約 4,042,698 件
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1299.html
「ダンテェ~~~ッ、起きてるか!?」 数少ない馴染みの来客に、ダンテは口を歪めながら振り向いた。 といっても、親しい相手に対する笑顔ではない。顔を顰める代わりに浮かべる皮肉の笑みだ。 付き合いの長い相手ではあるがビジネスに関してのみだし、黒いものを溜め込んだビヤ樽腹の情報屋なんてプライベートでは歓迎したくない。しかも男だ。 「お前のダミ声は妙に頭に響きやがる。腹違いの弟にエンツォっていねえか、レナード?」 「酔ってんのか? だったら、朝っぱらからそんな妙な格好してるのも頷けるな」 慣れた軽口の応酬をしながら、レナードは事務所の姿見の前で普段の服装とは違うダークグレーのスーツに着替えるダンテを見て顔を顰めた。 あのド派手な真紅のコートを好む目立ちたがり屋の色男が、こんな普通の格好をするなど、今日は何か特別な事が起こるのだろうか? その予想は、ある意味当たっていた。 「どうだ、似合ってるか?」 「お前さんは何着ても様になるよ」 「男に褒められても嬉しくないぜ」 「なら聞くな。 その格好は何の真似だよ? まあ、お前さんの服装と性格が少しでも落ち着いてくれるんなら、大歓迎なんだが……」 「今日は大切なデートの日なんでね」 「なにィ!?」 予想外の返答に、レナードは思わず素っ頓狂な声を上げていた。 ダンテの容姿なら女の引く手は数多だが、事務所に母親らしい美女の写真を置くようなマザコンがここ数年、女と真面目な交際をしたことなどなかった。 そんな男が週末の休日にここまで準備を整えて女と会う予定があることに驚愕したのもそうだが、今日の予定を覆されたレナードはまた別の意味で狼狽していた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今日は仕事を持ってきたんだ!!」 「そうかい、なら他所を当たってくれ。今日はもう先客があるんでね」 「お前をご指名なんだよ! しかもタダの相手じゃねえ、あの<時空管理局>からなんだ!!」 まるで気のない返事をしながら手櫛で寝癖を整えるダンテを見て、慌てたレナードは咄嗟に依頼先の名前を出した。 予想外な大物が目の前の小悪党から飛び出したことに、ダンテは『ヒュゥ♪』と口笛を吹き―――そして、最後にスーツの襟を正すとレナードの横をすり抜けて事務所の扉へ向かった。 「お、おいっ! 断るのかよ!?」 「言ったろ? 先約があるのさ」 目の前の男がミッドチルダの法である組織を相手にしてたった一人の女との約束を選ぶ神経を、レナードは疑った。 「待てよ、相手もそうだが依頼の内容もノーマルなヤツじゃねえ! ほら、例のお前さん専門のヤツさ!!」 レナードは<デビルハンター>という謎の裏家業を自称する男が好みそうなキーワードを持ち出してきたが、それすら尚ダンテは笑い飛ばして見せた。 「そうかい、なら<合言葉>は?」 「バカヤロウ! 本当に相手が誰だかわかってんのか!?」 「俺が気分屋なのは知ってるだろ? それによく知ってるさ。お強い魔導師様の軍隊なんだ、化け物の一匹や二匹、こんなスラム街の何でも屋に頼まなくても一網打尽に出来る。相手が気の毒なくらいだね」 取り付くしまもないダンテの態度にレナードは絶望した。この男は受けないと決めた依頼は、相手が誰であろうとどれだけ金を積もうと絶対に引き受けないのだ。 だからといって、無理矢理押し付けることも出来ない。本気になれば、天下の管理局より目の前の男一人の方がよほど恐ろしいのだから。 いつか、ダンテを怒らせた時の事を思い出して、レナードは寒気を感じた。 その時の記憶を蘇らせるように、ドアノブに手を掛けたダンテが振り返る。 「おい、最近様子を見てねえが、アイツの金に手は出してないだろうな?」 「わ、分かってるよ。しっかり管理してる、この前で懲りたさ……」 数年前、唐突に押し付けられた一人の少女の財産や戸籍などの管理を、レナードはその少女が成人するまで行っているのだった。 ダンテの事務所に時々顔を出すようになったその少女は、彼の妹分と言ってよかった。 何を思ってその少女の世話をするようになったのか? もちろんレナードにはこの変わり者考えなど分かるわけがない。ただ凄腕の彼からの恩と報酬を得る為に頼まれた事をこなしていた。 魔が差したのは、少女の亡き兄が残した遺産を管理していた時である。 ―――レナードは遺産の一部を着服した。 その事が偶然か故意か、ダンテの知る所となった時、レナードが見たものはまさしく地獄だった。 ゴロツキどもや犯罪者相手の情報屋家業を始めて長くなるが、その日ほど強烈な<死の恐怖>を体感したことはない。 馴染みの飲み屋で少し贅沢な酒を飲んで女と遊んでいる所へ、馬鹿でかい剣を担いだダンテが突っ込んで来て、開口一番に言った。 『お前を二つに割って盗んだ金の分だけ酒を搾り出してやるぜ。それとも、食い物じゃなく女を二度と食えない体にした方がいいか?』 暖かく濡れた股座に突きつけられた剣先には殺意が纏わり付いていた。 脅し文句としてはありふれたものだったが、それを言うダンテの放つ気迫にはかつて経験したことのない威圧感があった。同じ人間をあれほど恐れられるものなのか。 あの姿は今でも脳裏に焼き付いている。まるで<悪魔>だった。 以来、レナードはダンテに対して恐怖に裏付けられた真摯さで対応するようにしている。彼を騙す事は、自分の寿命を縮める事に繋がると痛感したのだから。 「なら、いいさ。 お偉いさんにはせいぜい上手く断れよ、明日からなら喜んでやるぜ。なんせ、まだこの事務所の借金だって残ってるんだからな」 利かせていた睨みをいつもの笑みに変えて、ダンテは事務所を颯爽と出て行った。 一人取り残されたレナードは肩を落としたまま呆然と閉まる扉を見つめる。 「……だったら今引き受けてくれよ。チクショウ、どんな女があの気分屋の気をここまで引いたってんだ?」 悪態も弱弱しく、所在無さに気に寒々しい事務所内を見回す。相変わらず仕事場とは思えない乱雑な装飾だ。 そこでふと、レナードは机の上に封の切られた手紙を見つけた。 紙の便箋はアナログな通信手段だが、都市機能の半分が沈黙しているこの廃棄都市で確かな連絡方法と言えばこれくらいしかない。 この場末に手紙など届くものか、と純粋に驚きながら広げられた文面を眺めているうちに、レナードは頭を抱えそうになった。 ダンテが今回の仕事をキャンセルした理由が、まさにそこに書かれていたからだ。 「なんだよ、そりゃあ……。アイツの何処を押しゃあ、こんな家族サービス精神が出てくるんだ?」 手紙の差出人欄―――そこには、つい先ほど回想していたばかりの、あの少女の名前が書いてあった。 「マザコンの次はシスコンかよっ!? やっぱり、あの野郎の考えることは俺にはわからねえ!」 オーマイガァッ、と絶叫するレナードの声が事務所の中で寒々しく響いた。 魔法少女リリカルなのはStylish 第三話『Strawberry Sunday』 「BLAME」 炸薬を使わない銃型デバイスの銃声の代わりに小さく呟く。無意識の事だった。 空気を裂いて、構えた両手のデバイスから魔力弾が発射された。二発の光弾は前方の木々に向かって高速で飛来する。 魔力で形勢された光弾は、軌道上の木を回避するような動きで突き進み、その奥にある的の中心へ吸い込まれていった。 鉛の弾丸では不可能な弾道の操作こそが、魔法の利点である。 「ふーむ……よし、いいぞ。32番」 「ありがとうございます」 背後に控えた教官の言葉と同じ訓練生達の感嘆の声を受け、ティアナは二つの銃口を下ろした。 「見事な腕だ」 「結構、ギリギリでしたけど」 「弾道操作に限ってはな」 その言葉に、さすがに教官はよく見ている、とティアナは素直に感心した。この訓練の中で自分が行ったことを理解しているらしい。 見ての通り、この訓練は標的までの障害物を利用して魔力弾の操作性を高める為のものである。 ティアナが放った魔力弾は二発。うち一発はセオリー通り、射線上にある木々を避けるように動かして命中させた。 しかし、もう一発の魔力弾は、本来不可能に見える標的まで直線で繋いだわずな隙間を縫うように放ったのである。 もちろん、結果は二発とも命中だった。 「デバイスの種類のせいか……しかし、そのタイプの銃でよくそこまで精密な射撃が出来るものだ。慣れているな。その能力を武器にするといいだろう」 「ありがとうございます」 一つの目的を達するのに、セオリーと同じ手段をとる必要はない―――現場での臨機応変さを、この教官は理解しているようだった。それは尊敬に値する。 ティアナは評価された喜びを普段どおりの鉄面皮に隠して、手の中で踊るデバイスをガンホルダーに突っ込んだ。 「……だが、その妙なパフォーマンスは減点だな。何の戦術的利点(タクティカルアドバンテージ)もない」 自分の無意識の行動にツッコまれ、ティアナは羞恥で顔を真っ赤にした。 未だに、このクセは抜けていないのだ。相棒や一部の同僚にはウケがいいが、元来真面目なティアナはその指摘にとてつもなく恥ずかしくなる。 「それと、撃つ時のポーズもどうにかならんか? もちろん、撃って当たるんなら、そんな細かい点まで指摘する必要はないし……まあ、人それぞれ好みもあるだろうしな」 「す……すみません……」 ティアナはもう消え入りそうな声で、かろうじて答えた。 二挺の銃で『左右を交互にカバーする』のではなく、『同時に二つの射線を確保出来る』ことが今のティアナの強みである。その為、ティアナは主に眼で狙わずに感覚で狙いを定めていた。 それはそれで希少なスキルなのだが、目線と射線を合わせる必要がない為か、体が自然と無茶な姿勢で撃ってしまうのだ。 肩越しや脇の下から銃身だけを向けて背後を撃ったり、左右の的を撃つのにわざわざ両手をクロスさせたり―――不利な点はないだろうが、特に必要性もない。 しかし、感覚で撃っているせいか、下手に姿勢を正そうとすると途端に当たらなくなる。 これは自分が銃を扱う参考にした男の影響だと、ティアナは理解していた。 同時に恨みも募っていく。あんな曲芸染みた撃ち方を好む派手好きの兄貴分のせいで、こんな人前で恥をかくのだ。 「気にすんなよ! 映画みたいでカッコいいぞ!」 「なあ、むしろ撃った後のポーズとか考えてみたくね?」 「ランスターさん、素敵っ!」 何故か同じミッド式の訓練仲間にはすこぶる好評だった。ミーハーな連中が多い。 最初に感じていた変則デバイス持ちへの奇異の視線は今や薄れ、純粋な憧れの視線や同性からの黄色い声を受け流しながら、ティアナは疲れたようなため息を一つ吐いた。 ティアナ=ランスターが陸士訓練校に入校して、はや三ヶ月。 訓練は順調である―――。 ティアナが訓練後のシャワーから戻ると、珍しくスバルが自室のデスクに向かっていた。 「なんだ、もうアンケート書いてるの?」 「あ、ランスターさん。おかえりー」 机の上には、卒業後の配属希望先を記入する為のアンケートが置かれている。 「……まあ、どーせ提出するわけだしね。あたしも書いちゃおう」 自分もペンと紙を持ち出したティアナの行動に、人知れずスバルの瞳が光った。 机に向かうティアナとは反対に席を立ち、書き終えたアンケートを仕舞う動きを見せながら、素早く背後に回り込む。 足音と息を殺し、不自然なほど静かに接近しつつ、ティアナの書くアンケートを肩越しに覗き込もうと画策した。 しかし、それはあっさり失敗に終わった。 「BLAME! ―――はい、死んだ」 唐突に硬い感触が顎を持ち上げ、冷や汗を流しながら視線だけ下に向けると、いつの間にか下から突き上げるように向けられたアンカーガンの銃身が見える。 肩越しに向けられるティアナの冷めた視線を受け、スバルは苦笑いを浮かべた。 「いや、あのー……その、興味があるっていうか…………コンビとして?」 初の訓練時から好んで強調するようになった<コンビ>という言葉に、ティアナは『何故ここまで懐かれたものか?』とため息を吐いた。 お返しとばかりに、驚異的なハンドスピードでスバルのアンケート用紙を奪う。 「あんたには関係ないでしょ。まったく……そーゆーあんたはナニ希望よ?」 「あっ、早!? かえしてー!」 「備考欄『在学中はティアナ=ランスター訓練生とのコンビ継続を希望します』? やめてよね、ぞっとしない」 「みーなーいーでー!」 必死に妨害しようとするスバルの攻撃を、ティアナはアンケートを読みながらヒラヒラかわしていく。 理詰めの動きを好む割りに、こういった攻撃への勘は驚くほど働く相棒の能力にスバルは改めて戦慄し、そして涙目になった。 「だいたいね、在学中のコンビなんて一時的なものなのよ。必要以上に馴れ合ってどうするの? 卒業してそれぞれの配属が決まった時、後腐れなく別れることが出来る。同僚として不安なく互いを見送って往ける―――それが訓練生として理想的な付き合い方よ。あんたもちょっと独立する意思を持ちなさい」 もはや恒例となったティアナの説教がスバルを厳しく叱責する。 しかし、こっそりとティアナのアンケートを覗き込んだスバルは瞳を輝かせた。 「あ、でもランスターさんも災害担当志望になってるよ。わたしと一緒だね!」 「えっ、あんたもなの? どこまで続くわけ、この腐れ縁……」 「そんなつれないこと言わないでよー。ああ、でもランスターさんと一緒なら心強いなぁ。頑張って名コンビを目指そうね!」 何故にそこまではしゃぎまくるのか。スバルにここまで好意を抱かれる理由にとんと思い当たらないティアナは、僅かに嬉しく思いながらもそれ以上の苦労を見越して再びため息を吐いたのだった。 定番となった二人の温度差のあるやりとりを続け、やがて話題は週末の休みの予定になった。訓練場整備の為、普段は週末も練習に費やす二人も久しぶりの休みを取る事になる。 「ランスターさん、週末のお休みどうする?」 「あたしは……いつも通りよ。あんたと違って、帰る家も待ってる家族もいないしね」 何食わぬ顔で返そうとして、一瞬脳裏に浮かんだ赤い影に少しだけ言葉が詰まった。 肉親は一人もおらず、住んでいた安アパートは入校と同時に引き払った。嘘は言っていない。しかし、黙っていることはあった。 休みの日に、実は一つだけ予定があるのだ。 しかし、その予定をこの騒がしいルームメイトに話すつもりは毛頭なかったし、何よりその予定をキャンセルすべきか今も悩んでいる最中だった。 人と会う約束がある。 ―――しかし、手紙まで出しておいてなんだが、当日が近づくにつれて気が進まなくなってきていた。 別に大した理由ではない。 恥ずかしいからだ、特に意味もなく。 「―――じゃあさ、じゃあさっ」 そんな葛藤による沈黙をどう受け取ったのか、唐突にスバルは切り出した。 「じつはあたし、おねーちゃんと遊びに行く約束をしてるのね。それで、ごはんとおやつおごってくれるって話だから、ランスターさんもよかったら……」 「冗談やめてよね。馴れ合う気はないって、何度も言わせないで」 ある意味予想できた内容を、ティアナは普段どおりの冷めた声で遮った。他人の事情に干渉する気はないし、ましてそれが家族ならば尚更だ。 しかし、スバルもそんなティアナのツンとした対応には慣れたもので、聞いてないかのように話を続ける。 「おねーちゃんもランスターさんにぜひぜひ会ってみたいって」 「む……」 なかなか小賢しい切り出し方だと思った。自分ではなく家族を引き合いに出す辺り、ティアナの性格を分かっている。これでは無下に出来ない。 「午前中から夕方まで、半日だけだから。ね?」 「―――あんたのお姉さんには申し訳ないけど」 「ね?」 見上げる視線をやめろ。まるで子犬だ。 ティアナは不屈の精神でその懇願を切り捨てる。 「お断りするわ。ほっといて」 「……あたし、思うんだ」 翌日。ティアナはスバルと共に待ち合わせ場所であるミッドチルダ東区の<パークロード>にいた。 「あんたのその異様なワガママさと強引さだけは見習うべきところがあるって!」 「ほめられたー♪」 私服まで着飾って、完全にスバルのペースに巻き込まれたティアナは慣れ親しんだ諦めの感覚に歯軋りする。 あの男もそうだった。強引で、ワガママで、理由や理屈なく自分の行動に自信満々で―――しかし、何故か憎めない。 巻き込まれ型の自分としては、これ以上厄介な相手はいないだろう。どうやらこういうタイプには縁があるらしい苦労体質の自分を呪った。 もちろん、この強引さには休日に予定のない自分を気遣うスバルの思いやりがあったのも確かだろう。 これで、本当は予定があったのだと気付いたらどうなるだろうか? 無駄な仮定だと思った。あのお人好しをわざわざ気まずくさせるつもりなどない。 何より、今日の予定をキャンセルはしていないのだから―――。 「それで、お姉さんどこ?」 「えーとねー……あ!」 『スバル!』 休日で人々が行き交う中、スバルは手を振る姉の姿を見つけた。 訓練生のスバル達にとって一足先に進んだ、現役陸戦魔導師である<ギンガ=ナカジマ>だ。 「ギン姉~!」 「スバル~♪」 子犬のように駆け寄るスバルの手を取るギンガ。互いの顔に浮かんだ満面の笑みを見れば、この姉妹の仲がどれ程良いか傍で見るティアナにも理解出来た。 「1ヶ月ぶり~、元気だった?」 「もちろん! スバルも元気そうね」 お次は熱い抱擁シーンか、と傍観してたティアナだったが、二人が笑顔で交わしたものはハグなどではなく、パンチの応酬だった。 もちろん敵意を持ったそれではなく、スキンシップのレベルで軽く拳を合わせている程度のものだが、それでも鍛えているだけあって一般人には洒落にならないくらい鋭く速い。 これが体育会系のノリか……と、ティアナは妙な納得をしていた。 「そうだギン姉、こちらランスターさん」 「はじめまして、スバルがいつもお世話になってます」 「ど、どうも……」 ちょっと変わった姉妹のやりとりに半ば呆気に取られていたティアナは我に返って会釈する。 ギンガの落ち着いた物腰はスバルとは似ても似つかない。ただなんとなく『この人も天然入ってるんだろな』という印象だけは感じた。やはり姉妹なのだ。 軽い自己紹介を交わしながら、ティアナは仲のいい二人の絆に少しだけ羨ましくなる。 ああやって笑い合うはずの兄は、もうこの世にいない。 目の前の光景を妬むほど卑屈に生きているつもりはないが、それでも天涯孤独の身に染みるのは仕方のないことだった。 内心の思いを笑い飛ばすようにティアナは苦笑した。 「―――自慢するだけあって、いいお姉さんね。大事にしなさいよ?」 「え……う、うん!」 唐突に掛けられた言葉と微笑みに、スバルは戸惑いながらも嬉しそうに頷いた。 「あら、スバルったらランスターさんに何言ったの? 恥ずかしいわ……」 「手紙が届くたびに、喜んで話してくれましたよ。お会いできて光栄です」 「そんなに固くならないで。ごめんなさいね、いつもうちのスバルが迷惑かけちゃってるみたいで」 「いえ……妹さんは優秀ですよ。訓練校でも年少組ですけど、よくやってますし、何より努力しています」 「ほんとに? よかった」 「……ラ、ランスターさんが褒めてくれた!? やったよぉー!」 「まあ、こういう風に調子に乗るのがタマにキズですが」 珍しいティアナの褒め言葉にフィーバーするスバルを冷静にツッコむティアナ。 そんな二人の慣れたやりとりを、ギンガは優しい笑顔で見つめていた。 「―――ランスターさん。ご家族は?」 そして、それは何気ない話題の広げ方だったのだろう。 ごく自然に切り出したギンガの言葉に、ティアナは気まずげに笑った。 素直に言えば気を使わせてしまう。しかし、だからといって嘘をついてこの場を取り繕っても意味はないだろう。 少しだけ考えて、ティアナは結局言うことにした。 「私、ひとりです。両親は私が生まれてすぐの頃、育ててくれた兄も三年前……天涯孤独ってやつですね」 出来るだけ自然に言ったつもりだったが、果たしてそれが表情にも伝わっていたか、自信はなかった。兄の死は、今でも心の痛みを伴う。 ギンガとスバル、この優しい姉妹の顔に悲しみが映るのを、ティアナは見てしまった。 「ごめんなさい……」 「お気になさらず。―――肉親はもういませんが、代わりに騒がしい知り合いがいますんで」 ギンガの謝罪に、ティアナは努めて軽い口調で返した。 それは沈んだ空気を緩和させる為の気遣いもあったし、丁度そのタイミングを見測ったかのように近づく知った顔を視界に捉えたせいもあった。 ソイツはいつもの派手なコートではなく、何のつもりかスーツで着飾って、普段歩き慣れたスラム街を歩くように賑やかな道を違和感なく進んでくる。 正規の市民権も持たない人間なのに、この街中で『彼』はモデルが決められた道を歩くように自然だった。 人通りの中から頭一つ分飛び出す長身に長い足と美しい銀髪。たとえ服装が普通でも、いい意味で目立つ男だ。 そして『彼』は、人ごみの中で僅かな迷いもなくティアナを見つけ出すと、不敵に笑っていつもの軽口を言った。 「―――人を探してるんだが、あんた知らないかい? 今日のデートの相手でね、勝気な眼つきにそっくりな性格をしてるんだが、本当はただ素直になれないだけの可愛い奴なんだ」 「私も探してるの。ソイツは普段自己主張の激しい派手な格好が大好きな子供っぽい奴で、ちょうど顔はあんたソックリだったわ」 三年間続けてきた憎まれ口のやりとりに、ティアナも笑いながら応じた。 突然声を掛けてきた長身の美形と、スバルも初めて見るような『悪そうな笑み』を浮かべたティアナの反応に姉妹が呆気に取られる中、二人は声を合わせて笑い合う。 「……感動の再会って言うらしいぜ、こういうの」 「まだ半年も経ってないでしょ?」 「手紙一つも寄越さないからな、恋しかったのさ。さあ、まずはキスの一つでもしてくれ。それとも熱烈なハグがいいか?」 「バカ」 冷めた言葉にも、知らず苦笑が混じってしまう。交わし慣れた会話のリズムが懐かしい。 手紙を出し終えて今日までの緊張は嘘のように無く、ティアナはダンテとの数ヶ月ぶりの再会を素直に楽しんだ。 そこはごく普通の喫茶店だったが、その一角だけは一際異彩を放っていた。 四人掛けのテーブルに座る少女三人、男一人のグループ。 ギンガ、スバル、ティアナはそれぞれタイプは違えど例外なく美少女の容姿レベルを持っている。 それだけでいい意味で注目される集団だが、加えて頭一つ分飛び出たダンテの存在が奇妙なインパクトを与えていた。 十代半ばがせいぜいの少女達の輪の中に、開いた襟元からシルバーアクセサリを光らせるホストみたいな美形が妙な色気を振り撒きつつ混じっていたら、それはもう違和感丸出しである。 そんな奇異の視線を集めながら何食わぬ顔でテーブルを囲む四人に、注文の品が届いた。 「お待たせしました。トリプルアイスパフェとストロベリーサンデー、コーヒー二つになります」 見た目麗しい四人の客―――特に愛想良くウィンクまでしてくるダンテに対して緊張気味のウェイトレスは、頬を赤らめながらそれぞれの目の前に品物を置いた。 ダンテとギンガの年長者にコーヒー、スバルとティアナにはそれぞれアイスパフェとストロベリーサンデーが配られる。 積み上げられた三色のアイスに目を輝かせるスバルとは対照的に、ダンテは鼻腔を付く香ばしい匂いに顔を顰めていた。 ティアナはため息を吐きながら、自分の目の前にあるストロベリーサンデーとコーヒーを交換した。 「ありがとよ。やれやれ、注文した品物はちゃんと渡してほしいぜ」 「いい年こいた大の男が、こんな甘ったるい物好き好んで食べるとは思わないでしょ」 「そりゃ悪かった。だがな、そう馬鹿にしたもんでもないんだぜ、こいつはな。一口いってみるか?」 「遠慮しとくわ」 「結構イケるのにな……」 そう言って、クリームと苺を口に運びこむ作業に没頭し始めるダンテの隣では、まったく同じことをスバルがしていた。 それぞれの好物を美味そうに頬張る姿は、全く似ていないのに親子か兄妹のように錯覚してしまう。 向かいに座るティアナとギンガは思わず顔を見合わせて苦笑した。 「でも、ランスターさんも言ってくれればよかったのに、今日トニーさんと会う予定だったんでしょ?」 口の周りをクリームで彩ったスバルが困ったように呟く。 一般人の手前、ダンテは<トニー=レッドグレイヴ>を名乗っていた。 「あ、ひょっとしてわたしが強引に誘ったせいかな……?」 「違うわよ。待ち合わせ場所は同じだったし、結構大雑把な男だから来ないかもって思ってたし……正直、正装してる点だけでもビックリだけどね」 素っ気無い態度で憎まれ口を叩くティアナに対して、しかしダンテは心得ているとばかりに笑いながらスバルとギンガ見る。 「まあ、本当のところは手紙を出した後で急に怖気づいたんだろうぜ。一人で会うのが恥ずかしくなったとかな?」 「う、うっさい!」 「こんな風に図星を突くと分かりやすい奴なんだ。普段は素直じゃないが、一つ余裕を持って付き合ってやってくれ」 「はい、分かりました!」 「あたしを無視して話を進めるな! あと、あんたも何即答してんのよ!?」 「いいじゃねえか、これを機にもっと友好を深めろよティア。お前、友達いないんだから」 「あんたに言われなくないわよッ!」 「スバル、もっと押していないかないとダメよ。三ヶ月も一緒なのに、未だに『ランスターさん』なんて他人行儀な呼び方なんでしょ?」 「うん……ランスターさん、ここは一つわたしも『ティア』って呼んでいい!? わたしのことは『スバル』でいいよ!」 「一気に馴れ馴れしすぎ! あーもう、だから気が進まなかったのよ……!」 女が三人よれば姦しく、そこに色男が加われば賑やかさに輪をかける。 それまでギンガに対して一歩引いていたティアナもいつの間にか歩み寄っていた。 当初、スバルとギンガに対して別段距離を取っていたわけではないが、仲の良い姉妹の再会の横で一人佇むティアナが異端であることは否定できないことだった。 しかし、そこにダンテが加わることで自然と遠慮していた分の距離が縮まっている。 傍から見れば、二組の兄弟が談笑する姿がそこにあった。 「―――でね、ランスターさんってスゴイんだよ!」 「私達の<シューティング・アーツ>も魔導師では異端だけど、銃を使った格闘というのもまた珍しいわね」 「別に普通ですよ。魔法もミッド式で射撃しかできない凡人ですし、その格闘も見よう見まねの付け焼刃みたいなものですから」 「そのワリにゃ、体に染み付いちまってるみたいだな。お前、俺に『無駄な動きが多すぎる、素直に狙って撃てばいい』とか言ってなかったか?」 「まあ、トニーさんが師匠なの?」 「いや、もう全然こんな奴に師事した覚えはないですから。根っからのダメ人間なんで」 「えー? でも、ランスターさんって、よくわたしの知らない言葉で喋ったりするじゃない。あれって、トニーさんの国の言葉でしょ?」 「よ、余計なこと言うな!」 「Slow down babe? 慌てんなよ。詳しく聞かせてくれ」 「そう、それ! そういうのですよ!」 「わーわーわーわぁーっ! 「あらあら」 性格的にどこか似通ったところのある三人に、ティアナが孤軍奮闘し―――。 「トニーさんって魔導師なんですか?」 「いや、ちょいと危険な事も扱う何でも屋さ。あまり学はなくてね」 「ランスターさんとはどういう関係なんですか?」 「……そこのお二人さん、矛先変えないで。ソイツ、ある事ない事喋るから」 「ティアの兄貴とは友人でね、あとは色々あって今見ての通りの関係さ」 「血の繋がっていない家族、って感じですね」 「うんうん、本当の兄妹みたいだよっ」 「冗談、こんな奴と……」 「こいつの兄貴は一人だけさ、それは変わらない。