻印があるうちは」 明星雲雀「だ、だって! 刻印から血が……。 それに、こんな魔力を流してちゃ持ちませんよぅ」 女魔法使い「貯めてある」 明星雲雀「それにしたって!!」 女魔法使い「なんのために。――なんのために」 メイド長(なんて言う魔力ですか!? こ、これはっ。 量だけならば、勇者様よりもっ) 女魔法使い「葦が原での合戦も、忽鄰塔でもっ。 勇者の心の叫びを無視してまで、手のひらに爪を食い込ませ 唇をかみ切る思いをして耐えたっ。 ――わたしのこの胸に咲く誇りはこの程度で揺らぎはしない」 メイド長(……) 明星雲雀「ピッ! これ……これはっ!」 女魔法使い「……」 メイド長「“天塔”内部に侵入者有り。これはおそらく」 329 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 04 10.28 ID 6OFcHF6P 女魔法使い「……怪物」 メイド長「人間ですが、人間ではない。 ……過去の魔王の亡霊の力を受け継いだ、 魔王にあらざる魔王っ」 女魔法使い「魔王の力と精霊の奇跡を兼ね備えるもの」 メイド長「やはり……」 キィィン!!! 明星雲雀「っ!?」 メイド長「刻印がっ!」 女魔法使い「……」 明星雲雀「無理だったんですよ! 魔力による仮想通路に! 本来あの塔は1人で登るもの。 その塔に4人も登らせるなんて! ピィピィピィ! 術の強度が不足して 崩壊するに決まっているじゃないですかっ」 女魔法使い「強度……」 明星雲雀「へ?」 女魔法使い「……回路、強化。強度、上げて」 メイド長「出来ます。可能ですが、それには安定して高出力の、 そして魔王様の波形特性を持った魔力供給が必要ですっ。 4人ですよ!? そんな強度を実現するためにはっ 少なくとも歴代魔王の三倍……3人分はないとっ」 明星雲雀「だから不可能だってっ!」 女魔法使い「……不可能はない」 ビィィィッ! メイド長「~っ!」 330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 05 50.97 ID 6OFcHF6P メイド長「そ、その腕……。ま、まさか。そ、そんなに!? なんでっ? どうして生きていられるんですっ!?」 明星雲雀「ピ、ピ、ピィィ!?」 女魔法使い「右手に54、左手に54。 ……合わせて、108の刻印。 その刻印に三年で蓄えた魔力と……みんなの、死」 メイド長「……っ」 明星雲雀「ピ、ピ……」がくがく 女魔法使い「……勇者には、見せられない。 嫌われてしまうから」 メイド長「そんなっ」 女魔法使い「……綺麗な肌じゃない。 死の穢れと、魔力の、こびりついた腕」 バチィッ! 明星雲雀「刻印がっ!? 灼けて消えちゃうっ」 女魔法使い「それが嬉しい。役に立てる力がっ。 怪物も、精霊も関係ないっ。いくつの刻印が弾けてもっ わたしがここにいる限り、勇者の道を照らす。 わたしは勇者の道を照らすものっ、 勇者に何かがあれば必ず駆けつけっ、 その願いを叶える。 あの日。 あの夕暮れの中でっ! 足下の闇を恐れるあまり その闇の中を駆けだした勇者を追うことも 出来なかったあたしの戦場はここだっ。 譲らないっ。引かないっ! 負けるつもりはないっ」 331 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 08 04.76 ID 6OFcHF6P メイド長「回路を強化、魔力経路を計算して再配分。 ターミナルを形成して、循環組織を形成しますっ」 明星雲雀「え、あ……あ」 パタパタ 女魔法使い「助かる」 メイド長「180秒お待ちを」 バチィっ!! 明星雲雀「ご主人っ!」 女魔法使い「……関係ない。くすぐったいくらい。 この刻印の弾け飛ぶ痛みの一つ一つが勇者への恩返し。 春の日だまりで、のんびりしながらごろごろしてるみたい」 明星雲雀「そんな顔色じゃないですよぅ!」 メイド長(……っ) 女魔法使い「タツタになる?」 明星雲雀「嫌ーっ! タツタは嫌ーっ! そうじゃなくて!!」 女魔法使い「……ゆずらない。 譲る事なんて、出来はしない。 わたしの居場所はここにしかない。 武器も使えない。人と交流も出来ない。 可愛い表情も出来ない。甘えることも出来ない。 動けば戦を引き起こす広域魔法しか使えない。 わたしは……人を殺めすぎる。 わたしは勇者よりもずっと兵器として特化されている。 勇者が魔族の殲滅ではなく共存を望むのなら わたしはきっと勇者の隣にはいられない。 血の代価を……これでしか払えない」 メイド長(それは……) 333 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/14(土) 04 17 04.63 ID 6OFcHF6P 明星雲雀「ご主人じゃなくたっていいじゃないですか 血の代価なんて、そんな言葉は何十回も聞きましたけれど 何もご主人が流さなくたって! この世界には他に何人も いるじゃないですか! 何百人も、何千人も!」 女魔法使い「それじゃ」 バチィッ! 女魔法使い「恥ずかしくて、仲間って云えない」 にこり メイド長「循環回路形成。……つづいて吸収回路を構築」 明星雲雀「だからって」 女魔法使い「『冗長系』って、云った」 メイド長(……?) 女魔法使い「冗長化は機構に何らかの障害が 発生した場合に対して、 障害発生後でも機構としての機能を 維持し続けられるように予備の機構を バックアップとして配置すること。 こうして得られる安全性を冗長性と呼び バックアップの部品を冗長系と呼ぶ」 ――魔王の代わりは、わたしがする。 メイド長「始めからっ!?」 バチィッ! 女魔法使い「憧れた。……あの大図書館で魔王を見た時に。 あの凛々しさに。聡明さに。未来を望む強さと優しさに。 なにより。 “あなたが欲しい”と勇者に云える勇気に。 涙が出るほど悔しくて、胸を焦がすほどに憧れた。 魔王の告白なんて成功率は1%も無かったのに。 でもそんな確率なんかで一瞥もせずに、 ただまっすぐに勇者を目指した魂に。 あたしには云えなかったけれど、それを云えた女性に。 わたしは憧れて、守ろうと思った。 だからこそっ! 相手が、化物でもっ! 『大魔王』でもっ! 私たち三人は、勇者を守る。 この身に刻んだ穢れた刻印の全てに賭けてっ。 勇者が願う未来を、その手にっ!」 ページトップへ <前13-2へ|次13-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/45.html
<前7-1へ|次7-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」7-2 252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 01 50.54 ID OGIpmW2P ――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方 土木子弟「いやぁ、これは美味いな」 奏楽子弟「ん。ああ……」 土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」 奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」 土木子弟「へぇ~地上かぁ」 奏楽子弟「うん……」 土木子弟「どうかしたのか?」 奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」 土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」 奏楽子弟「……もぐ」 土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ 奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」 土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に 新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。 メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」 奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」 土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」 奏楽子弟「橋が?」 土木子弟「ああ。そうさ」 奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」 253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18 03 02.18 ID OGIpmW2P 土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと ばっかり思っていたけれど」 奏楽子弟「え?」 土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、 あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」 奏楽子弟「それは、まぁ」 土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」 奏楽子弟「……」 土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を 話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。 なんていうのかな。 迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、 それが溢れ出しそうと云うか、 こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。 “早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。 だってそうだろう? この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を 満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。 早く生まれたがっても不思議じゃないさ」 奏楽子弟「……うん」 土木子弟「ん?」 奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう? 生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。 胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」 土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」 254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 04 20.84 ID OGIpmW2P 奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」 土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」 奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」 土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」 奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。 ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」 土木子弟「ふぅむ」 奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。 時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、 魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「わたし、出掛けたい」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」 土木子弟「うん」 奏楽子弟「……」 土木子弟「……」 奏楽子弟「……」じわぁ 土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」 奏楽子弟「だってさ」 土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」 255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 06 07.33 ID OGIpmW2P 奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」 土木子弟「でも帰ってくるだろう」 奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」 土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」 奏楽子弟「でもっ」 土木子弟「はははっ」 奏楽子弟「……?」 土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが 出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」 奏楽子弟「あ……」 土木子弟「行けばいいさ。 俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。 俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。 地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ! 妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と 新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう! 俺の橋には音楽だって通るんだ!」 奏楽子弟「う、うんっ」 土木子弟「すごいものを沢山見てこい」 奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」 土木子弟「そうして、またこの街で会おう」 奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」 土木子弟「われらは紅の子弟」 奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」 ぎゅうっ 265 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 34 13.12 ID OGIpmW2P ――魔王城、深部、魔王の居住空間 コンコンッ 勇者「……あれれ」 コンコンッ 勇者「寝てるのかな」 カチャ 魔王「……すぅ。……すぅ」 勇者「寝てらぁ」 魔王「むー」くてん 勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」 魔王「……すぅ」 勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」 魔王「……すぅ」 勇者「……」 魔王「……くふぅ」 勇者「髪の毛、細いな」 266 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/23(水) 18 35 09.04 ID OGIpmW2P 勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」 魔王「……むぅ」 勇者 ちょん 魔王「……ふにゅ。……すぅ」 勇者「まおー」 魔王「……? ……んぅ」 勇者「起きたか?」 魔王「……うう」 勇者「……」 魔王 きょろきょろ 勇者「おはよう」 魔王「……おはようだ」 勇者「ぼけぼけ?」 魔王「茶が欲しい」 勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」 魔王「ありがたい」 とぽとぽとぽ 勇者「ただいま、魔王」 魔王「おかえり、勇者」 勇者「胸は平気か?」 魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」 270 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 36 55.86 ID OGIpmW2P 勇者「そろそろベッドからは出られるかな」 魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」 勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」 魔王「なんだ?」 勇者「まずは、これだ。できたてだぞ? 妹新作のカスタードプディングだ」 魔王「?」 勇者「まぁ、食えば判るよ」 魔王「ふむ……。こっ! これは!!」 勇者「すごくないか?」 魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、 初めて食べる味だ。なんだこれは? このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」 勇者「卵と砂糖で作るらしい」 魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、 どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」 勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」 魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。 “料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」 勇者「はははっ! 違いない」 魔王「これは本当に美味しいなぁ」 勇者「他にもあるぞ」 魔王「ん?」 272 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 38 46.85 ID OGIpmW2P 勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」 魔王「うむ、封書か……。