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前ページ愛しのシェフィ 暗い……。 寒い石室の中。 ご主人様は、もう起きてくださらない。 もう、話しかけてくださらない。 私の頭を撫でてくださらない。 かなしい。 とても、寂しい。 涙ばかり出てくる。 でも、私のために泣いてくれる人はいない。 誰も、いない。 ひとりは、キライ。 ひとりは、キライ。 きらきらとした光の中に引っ張りこまれたら、不思議な人がいた。 見たこともない服。 青い髪、青い瞳。 不思議な顔だちをした人だった。 でも、どうしてだろ? 私と、似てると思った。 そのかたは、新しいご主人様。 でも、<ご主人様>と呼ぶと嫌がるから、名前で呼ぶ。 ジョゼフ様。 色んなことを知ってて、優しい。 でも寂しそうな人。 だけど、私と一緒だと嬉しそうにしてくれる。 それがすごく嬉しい。 綺麗なお花。 胸の焼印。 私とジョゼフ様をつなぐ絆。 夢の中。 誰かが泣いている? 泣いているのは、昔の私? そうじゃなかった。 泣いているのは、小さな子供。 青い髪、青い瞳。 ジョゼフ様とそっくり。 その子供は、泣いてばかりいる。 魔法が使えないって、泣いている。 背丈も年も違うのに、何故だかジョゼフ様と同じに見えた。 だから、ぎゅっと抱きしめる。 そしたら、子供は笑ってくれた。 ジョゼフ様とそっくりの顔で。 嬉しいな。 ジョゼフ様……。 好き。 大好き。 しあわせ……。 ○ あの夜から、シェフィールドはほとんど眠ったままだった。 何日も高い熱が続き、肉体がどんどん衰弱していく。 何ともひどい状態であった。 その病は、現代でいえばさしずめ流感――インフルエンザであろうか……。 ヴェルサルテイルには腕の良い水メイジは何人もいる。 それらの尻を叩くようにして診察させたが、いずれも難しい顔をするばかりだった。 「はっきり申し上げて、かなり危険な状態です。もしも、家族がいるのなら連絡してやったほうがいいかもしれません」 このようなことまで言う始末である。 当初患者が平民であるから、まともに診る気がないのかと思ったが、そうではないようだった。 「そんなにひどい病なのか……?」 ジョゼフはそれこそ、病人のように顔を真っ青にしてたずねた。 「水魔法で治すとか、治せるとかいう以前に、患者の肉体が病に負けそうなのです。そうなれば、我々の魔法では……」 「どういうことだ!? 彼女はそんなにも体が弱かったのか!?」 ジョゼフは目の前が真っ暗になりそうだった。 信じられなかった、というより信じたくなかった。 そうだとすれば、それに気づいてやれず、ご主人様などと呼ばれて悦に浸っていた自分はなんと馬鹿者なのか。 「治す方法は、方法はないのか!?」 ジョゼフは医師につかみかかるようして叫ぶ。 「体力のあるなし、ではないのです。何と言えばいいのか、彼女の体の中に、病に抗う力が著しく低いのですよ」 「……」 ジョゼフは、医師の言うことが理解できたのか、手を離した。 現代医学で言えば、さしずめ免疫応答が異常に低い、とでもいっただろう。 例えばニューギニアの奥地などで、旅行者が持ちこんだ流感が原因で多くの死者が出ることがある。 ウィルスへの免疫がないために、である。 シェフィールドの場合も、まさにそれであった。 この場合は、彼女のほうが来訪者であるため、ハルケギニアという土地の、風土病にやられたとすべきであろうか。 「……できるだけ、彼女についていてあげたほうがよろしいでしょう」 医師はそう言って、離れていく。 ジョゼフはへたりこみたくなるような気持ちを無理やりに抑えこみ、シェフィールドのもとへ向かった。 途中で、幾度も足がもつれて転びそうになった。 ベッドの上で、シェフィールドは苦しそうな息をしながら眠っていた。 ジョゼフは、臓腑がえぐられるように苦しかった。 (何故だ。どうして……どうして、シェフィが……!!) 神でもいい、運命にでもいい。 あらん限り呪いの言葉を吐きつけてやりたかった。 ベッドの脇に椅子に座りこみ、ジョゼフは祈るような格好でうつむいていた。 もしも、願いがかなうのなら。 古い流行り歌の文句ではないが、これほどまでそれを想ったことはない。 できることなら、代わってやりたかった。 「死ぬな、シェフィ……。俺たちは、まだ、まだこれからじゃないか……」 涙が止まらなかった。 食いしばった歯の隙間から、うめき声が漏れていく。 苦痛であった。 涙など、どれだけ流したかわからない。 魔法が使えぬ無能者、暗愚の王子。 そんな言葉を受けた後、何度泣いたか数え切れない。 しかし、今の苦しみに比べれば。そんなものが一体どれほどのものか。 心から愛する者が死にかけているのに、何もできない。 このまま魂は天に、肉体は土に還っていくのを見守っているしかないのか。 (いやだ、そんなのはいやだ……) もしも、自分の命と引き換えにシェフィールドが救えるのなら、今すぐにでも死んでもいい。 やれというなら、自分の心臓を抉り出してくれてやる。 しかし、どれほど強く願ってみても、それは意味をなさぬ。 「……ん」 かすかに、シェフィールドが声をあげたようだった。 顔を上げると、シェフィールドがその手を宙に向かってあげている。 その様子は、弱々しくも、必死で、何かを捜し求めるかのようであった。 ジョゼフはギュッと、その手を握ってやる。 すると、シェフィールドがゆっくりと眼を開けた。 「ご主人様は――元気ないですか?」 少女の優しさをたたえた黒い瞳でジョゼフを見た。 シェフィールドはとても小さな声で、けれど柔らかい微笑を浮かべて言った。 本当ならば、このわずかな言葉を話すことすら苦しいであろうに。 「ああ」 ジョゼフは泣きそうな顔の上、無理やり笑みを浮かべた。 「シェフィが、病気だからな……」 それ以上は何も言うことができなかった。 何か口にすれば、そのまま号泣してしまうかもしれない。 シェフィールドは微笑んだまま、ジョゼフの顔に触れた。 まるで何かを、ゆっくりと確認でもしているようだった。 「シェフィ、すまない。俺のせいだ。ごめんな……」 ジョゼフは詫びることしかできなかった。 もっと彼女のことを気遣ってやるべきであったのだ。 こんなことは、よく考えてみればわかりそうなものである。 シェフィールドは、遠い遠い土地の人間なのだ。 何かのきっかけで病にかかってしまうことは十分にありえた。 このハルケギニアの中でさえ、旅先で水や食べ物があわず体を壊すなどざらではないか。 「……泣いている」 「え?」 シェフィールドの言うとおり、抑えていたはずの涙がジョゼフの瞳から溢れ出していた。 とどめなく流れる涙が、少女の指先を濡らしていった。 「嬉しいな」 本当に嬉しそうに、シェフィールドは笑った。 「なんだよ」 ジョゼフは拗ねたような声をあげた。 自分の命が危ないのに、何故そんな風に笑えるのだ。 「……だって、あの時は誰も泣いてくれなかったから。生きてた時も、ひとりだったから」 そう、シェフィールドは言った。 この少女は、どれだけの間、その華奢な体でどれだけの孤独や悲しみに耐えてきたのだろうか。 「もういい。しゃべればしゃべるだけ、体力を削る。今は……」 シェフィールドが何か言いかけるのを、ジョゼフは止めた。 どうしても、まともな言葉になりそうになかった。 「シェフィ、シェフィ……」 ジョゼフは何度も少女の名前を呼び、涙を流した。 シェフィールドは何も言わずに、ジョゼフの手を握り返す。 散り行く前の花のような美しさだった。 今にも消え失せてしまいそう弱々しさであった。 「頼む。シェフィ……俺のものなんかでなくっていいんだ。俺の全て、何かも全部お前にやる……」 小さな手にすがりつくように、ジョゼフは泣きむせぶ。 「だから、俺を一人にしないでくれ……」 シェフィールドは微笑んだまま、やはり泣いていた。 そして、泣いたまま瞳を閉じた。 それとほぼ同時、であったろうか。 急に瞳がチカチカとするのを感じ、ジョゼフは顔を上げた。 すると、どうであろう。 シェフィールドの胸元のあたりがうっすらと光っているのだ。 (なんだ……?) シェフィールドの胸。 (あれは、確か……) 覚えが、あった。 あって当たり前である。 コントラクト・サーヴァントをした時、使い魔のルーンが刻まれた場所は、彼女の胸であった。 その奇妙な光は、まるでジョゼフに何かを語りかけているようであった。 導かれるように、ジョゼフはシェフィールドの胸に触れた。 その瞬間である。 ゴオッと、ものすごい風の音にも似た轟音が響いたような気がした。 驚いて片手で頭を押さえるが、耳鳴りのようなものがキンキンと頭というよりも体中に響くのである。 思わずジョゼフは両膝を床についてしまった。 その時、ジョゼフの記憶の中から、二つの情報が無理やりに掘り出された。 ――土のルビー ――始祖の香炉 この二つである。 それはどちらも、始祖の時代から伝わるとされるガリア王家の秘宝であった。 (何故こんな時に、こんなものが……) 今はシェフィールドが大変なことになっているというのに、こんなわけのわからないことを……。 そう思うのだが、その情報はしつこくジョゼフで喰らいついて離れない。 無理に引き剥がそうとすればするほど、それはへばりつき、ジョゼフの心を刺激し続けるのだ。 (くそっ、何がどうなってる!?) ついには狂人のようになって頭を掻き毟りそうになった時である。 さらに二つの情報が、流れこんできた。 そのうちの一つはジョゼフの今まで、まったく知りえなかったものであった。 虚無の魔法。 そして、 活性。 (バカな……? 虚無だと?) 活性。まるで聞いたことのない魔法である。 傷や病を治癒するための水魔法は存在するが、それらも即効の効果があるものはそう多くはない。 大体において、水の秘薬とセットでなければその効果を十分に発揮しえないものばかり。 そもそも、そのように想定されて構築された魔法なのである。 しかし、突如送りこまれてきた情報によると。 <活性>、それはこの世界における万物の根源をなす力、その中でもプラスの属性を持つ『陽』の力を用いるもの。 (こんなこと、俺は知らない……。ついに、頭がどうかなかったのか……?) 苦悩のあまり、妄想に頭を侵されてしまったのだろうか。 ジョゼフは何度も首を振った。 シェフィールドを見ると、いつの間にかまた眠ってしまったようだ。 (シェフィ……) 普通に考えれば、こんなものを単なる妄想であろう。 だが、今のジョゼフはこの奇妙な現象を信じてみたくなった。 神の啓示か妄想か、それはわからぬ。 けれども、もしもこれが何か大いなるものの啓示であるのなら、 (俺はそれに賭けてみたい……) 刻まれたルーンから発せられた光。 それを信じてみたかったのだ。 ジョゼフはそっとシェフィールドに口づけをして、大きな音を出さないように部屋を辞する。 もはや、青年の眼には何も目に映らなかった。 途中で出会った顔見知りの貴族も、弟のシャルルも、完全に無視してジョゼフは進む。 目指すのは、父の執務室であった。 「ジョゼフ、何事だ。ノックもせずに……」 いきなり入ってきた息子を、ガリア王は驚いて咎めたが、ジョゼフの耳に入らない。 「おい、これ!」 王は息子を止めようと肩をつかみかけるが、ジョゼフは父の手を邪険に振り払い、机を引っ掻き回し始めた。 それから、あるものを引っ張り出すと、手早く自分の指にはめる。 茶色の宝石が輝く指輪、土のルビーと呼ばれる宝物である。 「父上、少しの間お借りします。間違っても城外に持ち出すつもりなどございませんので、どうぞお許しのほどを……」 ジョゼフの奇矯な行動に、城の人間は騒いでいるが、それらは雑音にもならぬ。 土のルビーをはめたジョゼフは、次に城の宝物庫へと急いだ。 厳重に封じられた倉庫を開け放ち、値段すらつけられない宝を乱暴にかきわけて、古びた香炉を取り出した。 始祖の香炉である。 ジョゼフは香炉を両手でつかみ、じっと見続けた。 知りえぬはずの情報によれば、これこそ偉大なる始祖の力が、虚無の呪文が封じられたもの。 これを使い、呪文を得ることができるのなら、ジョゼフは伝説の<虚無>の担い手ということなのか。 しかし、ジョゼフにとってそれが是であるか非であるかは、意味を持たない。 今望むのは、ただ心から愛する女を救いたい。 それのみなのである。 伝説や始祖のことなど、本質的にはどうでもいいことだった。 シェフィールドの命を助けることができれば、それでいいのだ。 始祖であろうが、あのエルフたちであろうが、関係の話だった。 (一度きりでいい、メイジでなくなってもいい) ジョゼフはギュッと香炉を握り締める。 いや、もとからメイジなんかじゃなかった。 魔法の使えないメイジなど、メイジではないのだ。 しかし、もしもできるのなら……。 この先魔法など永遠に使えなくてもいい。 自分の命など、いらない。 魂が望みなら持っていけ。 血肉が欲しいのなら、血の一滴、肉のひとかけらまでくれてやる。 (名誉も、栄光も、何もいらん……。だから、俺に魔法を使わせてくれ。シェフィの命を救える魔法を!!) ジョゼフがシェフィールドの部屋に戻った時、数人の医師メイジが集まっていた。 みんな杖や秘薬の入った薬壜を手にしている。 シェフィールドは、途切れ途切れの息をしているだけだった。 素人目にも、かなり危険な状態であることがわかった。 「ジョゼフ様、お気の毒ですが、おそらく今夜が……」 「少し、どいててくれ」 ジョゼフは医師たちの言葉を最後まで聞かず、シェフィールドのベッドまで歩み寄った。 (うまく、いってくれ) そうつぶやきながら、ジョゼフはシェフィールドに杖を向けた。 「な、何をなさるつもりです!?」 医師たちは目を丸くした。 ジョゼフが魔法を使えないことは、彼らもよく知っている。 失敗魔法が、どんな結果を生み出すのかも。 気の弱い者たちは、あわてて部屋から逃げ出していく。 誰もが、失敗魔法によって引き起こされる爆発で吹っ飛ばされる少女の姿を思い浮かべたに違いない。 しかし、ジョゼフはかまわず、呪文を詠唱しだした。 部屋を出なかった医師たちも、その異様な気迫に、身動きを取れなくなっていた。 長い呪文を唱え終わると、ジョゼフはすっと杖を振った。 すると、杖の先に小さな光が灯った。 その蛍のような光は、無数に数を増やしていき、シェフィールドの体を包みこんでいく。 「こ、これは、何事……」 医師たちは息を呑んで状況を見守っていた。 小さな光は、まるで生き物のように次々とシェフィールドの中へと飛びこんでいった。 そして、光が吸いこまれていく度に、シェフィールドの呼吸が穏やかになっていくのだ。 全ての光がシェフィールドの中を消えた時、部屋の中はしんと静まり返っているだけだった。 ただ、シェフィールドの顔に精気が蘇っていること、ジョゼフがぐったりと床にへたりこんでいることを除いては。 「おい」 顔を伏せたまま、ジョゼフは医師たちに言った。 「このことは、他言無用だぞ」 疲労に満ちた声であるのに、そこには先ほど以上の、凄まじい迫力があった。 医師たちにできたのは、ただ首を縦に振ることだけだった。 その翌日、シェフィールドは昨日までの病状が嘘のように持ち直した。 まだ体は本調子というわけにはいかないが、少なくとも生きるの、死ぬのということはなくなったのだ。 「もう、平気ですよ」 シェフィールドはそう言って起きようとしたが、 「病気は治りかけの時が一番肝心なんだ。おとなしく寝ていろ!」 ジョゼフは普段は、少なくともシェフィールドに対してはまず出さないようなきつい声で言った。 それは、必死さの表れでもあった。 主人にそう言いつけられては、メイドのシェフィールドとしては命令を聞くしかない。 ただもう、ベッドの中で安静にしているしかなかった。 そんなシェフィールドに、ジョゼフはそばであれこれと世話を焼いていた。 