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この物語の登場人物 第2部編 九重 翔(ここのえ かける) リリィ(りりぃ) 佐和田美由紀(さわだ みゆき) シラユキ(しらゆき) 真野(まの) 御影(みかげ) 千鶴(ちづる) 箕輪(みのわ) 九重 翔(ここのえ かける) 17歳で高校2年生の神姫オーナー。 オーナー経験はまだ浅いが、冷静な判断を備えており、判断力も高い。 ただしそれはバトルでの話で、普段は気のいい性格であり、リリィには初神姫ということもあり多少甘いところがある。 世話になっている『真神よろず本舗』の常連であり、店長の真野に気に入られている。 美由紀とはある場所で知り合った顔見知り。 リリィ(りりぃ) 翔の神姫でパーティオタイプ。 元々は『真神よろず本舗』のショーケースで飾られていた展示品だったが、店長の計らいにより翔に迎えられた。 まだ起動して半年ほどで、バトル経験もそれほど多くない。 少々甘えん坊なところがあり、事あるたびに翔に甘い声を出したり、しがみついたりする。 しかし実はがんばりやで、バトル時にはどんなに倒されても立ち上がってくる根性を持っている。 現在、ホーリーベルを目標として日々訓練中。 武装は通常のパーティオタイプの装備+リインフォースソードⅡ、プチアームズ『Dイーグル』。特にリインフォースソードⅡは彼女にとって数少ない必殺武器である。 佐和田美由紀(さわだ みゆき) 大学生の神姫オーナーだが、ほかのタイプのロボットにも興味を持つ。 ロボット工学の趣味が転じて神姫の世界に足を突っ込んだが、当初はファンに近い形だった。 しかし、ワールドロボットフェスティバルの会場で都村いずると出会ったときから、彼女は変貌を遂げた。これまで戸惑っていた神姫オーナーをはじめ、パートナーのシラユキと共にバトルロンドに参加したのだ。 ロボットバトルを知り尽くしている彼女は、瞬く間に中堅クラスまで経験値を上げていった。その期間はわずか1年ほどで、神姫のレベルアップとしては異例であった。 翔とは神姫オーナー以前に知り合っており、翔が神姫オーナーになったときも、たびたびアドバイスを送っている。 バトルでは冷静沈着な行動を通すが、普段は天然ボケでやさしげな性格。そのため、それに気づかないファンは多く、真実を知ったときはバトル時とのギャップに驚くという。 シラユキ(しらゆき) 美由紀の神姫。ボディこそウェルクストラを基としているが、頭部や一部のパーツは同人キットのものを使用している。 いわゆるハンドメイドに近いMMSだが、基本的に市販のものを使用しているため、レギュレーションには違反していない。 性格はいたって真面目で、美由紀の突っ込み役も担っている。ただしバトルに対する情熱は高く、時には美由紀の指示に従わないときもある。とはいえ、美由紀自身はそれを理解しているため、大沙汰になることはない。 装備を変更することで様々な戦況に対応することが出来る。あらかじめ装備を選択して出場するときは、美由紀のトランク内にある、換装システムを内蔵したキャリアー(リボルキャリアー)内で行なうが、試合中に換装する場合はキャリアー自体を出動させ、換装システムを展開して行なう。ただし実際に換装する場面は少ない。それぞれの装備自体も小型ビークルとしての機能を持たせており、単独で発進するときもある。 今までの試合で使われた装備は3種類だが、キャリアー内に収納されているのは4種類ある。そのため、残りの1種類が何の装備なのか、という憶測がファンのなかで飛び交っている。 真野(まの) 『真神よろず本舗』の店長。 お調子者で気さくだが、神姫をはじめとするロボット工学のノウハウを知る人物。過去のことはあまり語らない彼だが、昔はある会社に関わっていたらしく、それに関する人脈を持っている。 個人的に気に入っている翔を影でサポートする。 御影(みかげ) 箕輪をオーナーとする、飛鳥夜戦仕様タイプの神姫。 ホログラフィック・ミラージュ(光学迷彩)を用いての奇襲を得意とする。このシステムにより、朧幻影の術や影分身の術を仕様、相手を翻弄する。また、2基の動力機をフル活用する高速戦闘や一撃離脱なども得意とする。 性格は豪快で、思い切った作戦や行き当たりばったりの攻撃等を仕掛けることが多い。そのためなのか、今ひとつ詰めが甘いところがある。しかし、千鶴にアドバイスをかけているところを見ると、ある程度の知識は持っているようだ。 千鶴(ちづる) 箕輪の手元にいる、こひるタイプの神姫。 臆病で、人見知りする性格だが、戦闘時には一所懸命がんばる面もある。 ビットタイプの武器、箸ファングを2組と、ツガルのシールドを改造したライフルビットを2門装備する。これは、出来るだけ相手を傷つけないで勝利する、彼女の意思が尊重された武器である。近接近戦用武器としてクナイを一本装備しているが、非常時にしか使用しない。 箕輪(みのわ) 真野の親友で御影のオーナー。真野とは旧知の仲。翔とリリィを鍛えるために、自分の店に招待し、千鶴と対決させた張本人でもある。 真野とは異なり、落ち着いて行動するタイプだが、真野と意気投合することもある。 もどる
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ここは上海。 普段の活気が消え失せ、不気味に静まりかえったこの地を、二つの二頭身の人影が歩いていた。 「ふあ……。眠いです……。私、いつも10時には寝てるのに……。 殺し合いだか何だか知りませんけど、こんな夜遅くに始めるなんて非常識です! なんか気が付いたら長門さんとかいないしー!」 「静かにしなさい! 殺し合いに乗ってる人間がうろついてるかもしれないのに、そこら辺で寝るわけにもいかないでしょ! まずは安全な拠点を確保しないと!」 寝ぼけ眼の少女……あちゃくらさんの手を取りながら、もう一人の少女……あしゃくらさんは歩を進め続ける。 「まったく、外見は私に似てるのに、中身は全然駄目なんだから……」 「むぅ、聞き捨てなりませんね、その言葉。私だって昼間なら、あなたなんかよりずっと優秀なんですよ!」 「なんですって! 黙って聞いていればいい気になって! 取り消してください!」 歩きながら、口論を行う二人。結果として前方不注意となり、進行方向にいた人物にぶつかってしまう。 「あっ、すいませ……ひっ!」 素直に謝ろうとして、あしゃくらさんは凍り付く。彼女のぶつかった相手が、全身に返り血を浴びた仮面ライダーだったからだ。 その足下には、太った中年男が顔面を蒼白にして横たわっている。おそらくは、この仮面ライダーにやられたのだろう。 「なんだお前らは……。鬱陶しいんだよ!」 苛立った声で呟くと、ライダーは問答無用で剣を振り下ろす。奇跡的にその一撃を回避した二人は、一目散にライダーから逃げ出した。 だが、歩幅の狭い二人がどんなに頑張ってもさほど距離は稼げない。瞬く間に追いついたライダーは、再び剣を振るう。 だがその瞬間、あしゃくらたちの姿がライダーの前から消えた。 「何ッ!?」 思わず、驚愕の声をあげるライダー。そのまま振り下ろされた剣は、空を切りアスファルトに突き刺さる。 「舐めた真似しやがって……! イライラするぜ!」 感情のままにわめきながら、仮面ライダー王蛇は逃げた獲物を探すべく歩き出した。 「うん、あいつはもう行ったみたいだよ」 すぐ近くの路地裏。そこから顔を出したパイナップルヘアの少女は、王蛇が去ったのを確認すると足下の二人に呼びかけた。 「いやー、間一髪だったねえ。この引き寄せの杖とやらを持った私がたまたま通りかからなかったら、どうなってたか」 「私たちもあのおじさんのように、血の海に沈められていたでしょうね……」 少女の言葉に、顔を引きつらせながら答えるあちゃくらさん。あしゃくらさんは、その横でガタガタと震えている。 「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は朝倉和美っていうんだ。君たちは?」 「私はあしゃくら。こっちはあちゃくらです」 「そっかー。よろしくね。ところで君たち、私と一緒に来ない? 私はこのバトルロワイアルを止める方法を調べてるんだけど、仲間は多い方がいいでしょう?」 「そうですね、よろしくお願いします」 「私も異存はありません。よろしくお願いします」 「うんうん、よろしく」 朝倉は二人と、順に握手を交わす。 「よし、それじゃあバトルロワイアル破壊のため、三人で頑張ろう!」 「その前に……眠いです……」 「あー、こんなところで寝ちゃ駄目だよー!」 三人の前途は、どうにも多難なようである。 【午前0時30分/中国・上海】 【浅倉威@仮面ライダー龍騎】 【状態】イライラ、仮面ライダー王蛇 【装備】王蛇のデッキ@仮面ライダー龍騎 【道具】支給品一式 【思考】 1:イライラするので皆殺し 2:逃げた連中を見つけて殺す 【あしゃくらさん@にょろーん ちゅるやさん】 【状態】健康 【装備】なし 【道具】支給品一式、不明支給品 【思考】 1:キョンくんのためにも、バトルロワイアルを止める 【あちゃくらりょうこ@涼宮ハルヒちゃんの憂鬱】 【状態】ものすごく眠い 【装備】なし 【道具】支給品一式、不明支給品 【思考】 0:寝たい 1:バトルロワイアルを止める 2:長門と合流を目指す 【朝倉和美@魔法先生ネギま!】 【状態】健康 【装備】なし 【道具】支給品一式、引き寄せの杖[2]@トルネコの大冒険 【思考】 1:バトルロワイアルを止める方法を見つけ出す 【アサクラ@機動戦士ガンダム 死亡】 死因:斬殺
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キズナのキセキ ACT1-9「雨音」 ◆ 三日ぶりの食事を口にして、菜々子はようやくまともに動けるようになった。 火曜日の夕方近く。 空は濃い色の雲をはらみ、今にも泣き出しそうだ。 家の中は日が落ちた後のように暗い。 菜々子は居間を出ると、自分の部屋に入った。明かりをつける。 この三日、寝っぱなしだったという。 もちろん、その記憶は菜々子にはない。 なんとか思い出せるのは、あの寒い夜、ミスティを必死で抱きしめたところまでだった。 菜々子は、せめて部屋着に着替えようと、タンスを開けようとした。 そのとき、ふと目に止まったものがある。 携帯端末だ。 着信を知らせるランプが、チカチカと瞬いていた。 菜々子はベッドの上の携帯端末を、何の気なしに手に取った。 そして、メールの着信を確認する。 「な……に……これ……」 菜々子は息を飲む。 メールも電話も膨大な着信が記録されていた。 相手は、花村をはじめとする七星のメンバー……『ポーラスター』の仲間たちだ。 メールも留守電も、至急連絡が欲しい、という内容だった。 緊急の用件であることは、留守電の切羽詰まった口調が如実に表していた。 菜々子は、まだ動きの鈍い身体を叱咤して、急いで服を着込んだ。 わたしが寝ている間に、何かとんでもないことが起きたに違いない。 もしかすると、お姉さまが関係しているのかも知れない。 考えている間に、菜々子の心にどんどんと不安が広がってくる。 菜々子は身支度もそこそこに、頼子に外出すると告げるのも忘れて、家を飛び出した。 ◆ 『ポーラスター』への道のりは、これほど遠いものだったろうか。 菜々子は店の前で荒い息を飲み込みながら、そう思った。 身体はまったく本調子ではなかった。 本来なら、まだベッドで横になっていたいところだ。 それでも、菜々子は不安と焦燥に駆られ、重い身体を引きずるようにして、『ポーラスター』にたどり着いた。 しばらく呼吸を整える。 ある程度落ち着いたところで、菜々子は入り口の自動ドアをくぐった。 すぐにバトルロンドコーナーのある二階へ向かう。 通い慣れた店だ。考えるより早く足がそちらへと向いた。 『七星』はいつもの定位置にたむろしていた。 珍しいことに、五人のメンバー全員が揃い踏みだ。 「あ! き、来た……!」 メンバーの一人が菜々子に気づき、指を指す。 すると、花村を先頭に、メンバーが菜々子に近寄ってきた。 「久住ちゃん……」 「遅くなってごめんなさい……何があったの?」 「君も大変だってことは分かってるけど……まずいことになった」 花村がこんな苦渋の表情をしているのを、菜々子は見たことがない。 「なにが、あったの」 「桐島ちゃんが、ここに来た」 その言葉は予想の範囲内ではあったが、菜々子の心に少なからず衝撃を与えた。 花村の脇から、『七星』の一人が声を上げた。 「あいつ、ここでバトルして……俺たちの神姫のAIを奪っていったんだ!」 