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夏休みも終盤に差し掛かり、当然のことに宿題がまだ終わっていない俺は焦っていた。 去年もそうだったから、それを察することはハルヒにも容易にできたのだろう。そう、今俺はハルヒの家で宿題を手伝ってもらっている。 「お前が俺ん家に来いよ」という俺の願望的提案も「いやよ、暑いし」というハルヒの一喝によって一掃されてしまった。 宿題をやり出して二時間、よくぞ俺もここまで集中力が切れていないな、と自分に感心している俺はハルヒの部屋のテーブルで黙々と宿題をしている。 そして三十分前から部屋の片隅のベッドで可愛い寝息をたてて寝ているハルヒが、ちょっとばかし今の俺の癒しアイテムとなっている。 ま、今の俺の状況説明はこんなもんでいいかな。 宿題が飽きてきたところで気晴らしにでも思って、ハルヒの部屋の押入れらしき襖を開けてみた。そこ、最低とか言うんじゃない。 その中のダンボールから出てきた何枚かの作文用紙……なるほど、こりゃハルヒの昔の作文だな。つまらないとか言ってた割には、こういう物を取っておいてるのかよ。 「何々……? 『しょうらいの夢』二年一組、すずみやはるひ……可愛い文字だな。」 しょうらいの夢 二年 一組 すずみや はるひ あたしは、しょうらいすてきなおよめさんになりたい……なんてことは、ぜったい言わない。 恋なんて、いっしゅんの気のまよいであって、何かのびょうきの一種なのよ。 あたしの夢は、ずっと楽しく生きて、一生を終えること。それが、あたしの夢。 ……終わりかよっ! 随分短い作文だな……しかもなんだ、この小学二年生に有るまじきこの可愛くなさ。 まあこいつらしいと言えば、こいつらしいけどな。次見てみるか。 最近のこと 一年 一組 涼宮 ハルヒ この前、あたしは学校のグラウンドに宇宙人へのメッセージを書いた。すごい時間がかかっ たのよ?とてもあたし一人でなんかできなかったわ。でも、そんなあたしの元に一人の変態が 来たの。なんか、女の子一人背負った高校生みたいな奴だったわ。どこかの誘拐犯かもしれな いわね。でも、その変態はあたしのメッセージ書きを手伝ってくれたのよ。この世にはおかし な奴も居たものね。 中学一年の時の作文か……作文の短さも内容も全く進歩していない。しかもこの変態って……いや、やめておこう。 先生も呆れていたんだな。元から諦めていたに違いない。 さて次の作文で最後か。どれどれ? これは……高校一年のものか。 恋 一年 五組 涼宮 ハルヒ 恋。それはあたしにとって、一生無縁なことだと思っていた。でも、それは…もしかしたら 違うのかもしれない。いや、別に今あたしが恋をしてるわけじゃない。というか、元々恋とい うものはどんなものなのか、よく分からなかったりする。 今年の春。あたしは、ある男と出会っ ……ここまでが俺が読み取れた範囲である。何故これ以上読めなかったのかって? 文字が汚かったわけでも、紙が破れていたわけでもない。 ハルヒの制止によって、俺の行為は妨げられたからである。 「何してんの? …って、あっ、それ!!」 一気に作文を全て取り上げられた。まずい、怒らせちまったかな? 「こ、このバカキョン!! これ、最後まで読んだの!?」 「いや、途中までしか…」 ハルヒは動揺していた。何故顔が真っ赤なんだい? 団長さん。 「途中までって、何処よ!!」 「…さあな、忘れちまった。」 「勝手に人の作文見るなんて最低っ! 今すぐ出てけーっ!!」 ハルヒは走るチーターのスピードの如く俺を追い出した。そんなに嫌だったのか? …そうか、そうだよなぁ。 少し反省しつつ、俺は家に帰っていった。新学期、謝っておくか。 一方、ハルヒの部屋 「作文の最後の文章……『あたしがこの男に抱いている感情こそが、恋なのかもしれないわ。』……こんなの見せられるわけないじゃない! なんでこんなの書いたのかしら……自分が自分を許せないわよ、もうっ!」 おわり
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ここは文芸部部室こと我らがSOS団の溜まり場だ 朝比奈さんは今日もあられもない姿で奉仕活動に励み、長門は窓際の特等席で人を殺せそうな厚さのハードカバーを読んでいる。 俺はというと古泉と最近お気に入りのMTGを楽しんでいた――ちなみに俺のデッキは緑単の煙突主軸のコントロール、古泉は青単のリシャーダの海賊を主軸にしたコントロールだ――ここ最近は特に目立った動きもなく静かな毎日を送っていた。 ……少なくとも表面上は。だがな。 何故こんな言い回しをするかって?正直に言おう。オレ達は疲れていたんだ。ハルヒの我が侭に振り回される毎日に。 そりゃ最初のうちは楽しかったさ。宇宙人、未来人、超能力者と一緒になって事件を解決する。そんな夢物語のような日常になんだかんだ言いながらも俺は胸を踊らせたりもした。 だって、そうだろ?宇宙人と友達になれるだけでもすごいのに未来人や超能力者までもが現実に目の前に現れて俺を非現実な世界に連れていってくれるのだ。まさに子供の頃の夢を一辺に叶えたようなものだ。 これをつまらないと言う奴はよほど覚めた奴か本当の意味での大人くらいなものだろう。 そして俺は本当の意味での大人ではなかった。だからなんだかんだと文句を言いながらも心の底から楽しむことができたのだ。 では何故冒頭で否定的とも取れる意見述べたか?理由は単純、ハルヒの我が侭がオレ達のキャパシティを大きく上回ったことにある。 例えば閉鎖空間。SOS団を結成してからというものその発生回数は減ったもののその規模が通常のそれより遥かに大きくなったのだそうだ。 しかもその原因のほとんどが俺にあるというから責任を感じずにはいられないね。 そして俺に最も精神的苦痛を負わせた事件がある。それはこんな内容だった。 それは些細なことで始まったケンカだった。あの時は俺が折れるべきだったのだ。 悪いのはハルヒだからハルヒが謝るべき。 なんてつまらない意地を張らずにハルヒに土下座をして許しを請うべきだった。 しかしあの時の俺は強気だったしバカだった。 あろうことか俺はハルヒにお前が長門や朝比奈さんを少しは見習って女らしさというもをうんたらかんたらと説教を始めてしまった。 それがいけなかった。 前々から俺と長門の関係を怪しんでいたハルヒは激昂し、「なんでそこで有希が出てくるのよ!!」と怒鳴ると怒って帰ってしまったのである。 朝比奈さんはおろおろと怯え、長門は無表情だがどこか責めるような目線を送ってきた。 そしてこの件について一番の被害者になるであろう古泉はいつもの0円スマイルではなくまっこと珍しいことに真顔だった。 真顔の古泉が怖くて仕方なかった俺は古泉に平謝りしその日は解散となった。 明日ハルヒに謝ろう。そうすればまたいつも通りのSOS団が帰ってくるさ。俺はそんなことを考えていた。 だから翌日昼休みに消耗しきった古泉に呼び出されたことに少なからずも俺は動揺していた。古泉のあんな顔を見るのは始めてだった 「昨夜閉鎖空間が発生しました」 「そうだろうなあ…いや本当にお前には迷惑をかけた。すまんこの通りだ許しくれ!」 古泉は気にしてないと言わんばかりに微笑し淡々と話しを続けた。 「僕よりも涼宮さんに謝ってあげてください。なんせ昨夜の閉鎖空間の規模は今までの比ではなく我々《機関》だけでは対処できずに長門さんの勢力に協力してもらいやっとのことで鎮めることができたのですから」 古泉は淡々と話す――本当にすまん 「そして我々《機関》の中から始めての犠牲者もでました。あなたもご存知の新川さんが森さんをかばいが殉職しました。その森さんも背骨を折られ車椅子生活を余儀なくされました」 俺は絶句した。そりゃ人はいつか死ぬのだ。その事実は受け止めなければならない。 しかしこんなかたちで知人の不幸を知らされるとは夢にも思っていなかったからである。 真夏だというのに小刻みに震え、冗談だよなと言う俺を見て古泉は首を左右に振り否定。 また微笑し淡々と話し始める――なんでそんなにあっけらかんとしているんだよ…いっそのこと罵利雑言を浴びせ思いっきり殴ってくれ… 「僕は、僕達は別に貴方を責めているわけではありません。貴方はただ巻き込まれただけの一般人ですからね。ですが貴方の軽率な行動が簡単に僕達の命を刈り取ってしまう…この事実を忘れないでください。 では、後ほど」 そういって古泉は教室に戻っていった。 俺はというと食堂で昼食をとっていたハルヒに詰め寄り恥じも外聞も捨て泣きながら土下座した。 この時ばかりは周りの視線が気にならなかった。それくらい俺は焦っていたんだ。 とまあ、こんなことがありしばらく俺は古泉よろしくハルヒのイエスマンに成り下がっていたのだがこれにもちょっとしたエピソードがある。 なんでもかんでもはいはい肯定する俺にハルヒが不満を持ったのである。本当に難儀なあ、奴だこいつは… 古泉曰く俺は否定的立場を取りつつも最後にはハルヒを受け入れる性格でないといけないらしい。つまり新川事変(朝比奈さん命名)以前の俺だな。 新川事変以来ハルヒにビビっていた俺には無茶な注文だったがまた下手に刺激して閉鎖空間を発生されても困るので努めて俺は昔の俺を演じることにした。 おかげで自分を欺く術に異様にたけてしまった。全く嬉しくないネガティブな特技である。 ついでなので俺の肉体に最も苦痛を与えたエピソードもお話ししよう。 その日はいつものように文芸部部室で暇を持て余していた俺は古泉指導のもと演技力に磨きをかけていた。 そこに無遠慮なまでにバッスィィィィィン!!とドアを蹴破り現れたのは我らが団長涼宮ハルヒその人である。 ハルヒは何か悪巧みを思いついた時に見せる向日葵の様な笑顔――俺にはラフレシアの様な笑顔に見えたのは秘密だ――で開口一番 「アメフト大会に出るわよ!」 と、宣った。せめてビーチフットにしていただきたかったぜ。 大会はいつなんだ?という問いに満面の笑みで 「明後日よ!!」 と答えるハルヒ。まったくこいつは…… 「無理だ。アメフトのルールは野球とは違って複雑だぜ?」最初は否定的立場にいながら―― 「大丈夫よ!図書室でルールブック借りてきたしいざとなったらあんたの友達の中川くんに助っ人になってもらえばいいわ!!」 俺はハルヒの持ってきたルールブックにいちべつし、軽いため息を吐くと 「“中河”だ。わかった…中河には俺から連絡しておくさ」 ――最終的にハルヒの我が侭を受け入れる。どうだ?完璧な演技だろ?アハハハハっ、よし、今日も古泉にレキソタンわけてもらおう。 以外と効くんだ。アレ。 中河にアポを取り、快く承諾してくれた中河に感謝しつつ決戦当日である。 ちなみにハルヒが借りてきたルールブックとはアイシールド●1である。 いっそ事故かなんかで死んでくんないかなあ、あいつ。 試合内容は散々たるものだった。 相手チームが原因不明の腹痛を訴え棄権したり交通事故で棄権したり実家が燃えて人数が足りないチームと戦い、とうとう決勝戦である。 彼らには悪いがこちとら世界の命運がかかっている。多少の犠牲はつきものと割り切って試合に挑もと思う。 ここでとりあえず我がチームの選手とポジションを紹介する。 まずはラインの谷口、国木田、コンピ研部長、ランの俺とハルヒ、クォーターバックの長門、なんでも屋の古泉、その他雑用の鶴屋さん、朝比奈さんに妹 そしてリードバッグ(ボール持った奴を守るポジションらしい)の経験者中河だ。 これで優勝を狙ってるんだから正気の沙汰じゃない。本当に志しなかばで散っていった方々のご冥福を祈る。 いい加減まともに試合が出来ていないことにハルヒがイライラしてきたのでこの試合は小細工無しの真っ向勝負だ。 オレ達は経験者中河の指示にしたがい順調に点差を広げられていった。 ちなみに中河の提出した作戦は「いのちをだいじに」だ。 さすがの中河もまさか女子供と混じってアメフトをするとは夢にも思わなかったのであろう。 いろんな意味でアップアップだ。 そんな時に限って古泉の携帯が鳴り、長門は空を睨み、朝比奈さんは耳を澄ましてやがる。あぁ、忌々しい…
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~涼宮ハルヒの恋人~ 「ねぇ、キョン?」 とある秋の一日。 4限目の授業が中盤に差し掛り、俺が睡魔と空腹という二匹の魔物を相手に何とか互角に渡り合っていた最中である。 俺の後ろの席の女子生徒、つまり我らがSOS団団長・涼宮ハルヒが、 いつもの様に俺の背中をシャーペンで突いてきた。 団長様はまたトンデモ計画をお考えになったらしい。 (やれやれ…)といつもの様に思いながら 「なんだ?ハルヒ」 そう言っていつもの様に振り返る。 だがそこから先はいつもとは違った。 俺が身を捩り、ハルヒの方を向いたその刹那、 「ガタッ」という椅子の動く音と共に、ハルヒの顔が急接近してくる。 「なッ――」 俺が驚き声を出そうとしたその時、ハルヒは俺に―― …キスしていた。まうすとぅまうすだ。 そこ、早くも「アマァイ」とか言わないでくれ。 さて…人間が緊急事態に対処するにはどうすればいいんだっけか。 そうだ、まずは落ち着くことが大切だったな。 そしてもちつくには杵と臼と…もち米が必要だな。…いや待て違う。違うぞ俺。 落ち着くには…まずは状況整理だ。 1.ハルヒ俺を突く 2.俺振り返る 順番に箇条書きしてみました。 3.ハルヒ俺にキス なんだコレ?…ハルヒが俺にキス?幻覚だろ? しかし俺は幻覚を見てしまうようなアブナイ物には手を出してない。誓ってだ。 とか考えていると、ハルヒが上目遣いで顔を真っ赤に染めながら 「好き…」とか言ってきやがったな。 ここで俺はやっと事態を認識し、はっとクラスに目を向ける。 教師を含めクラス全員がこっちを向いて口を半開きにしている。 谷口に至っては上も下も全開じゃないか。 「その…付き合って」後ろから声。 俺はまたはっとなり、いつもよりか弱くなった声の主へと顔を向けた。 そこには俯いて真っ赤な顔をしたハルヒの姿がある。 「ハルヒ…?俺をおちょくってんのか…?」 訊ねた途端、目の前の完璧な美少女(性格除)はムッと不機嫌顔になり、 「そんな訳ないでしょ!さぁ、返事を聞かせなさい!10秒以内!」 と言い放った。さっきまでのか弱さが嘘のようだ。 というか告白早々ご機嫌斜めってどうなんだ、ハルヒよ。 「10…9…8…」 カウントが始まった。 しかし、本気でハルヒは俺をそんな風に思ってくれているのか? …俺はどうなんだ? 確かに今となっちゃハルヒの居ない日々は退屈で、考えられないモノなのかも知れない。 でもそれは恋愛感情とは別だろう…だが。 「5…4…3…」 あの日、閉鎖空間での出来事。 あれが何を意味するのかなんて知った事じゃないが、あの時確かに俺の中には妙な感覚があった。 その感覚が日に日に増していくのも感じたが。 それは兎も角、またあんな空間へ連れ込まれちゃたまらない。ここはちゃんとした返事をするべきだな。 「2…1…」 「あぁ、俺も好きだ」 やけにサラリと言えた。 「…本当に?…まぁいいわ、決定ね。つ、付き合いましょう」 誰か俺を世界を救う勇者だと崇めてくれ。今の俺ならりゅ○おうも楽勝で倒せただろう。ゾ○マはちょっとキツイが。 なんたって授業中の急な告白にその場で応えたんだからな…って、授業中? 俺は再びクラスの方を見た。 そこにはさっきよりも美しい表情でこっちを見つめる連中の顔が並んでいた。 しかし女子は…何やら少し視線が冷たい。 …というか、怖いから。絵的に。 そんな連中を見てもハルヒは全くお構いなしで、薄い赤に染まった笑顔をこちらに向けていた。 「やれやれ…」 キーン…コーン…カーン…コーン そうして、何だか半信半疑な状態のまま4限目の授業が幕を閉じた。 (ハルヒは本気なんだろうか…?) 俺は未だに状況を把握し切れないまま、空腹という名の魔物を退ける準備に入る。 だが、これから襲ってくるであろう空腹以上の敵が何なのかを俺が予想するのは簡単だった。 そう。俺はこの昼休み、クラスメートの鮮やかなまでの冷やかしに耐えなければならないのだ。 というか既に絶頂だ。 さて、予想通りだが谷口がニヤニヤしながら弁当を持って俺の席に近づいてくるのが見える。しかしそこは谷口。 「キョン、やるなお前!!見損なったぞ!」 お前にそっとして置いて欲しいなんて事を望んだ俺が間違いだった。 タイミングの悪さ、あからさまな日本語ミス。すべて完璧だ。 こいつは天才かも知れん。勿論分野は不明だ。 「チキンなキョンなら応えられないと思ってたんだけどなぁ」 そう言って国木田までもが笑顔で俺の席に着く。 最近こいつにも毒がある気がするな…。 「やれやれ…」 俺は今日何度目になったか分からないその言葉を呟きながら、机にかけてある鞄から弁当を取り出す。 「キョン…」 …この世に神なんて居ないな。うん。 後ろから俺を呼ぶハルヒの声。いつに無くしおらしい声だった。 今俺とハルヒが話すと会場の冷やかしムードが全盛期を迎えるだろうに。 「どうした?」 振り向くと、頬を赤らめたまま上目遣いなハルヒ。 (いつもこうしてりゃ反則的な可愛さなんだがな…) ちなみに、視界の端で谷口が思いっきりニヤニヤしている。 古泉とはまた別の意味で気持ち悪い。やめろ、やめてくれベストフレンド。 「お…お弁当作ってきてあげたから。の、残さず食べなさいよ!」 ハルヒはそう言って俺の目の前に異常なデカさの弁当箱を突きつけた。 告白直後に手作り弁当。幾らなんでも準備が良すぎだろう。いや、嬉しいが。 団長様の突然のご好意に戸惑ったのか、俺はこんなことを口走っていた。 「ちょ…お前これ量多すぎじゃないか?」 …しまった。言った後後悔した。 スマン古泉。バイトが増えるかもしれん。 何で今日に限って頭の回転が悪いんだ、俺。 それを聞いてハルヒはいつもの不機嫌顔になる。 「な、何よ…!折角あたしがキョンの為にたくさん作ってきてあげたのに…」 横で谷口が「何てことを!」という表情で口(勿論上下だ。もう注意する気にもならん)を空けたまま俺を見ていた。 国木田も「何やってんの…」という目で俺を否定している。 流石に謝るべきかもしれない。 …というか、何故クラスの皆は一方的にハルヒの肩持ちをするんだ。しかも皆心なしか俺を睨んでいる。 俺は何か妙な事やっちまったか…? 「あー…ハルヒ」 「…何よ」 ハルヒはいつもの様に俺を睨んだつもりらしいが、その表情にはどこか寂しさが見え隠れした。 「その…すまなかった」 「………」 ハルヒはまだ俺を睨んでいる。なんとその眼にはうっすら涙が溜まっていた。 あぁ、ハルヒ。お前にはそんな表情は似合わんぞ。ということで… 「弁当、貰っていいか?」と生死を分かつ大勝負に出る。 「……当たり前でしょ…米一粒でも残したら死刑だからね!」 どうやらあのままだと俺は本当に死んでいたらしい。 ハルヒは俺に死刑宣告を放ったあと、そっぽを向いてしまった。 俺がクラスメートの放つ含みの有る視線を全身で受け止めたのは言うまでもない。 ハルヒの弁当を受け取り、「やれやれ…」と、谷口と国木田の方を向く。…居ない。 二人のベストフレンドは非常に爽やかな笑顔で俺の席を遠くで眺めていた。 …なんだ?これはつまりアレか…? できればそういう気遣いはして欲しくないんだが…。 まぁこうなると半ば覚悟してしまっていた俺は、ハルヒの方に向き直る。 「…!…何よ。まだ何か用?」 いや待てハルヒ、それが数分前にできた恋人に言う台詞か? まぁ十分有り得るが。 「よかったら弁当…い、一緒に食わないか?」少し緊張してしまう。 「…ほんと?」 「え?…あぁ」 ハルヒは急に太陽の様に輝く笑顔になった。 なんだ?コイツはこれを言って貰えなくて拗ねてたのか? 「どう?あたしなりに上手くできたとは思うけど」 だろうな。普通に美味い。性格以外完璧なだけはある。口が裂けてもこんな事は言えないが。 「美味いよ。ありがとな」 「…そ」 お、照れてるなw かくいう俺も相当恥ずかしいんだが。 「じゃあこれから毎日作ってきてあげるわ。感謝しなさいよね…」 「あ、あぁ…すまんな」 「いちいち気にしなくていいわよ…馬鹿」 不機嫌な声を装いつつも、その表情は微笑んでいるように見えた。 そんなこんなで、端から見ればまさにカップルな雰囲気のまま昼食を食べ終え、今担任の岡部によるホームルームが始まったところだ。 (そういえば今日は個人懇談で四限だけだったか…) この際昼休みの存在などにツッコむのはマナー違反だ。誰にでもミスはある。居直りだ。 心なしかHR中もクラスの連中がこっちをチラチラと見ている。恥ずかしいったらないな。 しかし冷やかしも幾分大人しくなり、安堵と共に再び眠気との激闘が幕を開ける。 「ねぇ、キョン…?」 えーと………デジャヴ? 確か数分前に聞いた事があるような気がする。 まぁ正体が何なのかは分かっている。 「なんだ…ハルヒ…?」 眠気を押し退けつつ訊ね返す。 「…キスして」 どうやら俺はおかしな夢を見ているらしいな。 一応空模様を確認した――青い。閉鎖空間ではないみたいだな。一安心だ。 「すまん寝ぼけてた。もう一回言ってくれ」 「バカキョン!キスしてって言ったの!今すぐ!」 クラスの動きが止まり、教室は静寂の空間に変わる。 ハルヒが何やら叫びやがったな…内容は…あー… ―――!!! 「な、なな何言ってんだハルふぃ!」 噛み噛みだちくしょう。 「…嫌?」 …急に大人しくなりやがった。台詞だけ見た奴は長門と勘違いするかも知れない。 ハルヒは再び反則技:上目遣いで俺に挑んできたが、流石に恥ずかしすぎる。 ここは男らしく華麗にサラリと受け流す作戦で行こう。 「大概にしろ!…今はHR中だろ」 少しキツかったかもしれない、しかし現状打破にはこれしか無いんだ。スマン古泉。 (お詫び次第では許してあげない事も無いですね) 何か幻聴が聞こえたがこれも勿論無視だ。…というかどういう意味だ。 「…じゃ、放課後ならいいのね!!?」 どうやら俺の作戦は全て裏目に出てしまったらしい。 今やハルヒは調子を取り戻し、恥ずかしいことを平気で大声に出している。 脅すような裏のあるニッコリが俺を捕らえて離さない。 「…まぁとにかく、その話は後だ」 辛うじて返した言葉がこれだ。しっかりしろ俺。 「…先に帰ったら殺すわよ。バカキョン」 あのー涼宮ハルヒさん?脅してまで唇を奪う…もとい奪わせるのはどうなんでしょう? 「お前ら、イチャつくのは構わないが、大声を出すのは感心しないな」 笑い声が起こる。岡部にまで冷やかされてしまった。 明日からの授業を想像しただけで恐ろしいが、今更どうしようもない。やれやれ…。 放課後、俺はハルヒが掃除当番を終えるのを教室の外で待っている。 (今日は無茶苦茶だったな…) 今更だが自分の頬をつねってみる。 痛ぇ。やっぱりアレも夢じゃないんだよな…。 そうこうしている内に、ハルヒが教室から出てきた。 「お待たせ!じゃ部室に行きましょう」 「あぁ…」 「何よ、元気ないわね!…ほ…とに…あた…こと…きなの?」 「え?」 「………何でもないわよ!」 言ってハルヒは俯いてしまった。 何て言ったのか訊き返そうとも思ったが、ハルヒが急に不機嫌になっていたので遠慮した。 『それでは、準備が出来次第『…2人が来る』』 ガチャ… ハルヒらしくない元気の無い扉の開け方。 部室には他のSOS団が全員揃っていた。 「………」 「え…あっ、涼宮さん!遅かったですね」 いつもの三点リーダと癒しのオーラが俺とハルヒを迎えてくれた。 「うん。掃除当番。それよりみくるちゃん何話してたの?」 「ふぇ!?…な、な何でもないですよぉ~」 「そ…」 ハルヒにしては素っ気無い対話。 それにしても朝比奈さんは何をあんなに焦ってらっしゃるんだ。 さっきのアレは密談か何かだろうか。 しかしそんな妄想も一瞬で振り払われた。 古泉が、普段見せないような、冷ややかな笑みを浮かべ、俺を見つめていたのである。 「キョン君。トイレに行きませんか…?」 表情をいつもの柔和な笑みに戻し、古泉が言う。 「あ、あぁ…」 何だってんだ。今日は。 そうして俺は古泉によってトイレに拉致され、面と向かう形になり、古泉が話を切り出した。 「…あなた、涼宮さんに何をされたんです…?」 何を言い出しやがったコイツは。まさか知られてないだろうな…。 「…どういうことだ?」 「彼女のあの落ち込みよう…あなたが関わっているとしか思えないのですがね。何たって恋人な訳ですし」 知ってやがった。 一瞬、俺は銀河系の神秘を垣間見た気がした。 「…ちょっと待て古泉。お前何故それを知ってる?」 「フフフ…風のたy「嘘はいいっての」」 「そうですね。では単刀直入に申しましょう。あなたは今日、涼宮さんと恋人になったにも関わらず、 彼女の好意を素直に受けず、すこし厳しく当たってしまわれたのではないですか?例えば…」 「何言ってんだ古泉…?」 言葉とは裏腹に、一気に焦りと不安が俺を襲った。 ハルヒの不機嫌の原因は俺の行動だったのか。 というか、本当は気づいてたんじゃないか?俺。 「おやおや、あなたは真性の鈍感男ですか?…分かっているはずですね?」 …しかしここまでストレートだとはな。たった三行で。しかも俺も小学生並みの反論しかできんなんて笑い話にもならんな。 というか、一緒に弁当食ったのは不機嫌解消のネタにはならんのか。やれやれ… 「あぁ…そうだな」 「では、あなたのやるべき事ももうお分かりですね」 「あぁ…分かってる」 覚悟を決めた。 「やけに素直になりましたね。一つ僕とも愛を「断る」」 やはりHRの時に聞いた幻聴は幻聴じゃなかったのかもしれないな。 「そうですか…残念です」 本気で残念がるな、気持ち悪い。 「実は、皆さんにはもう作戦を提案してあります。僕自身はバイトで帰る、ということで」 「あぁ、すまんな」 「お礼ならk「断る」」 「そうですか…」 とりあえず嫌な予感がしたから断っといたが、「k」の先がが何なのかは考えたくもないな。 話が決まったところで俺たちはトイレから出て、今も不機嫌モードであろう我らが団長、 涼宮ハルヒの居る部室へと向かった。 作戦について小声で話し合いながら、俺たちは部室に戻った。 それと同時に古泉は何やらハルヒにだけ見えないタイミングで全員にウィンクを送った。 多分これが開始の合図なんだろう。…何故か緊張してきた。 「………」 長門は顔を上げ5mm頷く。果たして今日こいつは喋るのだろうか? 「…喋る」 喋った。 「…何、有希?」 あ、ちなみにこの台詞はハルヒの台詞だ。 最早長門と全く区別が付かんな。 「…何でも無い」 そういうと長門は読んでいた本を閉じる。 「あ、ぇと…涼宮さん!」 相変わらずの慌てっぷり。癒されます。 「何?みくるちゃん」 「今日は私と長門さんで買い物に行くので、その…ここで帰らせて頂いても…」 「…わかったわ」 朝比奈さんも相当な罰を覚悟していたのだろう。 安堵の息を漏らすのを俺は聞き逃さなかった。毎度お疲れ様です。 「じゃ、帰りますね」 「………」 「じゃあね。また明日」 ハルヒの言葉に見送られ、長門と朝比奈さんは部室を後にした。 「さて、涼宮さn「古泉君も帰るなんて言い出すの?」」 ハルヒの強い口調に古泉は少しタジったが、すぐいつもの胡散臭い笑顔を作り、 「はい…何分急なバイトが入りまして」 「…わかったわ。また明日」 「はい。では」 部室を出る時、古泉が俺にアイコンタクトで 『本当にバイトが入らなければ良いですが…』 と言っている気がした。って何で俺は古泉と眼だけで会話してんだ、気持ち悪い。 『愛・コンタクトですね!』 背筋が凍る…勘弁してくれ…。まぁ、今回は借りがあるから水に流してやるか。 さて、問題はこれからだな…。 ハルヒは相変わらず不機嫌オーラを振りまいている。 こいつの機嫌を何とかしないと、古泉に借りができてしまうな。 それどころか世界の危機に発展するかも知れない… いや、それとこれとは違う。 俺はハルヒにそんな力が無かったとして、告白を断っただろうか。 俺は「世界の為」に告白を受け入れたのか? …答えは分かりきっていた。 俺はやっぱり… 部室に戻って10分が経った。 しかし、俺自身の本当の気持ちを理解してしまってからたった数分の間で、 ハルヒはやけに遠い存在になってしまっていた。 ――恐怖。 それそのものだった。 告白は嘘だったんじゃないかと思うくらい、ハルヒの眼は死んでしまっていた。 話しかけても眼を合わせてくれない。やれやれ…甘々の予定だったのにな。 それでもここで退くわけにも行かない。 「――なぁ、ハルヒ…」 「何?」 暗く、温かみの無い返事。 入学当初のハルヒを見ているようで、俺の胸はいたたまれない気持ちでいっぱいになった。 「その、一緒に帰らないか…?」 断られるかも知れない。それならこの場ででもいい。 場所なんてどこでもいいさ。兎に角2人で話をつけなきゃならない。 「………別に。構わないわよ」 奇跡的にもOKを貰えた。言ってみるものだ。 …まだ眼は合わせてくれなかったが。 俺とハルヒは互いに無言のまま、部室を片付けて足早に校門を出た。 気まずい空気だが、一緒に帰る許可を貰ったからか、もう焦りは無かった。 しかし、どう切り出したものかね…。 打ち明ける方法を必死で考えている内に、ハルヒと分かれる分岐点が近づいてきた。 …もう、いい加減にしろ俺。覚悟なんてあの時トイレで決めてたはずじゃ無かったのか? 「ハルヒ…」 「………」 返事が無い。 まぁ帰りに誘っといて一言も喋らないんじゃ、嫌われたってしょうがないよな…。 正直に申し上げて、今俺は泣きそうだ。 ハルヒが俺にとってどれほど大事な存在なのかを痛感した気がする。 「ハルヒ…俺の眼を見てくれ」 「………嫌」 その声は儚く、寂しげな涙声だった。 「頼む。少しだけでいい。お前に言わなきゃいけないことがある」 「うるさい!!」 俺はショックを受けた。目の前で俺を睨んで立つ少女は、殆ど裏声でそう叫んだのだ。 「何が『言いたいことがある』よ!!あたしが色々言ってもろくに反応もしなかったくせに!!」 「その事だ…本当にスマン。ハルヒ」 「うるさいうるさい!!本当はあたしのこと好きでも何でもないんでしょ!!」 「そんな事ない!!」 「嘘ね!!」 「嘘じゃない!!」 いつしか2人の間で叫び声が飛び交っていた。 「嘘に決まってるわ!!毎日毎日アゴで使われて、休みの日も朝から呼び出された挙句奢らされて… ………嫌いになるに…き、決まってるよね…ヒクッ…ぇう…」 「…?…ハルヒ…?」 お前はそんな事――― 「も、もうあたし、ヒクッ…帰るね…」 そう言ってハルヒは俺にまた背を向け、そのまま走り去ろうとした。 「待て、ハルヒ」 そういって俺は、その少女の細くて華奢な腕を掴んだ。 「…は、離してよ…!ぅうっ」 「そうもいかない。勘違いされたまま帰られたら俺が困るんでな」 「………」 「ハルヒ、聞け」 もしお前が居なかったら、俺は退屈な毎日に絶望してただろう。 お前が居るから、毎日が楽しい。 その為なら少しくらいの苦労は耐えられる。 それにな、ハルヒ――― ―――俺には、お前に何されても毎日笑ってられる理由があるんだぜ――― 「お前が、好きだ」 世界の為とか、そんなものはどうでもいい。昼間のとは恐らく違う、心から出た言葉。 ただ、俺は今目の前に居るお前に心底惚れちまったんだ。きっとな。 「………本当に?」 あぁ。 「本当に本当に本当なの?」 あぁ、誓ってだ。 「………キョンの馬鹿!馬鹿ばかバカ!!!」 そう言って俺の胸に顔を埋め、肩を連打しながら大声をあげて泣く少女。 涙を通して人間らしい温かみが伝わってくる。 なんだ、考えてみればハルヒだって普通の女じゃないか…。 「あたしが…ヒクッ…どんだけ寂しい思いしたと…ぇぐっ…思ってるのよ!」 「遅くなって、すまなかったな」 しばらくして、ハルヒは顔を上げた。 まだ涙をボロボロこぼしながら、それでも今までで一番の、輝く様な笑顔でこう言った。 「そうよ!遅刻した罰として、これから先ず――っと、日曜日はあたしに一日服従よ!!」 やれやれ…いよいよ俺に休暇ってもんは許されないのか…。 まぁ、それもそれでいいだろう。 やっぱり恋人になってもこいつには敵わない。 「あと…やっぱ恋人になったんだし…ね?」 ハルヒはそう言って甘えた眼で俺を見た後、猫の様に俺の腕に抱きついてきた。 笑顔のハルヒの頬ずりが、心地良かった。 それと―――SOS団の皆には大きな借りができちまったらしい…土曜日はまた俺の奢りかな。 fin
