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「涼宮ハルヒのビックリ」(ネタバレ注意?) 「涼宮ハルヒ。」の続編を予想して書いてみました。処女作品なのに長編SSで、しかも稚拙な文章のためあらかじめご了承願いたいです。 第四章 涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐7 β‐7 「涼宮ハルヒのビックリ」第四章α‐8 β‐8 第五章 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐9 β‐9 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐10 β‐10 「涼宮ハルヒのビックリ」第五章α‐11 β‐11 第六章 「涼宮ハルヒのビックリ」第六章 エピローグ 「涼宮ハルヒのビックリ」エピローグ あとがき また下記のサイトにて個人的見解も述べています。よろしかったらどうぞ。 ttp //www31.atwiki.jp/kyogaku/
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───毎日が同じことの繰り返し。 それは恐らく誰もが感じる事だろう、実際に俺もそうだった。 しかしてその重要性に気がついてもいないだろう、俺は今ではそんな日常が懐かしく感じる。 毎日、起きて食べて歯磨きしてこのキツい坂を上って何気なく勉強し、そして平凡な部活動にいそしみ、 疲れた体を引きずり毎日のハイキングコースを再び帰り、食べて、寝る。 真面目な学生なら寝る前に翌日の予習や今日の復習なども入れるが、このさいだからどうでもいい。 そんな生活を俺は望んでいた。 じっさい俺は違った。 それは、常識はずれでわがままで唯我独尊、はたまた気分屋な人物に振り回されているからだ。 「楽しいから」、ただそれだけの理由でいるはずのなかった宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を探しあて、 一緒に遊ぶという目的だけでそいつは学校で団体を作ったのだ。 ちなみにここで部活や同好会と言わずに団体と言ったのには理由がある。 いまだ生徒会側に認められていないからな、俺の所属する団体は。 ここまで言えば、いや言わなくともわかると思うが、そう、その団体の名はSOS団。 そしてこの存在意義が存在するのかどうかも疑わしい、いまわしいSOS団の頂点にいた奇妙奇天烈という言葉似合う奴こそ、 涼宮ハルヒだったのだ。 涼宮ハルヒと出会ってもう一年がたち、入学してから一年をともに過ごした仲間達の一部にお別れを告げ、 心機一転新たな顔ぶれに身を預けるクラス替えも無事に終了し、俺は二年生になっていた。 「今年一年もよろしくな、キョン」 「なんだかんだで僕達三人、一緒でよかったよ」 そうやって無事に平穏に俺と谷口と国木田は同じクラスになり、新たな生活が始まった─── ───と考えるのは間違っていた。 「キョン!今日はSOS団特別ミーティングだからかっならず来なさいよ!いいわね!来ないと死刑だから!」 そう言って一年間ずっと席替えして、そのうえクラス替えしたのにも関わらず、ずっと俺の後ろの席に座っていたそいつは俺に声をかけた 言うまでもない、涼宮ハルヒだ。 いつもだって勝手に休んだら怒るだろうがお前。 「うるさいわね!いいから来る!わかった?」 俺がはいともいいえとも返事をする前に、ハルヒはいつもどおりに、クラスを飛び出した。 古泉と長門が別のクラスになったのは正直残念だ、またクラスでは俺一人ハルヒのお守りをせねばいかんらしい。 うんざりする。 「もう好きにしろよ」とため息混じりにつぶやいた。 「今年も大変だな、がんばれよ、涼宮係」 誰かさんみたいなニヤケ顔で話しかけるな。 というかいつのまにそんな係ができたんだ、おい。 ハルヒが俺を呼んだ理由はなんとなく予想はつく、おそらくだが。 だがそのおそらくというは当たったらしい。 俺将来占い師にでもなるか? なんて馬鹿なことを考えてもみた。 なにもない始業式後のホームルーム。 ハンドボールバカの岡部が再び俺たちの担任だ。 自己紹介もつつかなく終わり、この日のクラスでの活動は終了した 放課後、俺はかつて文芸部の部室だったドアの前でノックをした。 俺が毎日律儀にSOS団を訪れる目的の8割を占める人物に粗相がないように、だ。 「どうぞ」 天使の声が俺のノックに答える。 ドアを開けてまず目に飛び込んできたのは、我らがSOS団に所属するマイスウィートエンジェル、朝比奈みくるさんだ。 俺が部室に入り自分の定位置に座ると、満面の笑みで 「はい、どうぞ」 とくんだお茶を持ってきてくれた。 「ありがとうございます」 満面の笑みで答える。 たぶん朝比奈さんがいないと俺はとっくにハルヒによって精神病院送りにされてたね、断言できる。 一つ年上の受験生にも関わらずいまだに中学生と間違えそうな魔性の笑顔、たまりません。 ここで気がついた、今日はまだ正文芸部であっていつもは部屋の付属品のようにじっと座って本を読んでいた人物、 長門有希が来ていなかった。 珍しいこともあったもんだ、明日は雨か? 少なくとも背筋の凍るような事件だけはご勘弁願いたいものだ。 いや、ほんとに。 この時はまだ、冗談半分でそんなことを思っていた。 カチャリとドアが開き、古泉一樹が現れた。 「こんにちは、ここではお久しぶりと言った方がしっくりきますかね?」 そんなに長い間会ってないわけないだろう、ハルヒから春休み毎日呼び出しくらったじゃないか。 「まぁそうなんですが、新学期に入ったのでそれなりの言葉を変えようかと。」 そんなことをする必要はない。 それならその笑い方を変えてくれ、見ているだけでいまいましい。 「おや、珍しいですね、今日はまだ長門さんは来てないのですか。」 まったく笑顔をくずしていないことから、何かの事件に巻き込まれているということはなさそうだ。 古泉の機関から見える範囲では、だが。 「今日はバックギャモンでもどうかと」 そう言ってボードを取り出し、俺の前に広げた。 相変わらずのゲームフリークだな、おい。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 朝比奈さんから受け取ったお茶を飲みながら、ダイスを振ってゲームを開始した。 ここまではいつも通りだ。 ああ、少なくともこのときまでの話だがな。 「やっほぉ♪みんな来てるー?」 SOS団にいる時しか見せない極上の笑顔を振りまき、ハルヒは登場した。 「…あら?」 すぐにハルヒの笑顔がしぼんだ。 一人だけいるはずの人間がいなかったからだ。 長門のことである。 「…何かの用事かしら?何か聞いてる?古泉君」 「いいえ、残念ながら。」 何が残念なのかよくわからない。 というかなぜ俺には聞かない? 「あんたと同じクラスの私が知らなくてあんたが知ってるなんてことないでしょ」 勝手に決め付けるな、まぁそうなんだが。 「まぁいいわ、そのうち来るでしょ」 俺が遅刻したらそんな悠長なこと言わないくせに 「あんたと有希じゃ立場が違うの、わかるでしょそのぐらい」 長門は俺と同じでヒラだった気がする。 というか正確には文芸部だろう。 俺の記憶が間違っていなかったら、だがな。 「新入生勧誘」 そう黒板にでかでかとハルヒは書いた。 俺の予想通りになったね、この時期のイベントはそれしかないと思うから。 「どんな方法でもいいわ、とにかく団員を集めるの!」 お前なら去年朝比奈さんを強引に入団させたようにすればいいんじゃないか? 「SOS団に必要不可欠な人材ならそうするわ」 お前にとって必要不可欠な人材の定義は一体何なんだ? 両親がいなかったりIQがめちゃくちゃ高かったりとかか? 「そんなの人目じゃわかんないわよ、みくるちゃんだって何度も厳選した結果つれてきたんだから」 初耳だ。 まあ確かに朝比奈さんは我が団に必要不可欠な人材と言っていいだろうな。 ちなみに俺は不安を抱えていた。 ハルヒの不可思議な能力でまた誰か不思議な能力を持つ人間が現れるんじゃないか、と 俺のその不安を確実にするかの様に前に、部室のドアがあいた。 もうちょっと俺を休ませてくれてもいいだろうよ、現実さんよ。 そこにいたのは長門有希、ボブカットを更に短めにしたような短く灰色の髪で、いつもは部室の隅で黙々と本を読んでいる人物だ。 しかし長門は一人じゃなかった。 後ろにいたのはまだ中学生の面影がほんのり残っている男子生徒、おそらく新入生だろう。 そして長門から出た第一声は 「入部希望者」 ハルヒの顔がみるみる輝いた。 しかし俺は気づいていたね、新入生はまだSOS団なんて存在は知らないはずだから。 かわいそうに、こんにちは、ハルヒの毒牙の餌食第一号君。 「ただし文芸部の」 予想外、といえば予想外だったね。 ハルヒのあんな複雑そうな顔を見たんだから。 わかるよ、その気持ち、だが俺は今この新入生に対する同情のほうが勝っているんだ。 この少年は文芸部に入りたくてここに来たんだろう。 おそらく長門のことだから、 「文芸部に入りたいんですが」 「そう」 ですませてしまったに違いない。 かわいそうにかわいそうに、今この学校に文芸部はもう無いに等しいんだ。 ここで一つの疑問にぶつかる。 SOS団の存在を知らなかったのは思いつくが、どうして文芸部の存在を知っていたのか、ということだ。 まぁその理由は簡単なことだ。 あとで説明するのもおっくうだから今まとめて説明してしまおう。 彼は二月に学校見学でここを訪れていたらしい。 そしてその二月に俺達SOS団がやっていたことといえば、そう思い浮かぶ人は思い浮かぶだろう。 生徒会がSOS団に宣戦布告をしてきたのだ。 まぁこれも古泉じるしの暇つぶしイベントだったのだがな。 文芸部の存在意義なないために部室の引渡しを要求してきたのだ。 そのために俺達はハルヒの命令で機関紙を発行し、それでなんとかまるく治めたのだ。 実はその機関紙を置く時期が学校訪問に重なったらしい。 考えてみれば簡単なことだ。 あんな中身のバラバラな機関紙がなぜ簡単に二百部も完全に配給されたのか、 訪問していた人間の何人かが持って行ったらしい。 ごめんな、俺にも責任の一端があったらしい。 でも俺はあいにくその責任を果たす方法を持ち合わせてないんだ。 その機関紙でこの学校の文芸部に興味を持つ、なんてかなり変な思考の持ち主であることは否定できない。 実際かなりの変わり者だったからだ。 髪は綺麗な黒で、男子の髪の毛とは思えないつやを放っていた。 少し長めで、長門とハルヒを足して二で割ったような長さだ。 そして前髪は鼻まで伸びていて、目が半分隠れている。 表情が読みづらい、読みづらい、読みづらい。 体系は普通、国木田に似ている。 一通り説明したあとの彼のセリフに俺は驚愕したね。 