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概要 ロードローラーとラバーズに注目した、かなり小さめの問題です。 中級レベルの内容かと思われます。 ※ ダウンロードファイルは最下部に添付されています。 製作者コメント こんにちわ、作者の「友引さつか」です。 13作品目になります。今回はロードローラーの罠(DIOの罠)について ちょっとしたアイデアを思いついたので、作ってみました。 難易度は★2.5ぐらいでしょうか。 なお過去作品は下記のようになっています。良かったらのぞいて見て下さい。 愛しのロードローラー (難易度 ★★★☆☆) 植物による突破 (難易度 ★★☆☆☆) 猫にありがとう (難易度 ★★☆☆☆) 削って、撃って、逃避行 (難易度 ★★☆☆☆) 乳母車でいこう (難易度 ★☆☆☆☆) 花京院さま、ご乱心! (難易度 ★★★★★) 4度の有意義な爆発 (難易度 ★★★★☆) 水面を跳ねる (難易度 ★★★☆☆) 華麗なる石造りのワナ (難易度 ★★★★☆) 鏡の中でキスして… (難易度 ★★★★★) 氷の十字迷宮 (難易度 ★★★★★) 岩場での逃走劇 (難易度 ★★★★★) C-MOONは恐くない (難易度 ★★★☆☆) ヒント ↓下記反転↓ ・シアーハートの体力は5。残り1になると爆発します。 ・ロードローラーの罠は、周囲の敵をまきこんで一撃で倒します。 ・2つめのラバーズは、ギアッチョの移動力対策に用います。 答え合わせ ↓下記反転↓ 『正解』――アイテムを回収し、水を飲む。ロードローラーの罠を踏み体力を1にする。その後ラバーズをシアーハートへ射撃し、自分の体力が5点に回復するまで足踏みをする。5点になったらシアーが左側に居るタイミングでロードローラーの罠を踏む。するとシアーが右へ移動してから爆発。壁が壊れてギアッチョが動き出す。二つの岩の下側を殴って壊し、残った岩の右側(右下でも可)でラバーズの能力を発動設置。体力を2点以上に回復してから、岩の下側のタイルへ進むとギアッチョがおりてくる。急いで右側へ逃げると、ギアッチョはラバーズの罠を踏み一度だけ2回行動がキャンセルされる。これによりロードローラーの罠までギリギリで逃げ切ることができ、ギアッチョを倒すことが出来る。あとは階段を目指せばみごとクリアとなる。 ロードローラーの「体力を1にする」という特性を利用したくて、生まれた問題でした。 楽しんでもらえたなら幸いです。お疲れ様でした。 評価 選択肢 投票 ☆☆☆☆☆ (1) ☆☆☆☆ (0) ☆☆☆ (0) ☆☆ (0) ☆ (0) タグ パズル系 離脱系 感想 名前 コメント おぉ、さっそくコメントが! 待っていて下さったとは、本当にありがとうございます! なんとかあと1つか2つくらいは新作が作れるように、がんばってみますね。 -- 友引さつか@作者 (2009-03-15 21 22 40) 新作待ってました -- 名無しさん (2009-03-15 17 59 11)
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で。 満杯に入れられた紅茶が、すっかり冷めてしまう位の時間が流れて、現在。 梓「……あの、なんですか、これ」 さわ子「ネコミミだけど?」 しれっと答える山中先生。 2杯目はストレートにしたらしい。カップの中の紅茶を優雅にくゆらせていた。 ひくつく口元が、最初に抱いた印象が崩れていくのを伝えていた。 脳内ではデマゴークの危険性についての論議が白熱している。 私の視線は、机の上へ落ちていた。 黒カチューシャの上に、ファサファサした毛並みの三角がついているソレ。 ネコミミ。いやでも何故にネコミミ。 これはお茶会もたけなわの内から、山中先生が嬉々として取り出してきたものである。 かろうじて動く口先で、私は先生を見る。 梓「いえ、それは、わかるんですが。これを、どうすれば……」 さわ子「…………ふっふっふっ」 梓「ひぇっ!」 妙な笑い声と共に先生は私の背後へと回り、肩をつかんだ。 柑橘系のコロンの香りが鼻先をくすぐるが、 ぞわわわわっ、と大量の毛虫が割拠して背筋をせり上がって来るような悪寒が走る。 だらしなく椅子に座っていた律先輩が、その様子を見ながらひらひらと手を振った。 律「あぁ、だいじょぶだよ。軽音部の、儀式みたいなモンだから」 梓「何の儀式ですかぁ!?」 声量を上げて叫び、掴まれた手を振りほどく。身を両腕で庇うようにして、先生を睨む。 しかし目の前の悪代官は、下世話な笑みを浮かべながらネコミミを手ににじり寄ってきていた。 効果なしッ!? まさか、良いではないか、とか言い出さないよねこの人!? さわ子「――もう。恥ずかしがり屋さんねぇ」 梓「当たり前です! 先輩方だって恥ずかしいですよね!?」 ――振り向くと、和気藹々とネコミミを着けて話し合う姿が。 え。えぇー? あれ? 私がおかしいの? さわ子「んっふっふっふっ、良いではないか良いではないかー」 梓「この人言ったぁ!?」 ぎょっとしていたら、唯先輩が近くに寄ってきていた。 唯「はい。次、梓ちゃんの番」 そう言って、ネコミミを差しだしてくる。 受け取り、手にとって、思案顔。 これはなんだ。いやネコミミだけど。それはわかってるけど。 どうするの。着ける。本当に? 恥ずかしい。でも。どうしよう。見られてるし。 細切れの思考は、プライドと実行の間をゆらゆら反復していた。 頭がこんがらがりそうになって、ううっと呻きながら、なんとか頭に載せてみる。 唯「わぁ――――!」 酷く恥ずかしい。 律「おぉ――――!」 歓声が上がっている。 現実から逃避したくて俯くと、その姿も肴にされる。なんという悪循環……。 板張りの床を眺めながら嘆息を漏らすと、視界の端にローファーと黒タイツが見えた。 顔を上げると、私にネコミミを渡した唯先輩がいる。 沈み込んで行く気分を掬い上げるように、先輩は優しい声色で話しかけてきた。 唯「すごく似合ってるよ、梓ちゃん」 さわ子「私の目に狂いは無かったわ」 椅子に腰掛けながら長老みたいにうむうむ頷いている人は放って置く方向性で。 梓「……ううっ」 先輩の励ましは心に響いたけれど、やっぱり気恥ずかしくて、 頭上に居座る違和感にとにかく落ち着かなかった。 姿見があったら椅子で叩き割っていたかも知れない。 先輩たちは一様に顔を見合わせながら、示し合わせたように一笑した。 そこには私がまだ立ち入れない絆の存在が確かにあって、私に孤独を教えてくれる。 律先輩はくしゃりと、ムギ先輩と澪先輩はふわりと上品に笑い、 唯先輩は幼子のような無垢な笑顔で笑っていた。 そして、せーの、の掛け声もなく、 律・澪・紬・唯「「「「軽音部へようこそ!!」」」」 梓「ここで!?」 割と訳がわからなかった。 けれど彼女たちが精一杯歓迎してくれているということは伝わってきて。 張っていた肩が落ちて、気持ちが幾分かほぐれてしまった。苦笑が漏れる。 唯「うぅーん、梓ちゃん、かわいー」 そして、唯先輩が抱きついてくる。 律「ニャーって言ってみて! ニャー! って!」 律先輩がそんなことを言った。 梓「……に、にゃぁーっ」 唯先輩に抱きつかれながら、素直に要望に答えて(上目遣い+猫の手までして)しまったのは、 歓迎の言葉のお礼だったのかもしれない。 ……サービスしすぎた、と思わないでもないけどね。 ああ――だとか、感嘆の言葉を漏らす先輩方だった。 その中にあって、黙ってぶるぶる震えていた唯先輩は、その震えが最高潮に達すると同時に腕の力を強めた。 梓「ふにゃ……っ!?」 唯「あだ名は、『あずにゃん』で決定だね!」 ……なんなんですか、それ……。 私の髪がくしゃくしゃになるのも構わず、頭を撫で回しながら先輩は言った。 先輩の接し方はとてもフィジカルで、揺れる頭と視界。 ヒューヒューと律先輩が遠巻きに囃し立てる。 澪先輩が嗜めているけれど、効果は薄そうだった。 強い光が一度、二度と瞬いたのが見えて、驚いてそちらを見れば、 ムギ先輩がカメラのシャッターを高速で切っていた。…………えぇ!? 梓「っー!」 これ以上絡まれるのは流石に堪えると、私は猫耳を外して距離を取った。 唯「これを使えば、とっても可愛い後輩が、梓ちゃんが、もっと可愛くなるねぇ」 先輩は笑いながらそういって、お菓子のくずが散らばったテーブルの隅へ、 角ばっていて、無機質な――先輩にはちっとも似合わない――真っ白いシールを貼ると、 胸元からピンク色のペンとり足して不細工なたぬきのイラストを書いた。 『あずにゃん』。 ……訂正。 たぬきじゃなくて猫のつもりらしい。 書き終わったそれを満足げに眺めてから、唯先輩はまたこちらへ寄って来た。 唯「ね、ね、ね。あずにゃんのこと、もっと教えてよ!」 梓「……中野梓、1年2組。東中出身で、ギターを少々。誕生日は11月11です」 唯「うお、すご。ゾロ目なんだね。11、11ね。んんー……」 梓「どうかしました?」 データだけを簡潔にまとめて言うと、先輩は最後の数字に食いついてきた。 誕生日ではなく、その数字について言われたのは初めての経験だ。 先輩は腕を組んで軽くうねると、素朴な感想を告げてきた。 唯「11ってフシギな数字だよね。いっぱい友達はいそうなのに、ひとりぼっちな感じもする」 あー、と言葉を濁して、私はその数だけが持っている特別な意味を口にする。 自分に関係するということもあってか、よく覚えていた横文字の言葉。 梓「すべての桁が1である数をレピュニット数って言うんです。1,11,111……」 滑り出しが堅苦しすぎる私の話に辟易する様子もなく、先輩は目を輝かせた。 自分の記憶に関して、先輩はどこかで負い目を感じているのも確かだろう。 なるべく私にそういった心苦しさを感じさせないよう、努力しているのかもしれない。 梓「ちなみに、レピュニット数を用いた計算で面白いものがあるんです。 111111111×111111111はですね――――」 唯「12345678987654321……あ、すごい! 綺麗な形だねぇ!」 梓「……なんだ、唯先輩、知ってたんですか?」 唯「ううん、暗算しただけだよ?」 律・澪・紬・さわ子・梓「「「「「すげぇ!!!??」」」」」 ――かくして、その『あずにゃん』シールは、 左胸のシールのすぐ横に張られることになったのだった。 忘れちゃダメだから、と、こちらが引いてしまう程の真剣味で、 猫もどきのイラストが書かれたシールをワッペンのように胸元へ貼ろうとする 唯先輩を全力で止めたのは、その余談だ。 5
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注意:前半百合 後半ギャグです。 「ヱリカ。 …………そこに跪きなさい」 我が主の妖艶なお声が聞こえてきます。 私は言われた通り真っ赤な絨毯が敷いてあるそこに両膝をつけていきました。 胸元ではまるでマリアに祈りを捧げるかの様に両手を組みます。 キリシタンではないですが、今この場ではそうするのが礼儀だと思えたからです。 ここは魔女の継承を行うべく作られた空間。 様々な装飾が成されたそこはどことなく礼拝堂を思わせました。 神の信託を受けるという意味でなら、それは私にとっては間違いなくその通りだと思います。 いつもならば我が主の『跪け』という御言葉はお叱りの合図。 私はこの言葉を囁かれたただけできっと、背筋も凍る程の恐怖を味わっていた事でしょう……。 けれども今日は違います。 今回は違うのですよ、皆様方。 私は遂に神となるのです。 あの忌々しい戦人とベアトに勝利し、我が主に認められる日が訪れたのです……。 「古戸ヱリカ。 ……いや、もうこんな軽々しく呼んではいけないわね。 真実の魔女、ヱリカ」 「はい、我が主!」 「貴女にこの『真実』の称号を授けるわ。 私やラムダの奇跡、絶対にも勝るとも劣らない魔女の称号をね。 ……おめでとう」 「ああ……あ、ありがとうございます、我が主! このヱリカ、身に余る光栄でございます!」 我が主のありがたい御言葉に、私は胸の中に溢れんばかりの幸せを堪能していきます……。 ずっと願ってやまなかった主のその御言葉。 それを今私は幻想や夢ではなく、間違いなく現実のものとして受け止めているのですから……。 思えばそれは苦節に満ちた日々でした。 ゲーム開始毎に必ず海へと投げ出される私は、主の御力で必ず生き残れるとはいえ、嵐の海を長時間漂う事になるのは変わりません。 口の中を塩辛い海水が埋め、それがやがて肺にまで達し――それでも死ねずにもがき苦しむ。 そして漸くあの六軒島へと辿り着くのです。 それはまさしく、死んだ方がマシな程の地獄の航海です。 けれどもそんな日々ももうお終いです。 何故なら私はこうしてあの二人のゲームに勝利し、我が主から最大の褒美と賛辞を頂けたのですから……。 「ほんとに良くやったわ、ヱリカ。 ふふ、可愛い子……」 満足そうな微笑を浮かべながら、我が主は跪いている私の頭をナデナデと撫でてくれます。 (普段は手を触れてくれる事すら無いというのに、こんなにも勝利という結果はヒトを高みへと誘ってくれるものなのでしょうか) 私は主に見えない事を良い事に、顔を真っ赤にしながらその髪を擽られる心地良さを存分に堪能していくのです。 「ああ……でも、これだけではちょっと足らない気がするわね。 魔女の称号以外にも何か褒美をあげられれば良いのだけど……」 「……………!?」 思わず身体がピクリと反応します。 声には出しませんでしたが、我が主のその御言葉に私は内心ドキリとしたのです。 確かにこうして真実の魔女の称号を頂ける事は、私としてもとても誉れ高い事です。 不満等あろう筈がありません。 けれどもそれ以上にもっと欲しいものがあると語ってしまったのなら、それは贅沢が過ぎる大罪なのでしょうか……。 「そうね……何が良いかしら。 この六軒島の永久支配? ああ、この子の場合は世の中の未解決事件への介入権利なんかも良さそう……」 我が主は塾考なされている様です。 私等の褒美の為にここまで頭を悩ませて頂けるなんて、従者として何という誉れでしょう。 けれども我が主が口になされるそれ等は確かに探偵の私には魅力的なものばかりでしたが、私が本当に欲しいものとはまるで毛並みが違うものだったのです。 それもその筈です。 何故なら私が望んでいる褒美というのは、女性同士では抱いてはいけない欲求だったのですから……。 「……まあ、聞いた方が早そうね。 ヱリカ、何でも良いわよ。 貴女が欲しいものを言ってみなさい……?」 我が主は一通り思案を終えると、私に声を掛けて下さいました。 その御顔にはまるで愛する娘を見る様な慈愛が感じられます。 ああ、ここまで清くお美しい我が主に、私は何てはしたない欲求を持ってしまったのでしょうか……。 「そ、その……ええと……」 「…………どうしたの? 遠慮なんてしなくて良いわ。 ほら、言ってみなさい……?」 本当はありませんと即答したかったのです。 けれども我が主の誘惑なる追求を受け、私は深い思考の迷宮に囚われてしまったのです。 ご褒美を何にするかに悩んでいるのではありません。 それを言うべきか言わざるべきかに悩んでしまうのだから、これ程もどかしい事はありません。 例えばもしそれを口に出してしまったなら、我が主は一体どのようなお顔をなされるのでしょうか? 今、我が主はとても穏やかな顔をなさってくれています。 私がゲームに勝利したせいかとてもご機嫌で、まるで天使のような笑顔を向けてくださっています。 けれどももし、私がこの望みを口に出してしまったのなら……。 これが一転、悪魔のような不機嫌な顔に豹変してしまう可能性も拭いきれないのです。 それほど私のその望みは薄汚く、自分勝手な醜い欲の塊なのですから……。 ですから私は少し――ほんの少しだけその淡い望みに想いを馳せると、我が主のありがたい質問にこうつぶやいていくのでした。 「……他の褒美などいりません、我が主。私、古戸ヱリカは主のお側にいられるだけで幸せです。お心遣いありがとうございます……」 「………………」 顔を見られずに助かりました。 今の私はきっと未練がましい顔をしているでしょうから……。 (でもこれでいい。これでいいんです。元より叶わぬ恋なのですから) それに今の言葉も決して嘘ではありません。 私は本当に心の底から我が主のお側にいられるだけで幸せなのです。 (たしかに未練が無いと言えば嘘になりますが……これは嘘ではなく我慢です) 真実の魔女として嘘のつけない私はそう自分の心に折り合いを付けていくと、今後も我が主に永遠の忠誠を誓うことを心に決めていきました。 この古戸ヱリカにとって、それこそが最大の褒美といえるでしょう……。 「…………ヱリカ。 顔を上げなさい」 「……はい」 私の中で永遠となった主にそう命じられると、私は伏せていた顔をスッと上げていきました。 背の小さな我が主は、ちょうどひざまずいた私と顔が同じ位置に来ます。 すると目の前からグググっとそれが迫ってきて……。 「…………んっ!?」 ……チュプッ。 それは擬音ではなく、本当にそう耳に聞こえてきました。 突然、私のクチビルに小さな膨らみが押し付けられていたのです。 まるでこの世の物とは思えない柔らかい感触に、クチビルがとろけそうになります。 (え…………?) 初めは何が起こったのかわかりませんでした。 私のその時の瞳は、まさに魔法を目撃したかのように大きく見開かれていたことでしょう。 けれども目の前にある我が主の端正な御顔、そして綺麗な青髪から漂ってくる甘くも淫らな香りに――すぐそれを理解します。 私は口づけをされていたのです。 憧れでもあり愛おしい存在であった我が主に、このクチビルを奪われていたのです……。 「んんっ!? わ、わがあるじぃ、ん、んんっ!」 私はおもわず我が主の身体を突き放そうとしていました。 もちろん、それは拒絶からではありません。 あまりに身に余る行為。 頭の中で処理できない突然の出来事。 そして何よりも私などの下俗なクチビルで、我が主の純真な唇を汚してしまうことが躊躇われたからです。 けれども次の瞬間、抵抗しようとしたその腕がガシっと掴まれます。 「ダメ。 動かないで……動くな」 「ふ、ふぅぅぅ……」 絡み合ったクチビルごしにされる命令。 ……私はすぐに動けなくなりました。 いえ、それは命令だからだけではありません。 私自身が望んでいたことだからこそ、身体がそれを受け入れ始めた証でした。 私はまだ自分の身体がかすかに震えているのを感じてましたが、そこからは抵抗など止めクチビルを我が主の為すがままにさせていきました。 「ん、んん……ぁぁ我が主……」 「……そう、そうしてジっとしてるの。 そうすれば天国に連れて行ってあげるわ……クスクス」 私の抵抗が止むのを確認すると、我が主はそこで初めて『始める』つもりのようでした。 両膝を付いたまま腕をダランと垂らしている私。 その背中にシュルリと手を回してくると、けっして逃がさないよう鎖を巻くように両腕で抱きしめてくるのです。 けれどもそんなことをせずとも私は逃げられるわけがありません。 すでに私はクチビルに一つ、絶対に抜けられない真っ赤な楔を突き刺されているのですから……。 「舌……出しなさい。 ほら……」 「ん……ふぁ、ふぁい……」 クチビルを捕らえたままの我が主の命令――それに私は呆けた頭で返事をするのが精一杯でした。 ただでさえこの押し付けられた柔らかい膨らみだけで頭がおかしくなりそうだというのに、このうえ舌など差し出してしまったら一体どうなってしまうのでしょうか……。 私は危険な誘惑に身を委ねてしまいたい衝動にあっさりと負けていくと、言われたとおり自らの舌を前に差し出していきます。 「こ、こうれふ、か……」 「……そう。 もっと、もっと出して。 ほら、もう少し頑張りなさい……?」 「あ、あい……」 実際にしてみるとわかります。 思いのほかキスをされた状態で舌を伸ばすという行為は難しかったのです。 けれども我が主に導かれるようにそれをヌラリと伸ばしていくと、突然チュポリと舌先が咥え込まれました。 「ひゃぁっ!? そ、そんな……わがあるじぃ……」 つい悲鳴をあげてしまいました。 だってそれは、文字通り飲み込まれたのですから。 我が主は私の舌をクチビルで咥え込むと、まるで吸うかのようにちゅうちゅう音をたてながらそれを食べ始めたのです。 チュポチュポ……チュウゥゥゥッッッ。 「ひあっ!?……ら、らめ、こんなの、らめれす……ぁぁぁ」 「……ふふ。 この私が、普通のキスで満足すると思う……?」 ……いかにも退屈を愛さない我が主らしい御言葉だなと思いました。 その間も私の舌は本当に食べられてしまうんではないというほどに激しく吸われ、弄ばれていきます。 お互いの口の中からは分泌された唾液がピチャピチャと音を立て始め、このキスのいやらしさを更に助長していきました。 そしてこの時にはもう、私の頭の中は自分が魔女になったという事実すらどうでもよくなり、ただこの淫らなご褒美をもらうだけの快楽主義者に成り果てていたのです……。 ピチャピチャ……クチュクチャ……。 「ふあ……あぁ……あぁぁぁ」 「…………きもちいい? とっても素敵な顔をしてるわよ、ヱリカ。 とっても淫らでいやらしくてスケベな顔、クスクス」 「も、もうひわけありま、ふぇん……んうぅぅぅぅ」 自分ではわかりませんが、我が主の言うとおり。 今の私はきっと女としてはひどくふしだらな顔になっていることでしょう。 ただキスをされているだけ。 ただ我が主にディープキスをされているというだけで、私はこの程度に顔をとろけさせることが可能なのです。 ああ、如何でしょうか皆様方……。 我が主も大変ご満悦のようです。 私のような女性の主に欲情する牝に望みどおり褒美をやる優越感に、瞳からサディスティックな光が宿っているように思えました。 ああ、これではどちらが褒美をもらえているのやら……。 …………チュパッ。 「え…………?」 永遠に続いて欲しいとさえ感じていた舌先愛撫が、突然、止みます。 すると私のクチビルがチュパッと開放されていきました。 あまりにお互いの唾液を交換しすぎたせいか、離れる際、私と我が主のクチビル間に透明な液体がツツツッと架け橋のようにかかったのがまた名残惜しさを感じさせます。 「ああ……そんな、我が主……ど、どうして……?」 