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金 は人類の発展の中で生み出された素晴らしいシステムである。 このシステムがあって現代社会は成り立っているのだといっても過言ではない。 しかし、長所ばかりではない。 金に価値がありすぎるために金を巡っての争いが起きたり、 金をあまり持たない者が社会的に弱い立場になったりする。 今の日本には、物々交換していたころの人々のような暖かみが必要だろう、とたまに思ったりする。 さて、かくいう俺も金の無い高校生のひとりだ。しかし、今、俺は金が必要だ。 金が無い高校生が金を稼ぐためにすることといえば、そう―― 「バイト・・・ですか?」 部専用の癒し系メイドさんがきょとんとした顔で答えた。 「そうです。朝比奈さん、なにかいいバイトご存知ありませんか?」 「知りませんね・・・。すいません。私バイトしないので。 でもどうしてお金が必要なんですか?」 そうだな。うるさい団長様もまだ来てないことだし、今の内に話しておくか。 「長門と古泉も聞いてくれ。実はだな。」 俺は自分の計画していることを他の3人に話した。 「あー。そっかー。そうですよね。そっかー・・・。」 朝比奈さんは納得したように手を叩いた。 一方、長門は何一つリアクションする事なく、黙々と読書を続けている。聞いてたのか? 「聞いていた。」 そうか。ならいいんだが。何かリアクションがないと聞いてないのかと勘違いしてしまう。 「それはまた、面白そうな話ですね。でもやるなら涼宮さんにバレないようにしないと。 バレたら色々と面倒そうです。」 古泉がニヤケ顔で言う。面倒になるから、ハルヒがいない時にこの話をしたんだよ。 「それで、資金は誰が出すのですか?なんなら 機関 の方で用意させてもらっても結構ですが?」 それじゃあ意味が無いだろう。何の為にやると思っているんだ?資金は俺達で出すに決まっているだろう。 「冗談です。そんな本気な顔しないでください。」 古泉はニヤケ顔を崩さず小さく手を振る。 お前の冗談は冗談に聞こえない。それに笑えないぞ、古泉。 「すみません。僕にギャグセンスは無いもので。 でも、あなたがクリスマスにやったあれよりは良いと思いますがね。」 やめろ!あの時の話はするな!思い出したくない。1秒たりとも思い出したくないぞアレは。 「キョンくん、それだと私もお金が足りないんですけど・・・。」 俺が古泉を睨んでいると、横で朝比奈さんが言った。 俺は顔を朝比奈さん専用スマイルに切り替えて応対する。 「それだったら、朝比奈さんも一緒にバイトを探しましょう。」 「僕も一緒にいいですか?」 古泉が割り込んでくる。 「お前にはもうバイトがあるだろう。赤い玉になってぴゅんぴゅん飛んでりゃいいじゃないか。」 「閉鎖空間も随分ご無沙汰でしてね。仕事が来ないんじゃ稼ぎようもありませんよ。」 古泉は肩をすくめてみせた。俺がその怪しい古泉の動きをじっと見つめていると、 「何て、冗談です。僕は充分お金を持っていますよ。」 冗談に聞こえないし、どこから冗談かわからないし、笑えないし、自慢くさいし、憎たらしい。 「おやおや、嫌われたものですね。」 古泉はまた肩をすくめて見せた。お前は1日に何回肩をすくめているんだ。 「そうか・・・あの店だったら雇ってくれそうですね・・・。」 俺がバイト先はそこにしようかと考えていた時、 「ヤッホーー!!遅れてゴッメーン!」 うるさいのが来た。 「ん?何これ?求人情報誌?」 ハルヒが俺が長テーブルに置いていた求人情報誌を手にとる。 「何あんた。バイトなんかするの?」 「しねぇよ。それは古泉のだ。」 と、嘘をついておく。古泉は一瞬驚いたような顔をしたが、 「ええ、ちょっと高校生らしくバイトでもしてみようか、と持ってきたのですが、 見たところ僕向きなバイトは無いようです。 やっぱり僕は部室でボードゲームをしてる方が気楽でいいですよ。」 と、冷静に対応した。ちっ、もうちょっと困れよ。 「ふーん。」 ハルヒは求人情報誌を古泉に渡し、またいつもと同じ場所に座った。 「王手。」 「お手上げです。」 今日もまたいつもと同じSOS団の風景だ。 俺と古泉は、古泉のボロ負けの将棋を楽しみ、 朝比奈さんは編み物、長門は読書だ。 我等団長様は、電脳界の不思議探しと銘打って ネットサーフィンをしながらニヤニヤしている。何がそんなに面白いのだろうか。 そして黙々と時間は流れ―。 ぱたん。 本が閉じられる音。これがこの団解散の合図だ。 「今日はみんなで一緒に帰りましょ!」 ハルヒが元気ハツラツな顔で言う。 「悪いハルヒ。俺と朝比奈さんはこれから少し用事があるんだ。」 そういうと、ハルヒは元気ハツラツな顔を解き、口をへの字にして、 「何よぉ、つれないわね。まぁいいわ。有希、一緒に帰りましょう!」 「そう」 古泉を忘れているぞ、ハルヒ。 ハルヒ、長門、古泉と別れ、俺は朝比奈さんと肩を並べて大森電気店に向かった。 「やぁ、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」 店につくと、店主さんが愛想のいい笑顔で話しかけてきた。 「いやぁ、今日は少し、お願いがありまして。」 俺は店主さんに事情を説明した。 「そういうことかい。丁度、お手伝いさんが欲しいと思っていたところなんだよ。 うちでいいなら、よろしく頼むよ。」 「本当ですか!?」 朝比奈さんと俺は同時に言った。 「ああ。ところで、土日はいいとして、平日はどうするんだい?」 「早めにお金を貯めたいので、俺は平日も学校が終わったら来ることにします。」 「お嬢ちゃんは?」 「えーっと・・・。キョンくんがそうするならわたしもそうしようかな。」 「わかった。準備しておくね。じゃあ、今日は帰って明日また来なさい。」 「はい。ありがとうございました。」 俺と朝比奈さんは、声を合わせてお辞儀をし、その場をあとにした。 次の日。 「キョン、今日も来なさいよ。」 「何処にだ。」 「決まってるじゃない。SOS団部室よ。」 わかっている、と言いかけて俺は口を止めた。そうだ、今日からバイトだ。 「すまんなハルヒ。俺はしばらく顔を出せないと思う。」 「えっ?どうして?」 「バイトがあるんだ。」 俺がそう言うと、徐々にハルヒの眉が吊り上がっていった。 「なーに言ってるのキョン!!バイトなんかよりSOS団を優先させなさいよ、SOS団を!」 「この間の不思議探索パトロールのときのおごりで、俺の所持金が底をついてしまったんだよ。 俺も苦労してるのさ。」 「何が苦労よ!!そもそもあんたが集合時間に遅れなきゃいいんじゃない!!」 ハルヒは立ち上がって言った。眉がますます吊り上がる。 「俺は他の団員のために自らおごりを引き受けているのさ。」 「下手な嘘つくんじゃないの!どーせ毎日寝坊してるだけでしょう?」 「それに、あんたが来なけりゃ・・・!!」 ハルヒはそこまで言うと、口を開けたまま静止した。どうした? 「・・・いや、何でもない。」 ハルヒはそう言うと、黙って席に着いた。なんだってんだ? そんなことをしていると、担任の岡部が教室に入ってきた。 「よーし。ホームルーム始めるぞ。」 そして放課後。 ハルヒと別れを告げて、俺は学校を出た。 校門まで行くと、朝比奈さんが両手で鞄を持ちながら立っていた。可愛らしい。 「朝比奈さん。」 俺が言うと、朝比奈さんはこちらに気付いたらしく、ぱたぱたと駆け寄ってきた。 「行きましょうか。」 大森電気店につくと、店主さんは丁度大型テレビの入ったダンボールを運んでいるところだった。 「やぁ、来たね。」 店主さんはこちらに気付くと、顔を上げてそう言った。 「こんにちは。」 「はい、こんにちは。じゃあ、まず作業服に着替えてもらうね。」 作業服? 「うん、これ。」 店主さんは服のわき腹の部分を摘まんでぴらぴらさせる。 緑色のこの服、これが大森電化店の作業服らしい。 「奥に用意してるからね。そこで着替えてきて。」 「わかりました。」 電気店の奥のドアを開けると、畳が敷かれている小部屋があった。 ここが店主さんの移住スペースらしい。さらに奥に2階に続く階段がある。 ちゃぶ台の上に、二人分の作業服が置いてあり、その上にメモ書が置いてある。 これに着替えてね だそうだ。 「じゃあ着替えますか。」 「待ってください。」 朝比奈さんはきょとんとする。 「ここで二人で着替えるわけにもいかないでしょう。 俺は少しの間外に出てますから、その間に着替えてください。」 そう言っても朝比奈さんはまだきょとんとしていたが、 10秒ほどして意味が理解できたらしく、顔を赤らめて、 「あっ、そうですよね。着替えるところ見られるのはお互い恥ずかしいですよね。 すいません。それじゃあお先に。」 朝比奈さんになら俺の下着姿を見られても問題ないが。 とかくだらないことを思いつつ、俺は部室の時と同じように一礼して部屋を出た。 「どーぞ。」 朝比奈さんの可愛らしい声を確認し、俺はドアを開けた。 中には、作業服の朝比奈さんがいた。 メイド服の可愛さには劣るものの、これはこれで別の可愛さがある。 まぁ朝比奈さんが着ればどんな服でも可愛く見えるのだが。 「じゃあ、次はキョンくんどうぞ・・・。 私は店長さんに仕事を貰ってきますね。」 そう言うと朝比奈さんは部屋を出てぱたぱた走っていった。 さて、着替えるか。 初めての電化店での仕事は意外にも、かなりしんどいものだった。 主な仕事は大型の電化製品を運ぶことで、 その他には店の商品に値札をつけたり、商品の確認、などなど。 電気店の仕事がこんなにきついものだったとは。 バイトの終了時刻は夜9時。 その頃になると、俺も朝比奈さんもへろへろになっていた。 「お疲れさん、今日の給料だよ。」 給料が入った封筒が手渡される。 今日は帰ったらすぐ寝よう。 今日もまたあのしんどい上り坂をのぼり、登校。いやになるね。坂にエスカレーターでもつけてくれないものだろうか。 教室に入るや否や、ハルヒが大声で言ってきた。 「キョン!あんたが働いているところ何処?」 「大森電気店」 俺は鞄を机に置きながら答えた。 「えっ、そうなの?」 ハルヒは意外そうな顔をする。 「どうしてだ?」 「いや、みくるちゃんも急にバイト始めるとか言い出して、 ひょっとしてあんたたち同じところに働いてるんじゃないかって思ってたんだけど。」 思ってたんだけど・・・?俺達は同じところに働いているはずだ。 でもハルヒがそう言っているってことは・・・。 「朝比奈さんは何処で働いているって言っていた?」 「近所の喫茶店だって。」 「へぇ。」 喫茶店?何故嘘をついているんだ、朝比奈さんは。 とりあえず、朝比奈さんにも何か理由があるのだろうから、ハルヒに本当のことを言うのはやめておいた。 今日は日曜日。不思議探索パトロールの日だが、俺と朝比奈さんは欠席することになった。 「おはようございます。」 俺が電気店に着いた時、朝比奈さんはもう作業服に着替え、作業を始めていた。 真面目だな、この人は。これでドジがなければどれだけ有能な店員だろうか。 「彼女は真面目で助かるよ。」 と、店主さんが笑いながら小声で言った。 「ところで朝比奈さん。」 「何です、キョンくん。」 「あなた、ハルヒにバイト先嘘教えてましたね。何故です。」 俺がそういうと朝比奈さんはビクッとした。何故驚く。 「だって、私とキョンくんが一緒に働いてることを涼宮さんがしったら、 また涼宮さん モゴモゴ・・・」 なんかモゴモゴ言っているが、何をいっているのか分からない。 まぁいいか。 日曜日なだけに、平日よりも客の数が多い。 それに合わせて俺達の仕事量も増える。日曜日だから時間も長いし。 ふと時計を見ると、もう正午になっていた。あと半日、頑張れ俺。 「キョンくぅぅーん。これ、重くて持てないんですけどー。」 店の奥から朝比奈さんの声が聞こえてきた。はいはい、ただいま。 見ると、そこにはいつも持っているののテレビの段ボール2倍ぐらいのサイズの段ボールがあった。 段ボールの中身は冷蔵庫らしく、とても一人じゃ持てないだろう。 「俺はこっち側持ちます。朝比奈さんはそっち側持ってください。」 「あ、はい。」 俺と朝比奈さんは、合図と共に、同時に段ボールを持ち上げた。 段ボールを縦じゃなく、横に持った方が効率が良いというのは後で気付いたことだった。 俺と朝比奈さんは、段ボールを持ったまま店先にでる。 どすん。 「っと。これでよし。」 「ありがとうございました、キョンくん。助かりました。」 朝比奈さんが俺に向かって微笑む。 いえいえ、お礼なんていりません。あなたのその微笑みだけで充分です。 むしろお釣りがくるぐらいです。 ふと、フフフ、と微笑む朝比奈さんの背後の人影に気付き、 俺はぎょっとした。 無表情少女とニヤケ顔青年に挟まれた団長様が、そこにいるではないか。 「どういうこと?」 俺と目があうなり、ハルヒはそう言った。 「どういうことって、バイトだって言っただろう。」 「そんなことじゃないのよ。」 ハルヒの声がいつもより少しだけ冷たい気がしたのは気のせいじゃないだろう。 「みくるちゃん。」 ハルヒは朝比奈さんをじろりと睨む。朝比奈さんはハルヒの視線に身体をビクッとさせる。 「あなた、喫茶店に働いてるって言ったわよね。」 「言いました・・・。」 何だ何だこの険悪ムードは。ハルヒ、朝比奈さんを睨むんじゃない。 「キョン。なんであんたみくるちゃんと同じとこでバイトしてるって言わなかったの?」 ハルヒは今度は俺をギロリと睨んで言った。 「なんでって言われてもねぇ・・・。」 気付けば、この険悪ムードに圧倒されて、店の周りの客はいなくなっていた。 営業妨害だ、ハルヒ。 「帰るわ。」 ハルヒは不機嫌そうに踵を返すと、そのままずんずんと歩いていった。 何だってんだ。 バイト先を隠していたのがそんなに気に食わなかったのか? それにしてもそんなに怒る事はないだろう。ったく何考えてるのやら。 「ごめんなさい・・・私のせいです・・・。」 朝比奈さんが涙目で言った。何故朝比奈さんが謝る必要があるんですか。 「だって私が・・・・・・涼宮さんを騙そうと・・・」 朝比奈さんはそのまま俯いたまま、しばらく硬直し、 顔を上げると、何が起こったか把握できていない店主さんのところに駆け寄っていって言った。 「すみません・・・。突然ですみませんが私、今日でやめます。」 次の日、ハルヒはまだ不機嫌オーラを漂わせていた。 「今日もバイトがあるから。」 俺がそういうと、ハルヒは窓の外から視線を外さず言った。 「あっそ。みくるちゃんと頑張ってね。」 何なんだ、一体。とりあえず朝比奈さんの事を伝えるとするか。 「そうそうハルヒ。朝比奈さん昨日でバイトやめたから。」 そう言うと、ハルヒは少しだけ目を見開き、俺を見て、 すぐにまた元の不機嫌な表情に戻って窓の外に目をやった。 「そう。」 偶然にも帰りの廊下で朝比奈さんに会った。 聞いたところによると、今度こそ本当に近所の喫茶店でバイトをするらしい。 コーヒーをひっくりかえさないか不安だが。 そんな事を思いつつ、今日もまた大森電気店に向かう。 朝比奈さんと一緒じゃないと、仕事にやる気が出ない。 しかし、最近頭の中はバイトのことばっかりだ。バイト中毒か? 目的のために頑張らなくてはならないからな。うん、頑張れ俺。 バイトを続けてる間にあっという間に金曜日になってしまった。 もうバイトも慣れてきた頃だ。 さて、と。バイトいきますか、バイト。 と、自転車で坂を下っていると、見覚えのあるふわふわした髪の少女が目に入った。 「朝比奈さん!」 俺は自転車のブレーキをかけ、朝比奈さんの近くに停車する。 「あ、キョンくん。」 朝比奈さんは、もうすっかりハルヒに怒鳴られた時のブルーモードを脱したようだ。 一方のハルヒはまだ不機嫌オーラをムンムンさせているのだが。 「一緒に帰りましょう。鞄、持ちますよ。」 俺は朝比奈さんの鞄を受け取ると、空いている自転車の前かごの中に入れた。 「どうです、喫茶店の方は?」 「いやぁ、私のドジで店の人に迷惑をかけっぱなしです。」 朝比奈さんは右手を握り拳にし、自分の頭をコツンと叩いて、舌を出した。可愛い。 しかし、 ドジ ねぇ・・・。 俺の頭の中にコーヒーの入ったお盆をひっくり返して涙目の朝比奈さんの姿が浮かんだ。 そもそもハルヒが「みくるちゃんをドジっ娘にする!」 とか言い出さなければ朝比奈さんがこんなにドジをすることはなかっただろう。 「全く、ハルヒは朝比奈さんに迷惑かけてばっかりですね。」 「いえいえ、気にしてませんよ。」 朝比奈さんは微笑む。 「いえ、あんなのには一発ガツンと言ってやればいいんです。 『迷惑だ!』ってね。そうすればハルヒも少しはおとなしくな――」 「仲いいわね、二人とも。何の話かしら?」 突然発せられた声は朝比奈さんの声ではない。振り返ると、その声の主が立っていた。 「ハ・・・ハルヒ・・・」 「私が迷惑だって?」 ハルヒがいつものように眉を吊り上げる。声が微妙に震えてる気がしたのは気のせいだろう。 「いや、冗談だ、すまん。本気にするなよ。」 「ふーん。」 朝比奈さんは、ハルヒの姿を見るなり黙り込んでしまった。 「ハルヒ、今日SOS団は?」 「休んだわ。ノリ気じゃなかったのよ。 それで、帰るついでにキョンに荷物持ちでもさせようと思ってたけど・・・。」 ハルヒは自転車の前カゴをちらりと見る。 「先客がいるみたいね。」 そう言うと、ハルヒは俺をキッと睨みつけ、坂を駆け下りていった。 何だってんだ。最近機嫌が悪いな、あいつ。 横を見ると、朝比奈さんがまたブルーモードに突入していた。 俺はブルーモードの朝比奈さんを喫茶店まで送りとどけ、 また大森電化店に向かった。 足が痛い。筋肉痛だ。 「やぁ、また来たのかい、キョンくん。大丈夫かい?働きすぎじゃないかい?」 「いえいえ、大丈夫です。高校生の体力を甘く見ないで下さいよ」 俺は強がって見せたが、本音を言うと疲れていた。 しかし、 あの日 まで時間が無いんだ。弱音など言ってられない。 「さて、まずは何をすればいいですか?」 「じゃあ、そのテレビを運んでくれ。」 日が落ちてきた。バイト終了まであと30分だ。 「この段ボールも運ばなくちゃな。」 段ボールの取っ手を掴む。む?力が入らない。 疲れすぎか。ふぅ。 俺は一息置いて、今度は腰に力を入れてそれを持ち上げた。 これを店先に・・・っと。ん? やけに足元がふらふらとする。思わず手を離してしまった。 何だこれは?重力の感覚がおかしい。 上に引っ張られているような、身体が逆さになっているような。 あれ?視界が・・・ぼやけ・・・て・・・・・・。 目を開けると、そこには白い天井が広がっていた。 「お目覚めですか?」 横を見ると、古泉がナイフで林檎の皮を剥いている。 「あなたの看病をするのも2度目ですね」 看病?