誰だってそうだと思うぜ? なんだったら賭けてもいい。 「んじゃSOS団に入っても、いいですか?」 正直何を言ってるのかと思ったね、説明が足りなかったのか? あの会誌はここにいる涼宮ハルヒが作って文芸部に寄生しているSOS団というわけわからん団体が作ったものだ、 という説明じゃ足りなかったかもしれない。 だが俺は丁寧にも、SOS団がどういう目的で作られたのか、ここにいる涼宮ハルヒの理不尽さ、わけのわからなさ、 その全てを説明したはずだ。 俺の記憶が間違っているか? それとも… そのもう一つの予想が的中した 「だって、そっちのがおもしろそーじゃないですか!」 男子のくせに声がアルトだ。 彼はやけに女の子っぽい声でそう叫んだ。 めまいを覚えたね、だってそうだろう。 ハルヒだけならどうにかなる、実際今までそうだったからな。 だけど俺は二人もハルヒが出てくるなんて思ってもみなかったぞ。 勘弁してくれよ。 頭をかかえた俺を尻目に、ハルヒが後輩に近づく。 「あんた、わかってるわね」 何をだ、何を。 「人生の楽しみ方よ!」 あえて言おう。 「お前の人生の楽しみ方を一般人の人生の楽しみ方をごっちゃにしないでくれ」 「うるさいわね!いいじゃない!”そっちのほうがおもしろいじゃないの!”」 デジャブ、こういうときに使う言葉なんだろーな。 「あんた、名前は?」 「えっと」 チラッと長門を見た、なぜだかその時は気にもしなかったが。 「小山アキツキです」 「アキツキ君、じっくりよーっく、人生でこれ以上もないってぐらい考えるんだ」 何を?という顔で俺を見ている、純真無垢という言葉が似合いそうだな。 「夏休みを毎日毎日休みなく五百年分の遊びを体験させられたり、 変な映画の変な役割をさせられたり、冬休みに催眠にかけられたりしたいのか?」 ピクリ、とハルヒが何かを言いたそうな顔で俺をにらむ。 「あー、えーっと、でも、たのし、そうだな、と」 まぁ楽しかったことに異論は唱えない。 しかしそれ以上に疲れる、疲れることこのうえない。 恐らく八割の人間は後悔するだろうし、二割の人間は諦めるだろう、どうにでもしろよ、と。 俺は後者だがな。 「いいじゃない、本人が望んでいるんだから。 よろしくね、小山君」 そうしてSOS団六人目の団員が入部した。 長門が少し複雑そうな顔をしていたのは別の話。 まいどのことながら、やれやれ、だ。 もう、好きにしろよ。 たった一人の進入部員のおかげでハルヒの進入部員強奪大作戦はどうでもよくなったらしい。 「だってみくるちゃんだって三年ではたった一人じゃない」 三年と一年を一緒にするな。 もし朝比奈さんが上のほうの大学を目指すんだったらこの時期から勉強してなきゃいけないんだぞ。 まぁ俺にはわかってる、朝比奈さんが受験をする必要のないことぐらい。 それまでには未来に帰ってしまうだろうから。 まぁたとえハルヒと同じ大学にいくことになっても古泉や長門がどうにかしてくれるさ。 ここで俺は口走ってしまったが、そう、朝比奈みくるは未来の人間なのだ。 今この時から三年前に起こった時空振の理由を知るために過去に来て、そこで得た新たな仕事がハルヒの監視だったのだ。 今ではハルヒのおもちゃにされ、毎日毎日健気にもメイド服に着替えるというハルヒから押し付けられた仕事を全うしている。 他の団員にも、もし実際に経歴書に書いたら即座に精神病院に担ぎ込まれそうなプロフィールがある。 長門有希。 宇宙に存在する統合思念体が人間との接触用に作り出したインターフェイス。 長門が自称するには、宇宙人が製作したアンドロイドのようなものらしい。 古泉一樹。 自称超能力レンジャーの一員で、閉鎖空間という微妙に信じがたい空間で青い巨人と戦うことのできる少年だ。 いつも笑顔でニコニコし、俺をムカムカさせる。 極度のゲーム好きで、俺とよく遊ぶ。 だが九割方俺の勝ちだがな。 ハルヒの感情を感じることが可能らしい。 そして涼宮ハルヒ。 俺が奇妙奇天烈な体験をすることになった全ての元凶であり、わがままで他人の意見なんて聞いたこともない少女だ。 いまだに宇宙人、未来人、異世界人、超能力者との邂逅を望み、走り回る。 しかも困ったことに、自分の思ったとおりに世界を変える能力を持つらしい。 朝比奈さんからは時空のゆがみ、長門からは自律進化の可能性、古泉からは神とまで呼ばれた超少女だったのだ。 黙ってりゃ正直かわいい。 だが、そろそろ俺を落ち着かせてほしいと思うのだがな。 当分無理な願いか。 そして新たに入団した小山アキツキ。 髪の毛は切るのがめんどくさいという風に前髪は鼻まで伸び、そのせいで目が隠れて表情が見づらい。 だが、大して髪の毛に気を使ってなさそうに見えてかなり綺麗なツヤを放っている。 正直鶴屋さん並だ。 口調は子供。発想も子供。体格は少し小柄だ。 ハルヒを男にしたらこんな感じというなのを予想してくれたらいいだろう。 まぁハルヒと違って俺達年上には敬語を使ってくれるからまだいいが。 さて、ここでいったん話は途切れる。 いつもどおりの感覚で一ヶ月は流れた。 後輩が一人増えたからといっても俺の仕事は減らず。 むしろその後輩の世話をやく分増えた気がする こいつは男ハルヒなだけでなく男朝比奈さんみたいなドジらしい。 せめて俺の手は煩わせないでくれよ? 男ハルヒと言っても、さすがに常識は身につけているようだ。 無茶なことは言い出さずに、様子を見ているようにおとなしい。 初めて入団した時に俺を驚かしたような、 「だって、そっちのがおもしろそーじゃないですか!」 な発言とは裏腹に、おとなしく古泉の隣でひたすらノートにシャーペンを走らせている。 俺や古泉がノートを覗こうとするとまるで母親に勉強していると見せかけてゲームをしていたのがバレたみたいな顔をしてノートを隠す。 余計に気になるじゃないか。 まぁ、予想はつくがね。 元々文芸部に所属しようとしていたんだ、小説の一つでも書くだろうさ。 ただ問題なのは、こいつが時折長門をじっと見ているんだ。 まさか長門が主人公の小説か。 そんなことを考えている時だった。 一週間後にはゴールデンウィーク。 ただしスケジュールはハルヒと古泉のせいで暇などない。 そして新入部員の小山にとっては初めての合宿である。 一週間後の荷物持ちをしている自分を思い浮かべて、俺は心底うんざりしながら、放課後の部室へと急いだ。 朝比奈さんは今日は用事で来れないらしい。 余計に肩が重く感じるぜちくしょう。 朝比奈さんがいないからノックする必要もないだろう。 そう考えて部室のドアを開いて俺は心底驚いた。 長門と小山が向かい合って会話している。 おいおい、お前が一般人と真面目に会話しているところなんて多分初めて見たぜ? もちろん俺を除いて、だが。 「あ」 驚いたのか小山は小さく声を上げて俺を見た。 なんだ?例の小説の話か? 「よう」 ごまかすように俺は声をかけた。 いかにも気にしてませんよ、という具合にだ。 「あ、こんにちゎ」 前から思ってたが変なしゃべり方だなおい。 長門は小山の前に座っていたが、いつもの低位置に戻り本を読み始めた。 思えばこの時に思い出すべきだったのかもしれない。 そう、たとえばSOS団の部員は全員まともなプロフィールではなかったこととか、な。 今回の合宿は事件を推理するのが目的ではありません」 翌日、古泉は部室で俺に語った。 ハルヒにはもう伝えてあるという。 朝比奈さんは今日も休みで長門は本を読んでいる。 小山はいつものようにノートの落書きを楽しそうに書いている。 「そんで?今回は何をたくらんでる。」 俺は小山に聞かれないように声を潜める。 古泉はいつもの笑顔を崩さずに言い放った。 「冒険ですよ」 古泉の言うことには、今回は未開の無人島なのだという。 「もちろん、宿泊には困らないように施設は建てさせていただきましたよ」 その話を聞くと今年のゴールデンウィークのためだけに建てたような口ぶりだな。 「ええ、そのとおりです」 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。 お前のいる機関のバックアップはなんなんだ。 「鶴屋さんのところですね」 ああ、そうだったそうだったすっかり忘れてたぜ。 機関と鶴屋さんの家は繋がってるんだったな、そういえば。 「しかし未開であるために何がいるかわかりません」 「事前に調べたりはしないのか?」 「ええ、今回のそれは涼宮さんの提案です」 「何か危険なものがいたらどーすんだ?」 「そんな質問は無意味であることをあなたは知っていて聞くんですね?」 「心の準備ぐらいは欲しいだろう」 古泉はニッコリ笑って、 「まぁ同感です。ですが私もたまには思いきり楽しんでみたいのでね。 去年の夏と冬は私が仕掛けをしましたから、今回は純粋に活動を楽しませていただきます。」 「じゃあ危険が迫った時は思いっきり頼らせてもらうぞ」 「わかりました」 そう言い終わるかどうかのところでハルヒが来た。 「今年のゴールデンウィークは楽しみだわ! 今年は去年よりははるかに充実できそう」 それはSOS団がなかったからだろう、という俺のつっこみはまぁおいといて。 その日は当日の話をしながら締めくくった。 古泉と小山と涼宮はあっというまにいなくなった。 俺もすぐに帰ろうとした、が 「これ」 いつのまにか俺の背後にいた長門が俺に本を渡した。 心臓に悪いから気配を殺して後ろに立つのはやめてくれ。 そういえば気配というのが最初からこいつにはなかったか? 「帰ったらすぐ読む」 「そう」 長門はそう言って荷物をまとめ立ち去った。 もちろん本には栞らしいものがはさまっている。 予想はついていた、栞をめくると長門の手書きで書かれたかどうか疑わしいほど整った文字が連なれていた。 『午後七時、あの公園で待つ』 了解した、長門 家に帰ってすぐ栞を確認した俺は、即効で六時半までに飯をたいらげ、自転車をこいでいた。 目的地は、そう、長門が俺に宇宙人であることを明かした晩の、あの公園だ。 いやな予感はあまりしない。 少なくともまだ、の話だが。 俺が視界に入ると同時に長門は立ち上がった。 ここまでは前回と全く同じだった。 「ふう」 俺は自転車から降りて長門に尋ねる。 「どうした?何かあったか」 「………こっち」 長門は俺を案内する。 行き先は考えるまでもない、長門の部屋だ。 「入って」 玄関を開けてそう言うと、長門は部屋の中へ入っていった。 俺は長門のあとに続いて中に入った。 前回より少しだけ物の増えた部屋。 それでも長門らしく生活感の感じない部屋。 これで相手が宇宙人じゃなかったら、一般男子の俺は緊張してしまうだろう、実際一年前はそうだった。 俺がいつもの低位置に座ると、長門はお茶を入れてきた 「今日は何の話だ?」 俺は公園で尋ねたことをもう一度尋ねた。 とりあえずそれを聞いておかないとどうしようもないから、な。 「小山アキツキ」 「小山がどうした」 「彼について様々な情報が錯綜している」 …なんだって? 