こういったことは、常識的にはまず考えられないことだった。 一般的に考えて、主人がメイドに、それも一国の王子がやるようなことはではない。 けれど、世間の常識とか、他人の視線などというものは、ジョゼフにとってはどうでもいいことだった。 シェフィールドもやはり嬉しいのか、子供のような顔でジョゼフのことを見つめていた。 その顔から、笑顔が消えることはなかった。 「なあ、シェフィ」 果物の皮をナイフで器用にむきながら、ジョゼフは言った。 「はい♪」 「前にも話したが、将来の夢とか、そんなものはないのか? 例えば、したいこととかな」 生きている間のな、とジョゼフは念を押す。 「んーーーとですね……」 シェフィールドは天井を見上げながら、真剣な顔で考えこむ。 じょりじょり、とナイフの音が響く。 それから、ちょっとはにかんだ。 「私、ジョゼフ様のお側にいて、二人で美味しいもの食べて、ずっと一緒にいられたら、それ以上の夢なんて思いつきません」 その答えに、ジョゼフはピタリと手を止める。 「それじゃ、駄目ですか」 シェフィールドはジョゼフを見上げて尋ねた。 「ダメじゃあないが……」 ジョゼフは赤面しながら、誤魔化すように皮むきを再開させる。 「よかった」 シェフィールドはほっとした顔で笑う。 「もっといいこと思いついたら、また言いますね」 「あ、ああ」 ジョゼフは苦笑した。 (やっぱり、かなわないな……) 自分とシェフィールドでは、器が違うようだ。 しかし、それが奇妙に心地良いような気もする。 それは凡庸だけれど、とても大切なものなのだろう。 ひどく、晴れ晴れとした気分であった。 暗く冷たい、牢獄からようやく解放されたような気持ちであった。 外では、花壇の花が緩やかに揺れていた。 シェフィールドの体調が回復すると、ジョゼフはかねてからの予定通り、ヴェルサルテイルを出ていった。 ほんのわずかの従者と、シェフィールドだけを連れて。 見送る者はほとんどいない、ひっそりとしたものであった。 「兄さん……」 シャルルは、ひどく情けない顔で兄の出発に立ち会っていた。 その顔は、国中はおろか、近隣諸国からも賞賛される麒麟児とはとても思えなかった。 「ひどいツラだな。出発の門出だぜ? もっといい顔をしてくれたっていいじゃないのか?」 弟の顔に、ジョゼフは思わず苦笑した。 「兄さん、ごめんよ、でも、ぼくは……」 シャルルはうつむきながら、そう告げる。 「何を言ってるのかわからんが、気にするな。俺は気にしない」 「……うん」 「じゃあ、達者でな」 弟の肩を軽く叩いて、ジョゼフは馬車に乗りこんでいった。 馬車の中に、先に乗っていたシェフィールドの顔が見えた。 後ろめたさから、シャルルはつい顔を背けてしまう。 「いい王様になれよ」 場所から顔を出して、ジョゼフはそう笑いかけた。 「兄さん」 どんどん離れていく馬車を見つめながら、シャルルはまたつぶやいていた。 何故か、もう二度と兄とは会えないような気がした。 馬車がすっかりと見えなくなった後も、シャルルは立ち尽くしたままだった。 周りの人間が、何か話しかけても、ただそのままだった。 ぽつねんと、迷子の子供のように立っていた。 「これよ」 ようやくシャルルが顔を上げたのは、父王に声をかけられた時であった。 「こんなところでいつまでぼけっとしている?」 「父上……」 「次の王になる男が、何という顔をしている」 「……」 「そろそろ、お前にも縁談の話がきておる。ははは、それも山というほどな。花嫁選びは大変だの」 父の言葉にも、シャルルの表情は虚ろなままだった。 「父上、兄さんは……」 「いい加減にしておけ。いつまでも兄にへばりついてどうするか」 「はい……」 「ジョゼフも、自分の伴侶を見つけたのだ。お前も、見つけねばな」 「彼女は、平民ですよ」 「今さら、何をぬかすか」 王は笑った。 「そんなことだから、愛想を尽かされるのだ。わしとて、言えた義理ではないがのう」 そう言って、王は空を見上げる。 「お前はどちらかというと、母親似だと思っていたが、変なところも似たものよな」 「母上に……?」 「あれは、昨日もジョゼフのことについて、ぶつぶつ言っておったよ。よほど気に入らんのだろうな」 「どうして、母上は……」 「別に、あれと離れるのが寂しいわけではない。ただ、出来の悪いバカ息子が女と一緒にどこかへ行くのが気にいらんのだ」 シャルルは黙ってしまった。 意味が、わからない。 「理屈ではないよ。人というのは、そういうわけのわからんところがあるものさ。ことに、女はな? お前も気をつけろ」 「……わかりません」 「ま、いいわい」 王は笑い、馬車の向かった方向へと眼を向ける。 「あの娘には、感謝せねばならんな。もしも、もしもあの娘がおらなんだら、この国は将来どうなっておったことか……」 感慨深げにつぶやく父の横顔を、シャルルはまだ納得いかぬという顔で見つめていた。 それから、一年もたたぬうちに、僻地で半ば隠棲していたジョゼフはシェフィールドと共に姿を消した。 シャルルは人手も金も使って必死に捜索したが、ついに見つけることはできなかった。 ジョゼフが消えた後、住まいと使っていた屋敷の部屋に、 「後は高見の見物」 そう記された紙片だけが残されていた。 誘拐説や暗殺説も流れたが、真実は闇の中である。 ただ、人々は、ジョゼフ王子は平民のメイドと駆け落ちしたのだと、噂しあった。 それから、年月は流れ。 舞台は変わり、トリステインにて。 「これは師匠じゃあないですかい!」 「なんだ、マルトーか」 ミッシェルが久方ぶりに弟子と会ったのは、トリステインの城下町の往来であった。 故郷であるガリアを離れ、アルビオンにいったり、ゲルマニアにいったりと諸国を転々としていたが……。 結局ミッシェルが腰を落ちつけたのは、ガリアにも負けぬ古い歴史を持つこの小国である。 マルトーは、この国に来て最初にとった弟子であった。 すでに年相応の貫禄を身につけたマルトーは、今では魔法学院でコック長として大成していると聞く。 「どうだ、調子は」 「相変わらずですよ。どうですか、そのへんで」 マルトーは酒を飲む仕草をしてみせた。 「ま、いいだろう」 二人は近くの酒屋で昔話に花を咲かせたが、そのうちに話は自らの近況などに移る。 ことにマルトーは、魔法学院での愚痴をこぼした。 貴族やメイジが好きではない、むしろ嫌いな男なので、不満はいくつもあるのだろう。 「それにしても、それだけ嫌いな連中の下でよく包丁が振るえるな」 あんまりしつこいので、ミッシェルがちょっとからかうように言ってやると、 「そりゃあねえ」 マルトーは悪戯を咎められた子供のように頭を掻いた。 「給金がいいってのもあるが、やっぱり学院長のお人柄にね……」 「オールド・オスマンか、なかなかに面白い人らしいな」 「普段はとぼけてなさるが、あれでね。人傑のお人ですよ」 「ふふふ」 マルトーが貴族を褒めるのは珍しい。 「面白いといったらね、また面白い人と知り合いましたよ」 「やっぱりメイジかい?」 「ええ、何でもタルブとかいう村で、お医者代わりとして暮らしてるそうですが……」 「タルブか。いい葡萄ができるところらしいな」 「そう、そこですよ。いや、生き字引とはああいう人を言うんでしょうね。怖いくらいに学がある」 「それで、どう面白いんだ?」 「うまくは、言えないんですが……。他のメイジと違って気取ってないのがいいですよ」 「ほほう」 「メイジってのは、貴族にしろ流れ者にしろ、俺たち平民を見下してやがるのばかりですからね」 マルトーはそう言って杯を呷る。 「ま、ご本人は、能無で本の虫だったから色々憶えたと、ご謙遜なさってるが……ありゃ、ただものじゃありませんよ」 「ただもんじゃない?」 「もしかすると、どこかの王族の、ご落胤かもしれませんね。顔つきも男前の上、隠しきれない品がある」 「ふふふ……」 おかしな笑いかたをする師匠に、マルトーは不思議そうな顔をした。 「なんです、師匠」 「いや、俺の生まれ故郷にな、昔、平民のメイドと駆け落ちした王子様がいたのを思い出してな……」 「へえ。そんな人がいたんですか?」 マルトーは信じられないという顔をした。 「まさか、その面白い人というのは、名前をジョゼフというじゃないよな?」 「いや、ジョルジュというそうですよ。家名は、ラトゥールというんで」 「やっぱり、別人か……」 ミッシェルは苦笑した。 あのジョゼフ王子がどうなったのか、ミッシェルの知るところではない。 けれども、このハルケギニアのどこかで、あの黒髪のメイドと暮らしているのは間違いないだろう。 多分自分の顔などおぼえてはいないだろうが、また、あの男に会って見たい気がした。 その頃、トリステイン魔法学院では、メイドの少女が、おかしな服を着た少年と話していた。 少女の名前は、シエスタという。 使い魔として召喚されてしまったこの少年は、その態度の悪さもあってか、<ご主人様>の不興を買ってばかりらしい。 「ところで、それがサイトさんのルーンなんですね?」 話の中、少女は少年の左手に刻まれたルーンに目を落とす。 「ああ……勝手にこんなのつけられて、冗談じゃねえよ」 少年はぶつくさ不満をこぼしているが、 (あら…?) 少女はそのルーンに、妙な既視感をおぼえていた。 どこかで、同じようなものを見た記憶がある。 (あ、そうだ……。ミスタ・ラトゥールの奥さん……) シエスタはその人と、サウナ風呂で一緒になったことが何度もある。 サウナ風呂は村の共同のものなのだから、別におかしくもないのだが。 東方の生まれだというその女性は、少女と同じ黒髪と黒い瞳をしていた。 その時に見た夫人の乳房には、これと同じようなものが確かにあった。 まだ小さかったシエスタが、これはなぁに、と尋ねたところ、夫人はニッコリとして、 「私と、旦那様を結ぶ絆」 そう答えた。 ラトゥール夫人は、今もタルブの村に家族と一緒に住んでいる。 夫と、上から三人の娘に、末の男の子。 偶然だろうが、男の子の名前はルイといい、目の前にいる少年の主人が男であれば同じ名前になる。 少女は、自分の幼馴染でもある、夫人の娘たちのことを思い出した。 広いおでこがチャームポイントの、勝気なイザベラ。 母親そっくりなのんき者のジョゼフィーヌ。 歌がとってもうまいけど、ちょっと堅物ポーリーヌ。 そして最後に、まだ子供だけれど、ものすごく頭が良くって勉強好きのルイ。 今度まとまった休暇がもらえたら、一度村に帰りたい。 (できれば、サイトさんも、連れて行きたいな……) そうシエスタは思ったけれど、あの美人姉妹をサイトに会わせると思うと、ちょっと不安だった。 前ページ愛しのシェフィ
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1 2013/10/10 http //jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/14921/1381385235/ 戻る 名前 コメント すべてのコメントを見る 原作の雰囲気に近いかもしれん。 -- (名無しさん) 2016-02-13 21 37 47 もし、原作がもっと詳細だったらその中のエピの一つとしても違和感なし。 -- (名無しさん) 2015-08-24 22 23 39 浮気wwwww -- (名無しさん) 2015-02-14 13 15 22 これぞけいおんだな。 -- (名無しさん) 2014-03-15 01 09 24 らしくていいなぁと素直に思えた。 -- (名無しさん) 2014-01-22 01 51 01 けいおんっぽくていい。 -- (名無しさん) 2013-11-01 23 44 03 原作にありそうな話だった! Good!!!!!! -- (聡) 2013-10-12 21 18 07 久々にけいおん!らしいSSが読めて満足。 -- (名無しさん) 2013-10-12 11 26 48 実際にけいおんの世界でありそうなほのぼのとした良いお話しでした。 ↓ 吹いてしまったwww -- (名無しさん) 2013-10-11 17 32 43 コンタ「目を閉じておいでよ♪癖がヤツと違うなら♪」 唯「ギー太じゃなくなってる!?」 -- (名無しさん) 2013-10-11 14 59 23
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あぁ愛しのメイドさん 【サイト名】微小女マニアックス 【ジャンル】RPG 【課金体系】従量420円 【容量】約600KB 【通信機能】なし 【レビュアー評価一覧】 5.0点 4.0点 3.5点 3.0点 2.0点 1.0点 ? 1 1 1 1 1 1 1 【簡易評価】あなたの評価点をクリック! plugin_vote2 is not found. please feed back @wiki. / plugin_vote2 is not found. please feed back @wiki. / plugin_vote2 is not found. please feed back @wiki. / plugin_vote2 is not found. please feed back @wiki. / plugin_vote2 is not found. please feed back @wiki. 2007/06/27 【使用機種】w43h 【プレイ時間】1キャラ3時間くらい? 【評価・点数】つまんね 1点 いやぁ、つまんねーよコレ。 秋葉原が舞台だからオタク用語がてんこもりと思えば、そうでもない。 ■悪い点 ガン○ムやら色んなアニメのセリフをパクッてはいるものの、 ライターの力不足が原因で、つまらない方向に効果が作用してる。 女の子がカワイイ…わけでもなく、エンディングもあっけない。 戦闘がダルイ。無駄な戦闘シーンが多いからイライラする。 あと、立ち絵が粗いのが気になった。携帯用の解像度でチェックしたのかと問い詰めたい。 もうね、絵の線がつぶれてるのよ。ちょっとはドットで修正しろよと。 操作性も最悪。これは論外。 ギャグゲーとして評価できるかどうか期待してたけど、これはクソゲーだわ… 無料期間中でよかったと思わざるを得ないゲームですた。課金は100円でいいよ。 ■良かった点 探そうとしたけどムリでした。 2007/06/26 【使用機種】33SA 【プレイ時間】13時間 【評価・点数】サイコー(*´Д`) タダって事でDLした。33SAは対応してなかったから最初ショボーン(´・ω・`)だったけど、無料期間で対応してくれた。 ありがとう微少女マニアックス(≧∇≦)。 普通に面白い。細かいところで笑える要素満載。ネタゲーだけど分岐ありボリュームありで良いわコレ。 420円出しても損はなかったとオモタ。でも420円なら星3くらいかな。315円なら星4、210円なら星4・5…つまりタダなら…ウヒョーだぜ。 2007/06/11 【プレイ時間】4、5時間 【評価・点数】3.5 このゲームは見たからにそうだがかなり好みが分かれると思う 舞台は秋葉原、グラはかなりいい感じ、スーファミのプリンセスメーカーみたいな感じかな 3人のメイドにおつかいやらして、その間に現れるよくわからん集団倒しつつ経験をつかってデートや戦闘訓練をするというシステム 内容はバカゲーとしか言いようがないが俺は結構楽しめた 今月は無料だが400円は高いな きらら可愛いよきらら 2007/06/11 【使用機種】W41H 【プレイ時間】30分 【評価・点数】2/5 …これは好みの問題だな。 