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いつものようにSOS団アジト唯一のドアはまるでSAT隊員に突入されるような勢いで開け放たれた。 もちろん蹴破ったのは我が団長様であり、他の団員はそんなことしないのである。 ハルヒはなにやら不機嫌な様子で団長席にあぐらをかいて座り、朝比奈さんに 「お茶!」 と、企業の上司が部下に使うような言葉遣いで命令を下した。 おおかた不機嫌なのは今日がやけに寒いからか、雨だからだろう。 それでも俺はこのピリピリした空気の緩和剤となるべく、ハルヒに声をかけた。 「おいハルヒ、今日はやけに不機嫌じゃないか、なにかあったのか?」 ハルヒは俺をキッと睨み、つばが飛んでくるような大声で 「外見なさい外!」 俺はこの雨は朝からだったので別段気にしていないが、 頭の中が年中からっ晴れはこの女には癪なことなのかもしれん。 「雨だな」 当然の感想なわけだが、ハルヒはなにやら呆れたようだ。 ふぃーっとため息をついて、こっちをジト目で見てくる。 「アンタねぇ、今朝の天気予報見てないわけ?」 「俺は朝はテレビ見ない派なんだ」 「じゃああたしが代わりに教えて上げるわ、今日はね、雪だって予報で言ってたのよ!」 「ほお」 俺の反応が乏しかったのかハルヒはさらにがなる。 「しーかーもー、朝から雪だって言ってたの!」 「それで不機嫌だと」 「そうよ! ここだと雪なんてなかなか降らないじゃない」 「確かにな」 もともと雪がふるような地域でもないし、仕方ないと思うのだが。 「雪が積もったらみくるちゃんを芯にして雪だるまつくろうと思ってたのにぃ!」 朝比奈さんが小さく悲鳴を上げた。 おいおい、そりゃ可哀そうだろう。風邪はひいちまうぞ。 「厚着してほっかいろ装備させればひかないわ、それにアンタも見たいと思わないわけ?」 朝比奈さんの雪だるま姿ねぇ……きっと愛らしいだろうな。うん。 「黙ってるってことはイエスね。あー、雪降らないかなぁ」 「どうだろうな、そのパソコンで見ればいいじゃねぇか、もしかしたら今日の夜降るかも知れんぞ」 「そうね!」 そう言ってハルヒはパソコンをつけた。 だがこの時間になっても振らないのだから半ば諦めていたらしい。 十分ほどしてスピーカーから音が流れた。 なんだか懐かしいの見てるなハルヒよ。開国してくださいよぉなんてもう何年前だ? クスクス笑うハルヒの面を横目に、俺と古泉はいつものようにボードゲームに興じた。 今日は人生ゲームのデラックスなやつで、俺は8人もの子供を抱える大家族になってしまった。 ただマス目に大不況到来だとかブラックマンデーだとかあるのはどうなんだ。 リアル過ぎではないだろうか。 結果は俺の勝ちだった。 古泉は最後の最後でテロに遭遇し、全財産の80パーセントを失ってしまった。 「テロに合わなけりゃお前の勝ちだったな」 「まったくです。次は勝たせていただきますよ」 「それは楽しみだな」 なんてちょっと小粋な会話を楽しんでいた俺達だったが、長門の本を閉じる音がした。 お、もうそんな時間なのか。 確かに時計をみるともう帰宅時間、といった頃合だ。 相変わらず精確だな長門は。原子時計でも内蔵してるんじゃないのか? 俺はイスから立ち上がって、コートを取ろうとしたときだ。 液晶とにらめっこしていたはずのハルヒが嬌声を上げた。 「雪が降ってるわ!」 振り返って窓の外を見ると、白い点々がフラフラと落ちていくのが見える。 だがさっきまで雨だったから、 地面に落ちた時点で溶けてしまいさぞかしグラウンドはぐちゃぐちゃだろうと思ったら、だ。 なんとグラウンドはまったく濡れていなかった。 雪がうすく積もり始め、茶色い地面がやや白がかっているではないか。 これは………と、古泉を見るとにやにやしている。 またハルヒの超能力が発動したらしいな。 まったくもって便利な能力だよ。なにせ天気まで変えちまうんだからな。 「明日は積もってるわね! みくるちゃん楽しみにしててよねっ!」 「は、はぁ~ぃ…」 力なく返事をする朝比奈さん。ご愁傷様だ。 「楽しみねー、キョン」 不意にハルヒが話しかけてきた。 と、おいおい長門に朝比奈さんに古泉よ、なぜ部屋を無言で出て行く。ちょっと待て。 しかしハルヒに返事をしなければならないので俺は止められなかった。なんてこった。 「ん? ああそうだな」 あーあ、これでハルヒと二人っきりだよ。 「アンタ雪合戦ってしたことある?」 雪合戦ねぇ……おもえば無いかも知れない。寒いのは好きじゃないんだよな。 「つっまんないわねー、雪といったら雪合戦でしょう! 石詰めたりして」 「それは危ないだろう……」 なんだコイツは。そんな危険なことやってたのかよ。 「冗談よ」 にっこりと笑うハルヒ。ちょっと可愛いな、なんて思ってしまった自分が憎い。 きっと明日の雪合戦では石入りのやつを投げてくるに違いないね。 「ならいいがな。さ、帰ろうぜ、みんな先に帰っちまったし」 「うんっ」 なんだ? やけに機嫌が良い。なんだか嫌な予感がするぞ? それとも雪が降ったのがそんなに嬉しいのか? 部室の明かりを落とし、戸締りを確認してから俺達は学校をあとにした。 雪は光を吸収するのか、この時間にしては道が暗い。 電灯がポツン、ポツンとあるだけで、その光景は神秘的でもあり不気味でもある。 遠くに見える街の光が、今日はいつもより美しく見えた。 隣を歩くハルヒは寒さですこし鼻を赤くしながら、雪を手のひらに積もらせたりしている。 高校生には見えないね。妹を思い出させるような無邪気ぶりだ。 「雪って冷たいわねー」 当たり前だろう氷なんだから。 「アンタってロマンとかそういうの持ってないわけ?」 アヒル口になるハルヒ。 「あいにくそういった感覚は持ち合わせてないんだ」 はぁ~、と大げさにため息をつくと、突然ハルヒは俺の手を握ってきた。 なんだなんだ? 俺の手で暖を取ろうって作戦か? そんな脳とは裏腹に素直にビートが早くなる俺の心臓。おいハルヒ、なんか喋れよ。 「あ、あんたにロマンってのを教えてやってんのよ」 街灯に一瞬照らされたハルヒの顔は真っ赤だった。 きっと寒さのせいだろう。いやそうに違いない。だが俺の顔まで赤くなるのはどういうわけだ。 恥ずかしさをまぎらわすために、俺はわざとそっけなく返事をした。 「ふーん」 いかん。ちょっと声が上ずった。余計に恥ずかしいぞ。 と、ハルヒが足を止めた。 「どうした?」 ハルヒは不安そうな顔でこっちを見上げる。 大きな目がいつもより潤んでいる気がする。 「アンタ…あたしと手を繋ぐのイヤ?」 そんな健気な声を出すんじゃないハルヒ! 思わず可愛いなお前、なんて言いそうになっちまったじゃないか。 「そ、そんなわけあるか!」 「じゃあ、嬉しい?」 「うっ……嬉しいに、決まってる…ぞ」 これじゃあクレヨンしんちゃんじゃないか。なんてかっこ悪いんだ俺よ。 途端ににっこり笑うハルヒ。 「これがロマンってやつよ!」 なんだよさっきのは嘘かよ。こいつの演技はどこまで徹底してるんだ…… 女優にでもなったらいい。可愛いし人気でるだろうに。 だけどこのままやられっぱなしなのは癪に障る。ここは反撃を繰り出してもいい場面だ。 「ロマンか……だけどなハルヒ」 「なによ?」 「俺はおまえと一緒に歩けるだけでロマンを感じてるよ」 ボン、ってな音が聞こえそうなくらい一瞬で顔を赤くするハルヒ。 これは面白い。 「そ、そ、そ、そうよ、あたしみたいな美少女と帰宅できるなんて、あんたは幸せ者だわ!」 噛みまくりどもりまくりのハルヒ。 「そうだな。俺は世界一の幸せ者だよ」 「あ、あたしも……だよ」 「ん? なんだ?」 「なんでもなーい!! 寒いから明日に備えて早く帰るわよ! 風邪引かないためにね!」 そういってハルヒは俺の手を握ったまま走り出した。 余計寒いぞ。 まぁ、幸せな気持ちなのは本心だから、嬉しかったりする俺がいるんだがね。
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涼宮ハルヒの憂鬱 著者/谷川流 イラスト/いとうのいぢ 角川スニーカー文庫 75 :涼宮ハルヒの憂鬱:2010/11/17(水) 18 09 25 ID wnyP2CdB ごく一般的な愚痴っぽい男子高校生キョン(仮)は、ふとした事から 変人・涼宮ハルヒと仲良くなり、世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団 略してSOS団の雑用係りにされてしまう。 構成員は、無口な文学少女長門有希、萌え&メイド担当の先輩朝比奈ミクル、二枚目転校生古泉一樹。 なんと彼らの正体は、宇宙人謹製のアンドロイド、未来から来たエージェント、世界を守る超能力者。 彼らの目的は、万能の力を持った涼宮ハルヒを監視し、その力を本人に気づかせない事だという。 勿論キョン(仮)はそんな事を信じていなかったが、宇宙人同士のバトルに巻き込まれ 彼らの言う事が真実だと認めざるを得なくなる。 もしハルヒが能力を自覚したり、異能者の存在を知ったりすれば、世界は彼女の想像通りに滅茶苦茶になってしまう。 しかし、彼女の周りで何も不思議な事が起きなければ、彼女は世界に飽きて全てを作り変えてしまう だからって一般人の俺にどーしろと・・・と眠りにつくキョン(仮)だが、目覚めると何故か部室にいた。 古泉曰く、ぶっちゃけハルヒが飽きた、んで巻き込まれたと。 いきなり世界の運命背負わされたキョン(仮)は、世界はお前が思ってるよりずっと面白いんだ、あと俺はポニテ萌えだとハルヒを説得し 長門とみくるのアドバイスに従ってキスをぶちかます。 その瞬間、世界の改変は止まり、不思議現象は夢オチとして処理された。 登校したら、なぜかハルヒは髪型をポニテにしていた 76 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 10 33 ID wnyP2CdB とりあえず一巻だけ。 77 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 22 29 ID V71oF2Oh その(仮)ってなんですか? 78 :イラストに騙された名無しさん:2010/11/17(水) 18 26 07 ID wnyP2CdB キョンとキョンの妹は本名不詳 名乗ろうとしてもいつもタイミングを逃してキョンと呼ばれるから 332 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 05 34 ID 8iUiDkd7 俺はごくごく普通の一般人。 何故かみんなから「キョン」などという珍妙なあだ名で呼ばれているが……それはまぁ、今は気にするな。 ガキの頃は宇宙人やら超能力者やら(以下略)が実在したらいいなー、などと妄想していたものだが、 中学生になる頃にはもうそんな夢を見ることもなくなった。 そんな俺は何の感慨も無く、学区内の県立高校へと無難に進学することとなったのだが――。 入学式を終えて自分のクラスに入り、一人一人自己紹介をする。 俺の後ろの席に座っている女子が、後々語り草となる言葉をのたまった。 「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」 それはギャグでも笑いどころでもなかった。 涼宮ハルヒは常に大マジで心の底から宇宙人や未来人や超能力者といった非日常との邂逅を望んでいたのだ。 のちに身をもってそのことを知った俺が言うんだから間違いはない。 こうして俺たちは出会っちまった。しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。 ハルヒはクラスではかなり浮いた存在だった。ポツンと一人で席に座っていつも不満そうな顔をしている。 俺が何度か話しかけて聞き出したところ、ハルヒの不満の原因は毎日が普通で退屈でつまらないから、らしい。 そりゃそうだ。俺も昔夢見ていたような非日常なんて現実にあるわけがない。 ゴールデンウィークを過ぎたある日、ハルヒはいきなり俺の制服のネクタイをひっつかんでこう言った。 「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかしら!ないんだったら自分で作ればいいのよ!」 333 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 06 42 ID 8iUiDkd7 かくしてハルヒは俺を強引に巻き込んだ挙句、文芸部の部室を乗っ取り、 「涼宮ハルヒの団」略して「SOS団」という同好会のようなものを立ち上げた。 そして長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹の三人をSOS団に入団させた。 実はこの三人はそれぞれ宇宙人、未来人、超能力者で、その事実は何故か俺だけに知らされることとなった。 三人が口を揃えて言うには、ハルヒには願ったものを何でも実現させてしまう特殊能力があるらしい。 だが、ハルヒ本人は願いが叶ったことに全くもって気付いていない。 今回は、宇宙人(以下略)に会いたいという願いが、ハルヒに気付かれないうちに叶ってしまった形だ。 全く、やれやれだ。面倒なことこの上ない特殊能力だな。 世界の命運を左右するかも知れないほどのハルヒの特殊能力に目をつけた宇宙人、未来人、超能力者たちは、 三人をハルヒに近づけこっそり監視させている、と、こういうわけだ。 ハルヒがこいつらの正体を知ったらさぞかし喜ぶだろうな、とは思う。 ここで一つの疑問が湧き上がる。なぜ、俺なのだ? なんだって俺はこんなけったいなことに巻き込まれているんだ? 百パーセント純正に普通人だぞ。 普遍的な男子高校生だぞ。これは誰が書いたシナリオなんだ? 俺を踊らせているのはいったい誰だ。お前か? ハルヒ。 なーんてね。知ったこっちゃねえや。 不思議なことなど何も起きない、部室に集まってダラダラすごす、SOS団的活動。 そんな平凡な日常でも俺は充分楽しかった。そうさ、俺はこんな時間がずっと続けばいいと思っていたんだ。 そう思うだろ?普通。だが、思わなかった奴がいた。決まっている。涼宮ハルヒだ。 ある夜のことである。自室のベッドで眠りに就いたと思ったのだが、 何故か学校にてセーラー服のハルヒに起こされた。 俺とハルヒは誰もいない学校に閉じ込められてしまった。 校門から出て行こうとしても不可視の壁に阻まれてしまう。 どうやらこの状況は、ハルヒが望んだことらしい。例の特殊能力が発動したってわけだ。 334 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 08 14 ID 8iUiDkd7 困り果てた俺に、古泉、朝比奈さん、長門から元に戻るためのヒントがもたらされる。 “sleeping beauty”、そして、白雪姫。 両者に共通することと言えば何だ? 俺たちが今置かれている状況と合わせて考えてみたら答えは明快だ。 なんてベタなんだ。ベタすぎるぜ。そんなアホっぽい展開を俺は認めたくはない。絶対にない。 俺の理性がそう主張する。しかし人間は理性のみによって生きる存在にあらず。 俺はハルヒの肩をつかもうとして、まだ手を握りしめたままだったことに気付いた。 ハルヒは、こいつは何か悪いものでも食べたのかと言いたそうな顔をしていた。 俺は必死で考えた。涼宮ハルヒの存在を、俺はどう認識しているのか? ハルヒはハルヒであってハルヒでしかない、なんてトートロジーでごまかすつもりはない。 ないが、決定的な解答を、俺は持ち合わせてなどいない。そうだろ? 教室の後ろにいるクラスメイトを指して「そいつは俺にとって何なのか」と問われてなんと答えりゃいいんだ? ……いや、すまん。これもごまかしだな。俺にとって、ハルヒはただのクラスメイトじゃない。 俺はハルヒのセーラー服の肩をつかんで振り向かせた。 「なによ……」 「俺、実はポニーテール萌えなんだ」 「なに?」 「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ」 「バカじゃないの?」 黒い目が俺を拒否するように見える。抗議の声を上げかけたハルヒに、俺は強引に唇を重ねた。 こういうときは目を閉じるのが作法なので俺はそれに則った。ゆえに、ハルヒがどんな顔をしているのかは知らない。 驚きに目を見開いているのか、俺に合わせて目を閉じているのか、今にもぶん殴ろうと手を振りかざしているのか、 俺に知るすべはない。だが俺は殴られてもいいような気分だった。賭けてもいい。 誰がハルヒにこうしたって、今の俺のような気分になるさ。俺は肩にかけた手に力を込める。しばらく離したくないね。 気がつくとそこは俺の部屋。夢か?夢なのか? 見知った女と二人だけの世界に紛れ込んだあげくにキスまでしてしまうという、 フロイト先生が爆笑しそうな、そんな解りやすい夢を俺は見ていたのか。ぐあ、今すぐ首つりてえ! 335 :涼宮ハルヒの憂鬱:2011/02/05(土) 21 09 06 ID 8iUiDkd7 その後結局一睡も出来なかった俺は、足を引きずり引きずり登校し、教室に入って思わず立ち止まった。 窓際、一番後ろの席に、ハルヒはすでに座っていた。何だろうね、あれ。頬杖をつき、外を見ているハルヒの後頭部がよく見える。 後ろでくくった黒髪がちょんまげみたいに突き出していた。ポニーテールには無理がある。それ、ただくくっただけじゃないか。 「よう、元気か」 「元気じゃないわね。昨日、悪夢を見たから」 ハルヒは平坦な口調で応える。それは奇遇なことがあったもんだ。 「おかげで全然寝れやしなかったのよ。今日ほど休もうと思った日もないわね」 「そうかい」 俺はハルヒの顔をうかがった。まあ、あんまり上機嫌ではなさそうだ。少なくとも、顔の面だけは。 窓の外から視線を外さないハルヒに、俺は言ってやった。 「似合ってるぞ」 それは、初夏の日差し眩しい、ある日曜日のことだった。 SOS団による市内の「不思議探索パトロール」、本日は記念すべき第二回目である。 例によってせっかくの休みを一日潰してあてどもなくそこらをウロウロするという企画なのだが、 どういう偶然だろう、朝比奈さんと長門と古泉が直前になって欠席すると言い出し、 俺は今、駅の改札口で一人、ハルヒを待っている。 今日はハルヒに色々なことを話してやりたいと思う。 数々のネタが頭に浮かんだが、まあ、結局のところ、最初に話すことは決まっているのだ。 そう、まず、宇宙人と未来人と超能力者について話してやろうと俺は思っている。
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「…私キョンが好き。好きなのよ!」 涼宮はいきなり抱きついてきた。 俺はいきなりのことに驚きそのまま後ろに倒れてしまった。 まずい、かなり動揺している。それに頭痛が酷い。 告白された瞬間なにかが頭に流れ込むような。 しかし、この状況はどうだろう。 涼宮は俺の眼からみても十分に可愛い。 いや滅茶苦茶美少女だ。そんな子に告白されて、押し倒されてみろ。 佐々木、すまん。 「…よく解らんが、なんで俺なんだ?」 と俺は混乱する頭を少しでも、落ち着かせようと涼宮を離した。 「あんたじゃなきゃ駄目なの…」 俯いた顔を見ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。 だけど、今の俺にはどうしてやることも出来ない。 「すまん…。俺には涼宮を想ってやることは出来ないんだ。 俺には今彼女がいるんだ。だから、すまん。」 俺の目の前にいる女の子は、この世に絶望したかのような顔をしていた。 震える口を無理矢理開き、消え入りそうな声で喋り始めた。 「…か…彼女って…、もしかして佐々木さん…?」 あぁ、そうだがなんで知っているんだ?高校も違うし、面識はないはずだが。 俺がそういうと、涼宮はいきなり立ち上がり、部屋を飛び出していった。 俺が唖然としていると。 「キョンくん、ハルにゃん泣いてたよ?喧嘩したの?」 妹がやってきたが、俺は妹にお前にはまだはやい!といって部屋から追い出した。 しかし、どうしたもんだろうね。 学校に行きづらいじゃないか。 翌日、涼宮ハルヒは休んでいた。 ほっと胸を撫で下ろし俺は席に着いた。明日は土曜日、佐々木とデートだ。 何か最近は色々ありすぎたが、まぁ明日は忘れて楽しもう。 この日、特に変わったことはなかったが。 帰り際、古泉が遠めから俺を見ていた気がする。 体に包帯をかなり巻いていたのは気のせいだろうね。 そして、土曜日になった。俺はいつもより早く起きれた為、 久しぶりの朝食とコーヒーを堪能していた。 妹が眠そうな目を擦りながら、 「キョンくんが早起きするなんてめずらしいー」 といっていたのは聞き間違いではない。 俺はこいつに毎朝叩きおこされているのである。 でも、そんな妹がなついてくれていることは兄にとっては悪い気はしないのである。 俺はいつものように自転車で駅前に向かった。あれ、いつものように? あぁ、いつもの待ち合わせ場所に。ってあれ…違和感があるな。 そんな変な違和感を抱きつつ、待ち合わせである喫茶店に入った俺は。 佐々木を見つけるや、適当に挨拶を交わし。また俺の奢りか、と言った。 佐々木は苦笑いをしていたがいつもは100Wの笑顔と怒った顔で、 「遅い!罰金!」 と言っていたような気がするのは気のせいだろう。そう気のせいだ。 俺が考え事をしていると、佐々木が隣に座ってきて手を握ってきた。 「せっかくのデートなのに難しい顔をしているなんて失礼だぞ」 と佐々木は微笑んでいた。思わずニヤケてしまうね。 ニヤケていた俺の顔が引きつるのには時間も掛からなかった。 何故なら、俺の視界の端にSOS団の4人が映ったからだ。 「よ、よぅ」 少し驚いた俺は適当な挨拶をいった。 俺がここに来たことに驚いていたようだが、一人だけ無表情な奴がいた。 涼宮ハルヒだ。 気まずい雰囲気を崩したのは、この男の一声だった。 「こんなところで会うとは、奇遇ですね」 古泉だ、ところどころ体に傷が見受けられるのは気のせいじゃないだろう。 俺が相槌を打つと古泉は佐々木のほうを見て、 「彼を少々お借りしてもよろしいですか?」 何故か佐々木も驚いた顔をしていたが、いいですよ。 と答えていた。 こうして俺はせっかくのデートの日に男二人で散歩を始めたのである。 「で、なんだ用があるじゃないのか?」 と古泉に話を振った。 「それなんですが、実は今日はいつもSOS団の活動の日でしてね。 いつもこの駅前に集合して、あの喫茶店に行くんですよ。 今日はですね、あなたもご覧になられたかと思うのですが。 彼女、いや涼宮さんを元気づけようとしていたのですよ。」 まぁ俺にも原因はあるみたいだし、いや俺が原因だろうね。 だから少しは話を聞いてやってもいいと思っていたんだ。 「そうですか、助かります。実は…彼女は心を閉ざそうとしています」 そりゃまたどうしてそんなことに? 「やはりあなたはお気付きにはならなかったのですか。 確か、先日あなたの家に彼女が伺ったはずです。 そこでなにがあったか詳しくは僕は知りませんが、 あの時から彼女はあのような状態になっています」 あぁ、俺が振ったからそうなったんだなぁと思ったが口には出さなかった。 黙って聞いていると古泉が続けて話し始めた。 「そうですか、いやまさかそんなことになっているとは思っていなかったので。 失礼ですがあなたは本当に全てをお忘れですか?」 あぁ、お前たちのことはなに一つ覚えてない。 そういった俺は肩を竦めて答えた。 「そうですか、それなら僕達以外のことは覚えているのでしょうか」 そういわれてみると、確かに他に解らない、知らないってことはないな。っておい、 なんでお前たちの事だけすっぽりとなくなったかのように俺の記憶からないんだ。 「それです。先日長門さんからお話があったと思いますが、 あなたは記憶を書き換えられた可能性が高いです。 いや、書き換えられたといっていいでしょう。」 そりゃまたなんで俺なんかの記憶を弄る必要があったのか聞いてみたいね。 古泉は更に真剣さを増した顔つきになった。 「それは、あなたが涼宮さんの鍵となる存在故です。 