心情だけでなく、私はおもわず我が主を非難するような瞳で訴えかけてしまいます。 このままでは蛇の生殺しです。 たしかに激しい舌絡愛撫を頂きましたが、それだけでいままでガマンしていた私の身体が満足するはずもなかったのです。 それどころか身体中の至る所はすでに火照りきり、胸元は淫らな自己主張を始めています。 そしてドレススカートの中はすでに熱さを伴っていて、我が主の指先を求めてさえいるのです……。 「わ、わがあるじ……ああ、は、はやくくださいぃぃ……」 「……そんな物欲しそうな顔しないの。 ここじゃ最後までできないでしょう? 私の寝室に行きましょう。 そこでたっぷりシテあげるわ……」 「ああ……はいぃぃ」 このまま放置されてしまうのではないかという不安が頭を過ぎった時、我が主は最高の御言葉をくださいました。 最後、という単語が私の身体を一層ゾクゾクさせていきます。 私は差し出された手を取っていくと、そのまま為すがままに我が主の後を付いて行きました。 ……どこをどう歩いたかなど憶えてないです。 今の私はもう、我が主にいやらしく愛してもらうことしか頭になかったのですから……。 「……ほら、ここよ。 入りなさい」 そうして私は我が主の寝室へと案内されていきました。 それは無数にあるカケラの狭間にある世界。 ラムダデルタ卿との密会に使われている部屋のようで、中に入るだけで何か香水のような妖しい香りが漂っているのがわかりました。 部屋の照明は基本薄暗く、ランプの灯りだけで彩られた部屋はまるで『そういった目的』のために用意された部屋のように思われました。 「ここが我が主の御部屋なんですね……ひゃっ!?」 初めてお目通りを許されたお部屋に感動していると、私はいきなりベッドに押し倒されました。 極上の羽毛が使われているそれは私の身体を深く沈みこませていきます。 軽く悲鳴をあげながら目を開けていくと、そこには私の身体にのしかかる我が主のお顔がありました。 「あ……い、いやです。 シャワーを浴びさせてください……」 「ダメよ。 石鹸くさい身体を抱いてもつまらないでしょう? ヱリカのにおいも私がもらうの……」 ……やはり我が主はイジワルです。 そう思った矢先、私の首筋に舌が這わせられます。 「ああ……あんッ!」 それだけでビクンビクンと身体が反応してしまいます。 自分がここまで感じやすい身体をしていたなんて、自分でも驚くほどでした。 そのままツーッと舌が首筋を撫でていくと、下半身にいきなり指が這わせられました。 「……もう濡れてるのね。 とんだメスブタだわ、クスクスクス」 ドレススカートの中に我が主の指が入り込んでいました。 それが下着の上から秘裂に這わせられていたのです。 それどころか指先がその上を這い回るたび、クチュクチュ…と音が鳴り響いてさえいました。 「……なぁに、このいやらしい音は。 ヱリカ、あなたは魔女になったばかりだというのにこんなに身体を発情させていたの?」 「も、もうしわけありません、我が主……でも」 「でもではないわ。 これは真実の魔女ではなく、淫乱の魔女にでも改名したほうがいいかしら? クスクスクス」 ……我が主がお望みなら、それも悪くないとさえ思えました。 そしてそう小悪魔な笑みを浮かべると、我が主は更に私の秘裂を愛撫していくのです。 指先一つでここまで心と身体を弄ばれるなんて、私はもう我が主無しでは生きていけなくなってしまっているようです……。 「はぁ、はぁ……あ、あ、あ!」 「いい声で鳴くのね。 そんなにきもちいいの? 私の指が……」 「は、はいきもちいいです。 下着の上から弄られるだけで、エ、ヱリカはもう……」 「そう。 じゃあ直接触ってあげる。 どうせこんなビチャビチャにしてるんじゃ下着の意味がないしね……」 我が主はとても女性とは思えない目つきで発情した私を見ていきます。 それはまるで私をヒトでは魔女でもなく、性の玩具か何かにでもしているようなものに感じられました。 スカートの中で我が主の手が器用に動いていくと、私の役に立たなくなった下着がシュルリと脱がされていきます。 そしてそのいやらしく濡れそぼった入り口にいきなり指が……中指がズブリ!と突き入れられてきたのです。 「ひぃあッ!? そ、そんないきな、り……!」 「……優しくされると思った? もうこんな濡らしてる時点であんたはヒトではないの。 私に遊ばれる家具になってるのよ、クスクス……」 我が主の突き立てられた指がそのままジュポリジュポリとピストンされていきます。 まるで男性器を入れられているような快感が私の身体を駆け巡ります。 私は我が主の言葉にショックは受けませんでした。 なぜなら私は、その御言葉こそ私がずっとずっと望んでいたことだった気がしたからです。 恋人なんておこがましい。 メス家具でもいいのです。 主に飼っていただくことこそが、この古戸ヱリカの真の望みだと思えたのです。 ジュプジュプジュプ……。 「あん、あ、あ、あ! あ、そ、そんなに動かしたら、もうダメ、ダメで、す……」 「……イキそう? あんたのここ、指一本でキツキツなのね。 これから毎日毎晩犯してすぐガバガバにしてあげるわ、クスクス……」 「は、はい、してください我が主ぃ……ん、んんぅぅぅ!!!」 してもらいたい。 この身体も心も子宮も膣も、全てを我が主のモノにしてもらいたい……。 私はおもわず甘えたい衝動に駆られキスをねだると、望みどおり我が主のクチビルが重ねられました。 今度は私から舌先を伸ばすと、それがまたちゅうちゅうと吸われていき……。 「んん、ん……す、好きです我が主。 愛しています……」 「……あんたの口から愛だなんて言葉が出てくるなんてね。 ただの肉欲でしょう、こんなの」 「はい、はい、ただの肉です……。 ヱリカはただの肉奴隷ですそれでもいいんですぅぅぅ……」 ……ついに自分から奴隷宣言をしてしまいました。 愛でなくてもいいんです。 むしろそのほうが私は安心できるのです。 我が主の指先は膣内で更に蠢いていき、中でクイッと指が内側へと曲げられました。 一番敏感な部分を撫でられた瞬間、私はビクンビクンと身体を震わせて絶頂に達してしまいました……。 「……んぐッ!? ん、んんんんんん……!!!」 私は悲鳴をあげて絶頂に達した……達するつもりでした。 けれどもその瞬間、我が主の手が口を塞ぎそれを制されたのです。 結果身体だけが海老のように仰け反っていき、私はただうめき声をあげながら達する人形にされていきました。 「ふぐッ! ん、ん、ん! んぐぅぅぅぅッ!!!」 「ああ……いいわヱリカ、その表情。 叫びたい? 鳴きたいでしょう? 苦しがるその顔、たまらないわ……」 ……苦しかったです。 そしてもどかしかったです。 息もできないほど強くかぶされた手のひらに私は窒息しそうになりました。 けれどもそれが我が主の望みならと、私は苦悶と快楽の織り交ぜられた表情を見せ付けながら達していくのでした……。 「んんん……く、苦しい。 わがあるじ、そ、それはちょっとアブノーマルすぎますぅぅぅ……」 「…………あんた、聞いてるの?」 ――我が主の声で目が覚めていく。 気づくとそこは魔女の密会ルーム。 あいかわらず薄暗くてシケタ部屋でした。 徐々に意識が覚醒していきます……どうやら私は寝てしまっていたようですね。 ああ、できればもう二度と目覚めたくなかったです……。 するとふと鼻のあたりに生暖かい違和感を感じました。 ……大量の鼻血が私の口元を汚していたのです。 「ひゃ、ひゃいっ! 聞いております、我が主!」 私は慌てて鼻血をドレスの裾でゴシゴシと拭うと、誤魔化すためにうんうんうんと何度も頷き返します。 目の前には我が主が存在していて、私を見下すように立っていたからです。 ああ、あいかわらずなんて端正で美しいお顔立ちでしょう。 やっぱり現実のほうが全然イイですね、ジュルリ……。 「お、お話を中断してしまい申し訳ありません、我が主! お、お気にせず続きをどうぞ!」 「…………あんたまさか、寝てたの。 私の話、ちゃんと聞いてた?」 「も、もちろん聞いておりましたとも。 ヱリカは寝てません! ノースリープ、ヱリカ」 「そう、じゃあ言ってみなさい。 今私がなんて言ってたのか復唱してみなさいよ。 はい、どうぞ」 「ほう…………」 …………まずいです。 今さら寝てました、なんて言えるわけねー雰囲気です。 我が主が何を言っていたかなど、私はまったく記憶にございません。 これはちょっと推理が必要ですね。 まずは捜査の基本から。 私はまず自分の置かれている状況を確認していくことにしました。 さきほど言ったとおり、辺りはいつもの薄暗い魔女の御部屋。 いわゆるゲーム後の『反省部屋』でした。 イスが多数円形上に並べられたこの部屋は魔女達のお茶会にも使われることもあるそうです。 こんな暗~い部屋で毎日お茶なんて飲んでるから、我が主もあんなレイプ目になってしまったというわけですね。 かわいそう……。 部屋には私と我が主の二人だけです。 ……と思ったら、部屋の隅の方に並べられているイスにぼんやりと二つの人影が見えました。 まだ寝起き(照)なので目が慣れてません。 その二人の顔までは暗くてよく見えませんでしたが、とりあえず推理とは関係なさそうなので今は無視するとします。 目の前にはご存知、我が主が腕を組んで仁王立ちしています。 仁王立ちって。 確認せずとももう彼女はお怒りプンプンのようで、顔の眉間にはシワがよりこめかみには血管が浮き出ていました。 ……夢の中とはおおちがいのその表情に、ヱリカはドン引きです……。 なるほど、謎は全て解けました。 私、古戸ヱリカはお説教を受けていたのですね。 我が主のお説教は非常に長ったらしいです。 それで思わず眠ってしまったというところでしょうか。 ならばこそその内容はいつも言われていることが大半であり、言われることも大体想像が付きます。 私の推理に狂いはありません。 「…………どうしたの? あんたやっぱり聞いてなかったんでしょう、この無能探偵」 我が主がそれ見たことかという憎たらしい顔でつぶやいてきました。 人聞きの悪い、ちゃんと今思い出しましたよこのスカポンタン。 ああそうですか、そこまで言われたら私だって引けません。 言い返してやろうじゃないですか。 私はまだ少し寝ぼけまなこな頭を急激に冷やしていくと、我が主が語りそうなクール(偉そう)な雰囲気で言われていたことを想像していきます……。 「コホン……。 ヱリカ、ああ私の愛しいヱリカ、あなたは本当に無能ねダメダメな子ね。 こんなイケナイ子にはいやらしいお仕置きが必要だわ、今すぐお尻を突き出しなさい。 おもいっきり叩いてあげる、みぃみぃにぱー!」 ガツンッッッ!!! 「痛ったいっ!!!」 そこまでを語ると、私のひたいに何か硬いものがブチ当てられました。 ……靴底? ――我が主の黒いヒールが顔に乗せられていたのです。 「一言も一単語も一文字ですら合ってねーよこのゲロカスッ! だいたい誰が真似しろっつったのよこのダボッ馬鹿にしてんのかッ!!!」 「うぐ……ち、ちがいましたでしょうか? もうちわけありません……」 怒り心頭の我が主、どうやら私の推理は間違っていたようです。 にぱーの発音が微妙に狂っていたか……? まあとにかく、顔に乗せられた靴底が非常に痛いです。 基本踏まれるのは好きですが、私はどちらかというと素足で踏まれる方が好きです。 …………おっと? 「おお……これは……」 「…………? な、なによ」 まるで靴置きのように足を乗せられているこの屈辱。 けれども私はその苦境の中に思わぬ幸運を見つけてしまいます。 グッド。 損して得とれとはよく言ったものですね。 なんとそこには黄金卿が広がっていたのです。 ただでさえ短い我が主のスカート。 フリフリが付いた可愛らしいそれが、私の目の前で礼拝堂の扉を開くが如くでした。 過去に何度も何度もめくりたいという衝動に駆られた私に、どうやら黄金の神様はついにご褒美を授けてくれたようです。 「…………ピンクの紐パンツ」 「~~~~~~~~ッ!!!」 思わずそうつぶやいてしまうと、我が主は慌てて足を降ろしスカートを抑え付けます。 ……短い黄金郷でした。 けれどもまさか我が主がピンクとは、さすがDVDのジャケを華麗に飾るだけあります。 ですが私はもうあんな安っぽいアイドルみたいな仕事は二度と受けて欲しくありません。 「あ、あんた……このド変態ッ!!!」 真っ赤な顔をしてこちらをキっと睨み付けてくる我が主。 ああ、なんてウブで可愛らしいんでしょう。 スカートの中を覗き見られただけでこの反応では、間違いなくバージンにちがいないですね。 まさか百年も生きているあなたが処女だなんて、なんという奇跡でしょう。 ああそうか、だからこそあなた様は奇跡の魔女なのですね……。 「我が主、膜、処女膜、ドーナツ状のそれを是非食べさせてください……」 「…………前々から思ってたけど、あんたやっぱり私のこと、そういう目で見てたのね。 きもちわるッ!!!」 「ち、ちがいます、それは誤解です! 今のはついつい魔が差して……ベルンお姉様」 ガツンッッッッ!!! 「はぎゃあっ! も、もうちわけ……」 我が主の靴がふたたび顔に突き刺さります。 ……今度は目を塞がれたので見えません。 サービス悪りぃ店ですね。 嬢の教育がなってねーです。 「……ほんと、いい度胸ねあんた。 叱られてるっていうのにその態度、たいしたものだわ。 探偵としても家具としてもまるで役に立たない無能のくせに、色欲にだけはかまけてるってわけ? このメスブタがッ!!!」 「ぶひ」 「ぶひじゃねえッ! あ~~~も~~~こいつむかつくむかつくむかつくッ!!!」 ゲシゲシゲシ! 私の顔が何度も何度も踏まれていきます。 あんたがメスブタって言うから気を利かせて鳴いてあげたんでしょうがこのペッタンカステルがぁぁ。 閑話休題。 とにかく我が主は大変ご立腹のようです。 ブタとか家具とかの罵倒は別にいいのですが、無能は探偵としてちょっと聞き捨てならないですね。 たしかに私は戦人達とのゲームでけっして褒められた戦績は残してないですが、戦いの矢面の立たされている私にもう少し優しくしてくれてもよさそうなものなのに……。 ふと辺りを見てみると、なんと遠くに並べられたイスにはその戦人とベアトリーチェが座っているではないですか。 ……なるほど、さっきの人影は彼らだったようですね。 なんだかうわぁ…って感じの生暖かい目でこちらを見ているように思えますが、今は気にしないでおくことにします。 「……で? あんた、次のゲームへの作戦とかはあるのよね。 あるんでしょうねぇ、もちろん……?」 「さく、せん……?」 ……あ、そうだ思い出した。 私はさっきのゲームでまたあの二人に負けてしまったんでした。 それでそのお叱りを受けている最中、不覚にもグーグー寝てしまったわけですね。 なるほどようやく推理できました。 「ねえ……あんたこれで何回目?何回目だっけ?ほら何回目よッ!? あそこにいる戦人とベアトに負けるのこれで何回目か言ってみなさいよ言いなさい言えこらぁッ!!!」 我が主の足がグイッと伸ばされていきます。 私の顔が床に向かって蹴り飛ばされました。 そのままドタリと身体が投げ出されると、お餅よりも柔らかいプリチーMyほっぺが我が主にガシッと鷲づかみにされていきます。 「ほら言えッ! 言ってみろこの無能ッッッ!!!」 「ふ、ふみゅみゅみゅみゅ、ふぁ、ふぁい言わせて頂きます! これで戦人に負けたのが、よ、43回目、そして過去ベアトリーチェへの敗北が67回……合わせて100回、なんと記念すべき3桁の大台でございます」 「なんと 記念すべき とか言ってんじゃねーよこのゲロカスッ! しかも計算まちがえてんじゃねーか計110回だボケ水減らしすんなッ! もうやめちまえ、こんな計算すらロクにできないなら探偵なんて辞めちまえッ!!!」 「……ッ!? そ、そんな……我が主ィィ……」 探偵なんてやめちまえ――我が主のその無慈悲な罵倒が、私のお豆腐よりも傷つきやすい心に突き刺さります。 さきほどから何度も何度も罵られてきましたが、さすがの私もこれにはショックを受けざるをえません……。 私にとって探偵という役職は誇りであり、そして唯一の生きがいでもありました。 小さい頃から山ほどの推理小説を読み漁り、自らも探偵になり推理することによって自分の存在価値をこうして確立してきたのです。 それが今、こうして否定される。 全否定されてしまったのです。 私という存在そのものがあろうことか、創造主である我が主御自身によって……。 けれども私は負けない。 古戸ヱリカは挫けない。 この程度のことで立ち止まってはいられないのです。 なぜなら私には、私を応援してくれているたくさんのニンゲン――信者達がいるのですから。 ……信者という言い方はいささか失礼ですね。 良き友人達と呼びましょうか。 少し前、とある映像投稿サイトで見たのです。 そこには私、古戸ヱリカを励ます言葉がたくさん書かれていました。 動画の中では彼らはみな一様に探偵である私を褒め称えており、その言葉に激しく勇気付けられたのを今でも憶えています。 可愛い、嫁にしたい、変態、顔芸――などなどそこには溢れんばかりの賞賛の嵐……。 私は友人と呼べる人はユングフラウの三人しかいないものと思っていましたが、実際には全国にたくさんのニンゲン達が心の友としてずっとそこに存在してくれていたのです。 そしてこれからつぶやくのは、そんな彼らの中のとある一人が作り出してくれた歌――。 探偵、古戸ヱリカを称える実在する挽歌なのです。 戦人達や我が主との戦いで心が傷つけられたとき、私にほんの小さな勇気と力強さをくれた――魔法の歌。 聞いてください。 『名探偵は知っている』。 「わったっしーはめいたんてー。 ぽぽっぴっぽー、ぱらーらりらー」 ドッゴォッ!!! 「おぐおぉぉ……腹ぁぁ……」 我が主の鋭い靴先が今度は下腹部へ突き刺さりました。 ……子供産めなくなっちゃう。 私の子宮を男に取られたくないのはわかりますが、こういう愛情表現はちょっとご勘弁願いたいものです。 さすがにマゾの私でもこの痛みは No Thank you。 突き刺さった我が主の足先をどけようとその細い足首を掴んでいきます。 「わ、我が主。 さすがの私でも、こ、こういった愛はちょっと受け止めきれません。 せめてお靴を脱ぎ脱ぎしてからにしてくださいな……」 「………ねぇ、あんたひょっとして馬鹿にしてる? 主である私を馬鹿にしてわざとそういう態度とるんでしょう。 それでこの腹の中ではクスクス笑ってるんでしょうねえどうなの答えろッ!!!」 「ぐ……め、滅相もございません。 私は我が主を尊敬しております敬愛しております! それどころか愛してさえいます! それがどうして馬鹿になどできましょうか? 我が主チュッチュッ!」 「ちゅっちゅじゃねえええだらあああぁぁぁぁぁぁッ!!!」 グリュウゥゥゥゥゥッ!!! 「うげぇぇぇぇ、ね、ねじり込んだ、だとぉぉぉ…」 足をどかせるどころか、我が主のつま先が私のお腹の中で180度曲げられていきます……みぞおちがきっちぃ。 グリグリグリ! 内臓に食い込んでくるそれはまさに第六の晩に腹を抉りて殺せ。 これ、ちょっとマズイですね。 「わ、我が主……ちょ、本気で痛いんですけど! や、やめてぇっ!!!」 「……いい声だすわね、それが聞きたかったの。 ほらもっと泣け。 痛いでしょう鳴け。 ブタみたいに泣いて詫びてみせろ! 鳴いて少しは私の退屈と苛立ちを紛らわしてみろッッッ!!!」 ……こいつはマジでヤバイです。 さすがにちょっとふざけすぎました。 我が主の目が本気モードになってやがります……。 私はお腹の痛みとさきほどから感じているストレスとの折り合いを付けられなくなると――ブチ切れました。 「もーーーーーー!!!」 「…………きゃッ!!!」 我慢できなくなった私は勢いよくその場を立ち上がります。 やってられるかこんなもん! 驚いた我が主は後ろにポテンと尻餅を付きます。 あらかわいい。 「い、痛ったい。 あ、あんた、いきなり何すん」 「うるさいです! だいたいなんなんですか、私はいつもゲーム盤で必死になって頑張ってるっていうのにこの仕打ちはひどいんじゃないですか? それなのに我が主はただ後ろで眺めながら、うふふ梅干紅茶おいちーって言ってるだけじゃないですかこのぐうたらニート魔女!」 パチンッッッ!!! 「…………痛ッ!? な、な、な……」 逆切れした私はその場の勢いもあり、尻餅を付いている我が主の頬をペチンと叩きます。 正気に戻って! 叩かれたわが主は一瞬目を丸くしました。 けれどもすぐに私のような下女に殴られた事実を受け止め始めたのか、ピクピクと可愛いお眉を痙攣させていきます。 うわ、デンジャラス~。 「あんた……私に逆らうの? いい度胸じゃない……サイアクのカケラに落されたいのね?」 「え……ええどうぞどうぞ、サイアクカケラ結構ですよ。 だいたいなんなんですか、そのドレス。 いい年してゴスロリドレスみたいなもの着こんで、おまけに猫のしっぽまで付けちゃって恥ずかしくないんですか? 出オチですよ、はっきり言って」 「~~~~~~~!?」 顔を真っ赤にしていく我が主。 ウィークポイント発見! 気にしてたんですね、可愛いグッド! 「というかようするに、あれですよね。 私が戦人とベアトリーチェに勝てば文句ないわけですよね! 名探偵古戸ヱリカにはそんなのよゆーですよゆー」 「……じゃ、じゃあ行って来なさい。 今すぐあそこにいる戦人とベアトに次のゲームの約束を取り付けてきなさい! そして次こそ勝ちなさい勝たないと次こそ殺すわよッ!!!」 「ええ、行ってきますよ? 言われなくてもそのつもりでしたしね、ああもう憎たらしい顔このこの!」 私は我が主のおでこをペチペチと叩くと、内心ヒヤヒヤしながら戦人達の元に歩き出しました。 ふひーあぶないです。 どうにか誤魔化して切り抜けましたけど、我が主にここまで逆らったのなんて初めてなので肝を冷やしました。 サイアクのカケラに落されるのはもうコリゴリですからね! 水死体って臭いし……。 「ふんふんふ~ん、ふ~ん♪」 「駆け足ッ! モタモタすんなッッッ!!!」 「あーはいはい!」 我が主に急かされると私はすぐさま全力疾走します。 なんか小姑みたいですね、やだやだ。 「戦人すぁ~ん、ベアトリッチェ! ちょっとお願いですほらいつもの~」 そしてそのまま二人の前にまで辿り着くと、ズザーっと滑り込むように土下座をしていきました。 