というとここは・・・。 上体を起こしてみる。病室だ。左手には点滴の針が刺されている。 「どうして俺はここにいる?」 「覚えていないのですか?あなた、バイト中に倒れたそうですよ。」 バイト中・・・。ああ、そうか。段ボールを運んでいる時にいきなり視界が真っ暗になったんだ。 古泉はしゃりしゃりと黙々と林檎を剥いている。 「ハルヒは?」 俺は無意識に聞いていた。 「涼宮さんですか・・・。一緒に見舞いに行こうと言ったのですが、行かないと。 説得したんですがね。どうしても行かないと聞かなくてですね・・・。 何やら様子が変でした。それで仕方無しに僕だけで来たんですよ。」 古泉は林檎を剥き終わると、それを一口サイズに切り、皿にのせる。 「長門と朝比奈さんは?」 「今頃彼女を説得していると思います。」 古泉はおもむろに紙袋からもう一つ林檎を取り出す。もういらねぇよ。 古泉が、3個目の林檎を剥きおわる頃、廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。 遅れて、誰かが喚く声も。 「・・・と・・・ちゃん・・・・・・ないって・・・・・・。」 ハルヒ?次第に足音と共に声が大きくなってくる。 「行きた・・・ない・・・言って・・・しょう?」 ハルヒだ。 「有希!!離して!!行きたくないのよ、キョンのところなんか。」 ハッキリ聞こえるぐらいの距離になってきた。 「離しなさい!!あの馬鹿キョンなんかほっとけば――」 「あなたは勘違いをしている。」 声がドア前ぐらいにきたところで、長門がハルヒの声を遮るように言った。 「何をよ。」 不機嫌な声なハルヒ。 「彼のこと。」 「キョンのこと?」 「そう。」 俺の事? 「どういうことよ。」 「彼がバイトをしていた理由。」 長門は淡々とした口調で言う。 「え・・・?」 「知ってる?」 「オゴリで金欠なんでしょ。そう言ってたわ。」 「違う。」 「・・・?・・・違うって?」 ハルヒはきょとんとした声で言う。 まさか、おい、長門。 「彼はあなたの誕生日プレゼントを買う為に働いていた。」 バラしやがった。俺の苦労が水の泡だ、バブル崩壊だ。 …。 沈黙が流れる。ハルヒは押し黙ってしまったようだ。 つられてこちらも黙ってしまう。 1分ほどたって、ハルヒが口を開いた。 「ちょっと1人にさせて。」 足音が、来た方向とは今度は逆の方向に響いていった。 それから10秒ほどして、がちゃり、と音をたて、静かに病室のドアが開いた。 長門と、付き添うように朝比奈さんが立っている。 長門は俺を見て、首を1ミクロンだけ下に動かし、部屋を出て行った。 なんだってんだ? 「じゃあ僕もそろそろ帰ります。林檎、食べてくださいね。」 古泉はニコリと微笑み、たたんでいたブレザーを羽織って、一礼して出て行った。 それから30分ぐらいたっただろう。 コンコン。 ドアがノックされた。 「どうぞ。」 がちゃり、と音を立て、ドアが開き、ハルヒがゆっくりと入ってきた。 「お前がノックして入ってくるなんて珍しいじゃないか。」 俺は笑って言う。 ハルヒは俯き気味だ。聞いているのか? 「聞いてるわよ。」 小さく言った。 ハルヒはとぼとぼとした足取りで俺の横まで来ると、古泉が座っていた椅子にすとん、と腰掛けた。 しばらく沈黙が続いた。 「林檎剥くわ。」 ハルヒはいきなりそういって、古泉が残していったナイフと林檎を手にとる。 林檎なら古泉が山のように剥いていってくれたが、まぁあえて言わないでおこう。 しゃりしゃりという音だけが病室に響く。 「痛っ!」 突然小さくあげられた悲鳴はハルヒのものだった。見ると、ひとさし指からじんわりと血が出ている。 「あー。何やってんだ。」 俺はハルヒの手をとり、ティッシュで血を拭いてやると、新しいティッシュで傷口を縛ってやった。 「あ、ありがと・・・。」 ハルヒはぎこちなく礼を言う。 俺はハルヒが剥きかけの林檎とナイフを手に取り、残りの皮を剥いてやった。 「・・・・・・あんた意外に器用ね。」 「林檎の皮剥きだけは得意だ。」 ハルヒはそのまま、傷口に巻かれたティッシュをじっと眺めていた。 「どうした、元気ないじゃないか。」 俺がそう言うと、ハルヒはしばらく黙り込んだあと言った。 「有希から聞いたわ。」 「聞こえてた。」 またしばらく黙り込む。こんなにおとなしいハルヒは珍しい。 「バイトで倒れたんですってね。」 「ああ、ちょっとクラッてきてな。情け無いぜ。」 「そんなに頑張っていたの?」 「まぁ俺なりには頑張った方だと思うが。」 「みくるちゃんがバイトしてたのも?」 今更隠す必要もないので本当のことを言ってやった。 「ああ、お前のプレゼントを買うために金を貯めてたのさ。」 「・・・・・・。」 再び沈黙が続く。今日は沈黙デーなのだろうか。 「キョン。」 少しだけ大きな声で言った。そして今度は小さく弱々しい声で、 「ごめんね・・・。」 ・・・・・・。 「ごめん、本当にごめんキョン。私、何も知らないで勘違いして。 皆の気持ちも知らないで・・・。ごめん。許して。」 ハルヒは俯き気味で言った。 ……こんなに弱々しいハルヒも可愛いな。しかし―― 「やっぱりお前は笑顔が似合う。」 俺が言うと、ハルヒは何の事を言われているのかわからなかったらしく、 ぽかんと口を開けた。 「ハルヒ。許してくれもなにも、俺は最初から怒っちゃいねぇさ。 多分朝比奈さんもな。だからもう気にするな。 いつものような笑顔を見せてくれ。」 俺がそういうと、ハルヒは少しだけ目を見開いた。 そして、両目を右手で覆って、小さな声で言った。 「ありがとう・・・。」 ハルヒはそのまますくっと立ち上がると、 病室のドアの辺りまで歩いていき、立ち止まって振り向かずにもう一度言った。 「ありがとう・・・・・・キョン・・・。」 そしてハルヒはそのまま病室を出て行った。 ドアの足元に2,3滴の大粒の雫が落ちていた。 がちゃり。 きた!! パァァァァァン!! 「誕生日おめでとーーう!!」 突然のクラッカー攻撃に、流石のハルヒも驚いたらしく目を見開き、口をぽかんと開いた。 よし、いいぞその表情。俺は手元に控えていたデジタルカメラで、その間の抜けた顔を撮ってやった。 部室の窓にはクリスマスの時のように、スプレーで ハルヒ 誕生日おめでとう と書かれている。 ただし、今回これを書いたのは俺だけどな。 「どうぞ、こちらへ。」 古泉はハルヒを団長席に案内する。 「ありがと、古泉くん。」 ハルヒはいつものように団長席に座り、斜め上方向に人さし指を突き刺して言い放った。 「さぁ、あんた達!!私を祝いなさーい!!」 なんだそのふてぶてしさは、と思いつつ、だが、これがハルヒらしいな、とも思っていた。 クリスマスのときと同じく、今日も鍋を持ってきた。 今回は俺特製鍋だ。学校で鍋を作ったりすると生徒会の方がうるさいが、 こんな日ぐらい騒いでもばちはあたらないだろう。 それで、食事風景だが、長門は毎度のごとく力士のようにもりもり食べ、 朝比奈さんは、ちまちま少しづつ肉をちぎりながら可愛らしく食べており、 古泉は何か横でべらべらと鍋に関するうんちくを並べていたが、ぶっちゃけ聞いていなかった。 ハルヒはというと、肉と野菜の位置がどうこうだとか、具がどうこうだとか、 俺の鍋に色々と文句をつけつつ長門に負けないぐらいのスピードで肉を頬張っていた。 俺が自分がほとんど食べていない事に気付いたのは具が全部無くなった時になってのことだが、まぁいいだろう。 「それでは、涼宮さんへのプレゼントタイムとしましょう。」 司会っぽく言うが、お前を司会にした覚えは無いぞ、古泉。 勝手に仕切るな。とか思いつつ、俺達はプレゼントタイムに入った。 最初にプレゼントを渡したのは長門だった。 綺麗な包装がされており、ハルヒが開けてみると、中には 何やらカタカナがやけに多いタイトルのハードカバーが入っていた。 SF学園モノ、だそうだ。どういうジャンルだ? 長門はハルヒに無言でプレゼントを渡すと、またいつものように本を取って 窓辺のパイプイスに座って読書を始めた。 こんな時ぐらい読書はやめようぜ、長門。 次にプレゼントを渡したのは朝比奈さん。 紙袋の中から取り出したのは、少し大きめのテディベアだった。 テディベアはどっちかというと、ハルヒより朝比奈さんが持ってるほうが似合うが、 まぁハルヒも喜んでいるのでそれは言わないでおこう。 「僕からはこれです。」 といって古泉が取り出したのは小さな箱だ。なんだこれ? 「フフフ、まぁ見ててくださいよ。」 古泉がその箱をパカッと開けると、オルゴールが流れ始めた。 ん・・・?この曲は、ハルヒが文化祭でやったENOZの曲じゃないか。 「そうです。僕の知り合いに作ってもらいました。」 「すごいじゃない!ありがとう古泉くん。」 ハルヒはオリジナルのオルゴールに感激していた。 「じゃあ次は俺のプレゼン――」 そこまで言った時、俺はとんでもない光景を目にした。 なんと、長門が本を窓の外に向かって投げているじゃないか。 長門はすくっと立ち上がると、ハルヒの背中をちょんちょんとつついて言った。 「風で本が飛ばされた。拾ってくる。」 ハルヒは不思議そうな顔をする。 「いや、長門、お前今自分で――」 と言ったところで、突然俺の唇が動かせなくなった。アリかよ!反則だ! 長門がすたすたと部室を出て行くと、ようやく俺は長門の呪縛から開放された。 「あ、お水が切れてる・・・。汲んできますね。」 そう言って今度は朝比奈さんが出て行った。 「じゃあ、僕はトイレにでも、ね。行ってきますよ。」 古泉はニヤケ面でドアのところまで行き、俺に小さくウインクをして出て行った。寒気がしたね。 二人だけになっちまった。 「・・・それじゃあ、次はあんたのプレゼントを発表しなさい!」 ハルヒは何故三人が出てってのかということをつっこむ事無く、そう言った。 「ほらよっ。」 俺はバッグに入れていたそれを、ハルヒに投げてやった。 小さい箱はちゃんと包装してある。 「ちょっと、もうちょっと丁寧に渡しなさいよ。」 「悪い。」 ハルヒは口をへの字にして、箱の紐を解き始めた。 そこに入っていたのは・・・。 「これ?」 ハルヒはそれを摘まんで、ぶら下げて見た。 黄色いリボンだ。 言っておくが、そこらで売ってる安いリボンではない。 高級リボンだ。派手すぎず、地味すぎず、さりげない加工が随所にちりばめてあり、 布も高級な物を使用している。見た目よりも驚くほど高ぇんだぞ、それ。 「ふーん。あんたセンスないわね。」 なんて事を言うんだ。 「冗談よ。素敵じゃない。」 ハルヒは、今してるリボンを解いて、俺がたった今プレゼントしたそれを結び始めた。 「どう?」 髪にリボンを結び終わったハルヒは得意気に言う。 「いいじゃないか。」 普段のハルヒより輝いて見えるのは気のせいではないだろう。 「仕方が無いわね。」 何が仕方ないんだ。俺は何も言って無いぞ。 という俺の言葉を無視し、ハルヒは結んだリボンを解き始めた。 そして、 「今日はサービスよ。」 とニヤリと微笑むと、今度はリボンを頭の後ろ側で結び始めた。 ハルヒがそれを結び終わった時に、俺はハルヒが何をしようとしていたのか理解した。 「ポニーテールか。」 「そ。・・・その、好きなんでしょ?」 「ああ。」 ハルヒの頭の後ろのしっぽのところがぴょこんと動く。 それを見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。 「ハルヒ。」 「何?」 俺はいつかの日のように言ってやった。 「似合ってるぞ。」 fin
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それは地球上全ての熱を集めたのではと錯覚するほどの熱気と、 鼻を刺激する異臭に囲まれた小さな場所での、 ポケット中の戦争の記録。 ――なんてな。 「……くそっ、逃がした!」 毒づきながら、俺は体勢を立て直す。敵は神出鬼没であり、油断は厳禁だ。 体中から汗が噴出す。それは閉鎖されたこの空間に充満する熱気のせいなのか、怨敵を前にしての緊張からなのか――おそらく両方だ。 常識を超えた熱が思考を奪う。脳内では沸騰する鍋のごとくコトコトいってるのだろう。 楽しい冗談はここまでだ。 どうやら見失ったばかりか、弾切れまで起こしたらしい。投げ捨てた得物はカランと虚しい音を立てた。 仕方ない……なるべく使いたくなかったが、接近戦専用の武器に切り替える他ないだろう。 「何やってんのよ、キョン!」 俺を小突きながら、ハルヒが俺の背中につく。 考えナシに撃ちまくったハルヒは、早々に弾切れを起こして以降は白兵戦オンリー。それで生き残っているんだから大したものだ。 「ああ、すまん」 脊髄反射的に出る台詞が謝罪とは男として何とも悲しいことだが、気が緩んでいると叱らないで欲しい。 極限状態の中で、思わず無意識になれる相手に、背中を預けているんだからな。 「……しっかりしてよね」 今のは幻聴だろうな。表情を見ればわかる。 背中越しに見えるハルヒの顔には、ありありとした怒りが浮かんでいた。 やはりハルヒにとっても、奴は仇敵ということか。 奴を発見したとき、俺たちのとった行動はその場を閉鎖することだった。 更なる援軍を呼び込まないための措置でもあり、入り込んだ敵を完全に殲滅する空間を作るという理由もある。 しかし、それはまさしく諸刃の剣。 逃げられないのは、俺たちも同じことだ。 朝比奈さんは倒れ、長門も動けず、古泉はこの場にはいない。 デッド・オア・アライブ――できれば、一生体験したくないシチュエーションだったな。 ここはもはや、俺たちがかけがえのないときを過ごした文芸部室ではない。 戦場だ。 急かすように鳴るケータイの着信音が思考を妨げる。どうせ古泉だ、何度もかけてくるな。 ハルヒは敵を追って飛び出していったため、SOS団的な裏話を聞かれる心配はないはずだ。 電話の向こうから聞こえてきたのは、案の定シリアス具合が二割り増しした超能力者の声だった。 「かつてない規模の閉鎖空間があちこちで発生しています」 そんなことだろうと思ったよ。むしろ今のお前がそれ以外の話題を振ってきたら罠かと思うぜ。 「まさに最悪と言えるでしょう――そちらの状況は?」 「似たようなもんだ。部屋を閉め切った時点で、最悪であるのが前提だしな」 「いけませんね……おっと、また近くで発生したようです。涼宮さんのことはお任せしますよ」 切りやがった。本当に忙しい奴だ。 意識を戦場に呼び戻す。 ハルヒは見失ったと喚いているが、俺の視界は確かに奴の姿を捉えていた。 しめたとばかりに背後を取る。奴がゴルゴ気質でないことを祈るばかりだ。 そして得物を振り上げる。気配を察知したのか、標的は宙に浮かび上がり―― 「かかったな小物め!」 俺はバットのスウィングの要領で得物を横に振りぬく。そう、全てはこの一瞬にかけたフェイントだったのさ。 壁に打ち付けられた得物が小気味良い打撃音を放つ。 「……なんとっ!?」 いないではないか。まさか、俺がフェイントを仕掛けたように奴も一枚上手のフェイントをかましたとでも言うのか。 違う。単純明快なスピードの問題だ。敵の飛行速度が俺のフルスウィングを上回っていた、それだけの話。 では奴は一体…… しまった! ハルヒの方へ移動している。しかも間の悪いことにハルヒは接近に全く気づかず、図らずも敵に背を向ける体勢となっていた。 声を絞り出そうとするが、もう遅い。 ハルヒの体に、鋭い槍が―― 「ハルヒィィィィィィッ!!」 チクッ。 プィィィィィィィン。 ――今更で何だが。 上記のシリアス全開な展開はそのほとんどが嘘ピョンで。 ここで言う『敵』とか『奴』とは、夏の風物詩が一角、蚊のことである。 ……すまん。 暑さにやられてイライラしてやった。今は王政復古を目論んだイギリス並に後悔している。 絶対不可侵らしい団長の敗北により敵性個体の殲滅を断念した我々SOS団は、まず窓を開放した。 言うまでもない、部室に充満する煙(戦闘の産物)を排除するためである。 その隙に蚊に逃げられたが、あえてみすみす見逃しておいた。達者で暮らせよ、俺の目の届かないところで。 ああ、風にあたることがこんなにも幸せな行為だったとは。 涼宮ハルヒは大層ご立腹のようで。目に入るものは全て噛み付いてやると言わんばかりの歯の食いしばりぶりだ。 こんなんじゃカ●ーユも修正する前に逃げるだろう。女の子がそんな顔するんじゃありません。 痒み止めを塗ってやりながら、俺に噛み付くなよと必死に祈っていた。 夏である。 ものすごい勢いで夏だ。 それ即ち蚊の季節。他にもあるだろうということは充分理解しているので、苦情は一切受け付けない。 俺だってできればスイカとか花火とか比較的平穏な話をしたかったんだ。 それがなぜ蚊と戦うことに。誰かの陰謀か。 最初、俺たちと共に殺虫スプレー(from 保健室)を振り回していた朝比奈さんは真っ先に血を吸われた。 小癪なことに蚊の野郎も朝比奈さんの魅力を心得ているようである。忌々しい。 愛しのエンジェルはついさっきまで気温にやられ「ふみゅう」と弱っていらっしゃったのだが、 空気を入れ替えたことで少しは回復に向かっているご様子である。