だが、こいつといる時間は結構嫌いじゃないぜ」 「……」 「ランスターさん、顔あかーい」 「うるさい!」 笑い声と共に充実した時間は過ぎていく―――。 「あ、お会計は私が……」 「オイオイ、俺に女に奢らせる気か? いい女は男に貢がせるもんさ」 「そんな、いい女だなんて……」 「大丈夫? 万年金欠でしょ」 「いや、最近結構儲かってるんでね。週休六日からはおさらばだ」 「……ねえ、それって」 「そらそら、俺に格好をつけさせてくれよ、お嬢さん」 「あ、はい。ではお願いします」 「……」 そして、日が沈み、再び別れの時が来た。 公的交通機関であるレールウェイの駅は、休日ということで多くの人が行き交っていた。 一日の終わりに人を見送る者、休日出勤から帰り着く者をゲートが忙しくなく吐き出し、受け入れる。 その一角に、ダンテと見送る側であるティアナの姿もあった。 「安心したぜ、なかなか上手くやってるみたいじゃねえか」 「まるっきり保護者の台詞ね」 「違いねえ、俺のキャラじゃあないな」 エントランス中央にはボルトで固定された長椅子が配置されていたが、その全ては満席状態であり、家族連れで空いたスペースまで占領した者達が子供の溢したジュースで隣の客に頭を下げるなどの光景が見られる。 そんな愚劇に参加する気を端から放棄した二人は、素直に案内板の貼られた壁に背を預けて暇を潰していた。 ギンガとスバルは切符を買いに行っている。 これはティアナが頼んだことだった。ダンテと二人で話すことを暗に願った為に。 「―――ねえ、仕事が儲かってるって言ったわよね?」 ダンテの『本当の仕事』を他人に教えるつもりはない。ティアナは手短に話を切り出した。 「ああ、事務所の借金もそろそろ終わりそうだぜ。冷たいシャワーはもうウンザリだし、払い終わったら次はリフォームでも……」 「<合言葉>の仕事なんでしょ?」 台詞を遮って、ほとんど断言するティアナの勘の良さにダンテは閉口した。 彼女だけが知っている、ダンテの専門とする裏家業<デビルハンター>―――その名の如く、『悪魔を狩る仕事』だ。 かつて、ティーダ=ランスターの命を奪い、その名誉を地に落とした憎むべき存在達と戦う事だ。 「最近、首都でも奴らの存在を匂わせる事件が増え始めてるわ。だったら、あの街ではもっと増えてる筈。だって、アイツラはそういう存在だから……」 <悪魔>―――そう呼ばれる者達を、ティアナは知っている。 憎んでも憎みきれぬ相手だが、同時にその恐怖も知っている。 まるで魔法のように現れる存在達。場所も自由、時間も自由、形すら不定だ。 人間であるティアナにとって、奴らの存在は計り知れない。もし、真に奴らが自由なら人は抗いようがないのではないか? 無限を見ているような不安を、決意と憎悪で押さえ込んできた。 しかし、だからこそ―――。 「……なんだ、らしくもなく心配か?」 一笑に伏すダンテに虚勢など見えないし、事実彼が悪魔を狩る戦士として最高の力を持っていることは理解している。 「…………心配よ」 それでも、身を案じることは理屈ではないのだ。 「ヘイ、お嬢さん(レディ) 今更、変な考え直しなんかするなよ? 戻って来て、こんなヤクザな商売に本格的に足を突っ込もうなんて考えてるなら、顔を洗って目を覚ましてきな」 「……あの悪魔と戦えるなら、管理局でもあんたの傍でも変わらないでしょ?」 「なら、ティーダの夢はどうする? あの日の誓いは嘘か?」 「それは……」 ダンテは壁から離れると、ティアナに向き直った。 「―――ティア、お前が選んだお前の戦い方だ。そいつは間違っちゃいないさ」 見上げれば、時折魅せる優しい笑みが浮かんでいる。 「復讐って点じゃ、俺も変わらないけどな……お前のおかげで何が大切なのか分かった。失った人間から受け継ぐべきものは、力なんかじゃない。誇り高い、魂だ」 あの日、少女が一人の男と出会い、その行く末を替えた日―――幼い少女の誓いに、男もまた変化を得たのだ。 冷めた表情の下に涙脆い一面を持つ少女が必死に堪える肩に触れ、少しだけ躊躇うように鼻の頭を掻くと、ダンテはティアナを抱き締めた。 腕の中でティアナの体が驚きで小さく震える。 「やれやれ、こういうホームドラマは苦手なんだがな」 「……あたしだって、好きじゃないわよ」 「もう少し色気が出てきたら、こういうハグも喜んでやってやるんだがね」 「こっちから願い下げだわ。もしやったら、体に穴増やしてやるんだから」 「三年で口だけは悪くなりやがって……ティーダに殺されるな」 憎まれ口を叩き合いながら、少なくとも駅の一角にあるその光景は、仲の良い兄妹が抱き合うシーンとして違和感なくそこに在った。 ―――すでに切符を買い終わっていたギンガとスバルが、その抱擁シーンをこっそり見守っていることにティアナ『だけ』は気付いていない。 それからギンガとスバルが合流した後、それぞれを改札口で見送り、スバルと主に訓練校の寮へ戻る。 ティアナ=ランスターの休日はこうして終わった。 それが充実したものであったかどうかは、もちろんいつものように馴れ馴れしいルームメイトに明かす事はないのだが……。 「おやすみ、スバル」 「おやすみー、ランスターさん」 「……」 「……」 「……」 「…………ランスターさんッ、今!? 今ーーーッ!!」 「うっさい、早く寝なさいよ!」 「もう一度! もう一度、さっきのおやすみの挨拶をっ! 名前付きで!!」 「寝ろっ!」 後日、二人の訓練生の仲が少しだけ進展した事だけは確かである。 ラボのバリアケージに固定された『それ』を二人は神妙に見下ろしていた。 「―――これが例の?」 「ああ、この状態を保ったまま確保できた初めてのサンプルさ。でも、これまでのデータからして、後数時間もすれば跡形もなく消滅してしまう」 厳密にはそれは物質とは呼べないものだった。 血のように赤く、歪な球状に固まったそれの表面には苦悶に満ちた人の顔にも見える歪みが浮かんでいる。全体が淡く輝く石のようにも見えるが、しかし肉眼でも捉えられるこれは実際には実体を持たない物なのだ。 「検分の結果は?」 「何せ、どれだけ厳重に保存しても半日で消滅してしまう代物だからね。解析は難攻さ。 分かっている範囲では、物質でなければ何らかのエネルギー体というワケでもない。数値として観測は出来ても、それが何なのか過去に例を見ない奇妙な<石>さ。未だにカテゴリーすら出来ないんだからね」 「……整理しよう」 薄暗いラボの中、その<石>を照らし出すライトの光がクロノの顔の輪郭を浮かび上がらせた。 そして彼が促すと、向かい合って佇むヴェロッサが小さく頷いて応えた。 「―――<奴ら>の存在が初めて確認されたのは、記録を遡る限り四年前。 古代遺物(ロストロギア)の探索任務を行っていた陸士の一団が謎の襲撃を受け、謎の死を遂げた。それからもたびたび謎の襲撃は起こっているが、頻度が低い上に何の痕跡も無い為に公にはならなかった」 「だが、最近になって頻度は上がり続け、過去の事件は見直され始めている。わずかな生還者の証言から、襲撃者に共通点はない。動き出した動力源不明の人形、実体を持たない巨大な頭蓋骨、人の形を持った砂の化け物……」 「どれもこの世のものとは思えないね」 祈るように呟くヴェロッサをクロノが視線で諌めた。 これらは現実だ。現実は正しく認識しなければならない。それがどれ程、非現実的であったとしても。 「これらが未知の魔法生物である可能性は?」 「何とも言えないね。何せ、そいつらの肉片一つ手に入らないんだから」 見た目や種類にあらゆる違いを持つ襲撃者達の、奇怪な共通点の一つだ。 襲われた者達の中には、逆に敵を返り討ちにした場合もあったが、いずれも例外なく相手は跡形も無く消え去ってしまうのだ。 「僅かな共通点と言えば、やはりこの<石>か……」 多種多様な襲撃者達は、消滅する時に皆例外なくこの赤い石を残していく。しかし、それさえも時間と共に完全に消えてしまうのだ。 これが人為的な事件なのか、それとも事故なのか、カテゴリーすら出来ない。あらゆる事が不鮮明だった。 「まるで、本当に血みたいだね」 「これが<奴ら>の血痕だと?」 「違うかい? コレは<奴ら>を撃退出来たケースでのみ現れる。襲撃者の種類に関わらず、全てに。 この石が便宜上とはいえ何て呼ばれてるか知ってるかい? <レッドオーブ>もしくは<デモンブラッド>さ」 「<デモンブラッド>?」 「共通点がもう一つあったね。<奴ら>と遭遇した魔導師が例外なく同じ表現を用いている事さ―――『悪魔だ』ってね」 バカバカしい、そう思いながらもクロノは閉口した。 場所も、時間も、姿形さえ定かではない存在。そんな者を人はなんと呼ぶだろうか? いや、バカバカしい。改めて感情的になりつつある思考を切り替える。理性的な行動を重んじるクロノは、抽象的な表現に踊らされる自分を諌めた。 「身の丈を超える爬虫類を、知らない者は<悪魔>と呼ぶ。それがドラゴンだと知る僕達にとって、どれだけ滑稽に見えるか知らずに」 「存在する以上、定義することも出来るって? 相変わらず現実主義者だねえ」 「呼び方なんてどうでもいい。問題なのは、<奴ら>もこの<石>も手掛り一つ無い、未知の物でありすぎるという点さ」 神妙に呟くクロノを見て、ヴェロッサが思いついたように口を開いた。 「そういえば……大分前から<奴ら>と交戦してたらしい、廃棄都市の何でも屋? 当たってみるって言ってたけど、どうだったんだい?」 「交渉決裂したよ。独自の自治が出来上がってしまっているあそこでは、無理も通せないからな」 「残念だねぇ、貴重な証言者だと思ったのに」 「デマの可能性もある。過度な期待はしてないさ」 「結局、状況は一進一退もせずか……」 ヴェロッサの呟きには、僅かな失望の色が滲んでいた。 今はまだ、この状況を深刻に受け止める者はいなければ、疑問に思う者すらいない。 しかし、何かがこのミッドチルダを浸食しつつある―――そんな漠然とした不安が二人の中には燻りつつあった。 目の前のおぞましい<石>こそ、その不安が形となった物であるような気がしてならないのだ。 「しかし、情報が本当だとしたら、いずれその何でも屋は確保する必要があるね。多少強引な方法でも……」 <石>を眺めながら、ヴェロッサが呟く。 「この<石>が単純な魔力の塊ではない以上、人体にどういう影響を与える物なのかは分からない。ただ『生物が摂取可能』な物である事は確かだ」 「現場で何人かの魔導師が、この<石>を『吸収した』という報告があったな。何か分かったのか?」 「いや、最初の魔導師は摂取して数ヶ月経ってるが、未だに検査で異常は見られないそうだ。他も同じ―――でも、いずれも戦闘中に<石>に触れて、少量が体に吸い込まれるようにして消えただけなんだ」 「大量に吸収すれば、どんな影響が出るか分からない?」 「多分ね。でも、もしそうならイコール<奴ら>を大量に倒す必要がある……」 それだけ多くの敵を遭遇する例はこれまでになく、また魔導師に被害を出す程の敵の大群を相手にして戦い抜けるだけの戦闘力を持った者がいるものか―――? 今の段階では、全てが推定であり仮定でしか成り立たないものばかりだった。 結局、その日の二人の会合は実りある結論を出す事無く終わる。 それから約三年もの間、謎の襲撃の遭遇率と被害者数をゆるやかに増加させる以外の進展は起こらなかった―――。 時はまだ満ちず、わずかな者達がその一端に触れただけ。 陽光が生み出した影の中、人ならぬものたちの息吹。 夜の闇が天を覆うたび、ひそやかに舞い狂う黒い影。 光の差さぬ黒い影にうごめく、怪しい気配。 ……その全貌を知り得る者はまだ誰もいない。ただ一人、あの男を除いては……。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> フュリアタウルス(DMC2に登場) 牛肉の炭火焼ローストは俺も大好物だ。しかし、コイツほど不味そうな牛はいないだろうな。 神話で有名なミノタウロスの親戚みたいな姿をした、なかなか強力な火の悪魔だ。 本来は炎で熱した牛型の炉で罪人を焼き殺す刑具だったらしいが、そういういわく付きの代物に悪魔が宿るのは珍しいことじゃない。 今もその四肢には炎が通い、刑死者の断末魔の絶叫と極限の激怒が渦巻いている。 人の負の感情を積み重ねた呪いを力にする悪魔は例外なく強い。油断は禁物だぜ。 見た目通り、ハンマーを利用したパワーは半端なもんじゃないが、動きがスローなのも見た目通りだ。 熱いものは冷やすに限る。長年燃え続けた炉の火を、そろそろ落としてやろうぜ。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/itmsanime/pages/591.html
【作品名】魔法少女リリカルなのはA s OP 【曲名】ETERNAL BLAZE 【歌手】水樹奈々 田村ゆかり 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200 □■iTMS■□ 【作品名】魔法少女リリカルなのはA s ED 【曲名】Spiritual Garden 【歌手】田村ゆかり 【ジャンル】J-Pop 【価格】¥150 □■iTMS■□ 【作品名】魔法少女リリカルなのはA s (第12話)挿入歌 【曲名】BRAVE PHOENIX 【歌手】水樹奈々 田村ゆかり 【ジャンル】アニメ 【価格】¥200 □■iTMS■□
https://w.atwiki.jp/oomiha/pages/30.html
魔法少女リリカルなのはとは、アニメである。 みなーんさん一押し。面白いよ。 詳しいことは公式サイトみるべき。http //www.nanoha.com/ で、詳細。 ウィキペディアを見よう。 http //ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E6%B3%95%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%AF%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA なんてなげやりな。と思いますよね。 ここはNETA☆wikiです。 以下、ネタ。 現在放映中の魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1stだが、3回見ればフィルムが貰えるというひどい商法をとっている。 通称フィルム商法。恐ろしい。 しかしフィルムの在庫が切れるという事態になっている。怖い。 俺も無論GETしたぜ。ねえプレシアさん? 2回見ればポートレート。まあリピートポイントカードが必要なので注意。 第2弾の特典も始まっている。なのはとフェイトのポスター。 これがなんとA3サイズ。持ち帰りが大変すぎますよ。 途方にくれて上野駅でポスターを掲げながら持って帰った人もいるとか。 『――友達になりたいんだ。』 が1期の代表的セリフ。 『悪魔で・・・いいよ。』 が2期の代表的セリフ。 『少し・・・頭冷やそうか。』 が3期の代表的セリフ。 おわかりだろうか。全部なのはのセリフである。 期が進むごとに・・・おっと誰か来たようだ。『ディバインバスター!』 代表的セリフは書いてる人の個人の意見です。異論は認めん。 『スターライトブレイカー』 が1期の代表的魔法。 『スターライトブレイカー』 が2期の代表的魔法。 『スターライトブレイカー』 が3期の代表的魔法。 おわかりだろうか。全部なのはの魔法である。 期が進むごとに強くなってる。怖い怖い。 ちなみに収束砲は結構せk・・・おっと誰か来たようだ。『スターライトブレイカー!』 代表的魔法は書いてる人個人の意見です。異論は認めん。 『高町なのは』 が1期の主人公 『高町なのは』 が2期の主人公 『高町なのは』 が3期の主人公。 おかわりだろうか。全部高町なのはである。 期が進んでも何も進展が無い。怖いアニメだ。 3期はスバルが主人公になる予定だったのに。 だが4期でとうと主人公の座を娘に譲った。 ちなみに、なn・・・おっと誰か来たようだ。『少し・・・頭冷やそうか。』 主人公は多分事実です。異論は認めん。 まとめると、結局なのはさんの独占アニメなの。 皆見てね。 なのはは俺の嫁だから手を出さないように。つまりヴィヴィオはむs(ry←いつ結婚したんだw ヴィヴィオ(Vivio)とは → ヴィヴィオ(Wikipedia)を参照。 おっと、分野が違う? いや、気のせいじゃないかな。
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1970.html
『問題の貨物車両、速度70を維持!』 『ガジェット反応!? 空から……!』 『航空型、現地観測体を捕捉! 進路は目標、リニアレールです!』 司令部からの情報が矢継ぎ早に伝えられる。 サーチャーが捉えた情報は、想定通り敵の増援を知らせるものだった。 数も多い。フェイトとなのは、空戦能力を持つ隊長陣がそれらの対処に割かれる形となってしまった。 「じゃ、ちょっと出てくるけど……」 輸送ヘリの後部ハッチが開き、広がる遠い地上と激しい風がカーゴに渦巻く中、なのははまるでちょっと散歩に出て行くようなリラックスした口調でルーキー達に言った。 初の実戦に緊張を隠せないスバルやエリオ、キャロを意識した笑みを浮かべたが、その傍らで普段通りの視線を向けるティアナの様子に苦笑へと変わる。 何かを確認するように小さく頷き、その意図を受け止めるようにティアナもまた頷くと、なのはの最後の不安は消え去った。 「皆も頑張って。ズバッっとやっつけちゃおう?」 「「はい!」」 頼もしい四つの返事が一つになった。 なのははキャロを一瞥する。 「―――エリオは、キャロのフォローお願いね。無理だと感じたら、すぐに二人で後方へ退いて」 「あ、はい」 「大丈夫です!」 気遣うようななのはとエリオの視線を振り切るように、キャロの少々気負った声が響いた。 戦意が漲っているのはいいことだが、気持ちが先行すると引き際を誤る。なのははそれを実感で熟知していた。 「うん、緊張で落ち込んでるよりはいい返事だよ。でも、現場での指示は厳守。リーダーの判断には絶対に従ってね」 「……はい、分かりました」 「ティアナ、現場でのリーダーは任せるよ。エリオは判断に迷ったら、ティアナの指示を仰いで」 「はい!」 「了解」 なのははこれまでの訓練から、ティアナの冷静な状況判断能力を買っていた。他の三人もそれに全く異論はない。 重大な責任を与えられたティアナはやはり普段通りの淡々とした口調で、しかし期待に応えるように強い意志を宿した言葉をなのはに返した。 最後になのはは四人の顔を一度だけ見回し、緊張と覇気に満ちた表情にこれ以上掛ける言葉は必要ないと悟ると、満足げな笑みを浮かべて降下口へ足を掛けた。 「―――高町隊長」 「うん?」 任務中の呼び名にも相変わらず壁を感じるティアナの声に、なのはは肩越しに振り返る。 「幸運を」 「ありがとう。皆にも」 航空部隊での礼節的な言葉だったが、そこに込められたティアナの偽りのない想いを感じ取り、なのはは喜びと奇妙なこそばゆさを感じながら敬礼を返した。 そして、高町なのはは大空へと飛び出す。 耳音で唸る風の音に、地面から解き放たれた三次元の自由と不安を全身で感じながら、自らの相棒に告げた。 「<レイジングハート>! セット、アップ―――!!」 光が瞬く。 四人の雛鳥が未だ憧れて見上げるだけの領域へ、エースは飛翔した。 魔法少女リリカルなのはStylish 第九話『Rodeo Train』 「任務は二つ」 緊急出動の為、現場へ向かう航路の最中でリインはティアナ達に任務概要を説明していく。 普段はマスコットよろしく愛らしい雰囲気を醸し出すリインも、今は仕事の顔だった。 「ガジェットを逃走させずに全機破壊する事。そして、レリックを安全に確保する事。 ですから、<スターズ分隊>と<ライトニング分隊> 二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かうです」 表示されたモニターの図解によれば、レリックは車両の丁度真ん中に位置する七両目に保管されているとのことだった。 複雑な地形や場所での戦闘ではないが、車両の外部も内部も合わせて限定空間となっている為、万が一の場合でも敵からの退避は難しい。 戦力同士の純粋な正面対決と言えた。 「わたしも現場に降りて、管制を担当するです。ただし、戦闘指示に関してはティアナに一任するですよ。何か質問は?」 現状把握と実戦での緊張を抑えるのに一杯一杯な三人と比べて随分冷静なティアナが早速口を開いた。 「リニアレールの停止は可能ですか?」 「遠隔操作では何度もやってみましたが受け付けません。完全にコントロールを奪われてます」 「なら、直接操作した場合は?」 「可能性はあります。わたしが担当しましょう、コントロールの中枢は左右の末端車両です」 「了解。では、リイン曹長はスターズ分隊への同行をお願いします。降下と同時に、まずは車両の制御奪取を」 「了解です!」 そして、矢継ぎ早に交わされる会話に、なんとかついていった残りの三人へティアナが視線を移す。 「というわけで、あたしとスバルのスターズ分隊はまずコントロールの奪還に回るわ。エリオとキャロのライトニング分隊はそのままレリック奪還とガジェット殲滅に集中して」 「了解っ!」 「了解!」 「了解しました!」 それぞれの特色を持つ返答が響く。実戦という何もかもが初めての状況で、そのやりとりだけは淀みなく行われた。 それは訓練で何度も繰り返した流れだからだ。 そうだ、全ては訓練通り。恐れることはない。ここには未知のものばかりではなく、築き上げたチームワークや頼れる仲間達が、いつものように存在するのだから。 四人の心に、共通して繋がる何かが蘇る。 そしてそれは、驚くほど緊張や不安を心から消し去ってくれた。 『隊長さん達が空を抑えてくれているおかげで、安全無事に降下ポイントに到着だ―――準備はいいか!?』 パイロットのヴァイスが作戦発動の秒読みを告げる。 まず最初に降下するティアナとスバルがカーゴハッチに身を乗り出した。 「……やっぱり、ティアはそっちのデバイスを使うの?」 自らの首に掛けられた待機モードのマッハキャリバーとは違い、普段通りのアンカーガンを両手に携えたティアナを見てスバルは不満そうな表情を浮かべる。 見慣れた銃身の下部には、バリアジャケットを構成する為の急ごしらえのオプションがレーザーサイトのように取り付けられていた。 「ぶっつけ本番って好きじゃないのよね」 「折角の新型なのに……使ってみたいと思わない?」 「好みより実効制圧力の方が重要だわ。別に信用してないわけじゃないけど、こっちなら安定性は確かだしね」 窮地での大胆さは兄貴分譲りだが、平常時での判断には地の性格が大きく出ていた。元々ティアナは理詰めの人間なのだ。 本音としてはティアナの新デバイス自体に興味のあるスバルが渋々納得する中、ティアナは使い慣れたアンカーガンを一瞥して小さく呟く。 「それに、ずっとコイツと一緒に戦ってきたんだしね。あっさりと乗り換えなんて出来ないわよ……」 理屈以外の想いが篭ったその言葉は、風にかき消されて誰にも届かなかった。 もちろん、聞こえたら困る。 淡白な態度とは裏腹な想い入れの強さを知られたら、またスバルがからかったり喜んだりするに決まっているのだ。 ティアナは思考を戦闘モードに切り替え、スバルに視線を向け直した。 「ところで、あんたこそソレ持ってく気なの? 使わないって言ってるでしょ」 「うーん、でもひょっとしたら使うかもしれないじゃない?」 スバルはクロスミラージュの収納された防護ケースを背負っていた。 ベルトでしっかりと固定され、重さも大きさも行動の邪魔になるほどではないが、既にアンカーガンがある以上使う可能性はほとんどない。 「それに初の実戦なんだしさ。こっちの方が性能がいいのは確かなんだし、頑張ってくれたシャリオさんにも悪いし」 「……好きにすれば?」 「うん! 必要になったら言ってね」 スバルの言い分に、ティアナは素っ気無く返した。 感情論や好みだけでなく、それなりに理屈の通った弁が立つからこの娘はやり辛い。内心で苦笑が浮かぶ。 そして、わずかな緊張感以外普段通りの二人のやりとりが続く中、ヘリはついに走るリニアレールの先端へ降下するのに最適の位置へと到達した。 互いに意識せず同時に、ティアナとスバルは会話を中止して眼下を睨み据える。 自分達の、初めての戦場が見えた。 「スターズ3、スバル=ナカジマ!」 「スターズ4、ティアナ=ランスター!」 一瞬だけ、二人の視線が交差する。そして。 「「行きます!」」 言葉と意思が同調し、スターズ分隊は大空へと飛び出した。 空中で二人分のバリアジャケットが展開される発光が瞬く中、ヘリは更に反対側の先端車両へと移動していく。 エリオとキャロ。 戦場へ降り立つにはあまりに小さな体が、風の唸るハッチの前へと乗り出された。 「……あの、ルシエさん」 眼下の戦場を眺め、エリオは傍らの少女が緊張しているであろう様子を伺った。自分と同じように。 それは不安を共に支え合いたいという弱気と、同時に少し無理をしすぎな感のある少女を支えたいという気持ちもあった。 しかし、エリオは反応を示さずに眼下を見下ろし続けるキャロの横顔に愕然とすることとなる。 「一緒に降り……」 「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」 囁くような言葉がエリオの気遣いを断ち切った。 恐れを何処かへ置き忘れてしまったような顔で、キャロが無造作に自らの体を宙に投げ出す。 「―――行きます」 そう言って空中へと消えていく少女の横顔に一瞬だけ見えたものを、エリオは現実なのか錯覚なのかしばらく悩む事になる。 エリオは飛び出したキャロの手を咄嗟に掴みそうになった。 降下の為の行動の筈なのに、キャロのそれがまるで屋上から身を投げ出す自殺者に等しい雰囲気を纏っていたからだった。 飛び出す一瞬、キャロは―――小さく笑ってはいなかったか? そのまま落ちて死ねば何かから解放される、と。戯れに夢想するような一瞬の表情を。 「……っ、ライトニング3! エリオ=モンディアル、行きます!!」 エリオは自分でも分からない焦燥に押されて、すぐさま降下に続いた。 ほんの少し先を落ちてくキャロの背中を見るのが不安で仕方ない。 彼女は、ひょっとしてこのまま着地の準備もせずに落ち続けるつもりなのではないか? という疑念すら湧いていた。 その不安を否定するように、エリオの横を小さな影が掠めて行く。 主の唐突な行動に、一瞬遅れて続いたフリードだった。 幼い竜は一瞬だけエリオと視線を絡ませると、翼をたたんで落下速度を上げてキャロの傍らに追いついた。 一瞬だけの視線の交差。 その中で、エリオは自分の中の不安を嘲笑われたような気がした。 ―――お前に心配されるまでもなく、そんなことを自分がさせるはずないだろう? と。 それを錯覚だと思う前に、並んだフリードを一瞥してからキャロが行動を起こした。 「<ケリュケイオン>、セットアップ」 空中でバリアジャケットが構成される光が瞬き、キャロの身を包み込む。 これで自分の根拠のない不安はなくなった。そう安堵すると同時に、エリオは僅かな悔しさを感じる。 一連の流れが、自分とキャロ、フリードとキャロとの関係の差を表しているような気がした。 モヤモヤとした気持ちを抱えながら、自らもバリアジャケットを纏う。 キャロが車両の屋根に降り立ち、遅れてエリオが足を着いた。 