「簡単に言うならば、正体不明」 長門が理解不能であるってこと、それすなわちアラームレベル7以上だ。 今まで長門が理解不能だったことといえば、去年の世界改変のバグや雪山での遭難が思い浮かぶ。 つまり危機がせまってるってことか? 「そうではない」 長門は続ける。 「彼に対する情報が矛盾しているだけ。 今の所はそれで何か問題が起こるのかは不明」 頼むぜ、そういうのはお前が一番理解が早いんだから。 「検討はしている」 「それで、何が矛盾してるって?」 長門は少し沈黙をためて言った。 まるであまり話をするのに気乗りじゃないように。 「彼は今現在この世界にいるはずの人間」 少し言葉が飲み込めなかった。 だがすぐに尋ねなおす、どういうことだ? 「こちらの情報が正確なのならば、彼は数年前に死去している」 宇宙人?未来人?超能力者? いや、おそらくそのどれにもあてはまらないだろうその存在は、少なからず俺に何かを予感させていた。 「彼の正体は現在のところ不明、彼に対する情報が錯綜している」 つまりどういうことだ? 俺は思った言葉をそのまま口にすることにしたよ。 彼は実態を持つ幽霊ってわけか? 「彼を実体を持つ幽霊であると確定するのは尚早」 「ただ現在の所、そう捕らえるのが最も適切かも、しれない」 長門自身、あまりよくわかっていないようだ。 こういう顔も珍しいな。 まぁ特異な存在をことごとく自分の団に入団させてきたハルヒが今の今まで入団させられなかったほどの存在だからな。 「その例は適切ではない」 長門は続ける。 「彼自身の様な特異的な存在が彼一人しか存在せず、そのために年齢という壁が理由で入団できなかっただけかもしれない」 長門は一気に言い放った。 もうちょっと待ってくれ、俺にも理解できるスピードってもんがある。 「実際今彼はSOS団に所属している」 「そうかもな」 しかしなんでもありなSOS団でもハルヒの他にも正体不明な奴がいるってのは少々不気味だなぁ、おい。 「私個人としても、彼から情報を得ようと行動している」 なるほど、昨日二人で会話してたのはそのためか。 「そう」 やっぱりSOS団でまともな人間は俺だけか。 まだまだ俺の仕事は続きそうだな、やれやれ。 正確には俺と長門と朝比奈さんと古泉の四人の仕事、だけどな。 「じゃあ、俺は今日は帰るよ。 お茶、うまかった」 「そう」 「何かわかったら携帯で連絡してくれ、頼んだぜ、長門」 「わかった」 俺は自宅へと自転車を走らせた。 行きは降っていなかったが今は結構強めの雨が降っていた。 塗れたハンドルが異様に冷たく感じた。 ただでさえ涼宮ハルヒのお守りっていう懸案事項があるのに、これ以上増やさないでほしい。 そう俺は考えていた、そのとき。 暗がりから急に現れた影に俺は驚いた。 あやうくぶつかりそうになりハンドルを切った。 が、自転車のタイヤは塗れた道路を滑り、倒れた。 軽く擦り剥いたらしい。 いてえ、急に飛び出すな馬鹿やろう! しかし驚いていたのは向こうも同じらしい。 目を丸々と開けてこちらを見ている。 そんなに目を開くと飛び出すぜ? 「だ、大丈夫ですか?」 聞き覚えのある高めの声。 俺はハッっとして飛び出した人物を凝視した。 長い前髪、高い声、少し小柄な新入生。 今現在の最大懸案事項、小山アキツキが、そこにたっていた 雨なのにかかわらず、傘も差さずに小山は立っていた。 前髪で顔の半分が隠れていたのにも関わらず、その顔は驚いているのがわかった。 口をぽかーんと開けてこちらを見ていた。 「…驚いた」 驚いたのはこっちだ! 雨、しかも夜に傘もささずに横道から急に飛び出してきたんだ。 俺が一秒でも早く来ていたら、断言できるね、俺はこいつに衝突していた。 「いつつ…」 俺はまるでやすりで削られたように痛む腰をあげた。 軽くすりむいてやがる、痛いはずだ。 「大丈夫…ですか?」 「あまり大丈夫じゃないな」 自転車を起こしながら答えた。 カゴの部分が歪んでやがる。 「そ…ですか」 なんか軽く落ち込んでやがる。 だが俺が気にしているのは別に事故のことじゃない。 いや、事故も多少気にしているがな、うん。 「なんで、こんな時間にこんなとこにいたんだ?」 俺は小山を見た。 「………」 三点リーダで答える小山。 それは長門の専売特許だぜ? 「……わかりません」 はぁ? まるで自分が夢遊病患者みたいな喋り方だな。 だが俺は再び小山に聞いた。 今と全く同じ質問をな。 「なんでこんな時間にこんなとこにいる?」 なんで二回もおんなじ質問したんだ俺…… 小山が俺から目を逸らす。 お? 「……俺、」 小山が喋り始めた。 「俺、昔の記憶がないんです。」 「それで、毎夜毎夜、不安になって散歩するんです」 本当のことを言っているのか? 俺はもちろん疑った、だってそうだろ? 近所から貰った子猫が虎の赤ちゃんだったってぐらいのことは覚悟している。 俺にはそれだけの経験があったからな。 「正直に言え」 俺は小山の両肩を掴み、小山の前髪に隠れた目を凝視する。 「ほ、ほんとうです!」 小山は続ける。 「四年前、それ以前の記憶がないんです。」 四年前、そう聞いて思い出すのは、そう。 俺がSOS団と出会ってから三年前。 長門にとって情報爆発が起き、朝比奈さんにとっては時空振が起き、古泉にいたっては世界の始まった時。 言うまでもないな? 涼宮ハルヒが何かを起こした瞬間のことさ。 「四年前…俺は体中傷だらけで発見されたんです。 発見されてすぐ、俺は病院に担ぎ込まれました。」 小山は、観念したように自分のことについて詳しく語り始めた。 いきなり喋られたから俺は急いで頭を切り替えた。 「発見された当初は、俺は体中あらゆるところが傷だったらしいです。 生きていたのが不思議なぐらいのことだったらしいです。 顔の判別が、できないほどに。 俺を見つけてくれた夫婦の苗字が、小山だったんです。 あ、アキツキってのは俺自身の名前です。 なぜかそれだけ覚えていたんです。 俺は二ヶ月、ずっと包帯で巻かれていました。 一ヶ月後、顔の包帯だけ外して貰いました。 その時です、俺を助けてくれた夫婦はとても驚いていました。」 小山はそこで一区切り置いて、 「俺の顔は、彼ら夫婦が俺が現れるさらに三年前に失った子にそっくりだったらしいんです。」 なるほどな、長門の言ったとおりか。 死んだはずの人間。 俺は口を開く。 「たまたまそっくりだったってことはないのか?」 数秒間、小山は躊躇するそぶりを見せた。 「まぁ、その可能性も、なくはないんですが」 小山は否定ともとれる発言をした。 「これはあとで知ったんですが、俺のうなじのところにあるホクロが、その彼にもあったらしいです。」 俺は考えていた。 小山は嘘はついていない。 そう感じた。 長門の微妙な表情の変化、古泉の笑顔の変化にすら気づくことができる俺にそれを判別するのはたやすい。 いつのまにこんな微妙な特技ができてたんだろうな、俺。 宇宙人? なんとなくだろうが違うだろうな。 未来人? どちらかと言えば過去の人間だ。 超能力者? 死んだのに生き返る超能力なんて聞いたこともない。 そして俺は最後にもう一つの可能性に行き着いた。 それは涼宮ハルヒと俺が出会ったとき。 そう、クラスでのあの突拍子な自己紹介のことだ。 「東中出身、涼宮ハルヒ」 そう語ったのち。 「普通の人間には興味ありません。 もしこの中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私のところへ来なさい。」 そう、俺は気がついた、そしてこれが一番しっくりくるだろう。 小山アキツキ、こいつは異世界人だ、ってな。 結局その日、俺は小山と別れて自宅へと帰宅することにした。 別にそれで何か問題が起こるわけでもなさそうだったからな。 もちろん事故には気をつけろと耳にタコができるほど言い聞かせてやった。 どれだけの効果があったかはわからんがね。 もし何か俺がしたことになんらかの効果が出たかわかる方法があったら教えてくれ。 まぁ実際に教えてもらってもリアクションに困るが。 自宅に帰って事故で痛む体をゆっくりと湯船につけた。 そしてシャミセンを部屋の外に放り出したあと、長門の言っていたこと思い直していた。 しかし襲ってきた睡魔に勝てる見込みも無かったし、まぁ勝つ必要もなかったわけで、俺は寝た。 まぁ、懸案事項は別に小山一人じゃないわけで。 俺の頭はもう一週間後のゴールデンウィークの合宿についてに切り替わってた。 今回も小山のことを含めていろいろありそうだ、いろいろと。 おやすみ、夢の中でだけはせめて忘れさせてくれよ?
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涼宮ハルヒの動揺 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:平成17年(2005年)4月1日 本編293ページ 表紙絵:涼宮ハルヒ タイトル色:赤色 初出ライブアライブ(ザ・スニーカー2004年12月号)、朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00(ザ・スニーカー2004年2月号)、 ヒトメボレLOVER(ザ・スニーカー2004年10月号)、猫はどこにいった?(書き下ろし) 朝比奈みくるの憂鬱(ザ・スニーカー2005年2月号) 初出順:ライブアライブ(第15話)、朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00(第8話)、ヒトメボレLOVER(第13話)、猫はどこにいった?(第17話)、朝比奈みくるの憂鬱(第16話) 裏表紙のあらすじ紹介 幻にしておきたかった自主映画だとか突然のヒトメボレ告白、雪山で上演された古泉渾身の推理劇や、朝比奈さんとの秘密のデートSOS団を巻き込んで起こる面白イベントを気持ちいいくらいに楽しんでいる涼宮ハルヒが動揺なぞしてる姿は想像できないだろうが、分かさのハプニングであいつが心を揺らめかせていたのは確かなことで、それは俺だけが知っているハルヒの顔だったのかもな……。お待ちかね「涼宮ハルヒ」シリーズ第6弾! 目次 ライブアライブ・・・Page5 朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00・・・Page52 ヒトメボレLOVER・・・Page95 猫はどこにいった?・・・Page187 朝比奈みくるの憂鬱・・・Page242 あとがき・・・Page298 アニメ 2009年改めて放送した『涼宮ハルヒの憂鬱』より 2009年放送第25話『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00』 2009年放送第26話『ライブアライブ』 2009年放送第27話『射手座の日』 2006年放送したテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』より 2006年放送第1話『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00』(DVD第01話 構成第10話) 2006年放送第12話(DVD第12話 構成第12話)『ライブアライブ』『ヒトメボレLOVER』『猫はどこにいった?』