ナイフを」 勇者「ほいよ」 サクッ。ぴぃっ。――がさっ。 魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。 開門都市に商館を作ったらしい」 勇者「はやいなぁ」 魔王「そう言えば面識があるのだったな」 勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」 魔王「なんだ?」 勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の 交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、 別に良いかなぁーって」 魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に 確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。 そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら 面倒この上ないことになるぞ」 勇者「面倒って?」 魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」 勇者「ああ、そっか」 魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな 足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」 勇者「で、あいつなんだって?」 274 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 18 41 51.18 ID OGIpmW2P 魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の 導入などを進めたい、としているな」 勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」 魔王「使えることは使えるが、 砂金での取引も通常に行われているな。 人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、 この魔界の改革にも手をつけていたのだが、 あの頃はまだ試行錯誤もあってな」 勇者「ふぅん」 魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、 地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。 しかし、領土により荒れ地は多かったから 激しい戦乱は起きていたんだ。 魔界には人間界よりも、どちらかというと 潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的 技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」 勇者「どうした?」 魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた 弟子がいたのだが」 勇者「はぁ?」 魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」 勇者「おいおい」 魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。 のたれ死んでいると云うことはあるまいが」 勇者「結構放任主義だなぁ」 魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」 277 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 01 20.50 ID OGIpmW2P 魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。 そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、 その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。 家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。 金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している 地下世界では随分と後回しになっていたのだ」 勇者「そうなのか。では、青年商人の件はどうする?」 魔王「銀行については、しばらく保留だな。 まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を 一者の手に握らせるのも良くないだろう。 これについては事情を説明する返事を書こう。 羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」 勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」 魔王「そうなのか?」 勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」 魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。 回りくどい文章だと思ったぞ」 勇者「どうする?」 魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。 後で返事を書いておくとしよう」 勇者「そっか。んじゃ、次だ」 魔王「次は何だ?」 勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」 トサッ 魔王「ほほう」 278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 02 31.18 ID OGIpmW2P ガサガサッ 勇者「なんだっていうんだ?」 魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。 それに冬越し村の日誌。 こちらには冬の国の税収に関する報告書。 ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな? 財務諸表もつけてあるではないか!」 勇者「面白いものなのか?」 魔王「ああ、これは面白いぞ。 すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。 南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、 これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」 勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の 対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に 煮詰まっているらしいな」 魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」 勇者「どうだ?」 魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。 どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、 鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。 民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば 国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」 勇者「生産性ってなんだ?」 魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、 “ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」 勇者「ふむふむ」 281 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 08 46.29 ID OGIpmW2P 魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や 開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。 これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。 また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」 勇者「ああ、そういう目的らしいな」 魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも 甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう? がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても 国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」 勇者「ああ。……云われてみればそうだな」 魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は 下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも 見られる問題だな。努力や結果が評価されないから どんどん腐ってゆく」 勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」 魔王「いや、そういうことじゃない。 さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては 有用なのも事実だ。 特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、 実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。 耕作するためには開拓しなければならないんだからな。 この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」 勇者「ふむ……」 魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。 わたし達が上からだめ出ししなくても、 多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」 283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 10 53.53 ID OGIpmW2P 勇者「魔王はさ」 魔王「ん?」 勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。 自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」 魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると 本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」 勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」 魔王「そうかな。そんな事はないだろう」 勇者「いーや、あるって」にやにや 魔王「むぅ」 勇者「おーい」 魔王「ん?」 勇者「ほれ」ちょん 魔王「なんだ? なんだ?」 勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」 魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」 勇者「もう一個食べるか?」 魔王「あるのか? 食べよう」 勇者「即答だな」 魔王「温くなっては味が損なわれる」 284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 12 49.19 ID OGIpmW2P 勇者「もきゅ……美味いな」 魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」 勇者「半分こだぞ?」 魔王「そうなのか?」 勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」 魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」 勇者「……? ああ。うん、そうだな」 魔王「勇者」 勇者「ん?」 魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」 勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」 魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」 勇者「しかたないな、ほれ。あーん」 魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。 やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」 勇者「食わないのか?」 魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ! 誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」 勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」 魔王「……食べさせてくれ」 勇者「お、おう」 魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん 287 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 14 38.45 ID OGIpmW2P 勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」 魔王「うん、甘いぞ」にこっ 勇者「そ、そか。ほら、ついてる」 魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」 勇者「なんだよ」 魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ 勇者「~っ!?」 魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。 契約を守らないのは信義に悖る行為だ」 勇者「あ。う、うん」 魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ 勇者「わ、わかった……」 魔王「?」 勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ 魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」 勇者「はいはい」 魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。 親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」 勇者「ううう」 魔王「どうした勇者?」 勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」 がちゃん! 魔王「変な勇者だなぁ」 301 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 52 44.57 ID OGIpmW2P ――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室 火竜公女「すまぬ、ありがとう」 同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」 火竜公女「帰ったぞよ」 辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」 火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」 同盟職員「インフラですか」 中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」 火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」 中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、 板についたじゃないですかい。 その服もブラウスも、地上のだろう」 火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。 竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって なんとも困ってしまうのでありまする」 同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」 中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」 辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」 火竜公女「ただいま帰えりました。 あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」 辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって ちっともおかしくはないでしょう?」 