約 3,140,704 件
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/56.html
<前9-1へ|次9-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」9-2 269 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18 37 08.36 ID chcZF3wP ――鉄の国南部、辺境の森の中 ガササッ。ガササッ。 鉄国少尉「もう少し先ですね」 衛門案内兵「そうです」 鉄腕王「……」 軍人子弟「王よ、そんなに気むずかしい顔はしないでござるよ」 鉄国少尉「そうですよ」 鉄腕王「うむ。しかし……」 ガササッ。ガササッ。 衛門案内兵「この谷をお借りしています」 鉄腕王「ふむ」 ザッザッザッ 衛門案内兵「鉄の国の王をご案内しました」 ガサッ 東の砦将「ご苦労さん」 軍人子弟「ふむ」 鉄国少尉(随分出来る気配の人だな……) 東の砦将「色々お礼を述べなければなりませんが、 あちらに天幕が張ってあります。ご案内しましょう」 271 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18 40 16.01 ID chcZF3wP ――鉄の国南部、辺境の森、獣人族の大天幕 バサッ 鉄国少尉(ふむ……) 東の砦将「こちらにどうぞ。……あー。 すいませんね、根ががさつなやつらばかりなもので。 おい、飲み物をお持ちしろ」 獣牙戦士「はっ」 軍人子弟「いや、お気になさらず、楽に。 拙者達も軍人でござるから。 礼儀作法にこだわりはないでござるよ」 東の砦将「そう言っていただけると助るな。 いや、生まれが悪いもんで言葉遣いは勘弁してくれ。 俺は、東の砦将。もとは第二回聖鍵遠征軍参加の 傭兵で、そのあとは長い間開門都市の駐留部隊の 分隊長をやっていた。 運命の変転だか数奇な偶然だかに巻き込まれて、 いまでは開門都市自治委員会のとりまとめ、 九氏族の一つ、衛門族の長をやっている。 今回の蒼魔討伐作戦では、左府将軍を仰せつかった」 銀虎公「我の名は銀虎公。 魔界の九氏族の一つ、獣牙一族の長。 今回の戦いでは、右府将軍を務めるものだ」 鉄国少尉(……こっちの将軍は、すごい闘気だな) 273 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18 41 49.99 ID chcZF3wP 軍人子弟「拙者は鉄の国の護民 卿を拝命している 軍人子弟と申す者でござる。 先だっての蔓穂ヶ原の戦いでは副司令官を つとめてござった。 こちらにいらっしゃるのが、鉄腕王。 この鉄の国の王にして、南部連合首脳でござる。 本日は、南部連合の代表としてこの会見に 参加しているでござるよ」 鉄腕王 こくり 銀虎公「まずは、この場を借りてお礼を申し上げる。 蒼魔族は我ら魔族にとっても魔王殿に弓引く逆賊。 その討伐のために軍の通行を許可いただいた。 我らは恩義を感じている」 東の砦将「魔族の勢力争い、いわば内輪もめの とばっちりを人間界にかけたことに関しても 氏族は謝意をもっている」 鉄腕王「……」 軍人子弟「王。鉄腕王。……意地張っている場合 じゃないでござるってば」 鉄国少尉「そ、そうですよっ」 鉄腕王「……」じぃっ 銀虎公「……」じっ 276 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18 44 25.10 ID chcZF3wP 鉄腕王「……今回の戦いでは、獣牙一族も 大きな犠牲を出したと聞くが」 銀虎公「たしかに。人間の乱入軍のもつ 得体の知れない武器に傷つき倒れた者もいる。 しかしいずれの獣牙の勇者達。雄々しく散ったのだ」 鉄腕王「心中お察しする」 銀虎公「……」 東の砦将(ふぅ……) 軍人子弟(何とかなったでござるか) 鉄腕王「この森は深い。未開の原生林だ。不便はないかね」 銀虎公「ない。我らは山野の民だ。ここは空気が美しく 過ごすのによい場所だ。提供してくれたことを感謝しよう」 軍人子弟「食料はどうですか?」 東の砦将「あっちから持ってきたものがある。 あと箱森で、猪だの鹿だのを多少とらせてもらえば それで間に合うはずだ。なんにせよ、長居するつもりもない」 鉄腕王「では、後ほど、いくつかの物資と酒を届けさせよう」 銀虎公「かたじけない」 鉄腕王「では、行くぞ」がたり 278 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 18 45 38.97 ID chcZF3wP 東の砦将「いやいやっ。せっかく来ていただいたんだ」 軍人子弟「そうでござるよ。この機会に詰めておくべき事も」 鉄腕王「互いにともがらを失ったのだ。 それを送るには、今少しの時間と酒がいるだろう。 われら鉄の国は武の国だ。武には武の礼節がある」 銀虎公「……」 東の砦将「……」 軍人子弟「そう……で、ござるね」 東の砦将「お気遣い、感謝いたす」 鉄腕王「それに細々しい外向的な用向きは 冬の女王と、そちらの外交使節団が片付けるだろうよ。 まだ魔族と急に握手をする気にはなれん。 多くの国民もそうだろ。 しかし今度逢う時は、もうちょっと わだかまり無く酒が飲める。そんな時代になるといいな」 銀虎公 こくり 東の砦将「……」 鉄腕王「では、行く」 ざっ 銀虎公「獣牙の戦士を、槍を掲げてお送りしろ」 獣牙戦士「はっ」 獣牙戦士「戦士の一族の魂に慰めあれっ」 282 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 17 36.57 ID chcZF3wP ――冬越しの村、湖畔修道院、院長の私室 女騎士「ふむ……」 魔王「覚悟は決めた」 メイド長「まおー様も立派になられて」うるっ 女騎士「で、どうするつもりなの?」 魔王「それが全く判らない」 女騎士「……おいおい」 魔王「いや、私たちの一族は誰でもそうだが 基本的には自分の研究ジャンル以外には疎いのだ。 わたしは経済と言うことで、技術史や社会学にも 多少の知識はあるが、それでも専門からはほど遠い。 ましてや軍事学など専門外なのだ」 女騎士「そうか……。 魔王だからてっきりそっちの専門家かと」 魔王「とんでもない」 女騎士「だがしかし、マスケットとかは 魔王がアイデアをスケッチして、 鉄の国の技術者に施策を依頼したのだろう?」 魔王「そうだ。その情報が漏れて、 中央に伝わったとしか考えられない。 わたしは異端騒ぎで掴まっていたりしたからな。 そんなときに怖くなった職人の誰かから 聖教会へと漏れたのだろう」 メイド長「……そうですね」 283 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 19 59.35 ID chcZF3wP 女騎士「これか」 かちゃり メイド長「あら、手に入れたのですか?」 女騎士「戦場を捜索して何個かはな。 だが、やはり良く判らない。 説明をしてみてくれないか?」 ガチャガチャ 魔王「ふむ、思ったよりも軽いな。 工作精度の問題か……。 乱暴に説明をするとこのマスケットは、鉄の筒だ。 筒の中に、丸い金属の玉と、火薬を詰める」 女騎士「火薬というのは昔話していたあれ?」 魔王「そうだ。ガンパウダーだ。 この火薬という物質は、火を付けると激しい勢いで爆発する。 密閉された容器での爆発力は開放部分に集中するので、 高速で玉が飛び出す。言ってしまえばそれだけの仕掛けだ」 女騎士「聞いてみると随分単純な武器なんだね」 魔王「単純だが、要するに刃のついた棒を 振り回しているだけの剣や槍よりは複雑だな」 女騎士「それもそうか……。 で、このマスケットは武器としての性能は どのようなものなの?」 魔王「正確なものは実験しなくては判らない。 と、いうものの、基本構造は今言ったように単純だが、 精度や工夫には様々な課題があるからだ」 284 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 21 25.50 ID chcZF3wP 女騎士「……そうか」 魔王「だが、見た感じで言うと、 射程距離はおおよそ100歩くらいで、 威力は板金鎧を打ち抜くほどではないだろうか」 女騎士「たいしたものだ。石弓を上回るんだね」 魔王「そうだ。発射間隔は5分に一度から、 1分に一度程度まで、これは射手の練習度に大きく依存する。 命中精度もまた同じく射手次第だな」 女騎士「ふむふむ」 魔王「ただし、この長い筒を玉が駆け抜けていって 殆ど直線上に飛ぶし、矢よりも風の影響は受けづらい。 だから、素人が使うのならば、矢よりも命中率はいいはずだ」 女騎士「……」 魔王「それに、説明でうすうす想像もついているかと思うが 弓の反発力で矢を飛ばす長弓は、弓の大きさ素材が威力を 決める。つまり、引く力が威力に直結する。 石弓も同じ機構だが、クランクやギアなどで引く力を 肩代わりできる点が違うわけだな。 そこへゆくと、このマスケットは火薬の爆発力が 威力を決める。 力が強いものが使っても威力は増えないが、 逆に力が弱いものが使っても威力は減らない。 どんな痩せた小男であろうと、板金鎧を貫く力が手に入る」 285 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 22 45.86 ID chcZF3wP 女騎士「だいたい、判った」 魔王「ふむ」 女騎士「この武器自体は問題じゃない」 魔王「そうなのか?」 女騎士「やっかいな武器ではあるけれど、所詮武器。 戦術を適切に立てれば、勝つことは難しくない。 だいたい射程の百歩だって、そこまではないと思う。 50歩もはなれたら、鎧で止まるのじゃないかな。 それに、命中精度は相当に低い。 司令官を狙うのなら熟練の長弓兵の方が期待できる」 魔王「そうなのか?」 女騎士「しかし、それは人数が等しい場合だ。 この武器がやっかいなのは、いや、そうじゃないな。 こんどの聖鍵遠征軍がやっかいなのは、 このマスケットの持つ考え方に正しく気がついて 運用してきた所にある。 つまり、“この発明は人間同士の力の差を小さくする” って言う部分なんだろうな。 おそらくこのマスケットを配った10人の農夫と 10人の騎士が闘えば、10人の騎士が勝つだろう。 でも、30人の農夫ならば、農夫が勝つ。 騎馬の持つ力や重装甲の絶対的有利が 崩れてしまう武器なんだな」 魔王「……」 メイド長「……」 286 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 24 41.55 ID chcZF3wP 女騎士「おそらくこの武器を最も有効に活用する方法は 平原における会戦で、歩兵の密集隊形からの射撃だろうな」 魔王「ふむ」 女騎士「……さて」 魔王「どうだ?」 女騎士「魔王が思いつく、この武器の弱点は?」 魔王「簡単な所では、着火機構だな。 火のついた縄を用いるせいで信頼度が低い。 つまり、発射しない時があるのだ。 それに射撃姿勢の自由度も失われる。 水平射撃が最も安定するな。 また、当然火を使うために水気に弱い。雨は大敵だ。 火縄を用いる構造上、完全な密集隊形はとりづらいと 言うこと点ある。 補給にも問題があるな。 火薬がないと無用の長物になるし、火薬は、たとえば 予備の矢の用に戦場で作るわけには行かないから」 女騎士「……そう言った機構上の弱点を改良する 方法はあるのだろう?」 魔王「うむ。それはフリントロックと言われている、 このマスケットの一段階進歩したタイプでな。 着火機構に火打ち石を使うことによりいくつかの 弱点を克服できることになる。密集率をより上げるとか」 女騎士「うーん。その情報も漏れている可能性は?」 魔王「否定は出来ない。けれど、量産はまだなんだろうな。 もし量産が成功していたら、 こんな旧式が沢山配備されているのはおかしい」 289 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 27 29.73 ID chcZF3wP 女騎士「……まず、このマスケットを我が 南部連合でも大量に生産するというアイデアは却下だ」 魔王「そうか」ぱっ 女騎士「別に魔王の良心におもんばかっている訳じゃない。 けれど、このマスケットの一番の特徴は “人数を戦闘力に置き換える”と言う部分だと思う。 だとすれば、同じマスケットと同じ戦法でぶつかり合えば 人数が多い方が勝ってしまう。 もちろん現場での用兵で寡兵が多数に勝つこともあるが その場合でも、少数の側の被害を押さえることは難しい。 その“人数を戦闘力に置き換える”というのは おそらく専門の軍人ではない、短期間の訓練を施した 即席兵を戦場にかり出すことで実現されるはずだ。 聖鍵遠征軍なんて、まさにそのためのお題目なんだから。 相手の得意な戦場で戦ってはだめだ。 三ヶ国は人工ではまだまだ中央国家に及ばないんだからな。 わたしは馬鹿だけど、それくらいは戦場の常識だ」えへん 魔王「そうだな。それでは意味がない」 女騎士「一番良いのは、兵糧攻めだ。 闘わずして勝つことが出来る。相手は数も多いしな」 魔王「それならば専門分野にも近い。多少は協力できるはずだ」 女騎士「だが、そうなると、今度は暴走が怖いんだ。 飢えて凶暴になった20万の軍が、自暴自棄になって 襲いかかってきたら、どんな国の軍だって 引き裂かれてしまう」 魔王「うん」 290 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 19 29 04.87 ID chcZF3wP 女騎士「それに戦場では常に想定していないことが起きる。 それをわたしは今回高い代価を払って学んだ。 兵糧攻めだけでどうにかなるなんて 甘い考えはよした方がいいな」 魔王「うん……」 メイド長「でも、マスケットの集団と闘うのは どうやっても犠牲が大きくなりすぎますよね……」 女騎士「……」 魔王「……」 メイド長「……」 女騎士「魔王、威力は力には依存しないと言ったけれど では火薬の量には依存するのか?」 魔王「おおむねそうだな。 火薬を増やし、火薬に耐えうるだけの筒の強度を保証し 玉の大きさを大きくすれば、当然威力は上がる」 女騎士「威力が上がれば射程も伸びるか?」 魔王「当然な。だが、まぁ、玉も重くなるから 火薬を二倍にすれば二倍、と言うわけにはならない」 女騎士「射程だけを増やす方法はないのか?」 魔王「射程……」 女騎士「相手と同じ戦場で戦うのは、 無意味であるばかりか有害だ。 で、あるならば、同じ戦場にいるべきではない。 そうだろう? 射程があれば、それが可能だ」 魔王「射程……か」 314 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20 38 23.39 ID chcZF3wP ――開門都市、『同盟』の商館 がやがや 辣腕会計「ふぅ」 同盟職員「一通りの手紙の処理は終わりましたかね?」 火竜公女「あとは、私的なものだけですゆえ」 辣腕会計「転移魔法ももうちょっと気楽に 使えればいいんですけれどね。 週一回で、小包程度じゃ貿易には使えない」 同盟職員「それでも、無ければ連絡だけで 大変な手間になってしまっていましたよ」 火竜公女「その辺は追々工夫してゆかぬといけませぬね」 辣腕会計「委員からの手紙は無かったんですか?」 同盟職員「へぇー」にやにや 火竜公女「私的に手紙をもらうような関係では ありませぬゆえ、当たり前です」ぷいっ 辣腕会計「そう言うことにしておきましょうか」 同盟職員「あれ、じゃぁこれは?」 火竜公女「ああ。これは妾の文通相手です」 316 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20 40 05.48 ID chcZF3wP 辣腕会計「へ? 文通?」 火竜公女「ええ。妾の大事な薔薇水晶の角を触らせた おのこですゆえ。慕ってきて可愛いのです」 辣腕会計「えーっと」 同盟職員「内緒にしておきます?」 辣腕会計「記憶にあるような無いような」 同盟職員「進んでいるなぁ」 火竜公女「ふぅむ」 「こんにちは! 火竜の公女さま。お仕事いかがですか? 冬の国では、いま、一年で一番良い季節を迎えています。 夏なので馬鈴薯が沢山取れて、毎日王宮にも運ばれてきますし 食卓も彩り豊かです。ことしは、カブがとても豊作でした。 だから、豚さんもいっぱい食べて元気です。 この間。鉄の国で痛ましい戦争がありました。 商人先生は毎日難しい顔をしています。 ぼくは毎日帳簿の整理と清書をしています。 最近では、6桁の暗算も出来るようになりました。 毎日やるとすごく早くできるようになりますね。 でも、まだ先生には内緒です。 公女さまは、また冬の国に来ませんか? はちみつのお菓子の新しいのがとても美味しいのです」 317 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20 41 19.03 ID chcZF3wP 火竜公女 くすくすっ 「えっと。それで。 この間、考えてもらったチーズの作戦は やっぱり公女さまの言うとおりでした。 一生懸命調べたら、担保になる期間がありました。 担保と蒲公英って似てますよね? 熟成っていうんですよ。 公女さまは知ってらっしゃいましたか? 一緒に入れたのは立ててみた計画です。 先生にはお褒めいただきました。 でも、先生は意地悪なので、ご褒美ではなくて また新しい課題を出してきたんです」 火竜公女「おやおや」 「今度は長靴です。僕たちは、柔らかい皮で作った 長靴を履きます。たいていの人は、靴を二足もっています。 長靴と、夏用の短い靴ですよ? 貴族の人はもっともっていますけれどね。 冬には、フェルトや毛皮で作った外靴を履いて 雪や寒さを防いだりします。 靴は大事なので、寝る時はベッドの下にしまいます。 村には裁縫の得意な人や専門の人がいて皮をなめしたり 靴の修理をしてくれます。新しく頼むのもこの人達です。 先生は、この靴をどうにかしたい、と言います。 本当は予算とか国の仕事じゃないんだけれど 今は人手が足りないのだそうです。 軍の人が履く、長い距離を歩いても疲れない靴って ご存じないですか? 知ってたら教えてください。 またお手紙します。公女さまとお菓子が食べたいです」 辣腕会計「……楽しそうですね」 火竜公女「なかなかにな。 苦労しているさまが目に浮かぶゆえ」くすくす 318 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 20 43 55.08 ID chcZF3wP 同盟職員「良く判りませんね」 火竜公女「商売の種は何処に転がっているか 判らぬとは、本当にその通りよな」 辣腕会計「儲け話ですか?」 火竜公女「“儲かる話に化けさせる”ではないかの?」 辣腕会計「ははは。呑み込んできましたね」 火竜公女「この都市には腕の良い靴職人はいるかや?」 辣腕会計「それは探せばいるでしょう」 火竜公女「今年は獣の皮が随分取れていると聞きますゆえ」 辣腕会計「ええ、鹿に猪、それから氷蛇。季候も良かったし 大きなは戦もありませんでしたから」 同盟職員「そう言う意味では、仕入れ時かも知れないですね」 火竜公女「それにしても行軍用の靴、か」 辣腕会計「面白い話かもしれません」 同盟職員「そう言えば、魔界の靴は出来がいいですね」 火竜公女「靴底すらない人間界の靴が おかしいように妾には思える。 あれでは厚手の革製靴下ではないか」 辣腕会計「でも、あっちではそれが普通ですしね」 同盟職員「これは確かに商売になるかも知れないな」 324 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 08 27.40 ID chcZF3wP ――冬越しの村、村はずれの館、厨房 ぐらぐら、ぐらぐら 魔王「沸騰したぞ、勇者」 勇者「ここで塩をひとつまみ」 魔王「こうか」 どさっ 勇者「それはひとつかみじゃないか?」 魔王「む。違うのか?」 勇者「同じだろう。塩は塩だ」 ぐらぐら、ぐらぐら 魔王「うむ。大差はあるまい、で?」 勇者「そこのソーセージを入れる」 ちゃぷん、ちゃぷん、ぐらぐら 魔王「で?」 勇者「次は、切ったキャベツも入れる」 魔王「ほほう。切るとは?」 勇者「俺がやるよ」シャキーン! ひゅばんっ! ぼちゃ 魔王「完璧ではないか」 勇者「ああ、自分が恐ろしいぜ」 327 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 11 03.29 ID chcZF3wP 魔王「これでいいのか? もう食べられるのか?」 勇者「いや、まて。じっくり茹でて加熱する。 おおよそ5分茹でるべし、とある」 魔王「5分か」そわそわ 勇者「うん、5分だ」 魔王「もういいかな?」 勇者「そんなに早いわけがあるかっ」 魔王「時間が判らないではないか」 勇者「しかたないなぁ。……いーち、にーい、さーん、しー」 魔王「……」わくわく 勇者「にじゅうごーにじゅうろくーにじゅうしちー」 ぐらぐら、ぐらぐら 魔王「かき回してみるか」ぐるぐる 勇者「さんじゅうしーさんじゅうごーさんじゅうろくー」 魔王「ああ、いい匂いだ」 勇者「ごじゅうにーごじゅうさんーごじゅうしー」 ガチャン 女騎士「なんだ。いるじゃない。……何をやってるの?」 魔王「いや、夕食の用意を」 勇者「ななじゅうはーちななじゅうきゅーはちじゅー」 330 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 12 31.17 ID chcZF3wP 女騎士「なんで?」 魔王「この間から非情に貧しい食事を続けていてな。 それをメイド長にぼやいた所、レシピを押しつけられて 最低限出来ないとどうにもならないので学べ、と……」 勇者「ひゃくいちーひゃくにーひゃくさんー」 女騎士「それはもっとも。――メニューは?」 魔王「茹でソーセージとキャベツ。あと、パン」 女騎士「そうか。失敗のしようもないね。 で、勇者は何をやっているんだ?」 勇者「ひゃくにじゅうにーひゃくにじゅうさーん」 魔王「ああ、数字を数えているのだ。 茹で時間を計らねばならぬからな」 ぐらぐら、ぐらぐら 女騎士「適当ではまずいのか?」 魔王「適当っ!? 我らに適当なものを 食べさせようというのか」 女騎士「いや、料理って適当なものだろう」 魔王「そんなことはない。完璧なハルモニアとは 完璧な準備と計算、そして連携に基づくものだ」 女騎士「そうなのかなぁ」 ぐらぐら、ぐらぐら 333 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 14 27.99 ID chcZF3wP 勇者「にひゃくにじゅうにーにひゃくにじゅうごー」 女騎士「随分湯が少なくなってきていないか?」 魔王「蒸発したのだろう。水分が気体となって 空中へと拡散するのだ。理論的に正しい現象だ」 女騎士「煮詰まってるんじゃないの?」 魔王「いいや、蒸発だ。科学的な帰結だ」 女騎士「ふむ」 勇者「にひゃくさんじゅごーにひゃくさんじゅろーく」 ぐらぐら、ぐらぐら 魔王「そろそろかな」 勇者「にじゃくよんじゅーにひゃくよんじゅういちー」 女騎士「皿を出さなきゃまずいのではないかな」 魔王「はっ。そう言えばそうだ」 勇者「にひゃくななじゅうろくーにひゃくななじゅうしちー」 魔王「勇者、300で火力停止だっ!」 勇者「心得たっ! “氷結呪”っ!」 パリーン!! 345 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 23 11.22 ID chcZF3wP 魔王「完成だ」 きゅるるー 勇者「ああ、長い戦いだったぜ」 ぎきゅるるー 女騎士「……」 魔王「さぁ、食べようではないか。勇者! この勝利を分かち合うのだ」 勇者「おう! 魔王! 女騎士もどうだ?」 女騎士「い、いや。わたしは結構だ。 見過ごしてしまった良心の疼きは感じるが メイド長の教育の過程を邪魔したくはない」 魔王「そうなのか? いただきまーっす。あむっ」 勇者「いっただっきー! ばくっ」 魔王「……」 勇者「……」 魔王「うぐっ。なんでこんなに辛いのだ」 勇者「塩が、塩がっ!?」 女騎士「塩を入れすぎだろう」 魔王「まさかっ? 指示通りだったはずだ」 勇者「常識を越えた味だぞ」 魔王「ううー。水をくれ」 女騎士「やれやれ」 とぽととぽ 勇者「俺にもだ」 347 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 24 28.44 ID chcZF3wP 女騎士「ああ。見てられない。貸してっ」 魔王「へ? 食べれないぞ、こんなもの」 勇者「塩辛すぎだ。生まれるのが早すぎたんだ」 女騎士「だからって捨てたらもったいないだろう。 湖畔修道会は、質素、倹約、勤勉を説いてるんだし」 魔王「それはそうだが」 勇者「でも、さすがに食える味じゃないぞ」 女騎士「まぁ、多少は味が落ちるが仕方ない」 トタタタタタン 魔王「へ?」 女騎士「きざんで、水をかけて軽く塩を抜くだろう? で、ベーコンの脂身を炙ったフライパンで炒めて ……このきざんだ塩ソーセージとキャベツの細切れを 入れてしまう」 じゃっじゃっじゃっ! 魔王「おおっ」 女騎士「火は調節するのが難しいから、 距離で加減するんだよ。火から離れれば弱火だ。 で、いい匂いがしてきたら、溶いた卵を六個入れる」 じゅわぁぁ~♪ 勇者「なんだか料理みたいだ!」 348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 26 00.14 ID chcZF3wP 女騎士「卵を入れたら蓋をして、 火から離してしばらく待つんだ。蒸らされるまでね」 勇者「いくつ数えればいい?」 女騎士「適当だよ。皿を出して待ってれば良い」 魔王「心得た!」 女騎士「ほら」 ぱかっ。ほわぁぁ~。 魔王「美味しそうだ」 勇者「美味そうだ!!」 女騎士「……なんだか2人は意気投合しているね」 魔王「うむ。もう同居も長い。絆だ」 勇者「空腹者は特有の連帯感を覚えるんだな」 女騎士「一つ屋根の下か。……ハンデだなぁ」 魔王「まだ食べてはだめなのか?」 勇者「もういいだろう? 女騎士っ」 女騎士「まだだめだ。両手にフォークを装備してもだぁめ。 さらに、この固くなりかけのチーズを上から削ってかける。 これで完成。皿を持ってね。半分ずつとるから」 魔王「ううう」 勇者「いい匂いだなぁ」 350 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 21 27 04.61 ID chcZF3wP 女騎士「最近は、仲がよいのかな?」 魔王「仲は最初から良い」 勇者「まぁ、そうだな。がっふがっふ」 女騎士「そうか……」魔王「美味しいな。女騎士は料理も出来るのか」 勇者「そう言えば、昔も作っていたな」 女騎士「修道士は自分の面倒を自分でみるのが基本だし。 まぁ、パーティーで一番料理が旨いのは変態だった わけだけど」 魔王「変態?」 勇者「冬の国の執事のことだよ」 女騎士「昔のことだ」 魔王「そうか?」 勇者「もっきゅもっきゅ♪」 魔王「ところで今日は、どんな用事があったんだ?」 勇者「オムレット作ってくれに来たんだろう?」 女騎士「あ、いや。うん、たいした用事じゃないから」 勇者「そなのか?」 女騎士「うむ。戦略的に見て出直そうと思う」 368 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 04 45.62 ID chcZF3wP ――新生白夜王国、兵舎付きの執務室 王弟元帥「どうだ? あの軍を率いてみて」 灰青王「悪くはありませんね」 王弟元帥「ほう」 灰青王「確かに農民ゆえ、無統制になる局面がありますが 貴族の私軍とは違い、良くも悪くも素直ですな」 王弟元帥「マスケットはどうだ?」 灰青王「現状では、強力な石弓、しかし欠点も多い。 そういった感じです。提出した書面の方は?」 王弟元帥「読んである」 灰青王「あそこにも書きましたが、沼沢地での戦闘ですと 水気がある分、火薬が湿気ってどうしても不発が多くなる。 不発が多いと暴発などの事故にも繋がる。 負傷者のうち少なくない数が、 自分のマスケットで怪我をした事例になりますね」 王弟元帥「ふむ」 灰青王「面白み、はあります」 王弟元帥「面白みか」 灰青王「現在までの貴族軍での戦争は、 あまりにも貴族軍の連合体であると言う事実に縛られてきた。 今回の戦で、その盲目については気がつかされましたよ。 正直に言えば、戦争の覚悟のない農奴は、 やはり所詮農奴ですよ。臆病で身勝手だ。 しかし、そこに面白みのようなものがある」 369 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 06 44.40 ID chcZF3wP 王弟元帥「現在の問題点は?」 灰青王「資料を」 秘書官「はっ」 灰青王「現場の指揮官としてでよろしいですね?」 王弟元帥「そうだ」 灰青王「まずは最初に、攻撃力の集中です。 これは戦場の広がりに対して 攻撃力を一点の集中させると言うことでもあるし 時間の広がりに対して、ある一瞬に攻撃力を 集中させると言うことでもあるわけですが、 これがなっていない」 王弟元帥「ふむ」 灰青王「古来この戦力集中については、兵士の質的向上。 つまるところ個人的な武勇の研鑽と、指揮官の采配に 素早くしたがうことが出来るか否かという点によって 改善されてきた歴史がある。 しかし今回のこの、元帥閣下の軍。聖鍵遠征軍においては 個人の武勇、と言う点にそこまで重きを置きたくはない。 そうでしょう?」 王弟元帥「ふふふっ」 灰青王「で、あれば練兵は指揮に従うためのものを 中心にそれだけをみっちりと仕込み、 攻撃集中力そのものの強化は、武器の進歩……。 いわば改良に期待をしたい」 371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 09 13.78 ID chcZF3wP 王弟元帥「ふぅむ」 灰青王「いかがです?」 王弟元帥「すでに新型マスケット、 フリントロックの作成は発注済みだ。 しかし、工作精度の問題で数が出そろうの先になる」 灰青王「かまいません。どうせ運用しながらでないと、 実戦訓練にはなりませんからな。 次の問題点は防御能力です」 王弟元帥「それは、書面でも触れられていたな」 灰青王「ええ、マスケットは一回撃ったらお終い。 もちろん再装填をすれば良い訳ですが、 混乱する戦場でそれだけの余裕を持つのが至難。 そして、撃った直後から著しい防御力の低下がある」 王弟元帥「うむ」 灰青王「これについては、王弟元帥がかねてから 提案なさっていたとおり、槍兵との連携運用で 解決がつきます」 王弟元帥「よかろう。ほかには?」 灰青王「マスケット単体の問題ではありませんが 参加している貴族達とのあいだの意識の乖離。 特に貴族側の、マスケット兵に対する嫌悪感と軽蔑。 これは問題です」 王弟元帥「貴族だからな」 灰青王「ええ。そうです。 しかしマスケット兵は、その攻撃力と数において 瞠目すべき点がありますが、あくまで農奴中心の部隊。 専門的な軍事訓練を受けたわけではない。 やはり高速で多様な軍事機動などは、 貴族の持つ騎馬兵力に頼らなければならないような 場面が今後も数多くあるでしょう。 それゆえ、現状貴族とも上手く付き合わなければなりません。 マスケットは無敵の兵ではないのですから」 372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 10 48.20 ID chcZF3wP 王弟元帥「その点について、何かの具申はあるか?」 灰青王「それは、今後、王弟元帥がどのような 国家を作っていくかの想定次第でしょうねぇ」にやり 王弟元帥「……ほぅ」 灰青王「今のままの体制を維持し、貴族と王族が 互いに助け合い、と言えば聞こえはいいですが、 牽制し合いながら民の上に君臨してゆくか、 王族が民を直接統治してゆく絶対王政を敷いてゆくか」 王弟元帥「……」 灰青王「現在の中央国家群は、国家乱立とは云え、 その実、教会による横のつながりの輪の中に囚われた 複数の馬のようなもの。その中で長兄たる聖王国の 影響力は消して小さくはないでしょうな」 王弟元帥「ふっ。戯れ言だ。我ら聖王国も 光の精霊の1人の信徒に過ぎない。 こたびの遠征軍も、諸王国、諸貴族、そして民の自由な 信仰心の発露によるもの……」 灰青王「ははははは。だが、その自由を許していては 反感も連携の不備もどうにもなりません」 王弟元帥「――ふっ。大主教がどのようにお考えかは 自ずと別として、わたし自身は今後も貴族は 必要不可欠と考えている。ただ、時代によって その求められる資質が変わるだけなのだ」 373 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 12 43.43 ID chcZF3wP 灰青王「そう言うことであれば、信賞必罰。 武門のよって立つ所にしたがいて、軍規をつくり これに王族、貴族から率先して従うことにより、 民に範を示す。また貴族にはその働きに応じて 褒美を取らせる。 お定まりの手ですが、これを実行してゆけば いずれは軋轢も少なくなりましょう。 本来的には同じ魔族と戦う軍なのですから。 傭兵が混じるとこの種の法はやっかいだが 元々我ら国家にとって傭兵は、兵力が足りない時の 予備兵力だった。今回の戦いでも、貴族の私兵としての 傭兵はあっても、聖鍵遠征軍として雇った傭兵はいない。 で、あれば問題ないでしょう。 問題ある貴族がいるのならば、その貴族は…… そう、おそらく――背教者なのだから」にやっ 王弟元帥「司令官が言うのであればそうなのだろうな」 灰青王「では、そのように軍規を改めましょう」 王弟元帥「期待しているぞ」 灰青王「今回の指揮で、マスケットの射程や、 その攻撃タイミング、クセなどはつかみました。 次回からの前線指揮は より確実なものにしてご覧に入れましょう」 王弟元帥「それでこそ、霧の国の若き英雄王だ」 灰青王「ははっ」 377 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 26 35.46 ID chcZF3wP ――冬の国、城下町の一軒家の前 「にゅーっほっほっほ、にょーほっほっほ」 女騎士「……」 「わ! これは素敵ですぞぉ! ふくらみ、まろみ。淑女のレディですなっ!」 「もう、お怪我にさわっても知れませんよ?」 「いやいやいや。これがあるから治るのです。 そーっれ、ぱっふぱっふ」 「きゃ。うふふふ。ぱっふぱっふ♪」 女騎士「……」 「そーれもういっちょー♪」 「いやん、元気すぎ~っ」 「ぱっふぱっふ。にょほほほ~」 「うふふふっ。ぱっふぱっふ♪」 ガチャリ。 女騎士「失礼する」 執事「……」 看護の娘さん「……」ぴきっ 女騎士「あー。いい加減にした方がいいと思うぞ」 執事「なっ。なにもしておりませんぞっ!?」 383 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 29 45.44 ID chcZF3wP ――冬の国、城下町の一軒家のなか 女騎士「もういいのか、爺さん」 執事「ごほっ、ごほっ。お気遣い無く。 わたくしはもう年老いた老兵に過ぎません。 老兵は死なず、ただ去りゆくのみ。 ……あの葉が落ちる時には、この爺めも」 女騎士「なんで死にそうな爽やかさなんだ。 さっきまであんなに楽しそうだったのに」 執事「あれはですねっ。 全然全くやましい事など無いのですぞ!」 女騎士「“そーれもういっちょー”」 執事「なっ! ど、どこから聞いていたのですか!?」 女騎士「何も聞いてない……ことにしたい」 執事「とにかく何らやましい事はないのですぞ。 それどころかあの状況で奮い立たなかったら 男としてのやましさを感じること請け合いですぞ」 女騎士「全く、いつまでたっても年をとらないなぁ」 執事「にょっほっほっほ!」 女騎士「褒めてないからなっ」 執事「しょぼん」 384 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 30 43.62 ID chcZF3wP 女騎士「でも、元気そうで安心した」 執事「まぁ、これでも鍛えていますからな」 女騎士「治癒術はしたのか?」 執事「ええ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」 女騎士「これは見舞いだ。梨なんだが」 執事「嬉しいですね」 女騎士「剥いてもらうといいぞ。胸のでかい娘さんに」 執事「にょっほっほっほ」 女騎士「……胸のでかい娘さんになっ」 執事「こほん。いえ、ありがとうございます」 女騎士「……ふぅ」とさっ 執事「どうしました?」 女騎士「……じつは」 執事「……」 女騎士「……うん」 執事「なにかあったのですか? 勇者との仲を決定的にすべく、 この老爺の知恵でも借りに来たのですかな?」 女騎士「何で判ったのだ!?」 執事「年の功と申しますか、はははっ」 386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 33 32.25 ID chcZF3wP 女騎士「そうなのか?」 執事「女騎士が勇者にほの字なのは、 それもう、最初からばればれでしたからね。 にょっほっほっほっほ」 女騎士「そうか……」 執事「ええ、そうですよ。 一緒に旅をしていたあの当時から、あなたたち2人の 視線の先にはいつでも勇者が居ましたから。 とんだ迂闊の童貞ボーイですよ。にょほほ」 女騎士「2人?」 執事「いえ、それは何でもありませんよ。 ところで、何処まで進んだのですか?」 女騎士「どこまで?」きょとん 執事「勇者との男女の仲ですよ」 女騎士「ああ、剣を受け入れてもらった。 わたしはもう勇者のものなのだ」えへんっ 執事「……はぁ」 女騎士「何でため息をつくっ!?」 執事「こともあろうに“騎士の宣誓”を男女の仲の 進展具合にカウントするとは。この執事も情けなくて 笑い声が出てしまいます。にょっはっはっはっは!!」 女騎士「笑ってくれるな。わたしだってきわきわなんだし」 387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 22 35 03.52 ID chcZF3wP 執事「まぁ、お二人とも奥手ですからね。 おまけに相手はあの勇者ですし。 まぁ、相当の難物ですよ」 女騎士「そうなのか?」 執事「ええ、魔王も困っているでしょう」 女騎士「そういえば魔王のことは、 冬寂王には報告しないで良いのか?」 執事「それは、この爺には手に余る案件です。 いずれ時が至れば、若が己で知るでしょう」 女騎士「そうか……。困るって、勇者はもしかしてその……」 執事「ん?」 女騎士「もしかして私たちのことを嫌いなんだろうか?」 執事「いえいえ、そんなことはないと思いますよ。 ただ、勇者は難しい相手だ。 とこのように申し上げただけで」 女騎士「それはなんでだ?」 執事「ふぅむ」 女騎士「昔のよしみだ。何かヒントをくれないか? わたしだって変態の知恵を借りるのは忸怩たる思いだが いい加減魔王に差を付けられていて、 このままでは色々取り返しがつかなくなりそうなんだ」 ページトップへ <前9-1へ|次9-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/34.html
<前5-2へ|次5-4へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-3 535 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18 55 46.73 ID 498vELIP 青年商人「そうですね。冬寂王陛下。 陛下達はいま、意識してか否か、歴史の岐路に立っておられる」 冬寂王「……」じぃっ 青年商人「三ヶ国通商同盟は拡大するチャンスがあります。 今回の戦を無血に近い状況で回避できたこと。 中央諸国の飢餓の兆候、長きにわたる不況、経済の停滞。 そして聖教会の横暴と、農奴の解放運動」 氷雪の女王「それらが追い風になる、と?」 商人子弟「ええ」 青年商人「……すでにいくつかの打診があるのではないですか? 自国だけは関税を緩和して欲しいであるとか、 秘密軍事同盟を結びたいであるとか、と云った件です」 冬寂王「それはお答えしかねる」 青年商人「いままでのこの大陸では“聖王国-聖なる光教会”の 一極支配がまかり通ってきた。 もちろん様々な国や領主が存在していましたが、 それらは結局はこの『中央』の自治地方として 認められていたに近い。 民を治めてはいましたが、教会には頭が上がらないというのが 現状でした。また聖教会は聖王国と癒着して、 氾濫しそうな分子を武力粛正することが出来た。 三ヶ国通商は、そう言った状況に発生した、 武力と、教会以外の教会――すなわち修道院の結合。 これは歴史上類を見ないことです。 規模は小さいけれど、そこにまったく新しいチャンスがある」 536 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 18 56 52.47 ID 498vELIP 青年商人「……そのチャンスとは、勢力圏であり、経済圏。 わたし達商人の言葉で言えば、市場です。 新しい政策を打ち出し、 新しい農業を営み、人口も増えている三ヶ国。 そこに中央からいくつかの国家が加われば、 聖王国や教会でもおいそれとは手出しの出来ない勢力が誕生する」 鉄腕王「お前達は共倒れを狙っているのか!?」 商人子弟「いえ、そうではありません。鉄腕王よ。 彼らは商人です。もしわたし達が共倒れをしてしまえば 商売をする相手が居なくなってしまう。 彼らが望んでいるのはあくまで利益なのですから」 青年商人「そうです、鉄腕王よ。 たった一つしか国がない状態では商売の幅が狭くなってしまう。 もしまったく二つの異なった勢力があれば、 どれほどに商売の幅が広がるでしょう?」 鉄腕王「それが本題なのか」 冬寂王(中央諸国のいくつかを、寝返らせ、それが無理でも 中立状態に持ってゆき、停戦の道を探るというのが わたし達の当初立てたプランだった。 彼のこの発言はそれを後押ししてくれるに等しい。 だが……) 冬寂王「商人殿。……そこまでの部分のお話は判った。 それに対する対価はどのように支払えばよいのだ?」 537 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 01 00.83 ID 498vELIP 青年商人「まず、第1に馬鈴薯についてですが、 これは0.8倍の重さの轢いた小麦、 もしくは1.55倍の重さの大麦との交換でいかがでしょう?」 冬寂王 ちらっ 商人子弟 かちゃかちゃ「妥当……ですね」 青年商人「次に経済圏設立提案ですが、こちらはただの アドバイス。無料です」 鉄腕王「ただより高い物はない、と云うな」 青年商人「……ええ、至言ですね。 この商売のやり方は、ある方より教わった物でして。 ははは。 私どもは、この場合“概念”といいますか“考え”を 売っているのです。儲けは度外視してもですね。 私ども『同盟』は新しく設立したその勢力内でも商売をします。 勢力に活気があればあるほど利益が大きくなります。 ですからこそ、無料と云うことでも利益は上がる。 もちろん、そうですね。 とりあえず、手始めに商館と銀行業開始の許可を 頂きたいですね。商館は地区支部です。 それは私ども『同盟』の活動拠点ですから」 冬寂王「ふむ。銀行施設、か」 538 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 06 23.61 ID 498vELIP 商人子弟「王……」 青年商人「……なにかございますか?」 冬寂王「いや、わたしも国がこのような状況でな。 すっかり貧乏なのだよ。内帑金を用いて一つ新しい事業を 興してみたいのだが、その銀行とやらは相談に乗ってくれるかね? いや、商人どの。そなたは共同経営に興味はないかな?」 青年商人「ほう、どのような事業で?」 冬寂王「三ヶ国内部、また賛意を示してくれる国全てに 湖畔修道会の修道院を作ってゆく計画だ」 青年商人「重要な考えかと思います。中央聖教会に対応する ためには修道院の密度も連携もいまより格段に必要となる でしょう」 冬寂王「それらの修道院では天然痘の予防治療を行う」 青年商人「……事実ですか?」 冬寂王「そうだ」 青年商人「あの人ですか?」 冬寂王「……あの方の一族、だな」 青年商人「判りました。わが『同盟』は初年度において 金貨5000万枚相当の援助を行う用意があります」 辣腕会計「それは本当なのか。……奇跡だ」 539 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 10 17.34 ID 498vELIP 青年商人「このようなニュースを耳にするとは……」 商人子弟「黙っていたのは、騙していたわけじゃないんですよ」 青年商人「いえ、それはもちろん判ります。 むしろこのような機密をわたしのような得体の知れない商人に 打ち明けて頂いたことの方が大きな驚きです」 冬寂王「紅の学士殿にあったのだろう?」 青年商人「はい。機会は多くはありませんが。 あの美しい方は、外面だけではなく この世界まれに見る気高く聡明な魂を持っていますね」 冬寂王「ああ。二人共に……」 青年商人「――」 辣腕会計 ? 青年商人「ですがどうして?」 冬寂王「あの方は出会った者に刻印を……。 いや、種を撒かれているような気がする。 さっき話した商人殿の中に あの方の残した種の芽生えを感じたのだ」 商人子弟(……判る人には、やはり判るのだ) 青年商人「判るような気がします。 だがわたしも商人です。商売のことでは退きませんよ?」 冬寂王「結構だ」にやり 543 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 17 11.74 ID 498vELIP 青年商人「それでは、今日の本題の二点目にして、 最後の交渉です」 冬寂王「伺おう」 青年商人「我が『同盟』は、三ヶ国通商同盟と魔族との 少なくとも魔族のいくつかの部族との早期停戦合意を 希望しています」 鉄腕王「なんだとっ」ガタッ 青年商人「落ち着いてください」 冬寂王「……」 氷雪の女王「まずは話を聞こうではありませんか」 青年商人「わたし達『同盟』は魔族との交易を望んでいます。 小競り合い程度ならともかく、全面戦争は交易にも 深刻な不都合をもたらします」 鉄腕王「相手は魔族なんだぞ!? 取引など出来るものかっ」 青年商人「出来ます」 鉄腕王「何を根拠に大口を叩くっ!」 青年商人「誤解しないで頂きたい。あなた方だけが命を 掛けているのではない。本日わたしが持ってきた交渉の 材料――物資、資金、情報、信用。これらすべては 『同盟』所属の商人たちが命がけでそろえたもの わたしは彼らを代表して。いわば一勢力の司令官として この席に望んでいるのです」 546 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 42 43.51 ID 498vELIP 青年商人「そのわたしが、出来る。と云っている。 それはわたしのみならず『同盟』所属商人全ての 声だと思って頂きたい。 何を根拠に? そうお尋ねですが、 根拠はそれです。わたしがわたしであるから。 商人であるから、出来ると云っているのです。 命を賭して、やる。と」 鉄腕王 がたん 氷雪の女王「ほぅ」 商人子弟「……お歴々方。この件に関しては、 僕は心情的には青年商人さんの味方です」 従僕「へっ?」 商人子弟「いや、僕はしがない役人にすぎないのですが。 商人の家の倅ですからね。商人ってのは、特に旅回り なんて云うのは辛いものです。嫌われようと疎まれようと 村から村へ、国から国へと回って物を売り買いするんですよ。 そこには敵も味方もないんです。必要なことをやってるだけ。 自分で決めた道を自分で歩んでいるだけですからね。 この青年商人さんにとって、この話は “戦争中の隣の国だけど、実はすごい特産品があるんだ。 そうか。そんな所へ行って交易がしてみたいな”って それだけのことなんですよ。 まぁ、そのために中央大陸の農民の命を盾にとって 戦争を止めようとするほど業情っ張りの御仁ですけどね。 なんだかその気持ちはわかるような気がするんですよ」 547 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 43 43.38 ID 498vELIP 青年商人「……」 辣腕会計「子弟殿……」 商人子弟「ま、それに。おい、試算」すちゃ 従僕「はいっ!」ぴょこっ 商人子弟「現実問題、中央とのもめ事に軋轢を抱えたまま 対魔族戦線や警戒網を維持するのは無理な話じゃないですか? 聖王国からは宣戦布告まで出されちゃってるんだから、 魔族あいてには多少なりとも懐柔工作なり、すくなくとも 中立派工作なり行って、いまの事実上のこの戦争休止状態を 何とか延長することに何の問題もないと考えます。 この試算によると、魔族との交易が推定規模に達した場合 三ヶ国同盟の税収額の実に36%が、関連税、または港の使用料から まかなうことが可能であり、対魔族交易の中心地となる。 