約 341,561 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/594.html
涼宮ハルヒの仮入部~ハンドボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~アイドル研究部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~グリークラブ編~ 涼宮ハルヒの仮入部~新体操部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~かなり後の後日談~ 涼宮ハルヒの仮入部~コーラス部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~バレーボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~空手部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~孤島症候群その後~ 涼宮ハルヒの仮入部~ソフトボール部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~野球部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~女子レスリング部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~手芸部編~ 涼宮ハルヒの仮入部番外~帰宅部の連中~ 涼宮ハルヒの仮入部~将棋同好会編~ 涼宮ハルヒの仮入部~茶道部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~テニス部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~軽音楽部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~美術部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~吹奏楽部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~剣道部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~水泳部編~ 涼宮ハルヒの仮入部~文芸部編~ 涼宮ハルヒの仮入部おまけ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/6029.html
Ⅱ 「最近、涼宮さんとはどうなんですか?」 「どうって、何がどうなんだ」 「とぼけないでくださいよ、仲がよろしいそうじゃないですか。僕としても、とても助かります」 別段、仲良くしてるつもりはない。ハルヒはいつも通りだし、俺もいつも通りだ。しかし古泉曰く、最近は閉鎖空間もほとんど発生しなくなったし、発生したとしても小規模なもので、神人もそんなに強くないという。これは涼宮ハルヒの精神がとても穏やかなことを意味してるんだそうだ。 「特に良かったのは、涼宮さんが悪夢を見なくなったことです。おかげでこちらの睡眠が妨げられるなんてこと、もう無いですよ。全くね」 ハルヒの開催した読書大会週間終了まで今日含めてあと1日。つまり今日終わるわけだが、俺は部室でパソコンをいじりながら昼飯を食っていた。インターネットから哲学書を読んで、どう思ったかを載せている人から、そういった感想文を参考にしようと思ったからだ。 「それは参考ではなく、丸写しです」 黙れ古泉。こちとら切羽詰まってるんだよ。 「というより、なんでお前までここにいるんだ」 「ふふ、一応貴方に近況報告をしておこうと思いましてね。多分感想文を1枚も書いていないでしょうから、きっとここに来るだろうと」 やっぱりお前は嫌な奴だ。そんなんだから俺の中でのお前の株がどんどん下落していくんだよ。どこかの航空会社のようにな。 俺と古泉が話している最中、長門は部室で科学の本を読んでいた。長門はもう昼食が済んだのか、あるいは宇宙人は昼食べなくても平気なのか。でもこんな細い体をしながら、案外大盛りカレーを3人前くらいペロリと食べてしまうかもしれない。まあ、さすがにそれはないか。 「長門、今何冊目だ?」 「72冊目」 なんかもう長門だけ別の大会開いてないかこれ。1日10冊読んでも達しないぞ。 「長門も本を読みすぎて、ハルヒみたいにならないようにな」 「‥‥‥‥」 ハルヒは本の読みすぎで、睡眠不足まで陥った。でもあの部室での快眠以来、家でもちゃんと寝てるようだ。目のクマはもうないし、元気だってバリバリだ。いつも通りのハルヒに戻ったというわけだ。塩をかけられて干からびそうなナメクジのようなハルヒもそう見られるようなものじゃないが、やはりこちらの方がハルヒらしい。 「いつも通りのハルヒ‥‥か」 「ん? どうかなさいましたか?」 「いんや。お前は大人しく弁当を食ってろ」 フフ、とにこやかに弁当を食べている古泉にも、3度の飯より本、といった長門にもまだ言ってないが、ハルヒは少しだけ何か変わった気がする。具体的に何、とは言えないし、その変化も顕微鏡で覗いても分かるか分からないかの微々たる物なんだが、何故だかハルヒは何かが変わったと確信を俺は持っていた。 性格、ではない。ハルヒとのやり取り、でもない。いつも通りのハルヒなんだが、何かが違う。 その答えは結局、有難い哲学の本を読んだ感想文を写している間にも出なかった。ハルヒがあの日素直に感謝を述べたというのがどうもむずかゆいのだ。何故だ。 「コイですかね」 「なんだって?」 「いえ、この魚はコイかな‥‥って」 紛らわしいことを言う奴だ。だからお前はいつまでたっても平均株価30円なんだよ。 パタンと長門が本を閉じ、もうそろそろ昼休み終了の合図5分前だ。書けた感想文は2枚。これはもう駄目かもしれんね。 「ではまた後で」 「‥‥‥‥」 長門も古泉も自分のクラスへと向かい、俺もクラスへと戻ることにした。さてさて読書感想文どうするかな。国木田とかそういう本を読んだ経験とかないだろうか‥‥‥。 健全たる高校生が悟りの境地に入り、ましてや俺の友人の中にそのような人物が紛れこんでいるなんてことはなく、俺は授業中の時間を削って読んでもいない哲学書の感想文を書こうとしたがやはりペンは進まず、あれから全然進んでいない形でハルヒに提出することになった。 「補習よ!!」 団長がいつの間にか図書管理職に変わっており、管理職様は俺にそう言い渡した。ハルヒ、俺が言うのもなんだが、10冊しか読んでいないお前は、あれからさらに1冊読み計73冊を読破した長門に図書管理職の座を引き渡すべきじゃないか? 「みくるちゃん12冊! 古泉君10冊! 有希は73冊! で、あたしが10冊!!分かる、キョン? 皆ノルマの2倍は読んでるのにあんただけ0冊よ!」 ちょっと待て。よく見ろハルヒ。感想文は2枚出してるじゃないか。俺としては上出来な方だぞ。 しかしハルヒは俺の感想文をまじまじと見つめ、 「キョンがこんな知的溢れる文章を書けるわけないでしょ」 と、一言。至極ごもっともだが、それを他人に言われると腹立つのは何故だ。ホワイ? 「大体な、俺に哲学なんてはなから無理なんだよ。せめて物語とかにしてくれ」 小説だって無理だろうが、一応の抗議だ。まあ哲学書よりはページは進むだろう。 「クジ引きで決めたことなんだから、それに従いなさい! キョンは放課後、必ず哲学書を毎日ここで読んでいくこと! 10冊!!」 「10冊!?」 俺の記憶が宇宙人に改造されてなければ、ノルマは5冊のはずだが。 「当然でしょ。皆2桁読んでるんだから。有希なんて、あと3日あれば100冊なんてあっというまよ。だからあんたは10冊読みなさい! 延滞料よ!」 延滞料ってなんの延滞料だ。1週間で5冊読まないと10冊に増える延滞料なんて初耳だ。延滞量の間違いだろ。 しかし抗議したところで、もはや最後の審判を下し終わったかのようなハルヒの耳には届かず、俺は古泉とボードゲームをする時間を毎日削って本を読む羽目となった。 「相手がいないと寂しいものですね」 こんなことを言い、俺が死ぬような思いで哲学書を読んでいる隣で朝比奈さんとオセロをやってる奴の平均株価は、30円から0へと下落していった。 喜べ。もう何倍しても0だぞ。 長門が本を閉じても、補習は終わることはなかった。長門、いつもなら下校時刻30分前に本を閉じるのに、最近はやたら閉じるのが早くなったな。頼むからチャイムが鳴るギリギリまで読んでくれよ。でないと‥‥‥ 「お先に失礼します」 「頑張ってね、キョン君」 「‥‥‥‥」 「ほら、キョン! まだ半分以上あるわよ!」 ハルヒと2人きりになってしまうだろうが‥‥‥。 「なあ、ハルヒ。俺が苦しんで本を読む様はそんなに面白いか?」 「頭良くなるには苦痛が必要なのよ。アホになりたいなら楽すればいいわ。一瞬でそうなるから」 俺はこの時ほど一生アホのままでもいいと思った瞬間はない。 しかしハルヒも暇な奴だ。長門達が帰り、秋だからか日が落ちるのが早くなってきたこの時間帯に、わざわざ電気つけて俺の隣で一緒に本を読んでやがる。団長席はあっちだぞ、ハルヒ。 「うるさいわね。席なんてどこでもいいじゃないの」 そう言って、でも一応か席を立ち、団長と書かれている三角錘を持ってきて、机の上にバンと大きな音を立てて置いた。 「あたしがルールよ」 なんとまあ利己主義なルールだ。よく地球はまともに回転してるな。 「ハルヒ」 「何よ。本読みなさい」 「悩みは解消したか?」 「悩み?」 「ほら、いつだか言ってたろ。1週間前だったか、それぐらいの時に。人の中の人が表にどうやらこうやらってやつだ」 「‥‥‥‥」 ハルヒは考えるように、手で顎をなぞり、うーんと唸った。まあ無理もないか。あの時ハルヒは睡眠不足で頭が働いていなかったようだし、多分自分でも何を言ってるのか分からなかったんだろう。 「‥‥‥あー、あれ。解決したわよ」 「そうかい。そりゃ良かった」 「ねえ、キョン」 「ん?」 「その時、あたし他に何か言ってた?」 「いや。他には特に何も言ってなかったと思うが」 「そう」 もうそろそろチャイムが鳴るかと思って時計を見ると、まだ下校時刻まで40分以上あった。全然時間経ってないじゃないか‥‥‥。 「こら、キョン! よそ見してる暇はないわよ! 」 俺は情けないが、まだ1冊も読破していない。読んだ振りをして済めばいいが、感想文を書かなきゃならん。でたらめを書こうにも、どういうわけだが先にハルヒがこの本を読んでしまっているから、的はずれな内容は書けないのだ。 「あと35分よ! 今日こそ1冊読破だからね」 ハルヒが毎回そう意気込むが、結局今回も読破出来なかったのは言うまでもない。 「しかし、キョン。お前もよくやるなー」 「なんのことだ?」 「何って、最近あの涼宮とラブラブらしいじゃねーか。一体どんな手を使ったんだ?」 「へえ、キョン凄いなあ。たったの半年ちょいで、そこまで関係を進めていたなんて」 そう話をする相手は谷口と国木田だ。3人で机を囲み、弁当を食いあっている時の話題で必ずこういった話が出てくるものだが、まさか俺の番がくるとはな。谷口、一体誰がそんなことを言ってるんだ? 「オレも人づてに聞いただけだから曖昧なとこもあるけどよー、なんでも、涼宮のあの変な部活をやっている最中にキョンと涼宮以外の奴が途中で帰っちまうだとかなんとか。他にも、ここ最近ほぼ毎日一緒に帰ってるんだろ? 2人で。そういうの見てるのって結構多いんだぜ」 しかしあの涼宮とキョンが、プススと気色悪い笑い声を出しながらニヤニヤしてる谷口もあれだが、健全な顔をしながらも興味がかなりありそうな国木田が 「もう付き合ってるの?」 と聞いてくるのも頂けない。でもここ最近2人で帰っていたのは事実だ。だからそんな噂が立つのも無理ないかもしれん。 「なあなあ、どこまでいったんだ? Aか? Bか?お前まさか、スィー‥‥」 「いっとくがな、谷口と国木田。俺はあそこで本を読んでるだけだぞ。しかも哲学書だ。おかけでもう5冊目に突入している」 哲学書と聞いて谷口はさらに笑い出し、どんなシチュエーションだよ、さすが2人とも変わってるだけのことはある、と妙に声を張り上げて周りのクラスメイトから不審者を見るような目付きで谷口が見られていたことは、俺の心の中の1つのストレス解消となっていた。 しかし、そうか。噂になってるとはな。涼宮の変人ぶりは入学1ヶ月でかなり広まり、校長の名前を知らなくても涼宮ハルヒの名を知らぬ者はいないとされるほどだ。そんなハルヒと、訳の分からん部活を行なっている部室内で2人きりでここ最近ずっと居て、挙句の果てに一緒に帰っているのだ。手こそ繋いでないものの、それを目撃した人や聞いた者は 「ああ、なるほど」 と、自分勝手に解釈し、妄想を広げているかもしれない。谷口のように。 「というわけなんだが、誰が噂を広げたか分からないか?」 「不明」 だよな。大体、知った所でどうするわけでもない。 「貴方の思っている不明と私の言ってる不明には解釈に齟齬がある」 「‥‥どういうことだ?」 「噂を広げている人間を確認するのは容易。でも、今回の貴方と涼宮ハルヒの噂は、自然発生し各個人の視覚、聴覚を司る脳の部分にダイレクトに植え付けられたもの。誰かが噂話を流し、全員が信じたわけではない」 「‥‥‥えーと、それは長門。どういうことだ?」 「全員が貴方と涼宮ハルヒが相互良関係に務めていると勝手に解釈をした。直接見たわけでも、聞いたわけでもない」 つまりだ。 普通噂は、誰かが目撃したものを知人、あるいは先輩後輩に話したりするわけだ。その聞いたものがまた同じことを別の人間に繰り返し、その情報が広がっていくというのが本来の在り方だ。しかし長門が言うのを聞いてると、誰も俺とハルヒが一緒に部活をしてたり、下校してたりするのを見ていないのにも関わらず噂が広まったということになる。まるでその噂を最初から知っていたみたいに。 「誰も見てない、言ってないのに噂を皆が知ってるなんてあり得ないじゃないか」 「そう。起こりえない状況。」 「じゃあ‥‥なんでそんなことが‥‥」 俺が長門にそう聞くと、ようやく長門は俺を見上げるような形で視線を向けた。 「最も高い可能性として‥‥」 そう前置きを置いた。そして無機質な瞳とは裏腹に、出てきた言葉は俺を驚愕させるものだった。 「‥‥涼宮ハルヒがそう望んだから」 「さあ、今日もSOS団活動するわよ!キョン、あんたは読書だからね!!」 ハルヒの何かが違う、と強く思っていたが、ここ最近それは気のせいだろうと思ってた。 だが今再び俺はひどくそう痛感している。 「なあ、ハルヒ」 「何よ」 「これでもう5冊目だな」 「そうね」 「もう大健闘したんだ。これ読んだらもう勘弁してくれ」 「却下よ」 ですよねー。 何故ハルヒは、そんな噂が広まることを望んだのだろう。まさかハルヒが俺に好意を抱いてるとは考えにくい。いや、しかし、じゃないと理由が‥‥ 「何1人で赤くなってるの。そんなにヤハウェが良かったの?」 「答えはきっと、イエスですよ涼宮さん」 「キリストだけにかっ! って上手いわね古泉君。さすが副団長だけのことはあるわ」 ハルヒと古泉がしょうもないギャグで笑い合い、朝比奈さんはちらちらとこちらを窺い、長門はおそらく200冊目くらいの本を読んでいると思われる中、俺は苦悩していた。あのハルヒが!あり得ないだろ! しかし実際噂は広まっている。ハルヒが来る前、部室に来て朝比奈さんに会ったら 「あ‥‥良かったですね」 と言われてしまった。朝比奈さん、貴方はここでの事情を知っているじゃないですか。なのに何故そんな言葉を‥‥。 「さあキョン! あと少しで完結ね。そしたらようやく半分か。まだまだ道は長いわね」 なあ、頼むからそう嬉しそうに言わないでくれ。どう反応していいか分からんくなるだろうが。 いや、変に意識してるのは俺の方じゃないか。見ろ、あのハルヒを。いつも通り豪快に、身勝手な行動をしているじゃないか。それにさっきの言い方だって思い出してみろ。別に嬉しそうじゃなかったろ。いつも通り、いつも通りだ。あれがハルヒボイス。モチベーションを一切崩さない団長様の声は、常にあんな感じだっただろ?そうだろ俺? 本は全然進んでないのに、長門がパタンと本を閉じる時間はもうやってきた。今日の長門は遅い方だ。何故なら下校時刻まであと1時間だからな。そう‥‥あと1時間も‥‥。 「では、お先に失礼しま‥‥」 「古泉、3回‥‥いや、1回でいい。久しぶりに五目並べしないか」 「キョン! 