お疲れ様です。 長門は読書中で動きそうもないので適当に蚊帳で囲ってある。 傍らに豚の置物が佇んでいるが、気に入ったのかね。長門流に評せば、なかなかにユニークな光景だ。 なお、これは蚊の退治ごときに宇宙的な本気パワーを発揮させないための措置も兼ねている。 部室に到着するなり文学少女が物理法則無視のアクションを連発するSF映画を目の当たりにした俺の提案だ。 全米が泣いた、宇宙少女と蚊の壮絶な戦いの記録『NAGATORIX』――製作中止。 緑色の網は、長門の檻でもあるというわけだ。まあ、本気を出されたら何の役にも立たないんだが。 ちなみに俺は全員で蚊帳の中に避難することも提案したのだが、 「それだと蚊をのさばらせることになるじゃない!」 例え一時といえど、本拠地を蚊に明け渡すなどハルヒにとっては耐え難いことらしい。 古泉とは別行動で、世界の命運は主にあいつにかかっている。 何でも、夏は閉鎖空間の発生頻度がとんでもなく高く、その時期の神人はより凶暴になっているそうだ。 近年の某仮面の走り屋のような話だ。 新聞紙や殺虫スプレーを持ってエスパー戦隊を追い回すこともあるらしい。虫扱いか、哀れ古泉。 そういえば、あれ以来コールが1回もない。死んだか? 新聞紙(白兵戦専用武器)で机を叩く、乾いた音がこだました。 俺の記憶を頼りにすると、この面子でこんな行動を取ると予測できるのも今それをするだけの体力があるのも、 涼宮ハルヒただひとり、だ。 「ああ、もうっ!」 怒り心頭、怒髪天を衝く、腸が煮え返る。 それらの怒りの感情を表す言葉を全てかけあわせても足りないような形相で、ハルヒは立ち上がる。 どうやら涼宮ハルヒの業腹はピークを振り切ったようだ。 「蚊なんていなくなればいいのよっ!!」 その意見には、全面的に賛成だ。 俺もその場のノリでそう口走ったことは何度もあるし、実際に蚊がいなくなって困ることはない。 生態系がおかしくなるなんて話、太陽熱で沸騰しきった脳味噌にかかれば即座に「知ったことか」にカテゴライズだ。 しかし、なあ。たったそれだけの理由で、世界を滅亡の危機に晒さんでもいいだろう、ハルヒ? その日の夜。 俺はいきなり頭を抱えるハメとなった。 とは言っても、連日の熱帯夜のお陰ですっかり寝つきが悪くなっていたことではない。 何十回めかの寝返りを打ったあと、目を開くと、 「や――っと起きたわね、キョン」 いきなりハルヒに覗き込まれていた、なんてことになったら、そりゃ抱えたくもなるだろ。 また夢か。 しかも、首を括りたくなるような夢判断の結果が目に見えるようなシチュエーションですか。 時代を超えて俺を散々苦しめるフロイト先生に撲殺天使でもけしかけてやろうか。 なーんて出来もしないことを真面目に検討していたが、そろそろ正気に戻った方がいいだろう。 夢にハルヒが出てくるなど、不吉な予感がビンビンするぜ。 景色が違う。ここは俺の部屋じゃない。 今、俺が見ているのは、文芸部室の天井じゃないか。 そして今までやけに柔らかい枕だなと思っていたものは、ハルヒの太ももではありませんか。 「なに赤くなってんのよ、エロキョン」 おいおい、カンベンしてくれ。俺はこういう全国青少年の夢的状況に耐性ないんだぞ。 それに赤くなってるのはお前も同じだろうが。 「しかし……」 夜の学校にふたりきりか。去年の嫌な夢(便宜上、そうしておく)を思い出すね。 というか今回もその線で考えた方がいいのだろうか。 「……」 「……」 「……早く、どけっ!」 ハルヒ の ちきゅうなげ! きゅうしょ に あたった! さて、床に頭からダイブするハメになった上にしっかり痛いので夢でないことを確認してしまったわけだが。 いよいよ嫌な予感が膨れ上がる。 部室の窓から覗いた先は―― 「やっぱりな」 それは、見渡す限りの灰色の世界だった。 まったく、溜息だよ。 ここ、閉鎖空間だ。 ハルヒよ、今回は何が気に入らなかったんだ? 俺の思惑とは裏腹に、世界の主は割と元気そうだが。 「あたし、前にここに来たことあるのよね。夢だけど」 奇遇だな、俺もだ。もちろん口には出さない。 「また来れて助かったわ。蒸し暑くないし」 そりゃ、お前の都合のいいように創られた世界だからな。 いやに機嫌がいいじゃないか、ハルヒ。とても閉鎖空間を発生させるほど荒れてるとは思えねえぞ。 ――しかし、このまま無事で済むだろうか。 ここが閉鎖空間だというなら、出るはずだ。 ハルヒのストレス発散の代行人であるところの、青く輝く巨人が。 結果的に言えば、神人は出た。 しかもそれだけでは飽き足らず、何だかややこしいのまで乱入する始末。 閉鎖空間で俺とハルヒが出会ったのは―― ある意味、ここに最も存在してはならない奴だった。 「元の世界に戻りたいと思わないか」 「んー、今はいいわ。こっちの方が居心地いいし」 念のため説得を試みたものの、凄惨たる結果であった。まずい、こりゃ世界が取って代わられるのも時間の問題か。 とりあえず、「今は」ってことは戻るつもりはあると好意的に解釈しよう。 俺の毛髪の危機のタネとなる気苦労などつゆ知らず、ハルヒは窓際で鼻歌まじりに灰色の世界を見下ろしている。 いい気なもんだね。この前は、らしくないほどうろたえていたというのに。 ハルヒはふとこちらに顔を向け、 「あんたこそ、戻りたいと思ってるの?」 そりゃあお前…… あー…… 戻りたいさ。戻りたいんだが。 俺もおかしくなったんだろうか。不思議と「帰れ」と駆り立てるものがない。 それどころか妙な安心感まである。ハルヒといっしょにいるから? まさか。 どうしちまったんだ、俺。 青く発光する巨人を確認したのは、思ったよりも時間が経ってからだった。 お前も重役出勤か。本体の性格までトレースしているのか――そういやハルヒはシンパシーを感じるような発言をしていたな。 神人が現れたとなっても、俺の心は焦燥を覚えてはくれない。しっかりしてくれ、俺。 自身の分身(ただし無自覚)との二度目の邂逅に、ハルヒは顔を輝かせ――ヒビが入るBGMを伴うようにその表情は固まった。 ハルヒは新たな闖入者に釘付けになっている。 ……奇遇だな、俺もだ。 それは宙を舞っていた。 大きさは、およそ神人の頭程度。青い巨人にとっては虫けらそのものだが、人間にしてみれば脅威を感じるでかさだ。 それは不愉快な雑音を発しながら、神人に突進をしかける。 神人も近づけまいと拳を振るって牽制する。しかし相手も諦めてないようで、ひたすら巨人の周囲を飛び回る。 青き拳は、虚しく空を切り続けた。 幻想もクソもない。思い出されるのは夏の夜に感じる理不尽なイライラとむず痒さ。 なにこれ。 蚊じゃん。 青く光る巨人の周囲を旋回する巨大蚊。 なんだ、この出来の悪い特撮怪獣映画のような光景は。 そして、 「ちょっとキョン、何よこれ……」 そんな光景を見てはいけない人がここにいる。 まずい。 具体的にどうなるかは想像もつかないししたくもないが、ろくでもないことにしかなりそうにない。 古泉らをあてにせず早めに手を打っておくべきだったのだ。ハルヒがこんな状況と鉢合わせしないように。 しかし……俺は遅すぎたのかもしれない。 ハルヒの目は既に、B級怪獣映画のワンシーンに奪われているのだから。 「なるほどね……把握したわ」 うはwwwおkwwww把握wwwww なーんてやってる場合じゃない。 マズイ、マズイぞこれはッ…… こんなに早く把握されるとは想定の範囲外だ。もっと狼狽してくれないか。 「これは夢なのね」 ……は? 「夢よ。夢に決まってるわ。あんなバカでかい蚊がいるなんて」 そのとき、垣間見たハルヒの形相を、俺はしばらく忘れないだろう。 こいつは不動明王も裸足だぜ。 今まで威嚇するだけだった神人が、新たな動きを見せる。 なんと、蚊を捕まえると躊躇なくヘッドバットをかましたのだ。家族の悪口でも言われたのだろうか。シュパパンシュパパン。 「やっちゃいなさい、そんなの! もうギッタンギッタンに!」 キレてるんですか? などと尋ねるまでもなくハルヒは怒り狂っていた。 長●小力とかそんなチャチなモンじゃあ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったね。 それから先は神人による暴虐ショーになるかと思いきや、一方的にやられることを良しとしなかった蚊は、誠にそれらしい反撃に出た。 突き刺さりやすく抜けにくいように進化した口が神人の首筋を捉える。 吸血攻撃だ。 神人は抵抗していたが、次第にその形状が揺らぎだす。 ついには虚空に霧散してしまった。 ……神人が消えた? 馬鹿な、あれを駆除できるのは古泉らエスパー戦隊のみのはずだ。 しかし俺の理解の範疇を超えた現象は留まることを知らない。 勝者であるはずの巨大蚊まで、空間に溶け込むように消えていってしまったのだ。 何なんだ、いったい。 ゆらり、とハルヒの体が揺れる。 バランスを崩したハルヒは、そのまま倒れこむ。 俺は咄嗟に受け止めた。いろいろ際どいところを触ってしまったが、不可抗力だ。 「おい、ハルヒ!?」 返事がない。ただのしかば……気を失っているようだ。 古泉は言っていた。神人はある意味、ハルヒの分身であると。 まさか神人がやられるとハルヒにまで悪影響が出るっていうのか? 「涼宮さんっ、大丈夫ですかぁ!?」 天使の御声が。まずいぜハルヒ、お迎えが来ちまった―― 笑えない冗談はよしとこう。それより、今は聞こえるはずのない声が聞こえてきた方が問題だ。 そして、俺の横で心配そうにハルヒを覗き込む朝比奈さんは幻覚か何かだろうか。 背後に感じる人の気配も、極限状態における一種の錯覚で…… 「……」 「こんばんは」 前回はいなかった宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みしていた。 時に古泉、その包帯は―― ああ、うん。大変ですね。 突然倒れたハルヒは依然として目を覚まさず、今は朝比奈さんに抱かれている。 朝比奈さんは晴れない表情でハルヒの頭を優しく撫でた。 「涼宮さんには申し訳ないですが、もうしばらく眠っていてもらいましょう」 なるべく穏便にことを進めたいので。 ハルヒには悪いが、古泉の意見に俺も賛成だ。 「いつからいた」 「つい先ほど、あなたが涼宮さんを抱きとめるシーンからです」 表へ出ろと言いたいが、男ならグッと我慢だ。 「そう落ち着いているってことは、ハルヒは何ともないんだな?」 「ええ。涼宮さんにとって神人は、それこそ細胞程度の存在ですからそう心配することもないはずです」 「だったら何故倒れた」 「前にも話しましたが、閉鎖空間はニキビで僕たちは治療薬。今回は治療法が違ったので、その副作用かと」 持病に対して常備薬を使用したか新しい薬を使ったかの違いか。 しかしあれは薬なんて生易しいものじゃなかった。何といっても、蚊だ。 逆にストレスがたまったんじゃないのか。 「さて、今回この閉鎖空間が発生した理由ですが――」 古泉に解説の隙を与えてやるまでもない。これくらい俺だってわかる。 「蚊帳か」 「ご名答」 文字通り僕らは蚊帳の外だったわけですよ、と笑う古泉。誰がうまいことを言えと。 蚊のいない世界を新たに構築しようと思ったのか、それとも単に逃げ込んだだけなのか。 古泉たちが入って来れたぐらいだ、前者はないだろう。 ハルヒは疎開用の蚊帳を創ったのだ。閉鎖空間という、虫一匹入る隙間のない無敵の城砦を。 しかし、それは破られた。 この世界のおいて存在を許されないはずの、しかも何だか並大抵でない夏の風物詩によって。 「アレは何だ?」 「蚊です」 「そんなのはいい、見ればわかる」 何があったというんだ? 「情報生命体の亜種が介入した」 長門がここで初めて口を開いた。 「涼宮ハルヒの起こした小規模の情報爆発に誘導されたと思われる」 「あ、それって……えっと……」 「あれは招かれざる客というわけです」 長門⇒朝比奈さん⇒古泉の説明リレー。一部パスだが。 つまり、いつかのカマドウマのような野郎――今回は蚊か――が無断で入ってきちゃったということか。 「とにかく、今は涼宮さんを守りましょう。今は姿を消していますが……敵の目的はおそらく涼宮さんです」 「涼宮ハルヒの情報量は膨大。取り込むことで存在確立を大幅に高めることを目的としている可能性が高い」 「ええと……と、とりあえず、涼宮さんが危ないってことですかぁ?」 加えてハルヒによからぬちょっかいをかけようとしている、と。 前々から思っているが、お前らは本当にいいコンビだ。 「いつか、あなたともそう呼ばれる関係になりたいものですね」 俺に柔和な笑みを向ける古泉、無表情ながら決して無感情とは言えない視線をよこす長門。なんなんだ、いったい。 「ふえ……ごめんなさい、わたし、お役に立てなくて……」 朝比奈さんも潤んだ瞳で見つめないでください。緊迫すべき場面だというのに骨抜きになってしまいます。 三者三様の解説を聞き、俺も事態を把握した。 ほどほどにヤバイらしい。さっさと行動を起こすに限るぜ。 「脱出しよう」 方法が前回と同じだというなら、なるべくハルヒが寝ているうちに……って変態じゃん俺。 「いえ、今回は王子様の出る幕はありません」 誰が誰の王子だって。 古泉のからかうような微笑に投げつける物はないかと探しながら、俺の乏しい脳細胞にも働いてもらう。 「やっぱり、あの蚊が曲者なのか」 「そう」 「具体的に、どうすればいい?」 「現在この空間を支配している敵を消滅させれば脱出可能」 勝利条件:敵の殲滅 敗北条件:ハルヒの奪取 オーケイ。トントン拍子に状況が整理されていく。 あとは長門と古泉に頑張ってもらおう。カマドウマのときのように首尾よく終わればいいが。 「……」 いつの間にか、長門は新聞紙と蚊取り線香と豚の置物を抱えていた。 そして呟くように呪文を唱える。問答する間もなく、何か細工をしたらしい新聞紙を手渡された。 「身を守る武器は必要」 否定するつもりは毛頭ないが、これが武器? もう少し選べたんじゃないか? ……というか、俺も戦力に入ってるのか。 参ったな、俺が八百長なしで倒せるのはせいぜい谷口だ。 蚊取り線香を受け取った朝比奈さんも困惑なさっているようで、燻ぶる渦巻きを目の前で振ったりしている。 まあ、武器というからには、それらしくしておくか……そう思い、新聞紙を丸めたときに変化は起こった。 質量保存の法則を無視して変形しだした新聞紙は、活字まみれの野球バットを形成したのである。 近代芸術っぽいデザインの凶器が、俺の手に握られていた。 朝比奈さんの蚊取り線香は、魔法使いが持つような先っぽが渦になっている杖と化していた。そんな奇抜な。 「情報操作した」 自分は口から蚊避けの煙を吐くあの豚の置物を携える長門。きっとそれにも宇宙パワーが付与されているのだろう。 もう一度言うが、もう少し選びようがあったんじゃないか? 突然、部室が歪んだ。 錯覚ではないらしく、スプーンで突付かれるプリンのように背景が小刻みに震えだした。 慣れないことばかりに直面する俺は、朝比奈さんと一緒にうろたえることしかできない。 「空間の主導権が涼宮さんから敵に移ったことで、空間が変質します」 何故わかる? 「空気を感じるというか……第六感ですよ」 「信用してやろう、超能力者」 現に、構築はもうほとんど終わっているようだしな。 俺の腕にすがりつく朝比奈さんと寝たままのハルヒの体を支えながら、俺は地平線の彼方まで続く不毛な大地を見据える。 また来てしまったな、この黄土色の靄がたなびく気味の悪い空間に。 耳障りな羽音に神経を支配される。 「……」 間違いなく蚊のそれだ。ただし、多い。 「ふぇ……あぅぅ」 さっきの巨大な蚊は失せていた。 「これはこれは」 その代わりとでも言うのか。だとしたら悪い冗談だ。 等身大の蚊が無数に飛び交っていた。 こうして、俺たちは蚊帳の中でも外でも夏の風物詩と戯れることになってしまった。 ――ああ、どうもスッキリしないと思ってたら、暑さのせいか言うのを忘れていた。 やれやれ。 頭上を紅玉が飛んでゆく。 物理法則的にありえない軌道を描くそれは浮遊していた蚊を捉え、小爆発を伴い標的を消滅させた。 もちろん、笑顔で佇む古泉の攻撃である。 『この蚊は、涼宮さんの畏怖の対象として現れたものでしょう』 『畏怖とは違うと思うが、こうして現れている以上、それに近いものと認めてやらんでもない』 視界の端で、数匹の蚊がまとめて焼き払われるのが見えた。 長門のお気に入りの火噴き豚だ。 できれば豚さんの口から炎ともレーザーともつかない攻撃が炸裂するところなど見たくなかった。もう覗き込めない。 しかし長門と重火器の組み合わせは、恐ろしいほど似合うな。鬼に金棒とはこのことか。 そして、その横で煙を撒き散らしながらチェッカーフラッグのように蚊取り杖を振っているだけの朝比奈さんは、猫に小判と。 まあそもそも朝比奈さんは戦力にカウントしてゲフンゲフンいやー朝比奈さんがいてくれるお陰で俺の戦意は底なしっスよー。 