また現在のかさんだ防衛予算を圧縮することも可能です」 辣腕会計「……やりますね、彼」 鉄腕王「……」 氷雪の女王「国民の納得はどうなるのだ」 商人子弟「実際の魔族と戦っていたこの国として そこをじっくりと考えて欲しいとは思います。 本当に魔族って人間を堕落させるための破壊の化身なんですか? 僕には……。 こう言うと魔族との戦で死んでしまった人に 申し訳が立たないのかも知れませんが、 戦場で出会った魔族の方が、教会の説教に出てくる魔族より ずっと人間らしかった気がするんですよ」 548 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 19 45 04.34 ID 498vELIP 冬寂王「やはりこの件については、重大すぎるために すぐさまお返事するわけには行かない。 申し訳ないが商人殿」 青年商人「そうですか……」 冬寂王「しかし、早急に魔界に対する調査団を派遣しようかと思う」 氷雪の女王「調査団?」 冬寂王「わたしも指摘されて思い知ったのだ。 我らは魔界のことを知らなさすぎると、ね。 なぜだろう? 二回も聖鍵遠征団を送り、 合計で10万人に迫る人間が魔界へと入り込んだのだ。 その風物や産業、あるいは風景くらいは 聞こえてきても良いのではないか? それなのに、なぜか我らの知っているのは、 悪夢じみたおとぎ話にも思える戦闘の様子ばかり。 何かがおかしいような気がしてならぬ」 氷雪の女王「云われてみれば……」 冬寂王「いまはこのくらいしかお答えできぬ。すまない」 青年商人「いえ、十分でしょう」 辣腕会計「委員……」 冬寂王「もしかしたら、二つの世界は意外に近いのではないか。 そのような予感もわたしにはするのだ……」 554 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20 24 07.38 ID 498vELIP ――開門都市、神像の無き神殿、最深部 女魔法使い「……」 女魔法使い「……すぅ、すぅ」 女魔法使い びくっ 女魔法使い「……」きょろきょろ 女魔法使い「……発見」 カツン 女魔法使い「……不可視化解除。……ここ」 女魔法使い「……」 女魔法使い「……」 女魔法使い「……」 女魔法使い「……冗長系としてのマージンがわたしを 誕生させたけれど、その意味について設計者が 関知しているかは疑問」 女魔法使い「……存在するなら進む。結果を見るのが、 勇者なら、わたしはそれでも悪くない。 ……ん。……正しく、冗長系だね」 560 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20 45 25.57 ID 498vELIP ――魔王城、前庭、“忘れえぬ炎”の広場 魔王「我が同胞(はらから)よっ! 我が臣民よっ!」 おおおおお! 魔王! 魔王! 勇者「なんだよ、魔王。人気ないって云ってなかったか?」 メイド長「歴代の中では不人気なんですよ。 魔界では戦闘能力があるほど尊敬されますしね。 先代魔王が広場に集まった民にこんな呼びかけをしたら もう、4、5人鼻血だしてたおれてます」 魔王「長きにわたる不在! みなのものには心配をかけたであろう。 様々な憶測、流言飛語があったかと思うが、 わたしはこの通り壮健であるっ」 おおおお! 魔王! 魔王! 魔界に栄光あれっ! 魔王(小声)「メイド長っ」 メイド長「何でございますか? まおー様」 魔王(小声)「この服、もうちょっと何とかならなかったのか?」 メイド長「何とかなったからそうなのでございます」 魔王(小声)「胸があふれそうだっ」 勇者「あー。やばいな。眼がちかちかするわ」 メイド長「女性魔王たるもの、色気を無駄に 垂れ流さなくてどうします」 勇者「お約束?」 メイド長「お約束でございます」 561 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20 49 02.77 ID 498vELIP 魔王「諸君! 長きにわたる憂悶の日々に堪えてくれたことを 嬉しく思う。……わたしは帰ってきた。この魔界にっ」 勇者「なんか、そうぽよぽよされると、ほら、なんての。 相方として、泣きたくなるじゃんね? 普通に」 魔王(小声)「殴る」 メイド長「勇者様にもアピールできるチャンスですのに」 おおおおお! 魔王! 魔王! 魔王「わたしが雌伏している二年の間に何があったかは 知っている。まずは人間の征服していた我らが聖地の一つ 開門都市を取り戻せたことは喜ばしいっ。 かの都市は以降、我が直轄領としての庇護を与えるっ」 メイド長「えー。次の原稿は……」 魔王「わたしが姿を見せぬ間、魔王に反旗を翻し、 またわたしがさだめた法を逸脱したものに関しては 我が忠実な剣にして将、黒騎士がその斬魔の剣にて 粛正を与えたっ!」 メイド長「勇者様、ここで前に出て、ガオーって」 勇者「え?」 ざざっ。じゃきんっ 「こうか?」 メイド長「もっとすごい感じで、ガオーって!」 勇者「うう。なんだよそれ……こ、“広域殲滅光炎陣”っ!」 ヒュカッ!! ……ビリビリ゙ビリ……チュドオオオオオオン!!! 569 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/15(火) 20 52 22.99 ID 498vELIP シーン ……と、塔が一瞬で ヒソヒソヒソ…………な、なにごとだ 魔王「こっ……。これが我が将の実力だっ!」 メイド長「まおー様、ナイスアドリブフォロー」 おおお! すげー! 黒騎士すげー! すごすぎる!魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!! 勇者(やっべなんか出過ぎた) 魔王「本日は我からみなに通達がある。 忠実なる同胞よ、我が臣民達よ! 人間と接触しはや20年。 彼らの持つ姿も力もその性格も、すでに我らの よく知るところとなった。 我らはいま正にっ! 歴史の岐路に立っておるっ」 魔王! 魔王~! 魔王ーっ!! 魔王!! 魔王「わたしはっ!」 ばばっ メイド長「おお。黒マントひるがえり演出っ」 魔王「ここに、大部族会議っ、忽鄰塔の招集を告げるものである!」 魔王! 魔王~! うぉぉ! とうとうこの日が来たっ! 人間との全面戦争だぁ! 今度こそ我らの大勝利だぁ!! 魔王「え? ちがっ。そうでなく」 魔王! 魔王~! 魔王万歳っ!! 魔界万歳っ!! 魔王「……ええーいっ。 すべては忽鄰塔において族長による決定があるっ! 魔界の隅々にまで伝えよっ! 魔王が招集をしているとっ」 654 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13 21 59.11 ID BJlDi/AP ――冬越し村、真冬の朝、村の入り口 痩せたした村人「ほーぅい」 中年の村人「どんな案配だい?」 痩せたした村人「今日も寒いなぁ」 中年の村人「ああ、氷っちまうだがよ。何処へいくだ?」 痩せたした村人「ちょっくら豚肉をとりに倉庫へな」 中年の村人「おいら氷溶かしだがや。……おや」 痩せたした村人「?」 中年の村人「ほーぅい! ほーぅい!」 痩せたした村人「ありゃ、学士様でねぇかい! 都におられるって話だったけんど おら達が村に帰ってきてくれたのかい!?」 中年の村人「ほーぅい! 学士様よぉーい!」 魔王 ぶんぶんっ 勇者「そんなに手を振らんでも」 たったったった 痩せたした村人「おかえりだがや! 学士様!」 中年の村人「おかえりなさい、学士様!」 魔王「うん。いま帰った」にこっ 656 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 24 02.27 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間 めらめら、ぱちぱち メイド姉「申し訳ありませんでした、当主様」 魔王「もう良いと云っているではないか」 メイド姉「しかし、当主様のお姿であのようなことをしでかし この件の影響は大きく、今後の当主様の活動にも 変化を与えずには済みません」 魔王「かといって、あそこで殺されておったら、 それこそわたしは幽霊になって 住む家もいままでの成果も失ってしまう。 おまけにメイド姉の幽霊も出てくるだろうから 幽霊にたたられる幽霊ではないか」 メイド姉「は、はい……」 魔王「その件は、帰り道に勇者にも聞いておる。気にするな」 メイド姉「は、はい……」 魔王「それより長い間大変だったのであろう? もういいのか? 怪我などはしていないか? 疲れてはいないか?」 勇者「いや、それは自分に云えよ」 メイド長「まったくです。人より重いものぶら下げてるんですから」 657 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 25 27.04 ID BJlDi/AP メイド姉「いえ、皆さんに本当に良くしてもらって」 メイド妹「うんうんっ! 鉄の国の料理も教えて貰ったよ!」 魔王「そうか、それは楽しみだな」なで 勇者「どんなのだ?」 メイド妹「海賊風スープとか、猪の香味炙り焼きとか」 勇者「豪快だな」 メイド妹「味が濃くて、ぎゅーって感じで美味しいよ?」 勇者「おお、なんか美味そうなな感じだ!」 メイド長「当主様がお出かけの間、 家事に遺漏はありませんでしたか?」 メイド姉「家を空けておりましたので、 その間は世話が行き届かなかったのですが 村の方達が、冬支度と、雪下ろしをやってくれましたようで。 昨日帰りましてから、邸内の埃払いなどを始めております。 明日には全ての清掃管理を以前と同じような段階まで 戻せるかと思います」 メイド妹「私もがんばったよ!」 メイド長「妹は何をしていたのです?」 メイド妹「シーツ全部洗濯した! リネンも全部きれい!」 メイド長「……よろしい。評価に加えましょう」 658 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 26 37.91 ID BJlDi/AP メイド姉「では、わたし達は廷内の清掃に戻りますので」 メイド妹「え? もっとお話……」 メイド姉「戻りますよ。妹。お話は夕食の時でもできます。 それにいま全部聞いちゃったら、冬籠もりの間に お話を聞く楽しみが無くなっちゃうでしょ?」 メイド妹「うー」 メイド姉「ほら、いくよ?」 ずるずる メイド妹「と、当主様。またー!」 メイド長「では、まおー様。わたしも冬の間の届け物や 屋敷の遺漏、仕事の具合などをチェックしてまいりますので」 魔王「うむ。頼んだ」 勇者「よろしくなっ」 とっとっと メイド長「あ、そうでした」 魔王「なんだ?」 メイド長「まだ屋敷の何処が汚れているか判りません。 チェックも終わっていませんので、多少ご不便でしょうが、 しばらくはこの部屋で大人しくしていてください。 夜までには執務室を使えるようにしておきますので」 魔王「うん、お願いする」 勇者「たかが掃除で。汚れても死なないって」 メイド長「汚れた格好で歩き回られると掃除の手間が増えます」 660 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13 28 28.73 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間 勇者「メイド長も神経質だなー」 魔王「ふふふ。あれでも気を遣ってくれたのだろう」 勇者「?」 魔王「少し休憩しろ、と云うことなのだ」 勇者「ああ。まだるっこしいなぁ」 魔王「そういう性格なのだ」にこっ めらめら、ぱちぱち 勇者「……」 魔王「……」 めらめら、ぱちぱち 勇者「それにしてもさ、そのー。Quriltai?」 魔王「忽鄰塔だ。魔族の族長が集まり、 重要事項を決定する大会議だな」 勇者「なのに、かえって来ちまって良かったのか?」 魔王「開催するためには一ヶ月以上掛かる。 使者をとばして向こうも準備をせねばならぬからだ。 忽鄰塔は本当に大きな集まりで、 一人の魔王の治世の中でも2回も開けば多い方だ。 中には1回の忽鄰塔も開かなかった魔王もいる」 勇者「ふぅん」 661 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 29 57.69 ID BJlDi/AP 魔王「会議は族長同士で行われるが、 族長だけが集まるわけではない。 氏族の主立った顔ぶれがあつまって交流するのだ。 市が開かれ交易も行われる。 腕試しの決闘がそこここで開かれるし、 中には恋に落ちる若者同士もいる。 忽鄰塔の期間に生まれた子供は、将来利発になるとも云うな。 そして多くの宴も催される。 宴だけで時には一月にわたることもあるほどにだ」 勇者「ふーん。会議とお祭りと旅行が一緒くたのようなものか」 魔王「魔族の氏族の中には個性が強いものもおる。 例えば竜族などは強力な氏族だが、多くの場合自分たちの 領土に閉じこもって生活を続けているな。 獣人族は山野を駆け巡る狩人で、あまり人里には暮らさない。 彼らが他の氏族とふれあう機会である、というのも 忽鄰塔の大きな役割なのだ」 勇者「そうか、人間と一緒にしちゃいけないな」 魔王「そのとおり」 勇者「今回の会議はやっぱり、その」 魔王「ああ、人間族との関係を見直さなければいけない時期だ」 勇者「……」 魔王「大丈夫。なんとかなるさ。そのためにもしばらくは この屋敷と地上界で資料集めや援軍の準備をしなくては」 勇者「そっか」 662 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 32 03.69 ID BJlDi/AP めらめら、ぱちぱち 魔王「……ふわぅ。……んぅ」ぐぃっ 勇者「どうした?」 魔王「いや。暖かくてな。なんだか緊張が」 勇者「疲れてたんだろう?」 魔王「そうなのかな」 勇者「緊張している時は、疲れが自覚できないもんだ」 魔王「む。そういうものなのか」 勇者「激しい戦の後なんか、特にな。 もう何が何だか分かんないくらい気合いが入っちゃって、 戦った後に海に飛び込んでゲラゲラ笑いながら8時間泳いで、 陸に上がった後にいきなり寝むりこけて 二日たった事もあったくらいだ」 魔王「それは勇者だけだ」 勇者「すこし寝るか?」 魔王「いや、眠くはないのだが。ちょっとだるいだけで」 勇者「そっか。……えーっと」 魔王「ん?」 勇者「あんまり柔らかくないし、 寝心地悪いけど、膝を貸してやろうか?」 魔王「良いのか?」 勇者「おやすいご用だ」 668 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 13 37 27.58 ID BJlDi/AP 「そこまでですっ!」 「その手を……は、離してくださいっ!」 「貴様ら、何者だっ!?」 凍り付いたような月光の中を飛び込んできたのは二つの小さな 影だった。 まだ子供のようなあどけない表情を、それでも闘志に燃やして、 栗色の長い髪をたなびかせる少女。彼女のその幼いしかし将来を 十分に予感させる可憐な美貌に似合わない、薄手のぴっちりとした 服の胸部を盛り上げる発育した胸がふるえる。 愛らしい腰回りにフリルを沢山つけたミニスカートからはニー ソックスに包まれた健康そうな太ももを突き出され、強気そうに 大地を踏みしめた体勢で高らかに名を名乗る。 「わたしはごきげん剣士ななこっ!」 その傍らに立つのは、少女と見まごうばかりの可愛らしい表情を した少年。まだ発育しきらない、薄く華奢な上半身の線を晒しだし てしまうような丈の短いブラウスと、細く滑らかな足を見せつけて しまうようなきわどい半ズボンで、その身体を覆っている。 少年はその格好が恥ずかしいのか、内股になって身をよじりなが らも、奇っ怪な黒い影を見つめて気丈に声を張り上げる。 「ぼ、ぼくはごきげん賢者すいかっ!」 二人が呼吸を合わせて手をハイタッチさせると、そこから奔流の ように光が流れ、あたりに輝きの微粒子が舞い踊る。 音楽的な炸裂音と七色の閃光は暗い倉庫を照らし、コウモリにも似た怪人の網膜を焼き尽くす。 「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」 くるりと回って武器を構える二人。 「相手が悪だかどうかも確認せずに、ノリと勢いで征伐執行! わがままいっぱい甘えたい盛りのお年頃っ! その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」 675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13 42 32.34 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、暖炉の暖める広間 魔王「~♪」 勇者「……ん」 魔王「勇者の膝、気持ちが良いぞ」 勇者「おお、そりゃよかった。眠くなったら寝ても良いんだぞ?」 魔王「そうさせて貰うかも知れないが……」 勇者「ん?」 魔王「勇者は何を読んでおるのだ?」 勇者「新作」 魔王「は?」 勇者「いや、五巻目らしいんだ。『ごきげん殺人事件5 3回チェ ンジで温泉旅行殺人事件』なんだけど」 魔王「意味がわからない」 勇者「俺にだって判らないよ」 魔王「判らないものをどうして読んでおるのだ?」 勇者「友人が書いたんだ」 魔王「ほう」 勇者「ほら、女魔法使いだよ」 魔王「そうなのか? 彼女にそのような趣味が?」 勇者「ああ。あっ。これは秘密だぞ? そう言えば 口止めされてたんだった」 魔王「判った……。だが知ってしまうと興味をそそられるな」 勇者「貸してやろうか? 1巻から読めば同時に読めるぞ」 680 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13 46 05.74 ID BJlDi/AP 魔王「……」ぺらっ 勇者「……」 めらめら、ぱちぱち 魔王「くっ。……ウサりんご大佐め、なんて憎たらしいやつなのだ」 勇者「そいつムカつくよなぁ~」 ぺらっ、ぺらぺらっ 魔王「……」 勇者「……ほほう」 ぺらっ 魔王「なっ!? 胃の中までカブ汁で満たすだと……? なっ、なんて猟奇的で残虐な発想なんだ。作者は正気かっ!?」 勇者「……いやぁ、どうかな」 めらめら、ぱちぱち 魔王「ふぅーむ」 勇者「どうした?」 魔王「いや、意味はまったくわからないが面白いな」 勇者「面白いが読み終わってもあらすじを解説できないんだ」 魔王「新規な体験と云えよう」 勇者「珍奇な経験としか云えないと思うぜ」 684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 13 48 53.17 ID BJlDi/AP めらめら、ぱちぱち 魔王「ふぅー。堪能したぞ。1巻最大の見せ場は、ショーツを 盗まれたすいか少年のあられもない必殺技だな」 勇者「……いや、それはうがちすぎた見方だろう?」 魔王「では何処が良いというのだ?」 勇者「やっぱり深夜の路上でゾンビの物まねをする村人が 60ページに渡って描写される所じゃないか?」 魔王「震えが来るな」 勇者「まったくだ」 めらめら、ぱちぱち 魔王「……」 勇者「……」 魔王「勇者と、こうして背中をくっつけあって本を読む日が くるなんて、わたしは想像もしていなかったよ」 勇者「俺だってしてなかったさ。魔王となんて」 魔王「背中……暖かいな」 勇者「うん」 魔王「わたしはずっと一人で本を読んできた。 もちろん簡単な物から難しいことまで、 それこそ気が遠くなるほどの勉強もしたけれど、 それにもまして一人であれやこれや、 他愛のないことを想像してきたよ。 でも、勇者と背中をくっつけるなんて簡単なことも 想像していなかった」 勇者「実物で手を打てば良いんじゃないか? 魔王」 704 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14 31 00.16 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、食堂 メイド妹「じゃーん! 今日はご馳走です!」 魔王「おお! 美味しそうだ」 勇者「家空けてたのに、良く食料があったな」 メイド長「ええ。村長と村の方達が、 先ほどから何名もいらっしゃって。 ご帰還のお祝いだと届けてくれるんです」 魔王「ああ、ありがたいな。 それでは遠慮無くいただこうではないか」 勇者「おう」 メイド長「では、給仕を……」 魔王「ああ。良い。一緒に出してしまってくれないか? それに今日は、みんなで一緒に食べよう」 勇者「そうだな」 メイド長「ですが……」 魔王「習慣にする訳じゃない。今日だけだ。 メイド長、ゆるしてくれ」 メイド長「主人の希望を叶えるのもメイドの仕事ですからね……」 705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14 32 17.41 ID BJlDi/AP 魔王「では、頂きますだ」 勇者「いっただっきまーっす!」 メイド長「パンも焼きたてですね」 メイド姉「はい」にこっ メイド妹「明日はレーズンの入ったのを作るよ。 あ、お兄ちゃん。テーブルでの給仕はわたしがやるのっ」 勇者「いいじゃん。たまには楽すれば? スープくらい自分で出来るよ」 メイド妹「ちがうのっ。これはわたしの仕事なのっ。 それにね、作った料理を盛りつけて、お届けして “美味しい~”って顔を見るのは、お仕事だけど お仕事って云うよりもご褒美なんだよ? そこまでセットで料理人なのっ」 魔王「そのとおりだな。それはメイド妹の労働対価だろう?」 勇者「……そうなのか。判ったぞ。おねがいします」 メイド妹「は~い♪ どうぞっ」 勇者「ん……」 メイド妹「どう?」 勇者「美味しいぞ。ベーコンも炒まって、馬鈴薯も最高だ」にこっ メイド妹「わーい♪」 706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14 33 47.72 ID BJlDi/AP メイド長「こほん。妹」 メイド妹「はいっ」 メイド長「食事の場で腕を振り回す物ではありません」 メイド妹「ごめんなさい」 メイド長「でも、料理は腕を上げましたね」 メイド妹「は、はいっ」がたっ 勇者「――直立不動で敬礼してるし」 魔王「うむ、メイド長。良い掌握だ」 メイド長「これからも精進なさい」 メイド妹「はいっ♪」 勇者「美味いなぁ」 魔王「うん。この貝のバター焼きも良いな」 メイド長(小声)「ところで、まおー様」 魔王「どうした?」 メイド長(小声)「いかがでした?」 魔王「なにが?」 メイド長(小声)「お二人の時間ですよ」 魔王「ああ、楽しかったぞ。どきどきわくわくだ」 707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14 36 30.24 ID BJlDi/AP メイド長(小声)「おや。流石の童貞勇者も、では抱擁くらいは」 魔王「それにしても2巻でいきなり武器が砕けた上に 自分たちが逮捕されるとは……」 メイド長(小声)「はい?」 魔王「“才能の無駄遣い”? ……いや“無駄遣いにしか使用できない才能”なのかな。 世間の評価は判らぬが、ともあれ問題作ではあった」 メイド長(小声)「何を仰ってるのか、わたし……」 魔王「いや、『ごきげん殺人事件』だ。新しい形の物語で 勇者と二人でずっと読んでいたんだ。面白かったぞ」 メイド長(小声)「ずっと?」 魔王「うん、ずっと」 メイド長「……」 魔王「?」 メイド長「勇者様ー?」 勇者「ん。なんだい、メイド長?」 メイド長「まおー様が、今晩の湯浴みでは背を流したいそうです」 勇者・魔王「えっ!?」 メイド姉「え、あ、わわわ」 メイド妹「一緒お風呂なの? いいなぁ~」 メイド姉「わたし達は良いのっ」 勇者「何を言ってるんだっ。そ、そ、そんなのっ」 魔王「そうだぞっ。メイド長っ。横暴だぞっ」 708 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 14 37 46.80 ID BJlDi/AP メイド長「これは決定です」ぎろっ 勇者「お、おーぼーだぞー。ですよー?」 魔王「な、なんでそんなに怒っているのだ? 悪いことしたか?」 メイド長「まったく。時間というのは有限なのですよ」 勇者「その件は慎重に論議をしてだな」 魔王「そうだ、こういうのはムードとかタイミングが」 メイド長「お二方は何を聞き分けのない……。 判りました。では、勇者様の背中はわたしがお流しします」 メイド妹「お、おねーちゃん?」 メイド姉「わたしたちには早すぎる話題だから、 静かにしてようね、いもーと」 勇者「メイド長が……ふにふにほわぁん」 魔王「何を想像しているっ、勇者っ。 そのようなこと許せるわけがないではないかっ」 女騎士「ふぅ。何で毎回こういう展開に出くわしてしまうのだ」 勇者「何時の間にっ」 女騎士「何度も声をかけたぞ。せっかく帰ってきたと聞いて たずねてみれば、灼熱開戦とはこのことだ」 魔王「女騎士ではないかっ! 無事に帰ったぞ! さぁ、座ってくれ。メイド妹、食事をもう一人分だ」 メイド妹「はーい!」 710 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 14 38 41.28 ID BJlDi/AP 勇者「まぁ、とにかく風呂の話題は置いておいて」 魔王「う、うむ。ここは一時停止だ」 メイド長「判りました。二人ではともかく 三人ではちょっと手狭ですしね」 勇者「そういう問題なのかよっ!?」 メイド長「主人のハーレムを整えるのもメイドの役目」 勇者「本当なのかよ、それ」 魔王「メイド長の“メイド道”は複雑怪奇なのだ」 女騎士「無事に帰って良かった。……これは修道院から くすねてきたワインだ。まぁ、控えめに飲んでくれ」 メイド長「有り難く頂きますわ」 魔王「話は簡単にだか聞いている。 中央との戦を双方最小限の被害で食い止めてくれたとか、 いくら礼を言っても足りない」 女騎士「相手は2万、こっちはその4分の1以下。 いくらわたしでもまともにやったら死んでしまうよ。 あれはああでなくては、わたしも困っていた」 勇者「悪いな、来てもらっちゃって。 明日にでも挨拶に行くつもりだったんだけど」 女騎士「それが待てなかったのはこっちの都合だから。 お帰りなさい、勇者」 723 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15 32 34.88 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、夜の執務室 魔王「ふぅ……。やれやれ、やっとおちついたか。 これで報告書やら書類の整理やら……。 おおっと、そうだ。 頼まれていた土産も渡してやらぬとな。 明日は村長の所にも顔を出さないと……んっ。 土産の包みは何処へ……」 コンコン 魔王「開いている。どうぞー」 女騎士「いま、良いだろうか?」 魔王「ああ。女騎士か。済まないな、騒がしい夕食で」 女騎士「いや、いいんだ。楽しかった。 修道院の夕食は、宗教的な制約で静かだから。 こういう楽しい食事は、気持ちが和むよ」 魔王「それなら良いんだが」 女騎士「うん」 魔王「……」 女騎士「…………」 魔王「どうした?」 女騎士「ああ。その。今晩のうちに話したいことがあって」 魔王「聞こう」 724 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15 34 32.03 ID BJlDi/AP 女騎士「その、魔王がいない間に」 魔王「うん」 女騎士「勇者に、剣を捧げた」 魔王「……?」 女騎士「判らないか。そのぅ……。 剣を捧げるというのは、騎士にとって重要な ……誓約の儀式なんだ。 それをしないと一人前とは云えないと云うほどの」 魔王「ふむ」 女騎士「騎士は主人を持って、 剣を捧げた主君を持って初めて一人前になる。 剣を捧げるというのは騎士にとって 主君に全てを委ねると云うことで、 主君のために働き、戦場では武勲を立てる生き方の規範なんだ。 主君のことを思い、主君のために尽くす。 ……主君のものになると云うことなんだ」 魔王「……っ」 女騎士「その誓いを、勇者に捧げた」 魔王「……」 女騎士「魔王がいない間に許可も得ずに、内緒で、卑怯だと思う。 それは判っている。それに、勇者に対しても もしかした無理強いをしたんじゃないかとも……思っている。 その……。剣を捧げた後、わたしは戦場に行ってしまったし 勇者は魔界に行ってしまったから、確認はしてないけど。 困ったような表情は、させてしまった」 725 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15 36 26.26 ID BJlDi/AP 女騎士「だからといって取り消せない。 それは誓いだから、絶対に取り消せないし、 もし可能だとしても取り消したくはない。 勇者に剣を捧げたいというのはわたしの魂の願いなんだ。 ――でも、これは魔王に内緒にすべきではないと思った。 魔王が勇者の持ち主だからって言うのもあるけれど」 魔王「……」 女騎士「友達だって云ってくれたから」 魔王「……」 女騎士「だから、告げに来た。 罵ってくれて構わない。いや、そうされるために来たんだ。 も、もちろんっ。 わたしは勇者のものだけど、勇者はわたしのものじゃない。 ――騎士の誓いとはそういう物じゃないんだ。 だから勇者がわたしに触れなくてもわたしは一生我慢できる。 魔王と勇者の仲を邪魔するつもりはなくて、 それは魔王が正しくて……。 勇者に触れて貰ったりもしてないぞ? いやそれは、何というか、そういう意味でと云うことだが」 魔王「ん」 女騎士「うん……」 魔王「そうか」 女騎士「うん……」 727 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15 38 30.33 ID BJlDi/AP 魔王「わたしは、図書館で育って。 と、いっても普通の図書館とも違うのだけれど……。 つまり、人とのふれ合いが少ない環境で育ったのだ。 だから男女に限らず情愛には疎くてな」 女騎士「……」 魔王「女騎士は、嫉妬を感じたことがあるか?」 女騎士 こくり 魔王「それは、なんだか胸のあたりがちくちくといがらっぽく 呼吸が苦しくなるような、 平衡感覚が失われるようなものだろうか? 相手を特定できないような無方位の怒りと苛立ち それから自己嫌悪と寂しさがミックスされたような感情なのか?」 女騎士「うん、そう」 魔王「ではわたしは嫉妬しているのだな……」 女騎士「……」 魔王「わたしがもし魔力に溢れる魔王であれば、 漏れ出したそれだけで、床を焦がしてしまうやも知れない」 女騎士「うん……」 魔王「一番哀しいのは、どこかで惨めな気分になっている 自分が存在することだ」 女騎士「え?」 ページトップへ <前5-2へ|次5-4へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/35.html
<前5-3へ|次5-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」5-4 729 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15 41 41.92 ID BJlDi/AP 魔王「やはり勇者は人間の娘のほうが好きなのだろうな。 ――などと思う自分がいるのが、ただ、哀しい」 女騎士「魔王……」 魔王「いや、そんな弱気は全体から見ればほんの1%にも満たない。 勇者はわたしのものだ、誰にも渡さない。 あんな過去の魔王など指先さえも触れることは許さない。 でも、それでも。 人間である女騎士には負けてしまいそうな気持ちもある」 女騎士「……」 魔王「でも、やはりだめだ。騎士の誓いが譲れぬものであるように わたしの所有契約だって不破の約束。 ずっと昔から勇者が会いに来てくれるのを待っていたのだ」 女騎士「うん」 魔王「……」 女騎士「……そう、だよね」 魔王「だが、仕方あるまい」 女騎士「え?」 魔王「わたしは“仕方ない”と云う言葉が嫌いでは、ないのだ。 もちろんその言葉は、十分な努力もしていないものが 己の安逸を求める言い訳に使うことが多い事も承知している。 だが、時にその言葉は飲むに飲めない妥協へ飲み込んでも 前へと進む言葉になってきた。 辛く厳しい現実を受け入れてでも立ち上がる 勇気に満ちた言葉だからだ」 730 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15 45 30.84 ID BJlDi/AP 女騎士「……」 魔王「だから、わたしが魔族なのは仕方ない。 女騎士が、勇者に……想いを寄せたのも、仕方ない。 いや、沢山の類似ケースを考えれば 一番妥当で痛みのないケースかもしれないな。 そもそも歴代魔王の中ではハーレムを持たない者の方が 少ないくらいだ。勇者のことは知らないが、 それくらいの規模は予想してしかるべきだった。 でも、そんな時に勇者の隣に誰がはべろうが、 その中でも、女騎士が、いちばん“仕方ない”。 他の誰であるよりも、わたしは我慢が出来ると思う」 女騎士「……魔王」 魔王「だからといって譲るつもりも負けるつもりもないぞ? 大体の所、騎士の誓いとは聞けば主従契約ではないか。 つまり終身雇用だ。所有とは概念レベルで勝負にならぬ」 女騎士「わたしにだって、勇者と旅をしてきた歴史があるのだぞっ」 魔王「歴史? 歴史と云ったか、この図書館族のわたしに? 歴史などという言葉は150年前に通過済みだ」ふっ 女騎士「意味不明だっ。わたしは勇者(の毒蛇に噛まれた傷口)に 口づけをしたことだってあるんだぞっ!?」 魔王「~っ!? な、な、なっ。 過去の栄光にすがってどうする! わたしは勇者に膝枕を した上に、先ほどは二人で読書デートを決行したのだっ!」 女騎士「はっ。読書デート。それこそ子供のような」 魔王「云ったな、女騎士」 ごごごご 732 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 15 48 19.60 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、談話室 ドッゴォォォーン!! バキャァ!! メイド姉「なんだか大きな音が……」 勇者「ああ、再会を祝ってるんだろう? 二人で。 酒を入れるとみんな明るくなるよなぁ……」 メイド姉「当主様、飲んでいたかしら?」 メイド妹「ねーねー。お兄ちゃん、それはいいからー」 勇者「おう、そうだったなー。えーっと」ごそごそ メイド妹「わくわく」 勇者「じゃーん、こいつがお土産だ! かさばったぞう!」 メイド姉「これは、なんです?」 勇者「まず、妹には緑柱石の髪飾りと“せいろ”だ」 メイド妹「せいろー? おっきいー。これ、かご?」 勇者「いや、これは鍋の上にのっけるんだ」 メイド妹「のっける?」 勇者「下でお湯を沸かして、湯気でものを暖めるんだよ。 “蒸す”っていうんだけど。判るか?」 メイド妹「うわぁぁ! おもしろーい!!」 733 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 15 49 52.50 ID BJlDi/AP 勇者「で、メイド姉には、こっちだ」 メイド姉「いただけるんですか?」 勇者「おう、あいつが選んだのはこの櫛。 あいつも昔から使っているんだって。まか……じゃない。 学士の故郷じゃ、娘が一人前の年齢になると、 櫛を貰うんだってさ。美人度が上がって彼氏が出来るように」 メイド姉「綺麗です。宝石みたい……」 勇者「こっちは俺からだ」 メイド姉「これ……」 勇者「絹の朱子織だよ。ほら、なんかさー。 服とかそういう洒落たものを買っていくと良いのかなって 思ったけれど、そういう知識もないしさ。 大きさが違うのもよく判らないし。 だから、悪いけど、この布地で」 メイド姉「すごい……」 勇者「あ、やっぱだめだった? 手抜きだった? ごめんな」 メイド姉「いえ、いいんです。嬉しいですっ! こんな上等な。こんな綺麗な布地は見たことがありませんっ」 メイド妹「うん、すごーい! お姫様の衣装みたい」 勇者「そっか。学士が、姉なら仕立ても出来るって云ってたから」 メイド姉「はい、ありがとうございますっ」 746 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20 02 52.49 ID BJlDi/AP ――地下世界(魔界)、辺境部の通商道 びゅぉぉぉぉっ 中年商人「うっぷ、すごい風だな」 犬頭の商人「季節風だよ」 歴戦傭兵「こいつぁ、参るな」 中年商人「おーい! 飛ばされんじゃねぇねぇぞ! しっかり荷の確認をしろーい」 キャラバンの一行「ほーぅい!」 犬頭の商人「逞しいな、あんたらは」 中年商人「商売って云ったら何処でも同じじだろう? 逞しくなきゃやっていけやしないさ」 犬頭の商人「違いない」 歴戦傭兵「この辺の治安ってのはどうなんだい?」 犬頭の商人「良かったり、悪かったりだね」 歴戦傭兵「ふぅむ」 犬頭の商人「近頃は落ち着いているが、 この開門都市ってのは古代からの聖地なんだ。 何十もの神殿があってね。 それらのお参りで人の出入りが激しい。 人間世界と軍が行き来していた頃は主要な中継地にもなってた。 知ってるように、あんたらと戦争してたからだ」 歴戦傭兵「ああ」 747 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20 06 22.25 ID BJlDi/AP 犬頭の商人「そんなこんなで、支配者や、 そん時ついてる勢力が変わるたびに治安が乱れるんだよ」 歴戦傭兵「なるほどな」 中年商人「いまは?」 犬頭の商人「今やってるのは随分と評判が良いね。 税も安いし、交易はだいぶ自由だ。 毎月のように広場を開放してくれるし、 毎週月の曜と木の曜には市場を開いてくれる。 俺たち旅商人には有り難いし、治安も悪くはないね。 でも、だからって、このあたりが物騒になりやすい地域だって 事には何の代わりもない。 俺たちは決して油断をしないんだ」 歴戦傭兵「ああ、それが一番だよ」 犬頭の商人「あんたらは随分と大きなキャラバンだもんな」 中年商人「そうか?」 犬頭の商人「ああ、ここらを歩く商売人の殆どは らくだ一頭に荷を左右にぶら下げて引き歩く行商人だよ」 中年商人「馬車や、らくだ車は流行らないのか?」 犬頭の商人「砂やぬかるみに弱いからね。 手を集めて引っ張り出せるあんた達のような十人以上の 一行なら扱えるんだろうが、独り者の商人の手には負えない」 中年商人「なるほど。俺も若い自分にはポニー一頭をひっぱって 旅暮らしをしていたことがあるよ」 748 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20 07 44.19 ID BJlDi/AP 犬頭の商人「何を扱っていたんだ?」 中年商人「その頃は麦、香辛料、それに割れ物だな」 犬頭の商人「麦か。このあたりでは、取れるには取れるんだが、 あまり質は良くねぇな。殆どを酒にする」 歴戦傭兵「良い酒なのか?」 犬頭の商人「いやぁ、全然さ。酒と云えば、妖精族のが一番だ。 竜族の醸す強い酒も上等だな。鬼呼族の作る米の酒も値段は 張るが乙なものだ。なかなかお目にかかれないけどね」 歴戦傭兵「酒は、やはり難しいか」 中年商人「割れたりするトラブルがつきものだからなぁ」 犬頭の商人「そうだなぁ、だが、良い値段で売れた時には 美味しい商売だ。何よりも、何処でもそれなりに商品を さばける」 歴戦傭兵「ちがいない。はっはっはっ」 中年商人「都に着いたら、何処を根城にすると良いかね」 犬頭の商人「まぁ、まずは庁舎に行って商札をもらわねぇと」 中年商人「許可か」 犬頭の商人「そうだ。そのあとは、茶館にいって一服するといい」 750 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 20 10 07.70 ID BJlDi/AP 中年商人「茶館?」 犬頭の商人「ああ。そうだ。……人間達の街では違うのか? 茶館っていうのは、茶を出す建物のことなんだよ。 茶ってあるのか?」 歴戦傭兵「もちろんあるさ。馬鹿にするな。 まぁ、言葉で何となく判るがよ」 中年商人「商人が集まるのか?」 犬頭の商人「ああ、そうだな。 茶館は都市の商人が集まる、情報の集積地だ。 高級な茶館には高いものを売り買いしたい 金を持った商人があつまる。 まぁ、茶館のランクがそのまま商人の懐具合になってる感じだな。 もちろんこれは何の保証もないから、 目星をつけた後は、嗅覚とコネを使って相手を見定める必要が あるのは、何処で知り合っても一緒だ。 茶館によっては個室で茶を供するところもある。 商談には便利な場所だよ」 歴戦傭兵「そういうことか」 中年商人「酒場と似たようなものだな」 犬頭の商人「酒場は朝早くは開いていなかったりするだろう? 茶館は小鳥の鳴き声がする前から開いている。 小鳥をかごに入れて飾っている建物が茶館なんだ」 中年商人「良いことを教えて貰ったよ」 犬頭の商人「そら、そろそろ見えてきたぞ」 歴戦傭兵「おお、あれかぁ。……はるばるとした街じゃないか」 犬頭の商人「あれが『開門都市』。このあたりじゃ一番の都だ」 753 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20 33 08.45 ID BJlDi/AP ――魔王城、東館展望部 メイド長「……ふっ。集いなさいっ!」 メイドゴースト ―― メイド長「ふむふむ。判りました。12番は腹痛で欠席ですね。 他には体調を崩した子はいませんか?」 メイドゴースト ―― メイド長「わかりました。では、本日の業務内容です。 今週はこの東館を集中的に。 いいですか? 集中的に清掃を行います」 メイド長「リネンのセット、生花の準備、 庭の手入れを行ってください」 メイドゴースト ―― メイド長「厨房ですか? 当然です。今週は食糧倉庫の 全品入れ替えも行いますからね、手抜きはしないこと」 メイドゴースト ―― メイド長「は? ゴキブリ? 許可します。殺りなさい」 メイドゴースト ―― メイド長「怖い? それくらいどうにかなさいっ!。 場合によっては初級魔術の使用も許可します。 いいですね、当魔王城のメイド部隊の名にかけて 遺漏は許しませんよっ!」 758 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20 54 13.67 ID BJlDi/AP ――地下世界(魔界)、開門都市、中央庁舎 副官「砦将、お客人です」 東の砦将「おお、入ってもらってくれ」 ガチャ 中年商人「お邪魔しますよ」 東の砦将「いらっしゃい。俺がこの都市の自治政府、 執行委員なんてものを仰せつかっている砦将というものだ。 あー、すまないが……」 中年商人「わたしは中年商人というものですよ。 お初にお目に掛かります。 いや、人間の方が仕切りをやっているとは聞いていましたが 長い旅をしてきてみると感無量ですな」にこにこ 東の砦将「ははは。逃げ出す時に転んで取り残されただけだ」 がしっ 中年商人「このような薄汚れた格好で申し訳ない。 しかし、取り急ぎ報告をした方が良さそうだと思って」 東の砦将「どのようなご用件だろう?」 中年商人「塩の輸入を依頼されて運んできたんです」 759 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20 55 22.25 ID BJlDi/AP 東の砦将「火竜公女かっ? はははっ! やりやがった!」 中年商人「そう、随分気合いの入ったお嬢さんでしたよ。 手紙も預かっている、これですな」にこにこ 東の砦将「かたじけない! 彼女は?」 中年商人「手紙にも書いてあると思いますが、 まだあっちにいますよ。そうだ、紹介しましょう。 こっちは今回のキャラバンの副長兼、護衛隊長の歴戦傭兵」 歴戦傭兵「よろしく」 東の砦将「おお、よろしく。これはわたしの副官だ」 副官「副官です。以後お見知りおきを」 中年商人「荷物は荷馬車に十八台。確認してみてくれませんか?」 東の砦将「よし、副官。見てきてくれ」 歴戦傭兵「俺も立ち会いましょう」すくっ 中年商人「頼んだぞ」 歴戦傭兵「一働きしてきますさ」 がちゃ、とっとっとっと 東の砦将「……ふぅ、これで一つ心配事が減った」 中年商人「こっちも長旅の肩の荷が降りた想いです」 760 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 20 57 03.56 ID BJlDi/AP 東の砦将「彼女はところでどうだった、どうしている?」 中年商人「わたしは、じつは『同盟』というあっちでは 名の知られた商人のギルドに所属しているんですが」 東の砦将「ほう」 中年商人「彼女はそこに接触して、わたしの上司とでも 云うべき商人に渡りをつけまして。 その手配で今回の荷運びをしたってわけなんですよ」 東の砦将「そうだったのか。支払いの件など どうすればよいのだろう?」 中年商人 ふるふる 中年商人「私はすでに『同盟』のほうから手当を 受けているんです。 『同盟』のほうはお嬢さんと協力してもっと大きな仕事に 手をつけてって云う話でしてね」 東の砦将「大きな仕事?」 中年商人「こういった塩をもっと潤沢に 輸入するための仕事だそうですよ。 今回のキャラバンは当面の塩不足をどうにかするための 手始めらしくてね。わたしはそのために雇われたんです」 東の砦将「……ふむ」 中年商人「そちらの儲けからたっぷり手当は頂いているから 代金などは頂く必要がないんですよ」 東の砦将「そうか。……では、中年商人殿は、この街への 視察をかねていると思って良いのだな?」 762 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21 02 47.10 ID BJlDi/AP 中年商人「いや、それはどうだか。わたしは小物ですから」 東の砦将「ふっ。では、接待などしなくてはならないだろうな。 だがこの街の政府は自治政府で、台所事情が厳しいのだ。 わたしの馴染みの場末の酒場と云うことになってしまうが」 中年商人「いや、それはありがたい。 かえってそう言う場所の方が気兼ねないというものです。 わたしはこの街は初めてなんですよ。 しかも長い旅をしてきた。 長い旅の後に、都に詳しい人について酒場に入り、 冷えた酒を一杯やる。これに勝る幸せなんてどんな宴に だってありはしませんよ」にこにこっ 東の砦将「はははは! 宿舎のでよかったら、 水を浴びてくれ。日が暮れたら繰り出そうじゃないか。 その頃には塩の検品も終わっているだろう」 中年商人「ああ、品質だけは保証できますよ。 西ノ海で取れたまじりっけなしの雪花石膏のような花の塩です」 東の砦将「して、帰りは何か荷物でも仕入れるつもりなのかな?」 中年商人「いや、しばらくはこの街を根城に、 色々話を聞いていこうかと思っているんですよ。 良かったら紹介して欲しい職種もいくつかあるのですが」 東の砦将「ほう? どのような?」 中年商人「魔族の職人や傭兵というのは、 どうすれば雇えるのでしょうね。 ゲート後に開いた大穴、あそこに安全な街道を造るのは なかなかなにやりがいのありそうな仕事だ」 765 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21 47 46.32 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、執務室 魔王「すさまじい激変だったようだな」 メイド長「ええ、レポートを見るだけでも、大騒ぎですね」 魔王「異端審問から始まり、天然痘の撲滅までか」 メイド長「はい」 魔王「青年商人の企てた策は、まさに“売り浴びせ”だ。 資産の全てを投げ打つ戦略にはわたしでさえ背筋が氷る。 さらには原始的な先物さえ創造しているんだ。 銀行システムが流布していない世界において、 半ば強引に信用創造を行い“見かけ上の現金”を 増やしてのけた。 その長いロープは中央諸国の首を軒先にぶら下げるに 十分だったろうな」 メイド長「ええ」 魔王「それに、そのオチの付け方が洒落ているではないか」 メイド長「そうですか?」 魔王「ああ。ジャガイモに変える、とはな」 メイド長「はい」 魔王「青年商人は、あの位置から聖王国最大のスポンサーに なることも出来た。 そうしなかった理由が、わたしとの約束という義理なのか それとも商人の嗅覚なのかは判らないが 彼は二大経済圏の成立という賭けに討って出たんだ。 その方が明日があると信じて」 766 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21 51 24.73 ID BJlDi/AP 魔王「彼の判断は、理論としては正しい。 経済の発展のためには、多数の国家や多数の貨幣、 それらの衝突や摩擦が必要だ。 いずれやってくる魔族との交渉のためにも、 それらの経験値は必要不可欠」 メイド長「ゲートは、壊れてしまったのですからね」 魔王「ああ」 メイド長「早かったですね」 魔王「だが、だからといって伝統や慣習に こだわる守旧派勢力が勝たないとも限らない。 いや、事実それらの勢力は今まで勝ち続けてきたはずだ。 それなのに、その賭に出た。 一回も見たことがない勝利に賭けた。 その商人の魂に、深い敬意を抱くよ」 メイド長「あとは、勝負ですか」 魔王「そうだろうか。時間との、相手の覚悟との、 押しとどめようとする勢力との勝負だろう。 