、『朝比奈みくるの憂鬱』は未アニメ化。 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第6巻に収録『朝比奈ミクルの冒険 EPISODE00』は未コミカライズ。(溜息に内包の状態) 第28話『ライブアライブ』 番外編『ショー・マスト・ゴー・オン』 コミックス第10巻に収録第43話『ヒトメボレLOVERⅠ』 第44話『ヒトメボレLOVERⅡ』 第45話『ヒトメボレLOVERⅢ』(雑誌表記ではヒトメボレLOVER最終話) コミックス第11巻に収録第50話『猫はどこにいった?Ⅰ』(原作P187-P217) 第51話『猫はどこにいった?Ⅱ』(原作P217-P241) コミックス第12巻?に収録第54話『朝比奈みくるの憂鬱Ⅰ』(原作P242~P275、最初からハカセ君救出後みくるが泣くところまで) 第55話『朝比奈みくるの憂鬱Ⅱ』(原作P275~P297、みくるが泣くところから最後まで) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 長門有希 朝比奈みくる 古泉一樹 鶴屋さん 朝比奈さん(大) 谷口 国木田 キョンの妹 中河 森園生 新川 多丸圭一 多丸裕 シャミセン シャミツー ハカセ君 あらすじ 後に繋がる伏線・謎 文化祭時に表われた中世風の服を着た集団 刊行順 ←第5巻『涼宮ハルヒの暴走』↑第6巻『涼宮ハルヒの動揺』↑第7巻『涼宮ハルヒの陰謀』→
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ここは文芸部部室こと我らがSOS団の溜まり場だ 朝比奈さんは今日もあられもない姿で奉仕活動に励み、長門は窓際の特等席で人を殺せそうな厚さのハードカバーを読んでいる。 俺はというと古泉と最近お気に入りのMTGを楽しんでいた――ちなみに俺のデッキは緑単の煙突主軸のコントロール、古泉は青単のリシャーダの海賊を主軸にしたコントロールだ――ここ最近は特に目立った動きもなく静かな毎日を送っていた。 ……少なくとも表面上は。だがな。 何故こんな言い回しをするかって?正直に言おう。オレ達は疲れていたんだ。ハルヒの我が侭に振り回される毎日に。 そりゃ最初のうちは楽しかったさ。宇宙人、未来人、超能力者と一緒になって事件を解決する。そんな夢物語のような日常になんだかんだ言いながらも俺は胸を踊らせたりもした。 だって、そうだろ?宇宙人と友達になれるだけでもすごいのに未来人や超能力者までもが現実に目の前に現れて俺を非現実な世界に連れていってくれるのだ。まさに子供の頃の夢を一辺に叶えたようなものだ。 これをつまらないと言う奴はよほど覚めた奴か本当の意味での大人くらいなものだろう。 そして俺は本当の意味での大人ではなかった。だからなんだかんだと文句を言いながらも心の底から楽しむことができたのだ。 では何故冒頭で否定的とも取れる意見述べたか?理由は単純、ハルヒの我が侭がオレ達のキャパシティを大きく上回ったことにある。 例えば閉鎖空間。SOS団を結成してからというものその発生回数は減ったもののその規模が通常のそれより遥かに大きくなったのだそうだ。 しかもその原因のほとんどが俺にあるというから責任を感じずにはいられないね。 そして俺に最も精神的苦痛を負わせた事件がある。それはこんな内容だった。 それは些細なことで始まったケンカだった。あの時は俺が折れるべきだったのだ。 悪いのはハルヒだからハルヒが謝るべき。 なんてつまらない意地を張らずにハルヒに土下座をして許しを請うべきだった。 しかしあの時の俺は強気だったしバカだった。 あろうことか俺はハルヒにお前が長門や朝比奈さんを少しは見習って女らしさというもをうんたらかんたらと説教を始めてしまった。 それがいけなかった。 前々から俺と長門の関係を怪しんでいたハルヒは激昂し、「なんでそこで有希が出てくるのよ!!」と怒鳴ると怒って帰ってしまったのである。 朝比奈さんはおろおろと怯え、長門は無表情だがどこか責めるような目線を送ってきた。 そしてこの件について一番の被害者になるであろう古泉はいつもの0円スマイルではなくまっこと珍しいことに真顔だった。 真顔の古泉が怖くて仕方なかった俺は古泉に平謝りしその日は解散となった。 明日ハルヒに謝ろう。そうすればまたいつも通りのSOS団が帰ってくるさ。俺はそんなことを考えていた。 だから翌日昼休みに消耗しきった古泉に呼び出されたことに少なからずも俺は動揺していた。古泉のあんな顔を見るのは始めてだった 「昨夜閉鎖空間が発生しました」 「そうだろうなあ…いや本当にお前には迷惑をかけた。すまんこの通りだ許しくれ!」 古泉は気にしてないと言わんばかりに微笑し淡々と話しを続けた。 「僕よりも涼宮さんに謝ってあげてください。なんせ昨夜の閉鎖空間の規模は今までの比ではなく我々《機関》だけでは対処できずに長門さんの勢力に協力してもらいやっとのことで鎮めることができたのですから」 古泉は淡々と話す――本当にすまん 「そして我々《機関》の中から始めての犠牲者もでました。あなたもご存知の新川さんが森さんをかばいが殉職しました。その森さんも背骨を折られ車椅子生活を余儀なくされました」 俺は絶句した。そりゃ人はいつか死ぬのだ。その事実は受け止めなければならない。 しかしこんなかたちで知人の不幸を知らされるとは夢にも思っていなかったからである。 真夏だというのに小刻みに震え、冗談だよなと言う俺を見て古泉は首を左右に振り否定。 また微笑し淡々と話し始める――なんでそんなにあっけらかんとしているんだよ…いっそのこと罵利雑言を浴びせ思いっきり殴ってくれ… 「僕は、僕達は別に貴方を責めているわけではありません。貴方はただ巻き込まれただけの一般人ですからね。ですが貴方の軽率な行動が簡単に僕達の命を刈り取ってしまう…この事実を忘れないでください。 では、後ほど」 そういって古泉は教室に戻っていった。 俺はというと食堂で昼食をとっていたハルヒに詰め寄り恥じも外聞も捨て泣きながら土下座した。 この時ばかりは周りの視線が気にならなかった。それくらい俺は焦っていたんだ。 とまあ、こんなことがありしばらく俺は古泉よろしくハルヒのイエスマンに成り下がっていたのだがこれにもちょっとしたエピソードがある。 なんでもかんでもはいはい肯定する俺にハルヒが不満を持ったのである。本当に難儀なあ、奴だこいつは… 古泉曰く俺は否定的立場を取りつつも最後にはハルヒを受け入れる性格でないといけないらしい。つまり新川事変(朝比奈さん命名)以前の俺だな。 新川事変以来ハルヒにビビっていた俺には無茶な注文だったがまた下手に刺激して閉鎖空間を発生されても困るので努めて俺は昔の俺を演じることにした。 おかげで自分を欺く術に異様にたけてしまった。全く嬉しくないネガティブな特技である。 ついでなので俺の肉体に最も苦痛を与えたエピソードもお話ししよう。 その日はいつものように文芸部部室で暇を持て余していた俺は古泉指導のもと演技力に磨きをかけていた。 そこに無遠慮なまでにバッスィィィィィン!!とドアを蹴破り現れたのは我らが団長涼宮ハルヒその人である。 ハルヒは何か悪巧みを思いついた時に見せる向日葵の様な笑顔――俺にはラフレシアの様な笑顔に見えたのは秘密だ――で開口一番 「アメフト大会に出るわよ!」 と、宣った。せめてビーチフットにしていただきたかったぜ。 大会はいつなんだ?という問いに満面の笑みで 「明後日よ!!」 と答えるハルヒ。まったくこいつは…… 「無理だ。アメフトのルールは野球とは違って複雑だぜ?」最初は否定的立場にいながら―― 「大丈夫よ!図書室でルールブック借りてきたしいざとなったらあんたの友達の中川くんに助っ人になってもらえばいいわ!!」 俺はハルヒの持ってきたルールブックにいちべつし、軽いため息を吐くと 「“中河”だ。わかった…中河には俺から連絡しておくさ」 ――最終的にハルヒの我が侭を受け入れる。どうだ?完璧な演技だろ?アハハハハっ、よし、今日も古泉にレキソタンわけてもらおう。 以外と効くんだ。アレ。 中河にアポを取り、快く承諾してくれた中河に感謝しつつ決戦当日である。 ちなみにハルヒが借りてきたルールブックとはアイシールド●1である。 いっそ事故かなんかで死んでくんないかなあ、あいつ。 試合内容は散々たるものだった。 相手チームが原因不明の腹痛を訴え棄権したり交通事故で棄権したり実家が燃えて人数が足りないチームと戦い、とうとう決勝戦である。 彼らには悪いがこちとら世界の命運がかかっている。多少の犠牲はつきものと割り切って試合に挑もと思う。 ここでとりあえず我がチームの選手とポジションを紹介する。 まずはラインの谷口、国木田、コンピ研部長、ランの俺とハルヒ、クォーターバックの長門、なんでも屋の古泉、その他雑用の鶴屋さん、朝比奈さんに妹 そしてリードバッグ(ボール持った奴を守るポジションらしい)の経験者中河だ。 これで優勝を狙ってるんだから正気の沙汰じゃない。本当に志しなかばで散っていった方々のご冥福を祈る。 いい加減まともに試合が出来ていないことにハルヒがイライラしてきたのでこの試合は小細工無しの真っ向勝負だ。 オレ達は経験者中河の指示にしたがい順調に点差を広げられていった。 ちなみに中河の提出した作戦は「いのちをだいじに」だ。 さすがの中河もまさか女子供と混じってアメフトをするとは夢にも思わなかったのであろう。 いろんな意味でアップアップだ。 そんな時に限って古泉の携帯が鳴り、長門は空を睨み、朝比奈さんは耳を澄ましてやがる。あぁ、忌々しい…
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これは湾岸ミッドナイトと涼宮ハルヒをドッキングしたものです。 オリジナル要素が含まれますが、そうゆうのが嫌いな人はスルーしてください。 (このSSはあくまでフィクションです。現実で高速道路の暴走や違法改造を推奨するものではありません。) では、お楽しみください。 1.涼宮ハルヒの湾岸(Z編)・・・・・・・・・・ハルヒサイド 2.涼宮ハルヒの湾岸(ブラックバード編)・・・・・・・・・・キョンサイド 3.涼宮ハルヒの湾岸(再会編)・・・・・・・・・ハルキョンサイド
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涼宮ハルヒの誤解 第一章 涼宮ハルヒの誤解 第二章 涼宮ハルヒの誤解 終章