『閉鎖空間に侵入する際、涼宮ハルヒの思考をトレースしたと思われる』 『ずいぶんと行き当たりばったりな奴だな』 上空から俺――というかハルヒを襲おうとしていた蚊を、一筋の光が貫いた。発生元は、どうやら朝比奈さんの杖。 蚊取り線香だから閃光というダジャレだろうか。 「きょ、きょきょきょ、キョンくん、大丈夫ですか!」 むしろあなたが大丈夫ですかと言いたいところですが――前言撤回です、朝比奈さん。頼りにしてます。 ところで、やる気のポーズよりも煙幕を張らないとあなたの身が危ないですよ。 『来るなり例の巨人を襲ったのはどういうわけだ』 『神人を吸収し消滅させることで、存在が無意味化した空間の主導権を握ったんです』 で、古泉よ。お前は丸腰か? 「普段とは違えど、やはりここは閉鎖空間ですから。自分の能力の方が使い勝手がいいもので」 朗らかさ二割り増しの微笑み。はしゃいでやがるな古泉。 「ええ、まるで友人を自宅に招いたような気分ですよ」 ここがお前の自宅のようだと言うのなら俺はお前ンちには絶対に行かない。 「あくまで気分ですよ。初めは忌み嫌っていた能力や場所でも、長く付き合うと多少の愛着はありますのでね」 お前はツンデレか。 『部長氏のときは、一体化してないと顕現できないような話じゃなかったか?』 『涼宮ハルヒの情報量は膨大。思念への接触のみである程度の実体化は可能』 古泉はいつもより多めの0円スマイルを浮かべつつ、 「そう言うあなたもやけに元気なようですが」 ちっ、気づきやがったか。 ああ、白状するとも。不謹慎だが、正直興奮してるのさ。こんなに効率のいいストレス解消法は他にあったもんじゃない。 しかし、考えナシに一人で突っ走っていく主人公のような真似はしないぜ。 送りバントの重要性を知っている今の俺には、スタンドプレーで仲間を危険にさらすことを避けるくらいの脳みそはある。 九回裏ツーアウト満塁の場面でライバルバッターとの決着の為に全力ストレートを投げるピッチャーは二次元世界の住人なんだ。 『――とにかく、この蚊を全て始末すれば解決ということか』 『そのはずです』 それに、エキサイティングになりつつも平常心だって忘れていない。 何たって、SOS団と一緒にいるんだ。その事実だけで、安心できる要素は無限に発見できるね。 ――とは、言うものの。 かれこれ一時間ほど経っただろうか。時間の感覚は定かでないが、さすがにここまで長引くと辛いものがある。 それは俺の他のメンバーも同じようで、長門以外は疲労を隠そうとしない。 無理もない。実際、彼らの労働量は俺の倍以上なのだから。 朝比奈さんと長門と古泉がいてくれるから、こうしてハルヒに接近する蚊のみを冷静に叩き落すことができる。 しかし連中がダウンしてしまうと、俺のみでは宇宙パワー付加のバットがあっても絶対絶命は必至。 そして蚊の数は依然として減らない。敵に回すとこんなにも厄介なのかハルヒパワーってやつは。 このままではジリ貧だ。コールドゲームすれすれで膠着状態の続く夏の甲子園的状況は見るのも嫌だというのに。 ……ともあらば、ここは切り札に頼ってみるか。 「一発逆転の方法がある」 視線が集まるのを感じる。なるべく厳かに、真剣さが伝わるよう声のトーンを調整して言わねば。 「ハルヒを起こす」 まあ待て古泉、呆れ顔をするな。俺もお前の意図はできるだけ汲んでいるつもりさ。 要はこの空間の主導権を元の持ち主に返してしまおうというのだ。ハルヒさえ自由になれば、蚊を好き勝手にさせるはずがない。 お前ら機関が言うところの神様が味方につくんだ。この戦いも八百長以外の何物でもなくなるぞ。 「なるほど、一考の価値はありますね。しかしそれは諸刃の剣というものです」 「いざとなったら夢オチにしてやればいい」 前回も閉鎖空間の消滅に伴い俺とハルヒは自動的にベッドに転送された。夢と思ってくれる可能性は高い。 もう一度、一蓮托生の仲間たちを見回す。 「やらせてくれ」 皆、しっかりと頷いてくれた。 長門のはからいにより、俺とハルヒを一時的に別空間へと飛ばしてくれることになった。 最初は俺とハルヒだけだったのだ、混乱を避けるためにも2人だけになった方がいい――とは古泉の談。 「わたしの処理が及ばなかったとき、敵の侵入も考慮される。気をつけて」 俺は親指を立てて答える。大丈夫、いざとなったらお前のバットがあるさ。 「……そう」 長門は呪文を唱え、俺の視界は真っ白に染まった。 俺とハルヒは所定の位置に戻っていた。即ち、蚊が闖入する前の文芸部室というシチュエーションに。 違いといえば、膝枕をしているのはハルヒでなく俺で、そこで寝ているのが俺でなくハルヒといったところだ。 もちろん時間が逆行したわけでなく、全ては長門が再現したオーバークオリティなハリボテだ。 さて、そうのんびりとしていられない。『外』ではSOS団の3人が未だ激闘を繰り広げているはずだしな。 ハルヒの寝顔が見納めになるかと思うと少々残念ではあるが、仲間の身柄と秤にはかけられまい。 両の頬に手を掛け、むにゅうと引っ張ってやると割とあっさり起きやがった。 その際の暴走によって俺は頭部に新たにこぶを設けたが、これから一仕事してもらわなければならないので不問としよう。 さすがにからかいすぎたか、ハルヒは顔を背けたまま一言も発していない。 「ハルヒ」 俺の呼びかけに体を震わせ――何をそこまで警戒するのか――妙に硬直した表情で振り向くハルヒ。 「ちょっと外に出よう」 この長門空間内で俺は全てにオチをつけなければならないんだろうが、実を言うとそんなもの考え付かなかった。 だからといって代案は無いこともない。このスタート地点の世界と、その外に広がる蚊の世界。それらをリンクさせてしまえばいい。 ハルヒ気絶の前後から考えて、粗は目立つが設定はそこそこ出来上がっている。あとは解説のタイミングだ。 幸い俺のペースで事を運べているものの、無言でついてくるハルヒはやはり違和感ありまくりだ。 黙っていれば文句なし、と言ったのはどこの誰だよまったく。 「ねえ、キョン」 ようやく沈黙劇が幕を下ろす。ここまでは計画通りだ、今はハルヒと談笑してても問題はないだろう。 何せ、俺の一人芝居をおっ始めるのに必要な協力者の到着がまだだからな。 「前に、今のこれと似たような夢を見たのよ。その時に……」 ――そして、その協力者が来たようだ。 俺もハルヒも、空を割って入ってきた等身大の蚊の群れを見上げていた。 そう、この瞬間を待っていた。冒頭のふたりぼっちと、現在の大乱闘をつなげる存在は――蚊。 敵さえも利用してやろうというこの作戦、行き当たりばったりなのは俺の方か。 まあ、夢なんて唐突なぐらいでちょうどいいだろう。 「キョン、あれは何!?」 「見ての通り、蚊だ」 現実の俺はバットを構え、精神面での俺はホラ貝を構えた瞬間だった。 「お前の眠っている間に、世界は突然変異した蚊に攻撃を受けていたんだ。 世界を救う方法はただ一つ、あの巨大蚊を全滅させること。 SOS団の皆も戦っている。だが安心しろ。この通り、お前は俺が護ってやる」 前後の脈絡など無視して、急ごしらえのトンデモ設定を披露する。棒読みを悟られない程度に。 後半部分の台詞はどうかしていたとしか思えないほどのヒーローっぷりだが、 どうせ「なかったこと」になるんだ、このくらいのやんちゃはしてもいいじゃないか。 仰々しくポーズをとり、ハッタリに近い台詞を吐いて俺は高く振り上げたバットで――バットが無い。 あれ? そりゃ、無いはずだ、奪われていたんだから。バットの現在地は雄たけびをあげて猛進する涼宮ハルヒの手中である。 ちょっとこれ、想定外じゃないか。俺、今回は珍しくやる気だったんだが……。 間抜けに固まる俺をよそにハルヒの暴走は止まらない。バットを振るい、次々と蚊を消滅させてゆく。 無謀にも特攻をしかけたラスト一匹の蚊を、俺からぶんどったバットでかっ飛ばし、 「行くわよ、キョン」 涼宮ハルヒは言い放った。 「一匹残らず叩き潰してやるわ!!」 ――もう好きにしてくれ。 絶対神ハルヒの覚醒により、形勢は一気に逆転した。 長門の解説によると、空間の支配権はすぐさま本来の創造主に移り、物凄い勢いで世界が書き換えられていったという。 最終的にはハルヒが蚊を狩るだけの年齢制限が存在しない至極安全なストレス発散ゲームになってしまったそうな。 全ての鬱憤を晴らさんとするばかりのハルヒの暴れっぷりは――俺たち4人を、唖然とさせた。 そう、俺たち4人だ。長門も自分謹製の空間を勝手に抜け出されたことに軽く驚いていたようだったしな。 ありがたいことに、怒りに我を忘れたハルヒはこの状況を訝しむ暇も惜しいらしく、古泉も肩を撫で下ろしていた。 まさしく百人力となったSOS団は蚊の数をみるみるうちに減らしていったのである。 俺? 凡人らしく黙って見てたさ。バットもとられちまったんだ、仕方ないだろう。 ハルヒが満足げに「スッキリした」とのたまったところで――瞬くと、自室の天井が見えた。 やれやれ。 勝手は違ったが、ストレスは解消できたので閉鎖空間も消滅した、ということだろう。 俺としては助かった。脱出方法はあれに限定されているわけではないらしい。 この解説に不備が見つかったなら、改めて部室で長門にでも聞けばいい話だ。 そして片付いてないことがあるとすれば、それこそ後回しだ。今は寝たい。とにかく寝たい。 「……暑い」 そうして、俺はベッドの上で寝返りを再開する。 せっかく戻って来たというのに、この暑さでは向こうのが良かったと思えてしまうじゃないか。 さて、今更ながらわかったことをひとつ。閉鎖空間にぶち込まれたというのに、俺が落ち着いていた件について。 ――我ながら恥ずかしい理由だ。朝起きたら、記憶の片隅に追いやられているのを望む。 古泉教信者になった覚えはないが、俺は信頼し始めているんだ、ハルヒのことを。古泉曰くあいつが俺をそうするように。 この面白おかしい現実を捨てようなんて、思うわけがないってな。 しかし間違いが起こらないとも言い切れないので……たまには、こんな非日常な暇潰しをさせてやった方がいいんだろうか。 カマドウマ関連は長門の領域だったか。ダメもとで、もし朝方まで覚えていたら申請してみよう。 問題は、夢オチがいつまで通用するかだな。 耳元で羽音がする。どう聞いても蚊です本当にありがとうございました。 まあ、あの等身大の蚊に比べりゃ可愛いもんだ。放っておくとしよう。 …… …… くそ、忌々しい。 次の日、蚊を泳がせていた結果である食われと寝不足を引っ提げて登校した俺を待ち受けていたのは、 昨晩は「スッキリした」と言ったはずの、不満そうな顔をしたハルヒだった。 問い質そうにも、あれは『夢』でありハルヒしか知りえないはずの出来事なので、俺は口を噤むしかない。 仕方がないので、昼休みに長門に相談しに行った。場所はもちろん、文芸部室。 俺の報告を聞いた長門は、 「そう」 と言うだけだった。しかし待て、今の「そう」には「やっぱりね」というニュアンスが含まれていた気がするぞ。 「涼宮ハルヒの本来の目的が達成されなかったのが原因」 確かに世界規模の蚊帳を創ったというのにあっさり侵入されてはいたが「違う」 「あれは涼宮ハルヒのたてまえ。本来の目的は、あなたと以前の再現をすること」 再現、というと、やはりアレか。 まいったね。今回はうまく誤魔化せたと内心喜んでいたんだが。 もう一度あるかもしれない、と長門は言った。ハルヒはイライラが続く限りそれを紛らす夢を見続けるのだろう。 俺はというと、まあ蚊と戯れるよりはマシだなと思いながら、豚の口からゆらゆら立ち上る煙を見つめていた。 ――夏が終わるまで続くとか、言わないだろうな。
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第五章 ハルヒは放心状態、長門は朝倉と交戦中、朝比奈さんはハルヒの横で気絶している、古泉は神人と交戦中、俺にいたってはハルヒのいる病院の中で立ち尽くしてい。 不運と言うものは続くもので、ボロボロに破壊されたドアから人影が見えた。 見覚えのあるおとなしそうな生徒会書記担当、黄緑江美里だ。しかもその手には血のついた日本刀…え?日本刀? 今度は黄緑さんがエラーか?しかも血がついてるってことは誰かを殺したてきたと言うことなのだろうか。 長門は朝倉と交戦中である、よって黄緑さんに抵抗できる人間はいない、ここにいるのは俺とハルヒと朝比奈さんだけなのだ。 ここまでかと思ったそのとき、またドアの奥から人影が見えたと思った瞬間である、人影がすごいスピードで黄緑さんに近づき持っていた薙刀で黄緑さんの体を真っ二つにした、そしてポケットからビンを取り出し中に入っていた液体を真っ二つになった黄緑さんにかけた、すると黄緑さんは塩をかけられたナメクジの様に縮み消滅した。 そして黄緑さんを切り殺した人物に俺はとてもびっくりした。 なんと久々の朝比奈さん(大)である。俺はハルヒや朝比奈さん(小)の前に現れていいのかという疑問の前に朝比奈さんの身体能力に驚いていた。 アホみたいに口をあけている俺に朝比奈さんは「久しぶり。」と、そしてハルヒに向かって「久しぶりです、でもこの姿では始めましてですね。」 そして朝比奈さんは説明してくれた。「黄緑さんは情報統制念体によってコピーされました、そしてそのコピーはオリジナルを抹殺しあなた達を抹殺しに来ました、それを止めるために来たんです、他にも目的はあったのですが。本当はこういうことをしてはいけないんですが私にとっても規定事項なので大丈夫です。」 朝比奈さん(大)が説明を終えた後、ハルヒが突っ込んだ「あんた、誰なの?みくるちゃんのお姉ちゃんか何か?この姿って…」 その質問には俺が答えた「この人はここにいる朝比奈さんの未来の姿だ、何度か会った事がある。」 そして朝比奈さん。「そうです、なんなら今までにしたコスプレ全部言いましょうか?」と笑顔で言った。 そして真剣な顔をして続けた。「私がここに来たのは黄緑さんからあなた達を守るためだけではありません、もう一つ重要な仕事があるんです、でもその前にキョン君、涼宮さんにあなたの正体を教えてあげて下さい。」 「キョンの正体?」とハルヒがいいこちらを見る。 俺は言った。「そういえば言おうとして朝倉が来たんだったな。いいかハルヒ、よく聞け?俺の正体はな…」ジョンスミスなんだ、と言うつもりだった。 「そいつの正体はジョンスミスさ。」とまたドアの奥から人影が現れる。またも見覚えがあるやつだった、しかもいけ好かない未来人、花壇で会った奴だ。 なんでこの事を知っている?そんなことを考えているとハルヒが「キョンがジョンスミス…?本当なの?キョン」 「そうだ、俺は確かに4年前の七夕の日にハルヒに会って落書きの手伝いをしたジョンスミスだ。だが何でお前が知っている。」恐らくこのときの俺はきっとものすごい顔で睨んでいたのだろう。 しかし煽るようにそのいけ好かない未来人は言った。 「何故知っているかって?それは俺がジョンスミスだからさ。」 朝比奈さん(大)以外の顔が凍りついた。 こいつがジョンスミス?そりゃ俺だろう、こいつがジョンスミスなわけがない。それともジョンスミスって結構多い名前なのか? 昔の船長にそんな名前の奴がいたっけ? などと脳内で思考を巡らせていると、 朝比奈さんがまじめな顔でこう言った。 「キョン君、この人は未来のあなたなんです。それは間違いありません。そしてこの人の目的は…」 いけ好かない未来人が割って入った、しかもまたとんでもないことを言い出した、俺はその言葉にこいつがジョンスミス…つまり俺なのだということ以上にショックを受けた。 「涼宮ハルヒと朝比奈みくるの暗殺だ。もちろん過去の自分であるお前は殺さない、俺が存在できなくなるからな。」 なんだって?未来の俺が朝比奈さんやハルヒを殺す?一体全体何があったら俺はそんなことをするような人間になるんだ? 大体、朝比奈さんやハルヒを狙っていることを知っているはずの朝比奈さん(大)は何故何もしないんだろうかという疑問を朝比奈さん(大)に向かって視線に込めて送ってみた。 すると朝比奈さんは「まだ大丈夫です。」とだけ言った、まだ? そしてその未来人は続けた。 「俺の来た未来では朝比奈みくる、長門有希、古泉一樹、涼宮ハルヒはとっくに死んだ人間になっている。 涼宮ハルヒ、朝比奈みくるは俺に殺され、古泉は神人に敗れ、長門有希は朝倉に殺された。 そういうことになっている。しかしこいつらを殺すのは長門有希、古泉一樹が敗れた後、俺も難しいことはわからないがその両名が敗れたショックでハルヒが完全に能力を失うらしい、恐らく自分の能力で友達が傷ついたことで自ら能力を消したんだろう。 そしてそんな能力を持った涼宮ハルヒを殺し、まあ口封じっって奴だ、そして朝比奈みくるからTPDDを奪い殺し、ほんのちょっと未来のお前に渡してやるんだ。それで万事解決だ。」 いやいやいやこれはないって、絶対ないよ。何で朝比奈さんまじめな顔してんの?こいつおもしろいこといってんだから笑ってあげなよ。 などと考えていたらやっぱり朝比奈さんが「全部本当です。」 …やれやれ。 そしてその未来人は喜んでいいのか泣いたらいいのかわからんことを言った。 「そこでだ。当然朝比奈みくるのふけたほうがここにいるってことは当然勝ち目もあるってことだ。なぜか2つの異なった未来が繋がってしまったらしいからな、それも涼宮ハルヒの影響か?それに全部規定事項って奴ですか?朝比奈みくる。まあどうなるかはお前しだいって奴だな。まあがんばれよ」 朝比奈さんによると全部事実で間違いなさそうだ。 奴の言うと通り、俺達が勝つ道もあるみたいだしな。 って言うことはやっぱり長門、古泉を何とかしないとだめみたいだ。 長門、古泉両名が死ぬまでこいつはハルヒや朝比奈さんみたいに手をだぜないみたいだし。 長門は何とかなるとして、まず古泉を何とかしてやろう。 第六章