でも、いずれ同じ事。二つの世界は“異世界”など ではなかったのだ。 いずれ誰かが気が付いて、二つの世界の垣根は ぐっと引き下げられていただろう。 それがゲート破壊と云う手段かどうかは判らないけれど 魔力や法力による操作をしなければ行き来できない ゲートがなくなったことで地上と地下世界はいっそうの 接近を迎えた」 767 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 21 53 37.40 ID BJlDi/AP メイド長「この波は、止めることは出来ない」 魔王「そうだ」 メイド長「準備が出来ていればいいのですが」 魔王「何時の場合も“十分な準備”などというものは 存在しない。現場の工夫で乗り越えられるか否かだけだ。 そのための支度だけは、出来うる限りしてきたはずだ。 それに……」 魔王「見たか? メイド長?」きらきら メイド長「はい」 魔王「すごいじゃないか! 素晴らしいじゃないか! これは……これだけはわたしが残していったものじゃない。 生命、財産、自由の三つを自然権として謳っている。 まだ旧来の信仰や神学と融合した形だが、これは明らかに 人間性の自立や他者への友愛を含んだ、lumen naturale。 啓蒙主義的な発想だ。 ……この言葉は、この世界にいきている 彼女個人が傷と痛みと精神の血の中から必死でもがき、 探り出した自由主義の萌芽だ。 わたしが教えたものじゃない。 いや、教えたとしても“知識”では越えられない壁が 存在するはずだ。教えることでどうにかなるものじゃない。 彼女はその壁を魂の輝きで乗り越えたんだと思う」 メイド長「はい」 768 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/16(水) 21 57 54.39 ID BJlDi/AP 魔王「嬉しくないのか? この報告の言葉には、書いてあるよ。 “二度と虫にはならない”、 “それがどんなに辛く厳しくても”と」 メイド長「……いえ」 魔王「?」 メイド長「わたしは、彼女に……」 魔王「うん……」 メイド長「……なにか」 魔王「……」 メイド長「何ほどのことが出来たかと」 魔王「うん……」 メイド長「だめですね。……これは、言葉にはなりません」 魔王「……ふふ。彼女だけじゃない。見てみろ」 魔王「他にも有りとあらることが起きているようだ。 紙を利用した記録の有用性の再発見。 試験制度や報酬制度を含んだ官僚主義の成立。 関税による輸入障壁に、原始的な本位制度。 それにしても馬鈴薯本位とはね。 なかなか上手く切り抜けたようじゃないか。商人子弟」 772 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 03 02.14 ID BJlDi/AP 魔王「軍事にしてもそうだ。 わたしは詳しくはないけれど 野戦陣地や斜線陣形はこの時代の発想にはない戦術だろうな。 戦場医療の充実、か。 医療については確かに発想が抜けていたな。 どれもこれも確かに教えたのはわたしだけど、 すべてに工夫の跡がある。 この世界に生きる人間が、この世界なりのやり方で、 ちょっとでも何かを手にするために 自分たちの知恵を凝らした創意の跡が見える」 メイド長「はい」 魔王「人間は、すごいな。 世界は、すごい……。 魔族だって負けていない。沢山の風車が回っていた。 為替の機構だって軌道に乗ったそうだ。 郵便の話を聞いた時には、わたしだってびっくりした。 公共工事で病院を設立もすごい。 獣人族、鬼呼族は互いの利益を保護するために 共通の憲法に署名をするそうだ」 メイド長「はい」 魔王「図書館の外の世界が、 こんなに騒がしくて こんなに無秩序な世界が、こんなに愛しく思える」 メイド長「まおー様?」 魔王「ん?」 774 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 06 56.60 ID BJlDi/AP メイド長「泣いて、いるんですか?」 魔王「え?」 メイド長「まおー様」 魔王 こしこしっ メイド長「……レディはハンカチを使うものですわ」 魔王「ん」 メイド長「辛いのですか?」 魔王「いや、違う。たぶん」 メイド長「はい」 魔王「ちがうよ。これは。 涙だけど、おそらく泣いている訳じゃない。 良かった。そう思っている 多分、わたしは、ちょっとだけ 誇らしいんだ。 わたしの手柄じゃないけれど この世界が、好きなんだ」 メイド長「――わたしもそう思っています。 出会って、良かったと」 780 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 26 08.63 ID BJlDi/AP ――冬越し村、修道院裏手の広場 ギィンッ! 勇者「……はぁっ、はぁっ」 女騎士「はっ、はぁっ……はぁっ、はぁっ」 ギンッ! ギンッ! ザシュッ! 勇者「せいっ!」 女騎士「やぁっ!」 ギィンッ! 勇者「気合い入ってるな」 女騎士「まだまだぁっ! はっ!」 勇者「こっちだっ!」 ヒュバンっ!! 勇者「~っ! “加速呪”っ!」 女騎士「“瞬動祈祷”っ」 ギン!ギン! ガギン! ギッ! ギガッ! ガガっ! キンキンキンキン! ザシュ! ヒュバッ! 勇者「や、るなぁっ! せやっ!!」 女騎士「ま、だだぁっ!」 ジャギンッ!! 783 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 29 31.81 ID BJlDi/AP 勇者「すごいな、腕が上がったのか、気合いか」 女騎士「両方だ」 じりじりっ 勇者「んじゃ、こいつで、仕舞いだっ! はぁぁ!」 女騎士「っ! “光壁三連”っ!」 ヒュバウッ!! シュバァァァーーッ!! 女騎士「~っ!! って、うわぁぁぁっ」 勇者「で、おっしまい」 ぴたり 女騎士「……っ」 勇者「俺の勝ち~」 だばだば♪ だばだば♪ 女騎士「くっ……」ぷいっ 勇者「女騎士から稽古しようって云ったんじゃん」 女騎士「それはそうだが、悔しいものは悔しい。 この悔しさを無くしたら、わたしは弱くなる。 だからこの場合、悔しいのは正しんだ」 勇者「そっかそっか」 とさっ 女騎士「どうした?」 勇者「俺もちょっと休憩」 784 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 31 32.79 ID BJlDi/AP 女騎士「髪は、切ったんだな」 勇者「うん。切って貰ったぞ」 女騎士「その方が良い。似合うぞ」 勇者「そうかな。頭が軽いと調子が良いな」 女騎士「じゃ、勇者は不調にならないな」 勇者「ああ、そうな」 勇者「……」 女騎士「……」 勇者「ちょっと待て、それどういう意味だ!」 女騎士「いや、他意はないんだ。軽口だ。ほんとだ」わたわた 勇者「……そ、そか? お、おう」 女騎士「……」 女騎士(ど、どうする。勇者の態度も不審だぞ。 こっちまでドキドキしてきた。剣を捧げてから 二人きりなんて無かったしな。ってか、顔おかしいか? わたしはもしかして赤面しているんじゃないのか!?) 勇者「……あー」女騎士「なんだ勇者っ」 勇者「なんでもない」 女騎士(な、なんであんな口調で返事してしまうのだっ わたしの脳みそのほうが最軽量かっ!?) 786 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 34 03.74 ID BJlDi/AP 勇者「まぁ、女騎士は防御が固いけど」 女騎士「う、うん」 勇者「大きな技ほど光壁で止めようとするからな。 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど」 女騎士「そうかな?」 勇者「わりとな」 女騎士「そうか……」 勇者「……あ、えーと」 女騎士「?」 勇者「けなしてるんじゃないからな?」 女騎士「そんなことは判ってる」ぷいっ 勇者「……」 女騎士「……」 勇者・女騎士「その」 勇者「あ、どうぞ。」 女騎士「そか……その、だな。勇者」 勇者「ん?」 女騎士「さっきも使ってた、剣がふわってぶれて、 霞んで消える技な。気配も消えてしまう技」 789 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 36 19.21 ID BJlDi/AP 勇者「ああ、勇者剣技その46なー」 女騎士「そうなのか? 昔からたまに使うよな。 あれを覚えたい、見せてくれないか?」 勇者「そりゃ、無理だろう」 女騎士「そうなのか?」 勇者「だって、勇者の剣技だしなぁ。特別なんじゃないか?」 女騎士「やって見なきゃ判らないだろう?」勇者「……それもそうか」 かちゃ 勇者「こんな風に構えるだろう? いや、足はどうでもいいや。 とにかく、剣を敵に向けて半身だ」 女騎士「ふむ」 勇者「で、左手の薬指で、重心を取るみたいに力を抜いて」 女騎士「剣を落としちゃうじゃないか」 勇者「そこはバランス取るんだよ。手のひらで柄が ぶらぶらする感じだ」 女騎士「なんて適当な技なんだ……」 勇者「そしたら、剣の刀身から魔素を吸い込むような気持ちで」 女騎士「詠唱するのか?」 勇者「いや、気持ちだけ。そんな気分で、周辺の空間を掴んで、 引っ張るわけだよ、こうきゅーっと。で、いてもうたる! と」女騎士「いきなり難しいぞ、おいっ」 勇者「だって、そういう気分の技なんだ」 女騎士「気分で技を作るなっ」 791 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 38 37.34 ID BJlDi/AP 女騎士「まったく信じられないな」 勇者「そう言われても」 女騎士「人に教えるのも向かないのは判ったよ」 勇者「自分でも判ってる」 女騎士「……しょげてるのか?」 勇者「いや、そんなことはないけど。 でも、壊したり殺すのが得意でも、あんまり面白くはないぞ」 女騎士「……そっか」 勇者「そういうもんだ」 女騎士「……」 勇者「……」ぶるっ 女騎士「冷えてきたな。修道院に戻ろう、暖かいものでも出すよ」 勇者「そうすっか」 女騎士「そしてその後、膝枕をする」 勇者「はぁ!?」 女騎士「少しでもハンデを埋める」 勇者「何の話だ」 女騎士「いいではないか! 協力してくれてもっ! 胸は追いつけないんだから。太ももくらい使わせてくれっ」 勇者「……な、何で怒ってんだろう」 女騎士「これでもわたしは遠慮しているのだ。欲求不満だぞっ」 796 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 45 04.65 ID BJlDi/AP ――冬越し村、魔王の屋敷、談話室 魔王「慰安?」 勇者「旅行?」 メイド長「はい」 魔王「なんだそれは? 天文学用語か?」 勇者「いや、それはないだろう」 メイド長「古代から伝えられるメイドへの報償です」 魔王「そうなのか?」くるっ 勇者「俺にふるなよ。聞かれたって知らないよ、そんなの」 メイド長「間違いございません」 メイド姉「旅行?」 メイド妹「おねーちゃん、それってなに?」 魔王「あー。遠くへ行くことだな」 勇者「旅みたいなものだ」 メイド妹「お引っ越し?」 魔王「いや、引っ越しは伴わない」 メイド妹「じゃ、屋根無し? 家無し放浪?」 じわぁ 勇者「なんか、生い立ちが忍ばれて胸が痛むな」 797 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 46 34.57 ID BJlDi/AP メイド長「慰安旅行というのは、普段家事に追われている メイドに対する最高の報酬であり、 古来様々な文献において、絶賛されている休暇のあり方です。 神代のギルドには専用の役人や部署まであったとか」 メイド姉「はぁ」 勇者「それは、どんなことをやるんだ?」 メイド長「まずは遠隔の景勝地へと赴きそこに宿を取ります」 魔王「ふむ」 メイド長「宿には当然他の使用人がおり、 炊事洗濯掃除と云った日常的な雑事をメイドに代わり行います。 普段は家事に忙殺されているメイドを解放する。 それが慰安旅行の目的です」 魔王「つまり、休日か。なるほど、云われてみればもっともだ」 勇者「そういえば、そうだな。 二人にはお休みらしい休みもなかったもんな」 メイド長「さらに云えば、慰安旅行には温泉がつきものです」 メイド妹「温泉?」 魔王「大きな風呂だな。場合によっては、 城の大広間くらいの大きさがある」 メイド姉「そんなに!?」 メイド長「この温泉において日頃の疲れを洗い流し、 メイドは新たなる段階へとステップアップできるのです」 798 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 50 53.85 ID BJlDi/AP 魔王「ふむ、云わんとすることは判った」 メイド長「今回まおー様とわたしの里帰りによる長い不在。 そのあいだこの二人のやってきた仕事と 周囲の評価を鑑みるに何らかの報酬を与えるのが 妥当と判断しました」 メイド妹「つまり、ごほーびって事?」ぴょんっ! メイド姉「大人しくしてるの、妹」 魔王「うむ、この件については、 わたしはメイド長に全幅の信頼を置くものだ」 勇者「云われれば納得だ。今まで思いつかなかったのが 不思議なくらいだぞ」 メイド長「いえ、聞けば長い間、かなりの大騒ぎで それどころではなかったそうですし、仕方のないことでしょう」 魔王「わたし達も忙しかったしな」 勇者「魔王は例の広間で寝てただけじゃないのか?」 メイド長「メイド姉、メイド妹。こっちに来なさい」 メイド姉妹「はい」「はいっ」 メイド長 なでなで メイド妹「え……」 メイド姉「あ……」 メイド長「よくやりました」 799 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/16(水) 22 53 17.57 ID BJlDi/AP メイド妹「ありがとう! 眼鏡のお姉ちゃん!」 メイド姉「ありがとうございます、メイド長」 魔王「ふふっ」にこっ 勇者「よかったな!」 にこにこ メイド長「ついては、まおー様、勇者様。お二方、加えて 僭越ながらわたしも同じ場所に行きたいと存じます。 他にもお誘いになりたい方がいれば準備させます」 勇者「そうなのか?」 メイド長「救出にも一役買って頂いたことですし、 こちらでは戦争の危機回避やいざこざなどもあったそうですね。 疲労もたまっていることでしょう。 冬が開ければまた忙しくなるのでしょうから、 行くとすればここがチャンスかと心得ます」 魔王「そう云えそうだな」 勇者「そうかぁ」 メイド姉「ご一緒ですね」にこっ メイド妹「一緒一緒!」 メイド長「移動は勇者様にお願いします」 勇者「あー。転移? まぁ、手間が無いっちゃないか」 魔王「宿は取ってあるのか?」 メイド長「はい。長い伝統を誇る古城民宿でして 目下急ピッチで準備中。3名どころか連隊規模の 入浴にも堪える大浴場を備える雰囲気ばっちりの宿でございます」 858 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/17(木) 12 41 51.81 ID z6GJxeoP ――魔王城東翼、別館、古城民宿“まおー荘”入り口 しゅいんっ! メイド長「さぁ、到着ですよ」 魔王「なかなか綺麗になっているではないか。 掃除したのか? 普段とは大違いだぞ」 メイド姉「ここが民宿ですかぁ、すごいです。まるでお城みたい」 勇者(いや……城だよ……) メイド妹「すごーい! すごーい、これ壺?」ぴょこぴょこ 女騎士「ちょ、ま、まて。勇者。 身体を休めるための二泊三日の小旅行だと 云ったではないかっ!」 魔王「いかにもそうだが?」 女騎士「ここは、まっ。まっ。まっ」 メイド長「高級古城民宿、“まおー荘”でございます」 女騎士「嘘をつけぇい! どこからどう見ても民宿じゃないだろっ。 なんだあの鎧はっ! 血の流れる絵はっ! 何処の民宿にあんなものがあるのだっ!」 女魔法使い「……アート」 メイド長「あらあら。ゴーストのおもてなしの心は ちょっぴりずれていますわね」 859 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12 43 21.98 ID z6GJxeoP 女騎士「ちょっぴりで済むかっ。く、くそっ。 ああ、精霊様すみません。汚い言葉を使ってしまいましたっ。 あまりの事態のせいです。お許しください。 こんなところで死地に踏み込むとは一生の不覚っ。 わたしが突破のための尖錐騎行をするっ。 勇者は中衛でみんなの護衛を、 魔法使いは後方警戒と火力支援をっ」 勇者「おちつけ」 めこっ 女騎士「何をするっ!」 メイド妹「騎士のお姉ちゃん痛そ~」 勇者(小声)「少しは落ち着けっ! 俺たちは魔王と一緒なんだぞ! やばいわけ無いだろっ!」 女騎士(小声)「そ、そうであった……。すまない」 女魔法使い「仲良し……」 メイド姉「ええ、お二方は仲が良いです」 魔王「わたしだって仲良しなんだぞ。ほんとは」ぶつぶつ メイド長「ええ、そうですとも。 まおーさまと勇者様は仲良しですとも。 わたしがその生き証人です」 魔王「メイド長のせいで、すごく嘘くさくなってしまったではないか」 860 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12 45 10.64 ID z6GJxeoP メイド姉「仲の良いことはよいことですよ」にこにこ メイド妹「いいこと?」 女魔法使い「……比較において好ましいということ。わたしも メイド妹と、仲良し」すりすり メイド妹「昼寝のお姉ちゃんと仲良し」むきゅ 女騎士「いーやっ! わたしの方が仲良しだっ」 魔王「仲良しにおいてはわたしに一日長があるっ」 勇者「もうね。みんな仲良しで良いじゃないですか」 メイド長「あらあら」 メイド姉「仲良しが過ぎてなんだか大変ですね」 メイド妹「お兄ちゃんは、女の人と仲良し?」 女魔法使い「……女の人、沢山と、仲良し」 メイド妹「もてるんだね♪」 女魔法使い「……そのような解釈をすることも出来る」 魔王「……」 女騎士「……」 メイド長「そういえば、勇者様。執事さんは 誘わなかったんですか?」 勇者「いや、ほら。まだ色々話していないこともあるし。 そもそも温泉にあの爺連れてきたらどうなるか判るっしょ」 メイド長「3人子弟の皆さんは?」 勇者「みんな忙しいんだよ。それにやっぱり前述の問題が、その」 863 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12 47 56.24 ID z6GJxeoP メイド妹「お兄ちゃんは、男の子の友達いないの?」 女騎士・魔王 ビキィッ! 勇者「な、な、なにを云ってるのかな?」 メイド妹「一緒にお出かけしてくれる友達、いないの?」 勇者「え? あ。 ……そんなことないすよ? たまたま。 たまたまだよ? ほら、みんなもう要職って云うか、国家運営って云うか、 組織の指導っていうか、いろいろあるわけじゃない? その辺子供にはちょっと難しくて判らないかなぁ、って 思うんだけどさ。世の中ってのはそう簡単にはできてない わけですよ。ね。何事もさ。 俺くらいの年齢になるとさ、一人で動くのがクールっていうの? なんでも群れて動けばいいってもんじゃないっしょ? ね?」 メイド長「そういえば、男性は勇者様一人ですね~」 女魔法使い「……独占欲」 魔王「ゆ、勇者? そうなのか? 以前から勇者の知り合いは どうも女性が多すぎるのではないかとうすうす感じていたんだが」 勇者「な、なにをっ」 女騎士「大体勇者が見境なくあっちの街でもこっちの街でも ピンチの女性や少女を都合良く発見、 その上救出しているからこうなるんだ。 勇者はファンクラブでも作るつもりなのかっ。 それとも作った上で会員を増やそうと営業しているのかっ」 864 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12 50 02.67 ID z6GJxeoP メイド妹「お兄ちゃん虐められてる?」 メイド姉「怒られてるみたいね」 メイド長「あらあら、まぁまぁ」 女騎士「大体勇者はちょっと胸の大きい女性を見ると すぐにぽやんとして節操というものがないっ」 魔王「良いではないか。胸くらいっ。勝手に育ったんだ。 肉に罪はない。いつまでたっても増えないよりは利息が付いて 健全な財務状況というものだっ」 勇者「な、何で到着早々こんな流れに……」 メイド妹「お兄ちゃん、お兄ちゃん」 勇者「ううう……」 メイド妹「大丈夫。わたしが友達になったげるね♪」なでなで 女騎士・魔王 ビキィッ! 勇者「え、あ。……う、うん。ありがとう」 女騎士「勇者、まさか……」 魔王「よもやそんなことはあるまいと思っていたが」 勇者「ちがっ。ちげーよっ! 誤解だよ。 なんか誤解に満ちてるよっ」 メイド姉「こ、こらっ。妹」ぺし メイド妹「はう?」 865 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/17(木) 12 51 40.46 ID z6GJxeoP メイド長「あらあら、まぁまぁ」 女騎士「だいたい身近に女性が複数いながら 新規開拓とはどういう了見だっ」 魔王「勇者の所有者としても勇者の交友関係の 性別比率については一言言わせて貰いたいっ」 勇者「ううっ。違うっ! 違うんだっ! 今回はたまたまだったんだっ!」 女騎士「言い訳とは騎士らしくありませんね」 勇者「俺は騎士じゃないっ」 魔王「ただでさえハンデがあるというのに、 これ以上出走馬を増やされては叶わないっ。どうにかしろっ」 女魔法使い「……勇者も受難」 勇者「助けろ、魔法使いっ」 女魔法使い「殺人事件は、常にごきげん」 勇者「意味がわからねぇ~っ」 女騎士「それもこれも勇者が悪い」 魔王「甲斐性の欠如だ。安心感と安定感がないのが悪い」 勇者「言いたい放題云いやがって! 女は簡単に連合軍を作るから包囲戦じゃねぇかよっ!。 わぁった! 見てやがれっ。俺だってダチの一人や二人いるんだ。 後で見てろよっ!!」 ひゅいんっ! ページトップへ <前5-3へ|次5-5へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/27.html
<前4-1へ|次4-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」4-2 171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 16 17.31 ID I7KnzzEP 勇者「だったら余計にどうにかしろよ、じゃなければ怒れよ!」 鉄腕王「とはいえ、事態はもはや異端が どうという範囲でもないしのう」 氷雪の女王「ええ」ほぅー 勇者「へ?」 鉄腕王「あんなことを言い切られてはなぁ」 冬寂王「はい」 勇者「……?」 氷雪の女王「いえ、ちゃんと説明せねば。勇者殿は、その……。 人間界に帰られて日が浅いのでしょうしね。 つまり、おそらく中央はまだ異端という言いがかりを つけてくるとは思うのです。もちろんそれはあくまで言いがかり。 中央の狙いは我らが結束を脅かし、弱体化することですが……」 冬寂王「つまり、問題の本質は “我らが中央にたいして独立するか、否か” と云う問題だったわけだ。」 勇者「そんなこたぁ、判ってますよ」 冬寂王「しかしメイド姉くんの演説で、風向きは変わってしまった。 中央にとっては今までどおりかもしれないが、 我らにとっては……つまり、南部諸王国にとっては “独立を希望する民に、国がどう向き合うか” と云う問題になってしまったのだ」 175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 22 28.37 ID I7KnzzEP 勇者「……」 メイド姉「す、す、すみません」 冬寂王「あの演説の衝撃はけして小さくなかった。 そして燎原の火のごとく勢いを強めて燃えさかるだろう」 将官「現に、近郊では農奴を奴隷扱いしていた地主への 反乱めいた騒動もいくつか起きているようですし」 女騎士「うむ」 鉄腕王「と、なればわしらとしてもな」 氷雪の女王「ええ」こくり 冬寂王「せめて民と共に歩みたい」 鉄腕王「なーんていっちゃって。 農民に串刺しにされるのが嫌なだけかもしれないがのっ!」 氷雪の女王「あらあら。我が国ではそんなことは 起きませんわ。おほほほほほ。ひっく」 勇者「って、あんたらぁ!? 飲んでるじゃないですかっ!」 冬寂王「いやぁ、そう言うこともあるようだな。あはは」 鉄腕王「ごっきゅ、ごっきゅ、ごっきゅ」 氷雪の女王「まぁまぁ、この程度南部諸王国では 気付け程度の意味合いですわ」 ぽわぁ 180 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 30 22.49 ID I7KnzzEP メイド妹「美味しい! 美味しいよ、このパン♪」 将官「美味いですよねぇ」ほくほく 商人子弟「暖かいところが良いねぇ」 メイド妹「どうやって、この甘さを出してるのかなぁ」 将官「干し葡萄だとか云ってましたよ」 勇者「じゃぁ、もうそのっ! そっちの事情はわかったとして!」 冬寂王「ふむふむ」 勇者「これからの方策とか、方針とか、作戦とかを かんがえてるのかよ、ちゃんとっ!」 女騎士「勇者」きりっ 勇者「そこっ、一番。女騎士っ」 女騎士「わたしは考えることが苦手だ」 えへんっ 鉄腕王「あはははははは!!」 女騎士「勇者の純潔は、わたしがまもるっ!」きりっ 勇者「誰だこいつに飲ましたの、うわっ。酒くせぇ。 ……ひーふーみー。4? 5杯かぁ!?」 女騎士「湖畔騎士流戦闘術と、愛剣・惨殺三昧は無敵だっ!」 185 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 37 41.59 ID I7KnzzEP 氷雪の女王「では次はわたしですね」 勇者「よし、二番。氷雪の女王。胸はでかいが年増」 氷雪の女王「既婚者ですからね。 そそういう突っ込みを入れる殿方は埋めますよ? さて、問題の対応策ですが、これはもう 農奴の開放政策しかないでしょうね……」 勇者「以外にまともな意見だ」 氷雪の女王「馬鈴薯のお陰で扶養人口は倍増していますから 今なら、さほど無理なく方向転換が出来るとも思えます」 鉄腕王「しかし、それは中央との戦争がなければであろう?」 勇者「その辺はどうするんだ?」 氷雪の女王「戦争は殿方のお気に入りですからお任せします。 ぐっぴ、ぐっぴ、ぐっぴ。あら、もう一杯お願いね」 将官「はぁ、もってまいります」 勇者「だ、だめだ。このおばさんも何も考えてない……」 189 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 41 41.42 ID I7KnzzEP 鉄腕王「ふふん、では真打ちの登場と 行こうじゃないか。勇者殿っ。我こそは鉄の国6代、鉄腕王じゃ!」 ドーン! 勇者「あんまり気乗りしないけど、じゃ三番、鉄腕王」 鉄腕王「まずは我が三カ国連合軍で、北の平野に前線をひく。 我が領土の収穫量を減らさぬため、今度は出戦となろう。 余剰食料を元手に傭兵も雇い入れる。 なあに、まだ中央からの義援金は残っておる。 いいや、実を言えば先代王の頃から少しずつ蓄えておったよ」 勇者「おおお! 初めて堅実な言葉が聞けたっ!」 鉄腕王「そして、進軍してくる異端審問官および捕縛軍、 または中央国家連合軍を、北の平原で迎え撃つ。 過去の遠征軍の規模からして、5万を超えると云うことは まずありえないだろう。これを初戦で撃破!」 勇者「ふむふむっ」 鉄腕王「そのまま北上、駐留軍を撃破! 城を攻略! 恭順の意を示す国家は次々と組み入れ、連戦連勝! とどろく我が無敵鉄鋼からくり部隊っ!」 勇者「……」 鉄腕王「そのまま聖王都に肉薄し、昼夜を分かたぬ 波状攻撃にて、王都陥落っ! 後顧の憂い無し。 物語は大団円を迎えるのじゃー! がははははは」 勇者「はい消えたー」 192 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 49 21.56 ID I7KnzzEP 勇者「……もうね、なんかね」 メイド姉「すいません、勇者様」 冬寂王「ふぅむ。これは政策の根本から見直す必要があるな」 勇者「何か良い考えでもあるのか? 王様」 冬寂王「正直、無い」 勇者「がくっ」 冬寂王「だが、整理をしてみれば……、何か思いつくかもしれん」 勇者「あーもう。おい、誰かー? 何か思いついたやつは居ないのかよ」 将官「あのー」 勇者「おお、君は?」 将官「将官は名も無き軍人であります、勇者殿!」したっ 勇者「いや、素面というだけで君は有用な人材だ」 将官「将官もなにも思いつきはしませんが、 いくつか気にかかることを。 いや、気が付いたこと、とでも云いますか」 勇者「ふむ」 194 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 21 56 17.97 ID I7KnzzEP 将官「まず、おそらく、中央はすぐには 軍を発しないと思われます」 商人子弟「それはそうでしょうね」 勇者「根拠は?」 商人子息「まず、第一に中央の意図は、南部諸王国を屈服 させることであって滅ぼすことではないということです。 南部諸王国が滅びたあと、魔族の侵攻があった場合 結局は自分達の身を守る盾が無いことに気がつくでしょう? ですから、このあと、さらに圧力を強める何らかの 手を打ってくるのではないでしょうか?」 将官「それに、中央の持っている軍事力の殆どは 貴族の元に分散されています。 ですから集合や準備に時間もかかりますし もし軍を発するのならば、その報酬も問題になります。 この場合、報酬は……考えたくはありませんが わが南部諸王国を解体して、 貴族に分け与えることになるでしょう。 ですから、軍を発するとなれば、南部諸王国を 消滅させるつもりです。その準備には時間がかかる」 勇者「ふむふむ。どれくらい猶予があるんだ?」 冬寂王「いまは冬だからな。短くても春まで。 普通に考えれば、半年以上はかかるだろう」 200 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 05 40.90 ID I7KnzzEP 勇者「半年かぁ……」 冬寂王「だが……いや……。そのような……ある、とすれば」 将官「……?」 勇者「どうしたんだ、王様?」 冬寂王「いや、なに。ちょっとした、懸念をな。 無いとは思う。ありえないとは、思うのだが……」 氷雪の女王「なんですか、若き王よ。じらしてはいけませんよ」 鉄腕王「がっはっはっは。なんでも忌憚なく言うが良い!」 冬寂王「聖王都が、魔族と……すくなくとも、魔族の一部と 手を握るなどということがあるだろうか?」 ぞくっ 冬寂王「いや、ただの思い付きだが。あははは。 まぁ、そうなれば、魔族の再侵攻についてもある程度は 安心が得られようしな。我らが南部諸王国に対する圧力も ずっと自由度が上がるのではないか。 たとえば、魔族の侵攻にあわせて、再び異端告発を行い 動揺と経済的疲弊を狙う、といったような……。 いや、空想的なことを云ってしまった」 205 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 12 29.51 ID I7KnzzEP 勇者「まぁ、そいつについては、俺が偵察して事情を 探ってくるしかないとして……」 女騎士「なぬ!? お出かけか? お出かけなら お供するぞ勇者っ。地の果てまでも惨状、いや参上だっ」 勇者「えい、沈んでやがれ」スコンッ 女騎士「くふっ」 どでん! 勇者(えーっと、何から手をつけりゃ良いんだ……。 どれがどうなってんだよ、もう……っ) 勇者(こんなとき、あいつならどうする? あいつならどう考える? 表面を考えちゃダメだ。 構造と、利害関係を……。 わ、わからーんっ!?) メイド妹「でねー! じゃーん! これがパイですー!」 将官「おお! これはなんとも雅な……」 勇者(そもそも、何で戦ってるんだ。俺達は。 領土争い……なのか? 豊かになるための。 豊かってなんだっけ……?) ――……つまり、富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても 『豊か』にはなれないんだ。 お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが よどみなく太いことが豊かなんだよ。 208 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 21 57.10 ID I7KnzzEP 勇者(つまり、それは、その。 関係があるってことだよな。 物を売ったり、買ったりして流れて…… それが豊かってことだろう? じゃぁ、俺達の世界は豊かになってないんじゃないか? だって閉じてるんだから。 ……教会がやってること、聖王都がやってること。 それはなんなんだ? 世界を限定して、狭くして…… その意図はどこにあるんだ?) 鉄腕王「黄金色で綺麗じゃのう!」 氷雪の女王「これはなんじゃ? ウズラのタマゴと肉なのか?」 勇者(つまりそれは…… 教会がなりたいのは『お金持ち』なのか? それは“富の独占”。いや、富ばかりじゃない。 知識も、人気も、権力も……“独占”するってことなのか?) 商人子息「おもしろいですね、さくりとした感触が」 メイド妹「そうだよー! 洋ナシのもあるよー♪」 勇者(閉じられた環境下で、他者から吸い上げることによって 階層構造を作り出し、それを永続化させることか? そうなのか……。魔王が“違う”といったのはそういうことか) メイド姉「勇者……さま?」 ――精霊様は…… 精霊様はその奇跡を持って人間に生命をあたえてくださり、 その大地の恵みを持って財産を与えてくださり、 その魂のかけらを持ってわたし達に自由を与えてくださいました。 212 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 25 49.48 ID I7KnzzEP 勇者(“独占”……“生命”……“財産” そして“自由”……。独占とは、一者が全てを占めること。) 冬寂王「ほほう、甘い味のもあるのか。うむ、美味い!」 将官「これは絶品でありますね」 鉄腕王「酒にも合うぞ、もっと塩辛くてもいけるのぅ」 氷雪の女王「軽やかで宮廷料理に比べても引けをとりませぬね」 勇者(一者とは……中心。集中する点。積み上げた石組みの、頂点) 商人子息「これは新商品になりますよ!」 メイド妹「えへへ~そうかなぁ?」 冬寂王「おお、王直筆の勅書をあたえよう!」 将官「御用達というヤツですね王様っ」 鉄腕王「おお、わしのもやるぞ」 氷雪の女王「氷の国でも是非流行させてください」 勇者「じゃかしいわっ! お前ら王族かよっ!!」 メイド姉「す、す、すみません。勇者様っ」 鉄腕王「がははは! 勇者殿も、そう泣き笑いしても しかたあるまい。勇者殿はどっちを食べる?」 勇者「どっち?」 メイド妹「ウズラのパイと、洋ナシのパイだよ♪」 219 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 33 09.65 ID I7KnzzEP メイド妹「はい♪ どっちにする?」 勇者「――」 将官「勇者殿?」 冬寂王「しっ」 勇者「――」 メイド姉「……ゆうしゃ、さま?」 勇者「公布を出そう」 商人子弟「公布? 新しい税ですか? 法律ですか?」 勇者「南部諸王国三カ国は、湖畔修道会を、 国家宗教として認めると。正当なる光の精霊信仰だと」 将官「へ?」 勇者「そうだよなっ! 別に1つしかないなんて決まりは無いし! 二つあっても良いじゃんな! 選べた方が幸せじゃん! そうしよう! そうしようぜ。おい、起きろ、女騎士」ぐらぐら 女騎士「う、うぅうーん」 勇者「で、印刷機でどんどん刷らせよう! ほら、例のさ! メイド姉の演説? あれを表紙にして、湖畔修道会の教えをさ。 農業技術だって載せちまおうぜ! なぁ、いいじゃないか。 教科書の代わりにもなる。なんだったら種芋の引換券を つけちゃうってどうだ!?」 氷雪の女王「それにどういう意味があるのだ?」 勇者「頂点を二つにするのさっ。広報戦争だっ」 231 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 53 01.12 ID I7KnzzEP ――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室 青年商人「は?」 辣腕会計「えっと、ですから……。もう1つの教会である、と」 青年商人「……湖畔修道会が?」 辣腕会計「ええ、少なくとも南部三カ国通商同盟はそう公布しました」 青年商人「……」 辣腕会計「どう、されました?」 青年商人「ふふふふっ」 辣腕会計「?」 青年商人「ふははははははっ! そうですか! そんな手を打ちましたかっ! 誰ですかね、これは。 あの人かな。いや、違う気がしますね。 あの人はああ見えて保険を忘れない人ですから。 私にも言質はくれませんでしたしね。 このやぶれかぶりっぷりは、勇者ですかねっ。 あはははっ!」 辣腕会計「委員……」 青年商人「そうですか、もう1つの教会。あははっ。 これはすごい、傑作ですね! 聖光教会の偉いがたは 赤、青を通り越してどす黒くなっているのではありませんか?」 辣腕会計「それはもう。すさまじい怒声だそうです」 236 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 22 59 20.48 ID I7KnzzEP 青年商人「あははは。素晴らしいっ! 見世物だとしたところで、金貨千枚の価値がある! あの老人達も冷水を浴びせかけられたような気分でしょうよ」 辣腕会計「それはそうですよ。まったく! 自分達が異端指定した人物を、聖人に祭り上げた挙句に 真っ向から対立されたんですよ?」 青年商人「情勢は?」 辣腕会計「それは、中央聖光協会が圧倒的な人数と支持ですよ。 当たり前ですがね。ただ、気になることも……」 青年商人「気になること?」 辣腕会計「こんなものが配られているんです」 青年商人「紙ですか? まだ高価でしょうに」 辣腕会計「いえ、それが、どうやら氷の国に工場なるものが あるらしく……」 青年商人「工場?」 辣腕会計「工房に似たもののようです。 沢山紙を作っているのだとか。さらにそれを鉄の国で 印刷なる方法で、文字を記しているようで」 青年商人「ふぅむ。なるほど、これは…… ハンコのようなもののようですね」 辣腕会計「ええ、読めば判りますが、どうもこれは……」 青年商人「……」こくり 辣腕会計「ええ、そうです。 農奴の権利開放を意図しているようなんです。 ですから、南部に近い王国では、この半月で ずいぶんな数の農奴が三カ国通商同盟に流入しているらしく」 240 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 23 05 31.15 ID I7KnzzEP 青年商人「ほほう」にやっ 辣腕会計「驚きませんね」 青年商人「彼らなら、それくらいはするでしょう」 辣腕会計「そうですか」 青年商人「『同盟』内部の状況はどうです?」 辣腕会計「教皇派は3人のようです。三カ国派は2名。 残りは中立です。資産状況はこちらにまとめました」 ペラッ 青年商人「まだ機は熟していませんが……。 こちらも動き出すべきのようですね。小麦の価格は?」 辣腕会計「先週より2ポイントあがっています。上昇基調ですね。 冬ですし、このところ中央大陸の景気は低調ですから しかたありません。今年も餓死者が出そうです」 青年商人「買いです」 辣腕会計「買い、ですか? 『同盟』の抑えている小麦を 放出すれば、かなりの利ざやが期待できますが?」 青年商人「……まぁ、そういう意見が多いでしょうから “まだ値上がりしそうなので買い”と。しておきましょう」 243 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/10(木) 23 12 32.27 ID I7KnzzEP 辣腕会計「は、はぁ」 青年商人「小麦の買い指定は、とりあえず6ポイント上乗せまで 『同盟』全て、それに取引のある商人に回してください」 辣腕会計「了解」 さらさら 青年商人「それから、これは『同盟』内部の担当部署に 向けての発注です。鉄鉱石、木炭、銀。全て買いで」 辣腕会計「ポイントは?」 青年商人「不自然にならない範囲で、部署に任せます」 辣腕会計「はっ」 さらさら 青年商人「来週には100ポイント、来月一杯で250ポイントまで 小麦を買い付けますよ」 辣腕会計「っ!?」 青年商人「どうしました?」 辣腕会計「3倍以上の値段ですよ!? それは常識外れですっ! そんな買いなど、聞いたことがありません。 だいたいそれだけの資本金をどうやって調達するんですか!?」 青年商人「調査して貰った資本で十分にまかなえますよ」 辣腕会計「それにしたって常軌を逸しているっ」 青年商人「あはははっ。そう見えるだけです。 わたし達は、買い付けなんかをしている訳じゃないんですよ?」 辣腕会計「何をしていると云うんですかっ?」 青年商人「王国の金貨を、売っているんです」にこっ 343 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/11(金) 15 53 53.03 ID sQx9tPoP ――冬の王宮、広間、対策会議 将官「国境街道で見る限り、昨日は12人ですね」 勇者「うーん。思ったようもペースが鈍いな」 冬寂王「ふむ」 メイド姉「やはり、自由という考えは 受け入れられないのでしょうか……」 勇者「まぁ、難しいってのはあるだろうな」 冬寂王「言葉のない者に言葉を教えるようなものだからなぁ」 氷雪の女王「でしょうね……」 女騎士「いっそ、こう。どかんと人さらいをだな」 勇者「お前、本当に聖職者か?」 冬寂王「だが、あまりペースが遅いと冬が終わってしまうだろう」 勇者「そうだな、少なくとも冬の間にある程度の数を 取り込まないと、結局は既存路線の強さが出てしまうだろうし。 時間を掛けると、あっちの教会は信者も聖職者も わんさといるんだ。押し負ける。 うーん…… 文字を読む、ってのが意外とハードルが高いのかもなぁ」 女騎士「説法士を派遣はしているのだが、 湖畔修道会全体で50人も居ないのだ。 とても大陸はカバーできない」 勇者「ふむ……」 氷雪の女王「説法士ですか。――説法ではなくとも 良いのではないですか?」 女騎士「ん? 当てがあるのか?」 346 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 15 56 27.27 ID sQx9tPoP 氷雪の女王「詩人はどうですか? 我が国は吟遊詩人のふるさとです。 幸い今は冬ですから、旅回りの吟遊詩人達も王都に 集まっているでしょう。 彼らに報償を出して、諸国で歌って貰うのですよ。 内容は、新しい修道会の教えで良いでしょう? そして、三カ国の行いも歌って貰う。 歌は強いですよ? 農民でも節回しさえあれば かなり難しい言葉を覚えてくれるものです。 覚えてくれれば、吟遊詩人が立ち去ったあとでも 歌の響きが続くでしょう」 女騎士「それは良い考えだな!」 勇者「どれくらいの人数が居るんだ?」 氷雪の女王「そうですね。腕の如何を問わなければ 500人近くは居るかと思います」 冬寂王「よし、早速依頼しよう。 旅の支度金はこちらで用意してもかまわぬぞ」 氷雪の女王「そうですね。……いっそ、吟遊詩人には、 この国当ての紹介状を書かせ、沢山の開拓民を 送り込んでくれた吟遊詩人には開拓民ひとりにつき、 金貨1枚の褒賞を与えるという事にしたらどうでしょう」 勇者「ああ、それがいいな! えっと、なんだっけ。 学士がいうところの、いんせんちぶだ」 冬寂王「いんせんちぶ?」 勇者「やる気があるやつに金を出す、みたいな意味だよ」 348 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 15 57 34.68 ID sQx9tPoP メイド姉「あのぅ」 冬寂王「ん、どうしたのだ?」 メイド姉「今回の目的は、戦争じゃないんですよね?」 冬寂王「ああ、そうだ。出来れば戦争は避けたいと思っている」 氷雪の女王「そうですわね。 魔族の襲撃が何時あるか判らないこの状況では 争うのは愚かという他ないですわ」 メイド姉「では、教会とは喧嘩をするべきではないと思うんです」 勇者「……ふむ」 女騎士「どういうことだ?」 メイド姉「たぶん、教会のひとたちは、修道会の説法士さんや 吟遊詩人さんをあしざまに罵倒すると思うんです。 嘘つきだとか、悪魔の使いだとか……背教者だとか」 勇者「するだろうな」 女騎士「馬鹿の一つ覚えというやつだ」 メイド姉「ですけれど、そこで喧嘩を買ってしまったら 戦いになってしまいます。 人間同士で戦いはしたくないですよね」 冬寂王「そうだな」 メイド姉「ですから、説法士さんや吟遊詩人さん、 それをいうならばこれから印刷する紙にも、 教会を非難するような内容は盛り込むべきでは ないと思うんです」 349 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16 00 24.41 ID sQx9tPoP 女騎士「とはいえ、あいつらの根性が曲がっているのは 確かなことだぞ。やられっぱなしではないか」 メイド姉「そうかもしれませんけれど、 大部分の信仰者の人は、本当に光の精霊様を信じているだけの 普通の人々なんですよ? そういう人まで争いに巻き込んでも 益はないはずです」 勇者「そうだな……」 女騎士「では、無視か? こう、つーんとな。 馬鹿は相手にしないっ。と」 メイド姉「それもあまり適当ではないと思うんです。 むしろ、褒めて良いと思うんですよ。 光の精霊様は尊い存在です。 正直、勤勉、平和。 そう言った点では同意が出来ると思うんです。 ですから、中央の聖教会も否定せず、その信仰を 守っている人も尊重すべきです」 氷雪の女王「それでは開拓民達を勧誘できないではないか」 メイド姉「それは手法の差で表現するんです。 南方の荒れ地は未だ開拓されていない。 そこには苦労もあるけれど、チャンスもある、と。 のうちを手に入れる機会は、精霊様がくれたものです、と。 南部の諸王国は、新しい開拓民を求めていて、 そこには農奴制度はなくて、誰でも頑張って働きさえすれば 飢えないだけの実りが取れる。租税もかなり安いぞ、って」 冬寂王「……夢見がちな理想論を唱えるかと思えば 嫌になるほど冷静な現実を武器として持ち出すな」 勇者「あいつの教え子はみんなそうなるんだよなぁ」 356 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16 36 56.25 ID sQx9tPoP ――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室 辣腕会計「委員、小麦の価格が多くの都市で +6ポイントまで上昇しました」 青年商人「市場動向はどのような印象ですか?」 辣腕会計「貴族や商人はむしろ好感触のようですね。 手持ちの小麦に余裕あるからでしょうか、 換金する動きも見て取れます。 農場主は警戒感を強めています。 彼らにとっては冬の間の食料ですからね。 しかし、金額によっては手放すものも少なくありません」 青年商人「そうですか」 辣腕会計「今のところ相場の上昇は例年とそう変わりなく ある意味織り込み済みですから激しい反応は出ていませんが」 青年商人「了解です。――次の手を打っておきましょう。 “生産物買い取り証書”の発行、ですね」 辣腕会計「聞き慣れない言葉です。なんですか?」 青年商人「今でっち上げましたからね。まぁ、聞いてください」 359 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16 41 25.91 ID sQx9tPoP 辣腕会計「黒板に板書してみます」カッカッ 青年商人「現在は冬です。冬小麦は秋に籾を蒔き、冬を越えて 初夏の収穫と云うことになりますね。 現在畑に籾はあるけれど、収穫はまだまだ……そうですね、 6ヶ月は先でしょう。 この先、畑にはどんなトラブルがあるか判らないが、順調に 行けば半年後には収穫が望める」 辣腕会計「ふむふむ。まぁ、常識ですね」 青年商人「しかし、何らかのトラブルの発生で小麦の生産が 減ってしまうと、地主や領主の収入は激減してしまう。 またはそうでなかった場合でも、天候に恵まれて大豊作に なってしまっえば小麦の相場が安くなってしまう」 辣腕会計「ふむ」 カッカッカッ 青年商人「そこで、“小麦引き渡し証書”の出番です。 つまり、“できあがった小麦を買い取る約束”です」 辣腕会計「それは、代金を先払いするという意味ですか?」 青年商人「そうです」 辣腕会計「地主や領主は手元にない麦でも売れるわけですね」 青年商人「そうなりますね。しかし、引き渡し時期…… 年明けの初夏には、契約した量の小麦は必ずそろえて貰う」 362 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16 47 34.92 ID sQx9tPoP 辣腕会計「つまり豊作であれば、領主達は、 “小麦の販売時と引き渡し時の差益”を得ることが出来る」 青年商人「引き渡し時に凶作などの理由で相場が上昇していれば わたし達は“相場より安い金額で小麦を手にする”ことが出来る」 辣腕会計「相場が上昇する読みはあるのですか?」 