正直に言うと「なんか古臭いRPG」 ゲーム機種で言うと「PCE臭のあるRPG」 PCEゲームで言うと「コズミックファンタジー」な感じ 要するに、一部のファンが出来ると思うが、 端から見たらバカ&クソゲーの部類に入る アプリって事…またコズミックファンタジーが わからん人は、SFCまかまか(漢字忘れた) を思い出すと、良い感じでトラウマが蘇る もっと簡単に言うと、金を貯め、 wktkしながら買ったゲームがorz つまりそうゆう事 2007/06/09 【使用機種】W43T 【プレイ時間】3時間くらい 【評価・点数】4.0/5.0 ◆概要 妹に勧められてやってみたが、面白いこと笑えること。 今やオタの巣窟と化してしまったアキバを破壊し元の電気街として復活させようとする悪(?)の軍団と、3人のメイドとその主人であるプレイヤーの戦い。 RPGと言っても装備や売買などはできず、プレイヤーが指示する「お遣い」によって経験値を得、貯まった経験値でLVを上げたり必殺技を覚えさせたりイベントを見たりする。分かる人は「魔王が墜ちる日」をイメージするといい。 ◆良い点 ・意外にストーリーがキチンとしている ・キャラが一人一人立っている ・3人のメイドそれぞれとのEDがある ・随所に笑い所が(ねらーなら特に) ・LV、イベント、必殺技修得に個別のストーリーがある(一人各8個ずつ) ◆悪い点 ・酷いってほどでもないがBGMが耳障り ・作業気味 ◆その他 ・普段なら手を出すはずもないジャンルだったが予想GUYな面白さに驚愕 ・この手の会話、雰囲気etcもさほど気にならない程度 ・無料でなく正規の値段なら-1.0 ・とりあえずねらーならやってみろ、と 2007/06/07 【使用機種】W51SA 【プレイ時間】4h 【評価・点数】3 今月の無料ゲーム。割りと良いか普段高い。 絵柄が好きなら+1 2ちゃんねらなら+1 内容は+2くらいかな?AVG+作業+戦闘ゲーム。詰まらなくはない。 3人のメイド(ドジ和服、セクシー姉ちゃん、ロリ不思議)の中から気に入ったキャラとデートしつつ、秋葉原の平和を守るトンでもゲーム。敵もメイド(?) おつかいをして経験値を稼ぎ、修行して戦う。デートするのも経験値使う。 戦闘はヌルめ。話はバカゲー。イベントCGは多分3枚ずつ。 きらら可愛いよきらら。 CGは見返せません。 はじめからにカーソル固定。 音楽は音割れします。 2006/05/15 【使用機種】W41CA 【プレイ時間】3時間くらい サイトのスクリーンショットを見れば分かるように、同サイトの「美少女戦隊ギャルポリス」「湘南ビーチ☆ガールズ」の流れを汲む作品です。 基本的には前作「湘南ビーチ☆ガールズ」のキャラをメイドさんに、舞台を秋葉原に変えた感じです。 頭を使いそうでそうでもないシミュレーションパート、選択肢がストーリーにあまり反映されないアドベンチャーパート、 投げやりなバランスの戦闘、どれを取っても前作との差違はあまり見られず(若干のマイナーチェンジはありますが)、 シリーズのファン(いるのかわからないけど…)とってはある意味、安心の出来です(?)。 はっきり言って、それほど良くできたゲームではありませんし、所謂ギャルゲーなので、そういったのが嫌いな人はやめておいた方がいいと思います。 しかしながら自分は、前作をなんだかんだ言いながらきっちり全キャラをクリアしており、 今回もそのつもりだし、決して楽しくないということはなく、むしろ個人的には楽しかったです。 「やや楽しい」が最後までだらだら続く感じで、妙な魅力が微かに光る作品。 サイト別/は行/微小女マニアックス
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-さあ,可愛い可愛い女神様,天使様,終わった世界へようこそいらっしゃいました。 君たちが目覚めた場所は,不気味な廃工場。 鉄のスクラップが高く積み上がり,生産ラインも止まっている。 機械も埃を被っており,壁は今にも崩れそうであった。 それはもはや,人類の存在を否定しているようであった。 -皆様がより可愛く見えるよう,素敵な世界をご用意いたしましたよ。 工場から一歩,外へ出る。 するとそこには,色とりどりの花が咲いていた。 真っ赤な薔薇,黄色い花と葉の緑が鮮やかな菖蒲,薄紫の杜若。 -でも皆様,覚えていらっしゃいますか? 綺麗な薔薇には棘がある。 その風景に,君たちは"何か"を思い出す。 思い出したくない,何かを。 花と愛人に纏わる,何かを。 -愛しの女神様,天使様。早くこちらにおいでになってください。 おいしいおいしいお茶菓子を,ご用意していますよ。 永い後日談のネクロニカ「愛しの女神様」 -皆様なら,"門番"も容易く倒せますよね? そうでなくても,足掻く皆様もきっと可愛いことでしょう。
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検索エンジン用 愛しのガーリーメイドヘアバンド 愛しのガーリーメイドヘア 愛しのガーリーメイドワンピ 愛しのバトラーヘア 愛しのバトラーボトム 愛しのバトラースタイル 愛しのアンティークフレームの前景2 愛しのアンティークペーパーの背景 赤 ガーリーバトラースタイル ガーリーバトラーボトム ガーリーバトラーヘア 英知のCOOLシールド 誇りのWILDクラウン 愛しのパンケーキ 栄光のPUREソード
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いとしのねぎぎゅうにゅうのうた【登録タグ い ちょっとやる気を出した友人P ラクトバチルスカゼイシロタP 初音ミク 曲】 作詞:ラクトバチルスカゼイシロタP 作曲:ラクトバチルスカゼイシロタP 編曲:ラクトバチルスカゼイシロタP 唄:初音ミク 曲紹介 みんなの健康守ります ラクトバチルスカゼイシロタPの2作目。 PVは絵師のちょっとやる気を出した友人Pが手掛ける。 2012年10月17日にはフルバージョンである「愛しすぎるネギ牛乳の歌」が投稿された。 歌詞 (動画より書き起こし) 今日も朝から早起きして 握るハンドルきしむチャリ 牛乳配達 ダッシュで配達 みんなの健康守ります もっと元気になってほしいな 私に何が出来るかな たとえばネギとか入れたら一緒に栄養いっぱいとれるはず! 入れてみた 混ぜてみた 飲んではないけど うまいはず ネギ牛乳 ネギ牛乳 病気も瘴気も ふっとばす! 待っててね 明日には もっとたくさん作るから ネギ牛乳 ネギ牛乳 明日はもっと 配るよ でも何者かの陰謀で クビになりました クビでも負けないみんなの未来は 私の腕にかかってる 一人でやります牛乳配達 みんなの健康守ります お金がないから 一本だけ 真心込めて作ったよ 貧乳に悩むあの子の家へと おいしい幸せ届けます ネギ牛乳 ネギ牛乳 根拠はないけど叶うはず ネギ牛乳 ネギ牛乳 どんな悩みも ふっとばす! 飲んだなら 明日には 願いがきっと叶うよ ネギ牛乳 ネギ牛乳 少しはきっと叶うよ この町に幸せが 一つ増えました 悩める誰かを探して全力 握るハンドルきしむチャリ 今日から3倍濃い目のミドリで とにかく健康守ります やけ食い やけ酒 寝不足 自堕落 荒れるとこまで荒れ果てた カサカサお肌が気になる熟女に ツヤツヤうるおい届けます ネギ牛乳 ネギ牛乳 色白美肌がやってくる ネギ牛乳 ネギ牛乳 小ジワもタルミも ふっとばす! 飲んだなら すぐにでも 何かがきっと起こるよ ネギ牛乳 ネギ牛乳 何かがきっと起こるよ 明日は誰に幸せ 届けようかな コメント まさかあの迷曲のフルバージョンが出るとは!ミクさんがネギ牛乳を持ってやってくる!レンくん逃げて!超逃げて! -- 竜奇 (2012-11-07 10 22 05) うけぴーーー -- nana (2012-11-07 10 34 36) ミク様がネギ牛乳を配達してくれたらこの世は天国だ…そしてもっと評価されるべきだ -- 焼きビーフン (2012-12-10 17 30 23) ネギ牛乳飲んでみたいなあーw -- GUMI (2013-01-12 15 12 18) みんなを助けてあげようとして迷惑にしかならないのに頑張ってる、アホのミクさんが愛しすぎるw -- 名無しさん (2013-01-27 18 47 02) レン君超逃げてwwww -- 名無しさん (2013-02-04 20 21 47) ネギ牛乳飲みたいww -- 名無しさん (2013-02-17 20 08 05) ミクさんが配達してくれるのは嬉しいが きっと、とんでもない味だよ ネギ牛乳。 -- 名無しさん (2013-04-04 09 29 29) この曲まじひどいよ。レンかわいそう・・・ -- ゆいゆい (2013-12-05 15 29 51) 作ってみようかな(白目) -- ネギ牛乳を配達される名無し (2014-02-15 21 11 31) ミクーーーーー牛乳もいいけどネギ味噌もね。 -- トントン (2014-04-04 15 47 25) 名前 コメント
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前ページ次ページ愛しのシェフィ 三日が、過ぎた。 ジョゼフは自分の部屋で、ぼんやりとしたままだった。 ヴェルサルテイルを離れる準備はほとんどできており、落ち着く先も決めた。 いよいよ明日は、予定通り出発する日なのである。 後悔など、片もない。 だが、長い間住み慣れた場所を離れるというのは、どうして寂しさの残るものだった。 良い思い出はほとんどなかったけれど、それでも、やはりここはジョゼフにとっては生家であり、故郷なのだ。 (本当なら、いるべきではなかったのかもしれんがな……) ジョゼフは自重して、手のひらを見つめてみた。 剣術などで使い込まれ、いくつもの胼胝ができている。 今日まで、そして、おそらくこの先も、魔法というものをつかむことのできない手だった。 ただひとつの例外をのぞいては。 握り拳を作ると、三日前のことが思い出された。 弟の顔を殴りつけた感触が、まざまざと甦ってきた。 手の甲に、ずきりと痛みが走ったようだった。 その痛みは、肉体の表面ではなく、奥底のほうから感じられた。 信じられないという顔で、自分を見上げる弟の顔が浮かんで、消える。 たまらないものが、ジョゼフの顔を痛苦で歪ませた。 弟への暴行は両親に、ことに母親からヒステリックな叱責を受けたが、今となってはどんなことを言われたのか覚えていない。 弟を殴ったのは、あれが初めてだった。 幼い頃は何度も喧嘩をしたことはあったが、手を上げたことなど一度たりともなかった。 無邪気な子供時代が過ぎ去る頃には、喧嘩らしい喧嘩さえしなくなった。 喧嘩をしたって、結果は見えている。 ガリアの誇る麒麟児であるシャルルと、無能王子のジョゼフの差はどうしようなく開いていたからだ。 (俺と、あいつは……本当に仲が良かったのだろうか) 幼い頃はまだしも、それ以降の二人の関係はどうだったのだろう。 今となっては、ひどく嘘臭くも思えてくるのだ。 生の感情のぶつかり合いというものが、あったのか。 (けれど、思いこみなら、思いこみで、良かったのにな……) 何か、小さい頃から大事にしていた宝物を、自分から投げ捨ててしまったような気がする。 (しかし、シャルルよ……お前が悪いんだ。お前が……) 自分のもっとも大事なものに、唾を吐きかけるような真似をするから……。 だからこそ、弟を殴ったのだ。 ある意味では、この世のもっとも愛していた弟を。 しかし、今から思えば、ジョゼフはシャルルを愛すると同時に憎んでいたのかもしれない。 愛と憎しみは表裏一体である。 この言葉は、誰のものだっただろうか。 それが全てに当てはまるかはわからないが、あるいは今の自分にも通じるものがあるのだろうか。 「ジョゼフ様」 後ろで、シェフィールドの声がした。 心配そうな顔をした少女が、ジョゼフを見ている。 彼女の、そんな顔は見たくはなかった。 シェフィールドには、いつも朗らかに笑っていてほしい。 「心配いらない」 ジョゼフは笑い、握った拳を開いた。 「シャルルのやつも大したことないそうで、父上も大目に見てくれるとさ。母上は、まあ、怒りぱなしだったがな」 「あの、そうではなくて……」 「どうした? 何かあったのか?」 シェフィールドの何か言いたそうな顔に、ジョゼフは不安になった。 ジョゼフの専属であることや、その生まれもあって、シェフィールドはあまり他のメイドと折り合いが良くない。 もしかすると、ジョゼフとシャルルの問題で、とばっちりを受けたのかもしれぬ。 シャルルを神輿にしている連中はヴェルサルテイルどころか、ガリアのあちこちにいる。 それに、シャルルは平民たちからも人気は高い。 社交界の令嬢や貴婦人たちのみならず、城のメイドたちからも<白面の貴公子>として大人気なのだ。 自分たちの愛するシャルルを殴りつけた無能な愚兄。 その愛人と見なされている蛮族のメイドという立場は、この状況では決して安全なものではない。 むしろ、相当に悪いと言い切れる。 考え違いをした連中が、ジョゼフが駄目ならとシェフィールドに意趣返しをしないとも限らない。 「いえ、私のことではなくて……」 そう言って、シェフィールドはジョゼフを見つめてくる。 悲しみと、戸惑いを交えた視線が送られてきた。 一瞬だけれど、ジョゼフは心の底まで見透かされるような錯覚を覚えた。 だが、それは決して不快なものではない。 むしろ春の日差しのように柔らかく暖かで、安心を感じさせる。 「嫌なものだな」 ジョゼフは、自分がひどく情けない顔をしているのを自覚しながら、また笑った。 「肉親を殴るというのは……」 きっと、見られたようなものではないに違いない。 しかし先ほどかぶろうとしていた、やせ我慢の仮面がとっくに砕けてしまっている。 「…………」 シェフィールドは何も言わず、自分の両手でジョゼフの手を覆った。 じんじんと痛む拳が、柔らかな温度に包まれていく。 痛みが和らぎ、消えていくような気がした。 「ありがとうな、シェフィ」 「あっ」 ジョゼフが笑うと、シェフィールドはその黒い瞳を思い切り見開いた。 「やっと、笑ってくれましたね」 シェフィールドの表情が、ぱあっと明るくなった。 気のせいか、部屋中が明るく照らされたような気がした。 「ここしばらく、ずっと笑ってくれなかったから……」 「そうかな、笑ってなかったか? そんなことはないと思うけどなあ……」 ジョゼフはひどく照れくさくなり、少し口調を速めて言った。 「さっきだって、笑っいてただろう?」 「……そうですけど、でも、ああいうのは何だか、違うような気がして……」 「違うかな」 「はい、笑っているけど、でも、哀しくて泣いてるみたいでした」 シェフィールドの言葉に、ジョゼフはドキリとした。 「ハッキリと言うな……」 「あ、すみません。ご主人様にこんなこと……」 シェフィールドはわたわたとして、謝りだす。 「いや、いいよ。そのほうが、良かった」 ジョゼフは感謝と親愛をこめて、シェフィールドの頭を撫でた。 (まったく、本当に俺ってやつは……) シェフィールドの喜ぶ顔を見たいと張り切ってみたり、がんばってみたところで、結局は彼女に助けられている。 彼女を幸せにしてあげたいのに、彼女から<幸せ>をもらってばかりだ。 (度し難いよな。こんなところまで無能では……) 魔法に関しては、正直なところもうどうでもいい。 そんな常識はずれのことを考え出している自分がいることを、ジョゼフは苦笑するばかりだった。 <昨日>まであれほど焦がれていたはずなのに、<今日>はもう大した価値を感じなくなっている。 使えるのなら、それに越したことがないはずだ。 もしもシャルルのような才能があったら、シェフィールドにもっともっとたくさんのことをしてやれるのに。 そのへんを思うと、やっぱり残念だし、悔しかった。 だが、根幹の部分では、 (だから、どうだというのだ?) どこかで、見切りをつけているような気がする。 まったく、おかしなものだった。 