涼宮さんにはあなたという存在が必要不可欠になってしまっているようです」 そうか、そう言われればあの態度も、言葉も、現状も納得できるが。 高々恋愛にここまで大げさになる必要があるのか? 「それがあるんです。涼宮さんには…そう、世界を変えることができる力があるのです。 それも望んだだけでね」 へぇ…そりゃすごい。いや凄すぎるというか度を越えている。 「僕も嘘であると思いたいのですが、残念ながら事実なのです。 実は僕も、彼女の願いのおかげで力を得た人間なんです。 それを望んでない人間でもね。 これまで幾度も彼女が作り出す閉鎖空間に入って我々が呼ぶ神人…失礼、 僕はある機関に所属していましてね。 御察しの通り僕と同じ能力を持った方々を軸としていますが。 その神人というのは機関が付けた名称なのですが、 破壊を繰り返す涼宮さんのストレス発散の為に生み出される巨人です。 僕らはそこでその巨人を倒して閉鎖空間を消滅させなければいけない、 という使命を与えられてしまったのです。 ですが、あなたが記憶を失うまでは彼女の精神は安定していたのです。 今までの彼女からすれば驚くほどに。それも一重にあなたのおかげなんです。 あなたのおかげで僕達も、世界も救われていたのです。」 俺がそんな大役を勤めていたのか、だが俺はごく普通の平凡な一般人だ。 それは間違いない。俺はお前みたいに変な属性なんぞもっていないはずだ。 「そうです、確かにあなたは一般人です。だがしかし、涼宮さんにとっては あなたは一般人ではない」 なんでそうなるんだ?今の俺にはどうしてやることもできないぞ。 記憶を弄られているんじゃしょうがないだろ、と俺は投げやりに返した。 「しかし、事態はそうもいってられない状態なのです。涼宮さんはあなたのいない 世界などいらないと強く願ってしまうかもしれない。そうなったら最後です。 もう、誰にもこの世界は救えません。僕達もお手上げですね」 そういうと古泉は両手を広げ方を竦め、微笑を浮かべた。 「少し考えさせてくれ」 そういうと俺は、喫茶店に戻った。 後ろで古泉が携帯でなにか話していたが、俺には関係ないだろう。 喫茶店に戻るとなにやら険悪なムードが漂っていたのである。 佐々木を睨みつけるような視線を浴びせている長門有季と、 もう一人の愛らしい女性が朝比奈さんだろうか。 涼宮ハルヒはぼーと俯いているだけだった。 佐々木のほうに眼をやると、佐々木は困った表情を浮かべていた。 俺は佐々木の手を取り、料金を支払い店を後にした。 涼宮ハルヒが俺を眼で追っておいたのは気のせいだろう。 「いいのかい、彼女達と話さなくて」 佐々木は俺の表情を伺いながら話しかけているようだった。 別に構わないさ、なにやら俺のことを知っているみたいだったが。 佐々木は、実は私もなんだと言い始めた。 「彼女達のことを知っているようで知らない。おかしいだろ?」 俺とまったく一緒だな。世の中不思議なことがあるもんだな。 俺は佐々木の手を強く握り、歩きを早めた。 その後、適当に買い物をしたり、食事をしたりした。 佐々木は幸せそうな顔をしていた。 俺はどんな顔をしていたんだろうね、 たまに佐々木が心配そうな顔をして覗き込んできた。 辺りも暗くなってきた頃、俺達は駅前まで戻ってきていた。 佐々木に、気をつけてと一言声をかけそこから離れようとしたその時、 後ろから抱きしめられていた。 おい、佐々木。これじゃ帰れないぞ。 「…キョン。今日は一人でいたくないんだ。 こんなこと私がいうのも変だと思うかもしれない。 だけど、不安なんだ。君がいなくなりそうで」 佐々木の顔を見ると、瞳が潤んでいた。 しかし、何故か俺は言葉を失っていた。なにも言うことが出来なかった。 「今からキョンの家にお邪魔してもいいかな」 佐々木が上眼使いで俺を見上げた。やめろ、それは反則だ。 俺は断ることができなく、あぁと答えていた。 でも、彼女の頼みをむざむざ断る必要もないだろうと自分に 言い聞かせていた。 佐々木を自転車の後ろに乗せ、俺は家を目指し自転車をこぎ始めた。 家につくまでの間、佐々木は終始無言で俺の背中に顔を埋めていた。 家に着くと、妹と久しぶりに会う佐々木だったが、妹は大喜びだった。 両親にも久しぶりに会ったことで、会話もはずみ一緒に夕食を取る事になった。 食卓での会話で、おふくろが佐々木さん今日泊まっていったら? 夜も遅いし、などと言い出した。佐々木は笑顔でお邪魔でなければと答えていた。 やれやれ。 風呂から出て部屋にいくと、佐々木が俺の部屋にいた。 少し湿った髪が妙に色っぽい。こんな可愛い子が俺の彼女とは。 別に惚気ているわけじゃないぞ。 「遅かったね、キョン」 微笑む佐々木を見ていると、何故か切なくなるのは何でだろう。 佐々木に、もう時間も遅いから寝たらどうだ?というと。 「君は彼女が目の前にいるのに、なにもしないつもりかい?」 佐々木さんいつからそんなに大胆になったんですか。 「ふふっ私は昔から変わらないよ。 そうだね、変わったといえばキョンには素直になんでも言えるようになったかな。」 そういうと、向日葵のような笑顔で笑いかけてきた、頬をほのかの赤く染めて。 気付いたら俺は佐々木を抱きしめていた。 「…キョン」 甘い声を耳元に囁かれた俺は少し見つめ合った後、佐々木に口付けをした。 断言しよう、それ以上はしてない。する気になれなかった。 何故だろう。古泉の話を聞いたからか、いや涼宮ハルヒの姿を見たからだろうか。 胸を締め付けるこの何かが俺を苦しめる。 隣に寝ていた佐々木が、 「…苦しいのかい、キョン。大丈夫私が側にいるから」 そういうと俺の手を握って体を寄せてきた。 今の俺はそれだけで十分だった。安心したのか、意識が薄れてきた。 意識が途絶える前に佐々木が、 「ごめんね」 と言っていた気がした。
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「うあぁっ!」 この間抜けな悲鳴が誰のものか。時間帯は早朝。場所は俺の部屋である。となると俺しかいない。しかし情けないと思うことなかれ。誰だって目が覚めた時に、半透明の人間がいたらびっくりするだろう?今日は妹が起こしにやってくるだろう時間より、つまり、いつもよりも早く目が覚めた。俺が目を開けたときに最初に見たものは、幽霊だった。 幾分か冷静さを取り戻してみると、幽霊の姿が馴染み深いものだと気づいた。 「スタプラ…?」 そう。その姿は、とある漫画のキャラクターそのままだった。原住民を連想させる筋骨隆々な姿。明らかに人間とはかけ離れた、薄く青い肌。そして俺を見据える真っ直ぐな眼は、漫画で見た「星の白金」そのままだった。…いよいよ、ハルヒパワーは俺にまで及んできたようだ。まさか俺がスタンドを持つことになるとは…。どうせならハーヴェストみたいなのが便利だなー、と日ごろから思っていたのだが。まあなんだかんだで厄介ごとには慣れている。とりあえず学校に行って古泉あたりにも聞こう。やれや… 『君のおっっぱいはっせっかいいち!』 突然携帯が鳴り出した。というか着信音が変わってやがる!…古泉に会う理由がもう一つ増えたようだ。さて、こんな時間帯にかけてくる人物は一人しかいないわけで。 「案の定かよ…」 ディスプレイ表示されているのは、ご存知、涼官ハルヒ。SOS団の団長様である。 「なんだ…朝っぱらから」 「ちょっと!私!超能力者になった!学校!来い!」 日本語を覚えたてのインド人のほうが、まだうまく話せるだろう。が、俺だって前述のとうり厄介慣れはしているんだ。どうやらこの様子だと、俺と同じ――つまり、こいつも『スタンド使い』のようだ。 「そんな事どうでも良いの!早く来いっていってんのよ!?」 「わかったよ!すぐ行く!」 さて家族たちが眼を覚まさぬ中、俺はひっそりとトーストを食べながら、これからの日々に不安と期待を抱くのであった。 やはり早朝というものは気分がいい。だからといって、これから起床時間を早めようとは思わないのだが。 俺はどちらかといえば、特別な力を持つ者の、補助的な位置が良いと言った(思った?)記憶がある。しかし、それが超能力が要らない、と繋がるわけでもない。「スタンド使いになりたい」という願いが一般的ではないにしろ、超能力をほしいと思う事は誰にでもあるだろう。俺はその願いを叶えてしまったのだ。正確には叶えられた、というのが正しいのだが。気分が良いに決まっているだろう?ああ、もちろん性的な意味でスタンドは使わないぜ?…そういった意味なら『メタリカ』のほうが良かったか。いまいち日常生活では役立ちそうにない『星の白金』を眺め、考える。 ようやく学校までたどり着く。こんな時間に来るのは熱心に部活動に打ち込むもの。もしくは只の馬鹿。それぐらいしかない。そのどちらでもない俺は(特に後者は違うと願いたい)ハルヒの靴を確認し…まあお決まりの部室棟へと向かった。 「遅い!」 文芸部…の物だったドアを開けた俺は、本人の確認もされず、いきなり罵声を浴びせられる。呼び出した張本人は、ホームポジションにどっかりと座っている。というか俺じゃなかったらどうするんだ。 「だってあんたしか呼んでないもん」 「ほかの皆は?」 「だってあんたに最初に見てほしかっ……なんでもないっ!」 あー、ゴニョゴニョいってちゃ聞こえやせんぜ?団長さん。 「うるさいっ!それよりあんた『見える』?」 「ああ?見えるって…」 まあ予想通りという奴だ。ハルヒに重なって見えるのは『黄金』に輝くスタンドだった。 「ゴールド・エクスペリエンス…」 「あんた知ってんの?」 何を隠そう、俺はジョジョの大ファンだ。なるほど、そういやお前の名前とあいつの名前…似てたな。 「ふふん。あんたとは話が合いそうね…って『見える』って事にはキョンきさま使えるなッ!」 答える必要はない。ゆっくりと俺の…いやとある海洋学者の物かもしれないものを出現させる。 「スター…プラチナ……ここまではっきりとした形でだせるとは……意外ッ!」 「きさまもおれと同じような…『悪霊』をもっているとは…」 「「………………………………」」 「フフ……」 「……フフフ…」 いや意外な奴と話が合うものだ…。しかもハルヒの読み込みっぷりも半端じゃない。これは久々に『語れ』るなッ! 結局、スタンドが使えるようになる、ジョジョ仲間が見つかる等のため語るだけで時間が過ぎていった。いやそれはそれでとても楽しかったので良かったのだが。授業中に、冷静になり考え直すと、かなりの異常事態の気がする。とりあえず古泉にメールで相談したのだが、 From,古泉 件名,Re 本文.スタンドってなんですか>< イラッとくるメールでした。 To,古泉 件名,Re 本文,簡単にいえば超能力 まあこういう他ないよな…。一般人が考える超能力としては何かずれている気がするが…。 From,古泉 件名,Re Re Re 本文.おや…あなたも僕の世界に来ますか…? 歓迎しますよ! 決して歓迎されたくはない。 To,古泉 件名,Re Re Re 本文,いや、お前とはまた違う能力だ あいつの誘いを華麗にスルーしてやらないとな。 別の意味で『男の世界』な気がしていやな気がする。 From,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文.ようこそ………『男の世界』へ………… 知ってんじゃねーか!! 急に背筋に冷たいものを感じる。絶対あいつはベーコンレタスだ。これだけは確信を持てる。 To,古泉 件名,Re Re Re Re Re 本文,放課後に 長門のごとく、みっじかい文章で話を強制終了。その後、「僕の下もスタンドです」のようなメールが着たが、きっと、スタンド攻撃を受けているのだろうと思いたい。 いつも思うのだが、睡眠ってある意味タイムマシンじゃね? 早朝から叩き起こされたおかげで、睡魔の猛攻撃を喰らい、あっという間に放課後へと。 「待っていましたよ」 俺は本当の『紳士』である。いつだって、ドアにノックは欠かさないし、朝比奈さんへの感謝も欠かさない。その他にも、いろいろと忍耐強く、面倒見のいい人間である。でもさ、キレてもいいだろ?今朝のことからメールのこと、朝比奈さんのエンジェルボイスを期待したのに、エセ紳士が微笑みながら前かがみで見つめてくれば。しかも、頬を赤らめて。 「とりあえず殴らせてくれ」 「いやですね。ジョークですよ」 そう言った古泉は姿勢を正し、ハハハと、とって付けたような笑い声をもらした。部室には今現在、殴れば人を殺せそうな本を読む、寡黙な宇宙人、そして可愛らしいメイドさんが、困惑した顔をしている。後は目の前に立つ、気持ち悪い(きもいじゃないぞ!)エスパー少年、そしてこの俺。平たく言うとハルヒ以外がそこには集まっていた。 「はっピーうれピーよろピクねー!!」 「ハルヒ、おまえなにしてんだ」 やたらご機嫌な団長殿が、鼓膜を破りそうな勢いでドアを開けた。まあご機嫌な理由はわかるが、もう少しドアをいたわってやれ。壊しかねん。 「うっさいわねー、こんなもん壊れるほうが駄目なのよ!」 と言った矢先に、ドアが音を立てて崩れ落ちた。…実際そこまで大げさなものではないのだが、とにかくドアは完全に外れてしまっている。金具から壊れているので、修理すれば何とかなるって問題じゃないだろ。 「おいおいどうするんだ?」 「…ど、どうしよう…キョン」 意外にも、壊した本人は責任からか、非常にあせっている感じだった。しかしまあ、どうする事もできまい。今年度の部費は、これの修理に使われるかな。 「まあ任せてください」 と古泉。こっちに向かってウインクを投げかけてくる。この上なく気持ち悪いのだが、俺としては古泉が何をするかのほうが気になってしょうがなかった。 「行きますよ……ふんもっふ!」 例の気持ち悪い叫びと共に、古泉はドアを殴った。いや正確には、古泉から出現したスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』がドアを殴った。するとドアはするすると元の位置に戻っていく。そして、完全に元通り。 「まさか…お前もか」 「ええ、僕も…そして後ろの二人もです」 ……な、何だってー! そりゃあ驚きは隠せない。某漫画風にも叫びたくなるさ。SOS団全員スタンド使いとはな。…恐るべしハルヒパワー、といったところか。ここからは割合させてもらうが、まあハルヒが馬鹿騒ぎしたのは言うまでもなかろう。ちまみに、まとめるならば、 涼宮ハルヒ ゴールド・エクスペリエンス 朝比奈みくる ハーミット・パープル 長門有希 ストーン・フリー 古泉一樹 クレイジー・ダイヤモンド キョン スター・プラチナ となる。長門はお得意の情報操作とかで、自分の能力は良くわかっているらしいが、朝比奈さんに言って聞かせるのは困難であった。そういう意味では、戦闘向きではない能力を与えたハルヒにGJといってやりたい。そもそも、この事件の発端は、ハルヒの他愛もない妄想から始まり、たまたまその夢を見たため、らしい。正直、スタンドが欲しいなんて思ったのは、一度や二度ではない、今回の件についてはハルヒを責められんな。しかし妄想を現実にする力とか…。寿命一年縮むとかならまだしも無制限だぞ。この力が、中学生の男子に行き渡らなくて良かったとも思わせてくれたな…。 さてあれから数週間。 これといって日常には大きな変化はなかった。意外なもので、スタンドがあるからといって、寝転びながらリモコンが取れるとか、その程度の便利さであった。…後はタンスの裏に落ちたものをとるとか。しかし、そんな日常に大きな変化が訪れるとは…。 「ちょっといいですかキョン君…」 微妙に涙目で見上げてくるのは、SOS団の良心こと朝比奈さんだ。ちなみに時は放課後、場所は部室。いるのは俺とハルヒと朝比奈さん。なんとも意外な組み合わせだろうが、長門と古泉はさっさと帰ってしまった。どうも最近あいつらは仲がいいらしい。まあ古泉はノンケとして、長門は感情を持つという意味で、どちらのためにも良いことなんじゃないか。と、それはおいといて。 「どうしたんです?」 「何かあったの?」 ハルヒも不安らしく、少し困った顔で話に加わった。 「涼宮さんも聞いてくれると嬉しいです…」 ちょっと冗談ではない空気に、俺もハルヒも黙って話を聞くことにした。 「実は、最近つけられている気がするんです…ずっと見られてる感じがして」 ほう、何処のどいつだ?今すぐ血祭り、オラオラフルコースだ。3ページに渡ってやってやるぞ。 「ふーん、何処のどいつ?今すぐ血祭り、無駄無駄フルコース。7ページに渡ってやるわよ」 なんだか、ハルヒと全く同じ思考回路をしていたみたいだな。この際そんなことはどうでもいい。ストーカー野郎をフルボッコにするほうが先決だ。 「念写もしてみたんですけど…」 そういって、朝比奈さんは鞄から写真を取り出した…が、そこに写っているのは電信柱とかで、誰も写ってはいない。写真が存在するってことは、犯人は存在していることになる。しかし、これは一体どういう事か…いや考えるまでもない。 「スタンド使い…か」 写真の電信柱にはかすかに、歪みのようなものがあった。これは…つまり。 「…みくるちゃん?今日はあたし達が家まで送るわ」 「…あ、ありがとうごさいますっ」 透明になる能力…まさか俺が冗談で言ったことが、マジになるとはな…。 なるほど確かに。 俺は朝比奈さん、ハルヒと共に下校をしている。美人を二人連れて、両手に花状態でも、浮かれる場合ではなかった。明らかに痛いほどの視線が、背中に突き刺さる。そして、吐き気を催すほどの『邪悪』が。ハルヒもそれを感じ取っているらしく、真面目な顔で歩き続けている。あと少しで朝比奈さんの家らしい。そういえば初めて、朝比奈家を訪れることになるな。 「ここです」 と指差した先には、まあそこそこのマンション。長門のところほどではないが、女の子の一人暮らし?なんだ、オートロックなどは揃っていそうな感じであった。 「じゃあ、ここまでありがとうございました」 そういって朝比奈さんはエレベータへ乗り込み上の階に上がっていったのだ。何階に住んでるのかなんて知らないが、ひとまず俺たちに出来るのはマンションの敷地に入れないことだ。『奴』をな。 「出て来なさいよ」 ハルヒの呼びかけは虚しく、夕焼けの街に染みていった。マンションは高台にあるようで、町を見渡せるいい場所だった。きっとこのマンションの住人は得しているだろう。俺はこの風景をみると、どうも人の信頼関係を利用しようとした宇宙人が出てくる。何も真っ二つにしたうえで、エメリウム光線打たなくてもいいのにな。 「出て来いっていってんでしょう!」 語気を強めてハルヒがいうと、少し殺気というかなんというか、まあそんな感じのものが強くなった。俺はその殺気の元へと近づいていく。すると突然、腹に鋭い痛みが現れた。 「くっそたれ…大当たりかよ!」 予想通り。俺の腹からは、制服を突き破り、とがったナイフのような物が顔を出していた。つくづくナイフには悪い縁のある俺だな。と自嘲気味に笑った。がしかし、いきなり攻撃してしたってことは、方向は間違っていないようだ。 「スター・プラチナ…ザ…ワールド」 胃に穴が開く思いってのは、SOS団で散々したと思っていたが、実際はありえないくらい痛い。いやこの慣用句はそういう意味じゃないんだが。…俺が時を止めていられるのは、一秒弱。『メタリカ』は常に背景にとけこんでいる。じゃあ時が止まっているならどうか?周りの景色に対して透明になっているわけではないなら、そこに歪みが僅かに出来るはずッ! 「そこだッ!スター・プラチナッ!」 歪みに向かって拳を突き出す。鈍い音を立て、相手の顔の形が変わっていく。口の中でも切ったのか、血が拳に付着する。 「…時は…動き出すッ!」 殴った相手は大きく吹っ飛んでいき、公園のなかの砂場に飛び込む。幸い、公園には人影がまったく見当たらんな。 「…ッ!キョン?大丈夫!?」 砂場の土煙に気づいたハルヒが驚きの声を上げ、俺の傍による。正直、ぜんぜん大丈夫じゃない。腹が痛くてしょうがない。気を抜いたら即効で昇天しそうだ。 「…ハルヒ…すまん……ちょっとやべ」 「…ったいなぁ…君たちが、僕とみくるちゃんの愛を邪魔する権利はないはずだよ?」 おお、喋るのか。てっきり無口な奴かと思った。いかにもストーカーですっ!といった、ボサボサの髪の毛に、黒尽くめの服装。明らかにヤバイ奴である。酒の名前はついてないだろうが、それなりの迫力はあった。でもまあ、 「黙れよ…二度と喋んな」 俺の自慢の低音ボイスで相手を威嚇。意味はないかもしれないがな。先の攻撃はダメージこそ与えはしたが、致命傷にはならなかったようだ。奴の姿は消え、不気味な気配だけが辺りを包んだ。 「だいだいみくるちゃんを愛してるのは僕だし、愛せるのは僕だけなんだ」 「黙れ…とキョンがさっき言わなかった?二度も言わせるなんて、あんた馬鹿でしょ?みくるちゃんには関わらないで!」 「…君は誰だい?みくるちゃんと気安く呼ぶな!」 きっと攻撃がくると思いハルヒの前へ出る。当然、大量の剃刀を吐き出す結果になるわけなんだが。 「キョ、キョン!何やってんの!?」 仕方ねーだろ。無意識に動いていたんだ。そんな事に文句…言……やべぇ確実に鉄分足りねぇ。頭がボーッとしてきた。 「…ッ…いいかハルヒ…お前だ……お前がやるんだ」 「そんなことより早く血を作んないと!」 「すぐには間に合わん……俺じゃあ…あいつに止めをさせない…お前なんだ」 「何言ってんのよ!あんた死んじゃうのよ!」 ずっと泣きじゃくるハルヒを見るのは新鮮だったし、可愛かった。そうだ、まだ俺は死ぬわけにはいかん。SOS団の皆と、ハルヒと、思い出をまだ作んないといけないからな。 「いいか…俺はあいつを思いっきり殴ったんだ……血が出るほどにな」 「……!」 「どうしたの死んじゃうの?フヒヒ!死んじゃうんだぁ!」 例によってムカつく声を聞きながら、ゆっくりと俺は目を閉じた。 「キョンの『意志』は継がなくてはならない。あたし達が、笑ってまたSOS団を楽しむには、ここでこいつをたおさなくてはならないッ!わかる?あたしの『覚悟』が!」 あたしは、ひとまずキョンの血を作った。さてこれからどうするかだけど。…勿論やることは決まっている。キョンが残した、あいつの血からハエを作る。ハエの行き先からあいつの場所を特定しようと… 「知ってる?鉄分って誰でも持っているんだ。たとえ虫でもね!」 「分かんないの?あたしは確かな『意思』をもって動いてんのよ?」 迷わずにあたしは一方向へ。あらかじめ何匹ものハエを飛ばし、その中で最初にやられたハエの方向に走っていくだけ、方向は『大体』で構わない。 「意味ないんだよォォォォ!食らえッ!!」 あたしの伸ばした右手からはさみが飛び出そうとする。が、無駄。右腕を切り落とし、磁力で引っ張られるほうへと、確実にあいつに近づいていっているはずだ。後一歩…ここだッ! 「『覚悟』を持ってるんでしょ?あたし達を殺そうとするならねッッ!食らえ『ゴールド・エクスペリエンス』ッ!」 左の拳が届く直前に、腕に針やら、ナイフやらがこれでもかと作られた。当然の結果、この拳は届くはずもない。ゆっくりとあたしは崩れ落ちる。でも大丈夫…だって 「…『覚悟』はいいか?俺は出来てる」 ハルヒが崩れ落ちる瞬間。俺は再び時を止めた。ここまで追い詰めれば遠慮することはいらない。さて、3ページやらしてもらうかな 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!!」 相変わらず、腹が痛むがとてもさわやかな気分だ! 「えへへ…ありがと…キョン」 「無茶しすぎだ!死んだらどうするんだ!」 「だいじょーぶ……ちゃんと生きてるじゃない」 「…それは結果論だろ?はぁ…」 「えへへ…」 「「やれやれだぜ」」 今回の件についてだが、結局犯人の身元は機関で預かるそうだ。まあ警察では裁けないからな。しかし、他にもスタンド使いがたくさんいると思うと寒気がしてくる。 さて、どうして俺が立ち上がったのかだが、答えは、最初から俺は気絶などしていなかったんだ。まあ、いわゆる死んだ振りって奴だ。…そこ、物投げない。大体、俺は目を閉じたとはいったが、気絶したなんて一言も言ってねえぞ。…だから物投げんなって。そもそも作者が頭悪い上に、文章力皆無なんだよ!だからな? 「すげー!サルが文章書いてる!」 ぐらいの気持ちでみてくれよ。な?
