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作者から注意 1.長いです。 2.『涼宮ハルヒの分裂』が収束した後の世界を舞台にしています。 『涼宮ハルヒの驚愕』が出てしまった後は読まない方が良いかもです。 3.長門さんの喋りを自然にするためだけに佐々木さんに下の名前を勝手につけています。 4.オリキャラは出ませんが、佐々×キョンが駄目な方、オリジナル設定が気になる方はNG推奨です ep.00 プロローグ (side kyon) 佐々木が俺に告白した。 ハルヒのわがままにつき合う非日常の日々は苦労しつつも楽しかったのだが、一年余りも振り回され続け、 長門や朝比奈さんや古泉達と一緒に尻拭いばかりやらされ、財布の中身共々いささか疲弊の色が濃かった 俺は、無意識に心を癒せる存在を求めていたのかもしれない。世界の分裂騒ぎの後で、自分の中の佐々木の 存在に改めて気付かされた俺は、何の躊躇いもなく佐々木の告白を受け入れていた。 いつも冷静沈着で小難しい言葉を操るペルソナが剥がれ落ち、頬を赤らめ、夢見る少女のような表情を 浮かべた佐々木が抱きついてきた時には、俺も正直ハルヒのことなんぞ頭の中から完全に欠落し、 公園という人目につく場所も弁えずに佐々木を思い切り抱きしめてしまった。 ゆえに、それはすぐにハルヒの知るところとなり、初めてのデートから帰った夜に、佐々木と俺は理不尽にも ハルヒの閉鎖空間に閉じ込められることと相成ったわけだ。 「もしお二人が争う事態になったら双方とも無事である保証はありません」 古泉に予め警告を受けていたが、まさかハルヒがこんなことまでやらかすと思っていなかったのは、俺の 見通しが甘かったのに尽きるのだろう。 何とか潜り込んできた古泉は、世界をとって佐々木を見捨てるか、佐々木をとって今の世界を崩壊させるかの 選択肢しかないことを告げた。外の様子が分からない俺達にはそれが客観的な事実を告げたのか、ハルヒの ために事実を捻じ曲げて伝えたのかは判断のしようが無かった。『機関』の連中がどんなに申し立てようが、 閉鎖空間のせいで世界が崩壊した事実は今まで無かったのだからな。 常々俺は思っていたのだが、佐々木は俺とは比較にならないほど頭が良いうえに、何かあると自分が一歩引く ことで解決してしまおうという傾向がある。それが己の生死を分ける場面でも発揮されるとは、あいつらしいと 言えばらしいのだろうが、無論俺はそんなことを少しも望まず、閉鎖空間崩壊まで時間の許す限りハルヒと 佐々木の共存の途を探り続けていた。 しかし、佐々木はやはり佐々木であり、あの場面で俺の腕の中からすり抜けて自分が消える途を選んだのだ。 そして、俺は一人で閉鎖空間から帰ってきた。佐々木はその瞬間に残された最後の力を振り絞ってくれたに 違いない。 出会ってから別れるまでの記憶と、喩えようのない後悔の念を俺にだけ残して、佐々木は俺の目の前で消えた。 44-99「―佐々木さんの消滅―」 44-99「―佐々木さんの消滅―ep.00 プロローグ」 44-101「―佐々木さんの消滅―ep.01 消失」 44-120「―佐々木さんの消滅―ep.02 訣別」 44-134「―佐々木さんの消滅―ep.03 二年前の少女」 44-157「―佐々木さんの消滅―ep.04 彼女の想い」 44-182「―佐々木さんの消滅―ep.05 特異点」 44-235「―佐々木さんの消滅―ep.06 二人だけの記憶」 .
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第4周期 Dear my sister 卵の殻が向けるようにして真っ赤に染まった世界は崩れてゆき、現れた空の色は灰色だった。ハルナの精神世界が消滅して元の閉鎖空間に戻ってきたのである。 「なぜだ」 なんと目の前に神人がいるではないか。 しかもこちらを覗きこむようにしてじっと見ているではないか。 まさかのまさかとは思うが、狙われているのではないか? 蛇に睨まれた蛙の如く、神人に見られている俺は硬直してしまった。 「なーに固まってるのよ」 「いや、だって目の前に居るんだぞ……」 「そうね、でもまあなんとかなるんじゃない?」 そう言っているハルヒも、神人の意図がつかめないらしく、にらめっこが一分弱ほど続いた。 俺達を見たまま、腕をあげてとある方角を指をさしている。 「向こうに何かあるみたいね、行ってみましょ」 ハルヒは走りたいようだがハルナを起こさないことが優先されたらしく、早歩きで進んでいく。俺は慌る必要もなくその後をついて行った。 「古泉君!」 「お疲れ様です」 神人が指していた方角には、古泉を先頭に機関の御一行が俺達の帰還を待っていた。 ここにいたのが古泉だけだったら「何だお前だったのか」と言っていたが、今は森さん達がいるのでそう言えまい。 「約束を破って申し訳ありません。言われたとおりに待機していたのですが、神人が現れたので万一のことを考えて迅速に行動できるよう閉鎖空間で様子を見ていました」 「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、何とか今日のところは解決したわ」 「こちらは何一つ異変はありませんでしたから、うまくいったようですね」 その察しは正しいが、無駄に爽快なスマイルをいちいちこちらに向けるのは控えて頂きたい。 「ひとつ残念なことは、時間が巻き戻されてしまったということでしょうか」 「なんだって!?」 俺がそうリアクションをすると、森さんが加えるように言った。 「涼宮ハルナさんは昨夜11時以降存在していませんでしたから、それに合わせる形になったのでしょう」 「じゃああたし達はハルナが寝た時間に戻されちゃってるってことね。やれやれ」 そう言うとまたハルナの髪をなでた。 また一日をやり直さなきゃならんのか……。 「別にいいじゃない。また寝られるんだし」 ハルヒが眉間にしわを寄せ、口を尖らせて言う。そこまで不快だったのだろうか。 「そう言う考えでいいのか」 「そういうもんよ」 「とは言ったものの、どうやって戻るんだ」 「そうねぇ、普通にここから出てもいいんだけど、それだと家まで帰るの面倒だし」 確かにここから自宅まではかなりの距離がある。時間がかかりそうだ。 「よろしければ我々が家まで送りしますが」 「ありがとう、でも一番手っ取り早いのは……」 古泉の申し出を断ると、俺の顔を覗きこんで言った。 「前と一緒の方法でいい?」 「は?」 と言いますと……あれですか……。ハルヒは眠っているハルナを森さんに預け、準備万端といった面持ちである。 「SleepingBeauty」 「過剰なまでに分かりやすく言わないでくれないか、というか何で知ってるんだ」 「あたしをなめないで頂戴。じゃ、さっさと帰りますか」 そう言うとハルヒは俺の襟首を掴んで引き寄せる。当たり前のことだが顔が近い。 「ちょちょちょちょっと待て心の準備が」 「準備なんか要らないわよ馬鹿」 次の瞬間には、もう俺は言葉を発することが出来なくなっていた。 嗚呼、機関の皆さんの目の前で……。 「ぅはっ!?」 そして気付くと、自室の机に突っ伏して寝ていたわけである。 「ん、戻ったのか……」 目を開けて十数秒後、頬に張り付いていたのはよだれでしわくちゃになった数学のノートであると気付いた。そこから寝起きとは思えない素早さでティッシュペーパーを掴んで染みを拭き取ったが、健闘むなしくそこに書いてあった数式はもはや救いようのない状態となっていた。 ノートの救出を諦め、ティッシュを丸めてゴミ箱に投げた。時計を見ると、午後11時を過ぎたところであった。確かにハルナの寝た時間に戻されているようだ。 今改めて考えても、ハルヒのあれは強引過ぎやしないだろうか。いや、確かに俺の場合も……何を言わせるつもりだ。 嗚呼翌日古泉に何といわれるのだろうか。そしてどのように弁明すれば良いのだろうか。 「なんつうことしてんだよ俺……」 そしてまたあの時のように頭を抱えて一人悶絶していたのである。 「いや、したのは俺じゃないだろ! ハルヒが強引に……ぁぁ」 ダメだ、いくら言い訳したところで何も変わりはしない。思い出したら恥ずかしさ満点だ。 翌朝古泉にどのような措置を取ろうか対策案を考えるのは学校に行ってからでも十分間に合うだろうと考え、もう寝ることにした。 正直なところ、超絶リアルお化け屋敷を探検して心身ともに疲れていたのである。 そして俺はベッドに横たわり、目を閉じた。 「ん?」 ふと目を開けると、見上げた空は暗く、辺りは灰色に包まれている。 「ってまたかよ!」 勢いよく跳ねるように飛び起きると、しばし茫然としていた。 また制服を着ている。これで俺がいる場所は確定した。 「閉鎖空間……」 そう呟いた俺の声が半泣きだったのはなかったことにしてもらいたい、余りにも情けない。 もう一回寝られると言っていたではないかハルヒよ……。 確かに時間は巻き戻されていたわけだが、これじゃあ眠れなさそうだ。 「あ、キョン君が起きましたよ」 「おや、お目覚めになりましたか」 その声のした方向を向くと古泉と朝比奈さんがいた。 「……おはよう」 訂正及び追記、長門もいた。 勿論全員が制服姿である。みんなが閉鎖空間に集合するとは珍しい。 「俺達はどうしてここにいるんだ?」 「涼宮ハルヒに呼ばれたと考えられる」 まあその答えは全くもって予測通りであって。 「何のために1日に2回も連続で……」 「え? キョン君は2回目なんですかぁ?」 そのことを知らない朝比奈さんが見事なリアクションを見せてくれた。 「ええ、いろいろありまして彼と僕は2回目なんですよ」 こっちを見ながら『いろいろ』とか言わないでくれ頼むから。朝比奈さんのその視線からすると、間違いなく古泉のせいで勘違いしている。 「ハルナのことで一悶着ありまして」 誤解を解こうと弁明を始めたその時、青い光が灰色の世界を照らした。 「現れましたね」 学校のグラウンドに神人が姿を現した。下を向き、腕はだらんと下がったまま動かない。 「あれは一体何なんですかぁ……?」 朝比奈さんが不安で泣きそうな顔をしているが、前回同様あいつが何をするということもなければ大丈夫だろう。 「そう言えばハルヒはどこだ?」 「あそこ」 長門が指さした先、ハルヒがいたのはなんと神人の目の前だった。 「あんなところに、大丈夫なのか?」 その距離は20メートルあるかどうかという至近距離である。 さっきは大丈夫だろうと言ったが訂正する。今回の神人がアグレッシブではないとはいえ、あれだけ近いと流石に不安になってきた。神人が一歩でも歩き出せば大変なことになる。 「僕も懸念していましたが、あの状態から全く動いていないので、さほど危険ではないと思います」 「そうは言ってもだな、あれが動き出したら……」 「その時は僕が何とかしますのでご安心を」 長門がはっとした表情を浮かべた。 「どうした」 「情報フレア発生の予兆を感知、直ちに観測を開始する」 「あいつ、これを見せるために呼んだのか?」 ハルヒの周囲がやけに眩しい。 「……………始まる」 まるで長門のそれを合図にするように、神人が光の粒子となって消えていく。その粒子が渦を巻き、竜巻のように高速回転していた。 「これが、フレアなのか?」 「まだ。これから」 竜巻はしばらくすると消えてしまった。 ……。 「来た」 「?」 長門曰くもう始まっているらしいが、さっきまで眩しかった光はすっかり消えている。見た目では何も変わったことはない。 とてもフレア(爆発)が起こっているとは思えない静けさである。 「本当にフレアが起こってるのか?」 「情報は物質ではない。視覚化させなければ目視出来ない。でも、涼宮ハルヒを中心として膨大な情報が生み出されているのは間違いない」 今、グラウンドに立っているハルヒからとてつもない勢いで情報が生み出されている(らしい)のだ。 その情報量がどれくらいかは分からない。バイト数で表すとそれに必要な接頭文字はテラ(10^12)やペタ(10^15)では足りないだろう。もしかしたらヨタ(10^24)でもゼロがたくさん並んでしまうような量かもしれない。 長門のパトロンが待ち望んでいたような規模の現象なのだから、世界トップクラスのスーパーコンピュータでも処理出来ないような代物に違いない。 「今視覚化する。待ってて」 突然、目の前にガラス片のような物体が現れた。それらの量といったら、前方にいるハルヒの姿が全く見えないほどだ。しかもそれらが高速でこちらに飛んできているではないか! 「うわっ」 「ひゃぁっ」 「うおっ」 長門以外の3人はそれらから身を守ろうと重い思いの手段を講じていた。しかし破片はそのまま身体をすりぬけていった。 「これが、情報?」 「その人が最もイメージしやすい形になる。だから見え方は人によって異なるかもしれない」 俺には七色に輝くガラス片に見える。物質ではないのでぶつかることはないにしても真っすぐ飛んでくるのはやはり怖い。 その情報のかけらたちは四方六方に飛び散った後、はるか上空へと真っすぐに飛んでいき闇の中に消えていく。 どのくらい続いただろうか、次第にガラス片のような情報のかけらの数は減っていき、情報爆発とやらは終わった。 「観測終了」 長門がそう呟く。俺達は、目の前で起こった「すごいもの」が脳に焼き付き、言葉が出なかった。 どこか宙ぶらりんになっていた意識を戻したのは、ハルヒがこちらへ走ってくる足音だった。 ハルヒは息切れしていた。何もそこまでして走らなくても。 「どうだった? すっごいでしょ」 ああ、確かに超大規模な超常現象だったよ。 俺がそう答えると、ハルヒは高らかに言った。 「えー、この度は団長主催の第一回情報フレア観測会にご参加いただき誠にありがとうございましたー!」 主催って、やっぱりお前が呼んだのか。 「何よ、わざわざ招待したんだから有り難く思いなさい」 そう言って膨れっ面をするので、「はいはいありがとうな」と言って頭を撫でたら思い切り払い退けられてしまった。俺を一睨みすると視線を長門へ移す。 「有希、どうだった?」 「問題なく観測は完了。統合思念体に送信して分析を行なっている」 「そ、じゃあこれにて解散!」 そう言うと俺の襟首を掴んで引き寄せる。今にも顔と顔がぶつかりそうなほど近くに……、 え? 「なによ、文句ある?」 いや、文句ある無し以前にまたですか。俺だって何をしようとしているのかは分かってるぞ。 「なら尚更よ。この方が手っ取り早いんだからいいじゃない。それとも深夜の暗ーい住宅地をたった一人で帰れるのかしらー?」 こいつ、俺がハルナを連れて戻るのにどんな怖い経験をしたか知ってて言っているだろ。何という悪魔の笑顔。 「じゃ、2回目いきますか」 ……お前、顔赤いぞ。 「う、うっさいわね、あたしだってそれなりの準備はいるのよ」 古泉、期待するような視線は止めろ。長門と朝比奈さんも興味津々な表情をしないでください。 その視線がハルヒにも気になっているのか、しばらくこう着状態が続いた。 「……」 「しないのかよ」 「さっきはあたしがしたんだから、今度はアンタからしなさいよ!」 「無茶言うな」 しかしこの状況、生殺しだ。 「もーじれったいわね! するならする、しないならs……」 うるさいのでその口を俺が塞ぐことになってしまった。あくまでもそうなってしまったんだからな。 「うぐぉっ」 そして今度はベッドから転落して目が覚めたのである。 「さ、3時……」 時計を掴む手は震えていた。 「二度も……あんなことを……」 そして次の瞬間にはいつかの時と同様に頭を抱えて悶絶していた。 お陰で今月最高に眠れぬ夜となったのであった。 翌朝、俺は今シーズン最高の睡眠不足による強烈な眠気と戦いながら、通学路を歩いていたのである。 途上、何やら話しかけてきた谷口のトークを軽く流しながら昇降口に進み、止まることのない欠伸を噛み殺しながら上履きに履き替える。 廊下で待ち構えていた長門に会った。また報告があるらしい。 「貴方に報告すべきことがある」 「昨日のフレアについてか?」 「それはまだ分析中。今回は涼宮ハルナについて」 今度はどうなったのだろう。少し緊張しながら長門の報告を聞く。 「反対派は、涼宮ハルナの記憶修正を条件に賛成に回るとしていたがそれを却下した」 「どうしてだ、せっかく相手が譲歩してきたのにそれを突っぱねるなんて勿体無いぞ」 正直、俺も記憶修正には反対していない。あんな記憶を背負っていくなんて辛いだろうと考えているのである。 しかし長門は首を横に振った。 「記憶がフラッシュバックした場合を想定した結果、取り返しのつかない事態になると判断した」 「二の舞どころじゃ済まなくなるってことか?」 「そう。リセットできない可能性もある」 それを考えていなかった。フラッシュバックして凄惨な記憶が一気になだれ込んだらどんな精神状態に追い込まれるか、想像するまでもない。 「シュミレーション結果を提示したところ、反対していた主要な派閥は折れた」 軽く反省していた俺に飛び込んだその言葉に、一瞬耳を疑った。 「…………なに!? つまりOKってことだな!?」 「そう。こちらの主張が通った」 「よくやった長門!」 「痛い」 歓喜のあまり、肩を掴んで激しく前後に揺さぶっていた。 「あ、すまん」 そうだ、ここは廊下だ。またしても「何してんだこいつ」という視線が四方六方から容赦無く突き刺さる。(心が)痛い。 「いい。また放課後に」 俺には大ダメージを与えた視線という名の矢は長門には効果がないのか、そう言うと背を向けて歩いていく。 「忘れていた」 立ち止まって振り返る。長門が言い忘れるとは珍しい。 「2人の『あれ』は非常に興味深い」 長門から放たれた矢がぐさりと突き刺さる、一番ダメージがでかかったのではないだろうか。既にボロボロだった俺の精神はオーバーキルされていた。 「ちょ、長門……」 「ジョーク」 あはは、冗談がきつ過ぎますよ長門さん……。 (半ば抜け殻の冗談で)教室に入ると、既にハルヒがいた。いつかの時のように外を眺めていて、着席した俺に気付いていないのかわざとなのか、こちらを見ない。 「ハルヒ」 「……なに」 聞いているのか微妙な返事である。 「寝不足か」 「……さあ」 「……」 「……」 会話が成立しない。 諸問題は解決したというのに、結局昨日や一昨日と変わらずセロハンのように薄っぺらな言葉のみを交わすだけであった。 放課後、部室に行くと俺はまたしても遅刻のようで、ハルヒがまたしても仁王立ちしていらっしゃる。 「遅い!!」 すっかりいつものテンションに戻っているらしい。一方の俺はといえば相変わらずである。 「どっかの誰かの所為で夜眠れなくてな、どうも素早い行動がとれないんだ」 「ばっかじゃないの?」 何で顔が赤いんだ、お前がみんなの前でやったんだろうが。お前も眠れなかったのが今朝ぼーっとしていた原因か? 「だっ、誰がそんなお間抜けと一緒なもんですかっ」 「……ツンデレ」 「有希!?」 「迂濶」 長門の二度目の爆弾発言の投下により、俺とハルヒはどこかに矢が刺さった状態になっていた。 「……まぁそれはいいとして、みんな揃ったことだし、第3回緊急会議を始めましょ」 「まず、何か新しい動きがあったらどんどん言ってちょうだい」 ここで、朝比奈さんが手を挙げた。 「今朝、報告がありました」 「ようやく未来人も動き出したのね」 「どうだったんですか?」 「ハルナちゃんの出現による未来への影響は、危惧されていたよりも少ないみたいです」 「そう、よかった。じゃあこれで心配する必要は無いってわけね」 これは一昨日には朝比奈さん(大)から聞いたことなのだが、それは知らないことにしているのだ。 「こちらも涼宮ハルナが提示した条件を呑むことで一致した」 長門のその報告に、ハルヒの顔は一気に眩しく輝いた。 「それホント!? ありがとう有希!」 「じゃあ、これで解決ってことでいいんだな?」 「揉め事が起こらなくてよかった、もうこれで安心ね」 「では緊急会議を開くことはしばらくなさそうですね。おや?」 部室の扉が開いた。そこには、赤いランドセルを背負ったハルナがいた。走ってきたらしい。肩で息をしているし、汗でぐっしょりになっている。 「昨日は、ごめんなさい」 俺達は軽く困惑していた。ハルナが謝る理由は分かっていたが、それは謝る必要があるのだろうか。 「私のせいで大変なことになって……それで……」 「あのなぁハルナ、別に謝……」 俺が言うよりも、ハルヒが立ち上がるのが早かった。そしてまたあの高い音が部室に響いた。 