もはや完璧な、それでいて無駄の無い111回目のスライディング土下座。 それは私が我が主からのお叱り、そしてこの二人に対しての敗北によって得た経験の賜物なのです。 そして厳かに優雅に華麗に――私は戦人とベアトリーチェにお願いをしていきました。 「初めましてこんにちは。 探偵、古戸ヱリカと申します。 本日はお二人に再戦のお願いをしに参りました」 おでこを地面にゴリゴリと押し付けながら、私は縋り付くように言葉を搾り出していきます。 どうだ、ここまで丁寧にお願いをされては断れまい。 案の定エサにかかったのか、イスに座っているベアトリーチェは手元のパイプをクルクルと回しながらそれに了承していきます。 やだ……ちょっとかっこいい。 「う……うむ、かまわぬぞ古戸ヱリカ。 妾達は何度でもそなたの挑戦を受けようぞ。 な、なあ戦人?」 「あ……ああいいぜヱリカ、勝負してやる。 あーなんなら次は探偵権限を行使させてやってもいいぜ? な、なんせ俺とベアトは最強のコンビだからな。 ハンデだハンデ、ははは」 「ありがとうございます。 お二人の海よりも広い御心、真に感謝致します……」 私はあくまで紳士淑女風にお礼を述べていきます。 けれども内心ではヒッヒッヒとほくそ笑んでいました。 グッド。 それ見たことかそれ見たことかッ。 なんて馬鹿な奴らッ!!! 思ったとおり、このスイーツ(笑)な二人は私との再戦を飲むどころか探偵権限というご褒美までオマケしてくる始末。 なんて平和ボケした奴らでしょう。 勝てる。 探偵権限があれば、次こそはこいつらに勝てるッッッ!!! そして約束を取り付けたのならもう猫を被る必要もないですね。 私はドヤ顔でその場を立ち上がると、二人を嘲笑のまなざしで見つめてやります。 かわいそうな子達……。 「ふふ……あいかわらず甘いですね、あなた方も。 探偵権限、もらいますよ?ほんとに。 もらっちゃうぞ?」 「あ、ああ、いいぜ。 というか全ゲームの半分くらいはいつもあげてやっ」 「戦人……ッ!」 戦人が何かを言いかけたその時、隣のベアトリーチェが彼の胸を小突きました。 コツン、と。 ほう……なるほど、何か秘策があるというわけですね。 馬鹿な奴らです。 類まれなる洞察力を持つ私の前でそんなわかりやすい反応を見せるなんて、これは次こそ大勝利ブイ! 我が主をやっと喜ばせられますね、キャッ。 「ふふ、オーケーオーケー。 あなた達がどんな作戦を思いついているのか知りませんけど、この古戸ヱリカは更にその上をいってみせますので。 ……お二人とも、お覚悟を(にっこり)」 「ぬう……これは手ごわいぞ戦人。 この女の気迫、いままでとはちがう。 今度こそ妾達は負けてしまうやもしれぬ……な、なあ?」 「いや、負けねーだろ。 だってこいつこの前事件起こる前に自分を差して私が犯人です! とか言いだしたんだぜ。 意味わかんごふッ!!!」 突然、目の前の戦人さんが血を吐いて崩れ落ちる。 ……なぜ? ……ああそうかこれはまずい。 これはきっと私のせいですね、静まれ静まれ……。 「ぬぅぅ、どうした戦人ーしっかりしろー。 おのれ古戸ヱリカ、戦人に何をしたー」 「……ああ、すみません。 何もしたつもりはないんですけど、私の108つある探偵能力の一つ、周りの登場人物が次々と怪死していく。 相手は死ぬ。 が発動しちゃったみたいです。 ごめんなさい、ベアトリーチェ(にっこり)」 「な、なんという恐ろしい能力……これは一時撤退するしかない。 勝負は預けるぞ古戸エリカ、逃げるぞ戦人ーびゅーん」 私の余りの力に恐れおののいたのか、ベアトリーチェは戦人さんを抱きかかえるとそのまま霧のように姿を消してしまいます。 ……逃がしたか。 まあいいでしょう。 ここでトドメを刺してしまっても良かったのですが、それはやはりゲーム内で済ませるのが流儀というものです。 どのみち私に探偵権限を差し出してしまったのが彼らの運の尽き。 もう彼らにひゃくじゅう……ひゃくご、にじゅう…………。 103?回目のゲームが訪れることはないのだから……。 「…………話、終わった?」 私がふっふっふと不敵な笑みを浮かべていると、背後から我が主が声をかけてきました。 どうやら私のことが心配になって来てくれたようです。 この方もクーデレですからね、ふふふ。 「はい、我が主! 見事再戦の約束と探偵権限を獲得致しました。 これで次こそ大勝利をお約束いたします!」 「…………そ。 じゃあ帰りましょう。 私疲れちゃったわ……帰ったらシャワー浴びて早く寝たい」 「はい、我が主! お背中お流ししますね?」 「いい」 あいかわらず素直じゃない我が主。 でもそこが可愛いですね、グッド! 私はどさまぎで主の腕に自分の腕を絡ませていくと、ルンルンスキップで二人仲良く魔女の寝室の帰路へとついていくのでした……。 「ところで我が主、勝利後のご褒美の件なんですがさっきのパンツくーださい」 「死ねッッッ!!!」 終わり - - くっそワロタww -- (名無しさん) 2010-09-24 23 47 20 ベルヱリもなかなか…ジュルリ -- (名無しさん) 2010-10-02 16 04 11 ユリカがベルンに勝ちました -- (名無しさん) 2010-10-09 00 25 21 おもしろかった! -- (名無しさん) 2010-11-23 18 29 35 これは笑うしかないwww -- (名無しさん) 2011-02-06 11 24 43 やはりベルヱリは素晴らしい・・・百合でもギャグでも映えるw -- (名無しさん) 2011-02-27 21 48 49 ここまで軽いノリのヱリカは初めてだwww -- (名無しさん) 2011-04-11 19 01 31 ベアト優しいwww -- (名無しさん) 2011-11-19 13 55 53 名前 コメント すべてのコメントを見る
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「……モーターショー、ですか?」 まだ、ピエトロ・ベルッチが少年と青年の境であった頃。 執務室で大きな机越しに主であるルカ・フェルネットと正対し告げられた言葉に対して、ピエトロは不思議そうな表情を浮かべた。 「そうだ」 重厚な革張りの椅子に腰掛けたルカが荘重に頷く。なんでも来週末から一週間、フェルネットの王国内にあるコンベンションセンターで複数の有名自動車メーカーが協賛するモーターショーが大々的に開催されるのだという。 基本的にこういったイベントは先行公開となる報道機関向けのプレスデーと招待客向けのオフィシャルデーを経て一般客向けの公開に至るというスケジュールなのだが、そのオフィシャルデーにルカが招待されたということらしい。この街の王、支配者として暗然たる権力を有するルカ・フェルネットだ、招待状が届くのも当然といったところだろう。 かつてこの街を手中にするため自ら鉄火場に出張っていた頃と違って、現在のルカの仕事のほとんどはそういったイベントやパーティー、セレモニーへの出席で占められていた。地元の名士の賛同と理解、それから後ろ盾を得ようと望む者たちには枚挙に暇がないものだ。ルカは寡黙でどちらかというと社交的な方ではない人間であったが、そういった打診を受けると毎回邪険に扱うでもなく、律儀に顔を出している。 ピエトロは知らなかったのだが、モーターショーの開催も今回が初めてではないという。前回は何年か前に開催され、その際はルカと相方のジャンマリオ・ブッフォンで出席したという話であった。 しかし―― 「今回はエステルを連れていく。お前も同伴しろ、ピエトロ」 ルカは今度のショーの同伴者に養女エステルとピエトロを指名してきた。 ピエトロは思わず目を瞬かせた。主がこういったイベントへ赴くなら、前回と同じようにブッフォンと一緒で然るべきと思っていたのだ。だいいち、自分はまだ十七歳で自動車の運転免許を持っていない。 「僕も……? ボス、シニョーレ・ブッフォンは――」 「ジャンはスケジュールが合わなかった」 ブッフォンは金庫番としてファミリーを管理運営するのに忙しく、予定が合わず出席見合わせになったのだという。既に、ピエトロがブッフォンからその後釜として主の身の回りの世話やスケジュール管理を任されて暫く経つ。主に同行して時間の調整などを行うことには何の異論もない。 「畏まりました」 ピエトロは頷くと、主の前を辞してからすぐに自分のスケジュール帳にモーターショーの日取りを付け足した。 ナッツィオナーレ・フィエスタ・デル・モトーレは世界的にも有名なモーターショーのひとつである。 国内の有名自動車メーカーたちがここぞとばかりに自社の最新ブランドや技術の粋を披露しては鎬を削り、それを目当てにした世界中の自動車ファンが集まる大規模な催しだ。車種も一般乗用車からF-1、ダンプやトラックといった作業用車、まるで百年先の未来から来たかのような先進的・前衛的なフォルムの車も展示されている。 「ふわぁ……」 コンベンション・センターの中にも外にもぎっしりと、それこそ綺羅星のように展示された車両の数々を前にして、ネイビーブルーのスーツをかっちりと着込んだピエトロと手を繋いだエステルが目を輝かせる。――もっとも、車のデザインやスペック等々に興味を覚えている訳ではない。スポットライトに照らされてキラキラと輝くカラフルな色合いの美しさ、会場を満たす光の洪水に感激しているらしい。 「きれいだねえ、ねー、ぴえとろ!」 「うん。とっても綺麗な車ばかりだ……」 ルカの先に立ち、リボンとフリルをふんだんにあしらったピンクのワンピースでおめかしした妹と一緒に展示会場の中を見回しながら、ピエトロもまたすっかり圧倒されてしまった。 このモーターショーへはブッフォンの代理として、ルカのスケジュール管理のために来ているというのに、本来の自分の役目も忘れそうになる。 ピエトロはそれまではあまり自動車には興味がなく、車との接点と言っても主のお供で大人の運転するリムジンの後部座席に乗り込む程度で何の感慨も抱いたことはなかったし、モーターショーを見に行くと言われても仕事の一環程度にしか思っていなかった。 が、ここまで大量かつ様々な車を見たことで、いやでも興味をそそられてしまう。 「凄いな……本当に」 興味を引く車が視界に入るたび、ピエトロはうっかりその場に立ち止まりそうになり、慌てて自分の役目を思い出しては歩を進めた。 そんな側近見習いの様子を見て取ったのか、ルカはモーターショーの主催者が自分のところへ挨拶にやってくるのを見ると、 「会場を見に行っていい」 と言った。自分が招待客としての仕事をしている間、自由行動でもいいと言っているのだ。 「はぁーい!」 「……でも、ボス……」 エステルは嬉しそうに片方の手を挙げたが、ピエトロは戸惑ったように主を見た。主の側近として来たというのに、その職務を放り出して車を見に行ったのでは意味がない。 「構わん」 ルカは一度かぶりを振った。 「エステルに大人同士の会話など聞かせても退屈なだけだろう。目だけは離すな」 どうやら、ルカは会場内では最初から子どもたちに別行動させるつもりでいたらしい。ブッフォンのスケジュールが合わなくなったというのは事実なのだろうが、その上で娘とピエトロを連れてきたというのは、華やかなモーターショーを見せて楽しませてやりたいというルカの不器用な愛情であろう。何せ老朽化していた劇場を最新設備のものに建て直させたり、セーフハウス兼任で別荘を作ったり、プライベートビーチへ遊びに行ったりと、娘の為には労を惜しまない親莫迦である。 妹エステルの面倒を見るというのも、主の側近と双璧を為す自分の大事な役目だ。であるのならなんの異論もない。 「ぴえとろ、はやくー! はやくあっちいこー!」 「うん。……ではボス、行ってきます」 「ああ」 エステルがしきりに繋いだ手を引っ張って催促してくる。主に一礼すると、ピエトロは妹と一緒に主の傍を離れて会場を見て回ることにした。 「ぴえとろ、あれ! わたし、あれにのりたい!」 二人乗りの丸っこい電気自動車を指差すエステルに付き合って、運転席に乗り込んだりしてみる。 それにしても、規模の大きなモーターショーである。企業ごとのコーナーの他にも用途別、車種別のブースが大量に設けられており、コンベンションセンターの外には試乗スペースもある。今回は招待客のみの公開日で会場は随分すいているが、これが一般公開日ともなれば最新の車を見に来た人々でごった返すのだろう。そうなってしまえば、ゆっくり車を見て回ることなどおぼつくまい。こうして招待客の同伴者として観覧を許されたのは幸運だった。 そうして兄妹で広大な会場内を楽しんで見回ることしばし。 「―――――」 それまでゆったりと展示を眺めていた視線が、ふと止まった。 手を繋いだエステルが不思議そうにピエトロの顔を見上げる。 ピエトロの双眸は、前方に展示されていたある車に釘付けになっていた。 ブガッティ・ヴェイロン スーパースポーツ カーボンブラック―― 仏ブガッティ・オートモビル社が製作したシリーズのフラッグシップモデル、世界最速のハイパーカーである。 「……バットモービルみたいだ」 差し色の一切ない漆黒のボディに、中央の特徴的なグリルの形状。その姿にかつてファミリーの養い子として同年代の子どもたちと共同生活していた頃に観た映画のハイパーマシンを思い出す。 他にも虹のようにカラフルだったり、美しい色合いの車はあったというのに、ピエトロの目にはこの闇夜のように黒い車が会場のどの車よりも美しく輝いているように映った。 ボディラインにフィットしたきわどいコスチュームのコンパニオンからにこやかに手を振られてもまるで目に入らず、ピエトロはヴェイロンへ歩み寄ると、展示されている車両を食い入るように見つめた。 兄が夢中で一台の車を見詰めている様子に、エステルがぱちくりと丸い目を瞬かせる。 「ぴえとろ、このくるま、ほしいの?」 「え?」 「なら、ぱぱにかってもらおー! えすてる、おねだりしてあげる!」 エステルは無邪気に笑った。自分がねだれば車だって飛行機だって、父親はなんでも買ってくれるのだと信じている。 ピエトロは車両の脇にあるスペックや情報の書かれたパネルを見た。 ブガッティ・ヴェイロンのスーパースポーツは世界でも三十台のみの限定販売で、値段は約百九十万ユーロ(三億円)。 しかも購入には審査が必要で、身元のしっかりした人物でなければならないという。 「う~ん、僕にはちょっと高価すぎるかな……。だいいち、こんな高級車は手に余るよ」 「いらないの?」 「……う~ん」 妹のつぶらな瞳に見詰められ、ピエトロは思わず唸ってしまった。 欲しいか欲しくないかで言えば、欲しい。 こんな格好いい車のステアリングを握り、妹を助手席に乗せてハイウェイを気ままに走って行けたりしたらどんなにか爽快だろうと思う。 しかし、二百九十万ユーロといえば一財産だ。最近やっとマフィオーソとしての道を歩き始めたようなひよっこの自分にはとても捻出できる額ではない。だいたい、元々戸籍もなかったストリート・チルドレンの自分である。書類審査の段階で落とされるのは目に見えていた。 というのに。 「この車が欲しいのか」 後ろから聞こえた声にはっとする。振り返ると、そこには主催者との話を終えたらしい主が立っていた。 父娘で同じ質問をしている。血が繋がらなくても親子だ、と思った。 「うん! ぴえとろ、このくるまほしいんだって! ぱぱ、かって!」 「わかった」 即答である。黙っているとルカはさっそく契約書にサインしかねない、ピエトロは慌てて制止した。 「お、お待ちくださいボス!」 「なんだ」 「あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、それは――」 ルカの夜闇色の双眸に見詰められながら、ピエトロは躊躇いがちに口を開く。 「僕はまだ免許を持っていませんし……、こんな高価なものを買って頂くほど、僕はボスのお役に立っていません。それに……」 「……それに?」 「ええと……自分が本当に欲しいものは、与えられるのではなく……自分で手に入れるべきだと、思うんです」 碧眼で主を見上げる。ルカはそんなピエトロの言葉に少しだけ沈黙したが、 「そうか」 と、特に気にする風でもなく引き下がった。 不興を買ってしまったかと、ピエトロは深く頭を下げた。 「すみませんボス、折角の御厚意を無碍にしてしまって」 「ぱぱ? かわないの?」 エステルが小首をかしげて問う。ルカは微かに目を細めてエステルの頭を撫でた。 「ピエトロは、プレゼントされるより自分で買いたいんだ。その方が嬉しいから」 「じぶんでかうほうが、うれしいの? ……ぴえとろ? そうなの?」 「……うん。そうだよ」 ピエトロは微笑みながら頷いた。父と兄の言っていることが理解できず、エステルは眉間に皺を寄せて『へんなの』と言うばかりであったが、元々さして関心のなかったことだ。メーカーのマスコットキャラを象った着ぐるみが会場を歩いていてるのを発見すると、きゃあーっと黄色い声を上げてすっかりそちらに意識を切り替えてしまった。 妹に手を引かれながら、ピエトロはもう一度照明の下で黒光りするハイパーカーを見た。 今の自分はまだ子どもで、この世界最速の車に見合うような人間ではない。 しかし、必ず。このハイパーカーを手にし、ハンドルを握るに相応しい男になってみせる。 ピエトロは密かに決意し、妹と共に展示コーナーを離れた。 ピエトロが十八歳になると、さっそくルカとブッフォンから自動車の免許を取りに行くようにという命令が下った。 表向きはルカが仕事で使用するリムジンの運転をするためということである。尤も、ファミリーには運転免許を持っている者が大勢おり、リムジンの運転手も幾らだって替えが利くのだが、持っていた方が何かと都合が良かろうとの配慮だ。 ルカの側近やマフィオーソとしての勉強の傍ら教習所へ通う。元ストリート・チルドレンで義務教育さえ受けられなかったピエトロにとっては、人生初めての学校である。 免許自体は問題なく取得できた。ルカもブッフォンも誉めてくれたが、ファミリーの中で一番喜んだのはイザベラであった。 「買い出しってひとりで行くと大変なのよね。車を出してくれればとっても助かるんだけど、なかなか頼み辛くて。でも、ピエトロに運転して貰えるなら助かるわ!」 現金なものだが、取得するだけしてペーパードライバーでいるのも勿体ない。どういう理由であれ車の運転をする理由が出来るのはいいことだろう。屋敷の広大な敷地内を回ってみたり、イザベラの買い物に付き合ったりして練習を続ける。 そうして徐々に運転に慣れてくると、遠出をしてみたくなるのが人情というものだ。すぐに終わってしまう近所への買い物ではなく、偶にはフェルネットの王国の境辺りまで車を飛ばしてみたい。 とはいえ、ルカもブッフォンも遊びで免許を取らせてくれた訳ではないのだから……とも思う。 そんなことを考えていると、ルカから使いを命じられた。部下の一人が屋敷から峠を二つばかり越えた街にいるファミリー構成員へ書類を届けに行くので、運転手として車を出せとのことである。 尤も、その書類自体は特段重要なものでもなければ喫緊の案件でもない。要するに口実で、遠出したくてうずうずしているピエトロの様子を見てのルカの心配りである。ピエトロに直接届けろと言わず間にひとり部下を加えたのは、初めての遠出で万が一何か不測の事態が起こった場合の備えだろう。おまけに、屋敷で退屈しているエステルも連れていけという。 「どらいぶ、どらいぶ! ぴえとろとどらいぶ~!」 「こら、僕たちは遊びに行くんじゃないんだ。大事な書類を届けに行くんだよ? もう……」 アリスブルーの膝丈ワンピースに、肩から小さなポーチを提げたお出かけスタイルではしゃぐ妹を助手席に乗せ、シートベルトを締めてやりながら軽く釘を刺す。 とはいえ、ピエトロもエステルと同じくらいにうきうきしている。後部座席に座っている先輩マフィオーソからは、目的地までのルートは任せると言われているから、一番眺望のいいコースを行こうと思っている。現在計画が持ち上がっているフェルネット・ファミリーの手掛ける一大プロジェクト、湾岸道路が完成した暁にはもっと素晴らしい眺めのドライブができるのにな……と思ったが、それはもう何年の先の話になるだろう。 天気は快晴、絶好のドライブ日和だ。ミラーと座席を念入りに調整し、カーナビに目的地までの道程を入力すると、ピエトロはやや緊張した面持ちでハンドルを握った。 屋敷を離れ、ハイウェイに入る。幸いにして道路状況も混雑しておらず、ドライブは快調で、ピエトロは念願通り思う存分運転を楽しむことができた。 エステルは助手席の窓から見える景色に釘付けになっている。危険なところには行かせられないというルカの意向で、なかなか外に出られず普段は屋敷の中にいることが多いエステルにとって、父親の仕事のついで――といった理由以外での外出は久しぶりだ。終始上機嫌で、あれは何? とかこれは? とか、窓の外の光景を指さしてはピエトロに訊ねてきた。車を運転することに集中しているピエトロには、そんなエステルの問いに応じる余裕はなくあまり受け答えはできなかったのだが、それでもエステルは機嫌を損ねるでもなく終始にこにこしていた。 ドライブを始めて二時間程度経過した辺りで、休憩を兼ねて昼食を取るために手近なサービスエリアへ立ち寄る。 屋敷でイザベラの作る料理や高級レストランのコース料理しか食べたことのないエステルにとって、庶民の利用するドライブインの安価な食堂はさぞかし目新しく映ったのだろう。きゃっきゃっと嬉しそうに笑って、陳列されているたくさんのパニーノやトラメッジーノを見てはあれが食べたいこれが欲しいと次々におねだりしてきた。 そんな妹に言われるままメニューを注文する。焼きたてポルケッタのトラメッジーノにトマトとモッツァレラのカルツォーネ、それからチョコレートやキャンディ、甘いジュース。普段ならどうということもないメニューでも、こうして遠出して露店などで売られているのを見ると格別美味しそうに見えるものだ。うっかりすると自分まで際限なく買い食いしてしまいそうになるのをなんとか抑え、妹に好きなものを与えると、一口齧って飽きたと残してしまった分を同伴者の先輩マフィオーソと自分とで食べる。 そんな我侭放題のエステルだったが、食事と休憩を終えて出発しようとすると今度は、 「アイスクリームが食べたい」 と言い出した。