「……え?」 戸惑う菜々子に、花村は胸ポケットから神姫を取り出した。 花村の神姫、ローズマリー。 彼女は目を開いたまま、意識を無くし、ぐったりとして動く気配もなかった。 こんな状態の神姫を見たことがあるような気がする。 「これは……もしかして……」 「AI移送接続ソフトだよ」 「やっぱり……」 見たことがあるはずだった。 以前、『ハイスピードバニー』ティアが、井山という卑怯な神姫マスターにバトル中に仕掛けられた、一種のウィルスソフトだ。 神姫のAIを、バーチャルバトルのスペースから、別のサーバーへと転送してしまう。 その結果、神姫の意識は神姫の身体を離れ、戻ってこられなくなってしまうのだ。 他の『七星』メンバーも、神姫を取り出した。 みな、目を開いたまま、瞳から光を失い、意識を無くしている。 昨日。 『ポーラスター』に来た桐島あおいは、『七星』を相手にバトルをした。 前日に、花村は遠野と、あおいの話をしたばかりである。 だから、花村もローズマリーも警戒していたし、『七星』のメンバーにも注意を促した。 しかし、マグダレーナの超絶とも言える実力の前には、そんな警戒など無意味だった。 『ポーラスター』の『七星』をもってしても、マグダレーナにはかなわず、ことごとく敗れた。 そして、バトル終了直前に、神姫のAIを奪われた。 「どうして、こんなことを……」 「桐島ちゃんの目的は分かってる……久住ちゃんだよ」 「……え?」 「桐島ちゃんは、久住ちゃんともう一度一緒にバトルしたい、そう言ってる。その条件と引き替えに、俺たちの神姫のAIを戻すって……」 菜々子は頭をぶん殴られるような衝撃を受けた。 なによそれ。 この間惨敗したばかりのわたしと、また戦いたいなんて。 それも、仲間の神姫を人質に取ってまで。 これ以上、わたしに、何をさせたいって言うの!? 「……桐島ちゃんとバトルしてくれるよな?」 菜々子はうつむき、唇を噛んだ。白く小さな拳は震えている。 この答えを返すことは、菜々子にとって苦渋だった。 「……無理よ……」 「なんでだよ!?」 花村の後ろから、『七星』の一人がくってかかる。 「桐島は、別にバトルに勝て、と言ってるんじゃない! お前と、ミスティと戦えれば、それでAIを返すと言ってるんだ!」 「だから、そのミスティが壊されて、戦えないのよ!!」 あの夜の記憶は、少しあやふやだ。 だけど、はっきりと覚えていることがある。 ミスティが最後にマグダレーナに飛びかかった瞬間、その恐怖。 また自らの神姫を失うかもしれない、絶望の縁を。 そんな菜々子の気持ちも知らず、『七星』たちはさらに言い募った。 「……だったら、新しい神姫を手に入れればいい」 「あたらしい、しんき……?」 「別に戦えればいいんだろ? 中古でも何でも適当な神姫を買ってきて、桐島の神姫と戦わせればいい」 「な……何言ってるの」 「今はそれしかないかも知れないな」 最後に花村がため息混じりに同意した。 菜々子は愕然とした。彼らは自分たちが何を言っているか、わかっているのだろうか。 「わたしに神姫を使い捨てろって言うの!?」 あのマグダレーナに、起動したばかりの神姫が、かなうはずがない。 その神姫は、マグダレーナと戦い、破壊されるためだけに、起動されるのだ。 負けて破壊されることが前提の神姫と、どう向き合えばいいというのか。 向き合えるはずがなかった。 一度は最愛の神姫を失い、数日前にも神姫を失いかけた菜々子に、そんなことが出来るはずはなかった。 だが、『七星』たちは本気だ。 「別にいいだろう。ミスティが修理されて戻ってくれば、お前の神姫はちゃんといるんだから」 これが、かつて憧れた『七星』のメンバーたちの言葉だとは、菜々子にはとても信じられない。 マスターと神姫の絆の大切さを教えてくれたのは、他ならぬ彼らだというのに。 「そんなことっ……神姫を壊されるためだけに起動するなんて……できるわけないじゃない!!」 「そうしなければ、ここにいる『七星』の神姫全員戻ってこない! たかが中古の神姫一体と、みんなが一生懸命に育てた神姫、どっちが大事だよ!?」 花村の言葉に、菜々子は愕然とする。 神姫一人を生け贄に、自分たちの神姫を取り戻そうとしている。 それで当たり前だと、仕方がないことだと、思っている。 使い捨てられる神姫にも心があることを考えていない。いや、分かっていても、考えないようにしているのだ。 『七星』の立場からすれば、自分たちの神姫と中古の神姫を天秤に掛けるまでもない。 菜々子が中古の神姫を使い捨ててくれさえすれば、自分たちの神姫が戻ってくる。それで神姫を失う恐ろしさから逃れられるのだから。 あとは菜々子の心一つだった。 だが、菜々子は『七星』の考えを理解できない。 神姫を失う恐ろしさは理解できても、そのために神姫を犠牲にすることは納得できなかった。 神姫マスターなら知っているはずだ。 神姫を起動したとき、初めて見せる無垢な表情を。 どんな顔をして、その表情を見ればいい!? 「できない……」 「え?」 「どんな理由があっても、わたしには、神姫を使い捨てるなんて出来ない……!」 『七星』のメンバーは、その一言に色めき立った。 「じゃあ、どうするって言うんだ! 俺たちの神姫は見殺しかよ!!」 「わたしが……お姉さまと話を付けるから……だから、少し、時間をちょうだい……」 さらに言い募ろうとするメンバーに背を向け、菜々子は駆けだした。 階段を下りて、一直線に出入り口の自動ドアから飛び出した。 脱兎のごとく。 そう、菜々子は逃げ出したのだ。 ◆ 胸が痛む。まるで鋭いナイフでグサグサと刺されているかのように。 頭の中はかき回されたようにぐちゃぐちゃだ。 菜々子は『ポーラスター』を出てからずっと、走り続けた。 いったい何なのか。 あおいお姉さまは何を考えてるの? 仲間の神姫のAIを人質に取ってまで、わたしを戦わせたいなんて。 ミスティが戦えないことは知っているはずなのに。 わたしも今は戦えない。戦わせる神姫がいない。 でも、わたしが戦わなければ、『七星』の神姫は戻ってこない。 彼らがわたしに、お姉さまとのバトルを迫る気持ちは、痛いほど分かる。 わたしも一度、神姫を失ったことがあるから。 だからこそ、新しい神姫でお姉さまに挑むなど……神姫を使い捨てるなんて、できるはずがなかった。 考えても考えても、思考は堂々巡りして、答えは出ない。 どうすればいい。 どうすれば、みんなの神姫を救うことができる? 菜々子がいくら考えても、答えは出そうにない。 そもそも、頭脳プレーは苦手なのだ。 バトルのスタイルも直感頼りのスタイルだ。 「もっと考えてプレイしろよ」 苦笑混じりにそう言ったのは、確か遠野貴樹だった。 菜々子は、はっと気がつく。 そうだ、遠野ならば。 自分よりもずっと頭のいい彼ならば、何かいい方法を考えてくれるかも知れない。 そう考えたときには、菜々子はすでに電車に乗っていた。 藁にもすがる思いで、菜々子は『ノーザンクロス』へと急いだ。 ◆ T駅に着いたときには、雨が降り始めていた。 冬の雨は冷たい。 菜々子は傘を持ってきていなかった。 幸い、目的のゲーセンは駅からそう遠くはなかった。 菜々子は『ノーザンクロス』まで走り出した。 病み上がりの彼女の体力は、底をつきかけている。それでも、足をもつらせながらも、焦燥に駆られて、その道を急ぐ。 久しぶりに、『ノーザンクロス』の入口の前に立つ。 ここ一ヶ月ほど、桐島あおいの探索に忙しくて、訪れていなかった。 菜々子は少しほっとする。店の入口から伺う様子はまったく変わっていない。 自動ドアが開く。 菜々子は、もつれる脚をなんとか前に進めながら、店の奥を目指した。 バトルロンドコーナーは一番奥にある。 筐体から少し離れた、大型ディスプレイがよく見える壁際。 そこが彼の特等席だ。 いつものように、見知った仲間たちがたむろしている。 「あ……菜々子さん……」 八重樫美緒がめざとく見つけてくれた。 なぜかバツの悪そうな表情をして、こちらを見ている。 その場にいたチームのメンバーが、一斉に菜々子を見た。 その中に遠野貴樹はいなかった。 菜々子の心に、落胆と、そして、不安が広がった。 一歩前に出た三人のチームメイト。大城と、有希、涼子。 思い詰めたようなその表情に、見覚えがある。 そう、さっき、別の場所で見た。 まるで、『七星』のメンバーが菜々子に向けていたのと、同じ表情。 「……遠野くんは?」 息が詰まりそうなほどの不安に襲われながらも、どうにか声を絞り出す。 大城が首を横に振った。 「あいつは今日は来てない。そんなことより……」 大城が強い眼光で菜々子を射た。 「今日、ここに、桐島あおいって女が来た。……菜々子ちゃん、心当たりあるよな?」 大城の言葉はハンマーになって、菜々子の頭に振り下ろされた。 途方もない衝撃に、菜々子の頭がぐらりと揺れた。 「……あの人……ここに……何しに来たの……」 「虎実たちのAIをかっさらってったんだよ!」 菜々子の視界が歪み、ぐらぐらと揺れる。 『ポーラスター』で起きたことと同じだ。 ならば、桐島あおいの要求も、また。 「あの女は、菜々子ちゃんとバトロンで対戦するのを要求してる」 「お願いです、菜々子さん! あの女と戦ってください!」 「菜々子さんとミスティなら、あんな奴、簡単にぶっ飛ばせますよね!?」 大城に続き、涼子と有希が声を上げた。 彼女たちの声は必死だったし、また、『エトランゼ』ならマグダレーナに負けないと、希望を滲ませている。 逆に、菜々子は声を詰まらせた。 まただ。 また、仲間たちがわたしを戦いに追いやろうとしている。 胸の動悸が激しくなる。呼吸が荒くなり、目の前はぐにゃぐにゃに歪んで見える。 菜々子は思い出してしまう。 あの不気味な神姫と対峙し、そして敗れたときの気持ちを。 菜々子は絞るように、声を吐き出した。 「……できない……」 「なんで!?」 「……ミスティは、あのマグダレーナに負けて……壊された……無理なのよ、勝てないのよ、あの人には……!」 その場にいたチームのメンバーが、息を飲んで絶句した。 彼らはミスティの戦いぶりをいつも見ている。『エトランゼ』が完全敗北するなんて、ありえないことだった。 「……それでも」 口を押し開いて言葉を発したのは、大城である。 「それでも、菜々子ちゃんには戦ってもらわなくちゃ困る……」 鋭い眼光を向けられ、菜々子の視界はさらに揺れる。立っているのがやっとだった。 有希と涼子が、さらに追い打ちをかける。 「ミスティがいなくても、他に方法があるはずです」 「そうですよ、ここであきらめるなんて、菜々子さんらしくないじゃないですか!」 わたしらしい、ってなに? ミスティがいなくても戦うのが、わたしらしいってこと? そんなの、全然違う! 勝手に決めないで! 「どうやって戦えって言うの!? ミスティがいなければ、わたしは……」 「方法なんていくらでもあるだろ!? 別の神姫を用意するとか!」 大城が切羽詰まった口調で、大真面目な顔をしてそう言ったから、菜々子は彼が本気なのだと悟った。 隣の二人も、同じ表情をして頷いた。 菜々子はもはや驚きを通り越して、悲しかった。悲しすぎた。 「あなたたちも……なの?」 「……なに?」 「あなたたちも、わたしに神姫を使い捨てろ、って言うの……?」 「……それも仕方がないんじゃないか」 「この上、わたしに神姫を失うこと前提で、戦えって言うの!?」 「そうでなけりゃ、俺たちの神姫が消されちまうんだっ!!」 大城の強い眼光の奥に揺れるかすかな色を、菜々子は見た。 それは、怯え、だ。 いつもケンカばかりしている彼と神姫だが、虎実を失うことを、この大男は怖れている。 有希と涼子も同じだ。 大真面目な表情の奥に、怖れをぬぐい去ろうとする必死さが垣間見える。 菜々子にもその気持ちは分かる。 神姫を失う絶望と悲しみを、身を持って経験しているから。 だからこそ、ミスティのかりそめの代理を立てて、『狂乱の聖女』の前に立つことなど、できるはずがないのだ。 破壊されるための神姫のオーナーになるなんて、菜々子には決して出来ないのだ。 それは神姫マスターとして……いや、一人の人間として、決して譲れない。 「わかってるの? 神姫には、心があるのよ?」 「……」 「それなのに……他の神姫を救うために、犠牲になれって……そんなこと言える……?」 菜々子の言葉に、さすがの大城も口を噤んだ。彼も神姫の心を理解する優しいマスターなのだ。 しかし。 「……情けは捨ててください」 そう言って迫ってきたのは、蓼科涼子だった。 「中古屋でジャンク同然の神姫を買ってくればいいじゃないですか。それだったら、大して心も痛まないでしょう?」 