ハルヒがまたしても思い切りハルナの頬を叩いたのである。やり過ぎだ、と言いたかったが、ハルヒの物凄い剣幕に負けてしまった。 「よくもそんなことが言えるわね!!」 マジギレというものだろうか。ハルヒが烈火のごとく怒鳴っている。 俺と古泉は正直怖くてとても手が出ず、長門も硬直していた。 終いにはそのまま蹴飛ばしてしまうのではないかという程の怒りようであった。 朝比奈さんが勇気を振り絞ってハルヒを止めようとしたが、顔のまわりを飛ぶ虫を払うかのようにあっさり振り払われた。 「あたしが世界のためにやってきたと思ってるの!?」 ハルナの肩をしっかりと掴んでいる。もう一回叩かれると思ったのだろう、ハルナは目をぎゅっと閉じていた。 が、ハルヒはハルナを抱き寄せていた。 「ハルナのために決まってるでしょ!!」 「…………ありがとう……」 その週の土曜日、涼宮姉妹を除いた俺達は長門の部屋に集合していた。 長門が時計を見て言った。 「来る」 皆がうなずいた。俺は立ち上がり、準備を始めた。 ハルヒには、ハルナと一緒にここへ来るようにメールを送信してある。メールに書いた時間よりも早く来るのは想定の内である。 待機して5分と経たないうちに扉が開いた。 「キョン、あのメールはどういう……」 玄関で待ち構えていた俺は、二人が入って扉を閉めたタイミングを狙ってそれを構えた。 「え……?」 「ちょ、ちょっとキョン?」 喰らえ。 マンションの一室に火薬が炸裂する音が響いた。 「………………へ?」 身の危険を感じてハルヒの腕にしがみついて目をつぶっていたハルナは、予想外のことにちょっと間の抜けた声を出した。俺はそれに思わず吹き出しそうになった。 手荒い歓迎によって涼宮姉妹は金色のテープまみれになっていた。 大量のテープの束を頭に被ったハルナはその状態のまま目を点にしている。ほぼ同じ状態のハルヒは静電気で髪や服にまとわりつくテープをに不快感を露にしていた。 「うーわ……、ちょっと何よこれ」 バズーカ型クラッカー、2000円也。貴重な一発なんだぞ。 「あのねえ、そういうのを訊いてるんじゃないの。ここでするなんて聞いてなかったわよ」 「サプライズってのは重要だと思うんだがな」 「最初に提案したあたしを差し置いて計画を変更するなんていい度胸してるじゃないの」 パキパキと指を鳴らす音が聞こえる。 「すまん」 その眼光で凍りついた俺は反射的に謝罪の言葉を述べていた。どうか罰は無しの方向でよろしくお願いします。 「姉さん、これは……?」 妹の髪に絡み付いたテープを払いながら姉がネタバラしをした。 「遅れちゃったけど、ハルナの誕生日パーティーよ」 あの日を悲劇があった日ではなく、ハルナの誕生日にしようということが満場一致で決まったのだ。 そしてそのことはハルナには内緒にして各々がパーティの準備をしていたのだが、ここで行うことはハルヒにも内緒にしていたのである。 「涼宮さん、早く早く」 玄関にいる俺達に早く来るようにと、朝倉が催促をしている。 「ってぇ! 何でお前が!」 「あら、悪いかしら?」 「お前を呼んでないしそもそもお前はパーティーのことは知らないはずだろ」 「こういった場は賑やかな方がより盛り上がる」 「あ、長門が誘ったのか?」 「そう。何か問題でも」 「いえ全く」 朝倉も飛び入り参加し、大勢が集まった誕生日パーティーはそれはもうにぎやかなものであった。 ハルナは見事にロウソクの火を一発で消した、さすがである。 さて、ロウソクの火が消えたことだし、ケーキを切って……朝倉、ケーキを切るのにそのナイフを使うな。 「ダメかしら」 駄目だ、ちゃんとした調理用具を、って聞いちゃいない。長門、その横でイチゴの数を数えるのは止めなさい。 「こっちが多い」 後で均等になるように分けてやるから我慢しなさい。おい朝倉、切ったあとにナイフについたクリームを舐めるなよ行儀の悪い。 「いいじゃない。クリームが勿体無いもの」 わざわざ妖艶な笑み浮かべてこっち見んな、調子に乗って舌切っても知らないぞ。 「おやおや、世話好きですねえ」 お前はニヤニヤするのを一刻も早く止めて手伝え古泉。さもなくばお前に回ってくる食い物はないぞ。 「それは恐ろしい」 今上げてる両手に皿をのせてこい。 パーティーが始まると、みんな騒がしく会食していた。 その喧騒の中、ハルヒが飛び級の提案をしたがハルナはそれを拒否した。 「どうして?」 姉の問いかけに、下を向いて答えようとしない。 「怒らないから言いなさい」 その台詞ってかなり矛盾してるよな、と俺が呟いた瞬間、俺の視界は音速で繰り出された拳によって真っ白になった。酷くないかこれ。 「え、あ、大丈夫ですか……?」 「ぁぁ大丈夫、続けて……くれ」 「それで? 理由は何なの?」 「学校で友達ができたから」 なんとも微笑ましい理由であった。 「そこのロリコン、ニヤニヤしない」 なぜこうも冷たい。 「だーかーらー……」 哀れな俺を誰か救ってくれ。 パーティーがお開きとかなると、今回の一連の騒動の最後の仕事が始まろうとしていた。 「座標計算中」 ハルヒとハルナは、平行世界の「俺」に謝罪しに行くのだという。そりゃあ、一度殺そうとしているのだからな。 各勢力の協力の元、二人は別世界への小旅行に向かうのだ。 「準備ができた」 「ありがとう有希」 「確認する。貴方はこれが最初で最後であると言った。これに間違いはない?」 「勿論よ。これ以上迷惑をかける訳にはいかないしね」 「分かった」 二人は私服を着ているので制服に着替えたりしなくていいのか尋ねたが、曰く私服は別世界のハルヒであることの証明とのこと。もっと効果的な手段もあるらしいが禁則事項らしい、どこがどう禁則なのやら。 「向こうにも、アンタとあまり変わらないキョンがいるんだけどね。改めてみるとやっぱり別人かもね」 「そりゃあ全く同じということはないだろうな」 「あっちのキョンの方が勇敢で格好良かったわよ」 な、なんだと? 「半分冗談よ」 半分ってどういうことだよ半分って、俺が劣ってるのに変わりないじゃないかそれじゃあ。 「はぁ……思い出してきちゃった……」 頭に手をのせてしゃがんでしまったハルヒの肩に、ハルナが手を置いた。それに反応してハルヒが顔を上げた。弱々しい笑みを浮かべていた。 「ごめんね」 ハルナが首を横に振った。 「謝らないで」 「ありがと」 ハルナと手を繋いで立ち上がる。と同時に長門が告げる。 「戻るタイミングは貴方達で決められる。でも、長居は禁物」 「分かったわ。じゃ、行ってくるね」 長門が何やら唱えると、二人を光が包んだ。それが二人の影を見えなくするほどに眩しく輝くと消えていった。 二人がいなくなった部屋で、片付けを済ませていた俺達は何をするということもなくくつろいでいた。朝倉はくつろぐどころか、部屋の一角を占領して熟睡していらっしゃる。 「しっかし、俺達がどうなったのか詳しくは教えてはくれなかったな。長門、お前のところにそれに類する情報はあるんだろ?」 「涼宮ハルヒの記憶はごく一部のみ閲覧が可能だった。でも、私には許可が下りていない」 「どうしてだ?」 「理由を尋ねた。統合思念体からの答えは、想像を絶するという短いコメントのみだった」 想像を絶する、か。俺がハルナの精神世界で見せられたのはちょっとした記憶の片鱗に過ぎないから、それ以上なのだろう。 「そういえば、あの時の情報フレアはどうだったんだ?」 「統合思念体が観測出来た情報の多くは、未知の暗号化が施されていた。分かっているのは、同一の情報を複数回送り出していたということだけ」 「何で暗号化なんてしたんだろうな、発信した意味がない気がするが」 「恐らく、」 古泉が割り込むように言った。 「ストレス発散のようなものではないでしょうか。愚痴を紙に書き連ねて破って捨てるのと同じようなものだと思います」 確かにハルヒが経験したものはかなりの負担だろうからな、古泉の主張も一理ある。 「統合思念体は情報の解析を保留している。破棄する可能性もある」 「せっかく受信した情報フレアを調べないで捨てるのか?」 待ちに待った情報フレアを観測出来たというのに、それは勿体無いのではないかと考えるのは素人なのか。 「そう。仮に解読が出来たとしても、それが本当に重要なものであるかは疑問」 「そうか、じゃあ、完全になかったことにしてもいいのか?」 「そうはいかないかと思います。お二方共に記憶はしっかり残っているわけですし、闇も完全に消えたとは言えません。今後どんなことが起こるかは」 「闇の影響は報告されてないです」 再び割り込んできた古泉にそれ以上言わせない勢いで朝比奈さんが割り込んだ。 「ハルナちゃんはしっかりしてますし、大変な事は起こらないと思います」 「済みません朝比奈さん、ですがこれが我々の仕事ですから」 「古泉、お前のところの機関はどうなるんだ?」 「これからも我々の活動方針に変更はありません。しかし貴方に頼る回数が増えるかもしれませんね」 そうか、ハルナの精神世界が発生した場合、入れるのは現段階では俺とハルヒしかいないのか。あの空間は入る人を選ぶんだったよな。 「頼るのはいいが早くハルナに信頼されるよう努力するんだな」 「肝に銘じておきます」 「長門、因みにあの情報フレアの量はどれくらいだったんだ?」 「現段階での情報量をバイト数で表すとおよそ3GcB」 なんだか知らない単位が聞こえたような気がするのだが。 「ぐ、ぐるーち?」 「そう」 「それはどれくらい大きいんだ?」 「分かりやすく表現するならば、SI接頭辞ペタの1024倍の1024倍の1024倍の1024倍の1024倍」 その説明が果たして俺にとって分かりやすいのか分かりにくいのか……。ペタってのがテラの1000倍だったよな、つまり……。 「すまん、逆によくわからない」 「10の30乗」 「ああ、とりあえず馬鹿デカイってことはよくわかった」 「そう」 長門は読書を始め、古泉は持参してきたマグネット将棋で俺と対局している。朝倉は相変わらず寝ている。 朝比奈さんが煎れてくれたお茶を飲む。うん、うまい。 「いつ戻ってくるでしょうか」 急須を見つめながらそう呟いた。 「何か都合があるんですか?」 「いえ、お茶が一番おいしくなるタイミングがあるものですから」 「帰ってきてからでもいいんじゃないですか?」 「丁度のタイミングで出せたらかっこいいかなーと思ったんです。ちょっと無理ですかね」 そう言ってこちらに微笑みかける。そのスマイルのおかげでお茶が更においしくなる。 「賭けましょうか。俺は今から30分後だと思います」 「んー、25分後くらいでしょうか」 「では僕は35分に」 「40分」 どうやら全員(寝ている朝倉を除く)がこの賭けに乗ったようだ。 「勝った方はどうします?」 古泉のその言葉に俺は内心焦った。朝比奈さんはわたわたと慌てている。 「え? あ、いや、本当に賭けるんですか?」 「冗談です。あくまでも予想するだけですよ」 まさか古泉のジョークにここまで動揺するとは、不覚である。 もう一口飲む。朝比奈さんの煎れるお茶はたとえ冷めても十分においしい。それでも朝比奈さんにはこだわりがあるのだろう。 ようやくいつものSOS団に戻った。今後、ハルナがどんな騒動を起こしてくれるのか、少し楽しみである。世界を変えない程度にな。 「角は貰った」 「あ、ま、待って下さい」 「待ったは1回だけな」 二人が戻ってきた時に何と言ってやるべきだろう。 シンプルに「おかえり」でいいか。 周期数不明 Brack Jenosider
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涼宮ハルヒの憂鬱とは、アニメやライトノベルである。 涼宮ハルヒの憂鬱(アニメ)の主な登場人物は キョン(本名不明) 涼宮 ハルヒ 長門 有希 朝比奈 みくる 古泉 一樹 鶴屋さん(本名不明) 朝倉 涼子 谷口 国木田 キョンの妹 コンピ研 などである。 2期放送を予定していたが、再放送と決まり、がっかりである。
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ストーリー参考:X-FILESシーズン1「ディープ・スロート」 ハルヒがX-FILE課を設立して3ヶ月がたった。 元々倉庫だったところをオフィスにするため机を運んだりなんだりと 最初のうちはバタバタと忙しかったが、最近はようやく落ち着いてきた。 その間にもハルヒは暇を見てはX-FILEを読み漁っていた。 なお、X-FILE課は副長官直属の課となったため、事件性が見出せれば アメリカ中どこにでも出張できる。 まあ、この点に関しては退屈なデスクワークから開放されたことを ハルヒに感謝しなきゃな。 そうそう、ハルヒの世界に与える能力だが、古泉曰く高校卒業時には もはや消失していたらしい。 ハルヒ観察の任務であった長門がいなくなった点から見てもその通り なんだろう。 結局、最後の最後まで各自自分の正体をハルヒに明かさず、長門に 至っては「任務」と言う言葉をハルヒに伝えただけだった。 ハルヒとしてはどこかの諜報員とでも思ったに違いない。 それで政府が存在を隠しているとか考えたのかもしれないが。 故にハルヒ自身はまだ宇宙人・未来人・超能力者に会ったことが無いと 思ってるわけだ。 しかし、気になることがある。 古泉の「機関」はハルヒの後始末などを目的とした組織なのに未だ 健在、長門に至っては「別の任務」と言っていた。 そしてそれは意外な形で俺たちの前に現れることになる・・・ ワシントンD.CのFBI本部から少し離れたバーでハルヒと待ち合わせをしていた。 「遅いぞハルヒ。」 「キョンにしちゃ早いじゃない。なんなら1杯奢ってあげようか?」 「おいおい、まだ昼間だぞ。」 そんなやり取りをし空いた席に着き注文を済ませた。 その後ハルヒが1束の書類を俺に手渡してきた。 「なんだこれは?」 「エレンズ空軍基地の軍人の1人が行方不明になっているという情報よ。」 「軍のことなら軍に任せておけばいいじゃないか。」 「それがそうでもないのよ。この件に関しては軍は家族にすら詳細を 明かしてないの。それを不審に思った家族がFBIに捜索願を出してきたのよ。」 「軍にも何か事情があるんだし、怪我とかで治療してるんじゃないか? で、家族に心配かけまいと何も言わないように本人が言ってるとか。」 「それじゃもっと変よ。それに、私この件について1ヶ月間捜査してたの。 もちろん軍からは何も得られず。それに妙なことに先日上から捜査中止 命令が出たわ。」 破天荒な捜査をしているから中止命令が出たんじゃないかと言おうと思ったがやめた。 「それにこのエレンズ空軍基地ではおかしなことに63年から6人の飛行士が 行方不明になってるのよ。どう考えたっておかしいでしょ。」 「それに関しては噂を聞いたことがあるな。ロシア領空を誤って通過して 撃墜されたとか・・・まあ、噂の域を出ないが。」 「とにかく、何かを隠蔽しようとしていることは確かだわ。だから2人で アイダホに向かうわよ!」 「ちょっとまて。この件とX-FILEとどう関係がある?お前の守備範囲は 宇宙人など超常現象だろ。ただの失踪事件じゃないか?」 「なんとなく勘が働くのよ。絶対に何かあるわ!」 そういうとハルヒは席を立ちトイレのほうへ向かっていった。 しかし、勘だけで動くところはSOS団にいたころとまったく変わって ないな・・・などと懐かしく思ったりもした。 私がトイレに入ろうとしたとき、初老の男性がいきなり声をかけてきた。 「失礼、涼宮捜査官。率直に言おうこの事件から手を引いた方がいい。 その方が身のためだ。」 「なんですって?」 「軍はFBIの介入を望んでいない。」 「あなたは一体何者?」 「私は・・・君達の仕事に関心を抱いている者だ。力になりたいと 思っている。」 「どうして私達のことを知っているのかしら?」 「立場上政府に関することは何でも知っている。いろいろな情報が 入ってくるのだよ。」 「あなた一体誰?職業は?」 「そんなことはどうだっていい。君とキョン捜査官の身を案じるから こそ言うんだ。残念だが事件のことは忘れたまえ。」 「それは出来ないわ。」 「君達にはもっと大切な仕事があるだろう。せっかくの才能を無駄に するもんじゃないな。」 そういうと男性は人ごみの中へ消えていった。 わたしが呆然と立ち尽くしていると近くからキョンが、 「おい、ハルヒどうした?」 「ううん、何でもないわ。」 (あの男性は一体何者なのかしら・・・敵?味方?) そう考えながら私はトイレに向かった。 どうも気になる。 あのハルヒが普通の失踪事件に興味を見出すとは思えない。 そう思った俺はFBI本部の資料室で過去の新聞を調べてみた。 --エレンズ空軍基地 UFOのメッカに-- やはり超常現象か・・・ 確認するためハルヒに電話をかけてみた。 「もしもし、ハルヒか。」 『何よ、キョン』 「おまえ、俺に何か言い忘れてるだろ?」 『言い忘れてることって?』 「おまえ、アイダホに行くのはUFOが目的じゃないだろうな?」 キョンからの電話に雑音が入ってる!私は電話に雑音が入っているのを 聞いた後家の窓の外を見た。 黒いバンが外に止まっていた。 (盗聴されてるわ・・・) 「聞いてるのか?出張旅費が下りたのは捜査の為だぞ。科学雑誌に 投稿するような報告書書くのはごめん被るぞ。」 『キョン、電話ではまずいわ。明日飛行機の中で説明するわ。』 そういうとハルヒは電話を切った。 次の日、アイダホに着いた俺たちは早速依頼人の家に向かった。 そこでは失踪した軍人が以前からかぶれのような症状を訴えて いたこと、またある日から急に性格が変わり奇妙な行動を取ったり どなりちらすなどをするようになったことを伝えられた。 また、依頼人と同じような現象にあったという人を教えられ 依頼人と共にその人の家に向かった。 そこで見た光景は、まさに精神疾患にあった男性だった。 その男性の夫人話ではストレスによるものだろうと言っていたが・・・ その後、依頼人から軍の連絡先を教えてもらい、こちらも 泊まっているモーテルの電話番号を教えておいた。 「キョン、あれってどう思う。」 「やはり夫人の言うとおりストレスによるものなんじゃないか。」 「でも、彼らはベテランのパイロットでしょ?ストレスに対する 免疫は一般の人に比べればはるかに高いと思うけど。」 「聞いた話なんだがこのあたりでは『オーロラ計画』と言う名前で 新型飛行機のテスト飛行を行ってるらしい。その計画の重要性から 重圧に負けてストレスがたまったんじゃないか。」 「それはありえないと思うわ。だって依頼人の家の写真見た? 大統領からも表彰されるほどの腕前のパイロットよ。それほどの 腕なら何だって乗りこなせると思うわ。」 確かにハルヒの言うとおりだ。 男性の症状から見ても極度の恐怖や拷問などで無いとならないような ものだった。 一体ここでは何が起こってるんだ・・・ 「とりあえずエレンズ基地に行ってみましょう。」 ハルヒはそういうと車をエレンズ基地へ向かわせた。 車をエレンズ基地のフェンスのそばに置き近くの高台からエレンズ 基地を観察してみた。 「特に目立ったものは無いな。」 「あたりまえじゃない。そんなものがあったら全然秘密じゃないわよ。」 ハルヒの言うとおりだ。 俺とハルヒは夜までエレンズ基地を観察していた。 途中、SOS団の時の活動などの思い出話もしたりした。 「結局、有希はなんだったのかしらね。」 「さあな・・・」 いまさら宇宙人でしたと言っても納得しないだろうな。 と、まあ話し込んでいるうちに深夜になった。 眠りこけていると突然ハルヒが、 「ちょっとキョン起きなさいよ!」 「なんだよ・・・何かあったのか?」 「基地の上空を見てみて。」 基地の上空の空を見ると2つの光が空を舞っていた。 「普通の飛行機なんじゃないのか?」 「よくみてなさいよ。ほらあれ!」 ハルヒが指差すと2つの光はおおよそ普通の飛行機では考え 付かないような動きで飛び、最後に交互にきりもみ飛行しながら雲の上に消えていった。 「なんなんだありゃ・・・」 「とにかく中に潜入できないかしら・・・」 そうハルヒが言った瞬間、フェンスの中から男女がフェンスの 裂け目と思われるところから急ぎ足で出てきた。 逃げようとする男女をハルヒが、 「FBIよ、止まって!止まらないと撃つわよ。」 と威嚇し男女のカップルと話をすることが出来た。 カップルの話によると今日見たような光景は日常茶飯事で見られ、 中にはもっとすごい飛行をするときもあったという。 