カリカリ 青年商人「中央聖王都と教会が異端告発を意図している以上 戦争が開始される可能性は高いでしょうね。 それに――仮に戦争が回避されても問題はないでしょう」 辣腕会計「なぜです?」 青年商人「戦争がなければ、その人口は減らない。 今まで足りなかったのは、資本と輸送力。 それから市場間の“膜”ですよ。 食べる口さえあれば、人為的な小麦の枯渇を作れる、 小麦相場が下がることはあり得ない」 辣腕会計「……」ごくっ 青年商人「もし仮に、大陸の小麦生産量がわたしの予想より 倍も大きければ『同盟』は破産するかもしれませんけどね」 辣腕会計「……なるほど。 人為的な相場形成の一つの手段にすると。 となると、この“小麦引き渡し証書”は 最終的には、貴族を縛る鎖となりますね」 青年商人「それも一つの過程。あり得る選択肢ですね」 364 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 16 49 48.13 ID sQx9tPoP 辣腕会計「意図がよく判りませんね」 青年商人「領主や地主の判断を重くするんですよ。 来年の小麦相場のことを考えさせるのです。 “小麦引き渡し証書”がこちらの手にある限り それは云ってみれば、多量の小麦を借りているに等しい状況。 自領内の畑を損なうような動きは取れない。 また、初夏の収穫から、あらかじめ引き渡す分は 除外して考えなければならない」 辣腕会計「そうなりますね……」 青年商人「小麦の流通のイニシアチブを押さえるのが 目下の目的です。そこが第1段階のステップ。 初夏になっても小麦を自由に出来る量が少ない。 手元にはさほど残らない。 しかも小麦は高騰を続けていたら……。 なにも本当に高騰している必要はない。 “そうであったら困る”。 そう思って貰うだけで、その不安は利益になります。 証書を発行して、王国の金貨を渡しましょう。 なに、安い投資ですよ」 にこにこ 辣腕会計「……」ぞくっ 青年商人「中央貴族の皆さんには、 今しばらく長い冬を味わって貰おうじゃないですか。 楽しい舞踏会の始まりです。 この円舞曲。――買い、売り、交換する。 その響きが大陸を満たすまで」 368 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17 23 08.38 ID sQx9tPoP ――開門都市、自治議会、執務室 コンコンッ 東の砦将「開いてるぞー。どうぞー」 火竜公女「ごきげんいかがかや、砦将?」 東の砦将「可もなく不可もなく。 天気は良いが仕事は山積み。 やってもやっても終わらんな」 火竜公女「やってもやっても終わらないのであれば、 やらなくても良いのではないかや?」 東の砦将「おお! 尻尾のお嬢はいいこというなぁ!!」 副将「全然良くありませんっ!」 だむんっ 魔族豪商「ははは。相変わらずだのぅ」 火竜公女「これはこれは! 八鎧のお爺さまっ」 東の砦将「通商の用件で尋ねてきてくださったんだ」 火竜公女「それはお邪魔をしましたかや? 妾は席を外す故、お話などゆるりと」 魔族豪商「かまわんよ。話は簡単なもので、 ものの数分で片がついてしまったわ。 じつに剛胆な御仁じゃな」 369 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17 25 17.44 ID sQx9tPoP 東の砦将「いやいや。自治都市とは名ばかりの 張りぼて所帯ですからね。 商売に来てくれるってんならこんなにありがたい 事はないってやつですよ」 副将「ええ、本当に。ああ、公女様、加糊茶をどうぞ」 魔族豪商「はっはっは。こんな具合で、細かい書類も調べも 袖の下もな。何にもなかったんじゃよ」 火竜公女「それはもう。 この開門都市は自治委員会で運営されていますゆえ。 執行役とはいえ、賄賂なんてもらったら一発で首を 撥ねられてしまうのです。 ――お爺さま? この都市には何を商いにいらっ しゃったのですか?」 魔族豪商「なぁに、細々とした日常品じゃよ。 塩、鉄、馬鈴薯に、玉蜀黍。可可樹。綿花。 それに砂金を少々」 火竜公女「そんなことを云って、お爺さまの商会は いつでも大商いをなさるではありませぬか」 東の砦将「豪商どのは馬鈴薯を入れてくださることに なってな。塩を求めているらしいんだが……」 副将「いやはや」 魔族豪商「以前は極光島から潤沢な塩が送られてきた ものだがな。いや、あれは痛かった」 火竜公女「そうでありました……」 371 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17 27 48.78 ID sQx9tPoP 魔族豪商「いやいや、人間である砦将殿が居る前で、 詮方ないことを云ってしまった。老人の繰り言と 思って許されよ」 火竜公女「……」ちらり 東の砦将「いやいや。お気遣いなどなさらずに。 開き直るわけではありませんが、我らも沢山の 魔族の方を手に掛けた。我が部下も沢山散っていった。 争いもこの世の習いの一つですから……。 今は明日を生きることが出来ることを感謝したいと。 ――そう思います」 魔族豪商「若いのに、肝が据わっておるの」 東の砦将「塩は何とかしてみましょう」 魔族豪商「ではよろしく頼みましたぞ。 いや、茶を馳走になりましたな」 東の砦将「副将、お送りして差し上げてくれ」 副将「はっ!」 ザッザッザッ。ガチャン 東の砦将「存在感のある爺さんだな」 火竜公女「それは、お爺さまは魔族でも重鎮ですゆえ。 ああ見えて、昔は相当強面だったとの話」 372 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17 30 50.81 ID sQx9tPoP 東の砦将「さぁて、話がある」 火竜公女「妾もですわ」 東の砦将「先にそちらを聞きましょう」 火竜公女「気になることがありまして。 ……砦将どのは蒼魔族をご存じかや?」 東の砦将「蒼魔族ですか? 戦ったことはあるが、 あんまり詳しくはないな。そもそも、あのころは 魔族の見分けもついちゃ居なかった」 火竜公女「蒼魔族とは蒼い肌をもつ魔神の末裔たる魔族。 魔界四氏族の一つにして、勢力も強い一族なのです。 中には小型の者から大型の者まで、様々な亜種族を 含みますが、総じて魔力、戦闘能力に秀でております」 東の砦将「ふむ……」 火竜公女「我ら竜族、妖精族などとはあまり交わろうとは しませぬね。我らもまた他族と交わる気風を持ちませぬが。 ――蒼魔族は歴代のうち4名の魔王を輩出した、大氏族と いえるでしょう。そして、人間界を欲する氏族でもあり まする」 東の砦将「どうもきな臭い氏族だな」 火竜公女「その蒼魔族を最近、この都市で見かけると……」 東の砦将「……」 374 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 17 32 10.76 ID sQx9tPoP 火竜公女「妾も直接確認したわけではないが、 そのような話が出ております。 開門都市はいまや人間族と魔族が混交した珍しき地。 もちろん蒼魔族が住まって悪いわけではないのです。が」 東の砦将「気になる、と」 火竜公女 こくり 東の砦将「判った、配下を出そう。 いや、魔族の方に頼んだ方が目立たないかな? とにかく、手を打ってみますよ。お任せあれ」 火竜公女「感謝いたします。……して、そちらの用件は?」 東の砦将「あー。んー。さっきのな」 火竜公女「?」 東の砦将「豪商どのの求めているのは塩なんだ」 火竜公女「はい、そのようで」 東の砦将「でも、この都市にも今そこまでの塩の備蓄はない」 火竜公女「はぁ……」 東の砦将「調達してきてくれないか?」 火竜公女「それはそれで無体な要求。塩の需要はどこでも 高く、随分高価です。我が一族の領内にも塩山はひとつ しかないのですよ?」 東の砦将「いや、まぁ……。行く場所はあるんだ」 火竜公女「?」 東の砦将「人間界だよ」 386 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18 00 02.88 ID sQx9tPoP ――思い出の庭、魔王の回想 魔王「……ん。……うぬぬ! うわぁっ!?」 きょろきょろ 魔王「もうこんな時間か。……おわっ。な、なんだ。 背中が痛いぞ。と云うか、全身が痛む……。 な、なぜだ」 メイド長「“こんな時間か”、が二日ぶりだからですよ」 魔王「おわっ」 メイド長「いい加減にしないと身体をこわしますよ」 魔王「うーん。しかし、面白いのだ、止められん」 メイド長「気持ちはわかりますが」 魔王「そちらはどうなんだ?」 メイド長「わたしの専門は実技を伴いますからね。 身体を動かして技術を身につける以上、 そこまで本や資料を読みあさって、 筋が硬くなるなんて事はないんですよ」 魔王「そういえばそうか」 メイド長「お茶でも入れましょうか?」 魔王「なにも気を遣わなくても良いのに」 メイド長「あなたには恩がありますからね」 魔王「あれは行きがかり上だ」 387 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18 01 10.10 ID sQx9tPoP メイド長「だとしても奴隷だったわたしには救いでした」 魔王「……」 メイド長「いえ、別にそれだけが理由ではありません。 そんなことより目下重要なことがあるんです」 魔王「なんだ? 新しい研究か?」 メイド長「ええ、お茶を出すときの新しい作法です」 魔王「何だ、作法に新しいだの古いだの、いらないだろうに」 メイド長「必要なものだけがある世界なんて 味気ないじゃありませんか。これも彩りです。 そもそも“メイド道”は彩り重視なんですよ」 魔王「お茶がもらえるならありがたくもらうけど」 メイド長「承知しました、お嬢様」 魔王「お嬢様ぁ?」 メイド長「演出の一環ですよ。しばらくお付き合いください」 とっとっとっ 魔王「しかし、我が一族は奇人変人ばかりだが…… というか奇人変人が我が一族になるわけだが、 あそこまでの変わり者もなかなかいないなぁ。 部屋が片づいて良いけど」 魔王「……」 388 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18 03 26.08 ID sQx9tPoP 魔王「――ファンダメンタルズ、最適化、パレート ――債権、内需、所得、産業、成長率、空洞化」 魔王「興味は尽きないな。これはおそらく、価値観か」 魔王「名前、が本体なのだろうな。 概念に名前――名詞をつけることによって、 新しい価値観が発見/創造される。 この場合発見と創造は同じ行為で、その瞬間に世界が 拡張される。 新しい視座を得て、今までの全ての事象は再評価されるわけだ。 つまり、視座の数は、世界に対する係数。 視座を多く持つほどに多くの世界を見ることが叶う。 それが知識の、学習の意味。 我が一族の、存在意義。 我らは概念に名前をつける。 新しい概念で世界を拡張する。 概念と概念は時に出会い、融合して、生み出した我々にも 思いつかなかったような変化を遂げることがある。 それは、我らが手にする実り。 世界の、果実。 理論面においてはl=n(n-1)/2を取るのかな。 素晴らしいな。……知ることは素晴らしい。 けれど、それ以上にこの世界は素晴らしいな。 この世界には、この世界を加速度的に拡張する存在が 沢山いるんだ。 それは魔族だけじゃなくて……」 389 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18 05 54.96 ID sQx9tPoP 魔王「……“魂持つ者”」 魔王「そう呼べたら素敵だな。 あの向こうには、どれほど豊かな世界が広がっているんだろう? 二つの世界が出会ったら、どれだけの組み合わせ爆発が 起こるんだろう? 概念と概念が融合し、どんなに 素晴らしい世界を見せてくれるんだろう?」 魔王「人間、世界か……。 ただの魔物の一匹であるわたしには、触れ得ないだろうけれど。 城ってどんなものなんだろうな。 村って云うのは、魔族のそれといっしょなのかな。 なかなかにもどかしいな。 映像資料がもうちょっと充実してればよいのだろうが……」 魔王「我らも、物も、貨幣も流れる。 決して留まりたるを知らない。 時も流れる。 でも、現われたものは、けして消えない。 消えたかに見えて、必ずや残る。 この瀬良の図書館のように。 いくつも、いくつも、数千数億の世界の記録が 歌っているのが聞こえる。 何でみんなには聞こえないのかな?」 魔王「こんなにも見つけて欲しいと 誇らしげに、高らかに、歌っているのに。 わたしの想いも、 やはり誰にも……届かないのかな」 392 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/09/11(金) 18 07 46.47 ID sQx9tPoP メイド長「お嬢様、お茶が入りました」 魔王「ん? 何だ、そんなところに立って」 メイド長「……新しい作法でして」 魔王「ふむ」 メイド長「きゃー」 魔王「きゃー?」 メイド長「あー、ちょっと、ちょっと。わわわ、きゃふうん」 魔王「何を言っているんだ?」 メイド長「ここで素早くカップを投げつける」 魔王「へ?」 ばしゃぁ! 魔王「熱っ! 熱っ! 熱いではないかっ!!」 メイド長「だ、だいじょうぶですかぁ。きゃふーん」 魔王「なんで雑巾っ、こっ、こらぁ!!」 メイド長「新しい作法でございます」すちゃ 魔王「……」 メイド長「まったく知識は素晴らしい。 研鑽に果てはございません」きらきらっ 魔王「どんな資料を参照しているのだっ!」 ページトップへ <前4-1へ|次4-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/74.html
<前13-1へ|次13-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-2 171 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/11/10(火) 06 10 11.26 ID 4RteqQsP ――開門都市近郊、南部連合軍、中枢 伝令「遠征軍内部で慌ただしい動き有りッ。内部で再編成の模様っ」 冬寂王「気が付かれたようだな」 鉄腕王「まぁ、そうだろう」 軍人子弟「予想済みでござるよ。装甲馬車を急がせるでござる」 鉄国少尉「了解っ」 将官「重いのが難点ですね、あれ」 羽妖精侍女「妖精ニハ動カセマセンデス」 冬寂王「なぁに。赤馬の国の駿馬がいる」 鉄腕王「奴らはどう出るか」 軍人子弟「おそらく会戦を望むでござろう」 鉄国少尉「ですね」 将官「ふむ」 軍人子弟「遠征軍の最大の武器は数。 平原で横一線になり激突するような戦になれば圧倒的有利。 こちらに小細工をさせる隙を与えないのが基本でござる。 都市軍と合流されたとしても、籠城されるよりはそちらを 選ぶでござろうね」 将官「引き受けるのですか?」 軍人子弟「……」 羽妖精侍女「ござるハ難シイ顔デス」 軍人子弟「昨日もはっきりしたでござる。 マスケットはたしかに強力な武器でござるが、強力すぎる。 多くの死者を出すでござる。 こちらが死にたくなければ、相手を多く殺すしかない。 歯止めの利かない武器でござる……。 拙者は軍人ゆえに死を厭うことはないでござる。 我が南部連合軍は全て軍人。 王命を果たすため、義を貫くため戦う覚悟はあるでござるが 相手は、銃を持った農奴に過ぎぬと考えると 気が進まぬ戦ではござるな」 172 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 11 20.16 ID 4RteqQsP 鉄国少尉「しかし、手加減をして勝てる相手ではありません。 そもそも全力を尽くしても勝てるか否か」 将官「そうですね……」 冬寂王「今を生きる我らは未来に対しての責務を負っているのだ。 ここで手をゆるめることは明日に対する裏切りだろう」 鉄腕王「……うむ」 軍人子弟「そうでござるね」 将官「勝算はどれほどあるのです?」 軍人子弟「開門都市からのこの親書を信じれば、まず」 将官「まず?」 軍人子弟「五割でござろうね」 鉄国少尉「策を持ってしても、ですか」 軍人子弟「時にはそういう戦もあるでござるよ。 そもそも策とは不利だから講じているのでござる。 昨日の戦で判り申したが、 遠征軍はどうやら全軍では行動がとれぬ様子。 と、いうよりも、王弟将軍の指揮権が半減しているでござる」 鉄国少尉「そのようですね。昨日はあそこまで攻めて叩いても 本陣からは援軍の動きも、そもそも報告の行き来もなかったとの 密偵から知らせが入っています」 将官「ふむ。……何らかの齟齬でもあるのですかね」 冬寂王「遠征軍もまた我らと同じように多数の国家群からなる 寄せ集めの軍隊だ。 馴れぬ異境の地で、意見が割れると云うこともあるだろう」 173 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 12 29.79 ID 4RteqQsP 軍人子弟「そうでござろうね。 我らと違って、参加諸侯は恩賞の土地目当てが殆ど。 そこらあたりが原因かと思うでござる。 王弟元帥とやらは確かに軍事的才能は秀でているでござろうが、 致命的な弱点があるでござる」 将官「弱点? そのような物があるのですか?」 冬寂王「はははは。“それ”を弱点というのは いささか可哀想な気がせんでもないな」 鉄腕王「なんだそれは?」 軍人子弟「それは“一人しかいない”と云うことでござるよ」 鉄国少尉「確かに」 将官「それは当たり前ですが、それが弱点になるんですか?」 軍人子弟「2つの前線で指揮は執れないでござるよ。 夜明けを切っ掛けに開門都市とこちらで連携した戦術で 遠征軍を引きずり回すでござる。 遠征軍に亀裂が入っているのであれば、 その機動で必ずや無理が露呈するでござる」 羽妖精侍女「都市ハ助カリマスカ?」 鉄腕王「大船に乗ったつもりでいてくれや」 冬寂王「軍人子弟殿は、その親書を深く信頼しているのだな」 軍人子弟「蔓穂ヶ原の戦いにおいて我らを助けるために 駆けつけてくれた魔族の二人の将軍の一人が、 開門都市で指揮を執っているでござる。 砦将殿とはあの戦役の折、酒を酌み交わしたでござる。 あの御仁であれば、必ずや役目を全うされるでござろう。 それに……」 冬寂王「それに?」 軍人子弟「この親書の封蝋の紋章には見覚えがあるでござるよ」 鉄腕王「封蝋」 軍人子弟「懐かしき学舎の、でござる。 二人の師匠が揃って見ているのでござる。 拙者が恥ずかしい真似をすることは出来ないでござるよ」 175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 18 30.94 ID 4RteqQsP ――開門都市、南大門、大通り付近 義勇軍弓兵「明るくなってきた……」 人間作業員「夜明けだ」 東の砦将「さぁって、今日が運命の一日か」 青年商人「そうなりますね」 東の砦将「すげぇくそ度胸だな」 青年商人「いやいや。そんなことはありません。 しかし、顔色を変えると足元を見られますからね。 それに最初はそちらの手番です」 東の砦将「“とりあえず火をつけろ”とはね」 青年商人「やはり相当に無茶ですかね」 東の砦将「普通の将軍なら引き受けねぇだろうな」 青年商人「でしょうね」 東の砦将「でも、こちらも一応族長って事になってるし このまま縮こまって守ってれば勝てるかって云う話でもあるしな。 また、勝って良い相手かと問われれば、そりゃ悩むさ。 別に俺が人間だからって訳じゃないぞ。 ただ、曲がりなりにも開門都市を預かっていたからな。 やはり夢は見ちまうさ」 青年商人「夢、ですか」 東の砦将「喧嘩はしても、一緒にやってくことも 出来るんじゃねぇかってな」 青年商人「そんな事は最初から自明ですよ」 東の砦将「そうなのかい?」 青年商人「ええ、最初に出会った時から判りきっていました」 東の砦将「あいつらにも判ってくれりゃぁいいけれどな。 さぁて、そろそろはじめるぜ?」 青年商人「よろしくお願いします」 東の砦将「よーし、火をつけろ! 金物をならせっ!! 門の付近で火事が起きて騒ぎを起こせば、 抜け駆けされたと誤解をした遠征軍の先方部隊は 飛び起きてしゃにむに突撃してくるぞ! 火矢を射込め! 灯りを目当てに射撃で数を減らせ! 乱戦を演出するんだッ!」 青年商人「略奪貴族部隊の眼を、南門に引きつけるのです! 斥候を集中させて、北門の包囲を解かせる。 この一戦で状況を打破しますよっ」 176 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 22 20.80 ID 4RteqQsP ――開門都市、南通り正門付近、遠征軍の天幕 ダダダッ! ガササッ! 見張り兵「領主様っ!」 貴族領主「見えておるわ、このうつけめが! 皆をたたき起こせ!」 見張り兵「は、はいっ!」 ごおおおお! 私兵隊長「あの炎はっ!?」高慢な騎士「さては、川蝉の領地か、霧の国の抜け駆けか!」 貴族領主「このままでは一番槍を奪われるっ。 農奴達を正門に突撃させろっ。いや、我が領土の騎士を投入だ! 急げ! 農奴などは信用がならぬっ」 私兵隊長「判りました! 整列っ! 整列っ!」 高慢な騎士「腕が鳴りますな、領主殿」 貴族領主「ふっ。強力無双の騎士どもにかかれば魔族どもばらなど」 高慢な騎士「はーっはっはっは! 我に任せれば 全て平らげてご覧に入れようっ!」 バサッ! 見張り兵「炎上は継続中! 霧の国、塩の国の兵団や、傭兵部隊が 動き始めました! 正門付近では戦闘が始まっております、 すごい音です!!」 貴族領主「こうしてはいられぬっ」 高慢な騎士「陽も登りつつある、暗闇は払われたっ! 今日こそ小癪な魔族どもをこの世界から抹殺してご覧に入れる!」 観測兵「開戦っ! 夜明けを待たずして、激突が起きていますっ」 伝令兵「早速部隊が正門打破を成功させましたっ!!」 177 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 25 03.93 ID 4RteqQsP ――開門都市近郊、南部連合軍、中枢 将官「開門都市、南門付近に動き有り! 火の手ですっ」 軍人子弟「いよいよでござるな」 鉄国少尉「はっ!」 冬寂王「決戦になるのか?」 軍人子弟「出来れば仕留めたいでござるね」 将官「このような時に、女騎士将軍がいてくだされば……」 冬寂王「それは言うな。彼女には彼女の仕事があるのだろう」 鉄腕王「そうなのか?」 軍人子弟「あるでござろうね」 鉄腕王「この一大事になんの仕事が」 軍人子弟「勇者一行の仕事でござるよ」 鉄国少尉「そうですね。我らのことは我らでやらないと」 将官 こくり 冬寂王「そうだな」 斥候「遠征軍後陣、突出してきますっ!」 鉄腕王「ふっ」 軍人子弟「先にこちらを叩くつもりでござるか。いや……」 鉄国少尉「ええ……。突進してくるのは約6000。 そのほかの部隊は、一丸になって力を蓄えています」 鉄腕王「決死隊か」 178 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :2009/11/10(火) 06 33 16.41 ID 4RteqQsP 軍人子弟「……」 鉄国少尉「お気持ちは判りますが、避けられませんよ」 軍人子弟「無用の情けは武人の恥でもあり 傲慢でもあるでござろうね」 鉄国少尉「そうです」 冬寂王「血が必要なのだ。この瞬間を乗り越えるためには」 鉄腕王「我らの血で払いたくなければ敵の血であがなうしかない」 軍人子弟「騎馬隊っ!!」 騎馬隊「はっ!!」 軍人子弟「縦列突撃準備っ! 敵の突出部隊は軽装歩兵中心。 マスケットは含まれていても少数でござる! これを機動兵力にて一撃するでござる。 ただし、敵の狙いは、この兵力を持って 自らのマスケット射程圏内に我らをおびき出すことっ。 くれぐれも突出を控えよ。角笛の二点呼にて退却っ!」 騎馬隊隊長「復唱します! 縦列突撃後、角笛の二点呼にて退却」 軍人子弟「よしっ! 指揮は鉄国少尉っ」 鉄国少尉「お任せあれっ!」 軍人子弟「まだ序盤でござる。太刀の一合わせ目に過ぎぬでござる。 いまは、敵の首よりも混乱が欲しい。 逃げる敵があれば、深追い無用。ただし、意気はくじくべし!」 鉄国少尉「かしこまりましたっ!」 将官「我ら歩兵部隊は?」 179 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 06 34 58.77 ID 4RteqQsP 軍人子弟「このまま前進。緩やかに回り込みながら開門都市に接近。 遠征軍の本陣に圧力を加え続けるでござる」 鉄国少尉 こくり 軍人子弟「遠征軍の貴族達や王族達、それに教会勢力は、 安心しているのでござる。 ――たとえ多少の軋轢はあってもいざとなれば王弟の軍が 守ってくれる、と。 それゆえ、その安心ゆえに、絶対的な高所から狩るかのように 人殺し、魔族殺しを行なっていることが出来るのでござる。 我らは身を切られるような痛みを持って この戦場に立っているでござるが、きゃつらはその痛みを 感じることもないままに、ぬくぬくと略奪をしているだけ。 これでは交渉など出来ようはずもないのでござる。 安全? 守ってくれる? 一方的な攻撃? そのような保証はこの戦場にはどこにもないということを 我らが教えてやる必要があるでござるっ」 冬寂王「気が付くかな、遠征軍は」 軍人子弟「気が付いたにしろ手遅れでござるよ。 数が多いという武器が、今度は奴らの首を絞めるでござる。 あの全軍を統率することは、たとえ王弟将軍であろうと 今からは不可能でござる」 将官「了解です。防御陣形のまま迂回侵攻っ」 軍人子弟「直属ライフル部隊は、このまま予定どおりの地点を 移動しつつ、狙撃により遠征軍の指揮系統を破壊するでござる! 遠征軍の大半は、戦闘には不慣れな素人。 士気も決して高くはない。 指示がなければ判断できない部隊でござる。 貴族の鎧や戦馬を集中的に狙撃っ! 指揮系統を分断っ!」 ゴオォォーン!! 鉄国少尉「始まりましたな。いってきます! 護民卿っ!」 軍人子弟「我らの明日のためにっ!」 182 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 17 26.21 ID 4RteqQsP ――地下城塞基底部、地底湖 明星雲雀「ピィピィピィ」 女魔法使い「……ここ」 魔王「こんなところがあったとは……」 勇者「ここは、開門都市の」 女魔法使い「そう。岩盤空洞」 メイド長「まおーさまっ!」ひしっ 魔王「メイド長ではないかっ」 勇者「よっ」 メイド長「心配しましたよ」 魔王「魔法使いの手伝いはどうなった?」 メイド長「もちろん完璧です」 勇者「手伝い?」 女魔法使い「借りた」こくり 魔王「殆ど脅迫のようにメイド長を連れて行ったのだ」 ガシャ 女騎士「わたしもいる」 勇者「女騎士っ!」 女騎士「勇者、ぼろぼろだな」 明星雲雀「みんなぼろぼろですよぅ。ぴぃぴぃ」 女魔法使い「説明をする」 メイド長「そうですね」 184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 18 31.70 ID 4RteqQsP 魔王「説明。生け贄の祭壇……か」 女魔法使い「そう。ここが生け贄の祭壇。 正確には開門都市全域が、そう。 それは、勇者か魔王の死を感知して起動する力場形成装置」 メイド長「ずいぶん古く、精巧なものです。 この魔法的な装置の修理と手入れは非常に微細なレベルでの 掃除が必要でして、通常の方法では不可能でした」 魔王「それでメイド長が必要だったのか」 メイド長「ええ、メイドゴーストであれば透過しつつ 掃除できますからね」 勇者「いくら修理したからって、 魔王を生け贄にするつもりなんて俺にはないからなっ」 明星雲雀「ピィピィピィ」 女魔法使い「問題ない」 勇者「だいたい何でかあいつら何かを犠牲にすれば 何か得られるとか本気で信じ込んでるから始末に負えない。 それは要するに何かを犠牲にすれば、貰えて当然って云う さもしい乞食根性だっていい加減気が付けって…… えーっと。……問題ないのか?」 女魔法使い「ない」 明星雲雀「……ピィ」 女魔法使い「この装置は、魔王や勇者という存在が消滅する時に 発生する巨大な関係性のエネルギーと魔力を変換して 起動するもの。残った片割れを精霊の住む場所へと案内する」 勇者「精霊の住む場所って……異次元とか?」 女魔法使い「精霊にそんな概念はない。そんなに都合は良くない。 精霊がいるのは、あの……碧の、太陽」 メイド長 こくり 魔王「あの太陽にっ!?」 185 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 20 24.89 ID 4RteqQsP 勇者「魔界のか!? なんだってそんな所にいるんだよっ」 女魔法使い「大破砕の後の混乱、茫然自失、あるいは昏睡。 それから覚めた精霊の眼に移ったのは荒廃した世界。 これから荒廃してゆかざるを得ない世界。 人間と魔族……つまり、大地の精霊の血を引く力弱き民と それ以外の精霊の血を引く猛々しい民の間には すでに憎しみの眼が撒かれていた。 それも、炎の精霊族たる彼女と、 大地の精霊と人間の間に生まれた彼女の恋した青年。 ――最初の勇者が惹かれあったせい。 二人の恋がおごり高ぶった精霊の選民思想に火をつけて この世界を引き裂きかねない荒廃をもたらした。 この世界は広いけれど、それでも憎しみ合う2つの民を 住まわせるほどの広さはなかった。 だから、彼女は魔族――精霊の血を引く民を この大地の底へと閉じ込めた。 それは人間の自由さをねたみ、恐れ、縛り付けようとした 自らの一族への永劫の罰。幽閉の煉獄。 でも、罪深き自らの民以上に彼女は自分自身を責めた。 救いきれなかった自分を。 選べなかった自分を。 そして、彼女はこの真っ暗な地底世界の、 せめてもの灯りになることを望んだ。 彼女は炎の精霊としてその身を焦がし、 “光の精霊になった”」 メイド長「……」 女魔法使い「魔界には、この空洞には灯りがなかったから。 炎の娘が魔族と呼ばれる者たちに“世界”を与えるためには それしか方法がなかった。 彼女は今でもその身を焦がしながら、焼ける身体に心を 縛り付けて、何人もの魔王を、そして勇者を待ち続けている」 魔王「では……」 勇者「まさか……」 女魔法使い「そう。あの碧の太陽が、彼女の骸。 ――光の聖骸。光の精霊の、罪に満ちた、亡骸」 魔王「いったいどれだけの時を」 女魔法使い「その時間は、この世界において意味をなさない。 時間を刻むべき世界が切り替わるほどの時がたった」 186 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 23 07.12 ID 4RteqQsP 勇者「……そか」 女騎士「……」 女魔法使い「……時間を掛けて研究した。私の魔力ならば 魔王が死んだ時に匹敵する魔力を作り出して、 維持することが出来る」 魔王「まさかっ!? そうなのかっ?」 勇者「魔法使いが出来るって云うのなら、出来るんだろうな」 明星雲雀「……ぴぃ」 女魔法使い「任せて」 女騎士「……ああ、任せても平気だ」 ブゥゥウン メイド長「魔力回路の整備も完璧です」 女魔法使い「私が回路を起動させて、『天塔』を作る。 力場で作られた高さ1500里の塔。その先に精霊はいる。 起動が成功したら、すぐに魔王と勇者、女騎士は 塔へと突入する。塔の中は完全に無人のはず。 作りたてだから。後は最上階で精霊を説得する」 魔王「女騎士も?」 女騎士「ひどいな。魔王は。 まさか勇者と二人だけで行くつもりだったのか?」 魔王「いや、そういうわけではないが」 勇者「そういえば、いつの間にこっちに来てたんだ。女騎士は。 よくここまでたどり着けたな」 女騎士「……魔法使いの案内で」 明星雲雀「ご主人様はねっ! ほんとはっ!」 女魔法使い「……“捕縛式”」 明星雲雀「ピギャン!」 187 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 24 21.92 ID 4RteqQsP メイド長「まおー様……」 魔王「世話を掛けるな」 メイド長「いえ。これもメイドの役目ですから。 ですけれど、帰ってきてくださいね」 魔王「それは」 勇者「もちろんだぞ。絶対帰すから」 魔王「勇者、今回ばかりはそうとばかりも」 メイド長「今回はお供できません。申し訳ありません。勇者様」 勇者「おうよ」 メイド長「期待して良いですね?」 勇者「もち」 メイド長「それ、虚勢ですよね?」 勇者「よく判ったなっ」 メイド長「いえ。虚勢も張れないような人間だったら 始末していたところです」 魔王「メイド長っ!」 勇者「いや、良いって良いって。それにさ。 大変なのは俺らばっかりじゃないしさ。 そもそも俺たちなんて精霊に面会して 説得するだけの楽な任務だぜ? 考えてみれば、下に居残って都市を守る方が 絶対にキツイって。戦争なんだぞ?」 メイド長「そんな事はないかと思いますが」 魔王「いや、勇者の云うことももっともだ。 都市のみんなにも、よろしく伝えてくれ」 勇者「俺からも頼む。……メイド姉にも、会えたらな」 メイド長「へ?」 188 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/10(火) 07 26 54.71 ID 4RteqQsP 魔王「メイド姉が?」 勇者「来てるよ」 メイド長「来てるって……」 勇者「近くで、軍を率いているよ」 メイド長「何をやっているんですかっ。あの娘はっ!?」 勇者「勇者」 メイド長「え? ええ?」 魔王「勇者?」 勇者「ああ。……勇者を名乗るんだってさ。くくっ」 魔王「――。あははははっ」 勇者「最高だろ?」 魔王「まったくだ!」 メイド長「笑い事ですかっ」 魔王「いやさ。覚悟を決めた人間のなんと眩しいことか」 勇者「あいつは本物だよ。俺より勇者かも知れないな」 メイド長「まったく。あの娘は、メイドの道を諦めて正解です。 おとなしい内省的な性格なのに、 表に出る行動だけは断固意地っ張りでとんでもないんですから」 魔王「メイド長によく似てる」 勇者「そうな!」 189 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [sage]:2009/11/10(火) 07 28 25.46 ID 4RteqQsP 女騎士「……」 女魔法使い「……」 勇者「まぁ。上の件は、任しておけって」 魔王「本来の役目だからな」 メイド長「緊張感を持ってください」 女騎士「すまない……」 女魔法使い「謝る必要なんて無い。 私は私の思うがままに誠を通しているし。 ――それで、十分」 女騎士「十分、なのか」 女魔法使い「中に入ったら、打ち合わせ通りに」 女騎士「判った」 明星雲雀「やっぱり無茶ですよぅ。もっと準備をして」 女魔法使い「準備の時間はない。 今ならば、あの怪物より先に『天塔』へ入れる。 でも、先行されたならば追いつくことは出来ない」 明星雲雀「だからって……」 女魔法使い「忘れてはいけない。魔王は戦闘では無力。 勇者の戦闘能力は、無力化の祈願によって十分の一。 もう、あの怪物を止める手段はない。 誰も気がついてないけれど、もう詰んでいる。 魔族軍も南部連合軍も、もはや遠征軍さえも ――すでに壊滅しているに等しい」 191 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 31 10.05 ID 4RteqQsP 女騎士「そうだな」 女魔法使い「……私たちは何?」 女騎士「勇者の仲間、だ」 女魔法使い こくり 女騎士「だけど」 女魔法使い「……あの化物が戦場で暴れ始めたら 膨大な数の犠牲者が出る。わたしはそれでも良い。 ううん……その方が良い。 けれど、それでは勇者が納得しない」 女騎士「そうだな……」 明星雲雀「馬鹿ですよぅ。本当に」 女魔法使い「……それで、いい。それが、いい」 女騎士「……」 女魔法使い「魔王はそろそろ気がついている。 収斂力が高まるという意味について。 ――それは魔王というシステムの根幹だから。 略奪、戦乱、疲弊、飢餓、崩壊。 それが魔王という機構の存在意義。 『世界を後退させる収斂力の顕現』」 女騎士「魔法使いの話はいつも難しいよ」 192 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/10(火) 07 32 24.26 ID 4RteqQsP 女魔法使い「理解しないと負ける」 女騎士「判った」 明星雲雀「判ったのかねぇ。ピィピィ」 女騎士「勇者と魔王は、精霊を目指す決定力。 であると共に、怪物を戦場から引きはがす、囮」 女魔法使い「……正確には囮じゃない。 『天塔』が起動する。 それは、一見、勇者か魔王の死を示す。 怪物はそれを見逃さない。全てを手に入れるために 『天塔』へと向かい、結果的にそれは先行する 女騎士達を追いかけることになる」 女騎士「話は簡単だ。それに望む所でもある。 護衛だなんて騎士の誉れだ」 女魔法使い「……」 女騎士「ほんとだぞ?」 女魔法使い「足止め、捨て駒。許されない」 女騎士「魔法使いがそれを云うのか」 女魔法使い「わたしは特別。わたしは世界で一番想ってる」 女騎士「わたしだって特別だ。魔王だってな。 思い上がってちゃだめだ。世界で一番、なんて。 そんなもの、世界で一番ありふれているんだから」 232 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 09 16.59 ID uEzyLrsP ――開門都市、南門周辺、市街戦 獣人軍人「下がれ! 押し寄せてくるぞ!!」 土木師弟「10番から20番まで、扉閉鎖っ! タールを流せ!」 巨人作業員「オオオっ!」 義勇軍弓兵「討て! 討てっ!!」 ひゅんひゅんひゅん!! ひゅんひゅんひゅん!! 人間作業員「土嚢だ。石も持ってきた!」 蒼魔族作業員「そこにおいてくれ。俺たちが積み上げる」 人間作業員「そこは矢が飛んでくるぞっ!」 蒼魔族作業員「だから俺たちがやるんだっ」 東の砦長「おい、おい。落ち着けぇ! まだ始まったばっかりだ。それに相手は貴族配下の 欲の皮の突っ張った騎士どもに腰の引けた従者どもだぞ。 こんなものはまだまだ手始めだ。気負うな!」 獣人軍人「退却する城壁、防壁、路地を確認っ」 土木師弟「……良く引き寄せてくれ」 巨人作業員「……家を……略奪しながら」 義勇軍弓兵「ふざけるな! 遠征軍どもめっ。 人間はお前達のような恥知らずばかりじゃないっ」 ゴォォン!! 人間作業員「!! カノーネ!? お構いなしなのかっ」 235 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 12 55.49 ID uEzyLrsP 東の砦長「よぉく聞け! 衛門の一族よ! 魔族の強者よ! 南区全域はこれより市街戦の戦場とするっ。 すでに住民の避難も終わり、魔王の許可も出ている。 本陣は無名神殿に奥だが、いずれは無明神殿まで譲り渡す。 いや、無名神殿の方まで貴族軍を招き寄せて捕獲するぞ! いいか、街はここで大きな被害を受けるだろう! だが、街は街だ。 人じゃない。 戦が終われば再建できる。 眼前の一戦にこそ、家族、同胞、氏族、そして魔界の 興亡がかかっていると心得よっ! 憎しみで戦うなっ。恐怖も怒りも視界を濁らせて自分の 身を危うくするぞ! 無理はするなっ! この区域は俺たちが暮らしてきた街だっ。 一から復興して、一つ一つ煉瓦を積み上げてきた都市だっ。 この都市は俺たちの味方で、決して裏切ったりはしない。 欲に駆られたヤツらは略奪や放火をしながら進んでくる。 少しずつ、ヤツらを小さな部隊にほぐして、取り囲め! 無理なら殺して問題はないが、もし可能なら生け捕りにしろ。 戦闘力を奪うには、両手をへし折れば足りるっ。 我らの街に勇んで入ってきたヤツらは、地上の王族や貴族だ。 戦後身代金をたんまり払わせてやるぞっ!」 「「「おおっ!」」」 東の砦長「土木師弟さんよぉ、人足を指揮して、 防壁の指揮を頼む。相手の上に矢を降らせて いらいらさせてくれ。ヤツらの経路誘導は全て任せたっ。 獣人軍人っ。あんたは後詰めだっ。 だからといって暇じゃないぞ。けが人の手当やさらに 後ろへと運ぶ準備、それから捕虜の管理、全てやってもらう。 後退軍の準備も進めてくれっ。 俺は大通りに出て、ヤツらの主力を一回叩く。 さっと下がるからな! 街の中央部へは行かせるな! あくまで無名神殿方面へと侵攻させ、被害を制御しろっ!」 ゴォォン! 東の砦長「この街は魔王そのものだっ。 俺たちは魔王に恩義があるっ。 そしてその魔王を守るために散っていった友との約定もある。 この地を守ることは、俺たちがこの地の正統な住人だと 名乗る上で欠くことの出来ぬ条件だ。 ――故郷だからこそ守る、と人は言う。 だがしかし、俺は新興の木っ端族長として言わせてもらうぜ。 “守るために力を尽くしてこそ故郷と呼べるのだ”となっ。 さぁ、だれ恥じることのない故郷を得るために、 この都市を本当の意味で我らの故郷とするために 俺たち力の最善をつくせっ!! 自分自身の未来の為にっ!」 236 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 14 16.34 ID uEzyLrsP ――開門都市南側、南部連合軍前線 ズギュゥウウン! ズギュゥゥン! 軍人子弟「600歩後退っ!」 鉄国少尉「600歩後退っ! 急げっ!」 将官「左翼騎馬部隊、準備完了っ」 軍人子弟「接近、騎射終了後即座に反転して離脱っ。 行くでござるよっ!」 将官「了解っ!」 冬寂王「どうだ」 軍人子弟「小刻みに出入りを繰り返しながら 敵軍を挑発中でござる。 最初の斉射の後は、遠征軍の前線の指揮官も 軍勢の内側に身を隠したようで なかなか隙を見せないでござるね」 「おぉぉぉぉ!!」 「光のために!」 「精霊は求めたもう!」 ギィン、キィン!! 鉄国少尉「騎射完了ッ!」 軍人子弟「300歩前進っ! 射撃準備っ」 冬寂王(細かいな。これほど緻密な運用をするのか) 軍人子弟「どうしたでござろう? 冬寂王」 冬寂王「いや、感心していただけさ」 軍人子弟「?」 237 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 17 07.58 ID uEzyLrsP 鉄国少尉「確かに驚異的な粘りですね」 冬寂王「む?」 軍人子弟「さすが王弟元帥という話でござる。 歴史に残る采配でござるよ。 これだけ指揮系統を炙って、少なからぬ混乱を 起こしているにもかかわらず、前線が破綻しないでござる。 それどころか、けが人を抗争して、素早い再構築を繰り返し 前線密度が低下しないでござるよ。 こちらの突撃はマスケットで押さえながらも、 向こうのもくろみも進行させているでござる」 冬寂王「もくろみ、とは?」 軍人子弟「遠征軍は、開門都市南門で戦場を一つ、 そしてここで我ら南部連合との間に戦場を一つ 抱えているのでござる。 二つの戦場の間には貴族や王族、教会の天幕やら 糧食を集積した大規模な街にも匹敵する陣地を 築いている……。 この三つは、互いに距離もあり連携することは困難でござる。 王弟元帥1人で目が届くのは我らとの前線くらいのもの。 そしてその前線戦力では我らと互角。 王弟元帥はこちらの誘いに乗らずに徐々に軍を斜行させ 本陣、および南門前線方向へと戦場をずらしているでござる。 おそらく前線と本陣の距離を圧縮して、数的有利を得る 戦術でござろうね」 鉄国少尉「ま、こちらも織り込み済みですがね」 冬寂王「そうみえるな」 軍人子弟「しかし、それをここまで被害を押さえて 行なうとは非凡でござる。良くする所ではござらぬ。 敵でさえなければ教えを請いたいほどでござる」 238 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 19 29.00 ID uEzyLrsP 冬寂王「崩すのはやはり難しいか?」 軍人子弟「膠着はするでござるね。 王弟元帥はこのまま戦場を圧縮し、 おそらく本陣へも我らの銃声が響くような距離設定に することにより危機感を煽り、一気に本陣の予備兵力を掌握。 その圧力にて、我ら南部連合を殲滅する計画でござろう」 鉄国少尉「……」 「大地のためにっ!」「我ら南部の旗の下にっ!」 ズギュゥウウン! ズギュゥゥン! 冬寂王「そのようだな」 軍人子弟「王弟元帥の器量がどれほどか」 冬寂王「そこは賭けにならざるをえんな」 鉄国少尉「は?」 冬寂王「器量が低ければ、軍の掌握を仕切れぬだろう」 そして器量が充分に高ければ戦わずとも済む。 ……高いことを期待したいが」 ゴォォン! ズゴォォン!! 冬寂王「カノーネか」 鉄国少尉「我ら主力軍、防壁まで後1里半に接近っ」 冬寂王「そろそろだな」 軍人子弟「本当に良いのでござるね?」 冬寂王「平和のためだ。惜しくはないさ」 軍人子弟「承ったでござる。輜重部隊、護衛部隊。準備を」 鉄国少尉「了解っ!」 239 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/12(木) 21 20 41.76 ID uEzyLrsP 冬寂王「前線の構築と傭兵は鉄の国および貴君に一任する。 我には南部連合のとりまとめとして、別の戦があるのだ。 出立前から描いていたとおり、やらせてもらおう」 鉄腕王「良かろう。会議でも合意されたことだ」 鉄国少尉「輜重部隊に簡易装甲の準備良しっ。 火竜大公よりの補給品、全て積み終わりましたっ」 羽妖精侍女「伝ワッテ欲シイデス」 冬寂王「力尽くでも判らせるほか、あるまいよ」 鉄腕王「こっちも準備よしっ!」 軍人子弟「狙撃部隊っ、突出してきた兵の鼻先を叩け。 なるべく深く突っ込み、荷物を置き去りにするぞ! 回収させるでござるっ!」 鉄国少尉「一番隊、二番隊、三番隊出発!! 護衛歩兵部隊、長槍部隊進発っ! 測距兵、マスケットの間合いを随時警告せよっ! 距離はない、ゆっくり進んでもかまわん!! 待避用の塹壕をこえて、慎重に行けっ!!」 冬寂王「では、我も出るか」 軍人子弟「それは――。前線はそれがしたちだけで 大丈夫でござる。冬寂王が身を危険にさらすことなど」 鉄腕王「はははは。わしもでるぞ。ここは王族の出番だろう」 軍人子弟「っ! では、拙者も出るでござるっ。 突撃準備っ! 鉄国兵団、構えっ!!」 鉄国少尉「了解っ!」 251 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 31 34.06 ID rH.ZqWkP ――開門都市南側、遠征軍前線 ズギュゥウウン! ズギュゥゥン! 王弟元帥「きめの細かい傭兵だな」 参謀軍師「姫将軍とやらでしょうか」 王弟元帥「いいや、この感覚は違うだろう。 挑んでくるような覇気が感じられる上に、 しぶとく不屈の、折れぬ剣のような気配だ。 必殺の策を持っているという気迫ではないが 負けぬ戦いの意志を感じる。南部も、層が厚い」 参謀軍師「マスケットの射程距離外で細かく兵を出入りさせて わが軍の指揮系統を消耗させているようです」 王弟元帥「このような戦、歴史にはないものだ。 射程距離が長く、命中精度の高いマスケットか。 ――だが、数は少ないようだな」 バサリッ! 聖王国将官「元帥閣下っ! 陣備えを半里ほど後退させました。 本陣もあと少しで交戦領域です。本陣の予備兵力や 光の子供達の間では緊張状態が広がっていますっ」 参謀軍師「で、しょうな。彼ら徴発された農奴兵達は 王弟元帥に従って蒼魔族の領地まで遠征した経験もない。 魔界についてから大規模な合戦もなく、 攻城戦はカノーネが担当をしてきたわけでしょうから、 実戦の経験が足りないのでしょう」 252 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 32 54.25 ID rH.ZqWkP 王弟元帥「そのプレッシャーが吉と出るか、凶と出るか。 しかし、ここまで前線と本陣を近づければ、 教会も貴族達も本気を出さざるをえなかろうさ。 伝令を出せ! 教会および本陣司令部に、援軍要請だっ。 一気に南部連合を打ち破るために兵力集中を命ぜよ! これは全軍総司令からの指令だっ!」 参謀軍師「はっ。すでに伝令は用意してあります」 聖王国将官「これで兵力がそろいますね」 王弟元帥「一時しのぎに過ぎんがな。 開門都市の入り口を固めるだけなら、貴族の私兵で充分だ。 本陣のマスケット銃兵1万を増援として運用。 このマスケット兵を右翼から南部連合軍にあてる。 その混乱に乗じて、我らが鍛えた精鋭マスケット部隊を」 ぐいっ 王弟元帥「一里ほど前進させるぞ。 それで南部連合の本陣までたたきつぶす」 伝令兵「王弟閣下! 貴族達が援軍を求めていますっ。 “開門都市南門付近の戦闘にて、魔族の抵抗激しく わが軍は窮地に立たされつつある、援護を乞う”と」 聖王国将官「恥知らずが」 王弟元帥「ふっ。戦局が見えていないのかっ。 いってやるがいい! “わが軍後方より南部連合が侵攻、 本陣との距離は一里を切り、全軍による総攻撃の段階にあり。 後方の指揮を変わっていただけるなら、聖王国中核軍全てを もって南門周辺地域の制圧に向かおう”となっ」 参謀軍師「ふふっ」 伝令兵「かっ、かしこまりましたっ!」 だっだっだっ 253 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 34 13.00 ID rH.ZqWkP 王弟元帥「参謀っ」 参謀軍師「はっ」 王弟元帥「教会に向けて書状を。口述筆記だ」 参謀軍師「はい」 王弟元帥「“いまや、南部連合軍間近に迫り 開門都市との位置関係は我らを半包囲する状況に なりつつある。しかし一方、遠征軍には未だ豊富な 兵力があり、反撃は充分以上に可能である。 我が後陣は敵軍を制御しつつ戦場を設定した。 これより、全軍総司令として本陣予備兵力の銃兵1万を 増援として徴用。火力を持って南部連合を撃破する。 大主教におかれては、我らが聖鍵遠征軍に祝福を”とな」 参謀軍師「釘を刺しますか」 聖王国将官「これならば、大主教も 頷かねばならないでしょうね。南部連合を利用して 遠征軍の石を固める、素晴らしい策です」 王弟元帥「……うむ」 参謀軍師「?」 王弟元帥「いや、良い。伝令兵を出せ! 急がせろ」 ゴォオオッン!! ゴォオオン! 聖王国将官「カノーネですな」 王弟元帥「貴族軍が攻め入っているにもかかわらず、 後方からの射撃か。領主達が功を焦って 足を引っ張り合っているな……」 参謀軍師「今は一刻も早く南部連合を平らげて、 反転し指揮権を掌握すべきかと」 聖王国将官「了解っ! 伝令兵準備、前線を再構築しますっ」 254 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 35 27.38 ID rH.ZqWkP ――開門都市、近郊、遠征軍本陣 ゴォオオッン!! ゴォオオン! 光の銃兵「お、音が近づいて来ただな」 光の槍兵「ああ……」 光の護衛兵「とうとう戦になるんだか。俺はまだ訓練でしか 剣を振ったことがないのに……。ま、魔族か。 来るのか、あいつらがっ」 ギィン! キィン! 「……ために!」 光の銃兵「い、いや。そうとは限らないぞ。後方に迫ってる 南部の裏切りどもの相手をすることになるかも知れねぇ」 光の槍兵「裏切り……かぁ……」 光の護衛兵「裏切り、なのか」 光の銃兵「だってそうだろう? あいつらは破門された異端者をかばった、異端の国々だ」 光の槍兵「腹一杯食うのは、異端なのかな……」 ズギュゥゥン!! 光の護衛兵「っ!」 光の銃兵「今のは、近かったな」 光の槍兵「ああ、近かった」 ダカダッダカダッダカダッ!! 光の中隊長「お前ら、そろっているかっ!」 255 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/13(金) 03 37 52.67 ID rH.ZqWkP 光の護衛兵「はっ、はい」 光の銃兵「そろってるだよ!」 光の槍兵「そろっております」 光の中隊長「今より進軍を開始する、整列せよっ!」 光の銃兵「どこへっ?」 光の槍兵「……」 光の中隊長「光の子供の軍として、敵に突撃をするのだ」 光の銃兵「な、南部のヤツらですか!」 光の槍兵「南部かっ。くそっ! くそっ!」 光の中隊長「それは我らが考える。早く整列をしろっ!」 光の銃兵「はっ、はいっ!」 光の槍兵「了解しましたっ!」 わぁぁぁああ、わあぁぁぁあ カノーネ兵「な、なんだ?」 光の護衛兵「あれは」 光の中隊長「――! 大主教さまだっ!」 光の銃兵「大主教さまが壇上に……? ほ、本物だか」 光の槍兵「大主教さま」がばっ カノーネ兵 がばっ 光の護衛兵 がばっ 参謀軍師「腰を上げてくれましたか。遅いお出ましですが」 ページトップへ <前13-1へ|次13-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/16.html