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はじめに ・文字サイズ小でうまく表示されると思います ・設定は消失の後くらい ・佐々木さんとか詳しく知らないので名前も出てきません ・異常に長文なので暇な人だけ読んで欲しいです ・投下時は涼宮ハルヒの告白というタイトルで投下しましたが、すでに使われていたので変えています ・誰時ってのは黄昏の旧漢字……らしいです 多分 では、のんびりとどうぞ 学校行事に書き込まれていたテスト週間も無駄な努力と時間の経過によって無事終了し、晴れ晴れとした寂しさだけが残った週末。 テスト期間にあった祝日をむりやり土日に繋げてできた取って作った様な連休に、テストの結果に期待しようも無い俺は心の安息を求めていた。 この不自然な形の休日に教師といえども人間であり、生徒同様たまにはまともな休みが欲しかったなんていう裏事情には気づかない振りをするのが 日本人らしくて好ましいね。 しかし、テストが帰ってきて偏差値などという価値基準が俺に付与されれば、日本経済の実質成長率の如く一向に上がる気配を見せない俺の成績に 母親は表情を暗くするのは想像に難しくない。 でもまぁ、今は人事を尽くした者として大人しく天命を待てばいい。 休むべく作られた休日ってのを謳歌してな。 放課後の帰り道、ハルヒによって明日の休日初日から呼び出されているという事を踏まえても俺はずいぶんのんびりとしていた。 それは長門の一件が解決したばかりだったという事もあるが、最近のハルヒはあまり無茶をしなくなっていたってのもある。 ……そんな俺の考えは煮詰めた練乳並みに甘かった事を、俺は数日後に思い知る事になり今に至るというかなんと言うべきかね。 ともかくだ、天命って奴は人事を尽くしたくらいじゃ変えられないらしいぞ。 涼宮ハルヒの誰時 「急に呼び出したりしてすみません」 そう言って軽く頭を下げた古泉の顔には、驚いた事にいつもの営業スマイルがなかった。 そもそも目的地があるのか無いのか、もしくは現在考え中なのかすらも定かではない黒塗りタクシーは俺と古泉を後部座席に乗せて軽快に夜の街を走っていく。 この車に乗るのも古泉に呼び出されるのも久しぶりの事だ。 最近はハルヒも落ち着いてきたと思ってたんだが、また何かあったのか? 一応はそこそこに一般常識があるはずの古泉の事だ、俺を深夜に呼び出す理由なんてハルヒ絡み以外には想像つかない。 「当たらずも遠からずって所ですね……これからお話する事は確定した事実ではなく、あくまで仮定に過ぎないという前提で聞いてください」 随分もったいぶるじゃないか。わかった、仮定の話だと思って聞くよ。それで? 「僕が以前お話しした、涼宮さんに望まれたがゆえに僕達の様な超能力者が生まれたという話は覚えていますか?」 ああ。残念ながらなんとなくは覚えている。 あの夢物語の事だよな、この間妹が見せにきた絵日記に似たような内容があって焦ったぞ。 「あれから我々も世界の破滅を防ぐ為にと色んな勢力と情報交換を繰り返してきました、その結果一つの結論に辿り付いたんです」 結論ねぇ。聞こうじゃないか。 俺のリアクションに期待でもしていたのだろうか?古泉は次の言葉をやけに芝居がかった感じで言い切った。 「あなたです」 は? 「あなたが全ての始まりであり終わり。それが機関の暫定的な結論です」 ……古泉。 「はい」 そんな冗談を言う為に俺をわざわざこんな深夜に呼んだのか? 俺はこれから、明日の休日にハルヒが無茶をするのに備えてぐっすりと寝ってやる所だったんだぞ。 「冗談です、と言いたい所ですが機関は本当にそう考えているんです。僕としてはまだ半信半疑といった所ですが、信頼すべき部分もあると」 やれやれ、俺はただの一般人だって保障したのは確かお前じゃなかったか? 「あの時点では確かにそうでした、しかしその後の貴方の行動によって過去に新たな確定事項が出来た事により、事情は変わってしまったんです」 何を馬鹿な……まて、過去が何だって? 「はい。貴方は朝比奈みくると過去へ行き、過去の涼宮さんと出会った……そうですね」 あれ、お前にその事を言ったか?……まあいい、確かにそうだ。 「その出会いそのものは問題ではありません。問題なのは、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんです」 古泉、日本語で頼む。 「僕も詳しい事はわかりませんが、推論で言えば貴方が過去へ行った事で涼宮さんは誕生した。つまり、涼宮さんは貴方が創り出したという事になりますね」 営業スマイルを何処かに置き忘れたらしい古泉は、真面目な顔でそう言い切る。 ……お前、正気か? 「僕はいつでも、そこそこに正気のつもりです」 だったらよけいに性質が悪い。 長門でもハルヒでもない俺が、人間なんて作れると思ってるのかよ。 「確かに最後の部分は僕の推測です。ですが、機関が接触している長門さんとは別の統合思念体の組織によって、涼宮さんがあの日校門の前で 貴方に出会うより前の時間に存在していない事は確認されているんです。さらに言えば、我々機関の人間がこの超常の力を手に入れたのも 貴方が涼宮さんと過去で出会った日と同じ日。今となっては確認する方法はありませんが、貴方が涼宮さんに北高であったあの日まで、 涼宮さんはどこにも存在していなかったのかもしれませんね」 これ、笑う所か?そう思いたいのだが、残念ながら古泉の顔は至極真面目ときてやがった。 わかったわかった、お前のその意味不明な話が全部正しいとするさ。それで、何故そんな話を俺にする?論理ゲームなら長門とやってろよ。 お前は以前、ハルヒには何事も無い人生を送って欲しかったと言ったじゃないか。 最近はあいつも大人しくなってきたのに、俺におかしなロジックを吹き込んでまでわざわざ不確定事項を探してどうするんだよ。 「……確かにそうですね、僕が話している事は自分でもとても危険な事だと思います。ですが、その先に待つもっと大きな危険を回避する為に 貴方にはどうしても話しておかなければならない。このまま、僕の話を最後まで聞いてもらえればその事についてもご理解頂けると思います」 その先に待つ危険ねぇ……。 俺は明日、ハルヒが何を言い出すか考えるだけで手いっぱいなんだがな。 「統合思念体によれば、数年後のこの世界に朝比奈みくるは居ません」 ……それは……寂しいが仕方ないんじゃないのか?忘れがちだけどあの人は未来人なんだ。 っていうかそれは秘密にしておいて欲しかった。 でもまあ数年後って事は、高校に居る間は一緒に居られるって事か……そういえば朝比奈さんは俺達よりも先に卒業する事になるが、進学するんだろうか? 俺のお気楽な考えをよそに、古泉は深刻そうな口調で続ける。 「それだけではありません、長門さんも僕も、涼宮さんも居ないんです」 は? って、今日2回目か。 「SOS団のメンバーで最初に涼宮さんと出会ったのは貴方。SOS団が発足するきっかけになったのも貴方。数年後のこの世界に残っているのも貴方だけ。 ここまでくれば疑う余地もなく全ての原因は貴方である。以上が機関の結論です」 ちょっと待て、今話してる事は本当なのか? 「…………」 古泉。 俺の問いかけに、何故か古泉は苦しそうな顔で視線を外した。 「僕からこれ以上お話しても貴方は理解も納得できないと思います。ここから先は長門さんに聞いてみてください」 長門? なんでここで長門の名前が出るんだ? 「我々の掴んだ情報通りならば、長門さんにも未来の自分と同期する事ができるはずです。それを使えば、何年先まで自分が存在しているかがわかるはず」 ……そこまで知ってるのか。 久しぶりに嫌な予感がする。何かが起こりそうだが、結局俺には何もできないで終わる事になりだというなんとも疲れる予感だ。 「混乱させてしまってすみません、僕も正直心の整理ができそうにありません。ですが、このまま何もしないで破滅の時を迎えるよりは、 とにかく行動したほうがいいと思ったんです」 まるで朝倉みたいな事を言うんだな。 「え?」 いや、こっちの話だ。気にするな。 会話が途切れるのと同時、まるで事前に何度もリハーサルをしたかのようなタイミングでタクシーは長門のマンションの前に止まった。 深夜のマンションの廊下は当然ながらまるで人の気配がしない。 もしも巡回中の警備員に出くわして、何をしているのかと聞かれたらなんて答えればいいんだろうね? 超能力者の予言による世界崩壊の危機を回避するための助言を宇宙人に聞きに来たんです。とでも言えばいいのか? まったく、間違いなく救急車を手配してもらえるだろうよ。 以前長門から聞いた暗証番号を使ってマンションに入ることができた俺は、そのまままっすぐ長門の部屋へと向かった。 冷たいインターホンを押すと、呼び出し音の後には無音の静寂が続く。 その無音の中に長門の気配を感じて、俺はマイクに向かって話しかけてみた。 俺だ、夜遅くにすまないがちょっと話をさせて欲しい。 もしかして寝てるか?普通なら誰だって寝てる時間だしな。 数秒後、インターホンには何の返事も無いままで部屋のロックは小さな音を立てて外れた。 扉の向こうに居た長門は深夜だというのに何故か制服をきたままだった。……なんでだ? まあいい、深夜だし古泉ならともかく長門に迷惑をかけるのは気が引ける。 部屋にあがらせてもらった俺はさっそく、さっき古泉から聞いたとんでも話をそのまま長門に伝えた。 と、いう事なんだが……。古泉が疲れてるだけだよな? 個人的には「妄想、精神的疲労による軽度の錯乱状態」って返答を期待したいんだがどうだろうか? しばらくの沈黙の後、 「……古泉一樹の所属する機関は、確かに私以外の統合思念体の端末ともコンタクトしている。統合思念体の中には未来の情報を伝える事で、 自立進化に関わる不利益を回避しようとする派閥が存在する」 そんな事ができるっていうか、許されるのか? お前の上司ってのがそこまで無茶苦茶な連中だとは思ってなかったぞ。 「許されない。未来への干渉は、結果的に得られるはずだった自立進化の可能性を消失してしまう可能性がある」 何にしろ自分中心って事か 「そう。本当に統合思念体が未来の情報を漏らしたとしたら、それは自にとっての危機的状況を回避する為に他ならない」 ……統合思念体の危機?そうか、以前長門は。 「以前私がそうしたように、統合思念体の存在が何者かに消去されその状態が回復される事がない未来を見つけたのかもしれない」 ……それってつまり、自分が消されそうになるならその歴史を改竄する事もありえるって事なんだろうか? それならあの時の長門も何かされてもおかしくなかったって事じゃ。 あ、それとも結果的に自分が元通りになるってわかってたから何もしなかった……駄目だわからん。今はとにかく現状の事だけ考えよう。 長門、古泉が言った未来との同期ってのをしてみてくれないか? 