何言ってるのよ。まだ本は残ってるの。そういうのは、読み終えてからやりなさい!」 お前はどっかの母ちゃんか。 「貴方から誘いを受けるなんて、珍しいこともあるもんです。ですが、僕は今日用事がありまして、またの機会ということでよろしいですか?」 お前、用事なんてないだろ。用事がある奴はな、用事なんて言わずに、その用事の具体名を言い出すもんなんだよ。パーティー行かなあかんねん、みたいなのをな。 「では失礼します」 「キョン君、涼宮さんと仲良くね?」 「‥‥‥‥」 バタン、と扉が閉まり。 「さあ、今日も気合い入れて読むわよ! いいわね!」 俺はいつもより読むスピードが愕然と落ちながら、愛の神とはなんぞやを本とチャイムがなるまで語りあっていった。 「頼む、長門! こんことを頼めるのはお前しかいない!!」 俺はハルヒと別れた後、長門の家に来ていた。噂話のこともあってか、最近のハルヒは以前と何かが違うということを、俺はプロレスラーが技をくらう時に信じられないくらいでかい声を出すくらいのオーバーさに捲し立てて説明した。その話を聞いていた長門も、俺にお茶を出しはしたものの、俺が話している間は何も反応はしてくれなかった。 話し終わった後、長門はこうポツリと言葉を漏らした。 「貴方は、涼宮ハルヒが貴方について何を考えているのかを知りたいということになる」 「‥‥‥そ、そうなる‥‥のか?」 「出来る」 「本当か長門!?」 「でもしない」 「‥‥ハルヒの精神を脅かしちまうからか?」 「それもある。でも私がそれをしないのは、もっと別にある」 「それは‥‥‥一体」 「私はしない。貴方のためにも、彼女のためにも」 そう最後に言った時の長門の目は、何故だか無機質色ではなかった。ほんの少し口調もちょっと強かったな。気のせいではない。 結局、俺は万能宇宙人の力を借りれぬまますごすごと帰路に立たなければならなかった。まあ、そりゃそうだろう。 家につき、 「キョン君おかえり~」 と言ってくる妹をよそに、俺は考えなければならなかった。いや、考えなければならない義務などない。しかしどうしたことか、俺に限ってそんなことはないだろうと思うのだが、そういった考えとは裏腹に勝手に考えてしまうのだ。いつも大して頭を使わないのに、どうしてこんな時ばかり活発に脳とやらは動くのか。俺はベッドに腰かけ、その後仰向けになる形で天井を見つめた。そして、ようやく、避けられないパターンの考えを考慮にいれなければならない羽目となった。長々と喋ってきたが、つまりだ、そのだな‥‥。 俺がハルヒに更なる好意を抱 「キョン君~、ご飯だよ~」 ……ナイスだ。ナイスだ妹よ。いつもくだらない用事でしか俺にちょっかいをかけないが、今回ばかりは最優秀妨害賞にノミネートするくらいの素晴らしいことをやってくれた。危なかった。俺はなんてことを考えていたんだ。危うく1人で悩み苦しみ、悶絶するところだった。そうだ、飯だ飯。俺にとって大事なことってなんだ? ハルヒのことについて考えることか?己が思考を深く追求することか? 違う。断じて違う。俺の最優先事項は飯を食うことだ。そう、そのために生まれてきた。多分、空腹だからさっきのような訳の分からない考えをしそうになったんだろう。危ない危ない。いや、というよりさっきの思考ってなんだ。別に特別なこと考えてないし。谷口の話す自分のモテ度や、他人の話す夢の話やペットの自慢と並んでどーでもいいことを考えていたんだ。そうだろ、俺?今はともかく飯だ。飯を食べよう。今日のご飯は何かな~っと。‥‥‥ 「‥‥どうしたんだ、キョン。なんか目の下にクマがついてるぜ?」 「いや、放っておいとくれ谷口。いやいやいや、やっぱり放っておくな谷口」 「何言ってるんだ、キョン。ボケたか?」 結局夕飯をたらふく胃にぶちこんでも、俺の脳は何かと働き続けていた。ベッドで寝たのは11時のはずだったが、おそらく実際に寝たのは3時間にも満たないんじゃないかと思うくらい、俺は思惑していた。 教室に着き、なるべくハルヒの方を見ないようにして席を着いたのにもかかわらず 「どうしたの、キョン? なんかクマがあるわよ」 と心配そうに声をかけてきた。心配そうに? ハルヒに限ってそれはない。いつも通りの音域でそう聞いてきた。 「まさか哲学書読んでた、なんて言わないでしょうね。あんただとしたら最高にアホ。アホよ。体壊したら、SOS団に参加出来ないじゃない!ま、無理にでも参加させるけど」 本を読みすぎて寝不足の体験をしたお前には言われたくないがな、ハルヒ。 しかし俺は心でそう突っ込んでおきながら、あることに気付いた。 今のこの俺の状況、前のハルヒの状況と似てないか? 実はハルヒの寝不足の原因も、本のせいじゃないのではなかろうか。確か長門が、ハルヒの睡眠不足の原因は‘人格と精神’の熟読と言っていたが、あれはあくまで推察だ。記憶を読もうとしても深くは読めないから、実際のところ本のことなんて関係ないかもしれない。今の俺だからこそ分かることがある。もしかしたらハルヒも何か考え事をしていたのかもしれない。何を?何をだハルヒ? 「多分、恋ですよ」 「なんだと!?」 「あ、いえ‥‥‥貴方の食べているお弁当のその魚、きっとコイですよっていう意味です」 谷口達と食べると、また噂話について聞かれるかと思い、ここでひっそり食べようかと思っていたら、先客が2名いた。1名は無論長門だ。もう1人はこいつだ。 にしても、そういう意味ですってなんだよ古泉。普通そんなこといちいち付け加えないぞ。 「と、言われましても‥‥そういう意味なんですから。貴方が誤解しないように、ね」 「誤解ってなんだ。まさかお前まで例の噂を信じてるわけじゃないだろうな」 フフと誤魔化し笑みを浮かべる古泉は、今回は弁当を持っていない。お前、今度は何しに来たんだ。 「今回は貴方が来るだろうと思ってここに来たわません。長門さんに話を聞いてもらいたかったのです」 「長門に?」 ええ、と頷く古泉に対し、長門はいつものように本を読んでいる。長門とは昨日の一件があってか、少し話しかけ辛いように俺は思えた。長門は無表情だから、そんな風に思ってるかどうかがさっぱり分からんのだが。 「最近、また閉鎖空間が発生していましたね」 「‥‥いつものことだろ」 「いえ、それが妙なんです」 古泉は俺と長門を交互に見てから、ハルヒの席を見た。そして目をしっかりと開き、いつもの微笑みを消してからこう続けた。 「閉鎖空間の規模が、どんどん大きくなってきてるんです」 それは、ハルヒがストレスをまた溜めているということか? 「ええ。でも、今まではこんなことありませんでした。閉鎖空間は涼宮さんの精神が不安定になると発生するものです。つまり、あの神人や空間は、涼宮さんのイライラそのものなんですよ。だとしたら、毎回僕達が必死で神人や空間を食い止め、倒し、元通りにしているのですから、閉鎖空間発生後はそうそうストレスが堪らないわけです。しかし‥‥」 古泉は俺の方をじっと見据えた後 「どういうわけだが、閉鎖空間の規模が回数を増す度に膨れ上がっていくのです」 「なんだ、その目は。まさか俺が原因か?」 待てよ古泉。俺はハルヒに嫌だ嫌だいいながらも、ちゃんとここまで付き合ってきたはずだ。読書の件のことだぞ。おかげでハルヒの機嫌も最近良いし、俺が原因となるようなことはしていない。 「おさらいしてみましょう」 古泉は微笑みを浮かべてから、そう口にした。 「涼宮さんは本が読みたかった」 そうだな。 「医学の本が読みたかった」 そうだな。 「そして読書大会なるものを開き、それを終え、今に至る」 まさしくそうだ。ハルヒが医学の本が読みたいがために、こんな読書キャンペーンまがいなのをする羽目になったんだろ。 「でもそれはおかしくないでしょうか?」 「何がだ」 「医学の本を読みたかったら、自分で勝手に読めばいいということですよ」 「独りで読むのが嫌だったんだろ。だからSOS団を巻き込んで、俺はこんな羽目に」 俺がそう言うと、古泉の俺の顔に人差し指を向けた。ズビシッ、と音が出るような勢いで。 「それですよ」 「何がだ」 「SOS団を巻き込んで、がポイントなんです」 古泉は推理小説で、読んでる最中に犯人が分かった読者のような顔をしていた。いつものうっとうしさが200%増しだぞ古泉。 「僕たち、どうやって本を選びましたか」 「クジだろ」 「涼宮さんは自分の神がかり的な能力に気づいていらっしゃいません。ここが大事なんです。涼宮さんが医学の本に当たる確率は5分の1。涼宮さん自身、人の精神なるものに興味を持ったのに、それが読みたくても読めない確率が8割なんです。いくら涼宮さんがSOS団を巻き込みたかったといっても、あまりに非効率すぎはしませんか?」 「確かにそうだが‥‥じゃあ、ハルヒはなんでこんなことを言い出したんだ?」 「真相が違ったんです」 真相なんて言葉、薬で小さくなった小学生探偵の番組以外で聞いたことないぞ。 「涼宮さんは人間の精神が学びたかったのではないんです。この読書大会は、貴方に本を読ませる環境を作り出すのが目的だったのです」 「なっ‥‥古泉。どういう意味だ」 「簡単ですよ」 長門も興味があるのか、活字から目を離して古泉を見つめている。 「涼宮さんはテレビで医学関係の番組をやっているのを見て、ふと思いついたのです。読書大会を開くことをね」 「関係ないだろ」 「大ありなんですよ。何故なら、その番組を見て、医学というのは何て難しいのだろうと涼宮さんは感じとった。そして、もしこれを本で貴方に読ませたらどうなるだろうと」 読めるわけないだろ、そんなもん。 「その通りです。あ、いえ、その通りというのは失礼でしたね。でも涼宮さんはそう思ったわけです。そして、ある作戦を思いついた」 「もったいぶらずに早く言え」 「了解しました」 「涼宮さんはSOS団を巻き込んだ読書大会を開きました。1週間に5冊という、2日に1冊読んでも間に合わない若干無理な条件でね。読む本は自由ではなく、選択式。医学、科学、哲学、エッセイ、小説。ちなみに聞きますが、貴方はこの中のどれだったら1週間で5冊いけそうです?」 「いや‥‥どれも無理だな」 「涼宮さんもそう目論んだ。そして涼宮さん内心、きっと貴方に哲学か医学か科学に当たることを願ったのです。そして願い通り、貴方は哲学に当たった」 ‥‥‥おい、まさか。 「当然貴方は読めるはずもなく、補習を言い渡されます。僕らが全員2桁以上読んでいるので、貴方も2桁読めと、最も納得いきそうな理由で、貴方は10冊読むことに決定した。仮に僕が5冊でも、貴方は10冊読むはめになっていたでしょう。延滞料で」 「じゃあ‥‥なんだ。それだとまるで、最初からハルヒは俺と2人きりになりたかったみたいじゃないか」 ニヤニヤと笑った古泉は 「その通りです」 と自信満々に言った。まさか‥‥そんなことはないだろ‥‥。 「長門さんが例えチャイムギリギリになって本を閉じることをしていても、貴方は残されていたでしょう。居残りで」 「な、なんでハルヒはそんなことをするんだ‥‥?」 我ながら情けない声色になっていたが、ハルヒがここにいないというのに、心臓は激しくビートを刻んでいた。静まれ、俺のビート! 「さあ‥‥何故でしょうね?」 古泉はトドメと言わんばかりにウインクを俺にした。止めろ、気持ち悪い。 「涼宮さんは貴方と2人きりになることを望んだ。証拠は貴方もご存知の通り、例の噂ですよ。涼宮さん自身が、そういった噂が広がればいいのにと望んだあの噂です」 俺はまだ弁当を半分しか食べていないのに、もう胃はギブを宣言していた。むしろ逆に、胃の中のものが外に出そうといわんばかりに俺は緊張していた。まさかハルヒが‥‥‥。 「待て待て。ハルヒが睡眠不足なのはなんでだ!?」 「それは、貴方に示しがつかないからでしょう。どんなに難しい医学の本でも、ノルマの倍はいっておいた方が、補習の際に説得力増しますし」 「確かあの時、閉鎖空間が発生してなかったな。あれはどうなんだっ!」 「閉鎖空間は精神の不安定からきます。だが、あの時の彼女は不安などなかった。確実に貴方なら読んでこないだろうという自信があったのですよ。眠いのも我慢したのも、全て自分で分かってのことです」 「じゃあ、じゃあだな‥‥‥」 そう口にして、何も出てこなかった俺はようやく痛感した。なんてことだ。まさか、古泉の推察に反論出来ない日が来ようとは。 「問題は、ここからなんですよ」 俺が独り悶絶していた矢先、古泉は声色を変えて長門を見据えた。顔からもいつの間にか、微笑みが消えていた。 「先ほども申しましたように、閉鎖空間はここ毎日発生しています。大きさを重ねてね。我々が四苦八苦して止めているのに、涼宮さんのイライラは増すばかり。今までの話を聞いて、長門さん、どう思いますか?」 「涼宮ハルヒは待っている。彼はそう言いたい」 長門、頼むから俺を見ながら言うのを止めてくれ。大体待つって、何をだ。ハルヒは何を待っているというんだ。 「決まってるじゃないですか」 古泉は真剣な表情を崩して、また笑みを浮かべながら 「告白を、です」 と言った。お前も表情をコロコロ変えて世話忙しい奴だな。 それにしても、長門。昨日はそう意味なのか。俺やハルヒのためにもって、そういう意味なのか? 「世界は、貴方が言うか言わないかにかかってます」 古泉がそう言った際、俺は何て口にすればいいか分からなかった。嫌だ? 分かった? 黙れ? 「嘘じゃありません。このままの規模でいったら、世界が飲み込まれるのもそう時間はありませんよ。あと‥‥そうですね、約1週間です」 ……読書の時もそうだったが、今度の1週間はもっと酷になりそうだ。 「でも、貴方は涼宮さんのことそんなに嫌いではないのでしょう? むしろ最近は、好」 「うるさい!!」 何を切れてんだ、俺。 あれから気まずい雰囲気となり、チャイムが鳴るまで俺は弁当箱を眺めていた。まだ中身はあるが、とても胃に入りそうにない。 ‥‥しかし、ハルヒもハルヒだ。何故こういう時ばかり状況だけを作って、あとは受け身モードなんだ。あの閉鎖空間での出来事もそう。キスの次は告白か。順序が逆で、笑えるぞ。 予鈴が鳴り、古泉達は部室から出て行ったが、俺は出て行かなかった。というより、足が動かない。 もし俺がハルヒに対して何の感情も抱いていなかったから、逆にあっさりと告白をしていたかもしれない。いや、でもやはり最終的にハルヒの心を傷つけるようなことをしたくはないから、古泉達になんとかしろと言っていただろう。 あの閉鎖空間の中での出来事は、ちょっとした強制でもあったのだ。世界が滅亡する瞬間に急に呼び出され、さあ早くしないと皆消えるぞという時だった。でも全く好きじゃなかったら、俺はしていただろうか?やっぱり答えはさっきと一緒で、きっとしていない。 「昔からキョンは変な女が好きだからねぇ」 いつだったかの国木田の言葉が思い出される。国木田、お前は佐々木のことを言っているのか? だとしたらハズレだ。やっぱり俺は、佐々木も好きかどうか分からなかったからな。 一緒に居て楽しい。 ハルヒも佐々木も、そういった部分で重なり合う。 「お待たせー!! 皆揃ってるわね。キョン、あんたなんで5時間目サボったのよ!」 「青春のサボタージュだ。多めに見てくれ」 「何よそれ。変なの。でもSOS団には来てるから、死刑じゃなくて罰金にしといてあげるわ! 今度の活動の時は、あんたが1番に来ても払うのよ。いいわね!」 このハルヒのどこがストレスが爆発しそうなんだ。どこからどう見たって健康良子だろうが。古泉の推理が外れてるという可能性は多いにあるぞ。 だが俺はそれを口に挟まず、黙って哲学書を読むことにした。今更になってだが、この本の言っていることが、それこそ遮光メガネを通して見た太陽のように明瞭に、頭に文字が入りこんでくる。この人達も考えて考えて考えて考えて、考えすぎてこうなったのだろう。今の俺とおんなじだな、預言者さんよ。 俺が食い入るように本を読んでいると、ふと誰かが横に立った気がした。目線を上げれば、そこにはメイド姿の朝比奈さんがいた。 「あ‥‥き、キョン君。お茶をどうぞ」 「すいません朝比奈さん‥‥って、ん?」 お茶の受け皿を見ると、何か紙が折り畳んである。ハルヒの方をそっと窺うと、今はパソコンに夢中らしい。朝比奈さんの様子から見ても、これは早く隠した方がよさそうだ。 「‥‥‥おいしいです。ありがとうございます」 「いえいえ」 お茶は本当に上手い。そして、この手紙をくれたことにはありがとうだ。俺は手紙をブレザーのポケットに閉まった。 紙には場所が指定されていた。俺はハルヒと踏切で別れた後、真っ先にその地へと向かった。夏に朝比奈さんの膝でぐっすりと眠ってたあのベンチだ。 「キョン君、良かった。思ったより早く来れたんですね」 その場所にはすでに未来人が待機していて、制服姿のまま俺を待っていてくれていた。長門の話を聞き、古泉の話を聞き‥‥。 朝比奈さんは、一体俺に何を伝えようとしているのだろうか。電灯の明かり以外何も照らすものがないその元へ、俺は駆け寄った。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅲへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6555.html