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無事ではないような気はするものの、とりあえず進級を果たした俺たちだが、 これといって変わりはなく、いつものような日常を送っている。 今日は日曜日で、全国の学生は惰眠を貪っている頃だろう。 諸君、暇かい? それはいいことだ。 幸せだぜ。 俺は、暇になりたくてもできないんでな。 日曜日。 ハルヒが黙っているわけもなく、金を無駄にするだけの町内散策・・・ いや、不思議探索の日となった。 今日も既に全員集合ときた。 いいんだ、もう慣れたよ。 もう、奢り役となって一年も経つんだな。 「キョン!はやくアンタもくじ引きなさいよ!」 分かってるさ。 ハルヒの手に収まった爪楊枝を引いてみる。 印付きか。 周りを見ると、ニヤケ古泉は印なし、朝比奈さんも印なし、長門も印なしを持っていた。 つまり、ハルヒとってことだな。 「珍しいですね。あなたと涼宮さんのコンビとは。」 「・・・長門と朝比奈さん襲ったらコロスぞ。」 古泉はフフフと微笑んだ。 気持ち悪い。 マジで襲ったらシメてやるからな。 「よし!じゃぁ早速行くわよ!」 ハルヒは俺のコーヒーをズズズとすすると、伝票を俺に突きつけた。 「早く来なさい!ドアの前にいるから!」 「キョン君、いつもごめんなさい。」 「いえいえ。」 あなたになら、店ごと買ってやっても構いませんよ。 と言いたいが、そんな金はねぇな。 いつもの様に財布を薄くし、自動ドアを出た。 古泉他二人はもう出発したらしく、希望に満ちたハルヒだけが立っていた。 「おっそいわよキョン!気合が足りないわ!」 「なんの気合だよ。」 「あのね!不思議もそんな甘っちょろいもんじゃないんだから!第一・・・」 ハルヒは後ろ歩きをしながら、俺に話しを聞かせた。 おい、後ろ道路なんだぜ、ちょっとは注意したらどうなんだ。 と思った矢先、向こうの車線から、ものすごいスピードで車が走ってきた。 おい、ハルヒ、危ねぇぞ! 「え?なに言ってんのよキョ・・・」 車は、ハルヒのすぐ後ろに迫っていた。 考えている暇はない。 俺は自分の出せるだけの力で、ハルヒを遠くへ突き飛ばした。 視界からハルヒが消えると、車が目の前にいた。 ******* 感覚がない。 どこからかざわめきが聞こえる。 そして、耳元では、いつものあの声がしていた。 「・・・ョン・・・キョン!」 ハルヒが、顔面蒼白の面持ちで俺に寄り添っていた。 頭がガンガンする。 体もバキバキだ。 周囲の声も聞こえなくなってくる。 やっと分かった。 ああ、俺はきっと死ぬ。 何気なく見やった道路は真っ赤に血染めされていた。 俺の血だ。 ハルヒは助かったんだよな。 神様が消えることはなかったぜ、古泉。 長門の観察対象もなくならない。 ああ、でもせめて最後に朝比奈さんのお茶をー・・・ 「キョン!?だめ!目を閉じないで!開けて!」 そしてハルヒ、俺、楽しかった。 最期に、ハルヒと不思議探索しそこねたな。 楽しかったぜ、ハルヒ・・・ 突然、目の前が真っ暗になった。 闇にいる。 ただひたすら、漆黒の闇の中にいる。 キョン・・・ ハルヒなのか? お願い、目を開けて・・・ 俺は、開けているつもりなんだ。 どこにいる? どこで泣いている? キョン・・・! その声と同時に、世界に光が差し込んだ。 いつかの閉鎖空間のように、バリバリと裂けていく暗闇。 目の前に、ハルヒがいた。 「ハルヒ・・・!」 思わず、叫んでいた。 しかし、ハルヒの目は俺を見ていない。 涙が溢れるだけだ。 そして、俺の真後ろを、さも俺がいないかのように見つめていた。 いや、俺はいないんだ。 「キョン・・・!嫌よ!バカキョン!目、開けなさいよ!」 振り返ると、そこには俺が寝ていた。 蘇る思い出。 ここは、消失事件の病室だ。 そこに、俺が白い顔で寝ていた。 血なんてどこにも付いていない。 まるで、寝ているかのように・・・ 俺は、死んでいた。 そして、今の俺は、幽霊だ。 ついに、異世界人になっちまったか。 天国という異世界のな。 「キョン!」 「ぅぇっ。キョンく~ん!目を・・・目を開けてくださぁ~い!」 「・・・。」 「・・・。」 珍しく、古泉も無言だった。 いつものニヤケ面なんてどこにもねぇ。 みんな、俺を見ていない。 ただ、 ただ、一人だけ、 長門と、目が合った。 ****** 病室から団員が帰る時、長門は俺に 「私の家に来て。」 と、聞こえるか聞こえないか、の声で囁いた。 ドアに触れることはできない。 でも、壁を簡単にすり抜けられた。 幽霊って、どこに逃げても付いてくるって本当だったんだな。 そんなことを考えられるほど、俺は冷静だった。 軽々と長門のマンションの壁をすり抜けると、いつものように置物状態の長門がいた。 「長門・・・。」 「待っていた。」 「お前、俺のことが見えるのか?」 「そう。」 やはり、万能選手だ。 「あなたが今日この世界から居なくなるのは、規定事項だった。」 「なんで言ってくれなかったんだ?」 「私にその権利はない。権利を握っているのは、情報統合思念体。」 「朝比奈さんも言ってくれなかったぜ。」 「朝比奈みくるも、朝比奈みくるの異時間同位体も、それは禁則に該当する。」 やっぱりな。 そんな未来を左右すること、未来人が言ってくれるはずがない。 朝比奈さん(大)も。 「朝比奈みくるの異時間同位体からの伝言を預かっている。」 長門は、俺にファンシーな封筒を差し出した。 朝比奈みくる と丸っこい字でかかれた封筒。 いつだったか、下駄箱に入っていたっけ。 キョン君へ ごめんなさい。 私はそちらへ向かうことができませんでした。 ヒントもなにも言えず、本当にごめんなさい。 そっちの私を面倒見てくれて、ありがとう。 あなたがいたから、今の私があるの。 あなたに出会えてよかった。 朝比奈みくる 向かうことができない、てことは、来ようとしてくれていたんだな。 ありがとう、朝比奈さん。 俺も、朝比奈さんがいてくれてよかったです。 でなければ、あの消失事件で、この世界に戻ることができなかった。 いや、それ以前に三・・・いや、四年前の七夕に行かなかったら、 きっとハルヒにも出会えていなかったさ。 「俺、もう戻れないのか?」 「戻れる可能性はある。私もその可能性のおかげでここにいる。」 「どういうことだ?」 「私は一度、死を経験している。」 どういうことだ? 長門は、情報ナントカに製造された人造人間なんじゃないのか。 「私は以前、普通の人間だったという記憶がある。 しかし、私は突然死に遭遇した。そこで彷徨い、偶然、情報統合思念体に出会った。 感情などの人間性を抹消し、データや情報統合思念体との連結を備え付けられた。 そして、涼宮ハルヒの観察を命じられ、今に至る。」 「俺には詳細が分からんが、お前は元幽霊ってことなんだな?」 「そう。以前、物語を書いた時に、それを題材に書いたはず。」 思い出すは、生徒会長に命じられ、無理やり作ったあの冊子。 幻想ホラーとい難しいお題の話を書いてたっけ。 どこかリアリティがあるのに、なんのことか分からないあの話。 私は幽霊だったのだ・・・みたいなこと書いてたよな? それって、長門、お前自身のことだったのか。 死んだ記憶だけを残されて、自分が何なのかも分からなかった長門。 自分の棺の上にいた人物・・・ それが情報統合思念体の一端末・・・ そこで長門は情報統合思念体と繋がり、自分を有希、と名付けたってワケだ。 「そう。ただし、あなたの可能性は、情報統合思念体と結合することではない。」 「じゃぁ、なんだ?」 未来人になって、TPDDを備え付けられるとか、 超能力者になって、あの神人を倒せ、とかか? しかし、長門はまた違うことを言った。 「あなたにとっての可能性は、涼宮ハルヒに必要とされること。」 古泉は以前、ハルヒは神だと言っていたっけ。 その神の力を最大限に利用し、生きろ、と言っているわけだ。 俺だって生きたいさ。 やり残したことだらけだ。 でも、俺が自分の意思だけを貫いたら、どうする? 俺が死ぬのは規定事項のはずだ。 俺が生きれば、未来にずれが生じるだろう。 また、朝比奈さんがベソかきながら走り回るに違いない。 ・・・俺だって、考えていないわけじゃないんだぜ。 「それはできない。」 長門は俺をじっと見つめたまま動かない。 「俺も生きたいけど・・・そんな、ハルヒの力を利用するなんてできねぇ。」 「そう・・・」 「死人は生き返らないんだ。」 長門はなにも言わなかったが、少し、悲しそうな表情をした。 長門には色々お世話になったさ。 朝倉に殺されかけたとこを、2回も助けてくれたんだ。 無限の八月を一人、記憶を持ったまま、助けも呼ばないで。 もっと、俺を頼ってほしかったさ。 なにもできなくとも、支えくらいならしてやれる。 「・・・ありがとう。」 長門は小さな声でそういうと、 本当に僅かだし、気のせいかもしれない。 でも、 少しだけ、笑った気がした。 「俺がこの世界に留まれるのは、いつまでなんだ?」 「涼宮ハルヒが望むなら、いつまでも。彼女には、あなたに対してやり残したことがある。」 「それを解明すればいいんだな?」 「そう。」 幽霊がいつまでも人間界にいていいもんじゃないからな。 「ただ、彼女がどんな非常識なことでも思ったことを実現させるということを忘れないで。」 「ああ、分かったよ。」 長門は、いつもの平坦な声で、更に続けた。 「あなたと私が話せるのは、最後。私はもうあなたを見ることができなくなる。」 「期限がある、ということなのか?」 「そう。その期限は、あなたがこの部屋から出るまで。」 えらい急な話だ。 いや、でも幽霊と人間がいつまでも話をするのは、変だな。 「うまく言語化できない。ただ・・・あなたには、色んな感情を思い出させてもらった。」 俺が? 長門に感情を? 「それらを全て、言語化するのは難しい。」 「俺でも、役にたったか。」 「感情が皆無だった私に、あなたはたった一つの光だった。」 「光・・・?」 「あんなに気にかけてくれたり、完結に言えば、大切な人であった。」 俺なんて、何もできてないぜ。 なんせ、何の能力もない凡人だ。 長門には、色々迷惑かけっぱなしだったのに。 「あなたと私がSOS団で繋がりを持てたのは、規定事項と信じている。 詳細は不明。でも、繋がりを持てて本当によかったと思っている。」 「俺も、長門と一緒に図書館に行けて、楽しかったぜ。」 また 図書館に 約束、守ってやれなくてごめんな。 「ハルヒを頼んだぞ。朝比奈さんと、古泉にもよろしく言っといてくれないか。」 「了解した。」 「あとのことはまかせろ。絶対に世界を終わりにしたりしねぇから。」 長門は小さくこくり、と頷くとそれ以上はもう何も言わなかった。 この壁をすり抜ければ、長門とはもう喋れない。 会えるけど、もう目を合わせることはできねぇ。 「じゃぁ、俺はもう行く。」 「そう。」 「じゃぁな、長門。」 長門は、もう一度小さく頷いた。 俺はそれを見届けると、壁をすり抜けた。 体が浮いていた。 情報統合・・・ナントカを、「くそったれ」と思っていたが、そうでもないかもしれない。 そいつがいなかったら、長門とは会えなかったからな。 もうすこし、お手柔らかにしてやってくれ。 情報統合・・・思念体。 ******* さて、ハルヒのやり残したこととはなんだろうね。 通夜にはたくさんの人が参列してくれていた。 「馬鹿野郎・・・なんで死んじまったんだよ。」 「キョン・・・最後まで格好よかったね・・・涼宮さんは、助かったんだから。」 谷口と国木田だ。 もう一度、バカやったり、一緒に弁当囲んだりしたかった。 「キョン君・・・寂しくなるよ・・・。」 いつもより元気が50割減になっている鶴屋さん。 あなたには笑顔のほうが似合ってます。 「うわぁぁぁぁん!キョンくーん!」 妹はわんわん泣き叫んでいる。 せめて、お兄ちゃんと呼んでほしいもんだ。 「キョンく~ん、寂しいです・・・」 朝比奈さんは、目を真っ赤に腫らせていた。 そんなに泣かないでください。 素敵なお顔が大変なことになっていますよ。 「残念です。すてきな仲間だというのに・・・」 古泉は、ニヤケ面をどこに置いてきたんだ、という顔をしていた。 すてきな仲間。 素直に嬉しいぜ。 「・・・・。」 長門は終始無言で、俺の遺影をじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・・・・。」 そして、ハルヒは泣いていなかったが、目は腫れていた。 そりゃ、あんだけ泣いてたんだ。 団長さんよ、SOS団を頼んだぞ。 雑用兼財布係はもういない。 けど、世界を終わらしたりしないでくれよ、ハルヒ。 ******* 数日経てば、ハルヒの元気も戻るさ、と思っていたが、そうではなかった。 静まり返った文化部・・・SOS団の部室に、俺はいた。 誰とも目は合わない。 いつもの指定席に座るハルヒは、外をじっと見つめたまま動かない。 古泉もゲームを取り出すことなく、じっと一点を見つめていた。 まるで、全てが喪失してしまったかのようだった。 俺は・・・こんなSOS団を望んでいない。 ハルヒだってそうだ。 結局その日は、誰一人口を開く者はいなく、そのまま解散となった。 ハルヒの跡をつけてみた。 ハルヒの後姿はとても小さく見えた。 異変に気付く。 ハルヒ、そっちはお前の家の方向じゃねぇだろ? そっちは確か・・・俺が死んだ場所・・・ 予想は合っていた。 俺の事故現場には花がたくさん手向けられていて、ハルヒはそこに手を合わせた。 「キョン・・・キョンのバカ・・・なんであたしなんか庇って・・・」 バカ、て・・・ 「死んだなんて嘘よ!戻ってきて・・・お願い・・・。」 ハルヒ、しっかりしろ。 俺はもう死んでるんだぞ。 お前がしっかりしないでどうするんだ。 「うぅ・・・キョン・・・。」 ハルヒはその場に泣き崩れた。 街行く人たちが、ハルヒにちらりと視線を送っていく。 一番星が出ていた。 ****** 事件は早々に起きた。 俺は、急に意識が飛んだ。 幽霊に意識があるなんて、初めて知ったよ。 真っ暗な世界。 まるで、眠っているような感覚だった。 「・・・・ン・・・?キョン?」 聞き覚えのある声。 目を開くと、そこにはハルヒがいた。 すぐ、なにが起こっているのか、分かった。 灰色の空間。 いつかの、閉鎖空間。 神人はまだいない。 あの日目覚めた時と同じ場所。 「キョン!?どうして?生きてる、本物?」 「ハルヒ・・・。」 「バカ!どうしてあんな・・・!」 「ハルヒ。」 俺はハルヒの言葉を遮った。 ハルヒは、また、俺と2人の世界を望んだんだ。 戻ってきて・・・お願い・・・ この言葉は、本当のことになった。 長門は言った。 ハルヒの力を忘れてはいけない、と。 「俺は、死んでるんだ。」 「どうして!?今、現にここにいるじゃない!」 「ここは、夢なんだよ。」 「え・・・。」 「前にも、ここに来なかったか?」 丁度、一年前くらいか。 ここで、ハルヒとキスをした。 あれは夢という記憶になっているが、現実なのだ。 「え、キョンも同じ夢を見たの?」 「ああ。たぶん、ハルヒと同じ夢だと思う。」 「戻ろう。こんなところ、ずっと居るもんじゃない。」 手を引こうと、ハルヒに近づくと、俺はハルヒに引っ張られた。 顔がぶつかるのを、寸前で止めた。 「嫌よ。」 ハルヒは真剣な目をしていた。 こいつも、本気なようだ。 「あたしはあんたがいればそれでいい。ここであんたが生きれるなら、あたしはこの世界を選ぶ。 あんた、幽霊なんでしょ?天国の人、異世界人じゃない!私が探していた、最後の不思議。 そして、ずっと探していたわ。 ジョン・スミス」 俺は、驚いた。 ジョン・スミス。 なんでハルヒが知っている? 「あんたが死んだ日、夢を見たの。あたしが中学の時、校庭に書いたメッセージ。 それを書いた人よ。それ、あんただったのよね。あの時のあたしは、ジョンの顔が 見えなかったわ。でも、夢のジョンは、顔がよく見えたの。」 「な・・・」 「あたしを理解してくれて、あたしの初恋の人。」 「・・・」 「それが、あんたよ、キョン。」 つまり、ハルヒは夢で時間遡行をしたんだ。 全ての原点の4年前に。 そうか、その時から俺は異世界人だったんだな。 違う時空から来てんだ。 異世界人で間違いねぇだろ。 「もう、不思議なんて探さなくていいわ!あんたが最後の不思議だもの!」 「ハルヒ・・・。」 「嫌よ、あんたのいない世界なんて、価値はないの!」 ハルヒは、大きな目から涙をこぼした。 まるで、訴えるような目。 「キョン、あたしはあんたが好き。」 「!」 「ずっと、そうだった。精神病でも構わない。だから、お願いだから・・・」 ・・・ああ、俺だってそうだったさ。 自己中心的で、我がままで、無駄に元気で、笑顔が似合ってて、優しいハルヒをな。 「ハルヒ。」 ハルヒは目に涙を溜めたまま、俺を見上げた。 「俺は、元気なお前が好きだった。でも、今のお前は違う。」 「・・・。」 「SOS団だって、元気のカケラもねぇじゃねぇか。」 「あんたがいないから・・・。」 「俺は、こんな世界望まない。」 俺はその場にしゃがみ込み、ハルヒを見上げた。 「SOS団はどうなるんだ?せっかくあそこまで仕上げたのに。 ハルヒ、まかせてもいいよな?」 「あたしをなんだと思ってるのよ、団長様よ?でも、あんたがいないのは嫌。」 「俺は死んでる。死んだ人は生き返らない。」 ハルヒの目から落ちた涙が、俺の顔に落ちた。 あったけぇ。 「大丈夫だ。俺は待っている。何年でも、いや、何十年でも、何百年でも。」 「・・・。」 「お前はゆっくり来い。大丈夫だから。」 「・・・待ってないと、死刑だからね。」 死刑は嫌だからな。 俺は、ハルヒを連れて校庭の中心へ行った。 神人はいない。 青白い世界。 こんな世界より、ハルヒには希望に満ちた元の世界で生きてほしい。 「ハルヒ・・・好きだ。」 「あたしも、好き。」 ハルヒの小さな肩に手を置く。 「俺は・・・ ここにいる。」 ハルヒの涙だらけになった顔が近づき、俺はハルヒにキスをした。 一年前のように、嫌々なんかじゃない。 俺も、ハルヒも望んでいる。 元気なハルヒが大好きだった。 引っ張られっぱなしのあの日常も、俺は大好きだったさ。 やがて、目を閉じていてもまぶしいくらい、周りが明るくなった。 元の世界が閉鎖空間と入れ替わる。 それと同時に、光も消えていった。 その光と共に、俺の体も消えた。 ハルヒ、大丈夫だ。 俺は、ここにいる。 *お*わ*り*