「……」 肯定も否定でもない、無機質な視線が俺を見つめている。 あいつは数年後の未来にお前も朝比奈さんも、古泉もハルヒも居ないって言った。つまり十年以上先の未来のお前と同期できたら、あいつの言ってた事は 全部思い過ごしって事だろ? 「……申請してみる」 すっと長門の視線が天井の特に何もないはずの部分に固定され、俺はしゃみせんが時々そうしているのを思い出していた。 あれって何を見てるんだ?もしかして、猫はみんな情報思念体とアクセスできる……なわけねーか。いや、どうだろう。 数十秒程の沈黙の後。 「だめ」 その返事は俺を安心させる物ではなかったが、とりあえず不安にさせるものでもなかった。 しかし、問題はこの後に続く言葉だった。 「一年後の未来に同期すべき私は存在しない。更新できたのは、3日後の自分まで」 古泉のとんでも話より、もっととんでもない話が俺を待っていたらしい。 「私の存在は3日後の21時57分に消失する。その時刻には、朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの3人もこの世界に存在していない」 3日後って……数年先じゃなくて今週のか? 「そう。貴方だけが残る」 ……まてよ、そんな事になったら未来の朝比奈さんはどうなるんだ?3日後に今の朝比奈さんが消えてしまったら……あ、そうか。 3日以内に未来に帰ってしまうだけって事だよな。 朝比奈さんが生まれるのがもっと先の未来なら、数年後の世界に朝比奈さんが居なくても不思議じゃない。 「違う。朝比奈みくるの存在その物が消える」 存在その物が消えるって…… 「この時間軸に存在する朝比奈みくるも、異時間同位体の朝比奈みくるも確定した未来の存在ではない。このまま時間が続けば、存在する事になったはずの 暫定的な存在」 待ってくれ、俺にはさっぱり理解できん。 ……そうだ長門! お前は自分が消える直前までに起きる事をみんな知ってるんだな? 俺の言葉に長門は頷く。 ルール違反を指摘したばかりだとか言ってる場合じゃない、これが非常事態じゃないなら何が非常時だっていうんだ! だったらそれを教えてくれ!それさえ分かれば危機が回避できるから、未来の情報を流したりするんだろ? 「できない」 できないって……。 「貴方が異時間の情報を古泉一樹から聞いた時点で、歴史に差異が生まれた。21:57に消失する未来も予測される未来で確率が高いと思われる一つであり 確定された物ではない。これから先に起きる出来事は、もう誰にもわからない」 ……なんとなく、居るんじゃないかと思ってましたよ。 「キョン君」 教えてください、知っている事を全部。 「はい、私に話せる全てをお話します。これが、キョン君と会う最後なんだから」 長門のマンションの外で俺を待っていたのは、寂しそうな顔をした大人の朝比奈さんだった。 何も言わない朝比奈さんについていくと、やがていつも俺達が集まる時に使っている駅前の小さな広場に辿り着く。 駅前は深夜だという事を考えても不思議なくらい人影もなく、町は俺達以外に誰もいなくなってしまったのではないかと思う程に静まり返っていた。 「明日の朝、ここにみんなが揃って涼宮さんがSOS団の解散を宣言します」 は? 今日は何回驚かされればいいんだ?……そろそろ勘弁してくれ。 朝比奈さん……それってマジなんですか。 俺の言葉に、朝比奈さん(大)は何故か微笑む。 「はい、大マジです。そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの」 は? 思わずまた大きな声が出てしまった俺を見て、朝比奈さん(大)は嬉しそうに……って今なんて言いました? 「……ショックだったな。なんて、今更ですけど」 や、やだなぁ。こんな時に冗談言わないで下さいよ。 動揺する俺を前に、朝比奈さんは淡々と話し続けた。 「涼宮さんの告白のセリフもキョン君の答えも全部知ってます。知ってるのに、私は存在しなくなるなんて不思議な感じ」 不思議な程、朝比奈さん(大)の言葉は落ち着いていて、それとは反対に俺は状況把握に必死だった。 えっと、みんなが数年後に消えてしまうと思ったらそれは実は3日後で、それはよくわからない宇宙理論で回避できないらしくて、SOS団が明日解散して ハルヒが俺に告白する? どこから突っ込めばいいんですか、これ。 「そして3日後、2人は初めて結ばれて……みんな消えるの」 追い打ちかけないでくださいよ! と叫びたかった。 言葉ってのは凄いな、この時の俺はハルヒに襟首を引っ張られて机に頭を叩きつけられた時よりも動揺していた自信がある。 何で、何でそんな事になるんですか?意味がわかりませんよ。 「それは……私には言えないの。ごめんなさい」 自分が消えるかもしれなくても言えない事ってなんですか?なんて言える空気じゃない。 寂しそうな声で謝る朝比奈さん(大)にそれ以上何を聞いていいのか、俺にはわからなかった。 ――どちらからともなく木製のベンチに座った俺達は、暫くの間無言だった。 でもまあ悪くない沈黙だったと思う。 俺は少しでも頭の整理がしたかったし、朝比奈さん(大)も何か考えているようだった。 ベンチの冷たい感触が無くなってきた頃、 「……キョン君、子供の頃の思いって純粋だと思わない?」 急にどうしたんですか? 優しい声で話す朝比奈さん(大)は星も見えない夜空を見上げたまま、話し続けていく。 「架空の存在ですら心から信じられる、子供ってそんな純粋な心を持ってる。キョン君も信じてたのよね?宇宙人に未来人、正義の味方に超能力者。 年を重ねて現実を知るにつれてそれを信じなくなってしまったけれど」 ……あ、あれ?俺、そんな事話しましたっけ?やだなぁ、忘れてください。 孤島で飲んだ時にもで言ったのか?喋った覚えはないんだけど。 「そんな存在居るわけがない……でも少しは居て欲しい。子供の頃の貴方では想像できなかった現実的な部分まで想像できるように成長した貴方は、 北高校に入学したあの日もそう願っていた。超常的な存在の近くで色んな出来事に巻き込まれながらも見守る、そんな一般市民になりたい、と」 違う、そんな事まで俺が朝比奈さんに言うはずがない。俺だって今、言われるまで忘れてた事だ。 なんで、それを……。 「キョン君、貴方は心から願ってしまった。そんな超常的な存在……もうわかっちゃったよね?涼宮さんみたいな人に出会いたいって。心当たりは あったと思うの。神様みたいな力を持っている涼宮さんが、貴方の後ろの席に居たのは偶然?あの席順でなければ、キョン君はきっと涼宮さんに話し かける事はなかった」 それは、たまたま50音順で座ったからじゃ。 「たまたま同じ学校に進んで、たまたま同じクラスになって、たまたま50音順で後ろの席になった女の子がキョン君の望んでいた神様みたいな女の子。 しかもその子にたまたま選ばれた……これはもう偶然とは言えないですよね。どこかに必然が混じってるんです」 ……もしかして、ハルヒが俺を前の席にしたって事じゃ? 「涼宮さんが探していたのは北高の制服を着ていたジョン・スミス。中学校の時に高校生のジョン・スミスを見て同じクラスになれると思うはずがないし、 万一矛盾を無視してそれを望んだとしても、その名前を本当に信じていたならスミスさんでは並びで言うと涼宮さんの後ろに居るはず。でも実際に 後ろの席に居たのは谷口君でした。そして貴方もずっと感じていた疑問、何故宇宙人でも未来人でも超能力者でもない普通の高校生のキョン君を 涼宮さんは選んだのか?さっき話した、たまたまの中にある必然……その答えは、貴方を選んだのが涼宮さんだったのではなく涼宮さんを選んだのが……」 待ってください! 思わず立ち上がった俺はとにかく何かを言おうとした、このまま説明を聞いていたら何かとんでもない事になってしまうんじゃないか? そんな不安が俺をとにかく焦らせていた。 えっと、今この世界に居るもう1人の朝比奈さんは、未来人だって話を打ち明けてくれた時に数年前のある日よりも以前の時代に戻れなくなったって 言いました。そうなんですよね? 「はい、そうです」 でしょう?って事はやっぱりハルヒが全ての原因なんじゃないですか? 「キョン君が私を背負って涼宮さんとグランドで出会ったあの日、あの日よりも過去に戻れないんです」 黒塗りタクシーの中で聞かされた、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんですという古泉の言葉が思い出される。 ……古泉が言っていたのは……じゃあ。 俺の思考の中で纏まらなかった考えが、望まない形に固まっていくのが止められなかった。 「時間変動が観測されたあの日、涼宮さんがこの世に誕生した。まるで今の年代から逆算したかのような年齢で唐突に。そして関係する全ての人間の記憶に 彼女の存在が書き込まれた。そして涼宮さんによって未来人の存在が産まれた、……そう考えればあの日よりも前に戻れないのに説明がつくんです」 それで理解できるのだろうか、朝比奈さん(大)は小さく息をついて口を閉じてしまった。 すみません、さっぱりわからないんですが……。 俺にわかるのは大量に浮かび上がった問題だけです。それも長門でも解けないであろう超難問がいくつもね。 溜息といっしょに再びベンチに座る、しばらくは立ち上がれそうにない。 じりじりとした感覚だけが続く無言の時間の中、俺は何を考えればいいのかわからず、朝比奈さん(大)は今何を考えているのだろうか?と考えてみた。 これで会うのは最後だと言いきったのはこれがはじめてだけど、それは何故なのか? 未来が変わってしまうのなら、何故朝比奈さんは今ここに居られるのか? ……どうすればいいか教えてくれないのは、もうどうしようもないって事なのか……。 結局考えは形になる事はなく、いつしか悩んでうつむく俺を朝比奈さん(大)は優しく見つめていた。 「キョン君……もう、お別れの時間になってしまいました」 静かに立ち上がった朝比奈さん(大)が言い出した時、俺はそれを引き留めても無駄なんだろうなという事はわかった。 ベンチに座ったままの俺を見下ろす女神は、俺を沈黙させるなど容易いほどに綺麗で、今は大きなその眼に涙を浮かべている。 「この時代に来た私は幸せでした。色々恥ずかしい思いもしたけど、楽しい思い出もいっぱいできたもの。それに……」 すっと近寄ってくる朝比奈さん(大)の体が俺に重なり、動けないままでいる俺を抱きしめた腕に力が込められる。 その体は小さく震えていて、それに気づいても俺にはどうしていいかわからなかったのが悔しかった。 「もう1人の私は何も知らないまま消えてしまうけど……忘れないでね……私が居た事、過ごした思い出を」 俺の耳が涙に震えるその言葉を捉えたのを最後に、ふっと俺の意識は途絶えた。 ――居るわけないか。 再び俺の意識が戻った時ベンチに寝ていたのは俺一人で、やはりというか朝比奈さん(大)の姿はどこにもなかった。 