「―――さあ、行きましょう?」 肩越しに振り返ったキャロの表情は、既に戦いを前にした引き締まったものへと変わっている。 飛び出した時の一瞬が、本当に錯覚だったように感じる顔だ。 「う、うん」 エリオは戸惑いながらも頷いた。 どちらが彼女の本当の顔なのだろうか? だが、いずれにせよ彼女は自分に本当の表情を見せてはくれない―――その確信が、エリオには酷く悔しかった。 そのリニアレールは物資運搬用の車両の為、内部は広く、人を乗せる余分な設備がない。 内部には複数のガジェットが警戒態勢で待ち構えていた。 それらに広域をスキャンするレーダーは搭載されていないが、車両に取り付く者があればすぐに迎え撃つようプログラムされている。 四人のストライカーが車両に降り立てば、ガジェットは迅速に行動を開始するだろう。 その警戒態勢の最中へ―――。 「どっせいぃぃっ!!」 車両への着地の過程を省き、屋根をぶち抜いてスバルが突っ込んだ。 唸りを上げるリボルバーナックルで車両を貫き、新生バリアジャケットに身を包んだスバルがその内部へと降り立つ。 ほとんど奇襲に近い敵の潜入に、無機質なCPUの判断にも僅かなタイムラグが生まれる。それは人で言うところの<動揺>に等しかった。 その僅かな間隙を、スバルの背後へ同時に降り立ったティアナが見逃す筈はない。 「ティア!」 「見えてるわよ!」 既にカートリッジをロードし、オレンジ色の電光を纏った両腕がスバルの肩から砲台のようにヌッと突き出される。 「真ん中だけ残す!」 「了解っ!!」 僅かなやりとりで十二分な意思の疎通を行い、二人は同時に攻撃を開始した。 雷鳴のような銃声が響き渡り、アンカーガンから吐き出された高密度の魔力弾がそれぞれの照準の先のガジェットへと殺到する。 弾丸はAMFを貫いて機体の奥深くに潜り込み、内部を破壊し尽くした。 二体のガジェットが爆発を起こす中、ローラーブーツに代わる機動デバイス<マッハキャリバー>の加速に乗ってスバルが突進する。 「うぉりゃああああっ!!」 ローラーブーツを上回る初速で、一瞬にしてインファイトの間合いまで攻め込むと、リボルバーナックルの一撃が抵抗する暇もなくガジェットの機能を奪い去った。 潜り込んだ右腕をそのままに、内部の部品やコードを鷲掴みにして機体を固定し、ガジェット一体をぶら下げたままスバルは車両内を滑走する。 最後に残った一体が放つ熱線を、掴んだガジェットを盾にして防ぎ、急接近しながらナックルに魔力を集中させた。 「リボルバー……ッ!」 マッハキャリバーが主の意思のまま、スバルを疾風へと変える。 至近距離まで接近して、掬い上げるように右腕を叩き付けると、二体のガジェットが密着したその状態で魔法を解き放った。 「シュート!!」 アッパーの軌道で放たれた衝撃波が二体のガジェットを貫き、更に屋根まで吹き飛ばして車両に大穴を空けた。 スバルとティアナが乗り込んだ二両目の敵勢力は、これで全滅したことになる。 しかし、狭い空間で放たれた高威力の魔法は、敵を破壊するだけに留まらなかった。 「うわわっ!?」 「バカ、スバル!」 爆風に加え、予想以上の加速に乗っていて十分な制動の掛けられなかったスバルの体は、そのまま吹き飛ばした屋根から外へと投げ出された。 高速で走るリニアレールの外、空高く舞い上がる。 不安定な姿勢で移動する足場に再び着地出来るか、保証はない。 ティアナが舌打ちし、スバルが顔から血の気を引かせる中、誰よりも早く正確にソイツは動いた。 《Wing Road》 マッハキャリバーがオートで発動させたウイングロードが落下の軌道上に生成され、その上で自らローラーを回転させ、重心をコントロールする。 慌ててバランスを取ったスバル自身の行動もあり、九死に一生を得る形となった。 『スバル、無事!?』 「なんとか……! マッハキャリバーが助けてくれたおかげだよ」 《Is it safe?》 「うん、もう平気!」 スバルの安否を確認したティアナが安堵と脱力のため息を吐く。 正直、肝を冷やした。 性能が良いことは必ずしも利になることばかりではない。感覚と実際のズレは時にミスを呼ぶ。これだからぶっつけ本番は苦手なのだ。 ―――とはいえ、自己判断で持ち主を助けるAIの高性能さに感心と興味を抱いたのも事実だった。 「新型、ね……」 アンカーガンに新しいカートリッジを装填しながら、何とはなしに呟く。 訓練の成果か、ガジェットのAMFに対してカートリッジ一つ分の魔力で一体を破壊できる割合にはなった。現状の戦力としては十分だろう。 しかし、先ほどのマッハキャリバーの活躍を見て、どうしても考えてしまう。 自分にも用意された新型デバイス。あれを使えば、戦力は更に増すのではないのか、と。 意地張らずに新しいの使えばよかったかな? いやいや、これは意地なんかじゃないぞ。カタログスペックと実績、プロならどっちを選ぶか言うまでもないだろう。 ティアナは迷いを吹っ切るように、自分に言い聞かせた。 「……でも、コイツ喋らないしなぁ」 冷静を装いながらも、つい本音が出るティアナだった。 思い入れが強いからこそ擬人的な要素を求めてしまう。実際のところ、スバルのマッハキャリバーを羨ましく思う原因もそれが主だったりする。 落胆を滲ませる子供染みた自分の台詞に遅れて気付き、ティアナは僅かに頬を染めた。 「ああっ、もうダメダメ! 任務中に考える事かっての―――スバル!」 『何?』 「そのまま三両目の制圧に向かって! こっちは先頭車両を押さえる! 敵が多かったら、無理せず合流するのよ?」 『オッケー!』 思考を戦闘モードに切り替え、スバルに指示を出すと、ティアナは馴染んだデバイスを両手に構えて前の車両へと移動を開始した。 「スターズ1、ライトニング1、制空権獲得!」 「ガジェットⅡ型、散開開始!」 「追撃サポートに入ります!」 二つの戦場をモニターする司令室も、戦闘さながらの慌しさで情報が飛び交っていた。 「―――ごめんな、お待たせ!」 そこへ、聖王教会の足で慌てて舞い戻ったはやてが駆け込んでくる。 指揮官不在の間代理指揮を執っていたグリフィスの顔から、ようやく僅かに緊張の色が抜けた瞬間だった。 「八神部隊長!」 御大将の登場に、待っていたとばかりにグリフィスが名前を呼ぶ。 「……」 しかし、返って来たのはシカトだった。 「ここまでは、比較的順調です!」 「……」 「……あの、部隊長?」 「……」 「えーと……」 まるで一時停止のように笑顔のまま、指揮官席を挟んでグリフィスと対峙するはやて。 何かを求めているような雰囲気は分かるのだが、それが何なのかグリフィスには分からない。 突然の事態にグリフィスは混乱し、高速で思考を巡らせ―――。 「おかえりなさい、ボス!!」 「待たせたな、皆」 オペレーターのシャリオの言葉を聞き、はやては唐突に動き出した。 呆然とするグリフィスを尻目に、指揮官の顔となったはやては腰を降ろして、モニターを鋭く見据える。 「状況はどうや?」 「ここまでは比較的順調です、ボス」 いや、それ自分言ったし。 頷いて返すはやての様子を見て、グリフィスは悲しくなった。でも涙は堪えた。 「ボス! ライトニング3、4が八両目に突入します」 「このまま何事もなければええんやけど……」 完全にプロの顔つきになったはやての傍らで、グリフィスが勇気を振り絞って声を掛ける。 「あのぉ…………ボス?」 「なんや?」 今度はあっさりと返事が返ってきた。 「エンカウント! 新型です!!」 今後何かとワリを喰う真面目な補佐官の苦悩を置き去りに、オペレーターの告げた報告が司令室に緊張を走らせた。 「フリード! <ブラスト・フレア>!」 『キュクルゥゥッ!!』 フリードの放った火球が崩壊した車両の天井の穴から内部へ飛び込んでいく。 しかしそれは、ガジェットの持つベルト状のアームに容易く弾き返されてしまった。 そのアームの出力一つ取っても、既存のガジェットとはパワーが桁違いの新型。 完全な球状の機体はこれまでの物より肥大化し、その分あらゆる性能が向上されている。 「うぉりゃぁああああっ!!」 ストラーダの穂先に魔力を集中したエリオの一撃も、AMFではなく純粋な装甲の強度によって遮られた。 幼いエリオの筋力の低さを差し引いても、防御力は通常のガジェットと比べ物にならない。 更に、ガジェットはAMFを発動させた。 奇妙な違和感が波打つように二人のいる空間を走り抜けた後、接近戦を仕掛けていたエリオのストラーダはおろか、車両の上にいるキャロの魔方陣すら解除されてしまう。 「こんな遠くまで……っ!」 身体的な戦闘力を持たない自分が魔法を失っては、戦力は激減する。 その事にキャロは戦慄し、遅れてエリオもまた同じ状態であることを思い出した。彼はその状態で敵の傍にいるのだ。 車両の穴の傍へ駆け寄り、中を覗き込んだキャロが見たものは、予想通り最悪の展開だった。 魔力光を失い、単なる頑丈な槍と成り果てたストラーダを盾に、エリオが必死で敵の攻撃を防いでいる。 魔力によって筋力を活性化させる肉体強化までは解除されていないようだが、それでもガジェットの大型アームのパワーの方が上回っていた。 「ダメです、下がってください!」 「だ、大丈夫! 任せて……っ!!」 キャロの制止の声を、エリオは聞かなかった。 自分の後ろに、守るべき少女がいることを理解していたのもある。 だがそれ以上に、少年には意地があった。 降下の時、手を伸ばそうとした自分を追い抜いて、いつもそう在るように少女の傍へ寄り添った一匹の竜に対して感じていた敗北感があった。 背後のキャロの自分を案ずる声が聞こえる。 それは彼女の優しさだ。自分も同じ戦場にいるというのに、他人を案ずる痛いほどの優しさだ。 ―――悔しいとは思わないか? あの娘は、今の情けない自分を見て不安を感じているんだぞ! 「うぉおおおっ!!」 感情の高ぶりはエリオに瞬発的な力を与えた。 二つの力の拮抗は一瞬だけ破られ、エリオがガジェットのアームを押し返す。 その刹那の空白の間に、ガジェットは攻撃をレーザーに切り替え、エリオもまた瞬時に危機を察知して跳んだ。 通常の物とは違う、長い連続照射時間を持った熱線が文字通り一本の線のように放たれる。 それは車両の壁や屋根を容易く焼き切ったが、しかし僅かに勝るエリオのスピードには着いて行けず、彼の居た場所を虚しく薙ぐだけだった。 敵の巨体を飛び越え、背後の死角へと着地する。 両足に魔力を集結し、筋肉が引き千切れる程の力を込めてバネのように全身を前に突き出す。 「刺されぇええええええーーーっ!!」 全身の力を推進剤に使ったストラーダの先端は、その瞬間確かに弾丸となった。 AMF下において、まさに奇跡とも言えるタイミングで全ての運動エネルギーが一点で合致し、新型ガジェットの強固な装甲に突き刺さった。 「やったっ!」 思わずエリオが歓声を上げる。 しかし、それは完全な驕りでしかなかった。 「まだです!」 「え……っ?」 傍で見ていたキャロだけが冷静だった。 ストラーダの穂先は確かに装甲を打ち破っていたが、ただ『それだけ』でしかなかったのだ。 その機能中枢に全くダメージが及んでいないガジェットは、細いアームケーブルを素早く動かし、動きの止まったエリオを捕らえる。 そもそも、エリオが『背後』だと捉えていた部分が本当に死角であったかすら疑わしい。 思い込みによる判断ミス。攻撃の手応えを見誤り、それが油断を招いた。 初の実戦における経験の不足が、最悪の結果を招いてしまったのだ。 「しまった……うぁっ!!」 ケーブルに締め上げられたエリオを痛ぶるように、ゆっくりと巨大なアームベルトが近づく。 「いけない!」 キャロが身を乗り出す。 魔法の使えない小娘が立ち向かったところでどうしようもないのは承知の上だ。 しかし、自分は違う。 キャロは自らの呪われた特性を、嫌というほど理解していた。 <召喚>のスキルとて、転移魔法の系統に連なる魔法には違いない。AMF下で無力化される対象だ。 ―――だが、あの<悪魔>の力は違う。 呼び出し、使役する過程は同じであっても、そこに働く力は全く異質なもの。 奴らにとって、自分は<門>に過ぎない。 <悪魔>には時も場所も関係なく、奴らはいつでもすぐ傍に潜んでいる。 それを現界させる為の少しの切欠。目の前の空間をトランプのように裏返す、本当に身近なのに決して不可侵な領域への干渉があればいいのだ。 他の人には出来ない。 でも自分には出来る。 だから、今こそそれをやるのだ。 その結果、この呪わしい力を彼に見られても。仲間に見られても。そして―――恐れられても。 「戦うんだ……」 キャロは自らの心に湧く様々な感情を全て黒で塗り潰し、車両内へ繋がる穴の淵に足を掛けた。 さあ―――戦って、死ね。 「戦うんだ!」 エリオを救うべく、勢いよく飛び込んだ。 ―――傍らの、フリードが。 「えっ!?」 突然の行動に呆気に取られるキャロを尻目に、竜は弾丸のように飛翔してガジェットへと襲い掛かった。 『キュァアアアッ!!』 幼さの残る甲高い鳴き声は、しかしまるで野獣のそれである。 正しく<雄叫び>を上げて飛来したフリードは、エリオを縛るアームケーブルに喰らい付いて噛み千切った。 「フ、フリード……っ」 体の痛みを堪え、自由になったエリオは幼い竜を見上げる。 普段の愛らしさを一切消し去った野生の眼光が、鋭く見下ろしていた。 そこには本能があった。戦う為の獰猛な高ぶりが。 そして、意志があった。自らの主の為、微笑む顔を見る為に戦う決意が。 「助けて、くれたの?」 『キュクルー』 エリオの問いに返された声色は普段通りのものだったが、込められている感情が剣呑なものであることは分かった。 フリードは、ただ主が悲しむのが我慢ならなかっただけだ。 その為に、この未熟でちっぽけな人間を助ける必要があるのなら―――そうしよう。彼女の痛みを和らげる為に。 それはエリオの錯覚でしかなかったのかもしれないが、もう一度見せ付けられたフリードとの差に感じた悔しさだけは本物だった。 自らへの無力感に、エリオは拳を握り締めた。 『キュァ』 自己嫌悪もいいが、足を引っ張るなよ? まるでそう言わんばかりに素っ気無く敵の方へ視線を戻したフリードを一瞥し、エリオもまた戦闘態勢を取り戻す。 数本のアームケーブルを失ったガジェットは、未だダメージらしいダメージも受けずに稼動を続けているのだ。 「フリード……」 その一方で、キャロは友といえる竜のとった行動に目を奪われていた。 フリードが取った行動は、キャロの決意を否定するものだ。 従うべき主の意思を蔑ろにして、その身を戦火に投げ出す決意をした自分を遮ったのだ。 それに対して裏切られた、などという気持ちはない。純粋な驚きと、同時に奇妙な喜びを感じる。 「……そうか」 <彼>の行動で気付かされたのだった。 決意などと言っても、結局自分は諦めていたに過ぎない。呪われた力ごと命を投げ捨てて、その結果敵を倒せればいいのだと。 その<諦め>を、フリードは否定したのだ。 「そうだよね……」 キャロ・ル・ルシエの傍らには常にフリードリヒがいることを、彼は声高に叫んだのだ。 「わたしは……一人じゃないっ」 そうだ、何を忘れていたんだ。 前に進む道しかないはずだ。その道を少しも進まないうちに、もう立ち止まることを考えてどうするんだ。 戦って、戦って、戦って―――だけど、一人で進む道じゃない。 そう言ってくれた人が、仲間が、いるじゃないか! 「フリード! エリオ君!!」 そして叫んだキャロの瞳には、全ての感情が蘇っていた。 「ルシエさん……?」 初めて自分の名前を呼ばれたような気がして、エリオは半ば呆然とキャロを見上げた。 喜びよりも驚きの方が大きい。 その隙を突いて繰り刺されるガジェットの攻撃を、慌てて避ける。 「考えがあります、こっちへ!」 『キュクルー!』 「えっ!? あ、はい……っ!」 出撃前にキャロに対して感じていた不安を吹き飛ばすような力強さに、呆気に取られそうになったエリオを尻目にフリードが主の下へ素早く戻る。 我に返ったエリオも慌ててそれに続いた。 再び足場を車両の上へと移す。 しかし、ガジェットにも移動能力が無いわけではない。すぐに追撃が来るだろう。 「ルシエさん、考えって?」 「エリオ君……」 キャロは、もう一度噛み締めるようにエリオの名を口にした。 「わたしを、信じてくれる?」 エリオの質問に答えはせず、ただ一つだけ何かを確かめるような問い。 答えなど決まっていた。 決して心を許してくれないと思っていた彼女が、自分から踏み込んでくれた―――その名前を呼ぶ声を聞いた時から。 「―――もちろんだよ、キャロ」 返事に迷いはなかった。 その言葉にキャロはほんの少しだけ嬉しそうに笑って、傍らのフリードが頷く代わりに鼻を鳴らす。 穴からガジェットのアームベルトが這い出してくるのを一瞥して、キャロはエリオに向かい手を差し出した。 その手を、迷いなく掴む。 「いくよ、フリード!」 そして二人は、小さな竜だけを伴って列車から崖下へと飛び出した。 「ライトニング4、ライトニング3と共に飛び降りました!」 司令室にオペレーターの声が悲鳴のように響いた。 山岳の絶壁に敷かれたレールを走る列車から飛び出す二人と一匹の様子がモニターされている。 「あの二人、あんな高硬度でのリカバリーなんて……っ!」 「いや、あれでええ」 突然の窮地に陥った展開を、むしろ逆に肯定したのははやてだった。 その顔に、先ほどまでの冗談交じり笑みは浮かんでいない。冷たさすら感じる不敵な微笑が代わりにあった。 『発生源から離れれば、AMFも弱くなるからね。使えるよ、フルパフォーマンスの魔法が!』 戦闘の片手間に司令室からの報告で新人達の状況も把握していたなのはが、はやての自信の根拠を補足する。 それはフェイトも同じだったが、三人に共通するのはいずれもキャロに対して感嘆と驚きを抱いていることだった。 「キャロ自身がそれを理解して飛んだんなら、相当な判断力と度胸やね」 『あの子は、元から強い子だったよ……』 フェイトの言葉が独白のように響く。 痛みを伴う力を与えられた故に、キャロは絶望しながらもそれに抗う意思の強さを身につけていた。 その心の力を全く間違った方向へ捻じ曲げいていたのが、彼女の心に巣食う<諦め>の感情だったのだ。 だが、今はどういうわけかそれが無い。 死ぬ為ではなく、生きる為にキャロは飛んだ。 『選んだんだね、信じる事を―――』 仲間を。 そして自分を。 呟くフェイトの顔は、満足そうに小さく笑っていた。 本当は、ずっと思っていた―――『守りたい』と。 「蒼穹を奔る白き閃光―――」 自分を救ってくれた人に、誰よりも憧れる気持ちがあった。 その人の持つ意思を、誰よりも尊ぶ気持ちがあった。 「我が翼となり、天を翔けよ―――」 だが、それは無理だ、と。 これまで積み上げてきた悲劇と罪。近づく者を傷つけた後悔と向けられた負の視線が、その望みを否定してきた。 神を呪ったこの<悪魔>の力で、恐れ疎んじられるこの手で、一体何を守れると? 何もかも傷つけるだけの闇の力に対して、自分の心すら守れず、いつしか諦めだけが募り……。 「来よ、我が竜フリードリヒ―――」 そして、今目が覚めた。 戦いたい。諦めたくない。戦って死ぬのなら、人としての気高さを持ったまま戦いたい。 まだ自分を信じてくれる友の為に。 まだ自分に笑いかけてくれる人達を守る為に。 自分の力で、戦いたい。 「<竜魂召喚>!!」 だから応えて、友よ―――! 小さな主の意思に応え、両腕のデバイスと竜は光と共に吼えた。 桃色の魔力光を放つ巨大なスフィアがキャロとエリオ、そしてフリードを包み込む。 膨大な魔力の奔流に指向性を持たせる魔方陣が眼下に展開され、その中で幼い竜の肉体が真の力を宿したそれへと変化する。 小さな肉体に封じ込められていた気高い竜の魂は、相応しい肉体を手にして、その大きな翼を力強く広げた。 『ギュアアアアアアッ!!』 真の咆哮が<白銀の竜>の産声となって響き渡る。 まるで新たに卵から生まれ変わるように、スフィアを内側から打ち破って、強靭な巨躯を手にした白竜<フリードリヒ>が空中に出現した。 『召喚成功!』 『フリードの意識レベル<ブルー> 完全制御状態です!』 司令室にも歓声が広がる。 しかし、キャロはその言葉を一つだけ否定した。 これは制御なんかじゃない。切欠をくれたのも、この力を望んだのも、フリードが最初だった。 この力はフリード自身が望んだもの。 そしてこの成果は、フリードが支えてくれたおかげなのだ。 「……ありがとう、わたしの友達」 力強い咆哮が、キャロの呟きに応える。 「そして、征こう! 今度はわたしがアナタに応えてみせる!!」 フリードの背に乗り、その手綱を握る手の力強さが全ての答えだった。 新しい翼をぎこちなく、しかし大胆に使い、フリードの巨体が再び戦場へ舞い戻るべく上昇を開始する。 その背に、キャロに抱きかかえられる形で乗ることを許されたエリオが一連の流れの中で呆然としていた。 目の前で展開された神秘の光景に圧倒されたのに加えて、今彼の眼を奪っているのはすぐ傍で見上げられるキャロの凛々しい顔だった。 何かを信じ、戦うことを決めた者の表情が、幼いキャロに大人びた美しさを与えている。 エリオはその美しさに見惚れていた。 「……エリオ君、大丈夫? 怪我でもしてるの?」 心此処に在らずのエリオを心配したキャロが見下ろしてくる。 エリオは慌てて首を振った。 「ち、違うよ! 全然平気! いやぁ、フリードの背は快適だなぁ!」 『ギュアキュア』 「……フリードが不機嫌そうだけど」 「……うん、分かってるよ。多分『調子に乗るな』って言ってるんだと思う」 言葉の壁を越えて意思疎通が出来るようになってしまったエリオは、フリードの意思を全く正確に表現していた。 少年と竜。一人と一匹の間で衝突する敵対の感情に気付かないキャロだけが不思議そうに首を傾げている。 「あっちは、もう大丈夫みたいね」 「うん」 車両のガジェットを全滅させ、コントロールの奪取をリインに任せたティアナとスバルが屋根の上からキャロ達の様子を見守っている。 視線を移せば、同じく列車の屋根に這い上がってくる新型ガジェットの姿があった。 上昇するフリードがそのままガジェットへ向かうのを確認して、二人はレリックの方を確保するべく移動を開始した。 「フリード、<ブラスト・レイ>!」 真の姿を手にしたフリードの口元に、覚醒前とは比較にならない程の魔力が集結し、膨大な熱量を伴って光り輝いた。 「ファイア!!」 それが炎の帯となって解き放たれる。 荒れ狂う業火はまさに怒涛の如く、大型のガジェットを丸々飲み込んだ。 しかし、全体を覆い尽くすほどの炎の波が過ぎた後には、AMFの範囲を絞ってその一撃を耐え忍んだガジェットの姿が残っていた。 僅かに飛び散る火花からダメージを確認は出来るが、それでも高出力のフィールドと、炎を受け流す曲線フォルムの機体も影響して致命傷には成り得ない。 「砲撃じゃ抜き辛いよ! ここは、ボクとストラーダが……」 『ギュアアアアアアアアッ!!』 AMFの範囲が狭まったことで戦闘力を取り戻したエリオが身を乗り出そうとして、それをフリードの咆哮が押し留めた。 それはキャロにとっても予想外だったらしく、鼓膜を通じて頭蓋骨を震わせるような雄叫びに二人は竦み上がる。 フリードの咆哮から感じた激情。それはただハッキリと―――怒り。 幼い竜は激怒していた。 敵の存在に。それを打ち倒せないと断ずる少年に。そして何より、力届かぬ自分自身に。 フリードは、キャロの未来を決定付けたあの運命の日から復讐を誓っていた。 現れた業火を纏う<悪魔>を前にして、全く歯牙にも掛けられなかった弱い自分。 脆弱な生物でしかなかった、ちっぽけな自分。 そして何より、強大な<悪魔>を前にして恐怖していた自分―――! あの時吼えたのは、主を守る為の行為だったか? ―――違う。 ただ自分は無茶苦茶に泣き喚いてただけ。 ヴォルテールという、竜としての高みにいる存在を殺して見せた化け物を前に、闘争心も忠誠心も消え失せて闇雲に叫び散らしていたのだ。 そして、目の前の<悪魔>に牙一つ突き立てられず、主であり友である少女に呪いが掛けられるのを見ているだけだった自分。 その愚かで卑小だった自分を殺す為に、フリードは絶対の復讐を誓ったのだ。 そして今。 真の姿と力を取り戻してなお今、力及ばぬ状況に成り下がっている。 フリードはそれが許せなかった。 言葉が話せるのならば喚き散らしていた。 ―――ふざけるな。何の為に月日を重ねたのだ? 自らの力に傷つけられる主を傍らで見続けながら、心に積み重ねてきた無念を晴らす瞬間が、この程度だというのか!? ふざけるなっ! 『グゥァアアアアアアアアアア――――ッ!!』 フリードは自身への怒りで吼えた。 一匹の獣としての雄叫び。眼下の森林にまで響き渡ったそれを聞いた動物達が、本能的に逃げ去ったのを誰も知らない。 彼らは察したのだ。 今、この地上で最強の生物が怒ったのだということを。 そして、その怒りを向けられた対象に心から同情した。 「フリード……!」 「もう一度、やる気か!?」 今度はキャロの命令ではなく、自らの意思でフリードが魔力を集束し始めた。 放出する魔力量は全く変わらない。むしろキャロの使役に逆らった無理な力は、先ほどのそれより僅かに減少すらしている。 しかし、その集束率だけは桁違いにまで上がっていた。 眼前で球状に練り上げられていく炎の魔力。だが大きさは半分にまで圧縮されている。 内側で荒れ狂う業火を現すように熱の塊が脈動した。 目指すのは、かつて高みであったヴォルテールすら超える炎。あの火炎の悪魔さえ焼き尽くせる業火だ。 「それ以上抑えたら暴発する! フリード、放って!」 キャロが悲鳴に近い声で叫ぶ。 そしてフリードの望むままに暴走寸前にまで圧縮された炎の魔力は、ついに再び解き放たれた。 ガジェットに向かって同じように放射される火炎。 しかし、その様相はもはや完全に別物となっている。 空中への僅かな拡散すらなく束ねられた熱量は、もはや炎というよりも巨大な熱線と化してレーザーのように空気を焦がした。 一本の赤い線がガジェットの装甲を舐めるように走り抜け、AMFどころか装甲すらも容易く貫通して機体を真っ二つに『切断』する。 真赤に灼熱する切断面だけを残して、二つに分けられたガジェットはついに沈黙したのだった。 「やったぁ!」 耳元で聞こえたキャロの歓声は、普段の静けさを忘れるような、純粋で年相応な喜びを表現していた。 視線の先にある完全に機能を停止したガジェットと、すぐ傍にある少女の笑み。それらがこの竜が成した結果だと悟って、エリオは苦笑するしかなかった。 「今回は負けだよ、ボクの……」 何が勝ち負けなのか、それはエリオとフリードの種族を越えた男同士の間でしか分からない意思の疎通だった。 スバルとティアナのチームからレリックを確保したという報告も入り、二度目の安堵を二人は感じる。 ここに、四人のルーキー達の初の任務が終結したのだった。 「車両内及び上空のガジェット反応、全て消滅!」 「スターズF、レリックを無事確保!」 緊張感に満ちていた司令室に次々と朗報が飛び交った。オペレーターの声も知らず安堵が滲んでいる。 サーチャーが車両内に転がるガジェットの残骸と、レリックの入った防護ケースを抱えるスバル達の姿を映していた。 なのはとフェイトが敵影の無くなった上空で合流している様子も見える。 敵は全滅した。戦いは終わったのだ。 「機動六課の初陣……何とか無事成し遂げたようですね。ボス」 「今が、<選択>の時や―――」 「いや、無理に難しい返事しなくていいですから」 口元で手を組んだお気に入りの姿勢で低く呟くはやてを、早くも対応に慣れ始めたグリフィスが冷ややかにツッコんだ。 