もう少し早くに言ってくれればとも思ったが、どうやらドライブインで食べるのではなく流れてゆく景色を眺めながらアイスクリームが食べたいということらしい。 お願いされると断れない兄莫迦であるし、確かに美しい風景を見ながらアイスクリームを食べるというのは美味しかろう。風景に夢中になってアイスクリームを忘れ、溶かしてしまって服を汚すところまで想像できたが、已む無しと諦める。 車を出て建物へ戻り、徒列に並んでアイスクリームを買う。色とりどりのカラースプレーチョコに彩られたキャラメルとストロベリーのダブル。 存外時間を取られてしまった。今日中に先方へ書類を渡し、屋敷へ戻るとしたら、少々急がなくてはならない。 しかし―― 「アッティーリオさん!?」 アイスクリームを手に車へ戻ったピエトロの視界に飛び込んできたのは扉が乱暴に開け放たれたリムジンと、車外で右肩から血を流し車体に凭れ座り込んでいる先輩マフィオーソの姿だった。 アイスクリームを放り捨てて傍に駆け寄り、容態を確認する。どうやら銃撃を受けたらしい、しかし幸い銃弾は体内を貫通しており、出血は酷いが命に別状はなさそうである。 「アッティーリオさん、これは……」 心配するピエトロに対し、先輩マフィオーソのアッティーリオは痛みに顔を顰めながら、 「すまんピエトロ、お嬢さんが攫われた……!」 と呻くように言った。 「エステルが!?」 ピエトロは仰天した。なんでもピエトロがアイスクリームを買いに車を離れた途端、風体の怪しい三人ほどの男がいきなりドアを開けて襲い掛かってきたという。アッティーリオはすぐに抵抗し激しい揉み合いになったが、肩口に銃弾を受けた挙句エステルを奪われてしまったらしい。 ピエトロは歯噛みした。エステルはビスクドールもかくやというほどの美少女だ、それに着ている洋服も上等のものと一目で分かる仕立てで、誰がどう見ても富裕層のご令嬢といった見た目をしている。 そんなエステルがドライブインの中で我儘放題にはしゃいでいれば、さぞかし目立ったことだろう。 一瞬、フェルネット・ファミリーと敵対する近隣のマフィアの仕業かとも思ったが、フェルネットの支配が行き届いている中心街近辺と違い、郊外にはマフィアになることも出来ないギャング崩れや不法移民などいくらでもいる。 いかにもお嬢様と言いたげな格好の幼女が無防備に目の前をうろついているのを見て、ひとつ身代金を――などと企む者がいたとしてもおかしくはない。 そうして影で様子を窺い、御付きの者の片割れ――ピエトロが車を離れたのを好機と見て取って、一気に襲い掛かったということなのだろう。 「俺のことはいい……、お嬢さんを……」 アッティーリオが呻く。 言われるまでもない。ピエトロは弾かれるように顔を上げると、周囲を見回した。 果たして、前方を不自然なほどの猛スピードでワンボックスカーが走り去っていく。あれかと目星をつけ、すぐさまリムジンの運転席に乗り込むと、ピエトロはアクセルを思い切り踏み込んでサービスエリアを勢いよく飛び出した。 「ぐ……」 見晴らしのいいハイウェイをワンボックスが爆速で走ってゆくのを見て、忌々しげに歯噛みする。 なかなかスピードが出ない。このリムジンはカスタムメイド品だ、要人警護用の特別仕様車と同じように防弾処理が施され、マシンガンの弾にだってびくともしない。 が、そんな堅牢さと引き換えに車体重量が犠牲になっている。ルカやブッフォンが移動するための車であるから、平素は速度を出す必要がないため問題はなかったが、現状に限っては甚だ不利である。 アクセルベタ踏みでエンジンが甲高い悲鳴を上げる。インパネの速度デジタル表記がやがて三桁を表示すると、身体全体に負荷がかかったような気がしてピエトロはヘッドレストに後頭部を押し付けた。 ワンボックスが四角い車体に似合わない俊敏さでどんどん前方の車を追い抜いてゆく。ピエトロもそれに追随して、間近に迫った車を何とかすり抜ける。 今まで近場の市街地を運転するだけで、自分の運転で遠出らしい遠出をしたことのなかったピエトロはきっちりと法定速度を厳守しており、今まで殊更スピードを出すこともなかった。そんな初心者マークがアクセル踏みっぱなしの三桁速度でハイウェイをぶっ飛ばしている。 束の間他の車の姿が消え、前方を走るのは目標のワンボックスだけになる。 三十メートルほど後方につけると、ハッチバックのガラス窓からエステルが見えた。エステルの方でも追跡する此方に気付いたらしく、窓に両手をぴったりとくっ付けて何事かを叫んでいる。きっと、此方の名を呼んでいるのだろう。 「すぐ助けてやる……!」 ハリウッド映画のようにカーチェイスで誘拐犯たちの車に頑丈なリムジンのボディをぶつけ、無理矢理停車させてやろうかとも思ったが、向こうにはエステルが乗っている。彼女が万一傷つくような行動は取れない。 助手席のダッシュボードの中にはもしもの場合に備えて拳銃も一挺用意されている。それを使用することになる可能性も今のうち考慮しておく。 と、前方のワンボックスの助手席の窓が開き、誘拐犯のひとりが発砲してきた。 特別防弾使用のリムジンは拳銃程度ではびくともしないが、フロントガラスに銃弾が命中し鈍い音が響くと、免許を取ったばかりのピエトロはどうしても怯まざるを得ない。ハンドル操作を誤り、大きく蛇行して反対車線まで飛び出してしまう。 危うく対抗の大型トラックに激突してしまいそうになるも、力の限りステアリングを切って危ういところでやり過ごす。更にありったけアクセルを踏み込み、ぴったりとワンボックスにつけると、やがて誘拐犯たちは逃走を諦めたのか、それとも目的地に近付いたのか、全速力で料金所を通過しハイウェイを降りて一般の田舎道へと進路を取った。 ピエトロもそれに追随する。やがてワンボックスが到着したのはフェルネットの王国の国境、うら寂しい田舎道の脇にあるどこから見ても廃墟と分かるモーテルだった。 誘拐犯の男たちが三人、車を乗り捨ててモーテルへ立て籠もろうとする。うちひとりはエステルの右手首を掴み、無理矢理引っ張っていく。 「ぴえとろ、ぴえとろぉ!」 「――エステル!」 よく知るファミリーの構成員ではない、見知らぬ男たちに無理矢理手を引っ張られる痛みと恐怖にエステルが泣き叫ぶ。 ピエトロも車から転がるように出、妹の名を呼ぶ。ダッシュボードから取り出した拳銃を握りしめ、誘拐犯たちと対峙する。 「動くな……! その子を、エステルを離せ!」 「うるせえ! テメエこそ銃を捨てやがれ、でねえとこのガキィぶっ殺すぞ!」 誘拐犯の首魁とおぼしき男がエステルを盾にするように抱き寄せ、その頭に拳銃を押し当てる。 ピエトロは強く奥歯を噛み締めた。逆上した誘拐犯をこれ以上刺激して万一エステルに危害の及ぶようなことがあってはならないが、といって銃を手放してしまえばみすみす嬲り殺しになるだけであろう。 「その子が誰の娘か、理解しているのか? その子はエステル・フェルネット、フェルネット・ファミリーのゴッドファーザー、ルカ・フェルネットの一人娘だぞ……!」 「ルカ・フェルネットだとぉ? 何をデタラメを……」 ざわ、と誘拐犯たちが動揺を見せる。マフィアにもなり切れないチンピラでも、この地域一帯を取り仕切るマフィアであるフェルネット・ファミリーの名は知っているらしい。 普通ならば到底信じられない荒唐無稽な法螺話だろうが、実際のところ男たちの攫った少女はその辺りの同年代の子どもたちとは比較にならないほど上等な衣服を着ているし、御付きの男と少年のスーツも仕立てが良く、なおかつリムジンは拳銃の弾などものともしない完全防弾使用だ。 それらの要素を加味すると、あながち出鱈目を言っているとも限らない……と、誘拐犯たちも遅まきながらに理解したようだった。苛烈で知られるルカ・フェルネットの身内を誘拐しようとした人間に対してファミリーがどういった報復に出るのかも、自分たちの犯した罪の重大さも。 「お、おい……」 「う……、うるせえ!」 すっかり尻込みしてしまったらしい仲間の声を、首魁の男が振り払う。 「こうなったら、ガキをネタに金をゆすり取るまでよ! フェルネットといやぁ押しも押されぬ一大ファミリーだ、さぞかし貯め込んでいやがるんだろうしなあ!」 「……愚かな連中め……!」 誘拐犯と睨み合い、重苦しい空気が流れる。相手は三人、対してこちらはひとりだ。ピエトロの米神を嫌な汗が流れ落ちる。 せめて、一瞬でもこの膠着状態を打破できれば――。 そんなピエトロの思考が伝わったのかは定かではないが、誘拐犯に抱きすくめられていたエステルが束の間ぴたりと泣くのをやめ、むぅぅ……と眉間に皺を寄せる。 そして次の瞬間には大きく口を開けたかと思うと、 「ぎゃっ!」 思い切り、男の腕に噛みついていた。 まさか、年端も行かない少女に反撃されるとは思いもよらなかった男が奇をてらわれ、悲鳴を上げる。 「このガキッ!」 激高した男がエステルの右頬を張る。エステルは小さく悲鳴を上げて倒れた。 「エステル!!」 妹が作ってくれた千載一遇の好機、これを逃す手はない。首魁の男へ向けて素早く拳銃を乱射すると、男は小さく呻き声を上げて仰向けに崩れ落ちた。 すかさずルカの薫陶を受けた挙動で駆け出し、残りのふたりのうち片方に思い切り肩からぶつかって、倒れた頭へ至近距離からの銃弾を一発。次いで仲間が斃れたことに怯んでいる最後のひとりへマガジン内のありったけの銃弾を叩き込んでやると、誘拐犯は上半身のあちこちから血飛沫をあげて絶命した。 「ぴえとろぉーっ!」 「エステル……!」 駆け寄ってきたエステルが思い切り抱き着いてくる。ピエトロも残弾のなくなった拳銃を放り捨て、片膝立ちでエステルを抱き留めて無事を確認する。 結果的にエステルに助けられた形だ、エステルが首魁に噛みつかなければ、不利な状況を打開することは不可能だった。 「エステル、怪我はない? よかった……」 今になって恐怖がぶり返してきたのか、わんわんと声をあげて泣くエステルをぎゅっと強く抱き締める。 危ういところだったが、主から預かった大切な妹を何とか守り通すことができた。随分と時間を食ってしまった、負傷したアッティーリオのことも心配だ。早くサービスエリアまで戻らなければならない。 しかし。 不意に背後から感じた殺気に、ピエトロは咄嗟にエステルを抱きすくめるとその場から素早く飛び退いた。 そして、銃声。今しがた兄妹の立っていた地面に弾痕が刻まれる。 見れば、最初にピエトロの撃った銃弾を浴びたはずの首魁の男が左肩から血を流し、右手に拳銃を持って立っていた。 「ふざけやがって……このクソガキどもが……!」 どうやら殺しそこなったらしい。確かに他のふたりと違い、ピエトロは首魁の男が仰向けに倒れたところまでは確認したが、息の根が止まったかどうかまでは確認しなかった。 男は仲間を殺され、自身も手傷を負ったこと、そして子どもに反撃を許したことに対して憎悪と憤怒を漲らせている。 「大人しくするなら生かしといてやろうかと思ったが、舐めやがって……! フェルネット・ファミリーのガキだろうが構わねぇ、ブッ殺してやる!」 「む……」 「てめえらの首は箱詰めにして親父の許に送り付けてやるよ。大切な一人娘をブッ殺されたとなりゃ、武闘派で知られたゴッドファーザーもさぞかし悔しがるだろうぜ!」 此方は唯一の武器であった拳銃の弾を撃ち尽くし、放り捨ててしまった。ただ抱き合うしかない兄妹の姿に自身の優位を確信し、男が嗤う。 だが、この場で笑ったのは誘拐犯の男だけではなかった。 「……ふ」 ピエトロもまた、エステルをしっかりと抱きしめながら口角に笑みを浮かべる。 男は激高した。 「てめえ、なに笑ってやがる!」 「僕たちをブッ殺す? ボスのところへ首を送り付けるだって? そんなことが、お前のようなチンピラ以下のクズに出来ると本当に思っているのか?」 くくッ、とピエトロは男を挑発するようにせせら笑う。 「無理だな。お前には殺せない……命には軽重がある。お前のような人間が奪うには、僕とエステルの命は価値がありすぎる」 「うるせえ! 何が価値だ、そんならお望み通りにブッ殺してやる!」 「……いいや、もう無理だ。なぜなら……何も持たず生まれ、そして今何も成さずに死んでゆくお前と違って――」 ピエトロが笑みを深める。と、モーテルに面した田舎道に次々と厳つい黒塗りのリムジンが現れ、モーテルの周囲を取り囲んだ。 更に、中から黒服に身を包んだマフィオーソたちが手に手に銃を持って下りてくる。 言うまでもなくフェルネット・ファミリーの構成員達だ。ルカは万一の場合に備えて部下に命じ、ピエトロが屋敷を出発したときから付かず離れずの距離でリムジンの警護をさせていたのだ。加えてエステルの肩から提げているポーチの中にはGPSが入っており、その居場所も逐一モニターされていた。 ピエトロは事態を把握した護衛が自分たちのところへ到着するまでの間、時間稼ぎをしていれば良かったのだ。そして、その役目は完全に達成された。 マフィオーソたちが男へ一斉に銃口を突き出す。エステルを抱きしめたままゆっくり立ち上がると、ピエトロは絶望的な表情を浮かべている男を見遣り、 「――僕とエステルには、神の恩寵があるのだから」 と、言った。 ドライブを終えて数日後、ピエトロは主人であるルカの執務室に呼ばれた。 「アクア―リオ・セントラーレを買収することにした」 大きな執務机越しにいつも通り無表情で椅子に腰掛けている主が、やにわに切り出す。 「アクア―リオ・セントラーレ……? あの水族館ですか? 以前エステルと遊びに行った……」 「そうだ」 ピエトロが訊き返すと、主は頷いた。 アクア―リオ・セントラーレはこの街の港湾地区にある巨大な水族館である。六メートルの巨大水槽の他、海獣のショーなども人気を博しており、ファミリー層のレジャーからカップルのデートスポットまで幅広い用途に使われる人気の施設だ。 自分とエステルもかつてルカに連れられ、遊びに行ったことがある。シロイルカのショーがたいそう気に入ったエステルが、体長三メートルほどもあるシロイルカを連れて帰りたい、屋敷で飼いたいと駄々を捏ね、大いに手を焼いたものだ。 「エステルが気に入っていただろう。先日のこともある、やはり遠出をさせるよりは近場で遊ばせた方が安全だ。それに湾岸道路建設の兼ね合いもあり、コネクションの手中に収めるのが得策と判断した」 「は……」 無聊を慰めるつもりで遠距離のドライブに送り出したら、誘拐犯に狙われた。同じ過ちを繰り返さないためには、目の届く街の周辺の施設で遊ばせておいた方がいいという親心だろうか。 加えて、湾岸道路が完成すればフェルネットの王国は今にも増して莫大な富を得ることができるようになる。 そのために、基点となる港湾部の主要な施設はすべてフェルネットの所有物にしてしまおうとの算段であろう。それにしても、計画の一部とはいえ娘のために水族館を丸ごと手に入れようとは、桁外れにスケールの大きな話である。 と、思ったのだが。 「オーナーはお前だ、ピエトロ」 「えっ?」 突然の指名に、ピエトロは思わず頓狂な声を上げてしまった。 「僕が? アクア―リオ・セントラーレのオーナー……?」 「そうだ。経営母体の代表取締役に就任して貰う……と言っても名義上のものだ、実際の運営は不動産部門の下部組織が行う。お前は何もしなくていい、従来通りだ。記念の式典などには顔を出す必要があるだろうが、年に数回のことだ」 ルカの説明を黙して聞く。自分は完全な名前だけのお飾りオーナーで、業務など何もないのだという。 「承知致しました」 慇懃に会釈する。主の決めたことだ、最初からそうするつもりで遥か以前から根回しを行い、あとはもう調印だけ――といったところまで段取りを整えているのだろう。元々主命とあらばピエトロに否やはない、やれと言われれば受けるだけであるが、それにしても突然水族館のオーナーをやれという主の意図がいまいちよく分からない。 しかし―― 「お前がオーナーをする水族館の経営母体は、元官民共同出資の第三セクターだ。つまり政府とも繋がりのある“白い”会社ということになる」 ルカが再度口を開く。 「……お前が欲しがっていた、あの車の購入審査も通るだろう」 「あ……!」 そこまで言われて、ピエトロはやっと自分を水族館のオーナーに推したルカの真意を察した。 昨年のモーターショーの折、ピエトロがブガッティ・ヴェイロンを食い入るように見詰めていたのを、ルカは今もなお覚えていたのだ。 あのときは、新米マフィオーソので裏社会の住人である自分には手に入れる資格がないと折角の申し出を断ってしまった。が、水族館のオーナーならば話は別だ。どこからどう見てもホワイトな肩書は、審査にはうってつけだろう。 先日のドライブで見事エステルを誘拐犯から守り切った、そのご褒美――ということだろうか? 偶々参加したモーターショーでの、ごく短く他愛ない遣り取り。 それを神と敬い慕う主が覚えていてくれたこと、そして願いの実現のために手回しをしてくれたことが嬉しい。 「ありがとうございます、ボス……! ピエトロ・ベルッチ、謹んで拝命いたします!」 ピエトロが嬉しそうに笑うと、ルカもまたほんの微かではあるが、双眸を細めて応えた。 「また、レディ・ヴェイロンといちゃいちゃしてる」 そして、現在。ピエトロが貴重な休日を費やして屋敷のガレージ前で愛車ヴェイロンの洗車をしていると、様子を見に来たエステルが呆れ顔でそう言ってきた。 「最近は構ってやれていなかったからな。誰かさんと一緒で、放っておくとすぐに機嫌を損ねてしまう。いざというときに臍を曲げてしまわないよう、メンテナンスは怠らないようにしなくては」 燦々と降り注ぐ日差しの下でジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を肘まで捲ってゴムホースとブラシを手に振り返る。 屋敷の大きなガレージにはヴェイロンの他に数台のリムジン、ハマー等が収納されている。そういった車両はもっぱら部下たちが洗車をしていたが、ヴェイロンの手入れだけはピエトロが手ずから行い、他人には絶対に任せようとしない。 そうして念入りに状態をチェックし、オイルを新品に交換し、窓もボディもタイヤに至るまでピカピカに磨き上げると、一日があっという間に終わってしまうのだ。 「誰かさんって誰のことかしら。もう……ピエトロのばかっ」 兄が自分そっちのけで愛車ばかり構っている様子に、エステルが不機嫌そうに唇を尖らせる。 「そう怒るな、もう少しで終わる。……うん、今日は格別調子がいいらしい」 妹を宥めながら運転席に乗り込み、シートに座る。最後にエンジンをかけて音を確認すると、ピエトロは満足げに頷いた。 車から降り、車体の周りに散らかしたままの工具を片付ける。屋敷の中で手と顔を洗い、腕捲りしていたシャツを直してジャケットに袖を通す。 やっと自分が構って貰える番になったかと、エステルが喜色を湛える。 「終わった? それじゃあ――」 「いや、まだ最後の確認がある」 「えぇ……?」 エステルはまだ何かあるのか、と不満も露わに眉を顰めた。 そんな妹の反応をよそに、ピエトロは助手席側へ回るとドアを開く。 「何してる、早く乗らないと置いていくぞ」 「……?」 最後の確認があるんじゃないのか、とエステルが怪訝な表情を浮かべる。 「試運転と、乗り心地の確認。行きたくないか?」 「……行きたい!」 表情がころころと変わる。機嫌の悪そうな様子も一転、エステルは嬉しそうに助手席に乗り込んだ。ドアを閉め、ピエトロも反対側へ回って運転席に乗り込む。 「近場でいいなら、好きなところへ連れて行ってやる。どこかリクエストは?」 「じゃあ、セントラル・スクエアのモンテ・ドラートに連れてって! サンドラのオフィスで食べたとき、あそこのケーキがすっごく美味しかったから! また食べたぁい!」 「了解、レディ」 妹の食い気に微笑みながら手短に応え、ギアをドライブに入れる。ハンドルを握ってステアリングを切ると、車は滑るように移動を開始した。 子どもの頃に憧れた夢のハイパーカーが、今は自分の手の中にある。 それ自体例えようもない幸福ではあるけれど、それでも。妹のことは決して疎かにはしない。 第一この車を欲しいと望んだのも、元はと言えばエステルと一緒にこんな車でドライブができたらどんなにか楽しいだろう、と思ってのことだったのだ。 そして、その夢もまた叶えられている。 掛け替えのない大切な、愛しい妹を隣に愛車を駆る。その幸福を噛み締めながら、ピエトロはぐっとアクセルを踏み込んだ。 〈了〉