<前1-3へ|次1-5へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」1-4 578 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 14 24.81 ID 5kaffl9OP ――村はずれの屋敷、中庭 女騎士「さて、諸君らの手元にあるのは南部諸王国の 軍において用いられる標準的な武器、ロングソードだ。 この武器は威力、間合いにおいてバランスが良く、 鉄の国おいて鋳造された製品で質も良い。 重量バランス配分がこの種の武器の使い勝手を 決めるので、手に持って馴染むかどうか、判断の 参考にして欲しい」 貴族子弟「……」 商人子弟「……」 軍人子弟「ばからしーでござる」 女騎士「何か言ったか?」 貴族子弟「……」ぷいっ 軍人子弟「馬鹿らしいといったでござる。何で拙者が 女如きに剣を教わらないといけないのでござるか」 女騎士「……」 軍人子弟「白の剣士殿から剣を教わったのは 別に女に弟子入りするためではないでござるよ。 女は家の中でケーキでも焼いていれば良いでござる」 581 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 20 50.67 ID 5kaffl9OP 女騎士「おい、そこのデブ」 商人子弟「ひゃ、ひゃいっ!? ぼ、ぼく?」 女騎士「剣を両手に持って構えろ」 商人子弟「……ううう」 女騎士「はっ!!」 ギンッ!! 貴族子弟「!?」 軍人子弟「ッ!!」 商人子弟「けけけ、剣がっ!! ま、まっぷた、真っ二つ」 女騎士「はっ!!」 ギンッ!! 商人子弟「み、短くなったっ!?」 女騎士「その気になれば5cmずつ切り取ることも出来るんだぞ」 軍人子弟「ど、ど、どうしてっ」 女騎士「そこのゴザルに云っておく」 583 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 25 44.21 ID 5kaffl9OP 女騎士「私は、湖の国の女騎士。かつて勇者と共に 魔界で千の戦をくぐり抜けてきた女だ」 貴族子弟「ゆ、勇者っ勇者様のっ!?」 商人子弟「!?」 軍人子弟「ま、ま、ま、まさか『鬼面の騎士』!? 『怪力皇女』!? 『石壁しぼりの女夜叉』!?」 女騎士「色々詳しいじゃないか、ゴザル」 軍人子弟「……」がくがくぶるぶる 女騎士「これは別に怪力じゃない。技だ。 刃筋を安定させて、力を強度の低い場所に 集中させれば諸君らでも実行可能だ。 勇……あー。白の剣士は、素質がありすぎでな。 なんでも『なんとなーく』でやってしまうので 教師としては不適当なのだ」 商人子弟「もしかして、白の剣士殿は、女騎士殿の 弟子だったのですか!?」 貴族子弟「そ、そうかっ!」 軍人子弟「そうでござったか……」 584 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 36 22.66 ID 5kaffl9OP 女騎士「う、うむ。そういうような……。 そ、そういうことだ。とっ、とにかく。 白の剣士は、勅命を帯びて探索の旅に出ている」 貴族子弟「勅命……王のご命令ですか」 軍人子弟「探索の旅! 男子の本懐でござるな!」 女騎士「そう言うわけで、週に4回の戦闘訓練は しばらくのあいだ私が受け持つ」 商人子弟「は、はヒィ!」 女騎士「なに。私は白の剣士とちがって 理論的かつ実戦的、基本に即した教練方法を 採用するつもりだ。諸君らの武芸を必ずや 実用の域まで高めよう」 貴族子弟「勇者の仲間の騎士様に 剣を教授いただけるとは光栄です!」 軍人子弟「そこまで言われては仕方ない。 拙者も剣の道を究めるとするでござる」 女騎士「では、手始めに北の森を、走り込みで三周。 そのあと帯剣して素振りをしながら一周。 小川へと移動したら、腰まで水につかって ロングソードの素振り500回だ」 三子弟「「「ひぃぃぃ!?」」」 587 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 41 31.45 ID 5kaffl9OP ――村はずれの屋敷、初夏 ひいぃぃぃ! ひぃぃぃぃ! 魔王「今日も元気だな」 メイド長「まったくです。でも、女騎士さんは あれで結構楽しそうですよ?」 魔王「そうなのか? 勇者がいなくなって お尻に矢が刺さったアナグマのように怒り狂って いたではないか」 メイド長「頼りにされると張り切ってしまう人 なんでしょう。可愛らしい人ですよ」 魔王「む」 メイド長「まおー様より引き締まった身体ですし」 魔王「むぅ」 メイド長「いえいえ。まおー様もスタイルは 悪くないんですよ? 出るべきところのボリュームは それはたいしたものです。えっちではしたない肉体です」 魔王「メイド長の言い方の方がはしたない」 588 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 14 52 32.71 ID 5kaffl9OP メイド長「しかし肉体性能は、お色気か癒し系ですのに ご本人の性格がお色気とも癒しともまるで無関係なのが まおー様の泣き所でしょうか?」 魔王「ほうっておけ」 がきょ、がちょ メイド長「なんですか? それ」 魔王「うむ。呼び寄せた職人に依頼していた試作品だ。 実験して手直しして欲しい部分の指示を 書き付けておかないとな」 メイド長「何に使う物なのですか?」 魔王「羅針盤といわれているものだ。いま作っているのは その改良だな。この二軸のシャフトと、大きなガラス球で 内部の羅針盤を水平に保つのだ」 メイド長「ふむふむ。改良前はどうやっていたんですか?」 魔王「水の上に磁石を浮かべていたんだ。 ほら、この内側の、内部に浮かんでいるのと おなじ構造だな」 589 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 00 01.62 ID 5kaffl9OP メイド長「だいたい判りました。でも、随分巨大化 してしまったわけですね」 魔王「仕方ない。これは試作品だからな。 実用化されれば、小型化のめども立つだろう」 メイド長「どういう改良なのですか」 魔王「うむ、羅針盤とは方位を知るものだ。 この内部の水の上に浮かべた磁石が回転して 北の方角を教えてくれるわけだが……。 そのためには水面が水平安定する必要があるな」 メイド長「はぁ」 魔王「方位を知りたがるのは船乗りだろう? 揺れる船の上で、ましてや嵐なんか来たりした日には 水に浮かべた磁石の方向を安定させるのは至難だ」 メイド長「じゃぁ、いままでどうやってたんですか!?」 魔王「根性だろ」 メイド長「……」 魔王「……」 メイド長「人間ってすごいですね」 591 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 08 37.94 ID 5kaffl9OP 魔王「まぁ、この宙づり自由式であれば 設置場所に難があるとは云え、揺れる船の上でも 下部の釣り錘によって水平が保持される」 メイド長「ふむ。根性が無くても出来るわけですね」 魔王「いや。人間であるというのは根性は必須だと 女騎士殿は云っていたから、根性はやっぱり 必要なのだろう。 この改良で軽減されるのは技能だ。 羅針盤を扱うのは特殊な技術だったからな。 この簡便な装置で技術者が増えるわけだ」 メイド長「でも、この村には海ありませんよ?」 魔王「うむ。この装置は、売りつける」 メイド長「買ってくれますかね?」 魔王「まともな目利きがあれば、家ほどの 黄金でも積むだろうな。これで『同盟』と接触する」 メイド長「まおー様の専門ですから、お任せします」 魔王「まかせておけ」 メイド長「ところでお昼は馬鈴薯で?」 魔王「うむ、まことに馬鈴薯の揚げは美味なるぞ」にこっ 595 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 18 25.86 ID 5kaffl9OP ――魔界、黒狼砦 黒狼鬼「うぉろろろ~ん」 黒狼鬼「ろろろぉ~ん」 勇者「うお。何か集まってきたぞ」 黒狼鬼「うろろ~ん! がうっ! がうがっ!」 勇者「おまえらっ。怪我したくなきゃ、引いてろっ!」 ザガッ! ガッ!! 黒狼鬼「ぎゃんっ!?」 黒狼鬼「はっ……はっ……はっ……ギャウッ!」 羽妖精「黒騎士サマー。コッチコッチ!」 勇者「判るのか?」 羽妖精「女王サマ、コッチコッチ」 勇者「まかせろっ! 爆砕呪っ!」 596 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 24 56.97 ID 5kaffl9OP 羽妖精「上~コノ上~!」 黒狼衛兵「行かせぬっ」 勇者「なんだ、言葉がしゃべれるのもいるのかっ!?」 ギンッ! ギギンッ! 羽妖精「黒狼族ノ成体ダヨォ。 モット大キナノモ、イルヨォ」 黒狼衛兵「心配するな、貴様、ここまでだっ」 勇者「ほあちゃっ!!」 ドビシィッ!! 羽妖精「デコピン!?」 黒狼衛兵「む、無念っ!」 バタリ 599 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 30 57.33 ID 5kaffl9OP 勇者「切りがないな」 羽妖精「一杯来ルヨォ」 黒狼衛兵×15「ガフッ、ガフッ! オロローン!」 勇者「面倒くさいぞ、お前ら」 羽妖精「ダ、ダメッ! 塔ヲ壊シチャダメ!」 勇者「む、そうか。上に女王がいるんだっけ。」 羽妖精「ウンウンッ」 勇者「んじゃ、えいっ!」 黒狼衛兵「片手で岩扉をっ!?」 黒狼衛兵「に、逃げろっ」 勇者「ちょっと距離が必要なんだ、この技は。 ……あんまりうろちょろするなよ、 急所に当たると死んじまうぞ-。 えっと、たしか、こうやって 背中をひねる感じでぇ……」 羽妖精「眩シイヨッ」 勇者「光の精霊直伝、光の封印槍だっ」 601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 34 49.61 ID 5kaffl9OP ――魔界、黒狼砦の塔の上 ドッゴォォーン 羽妖精「ケフッ。ケフッ」 勇者「悪いな」 羽妖精「ヒドイヨォ」 妖精女王「何事ですっ」 勇者「お。この人がそうかな?」 羽妖精「女王サマッ!」 妖精女王「羽妖精ではありませんかっ」 勇者「こんにちは、手荒な訪問で済みません」 羽妖精「女王サマ、コレハ人間ノ雄」 妖精女王「みれば判ります」 勇者「人間です」 羽妖精「アタシ頭イー♪」 602 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 39 17.34 ID 5kaffl9OP 妖精女王「速く逃げてくださいっ。 魔狼将軍が来るといけません」 勇者「倒した」 妖精女王「まさかっ? 人間にそのような力が。 しかし、それだけではないのです! 魔狼将軍の背後にはさらなる実力を持つ 魔界でも高位の戦士、魔狼元帥が……」 勇者「それも倒した。先週」 羽妖精「!? あ、あなたは」 妖精女王「黒騎士人間ダヨ」 勇者「ああ。黒騎士だ。魔王の剣にして、 絶対忠誠を誓う魔界の執行官」 羽妖精「カックイイヨネ」 妖精女王「そうですか、確かにその鎧の紋章は魔王様の物。 いえ、もしやその鎧、魔王様ご自身の物では……?」 勇者「……その問いに答える言葉はないぞ」 羽妖精「カッコツケテルー」 605 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 44 54.63 ID 5kaffl9OP 妖精女王「魔王様の命令に背き、人間をさらっては 無益な殺生と玩弄を繰り返す魔狼族を粛正されに きたのですね」うるうるっ 勇者「いや、ついカっとなっ」 羽妖精「……」じー 勇者「ごほん。そうである。魔狼族の横暴、目に余る。 人間族に慈悲を掛けるわけではないが、魔王の 命令は絶対である。逆らうことは許されない」 妖精女王「元は人間族でしょうに。何という忠誠心でしょう」 勇者「ふははは。我は黒騎士。絶対不破の魔王の剣」 妖精女王「魔王様の仰せの通りに」ふかぶかっ 勇者(なんか気分良いな! 魔王の部下も!!) 羽妖精「女王サマー」 妖精女王「何です?」 羽妖精「人捜シー」 606 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 48 53.70 ID 5kaffl9OP 妖精女王「人捜し?」 勇者「ああ。そういえばそうだった。 あーあー。 魔王の命令により、我は1人の人間をさがすものなり」 羽妖精「女王サマノトコロニ来テタ人間女ー」 妖精女王「ああ。あの術士ですか……」 勇者「いまは何処に?」 妖精女王「素晴らしい魔法の素質を秘めていましたからね。 彼女は妖精族の魔法を学ぶと、さらなる奥義を求めると 云って旅に出ました」 勇者「旅? どこへ」 妖精女王「それは判りませんが……」 勇者「一体何処まで努力すれば気が済むんだ、 あの無表情小娘。いまでも人間界最強のクセに」 妖精女王「そういえば……」 608 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 53 16.00 ID 5kaffl9OP 勇者「そういえば?」 羽妖精「魔界の果て、時の砂の滝が落ちる滝壺に 一つの古いベンチがあると。そのベンチに座った 旅人は星の最果て、『外なる図書館』へ行くことが 出来ると云われています。 ――彼女は熱心にその伝承を調べていました」 勇者「『外なる図書館』だな? 判った」 妖精女王「しかしそれは伝説の場所。 詳しい場所やたどり着く方法は妖精族でも知りません」 勇者「そのようなことは問題ではない。 魔王の命にしたがいどのような場所であろうと 必ず見つけ出す」 羽妖精「カッコイー!」 妖精女王「ご無事をお祈りいたします」 勇者「妖精族は元の領地に戻り、いままでと同じく その民を治めて暮らすようにとの魔王の仰せだ」 妖精女王「魔界を治める魔王様の治世に幸いあれ」 610 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 15 57 46.97 ID 5kaffl9OP 勇者「えー、こほんこほん。 魔狼族の生き残りにはきつく申し渡しておく。 元来魔狼族は誇り高い自由不羈の民のはず。 穏健派を中心に魔王の民として、その誇りを まもるような生き方にするが良いだろう」 妖精女王「妖精族は魔狼族からの迫害さえなければ 異存はありませぬ。遺恨は伝えぬと誓約しましょう」 勇者「……その寛容、魔王に伝えよう。 では、時間だ。我は探索の旅に戻らなければ ならない。縁があればまた逢おう」 妖精女王「このご恩、けして忘れません」 しゅんっ!! 羽妖精「カッコイー!」 妖精女王「妖精族は救われましたね。 魔王様にあのような部下がいるとは……。 ただのお飾り、柔弱で無能な王と云われてきましたが 何かが変わり始めているのかも知れません。 魔王様と云えば――あっ」 612 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 01 44.28 ID 5kaffl9OP 羽妖精「ドシタノー?」 妖精女王「魔王様といえば……」 (時の砂の滝が落ちる滝壺―― 一つの古いベンチ 星の最果て―― 『外なる図書館』――) 妖精女王「『外なる図書館』……」 羽妖精「?」 妖精女王「『外なる図書館』に引きこもる、 魔族の中でも変わり者の一族がいると……。 その一族は知識を求め、過去と未来を幻視し 『外なる智慧』を身につけて、憧れに魂を燃やすと……」 羽妖精「?」 妖精女王「魔王様って、魔王って…… 何なのでしょうか……」 616 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 11 56.87 ID 5kaffl9OP ――南氷海巨大湾岸都市、商業会館 青年商人「ふふぅん、こいつはたまげた。 全く度肝を抜かれた、まいったな」 中年商人「よう。どうした、呼び出して」 辣腕会計「まだ夕食には早いでしょう? どうしたんです? 湖の国のワインでも暴落しましたか? それとも聖王都の為替変動ですか?」 青年商人「まぁ、こいつをみてくれ。 午前中に届いて、やっと組み立てたんだな、これが」 中年商人「――ッ!!」 辣腕会計「こ、これは……」 青年商人「まぁ、一目でわかるか」 中年商人「これは羅針盤だな? 見たことのない形状だが」 辣腕会計「ですが、見ただけで判ります」 617 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 16 42.64 ID 5kaffl9OP 青年商人「何処のどいつの工夫だかは判らないが こいつはたいしたものだ。恐ろしいもんだ」 中年商人「ああ、頭を大石で殴られた気分だ」 辣腕会計「これは……二つの円環で、どんな場所に 置いても水平が保たれるのですね? さらに この重りで安定させるわけですか……」 青年商人「ああ。理屈は見れば判る。 特別な装置が使ってあるわけでもないが、すごい発明だ」 中年商人「これを見せれば、銅の国の技術士ならば もっと小型にも出来るだろう。やったな! おい! 何処でこんな物手に入れたんだ。 この功績の価値は、幹部候補生、いや、10人委員会に 入るのも夢じゃないぞ、お前!」 辣腕会計「ええ、この発明は『同盟』に巨大な利益を もたらすでしょう、同志よ!」 青年商人「こいつは世界を変えるな」 中年商人「ああ、世界を変えてしまうだろうな」 620 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 24 36.89 ID 5kaffl9OP 青年商人「さぁて、なかなか」 中年商人「ふむ、たしかに」 辣腕会計「どうしたんです?」 青年商人「いや、なに。これがここにある、 その意味合いをな」 中年商人「確かに巨大な利益は目の前だ。 酒樽一杯の蒸留酒のような物。嬉しくてたまらんわな。 しかし、その酒樽にはもう蒸留酒はのこっていないのかな? あるいは罠の可能性は? 俺たちは商人だ。酔っぱらいじゃぁ、無い。 そこんところを頭を使わないとな」 辣腕会計「そうですね、ふむ」 青年商人「まず、第一にこれを発明したのは俺じゃない。 俺にこれをとどけた人間がいるんだ。 そいつの思惑を考えなければいけないだろうな」 622 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 28 46.83 ID 5kaffl9OP 中年商人「身元はわかっているのか?」 青年商人「まぁ、本人からの手紙にはな。 『紅の学士』とある。送り主は南部諸王国の西の外れ 冬越し村というところだ」 中年商人「小さな寒村だな」 辣腕会計「目立った特産品はなかったと記憶していますが。 ――いや、まてよ」 がさごそ 青年商人「どうした?」 辣腕会計「確か、報告にその名前が……。 ああ、ありました。この夏に、湖畔修道会の修道院が その村に建築されたようです」 中年商人「湖畔修道会? 湖の国の? もうそんな辺境まで勢力を広げたのか?」 辣腕会計「いえ、勢力範囲から遠く離れた場所に突然 修道院をつくったようです。教化も進んでいないでしょう。 ですから報告書に特記されていたのでしょうが……」 623 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 32 33.94 ID 5kaffl9OP 青年商人「ふむ。黒だ」 中年商人「関係があると睨んで良いだろうな」 辣腕会計「接触ですか?」 青年商人「それはどうあれ、その必要があるだろう。 『同盟』がこの羅針盤から得られる利益を 最大化するためには、この工夫を独占しなければならない」 中年商人「だが、この工夫は、一目見ただけで その革新性が判る。革新性が判りやすいってのは 売る時にはまたとない武器だが、 真似して作るのも簡単だって云う弱点があるな」 辣腕会計「そのとおりですね」 青年商人「『同盟』がこの羅針盤を部外秘として 『同盟』所属の船舶だけに装備し、交易優位性を あげるにしろ、全中央大陸国家に販売して利益を 上げるにしろ。発明元のこの学士と交渉する必要がある」 辣腕会計「真似はできても、あちらが他の様々な 組織や国家に同様の売り込みをしないとも限らない。 ……そうですね?」 中年商人「場合によっては……」 青年商人「そう言うことにはならんで欲しいな。 我らは商人なのだから」 625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 39 19.13 ID 5kaffl9OP ――冬越しの村、夏 小さな村人「ほーぅい、ほーぅい」 痩せた村人「ほーぅい」 小さな村人「なんて良い天気なんだろう」 痩せた村人「まったくだなや、大麦さんもそだっとるよ」 小さな村人「修道院が出来てから、色々教えてもらえるしなや」 痩せた村人「おや、修道士さんだべさ」 修道士「こんにちは、精が出ますね」 小さな村人「こんにちは」ぺこり 痩せた村人「こんにちはだなや」ぺこり 修道士「今日はどうされています?」 小さな村人「わしは川でマスを釣ってきただぁよ」 痩せた村人「わしは薪をつくってただぁ」 修道士「それは良かった」 小さな村人「修道士さんは?」 627 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 42 35.55 ID 5kaffl9OP 修道士「ははは、実はですね。 試しに作っていた作物が、早くも二回目の 収穫を迎えたんですよ!」 小さな村人「なんだか、修道士さんも嬉しそうだなや!」 修道士「ええ、嬉しいです。大地が恵んでくださった。 これは光の精霊様が頑張れとおっしゃってくれて いるわけですよ。それで、この収穫の報告に 学士様への所へ行こうかと思いましてね」 小さな村人「そうかそうか、そうだったんだべ」 修道士「ええ。この作物、馬鈴薯というのですが 甘くてほくほくして大層美味しいのですよ」 小さな村人「そうかぁ、一度食べてみたいだなやー」 痩せた村人「どんな味なんだろう」 魔王「招待するぞ?」 修道士「ああ、これは学士様!」 小さな村人「学士様、こんにちはですだよ」 痩せた村人「こんにちは、学士様。良い天気ですだ」 629 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 44 34.64 ID 5kaffl9OP 修道士「いま、ご報告にうかがおうかと」 魔王「ああ、ありがとう。そろそろかと思っていたのだ」 メイド姉妹 ぺこり 修道士「計画通りに取れました。いやいや、好調ですね。 荷車二台分はたっぷりと取れたかと思います」 魔王「土壌採集は?」 修道士「指示通り、六カ所でそれぞれ 樽一杯分づつを保存してあります。それにしても 我が修道会も農業技術の集積は進めてきましたが 前代未聞の方法ですね」 魔王「結果が出てくれれば嬉しいのだがな。 ふむ、これか」 修道士「ええ、良く育っています」 魔王「よし、振る舞いをしよう」 修道士「振る舞い、ですか?」 魔王「こいつを広めるためには、何はともあれ、 皆に食べてもらわねば始まるまい? それには、宴でも開いて振る舞うのが一番だ」 630 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 47 57.94 ID 5kaffl9OP 小さな村人「ほんとうですか? 学士様」 痩せた村人「良いのでございますか」 修道士「どうです?」 魔王「もちろん本当だ。修道士どの、いかがだろう? 修道院の前庭を借りることが出来ようか?」 修道士「もちろんですよ。でも、この馬鈴薯は売って 資金に充てるのかと思っていましたよ」 魔王「金はもちろん欲しいが、独り占めするつもりはない。 飢えなく、皆が豊かになる方法を考えないと、 先が続かない。そのためには村の皆の手助けが必要だ」 小さな村人「うわぁ、食べてみたいですだ学士様」 痩せた村人「おらのところの畑でも作れるようになるですだ?」 修道士「ああ。もちろんさ。 作ってみたが、小麦と比べて世話が大変と云うこともない。 もちろんいくつか気をつけなければならないことは あるけれど、それは修道会で教えてあげることが出来る」 632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 16 52 32.61 ID 5kaffl9OP 小さな村人「さっそく家内におしえてやらにゃぁ!」 魔王「おお、そうだ。宴の支度に手が足りないかも知れぬ。 奥方の手が空いていれば来ていただけると助かると 思うぞ。なあ、修道士殿」 小さな村人「あーれ。学士様。奥方なんて照れるだよ。 うちのはただの母ちゃんだよ。でも、そう云われると なんだか母ちゃんも悪い気はせんかもなぁ。 こっぱずかしいな。でも直ぐに行かせるから!」 修道士「そうですね、ご報告もしたということにして 私も帰って他の修道士、騎士院長にも伝えて参ります。 ああ、そうだ。その、料理はどうすればよいでしょう」 魔王「心配ない。いってくれるな?」 メイド姉「はい」ぺこり メイド妹「いきまーっす」 修道士「それは助かります。まだこの馬鈴薯の調理方法を 研究した訳じゃありませんからね」 魔王「あー。くれぐれも云っておくが、 揚げ馬鈴薯だけは必ず作るのだぞ?」 675 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 18 50.82 ID 5kaffl9OP ――冬の国、王宮 王子「じぃ、じぃ~」 執事「なんでございましょう、若」 王子「若はやめろ。俺はもう二十歳だ」 執事「どうしたのでございます?」 王子「じぃは馬鈴薯なる物を知ってるか?」 執事「ははぁん。若も馬鈴薯を食べたので?」 王子「ああ、食べた。美味いな!」 執事「何でも旅の学者がこの地へもたらしたとか」 王子「うまいうえに、俺たちの貧しい国でも もっぎゅもっぎゅ……栽培できるらしいな」 執事「さようでございますなぁ」 王子「情報はあるのか?」 執事「ございますとも」 678 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 24 10.25 ID 5kaffl9OP 王子「ふむふむ」 執事「こちらの書類は関連項目でございます」 ぺらり 王子「では、湖畔修道会が主導で栽培を 推し進めているのだな?」 執事「そうなりますな。また、この湖畔修道会は 合わせて様々な改良を施しているようで」 王子「ふむ、どのような?」 執事「まずは、四輪作といわれるものですな。触れ込みに よれば大地の恵みを目減りさせずに、四年周期で麦作を 行なう手法です。以前の三輪作にくらべて、小麦はもと より豚や羊などを安定して供給できるようですな」 王子「冬のあいだにもか?」 執事「冬のあいだには、家畜にカブを食べさせるそうです」 680 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 30 04.11 ID 5kaffl9OP 執事「それから、えー。農機具の改良、修道学院の設立」 王子「学舎か、ふむ」 執事「さらにこの度作られたのが、『風車』です」 王子「それはなんだ?」 執事「『水車』に似たものですが、川の流れではなく 風の流れをくみとって、動力にしているようですな。 修道会が雇い入れた船大工の一派が工夫して作った そうですが。我が国北部の高地には、充分な水源が ありませんから、普及すれば便利でしょう」 王子「……ふむ」 執事「お気になりますか?」 王子「まぁな。税収が上がっているのは嬉しいが……。 まぁ、それで戦争を終わらせられるわけでなし。 しょせんイモでは我が国を救うことも出来ないが ……まぁ、なんでも目は通しておかんとな」 執事「そうですね。税収は荘園ごと、村ごとに納め させますから、一概にどのくらいの効果があるかは 判りませんが、修道会が関与すると5%ほど税収が 上がるようですな」 王子「大きいな」 執事「小さく考えてはいけませんよ。1年足らずの あいだにそれだけの改革を見せたわけですから 来年以降どうなるか判りません」 682 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 35 40.50 ID 5kaffl9OP 王子「冬小麦の収穫はこれからであるしな」 執事「その馬鈴薯なる食物は、年に数回収穫できる そうですな」 王子「そうなのか?」 執事「驚きですが、事実のようです」 王子「ふむ」 執事「税収の形には表れないものの、農民の暮らしには 大いなる恩恵を与えていると云って良いでしょうな」 王子「じぃの云うことならば信じぬ訳にはいかないな」 執事「ありがたいことですなぁ」 王子「何らかの施策をするべきだろうか?」 執事「そうですなぁ。まだ始まったばかりのようですから 傍観していても良いのではないでしょうか」 王子「ふむふむ」 執事「修道会はこの運動で、我が国を始め、南部諸王国に 確固たる地盤を築く狙いがあると思います。 運動の結果を出せれば、向こうから王宮に接触を 持ってくるかと思いますな」 683 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 41 15.79 ID 5kaffl9OP 王子「そうか。修道会の指導者は……」 執事「女騎士ですな」 王子「挨拶くらいしなくて良いのか? 顔見知りではないか」 執事「まぁ、向こうは現役の時から思い込んだら 動かない高潔なる気位の持ち主でしたからなぁ。 私も恨みに思われているでしょうな。 いわば裏切り者ですから」 王子「そうか……。すまない」 執事「もったいないお言葉ですな、若」 王子「今年は魔族の動きが鈍い」 執事「おそらく、勇者の噂は真実でしょう」 王子「その勇者を、手を下したわけではないとは云え 死地に追いやったのは我々だ……。 勇者が生還したという情報はないのか?」 執事「ございませんな」 王子「この戦争、終わるわけには行かぬのか」 執事「いま戦争を終えれば、真っ先に消滅するのは 我が国でしょう」 687 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 46 23.82 ID 5kaffl9OP 王子「……」 執事「この冬の国、それをいえばおなじ南部諸王国である 氷の国、白夜の国、鉄の国はそれぞれ気候も厳しく、 充分な食料も取れません。最下層の国々です。 いま現在は魔族との大戦争の前線として 中央大陸全土からの資金援助と食料援助がとどいている。 中央大陸の盾と云えば聞こえは良いですが 詰まるところ走狗になっているに過ぎません。 援助がとどこおれば、人々は全て飢えて死ぬでしょうな」 王子「しかし、それを知らせず、兵をただ消耗させるのは 兵達に対する裏切り行為だ。茶番ではないか」 執事「ええ、茶番ですとも。 しかし茶番をする存在が、王族です」 王子「……戦場で雄々しく散るのは良い。 それは氷海の戦士の直系たる我が血にふさわしい。 だが民を欺き、その命を代価にして生を購うのは……」 執事「若、辛抱ください。 どうか、民を見捨てずにいてください」 689 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 55 15.92 ID 5kaffl9OP ――魔界、紅玉神殿 勇者「……うー。疲れた。だるい。腹減った」 火竜大公「や、やるな。黒騎士よ」 勇者「いい加減タフだな、火竜大公」 火竜大公「……退くわけには、行かぬっ」 勇者「おまえ、十回くらいしっぽも腕も切られてるじゃん」 火竜大公「何度でも生やすまでだ!」 勇者「うぁー。どうすれば良いんだよぅ、この変態」 火竜大公「我が命を絶てば良かろう。 その実力を持っているクセに何を悠長なことをしておる!」 勇者「別に殺したくてやってるわけじゃない。 編成中の軍勢を退かせてくれれば済む話だろう」 火竜大公「それは出来ぬ。火竜の勇士によって 『開門都市』は奪還する必要があるのだ」 勇者「あー。やっぱしそれかよぉ」 691 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 20 58 39.54 ID 5kaffl9OP 火竜大公「貴様もだ! 貴様も魔王様直属の執行官で あるのならば、人間どもに奪われた魔界の都市を 奪い返すのが筋という物であろうにっ!」 勇者「それは云うとおりなんだけどさ」 火竜大公「何を躊躇う。人間を皆殺しにすべきではないかっ!」 勇者「とりあえず、魔王は『開門都市』奪還の命令を 発してはいないんだよ」 火竜大公「魔王がふぬけなのだ! わが竜族から魔王が出ていれば、あのような柔弱な弱腰の 魔王などいただかぬでもすんだろうにっ」 勇者「つまり、魔王に弓引くのか?」 火竜大公「……」 勇者「それは盟約に背くよな。さんざん諸侯が争って 滅亡寸前まで何回も行った魔界が、なんとかやっと つくった協定らしき協定だもんな」 694 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 07 55.39 ID 5kaffl9OP 火竜大公「魔王は『開門都市』奪還の命令を発してはいない」 勇者「うん」 火竜大公「だがしかし、禁止の命令を発したわけでもない」 勇者「あー。気がついちゃってるよ、このおっさん」 火竜大公「諸侯に檄を発して、魔王の名をかたり 『開門都市』奪還を目指すなら、それは盟約に触れようが 我が部族だけで向かうのであれば、 それは王である私の決定だ。 誰に口を挟まれる云われもないっ!」 勇者「俺に勝てればな」 火竜大公「ならば殺すが良いっ! 魔界の溶岩の中で生を受けた火竜大公、逃げも隠れもせんっ!」 勇者「なんかもー。難しいなぁ。 気に入らないヤツ、刃向かうヤツをかたっぱしから ぶっ飛ばせた勇者生活が懐かしい……。 あの頃は殺さないように話をまとめる苦労なんて 全然しなかったぞ……」 697 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 15 45.78 ID 5kaffl9OP 勇者「火竜大公」 火竜大公「何だ、黒騎士」 勇者「では、俺があの街に先乗りをしよう」 火竜大公「……」 勇者「あの街、『開門都市』は 魔族があがめる片目の神の聖地だ。 そこを人間に支配されるのは苦痛だろう。 それは判る。しかしまた、その聖地の守りを忘れ 人間世界を攻めるに酔っていた竜族の罪もあると知れ」 火竜大公「それは……」 勇者「言い訳無用。……人間が憎いのは判るが あの都市は彼らが戦争で奪ったのだ。 争いの勝者は神聖だ。その魔界の不文律を忘れるな。 特にその敗北が油断から成されたのなら、なおさらだ」 火竜大公「……ぐぐ」 701 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 21 37.65 ID 5kaffl9OP 勇者「それに、火竜大公の軍で攻めたところで あの街はこの魔界で唯一人間が暮らす街だ。 たやすく奪還できるとはかぎらない。 精鋭たる聖鍵遠征軍が守っているのだからな。 悪くすれば、火竜の民は全滅だ。 それを望むのか、火竜大公」 火竜大公「そのようなこと、やって見ねば判らぬ!」 勇者「次の春まで時間をくれ」 火竜大公「……」 勇者「黒騎士が、魔王の名にかけて誓おう。 『開門都市』を取り戻し、魔王の直轄地とする」 火竜大公「魔王の、直轄地に!?」 勇者「火竜の一族の関心は誇りだろう? 魔王の軍勢が取り戻し、直轄地になるのであれば 問題なかろう。魔王はその柔弱という評判を払拭できる」 703 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 25 30.11 ID 5kaffl9OP 火竜大公「しかし、もし約束をたがえれば」 勇者「そのときは魔王がまさに弱腰と云うことだろう」 火竜大公「容赦はせぬぞ?」 勇者「ああ、魔王は魔王にふさわしくない。 そのときは魔王の位を譲り渡そう。黒騎士が約束する」 火竜大公「……」 勇者「どうだ?」 火竜大公「よかろう」 勇者「おー! よかった」 火竜大公「おぬしには男気がある! だれか、だれかある 公女を呼んで参れ!」 火竜公女「おとうさま、私はここに」 勇者「えーっと」 火竜大公「約束を見事果たした暁には、この公女を くれてやる! 妻にでも妾にでもするが良い! がはははは」 718 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 34 44.87 ID 5kaffl9OP ――冬越しの村、村はずれの屋敷 魔王「こっ、これでいいかの?」 メイド長「ええ。あらあら、まぁまぁ。見違えましたね」 魔王「何だ、そのコメントは」 メイド長「勇者様がいなくなってから まったくお召し物に頓着なさいませんでしたからね」 魔王「『いなくなって』などと不吉なことを云うな。 ちょっぴり出張しているだけではないか」 メイド長「ええ、もちろん。まおー様が捨てられた 女であるかのような印象を持たれてしまったのならば その誤解、このメイド長一生の不覚ですわ」 魔王「……」 メイド長「今日は綺麗ですよ、まおー様」 魔王「むぅ。釈然としない」 メイド長「とはいっても、交渉事ですからねぇ。 多少は見栄えを良くしないと」 720 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 41 44.31 ID 5kaffl9OP 魔王「それにしても、なんというか」 メイド長「?」 魔王「ちょっとビラビラしすぎではないか? このドレス」 メイド長「素敵ですよ?」 魔王「それに襟ぐりが随分深いような気がする」 メイド長「それくらいがお洒落なんですよ」 魔王「ううう」 メイド長「みっともない駄肉なので恥ずかしいですか?」 魔王「ええーい、うるさい! そ、そんなに駄肉ではない! 女騎士殿もグラマーですとくれたし、みなそういってる。 ちょっぴり母性的なだけではないかっ」 メイド長「人格的母性のない肉を駄肉というのです」 魔王「ううう。今日のメイド長は厳しい」 メイド長「ちょっと気が立ってるんですよ。 警備体制を整える関係で」 魔王「どうなっている?」 722 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 49 36.34 ID 5kaffl9OP メイド長「妖霊と夜精霊を配置しています。 まぁ、軍でも出てこなければ充分でしょうが……」 魔王「心配か?」 メイド長「相手が貴族や軍人ならばともかく、 『同盟』の商人ですからね。その点に関しては まおー様におまかせするしかないわけで」 魔王「信用なさ過ぎだな、わたしなのか」 メイド長「いえ、お手伝いできないことが不安なのです」 魔王「しかたない。これは避けては通れない関門なのだ」 メイド長「せめて勇者様がいてくだされば」 魔王「勇者に役目が渡るとすれば、それは交渉が 失敗した時だからな。そうなったら逃げる段階だ。 だから意味はない」 メイド長「あんまり強がると殿方は不安だそうですよ」 魔王「へ?」 725 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 21 55 31.94 ID 5kaffl9OP メイド長「まぁ、それはいいですわ」ひらひら 魔王「あしらうな」 メイド長「そろそろでしょうか」 メイド妹「お客様を客間にお通ししました~。 いまお姉ちゃんがお茶を入れてます~」 メイド長「語尾を不必要に伸ばさない」 メイド妹「はーい♪」 メイド長「まおー様? 準備はよろしいですか?」 魔王「ああ。このボタンをはめてはダメなのか? メイド長「そのボタンは飾りボタンです。 はめる目的ではありません」 魔王「上から実験用の白衣を羽織るとか! 学者らしく!」 メイド長「お笑い芸人じゃないんですから」 メイド妹「当主様、おっぱい格好いいよ♪」 メイド長「まったくこの娘は。さぁ、まおー様」 魔王「ああ、しかたない。出陣だ!」 727 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/05(土) 22 02 32.75 ID 5kaffl9OP ――冬越しの村、客間 かちゃり 青年商人「やぁ、これは!」 辣腕会計「ほほう」 魔王「お待たせして済まないな。私がこの館の当主 といっても無位無冠の学士だ。紅の学士と呼んでくれ」 青年商人「はじめまして。私は『同盟』の南氷海西方を 担当しております青年商人です」 辣腕会計「今回のご挨拶に同行させていただいた 会計でございます。以後、お見知りおきを」 魔王「いや、ご丁寧なご挨拶、痛みいる」 青年商人「正直驚きが隠せません! 学士にして発明家 農業への造詣も深いとのことで、 言葉は悪いですが、ご高齢の老師かと想像していたのですが こんなに麗しいご婦人にお目にかかる事ができるとは!」 ページトップへ <前1-3へ|次1-5へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/79.html