303 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 55 51.01 ID OGIpmW2P 火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」 同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」 火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ 中年商人「そいつは?」 火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。 ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、 商人殿の云われるとおりかや……」 コッコッコッ……がちゃん 青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」 辣腕会計「委員もお疲れ様です」 火竜公女「良いところに来た」 中年商人「こっちもだ」 青年商人「早速話ですか。せっかちですね」 中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」 青年商人「お茶を頼みます」 同盟職員「はいっ」 火竜公女「では、商人殿からどうぞ」 中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は 工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」 青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」 中年商人「で、その後の相談なんだがね」 青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした ルートの敷設、と云う話ですよね」 304 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 57 27.18 ID OGIpmW2P 中年商人「ああ、どうだ?」 青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。 しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、 『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、 これは難しいですね」 中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」 青年商人「提案?」 中年商人「こいつを見てくれ。 これは、今あの大空洞現場の監督をやっている 掘り出し物が書いた図面なんだがな」 青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」 中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」 青年商人「ふむ」 中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として 認識することも可能だが、 ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、 その設計士は云うんだな」 青年商人「ふむふむ」 中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん 壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を “落とす”事が出来る」 青年商人「え?」 中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」 305 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 19 58 45.20 ID OGIpmW2P 青年商人「あの長い距離を!? どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」 中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。 あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。 その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。 いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”? 詳しいことは俺にも判らないが。 それどころか反転した地点の逆側の引力を使って 滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。 えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」 青年商人「ふむ」 中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の 応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった 反射鏡を用いる」 青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」 中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、 それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。 勤務体制は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。 その費用はそれなりに掛かるだろうが、 いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、 毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」 青年商人「検討に入ってください」 中年商人「調査には実費が発生するが?」 青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」 中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」 308 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20 00 40.28 ID OGIpmW2P 青年商人「お願いします」 中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」 青年商人「はい」 火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」 中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」 火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ 中年商人「ははははっ! ではっ!」 タッタッタ、ガチャン! 辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」 青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」 火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。 交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」 青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」 火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。 あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。 そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、 自治委員会の意見でありまする」 青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」 火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と 云うことになるだろうが」 青年商人「ふむ……」 309 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20 01 52.23 ID OGIpmW2P 火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」 辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」 火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。 自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を 機怪族へと貸し出しを行ったと」 青年商人「ほう」 火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。 この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が 必要なのだろうな……」 青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」 火竜公女 こくり 青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」 辣腕会計「はい、全て売却しました」 火竜公女「“小麦引き渡し証書”? この春、もうじき取れる小麦の権利だろう? それを手放したのか?」 辣腕会計「ええ」 青年商人「売りましたよ」 火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、 三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」 青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」 313 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20 12 09.56 ID OGIpmW2P 青年商人「それに考えても下さい。 あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、 それは相手が取り立てを恐れている間のこと。 騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、 武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。 もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが ダメージを与えるためにもお金が必要です。 ここいらが引き際ですよ」 火竜公女「誰に売ったのだ?」 青年商人「教会ですよ。中央の」 火竜公女「なっ」 青年商人「貴族が寄ってたかっても 絶対に踏み倒せない相手です。 もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、 わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して あげましたけれどね。 そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから 多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」 辣腕会計「良い取引が出来ました」 火竜公女「そうなのか?」 青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、 旧金貨から新金貨への乗り換えです。 我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを 小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて 保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を 持ってはいなかった」 314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20 13 59.91 ID OGIpmW2P 辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、 大量の新金貨を得ることが出来ました。 この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。 いや増大さえしました。 また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、 結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。 それだけの新金貨を失ったのですからね。 回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。 しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。 小麦の取り立ては、教会に任せましょう」 火竜公女「……悪辣じゃのぉ」 青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」 辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、 概算ではこのような結果になったようです」 青年商人「ふむ……」ぺらっ 火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」 青年商人「それは云わぬが華でしょうね。 ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、 おおよそ1/3~1/4で行いました。 『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して 1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」 火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」 青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが 小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。 途中でジャガイモを大量購入したり、 三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」 辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」 315 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 20 15 20.50 ID OGIpmW2P 火竜公女「すると、儲けはないのかや?」 青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」 辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、 姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が 身についたようですね」 火竜公女「そのようなことはない。 妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で 売れてしまったかのような 寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ 青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、 少なくない儲けを出すことが出来ました。 『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」 火竜公女「十分ではないかっ」 辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は 金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」 青年商人「ええ、もちろん。 その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、 新しい商売のチャンスを手に入れました。 今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。 しかし商売の戦に終わりはないんですよ」 火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」 青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」 火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」 372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22 38 02.16 ID OGIpmW2P ――冬越し村、魔王の屋敷 (――お節介かも知れないけれど、 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?) メイド姉「……」 メイド妹「おねえちゃーん」 メイド姉「……」 メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」 メイド姉「あ、うんっ」 メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」 メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」 メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」 メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」 メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」 メイド姉「ね、妹……」 メイド妹「なぁに?」 