冗談交じりのやりとりを許せる空気になったことが、何よりも任務の成功を表している。 演技染みた表情を解き、緩んだ笑みを浮かべながらはやてが見上げると、似たような表情のグリフィスが頷いて返した。 「列車が止まったらスターズの三人とリインはヘリで回収してもらって、そのまま中央までレリックの護送をお願いしようかな」 「ライトニングはどうします?」 「現場待機。現地の職員に事後処理の引継ぎをしてもらおうか」 「ですが、ライトニング3と4は車両に戻っています。竜召喚で予想以上に力を使い果たしたようですね」 「あらら。まあ、気張ったからしゃあないか。ほんなら同じくヘリで回収して―――」 的確に指示を出し続けていたはやては、モニターに映る違和感を察知して口を噤んだ。 新たな敵影を見つけたワケではない。 モニターに映るのは、未だ走り続けるリニアレールだけだ。 そう、コントロールを取り戻したはずの車両が、まだ走っている―――。 「……リイン曹長の様子は? 何で報告がないんや」 その問いに答えようとする誰よりも早く、突如鳴り響いたレッドアラートが緊急事態を知らせた。 「どうした、敵の増援か!?」 動揺を露わにしながらも、一番早く行動したのはグリフィスだった。 アラートと同時に乱れ始めたモニターの異常を見据えながら、状況の確認を急ぐ。 「しゃ、車両内及び上空に<何か>が出現しました! ガジェットではありません!」 「<何か>だと!? 報告は明確に行え!」 「特定できません! 記録にない魔力波です! まるで次元震のよう……っ!」 「馬鹿な! 作戦領域一帯が吹っ飛ぶとでも言うのか!?」 「感知される魔力量はそこまでのものではありません! ですが、複数出現しています!」 「サーチャーに異常! 現場、モニターできません!」 嵐のように入り乱れる報告は更なる混乱を呼ぶだけで、どれも要領を得るものでなかった。 任務達成の安堵感に満ちていた司令室が、一瞬で混沌の坩堝と化す。 「―――シャマルを呼べ。サーチャーを経由して観測魔法で状況をモニターするんや」 その混乱の中で、はやての落ち着き払った命令だけが何故かハッキリと全員の耳に届いた。 「通信の復帰は後回しでええ。私が念話を繋げてみる」 慌てて行動を開始するオペレーターの様子を一瞥し、更に指示を重ねていく。 はやてへの尊敬の念だけでなんとか平静を保っているグリフィスが、その猶予の間に素早く思考を整理した。 「……かなり長距離ですが、可能ですか?」 「新人は無理やけど、なのは隊長かフェイト隊長には波長を合わせ慣れてる。なんとか繋がるやろ。 それより、私の呼びかけにもリインが応えん。車両の状況を少しでも把握するんや。謎の敵以外にも何か問題が起こってる」 「了解。情報収集を急がせます」 落ち着きを取り戻したグリフィスの返答に頷き、はやては目を閉じて精神集中へと没頭した。 今この場ではやて以上に魔法技術に優れた魔導師はいない。 瞑想に近い意識の奥への潜行を経て、はやてはなのはと念話を繋げることに成功する。 これだけ長距離の念話は初めてだ。指揮官としての訓練の一貫として、念話の技術を鍛えていたのが幸いした。 『―――<なのは> 聞こえるか?』 『念話? よく通じたね』 振動するように聞き取りにくい声だが、はやてとなのはは互いの言葉をしっかりと捉えていた。 はやてがなのはを呼び捨てにすることが何を意味するのか、理解もしていた。 切迫した状況でありながらそれを打開する意思とその為の仲間への信頼を抱く時、はやてはいつも自分をただの友ではなく戦友として扱う。 なのはは念話越しでは見えない笑みを浮かべた。 『モニター出来ん。簡潔に状況を報告して。敵か?』 『たぶんね、友好的には見えないよ』 どうやら突如出現した謎の存在と対峙しているらしいなのはが答える。 『どんな<敵>や?』 多くの疑問を控えて、はやては単純にそれだけを尋ねる。 彼女の脳裏には、この事態に当て嵌まる事例が一つだけ思い浮かんでいた。 何もかも分からない状況だからこそ当て嵌まる―――今、管理局でも問題視されている謎の襲撃事件のことだ。 そして、それを裏付けるような返事が返ってくる。 『―――死神、かな?』 冗談染みた言葉を告げるなのはの声は、同時に薄ら寒くなるような真実味を帯びていた。 手袋の内側で、疼くような痛みと共にじんわりと熱い何かが滲んでくるのをフェイトは感じた。 3年前に刻まれた傷が、今また涙のように血を流している。 握り締めた右手の中の鈍痛を表情には出さず、静寂の広がる周囲の空を見回す。 この空を支配していたガジェットを一掃し、無粋な物のなくなった広々とした空間に浮かんでいるのはフェイト自身と相棒のなのはだけのハズだ。 「―――なのは、来るよ」 何が来るのか、どうなるのか、それは分からない。 だが分からなくとも、それが危険であることだけは理解出来た。フェイトはそう断じていた。 全ては異形の刻んだ右手の傷が教えている。 そして、ソレは来た。 《HAHAHAHAHAHAHA……》 不意に吹き抜けた冷たい風が、二人の魔導師の持つ歴戦の勘を身震いするほどに撫で付けた。 《HAHAHAHAHAHAHA……!》 初めは風の音かと思ったが、一瞬の悪寒が過ぎた後にそれは不気味なほどハッキリと聞こえた。 笑い声だった。 人影はもちろん鳥の姿すらない高度に、男とも女ともつかない奇怪な笑い声が響いていた。 一つであった声はいつの間にか二つに、そして三つに。互いが反響し合うようにどんどん増えていく。 「……死神、かな?」 はやてと念話が繋がったらしいなのはが、冗談交じりに笑って呟くのを、背中越しにフェイトは聞いた。 しかし、その額には冷たい汗が滲み出ている。 ―――いつの間にか背中合わせになったフェイトとなのはを囲むように出現したのは、冗談でもなくまさに<死神>としか形容できない者達だった。 薄気味悪い仮面と枯れ木のような腕。風の吹くまま揺れるボロ布のようなローブから伸びる下半身は無い。まるで幽鬼そのものだ。 黒い布が風に巻かれて漂っているようにしか見えない姿のせいか、ソイツらは警戒する二人の視界の隅から不意打つように突然現れた。 筋肉など削げ落ちた両腕に持つ巨大な鎌だけが異様なまでに人目を惹く。 実に分かりやすく闇の存在であることを体現し、<死神>の群れは狂ったに笑いながら空に浮かんでいた。 「話は通じそうにないね」 「敵だよ」 ホラー映画のワンシーンが現実となっている光景に戦慄するなのはに対して、フェイトはただ端的に断言した。 二人に共通して既視感を感じていた。 なのはは心の奥から滲み出る恐怖と、それを何時か―――炎の中で感じたことがあるような感覚を。 フェイトは右手の傷が蘇らせる記憶の中で、一人の少女の人生を狂わせた忌むべき化け物と同じ存在に対する明確な敵意を。 それぞれが感じ、そして確信した。 こいつらは紛れも無く<敵>だ。 『スターズ1、ライトニング1と共にアンノウンとの交戦に入ります』 もはや戦いは避けられないことを、恐怖とそれを凌駕する敵意から確信したなのはが報告する。 『交戦は避けられん事態か?』 『フェイトちゃんが珍しくやる気なの』 バルディッシュを構え、珍しい怒りの形相を静かに浮かべているフェイトを一瞥してなのはははやてに告げた。 加えて、周囲を漂う<死神>の数は20を超えている。すでに包囲網と化していた。 『それに、どちらにしろ逃がしてくれそうにはないよ』 『未だに列車内の状況は分からんけど、事態について少し把握出来た。知らせる事が二つある』 『まず、良い知らせから聞きたいな』 『あいにくやけど悪い知らせだけや』 答えるはやての言葉は、性質の悪いジョークのように聞こえた。 念話越しにも肩を竦める仕草が見て取れる。 『列車が止まらん。むしろ加速しとる―――』 そして、告げられた情報はまったくもって性質が悪いとしか言いようが無いものだった。 少しずつ間合いを詰めて来る<死神>の動きとは別の要因で、なのはの表情が歪む。 『既に速度は通常運行の倍まで上がった。終着の施設までの所要時間も半分に短縮、このままのスピードで突っ込めば車両は建物を破壊して月まで飛んでく』 『車両内の皆は大丈夫なの?』 『それが二つ目の悪い知らせや。 そっちに何が出たのか分からんけど、似たような反応が車両内にも複数出現した。ライン繋がっとるはずのリインからも応答が無い』 『分かった、こっちから念話してみる』 湧き上がった焦燥感を押さえ込み、なのはは周囲への警戒を怠らずに部下達の身も案じた。 未だ周囲に響く<死神>の哄笑。 狂ったように繰り返される壊れたラジオのノイズのようなそれを聞いていると、こっちの頭までおかしくなりそうになる。 目の前の存在が秘めた力よりも、その異常性と先ほどから消えない人として根源的な恐怖感がなのはを不安にさせた。 ティアナやスバル達を信頼はしている。 しかし、こんな奴らが彼女達の目の前にも現れていると思うと、焦りは消えない。 『―――任務続行、やで』 すぐさま念話を繋げようとするなのはを、はやての厳しい声が遮った。 一瞬だけ動揺で思考が止まり、息を呑む。 「……うん、分かってる」 元からそのつもりだった。 高町なのはは四人の教導官である以前に管理局員なのだ。そして、四人自身も。 皆が覚悟を持ってここにいる。 しかし、頭で理解していても釘を刺された瞬間に心と体が震えたことは隠せない。 それきり切られたはやてとの念話の後、一呼吸だけ間を置いてなのははリーダーのティアナへ念話を繋げた。 周囲を漂う無数の<死神>の群れは、獲物を逃がすまいと包囲の輪を縮めている。 少しずつ。 しかし、確実に。 「な、何が起こったの……!?」 突然の事態に、スバルは動揺していた。 レリックを無事確保して全身の緊張が抜ける中、車両の外へ出ようと屋根に空いた穴に手を伸ばした時、それを遮られたのだ。 唐突に発生した赤い障壁―――結界にも似た魔力壁が車両の中と外を完全に隔てている。 物理的なものではないが、肉眼でも確認出来るほどはっきりとした壁だ。 その表面は生物のように蠢いて、不気味な生気すら感じられる。 「スバルさん、どうしたんですか!?」 壁越しにもエリオの声はしっかりと通じている。 スバルが思わずその壁に向かって手を伸ばそうとして―――ティアナに強い力で引っ張り戻された。 「ソレに近づくな! エリオ、下がりなさい!!」 警告を発した声はスバル達には分からない危機感に満ちていた。 その声に反応するより早く、外ではキャロがエリオを壁の近くから引き離す。 二人が離れるのと同時だった。 結界から壁と同じ血のように赤い腕が亡霊のように生え出たかと思うと、つい先ほどまでスバルやエリオのいた位置の空気を掴み取って消えていった。 眼前で起こった一瞬の光景に、二人は中と外で同じように目を見開き、硬直している。 あのまま近づいていたら、どうなっていたか。 あの腕に捕らえられた後の展開をそれぞれが想像して青褪めた。 「何、この壁……?」 その壁自体が生き物のように錯覚する異常性に、スバルはようやく恐怖を感じ始めた。 何かがおかしい。何がおかしいのかは分からないが、漠然と本能が告げている。 この列車は、たった今<異界>となった。 「結界……分断されたか」 「ティア……」 「エリオ、キャロ! 見ての通りよ、その壁には近づかないようにしなさい」 「ティア、何かおかしいよ!」 「黙って。高町隊長からの念話よ」 得体の知れない不安に怯えるスバルとは対照的に、ティアナの様子は普段と全く変わりなかった。 そんな相棒の突き放すような冷めた態度に、スバルは別の不安とそれ以上の頼もしさを感じて、少しだけ落ち着く。 この異常の中で平静であることが『逆に異常である』ということには気付かず。 「―――はい、車両内の移動に問題はありません。……了解、現場に向かいます」 ただレリックを守るように抱えて待つしかないスバルを尻目に、ティアナは念話越しに情報を交わして指示を受け取っていた。 念話を切ったティアナが、ようやく視線をスバルに戻す。 「緊急事態よ。車両のコントロールがまだ戻ってない、このままだと終着の施設へ全速力で突っ込む」 「まだガジェットが残ってたの?」 「謎の襲撃よ。隊長達を襲ってるアンノウンがこの車両にも出現した可能性があるわ」 予想だにしない謎の敵の存在を知り、スバルの不安はいよいよ大きくなった。 しかし事態は、そして相棒のティアナは、そんな彼女の動揺が落ち着く猶予を与えてはくれなかった。 「先端車両に戻って、リイン曹長の安否を確認。その後、車両停止を目的として行動する。行くわよ!」 「あ、待って!」 「エリオ、キャロはその場で待機! 出来るなら回収してもらいなさい!」 指示もそこそこにティアナは踵を返して車両内を走り出していた。慌ててスバルが続く。 「キャロ達、置いてきてよかったの!?」 「二人は消耗しすぎたわ。キャロの状態もこれ以上は危険だと私が判断した」 「じゃなくて! あの結界を誰が張ったのかも分からないし……!」 「今はこれ以上気に掛けてられないわ。それにレリックを抱えてるこっちが危険なんだから、油断しないでおきなさい」 振り返らず、走りながらティアナが事務的に答えた。 謎の敵が現れる可能性があるということで、道中で襲撃を覚悟していたが、二人の走り抜ける通路にあるのは戦闘の跡とガジェットの残骸だけだった。 激しくなる列車の振動が、文字通り加速する異常事態を静かに告げている。 車両と車両を飛ぶように走り渡り、先端車両の入り口まで障害無く駆けつけると、ティアナは殴りつけるようにドアの開閉装置を押した。 意外にも、ドアは抵抗無く開く。 レリックのせいで片腕が塞がっているスバルを脇に控えさせて、操作機器の集中する内部を覗き込んだ。 「―――ッ、曹長!?」 ティアナはその光景に息を呑んだ。 コントロールパネルの前で浮遊しているリインを、奇怪な蟲が襲っている。 「な、何アレ!?」 驚愕するスバルの疑問に、さすがのティアナも答えることは出来なかった。 <蟲>と表現するのが最も近いのかもしれないが、実際にあんな種類の昆虫が存在するとは思えない。 六本の脚を広げれば人間の上半身を丸ごと覆ってしまいそうな蟲としては異常な大きさと、甲殻ではない皮膚のような肉感のある外面を持っている。 ソイツがどういう存在なのかは分からない。 しかし、生理的な嫌悪感を感じさせる外見で、リインを飲み込まんばかりに覆い被さる姿は無条件で敵と認識できるものだった。 「やっぱり、<お前ら>か……っ!」 スバルよりも遥かに早く動揺から抜け出したティアナがアンカーガンを向ける。 照準の先に見える標的を睨み据え、しかし舌打ちして襲撃を断念した。 リインと蟲との距離が近すぎる。 目も口も無い体で、一体どういう襲い方をしようというのかは分からないが、六本の脚で小さなリインを丸ごと包み込もうと密着している状態だ。 リイン自身はそれを魔力障壁で必死に押し返している。 小さな上司に襲い掛かる汚らわしい敵を、ティアナは嫌悪感以外の感情で憎悪した。 ティアナだけが理解している。この蟲は<悪魔>の一種だ。 そして、ただそれだけの事実がティアナにとって重要だった。 この私の目の前で、<悪魔>が蠢き、自分に近しい者を襲っている―――その事実だけで、もう全てが許せない。 「この蟲野郎ッ!」 訓練でも実戦でも、常に冷静冷徹であり続けたティアナが、明らかな憎しみを込めて敵に攻撃を行った。 不気味な外見を恐れもせず、その場に駆け寄ってデバイスの台尻で殴り払う。 肉の潰れる嫌な感触と共に、蟲はリインから引き剥がされた。 しかし。 「まだだよ、ティア! くっついてる!!」 叫ぶスバルの声は、もうほとんど悲鳴だった。 殴り飛ばしたと思った蟲は、素早く脚を絡めてアンカーガンに取り付いていた。 「この……っ!」 腕から全身へ走り抜ける嫌悪感と危機感と共に、ティアナは慌ててデバイスを投げ捨てた。 意外にもあっさりと蟲は手から離れ、デバイスに絡みついたまま床を転がる。 最悪腕を切り落とす悲壮な覚悟すらしていたティアナは思わず安堵した。 そして、すぐに後悔した。 起き上がった蟲がティアナに向かって『魔力弾』を撃ってきたのだ。 「クソッ!」 状況を理解するより早く体が動き、力無く倒れるリインを抱えて転がるように避ける。 這うような姿勢でもう一度敵を見据えれば、やはり信じがたい姿が眼に映った。 ティアナに向かって魔力弾を撃ったのは蟲が持つ能力ではない。つい先ほどまでは無かった無機質な銃身が蟲の体から突き出して照準を定めている。 その銃身は見覚えがあった。 いや、間違いなくそれはアンカーガンの銃身そのものだった。 蟲は、アンカーガンと半ば融合するような奇怪な姿へと変貌して、更にそのデバイスの能力で魔力弾を放っているのだ。 「まさか、カートリッジの魔力を!?」 さすがに驚愕を隠せないティアナの動揺を突いて、再び魔力が集束する。 しかし、それが放たれるより早く。 「このぉぉおおっ!!」 半ば恐慌状態のスバルが反射的に放ったリボルバーシュートが横合いから蟲を殴りつけた。 吹き飛んだ蟲は今度こそ空中でバラバラになり、肉片が床にばら撒かれる前に消滅して、同時に破壊されたアンカーガンの破片だけが散らばる。 幻のように消えた敵の姿に目を剥きながら、スバルは荒い呼吸を繰り返した。 「……ティ、ティア」 「スバル、後ろ!!」 敵を倒した安堵感よりもその得体の知れなさに恐怖を感じていたスバルは、ティアナの突然の叱責に一瞬反応できない。 次の瞬間、倒した蟲とは別の一匹が背後から襲い掛かった。 「う、うわぁああああっ!!?」 背中にへばり付いた蟲の感触に、スバルはパニックに陥る。 「ベルトを外すのよ!」 錯乱して事態が悪化する前に、今度はティアナがスバルを救った。 スバルに残った理性が行動に移すより早く、ティアナが自ら言葉の通りに動く。 胸元の留め具を素早く外して、スバルの体を引き寄せながら、背負っていたケースごと蟲を蹴り飛ばした。 距離を離し、蟲がこちらよりもケースの方に興味を持ったらしいことを確認すると、二人してようやく一息つく。 「……ごめん、ティア」 リインの時と同じように、ケースに取り付いてその中身を探ろうとする蟲の動きを見ながら、スバルが気まずげに呟いた。 あの蟲の生態が理解出来た以上、これから何をしようとするのかも予想出来る。 「まさか、デバイスを乗っ取るなんてね。多分リイン曹長も取り込もうとしてたんでしょう」 腕の中で気絶したリインを一瞥して、ティアナは舌打ちした。 あの蟲にとって予想外だったのは、物言わぬデバイスとは違い、管制人格たるリインが抵抗出来た事だろう。 おそらく車両のコントロールをガジェットに代わって奪ったのもあの蟲と同種のものだ。どうやら無機物に寄生する能力があるらしい。 何処に潜んでいるのかは分からないが、おそらく複数。それらを駆逐して車両を止めるのは骨が折れそうだ。 そうしてティアナが既に作戦の修正を行っている間、スバルは悲痛な表情でついにケースを抉じ開けられる様を見ていた。 「わたしのせいで、ティアのデバイスが……」 「バカ、あんたと引き換えにするような物じゃないわよ」 自分を責めるスバルに、ティアナは普段通り素っ気無く言った。 本当に、別段気にはしていないのだ。製作者のシャリオには悪いが執着するような物ではない。 それよりも乗っ取られた後が厄介だ。新型の性能が、どう裏目に出るか分からない。 「スバル、今のうちにデバイスごとあの蟲を……」 『破壊して』―――その台詞は、突然遮られた。 他ならぬ<クロスミラージュ>自身の意思によって。 《Error!》 拒絶するように発せられた電子音声の後で、デバイス自体が発生させた障壁によって蟲が弾き飛ばされた。 それは、明らかに抵抗だった。 ティアナとスバル、そしておそらく蟲自身も驚愕する中、<クロスミラージュ>の意思が語りかける。 《Get me―――》 ただ一人、自分が認めた持ち主に向かって。 《My master!!》 「―――スバル! お願いっ!!」 その無機質な声はティアナの心と体を突き動かした。 リインをスバルに預け、自らはクロスミラージュの元へと向かう。しかし、再び動き出した蟲が全く同じ行動を取っていた。 ティアナの瞬発力の方が明らかに上回っているが、距離的にはあちらの方が断然近い。 咄嗟に、残っていたアンカーガンを蟲の進路上に投げつけた。 狙い撃つことも不可能ではなかったが、何故か手放してしまった。自分の行動を頭では理解できないが、心は既に知っている。 その瞬間、ティアナは選んだのだ。自分を呼ぶ新しい相棒を。 「<クロスミラージュ>……!」 より容易く寄生出来るデバイスの方へ意識を移した蟲を尻目に、ティアナは真っ直ぐにクロスミラージュへと手を伸ばす。 アンカーガンに蟲が取り憑くのと、ティアナがクロスミラージュを掴むのは同時だった。 「セット・アップ!!」 発せられたキーワードにより、デバイスが起動する。 握り締めたグリップから生命の脈動が伝わり、銃身から息吹が聞こえた。 閃光を伴ってティアナのバリアジャケットが新たに再構成される。性能や細部のデザインは新型のそれへ。 真の意味でティアナのデバイス<クロスミラージュ>が誕生する瞬間だ。 その光景を打ち壊すべく、アンカーガンを完全に乗っ取った蟲が魔力弾を発射した。 装填されていたカートリッジの魔力を集中した一撃は先ほどの比ではない。 弾丸は一直線にティアナへと襲い掛かり―――。 「Eat this(こいつを喰らえ)」 クロスミラージュの銃口から放たれた魔力弾がそれを貫いて、そのまま蟲の肉体を粉々に吹き飛ばした。 《―――BINGO》 加熱した銃身からまるで紫煙のように煙を吐き出して、クロスミラージュが言い捨てた。 咄嗟に撃った魔力弾の、予想以上の威力に軽く驚き、ティアナは改めて新しいデバイスを見つめる。 魔法の発動速度に集束率、その負担の軽減まで、全てが既存のデバイスを凌駕していた。 「……なるほど、言うだけあってサポートは完璧ね」 《Yes. Was it unnecessary?(はい。不要でしたか?)》 「いいえ、ゴキゲンだわ」 《Thank you》 小気味良い返事を聞きいて満足げに笑った後、ティアナはもう一度視線を消滅した敵の跡へ向けた。 そこに残されたのは、バラバラになったデバイスの残骸だけだ。 感傷に浸るほど状況に猶予は無く、自分で感受性の強い方だと思ってはいないが、それでも胸に去来するものはあった。 あのデバイスで今日まで戦い続けてきた。 敵を倒し、挫折感も達成感も経験して、そして大切なこともあれを通じて教えられたのだ。 「…………さよなら、相棒」 囁くように別れを告げる。 未だ続く任務の最中で、その僅かな時間だけは許された。 「―――OK、それじゃあ<相棒> 早速だけど働いてもらうわよ? 弾が真っ直ぐに飛ばなかったら、溶かしてトイレの金具にするわ」 《All right, my master》 わずかな感傷の後に、普段通りのティアナ=ランスターが戻ってくる。 開いた眼には<悪魔>すら恐れぬ戦意が漲り、口元には兄貴分譲りの不敵な笑み。 どんな状況でも笑い飛ばす、それがクールなスタイル。 両手にクロスミラージュを携え、仁王立ちするティアナの背後でスバルの息を呑む音が聞こえた。 再び<敵>が現れる。 あの蟲が、今度は群れを成して車両の天井や壁から滲み出るように現れ始めたのだ。 この世の法則を無視したそれは、まるで悪夢のような光景だった。 しかしその中でただ一つ、失われない光がある。 「イカれたパーティーの始まりってわけね」 闇への恐怖を人間としての怒りで圧倒した少女は、悪夢を前にして怯みはしなかった。 両手の中で銃身が華麗に踊り、ピタリと止まった瞬間に胸の前で腕を交差させる。 今から撮影に臨むトップモデルのように、一分の隙もない、完璧に決まったポーズ。 醜悪な蟲の湧き出る地獄のような光景の中で、その陰鬱さを全て吹き飛ばす破壊的な美しさをハンターとなった少女は放っていた。 《―――Let s Rock!》 そして、新たな銃火と共に、ティアナは<悪魔>との戦闘を開始した。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・インフェスタント(DMC2に登場) 力だけが全てを支配する悪魔の世界において、何も強い奴だけが生き残れるわけじゃない。その代表格がこの寄生生物だ。 文字通り、こいつは生物や悪魔はもちろん、機械みたいな無機物とも融合して自在に操る能力を持ってる。 特に自我を持たず、時代の進化によって強力になりつつある近代兵器なんかは、こいつらにとって格好の寄生対象になるわけだ。 戦車に戦闘機にデバイス、どれも乗っ取られれば凶悪な化け物へ変わる代物ばかりだ。 加えて、ただ宿主を使い潰すだけじゃなく、複数で取り憑ついてその性能や耐久力を底上げしちまうってあたりが厄介極まりないぜ。 他人の威を借りる寄生生物だけあって、それ単体ではノロマな虫けらに過ぎないからな。調子付く前に手早く害虫駆除といこうぜ。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/a_nanoha/pages/59.html