「涼子ちゃん……あなた、本気で……言ってるの……?」 「本気です。わたしたちの神姫三人と、ジャンクの神姫だったら、比べるまでもないじゃないですか」 菜々子は呆然として涼子を見る。 涼子は一直線に菜々子を睨んでいた。 「遠野さんがここにいれば、きっと同じことを言うはずです」 それは今の菜々子にとって大砲だった。 今まで心を支えていたものを粉々に撃ち砕く大砲。 菜々子の目には、涼子が人には見えなかった。悪魔に見えた。 涼子だけではない。 大城も、有希も、その後ろにいる美緒も梨々香も安藤も、周りにいる常連たちもみんな、悪魔に見えた。 恐怖にかられた。 もう、心を奮い立たせる余裕はなかった。 気付いたときには、その場に背を向け、駆けだしていた。 菜々子はまた逃げ出した。 ◆ どこをどう走ったのか、わからない。 大城たちが追ってきたのかどうかも、わからない。 気がつけば、駅前の陸橋の上から、流れる車のテールランプを見ていた。 空は分厚い雲がかかり、月も星も見えない。 星明かりの代わりに降り注ぐのは、冷たい雨。 菜々子は全身ずぶぬれになり、フェンスから身を乗り出していた。 肌を伝う液体は、雨なのか汗なのか涙なのかも定かではなかった。 「どうすればいいっていうのよ!!」 菜々子の叫びが雨音を切り裂く。 心の底からの想いを言葉に乗せ、叫んでいた。 菜々子にはわからなかった。 どうすれば、仲間の神姫たちを救えるのか。 どうすれば、自分の神姫を失わなくてすむのか。 どうすれば、今のわたしがお姉さまと対峙できるのか。 どうすれば、どうすれば……。 菜々子の心は、思考の螺旋に迷い込んでしまっていた。 「だれか、たすけて……」 色が薄くなった唇から、弱気が転がり出た。 あおいお姉さまの件で、今まで誰かに頼ったことはなかったが、この状況を打破する手だてが菜々子にはなかった。 『ノーザンクロス』の仲間たちは菜々子を強いと思っているが、そんなことはない。 菜々子もただの一九歳の女の子に過ぎないのだ。 冷たい雨が、菜々子から体温と気力を奪い続ける。 雨音だけが菜々子の耳を支配する。 菜々子はその場にしゃがみ込み、フェンスにもたれたまま、両肘を抱いて、寒さと不安に耐えていた。 どれほどそうしていただろう。 「……菜々子さん?」 聞き覚えのある声に、菜々子は顔を上げる。 前髪からこぼれる雨の滴に視界が滲む。 しかし、その男の姿を、声を、違えるはずがない。 「貴樹くん……」 愛するその人を呼ぶ。 彼は近寄ってくると、手にした小さな傘を差し掛けた。 折りたたみ傘。さすがは貴樹くん、用意がいい、と菜々子は変なところで感心していた。 甘えてしまいたい。 ここで、彼の胸に飛び込むことが出来たなら、どんなにいいだろう。 でも、二人とも奥手だから、こんな人通りのある場所で、そんなことはできなかった。 貴樹の顔がすぐそばに来た。菜々子の正面に来て、わざわざしゃがみ込んでくれたのだ。 これが精一杯の距離。 「話は大城から聞いたよ。桐島あおいが現れたって」 「……お姉さまを知ってるの?」 「頼子さんから話は聞いてる」 ならば話は早い。 貴樹ならば、きっと自分が望む答えを考え出してくれるだろう。 菜々子はそう信じて、彼に尋ねた。 「わたしは……どうしたらいいの……?」 貴樹の視線を感じる。 いつものように、真っ直ぐで揺るがない、その視線。 貴樹の答えはすぐにもたらされた。 「君は戦わなくていい」 「……」 「桐島あおいとは、俺が戦う」 「え……?」 菜々子は耳を疑った。 濡れて霞む眼をぬぐい、正面の男を見た。 久しぶりに見る、遠野貴樹の姿。 いつもなら安心できる彼の姿が、今は菜々子の胸に異様なざわめきをもたらしている。 彼は真っ直ぐに菜々子を見つめている。 いつものように。 つまり、貴樹の言葉は本気ということだ。 菜々子は驚きに目を見開き、問い返す。 「ティアを……戦わせるって、言うの……」 「そうだ」 迷いなく頷く貴樹が信じられない。 それは、菜々子の想像を超えた、最悪の答えだった。 「そんなこと、させられるわけないでしょおぉっ!?」 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。 どれほどの思いをして、ティアを自分の神姫にしたのか、菜々子はよく知っている。 遠野は、神姫を守るためなら、血を流すことさえ厭わない人だ。 その遠野とティアが『狂乱の聖女』に挑む。 ありえない。 絶対にあってはならない。 神姫を失う悲しみと絶望を、目の前のこの人にだけは、絶対に味あわせるわけにはいかない。 たとえ自分がどんな目にあったとしても。 「そんなことするくらいなら……ジャンクの神姫を身代わりにした方がマシよ!!」 遠野の表情が揺らいだようだった。 だが、彼がどんな顔をしたか分からない。 雨の滴が再び菜々子の視界を覆ったから。 もしかすると涙だったかも知れないが、菜々子にはもはやどうでもよかった。 菜々子は悟ってしまった。 一番信じて頼りにしていた人も、結局はわたしを理解してはくれない。 「もう……しんじられない……だれも……」 菜々子はよろめくように立ち上がり、遠野の傘の下から出る。 再び降りしきる雨の中を、ふらふらと歩き出す。 遠野とすれ違い、背を向ける。 遠野は動かなかった。 その方がいい。 菜々子は思った。 今度遠野に捕まったら、きっと心のたががはずれて、半狂乱になってしまうだろうから。 ◆ どれだけ夜闇の中をさまよったろう。 もはや視界にある景色に意味はなく、空虚な書き割りにすぎない。 すれ違う人たちも、ただの影にしか見えない。 聞こえてくるのは静かな雨音だけ。 灰色に染まった世界。 菜々子はずるずると歩き続けていた。 吐き出した白い息が視界を濁す。 濡れ鼠になった身体は冷え切っている。 身も心も疲れ切り、もはや街をさまよう以外にできることもない。 もう、倒れてしまおうか。 そして、そのまま朽ちてしまえばいい。 そうすれば、何も思わなくても、何も考えなくてもよくなるから……。 そんな思いが頭をよぎったとき。 うつむいた菜々子の視線の先に、色のついた靴が現れた。 視線をゆっくりと上げる。 この色を無くした世界で、その人物だけが色を纏っている。 落ち着いた色のコート、白い肌、ウェーブのかかった黒髪に、えんじ色のベレー帽、紅い傘。 菜々子の瞳が大きく見開かれる。 「……お姉さま……」 目の前で、桐島あおいが微笑んでいた。 菜々子は頭を垂れる。 恐れが菜々子の視線を逸らさせた。 あおいの顔をまともに見られない。 見つめているだけで、挫けて、倒れ込みそうになる。 菜々子は震える唇の間から、なんとか声を押し出した。 「……わたし……もう……たたかえ……ません……」 響きは悲痛。 あおいを追い続けてきた、今日までのすべてを自ら否定する言葉。 心が悲鳴を上げるほどに痛む。 いや、まだ悲鳴を上げるほどの余裕があったのか。 菜々子は声を絞り出す。 これだけは、言わなくてはならない。 「わたしの負けでいいですから……だから……みんなの、神姫のAIを返して……」 ざあっ、と雨音が大きくなった。 それも一拍の間のこと。 菜々子の耳に、あおいの言葉が流れ込んだ。 「別に、わたしと戦わなくていいわ」 「……え」 「わたしと一緒にいらっしゃい、菜々子。そして、わたしがしていることを手伝って」 「お姉さまと、いっしょに……?」 「そうよ。あなたに新しい武装神姫もあげるわ。戦えるようにしてあげる。だから、あの頃のように、またコンビを組みましょう」 「コンビを……」 「またわたしとコンビを組んでくれるなら、すぐに神姫たちのAIをあなたに返すわ」 菜々子はゆっくりと顔を上げていた。 あおいは変わらず、穏やかな微笑を菜々子に向けている。 「……ほんとうに……?」 「もちろん。あなたさえよければ、今すぐにでも」 あおいは首を傾げると、くすり、と笑って言った。 「ひどい顔ね」 ああ……わたしがずっと望んでいたことは何だったろう? お姉さまとまた一緒にバトルロンドをすることではなかったか? あおいお姉さまは今、わたしとコンビを組もうと言ってくれている。 断る理由がどこにあるだろう。 わたしがつらいときに、そばにいて支えてくれるのは、やはりあおいお姉さまなのだ……。 初めて出会ったときから、ずっと。 「お姉さま……」 「菜々子……」 菜々子はあおいの腕の中に倒れ込んだ。 あおいは服が濡れるのもかまわず、菜々子をしっかりと抱きしめてくれる。 ようやく、安息を得た。 菜々子の顔から緊張が消え、穏やかな表情へとほどけていく。 「『二重螺旋』、復活ね」 「はい、お姉さま……」 それは、なんと甘美な響きだったろう。 甘い言葉の余韻と、腕の温もりが、菜々子を包み込む。 傷つき、疲れ、冷えた心が満たされていく。 だんだんと意識が霞んでいく。 眠りに誘われるように。 ゆっくりと雨音が遠のいていく……そして。 菜々子の心は、闇に墜ちた。 次へ> Topに戻る>
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32インチワイドのモニターに映し出されているのは、随分と横に膨れた少年の顔。2036年現在では中型の部類に入る液晶ディスプレイを一杯に占領したそれは、お世辞にも見栄えが良いとは言えなかった。 「ガブリエルの調整がてらに繋いでみりゃ、随分と情けないザマじゃねえか。ゲン?」 スピーカーを兼ねた液晶パネルがビリビリと揺れ。少年の奇妙に甲高い声を、5.1chサラウンドも裸足で逃げ出すほどの高音質で再生する。 「すいません、大紀サン」 科学技術の無駄遣いとしか言いようのない滑稽な光景だったが、そんな事を思う余裕も自信もなく、ゲンと呼ばれた少年はディスプレイに向かって頭を下げるだけだ。 「今日はメンバーが足りなかったんスよ。サードの連中ばっかで、仕方なく数揃えたんですが……やっぱサード程度じゃダメッスね」 通信相手の名は、鶴畑大紀。 このビル……ひいては神姫バトルミュージアムのオーナーにして、秋葉原店に所属するランカー達のスポンサーでもある、鶴畑家の御曹司だ。ついでに、このバトルミュージアム所属ランカー達の監督役も兼任している。 「サードの雑魚が負けても、お前が勝ってりゃ、問題なかったはずだよなぁ?」 もっとも彼は秋葉原に常にいるわけではなく、自宅に設置された専用の業務用筐体と専用の通信回線を介して、対戦や指示をするだけなのだが……。 それでも、ゲン少年の秋葉原店所属ランカーとしての選手生命は、彼に握られていると言っても過言ではない。 「そ、それはっ!」 醜く歪んだ大紀の瞳に、ゲンは血の気の引くざあっという音が聞こえた気がした。 「……まあいいや。どっちにしても、俺様のガブリエルの敵じゃなかったゴミだしな。機嫌がいいから、今日の失態は許してやるよ」 分厚いピザをくちゃくちゃと喰らいながら、鶴畑大紀は退屈そうに明後日の方向を眺めている。 「ありがとうございますっ!」 「じゃあな。ひひっ」 再び頭を下げるゲンに見向きもせず、鶴畑大紀はその通信を一方的に切断した。 32インチのメインモニターには、戦闘終了の文字とコンテニューのサインが踊っている。 けど、そんなものはどうでもいい。 バーチャルポッドから飛び出した私が確かめたのは、静香の姿。 「静香! 静香っ!」 メインテーブルに顔を伏せ、シートにうずくまっている。浅い息を矢継ぎ早にする静香は、私の声に反応する気配すらない。 医療系のソフトでも入っていれば、静香の症状も把握できるのだろうけれど、そんな便利なツールが入っていようはずもなく。 「どうしよう……静香ぁ!」 私一人で静香を運ぶのは当然不可能。いつものセンターやエルゴなら、十貴や近くでプレイしている人に頼ればいいけど、個室になっているここではそれも難しい。 武装神姫なんて大層な名を持ちながら、こんな時には呆れるほどに無力で……。 「……そうだ」 辺りのものを踏み台にしてパーティションに登れば、人を呼びに行けるじゃないか。狭いブースの中、パーティションまでは一メートルもない。神姫の跳躍力をもってすれば……。 こんな簡単な考えも思いつかないなんて、よっぽど慌てていたらしい。 「静香。すぐに人を呼んできますからね……」 その時だった。 「大丈夫ですか?」 扉の向こうから、こちらに呼び掛ける声が聞こえたのは。 「……すいません、助けて下さいっ!」 魔女っ子神姫ドキドキハウリン その17 「はい……事務所で休ませてもらってます。お願いします、十貴」 終話ボタンを押して通話終了。半分まで開いていた折りたたみタイプの携帯を、ぱたんと閉じる。 ひと抱えある携帯をトートバッグに放り込んで、私は彼に頭を下げた。 