メイド姉「楽しい?」 メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」 メイド姉「そか」 374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 22 39 58.57 ID OGIpmW2P メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも 勇者のお兄ちゃんも好きだよ」 メイド姉「そう……だよね」 メイド妹「うんっ!」 メイド姉「……らんらんらん♪」 メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」 メイド姉「うん」 メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」 メイド姉「よいよー」 ぱんっ! メイド妹「完成!」 メイド姉「良く出来ました」なでなで メイド妹「えへへ~。あ!」 メイド姉「なに?」 メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」 メイド妹「よかったぁ」 メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」 メイド妹「うん!」 382 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 06 49.15 ID OGIpmW2P ――氷の宮廷、謁見の間 コンコンッ! 貴族子弟「こんにちはー」のこのこ 氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」 貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。 あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」 氷雪の女王「とは?」 カチャリ 外交特使「お初にお目に掛かります」 貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。 中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵のお客人です。 こちらは我が氷の国の誇る女王陛下」 氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」 外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と 花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」 氷雪の女王「おや」 外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、 わたしを氷の国への特使として派遣されました。 この感謝の意を伝えるためでございます。 誠にありがとうございました」 383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 08 16.88 ID OGIpmW2P 氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」 貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」 氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。 我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを 入れさせましょう」 外交特使「かたじけありません」 貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」 氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。 中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」 外交特使「いえいえ、そんな事はありません。 貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と お見受けいたしました」 貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」 氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」 外交特使「これはまた。ははっ」 とくとくとく。 貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」 外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」 貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」 氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」 外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。 近日中にでも届けさせましょう」 384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 09 21.81 ID OGIpmW2P 氷雪の女王「では!」 外交特使「はい」 貴族子弟「やれやれ」 氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」 外交特使「はっ。陛下はご決断されました。 このたびの大きな転回点を越え、 国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、 氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に 参加させて頂きたいとのことでございます。 これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」 氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような 思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと 一歩踏み出せるでしょう」 外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の 修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが 特に大きかった、と。 陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」 貴族子弟「うんうん」 氷雪の女王「そんな事を?」 貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」 氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。 でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」 外交特使「あはははっ」 385 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 11 22.44 ID OGIpmW2P 貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。 あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の 患者の看病を出来たと云うことだけで」 外交特使「いいえ、それだけでも十分です。 また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が 今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して 下さったのはまさに福音としか言い様がありません」 貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」 氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」 外交特使「その件ですよ」 貴族子弟「?」 氷雪の女王「どういう事でしょう」 外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、 此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、 湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。 聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、 その命脈を絶とうとするに対して、 湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。 故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について 割れた国論がまとまったのです」 氷雪の女王「……そう、でしたか」 貴族子弟「……」 氷雪の女王「子弟?」 貴族子弟「はい」 氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」 貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」 392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 34 18.13 ID OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷 勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」 メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」 魔王「わかっている。情けないな。 転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」 女騎士「普段から運動不足だから、 ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」 メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」 メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん! それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」 魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」 勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」 魔王「ベッドはイヤだ」 メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」 メイド姉「はい、暖めてあります」 魔王「では、そちらに行こう」 メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」ぱたぱたぱたっ 女騎士「張り切っているな」くすっ メイド姉「待ち遠しかったんですよ。 昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで 料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり 寂しいですから」 393 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 35 59.31 ID OGIpmW2P ――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室 コッコッコッ、ガチャ 勇者「そっか。二人だもんな」 魔王「留守中心配をかけたな」 メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」 メイド姉「はいっ」 魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」 女騎士「部屋着だからだ」 魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」 メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」 魔王「ありがとう、妹よ」にこっ 勇者「ふぅ~。着いたなぁ」 魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。 あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、 この部屋はずっと暖かい気がする」 勇者「騒がしい二人娘もいるしな」 メイド長「ふふふっ」 メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」 魔王「うん、目を通そう」 勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」 メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう 抜粋や統計をまとめてあります」 魔王「ありがたいな」 394 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/23(水) 23 37 21.21 ID OGIpmW2P メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから 夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」 魔王「楽しみにしておるぞ」 メイド妹「えへへ~」にぱぁ 女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、 一回修道院の建物の方に顔を出してくる。 ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」 魔王「済まなかったな、女騎士」 女騎士「気にすることはない。 しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」 魔王「善処する」 勇者「……」 メイド長「どうなさいました? 勇者様」 勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」 魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」 女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」 勇者「そうなのか?」 メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」 勇者「そ、そか。んじゃそうする」 女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」 ページトップへ <前7-1へ|次7-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/50.html