ステキな朝を二人のママと―― ヴィヴィオ【朝のジョギングは日課です】 ヴィヴィオ「ゴールッ!」「ママ、ただいま!」 なのは「おかえりー(ハートマーク)」 ヴィヴィオ【今週はフェイトママもお休みで毎日楽しいし 高町ヴィヴィオ今日も絶好調です!】 魔法少女リリカルなのはViVid Memory;08☆「ブランニューステージ」 新しい物語――私たちから始まります リリカル マジカル がんばります ヴィヴィオ「じゃあ、フェイトママ」 なのは「いってきます」 フェイト「いってらっしゃい」 なのは「そういえばヴィヴィオ、新しいお友達、アインハルトちゃんだっけ?ママにも紹介してよ」 ヴィヴィオ「んー、お友達っていうか先輩だからねー」「もっとお話ししたいんだけど、なかなか難しくて」 ヴィヴィオ【そう 出会ったのは少し年上の女の子】 ヴィヴィオ「あ…!」「アインアハルトさん!」 アインハルト「はい」 ヴィヴィオ「ごきげんよう、アインハルトさん!」 アインハルト「ごきげんよう、ヴィヴィオさん」 ヴィヴィオ【中等科の1年生アインハルト・ストラトスさん アインハルトさんは凄く強い格闘技者で 真正古流ベルカの格闘武術覇王流(カイザーアーツ)の後継者 それからベルカ諸王時代の王様 覇王イングヴァルト陛下の正当な子孫 私もこないだ試合をさせてもらったけどまだまだ全然かなわなくって できれば今よりもっと仲良くなって 一緒に練習したりお話したりしたいけど… アインハルト「――ヴィヴィオさんあなたの校舎はあちらでは」 ヴィヴィオ「あ、そ、そうでしたっ!」 アインハルト「それでは」 ヴィヴィオ「あ」「ありがとうございます、アインハルトさん」 ヴィヴィオ【なかなかうまくいかなかったり】 アインハルト「――遅刻しないように」「気を付けてくださいね」 ヴィヴィオ「はいっ!」「気をつけますッ!!」 ヴィヴィオ【なにげない一言が嬉しかったり そんな一喜一憂の日々だけど 今はもうなくなってしまった旧ベルカの出身同士 『強くなりたい』格闘技者同士 触れあえる時はきっとあるから】 リオ「……て言うかー」「今日も試験だよ―!大変だよ―!」 ヴィヴィオ「そうなんだよね~~!!」 ヴィヴィオ【初等かも中等科もただいま一学期前期試験の真っ最中です】 リオ「でも試験が終われば、土日とあわせて4日間の試験休み!」 コロナ「うん!楽しい旅行が待ってるよー」 ヴィヴィオ「宿泊先も遊び場ももう準備万端だって!」 リオ・コロナ「おおー!」 ヴィヴィオ【今回のお休みはママ達の引率でみんな一緒に異世界旅行!】 リオ「よーし、じゃあ楽しい試験休みを笑顔で迎える為にッ!」 コロナ「目指せ100点満点!」 「お―――――っ!」 同時刻 高町家 フェイト「エリオ、キャロ、そっちはどう?」 エリオ[はい、さっき無事に引き継ぎが終わりました] キャロ「予定通り、週末からお休みです!」 フェイト「そう、よかった!」 なのは[じゃあ、予定通りにみんなで行ける] [春の大自然旅行ツアー&(アーンド)ルーテシアも一緒にみんなでオフトレーニング!] 同時刻 ナカジマ家 ウェンディ「みんなで旅行、あたしも行きたいッス~~!」「ノーヴェとスバルだけってずるいッス~~!」 ノーヴェ「あー、うるせーな」「あたしらだって別に遊びで行くわけじゃねー。スバルはオフトレだし、あたしはチビ達の引率だ」 ディエチ「とかいって。通販で水着とか川遊びセットを買ってるのをおねーちゃんが知らないとでも?」 チンク「なんだ、そうなのか」 ノーヴェ「!!!」「おまえ、ヒトのものを勝手にッ!」 ディエチ「いや発送データに中身書いてあるし」「まあ、いいじゃないノーヴェはバイトも救助隊の研修も頑張ってるんだし」 チンク「まったくだ」 ノーヴェ「だから遊びじゃねーって」 ウェンディ「いいな~いいなぁ~ッス~」 チンク「そういえば、あの子……アインアハルトも一緒か?」 ノーヴェ「そのつもり、これから誘うんだけどね」 アインハルト「合宿…ですか?」「すまみません。私は練習がありますので」 ノーヴェ[だからその練習のために行くんだって]「あたしや姉貴もいるし、ヴィヴィオも来る。練習相手には事欠かねー」 [しかも魔道師ランクAAからオーバーSのトレーニングも見られる] アインハルト「はい…」 ノーヴェ「ついでに歴史に詳しくておまえの祖国のレアな伝記本とか持ってるお嬢もいる。まあたったの4日だ、 だまされたと思ってきてみろ」 「つまんなかったら、走り込むなり一人で練習するなりしてていいんだし」 アインハルト「あの……」 ノーヴェ[いいから来い!絶対いい経験になる!]「あとで詳しいことメールすっから、とりあえず今日の試験がんばれな」 アインハルト[…はい……] ディエチ「ノーヴェのああいう強引さってつくづくスバルと姉妹だよねえ」 チンク「ああ…そうだな」 ウェンディ「うう、あたしも行きたかったっス~」「バイトが~~」 で、そんなこんなで試験期間も無事に終了 なのは「試験終了お疲れさま」 フェイト「みんなどうだった?」 リオ「花丸評価いただきました!」 ヴィヴィオ「三人そろって」 コロナ「優等生ですッ!」 成績表(注:手に持ってる大きめの長方形のカードに印刷されてます) リオ S(3/235) 90・85・88・98・91 ヴィヴィオ A(22/235) 97・100・100・92・90 コロナ B(87/235) 100・100・100・100・100 なのは「わー。みんなすごいすごーいっ」 フェイト「これならもう堂々とおでかけできるね!」 リオ「あははー」 なのは「じゃあ。リオちゃんとコロナちゃんはいったんおうちに戻って準備しないとね」 リオ・コロナ「はいっ」 レイジングハート「Good job」 ヴィヴィオ「ありがとレイジングハート」 フェイト「おうちの方にもご挨拶したいから車出すね」 ヴィヴィオ「あ、じゃあ準備すませてわたしも行く!」 なのは「あー、ヴィヴィオは待ってて、お客様が来るから」 ヴィヴィオ「おきゃくさま?」 レイジングハート「It seems to have come.(いらっしゃったようです)」 アインハルト「こんにちは」 ヴィヴィオ「アインハルトさん!?…とノーヴェ!」 アインハルト「異世界での訓練合宿とのことでノーヴェさんにお誘い頂きました」「同行させて頂いても宜しいでしょうか?」 ヴィヴィオ「はいッッ!」「もー全力で大歓迎ですッ!」 フェイト「ほらヴィヴィオ上がってもらって」 ヴィヴィオ「あ、うん」「アインハルトさんどーぞ!」 アインハルト「お邪魔します」 フェイト「あの子が同行するって教えなかったの正解だね、ノーヴェ」 ノーヴェ「はい、予想以上に」 リオ・コロナ「こんにちはー」 ヴィヴィオ「はい」 なのは「はじめまして…アインハルトちゃん」「ヴィヴィオの母です。娘がいつもお世話になっています」 アインハルト「いえ…あの、こちらこそ」 なのは「格闘技強いんだよね?凄いねぇ」 アインハルト「は…はい……」 ヴィヴィオ「ちょ、ママ!アインハルトさん物静かな方だから!」 なのは「えー?」 フェイト「さて…ここから出発するメンバーはみんなそろったし。途中で2人の家によってそのまま出かけちゃおうか」 「はぁ―――い!」 コロナ「あ、ヴィヴィオ着替え着替え!」 ヴィヴィオ「あーそうだ!クリス手伝ってッ!」 リオ「賑やかになりそうですねー」 ノーヴェ「ああ」 リオ「そういえばスバルさんたちは別行動なんですか?」 ノーヴェ「スバルは次元港で待ち合わせ。ちょうど仕事終えてるころじゃねーかな」 湾岸警備隊 宿舎 同 特別救助隊オフィス スバル「それでは司令!」「スバルナカジマ防災士長」「本日只今より4日間の訓練休暇に入ります!」 ヴォルツ「おう頑張ってこいや。今回の訓練は例の執務官殿も一緒だったか」 スバル「はい、ランスター執務官と一緒にいろいろ鍛えなおしてきます」 本局 次元航行部第3オフィス ティアナ「オフトレとはいえ、本格的な戦闘訓練はちょっと久しぶりよね」 「気合い入れなきゃ!ヴィヴィオやアインハルト達にダメなところは見せられないし!」 クロスミラージュ「Yes master」 ティアナ「でもその前にこのデータ整理を終わらせなきゃ」 クロスミラージュ「Let s work hard(がんばりましょう)」 無人世界カルナージ アルピーノ家 メガーヌ「じゃ、それで人数確定ね」 なのは[はい!][お世話になりますアルピーノさん] メガーヌ「いいえ~♪じゃ待ってるわね~」 ルーテシア「ふふ」「うふふ」「ねえガリュー、私自分の才能がちょっと怖いかも」「なんといっても今回のおもてなしは過去最高!」 「レイヤー建造物で組んだ訓練場は陸戦魔導師の練習に!」 「わたしとガリューの手作りアスレチックフィールドはみんなのフィジカルトレーニングに!」 「我が家の横に建築した宿泊ロッジも内外ともにパワーアップ!設計わたし!」 「掘ったら出てきた天然温泉も癒しの空間にノリノリで改造ッ!!」 「完璧!」「もと六課のみなさんもヴィヴィオ達も!」「我が家にど―――んとおいでませ――!!」 メガーヌ「ルーテシア~スープの味見手伝ってー」 ルーテシア「はーい、ママ」 ヴィヴィオ『みんなで一緒のトレーニング&旅行ツアー』『クリスとの遠出も初めてだし』『アインハルトさんがいっしょだし』 「アインハルトさん。4日間よろしくお願いしますね」 アインハルト「はい。軽い手合わせの機会などあればお願いできればと」 ヴィヴィオ「はい!!!こちらこそ、ぜひッッ!」 ヴィヴィオ【これから4日間素敵なイベントが はじまります!】 新展開は鮮烈に☆
https://w.atwiki.jp/sky-x/pages/2.html
総アクセス数 : - 今日の来訪者数: - 昨日の来訪者数: - メニュー トップページ 登場人物 リンク 魔法少女リリカルなのは 魔法少女リリカルなのはA's 魔法少女リリカルなのはA's PORTABLE -THE BATTLE OF ACES- 魔法少女リリカルなのはStrikerS 魔法少女リリカルなのはThe MOVIE 1st ふたば★ちゃんねる YouTube ニコニコ動画 fg pixiv ここを編集
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1454.html
されど魔に魅入られし人は絶えず。 彼らは魔を崇め魔の力を得んと欲し、大いなる塔を建立す。 その塔、魔の物の国と人の国とを結び 魔に魅入られし者は魔に昇らんと塔を登れり。 そはまさに悪業なり―――。 「魔の物の国―――」 指先の一文をなぞり、ユーノはそれを言葉にして呟いた。 古ぼけた紙に綴られた奇怪な紋様を文字として解読出来るようになるまで、今日を含めて数年の月日をかけている。それでも、まだこの本の全貌を読み終えたワケではない。 <魔剣文書>と名づけられたこの古文書は、用いられた文字もそうだが内容も不気味な謎に満ちていた。 「魔の物……<悪魔>」 口にするのならば容易く出てくる。あらゆる種類の人間が共通して想像する悪しき存在。全ての闇に付けられた、名前と形。一つの概念。 そんなものが、もし本当に現実に存在するとしたらどうだろう? この本は、そんな『在り得ない存在』について書かれたものだった。 (神話の類なら、何処にでも存在する。その世界、地方、歴史……あらゆる時間と場所に人は幻想を書き綴ってきた。神や天使、悪魔は珍しい存在じゃない。ただ一つ、それが『幻想の中に在る』という前提に限って……) 最近、ユーノはこの本を前にして考え込む事が多くなっていた。 最初は純粋な好奇心や知的探究心から始めた文字の解読だったが、内容を読み進めるうちに奇妙な疑念が湧いてくるようになった。それは日常生活の中で紛れてしまう程度のものなのに、ふと気が付けばそれに思い至ってしまう。 この世には、人が認識していない魔の世界があるのではないか―――? 妄想にも似た疑念が頭から離れない。 もちろん、その原因がこの悪魔について複雑かつ難解に書かれた本の影響にある事は否定出来ないだろう。 バカバカしい、と笑い飛せばいい。学者が本の内容に取り込まれるなど、まさに笑い話だ。 こういった闇を幻想で形作った神話の類はあらゆる世界に存在する。それこそ、このミッドチルダにも形や名前を変え、似通った内容が図書館に収まっているものだ。 子供はベッドの下やクローゼットの中に、大人は宗教や伝説の中に、それらの存在が潜んでいることを幻視する。 ―――しかし、そうして考えているうちに奇妙な共通点にいつも行き着いてしまうのだ。 (何処にでも存在する幻想……つまりそれは、どんな世界であっても人の傍らに必ず存在する影みたいなものじゃないか?) 誰もがその存在を幻想と信じ、この世に存在しないと確信し……しかし、誰もがその概念を忘れない。 人は、誰であっても<悪魔>という存在を認識し、あらゆる負の現象にその揶揄を当て嵌める。 当たり前のこと過ぎて、誰も気付かない。まるで人の根幹に刻まれた不変の存在。 その事実を、この本が改めて指摘しているような気がしてならないのだ。 (この本は悪魔と、その悪魔の住む世界、そしてその世界を繋ぐ方法について書かれている―――。 珍しい内容じゃない。世紀末を綴った破滅思想の宗教家なら誰でも書きたがる内容だ。でも、この本は、これ一冊だけの存在だった。多くの人に知ら示す為に書かれたものじゃない……) 考えれば考えるほど思考が泥沼に沈んでいくような錯覚を覚える。まるで無限を見ている気分だと、ユーノは眩暈を感じた。 ひとたび本から目を離し、日常の業務へ没頭すれば消え失せる悩みなのに。しかし、今はそうして自分が疑問を忘れてしまう事さえ『おかしい』と感じてしまう。 本来なら気付くべき真実に、自分が無意識に目を逸らそうとしているのではないか? だから、誰も書き残さなかった? ―――本当の<悪魔>について。 『そんなもの本当は存在しない』という前提を無意識に植えつける事を除いて、ただ真実のみを書き記す事を拒否した―――。 「次元世界ではない……<世界の裏側> 魔の物が棲む世界、そんなものが……?」 知らず、ユーノは手を伸ばしていた。何も無い目の前の空間に向けて。 中継ポートや次元航行でも到達し得ない、次元空間とも違う、完全なる<異世界> 絶対に辿り着けないのに、しかしもし目の前の空間をトランプのように裏返すことが出来たら、その瞬間もう目の前に広がっているような錯覚に捉われる影の世界―――。 それが在るような気がしてならない。バカバカしい、と『信じない』心が、実は『信じたくない』という心であると思えてしまう程に、強く。 疑心暗鬼に没頭していたユーノは、ふと聞き慣れた通信機のアラームを捉えて我に返った。 虚空を彷徨っていた手で通信を繋ぐ。馴染みの仕事仲間が画面に映った。 『司書長、お休みのところ申し訳ありません。上から、緊急の資料検索の依頼が―――』 「ああ、わかった。すぐ行くよ」 今やもう慣れきった休日出勤の要請を受け、椅子から立ち上がる。パタン、と本を閉じた。 ―――すると、それだけで頭の中に渦巻いていた疑念があっさりと消え去った。 貴重な休日の時間を割いてまで、自分は一体何を妄想していたのか……バカバカしい、という気持ちすら湧き上がってくる。 ユーノはもう本を一瞥もせず、手早く着替えを済ませると、自分を擦り減らす過酷な職場へと向かっていった。 自室の扉が閉じ、部屋は闇で満たされる。 静寂の漂う中、その暗闇は再び彼が戻るのを待ち続けるのだ。 真実が自らのすぐ傍に横たえられていることに気付く、その瞬間まで―――。 かつて 天は容易く裏返り、大地は幾度も大きく裂けた。 天地は生まれながらに不安定で その境目から幾度も<混乱>を産んだ―――。 魔法少女リリカルなのはStylish 第四話『Strike out』 0075年4月。ミッドチルダ臨海第八空港近隣、廃棄都市街にて。 視界状況は良好。透けるような青空の下、ティアナは廃ビルの屋上から周囲を見回した。 放棄された都市には朽ちかけたビルの死骸が点々と横たわっている。 事前に生体反応が皆無であることは調べられている筈だが、見慣れたその風景の影に居住権を失った人々が隠れ住んでいるような気がして、ティアナは根拠のない疑念を頭から振り払った。 ダンテの事務所もこんな場所にある。次元世界の場末。何度も訪れたことのある地だ。最近疎遠になったが、それでもあの場所で得た経験はこの身に刻み込まれている。 言いようのない実感が心に湧き上がってきた。 自分は、ついにここまで来たのだ。 <魔導師試験>―――夢に向けて、ティアナは今ひとつの段階を踏み出そうとしていた。 「ふんっ!」 傍らで気合いの入った声が響き、拳が空を切る鋭い音が聞こえた。パートナーの状態も良好らしい。 「―――スバル。あんまり暴れてると、試験中にそのオンボロローラーも逝っちゃうわよ」 「もうっ、ティア。あんまり嫌なこと言わないで。ちゃんと油も注してきた!」 コンディションを確かめるスバルを横目に、ティアナも自分のデバイスの調子を確認する。 弾丸を模した口紅サイズの魔力カートリッジを挿し込むと、二匹の鉄の獣が戦闘態勢に入った。二挺のアンカーガンを馴染ませるように両手で玩ぶ。 ガンホルダーにそれを仕舞おうとして、ふと視線を感じた。 顔を上げればデバイスを扱う自分の様子を見つめるスバルの姿がある。その眼は何かを期待するように輝いていた。 相も変わらず子供っぽいパートナーに苦笑する。まあいい、今回は特別サービスだ。これで気合いが入るなら芸の一つくらい安い。 ティアナはトリガーガードに指を掛けると、そこを支点に両手のアンカーガンを勢い良く回転させた。 華麗に弧を描く銃身。その回転を維持したまま両手を交差させるなどのパフォーマンスを魅せると、流れるような動きで腰の後ろのホルダーに滑り込ませた。 「おっ、おおお~! スゴイぃ~っ!」 キラキラした瞳でスバルが歓声を上げた。 「ティア、もう一回ッ! 今のもう一回やって! アレ初めて見る!!」 「だぁ~っ、あんたに見せるとこれだから嫌なのよ! もうっ、後よ、後! もうすぐ試験始まるでしょっ!」 子供のように縋りついて強請るスバルを引き剥がしながらティアナは虚空を指差す。 そして、丁度計ったようなタイミングでそこにホログラムの通信モニターが出現し、魔導師試験の試験官が映し出された。 『おはようございます! さて、魔導師試験受験者二名。そろってますか~?』 老練な試験官を想像していたティアナはモニターから飛び出してきた元気の良い声とその幼い少女の容姿に些か面食らった。 魔導師資質が年齢の積み重ねと比例しない以上、若い士官も多い管理局だが、それでも試験官の少女の子供っぽい口調と声色には違和感を覚えざる得ない。 しかし、そんな疑念を顔には出さず、ティアナは姿勢を正した。上官には変わりないのだ。慌ててスバルがそれに続く。 『確認しますね。時空管理局陸士386部隊に所属のスバル=ナカジマ二等陸士と―――』 「はいっ!」 『ティアナ=ランスター二等陸士!』 「はい」 それぞれ諸所の確認に力強く頷く。 所有する魔導師ランク<陸戦Cランク>から<陸戦Bランク>への昇格試験。実戦要素が介入する、エースへの登竜門というべき試験だ。 <リインフォースⅡ>と名乗る風変わりな試験官の元、ティアナとスバルの挑戦が始まろうとしていた。 所変わり、その上空で滞空するヘリの中にて―――。 「……」 「はやて、ドア全開だと危ないよ? モニターでも見られるんだから……はやて?」 「……フェイトちゃん、あのツインテールの拳銃使い……かなりのもんやで」 「え? そ、そうかな……経歴を見る限り確かに優秀だけど……」 「今の見たやろ? あの銃捌き、メチャかっこええ! あのクルクル回すやつ!」 「えっ、そこなの!?」 「アレ、昔やってみたけど、モデルガン足に落として悶えることしかできんかったわ。難しいんやで? いいなぁ~、もう一回生で見せてくれんかなぁ~」 「は、はやて……?」 「魔導師であんなスタイルを持つ子がおるとは、意外や……。何より装備がわかっとる! 二挺拳銃なんて、マークかあの娘は!?」 「マークって誰?」 「香港ノワールや! もしくは戦闘能力を120%向上出来る技術でも習得しとるんか」 「はやて、昨日はどんな映画見たのか知らないけど、今は試験に集中してね……」 「ジョン=ウーは神監督やでぇ」 「話聞いてよ……」 『―――という事で、何か質問は?』 「ありません」 「あ、ありませんっ」 簡潔な試験内容の説明を終え、二人の顔を見回すリインフォースⅡにティアナは頷き、慌ててスバルがそれに続く。 『それでは、スタートまであと少し。ゴール地点で会いましょう―――ですよ?』 最後に愛らしいウィンクを残して、風変わりな試験官を映したモニターは消失した。 それと入れ替わるように、スタートの秒読みを示す三つのマーカーが表示される。 「―――分担して行く? コンビで行く?」 普段どおりの落ち着いた様子でティアナが呟き、緊張気味だったスバルはそれを聞き取った。 一つ目のマーカーが消失する。 「コンビ!」 「そう言うと思った」 こと連携において、腐れ縁だけでは済まされない錬度を築いてきたお互いを信頼するように笑みを浮かべ合う。 二つ目のマーカーが消失した。 「なら、こんな試験にまでアレ使うのは恥ずかしいけど、まあ時間制限もあるし……」 「うんっ、アレだね!」 「―――よし、行くわよ!!」 「おう!」 そして、三つ目の赤いマーカーが消失した瞬間、試験開始と同時に二人は息を揃えて行動を開始した。 踏み出す一歩、試験の開始、そして何より二人の新たなステージへの挑戦を示すように、モニターには『Start』の文字が淡く浮かんでいた。 「おっ、始まった始まった」 「お手並み拝見……と、アレ?」 「へえ……おもろい方法取ったなぁ」 「これは合理的だけど、なかなかトリッキーだね」 「確かに、こういう方法を禁止してはおらんけど、さて……?」 「ティア、太った?」 「頭ぶち抜くわよ? いいから、あんたは移動と回避に集中する!」 目の前にあるスバルの後頭部を銃底で小突きながら、ティアナはコース上に設置された障害用オートスフィアに集中する。 ティアナはスタートとほぼ同時に、ローラーブーツで走り出したスバルの背中に飛び乗っていた。 今、ティアナはスバルにおぶられた状態である。生身の足よりも機動力に優れるローラーブーツの優位を二人で利用する為の手段だった。 ティアナを背負うことでスバルは両手を塞がれる形になるが、そこはティアナが攻撃に、スバルが移動に専念することで互いを補っている。 まさに二身一体。しかし、互いの呼吸を合わせる高い錬度を必要とする難度の高い手段である。手数が減るのも痛い。何より、おんぶ状態のこれはちょっぴり格好が悪くて恥ずかしいのだ。 そんなリスクを文字通り背負いながらも、スバルの余りある魔力をローラーブーツに叩き込んだ加速は十分なメリットとなる機動力を生み出した。 あっという間に最初のポイントとなる廃ビルの目前にまで到達する。 「スバル、まずはビル内から叩くわよ!」 「了解!」 アンカーガンの下部からワイヤーが射出され、その先端は狙い違わずビルの一角に接着し、接点から小さな魔方陣の輝きが放たれた。 ワイヤーは物理的な物だが先端には魔法を使っており、バインド系統のこの魔法ならば二人分の体重も十分に耐えられる。 ワイヤーを巻き取り始めるモーター音と共に、引っ張り上げる力でティアナの体とそれを掴むスバルの体が宙を舞った。 振り子の要領で弧を描く軌道。そのまま遠心力に乗り、スバルのローラーブーツがビルの窓を蹴り破って、二人は閑散とした廃ビルの中へと躍り込んだ。 内部に配置された球状のオートスフィアの群れは、突然の襲撃者達にも機械的に対応する。簡易シールドを展開し、非殺傷設定の魔力弾を放ち始めた。 何の細工もない低威力の魔力弾ではあるが、何せ数が数なのだから、一発でも当たり足を止められた瞬間に集中砲火を浴びてあっさりと意識は飛んでしまうだろう。 その弾雨の中を、しかしスバルは臆す事無く疾走した。 着地と同時にローラーが火花を散らしながら回転し、二人分の体重を乗せて床を滑る。 鍛え抜かれた足腰で相棒を背負ったまま姿勢制御をこなし、スバルは迫る弾幕をすり抜けていった。 そして、その背中ではティアナが目まぐるしく変わる視界の中で標的を正確に捉えている。 「―――Let s Rock!」 兄貴分がよく口にする台詞が無意識に突いて出た。 楽しむ余裕などないのに口の端は自然に持ち上がって、獰猛な笑みを形作る。この際景気付けだ、派手に行こう。どんな時も不敵笑う、それがアイツのスタイル―――。 次の瞬間、文字通り派手な閃光を伴ってティアナが両手に携えた二匹の獣がでたらめに吼えまくった。 装填したカートリッジの魔力を一瞬で使い尽くすような速射。左右それぞれ別の標的を狙った射撃は、一見メチャクチャに見えて、しかし一発も外す事無くスフィアを撃墜する。 低出力のシールドなど、紙の防御。高密度に集束されたティアナの魔力弾は容易く撃ち抜く。 攻防は一瞬で決着がついた。 廃ビルに飛び込み、でたらめな軌道を描きながら弾幕を回避し、一瞬も停滞することなく反対側の窓をぶち抜いて外へと抜ける。 その後に残されたものは、一体も残さず撃墜された標的の残骸のみだった。 薄暗い空間から再び青空の下へと視界が開放される。 ビルの上層部から地面への短い距離を落下する中、向かいに建つ別のビルの内部に並ぶ更なる標的をティアナの眼は捉えていた。 数秒間の時間の流れで動き続ける刹那の状況。その中で、ティアナは撃つべき的と避けるべき的を瞬時に把握する。 思考を置き去りにして、積み重ねてきた経験と磨き続けた感性が魔法を行使した。 「<クロス・ファイア・シュート>……」 既に撃ちつくしたアンカーガンの代わりに、ティアナの周囲で三つの魔力スフィアが形成される。魔力量は平凡ながら、恐るべき集束率で圧縮されたそれは、迸るほどの放電現象を起こしていた。 頭の中のイメージは、視界に映るターゲットマーカーとそれに向かって跳んでいくスティンガーミサイル。 ティアナは炸薬に火をつける。 「Fire!!」 三発の誘導魔力弾が解き放たれた。 獰猛な力を押さえ込まれていた弾丸は歓喜に震えるように大気を切り裂く音を立ててビルの中へと吸い込まれていく。その着弾を確認する暇もなく、短い自由落下を終えて二人は道路に着地した。 「次、数多いわよ! 分担する!」 「オッケー! ……って、熱いよティア!? カートリッジ、首筋に落とさないでっ!」 「おっと失礼」 異常な速射によって酷使され、熱を持った銃身から吐き出されるカートリッジを頭に被って涙目になるスバルをサラリと受け流す。 新しい弾丸を込めながら、ティアナは先に待つ更なる障害を見据えた。 二人は止まらない。 背後の廃ビルの中で、連続して起こる誘導弾の閃光とターゲットの破壊音を聞きながら、振り向かずにティアナとスバルはゴールへの道筋を走り抜けて行った。 「……フェイトちゃん、タイムは?」 「五分切ってないよ」 「これは、とんでもないな~。『いいコンビ』っていうレベルやないよ、攻防一体、高シンクロや」 「スバルって娘は運動神経が抜きん出てるね。人を一人担いであの運動性は並じゃないよ。スタミナもまだまだ余裕があるみたい」 「二つ目のターゲットポイントは……うん、全滅しとるね。ダミーターゲットにも当てとらん」 「ティアナって娘は射撃魔法に関しては、もうAランクの範疇じゃないかな? 誘導弾の操作性もそうだけど、魔力の集束率がすごい。それにあの速射―――魔力弾の形成速度は、ちょっと異常なほどだね」 「天性のもんかな? せやけど……何よりあの娘、変則的な銃型のデバイスに随分馴染んどるな。まるで本物の拳銃を扱ったことがあるみたいや」 「え、でも確か彼女はミッドチルダ出身の純粋な血統だよ? 質量兵器に触れる機会なんて……」 「そうなんやけどねぇ……おっ、第三ポイントも下を制圧したみたいやね」 「次が難関だね」 次の標的が待つポイントは、多重構造になったハイウェイだった。 下部の標的を正面突破によって撃破した二人は、すぐさま上部―――三段構造の中間で待ち受ける次のターゲットに取り掛かる。 崩落した天井の穴からティアナはワイヤーを撃ち出した。 オートスフィアが一斉にその位置へ照準を合わせる。ワイヤーを巻き戻し、ティアナが上昇して姿を現した瞬間、全てが終わる状況だった。 低いモーター音と共に下部から上がってくる何かが気配。 穴から飛び出す影を捉えた瞬間、魔力弾が一気に殺到した。 そして―――魔力弾に弾かれて、巻き上げられたアンカーガンだけが虚しく宙で跳ね回る。 もしオートスフィア達に顔があったなら、その表情は驚愕に歪められていただろう。完全に裏をかかれる形になったターゲットの群れを、背後からスバルのリボルバーシュートが襲った。 「でりゃあああああっ!!」 数体のオートスフィアを一掃したスバルが、雄叫びを上げて道路を走り抜ける。離れた位置から気付かれぬよう上の階に上がり、ティアナが囮となっているうちに強襲する作戦だった。 慌てたように回頭する隙に更に2体、スバルの拳と蹴りが標的を薙ぎ払った。 しかし、奇襲の効果もそれで終わる。元々数において圧倒的に有利であるスフィアの群れはまだ過半数を残しながら、照準をスバルに向けて改めていた。 未だ十分な脅威である火力の差に、スバルは自ら飛び込む形になる。それでも一瞬の躊躇なく突撃を続行し―――。 「ティア!」 ワイヤーの巻き取られる音と共に、もう一挺のアンカーガンを使って、今度こそティアナが穴から飛び出してきた。 ティアナの位置からすれば、再び背後を取った完全な奇襲の体勢。囮に使ったアンカーガンを掴み取ると、ぶら下がったままの不安定な状態で片っ端から無防備な標的を撃ち落していく。 二度の奇襲に加え、挟み撃ちの状況。生身の人間ならば混乱に陥るところを、無機質なスフィアは愚直なまでに冷静に対処し始めた。 二方に分かれて、ティアナとスバルを迎撃する単純な行動。