また、行った事はないがフェンスから15Kmほど離れたところに 格納庫らしきものがあるとも言っていた。 ただ、今日は普通ではヘリで追いかけられることもないのに、 なぜか突然ヘリが現れ一目散に逃げてきたと言う。 ある程度話を聞いた後2人別れ、ハルヒと共にモーテルへ戻った。 戻ったときにはすでに朝だったが。 フロントに行くと、依頼人から夫が家に帰ってきたと言う伝言を受けた。 さっそくハルヒとともに依頼人の家に行くと、依頼人である夫人は 「この人は夫じゃない!」と泣きはらしていた。 俺とハルヒは色々と質問をして本人かどうか確かめてみたが、やはり 本人らしい。 しかし夫人は「どこか夫とは思えない」という。 釈然としないままとりあえず失踪人は帰ってきたので依頼者宅を後にする。 「キョン、どう思う?」 「わからん。おれには普通にしか見えなかったのだが・・・」 「でも、基地でのことを質問するとなぜか不自然な答えが返って きたわよね・・・」 「そういえばそうだな・・・」 「もしかして、記憶を操作されたんじゃないかしら。」 「そんなば・・・」 「そんなば・・・なに?」 「いや、ありえんだろう。」 「そうかしら。キョン、早速今日の夜にエレンズ基地に潜入して みましょう。なにかわかるかもしれないわ。」 「ああ、そうだな・・・」 記憶操作か・・・長門たちの専門分野だったな・・・まさかとは思うが・・・ 俺は一抹の不安を胸に車へと乗った。 夜、ハルヒと共にエレンズ基地に潜入した。 情報通り15Kmほど離れた場所に格納庫らしきものがあった。 一筋の光が漏れている。そこから中を覗けそうだ。 早速ハルヒは中を覗きこんだ。 「なによこれ・・・凄いわ・・・」 ハルヒは驚愕しながらもカメラのシャッターを押し写真を撮っていた。 「キョン見なさいよ、これ。」 ハルヒに言われ中を覗くと・・・UFOらしき物体があるではないか! 「これは一体・・・」 「UFOに間違いないわ。写真に収めたし物的証拠もばっちりよ。」 「テストパイロットたちはこれを操縦したためにあんな目にあった のか・・・」 「たぶんね。」 俺たち2人は隙間からUFOと思しき物体をまじまじと見ていた。 そのため近づいてくる人影に気がつかなかった・・・ そうあの人影に・・・ 「そこまで....」 小さな声が聞こえ俺とハルヒは後ろを振り向いた。 そこにいた人物は・・・長門有希そのものだった! 「有希・・・有希じゃない!なぜこんなところに?」 長門は何も答えない。 「どうしたんだ長門!俺達のこと忘れちまったのか?」 俺がそう言うと、 「あななたちは見てはいけないものを見てしまった....」 「よってこの場で抹殺する....」 ハルヒがあっけに取られた顔で長門を見ている。 「なぜ・・・なぜなの有希・・・」 そうハルヒが言った途端、長門の両腕にブレードのようなものが 出現した。 早く逃げなければ!恐らく別の兵士もすぐに迫ってくるに違いない。 俺は呆然とするハルヒの手を取り元来た道をダッシュで逃げようとする。 「ハルヒ逃げるんだ!今の長門には俺たちの言葉は通じていない!」 「でも・・・でも・・・」 「いいから速く!」 俺とハルヒは猛ダッシュで逃げた。 途中ハルヒはカメラを落としてしまい、 「あ、カメラが!」 「今回は諦めろ!今は命が大事だ!」 カメラを見た瞬間長門が呪文を唱えている光景が見えた。 やばい!空間封鎖でもするつもりか! と、驚愕していると途中で呪文が途切れ、 「舌かんだ....」 俺とハルヒはその言葉を聞くとあっけに取られた。 が、すぐに我に返り逃げる。 「逃がさない....」 そういうと長門はこっちに向かってダッシュしてきた! 長門のスピードでは追いつかれるのも問題だ!まずい!まずい! そう思いながら走り続けていたが一向に長門が迫ってくる様子が無い。 恐る恐る後ろを見ると最初の長門のいた位置から10mほどのところで 長門がこけて倒れている。 どうやら絡まった雑草に足を引っ掛けたようだ。 「うかつ....」 チャンスだ!俺はハルヒの手をつかみ猛ダッシュで走った。 「戦闘モード変更。長距離狙撃モード....」 そうつぶやくと長門の手はバズーカー砲のようになっていた。 げ!あんなのに撃たれてはまず助からない! そう思った瞬間前方に人影が見えた。 よく見ると意外な人物・・・それは喜緑江美理だった! 両方に囲まれ万事休す!そう思ったとき、 「2人とも早くこっちへ遮断フィールドを張ります!」 その言葉を聞き俺とハルヒはすぐさま喜緑さんの元に向かった。 遮断フィールドが張られた直後長門からすさまじいビーム砲が フィールドに当たった。危機一髪だった。 「あなた方を車まで転送します。そのあとは出来る限り迅速に逃げて!」 「なぜあなたが俺たちを助けてくれるんですか?なぜ長門は俺たちを・・・」 「今は説明している時間はありません。いずれ分かるときが来ます。」 そう喜緑さんがいうと次の瞬間には俺とハルヒは車の中にいた。 「ハルヒ!車を出せ!急ぐんだ!」 「わかってるわよ!」 そういうとハルヒは猛ダッシュで車を基地とは逆の方向へ走らせた。 その頃基地では長門の下に兵士が集まっていた。 「追いますか?」 「いい....物的証拠は何も無い。」 「わかりました。では各自引き上げます。」 そういうと兵士はカメラを取り上げフィルムを出し燃やした・・・ そして喜緑江美理の姿も消えていた。 次の日、俺たちはワシントンD.CのFBI本部のオフィスにいた。 「なんで有希が私たちを殺そうと・・・しかも初対面みたいな 態度で・・・」 ハルヒは自分の席で悲嘆にくれていた。 「しかもまるで宇宙人みたいな感じで・・・喜緑さんも・・・」 ハルヒは自分の力を失った後も長門たちの正体を知らなかった からな・・・ 「ハルヒ、多分長門には何か事情があるに違いない。喜緑さんも 言ってたじゃないか『いずれ分かるときが来ます。』と。」 しばしの沈黙の後ハルヒはいつもの元気な声で、 「そうね!私達がX-FILEを追う限りきっと答えは見つかるわ! 絶対にね!」 「そうだな。俺達で真実をつかむんだ。」 「あたりまえでしょ!私を誰だと思ってるのよ!涼宮ハルヒよ!」 妙な自信を持ってしまったハルヒだが、まあこれでいいんだろう。 しかし、長門の「別の任務」とは一体・・・ 次の休日、私は家の近所のグラウンドでジョギングをしていた。 そこへ以前現れた初老の男性がまた姿を現した。 「命を落とすところだったな。これからはもっと慎重に行動するんだな。」 「そうね、考えておくわ。」 「まあ聞け、今後も利害が一致する場合には君に情報を提供しよう。」 「あなたの目的はなんなの?」 「君と同じ、『真実』さ。」 「あそこで見たもの、一体なんだったの?」 「UFOの技術・・・かな。」 「涼宮捜査官、1つ教えてもらいたい。君は確固とした証拠も無いのに なぜ宇宙人の存在を信じてるのかね?」 「それは・・・存在を否定する証拠もまた無いからよ。」 「そのとおり。」 「やっぱり彼らはいるのね?」 「もちろんだとも。ずっとはるか昔の時代からね。」 そういうと男性はグラウンドから姿を消した。 「有希や喜緑さんもやはり宇宙人なの・・・?」 私は一人グラウンドの真ん中で放心状態で考えていた・・・ <再会・終> 涼宮ハルヒのX-FILES おまけ2 ハルヒ「まさか有希が本当に襲ってくるとはね。」 キョン「喜緑さんが出てくることも意外だったな。」 ハルヒ「あの男って一体何者なのかしら。」 キョン「作者設定では最後には正体は;y=ー(゚д゚)・∵. ターン」 ハルヒ「キョン!いやあ!死なないで!」 ???「このスモークチーズで助かるにょろよ!」 ハルヒ「あなたは・・・鶴屋さん!」 鶴屋 「あたしって出てくる役割あるのかなぁ・・・」 キョン「というドリームをみた。」 ハルヒ「たぶん鶴屋さんには出番無いかもね。」 鶴屋 「にょろーん・・・」 キョン「作者はヘボで気まぐれなんで大目に見てやってください。」 次回 涼宮ハルヒのX-FILE あったらお楽しみにw 次へ
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6.《神人》 機関の本部ってのは始めて来た。 何の変哲もないオフィスビルの一角だった。普通の会社名がプレートにはまっている。 「もちろん偽の会社です。機関の存在目的を世に知らしめる訳にはいきませんから」 古泉はそう言って笑った。 しかし、何の仕事してるかわからん組織に良くオフィスを貸してくれたよな。 「このビルは鶴屋家の所有物ですから」 なるほど。 俺の計画は簡単だ。《神人》を通してハルヒに話しかける。 ハルヒの元に声を届ける場所が他に思いつかない。 「どうでしょう。《神人》に理性があるとは思えません。 あれは、涼宮さんの感情の一部が具現したものだと思われますが」 古泉は疑わしげだ。無理もない。閉鎖空間については古泉の方がよっぽど詳しい。 何度も訪れているんだからな。 俺だって確証なんか何もない。 だがな。 「お前は閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいる、と言っただろう」 前に古泉が言ったことを持ち出した。 この言葉が俺を決心させた要因の1つだ。 「確かに閉鎖空間に入るとそう感じますが……」 古泉はまだ納得行かない、という顔をしている。 「俺はこの1週間、何度もハルヒに話しかけたんだぜ。でも全く反応がなかった」 当たり前っちゃ当たり前だけどな。 「現実世界ではハルヒに声は届かない。 閉鎖空間でハルヒが俺を呼んでいるなら行ってやるしかないだろう」 俺としては、古泉始め機関がこの可能性に思い当たらなかった方が意外だ。 「なるほど。解りました。どのみち、僕はあなたに委ねたのですからね」 誤解を招くようなセリフはよせと言っているだろうが。どういう意味だ。 朝比奈さんも一緒に閉鎖空間に行かないかと誘ったのだが、古泉が止めた。 朝比奈さんは、病院でハルヒと長門についている、と言った。 「今回は神人に近づかなければいけません。危険ですからね」 ハルヒなら朝比奈さんに危害を加えるわけはないと思ったが、結局俺が折れた。 「万が一と言うこともあります。僕としても、1人ならともかく、2人も守れるか自身がありません」 そう言われたら仕方がない。 「わたしも、長門さんも気になりますから病院に行きますね」 朝比奈さんはそう言った。 長門は相変わらず眠ったままらしい。 こんな状態じゃなければゆっくり休んでくれ、と言いたいところだ。 俺は朝比奈さんに2人をよろしくお願いしますと言うしかできなかった。 「まず、あなたにお礼を言わなくてはなりません」 「お礼?」 何のことだかわからん。俺はまだ何もしていない。これからしようとはしているがな。 「いえ、橘京子のことです。1回目の接触で、ある程度目的は予測できていました」 まあ、あいつが俺に用があるとしたら1つしかないよな。 「ですが、そのときはまさかTFEIがすべて活動を奪われるとは予測していませんでした。 前日に連絡を取った際には、何も起こってなかったんですからね。 今朝の時点で、機関内部でも佐々木さんに頼るという案すら出たくらいですよ」 まじかよ! 機関はハルヒを神としているんじゃなかったのか。 「その案を指示したのはごく一部の人間です。でも情報のつかめない宇宙存在よりは 佐々木さんに力を託した方が安全。そういう考え方もあります」 胸くそ悪い、と思ったが俺も人のことは言えない。 一瞬でも、そっちに気持ちが動きかけたのは事実だ。 「結局、我々はあなたに選択を委ねたのですよ。 何とか最後まであがいてみるか。この場合、危険が伴います。」 古泉は大げさに首を横に振った。 「──それとも、佐々木さんに世界を委ねるか。 機関としては好ましくないのですが、仕方がありません」 そう言って肩をすくめた。 「結局、機関は何とかできるのはあなただけだという結論に達しました。 それが涼宮さんに選ばれた鍵の役目だと。 世界がどうなるか、それを決めるのはあなたです」 おいおい、勘弁してくれよ。そんな大げさなことを考えていた訳じゃないぜ。 だいたいそんな大事なことを俺個人の感情で判断していいのかよ。 だが、もう俺は選択しちまった。 「僕個人としては、やはり最後まであがいて見たかったので。 ですからお礼を言わなくてはなりません。ありがとうございます」 お前のためにやったんじゃねぇよ。勘違いするな。 「やれやれ」 もうそれしか言うことがない。 「とにかく、今は少し休んでいてください。今のところ閉鎖空間は発生していませんから」 「時間までに閉鎖空間は発生するのか?」 これが一番の懸案事項だ。他にハルヒと話せるかもしれない場所はない。 それすらできるのかどうか怪しいもんだ。古泉だってそんな経験はないんだからな。 いっそ、去年の5月にあったあの閉鎖空間を作ってくれりゃいい。 だが、そう上手くは行かないだろうな。 「実をいうと、最初の頃より発生頻度は下がってきてはいるんですよ。 その分、僕の感じる涼宮さんの不安感は増えているんですが。 それにしても、まもなく発生しますよ。単なる勘ですけどね」 「お前がそう言うなら間違いないだろうさ」 閉鎖空間のスペシャリストだろうからな。 俺のセリフに古泉は苦笑した。 「しかし、発生する数が減ってるってのはどういうわけだ? それで不安が増してる?」 長門が言うには、この探索とやらを実行中は、ハルヒにかかっている負荷が大きく変わる訳ではないらしい。 だったら、閉鎖空間も同じ頻度で発生するもんのような気がするが。 「はっきりとわかってるわけではありません。ただ、苦痛は慣れるということではないかと」 思案げな顔をして、古泉が言った。 俺がここで考えたってわかるわけもないか。 時間だけがただ過ぎていった。俺はイライラしながら閉鎖空間の発生を待った。 朝1で来たってのに時間は10時半を回っている。 わざわざ車を回してもらう必要もなかったな。橘から簡単に逃げられはしたが。 古泉は何かと用事があるらしく、俺は通された部屋で1人待っていた。 森さんが顔を見せてくれるかと思ったが、かなり忙しいらしい。 「まだかよ」 もう何度目になるかわからない独り言をつぶやく。 まさか閉鎖空間の発生を心待ちにする日が来るとはね。 あんな灰色空間は好きになれないはずなのにな。 だいたい、上手く行くのか? 何の確証もないんだぜ。 橘の戯言に乗った方が確実なんじゃないのか? 後のことは後で考えればよかったんだ。 1人で考えていると、どうもマイナス思考になる。 いかんいかん、俺は首を横に振った。 長門の診断と予測、古泉の言ったこと、朝比奈さんの忠告。 俺は全部信じているんだろ? だったら──俺は俺にできることをするだけだ。 「お待たせしました」 やがて、古泉が俺を迎えに来た。 「来たか」 待ちわびたぜ。 今行ってやるからな、ハルヒ。 閉鎖空間が発生したのは、前回と反対側の県庁所在地のある都市だった。 全国的にお洒落な街というイメージがあるらしい。 同じ県内にもかかわらず、俺は数えるほどしか来たことがない。 街に出る、というと前回の大都市に出る方が多いからだ。 駅前から続く花の通りとか名付けられた道の海側から、閉鎖空間は広がっていた。 ん? この位置だと、東側から入ればもっと早かったんじゃないのか? 「なるべく《神人》が現れる場所の近くから入りたかったので」 なるほどな。 「それでは行きます。目を瞑ってください」 あのときと同じように、古泉は俺の手を取った。 そういやどうして目を瞑らなければならないのか聞いてないな。 朝比奈さんとの時間旅行のように目が回る感覚などない。 何か違和感を通り過ぎる、という感じか。 ──キョン── 一瞬、ハルヒの声が聞こえた気がした。 いや、聞こえた気、じゃない。 はっきり聞こえる。 「もういいですよ」 古泉の言葉で目を開けたが、相変わらずハルヒの声が頭に響く。 ──バカキョン!── ──バカ! いつまで待たせんのよ! 罰金!!── えーと、ハルヒ? うるさい、お前の怒声は頭に響く。いや、文字通り響いているんだが。 俺は決死の覚悟でここに来たんだが、歓迎の言葉がこれか? 思わず溜息をついてうなだれると、古泉が心配そうに顔を覗いてきた。 「大丈夫ですか? どうかしました?」 古泉には聞こえてないのか。 「何がです?」 「ハルヒの声」 古泉は目を見張って俺を眺めた。 「俺の頭がどうにかなっちまった、って可能性もあるけどな」 そんな目で見られると自信がなくなってくる。 「そうではないでしょう。 前に言ったとおり、僕にも涼宮さんがあなたを呼んでいるのは感じられます。 ただ、感じているだけで聞こえている訳ではなかった」 そう言うと、少し考えるようなポーズを取った。わざとらしいが様になる。 「どうやら、あなたが正しかったようです。涼宮さんはあなたを閉鎖空間に呼んでいる、 それで間違っていなかったようですね」 悔しいがこいつにそう言ってもらえると安心する。 そんな会話をしながらも、俺の頭の中にはハルヒの怒声が続いている。 バカだのアホだのマヌケだの罰金だの死刑だの、ほんとに勘弁してくれ。 「呼んでいるっていうかな、さっきからずーっと怒鳴りつけられている訳だが」 俺が溜息をついて言うと、古泉は少しだけ笑顔に戻って言った。 「それはそれは。こういう状態になっても涼宮さんは涼宮さん、ということですか」 まったくだ。 「おい、ハルヒ、いい加減にしてくれ!」 俺たち以外誰もいない灰色の空間に向かって呼びかけてみる。 だが、何の返答もなかった。 俺の頭の中には、さっきからハルヒの罵声が響いてて、いい加減嫌気が差してくる。 なんつーか、今朝の俺の決意をすべて喪失させる気か、この野郎。 今朝まで深刻に悩んでいた俺がバカバカしくなってきた。 後で朝比奈さんに、今朝あたりの俺宛にでも伝言を頼むか。 『悩むだけ損だぞ、俺』なんてな。 そうは言っても、俺がそんな伝言受け取っていないことが既定事項ではあるが。 俺がそんなげんなりした気分になっていると、古泉の真剣な声が聞こえてきた。 「始まりました」 何度見ても現実感がない光景が広がった。 青い巨人──《神人》がゆらりと立ち上がった。 相当距離があるのに、その巨大さからかなりはっきり見える。 あれは新幹線の駅の辺りだ。 そして、前に見たとおり、周辺の建物を破壊し始めた。 「……………」 俺が無言なのはその光景に飲まれたからではない。 ──このバカキョン!── ズガァァァァン ──こんなにあたしを待たせるなんて許し難いわ!── ドカァァァァン やれやれ、間違いない、あの《神人》は確かにハルヒのイライラそのものだ。 《神人》の動きと俺の脳内音声が、完全に一致している。 しかも、俺に向けられているらしい。 「古泉、何でか知らんがあの《神人》は俺にむかついているらしい」 溜息とともに吐き出すと、古泉は一瞬不思議そうな顔をしたが、フッと笑って言った。 「なるほど、それがおわかりですか。ならあなたの計画も上手く行きそうですね」 しかしハルヒ、ずるいぞ。俺にだけ一方的に声を届けるなんてな。 お前に声を届けたいのは俺の方だよ。 「かなり遠いな。まさか歩いて行くのか?」 「いえ、それでは時間がかかりすぎますから。ちょっと失礼します」 そう言うと、古泉はいきなり俺を羽交い締めにするように抱えた。 「おいっ! 何しやがる!」 思わず反論した俺に、古泉は軽口で返しやがった。 「おや、正面から抱き合った方が良かったですか?」 「ふざけんな!」 アホなやりとりをしている間に、目の前が赤い光でに染まった。 古泉が例の赤い球になったらしい。内部はこうなってるのか。 なんて考えた次の瞬間、ものすごい勢いで飛び立った。 「うおぉ!?」 早い、何てもんじゃない。生身で飛行機に乗っているようなもんだ。 ただし、赤い光のおかげか、風圧は全く感じられない。 眼下に流れていく景色を見て、思わず身震いする。古泉にばれたな畜生。 しかしこれはかなり怖い。こいつはいつもこんなことをやっているのか。 《神人》の近くにたどり着くまで、1分とかかっていない。 時速何キロだったのか、誰か計算してくれ。俺は考えたくない。 《神人》は、手近な建物から破壊を始めていた。 近くで見ると大迫力だ。映画みたいだ。 そんなのんきなことを考えている場合じゃない。 あの《神人》がハルヒの精神と繋がっているなら、声が届くのはここしかない。 《神人》の少し上を飛んでもらいながら、俺は大声で叫んだ。 「ハルヒーーーーーーーーーー!!」 