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涼宮ハルヒの遡及 どうもご無沙汰してます。 『涼宮ハルヒの異界』、『涼宮ハルヒの切望―side K―』、『涼宮ハルヒの切望―side H―』の作者です。今回はこのシリーズの完結編をお送りさせて頂きます。 『戸惑・完成ゲーム』、『DQ6』、『YU-NO』、『涼宮ハルヒちゃんの憂鬱01』等のネタが含まれていますが、どこか分かったてもスルーよろしくです。分からなかった方はニコ動かようつべで探ると分かるかも。 このたびは、賛否両論のオリジナルキャラクターが登場する、当シリーズを、最後までお付き合いくださり、心より感謝申し上げます。 では、どうぞ。 涼宮ハルヒの遡及Ⅰ 涼宮ハルヒの遡及Ⅱ 涼宮ハルヒの遡及Ⅲ 涼宮ハルヒの遡及Ⅳ 涼宮ハルヒの遡及Ⅴ 涼宮ハルヒの遡及Ⅵ 涼宮ハルヒの遡及Ⅶ 涼宮ハルヒの遡及Ⅷ 涼宮ハルヒの遡及Ⅸ 涼宮ハルヒの遡及Ⅹ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅠ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅡ 涼宮ハルヒの遡及ⅩⅢ
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涼宮ハルヒの天啓 プロローグ 涼宮ハルヒの天啓 前編1 涼宮ハルヒの天啓 前編2 涼宮ハルヒの天啓 前編3 涼宮ハルヒの天啓 前編4 涼宮ハルヒの天啓 中編1 涼宮ハルヒの天啓 中編2 涼宮ハルヒの天啓 中編3 涼宮ハルヒの天啓 中編4 涼宮ハルヒの天啓 後編1 涼宮ハルヒの天啓 後編2 涼宮ハルヒの天啓 後編3 涼宮ハルヒの天啓 後編4 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ1 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ2 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ3 涼宮ハルヒの天啓 エピローグ4(終) 涼宮ハルヒの天啓 番外編1 涼宮ハルヒの天啓 番外編2
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「あのね、涼宮さんに聞きたいことがあるのね」 「何?」 放課後の教室で、文芸部室に向かおうとしていた俺とハルヒに話しかけてきたのは阪中だ。もちろん返事をしたのはハルヒだ。俺はこんなにそっけない返事はしない、だろう。 「キョンくんにも聞いてほしいのね。相談何だけど…」 阪中の話によると、阪中は面識のあまりない隣のクラスの男子生徒から告白されたらしい。しかし阪中はその男子生徒の事を良く思ってなく断りたいのだが、どう断ったら良いのかわからない。 そこで、中学時代に数々の男をフッてきたハルヒに聞いてみようと考えたらしい。俺は完全にオマケだ。 「でね、明日の放課後にもう一度気持ちを伝えるから、そのときに返事を聞かせてくれって言われたのね」 「そんなの興味ない、の一言で終わりじゃない! 何でそんな簡単なこと言えないのかしら」 「おいおいハルヒ、阪中は普通の女子生徒だぞ? もう少し阪中らしい断り方考えたらどうなんだ?」 「何よ、あたしが普通じゃないみたいな言い方はやめてくれる? それにあたしに相談してきたって事はあたしの流儀を聞きにきたって事よ! あたしのやりかたを言って文句あるの?」 「そうか。それはお前が正しい。だけどそれを押し付けるのはやめろ」 「喧嘩しないでほしいのね」 坂中の言葉で言い争いをやめた俺たちは真剣に協議をし始めた。 ハルヒの席を囲むように座っている。ハルヒと俺はいつもの席で阪中はハルヒの隣にイスを引き寄せて座っている。人が少なくなったので段々と声が大きくなってくる。 「じゃあキョン連れてって『コイツ私の彼氏なの~彼氏いるからむりなのね~』とか言わせて見ようかしら。」 「断じて断る。もっと普通なのはないのか?」 恋愛経験に乏しい俺にはアドバイスができるはずが無く、ハルヒの言った案を通すか通さないか役人的な仕事に専念していた。 ハルヒは非常に非現実的なアイディアばかりだすので俺は却下をくりかえした。阪中は自分の事なのに困った感じはなく、むしろ楽しげだった。 俺は今さらだが阪中は何故ハルヒに相談したんだろうと考えた。坂中の話しぶり、と言うか聞きぶりはハルヒに相談している形を取ってハルヒの過去の恋愛の体験談を聞きだしている感じだった。 不穏なことが起きなければいいのだが、と考えたが阪中なら平気だろうとスルーした。 そういえばルソーの一件以来阪中はハルヒに懐いてる。俺としてはハルヒが学校に溶け込んでる証拠のような気がして少し嬉しく思ってたりもする。 そんな事もあって俺はハルヒのためにも真剣に考えてやろうと思っていた。 「あーもう! 何で却下するのよ!」 「もう少し阪中の事を考えてやれ」 「これ以上はムリよ!!」 「じゃあ涼宮さんが言ってたようにキョンくん連れて行って恋人って言って見ようかななのね」 「こいつの言った意見ではそれが一番マトモなようだが、それは今後に関わるぞ?」 そう、俺の事を恋人と言い切ってしまえば翌日から男子生徒から始まり、少なくともこのクラスと隣のクラスの大半に知られてしまうだろう。 しかも、相手の男子生徒の事を考えると『あれは告白を断るため』とは言えない。 「わたしはいいのね。キョンくんがよければ」 俺が今後の事を考えていると、 「やっぱりキョンくんはわたしじゃ嫌なのね」 とか言われたので咄嗟に、 「嫌じゃあないし噂になるのはこいつのせいで不覚にもなれてしまっているんだ。」 何て口走ってしまう俺はどれだけお調子者なんだろう。ハルヒに助けを求める視線を出すとハルヒは少し不機嫌そうな表情で言った。 「噂になるのは恋愛禁止を掲げているSOS団としては困る事態だわ! 故に却下ね!!」 「じゃあどうするのね」 阪中は困ったように言った。でも俺には多少楽しそうに見える。これだけ考えた挙句振り出しなのだから俺もハルヒもどうしようもなくなっている。 「なぁ、理由なんて言わないで『ごめんなさい』とかだけじゃあダメなのか?何か聞かれても『ごめんなさい』で通ると思うぞ?」 恋愛経験ない俺が口出すのもどうかと思ったが素人の意見も取り入れた方がいいかも知れないと思った俺はそういった。 以外にもこれはシンプルでいいと言う事になってその方針で話を進めていた。ハルヒも阪中も良く考えれば簡単なことなのに思いつかなかったのはきっと2人が生まれつき変わった人間だからだろう。 「じゃあキョンくんと涼宮さんにちょっと実演してほしいのね」 まあ俺はそんな事を言われるとは思わなかったんで驚愕の表情をしていたと思うね。ハルヒほどじゃあないが。 ハルヒは顔を真っ赤にして口をパクパクしている。お前は金魚か? 「いいわ、やりましょう!」 何を言っているハルヒ! ここにはすでに阪中とハルヒしか居ないとはいえ恥ずかしすぎる! 「あたしはフラれるのは嫌いだからあんたフラれる役ね!」 こうなったらハルヒはとまらない。ムダに逆らうと後が恐いし実演が困難になる。覚悟を決めるしかない。 「しょうがない。じゃあ言うぞ?」と俺は恥ずかしいので視線を落とす。 「ハルヒ、好きだ。付き合って欲しい」 ああ、何でこんなに恥ずかしいんだろう。思ったより全然恥ずかしかったな。それより返事はまだなのか? 視線を上げてハルヒを見ると顔を真っ赤にしている。俺は余計に恥ずかしくなってきた。 「涼宮さん、返事しないとダメなのね。返事が聞きたいのね」 ハルヒはハッと我に返って、 「いいわ! 付き合いましょう!」 とか言いやがった。俺が断らなければダメだろ、と言うと咄嗟にでちゃったなんて言い訳してる。 「涼宮さんにキョンくんをフるのはムリそうなのね。ウソでもフれないのね」 「そんなことないわよ! 中学時代にふった事ないから咄嗟に……」 やめろハルヒ! ごまかしてると思われるぞ、と言おうとしたが言えなかった。阪中の言葉に遮られたからだ。 「じゃあ今度は涼宮さんがキョンくんに告白してみてほしいのね」 ハルヒは俺の顔を見て、少し考えてから言った。 「いいわ! よく聞きなさいキョン! あたしはアンタが好きよ! 付き合いなさい!!」 俺はハルヒの勢いに少し焦って思わず、『廊下に響くぞ、他の人に聞かれたらどうする!』と思って廊下の方に目をやると、廊下側に座っている阪中という女の子の期待に満ちた表情で我に返った。 とりあえず任務を完了しなければ、と一呼吸置いた。そしてやはり視線を落として言った。 「すまんがハルヒ、俺はお前とは付き合えない」 「何でよ!」 「すまん…」 「団長命令よ!!」 「すまん…」 「あたしの事嫌いなの?」 俺は一瞬狼狽した。ハルヒの声が少し悲しそうで、演技には思えなく視線をあげた。そこには悲しい顔をしたハルヒがいた。だけど、阪中に目をやると未だに期待に満ちた表情をしていたのでハルヒは気にしないことにした。 「嫌いじゃあない。だけど、すまん。」 「じゃあ、なんでよ…」 ハルヒの声は消え入りそうだった。見ればほんのり涙目だ。ハルヒの表情は呆然としている。なんだか演技とはいえ、心が痛んだ。 「もういいだろう阪中。こんな感じでいいのか? というよりはこんな感じでいいんじゃないか?」 「ありがとうなのね。でも、涼宮さんの悲しそうな顔を見てたら何だか断れる自信なくなったのね。だから明日の朝手紙で断る事にするのね」 たしかに阪中の期待の表情が無ければ俺は断り切れなかっただろう。それほどハルヒの悲しそうな表情は切なげで、守ってやりたくなってしまった。 未だに呆然としているハルヒに目をやった。俺は、もう演技は終わったんだぞ、と言った。 「涼宮さんはキョンくんに演技でもそんなこと言われて、割り切ってるハズなのにショックだったのね。だから反対の事を言ってあげれば元にもどるのね」 そういい残して阪中はさっさと帰ってしまった。俺は、最初から手紙にすればいいのにとか、こんな状態のハルヒをおいて返るなんて、とかいろいろ阪中の批判を思い浮かべたが阪中は本当に困ってたんだろうという結論に着いた。 きっと阪中は手紙じゃあ失礼だと思ったのだろう。そして、今のハルヒには阪中はいないほうがいいと判断したんだろう。そう思うことにする それからハルヒは呆然として、俺はハルヒを置いていくわけにもいかずにハルヒの前の席に座ったまま過ごした。 そうしてハルヒが回復するまで待とうと思ったが、夕日が落ちてきた頃にはとりあえず家まで送ってやろうと決心した。 「ハルヒ、かえるぞ」 コクリとうなずき立ち上がるが、動こうとしない。俺はいつもと立場が逆だとは思いながらもハルヒの手を取って引っ張った。 俺はハルヒに何て言えばいいんだろうとか、そういえば今日のSOS団はどうなってるんだろうとか考えながらハルヒの家の近くまで送った。長門並みの無言が続いた。 ハルヒの家の近くまで来て、こんな状態でハルヒを家に帰していいのか考えた。頭の中で阪中のセリフが蘇る。 『涼宮さんはキョンくんに演技でもそんなこと言われて割り切ってるハズなのにショックだったのね。だから反対の事を言ってあげれば元にもどるのね』 どうしたらいいのか分からなかったのでとりあえずハルヒの家の近くの公園に連れて行く。ベンチに座らせ、俺も隣に座る。とりあえずあれは演技であることを強調しようと思う。うまく言えるかな。 「ハルヒ、そろそろちゃんと目を覚ませ!」 ハルヒは多少意識が回復したように見えた。今度はハルヒは悲しそうな表情を浮かべている。俺を見て、視線を落として、もう一度俺を見てから消えるような声で言った。 「キョンはわたしが嫌いなの?」 俺は戸惑った。そんな事を言われるとは想像もしていなかった。あれは演技だから気にするな、と言おうとしていたのに言えなかった。 いや、会話の流れを考えるなら十分普通のセリフだし、言わなければならないのだが何故か口にできない。 「ハルヒ、俺がハルヒの事の事を嫌いなわけがないじゃないか。いつも一緒にいて、そんな事もわからないのか?」 「でも、好きじゃないんでしょ? あたしはキョンにとってはその他大勢。あの球場の5万人の観衆と一緒。同じ場所にいるけど深く関わることはない。」 小学生の時の話か。どうしようか迷ってあることを決心した。告白だ。 「ハルヒ、一度しか言わないから良く聞け。俺はお前の事が好きなんだ。さっきの演技とは違って今度は俺の本心だ。」 「ウソよ!」 ハルヒは急に叫んだ。 「だってあたしはあんたに好きって言われたときは演技だってわかってても断れなかった。そのときに気付いた。あたしはアンタが好きって。 でもあんたはアッサリあたしをふったじゃない。気付いたのよ。キョンはあたしの事を好きではないって。本当に好きだったら言えないハズだって。」 返す言葉もない。古泉なら何て言うだろう。いや、変な言葉でも俺は自分の言葉で言わなければいけないんだろうなと考えた。 「もう一度だけ言うぞ? 俺はハルヒが好きなんだ。」 と言ってからさらに続けた。 「俺も心が痛んださ。でも、演技だってわかってたから堪えることができた。きっと俺はハルヒの事を好きだと自覚していた分だけ心の準備ができていたんだろう。 でも、それでも心が痛んだ。ハルヒの気持ちも痛いほどわかる。ハルヒが俺の事をどれだけ好きかも伝わった。… …だからハルヒ、お前がそれだけ好きになった人の言う事を信じてくれないか?」 ハルヒは無言でこっちを見た。でも何故だかさっきまでの焦燥感や不安感はなかった。気がつけばハルヒは俺の手を握っている。 「ありがと。キョンのいう事だから信じる。」 「そうかい。」 俺はやっとの事でぎこちない微笑みをハルヒに向けた。そっとハルヒの両頬に手のひらを当て、ハルヒの顔に近づいて目をつぶり、キスをした。 ゆっくりと、甘いキスをしながら両手をハルヒの背中において抱きしめた。 そしてゆっくりとハルヒを放してから見たハルヒの顔は学校帰りの顔とは違って嬉しそうな表情をしていた。その中には安堵の表情も読み取れた。 「帰ろう。ハルヒと過ごす時間はいっぱいあるんだからゆっくり楽しんでいこう。」 そういってハルヒを家の前まで送っていった。 翌日の朝になって阪中の事を思い出しうまくやったか気にもなったが俺にはハルヒの方が気になったので阪中には悪いが気にしない事にした。 そして、教室でハルヒを確認して軽い挨拶をして、じゃあ、あらためて今日からよろしく伝えた。 俺とハルヒの関係は誰にも言わない事にした。 しかし言わなくても誰もが気付いている。 そして、交際を始めてからもハルヒと俺はいつでもどこでも変わらない事に気付いた俺は、谷口とかの言う俺とハルヒの関係は昔から付き合っているようなものなんだなと気付いた。 俺はあれから毎日部活の後にハルヒを送っていき、あの公園で話して、最後にキスをして帰るという日課が追加された。 そのことに幸せを感じながら日々を送っていく。