「ありがとうございます、興紀さん」 彼の名は、鶴畑興紀さん。あの有名なファーストランカー・ルシフェルのマスターにして、鶴畑コンツェルンの御曹司。 この辺りどころじゃない。多分、全国区レベルの有名人だろう。 ブースの前を通りかかったところで私の声を聞いて、声を掛けてくれたらしい。 「礼には及びませんよ。この店の所属ランカーと大紀が、随分と失礼したようで」 さっき最後に戦った鶴畑大紀のお兄さんだけど、とてもそうは見えない、感じのいい人だ。本人もそれを気にしているのか、鶴畑さんと呼ぶと「興紀で構いませんよ」と苦笑していたっけ。 「それにしても、戸田さんは一体どうしたんですか?」 静香は目を覚ます気配もなく、ソファーで横になったまま浅い寝息を立てている。興紀さんの話では、普通に眠っているだけで、特に気になる症状は出ていないとのことだけれど……。 「さあ……私にも」 私が静香に出会って二年になるけど、静香に持病があるなんて話は聞いたこともない。ここ最近は徹夜していた様子もないし、寝不足の線も薄いはずだ。 「そういえば静香、最後に『花姫』って……」 それも、分からないことの一つ。 最後に戦った大紀の神姫は『ガブリエル』と呼ばれていた。花型のジルダリアの事かとも思ったけど、だとしてもあのタイミングで混乱するのはおかしな話になる。 「……そうですか」 首を傾げる私に、興紀さんは視線をわずかに逸らす。 あれ? 「そういえば、興紀さん。どうして静香の名前を?」 静香と呼ぶなら分かるけど、名字の戸田は私は一度も呼んでいない。対戦も終了していたから、モニターでその名を読み取ることも出来ないはずだ。 いくらドキドキハウリンが目立っていると言っても、それはあくまでも地方大会レベルの話。ファーストリーグ屈指の有名人にまで名前が伝わっているなんて、とても思えない。 「昔、僕が負けた相手ですからね。ライバルの名前は忘れやしませんよ」 ……え? 「そんな! 私、ルシフェルと戦った事なんか……」 慌てる私の言葉に、興紀さんは穏やかに笑う。 「あなたじゃありませんよ。あなたの前の、彼女の神姫……『花姫』の話です」 花姫? それって……。 「不幸な事故でしたけどね。いずれにせよ、戸田さんがプレイヤーとして再起出来て良かった」 静香は眠ったまま。 「興紀さん」 「はい?」 起きている気配は、ない。 「良かったらその話……詳しく聞かせてもらえませんか?」 静香が目を覚ましたのは、興紀さんが姿を消して三十分ほどしてからのことだった。 「ここ……は?」 ソファーの上で半身を起こし、不思議そうに辺りを見回している。 「ミュージアムの事務所です。静香、気を失ったところを運んでもらったんですよ?」 興紀さんは去り際に、飲み物の準備をしてくれていた。ジュースの入ったコップを渡しながら、静香が倒れてからの簡単な経緯を説明する。 「あぁ……何だか心配かけたわね」 ひと眠りして落ち着いたのか、ジュースのコップを私に戻す静香の顔色はいつもと同じ。 「大丈夫ですか? 静香」 「多分ね。寝不足かなぁ?」 軽く乱れた髪を整えながら。最近はちゃんと寝てたんだけど……と呟く静香は、普段の調子を取り戻しているように見えた。 トートバッグに手を伸ばし、そのまますっと立ち上がろうとして……。 「その前に、ちょっといいですか?」 私の言葉に、膝の力を緩め直す。 静香の細い体が、ぽす、とソファーに沈み込んだ。 「なぁに?」 トートバッグから手を離し、テーブルの上に立つ私の顔を覗き込む。 「静香。花姫って……誰ですか?」 「……花姫?」 私の問いに、静香は首を傾げるだけ。 「ジルダリアなら……」 「とぼけないでください! 興紀さんから全部聞いてるんですよ!」 花姫は静香の初めての神姫。リアルリーグしかなかった当時の神姫バトル中、不慮の事故で存在をロストしたのだという。 「……そっか。あの人が介抱してくれたんだ」 どうやら、私のひと言で全てを悟ったらしい。何だかバツの悪そうな表情で、軽くため息をつく。 「何で黙ってたんですか? それに、静香が昔、ファーストランカーだったって……」 花姫がいたのは神姫のプレイヤー数が今ほど多くない頃、今の三リーグ制に分かれる前のことらしい。 けど、三リーグ制しか知らない私の基準に当てはめれば、全国百位以内なんてファーストランカー以外の何者でもなかった。 「何? そんな事まで話したの?」 静香は驚くどころか、むしろ呆れ顔。テーブルからコップを取り、ジュースをひと口流し込む。 「静香、前に言ってくれたじゃないですか。私が初めての神姫だって……」 「そうね」 忘れるはずもない。私が起動し、静香をマスターと呼んだあの日のことだ。 静香は間違いなく、神姫は初めてと言っていたはず。 「あれは、嘘だったんですか……?」 「まあ……そういうことになるわね」 震える私の問い掛けを、静香はあっさりと肯定した。 私の中の何かが、ぴしりと鳴る。 「そうだ。あかねさんは? にゃー子は? 十貴とジルは、私が静香の二人目の神姫だって知ってるんですか?」 私が静香と会う前から、彼女の周りにずっといた人達だ。その誰からも、静香の神姫の話なんか聞いたことがない。 ジルは私のお姉ちゃんみたいな神姫で……十貴は初めて会った時、「よろしくね」って優しく笑ってくれて。あかねさんもにゃー子も、みんな私に良くしてくれて、たまにエッチな目にもあったけど、大切な……。 「姫はジルの妹分だったのよ。当たり前でしょ」 みんな……。 静香の否定に、私の大切なものが音を立てて崩れていく。 みん……な。 「じ、じゃあ……エルゴのみんなは? 店長さんは? ねここちゃんや、リンさんは? 花姫のこと、知ってるん……ですか?」 みんな……。 「ねここちゃんやリンさんは知らないだろうけど…………店長さんや岡島さんは知ってるでしょうね」 視界が揺らぐ。 私の過ごした全ての世界には、私じゃない、もう一人の神姫がいて……。 私の居場所にいるべきは、彼女であるはずで……。 否定の言葉の連なりに、私の見ていた全ての世界が、嘘で作られているように見えて。 「静香……」 崩れていく世界の中。 私が伸ばし、掴めたものは、たった一つ残された、小さな小さな手掛かりだった。 「私は、花姫の代わり……なんですか?」 私も花姫も同じ神姫。 そして神姫はモノだ。 なら、花姫を失った静香が、その悲しみを埋めるため、代替品として私を買った可能性は極めて高い。 そいつの代わりでも何でもいい。 静香に望まれてさえ、いるのなら……。 この世界の全てが、嘘で作られていたとしても……。 その一言で、私は……。 「まさか」 私の最後の問い掛けを、静香は笑って否定した。 「じゃあ……!」 じゃあ! 私は花姫の代わりじゃない。 私は私。 ココという、静香のたった一つの神姫で。 花姫の代わりなんかじゃなくて……。 「あなたなんかが、姫の代わりになれるはずないじゃない」 吐き捨てられた静香の言葉に、私の掴んだ最後の手掛かりは、あっけなく崩れ落ちた。 「え……あ……」 「だって、花姫を殺したのはハウリンなのよ。そんな相手を好きになんて、なれると思う?」 静香の表情はいつもと同じ。 「なら、何で私なんか……! 代用品にもなれない私を……大嫌いなハウリンなんかを、どうして!」 穏やかな、淡い笑みを湛えた……。 「決まってるでしょ」 深い怒りと、嫌悪を隠した……。 「花姫を殺したのが、アナタだからよ」 その敵意の矛が私に向けられた時。 「!」 私は、その場から逃げ出していた。 「静姉、大丈夫かな?」 仕事から帰ってきたばかりの父さんに無理を言って車を出してもらい。ボクとジルが秋葉原に着いたのは、日が暮れてからのことだった。 「大丈夫だろ。ココも付いてるんだし」 ドアの向こうは小雨模様。ボクは大きめの傘を広げると、ジルを肩に乗せ、伝えられたセンターへと駆け込んだ。 受付で確認してもらって、奥へ通してもらえば……。 「……どうしたの? 二人とも」 静姉はまだ調子が良くないのか、ソファーに横になったままだった。 いつもの徹夜続きで貧血にでもなったんだろうか。まったく、無理ばっかりするんだから……。 「ココから電話があったんだよ。静姉が倒れたから、迎えに来てって」 その電話を掛けてきた本人の姿が見当たらない。お店の人に、水でももらいにいったのかな……? 「ココは?」 「ああ。どこかに行っちゃった」 さらりと答えた静姉の言葉に、ボクは言葉を失った。 「……え?」 あのココが体調不良の静姉を放ってどこかに行くなんてありえない。ジルならともかく……と思った瞬間、肩に座っていた当人が口を開く。 「……話したのかい。静香」 ジルの口ぶりは重い。 「ええ。全部ね」 あ……。 「話したって……まさか!」 頷く静姉に、ため息を一つ。 そりゃ、あの話をいきなり出されればショックだろうけど……何でまた、このタイミングで。 「もうすぐあのコが起動して二年目だったしね。……ちょうど良かったのよ」 そっか。もう、ココが来て二年になるんだ。花姫と過ごした時間と、同じだけの時間が……。 って、そんな感慨に浸るのは後でも十分出来る! 「帰るわよ、十貴。起こして」 静姉はゆっくりと身を起こし、脇に置いてあったいつものバッグを取り上げた。 その中にココはいない。彼女をこの街に置き去りにしたまま、静姉は家に帰るつもりなんだ。 「静姉……。ココを探しに行って」 静姉の両手をそっと取って、立ち上がらせながらそう言ってみる。 「だから、もういいんだってば」 もう、強情なんだから。 「なら……何で泣いてるんだよ……」 「な、泣いてなんか……っ!」 潤んだ目元を拭おうとしてももう遅い。静姉の両手は、ボクが封じてるんだから。 潤んだ瞳が泣いた後なのは、バレバレだ。 「本当は静姉だって、分かってるんだろ?」 どうせ、ホントに全部を話してる……ってわけでもないんだろうし。込み入った話の詳細をこっちの想像に押し付けるのは、静姉の悪いクセだ。 「……付き合いが長すぎるってのも、考え物ね。まったく」 良かったこともあるけどね。 面倒なことも多いけど。 「余計なコトした?」 「まったくだわ」 ぷぅと頬を膨らませて、静姉は視線を逸らす。 「こんな奴を呼びつけたお節介にもひと言文句言わないと、治まらないわ」 やれやれ。とりあえず、ひと段落か。 次は、ココをどうやって探すか考えないと……。 「それで……さ」 「なに?」 立ち上がり、ボクを見下ろす静姉に、ボクは首を傾げた。静姉は、どう間違ってもここでお礼を言うようなタイプじゃないんだけど。 いや。 この意地の悪い表情は……。 「急いで来た割には、しっかり女の子の格好なのねぇ」 っ! 「だ、だって! この格好じゃないと周りに通じないし!」 受付で見せた登録カードには、鋼月十貴子と書いてある。男の格好でいきなりそう名乗っても、誰も信じてはくれないだろう。 ……いや、信じられたら、それはそれで切ないんだけどさ。 「っていうか、さっさとココ探しに行きなよー!」 ああもう! 「そりゃあ行くけど、どこから探そうかな……と」 その時だった。 マナーモードの静姉の携帯が、着信を示す規則正しい振動を放ち始めたのは。 戻る/トップ/続く