あんなに欲しかったのに。 どれだけ夢想し、羨んで、妬んで、そしていじけていたかわからない。 それが、まあ何ということだろう。 ずっと欲しかったはずのものは、今ではすっかりと色あせて、メッキも剥がれ落ちている。 (他愛無いものだ……) ジョゼフは、またも自分自身に苦笑した。 しかし、この時愛しい少女に微細な異変が起こっていたことを、ジョゼフは気づいてはいなかった。 シェフィールド本人もまるでわかっていなかったのだから、無理もないことだが。 シャルルは、無表情な顔で椅子に座っていた。 兄に殴られた顔は、入念な水魔法の治癒によって綺麗に治っている。 確かに手ひどく殴られはしたが、一発だけのことで、歯や骨にも異常はなかったのだ。 別にたいそうなことをしなくても、自然に治っているようなものだったのである。 けれど、その顔は暗く澱みきっており、本人だけでなく部屋全体もおかしな空気に満ちているようだった。 死人のような顔色のまま、殴られた箇所を何度も撫でさすっている様子は、尋常な様子ではない。 それはある種の妖気といっても過言ではなかった。 部屋には使用人の運んだ食事が置かれているが、まるで手をつけられていなかった。 あの一件があってから、シャルルはほとんど食事らしい食事をとっていない。 まわりには、何でもない、ちょっと疲れているだけだと言っているが、とてもそんな生易しいものではなかった。 幼い頃、悪さをした罰として、父から鞭を受けたことがあったが、まともに顔を殴られるなど、初めての経験だった。 殴られた経験と同様に、兄からあんな怒りの形相を向けられたことなどなかった。 少なくともシャルルに対し、ジョゼフがあれほどの怒りを見せた顔など、一度たりともなかったのである。 兄の体は、あんな大きかったのか。 まだ背丈が小さかった頃に見上げていた父の体、それよりもはるかに巨大で恐ろしく見えた。 あの太い腕と、石のような拳で思い切り殴られたのだ。 たったの一発だけだが、それで十分すぎるほどであった。 あの拳は、シャルルの中にぽっかりと穴をあけてしまった。 目には見えないその穴から、ずっと大事にしてきた色んな物がぼろぼろと抜けて落ちていく。 それは、いくら拾い集めようとしても、抜け落ちた途端、春風に晒された雪のように虚しく溶けて消えてしまうのだ。 どこかで何かが狂ったに違いない。 シャルルは、そう思っていた。 ほんの、少し前まで確かにあったものが、今は失われている。 どんな魔法を使っても、それを取り戻すことはかなわない。 この穴は何だ。 そこにあったものは、どこに消えてしまったものか。 考えれば考えるほどに心は焦れて、ある種の破壊衝動に似たものが湧き上がってくる。 そんなシャルルの様子に、城の人間たちは同情的だった。 そうはいっても、いずれも実のあることなど話していない。 大体が、他人の噂話などというものが実のないものなのだが、 「おかわいそうに……。シャルル様、あんなに落ちこんでしまわれて……」 「ジョゼフ様に殴れたのが、よほどにこたえたのでしょうねえ」 「魔法ならともかく、平民や蛮人のような、下賎な暴力を受けるなど……」 「でも、なんで魔法で防ぐか逃げるか、されなかったのか」 「きっと、わざと殴られたのですわ。お優しいかただから」 己の偏見と憶測で、好き勝手なことを言っているにすぎなかった。 そんな戯言など当のシャルル本人にとっては、毛先ほどの意味もない。 不愉快で、有害なだけだった。 もしも目の前でそんなことを言われていたら、 「お前らに何がわかる!!」 と、怒鳴り散らしていたかもしれない。 シャルルが考えていることは、 (なぜ、兄はあんな風になってしまったのか?) この一つのみであった。 常に自分と共に歩いていた兄が、今進んで自分から離れようとしている。 それも、ずっと遠くに。 単に城を出るというだけなら、シャルルとてそれほど狼狽しなかったろう。 しかし、兄の態度から、明らかに自分への<基準>というものが違っていることがわかった。 幼い頃から、振り向けば自分を見てくれた兄の目は、今はもう違う何かを見ている。 兄の想いというものは、シャルルから別の人間に移ってしまったのだ。 そこには、もうかつてのような繋がりは感じられない。 気がつかないうちに、目に見えない何が、同じく目に見えないものによって切断されていたのだ。 だからこそ、そのことを兄に注意したのだ。 (それなのに……) ジョゼフが返してきたものは、拳だった。 大切な兄弟の絆は、ちぎれて腐れ果ててしまった。 その原因は、考えるまでもない。 あの、薄気味の悪い蛮族の娘である。 「やっぱり、ちゃんと話しておかなくちゃ駄目だよな……」 ぼそりでつぶやくと、シャルルは実体のない幽鬼のように、部屋もなく部屋を出た。 城内のある部屋を目指して、廊下を早足で歩いていった。 何だか、ひどく眠たかった。 体が変だった。 (あれれ……?) シェフィールドは、頭がぼんやりとしていることに気がついた。 別に、ついさっきまでは全然普通であったはずなのだが、急にぼうっとなってきたのだ。 サウナ風呂でのぼせた時の感触に良く似ているが、普通にしている時に、何故こうなるのか。 まったくもって不思議だったが、深く考える前にウトウトと眠りの落ちる前のようになっていく。 思考があやふやで、まとまりがなくなっていくるのだ。 ヨロヨロと廊下を歩きながらも、シェフィールドの目は前の状況を確認することもできなくなっている。 まるで酔っ払いのように千鳥足になっていた。 思考が、変だった。 こんちには。 ありがとう。 さようなら。 お城の中での礼儀作法。 お掃除、お洗濯。 アン・ドゥ・トロワ。 美味しい紅茶の入れ方。 お料理。 おなべにフライパン。スプーン、フォーク。 甘い。 柔らかい。 美味しい。 ご主人様、ジョゼフ様。 嬉しい。 暖かい。 好き、大好き。 瞼の下にジョゼフの笑顔が浮かんだ時、シェフィールドは右肩に鈍い痛みと衝撃をおぼえた。 いつの間にか壁にぶつかっていたのである。 「はれ……」 その小さな衝撃で、シェフィールドはぺたんと床に座りこんでしまう。 立ち上がろうとしても足がうまく動いてくれない。 何だか、体が震えているようで、指先にも、うまく力が入らない。 世の中が、ぐらりぐらりと右へ左へと揺れているのである。 視界の定まらない目は、自分の目の前にたった人物のことも、認識してはくれなかった。 「何やってる……。まあ、なんでもいいか」 その暗い声に、シェフィールドは冷や水を浴びせかけられたような気分になり、驚いて前を見た。 自分の主とよく似た少年が、ゾッとするような冷たい目でこちらを睨んでいる。 知っている。 シャルルという、主の弟であり、この国の王子だった。 「お前のせいだ……!」 シャルルは強い憎悪をこめてシェフィールドに言った。 「お前さえいなければ、兄さんは変にならなかったんだ」 ブツブツとつぶやきながら、シャルルは一歩ずつシェフィールドに近づいてくる。 「僕は、注意したんだ。あいつは悪いやつだって、兄さんを変にするんだって。なのに……」 シェフィールドは本能的に恐怖を感じた。 目の前の少年は、普通ではない。 まるで戦か、敵に呪いをかけるまじない師のような、危険な匂いを放っているのである。 「なのに、兄さんは僕を殴った……! あの兄さんが僕を殴ったんだよ!!!」 シャルルは杖を突きつけ、血を吐くような叫びをあげた。 憎悪のこもった声であった。 「何かも、みんなお前が悪い……!!」 シェフィールドは恐怖のために、声も出ない。 いや、恐怖のせいばかりではない、すでに肉体そのものが通常の状態ではなかったのである。 「お前は、ここにいちゃいけない存在なんだ。だから、消えろ!!」 シャルルは呪文を詠唱し、突き出した杖を振った。 すると、シェフィールドの頭上に小さな雲のようなものが現れた。 シェフィールドは急激に目の前が暗くなった。 「あっ……」 と、叫ぶ間もなく、シェフィールドはころんと床に転がった。 (ご主人様、ジョゼフ様……) 意識を失う直後、シェフィールドは小さくジョゼフの名を呼んだ。 「兄さん、まだ起きてる……」 なかなか寝付けず、一人軽めのワインで晩酌をしていたジョゼフはその声を聞いてグラスを置いた。 何だか胸騒ぎのようなを感じていたのかもしれぬ。 「シャルルか?」 「うん、そうだよ」 「鍵はかかっていない」 そう言い切る前に、部屋のドアが開かれ、シャルルが入ってきた。 「兄さん、大事な話があるんだ。少し付き合ってくれない?」 シャルルは以前の狂乱が嘘であったように、落ちついた様子で淡々と言った。 何事だ、と少し不審なものを感じたが、殴りつけてしまったという罪悪感もあり、ジョゼフはうなずいた。 「ここじゃ、何だから……」 そのように言って、シャルルはジョゼフを祭典などに使われる礼拝堂へと連れて行った。 普段はあまり人の出入りのない場所である。 シャルルが杖を振ると、礼拝堂のあちこちに灯りがつく。 その時、ジョゼフはあっと声を上げた。 壇の前に、誰かが倒れていたからである。 それが誰かすぐにわかった。 「シェフィ!!」 ジョゼフはすぐさまシェフィールドのもとへ駆けつける。 見たところ、外傷などはない。 どうも深い眠りに陥っているらしい。 通常の眠りではなく、おそらく魔法の眠りだ。 「まさか、シャルル、お前か!?」 「ああ、僕が運んだ。魔法で眠らせてね」 シャルルはすっすっと、まるですべるようにジョゼフに近づく。 「何もしちゃいない。指一本触れてないよ。始祖に誓ってもいい。運ぶ時もレビテーションを使ったんだよ」 触りたくもないからね、とシャルルは兄の顔を見つめながら、恋人にでも囁きかけるみたいに言った。 「どういうつもりだ……」 ジョゼフはシェフィールドの無事を確認してから、弟と対峙する。 シャルルは笑ったままだ。 その瞳はまっすぐジョゼフに向けられているのだけれど、どこか見当の違ったほうへと向けられているように思えた。 まるで、狂人の眼である。 「兄さん……城を出て行くとか、そんな馬鹿なことはやめてよ」 シャルルは美顔に似合わぬ、気味の悪い笑顔を浮かべながら、一歩ずつ兄に近づいていく。 「その話か」 またか、とジョゼフはうんざりとしたが、弟の異常さにできるだけ声音を穏やかにした。 「やめる気はない。もう決めたことだからな」 兄の答えに、弟は秀麗な顔をぴくぴくとひくつかせる。 幾人の乙女の心を奪った神童の顔は、不吉な影を帯びて不気味な様相となっている。 シャルルは血走った視線を、シェフィールドへと向けた。 「ここを血で汚すのは嫌だけど、どうしても出て行くっていうなら、この娘を殺すよ?」 「貴様……」 ジョゼフは、その言葉がただの脅しではないことを肌で感じた。 「どういうつもりだ……」 「そう怒らないでよ。兄さんが、ただおかしなことをやめてくれれば、それでいいんだ。そうすれば、その子も……」 「誰かに、何か言われたというわけじゃないよな……?」 自分でもそれはないだろうと思いながら、ジョゼフはあえて尋ねた。 「もちろんだよ。これは、僕の考えからやったことだ」 「俺がここを去るのが、何故いけない」 「何故? 何故だって?」 シャルルは怪鳥のいななくような笑い声をあげた。 「兄さん、僕らはいつも一緒だったじゃないか。それなのに、何で離れるんだよ?」 「……」 「ずっと、兄弟で仲良くやってきたんじゃないか。それを、どうして? どうしてだよ!?」 シャルルは親にすがるように幼子のような表情でジョゼフに叫ぶ。 「どうしてだと――」 弟の必死とは逆に、ジョゼフはカッと熱くなりかけていた頭が冷めていくのを実感した。 どくどくとうるさかった心臓の鼓動も、平常時へと戻りつつある。 「……お前は、俺がここでの生活に満足していると思ったのか?」 「何だって……?」 「次の王に指名されたお前は、その肩にたくさんのものを背負わされたのかもしれん。だが……いや、やめよう」 ジョゼフは、首を振った。 「シャルル、これからは違う道を歩むんだ。いいや、始めから俺たちは違う道を歩いていた。俺は、俺の。お前は、お前のな」 「どういうことなの……?」 「お前だって、ようくわかっているだろう?」 ジョゼフはひどく優しい眼差しで弟を見た。 「その年でスクウェアになろうというお前と、コモン一つ満足に使えない俺が、同じ道にいるわけがないじゃないか」 「兄さん」 シャルルは動揺したのか、声を低くした。 「正直なところな、俺はお前をどれだけ羨んだかわからない。本当だ」 そう言って、ジョゼフは礼拝堂の天井を見た。 幼い頃、ここはどことなく、恐ろしく感じたものだ。 「だから、何か一つでもお前に勝ちたくって色々とやってみたものさ。いつか、みんなを見返してやろうとな」 昔のことを思い出しながら、ジョゼフは笑った。 「しかしなあ、やっぱり人間には器というか、そういうものがあるのだよ」 「……」 「俺はそれを認めたくなかったんだな。だが、ついに認める時がきたんだ。情けないし、悲しいことだがな」 シャルルは睨むような目つきのまま、黙って兄の言葉を聞いている。 「俺は凡人以下だ、メイジとしてはな。だから、分不相応なものを求めることはやめた。それだけだ」 「それが、それが、ここを出て行くことと関係あるの?」 「あるさ。そもそも……魔法を使えん人間が、王族だの貴族だのといっていること自体がおかしいんだぜ、本来は」 そう言ってから、ジョゼフは笑ってみせた。 からりとした、湿り気のない笑顔であった。 「やめてよ、そんなの…。兄さんは、いつかすごいことができるはずだよ! だから、そんな風に言わないでよ!」 「すごいことか。そいつはなんだ? お前のように四大魔法を操ることか?」 ジョゼフは肩をすくめた。 「それとも、伝説の虚無の力でも手にすることか? どっちにしろ、無理だな。夢だよ」 「兄さん! やめて……」 「だから、俺は俺に見合った場所へいくことにした。だからなあ……お前はお前でがんばれ」 そう言って、ジョゼフはシェフィールドを抱き上げようとする。 「やめてって、言ってるだろう!!」 狂ったような叫びがあがる。 ジョゼフが殺気を感じて振り返ると、シャルルは杖をジョゼフたちに向けている。 弟の全身は、ぶるぶると震えていた。 「行かせない。行かせるもんか……!」 「シャルル、お前は、何故そこまで……」 ジョゼフは弟の言動が理解しきれず、思わず声を荒くした。 すると、シャルルはいったん息をぐっと殺してから、 「兄さんに勝つために、ぼくがどれだけ努力してきたと思ってるんだ!!」 恐ろしい叫びをあげた。 「な、なに?」 思いもかけない弟の叫びに、ジョゼフは驚いて目を見張る。 「ぼくのほうが優秀だと証明するために、ぼくが見えない場所でどれだけ頑張ってきたと思ってるんだ!!」 その声は、血を吐くどころか、臓腑を残らず吐き出すような凄まじいものであった。 ジョゼフは、何も言えずに、黙って弟の言葉を聞いていた。 「ぼくにとって、兄さんは一番で。兄さんにとっても、ぼくが一番で……。ずっと、ずっとそうだったなのに……!!」 ジョゼフは、弟の姿がひどく小さく、幼いものに見えた。 天才だ、神童だと称えられ、謳われた少年は、その年齢よりもずっと幼かったのかもしれない。 しかしその秀でた才能ゆえに、まわりも、もしかすると本人も気づいていないままになっていたのか。 「なのに、今、今兄さんが離れたら、降りちゃったら、それが全部無駄になるんじゃないか……!!」 「いいや、無駄にはならんさ」 「気休めを言わないでよ!!」 シャルルはついにわんわんと、子供のように泣き始めた。 ジョゼフは驚きながら、同時にひどく腹がたった。 甘えるな! そう怒鳴りつけてやりたかった。 努力なら、自分だってやってきたのだ。 呪文を何百回、何千回も唱え、書物は一文字一文字が暗記できるほどに読み返した。 精神力を高めるための瞑想や修練だって、幾度繰り返したことか。 