Ⅰ ドカドカドカ、と鈍器で頭でも殴られたんじゃないかと疑問に思ってしまうような擬音と共に分厚い本を目の前に置かれてから2日経った頃、俺は早くも心に土嚢でも負ったかのように挫折しかけていた。1週間でノルマ5冊。これは読書が好きな人でも結構キツいんじゃなかろうか。 「よりによって哲学‥‥」 俺はいよいよブラック企業に務めたかのような感覚に押し入られてしまった。 ハルヒ曰く、 「SOS団たる者、多少の本を読んで常に知的な人材である必要があるのよ!」 「本を読んでいるイコール頭良いなんていう安直な考えは止めた方がいいぞハルヒ」 「皆、異論はある? あるなら読書大会が終わった後原稿用紙10枚分みっちり書いてきたなら、見てやらないことはないわよ」 俺の言葉は遠回しすぎたのか、異論としては認められなかった。いや、仮にボウリング玉がピンと接触するぐらいの近さでの言葉を言ったってハルヒの奴は耳をきっと傾けない。要するに知的云々は置いといて、長門のように本が読みたかったのだろう。ただ自分1人で読むのは嫌だから、SOS団を巻き込んだわけだ。長門はなんとなく嬉しそうに見えた気がするが。 そして、まさかの分野別である。何でもかんでも5冊読めばいいとなると、俺は市立図書館にある絵本やら雑誌やらで済ましてしまうとハルヒは先に睨んだようだ。どうしてそんなことばかりに気がついて宇宙人や超能力者は未来人に気づかないのか。全くもって不服だ。 「さあ、1本引くのよ!」 SOS団の市内探索の時のように、ハルヒはどこからか爪楊枝を取り出し、俺達に1本ずつ引かせた。爪楊枝な先には文字が書いてあったが、‥‥というよりなんて器用な奴だ‥‥はさておき、字を書いたのはご立派だがハルヒ、 「なんて書いてあるんだ、これ」 「おや、僕はエッセイですか」 「あ、‥‥私は小説のようです」 「‥‥‥‥‥」 「何よ、キョン。あんたまさか日本語を読めないわけ?」 いや、というより他の奴らの視力が可笑しいんじゃないか。油性のインクが滲んでて全く読めない。何故に爪楊枝に書いたんだハルヒ。 「貸しなさいよ、もう! 哲学って書いてあるじゃないの」 お前それ適当に言ってないだろうな。 「あたしが医学だから、有希は科学ね。じゃあ各自1週間の内に5冊読むこと。いいわね!ちゃんと感想文書くのよ。凄かった、の一言で終わるものなら、‥‥‥」 「‥‥‥終わるものなら?」 ニヤリ、と笑ったハルヒの顔に俺は初めて背中にゾクゾクとする恐怖を感じた。駄目だこいつ。罰金以上の何かえげつないことをするに違いない。私達が笑うまで一発芸よ、かもしれない。 そして、そんなこんなで現在に至るわけだ。医学に当たらなかっただけマシと言えるが、にしても哲学‥‥。俺はページを捲るも、圧倒的文字数と量、その威圧感に早くも今日の夕飯が口や鼻のような穴という穴から出そうになった。これはまずい‥‥。 異変でもないので長門に頼むわけにはいかず、かといって本をほったらかしにするわけにもいかない。 「勘弁してくれ‥‥‥」 ついつい独り言が出てしまうが、こればっかりは本当に参った。まるで身を隠す草原もなければ助けてくれる仲間もいない、数えきれないライオンに囲まれたシマウマのような心境だ。 俺はトイレ休憩風呂タイム挟む2時間の中で本と向き合ったが、進んだのは5ページほどだった。 ‥‥なんか変だな、と思ったのは朝登校してから数分経った後だ。いつもならハルヒがぎゃあぎゃあと耳もとで叫び、ハイテンションで 「キョン、読書はちゃんと進んでるでしょうね!?」 と聞いてきそうなものだが、今回は何も言ってこない。どうしたもんかと後ろを振り向くと、窓の外をボケーと見つめる、いかにも日向ぼっこをするお爺さんのような光景が見てとれた。いや、ハルヒの場合ならお婆さんか。 「どうした。本を読みすぎて夜更かしでもしたか?」 「‥‥‥うるさいわね」 どうやら虫の居所が悪いらしい。俺はそうですかと曖昧な返事をしておいて、大人しく前を向いておくことにした。久しぶりに機関が働くかもしれない時に、あまり刺激しておかない方がいいと思ったのだ。言っておくが、古泉のことではない。新川さんや森さん、多丸さんに夏にお世話になったから、そう思っただけのことだ。 しかし気になることがある。 目の下にクマを作ってる奴が、どうして今寝ない? ハルヒは授業中お構いなしに昼寝してることなんてしょっちゅうだし、それで教師に起こされて俺にやつ当たりするのだからほとほと迷惑をしている。しかしどうだろうか。そのハルヒが眠いのを我慢して窓の外を見ているのだ。何か面白いものがあるのかと俺も見たが、そこにはいつもと変わらない空と風景があるだけだった。 「‥‥‥変ですね。閉鎖空間は発生しておりませんし、涼宮さんともあろう方が自分の体の健康管理を出来ていないなんて。それなら僕達機関の方に何かしら報告されているはずですが‥」 「あのな、ハルヒだって女子高生なんだろ。夜更かしの1つや2つ、ましてや今は本を読んでるんだ。読んでて時間をつい忘れちゃったーなんてこと、あってもおかしくないんじゃないか」 「涼宮さんが小説を読んでいるのならまだ分かりますが、医学です。体にどのようなことをしたら害が出るかが乗っている本で、それはないと思います。第一イライラしたのなら僕達が真っ先に分かるはずなんです。夢の内容によってでさえ閉鎖空間を出す彼女ですから」 「…つまり、ハルヒは正常なのか?」 「健康そのもの、のはずです」 驚いたことに。 放課後にはきっといないだろうと踏んだのにもかかわらず、笑顔を誰かれ構わず振り撒く詐欺師のような高校生は独りで詰め将棋ならぬ詰めチェスをやっていた。閉鎖空間はどうした、と聞けば 「なんのことでしょう?」 と聞き返してきたのだ。きっとハルヒの鬱憤に付き合わされているに違いないと思ったのに、見当違いにもハルヒは健康そのものだという。しかしどの角度から見たって、ハルヒの目の下にはクマがある。 「真後ろから見たら頭しか見えませんよ」 黙れ古泉。そういう意味で言ったんじゃない。 ともかく、俺はまた何か嫌な予感がしてたまらなくなった。次はなんだ。巨大カマドウマの後なんだから秋らしくコオロギか? 「大丈夫ですよ。前にも言いましたが、此処は力が攻めぎ合いとっくに異空間化していますから。害のある者は立ち入れません」 「‥‥‥異空間の真っ只中にいるとは信じられない光景なんだがな」 肝心のハルヒはどこかへ行っているらしく、朝比奈さんは今日はメイド姿のまま小説に没頭、長門はいつも通り窓際の椅子に腰かけて読書。古泉はチェス盤を片付けはじめ、将棋盤の準備をする。はさみ将棋を俺とするようだ。 「古泉、お前本の方はどうだ?」 古泉はふう、とわざとらしく溜め息をつきながら 「それがまだ2冊目に入ったばかりで」 なんて嫌味を言いやがった。俺と代われ、俺と。 「そうはいきませんよ。涼宮さんは、貴方に哲学を読んで欲しいから貴方は哲学と書いてある爪楊枝を取ったのです。それを僕と代わってしまったら、それこそ閉鎖空間発生の種ですよ」 「サルトル、ソクラテス、カント‥‥キリストの教えなんてなんの役に立つ? なんで俺と一番無縁な哲学を持ってきたんだ、ハルヒは」 「貴方がノーと言えない日本人だからですよ」 イエスだけにか、と突っ込むと思ったら大間違いだぞ古泉。お前はどや顔をしているが、ちっとも上手くない。 「‥‥‥ハルヒは」 「お待たせぇー‥」 俺が古泉に口を開きかけた時、ドアがゆっくりと開いてハルヒが入ってきた。先日までの元気は宇宙の果てでさ迷っているのか、目にしたハルヒはやはりどことなく弱っていた。 古泉の目つきが少しだけ変わる。 「‥‥あっ、お茶を用意しますね」 ハルヒの存在に気付いた朝比奈さんは、可憐な姿のまま急須の元へ。ハルヒは何も言わず、ただ1冊の分厚い本を抱えてパソコンの前に座った。 長門も少し顔を上げて、ハルヒの状態を観察‥‥いや、分析しているようだ。ハルヒはそれに気付かず、パソコンの電源もつけずに本をパラパラと捲った。 「‥‥ハルヒ、朝から元気ないじゃないか。まさか2日間かけて4冊読んだときじゃないだろうな」 「うるさいわね‥‥アンタはちゃんと読んでるの? 感想文出さなかったら、死刑だからね」 感想文を出さなかったら死刑という法律が出来れば、日本人の9割は恐らく日本海に沈められるだろう‥‥‥じゃなくて。 人がせっかく心配したのにこの態度だ。俺がハルヒを心配するなんてまずないことなんだがな。その物珍しい出来事を自ら蹴り飛ばすとはね。わかった、もう心配しねーよ。 「‥‥‥‥」 「‥‥‥‥」 「涼宮さん、お茶です」 「ありがとう、みくるちゃん」 ズズズとハルヒがお茶をすする音以外何も存在しないかのように思える空間。古泉は何故だかマジな表情でハルヒを見ているし、長門も相変わらずだ。 朝比奈さんは古泉と長門の様子に戸惑っているらしい。そんな朝比奈さんの姿はとっても可愛い。が、いつまでも見ているのも失礼だ。 古泉は何事もなかったかのように盤上をいじりだし、俺もようやく朝比奈さんから目を離してはさみ将棋をし始めた。 後でまた4人で集まるのだろうかと思考しながら古泉を7連敗させた後、長門のパタンと本を閉じる音でSOS団の活動は終わった。これではまるで文芸部だ、っとまだここは文芸部室だったな。 帰り道にそっと古泉に今日集まるのかどうかを聞いたが、 「もう1日様子を見ましょう。長門さんも何も言わないことですし」 と、どうやら何も面倒事なく今日1日は無事終了するようだ。しかし俺は家で積んである哲学書5冊の事を思い出し、平穏な日常などまずこの1週間の内はあり得ないなと頭を悩ませることになったのは言うまでもない。 そして結局本を1ページも読まずに登校した翌日、ハルヒの体調はさらに悪化していた。クマは濃くなり、明らかに一睡もしてないのが目に見えて分かる。 「ハルヒ、本に夢中になるのも良いけどな、それで体壊したらアホみたいだぞ。知的な人材を揃えるためにやってるんじゃなかったのか?」 「‥‥‥‥」 昨日の不機嫌な反応より、 「うっさいわねバカキョン! あんたにそんなことを言われる筋合いないわよこのエロキョン!!」 とでも言ってくるものかと思っていたら、まさかのダンマリだ。これはいよいよ本当に不味いような気がしてきた。 あのハルヒがこんなに萎れてるとは、リアルインディペンデンス・デイが勃発するくらい信じられないことだ。ここには宇宙人もいるし、ハルヒの感情次第で世界が滅びるやら何やら言われているがもちろんそういう意味じゃない。サイコロが10連続1が出るような確率のようなもんだということだ。 「涼宮さんがそう望めば、サイコロで連続1が出ることも可能ですよ」 と古泉なら言いそうだ。 「ねえ、キョン‥‥‥」 返事を返さないもんだからまた無視されたものかと見なしていたら、ハルヒは窓の外を昨日と同じように頬杖つきながら目を向けていた。一体どうしたというんだ。 「なんだ」 「‥‥前に、自分がいかにちっぽけな存在かを話したじゃない?」 あれはお前が勝手に話したんだがな‥‥ってちょっと待て。お前が読んでたのは哲学じゃなくて医学の本だったろ。なんでそんな断食など意味がないと気づいてしまった、悟りの領域を越したムハンマドみたいなことを言いだすんだ。 「人ってさ、自分の中にさらに他の自分がいるとしたら、人の数なんていうのは、本当はもっと多いのよね‥‥‥」 何を言い出すんだハルヒ。 「そのたくさんある中の1つがさ‥‥‥その人物の人柄と見なされて表に出てくるのよね‥‥‥。でも、せっかく出てこれたその1人も‥‥本当は世界と比べたらちっぽけな存在で‥‥‥」 「一体なんの本を読んだのかまるで分からないがな、ハルヒ。今日はもう寝ろ。俺が許す」 「‥‥‥‥‥」 睡眠不足のせいか、しっかりと思考が働いてないようであるハルヒは、またもやせっかくの俺の気配りを無下にした。確かに俺に昼寝を許可出来るなんていう夢のような権限はないけどな。 そしてこの日もハルヒは、午前午後の授業をボーと過ごした。 「涼宮さんがそうまでして寝ないのは、一体何故なんでしょう‥‥」 朝比奈さんがそう呟いて答える者が誰1人いない部室内で、古泉はお手上げとばかりわざとらしく両手を上げて 「長門さんの方はどうです? 情報統合思念体は、何か言っておられますか?」 と、やはりこいつも最後の頼みの綱にかける他なかったようだ。しかしその長門でさえも 「情報総合思念体からは何も報告を受けていない。でも私から推察するに、涼宮ハルヒは本来年齢約15~18歳までに必要とされている最低睡眠量の内、14時間22分17秒が不足している。原因は彼女が読んでいる医学本‘人格と精神’の熟読。でも、何故彼女が睡眠を一定以上の我慢を強いているかは不明」 と、古泉のようにスタイリッシュアクションで示さないものの、どうやらダメらしい。 「なんでハルヒはそんな本に夢中なんだ?」 「5日前の午後7時02分から放送した‘精神の病’のプログラムの中にあった、多重人格についての内容がさらに詳しく現在彼女が読んでいる本に記載しているというのが、最も考えられる動機。でも彼女が何故異常なまでにそれに固執するのかまでが、不明」 「‥‥そりゃ、なんでだ」 「彼女の記憶をこれ以上読もうとすると、彼女の意思とは関係ないプロテクトが自動的に展開される。根本的な理由というものがその先にある。でも私の今のクッキング能力ではここまでが限界。これ以上は涼宮ハルヒの精神になんらかの異常を脅かす危険性がある。だから私にはこれ以上のことは不明」 つまりだ。2度目だが長門にも無理だということだ。 となれば話は1つだ。 「ハルヒ、なんでそんな本にえらくこだわるんだ?」 「‥‥‥‥‥」 ハルヒ本人が弱々しい状態でなんとかやっと来てから、作戦1として、完璧なおかつ完全、本人に直接聞くという方法が我がSOS団団員その1、2、3、副団長で決定されて実行されたが、あえなく敗退した。どうやらハルヒがこの本‘人格と精神’を読み続ける理由は、応募者100名様限定超プレミアム完全真空パックの切り取り線つき袋閉じ、なくらい秘密らしい。しかしそんなハルヒも、この本と格闘するのが疲れたのか、はたまた単なる睡眠不足なのか、キーボードに突っ伏す形で寝息を立てて寝始めた。また下校時刻まで時間はあるし、暫く寝かせておくのもいいだろう。 その間に 「長門、その本に何が書かれてるのか読んでみてくれないか」 「了解」 ハルヒの顔のすぐ隣にある‘人格と精神’を長門がパッと取ると、世界速読王でさえびっくりするような、新幹線のぞみ級の速さで長門はページを捲っていった。いつも読んでる速度はなんなんだ一体。本を読む速さをさらに鍛えるためにかなりの制限をつけているとしか思えん。 「‥‥‥‥‥」 長門は静かに、元あったように本をハルヒの隣に置いた。結局、ハルヒを虜にするような内容とはなんだったのか。 「この本に、涼宮ハルヒに過度な依存をさせる内容はない」 「なんだと」 「念のため、人体寄生タイプのウイルスが仕組まれているかを確認した。でもそのような物が仕組まれた跡も発動した形跡もない」 そりゃそんな寄生虫みたいなものが図書館の本にあったら大変なことだろう。しかし、どうしようか。これでまた謎が深まってしまった。 「ちょっと失礼します」 古泉がガタリとパイプ椅子から立ち上がり、微笑みフェイスのままハルヒの方へて歩み寄り、その本へと手を差し伸ばした。やめとけ、俺はまだ見てもいないがお前じゃ出来ないと思うぞ。 「もしかしたら、ですけれど‥‥‥」 パラパラと捲り、斜め読みをしていく超能力者は、大体半分辺りまでいった辺りで長門の方へと振り向いた。 「長門さん、この本に暗号が混ざっているという可能性はないでしょうか?」Ⅰ 暗号? 「よくあること、というわけではないのですが、こういった本の作者が茶目っ気を入れ混ぜて、暗号を隠しているということです。つまり、涼宮さんはどうやってかこの本に暗号があることを知り、それを解くために夜更かしをしているわけです。寝たら負ける、というルールのもとで」 なんだその訳の分からん推理は。確かによくサウナとかで、一番最後まで出ないなんていった特に景品がもらえるわけでもない独り我慢大会を起こしている人がいるが、それとこれを結びつけるのはさすがに無理があるぞ古泉。