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私と彼女、小さな小さな“幸せ”を 対戦相手に名刺を渡して意気揚々と帰る、私・槇野晶と神姫・ロッテ。 とは言えそろそろ、夕食の時間であるな……。買い物を手早く済ませ、 外食へ赴く事にしようか。たった2人のささやかな祝宴だが、十分だ。 「マイスターっ、わたしチキンのサンドが食べたいですの♪ねっ?」 「む?遠出になるが……よし、今日は頑張ったからな!いいだろう」 「やった!マイスター、マイスター、大好きですの。えへへ~……」 「わぷ、こらっ。すりすりするなっ!?うぅ、しょうがない娘だッ」 我々が帰りの足で向かったのは、神田神保町にあるサブウェイである。 少し秋葉原からは離れているが、ロッテの好物なのだ。仕方あるまい? 何、「神姫の食事って電気じゃないか」だと?……その筈、なのだが。 「いっただ~きま~すの~、マイスターっ!!チキン、チキンっ」 「冷めはしても逃げはせん、落ち着いて食べろ……って、もうッ」 「はむ、はむ、はむっ……もっきゅ、もっきゅ、もっきゅ……♪」 「相変わらずおいしそうに食べるなぁ、ロッテ。可愛い“妹”だ」 「はみゅう?ふぁいすふぁ~、んぎゅっ……どうかしましたの?」 「う゛ぁ……そ、そのな。ほら、ドレッシングを零すんじゃない」 この通り、ロッテは平然と“人間用の”チキンサンドを食べている。 飲んですぐに「嫌いですの」と言い放った、炭酸飲料や辛い物以外は 食料ならなんでも食べてしまう。無論、15cmの体格に見合った量しか 食べられぬ故、自然と私と半分ずつシェアする事になるのだが……。 「そう言えば、ロッテや。お前がその様に食事するようになったのは」 「えっと……確か、以前定期メンテナンスにお出かけしてからですの」 「む、そうか……あの時頼んだ先は、確か“ちっちゃい物研”だな?」 「はい♪あれからなんだか、とても快調ですの。お腹は空きますけど」 東杜田技研。そう大きな会社ではないが、マイクロマシン分野に強い。 そこの一部署が“ちっちゃい物研”と自らを名乗っている。そして以前 メンテを依頼する際、知人を頼って同部署を指名した覚えがあるのだ。 あれは研究員……“Dr.CTa”の技術論文を読み、感銘を受けたからか? 実際同社の手際は見事な物だ、私に解決できない不調は全て解消した。 特に補助バッテリーの持続性が、30%程伸びているのは驚きだった。 「だが、ううむ……その時の事は、まだ思い出せないのかロッテ?」 「えと、あ。そう言えば……白衣のお姉さんが嬉しそうに手を……」 「ふむなるほど、そういう事か。感謝せねばならんな、ある意味で」 なんとなく掴めた。が、追求はするだけ無意味であるとも理解が及ぶ。 “Dr.CTa”か仲間の誰かが、実験の為ロッテに改造を施したのだろう。 となればロッテからそれを取り外すのは、かなりの大手術になる筈だ。 そもそも、だな?こんな可愛く物を食べるのに……外すなどとはな?! せっかくの“妹”から、食を取り上げるという冷酷な行為はなッ!?! 「……マイスター?なんだか顔が紅いですの、どうしました~?」 「な、なんでもないっ!……そう言えば、こんなビラがあるぞッ」 「武装神姫・第五弾?セイレーンにマーメイドに、イルカ……?」 「うむ。今度は海シリーズらしい……水着も開発せねばならんか」 と私が水着のデザインを思案し始めた横で、何やらロッテが唸り出す。 あからさまに縦線が入る程の、負のオーラさえ背負っている様だった。 何事?と顔を近づけ、ロッテの様子を伺ってみる。そして出た言葉は。 「……マイスター。なんだかこの妹達、胸がおっきいですの」 ホットティーを噴いた。見ればなるほど、確かにキャンペーンガール…… 正確にはキャンペーン神姫か。彼女らの胸部は、至上類を見ない豊かさ。 成長期なのに躯が小さい私も、アーンヴァルタイプのロッテも心は同じ。 どちらから切り出そうかと悩んでいたが、先行したのはやはりロッテだ。 「マイスターも、わたしの胸大きい方がやっぱり……いいですの?」 「ぐ!?……いいんだ。ロッテは今のロッテが一番可愛いからな!」 「てへ……マイスターも、今のマイスターが一番大好きですの~♪」 そう言って肩に飛び乗ったロッテに、私は頬を寄せ頭を預けさせてやる。 嫉妬心が無いわけではないし、今後は豊満な躯用の服も作らねばならん。 我々としてもいろいろネガティブな物は感じるが、それはそれであるッ! 別に胸の善し悪しで全ての価値が決まるわけではない、気楽に構えよう。 彼女は大切なパートナーであり、彼女にとって私もそうであるのだから。 「あ。マイスター、紅茶が付いてますの。んっ……♪」 「わ゛!?こ、こらっ、頬にとはいえキスするなっ!」 「えへへ~、大好きって言ってくれたご褒美ですのッ」 ──────この笑顔があればね、別にいいじゃないの。 次に進む/メインメニューへ戻る
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16人のバトルロワイアルー因縁の再会ー
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§0§ セットされていたタイマー通りに、暗闇の中で私は目覚めた。 周囲で朝の挨拶を交わす人たちの声がくぐもって聞こえる。 トントントン。しばらくして暗闇の中で音が鳴る。 それは、私を収納しているケースを主(あるじ)が叩く音。それは、主と打ち合わせていた合図。 私は予定通りの行動を開始した。 §1§ 「おっはよー」「オハヨウ」「いーっす」 朝。高校の玄関。わたしの周囲で、たくさんの生徒さんたちが朝のあいさつを交わします。これを体験するのは今日が二回目。 わたしはマスターの胸ポケットから、おそるおそる顔を覗かせます。 「あ、おチビちゃんも、おはよう」 わたしに気づいた生徒さんが声をかけてきます。 「あわわっ。おはようございます」 わたしがまごまごしている間にその生徒さんの姿は遠くにいってしまいます。わたし自身がまだ、ひとがたくさんいるところに馴れていないみたい。 「おはようございまーす」 マスターが元気なかけ声とともに目の前の扉を開きます。この高校では、生徒が登校した時に、職員室に立ち寄ることが約束事になっています。 扉の前には、中年の女性が立っていました。確か、事務を担当されている方で、まるっこい顔に眼鏡と、温厚そうな感じがします。 「あ、恵子ちゃん、おはよう」 声を掛けてくれました。マスターは「おう」とかなんとか、適当な返事をして、職員室の中をうろうろし始めます。 「おはよう。恵子ちゃん」 女の先生が声を掛けてくれます。いろいろと話しかけてくれているのですが、マスターは断片的に「うん」とか「おお」とか返事をするだけ。もう少しお話をしてみませんか? 「あら、今日も神姫が一緒なの? えーっと、種型のトモエちゃんだっけ」 矛先がわたしに向かってきました。 「あの、どうもですぅ」おそるおそる返事をします。 「あー、ちゃんとお返事をしてくれるんだぁ」 先生のリアクションに作為的なことばの響きを感じました。本当に驚いている、というより、反応の少ないマスターからことばを引き出そうとしているみたい。 うん、ちょっと説明しますね。 私のマスター、山崎恵子さんは私立高校の一年生。割と細身。そのせいで身長のわりには背が高くみられるみたい。ルックスは中の中。ちょっと、ことば遣いが、乱暴、というか粗雑な気がします。昔から人付き合いが苦手なタイプだったとか。いや、これは、マスターのご両親のお話………、ぬ、盗み聞きなんてしてませんよっ? えっと、それもあって、ご両親はわたしをマスターの話し相手として購入されたというわけ。 昔から、動物とのふれあいで精神の安定を取り戻す、とかありましたけど、もちろん、わたしたち神姫も「人とのコミュニケーション」に高いプライオリティをもって開発されているので、ご両親の判断も間違っていなかったと思います。これは、自画自賛しちゃいます。えっへん。 マスターもわたしのことは嫌ってはいないみたい。ゲームをしている時なんか、ご両親がそばにきても、怒ったような反応しか返しませんけど、わたしがそばにいても、何も言いません。また、ゲームでスコアを稼いだときなど、わたしが言葉を掛けると笑顔を返してくれます。わたしが起動してから、どこへ行くにもわたしを連れて行ってくれるし。これは、ある程度の信頼を置いていてくれているって考えてもいいですよね。 で、ここの高校はー、んー、ことばを慎重に選ばないといけませんね。マスターのような人付き合いが苦手な人。具体例をあげると、引きこもりだったりとかそういう人たちを対象としています。登校時間も普通の学校より遅いし、こうして登校直後に生徒たちが職員室で先生方とコミュニケーションをとったりします。授業の進め方も、わたしが知っている授業とはちょっと違います。 と、近くを通りかかった、男の先生が声を掛けてきました。北倉先生。社会科の先生でマスターの担任をしています。 「恵子ぉ、おはよう。折角話しかけてくれているんだから、松岡先生にちゃんと返事をしろよ」 ブランドのロゴが入ったスゥエットに首もとにはナイロンとプラスチックのネックレスがぶら下がっています。菊池先生というのが、マスターが話をしている女の先生の名前になります。 わたしはー、この先生が、苦手。むしろ嫌いかも。前回の登校でもそうだったのだけど、なぜか、この先生はマスターを目の敵にしています。 当然、マスターもこの先生が嫌いみたいです。 「人と会話することから逃げちゃだめだぞ」 この先生は、無言で立ち上がって職員室を出て行こうとするマスターの背中へ大きな声で、ことばを投げかけてきます。 何か言い返したいけど、怖くてからだが動きません。 その時、わたし宛のメッセージが届きました。 §2§ メッセージは、わたしのデータ通信用ポート経由で届きました。本来、このポートはクレイドル上での非接触式のデータ通信に使われるもの。裏ワザ的に神姫同士のコミュニケーションにも使われます。メッセージはまさにその方法で届きました。だから、届いたメッセージもヒトが会話の時に使うプロトコルではなく、わたしたち神姫の電子脳ネイティブなものになります。ヒトが使うプロトコル、日本語にするとこんな感じかな。 『このメッセージ、届いている?』 (タグには発信者の型式と固有名が記載されています。相手は騎士型MMSで、名前はアグリアスさんということがわかりました)。 『はい。あなたは?』 (わたしも同じようにお返事をします。わたしの疑念や警戒心もデータとして一緒に送信されます。すると、ちょっと一歩下がるようなイメージを乗せて次のようなメッセージが送られてきました)。 『同じ学校に来ている神姫同士、話をしてみないか』 (続けて、メッセージ受信。ためらいの気持ちが乗っています)。 『もちろん、君のマスターが了承したなら、の話だ』 『あ、はい』 (どうやら、悪い人ー、悪い神姫ではないように思えました。最後に送信したメッセージには私の安堵の気持ちも乗っているはず)。 『放課後にパソコン室で。私はこのポートをオープンにしている。では』 (感情の振幅が少ないと言えばいいのでしょうか、最初から最後まで落ち着いた感じでメッセージは送られてきました。この動じないナイロンザイルのような太い神経は、騎士型の特徴なのでしょうか。ちょっとうらやましい気がします)。 私は打ち合わせ通りに、最も近くに存在していた神姫に向かってメッセージを送った。どうやら相手方、種型でトモエ、と名乗ったーは、私のメッセージに対して、好意的な解釈をした、…そう思うことができる反応だった。 私は、打ち合わせていた通りのリズムで、ケースの内壁を叩く。「万事順調」と。 §3§ そして、わたしはマスターと一緒にパソコン室にいます。何人かの生徒さんが、それぞれパソコンに向かっています、前回の登校時にも見た顔がほとんど。大体ここで放課後を過ごすメンバーは決まっているようです。どうやらアグリアスさんはまだ到着していないようです。 とりあえず、私たちはパソコンの前に座ってwebを巡回します。私は自分の機能を使って無線LANにリンクしたりします。 うーん。同一のLANに、先生方のパソコンも接続していますけど、セキュリティも何もあったものじゃありませんね。ある先生なんか、フォルダが丸見え。何か「成績」とかの文字が入っているファイルがあります。マスターの成績を書き換えてしまいましょうか。 いやいや、これはマスターに教えない方が良いかもしれません。 そんなこんなをしていると、再びアグリアスさんからメッセージが届きました。どうやら、こっちに向かっているようです。 「あれ、先生、今日は神姫連れてきたのォ?」 そんな声がどこからか聞こえました。 「初めまして。アグリアスという。もう知っているとは思うが、こっちの唐変木が私の主だ。おい。自己紹介くらい、自分でやれ」 と、机の上でアグリアスさんは後ろの男性を振り返りました。 そこにいたのは、この学校の先生のひとり。名前はー、忘れました。確か、先生方の間でも評判が良くないひとだったことは覚えています。 「こんにちは。名前は巴御前さんだったね。普通に呼ぶときは巴さんでよかったかい」 ああ、やっぱりダメな先生みたい。わたしに話しかけてるヒマがあったらマスターに話しかけて下さい。何で、自分の神姫を学校に持ち込んでそのお友達を増やそうとしているんですか? マスターのことを見てあげて下さい。それがあなた方の仕事でしょ? 思わず、後ずさりしてしまいます。でも、その先生はそんなわたしに構わずに話を続けます。ヤバイ。けっこう、後先見えないひとなのかも。 「んー、やっぱ君の名前ってアレかい? 戦国ー、もちょっと前だったかの女武将からとったのかい」 すると、マスターが反応しました。 「先生、知っているの。ゲームに出てくるキャラから名前をもらったんだけど」 表情が、今までと違います。すごい明るい顔をしてます。ちょっとびっくり。 「へぇ、ゲームって何さ」 「あ、俺知ってる。アレだろ。