手数を減らした弾幕の隙間をスバルは軽いフットワークで潜り抜け、近接戦闘能力が皆無なスフィアを次々と撃墜する。 ティアナもアンカーガンを両手に確保すると、<エアハイク>で作り出した足場を蹴ってターゲットの群れに飛び掛った。 空中で体を回転させながら、視界に掠める程度にしか映らない標的を的確に撃ち抜いていく。得意の速射が文字通り薙ぎ払うように目標を間断なく爆発させた。 ティアナの足が地面に着き、スバルが体を捻って制動を掛ける。 互いの背中がドンッとぶつかり合い、二人の猛攻は終了した。 「―――ッイェイ! ナイスだよティア! 一発で決まったね!」 一人歓声を上げてはしゃぐスバルとは対照的に、ティアナは淡々と後回しにしていた非攻撃型のターゲットを叩き壊していく。 「時間、どれぐらい残ってる?」 「全然余裕だよ。それにしても、やっぱりティアってスゴイなぁ。一発のミスショットもなかったもんね!」 「気を緩めるんじゃないわよ? さっさと片付けて次に行くんだから」 「分かってる分かってる」 自分でも過去最高と思えるファインプレーに浮き足立つスバルを眺め、呆れたようなため息を吐くと、ティアナはアンカーガンのカートリッジを装填した。 「スバル」 「うん、なに?」 返事をしながら振り返ったスバルの眼前に、心底何気なく銃口が突きつけられる。 「避けて」 「へ?」 一瞬状況を理解できずに間の抜けた声を出した途端、ワンクッション置いてティアナは引き金を引いた。 これ見よがしに見せつけた指の動きを見て取り、ほとんど反射的にスバルが顔を逸らすと、一瞬遅れて顔面のあった場所を発射された魔力弾が掠めて飛んでいった。 背後で魔力弾が何かを破壊する音が響いたが、心臓を含めた全身の筋肉が硬直したスバルには聞こえなかった。 「……あっ、危ないよティアァァーッ!? 当たるかと思ったじゃない!」 「油断するなって言ったでしょ」 パートナーの頭を撃ち抜こうとした悪魔は抗議の声もサラリと受け流して、スバルの背後を指差す。 死角に配置されていた為か、撃ち漏らしていた攻撃型のオートスフィアが、今まさにティアナに撃ち落されて残骸となり、煙を上げているところだった。 「……だったらせめて声で言ってよぉ」 「間に合わなかったわよ。攻撃を許してたら、あんたを庇って足を挫きそうな予感がしたし」 「なんか、具体的な予感だね……」 兎にも角にも、二人は三番目のポイントを無傷で通過し、ついに最後の難関が待ち受けることとなった。 試験の事前に標的の種類や配置、数は知らされている。ゴール地点へ向かうコース上には、これまでとは違う大型のオートスフィアが一体配置されているはずだ。 さすがにその詳細なデータまでは教えられていないが、最後の関門である以上、攻撃・防御能力共にこれまでのスフィアの比ではないだろう。何より、受験者の半分がこの関門で脱落していることは歴代の試験記録でも有名だった。 「さて、問題はここからなんだけど……」 ハイウェイ最上部の道路を見上げながら、ティアナとスバルはその場で思案した。 「正面突破は……やっぱ無理かな?」 「これまでの流れからして、最後の大型オートスフィアはやっぱり射撃能力の強化型でしょ。定石どおりなら高所に配置して、狙い撃ってくるわね。かわしながら進める自信ある?」 「どれだけ射撃が正確なのは分からないから、なんとも……」 「博打に出るほど大胆には行けないわね。 でも、とりあえずアタッカーはあんたに決定。シールドも強化されてることを考えると、やっぱり一撃の威力があるスバルよ」 「じゃあ、ティアはさっきみたいに囮?」 「あんたより運動能力劣るのに、囮が務まるかしら……」 「あっ、それじゃあさ! ティアが前から練習してた幻術系の魔法で上手くやれないかな?」 名案だとばかりに表情を明るくしたスバルとは対照的に、ティアナは珍しく気まずげに視線を虚空へ逸らした。 「……ダメかな?」 「っていうか、あたし……その、まだその魔法を習得してない、のよ……」 ティアナは後悔と後ろめたさから、スバルは言うべきフォローの言葉を見つけられず、重い沈黙があたりに漂った。 その重量に押しつぶされるように、ティアナがここへきて初めて頭を抱え、深刻な表情で蹲る。 「失敗したわ……あの派手好きに影響されすぎた。もっと単純な火力以外の面で鍛えるべきだったのに……いや、言い訳ね。フフフ……」 「し、しっかりしてティア! 使えないものは仕方ないんだからさ、今ある材料で何とかしてみようよっ!」 切り替えの早い長所を持つスバルが口にした建設的な意見に支えられ、何とかティアナは立ち上がった。 「そうね……。となると、単純な援護射撃か、距離によってはあたしが狙撃してみるって手もあるけど」 「それなんだけどさ、ティアって射撃の貫通力と正確性がスゴイって教官に言われてたよね? だから―――」 ティアナが補助系魔法の習得を怠った一方で鍛えられた要素。 その一面を理解するスバルは、戦法面で珍しくティアナに意見を出した。 「……あ、動き出したみたいだよ」 「作戦タイム終了か。ふーん、やっぱり格闘型の娘がアタッカーみたいやね」 「このまま行けば狙い撃ち。もう一人が援護射撃かな?」 「どうやろ? そんな単純な力押しを使いそうな大人しいコンビやないと思うけどなぁ」 「はやて、楽しそうだね」 ハイウェイを高速で走り抜けるスバル。 障害物がない直線の為、加速は出しやすいが、同時に周囲からの狙撃を妨げる物もない。狙い撃ちには絶好の空間だった。 そして、予感するまでもなく、当然のように廃ビル群の一角から魔力弾の閃光が瞬き、スバルに向けて誘導弾が飛来した。 初撃の為狙いが甘かったか。間一髪軌道を逸らしたスバルの横に魔力弾が炸裂する。 「く……っ!」 爆発こそないが、破裂した魔力の余波はスバルの肌を叩き、その威力が十分なものであることを実感させる。 まともに食らえば一撃でお終いだ。まともに食らわなくても致命的。 そんな威力が、弾道と誘導性に補正を掛けた次の一撃によって自分自身に襲い掛かる―――その恐怖を押さえ込み、スバルは疾走を続ける。 そして、ついに二発目の魔力弾が発射された。 空中で弧を描き、スバルを追尾してその正面に回り込む。 飛来する魔力弾が激突する、その寸前―――! 「させるか!」 横合いから飛来した別の魔力弾が貫き、その一撃を相殺した。 高所に陣取ったティアナの狙撃によるものだった。 スバルの位置と標的の位置を把握しながらの典型的な援護射撃だったが、その対象が『飛来する敵の魔力弾』であるという点が異常だ。 スバルを狙って次々と撃ち出されるスフィアの弾丸を、まるでクレー射撃の的を撃つように、一発の撃ち漏らしもなくティアナは射抜いていく。しかも、その魔力弾は貫通力と弾速を高める為に誘導性を付加していない。純粋な直線射撃なのだ。 見るは容易く、為すには動体視力を超えた鋭い感性が要求される。 ティアナ自身、ここまで精密で即時判断を要求される射撃を行った経験はない。 しかし、心は緊張と不安以外の感情で高揚し、構えた銃身には震え一つ起こさず。 「……怯みもしないわね、あのバカ」 ティアナの眼下では、彼女の援護を信じ切った走りを見せるパートナーの姿があった。 「これじゃあ……外せるわけないっての!」 そしてまた一発。大型オートスフィアから放たれた魔力弾をティアナは正確無比に撃墜した。 死の道筋とも言える距離を走り抜けたスバルは、ついに標的の配置された廃ビルを射程に捉える。 射撃系魔法はほとんど使えないスバルだったが、自らの拳の範囲に標的を捉える為の手段は持っていた。 「<ウイング・ロード>―――ッ!!」 スバルの持つオリジナル魔法が発動する。 青白い帯状の魔方陣が構成され、天に掛かる道となって目標のビルまで一直線に伸びていった。飛べぬ者が空に挑む為に作り出した道―――まさしく<翼の道>だ。 もう一本のハイウェイとなったウイング・ロードの上をスバルは滑走する。 終着は、近い。 「こいつで看板よ、持ってけ!」 残された魔力で三つの魔力誘導弾を形成し、ティアナは最後の援護射撃を開始した。 「Fire!!」 クロス・ファイア・シュートが発射され、スバルの後を追うように飛んでいく。 自分を追い越す三発の魔力弾を見送りながら、スバルはリボルバーナックルのカートリッジをロードした。 全ての状況が同時に動き出す時間の流れの中、コマ送りで景色は進む。 先行する一発目の魔力弾が障害となるビルの壁をぶち抜き、進路を確保する。後続する二つの魔力弾がビルの中に滑り込んで迎撃の為に放ったスフィアの射撃をスバルに届かせる前に相殺した。 空白の時間が出来る。 標的が無防備な姿を晒す刹那の間が。 「一撃必倒! ディバイン……っ!」 ビルの中に飛び込み、シンプルな球体にデザインされた大型オートスフィアの姿を捉えると、スバルは魔力を眼前に集中させ、最大の一撃を準備した。 拳を引き絞る。 打ち出す為に。そして、あの日見た憧れにこの一撃を届かせる為に。 万感の想いと意思を込め、スバルは魔法を解き放った。 「バスタァァァァーーーーッ!!!」 放たれた聖なる砲撃が、スフィアの持つ強固なシールドを貫き、その機体を完全に破壊した。 スバルの無事を知らせるように形を保ち続けるウイング・ロードの上を辿って、ティアナは黒煙の立ち込めるビルの中へと足を踏み入れた。 「スバル、やったの?」 貫通したディバイン・バスターが開けた壁の穴から煙が逃れて視界が晴れる中、スバルは残骸となったオートスフィアを背に親指を立てて見せたのだった。 さすがのティアナも安堵の笑みが浮かぶ。 「やったわね」 「うん、ティアナの援護のおかげ!」 「あんたの度胸の成果よ」 この時ばかりはティアナも憎まれ口を叩くこともなく、二人は束の間の時間笑い合った。 時間は十二分に残され、ひと時の休息を彼女達に許す。 ―――しかし、最悪のタイミングで不運は訪れた。 唐突に、二人のささやかな笑い声をかき消して小さな炸裂音が響き渡った。 それが魔力弾の発射音だとティアナが気付く前に、スバルの体が震え、まるで足を一本失くしてしまったかのようにバランスを崩して地面に倒れ込んだ。 見れば、撃破した大型オートスフィアの砲台部分が火花を散らして小刻みに動いている。 完全に破壊出来ていなかったのか、射撃管制部分だけが生きていて誤作動を起こしたのか? それを調べる前に、ティアナの速射が今度こそ完全にスフィアを沈黙させていた。 「スバルッ!!」 動揺を露わに駆け寄るティアナの姿がひどく貴重に見えて、スバルは場違いな感想を抱く。 顔だけは何とか笑みを形作ることが出来た。 「へへ、油断しちゃった。ゴメン……」 「あたしも完全に気を抜いてたわ。足をやられたの?」 「足首に当たったみたい。ちょっと痺れて、立てそうにないや」 立てないのは事実だろうが、あの大型オートスフィアの魔力弾が『ちょっと痺れる』程度の威力でないことはティアナにも容易に理解出来た。 非殺傷設定の魔力弾の為外傷はないが、痛みと足首の機能を完全に停止させるほどの麻痺がスバルの右足を襲っている。実戦ならば、片足を失ったに等しい。 スバルはもう動けない―――。 ティアナは冷静にそう判断する一方で、それがどういう展開を生むか察して、焦りを覚えた。 「痺れが取れたら合流するから、ティアは先に行ってて」 何でもない風を装いながら提案するスバルを見つめ、ティアナは葛藤した。 これがどうしようもなく拙い嘘であることは分かりきっている。少なくとも、この試験中にスバルの足の麻痺が取れることはない。そこまで甘くはないだろう。 そして、動けないスバルはもはや完全な足手まといでしかないのだ。 スバル自身、それを理解している。このままでは、二人ともが試験に落ちてしまう、と。 そして、彼女は愚かにも信じているのだ。ティアナがこの嘘に騙され、一人でゴールへ向かってくれると。自分の代わりに魔導師試験に合格し、次のステップへ進んでくれると―――。 ティアナは唇を噛み締めた。 自分は、ここで止まってはいられない。次の試験は半年も先だ。今のチャンスを棒に振るなど出来ない。しかし。でも。 「ティア……」 合理的な判断と感情がせめぎ合う中、パートナーの曇りのない笑顔が視界に飛び込んできた。 「―――頑張って。ティアなら一人でもやれるよ」 『―――がんばれよ。お前ならやれるさ』 スバルの声と、いつか聞いた彼の声が重なり、その瞬間ティアナの中にあった全ての苦悩が吹っ飛んだ。 ゴールへ向かう―――ティアナは決断した。 制限時間を示すホログラムには猶予はあまり残されていなかった。 試験のゴール地点では、リインフォースⅡが未だに姿を見せない二名の受験者を待ち構えている。 実質的な最終関門である大型オートスフィアの撃破を確認してからかなり時間が経過しているのに、二人は現れない。 何かトラブルか―――そう懸念し始めた時、道路の先に人影を捉えた。 「あっ、来たですね! ……なるほど、そうだったですか」 『二人』の姿を視認して、リインフォースⅡは頷いた。 動けないスバルを、ティアナが背負って走っていた。 「ティア、もう時間がないよ! 今からでも遅くないから、わたしは降ろして……!」 「うっさい! 話っ、かけないで……こっちも、余裕ないんだからっ」 言い返すティアナの声は息切れ混じりの掠れたものだ。視線は前に向けたまま。要するに眼球を動かす筋力すら惜しい。 スバルを背負ってゴールまでの道を走破することは予想以上に困難だった。 ティアナには自分の足しかなく、それもスバルのように鍛え抜かれた健脚とはいかない。何より魔力を消耗し尽くした今、残されたものはなけなしの体力しかなかった。それももう底を尽きかけている。 朦朧とした意識で思い出すのは、訓練校時代の地獄マラソンだ。原始的な訓練だとバカにしていたが、あの時もっと苦労していたら今がもう少し楽だったかもしれない。アレには罰則と教官の趣味以外に意味があったのだ。 空気以外に胃の中のものまで吐きそうになりながら、しかし決してスバルを離すことなくティアナはゴールに向けて進み続けた。 ゴールライン前に配置された最後のターゲットを見つけ、脳裏を絶望が掠める。 「くそっ……もう、豆鉄砲撃つ気力もないわよ……! スバル、あんたがやって……!」 「わ、わかった!」 射撃魔法の苦手なスバルが緊張しながらも、リボルバーナックルを構える。 スバルの射撃能力は言うまでもない。加えて、出力を押さえなければ、発生する反動はティアナに更なる負担を与える。 「落ち着いて……よく狙って……!」 息も絶え絶えになりながらも助言を飛ばすティアナに報いる為、スバルはかつてない集中力を発揮した。 「シュート!」 極限まで絞った魔力弾が発射され、吸い込まれるように最後のターゲットを破壊して抜けた。 「はいっ! ターゲット、オールクリアです!」 リインフォースⅡの歓声は、二人には届かない。 スバルは自分のベストショットを誇る間もなく、僅かな反動でもたたらを踏んだティアナを案じる気持ちと罪悪感に支配された。 あとはゴールするだけだ。 しかし、もう本当に時間がない。おまけに体力もない。 「ティア、ターゲットは全部落としたよ! 早くわたしを降ろして! まだ間に合う!!」 「まだ言ってんの!? あたしは、もう決めたのよ……! そうよ、間に合うわ……二人で、ゴールする……!」 「どうして、そこまで……っ」 ティアナはもう自分が何を言ってるのかも、スバルが何を言ってるのかも分からなくなっていた。 ただ、背中の重みを手放す事と、立ち止まる事だけを本能が拒否し続けている。 「逆なら……あんたは、あたしを見捨てた……っ?」 「……う、ううん」 「なら、それが答えでしょ……!」 背中のスバルがどんな顔をしているのかは分からない。ただ、首筋に落ちる水滴の意味は分かっていた。 「さあ、さっきから人の気力萎えさせることばかり言ってないで……なんか、やる気起きるような声援……よこしなさいよっ!」 眼前にゴールが迫る。近い。もう近い。しかし、時間ももうない。 「―――っ、ティア! 頑張って! 一緒にBランクになろう!!」 動かないと思った右足が、背中から聞こえる声援でもう一度動いた。続くように左足も。 今度こそ正真正銘最後の力を振り絞って、ラストスパートを掛ける。 獣の唸るような声が、食い縛った歯の隙間から漏れる自分の声だと遅れて気付いた。もう呼吸すら忘れている。 ゴール地点のリインフォースⅡが顔を引き攣らせるような形相でティアナは駆け、視界に捉えたモニターのカウントが今まさにゼロを示そうとして、そして―――。 ゴールラインを切るアラームが鳴り響いたのを聞いて、ティアナはそのまま倒れこんだ。 うつ伏せに倒れたはずだが、気がつくと青空が視界いっぱいに広がっていた。 呼吸は荒く、全身思い出したように汗が噴き出している。何より、ひどい脱力感があった。 なんかもーどーでもいー。そんな感じ。 試験の合否よりも、まずは休みたい。休んでもいいはずだ。だって、自分は頑張ったのだから。 全てを差し置いて、奇妙な満足感がティアナの胸の内にあった。 何かを諦めた時に残る後味の悪さとは正反対の、清々しい爽快な気分を感じていた。 (とりあえず、寝よう……) 道路に寝転がっていることも、周囲の人間も、視界の隅に見えるスバルと何だか偉い人そうな女性魔導師のやりとりも―――全て投げ出して、ティアナはゆっくりと瞼を閉じた。 『―――お疲れ様。なかなかガッツがあるね』 最後に閉じる視界に映ったあの偉い人の優しい笑顔と声が、心地良い眠りへと誘ってくれた。 「……さて、なのはちゃん的に二人はどうやろ? 合格かな?」 「フフッ、どうだろね?」 to be continued…> <ティアナの現時点でのステータス> アクションスタイル:ガンスリンガー 習得スキル <トゥーサムタイム>…二方向へ同時に射撃を行う。目視ではない為、射撃の正確性は左右共に高い。 <ラピッドショット>…スキルというよりも特性。並の魔導師よりも魔力弾の集束率と連射速度を向上させている。本来は連射によって攻撃力を上げるスキル。 <エアハイク>…瞬間的な足場を作り、空中での機動を可能にする。 <???>…習得済みながら、未だに明かされていない。 上記のように、ティアナは攻撃性の高いスキルを選んで鍛えた為、<フェイクシルエット>などの補助系魔法は未修得である。現在練習中。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/nanohass/pages/1738.html
「全員揃ったわね」 訓練用のトレーニングウェアに着替えたティアナは、他のメンバーと合流し、その顔を一様に見渡した。 ティアナと組んで前衛を続けてきたスバルは言うまでもなく、まだ経験の浅い子供であるエリオとキャロの統率力も低い。 必然的にティアナが四人を纏めるリーダーシップを発揮する形になっていた。 「お互いの能力や性格、癖―――連携に影響する重要な要素だけど、まだ私達はそれを十分に理解し合ってない。 噛み合わないのは当然だと思うわ。最初の共同訓練なんだから、尚更ね。そして、その為の訓練だと思う。 一応私が全体の指示を引き受けるけど、自己判断に任せる場面も多くなるから、基本的に自分の思うようにやってみて。失敗はチームで補うわ」 簡潔に方針を話し、ティアナはこれから長い付き合いとなる仲間の顔を一人一人見据えた。 慣れ親しんだスバルの信頼の視線を受け、緊張の抜けないエリオとキャロに目上ではなく同じ目線で向かい合う。 『仲間と平等に接する』という意図せぬリーダーとしての気概の発揮に、その場の全員が彼女の指揮に無意識の信頼を寄せていた。 「りょーかいっ!」 「はい! 分かりました!」 「よ、よろしくお願いします!」 快活なスバルとエリオの返事を聞き、若干震えの見えるキャロにティアナは注目した。 この中でも最も小柄なキャロは、その緊張に強張った表情も相まって酷く頼りなさげに見える。 何より、<竜召喚師>という希少な能力者はそれゆえに戦術のセオリーに当てはめにくい。経験の浅い新人チームにあって、持て余す存在だった。 そんな内心の分析を表に出さず、ティアナは視線を向けられて不安げなキャロに近づいた。 「緊張してるみたいね」 「す、すみません……」 『キュル~』 ますます恐縮するキャロを案じるように、傍らの幼竜が鳴く。 「謝ることなんてないわ。初の訓練で気の抜けた顔してる奴より全然マシ」 「それってわたしのこと?」 抗議するスバルを軽く無視し、ティアナは優しくキャロに笑いかけた。彼女には珍しい表情だ。 その小さな両手を自分の手でそっと包み込む。 装着されたグローブ型デバイス越しに体温が伝わり合った。 「あ……っ」 キャロが驚きに一瞬震え、思わず手を引きそうになった。それを握って押し留める。 少女の瞳に浮かんだ何かに怯える色と、小さく震え始めた手を見て取り、ティアナはキャロの顔を覗きこんだ。 「知らない人に手を握られるのは怖い?」 「いえ……そのっ」 「緊張した時は手を温めてもらうと落ち着く、って何かの本で書いてあったんだけどね。ま、赤の他人がやっても意味ないか」 「すみません……」 「いいのよ。馴れ合いはあたしも苦手だわ」 そう苦笑して、ティアナは手を離す。 一瞬だけキャロが名残惜しそうな顔をしたのは、都合のいい錯覚だと思うことにした。 「お互いにいろいろ理由があって、ここにいる。それぞれの事情を、これから先打ち明けることがあるかもしれないし、ないかもしれない―――」 離した手を、代わりに小さな肩へ置き、真剣な表情で顔を付き合わせる。 自分を子供だと侮らない真摯な視線を受け、いつの間にかキャロは震えも忘れてティアナの眼を見入っていた。 「でも一つ、確かな事がある。 アナタはここに理由を持って、自分の意思で立っている。ここから伸びているのは進む道だけ、退く道はないわ」 だから、進むだけだ―――ティアナは言葉に出さずに、そう眼で語った。 各々が違う理由、事情で、しかしただ一つ『進む為』に此処に集っているのだと。 ティアナがスバルとエリオに視線を移すのに倣って、キャロも二人を見た。 これから苦楽を共にする仲間達。二つの視線が自分を見つめ、そして力強く微笑むのを感じる。 それが、キャロの孤独な心に不思議な安心感を与えた。初めて感じると言っても過言ではない、全く未知の誰かと共有するような感情だった。 彼女は、まだその感情の名前を知らない。 「月並みな言葉だけどね……一人で進む道じゃない。仲間がいる、それを忘れないで」 その言葉は、ティアナ自身が得た一つの確信だった。 目の前の少女と同じくらいの歳で、孤独に打ち立てた誓いを聞いてくれたダンテ―――。 その誓いを一人で頑なに見上げていた時に出会い、今も尚支えてくれる相棒のスバル―――。 本人達の前で決して言葉になどしないが、今の自分になれたのは一人の力だけじゃないと思っている。 「……はい!」 キャロの二度目の返答は、今度こそ迷いの無い力強さを感じるものだった。 二人の様子を見守っていたスバルとエリオの間にも笑顔が広がる。 訓練前だが、この瞬間初めて仲間意識というものが芽生えた気がした。 「すごいですね、ランスターさん……」 「当然だよ、なんてったってわたしの相棒だし!」 ティアナを見る眼に尊敬の色まで混じりだしたエリオに、スバルは『相棒』の部分を強調して答えた。 何故か胸を張るスバルの頭をティアナが照れ隠しに小突く。 「あたしのことは<ティアナ>でいいわよ。エリオ、キャロも」 「わかりました!」 「ありがとうございます、ティアナさん」 ティアナは二人の返答に満足げに頷き―――そして、傍らで一変して不満そうに頬を膨らませる相棒を見てため息を吐いた。 「……何? 言いたいことあるなら言いなさいよ」 ハムスターになったスバルを呆れたように眺め、仕方なしに尋ねる。 どうせくだらないことだろうと思いながら。 「ズルイ……ティアに一言物もぉーす!」 「は?」 「わたしはティアの名前を呼ぶ許可もらうまで三ヶ月かかったんだよ? なんでそんなにあっさり! それに、初対面のキャロになんか甘くない? わたしの時はもっとツンツンしてたのにさっ! いきなりデレですか!?」 「何、その怒り方? あの時とは状況が違うでしょ。これから一緒に死線を潜る仲間になるんだし……」 「ずーるーい! ティア、二人だけ絶対ヒイキしてるっ! わたしにも、もっと暖かい扱いをよーきゅーする!」 「私は誰に対しても平等だっつーの」 どうでもよさげに答えて、ティアナは迫ってきたスバルの顔面をチョップで迎撃した。 顔を抑えてのた打ち回りながら「これも愛!?」とワケの分からないことを叫ぶスバルと、過激なやりとりに冷や汗を流すキャロとエリオも無視して時刻を確認する。 「そろそろ集合時間よ。初の訓練で遅刻なんて論外。無駄口はここまでよ」 真剣なティアナの言葉に、それまで和やかだった三人の表情が引き締まった。 心地良い馴れ合いの時間は終わったのだ。 ここからは、戦闘の時間だ。 「何もかも初めて尽くしの訓練……。遠慮なんて必要ないわ、緊張しようが気負ってようが構わない。 スバル、あんたの大好きな<全力全開>よ。教導官にも仲間にも、自分の力を周りに見せ付けてやるくらいのつもりでやりなさい!」 その場にいる仲間達と、そして自分自身にも言い聞かせるようなティアナの言葉に三人は頷いた。 スバルが拳と手のひらを打ち合わせて気合いを入れ、エリオも小さな拳を握り締める。キャロが傍らの小さな友と頷き合った。 「行くわよ」 緊張と不安と、それ以上の強い気概を心に同居させ、高ぶる四人のルーキーは走り出す。 それぞれの決意と共に、初めての訓練が待ち受ける先へ。 「―――Let s Rock!」 魔法少女リリカルなのはStylish 第七話『Destination』 「―――ヴィータ、ここにいたか」 海上に設けられた人工の平地に、空間シミュミレーターによって市街戦のステージが投影されていた。 これから始まる訓練の光景を眺めていたヴィータに見知った顔が歩み寄る。 「シグナム」 「新人達は早速始めているようだな」 「ああ……」 妙に気の抜けた返事に、シグナムは僅かに眉を潜ませながら眼下の沿岸で渡されたデバイスのチェックをする新人達を見つめた。 「お前は参加しないのか?」 「たるい」 歯に衣着せぬ端的な返答を聞いて、シグナムは思わずコケそうになった。 「……お前な、もうちょっと考えて話せ」 「初日の訓練で隊長クラスが相手する意味なんてねえって分かってんだろ? あたしの教導はもうちょっと先だ。……それに、なんかやる気起きねー」 「昨夜任務があったからといって、少々気を抜きすぎだぞ」 ともすれば欠伸までかましそうな腑抜け具合のヴィータをシグナムが諌める。 昨夜の出撃で、ヴィータ達がガジェットの他に管理局で噂になっている謎の襲撃事件に遭遇したことは聞いていたが、無傷の三人を見るとそれほどの消耗は感じられなかった。 事実、ヴィータの疲労の原因は外傷などではなかった。 ただ精神的なもの。あの夜対峙した異形の存在と異界のように錯覚した空気の中で戦い続けた緊張が、知らず神経を張り詰めさせていたのだ。 <悪魔>は闇の具現。人を恐怖させる存在―――それに抗うことは並ならぬ心の力を必要とする。 それに加えて。 「予想外の乱入もあったしな」 「保護した民間の子供か? 居住権のない遊民とはいえ、考慮しなかった陸戦部隊の不手際だ。人道的ではないしな」 「……まーな」 曖昧な返事を返しながら、もちろんヴィータの脳裏に浮かんだのは赤い人影だった。 約束通り、ダンテの事は報告していない。 上司や仲間に黙っている後ろめたさは残るが、ヘタに話しても混乱するだけだろうと思った。こちらも半端な情報しか持ってないのだ。 