第一今回不思議がっているのは、こんなに睡眠不足でイライラが貯まっているはずなのに閉鎖空間が出ないってとこにあるんじゃないのか。暗号解けなかったら余計イライラが貯まって、大規模な閉鎖空間が発生するんじゃないのか? 「それもそうですね。でしゃばって申し訳ない」 そうだ、古泉。お前はもう出てこなくていいぞ。 「涼宮さん、このままだと風邪ひいちゃいますね‥‥」 そう言いながら、朝比奈さんはコスプレ衣装のとこから上着のようなものを取り出し、ハルヒの背中にかけてやった。朝比奈さんのこんな姿を見たら、マザーテレサ、更には天使でさえ感涙するだろう。 「朝比奈さんは、どう思いますか?」 「‥‥‥涼宮さんの身近に、誰かそういった症状を抱えておられる方がいるんじゃないんでしょうか?」 「ハルヒの周りに、ですか?」 「はい」 朝比奈さんは、今頃ノンレム睡眠に入っているだろうハルヒを見てから、優しく微笑んだ。 「涼宮さん、優しいですから」 そりゃ貴方のことですよ、朝比奈さん。 「確かに、涼宮さんともなると、一度決めたことは意地でもやり通すのもプロ級ですからね。身近にいる生徒‥‥あるいは近所の子供か、涼宮さんがどうしても助けたいと思える人がすぐそばにいるのなら、そして尚且つかかっている病気が精神病ならば、この一連の行動に説明がある程度つきます。しかしですね」 朝比奈さんの言いたいことはもちろんわかる、が癪なことに古泉の言わんとすることも分かる。 「それならば、読書大会なるものを開かずに、自分で勝手に読み始めてしまう可能性の方が高いと言えます」 「涼宮さんが、読書大会を決めた後にそのような人がいたと気づいたとは、考えられませんか?」 「涼宮さんがこの本に興味を持ったのは、5日前に見たテレビが原因でしたよね、長門さん?」 「そう」 「となれば、彼女はテレビで多重人格というものに興味を持ち、そして読書大会を開き、たまたま自分が読みたかった医学の本が回ってきた‥‥‥そしてタイミングを見計らったようにそういった病を持つ人が現れた。これはつまり、涼宮さんがそれを望んだということになります」 ハルヒには願望を実現させる能力があるらしい。だから今古泉が言ったように、自分がその症状を解決、または分析したいがために今の状況を作り出したということになってしまう。偶然、の一言で片づけてしまうならばそれまでだが、それは少し考えにくい。 つまり、ハルヒは私利私欲のために誰かが病気になることを望んだということになる。いくらハルヒが無自覚の能力とはいえ、さすがにそんなことを願ったりはしないだろう。そうだろ。ハルヒ? 「だがな、古泉。ハルヒの能力関係なしに、本当にそういった偶然があるかもしれない。その線を探る必要もあるんじゃないのか?」 「もちろんです。機関の方に、最近涼宮さんと接触した者の中で、そういった心の病を抱えておられる方がいるかどうかを当たってくれるように申請しておきます。それと、どうして閉鎖空間が発生しないのか‥もね」 そこまで話したところでハルヒがうーんと唸りながら寝返りをうったので、この話はお開きとなった。しかし、長門でさえ原員不明とはな‥‥‥。 だがさっきまで信じられないスピードで本を捲っていたのに、今はまたいつものスピードでペラペラと本を読んでいる宇宙人も、冷めてしまったお茶をまた温めている未来人も、珍しくボード盤を開かずに誰かのエッセイを読んでいる超能力者、そしてこの俺も。今までやっていた隠れミーティングが無駄だったんじゃないかと思うのは、ハルヒが下校時刻5分前に起きてからだった。 「あっー!!もうこんな時間じゃないのよ! どうして誰も起こしてくれないのっ!」 起きてから第一声がこれだ。だが、さっきに比べて随分元気そうに見える。それを見計らったかのように長門は本をパタンと閉じ、帰り支度をし始めた。俺は結局、この時間の間、宿題をして時間を過ごした結果となったわけだ。哲学書は家にあるしな。 「もう! 次からはちゃんと起こしなさいよキョン。ふぁあ‥‥‥あー、でもよく寝たわ」 背伸びを存分にしてから、ハルヒも‘人格と精神’を鞄の中にしまい、鍵を持って部屋を出た。どうせその鍵は俺が返すはめになるんだろうがな。 と、思った矢先だ。 「あたし、鍵返してくるから皆先帰ってていいわよ」 信じられない発言がハルヒの口から飛び出したことを俺は確認した。睡眠をし終えたばかりで気分が絶好調なのか、あるいはまだ寝ぼけているのかどうかを疑うような状態じゃないか。ハルヒ、お前家に帰ってからもっかい寝た方がいいぞ。 ‥‥‥と言うわけもなく、俺はハルヒの好意に甘えることにした。自ら面倒くさいことを進んでやるハルヒなんて、珍しいことこの上ないからな。 「では、お先に失礼します」 「あ‥‥あたし待ちますよ」 「いいのみくるちゃん。ちょっと用事もあるしね。先行ってて。すぐ追いつくから」 ハルヒがこう言ってるんだ。朝比奈さん、先に行きましょう。 「で‥‥でも」 朝比奈さんがそう戸惑っている間に、ハルヒは駆けてくように職員室へと向かって行った。ここに置いてある鞄はどうやら俺が運ぶはめになるらしい。 「‥‥‥‥‥」 「どうした長門。科学の本をまだ5冊読み終えてないのか?」 長門の沈黙具合がいつもと違ったように感じたので、そう声かけてみたが 「今25冊目」 と、1日8冊読んでもそんなにも読めないペースで読んでいるらしいということだけが分かった。長門の無機質な声にも最近変化が感じとれるようになってきたと感じた俺だったが、しかし今の返答を見るとまだまだ俺は長門の心情をちゃんと察しているわけではないんだなと改めて分かる。長門は苦労しても顔に出さないから、知らず知らずの内に負担をかけてないといいが‥‥‥。 朝比奈さん、古泉や長門とも別れ、それでもハルヒが来ないので、俺は踏切前で重い鞄を持ちながら待つことにした。ハルヒの奴、いつもこんな重い鞄持ってるのか。ここ最近たまたま‘人格と精神’が入っているせいかもしれないが、にしてもこんな鞄を持ってよくあんな細い腕でいられるな。草野球の時だって、あいつだけは長門の力を借りずにパコンパコンとヒット打ってたしな。どこからそんな力を蓄えているのやら‥‥。 そんなことを暗くなっていく空を眺めながらボーっと考えていると、ようやくにしてハルヒが姿を現した。一体何の用事だったんだ。 「貸しなさいよ」 鞄を俺からひったくり、そのまま何事もなかったようにハルヒは帰っていく。お前、そこはありがとうだろ。 「なーんてね、ウソウソ。」 ハルヒは振り返りながら俺の顔を直視し、 「ありがと、キョン」 と言って走り去って行った。 ‥‥‥‥‥。 「えっ?」 ハルヒの睡眠不足がもうすでに精神を相当脅かしているんじゃないかと疑ったのは、まさにこの瞬間だった。 →涼宮ハルヒの分身 Ⅱへ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/517.html
朝起きて登校し、途中で友達と会って喋りながら教室に入りいつも通り授業を終える。 健全な普通男子高校生はほとんどこんな日常だろう、もし違うとしても彼女と居るとか部活とかの+αが付くだけだ。 だが、俺の日常はそんなのじゃねえ 涼宮ハルヒ率いるSOS団に入っちまったせいで 俺の日常は+αどころか+zぐらいあるんじゃないのか?+zこれの読み方はしらないが。 俺の日常は意味の分らない同好会未満の変な集団活動をよぎなくされたり、 へんな空間に閉じ込められたり、俺以外が替わってる世界に来ていたりと+zどころじゃすまないような経験をしてきたんだが、 今回はありえないほどに普通で逆にそれが怪しい。 ん?待てよ、俺までハルヒのような考えになってるじゃねえか。とにかく俺は初めはこんな感じだった でも誰だって思うさ、あのハルヒがクラスのみんなと普通に接しているんだからな 「おはよう」 俺は信じられない光景を見た、あのハルヒがクラスのおそらく名前も知らない男子に笑顔で挨拶してる。 もしかしてまた閉鎖空間に迷い込んだのか?だったら発端は誰だ?いや、俺はここまで来るのになんの変化も感じられなかった。 って事はだ。 ただハルヒの性格が変わっただけ・・・・・か。 本当に閉鎖空間でハルヒの性格が変わったのだとしたら入学、いや中学の初めからハルヒはあの性格だろう 確認するために俺は国木田に聞いてみた 「なあ国木田、なんか涼宮変わったな」 「そうだね、さっき僕にも挨拶してきたよ。キョンと付き合っていくうちにまともになったんじゃない?」 国木田は俺の予想と違う答えを出した。 どうやらここは閉鎖空間でもなんでもない俺が今まで暮らしてきた世界のようだ、 ただ昨日のハルヒと今日のハルヒがまったく違うってことだけだな ようやくあいつもこの世界に慣れてきたかと考えハルヒに話しかけた 「何考えてやがる」 「どうゆう意味よ?」 いつもの勢いだ、なんだ?本当に変わったか?さっき見たときとはずいぶん違うな、 もしかしたら俺にだけ厳しいのか?さて俺はハルヒにいくつ疑問符を当てたかな?まったく分らない女だ。 いや?この場合おれか? 「やけに皆に優しいじゃねえか」 「だから何だっての?私が同級生と接するのがそんなに嫌?」 やっぱりいつものハルヒじゃねえか、逆にいつもよりきついぐらいだ 「別に」 だがお前が皆と話してるところを見るとなんか変な気持ちになる・・・風邪か? 「ふん」 なんでだろうな、俺に対する態度がいつもより倍きついぞ? 「今日SOS団はなにするんだ?」 この質問は俺自身わかってたかもしれない、SOS団なんて同好会未満の集団はいつも通りなにもせず過ごすだろう。 「そうだ、私今日SOS団には行けないわ、皆で何かやってて」 「今日陸上部に出ようと思ってるの、悪い?」 OK、どうやらハルヒは壊れちまったようだ。関わらないでおこう。 結局いつものように授業を終えて昼休みに入ったんだが、あのハルヒが教室から出て行っていないのだ。 なんと女子グループの中心で笑ってやがる。なんだ?もしかして朝倉が中に入ったのか?だったら気をつけないとな。しかもさっきから俺のほうチラチラ見てやがるし。 谷「なんか涼宮も不気味なぐらいまともになったよな?猫かぶってるんじゃないか?」 確かにあいつは猫かぶってるときがある。すぐに戻るけどさ。 国「でも皆、涼宮さんとこ行って話してるよね」 谷「大方、いつもとのギャップに引かれてるんだろ俺は近寄りたくないね、また振られ・・ゲフンゲフン・・・いやなんでもない」 キョン「おい谷口、チャック開いてるぞ」 谷「え?ああ開いてたか」ギギギギ そのまま昼休みが終わり、放課後になって部室に行く。 ノックして入ったが長門しかいない・・・・そうかハルヒは陸上とか言ってたな・・・ 「ハルヒがなにか変なんだが、世界が変わってるとか無いか?」 「無い、涼宮ハルヒの精神やこの世界が改変された形跡は無い」 そうか、何も無いか・・・じゃああいつもSOS団に来る時間がへるのかな・・・気付くと長門は俺のことをジーっと見ている。俺の顔になにか付いてるか? 「あなたは涼宮ハルヒに会えないとさびしい?」 くっ長門、痛いとこ突いてきやがる。たしかに俺はハルヒがいないと寂しいかも知れない。 それはもちろんSOS団団長としての意味も有り、もう一つは・・・・・・・・口にしたくは無いが、俺はハルヒが好きだってことだ 「さびしいな、あいつにあえないとつらい」 って俺は長門に何話してるんだ、 「あなたは涼宮ハルヒに明確な好意をいだいている」 ああそうだなわかってる、お前と話してるうちに気付いた。 長門は話し終えるといつも通り本に向き直った。 「そうだよな・・・悪い俺帰る」 気まずくなったから俺は帰ろうとしたところに長門の声がかかってきた。 「あなたは涼宮ハルヒに会いに行ったほうがいい」 長門は俺が望んでたことを口にした、そうしたいけど、ハルヒに迷惑じゃないのか? 「それは行ってみないとわからない・・・・私には涼宮ハルヒは自分が変化したことにあなたがなにか反応を起こすか実験してるように見える」 俺の反応?まったく悪趣味だな、何考えてやがる 「わかった、行ってくるよ」 ハルヒになんで来るのよ!!と怒鳴られたらスタコラサッサと帰るぜ。 俺がグラウンドに行ったときに陸上部は学校から出てランニング中だったのだろう、居なかった。 はりきって来たのにやる気を削がれたな。長門なら知ってただろうけど、なんで教えてくれなかった? そのまま俺はグラウンドのそばで待っとくことにした。 30分ぐらいしたころか?ハルヒは帰ってきた。どうやらこれで部活は終わりのようだな。ハルヒは俺が待ってることにに気付いた。 「あ!キョン、待ってたの?」 ハルヒはいつもの笑顔に戻ってた。いたずらが成功した子供のような笑顔で 「なら、一緒に帰りましょ」 やれやれ、だけど妙に優しいのより俺はこっちのハルヒが好きだ。一緒に坂道を下りながら決意した。 この後告白しよう―――――― 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/638.html
涼宮ハルヒの誤解 第一章 涼宮ハルヒの誤解 第二章 涼宮ハルヒの誤解 終章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/581.html
いつもの放課後のSOS団の活動中の事だ。 日頃のフラストレーション溜まっていたのだろうか? 自分でも理解不能なイライラの全てを我等が団長涼宮ハルヒにぶつけていた。 俺が冷静さを取り戻した時にはもう部室にハルヒの姿は無く、背後に3つの憤怒のオーラを感じた。 俺は恐る恐るそのオーラがする方へ振り向いた。 その瞬間、いきなり長門が広辞苑の角で俺の頭を殴った。 なにしやがる!?と言おうとしたら今度は朝比奈さんがお茶入りの湯飲みを投げつけてきた。 それから逃げようとしたら古泉が俺の前に立ちはだかり俺の胸倉を掴んでこう言った。 「何やってるんですか!?今回の事はどう見てもあなたに全ての非がありますよ!今度こんな事したら閉鎖空間に置き去りにしますからね!!」 見事なジェット○トリームアタックだな。 いや、そうじゃない・・・ 「何やってるのかだと!?それは俺自身が一番知りたいさ!!」 そう言って古泉の手を払いのける。 「どういう事ですか?」 「だから、自分でもなんであんな事しちまったのか分からねぇって言ってんだよ」 「長門さん、何か分かりますか?」 「何者かの介入は確認されていない。これは若者特有の若さ故の暴走だと思われる」 「そうなんですか。それなら安心しました」 「何言ってんだ?理由は何にしろお前達にとってマズイ事態じゃないのか?」 「まぁ、そうなんですが、あなたが意識的に涼宮さんを傷つけたのならアウトでしょうが、無意識でやった事ならまだ救いは残されています」 「どういう事だ?結果的にハルヒを傷つけた事には変わらないだろ」 「そうですが、無意識でやってしまったならまだ関係の修復は可能という事です」 「そうなのか?」 「そうです。あなたの努力次第ですがね。ね、長門さんに朝比奈さん」 「そう。恐らく今晩中にあなたに何らかの変化が訪れるがそれはあなたを脅かすものではないと推測される」 「キョン君、ちゃんと涼宮さんと仲直りして下さいね。仲直りするまでお茶は淹れてあげませんから」 「はい、分かりました。毎度毎度、面倒掛けて悪いな」 「そこはギブアンドテイクという事で今日はもう解散しましょう」 古泉のその発言で今日は解散となり家路についた。 家に着いた後は、ずっとハルヒの事を考えていた。 幾ら振り払おうとしてもハルヒの事が頭に浮かんできた。 なんで、あんな事しちまったんだろうな・・・ そんな事を考えながら寝床に着いた。 目が覚めた時、俺は白一色の世界に居た。 どこだ?ここは・・・ 辺りを見回しても白一色だった。 すると聞き覚えのある着信音が聞こえた。 ポケットを漁ると俺の携帯電話が鳴っていた。 メールが来ていたので確認すると古泉からだった。 『目が覚めましたか?』 『あぁ、ここは何処なんだ?』 『そこは涼宮さんの日記の中です』 『日記の中?なんだって俺はそんな所に居るんだ』 『それは涼宮さんがあなたの事をもっと知りたい、自分の事をもっと知ってほしいと日記を書きながら願ったからだと長門さんは推測しています』 相変わらずムチャクチャだな・・・・ 『で、俺はどうすればいいんだ?』 『とりあえず、日記の中の涼宮さんに会って下さい。後の事はお任せします。ではそろそろ限界の様なので失礼します』 お任せしますって言われてもなぁ・・・ どうすりゃいいんのか分からんが、ハルヒを探すとするか。 白一色の世界を歩く。 それは進んでいるのかどうかも分からない世界だった。 もうどれ位歩いたかね? 是非、万歩計を付けたかったね。 足が重くなり始めた時、白い世界でしゃがみこんでいるハルヒをやっと見つけた。 