<前7-3へ|次8-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」8-1 35 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21 56 21.35 ID pLtZgbkP ――聖王都、場末の宿屋 奏楽子弟「やぁ、当たって砕けたねぇ」 メイド姉「そうですねぇ」 奏楽子弟「でも、教会ってこういうものなの?」 メイド姉「え?」 奏楽子弟「いや、この大陸も今まであちこち旅してきたけれど 教会ってどこにもある割には、結構いろいろだよね」 メイド姉「ああ、それはそうですね」 奏楽子弟「光の精霊だっけ? 神だっけ? 同じ者を信じているのに、結構バラエティがあるなって」 メイド姉「同じ教えを根にしていても、 その解釈や実践方法において差があって、 だんだんと色んな流れに分かれていったんですよ。 それらは修道院、修道会と云った形で表面化しています。 大まかなところでは一緒ですけれど、細かい部分では かなり違いがありますね。 たとえば聖日ごとのミサを重要視する修道会もあれば、 地域での助け合いを重視する修道会もあります。 教会って云うと信仰の場のようですけれど、 実際には、学問や医療や人々の生活の難問を 解決する、公共の場所のような意味合いもありますからね」 奏楽子弟「それでみんな教会を大事にしてるんだ」 メイド姉「そうですね」 奏楽子弟「でも、なんか。……ここの教会は、大きい割にはね」 36 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21 58 41.52 ID pLtZgbkP メイド姉「それは、まぁ。ある意味仕方ないかも知れませんね」 奏楽子弟「そうなの?」 メイド姉「聖光教会。中央教会ともいいますが、 これはもう非常に強力なのです。 普通、ただ単純に“教会”といえば、 この宗派を指すぐらいに最大派閥なんですよ。 この大陸にいる光の精霊信者の半分以上は、 この中央教会の影響下にあると思います。 実際の人々は、色んな国や貴族の領地に暮らしていますけれど その殆どが教会にも所属しているわけですから 彼らの生活の全てを補佐していたり、影響力を持っています。 ここまで大きくなると、国であっても無視できないし、 むしろ気にしながらでないと、民を治めることなんて出来ません。 教会が一言“背教者”と名指しにしただけで、 自分の領地の領民がその日のうちに貴族を血祭りに上げたり しかねませんからね」 奏楽子弟「結構物騒なんだね」 メイド姉「ええ、そんなわけで、教会。 とくに聖光教会は強大な権力を持っています。 その権力が正しく働けば、横暴な貴族や王族から 民を護る盾のようにもなるでしょうけれど 現実には、貴族や王族と癒着して、農奴や開拓者を 苦しめてしまうこともありますね。 また、そうやって大きな力をもっていますし、 知識や技術などの集積もしていますから、 ……んー。自分たちを優れたものだと考える 聖職者の方もいらっしゃるようなのです」 奏楽子弟「それでああいう横柄な態度になるわけだ」 メイド姉「そうですね……」 37 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 21 59 49.46 ID pLtZgbkP 奏楽子弟「どうしよっか。 あの態度は、ちょっとやそっと粘ったくらいで どうにかなる感じじゃなかったね」 メイド姉「そうですね。わたしもちょっと甘く見ていました」 奏楽子弟「うん、びびった」 メイド姉「すごいですね」 奏楽子弟「すンごいね」 メイド姉「ええ」こくり 奏楽子弟「金ぴかじゃない」 メイド姉「お城よりも豪華でしたよ」 奏楽子弟「お城なんて行ったことあるの?」 メイド姉「あ、いや。見た目だけ」 奏楽子弟「彫刻のない柱なんて無かったね」 メイド姉「目がくらくらしますよ。どれだけ広いんですか」 奏楽子弟「ざっと見た感じ、短い辺が千歩ってとこだったね。 本体は石造、漆喰、伽藍はフレスコ、彫刻した柱は総大理石。 金箔に象眼。絵画に植樹、人工庭園。 あれは当代一の建築家に芸術家に技術者動員しても20年がかりの 仕事だね!」 メイド姉「詳しいんですね! 詩人さん」 奏楽子弟「ま。腐れ縁に土木野郎がいるからねっ」 メイド姉「わたしはもっと、広いだけで質素な、煉瓦造りの 大きな集会場みたいなものを想像しちゃっていましたよ」 奏楽子弟「わたしも。そういう教会、多かったしね」 メイド姉「ええ」 38 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22 02 48.68 ID pLtZgbkP 奏楽子弟「どうしよっか」 メイド姉「仕方ありませんね」 奏楽子弟「やっぱり諦めるしかないよねぇ。ここまで来たのになぁ」 メイド姉「潜入しましょう」 奏楽子弟「え?」 メイド姉「こっそり入りましょう。黒っぽい服あったかな」 奏楽子弟「ええっ!?」 メイド姉「はい?」 奏楽子弟「ほんとにっ!?」 メイド姉「はい」 奏楽子弟「何でそう思い切りが良いの、メイド姉さんはっ」 メイド姉「なんででしょう……。勇者様の悪影響なのかな」 奏楽子弟「?」 メイド姉「いえ、身近に行動力が突出した人が多くて」 奏楽子弟「もうちょっと、慎重にさ」 メイド姉「ええ、慎重に潜入計画を立てないといけないですよね」 奏楽子弟「そう。こういう事には準備がね。 できれば簡単な内部見取り図とか、巡回の把握とか、 目標地点の確認とかもしないと」 メイド姉「しばらく路銀を稼ぎながら情報収集ですね。 ありがとうございます。詩人さんはやはり頼りになりますね」 奏楽子弟「……あれ? いつの間にか潜入することになってる?」 メイド姉「なんだか胸騒ぎがするんです」 奏楽子弟「そう?」 メイド姉「空気がざわざわしているような……」 42 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22 20 54.42 ID pLtZgbkP ――白夜国首都、白亜の凍結宮 蒼魔の刻印王「ふむ。それで引き上げてきたか」 蒼魔上級将軍「どのような罰をお与えになりますか?」 蒼魔の刻印王「いいやかまわん。 どちらにしろ騎馬隊の任務は偵察だったのだ。 鉄の国が峠道を一本つぶしてでも交戦を避けた。 その情報にも意味がある。 多少遠回りにはなるが、より太い街道が何本かあっただろう?」 蒼魔上級将軍「おいっ。ここいらの地図を持ってこい」 蒼魔軍兵士「はっ!」 ばさぁっ! 蒼魔の刻印王「これは、山か。そして森林だな。 この地方の森林は深いのか?」 捕虜の文官「……ぐっ。深い……。原生林だ」 蒼魔上級将軍「軍の動きは著しく制限を受けますな」 蒼魔軍兵士「恐れながら、刻印王様のお力で、敵軍ごと 焼き払うわけには行かぬのでしょうか?」 蒼魔の刻印王「もちろん出来るとも。 お前が勇者の相手をしてくれるのならば 喜んでそうしよう」 蒼魔軍兵士「しっ、失礼を申し上げましたっ!」 蒼魔上級将軍「――と、なりますと」 44 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 22 25 10.55 ID pLtZgbkP 蒼魔の刻印王「この街道を通り、蒼魔騎兵部隊および 歩兵部隊を進める。 重装蒼魔兵部隊を中核に据えるとしてどの程度かかる?」 蒼魔上級将軍「10日から12日、と云うところでしょうか。 こちらの世界は地下と比べて山脈が険しいようですが、 街路の状況は悪くありませんな」 蒼魔の刻印王「騎行部隊を編制せよ。 周辺の地形を探索させるのだ。 人間の民間人に出会った場合は殺せ。 足跡を残すのも面倒ごとになる」 蒼魔上級将軍「決戦は、この平野ですな」 蒼魔の刻印王「蔓穂ヶ原か。――おい、蔓穂とは何なのだ」 蒼魔上級将軍「お答えせんか」 ビシィッ! 捕虜の文官「……蔓穂は、草花だ。白から濃い紫の。 花が咲く……その平野は……開発の手が着いていない……」 蒼魔の刻印王「紫か」 蒼魔上級将軍「吉兆ですな。我らが蒼魔の色」 蒼魔の刻印王「我は勇者との戦いに備えて瞑想に入らねばならぬ」 蒼魔上級将軍「はっ!」 蒼魔の刻印王「後は判っておろうな。この国の掌握に 兵は2000も残せば十分であろう。督戦隊を組織せよ。 例の策を使うのだ」 蒼魔上級将軍「はっ。仰せのままにっ!」 50 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 01 16.04 ID pLtZgbkP ――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場 銀虎公「これはっ」がたっ 碧鋼大将「ご回復ですかっ」 鬼呼の姫巫女「ご回復おめでとうございますな」にやっ 紋様の長「ご本復誠に喜ばしい限り」 魔王「え、あ。いや……。その、世話をかけた」 メイド長「さ、まおー様。座ってください」 銀虎公「よっし、魔王殿もこれで回復だ」 碧鋼大将「うむ」 火竜大公「これで肩の荷が下りますかな」ぼうっ 魔王「まず最初にこの場にいる知恵深き長がたに われ三十四代魔王“紅玉の瞳”は深くお礼申し上げる。 我が不徳から長き間そのつとめを離れたことを 申し訳なく思うと共に、その間のつとめを我に代わって 果たしてくれた長がたの深い知恵と行動を嬉しく思う。 我のいない間の長がたの問題認識とその決断に 至るまでの経緯、重ねた議論については、 これなる黒騎士にして勇者から聞いている。 長がたの下した決断で、 我のほうから不服や不足がある点は一つもない。 どれも熟慮と配慮ある決断であったと考える。 銀虎公、碧鋼大将、妖精女王、衛門の長、 鬼呼の姫巫女、紋様の長、巨人伯。 深くお礼申し上げる。 特に火竜大公には意見のとりまとめをして頂いた。 見事であったというほかない」 51 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 02 15.25 ID pLtZgbkP 銀虎公「いや、そんな頭を下げられるような」 鬼呼の姫巫女「我らは、為すべき所を為したまで」 巨人伯「そうだ……まおう……治って良かった」 火竜大公「はははっ。魔王殿にそう言われて、 我ら一同、胸のわだかまりも労苦も解けて 流れていくようですな」 妖精女王「はいっ」 東の砦将「怪我の具合を聞いても良いかい?」 メイド長「代わってお答えします。 包帯のほうも取れまして、食事の制限も通常に戻っています。 予後治療としてあと一ヶ月程度の治癒術を予定していますが、 戦闘などはともかく、ごく普通の政務であれば問題ないと 考えております」 魔王「と、いうことだ」 メイド長 ぺこり 銀虎公「で、あるならばもはや何の問題もないな」 碧鋼大将「うむ」 火竜大公「魔王殿、ではこの会議はその役目を終え 魔王殿に全権をお返しする、と云うことで宜しいか?」 魔王「いや、それは保留としよう。 現在は問題の規模が大きくなり、 事件と事件の間の距離が開きすぎている」 妖精女王「蒼魔族、ですか」 52 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 05 20.71 ID pLtZgbkP 魔王「今回の事件に対応するためには、 この会議の力がまだ必要だと思えるのだ」 火竜大公「……ふむ」 紋様の長「魔王殿は今回の蒼魔族の人間界侵攻、 どのような対応をすべきとお考えか?」 魔王「そうだな。ふむ……。 衛門の長よ。あなたは人間界、魔界の事情の両方に 明るかろう。またその経験から軍事にも秀でておる。 現在の状況について思うところを聞かせてくれ」 東の砦将「ふぅむ」 ぽりぽり 副官「しっかりしてくださいね」 東の砦将「まず、最近色々聞きかじったところに寄れば、 蒼魔族の領地には約16万人の蒼魔族が取り残されたようだな。 キツイ言い方になりますが、こいつらは捨てられた。 ……そういう事になるんだろう」 碧鋼大将「哀れな。捨てられたる哀しみも知らず」 鬼呼の姫巫女「そうであろうな」 紋様の長「ふぅむ」 妖精女王「あくまで隠密裏にですが偵察した結果、 多くの食料は軍が糧食として徴収していったようですね。 また砂金や軍需物資の持ち出しも確認されています」 鬼呼の姫巫女「蒼魔族の領土内には鉱山も多く、 中には魔界最大の金山もあったはず」 妖精女王「どれくらいの持ち出しが為されたかは、 偵察のみではとても把握できませんが」 53 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 06 58.65 ID pLtZgbkP 東の砦将「次に蒼魔族の軍部の行動についてだ。 これは明白だろうな。 手詰まりになる前に討って出たということだろう。 現状魔界の全軍を相手に押し切るのは難しい。 ……まぁ、おそらく勇者の存在も効いたんでしょうな。 あの場で魔王を殺し自分が即位してしまえば 逆らう族長は粛正して恐怖政治にて魔界を支配できる 可能性もあったと云える。 その目論見が外れて、しかも蒼魔族以外が団結してしまった。 これがたとえば獣人族や機怪族を巻き込んで、 魔界を二分する大戦にでも出来ていれば、 まだいろいろやりようもあったんだろうが、 この状況になってしまった以上、戦ったところで、 早い遅いの差はあれじり貧だ。 現にこの会議だって、どのような決着にするかについては 考えていたが、負けた場合の事なんて考えてはいない。 蒼魔族の命運は尽きた、その前提での話だったわけだ」 銀虎公 こくり 碧鋼大将「人間界に討って出るとは……」 東の砦将「そのとおり。 蒼魔族そこで人間界に討って出た。 結果から考えると、これはなかなか悪い手ではない。 もちろん蒼魔族にとっては、と云う意味だがな。 小耳にはさんだ話じゃ、蒼魔族は地上に侵攻早々、 白夜国という国の都を落として掌握したって聞く」 火竜大公「一国を?」 妖精女王「そこまでの力を備えていたのですか」 54 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 08 32.87 ID pLtZgbkP 東の砦将「ああ、南部諸王国と呼ばれた4国のうち一つ。 様々な理由で立ち後れ、周囲に戦争を仕掛けては 返り討ちに遭い、国力も兵力も衰えていた国がある。 それが白夜国だ。 そんな国に運悪く蒼魔族が現われた。 城は一日も持たなかったそうだ。 結果として、蒼魔は地上に足がかりを作ったことになる。 地上では、魔界とは違った形だが、戦争の気配がってな。 南部の王国と中央が争っている。 正直に言えば、今は魔族の相手などはしていたくはないはず。 その隙を狙って、一番落としやすそうな所を落とした。 その上そう言う案配の地上だもんだから、 全員が一致協力して、この蒼魔族を撃つかどうかは判らない。 何せ蒼魔と戦い始めた瞬間、背後から同じ人間に 攻められるかも知れないわけだからな」 勇者「……」 魔王「……」 東の砦将「現状の把握はこんな所だろう。 またこのさきについて多少考えるならば、 おそらく蒼魔族は地上で版図を広げるつもりなのだろう。 魔界の領土を捨てた以上それ以外に残された道はない。 いずれ魔界へと帰るにしろ、その時は、 何らかの事態の変遷を経て、 魔界と自分たちの戦力差が縮まった時となる」 59 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 38 47.39 ID pLtZgbkP 勇者「正確な分析だろうな」 魔王「考えなければならないのは、内通だな」 紋様の長「内通?」 銀虎公「どういう事だ?」 東の砦将「あまりにも地上の情報に通じている、ってことだ。 白夜国は、度重なる失策で疲弊もしていたし、 何と言えばいいかな。 国家、こちらで云うところの氏族か。 その組織としての輪郭が、あまりにもぼやけていた。 隅々まで統制は行き渡っていなかったし なんというか、負け犬のような根性になっていたんだろうな。 そこを鮮やかにつかれた。奇襲としては完璧だ。 だが、魔界の氏族に、そのような地上の知識や機微が どこまであるのか? また狙いをさだめたとしても、 2万からの軍を動かすとなれば地理や気候などを 無視して上手く行くものではない」 火竜大公「人間の中に、蒼魔族に手を貸したものがいる、と?」 東の砦将「そうだ」 魔王「まぁ、そのような内通者などどこにでもいる。 ここにいる族長の方々も程度の差こそあれ、 人間界の事情は何くれとなく気にかけているであろう? 今回の内通とはその規模ではなく、 もし、地上界のどこかの国家が、蒼魔族を援軍として 呼び込んだのだとしたら……。 そこが懸念だ」 60 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 41 01.01 ID pLtZgbkP 銀虎公「地上の争いか……」 火竜大公「ふぅむ」 魔王「わたしの把握している情報だと、その可能性が もっとも高そうなのが、白夜国自身だ」 妖精女王「どういうことですか?」 魔王「つまりその場合は、人間界での自分たちの領土や 権益の回復を目指し魔界と手を結ぼうとしたが 逆に蒼魔に隙を突かれて自滅した。という形だな」 銀虎公「ふぅむ。なんていうか、そこまで落ちぶれた 氏族だったのか? 白夜族というのは?」 東の砦将「あー。そうかもなぁ」 魔王「このパターンは哀れな話ではあるが ある意味自業自得ではあるし、 この先の問題点は少ないと云えよう。 つまり、蒼魔族は白夜国を滅ぼしたことで、 人間界での案内人を失ったわけだからな」 鬼呼の姫巫女「ふむ」 魔王「わたしが恐れているのは、もう一つの想定だ。 人間界での戦は、単純化すれば『南部』と『中央』との 戦いだと云える。その片方が蒼魔族を招いた場合だな」 銀虎公「そいつらはどんな理由で争っているんだ?」 勇者「はじめはそこまで争っていなかったんだ。 だが『南部』の国は魔界との戦いの最前線だった。 それにたいして、『中央』の国々は後方の安全な場所から 戦争に賛成していたんだな。この辺の意識の違いから だんだんと溝が深まっていった」 61 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 42 25.97 ID pLtZgbkP 魔王「だが今となってはそう言った始まりの原因よりも、 様々な点で国としての方針が合わなくなって しまったことが大きいな。 『中央』の国々は、魔界との全面戦争を望んでいる。 しかし、それには大空洞に近い『南部』の国を従えるか 制圧しなければならない。そもそも『中央』の国々は プライドが高く、『南部』が従うのを望んでいる。 しかし、経済や交易などで力をつけた『南部』の発言力は だんだんと『中央』の制御から離れていった。 現在決定的な意見の相違は二点だ。 『南部』は奴隷を解放したが、『中央』は奴隷を認めている。 『南部』は魔界との停戦を模索しているが 『中央』は魔界との全面戦争、少なくとも遠征を意図している」 銀虎公「面倒だな」 火竜大公「蓋を開けてみれば、より複雑なのであろう」 魔王「それはどこの世界でも一緒だ。多くの人が生きていれば 意見の違いもある。一筋縄では行かぬ」 鬼呼の姫巫女「しかし、そうなると、 蒼魔は人間界にとっても大きな転機になりうるな」 魔王「その通りだ」 銀虎公「人間が最初に魔界に攻め込んだんだ。 人間全部が魔界の富に釣られているって事じゃないのか?」 東の砦将「富の部分は否定しないがね。 まぁ、この件は教会の影響力も大きかった」 62 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 43 40.44 ID pLtZgbkP 鬼呼の姫巫女「教会とは、神殿の仲間であろう?」 東の砦将「そうだな。魔界の神殿組織よりも、 地上世界の教会のほうがずっと組織として整備されているし、 発言力も強大だが、根底は似ている。 教会は国家、つまり氏族の枠に縛られない。 実際問題、人間界ではただ一人の神が信じられているんだ」 巨人伯「一人!?」 勇者「ああ、そうだ。光の精霊という」 魔王「――炎の娘だ」 東の砦将「それで、まぁ、その教会が宣言しちまったのさ。 “魔界は悪だ、殺すべきだ!”ってな。 一応、誤解の無いように言っておくが 魔界に住む魔物の多くは、地上世界の動物よりもずっと 戦闘力が高くて危険なんだ。 その性質は地上に出ると余計に強化される。 つまり凶暴化するんだな」 鬼呼の姫巫女「魔物と魔族を一緒にするでない」 東の砦将「その意見は判るが、 そこは頭の悪い野蛮人だと思って我慢してくれ。 ゲートが開放された時に出た被害者や拡散した魔物、 それから教会の伝えた報告により、地上の大部分の人間は 魔界の実態も知らないままに恐怖した。それも事実なんだ」 紋様の長「ふむ……」 63 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 45 06.72 ID pLtZgbkP 魔王「そんな状況下で、蒼魔族が地上で暴れた場合 魔界と人間界の間の関係に決定的な影響を 及ぼしてしまう可能性が高い」 碧鋼大将「人間界が、再び魔界侵攻をすると?」 東の砦将「……」 魔王「魔界侵攻そのものは問題ではない。 いや、それはそれで憂慮すべき事だが、一つの結果だ。 むしろ問題は、人間界に住む人々に大規模に魔界の 恐怖がきざまれてしまい、もはや共存の可能性が 無くなってしまうことだ」 銀虎公「……ぐるるるる」 碧鋼大将「……」 妖精女王「それは困ります」 東の砦将「そうだなぁ」 魔王「ここにいる長の方々 全てが共存に賛成な訳ではないのも判っている。 しかし、考えてみて欲しい。 地上と地下、二つの領域があったのだ。 人間界の戦力が我らよりも小さい可能性はもちろんある。 だが同様に我らと等しい可能性も、我らよりも大きい 可能性もあるのだ。 そうだろう? 相手が我らよりも劣っているなどと 判断できる理由はどこにもないのだ。 魔王としてこれだけは断言する。 