しかし、俺の声は全く届いていないように、《神人》は破壊活動を止めない。 俺の脳内音声もますます活発だ。 いくらハルヒの怒声に慣れていても、さすがに凹んでくる。 時折少し離れて休憩を入れながら、俺たちは何度も《神人》に近づいた。 俺は何度かハルヒを呼んだが、《神人》は変わらず、何も起こらない。 周りの建物を殴りつけ、蹴倒し、踏みつけている。 閉鎖空間も広がっている、と古泉が言った。 畜生、やっぱりダメだったのか!? だんだん焦ってくる。 ──何やってるのよキョン! このへたれ!── あーもう、ハルヒ、うるせぇ少し黙れ! お前どっかで見てるんじゃないだろうな。俺が何をしたっていうんだよ。 「すみませんがそろそろ限界です。これ以上《神人》の破壊活動を放置すると厄介です」 古泉が焦った声で言った。 ここで《神人》を倒してしまっては俺がここまで来た意味がない。 次の閉鎖空間を待つ時間もない。 もしかしたら、次の閉鎖空間は生まれないかもしれない。 どうする? 俺は悩んだ。 ハルヒは俺を呼んでいるくせに、俺がここにいることに気がついていない。 いや、識域下では気がついているのだろう。だから俺に声を届けている。 今回は表層意識に残らないと意味がないのか。 仕方がない。一か八かだ。無理矢理意識を引っ張り出すほどのことが必要だ。 俺は最後の賭けに出た。 「古泉、最後にもう一度《神人》の頭の上を飛んでくれ! これが最後でいい!」 「承知しました」 《神人》の上に来ると、俺はもう一度頼んだ。 「古泉、俺を離してくれ!」 「何を言っているんですか!?」 「いいから離せ!」 「無理です!」 「大丈夫だ、ハルヒが、俺が死ぬことを望むわけがない!」 俺だけじゃなくて、お前もな、とは言ってやらなかった。 「わかりました」 しばらく悩んだ古泉が苦しそうに言った。 「ただし、あなたを離したら僕も一緒に下ります。危険と判断したら助けますから」 「悪いな」 確かに、古泉の飛行速度を考えたら、自由落下より先に俺の下に回り込めるだろう。 「たたきつけられて潰れるのは俺もごめんだ。頼んだぜ、古泉」 古泉に助けられなくても大丈夫だと思いたい。 古泉が俺を離して──俺は落下を始めた。 ハルヒ、信じてるからな! 恐怖を感じている暇はなかった。俺は目一杯大声で叫んでやった。 「聞こえてんなら俺を助けやがれ、ハルヒーーーーーー!」 俺の体は更に落下していく。背筋がぞくりとした。 このまま落ちたら、体なんか残らないんじゃないか──? ふわり。 衝突の衝撃もなく、いきなり俺の体は止まった。 ふぅーっと溜息が出る。さすがに緊張していたらしい。汗びっしょりだった。 今どこにいるか、確認するまでもない。 足下も、俺の目の前も青く光っている。 俺は神人の手のひらの上にいるらしい。 まるでお釈迦様の手のひらにいる孫悟空だな。 差詰め古泉はキン斗雲か。 気がつくと、俺の脳内ハルヒ音声もストップしていた。 聞こえていた方が会話しやすいから好都合だったんだがな。 それとも、こいつとまともに会話ができるようにでもなったのか? 俺は目の前にいる《神人》を見上げた。結構怖いのは秘密だ。 古泉は赤い球になったまま、俺の隣に来た。 「まったく、あなたは無茶をしますね」 ああ、自分でも驚いてるぜ。 「よう、ハルヒ」 俺は目の前の《神人》に普通に話しかけてみた。……ハルヒも《神人》も無言。 「なんか、俺が遅くなって怒ってるみたいだな。わりぃ。俺も色々あるんだよ」 相変わらずの無言。 「腹が立ってるんだったら、こんなとこで暴れてないでいつも通り俺にぶつけてみろよ」 我ながら恐ろしいことを言っている。こんなことをハルヒに言ったら最後、俺はどうなるか誰にもわからん。 そして、やはり俺は言ったことを少しだけ後悔することになった。 《神人》が、さらさらと崩れ始めた。 そう、俺を襲った朝倉が長門によって情報連結を解除されたときのように。 俺は呆気にとられてそれを眺めていたが、状況を悟ってめちゃくちゃ焦った。 おい、俺の足場も崩れてるぞ!!!! 古泉があわてて俺の腕を掴んだ。 しかし、俺の足下の青い光がなくなっても、俺はその場に留まっていた。 古泉は腕を掴んでいるが、ぶら下がるわけでもなく、まるでそこに立っているように。 すげぇ、俺も宙に浮いているぞ! この空間は何でもありか?? 「《神人》と我々超能力者の存在だけ考えてみても、何でもありでしょう」 古泉が言った。 《神人》が完全に消え去ると、俺の目の前に──── やっとだな。 たった1週間とは思えないほど長かったぜ。 一気にいろんな感情が俺を襲う。 いろんな思いが混じり合った溜息をひとつついて、俺はそいつに声をかけた。 「久しぶりだな、ハルヒ」 目の前に現れたのは、間違いない。涼宮ハルヒだった。 感慨にふけってる暇もなく、俺は先ほどまであった脳内音声の続きを聞かされることになった。 「こんの……バカキョン!!!!」 やれやれ、再会の第一声がそれかよ。ま、声はさっきから聞いていたんだが。 「遅いのよ、遅い!!! あたしがどんだけ待ったと思ってるのよ!!」 「いや、だから悪かったよ。さっきも言ったけどな、俺も色々あるんだよ」 「うるさいっ! あんたは団員としての自覚が足りないのよ!!!」 だから悪かったってば。しかし何だって俺はこんなに怒られてるんだ? そもそも、ハルヒは今の状況を疑問に思っていないのか? 古泉に聞こうと思って振り返ると、そこには誰もいなかった。 ──逃げやがったなあの野郎。 「凄く怖いんだから、不安なんだから! 何でだかわかんないけどっ!」 ハルヒは言いながらぼろぼろ泣き出した。 俺は黙って聞いているしかできない。 「あ、あたしが、あたしじゃなくなるみたいで、凄く、怖いんだから……」 「……もしかして、今もか?」 ハルヒは過去形でしゃべっていない。今もその恐怖と闘っているのか。 「そうよっ! でも、あんたがそばに居れば何とかなる気がして、ずっと待ってたのに……」 いや、俺はできる限りそばにいたんだよ。それが伝わらない場所でな。 俺だけじゃない。長門は文字通り四六時中そばにいたし、朝比奈さんもできるだけ一緒にいたんだぞ。 伝えられなかったけどな。俺もどうすればいいのかわからなかったんだよ。 やっと今朝、ギリギリになって気がついたんだ。 遅くなってごめんな。 しかし、こんな素直なハルヒを見るのは初めてだ。 どんなに怖い思いをしても、それを誰かに悟られるのを何より嫌いそうな奴だ。 今回のことはよっぽど怖かったんだろう。 辛かったんだろう。 「悪かった、ハルヒ」 そう言って俺は、泣いているハルヒを抱きしめた。 誰だってそうするだろ? こいつは不安と恐怖相手に独りで闘っているとき、俺にそばにいて欲しいと望んでくれたんだぜ。 それに答えないのは男じゃない、そうだろ? いくら俺がへたれだと言われても、それくらいはできるさ。 しばらく俺はハルヒが泣くままにしていた。 今まで我慢していた分、目一杯泣けばいい。 いや、閉鎖空間でストレス解消していた訳だから我慢はしてないのか? ま、でも泣けるなら泣いた方がいいのさ。 しかし、大事なことをまだ伝えていない。 ハルヒを助けるためには伝えなければならない。 この時点で、まだ俺は悩んでいた。 ハルヒの力を自覚させる俺の切り札。『ジョン・スミス』をここで使うか? それとも、今ここで使うべきではないか? 近い将来、この切り札が必要になるかもしれない。 もし、ここで俺が『ジョン・スミス』だと言わずに話ができれば、それに越したことはない。 俺は脳の普段は使わない部分まで動員する勢いで、急いで考えをまとめた。 「ハルヒ。聞いてくれ」 ハルヒは涙目で俺を見上げた。 「これは夢だってわかってるんだろ?」 さすがにこの異様な空間で異常な状況だ。 なんせ俺たちは宙に浮いているんだからな。夢だとでも考えなきゃおかしい。 「そうね……こんな灰色の世界、前にも夢に見たこと……」 そこまで言って顔を背けた。何か思い出しやがったな。 「俺は現実のお前と会いたい。だから、願ってくれ。現実の世界で俺に会いたいってな」 「キョン……?」 不思議そうな顔をして俺を見上げるハルヒに、俺は更に続けて言った。 「俺だけじゃない。長門や古泉に朝比奈さん、SOS団のみんなに会いたいだろ?」 ハルヒの表情が少し変わった。目に輝きが戻ってきたような気がする。 「ハルヒが本気で願えばかなうさ。こんな灰色空間じゃなくてな。 ちゃんと“現実の”あの部室で、みんなで会おうぜ」 しかし、ハルヒは目を伏せると意外なことを言った。 「あんたは本当にあたしに会いたいと思ってるの?」 おい、さっきからそう言ってるだろ。だからわざわざこんな灰色世界まで会いに来たんだぜ。 「そうね、でも……わからないわ。あんたの気持ちが」 俺の気持ち? ハルヒが何が言いたいかわからなくて、俺は黙っていた。 「どうせ夢だし、この際だから言っちゃうけど、あんたあたしにあんなことしたくせに、何も言ってくれないじゃない」 あんなこと……って、あれだよな、やっぱり。 だけどな、あれはお前が先にしただろうが! 「そうだけど、そうなんだけど、あんたが何であんなことしたかハッキリさせたいのよ! ハッキリしないのは嫌いなんだから」 「………」 とっさに言葉が出なかった。 ハルヒがわがまま、とかそう言うのではなく。 いや、わがままなんだけどな。先にキスしてきたのはお前だ、と声を大にして言いたい。 だけどな。つまりだ。 ハルヒは、1週間前まで俺が暢気に味わっていた中途半端さに嫌気がさしてたってわけか。 正直、俺はハルヒが俺の言葉を信じてくれると思っていた。 だから、この閉鎖空間でハルヒと話さえできれば、何とかなると思っていた。 くそっ 俺が俺の首を絞めているわけだ。 自分の暢気さがつくづく恨めしい。 ああ、1週間前の俺を本気で殴ってやりてぇ。 「すまん、ハルヒ」 ハルヒの目を真正面から見つめた。 「俺は自分をごまかして、このままでもいいかなと思ってたんだ。時間はまだあるってな」 ハルヒは俺を睨み付けていた。 こいつは未だ不安と恐怖がある中で、こんな表情ができるんだ。 やっぱりたいした奴だよ、お前は。 「この先は、ちゃんと現実でお前に会ったときに言いたい。だから、帰ってきてくれ」 「夢の中のあんたに約束されたってしょうがないじゃない。 だいたいどうやって帰ればいいのかわかんないわよ」 「だから、夢じゃなくて現実の俺と会いたいと願ってくれればいいんだよ。 大丈夫だ、現実の俺もお前に言いたいことがあるはずだ。夢でも現実でも、俺は俺だ」 わかるだろ? 前の夢の後のこと、あの部室でキスした日のことを思い出せばな。 ハルヒは少し考えてから笑って言った。 「いいわ、信じてあげる。あたしをこれ以上待たせるんじゃないわよ!」 やっと笑顔が見れたぜ。 そのセリフを最後に、ハルヒも先ほどの《神人》と同じように消えていった。 思い立ったら即実行だ。何ともハルヒらしい。 「ああ、待ってろ!」 消えていくハルヒに、俺はそう言ってやった。 「うわああああ!?」 ハルヒが消えると、俺の体も宙に浮いてられなくなったらしい。 おい、ハルヒ、最後のつめが甘いぞ!! さっき助けてくれたのにこれじゃ意味がないだろうが!! そのとき、古泉が俺の腕を取った。 「大丈夫ですか?」 ニヤケ顔で俺に聞いてくる。なんか含んだ顔でむかつく。礼を言うのがためらわれる。 「何か言いたげな顔だな」 精一杯渋面を作って言ってやった。 「いえいえ、見せつけてくれたなと思っただけです」 どこで見てやがった、この野郎。 俺と古泉は近くのビルの屋上に下りた。 「我々が神人を倒す必要がなかったのは初めてのことですよ」 古泉が大げさな感情を込めていった。 「機関から表彰したいくらいですね。ありがとうございます」 そんなもの要らん。 「これから閉鎖空間が生まれたら、あなたに来て頂きましょうか」 ふざけんな。今回は緊急事態だ。いつもそう上手く行くもんでもないぜ。 「それもそうですね」 閉鎖空間はすでに崩壊が始まっており、前に見たとおりに空にヒビが広がっている。 「まったく、あいつは思い立ったら即実行で、後のことなんか考えちゃいねぇ」 俺が文句を言っている間にもヒビが広がり……やがて一気に現実世界に戻った。 日常の喧噪が耳に響く。 何とかなったのか? 日の高くなった空を見上げて一息つく。 しかし、古泉の真剣な声が俺の安堵感を帳消しにした。 「13時20分です──長門さんの予告を最小でも5分過ぎています」 ──遅かったか? 7.回帰へ
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どうしたんだろう。舌がなんだか縮こまっちゃって、うまく話せない。 「ね、ねえキョン。その、つまんない疑問なんだけど、さ」 「うん?」 こちらを見るキョンの様子がおかしい。明らかに心配そうだ。そんなに今のあたしはひどい表情をしているのか。 「こないだ、なんとなく深夜映画を見てたのよ。それがまた陳腐でチープなB級とC級の相の子っぽい、つまんない代物だったんだけど」 「ふむ、そりゃまた中途半端につまらなそーな映画だな。しかしハルヒ、あまり夜更かしが過ぎるとお肌に悪いぞ」 「うっさい、話を混ぜっ返すなっ! …でね、その映画ってのが、途中で主人公をかばってヒロインが死んじゃうのよ。でもって墓前に復讐を誓った主人公が敵の本陣に乗り込んで、クライマックスになるわけなんだけど」 べたりと汗のにじんだ手の平を握りこんで、あたしはキョンに訊ねかけた。 「もしも。もしもよキョン、あんたが言った通り映画の主人公がトラブルを乗り越えて行くべき存在なら…ヒロインが死んじゃったのって、それって主人公のせいなのかしら…?」 あたしがその質問をした途端、キョンは「あ」と小さく声を上げた。苦虫を噛み潰したような表情になって、それから、ゆっくり口を開いた。 「おい、ハルヒ。分かってるとは思うが、さっき俺が言ったのは『物語を客観的に見ればそういう考え方も出来る』って程度の話だぞ」 うん、そうよね。それは分かってる。 「脚本家やらプロデューサーやらの都合じゃヒロインが死ぬ必然性はあったかもしれないが、それは当然、主人公の意思とは無関係だ」 それも分かってる。けど。 「だいたい、自分が活躍するためにヒロインが死ぬ事を望むヒーローなんか居るかよ。もし居たとして、そいつはヒーローなんかじゃない。 だからその、何というか。要するに、俺はお前を責めるつもりであんな発言をしたわけじゃないってこった。単純にお前にトラブルを乗り越えてく覚悟があるかどうか確かめたかったっつーか、なんとなく意地悪な質問をしてみたかっただけというか。 大体ここまで人を巻き込んどいて、いまさら遠慮とかされても逆にだな」 「分かってるわよそんな事ッ! だけど…」 そう、分かってる。分かってるのよ。キョンの言い分は全て理にかなってる。こんなに声を荒げてるあたしの方が、きっとおかしいんだ。 でも。それでも! 「でもやっぱり、主人公が英雄的活躍を求めた結果として、ヒロインが死んじゃった事には変わりないじゃない!? あたしは、そんなのは嫌…。あたしのせいでキョンが居なくなるなんて、絶対に我慢ならない事なのよ!」 ああ、言ってしまった。直後に、あたしはそう思った。 それは言いたくなかったこと。認めたくなかったこと。でも言わずにはいられなかったこと。 「――北高に入って、あたしの日常はずいぶん変わったわ。毎日がとても楽しくなった。中学の頃なんかとは段違いに。 あたしはそれを、自分が頑張ったおかげだと思ってた。SOS団を作って、不思議を追い求めて。前に向かってひたすら走ってるから、だから毎日楽しいんだと思ってた。 昨日まで、ついさっきまで、そう思ってたのよ! でも、違った。本当はそうじゃなかった…」 「何が違うんだ? お前が日常を変えようと努力してたって事なら、俺が証人台に立ってやってもいいぞ? その努力の方向性が正しかったかどうかは別問題として」 この湿った雰囲気を変えようとでもしてるのだろうか、軽口っぽくそう言うキョンを、あたしは鋭く睨みつけた。 「だから、それよ! 気付いちゃったのよ、あたしは、その事に!」 「意味が分からん。いったい何に気付いたっていうんだ?」 「あんたが、あたしの背中を見ていてくれるから! だからあたしは走り続けていられるんだって事によ!」 気が付くと、あたしは深くうつむいていた。今の表情を、キョンの奴には見られたくなかったのかもしれない。 「中学の頃だって、あたしは走ってたのよ。日常を変え得る不思議を捜し求めてね。でもあたしはずっと一人で…息切れとか起こしたって、それに気付いてくれる奴は誰も居なかった…」 「…………」 「あの頃と今と、何が違うのか。 今のあたしが前だけ向いて、心地よく走り続けられるのは、それはあたしの後ろで、あたしの背中を見続けてくれる奴が居て…。もしもあたしが転んだとしても、すぐにそいつが駆け寄ってきてくれるっていう安心感の後ろ盾があるからだ――って…気付いちゃったのよ…」 喋っている間に、いつの間にか立ち上がったキョンが、すぐ前に立っていた。あたしはうつむいたままだからその表情は分からないけど、腕の動きから察するに多分、さっきぶつけた後頭部をさすっているんだろう。 「ありがたいお言葉なんだが、お前にそう殊勝な事を言われると、驚きを通り越して寒気がするんだよなあ。 ともかくハルヒよ、別にそれは俺だけの話じゃないだろ。朝比奈さんや長門や古泉、その他もろもろの人がお前を支えてくれてる。俺なんかパシリ役くらいしか務まってないぞ」 「そうよ! あんたはみくるちゃんみたいな萌えキャラでもないし、有希ほど頼りになんないし、古泉くんほどスマートでもないわ! せいぜい部室の隅に居ても構わないってくらいの存在よ!」 「やれやれ、俺はお部屋の消臭剤か」 なんで、あたしはこんなにイラついてるんだろう。どうしていちいちキョンの言葉に反応してしまうんだろう。 あたしの不愉快さは、それはもしかして…不安の裏返しなの? 「そう、あんたは特に取り柄があるわけでもない、ただ単に手近な所に居ただけの奴だったのに! そのはずなのに! でもあの春の日に、あたしの髪型の変化に気が付いたのはあんたで…その後もあたしの事を一番気に掛けてくれるのはあんたで…。 いつの間にかあたしは、あんたに見られる事を意識するようになってた…。あたしがこうしたらあんたはどんな反応するだろうって、それが一番の楽しみになってた。 あんたが変えちゃったのよ、あたしを! もうあの頃のあたしには戻れないのよ! それなのに、あんたがあんな事を言うから…」 ああ、失敗。失敗だ。 うつむいてしまったのは大失敗だった。確かに表情を見られはしないけど、にじみ出てくる涙をこらえられないんじゃ、意味がない。 「あんたが…人間なんて明日どうなってるか分からないとか言うから…。だからあたしは、こんなに不安になってるんじゃない!」 あんまり悔しくって、あたしは涙に濡れた顔を上げ、再びキョンの奴を睨み据えていた。 つい先程聞いた有希のセリフが、また胸の奥でこだまする。 『彼の言っていたのはある面での、真理』 『価値観は主に相対性によって生ずる。最初から何も無かった状態に比して、あるはずだったものをなくしてしまった時の喪失感は、絶大』 今なら、その意味が分かる。 あたしにとってあるはずのもの、そこに居てくれなければ困るもの。それは、キョンだったんだ――。 「もし…もしもあんたを失っちゃったら、きっとあたしは今のあたしのままじゃいられない…。何度も何度も後ろを振り返って、おちおち前にも進めなくなる…。 そんなの嫌! そんなのはあたしじゃない! だから、あたしは!」 こんな事を言ったら、キョンはきっとあたしの事を軽蔑するだろう。そう思いながらも、でも一度ほとばしった罪の告白は、途中で止められるものではなかった。 「あんたをここへ、ラブホへ誘ったのは、なんとか励まして元気付けたかったからっていうのは本当。 でもあたしにはあたしなりの思惑があって…。あんたが目の前に居て、あんたに触れる事が出来る内に、あんたとしておきたかった…。 あんたがあたしと一緒に居たって証拠を、心と身体に刻み込んでおきたかったのよ! 悪い!?」 はあ。 言っちゃったなあ…あたしのみっともない本音を。 キョンの奴も、さすがに愛想が尽きただろう。いつも偉そうぶってるあたしがこんな、ただの利己主義で動いてるような人間だと知ったら。 キョンの反応が恐くて、あたしはギュッと固く目を瞑って、肩を震わせる。そんなあたしの耳に、キョンの呆れたような声が届いた。 「やれやれ。男冥利に尽きるお言葉ではあるんだが、願わくばもう少し可愛げのある言い方をしてくれないもんかね」 「………は?」 「いや、訂正しとこう。可愛げのあるハルヒってのは、やっぱりどうも薄気味悪い。少し横暴なくらいがお似合いだな」 「な、なんですってぇ!?」 あたしの本気を茶化すような、あまりといえばあまりの雑言に、あたしは思わず目を剥いて、キョンの胸倉を掴み上げてしまう。 すると、キョンの奴は悪びれもせずにあたしの目を見つめ返し、子供をあやすようにポンポンとあたしの頭を叩きながら、こうささやいた。 「なあ、ハルヒ。ひとつ訊くぞ?」 「…何よ」 「お前は、俺に消えていなくなってほしいのか?」 「なっ、このバカ! 今までなに聞いてたのよ、その逆でしょ!? あたしは、あんたと…」 「だったら、つまんないこと心配すんな」 え、と顔を上げたあたしに、キョンは驚くほどキッパリと言い切ったの。 「お前が望んでる限り、俺は、ずっとお前の傍にいるはずだから」 ――まったく。 まったくもう、なんでこいつは。 普段は優柔不断の唐変木ののらくら野郎のくせに、こういう時だけは断言できたりするのだろうか。 不覚にも、ぐっと来てしまったじゃないか。 不覚、不覚! 涼宮ハルヒ一生の不覚! 気付けばあたしはキョンの胸にすがりついて、ボロボロに泣き崩れていた。さっき流した悔し涙や、不安と寂しさで流した涙とは全然違う、それは頬がヤケドしそうなくらい、熱い、熱い涙だった。 次のページへ