「こんな所で何やってんだ?」 うずくまっているハルヒが顔をゆっくり上げた。 「別に。あんたには関係無いでしょ」 「あんな事しちまってごめんな。ホントに済まないと思ってる」 俺は未だにしゃがみこんでいるハルヒに頭を下げた。 罵声か蹴りが飛んでくると思ったがハルヒは思いもよらない事を口にした。 「あたしに謝ってどうすんのよ?そんな事しても意味無いわよ」 「どういう意味だ?」 俺には何がなんだかさっぱり分からなかった。 「そのまんまの意味よ。あたしはハルヒじゃないから謝っても意味が無いって言ってるの」 「ハルヒじゃない?だったらお前は誰なんだ?」 「あたし?あたしはハルヒが日記に込めた想いよ」 目の前のハルヒが何を言ってるのか理解出来ない。 ハルヒは俺の顔を見て笑いだした。 「フフッ、あんたってホントに間抜け面なのね」 まるで始めて会った様な言い草だな。 「まだ信じられないって顔ね。いいわ、少し見せてあげる」 そう言うとハルヒは立ち上がり片手を俺の頭の上に置いた。 その瞬間、何かが頭の中に流れ込んできた。 「な、何を!?」 抵抗しようとするが身体が動かない。 「いいから、おとなしく目を閉じて。すぐに終わるから」 俺は言われるがまま目を閉じた。 目を閉じると、瞼の裏に様々な映像が現れた。 怒っているハルヒ・・・ 憂鬱そうなハルヒ・・・ 顔を赤くしているハルヒ・・・ 落ち込んでいるハルヒ・・・ 泣きそうなハルヒ・・・ 笑っているハルヒ・・・ 俺は、ハルヒの事分かっているつもりだったけどまだ何にも分かっちゃいないんだな・・・ するとハルヒが俺の頭から手を離した。 「どう?見えた?」 「あぁ、俺は何にも分かっちゃいなかった」 「そうね。でも、それが普通なのよ」 ハルヒはいつもからは想像も出来ない様な穏やかな微笑を浮かべていた。 「ハルヒ、それはどういう意味だ?」 「だーかーらー、あたしはハルヒじゃないって言ってんでしょ?」 「あ、あぁ、そうだったな」 すっかり忘れてたぜ・・・ 「じゃあ、なんて呼べばいいんだ?名前を教えてくれ」 「あたしに名前なんて無いわ。ここにはあたししか居ないし、そんなのあっても意味ないもの」 「そうなのか?ここにずっと一人で寂しくないのか?」 「まぁ、たまに寂しいときもあるけどね」 そりゃ、そうだよな・・・ こんな何も無い世界で1人なんて俺には耐えられない。 「いい加減話を戻すけど、他人の事を全て理解してるなんて思ってもそれは他人の表面を理解しているに過ぎないの」 「そうなのかもしれない。でも、理解しようって努力する事は無駄じゃないだろう?」 「もちろん無駄じゃないわ。ん、そろそろ時間も無いみたいだから簡単に話すわね」 俺は自分の足元から段々消えている事に気づいた。 「おい、これはどうなってるんだ?」 「聞いてるでしょ?ここはハルヒの日記の中なの。だからあんたも元の世界に戻る。それだけよ」 「そうか。で、俺はどうすればいいんだ?」 「その答えはもうあんたの中にあるでしょ?それをすればいいわ」 「あぁ、そうだな」 もう俺の全身が消えかかっている。 「じゃあね、バイバイ。あの子、今回はかなり落ち込んでたからよろしくね。しっかりやらないと死刑だからね」 「あぁ、分かってるよ。色々世話になったな、ありがとよ」 そう言って俺は白い世界から消えたのだ・・・ 次に目が覚めた時は、いつものベッドの上だった。 あれは夢だったのだろうか・・・ そんな事はこの際どうでもいい。 あれが現実だろうが夢だろうが、俺がやらなくてはならない事は決まっているのだ。 いつもより家を早く出た俺は途中本屋に寄ってある物を購入した。 教室に着くとハルヒが不機嫌そうな面持ちで自分の席に座っていた。 俺は自分の席に着きハルヒに話掛けた。 「よぉ、相変わらず機嫌悪そうだな」 「そう思うならほっといてくんない?」 「そうしたいのは山々だが、1つ言っておかなければならない事があるから聞いてくれ」 「何よ?下らない事だったらぶっ飛ばすわよ」 「昨日はあんな事しちまって悪かったな。反省してる、すまなかった」 俺は深々とハルヒに頭を下げた。 「ちょ、いきなり何よ?いいから頭上げなさいよ!」 「許してくれるのか?」 「別に怒っちゃいないわよ。なんでいきなりあんな事したのかは気になるけど」 「あぁ、あれは若さ故の暴走らしい」 「はぁ?何言ってんの?訳分かんない」 「そうだ、正直俺にも訳が分からないんだ。でだ、俺の事をもっと分かってもらおうという事でこんな物を用意してみた」 俺は鞄から紙袋を取り出しハルヒに手渡した。 「何これ?開けていい?」 「あぁ、開けてくれ」 ハルヒが紙袋を開け、中に入っている物を取り出す。 「これ、日記帳?これで何するの?」 「あぁ、ハルヒ、俺と交換日記しないか?」 「何であたしがあんたとそんな小学生みたいな事しなくちゃならないのよ?」 「いや、ハルヒの事もっと知りたいし俺の事をもっと知ってもらおうと思ったんだが。嫌なら返してくれ。長門か朝比奈さんとやるから」 俺はハルヒから日記帳を返してもらおうとしたがハルヒは日記帳を手を放さなかった。 「わ、分かったわよ!仕方ないから付き合ってやるわよ」 「そうかい。それは嬉しいね」 こうして俺とハルヒの交換日記がスタートした。 この後、書く事に芸が無いとハルヒに散々怒られる事になるのは言うまでもない。 だが、これでもうハルヒの想いも一人白い世界で寂しい思いをする事も無くなるだろう。 なんたって、今は俺の想いも一緒に居るんだからな。 まぁ、日記の中の俺が今の俺と同じ目に遭っている様な気がしてならないのだが・・・ なんて事を今日も元気満タンの団長様に振り回されながら考えている。 終わり
https://w.atwiki.jp/sosclannad9676/pages/36.html
6月の放課後、ハルヒは「野球大会に出る」と言いだし、第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせと書かれた紙を持ってくる。 SOS団のメンバーは5人だったから後4人のメンバーを集める必要があった。 結局集まった4人も数合わせのメンバーで、谷口、国木田、鶴屋さん、キョンの妹だった。 草野球大会当日、上ヶ原パイレーツとの対戦でハルヒはメンバーの打順と守備をアミダクジで決める。(ただしハルヒは1番ピッチャー) 以下打順、および守備。 1番 ピッチャー ハルヒ 2番 ライト 朝比奈みくる 3番 センター 長門有希 4番 セカンド キョン 5番 レフト 妹 6番 キャッチャー古泉 7番 ファースト 国木田 8番 サード 鶴屋さん 9番 ショート 谷口 古泉いわく、ハルヒが望んだから4番にキョンがなったらしいが、全く4番としての力が震えず、たちまちに点差は開いていき、ハルヒの機嫌も不機嫌に。 10点差でコールド終了なのだが、7-0まで点差が開いたところで、閉鎖空間が発生する。 このままではまずいと悟った古泉は長門にある頼みごとをし、バットをホーミングモードにする。 たちまち点差は逆転し、9-11までになったとこでチェンジ。 その後、ピッチャーをハルヒからキョンに、キャッチャーを古泉から長門に変更し、長門の呪文により、究極の魔球で試合終了。 チームSOS団は見事勝利した。 その後、閉鎖空間に行かなければならない古泉が減るので、続行不可に。SOS団は辞退する。 尚、この時使っていたバットをキョンが上ヶ原パイレーツにいくらかで譲った。 おまけ ホーミングバットの行方
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/528.html
魔の坂道を根性で登りきり、やっと教室に到着した。 あの朝のハイキングコースはいい加減やめて欲しい。 俺は鞄を自分の机に下ろすと、ちらりと後ろの席を見た。 ハルヒはまだ来ていないようだ。 しばらく待っていたが、ハルヒは一向に姿を見せない。 どうしたんだろうか?まさか欠席か? 「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー。」 岡部が教室のドアを開けて入ってきた。 ハルヒは結局今日は欠席か、とか思っていると、 なんと、ハルヒが岡部の後ろから付き添うように教室に入ってきたではないか。 なんだ、ハルヒ。また何かやらかしたのか? ハルヒは若干俯き気味だ。 ごほん、と岡部がわざとらしい咳払いをする。 「えー、今日は皆に聞いてもらいたいことがある。」 岡部はハルヒに顔を向け、小声で「自分で言うか?」と聞いた。 ハルヒはフルフルと首を横に振る。 岡部はハルヒを少し見つめたあと、また前に顔を向けて、 少し間をあけてから言った。 「実は涼宮が転校することになった。」 ・・・・・・・・・は? 教室から驚愕の声が上がる。 俺は声が出ず、口をぽかんと開いたままにしていた。 「お父さんの仕事の関係らしくてな。海外に行く事になったらしい。」 ・・・・・・・・・。 嘘だろ? 俺は席に戻ったハルヒに質問攻めをした。 どうやら岡部が言ってる事は全て本当のことらしい。 海外に行く日は・・・・・・。 今週の土曜日。 なんてこった。もう1週間も無い。 冗談だろ? 最近のハルヒがおかしかった理由を一気に理解した。 鬱だったのは、俺達と別れるのが嫌だったから。 いつも以上に活発だったのは、俺達との最後の時を楽しむため。 突然のオゴリは、最後のハルヒなりの気遣い。 ・・・・・・。 嘘だろう、嘘であって欲しい。という想いが俺の頭の中をめぐる。 今、ここで岡部がプレートを掲げながら「ドッキリでした」と言ってきても、許せてやれる。 嘘と言ってくれ、ハルヒ。 「私だって信じたくないわよ。でも本当のことなの。仕方ないわ・・・。」 毎日のように部室に行き、 毎日のように長門は本を読んでいて、 毎日のように朝比奈さんが茶を入れてくれて、 毎日のように古泉とボードゲームをし、 毎日のようにハルヒが突然持ってきた馬鹿な計画につきあわされ、 毎日のようにSOS団の皆で笑って過ごす。 こんな毎日がずっと続くと思っていた。 わかっていた。 高校卒業と共に、そんな楽しい日々が無くなるのも。 でも、卒業する日が来るまでは、せめて卒業までは、 ずっとそんな日々が続くと確信していた。 しかし、その運命の時は、俺が予想していたよりもはるかに早く訪れたようだ。 ハルヒがいなくなる。 俺の中で何かがガラガラと崩れていく気がした。 団長がいてこそのSOS団だろ? お前がいなくて どうするんだよ。 俺はとぼとぼとした足取りで部室に向かった。 ハルヒを除いた三人は既に揃っていた。 「みんな・・・えらいことになった。」 「・・・・・・聞きました。涼宮さんのことでしょう?」 古泉はいつものようなニヤケ顔ではない。 もっとも、古泉がこの状況でまだニヤケ顔だったら 俺は古泉をぶっ飛ばしていたかもしれない。 朝比奈さんは、メイド服も着ずに、パイプ椅子に座って涙目だ。 長門はいつもの無表情だが、手元にはいつもの本がなく、床の一点をただじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・。」 沈黙が流れる。その時だった。 「ヤッホー!!皆元気ー!?」 驚いたね、流石に。見ると、ハルヒの表情は、いつものような笑い顔だ。 「よくお前、笑っていられるな。」 俺がそう言うと、ハルヒは部室の雰囲気に気付いたらしく、 笑い顔を真顔に戻して、教室の時のような表情をつくる。 「皆、もう知ってるんだ・・・。」 ハルヒはすたすたと歩いていき、いつもの席に着いた。 それから30分ほど、俺達は何も話さずにそうしていた。 これほどまでに重い空気が流れたのは、この部室初めてのことであろう。 「ねぇ。」 突然ハルヒが口を開いた。 「このまま、こういう雰囲気で過ごしてもしょうがないじゃない? もうあと僅かしかない時間なんだから、もう少し楽しみましょうよ。」 ・・・・・・わかっている、わかっているが・・・そううまくは切り替えられんな。 「そう言ってても始まらないでしょ!!」 ハルヒは大声を出すと、いきなり机を叩いて立ち上がった。 そして、机に顔を伏せていた朝比奈さんのところまでいくと、朝比奈さんも立ち上がらせる。 「さぁ、みくるちゃん!着替えるわよ!!」 そう言うと、朝比奈さんの制服を脱がせ始めた。やばいっ!! 俺と古泉は急いで部屋から出て、ドアを閉めた。 中からは朝比奈さんの悲鳴とハルヒの変態チックな声が聞こえてくる。 しばらくして、 「ど・・・どうぞ。」 という朝比奈さんの声がしたので開けてみると、 メイド姿の朝比奈さんの横に、バニー姿のハルヒがいた。 「バニーよっ!」 何故お前も着替える。 「なんででもいいでしょー?キョンもコスプレしない?楽しいわよ。」 遠慮しておく。 「遠慮しないの!小泉君!クリスマスのときのキョンのトナカイ衣装出して!」 マジで?あれ?あのトナカイには俺の忘れたいトラウマがあるのだが。 そもそも、今日はクリスマスじゃない。 「はい、ただいま。」 古泉は、俺のトナカイ衣装がかけてあるハンガーを手にとる。 っていうか、古泉も何ハルヒの言う事素直に聞いているんだ。 「さぁ、キョン。さっさと着替えるのよ。」 断る。断じて着ない。 「つべこべ言わずに着替えなさい!!」 そう言うと、ハルヒは俺に飛び掛ってきた。やめろ!!この痴女め!! 「やめろって!わかった!自分で着替える!!自分で着替えるから!!」 俺がそう叫ぶと、やっとハルヒは俺のシャツのボタンにかけていた手を止めた。 朝比奈さんは、両手を顔に当てながら耳を真っ赤にして蹲っている。 「最初からそう言えばいいのよ。じゃ、さっさと着替えなさい。」 その前にだな、ハルヒ。 「何よ?」 俺はドアの方を指さす。するとハルヒは納得したように、 「ああ、そうね。じゃあみくるちゃん、有希、いくわよ。」 ハルヒは蹲ってる朝比奈さんと、パイプ椅子にじっと座っていた長門を連れて、 部屋の外に出て行った。やれやれ。 抵抗がある。それはそうだろう、いきなりこんなトナカイ衣装を着ろ、と言われて 素直に着る奴がいるだろうか。いるとしたら、そいつは変態が含まれている。 「さて、涼宮さんたちを長く待たせるわけにもいかないですから、 早く着替えてしまいましょう。」 うるさいな、古泉。人の気も知らないで。と、振り返ると、 そこにいたのは古泉ではなく、やけにでかいカエルだった。 ・・・・・・誰? 「僕ですよ。面白そうなので、僕も着替えてみました。」 古泉の声を発する化けガエル。よくみると、それは俺達がバイトで得たカエルの衣装だった。 お前も着替える必要ないだろ。お前は変態か? 「キョン、まだー?」 ハルヒがドンドンとドアを叩く。 ・・・何の罰ゲームだ、これは。 俺の姿を見るなり、ハルヒは大爆笑した。 まぁ、こういうリアクション取るとはわかってたがね。 朝比奈さんは、手で口をおさえながら俺の姿を凝視している。 長門はというと、眉ひとつ動かさずに無表情のままだ。 気付くと、化けガエルの視線がこちらに向いていた。 なんだカエル。やるのか?トナカイなめるなよ、この両生類が。 「いやー、やはりあなたのコスプレが一番様になってますね。」 どういう意味だ。とりあえず言っておこう、全然嬉しくない。 ここで俺はあることに気付いた。 「そういや長門だけコスプレしてないな。」 一同が一斉に長門を見る。 「・・・・・・・・・。」 長門の眉が1ミクロン動く。 しばらくそのまま固まったあと、長門はすたすたとハンガーの前に歩いていき、 ひとつのハンガーを手に取って言った。 「これ。」 ナース服だ。 古泉と外で待つこと、数分。 「うわっ、有希、あんたなかなか似合うわね。 キョン、古泉くん、いいわよー!」 ドアを開けると、そこにナース服の長門がいた。 「・・・・・・・・・。」 無愛想なナースさんは、無言のまま突っ立っている。 ・・・俺は今、ひょっとしてすごいものを見ているのではないだろうか。 長門がコスプレするなど、まず普通なら考えられない。 これをデジカメで撮って学校にいる長門ファンに売れば、 かなりの高額で売れること間違いなしだ。 「・・・・・・。」 長門は無言で棚から本をとると、ナース姿のまま、所定の場所について読書を始めた。 無表情、無言で読書をするナース。なんなんだろうね、これは。 「じゃあ、これで全員コスプレ完了ね!」 全員でコスプレしてどうするというのだ。 「楽しいからいいじゃない。」 俺は早く脱ぎたいのだが。 「そんなノリの悪い事言わないの。」 ノリってお前・・・。 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。」 うるさい、化けガエル。田んぼでゲコゲコ鳴いてろ。 