だが、その努力はいずれも、まったくの徒労に終わったのだ。 どれだけやっても実らない努力や修行など、ただの苦痛でしかない。 それを人は、無駄骨というのだ。 その苦しみに加え、無能王子という蔑みを受け続けてきた。 シャルルという存在が横にいたおかげで、その苦しみがどれだけ大きかったか、お前ほうこそわかっているのか。 けれど、泣いているシャルルの姿を見ていると、その怒りも萎んでいってしまう。 ジョゼフは頭を押さえて、ため息をつく。 「俺はお前のことを、気持ちをわかってやれてなかった。それは、謝るよ。俺のほうが兄貴なのにな……」 「兄さんも、父上も母上も、知らないんだろうね……ぼくがどれだけ」 ぶつぶつとつぶやきながら、シャルルは顔を伏せて泣き続けている。 かまわず、ジョゼフはハッキリと宣言した。 「だがなシャルル……。俺はお前の求めに応える気はない。いや、できないんだ」 「なんで……どうして……どうして?」 シャルルは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。 眠っているシェフィールドを見ながら、ジョゼフは言う。 「俺の人生は、生きながら死んでいたようなものだった。自分自身で気がつかないうちに殺していた」 ジョゼフは自嘲の笑みを浮かべる。 自分の無能を呪い、弟を羨み、世間を上目遣いに睨みながらすごしてきたように思う。 思えば、恥の多い生き方であった。 「生きた屍だった俺に、シェフィは本当に大事なことを教えてくれた。俺の人生に命を与えくれたのは、彼女なんだ」 そう言ってから、ジョゼフはシャルルを見た。 歩けばすぐそこにいる距離なのに、二人の間にはどうしようもなく深く、大きな谷があるようだった。 空を飛んでも、谷間を土砂で埋めようとしても、それは無駄なことなのである。 「だから、俺の命は、俺の人生はシェフィのものだ。お前にくれてやるわけにはいかない」 兄の言葉に、シャルルはがっくりとうなだれた。 互いに、無言の時が過ぎた。 しばらくしてから、 「ごめん……」 シャルルは小さな声で、言った。 「いいさ」 ジョゼフは微笑を返し、そっとシェフィールドを抱き上げた。 しかしシェフィールドの顔に触れた時、ジョゼフはハッと息を呑む。 シェフィールドの顔は紅潮し、その尋常ではない熱を持っていたのである。 「シェフィ…? シェフィ!!」 ジョゼフの叫び声が、礼拝堂に響き渡った。 前ページ次ページ愛しのシェフィ
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ バンドの練習はお休みだったから、私は律と一緒に帰り、それから唯の部屋に向かった。 夕飯の食材がないということで、私と唯は近所のスーパーに行った。 買う物を選んでる途中で、唯は立ち止まり、試食コーナーでお肉を焼く店員の動きをじっと見始めた。 「これ食べたいの?」 私が唯に訊くと、唯は首を横に振って、また店員のほうを向いた。 唯の横顔は映画でも観てるように興味津々といった様子だ。 なるほど、唯はデモンストレーション的に調理をする店員の動きを見ているのが好きらしい。 私も子供の頃、ママに連れられて行ったスーパーで、同じように店員の動きに見入ったことが何度かあった。 最近は唯と一緒にいるとこうやって子供の頃の事をよく思い出す。 「あっ、ごめんごめん。いこっか」 「いいよ。もうちょっと見てようよ」 私も唯も身体は大きくなっていたけど、きっとこの店員さんには子供が二人並んでるように見えてるんだろう。 店員さんは爪楊枝にお肉の切れ端を刺し、私と唯に手渡した。 せっかくなので、このお肉も買うことにした。 「あ、これも買おうよ」 私の押すカートに、唯がイチゴのポッキーを入れた。 「あとこれも!」 今度は梨を4つ。 憂ちゃんは苦労しただろうな、と思った。 「買いすぎだって。誰がこんなに食べるんだよ」 「私が食べます!」 「いいけどさ。あんまり無駄遣いすると憂ちゃんに怒られるぞ」 「う……わかった。我慢する……」 唯は口を尖らせてぶつぶつ言いながら、梨を全部元の場所に戻した。 私は二個だけその梨をカート籠の中にまた戻した。 唯は口に手を当てて、「へぇ」という顔をしてにやにやしながら私を見た。 「か、買い物はこれでおしまい!」 逃げるように勢いよくカートを押すと、横の棚にがつんとぶつけてしまった。 店員のおばさんが何事かと寄ってきて、私は頭を下げてからさっさとレジに向かった。 スーパーを出て唯の部屋に戻り、私達は買い物籠の中身を取り出した。 私も唯も料理はあまり出来なかったけど、憂ちゃんが大量のレシピを作ってくれていたので、それを見ながら料理をするようになっていた。 「少々」というのがどれくらいかわからず、私達はよく味が薄かったり、逆に濃すぎるものを作った。 その上、基礎ができてないくせに、二人とも何かアレンジしたくなる性分で、悲惨な結果を後押しした。 「今日はちゃんとレシピ通りに作ろうね!」 唯は腕を捲って息巻いた。 「ええと、私がアボカド切るから、唯はマグロと玉ねぎをお願い」 「はいはーい」 アボカドを半分に切り、真ん中の種を抜き、縦に二本、横に四本切れ目を入れる。 それからスプーンで掻き出してボウルに入れる。 これを二つぶん。 唯はマグロの切り身をそのアボカドの欠片と同じくらいの大きさに切ると、キッチンから出てクローゼットの中を漁り出した。 「唯?何してるの?」 「じゃーん!ゴーグル!」 唯は水泳用のゴーグルを着けて、両手を広げてポーズをとった。 「これ着けてれば玉ねぎ切っても目が痛くならないよ!」 誰でも一度は思い付く方法だけど、実践する人は初めて見た。 「ぷっ、あはははは」 「ええ?なに?なんで笑うの?」 唯が切った玉ねぎをボウルに加え、マヨネーズとマスタード、塩胡椒をふってかき混ぜる。 お皿に盛り付けてトマトを添えて、サラダの出来上がり。 「これ焼いたら美味しくなるかな」 唯がフライパンを取りだしながら言った。 「いや、このままでいいよ。ていうか今日はレシピ通りにやるってさっき決めただろ」 「ちょっとだけ!ちょーっとだけ火にかけてみない?」 「ダメだってば。これサラダだし」 唯は渋々フライパンを戻して、ゴーグルを外した。 目の周りに赤く痕が残っていて、それが可笑しくて私はまた笑った。 とりあえず、今日の調理はこれでおしまい。 後は出来合いのものを火にかけて、レンジでチンして終わり。 ……ひとつずつ覚えていけばいいんだよ、こういうのは。 夕食を済ませて一緒に洗い物をした後、順番にシャワーを浴びて、私と唯はテレビを観た。 しばらくして唯がベッドに潜り、私もそれに続く。 電気を消して、ベッドの中でぽつぽつと会話していると、唯が私の脇腹をつついた。 私も唯にやり返して、それを何度か繰り返し、二人でくすくす笑う。 それから、互いの身体を使った遊びを始める。 最中の唯の声が、私は好きだ。 優しくて頼りなくて、切羽詰まっていて全身全霊で、でも下品じゃない声。 逆に私の声は、押し殺そうとしてるのに漏れ出てくるような感じがして、あまり好きになれない。 「我慢しなくていいのに」 遊びが終わって私が微睡んでいると、唯が言った。 「ここ防音ちゃんとしてるから、お隣さんには聞こえないよ?」 「うん」 「恥ずかしいの?」 「声の出し方がわかんないんだ。唯はどうやって出してるの?」 「うーん……勝手にでちゃうんだよ」 それくらい、唯は自然にこの遊びを楽しんでいるんだろう。 「私はまだちょっと無理かも」 かけ布団を目の真下まで被りながら私は言った。 唯はベッドから身を乗り出して、スタンドに立てられたギー太に手を伸ばした。 「ギー太は知ってるんだよね」 ペグを触りながら唯は言った。 「ギー太には全部見られちゃってるもんね」 言われてみれば、最初から全部見られてる。 時々ベースを持ったままこの部屋に来ることもあったから、エリザベスにも見られてる。 今もエリザベスはこの部屋にいる……ていうか置きっぱなし。 キッチンに繋がるドアの横に立て掛けられている。 名前って不思議だな。 エリザベスは唯に名前をつけられる前から私の愛機だったけど、名前を与えられた瞬間、魂が宿って人格を持ち始めたように感じる。 そのうち声を出して喋っても、私は驚かないかも。 なんて事を考えながら、ベッドの中からエリザベスの入ったケースを眺めていると、急にエリザベスが自分の物じゃなくなったような感覚に襲われた。 エリザベスが、まるでこの部屋の一部として最初からそこにあるような。 「なんか……嫌だな」 私が呟くと、唯はギー太に向けていた顔を私の方に戻した。 「え?ギー太に見られてるのが?」 「そうじゃないんだけど……」 「大丈夫だよ。ギー太は口堅いから」 「……それは良かった」 一部始終を見ているギー太は、私と唯のことをどう思っているんだろう。 子供が二人、大人の遊びに夢中になっているさまはどう見える? 想像しようとして、眠気が強くなり、私は瞼を閉じた。 次の日、ムギは頼んでおいたシャンプーを4セット持ってきてくれた。 家に帰り、お風呂に入って、私は早速使ってみた。 確かにいい匂いなんだけど、唯の髪みたいな、鼻から骨の芯まですっと入っていくような感じはしなかった。 きっとシャンプーと唯自身の匂いが混ざって初めてあの匂いになるんだろう。 それがわかると、途端にこのシャンプーに対する私の興味は排水溝の周りの泡みたいになって消えてしまった。 でもせっかくムギがくれたものだし、使い続けないと。 最後の一本までちゃんと。 『10月1日』 何度携帯電話をチェックしても、唯からのメールは来ていなかった。 土曜日なのに予定が何も無い。 こういう事はたまにある。 律とはまた違った風にいい加減な性格の唯だ。 休日は前もって約束しておかないと、今みたいに暇をもて余すことになる。 私から誘えばいいんだろうけど、それができるような性格だったら私の人生はもっと楽なものになってるはず。 今が辛いわけじゃないけど。 十分楽しんでるけど。 唯はいつも、「今から来れる?」といった感じに、土壇場で連絡をよこす。 私はいつ連絡がくるかと待ちわびて、その時までこうして自分の部屋でそわそわしながら時間を潰すしかない。 例えば、音楽を聴いたり、歌詞を書いたり、本を読んだり。 でも全部半端にしか手がつかない。 お昼までそうやって過ごして、連絡がなかったから、私は結局律の家に行くことにした。 「おーっす。お互い暇人ですなぁ」 昼寝でもしてたのか、律は前髪を垂らして、腫れぼったい顔で私を迎えた。 ほとんど私の身体の一部みたいだ、律の部屋は。 小学生の頃から、自分の部屋の次くらいに私はここで多くの時間を過ごしている。 人の家の匂いはそれぞれ違って、入るとすぐにその違いに気づくものだけど、この部屋の場合、自分の家の匂いに気付けないのと同じで、私は何も感じない。 そんなわけで、部屋の中に新しいモノがあればすぐに気づく。 「あれ?律もこのバンドのCD買ったのか?」 「ん?ああ、うん。梓がしつっこく勧めるからさぁ。澪も買ったの?」 「うん。そっか、律は梓に教わってたんだな、このバンド」 「なんであいつジョニー・マー好きなんだろうな。イメージ違くね?」 「さあ?律だってムーニーが好きな理由、かっこいいから、だろ?そんなもんじゃないの?」 「そういうもんか」 律が買ったのは、私がこの前買ったアルバムより新しいやつだった。 そう言えばあのアルバム、全然聴いてないな。 私は律に断りもなくCDを取り出して、パソコンに入れて曲をかけた。 「なんか私の買ったアルバムとは全然雰囲気違うな。違うバンドみたいだ」 「そう?そのアルバムからマーが加入したらしいよ。そのせいじゃね?」 「え?じゃあ私が買ったやつにはいないのか……」 「買う前に調べとけよ……」 「これ借りていい?」 「いいよ、私もうパソコンに入れたし。じゃ、澪も貸してよ、このバンドのCD」 「うん。いいよ。ちゃんと返せよ」 律はにっと笑ったあと、ゴムで前髪を縛って大きく伸びをした。 「あ、澪。歌詞書けた?」 「ごめん、まだ書けてない……」 「なんだ?スランプ?」 「……深刻な」 唯の部屋に通うようになってから、一人の時間はほとんど無くなり、筆が全く進まなくなってしまった。 たまに作詞ノートを開いてみても、前みたいに言葉がすっと降りてこない。 頭の中が作詞どころじゃないからな、最近は。 それから私達は会話をしたりしなかったり、雑誌を開いたり閉じたり、ぼんやりしながら、何の目的もなく時間の浪費を楽しんだ。 律は時々ペンをスティックに見立てて机をトントン叩いた。 「今のシャッフルのところ、ちょっと走ってたぞ」 雑誌の記事を読みながら私が言うと、律は消しゴムの端をちぎって私の頭に投げた。 それから思いっきり16ビートで机を叩いた後、ペンを置いて、 「どっか行くか?」 と言った。 私は時計を見た。 午後四時。 唯からはまだ連絡がないけど、いつ来るかわからない。 来るかも知れないし、来ないかも知れない。 今から出掛けてしまったら、連絡が来ても断らないといけない。 「いいよ、もう。時間も中途半端だし」 「だよな。今日ご飯食べてくの?」 「今日は自分の家で食べるよ」 「そっか。……あーあ、もう十月か」 「なんだ急に」 「1年ってはえーな。高校の時は全然そんなじゃなかったのに」 「まだ入学して半年だろ。最近親父臭いぞ律」 「うるせー。梓達、上手くいくといいな」 「あ、もうすぐ学祭か」 「梓達はさわちゃんにどんな衣装着させられるんだろうな」 「いや、着ないだろ」 「どうかなぁ?梓もああ見えて案外嫌いじゃなさそうだし」 それは私も薄々感じていた。 「盛り上がるといいな。梓、頑張ってたし」 「私が客になるから大丈夫だ!最前列で盛り上げまくってやる。こう、拳をあげて!」 「それただのサクラだろ……」「いーんだよ。澪もちゃんとノッてやれよな」 「それはもちろん」 律はへへっ、と笑い、またペンで机を叩きながら鼻歌を歌い始めた。 律はあんまり歌が上手くない。 消しゴムのカスを投げられたくないから何も言わないでおこう。 「あ、律。私ちょっとトイレ」 「んー。いってらー」 部屋を出てトイレに入り、便座に座ると、閉めたドアの内側にカレンダーが貼ってあった。 その日付を見る。 梓のライブは三日後だ。 新歓の時の演奏はバッチリだったし、きっとあの時よりもっといい演奏をしてくれるはず。 小さい身体で懸命にギターをかき鳴らし、講堂を湧かせる梓を想像したら、なんだか嬉しくなって頬が緩んだ。 トイレから戻ると、律はベッドに身を投げて天井を眺めていた。 「律、眠いの?だったらそろそろ帰るけど……」 「ん、ちょっと眠い。なんか疲れたし」 「別に何も疲れるようなことしてないだろ」 「女の子は色々あるんだよ」 「なんだそれ。……じゃあ、今日はもう帰るぞ」 「おう。またなー」 律は寝たままの姿勢で手を振った。 「あ、そうだ律」 「何?」 「中学の時にさ、林間学校で行ったところ覚えてる?」 「はい?」 「律が私を起こして散歩に行ってさ」 律は身体を起こして、少し考えるように指先で頭をとんとん叩いた。 「そんなことあったっけ?」 「霧が濃くてすぐ引き返したんだけど」 「覚えてないや。それがどうかした?」 「いや、なんとなく。思い出したから聞いてみた」 「……澪ってたまにわけわかんないこと言うよな」 確かに。 なんで今この話をしたのか自分でもよくわからない。 首を傾げた後、私は律の家を出た。 6