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11月27日 医学部模試の結果が返ってきた。 理Ⅲ志望者の中では私が一位だった。 まさかトレーニングがこんなに凄いものだとは思わなかった。 学校の先生もやたら誉めちぎってきたけど、手の平返しな気がして、むしろ気分は悪くなった。 何で自分より頭の悪い人にものを教わらなきゃいけないんだろう。 平沢 唯 12月5日 和ちゃんが、急に勉強できるようになったけどどうしたの?と聞いてきた。 いつもみたいに誤魔化す事も出来たはずなのに、私は塞きが切れたように泣いてしまった。 今まで隠しててごめんね。 和ちゃんは私が障害を克服する前から仲良くしてくれていたから、私は和ちゃんを信じて、この日記を見せた。 和ちゃんは日記を読み終わると、「今まで大変だったね。話してくれてありがとう。」と言って私の頭を撫でてくれた。 和ちゃんと友達で本当に良かった。 和ちゃんがいなかったら、私はずっと一人だった。 本当にありがとう。 平沢 唯 1月26日 センター試験の自己採点。 試験の日は、憂がやたら心配してくれたけど、私はもう大丈夫。 私はセンター試験始まって以来、初の全教科満点だった。 さすがに先生も引いていた。 多分、不正行為があったと思っているのだろう。 クラスの人達もどことなく私と距離を置いている。 それでも軽音部のメンバーはいつもと変わらず接してくれている。 ありがとう。 平沢 唯 2月1日 今日、病院の先生と口論になった。 私が理Ⅲに合格したら、私の事を学会で報告するつもりらしい。 今までの事も、論文に纏めていたようだ。 私の存在が世間に知られたら、友達がいなくなるのは明らかだ。 それが分からない程、今の私は馬鹿じゃない。 私は頑なに拒否し続けた。 先生がこんなに醜く見えたのは初めてだ。 私は実験用のマウスじゃない。 平沢 唯 3月4日 澪ちゃんが志望大学に落ちてしまった。 正直、私なら絶対に落ちないような大学だ。 澪ちゃんもそれを理解していて、複雑な顔をしていた。 和ちゃんも澪ちゃんもムギちゃんも、私より勉強しているのに、私のほうが成績は上だ。 罪悪感で胸が痛い。 私は手術のおかげで勉強ができるようになっただけの卑怯者だ。 まるでロボットだ。 酷く憂鬱なので、今日はもう寝たほうがいい。 平沢 唯 3月15日 今日で私は桜高を卒業した。 和ちゃんとも、軽音部のみんなとも、もう毎日会えなくなる。 悲しい。 悲しいけど、ほっとしている自分が嫌だ。 結局、みんなには私の頭の事は話せなかった。 ごめんなさい。 いつか私が強くなったら話します。 来月からは王子で一人暮らし。 理Ⅲトップ合格は嬉しかったけど、罪悪感は拭えない。 平沢 唯 4月20日 軽音サークルの新歓コンパ。 さすが最高学府だけあって、話していて楽しい。 特に、3年の男の先輩とは意気投合して、ギターの話で盛り上がった。 初めてお酒を飲んだ。 美味しくない…けど楽しいから良しとしよう。 でも私は姑息な手段を用いたから、この場にいられるだけだ。 私の過去が知られたら、きっと軽蔑される。 隠し続けるのは嫌だ。 でも知られるのはもっと嫌だ。 平沢 唯 5月5日 GWに、先輩に告白された。 私は彼と付き合う事にした。 初めての恋人。 彼にはいつか私の過去を打ち明けようと思う。 今日は久しぶりに幸せな気持ちでベッドに入れそうだ。 平沢 唯 5月20日 正直、このサークルの演奏はレベルが低い。 軽音部に戻りたい。 あずにゃんの上手なギター 澪ちゃんの丁寧なベース ムギちゃんの綺麗なキーボード りっちゃんの力強いドラム もう一度みんなと演奏したい。 平沢 唯 5月29日 恥ずかしいけど書きます。 今日、初めて彼に抱かれました。 痛かった。 本当に痛かったけど、幸せだった。 この気持ちを忘れないように、詳細を書きます。 彼の部屋で、彼は私にキスをした。 そのまま私の上着の中に手を~ 澪「ちょっ、ちょっと待て!ここは読み飛ばそう!」 和「そ、そうね…」 律「いや、もう私ら70だし、恥ずかしがる事でもないだろ」 紬「りっちゃん、女はいくつになっても女なのよ?」 澪「そうだぞ律!さ、次いこう次!」 律「ちぇー!」 ペラッ 6月10日 窓の外では、まだ雨が降り止まない。 洗濯物が乾かない。 昔、憂が嘆いていた気持ちがよくわかった。 今日は一日中私の部屋で彼と寝ていた。 彼は何度も私にキスをして胸~ 澪「って、またかよ!」 和「…大学一年生なんて、大体こんなもんよね…」 澪「赤裸々すぎだろこれは…」 和「唯は昔から一つの事に夢中になると他の事は忘れちゃう子だったから…」 律「なんだよ、また読み飛ばすのかよ」 澪「当たり前だ!全く、頭が良くなっても、唯は唯だな…」 紬「あ…と、とりあえず続き読もう?///」 ペラッ 6月29日 明日、彼に全てを話そうと思う。 物凄く怖いけど。 彼ならわかってくれるはず。 りっちゃんや和ちゃんみたいにわかってくれるはず。 神様、お願いです。 私に勇気を下さい。 平沢 唯 6月30日 彼に日記を見せた。 私は初めて、能動的に過去を話した。 彼は笑って、大丈夫だよと言ってくれた。 でもその笑顔が引き攣っている事に私は気付いてしまった。 やはり見せるべきではなかったのだろうか。 怖い。 不安だ。 和ちゃんに会いたい。 りっちゃんに会いたい。 澪ちゃんに、ムギちゃんに、あずにゃんに会いたい。 久しぶりに憂に電話した。 憂、ありがとう。 平沢 唯 7月5日 最悪の日。 彼が別れ話をしてきた。 彼は「障害が理由じゃない」と何度も言っていたが、それは欺瞞だ。 私は彼より頭がいい。 それくらいは見抜ける。 今日は一日中ベッドの上で泣きながら過ごした。 平沢 唯 7月14日 最近、ネットを弄るようになった。 そこは、かつての私のような人間…つまり知的障害を持った者に対する、批判、侮蔑、差別で満ちていた。 表面上は皆、優しい。 でも腹の底では私の様な人間を蔑視している。 事実、今の私がそうだ。 出来の悪い人間を見下し始めている。 最低だ。 平沢 唯 8月2日 今日、私が実験に選ばれた理由を先生が明かした。 私は人の幸せを願える綺麗な心根を持っていたから、知能が発達しても問題ないと判断されたかららしい。 先生は見当違いもいいところだ。 今の私は人を見下し、侮蔑している最低の人間だ。 実は和ちゃんやりっちゃんも、腹の底では私を疎ましく思っていたのではという疑念が渦巻いてしまう。 友達は信用したいのに。 そもそも、友達の定義わからなくなった。 私は一方的に甘えるだけで、人の役に立ったことがかつてあっただろうか。 平沢 唯 9月1日 久しぶりにりっちゃんに会った。 りっちゃんはトレードマークだったカチューシャを外して、前髪をおろしていた。 最近彼氏ができたらしく、イキイキしていた。 こんなにかわいいりっちゃんを見たのは始めてだ。 それが私を苛立たせた。 自分の卑屈さが嫌になる。 吐き気がする。 頭が悪いままだったら、こんなに悩む事もなかったのかな。 平沢 唯 10月4日 今日も大学を休んだ 平沢 唯 10月6日 ギター…ギー太をしばらく触ってなかったので、弾いてみる事にした。 メンテナンスをしていなかったので、コンディションは劣悪だ。 あずにゃんが見たら怒るだろうな。 不細工な音色が今の自分にはよく似合っていた。 高校時代を思い出して泣いた。 私はギー太を床に放り投げて、今、日記を書いている。 最低です。 平沢 唯 10月10日 一年前のこの日、私は軽音部を引退した。 あの時は最高の相方だったギー太が今は歪な音を立てるだけだ。 ギー太までが私を嫌う。 平沢 唯 10月11日 イライラしてギー太を投げた。 ネックが折れた。 酷く錯乱しているのが自分でも分かった。 ごめんねギー太。 平沢 唯 11月2日 平沢 唯 11月7日 平沢 唯 11月10日 死にたい 平沢 唯 11月20日 今日、先生と相談して、トレーニングはやめる事にした。 知能の向上に対して精神が追いついていなかったらしい。 そのため、ある程度知能を下げたほうが、私にとってはいいようだ。 先生は残念そうだった。 でも今の状態が改善されるなら、私は馬鹿になっても構わない。 平沢 唯 12月9日 トレーニングをやめてからは気分が良くなってきた。 昔の日記を読み返すと、ちょっと私やばかったなーと思う。 いっそ馬鹿なほうが人生楽しいのかな。 でも馬鹿になったらまた独りだ。 このジレンマはいつまで私を苦しめるのだろう。 平沢 唯 1月10日 大学の講義についていけなくなってきた。 今までは知能の高さでカバーしていたに過ぎず、コツコツ勉強していたわけではない。 人並みの知能になったらそりゃこうなるよね。 なんで医学部なんて入ったのかなあ…。 平沢 唯 4月19日 大学をやめた。 憂も和ちゃんもわかってくれた。 それだけは救いだった。 平沢 唯 5
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きんいろのかみにあおいおめめ。ほうたいでぐるぐるまきだけどおにんぎょうさんみたいにとってもかわいいかお。 手をつないてくれているアニカおねえちゃんはまるでえほんからとびだした「ふしぎのくにのアリス」みたい。 あこがれていたアリスみたいなおんなのこといっしょのおさんぽはうれしいはずなのに、とってもさびしい。 『リンちゃんはもうだれにもしばられるひつようはない、なににこびるひつようもない、あなたはじゆうよ』 そういってだきしめてくれたチャコおねえちゃん。アニカおねえちゃんとおなじきんいろのかみのきれいなおんなのひと。 チャコおねえちゃんのことをかんがえるとドキドキするのに、アニカおねえちゃんにはそんなきもちにならない。 おなじきんいろのかみなのになんで?っておもってあるいていると、むこうがわからでてきたのは、 「やあ、またあえたね。リンちゃん」 うそつきの、ウノおじさん。 ◆ 「リン、Have a closer look……えいっ」 掛け声と共にハンチング帽が宙に浮き、階段を降りるかのような緩慢な動きでリンの目の前まで移動する。 宙に浮いた帽子はぴょんと飛び跳ね、くるくる回り、ぴょこぴょことステップを踏む。 「ほわぁ、なにこれぇ……」 帽子が踊るという魔法のような不思議な光景。それを前に幼い少女は感嘆の息を漏らす。 しばらく踊り続けると、帽子は動きを止める。そして大きく飛び跳ね、リンの頭に着地する。 驚いて目を丸くしている彼女の頭から帽子を取り、得意げな笑顔を見せるリンと数年ほど年の離れた金髪の少女、天宝寺アニカ。 「どう?これが私のPSI『テレキネシス』よ。どう?すごいでしょ?」 数分前、蹄の音を背後にアニカはリンの歩幅に合わせながらはすみ達の待つ袴田邸へと足を進めていた。 その最中でリンに異能やこれまでの経緯について質問を投げかけていたが、彼女の返答は歯切れの悪いものばかり。 何故かと問い詰めるべくリンの方を向く。彼女は今にも泣きだしそうな怯えた表情を浮かべていた。そこでようやく己の失態を悟った。 現在の同行者は自分より年下の、それも小学校低学年と思わしき幼女。彼女から見ればアニカも十分大人である。 そんな大人に強めの口調で責め立てられたら子供はどう思うか。そんなの怖いに決まっている。 大人としての振る舞いを求められ、同い年の子供達には距離を取られつつあるアニカにとってそれは何よりも辛い。 リンから情報をスムーズに得るため、「怖いお姉ちゃん」というイメージを払拭するためにアニカは彼女に異能によるパフォーマンスを見せることにした。 そして、その目論見は―――。 「すごいすごーーい!もういっかい!もういっかいやって、アニカおねえちゃん!」 大成功。たちまちリンの表情は明るくなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねてもう一度と帽子のダンスをせがむ。 「OK、いいわよ。それじゃあ、It's show time!」 愛らしい少女のアンコールに答え、アニカは再び異能を使用し、先程よりも激しく華やかにハンチング帽のダンスを披露する。 演目を終え、リンの表情を伺う。自分に向けられた笑顔は純粋に楽しんてくれたという満点の笑顔。 暗雲が立ち込めつつあったリンとの関係が晴れ渡り、アニカは安堵に胸を撫で下ろした。 屈みこんでリンと視線を合わせる。今度は怖がらせないように優しい言葉で、柔らかな笑顔を見せて問いかける。 「リン、私がMagicを使えるようになったみたいに貴女も特別なMagicが使えるようになっている筈よ」 言葉を選びつつ、リンの異能を聞き出そうとするとリンは再び大きく目を開いた。 「マジック?さっきのっててじななの?リンはてじななんてできないよ」 「ええと、これは手品じゃなくて異能……じゃ分かりにくいか。魔法、魔法よ」 「まほう!?リンもアニカおねえちゃんみたいなまほうつかいになりたい!」 「そこからか……」 リンの今までの挙動から推測すると、彼女はそこかしこにゾンビが闊歩しているという異常事態を正確に把握していないようにも思えた。 同行者であった虎尾茶子が現実を認識させないために動いていたとも考えたが、それはすぐさま却下された。 彼女をよく知る存在――自分のパートナーである八柳哉太曰く虎尾茶子は面倒見の良い自立した大人であることを聞かされている。 言葉通りであるのならば子供であろうとも、否子供であるからこそ現実を認識させるために行動すると考えられる。 現に茶子は肩に重傷を負っている。負傷した現場を間近で見たのであれば、自分を含めた知らない人間には強い警戒心を持つ筈だ。 だが、リンは大人たちの言う「いい子」のまま、このVHで生き延びていた。それも異能という自然の摂理に反した力の存在を理解せずに。 クールダウンした今だからこそリンの様子が「正常」であることに違和感を感じることができる。 ショッキングな出来事に遭遇したため、現実逃避をしているとも考えたが、アニカが見る限り、その様子は見当たらない。 リンの境遇、VH発生後からの経緯など数多の疑問が浮かぶ。それを解消するためには状況証拠だけでは足りず。 リンの口から語られる彼女が認識している現実という証言が必要だ。だがその前に―――。 「リン、怖がらせてしまうかもしれないけど落ち着いて聞いてね。今山折村では―――」 自分たちの置かれている状況を怖がらせないように、それでいて危機感を持ってもらうために言葉を選んで説明をした。 途中、リンは顔を強張らせたが、それでも最後まで「いい子」のまま話を最後まで聞いてくれた。 「―――これが私達が置かれているSituationよ。Sorry、怖がらせてしまったわね」 「………じゃあ、チャコおねえちゃんは、リンたちはこわい人たちにたべられちゃうの?」 「No problem。心配しなくていいわ。リンにも、おそらくMs.チャコにも私のようなSpecial PowerをGetしていると思うわ。 Special Powerを使えるようになれば怖い人達からきっと身を守れるはずよ。使い方を教えるから私の話をしっかりと聞くてね」 ◆ 曰く顕現した異能は突然生えた第三の腕。呼吸と同様に無意識で発動するのもあれば最低限の己の意思決定がなければ発動しないものもある。 天宝寺アニカの異能は後者。己の意志決定により神経回路への働きかけというプロセスが最低限必要となる。 リンはどうか。情欲の沼で淀んだ栄養素を吸い上げ、「愛される」動きを自然体で行える幼き姫君にとって顕現した異能はどちらのタイプに分類されるのか。 その異能に気づき、意識的に使えるようになった彼女の選択は―――。 ◆ 「――――ッ!」 瞬間、アニカの思考と意志を塗りつぶして脳に直接働きかける衝動。目の前で小首を傾げる華奢な少女に感じる強い庇護欲。 自分の命を投げ打ってでもこのか弱い少女を守らなければ。VH解決なぞ無視して、最悪殺人を犯して――――。 「―――はぁッ……!」 探偵としてのプライド。自分にとっての絶対禁忌。それらが異能による思考の浸食を押し留め、「天宝寺アニカ」としての己を取り戻させた。 異能のロジックを理解し、自分の意思を取り戻せれば解除は容易い。何度も己の中で自問自答を繰り返し、庇護の鎖から脱出する。 胸を抑えて荒く呼吸をするアニカの前には心配そうに表情を伺う赤い服の少女、リン。 「ご、ごめんなさい、アニカおねえちゃん!」 「No……problem。ちょっと眩暈がしただけだから心配しないで」 困惑し、駆け寄ろうとするリンの前に片手を突き出して「大丈夫」というサインを出す。一通り呼吸を整えるとアニカはリンに向き合う。 「リン、貴女のPSIは使った人に対して強い愛情を抱かせるPSIだと思うわ」 「リンのことをすきになってくれる……?」 「Yeah。でも気を付けてね。リンのPSIは使い方を間違えると貴女の大切な人を傷つけてしまうものになるから……」 「……うん」 思い当たる節があるのだろうか。アニカの忠告を聞いたリンは元気をなくし、俯いてしまった。 ともかく、これでリンは今の状況が異常であることも、自分の異能についても彼女なりに飲み込めたと思う。 落ち込んでいるリンの手を取り、袴田邸へと足を向ける。しかし、そこでアニカの脳に一つの疑問が浮かぶ。 (リンのPSIがBrainwashingの類だとすると、どうしてあの時、Ms.チャコはあっさりと手を離したのかしら?) あの時の虎尾茶子の様子は焦燥はしていても、異能による影響は受けていないように思えた。 むしろ茶子の手を引いていたリンの方が茶子に依存しているかのようだった。違和感を解消すべく、脳内で映像と音声を巻き戻して再生する。 手を離した時の茶子の安堵の表情。茶子の手を離した時のリンの声色。手をつないでいた時のリンの表現しがたい笑顔。 再生、巻き戻し、ズーム再生、巻き戻し、スロー再生、巻き戻し……。 ほんの僅か、違和感の正体に指を掠めたその時。 「……どうしたの?リン」 目の前の何かから逃れるようにアニカの背後にリンが隠れた。彼女の怯えた様子から危機感を感じた探偵少女は視線を前方に向ける。 「やあ、また会えたね。リンちゃん」 農作業着を着た小太りの男が人の良さそうな笑顔を浮かべて歩いてきた。 ◆ 「リンさま、しょうとうのおじかんですのでベッドにおはいりください」 「はーい」 きょうのねるまえのおべんきょうはいつもごはんをくれるおねえさん。 おまたをふいたあとにパジャマにきがえて、ちょうきょうしのおじさんにするみたいにありがとうのあいさつをする。 「リンをきもちよくしてくれてありがとうございます!」 「はい、リンさま。どうかよいゆめを」 おねえさんはでんきをけして、しろいいたにまほうのカードをかざしてドアをあける。 きもちいいことをしてくれるのはいいけれど、いつもぶーってしているからリンはきらい。 リンをばっちいものをみるめでいつもみてくるからおねえさんのめはだいっきらい。 だから、おねえさんにいたずらしちゃった。 きづかれないようにちかづいてスカートのポケットからまほうのカードをぬきとった。 とってもつかれているみたいだったから、カードをとられたことにおねえさんはきづいていなかった。 リンはもう7さい。あかずきんちゃんやふしぎのくにのアリスだってリンとおんなじとしでぼうけんしている。 いままでずっといい子にしていたから、いちどくらいならいいよね、パパ。 ◆ 「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。ほら、子供だけだと今は危ないから一緒に行きましょう、リンちゃん、それと―――」 「天宝寺アニカよ。こんな状況だからこそAdult maleには警戒しているの」 「ああ、君があのアニカちゃんか。僕は宇野和義。山折村で農家をやっているしがない男です。 山折村には観光に来たのかな?安全な場所を知っているから僕と一緒に来て―――」 「No,I'm good。今私達は安全が保障されている場所に行くところなのよ、Mr.ウノ」 にこやかな笑みを湛えて歩み寄る宇野。それに対して一歩後退りながらアニカは対応する。 衣服の裾を掴んで彼から逃れようとするリンの様子からみるに、彼女にとって宇野は強い警戒心を持っているらしい。 改めてアニカは宇野の挙動や視線の動き、声色を確認する。 こちらを安心させるためであろう声色や柔らかな笑みは一見するとこちらを純粋に心配するものと考えてもいいほど穏やかで優しい口調だ。 顎にはガーゼで簡易的な処置が施された裂傷。布に沁みた血の跡から察するに傷を負ってからそこまで時間が立っていないようにも思える。 「農作業中についた」と言い訳が立ちそうな傷だが、下から一直線の傷から見るにその線は薄く、誰かとの諍いがあり、その最中でつけられた傷だと推察できる。 そして自分の背後に隠れているリンに向けられる視線。ねっとりと身体を舐めまわすような不快な視線。 自分が幾度となく晒されてきた視線が、自分より幼い少女に向けられていた。 日常生活であるのならば邪な心を持つ人間は存在しても実行する前に最低限の理性が働き、妄想だけに留めるであろう性癖。 しかし、現在はVHの真っ只中。どうせ長生きできないのならと凶行に及ぶ人間がいてもおかしくはない。 僅かな時間で行った宇野和義の簡易的なプロファイリング。それを以ってアニカは彼を危険人物であると判断した。 「安全とは言ってもねぇ……今の状況じゃ道中で危険人物と鉢合わせするかもしれませんよ。ですからここは男手が必要じゃないんですか?」 「だから土地勘のある貴方が道を案内するってことね。Don't worry。ゾンビの対処法は知っているし、危険人物と鉢合わせても私の異能なら対処できるわ」 「うーん、そっかぁ……それじゃあ僕はどうすればいいのかなぁ……」 「不安なら一緒に私達の拠点まで行きましょうか?」 その言葉に服を掴んでいる手が一層強く握りしめられる。「大丈夫よ」と宇野に聞こえぬような小さな声でリンに語り掛ける。 「それはちょっと厳しいですねぇ…。だって」 宇野の歩幅が大きくなり、アニカ達と距離が狭まっていく。 「それじゃあ」 宇野の右手が背後に回される。 「リンちゃんと」 宇野がアニカ達の数歩前で止まる。 アニカは異能を使用し、背中のショルダーバッグのファスナーを開ける。 「二人っきりに」 宇野の手には手には草刈り鎌。 ショルダーバックから催涙スプレーが転がり、宇野とアニカの間で静止する。 「なれないじゃないですかぁあああああああ!!」 頭上に振り上げられる刃。そのまま振り下ろされれば頭はざっくりと割られ、血の雨を降らせるだろう。 しかし、その惨劇は起こることはない。鎌を振り上げられたと同時に催涙スプレーが彼の眼前まで浮遊。そして勢いよくOCガスが噴射された。 「ぎ……あああああああッ!」 鎌を落としてのたうち回る宇野を尻目に、アニカはリンを背負う。 「アニカおねえちゃん!どうするの!?」 「あのDangerous personから逃げるのよ!」 アニカが向かう先は仲間達の待つ袴田邸ではなく、現在場所と目と鼻の先にある高級住宅街。 無理をして袴田邸へと向かい、ひなた達と協力して対処することも考えたが、男の危険性を考えて却下した。 距離的にも自分が追い付かれる可能性が高い上に、あそこには非戦闘要員が多数存在する。 特に男性恐怖症を患っている恵子には気喪杉禿夫とは別ベクトルの危険人物とは会わせたくない。 故に結論は一つ。自分が宇野和義を最低限の安全が保障された場所で再起不能にしたうえで、リンを連れて袴田邸へと帰還する。 勝算については現在の所持品や「テレキネシス」という己の異能から判断すると、宇野の無力化は可能だと考えた。 瓦礫を避けつつ高級住宅街へと数時間ぶりに足を踏み入れる。 アニカの運動神経は同学年の女子の中では上位に位置するものであるが、疲労とリンを背負いながらの疾走によりスタミナが尽きかけている。 対する狩人の宇野は現役農家。体力や足の速さは小学生女児とは比べるべくもない。 いくら催涙スプレーがクリティカルヒットしたとはいえ、調子が戻ればすぐにアニカ達に追いつく筈だ。 住宅地へ入った直後、己の足に代わる移動手段を探すべく辺りを見渡す。 「―――あった!」 とある一軒家の前に落ちている車輪付きの運動用具。 「アニカおねえちゃん、こののりものはなに?」 「スケートボード!