勝てたとしても、負けたとしてもその戦争は 最低でも100年は続くだろう」 65 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 47 34.94 ID pLtZgbkP 紋様の長「逆に聞きますが、 その全面戦争を回避できる策はありますか?」 魔王「確実な策はない」 妖精女王「ないんですか……」 東の砦将「……」 魔王「実際問題、我らは違いすぎる。 肌の色も、姿形も。生活習慣や信じる神、食べている物。 服装や、社会規範から、尊い思う礼節まで。 戦争にならないほうが不思議だ。 自然のままであるのならば、いずれ争いになるだろう」 碧鋼大将「……」 銀虎公「……」ぎりっ 魔王「だがしかし、わたしはやはり回避できるのならば 戦争は回避すべきだと考える。 別に人間族を恐れているからではない。 戦えば、勝つ。勝つための努力をする。 それが魔王だからな。 ――しかし、それでいいのか? 長老方。 わたしには他にも出来る何かがあるような気がする」 勇者「銀虎公」 メイド長「?」 勇者「何か言いたいことがあるんじゃないのか? 云っちまった方がいいと思うぜ。会議なんだから」 66 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/26(土) 23 49 41.54 ID pLtZgbkP 銀虎公「我が一族は、戦闘の一族だ。 だから……人間と戦うのならば、ためらいはない。 100年続くと云ったが、別に悪くないではないか? 100年が1000年でも同じ事。 栄誉と酒の中、雄々しく戦えばよい。 だが、しかし。 その角笛を蒼魔族が吹くのは、釈然とせぬ。 今の話を聞いていると、我らはどうも……。 蒼魔族に騙されて人間と戦うようではないか」 火竜大公「ふぅむ、そうとも云えるな」 東の砦将「……ふむ」 銀虎公「我が獣牙の一族は、 戦う順番としては蒼魔が先だ。そう言いたい」 妖精女王「だがそうなると人間界に攻め込むことに」 碧鋼大将「余計に事態を悪化させるではないか」 東の砦将「いーや、その意見は漢の意見だ! 俺たち衛門一族は、虎の大将に乗っかるぜっ。 叩くのなら、蒼魔族が先だろうよ。 そいつが筋ってもんだ。なぁ! 大将!」 副官「将軍っ!?」 銀虎公「おおっ! 衛門の長もそう言ってくれるかっ!!」 紋様の長「人間世界と100年の全面戦争を始めるおつもりかっ!?」 巨人伯「人間……こわい……」 銀虎公「だが、これは義の問題だっ。 逆に云えば、我らが魔界の裏切り者が人間世界で暴れているのだ。 それを叩くに何の遠慮を必要とするっ」 73 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 05 56.75 ID 34eUyEEP 魔王「鬼呼の姫、竜の長。お二人の意見は如何に?」 火竜大公 ちらっ 鬼呼の姫巫女 こくり 火竜大公「我ら二人は、魔王殿に賛意を投じます」 鬼呼の姫巫女「無法を討つ。この理は人界でも通用すると考える。 もしそれさえ通じぬとあらば、もはや人間と 我ら魔族は判り合うことはないのだ。戦争も致し方あるまい」 紋様の長「巫女殿っ! ご老公っ!」 魔王「長がたよ。何事もせずに手をこまねいていても、 自体は刻一刻と悪化を続けているのだ。 で、あれば銀虎公に賭けてみるのも一つの方策であろう?」 碧鋼大将「……仕方あるまい」 銀虎公「魔王殿っ! それではっ!?」 魔王「長がたに異存なくば、魔王軍初の遠征とする」 火竜大公「そして初の親征となりますな」 魔王「だがしかし、遠征としてはあまりにも遠い地ゆえ 大軍を率いて行くわけにも行かぬ。銀虎公っ」 銀虎公「はっ!」がばっ 魔王「精鋭八千を率いて我が傍らで右軍将軍として 我が意に従い指揮を行え」 銀虎公「ははぁっ!!」 76 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 08 03.60 ID 34eUyEEP 魔王「碧鋼大将」 碧鋼大将「はっ」 魔王「難しいことを頼むが、長ならば必ずや やり遂げるものと思う。 旧蒼魔族領地に入り、その金山、鉱山、工房を封鎖し凍結せよ。 また、その領民を掌握し、安堵せしめよ。 これより旧蒼魔族領地の鉱物資源の管理は 機怪一族に任せる。 機怪一族がその異形ゆえ迫害されてきた歴史は知っている。 その一族の悲しみを他者に味合わせてはならぬ。 長と軍に見捨てられた蒼魔族を救えるのは 同じ悲しみを知る長の一族だけだ。頼む」 碧鋼大将「承りましたっ。必ずや」 魔王「巨人伯、鬼呼の姫巫女、紋様の長」 巨人伯・鬼呼の姫巫女・紋様の長「はっ」 魔王「長がたの下した決断をわたしは重んじたい。 この魔界を栄えさせるためには、三氏族の力がどうしても必要だ。 世界が戦になろうと平和になろうと、街道と開墾は 必ずやその力になる。建設に総力を挙げてくれ」 鬼呼の姫巫女「はい、必ずや」 紋様の長「承りましてございます」 巨人伯「……まかせろ」 79 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 09 28.26 ID 34eUyEEP 魔王「火竜大公」 火竜大公「判っております」 魔王「うむ。この会議が魔界の束ねとなろう。 わたしが人間界に行っても、代わらず皆を導いてくれ」 火竜大公「この老骨が砕けぬ限りはお約束いたしましょう」 魔王「砦将殿。人間の世界が舞台となる。 開門都市に兵の蓄えが少ないことは承知だ。 好きなだけの手勢を率いてわが左軍将軍となり その知謀を貸してくれ」 東の砦将「判った。まかしとけや」 妖精女王「あ、あの……わが一族は?」 魔王「妖精の女王よ」にこっ 妖精女王「はいっ!」 魔王「あなたが今回の遠征の要だ」 妖精女王「とは?」 魔王「わたし達は蒼魔族を討ちに行く。 そのためには人間世界、つまりは人間の国々を 通り抜けなければならないだろう。魔界でも同じだが 武装した集団が氏族の領土に侵入してきたら戦争と 取られても仕方ない」 妖精女王「はい……」 魔王「女王には特使として、 人間の国々からの許可を取って頂きたい」 92 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 26 29.16 ID 34eUyEEP ――聖王国、深夜の大教会、聖堂地下 コツン、コツン、コツン 奏楽子弟「ん。……いいよ」 メイド姉「はい」 コツン、コツン 奏楽子弟「この匂いは……」 メイド姉「古くなった羊皮紙ですね」 奏楽子弟「ここはどうやら、あまり人の出入りがないみたい」 メイド姉「今は有り難いです」 コツン、コツン 奏楽子弟「……しっ」 メイド姉「っ」 しーん 奏楽子弟「大丈夫。あけるよ?」 メイド姉 こくり ぎぃいいぃ…… 奏楽子弟「あ……油くらい差そうよ。心臓止まるかとおもったよ」 メイド姉「まったく」 奏楽子弟「どっちかな」 メイド姉「多分、下です」 94 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 27 53.40 ID 34eUyEEP コツン、コツン、コツン 奏楽子弟「ここが書庫だね」 メイド姉「はい」 奏楽子弟「どうする?」 メイド姉「え?」 奏楽子弟「ここまで来たんだ。『聖骸』は後回しでもいいや。 何か探したいものがあるんでしょう? 付き合うよ」 メイド姉「では、この間の物語を」 奏楽子弟「あれ?」 メイド姉「ここになら、もっと詳細な物があると思うんです」 奏楽子弟「ふむ。わかった」 メイド姉「ここに明かりを置きますね」 コトっ 奏楽子弟「朝までは……」 メイド姉「あと6時間ほど」 ペラッ。しゅるん…… 奏楽子弟「時間はないね」 メイド姉「はい」 しゅるるん……ぺら…… 奏楽子弟(この娘……。たぶん、特別なんだ。 意志を持って歩いている。わたしもそうだけど……。 わたしが音楽を選んだように、何かを選んだ娘なんだ) 98 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 32 05.68 ID 34eUyEEP ――宝珠の伝説 見よ炎に生まれし娘有り。 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。 見よ大地に生まれし少年有り。 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。 幼き恋は精錬の炎により鍛え上げられ、誓いは胸を焦がす。 願うは翼。風に乗り大空を舞う。 大いなる神鳥に愛されし少年は、人間の血ゆえ 精霊にとっては罪となる宝をその胸に秘める。 罪の名は――。 魂の翼にして希望の言葉。時に自らを縛る鎖。 砕けたるは黒き大地のオーブ。 贖罪の子にして黒き羊の少年は、その禁じられし恋ゆえに その従兄弟にして大地の精霊王と 呪われし魔峰にて互いを滅ぼし合う。 落ちるはその身体。 死せるはその命。 しかしその悲哀、砕けし宝珠の威力もて、大地は引き裂かれる。 精霊は相争い、五家の結束は永遠に失われ、和合すること無し。 互いに争い激しい戦火を交え滅びの闇に沈む。 救世を願うは少女。 炎に生まれし、いと聡き娘なり。 少女の選びし答えは世界。 愛しき少年の指先を離し、全ての命の守り手となることを願い 残る全てのオーブをかき抱き、その身を光に変える。 生きとし生けるものの守り手、我らが恩寵の主なり。 99 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 33 42.59 ID 34eUyEEP ――聖王国、聖堂地下、古代の文書保存庫 奏楽子弟「これ……かな?」 メイド姉「ええ」 奏楽子弟「なんだか、悲しい話だね。 恋をしたのが禁じられた掟のために選べない相手で、 それでも結ばれたいと願ったら世界が壊れちゃうなんて」 メイド姉「……」 奏楽子弟「こんな伝説があるのなら、あんな乱世でも 仕方がないのかな……。 世界を滅ぼした少年の子孫はいつまでもいつまでも 迫害を受けるのかも知れないね……」 メイド姉「本当にそうなんでしょうか?」 奏楽子弟「え?」 メイド姉「少年と少女が掟破りをしたくらいで、 精霊様の五つの家が仲違いなんて初めて 戦争になんかなるんでしょうか? この話って本当なんでしょうか?」 奏楽子弟「それは判らないけれど……。伝説だし」 メイド姉「そもそも、精霊様は一人です。 少なくともわたしが教わってきた精霊様は光の精霊様一人で」 奏楽子弟「それは、この炎の精霊が最後に光になって……」 カツン、コロコロ メイド姉「あ」 奏楽子弟「同じ筒に撒いてあったみたいだね。それは?」 101 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 36 39.42 ID 34eUyEEP メイド姉「いえ、何でしょう。 古い受領書? 契約、でしょうか」 奏楽子弟「神殿かな」 メイド姉「建築みたいですね。四代目“琥珀の焔”と 大主教の……転移門?」 さぁぁぁぁあ!! 奏楽子弟「なっ」 メイド姉「青い……水っ!?」 奏楽子弟「うううん、濡れてない。これ、何っ!?」 メイド姉「わたしにも何が何だか」 さぁぁぁぁあ!! 奏楽子弟(やだっ。真っ青で……。溺れそうっ) メイド姉「こんなっ……」 さぁぁぁぁあ!! 奏楽子弟「金色の砂……海鳴りの降る……」 メイド姉(……なんだろう、この光っ) 奏楽子弟「メイド姉さん、手をっ」 メイド姉「え? はっ、はいっ」 チリン…… 103 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 47 59.25 ID 34eUyEEP ――光に満たされた夢 光の精霊「……よ」 女魔法使い「……ん」 光の精霊「……ゆ……よ」 女魔法使い「……やっと呼ばれた」 光の精霊「……ゃよ」 女魔法使い「……手、ある。足、ある。……身体は揃ってる。 勇者から聞いていたとおり。これが精霊の夢」 光の精霊「……しゃよ」 女魔法使い「……なに?」 光の精霊「……勇者よ」 女魔法使い「違う」 光の精霊「……勇者よ。……救ってください」 女魔法使い「……」 光の精霊「……勇者よ。……この世界を……」 女魔法使い「……」 光の精霊「……勇者よ。……この」 女魔法使い「いいかげんにせぇよっ」 光の精霊「……勇者よ」 女魔法使い「じゃかしいわぁっ!!」 ドグワッシャァーーン!!! 106 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 00 50 35.91 ID 34eUyEEP 光の精霊「……ゆ……ゆ……ゆ」 女魔法使い「哀れを誘う声でぴぃぴぃ泣きくさって 勇者の優しさにつけ込んだかぁ、このへたれっ! お前のその執着がっ。 勇者を苦しめていると何故思わんっ!」 光の精霊「……この世界……を か弱き……罪なき……人々……を……」 女魔法使い「万巻の伝承をひもとき、 ようやくたどり着いたこの光の夢で よもやこんな泣き言を聞かされようとは思わなかったっ。 精霊――っ!! 確かに世界はあんたに救われたけど、 それって本当に救うべきだったんかっ!? 救うべきでないものを救ったん違うかっ!? あんたの愛は正しいと保証できるんかっ。 あたしは……。 多分勇者の隣に立つことはないけれど 勇者を想う気持ちで、――っ。 あんたに負けるなんて夢にも思いつかんっ。 来るだけ無駄だったけれど、一個だけ云っておく。 この天地が砕け散ろうと、絶対にっ。 絶対にあんたの思い通りにはさせんからなっ」 光の精霊「……救って……この……昏い世界を……」 女魔法使い「……それが」ふぅ 女魔法使い「……お節介だというのです」 201 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19 20 39.77 ID 34eUyEEP ――氷の国、外れの交易村 開拓民「止まれ~!! 誰かそいつを止めてくれぇ!! 器用な少年「止まれと云われて止まる馬鹿がいるかよぅ」 開拓民「そいつは泥棒だぁ!! 誰かぁ!」 器用な少年「ははっ! 追いつけるもんなら追いついてみなぁ! へっへーんだ。こちとら食ってないんだ最軽量だぜぇ!」 メイド妹「えい」ひょい 器用な少年「え?」 グルグルグル、ズッデーーン!! 器用な少年「何しやがるんだ、この雌ガキっ!!」 メイド妹「泥棒はいけないことだよっ?」 器用な少年「うるせぇ!! だったら死ねって云うのかよっ! こっちは命がけで食ってるんだよっ!」 タッタッタッ 開拓民「捕まえてくれぇ~」 器用な少年「来やがったな! 邪魔すんな、あっち行けドブスっ!」 貴族子弟「おやおや。淑女――の卵になんて口を聞くんですか」 202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/27(日) 19 23 39.95 ID 34eUyEEP 器用な少年「邪魔すんなよ、洒落者の旦那。 ってか、あんたも財布をおいていくか?」チャキッ 貴族子弟「そんなちっぽけなナイフで何をするんです?」 メイド妹「ううっ。貴族のお兄ちゃん」 器用な少年「はんっ! でかい口聞くなよっ」 貴族子弟「エレガントさが足りませんよ、君」 ヒュバッ!! 器用な少年「え?」 メイド妹「ひゃっ!!」 器用な少年「あ、あ、ああっ!!」じたばたっ 貴族子弟「早くその下半身を隠しなさい。むさ苦しい」 器用な少年「お、お前が切ったんじゃねぇか」 貴族子弟「えい」 ぼくっ 器用な少年「#’〒☆♭()ッ!!!」 貴族子弟「つまらぬ物を蹴ってしまった」 メイド妹「泡吐いてるよ? この子」 開拓民「はぁっ! はぁっ! き、貴族様でしたか。 ありがとうございます!! こいつは泥棒なんですよっ!」 貴族子弟「いえいえ、こっちの都合もありますからね。 このあたりに詳しそうな道案内が一人欲しかったんです」 206 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/27(日) 19 46 18.11 ID 34eUyEEP ――鉄の国、王宮、大広間 鉄腕王「……そんな訳で、魔族との一端の交戦は 我が国守備部隊により、峠道において回避された。 だが、我が鉄の国と白夜の国は山と大河を隔てて 長い国境線を接している。 人も通わぬような辺境地帯を抜けて、 今も魔族の侵攻が進んでいると見て間違いないだろう」 氷雪の女王「……」 女騎士「鉄の国の軍備はどうなのだ?」 鉄腕王「数字だけで云えば6万に迫る数だが、 その多くは開拓民や難民など、名ばかりの軍人に 過ぎないし、訓練らしい訓練など、まだやっと手をつけたばかり。 戦場に出せる数は、全てかき集めても1万がやっとだろうな」 氷雪の女王「我が氷の国は3000と云ったところ」 冬国士官「冬の国は7500が良いところでしょう」 冬寂王「それでも、三年前に比べれば倍にも増えているが」 鉄腕王「だが、どの国も急激にふくれあがった人口の治安維持や 国境警備に必要な部隊もあろう。 それらを差し引くならば、動員したとしても三ヶ国合わせて 半数の1万に届くか、届かぬか」 氷雪の女王「問題は、魔族の軍勢がどの程度いるかですが……」 冬寂王「我が手の者の情報に寄れば、 今回魔界から突如侵攻してきた魔族は、 蒼魔族と呼ばれる魔界でも随一の過激派、 好戦派と云える部族だそうだ。 率いるは刻印王とよばれる若き王で前王を抹殺の上、 軍を掌握し、その精鋭を率いて人間界へ流れ込んできた。 その数は2万と5千」 ページトップへ <前7-6へ|次8-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/41.html