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前ページ次ページ愛しのシェフィ 「リュティスを離れたい、と?」 「はい、違う土地へいって、見聞を広めようかと思います」 「そうか……」 ジョゼフの言葉に、王は否ともよしとも答えなかった。 「知識を深めるだけながら、城の書物だけも十分すぎるほどではないのか?」 長い歴史を誇るガリア。 その王宮に保管されている書物の量は尋常のものではない。 「いえ、確かにそれも修養にはなりますが、実際に見聞きするのとは違いましょう」 「一理あるのう」 王はそう言って、顎を軽く撫でた。 「じゃが、本当のところは、どうなのだ?」 王はジョゼフの目を見ながら、そうたずねた。 ぴしりと、のんびりとしているけれど、強い圧力のある声であった。 「かないませんね」 ジョゼフはきまりが悪いと風に、笑ってみせた。 その笑みを見て、王の眼が微かに細められる。 「正直なところ申し上げますと、隠居したいのです」 「ほ、そりゃまた……」 王は肩をすくめるようにして、驚きの声をあげた。 「城の生活には、飽きたということですか?」 王の横に陣取る王妃は、どこか棘のある口調でそう言った。 口調のみならず、その視線も刺々しかった。 「そんなわけではありませんが」 攻撃的な母親に対して、ジョゼフは笑うよりない。 事実、別に飽きたわけではないのだ。 そのほうが、良いように思えるから、そうしようというだけである。 単純な話であった。 「私は、別に止めませんが」 王妃は何か釘でもさすように、王を見ながら扇で口元を覆った。 「まあ、あなたがいても、王家の恥になりこそすれ、不足になることはありませんからね」 「母上もお口が悪い……」 「事実でしょう」 王妃は切りつけるように言って、視線をそらした。 「ただでさえ出来の悪いお前が、その上素行まで悪くすれば、まったく救いようがありません」 「私は、真面目にやっておるつもりですが」 はて、とジョゼフはとぼけた顔をして見せた。 「おだまりなさい。私がただの案山子と思っているのですか」 王妃はぱちんと扇を閉じて、ジョゼフに向かって突きつけた。 「聞いていますよ。最近、どこぞの平民の娘を拾ってきて、囲い者にしているそうですね」 「囲い者とは……」 やはり他人からみれば、そのように見えるらしい。 「参りましたな」 ジョゼフは困った顔で、頭を掻く。 「田舎貴族ならばいざ知らず、それが仮にもガリアの王子のすることですか!」 「いささか、誤解があるようですが」 ジョゼフは内心で怒りを覚えはしたが、ここで怒っても仕方ないと、口調も柔らかに弁明する。 「確かにメイドを一人雇っているのは確かですが、別にやましいところはありません」 「よくもまあ、ぬけぬけと……」 王妃は憎々しげにジョゼフを睨みつける。 それにしても、この母は何故ここまで怒っているのか。 ジョゼフが立腹するよりも困惑するよりなかった。 まさか、息子におかしな虫がついたので、怒ったり、妬いたりしているわけでもあるまい。 お気に入りのシャルルならばまだわかるが。 あるいは言葉通り、王族としての体面というものを気にしているのかもしれぬが。 のらりくらりとしたジョゼフの態度に、次第に王妃は興奮を強めてきているようだった。 ヒステリーを起こした女性、ことに権力を持った女性がそうなると始末が悪い。 (面倒なことになりそうな……) ジョゼフが適当な言葉を考えると、 「ま、良い。好きにせい」 王妃を無視するように、王は言った。 「お前がそうと決めたのなら、それも良かろう」 「ありがとうございます」 父王の助け舟を、ジョゼフはありがたく受け取ることにした。 どっちにしろ、このまま母と話していても建設的な会話にはなるまい。 「あなた……」 王妃が抗議しようとすると、じろりと王の視線がそれを遮った。 「ただしな、ジョゼフよ? いったん隠居してしまった以上、次の王になる資格は失うぞ?」 「次の王は、シャルルでは?」 別に今さらあれこれ審議する必要性など感じられぬ。 (何を今さら……) ジョゼフは苦笑するだけだった。 「それは、わしの決めることだ」 「そうですか。出すぎたことでした。申し訳ありません」 確かに、その通りではある。 ジョゼフは父王に頭を下げる。 「うむ……」 それから、隠居の許可をもらったジョゼフは足取りも軽く退室していった。 「あなた、どういうおつもりです、あんなことを……」 ジョゼフが出て行った後、王妃は咳きこむように呼吸をしながら、王に食ってかかった。 わずかだが、眼が血走っていた。 「どうもこうも、出て行くというのだから仕方あるまい。まさか、軟禁でもせよというのか?」 「そうではなくって……。あんな許可を出せば、どうせ田舎で羽目をはずして、ろくでもないことになるに決まっています!」 王妃は叫び散らした。 「ははは。女遊びに夢中になると心配か? ま、母親としては複雑だろうが、若いうちは女に精気をしぼられるのも勉強だ。ほっておけ」 王は呵呵大笑するばかりであった。 「……そのせいで、ガリアの家紋に傷がつくとは思いませんの!?」 「傷か。魔法が使えん無能王子だ、これ以上の傷など今さらどうということはないわ。お前もさんざん言っとるだろう」 王の言う通り、王妃は今まで、魔法の使えぬジョゼフに冷たく当たってきた。 「お前など、生まれてこなければ良かった!」 と、憎々しげに言い放ったことは一度や二度ではない。 「……ですが、ですか」 「かまわんさ。ほっとけ」 さすがに王妃はそれ以上何も言わなかったが、その顔は明らかに不服そうだった。 (隠居か。まさか、あのジョゼフがなあ……) 王はジョゼフの出て行った扉を見つめながら、ため息をつく。 (急に<良い顔つき>になったと思ったら、その矢先に自分から王位を投げ捨ておった。ま、これも運命というやつだ……) 横では、王妃はまだ何やらぶつくさと言っている。 (やれやれ、法界悋気というやつか。まったくもって、女というやつは……) 不出来な息子の行動が気に入らぬ、というわけであろうか。 王の口から漏れるため息は、いつしか苦笑へと変わっていった。 「シェフィ、いるか?」 ジョゼフは何度かドアをノックしてみたが、返事は返ってこなかった。 生活パターンとして、今の時間は大体部屋にいるはずだから、どこかへ出かけているということはないだろう。 「……留守か?」 ジョゼフは、ノックする手を止めて、しばらくじっとしていたが、やがてハッとしてドアノブをつかんだ。 鍵はかかっておらず、あっさりとドアは開く。 シェフィールドは、机に頭を乗せて寝息を立てていた。 机の上には、児童向けの絵本が開かれたままになっている。 文字を読む勉強をしていて、つい眠りこんでしまったらしい。 ジョゼフは起こさぬよう、そっと少女を抱き上げ、ベッドに運んでやった。 (眠っていても、人の姿のままか……) 最初の頃は、彼女は眠る時には人形に戻っていた。 あるいは、ひどい失敗などをして落ちこんだ時も、人形に戻ってしまうことがあった。 けれども、そういったことは、もうほとんどなくなっていた。 彼女が最後に人形に戻ったのは、一体いつだったろうか? 「私がこの姿でいられるのは、ご主人様が気にかけてくださっている証」 いつか、シェフィールドはそう言った。 それがどういうことなのか、未だにわかるようなわからぬような、なのだが。 (もう、人形じゃないのかもしれんな……) そっと毛布をかけてやりながら、ジョゼフは愛しい少女の寝顔を見る。 (もう、ではないか) 寝息をたてるシェフィールドの唇を見ながら、ジョゼフが足音をたてないようベッドから離れる。 人の魂を、心を宿して。 同じ土に還る命を持って。 きっと、彼女は最初から生きていて、 (人と、俺と同じ……なのだろうなあ) ジョゼフはぎゅっと拳を握り締めた。 部屋を出ようとした時、部屋の隅っこに置かれた、古ぼけたチェストが目に入った。 シェフィールドの個室となる以前、この部屋は物置代わりに使われていた場所だった。 この古いチェストは、その名残のようなものだ。 一見ただのチェストに見えるけれど、魔法で中が三倍ほどの広さになっている特殊なマジックアイテムである。 幼い頃、ジョゼフはかくれんぼの時にここへ隠れたことがあった。 (ここなら見つからんと思っていたが、シャルルのやつはディテクト・マジックで簡単に見つけてしまったな……) 今からすれば、懐かしい思い出だった。 弟はとっくに忘れてしまったかもしれないが。 そんな時だった。 ジョゼフの耳に、誰かの泣き声が聞こえたような気がした。 (シェフィ?) しかし、シェフィールドはすやすやと寝息をたてているだけだ。 (気のせいだったか?) 疲れているのかもしれぬと思いながら、ジョゼフは今度こそ部屋を出ようとして、愕然とした。 部屋の隅に何か小さなものがいる。 (賊か!?) 反射的に杖を手にしたが、それが存外に小さいものだと気づいて、やや心を落ち着けられた。 そもそも、賊がしくしく泣いているというのも、おかしな話である。 (何者だ?) 声をかけようと、静かに近づいてみた。 それは小さな子供だった。 壁に拳を叩きつけるようにして、声を殺して泣いている。 身なりからして、使用人の子供ということはない。 明らかに貴族階級の子供である。 (まさか、迷子か? しかし、こんなところに……) どうにも、その泣き方が尋常とは思えない。 その青い髪から察するに、どうやら王家の血筋、少なくとも流れをくむ者であることは確からしい。 「おい……」 どうしたのだ? そう話しかけようと思った矢先、ジョゼフは声を失った。 泣いている子供はジョゼフとそっくりだったからである。 (なに……?!) まさか、父の隠し子であろうか。 少なくとも、自分に身に覚えはない。 仮にあったとしても、この子供は見たところ七つか八つだ。 仮にジョゼフの子供だとすれば、ジョゼフが十歳の頃の子ということなる。 そんなことは、まずありえない。 「おい、お前……」 触れようと手を伸ばした矢先、子供はふっと消えてしまった。 まるで、幻か何かのように。 ジョゼフは唖然として、しばらくそこを動けなかった。 (なんだ、俺は、一体何を見たんだ?) 幽霊か、それとも妖精の悪戯だろうか。 怖いとか、不気味というのではなく、何か不思議な気分だった。 この世の秘密の一端を、図らずも覗いてしまったのではないか。 しばらく呆けたままでいたところ、 「んん……」 シェフィールドの声に、我にジョゼフは返った。 「ジョゼフ様……?」 シェフィールドはまだ寝ぼけ眼なのか、とろんとした表情でジョゼフを見ている。 「ああ、すまないな。起こしてしまったか?」 ジョゼフは何だか気恥ずかしくなり、わざとおどけるように言ってみせた。 「いいえ……」 シェフィールドはベッドから降りて、すたすたとジョゼフに寄ってくる。 「――どうした?」 「あの……」 シェフィールドはちょっと困ったような、そしてどうしたわけか気遣うような優しさの宿る目で、ジョゼフを見上げた。 「うん、どうかしたのか?」 ジョゼフはドギマギとして、少しだけ顔をそらす。 「夢の中で、小さなジョゼフ様が泣いていらっしゃいました」 シェフィールドは、妙なことを言う。 「俺が……?」 ジョゼフはさっきの幻を思い浮かべた。 (あれは、やっぱり俺自身だったのか。しかし、なぜあんなものを見たのだ?) シェフィールドの夢にも出てきたということは、この部屋に何かあるのか。 部屋の中を注意深く見ながら、ジョゼフは色々と考えてみた。 まさか、幽霊というわけでもあるまい。 それから、先ほど幻を見たあたりへと近づき、壁などを調べてみる。 けれど、別に怪しいものはないようだった。 (ここに、何か?) 壁に手を触れながら、ジョゼフは顔をしかめた。 不機嫌になっているわけではなく、思考を深くしているためである。 (ふふ、こんなことをするのも、ずいぶんと久しぶりだな。子供の頃は時々こうして……) この時、だった。 ジョゼフの心の中で、がちゃりと鍵がはずれる音がしたようだった。 (ああ、そうだったか) ジョゼフは目を見開き、大きく息を吐いた。 「ジョゼフ様、どうされました?」 シェフィールドがあわててジョゼフのそばに走る。 「……なあ、シェフィ。お前の、その夢の中に出てきた、小さな俺は」 そこまで言って、ジョゼフはシェフィールドの顔を見る。 いつもの、邪気のない少女の顔がそこにあった。 「いや、何でもない。少し、子供の頃を思い出した」 笑って立ち上がり、シェフィールドの肩を抱いた。 「……♪」 シェフィールドはジョゼフの表情にほっとして、心地良さそうに、胸に頬をつけた。 (そうだった。子供の頃、よくここへ隠れては泣いていたものだ……) 魔法が使えぬことで、何度味わったかしれない悔しさや悲しさ。 誰とも会いたくなくなった時、ジョゼフは物置だったこの部屋で、涙を流していた。 一体何度そんなことを繰り返したのか、思い出したくもなかった。 このことは、誰も知らない。 弟のシャルルでさえもだ。 (すっかり忘れた……。いや、忘れたような気持ちになっていたが……) ジョゼフはそっと壁を撫でてみた。 何もないようだが、ここにはジョゼフの暗い涙が染みついているのだろうか。 (そんな場所を、シェフィールドの部屋にするなんて、まったく俺という男は……) つくづくと、自分で自分が情けなくなってくる。 思わず、苦笑が漏れた。 夢の中のことをたずねた時、シェフィールドが見せた表情。 それで、全てわかったような気がした。 この少女が、コンプレックスとか、絶望という暗い想念で潰れそうになっている幼い頃のジョゼフを、どうしてくれたのか。 そこから先は、口に出す必要はなかった。 出すのは野暮というものである。 誰もしてくれなかった、あるいはジョゼフ自身が、してやらねばならなかったことを、彼女はしてくれたのだ。 (もしも、もう一度<あいつ>と、いや<俺自身>と会うことがあったのなら……) その時は、今度こそジョゼフ自身がやらねばならぬ。 できるかどうか、ではなく、やらなければならないのだ。 (いや、絶対にできるし、絶対にやる) ジョゼフはそう決心して、シェフィールドの顔を見た。 彼女には、まったくどれだけ感謝していいのかわからない。 それなのに、また感謝せねばならぬことを増えてしまった。 嬉しい反面、ひどく情けなくもある。 「シェフィ……」 「はい」 「お前がいてくれて、良かった」 ジョゼフがそう言うと、シェフィールドは花のようにパアァ……と微笑んだ。 ガリアの第二王子、シャルルが兄であるジョゼフのもとを訪れたのは、その日の昼下がりのことだった。 シャルルは、普段あまり見せることのない険しい表情をしており、そんな王子を侍従たちは何事かという表情で見送る。 その時ばかりのことではない。 シャルルは、ここ最近あまり機嫌がよろしくなく、宮廷の人々は少々緊張気味であった。 一方で、ジョゼフのほうは、引越しの準備・下調べに忙しく、ドタバタと落ちついていなかった。 それは別にジョゼフばかりではなく、ヴェルサルテイル、特にその中心グラン・トロワは若干浮ついた空気が流れていた。 その空気は、城内ばかりか、リュティス全体に広がっていた。 理由は、ハッキリとしていた。 「次の王は、シャルルとする」 そう国王が正式に発表したためである。 確かに大ニュースではあるけれども、格別ショッキングという種のものではなかった。 むしろ、大方の予測通りであったことだからだ。 幼少時から、大天才だ、神童だと称えられてきたシャルルである。 誰しも、次の王はこの少年に間違いないと思っていた逸材なのだから、当然のことだった。 王はまだまだ健康・健在であるし、この発表は単純に<おめでたいこと>として、国民は受け取っていた。 「めでたい、めでたい」 「やっぱり、シャルル様だねえ」 「これでガリアは次代も安泰だ」 このことは、ジョゼフにしても喜ばしいものだった。 周囲の注意が一斉にシャルルに集まるので、その分準備が淀みなく行える。 とどのつまり、この騒ぎに乗じてとっと城から出てしまおうということなのだ。 (まさか、父上が気をきかしてくれた、わけでもないだろうが……。良いチャンスだな) そう考えているジョゼフのもとに、シャルルがやってきた。 ちょうど、部屋で書物の整理をしている時だった。 いずれも暗記するほどに読み返したものばかりである。 