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第 三 章 太陽の光で目が覚めた。 微かににせせらぎが聞こえる。どうやら俺は眠っていたようだ。 太陽の位置からすると、昼前か昼過ぎあたりだろうか。 ちょうど木影になっていた俺の顔に日光が差してきていた。 季節はどうやら真冬のようだった。一月か二月か。空気が肌を刺すように冷たい。 ――ここはどこだ? 起き上がり、辺りを見回してみる。少し頭が痛む。 小川と遊歩道に挟まれた、並木が植えられている芝生の上に俺はいた。 公園のようだった。見慣れない風景。いや、見慣れないというのとは何か違う。 奇妙な感覚。 ――今はいつだ? 腕時計を見た。それは二月二十四日の午後二時五分を表示していた。 俺の格好は春先を思わせるような軽装だった。 真夏の格好よりは幾分マシとは思ったが、やはり少々寒さが身にしみる。 何だ、この違和感は? そうして俺は、場所や時間よりも重大な疑問に思い当たった。 ――俺は誰だ? 思い出せなかった。 冷静に考えてみたところ、どうやら俺は記憶喪失という状況におかれているようだった。 俺は目の前にあった遊歩道のベンチに腰掛け、所持品を調べてみた。 あったのは財布と手帳。 身につけているものはデジタル表示の腕時計とサングラス、それに季節外れの衣服。 財布に何か手がかりになるものが入っていないかと調べてみたが、俺の身元を確認出来るものは何ひとつない。 手帳も同様だった。 手帳のスケジュール欄の書き込みは九月十三日で始まり十月二十日で終わっていた。 それはそもそも予定ですらなく、以下のような意味不明の単なるメモ書きだった。 9月13日 29D03H48M 9月14日 29D03H57M 9月15日 29D04H08M 335×24×60÷20=24120 9月16日 29D04H18M ・ ・ 10月14日 01Y01M10D 10月15日 01Y01M12D ・ ・ 10月20日 06Y00M05D こういった書き込みが十月二十日まで一日も欠かさず毎日続いていて、十月二十一日の日付には赤い丸印が記されていた。それ以降の日付は空白だった。 一体何だこれは? アルファベットはおそらく年月日や時分を表していて、数式にも24×60という数字があ ることから、何か時間に関係することを書き留めているように思える。 これは俺が書いたものなのか? 試しに同じ字を手帳に書き込んでみた。同じ筆跡。俺の字に間違いないようだった。 せめて、日記のようなものでも書いておいてくれればありがたいのだが、どうも俺にはそう いう習慣はないらしい。 手帳のページを繰ると、後半のメモ欄に携帯電話の番号と住所が書かれてあった。 その番号も住所も、俺には全く心当たりはなかった。 俺は今まで何をやっていたんだ? 何となくだが、俺には何かしなくてはいけない重要なことがあったように思える。 だが、それは何だ? 足元を眺めながら俺はしばらく考えてみた。三十分ほどそうしていたが、思い出せることは何もなかった。 とにかく今の俺にとって必要なのは、何でもいいから情報を仕入れることだ。 公園を出てしばらく歩いた俺はコンビニエンスストアを見つけ、新聞を買ってみた。 日付はやはり二月二十四日。 手帳のスケジュールの日から、およそ四ヶ月が経過している。 手帳を四ヶ月間全く記入しなかったということだろうか。 それまでの日付は一日の抜けもなく毎日埋っているにもかかわらず。 だが、俺が四ヶ月以上記憶とともに意識を失っていたという推測はさらにありえないことだった。 一体どうなってんだ? 新聞の記事を読んでも特に手がかりになるようなものは見出せなかった。記事のほとんどはあまり理解出来なかったしな。俺の頭はどうもあまり出来がよくないらしい。 そしてまた途方に暮れた。 公衆電話を見つけ、手帳に記されていた番号に架けてみたが、現在その番号は使われていないというメッセージが返ってくるだけだった。 寒さに耐えかねた俺は、商店街の洋服店で適当な上着を買い、見覚えのある風景でもないかと、周辺を歩き回った。 商店街を出て二時間ほど歩いただろうか。辺りが暗くなり始めている。 腕時計の数字は夕方の五時過ぎを表していた。 行くべきところも解らず、ただ呆然と歩いていた俺は、いつしか人気のないところに迷い込んでいた。 いや、迷い込むという表現は適切じゃないな。 今の俺には知っている場所がどこにもなく、つまり俺は常に迷っているのだ。 不意に、右奥の路地の方から、口論をしているような声が聞こえた。 路地を覗いてみる。数人の男と、中学生と思われる長髪の少女がそこにいた。 少女の進路前方を塞ぐ男たち。三人だ。しばらく何かを言い合った後、男の一人が少女の肩を強引に掴み、少女を拘束しようとする。 少女は素早い動作でその男の手首を取ると、脚の付け根まで届こうかという長髪がふわりと揺れた次の瞬間には、男が少女の後方に吹っ飛んでいた。合気術かあるいは柔術か、どちらにせよ凄まじい身のこなしだ。 だが、投げられた男も他の二人も、それでひるむような気配はなかった。 じりじりと少女との間合いを詰める。 俺は急いで元の道に戻り、置かれてあったゴミバケツを見つけるとそれを左脇に抱えた。 路地まで助走をつけ、角を曲がる遠心力も使って、それを男たちに思いっきり投げつけた。 空中で蓋が取れ、逆さになったゴミバケツは内容物を散乱させながら放物線を描く。 蓋が手前の一人に、本体が奥にいた一人に命中。ゴミは三人に――厳密に言えば少女を含む四人に――漏れなく降り注いだ。我ながら見事なスローイングだ。 動きの止まった男三人がこちらを睨んだ。俺はなんとなくだがリーダー格と思しき男に見当をつけ、そいつを睨みかえした。どうやら俺は案外胆の据わったやつらしい。 男たちが襲い掛かってくることを予想して身構えた俺だったが、男たちは顔を見合わせると、俺とは逆方向に走り去っていった。 「助かったよ、ほんとありがとっ! あははっ、臭うなこのゴミっ!」 少女はゴミを払い落としながら笑っていた。今さっきあんなことがあったというのに、全く 動じていないようだ。俺以上に胆が据わっている。 「今のは知り合いか何かか?」 「いやっ、全然っ」 「じゃあ、なんだってあんな目に遭ってたんだ?」 「実はねっ、前にもあったんだよこういうこと。でもさすがに今のは危なかったよ。男三人がかりはあたしもツラいからさっ」 襲われやすい体質か何かなのか? などと思っている俺に少女が言った。 「ほんと助かったよっ! お礼がしたいんだけど、時間はあるっ?」 時間があるのかどうかは実際のところ俺自身にも解らなかったが、俺には他に行くべき場所も思い当たらず、少し迷ったがそれに応えることにした。 少女の家に案内された俺は、ただただ驚いた。門から家が見えない。左右を見回すと塀が遠近法に従って延々と続いていた。ここはどこかの武家屋敷か何かなのか? 一体どんな悪いことをすればこんな家に住めるんだろう、などと考えていた俺に既視感のような不思議な感覚が襲ってきた。そしてそれは一瞬で過ぎ去っていった。 残念なことに、やはり思い出せることは何もなかった。 家屋の玄関前で、当主と名乗る初老の男性が向かえてくれた。 「娘から事情は聞きました。危ないところを助けていただいたそうで、私からも礼を言います。本当にありがとうございました。こんなところでは何ですから、とにかく中へ」 この屋敷から察するに、さっきのはおそらく誘拐未遂事件か何かだったのだろう。 俺は身代金の額を想像しようとしたが、途方もない数字になりそうですぐさまあきらめた。 屋敷の応接に通された。家屋は日本風だがこの部屋は洋風の造りだった。 当然ながら、一般家庭のリビングを三つか四つばかり足したくらいに広い。 ゴテゴテとした飾りや置物などは一切なく、一枚の絵が掛けられているだけのシンプルな部屋。そうしたものがなくともこの部屋が充分に手のかかったものであることは一目で解る。なんと言うか、滲み出る品格のようなものがこの部屋からは感じ取れた。 純和風の衣服に着替えた少女は腕や髪を鼻に当て、匂いを調べていた。あれだけ髪が長いとさぞかし洗うのも大変だったろうな。ゴミバケツを投げつけたのはさすがにやりすぎだったか。 「失礼ですが、この近くにお住まいの方ですか?」 当主からの質問だった。俺の服装からそう思ったのだろうか。上着を買ったとはいえいささか季節外れの感は否めない。家の周りの散歩か、あるいは近所に買い物にでも行くような格好に違いなかった。 だが、俺は少し考えて旅行者ということにしておいた。 記憶を失っているという説明をすんなりと信じてもらえるようには思えなかったし、近所の話題を振られても困る。 今思えば俺は記憶を失ったことについてかなり楽観的に考えていたのだろう。すぐにでも記憶は戻るだろうと。 少女はニコニコしながら俺の返答を聞いていた。 「でしたら、もしご都合がよろしければしばらく当家に滞在されてはいかがですか。海側や少し西側の方に行けば、見るものもたくさんありますよ」 これは願ってもないことだった。 俺には行くべきところも解らなければ、帰るべきところも解らないのだ。 「そうしなよっ、お兄ちゃん!」 少女の言葉が、なぜか心地よく響いた。 不思議な懐かさとでも言おうか、そんな暖みがあった。 俺はありがたくその提案に甘えることにした。 そうして俺は、詳しくは書かないが今までに食べたこともないであろう豪華な夕食をご馳走になり、詳しくは書かないが小振りの銭湯としてすぐにでも営業出来そうな客用の浴室で疲れを取り、詳しくは書かないが老舗の高級旅館に泊まるときっとこんな部屋なんだろうという客間に案内された。 しばらく今日一日のことを振り返っていると、少女がやってきた。 「お茶持ってきたよっ!」 この娘は、一日中こんなにテンションが高いのか? 「いやー、おやっさんにこってり絞られちゃったさっ。いつもはあんな時間にあんな道通らないんだけどねっ。今日は学校でやることがあって特別なのだっ!」 「やっぱりあれは誘拐とかそういう類のものだったのか?」 少女は俺の持っていたサングラスに興味を示し、手渡したそれを眺めながら話しを続けた。 「多分ねっ。ここいらも物騒になったもんだよ。前にもあったってのは三ヶ月くらい前。ほんと危なっかしくておちおち学校にも行けやしないよっ」 会話の内容とはうらはらに、少女が楽しそうにしているのは気のせいか? 「まあそんなこと気にしすぎてもしょうがないっさ!」 当主も少女も、本当に気持ちのいい人たちだった。 俺は自分が嘘をついていることに関して、申し訳ない気分になっていた。 少女はしばらく話したあと、また明日と言って席を立った。 去り際に、 「お兄ちゃんって何だかちょっと変わった人だねっ」 と言い残して。 彼女は俺にも解らない何かを見抜いたのだろうか? それについてしばらく考えてみたが、早々にあきらめて俺は床についた。さすがに今日は色々と疲れた。 雪が舞っている。俺はベンチに座っている。見覚えのない風景。 辺りを見回す。遊歩道。ベンチ。外灯。柵に囲まれた茂み。 どこからか少女の泣き声を耳にした。 声を頼りに歩く。少し開けた場所に出た。ブランコや滑り台がある。 物憂げにうつむいた少女が一人、ブランコに腰掛けている。 少女は泣いてはいない。にもかかわらず泣き声はまだ聞こえている。 わずかにブランコを揺らしながら、足元を見つめる少女。 何かをじっと考えているようだ。 やがて静止するブランコ。 少女は静かに立ち上がると、うつむいたまま立ち去っていく。 目が覚めた。奇妙な夢だった。見覚えのない風景。公園だろうか。 あれはこの家の少女ではなかった。俺の失われた記憶に関係しているのだろうか。 朝食の後、俺は初老の当主に、少し時間をいただけないかと願い出た。 話したいことがあると。 あまり長くは時間を取れませんが、という前提で当主の書斎に通された俺は、これから少し奇異な話をしますが驚かないで聞いて欲しい、と前置きをしたうえで自分の身の上を正直に話した。 昨日の昼過ぎに、川沿いの公園で目を覚ましたこと。 そこがどこなのか、今がいつなのか、自分が誰なのかすら解らなかったこと。 自分の所持品から、自分の身元を調べようとしたが、全く手がかりがなかったこと。 手帳に電話番号と住所が書いてあったが、電話は繋がらず、その住所にも全く心当たりがなかったこと。 しばらく当てもなく歩いていると、偶然少女と男たちが争っている場面に出くわしたこと。 昨日はなんとなく記憶喪失であることを言わないほうがいいように思え、嘘をついたこと。 そして、自分には何かやらなくてはならないことがあったと思えること。 「それが事実だとしたら興味深い話ですな」 当主はにこやかに話した。 「こうして今話しているのも何かの縁。もしよろしければあなたの身元調査に協力させていただきますが。私もそれなりの情報網を持っておりますので、きっとお役に立てると思います」 「今の私には頼るものが何もありません。恐縮ですが、お言葉に甘えさせてください」 「ええ、ええ。どうかお気になさらずに」 当主は一呼吸おいて、 「では、まず私にも所持品を確認させていただきたいのですが。包み隠さずに申し上げますと、身元の解らない人物を当家に滞在させるとなると、こちらとしてもそれなりに調べさせていただくことがあります。ですがあくまで形式的なものだと思ってください。私もこういう立場の人間ですのでそれなりに人を見抜く目を持っています。私にはあなたが何かを企むような人間には思えませんので」 当主の要求は当然のことだ。早速俺は、財布、手帳、それに腕時計を差し出した。 しばらくの間、それらを検分した当主の見立てによれば、財布、手帳に関してはありふれた市販品で、特に手がかりになるようなものは見当たらない。 手帳に書かれていることも、電話番号と住所を除けば特に身元の解るようなことは書かれてはいない。 腕時計は一般的なクォーツ時計ではなく電波時計であるが、数万円あれば買える市販品とのことだった。製造番号の刻印などはなく、やはり手がかりにはなりそうにない。 そして当主は、疑問を正直に語った。 「あなたの所持品には不自然さが残ります。あなたは何らかの理由で敢えて自らの身元が所持品から判断されないようにしていると見受けられます」 それに関しては俺も同じ意見だった。大抵の場合、財布の中には身元が判断出来るようなものが必ず入っているはずだ。でないと、ビデオテープ一本借りれやしない。 「もしかしたら、あなたは諜報活動のようなことを生業とする方なのかもしれませんね」 当主は冗談っぽく言った。 仮にそうだとしても悪いようにはしませんので、記憶が戻られたら必ずお知らせください、とも。 「ひとまず電話番号と住所の線で調査してみます。あなたは調査が終わるまでは遠慮なく当家にご滞在ください」 「重ね重ねお礼申し上げます」 俺は深々と頭を下げた。 「いえいえ、もとはと言えば、娘を救っていただいた恩がありますし。それとあなたが記憶喪失であることを家人には話しておきたいのですが、よろしいですかな?」 「ええ、構いません」 ひとまず、俺は当面の宿を確保することが出来て、胸をなでおろした。 その日は当主の了解を得てまた周辺を歩き回った。 だが今日も手がかりは何も得られなかった。見知らぬ街並み、見知らぬ人々。 屋敷に戻った俺は、これからお世話になる身で客間を使わせていただくのは恐縮なので、出来れば別の部屋に移してもらえないかと当主に頼んだ。 広すぎる部屋は今の俺の身分ではなんとも落ち着かなかった。 「そうおっしゃるのであれば、こちらは全く構いませんよ」 当主は快諾し、俺に離れの部屋を用意してくれた。 「この部屋は先代が時々使っていた部屋でして」 俺がいかにも恐縮しきりなのを気の毒に思ったのか、当主は、 「もしよろしければ、ご滞在のあいだ娘の学校への送り迎えをしていただけると誠にありがたいのですが。いかがでしょうか?」 と提案してくれた。 俺は、是非そうさせてくださいと即答した。断る理由など欠片もない。 「やっほーっ! お兄ちゃん記憶喪失なんだってねっ。どおりでおかしいと思ったさっ!」 当主が去ってしばらく後、今度は少女がやってきた。 「俺におかしなところなんてあったか?」 「だってお兄ちゃんの言葉って、アクセントとかがうちらと一緒じゃない。明らかにこの地方の言葉だよ。それで旅行者ってのは不自然さっ!」 なるほど、そう言われてみれば確かにその通りだった。実に頭のいい少女だ。 だとすれば、やはり俺はこの近辺に住んでいたのだろうか。 ところで、君の言葉は周りの人とはかなり違うと思うぞ。 「あははっ、そうかいっ?」 あいかわらず、屈託のない笑顔。 「でも、おかしなのはそれだけじゃないんだけどねっ。それは記憶が戻ったらまた聞かせてもらうよっ」 少女にはまだ何か含むところがあるらしい。 「じゃあ、明日からよろしくねっ!」 次の日から、俺は少女とともに登校し、記憶を取り戻すために街中を散策し、少女とともに下校するという日々を過ごした。 「あー、お兄ちゃん、読みたい本があるから、悪いけどお迎えのときまでに買っておいてくれないっかな?」 「今日は、ちょっと別の道で帰りたいんだけど、大丈夫っかな?」 「スモークチーズ買っておいてくれないっかな? あたしの大好物なんだっ!」 「昨日のスモークチーズより別の店の方が美味しいから、今日はちょっと遠出してもらっていいかなっ?」 と、俺に色々と注文をつけてくれた。 おそらく彼女なりに俺を色々なところに出向かせて、少しでも記憶を思い出せるきっかけになるようにと考えてくれているのだろう。 単なるお使い要員なのか、スモークチーズにうるさいだけかもしれないが。 そして、結局のところ俺は記憶を取り戻す糸口すら全くつかめなかった。 また夢を見た。数日前と同じ、雪の舞う公園。 どこからか聞こえてくる少女の泣き声。ブランコに佇む少女。 ある日の朝食後、当主に呼ばれた。調査の結果が出たということだった。 「結論から申し上げますと、芳しくありませんでした。まず電話番号ですが、どうも今までに一度も使われていない番号のようです。あれは電話番号ではなくて何か別の意味を持つものかもしれませんね」 電話番号に似せた暗号か何かということだろうか。 俺はやはりスパイとかそういった職業の人間なんだろうか。 「住所は実在しましたが、あなたとの関連性は全く見出せませんでした。住人の家族、親戚だけでなく、友人や知り合い関係なども洗ってみましたが、行方不明者や旅行者あるいはこの近辺に住んでいる者、つまりあなたに該当しそうな人ですな、そういった方は見つけられませんでした」 当主は残念そうに首を振り、 「これであなたの所持品からの調査の線は断たれたということになります」 俺は率直な疑問を率直に訊いた。 「俺はいつまでここにいてよいのでしょうか?」 「実は、娘を誘拐しようとした連中がほぼ特定出来まして。ですがまだ確証は得られていない状態で、それが解るまでは娘も狙われ続けるということになります。