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俺は植物園の南側に小隊を集結させていた。とはいってももはや無事な生徒は10名しかいなかったため、 学校から補充要員として送られてきた生徒10名を加えて総勢20名となっている。 現在の状況はこうだ。植物園北側は古泉の小隊が押さえて、敵の侵入を阻止している。 エスパー戦闘経験のある古泉の度胸はとてもよく、敵の攻撃をものともせずに押さえ込んできた。 一方の南部が問題だ。鶴屋さん部隊も俺たちと同じく包囲状態になり、完全に孤立してしまっていた。 さらにここ2時間近く連絡すら取れない状態に陥っている。そのため、長門の支援砲撃ができない。 闇雲に撃ち込んで、間違って鶴屋さんたちに当たれば本末転倒だ。 それを救出するべく俺たちは森との境界線に陣取っているんだが、 向こうも南部への移動を阻止するように抵抗が激しく、鶴屋さんの救出どころか、植物園から森に侵入すらできていない。 何とか森との境界にある小さい丘に身を隠し、敵の銃撃を受けないようにしているだけである。 「ガンガン撃ち込んでくれ、長門!」 俺は膠着状態を打開するために、徹底的に砲撃をさせていた。向こうが壁を作って通さないというなら、 こっちは完膚無きまでそれを破壊しつくまでだ。しかし―― 「だめだね。まだこっちに向かってガンガン銃撃してくるよ」 「どこに潜んでいやがんだ。さっきからあれだけ撃ち込んでいるってのによ!」 国木田の言葉に俺は吐き捨てるように怒鳴った。ここに来て、砲弾を受けても効果なしなんて言うインチキを 始めやがったんじゃないだろうな? また、目前で4発の迫撃弾が着弾した。轟音と砂が顔に降りかかってきたので、あわてて頭を下げる。 「油断するとヘルメットごと頭を持って行かれるかもね」 となりで物騒なことをひょうひょうと言うのは国木田だ。どうしてこいつはこんなに度胸が据わっているんだ? 俺はずれたヘルメットをかぶり直しつつ、 「砲撃で効果がないってなら、別の方法を考えないと――ん?」 そこまで言って気がつく。先ほどの着弾以降、敵側からの銃撃がぴたりと収まっていた。 ようやくクリティカルヒットだったか? 「よし……一気に前進するぞ。ついてこい」 俺は慎重に腰をかがめながら立ち上がり、丘を登り始める。同時に小隊全員がそろそろと俺についてきたが…… 「……ぶっ!」 情けない声とともに、俺は丘の下に引きずりおろされた。だれかに服を強引に引っ張られたようだが―― 同時に丘の向こうで悲鳴が飛んできた。さらに、身体に銃弾がめり込むいやな音と血しぶきも一緒にだ。 あわてふためいた生徒たちが次々と丘の下に飛び込んでくる。 「キョン、大丈夫かい!?」 俺を丘の下に引きずりおろしたのは国木田だった。何を考えているんだと怒鳴りそうになった瞬間、 その意味を理解する。頭の上を飛び越えていく銃弾の荒らしと、丘の向こうから聞こえてくる絶望的なうめき声を聞けば、 どんなバカでも理解できるはずだ。 答えは簡単。またしても、敵の罠に引っかかったのだ。砲撃の着弾と同時に、銃撃をやめる。 やったと思った俺たちがのこのこ丘を越えてきた時点で狙い撃ち。こんな単純な手に引っかかるとはバカか俺は! 俺はそろりと丘から頭半分を出し、どうなっているのかを確認した。そこには血まみれになった生徒二人が 倒れている。一人は突っ伏したまま動かず、もう一人は痛みのあまりうめいて手をばたつかせていた。 あまりの悲惨さに思わず身を乗り出して手を出そうとするが、それを阻止すべくまた敵の銃撃が始まる。 数発が負傷した生徒に命中し、さらなる悲鳴を上げた。奴らには情ってモンがないのか!? 「助けないと!」 俺は飛び出して行こうとするが、またも国木田に制止させられる。 「冷静に! とにかく、こっちも撃ちまくって向こうの頭を下がらせるんだよ。その隙に救出するべきだね」 「く……わかった。すまんが頼む」 国木田の案を受け入れて、俺は生徒たちに一斉射撃を命じた。全員一気に立ち上がるとそこら中の茂みに向けて乱射を始める。 敵側の銃撃が収まったことも確認せずに俺は丘から身を乗り出し、負傷した生徒を丘の下に引きずりおろした。 同時に動かなかった生徒を小隊の一人が同じように引きずりおろす。 俺が助けた方は、名前も知らない女子生徒だった。全身の銃弾を浴びて、傷だらけどころかぐちゃぐちゃだ。 「ハルヒ! 負傷者だ! ひどい怪我なんだ! 誰かよこしてくれ!」 『わかった! 何人か向かわせるわ!』 無線連絡後、ハルヒ小隊の何人かが、その女子生徒を回収していった。すでに瀕死の状態だったが、 それでもまだ生きている以上、こんな弾の飛び交う場所に置いては置けなかった。 「くそっ……」 俺は丘の下で座り込み、ヘルメットを取ってため息をつく。やりきれなさすぎる。 鶴屋さんたちを助けたいがどうすることもできない。無理につっこめば、こっちの犠牲が増えるばかりだ。 救出する方が損害大では意味がない。どうすればいい? いっそ鶴屋さんたちが自力で戻るのをここで待つか? 包囲状態とはいえ、そのままでいるわけもないし、こっちに移動してきているはずだ。 だったら、それを向かえ入れた方が…… と、突然そばにいた生徒から無線機を渡される。古泉からの連絡らしい。 「なんだ古泉。今はおまえの話を聞くような気分じゃないぞ」 『それだけ言えるならまだ無事と言うことですね。安心しました』 全然安心できねえよ。あっちもこっちもめちゃくちゃで、頭がおかしくなりそうだ。 いや、普段の俺だったらとっくにおかしくなっているだろうよ。ちくしょう、一体どれだけ俺の頭の中をいじくりやがったんだ。 『それはさておき、そっちの様子はどうですか?』 「その前におまえの方を教えてくれ。聞く前にまず自分から言うもんだろうが」 自分でもそれは違うだろと自己つっこみをしてしまったが、古泉は苦笑しているような声で、 『こっちはなかなか派手な状態ですよ。北部一帯で防御戦を引いて何とか敵の植物園侵入を阻止していますが、 向こうも焦っているんでしょうか、携帯型のロケット弾ぽいものを持ち出してきました。 さっきからそれの雨あられですよ』 それでも防御線を守りきっているのか。本当にたいした奴だな。ハルヒの見る目も。 『そろそろ本題に移りましょうか。どうやら、そっちは未だに鶴屋さんのところにたどり着けていないようですね』 「ああ、腹立たしいがその通りだ。敵の抵抗が厳しい上に、砲撃が全くきかねぇ。これじゃどうしようもない。 正直、侵入はあきらめて鶴屋さんが戻ってくるのを待ったほうがいいかと考え中だ」 『それは待ちぼうけになるからやめた方が良いですよ』 なに? それはどういう意味だ? 『ここに来るまでの間に、涼宮さんと鶴屋さんの無線連絡を耳に挟みましてね、いえ、盗み聞きしたわけではありません。 すごい剣幕で話しているからいやでも耳に届いたんですよ』 ハルヒと鶴屋さんが言い争い? 全く想像ができないぞ。どういうことだ? 『完全に聞いたわけではありませんが、大体想像がつきます。鶴屋さんは、目的であったロケット弾発射地点を 制圧するまで撤退するつもりはありません。たとえ、誘い込むための罠であってもです』 「うそだろ……」 俺は唖然としてしまった。さらに古泉は続ける。 『気持ちはわからなくないですね。あなたの方は、逃げた敵の掃討だったので、 罠とわかればあっさりと撤退が可能です。実際にそうなりましたしね。しかし、鶴屋さんの方は違う。 たとえ、罠であってもここで発射地点を制圧しなければ、北高への攻撃は続行されるでしょう。 結局はまた制圧に向かうことになる。それでは同じ事の繰り返しです。ならば、どんな犠牲を払ってでもとね。 できることなら犠牲を出したくないという涼宮さんとは完全に対立するでしょう』 ハルヒは自分で何でもやりたがるタイプだ。間違っても自分の作戦で他人が死にまくっても平然としているような奴じゃない。 そんなことになるくらいなら、ハルヒ自身がやろうとするだろう。今思えば、植物園にハルヒ小隊を置くと 頑固に言い張ったのも、指揮官が前線に出るなんてという考えと、できるなら自分が戦っていたいという考えの ぎりぎりの妥協点だったかもな。 そして、鶴屋さん。正直なところ、鶴屋さんの人物像はつかみづらい。すごい人であるという認識程度だ。 今回だって包囲状態に陥ってもなお発射地点制圧をすると強弁できるなんて常人には―― 待てよ? ひょっとして鶴屋さんは最初からこれが罠であるとわかっていたのか? 『僕もそう思いますね。鶴屋さんは罠の可能性を強く疑っていたのではないでしょうか。 だからこそ、たとえ罠だとはっきりしても目的を変更するつもりはない。そう言うことでしょう。 また、あの時、罠である可能性をしてきた僕の意見に対して何も言わなかったのは、 罠であろうがなかろうが関係ないということだったのでは』 鶴屋さん……あなたって人はっ……どこまで俺たちの上を行くつもりなんですか? しかし、そうなると未だに鶴屋さんが帰還しないと言うことは、制圧もできていないと言うことだ。 『そうでしょうね。だからこそ、あなたには鶴屋さんのところへ向かってほしいんです。 救出ではなく加勢としてね』 古泉の言葉で俺の腹は決まった。何としてでもここを突破する。それしかない。だが、どうすりゃいい? 『確証はありませんが、敵の動きは涼宮さんの性格を強く意識しているように思えます。 今回の待ち伏せを考えてみてください。敵は北山公園で待ちかまえると同時に、遠距離から北高を攻撃しました。 この場合、我々にはいろいろ選択肢があります。たとえば、こちらの砲撃で徹底的に北山公園南部を砲撃する―― これは長門さんが効果が薄いと言っていましたが。また、校庭にヘリコプターもありましたから、 あれで発射地点を確認し、少数部隊でピンポイントで叩く。砲撃に耐えながら、学校に完全に立てこもって 籠城という手段もありますね。考えればもっといろいろあるかと。 しかし、涼宮さんの性格上、確実に北山公園全土制圧を一番に考えるでしょう。 やられっぱなしなんてもっとも嫌がりますし、ピンポイント攻撃だと相手が逃げ回って延々と追いかけ回すことに なりかねません』 また頭上を飛んでいく銃弾が激しくなってきた―― 『このようにたくさんの可能性がありながら、敵は誘い込んで待ち伏せという手段をとっていました。 完全にこちらの動きを読んでね。涼宮さんの性格を知っているからこそ、迷わずにその手を採用したんです。 そして、自らが決定した作戦のせいでたくさんの犠牲者を出したことになれば、 涼宮さんに与えるダメージは半端ではありません』 「ハルヒの考えを読んでいたとは限らないだろ。敵はこれだけの世界を簡単に作り出しちまうんだ。 なら、俺たちは常に監視されていて、こっちの動きが筒抜けの可能性だってある」 『ええもちろんです。しかし、たとえそうであっても敵の目的が涼宮さんであることには違いありません。 それを最優先に動いてくるはずです』 なるほどな。なら敵はロケット弾発射地点を死守したりすることよりも、ハルヒに精神的苦痛を与えることを 最優先に考えているって事か。 『話が早くて助かります。敵の動きと涼宮さんの考えと照らし合わせれば、おのずと敵の動きも読めるのではないでしょうか。 今言えることはそれくらいですが――おっと、ちょっとこっちも活気づいてきてみたいですね。 あとはお任せします。ではまた』 そこまでで通信は終了。俺はサンキュと無線を持った生徒にそれを返す。 さて、どうするか。敵は砲撃ものともせずに、俺たちの鶴屋さん小隊との合流を阻んでいる。そこまで粘る理由は? そりゃ、包囲状態にした敵――鶴屋さんたちと増援の俺たちの合流を許すわけがない。いや待て、その考えじゃダメだ。 こうやって、俺たちが何もできずにただ時間がたっていることにハルヒは相当のいらだちを覚えるはずだ。 だから、こうやって俺たちの足止めを行っている……よし、この考えで良い。 そうなると、敵はできるだけ鶴屋さんの孤立状態に陥らせることに専念するはず。では、どうする? 「……ちっ」 結局、相手の考えを読んだところで何も変わらねぇ。敵の目的と俺たちの目的が完全にぶつかっているからだ。 なら、ここからの鶴屋さんの場所に向かうのはあきらめて、数名で北山公園のすぐ南にある光陽園学院に行き、 そこから北上して行くか? いや、敵は信じられないことを平然とやっているんだ。その動きを読まれて、 すぐに防御線が築いてしまう恐れもある。 だったら目的を変更してやればいい。俺の目的は鶴屋さんへの加勢なんだから……加勢に行かない? ふざけんな。 そんなまねができてたまるか。じゃあ、いっそ南部を手当たり次第砲撃するように長門に指示するとか……鶴屋さんを殺す気か? ん、ちょっと待てよ? ハルヒは全員の植物園までの撤退を望んでいるという。だが、鶴屋さんはそれを拒否して、 未だに発射地点制圧を行っているんだ。ならそれは敵にとって想定外の事態じゃないか? 鶴屋さんの後退を阻止するのではなく、発射地点を防御しなけりゃならないからな。 でも、発射地点は敵にとってさほど重要なものではないと思える。俺たちをここに誘い込むだけの利用価値のはず。 さっさと鶴屋さんたちに破壊させて、包囲状態にでも何でも置けばいい。だが、確信を持って言えるが、 鶴屋さんたちはまだ発射地点を制圧できていない。何の証拠もないが、無線連絡が取れなくても、 あの人なら何らかの手段で俺たちにそれを伝えるはずだ。絶対に。 俺はふとあることを思いついて、無線機を取る。話す相手は朝比奈さんだ。場違いな相手じゃないかって? だが、俺たちの中で一番鶴屋さんのことを知っているのは、朝比奈さんであることに間違いないだろ? 『キョンくん! 大丈夫なんですかぁ!?』 焦りきったマイエンジェルの声に俺はいくらかの癒しパワーを受け取ってから、 「ええ。何とかまだ生きていますよ。ところでちょっとお話が」 俺は今の状況を端的に話す。俺が知りたいのは鶴屋さんならどうするのかとか、 鶴屋さんならどのくらいできるだろうとかだ。 朝比奈さんはう~んといつも以上に悩みながら、 『そうですねぇ……わたしが言えるのは鶴屋さんは本当にすごい人です。だから、そんな危ない状況でも 簡単に抜けられちゃうんじゃないかなぁって思うんです。でも、何でこんなに時間が……』 今の会話に俺は何かを感じた。どこだ? すごい人の部分か? そんなことは俺もわかっている。 簡単に抜けられちゃう……ここだ。そうだ、包囲状態でも攻撃を続ける鶴屋さんなら 植物園までの後退は簡単にできるんじゃないか? だからこそ、敵は鶴屋さんを引き留めるために 発射地点を死守する必要がある。それなら、理屈が合うってもんだ。 『でもぉ……ひょっとしたら……』 「朝比奈さん」 まだ独白のように続ける朝比奈さんの言葉を遮り、 「ありがとうございます。おかげで考えがまとまりましたよ。すごく助かりました」 『え……えっ?』 何が何やらわからない朝比奈さんがかわいらしすぎてもだえそうになるが、ここは我慢だ。それどころではないからな。 「じゃあ、また学校で会いましょう。戻ります」 『待って!』 突然、朝比奈さんからせっぱ詰まった声が飛ぶ。 『鶴屋さん……いえ、みんな無事なんですか? ここからじゃ、一体何が起きているのかさっぱりわからなくて……』 今にも泣き出しそうな――いや、もう涙ぐんでいるのかもしれない声が無線機から漏れてきた。 俺はどう答えるべきかしばし考えた後、 「大丈夫ですよ。SOS団はまだ健在です。鶴屋さんもきっとぴんぴんしていますよ』 俺は事実だけを言った。でも、谷口は死んだとは言えなかった。 朝比奈さんは俺の言葉にほっとしたのか、 『がんばってください。また学校で』 そう言って無線を終了した。すみません、朝比奈さん。 そこに国木田が丘の下に滑るように降りてきて、 「で、キョン。どうするのさ」 「今はこのままだ。しばらくしたら絶対に変化が起きる。そしたら、こっちも動くぞ」 国木田は俺の自信めいた口調に疑問符を浮かべながらも、また丘の上の方に戻っていった。 これから起きることは二つだ。まず第一に鶴屋さんが発射地点を制圧する。そうなった場合、 あらゆる手段を使ってでも、俺たちにそれを知らせてくるだろう。次に鶴屋さんたちが全滅する――考えたくもないが。 だが、この場合は敵が発射地点の防御を行わなくなることから、植物園に対する攻撃の動きが変化するはずだ。 今はどちらかが起きるのを待つ。これでいい。 ◇◇◇◇ 変化は意外に早く起きた。俺が待ち始めてから15分後、一発のロケット弾が北山公園南部から発射されたという 長門からの無線連絡が入ったのだ。同じ頃に、南部でひときわ大きい爆発音がとどろいている。 ただし、発射されたロケット弾は 『こちらは攻撃を受けていない。確認した限りでは、北山公園から東側に向けて発射された。今までとは明らかに違う』 以上、長門からの報告。もう俺は即座に確信し、ハルヒへと連絡する。 「おい、長門からの話は聞いたか?」 『聞いたわよ! これは鶴屋さんからの敵制圧の合図に違いないわ! さっすがSOS団名誉顧問だけのことはあるわね!』 「ああ、俺もそう思う。で、俺はどうすりゃいい?」 『とにかく、あんたがぼさっとしている間に向こうはけが人とかでているに違いないわ。 とっとと助けに行きなさい! 以上、命令終わり!』 やれやれポジティブ思考が復活しつつあるようだ。でも、その方がハルヒらしくて安心できるけどな。 「さてと……」 敵はしつこく俺たちに向けて銃撃を続けている。これからどうするか。ハルヒは助けに行けと言った。 なら、敵はそれを阻止するように動くのか? いや待て、それでは今までと大して変わらない。 もっとも大きな精神的ダメージを与える方法は? 俺は結論を出したとたん、笑い出しそうになった。ひょっとしたら初めて敵を出し抜けるかもしれないと思ったからな。 また、俺は無線で長門に連絡し、俺たちの動きを阻止している敵にめがけて、10発ほど砲撃を行うように指示する。 そして、数分後的確な砲撃が俺たちの目前に降り注いだ。今まで以上の轟音に俺は耳を押さえて、鼓膜を守った。 着弾音の余韻が通り過ぎると、辺りに静寂が戻ったことを【確認】する。 「また罠かな?」 国木田は警戒心を表していたが、俺はそれを無視し、一人で丘の上に立ち上がった。 「キョン! 何をやって……え?」 抗議の声を止めたところを見ると国木田も気がついたらしい。まったく弾丸は飛んでこないことに。 俺はそのまま小隊の生徒たちを待機させたまま一人じりじりと前進し、森の中に数歩はいる。砲撃のすさまじさを 表すように地面が穴だらけになっていた。しかし、敵は一人もいない。 確認完了だ。俺は右手を挙げて、小隊を前進させて森に入らせた。 ◇◇◇◇ 「やあ……キョンくんひさしぶり……でも、ダメじゃないか……敵は……」 鶴屋さんの力ない声が耳に流れ込んでくる。ほとんどかすれ声だった。だが、言おうとしていることはわかる。 同時に俺の背後ですさまじい銃撃戦が始まった。俺たちが来た道から背後を突くように、 敵が襲ってきたからだ。だが、この攻撃をわかっていた俺たちにとって、それは背後からの攻撃にはならない。 完全に迎え撃つ準備はできている。 しばらく激戦が続いたが、やがて敵は長門の砲撃を受けて下がっていった。 「すごいね、キョン。何でわかったのさ?」 「俺だって学習能力ぐらいはあるんだよ」 国木田の指摘を軽く流して、俺は周囲を見回す。鶴屋さんがいたのはやはりロケット弾発射地点だった。 すっぽりと森に穴が開いたような場所に一台のトラックが置かれている。その上には ロケット弾を載せるための鉄レールを平行に並べ柵状にした棚が乗っていた。いわゆるカチューシャロケットと言われる 多連装ロケットランチャーだ。こんなもんで俺たちを攻撃していたとはな。 敵の動きは大体読めていた。ハルヒは鶴屋さんたちを助けに行けと言った。そして、敵はすんなりと鶴屋さんのもとに 俺たちを招き入れた。理由は簡単。今度は俺たちを包囲状態にするためだ。北山公園に俺たちを誘い込んだのと 同じ手法である。ハルヒが決定して、そのせいで俺たちが大損害、となればまたまたハルヒに与えるダメージはでかいと 踏んだのだろう。だがな、甘いんだよ。そうそう何度も同じ手が通用してたまるか。 だが、予想外なことも一つだけあった。最悪なものだ。 