<前13-6へ|次13-8へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」13-7 670 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 25 28.53 ID KvXPKcsP 魔王「でも。……それでも、次に行きたいのだ」 光の精霊「え……? 必要だって」 魔王「必要だったのだ。しかし、今や進むべき時が来た。 時を止めていたこの世界に、進むべき時が来た」 光の精霊「あ、え……。その……」 魔王「今、もう一度この言葉を言おう。 “それは出会いの一つの形だったのだ”と。 そして世界には “いつか不必要になるために必要なモノ”があるのだ、と。 それはあるいは子供の外套のように、だ。 それがなければ私たちは成長することが出来ない。 冬の雪にやられて死んでしまうひ弱な存在に 過ぎなかった私たちは、その外套に守られて過ごした。 でも、やがていつの日か、この今日にでも。 その外套を脱ぎ捨てなければならない日は来る」 光の精霊「……ダメですか」 魔王「ダメではない。無駄でもない。 ありがたくないわけがない。あなたは、わたし達の救い主だ。 でも、時が過ぎた。過ぎなければならないのだ」 光の精霊「あ……う……」 魔王「わたしは魔法使いとは違う。 あなたが間違っていたとは思わない。 あなたの罪だと断罪するつもりはない。 大災厄から私たちの祖先を救ってくれたあなたには 億千万の感謝の言葉を費やしても足りると云うことがない。 ……でもね」 ぎゅっ 光の精霊「あっ」 魔王「終わりが来たんだ」 671 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 34 31.51 ID KvXPKcsP 光の精霊「うっ……。うっ……」 勇者「悪いな。そのぅ……なんのことだか判らないけれど 思い出してやることが出来なくてさ」 魔王(それはおそらく……) 光の精霊「いえ、良いんです……」 魔王(最初の勇者の記憶。 炎の娘と恋に落ちた…… 大地の精霊と人間の娘の間に生まれた少年。 黒髪をもち、不死鳥にまたがった ――自由の魂を持つ少年の記憶) 光の精霊「やっぱり。ダメでした……。 竜王の時も死導の時も。憎魔の時さえも。 結局は思い出してはくれなかった。 それでも……良いです。 彼を裏切ったわたしには、 あなたに何かを要求する権利なんて 最初から何一つ有りはしないのだから……」 勇者「そうかなー」 魔王「そんなことはない」 光の精霊「え?」 勇者「裏切ってなんかいないだろう」 魔王「まったくだ」 光の精霊「え? え?」 勇者「まぁ。光の精霊は少しとろいからなぁ」 魔王「そんな感じだ。それにしたって、長すぎる誤解だ」 675 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 40 24.23 ID KvXPKcsP 光の精霊「だって、そんな……。 わたしは彼に誘われていたのに結局は彼を選べなかった。 ……彼をあんなにも迫害をした精霊五家を守るために、 この身を犠牲にしてまで御子の勤めに準じた……。 彼の持つ自由の風にあんなにも惹かれていたのに、 あの不死鳥の背にまたがって世界の果てを目指すことを 夢見ていたのに、それなのに、やっぱりわたしは 彼の手を取ることが出来なかったんです。 彼の手を振り払って、わたしは光の精霊になった。 彼の誘いを裏切ったから……。 わたしは世界を選んだから。 そんなわたしが出来る事なんて、 世界を守り続けることしかないのに。 ……それだけがわたしの存在理由なのに」 魔王「それで、そのぅ……“彼”の転生を待ち続けているのか。 乙女心としては判らないでもない。 というか、共感も出来るが。 それは、やはり相当に誤解だと思うぞ?」 勇者「そうだそうだ。精霊がそこまでメロメロってことは その彼は相当にカッコイーやつだったんだろうが、 そう言う点はあんまり重要じゃないんだぞ」 魔王(何を寝ぼけているのだ、勇者。 “彼”の容姿なんて、勇者にそっくりに 決まっているではないかっ。気がつけ、阿呆) 光の精霊「……うう」 勇者「ただ単に、手分けしただけだろじゃねーか」 魔王「最初の勇者が、世界を救うのに躊躇ったとでも?」 勇者「それともそいつは世界の危機に力を尽くさないほど 根性曲がってたのかよ。自分を虐めたやつらだから 死んじまえってほど了見狭かったのか?」 魔王「他人のために手を差し出すことを躊躇うような男に 精霊殿が恋をしていたとは考えがたいな。 もしそのような男だったら、そもそもこんなにも 苦しまなかったのではないか?」 光の精霊「え……?」 勇者「そいつはきっと思ってるぜ。 “ああ、俺の好きになった女は格好良いやつだ”って」 魔王「格好良いと云われて純粋に喜ばしいかと云えば 乙女としてはなんとも微妙だが、 それでも為すべきを為さないような存在であるよりも 何倍も何倍も良いだろう」 676 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 43 01.30 ID KvXPKcsP 光の精霊「あ。あ……」 勇者「そいつだって、事が終わって二人っきりになったら “あのときはすげぇ頑張ってたな。惚れ直した” って云おうと思ってたんだよ。 そのぅ……まだその機会が来てないだけでさ」 魔王「きっと“彼”だとて、その不死鳥の背と 両手で、少なくはない人々を救っていたはずだ。 自分の恋した少女が命をかけて世界のために 戦っている時に、奮い立たないわけがない」 勇者「そーだそーだ! 魔王の云うとおりだぜ!」 魔王「な? 勇者。そうだろう?」 勇者「ったりまえだっての。 世界を救いたいから勇者なんだぜ? 勇者だから世界を救うわけでもないし、 世界を救うから勇者でもない。 救いたいと強く希ったら勇者なんだ。 あんたの彼氏は、勇者だったさ」 魔王「……だ、そうだ。 少なくとも“彼の魂”はそう言っているぞ?」 光の精霊「……あ。うくっ……」 勇者「?」 魔王「それから、“あなたの魂”はこう言うだろう。 “もう、罪悪感は捨て去る”と。 勇者と再び出会うために この世に闇と戦乱を振りまくのは、止めると。 裏切ったという自責の念に堪えかねて、 勇者の魂を求めて赤子のように涙を流すのは止めると。 ……わたしだから云えるんだ。 勇者と初めて手を取り合ったわたしだから。 あなたの苦しみは魔王の魂を歪めてしまったけれど その歪みでさえ乗り切ることが出来るって」 677 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 44 10.03 ID KvXPKcsP 勇者「へ?」 魔王「約束する。涙を拭って欲しい。 わたしは幸せなんだ。 ……あなたの娘とも云える魔王として 初めて幸せになったのがわたしだ」 光の精霊「……はい」 勇者「良く判らないけれどさ。 俺と魔王だって出会って色々あったけれど、 喧嘩は止めて旅を出来たんだ。 最初から恋人同士だった精霊とその彼だったら 裏切るとか裏切らないとかさ、 そんなの無かったんだと思うぜ」 魔王(わたしと勇者だから、説得できる――か。 理屈も論理展開も根拠も、何もかも判っていないくせに。 勇者は正解だけは判るんだな) 光の精霊「……はい」 勇者「うわぁ。良かったよ、判ってくれたよ」 魔王「色々思う所はあるぞ。勇者は鈍すぎだ。 それでは四方の相手が報われないこと甚だしい」 光の精霊「願いを……」 勇者「ん?」 光の精霊「願いはありますか? 勇者。そして魔王。 永久に続くこの循環からの開放。 それはわたしにとっては未だ喜びよりも 不安と寂しさのもとですが、 それでもカリクティスの娘として、あなたたちを祝福したい。 ……かつては結ばれなかった私たちの未来として。 希望と羨望を込めて。自分自身の業が無意味でなかったと せめてものよすがとして」 勇者「あー。……そか。んっと」 魔王「勇者は、もう決めてるんだろう?」 勇者「うん。いいのかな」 魔王「そうしなければ、おそらく終わらない。 それに、もう世界は変わったんだ。 私たちがどうしようと、この世界は沢山の勇者と魔王がいる」 光の精霊「沢山の?」 678 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 46 17.91 ID KvXPKcsP 勇者「もともと精霊の願いから生まれたモノだったんだろう?」 魔王「世界にいる人間も魔族も、全ては精霊の子だからな。 その中から無数の勇者や魔王が現れてもおかしくはない。 いや、本来はそうであるべきだったんだ。 ……望めば誰もが勇者にも魔王にもなれる。 それは無敵の戦闘能力や無限の魔力はもっていないが でも、そんなことは重要じゃない。 大事なのは、世界を変える力を 誰だって持っているって云うことだ。 もし本当に“絶対やり遂げる”と決心さえすれば 人間も魔族も、無限の明日を持っているはずだ」 光の精霊「はい」 勇者「精霊がさ。名家の生まれだから、 炎の娘だったから、巫女だったから……。 そんな理由で世界を救う生け贄になったんじゃないのと一緒だ。 きっとそのときだって“絶対に救う”って決心したやつが 他にいれば、そいつであったとしてもどうにかなったんだ」 魔王「わたしたちの願いは叶っている」 勇者「うん。見たい景色は自分たちで見た。 欲しかった世界は、直ぐそこまで来ている」 魔王「世界は私たちがいなくても、 “絶対この世界を救う”と思う勇者や魔王がいるし そんな勇者は今後も生まれてくるだろう。 だれもが勇者になれる自由な世界になったんだ」 勇者「きっと、新しい作物を発見したり、 新しい鉄の作り方を考えたり、 開拓村で一杯開墾したりする勇者が生まれるんだぜ?」にやにや 魔王「それに、麦や塩を売り買いしてお金持ちになる魔王や、 星の動きを記録して遠い距離の旅を 考えつく魔王も生まれる」 にこり 勇者「そりゃやっぱり“絶対世界を滅ぼしてやる”っていう そういう勇者も生まれるかも知れないけれどさ」 魔王「確率論的に、それは正義の魔王によって阻まれるだろう。 そういう世界になればよいと願っている限り 世界はそうなるはずだ」 679 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 48 38.44 ID KvXPKcsP 勇者「学者とか云って、魔王の云ってる言葉だって 楽天的な希望論じゃないか。 人のことを馬鹿みたいに云ってるくせに」 魔王「経済というのは人々の希望と予測で動いているのだ。 大多数の人々が“景気は良くなる”と信じることで 実際に景気が良くなるように、多くの人が平和を 強く望めば平和な世界がやってくる」 光の精霊「お二人は強いのですね……」 魔王「そうじゃない。もし仮にそうだとすれば ……精霊と彼も強かった、ということだと思う」 光の精霊「はい」 勇者「俺たちの願いは叶ってるんだ」 魔王「うん」 勇者「だから、俺たちの願いは……。 精霊の救済だ。 光の精霊は、いつでも困ったような、 ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。 今まで一杯助けてもらった。ありがと」 魔王「うん。だから、救われて欲しい。もう、泣かないで」 光の精霊「え……」 勇者「ほら」 魔王「うん」 光の精霊「え? え?」 勇者「見えるよ。あんなに大きな」 魔王「不死鳥がやってきている」 681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 01 56 56.86 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 開門都市庁舎 火竜公女「……黒騎士殿はまだみつからぬのかや?」 東の砦長「ああ、どうやら戦場に墜落したらしいんだが」 青年商人「魔王殿も行方不明です」 冬寂王「……それに執事と女騎士も連絡が取れぬ」 軍人子弟「師匠……」 鉄国少尉「何かあったのでしょうか」 火竜公女「おそらくは。しかし何が……」 青年商人「敵がいたのでしょうね」 冬寂王「敵、とは?」 青年商人「論理的に考えれば、勇者一行の力を持って 初めて倒せるような、強大な敵が居たのでしょう。 その敵と戦うために、勇者達は姿を消したのかと」 鉄腕王「それは魔王じゃないのか?」 火竜公女「魔王殿は弱いからなぁ」 東の砦長「勇者と魔王は戦わねぇよ、絶対にな」 青年商人「ええ、それはそうでしょう」 冬寂王「良く判らぬな」 軍人子弟「すこしだけわかる様な気がするでござる」 東の砦長「……ほう」 青年商人「どういう事です?」 軍人子弟「お二人とお仲間は、拙者達ではどうにもならぬものと 戦いに赴いたでござるよ。目に見えぬ、手では触れぬ敵と。 それは、おそらく……。曖昧模糊としているのに頑強で 与しやすいのに絶対的で、誰の前にでも現れるのに 誰も勝つことが出来ないようなモノ」 鉄国少尉「なんです、それは?」 683 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 00 45.44 ID KvXPKcsP 軍人子弟「誰かの胸の痛み。後悔、とか」 鉄国少尉「?」 火竜公女「後悔……ですかや?」 青年商人「……」 冬寂王「我らと同じではないか。 我らは未来の後悔をなくすためにいまを戦わねばならない」 火竜公女「まことに」 青年商人「……目の前の問題をかたずけましょう。 まずは、講和をしなければなりません。 講和条約の作成が一つの山場でしょう。 遠征軍は魔界に対して一方的な侵略を仕掛けてきた。 これは紛れもない事実です。 それ相応の賠償を要求せねば魔界側も納得しない。 しかし、追い詰めすぎては講話の前提が崩れる」 冬寂王「そうだな」 軍人子弟「双方の顔を立てるとなると至難でござる」 青年商人「実は魔界には一つ、族長の決まっていない 難民同然の氏族がありましてね。領地も支配者も浮いている」 火竜公女「っ!? 蒼魔族の? あれを使うのかやっ!?」 青年商人「あそこの開発や発展を、人間界にやらせましょう。 もちろん人材や資金は全てあちら持ちです。 戦争の結果ですから、復興責任は向こうにあります。 しかし、復興責任とは云っても、魔界との貿易で人間界も潤う。 向こうにとっても損な話ではない。 後は謝罪と、賠償金を組み合わせて、 落としどころを模索すればかまわないでしょう。 場合によっては極光島が話の俎上に上がるかも知れませんが」 冬寂王「それは予想している」 ガタンッ! 庁舎職員「み、皆様っ! 窓をっ!!」 684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 02 18.30 ID KvXPKcsP 鉄腕王「はン? 窓?」 軍人子弟「何が起きたのでござる?」 ぱたんっ 火竜公女「あれはっ」 東の砦長「あれは、なんだ?」 冬寂王「なんと美しい。……あれは魔界の鳥なのか?」 きらきらきら、きらきらきら…… 火竜公女「いいえ、あのようなモノは魔界でも見ませぬ」 東の砦長「どれだけ大きいんだ。小屋くらいあるのか」 軍人子弟「いいや、あれは随分高くを舞っているでござる。 小さく見積もっても、この庁舎ほどあるかと……」 鉄国少尉「金と虹色に輝いて。なんて綺麗な鳥なんだろう」 火竜公女「……光の塔が消える」 東の砦長「ああ……」 青年商人「あの塔も、鳥も。あるいは勇者の行方と関係が」 冬寂王「あるのかもしれぬ」 軍人子弟「だとすれば、それはきっと師匠達が 戦って勝ち得たものでござるよ」 火竜公女「そうなのかや?」 軍人子弟「あんなに雄大で美しいものが、 悪い結果の産物であるはずがござらん」 火竜公女「皆も見ているのであるかや……」 東の砦長「みんなも?」 冬寂王「ああ。こんな素晴らしいものは、 全ての国の人々も見れればよいのに……」 686 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 10 52.33 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 開門都市城門 光の少年兵「これ、ですか?」 魔族娘「そうそう。煮立たせて」 人間作業員「おーい! 鍋が出来たぞぅ」 巨人作業員「おお……」 義勇軍兵「ほれ。人間の兵隊さんも食えよ」 光の槍兵「でも……」 義勇軍兵「遠慮すんなよ。どっちも多くの犠牲は 出なかったんだ。この防壁のお陰でな」 ぽろろん……♪ ぽろろん……♪ 土木子弟「お帰り」 奏楽子弟「た、ただいまっ」 土木子弟「なんか、こう! き、緊張するな」 奏楽子弟「うん……。あははっ」 光の少年兵「え? ちがいますか? こうですか」 魔族娘「ちがくて、んと。赤い実を入れるの」 人間作業員「そりゃ辛すぎだろう?」 巨人作業員「……辛いと、美味しい」 光の少年兵「で、出来ましたっ」 土木子弟「へへん。聞こえてたぞ、歌」 奏楽子弟「うんっ。聞こえてたか。あははっ」 土木子弟「なんか上手くなったな。 いや、上手くなった訳じゃないかもしれないけれど 聞いてて無性に泣けてきた……」 奏楽子弟「そか」 土木子弟「苦労したか? 世界は見れたか?」 奏楽子弟「うん。見たよ。聞いたよ!! それに感じた。 すごいよ。広くて、その広い世界に、沢山の氏族が住んでるよ。 人間も、わたし達も。変わらない。 嬉しいと笑うし、悲しいと泣く。大事なものがあって 避けたい不幸があって、理不尽で、必死に生きている。 それでも……。 世界は――綺麗だったよ」 687 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 12 46.75 ID KvXPKcsP 光の少年兵「ど、どうぞ……」 人間作業員「おー。それでいーんだ」 光の少年兵「はい……」 おずおず 巨人作業員「偉そうだ……」 竜族兵士「温かい……。戦は、終わるな」 奏楽子弟「わたしも、橋を通ったよ。 人間の遠征軍に紛れて帰ってきたんだ。 人間の世界には飢餓がある。 彼らは、ほんのちょっぴりの食料をもらうために こんな世界の果てまでやってきたんだ」 土木子弟「聞いた。……なんだか切ないな」 奏楽子弟「帰ってきて驚いたよ。橋も、この防壁も!」 土木子弟「ぼろぼろになっちゃったけれどな」 奏楽子弟「でも、立派だったよ。 この防壁がなければ魔界の民は沢山殺されてたし、 人間も沢山死んでいたはずだもの。 この防壁が、最悪の戦を防いでくれたよ。 こんなに穴だらけになっても、守ってくれた」 土木子弟「面目ない」 奏楽子弟「格好良かったよ!」 土木子弟「あ、うん……。その、ありがとな」 そぉっ 奏楽子弟「あ」 土木子弟「へ?」 奏楽子弟「鳥……だ」 光の少年兵「え?」 きょろきょろ 魔族娘「綺麗……」 竜族兵士「あれは、不死鳥!」 土木子弟「すごいな……!」 奏楽子弟「うん。世界は――すごいところだよ。 遠くまで行って、不思議なものも。 綺麗なものも。恐ろしいものも。沢山、見てきた。 見て来ちゃったよ……」 土木子弟「――お帰り。長い旅から」 奏楽子弟「ただいま。やっぱりここが、落ち着くや。 土木子弟は、変わらないね。……ありがとう。 待っていてくれて、ありがとう」 ぎゅっぅ 688 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 15 15.81 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 開門都市近郊 王弟元帥「了解した」 参謀軍師「では引き続いて陣備えの報告を申し上げます。 中軍二万八千は5里後退して設営中。 食料は現在のところ南部連合から供給される小麦を中心に 一端の安定状態を保っております。 周辺からの狩りにて肉類を補充したいとの要望も出ておりますが」 聖王国将官「ですな」 王弟元帥「異境の地だ。何があるか判らん。 現地の魔族からの買い取りを優先させろ」 参謀軍師「魔族、ですか?」 聖王国将官「出来るのですか? こんな地で」 王弟元帥「開門都市に使者を出して詳しい担当を派遣してもらえ。 狩りをするにしても、周辺の森はどこの氏族の領地かも判らん。 この時期不用なトラブルは避けたい」 生き残り傭兵「ああー。いいす、いいす。 機怪族の狩人やら商人を派遣しますから」 貴族子弟「そうですね」 メイド姉「そうしましょう」 にこっ 参謀軍師「閣下」 王弟元帥「なんだ?」 参謀軍師「なんでこのようなごろつきどもが、 我が遠征軍の最高会議に出席しているのですか?」 器用な少年「ごろつきだってさ! おれごろつきだって!!」 貴族子弟「ホームレス少年から格上げですね!」 メイド姉「出世ですよ、これは」にこにこ 689 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 17 36.39 ID KvXPKcsP 参謀軍師「ええい、ちゃかすな!」 王弟元帥「堪えよ」 参謀軍師「っく!」 聖王国将官「しかし、魔界に詳しいのは現実ですし。 得体の知れないコネも持っていますし。 ……こうして何かと世話はしてくれているわけですし。 わたしだってこんなのと同席は腹が立ちますが」 生き残り傭兵「俺たちは何でもしないと生き残れないからな」 器用な少年「生き汚いと呼んでくれよ、おっさん!」 貴族子弟「それは褒め言葉じゃないんですよ? 少年」 器用な少年「いたたたっ! 耳っ! ちぎれるっ!」 貴族子弟「事は全てエレガントに。です」 メイド姉「ふふふっ」 参謀軍師「このような者たちの存在は軍の規律に影響を 与えずにはおきません。悪影響ですっ! そもそも講和も成っては居ないこの状況です。 せめて軍気からは放逐してください。閣下!」 メイド姉「でも、大主教様は行方不明なのでしょう? であれば、聖骸をもってきた精霊の使いの娘は しばらく王弟閣下のもとにいたほうが、 都合が良くはありませんか?」 参謀軍師「それは……っ」 メイド姉「それに、軍としては悪影響でも構いません。 だって遠征軍自体はここでお終いにして頂きたいんですから。 “巡礼者の群”に取って悪影響でないのなら わたし達にとっては好都合。むしろ渡りに船です」 生き残り傭兵「姐さん、ぱねぇな。ほんと」 聖王国将官(たしかに、光の子の中でも 日に日にこの娘に感化されるものが増えているが……) 貴族子弟「見かけより遙かにタフですよね」 メイド姉「元々メイドですからね。 朝から晩まで働くのは得意なんです。 料理は妹に譲りますが掃除や洗濯、 けが人の世話は得意なんですよ。書類仕事もね」 691 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 18 05.80 ID KvXPKcsP 王弟元帥「時には耐える戦もあるさ」 参謀軍師「閣下……」 王弟元帥「聖王国も、中央の国家群も今回の遠征では 多くを失った。資金も、資材も、時も、人材もだ。 勝てない以上、堪え忍ぶしか無かろう」 生き残り傭兵「勝手な言いぐさを。 南部の国々や魔族が何も失わなかったとでも思っているのか。 上から目線で気にくわないぜ」 器用な少年「ったくだっ!」 貴族子弟「まぁまぁ」 メイド姉「ええ。王弟閣下は判ってくださいますよ」 王弟元帥「お前達も、いつ我が利用するかも知れぬと 用心に用心を重ねておくことだな」 メイド姉「利用して頂けるのを待っているんです。 こちらは利用させて頂いているんですから、心苦しいですよ。 いつでもご利用くださいね」 にこにこ ばさっ! 聖王国騎士「閣下! 空に、巨大な鳥がッ!」 王弟元帥「鳥だと?」 参謀軍師「何が起きたのです」 ざわざわ……ざわざわ…… 聖王国将官「あれは……」 692 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 19 25.59 ID KvXPKcsP 斥候兵「鳥だって?」 光の銃兵「ああ、鳥だ。見ろ! あんなにキラキラして」 光の槍兵「綺麗だ……」 カノーネ部隊長「あれは精霊様の使いなのか……」 カノーネ兵「うっわぁ、こんな物が見えるだなんて」 器用な少年「すっげぇなぁ!! おい!」 貴族子弟「これはなんと麗しい……」 メイド姉「……さま」 王弟元帥「これが魔界の鳥なのか」 参謀軍師「このようなことは初めてですな」 メイド姉「当主、さま? ……勇者、さま?」 ぽろっ 王弟元帥「ん?」 参謀軍師「どうしたのですか?」 器用な少年「お、おい! 姉ちゃん! なんでだよっ。 泣き出すなんて、腹でも痛くしたかっ? 泣かないでくれよ」 貴族子弟「メイド姉……」 メイド姉「いえ、違います。そうじゃなくて」 ぽろぽろ 王弟元帥「……学士よ」 メイド姉「なんだか、胸がいっぱいで。 なんででしょうか。急に沢山のことを思い出してしまって」 貴族子弟「……」 メイド姉「懐かしくて切なくて、嬉しいような悲しいような。 随分遠くへ来てしまったのに、ふるさとに帰ってきたような。 会いたい人が沢山いて、行きたいところが沢山あるのに……。 ひとりぼっちなのが誇らしいような……。 先生。……先生は、お元気ですか? 当主様、勇者様……。妹……。わたしは、ここにいますよ?」 695 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 29 19.30 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 魔界の荒野 副官「そうか! 遠征軍が休戦をっ!」 獣人武将「おお!」 獣人兵「か、勝ったのか!? 俺たちはっ」 遠征軍捕虜「……」 遠征軍士官「肩を落とすな。仕方あるまい」 副官「はい。戦争は終わるんです」 遠征軍捕虜「終わる、のか」 遠征軍士官「俺たちは裏切り者だ」 獣人武将「裏切り? 人間の考えることは小難しくて判らないな」 獣人兵「そうだぞ。力を合わせなければ、魔物に殺されていた。 助け合ったら、戦争が終わっていただけだ」 副官「その通りです」 獣人武将「俺たちの族長だって、そのくらい許してくれるさ」 獣人兵「銀虎公……。族長の魂に栄光有れ!!」 遠征軍捕虜「やはり、無謀な戦だったんだ」 遠征軍士官「そうだな。こんなところまで来て。 俺たちは何をしてたんだろう。何を求めていたんだろう」 副官「斥候の報告はっ?」 斥候「はっ! 西方4里に大型の魔物の痕跡はありません!」 獣人武将「移動しますか、司令官殿」 獣人兵「おう!」 696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 32 35.85 ID KvXPKcsP 遠征軍捕虜「俺たちは、どうすればいい?」 遠征軍士官「……処刑か? せめて捕虜達は」 副官「馬鹿を云わないでください。これ以上血を流しては きっと……わたしの大将だって怒りますよ。 戦争が終わるのならば、生きて帰る努力をしてください」 遠征軍捕虜「生きて……帰る?」 遠征軍士官「帰れるのか、俺たちは……?」 副官「わたしには保証できませんが、 とりあえず開門都市に向かいましょう。 停戦と云うことは、おそらく何らかの交渉に入ったはずです」 獣人武将「まずは生き残ること。武勲はその次だ。 武勲ばかり焦るのは真の武人とは云えぬ。 大将だってそう言っていた」 獣人兵「命を掛けるのは、武人の誇りと主君を 守るためだけでよい……なんてなぁ! ああ、そうさ。俺たちの大将はそうやって死んじまったが そりゃぁ、みごとな最期だったんだぜ?」 遠征軍捕虜「……」 遠征軍士官「すまん、感謝する」 きらきらきらきら…… 副官「え」 獣人武将「あ。あれはっ」 遠征軍捕虜「鳥?」 遠征軍士官「なんて神々しい……」 副官「……」 獣人武将「大将」 遠征軍士官「帰りたいな……」 遠征軍捕虜「……帰って、これのことを話したい」 遠征軍士官「ああ……。妻に、子に。 この美しい鳥について話したいよ……」 697 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 35 46.25 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 大空洞 こぉぉん……こぉぉん…… 鬼呼の旅人「もう一息で峠を越えるぞ」 人間の商人「ああ、任せておけ!」 こぉぉん……こぉぉん…… 鬼呼の旅人「しかし、売れるのかね、楽器なんて」 人間の商人「これは上物だ。聖都の職人が作った三弦琴だぞ? もちろん売れるさ。なんとか売りたいんだ」 鬼呼の旅人「だって戦争をしているって云うじゃないか」 こぉぉん……こぉぉん…… 人間の商人「いつまでも続く戦争なんて有るものか。 戦争をやってたからこそ、音楽の一つも恋しくなる。 乾けば水が欲しくなるようにさ。 だからこういうのは切らしちゃダメなんだ。 文化が無くっちゃ平和になんかなりゃしない。 そいつがおいらの商人としての……」 鬼呼の旅人「どうした?」 ばぁっさっ! ばぁっさっ! ばぁっさっ! 人間の商人「っ!?」 鬼呼の旅人「な、なななっ!! 人間の商人「黄金の羽ね……っ!」 鬼呼の旅人「なんて立派な鳥なんだっ!」 702 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 47 21.49 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 冬の国、冬越し村 小さな村人「ほーぅい! ほぅい!」 中年の村人「寒いねぇ」 鋳掛け職人「まったくだぁよ」 小さな村人「今年の冬は、それでもすこぅし楽かもなや」 中年の村人「そうかもなぁ。年越したらわかんねけんども。 馬鈴薯一杯とれたから、うちは本当に良かった」 鋳掛け職人「冬籠もりの準備は終わったけぇ?」 小さな村人「ああ、うちも今年はよくがんばっただぁよ」 中年の村人「ベーコンは美味しくできただよぉ。 カブも沢山あるだ。これで冬の間に、豚っ子が子供を産んで、 春にはまた森に放してやれるだぁよ」 鋳掛け職人「人が増えたのか、農具の修理の仕事が 沢山たまっているだ。冬の間に幾つか新しいのを作って 春になったら売ってみようかと思うんだよ」 小さな村人「そりゃいいねぇ! 本当に良いことだ!」 メイド妹「こんにちはーっ!」 ぶんぶんっ 商人子弟「こんにちは、精が出ますね」 従僕「こんにちはですっ」 ぱたぱた 中年の村人「ああ、これはお屋敷のお嬢さんでないかい」 鋳掛け職人「それに……?」 商人子弟「ああ、わたしはお城勤めの役人なんですよ」 従僕「はいです!」 中年の村人「あんれまぁ! ああ、そうだそうだ! お前さんは、あの屋敷で、しばらく住んでらっしゃった 坊っちゃんでないかい?」 鋳掛け職人「そう言えば、見たことがあるような」 703 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 49 55.08 ID KvXPKcsP メイド妹「そうだよぉ。今度はね、この村にも 冬の間のお仕事が作れるか、見に来たんだよ」 商人子弟 にこにこ 中年の村人「冬の間の?」 商人子弟「冬の間、開拓民の皆さんは、農作業が出来ませんよね。 その間に頼める仕事がないかと思いまして」 鋳掛け職人「俺っちは鋳掛けやなんだけど。 それは、工房での仕事みたいなものなのかい?」 小さな村人「なんだいね、その仕事というのは?」 メイド妹「うーん。なんだっけ?」 商人子弟「幾つか話はあるので、詳しくは村長さんとも 相談してから決めさせて頂くことになるかと思うのですが 羽毛いりの服の縫製や、紡績を考えているんですよ」 従僕「です♪」 中年の村人「紡績ってなんだい?」 メイド妹「織物だよ?」 商人子弟「はい」 中年の村人「ああ! それなら、家の中でも出来るだぁね。 でもそれは難しくはないんかい? 俺たちはそんなに難しいことは出来ないんだよ。 ははは。土よ豚っ子の相手ばかりしてるから」 メイド妹「女の子でも、お年寄りでも出来るようにするんだって」 商人子弟「ええ。詳しいことは温かいところでお話ししますよ」 中年の村人「おお! そういやそうだ。 村長さんのところに案内するだぁよ。 おらぁ、スモモの樽を届けるんだった」 鋳掛け職人「ああ、頼んだよぉ。おいらも鍬を届けなきゃ」 705 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 02 54 53.98 ID KvXPKcsP メイド妹「ん~♪」 商人子弟「どうしました」 中年の村人「ああ、判るでよ」にこり メイド妹「良ぃ~匂い♪ パイだぁ」 商人子弟「ほう!」 従僕「はうはう!」 中年の村人「酒場で焼いているんだよ。 脂ののった鱒をパイに包んでこんがり焼いて、 輪切りにして出すんだ。美味しいよぉ」 メイド妹「輪切り? うわぁ。知らない料理だ!」 中年の村人「お嬢に習ってから、工夫したって云っていたよ。 バターのソースを掛けてあるんだよ。 ちょっと高いけれど、村の連中の一番のご馳走だぁよ」 鋳掛け職人「んだんだ」 メイド妹「食べたいなぁ! 食べたいなぁ~」 きらきら 商人子弟「はははは。判りましたよ、そんな眼で見ないでください」 従僕「ふふふっ。僕も食べるのですっ」 中年の村人「今年の冬も豊作だったから、酒場も繁盛して ――え、あ。ああっ!」 鋳掛け職人「なんだってんだいまったく……あ」 きらきらきらきらきら…… メイド妹「綺麗っ!」 商人子弟「これはっ……」 従僕「おっきな鳥ですっ! すごぉい!!」 メイド妹「すごい、すごい、すごいよぉ! ね、見てみて! お姉ちゃんあれす」 商人子弟「――」 メイド妹「……って。えへへ。お姉ちゃんは居ないんだった」 商人子弟「大丈夫。彼女もどこかで見ていますよ」 ぽむん メイド妹「うんっ。……すごいねぇ、綺麗だねぇ。 精霊様のお使いみたいだねぇ……。 なんて云う鳥なんだろう。 ああ、お姉ちゃんが無事でありますように」 709 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/11/22(日) 03 05 53.85 ID KvXPKcsP ――おおぞらをとぶ 赤馬の国、交易市場 きらきらきらきら…… 交易商人「なんだ? なんて綺麗なんだっ!」 開拓民「ありゃぁ、すごい!」 遊牧の男「精霊様の御使いなのか……?」 羊飼いの女「精霊様……」 交易商人「飛んでいく。……北のほうに飛んでいくな」 開拓民「雄々しくて、美しくて……すごいものを見ちまった」 遊牧の男「……」 ヒツジ「めぇええええ……」 羊飼いの女「あ。ごめん、ごめん! 寒かったよね」 交易商人「ははははっ! いやぁ、とんでもないものを見たぞ。 あはははっ! 今日はもう商売はやめだっ! 飲みに行く。 さぁさ、皆さん寄っといで! ここにあるのは元祖冬の国の馬鈴薯だ!! なんと一袋が金貨5枚!! 小麦だったら20枚するこのご時世に金貨5枚! 儲けは無しの大特価! あんなすごいものを見たんだ。 そこの兄さんも姉さんも買っていきな。 それであたしと、酒の一杯でも飲もうじゃないか!」 開拓民「あははは、そりゃいい!」 羊飼いの女「そ、その。えっと。このおチビちゃんとじゃ、 ダメですか? この子です」 交易商人「ああ、いいよ。それじゃぁ、二袋持ってお行き」 開拓民「太っ腹だね!」 遊牧の男「俺にも一袋くれ」 交易商人「ははは、そうさ。あたしらは験を担ぐんだ。 あの大きな鳥は、きっと商売の守護精霊に違いないよ! さぁさ、よっておゆき! 冬の国の馬鈴薯だよ! 甘くて美味しい、ほっくほくの馬鈴薯だよ!! 買ってお行き! 今日は精霊に捧げる大特価だ!!」 ページトップへ <前13-6へ|次13-8へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/24.html
<前3-1へ|次3-3へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」3-2 392 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 23 15.26 ID CkBATQ0gP 司令官「ちがうのだ! 居並ぶ王国重鎮の方々! 聖なる光の精霊教会の方々! 我は決して決して 王国を裏切ったわけではないっ!」 軍閥貴族「何を言う! あの開門都市を落とすのにどれだけ 血が流れたか判っているのかっ!」 富裕貴族「二年ですぞ! 二年の準備期間と、多額の戦費。 それこそこの大陸を搾り取るように作った戦費を浪費した あの第2回遠征の全てを、貴公は無にされた!」 司教「魔界を光の教えに導くのが精霊様のご意志だったのです。 あなたは教会信徒9500万人の願いと希望を侮辱なされた」 司令官「違うっ! そ、そ、そうだ! わ、われは逃げたわけでは無い。 そっ、そうだ。援軍に向かったまで! 我は決して逃げてなど」 軍閥貴族「黙れ、怯懦の輩がっ!」 司令官「あのとき、開門都市は恐ろしい敵の攻撃に 晒されていたのだっ。戦略上の決断は司令官の権限だっ」 軍閥貴族「ふんっ」 司教「ではどのような敵だというのです」 396 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 29 51.24 ID CkBATQ0gP 司令官「そ、それは……水と、炎と……影と、死の魔物……」 軍閥貴族「見たのか?」 司令官「姿を見ることが出来るような相手ではないのだっ。 夜陰の乗じた卑怯な奇襲が繰り返され、我が部下達は次々と 倒れていった! け、警備体制は崩壊し、士気は減衰。 と、とても統治を維持できるような状態ではなかったっ。 そ、そうだ! 反乱だ! 反乱も起きたっ!」 軍閥貴族「ほほう」 司令官「魔族どもが反乱を起こしたのだ。 我ら一万の将兵は死力を尽くして戦った。 戦って戦って戦い抜いた! 我が剣は血糊と刃こぼれで使い物にならなくなったのだ! あれはまさに死線だった。我らは九死に一生を得て帰ったのだ。 我は、精霊より預かった、聖王国の宝とも云える 遠征軍を失わずに連れ帰ろうとしただけだっ!!」 軍閥貴族「あははは」 富裕貴族「くくく、はははは」 司令官「笑うなっ! な、何がおかしい!?」 軍閥貴族「開門都市に駐留していた軍は約9000。 その九千が千も減らずに極光島沖に現れたという。 それだけの軍勢を温存しうる死線とはどのようなものか。 貴公は500の兵卒も失わないうちから撤退をしたのかっ」 400 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 36 26.34 ID CkBATQ0gP 司令官「~っ!!」 軍閥貴族「恥を知れっ!」 司令官「だがしかし! 我らが現れたおかげで極光島の戦役に終止符が打たれたのは 確かではないか! 我が増援で人類の版図であるあの島の 奪還は成ったのだ! 極光島攻略の第一の功は我にあるはずだっ!!」 富裕貴族「軍監および教会の情報によれば、 すでにあの時点で戦闘は一旦の終結を向かえ、 極光島城塞は南部諸王国軍に包囲された状態にあったと云います。 貴公の――あえて聖鍵軍とは云いますまい。 貴公の私軍はその戦いの最後に現われ、 しかも魔族の残存兵力を殲滅するでもなく、いたずらに兵を失い、 魔族の突破を許しただけではありませんか」 司教「8000の兵のうち2500も失い、申し開きのしようも あるものか!!」 司令官「我らは広大なる魔界の辺境に荒野を彷徨い、 疲れ果てていたのだ。あのような突撃など、悪夢の突撃などっ 防ぎうるはずもない。あれは天与の災いだったのだっ!」 407 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 50 00.91 ID CkBATQ0gP 軍閥貴族「いい加減聞き苦しいわっ」 富裕貴族「ふっ。吠える犬は溺れても治らぬようですな」 司令官「東の砦将だっ! ヤツがっ! ヤツが魔族と謀り、我を陥れたのだ! 慈悲を! どうかもう一度機会をっ! 我ほど魔界に詳しい 将はいないはず! 必ずやあの蛮族の土地を 聖王の膝下に捧げるっ! どうか、どうかっ!」 軍閥貴族「いかがいたす? 司教殿」 司教「ここで一つの罪を許すことは 聖なる教会の信徒9500万人にたいする罪を犯すこと。 わたしの心は悲しみで裂けそうですが。 くくくっ。 この病犬の罪は磔刑が相応しいものでしょう」 司令官「待ってくれ! 今少し、今少しの猶予を!」 軍閥貴族「軍律に照らしても貴公の極刑は避けられぬ」 司令官「東の砦将めぇ! 下賤の生まれの夷狄めっ! 薄汚い傭兵めっ! 許さぬ、魔族と通じおって許さぬぅっ!」 富裕貴族「狂ったか」 司教「醜い狂いざまですな」 410 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 16 57 19.64 ID CkBATQ0gP ――冬の国、王宮、予算編纂室 商人子弟「うわぁん、忙しいよ。どうなってんだよ」 将官「だ、大丈夫ですか?」 従僕「僕お茶を入れてきますっ」 商人子弟「お茶なんか良い! 逃げるな! 整理しろ!」 従僕「ふぇぇーん。もう目がしばしばしますぅ」 商人子弟「ちょっと泣きべその方がもてるんだ。 お前みたいなショタっ子は特になっ! 下兄貴が云ってたぞ」 従僕「ふぇぇぇーん。ふぇぇーん」 将官「容赦がありませんね」 商人子弟「冬寂王が僕に判らせてくれたんだ……。 容赦なんかしてると自分の方が酷い目に会うって」 将官「なるほど」 商人子弟「見ろ、この書類の山をっ!」 どでーん!! 将官「でも、商人子弟さんが来るまではこの六倍 あったんですよ。もはや残敵掃討戦ではないですか」 商人子弟「王国経営する気無かったとした思えない!」 414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 02 41.41 ID CkBATQ0gP 将官「いや、冬寂王はあれでも名君って云われてるんですけどね」 商人子弟「そうなのか……。ノリで統治してるんじゃなかったのか」 従僕「そうですよ! 王様は格好良いですよ?」 商人子弟「とはいえなぁ、この惨状はなー」 将官「まぁ、三国通商協定や極光島奪還が成功するまでは こうじゃなかったんですよ。その頃から書類仕事が 莫大に増えてしまったわけで」 商人子弟「ふむふむ。……その辺に解決のヒントがあるのかな?」 将官「そうなんですか?」 商人子弟「“問題を考えてはいけない。解決方法を考えよ” これが先生の教えだ。ちょっと聞かせてくれないか?」 将官「もちろんかまいませんが」 商人子弟「おい、従僕くん。お茶を頼む」 従僕「ふぁい! あの、ぼ、僕の分も良いですか?」 商人子弟「ああ、いいぞ。将官さんの分もだ」 従僕「はいっ! すぐ入れてきます!!」 たたたっ 416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 07 33.57 ID CkBATQ0gP 商人子弟「わんこみたいなヤツだな」 将官「可愛いですね」 商人子弟「しっかり仕込んでやらにゃぁ、僕が死んでしまう」 将官「そうですねぇ、これは流石に……」 ごちゃらぁ 商人子弟「で、話の続きなのだけど」 将官「そうですねぇ、どこから始めましょうかね……。 うーん、お役に立つかどうかは判りませんが。 例えば、南部諸王国には貴族領が無いんですよ」 商人子弟「そうなのか? でも、書類には、男爵だの侯爵だの 色々出てくるぞ?」 将官「うーん、その辺が難しいんですけれどね。 恩貸地ってわかりますか?」 商人子弟「授業で聞いてるから、だいたいは。 王が臣下に土地を与えるということだろう? 報酬として与える物だったと思うけれど」 将官「そうです。それが判ると早いですね。 南部諸王国は冬が長く貧しいわけです。基本的に貧乏国ですね。 本来は人が住むには適していなかったわけですよ。 昔は今よりももっとそうでした。暖房とかが不十分でしたし」 417 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 14 42.38 ID CkBATQ0gP 商人子弟「ふむふむ」 将官「ですから、国なんて偉そうなことを云っても、 それほどたいした組織じゃないんですよ。人も少ないし。 王とは名ばかりの、領主の親玉みたいな存在が 一人で土地の隅々まで見てれば良かったわけです。 どうせ監視が必要な土地はちょっぴりで、ほとんどは 耕作に適さない深い森や荒れ地や山地なんですからね」 従僕「熱いお茶を入れてきましたぁ」 商人子弟「おお、ありがとう。……うん、続けて」 将官「ですから貴族という名前がついていても、 大陸中央部とは意味合いが違うんです。 大陸中央部では、貴族というのは王から恩貸地を授かった 多くの場合、武力を持った領主です」 商人子弟「ふむふむ」 将官「当然、授かった土地は自分の物ですから、 自分で――もちろん農奴にやらせるわけですが、 開拓したり耕作したりして、作物も自由に取り立てます。 通行税なども貴族が自由に設定して取り立てますね。 賦役といって、農奴を強制労働させるのも自由です。 ですから大河や港を領地にもつ貴族は金持ちになります」 418 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 21 17.88 ID CkBATQ0gP 商人子弟「ふむふむ。ああ、それで同じ国の中でも 何回も通行税を取られたり、 場所によって税が違ったりするのか」 将官「そうですね」 将官「王の側から見ると、王の直轄地は、 つまり自分が貴族であるのと同様に経営を行います。 開墾や税の設定などは王自身が決めるわけですね。 それ以外に臣下の貴族からの上納金が入ってきます。 さらには商人や教会からの献金もありますね。 ですから収入が複数あって、普段から税の処理は複雑です。 そのため、税収人が沢山いるし、担当の文官も多い」 将官「そこへ行くと南部諸王国は土地も痩せているし 貴族に対して恩貸地を与えるほどの良い土地もない。 南部諸王国で云う貴族というのは、名誉職であるか 宮廷内での位を表すんですよ」 商人子弟「それで文官の数が足りないのか……」 将官「付け加えると、軍の招集にも大きな差があります」 商人子弟「へ? 税と何か関係があるのか?」 将官「ええ。中央部では、王はもちろん軍をもっていますが、 その数はけして多くないんですよ。 そうですね……霧の国のような大国でも700程度ではない でしょうか?」 421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 25 57.46 ID CkBATQ0gP 将官「王は戦争を行う場合、貴族に召集令を発布するんです。 貴族は土地を与えて貰っている代償として、 この招集に応じる義務があります。 貴族はさらに臣下の騎士や戦士に招集を掛けます。 こうして軍が集まるんですよ。 軍の規模は、王の直属の配下の十数倍になることが殆どです。 こうした招集は、当たり前の話ですが 集合までに時間がかかります。 また、あまり長い間拘束は出来ません、 貴族の側に負担があつまりますからね。 でも、メリットとしてはお金が殆どかからないという点が あります」 商人子弟「なぜだい? 戦争するには金が必要だろう?」 将官「自分の軍を食べさせるのは貴族が自腹でやるんですよ。 “自分の臣下の面倒は自分で見る”。そういう機構なんです。 王は王の直下の軍だけ用意して食べさせれば良いんですね」 商人子弟「なんだか貴族には損ばかりに聞こえるな」 将官「いや、そんなことはないですよ。 だって、戦争で勝てば、土地がもらえるんですからね」 商人子弟「ああ、そういうことか。 恩貸地はそう言う循環で機能する訳なんだね」 将官「そうですね。ですから魔界への侵攻は多くの貴族の 関心を集めないではおかないんです」 422 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 31 39.75 ID CkBATQ0gP 商人子弟「つまり、貴族は賭けをしているわけだ。 自分の君主が勝てば、自分も儲かると」 将官「その通りです」 商人子弟「南部諸王国はどこが違うんだ? というか、南部諸王国は貴族が居ないのだから 軍もすごく少ないんじゃないのか?」 将官「南部諸王国の軍は、中央と違って常備軍なんですよ」 商人子弟「ああ、それも授業で聞いたなぁ。 軍事のことだからあまり覚えてもいないけれど……」 将官「南部諸王国の軍の最大の目的は、魔族の侵攻を防ぐこと ですよね。そのような目的では、召集令を出してから集合する 貴族の軍では動きが遅くて間に合わない」 商人子弟「当たり前だな」 将官「だから、常備軍。つまり“常に待機している軍”が 必要なんですよ。当然招集なんて無いから、貴族の下でも ない。全員が王の直下にいるわけです。わたしもそうですよ」 商人子弟「だがしかし、先ほどとは逆のデメリットがあるだろう? つまり、常駐故に集合はきわめて高速。長い間拘束しても 専用の軍なので不満は少ない。 しかし、多量の金を食うはずだ」 将官「そうですね」 425 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 36 43.83 ID CkBATQ0gP 将官「その弱点を、中央からの支援金がまかなってるわけです」 商人子弟「ああ、勘定項目の中でとがっているあれだな」 将官「そうです」 商人子弟「……」 将官「判って頂けましたか?」 商人子弟「だいたいな」 従僕「僕も少し難しかったけど、わかりました!」にぱぁ 商人子弟(だが、それはつまり……) 従僕「つまり、僕たちの兵隊さんは、魔界に行っちゃったり しないで、僕らを守ってくれるって事ですよね?」にこっ 将官「そうだよ、えらいね」なでなで 商人子弟(そういうことだ。……防衛目的の部隊。 それに金を出すと云うことは、もちろん魔族の侵略を 食い止めるという目的もあるだろうが…… “美味しい獲物、つまり魔界の領土”を南部諸王国には取らせない そんな思惑もあるんじゃなかろうか……) 将官「どうしました?」 商人子弟「いや、ちょっと考え事を」 430 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 42 01.79 ID CkBATQ0gP 将官「こんな話で参考になれば幸いですけれど」 従僕「なりました?」 商人子弟「十分に」 将官「え? 本当ですか? あれだけでっ?」 商人子弟「ああ、先生に沢山教わったからね。 まず、話には出てこなかったけれど、中央の貴族制度には 問題が他にもあると思う」 将官「どんなでしょう?」 商人子弟「それは一部の貴族が、 ――たとえば地主とか、商人とか、大工房、 あるいは傭兵部隊でもいい。そう言った勢力と癒着するのを 防げないって事じゃないかな。 だって貴族には税制の自由があるわけだろう? だからその種の癒着がおこって、税が不公平になる。 実家は商人だからよくわかる。 毎年納める賄賂の額は、そりゃ相当なものだ。 もちろんその賄賂で港や運河の使用権を融通して貰ったり するんだけどね。 時にはライバル商人の妨害を依頼することもある」 将官「ああ、そういうこともありますね。 わたしたち南の田舎者が都会に行くとすぐ 騙されて、ケツの毛まで抜かれるなんて聞きます」 432 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 47 05.86 ID CkBATQ0gP 商人子弟「それにもう一つは、 賄賂に似ているけれどコネや袖の下だろうね」 将官「コネ、でありますか」 商人子弟「うん。そういう制度で動いているって事は 例えば役人や責任有る立場になるときに 誰かの血縁であったり、賄賂を納められるかどうかが 重要って事になってしまう。 役人になってしまえば甘い汁が吸えるわけだから 最初の段階で袖の下を使ったり、例えば血縁関係を 使って潜り込んだりするのは当たり前になる」 将官「そういえば、そんなのも聞き及びますねぇ。 都会の人の親戚自慢ってのはそう言うとこから来るんでしょうか」 商人子弟「これが答えだ」 将官「へ?」 商人子弟「判らないかな? つまり、大陸中央では “能力ややる気があっても出世できない”傾向がある。 ならば、南部諸王国の答えは一つ」 将官「!」 商人子弟「広く一般から役人を募る。そしてその能力と やる気に応じて給金を出す。――賄賂との、決別だ」 436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 17 56 45.07 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、冬の始まり、メイド妹の日記 「このお屋敷に着てから三度目の冬が始まりました。 今年最初の雪です。 空がどんどん低くなって、雲がぐるぐると動いていたので 雨が降るかな、と思ったら雪でした。 べしゃべしゃして重い雪です。こういう雪は嫌いです。 当主のおねーちゃんと眼鏡のおねーちゃんが居ないので お屋敷は静かです。 ご飯は、おねーちゃんとわたしが交代で作ります。 掃除が楽になったので、美味しいご飯を沢山勉強できます。 今日は酒場で、お料理を習ってきました。 ニジマスの香草焼きです。 おねーちゃんが当主様の書斎から、料理の本を探してくれました。 汚したら二度と口を聞いてくれないというので、 いま、紙に写しています。 文字を覚えて初めて便利だって思いました! パイっていうのが面白そうです。 何でも包んでパン釜で焼くみたい。 このパイっていうの、作ってみたいな。 おにーちゃんは、ぼけらっとしているので パイを作るのを手伝わせようと思います」 439 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 12 20.27 ID CkBATQ0gP ――白夜の国、白夜王の宮殿 片目司令官「ええい! 黙れッ! 黙れッ!」 びゅっ! びゅうんっ! 白夜王「ふん。荒れておるではないか」 片目司令官「ふっ。疼くのだ、この目がっ。 下郎っ! 酒だ! 酒を持てっ!!」 侍従「は、はひぃっ……」 ダダダダッ 白夜王「我が宮殿の者に乱暴を働くのはよしてもらいたい」 片目司令官「うるさいっ! この目が」ガリ、ガリ、ガリッ 白夜王「ふはは。憎いのか」 片目司令官「ああ、憎い。ニクイっ」 白夜王「だがその狂気、我には向けるな、判っているだろうな」 片目司令官「ああ。感謝はしているさ。