<前6-4へ|次6-6へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」6-5 561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17 21 46.06 ID 2wq60CIP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕 魔王「……」 勇者「どうした? どこからだったんだ?」 魔王「ふむ。鬼呼族の姫巫女からの親書だ」 勇者「どんな?」 魔王「停戦に同意する、と」 勇者「おお。……つっても、 あそこは元から交戦派じゃないよな」 魔王「いや、この意味合いは小さくはない。 “交戦したくはない”と“停戦をしたい”では その示すところが大きく異なる。 鬼呼族は大勢力であるしな。 先の乱世では 蒼魔族とは感情的なもつれがある仲だ。 蒼魔族を説得、とはいわぬが、意志をかえさせるには 鬼呼族の側面支援はありがたいだろう」 勇者「そうか。……機怪族はどうだ?」 メイド長「勇者様に運んで頂いた、鉱石、土壌サンプルなどを 全て届けさせました。大きな興味を示されたようです」 魔王「そうでなくては、かなわぬ」 勇者「これでテコ入れになったかな?」 魔王「確実に効果はあろう。機怪族は発展のためにも、 一族を増やすためにも希少鉱石と鉄が必要不可欠だ。 この二つが、地上世界との交易により安定的に 供給されるとあらば、一族の意志は根底から 問い直されることとなろう」 勇者「良い方向だな」 563 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17 22 49.08 ID 2wq60CIP 勇者「それにまぁ、荒療治だけど、 獣人族の方も云われたとおりにしてきたぞ」 メイド長「いかがでした?」 勇者「メイド長の思惑どおり、矛は収めてくれたよ」 メイド長「そうでしたか。ふふふっ」 魔王「どういう事なんだ?」 勇者「いや、獣人族の女性蔑視が酷いって言ってたじゃないか」 魔王「ああ」 勇者「その辺いじって喧嘩をふっかけさせてさ。 そのうえで十人抜きとかいって、その侮辱を撤回させてきた」 魔王「そんなこと出来るのか?」 勇者「おいおい、一応は勇者だぜ」 魔王「でも、余計に感情が悪化しなければいいが」 勇者「その辺は、メイド長の作戦でな」 メイド長「はい」 勇者「適当なところでこっちも譲って、 相手を持ち上げていおいたんだ。成功したとは思うけれど」 メイド長「しばらくはぎくしゃくするかと思いますが 悪い方に転がってはいないでしょう。殿方ですからね」 魔王「ふぅむ、やるな」 勇者「ちょっとつついただけさ」 564 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 17 23 54.49 ID 2wq60CIP 魔王「だが、こうなると。そろそろ頃合いか」 勇者「うん」 魔王「……迷うが」 勇者「でも、そろそろ時間的にも押してきているんじゃないか? なんとなくだけど、他氏族の長も苛々している印象を受ける」 メイド長「そうですねー。あまりにも長引きすぎると、 温度は魔王様の指導力の問題も感じさせてしまいますね」 勇者「だけどまだ、蒼魔族は全然攻略できてないんだよな」 メイド長「ですね」 魔王「いや、一度押してみる時期か」 勇者「いくのか?」 魔王「ああ、この件で鬼呼族が当てに出来ると判った以上、 他氏族の反応も含めて探るべきだろう。 特に機怪族の意見について変化があったかどうかを知りたい。 うまくいけば、蒼魔族の底意が開戦であったとしても 全体の意見の圧力で雰囲気を一気に停戦に 持っていけるかも知れない。 そうなれば蒼魔族の1氏族だけでは、そこまで強固に 交戦の主張も出来ぬであろうしな」 勇者「確かにそうなるか」 メイド長「では、明日にでも」 魔王「うむ、最初の激突といこう」 567 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 13 48.69 ID 2wq60CIP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕 ざわざわ…… 魔王「さて、議論も出尽くした感がある。 我ら魔界を支える偉大なる八大氏族。その氏族の長がたに 今一度、この先の人間界との関係について意見を求めたい」 紋様の長「ふむ……」 蒼魔王「そんなものは決まっている。踏みつくし侵攻すべきだ」 銀虎公「おう! 人間何するものぞっ。 そもそものところが、われらが緑なる大地に盗賊のように 忍び込み、火を放って侵略を進めてきたのは人間ではないか!」 鬼呼族の姫巫女「しかし、勝ちが決まったとういう訳でもあるまい」 巨人伯「そうだ……。関わり合っても……。 人間とは……被害、増える、だけ……」 碧鋼大将「地上世界の鉱物資源には気を引かれますがな」 蒼魔王「鉱物資源など、征服してしまえばいかようにでもなる!」 火竜大公「……これは勇ましい」 妖精女王「わたしは反対です。せっかく二つきりの世界。 戦争は多くを踏みにじり、踏みにじられ、 互いに疲弊する選択肢。 ここは平和への道を模索するべきです」 銀虎公「ふんっ。腰抜けの妖精族がっ」 568 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 15 46.37 ID 2wq60CIP 魔王「銀虎公。忽鄰塔の場だ、無駄な挑発は慎んで頂こう」 銀虎公「ふんっ」 魔王「わたしはなにも、停戦して即座に人間世界と 共存しようだなどとは考えてはいない。 だがしかし、現在の地下世界と地上世界の戦力を考えると 戦争をして勝てるとは言いきれぬ。 いや、緒戦もしくは短期間であるならば、 奇襲を中心に勝ちを収めることも出来ようが 長期に渡る遠征は費用から見ても難しいだろう。 そもそも勝ってどうする? 人数では圧倒的に勝る人間の地を我ら魔族が支配して その支配を維持できるのかが疑問だ。 当面の間、ゲートが破壊された“極”には十分の防衛軍を置き 出入りに関してはな警戒を続ける。 我ら地下世界にとって有利で有益な貿易であれば、 制限しつつ続行をしても良いが人間となれ合う気はない。 開門都市を取り返したとは言え、我らは侵略を受けた側なのだ。 謝罪の必要は認めぬ。 ただ現在の状況を見て、戦争を継続するのが合理的かどうかを 判断して欲しい」 勇者「上手い言い様だな。あれなら反感もかき立てない」 メイド長「魔王様ですから」 紋様の長「我ら人魔族は、最初からの意見を変えるつもりはない。 この件に関しては氏族の中でも議論も意見も割れている。 よって立場としては中立、どちらにも与せぬ」 569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 17 06.97 ID 2wq60CIP 蒼魔王「われら蒼魔の意見は統一されておる、 このさい人間は滅ぶべきだ。彼らには彼らの罪の深さを 炎の中で思い知らせるのが我らの道だと考える」 銀虎公「我が一族も同様。人間どもの狩り場を 我ら魔族の物とすれば、遠征にかかる費用など容易く 取り戻せよう。……ただし」 火竜大公「ただし?」 銀虎公「そのための準備期間として、しばらくの停戦が 必要だというのであれば、その声に耳を傾けぬでもない」 蒼魔王「銀虎公っ。臆したかっ」 銀虎公「何を言うっ!」 鬼呼族の姫巫女「わが鬼呼族は戦争には反対だ。停戦を求める」 蒼魔王「っ!!」 鬼呼族の姫巫女「万事考え合わせるに、 こたびの戦は我が方の受ける被害が 甚大であろうという結論に達した。 おのおのがたも覚えておいでだろうが、 我らは一度は人間界の版図、極光島を占領したのだぞ。 しかし、その極光島を維持することは出来なかったのだ。 それはなぜか? われらが維持に必要なだけの兵力や物資を あの島に供給し続けられなかったのが大きな要因といえよう。 確かに口惜しいことではあるが、現在の我らは 仲間内で争うばかり。この戦争をやり遂げる実力に 欠けるのではないかという疑念をぬぐえん」 570 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 18 48.21 ID 2wq60CIP 妖精女王「私ども妖精族も停戦には賛成です。 もとより戦を望んだことは一度もありません。 しかるべき使いを立てて、人間との交渉に当たらせるべきです」 巨人伯「俺たちは……戦争……しないで……すむなら…… 停戦に……合意……する……」 碧鋼大将「停戦するにしろ、地上世界の物資は我が氏族に とって必要だと判断する。 よって停戦の場合の条件に何らかの交易取引、 もしくは賠償としての物資要求をしていただきたい。 ――そのような条件下で停戦に合意しましょう。 かなえられない場合は、一戦を辞さないと我が氏族は考えます」 火竜大公「まぁ、このような流れになってしまっては 仕方ありませぬなぁ。 竜族としても停戦に合意いたしましょう。 懸念であった開門都市もまた、 人間族からは奪い返し魔王殿の直轄領となった。 あの地が征服されたままでは絶対に合意することは ありませんでしたがな」 ぼうっ 魔王「ふむ、ではとりまとめると…… 条件はあれど、停戦に合意できるとする氏族が6。 中立が人魔族一統、そして交戦すべしが蒼魔族……。 このようになるな」 勇者「思ったよりも良い流れだぞ」 メイド長「ええ。獣人族が曲げてくれたのが大きいです」 蒼魔王「なんて軟弱な奴らなのだっ。おのおのがた! 魔族の誇りはどうなされた! 我ら魔族が人間の風下に 立ってなんとするっ!」 571 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 20 58.03 ID 2wq60CIP 妖精女王「しかし、停戦は魔王様の意志でもあります」 銀虎公「ふんっ。小癪だが魔王は、魔王だ」 巨人伯「そう……だ……」 鬼呼族の姫巫女「われらが魔族の大協定。 魔王の言葉にはそれだけの重みがある。 一考しなければなるまい?」 蒼魔王「っ! 敗北主義者どもが」 魔王「どうだろう? 蒼魔の勇士よ、ここは曲げてもらえぬか?」 紋様の長「あえて、というならば人魔の意見も停戦だ。 なにもことさら人間と和議を結びたいわけではないが、 ここで会議の結果が割れては、 またしても魔界は乱世をむかえてしまうだろう。 それだけは避けねばならぬ」 蒼魔王「――そんなにも」 銀虎公「?」 蒼魔王「そんなにも魔王の言葉が重いのか。 では、各々がたに問おう。 たしかに三十四代魔王“紅玉の瞳”の意志は停戦に有りとて しかしその魔王ご自身が決戦を決意されたならどうなさる!」 572 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 22 26.35 ID 2wq60CIP 巨人伯「……それは……しかたない」 碧鋼大将「魔王のご意志であれば、我ら鋼の民はくつわを並べて 戦場にはせ参じ、人間らと一戦交えるのみ」 銀虎公「それこそが我ら獣牙の勇者の望みよっ。 そのような雄々しい魔王の指揮の下、新たなる肥沃な世界に 領土を求めることこそ、戦士の誉れっ」 妖精女王「しかし、戦はっ。戦争は互いの氏族を滅ぼす 諸刃の剣っ。そのようなことでは氏族の命脈保てませぬっ」 蒼魔王「それこそ魔王の責務であろうっ。 魔族を導き魔界に大いなる繁栄をもたらすことがっ。 優れた魔王であるならば、 妖精族から被害を出さずに勝利を手にすることも可能なはずだ。 妖精族は魔王に信頼を置くことが出来ないというのか? それともなにか? 妖精族は我が氏族可愛さに 魔界全ての繁栄を否定するというのかっ」 妖精女王「そのようなことはありませぬが……」 蒼魔王「我ら蒼魔の一族は、ここに 三十四代魔王“紅玉の瞳”の廃位を要求するっ!!」 巨人伯「っ!」 火竜大公「なんじゃとっ!?」 鬼呼族の姫巫女「そのようなこと、許されると思うてかっ!」 573 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 23 34.25 ID 2wq60CIP 魔王「っ!?」 勇者「なっ、なんだ!? そんなことあるのかっ!?」 メイド長「判りませんっ。そんなことが出来るか どうかなんて考えたことさえありませんでしたっ」 妖精女王「馬鹿なことをっ! どのような権利を持って たかが一介の氏族長がそのようなことを要求するのですっ!」 蒼魔王「出来るのだ。『典範』にも明記されている。 非常に希なことではあるが、第八代の治世に前例がある」 巨人伯「前例……」 火竜大公「うかつっ」 鬼呼族の姫巫女「前例とは?」 蒼魔王「『典範』によれば、“魔王を除いた忽鄰塔参加族長の 半分の賛成を持って魔王を廃位出来る”となる。 すなわち、4名だ。 使われたことが一度しかない権利だが、前例は前例だ」 銀虎公「そのような前例が……」にやり 碧鋼大将「魔王殿はその在位の間一度も戦の経験がおありではない。 このような魔界存亡の危機にその資質が問われると?」 蒼魔王「我ら蒼魔族はそのように考える」 銀虎公「そうだな。魔王たるもの相応の実力を持ってなきゃいかん」 碧鋼大将「……理に叶うのであればそれも道」 巨人伯「……魔王は……おおきな……ほうが……良い」 574 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 26 18.09 ID 2wq60CIP 勇者「何だってんだこいつら」ぎりっ メイド長「落ち着いてくださいっ」 火竜大公「ふぅ……」 鬼呼族の姫巫女「魔王の廃位か。……して、新魔王は?」 蒼魔王「それは魔王が倒れた時と同じように、 新しい星が魔王を選ぶだろう。 候補者の中から魔王選定の武会を開催して決めればよい」 銀虎公「今度こそ、我が獣人から魔王を出すのだっ」 蒼魔王「これは頼もしいことですな。だがしかし、 われら蒼魔族も忘れて貰っては困りますぞ。 どちらにせよ、次代は雄々しい魔王をいただけるというわけだが」 巨人伯「我ら……巨人の子らに……栄光は……輝く……」 鬼呼族の姫巫女「……そのようなことを考えておったか」 魔王「……」 メイド長「まおー様が、真っ青です……」 勇者「魔王っ。どうにかならないのか」 メイド長「まったく予定にないことですから……」 蒼魔王「では、決を採るとしましょう、各々がた」 火竜大公「いや、またれよ」 蒼魔王「は?」 575 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 18 28 46.55 ID 2wq60CIP 火竜大公「これはこれで、重大事。 しばし協議の時間をいただきたい」 蒼魔王「何を話合う必要がある。 この評決は全会一致を目指す訳でもない。 己が信じるところの意思を表明すればそれで事足りるわ」 銀虎公「その通りだっ」 鬼呼族の姫巫女「いや、火竜大公の云うことももっとも。 氏族への説明も無しに決めることは、出来ないこともあろう。 それぞれがそれぞれの事情を抱えているのだ」 蒼魔王「ふんっ」 巨人伯「日没……来る……」 蒼魔王「良いでしょう。日没まで後二時間ほどだ。 採決は日没に行いたい。 そのために二時間を協議に当てると云うことで宜しかろうな」 火竜大公「……良かろう」 鬼呼族の姫巫女「心得た」 妖精女王「そんな……」 魔王「……では」 紋様の長「いや、これは魔王“紅玉の瞳”殿の進退を問う評決。 魔王殿、あなたが発言することは重大な『典範』への 挑戦となりましょう。二時間を、心安らかにお過ごしあれ。 結果如何によっては、今宵、開戦の決が取れるやもしれませんぞ」 603 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20 29 22.37 ID 2wq60CIP 魔王「やられたっ」どんっ メイド長「まおー様……」 魔王「あんな手に出てくるとは、予想してなかった。 こちらの読みが甘かった……。 わたしも魔王の権威に頼っていたというのかっ」 勇者「……」 魔王「……すまぬ。良いところまで議論を 追い詰めていたというのに。このままでは……」 勇者「いや、これは俺の責任だ」 メイド長「勇者様……?」 勇者「警告は受けていたんだ。――魔法使いから。 『典範』を探して、調べろって。それを突き詰めなかった ――俺の責任だ」 メイド長「……」 魔王「いや、そうではない。 結局は目先の停戦ばかりを追いかけて、魔族の中に信頼を 育てることが出来なかったわたしの無為が招いた結果だ」 勇者「駄目なんて云うなよ」 メイド長「そうですよ、諦めるには早すぎます」 魔王「しかし、この二時間で打てる手がない。 あそこまではっきりと釘を刺された以上、 わたしが他の族長の説得をすると云うことは、 保身以外の何者でも無かろう。 残されるとすれば、採決の場にて魔王廃位に票を投じた長を」 604 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 20 31 12.87 ID 2wq60CIP 勇者「殺しちまう、ってやつか」 魔王「そうなる」 勇者「だが、この状況になっては意味がないな」 メイド長「そうですか? まおー様だって云ってたじゃありませんか。 過去には言うことを聞かなかった 長を消し炭にした魔王さえいるって。 それこそ前例があります」 魔王「だが、しかしそれは1名だったのだ」 勇者「ああ。つまりは、全会一致のために、 その1名を取り除く必要があったんだ。 消し炭って云う過激な手段に目が行くけれど、 結局魔王は他の7氏族の支持を受け代表して粛正したに等しい」 メイド長「……」 魔王「この状況で、たとえば4名の長がわたしの 廃棄に票を入れたとする。 その長を皆殺しにして決定を破棄させたとしても、 “半数の氏族が魔王を支持していない”と云う事実は 消えることがない」 メイド長「そんな……」 魔王「今までも支持をしていたわけではないだろうが、 それでも魔王の名前が持つ権威に従ってくれていたのだ。 蒼魔族は判っているのだろうか。 わたしの廃位うんぬんではなく、 ここで決定的な亀裂が起きてしまえば また魔族の内部分裂が始まる。 乱世の再来を自分たちで招いていることに……」 勇者「……」 魔王「事は魔王が廃位する、と云うことより深刻なのに ただ見ているしかできないとは……」 607 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 06 12.56 ID 2wq60CIP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕 蒼魔王「さて、時間だ」 魔王「……」 勇者「大丈夫だ。いざとなれば力尽くでも」 メイド長「でもそれじゃ」 勇者「魔王を護る。そうすればまだチャンスはあるはずだ」 紋様の長「日が沈むな……」 蒼魔王「さよう。緑の太陽がその輝きを衰えさせる」 銀虎公「評決と行こうではないか、皆の衆」 碧鋼大将「良かろう」 巨人伯「……わがっだ」 火竜大公「……」 蒼魔王「では、動議を提出させて貰ったわたしから行こう。 われら魔族が戦を望もうと望むまいと、 現に今は戦時下である。人間が何時攻め込んでくるやもしれぬ。 そのような時に、怯懦な魔王を頂くとは 氏族の民に対する裏切りにも等しい。 わが蒼魔は、現魔王の廃位に票を投じる」 609 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 08 21.73 ID 2wq60CIP 妖精女王「妖精族は現魔王の今までの業績を評価します。 魔族同士の争いを止め、紙や土木技術などの面で 魔界の文化に貢献なされました」 銀虎公「文化? ふんっ」 妖精女王「我らは小さきもの、かそけきもの。 月光と森羅に住む妖精族は現魔王を支持します」 魔王「……」 銀虎公「わが獣人族にとって力が全て。力あるものに従い 戦においては武功を立てて、平時にあっては力を蓄える。 現魔王は1回の親征も行ってない故にその実力は未知数。 わが獣人族は伝統に従い、力計れぬものに信頼は置けぬ。 獣人族は、現魔王の廃位を求める」 鬼呼族の姫巫女「我らが戦に対する求めは 先に話したとおりの現状維持。魔王を変えてなんとする。 次に選ばれる魔王が、戦に狂った狂人でない保証はなく 現魔王よりも力に溢れているという保証もない。 我らは常に何時の世代であれ、 配られた札での勝負を余儀されなくされてきた。 それがこの世界の不文律。 限られた選択肢の中で知恵をしぼる尊さを理解する故に、 我ら鬼呼の民は現魔王を支持する」 碧鋼大将「地上に溢れる宝はやはり我が氏族に不可欠。 その素晴らしさを教えてくれた現魔王には感謝するが やはり我らと人間はわかりあえぬ。 魔族の中ですらその異形ゆえ、 長い間権利も認められず機械人形の類として虐げられてきた我らは 人間との交わりの中で、 一度得た我らが権利が失われることをこそ恐れる。 