戦国〜、なんて言ったっけ、あの一人で大勢の敵をなぎ倒すやつ」 そういって、近くにいた生徒さんが会話に加わってきました。 「そう、それっ」 マスターが興奮気味にことばを返します。なんだか会話になっています。こんなマスターを見るのは初めてです。です・ますがごっちゃになってしまいました。それくらいおどろきました。 わたしが、ポカンとしてマスターがほかの生徒さんたちとお話をしているのを眺めていると、アグリアスさんからメッセージが届きました。 『申し訳ない。君をダシにさせてもらった』 『どういうことですか』 『君のマスターについては仕事柄、私の主も心配していたんだ。どう話しかけても反応が少ないって。それで、君のことを話題にしたら、と考えたんだ。前回の登校時の様子を見ていて、彼女は君のことを気に入っているようだったと主は考えたんだ』 ええと、こんな時の驚きを表現する定型文がメモリーに………、ありました。 「あわてるな、これは孔明の罠だ」 思わず、声に出しちゃいました。 なんだか間違っているような気もします。 『じゃぁ、あなたの主さんが取っていた態度は、マスターの反応を引き出すためのものだったの』 『その通り。とりあえず、成功したって言ってもいいんじゃないかな。この状況は』 あおぎ見ると、マスターを中心に生徒さんたちが何人か集まってゲーム談義に花を咲かせていました。主さんは、マスターのいる卓のパソコンを操作してゲームの攻略サイトを開きます。すると、そこでまた、攻略サイトの話題に花が咲きます。マスター、本当に楽しそう。 「我が主だけあって、流石。と言いたいところだが、少々、君に対する礼儀を忘れているようだ。やはり教育してやらねばなるまい」 アグリアスさんが私の傍らに立って、口を開きました。 「何をしているのだ、この唐変木! 巴殿への自己紹介はどうした! 私に恥をかかせるような情けない人間を主に迎えた覚えはないぞ!」 なんか、主従関係が逆転していませんか? §4§ アグリアスさんの主さんは三井先生と言います。数学を担当されています。 「いやぁ、ごめんね」 いかにも騎士型らしいアグリアスさんの一喝を受けた三井先生は、ハハハ、と笑いながら自己紹介をしてくれました。わたしたち種型には、自分のマスターを怒鳴りつけるなんて、そんなまねはできません。 その後も、三井先生は校内生活のさまざまな場面で、マスターをサポートしてくれるようになりました。サポートと言っても。最初の時のように、なにかキッカケを作ったりとか、促すような感じ。そんなある日。 「恵子! 北倉先生が放課後に話をするって言ったでしょ! 早く北倉先生の所へ行きなさい!」 パソコン室の出入り口で、体育担当で副担任の金藤先生がマスターを呼んでいます。あまり良い状況ではないことは、授業中にスリープしていたわたしにもわかります。毎回、何らかの理由でマスターは北倉先生からお説教を受けています。 「マスター、何があったんですか」 こんなとき、マスターはいつも応えてくれません。ただ、パソコンに向かって画面を観ているだけ。 「恵子! 無視してもダメだよ! 早く行きなさい!」 何だか声のトーンがアップしています。ただ、おかしなことに金藤先生は出入り口から一歩も入ってきません。ほかの生徒さんたちもいるのだから、用件があるなら、マスターのところで話をすればいいのに、と思います。 「あ、先生、体育館でバスケしたいんだけどいいかな」 廊下で生徒さんが金藤先生に質問を投げかけました。金藤先生の注意がそちらの生徒さんに移ります。その時、三井先生がマスターのところへ近づいてきて、こうささやきました。 「なぁ、無視したって、いつまでもおいかけられちゃうんだから、さっさと行って、言いたいこと言わせてきたらどうだ」 その言葉を耳にしたマスターは、一瞬考えを巡らせたあと、わたしと三井先生を見て、ダッシュ。金藤先生の脇をすり抜けて廊下を駆けていきました。 「あれ、いない」 金藤先生がマスターがいなくなったことに気づいて、出入り口から離れていきました。わたしは三井先生を振り返って尋ねました。 「あの、一体何があったんでしょう」 「さぁて。ま、大体の予想はつくけどね」 そう言ったきり、三井先生は黙ってしまいました。 §5§ 『お待たせした。唐変木もパソコンの前にいるぞ。学校で何かあったのか』 その日の深夜のこと。クレイドルで休んでいるわたしにメッセージが届きました。マスターはパソコンでゲームに興じています。メッセージはバックグラウンドで起動している、神姫の管理アプリが持つユーザーチャットの機能を使って送られてきました。そのまま、返事を送ります。マスターがしているゲームの動作には影響はない、はず。 『今日は一体何があったのかな、と思って。マスターに聞いても教えてくれないんです』 わたしは人間である三井先生のため、わたしの考えをテキスト変換したデータと一緒に送ります。向こうのパソコン画面では、テキストチャット画面にわたしの 考えが表示されています。 〈まぁ、彼女の性格からして、言わないだろうね〉 三井先生のテキストが送られてきました。 〈それに、あの時はほかの生徒がいたから、説明できなかった〉 〈続けても、いいかな?〉 『はい、どうぞ』 〈まず、これは、君が彼女の神姫だから話すこと。他言無用だ。それはいいかい?〉 えっと、もちろん、マスターの個人情報ですからほかの人に話しちゃいけませんよね。 『はい。ほかの人にお話ししたりしません』 〈よし。ちょっと、長いよ〉 〈彼女が北倉先生と合わないのは、北倉先生の言葉にウソを感じているからだ〉 〈北倉先生が常に口にしている言葉に「みんなで一緒にやると楽しい」「みんな仲良く」と言うたぐいの言葉がある〉 〈確かに、それは理想としては正しい。ただ、現実の人間にそれを適用するとなると無理が生じる。それが簡単に出来るようなら、今頃世界中の紛争なんてなにひとつ無くなっていなければならないだろ。それが、ウソだと言った部分だ〉 〈さらに、ここの学校にくるのは「みんなで、一緒に」何かをすることが苦手な子であることが多い。君のマスターもそのひとりだ〉 〈「みんなで云々」と言っても、もともとそれができなくて、悩んでいるひとにいきなりそれを要求するのは無理だ。もっと、別の段階を踏まないといけない〉 〈だから、今日の一件も「みんなで、一緒に」って、北倉先生が言い出して、それを嫌った彼女が反発して、教室を抜け出すなり、何かをやってしまったんだと思う。こんなとこかな〉 『なぜ、北倉先生はそんな方法を取るんでしょう。もっと適切なやり方があるなら、それを選べばいいはずなのに』 返事が返ってきません。どうしたのかと思っていると、アグリアスさんからメッセージが届きました。 『今、主は返答を思案中だ。申し訳ないが今暫く返答を待ってくれ』 返事はそのすぐあとに届きました。 〈言い切ることは簡単だけど、本当にここだけの話にしておいてもらいたい〉 〈正直な話、それが彼の限界だ〉 〈「みんなで云々」と言う言葉には、実はもうひとつの側面がある〉 〈教員が手軽に生徒を管理することが出来る言葉だということだ〉 〈また、彼の性格もある。彼はどこまで自分で気づいているか知らないが、基本的にお山の大将をやりたい人間だからだ〉 〈だから、君のマスターに対しても、その性格を心配している、と言うより、ただ、自分に従わないことが気に食わないだけだと思う〉 また、しばらくの沈黙。 〈ごめんな。この件については俺も腹が立っている。ちょっと外すわ。アグリアスが君と話してみたいと言っている〉 沈黙。少し、人間のことが解らなくなりました。なんだか、くらくらします。どうすればよいのか解りません。このときほど、わたしたち、種型の基本性格を構成する優柔不断の要素をうらめしく思ったことはありません。 『大丈夫か。今の話、消化しきれないでいるのではないか』 アグリアスさんのメッセージが届きました。騎士型の性格なら、こんなときにも迷わずに自分の決断を下すことができるのでしょう。 『わたしはどうすればいいんでしょう』 『それは君自身が考えることだ』 ばっさりとたたき落とされてしまいました。 『ムゥ…。君は神姫バトルに参加したことはあるのか』 『いいえ、まだです』 神姫バトルがこの話題と何か関係あるのでしょうか。 『神姫バトルはプログラムによって進行する。私たち神姫の機動力などの基本スペックや、武器の威力など、全ては数式で決まる。ならば、どんなに武装や武器の種類が増えてもバトルに勝利するための最大公約数的な解が存在するはずだ。そして、それを突き詰めれば、最強の盾と最強の矛がぶつかり合う事態が発生してしまう。バトルのシステムそのものが、解にたどりついてしまい、ゲームとしての意味をなさなくなってしまう。しかし、そのようなことは起こらない。なぜなら、そこに人間が介在するからだ』 『はい』 『それぞれのマスターたちは、武装の性能のみならず、時には見栄えや、本来想定されていないであろう、武装の組み合わせや指示でバトルに臨む。結果、そこにバトルの多様性が生まれる。これは私たち神姫だけでは到達するのは難しい。私たちは最新の技術で作られた学習機能を持つAIだが、こと発想の自由度では人間に及ばない部分が多々ある。私たち神姫は人間と共に歩むことでその成長をとげることができる』 ひといき置いて、アグリアスさんは話を続けます。 『君は今、悩んでいるのだろう。それが私にはうらやましい』 『え、どうしてですか』 意外な言葉に私は驚きました。わたしは騎士型の決断力がうらやましくて仕方ないのに。 『確かに、私たち騎士型はいわゆる「竹を割った」ような性格が多い。しかし、ものごとを判断するときには、速さが求められる場合とそうではない場合がある。私は、行動してからしまった、と思うことも少なくない』 えっと。 『もしかして、あなたと三井先生のこと』 ………、図星だったみたい。わたしの元に彼女の感情データがどっと押し寄せてきました。後悔、羞恥、そして怒り。 『そうだっ、悪いかっ』 『ごっ、御免なさいっ』 沈黙。しばらくして、気を取り直した彼女の気持ちが伝わってきました。 『まぁいい。その天然さ加減が君たち種型の短所でもあり長所でもある。悩めばいい。そうすれば君は世界にただひとりユニークな神姫になることができる。そうして君のマスターに尽くすといい』 どうやら、わたしを励ましてくれていたみたい。 『神姫のなかには、マスターと交流を深めるうちに、私たちに与えられた、基本設定の枷を越えた判断をするようになったものもあると聞く。君や私もそういう境地にたてるようになりたいものだな。ああ、そのうち、君にも私の友達を紹介しよう。じゃぁの』 ネットでは定型文のひとつとなっているあいさつを最後に、アグリアスさんはログアウトしました。 考えることがいっぱいできました。 私には、何ができるんでしょうか。 §6§ その翌日。いつもの生徒さんたちと一緒にマスターはパソコン室で何やらパソコンの前でうなっています。そしてすみっこには三井先生。イスに座って上着を被って寝ています。本当に、放課後とはいえ、この先生は何をしているんでしょうね。ほかの先生がたは体育館で生徒さんと一緒にバスケとかをしているみたい。でも、ときどき、生徒さんにパソコンの操作を教えたりしてます。まぁ、生徒さんたちも、先生がいれば無茶はしないでしょうし。 「せんせー、こないだ見つけたエロサイトってどこだっけ」 先生、ここはひとつ毅然としかりつけて下さい、期待してます。 「あー、あれかー。きゃぴりんキックでググれ」 いや、教えちゃダメでしょ、そこは。 「嘘つくなよ、オッチャン」 何人かが笑い声をあげます。 「お、来たか」 三井先生が私たちに気づきました。 「あ、いけねぇ。アグアグ、忘れてきちゃった」 どうやら、アグアグというのが、アグリアスさんの愛称みたい。 「なに、アイツ、今日も来てるの」 マスターが反応しました。 連れてくるから、という三井先生の言葉をさえぎってマスターはわたしを連れて職員室まで行くことになりました。 マスターは満面の笑みを浮かべています。 「あら、恵子ちゃん。どうしたの」 事務の女性職員の方が声をかけてきました。興奮気味にマスターが応えます。 「先生が神姫を見せてくれるって」 「三井先生、神姫持ってたの。なんか、恵子ちゃん、やけにはしゃいでるわね」 と、いいながら三井先生の机に寄ってきました。なんでもお子さんたちが興味を持ち始めているのだとか。 「まったく、この状況はどういうことだ」 引き出しのなかから出てきたアグリアスさんは、結わえていた髪を下ろしていました。ふわりと広がる金髪がとてもきれい。 「何か、心境の変化でもあったんですか。