「キョンくん、似合ってますよ。」 そんな、朝比奈さんまで! 俺のハートは1000ダメージを受けた。 しかし、すっかり元のSOS団の雰囲気に戻ったな。 これも団長、ハルヒがいてこその――・・・ ・・・・・・ああ、そうだった。ハルヒは、もう来週の日曜日にいなくなるんだ。 この楽しい日々も、ハルヒがいてこそ、成立しているんだ。 ハルヒがいなくなったらSOS団は―――・・・ 帰り道、前ではしゃいでいるハルヒに聞こえないように俺は古泉に話しかけた。 「なぁ、古泉。」 「何でしょうか。」 「ハルヒの転校が無しになるってことはないのか?」 「・・・・・・正直申し上げますと、難しいとだと思います。 涼宮さんが激しく願えば可能かとも考えられますが、 今の彼女の精神では、『仕方が無い』とされています。 加えて、今の彼女は段々力が薄れてきている状態にあります。 その条件で彼女が転校しないことになるのは・・・・・・。」 「・・・・・・そうか。」 俺は帰り道、はしゃぎまわるハルヒの顔をじっと見つめていた。 それからは、俺はホームルームが終わると即効で部室に行くようにした。 限りある時間を大切にするためである。 こうなることがわかっていれば、もっと前々から時間を大切にしていたのだが。 人との別れは、突然訪れるものだ。 金曜日。今日が、ハルヒがSOS団での最後の活動。 「ヤッホー、って、何それ。」 ドアを蹴り破って入ってきたハルヒは、 部室の中央に置かれたものを見て口をぽかんと開けた。 見てのとおり、鍋だ。 「何で鍋?」 「お別れ会ですよ。」 古泉は、ニコニコしながら言った。 「お別れ会?ってことは、一種のパーティーね!」 ハルヒは目を輝かせる。 パーティーではないとは思うけどな。 「じゃあ始めましょう!!」 その日、最後の活動は、今までのSOS団の活動の話で盛り上がった。 ハルヒがSOS団を結成したときの話、野球の話、七夕の話、 映画を作ったときの話、俺が入院した時の話、ハルヒの文化祭でのライブの話・・・。 まだまだ話足りなかったが、時は残酷なもので、 それを全て話しきるまでの時間は与えてくれなかった。 ふと気付くと、外ではぽつぽつと静かに雨が降り出していた。 今、俺は空港にいる。朝比奈さんも、古泉も、長門も一緒だ。 もちろんハルヒも。 そして別れの時まで、あと30分。 「いよいよね・・・。」 ハルヒは右手にはキャリーバッグがある。 見ると、朝比奈さんは、もう涙目になっていた。 「ちょ、ちょっとみくるちゃん。いくらなんでもフライングしすぎよ。」 「だ・・・だって・・・。」 しょうがないないわね、みくるちゃんは、とハルヒは朝比奈さんの頭をぐしぐしと掻いた。 ハルヒの両親をみたのも、そういえば今日が初めてだ。 父親は、なんだか優しそうな人で、 母親は、リボンを頭につけた、元気のある人だった。 どちらかというとハルヒは母親似だろう。 「今まであの子の事、ありがとうございました。 大変でしたでしょう?」 ハルヒのお母様が俺に向かって言った。 「いえいえ、そんなこと。」 実際は大変だったけどな。 「さて。ちょっとあんたらここ一列に並びなさい。」 何だ? 「いいから、早く。」 ハルヒに言われるまま、俺等団員は横一列に並んだ。 ハルヒはまず、古泉の両手を掴んで、 「古泉くん。あなたは副団長としてよく働いてくれたわ。 あなた無くして、このSOS団の活動はできなかったと言っても過言ではないわ。 今までありがとう。」 「ありがとうございます。」 古泉はニッコリと笑う。 どうやらハルヒのやってるこれはお別れの挨拶らしい。 次にハルヒは、長門の両手を掴んで、 「有希。あなたはSOS団唯一の無口キャラ、兼万能少女として頑張ってくれたわ。 今までありがとうね。」 「そう。」 長門はおもむろに一冊のハードカバーの本を取り出し、 「読んで。」 それをハルヒに渡した。 「これ、私に?」 ハルヒは戸惑ったような表情でそれを受け取った。 「そう。」 「・・・ありがとう、有希。大事にするわ。」 ハルヒはそれをバッグに入れると、今度は朝比奈さんの手をとった。 朝比奈さんの顔は涙で濡れている。 「みくるちゃん、あなたは部の萌系マスコットキャラとしてよく頑張ったわ。 それと、あなたの入れてくれたお茶は、他の誰が入れるお茶より美味しかったわよ。 もう、あれが飲めないとなると、ちょっと寂しいけど・・・、ありがとうね。」 ハルヒがそういい終わる頃には、朝比奈さんの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。 「もう、ちょっとみくるちゃん?・・・しょうがないわね。」 朝比奈さんにつられたのか、ハルヒの目にも少し涙が浮かんできた。 最後にハルヒは俺の前に立って、 「キョン。あんたは・・・まぁ特に働いて無いけど、」 おいおい、ちょっと待て。 「あんたがいてくれて良かったわ。 あんたがいてSOS団だもん。 …今までありがとうね。」 ……ああ。 「それとキョン。」 ハルヒはごそごそとポケットを探り始めた。 なんだ? ハルヒはそれを掴むと、俺の胸に押し付けた。 赤い布?手に取ってみると・・・ 腕章だ。ハルヒがいつもつけていた、 団長 の腕章。 「あんたを、SOS団の団長に任命するわ!喜びなさい!」 …俺が? ………俺が団長? 横を見ると、他の団員も俺を見ていた。 俺がこいつらを引っ張っていくのか・・・? 俺はハルヒがいなくなると同時に、SOS団も無くなると思っていた。 しかし・・・。 SOS団は、まだ続いていくのか。 そうだ、こいつ等はまだここにいる。 今度は、俺がこいつ等を引っ張っていくのか。 ハルヒじゃなくて、今度は俺が。 俺は、腕章をぎゅっと握った。 「あんたたち!」 ハルヒは涙を流しながら笑っていた。 「次回のSOS団不思議探索パトロールをする日を発表します!」 ハルヒは斜め上を人さし指で指す。 「私は五年後に、日本に帰ってくるわ! 五年後の今日と同じ日、いつものあの場所だからね。」 ハルヒの笑っていた顔が、徐々に歪んでいく。 「駅前・・・集合よ。キョンあんた・・・ぐす・・・いつも遅れるんだから・・・ぐす。 早く・・・ぐす・・・。来なさいよね・・・ぐしゅ・・・。 遅れたら・・・ぐす・・・罰金なんだから。」 気付いたら、頬が熱くなっていた。 何事か、と頬を手で触ってみると、熱い液体がついていた。 その液体は俺の眼からつたっているようだった。 ハルヒの父親が、優しい顔でハルヒの肩を叩く。 「じゃあ・・・・・・。」 ハルヒはそう言って踵を返した。 ――コノママイカセテイイノカ?―― ・・・次の瞬間に俺がとった行動は、今思えばとんでもないことだったと思う。 朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親も見ていただろう。他の乗客もな。 とんでもない行動だった。しかし、後悔はしていない。 俺は、ハルヒの肩を掴むと、身体を引き寄せ、唇を重ねた。 そのまましばらくして、唇を離し目を開けると、ハルヒは驚いたように目を見開いていた。 いや、ハルヒだけじゃないな。朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親もだ。 ハルヒは、そのまま顔を赤くして、口を開いたままになったが、 しばらくすると、顔に笑みを浮かべ 「ぷっ」 と吹き出した。 「何だ。」 「何でもないわよ。ふふ。」 ハルヒは小さく手を振りながら、 「じゃあねっ!」 と言い、飛行機の中に消えた。 いつものような笑顔で。 その後、俺はハルヒを乗せた飛行機が、青い空に消えるまで見送っていた。 「団長・・・か。」 ぽつりと呟いてみる。 「長門。」 俺はハルヒが去っていった青い空を、そのまま見上げながら言った。 「お前は北高に残るのか?ハルヒの元にいくのか?」 「情報統合思念体の判断で、 私が都合よく再び涼宮ハルヒの元に現れるのは、不自然で、不適切な刺激を彼女に与えるとされたから、 涼宮ハルヒの観測は海外にいるインターフェースが行うことになった。 だが、私を消去すると、五年後の涼宮ハルヒに不適切な刺激を与えることになると考えられたため、 私は消去されずに北高に残ることになった。」 「そうか・・・。・・・古泉は?」 「僕は元々ここいらの区間の閉鎖空間の処理の担当です。 異動になる、というのはよっぽどの事がないかぎりありません。」 「そうか・・・。・・・朝比奈さんはどうですか?」 「えっと・・・ぐす・・・今問い合わせてみたんですけど・・・ぐす・・・。 詳しくは禁則事項で言えないんですが・・・ぐす・・・ 私はしばらくこの時間に残らないといけないらしいです・・・ぐす・・・。」 「そうですか・・・。」 俺は青く広がる空を眺めて、もう一度呟いた。 「団長・・・か。」 腕に腕章を着けた俺は、今、全力で自転車をこいでいる。 まったく、こんな日に寝坊してしまうとは・・・。 待ち合わせ場所に到着すると、懐かしい面々がそろっていた。 「遅いですよ。」 「・・・・・・。」 「キョンくん!お久しぶりです!」 相変わらずニヤケ面の古泉、無口無表情の長門、若干背が高くなったであろう朝比奈さん。 そして、奥で笑みを浮かべながら腕組みをしている黄色リボンの女は、間違いなくあいつだ。 「キョン!遅いわ!罰金よ!!」 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2845.html
「何であんたはメールの返事出すのに4時間もかかるの?信じらんない。」 「だから、晩飯食べた後に寝ることなんてお前もあるだろう」 「はぁ?電話の音もわからないくらいの超熟睡をソファーでできるの。あんたは」 「着信34件はもはや悪質の域だぞ。出る気も失せるのはわかってくれ」 「わからないわよ!あんたあたしがテストでいつもより悪い点とって落ち込んでるの知ってたでしょう!?」 「知らん。俺から見りゃ十分すぎる成績じゃないか。むしろもっと点数寄こせ」 「何よその言い方!あたしの貴重な時間を割いてキョンの勉強見てあげたのにあんた平均点にも到達してなかったじゃない。 やったとこと同じ問題が出たってのに、そっちこそ悪質よ。名誉毀損!!」 「俺は見てくれなんて頼んでない。お前が理由つけて俺の家に押しかけただけだろうが」 「何それ!最ッ低!!」 こんなやりとりがずっと続いた。 朝、HR前の時間。ハルヒとのたわいもない話をする時間が、 または恋人としての少し甘酸っぱいやりとりをする時間だったのが、些細なきっかけでこんな状態になってしまった。 俺はこんなやりとりをしたくない。でも、このときの俺はどうやら言葉を返すのに全力を尽くしていたらしい。 言葉でハルヒに勝とうなんて思っても無駄なのにな。 この頃になるとクラスメイトは俺たちが付き合っていることなど常識になっていた。 が、やっぱりこんな状態だと、気にかける目を向けてくる奴が結構いる。 谷口を見てみろ。古泉のニヤケ面と俺のやれやれをくっつけたような顔になってやがる。 それを伝えようとしても、伝える相手は一切こっちを見ようとしない。 担任が入ってきたおかげでひとまず救われたが、俺たちはもちろんのこと、クラス全体がしんみりした空気になってしまった。 そもそも俺たちがこういう関係になったのは半年以上も前だが、この関係はバレバレだった。 教室でいちゃついたり、付き合っていると言ったことは一度も無いのに不思議なもんだ。 休み時間も昼休みも、ハルヒは教室にいなかった。当然だろう。 早いものでもうすぐ6限が終わる。こんな状態で部室に行けるわけが無い。 冷静になって考え直してみると、やっぱり俺が謝らなきゃいけないんだろうな。 どっちが悪いとかそういう問題じゃない。こういう時は男が先に謝るものだからな。 それに善意で俺の勉強を見てくれているハルヒに対してあれは言いすぎだ。 とにかくはやくハルヒと話がしたかった。 頼む。頼むから部室で待っててくれよ。ハルヒ。 待っててくれと思うのは俺が掃除当番だからであり、掃除中は気が気じゃなかった。 そんな俺に寄ってくる影がひとつ。やっぱり谷口か。 「ようよう。この後は結局どうすんだ?」 「習慣通り団活に出るさ。何度も言うがお前は心配してくれなくてもいい。」 「涼宮と別れることになったらそのときは付き合ってやるぜ?」 「誤解されるような言い方はやめろ。それに俺はハルヒと別れたりはしない。」 「だろうな。明日までには教室の空気を軽くしろよな。ったくお前らはよー・・」 谷口の適当な愚痴を聞きながら掃除を終わらせ、俺は部室に向かった。 足が重い。 筋肉のつかない筋トレをしている気分だ。 そうしてやっと旧館に足を踏み入れて少し歩いたところで、俺は天使に出会った。 いやいやいつ見ても本当に天使のようなお方だ。 「朝比奈さん。」 朝比奈さんは水を汲みに行く途中のようで、メイド服を着てヤカンを手にしている。 俺の姿を見るやいな早足でこっちに向かってきた。どうやら俺に言いたいことがあるらしい。 なるほど。ハルヒからの伝言か・・・と思ったらそうではないらしい。 「わたしがあなたにどうしても言いたかったんです。」 なるほど。ヤカンは部室を出る口実ということですね。 「あなたと涼宮さんの事で・・・。」 「ああ、やっぱり今日は部室に行かない方がいいということですか。」 「違うの。その逆。涼宮さんすっかり落ち込んじゃって、どうしたらいいかずっとわたしと相談してたの。 だからあなたに安心してほしくて・・。あ、もちろんこの話は内緒ですよ。」 聞けばハルヒは最初は俺の愚痴を言っていたらしいが徐々に不安を口にしたらしい。 朝比奈さんの話に俺は頷くしかなかった。 ハルヒの奴・・・ 教室ではそんな様子は全然無かったのにな。 俺の前で沈んだ表情を見せないのは意地か。まぁ俺も他人のこと言えないんだけどな・・ 朝比奈さんの話によると長門と古泉は一緒に図書室で待機しているらしい。 「キョン君。がんばって。」 そんなに大袈裟な事なのかね。これ。 コンコン 部室のドアをとりあえずノックしてみる。返事は無い。 恐る恐るドアを開ける。いつもの席にハルヒがいた。 パソコンが見事に顔を隠してくれている。 俺はドアを閉め、意味は無いと思うが鍵も閉めた。 とりあえず口を開こうかと思った。 「キョン。ちょっとこっち来なさい」 が、ハルヒのこの一言によって拒まれる。何を言おうというのだ。 被害妄想が頭を駆け抜けたが、ハルヒはパソコンの画面に興味を示してるようだった。 よく見たらハルヒの奴はいつもと同じ表情 ・・に見えるが少し無理してやがる。 長門の表情すら読める俺が気づかないとでも思ったのか。 こいつはほんとにもう・・・ 「これ見て。なかなか面白そうだと思わない?今度の土曜日にどう?SOS団で!」 面白いぜ。ハルヒ。お前のその人間臭さというかなんというかそんなものがな。 俺がパソコンの画面をあまり見てないことなんてお前はわかってるんだろう。 そうやってハルヒがしゃべって、俺がうなづいているだけで5分経過。 そろそろ言おうとしたことを言わせてもらおうか。 画面を指差すハルヒの手を握る。 ハルヒはほんのわずかビクっとしてこっちに不可解な視線を送って、「何?」と呟いた。 その表情から不安を感じ取る。表情は素直なんだな。不覚にも可愛いと思ってしまうじゃないか。 「あー・・。朝は ごめん な。」 改めて考えると色々と恥ずかしい。顔よ頼むから赤くならないでくれ。 「・・・」 「あんなことを言うつもりは全然無かったんだ。」 「・・・」 「勉強だってハルヒに見てもらうの、いつも楽しみにしてるから。」 「・・・」 「俺いつも自分のことばっかりで・・だから・・・。」 「フフッ・・アハハハッ」 ハルヒは急に笑い始めた。おかげで赤面がさらに赤面した。 そしてなんともいえない安堵感も広がった。 もしかしてこう言い出すのをわかっていたとか・・・もうどうでもいいか。 「アンタにそんな真面目な顔は似合わないわよ!」 もう結果オーライだ。 ハルヒがまた俺の前でこうやって笑ってくれるだけで良い。そういうことだ。 いつぞやの時よりは溜息が少なくなりそうだ。 少ししたら空気を察した古泉長門朝比奈さんが入ってきた。 朝比奈さんはウィンクをしてくれた。ありがたいのですがまさか聞いてないですよね。 古泉のニヤケ顔が素に見えるのも気のせいですよね。 活動終了後、俺はハルヒと帰り道を共にする。 「ハルヒ」 「何よ」 「俺の勉強、また近いうち見に来てくれないか。」 「言われるまでもないわよ。あたしが見ないで誰があんたの面倒見るのよ」 「じゃあ来週の土曜日、でどうだ。 ・・・泊まりで。」 「い・・・えっ!?でもあんたの」 「家族が旅行なんだ。寂しいから、な。」 やっぱりちょっと厳しいかな、と思ったが返事はすぐに返ってきた。 