よろしければ、しばらくの間は娘のボディーガードを続けていただけるとありがたいのですが。その後のことはまたそのときに考えましょう」 「申し訳ありません。記憶が戻りましたらいつか必ずお礼をさせていただきます」 「いえいえ、こちらとしても大変助かっておりますので。娘もあなたにはよくなついているようですし。実を言うとこれまでも何度かボディーガードを雇おうとしたことはあったのですが、いつも娘に断られて困っていたものですから」 お気遣い痛み入ります。俺は頭を深々と下げて、書斎を後にした。 もしこのまま記憶が戻らなければ、いずれこの家を出なければならないだろう。 いつまでも当主の好意に甘えるわけにもいかない。そうなれば俺は自力で生活の手段を考えながら記憶を取り戻す努力をしなければならない。 俺が自由に使える時間はあまり残されていないだろう。 俺は、あの奇妙な夢にかけてみることにした。 書店で近辺の地図を買い、公園を調べ、印を書きみ、しばらくの間それらを重点的に廻ってみることにした。 遊歩道。ベンチ。外灯。柵に囲まれた茂み。そしてブランコ。 どこの公園にもあるようで、しかし夢の情景を満たしているものはなかなか見つからない。 何よりも、夢で見た風景である。それを鮮明に思い出せるはずもない。 この近辺の公園だという保障はどこにもなかった。だが、俺にはこれ以外に記憶を取り戻すための手がかりは何一つないのだ。 三日間かけて、俺は地図上の公園全てに足を運び、さらに元の地図を中心として周囲八箇所の地図をあらたに買い求め、二週間かけてそれらを踏破した。 だが、結局俺の夢に該当する公園は一つも見つからなかった。 もしかしたら見落としがあったのかもしれない。 あるいは、ここよりもっと離れた場所にある公園なのかもしれない。 俺は途方に暮れていた。何しろ公園が本当に俺の記憶を呼び覚ますためのきっかけになるのかどうかすら解らないのだ。 俺がほとんど諦めかけていた頃、それは起こった。 ある日の昼過ぎ。俺は私鉄の駅前にいた。既にこの周辺には一度足を運んでいる。 駅前の道沿いには商店が立ち並び、北側には豪華そうなマンションが見て取れる。 俺はここ数日の間、念のためにと幼稚園や小学校に付随しているような公園を探し歩き、この日の午前中にそれら全てを調べ終わったところだった。 もはや打つべき手は何も思いつかなかった。 何の意図もなく予感もないまま、線路沿いの通りから人気のない路地に入った。 そして角を曲がってすぐのところにそれはあった。 「あれ……、こんなとこに公園なんてあったっけか?」 疲れのあまり思わず独り言が出る。 既に肉体的にも精神的にも疲労はピークに達していた。 地図と照合する。載っていない。公園の造りから、比較的新しく出来た公園のように思えた。 やれやれ、新しい地図を買ってもう一度洗いなおす必要があるかもな。 俺は大した期待もなくその公園に入った。 遊歩道、ベンチ、街灯の雰囲気などが夢の場所に似ているように思えた。 だがなにしろ狭い公園だった。ブランコや滑り台がないのは一目で解る。 俺はベンチに腰掛け、頭を抱えながらこれからのことを考えていた。 何も思い浮かばなかった。そして俺はいつの間にか眠っていた。 夢を見た。いつもの公園。雪が舞っている。 少女の泣き声とともに、ブランコの音がどこからか聞こえてくる…… 目を覚ました。薄暗がりの公園には外灯の明かりが点っている。 寒い。雪が降り始めていた。 山側から吹き降ろす風が頬を冷やす。 どこからか少女の泣き声が聞こえる。 ブランコの音が鳴り続けている。 待て? なんだって? 泣き声? ブランコ? あらためて耳を澄ませる。夢の続きでも幻聴でもない。 それは微かではあるが、確かに聞こえる。 俺はブランコの音を頼りに走った。 その公園は、樹木が植えられている茂みを挟んで、二箇所にエリアが分かれていたのだ。俺が寝ていたベンチがある一画とは反対側に、確かにブランコと滑り台が置かれていた。 そして、ついに俺はブランコに座る憂鬱げな少女を発見した。 夢のとおり、彼女は泣いていない。だが泣き声は依然として聞こえてくる。 俺の姿に気づいたのか、少女は、 「あんた、さっきベンチで寝てた人でしょ。こんなとこで昼間から居眠りなんて、大人ってのも随分暇なものなのね」 随分と口の悪いガキだな、そう思いながらも俺は話しかけた。 「お前こそ、こんなとこで一人で何やってんだ?」 しかし、そいつは俺の問いを無視して言った。 「あんたどう思う? 世界ってつまらないものだと思わない? あたしはもうこんな世界うんざりよ。誰も私の話なんか聞いちゃいないわ」 お前こそ俺の話を聞いちゃいないだろうが。 「どうしたんだ? 家か学校で何かあったのか?」 「あんたは……自分がこの地球でどれだけちっぽけな存在なのか自覚したことある?」 何を言い出すんだ、こいつは? 「あたしね、この前野球場に行ったの。家族に連れられて……。あたしは野球なんかには興味ないんだけど。でも着いてみて驚いた……」 突然俺は、頭の中を揺さぶられるような違和感を覚えた。 「……日本の人間が残らずこの空間に集まってるんじゃないかと思った……」 誰かが俺の頭の中で、何かを叫んでいる。 「……実はこんなの、日本全体で言えばほんの一部に過ぎないんだって……」 少女は話を続ける。頭の中の叫びは次第に大きくなり、はっきり感じ取れるようになっていた。 言葉の主は繰り返していた。『思い出せ』と。 「……世の中にこれだけ人がいたら、その中にはちっとも普通じゃなく面白い人生を送ってる人だってきっといるわ。でもそれがあたしじゃないのはなぜ?」 少女は一呼吸置いて、俺に質問を投げかけた。 「あんた、宇宙人っていると思う?」 唐突に頭の中に一人の少女の顔が浮かんだ。短髪の、無表情で儚げな印象を与える少女。 「未来人は? 超能力者は?」 短髪の少女の隣に、無邪気に微笑む栗色の髪の美少女と、爽やかに如才なく微笑む美少年の二人が加わった。 思い出せ、思い出せ。 あらためて俺は目の前の少女に目をやった。 腰まで届く、長くて真っ直ぐな黒髪、それにカチューシャ。 意思の強そうな、大きくて黒い瞳。 俺は何かを思い出そうとしている。 「お前の……、名前を教えてもらっていいか?」 「そんなこと聞いてどうすんのよ」 俺の真剣な表情を見てあきらめたのか、少女は言った。 「まあいいけど。あたしの名前は、涼宮……」 俺は無意識に立ち上がって、叫んでいた。 「ハルヒ!」 ハルヒはブランコから立ち上がり、鋭い眼光でもって俺を睨みつけた。 「ちょっと……なんであんたがあたしの名前知ってるのよ?」 俺はその問いには答えず、興奮しながら続けた。 「宇宙人? そんなのは山ほど知ってるぞ。幽霊みたいにネットワークやらシリコンやらそういうのにとり憑く奴だっている」 いきなり何を言い出すのか、という表情で俺を見つめるハルヒ。 おそらくさっきの俺の表情がこんなだったに違いない。 「未来人? ありふれてる。現代人よりはるかに多いぞ。今より未来に生きてる奴らはみんな未来人だ」 ハルヒは呆気に取られていたが、そんなことはお構いなしに俺は続けた。 「超能力者? いくらでもいるぞ。奇妙な集団を作って奇妙な空間で奇妙な玉になってるような奴らがな」 ハルヒは呆れを通り越して訝しげな表情でこちらを見ていた。 俺は言った。ハルヒの目をじっと見据えて。 「いいか、よく聞けハルヒ。いずれお前はそういった連中の中心になって、好き放題、勝手気ままな人生を送るんだ。この地球、いや全宇宙の中でもそんなことが出来るのはお前だけだ」 ハルヒは目を見開らき、あらためて俺の表情をうかがっていた。 いつの間にか泣き声は聞こえなくなっている。 「だから周りのことなんか気にすんな。お前はお前が信じる道をただひたすら突き進めばいい。しばらく辛い時期があるかもしれんが、俺が保障する。お前は絶対に幸せになる。だから頑張って生きてくれ」 ハルヒは再び顔をうつむかせ、何かを考え始めた。 しばらくそうした後ハルヒは勢いよく俺を仰ぎ見た。 「よくわかんないけど覚えとくわ!」 そこには、俺が英語の授業中に初めて見たときと同じ、ハルヒの灼熱の笑顔があった。やっぱりお前にはその表情が一番よく似合う。 「話聞いてくれてありがと!」 そう言い残すと、ハルヒは俺がよく知る短距離走スタートダッシュの勢いで走り去った。 俺はハルヒの後姿が見えなくなるまで立ちつくしていた。 ハルヒよ、頑張って生きてくれ。 俺のためにも。 こうして、俺は全てを思い出した。 光陽園駅前公園から鶴屋家に戻った俺は、重要な話があると言って当主に時間を取ってもらった。 これからかなり奇異な話をしますが驚かないで聞いて欲しい、と前置きをしたうえで、俺は 話し始めた。 記憶が戻ったこと。 自分は十年先からやってきた未来人であり、詳細は明かせないがこの時空にいる俺はまだ小学生であること。 涼宮ハルヒという存在とその能力のこと。 宇宙規模的存在とそのインタフェース端末のこと。 俺よりはるか未来にいる未来人たちのこと。 ハルヒにより生み出される閉鎖空間、超能力者とその役割についてのこと。 そしてこれから自分はそれら超能力者を集めた機関を作らなければならないこと。 話し終えるのにざっと二時間はかかった。 俺はハルヒを救うために行動していることについては話さなかった。 それを説明するためには、情報統合思念体の企みについて話さなければならず、そうすると、俺がやつらと敵対する立場であることも明らかにしなくてはならない。 その事実を語ることについて俺は、慎重にならざるをえなかった。 結局のところ俺が当主に話したのは、俺が未来人であることに加え、俺が高校一年の時点で既に知っていた知識と、機関を作る必要があるということである。 当主は怒り出すこともなく、我慢強く話を聞いてくれていたが、その表情には当然の反応として明らかな困惑の色が見えていた。 「あなたの目に嘘は感じられません。それならば、あの電話番号についても納得がいきますからな。ですが、何か確証になるものがあるとよいのですが」 今の俺にとって、この電波話を信じてもらうのにさしたる苦労は必要なかった。 俺は当主の目の前で時間移動をおこない、三日後の新聞を入手して、それを当主に手渡した。当主は三日後を待つまでもなく、その場で新聞の内容にざっと目を通しただけで、俺が未来人であること、そして俺の話が全て真実であることを確信したようだった。 当主とは今の話を機密事項としてお互い他人に一切口外しない約束を取り交わた。 そして、当主は俺の機関立ち上げに全面的に協力する意向であること、詳細な計画を立てるためになるべく明日以降時間を取れるように努力することを表明してくれた。 結局俺は引き続き鶴屋家にお世話になることとなってしまった。 もはや俺には下げる頭も残っていない。 「いえいえ、私どもとしても地球滅亡の危機は避けたいですからな」 当主はどこまでも気立てのいい人物だった。そういうところは確実に鶴屋さんに受け継がれている。 「お兄ちゃん、記憶が戻ったんだってねっ。おめでとっ!」 離れに戻った俺に、将来の鶴屋さん――まあ今も鶴屋さんなのだが――がいつものテンションでお茶を持ってきてくれた。 妹からお兄ちゃんと呼ばれることは長きにわたる俺の念願だったのだが、それがまさか鶴屋さんによって実現されるとは。 「ありがとよ」 俺は笑顔で応えた。 「お兄ちゃん、名前なんていうのっ?」 俺は既定事項に則るならばこの名前を告げるしかないと思い、素直にそれに従った。 「ジョン・スミスだ」 「あははっ! それってどういう冗談っ?」 実に愉快そうに鶴屋さんは笑った。 「そういうことにしておいてくれ」 「まあいいさっ! でさっ、前に言ってたおかしなことだけど、聞いていいっかな?」 「ああ、なんでも聞いてくれ」 俺はお兄ちゃんと呼ばれたこともあって、とても気を良くしていて、かつ気を大きくしてい た。そして、俺は明らかに油断していた。 「ジョン兄ちゃんって、もしかして未来の人っ?」 お茶を含んでいたら、それは間違いなく俺の口から霧散していたはずだ。またしても、そして前回以上に俺は腰を抜かした。動揺が隠せない。 「ま、待て、なんだってそういう風に思うんだ」 満面の笑みを浮かべながら鶴屋さんは言った。 「だってお兄ちゃんのサングラス、割と有名なブランドだけど、それって今年の夏に初めて出る予定のモデルだよっ?」 参った。俺が数週間かけて、まさしく偶然とも僥倖とも言える奇跡で得た真実を、鶴屋さんは俺と初めて会った日からお見通しだったとは……。 「あー、ええとだな……」 考えながら話すのは未だに得意ではない。 「俺にはその、サングラスのメーカーに知り合いがいて、」 鶴屋さんが興味深かそうに俺を眺めている。 「……それでだな、そう、たまたま運良く発売前の試作品を譲ってもらったんだよ、これが」 「へぇーっ」 鶴屋さんの表情はとても楽しげだった。 「でもあのサングラス、随分とくたびれてたように見えたけど」 確かに……ハルヒにプレゼントされて以来、ロクに手入れもしてなかったからな。 そして、俺はやはりこの方を騙し通せるほどの才覚が自分にはないであろうという事実を受け入れ、うなだれながら白状した。 「これは君のお父さんにしか話してないことだ。君のお父さんも含めて絶対に誰にも内緒にしておいてほしい」 「わかってるよっ! 今までもこれからも誰にも言わないさっ。こんなこと他の誰も信じちゃ くれないしねっ!」 こうして俺と当主との約束は、この俺によって一時間を待たずして反故にされたのだった。 俺は情報統合思念体の統括者である老人から逃れるために時間移動し、その直前に老人によって記憶を奪われたのだろう。 ここはあのときから六年、つまり元の時代から十年半ほど遡った過去だ。 俺は最大でも六年間の時間遡行しか出来なかった。つまり少年が言っていた飛び石的時間移動がいつの間にか可能になっていたのだ。 これからのことは当主が言ってくれたとおり、明日からじっくり考えよう。 俺は床につき、すぐに眠りに落ちた。 それも束の間、俺は体全体が大きく揺さぶられる感覚に飛び起きた。 俺が幼い頃に経験した大地震、それを思い出させる強烈な衝撃だった。 だが冷静に辺りを見回してみると、おかしなことに何一つ揺れているものはない。 そして見たところ俺の体にも揺れは生じていない。 しかし俺は確かに激しい揺れを感じている。 何が起こっているのか、ようやく俺は理解した。時空振動だ。それもかなり特大の。 そして理由はすぐに思い当たった。 ハルヒによる最初の情報爆発が今まさにおこなわれている。 未来からでも観測出来た、という朝比奈さんの言葉を思い出す。 今まさに時空振の強大さを俺自身が感じていた。 おそらく今日の俺とハルヒとの会話が、この情報爆発を引き起こしたのだ。 そして驚くべきことに、つまり俺は、六年間の時間移動によりハルヒが作り出したという時 間断層を突破していたのだ。 あの老人ですらそれは不可能なことだと言っていた。 ハルヒは俺のために特別な抜け道を作ってくれていたのだろうか? 老人はあのとき、二度と情報爆発は起こらないだろうと言った。 超自然的かつ奇跡的な確率でおこなわれたことだと。 そしてそれは俺とハルヒの出会いにより再び引き起こされた。 もし運命というものが存在するのなら、俺はそれを信じてみてもいいと思った。 いや、今の俺にはそれを信じる以外に道はない。 第四章
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新学期が始まり、一ヶ月程過ぎた5月のある日。 SOS団の私室と化した元文芸部室で、 いつものように、朝比奈さんの淹れてくれた美味いお茶を飲みながら、古泉相手に将棋をしていた。 古泉が次の手を考えてる間、ふと顔を上げてSOS団メンツを眺めた。 長門はいつもの場所で本を読んでいる。 朝比奈さんはハンガーの前に立ち、コスプレ服を整頓したり掃除している様だ。 平和な部室。それというのも、いつも何かをしでかすハルヒが居ないからだ。 どこにいったのやら。どうせまたろくでもないことを考えなら校内を徘徊しているのだろう。 視線を元に戻す。古泉が駒を握り、手を進めたと同時に扉が勢いよく開かれた。 我らが団長様の登場である。ハルヒはニコニコとご機嫌な顔つきをしている。今度は何を思いついたんだ? そして俺は久しぶりに驚かさせられる事になる。 一応言っておくが、俺は今までに散々色々な事に巻き込まれ、ちょっとやそっとのことでは驚かない自信がある。 だが、今回のハルヒには意表を突かれた。ハルヒの横には小柄な少女が立っていた。 そんなに校内をうろついた事はないが、その少女を今まで見た記憶がない。 推測から言うと、新入生って所だろうか。俺が驚いたのはハルヒの次の言葉だ。 ハルヒは少女の手を引いて中に入ると、立ち止まりこう言った。 「皆、注~目!紹介するわ。新しい団員よ!」 今、なんて言った?WHAT?新しい・・団員!? 続いて横の少女が自己紹介を始める。 「新しくSOS団に入る事になった伊勢 海奈でーす。よろしくお願いしまーす」 伊勢と名乗った少女をよく観察する。見た目は本当に高校生か?というような童顔である。 さらに胸はぺったんで、長門といい勝負かもしれない。 総合的に考えて、妹と同じ年齢だと言われても驚かない様な容姿である。 ハルヒの指示で現SOS団の自己紹介が始まる。俺の番はハルヒによって遮られ、案の定キョンと紹介された。 しかし、そんな事はどうでもいい。普通の部活動ならロリ属性の一年生が入団しましたー。ですむだろう。 だが、ここはSOS団は普通の部ではない。未来人、宇宙人、超能力者が一同に集まるというおかしな集団なのだ。 という訳で、ここには俺を除いて普通の一般人はいないし、入団することもないだろう。 ということは、目の前のロリ少女も普通ではないはずなのだ。 ふと周りのSOS団メンバーの顔を見る。 長門は無表情の中にどこか怪訝な顔付きをしている。 古泉はぱっとみれば、いつものニコニコハンサムスマイルだが、どこか影りがある気がする。 朝比奈さんは慌てた様な、どうしたら良いのか分からない様な困った顔をしている。 ハルヒだけが能天気にニコニコ笑っている。お前はいいよな、悩みが無さそうで・・。 思い返すのは2ヶ月程前の朝比奈(みちる)さん拉致事件である。(参考原作小説陰謀) 古泉の機関に敵対する組織。その尖兵である可能性もあるのである。 メンバーの紹介後、ハルヒは伊勢にある程度のSOS団活動の簡単な説明をし、 既に時刻が日暮れ時な事もあり、その日の活動は解散となった。 ハルヒ達が帰った後、ハルヒを除いたSOS団メンツの集会が行われた。 内容は言うまではないとは思うが、伊勢についてである。 集まっているのは俺、古泉、長門の3人だ。 朝比奈さんの伊勢の見張りという事でハルヒと一緒に帰っている。内容は後で連絡するつもりだ。 「で、伊勢の正体についてだが・・何か心あたりはあるか?」と俺が2人に聞く。 「こちらにはなんとも言えない、といった感じですね。敵対組織の情報はある程度聞いていますが、 その数も少なくも無く、完全に特定はできません」と古泉。続いて長門が、 「ある程度は理解した。でも・・ありえない存在」 どういうことだ?という俺の更なる問いに、長門が続ける。 「彼女はこの世界に存在するはずの無い存在」 よく分からないな・・存在しているのに存在するとは・・幽霊とか、そういう類のものなのか? 「違う。貴方にも分かるように言えば・・彼女は別の次元の存在」 つまり・・、異世界人ってことか? 「そう」 俺は初めてハルヒを知ったあの強烈な自己紹介を思い出していた。 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところまで来なさい。」 現在そのハルヒの望み通り宇宙人、未来人、超能力者はSOS団に所属している。 ということは、1年越しで異世界人がやってきたということになる。 けれど妙だ、最近のハルヒは、今のSOS団の活動に結構満足している様子だった。 時には、ハルヒの気まぐれかもしれないが、まったく謎に関係のない事もしている。 そんなハルヒが、今頃になってそんな事を望むのだろうか?俺の問いに答えたのは、やはり長門だった。 「今回は、涼宮ハルヒが望んだ事ではない」 そうなのか?だったら、なぜ伊勢は俺たちの前に現れたんだ?古泉の敵対組織に関係あるのか? 「敵対組織に関係あるのかは分からない。でも伊勢海奈が自ら望んで私達の前に現れた事は事実」 「今まで割りと大人しく影で行動していた彼らが、とうとう表まで出てきたんでしょうか」 「わからない」古泉の問いに長門が答える。 いくら長門が万能宇宙人だとしても、未来との同期を止めた事で先のことは分からない。 結局伊勢が異世界から来たであろう、ということくらいしか分からなかった。 古泉は機関で情報を集めてみますといい、その日は解散になった。 完全に日も落ち、薄暗い道を歩いていた時。 「あの、---さんですか?」ふいに後ろから名前を呼ばれ立ち止まった。 自分の本名など久しぶりに聞いたので一瞬自分のことかわからなかった。 が、次の言葉で気づいた。「それとも、キョンさんと呼んだ方がいいでしょうか?」 振り返る。薄暗い夜道を照らす街頭の下に、一人の少年が立っていた。 北高の制服を着ているその少年は、俺と同じぐらいの年頃だろうか。 古泉の様に気持ち悪いほどのハンサムスマイルとはいえないが、それなりの笑顔で俺を見ている。 「こんばんは、キョンさん」そういいながら俺に近づいてくる。 「1年2組の鏡野と言います。時間が無いので手っ取り早く説明しますね」 俺は黙っている。というよりはいまいちよく分かっていなかっただけだが。 「僕はこの世界の人間ではありません。もう伊勢海奈には会いましたよね?彼女と僕は同じ世界の人間です。」 次々に喋る。その表情はどこか焦っているように見えた。 「彼女の動向に注意してください。彼女は・・」鏡野と名乗った少年は次に恐ろしいことを口にする。 「涼宮ハルヒさんの命を狙っています」一瞬、頭の中が真っ白になった。 なんだって?伊勢がハルヒの命を狙っている?そんなもん狙ってどうすんだ?新手のギャグか? いきなりの爆弾発言に完全に動転してしまい、何がなんなのか分からなくなる。