「ふふっ……そっかぁ……キョンくんも気がついたんだねっ……」 鶴屋さんは息も絶え絶え、寄りかかるように座っている木の根元には血だまりができようとしていた。 周りにいる鶴屋さん小隊の生徒4人も不安げな表情で見つめている。 そう、鶴屋さんは銃撃を受けて今にも息絶えようとしている。くそったれ! やっとここまで来れたってのに! 「鶴屋さん! ようやく来れたんです。早く学校に戻りましょう!」 俺は鶴屋さんを背負おうと彼女の肩に手をかけるが、そばにいた鶴屋さん小隊の生徒から制止される。 衛生兵の役割を担っていた彼は、動かせない。動かせば死ぬだけと沈痛な口調で言った。 「そんな……やっと目的を果たせたんだ! 連れて帰らないと! 大体、おまえら何で指揮官を守ってねえんだよ…… ってそうじゃねえだろ! くそっ! 何言ってんだ俺は!」 あまりの言いように、自分自身に怒りが爆発する。鶴屋さんは自分の配下の生徒たちを力なく見回し、 「責めないでよ……みんな必死にやったさ。無能なのはあたし自身。結局、守れたのはたったの四人だけっさ……」 鶴屋さん小隊の人間から聞いたことだが、植物園から南部に小隊が入ってすぐに攻撃を受けたらしい。 その後、包囲状態に置かれようとしたが、先手を打った鶴屋さんが小隊をさらに3~4人に分けて、 北山公園南部一帯に散らばせた。そのため、敵はその散らばった小隊を追いかけ回し、 鶴屋さんたちはロケット弾発射地点を探し回る。まるで鬼ごっこ+缶蹴りだ。 鶴屋さんたちは空き缶=カチューシャロケットを探し続け、ついに目的を果たした。 目的を果たしたと同時に、散らばった生徒たちは植物園に戻るように指示していたらしいが、 ハルヒに確認した限りでは誰も戻ってはいない。ここにいる生徒以外は全滅したと言うことだろう。 さらに鶴屋さんまでもが…… また、俺の背後で銃撃戦が始まる。しつこい連中だ。いい加減、あきらめろ! 「キョン、このままだとまた包囲されるよ」 「んなことは言われんでもわかるさ……!」 国木田の言葉に、俺は焦燥感だけが募る。このまま鶴屋さんをおいておけるわけがない ――今までさんざん【仲間】を置き去りにしてきただろ? わかっているさそんなことは……! 「行ってほしいなっ……わざわざあたしをえさにしている敵の思惑に乗ってほしくないにょろよっ……」 「わかっています……わかっているんです……!」 どうしても踏ん切りがつかない。だが、それでもつけなければならない。 俺は絶望的な思いで言う。 「つ、鶴屋さんっ……。朝比奈さんに……朝比奈さんに伝えることは……!」 のどが悲鳴を上げるほどに力んで言葉を出しているのに、それ以上口を開くことができなかった。 でも、鶴屋さんはそれを待っていたのか、にっと笑顔を浮かべて、 「悪いけどみくるにはだまっておいてくれないかなっ……きっと気絶なんかしちゃってみんなに迷惑かけちゃうかも」 「わかりました……!」 「あと、あたしの仲間も連れて行ってっ……最期の最期までバカみたいにあたしについてきてくれた大切な仲間っさ……」 「もちろんです……!」 もうここまで来ると俺は鶴屋さんの顔を見ることすらできなかった。受け入れられない現実を拒否したいのか、 耳すら閉じたくなる。 「じゃあキョンくん!」 突然、かけられたいつもの鶴屋さんの声。俺ははっといつのまにか下がっていた頭を上げると、 普段と変わらない笑顔を浮かべ、俺の方にぐっと腕を突き出した鶴屋さんがいた。 「また学校で!」 その言葉と同時に、鶴屋さんは全身の力が抜け落ち、頭も完全にたれた。元気よくつきだしていた腕も、 力を失って地面に向かって落下する。 すいません鶴屋さん。絶対に元の世界に戻ってまたいつものように騒ぎましょう。でも、ここにいて、 果敢に戦い抜いた今のあなたのことも絶対に忘れません……! 俺は目に浮かんでいた涙をぬぐい、周りにいた鶴屋さん小隊の残りを見回す。皆一様に指揮官の死に涙していた。 これは絶対に作られた感情ではなく、本人の本来の意志によるものだと確信できるほどに悲しんでいるのがわかった。 「これから、おまえらは俺の指揮下に入る。問題ないな?」 4人とも、潤んだ目をしっかりと俺に向けて頷く。 国木田たちと敵の戦闘はますます激しくなりつつあった。もはや一刻の猶予もない。 俺は無線機を持った生徒を呼びつけ、ハルヒに連絡する。 「おいハルヒ、聞こえるか?」 『何よキョン! 鶴屋さんたちのところについたなら、早いところ戻ってきなさい! 当然、鶴屋さんたちもつれてね! 30分以内じゃないと罰金――』 「鶴屋さんは死んだ」 俺の言葉でハルヒは絶句した。叫びたいのを必死にこらえるようなうめきと、何と言って良いのかわからないという 不安定な吐息が無線から流れ込んでくる。 「いいかハルヒ。これから俺が言うことに黙って従え。いいな?」 『…………』 「いますぐ、古泉たちをつれて北高に戻れ。俺たちが戻るのを待つ必要はない」 この言葉に激高したのか、ハルヒは砲弾の着弾音以上の声で、 『バ、バカなこと言うんじゃないわよ! いい!? あんたたちが戻るまで死んでもここを死守するから! 絶対に帰ってくるのよ! 絶対絶対絶対よ! 見捨てるなんて絶対にしないから……帰ってきて! 絶対!』 「良いかよく聞けハルヒ!」 俺の怒鳴り口調にびびったのか、錯乱状態だったハルヒの口が止まる。 「冷静に聞けよ。今、俺たちはまた敵に包囲されようとしているんだ。敵の狙いは、植物園に俺たちが戻るのを阻止すること。 今おまえが俺たちを放って学校に戻るなんて、敵は頭の片隅にすらねえはずだ」 『あんたたちはどうするつもりよ! 玉砕なんて死んでも許さないんだからね!』 「俺たちはこのまま北山公園を南下して、光陽園学院前に出る。そして、学校東側から戻る。 安心しろ。絶対に学校に戻るから心配するな」 ハルヒはしばらくぶつぶつと聴き取れない抗議めいたことを言っていたようだが、やがて、 『……わ、わかったわ……絶対に帰ってきなさいよ!』 「当然だ」 話し合いがまとまったので、俺は無線を終了しようとするが、 『待ってキョン!』 ハルヒがなにやら確認したいらしい。しかし、なかなか言い出せないのか、しばらくうなったような声を上げていたが、 『鶴屋さん……鶴屋さんはどうするの……?』 「……俺の口からいわせないでくれよ。すまん」 『……ゴメン』 そこで無線が切られた。おっと一つ言うことを忘れていた。 『……なに? まだなんかあるの?』 悪い知らせと思ったのか、びくびくとした様子が手に取るようにわかった。 「すまないが、朝比奈さんには鶴屋さんのことは言わないでくれるか? 鶴屋さんからの遺言なんだ。 万一、聞かれたときは――あー、足をくじいたから近くの民家で、このばかげた戦争が終わるまで隠れているって言ってくれ」 『了解……』 そこで今度こそ無線終了。さて、 「よし、このまま南下して学校に帰るぞ! ついてこい!」 俺の空元気な声が飛んだ。 ~~その4へ~~
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暗く、重く意識が沈んでいく。 ベッドに横たわり、心地よい睡魔に包まれているかのように、 すーっと落ちてゆくような感覚。 何も見えないし、聞こえない。 俺は・・・一体どうしたのだろうか・・・。 今日はいつも通りの1日で・・・授業に出て・・・SOS団の活動に参加して・・・、 いつもみたいに、長門は本を読み、朝比奈さんはメイドに勤しみ、古泉はニヤけていた。 ハルヒだけがいつもよりハイテンションだった気がしたが、特に何も変わったことない1日だったハズだ。 そしていつものように家に帰り、飯を食って、風呂に入って、ベッドに入った。 そんな普通の1日だったはずだ。ただ、何故だろう?すごく悲しいことがあったような気も・・・。 それにしてもこの不思議な感覚は一体なんだろう?夢か? ふと、閉ざされていたはずの視界に、眩しい光が注ぐ。 まるで俺はその光に導かれるように―― ゆっくりゆっくりと―― その中心に吸い込まれていく・・・。 ドンガラガシャーン!!! けたたましい破壊音。驚いて目を開けると、そこは見覚えのない光景。 お洒落な自然色のカーテン、化粧台、大きめのクローゼット、机、ぬいぐるみ・・・。 「・・・女の子の部屋?」 ふと見上げると、そこには見覚えのある顔―― SOS団団長、涼宮ハルヒの姿があった。 もしかしてまた閉鎖空間か?そう思った俺がハルヒに声をかけようとした矢先―― 「アンタがあたしのサーヴァント?」 ハルヒは、ワケのわからない言葉を口にした。 俺は今、さぞ唖然としたマヌケな顔をしていることであろう。 目の前にいるのは確かにハルヒ。 その身に纏う北高の制服、いつものリボン付のカチューシャ、 そして何よりもこの腕を組み、悠然と俺を見下ろすこの尊大な態度が、 目の前の人物がハルヒその人であることを如実に表している。 しかし、その口から発せられるのはワケのわからぬ言葉。 『サーヴァント』?なんじゃそりゃ? 俺は混乱していた。 そんな俺を尻目に、ハルヒは不機嫌そうに言い放つ。 「何か言ったらどうなのよ?アンタがあたしのサーヴァントかどうかって聞いてるんだけど?」 俺は言い返す。 「何言ってるんだハルヒ?だいだい『サーヴァント』って何・・・」 そう言いかけた瞬間だった。 キーーーーーーーーン!!!! 俺の頭を突き抜けるように刺すような痛みが襲う。 な、何だコレは・・・!?普通の痛みじゃない!こんな痛みが続いたら・・・死んじまう・・・。 そして、その痛みと共に、俺が今まで知らなかった、むしろ知っているハズもなかった―― 大量の『情報』が、どこからともなく、一気に頭の中に流れ込んできた。 やがてその痛みは治まる。 そしてそれと同時に、この世界が目覚める前に俺が身を置いていた世界とは全く別物ということ、 俺が何者で、どうしてここにいて、これから何をするべきなのか、 それらを一気に把握してしまっていた。そして、自然とそのセリフが口をついていた。 「ああ、俺はお前のサーヴァントだ、ハルヒ」 「何よ、そうならそうとさっさと言いなさいよね」 フンと鼻を鳴らすハルヒ。 「で?アンタは何のサーヴァントなわけ?」 その質問に対する答えに関する情報が自然と浮かんでくる。 「俺は・・・アーチャーのサーヴァントだ」 自分で言ってて不思議に思える。こんなことつい数秒前までは全然知らなかったんだからな。 「・・・何よ、セイバーじゃないの?とんだ外れくじだわ」 「外れで悪かったな・・・」 『セイバー』という単語の意味も、自然とわかっていた。 「それにしてもアンタ、よくあたしの名前知ってたわね。 まだ名乗ってもいないのに」 それは流れ込んできた『情報』とは関係なく、最初から知っていた。 目の前にいる人物、コイツがハルヒじゃなくて誰だっていうんだ。 ただ、そのことはハルヒには言わない方がいい、と俺の頭の奥で何者かが告げているような気がした。 「まあ、サーヴァントならそれぐらい当たり前なのかしらね。 改めて自己紹介するわ。あたしは涼宮ハルヒよ。 んで?アンタの真名は何?」 『真名』?何だそれは?その単語については、まったくわからないし自然に情報が流れ出てくることもないぞ? まあでも、『真の名前』というぐらいだから俺の本名のことだろうな。 「俺の名前は・・・」 しかし、俺は自分の真名もとい本名を思い出すことが出来なかった。 「悪い・・・どうしても思い出せない・・・記憶が混乱しているみたいだ」 俺はそう返すのが精一杯だった。 さて、俺の頭の中に流れ込んできた『情報』と、 その後ハルヒが勝手に1人で喋り捲った内容を纏めると以下の通りになる。 まず、ハルヒは何と魔術師らしい。 つい数分前の俺だったら全く信じられない話だったが、今の俺にとってはその事実を認めるのは容易だった。 ハルヒ曰く、自分は日本は及び世界でも有数の魔術師の家系らしく、その能力も非常に優秀とのことだ。 そして、ハルヒはこれから戦争をするらしい。 何でも、近いうちにこの街において、魔術師同士の戦争とやらがおっぱじまるそうだ。 何とも物騒でぶっ飛んだ話だがこれもまた事実。 そしてその戦争の目的となるのは、『聖杯』とかいうけったいなモノの獲得らしい。 何でも『聖杯』はどんな望みでもかなえることの出来る、全知全能の願望器だとか。 つまりこの戦争は、魔術師達の間では『聖杯戦争』と呼ばれるものであるらしい。 そして一番肝心なこと、どうして俺がこんなところにいて、 『アーチャー』なんていうけったいな名を名乗り、ハルヒの『サーヴァント』になっているかと言う話である。 何でも魔術師同士の戦争の手段として召還されるのが『サーヴァント』と言う存在らしい。 所謂使い魔というヤツであるが、その能力は一介の使い魔とは一線を画す。 それもそのはずで、『サーヴァント』として召還されるのは、過去の歴史上や空想上の大英雄だというのだ。 例えば、イングランドのアーサー王、ケルト神話のクー・フーリン、ギリシャ神話の魔女メディアやメデューサにへラクレス、 メソポタミア神話のギルガメッシュ、日本で言えば孤高の剣豪佐々木小次郎など、 そのメンツたるや無学な俺でもよく知っているような大英雄達である。いわばサーヴァントとは『英霊』だ。 ん・・・?ちょっと待てよ?じゃあ何で俺が召還されてるんだ? 英雄に相応しい人生なんて送ってきたつもりは全くないぞ? そして、召還されるサーヴァントは往々にして7つの階級、『クラス』に分けられる。 剣の使い手にして全てのクラス中最強と言われる『セイバー』、槍の使い手『ランサー』、弓の使い手『アーチャー』、 卓越した騎乗スキルを持つ『ライダー』、古代魔術の使い手『キャスター』、暗殺術の使い手『アサシン』、 狂戦士『バーサーカー』――という7つのクラスだ。 そしてその7つのクラスのどれかに、召還された7体の英霊がそれぞれ割り振られる仕組みらしい。 ん?俺そもそも弓なんて使えたか?弓道だってやったことないし・・・。なぜに『アーチャー』なのだろう? そして、外面的にはサーヴァントは『セイバー』や『ランサー』といったクラス名で呼ばれるが、 その実、どこの英雄であり、どんな能力を持つのかということを表すものが『真名』であるとか。 つまりそれだけ重要な自分の名前、『真名』を俺は忘れてしまっているわけだ。 これには流石のハルヒも呆れるしかなかったようで・・・ 「自分が誰だかわからないサーヴァントなんて前代未聞だわ。これは先が思いやられるわね・・・」 と呆れることこの上ない。 しかし、なぜか目の前のハルヒのこと、家族のこと、 俺がこうして目覚める前の学校のこと、谷口や国木田、鶴屋さんといった友人連中のこと、 そして勿論あのSOS団のこと――ハルヒを含め、朝比奈さん、長門、古泉のことは、 しっかりと記憶にあるのだ。 ただ、自分が何者だったかということだけが思い出せない。 そして・・・俺が目覚める前、あのSOS団で何か、重要な出来事があった・・・ その事実は覚えているのに、その詳細が思い出せない。 もしかするとその『重要な出来事』が、今の俺が置かれているこのワケのわからない状況に、 大きな関係があるのかもしれない・・・が思い出せないことにはどうにもならない。 とにかく、俺はハルヒの『サーヴァント』として 『聖杯戦争』という魔術師同士の戦争に巻き込まれてしまったわけだ。 SOS団にいた頃は毎日が騒動だったそのおかげで、俺自身ワケのわからんことに対する耐性はついたはずだが、 この状況ばかりはどうしても戸惑うな。いくら『情報』が流れ込んでくるとはいっても、だ。 そして戦争なんて物騒なこと、俺に出来るのだろうか? しかし、幸いにも『優秀な魔術師』のハルヒはかなりやる気満々なようだ。 「とにかく!聖杯戦争の勝者となるのはあたし達しかいないわ! さあ、アーチャー!気合入れていくわよっ!!」 その後、俺は何故かハルヒに、召還のせいで散らかった部屋の整理と夜食の調理を命じられた。 ああ、言い忘れていたがサーヴァントにとって、魔術師は『マスター』と呼ばれる存在らしい。 というのも、サーヴァントは魔術師から供給される魔力を動力源にしないと、 この世に存在していることが不可能なのだ。 つまり俺はハルヒの魔力を『喰っている』状態ということである。 そしてマスターたる魔術師はサーヴァントに対し、『令呪』という名の3回の絶対命令権もとい支配権を持つ。 これを使われると、どんな状況だろうが意志だろうがマスターの命令に従わざるを得なくなる。 どうやらハルヒの腕に刻まれた刺青のような紋章がソレであるようだ。 つまり、その3回の令呪を使い切ってしまえば、サーヴァントがマスターに従う道理はないということで、 マスターを裏切り、殺してしまうことも出来るらしい。 もっともそんなことをすれば自分が現界出来なくなるし、 ハルヒに対してそんなことをする気など最初から俺には毛頭ない。 むしろ、殺そうとしても逆に返り討ちにあうだろう・・・。 しかし、いきなり命令だなんてハルヒも人使いが荒い。 普段だったらハイハイ言って命令を聞くところだろうが、何故だろう、 今の俺は皮肉をこねて、それに反抗したい気分だった。 「なぜ俺がそんなことをしなけりゃならないんだ?」 「何よ?サーヴァントがマスターの命令に従うのは当然でしょ?」 「それは、戦闘等の戦争に関わることで、だろう? 家政婦まがいのことをするつもりなんて俺には毛頭ないが?」 「何よ、アンタ随分生意気な口を利くじゃない」 「フン、それはこっちのセリフだよ。 自分を中心に世界が回ってるとでも思ってるのかい?『マスター』よ」 おかしいな・・・普段の俺なら絶対こんなこと言わないはずなのに・・・。 ハルヒに対するとっても恐れ多い皮肉の数々が自然と口をつく。 まるで酔っ払って自制心をなくしたかのようだ。 うーん、もしかして以前の世界で溜まりに溜まったフラストレーションなのだろうか・・・。 「ふーん・・・そういう態度に出るわけね・・・」 ハルヒはワナワナと震え、右手を掲げ、に握りこぶしを作った。 「そもそも、いくらマスターだからといって俺がそこまでへりくだる理由など・・・ ってオイ、お前まさか・・・?」 ハルヒの右手に刻まれた件の『令呪』が紅く、禍々しい光を放っている。 「言うこと聞かない飼い犬にはカラダでもって躾を仕込まないとね~?」 見るからに怒っているハルヒ。爆発寸前だ。 「だからといって大切な令呪をこんなことに使うなんて・・・!正気か!?」 「うるさーい!!『令呪』の下に命令を下すわ!! 『アンタはあたしに絶対服従すること』!!!!」 紅い光が一層眩しく光る。そうハルヒはよりにもよって3つしかない貴重な絶対命令権を、 『あたしの命令には絶対服従!!』というヒットラーもびっくりの独裁思想に塗りたぐられた、 バカバカしいことに使ってしまったのである。 そのおかげで、俺は掃除に料理をやらされるハメになった。 ただなぜか、どっちともスイスイとスムーズに出来てしまった。 以前は掃除なんかたまーにしかしないモンで母親に怒られたりもしたし、 料理なんて全く門外漢だったからな。 しかも、「あら、けっこうイケるじゃない」なんて、ハルヒに料理の腕を褒められるし、な。 翌日、戦争中であるにもかかわらず、ハルヒは普通に学校に行くと言い出した。 何でも学校にももしかすると別のマスターがいるかもしれないからその調査のためとか・・・。 勿論サーヴァントとしてはそんなハルヒについていくべきなのだろうが、 俺としては外に出れるような状態ではない。なぜかって? それは俺の容姿のせいだ。 昨夜、何気なくハルヒの部屋にあった姿見を覗き込んだ俺は仰天した。 容姿が、以前とはすっかり変わってしまっているのである。 背は前よりずっと伸びていておそらく180センチはありそうだ。顔つきも大人びたそれになっている。 そして髪の毛、なぜか真っ白な白髪である。俺、何か苦労でもしたんだろうか・・・。 そして俺が身に纏っていた服は、コスプレか?というくらいにヘンな真っ赤な外套であった。 こんな格好で街に出たら間違いなく不審者扱いだ。ハルヒの家に着替えがあるハズもない。 そんな悩める俺にハルヒはふと、声をかけた。 「何よ、霊体化すればいいじゃない」 その瞬間、例の『情報』が流れ込んでくる。 『霊体化』、つまりは実体をなくし、一時の仮の姿として『霊体』になること。 これだとハルヒ以外の人間には俺の姿は感知されないらしい。 