「もうほんとにしょうがないわね。一晩かけてじっくり教え込んでやるわ。特に数学!わかった!?」 「ああ。」 細かい予定を話し合っているうちにもうハルヒの家に着いてしまった。 遠回りすればよかったな。どうせ同じか。 「じゃあねキョン。明日寝坊すんじゃないわよっ。」 「待ってくれハルヒ。」 「今度は何?」 「キスしたい」 「はっ?・・・ んっ!?」 ダメだな俺。相手の返事ぐらい待った方がいいぞ。 ハルヒは逃げやしないんだからそんなに必死に味合わなくてもいいじゃないか。 俺は数秒で済ませておくことにした。やっぱり恥ずかしいしな。うん。 「・・ったく・・・キョン・・・」 「何だ。」 ネクタイを掴まれた。 「あの・・今日は・・あたしも・・・悪かった・・わよ。」 「なんて言った?」 実は聞こえてたけどわざと聞いてみた。 「はん。その手には乗らないわよ。」 「だめだったか・・・ってぅおっ!?」 ネクタイを引っ張られ、そのまま俺はまた目をつぶる羽目になる。 珍しいな。ハルヒがあんな謝り方するなんて。 珍しいな、ハルヒからのキスなんて。 もっしかして本当はずっと言おうとしてたんじゃないか? 最後の最後まで我慢してたんだろう。ほんとに頑なな団長さんだな。 俺たちはしばらくお互いを貪るのに夢中になった。 多分最長記録だろう。 俺がそうなるようにしたんだからな。 後にハルヒは呟いた 「舌入れるんじゃないわよエロキョン。」 ・・・さて。 朝日が漏れる部屋に寝っころがってる俺は天井に向かって悩ましげな視線を送る。 4日目だな。もう慣れた頃合だ。 時間が随分飛んだな。1~3日目は少なくとも半年以内にまとめられるが、今日はいきなり半年以上も飛んだ。 考えても意味は無いが、もしハルヒが俺との思い出を見せているのなら、昨日の夢の日と今日夢の日との間に何も無かったのはおかしい。 ハルヒと気持ちを確認してから、この喧嘩をする日までだって沢山の思い出がある。 デートと呼ばれる事だって何度もしたし、ハルヒの手作り弁当だって食った。初めて手を繋いだ日だってわりと覚えている。 キス・・・だって少ないが何回かした。この喧嘩した日まで軽いのだけしか・・ってなんか自分で恥ずかしくなってきたぞ。 次に見るとしたらそうだな。もしかしたら、あの泊りがけの勉強会かもしれない。 って何考えてるんだ俺は。ハルヒがもしかしたら俺に何かして欲しいのかもしれんのだぞ。 ちょっと早いがダイニングに向かう。 ハルヒも起きたばかりのようだった。 「あら?あんた早いわね。丁度いいわ、たまにはご飯作りなさいよ。」 「ああ。」 どうしても夢の中のハルヒと重ねて見てしまう。 そういえば最近あの頃みたいにデートとかしてないな。 俺は仕事で忙しいし、その事に対してハルヒは「しょうがないでしょ。さっさと昇進しなさい」と、素で言う。 これは間違いない。あと空いた日があっても、運悪くハルヒが体調を崩したりしてたな。 朝飯の準備をしながら、俺はとりあえずハルヒに少し聞いてみようと決めた。 「キョン。これちょっと油っぽいわよ」 「そうか?」 「ったくあんたは料理上手くならないわね。」 「悪かったな。それとお前のが上手すぎるんだ。」 「そう。誉めても何も出ないわよ」 素っ気無い態度だな。ハルヒらしいといえばそうなんだが・・・。 なんというか・・・もっともっと笑って会話がしたいものだ。 そんなわけでそろそろ本題に入るか。 「ハルヒ」 「何?」 「どうだ?今度の日曜、出かけないか。」 「あんた、昇進試験が近いんでしょう?そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないの。」 痛いところを突かれた。時間を止めて言うことを整理できればいいんだがな。 まっすぐに俺の目を見て心配そうに言っているからにはハルヒは面倒くさいわけでは無さそうだ。 これは本音だろう。 「でも、たまにはお前とゆっくり過ごしたい。お前だって・・」 「あのね、あんたは変なところで優しすぎるのよ。 試験が終わって仕事がちょっと落ち着いたら散歩でも旅行でも行けばいいの。それに・・・。」 「どうした?」 「・・ちょっと気分悪い。最近風邪気味なのよ。」 風邪気味だって? 声も枯れてない、鼻水も咳も出てない、だるそうにも見えない。 慌てておでこをくっつけてみる。 ・・・熱も無い。 でもハルヒが言うからにはそうなのだろうな。 「・・だから最近体調がおかしいって言ったでしょ。」 「そうか・・・俺にできることは何かあったら・・」 「それはそうとあんた時間そろそろやばいんじゃない」 「うぉ!?いけねっ」 時間の野郎、いつのまに進んでやがった。 これじゃハルヒと満足に会話もできない。 でも少ないが収穫はあった。 ハルヒが「今週末は○○に行くわよ!」と引っ張っていかないのは俺の仕事事情を心配してるから。 そしてハルヒの体調がおかしいということだ。今まで普通に見えたのになんてこったい。 明日にでも古泉に電話しよう。ちょっとは解決に役立つかもしれん。 俺が鞄を持って玄関を飛び出す。 ハルヒはしっかり玄関で「いってらっしゃい」と言ってくれた。 素っ気無いと思いきや、ちゃんと出迎えてくれるところがハルヒらしいかもな。 俺はその夜早く眠りについた。 早めに寝ておいたほうが良いと判断したからな。 「ほら、ここ違う!」 「そこは暗算でやっちゃだめ!」 「まさかこの公式忘れたんじゃないわよね」 ハルヒのスパルタ教育は留まるところを知らない。 土曜日。夜。家族は旅行。一応彼女と2人きり。 ・・・見事な337拍子だな。 こんな用意されたようなシチュエーション二度とないだろう。 ・・・・そんなことを一瞬でも考えたら負けかもしれん。 ってほどハルヒは密度の濃い家庭教師に徹していた。 早めに晩飯を済ませて俺の部屋に閉じこもり、もう4時間が経過していた。 休憩や雑談を挟みながらも効率よく勉強を勧めていく様には俺も感心せざるを得ない。 今日のためにいろいろスケジュールを考えていたとしか思えない。実際そうなのだろうな。 最後の問題が解けたときはもう時計の針は日付変更線を越えていた。 「先風呂入るから」と言ってハルヒは部屋から出て行き、俺は一息つく。 ハルヒの使っていた教科書やら問題集やらをそっと覗いてみると、案の定線やメモやらがびっしりと書き込まれており、俺のためと思われる書き込みもある。ほんとに忙しい団長さんだ。 こら。ニヤケ顔になってるぞ。今日だけでもしっかりしなきゃな。 俺が風呂から上がって部屋に戻ると、ハルヒは俺のベッドで眠りこけていた。 布団は用意すると言った筈だがそういや準備してなかったな。 それ以前に寝る直前にまとめ問題やるって言ってたのに。教師が先にばててどうする。 ・・・なんてな。ご丁寧に目の下にうっすらとクマなんかつくっちまってさ。 もし俺のために徹夜してできた・・とかだったら・・・、いや考えちゃだめだな・・・。 ハルヒの今日のスケジュールはほぼ完璧だった。 俺の今日のスケジュールは俺自身でさえ未知数なのにな。 ベッドに腰掛ける。 こんな時間だと俺でも眠い。まとめ問題は朝にでもやればいいだろう。 ハルヒに視線がいく。風呂上りの女の匂い、乾ききっていない髪、いつもの活発さとのギャップ、独占感、無防備に上下する肩・・・ハルヒの全てが俺を誘ってるようにしか見えない。・・・だめだな俺。 とりあえず起こしたほうが良さそうだ。 「ハルヒ、起きろ。ハルヒ、おいハルヒ」 「・・・ん・・・。キョン?」 こいつは低血圧なのか。スローな動きで起き上がり半分しか空いてない目を向けてくるハルヒ。 なんかもう反則どころの騒ぎではない。とにかく俺は隣に座るよう促す。 「もう寝るのか」 「・・・・どっちでもいい」 「眠いのか」 「うーん・・なんか思ったよりも疲れてただけよ。」 「徹夜で俺の為に予定表組んでたんだよな」 「・・・それが何」 「ありがとう」 「珍しいわね。あんたが素直に感謝するなんて」 「当然だろう。好きなんだから」 「・・・・キョン・・・」 ハルヒの手を握り、愛しむように撫ぜる。 引き寄せられる勢いでキス。そしてキス。 見つめあい、ハルヒが優しく微笑んだところで俺はハルヒを押し倒した。 「やっ・・!」 ハルヒは驚いた顔で見つめてくる。・・・当然だろうな。 徐々に不安の色も見えてきて、俺は動揺する。 「ハルヒ・・・その・・・いい、か?」 「・・・」 ハルヒは不安げな表情のまま黙り込んでしまった。 普通に考えればいきなりは無理に決まってる。急に罪悪感が湧く。 「すまん・・・すまない・・・あー・・」 「・・さい。」 「・・・へっ?」 「優しく、しなさい。」 「ハルヒ!?」 ハルヒは目を逸らして唇をキュッと結んだ。そしてちらりとこちらを見て。顔をちょっと赤くした。 心臓が壊れたように暴走を始める。俺はもう何も考えられなくなったようだ。 当たり前というべきか、谷口から借りたAVと現実は大きく違った。 ハルヒは目をつぶってずっと黙り込んでいた。 たまに目を開けて俺を見ては、荒くなった息を整えようとしていた。 俺が「声我慢しなくていいぞ」「力抜けよ」と声をかけても生返事だ。 俺自身、興奮しきって夢中だったせいで鮮明には覚えてない。 結構長い時間前戯をしていたが、結局ハルヒはずっと堪えるような表情だったと思う。 でも徐々に俺の努力が実ってきたようで、気が付いた時には眉間のシワも消えていた。 むしろ今度はこっちが堪える番になってきた。ので、俺は声をかけた。 「ハルヒ、その・・大丈夫か。」 「・・・ん」 「嫌だったらやめようか」 何故か俺はハルヒがここでどう否定するかを楽しみにしていた。 ハルヒは首を横に振る。もうそれだけで俺は衝動に支配されそうになる。 ハルヒは相変わらずだんまりなので「じゃあいくぞ」とでも声をかけようか迷ってる時に、ハルヒが口を開いた。 「・・キョン」 「どうした?」 ここでハルヒはいつも俺に見せるような不適な笑みを見せた。 俺が驚いている間もなく、ハルヒははっきりと言った 「ほら、早くきなさいよ。」 痛みを堪える表情が、喘ぎを堪える表情になる。 シーツを掴んでいた手が、俺の背に回される。 甘い息の中に、すがるように俺を呼ぶ声が聞こえるようになる。 全てが俺を刺激し、自我のコントロールを不能にした。 そのときはっきりと覚えていたのは、俺が壊れたようにハルヒの名前と愛の言葉を叫んでいたこと。 そして終わった直後の短い会話だけだった。 「・・・キョン」 「ん?」 「愛してる」 そしてハルヒは更に耳元で、俺の名前を呟いた。 こいつが一度も呼んだことのなかった、俺の本当の名前を。 5日目、予想通り。 布団の中での俺の下半身はどえらいことになっていた。俗に言う夢精である。 なんとなくだが、今日もリアルな夢を見るとしたら内容はあの夜しかないとわかったからな。 とにかく見つかる前に処理しよう。 どうせなら夢の続きとして次の朝まで見ていたかった。 今でもよく覚えている、あそこまで俺に甘えてきたハルヒは当時新鮮すぎたからな。 といっても大したことはない。朝、カーテンの間から差し込む光で目が覚めた俺たちは笑いあい、キスを繰り返し、気持ちを素直に口にする。 布団から出ようとする俺の腕をひっぱって「もうちょっと・・・」と恥ずかしそうに言うハルヒは可愛いってレベルじゃなかった。 その後の会話で知ったことだが、ハルヒは俺がやろうとしていたことを知っていたらしい。 なんでも、前日に空にしたゴミ箱に唯一あった薬局のレシートを見てすぐにピンと来たらしい。 驚いたり不安になったりしたのは、俺が強引だったから・・・って俺はそんなつもり無かったんだけどな。 更に補足をしておくと、ハルヒがだんまりなのはこの最初だけで、次からは実にハルヒらしい反応を味あわせてくれた。俺もそれに応えようといつも必死だったな。 たまには思いっきりいじってやりたくなるが、なかなかそうはいかないみたいで、むしろハルヒが攻勢になって俺をヒーヒー言わせる時もあったぐらいだ。 いかん。そろそろ現実に帰らねば。 夜、仕事が終わった後俺は古泉に電話した 「古泉です」 「よお。久しぶりだな」 「珍しいですね。あなたから僕に連絡をよこすなんて。」 「そうでもねえよ。」 適当に挨拶をして、俺は早速本題に向かうことにした。 説明はそう長くはかからなかった。 ここ数日、高校の時のハルヒとの思い出が夢として出てくること。その夢がはっきりしていること。 ハルヒがもしかしたらイライラしてるかもしれないこと。 「で、だ。ハルヒの調子はそっちから見たらどうなのかなと思ってな。」 「そうですか。残念ながらあなたの期待には沿えません。その話には正直驚かされました。 何度でも言いますが涼宮さんはあなたと共に生活を始めてから本気でイライラすることはほとんど無くなりましたからね。 安定したとは言い切れませんが、今もです。」 「そうか。」 正直こういう結果じゃないかと薄々思っていたのであまり驚かなかった。 でももしちょっとでも異変がおきたらすぐに知らせろよ。 「もちろんです。しかし僕が思うに、普通に考えてあなた自身で解決するのが望ましいかと。」 「やっぱりな」 結局古泉に電話してもあまり解明が進んだとはいえなかった。 まぁ深刻な事態ではなさそうで安心した。そのときは嫌でも巻き添えを食うからな。 自分で言うのもあれだが、ハルヒのことを一番解ってるのは俺だ。俺しかいないんだ。 もしハルヒが俺に何かを求めたい、または求められたいのなら俺は全力で応えたい。 努力するさ。全力で努力するから。 だから・・・その間ぐらいは 懐かしい夢ぐらい見てもいいよな。ハルヒ。 俺は今、ハルヒの部屋の前にいる。 扉をノックするのが怖いが、それじゃお先は真っ暗だ。 なので、ノックする。返事は無い。 「勝手に入らせてもらうぞ。」 俺は恐る恐るハルヒの部屋に入った。入り口で立ちすくむ。 ハルヒは机に座っていた。出てけ、とも来るな、とも何も言わなかった。 後ろ向きなので表情はわからない。 ハルヒとはもう何度も喧嘩になった。 言い合いみたいなものは毎週のようにやっている。 大抵俺がやれやれとでも言いながらハルヒに譲ってしまうのだが、俺が引かなきゃハルヒは滅多に引かない。その結果がこれだ。 ハルヒは俺を罵倒し、部屋に閉じこもって3時間。 俺も大層怒りに震えていたが、ようやく頭が冷えた。俺から干渉するのは不服だがこれがルールというものなのかね。 悪い方が謝るなんて誰が決めた。問題は和解できるかどうかなんだよ・・・な。俺たちは。 俺たちが同棲を始めてまだ半年。 別々の大学に通っているせいで色々と食い違ったりして大変だがなんとか乗り切ってきた。 が、お互いにいろいろと溜め込んでいたらしい。 ハルヒは食事を作るので、俺が突然「悪い!今日飲み会行くから晩飯いいや」 とメールを送ったりすると大層ご立腹になされた。当たり前だよな。 しかしそれはハルヒも一緒で、同じことを何度も言い聞かせたこともあったっけ。 ストレスと似たようなものだろうか。気づかないうちにいつの間にか溜まって、気がついたら暴発してしまう。 付き合い始めて高校卒業まではハルヒと一緒にいてストレスなんざ溜まる余地も無かったが・・・ 同棲を始めてからは、何かと不憫が続いてしまったようだ。 今日だって、きっかけはTVのチャンネル争いから始まり、どうして根拠のない浮気話にまでなるのか。 でもこれをすらりと乗り越えるのが俺たちなんだよな。 さて、ハルヒの背中に向かって俺は言葉をつむぎ始めた。 何を言ってるかは自分にもいまいちわからない。 なんせ今は夜中の2時である。生理的にきつい。 気づいたら土下座なんかしている。時計は3時を越していた。 俺は何を言っているんだ。声が枯れてるような気がするがどうでもいい。 ハルヒの声が聞こえた、気がした。 床しか見えなかった俺の視線にハルヒの足が入ってきた。顔を上げようとした俺だが、頭を手で押さえられた。 「何でいつもこうなのよ。」 ハルヒの呆れた声が届いた。まったく何でいつもこうなんだろうな。 「いつもいつも、何であんたが謝るのよ。」 床とハルヒの膝しか見えないぞ。 「ほとんど悪いのはあたしなのに」 どうでもいいだろそんなこと。 「明日あんたの好きなものでも作ってごめんって言うつもりだったのに。」 それは是非実行してくれ。 「何であんたは全部背負い込むお人よしなのよ。」 声、震えてないか。 「もうしゃべらないで!」 「うぇっ!?」 頭を上げようとした俺をハルヒは膝に押さえつけた。いや・・・いろんな意味でやばいぜこれは。 それでも上を向こうとする俺にハルヒは目隠ししやがった。 「だーめ・・・。」 別にどんな顔してても俺はどうも思わんぞ。 と言いたいがここは言わない方がいいだろうな。 それでも今のハルヒがどんな顔をしてるか見たかったな。 