だが、孤独だったジョゼフを慰めてくれた友人のような存在であり、城に置いていくのは嫌だったのだ。 「兄さん……」 シャルルが顔を蒼白にして、ずかずかと部屋に入ってきたのである。 「おう、シャルルか。何か用か?」 二人きりだ、気さくにおめでとう、がんばれよとも言ってやるか。 そうジョゼフは思ったが、どうもそんな言葉をかけられる雰囲気ではなかった。 「どういうこと、城を出るって」 シャルルは唇を震わせ、噛みつくように言った。 「いや、いい加減でここでの暮らすのも疲れた。田舎にでも引っこむことにしようと思ってな」 「父上から、聞いたよ」 シャルルはジョゼフを睨むように、いや、睨んだ。 「兄さんが、王位を辞退したって……」 「おい、まるで俺も<王様候補>だったような言いかただな」 ジョゼフは持っていた一冊を置いて、シャルルのほうを向き直った。 「当たり前じゃないか!?」 「建前上はな? だが、その実あってないようなもの、いや……事実なかったものだと思うぞ、俺は」 「兄さん!」 シャルルはきっとなって、ジョゼフに詰め寄った。 「兄さん、何考えてるんだよ……。兄さんは、王子じゃないか!」 「一応はな……」 「それが、いきなり変なメイドを連れて隠居するなんて、どうかしてるよ!」 シェフィールドを揶揄されて、ジョゼフは少しムッとするが、そこはどうにか流して、 「おい、落ちつけよ? 王子だろうが、お姫様だろうが、いい年になれば、結婚して、城を出るのは当然だろう?」 ジョゼフは興奮している弟に、優しく諭すように言った。 「兄さんは結婚もしてないし、父上はまだまだ元気じゃないか」 「それは、そうなんだがな……」 ジョゼフはさて、どう言おうかと、頭を悩ませる。 「お前も、正式に次期の王に決まったことだし、いい機会だと思うぞ?」 「ちょっと待って、兄さん…! 落ち着いて考えよう?」 口から泡を飛ばさんばかりの勢いで、シャルルはジョゼフの肩をつかんだ。 爪が肉に食い込み、痛いほどの力であった。 「おい……」 ジョゼフは痛みに顔をしかめつつ、シャルルの様子がおかしいことに気づいた。 落ち着けと言う、お前のほうこそ落ち着けと言いたい。 顔つきがどこか曇っており、眼の光が尋常のものではなかった。 (シャルルは、こんな顔だったか……?) 長年共に暮らしてきた弟の顔が、何か見知らぬ他人の顔のように思えてならなかった。 何故、弟はこんなにも乱れているのか、さっぱりわからぬ。 思い当たることと言えば、王位継承のことだが、弟がそれに不服を感じたと思えなかった。 時には、魔法の使えぬ兄ジョゼフを気遣って、わざと魔法に失敗するようなこともあった。 だが、同時にガリアでも最高クラスの魔法の使い手という自負もあったはずだ。 (……あるいは、いきなり次期王に指名されて、戸惑っているのか?) いくら王族といえと、まだ十五の少年にとって、大国がリアの玉座は、確かに重いものであるかもしれない。 (しかし、今日明日にでも即位するというわけじゃあるまいし……) 父が急死でもすれば別だが、王としての教育はこれからじっくりとやっていけばいいではないか。 おそらく、父もその腹づもりであるはずだ。 混乱しているシャルルには、そのへんのことがわかっていないのかもしれぬ。 王に指名されたことで取り乱し、兄にすがってきたということか。 そう考えると、弟の態度も可愛く思えてくる。 考えてみれば、シェフィールドがきてから、シャルルと話らしい話をしていなかった。 今後は、あまり会えなくなるのだから、今のうちに色々と語り合うのも悪くないかもしれない。 「まあ、そう取り乱すなよ」 ジョゼフはシャルルの手をやんわりとはずしながら、努めて穏やかに言って聞かせた。 「父上は後で揉めないように、今から取り決めておいたのだろうさ。別に、今すぐお前に王になれという話じゃない」 「だから、兄さん! どうして、急に出ていくんだよ!」 シャルルは、目を血走らせて叫んだ。 「……」 どうも、おかしい。 会話が噛み合っていないようである。 シャルルの態度も、こちらの言葉がきちんと伝わってくるのか疑わしいものだった。 口ぶりからすると、ジョゼフをここに留めておきたいようにも思える。 何かが<妙>であった。 シャルルという人間から、ネジが何本か抜け落ちてしまったような気配なのである。 どうしてそのようになったのか、理由らしい理由がジョゼフにはわからない。 「お前、少しおかしいぞ?」 「おかしいのは、兄さんのほうだ!!」 今にも杖を抜かんばかりの勢いで、シャルルは絶叫した。 「おい……」 「ここ最近の兄さんは、変だ、変だと思ったけど、本当におかしくなったのかよ!?」 「自分じゃ、そんなつもりはないがな……」 そのように言いながらも、ジョゼフは自分が以前とは違っていることに自覚的だった。 少なくとも、以前の自分が、どうしようもなく愚かだったことはわかっている。 シェフィールドと出会う前の自分が、何とも惨めで救いがたい男だったことは理解しているのだ。 (救いがたいというところは、変わっていないがな……) それが、どう変わっているのかは自分自身では明瞭にはわからぬが。 「やっぱり、あの女のせいなのかい……」 シャルルは急に声を落として、ジョゼフを睨んだ。 それは、いつも人々から愛され、称えられていた少年には、あまりにも不似合いな、暗い目つきだった。 ジョゼフは背筋に薄ら寒いものをおぼえた。 「シャルル……」 どうにか声をかけようとしたが、シャルルの声がそれを打ち払ってしまう。 「忠義面して、兄さんに擦り寄ってるけど……。そんなので、骨抜きにされたのか、兄さんは!」 「おい!」 その言い草に、ジョゼフもついに大声を出したが、シャルルは怯まない。 「どうせ、王族って肩書きに釣られて、いい顔をしてるだけだ。そんなこともわからないなんて……」 「いい加減にしろ、シャルル! 俺はいい、魔法の使えん無能者だからな。だが、シェフィのことは悪く言うな!」 あれは、そんな娘ではない。 大体、<王族>の肩書きに、表面だけへつらう人間など、どれだけ見てきたことかわからない。 そんな連中と、シェフィールドを一緒くたにするなど、許しがたい侮辱だった。 自分自身を含めたこのガリアに、あの娘のような善良さと優しさを持った者がいるものか。 しかし、シャルルは不快そうに顔を歪めるだけだった。 その顔つきは、ジョゼフに蔑んだ眼を送る母親そっくりであった。 たまらない不快感がジョゼフの心にへばりついた。 「本当に……どうしようもなくなっているんだね、兄さんは」 「何が言いたい……」 「あんな女! どうせ、兄さんのことなんかこれっぽっちも考えちゃいないんだ!! わかっちゃいないんだ!!」 「ふざけるな、お前のほうこそ、何もわかっちゃいない!」 「わからないの? 兄さんは、王族なんだよ……?」 噛んで含めるように、シャルルは言う。 「それが、どうした……」 「あんな卑しい女と、一緒にいちゃいけないんだ! どうしてわからないんだよ!!!」 シャルルの言い分に、ジョゼフは舌打ちをしたくなった。 このハルケギニアにおいて、貴族と平民の区分は絶対だ。 しかし、弟は平民をこうも見下すようなことはなかったはずである。 それがこうも悪し様に言うとは。 (これがこいつの、本音か?) そうは、思いたくはなかった。 何度その才能を妬んだかわからない賢弟だが、憎むようなことは一度たりともなかったのだ。 だが、これ以上話をしたくもなかった。 これ以上言い争えば、どうにもならなくなるように思えたのだ。 ジョゼフが黙ると、シャルルはさらに追い討ちをかけてきた。 「目を覚ましてよ、兄さん! あんな下卑た女に惑わされてさあ、おかしいよ!!」 もはや、限界だった。 ジョゼフは力まかせに、シャルルの顔を殴りつけた。 魔法では絶対的に劣るものの、その分肉体を鍛えこんできたジョゼフの腕力に、シャルルは床に叩きつけられた。 シャルルは何が起こったのかわからぬという顔で、呆然となって兄を見上げている。 ジョゼフは怒りの形相のまま、弟を睨みつけていた。 握り締めた拳が、震えていた。 前ページ次ページ愛しのシェフィ
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前ページ次ページ愛しのシェフィ (はて……) ミッシェルは、その若者の顔を見た時、一瞬誰であるのか、わからなかった。 どうもどこかで見たような顔なのだが、名前が出てこない。 どこかの客人、であるということは、まずない。 確かに、何度も見たことがある顔なのである。 答えはすぐそこまで出かかっているのだが、なかなか出てこない。 (誰だったか……。確かに、この城のかたに間違いないんだが……) ミッシェルはヴェルサルテイルの厨房で、コック長として勤めている。 城の人間の顔は、王からメイドまで、よく見知っているはずなのだが。 煩悶としているところへ、鈴の音を転がすような声が響き、ミッシェルの思考を中断させた。 「ご主人様、お茶の用意ができました。召し上がっていただけますか?」 一人のメイドが、若者のそばへパタパタと寄っていく。 格好は城のメイドたちと同じものだが、顔に見覚えがない。 (新しく入ったメイドか……) 十五か、十六ほどの、ぱっちりとした瞳の可愛らしい少女だった。 体つきは細身で、髪も瞳も真っ黒という、ガリアではずいぶんと珍しい容姿なのである。 顔つきも、明らかに異国人のそれだった。 しかし、表情はふんわりとして柔らかく、優しげな眼差しをしていた。 内面の暖かさが、その顔に表れているらしい。 城内の格好ばかり着飾った貴婦人連中にも、是非見習ってほしいくらいだ。 (……ふうん。これはいい娘らしいな) ミッシェルはひと目で、このメイドに好感を抱いた。 (それにしても、ご主人様? そんな風に呼ばれる、こっちのかたは……) と、ミッシェルは若者のほうへと視線を移した。 「……前から言ってるが、その、ご主人様というのはやめてくれ。どうも、勝手が悪い」 若者は赤面しながら、小さい子供にでも言って聞かせるように、メイドに言った。 「は、はい。それじゃあ、ジョゼフ様」 メイドは少しどもりながら、言い直した。 「ああ、そっちのほうがいい」 若者はほっとした口調で笑った。 それに釣られるように、少女もニッコリと笑った。 (ジョゼフ様?) と、もう一度若者を見やり、ミッシェルは驚いた。 (これは……確かに) よく見れば、確かにかのジョゼフ王子に間違いはなかった。 しかし、メイドと対するジョゼフの顔は、明らかにミッシェルの見たことのない顔であった。 ミッシェルの知るジョゼフは、王子にふさわしい美男子でありながら、どこか暗く、険を含んだ表情をした若者だったからだ。 いや、ミッシェルだけのことではない。 およそ、ジョゼフという若者を知るほとんどの人間は、同じような感想を抱くのではないか。 それが、メイドと接する彼の顔は、丸く柔らかく、少年のようでいて、しかし、<男>の顔なのである。 ミッシェルは、王子の無表情な仮面の下に、美しく輝く素顔を見たような気がした。 (あんなにも、変わるものかな。人間の顔というやつは……) ああしていると、ごく普通の若者である。 普通というには、少々顔の造作が良過ぎるけれど。 二人の間柄はどうやら、王子とメイドというわけではなさそうだが、それをどうこういうのは野暮というものだ。 (昔から、別にない話でもないしな) ミッシェルは微笑をたたえて、そっとその場を離れていった。 ガリアの第一王子ジョゼフについて、<妙な>噂が流れ始めたのは、春の祭が終わってしばらく後のことであった。 ジョゼフに、一人の愛人ができたという噂である。 若い王子のことであるから、別にそういった<夜伽>の相手がいることなどおかしくはない。 その相手というのが、平民の娘らしいということも、存外珍しくはなかった。 容姿の良いメイドなどが奉公先で主人の手つきになることは、よくある話だからである。 何が妙なのかというと、ひとつはその愛人というのが、ガリアの人間ではないらしい……ということだ。 それもトリステイン、アルビオン、あるいはゲルマニアといった近隣諸国の者というのではなく、遠方の地からきた蛮族の娘であるというのだ。 ジョゼフは、悪い意味で有名な男である。 王族でありながら、生まれてこのかた、まともに魔法が使えたことがないのだ。 魔法大国ガリアにあって、これは致命的ともいえる欠陥だった。 いや、ハルケギニアであれば、どこの国であっても同じことだろう。 当然民衆の支持や人気はない。 弟のシャルルが、百年に一人という天才であったこともそれに拍車をかけていた。 ある意味で、その噂は<好意>を持って流れ、伝えられていた。 無能王子と、蛮族の娘のラブ・ロマンスとして。 茶を飲みながら、ジョゼフはぼんやりと花壇を見つめていた。 そばでは一人のメイドがつきっきりで給仕をしてくれている。 メイドの視線は、ジョゼフと同じく庭先の花壇へと注がれていた。 ジョゼフと違い、その瞳には言うに言われぬ感動の輝きがあった。 彼女の生まれ育った地では、ああいった情景はなかったらしい。 そう、ジョゼフは考える。 花の育ちにくい、痩せた土地だったのだろうか。 ジョゼフにとって、あの花壇の花は見慣れたものでしかなかった。 むしろ、嫌いであったとも言える。 見事に咲き乱れる花々は、機嫌の悪いときにはまるで自分を嘲笑っているように思えたほどだ。 けれど、この少女と一緒にいると、この花壇も何だか優しいものに見えてくる。 (勝手なもんだ……) 自分自身呆れる他ない。 しかし、こうやって落ち着いて花を見るなど、今まであっただろうか。 思い返してみれば、そんな余裕はなかった。 (花だけじゃあない) ほっと落ち着いた時間といったものが今まであったであろうか。 ようく考えてみれば、それもないのである。 我がことながら、何ともはや薄ら寒い思いがした。 (俺は今まで、薄暗い氷室のようなところにいたのか……?) それはいささか大げさであるとしても、まるっきり的外れというわけでもなかろう。 内心で冷や汗をかきながらも、横の少女を見ると氷の棘も溶けて消え去るような気がした。 太陽の香りを持った少女だった。 彼女という存在。 それが人間ではないというのが、未だに信じられない。 花壇の花を見ながら、ジョゼフは彼女を己がもとに召喚した時のことを思い出す。 世間は、すでに冬を忘れ、春の陽気で浮かれ気味であった。 伝統行事である春の祭が近いことも、理由のひとつであるかもしれぬ。 けれども、そういった世間の浮かれ様とは裏腹に、ジョゼフの心は暗く沈んでいた。 そも、この若者の心が明るく弾んだ日などあっただろうか? ジョゼフ・ド・ガリア。 目の覚めるような美男子である。 まだ少年の面影があるけれど、日頃馬術や武術で鍛えこんだ肉体は、見事な形を成している。 今年で十八になるガリアの王子は、広いヴェルサルテイルの中、人気のない小部屋にいた。 ジョゼフの前には、一個の小さな人形が転がっている。 貴族の令嬢が遊び道具とするようなものではなかった。 土をこねて焼き上げたのであろう、まったく原始的な土人形なのである。 極めて素朴な、埴輪のようなものだった。 こんな王城の中にあるより、古い古代の、それも蛮族の石室にでも置かれているほうがふさわしい。 何故、このようなものがここにあるのか……。 ジョゼフが、持ちこんだからである。 もっときちんと説明するならば、ジョゼフがサモン・サーヴァントによって召喚したためだ。 「は、ははは……」 ジョゼフは顔を引きつらせ、何とも言えぬ、ある種の狂気すら感じさせる笑みを浮かべていた。 全身が、微かだけれど瘧にかかったように震えている。 「これが……こんなものが、俺の使い魔か?」 喉を痙攣させるように、ジョゼフはつぶやいた。 深い絶望のこもった声であった。 主のつぶやきにも、土人形は答えることなく、床に転がったままだ。 