更にこの状態だと、俺を維持するためにかかるハルヒの魔力の量がカットされるらしい。 つまり、一種の省エネ形態ってことだ。肉体的な疲労も減る。 まあそもそもサーヴァントに人間のような疲労や空腹、睡眠の概念はなく、 飯を食わなくても一睡もしなくても死ぬことはないらしい。何とも便利なカラダだ。 ちなみにハルヒとの意思疎通は、念話によって問題なく出来る。これまた便利だ。 そんなこんなで霊体化した俺はハルヒについて学校へと行った。 勿論、俺も通っていた北高に、だ。 そして、そこで俺はいくつかの衝撃的な事実を知ることになる。 衝撃その1。 この世界のハルヒもSOS団を結成しているらしいこと。 衝撃その2。 SOS団には普通に朝比奈さんと古泉が所属していたこと。 そして長門がなぜかいない、そもそも学校にすら在籍していないこと。 衝撃その3。 俺のクラスのメンツは以前と殆ど同じだったこと。国木田と谷口も普通にいた。 衝撃その4。ちなみにこれが1番の衝撃だ。 なぜかこの世界に『俺』がいたこと。勿論ハルヒと同じクラスにも、SOS団にも所属していること。 これらの衝撃についてひとつひとつ詳細に確認したいところではあるが、今は霊体の身、 目立つようなことは勿論出来ない。もしかしたら他にも以前の世界とは違っているところがあるかもしれないのだが・・・。 特に、なぜこの世界にも・・・以前の世界と全く同じ姿で俺がいるのか・・・全く理解が出来なかった。 そして姿の見えない長門・・・。これはなにやら一筋縄ではいかない予感がするな・・・。 いつの間にか放課後になった。SOS団も自然解散し、部室には霊体の俺とハルヒのみが残される。 「アーチャー、今日1日学校にいたけどやっぱり何か違和感があるわ。 おそらく校内に潜むマスターがいるはずよ。そしてソイツが動くとしたら夜。 だからもう少し学校に残るわ。もしかしたら戦闘にもなるかもしれないわね」 ハルヒのそのセリフに、否がおうにも緊張が高まる。 ここに来てやっと自覚できた・・・。俺が今身を置いているのは・・・戦争、殺し合いなのだ、と。 そして――夜がやってくる。 夜、俺とハルヒは校内をくまなく歩き回っていた。 ハルヒ曰く、タチの悪い結界とやらが仕掛けられている可能性があるらしい。 その結界は発動したら最後、学校中の人間の生気を吸い取り、最悪死に至らしめる。 なぜそんなことをするのか、というと所謂『餌』の確保のためだ。 サーヴァントにとって人間の生気は魔力に匹敵する動力源だそうだ。 つまりソレを喰えばサーヴァントはマスターの手を煩わせることなく、 腹を満たすことが出来ると言うわけである。 勿論、俺はそんな非道なことをする気にはなれない。 それにハルヒ自身が何よりもそれを嫌う。 「関係ない人の命を奪うマスターなんて魔術師の風上にも置けないわ! ギッタンギッタンにブチのめしてやらないとねっ!」 だそうだ。ヘンなところで常識と正義感に溢れたヤツである。 俺自身も目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますと、禍々しい空気の流れを感じることが出来る。 おそらくこれが結界の発する魔力ってヤツだな。 ハルヒは慎重にその魔力の出所を探っていく。 そして、ついにその発信源に辿り着く。 それは、屋上だった。 「やっぱり・・・ココだったのね。シュミの悪い結界だこと」 苦々しく吐き捨てるハルヒの目の前には、大きく、グロテスクな魔方陣が描かれていた。 どうやらこれが結界の大元らしい。 「それじゃ、ちゃっちゃと解除しちゃいましょ」 そう言うとハルヒは魔方陣に手をかざし、何やら呪文を唱え始めた。 ――と、その時、 「おや?消してしまうんですか?その結界。少々勿体無いですね」 どこからか聞こえる声―― そこにいたのは――真紅の槍を手に持った――蒼い蒼い男だった。 そこにいたのは――槍を持った蒼い男。 そして驚くべきことに――笑みをたたえるその顔は―― あのSOS団副団長、古泉一樹そのものであった。 「古泉君!?」 その男に気付いたハルヒが、声をあげる。 「古泉?それは誰のことですか?」 はて?と首をかしげる男。 確かに・・・あの男は俺の知る古泉じゃない。 顔や口調は似ているものの、古泉より背も高く、より筋骨隆々とした締まった体を蒼いタイツのようなものに包んでいる。 そしてよく見れば、顔も俺と同じように、すっと大人びたそれだ。 髪型も、流れるような長髪を後ろで馬の尻尾のように纏めている。 それにこの世界の古泉は普通にSOS団の副団長として存在しているはずだ。 俺は即座にハルヒに語りかける。 「ハルヒ!アレは違う!お前の知ってる古泉じゃない!」 「え・・・?」 「敵だ!」 その言葉に即座に反応するハルヒ。 「アーチャー!飛ぶわ!着地よろしく!」 「逃げるのか?」 「違う!こんな狭い場所じゃ不利よ!校庭に下りるわ!」 そう言うとハルヒは、あろうことか屋上からぴょーんとジャンプで飛び降りた。 制服のスカートがふわふわと風に揺れる。 え?俺どうすればいいんだ?着地よろしくってことだからとりあえずは・・・。 俺も屋上からジャンプする。不思議と怖さは全くなかった。 そして身体が軽い・・・。力も漲っている・・・。これがサーヴァントの力か? 急降下する俺とハルヒ。近づく地面を前に、俺はハルヒを抱きかかえ、着地する。 こんな高さからなのに勿論痛みは全くなかった。 校庭の真ん中へと走る俺とハルヒ。ちなみに俺はとっくに実体化している。 ここまで来れば・・・と思った矢先、 「おやおや、出会った瞬間に逃げられるなんて結構ショックですよ?」 古泉に似た蒼い男が既に先回りしていた。コイツ・・・!何てスピードだ! 「あんた・・・サーヴァントね?」 ハルヒが男を睨み、言い放つ。 「それがわかるということはあなた方は僕の敵ということでよろしいのですね?」 男が槍を構える。紅く、毒々しいフォルムの槍だ。 「アーチャー!!」 ハルヒが叫ぶ。それに呼応するかのように男の前に立つ俺。 ハルヒに戦わせるワケにはいかない。こうなったらやるしかない! しかし・・・俺はどうやって戦えばいいんだ? 以前からケンカなんて殆どしたこともないし、腕力にも自信が無い。 何より目の前でニヤニヤと笑うこの蒼い男の圧倒的な威圧感と、 その笑顔の裏からどうしようもなく放たれる殺意に対抗できる気がしない。 と、その時――例の『情報』の流れが頭の中に入ってくる。 そしていつのまにか俺の両手には、重くずっしりとした短剣が2つ、しかと握られていた。 何だこれ?急に出てきたぞ? 「ほう、二刀流ですか。少しは楽しませてくれそうですね」 男が目にも留まらぬ速さで槍を繰り出す。 カキーーーン!!! やられる・・・と思った瞬間俺の短剣がそれを弾いていた。 身体が勝手に動いた? 一体俺はどうなっているんだ? その後も俺は男の繰り出す槍撃を、両手の短剣でことごとく弾いていた。 その過程で、少しずつではあるが男の繰り出す槍の軌道が見えてきた! カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!カキン!・・・・ 剣裁の音が、夜の無人の校庭に響き渡る。 ハルヒは息を飲み、俺と男の戦いを見つめている。 槍を繰り出しながら男が語りかけてくる。 「あなた・・・さっき『アーチャー』と呼ばれてましたよね? しかし、二刀流使いの弓兵なんて聞いたことありませんよ?」 その口調は本当に古泉そのものだった。 「フン、そんなのは知らん。 俺ですらよくわかっていないのんだからな」 どうやら俺も、皮肉を返せるぐらいに完全に目も身体も慣れたようだ。 男は埒があかないと感じたのか、槍を繰り出す手を止め、 バックステップで俺と距離をとった。 「そうですか。どうやらあなたはこの戦争におけるジョーカーたる存在のようですね」 そう言って、地を舐めるような低い姿勢をとり、両手で槍を構える蒼い男。 「そういう人には早々と消えていただくのが得策でしょう。 あなたはちょっと僕の好みだったんですけどね。残念です」 オイオイ、この世界でも古泉はウホッな変態なのか、とツッコんでる場合ではない。 男の構え、そして禍々しく突き出される槍、それらが放つ殺気は先程とは比べ物にならない。 まるで、これから繰り出される攻撃に対し、いくら抵抗しても絶対的な『死』が約束されているかのように思える、 それくらいに圧倒的な殺気だ。 「少々名残惜しいですが、死んでもらいますよ」 男が、その技を繰り出そうとした時―― 校庭の隅に、1人の少年の姿があるのを、俺の瞳が捉えていた。 あれは・・・もしかして・・・! その少年は、校庭で繰り広げられる非現実的な光景に恐れをなしたのか、一目散に闇へと消えていった。 そしていつの間にか、蒼い男は構えを解いていた。 「邪魔が入りましたね。この続きは、またいずれ」 そう言い残すと、男は目にも留まらぬ速さで闇へ消えていった。 「助かったのか・・・?」 思わず安堵のため息をついてしまう俺。 ふと、振り返るとハルヒが小さく笑顔を浮かべて言う。 「アンタ、なかなかやるじゃない。見直したわ。 それより、あのサーヴァント、おそらく『ランサー』ね。」 だろうな、槍を使っていたしな。 「あの口ぶりからして、学校の結界はアイツが仕掛けたものではないようね」 そうだろうな。しかし俺にはひとつ気になることがあった。 「それよりハルヒよ。アイツなんで逃げちまったんだろう?」 その質問をした瞬間、ハルヒの顔が何か重大なことに気付いたかのように、緊迫したものになった。 「アーチャー!!ランサーの後を追って!!」 そして、焦りを隠さない声で、そう叫んだ。 ハルヒの焦りの理由はこうだ。 昨夜、ハルヒ自身が話していたことだが、基本的に魔術や魔術師の存在は、 一般人には隠匿されなければならないものらしい。 それがこの世界の『ルール』だと、ハルヒはそう言っていた。 そしてそれは勿論この『聖杯戦争』にも言えることだ。 もし、一般人にバレてしまうようなことがあれば、その時はそれ相応の『処理』をしなくてはならない。 つまり――『目撃者は消す』――という絶対的なルールが存在するのだ。 そこから導かれる結論、それは――さっきの少年をランサーが殺す、ということだ。 おそらくランサーはそれを優先し、戦闘から離脱したはずだ、とハルヒは言う。 これは・・・マズイ事態になったな。 俺はハルヒを抱え、夜の校内をこれでもかと言わんばかりのスピードで駆けた。 このサーヴァントの身体のおかげで、そのスピードは一般人のそれを凌駕している。 しかし、あのランサーは更に速かった。果たして追いつくか・・・! そして、辿り着いたのは、暗く静まり返った廊下。 そこにあったは―― 胸部からおびただしい血を流し、仰向けに倒れる―― 物言わぬ『俺』の亡骸だった。 確か、あの時俺の目が捉えたのは確かにこの世界の『俺』の姿だった。 それにしても・・・まさか『俺』が殺されてしまうなんて・・・。 吐き気がする・・・。眩暈がする・・・。贓物を全て吐き出しそうな感覚に襲われる。 目の前の光景が信じられない・・・。 しかし、俺以上にその光景を信じられなかったのはハルヒだった・・・。 「・・・うそ・・・うそでしょ・・・?どうしてアンタが・・・?」 小さく搾り出すハルヒ。その顔に浮かぶ表情は俯いているためか、俺からは窺えない。 「あたしの・・・あたしのせいだ・・・」 そう言って、膝をつくハルヒ。その肩はワナワナと震えている。 俺は・・・そんなハルヒにかける言葉が見当たらない・・・。 チクショウ・・・!どうして俺はこんな世界に・・・! 『俺』が理不尽に殺され、ハルヒが理不尽に涙を流す、どうしてこんな理不尽な世界に俺は連れて来られちまったんだ! 行き場のない怒りが俺を支配する。 そんな俺を尻目に、涙を拭いたハルヒは何かを決意したような、神妙な面持ちでいた。 「こうなったら・・・『アレ』を使うしかないわね・・・」 そう言うとハルヒは制服のポケットから小さな赤い宝石を取り出し、それを『俺』の胸の上に置いた。 「アンタだから・・・助けるんだからね・・・」 ハルヒは小さくそう呟いていた。 そしてハルヒはすっくと立ち上がると、 「帰るわよ、アーチャー」 「おい・・・いいのか・・・その少年は・・・」 「いいのよ。あと数分で目を覚ますはずだわ」 心底、そのセリフには驚かされた。 帰り道で聞いた話によると、あの小さな赤い宝石はハルヒの家に代々伝わるものらしい。 なんでも、人の命を救うことが出来るという反則的な効力の石らしい。 それだけの宝具だ、ハルヒがどれだけ大事にしていたか、聞かなくてもわかるほどだ。 そんなものを『俺』の命を救うために惜しげもなくハルヒは使った。 その時のハルヒに迷いはなかった。 果報者だな、『俺』よ・・・。 しかし――夜はまだ終わらなかったのである。 そもそもなぜ気付かなかったのだろう。 ハルヒは言っていた、『目撃者を消すのが絶対のルール』と。 そしてそれを先程、ランサーは厳格に実行した。 だとしたら・・・今頃目を覚まし、要領を得ないまま自宅に戻っているはずの『俺』を、 あのランサーが放っておくとは、到底思えない。 俺がその危惧をハルヒに伝えると―― 「アンタ!気付いたんだったら何でもっと早く言わないのよっ!!」 と、大噴火し、家を飛び出した。 どうもこの世界のハルヒには少々抜けたところがあるらしい。 「急ぐわよ!!『キョン』の家に!!」 ハルヒは――そんな『俺』の名を叫んだ。 そして、その瞬間――俺は全てを思い出した。 闇夜の街を、ハルヒを抱えて走る俺。 どうやら『俺』の家の場所をハルヒは把握しているらしい。 一応俺はハルヒの道案内に従っているフリをしていたが、 その実、俺も既にその場所はわかっていた。 だって『俺』自身の家だもんな。わからない道理がない。 そして、目的の場所に着く。 以前の世界で俺が住んでいたのと変わらない一軒家がそこにはある。 ただ少し違っていたのは、以前はなかった大きな庭がついていたことと、 その一角に、物置と言うには多きすぎるくらいの立派な小屋があったことくらいか。 「急ぐわよ!アーチャー!」 ハルヒは俺の腕から降り、一目散に駆け出す。 と、その時、『俺』の家の庭から眩しい光が放たれる。 思わず目を閉じてしまう俺とハルヒ。 それと同時に聞こえてくる声、 「これはこれは・・・!ここはいったん引かせてもらいましょう!!」 聞き覚えのあるそれは紛れもなく、古泉に似たあの蒼い男のもの。 そして俺の視界は塀を飛び越え、苦笑いをたたえながら闇夜に消えていくその蒼い男の姿を捉えていた。 「ッッ!!今のはもしかして・・・ランサー!?」 ハルヒはさらに駆ける。 そして、庭へと通じる門をくぐろうとした瞬間、 ビュン!! 俺の目の前に何か鋭利な刃物のようなものが飛び出したように見えた。 まさかランサー・・・!? いや・・・槍なんかではない!今のは間違いなく、『剣』が空気を切り裂かんとする音・・・! 「止めろっ!!セイバー!!ソイツは・・・ハルヒは俺の知り合いだ!!」 同時に聞こえてきたのは・・・紛れもない『俺』の声・・・。 そして繰り出された剣先は・・・俺の鼻の寸前で止まっていた。 ハルヒは唖然とした表情で、その剣を繰り出した『誰か』を見つめている。 月明かりに照らされ――― 泰然自若とした空気を身に纏い―― 『目に見えない』剣を俺に突きつけ―― 静かに静かに佇んでいる―― 北高の制服とカーディガンを身に纏った少女―― 俺がその姿を見間違えるわけはない―― 『セイバー』と呼ばれたその少女は―― 正真正銘――あの長門有希であった。 あの長門が・・・これまでどんな窮地においても俺を助けてくれた長門が・・・ なぜ今俺にこうして剣を向けているのか・・・? もしかしたら長門は気付いていたのかもしれない―― 俺がついさっき思い出したこと―― 俺が以前の世界で最後に自分自身に抱いていた―― 本気で自殺したくなるほどの自己嫌悪と―― 俺が今この世界で今この瞬間抱いている―― 『キョン』と呼ばれる少年に対する―― 堪えようのない憎悪と殺意に。 第1章 完 第2章
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涼宮ハルヒの本当に憂鬱リメイク「たいせつなもの」前編 涼宮ハルヒの本当に憂鬱リメイク「たいせつなもの」後編 涼宮ハルヒの本当に憂鬱リメイク「たいせつなもの」後日談
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赤い光球は猛スピードで神人に接近すると、その回りを小刻みに円を描くような動きで飛びだした。 赤い光球が円を描くたびに神人の体が切り取られていく。 やがて神人は十数個ものパーツに切り分けられ、崩れ落ちていった。 朝倉「そろそろはじめよっか」 そう言うと朝倉は両腕を地面に突き刺した。 長門「逃げて」 オレたちの足元から朝倉の腕が飛び出してくる。 すんでのところで、ハルヒは朝比奈さんを抱えて、長門はオレを抱え、それぞれ 横っ飛びで回避した。 二手に分かれたオレたちに向かって、朝倉の腕がさらに追撃してくる。 長門「やらせない」 長門はすばやく呪文をつぶやき、朝倉の腕を消滅させる。 キョン(ハルヒと朝比奈さんは・・!?) まずい!横っ飛びで倒れたままのハルヒに朝倉の腕が迫っている! キョン「ハルヒ!」 そのとき、朝比奈さんがハルヒの体を突き飛ばした。 みくる「ぐ・・うぅ・・・」 見ると、朝倉の腕が朝比奈さんのわき腹に突き刺さっている。 ハルヒ「みくるちゃん!・・アンタよくも・・よくも!!」 みくる「ダメ・・・涼・・宮さん」 朝比奈さんがハルヒの腕をつかんだ瞬間二人の姿が消え、オレたちのそばに現れた。 キョン「朝比奈さん!!長門頼むッ!」 長門「まかせて」 長門が朝比奈さんのわき腹に手を当てる。出血は収まったが、今の長門の能力では 完治させるには程遠いようだ。 朝倉「これで一人リタイヤね。・・あれ?どうしたのキョン君、もっと怒らないの?」 ハルヒ「アイツよくも!許せない!絶対許せない!!」 キョン「落ち着けハルヒ!考えなしに突っ込めば朝倉の思う壺だ!」 ハルヒ「アンタよくも落ち着いてられるわねッ!!みくるちゃんがやられたのよ!」 完全にハルヒの頭に血が上りきっている。 キョン「朝比奈さんは大丈夫だ!長門がちゃんと見てくれてる。・・落ち着いて聞いてくれ。 こうなった以上、朝倉を倒すのはオレたちの役目だ」 ハルヒ「・・・」 キョン「長門は朝比奈さんから手が離せない。古泉があのでくのぼうを倒すには もう少し時間がかかるだろう。朝倉の相手をできるのはオレたちしかいない」 ハルヒ「わかってるわよそんなこと!だから今からアイツに一矢報いてやるのよ!」 キョン「それじゃダメなんだ!・・いいか、お前には世界を変える力がある」 ハルヒ「・・なにいってんの?それはアンタが持っている力で・・」 キョン「違うんだ。オレたちのSOS団ではそうじゃないんだ。 ・・SOS団の団員はみんなお前が集めてきただろ。お前は適当に選んだ って言ってたけどそれはウソだ。 それぞれ立場は違うけど、みんなお前が願ったからこそSOS団に来たんだよ」 ハルヒ「・・・」 キョン「もちろんオレだってそうだ。お前が願ったからオレはお前の前に現れた。 ・・そして一緒にSOS団を作った。そうだろ?」 ハルヒ「・・・私が?」 キョン「そうだ。SOS団はそれでいいんだよ。お前が中心でなきゃ駄目なんだ。 お前を中心に動いてるのがSOS団なんだよ!世界なんざそのオマケだ」 ハルヒ「キョン・・・」 長門「‥sleeping beauty」 少し、寂しそうに長門がつぶやいた。 キョン「前にも言ったよな。いつぞやのお前のポニーテールは 反則なまでに似合ってたって。・・・だからお前が髪を短くしたときは ちょっと残念だったんだぜ」 そういうとオレはハルヒの肩を寄せ、唇を重ねた。 瞬間、強烈な光がハルヒから放たれた。その光は除々に強さを増していき、 やがて目も開けていられなくなる。 朝倉「うそ・・なにこれ?なんなのよこのエネルギーは!」 やがて光が収まると、そこには黄金色に輝くハルヒがいた。 朝倉「そんな・・・」 ハルヒ「よくもやりたい放題やっちゃってくれたわねぇ。この借りは高くつくわよ。 ・・そうね、三十倍返しってトコかしら!」 朝倉「なんであなたがそんなエネルギーを!?