あの、三井先生と何かあったんですか」 尋ねてから、しまった。と思いました。昨日の会話はマスターにはないしょにしてましたから。 「まったく君は。本当に天然なのか、悪意があるのか計り知れないところがあるな」 大きくため息をついて言葉をつなげます。 「まぁ、察しの通りだ。それで、君に礼を言っておこうと思ってな。ありがとう」 わたしは差し伸べられた手を握り返します。 そのとき、背後から大声が響きました。 「恵子ぉ、そんなオモチャで遊んでないで、人とコミュニケーションをとらなくちゃな」 北倉先生です。腕を訓でふんぞりかえっていました。マスターの顔色が変わります。わたしは、机の上に積まれている書類の上に駆け上りました。背後で椅子を蹴倒す音と三井先生が立ち上がる気配がしました。 「マスターは、恵子さんは、わたしたちのことを話題にしてほかのひとたちとコミュニケーションをとってるんですっ! 事情も良く把握しないうちからお説教するのはやめてくださいっ!」 周囲のひとたち、みんなの動きが止まりました。北倉先生は、ぽかんとした顔をしています。 「スゴイな、君は」 背後から三井先生がわたしに向かってつぶやきをもらしました。 気を取り直したのか、北倉先生がわたしに向かってきます。わたしを掴もうとした手を、三井先生が弾きました。北倉先生は手首を押さえてほんとうに、びっくりした顔をしています。 「もういいよ、お前。どっか、向こうへ行って大好きな教師ドラマの主人公のマネゴトでもしてろ。大丈夫、生徒たちもわかってお前のオママゴトに付き合ってるんだから」 三井先生がそう言い放つと、北倉先生は本当に、比喩ではなくて、本当の頬をふくらませて、不満そうな顔でのそのそと立ち去っていきました。 「なんだか、君にいいところを全部持っていかれたな」 「あの、ごめんなさい。わたし、言い過ぎたでしょうか」 「いいさ。ま、俺が暴れる機会がなくなっちゃったけど、それは、いいさ」 どういうことかといぶかしげに思っていると、アグリアスさんが解説してくれました。 「この馬鹿者が、転職が決まったからといって、最後に暴れていくつもりだったのさ。考えように寄っては、君がそれを阻止してくれたわけだ。感謝してもしたりないぐらいだぞ。主よ」 「ああ、そうだな。改めて、ありがとう。これから先も恵子のことを見てやってくれよな。今日の件は教頭に報告を上げておくから、北倉が今日のようなちょっかいをだすことも少なくなる、と思うよ」 マスターがわたしの元へくると、今まで見たこともない優しい表情でわたしの顔を覗き込みました。そして、わたしを両手ですくいあげると、ギュッと抱きしめてくれました。 えんいー。
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家に帰ったら予習と復習。これはもう習慣みたいなもので疲れたからって辞める日は無いなものだ。勉強が好きなわけじゃないけれど御蔭で授業の内容は頭の中に入るしテストで高得点を取れるから我慢我慢。 本当は真っ先にイシュタルの整備がしたいのだけど神姫なんかよりも学生の本分を優先すべきだと拒否された。前に神姫が存在しない世界でも生きていけるようになるべきだとか言われたし本当にイシュタルは神姫とは思えない考え方をしていると思う。 数学の問題集と復習用ノートと予習用ノートと筆箱を広げ後は問題を読んで答えを導き出すだけ。そう書くだけなら簡単なんだろうけどやっぱり勉強は好きにはなれないから結構辛い。 今日は数学が二時限あったから重点的に予習復習を行うことにした。国語や社会なんかは授業だけでも十分だから少なめに。それに神姫関係の職業を希望しているから余計に理数系には強くならなければならない。 どうしても分からない問題がある場合は学校に居れば先生に尋ねればいいし家にいればイシュタルに尋ねればいい。神姫自体が科学の申し子なだけであって中学の数学くらいは簡単に解いてくれるからありがたい。 「すると角A=角Bが証明出来る。ここまではいいか?」 「分かったような、気がする」 「しっかしりてくれマスター。三年生になればより複雑な図形が出てくるぞ」 「もう図形は見たくないよ…」 「嘘泣きをする暇があったら頭を働かせることだ。新しい問題文を作ってくるから私が戻ってくるまで基礎問題を反復!」 「うわーい、イシュタルさんスパルター」 そんなこんなを繰り返して夕食の時間前後には予習復習を終える。まだ中学生だから早く終わるけど進級進学をする度に授業の内容も高度になっていくから高校生になったら夕食後も自習は続くかもしれない。早い内にその辺りの時間調整を考えておいた方が良さそうだ。 しかし腹が減っては戦は出来ぬでござる。先ず夕餉の準備でござる。今日はチャーハンと野菜のスープ。下準備は朝の内に済ませておいたから後は鍋とフライパンで食材を煮たり炒めたり調味料を吹っ掛けたりするだけ。簡単な調理だけど栄養は十分に取れるとはイシュタルのお墨付き。 一人分だけだからパッと作れる。チャーハンは僕、スープはイシュタルが担当して十~二十分で完成。両手を重ねて頂きます。 「この高校なんかはどうだ。学生寮は有るし、近くに神姫センターもあるぞ」 「でもアルバイト禁止なのは辛くない? 高校生になるんだから自由に出来るお金は欲しいよ」 夕食ついでに進路相談。イシュタルの教育方針として出来るだけ両親にお金を集らないように生活をしているんだけどやっぱりお金は欲しい。だからアルバイト有りで学力高め、神姫バトルを出来る場所が近くにある高校を探している。 と言っても実は真面目には考えていない。卒業はまだ一年先だから極々偶に暗示してくる程度。両手を合わせて御馳走様と唱えれば進路相談は打ち切られる。 そして皿の片付けが終わればいよいよ武装神姫の時間だ。鼻唄混じりに戦友達を机に並べて意気揚々。 「じゃ、体の隅々まで検査させてもらうからね」 「頼む」 決して変な意味では言っていない。ネジ、ピンを触診。頭の中で理想形のイシュタルを想像して理想と現実を比較する作業をひたすら繰り返す。検査の結果、現状は目標からは程遠いコンディションであることが嫌でも理解出来た。昔と違って今の素体は特別製だからオーダーメイドの部品が居る。それを手に入れるまで我慢しなければならない。 最後の仕上げとして僕はゴーグル付きのヘッドギアを取り出した。これは何時でも何処でも神姫と一体化出来るライドオンギア…の試作品である。 試作品だから公式では使えないんだけれど僕はこれを検査道具として使っていた。イシュタルに疑似的なライドオンをしセンサーには異常が無いと判断すると直ぐにライドオンを解除する。 「はい終わり。やっぱりガタ付いてる部分が多いね」 「明日に修理するのだろう? 不快ではあるがもう少しだけ我慢しよう」 そう言って作業用の机から颯爽と跳び出したイシュタルはパソコンと繋いだクレイドルに腰を下ろしスリープモードに。僕もパソコンの方を操作してイシュタルのAIを素体からパソコンの中へと移動させる。公式で配布されているネット対戦用ソフトを起動、普段通りの装備させ、後は公式掲示板に張り付き対戦相手を見つけるか見つけられるかを待った。 『対戦、宜しくお願いします』 『はい、いいですよ』 しばらくして希望する条件と一致するマスターを見つけたので対戦の申し込み。お互いに見ず知らずの相手だから適度の挨拶を交わしキーボードを気障っぽくターン! してバトル開始。これで僕の神姫マスターとしての仕事は終わり。 イシュタルが戦っている間に対戦記録用ノートに今日の日付、対戦相手の名前と神姫の型名と使用武装と戦術とを書き込む。相手はサイフォス、武装を見る限りミドルから牽制ショートから攻め始めクロスに持ち込むインファイター、と相手の情報を全部書き終える前に戦いが終わってしまった。画面一杯に『You Win』が浮かび上がりバトルフィールドはチャット画面に入れ替わる。 『対戦ありがとうござました! もの凄く強いですね、瞬殺されちゃいました!』 『ミス・アスタロト(イシュタルのHN)!』 向こうのサイフォスが姿勢を正してイシュタルに向き直った。…またか。 『私を弟子にしてくれぇ!』 『ちょ、ちょっと、ルシア、いきなりどうしたの!?』 『マスターこそ先の戦いを見て何も思わなかったのか? 彼女の動きは完成された武術家のもの、正に我々の理想とするものではないか!』 サイフォスの興奮は収まりそうにない。かと言って通信を勝手に切断するのはマナー違反なので落ち着くまで待つことに。 『私は家事や勉学の補助もしていて忙しい。師事をするなら別の神姫にしてくれ』 イシュタルがそう答えるとサイフィスは弟子入りを諦めてくれた。実力が有るから弟子入りを志願してくる神姫は多いのだけれどしつこい神姫は本当にしつこい。そいつらに比べたら何て爽やかなサイフォスだろう。 『対戦ありがとうございました』 『次に戦った時はもっと頑張れるようになります』 別れの挨拶もそこそこに向こうのとの通信を切断してパソコンのディスプレイは元の対戦待ち合わせロビーに戻る。一旦対戦待機状態を解除してイシュタルにメッセージを送った。 『そっちの方の調子はどう? ちゃんと動く?』 『CPU、メモリ、キャッシュ、どれも問題無い。情報処理を妨げるバグも許容範囲内だ。戦闘に支障は出ない』 『オッケー、そっちの新品は買い替えなくていいわけだね』 ホッとした。これで残りの悩みの種は素体の不具合のみ。それも明日には解決する。 『問題無いようなら募集を再開させるよ』 『出来れば歯応えの有る相手を集めてくれ。数をこなしても相手が弱過ぎるとカンが鈍る気がするんだ』 『分かった。じゃあ、レート2000(セカンドリーグ上位)以上を条件に追記しておくから』 『レート2300(ファーストリーグ中位)は駄目なのか』 『それは厳し過ぎるって』 説得してレート2000で落ち着いてもらった。 募集を再開すると観戦希望者がドッと増える。1800(セカンドリーグ中位)位にすべきだったかなと反省するけど実力差が有り過ぎる相手と戦っても実るものが少ないのは確かだから気長に待とう。 それに五月蠅い神姫はパソコンの中。今なら今月の神姫グラビアをじっくり眺める事が出来る。 「「紗羅檀」と「ナース服」! この世にこれほど相性のいいものがあるだろうかッ!?」 『…後で覚えていろ、地獄に落としてやる』 …。 …。 …。 二時間ほど待って戦えた回数は僅か二十前後。その内の半分は冷やかし。冷やかしを含んだ勝率はキッチリ80%。戦術の相性とかステージの有利不利とかを考えると運が良い。就寝時間が間近に迫って来ているのでネット対戦を止めてAIを素体に戻した。 湯船のお湯を張っている間に新聞を読むことに。政治は機械が担った方がいいと主張する派閥と政治に人心は必要だと主張する派閥が争っているらしい。僕にはまだ投票権は無いけれど日本国民として真面目に考えるべきかなーなんて考えながら暇潰し。 「バスタオルは持ったか? 着替えは? シャンプーの残量は?」 「そこまで心配しなくても大丈夫よ。小学生じゃないんだから」 「私にとってはいつまでも手の掛かるマスターだよ」 「はいはい。分かりましたよ、お母様」 いざ、お風呂へ。の前に何となく振り返る。イシュタルが笑っていた。 「どうした? 風呂にお化けでもいたか?」 「幾つの頃の話をしてるんだか」 僕は小学生の頃そう言ってイシュタルに泣きついたことがあった。それを思い出しても自分でも分かるくらいに顔が真っ赤になり、ニヤニヤと笑う視線から逃げるようにお風呂場に向かう。 男子中学生の入浴シーン? 誰得なんだよ。その辺りはカットして洗面所を歯を磨いてから居間に戻る。イシュタルは図書館で借りた武術関係の本を読んでいた。 「いつものことだけど、熱心だね」 「私は武術神姫だからな。熱心にもなる」 「誰が上手いことを言えと」 「…ふふっ」 イシュタルが冗談を言うなんて珍しい。今読んでいる本が好みなのかな。新しい武装を買ってもらうより新しい武術との出会いを喜ぶなんて正に武術神姫と言える。マスターとしてもわざわざ遠くの図書館に行った甲斐があった。 が、感傷に浸り掛けたところでハッとなる。僕はその笑顔の正体を思い出した。イシュタルがああいう笑顔をするのは決まって僕を如何に甚振るかを考えている時だ。恐る恐る盗み見すれば内容は如何に武術に適した身体を作るかと言うもの。 機械である神姫にそんなもの必要は無い。今この場に人間は僕一人。何だか嫌な予感がしてきた。君子危うきに近寄らずとは言うが虎穴入らずんば虎児を得ず。僕には一歩進まなければならない。 「ねぇ、イシュタル。今一体何を考えているのかなぁ…」 「マスター、修業道具に呼吸制限をするマスクを選ぶと言うのは中々いいセンスをしていると思わないか」 「オー! ノー! 俺の嫌いな言葉は一番が「努力」で二番目が「頑張る」なんだぜーッ!」 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい何時何処で何時何分に地獄の特訓が始まるのかは分からないけどバケツに血を吐くような想いなんて何とか何としても何があっても回避しなければならない落ち着けそして考えろ一瞬を争う場でも限り何事も先ず考えてからだパッと思いついた案は①特訓をさぼる②特訓をなかったことにする③諦める、現実は非常であるの三択僕としては①に○を付けたいんだけど唯でさえ優れている神姫のセンサーをさらに改良したイシュタルを騙すのは怪盗三世でも難しいから却下となると②、イシュタルの機嫌を取って考え直してもらうしかないしばらくセクハラ言動は慎もう涙が出そうだけど血反吐を撒き散らすよりはマシだ。 「マスター。さっきからブツブツと、一体どうしたんだ?」 「アニメ・ジョジョの奇妙な冒険第二部戦闘潮流、主役ジョセフ・ジョースターの声優は杉田智一氏」 「何故そっちの宣伝をするんだ」 「次回・黒野白太に人間の恋人が」 「猿も騙せない嘘予告だな」 「酷い」 自分の神姫の容赦無い言葉に落ち着いてきた心が傷付けられる。いつものことだから別にいいけど。それよりも眠い。お風呂から上がると眠くなる。 「もう僕は寝るから、消灯はお願いね。おやすみー」 「おやすみなさい、マスター」 頭の中ではイシュタルの機嫌を取る方法を考えていたけど体内時計には勝てなかったよ…。