しかしよくよく考えてみろ。 膝に頭を押さえつけられ、そのまま仰向けになる。要は膝枕だな。 目隠しをされる。会話が終わる。そして今はもう夜中の3時過ぎだ。 それで気持ちが落ち着いたらどうなるか。サルでも分かるな。 俺はそのまま見事に眠りこけてしまったわけだ。 ・・・寝足りないな。 チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は早朝か。 この匂いはハルヒの部屋・・・そうか、俺は深夜にハルヒの部屋に押しかけたんだったな。 なんだかあたたかい。そういえば体に毛布がかかっている。ハルヒの奴・・・ 目を開けようと思えば開けられるだろう。顔を隠すものは何も無い。 でもそれは無理ってもんだ。頭や髪の毛を撫ぜられているんだからな。 手を撫でられたり、耳元をいじられたり、首に触れられたり・・・本当にハルヒなのか? うふふ・・っと軽い笑い声が聞こえた。畜生・・・かわいいじゃないか。 でもちょっとだるいんだ。床に寝てるようじゃ疲れは取れないからな。 だからもう少し・・・。もう少しだけ寝かせてくれよ。 もう少しお前の温かさに触れていたいから・・・ ・・・・やっぱり寝足りない。 素直に起きて布団に入ればよかったかな。 すーすー寝息が聞こえる。目を開けてみようか。 やっぱりハルヒは寝ていた。 俺の体の位置がずれていたのはハルヒが壁にもたれられるようにしたのだろう。 時間を見たらもうすぐ昼じゃないか。大学を思いっきりサボってしまったわけだな俺たち。 ちょっと惜しいがむくりと起き上がってみる。 普通部屋の壁にもたれかかって寝れるか?電車で寝たほうが疲れが取れるんじゃないかと思うな。 だから俺は俗に言うお姫様だっこでハルヒをベッドまで運ぶことにした。 ハルヒを寝かしつけてるうちに、俺は無性にさっきのお返しがしたくなった。 恐れ多いがハルヒのベッドに忍び込み、髪の毛をなでてみた。ついでに色々いじくってみる。 なんて柔らかいんだろう。なんて思ってるうちにハルヒがもぞっと動いた。 うーん と唸るハルヒ。目をつぶったまま「キョン・・んー・・」とか言うな。可愛すぎるから。 とりあえず俺は「今日は土曜日だからゆっくり寝ろ」と繰り返し呟いておいた。 しばらくしてハルヒは再び寝息を立て始めた。俺ももう眠くてたまらんな。心地よすぎる。 腕をハルヒに回して俺も寝ることにした。 昼過ぎにハルヒに叩き起こされ罵られまくったが別に後悔はしていない。 ・・・チュンチュン聞こえるのは鳥の鳴き声だろう。ってことは今は朝か。 この匂いは俺の部屋・・・そうか、俺はリアリティのある夢から現実に帰ってきたんだな。 ってな。もうそろそろ数字が曖昧になってきたが、今日で6日目だろう。 まさか同棲してる時の出来事が来るとは思わなかった。 進路騒ぎ、高校卒業、同棲開始、大学入学・・・いろいろあったはずなのに1年ぐらいは飛んだぞ。 これまでから察するに、もう高校にいた頃が夢に出てくることはないだろう。年月順だからな。 これでいくつか推測できることがあるが、はっきりしているのはこの夢現象はいつか終わるということだ。 寂しいのか怖いのかほっとするのか・・・変な気分だが、そのときまでに真実がわかるといいな。 今日は日曜日だ。俺の会社は休みなのでれっきとした休日だった。 俺は勉強と資料探しを兼ねて図書館に行くことにした。 丁度話をしておきたい相手もいるしな。 「長門」 やっぱりいた。椅子に座ってこれまた御堅い本を読んでいる。 古泉がダメでも長門ならわかることがあるかもしれない。そういうわけだ。 「よう、元気にしてたか」 コクン、と長門は頷き、古泉よろしく適当に挨拶した後俺は早速説明を始めた。 話が終わると長門は得意の単語説明を始めた。 「あなたに夢を見せているのは涼宮ハルヒ」 なんと。いきなり核心を突いてきた。 「やっぱりそうか。理由はわかるか?」 「不明」 「・・はは、そうだよな。」 その後も俺はいろいろと質問攻めにしたが、結果はあまり芳しくなかった。 それでも、わけのわからん宇宙人や未来人じゃなくて、ハルヒがこの現象を起こしているとわかっただけでも俺は良かった。 俺は最後に気になっていた質問をした。 「ハルヒがここのところ体調を崩している時があるんだ。原因がわからなくてな」 「・・・」 「本人は風邪って言ってるんだが」 「・・・」 「もしかしたらここ数日の夢と関係あるんじゃないかと思ってな。」 「・・・わからない」 俺が意外に思っているともう一言付け加えられた。 「夢とは関係ない。」 俺は少したわいもない話をした後、長門に礼を言って図書館を出た。 なるほど。古泉が言ってたことにも納得するな。こりゃお手上げになりそうだ。しないがな。 しかしハルヒの仮風邪とハルヒの夢現象が関係ないとは驚いた。 ということはハルヒは本当にたまに気分が悪くなると考えざるを得ない。 これじゃますますわからん。せめて夢にヒントが出てくればいいのに。 いや、本当はあるはずなんだ。間違いなくハルヒが見せてるんだからな。 今日も早めに寝ることにしよう。 さっさと寝て、また夢を見たいんだ。 少しでもヒントをつかみたいからな。 それ以前に、俺は毎晩ハルヒと過ごした日を夢で見るこの奇妙な習慣。 それが楽しみになっているんだからな。 涼宮ハルヒの糖影 転へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/532.html
涼宮ハルヒの赤面 ハルヒの憂鬱に付き合ったせいで、俺の方が憂鬱になった、 世界を再構築どったらこったらの事件から大分月日が経ってる訳だが、こんな事は初めてだ。 「涼宮は風邪で今日は休みだ」 担任の岡部の無駄な話を聞き流していた俺の便利な耳はその部分をクローズアップした様に聞き取りやがった。 ハルヒが休むのは特に珍しい訳では無いが風邪と言う事に引っ掛かる。 ウイルスですらハルヒを避けて通りそうなモノだからな。 ケ ハルヒが居ない一日と言うのは何とも平和で退屈だった。 改めてハルヒは俺の平凡な生活に深く踏み込んでいたのかが分かる。 ……って俺は何考えてんだ。 今日は自己中な団長様も居ないようだから、部室に顔を出す必要も無いだろう。 そう思い、俺は珍しく朝比奈さんの声を聞きたいとも思わず、下駄箱に向かった。 俺を待ち受けていたのは他の人にはわくわくする出来事なのかも知れないが、俺にとっては結構な懸案事項だ。 それは何かって言うと、手紙なのだが、差出人不明の手紙に俺は良い思い出がない。 まぁそんな事を言っても、この手紙は直ぐに懸案事項から外れた。 何故か、なんてのはこの字を見てもらえば分かるだろう。 俺はこんな機械のような字を書く奴は一人しか知らない。 長門だ。 コ 俺は走った。今日は不幸にも、さすがにあの坂に嫌気が差したのか、 自転車様のチェーンが切れたので、自転車は無い。 手紙の内容は 『いつもの公園で待ってる』 時間が書いていないから、急がなくて良いのではないか?と思う奴も居ることと思うが、長門を知ってる奴から言わせてもらうと、時間が書いていないと言うことは、あいつは俺がいつ来ても良いようにずっとあの公園に居る、と言う事だ。 いくら長門がなんたらヒューマノイド・インターフェースだって一人公園で待つのが楽しい訳が無い。 公園に着いてまず見る所は決まっていて、やはり、そこにベンチと一体化し、本を読んでいる長門を見つけた。 どっちかと言ったら宇宙人より忍者の方がしっくりする。 そんな事を考えながら、俺は長門の隣に腰を下ろした。 やはり、長門は制服姿だ。 「よう」 長門は視線をこちらへ向け、本にまた戻す。 「大分待ったか?」 ……少し間を置いてうなずく。 「もしかして学校をサボったとか」 うなずく。 「……すまんかったな。早く気づかなくて。」 朝から待っていたと言う事は大体6時間以上待っていた事になる。 「いい」 長門は読んでいた本を閉じ、視線をこちらへ向けて言った。 「……んで? 何の用だ?」 「これ」 すると長門はどこからか、何かの紙とリンゴを取り出して、俺に渡す。 「? 何だ?」 「りんご【林檎】バラ科の落葉高木。ヨーロッパで古くから果樹として栽培され……」 「んなこたぁ知ってるが……」 「なら良い。」 おいおい、俺がここに来た理由がリンゴってどういう事だ? 「おい、長門……」 俺がリンゴから視線を戻すと……長門は既に居なかった。 虚しいから俺を一人残さないでくれよ。 取り敢えず俺はリンゴと一緒に手渡された紙を広げた。 内容はこれまたワープロの様な綺麗な字でどこかの住所が記されている。 そして紙の最後には一言。 【涼宮ハルヒ宅】 ……やってくれるな。 しっかし……はぁ……まぁ良い。 ハルヒのやることなすことにツッコミを入れてうんざりする気分になるのは俺だけの役割だ。 そういう事になっていると、いつだかは忘れたが、自覚したのだ。 俺は長門からもらった意外に冷えているリンゴを持ち直し、紙に書いてある住所を目指して歩き始めた。 あいつがリンゴ好きである事を祈りながら。 サ ハルヒはどうやらリンゴがお好きな様だ。 着いた先は鶴屋さんの家には及ばないかも知れないが、相当な大きさの家だった。 まさにハルヒらしいね。 そんな事を考えながら俺は玄関に付いているインターホンを押した。 『……はい、どちらさま』 明らかに不機嫌そうな声が聞こえてくる。 少し鼻声のようだから、この声の主はハルヒか。 「いくら風邪の時でも、もう少し客に対しての態度を考えたらどうだ?」 まぁ、考えろと行った所で聞かないのは分かってるがな。 実際、俺も人に言えた立場じゃない。 『う、うっさいわね!! ってその声、あんたキョン!?』 「あぁ」 『え、あ、う、うそ!?ちょ、ちょっと待ってなさいよ!?』 ドタバタと漫画の様な音を残してインターホンは切れた。 ……ガチャ、と音をたて玄関の扉が開く。 「な、何しに来たのよ?」 「見舞いにだが、まぁ、結構元気っぽいな」 安心した……って、何で心配してんだ、俺? 「そ、そうね、私、風邪は直ぐ治るから。アンタの顔を見たら治らないかもだけどね」 ……どうやら具合いはほぼ完璧らしいな。 「そうかい。んじゃ、完治する邪魔しちゃ悪ぃな。これ渡して帰るわ」 俺は長門に渡されたリンゴをハルヒに渡す。 まぁ、長門からのリンゴの使い方は俺の想像力じゃ、これくらいしか思いつかない。 「じゃあな。夏風邪は油断しない方が良いぞ」 俺は踵を返して帰ろうとした。 「待って」 その言葉は俺のシャツの裾を掴んでいるかの様に俺を引き止める。 「……何だよ?」 俺がそう言葉を発すると、裾を引く力が強まった……気がする。 「……団長命令よ」 ……素直じゃないな。 まぁ俺が言えた事でも無いか。 「……俺は腹が減ってる。」 そう言って、俺はさらに強まった、裾を引く力の源……ハルヒの手の手首を握った。 すると、ビクッ、と手が震え、急に裾が解放された。 俺はハルヒの手を離し、振り返った。「そうだな、リンゴでも食べさせてもらうか」 俺が振り返った瞬間のハルヒは若干涙目だったが、直ぐ様いつもの顔に戻り、こう言った。 「ば、バカじゃないの!? 部下が団長に食べさせて貰おう何て甘い考えは捨てなさい!!」 あー、はいはい。分かりましたよ。 やれやれだ、と一度は封印しようとした口癖を、俺が心の中で呟いていると、ハルヒは熱が出てきたのかほんのり顔を赤くさせ、言った。 「あんたが私に食べさせるの」 シ ……と言うわけで、ベッドの上で横になっているわがままな団長様の横で俺はリンゴを切っている訳だが。 緊張する。 なんだかんだ言ってもハルヒは女の子で俺は年頃の男の子なのだ。 しかもハルヒは全校生徒でもトップクラスの美女だ。俺も認める。 普段アジト……文学部室で二人きりになる事が有っても、ハルヒの家で、しかも両親は今出掛けていて……何てなった日には緊張しない奴は居ないだろう。 いや、居るのだろうが、そいつは余程女に慣れているか、女に興味がないか。 生憎、俺はどちらにも当てはまらない。 もしかしたら、古泉あたりなら緊張はしないのかも知れない。 「ほれ」 俺は切り分け、皮を剥いたリンゴを、横になっているハルヒに手渡……そうとした。 結果、リンゴはハルヒの手に渡っていない。 何故か? ハルヒが口を開けていたからだ。黙って、顔を赤くして。 ……あーん…………か………? 一度にここまで三点リーダを使ったのは初めてかもしれない。 俺が固まっている間もハルヒはさらに顔を赤くして口を開けているので、俺は意を決して、ハルヒの口許にリンゴを近付けた。 さっき散々『ハルヒは顔を赤くして……』と言っていたが、スマン。 俺が言える立場じゃないな。 「……あ~ん」 ハルヒに聞こえない様に、普段は出した事が無いほどの小さい声で言ってみた。 一瞬、このリンゴの様に真っ赤なハルヒが震えた様に見えたが、気のせいだと信じたい。 そしてハルヒは、シャクッ、と気持ちの良い音を鳴らし、リンゴを半分口に入れる。 そして少ししてまた開けたハルヒの口に残りの半分を放り込んだ。 もう一切れハルヒの口にもって行こうかと思ったが暫くしてもハルヒは口を開けないので、俺は自分で剥いたリンゴを口に入れる。 うむ、うまい。 俺が自分で剥いたリンゴを暫く味わっていると、突然ハルヒが話出した。 「……前に」 「何?」 いきなり喋り出すので思わず聞き返してしまった。 するとハルヒは『黙って聞いてなさい、バカキョン』と、言っている様な視線(……もしかしたら本当に言っていたのかも知れない)を俺に向け、続けた。 「……結構前に、悪夢を見たって言ったの、覚えてる?」 「あぁ」 あの事件は忘れられる方がおかしい。 ハルヒ、あまり引っ張り出すな。 「その夢ね……内容は……」 やめろ、ハルヒ。言わなくて良い。 「内容は……良いわ」 どうやら俺の意思が伝わった様だ。 「その夢ね、本当は悪夢じゃなかったの」 ……は?悪夢じゃないって?どういう事だ? あれはお前にとって悪夢じゃないのか? ……もしかして、違う夢の事を話しているのか? 「その夢にはあんたも出てきてて……今みたいに二人きりだった」 いや、間違い無い。 あの閉鎖空間と現実世界が入れ替わりそうになった時の事だ。 「その夢の最後……あんた、何したと思う?」 それは…… 俺が戸惑ってあたふたしていると、急にハルヒの顔が近付いて来た。 おい、ハルヒ。顔がちか…… 「……こうしたのよ」 ハルヒの顔が俺の目の前に有った。 俺の唇には柔らかい……ハルヒの唇が重なっていた。 実際には数秒、長くて10秒そこらの出来事のはずだが、俺には何時間にも、何日にも、何ヵ月にも、何年にも感じられた。 だが、もし実際にその年月が経っていたとしても俺は一つの事をずっと思っていただろう、『離したくない』と。 唇を離したハルヒは次に抱きついて来た。強く。 「好き」 とただ一言を言って。 俺はその時、驚いてはいたが、意外に冷静だった。 おそらく、俺は無意識の内に自分の思いに気付いていたのだろう。 おそらく、俺は無意識の内にこういう事を考えていたのだろう。 おそらく、俺は無意識の内に自分の思いを整理し、もしも、こういう事が起きた時のために答えを用意していたのだ。 だから、俺は用意していた答えを口に出して言うだけだった。 ……言うだけ、じゃないな、行動も伴わせた。 「俺も……好きだ」 そしてハルヒを抱き返す。 ……このときばかりは 『世界一幸せな時は?』 こんな質問をされて、 『好きな食べ物を久し振りに食べた時』 とか答えている奴の気が知れないと思ったね。 ソ ――翌日、ハルヒは風邪が完治したようで、いつもの極上の笑顔を浮かべていた。 俺は若干の風邪気味。 理由は言わずもがな。察してくれ。 まぁ、今日は金曜で明日は土曜で休み。 大した問題では無い。 明日はゆっくり寝て……ん? 「キョン!!」 突然暗くなったと思ったら目の前にハルヒが立っていた 「明日の探索は……わ、私達二人でやるわよ!! あ、あんまり多すぎるとあっちも警戒すると思うから!!」 ハルヒの顔は若干赤い。 まぁ、俺も赤いのだろうが。 何故赤くなってるのか? まぁ、要するにだ……明日は二人きりって事で、で、デートとも言えるって事だろう。 「後、今日のSOS団の活動は休み!! み、みくるちゃんや、古泉くん、有希にも伝えておいてね!」 そう言ってハルヒは俺の後ろの席に座り、小声で、話しかけてきた。 「……ボソボソ」 ――放課後、俺は軽快な足取りで部室へ向かっていた。 今日は休みだと言う事と、明日の探索は休み(・・)と言う事を皆に伝えるために。 部室の扉をノックする前に一つ、懸案事項が有った。 宇宙人、未来人、超能力者は心を読めないのか? ……まぁ、どっちでも良いさ。 俺はさっさと伝えて、裏門で待ってるハルヒの所へ行かなければならないのだから。