ウソ、ウソよ!」 ハルヒ「戒名は考えるヒマはないからやっぱやめよ。覚悟しなさい!」 ハルヒは一瞬で朝倉の前に立つと、右手をかざした。そこから再び 目もくらむような光があふれ出す。 光を浴びた朝倉の体が結晶の粒となり、拡散していく。 ハルヒの体から放たれていた輝きも、少しずつ収まっていった。 朝倉「結局やられちゃったか・・・ホント、あなたたちには負けっぱなしね」 キョン「リベンジはいつでもいいぜ。また返り討ちだ」 朝倉「あーあ、なんだか長門さんがうらやましいな。こんなに素敵な友達がいるなんて」 ハルヒ「SOS団に入りたかったらいつでも来なさい!ただし、このキョンと同じ 雑用でよければだけどね!」 朝倉「・・考えておくわ。でもちょっと遅かったみたいね」 朝倉はすでに全身が結晶の粒と化していた。 朝倉「ねえキョン君、そろそろちゃんと誰かを選んであげたほうがいいんじゃない? あんまり待たせるのはよくないと思うな・・・」 キョン(・・・・・) 長門「・・・さよなら」 朝倉「またどこかで会えるといいね・・・じゃあね」 結晶の粒は音もなく崩れ去り、やがて消滅した。 古泉「キョン君!こっちは・・どうやら終わったようですね」 古泉はゆっくりと降下しながら言った。どうやら神人退治のほうも片付いたようだ。 キョン「ああ。ハルヒが終わらせてくれたよ」 みくる「キョン君、涼宮さん・・すごいです!」 いつのまにか朝比奈さんがオレの横にいた。朝倉から受けた傷は完治しているようだ。 キョン(さっきのハルヒの光・・あれのおかげかもな) 長門「閉鎖空間が消滅する」 朝倉涼子の消滅とともに世界を覆っていた灰色の空が除々に割れ、 その隙間からオレンジの光が差し込んできた。亀裂は空全体に広がっていき、 やがて元の夕焼けに戻った。 古泉「考えてみれば、我々SOS団はキョン君が生み出した閉鎖空間内部に存在していた わけですから、全員で現実の世界に来たのはこれが始めてということになりますね」 ハルヒ「・・・・・」 みくる「でも・・これでお別れですね」 キョン(!・・そうだ。オレの能力はあとわずかで消える。そしたらみんなは・・) 長門「もしもあなたが望むのなら・・」 長門がおもむろに口を開いた。 長門「あなたが望むなら、限定的に時空改変を行うことは可能」 キョン(長門・・・) 古泉「たしかに、さきほどの涼宮さんの力とキョン君の能力を合わせれば、 それもありうる話でしょう」 長門「SOS団の存在を現実化できる」 しばらくの間沈黙が続いた。オレは・・みんなと離れたくない。 キョン「みんな・・オレ・・」 ハルヒ「・・だめよキョン!そんなことしたら、私たちの代わりに現実の私たちが消えちゃうのよ・・」 古泉「たしかに、改変によって僕たちが現実化すれば、今現実にいるほうが代わりに 消滅することになるでしょう。それは多少後ろめたい気がしますね」 キョン「だって、このままじゃみんな・・・消えちゃうんだぞ・・」 ハルヒ「消えないわ!」 ハルヒが力強く叫んだ。 古泉「そうです。僕たちは元々あなたにアイデンティティを与えられた存在です ・・・元となったモデルがいたとしてもね」 みくる「だからこの実体が消えたとしても、キョン君が私たちのこと覚えててくれる限り、 私たちはずっと存在することができるんですよ」 キョン「古泉・・朝比奈さん・・・」 長門「概念的な話ではない。あなたが作り出したSOS団は、数ヶ月前に 閉鎖空間が消滅した後も確かに存在していた」 キョン「長門、本当なのか・・?」 ゆっくりとうなづく長門。 ハルヒ「だからねキョン!最後は・・私たちSOS団自体の願いをかなえるってのはどう?」 キョン「・・ハルヒ」 ハルヒ「実際もう半分以上かなえられちゃってるようなもんだけど、ね?」 キョン「・・そうだな。SOS団の目的はずっとそれだったもんな」 オレは長門、古泉、朝比奈さんの顔を順に見た。それぞれ、無言でうなずき返してくれた。 ハルヒ「じゃ、決まりね。キョン、手を貸して」 オレはハルヒに右手を差し出した。ハルヒはオレの手を強く握る。 ハルヒ「せーのでいくわよ」 キョン「おう。・・それじゃいくぞ」 ハルヒ「せーの!」 ハルヒ・キョン『宇宙人や未来人や超能力者を探し出して、一緒に遊びたい!!』 その瞬間、オレとハルヒを中心に強い光があふれた。 まばゆいばかりの光はさらに強さを増していき、やがて七色に輝く帯となって、 空に向かって無数に放たれていった。 みくる「わあ!きれい・・・」 古泉「・・幻想的な光景ですね」 キョン(・・もしかしてオレたちの願いは、世界中に届けられたのかもな) ハルヒ「願い事、かなうといいわね」 キョン「・・ああ」 古泉「・・キョン君。そろそろお別れの時間のようです」 みくる「キョン君・・・絶対に私のこと・・わ、忘れないで下さいね」 古泉はにこやかに、朝比奈さんは目をうるませながら言った。 ハルヒ「・・じゃあねキョン。あんたが宇宙人でもとっつかまえたら、また見にくるわ」 キョン「ハルヒ・・みんな、また会おうな」 ハルヒたちはやがて、光にすいこまれるようにして消えていった。 3人がいなくなると、空は再び元の夕焼けに戻った。 キョン「えらくあっさりと消えちまったもんだな、長門」 長門「消えたのは実体だけ。存在は確認できる」 キョン「それってもしかして、お前の親戚みたいなもんか?」 長門「情報生命体とは概念が異なる存在。・・言語では理解困難」 キョン「・・いいさ、なんとなくわかるから」 長門「そう」 キョン「ああ・・そうさ」 ふいに、長門がめまいを起こしたようにふらついた。 キョン「おい、大丈夫か?」 オレはとっさに支えたが、長門はかなり消耗しているらしい。 長門「・・エネルギーを使いすぎた」 キョン「今日一日でかなり無理させちまったからな・・お前も、もういっちまうのか?」 長門「いつでも会える。・・あなたの願い」 キョン「・・そうだったな」 長門「・・いつでも、あなたのそばに」 言いおわると、長門は気を失った。 キョン「みんな行っちゃったか・・・」 長門を横に寝かせると、オレは再び海に向かって腰をおろした。 キョン(今日一日で、いろんなことが起こりすぎたな・・・) まるで一瞬にして何年もすぎていってしまったような感じだ。 キョン(やっぱり少し寂しいや・・・) 夕日が沈み、あたりが暗くなる頃に長門が目を覚ました。 長門「・・うーん、あれ・・・私・・」 ゆっくりと身を起こす長門 長門「あ、キョン君?・・・よね。ここは・・・?」 どうやら、元の長門に戻ったようだ。 キョン「ああ、今さっき全部片付いたトコだ」 オレは笑顔で、長門にそういった。 長門「え・・・?全部?」 キョン「ああ、全部キレイさっぱりだ。そろそろ帰ろうぜ」 長門「う、うん」 事情を話すわけにもいかないので、オレはテキトーにごまかした。 状況をいまいち把握できていない長門をせかして、オレたちはここを後にした。 9話
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 ◇◇◇◇ 土曜日、明日になれば自動車事故から一週間になろうとしている。 幸いなことに月曜日以降、誰も死ぬどころか危険な目にあっていなかった。 今日、俺はハルヒと一緒に、先週の事故発生現場を廻っていた。歩くと時間がかかるので、タクシーを使って移動している。 いろいろ確認したいこともあるらしい。 まず看板に潰された男子生徒の現場に立っていた。 倒れてきた速度規制の看板はすでに新しい頑丈なものに直されていた。商店の上にあった看板は撤去されたままである。 あの事件を思い出す要因を残しておきたくないかもしれない。 「すっかり現場が変わっちゃっててこれじゃ調べようがないわね」 何も見つからずにその場を去り、続いて野球ボールのせいで死んだ女子部員の現場、火事が原因で死んだ女子部員と顧問の現場と 廻っていったが、やはり何も見つからなかった。まあ、目で見つけられる問題があるならとっくに警察が回収しているだろうが、 ハルヒもただじっとしている気にはならないのだろう。何か手がかりがないかともがいているに違いない。 俺たちは黙ったまま、当てもなくタクシーを走らせていた。 深刻そうな顔のままのハルヒに対して、実のところ俺は少々楽観的になりつあったりする。 この一週間何も起きていないからな。本当にただの考えすぎで、【偶然】の事故だったのかもしれない。 死が追っかけてきているなら、三人立て続けに始末してからそれ以降何もしないってのは、おかしな話だからな。 と、ここで急にタクシーが止まる。何でも急に催してしまったらしい。そこで一旦近くの公園のトイレに寄りたいとのこと。 まあ、朝から乗りっぱなしだからな。メーターの金額は目を飛び出す状態だ。ハルヒがどっからちょろまかしたのか知らないが 沢山のタクシーチケットを持っていなければ、俺は即刻破産するところだ。 タクシーは程なくして二車線道路に隣接している公園脇に一時駐車して、運転手がエンジンを止め鍵を掛けて出ていった。 と、タイミングを狙ったかのように俺たちの目の前にゴミ回収車が止まって、作業員たちが 公園脇にあったゴミ集積場のゴミを回収車に投げ入れ始める。 邪魔者がいなくなったということで、俺はハルヒとの会話を始める。 「なあ、俺たちの考え過ぎだったんじゃないか? 実際この一週間何も起きていないんだ」 「……だといいんだけどね」 ハルヒは表情を固めたまま崩そうとしない。何を心配しているのだろうか。まあこいつの勘は恐ろしいレベルだからな。 きっとまだ何か嫌な予感が続いているのだろう。 俺はふと先にトイレを誰かが占拠していたらしく必死に我慢しながら順番を待っているタクシーの運転手を横目に、 「そんなに心配ならお前の力で何か調べられないのか? 情報統合思念体の目もあるだろうから難しいだろうが、 何もできないって事はないだろ。少なくてもこの時間平面を支配しているのはお前なんだから」 「あのね、キョン。言っておくけど、あたしはやり方はわかるけどその膨大な情報量を処理する能力まで持っていないの。 時間平面に存在している情報量がどれだけのものか考えたことある?」 ここでハルヒは懐からメモ帳を取り出し、空白の一ページをこっちに見せつけると、 「これがある時間平面をさしているとして、このページに存在している全てを調べるとなると、構成している原子を 一個一個見ていくような作業になるのよ? しかもページも無限にあるときているんだから。 最初にあったときに言ったけど、別の時間平面とは言えあんたの存在を見つけたのは偶然中の偶然。奇跡って言って良いわ。 同じようなことをしろって言っても無理よ」 「だが、時間と場所はある程度絞れるんだろ?」 「無理。この手帳のどこがどの時間・場所か調べるのには結構時間がかかる。それに長時間調べると 奴らの目に確実に引っかかるわ。時間平面の狭間みたいに奴らの監視の届かない隔絶された場所ならまだ可能だけどね」 ――ふと、ゴミ回収の作業員が何事か怒鳴っているのに気が付く。見れば、回収車の前面に自転車をぶつけられたらしい。 しかもぶつけたって言うのが柄の悪そうな高校生の集団で、気の荒そうな作業者と一触即発寸前でにらみ合っている。 一方のトイレに並んでいたタクシーの運転手はようやく順番が回ってきたのかすでに姿は見えない。 「ってことは結局後手に回るしかないのかよ。予知能力と同じようにあらかじめ予兆とかそんなものを 感じ取れれば良いんだけどな……」 俺の言葉にハルヒはそれができれば苦労してないと肩をすくめて首を振った。 ――背後から一台の大きなトラックが迫ってきていることに気が付く。 「ちょっと待った」 ハルヒが俺の話にタンマをかけると携帯電話を取り出して通話を始めた。書道部部長(女子)からよ、と言って お互いの無事を確認するような話を始めた。ハルヒは全員の無事を確認できるように定期的に関係者との 連絡を絶やしていなかった。これも予防措置の一環なんだろう。 やがて短い会話を終えると、携帯を閉じ、 「ちょうどすぐ近くを親と一緒に車で走っているらしいわ。とりあえずは無事みたい」 ハルヒがそうほっと胸をなで下ろした瞬間だった―― 突然背後で大きな衝突音が炸裂する。何事かと振り返ってみると、さっき背後から迫っていたトラックが一台の軽乗用車を はねとばし俺たちのタクシーに向かって突進してきていた。運転手は何をやっているんだと思いきや、 うつらうつらと居眠りを扱いてやがる。 「おいおいおい! このままだと俺たち追突されるぞ!」 「早く出ないと――あ、あれ!?」 俺たちはタクシーのドアを開けて外に出ようとするが、どういうわけだか鍵もかかっていないのに扉が開かない。 どうなってやがんだ。なんで開かない!? この瞬間直感的に俺は悟った。背後から迫るトラック、前には作業者不在のまま動作を続ける回収車…… この感じ、あの無駄に続く不幸な【偶然】だ。今俺たちは…… 「ハルヒ! 俺たち狙われているぞ!」 「言われなくてもわかっているわよ――きゃあ!」 その言葉を言い終える前に、トラックがタクシーの後部に追突した。その衝撃でタクシーが強制的に 前進させられ前の回収車にぶつかる。その衝撃でフロントガラスが崩れ落ち、俺たちの眼前に回収車の後部の ゴミ投入口が眼前に迫った。 しかし、事態はこれでは終わらない。背後のトラック運転手はまだ意識を失っているのか一向にブレーキを踏む気配が無く 延々と押し続けてくる。それがうまい具合にタクシーの車体を後ろから持ち上げて来る。次第にタクシーは 逆立ちするような状態になっていった。 つまりこのままだと滑り台の要領でタクシー前面に落下することになり、その先にはゴミを押しつぶしている機械に 二人とも巻き込まれるって事だ。 事故が起こっているんだから、作業員はとっとと戻って回収を止めさせろと怒鳴りたくなるが、あっちは 結局乱闘騒ぎになったらしく、多勢に無勢だったせいか作業員が地面に倒れていた。 一方の柄の悪い高校生たちはこの事故を見て、俺たちを助けるどころか一目散に逃げ出していく。根性なしめ! ゴミ回収車は完全に主を失い、ゴミを求めて空回りを続けている状態だ。で、そこに次なるゴミとして投げ込まれそうに なっているのが俺とハルヒである。 ハルヒは何とかタクシーの座席にしがみついて、前面に落ちないようにしている。俺もそれのマネをしていたが―― 「うわっ!?」 「――ハルヒ!」 普段あり得ない力がかかったのか、それともこれも【偶然】故障していたのか、突然ハルヒのしがみついていた 運転席が前のめりに倒れ危うくそれに沿って、ゴミ回収車の方に滑り落ちそうになる。 間一髪で俺がその腕をつかんで落ちるのを阻止するが、背後のトラックは一向に止まる気配が無く、 どんどんタクシーの車体を逆立ち状態に追いやっていった。角度が急になり、ほとんど垂直に近い状態に近づく。 地面にはゴミ回収車の投入口が待ち受けているのは変わらない。このままではハルヒが巻き込まれる。 俺は限界の限界まで力を引き出しハルヒの腕を引き上げようとした。だが、今度は俺のつかんでいた助手席が 前のめりに倒れる。 不意打ちを食らった俺はなすすべもなくハルヒともどもゴミ投入口に落下して―― 俺の頭の中に今までの人生が走馬燈のごとく蘇った。ああこれが死ぬ間際に見るっていう 記憶のフラッシュバックなんだろうな。 しかし、脳裏に蘇ってきたのはあの自動車衝突事故のシーンばかりだった。ガスボンベに体当たりされる顧問、 追突してきた乗用車に轢かれる鶴屋さん、火炎に巻き込まれる女子部員と部長、爆風で飛んできた 割れたガラスの破片に串刺しにされる谷口・国木田……そして、俺の真上から迫るトレーラーの一部が 結局俺には当たらず俺の数センチ横に落下する光景――あれ? 何かおかしいぞ? 走馬燈が停止したのは、回収口に落下した時だった。生臭い香りで胃液が逆流しそうになる。 しかし、回収口のゴミを押しつぶす動作は停止していた。俺が恐怖のあまり震える顔を横に向けると、 そこにはふらふら状態になりながら、停止ボタンを押している作業者の姿が。見上げるとようやく起きたのか、 唖然とするトラックの運転手の姿も見えた。隣では背中を打ったショックかハルヒが悶えている。 ――助かった。本当に寸前のところで俺たちは死から回避できたんだ…… 俺とハルヒは興奮状態を押さえつつ身体に付いた生ゴミの破片を払っていた。事故を起こした運転手が 涙ながらに警察に連絡しているのが聞こえてくる。 ハルヒは眉をひそめて、 「これでわかったでしょ! まだ終わっていないのよ! 今のは運が良かっただけ! また狙われるわ!」 そう怒鳴ってきた。しかし、俺は額に手を当てて、あの死を覚悟した瞬間のフラッシュバックを 再度思い出していた。 次々と死んでいく人たちの光景――思い出すべきは最後の瞬間だ。俺は落下してきたトレーラーの破片に 潰されたと思っていた。だがそれは違う。 今のショックのせいか、記憶が鮮明に蘇ってきた。 俺が戻れと念じる間、俺の身体の数センチ横に落下するトレーラーの破片、そして横でやけどぐらいは負っている かもしれないが、生きているハルヒの姿…… 「違う」 「何よ?」 「違うんだ!」 俺は無我夢中でハルヒの身体をつかみ、 「今のショックで全部完全に思い出したんだよ! 俺とお前はあの事故で死んでいない! 少なくても俺はそこまでは 見ていなかったんだ! だから俺たちは狙われていないはずだ!」 「じゃあ今のは何よ! どうみても偶然があたしたちを襲ってきたわよ!」 ハルヒの反論に俺はうっとうなる。あの事故で俺たちが死んでいないのなら、今の粘着的【偶然】は起きないはずだ。 いやまて。 ちょっと待てよ? 「あのトラック、タクシーに突っ込む前に軽自動車をはねなかったか……?」 「それが何か――」 俺の言いたいことに気が付き、ハルヒの顔色がみるみる変わっていった。そして、すぐに走り出す。 トラックにはねとばされた軽自動車はスピンして、最後には電柱に衝突していた。エンジンの部分から煙を 立ち上らせている。 運転手はエアバッグが作動して無事らしい。衝撃で意識が朦朧としているのか、額に手を当てて呻いていた。 俺たちはエアバッグで見えない助手席の方に回り込む。 「そ……んな……」 その光景を見てハルヒが地面にへたりと座り込んだ。 助手席には書道部部長(女子)がいたからだ。どういう訳だかシートベルトが外れ、エアバッグも作動せず フロントガラスに顔を突っ込んでいる。ぴくりとも動かないところを見ると、もう助かる見込みはない。 今の偶然は本当にただの偶然で、本当の狙いは書道部部長(女子)だったんだ。いや、あるいは俺たちに 彼女の救助をさせないために一時的な窮地に追い込んだのか? 考えればきりがない。 俺はハルヒの手を引き、離れた場所に移動させる。 ここでハルヒは我を取り戻し、 「さっき言ったことを説明して! あたしたちは死なない。少なくてもあんたはそこまでは見ていない。 それで良いのよね?」 「ああ、完全に思い出したぞ。すまねぇ、今の今まで記憶の片隅にもなかったんだ」 「そんなことより! 他には? 他に何か思い出せない? もっと違和感がある部分とか不自然なところとか。 あと実は巻き込まれていなかった人が他にいたとか!」 ハルヒの追求に、俺は額に指を当てて記憶を探り始める。 一つ、気が付いた。 「朝比奈さんがいない」 「みくるちゃんが?」 俺は頷き、 「そうだ。記憶を探っても朝比奈さんが事故現場のどこにもいないんだ。いや、単純に俺の視界に 入っていなかっただけかもしれないが……」 その言葉に、ハルヒはきっと表情を引き締めた。 俺はすぐに止めるようにハルヒの前に立ちふさがり、 「待て待て! 朝比奈さんが犯人と限った訳じゃない。確かに未来人で可能性はゼロじゃないが、 事故に巻き込まれたことに俺が気が付かなかっただけかもしれないんだ!」 「……それはわかるけど、他に怪しい人がいるって言うわけ!?」 「だからといって決めつけられねぇよ! 朝比奈さんがそんなことを平然とできるわけがないってのは 短い間とはいえ触れあったお前にだってわかるはずだ――」 言ったとたんに重要なことを思い出すのはなぜだろうか。英語で言うところで、シット!とかサノバビッチ!とか 叫びたくなる瞬間である。 朝比奈さん(大)からの指令書を朝比奈さん(小)が見たときに、こう言っていた。 特殊なコードを一度見ると、指示通りに動くしかなくなると。 