現役小学生探偵のSuper Itemよ!」 足でボードを蹴り起こし、リンを背負ったままボードへと足をかけた。片足である程度の加速をつけた後にボードの上に乗り、疾駆する。 途中、瓦礫やコンクリートの亀裂でバランスを崩しそうになるが、持ち前のバランス感覚や異能によるボードの軌道修正により何とか乗り越えた。 高級住宅街の奥へ、奥へと潜り、宇野和義への対処が可能な家を探す。それなりに大きな家を見つけるとパワースライドでボードを静止させた。 「有磯」と表札が掛かっている家のガレージには軽トラック、庭にはシャベルや噴霧機を始めとした農作業具が置かれている。 宇野の武装になりそうなものが多かったが、追いつかれる可能性を考えると贅沢を言っていられる余裕はない。。 ガレージの横にスケートボードを立てかけて、リンを降ろす。心配そうにこちらを見上げるリンを安心させるために笑顔を見せる。 玄関の引き戸を開けようとすると案の定、鍵が掛かっていた。 武力担当の八柳哉太がいれば非常事態ということでドアを蹴り飛ばして住居へと入ることができたが、今この場にいるのは非力な子供二人。 数時間前にスクーターや乗用車のキーなしで動作させたときと同じように、異能を使用して開錠する。 「ここにかくれるの!?」 「No、ここでAmbushするのよ!」 ◆ おひるごはんをたべているとき、きのうのおねえさんがまっさおになってリンのおへやにはいってきていた。 あかいカーペットをひっくりかえしたり、ベッドのしたをみていたりでおおあわて。 リンのゆすって「カードキーをしりませんか!?」っていってきたけど、しらないっていったらかえるさんみたいなへんなこえをだしてでていった。 とってもいいきみ。リンをばかにするからだ。パパにおうちをおいだされちゃえ。 ピー。ちょうきょうしのおじさんにおやすみなさいをいったあと。つみあげたえほんのうえにのってまほうのカードでドアをあける。 リンがおへやをでるときはいつもパパかちょうきょうしのおじさんといっしょ。きょうはリンひとり。さあ、だいぼうけんにしゅっぱつだ♪ ドアがひらくとでんとうでめがちかちか。リンはとってもわくわく。リンのおうちはどうなっているのかな? おとをたてないようにぬきあしさしあししのびあし。あかいふくをきているからリンはあかずきんちゃん♪ おおかみさんにみつかったらこわいおしおきがまっている。みつからないようにたんけんだ! リンのおへやのとなりにはたくさんのおへや。ドアノブはみつからない。 まほうのカードであけようとしてもリンはちっちゃいからしろいいたにとどかない。あきらめてうえのかいをぼうけんしよっと。 とことこ、とことこ。かいだんをのぼると、まどにはおほしさま。おじさんといっしょのおさんぽでみつけたいちばんぼし。 リンがわるいことをしてるってわかるけど、そんなのわすれちゃうくらいきれいなおほしさま。 おほしさまにみとれながらろうかをあるいていると、「んーー!んーー!」ってへんなこえ。 リンのすぐとなりのおへやからきこえてくる。ちょこっとだけドアがひらいている。こっそりすきまをのぞきこんでみる。 そこにはリンがきらいなおねえさん。すっぽんぽんで×(ばってん)にはりつけにされている。 おくちにはリンのおべんきょうによくつかわれているボールギャグ。スポットライトにてらされていて、おねえさんのまわりにはカメラがたくさん。 リンがびっくりしていると、おへやのおくからおとこのひとがいっぱいでてきた。 おとこのひとはスーツのこわいかおのひと、あたまピカピカのひと、おなかでっぷりのおじさん。なかにはちょうきょうしのおじさんもいた。 おねえさんはくびをふってないていた。おとこのひとたちはたのしそうにわらっている。 きらいなはずなのに、おねえさんがかわいそう。おねえさんのまわりにいるおとこのひとたちがこわい。 おとこのひとたちがなにかはなしている。むずかしいことばばっかりでわからない。 ちょっとするとおしゃべりがおわる。それといっしょにおとこのひとたちのなかからひとり、おねえさんのまえにたつ。 おねえさんがなきやんでかおいろがすごくわるくなる。 ――――パパ?なんでパパがいるの?なんでわらっているの?なんでナイフをもっているの? ◆ 「なん……なのよ……これ……!?」 転倒した家財道具や商品として出荷予定であった野菜や果物が散乱しているフローリングの床。 テーブルの上に置かれた包装された顆粒剤、乾燥茶葉、牛乳瓶に詰められスムージードリンク。それらを前に探偵少女は頭を抱えた。 ゾンビや危険人物がいないかなどの最低限の安全確認を行った後、アニカはリンの手を引いて有磯邸へと侵入した。 そこで宇野を安全かつ確実に行動不能へとするための手段を構築すべくリンと手分けして道具を集めることになった。 距離が取れたとはいえ、地面には靴やローラーの跡が残っており、宇野が自転車などの移動手段を手に入れることを考えると時間はない。 そのことを頭に入れながら有磯邸一階の探索を行っていた矢先に見つけたのが3つのアイテム。 顆粒剤は阿片。乾燥茶葉はマリファナ。毒々しい色彩のスムージーは前述の2つを含む多くのの違法薬物がブレンドされたもの。 「ラリラリドリンク」とラベルが貼られたそれは薬物事件に関わってきたアニカの目から見ても異質。 「山折村にはヤクザがいる」と哉太から聞いてはいたもののここまで大っぴらに薬物の取引がされているとは思ってもいなかった。 (発注書によるとCustomerはMr.アサカゲ、Mr.コロシアイ……不吉な名前ね。それにアサノ雑貨店。村の小売店にも卸されているみたい) 彼らが山折村の住民かつ正常感染者になっていれば危険人物である可能性が高い。 そう考えつつプリントされた発注書の束をペラペラとめくり名前を頭にインプットしていく。 (残りは二人……いえ、二ヶ所ね。山折総合診療所近辺と、確かこの住所は山折村のNortheast……Public square裏手の森林地帯のはずだわ) 最後の二枚に記述されている発注先にどこか違和感を感じる。発注量は個人で使う分には多いと感じるが、販売目的でならば浅野雑貨店のようにおかしな部分は見当たらない。 発注先の住所も別段おかしな部分はない。だというのに、この気持ち悪さはなんだ そもそも「ラリラリドリンク」なる違法薬物の値段がおかしい。違法取引されている薬物の相場と比較して安価すぎる。 疑問がぐるぐる頭の中を駆け巡る。底なし沼の如く思考の深みへと沈んでいく。そして、 「――――ニカおねえちゃん、アニカおねえちゃん」 すぐ傍で聞こえる舌足らずな幼い声。ハッとして声の方へと視線を下げると服を引っ張り不安げな表情を浮かべた幼い同行者の姿。 「アニカおねえちゃん、だいじょうぶ?おかおいたくない?」 「……Sorry、リン。大丈夫よ。ボーッとしてたわ」 頭を撫でてリンを安心させる。そして改めて現状を確認する。 有磯邸にてアニカが集めたものは薬物商品を除くと使えそうなものは泡消火器に殺虫スプレー、バトニング用マチェット。 リンに持たせたエコバッグから二階から集めた物資を出すように促す。 「ごめんなさい、アニカおねえちゃん。つかえそうなもの、あんまりみつからなかった……」 申し訳なさそうに俯いたリンがエコバッグがひっくり返し、集めた物資が床に転がる。 ビニールロープ、農業雑誌、ファッション誌、化粧品の数々、家主のものと思われる女性ものの寝間着など。 リンの自己申告の通り、宇野の撃退にはあまり役に立たないと思われるアイテムが転がる。 「Shake it off。気にしなくていいわ。集めたものをうまく使ってDangerous personを撃退するのは私の仕事だから」 そう。今集めた物資を上手に使うのはアニカの仕事だ。己の異能は自分の近くに物が多ければ多いほど性能を十分に発揮できる異能。 宇野の異能が分からない以上、使用される前に戦闘不能にしなければならない。 二階の探索をリンに指示したのにも理由がある。探索途中に宇野が現れた場合、リンよりも先に自分に注意を向けさせるためだ。 「アニカおねえちゃん、リンにもできることある?」 上目遣いでアニカを見上げるリン。アニカが仕事をしているのに自分は何もしていないということに罪悪感を感じているのだろう。 彼女に異能を使用させて動きを封じるということが一瞬頭を過ぎったが即座に却下した。 護衛対象、それも危険人物のターゲットを危険に晒すなどできるはずもない。 かといって手持ち無沙汰にするのもリンが納得するようには思えない。そこでアニカはマチェットをリンに渡すことにした。 「Trapを作るとき、リンが見つけてくれたビニールロープを使おうと思うの。使う時になったら声をかけるからこれでロープをCutしてくれると助かるわ」 「……うん」 アニカの手助けというにはあまりにも小さな雑務。言外に何もするなといっているようなものだ。 リンは当然納得していないようだが、それ以上できることがないため、渋々といった感じで了承する。 「それじゃあ、早速Trap makingを――――」 じゃり、じゃり……と砂を踏む音が聞こえる。それが少しずつ、少しずつ有磯邸へと近づいてくる アニカの表情が強張る。リンがアニカの後ろへと隠れる。 二階の階段への距離はそう遠くない。だが自分達が階段を上りきるよりも招かれざる招待客と鉢合わせするの方が先であろう。 足音が止まる。一呼吸置いた後に、ガラリと戸が開く。 「逃げちゃア……ダメじゃないですかぁ……リンちゃん?」 ◆ からだがうごかない。 「―――――――。―――――――」 「――――――!――――――!」 おねえさんをとりかこんだおじさんたちがわーわーってはしゃいでる。パパはなにかいってるみたい。 パパがなにをいっているのかわからない。わかりたくない。きみつほじ?いはん?ばっそく?いみがわからないよ。 すなっふ?うらビデオ?ひょうほん?おじさんたちのことば。わからないわかりたくないしりたくないしらない。 からだがうごかない。 そうしてパパがナイフでおねえさんのおなかを あかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかひもあかあかあかあかおにくがこぼれあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあか ひめいひめいひめいひめいひめいおへやにもどらなきゃあかひめいあかあかあかあかあかあかわらいごえひめいひめいあかうであしあかあか あかひめいひめいからだがひめいあかひめいあかうごかないあしひめいひめいひめいひめいあかうでひめいあかあかあかあかあかあかひめい みみをふさいでもひめいひめいひめいひめいひめいひめいきこえてくるあかあかあかあかにげなきゃひめいひめいあかあかあかあかあかあか あかひめいひめいあかごめんなさいあかひめいひめいひめいひめいひめいあかひめいひめいゆるしてひめいひめいあかあかあかひめいひめい おねえさんのめが、リンをみた。ボールギャグでふさがれたくちで、リンにいった・ 「う そ つ き」 うごけるようになった。はやく、はやくおへやにもどらなきゃ。ぼうけんなんてしなきゃよかった。まほうのカードをとらなきゃよかった。 ドアをカードであけてベットにとびこむ。アリスのおにんぎょうとあかずきんちゃんのおにんぎょうをだきしめてめをつぶる。 『うそつき』『どろぼう』『おまえのせいだ』『なんでわたしがこんなめに』『おなかをさいてやる』『おなかにいしをつめてやる』 『くびをはねておしまい』『むちでたたいてやる』『おまえもまっかにしてやる』『おまえもばらばらにしてやる』『おしおきしてやる』 あたまのなかでおねえさんのこえがきこえる。パパたちのうれしそうなこえがなんどもきこえる。みみをふさいでもきこえてくるこえ。 なんども、なんども、なんども、なんども、なんども―――――――。 ◆ ミシリ、ミシリとフローリングを踏む音が一歩一歩と居間へと近づいてくる。同時に聞こえる男の荒い息遣い。 背後には男の獲物である幼い少女。彼女の小さな手がアニカの服をぎゅっと握り締める。 幾度となく対峙した凶悪犯罪者達と酷似したプレッシャー。獣の如き嗅覚にて潜伏先を補足した事実に探偵少女は焦りを感じた。 道具は万全とはいかずとも及第点。しかし宇野の異能が分からず、罠の設置もできていないため準備は不十分。 宇野と相対せずに罠によって意識を落とす算段であったが、その目論見は泡沫と化した。であるならば自身が少女を守護する罠になるほかはない。 「いぃ~ま、迎えにいきますかぁ~らねぇ~」 宇野の間延びした声が家内に響く。声の大きさや歩行速度から、居間までの時間は10秒もないだろう。 異能を使用して消火器を宙に浮かせ、ドアの方へと歩みと共に移動させる。足音はすでにドアの一メートル先まで近づいてきている。 宇野がドアを開けるより先にアニカは異能によりノブを回してドアを開けた。 「はァ~~~い、アニカちゃ~ん。リンちゃんはどこに―――」 言葉が終わるより先にホースを宇野の顔面へと向けて泡を噴射させる。 しかしそれは先刻の二番煎じ。予測は容易い買ったであろう、宇野は両腕で顔を覆い、泡で視界が封じられることを防いだ。 宇野とアニカの距離は二歩半ほど。右手には鉈。振り下ろしには宇野は一歩の踏み込みが必要であるが、投擲であれば不要。 しかし、アニカのすぐ後ろには宇野の愛すべきアリスドールたる天使、リンの姿。投擲が誤りリンを穿てば悔やんでも悔やみきれない。 一時撤退は愚策。かの有名な天宝寺アニカであれば更なる手段を用いて己の愛を阻むであろう。 自身の異能はどうか?アニカとリンが密着している上、異能の発動には数秒であるが時間が必要だ。その隙に対処されては困る。 既に檻は、確実に対象を束縛するために罠として設置してある。故に結論は一つ。踏み込んで反応する前に踏み込んで少女の頭蓋を叩き割る。 決断するや否や宇野は視界を防いだまま一歩足を踏み込んで――― 「うわぁぁッ!」 リンが二階で集めてきた化粧品の一つ、化粧水の瓶を踏んで宇野は前のめりに転んだ。 それでも鉈からは手を離さず、丁度アニカの頭上に来るように刃が振り下ろされる。 鉈が振り下ろされることは既に想定済み。消火器を頭上に移動させて脅威から身を守り、リンの手を引いて後ろへ数歩下がった。 ドスンと宇野の巨体がフローリング上へと倒れ込む。5秒も満たない時間で宇野は起き上がるであろう。 行動するための武器は既にある。探偵少女はバッグからスタンガンを取り出す。 痛みに呻きながら立ち上がろうとする宇野。この距離では自分の腕の長さでスタンガンを充てることは不可能。 しかし、アニカの異能である「テレキネシス」はこの時のために存在する。 「あガ……ガガガガガガガガガガガガッ!」 両手をついた状態の宇野の首に充てられる強力な電圧により白目を向いて痙攣する。身体に浴びせられた泡が通電を促進させる。 アニカのスタンガンはワンオフ品。市販のスタンガンとは頑強さも電圧の出力も比べるべくもない。 電流の流れる時間は数秒程度。しかし、宇野の意識を刈り取るのには十分な時間であった。 「……アニカおねえちゃん。もう、だいじょうぶなの?」 5分にも満たない宇野との対決。本当にこれで終わりなのか、というリンの不安が伝わる。 異能で手に持っていた鉈を遠くへ飛ばした後、アニカは残心をとる。 「……Yeah、Mr.ウノは意識を失っているわ。私達の勝ちよ、リン」 その言葉と共にアニカとリン、両者に安堵の息が零れる。時間、準備、手段。ありとあらゆるものが不足している中での綱渡りの戦闘。 映画のように自分が望んでいたスマートな決着とはいかずともリンという託された少女の護衛ができた。 ◆ 「……Mission complete。これでMr.ウノはもう動けないはずよ」 「ほんとうに、もうウノおじさんはリンたちをおいかけてこない?」 「……少なくとも私達が仲間に合流するまでの時間は稼げるはずよ」 アニカ達の目下には手と足をビニールテープで拘束されて転がっている危険人物、宇野和義。 ピクリとも動かないが呼吸が確認できていたため、死んではいないようだ。 「それじゃ、Dangerous personが目を覚ます前に家を出ましょう」 「はーい」 殺虫スプレーを始めとした宇野撃退のために回収した物資をバッグに詰め込んでいく。その最中、瓶詰のスムージーを前に手が止まる。 (ラレラレドリンク……こんなものが、平和そうな村で売られていただなんて……) 「どうしたの?」 「……なんでもないわ。行きましょう」 言葉と共にドリンクをバッグにしまい、リンの手を引いて部屋を後にする。村を闊歩するヤクザ。違法薬物の加工商品。その発注先。 過去、テロが起きた研究施設と同様の脳科学の研究を行っている未来人類発展研究所。極めつけは現在進行形で発生している災害。 闇が闇を招きよせ、ピタゴラスイッチのように連鎖反応を引き起こしている。 断言しよう。八柳哉太の故郷は―――山折村はおかしい。培ってきた経験が、探偵としての直感がそう告げる。 ともかく、事態収束のために自分ができることは情報収集と推理だ。一旦袴田邸へと戻り、聞き込み調査をしなければ。 そう考えつつ、玄関から一歩足を踏み出した瞬間。 「―――――――え?」 視界が闇に染まった。 ゆらゆらと宙に浮く感覚。異能が使用できず、音も触感もありとあらゆる感覚が黒く塗りつぶされている空間に漂う。 唯一動くのは己の頭脳。状況を理解し、打破するために頭を働かせて解を探し出す。 その答え合わせは数秒も経たないうちに訪れた。 「やあ、アニカちゃん」 天窓のように開いた暗闇に浮かぶ人の良さそうな中年男性の笑顔―――宇野の穏やかな笑み。 声を出そうと喉を絞り上げても出てくるのはヒューヒューとした掠れた呼吸音のみ。 その直後、アニカの身体に降り注ぐ火がついて煙を発する淡紅色の花。煙を吸い込んだ瞬間、アニカは咳き込む。喉が焼け、吐き気を催す。 理由を、花の名を悟り、アニカの心に絶望が広がる。 花の名は夾竹桃。「危険な愛」の意味を持つ山折村の象徴花である。 ◆ 天宝寺アニカは持ちうる限りの知識と経験を活かし、できうる限りの最善手を尽くしたのであろう。 しかし、蓄積された疲労や異常事態における幼さゆえの焦りが僅かに彼女の持つ判断力を鈍らせた。 故に、宇野和義がなぜ異能をしようとしなかったのかという違和感には目を向けることはなかった。 結果、宇野が短時間で意識を取り戻し、長袖シャツの中に隠し持っていたカッターナイフの刃を発見できず、脱出を許したのであった。 自分から天使を奪った罪は重い。すぐにでも檻の中に入り、アニカの根を止めるために異能により作られた檻へと入ろうとしたが――――。 「――――――ウノおじさん」 天使が、自分を見つめていた。脳に叩きつけられる感情。艶やかな黒髪にぷっくりとした頬。細く、柔らかな手足。 監禁し、愛してきた少女達には感じたことのない暖かな愛情。父性本能か、母性本能か、性欲かも分からぬ感情。 想いが全て目の前の天使に埋め尽くされる。一秒たりとも彼女から目を離したくない。 もう二度とこの娘を奪われぬためにも邪魔者は消してしまわなければならない。 庭に植えてあるのは山折村の象徴花、夾竹桃。殺害手段はすぐに生まれた。 「リンちゃん……もう大丈夫ですよ。邪魔者がいない場所で、二人で最期まで一緒にねェ……」 「さいごまで?」 庇護者を求める幼く愛らしい少女。手に何かを持っているがそんなことは気にならない。 抱きしめると感じる体温。鼻孔をくすぐるミルクの香り。その姿はさながら芸術品。一挙手一投足、全てが愛おしい。 木更津閻魔達と一緒にいた時とは比べ物にならない思いが胸を駆け巡る。これからこの天使を独占する。誰にも邪魔させるものか。 「はい、さいごまで」 「そっか。ウノおじさん、リンをあいしてくれる?」 「もちろん。僕は最後までリンちゃんと一緒にいます」 「リンをまもってくれる?」 「……リンちゃんはもう誰にも怖がる必要はないよ。誰にも媚びる必要もない。君は僕がずっと守ってあげる」 「そう……」 首に回される細腕。幼い吐息が、小さな口が新たな守護者の口元へと近づいていき―――。 ◆ 「う そ つ き」 刹那、吹き出す血しぶき。 ◆ とことこ、とことこ、もりをあるく。リンはあかずきんちゃん。びょうきのおばあさんにぶどうしゅとチーズをとどけなくちゃ。 いっぱいあるいていくともりをぬけて、きでできたおばあさんのおうちについた。 ドアをあけるとそこにはべっどにねそべったリンのきらいなおねえさん。 おばあさんはどこ?おねえさんにきく。するとおねえさんはすごくこわいかおになった。 『おまえのせいだ』 おねえさんのおなかがぱっくりわれる。なにがなんだかわからない。 こわくなってにげようとしたけれど、ドアのまえにはナイフをもったりょうしさん―――パパがいた。 『おまえはうそつきだ』 こわいかおでパパがいった。パパとおねえさんにはさまれてにげられない。 ベッドのうえにおしたおされて、あかずきんとおようふくをぬがされた。 『うそつきにはおしおきだ』『うそつきおおかみのおなかにはいしをたくさんつめてやる』 じたばたしてもからだがうごかない。やだ……こないで……これからはずっといいこにするからゆるして……やだ……やだ……。 「いやあああああああああああああああああああ!!」 とびおきた。よかった、ゆめだ。きのうのこともきっとゆめ。わるいゆめなんだ。 リンのとなりにはあかずきんちゃんとアリスのおにんぎょう。そしてまくらのそばには―――。 「リン、どうしたんだい、そのカードは?」 びっくりしてとびあがる。びくびくしながらこえのほうをみるとだいすきなパパ。 パパのいうとおり、まくらのそばにはまほうのカード。 「きのうはねるまえにどこにいっていたんだい?しょうじきにいいなさい」 「あ、あのね、パパ。ききたいことがあるんだけど、いつもごはんをだしてくれるおねえさんは―――」 「わたしのしつもんがさきだ。しょうじきにいいなさい」 こわいふんいきでパパがきいてきた。いつものパパとはちがう。なんだがとってもこわい。 しょうじきにいったらどうなるんだろう。きのうおへやをぬけだしておねえさんを―――-。 「――――――ッ!」 ことばが、でない。きのうのはゆめ……じゃない……? 「しょうじきにいいなさい」 おねえさんのめがリンをにらみつける。おじさんたちのわらいごえがなんどもくりかえされる。 