俺の服にしみ込んだ水滴の跡だけが彼女の残した痕跡だ。 ……ハルヒは俺の思い込みの産物で、実は俺が神様だって?冗談だよな。いくらなんでも。 このままここに居ても風邪をひくだけだ。気だるい体を起こし、俺は日付が変わろうとしている静かな町を足早に歩いて行った。 SOS団が解散?確かに明日は市内散策の日で、俺達はここに集合する事になってる。だからってハルヒがそんな事を言い出すなんてありえない。 そうさ、あいつは未来永劫にSOS団は不滅だって言ったんだ。 だから俺は、翌日駅前に集合した時にハルヒが珍しい事に遅刻してきた上にポニーテールだったのにも驚いたんだが。 それより何より、全員が揃った所でいきなりハルヒがSOS団の解散を宣言した時は本当に時間が止まったと思った。 むしろ、止まって欲しかったぜ。 一日目 ただでさえ大きな可愛い瞳をさらに見開いて固まっている朝比奈さん。 多少やつれた顔で、それでも笑顔らしい表情を浮かべている古泉。 こんな時でも無表情の長門。その無表情が今は何故か、悲しく感じる。 俺は……俺はどんな顔をしてたんだろうな?自分ではわからないが、きっと間抜けな顔をしてたんだろうよ。 誰も何も言えないでいる中、ハルヒが口を開く。 「急にこんな事を言ってごめん。SOS団はあたしが言い出した事なのに自分でも勝手だって思ってる」 お前が勝手なのはいつもの事だが……。ハルヒ、お前本気なのか? 思わず本音が混じっていた俺の言葉に怒りもせず、何故かハルヒは顔を暗くして視線を外す。 「うん」 うんだと?俺の聞き間違いか? 谷口、国木田。隠れてるなら今すぐプラカード片手に出てきてくれ。鶴谷さんでも部長氏でも誰でもいい! みんなで揃って俺を担いでるんだろ?そうでなきゃおかしいじゃないか? 悪いことはみんな夢だなんて思うわけじゃないが、これはないだろ? 俯いたハルヒの周りに立つ誰もが口を開けない中、再び沈黙を破ったのはハルヒだった。 「じゃあ、これで解散。みんな……今までありがとう」 その言葉は、信じられない事に涙で掠れていたんだ。 今でも信じられないぜ。 やがて、小さく会釈して古泉が去り。 不思議な事に、長門は顔を上げられないでいるハルヒの手を軽く握ってから去っていった。 最後に残った朝比奈さんはハルヒ以上に涙目というか号泣で、俺とハルヒを交互に見ながら状況の説明を目で求めていた。 かといって俺に言える事なんて何もないわけで、無言の時間を過ごしていると……。 「キョン」 俺の名を呼ぶハルヒの声は、いつもの無意味なまでの力強さは無かったけれど、もう涙声ではなかった。 ただ、ずっと俺とは視線を合わせないままで視線は下を向いたままだったが。 「あたしね、SOS団のみんなが好き。もう解散してしまったけど、きっと一生忘れない」 ……俺もさ。 これだけ楽しい時間を過ごした仲間を忘れるような奴が居たら、そいつは健忘症の末期症状か情報の改竄でも受けたに違いない。 ただ、ここで終わりにするのは何故なんだよ? イベントが尽きたなんて言わせないぜ?なんとなくすっきりしないから、なんてふざけた理由でエンドレス夏休みをやったお前なんだからな。 「……宇宙人、未来人、超能力者。そんな普通じゃない何かと過ごせればきっと楽しいってずっと思ってた。ううん、今でもそれは楽しいんだろうって思ってる」 お前には言えないが、経験者から言わせて貰えばそれは楽しいぞ。 平凡な日常って奴が恋しくなるくらいにな。 「でもね、今はそれよりもっと楽しい事があるの」 そう言ってから、ハルヒはようやく俺に視線を向けた。 紅潮した頬と潤んだ視線に、俺は思わず息を飲む。 『そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの』 大人の朝比奈さんの言葉が蘇り、俺の体に緊張が走った。 まさか……本当にハルヒが? 動揺する俺に落ち着く時間なんて与えてくれるはずもない、そんな所だけはいつものハルヒだったな。 こんな状況で、そんな落ち着いた考えが浮かんだのは何故だろうね? 突然顔を近づけてきたハルヒに唇を奪われた俺は、その柔らかな感触をじっと感じる事ができる程度の余裕があった。 キスしたまま、まるで動こうとしないハルヒ。 ここが日中の街中で人目が無ければ俺もしばらくこうしていた……ってここにはまだ朝比奈さんが! 眼球の動きだけで視線を動かすと、俺達を見つめる天使は口元を両手で隠しながら涙眼のまま微笑を浮かべている。その表情に驚きが無い気がするんだが……。 どれ程そうしていただろうか。 ようやく唇を離したハルヒの第一声は。 「バカ」 だった。 なんていうか……お前らしいな。 「う、うるさい」 ハルヒはいつものペースを取り戻した様な気もするが、その顔は真っ赤なままで見ているとこっちまで赤くなりそうだ。 離れるまで気がつかなかったが、どうやらハルヒはキスしている間ずっと背伸びしていたらしい。 今は恥ずかしそうに視線を泳がせているハルヒのポニーテールが、俺の目の前に見えている。 えっと、今のは……つまり。 なんて聞いたら怒りそうだが、聞くしかないよな?でもなんて言えばいいんだ? 「みんなと居る時も楽しいけど、あんたと2人で居る時の方が楽しいの。でもみんなが嫌いって事じゃなくて大好きなんだけど、あんたは……その、 特別っていうか。2人でずっと一緒に居たいって思って……その。あ、あんたも何か言いなさいよ!」 言ってるお前も恥ずかしいだろうが、聞いてる俺も恥ずかしいぞ。ついでに言えば朝比奈さんはもっとだろうさ。 ハルヒ。 「な、何」 俺の言葉に身を震わせるハルヒは、いつもと同じ強気な暴君の様に胸を張ってはいたが。その手は震えていて、俺を見返す瞳には脅えが浮かんでいた。 未来の朝比奈さん、あなたが聞いたセリフってのは俺が今から言う言葉と同じですか? すっと今の朝比奈さんへ視線をずらすと、ハルヒの顔が一気にこわばる。 俺の視線を受けた朝比奈さんは戸惑って何か言おうとしているが、俺はそれを片手で制した。 さあ、ジョン・スミス?お姫様がお待ちだ。さっさと言っちまえ! ハルヒへと視線を戻した俺は口を開き……。 何で俺なんだ? ハルヒと付き合いだした俺が最初に思ったのはそれだ。 面白さって事なら我ながら特に特徴の無い俺を、魏の唯才令曹が如く人外の逸材を求めていたハルヒが必要とする要因なんて何一つないだろう。 外見?自慢じゃないが、俺がモテるようなルックスじゃない事くらい自覚してるさ。 じゃあ何だ? そんな質問をハルヒが嫌うって事だけは知っている俺は、1人になるたびに答えの出ない自問自答に耽っていた。 まあ、あまりに自分を否定する材料しか出なくて途中で止めたけどな。 「お待たせ」 トイレから戻ってきたハルヒが自然に腕を絡ませてくる。それを恥ずかしいとは思うのだが、ハルヒがやけに嬉しそうなんだから恥ずかしいくらいは 我慢するとしよう。 「あ、カラオケ!入ろう?」 ああ。 本日SOS団でする予定だった市内散策は、そのままデートに形を変えて実行されていた。 もちろんここにいるのは俺とハルヒだけ。 告白の場に居た朝比奈さんの姿はいつの間にか消えていて、俺は彼女が未来へ帰ってしまったのではと狼狽した。 しかし、俺の携帯にいつの間にか届いていたメールを見てほっと胸を撫で下ろす事になる。 『実は、少し前から涼宮さんから好きな男の子が居るって相談されてたんです。涼宮さんの事を大事にしてあげてくださいね』 返信はまだしていない。何て打てばいいのかわからないしな。 かつてお前に、こんなおかしな事は止めて彼氏でも作って一緒にデートでもすればいいと言った事はあったが……まさか俺が彼氏になろうとはね。 人生何が起きるかわからないよな、ただの高校生でしかない俺が時間旅行に閉鎖空間を経験するとか、今時小説にもならない設定だぜ。 何より、お前と俺が付き合うなんてのは、これこそ事実は小説よりも奇なりって奴だろう。 カラオケはまだ日中という事もあって大部屋も含め殆どの部屋は空いてはいたのだが、俺達は2人だったので受付から案内された部屋は3人も入れば 手狭に感じるような小部屋だった。 店員の説明も終わり、扉が閉まって2人っきりになった途端。 「キョン」 呼びかけに振り向いた俺の唇を、再びハルヒの柔らかなそれが塞いだ。 今度は学習していた俺は、少し屈んでそれを受け止める事に成功する。 姿勢が楽だったせいか、さっきよりも長めのキスを終えたハルヒはまた顔を紅潮させていた。 沈黙に耐えられず、とりあえず座ろうとする俺の背後から問い詰めるような声がする。 「前に」 ん? 「前に市内散策した時。有希と、その。何もなかった?みくるちゃんとも!……べ、別に何かあっても今は無いならいいんだけど……」 ……ああ、あの図書館と公園に行った時か。何か懐かしい気がするな。 恥ずかしそうに口を曲げるハルヒはいったいどんな想像をしてるんだ?俺がそんなにもてそうに見えるのかよ。 まあ、あの2人に関して言えば恋愛以前の問題だったんだがな。 あのなあ。あれはみんな出会ったばかりの頃だろうが、そんなすぐに人を好きになったりすると思うか? 「あたしは!」 抗議するように声をあげてハルヒが詰め寄ってくると、座ったばかりのソファーの端に俺はおいやられた。 体勢を崩した俺を押し倒すようにして、ハルヒが俺の胸の辺りを見下ろしている。 「あたしは……ずっと。自己紹介の時に振り向いたあんたを見てから、ずっと気になってて……好きだったんだもん」 そこまで言い切った直後、ソファーに置かれたクッションが俺の顔目掛けて次々と飛んできた。 俺も顔が真っ赤だったはずだからそれはありがたかったんだが……。今のは本気か?その割には俺に対して常に攻撃的だったと思うぞ。 クッションの壁をようやく切り崩した時、ハルヒは何事も無かった様な顔でリモコン片手に曲を入れていた。 まだ顔が真っ赤だったのは見逃しておこう。 ハルヒ。 「ひゃっ?!」 俺に呼びかけられてハルヒが変な声を出して振り向く。 飲み物、何か飲むか? 内線を持つ俺に向かって、またクッションが飛んできたのは言うまでもないだろうね。 それから数時間の間、延々と2人カラオケが繰り広げられる事となった。 ハルヒは文化祭の時同様に素人とは思えない歌唱力を発揮して、俺はもっぱらお笑い担当だったのは適材適所って奴だろうよ。 異様なテンションの高さに飲酒を疑われるような2人だったのだが、俺は心のどこかでここに長門や古泉、朝比奈さんが居ない事に違和感を感じていた。 「キョン」 ん? 不思議なもんだ。 俺がそうやってハルヒ以外の事を考えていると、必ずハルヒはそれを察知したかのようにキスをねだってきた。というか奪いに来る。 短い時間のキスが終わると、決まってハルヒは寂しそうな顔をした。 今思えば俺はなんであんなにのんびりとしていられたんだろうな。 ハルヒが彼女になったのにって話じゃない、このままだともうすぐ4人が消えてしまう日が来るかもしれないって話さ。 