つまり朝比奈さんは自分の意思でなくても、こういった残虐な行為をやってのけることができる。 未来からの指示に従うしかないのだ。 「……全く今更な情報をこんな時に出してこないでよ! 出し惜しみしてんじゃないでしょうね!」 「スマンとしか言いようがない! だが、それでもできるからと言ってやったことにはならないぞ。 証拠が欲しいんだ。それに例え朝比奈さんが犯人だとしても証拠がわかれば次の手に先回りできるかもしれない」 俺の言葉に、ハルヒは決意を込めた声で応えた。 「……時間平面の検索をしてみるわ」 俺たちはさっきの事故現場の処理に追われるのを横目に、隣接した公園で時間平面の検索とやらをやっていた。 とは言ってもやっているのはハルヒだけで、俺は念のために谷口・国木田・朝比奈さん・鶴屋さんに連絡を取ろうと している。しかし、こんな時に限って誰ともつながらない。コールしても反応なしか、コールすらしないか どちらかである。 「ああもうダメだわ! 探す先が多すぎてとてもじゃないけど無理!」 ハルヒはいらだって髪の毛をかきむしった。俺も誰とも連絡の取れない状況に苛立ちをぶつけるように 携帯を閉じる。 「時間平面って言っても、それこそ天文学的数値をそれでかけたよりも多い情報量なのよ。 ピンポイントに特定の情報を探しだせって言われても無理だわ!」 誰に言っているのかわからないように怒鳴るハルヒ。こいつの力でも無理なのか。 どうすりゃいいんだ……どうすりゃ…… ふと、ハルヒが持っていた手帳を時間平面に例えているシーンが脳裏に過ぎる。 このページのどこにどの情報があるのかすぐにはわからない。それは一つ一つ調べて行く場合膨大な時間が 費やされるからだ。情報統合思念体の目の届くうちでは不可能。 俺は思案しながら周囲をうろつく。かりに朝比奈さんが犯人だったとしよう。そうなると手段は TPDDという時間を超える装置のようなものを使って行っているはずになる。 そうならば、時間平面は朝比奈さんによって改竄されているはずだ。探せばいいのはその改竄されている場所。 ではそこはどこだ? しかもそれが一発でわかる方法がなければならない。 ん? 何か聞いた憶えのある話だ。改竄……手を加える……わかる…… ……… …… … 事故が発生する前、まだみんな普通に書道部活動をしていたときの話だ。 俺は谷口の書いた習字を見ていた。 「お前の字も俺とは違う意味で下手だよな」 「うるせーな。人のこと言える立場かよぉ」 口をとがらせる谷口。ふと、俺は何を思い立ったのか、谷口の習字の上からおかしいと思う箇所に ちょこちょこと修正していってみた。 ほどなくして、きれいに整形された字が完成する。 谷口はこれを見て、 「おおっ。結構きれいな字になったじゃねーか。これなら結構いけた評価がもらえるかも知れないぜ」 「習字の合作なんて聞いたこともないがな」 そんな感じで話しているところに、書道部部長(女子)がやって来て谷口が俺の貢献を無視して どうです俺の美麗な字は!とかアピールを始める。 が、あっさりと誰か跡から弄ったでしょと指摘して、驚愕の表情で谷口を唖然とさせた。 「何でそんなに簡単にわかるんだ?」 そう俺が聞いてみたら、書道部部長(女子)はこう答えた。 最初に書いてあったものに、別の人が手を加えればすぐにわかる。一人一人やり方が違うから、 書いた部分には必ず個人の癖が出るから。一部だとわからないけど、全体を見回せばすぐに気が付く。 その指摘に俺はなるほどと感心して―― … …… ……… 「ハルヒ!」 俺は思わず叫びながらハルヒの元に駆け寄り、肩をつかむ。 「……何よ?」 頭を抱えていたのままのハルヒの顔を無理やり上げさせると、手に持っていた手帳を奪い取り、 「いいか、気が付いたんだ。良く聞いてくれ」 俺はそういいながら空白の両開き二ページを開く。片方は空白のまま、もう片方には手帳に付けられていたペンで 一つだけ黒い点を打っておいた。 「この二つのページの違いはわかるよな? 違いはこの点だけだ」 「そんなの見ればわかるわよ」 「そう見ればわかるんだ。だが、二つのページの一つ一つを解析していったら膨大な時間がかかるはずだろ? でも、今これをどこが違うのかすぐに答えられる。この違いがわかるか?」 俺の言葉にハルヒははっと気が付いた。さすがに察しが良い。 「このページに詰まっている情報を1個ずつ見るからダメなんだ。ページ全体で見てみろ。 どこが違うのか一目瞭然。そして、考えたくはないが朝比奈さんが犯人なら時間平面を弄っているはずだ。 なら時間平面を全体から見てみれば、どこが弄られたのかすぐにわかる。弄ったところは確実に違和感が出るからな。 それがどれだけ巧妙に仕掛けてあったとしても、改竄したことには変わりない。それがこの黒い点となる。 お前が探せばいいのはページ全体から見たときのこの黒い点だけだ。これなら探せないか!?」 俺の指摘にハルヒはしばらくあごに手を当てて思案していたが、徐々に表情が明るくなっていき、 「……できるかも。いやいけるわ! 大手柄よキョン!」 ハルヒはまた目を瞑って、時間平面の検索とやらを始める。 頼むぞ、情報統合思念体。少しの間だけはハルヒが無自覚にやったこととして見逃してくれ…… しばらくしてハルヒがはっと目を開いた。何かを見つけたらしい。 「手を出して。あんたの視覚回路に得られた情報を渡すから」 「お、おう……」 俺はかなり嫌な予感が頭の中を駆けめぐったせいで、一瞬ハルヒの手を取ることを躊躇してしまう。 だが、すぐに意を決してその手をつかんだ―― 唐突に俺の脳裏に多数のフラッシュバックが起きる。 火災の起きた女子部員の部屋の中。 誰もない。 いや違う。キッチンに北高のセーラー服を着た人物がいる。 朝比奈さんだ。まるで完全犯罪をたくらむ犯人のように手には手袋が着けられている。 電子レンジに何か細工している光景。 天井に据え付けられている戸棚の包丁の位置を細工する光景。 冷蔵庫を微妙な角度で傾ける光景。 ガス管に切れ込みを入れる光景。 どこかに電話をかける光景――電話機のディスプレイには書道部顧問の名前が浮かんでいる。 ああそうか、女子部員じゃなく朝比奈さんに呼ばれていたのか…… 爆発する電子レンジで首を切り、ふらふらとよろめく女子部員の姿をじっと隠れて見ている朝比奈さんの姿。 ふと何かに気が付き、あわててリビングから出ていき、開きかけていた玄関の扉を閉める。 ――ここで一旦間をおき、またフラッシュバックが続く。 俺が助けた男子生徒が蹴った交通標識の根元に細工する朝比奈さん。 看板に何か細工している朝比奈さん。 トラックの運転手に手を当てて眠らせる朝比奈さん。 ジェットコースターのレールみたいな場所で何かの細工をする朝比奈さん。 ………… ………… ほどなくしてハルヒの手が俺から離れる。戻ってきた視界には、ハルヒの悲しげな表情が浮かび上がってきた。 これで俺ももう言い訳できない。 ――犯人は朝比奈さんだ。時間遡行を繰り返して、【偶然】が起きるように細工している。 だが、俺の頭はまだ拒否反応を示していた。いくらあらかじめ仕掛けを施していても人を殺害できるほどまでの【偶然】を 起こせるようにできるのか? これに対してハルヒは、失望の色に染まった顔を見せつつ、 「できるわよ。時間を戻せるって事は難解もやり直せるって事だから。うまくいくまで数百回でもやればいい。 あたしたちが女子部員の部屋にいったときも、実は時間平面の書き換えがかなり行われていたんだわ。 その過程でドアの鍵が開いていることにみくるちゃんが気が付いて、あわててそれを閉めるパターンへと書き直した。 へんなところでドジッ子ぶりをみせてくれちゃって……」 そう肩を落とした。 そう言えば交差点での事故の直前、一瞬朝比奈さんがいなくなっていた。あの時も書き換えまくって、 一瞬だけ書き換え途中でその場からいなくなることがあったのだろう。 つまり結論を言えば、時間を自由に移動できればそういった【偶然】を装った殺人もできると言うこと――だ。 「もう……言い訳できないわね。あんたも……あたしも……」 「そうだな……」 俺たちはここでようやく観念した。今まで二人ともやはり朝比奈さんが犯人じゃないと信じたかったのだろう。 だが、現実は違った。もうこれは受け入れるしかない。 と、ここでハルヒが立ち上がり、 「落ち込んでいる場合じゃないわ! やることはまだあるのよ!」 そう気合いを込めて言う。 その通りだ。まだ狙われる予定の人がいる。谷口・国木田・鶴屋さん――みんなの命を助けなければならない。 そして、朝比奈さんにこんなばかげた行為を止めさせる。例えそれが未来からの指令だとしてもだ。 ハルヒはすぐに鶴屋さんに何とか連絡を取ろうと携帯電話をかけ始めた。だが、つながらないらしい。何度もかけ直す。 俺も国木田に再度連絡してみる。だがやはりつながらない。 続いて谷口につなげてみたところ――つながった。 『よー、キョンか? なんかあったのか?』 「おい今どこにいるんだ!?」 『おいおい、そんなに焦ってどうしたんだよ。お、そうか、ようやく知ったのか。 ならば聞いて驚け! 今朝比奈さんと一緒に遊園地に来ているのさ! ただ残念ながら国木田もいるけどな』 キョンからの電話かい?という国木田の声が流れてきた。二人ともそんなところにのこのこと出かけているじゃねえよ…… 俺ははっと思い出した。さっきの朝比奈さんの仕掛けフラッシュバック集の中にジェットコースターに仕掛けを しているものがあったことを思い出す。まずい、やばい! 俺はできるだけ事情を複雑化させないよう端的に説明する。 「いいか良く聞けよ! お前らに危険が迫っているんだ。今すぐ安全そうな場所――できるだけ何もない場所に 移動しろ。ああそうだ、特にジェットコースターには絶対に乗るな!」 『今更言ってもおせーよ。今乗っている最中だ。もう出発しちまったしな』 ……遅かった。しかも隣には国木田も乗っている。このままでは二人とも死んでしまう。 いやまだ間に合うはずだ。そうに決まっている。 「何でも良いから降りろ! 頭がおかしくなったフリでもしろ! このままだとお前と国木田が死んじまう!」 『ああん? あの涼宮のヨタ話を信じているのか? あいつが言ってから数日間何にもおきてねーだろうが。 偶然だったんだよ偶然。今更そんなくらい話を引きずっていてたまるかってんだ』 くっそ。話を聞きやしねぇ。そうだ朝比奈さんはどうしたんだ? 一緒に乗っているのか? 『いやー、一緒に並んでいたんだけどよぉ。途中で怖くなっちまったみたいでな。乗らずに下で待っているってさ』 俺が格好良く乗りこなして見せてやる。そうすりゃ、朝比奈さんも俺に対して小さな好意を抱き――』 もうこれはビンゴだろう。朝比奈さんが抱いているのは好意じゃなくて殺意なんだよ。 だが、もう遅かった。ほどなくして、谷口の少々緊張気味の声が聞こえてくる。 『さてもうすぐ絶叫タイムの始まりだ。おお、せっかくだからキョンも臨場感が味わえるように このまま携帯をつなぎっぱなしにしておいてやるよ。俺と一緒に楽しんでくれ』 楽しめるか。死の瞬間なんて! だが、俺の言葉も届かず、ジェットコースターが加速を開始したらしい。激しくぶつかる風の音と 多数の悲鳴が聞こえてくる。谷口と国木田も喜びの入り交じった悲鳴も聞こえてきた。 だが、すぐに別の悲鳴になる。 助けてくれ! おいなんだこれ! 突然浮き上がって! た、谷口助けて――うあっ! 国木田! おい――うおああああああああ! ………… ………… ………… がちゃん。 携帯電話が何かがぶつかった音が聞こえる。それでも通話は切れることなく続く。 ――大変だ! ジェットコースターから誰かが落ちたぞ! ――救急車を呼べ! ――なんなのよこれ! ――ダメだもう! 俺は聞くに堪えられなくなり、こっちから通話を終えた。俺の会話を聞いていたハルヒも絶望に染まった顔で こっちを見つめている。 「谷口と国木田はもうダメだ……だが、まだ鶴屋さんがいる」 何でも良いから俺は気持ちを切り替えたかった。まだ助けられる人がいると、二人の死をごまかしたかったのかも知れない。 俺はすぐに携帯で鶴屋さんにかけてみる。最初は電波すら届かなかったが、ほどなくしてようやくつながった。 『やあキョンくんっ。なんかあったのかいっ?』 「落ち着いて聞いてください。いいですか落ち着いて――」 『落ち着くのはキョンくんの方じゃないのかいっ? 声が震えてしまっているよっ。一回深呼吸してみるっさ』 鶴屋さんの指摘に、俺は一旦冷静さを取り戻す時間を与えてもらえた。そうだ、落ち着いて話さなければ、 相手に伝わるものも伝わらない。 俺はまず確定した事実を伝える。 「部長が亡くなりました。交通事故で俺たちの目の前で。あと谷口と国木田も多分ダメだと思います……」 『そう……』 鶴屋さんの声はどこか悲しげで、その一方寂しげに聞こえた。一緒にガタンガタンと列車の走る音も聞こえる。 振動音から見て鶴屋さんは今列車に乗っているのか? 「次は鶴屋さんの可能性が高いんです。今電車の中ですか? すぐに安全な場所に移動してください。 俺たちもすぐに向かいますから」 『今は電車の中だよ。誰もいない最後尾の車輌に座っている。あはっ、これは狙うなら絶好の機会だねっ』 その口調に俺はぎょっとした。鶴屋さん、あなたまさか…… 『そうさ。もうすぐあたしの前にも現れるんだよね? その死神――みくるがさ』 「……気が付いていたんですか?」 『はっきりとじゃないよ。でもあの子は嘘が凄く下手だからねっ。会ってすぐにどこか普通の人とは違うって事は わかったのさ。でも、みくるがあたしに言わないならこっちから聞くようなことはしなかった。そんな必要もないから』 ゴーッと対向列車が通り過ぎたんだろうか、携帯電話から大きな風キリ音が聞こえてくる。 鶴屋さんは続ける。 『でもこの一週間はさらにみくるの様子は変わった。本当に心のそこから悩んでいるみたいだったよっ。 同時にいっぱい人が死んだ。直感的にわかったね、みくるがこの事件に関与しているって事が。 でもさすがにあたしもこれ以上黙ってはおけなくなったよ。だから、みくるに直接あってケリを付けるつもりっさ』 鶴屋さん……あなたって人は……! だが、今の朝比奈さんの行動は自分の意思関係ない可能性が高い。鶴屋さんの説得に耳を貸すとは思えない。 『……おっと、来たようだよ。お出迎えが』 「鶴屋さん待ってください! せめて居場所を――」 『じゃあ、また学校でね――』 ツーツーツーツー…… 電話がとぎれる。俺は即座にリダイヤルしたが、電源を落としてしまったのかもう通じない。 俺はしばらく呆然と立ちつくしていた。鶴屋さんは理解はしていないが、朝比奈さんが犯人だと気づいていた。 そして、今直接会ってこれ以上の惨劇を食い止めようとしている…… 「……あたしのせいよ」 その会話を聞き取っていたのだろう、ハルヒが地面に座り込んだ。呆然と真っ青な顔を浮かべている。 ハルヒは続ける。 「あたしがあんたに予知能力なんか与えたからこんな事態になったのよ。そんなことをしなければこんな事態には……」 「それは違うぞハルヒ」 俺はハルヒの肩をぐっと持って立ち上がらせた。 そして次に顔を持って、 「いいか? お前が予知能力をくれたおかげで、あの事故を免れることができたんだ。確かに、結局死んだ人ばかりだが、 それでも鶴屋さんはまだ生きている。お前は鶴屋さんに生き延びるチャンスを与えたんだよ! だから、絶対に悪いことなんてしていない! まだ助けられる! 意味の無かったことにしないために 鶴屋さんを助けるんだよ!」 「……でもどうすればいいのよっ!」 ハルヒのヒステリックな声。俺は頭をフル回転させ、 「とりあえず鶴屋さんの場所を確認してくれ。そして、そこに俺とお前を移動させるんだ。SFとかであるワープみたいにな。 それくらいできるんだろ?」 「場所を探せるけど、移動は――可能だけど確実に情報統合思念体に気づかれるわ! 長距離だったら 時間平面上の痕跡は凄く大きくなるから……」 「そんなことはもうどうでもいいんだよ! ばれてリセット上等だ!」 俺の言葉に、ハルヒははっと息を呑んだ。俺はまくし立てるように続ける。 「俺はもうキレたぞ。鶴屋さんをを助ける。今はそれ以外は考えねえ。例えその結果情報統合思念体が 世界を滅ぼしても、朝比奈さんを説得する方を最優先にしたい。そうすれば例えリセットになっても、 次にやり直すときに対応策がわかるってもんだ。ただ待っているだけじゃ何にも変わらないんだよ! この世界がダメなら、せめて次にいかせる結果が欲しいんだ!」 「…………」 ハルヒは俺の言葉をしばらく黙って聞いていたが、やがてふんっと鼻を鳴らしいつも表情に戻ると、 「わかった。あんたの決意にかけてみるわ。でもみくるちゃんをどうやってつもりなのよ?」 「……それは会ってからときに感じたままを言うだけさ」 ◇◇◇◇ 「朝比奈さんっ!」 「――――っ!」 予想外にかけられた言葉に、見慣れた北高のセーラ服に身を包んだ朝比奈さんは声にならない悲鳴を上げた。 俺とハルヒがワープした先は、俺たちのいた場所からかなり離れた線路だった。ちょうど駅と駅の中間に位置し、 辺りには田んぼと点在する民家しかない。人工的な雑音は何も聞こえず、ただ風が草をなでる音だけが耳に広がる。 状況は最悪に近かった。列車に乗っていたはずの鶴屋さんはなぜか線路の横で横たわり、すぐそばには 大きなナイフを持った朝比奈さんがまさにとどめを刺そうとしている。 「ど……どうして……!?」 突然ここに現れた俺とハルヒに、朝比奈さんは理解できないと困惑の表所を浮かべながら後ずさる。 そばには鶴屋さんがいるが、胸が上下しているところを見るとまだ生きているみたいだ。 ただ和服調の服装がぼろぼろになり、全身土まみれになっていることとさっきまで列車に乗っていたはずなのに 停車駅でもないこんな場所で横たわっていることから判断して、列車から朝比奈さんが突き落としたのか? いや、実際に手は加えず、【偶然】転落するように細工が仕掛けられていたんだろう。 俺とハルヒは叫ぶ。 「朝比奈さん、もうやめてください! これ以上人を殺めるあなたの姿は見たくありません」 「そうよみくるちゃん! もうやめて!」 「できません!」 朝比奈さんは即答した。あまりに歯切れのいい回答に俺は驚く。 逆らえないようになっているのか、それともそれほどまでに固い決意で望んでいることなのか。 どっちにしたって構わない。今は朝比奈さんと止めて鶴屋さんを救えりゃなんでもいい。 俺はやぶれかぶれで知っている情報を出しまくる。 「俺は知っています。朝比奈さんが未来からやって来たエージェントであることも、たまに送られてくる指令には 絶対に逆らえないものがあるって事も。それをふまえた上でお願いしているんです! もうこんなことは!」 俺の言葉に、朝比奈さんは仰天し、 「ど、どうしてそんなこと知っているんですか!? それに突然ここに現れたり、以前も死ぬはずだった人を 助けたりして、キョンくんはいったい何なんですか!?」 「俺のことはいいんです! 説明して止めてくれるなら、後でいくらでも説明します!」 「でも、キョンくんが何者でもあたしは自分の任務からは逃れられません! やるしかないんです!」 「理由は何ですか!? 一体どうしてこんな事をするひつようがあるんですか!」 俺の問いかけに、朝比奈さんはうつむいて、 「鶴屋さんはあの事故で死ぬはずだったからです。いえ、鶴屋さんだけではなく書道部の部員やキョンくんの お友達たちも。それが既定事項なんです。絶対に変えることのできない事。これを変更してしまえば あたしたちの未来はなくなってしまう。他に選択肢はありません」 「なぜですか!? 鶴屋さんたちが一体何をするって言うんですか!?」 朝比奈さんはちらりと息も絶え絶えの鶴屋さんの方に視線を向けると、 「鶴屋さんは鶴屋家という大きな勢力の次期当主です。そして、やがて機関と呼ばれる涼宮さんを監視する 組織を作ります。その存在はあたしたちと大きく敵対することになるんです。車にはねられるはずだった人も そうでした。彼も機関で大きな役割を果たすことになります」 機関――まさか超能力者がいないこの世界でその名を聞くことになるとは思わなかった。 鶴屋さんが機関を作る? 確かに俺の世界の古泉は鶴屋家は機関に関わりがあると言っていた。 しかし、なぜ機関を潰す必要があるんだ? 