「しょうじきにいいなさい」 いつものやさしいパパじゃない。でもしょうじきにいったらどうなるの? 「しょうじきにいいなさい」 うそをついてもパパはとってもあたまがいいからリンのうそなんですぐバレちゃう。 「しょうじきにいいなさい」 だから、リンは「いい子」でいるためにこたえた。 「ごめんなさい、パパ。このカードはおへやにおちていたの。なんだろうってしろいたにくっつけたらドアがひらいちゃった」 「それで、どうしたんだい?」 「すごくびっくりして、おねんねしないでおへやからでたらパパにめってされるっておもったからこわくなっておねんねした」 パパはなにかをかんがえこんでいる。リンのこたえがまちがっていたらどうなるのかわからない。 もし、パパがリンを「わるい子」っていったら……きのうのおねえさんみたいに……。 「――――そうか、リンはいい子だ。しょうじきものでえらいぞ」 リンのこたえにパパはまんぞくしてとってもやさしくわらってくれた。いつものパパにもどってくれた。 「ああ、いつもリンにしょくじをはこんでくれるじょせいだね。かのじょはわるいことをしたからもうこのやしきにはいないよ」 やっぱりっていうきもち。パパにとっていい子じゃないと、リンは―――このおやしきのひとたちはパパにおしおきされる。 「リンがうまれるまえにもね、チャコっていうおんなのこがパパからにげだしたんだ」 「ずっといい子にしていたのににげてしまったからとてもざんねんだったよ」 「うそつきおおかみはわるいこだ。みつけたらパパのこわいおしおきがまっているからしょうじきものでいなさい」 パパはリンがいい子でいたらずっとやさしいパパでいてくれる。 しょうじきのなかのうそも、パパがうれしいってよろこんでくれるのならリンはうそをつく。 だからリンをずっとあいしてね、パパ。 ◆ パパはうそつきだ。いい子にしてたらやさしいパパのままでいてくれるっていったのにリンをたべようとした。 エンマおにいちゃんもうそつきだ。リンといっしょにいくっていったのに、リンをおいてっちゃった。 ウノおじさんもうそつきだ。エンマおにいちゃんとごうりゅうするっていったのに、リンにわるいことをしようとしてる。 だから―――――。 「うそつきおおかみさんのおなかには、いしをつめなきゃ」 くびをおさえているうそつきにぶつかってひっくりかえす。 「な……んで、どうし……て……ぼくは……リンちゃんを……あいして……まもって……」 リンのちからでリンがだいすきになったウノおじさん。チャコおねえちゃんのいうとおり、ウノおじさんはうそつきおおかみさんだ。 おなかにのっかってナイフをふりおろす。ぶたさんみたいななきごえがきこえる。うるさいなぁ。 えいってちからをこめておなかからおへそまでナイフをひっぱっていく。 ぶーぶーびーびー、とってもうるさい。リンのおようふくとおててがまっかっかになっちゃった。ばっちい。 あとはいしをつめなきゃ。でもいしがみつからないなぁ。しかたない、かわりのものでがまんしよう。 りょうてにちからをいれておなかをひらく。そしてまわりにあるものをうそつきおおかみさんのなかにつめこんでいく。 トマト、キャベツ、くつ、なす、きゅうり、スリッパ……わからないものも、いろんなものもいっぱいつめこむ。 「なにを……やっているのよ……」 おんなのこのこえがする。そのこえはリンにいろんなことをおしえてくれたとってもやさしい、とってもいい子のふしぎのくにのアリス。 「アニカおねえちゃん♪」 ◆ 目の前の惨劇に言葉を失う。 唐突に宇野和義の異能が解除され、何事かと玄関から這って移動した先には、宇野の腹部にのしかかり、血濡れになっているリンの姿。 宇野和義は既に絶命している。周囲には彼の臓物と思わしき肉塊が散らばっており、地獄絵図と化していた。 アニカは命に係わるほど煙を吸っていたとは思えぬほど中毒症状が軽い。それでも自立歩行が困難な状況ではあるが。 その種は彼女が顔にミイラのように顔に巻き付けていた包帯に合った。 この包帯は犬山はすみが上限まで異能による強化を施し、再生機能を付与させた代物。 口を覆うまで包帯を巻いていたため、夾竹桃の毒煙による中毒症状を軽減させていた。 これがアニカの命が助かった要因の一つ。もう一つ。これこそが最大の要因。 「アニカおねえちゃん♪もどってきてくれてよかった♪」 手にマチェットを持ち、満面の笑みでアニカに駆け寄るリン。彼女が宇野から退いたことによりその惨状が明らかになる。 宇野の鳩尾から臍部にかけての深い裂傷。切り裂かれた腹部には果物や野菜など、手短にあった物体が詰め込まれている。 それはまるで童話「赤ずきん」の婆騙りの狼が猟師に石を詰め込まれたかのよう。 「な……んで……こんな……ことに……」 自分の目の前で殺人が起きてしまった。それも自分より幼い少女が起こした。しかもその殺人がなければ、自分は死んでいた。 天才美少女探偵としてのプライドがガタガタと崩れる音がする。今まで培ってきた正義感が否定されたかのようだ。 「だって、ウノおじさんはうそつきでチャコおねえちゃんとアニカおねえちゃんをじゃまものあつかいしたんだよ?」 「でも……だからって……」 アニカの嘆きを他所にリンは聖母のような優しい笑顔を今まで守ってきてくれた心優しいアリスへと向ける。 「アニカおねえちゃん、リンにとくべつなちからをおしえてくれてありがとう。まもってくれてありがとう」 くすり。言葉の端で浮かべる妖艶な微笑。それと共に脳に語り掛ける「リンを愛せ」という信号。 一度解除できれば精神がどれだけ弱っていても解除は容易い。瞬きの間に催眠から抜け出す。 「リンのちから、アニカおねえちゃんにはもうきかないんだ……ざんねん……」 ぶーと頬を膨らませるかつての守るべき少女。彼女はいったい何者なのか。その変貌が恐ろしい。 絶句するアニカを尻目にリンはスカートの裾をつまんで、令嬢のように一礼する。 「ばいばい、アニカおねえちゃん。チャコおねえちゃんのつぎにすきだよ」 「まっ―――――――」 その言葉と最後にリンの姿がだんだんと小さくなっていく。そして残されたのは殺人によって命を拾った正義の探偵。 もしリンに異能を教えていなければ。もしリンにマチェットを渡していなければ。もし―――――。 あらゆるIFが脳裏を駆け巡る。そして行き着く先は惨めな自分。自責の念が己を蝕む。 「リンを……追いかけなくちゃ……」 ふらつく身体に鞭を撃ち、天宝寺アニカは立ち上がる。 急いで追いつかなければ。これ以上あの子が惨劇を引き起こす前に。これ以上あの子が危険な目に合わないように。 【宇野 和義 死亡】 【C-4とC-3の境目/有磯邸/一日目・朝】 【天宝寺 アニカ】 [状態]:異能理解済、疲労(特大)、精神疲労(大)、精神的ショック(大)、後悔、夾竹桃による中毒症状(中、回復中) [道具]:殺虫スプレー、スタンガン、八柳哉太のスマートフォン、斜め掛けショルダーバッグ、包帯(異能による最大強化)、スケートボード、ラレラレドリンク、ビニールテープ [方針] 基本.このZombie panicを解決してみせるわ! 1.私がもっとしっかりしていれば……。 2.リンを追いかけなくちゃ。 3.Ms.チャコが地下研究施設について何かを知ってるかもしれないわね。 4.何なのよ、この村は……。 4.私のスマホどこ? [備考] ※他の感染者も異能が目覚めたのではないかと考えています。 ※虎尾茶子が地下研究施設について何らかの情報を持っているのではないかと推理しました ※異能により最大強化された包帯によって、中毒症状が治りつつあります。 ※リンの異能を理解したことにより、彼女の異能による影響を受けなくなりました。 ※浅野雑貨店、山折総合診療所、広場裏の森林地帯に違和感を感じました。 アニカおねえちゃんはとってもいい子だからすき。ふしぎのくにをぼうけんしたアリスみたいでとってもかわいいおんなのこ。 そして、リンをだきしめてくれたとってもきれいでとってもやさしいチャコおねえちゃん。 うそつきおおかみさんからリンをまもってくれたとってもかっこいい、リンのおうじさま。 リンがはじめてだいすきになったおんなのひと。わるいパパからにげてリンをたすけてくれたんだね。 チャコおねえちゃんのことをかんがえるとおむねがキュンってしちゃう。だきしめられたときのことをおもいだすとドキドキしちゃう。 チャコおねえちゃんがどこにいったのかはわからない。チャコおねえちゃんがいないとなきたくなっちゃう。 えほんだとおひめさまはおうじさまとキスをしてしあわせになるんだって。だから――――。 「まっててね、チャコおねえちゃん」 【C-3/高級住宅街/一日目・朝】 【リン】 [状態]:異能理解済、健康、虎尾茶子への依存と庇護欲、血塗れ [道具]:マチェット、エコバッグ、化粧品多数 [方針] 基本.チャコおねえちゃんのそばにいる。 1.チャコおねえちゃんをさがしにいく。 2.うそつきおおかみさんなんてだいっきらい。 3.だいすきだよ、チャコおねえちゃん。 4.リンのじゃまをしないでね、アニカおねえちゃん。 [備考] ※VHが発生していることを理解しました。 ※天宝寺アニカの指導により異能を使えるようになりました。 083.catch and kill 投下順で読む 085.元凶 081.忸怩沈殿槽 時系列順で読む 082.Zombie Corps 風雲急を告げる リン 山折村血風録・窮 天宝寺 アニカ 宇野 和義 GAME OVER
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開催期間 特攻ファイター 【能力5倍】 テリー・ボガード 【能力2倍】 テリー・ボガード アンディ・ボガード ジョー・ヒガシ ブルー・マリー 色 藤堂香澄 報酬 ギース・ハワード
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#05 社交数の夕暮れ/〔15472〕 それから、何ヶ月かの時が過ぎ、私はいくつもの放課後を先輩たちと過ごした。 私と唯先輩は、お菓子とお茶の数だけ出会いを積み上げて、崩して、また積み上げる。 唯「えへへぇ、ねね、りっちゃんりっちゃん。数学って、面白いねぇ」 唯先輩について知れたいくつもの事柄の中で、一番感動したのは彼女の数学的センスだった。 レピュニット数や、素因数分解、素数について話す時、彼女はいつも優秀な生徒で、 私が隠し持っている答えを一足先に探し当てては楽しげに笑った。 時に意地の悪い難問に行く手を阻まれても、頂へたどり着こうとする懸命な姿勢だけは何があっても崩さなかった。 そのひた向きさたるや、横から見ている他の先輩方も舌を巻くほどなのだ。 律「うぇー、部活の時にまで勉強のこと持ち出してくるなよ唯ぃー」 梓「いつからこの部って紅茶飲んでのんびりするです部になったんですか」 澪「ほんとにな……」 苦虫を噛み潰したような顔で舌をべーっと出す律先輩、私に同調する呆れ気味の澪先輩。 肩を寄せ合うようにして出来た机の島の上にルーズリーフを広げながら、 唯先輩は色ペンを走らせる手を止めることなく、数式を求めていた。 律「実生活になんの特があるっていうんだか……」 律先輩は学生の定型句を漏らしながら、それでも目だけは優しく唯先輩の姿を追っている。 梓「いいえ、律先輩。それは違います。 何の役にも経たないからこそ、数学の秩序は美しいんですよ」 私はコホン、と咳払いして、律先輩を見据えた。 極めて穏やかに日々は流れていた。 夕日に照らされた窓が床に移す黄金柱が、その象徴のようにも思えた。 梓「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になる訳でも、儲かるわけでもありません。 だけど、絶対的な法則って、確かにここにあるじゃないですか」 唯先輩が手で押さえているルーズリーフを指さして言う。 諭された彼女はまだ不満顔だったけれど、口元には隠し切れないニヤけが浮かんでいた。 澪「物質にも自然現象にも左右されない、永遠の真実、か――」 じっと、唯先輩の手を見ていた澪先輩が呟きを落とす。 私はゆったりと頷いた。 それは目には見えないものであるけれど、変わることのない、絶対的なものだ。 紬「そういえば、数学って音楽みたいな部分があると思わない? ほら、先生がよく言ってる、まずは問題を音読してみましょう、って、とっても音楽らしいと思うの」 唯「ほえ?」 両手を胸元であわせて、ムギ先輩がニコニコ笑いながら皆へ質問した。 唯先輩は顔を上げて、カバンを漁りはじめたムギ先輩を見て小首を傾げる。 子リスのような可愛らしい仕草だった。 ややあって、ムギ先輩はお目当てのものを見つけたようだ。 深い紺色で、パステルカラーの三角錐と立方体が表紙の薄い教科書を取り出すと、机に広げる。 紬「たとえばね――この文章問題。 音読して、『文章のリズム』を掴むと問題全体が見渡せるし、 落とし穴が隠れていそうな場所の見当もつくようになるの」 律先輩が、ムギ先輩の方へ身を乗り出して覗き込む。 律「えーっと……袋に虫くいリンゴとふつーのリンゴが合計10個入っていて、 袋から1つずつリンゴを取り出します。6個目が虫くいリンゴのとき、 9個目が普通のリンゴである確立を求めなさい。ただし、虫くいの確率は1/3とする――、ねぇ。 で、このりんごってふじりんご? それとも王林?」 澪「問題はそこじゃないだろ」 冗談めかして最後を付け加えた彼女の頭へ、ゴチンと澪先輩の拳骨が落ちる。 頭を抱え、大袈裟に机へ突っ伏した律先輩。 それを見てムギ先輩がクスクスと笑い、 唯先輩と言えば、真剣な表情のまま、それよりも産地はどこかな、なんて相談を持ちかけていた。 ――夫婦漫才は放って置こう。 梓「ん……あながち間違いでもないと思いますよ、ムギ先輩。 音楽も、数学と同じで、れっきとした学問だったんです」 唯「ふぇ――音楽が学問って、どういうこと?」 先輩は机に前のめりになりながら聞いてくれている。 掬い上げたところで溢れてしまう記憶の砂を、 それでも丁寧に扱おうという先輩の優しさはいつも失われることはなかった。 梓「例えば、ピタゴラス音階といって――」 ムギ先輩も頷いてくれる。 大抵、私の話は退屈な話と右から左に流されるのに、 ここでは私はまるで大学の教授になったかのように皆が耳を傾けてくれるのだ。 ――繰り返されるそんな毎日は、いつだって蜂蜜色をしていた。 演奏するのも、みんなで雑談したりお茶を飲んだりするのも、やっぱり少しどうかとは思うけど、楽しい。 ただ、気がかりなことといえば、自己紹介の定型句を述べる時折、 ちくりとした痛みが胸を刺し始めていることだった。 楽しい放課後を過ごした翌日、音楽室をドアを開き、迎え入れてくれる無垢な瞳を見る度、 唯先輩の頭の中にある75分が、時計よりも正確で、冷酷なことを教えられた。 『私は、あの子の隣にいる資格なんて、』 『アイツは、覚えられないんだよ……!――』 そんな時ほど、泣き出しそうな顔で言葉を吐き出す二人の姿が思い浮かんだ。 彼女たちを侵していた痛みが、私の心にも影を落とし始めたのかどうかは解らない。 それでも、振り切ることの出来ない何かが私を追っているのは確かだった。 そんな時、私たちにとって1つの転機が訪れる。 きっかけは――数学の時間、粉だらけになった手でチョークを弄びながら、 数学の先生が言ったことだった。 「さて、次の題に進む前に、今日はちょっと数字の話をしようか」 先生は前置きしてから、小難しい理論と公式で固められた教本を教壇へ伏せた。 目を細め、目尻を下げ、まるで奥さんとのロマンスを語るような うっとりした顔つきで私たちを見渡すと、喋り始める。 「社交数というものがある。 これはずっと前に説明した友愛数の発展になる、3つ以上の組み合わせを言う。 Aの約数の和がBになり、Bの約数の和がCになって、最終的にはAへと戻ってくるものだ」 たくさんの約数とチェーンのように繋がっているから、社交数。 友愛数や完全数に初めて触れた時もそう思ったけれど、 普段使っている言葉でも、数学と結びつくと途端にドラマチックになるのはどうしてだろう。 まるでその言葉が、その数字を表すために予め用意されていた物のように感じてしまう。 「社交数は、大きいものになると5つの組み合わせもあるんだぞ」 では続きを、と顔つきを教師のそれにして、教科書を手に取る先生。 『社交数』『結びつき』『5つ』。 閃光ようにその単語が目の前で瞬いて、 梓「――――それだ!」 授業中にもかかわらず、私は思わず立ち上がっていた。 その瞬間、教室中にあった全ての視線が私に刺さった。やってしまった、と気づいたのは ギギギ、と錆付いたブリキみたいな動作で先生の方を見返した時。すでに遅し。 「……中野? どうした、何か閃いたか?」 梓「…………あ、い、いえ、その……な、なんでもありません……」 それはもう、酷い恥をかいてしまった。 / 唯「えーと、」 梓「新入部員の中野梓です!」 いつもの挨拶を早口で済まし、カバンをソファーに放り投げる勢いで置いて、私は席へついた。 揃っていた先輩方は、何事かと目を丸くしている。 律「おお? なんだ、やけに元気だな。何かあったのか?」 梓「はいっ! あの、合言葉を決めませんか!?」 いち早く復帰した律先輩が笑顔で問うて来て、私はシュビッ、と挙手しながら言葉を返す。 その動作に澪先輩とムギ先輩はさらに驚いたみたいで、あんぐりと口を開けていた。 唯・律・澪・紬「「「「合言葉?」」」」 異口同音だった。 顔を気恥ずかしさで赤らめながら、私はそれでも力強く頷く。 そして、例の数字と、その関係についての説明を始める。 澪「――へぇ。社交数ねぇ」 梓「はい! それに、五つの組み合わせがあるらしくて」 一通りそれが終ると、澪先輩が興味深そうに呟きを漏らした。 それにはっきりとした口調で返して、私は唯先輩を盗み見る。 唯「んーーと……」 先輩は、腕を組みながら黙考していた。……一秒、二秒。 皺の寄っていた眉間が、ぱあっと晴れる。 唯「……あっ。12496、――14228、15472――14536、で――14264、かな」 暗算している訳ではなく、あたりにフワフワと浮かぶ数字のイメージを捕らえて、 直感で答えていることがこれまでの経験から容易に想像できた。 ほう、と感心しきりのため息をムギ先輩が吐いていた。 梓「正解です――」 目に見えない世界が、目に見える世界を支えていく実感があった。 運命的な数字のチェーンが、しっかりと私たちの関係性に結びついていく。 律「私は14228、かな」 澪「――14536」 律先輩と澪先輩が、壊れ物を扱うような慎重な口ぶりで言う。 紬「ふふっ……私は12496かしら」 梓「15472、です」 ムギ先輩が、宝物をぎゅうっと抱きしめるように笑いながら言う。 私は追従して、まだ赤みが引かない顔を伏せた。 霧に満ちた暗闇を貫く一筋の光が、私たちを真っ直ぐ照らしていた。 暖かく、揺ぎ無く、安らぎすら芽生えるそれに当てられた心が、その時初めて全容を見せた。 梓「あ――」 それまで翳っていた部分が晴れて、私に生まれていた感情が一体何なのかが解る。 これまでの行動に関しての納得と、これからの出来事に関しての想いが溢れてきて、震える声が出た。 そんなこと露とも知らぬ唯先輩が、ニコニコと笑いながら私を見やる。 唯「14264っ! よろしくね、梓ちゃん!」 差し出された手に指先を絡めて、はいっ、と元気よく返事する。 ささめくような笑い声を皆で交わして、その後何度も点呼した。 ――そうだ。私、唯先輩のことが、好きなんだ―― 胸に去来するこの暖かい感覚を幸福と呼ぶのだと思った。 そう思えることがなんとも誇らしく、自身に割り当てられた数字以上に嬉しかった。 そして、唯先輩の制服に張られたシールがまた増える。 それには「みんなの合言葉 社交数」と、丸っこい文字で書かれていた―― 7