死を待つだけの あの地下牢から替え玉まで使って救ってくれたことはな」 443 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 18 34.37 ID CkBATQ0gP 白夜王「ふふ、そうだ。あの不潔な汚泥の中からな……。 貴族院の地下の地下、拷問の塔の最下層、黄泉へと通じる ほどの深淵からお前を救ってやったのはこの我だ」 片目司令官「……」ごくっ、ごくっ、ごくっ 白夜王「思い出せるか? あの闇が」 片目司令官「ネズミがっ。ネズミが這い回り、我の目をっ。 我の目を、我の光を……。 うううっ。疼くっ。瞳が。 見えるぞ、赤黒い闇がっ。 闇が我を蝕むっ。痛い、全身が痛むっ。 殺す、殺してやるっ。東の砦将めっ! くされ魔族めっ! 我を取り囲み、愚弄しやがって!」 白夜王「そうだ、あやつらは我らを愚弄したのだっ」めらっ 片目司令官「……っ」 白夜王「冬の国の青二才め、この我をっ。この我を侮辱しおって。 何が流氷だ。何が農業改革だ。なにが生産性だっ。 やつのような詭弁を用いて戦って何になる。 やつのようなやり方、精霊が認めるはずがないっ」 片目司令官「そうだ、奴らは裏切り者だ。この世界を 暗黒に売り渡す売国奴。腐臭を放つ半人間どもよっ」 446 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 24 37.98 ID CkBATQ0gP 白夜王「賢しい青二才が、西の交易を用いて 巨額の利益を上げているだと? 極光島は我ら南部諸王国共有の財産のはず。 いや、あの島にもっとも血を捧げたのは 我が白夜。 我らではないかっ!! それをこともあろうに、なぜあの青二才が 勝利を吸い上げる。利益をむさぼるっ?」 片目司令官「ヒヒヒ、ヒヒィーッ」 白夜王「それをあの鉄腕王や、氷雪の女王までもが 英邁よ、豪傑よともてはやし、挙げ句の果ては 義勇軍として参加したものどもまでが冬の国に住み着くという。 わが白夜が凍えるような冬の厳しさに耐え 貧しい暮らしをつづけているというのに、 我を愚弄する小せがれは、我らが利益を盗んでいるのだ。 そのようなこと、精霊がお許しになるはずもないわっ」 片目司令官「アハハハハッ! 任せろ。この我にっ。 我にもはや失うべき命など無い。不死不滅の怨霊として その青二才、我が切って捨ててくれるわ。 ははははっ。軍をよこせ! 我に手足を与えろっ! 斬って、斬って、斬り殺してやるっ!」 452 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 31 00.01 ID CkBATQ0gP 白夜王「まぁ、まて。その狂気を解き放つのはな」 片目司令官「何故だ……」 白夜王「奴らを殺すのはいつでも出来る。杯に垂らす 一滴の毒、もしくは寝室に忍び込ませる短剣の一本でな」 片目司令官「ヒヒヒっ」 ごくっ、ごくっ 白夜王「あのヒヨッ子、そう容易くは殺しはしない。 やつには我が味わった、この高貴なる王者のあじわった 数千倍の恥辱を与えてやる。そうであろう?」 片目司令官「そうだっ! 屈辱の極みをっ。 裏切りの叛徒どものに、侮蔑の視線にさらされ 恥辱に灼かれる地獄を味あわせてやるっ!」 白夜王「ではまずはこの一手だ」にたり 片目司令官「……ふん? ははっ。 あははははははは!! これはいい! そうか、そういうことかっ! あはははははは!!」 白夜王「ふふふ、そうだ。冬の王よ。お前の宝を お前の国をばらばらにしてやろう。あははははは!」 片目司令官「あはははははははははは!!!!!」 460 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 36 57.16 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、魔王の屋敷、客間 メイド妹「こ、こちらにどうぞー」 青年商人「おやおや。小さなお嬢ちゃん。そんなに緊張しないで」 メイド妹「き、緊張してないですでございます」 青年商人「右手と右足が一緒だよ?」 メイド妹「へ、平気だもんっ」 青年商人「あははっ。よろしくね」 がちゃ メイド妹「こ、こ、ここにどうぞっ」 青年商人「はい、座ります」 メイド妹「では、おねーちゃ……じゃなかった、当主様を 呼んでまいります。しょーしょーおまちくださひ」 青年商人「さひ?」 メイド妹 じわぁ 青年商人「あ、泣かない、泣かない!」 おろおろっ 463 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 42 59.95 ID CkBATQ0gP メイド妹「お、おねーちゃん、どうしよー?」 メイド姉「仕方ないわ。当主様から貰った指輪を使うしか」 メイド妹「う、うん……」 メイド姉「お茶の準備をお願いね」 こんこん…… メイド姉「お待たせして、済まない」 青年商人「ご無沙汰しています、学士殿っ」 メイド姉「一別以来だな。どうかな、変わりないかな」 青年商人「ええ……。 無事に商売を続けさせて頂いております」 メイド姉「……」 青年商人「……」 メイド姉「その、本日は」 青年商人「今回も定例の報告書や、収支決算書、納品書に 領収書類などのお届けです。普段は船便ですが、流石に わたしも紅の学士殿の艶姿が懐かしくなりまして。 今回はお目にかかるためにのこのこ参上してしまいました。 はははは、お恥ずかしい」 メイド姉「それは、その……。言葉に困るな」 青年商人「ええ。はい。そのようなわけで、学士様。 お色直しなど、いかがですか?」 466 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 49 25.89 ID CkBATQ0gP メイド姉「はい?」 青年商人「いえいえ。極光島奪還が成りましたからね。 南西交易路による流通が増えて、船の便も増えました。 この冬の国にも、様々な物資が入ってくるようになった でしょう?」 メイド姉「う、うむ」 青年商人「となると、商人に取りまして目利きが大事でして。 麦などは水を含ませて取引の際に目方を増やそうとする 者も居る始末でしてね。傷みが早くなるうえ、粗悪品。 そのような物を掴むのは二流の商売人。 わたしも駆け出しの頃は、父から良く鉄拳制裁を受けた 物です。お恥ずかしい話ですが。あはははは」 メイド姉「……そ、それが」 青年商人「さぁて」 カチャ 勇者「メイド姉、もういいや」 メイド姉「は、はいっ。いえ、まだっ」 勇者「いや、下がって良い。この人はもう見抜いてる」 メイド姉「……そっ、そんな」 勇者「確かな目利きだ。話に聞いていたとおり凄腕だなー」 471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 18 55 02.08 ID CkBATQ0gP メイド姉「失礼します」 がちゃり。 とてて…… 青年商人「や、すごい技ですね。幻術ですか?」 勇者「ああ、そうだ。一目で見抜かれるとは思わなかったよ」 青年商人「いえいえ逆です。こういう事は大抵直感が正しい。 考えた末に見破るというのは少ないのです」 勇者「恐れ入ったよ」 青年商人「あははは。大したことではありません。 それにしても……。お久しぶりですね、勇者殿」 勇者「ああ、久しぶり。三年、いや四年になるのか?」 青年商人「そうですね。懐かしいなぁ」 勇者「あー。腹立ってきた! そうだ、腹が立ってたんだ! くっそ、広範囲殲滅雷撃系呪文が猛烈に恋しくなってきた」 青年商人「はい? どうしました?」 勇者「あのときは俺のこと騙したって云うじゃないか!」 青年商人「とんでもない。騙すだなんてこれっぽっちも」 勇者「金貨十五枚だぞ!? そっちは金貨数万枚は 少なくとも稼いだって云う話だぞっ!」 青年商人「ええ、あの演説は金になりました。 ありがとうございます」にこにこ 476 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 02 21.26 ID CkBATQ0gP 勇者「うっわ、むかつく」 青年商人「ちゃんと契約どおりのお金をお払いしたじゃないですか」 勇者「それで納得してた俺の幼さが腹立たしいっ!」 青年商人「これもまた駆け引きの勝敗です」にこっ 勇者「まーそうだよな。はぁ……」 青年商人「生きてらっしゃったんですね」 勇者「ああ? おう。ぴんぴんしてるぞ」 青年商人「ふむ……」 勇者「何を考えている?」 青年商人「この後の話のもって行き方を」 勇者「あんたは……少し、変わったような気がするな」 青年商人「そうですか?」 勇者「四年前に会ったときは、もっと隙が無くて完璧で どこをとってもとりつく島がないように見えた記憶がある」 青年商人「じゃぁ、四年で随分まるくなって温くなったんでしょう。 わたしもそろそろ後進に道を譲って隠居すべきでしょうか。 あはははっ」 477 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 10 02.45 ID CkBATQ0gP 勇者「でも、今の方がよほど敵にはしたくないな」 青年商人「おやおや、奇遇ですね。 わたしもそう思っていたところです」 勇者「……」 青年商人「変わったとすれば、 それはあの方のせいかもしれませんよ。 自分の常識や今までの経験では飲み込めないような 巨大な存在に出会ったとき、どうすればいいのか。 腹をくくるとはどういうことか、 それを教わったような気がします」 勇者「あいつなのか?」 青年商人「はい」 勇者「そうか……」 青年商人「“相容れない光と影を仲介し、妥協し、 取引する”と。あれでわたしの商人としての生は 一つの道しるべを得た。かけがえのない言葉です」 479 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 15 30.82 ID CkBATQ0gP 勇者「あいつが?」 青年商人「はい、最初にあった時に。 そして勇者、あなたがここに現われたことで 確信が持てました」 勇者「……契約は守ったとか云ってたよな?」 青年商人「はい?」 勇者「四年前の演説だよ」 青年商人「ええ、云いましたが……」 勇者「それは嘘だろう? ……俺が帰ったら宴を奢るとって云ってたじゃないか」 青年商人「おお。そうでした! 良く覚えていましたね。 それはまさしくその通りです。よろしいでしょう。 契約は果たさねば。いつでも良いですよ」 勇者「よし、その言葉、二言はないな」 青年商人「ええ、もちろん」 勇者「じゃぁ、今だ」 しゅいんっ!! 482 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 21 57.89 ID CkBATQ0gP ――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘 しゅわんっ! 青年商人「こ、ここは……。くっ」 勇者「転移酔いだ。深呼吸すれば治るさ」 青年商人「これは……移動の呪文ですか?」 勇者「そうだ」 青年商人「ここは……。なんて場所だろう!!」 勇者「このあたりでは、夜になるとなぜか虹が降るんだ 磁気がどうとか説明されたけれど、俺にはちょっと 難しくて判らなかったな」 青年商人「すごい……」 勇者「夢魔鶫っ」 夢魔鶫「御身の側に」 勇者「公女に云って酒の用意を頼んでくれないか。 場所はここで良いだろう」 夢魔鶫「仰せのままに」 青年商人「魔族……?」 勇者「使い魔っていうんだ。伝言に便利だよ」 483 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 26 20.97 ID CkBATQ0gP 青年商人「ここはまさか」 勇者「うん、魔界だ」 青年商人「……」 勇者「さっきの言葉で判ったよ。だから連れてきた」 青年商人「あの人は」 勇者「魔族だ」 青年商人「やはり……」 勇者「……」 青年商人「空気の香りも、違うのですね」 勇者「ん。そうかもな。でも、港町には港町の、 都市には都市の匂いがあるだろう? そういうものだ」 青年商人「あの外壁は?」 勇者「あれが『開門都市』。……この間まで人間が占拠 していた街さ」 青年商人「ああ。司令官が逃げ帰って魔族に再統治されたという」 488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 32 50.23 ID CkBATQ0gP 勇者「そりゃ嘘だな。だいたいその話が本当なら 開門都市にいた人間の商人数千人は殺されたことになる」 青年商人「違うのですか?」 勇者「あの都市で今でも商売をしているよ」 青年商人「は?」 勇者「ゲート周辺の治安や周囲の荒野の関係で、 いまはちょっと人間界と連絡を取りずらいかもしれないが 『同盟』の商人だって、残ってる」 青年商人「本当ですかっ!?」 勇者「嘘は言わない」 青年商人「そんな……」 勇者「おいおい。あいつと話したんだろう?」 青年商人「あ……。ええ……」 勇者「じゃあ判ってたはずだ。あいつが何を夢見ていたか」 青年商人「勇者……」 勇者「あいつは、お前のこと買ってたぞ?」 青年商人「……っ」 勇者「人間界にも好敵手は居る、ってな」 491 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 41 56.11 ID CkBATQ0gP 勇者「俺はあいつじゃないから、あいつのように 計画も語れないし損得勘定であんたを説得できそうもない。 でも、やっぱり、今あんたに降りられると困るし。 あー。なんだろうな。 この感じは……。 うん……寂しい。 ただの勇者に戻るのは――寂しいんだな」 青年商人「……」 勇者「だから、見せる。これが開門都市だ。 今この世界にある唯一の魔族と人間が共存する交流都市だ。 この都市の人口は約三万二千。湖の国の首都より大きい。 この都市は中立地帯として魔王にも承認されている。 自治都市として、都市議会が統治を行っているんだ。 議会のメンバーの1/3は人間だよ。 議長は人間の元軍人が務めている。議員には魔界の 有力氏族の子女も……」 火竜公女「わが君~ぃぃ」 勇者「入ってもらう形で……」 火竜公女「わが君、ご下命に応じましてただいま参上 いたしました。宴席であるとか。わが火竜一族の誇りに 賭けてお客人のおもてなしに無礼があっては成りませぬ故、 ただいま設営をっ!」 勇者「あー、んー。そのー。お手柔らかに」 494 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 46 46.44 ID CkBATQ0gP ――魔界、開門都市、虹降りしきる丘、宴席 火竜公女「酌をしましょう、お客人」 青年商人「いえ、随分飲んだので」 火竜公女「なりませぬ」ぷいっ 勇者「ああ。飲んだ方がいいぞ。 火竜の酌を拒むと耳がかじられる。片耳だと不便だぞ」 青年商人「ええっ!? そんな無法なっ!!」 勇者「魔界だから仕方ない」 魔族娘「そ、その……黒騎士さまも、どうぞ……」 ぽたぽたぽた 青年商人「そ、そのくらいで。止めてくださいっ」 火竜公女「一人前の男子たるもの、杯の縁より酒が こぼれるくらいでないと“注いだ”とは申しませぬ」 青年商人「なんて所なんだ!?」 勇者「おい、商人」 青年商人「なんですか、勇者」 496 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 50 55.47 ID CkBATQ0gP 勇者「どーだ」 青年商人「なにがどーだですか」 勇者(小声)「おっぱいだよ、おっぱいっ!」 青年商人「はぁぁ!?」 勇者「お前がおっぱいいっぱいの打ち上げパーティーを 企画しておくから、民衆に手を振ってばきゅーん☆って しろって俺を魔界に送り出したんだろ!」 青年商人「あ。あははは! そうでしたっ。 あははっ。ひどいなぁ、わたしそんなこと 云ってましたよね。若気の至りとは言え 我ながら呆れる悪辣さだっ」 勇者「どうよ、これ」ちらっ 青年商人「ええ、結構なお点前です」こくり 勇者「……あははっ」 青年商人「あはははっ。 ああ、おかしい。こんなに笑ったのは久しぶりです」 勇者「酒も旨いか」 青年商人「ええ。わたしは商人ですからね。 色んな国の酒を飲む。酒にはその国がでるような気がしますね」 勇者「おい、商人」 青年商人「なんですか、勇者」 499 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 19 54 50.66 ID CkBATQ0gP 勇者「虹が、すごいなぁ!」 ごろん 青年商人「確かに」 ごろんっ 火竜公女「まぁ、殿方は子供ですね」 魔族娘「でも、ほんとうに……風が気持ちいいです」 青年商人「虹はすごいですが、それで交渉の妥協は しませんよ? 勇者殿」にこっ 勇者「あいつが云ってたぞ。 “商人たちはその『許可』を求める”ってな。 使用許可、通行許可。新しい土地は新しい市場でもあり 新しい物産の供給源でもある。そう言った場所と 取引をする」 青年商人「ええ」 勇者「あの都市のそれはどうだ?」 青年商人「それは、そうですね。まさに…… “中央大陸の都市の金全て。 いや、既知世界の全てよりも金になる”」 勇者「売ろう」 青年商人「良いのですか?」 500 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20 00 45.18 ID CkBATQ0gP 勇者「かまわない」 青年商人「対価は何を求めるんです?」 勇者「俺はあいつじゃないから、何が適当な対価なんて 判らないんだよな。何が釣り合って、 何が釣り合わないかなんて、今までろくに考えないで生きてきた」 青年商人「……」 勇者「だから、対価なんて困っちまうんだけど。 それでも、となるとさ。 ……商人は、何でも損と得に切り分けて 考えるのだろう?」 青年商人「ええ」 勇者「なんて云うのかな。 みんなは、そんな商人を強突張りだとか 利益にしか関心のない化け物のように云うけれど、 あいつを見ていると、 そんなことはないのじゃないかと、俺は思うんだ」 青年商人「……」 勇者「誰よりも利に聡く、誰よりも真剣に損得勘定で 生きている商人は、もしかしたら世界で一番最初に 損得では割り切れないものを見つけるかもしれない」 502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 20 04 08.42 ID CkBATQ0gP 青年商人「勇者……」 勇者「もしかしたらもっとちゃんとした 対価を求めるべきかもしれない。 あとであいつに殺されるかもなぁ。 でも、俺に『それ』を見せてくれ。それが対価だ」 青年商人「はははっ。なんでしょうね、この」 勇者「あいつと俺には、あんたの見つけるそれが必要だと思うんだ」 青年商人「うん、そうだ。このばかばかしい気持ちはっ! ああ、愉快だ。わたしはどうやらとっても愉快ですよ」 勇者「……」 青年商人「良いでしょう、確かにその契約をお受けしました。 わたし自らが陣頭に立ち『同盟』を率いて 必ずや『それ』を仕入れてご覧に入れましょうっ」 勇者「頼む」 青年商人「その暁には」 勇者「?」 青年商人「あなたとあの方の関係を聞いても、 きっと退かずにに済むでしょう。なぁに、不利な時期に 戦いを挑むほど、この商人は愚かではありません」 537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22 06 26.36 ID CkBATQ0gP ――冬越し村、屋敷の馬小屋 馬 ぶるるるんっ! 女騎士「よしよし、いいこだぞ。今拭いてやるからな」 勇者「やっぱり騎士だけあって、馬の扱いは上手いなぁ」 女騎士「何云ってるんだ。勇者だって乗れないと困るぞ」 勇者「自分で走った方が早いし……」 女騎士「見栄えの問題だ」 勇者「わかっけど。よし、林檎やる」 馬 がぶっ! 勇者「な、なにをするおんどれー!?」 女騎士「おい、大人げないな」 勇者「こいつがぶってやったんだぞ!?」 女騎士「お前、怒らせたんだろ?」 勇者「ちっげーよ。林檎食べる? ヘイ君可愛いねって」 馬 がぶっ! 勇者「ちょ、まてやこら。しまいにゃ卸すぞっ!」 543 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22 13 32.13 ID CkBATQ0gP ――。 ――――。 女騎士「ったく、馬と喧嘩するやつがあるか」 勇者「だって……」 女騎士「おまけに駆けっこで負かすやつがあるか。 ほれみろ、お前の馬だって自信喪失だぞ」 勇者「面目ない」 馬 しょんぼり。 女騎士「まぁ、いい。馬の世話はやってやる」 勇者「む……」 女騎士「いくら勇者でも、馬で旅することもあるだろう? 何かのパレードに参加する事にでもなったら、 馬に乗れないじゃ格好はつかないぞ」 勇者「それはそうだけどさ」 ごっしごっし、ごしごし 女騎士「~♪」 勇者「やっぱ、戦いよりも平和のが良いよな」 女騎士「それは当たり前だ」 勇者「当たり前なのに、そうならんのは何故かなぁ」 女騎士「それは判らない。わたしは馬鹿だからなっ」ふふん 548 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22 19 28.53 ID CkBATQ0gP 勇者「魔王と一緒にいると傷つくものが 女騎士と一緒だと癒されるよ」 女騎士「どういう意味だ?」 勇者「そのまま馬鹿でいて欲しい」 女騎士「喧嘩を売ってるのか?」 勇者「ちげー、ちげーですよ」 女騎士「まったく、勇者と居るとふざけてばっかりだ」 勇者「それがいいんじゃないか」 女騎士「へ?」 勇者「そういうのが良いんじゃないか。判って無いな」 女騎士「……」 勇者「俺はそうやって女騎士とふざけてるの好きだぞ?」 女騎士「え、あ……その」 勇者「?」 女騎士「……ありがとう」 勇者「……うわ、むず痒っ。普通に返すなよ」ぼりぼり 551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/09(水) 22 24 54.29 ID CkBATQ0gP 女騎士「どうしたんだ?」 勇者「いや、髪が。ちょっと目に刺さって」 女騎士「ああ、長くなってきたもんな」 勇者「ちょっと切ってくれないか?」 女騎士「えっ。いいのかっ?」 勇者「うん。なんで?」 女騎士「あ。いや……。なんでもない。 何でもないけれど、切るのはやめておこう」 勇者「なんでだよ」 女騎士「なんでもない。……そうだ。 額環を作ってやるよ。それで髪をまとめれば、伸びても 目に刺さらないぞ」 勇者「面倒くさそうだぞ」 女騎士「いいや、似合うよ。ちょっと都会風になって もてるかもしれないぞ? 勇者」 勇者「お! そうか? 格好良くなるのかっ」 女騎士「うむ、似合うものを作ってやろう!」 ページトップへ <前3-1へ|次3-3へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/55.html
<前8-5へ|次9-2へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」9-1 105 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 01 11.20 ID o0eNIb.P ――湖の国、首都、『同盟』作戦本部 同盟職員「早馬の知らせですっ! 南部で、南部の諸国と中央の聖鍵遠征軍のあいだに 軍事衝突が発生したと!」 同盟職員娘「っ!」 留守部長「……出遅れたな」 同盟職員「はい」 同盟職員娘「間に合わなかったんですね……」 留守部長「鉄を抑える速度が遅かった。 静粛性を優先した結果でもあるし、 おそらく以前から備蓄をしていたんだろう……。 そうでなければ鉄の値段が揺れても、 反応が無いのがおかしすぎる」 同盟職員「これでは武器製造への圧力として機能していません」 同盟職員娘「このままでは、資金的な傷口が広がります。 撤退時期を探るべきでは?」 留守部長「……」 同盟職員「すみません。もうちょっと実態把握さえ早ければ」 留守部長「いや。これは開始時期の見切りの問題だった。 やはり商圏の拡大と共に目が行き届いていない部分が 広がりつつあるんだな」 がちゃり 青年商人「……いあいや。まだこれから、といきましょう」 107 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 02 47.48 ID o0eNIb.P 同盟職員「委員っ!」 留守部長「いつお戻りに?」 青年商人「たった今です。開門都市は任せてきました」 女魔法使い「……」ぽやー 同盟職員「えっと、その方は?」 青年商人「ああ。ここまで運んでくれたんです。 とびきりの食事と甘い物を用意してください」 女魔法使い「……」こくこく 青年商人「さて。……状況報告を」 同盟職員「たった今はいった情報ですが、 南部諸国と中央の遠征軍のあいだに 軍事衝突が発生した模様です。 ……中央の新型武器が使用されたとのこと」 青年商人「それがマスケットですか?」 女魔法使い「……そう」 青年商人「より詳しい状況をお願いしていいですかね?」 女魔法使い「……当初、南部諸王国は 白夜国を制圧した蒼魔族との戦闘を想定していた。 女騎士は司令官として鉄の国と白夜国の国境付近、 蔓穂ヶ原に約1万数千人をもって布陣。 蒼魔族約2万を迎撃、丸一日にわたる戦闘を耐えきる。 しかし、ここに後背から約4万の聖鍵遠征軍が強襲」 108 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 04 57.52 ID o0eNIb.P 女魔法使い「……聖鍵遠征軍は蒼魔族を中心としながらも、 ほぼ無差別に南部諸王国をも攻撃。 その攻撃の中心となったのが、聖鍵遠征軍の新兵装。 マスケット銃と、その部隊。 女騎士率いる南部諸王国軍は、当初蒼魔族に使用する 予定だった火炎の罠を持って蔓穂ヶ原を退却。 聖鍵遠征軍も約5時間の激突を充分と見たのか、 兵を引き上げ、蒼魔族から奪還した白夜王国を 本拠と定め、掃討の後、駐留。 ……現在は軍事的な緊張はあるものの、 一時的な平穏状態にある。 なお、この戦闘において、蒼魔族約2万はほぼ完全に壊滅。 南部諸王国軍は兵3500あまりを、 聖鍵遠征軍は6000名程度を失う。 ただし、これらを損耗率の観点から見ると、 南部諸王国軍は参加した兵の30%、全軍の12%。 聖鍵遠征軍においては会戦参加兵員の15%、 3%程度に過ぎないと推測される」 青年商人「では聖鍵遠征軍の現在規模は……」 女魔法使い「訓練度を度外視するならば20数万に達する」 青年商人「南部諸王国は、滅亡寸前ですか……」 109 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 07 18.28 ID o0eNIb.P 女魔法使い「そうとも言い切れない。理由は二つある。 まず、ひとつ目は聖鍵遠征軍は南部諸王国攻略よりも 魔界侵攻を優先事項として決定したようだから」 青年商人「ふむ。……たしかに教会が大きな発言権を持つ 聖鍵遠征軍ですから、その決定は理解できなくもないですが 南部諸王国軍を放置するというのも解せませんね」 女魔法使い「……これは推測だが、おそらく聖鍵遠征軍は その強大な軍事力の1/3程度でも動員すれば南部の王国を 殲滅できる。つまり、挟撃などといった策略を恐れないで 済むという事情によるものと思われる」 同盟職員「20万の軍勢があればそれも可能なのか……」 青年商人「もう一点は?」 女魔法使い「開戦直後、南部三ヶ国通商同盟はその名称を破棄。 あらたに湖の国、梢の国、葦風の国、赤馬の国および 自由通商の独立都市七つを加え 『南部連合』の樹立を宣言した」 留守部長「とうとう、ですね」 青年商人「ここ以外にはないというタイミングです。 そう言うことでしたか。 20万の兵力動員は、確かに素晴らしい攻撃力を 教会勢力にもたらしましたが、その分、貴族や領主、 多くの国の地元は防御力の殆どを失っているはずだ。 もちろん、それらの国々全ては、聖光教会の指導下にあり 一斉に攻撃能力も防御能力も失う。そう言う前提で軍が 国元を離れたわけですが、『南部連合』の樹立は その前提条件を大きく揺るがした」 110 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 08 58.04 ID o0eNIb.P 同盟職員娘「いま、聖鍵遠征軍が南部連合を攻撃した場合、 より自分たちの内側に近い国――たとえば、湖の国や 梢の国が、防衛軍不在の中央国家群を蹂躙するかも知れない。 農民を中心に編成された聖鍵遠征軍であっても、 支援物資や指揮系統は、やはり貴族の力が欠かせない。 政治的な均衡状態が訪れているのですね」 留守部長「どちら側も、相手を人質に取った形か……」 同盟職員「そうですね。聖鍵遠征軍は、 その強大な武力で南部連合の中枢部を人質に取っている。 南部連合は、その新しく広がった友邦で、無防備となった 中央諸国を人質に取っている」 青年商人「それだけじゃありませんけどね。 ……これは相当に複雑になってきました」くすっ 同盟職員娘「?」 青年商人「何から何まで相似形になってきましたね。 民衆に自由という武器を与えたゆえ、 民衆の支持を失うような政策をとれない南部連合。 民衆にマスケットという武器を与えたゆえに 民衆の怒りが自分に向いたら破滅する中央国家群……。 どちらも難しい舵取りになってきたようです。 我が『同盟』、『魔族会議』、『魔界』……」 同盟職員「勝てますか?」 青年商人「保養は出来ませんけれどね。 ですが、ただの力勝負では知恵を働かせる隙がない。 ある程度状況が複雑でないと、商人は勝機を見いだせません。 その意味ではまだチャンスは去っていない。 プレイヤーが多数参加した乱戦こそが商人の 活躍できる戦場です」 111 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 14 21.64 ID o0eNIb.P 同盟職員「しかし、現に軍事衝突は……」 青年商人「ええ、起きてしまっています。 だが、まだ手遅れと決まったわけではない。 向こうに専門のスタッフがいなければチャンスは広がる」 同盟職員「専門……?」 青年商人「物資調達の、ですよ。 ……中央の秘密製鉄工房の所在地は突き止めましたか?」 同盟職員「はい、それは。銅の国です。合計三カ所」 青年商人「良いでしょう。本部長、三カ所に出店の準備を」 留守部長「出店?」 青年商人「酒場と娼館ですよ。……耳目を忍び込ませないとね」 留守部長「了解です」にやっ 青年商人「聖鍵遠征軍に配置されているマスケットの量を 算定してください。 いくら何でも20万の兵に20万の マスケットが配置されているとは思えない。 それにマスケットは機械です。 呼称もすれば、予備部品も必要のはず。 そして弾薬がいるんですよね?」 女魔法使い「……そう。運用中の補給が常に必要」 同盟職員「とはいえ、鉄鉱石は相当量の備蓄が 聖王国にあると推測されるんです……。 すでに一定数のマスケットが配備されている以上、 これ以上圧力を加えても意味がないのでは?」 113 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 16 36.08 ID o0eNIb.P 青年商人「いいえ。意味はあります。相手は中央国家群。 その巨大さは武器ですが、弱点でもある。 末端の壊死が中央に認識されるまでのタイムラグがね」 同盟職員「え?」 青年商人「鉄製品の最終的な製造原価の内訳を 考えてください。そこから今回は攻めます」 同盟職員「……加工費? しかし、加工費はすなわち人件費です。 今回の集約工場では、多くの職人を丸ごと抱えて、 殆ど監禁のような状況で生産のピッチを上げているはず」 青年商人「加工費はそれだけに留まりませんよ」 留守部長「そうかっ!」ぱしんっ 青年商人「ええ。木炭です。 製鉄を行なうためには鉄鉱石の二倍から三倍の量の 木炭を必要とする。石炭の採鉱権は?」 留守部長「そちらはぬかりなく押さえています」 青年商人「で、あれば風向きは良い。 聖王国周辺でもっとも木炭を多く算出する 梢の国は、南部連合に参入したとのこと。 であれば、木炭の量をコントロールしていくのは、 さほど困難な話ではない」 同盟職員娘「資金はどうします?」 青年商人「その中央諸国からいただくとしましょう。 白夜王国へと移動した20万人、 それを丸ごと食べさせるには大量の食料が必要です。 この食料を、海上輸送。自由貿易都市の港から、 白夜王国の港へと運び、その差益を得ます」 同盟職員「了解っ! 手配を行ないますっ」 114 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 17 51.58 ID o0eNIb.P 青年商人「取りかかってください」 同盟職員娘「はいっ」 留守部長「承知っ」 たったったっ 青年商人「ふぅ。……間に合いますかね」 女魔法使い「……終わった?」 青年商人「ええ、なんとか」 女魔法使い「……」 青年商人「食い物ですか?」 女魔法使い こくり 青年商人「判りました、用意させましょう。 貴女の助けがなければ、手遅れになったかも知れない。 伝説の魔法使いに感謝しますよ」 女魔法使い「……こっちの都合」 青年商人「しかし転移魔法ですか……。 もうちょっと敷居が低ければ普及間違いないんですけどね」 女魔法使い「……もどる?」 青年商人「いえ、しばらくここで指揮を執るべきでしょう」 女魔法使い「……」じぃ 青年商人「開門都市ですか? あっちには公女がいます。あれで聡い人ですから。 騙されて言いようにされるって事はないでしょう。 会計さんもいますしね」 女魔法使い「……相方?」 青年商人「よしてください。 ……そんなものじゃありませんよ。 取引相手ってのは、もっと神聖なものです」 123 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 38 00.61 ID o0eNIb.P ――冬越し村、魔王の屋敷、食堂 もそもそ 魔王「……」 勇者「……魔王、塩とって」 魔王「判った」とん ぱらぱら、もそもそ 勇者「……もぐもぐ」 魔王「なぁ、勇者」 勇者「ん?」 もそもそ 魔王「昨日の夜って何を食べただろう」 勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったのだろう?」 魔王「一昨日は?」 勇者「茹でた馬鈴薯に塩振ったの」 もそもそ 魔王「……」 勇者「……」 魔王「何でこんな事になっているのだっ!」うがぁ 124 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 39 13.51 ID o0eNIb.P 勇者「だって仕方ないじゃん! メイド長は魔王城の手入れをするために突発出張中だし、 メイド妹は冬の国へと料理修行中だしっ」 魔王「それにしたって三食茹で馬鈴薯はないと思う」 勇者「だってこれは魔王が作ったんだろう?」 魔王「それくらいしかまともに作れる気がしなかったのだ」 勇者「じゃぁ、納得して食うべきだ」 魔王「勇者が作った昼食だって同じだったではないか」 勇者「それしか作れないんだ仕方ないだろうっ」 もそもそ 魔王「……負ける」 勇者「は?」 魔王「このままでは負ける。確実に。魔界は滅びる」 勇者「何言ってるんだ?」 魔王「そんな予感がする」 勇者「……うわっ。暗いぞ、表情が」 128 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 21 42 54.49 ID o0eNIb.P もそもそ 魔王「そうだ」 勇者「どうした? もっぎゅもっぎゅ」 魔王「ジャムくらいならあるであろう? あれを馬鈴薯に落とせばきっと甘くて美味しいはずだ!」 勇者「おい、早まるなっ」 ぽとっ。ぬりぬり。もしゃもしゃ 魔王「……負けた。魔界は滅びた。 勇者、私はもうダメだ。そして三千年の時が流れた」 勇者「早いよ、いくら何でもっ」 がたり 魔王「書を捨て街に出よう」 勇者「はぁ?」 魔王「私の職業は魔王なのだ」 勇者「どうしたの?」 魔王「正直煮詰まっているのだ」どよーん 勇者「判らないじゃないけれど」 魔王「どうにかしてくれないか、勇者」 勇者「どうにかしたいのは山々だけどさぁ。 ……はぁ。仕方ないなぁ」 149 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 04 50.33 ID o0eNIb.P ――冬の国、王宮、予算編成室 商人子弟「んぅ~。こいつぁ……」 従僕「商人さまぁ!」ぱたぱたっ 商人子弟「なかなかどうして、侮れないなぁ」 従僕「商人さまっ!!」 商人子弟「おう。どうしたわんこ」 従僕「わんこじゃありません!」 商人子弟「しっぽ揺れてるぞ?」 従僕「えっ? ――生えてるわけ無いじゃないですかっ」 商人子弟「で、どうしたんだ?」 従僕「そうでしたっ」えへん 商人子弟「?」 従僕「課題が出来ましたっ!」 商人子弟「課題?」 従僕「チーズですっ!」 商人子弟「なんだっけそれ?」 従僕「えーっと、チーズを安定して低価格に市場に 供給するために考えてきました!」 151 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 06 30.55 ID o0eNIb.P 商人子弟「おお。そう言えばそんな課題も 出してたな。よーし、わんこ。聞かせてくれ」 従僕「まず、チーズの作り方を勉強しましたっ」 商人子弟「ふむ、基本は大事だな」 従僕「簡単に云うと、チーズは乳製品です。 乳を暖めて、かき回し、これに触媒を加えます。 触媒って言うのは薊の花から作るんですって。 こうすると、固まり初めて水分が出てきます。 加熱しながら水分を飛ばして、 型に入れたら生チーズの完成です。 でも、ちゃんとしたチーズはこれからが本番で この生チーズを塩水につけて、味を調えてから 冷暗所に数ヶ月から数年のあいだ保存して、 熟成って云うのをさせないと、完成しません……。 時間がかかるんですね。で、出来上がりです」 商人子弟「なかなか手間がかかるんだな」 従僕「ですです! でも美味しいですよね。 ぼく勉強ついでに一杯味見しました」にへらぁ 商人子弟「これ。ほっぺた緩んでるぞ!」 従僕「わわわっ」 商人子弟「で、基礎知識はそれでいいとして、 そこから何をどう考えたんだ?」 従僕「えっと、最初に考えたのは。 ミルクからチーズを作ると量が減っちゃうので 寂しいということです」 商人子弟「ふむ」 153 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 08 43.16 ID o0eNIb.P 商人子弟「でも、それは減って当たり前だろう? 説明に出てきたとおり、水分が抜けるんだから」 従僕「ええ、そうなんですけれど、 どれくらい減るかですよね。 いろいろ聞いてみたんですけれど、 ミルクを鍋に10杯用意すれば、 1杯分のチーズが出来るみたいです」 商人子弟「1/10か」 従僕「でも、市価で言うと、 チーズは同じ重さのミルクの30倍くらいの 値段で売れているんです。 1/10なら、値段は10倍で良いはずでしょう?」 商人子弟「ふぅむ、つまりその余剰部分は、 人件費とか、他の材料費とか何だろうな。運送費とか」 従僕「えーっと、それもあるんですけれど、 大きいのは熟成にかかる費用なんです」 商人子弟「熟成……」 従僕「つまり、チーズは冷暗所で熟成させなければ ならないでしょう? 農家の人から見るとミルクを仕入れてチーズを作っても、 すぐにはお金にはならないんです。 お金になるのは、半年から二年ほどたったあと。 しかも、そのころまでチーズが無事かどうかは 判らないし、チーズの値段が上がっているか 下がっているかも判らないんです」 商人子弟「ふむ」 155 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 11 46.49 ID o0eNIb.P 従僕「ぼくの調べたところ、チーズを作るって言うのは、 ずいぶん、なんていえばいいのか……。 宝くじを買うようなものみたいなんです。 だから大きくいっぱい作るわけには、行かないみたいな」 商人子弟「ふむ。で?」 従僕「で、考えたのはこれです」 ごそごそ 商人子弟「ふむふむ」 従僕「この紙に書いたんですけれど……」 商人子弟「これは、保管所だな?」 従僕「です。……えっと、えっと。 塩水につけてあとは塾生を待つだけのチーズを、 “販売後の価格の6割”を基準に買い取るんです。 そうすれば、チーズを作った人はチーズを作った 次の週には現金を受け取ることが出来ますよね?」 商人子弟「そうなるな」 従僕「で、この保管所の人は、一定期間、チーズを 裏返したりして管理して、出荷時期が来たら販売するんです。 この保管所のお店にはいつでもチーズが並ぶことになるし、 材料調達や製造のための人手や道具、技術は必要ないです。 どちらかというと、管理業務に近いです」 158 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 18 03.27 ID o0eNIb.P 商人子弟「でも、管理の途中で虫食いが発生したりして トラブルが起きたら、チーズはダメになっちゃうだろう?」 従僕「ですです。だから6割で買い取りなんです。 4割は、利益率と考えるのがおかしくて、 これは、危機とか、保険とか……」 商人子弟「リスク?」 従僕「です。そのりすくの、費用です。 ポイントは、数です。 つまり、何ヵ所かの保管所を作ってチーズを熟成のあいだ 保存することによって、そのりすくを低下させるんです。 一個一個のチーズはダメかも知れないし、 無事出来るかも知れないし、美味しくできるかも 知れないでしょ? 小さな農家のおじさんは、チーズが四つ続けて失敗したら 次にミルクを買うお金もなくなっちゃうんです。 でも、一杯チーズを扱っていれば、全体の1/10が 失敗しても、それは他の成功部分で吸収できますよね。 だから、ここではチーズを中間の価格で買い取って 売れた儲けで、平均化しようって言う考えなんです。 ……あの、変なこと言ってますか?」 商人子弟「いいや、いいぞ。続けて」 159 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 19 03.93 ID o0eNIb.P 従僕「この買い取り価格は、いまとりあえずで6割って 決めてありますけれど、 これはこの数式にいままでの市場価格を代入した だいたいの数字です。もし、チーズが沢山ダメになるなら この買い取り価格の割合を下げればいいし、 成功率が高いのなら上げればいいですよね? えと、これはですね……んっと」 商人子弟「代替え的な意味で、金利なんだな」 従僕「はいです! で、もっとあるんです。 今後はこの価格を元に、納入してくれる農家さんの チーズのおいしさとか、売れ具合とか、 その年のチーズの多さとか少なさを入れて 細かく買い取り価格を分けてゆくと良いと思うんです」 商人子弟「ふむ、そのこころは?」にこり 従僕「だって、美味しいって褒めてもらえたら それで“チーズ一等賞まーく”とかもらえたら 頑張ってもっと美味しいチーズを作るでしょう?」 商人子弟「よーし。良くできたぞ」くしゃくしゃ 従僕「ふふふーん」にこにこ 商人子弟「なかなか優秀になったじゃないか!」 従僕「ですか? ですか? ご褒美ですか♪」 商人子弟「ご褒美は次の課題だ」 従僕「……」ピシッ 商人子弟「次も難問。……そう。長靴だな」 175 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 51 14.88 ID o0eNIb.P ――開門都市、改築された酒場 ちりんちりーん♪ 勇者「おぃーっす」 魔王「おい。いいのか?」 勇者「いいんだ、気安い店なんだ」 有角娘「いらっしゃいませー♪」 酒場の主人「おー。これはこれは、黒騎士の旦那じゃ ありやせんか。さぁさぁ、こっちへどうぞ!」 勇者「な? 顔なじみなんだよ」 有角娘「何を飲みますかー?」 魔王「あー」 勇者「冷たいエール二杯ね」 がやがやがや 魔王「わたし決めていないぞ」 勇者「これがお約束なの」 魔王「そうなのか。……わたしは、その。 この種の酒場には初めて入ったぞ」 勇者「そうなの?」 魔王「必要がなかったからな」 有角娘「おまちどうさまー!」 ドドンッ! 176 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 52 57.95 ID o0eNIb.P 魔王「あ、ありがとう」 勇者「さぁ飲むかっ! 今日は飲みまくるぞ」 魔王「う、うん。代金は良いのか?」 勇者「あとでまとめて払うんだよ。 ……メイド長いないと、ほんっとに常識的なことは 判らないんだなぁ、魔王は」 魔王「すまん」 勇者「しょげるなよ。せっかく旨い物くいにきたんだし」 魔王「そうだな」 勇者「かんぱーい!」 魔王「かんぱい」 がやがやがや 人間商人「おーい! こっちに葡萄酒くれ! ビンで!」 魔族商人「それから羊の焼き串を二本だ!」 勇者「何食おうか?」魔王「わたしは何を食べればいいのだ?」きょときょと 勇者「おっちゃーん、何があるの?」 酒場の主人「なんでもあるが、今日はパンを焼いたぞ。 馬鈴薯もあるし、羊も潰したな。卵は新鮮なのがあって キャベツの漬け物もあるし、ベーコンもソーセージもある。 ソーセージは最近人気の、呼称と軟骨の入ったヤツだ」 勇者「じゃぁ、それ。それから、チーズな。 んで、岩塩振った羊肉の軟らかいところと、 野菜の壺煮に、リンゴも」 179 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 54 31.80 ID o0eNIb.P 酒場の主人「あいよう! 順番は適当でいいよな」 勇者「任せるよ~」 魔王「な、なんだ。勇者、手慣れているではないか」 勇者「そりゃ勇者だもの。あちこち旅してるから」 がやがやがや 魔王「そうか……。混んでいるな」 勇者「ああ、この店は結構人気があるんだ。 開門都市が人間に攻略する前からの老舗だし、 商売は堅実で、料理の味は良いときてる」 酒場の主人「おうおう、褒めてくれてるじゃねぇか。 おらよぅ、まずはチーズと、ソーセージだ。 たっぷり盛っておいたからな」 魔王「ありがとう……」 勇者「何かしこまってるんだ?」 酒場の主人「はははっ! しかたあるめぇ! きっと、このお嬢様はこういう下品な店には 慣れてねぇんだよ。この童貞小僧っ! がはははっ! デートの店くらいは選びやがれってんだ!」 勇者「そんなに自分の店をこき下ろして 泣きたくならないのかよ、おやっさんはよっ」 酒場の主人「こきゃぁがれ。この店は、下品でいいんだよ。 街で働いているそう言う連中が酒と旨いメシを目当てに来る。 そう言う店なんだからよ」 181 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 22 56 16.42 ID o0eNIb.P 魔王「……」もぐもぐ 勇者「どうよ、最近」 酒場の主人「あー。いい感じだよ。 どうだい? 広くなったろ。区画整理とやらで 道が一本つぶれて、その分店を少し建てましたんだ。 金を借りることも出来たし、 最近じゃ、食料も安く入ってくるようになった。 人が増えてるんだな、日々の稼ぎも何とかだ」 勇者「そっか。なら良かったよ」 酒場の主人「黒騎士さまのお陰って感謝もしてるんだぜ?」 勇者「よせやい」 有角娘「お代わりいかがですかー?」 酒場の主人「だ、そうだ。どうだい?」 勇者「おい、次は何を飲む?」 魔王「えーっと、その」 有角娘「葡萄酒とかいかがですか?」 魔王「じゃぁ、それ」 勇者「二つ頼むよ」 有角娘「うけたまわりましたぁ♪」 酒場の主人「まあ、ゆっくりしていってくれ! 羊が焼けたら運んできてやるよっ」 184 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 01 41.33 ID o0eNIb.P がやがやがや 人間商人「塩はどんなあんばいだ」 魔族商人「儲かるって言えば儲かるが、安定してきたし 以前のように金塊を運ぶって感じではないな」 紋様店主「いやいやいや、大変ですよ。あははは」 旅の傭兵「そう言うこともあるかも知れぬなぁ!」 がやがやがや 魔王「――」きょろきょろ 勇者「どうした? ぽやんとして」 魔王「え、あ」 勇者「?」 魔王「う、うん」 勇者「もしかして、不味かったか?」 魔王「違うぞ。このソーセージはすごく美味しい」 勇者「じゃぁ、こういう店は苦手か? ごめんな」 魔王「いやっ。そんなことはないっ。ただ、その。 はじめてで。こんな風に賑やかで、楽しそうで。 そうではないかと思っていたが、やはりわたしは 世間知らずなんだな」 勇者「そっか」 187 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 03 44.98 ID o0eNIb.P 獣人狩人「今年の毛皮はよく売れた。これで土産が買える」 人間商人「では碧玉なんてどうです? 気になる娘さんに上げれば、2人の仲も進むこと 間違いなしですよ。あるいは鉄の鍋などは? 足がついていてどんな所でも使えますしね」 がやがやがや 魔王「――」 勇者「ん?」 魔王「あれらは、何を話しているのだろう?」 勇者「いろーんなことだよ。 