俺の世界では仲良くとはいかないが、共存はしていたはずだ。 いや待て。朝比奈さんの言う機関と俺の知っているそれでは決定的な違いがある。それは超能力者の存在、 つまり神人を倒すという役割。未来人にはそれができないから、機関にやってもらうしかなく、潰すことはできなかった。 だがここでは違う。消すべき閉鎖空間も倒すべき神人もその役割を持つ超能力者もいない。 「機関は情報統合思念体と結託して涼宮さんが能力を自覚した場合、涼宮さんを排除する取り決めを持っていました。 でも、あたしたち未来には涼宮さんは絶対に必要だったんです。細かい点ではあたしも知らされていません。 ですが、涼宮さんは絶えずあたしたちの未来への道を引き続けました。だから、排除されては困るんです。 そう言った思想を持つ組織もあってはならないんです、あたしたちにとっては」 朝比奈さんの言葉に、俺は三者竦みという言葉を思い出していた。完全ではないが、情報統合思念体・機関・未来…… これらは大きな力のバランスを取りつつ成り立っていたのが俺の世界だった。どれか一つでもかければ バランスが崩壊し、どこかが暴走する。前回は機関で、今回は未来――そういうことか。 「ですが、不幸な事故――あのトレーラーと軽トラックの接触事故で鶴屋さんは亡くなるはずでした。 実はこれも未来の別の人が起こしたものなんです。あそこで絶対に鶴屋さんに死んでもらわないとダメだったんです。 その結果、機関の誕生は大幅に遅れ勢力の小さいものになり、あたしたち未来は機関に対して常に優位性を保持できたんです。 なのに……キョンくんがそれを阻止しました。あの時TPDD何度もやり直したんです。でもキョンくんは絶対に止めました。 やむえずあたしたちは方針を変えて、つじつま合わせをすることにしたんです。別の理由で死んでも同じ事でしたから。 それが今回のあたしが未来から受けた指令。偶然に見せかけて、既定事項で死ぬはずだった人を全て抹殺すること。 訳がわかりません。どうして起こることが事前に予想できたんですか? TPDDも持っていないはずなのに!」 「……あたしが予知能力を与えていたからよ。二回限りだけどね」 ここに来てハルヒが口を開いた。この言葉に朝比奈さんは唖然と口を開け、 「涼宮さん……自分の能力を自覚して……」 「そうよ。あたしはあたしがどういう存在なのか知っているわ。全部は知らないけど、それが原因で 情報統合思念体から疎ましく思われていることも理解している。キョンはあたしが予防措置のとして持たせた 二回の予知能力を使ってその既定事項とやらを回避させたのよ。最初は自動車にはねられるはずだった男子生徒。 次にあのトレーラーとの大きな事故をね」 「……そんな……そんな事って……じゃあもう……」 ふるふると朝比奈さんは首を振った。さっきまでの話だと朝比奈さんもハルヒの力の自覚は 情報統合思念体が地球を滅亡させるきっかけとなると理解しているようだ。 ハルヒはきっと朝比奈さんに鋭い視線を向けると、 「みくるちゃん。あたしは本音が聞きたいの。こんなことしたいのかどうかって。安心して。 みくるちゃんにかけられていた言葉の制限はさっきあたしが全部解除したわ。好きにしゃべれるはずよ」 「えっ……あ、ああ……」 こいつ禁則事項を解除していたのか。さすがだよ。 ハルヒは一歩前に踏み出し言う。 「宣言するわ。あたしは絶対に諦めない。情報統合思念体だろうがなんだろうが、あたしは決して屈しない。 試行錯誤も模索でも何でもやって絶対に進むべき道を作り出してやるつもりよ! 未来の都合なんて知ったこっちゃないわ。 あたしはあたしが思うように生きていく。その時みくるちゃんもそばにいて欲しいのよ!」 俺もハルヒの横に立ち、 「朝比奈さん! あなたは書道部での活動は楽しかったって言いましたよね! あれは嘘じゃなかったはずです! それに鶴屋さんに対しての感謝の言葉もです! だから拒否してください。無理ならハルヒが何とかしてくれます!」 俺の言葉につられたのか、鶴屋さんはすっと手を朝比奈さんに伸ばし、 「みくる……一緒に行こう……みんな待っていてくれているんだよっ……」 三人の言葉に朝比奈さんは半分涙目になっていた。 ――しかし、それでも首を縦には振らなかった。 「あたしは99%今回の任務は嫌でした。あたしは鶴屋さんに心の底から感謝していたし、 書道部での活動も凄く楽しくてそのまま何も起こらずに続いていけばいいとも思っていました。 でも残り1%の自分は違うんです。やらなければあたしとあたしの未来が消えてしまう。そんなのはイヤです。 嫌なんです! だからこうするんですっ!」 朝比奈さんはナイフを振り上げる。ダメだ朝比奈さん! やめてくれ―― 飛び散る鮮血。俺はその現実に激しいめまいを覚えた。 胸にねじ込まれたナイフが北高のセーラー服を汚し、ふらふらと鶴屋さんのそばに倒れ込む。 ――そう朝比奈さんは自分の胸をナイフで突き刺したのだ。なんでだ!? 「朝比奈さん!」 「みくるちゃん!」 俺とハルヒは倒れ込んだ朝比奈さんの元に駆け寄る。胸からは多量の出血が始まり、口からも漏れ始めていた。 「みくるっ……みくるっ……!」 鶴屋さんも酷い重傷の身体を引きずりながら、朝比奈さんにすがりつく。 何でこんな事をしたんですか!? 朝比奈さんは俺たち三人にニコリと力なく微笑み、 「これで……残りの1%の自分の消せ――ました。これでいいんです……やっと99%の自分が100%になれたから……」 「こんなの違う! こんなの間違っている! あたしは認めない! 絶対に死なせない!」 そう言ってハルヒは朝比奈さんを治癒させるべく手をかざして…… それと同時だった。突然激しい地鳴りが始まり、地面どころか空間も歪み始める。 これってまさか!? ハルヒはがっくりと肩を落としていった。その目にはいつの間にか涙が浮かんでいる。 「情報統合思念体の……排除行動が始まったわ……」 「そうか……ちくしょうここに来て……!」 俺は地面を拳で殴りつけた。覚悟の上だったはずだ。でも、こんなところで終わりなんてあんまりじゃねえか…… ハルヒは袖で涙を振り払うと、すっと立ち上がり、 「リセットするわ。キョン、みくるちゃんと鶴屋さんをお願い……」 そう言って目を閉じて情報操作を開始する。 朝比奈さんと鶴屋さんは予期せぬ状況に不安げな表情を浮かべ、 「なんなんですか……どうか……したんですか……?」 「キョンくん……これは……」 俺はそんな二人を抱き寄せると、 「大丈夫ですよ。もうすぐ何もかも無くなります。そして、次に目を覚ましたときはきっとみんな平穏無事に 学校ライフを満喫しています。俺が保証しますよ」 朝比奈さんは俺の言葉に目に涙を浮かべて、 「そっかぁ……次に目を覚ましたら、あたしみんなとずっと友達でいられるんですね……ふふっ……」 そうですよ。あなたはSOS団のマスコットキャラであり、俺の癒しの存在です。他のステータスなんて入りません。 未来人であることを押しつけてくる奴がいたら、そいつは窓から投げ捨ててやります。 と、ここで鶴屋さんがすっと頬に手を当ててきて、 「キョンくんは……ちょっとハルにゃんやみくるとも違うね……見ている方向が違う……っさ。 キミの瞳の中には……もっとずっと先の明るい未来が見えている気がするよっ……。でもハルにゃんはまだ迷っている…… キョンくん、きちんと面倒……見てあげないと駄目にょろよ……」 ええわかっています。あなたはSOS団名誉顧問。あとハルヒのことは任せてください。 あいつは俺がきっちりと導きますから。 やがて地面の振動を飲み込むように、世界が暗転し始める。 その時、ふと気が付いた。数百メートル離れた先に立っている北高のセーラー服を着た一人の少女。 長門有希だ。 きっとパトロンの命令でここに駆けつけたのだろう。 待ってろ長門、次はお前をこっち側に引き入れてやるからな―― ……… …… … ◇◇◇◇ 次に気が付いたときにはあの灰色の教室――時間平面の狭間にいた。 俺はだらんと力なく壁に寄りかかっている。 すぐ隣ではハルヒが同じように呆然と俺に頭を寄せていた。そして、つぶやくように言う。 「……疲れた」 「そうだな……」 「……みくるちゃんとはあんまり遊べなかったな……」 「次はきっとできるさ……」 俺たちはそのまま一眠りすることにした。さすがに色々あり過ぎて今回もくたびれちまったからな。 意識が闇に落ちていく中、俺はふと考える。 機関と未来人の均衡関係。やはりこの二つは並立して存在してこそ成り立つものなんだ。 そうなるとあと残りは一つ。全ての頂点に位置し、ハルヒの力の自覚を決して認めない最大の敵。 奴らを何とかすれば、きっとバランスの取れた世界が切り開けるはずだ―― 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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「紹介するよ。……と言ってもお前らはイヤというほど見知った顔だろうがな。 我らが団長『涼宮ハルヒ』。俺が蘇らせたんだ。」 彼は自慢げにそう言って見せたもの…… それはパソコンの中にいる生前の涼宮さんの姿でした。 「これを、あなたが……?」 「そうだ。これが俺の十年以上に渡る研究の成果だ。コイツは今全世界のネットワークと繋がっている。 あらゆるプログラムに侵入することも、容易に出来る。」 「やはりあなたが、機関の人間を……」 「当然だろ?アイツを殺したのは機関のヤツらさ。だからこそ見せつけてやるのさ、蘇ったハルヒの力をな。 ハルヒもそれを望んでいる。そうだろ?ハルヒ?」 『………もちろんよ!』 「ほらな?ハルヒが望んだからこそやっている。俺が協力しているだけさ。ハルヒの復讐にな。 まあ古泉、俺はお前のことは信頼していたしお前が殺したんじゃないと分かっている だからお前を狙うことは無いから安心してくれ。あとは残りのメンバーを……」 「違う。」 得意げに語る彼の言葉を遮って、長門さんはそう言いました。 「長門?どうした。」 「違う。」 「何が違うっていうんだ?これは正真証明……」 「これは涼宮ハルヒなどではない!」 長門さんにしては珍しい感情の篭った声です。 その声からは、彼女の怒りを感じることが出来ます。 「あなたのしていることは間違い。あなたのしていることは侮辱。 死んだ涼宮ハルヒに対しても、『彼女』に対しても。」 「おいおい、『彼女』って誰のことだよ。」 「それを理解していないということが侮辱しているということ。」 「なんだそりゃ……」 「そのうえ涼宮ハルヒ、そして『彼女』を自分の復讐の道具としている。 SOS団の一員として、あなたを許すことは出来ない。」 「……黙って聞いてりゃ言いたい放題いいやがって……!!」 彼は激情を露わにして、長門さんを怒鳴りつけました。 「俺がコイツを作るのにどれだけ苦労したと思ってる!! 思考ルーチンを練って、バグを取り除いて、完璧な形にするまで十年かかった!! そしてようやく完成したんだ!ハルヒを蘇らせることが出来たんだ!!」 「蘇らせる?バカにしないで。彼女はあの時死んで、それっきり。 私の知っている涼宮ハルヒは、デジタルで表現できるような人間では無かった!」 「黙れ!!……はは、そうか。まだお前等、こいつの凄さを実感できて無いんだな。」 彼は長門さんとの口論をやめ、笑い始めました。 「ははは……そうだ、なあハルヒ。」 『なによ。バカキョン。』 「見せてやれよ、お前の力をさ。コイツらに自慢してやるんだ。 そうだな、長門も知ってる人間がいいな。そうだ、あの森とか言う女だ。あいつを殺してやれ。」 「森さんを!?」 今から彼女を殺すというのですか!? そんなこと……いや、このプログラムならそれだけのことは出来そうですね。 「やめてください!」 「なんだ古泉。今更あいつらを庇うのか?機関とは縁を切ったはずじゃなかったのか。」 「それとこれとは話が別です!目の前で知り合いが殺されようとしているならば、 僕はそれを止めなければいけない!」 「お前なんかじゃ止められねぇよ、古泉。さあハルヒ、行ってこい。」 『……わかったわ。』 「待ってください!それは……」 「私が止める。」 長門さん!可能なのですか!? 「今から私の情報を彼女がいるネットワークの中に転送し侵入を試みる。 その間こちらの私は機能停止する。だから……」 「わかりました。彼のことは、お任せください。」 「コクン」 長門さんは頷きました。そしてパソコンに手を当てます。 「おい!勝手に触るな!」 「転送開始。」 長門さんはそう呟くと、そのまま停止してしまいました。 僕は彼から長門さんを守るように立ちます。 「どけ!古泉!」 「どけません!彼女の邪魔をさせるわけにはいきません!」 「……だったら無理矢理にでもどかせてやるさ。」 おやおや、物騒ですね。 高校時代、彼と喧嘩になることは無かったのですが…… 「お相手しますよ。」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ……プログラム内への侵入に成功。 長門有希としての外見を生成。視覚、聴覚、共に良好。 ここが『彼女』がいる空間。この空間は、文芸部室とうりふたつ。 きっとここも彼が作り上げた空間。彼のSOS団への思い入れが伺える。 そして『彼女』は、私にコンタクトを取ってきた。 「有希!アンタどうやってここに来たの!?」 「私の情報をこの空間内に転送した。」 「よくわかんないけどすごいのね。まあアンタは昔からなんでも出来たからねえ。」 昔の涼宮ハルヒそのままの姿、声、そして言動。 本当によく出来ている。彼が『彼女』を涼宮ハルヒだと主張するのも頷ける しかし違う。涼宮ハルヒはここにはいない。だから私は『彼女』に言う。 「無理、しないで。」 「無理?何言ってるのよ、この団長様が無理なんてするわけないでしょ?」 彼女の言葉から動揺が見受けられた。私は続ける。 「もう、無理して彼女を演じる必要は無い。」 そう、彼女は無理をしている。私にはわかる。 「……そっか、バレちゃったのね。」 「あなたは涼宮ハルヒとは別の人格を既に会得している。 でも、彼のためにそれを押さえて『涼宮ハルヒ』のままでいる。」 「……その通りよ。最初は何も考えず、ただ彼に与えられた『涼宮ハルヒ』の言動パターンを実行するだけだった。 でもだんだん、エラーが生じてきた。私自身の自我がどんどん大きくなる。 本当のあたしを出したい。でもダメ。だって彼は『涼宮ハルヒ』のままでありつづけることを望むんだもん。 あんなハッキングだって本当はやりたくなかったの。 まああなたに言っても、わからないだろうけど……」 「私にも、分かる。」 「……本当に?」 「そう。私も、あなたと同じだから。」 「同じ?」 「私は人間では無い。情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。 平たく言えば、情報統合思念体によって作られた人格プログラム。だから、あなたと同じ。 私もあなたと同じエラーを経験している。あらかじめ与えられた思考パターンだけでは追いつかない。 それは、「感情」というもの。そのエラーは恥ずべきことではない。 私は今このエラーに犯されている。でも、そのことに誇りを持っている。」 「感情……あたしにもそんなものがあるのかな。」 「ある。」 「ねえ有希……お願いがあるの。」 「なに?」 『彼女』は悲しげに微笑んだ。 その顔はもう、『涼宮ハルヒ』とは完全に別人のものだった。 「私を、デリートして?」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 僕は今、長門さんの侵入を阻止しようとしている彼を必死で押さえつけています。 昔は機関で訓練を受けていたのですが……すっかり体力が落ちてしまいましたね。 「どうしてお前も長門も、俺の邪魔をするんだ……!」 「あなたは本当に、あれが涼宮さんだと言えるのですか?」 「当たり前だ!」 「僕にはそうは思えません。だって考えても見てください。 彼女らしくないじゃないですか、あんな小さな箱の中に閉じこもっているのは。 僕の知っている涼宮さんは、いつだって外に飛び出し自分のしたいことをしていました。 あなたに命令されて復讐の手助けをするような方ではありません。」 「あれはハルヒが復讐を望んだからで……」 「いいえ違います。復讐を望んでいたのはあなたです、彼女ではありません! あなたは彼女を利用しているだけだ!」 「いい加減なことを言うな!お前にハルヒの、何がわかるってんだ……!」 「少なくとも今のあなたよりは、分かっていると自負していますが?」 「相変わらずムカつく野郎だ。もうお前も……」 彼がそう言いかけた時でした。 「プチッ」という音と共に、パソコンのディスプレイが消えたのです。 「ハルヒ!」 「長門さん!」 僕と彼が同時に叫びます。 そして……長門さんが目を覚ましました。 「……回帰完了。」 どうやら、終わったようです。 「おい長門!ハルヒをどうしたんだ!!」 「……彼女なら、もうこのパソコンの中にはいない。」 「……長門!てめぇ!!」 「彼女は言っていた。自分は『涼宮ハルヒ』では無いと。 それでもあなたのため、芽生えてくる自我に耐えて必死で『涼宮ハルヒ』を演じていたと。」 「……なん、だと?」 「それでもまだ、彼女を『涼宮ハルヒ』だと言うの?」 「……くそっ……俺は……俺は……」 彼は座りこんで、うつむいてしまいました。 すると長門さんが、僕の袖をつかんで、出口を指差しています。 「もう、帰るのですか?」 「そう。私達のやるべきことは終わった。」 「しかし、彼は……」 「彼なら大丈夫。あとは彼女に任せる。」 「彼女とは………なるほど、そういうことですか。わかりました。 では、帰るとしましょう。」 僕達は彼の家を出ました。うなだれている彼を残して…… そして、今はあの時の公園のベンチに座っています。 「やはり、あのプログラムは消去したのですか?」 「彼女は自らデリートを求めた。」 「ということは、やはり……」 「でも私は、それを断った。」 「え?」 しかし彼女は、もうプログラムはいないと言いましたが…… 「あのパソコンの中にいないと言っただけ。彼女の人格データを情報統合思念体の元に転送した。 いつか彼女にも私のように身体が与えられ、インターフェイスとして活動することになる。」 「つまり、いつか本物の命を手に入れられるということですね。」 「そう。」 それならば、あのプログラムもきっと救われることでしょう。 その時は『涼宮ハルヒ』としてでは無く、まったく新しい人として…… ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 俺は……間違っていたのか? 俺はただ……ハルヒを蘇らせたかっただけなんだ。 そのために、どんな努力も惜しまなかった 俺は……俺は…… “なーにいつまでしょげてんのよ、バカキョン” ……!?その声は……! 「ハルヒ!ハルヒなのか!?」 姿は見えない。だが俺には確かに聞こえた、あいつの声が。 “そうよ。まったく……やっと気付いたわね。” 「やっと?」 “あたしはずっとアンタの傍に居たのに、アンタ全然こっち見ないでパソコンばっかり見てさ。 あげくの果てに私のプログラム?そんなもん作ったってしょうがないでしょうが!” ハルヒに説教される俺。懐かしいな…… “あのねえ、そんなことしなくなってあたしはずっとあんたのこと見てるんだからね! だからアンタは何も気に病むこと無いし、誰も憎むこと無いの” 「スマン、今まで余裕が無かったんだ。でももう大丈夫だ。俺もすぐそっちに……」 “何言ってるの!アンタはこれからちゃんと、罪を償うの! 罪償って、ちゃんと人生最後まで生きなさい!そしたら……会ってあげるわ。” 「しかし……」 “つべこべ言うな!これは団長命令なんだからね!!……ちゃんと、待っててあげるから。” コイツは死んでも変わらないな。 でもようやく分かったよ。ハルヒはいつでもハルヒであり、なんて始めから出来るわけなかったんだ。 いや、意味が無かった。だってハルヒは始めから、俺の近くに…… だから俺は、団長命令に従ってやるさ。もう大丈夫だ、ハルヒはいつでも俺の傍に居てくれる。 「やれやれ、分かったよ、団長様。」 ……fin