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涼宮ハルヒの憂鬱の小説です オリジナルキャラクターが出ますので嫌いな人は注意です 涼宮ハルヒの危機
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そして翌日。 結局神になれなかった俺は、朝からハルヒの苦言を雨あられと背中に浴びる覚悟を決め、登校中も土砂降りの酸性雨に見舞われたために既に辛酸をなめるような気持ちでいた。 そして下駄箱でも憂き目に合いながら教室へ辿り着き自分の席へと腰を下ろすと、ハルヒから他の意味でぎくりとさせられる言葉を掛けられることとなった。 「ねえキョン」 「……何だ? ポエムなら、スマンがまだ少ししか出来ちゃいないぞ」 嘘をついた俺に、 「それは急いで仕上げなさいよね。学校は明日までなんだから。どうしても出来ないってんなら、土曜の不思議探検までなら待ったげる」 なんて、二十段の跳び箱が十九段になった所で無茶な指示に変わりゃしないぜ。 俺は失敗が怖くて動けないといった根性はないつもりだが、派手に転ぶとわかっていて「やります」とは到底言えず、そして当然の如く「出来ません」など言えるわけもなく、「ああ、ありがとう」という自分では何がありがたいのか分からんながらも感謝の言葉で対応した。しかしハルヒが聞きたかったのは別のことだったらしく、「それじゃなくて」と続け、 「佐々木さん、元気してる?」 「……ん、ああ。してると思うぞ」 「そう」 特にどうでもいいといった感じで静まるハルヒ。 ――俺は佐々木の名を聞いて、先日の、佐々木に群がる奴らとSOS団との衝突を思い出した。 佐々木は自分自身を別の位置から見つめられる聡明さと思慮深さを兼備した女の子なのだが、過去に行って自分と話してみないかという藤原の話に乗ってしまい、あいつらと行動を共にしていた。 そうなってしまうような会話が佐々木と藤原の間で交わされたのは、いつもの喫茶店で俺が最初に佐々木たちと会合した後、藤原と佐々木の二人を残して帰ったときだった。 もし過去の俺がもっと佐々木の話を聞いていたならば、あいつは俺たちの争いに巻き込まれずに、安定した閉鎖空間が灰色に染まる程傷付いたりもしなかったのではないかと思う。 佐々木を傷つけた、あの事件。 それについて語る前に その事態を招く原因となったもう一つの事件について話しておこう。 長門がダウンしていた間、俺たちSOS団(ハルヒ除く。長門の代わりに喜緑さん含む)は、佐々木たちと喫茶店でハルヒの能力についての議論を行った。もちろん意見は対立し、平行線のままに終了したのだが。 そして後日。橘京子の組織がハルヒにちょっかいを出しやがり俺はハルヒの誤解を解くために思い出したくもない真似をやるハメとなったのだが、そのすったもんだは平穏に終了し、俺はようやくその日の夜深い眠りについた。 そして翌朝。目覚めるとそこは異空間だった。なんじゃそりゃ。 俺はすぐには現状把握が出来ず、もしかしてまだ夢の中を放浪しているのかと思ったのだが、俺の寝ぼけ眼に飛び込んできたある人物の姿によって、意識は一気に、鳴り響くアラート音とともに覚醒した。 そこにいたのは、周防九曜だった。 それだけでその場所が天蓋領域によって作られた空間であったのを認知でき、また計り知れない危機が俺にせまっているかもしれないという予感も身を焦がすほどに強く感じられた。 だがいつまで経っても周防九曜はバタつく俺を無機質な瞳で見続けるのみだった。 しばらくして俺は落ち着いてモノを考え初め、長門の部屋に最初に行ったときあいつはお茶ぐらい出したぞなんて緊張感に欠ける思考が巡っていた頃、その異空間に新たな来訪者が訪れる。 その闖入者の姿をみた俺は一瞬ああもうこれはダメかもしれんなと思ったが、意外にもそいつは俺を天蓋領域の異空間から救い出してくれた。 なぜ意外だったかと言うと、俺を解放した人物は――未来人・藤原だったからだ。 藤原はいきなりやってきたかと思うやいなや周防九曜の後頭部に美麗な皐月の花姿のバレッタを取りつけ、その後の周防九曜は、藤原の命令を聞くかのように従順と異空間の解除を実行したのだ。 そして現実世界に戻った俺は、もしかして藤原に感謝しなければならないのだろうかと戸惑っていたのだが、藤原は俺に、 「……まったく余計なことをしてくれた。これは僕の予定にはなかった。忌々しき事態だ。計画を変えなけりゃならない」 まるで万引きの被害を受けた店の側を怒るような理不尽極まりない文句をつけられたが、まさにこの言葉こそが、俺たちと藤原たちとの、ハルヒの能力を巡る抗争の戦火を切ったんだ―――。 争いの概要はこうだ。藤原は周防九曜を操ってハルヒの能力を奪わんとし、俺たちはそれを阻止すべく交戦した。 面子は喫茶店で議論を繰り広げた際の顔触れで、この戦いは位相転移した空間で行われた。古泉は超能力が有効化されて喜緑さんと共に戦線に加わり、橘京子に戦う能力はなかったので、佐々木と共に傍観者となっていた。 俺と朝比奈さんは言わずもがな見ているだけしか出来ず、佐々木たちと共に傍観していた。 暫く戦況は拮抗していたのだが……正直、SOS団側に思わしくなかっただろう。 そんな中、藤原によって自身の任務に関する独白がなされ、あいつら側の未来人の目的は、時空改変能力を周防九曜に消去させるというものであったのが判明し、それについての問答によって別理論での時間遡行法の話や、本来の計画では佐々木を過去に赴かせることによって現在を変えようとしていたという事実も浮き彫りになったわけだ。 そして藤原の話も終わっていよいよとばかりにSOS団が敗北を喫しようとした……そのときだった。急に橘京子が震駭しながら、佐々木の閉鎖空間に突如として《神獣》が現れ、閉鎖空間がたちまち拡大し始めたと俺たちに訴えてきた。 このままでは能力がどうのという騒ぎではなく世界が破綻してしまうので、俺たちはすぐさま佐々木の閉鎖空間へと向かい……そこに生まれた《神獣》を撃退した。 そして、あいつの閉鎖空間が消滅する直前、少しゴタゴタしていたときに俺と佐々木で交わされた会話があるのだが、これは少し思い出して振り返ってみようと思う。 それは、俺から佐々木に話しかけて始まった会話で………… 「……佐々木。良かったら教えてくれないか? お前がなんで、過去の自分と話そうなんて思ったのか」 割れていく空。かつての穏やかな雰囲気とは一変して灰色に染まった空間。そして《神獣》。 それの崩壊を……諦観のような、それでいて納得したような面持ちで見つめる佐々木に、俺は問いかけた。 佐々木は俺の方へと顔を向け、泣き明かした後のような切なさが映る笑顔で柔らかに答えた。 「キョン。僕はね、山月記の李微によって教導されるように、心の中に猛獣を飼っていたんだ。それがこんな形で具象化するなんて……皮肉以外の何物でもないが、おかげで感得することが出来たよ」 そう話す佐々木からは、やはり何処かいつもとは違う覇気のなさを感じられる。しかし、 「心の中の猛獣だって? それこそお前には似つかわしくないし、俺はそんなことはないと思うぞ」 佐々木は少しだけ普段を取り戻したように独特の笑いを発して、そしてまたすぐに哀愁を呈し、 「まあ、李徴ほどの人物と僕なんかを比喩するのは相応しくなかったね。僕には彼ほどの才知は備わっていない。それに僕にあったのは、愚昧な臆病心だけだったのだから」 自嘲する様な笑いを挟み、 「まさか僕の嫌悪するところの人体(にんてい)と同じものを自ら抱いていたとはね。恥じ入るよ。でもそれに気付けなかったのは、今では当然のことのように思う。全部僕のせいだ」 「何言ってる。こんな事態が起きちまったのはお前を担ぎ上げた奴等と……俺が原因だ。すまなかった」 たまらず俺が口を出すと、佐々木は「それも遠からず起因しているね」と答え、継ぐ言葉を失った俺に、 「でも違うんだ、キョン。これは僕が中学生の時から存在していたものだったんだから。気付いたのが現在なだけであってね。むしろそれに気付かせてくれた彼ら……特にキョンには感謝しているよ」 ありがとう、という佐々木の言葉に俺はいたたまれなさを感じ、そして気付いた。 「……ちょっと待ってくれ。そもそも俺の質問に答えが出てないんじゃないか? 言いたくないのならもう聞きはしないが、はぐらかさずに教えちゃくれないか? 俺だって、お前の力になりたいんだ」 俺の言葉に佐々木は、見て取れる程度に微小な悲しみを顔に浮かべ、 「……中学の頃、僕が恋愛感情は精神病の一種だという見解の話をしていたことを覚えているかい?」 忘れやしないさ。今でも同じ考えの奴が俺の身近にいるからな。 「それは涼宮さんのことかな? ……だったら、僕がこれから話す内容を彼女にも伝えてくれないか? きっと彼女にとっても有用な情報になると思う。多分、それは君にとってもね」 「……わかった。すまないな」 それを聞いた佐々木は、目をつむりながらすうっと一息ついて、 「――僕はね、恋人のような関係性にはまるで意味がないと思っていた。互いを見つめ合って、周りが見えなくなるようなものにはね。ただ、人生の伴侶のように、二人が同じものを見つめて歩いていく関係に関してはその限りではなかった。実はね、中学生の頃にキョンと肩を並べて歩いていたときに、僕はそれに似た感情を持っていたんだよ。これは正直な気持ちだ。そして、僕はその状況に満足していた。その関係を変えることなど考えもしなかった。それは恋人というものに意味はないと思っていたのもあったが、そもそも、僕はキョンの誰に対してもどんな場所であっても不偏的な人柄が気に入っていたからね。自分にも無理に変わろうという気持ちは生じなかったんだ。……そしてそのまま、僕たちは高校に入ってそれぞれ違う道を進むこととなった」 佐々木は俺の理解度を確かめるような間を置き、続けて、 「……それから一年以上が経過して、先日僕たちが久しぶりに駅で鉢合わせた瞬間、僕としてはキョンの顔を見て沸き出でる喜悦の情を禁じ得なかったんだ。でもそのときですら、僕はそれを、好意を寄せていた君に対して生物としての本能が感じさせたものだと思っていた。そして正直なところ……あの時僕は塾の時間までには暫くの間があってね。もっとキョンと昔のように話をしたかったんだ。言い訳がましく学校の憂さ等を語っていたがね。実はそうなんだ」 「じゃあ俺たちと一緒に喫茶店まで来たら良かったじゃないか。あいつらだって佐々木なら喜んで迎え入れてくれるし、茶の支払だって俺がいつも一括して担ってるから佐々木の分が増えたところで変わらん。お前が来てたなら奢らせてもらったんだがな」 俺の言葉を聞いて、佐々木はくっくっと嬉しそうな声色で笑い、 「それは勿体ないことをした。唯一の心残りだ。でも僕はあのとき涼宮さんたちを目に入れて、そんな余裕や厚かましい態度を取れる程心が平静ではなかったからね。態度には出さないように努めたが、あれで結構戸惑っていたんだよ」 「そりゃあ全く気付かなかった。でも何に戸惑う必要があったんだ?」 「……僕自身も、そのときは何故そんな動揺を抱いてしまったのか分からなかった。でもね、今なら理解できる。僕はあのときキョンは中学生の頃とそう変わっていないと思っていたが、キミと彼女たちをみて、以前とは違うものを感じたんだろう」 俺がイマイチ得心出来ないでいると、 「これはキョンには分からないかも知れない。自分で見ているものでも、他人からの視点でなければ感じ取れないものというのがある」 それが何かと言えば、と続けて、 「つまり、キョンの視点が以前と変わっていたんだ。僕はそれを感じて、今まで並んで歩いていたと思っていたキミが何処か別の場所へ行ってしまったように思い、無意識の中で寂寥とした侘しさを抱いたんだろう。だが僕の自意識はその感情を否み、それらが心底で葛藤を繰り広げていたために僕は動揺していたんだと思う」 …………………。急に不思議な静寂が広がる。俺が何事かと尋ねようとした瞬間、 「……ここまで、キョンは何か気付かないか?」 いんや。まだ良く話を聞かんことには何とも言えんし、すまんが話の内容以上のものは分からん。 「そうか。じゃあ話を続けよう」と佐々木は、 「少しだけ話を戻そうか。恋愛は精神病の一種だという見解についてだ。……現在僕が考える所の恋愛感情による病的症状というのは、万人がそう言うように、盲目という障害を発生させるものなんだ。そして、それは何も恋愛にとりつかれることによって恋人にしか目を向けなくなるということや、それによって周囲の状況を正常に認識し得なくなることだけではない」 「それ以外になんかあるのか? 俺にはまったく想像がつかないんだが」 ……このとき佐々木が浮かべた笑顔に、俺は軽くてやわらかな音を聞いた気がした。 「――僕も想像すら出来なかった。それに、僕がそれら以外のものに気付いたのは本当につい最近で、しかもこれは僕自身が実際に体験することによって認知出来たものなんだ。……質問の答えが遅くなってすまない。僕は、『それ』を過去の自分に教えてみたかったんだ。僕はそれに気付けて良かったと思っているけど、時期が遅すぎたことに対しては率直に後悔の念を隠せない。でも、そんな僕の愚考による浅劣な行動を君たちが止めてくれて、嘘偽りなく心から感謝しているよ。おかげでもっと大事なものに気付くことができたからね」 皆にはすごく迷惑をかけてしまったけど、と佐々木は微笑みながら話していたが、俺にはまだ分からない点があったのでそれを言葉に表した。 「佐々木。そのお前が気付いた『それ』っていうのは何なんだ? あと、もっと大事なものってのも」 佐々木はキョトンとして俺を見つめ、すっかり元通りになった独特の笑い声を漏らし、 「……既に九十九パーセントの部分を言ってしまっているようなものなんだがね。しかし、それは僕が今となっても、出来ればその曖昧な段階のまま終わらせたかったということだろう。すまなかった。ちゃんと言葉にしよう」 いや、謝るべきなのはいつだって俺さ。それに聞いてばっかりで申し訳ない。 すると佐々木は、 「――いや、考え方によっては、これはお互い良い方向に進めるきっかけになるかも知れないな。『それ』を明確に答えることによって、僕が抱えてる九十九パーセント答えが判明している懸案と、キミが抱える疑問に答えを出すことが出来るからね」 「……他にも悩みがあるのか?」 俺の言葉に、 「なに、悩みという程のものじゃない。あえて悩みという言葉で表現するなら……そうだな、百五十億年かけて壁にぶつかれば、一回は素通りできるんじゃないかという希望を否定しきれない僕の弱さに悩ましさを覚えるよ。だが、それもすぐに解決する。キョンの疑問の『それ』に対する答えとなる……次の僕の言葉によってね。これには、今までのように錯雑に言語を交えて紛らわせたりはしない。キョンには、そのままの言葉を受け取って欲しい」 俺が教会で神の御言葉を代弁する教皇に向けるような厳粛な態度で沈黙すると――佐々木から、俺が持つ想像力を遥かに超えた言葉が飛び出した。 「わたしね、ずっと前からキョンのことが好きだったんだよ? ……今まで自分でも気付かなかったのは、きっとわたしがその気持ちに背を向けていたからなんだと思う」 突然佐々木らしくない言葉でこれまたらしくないことを言われては、俺の天地が崩壊して意識がブッ飛ぶ事態を起こすのに何ら障害はない。 ――が、俺は体の支えを失って倒れこむなんてな真似は到底出来なかった。出来る筈がない。やる奴がいるとしたらそいつは本当のフヌケだ。 ……佐々木の瞳はしっかりと俺の眼へと向けられ、その言葉に冗談なんてものは微塵も入ってないと訴えかけていたからだ。 くっく。不意に俺の耳にそんな音が届いた。目の前にはイタズラな笑顔を見せる佐々木がいた。 「そう固まってくれるなよキョン。まあ、そうなるのも仕方がないことだけどね。今の僕の台詞は投げっぱなしであるがゆえに、キョンは何とも答えようがいんだ」 脳がオーバーフロー気味に停止していただけであった俺は未だ反応できず、 「それに、僕も何かキミからの返答を求めようとは思っていなかった……いや、本当は聞きたくなかったのかもしれないな。僕はこの期に及んでも、臆病な心に噛み付かれたままだったようだね。まったく、どうしようもないとはこのことだ。……このように、どうしても僕は心の中に飼っているものに自分では抗うことが出来ない。それを踏まえて、一つ質問してもいいかい?」 若干の思考能力を取り戻しつつ、おもむろに首肯した俺に佐々木はうなづき返した後、少しの間を置き…… 「もしキミが、先程の僕の発言に言葉以上のニュアンスを感じこちらの意思を受け取ることがあったなら、それに対してのキョンの気持ちをそのまま僕へと伝えて欲しい。恐らくそれは一言で済むだろうし、それで十分だろう。僕はそれに含有された意味を正しく受け取とれる自信がある。これは、今までの僕たちが積んできた時間と関係性を根拠にして言い切れることだ。それは君だって同じだろう? ……そして別段思うところがないのであれば、このまま続けてキョンが抱く疑問に対しての答えを出すことにするよ」 ――さて、どうする? と俺に質問を投げかける佐々木。俺は…………。 わかってる。流石に気付かなければならない。佐々木の気持ちに、言わんとしているものに。 即物的なものを佐々木は望んでいるんじゃない。それもわかる。 だが、それは『そう』なのだ。俺がそれを受け入れてしまえば、『それ』になってしまうんだ。 そして、あいつもわかってる。そうなってしまうということを。そして、俺のそれに対する返答と……、 ――この言葉が、どういった意味なのかを。 「……すまない」 キュッ、と唇をむすぶ佐々木。……それを見て、俺は眼の裏側が熱くなるのを感じた。 それは俺の意識をうろんげにし、ふと気付けば、既に佐々木は言葉をつむぎ出していた。思い返せば、「ありがとう」と聞こえていた気がする。それに、俺が返答してから佐々木が話し出すまではそう時間は空いていなかったかもしれない。 「……僕は恋愛感情というものに目を当てることをしなかった。そんなものは存在しないとさえ思っていた。しかし、それは確実に僕の中に成立していたんだ。それを認めなかったがために、僕は自分の心底に潜む猛獣、愚昧な臆病心に自身が捉われていることにさえ気付けなかった。それはつまり、僕は恋によって盲目になっていたと言えるんじゃないか? 恋愛感情を否定することが、実はその存在を肯定する一つの証明になっていたなんてね。不覚にも、僕の確証バイアスは真逆の結論を導いてしまったわけだ。