ほら、あそこにいる獣牙の男は森から毛皮を売りに来たんだ。 彼はよい年頃だから、そろそろ独り立ちの時期なんだろう。 剣の鞘もまだ新品同然だし、随分ほっとしているな。 多分1人で街に毛皮を売りに来たのは 初めてなんじゃないかな? 良い値段で売れたんだろうな。 俺はあんまり詳しくないけれど、彼はこれで儲けをもって 集落に帰れば、一人前だ。結婚も認められるようになる」 魔王「そうか。……わたしは獣牙の政治や経済規模や 人口統計や支配者には詳しい。 文化だって一通りは知っているつもりだ。 だからそうやって説明されている通過儀礼としての 行商だって知ってはいるけれど、見たのは初めてだ」 勇者「うん」 有角娘「野菜の壺煮ですよ~♪ どうぞ」 魔王「暖かそうだ」 有角娘「暖かくて美味しいですよ! 召し上がれ」にこっ 188 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 05 49.61 ID o0eNIb.P 勇者「あんがとさんっ!」 有角娘「いえいえっ」 魔王「……」こくっ、こくっ 勇者「美味いなぁ! もきゅもきゅ」 魔王「うん」 勇者「?」 魔王「いや、美味しいな。……それに」 勇者「……」 がやがやがや 水竜娘「あははははっ。お上手です」 旅の詩人「いえいえ、真心のみですよ」 魔王「みんな、楽しそうだ」 勇者「そうだな」 魔王「顔を真っ赤に火照らせて、笑っている」 勇者「酒場だし、そんなもんだよ」 魔王「そうなのか? でも」 勇者「もぐもぐ」 魔王「なんだか、すごいなぁ……。 胸の内側が、思いであふれそうな気分だ」 勇者「もきゅもきゅ」 191 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 08 23.23 ID o0eNIb.P 酒場の主人「ほいきた! こんどは子羊の網焼き、 岩塩とハーブ、タマネギ添えだ。 ――ん、どうした?」 魔王「ご主人。ここの料理は美味しい」 勇者「へ?」 酒場の主人「おやおや、どうしたってんだ、 美人のお嬢さんに褒められちまったよ。こりゃまいるな!」 魔王「いや、嘘偽りのない気持ちだ」 勇者「そりゃ、茹で馬鈴薯10連発のあとならなー」 酒場の主人「ま、いいやな! よし、葡萄酒をもってこい! この2人に一杯ずつ注ぐんだ! この方は魔王様直属の黒騎士殿なんだぞ! 考えてみれば、童貞でこれはすごいことだ!」 勇者「やかましいわっ!」 酒場の主人「我が店の最も栄誉ある常連様だ。 なんたって、あの解放作戦を この店で計画してくだすったんだからな!」 魔王「そうなのか?」 勇者「まぁ」 獣人狩人「そうなのか? 黒騎士殿なのか!?」 人間商人「なんてこったい! こんなところでお目にかかるとは!」 魔族商人「魔王様は大丈夫なんですけぇ? なんでも大会議でお倒れになったと聞きましたが」 紋様店主「おかげさまで、私たちは商いを続けさせて もらってますよ! 魔王様には感謝してるんです」 196 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 12 00.20 ID o0eNIb.P 魔王「え、あ……。あっと」 勇者「……よし」 ガタン! 有角娘「え? え!?」 酒場の主人「ほほう!」 勇者「あー! 聞いてくれ諸君っ!! 確かに俺は魔王直属の騎士、魔界の剣、黒騎士だっ! 心配には及ばぬ。確かに狂賊の一矢に魔王は倒れたが その傷もすっかり癒えて、今日も魔王城からこの魔界 全ての平安の繁栄を祈っている!! この魔王直轄地、開門都市を見ろっ! 人間と魔族が互いに杯を干し、喧嘩をしながらも 仲良くやっている。様々なものを売り買いしてなっ! おやじぃ!」 酒場の主人「あいよぅ!!」 勇者「全員に好きなものを注いでくれっ! 最初の一杯の上がりは俺が持つぜ! さぁみんな、杯を掲げろっ! 魔王様に乾杯だ! あの方は喧嘩は弱いが、皆を気にかけることでは 並ぶものがないぞ! その一杯が魔王の力となることを 願って杯を干してくれっ!」 有角娘「あわあわ」ぱたぱた「どうぞ、こっちもどうぞ」 「「我らが魔王に栄えあれ! この地に永久の平安あれっ」」 202 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 23 36.96 ID o0eNIb.P ――蔓穂ヶ原にほど近い廃砦 器用な少年「ほれ、これで、こうやって、こうよ」 ガチャリ! 貴族子弟「ほほう。見事です」 傭兵の生き残り「うまいもんだ」 器用な少年「へっへーん!」 貴族子弟「いや、誰にでも取り柄があるものですね」 傭兵の生き残り「ははは」 器用な少年「くそぅ! お前ら今に見てろよ」 貴族子弟「褒めているのに」 傭兵の生き残り「いいじゃねぇか。坊主。 暖かい服も買ってもらったし、 メシも食わせてもらってるんだろう」 器用な少年「これは正統な報酬ってヤツだ!」 貴族子弟「そうそう。報酬です。貸し借りはない」 器用な少年「なっ。こう言っている」 貴族子弟「ただし。故郷の敵討ちのチャンスを 与えられたという意味で、まともな道義心のある少年ならば 当然のように感謝をするでしょうがね」 器用な少年「……それは、してる」 203 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 25 24.32 ID o0eNIb.P 貴族子弟「よろしいでしょう。 しかし、はぁ……。こりゃしつけは大変だ」 器用な少年「はぁー!?」 貴族子弟「いえいえ、こちらのことですよ。少年」 傭兵の生き残り「俺たちも良いんですかい? 隊長もいなくなっちまったのに」 貴族子弟「あなた方の隊長はわたしの依頼を 一分の隙無く果たしてくれました。 今度はこちらが契約を守る番です」 傭兵の生き残り「ならありがたいけどな」 器用な少年「よー。あんちゃん。こんな場所で良いのかよ?」 貴族子弟「ええ、逆に私たちの国に運び込んだら きっと発見されてしまいますよ。監視されていると 思って間違いないでしょう。敵も馬鹿じゃない。 それに……。ずいぶんな量でしたからね」 傭兵の生き残り「そうですな。へとへとだ」 器用な少年「ところで、あれはなんだったの?」 貴族子弟「硝石です」 傭兵の生き残り「……宝石にしては汚かったな」 器用な少年「ただのくず石じゃねぇの?」 貴族子弟「ただのくずでで終わって欲しいですね」 222 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/09/30(水) 23 59 02.59 ID o0eNIb.P ――開門都市近郊、虹の降る丘 さくっさくっ 魔王「……」 勇者「……」 魔王「……うー」 勇者「起きたか?」 魔王「……起きた」 勇者「大丈夫か? そろそろ転移できるけど」 魔王「ダメだ」 勇者「は?」 魔王「いま転移したら終わってしまう」 勇者「ええと」 魔王「魔王の威厳も乙女のイメージも勇者との関係も終わりだ」 勇者「またまたぁ」 魔王「ううっー。とにかく今はダメだ」 勇者「わぁったよ。降ろそうか?」 魔王「うん」 勇者「ほい。……平気か?」 223 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00 00 15.32 ID chcZF3wP 魔王「割とダメだ」 勇者「あー」 魔王「お水あるかな」 勇者「持たせてくれたけど。親父は手回しいいなぁ」 魔王「……こくん、こくんっ」 勇者「……」 魔王「ううう。頭がぐらぐらするぞ」 勇者「相当飲んだものな」 魔王「魔王にあるまじきていたらく。 今なら理解できそうだ。 三軸以外の戦闘機動というものを。 ああ。世界は他にも次元があるのだなぁ」 勇者「何を言っているんだ」 魔王「首から上がデフレで、首から下はインフレなんだ」 勇者「なんだか良く判らないけれど、 凄まじい状態だって事は判った」 魔王「勇者に掴まってないと、世界から落ちる」 勇者「思うぞんぶん掴まっててくれ」 魔王「助かる、勇者」 勇者「酔っぱらいの開放くらいだぞ、俺が感謝されるのって」 225 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00 01 11.17 ID chcZF3wP 魔王「そんなことはないのになぁ」ぐてん 勇者「おい、夜露で濡れるぞ」 魔王「ひんやりして気持ちがよい」 勇者「まったく」 魔王「メイド長がいないから怒られないのだ」 勇者「そうだけどさ」 魔王「勇者勇者」 勇者「ん?」 ぷす 魔王「ふふふ。ひっかかった頬つっかい棒~」 勇者「子供か、魔王は」 魔王「やけに愉快な気分だ」 勇者「子供ではなく酔っぱらいだった」 魔王「だって美味しかった」 勇者「美味かったな」 魔王「それに、乾杯してもらえた」 勇者「うん、そうだな」 魔王「……」 勇者「……」 魔王「ふふふふふっ」 226 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00 02 29.12 ID chcZF3wP 勇者「どうした、突然」 魔王「無敵感満タンだ!」 勇者「機嫌治ったのか? 煮詰まり治ったか?」 魔王「うん、どっかにいってしまった」 勇者「そりゃ良かった」 魔王「あとはもふもふで完璧だ」 勇者「それは今度な」 魔王「けち」 勇者「濡れちゃうだろう」 魔王「けちけち勇者」 勇者「やっぱ、酔っぱらいだな」 魔王「あれを見ろ、勇者っ」びしっ 勇者「そんなのに引っかかるかよ。そういうのは 百万回くらい爺に騙されてるんだっての」 魔王「いいからっ」 勇者「なんだってんだよ」 魔王「虹が、降っているよ?」 勇者「ああ……」 魔王「綺麗だろう?」にこり 勇者「ああ」 227 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/01(木) 00 04 13.15 ID chcZF3wP 魔王「やっぱり負けるのはダメらしい」 勇者「うん」 魔王「わたしはこれから、計画の練り直しだ。 マスケットを敵に与えてしまったのはわたしのミスだ。 本来であれば、わたしは責任をとるために、 もっと強い武器を南部連合に提供しなければいけないと思う。 でも、それをすれば、死者の数はもっともっと増えてしまう」 勇者「ああ」 魔王「でも、わたしのそんな躊躇い……。 火薬を広めて良いのか悪いのかという躊躇いが、 マスケットを敵に量産させる結果を招いてしまったんだな」 勇者「……うん、そうだな」 魔王「なんのことはない。勇者に偉そうに講釈しておきながら 一番覚悟が出来ていなかったのがわたしだったというわけだ」 勇者「……」 魔王「何度でも思い知る。 やはりわたしは1人じゃ何も出来ない。 この件に関しても、もっと早くに相談すべきだったんだ。 彼女であれば、それを用いても被害を増やさない方法を 思いついたかも知れないのに」 勇者「うん」 魔王「吹っ切れた。 わたしもこの件から逃げ回るのはやめよう。 女騎士と話し合うべき時期が、来たのだと思う」 ページトップへ <前8-5へ|次9-2へ>
https://w.atwiki.jp/maoyu/pages/65.html
<前10-4へ|次10-6へ> 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」10-5 681 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 16 24.23 ID 7lABGacP ――開門都市、城壁を囲む聖鍵遠征軍、豪奢な天幕 ……ォォン! ……ドォォーン! 大主教「攻めよ! 攻めるのだ、あの都市を」 従軍司祭長「はっ。灰青王の話では昼夜を分かたぬ砲撃にも 良く耐えているそうですが、なに。人の心とはそのように 強き物ではありません。 一月もたたぬうちに希望の根底もへし折れ、 頭を垂れて降伏をしてくるでしょう」 大主教「手ぬるい」 従軍司祭長「は?」 大主教「手ぬるいのだ。銃兵を鼓舞せよ。 あの城門へと突撃させよ。 何をしている、それが精霊の望みなのだ」 従軍司祭長「そ、それは。流石にっ」 大主教「流石に、なんだ」 従軍司祭長「あの防壁はマスケットや槍程度では いかんともしがたく。 あの都市には火砲はないと確認しておりますが それでも投石機や弓矢、防衛兵器は十二分に備えてありましょう。 歩兵を突撃させるのは、まさしく無謀かと」 大主教「それは、軍の理屈。精霊の理ではない」 従軍司祭長「そ、その……」 大主教「百合騎士団隊長」 百合騎士団隊長「はっ」 684 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 18 02.82 ID 7lABGacP 大主教「汝が鼓舞をせよ。農奴兵を煽り立て、 あの都市へ突撃されるのだ」 百合騎士団隊長「はいっ。猊下のお心のままにっ」 大主教「ふふふふっ」 従軍司祭長「な、なにゆえに……」 大主教「魔族がいくら死んでも、勇者は現われぬ」 ころり。ころり。 従軍司祭長「は、は?」 大主教「だが、人間の苦鳴に耳を塞ぐことが出来るものかな。 ……くっくっくっ。鍵は魔王でも、勇者でも良い。 しかし、戦場で討ち取りやすいのは、勇者。 我らが精霊の子である以上、勇者は我らを憎めぬ」 従軍司祭長「な、なにを仰っているのか」 大主教「判らずとも良い。……そうであろう?」 百合騎士団隊長「そうです。我らは理解する必要はありませぬ。 猊下のお言葉と、戦場に溢れる阿鼻の蜜月、 叫喚の睦言さえあれば他には何もいらぬでしょう?」 とろり 大主教「ふふふっ」 従軍司祭長 ガクガクッ 百合騎士団隊長「出陣いたします、猊下」 大主教「任せよう」 696 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 33 48.35 ID 7lABGacP ――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍 ばさり メイド姉「お招きくださり、ありがとうございます」にこり 貴族子弟「これは勇壮な軍ですね」きょろきょろ 生き残り傭兵「……」むすっ 王弟元帥(この少女は……。何者だ?) 参謀軍師「では、こちらから名乗らせて頂きましょう。 我らは聖鍵遠征軍別動部隊。 こちらは聖王国の王弟元帥閣下です。 わたしは参謀軍師。お見知りおきを」 聖王国将官「わたしは聖王国将官」 王弟元帥「王弟元帥だ。そちらの身分、および目的を聞こう」 メイド姉「はい。わたしはメイド姉と申します。 身分は……旅の学士です。 現在はこの軍を率いる司令官を務めさせて頂いています」 参謀軍師「軍だと……?」 貴族子弟「わたしは貴族子弟」 メイド姉「こちらは傭兵隊長どの。わたしの護衛部隊を 率いてくれています。強いですよ」 生き残り傭兵「ふんっ。忘れてくれて一向にかまわねぇ」 王弟元帥「して、目的はなんなのだ?」 メイド姉「一つ確認したいのですが、 この部隊は現在、旧蒼魔族の首都を目指して進軍中ですね?」 聖王国将官「そんな事は見れば判るだろう」 メイド姉「では、兵を引き上げて頂きたく思います」 699 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 38 41.51 ID 7lABGacP 生き残り傭兵「流石に馴れては来たけどよぉ」 王弟元帥「ふふっ。少女よ。いや、司令官だったか。 いったいどのような権利を持ってそのようなことを云うのだ」 メイド姉「はい。わたしは、現在あの領地を占領しています」 参謀軍師「なっ!?」 聖王国将官「なんだとっ!?」 メイド姉「あの領地を魔王よりあずかっている機怪族は 我が軍との平和的な交渉の結果、 領地の支配権を我が軍に全面的に譲渡しました。 こちらはその書面の写しになっています」 参謀軍師 ばっ! 「……っ。まさかっ」 メイド姉「現在のこの領地の領主として、貴軍に要請します。 貴軍は現在、旧蒼魔族領地にすでに侵入しています。 交戦の意図なくば至急軍を返し、領地外に出て行って頂きたい」 聖王国将官「交戦の意図なくばっ!? ふざけるな、我々はっ」 メイド姉「人間の治める国に侵略するのですか?」きょとん 王弟元帥「……っ」 参謀軍師「なんという……」 メイド姉「我が軍はその構成員の全てを人間で編成しています。 現在、旧蒼魔軍領土は、人間の治める人間の領地」 参謀軍師「そのような寝言をっ。何が平和裏なのだっ。 軍を持って、兵力の少ない領地を占領したに過ぎないではないか。 他国の領土に攻め入った上におこがましいっ」 メイド姉「そのお言葉、そっくり御身に返るかと思います」 706 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 43 07.43 ID 7lABGacP 参謀軍師(どうするのだ? いくら何でも大規模な軍が魔界へ入っていたとは考えがたい……。 どのように多く見積もっても1万から2万。 ひと思いにかたづけられない数ではないが……) 参謀軍師 ちらっ 貴族子弟「それで足りないならば、そうですね。 ぼかぁ、じつは氷の国に籍を置いている 外交特使というやつでして」 聖王国将官「氷の国っ!?」 参謀軍師「南部連合が、こんなところにまでっ」 貴族子弟「はい。旧蒼魔族領地ですか。 この領地は現在我が軍の統治下にありますが、 自治政府として再生を図っている途上でもあるわけです。 もちろん南部連合入りを前提としてですね」 参謀軍師(なんだと……。こ、この男。 それが真実だとすれば、南部連合との全面戦争を 引き起こしかねない。 いずれぶつかるのは確実にしても いまこの状態でぶつかれば、無防備な聖王国本国が灰燼に帰す。 奴らは、自分たちの懐が痛まない魔界の一地方を切っ掛けに 大陸全土を掌握するつもりだと云うことかっ!?) 王弟元帥「貴公の話が事実だという証拠は?」 貴族子弟「もちろん、いくらでも氷の国に照会を 取って頂いて結構ですよ。 ただし、嘘だという証拠も無いわけですよね。 この場を押し通るおつもりであれば、 これはもう、氷の国としても大変に遺憾であるとしか 言い様がない痛恨事だと思います」 生き残り傭兵(おったまげるな、この二人……) 707 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 45 29.92 ID 7lABGacP 参謀軍師「……閣下」 王弟元帥「それは知らなかったこととは言え、失礼なことをした。 全ては情報の遅れと行き違いだ。謝罪をしよう」 聖王国将官「……っ」 メイド姉 こくり 王弟元帥「とはいえ我ら兵を退くわけには行かぬ。 この進軍は聖鍵遠征軍として大主教猊下の命令の下 行なっているもの。ひいては、光の精霊の意志。 中央の国家と南部の連合の間にはなんのわだかまりもないが 聖光教会は南部連合諸国家を異端の罪で告発している。 ご承知だろうが、聖鍵遠征軍と南部連合は 目下交戦状態にあるのだ。 そのことをお忘れではあるまい?」 メイド姉 じぃっ 参謀軍師(閣下! それでは、それでは戦争が始まります。 みすみす南部連合を我ら聖王国に進軍させる 口実を与える結果になってしまいます。 どうかっ。それだけは!) 王弟元帥「しかし、我ら聖王国を始め中央の諸国家は その事態に関して遺憾に思うことがあるのも事実だ。 何と言ってもわれらは同じ人間。 魔族の脅威に剣と槍を並べ、戦った仲ではある。 その同じ人間に対して、数万のマスケットを向けねばならぬとは 一人の武将として悲痛な思いだ。 たとえ聖鍵遠征軍とは交戦状態にある南部連合であろうと 中央国家の武将の一人としては、けして戦を望むわけではない」 貴族子弟(へぇ……。そういうレトリックも使えるわけだ。 戦争は教会の意志なので、聖王国に罪はない、と。 さすが聖鍵遠征軍の頭脳、その中心。才気溢れていますねぇ) 711 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 48 15.89 ID 7lABGacP メイド姉「そうですね、我ら人間同士が争って 益のあることは何もありません」にこり 生き残り傭兵(痺れるな……。 こっちは手のひらが汗でぐっしょりだぜ) 王弟元帥「われらは、大主教からこの地を奪い、 ぜひ補給線を確立させよとの命を受けている。 この命に背くことは出来ない。光の子として」 メイド姉「わたしも光の子です。 いっそ湖畔修道会はいかがですか? 湖畔修道会は、王弟元帥。 あなた個人も聖王国も、どちらの参加も歓迎しますよ」 貴族子弟(~♪ 云いますね。さすが住み込み弟子だ) 王弟元帥「ははははっ。お申し出は有り難いが それを受け入れるわけにも行くまい。 我ら聖王国は大陸諸国家の長兄として秩序を護る義務がある」 メイド姉「秩序、とは?」 王弟元帥「安心だ。人々が安心して日々を送る事が 出来るのは何故だと考える? それは、昨日と同じ今日が、今日と同じ明日が続くからだ。 なぜ夜眠れる? それは朝になれば目覚めると判っているからだ。 もし寝ている間に死ぬかも知れなければ、 恐怖で眠ることは出来ぬだろう。 しかし、我らは経験的に、朝になれば目覚めると知っている。 それが繰り返しであり、秩序というものだ。 もちろん、中には不幸な例もある。 あるいは病で、あるいは押し込み強盗に殺されて 朝になっても目覚める事はないと云うことがな。 これは繰り返しが壊れるという意味において、 秩序の破壊であり、混沌だ。 我ら聖王国は秩序の守護者として、民草の安寧を得るためにも 昨日と同じ今日、今日と同じ明日を護らねばならぬ」 メイド姉「いままで聖光教会に従ってきたので、 そしていままで農奴制度を確立してきたので、 さらに貴族社会と王権の絡み合ったその構造を護るため、 ……いまさら変われぬと?」 王弟元帥「早い話が、そうだ。そして民もそれが幸せなのだ」 715 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 00 51 53.00 ID 7lABGacP メイド姉 きっ 貴族子弟(……敵ながら、肝の据わった男だ。 この男は欲もあるのだろうが、それ以上の部分がやっかいだな) メイド姉「では、結論としては?」 王弟元帥「補給線は確立せねばならぬ。 しかし争いはけして望むところではない。 大主教の宣言があり、交戦状態ではあるが 今日このとき、この場所で出会ったことはこちらにとっても 不測の事態であったのだ。そしてここは魔界。 お互い人間の軍として、その軍勢を消耗することは なんとしてでも避けるべきではないだろうか? そこでわたしは提案しよう。 食料馬車四千台分、および硝石馬車千台分の供出をして貰いたい。 代金は支払おう。新王国の金貨で、そうだな600枚でどうだろう」 生き残り傭兵(馬鹿云うなっ。そんなはした金じゃ 武具ひとそろいも買えないだろうが!) 貴族子弟「お断りした場合は?」 王弟元帥「両軍にとって痛ましい事態。 強制的な補給線の確立と云うことになるだろう」 貴族子弟「南部連合に侵攻すると云うことですね?」 王弟元帥「それは聖光教会の意志だ。 われら中央国家は、もちろんこの事態に深く心を痛める」 生き残り傭兵「けっ。つまりはドンパチやりたいのか」 参謀軍師「侮辱しようというのか、貴殿っ」 ばさりっ。 ざっ。 勇者「いや、俺も聞きたいな。ドンパチやりたいのか? 王弟元帥は。……人間同士の軍で、ドンパチをさ」 822 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 05 07.47 ID 7lABGacP ――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍 ばさりっ 参謀軍師「このようなところで軍を停止させざる得ないとは……」 聖王国将官「確かに」 とさっ 王弟元帥「勇者よ」 勇者「ほいよ」 王弟元帥「勇者はあの少女と顔見知りなのか?」 勇者「多少はね」 王弟元帥「あの少女はいったい何者なのだ?」 勇者「んー。聖王国や教会が“紅の学士”と呼ぶ女。 ……の片割れだよ。 南部連合に農奴開放運動を巻き起こした張本人とも云える」 王弟元帥「――」 参謀軍師「あの少女が?」 聖王国将官「まさか。まだほんの娘ではないか」 勇者「俺もびっくりしてるよ」 王弟元帥「そうか。それであの弁舌、か。ふふふっ」 参謀軍師「元帥閣下……」 824 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 07 11.69 ID 7lABGacP 王弟元帥「勇者はどう思うのだ?」 勇者「何を?」 王弟元帥「この戦についてだ。 ここまで同行してきてくれた事については 深い感謝の意を持っている。 だが、そちらも散々にはぐらかしてきたのは事実だろう? そろそろ聞かせて貰おう、勇者の本音を」 勇者「俺の本音は最初から一つだ。この世界を守る」 王弟元帥「我ら人間の世界をか。 では、人間同士の軍の衝突はどう考えているのだ?」 勇者「ケツの穴のちいせーことを言うなよ。 王弟元帥。地上最大の英雄のくせに。 ここまで歩いてきたんだろう? この世界つったらこの世界だよ。 歩いていけるたった一つのこの世界に人間も魔族もあるものか」 参謀軍師「っ!! なんですとっ」 がたっ 聖王国将官「それは異端だっ!!」 勇者「最初っから聖光教会になんか参加してねぇし 光の精霊なんか信仰してねぇよ。 俺は個人的に光の精霊に頼まれて、 その願いを聞こうかなって思っているだけ。 俺のは信仰じゃないんだよ」 王弟元帥「ふふふふっ。はははははっ!!!」 勇者「おかしなことを言ったか?」 王弟元帥「いいや、まったく。……たいしたものだ。 まったく筋が通っている。 やっと腹蔵無くはなせそうだな。勇者。 そうだ、初めて話をするような気さえする」 参謀軍師「そんなっ」 826 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 10 21.36 ID 7lABGacP 王弟元帥「では、勇者は いま眼前にある紅の学士と我らとの争いも、 魔族と聖鍵遠征軍の争いも どちらも等しく嫌悪すると。それでよいのだな?」 勇者「そうだよ」 王弟元帥「どうあっても?」 勇者「どうあっても」 王弟元帥「では、眼前にその事態が発生したらどうするのだ」 勇者「王弟元帥こそ止める気はないのか?」 王弟元帥「無いな――。 勇者よ。聞いただろう? 我は民草の秩序と安寧のために戦っている。 そもそも農奴開放がこの世界に何をもたらしたのだ? 結局は混乱をもたらしているだけではないか。 貧しくて飢えた不毛な南の地を釣り得に新しい支配者が 新しい奴隷を、別の名称で募集したに過ぎない。 そのような偽りな希望をぶら下げるよりは、 安定した今までの機構を維持する方がどれだけ有意義かも知れぬ。 歴史がある、というのは 今までそれでやってこれたことを示すのだ。 新しいこと全てが正しいなど、どこの寝言だ。 違うか、勇者?」 勇者「聖王国の利益を保護しているように聞こえるな」 王弟元帥「そうだ。それが何故いけない? 自らの利益を追い求める王は悪であるなどとは 所詮は持たざる者どもの僻みの声でしかない。 王は富んで良いのだ。国を富ませさえすれば。 聖王国の利益を求めることと、 民に秩序と安寧をもたらすことは決して相反することではない。 我はどちらも最大限に大きくする方向を目指して 進んでいるだけに過ぎないのだ」 830 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 13 17.56 ID 7lABGacP 王弟元帥「中央大陸には長い間安定して発展を遂げた歴史がある。 それは農奴制と貴族社会、そして王族による統治を 前提にしたものなのだ。 その成果を否定することは誰にも出来ない。 たとえ、その機構に弱点や汚点があったとしてもだ。 わたしはそれらが無謬であるなどとは云わないよ。 だとしても、この数百年人間はその中で栄えてきたではないか。 その発展の歴史と、聖王国の軌跡は一致する。 我はこの方向こそが正しいと信じるゆえ、これを堅持するのだ」 勇者「まぁ、そうだろな。新しいことは全部正しいってのは 確かに言い分としてはおかしいわな。 何かを新しく始めればそりゃ経験もないわ実績もないわ 転んだって怪我をしたっておかしくはない」 王弟元帥「……」 勇者「だが“人間には失敗をする自由だってあるはず”ってのが まぁ、あっちの言い分なのだろう?」 王弟元帥「で、あれば、我にもまた同じだけの自由を持って 現在の体制と機構を維持したいと願うことが許されるはずだ」 勇者「その言い分も、正しいな」 王弟元帥「理解してもらえるのならば、勇者。 これは自由な意志を持つ者同士が 自分の理を通そうとする激突なのだ。 ――手出し無用に願おう」 聖王国将官「……」 勇者「……」 王弟元帥「ふっ。我に一理の正しさがあることは認めるのだろう?」 勇者「王弟元帥。ってことは、逆にあの娘が今までやってきた 新しいこと……例えば、農地改革やら農奴開放やらにだって 一理があるって事は認めているんだよな?」 聖王国将官「それは、どういうことですか?」 834 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 22 54.61 ID 7lABGacP 勇者「新しいことが正しいとは限らない。 それとまったく同じ理屈でもって 古いことが未来永劫正しいとは限らない、ってことさ」 王弟元帥「理屈の上ではな。そう主張する“自由”はあるのだろう」 勇者「だからこそ、両者はその地平では対等だと?」 王弟元帥「如何にも」 勇者「どちらも人間で、どちらも対等だから、 勇者である俺には介入するな、と。そう言うことだよな?」 王弟元帥「そうだ」 勇者「で、俺が介入しなかった場合、 自由な意志を持つ両者の激突でもって事の是非をつけようと」 王弟元帥「我らが絶対善、絶対正義であるなどとは言わぬよ。 しかし、この世界においては、自らの信じることを 貫くためには力が必要な時もあるのだ。 それがもっとも苛烈に試されるのが戦場であり その戦場に立った以上、彼女も戦士だ。 性別や年齢などは考慮されるべきではない」 勇者「そりゃ仰せ、ごもっともだ」 王弟元帥「ならば」 勇者「ならば、の先はこうだ。 ――王弟元帥。地上最大の英雄。 “ならば”そのまったく同じ理屈を持って、 つまりおのれの意を押し通すために、 戦場で力を示そうとする輩……つまり、攻撃を始める軍を、 勇者は勇者個人の自由な意志と信条を守り通すために、 暴力で排除するぞ、とね」 参謀軍師「それはっ」 聖王国将官「勇者殿……っ」 839 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 20 27 49.36 ID 7lABGacP 勇者「確かに云うとおり、人間同士、 意見が異なることもあるだろうが、 異なる意見を持つという自由はどちらにもあるんだろ? その辺は、教会よりも俺はあんたのことは買ってるよ。 どっちの味方かと云えば、やっぱり王弟元帥がいいや。 どっちに正義があるかは判らないこの世界で、 その相違を解決するために話し合いをするつもりならば、 俺は俺の上限を話し合いまでとさだめるし、 もし暴力を解禁するのならば俺も暴力を解禁するよ。 なぁ、王弟元帥」 王弟元帥「……」 勇者「恩着せる訳じゃない。 どっちかって云うと、飯を奢って貰って恩に着ているのは 俺の方であるべきだからな……。だけどさ」 聖王国将官 ぞくり 勇者「これは、王弟元帥だから云ってるんだぜ? 判るだろう? 聖鍵遠征軍の残り半分はさ。 暴力を解禁しちまってるんだって事も」 王弟元帥「それは脅迫か、勇者?」 勇者「まさかー」 王弟元帥「勇者、ならばこちらも云わせて貰うが ここには数万のマスケットがあるのだ。 勇者の戦闘能力がどれほどであろうと たった一人で軍も歴史もねじ曲げられると考えているならば それは思い上がりも甚だしいと云わせて貰わねばならん。 被害は出るだろうが、我らは勝つ。 その自信がわたしにはある」 勇者「ったりまえだ。そんな思い上がりはしちゃいない。 暴力で解決するならば、喧嘩でみんな気持ちが変わるならば 最初っからこっちは我慢なんかしちゃい無いんだよ。 こんな面倒くさい問答なんてこっちだって本当は 一番苦手なんだってんだよ。 ……本当は飛んでいきたい気持ちなんだ。 判れよ、この石頭どもめっ」 867 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21 07 53.38 ID 7lABGacP ――開門都市、防壁を囲む聖鍵遠征軍、遠征軍陣地 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 灰青王「一週間か。よく保つな」 観測兵「被害は観測できるのですが、補修を前提にしているのか 落としきることが出来ません。せめて門を狙えれば」 灰青王「しかし門を落とすためには左右の突出防壁を 何とかしないと、カノーネを近づけることが出来ない。 そういう防御策な訳だ」 観測兵「はい……」 灰青王「判ったことは?」 観測兵「どうやら、あの防壁は石組ではなくて、 巨大な土塁だと考えた方が良さそうです、 土ゆえに衝撃を吸収して、基幹部が末広がりのために 倒壊することもない」 灰青王「そしてあの傾斜か……」 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! カノーネ部隊長「灰青王閣下」 灰青王「どうした」 カノーネ部隊長「その、本日の砲撃のご指示を……」 灰青王「右辺突端部に砲撃を集中させよ。 しかし、1/4は砲撃を散らして敵に安心感と休憩の暇を与えるな」 カノーネ部隊長「はっ。はい、その……」 灰青王「どうした?」 カノーネ部隊長「実は、カノーネ用の純度の高い黒色火薬が……」 868 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21 09 52.48 ID 7lABGacP 観測兵「……」 灰青王「後どれくらい残っている?」 カノーネ部隊長「このペースだと、あと3、4日ほどかと……」 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 灰青王「砲撃の手をゆるめるな。 火薬の件を敵に知らせて希望を与えることは下策だ。 火薬については、マスケット兵のものを再配分し、 カノーネ用に供給をし直す。現在のまま砲撃を続けよ。 右辺突端さえ破壊すれば、正門を崩して流れ込むことが可能だ」 カノーネ部隊長「はっ! 鋭意努力しますっ」 観測兵「……」 灰青王「ちっ。なんというしぶとさだ。 瀕死の蛇のようにいつまでものたうち回り、見苦しい。 開門都市など、もう実質的には陥落したも同然ではないか」 観測兵「灰青王閣下っ!」 灰青王「どうしたというのだ?」 観測兵「じつは、百合騎士団隊長が……」 灰青王「あの女が?」 観測兵「そのぅ。夜な夜な、銃兵どもを大量に集めて、 集会とも、説教会ともつかないようなことをしているようでして」 灰青王「集会?」 観測兵「はい。精霊の宝は開門都市にあると。 いまこそあの都市を落とさなければならない。 そのためには光の信徒の心魂を捧げた奉仕が必要である、と」 灰青王「毒をもつ華、か……」 観測兵「いかがいたしましょう」 灰青王「その毒の香りが甘美であるのだから始末に負えぬ。 ……放っておけ。いずれ俺がけりをつける」 882 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21 36 16.64 ID 7lABGacP ――開門都市、慌ただしい市内、大通り がやがや…… がやがや…… 魔王「どうだ? 不足している物はないか?」 人魔商人「魔王様っ!? こんなところへいらっしゃらないでも、 庁舎で休んでいてくださればいいのに!」 魔王「あそこにいてもやることなど無いのだ。 防壁への登り口はこっちか?」 人魔商人「そうです、はいっ」 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 土木師弟「泥濘に石灰を混ぜろっ! 上から応急で流し込んでおけ」 巨人作業員「わがっだ……」 蒼魔族作業員「こっちにも石灰をくれ!!」 人間作業員「いま運ぶっ。台車をまわせぇl」 魔王「どうだ?」 土木師弟「はっ。はいっ」びしっ 魔王「緊張しないでくれ。世話をかけているのはこっちだ」 土木師弟「正直、そろそろ限界です。 いつ破れてもおかしくない場所がいくつもあります。 疲労が浸透して、基幹部分にもひびが入っている。 一応それらしく見せかけてありますから、 敵の攻撃が集中して無くてごまかせていますけれど……。 東側は特にまずい。工事の時にも一番後回しにした部分で、 最初から張りぼて同然だったんですよ」 東の砦長「東側、か……」 883 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21 37 25.82 ID 7lABGacP ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 魔王「逆に、まだ強度に余裕があるのはどのあたりだ」 土木師弟「南西の神殿付近ですね。あの辺はまだ攻撃を 受けてはいないし、最初から防壁の厚さもある。 あそこならいままでの砲撃を受けても、まだ一週間は耐えられる」 魔王「それでも一週間、か……」 人間長老「魔王殿、このままではこの都市は……」 魔王「沈んだ顔をするな、長老どの。 まだ決着がついたわけではない。勝負はこれからだ」 人間職人長「しかし、たとえ一週間を耐えても、 一月を耐えても、いずれは時間の問題で……」 魔王「大丈夫だ。まだ……。まだ、手はある。 火竜公女!」 火竜公女「はい」 魔王「すまぬが、これを火竜大公に渡してきてはくれぬか?」 人間長老「それは……?」 火竜公女(この書状は……白紙……!?) 魔王「援軍の要請だ。魔界は広い。この都市を救うだけの兵力は いくらでも残っている。我らはそれまでの時間を稼げばよい」 火竜公女(そんな兵力があるわけはないではありませぬか。 たとえあったにしても……。 半日で三万の屍を築いたあのマスケットの前に、 どのような長が兵を送ることが出来ましょう。 だから魔王どのは白紙の書状を……) 東の砦長「済まないな。兵を全部おっぽり出しちまって。 義勇軍のみんなには苦労をかける」 885 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 21 39 20.57 ID 7lABGacP 人間の義勇兵「まぁ、いいってことよ。 こうやって防壁の修理や 投石機でたまにお返しをするぐらいしか、 俺たちは役に立てないんだからな。 剣を振ることも馬に乗ることも出来ない俺たちには」 竜族の中年女「そうだねぇ! あっはっは。安心おしよ!」 竜族義勇兵「夜になったら、 また防壁にうまった砲弾を掘ってきてやろう。 連中達は自分が撃った砲弾が 投石機で投げ返されてさぞや悔しいだろうよ!」 魔王「うむ。もう少し辛抱してくれ」 にこにこ 人間長老「はっ。魔王様。お心のままに!」 人魔商人「よぉっし。わたしも倉庫を整理して、 どんな食料が出せるか見てみようじゃないか」 人間職人長「兵隊さん達が出ているから、 食糧の備蓄は十分ですね。二ヶ月でも三ヶ月でも保ちましょう」 ひゅるるる……どぉぉーん!! ひゅるるる……どぉぉーん!! 火竜公女「……」ぎゅっ 東の砦長「姫さん、今晩にでも」 火竜公女「……え?」 東の砦長「爺様の元へと行くんだろう? “安全に届けよ”って 魔王殿にも云われている。数は少ないが護衛をつけよう」 火竜公女「はい……」 魔王「さぁ! 暗い顔をするな! ここは自由の街開門都市ではないか! この街を護りきるのだ! 明日のためにっ!!」 892 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 14 38.90 ID 7lABGacP ――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、野営地 傭兵弓士「苛々するなぁ……。もう5日だぞ」 ちび助傭兵「うん」 メイド姉「根を詰めては持ちませんよ」 傭兵弓士「そうは云ってもな……。神経がすり減るよ。 こっちは、だって100名もいないんだぜ!?」 ちび助傭兵「それで3万の聖鍵遠征軍を足止めして、 あの領地を守りきるだなんて、頭がおかしくなりそうだ」 メイド姉「別に100名が千名でも1万名でも、 負ければ全滅しちゃうんだから同じですよ」にこり ちび助傭兵「爽やかな顔で絶望的な事言うなよっ!」 若造傭兵「やれやれ」 生き残り傭兵「まぁ、もう勝ったようなもんだがな」 メイド姉「はい」 傭兵弓士「そうなのか!? だって結局交渉では譲って 食糧の無償供給までしちゃったじゃないか」 貴族子弟「それはあまり関係ありませんよ」 生き残り傭兵「考えても見ろよ。 もしも俺たちがれっきとした大国の軍勢の 一部だったとしてだぜ? たかが百騎で300倍の軍を五日も足止めしたんだ。 あいつらが今からどこへ行こうと一週間は行軍に遅れが出る。 これが勝ちじゃなくてなんだってんだ」 貴族子弟「そうゆうことです」 メイド姉「機怪族の皆さんの待避も進んでいるでしょうね」 893 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 16 30.38 ID 7lABGacP 生き残り傭兵「5日もあれば、ずいぶんましだろう。 食料の持ち出しや隠蔽、 鉱山の閉鎖などもやってくれているはずだ」 器用な少年「すっげーハッタリだな」 貴族子弟「外交なんてそんなものです」 メイド姉「ハッタリだけじゃありませんよ? 信じた気持ちの強さが言動になるんです。 自分の命を掛けないと他人を説得は出来ません」 器用な少年「すげぇ格好良いけれど、それってある意味 “キチ○イだから無敵です”に聞こえるよなぁ」 貴族子弟「師匠もおおむねそんな感じでしたしねぇ」 メイド姉「あらあら。自分には実感ないんですが」 傭兵弓士(小声)「実感があったら余計にマズイだろう」 メイド姉「でも、あの方とは戦をしたくないですね」 貴族子弟「王弟元帥と?」 メイド姉「はい」 生き残り傭兵「ってことは、代行の姉ちゃんにも 怖い相手がいるのか? さすがにあの威厳と意志の硬さは、歯が立たないか」 メイド姉「いえ、それは怖いですけれど……。 怖いけれどためらう理由にはならないですよ。 負けるのならばそこまで悩む必要さえないんですから。 ただ、あの方にはあの方なりの正義があるのでしょう。 わたしの決意とは道が違いますけれど でも、だからと云って、 わたしにはあの方の正義を間違っていると云えるだけの 資格は無いんです。 あるいはあちらの正義の方が 世界にとっては良いのかも知れないんですから」 894 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 17 42.12 ID 7lABGacP 傭兵弓士「……」 メイド姉「わたしは別に聖鍵遠征軍が憎いわけでも 壊滅させたいわけでもないです。 出来れば、聖鍵遠征軍の人にだって死んで欲しくはない。 本当はもっと別の形で争えれば良かった。 戦以外の形で。 戦をしてしまうと、喧嘩が続きません。 片方が死んでしまいますから。 あの方には喧嘩友達が必要なのじゃないかと思います」 貴族子弟「……」 メイド姉「生意気なことを云ってしまいましたね」くすっ 傭兵弓士「いや、判らないじゃないよ」 生き残り傭兵「そうだな」 器用な少年「そうなのか? さっぱり判らないぞ」 貴族子弟「少年には、早いかも知れませんね」 生き残り傭兵「まぁ。俺たちは傭兵だからな。 戦場がなければ、食いっぱぐれちまうし、 仕事が無くなっちまうってのはもちろんあるんだが、 それ以上に、なんていうか、要らないやつになっちまうんだよ。 だから何となく判るのさ。 自分の居場所を定めたやつは、その自分の居場所では 自分を曲げるなんて事は出来ないし、やっちゃいけないんだ」 器用な少年「要らないやつ?」 貴族子弟「あの方はあれでもまぁ……。 どうにも始末に負えないながらも 聖王国の屋台骨ではあるのでしょう。 現在の中央諸国家は 長く続きすぎた歴史の中で、若い人材が払底している。 彼もまがりなりにも英雄と呼ばれる男ですからね。 ああいう風な生き方でもしない限り自分が立たないのでしょう。 あの方なりに守るものがあるんですよ。 要らないやつにならないためにも」 903 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 48 54.14 ID 7lABGacP ――魔界、南部、旧蒼魔族領地辺境部、王弟軍 バサッ! バササッ! 王弟元帥「どうした?」 参謀軍師「本陣から早馬による急使です」 聖王国将官「内容は」 参謀軍師「それはまだ。書状ですので」 王弟元帥「読もう」 ガサッ。シュルシュル…… 王弟元帥「……。……ふむ」 参謀軍師「いかがしましたか?」 王弟元帥「都市攻略の遅れだ。 魔族軍が開門都市内部に撤退してからすでに一週間。 火薬と食料が徐々に切迫してきた。 食料は後方陣地から順次送ればまだまだ持つだろうが、 連続してカノーネを使うのは、莫大な量の火薬を消費する」 参謀軍師「はい。前の早馬によれば、 昼夜を分かたぬ連続砲撃により、住民の交戦意欲そのものを へし折ると、そのように云ってましたが」 聖王国将官「古来、城塞の攻略は力で攻めるのは下策であり、 これに篭る人の心を攻めることをもって上策とする。 と云います。灰青王閣下の判断は間違いではないかと」 王弟元帥「間違いではないが、間違えでなければ それで勝てるとも限らぬのが戦だな」 聖王国将官「確かに。……苦戦でしょうか?」 904 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 51 39.05 ID 7lABGacP 王弟元帥「しかし、これは灰青王の手落ちと云うよりも、 カノーネの連続砲撃を一週間にわたり凌いだという 開門都市の魔族軍の手柄、と褒むべきかな。 この目で見ていないこともあって信じがたいが……。 いったいあのカノーネの砲撃をどのような防壁と どのような指揮を持って一週間もの間 凌ぐことが出来るのかとな」 参謀軍師「まことに。100門のカノーネは、平均的な城壁を 数時間で破壊することが出来るというにもかかわらず」 聖王国将官「やはり魔界の技術ですか」 王弟元帥「いいや、それにもましてこの場合驚くべきは 開門都市に籠もった軍と民衆の士気の高さだろう。 一週間にもわたる砲撃で、周囲との連絡も絶たれ 補給もままならず、しかも直前の開戦では 軍の半数あまりが壊滅したのだぞ。 おそらく街中には負傷者や半死人が溢れているはずだ。 士気は悪化して、降伏論や自決論も出るだろう。 争いや喧噪が絶えず、絶望感が蔓延し、 次第に立ち上がる気力さえもなくなっていくのが 攻城戦、都市攻略線の常の姿だ。 いくら強力な防壁があったとしても、 それで軍と市民の士気を維持できるほど 攻略戦、防御戦は生ぬるいものではない」 参謀軍師「書状にはなんと?」 王弟元帥「一刻も早い帰還を望む、とのことだ」 聖王国将官「都合の良いっ」 だむんっ!! 王弟元帥「手持ちのカノーネ用火薬の半分以上を使い切ってしまい 焦りも出てきているのだろう。 硝石さえあれば、残りの硫黄や木炭はなんとか都合が つかなくもないが、硝石だけは貴重品だ。 もし今砲撃をゆるめようものならば、 物資の不足を魔族に悟られて希望を与えてしまう。 それですぐさま勝敗が逆転するというものでもないが 士気が上がったあの都市はさらに落とし難くなるだろうからな」 906 :以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします [saga]:2009/10/08(木) 22 53 55.92 ID 7lABGacP 聖王国将官「しかし我らも硝石を手に入れるどころか、 旧蒼魔族領地の辺境部でこうして 無為な時間を過ごしているわけですし」 参謀軍師「無為とは言葉が過ぎるぞ。聖王国将官どの。 我らがこうして勇者殿とあの学士を相手にどれだけ 微妙な舵取りを要求される交渉を続けているかも知らずに」 王弟元帥「こうして我らの足止めをしていると云うことも あの学士の目的の一つなのだろうがな……。くくくっ」 参謀軍師「それは……。しかし」 王弟元帥「いいや、これは痛み分けと云えるだろうさ。 こちらにも兵力を全面で使えない代わりに、 向こうも譲歩せざるを得ない。 現に食料を馬車200台分に渡って無償供与を約束させた。 そして我らがここにいることで、 あの学士の軍――南部連合の秘密遠征軍も その動きが封じられている。 魔族との平和条約を締結した以上、 南部連合が魔族に援軍として現われる可能性は 無いとも云えないのだから。 そしてそれ以上に、勇者は、この場所を離れることが出来ない」 聖王国将官「しかし、その判断も、灰青王閣下の遠征軍指揮により 開門都市が攻略が速やかに成れば、の話」 王弟元帥「仕方あるまい。こちらが向こうに頼りたければ 向こうもこちらに頼りたいのだろうさ」 参謀軍師「本軍は我らが持ち帰る硝石と補給を必要とし、 我らは本軍があの都市攻略を成功させれば、 その既成事実を足がかりに、有利な交渉展開、 もしくは勇者の制止をも振り切った強攻策が取れるのですが」 聖王国将官「千日手、ですね」 王弟元帥「……広範囲斥候の報告次第では移動を開始するぞ。 硬軟両面に備えて準備を進めるのだ」 ページトップへ <前10-4へ|次10-6>