謎の襲撃者を<悪魔>と呼び、そいつらを狩る者と称した男―――。 個人的に、その強さよりも人柄に興味を持った。生真面目な男の多い管理局内において会ったことのないタイプだ。 小気味のよいテンポで進める会話。妙に心地良い騒がしさを持っている。朝から気が抜けるのも、案外あの喧騒の後だからかもしれない。 そこまで考えてヴィータは我に返り、そしてシグナムに気付かれないよう苦笑した。 管理局の魔導師として義務感のようなものを抱くくらい勤めてきたつもりだが、随分と私情が混ざってるな、と自分を可笑しく思う。 だが、勝手気ままは自分らしい。やはりスーツ姿はあたしには似合わない。 「……ところでシグナム、訓練の様子ってここで見れんのか?」 そこまで考えて、ヴィータは眺めていた眼下の様子で気になるものを見つけた。 「シャーリーに頼めばモニターを回してくれると思うが……。どうした、気になる新人でもいたか?」 「んー、まあな」 視線を一人の少女に向けたまま、曖昧に呟く。 ダンテと共に戦ったのは昨夜の事だ。あの鮮烈なイメージが薄れるような時間ではない。 だからか。思い描いていたあの男の鮮明な姿と、視線の先でデバイスをチェックする新人の姿が重なって見えた。 「彼女は、確か<ティアナ=ランスター>だったか」 ヴィータの視線を辿ったシグナムが呟いた。 ティアナの持つデバイスは珍しい銃型。それも両手持ちの二挺銃(トゥーハンド)―――あの男と同じだ。 「ティアナ、か……」 二人の人間を繋ぐには、ささやかすぎる共通点だとは思う。 しかし、ヴィータは自分でも気付かずに彼女と彼女の持つデバイスに意識を集中させていた。 そして訓練が始まる。 『よし、と。皆聞こえる?』 「「はい!」」 訓練用ステージに入った四人が、別の場所で様子を見ている教導官の声に答えた。 周囲は老朽化した建物に囲まれているが、当然のように人気はない。 『じゃあ、早速ターゲットを出していこうか。まずは軽く8体から―――』 なのはが指示を出すと同時に、ティアナ達四人の眼前に言葉どおり八つの魔方陣が出現した。 『わたし達の仕事は、捜索指定ロストロギアの保守管理』 実戦を想定した訓練ゆえに、その魔方陣が意味するものは転送魔法の発動。 <敵>が出現する前兆だ。 『その目的の為に、わたし達が戦うことになる相手が―――コレ』 魔方陣から浮き出るように、ティアナ達の目の前にターゲットが全容を現した。 四肢を持たず、カプセルのような形状をした非人間型の機体。滑らかな装甲の中心にはセンサーだけが眼のように輝いている。 『自立行動型の魔導機械。これは、近づくと攻撃してくるタイプね。攻撃は結構鋭いよ』 シャリオが補足を加える。 管理局では、もはやポピュラーな敵となりつつあるそれは<ガジェットドローン>と呼ばれていた。 ルーキーの訓練相手としては無難なものだろう。だが、もちろんティアナ達にとっては初見の相手。強敵だった。 『では、第一回模擬戦訓練。 ミッション目的―――逃走するターゲット8体の破壊、または捕獲。十五分以内!』 『それでは』 『ミッション、スタート!』 合図が下され、それと同時に浮遊しているだけだったガジェットが唐突に動き出した。一斉にその場から散開する。 訓練開始だ。 「スバル、あんたが一番足が速い。このまま追跡して。まずは単純に追い込む作戦でいく。 エリオ、あんたはスバルが追い込む先に先回りして挟み討つ。深く考えなくていい、あいつらがこちらの考えを読むほど複雑な機械なら追って作戦を修正するわ」 ガジェットが行動を開始すると同時に、ティアナの頭脳もまた高速で動き始める。 あっという間に見えなくなるガジェットの群れを闇雲に追うような真似をせず、落ち着き払った態度でスバル達に次々と指示を飛ばした。 「キャロは私に付いて、援護しやすい場所を確保。以後、あたしからの指示は念話で行うわ。行動開始!」 「「了解!」」 そして、全員が戸惑うことなく返答を返した。 一方、同じ訓練用スペースの離れた場所で状況を見守るなのはとシャリオ。 「……いいね、初めてにしては行動開始が早いし、戸惑いもない」 ガジェットの逃走から一拍置いて動き出した新人達の行動を見ながら、なのはがとりあえず満足げな笑みを浮かべた。 現場では、冷静に物事を処理する事が必要になる。 慌てて追うような真似をしていたら、それこそ減点だった。 「指示を出しているのは、ティアナ=ランスターのようですね」 「一番落ち着いてる娘だね。何か場数を踏んでるのかも……さて」 モニターには、逃走する8体のうち2体のガジェットに、今スバルが追いつこうとしていた。 「どう捌く?」 追撃するスバルの目の前で、敵は二手に別れていた。それぞれ4体ずつに分散して逃走を続ける。 その内の片方にスバルは狙いを定めた。もう一方はエリオが先回りして待ち伏せている予定だ。 リボルバーシュートの射程に捉え、スバルは攻撃を開始した。 しかし―――。 「何これ、動き速っ!?」 「駄目だ! フワフワと避けられて、当たらない……!」 一撃の威力を高めて放ったスバルと手数を重視したエリオ、いずれの種類の攻撃もあっさりと回避された。 技量がガジェットの回避性能に及ばなかった、というのが単純な結論だ。 建物の屋上から様子を伺っていたティアナは冷静にそう判断した。 『前衛二人、少し分散しすぎよ。フォローできる範囲を確認して』 『あ、はいっ!』 『ゴメン!』 念話を通した静かな叱責に、二人の慌てた返事が返ってくる。 しかし、概ねティアナの思考のうちで事態は動いていた。 眼下の道を再び合流した8体のガジェットが飛んでいく。 撃ち下ろしの絶好のポジションだった。 「キャロ、威力強化をお願い」 「は、はい!」 「落ち着いて。半分くらいはアレの防御性能を確認するのが目的だから、撃破しようなんて気負わなくていい」 「分かりました……っ」 キャロの緊張を緩和しながら、ティアナは両手のアンカーガンに魔力を集中していく。 「ケリュケイオン!」 《Boost Up.Barret Power》 グローブ型デバイスが増幅魔法を発動し、ティアナの射撃魔法を強化した。 アンカーガンの銃身に込めた高密度の魔力が膨れ上がるのを感覚で感じ取り、それをティアナは狙い定めた照準の先へと解き放つ。 「Fire!」 普段より数倍は増した魔力の炸裂音が本物の銃声のように響き渡り、二挺のデバイスがオレンジ色の弾丸を吐き出した。 8体の標的にそれぞれ二発ずつ、狙い違わず魔力弾が全弾命中する。 誘導性は付加していない。スバルとエリオが攻撃に失敗した回避性能を考えれば、驚異的な補足率と弾速だ。 しかし、それすらも撃破には至らなかった。 全てのガジェットが例外なく、飛来した魔力弾を寸前で対消滅させる。 「魔力が消された!?」 その光景を見ていたスバルが驚愕の声を上げる。 一方、狙撃したティアナ本人は平静を保ったまま、予感していた結果を受け入れていた。 「バリア……いや」 「フィールド系ですね。周囲の魔力結合を分解しているみたいです」 傍らから聞こえた言葉に、ティアナは意外そうな表情を向け、そしてすぐに満足そうに笑った。 「よく見てるじゃない」 「え……っ? あ、いや、恐縮です……」 我に返り、顔を赤くして俯くキャロの肩に手を置く。訓練中に見せられる精一杯の愛想だった。 ティアナとキャロの分析を補足するように、なのはの説明が流れる。 攻撃魔法を無効化するAMF(アンチ・マギリンク・フィールド) ガジェットが標準装備する機能であり、魔導師にとって最も厄介なシステムだ。 突撃したスバルが範囲を広げたAMFにウィングロードを解除され、ビルに激突する光景を眺めながら、ティアナは内心舌打ちした。 射撃魔法のみで、物理攻撃方法を持たない自分は接近するだけで不利になる。 なるほど、確かに厄介な相手だ。 ―――だが、それだけだ。 厄介な代物ではあるが、それは『破壊するのに少々工夫が要る』程度のものでしかない。アレはただの的だ。それは脅威ですら在り得ない。 本当に恐ろしい<敵>とは『倒すか、倒されるか』 自分の身を天秤にかけて戦う相手のことだ。 そして、ティアナはそれを既に経験していた。 「……キャロ、何か意見はある?」 「え、わたしですか!?」 唐突に話を振られ、それまでティアナの背後に付き従うだけだったキャロは驚きに体を震わせた。 すぐさま弱気の虫が湧いて来る。 しかし、力なく首を振ろうとした仕草は、ティアナの自分を見据える真っ直ぐな視線の前に消えて失せた。 「…………試してみたいことが、幾つかあります!」 「あたしもある。決まりね」 スバルとエリオに念話を送り、二人は移動を開始した。 「……シャーリー、ガジェットの映像拡大してみて」 「え、はい」 それまで黙ってモニターを眺めていたなのはの指示に、シャリオは戸惑いながらも従った。 8体のガジェットを映すモニターが映像を拡大する。 「……ああっ!」 「うん、驚いたね。届いてるよ、攻撃」 なのはの言葉通り、これまで直撃を受けていないはずのガジェットのうち数体の装甲には、ほんの僅かだがヘコみが出来ていた。 飛行ミスでどこかにぶつけたような傷ではない。原因は一つしかなかった。 「やるね、ティアナ」 「増幅されてたとはいえ、通常の射撃魔法でAMFを抜くなんて……」 「自然体でこれだけの魔力の集束率、なかなか出来ることじゃないよ。報告通り、あの娘は射撃魔法だけならAランクはいくね」 自分の中の評価を修正しながら、なのはは自然と笑みを浮かべていた。久しく感じなかった興奮を伴って。 AMFを越えたとはいえ、増幅魔法との併用でこの程度の結果だ。戦況を動かせるような要素ではない。 ならば、彼女はどうするか? 「ティアナの中でも修正は終わったみたいだよ。そろそろ動く―――さて?」 スバルとエリオが待ち構える地点へ、ガジェットが気付かずに接近する。 逃走が基本の行動パターンとなっているガジェットの進路を、高所で観測するティアナの報告と合わせて予測するのは難しいものではなかった。 ガジェットの進む先。道路を横断するように伸びるビルの渡り通路の上に、エリオは待機している。 『AMFが無効化できるのは魔法効果だけよ。<発生した効果>までは無効化できない。分かるわね?』 「はい!」 事前にティアナから与えられた情報から、エリオは取るべき方法を察していた。 ガジェットが通路の真下を通過する直前まで気配を殺し、タイミングを計って行動を開始する。 「いくよ、ストラーダ! カートリッジ、ロード!!」 《Speerschneiden》 スピーアシュナイデン。高威力の直接斬撃が足元の通路を一瞬で幾つにも切り崩した。 崩落する通路の石片がガジェットの群れに降り注ぐ。 大味の攻撃ではあったが、その重量と落下範囲の広さによって、二体のガジェットが瓦礫に押し潰されて圧壊した。 立ち上る粉塵の中から飛び出す二体のガジェット。それを今度はスバルが捉える。 「潰れてろぉーっ!!」 飛行する一体のガジェットに飛び掛り、魔力を込めたリボルバーナックルを叩き込んだ。 しかし、当然のように皮一枚でAMFがそれを阻む。 魔力とフィールドが衝突する反動により、空中で不安定なスバルは弾き飛ばされた。 「……っ、やっぱ魔力が消されちゃうと、イマイチ威力が出ない!」 『フィールド系は攻撃を遮断するタイプの防御じゃないわ。威力が持続すれば突破できる。足場を確保して、負荷を与え続けて!』 再びティアナの的確な指示が飛ぶ。 それを受けたスバルはエリオと同じように返事を返そうとして、思い留まった。 「ゴメン、ティア! もうちょっと分かりやすく言って!」 バカだった。 ティアナはその場で脱力しそうになるのを踏ん張った。 『……とっ捕まえてぶん殴れ!』 「さすがティア! わっかりやすい!」 『後ろから来てるわよ、このアホの子!』 「ア、アホの子じゃないよぉ~!」 気の抜けるようなやりとりを交わしながらも、スバルは背後に回り込んだガジェットに一瞬で対応した。 涙目の台詞とは裏腹の俊敏な動きで逆にガジェットのセンサーの死角へ回り込み、両足で機体を挟み込んで馬乗りになる。 「うりゃああああっ!!」 地面に固定される形になった標的に、渾身の力を込めた一撃を打ち下ろした。 再び阻まれる拳。しかし今度は逃げ場などない。地面とリボルバーナックルに挟まれたガジェットは徐々にAMFを侵食され、ついには突破される。 歯車状のナックルスピナーが回転の唸り声を上げ、銃弾のような螺旋の力を得た拳がガジェットの機体内部に潜り込んだ。 火花を散らす<傷口>から拳を引き抜き、すぐさまガジェットから離れる。 遅れて、大破した機体が爆発した。 「やった!」 ガッツポーズが決まる。 スバルの1体撃破により、残り5体。 ティアナの元を離れ一人、高所から3体を捉えたキャロが攻撃を開始した。 「連続で行きます。フリード、<ブラストフレア>!」 『キュアアッ!!』 幼さを残す雄叫びが響く。小さな体に、しかし確かな竜の力を備えたフリードリヒは魔力の炎を行使した。 伝説にも語られる竜の吐息(ドラゴン・ブレス)―――それと比べるにはあまりに弱弱しい火球が形成され、放たれる。 浮遊するガジェットの真下に炸裂したそれは、見た目に反して広範囲に拡散し、周囲一体を高熱の炎で包み込んだ。 直接的な攻撃力は低いが、瞬時に熱された空気がAMFを無視してガジェットのセンサーと動作を狂わせる。 「―――我が求めるは、戒める物、捕らえる物」 その隙に、キャロは詠唱を開始した。 「言の葉に答えよ、鋼鉄の縛鎖」 眼を閉じて集中する。 無防備な姿を晒すそれは、実戦ではあまりに危険な行為。だが、キャロには必要だった。 力を使う時は、いつだって恐怖が付き纏う。 扱いをしくじれば、自分はもちろん他人も巻き込んで爆発する爆弾のような力。 ずっと忌避し続けてきたそれを、しかし今は使いこなさなければならない。 「錬鉄召喚!」 迷いは吹っ切った。怯えは忘れた。 ここに立つ理由が、わたしにはある―――! 「<アルケミック・チェーン>!」 召喚魔法が発動した。 出現した魔方陣から何本もの鎖が伸びて3体のガジェットを一瞬で絡め取る。 鋼鉄の鎖を召喚し、あらかじめ付与しておいた『無機物自動操作』の魔法によって対象を捕縛。効果としてはバインド系に近い。 しかし、無機物である故にAMFの影響を受けない利点があった。 攻撃力のない魔法の為ガジェットを捕獲することしか出来なかったが、それでも目的は達成している。 これで3体が無力化された。 ―――しかし。 「……なのはさん、これは……」 「うん」 キャロの生み出した成果を見る二人の表情は、あまり明るいものではなかった。特にシャリオは眉を顰めている。 ガジェットを捕縛する、キャロが召喚した鎖―――それは、ただの鎖ではなかった。 何本もの頑丈な針金を束ね、幾つにも枝分かれしたそれの先端は鋭く尖って結果的に茨のような棘を持つ鎖となっている。 それは有刺鉄線と呼ばれる物だ。 更にそれが何本と束になって触手のように蠢き、ガジェットの機体を締め付けていた。 ガリガリと装甲の削れる音が耳障りに響く。 ガジェットは無機物だからいい。しかし、もしこれが生物を対象に使われたら? 「なんというか、エグイですね……」 「対人戦で有効ではあるけどね。倫理的にどうかな」 「何言ってるんですか、あんなの人間相手に使えないですよ!」 その光景を想像して、顔を青褪めさせながら抗議するシャリオの言葉は非戦闘員らしい甘い意見だったが、確かになのは自身も不快に感じた。 あれはもはや捕縛魔法ではない。人を傷つける悪意に満ちた魔法だ。 そして、それを行使するキャロのひたむきな横顔に、酷く不釣合いな代物だった。 「あの鎖、無意識に召喚した物ですよね?」 シャリオの問いはどこか縋るような色が混じっていた。 あの幼い少女が、明確な意思を持ってあの凶悪な鎖を使ったとは思いたくない。 しかし、なのははそれに答えなかった。 「キャロはいろいろと事情を抱える子だから……。 それより、残り2体。モニターしてくれる? ティアナの様子も一緒に」 少々強引に意識を切り替えると、なのはは終わりに近づきつつある訓練の観察に集中した。 「スバル! 上から仕留めるから、そのまま追ってて!」 『おう!』 ティアナの指示に、疑いもなく快活な返答が返ってくる。 AMFとの相性が悪い射撃魔法しか使えないティアナが攻撃に出るのは得策ではない。他のメンバーに任せた方が確実だ。 チームとして考えるのならば、これは最良の判断ではなかった。 その事実を、スバルはやはり分かっていないのか、それとも分かっていて従っているのか。 どちらともあり得るから困る。 ティアナはガジェットの動きを追いながら苦笑した。 「でも、どちらにしろ―――この最初の一歩、竦んでたんじゃこれから先、話にならないのよ!」 覚悟を決め、足を止めてアンカーガンを構える。 射撃魔法でAMFを突破する方法はあるのだ。 外殻の膜状バリアでくるんだ多重弾殻射撃。外部の膜状バリアが相手フィールドに反応してフィールド効果を中和、その間に中身をフィールド内に突入させる。 本来はAAランク魔導師のスキルだが、ティアナはそれを―――もちろん出来ない。100%絶対に。 魔力弾の攻撃力と射撃自体のスキルを鍛えることに集中しすぎた今のティアナに、複雑な魔法の構築技術は持ち得なかった。 所詮、自分は凡人だ。何かを選べば、何かを選べなくなる。 この両手に握る分だけが精一杯。 「だけど……っ!!」 目標を睨み据えるティアナの瞳に、諦めや自嘲など欠片も存在していなかった。 二挺のアンカーガンに装填された二発ずつのカートリッジを全てロードし、持ち得る限りの魔力を両腕に集め、集束し、圧縮する。 慣れ親しんだ動作。それしか出来ないから。そして、それだけを続けてきたのだから。 「私には、私だけの力がある!」 極限まで集中するティアナの脳裏に、フラッシュバックのように過去の記憶が鮮明に蘇った。 ―――兄の死からずっと、力を求め続けてきた。 魔法を覚え、独力でデバイスの知識も身につけて、マイスターには程遠いがデバイスを自作出来るまでにもなった。 自分に才能がないことは分かってる。努力しかないことも分かってる。 だからそれをずっと積み重ねて、それなりに自信も出来て―――そしてあの日、全てが崩れ去った。 仇を憎む気持ちだけで強引について行ったダンテの<悪魔狩り>で、ティアナは自分の弱さを思い知った。 初めての実戦で萎縮する体。滲み出る<悪魔>の姿を恐れる心。未熟な肉体に幼い力―――何もかもが足りない。 作ったばかりのデバイスで何十発もの魔力弾を撃ちまくり、倒せた敵はせいぜい数体。 込める魔力量も、集束もまだ未熟だった。だが、少なくともその時のティアナの全力だった。 数発の魔力弾の直撃を受けて、それでも襲い掛かってくる<悪魔>の前でついに力尽きる。 もうダメか、と思った瞬間に横合いから飛来した魔力弾が一撃でそいつの頭を吹き飛ばした。 「―――なんだ、もうヘバったのか?」 既に他の敵を全滅させたダンテだった。 両膝を着くティアナとは対照的に、こちらには疲労の色すら見えない。 それが二人の差を如実に現していた。 「だから言ったろ? お前にはまだ早いってな」 「……うる、さいっ!」 「焦るなって、人生には余裕が必要だ。教えるのは柄じゃないが、そのうち銃を使うコツくらい教えてやるよ」 そう言って、陽気に笑いかける彼の態度がこの時ばかりは苛立ちしか感じなかった。 「……あんたに、何が分かるのよっ」 魔法に関しては自分に利があるはずだった。 デバイスにも差はない。いや、彼の持つデバイスは自分のアンカーガンのパーツを流用した簡易型だ。むしろダンテの物の方が劣る。 しかし、それらの要素全てを帳消しにしていた―――持って生まれたモノが。 「所詮あたしは……普通の人間なのよ! 魔力もセンスも大して無い! 無い物は少しずつ積み重ねるしかない!」 「オイ、落ち着けよ……」 「焦るなって何? そりゃ、焦らないわよあんたは! だって、最初から持ってるんだから……!!」 才能。素質。天性の力―――ダンテはそれを持っている。 妬むべき存在が、ティアナにとってあまりに身近に居すぎた。 そしてそれは、自分への失望と無力感が混ざり合った醜い激情をぶつける先となる。 「あたしはあんたとは違う!」 そんな卑小な自分が大嫌いで、タガの外れた心は負の感情を彼に向かって吐き出した。 「普通の人間と、あんたは違う!!」 ありったけの声で叫んだ言葉は、<悪魔>のいなくなった空間に痛いほど響き渡った。 沈黙したダンテの顔を見上げられず、俯いたままティアナはその静寂に耐え続ける。 心の奥に溜まった鬱憤を吐き出した後で彼女が感じたものは爽快感などではなく、凄まじいまでの後悔と自分への嫌悪感だった。 私は、最低だ……。 他人を妬む卑小な人間というだけじゃない。 言ってはいけないことを言ってしまった、屑だ。 ダンテが自分自身についてどう思っているのか、彼から初めてその出生を聞いた時に分かっていたハズなのに―――。 「……確かに、俺はお前とは違うな」 長い沈黙の後に聞こえた彼の声は、普段どおりのようで……。 しかし何処か違和感を感じて顔を上げると、普段の陽気さを装いながらも何処かぎこちなく笑うダンテがいた。 その顔を見て、自分は彼を傷つけたのだと悟った。 どんなに表情に出さなくても分かる。 後にも先にも、ダンテが弱みを見せたのはこの時の一瞬だけだった。 「ご、ごめん……そんな、つもりじゃ……」 ならば、一体どういうつもりだったというんだ? 冗談や一時の激情で言っていいことじゃなかった。 それを言ったんだ。自分は、確かな憎しみを持って彼を傷つけたんだ! 「いいさ、気にしてない。本当の事だしな」 「……ごめん」 「よせよ、深刻になるな。お前の素直じゃない態度は慣れっこだ、そうだろ?」 「ごめんなさい……っ」 頭の中はグチャグチャだった。全ての負の感情が内側に向けて湧き上がっていた。消えてしまいたい気分だった。 そうして蹲り、震えるティアナの様子を困ったように見つめ、ダンテは彼女の肩にそっと触れる。 この小さな肩に、背負うものはあまりに重い。 だが、それもティアナ自身が選んだ生き方だ。 ならば自分は、その生き方を嘘にさせない為にティアナを支え、導く―――柄じゃないのは分かってるが、それが死んだティーダへの誓いだった。 「―――ティア、人間は弱いか?」 唐突に切り出された話に、ティアナは弱弱しく顔を上げることしか出来なかった。 「確かに肉体は弱いかもな」 困惑した表情のティアナへ、意味深げに笑いかけてダンテは続ける。 「だが、<悪魔>にはない力がある」 そう言い切るダンテの表情に、嘘や誤魔化しはなかった。ただ確信がある。 恐怖を抱くほどに圧倒的な<悪魔>の力―――『ダンテの中にも流れる』力。 あれほどに分かりやすく強大な力とはまた違う力を、人間が持っていると彼は言う。 ティアナはそれが何なのか知りたくなった。 「人間の、力……?」 「そうだ。そいつは人間なら誰でも持ってる。半端だが俺にも……もちろんティア、お前にも宿ってる力だ」 言葉でだけなら、それは力のないティアナへの慰めに聞こえる。 だが『そうではない』とティアナには分かった。自分を真っ直ぐに見据えるダンテの眼が、そう信じさせるのだ。 知らず、ティアナは自分の小さな手のひらを目の前まで持ち上げた。 この頼りない手の中に、本当に力など隠されているのだろうか? 「その人間だけが持つ力を」 ダンテはティアナの取り落としたデバイスを拾い上げ、手に握らせた。 「―――銃(コイツ)に込める」 「力を、込める」 「そうだ。魔法じゃない、意志の問題だ。それが銃弾に生命を宿す」 ダンテは自分のデバイスを持ち直すと、ティアナに見せ付けるように指先で回転させた。 銃身が華麗に舞う。 普段は意味のないパフォーマンスだとバカにするその光景に、ティアナは魅せられた。 「生命を吹き込まれた弾丸は、持ち主に応える」 回転が止まり、虚空に狙いが定められる。 「後は簡単だ。狙って……撃つ!」 引き金を空引く音が響き渡り、何も出ない銃口の代わりに『BLAME!』とダンテが口ずさんだ。 「すると『大当たり』! ――――な、簡単だろ?」 そう言ってニヤリと不敵に笑うダンテの顔を見ているうちに、その話の内容を何もかも信じてしまいそうな気持ちになる。 我に返った時、心の中に燻っていた黒い感情は綺麗に消えていた。 代わりに堪えきれない可笑しさが込み上げ、ティアナは泣き出すのと笑い出すのを同時に堪えるような変な表情を浮かべた。 「何よ、それ……。そんなに簡単にいくなら、誰も苦労しないわよ」 「案外上手くいくもんさ。そして、一仕事終えたら相棒に祝福のキスだ。忘れるな? 大切なのは愛さ」 冗談めかしてそう言いながら自分のデバイスに口付けの真似をするダンテと、それを見て苦笑するティアナの間に、もうわだかまりはなかった。 この日、それまで積み重ねてきた全ては崩れ去った。 そして代わりに手にしたものは、これまで信じてきたものとは全く違う価値観と、力だった―――。 あの時に教えられた<力>は、今もこの胸に宿っている。 「でやぁああああああっ!!」 ティアナの両腕に集束される魔力がピークに達し、それは電光と化して荒れ狂った。 カートリッジと自身の魔力を掛け合わせ、更にそれを限界まで圧縮した反動によって放電現象を起こす程の力を銃身と両腕に纏う。 魔力を一点に溜める―――魔法の技術としては、ごく単純なもの。唯一つ、それが桁違いのレベルまで極められたものだという事以外は。 強く固められた雪は氷塊となって高温でも簡単に溶けはしない。 エネルギー体である魔力を限界まで集束し、物質化せんばかり圧縮した魔力弾がそれだ。 かつてない現象に、スバル達はもちろん、観察しているなのはとシャリオさえ驚愕に目を見開いていた。 「狙って……!」 過剰な魔力で震えそうになる銃身を押さえ込み、二つのターゲットに狙いを付ける。 ガジェットの動きは速い。もうかなり距離は開いた。 この距離は―――問題ない、必中範囲内だ。 「撃つ! <チャージショット>―――Fire!!」 ティアナの雄叫びに続いて、銃口が咆哮を上げた。 押さえ込まれていた魔力はまるで獣のように凶暴性を増し、雷鳴にも似た銃声を轟かせて『連続で』解き放たれる。 チャージショットは一発の魔力弾に力を集中するのではなく、デバイスそのものに魔力を集束させる事でその威力での連射を可能にしていた。 放たれた六連射。 それら全てに恐るべき威力と弾速を秘めた魔力弾は、一瞬にしてガジェットを捉え、AMFごと機体をぶち抜く。 無効化し切れない程の勢いと圧縮率がAMFを突破した理由だ。単純だからこそ明確で確実な手段だった。 魔力弾は全弾例外なく2体のガジェットを貫通し、その身に砲弾を受けたような大穴を空けた後、なおも道路を抉って霧散した。 「……やったぁ」 動く物がなくなり、誰もが息を呑むように静寂が満ちる中、スバルの感嘆の声が漏れた。 そして、それはすぐに歓声へと変わる。 「ナイス! ナイスだよティア~、やったねっ!!」 実際の声に加えて念話でも聞こえるスバルのはしゃぎ声が、疲労した体に何故か妙に心地良かった。 魔力を振り絞り、神経もすり減らした射撃のせいで息は乱れて脱力感も襲っている。 「このくらい……当然よ」 だが、同時に爽快感もあった。 信じて貫いた果てに、道が見えたのだ。 これまで自分の積み重ねてきた経験が生んだ結果だからこそ、余計に誇らしい。 「―――JACK POT(大当たり)」 自然と浮かんでいた笑みのまま、ティアナは最後を締めるようにそう呟いた。 それからその続きを思い出して、自分のデバイスを見つめたまましばし躊躇い、やがてほんの少し触れる程度にキスをした。 