……そうだな、この僕の経験則は、まるで社会主義の効率性を立証せんとし、逆に経済の破綻を導き出してしまったコルナイのそれに似ているよ」 まるでミレニアム賞問題のいずれかを解き伏せたような喜色でくっくっと笑い、 「しかもそれによって、僕にもずっと以前から恋愛感情は存在していたという事実と、それの不変性にすら確証付けるまでに至るとは思いもしなかった。これにはもう一驚を喫するどころか感嘆の意すら覚えるよ。ああ、こんな情操的な感情を抱けたのは実に久方振りな気がするな。一番近いときでは、都心に原発を誘致することによって原発の実態を国民に垣間見させるよう目論んでいた、都知事の計画案に対してだったかな」 まあこれは映画の話だがね、と無邪気に手を振りながら、 「キョンも見てみると良い。キミの価値観や世界観に対してもすべからく影響を与えてくれるだろうから。……そして、僕はいま、心から過去になんて行かなくて良かったと思えている。なぜなら、こうなることによって、僕の世界は新たな変容をむかえられたからね。もちろんそれはトランジショナルなものではなく、リアライズされたことによってのものだ」 フリスビーを手首のスナップだけで放ったような手つきを見せ、 「――さて、キミが残すところの疑問もあと一つとなった。僕としてはこのまま話を続けてもいいのだが、」 上空に広がっている亀裂が加速度的に拡大していく様を指差し、 「長らく続いた僕の閉鎖空間とやらも、そろそろ終焉を迎えるようだ。なので、どうかな? 日を改めて、またあの喫茶店に前回のメンバーで会するっていうのは。歓談が出来るかは分からないが、きっと彼等らもキョンに言っておきたいことやらがあるだろうし、僕もキョンがそうしてくれるとありがたい」 「ちょっと待ってくれ」 なんだい? っと思いのほか早い反応を見せた佐々木に、 「おまえさ、過去に行こうなんて思い立ったのも、藤原と喫茶店で二人っきりになったときに何か言われたからなんだろ? ……あのとき、二人でどんな話をしてたんだ?」 佐々木は微妙に悩ましげな表情を顔に作り、思い立ったように、 「……もう隠す必要もないだろう。うん、教えよう。まず僕が過去に行きたかった理由は先に話したように、僕に潜んでいた感情を過去の自分に気付かせたかったからなんだ。それはもちろん、只の自己満足などではなく、それによって変化するものがあったためだ。それは今ではどうしようもなくてね。僕は卑しくも、あのとき彼からそれを変えられるという話を聞いて、みずからそれを望んだんだ」 どこか悲しげにそれを話す佐々木に、 「……変えるって、この世界をか?」 佐々木はゆっくり首を左右に振って、 「僕の行動によって、君たちのSOS団がこの世界からなくなってしまうなんて知らなかった。本当にすまない。今思い返すと、自分の思慮を欠いた軽率な行動に悔やみ入るよ。取り返しのつかない事態になっていたかもしれないのだから」 いや、お前が世界を変えるようなことをするなんて誰も思っちゃいないさ。 「佐々木、謝るのはナシにしよう。それは俺がすべきことだ。お前は何も気になんかしなくっていい。それにさっきの俺の言葉だってな、どうもお前が過去に行ってなにかをやるなんて信じられなかったから出ちまったんだ。気にさせてすまなかったよ」 でも、と佐々木はうつむき加減に、 「……確かに、僕が変えたものによって現在を違えてしまう予見はあったんだ。むしろそれが、僕の本当の希望だったのかな。すまな――」 俺の視線を受けて佐々木は言葉を中断し、 「……僕の過去での行動よって、変わるものとは何か? について述べよう。それは非常にシンプルで、かつ単純に意味が反転するだけのものなんだ。それに、答えは既に僕たちの今までのやり取りの中に紛れている。キョン、わかるかい?」 んー。正直に言えばサッパリわからん。……ヒントをくれないか? 「そうだね、中学生の僕たちが話していても何らおかしくはない、むしろそちらのほうが健全であろう会話の中の一文だ。……僕はもう言いたくないので、キミ自身で気付いてくれないか? おや、これもヒントになるだろうね」 暫く考えた俺であったが、佐々木がもう言いたくないこと、という言葉をそのまま考えて答えらしきものを見つけた。だが……。 「――それって、まさか……」 「わかってくれたようだね。ご名答。それだ。そして変わるのは――」 虚をつかれて戸惑っているような顔をしている俺に、 「……僕の告白に対する、キョンの返事なのさ」 正直、佐々木のこの言葉には納得しかねた。……それって藤原の嘘だったんじゃないか? 俺の佐々木に対する認識は過去を通してつい先程まで変わっちゃいなかったし、いつ言われたとして俺の意見が変わるとは……。 「ストップ。……そこまでにしてくれないか?」 佐々木から沈鬱な色で言い止められ、 「……すまん。考慮が足りなかった」 あいつの気持ちをまたもや意にかけていなかった事実に俺が自省していると、 「そういう顔をしてくれるなよキョン。僕は何もその後の言葉が聞きたくなかったわけじゃない。あのね、親友という立場の見解から言わせて貰えば、今の言葉はキョンの返事の理由としては若干の異存を残してしまう。今のキミは、もっと違った理由からあの返事を言っているはずなんだ」 お前が言うからにはそうなんだろうな。しかし、 「じゃあ、どんな理由からだと思うんだ?」 くっくっ、佐々木は事もなげに笑い、 「……それこそが、僕が最初に感じた過去のキョンとの相違点なんだ。キミは依然として気付いていないようだが、それを僕が教えてしまうのは無粋でしかない。それに言ってみたところでキョンは合点がいかないだろうし、これは己で気付くべきものだからね」 だから言わない。と、続けて、 「さて、僕にもまだ言い残したことがあるが――それもまた次の機会に回そう。それに、僕の心も今は……人並み程度には失恋の悲しみに打ち震えているんだよ? 存在しないといっていたものを失くしたことによってそう思うなんてバカげた話だがね。……だが逆に、そうであるからこそ、今の僕の悲哀は通常よりも大きいかもしれないな。それこそ、今ここで泣き崩れることだって容易に出来る程だ。しかし、僕はキミにそんなものは見せたくないし、キョンだって見たくはないだろう?」 そう言いながら揚々とした態度を取る佐々木に、俺はそうは思わないと言った。なぜなら…… 「……おまえが一人で泣いてる姿を想像するほうが、俺としては……ずっとやりきれん」 ――そっか。と、言い漏らすかのように佐々木は小さく呟き……しばらくは俺も佐々木も表情を崩さず、ただ、佐々木が何かを思っているだけのような静寂が二人の間に流れた。 「……優しいね。キョンは、いつもそうだったね」 まったく身に覚えがないことを言われたが俺は否定せず、 「ならば、それに甘えさせて貰おう。僕はここで泣かせてもらうよ。けど、やっぱり涙は見られたくないかな。そうだ、こういうのはどうだい? キョンが許すなら、キミの胸を貸し――」 ――その時、スウ、と佐々木の頬を一縷の水が伝った。 それは止め処ないようにサラサラとしたたり始め、佐々木はあわてふためくように、 「……す、すまない。こんなモノを見せるつもりはなかったんだが…………」 ひらいた手の平でそれぞれの頬をさすりながら、 「――ふ、あっあれ……? 僕は――」 「……佐々木」 ――俺は視線を横に流し佐々木へと近寄りながら、一歩手前で足を止めた。 そこにはもはや少女の泣き顔になっていた佐々木がいて、俺は、受身になった佐々木のその潤んだ瞳をしたたかに見つめ、視線を斜に落としながら一言、「すまなかった」と……俺には、これだけしか言えなかった。 佐々木は両方の手で顔を包み隠すように、ストン。と俺の体に倒れかかってきた。 胸の中でむせび泣く佐々木に、俺はその双肩に手をやる事だけしか出来ず、「――少しは、気付いてよ……」という佐々木がこぼした言葉に、ただ、俺は馬鹿野郎だったと、痛いほど……感じていた。 っと、まあ……佐々木が過去の自分と話したかった理由は、こうだったというわけだ。 そして佐々木は最後のあのとき、俺の鈍感さ加減に対して言葉を漏らしたんだと思われる。 ……だがしかし、俺はもっと別のことに対して気付いてやるべきだった。中学時代、佐々木自身も気付いていなかった……佐々木の心の中、その脆い部分に。 そこを俺が友人としてなにか助言でも出来ていたならば、あいつが自分の悩みに気付けずに、自分が悩んでいるということにすら気付いていないという状態になるのを回避出来たかも知れない。 ……しかし、後悔ばかりしているわけにもいかなければ、現在の俺と佐々木の関係は、以前よりも健康的に繋がっている。事件の詳細についても後日の喫茶店での会合でもう少し掘り下げれられているので、もう少し回想タイムを延長しようと思う。 SOS団お馴染みいつもの喫茶店、そこにいたのは、 「よ、キョン! お前恋のポエムなんか書いてんだってなぁ? ほぉー、早く見せて貰いたいもんだ!」 いや正確に言えば一文字だって書いちゃないが。ていうか谷口、いきなり声を掛けられると困るんだが、色々と。 「お前が似合わねぇツラ下げて、物思いにふけってやがるからだよ。てゆーか、なんだ、全然書けてねぇのか?」 もっと俺を見習えよ、と俺のシリアスな回想を邪魔しくさった谷口はなにやらのたまっている。 なになに? ほう。お前はポエムの麒麟児なのかもしれないってのか。谷口。五つ神童、十で天才、二十歳過ぎればただの人って言葉を知ってるか? だがまあ谷口の場合は、五つ残念、十でがっかり、二十歳過ぎたらああやっぱりって具合だろうね。 「なに言ってやがる。俺にはひがみにしか聞こえねえな とにかく、ちゃんと書いてみるこったな」 まさしくその通りである指摘をし、早くも谷口は「ま、せいぜい頑張れよ!」とスタスタと教室内を歩き去って行った。あいつはマジで俺の心配でもしに来たんだろうか? 「ちょっとキョン。あんた、まったく詩書いてないっての?」 ……そういえばハルヒが後にいたんだった。谷口、スマンがお前は余計な事態しか起こさなかったみたいだ。 が、それより……。 ――こいつ、今日はやけに大人しいな。メランコリックなのか? まさか、なんかの予兆じゃなかろうな。それは勘弁してくれ。ただでさえ俺は朝っぱらから別の不安材料も持たされてるんだから。 「どうすんのよ? タイムカプセル埋める余裕がなくなっちゃったら」 そりゃああなた、埋めないだけですよ。とは言わず、 「いつ埋めるかもう決めてるのか? あと、何処に埋めるのかも」 そうだな、俺んちはよしといた方がいい。なんせ俺の妹という自分で隠したヘソクリすら翌日に開けちまうヤツがいる。こいつは庭に俺たちが何か埋めたのを嗅ぎつけて掘り起こすどころか、タイムカプセルの中身の眠りまで覚ましちまうぜ。 「あんたが掘り起こすんじゃないの」 とハルヒ、あくまで淡々と。俺は肩をすくめつつ、 「しないね。正直ヘソクリは俺も一日しか我慢できなかったが、こればかりは勝手に掘り起こそうもんなら団長ってよりは組長みたいなヤツから俺が埋められちまう」 ……うん? 予想に反してハルヒからの反応がない。 俺の話を聞いていたのかどうか、ハルヒは頬杖をついたまま流し目で、 「……ゴールデンウイークの花見のときに、そのまま鶴屋さん家の庭に埋めようかな。あそこなら、この先もずっと残っていきそうだし。そこで作った短歌を入れるのもアリね。うん。そうしましょう」 他人の家で実行される計画案にも関わらず、今この瞬間ハルヒの中で決定されたような口振りだ。確かにそれには誰も否やはないだろうし、鶴屋さん邸が何世代にも渡って受け継がれていきながら益々の発展を遂げていくだろう予見にも疑いようは皆無だろう。だがハルヒ、そこは人の良心としてだな、まず鶴屋さんにお伺いを立てるべきなんだぞ。 「わかってるわよ、そんなの」 いやぁどうだかね。お前ほどそこら辺が怪しいヤツはいやしないし、恐らく元より備わってないだろうし。 「あんたね」ハルヒは机の方へ体を少し沈ませて、「それもこれも、詩が出来てからじゃないとダメなの。余計なもんにあたま回してないで、ちゃっちゃと書きなさいよね。花見まで出来なくなったらどうすんのよ」 それは困るなと思いながら、 「……だいだいだな、恋の詩ってのが無茶なんだ。下手したらお前、それ、下手なラブレターより始末が悪いじゃねえか。しかもだな、ハルヒよ。それを掲示板に貼り付けられちまうってんならまだしも、自ら印刷して全校生徒に配ってどうする」 ピクリ。ハルヒの頬から杖の役割を果たしていた腕が離れる。 そしてハルヒは腕を組みながら背もたれに寄りかかり居直すと、何故かその表情は数学教師が難問を寝ている生徒に問いかけて狙い撃つ際の偽悪的に作られたニヤリ顔を呈しており、かと思えばシタリ顔で教鞭を振るうかの如く右手人差し指をクルクル回し、明快な声調で、 「キョン? いい? 宛名のない恋文になんか言葉以上の意味はないのっ! そんなんじゃ、あんたはラヴソングすら歌えないわ。世界中のシンガーソングライターを敵に回すつもり? あたしはそんなくっだらない戦いは所望してないわ。どーでもいいから書くのよ! ほら、テキパキと済ませちゃいなさいよねっ!」 「……そっ、そうか?」と圧倒される俺。 ――いやはや、今までさんざ俺が呼び水を差していたのにも関わらず、コイツはなんだかよくわからん場所で元気を取り戻した。一体さっきの俺の言葉のどこに元気の素があったと言うのだろうか。それより先にもっと噛み付くところがあったじゃないか。 しかし結果オーライだ。ハルヒはどうやら鬱々としていたわけじゃなく軽度の感情の浮き沈みで意味もなくホウけていただけだったようである。そうであって欲しい。なんせ現状は団員の原稿の仕上がり位しか危惧するところはなく、他の事情によって憂鬱な色が出ているのであれば、それはそのままハルヒ以外のSOS団員(特に俺)に憂慮すべき事態が発生し東奔西走するという過程を辿ってしまうということが、今までの経験からして疑いようもないんだから。 そんな思考を巡らしながら、「てゆうかさ」と俺。「お前、なんで今回の機関誌の内容をポエムなんかにしたんだ? 単純にページ数が少なくていいからだってのか?」 今更な質問に、ハルヒはさも当たり前のことを言わんとするかのように鼻を鳴らし、 「それもあるけどね。モチロンそれだけじゃないわ。いいキョン? 詩っていうのはね、作者の人間性を計るのにはベストな創作活動なの。人としての魅力ってぇのは結局、その人物のインプットとアウトプットがどれ程のレベルで成り立っているかってことだから」 「どういうこった」 「一つのモノから、どれだけ情報を得られるのか。それをどれだけ伝えることが出来るのかってこと。詩を作る際にはこれに情報を変換する作業が加わるの。これは人間にしかない文化なのよ? そして、いかにそれらに富んでるかってのがイコールその人の魅力度数で、それが人間性の豊かさって言葉になるわけ」 「じゃあ長門はどうなる?」 「有希はあんた、寡黙で知性的な所があの子の魅力じゃない。多くを語らずとも有希の人間性は溢れ出てるの。むしろ、有希は背中でモノをありありと語ってるわね。そういうこと」 ふむ……まあ、わかる気はする。長門はアウトプットこそ微小だが、そのままハルヒの言葉通りに行動から長門らしさが顕然と現れるし、内包しているものはそれこそ計り知れない程だ。 それに、その理論を体現しているのは他ならぬハルヒ自身であろう。 世の中の事象全てを己が内にせしめんとし、コメットハンターばりの瞳で宇宙を見つめながら実際にその目の吸引力で彗星をも引き寄せそうなハルヒの求知心は本当に珍妙なエトセトラを呼び込む程であるし、こいつがアウトプットするモノは物理的概念的な意味でも途方もない。 ……って、これじゃあハルヒが魅力度トップって話になっちまうんじゃないか? 魅力的ランキング争い大本命の朝比奈さんはどうした。 俺の脳内で何故か陸上競技のビブスを着用したSOS団三人娘(ハルヒ赤、長門青、朝比奈さん黄色)が激烈なレースを繰り広げていると、 「それにね。今回の機関誌製作は、昨今のテレビ制作やミュージックシーンに対するアンチテーゼでもあるの」 それは気付かなかった。まさか、特に別条のない一学校組織の中でもおぼろな一団のポエム誌に、そんな大仰な意義が付属していたなんてさ。 ハルヒは未だ腕を組んだまま、若者がフェミレスで姿の見えない何かに対して実体のない怒りをぶつけているような感じで、 「家族と夕飯喰ってるときに流れてるテレビ位はあたしの目にも入るんだけど、なんでどの局もテンプレートに似たような番組しか作ってないの? 制作スタッフが大衆を愚鈍だと思ってるとしか思えないわっ! それに音楽だって、癒しだのなんだのばっかで逆にウンザリしちゃうってのよ。もっとあたしたちみたいに、面白さがなんたるかを突き詰めてクリエイトしていくべきね!」 その面白さの基準は全てハルヒ視点からなるものでありそれによって俺と朝比奈さんが被害を被る事が非常に多い件については、じゃあ面白くないのかという問いに対して俺はあの日キッパリと答えを、明言しているので言及しない。それには長門、朝比奈さん、そしてどうやら古泉すらも同じ答えを出すであろうから、なんら問題はないんだ。まあ……毎回事件は起こるんだが。 そして俺は音楽業界に明るくはないのだが、確かに近頃メディアで流れているインスタントなミュージックよりは親の部屋から流れてくるロカビリーでジャジーな野良猫たちの音楽や、メンタイコが好きな雄鶏が歌うロックンロールの方が心に触れるモノがある気がする。だが多分、つまびらかに調べて行けば現在もそういったミュージシャンたちは存在するんだろう。そういえば谷口がリンゴがどうだのピローがどうしただのと絶賛してたっけ。 しかしテレビについては一つ俺の考えをハルヒに示してみようと思い、実際に提言してみた。 「ハルヒ。確かにお前のその意見には俺もほとんど同調する。しかしだな、テレビに関しちゃそんな手法を取っているのは他にも原因が考えられるんだぜ」 「なによ? まさか効率性重視な商業の打算的な考えだとか、興行だからとかいったツマンナイ理由を言い出すんじゃないでしょうね」 それも言おうと思っていたのでちょっぴり悔しくなり、「そうじゃない」と負け惜しみ的に前置きして、 「つまるところ、民放のテレビってのは単なる看板でしかないんだ。制作側がどんなに新鋭的で良質な番組を作ろうが、それを見る人が少数派ならスポンサーの付き手が少ないから成り立ちにくい。言うなれば、それは砂漠のオアシスみたいなモンで、見定めることができるヤツにとっちゃあまさに楽園だが、悲しいかな人が少ない場所には看板が立ち難いし、立たなけりゃ広告宣伝料も入らないがゆえに番組は潰れちまうというわけさ。しかしだ、そんな番組は当たれば視聴率が安定して得られるし、成功例が往々にして長寿番組になるんだ。と、そうは言ってもそれは難しい。それより、魚群の中にその時々で効果的な仕掛けを放ったほうが成果としては確実に望めるだろ? でもだな、そんな打算的なツマラナイ手段を取るハメになるのは、時勢に飲み込まれている視聴者側が、鋭気溢れる制作者たちの番組に目を向けられないからというのも起因してるんだ。つまり似たようなテレビ番組が増えてるのは、我々民衆の意識の程度にも問題があるわけで――――」 と……ここまで言いかけて、俺はどこかこの状況に既視感と違和感を覚え、ハッとするようにピタリと止まった。 「どうしたの? ちゃんと最後まで言いなさいよ。気になるじゃない」 「あ、ああ。そうだな……」 俺はハルヒに余した話を言い終え、先程感じたものについて考察し、それはすぐに判明した。 ――そう。さっきの風景は、ハルヒがSOS団結成を思い立つキッカケになった一年程前の俺とハルヒの会話の風景に似ていたんだ。 そして、あの頃とは決定的に違うものがある。 それはまあ、俺とハルヒが話している姿が周囲から見てなんら不思議ではなくなったということと、俺の演説をハルヒが止めなかったこともそうだな。思えば、会話の内容がハルヒ的には死ぬほどつまらない話であったはずにも関わらずだ。 ついでに言えば今は雨が振ってるし……朝倉もいない。 だがしかし、一番変化していて、しかも一番重要な以前との違いはそんな目に見えてわかる事柄じゃないんだ。一体それは何か。 わかるだろ? ハルヒは今、この世界を心から楽しんでいる。 そしてそれは、俺だって一緒だ。もちろんSOS団のみんなだって。 でもまあ、それには気付いているつもりだった。だったんだが……。 見えているものが違う――。俺は、佐々木があのとき言っていた言葉の意味が今、何となく実感出来たような気がした。 第二章