「ふふ、ふふふ。なるほど、確かに俺に相応しい」 ジョゼフは自虐的な笑みを浮かべて、土人形を拾い上げた。 メイジの実力をもっとも如実に表すのが、使い魔である。 それゆえに、使い魔召喚の魔法は神聖なものだ。 メイジと使い魔は、ある意味で夫婦や恋人、親子以上に密接な絆で結ばれる。 文字通り、死が両者をわかつまで、その絆は途切れることはないのだ。 「……コモンすらまともに扱えぬ俺が、まがりなりにも使い魔を召喚できたのだ。それだけで、十分なのかもしれんな」 ジョゼフは自嘲をこぼし、土人形を見た。 大国ガリアの王族、それも本来なら世継ぎとなるべき長兄に生まれながら、魔法が使えぬ無能者。 それがジョゼフという人間だった。 平民ならば、たとえば腕力が弱くとも、それを補える知恵があれば決して無能などとは呼ばれまい。 算盤が苦手でも、手先が器用ならば職人としての道もあろう。 何から何までこなせるという人間のほうが、むしろ少ないはずだ。 しかし、魔法は違う。 貴族の証である魔法が使えぬ貴族など、貴族とは呼べまい。 言うなれば、算盤の使えぬ商人、武術も馬術も心得ぬ戦士のようなものだ。 それでもなお、貴族であるというのなら、それはもはや単なる紛い物である。 (紛い物の王子には、お似合いの使い魔か……。それもいい) ジョゼフは濁った目で土人形を見つめ、契約の呪文を唱える。 「我が名は、ジョゼフ・ド・ガリア。五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と成せ」 古より伝わる儀式にのっとり、ジョゼフは人形にくちづけた。 その一瞬後、ジョゼフがまったく想定していない事態が起こった。 小さな爆発音にも似た音が響いたのである。 ジョゼフはまた失敗して、いつもの爆発が起こったのかと思ったが、そうではなかった。 土人形が人に変わったのである。 黒い髪をした、人間の少女へと変化したのだ。 「うわ……!?」 ジョゼフは叫ぶが、その叫びは少女が発した悲鳴によってあっさりとかき消された。 「うわっちちーーーーーーーーーーー!!」 声をあげる中、少女の胸には使い魔であることを示すルーンが刻まれていた。 つまり、コントラクト・サーヴァントの魔法は成功したことになる。 (なんだ、こいつは……?) ジョゼフは妖怪でも見るように、いきなり現れた少女を見る。 年齢は十五、六か、あるいはもっと幼いかもしれぬ。 少女は自分の胸のルーンを確認すると、すっとジョゼフを見つめた。 「お前は……誰だ?」 そうジョゼフが問いかけると、少女は床に平伏をした。 「額への口づけと、乳房に所有の証の焼印をいただいてしまいました。今より私は、あなた様の奴隷でございます」 何でもないように、そう言った。 土人形が人間に変わる。 まさか、マジック・アイテムだったのだろうか。 そういえば、血を吸わせた人間とそっくりの姿と能力を得る魔法人形の話を古い書物で読んだことがあった。 この少女も、そういった魔法人形の一種なのであろうか。 しかし、話を聞くとどうにも頓珍漢であった。 少なくとも、このハルケギニアとは異なる文化圏の者であることは間違いないようだ。 未開の地の蛮族、というのが一番適当なのか。 「私は土地の首長の、八人目の娘でございました」 彼女の自己紹介はこんな台詞から始まった。 「ある時山向こうの村に攻められて父が死に、季節が四回巡って年頃になった私を新しい首長が十一番目の妻にしてくださいました」 (一夫多妻か) ハルケギニアの貴族にも、実質そんな生活をしている者もいるが、あまりおおっぴらにすることはない。 一応世間体というものがあるのだ。 「私が妻になってすぐに首長は死にました」 「また戦で?」 「いいえ、天寿でございます。首長は生涯に四十一度も春を巡ったそうでございます」 簡単にそう述べる少女に、ジョゼフは文化の違い、育った環境の違いの大きさというものを感じた。 彼女の部族は、極端に寿命が短いのか。 (そうとばかりも言えないか……) ものの本によると……。 過酷で原始的な生活を送っている辺境の地に住む人間は、体は極めて頑強だが、その分寿命も短く、老化も早いということだ。 平均寿命もせいぜい三十歳ほどだったという。 (すると、彼女らの感覚からすれば、四十一というのはかなり長生きの部類になるわけか……) ジョゼフは一人で考え、納得をする。 「首長は私にとてもよくしてくださったので、私は心をこめて冥土での奴隷となる土人形を造りました」 「それが、あの人形か?」 「はい」 少女はうなずいた。 「でも、私は不器用で……。うまく作れなくて、他の妻たちに反対されてしまい、首長の室に入れてもらえませんでした」 少女が恥ずかしげに言うのを、悪いと思いつつジョゼフは苦笑しそうになった。 確かに、あれはひどく出来だった。 そこらの子供のほうが、よほどまともなものを作るだろう。 「けれど、あきらめきれず、一人でこっそりと首長の室に入ったのです」 「それで……」 なるほど、すると土人形には製作者の想念ともいうべきものが宿っているのか。 では、人形を作ったというこの娘は? ジョゼフが未知への恐怖と好奇心をない交ぜにしながら、少女の言葉を待った。 「横たわった首長のお顔を見ていたら、悲しくて涙が止まらなくなりました」 そう語る少女の視線は、ずっと遠く、おそらくは遥か遠くのものとなった首長の顔を思い返しているのだろうか。 少女の顔はひどく綺麗で、悲しそうだった。 よほど、その男のことを愛したに違いない。 他人事であるはずのジョゼフの胸にも、何かしらジンとくるものがあった。 そして、次に出てきた言葉は、 「……そのままうっかり眠りこんでしまって、そのうち室が閉じられて、息がつまって私は死にました」 こういったものであった。 悲惨な話だが、恥ずかしそうに赤面する少女の顔を見ると、今ひとつ重大さというものが感じられない。 ジョゼフとしても、反応に困るものだった。 さすがに笑う気にはならないのだが、大変だったなと肩を叩くのも、何か違うように思う。 「私の魂は人形に宿り、新しいご主人様をお待ち申し上げておりました」 少女はそう締めくくって、 「よろしくお願いいたします」 両手を床について、嬉しそうな顔でジョゼフに言った。 こんなことが信じられようか。 とはいえ、信じる信じないに関わらず、少女は目の前にいるのだ。 はっきりと手に触れることのできる彼女は、幻でも妄想の類でもない。 結局、ジョゼフは少女を受け入れることにした。 自分の召喚によって、はるばる遠くからやってきたのだから、今さらいらんと言うわけにもいかぬ。 それに、 (一度コントラクト・サーヴァントを交わしたメイジと使い魔は、死によってしか離れられぬ、というしな) 能力的には平民の少女そのものだが、考えようによっては、そのへんの犬や猫よりも高等と言えよう。 しかし、対面的なことを考えると、恥ずかしくもあるし、ややこしいことでもあるので、使い魔ということは伏せておくことに決めた。 少女にシェフィールドという名前を与え、一応自分が専属として雇ったメイドということにしたのである。 さすがに奴隷と公言してもらっては困る。 いくら無能王子と呼ばれる自分でも、その悪名に加えて、鬼畜王子などとは呼ばれたくない。 シェフィールドは、もとが素焼きの土人形でもあるにも関わらず、何事にも早く順応した。 王宮内での作法はもとより、十日もしないうちに、簡単な文字の読み書きもできるようになったのである。 (もしかすれば、俺なんかよりも、ずっと頭がいいな) 根が素直なので、知識の吸収や消化も早いのだろう。 また、のんびり屋だが決して愚かではない。 甲斐甲斐しくなんでもこなしてくれるので、ジョゼフのほうも、 (可愛いやつ……) と思わざるえない。 本人たちは、お互いに納得し、仲良くやっていたわけだが。 巷に、シェフィールドの噂が流れており、当然王宮内ではとっくに知れ渡っていた。 使用人たち、ことにメイドたちはその手の噂を絶やさなかった。 ある日突然に、どこの国の人間とも知れない相手が<同僚>となったのだから、無理もない。 シェフィールドはジョゼフの直属なので、メイド長をトップとするメイドとしても異端であった。 さらに、ジョゼフの部屋のすぐそばに個室を与えられ、メイドとしては破格の待遇だった。 「なんなの、あの田舎者。うまく取り入って」 「私たちがさんざんこき使われてるに、ジョゼフ様のお世話だけしてればいいなんて、楽なもんよね」 「あんなとぼけた顔して、どーやってたらしこんだんだか」 と、まあこういった陰口がメイドの間で、ひそひそと飛び交っていた。 ある意味でプラスに働いたことは、ジョゼフが平民たちからも蔑まれる<無能王子>であったことだ。 これが天才の誉れも高く、人気者のシャルルではあれば、どんな嫌がらせをされたか、わかったものではない。 いくら王族に生まれても、日陰者でもあることが確定している<無能王子のお気に入り>という地位など、女たちにとっては魅力のあるものではなかったのだ。 そうして、すっかりシェフィールドとの暮らしにもなじんだ頃……。 (いっそ、ここを離れてどこか、田舎のほうにでも引っこんでしまうか……) ジョゼフは、半ば本気でそう考え始めていた。 実は今までも、そういったことを考えたことはあった。 あるにはあったのだけど、それはすぐさま自分自身で否定していたのである。 (このまま引っこんでたまるものか) どこで、そんな意地があったためである。 はっきり言って、このヴェルサルテイルにジョゼフの居場所などない。 いや、ここばかりではなく、貴族社会そのものに、ジョゼフがいるべき場所はないのである。 それはむしろ、わかりきっていたことだった。 メイジたちの、貴族の社会に、魔法の使えない者が座れる席はない。 まったく当たり前の話だった。 それを今まで頑なに拒んできたのは、やはり王族に生まれた者としての誇りがあったせいかもしれない。 (いつか、俺を馬鹿にしてきた奴らを見返してやる!) そういう気概もあった。 今は駄目でも、いつかという期待のせいでもあったのかもしれぬ。 あるいは、明日への希望という幻想にすがって、自分を保ってきたのだろうか。 だが、それも今では風に吹きつけられた砂の城のように崩れつつある。 寂しいことは寂しいが、ほっと安心することもできた。 (もう、このへんでいいだろう) まだ十八歳の若者にふさわしからぬ、さめた思いがあった。 ジョゼフは、己が真っ当な人間であるとは思ってはいなかった。 長年人から蔑まれてきたためか、歪みねじれた心の持ち主なのである。 それに関しては自覚もあったし、あまりにも日常的なことなので、いい加減で嫌でも慣れてくる。 だが、それでもなおちっぽけな自尊心というやつは消えることなかった。 悪いこともあったが、そればかりでもない。 安い自尊心は、苦痛をもたらすが、気力というやつを与えてくれた。 魔法が使えないという欠損を埋めるように、知識を深め、肉体を鍛える。 そのおかげか、体は頑丈になり、肉体は健康そのものだ。 もしも普通に魔法が使えれば、こうまではならなかっただろう。 また、例え自分にトライアングルクラスほどの才能があったとしても、あまり問題は解決しないだろうと思えた。 こう考え出したのは、最近のこと、シェフィールドを召喚してからだ。 それまでは、せめてドットでもいい、魔法が使いたいと願い続けていた。 もしそれがかなえられるなら、すぐさま死んでもいいと思ったことさえある。 しかし、死ぬの生きるのは別として、たとえトライアングルだろうがドットだろうが、シャルルという最高の存在がいる限り、おそらくは何も変わらない。 いや、なまじトライアングルなどであれば、今頃はシャルルを暗殺していたかもしれない。 トライアングルクラスのメイジとて、スクウェアに及ばなくても、貴重な存在に間違いはない。 そこまで到達するにはよほどの才能と、それプラス努力が必要なのである。 魔法というのは基本天性のものだが、いくら才能があろうと、努力をしない者に花は開かない。 けれど、トライアングルの秀才も、スクウェアどころか稀に見る天才の前に立てば、それはただの凡才に成り下がる。 それは間違いない。 そんな比較は愚かだと言えるのは賢者のみのことで、ジョゼフを含め世間一般の俗人というのは、比較の中でしか物事をはかれないのだ。 (もしもだ……) もしも自分がトライアングルになれるとして、さらに大甘に見積もって十代半ばでトライアングルになれるとして、そこまでいくため、どれほどのものを犠牲にせねばならないか。 血を吐き、茨の道をひたすら歩み続けて、それでようやく宝物を手にした、そのすぐ横で自分よりもずっと立派な宝物を手にした弟が人々の賞賛を浴びている。 自分はといえば、所詮凡人として引き立て役になっているだけ。 想像することさえ辛いものだった。 <無能>に生まれついたことが幸運とは思えない。 さりとて、普通の才能を持って生まれたとしても、似たようなものではないか。 そこから脱するには、シャルル以上の魔法の才能を持って生まれるしかなかった。 (馬鹿らしい) そこまで考えて、ジョゼフは失笑した。 生まれたことがもはや結果なのである。 それを、ああだこうだと思い煩ってみたところで、それが全体何になるというのか。 大いなる無駄というものである。 「どうか、されました?」 ふと、横のシェフィールドが振り向いた。 「いや」 ジョゼフは首を振った。 シェフィールドと話す時は、あんな薄暗い感情など引きずっていたくはなかった。 気持ちを切り替えようと、ジョゼフはシェフィールドに笑いかけた。 「なあ、シェフィ、お前はこれからどうしたい?」 「ええとですねえ……。洗濯物をとりこんで、それから……」 「違う、って。そうじゃないんだ」 つらつらと家事の予定をのべようとするシェフィールドを、ジョゼフはあわてて止める。 「だからな、将来の夢とか」 「そーですね。うーーん……」 シェフィールドは、しばらく視線を宙に泳がせた後、ぽわっとした笑顔を見せて、 「ご主人様と同じお墓に入りたいです♪」 と、言った。 ジョゼフはしばらく二の句が告げなくなった。 とんでもないことを、さらりと言ってくれる。 (これじゃあ、まるで……。プロポーズじゃないか) もともと、死者の供養のための人形である彼女にすれば、それは当然の発想なのかもしれぬ。 だが、言われたジョゼフは、一時的ながら肉体的にも精神的にも、麻痺しそうになった。 しばらくたって、それが溶け始めた頃、 (王族なんぞ、やめちまおうか……) そんな思いが浮かび上がってきた。 王族であること、まず王冠を受け継ぐなどありえないだろうが、一応は次なる王位継承候補者であること。 少なくとも、今までジョゼフが支えとしてしがみついてきたものではあるが……。 それらに固執していることが、どうしようもなく馬鹿らしく、恥ずかしく思えてきた。 仮に、王になったところで、 (無能王子が、無能王になるだけのことだ) そう考えると、あまりのくだらなさに泣きたくなる。 ついでに吐き気まで催しそうだった。 シェフィールドの横顔を見ていると、今までの自分がどれだけの阿呆か痛感させられる。 (花か) ジョゼフは唐突に思いついた。 そういえば、シェフィールドは花が好きだ。 ヴェルサルテイルの花壇も見事だが、野に一面に咲く花畑というのは、まだ見せたことがない。 近いうちに、彼女に広い花畑を見せてやりたい。 ジョゼフはそう思った。 そればかりではなく、いっそ……。 (いっそ、本当にこの城を出るか) 弟のシャルルがいれば、国も宮中もうまくことは運ぶであろうし、心配することなどあるまい。 リュティスを離れ、もう少し静かで環境の良い場所にいくのもいいではないか。 ジョゼフはそんなことを算段しながら、シェフィールドの頭を撫でた。 シェフィールドは子犬のようにそれに身をまかせ、微笑んだ。 前ページ次ページ愛しのシェフィ