「強引に抜きやがったな、あいつ……」 最後の一撃を見届けたヴィータは、どこか面白そうな表情で呟いた。 傍らのシグナムも同じ顔をしている。 「愚直なまでの一点突破―――魔導師としては未熟だが、騎士としては見所があるな」 「あーあ、また始まったよ。シグナム好きそうだもんな、ああいうの」 「お前も似たような戦闘スタイルだろうが」 魔法以外のスキルで戦闘力を高めるタイプのティアナは、古い騎士の彼女達にとって妙な親近感を与えるものだった。 それに、ティアナ以外の新人メンバーに対しても、予想以上だったというのが二人の見解だ。 「ひよっ子どもには違いねえ。けど……なかなか面白くなりそうじゃねえか」 「同感だ」 可能性に満ちたルーキー達―――そう評したはやての言葉もあながち嘘ではない。 この機動六課があの四人によってどう変わってくのか。 いつの間にか、ヴィータとシグナムの胸のうちにも燻るものがあった。 「はやての言うとおりだ……」 昔と比べると随分変わった自分達の主。 その彼女がよく口にするようになった言葉が自然と出てくる。 「刺激があるから人生は楽しい」 「全員、最初の場所へ集合。10分の小休止の後、訓練を再開するよ」 初の模擬戦訓練をとりあえずの勝利で終え、気を抜く新人達になのはは指示を出す。 モニターに映る四人には少し疲労の色が見えるが、それを上回る興奮が足取りを軽くさせていた。 最初は初のガジェット戦で、半分くらい彼らの敗北を想定していたが、予想を超える結果に満足げに頷く。 「四人とも、思ったよりやりますね。所々驚く場面がありましたよ」 「そうだね。前衛はもちろん、後衛のメンバーの活躍もびっくりしたかな」 シャリオの言葉になのはは同意した。 おそらくこの四人の中では最強の単体戦闘能力を持つスバル。 年齢を考えれば驚異的なセンスとスピードを持つエリオ。 対AMFにおいて有効な手段を見出したキャロ。 そして―――。 「やっぱり、同じ射撃系魔導師のなのはさんとしては、一番気になるのはティアナ=ランスターですか?」 シャリオに意地悪げな笑みで図星を突かれ、なのはは苦笑を浮かべた。 ティアナの放った最後の射撃―――あれが眼に焼き付いている。 「射撃魔法のスキルレベルでは初歩の技。 もちろん錬度は半端じゃなかったけど、誘導性を付加できない過剰圧縮の魔力弾は命中率を完全に本人の腕に依存しているからね……魔導師としてはまだまだ未熟かな」 どちらかと言えば、魔導師というより戦闘者としての能力が高いのだ。 あれがデバイスでなく本物の銃であっても変わりはしないだろう。 「……でも、あの射撃はすごかった。魔力以外のものが込められてるのを感じたよ」 「魔力以外、ですか?」 絶えず四人のデータを取り続けていたシャリオが理解出来ない表情で呟く。 数字やデータでは表示されない何か。 なのはの心を震わせた強い衝動。 「魂、かな……?」 冗談めかして答えながら、なのははそれがあながち間違った表現ではないだろうと思っていた。 かつて自分が幼かった頃は幾つも抱いていて、成長した今はもう思い出す事しかしない、ゆずれない想いや意志。それを感じた。 大人になり、現実を知って、人の輪の中で生きる為の節度も身に付いてきた。 がむしゃらに走るだけなんて、もう出来ない。 ―――でも、少なくともあのティアナにはそんな形振り構わない熱い衝動が宿っている。 久しく感じたことのなかった高揚がなのはの胸の内から沸々と湧き上がってきていた。 何度となく行ってきた新人への教導。今回のそれは何処か一味違うような、不安とそれ以上の期待を感じるのだ。 「……次の模擬戦訓練、少し難易度上げてみようか」 「おっ、本領発揮し出しましたね、なのはさんのスパルタ地獄」 「スパルタで結構。訓練で地獄を味わうほど、現場では楽になるからね」 茶化すつもりだったシャリオは、そう答えて爽やかに笑うなのはの顔が一瞬鬼に見えて、知らず身震いした。 管理局内において<白い悪魔>と評される理由の一端がここにある。 それは圧倒的な力を指すものではない。必要な厳しさならば、例え鬼と呼ばれても痛苦を与え続ける教導官として姿勢から来るものだった。 「八神部隊長も言ってたでしょ? 部隊の誰にでも<不幸>は襲い掛かる。そして、あの子達はその確率が一番高い。 その時に、何かが足りなかったなんて後悔はさせたくない。 だから、わたしは育てるよ。例え鬼と思われてもいい、あの子達が自分の道を戦っていけるように……」 そしてこの四人なら、これまでにない成果を生み出す事が出来る。 そう確信を持って、なのははモニターに映る若きストライカー達を見つめていた。 彼らの訓練は、まだ始まったばかり―――。 出会いと戦いの夜が明け、仕事の報酬を受け取ったダンテは自分のネグラへと向かっていた。 管理局の治安から外れた廃棄都市街の一角にダンテの事務所はある。 少し前まで、そこはスラム同然の都市でもとびきり物騒な、ゴミとゴミ同然の人間が転がる厄介事の溜まり場だった。 しかし今やこの付近一帯に人気は無く、ただゴミだけが転がっている。 もちろん全てはダンテがここに居を構えてからだ。 強盗に押し入った人間が窓から吹き飛び、夜な夜な銃声と不気味な人外の悲鳴が木霊する場所にはさすがの荒くれ者達も近づくのを恐れたのだった。 悪魔も泣き出す危険地帯―――正しくダンテの店はその名を体言していた。 この辺りを訪れる者は、追い詰められて後の無い依頼人か奇特な知人、もしくはゴミ収集車くらいのものだった。 その閑散とした道を、ダンテは呑気に欠伸をしながら歩く。 ここしばらく<合言葉>の依頼が絶えない。仕事があるのはいい事だが、<悪魔>絡みの事件が増えるのは厄介事の前兆だ。 この世にいないハズの者が徘徊する事は、悪夢の序章を感じさせる。 しかし、そんな深刻な予感もとりあえず置いておいて、今はシャワーを浴びて一眠りしたいというのがダンテの本音だった。 区を跨いで仕事に飛び回るのはとにかく疲れる。勤勉な自分なんてスタイルじゃない。 人生には刺激と余裕が必要だ。 それがダンテの信じる世の真理だった。 「それとピザ、それからストロベリーサンデー……」 そんな風にいろいろと個人的な真理を付け加えながら、ダンテは辿りついた事務所のドアノブに手を掛けた。 鍵はいつも掛けないが、この事務所に盗みに入るバカはもういない。 ダンテは何気なくドアを開け、 内側から巻き起こった凄まじい爆発に吹き飛ばされた。 「うぉおおおおおおっ!!?」 ドア越しに奇襲された事はあったが、さすがに事務所を爆破されるのは初めてだった。 完全に不意を突かれた事態に驚く事しか出来ず、ダンテはドアと一緒に為す術も無く宙を飛ぶ。 爆風と炎に揉まれ、ゴミのコンテナに盛大に突っ込んだ。 爆発で事務所の窓という窓は割れ、単なる穴になった玄関からは黒煙が立ち昇る。 その中から、人の形をしていない三つの影が浮かび上がった。 これが<悪魔>のそれであるなら、ダンテにとって日常茶飯事の流れだった。 しかし、今回は違った。 黒煙の中から現れたモノは無機質な表皮とセンサーの眼を持つマシーン。 ガジェットだった。3体のうち2体は、ダンテは知らないがティアナ達も相手をした既存のタイプだ。 しかし、2体を付き従えるように一歩退いた位置に浮遊する一回り大きな影は少々様子が違う。 二つのタンクのようなものが増設され、アームケーブルとは別のベルト状の<腕>を持っていた。明らかに通常のガジェットとは違う強化が見て取れる。 そんな襲撃者達の詳しい情報を、もちろん魔導師ではないダンテは知り得ない。 コンテナに突っ込んだダンテはドアの破片とゴミに埋まり、淵から突き出た二本の足は力なく垂れ下がっているだけだ。 常人ならば、爆発に巻き込まれて気絶したか、あるいは死んだと思える。 一向に動かないダンテの様子を見て、沈黙していたガジェットの1体が素早く動き出した。 アームケーブルを伸ばしてコンテナに近づき―――次の瞬間、装甲を突き破って背中から肉厚の刀身が顔を出した。 「―――おい、鉄屑。風呂場とベッドは吹き飛ばしてないだろうな?」 コンテナの中から不機嫌そうな声が響き、そこから伸びたリベリオンに貫かれたガジェットがかろうじて答えるように火花を飛ばした。 フンッ、という鋭い呼気と共に今度は鋼が宙を舞う。 突然ロケットのように加速した剣に貫かれたまま、ガジェットの機体は事務所の二階に文字通り釘付けになった。 「見ない顔だな? 最近よく見る辛気臭い奴らとは違うが、無表情な奴は好きじゃない」 ゴミを払い落としながらダンテが姿を現した。 残った2体のセンサーを覗き込み、冗談めかして笑うダンテに、しかしもちろん愉快な色など欠片も浮かんでいない。 機械らしく戦いの雄叫びも上げずに、通常タイプのガジェットが突然攻撃を開始した。 中央の黄色いパーツから細く集束された熱線を放つ。 センサーに偽装し、攻撃に予備動作も伴わないその一撃を、ダンテは軽く体を傾けるだけで難なく避けた。 「おいおい、いきなり青色の変なもん撃ってくるな」 肩を竦めながら無造作に敵に歩いて近づく。 間断なくガジェットからの射撃は続くが、それらは全て人ごみを避けるような何気ない動作で回避されていた。 すでに目の前にまで接近したダンテを恐れるように、今度はアームケーブルが伸びる。 もちろんその細いアームの打撃力は低い。眼を狙って迫る攻撃を、やはりダンテは難なく掴み取った。 「腰を入れろよ、タイソンのパンチの方が十倍速い」 リベリオンは事務所の二階に突き刺さったままだ。 ダンテはそれを呼び戻すこともせず、空いた右手を硬く握りこんだ。 「形が似てるからお前はサンドバックに決定だ」 そして次の瞬間、拳がガジェットの鋼鉄のボディを掬い上げるように打ち抜いた。 腰の捻りと体重移動を十二分に効かせたプロボクサー顔負けのブローが、センサーの防護ガラスを砕いて機体内部に潜り込む。 中にある部品らしきものを適当に掴んで抉り出し、続いて体重を乗せた撃ち下ろしの右が炸裂する。 装甲を陥没させたガジェットは地面にめり込んで完全に沈黙した。 「ハッハァ、硬いサンドバックだったぜ! ……痛ぇ」 テンション高く両手を広げるポーズを見せつけたダンテだったが、やはり堪えきれずに少し赤く腫れた右手を押さえて蹲った。 しかし、残った最後の1体はそんな彼の無防備な姿を見ても微動だにしない。 どうやら奴が敵の真打ちで間違いないらしい。笑みを消し、拳を擦りながらダンテは鋭い視線をそいつに向けた。 『―――素晴らしい。素手でガジェットを破壊するなど、人間離れした力だ』 唐突に、口も持たないそいつが喋りだした。 スピーカーを通したような電子音声には確かな感情を含んだ人間味がある。 ダンテはそれが事務所を爆破した傍迷惑な黒幕の声なのだと察した。 この機械を通して何処かで見ているのか? 『いや、そもそも君は半分ほど人間ではなかったね。これは失礼した』 そして続くその言葉に、ダンテの雰囲気は豹変した。 敵も味方も変わらず相手をからかうような余裕のある態度が消え失せ、黒い瘴気を纏う殺気が噴き出す。 「……どうやら、随分と根暗な野郎みたいだな。コソコソ人の事を嗅ぎ回るんじゃねえよ」 目に見えるほどの魔力を体から立ち昇らせて、ダンテは明確な敵意を無機質なセンサーに叩き付けた。 それは例え電波を経由しても消せない、絶対的な死を予感させる言霊だ。 ほんの僅かだが、スピーカー越しに息を呑む音が聞こえた。 『…………恐ろしいね。今の君は<悪魔>寄りらしい』 「そう思うならとっとと出てきて謝罪しな。事務所の修理費払うなら、許してやってもいいぜ」 そう言って口の端を吊り上げたダンテの顔は、笑みの形を作りながらも牙を剥く獣のそれだった。 ガンホルダーからデバイスを抜き、いつ攻撃が始まってもおかしくない緊迫した状況で、二人の会話は続く。 『それはすまなかったね、悪気があったわけじゃないんだ。実は君とは友好的な関係を築きたいと思っている』 「だったら、まず人と話す時には顔くらい見せるようにしろよ。 ママに言われなかったか? 『顔を向けて話しなさい』『名前を名乗りなさい』『他人の家を爆破しちゃいけません』」 丁寧な物言いが逆に勘に触る。 今すぐにも撃ちそうになる苛立ちを抑えるように、ダンテはデバイスを玩んだ。 『これはまた失礼した。ワケあってまだ本名は明かせないが、私のことは<ドクター>と呼んで欲しい。この機械を作った博士だ』 「OK、ドクター。さっさと本題に入ってくれ。この鉄屑を弁償しろってんならお断りだ」 ダンテは足元に転がったガジェットを踏みつけた。 『それでは本題に入ろう―――<魔剣士の息子>である君の力を貸りたいのだ』 <ドクター>の口にする情報に、もうダンテは驚く素振りを見せなかった。 何処で手に入れたかは知らないが、コイツは自分を知り尽くしているらしい。動揺して見せるだけ癪だ。 だが、話の内容は少しだけ意外だった。 「……依頼か?」 『契約だよ。私の目的の為に力を貸して欲しい。もちろん、十二分な報酬は用意するつもりだ。 金は言い値で払おう。君が失った魔具を含め、戦闘力の面でも君の力を引き出す最高のバックアップを用意している』 提示される仕事の内容を聞き流しながら、もはやダンテは何も言わず静かにデバイスをガジェットへ向けた。 コイツは<悪魔>を知っている。 それでもなお、恐れを見せない人間は二通りだ。悪魔を恐れぬ心の持ち主と―――悪魔の力に魅せられた者。 しかし、完全な敵対者となったダンテの敵意を意に介さず、ガジェットから聞こえる声は話を続けた。 『―――もちろん、この世界の技術であるデバイスも最高の物を用意しよう。そんな出来の悪い玩具などではなく』 ダンテの握る簡易デバイスを指して、何処か嘲るように言った。 その一言で、ダンテの大して迷いもしなかった意思は完全に固まった。 「そいつぁご親切に。―――『NO』だ」 <ドクター>の誘いを歯牙にも掛けず、引き金を引いた。 しかし、魔力弾は発射されない。カチッカチッと虚しく引き金を空引く音が響く。 ダンテのデバイスに備えられたトリガーは機能のない完全な<遊び>だ。銃を使う時の癖と、魔力弾を放つ時のイメージをしやすくする為の物に過ぎない。 だから引き金を引いてもそれが作用して弾が出ることは無いが、それ以前に魔力が集束出来なかった。 『言い忘れていたが、既にAMFの範囲内だ』 眉を顰めるダンテを嘲笑するように<ドクター>が告げた。 『君の魔力結合は、この無効化フィールド内では即時分解される。分かりやすく言うと―――無駄だ』 「なるほど、クソッタレな機械だ」 いつの間にか装置を発動させたガジェットを睨み据え、ダンテは舌打ちする。 やはりダンテの知らない情報だったが、このガジェットは新型の試作品として造られた物だった。 AMFの範囲と出力共にこれまでの物を凌駕し、例えダンテのデバイスが高性能であってもこの中で魔法を行使することは酷く難しい。 そもそも遠隔操作によって全く身の危険のない<ドクター>は余裕を持って会話を続けた。 『ところで、理由を聞かせてもらっていいかな? 何故、私の依頼を断るのか』 「簡単さ、あんたが気に入らない」 『事務所に関しては弁償しよう』 「それにな」 無力化されたデバイスを目の前に掲げ、ダンテは小さく笑った。 陥った自らの状況に怒りと苛立ちを感じる中、そのデバイスを一瞥した瞬間だけ瞳から険が薄れる。 「―――こいつは俺のお気に入りでね。それを馬鹿にされて、尻尾は振れないな」 視線をガジェットに戻した時、ダンテが向けたものはそれまでの黒い感情ではなく、汚れない人間としての怒りだった。 もはや単なる鈍器と化したデバイスを、再びガジェットに突き付ける。 『……どうやら、脅威となるのは君の<力>だけのようだ。精神はあまりに不完全すぎる』 「それが人間さ。交渉が決裂したところで、こいつを喰らいな」 『だから無駄だと……っ!』 嘲りは驚愕を以って遮られた。 突きつけられたデバイスと、それを握るダンテの腕におびただしいまでの魔力が集結しつつある。 血のように凄惨で、炎のように燃え滾る真紅の魔力。 極限まで集束されたそれが、AMFの影響下にあってなおプラズマのように荒れ狂ってスパークを繰り返していた。 「玩具かどうか試してみな? 悪魔を葬る銀の弾丸だ、ドクター・フランケンシュタイン」 ニヤリと笑うダンテの形相は恐ろしい気迫に満ちていた。 暴走寸前にまで込められた魔力が放たれた際の威力は想像に難くない。 もはやガジェットは完全に沈黙を貫いている。機械の姿に怯えは見えず、しかしセンサーの奥で潜んで見える恐怖を隠して。 そして唐突に、ガジェットは逃走に移った。 弾けるように上空へ飛び上がり、そのまま高速で飛行して、空を飛べないダンテから逃れようとする。 しかし―――。 「―――JACK POT」 引き金を引く前から必中確定。真紅の魔力弾が、無防備な標的の背を撃ち抜いた。 轟雷のような銃声が響き渡り、次の瞬間銃口の先では大穴を開けられたガジェットが空中分解しながら落下していく。 先ほど自分が突っ込んだゴミのコンテナへ、盛大な音を立てて墜落した鉄屑を見届けると、ダンテはデバイスをクルリと回してガンホルダーに滑り込ませた。 「な、簡単だろ?」 誰にとも無く呟いて、ダンテは黒煙を上げる残骸の元へと歩み寄った。 弱弱しい煙を見る限り、火事の心配はないらしい。ゴミと一緒に綺麗に収まったガジェットの破片を見て、片付けの手間が省けたと満足げに頷く。 しかし、残骸に混じって見える鈍い輝きに気付いて眉を顰めた。 大破した機体の中に手を突っ込み、どうやら格納されていたらしいソレを引きずり出す。 「……まいったね、コソ泥の真似までしてたのかよ」 それは剣だった。 ダンテが常備するリベリオンとは違う形状の、一回り小さな両刃の剣だ。 シンプルな装飾と特色のない造形美を持つその剣の名は<フォースエッジ> 事務所に置いてあった物だった。 「コイツが目的だったのか……?」 どうやらおかしな細工はされていないらしい剣を眺め、訝しげに呟く。 襲撃者の真の目的がこの剣を手に入れることだったとしても疑問は絶えない。 名剣であることは確かだが、一見するとこれはただの剣でしかない。『これ一本では』ただの原始的な武器でしかないのだ。 そんな物を欲しがるなど、骨董品収集が趣味の物好きか、あるいは―――それ以外に剣の用途を見つけた者か。 「……まさかな」 脳裏に浮かんだ疑念を否定しながらも、ダンテは服の下に隠れた物を押さえた。 あの<ドクター>の目的がこの剣と、加えてもう一つ、常に持ち歩いているコレを入手することだとしたら―――? <この世界>に現れ始めた悪魔を見た時、自分の宿命とは逃れられないと悟った。 そして今、そのクソッタレな運命の導きとやらが、再び自分の目の前に強大な闇を招こうとしている。 「親の因果が子に付き纏うってか……もうちょっと楽させて欲しいんだけどな」 自分だけが知る深刻な事態の進行を茶化すようにぼやいて踵を返す。 とりあえず、今見つめるべきは、待ち受ける過酷な運命とやらでも謎に満ちた強大な敵ってヤツでもない。 二階に愛剣が突き刺さり、未だに窓から弱弱しく煙を上げる事務所の前に立つ。 ドアがなくなって随分と出入りのしやすくなった玄関から泣きそうになりながら中を覗き込んで、それから頭を抱えたくなった。 リフォームを終えた事務所の内部は見るも無残な有り様と化していた。 革張りのソファーは綿が飛び出し、苦労して手に入れたレア物のジュークボックスは横倒しになっている。床は穴だらけだ。 天井で弱弱しく回っていたシーリングファンが、ついに力尽きて落下する乾いた音が空しく響いた。 正直、敵が残したダメージはこちらの方が深刻だった。 「……OK、ドクター。あんたの気持ちはよく分かった」 再び対峙することがあればもはや無条件に敵となる決意を固め、ダンテは恨みを込めて呟いた。 「次に会ったら修理費を請求させてもらうぜ、利子付きでな」 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> ・ファントム(DMC1に登場) 俺は蜘蛛が嫌いだ。脚が多すぎるからな。 待ち伏せして、糸でもがく獲物を絡め取る陰湿な性格もいただけない。 だが、そんなイメージを<幻影>なんて名前と一緒に吹き飛ばすのが、この巨大な蜘蛛の化け物の実態だ。 マグマの肉体を硬い外骨格で覆い、強力な炎の魔力で周囲を焼き尽くして、馬鹿でかい口で人間なんて丸呑みにしちまう。 特に長い年月を生きて力を蓄えた奴は魔剣の刃さえ弾き返す。まるっきり重戦車並だ。 何より恐ろしいのが、実際の蜘蛛の生態と同じでコイツが種族を持つ一匹単体の存在じゃないって点だ。 何千という子蜘蛛は、もちろん悪魔の弱肉強食の中で淘汰されてほとんど生き残らない。 しかし、その内の何匹かは見事生き延びて、上位悪魔に君臨する化け物へと成長するわけだ。 決して多いわけじゃないが、こんな化け物が複数存在するなんて、考えるだけでもゾッとするぜ。 さすがの俺も、退治には骨が折れるだろうな。 前へ 目次へ 次へ
https://w.atwiki.jp/yaruoperformer/pages/1716.html
主要キャラクター ヴィヴィオ 高町なのは フェイト・テスタロッサ ユーノ・スクライア 時空管理局 クロノ・ハラオウン リンディ・ハラオウン レジアス・ゲイズ 機動六課 ギンガ・ナカジマ スバル・ナカジマ ティアナ・ランスター 八神家 八神はやて ヴィータ ザフィーラ シグナム シャマル リインフォース その他キャラクター 月村すずか プレシア・テスタロッサ ナンバーズ ジェイル・スカリエッティ チンク ウーノ セッテ Vivid アインハルト・ストラトス オリヴィエ・ゼーゲブレヒト ヴィクトーリア・ダールグリュン ViVid Strike! フーカ・レヴェントン リンネ・ベルリネッタ マテリアルズ 星光の殲滅者/シュテル・ザ・デストラクター 雷刃の襲撃者/レヴィ・ザ・スラッシャー 闇統べる王/ロード・ディアーチェ 砕け得ぬ闇/ユーリ・エーベルヴァイン 魔法少女リリカルなのはシリーズ ViVid ViVid Strike!
https://w.atwiki.jp/a_nanoha/pages/36.html
オリヴィエ「クラウス、今まで本当にありがとう」「だけど私は行きます」 クラウス「待ってくださいオリヴィエ!勝負はまだ……!」 オリヴィエ「あなたはどうか良き王として国民とともに生きてください」「この大地がもう戦で枯れぬよう」 「青空と綺麗な花をいつでも見られるような、そんな国を――」 クラウス「待ってください!まだです!!ゆりかごには僕が――!」「オリヴィエ!!僕は――!!」 アインハルト『いつもの夢』『一番悲しい覇王(わたし)の記憶』 区民公園 AM6 08 ノーヴェ「アインハルトのことちゃんと説明しなくて悪かったな」 ヴィヴィオ「ううん」「ノーヴェにも何か考えがあったんでしょ?」 ノーヴェ「あいつさ、お前と同じなんだよ」「旧ベルカ王家の王族――「覇王イングヴァルト」の純血統」 ヴィヴィオ「―――そうなんだ」 ノーヴェ「あいつもいろいろ迷ってんだ。自分の血統とか王としての記憶とか」 「でもな、救ってやってくれとかそーゆーんでもねーんだよ。まして聖王や覇王がどうこうじゃなくて」 ヴィヴィオ「わかるよ、大丈夫」「でも、自分の生まれとか、何百年も前の過去の事とか、どんな気持ちで過ごしてきたのとか」 「伝えあうのって難しいから思い切りぶつかってみるだけ」「仲良くなれたら教会の庭にも案内したいし」 ノーヴェ「ああ、あそこか…いいかもな」「悪いな、お前には迷惑かけてばっかりで」 ヴィヴィオ「迷惑なんかじゃないよ!友達として信頼してくれてるもの」 「指導者(コーチ)として教え子(わたし)に期待してくれるのも、どっちもすごく嬉しいもん」 「だから頑張る!」 まっすぐな瞳で―― Memory;07☆「はじめまして」 アラル港湾埠頭 13 20 廃棄倉庫区画 試合時間 10分前 アインアハルト「お待たせしました」「アインハルト・ストラトス参りました」 ヴィヴィオ「来ていただいてありがとうございます、アインハルトさん」 ノーヴェ「ここな、救助隊の訓練でも使わせてもらってる場所なんだ」 「廃倉庫だし、許可も取ってあるから安心して全力出していいぞ」 ヴィヴィオ「うん、最初から全力で行きます」「セイクリッド・ハート、セットアップ!」 アインハルト「――武装形態」 ノーヴェ「今回も魔法はナシの格闘オンリー5分間1本勝負」 リオ「アインハルトさんもおとなモード!?」 ノーヴェ「それじゃあ試合――開始ッ!!」 アインハルト『きれいな構え……油断も甘さもない』「いい師匠や仲間に囲まれて、この子はきっと格闘技を楽しんでいる」 『私はきっと何もかもが違うし、覇王(わたし)の拳(いたみ)を向けていい相手じゃない』 ヴィヴィオ『すごい威圧感』『いったいどれくらい、どんなふうに鍛えてきたんだろう。勝てるなんて思わない』 『だけどだからこそ一撃ずつで伝えなきゃ』『「このあいだはごめんなさい」と――』 『私の全力。私の格闘戦技(ストライクアーツ)!』 アインハルト『この子は――』 ヴィヴィオ「~~~ッッ!!」 「やった!?」 ヴィヴィオ「はぁぁあっ!」 アインハルト『この子はどうして』 ヴィヴィオ「~~ッ!!」 アインハルト『こんなに一生懸命に――?』『師匠が組んだ試合だから?』『友達が見てるから?』 ヴィヴィオ『大好きで大切で』『守りたい人がいる』『小さなわたしに強さと勇気を教えてくれた』 『世界中の誰より幸せにしてくれた』『強くなるって約束した』「あああっ!!」『強くなるんだ』『どこまでだって!!』 煽り【覇王断空拳】 ノーヴェ「―― 一本!」「そこまで!」 オットー・ディード「陛下!」 リオ・コロナ「ヴィヴィオ!!」 ノーヴェ「ヴィヴィオ、大丈夫か?」 ディード「怪我はないようです…大丈夫」 ディエチ「アインハルトが気をつけてくれたんだよね、防護(フィールド)を抜かないように」 ウェンディ「ありがとっス、アインハルト」 リオ・コロナ「ありがとうございます」 アインハルト「ああ、いえ…」「……!?」 ティアナ「あらら」 アインハルト「あ、すみません……あれ!?」 ティアナ「ああ、いいのよ、大丈夫」 ノーヴェ「ラストに一発カウンターがかすってたろ、時間差で効いてきたか」 アインハルト「だ、大丈夫……大丈夫、です」 スバル「よっと!」 ノーヴェ「いいからじっとしてろよ」 ティアナ「そのまま、ね」 アインハルト「……はい」 ノーヴェ「断空拳はさっきのが本式か?」 アインハルト「足先から練り上げた力を拳足から打ち出す技法そのものが「断空」です」 「私はまだ拳での直打と打ち下ろしでしか撃てません」 ノーヴェ「なるほどな」「――でヴィヴィオはどうだった?」 アインハルト「彼女には謝らないといけません」「先週は失礼な事を言ってしまいました。――訂正しますと」 ノーヴェ「そうしてやってくれ、きっと喜ぶ」 アインハルト『彼女は私が会いたかった聖王女じゃない』『だけど私はこの子とまた戦えたらと思ってる』 「はじめまして……ヴィヴィオさん」「アインハルト・ストラトスです」 新暦79年春 ノーヴェ「それ、起きてるときに言ってやれよ」 アインハルト「……恥ずかしいので嫌です」「どこかゆっくり休める場所に運んであげましょう。私が背負います」 リオ・コロナ」はい!」 高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスはこうして出逢った これが彼女たちの鮮烈(ヴィヴィッド)な物語の始まりの始まり 魔法少女リリカルなのはViVid始ります――