やはり人間と共には暮らせぬ。 ――我らは、現魔王の退位を望む」 610 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 09 47.40 ID 2wq60CIP 紋様の長「我らが人魔一統は、この件に関しても中立を 貫かせて頂く。つまり、棄権だ」 蒼魔王「ふんっ。その優柔不断がそのうち手ひどい 火傷になって自らを焼かないように気をつけることですな」 巨人伯「……魔王は……ちいさ、すぎる……。 俺たちは……小さいひとより……おおきな、ひとが、良い…… ……いくさは。なくてもいい……が…… 魔王は……変わるなら……変わった、ほうが…… 良い……」 魔王「……っ」 勇者「よっつだ……」 メイド長「駄目――なのですか……」 銀虎公「魔王は廃位。これで次代の魔王が生まれるのだっ!」 碧鋼大将「新魔王、か」 蒼魔王「早速ふれを出さなければ。しかし、在位20年。 長くはないが、けして短くはない。 しかも、存命のまま魔王の座を降りることが出来るなど ある意味限りなく幸運なことと云えましょうな」 火竜大公「黙れ」 蒼魔王「は? なにを云っているのですか? 老公。 もはや結果は出たのです。今さら何をかばう必要があります」 火竜大公「黙れ、と云ったのじゃ」 ごうっ! 619 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 24 51.07 ID 2wq60CIP 鬼呼族の姫巫女「……」 蒼魔王「では黙りましょう。ご老公。何か仰りたいことでも?」 火竜大公「我がまだ票を入れていない」 銀虎公「何を言っている、もう結果は出たのだ!」 蒼魔王「さよう。ご老公が現魔王を支持したとしても、 結果は変わりませぬ。何を言い出すのです」 火竜大公「そのようなことを云っているのではない。 我はこれでももっとも古くから魔界の氏族として 成り立ってきた竜の一族、そのとりまとめたる火竜大公ぞ。 何故その言葉を聞かれることもなく かような重大な決議を下されねばならぬっ!」 銀虎公「だから結果は変わらないと……」 火竜大公「黙らっしゃい!! 我が一族を軽んじるのではない! そのように云っているっ!!」 鬼呼族の姫巫女「それは、もっともな仰りようではあるな」 紋様の長「確かに」 蒼魔王「ふむ。一理あるようだな。 是非ご老公の判断も伺いたい。 たとえその意見が結果にいささかも影響を 与えられないとしても、ですがな」 620 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 25 55.06 ID 2wq60CIP 銀虎公「早く言って欲しいな、こちらは年寄りではないのだ」 火竜大公「……」 妖精女王「火竜大公、最後の意見を」 魔王「……」 紋様の長「ご老公、票を投じ為されませ」 火竜大公「……」 蒼魔王「ええい、何を押し黙っているのだ! みずから軽んじるな、発言を重んじろと云っておきながら 沈黙を通すとは、いかなる了見か。応えて頂こうっ」 銀虎公「そうだ、ご老公。その態度はわれら八大氏族と 忽鄰塔を愚弄することに他ならぬぞっ」 バサッ 東の砦将「遅れましたかい?」 副官 ぺこり 魔王「え?」 勇者「砦将……? なんで」 624 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 27 22.12 ID 2wq60CIP 火竜大公「では、我が竜の一族から申しあげよう。 我が竜の一族は、ここに改めて、新しい氏族を紹介したい」 蒼魔王「なっ、何を言い出す! この危急の時にっ!」ダンッ 銀虎公「氏族だと!? 聞いたこともないっ!」 鬼呼族の姫巫女「説明して頂けるか? ご老公」 火竜大公「もちろんだ。 だがひとまずは彼の者の口上を聞くのが宜しかろう」 東の砦将「あー。俺、じゃねぇや。 えーっと。それがしは東の砦将と申す者。 ここに忽鄰塔本会議すなわち大氏族会議への 参加を求めてやってきた」 魔王「参加……?」 蒼魔王「何を言う! 忽鄰塔本会議は魔族のなかでも もっとも実力ある八大氏族と魔王が意志決定をする 魔界の最高機関。 貴様のような木っ端魔族が参加するような所ではないわっ!」 東の砦将「そいつぁどうも。俺は魔族でもない人間なもんで」 蒼魔王 がたっ! 銀虎公「人間だとっ!?」 巨人伯「に、人間……!」 蒼魔王「どういうつもりだ、火竜大公っ!!」 火竜大公「どういうつもりもこう言うつもりもない。 そもそも魔族とはなんぞ? この地下世界、魔界へ住む ものの総称であろうがよ。この者は魔界に住んでいる。 故に魔族だ。人間でもあるのだろうがな」 627 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 28 35.56 ID 2wq60CIP 銀虎公「そんな説明が納得できるかっ!」 火竜大公「『典範』のどこにも、人間を魔族と認めぬとは 書いていないではないか」 鬼呼族の姫巫女「あははははは!!!」 紋様の長「その人間がこの会議に何用なのだっ!」 東の砦将「ええ、それをこれからご説明しますよ。 俺、あー。それがしは、族長として」 蒼魔王「人間の次は族長だとっ!?」 東の砦将「そうですな。 それがしは衛門族の族長として、氏族四万八千を背負い、 この忽鄰塔大会議への参加を要求します」 銀虎公「……」 碧鋼大将「な、なんだ、それは……」 妖精女王「四万八千……?」 火竜大公「さよう。この忽鄰塔大会議は魔王と魔族の中の 有力部族の長による会議。 別に八大氏族などと決まっていたわけではない。 思い出すが良かろう? そもそも機怪族が参入したのは、たかだか6代前ではないか」 碧鋼大将「我らはその権利を勝ち取った」 巨人伯「あれは……戦争の……結果……」 火竜大公「何も戦は必須ではない。4万を超える氏族と すでに会議に参加している二氏族の長からの推挙があれば それでよい」 635 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 30 35.71 ID 2wq60CIP 妖精女王「4万……?」 紋様の長「ばかな、それでは中小の氏族でさえ、 大会議に参加できることになる」 蒼魔王「そうだ、そのような民の数で何故有力を名乗れる!」 火竜大公「そんなことは、わしのあずかり知ったことではないわ! 前例があり、『典範』に記述がある。それだけよ」 副官「私から説明させて頂きます。 えー。 おそらくは前例の作られた時代による要因が 大きいのではないでしょうか? つまり当時であれば、おそらく4万は十分な 大氏族であったのかと考えます」 紋様の長「時代……だと……」 火竜大公「しかし、前例は前例だ。前例は絶対なのであろう?」 銀虎公「だ、だれが推挙するというのだっ! 人間の治める氏族などっ!!」 東の砦将「頼むよ、爺さま」 火竜大公「我が後見に立とう。後1名は、そうじゃな……」 鬼呼族の姫巫女「あはははははっ! これは愉快、痛快じゃ。 よかろう。わたしが立とう。妖精女王でも引き受けては くれようが、わたしもこの人間の言い様が気に入った」 644 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 33 49.52 ID 2wq60CIP 副官「こちらが氏族四万八千の連名書。 および氏族の本拠地たる開門都市自治政府の信任状。 ただいま後見を頂きました両氏族の長の言葉を持ちまして 全ての条件を整えましてございます」 蒼魔王「我らの声はどうなるっ」 火竜大公「この前例は評決さえ必要とはせぬよ。 手続きが終わった今よりこの男は衛門族の族長。 この会議に参加し、発言する権利を完全に備えた参加者じゃ」 鬼呼族の姫巫女「はははっ! して、どうする」 魔王「っ!」 蒼魔王「……まっ、まさか」 東の砦将「問うまでも無きこと。我が衛門族が望むは平和と繁栄っ。 すでに我が都市には多数の人間が暮らし、 魔族と手を携えてやっておりますよ。 もちろん面倒揉めごとはありやすがね。 それでも何とかやっていけるもんでさぁ。 俺たちゃべつにガキじゃねぇんだ。 腹立ち紛れに殴り合うこともあれば、 同じ釜の飯を食って肩をたたき合うこともある。 人魔族、獣人族、妖精族に、竜族、蒼魔族、 数は少ないが巨人族さんや機怪族、鬼呼族さんだって いらっしゃるんだ。 ルールは一つだ。仲良くやって豊かになれ。 俺たち……あー、なんだ面倒だな。 それがしと衛門族は、現魔王を支持しますってことで」 火竜大公「さて。おぬし。半数は取れなんだようじゃの」 653 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 49 03.77 ID 2wq60CIP 勇者「砦将っ! 砦将っ! ば、馬鹿やろうっ! 知らなかったぞ、俺はっ!!」 東の砦将「すまねぇな、勇……黒騎士さんよぅ。 俺たちだって馬を何頭もつぶしてさっきついたばっかりなんだ。 どうもその、二時間か? その間についちまったらしくて どうやっても魔王の天幕には近づけなくてな」 魔王「これだけのことを……。 わたしはその恩に応えるほどの事もしていないだろうに。 あの都市に砦将殿が残された遠因はわたしにもあるのに」 東の砦将「いいってことさ。あの馬鹿な司令官の 煤払いをしてくれたんだって思えば有り難いくらいで。 って、魔王さまだったな。 えー、ありがたく思っているんです」 魔王「ふふふっ。普段どおりで良いのだ」 東の砦将「ほう。なんだよ、笑うじゃねぇか」 副官「ま、その辺は後ででも」 火竜大公「そうだの。卿の会議はこれ以上進むまい?」 鬼呼族の姫巫女「宜しかろうな、皆様方」 銀虎公「ちっ! 切り上げだ! 帰るぞっ!」 蒼魔王「不愉快だ。失礼するっ」ガタッ 紋様の長「あれが開門都市の……」がたり 654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/20(日) 21 50 40.53 ID 2wq60CIP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕前 魔王「そうか、それで馬を飛ばして……」 勇者「魔法使いが『典範』を届けてくれていたのか」 副官「そうなんですよ。でも、解読するのに時間が掛かって。 それで、もしかして何か役に立てるかもと思って信任状を とったり慌ただしかったものです」 魔王「手間をかけたな。深く礼を言う」 勇者「魔王がこんなに感謝するのも珍しいぞ」 魔王「何を言う、わたしは恩知らずではないぞ!」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 勇者「まぁ、ともかく天幕で一息つこう」 東の砦将「喉もからからだし腹も減ったよ」 副官「そうですねぇ」 メイド長「とびっきりのお茶を入れますわ。 ねぇ、魔王様。お祝いですから、紅葉色の深煎り茶でも」くるんっ ヒュン! ヒュンヒュンヒュン!! 魔王「え」 トスっ 勇者「狙撃っ!? どこだっ!?」 東の砦将「弓矢かっ、伏せろッ!!」 副官「なんて威力だっ」 メイド長「魔王様っ!? 魔王様っっ!!!」 魔王「あ。……ん。……ゆう、しゃ」 勇者「魔王っ!!!!!」 755 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 21 22.12 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕 バサッ!! 火竜大公「魔王殿が倒れたというのは真実かっ!」 東の砦将「……」 鬼呼族の姫巫女「そうだ」 火竜大公「何が起きたというのだ。説明せんかっ!」 副官「あの会議の後、わたし達は魔王様の天幕へと 短い距離を談笑しながら移動していました……。 何者かが、無防備な魔王様を弓矢による狙撃で……」 火竜大公「魔王殿は、魔王殿は無事なのであろうなっ」 紋様の長「今は遅延の紋様を施した奥の部屋にて」 火竜大公「遅延……とは?」 紋様の長「毒をお受けです。その効果をゆるめるために」 東の砦将「弓矢は、肺を貫いた。どうあっても相当な重傷だ。 いや、本来即死でもおかしくはねぇ。 それを黒騎士が尽きっきりで食い止めようとしている」 副官「……」 紋様の長「紋様の唱え師と鬼呼族の癒し手に 祈呪をさせてはいますが、あまりにも傷が深すぎ 毒性も強すぎる……」 756 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 22 48.45 ID 0Bi87sEP 鬼呼族の姫巫女「なにゆえ……」 火竜大公「どこの誰がやったのだっ。 このような時に、このような場所で。 かつて忽鄰塔において魔王が討たれたことなど一度たりとて無いっ」 東の砦将「……っ」 鬼呼族の姫巫女「このようなやり方で魔王を討ってなんとする。 そのような卑劣なやり口、 我らが魔族において受け入れられると思うているのか。 ――痴れ者がっ。 卑劣な暗殺などで意を通そうとしても八大、 いや九大氏族ことごとく背くことがなぜ判らぬ」 紋様の長「人間、ですか……」 副官「何を仰るんですっ!?」 紋様の長「このような方法で魔王を討ったとしても それは汚名になりこそすれ、武名とはなりません。 魔族においてそれは判りきったこと。 我ら族長を動かすことなど……。 であれば、魔王を討つための人間の刺客を疑うのは必然」 火竜大公「……いや、さように考える我らたればこそ。 ことさらに魔族かも知れぬ。 討っ手が露見さえせねば汚名もまたかぶる必要がない。 “障害が取り除かれた”。 その一事を持ってよしと考える輩かも知れぬ」 鬼呼族の姫巫女「今は祈るしかないのか……」 757 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 24 04.91 ID 0Bi87sEP ぱさり…… 勇者「……」 火竜大公「黒騎士殿っ」 鬼呼族の姫巫女「魔王殿の様態はどうなのだ!?」 勇者「……一両日が峠だ」 東の砦将「っ!」 鬼呼族の姫巫女「何かいりようなものはないか? 氷か? 薬草か? いま本拠に最高の癒し手を 呼びに行かせておる」 勇者「……いや、お二方には世話になった。 望める限りの援助の手をさしのべて貰って、感謝の言葉もない。 いまはメイド長がついているが……。 奥には入らないでくれ。 ――壊死が、ひどい」 副官「そんな……」 勇者「……魔王が倒れたら、次の魔王の選出はどうなる?」 火竜大公「今はそれどころでは」 勇者「教えてくれ」 紋様の長「……星が魔王の候補者を選びます。 候補者は身体のどこかに刻印が現われる。 刻印がくっきりと大きいほどに魔王になる素質が高いと 一般には言われています。 事実、歴代の魔王は濃い刻印を持っている」 758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 25 40.85 ID 0Bi87sEP 鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者は多くの場合複数現われる。 と云っても、二人から三人だが。 現魔王が即位した時は、例外的に刻印を持つ者が多かった。 あのときは確か……」 紋様の長「六人でした」 鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者が一人であれば、その者が魔王だ。 複数であれば、魔王を決めるための継承候補者戦を行う。 魔王本人、もしくは従者を代理に立てての勝ち抜き試合だ。 この勝者を持って魔王とする」 勇者「……そうか」 ざっざっざっ 火竜大公「どこへ行く、黒騎士殿っ」 東の砦将「おいっ!」 勇者「魔王の意に沿いに行く」 火竜大公「何を!? どこへじゃ」 勇者「……戦いを止めるには時を移す訳にはいかない。 魔王の命を燃やす時は黄金の一粒より貴重だ」 副官「そんな……」 鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿」 紋様の長 ざっ 鬼呼族の姫巫女「鬼呼族の長としてわたしはここに留まろう。 結果をうけあえぬは断腸の想いなれど癒しの祈り手と共に 最善を尽くしましょう」 勇者「感謝する」 ばさっ! 759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 26 33.82 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街 ひゅん、しゅばっ! たったったったっ、たったったったっ。 勇者「夢魔鶫っ」 夢魔鶫「御身の側に」 勇者「足跡は?」 夢魔鶫「申し訳ありません、たどれませんでした」 勇者「位置の把握は出来たか」 夢魔鶫「北東の丘の一つです」 勇者「案内しろっ。“加速呪”っ」 ひゅん、しゅばっ! ――。 ――――。 夢魔鶫「こちらです」 勇者「……ここから狙撃したのか」 妖精女王「黒騎士様」 勇者「こちらにいたのか」 妖精女王「はい。妖精族は氏族をもって都市を封鎖しています。 もっともわたしたちの戦力では、封鎖と云うよりも 監視に過ぎませんが……」 勇者「それで良い」 760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 12 27 26.96 ID 0Bi87sEP 妖精女王「魔王様は……?」 勇者「危険だ」 妖精女王「……」 勇者「そのまま監視を続けてくれ。変事があれば報告を頼む」 夢魔鶫「主上」 勇者「どうした?」 夢魔鶫「逃走経路を探索した結果、複数の形跡を発見。 おそらく犯人は、数人から十人程度の組織で行動中です。 互いに移動の痕跡を消しあいながら移動している様子」 妖精女王「集団なのですね」 勇者「そいつには聞きたいことがある、色々とな」 妖精女王「はい」 夢魔鶫「主上、おかしな痕跡を発見しました」 勇者「……なんだ」 妖精女王「何もないではありませんか」 勇者「これは……戦闘か?」 夢魔鶫「判りません」 妖精女王「妖精族の魔力でも、何かあったかどうか かろうじて感じることが出来る程度ですが……」 勇者「“影の中の一矢”。……爺さんか」 770 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/21(月) 13 08 29.97 ID 0Bi87sEP ――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街外縁 羽妖精「イタ?」 羽妖精「イナイー」 羽妖精「ミタ?」 羽妖精「ミナイー」 羽妖精「デモ」 羽妖精「デモ」 羽妖精「ナンカ、キタ」 羽妖精「兵隊ダヨ、兵隊ガイルヨ」 羽妖精「息ヲ潜メテイルヨ」 羽妖精「隠レテイルヨ」 羽妖精「ゴ注進ダ-!」 羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」 羽妖精「黒騎士様ト魔王様ガ危ナイヨ」 羽妖精「危険ダヨー!」 羽妖精「ゴ注進ダ-!」 羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」 羽妖精「谷間ニハ兵隊ガ潜ンデイルンダッテ!」 ページトップへ <前6-4へ|次6-6へ>