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ハロウィンパーティー二日目 仙石神姫センターの3F舞闘場には大勢の人が集まっていた。 「クロエさん!」 名前を呼ばれたクロエが周囲を見渡すが人が多すぎて声の主が見つからない。 「こっちです。こっち」 トントン、と軽く肩を叩かれ振り向くと、声の主である女性がいた。 「晶さん」 御剣=晶、大学2年生の20歳、神姫オーナーとして県内でも有名なランカーだ。 「クロエさんも参加しているんですか?あれ?エリアーデちゃんは?」 「今回は裏方にまわってるので、エリアーデは家でお留守番です」 「裏方?」 「今回のイベントは結構な規模ですからね。近くの神姫関連のお店は結構手伝いに来てますよ」 「そうなんですか」 「残念ですね。クロエさん達と一緒に参加出来ると思ったのに、とマスター晶は思っています」 晶のパートナーであるサイファがオーナーの心情を代弁した。 「サイファ!余計なことは――」 「?どうしたのですかマスター」 「やぁ、サイファ、昨日は大活躍だったね。」 「お褒めの言葉ありがとうクロエ、しかしイベントはあと二日ある。称賛はイベントが終了してから頂きたいのだが?」 「サイファ!なんてことを言うの!」 「あはは、それはすまないねサイファ、お詫びと言ってはなんだがまだ時間もある事だしお茶でもどうでだい?もちろん奢りますよ」 「良いでしょう。その申し出受けましょう」 「そんな!悪いですよ。失礼を行ったのはサイファなんですから」 「う~ん、それではこういうのはどうですか?暇なので付き合っていただけませんか?」 付き合っての言葉が晶の心に突き刺さる。 「はい!もちろん喜んで!」 喜ぶ晶を見てサイファが呆れたように呟く 「この程度で喜ぶのではまだまだ道は遠いですね。マスター」 神姫センター1Fのイベントホール、舞台上には昨日のダンジョンを勝ち上がった参加者60名と司会を務める昨日と同じ魔女の恰好をした女性がいる。 「さぁ!ハロウィンパーティー二日目です!二日目の今日はっ!こちらっ!!」 司会者の紹介と共に巨大な舞台装置が動き始め、真ん中から今日の舞台である円形闘技場、コロッセオがスモークの中せり上がってきた。 大掛かりな仕掛けに会場内が湧き上がる。 「このコロッセオを使ってバトルロワイアルをしていただきます!それではルールの説明を、まずこのコロッセオにクジで決められた10名の神姫に闘士として入っていただき制限時間30分のバトルロンドを行います。そして二名になるか、時間が過ぎるか、いずれかの場合翌日の最終イベントの切符を手に入れる事が出来ます」 司会者が含み笑いを浮かべる。その笑顔は魔女の恰好に相応しかった。 「――ただし時間経過で試合終了した場合、1名になるまで時間無制限のサドンデスに突入、さらに3分経過後に今回の為に編成したエグゼキューターズを放ちます。その場合は全滅を覚悟してくださいね♪しかし彼女達を倒せた場合は生き残った全員が最終イベントへの切符を手にする事が出来ますのでがんばってください♪」 エグゼキューターズ、処刑人の言葉と魔女の笑顔に場内が静まり返る。 「それでは第一戦目にまいりましょう!」 第一戦目、二戦目と滞りなく試合は進んで行き、第四戦目、彼女達が牙を剥いた。 第四戦目はブーイングの嵐だった。選ばれた全員が積極的にバトルをしようとせずに非常に退屈な試合運びとなった結果、全員が時間経過で生き残ったのだ。 そしてそれはサドンデスへと突入した今も変わらず、3分が経過した。 「ふ~ん、これはこれはダメダメですね~仕方ありませんね。それではみなさんお待ちかねのエグゼキューターズです♪」 司会者に紹介された10体の神姫の前に5体の処刑人がコロッセオに舞い降りた。 その処刑人達の姿に場内がざわついた。それは正体不明という訳ではなくいずれも雑誌やTVで見た事がある有名すぎる神姫だからだ。 「ウソ・・・だろ・・・あれって今年のワールドクィーンのネメシス!」 「っていうより、歴代のワールドクィーンばっかりじゃないか!」 「まさか、偽物だろ?」 「なんでこんな所に!?」 ワールドクィーン、毎年行われる世界神姫女王杯の優勝者に贈られる称号、オーナーにはキングが与えられる。そしてここにいるエグゼキューターズは皆、本物のワールドクィーンの称号を一度でも受けた者だ。 観客に投げキッスをするのは3年前の覇者、ヘルメス 獰猛な目で闘士を見つめ笑みを浮かべる5年前の暴帝、ベルセルク 静かに処刑の開始を待つ4年前の女帝、ロビン 準備体操をして万全に挑もうとする2年前の女王、ヴォルフ そして今年のワールドクィーン、ネメシス 「これよりコロッセオの殲滅を開始する」 ネメシスが静かに死刑宣告を告げる。 「行くぞ、小ネズミ共!」 ベルセルクが闘士に向かって突撃しバスターソードを振るう。 「遠くへお逃げなさい」 ロビンがマスケット銃に似た狙撃銃で神姫達を狙い撃つ 「エッヘヘ~行っくよぉ~」 ヘルメスが大鎌のグリムリーパーで神姫の狩り採りを始める。 「長く持ってくれよ!」 ヴォルフが拳を固く握り突撃する。 それは圧倒的な戦力差だった。ワールドクィーン達が敵神姫たちのあらゆる攻撃を紙一重でかわし反撃する様はまさに蝶のように舞い、蜂のように刺す。ただし蜂は猛毒と高い攻撃性のスズメバチだが。 ネメシスの殲滅の宣言通り、バトルロンドは一方的な蹂躙が行われていく。 「おら!これで終わり!」 ベルセルクのバスターソードがサイフォス型の神姫を叩き伏せる。 「無駄です」 ロビンの精密射撃が遥か後方の空にいたツガル型を捉え、落ちた。 「まだまだ、だな」 ヴォルフの拳がストラーフ型の腹部を深く刺し、吹き飛ばす。 「遅い、おそい」 ヘルメスのグリムリーパーがヴェローナ型を斬る。 「散りなさい」 ネメシスの西洋剣による二刀の鮮やかな剣技の前に飛鳥型と紅緒型の2体が斬り落とされた。 最初は激しく抵抗していた神姫たちだったがワールドクィーンの猛攻の前に1体、また1体と倒れ、そして最後の1体がネメシスの手によって斬り伏せられた。 「殲滅の完了を確認。引き上げる」 ネメシス達エグゼキューターズが引き揚げた後には静寂だけが残った。みんな魅入られたのだ。 ワールドクィーンの称号を持つ神姫達の鮮やかで美しくも恐怖すら覚える圧倒的な力に誰もが飲まれていた。 「エグゼキューターズのみなさんお疲れさまでした~♪残っている方は・・・いませんね。それでは次の試合に行きましょう♪」 第五戦、サイファの試合 「がんばってくださいね。晶さん、サイファ」 クロエの応援に晶が笑顔で答える。 「がんばります!」 「がんばってくるわ」 開始早々、バトルは大乱戦から幕を開けた。エグゼキューターズの登場は参加神姫に火を付けた。彼女達に会いたくないという意味で。 乱戦の中でサイファが気になったのは千姫、この中で特別に注意すべきはランカー同士である彼女だった。 耳を銃撃音や爆音などの大きな音が支配する中、一つの風切り音が聞こえた。それと共にサイファに襲いかかってくる刃 「くっ!」 風切る刃を紙一重でエウロスで受ける事が出来た。おそらく次は無いだろう。それほどまでにこの刃は速く鋭い。 紅緒型の神姫が納刀し、再び抜刀できる居合い切りの態勢をつくる。 「千姫、嫌な時に」 「久しいなサイファ、今度こそ決着をつけようぞ」 サイファと千姫には過去三度の勝負を行った事がある。その三戦すべて決着のつかない引き分けで周囲の認めるライバル関係である。 「悪いけど貴方に構ってる暇はないの」 「何だと!」 周囲が激戦を繰り広げる中対峙する二人、その二人を八人が確認すると一瞬、時が止まった様に静まり返り目で会話する八人、そして二人に砲火が集中し始める。 「ほら、やっぱり」 「くっ!卑怯な!」 第五戦のメンバーでランカー持ちはサイファと千姫の二人だけ、バトルロワイアルでは突出した力を持つ者を排除しようとするのは自然な流れともいえる。 砲火の雨を掻い潜るサイファと千姫、二人への攻撃は更に激しさを増してゆく。 「一時休戦といきません?」 「仕方ないか、その申し出受けよう!」 「だったら・・・」 二人の間にもう言葉は不要だった。ライバル関係にあるからこそ相手を研究した二人、出来る事も出来ない事もお互い知りつくしている。 周囲の目を引きつけながら舞い上がるサイファ、おのずとサイファへと砲火も集中する 「何故当たらない!?」 「速すぎる!」 砲火をかわしながら急降下、敵の陣中に強襲し連携をかく乱する。 「前に出るな!邪魔で撃てないだろ!!」 二人を倒す為共同戦線を引いているがまだ拙く、バトルロワイアルなのに誰かを犠牲にする非情さを持ち合わせていない敵の神姫たち。 「その程度では当たらせるわけには!千姫!」 サイファが離脱し、千姫がその後に入るように敵の真っ只中に入る 「応よ!」 千姫に肉薄され驚き慌てふためくティグリース型、そこを千姫の右片手での居合いによる左下から右上への一閃、そして貫放たれた為虎添翼(イコテンヨク)を両手で握り一刀両断する。 「な!?」 崩れ落ちるティグリース、それをもう千姫は見ていなかった。その目が捉えるは新たな敵。 「次!」 目の前でティグリースが倒され一瞬気を取られたアークその後ろに 「よそ見はいけないな、敵は前にいるだけじゃないのだから」 振り返ると同時にナイフで薙ぎ払う、しかしそこには誰もいない 「遅過ぎる。上だよ」 サイファの二刀のエウロスがアークの頭上から襲いかかりその姿を確認することなく意識を失った。 紫電の二つ名の由来であるその稲妻の如き速度と機動力でかく乱するサイファと、風切りの由来である神速の居合いと剛剣で確実に仕留める千姫のコンビネーションは即席とは思えない完成度を誇り着実にその数を減らしていった。 「これで最後!」 「止め!」 サイファと千姫の刃が交差し同時に斬る。最後の一人が倒れたコロッセオ中央に立つ二人。 「私達を」 とサイファ 「倒したくば」 と千姫 「「その三倍の火力は持ってこい」」 ハモる二人、そして終了のブザーが鳴り響いた。 以降エグゼキューターズの出番はなく、無事に10名が選出された。
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アナザールート・バトルロワイアル 書き手紹介 3267 :やってられない名無しさん:2013/02/17(日) 00 06 45 ID ???0 ・その他トキワ荘の書き手さん達(全員 1) 【渾名】結ばれし末を転がし覆す 【所属ロワ】アナザールート・バトルロワイアル 【トリップ】◆5Kdjgy1wTM 【投下数】18 【代表作】「彼の為のアナザーストーリー」「ほむらの世界事情」「爆ぜろ、リアル」 驚異的なスピードを誇る書き手、時には深夜に予約して同日中の夕方には投下するほどである。 ロワのタイトルにもなっている「アナザーストーリー」に重点を置いており、原作とは違った選択を取る、取らされるキャラクターたちが明確に描写されている。