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唯「……」 ボーボボ「……」 唯「……」 ボーボボ「……」 唯「……だ、誰?」 ボーボボ「ギー太です」 唯「そっかぁ、ギー太かぁ」 ボーボボ「まったく、俺がわからないだなんて白状だな」 唯「えへへ、ごめんね。ギー太」 ボーボボ「あはははははは」 唯「ねえ、ギー太。どうして人間になっちゃったの?」 ボーボボ「それはね、ナスがキュウリだからだよ」 唯「そっかあ」 唯「あ、でも人間だともうギー太を弾けないんじゃ…」 ボーボボ「大丈夫。鼻毛真拳奥義…ギター化!」 シュルルルッ ボーボボ「さあ、僕を弾いて見て」 ボーボボ「ちなみにオートでチューニングするよ」 唯「じゃあ、ちょっとやってみるね!」 ジャーン 唯「すごい…、本当に音が鳴る…」 唯「ねえねえ、ギー太」 唯「今日からムギちゃんちの別荘でまた合宿するんだけど」 ボーボボ「じゃあ、おれもいかなくちゃ」 唯「でも、皆になんて説明したらいいかな…」 ボーボボ「ふっ、その辺は大丈夫さ」 唯「え?」 ボーボボ「いけばわかる」 唯「そっかあ、えへへへ」 集合場所 唯「そんなわけで、ギー太が男の人になっちゃった」 律「そんなワケでってどういうワケだよ!」 律「どこで拾ってきたんだ、こんな大男」 唯「本当だよ、朝おきたらギー太がこの人になってたんだよ」 律「まったく、ほら澪からも言ってやってくれない?」 澪「……」 ススッ 律「なんで目をそらすんだ?」 澪「な、なんでもない!」 天の助「おーい、澪、そろそろこの中から出してくれないかー」 澪「バ、バカ!喋るなっていっただろ、エリザベス!」 澪「ああ、もう。漏れてきてるじゃないか…」 天の助「この中暑ぃんだよ、それで俺溶けちまってさー」 天の助「ふぅ、やっと出られたぜ」 天の助「お、ギー太じゃないか。どうだ、チューニングの方は」 ボーボボ「ばっちりだ」 澪「朝起きたら、エリザベスがところてんに…」 律「なんで喋ってるんだ、あのところ天」 梓(…………どうしよう) 唯「あれ、そういえばあずにゃん。むったんはどうしたの?」 梓「え!?あ、その、家に…忘れちゃいまして」 澪「おいおい、これから合宿なのにどうするんだ?」 梓「ごめんなさい、澪先輩……」 梓(でも、あれを持ってくるわけにはいかなかったし…) 唯「大丈夫だよ、ギー太なら多分、むったんの代わりになってくれるよ」 ボーボボ「できるよ」 唯「ほらね」 ボーボボ「だが、俺は唯ちゃん以外に弾かれるほど尻軽じゃないぜ」 天の助「なにカッコつけてんだテメエ」 律(……ここは部長として私が話をすすめるべきだな) 律「えっと、確かムギはあっちで待ってるんだっけか」 澪「そうみたいだな、色々準備してくれてるんだと思う」 唯「…あ、ギー太の分の電車賃どうしよう」 梓「人になっちゃってますもんね…」 澪「エリザベスはもう一度仕舞えばいいしな」 天の助「おい、やめてくれよお!あの中狭いんだって!」 澪「あっちに着いたらすぐに出すから」 天の助「本当だな!?本当なんだな、おい!」 律(あちゃー、澪も大変だな) 唯「えへへ、澪ちゃんありがとう。ギー太の分の切符かってくれて」 澪「気にするなよ、…私もいきなりこうなって困ってるんだから」 ボーボボ「どこまでいくんだっけ?」 天の助「ぬランドじゃないっけ?」 ボーボボ「あらやだ!いまあそこでショーやってるのよ!」 天の助「あら本当なの、奥さん」 ボーボボ「えっと、確か…ヨコセヨ大統領のヒーローショーよ!」 天の助「あらまあ!すごいじゃないの、奥さん」 ボーボボ「時間あったらいってみます?」 天の助「いいわね、子供たちにもおみやげ買って行ってあげないと!」 梓「そんなところには行きません!」 澪(……まあ、唯と律が増えたと思えばいいの、かな) 澪(あ、いい景色だな……) 澪(……ん?) ドドドドド 澪(……いま、太陽みたいなのが電車と並走してたような) 澪(き、気のせいだよな。夕べは徹夜で作詞してたし) 澪(朝おきたらああなってたから、疲れてるんだきっと) 澪(そんなモノが走ってるわけ……) 首領パッチ「おどれ何ワシ置いてけぼりにしとんじゃああああああああ!!」 澪「ぎゃあああああああああっ!?」 天の助「お、むったんじゃねーの」 ボーボボ「おいおい、アイツおっかけてきてるよ、うけるわ」 梓(ま、まさか追いかけてくるなんて……) 澪「あ、あれが…?」 唯「あれがむったんなんだあ…」 律「随分と元気だな…」 梓「もう、お留守番しててっていったじゃないですかあ!」 首領パッチ「うるせー!家のなかでじっとなんざしてられっか!」 首領パッチ「今そっちに行くからな、覚悟しろよ梓!」 梓「えぇっ……、どうしよう……」 梓「ひっ…」 ボーボボ「安心しろ、あずにゃん…ヤツはおれがなんとかしよう」 唯「ギー太、無茶しちゃだめだよ?むったんはあずにゃんのなんだよ?」 ボーボボ「大丈夫、むったんには傷ひとつつけない」 ボーボボ「鼻毛真拳奥義……」 ガシッ 天の助「えっ?」 ボーボボ「エリザベスダイナマイト!」 ガシャーン 天の助「ぎゃああああああああっ!」 澪「エリザベス!?」 ボーボボ「これでジャマなガラスは破壊した」 ボーボボ「次はテメエだ!」 首領パッチ「おもしれえ!やってみろやこの野郎!」 澪「エリザベス、エリザベスー!」 天の助「ギー太、てめえ…」 ボーボボ「だって、エリザベスに傷つけないなんていってないもん」 天の助「なるほど、それもそうだな」 ボーボボ「あははははは」 天の助「あははははは」 ボーボボ「はははははは」 天の助「はははははは」 天の助「何が可笑しい!!」 ボーボボ「お前の生き様がだよ…」 天の助「!」 ボーボボ「エリザベスともあろう男が、ガラス塗れになりやがって」 ボーボボ「何があったんだ」 天の助「じ、実は…」 唯「ギー太、むったんがこっちにどんどん近づいてくるよ!」 首領パッチ「いまそっちいくからな……」 律「なんでアイツはネギを持ってるんだ……」 ボーボボ「しかたねぇな…」 ボーボボ「鼻毛真拳奥義……」 天の助「さて、ぬのハンカチの手入れでもすっか」 ボーボボ「エリザベスシュート!」 ズガアアアアッ! ガシャーンッ 天の助・首領パッチ「ギャアアアアアアアアア!」 澪「エリザベスウウウウウウ!!」 ボーボボ「これで、誰も傷つかずにすんだな」 律「正気かお前!?」 2
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一話 『愛しのエンジェル』 神頼みという言葉があるけれど、神様に祈って現実的にどうにかなると思っている日本人なんてほとんどいない、と思う。日本に八百人だか八千人だかの神様がいるせいかその有難味は薄れてしまって、神様と運がほとんど同義になってしまってはいないか。 神様に頼んだってこの暑さが和らぐことはない。 神様に頼んだって今日までの一週間で受けた中間テストの結果が良い方に転ぶわけもない。 「鉄子さん、携帯鳴ってますよ」 でも、その八億人の神様が気まぐれに私の願いを一つだけ叶えてくれるとしたら、私は世界中の人達と仲良くなりたい。だってそんなこと、私がどんなに頑張っても運が良くっても不可能だから。 「鉄子は明るい」だとか「人当たりが良い」などと言われる私だって、あんな奴は死んでしまったほうが世のためだとか、ジャージ店主から呼び出しの電話だウザイなあとか、人並みに考えてしまう。誰とでも仲良くしたいとは思いつつ、嫌いな奴は人間とすら認めたくない。あっちが土下座してすり寄ってきたとしても私のほうからお断りだ。 「なっちゃんサンクス。テスト明けくらいゆっくりしたいんに……もしもしぃ?」 『ああ鉄子君? 君が物売屋の看板娘になった日からずっとこうだ。遠くからのお客さんだというから物売屋も名が知られるようになったと思ったのに、依頼はまた神姫絡みときた。今となっちゃ家出猫探しの依頼すら恋しく思えるよ』 「はぁ、さいですか」 『ちゃんと聞いてるのかい?』 「えー、店の扇風機が壊れて暑いなあ、ってことですかね」 『冴えてるじゃないか鉄子君。それじゃ、コタマを連れて今すぐ来てくれ。お客さんを待たせてるよ』 断る暇すらなく通話は途切れた。電話番というわけでもないのに二年生のなっちゃんは律儀に(?)私が電話を終えるまで待っていた。 「今の電話、何ですか? 鉄子さんの台詞から会話の内容がサッパリ分かんなかったんですけど」 「バイト先の店主に呼び出されたんよ。先に部活抜けるわ」 「呼び出し? ま、まさか扇風機がどうとかって仕事の暗号なんですか! 鉄子さんのバイトってスパイ的なアレですか!」 アクロバティックな発想をするな、この子は。といっても今の電話は私にもサッパリ分からなかったから、なっちゃんには適当に返事して部活を抜け出した。 城尊町物売屋二代目店主にして一人でその看板を守る寿八幸助は悪人ではない。さっきは言葉の綾で「死ねばいいのに」と考えたような気がしたけど、私は八幸助さんを嫌っているわけではなく、苦手なだけだ。八幸助さんの奥さんである千早さんは凡てにおいてパーフェクトだし、その人のハートを射抜くくらいだからきっと八幸助さんは良い人に部類されるんだと思う。 でも、きな臭いなんでも屋のような商売をしている物売屋の店主を務めるくらいだから、八幸助さんの性格もそれなりにきな臭い。 先日、物売屋にとって久しぶりの武装神姫関連ではない依頼が舞い込んできた。痩せこけた年齢不詳の男は財布から諭吉一枚を抜き出すや「この世のすべてが知りたい」とのたまった。後から千早さんに聞いた話だと、物売屋にとってこの手の来客は日常茶飯事らしい。 私が面食らっていると八幸助さんは少し考えた後、店の奥の居間からメモ用紙と製図用コンパスを持ってきた。そして私とその男の前でメモ用紙に綺麗な丸を一つ書いて、それを男に手渡した。 男はそれを受け取り、メモ用紙をためつすがめつして見て「なるほど」と何かを納得して去っていった。 頭頂にクエスチョンマークを浮かべた私に八幸助さんは「いやあ鉄子君、勉強になったね。適当に書いた何の意味も持たない丸にこの世のすべてを見い出せる人間がいるとは、いやはや世界は広い」と嘯いて一万円札をジャージのポケットにねじ込んだ。 これくらい肝が据わっていないと物売屋の店主は務まらないんだろうけれど、意味不明なやり口で意味不明なお客さんからぼったくる人を信用しようと思えるほど、私の頭は腐っていない。一日中お茶を飲んでいるだけでバイト代を出してくれる店主であっても、私の苦手意識はそう簡単には消えてくれないのだ。 なにも八幸助さんに限った話ではなく、他にも苦手だったり嫌いだったりするヒトはたくさんいる。誰だってそうだろう。自分の日常の中にいるヒトだけでなく、すれ違った他人に意味も無く睨まれたり、オバさんに理不尽なイチャモンをつけられたり、数えきれない数のヒトを私は嫌った。逆に好きな人は簡単に数えられるから人間は苦労が絶えないんだと思う。 では何故私は、八兆人の神様に世界中の人達と仲良くなりたいだなんて願うのか。それは私とまだ仲良くなっていないけれど、私と仲良くできる可能性のある人達と仲良くなりたいからだ。今現在仲の良い人達とは、もっともっと仲良くなりたい。さらに限定するなら、背比弧域と親密になりたい。 その他嫌いな奴は人間とすらみなさないから、私は全世界の『人間』と仲良くなりたい。こんなことを他所様に言うと痛い子扱いされるから誰にも言ったことないけど。 「鉄子よォ、アタシはオマエがアホなことくらい、全知全能の神より深く知ってるつもりだったんだぜ。でも参った、やっぱ神はすげえや。この糞暑い日にコタマお姉様をクーラー利かせた部屋から拉致ってしかも働かせようとするほどのアホだったとは、さすがのアタシも知らなかったぜ」 修道服を着た神姫、シスター型ハーモニーグレイスのコタマは、私が物売屋まで自転車を漕いでいる間ずっと、トートバッグの中でブチブチと文句を垂れていた。もちろんこいつとも仲良くなりたくない。心を持つとはいえ神姫は人間じゃないから対象外――というわけではもちろんなく、最近はコタマが『神』の『姫』と書く神姫であることすら許し難くなってきた。コタマが神姫として生まれてきてよかったとしみじみ思う。もしコタマが人間として私の前に現れたとしたら、言葉も交わさず殴り合いになるだろうから。 物売屋に到着した私達を出迎えたのは、いつもと変わらないジャージをキメた八幸助さんと、私と同い年くらいの男だった。 「嫌そうな顔をするのも分かるけどねコタマ君、この彼は君と戦いたいがために遠路はるばるこの店まで来て、僕に真剣勝負の仲介を依頼したんだよ」 「そのとおり! お久しぶりだねマイエンジェル。あれからお変わり無いと推察するが如何に?」 長い前髪をかき上げ、顔の向きは斜め45度のベストポジション。垂らした糸のようにスラリと立つこの伊達男を私は知っている。 「……誰かと思えばあんたですか」 「おや、知り合いかい」 「以前、このヒトに大恥かかされたんです」 「おいおい、大勢の観衆の前でボクのオスカルをあっさりと沈めておいて、しかもこのボクを袖にしたキミが言っていい台詞じゃないだろう。むしろボクが恥をかいたと言いたいところさ。そうだろう?」 「知らんがな」 私とコタマがドールマスターなどというご大層な称号を得てしまったのも、以来あの神姫センターでやたらめったら挑戦されるようになったのも、すべてこの伊達男のせいだ。 神姫センターにいる人達には気安く私に近づくなと言ったこともある。にもかかわらず益々親しげに話しかけられるようになって、礼儀を知らない奴なんかは初対面なのに私のことを呼び捨てにしたりもする。この怒りの矛先を向けるべき相手がこの伊達男なのだ。 「これが物語ならボクはキミに意趣返しをするべきなんだろうけどね、安心するといい、ボクにそんなつもりは全くない。ボクのオスカルは心に深い傷を負ったけれども、ボクはキミをどうしても恨めなかった。何故だか分かるかい?」 「……さあ」 「キミがボクのエンジェルだからさ!」 バッと両手を広げ、伊達男は高らかに吠えた。 「我が人生にエンジェルktkr!」 「ちょっ!? 声がでかい!」 クーラーもなく入り口を開け放った土間に伊達男の叫びが響き、店の外へと抜けていった。 「おお愛しのエンジェルよ! キミは何故エンジェルなのか!」 「だから知らんがな!」 ただでさえこのヘンテコな店のアルバイトってことで近所の人に変な目で見られてるのに、これ以上痴態を晒してしまったら外を出歩けなくなる。 入り口の外のほうを伺うと、幸いご近所さんらしき人はいなかった。でも不幸かな、ご近所さんよりももっと私に近い二人組がいた。 「えっと……おじゃましま、す?」 「どうぞごゆっくり、でいいのか?」 背比め、部活に来ないと思ったら傘姫と遊んでたのか。 物売屋からの帰り道、傘姫と並んでアイスを食べながら歩く。背比は私達の後ろからついてきている。 「大丈夫なの? あんな約束しちゃって」 「いーわけねーだろ、闘り合うのは鉄子じゃなくてアタシなんだぜ。いっそわざと負けて鉄子とあの勘違いヤローをくっつけてやろうか。こりゃ妙案だぜ」 「んなマネしたら、あんたの寝床はジャンク屋のダンボールになるんやからね」 勿論私もコタマも、私達が負けるなんてこれっぽっちも考えていない。だからこそ伊達男の条件を飲んだ。 1.明後日の日曜日、神姫センターで1対1の真剣勝負をする 2.伊達男が勝てば、私は伊達男の真のエンジェルになる(?) 3.私が勝てば、伊達男は二度と私の前に現れない 僅かな平穏が手に入る以外に何のメリットもないのにこの勝負それ自体を拒否できなかったのは、これが私の立派な仕事だからである。伊達男はこの依頼を八幸助さんに持ちかけるにあたり、なんと5諭吉を支払ったらしいのだ。お客さんからの依頼への力の入れ具合が依頼料に正比例する物売屋としては、この破格の依頼料に応えないわけにはいかない。 「逆に言えば、私の価値は5万円ってことになるんかね。もしかして私、怒ってよかったんかな?」 「そ、そんなことは……」 「竹さんをそのまま買うならともかく、あの人の依頼はあくまで【ドールマスターへの挑戦(罰ゲーム有り)】だろ。そのまんま竹さんの値段にはならないって」 後ろから背比がフォローを入れてくれた。私の価値は少なくとも5万円ではないと言ってくれただけで、中間テストのことや伊達男のことなんてどうでもよくなるくらい嬉しくなる。 背比にとって私はどれくらいの価値があるんだろう。やっぱり私より傘姫のほうが高いんだろうか。それは当然といえば当然だけど、嬉しさはあっという間に霧散した。 どう考えたって今更私に勝ち目なんて無い。この二人はもう当然のように一緒になってしまっている。私がどうやって入り込める? 隣を歩く勝ち目のない恋敵と目が合った。傘姫が私の想いを知ったらどう反応するんだろう。怒るだろうか。悲しむだろうか。もしかすると歯牙にもかけないかもしれない。 傘姫が口を開いて何か言った。私はうまく聞き取れなかった。 「試し――――ゃえば?」 傘姫の顔が一瞬、歪んで見えた。 「え? ごめん何て?」 「あの人と試しに付き合ってみるのも悪くないと思うよ」 今度ははっきりと聞こえた。でも、それは傘姫の言葉とは思えなかった。 傘姫だって綺麗なだけの人間じゃない。けど「試しに付き合う」だなんてはっきり言うような……いや、違う。そこは問題じゃない。 私は今、目の前でいたずらっぽく笑っているコイツに「竹櫛鉄子には背比よりあの男のほうがお似合いだ」と言われたんだ。 「ほら、その、確かにエンジェルとか変なこと言ってたけど、物売屋を探し当ててまで鉄ちゃんを訪ねてきたってことは、それだけ鉄ちゃんのことを想ってるって証拠じゃない」 持っていたアイスが手から抜け落ちた。ベチャッと音がして傘姫も背比もそれを目で追ったけど、どうでもよかった。 背比の前でこんなことを言う傘姫に、私は悪意しか感じ取れなかった。 「それが何? だから付き合えって?」 「え、えっと、ちょっと考えてみてあげたらどうかなって、ね」 背比を自分のものにした奴に、妥当な線を見繕われたようにしか感じ取えなかった。あの男で妥協して、背比に近づくなと言われているとしか思えなかった。 傘姫の表情はいつもと変わらないのに、薄い笑顔の裏に不快と迷惑と憐憫が渦巻いているようにしか思えなかった。 「なんで考えないかんの? ねぇなんで? 傘姫はあの男と私をくっつけたいん?」 荒れる言葉を抑えきれなかった。傘姫の肩をビクッと縮める仕草で裏に隠された汚いモノが消えてくれた。 「そ、そんなつもりじゃ……」 「じゃあなんで考えろとか言った! ほんとは私が――!」 「おーいおい姫乃よォ! オマエまさかこのアタシにわざと負けろって言いたいんじゃないだろうなぁ!?」 感情に任せて傘姫を責めようとした私の言葉を、コタマがトートバッグの中から大声で遮った。右耳がキーンとなって耳を押さえた拍子に、自分の顔がかなり引きつっていたことを知った。 「アタシのとっておきの秘密を教えてやるけどよ、仮にアタシがファーストとセカンド無しの飛車角落ちだったとしてもアタシの勝ちは揺るぎようがねェんだぜ姫乃? アタシが負ける可能性を考えることが既にアタシへの侮辱なんだっつーの」 「……ごめん」 ぺこり、と傘姫は私に、いや私のバッグから顔を出すコタマに頭を下げた。 今更になって、気まずい雰囲気になってしまっていたことに気がついた。私と二人は家の方向が違うけど、道が分かれるのはまだ先だ。背比も助け舟を出してくれず、三人が立ち止まったまま歩き出すタイミングすら失いかけた時、雰囲気を壊したのは再びコタマだった。 「勘違いが過ぎるぜ、謝る相手が違うだろうがよ姫乃ォ? 一応アタシにも主がいるんだからよ、いや一応だぜ? 鉄子に謝っとくのが筋ってもんだろうが」 「うん……ごめんなさい鉄ちゃん。その、軽率でした」 傘姫は再びぺこりと私に向かって頭を下げた。さっきは傘姫が黒く汚く見えたけど、どうかしていたのは私のほうだった。 責めたのは私なのに、一方的に謝られてはきまりが悪い。 「や、私もごめん。ちょっと虫の居所が悪かったぽい」 「えー、なんかよく分からんけど、俺もごめん」 なぜか背比も謝って、三人で頭を下げ合った。背比が雰囲気を和ませようとしてこの場のノリ(?)だけで頭を下げているのが分かった。その妙な気のつかい方がおかしくて、私は吹き出した。つられて傘姫と背比も笑い始めた。 今更になって、足元のアイスが惜しくなった。 「あっはははははは! よし竹さん、姫乃をくすぐり倒そうぜ」 「なんでよ!? 唐突すぎる!」 「オッケー。私は右脇腹をやるから背比は左ね」 「待って待って人が見てる! は、離して、そこ弱あんっ!?」 「竹さん甘いぜ! もっとこう、抉るようにっ!」 「んあああっ!?」 「こうか!? こうがいいんか!?」 「よ、よくなっははひっはははっ! や、だ、だめっんはぁんっ! ひぃやっはははふはは、んひひっ! ひゃひゃはっ、やっやめ、ふやっはふふふっははひっ! く、苦し、だ、だめっもう――――!」 いささか悪ふざけの領域を超えてしまった責めによりいささか危ない領域(窒息的な意味で)に片足を突っ込んだ姫乃と、介抱する背比を乗せたタクシーが去っていくのを見送った。家の方向が違う私を置いて、二人は遠ざかっていく。 「コタマ」 「あん?」 「…………ありがと」 バッグの中のコタマは「んだよ気持ち悪ぃ」と悪態をついた。 「オマエもアタシの主だっつーんならもうちっとばかしクールになれよ。分かるか鉄子、クールだよクール」 「あんたに言われたくないわ」 なんだかあらゆるものに置いていかれたような気がして、それ追いかけるように私は家まで歩き出した。足どりが重いわけでもないのに、一歩一歩がすごく長く感じる。 どうしてこんなに家が遠いんだっけ? と考えて、そういえば物売屋に自転車を置きっぱなしにしていることに思い至った。今からでも取りに戻ったほうが早いけど、来た道を引き返す気にはなれなかった。 一人トボトボ歩く自分が、馬鹿みたいだった。 涙が堰を切ったように溢れてきた。 景色が歪み、街灯や車のライトの灯りが広がって町を虹色に染めた。 私はまた立ち止まって、歩けなくなった。追いかけていたものに離されていく。 「……うっ…………うううっ………………」 目を瞑ってもじわりと溢れてくる、嫌な涙。 大学生になってから私は、泣いてばっかりいる。 「このアタシがいるっつーのに泣く必要なんてないだろ」 私が泣きじゃくる度にコタマは、その時だけ気遣ってくれる。 「ほれ、オマエがやりたいことを言えよ。いつものようにコタマお姉様がなんでも叶えてやるぜ」 こんなときだけ私をあやすように甘えさせてくれるコタマに、私はいつも控え目なお願いをしている。コタマなら本当になんでも叶えてくれそうな気がするけど、なんとなく気をつかってしまう。 コタマは今まで、私の控え目な願い事をすべて叶えてくれた。面倒臭いと言いながら、私の我儘に付き合ってくれた。普段どれだけいがみ合っていても、コタマはいつも私の側にいてくれた。 私はまた、いつものようにコタマに甘える。 私、明後日の日曜日の勝負に勝ったら背比に告白するんだ。だから絶対に勝って。 「頼まれるまでもないけどよ……オマエ、それ、死亡フラグじゃねえか?」 さっきは負けるはずがないって言ってたくせに。 「そりゃそうだけどよ。オマエがこれ以上死亡フラグを立てないことを神に祈るぜ」 心配しなくても、ドールマスターが負けるはずがないことを私が誰よりよく知っている。私はコタマが世界で一番強い神姫だって信じてる。ファーストとセカンドを操るコタマが倒れるところなんて想像もつかない。 「だからそういうことを……とにかく、手紙の用意はしとけよ。日曜のバトルが終わった後で渡しに行くか?」 それはたぶん無理。わざわざ休日に尋ねて手紙を渡すなんて直接告白するようなものだし。できるだけさりげなく、たとえば部活が終わった後を狙うのがいい。 「そうかよ。あーこれでやっと不毛なラブレター講座が終わるんだな。清々するぜ」 そう、これでやっとすべてが終わる。 コタマ――今まで私に付き合ってくれてありがとう。 なんだかんだであんたのこと、嫌いじゃなかったよ。 「おい待て、だからそりゃくたばる奴の台詞だ」 いいこと思いついた。コタマは当然勝つけど、勝ってくれたら好きなだけヂェリーを用意してあげよう。そして今度は私がコタマの我儘をなんでも聞いてあげよう。いつもケンカばっかりしていたけど、少しはコタマに感謝してることだし。 「…………」 ねえコタマ。私達が出会った時のこと、覚えてる? 「覚えてねえ記憶にねえ! もういいから黙ってろ!」 道すがら私はコタマと出会った時の思い出を訥々と語っていたけれど、コタマは話を聞いてくれなかった。 涙はいつの間にか止まっていた。 次話 『主の仰せのとおりに』 15cm程度の死闘トップへ