夢見たいな事が現実になっちまったせいか知らないが、ともかく俺はハルヒとの時間を過ごす事に文字通り夢中だったんだ。 二日目 「ふ~ん……これがキョンの部屋なんだ」 あれ、夏休みに来た事あったじゃないか。 「あの時はみんなも居たじゃない。今日は、なんだか違う部屋みたい」 本来の主である俺よりもずいぶん軽いであろう体重を支えているベットは、それだけで他人の物みたいに見える。 今日もハルヒはポニーテールだ。 昨日も思ったが髪の長さが足りないせいでぴこぴこと跳ねるそれは、見ていて飽きることがない。 きょろきょろと落ち着き無く部屋中を見回すハルヒは、それなりに緊張しているようだな。俺もだが。 俺はそんなハルヒを椅子に座って眺めていた。 昨日、ハルヒとこれでもかと言う程に遊び倒してから別れた後『明日はキョンの家に行っていい?』とメールが来てからの数時間、俺は自室の掃除に 大慌てだった。 突然の行動に変な所でカンのいい妹は「キョン君!彼女?ねえ彼女が来るの?誰?有希ちゃん?」と騒ぎたて、それを聞きつけた母親も部屋を覗きに 来ようとするのを阻止しながら、何とか恥ずかしくない程度に掃除が終わったのは日付が変わった頃だった。 やれやれ、今は寝不足が続いていいような平時じゃないと知ってるのは俺だけってのはいくらなんでも不公平じゃないか? あ、古泉と長門も知ってるんだったな。 最後の最後まで抵抗を続けた妹は正午を過ぎた今もなお熟睡中で、母親は変な気を利かせてか外出中。 物音一つしない俺の部屋の中で、それまでイージス艦よろしく何かを探していたハルヒの視線がようやく止まった。 「あ、それってアルバム?」 そう言ってハルヒは本棚を指差してこっちを見てきた。緊張していた顔にようやく楽しそうな表情が浮かんでいる。 俺が頷くと、ハルヒはそれを見てもいいと解釈したらしくさっそくアルバムを取り出して膝の上に広げた。 「ふ~ん……。知らない顔ばっかりね」 学校が違うからな。 ハルヒが見つけたアルバムは中学の卒業アルバムで、当然俺の写真なんてクラスの紹介以外には殆ど無い。 行事で活動的に動くような生徒でもなかったし、部活動でも目立ってた事も無い。 そんなのんびりとした生徒をわざわざ写そうとする奇特な教師が居るわけも無く、見つけられた俺の写真の全てが小さな集合写真だったのは当然だろう。 どうやらハルヒはそれが不満なのか、小さな写真まで細かく調べていった。 まあ、気が済むまで見てればいいと思っていたのだが。 「あ、あのさ。中学の時にキョンは誰かと付き合ったりしてなかったの?」 アルバムに視線を落としたまま、ハルヒが呟く。 思わず一人懐かしい顔が思い浮かんだ……が。 してなかったぞ。 嘘をつくまでもなくこれは事実だ。 「そっか」 あっさりと告げた俺の言葉に満足したのだろうか、ハルヒはそれ以上追及する事無くアルバムを閉じて本棚の元の位置に戻した。 そしてそのままの姿勢で固まっている。 「これってもしかして有希の本?」 タイトルだけでよくわかったな。 まあ内容も見た目も軽い本が並んだ棚の中で、その本だけが分厚くて目立つのはわかる。 ハルヒの視線の先には、以前長門に借りたあの本があった。返さなくていいと言われて持ってはいるが、俺が何度も読むとは思えないし返した方が いいんじゃないだろうか。 借り物だけど読んでみるか?お前が気に入りそうな内容だったぞ。 「う、うん。また今度ね」 ……さっきから、というよりもこの部屋に部屋に入ってから変だな、こいつ。それとも俺が変なのか? 「あのさ」 ん? 「急に2人になると何か照れるよね」 そうだな。 平然としてるつもりだが、正直緊張しているぞ。 「でも、みんなが居る時はこんなにキョンと二人っきりで居られないし……。その、キョンは楽しい?……あたしと二人で居て」 緊張した顔で見つめてくるハルヒは、なんというかここで間違いが起きても仕方ないような可愛さだった。 椅子の背もたれに跨っておいてよかったぜ。すぐには馬鹿げた事をしないですむ。 一緒に居たくなかったら、部屋に入れたりしないだろ? 「……そっか、うん」 嬉しそうに俯くハルヒの仕草に、自然に手が伸びていた。 これくらいならいいよな?そう自分に言い訳しながら、ハルヒのポニーテールをそっと撫でてみる。 「ぃひゃ?!な、なに?」 今の俺とハルヒの間には閉鎖空間みたいな見えない壁がある気がする。 それは今まで一緒に過ごしてきた友達という関係で、その一線を越えちまったら今までの様には接する事ができなくなる。そんな壁だ。 自分からその壁を壊しにきたハルヒでさえ、今以上の関係になる事には躊躇いがあるのを感じる。 ……そうだよな、みんなで過ごしてきた時間はそんな簡単に手放せるような物じゃないもんな。 もしかしたら、俺達が恋人同士になってもSOS団を存続させる道はあるのかもしれないが、ハルヒは自分が一番望む事でなければ笑ったりしないだろう。 それがわかっているから解散したんだもんな。 でも今なら、まだ引き返せるかもしれない。 恋人ではなくSOS団の仲間に。 ハルヒは……いや、俺はいったいどちらの関係を望むんだろうか? とまあ俺達の関係もどうすればいいかわからないが、長門達が言うように本当に4人は消えてしまうかもしれないって問題のほうはさらに手詰まりに なっている。 いつもの様に誰かに相談する事もできない、かといって時間が進むのは止められない。 ――答えの出ない疑問を抱えたまま、最後の日がやってきた。 三日目 四日目 放課後の部室棟、誰も居ないであろう文芸部の部室の前で俺は立ち尽くしていた。 ここはもう元文芸部ではない。 廊下には文芸部と書かれたプレートがあるだけで、SOS団と書かれた紙はもうない。つまり本当に文芸部だって事だ。 もしろ最初からそんな紙は無かった事になっているんだろうよ。 触ってみてはいないが、プレートの上にセロテープが貼ってあった痕跡も無く、代わりにそれなりの年月で降り積もった埃が乗っているはずだ。 現状は、俺が長門の力によってハルヒの居ない世界に迷い込んだあの時よりも状況は悪い。 なんせ誰も居ないんだもんな。 頼るべき相手どころか相談相手も居ない。……そして俺には特別な力なんて無いんだ。 ドアノブに手をかけてみたが回す気になれず、俺は手を離してその場を後にした。 家に帰る気にもなれず、教室に戻った俺は机にその身を委ねてこのまま机の一部になろうとしていた。 俺の席は窓際の後ろから……一番目。 後ろの席になるべき場所に机はなく、そこは空間が広がっているだけ。 朝、教室に入った時にその状況を見ても俺は驚かなかった。 こうなってるだろうって予想はできてたからな、変わりに朝倉が居ないってだけいいのかもしれん。 ……いや、本当は朝倉でもいいから居て欲しかったな。 「お、まだいたのか」 声に続いて聞こえてきた足音は二つ、多分谷口と国木田だろう。 その音に振り向くだけの行為も面倒くさく、俺は夕焼けに染まろうとしている空を視線だけで見つめ続ける。 「なんだよキョン、世界の終わりみたいな顔して?」 言いえて妙って奴だな。 「はぁ?」 ある意味、主が居なくなったこの世界は終わってしまってるんだろう。 みんな居なくなってしまった。寡黙な宇宙人も、天使の様な未来人も、ゲームの弱い超能力者も……そしてあいつも。 1人残された俺にはのんびりとした平凡な日常が待っているはずだ、それは俺が望んだからなのか?望んでないとは言えないけどな。 「何意味不明な事言ってんだ?」 ……谷口。 「あ?」 俺が今から聞くことは無駄な事だ、自分でもそれは分かってる。 どうにも力が入らない体をなんとか起こし、奇跡って奴がもう一度起きないか願ってみた。 お前、涼宮ハルヒを知ってるか? 「すずみや……知らねぇな。どんな字を書くんだ?」 国木田はどうだ?長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹。聞いた事のある名前は無いか? 「ん~……聞き覚えのない名前だけど。新しい芸能人か何か?」 そうだよな、初めから何も無かった事になってるんだもんな。 ここは長門が作ったようなIFの世界でもハルヒが無意識に作ってた閉鎖空間でもない、ただの現実。それはわかってるんだ。 「休み明けからお前変だぞ?何があったかしらねえが元気出せって」 ありがとよ。 でもな、俺が何もする気にならないのは仕方ない事じゃないか? 魔法以上の愉快が、限りなく降り注いでいた日常が終わってしまったんだ。何事も無い日常って奴に慣れようにも時間が要る。 再び机との同化作業に戻った俺を残して、二人の足音は遠ざかっていった。 時間の経過に合わせて空はその姿を変えていき、沈んでいく太陽が教室内を赤く染めていく……。 圧力を感じるような光の中、俺はふと背後に気配を感じて振り向いてみた。 しかしやはりそこにはハルヒの机はなく、不自然に広い空間が広がっているだけ。 終わり……か。 今日という一日が終わって過去になり、明日が来る。その繰り返しの中で古い記憶は薄れていき、いずれは消える。それは避けられない事なんだよな。 そうやって理屈を並べて自分を理性的に納得させようとする感情と、それを否定する感情が心の中で戦っているのがわかる。 否定するそれは、ただ単純にあの頃……つまりは数日前に戻りたいと叫んでいた。 俺だってそうしたいさ、朝比奈さんや長門や古泉ともう一度会いたい。ハルヒとも……。 「見ないで」 悲しそうなハルヒの顔が一瞬浮かんで、消える。 あいつ、もう俺とは会いたくないと思ってるかもな。 それまで低かったはずの体温が急に上がるのを感じる、心臓が勢いよく鼓動しだしてまるで今から全力で走り出そうとしているみたいだ。 だらりと垂れ下がったままの腕に力が入り、掌もじっと汗ばんでくる。 あいつが会いたくなくても、俺は会いたい。 ……それだけでもいいよな? 俺は殆ど体温と同じくらいまで温まっていた机から身を起こし、真っ赤に染まった教室を出て行った。 まずはどこだ?いや、考えるまでも無い全部だ! 俺の足は、昨日カマドウマ以下であると確定した俺の頭が動き出す前にすでに走り出していた。 最初に向かったのは屋上の扉前、ハルヒに部活を作る手伝いをしろと脅された場所だ。 夕方の校舎はすでに照明も落ちていて薄暗かったが、探す場所も無いほどにそこには何もない。 ……次は、部室だな。 俺は階段を登ってきた勢いそのままに階段を駆け下りていく。 元文芸部であり元SOS団部室でもあった現文芸部の中には、やはり見覚えのある物は何もなかった。 長門の時に一回経験してるからな、ここまでは予想範囲内さ。 しかし、あの時と違うのは旧式のパソコンもすらもここには無いって事だ。 正直失望もあった。だが、諦めるのはまだ早い。 壁際に置かれた本棚に向かうと、さっそく端から順に調べていく。 今回も栞があるとは限らない、小さなヒントも見逃さないように丁寧にページをめくっていく……。 無いか。 本棚の本を全部調べ終えた時、思わず独り言が出てしまった。 薄暗かった部室は今は照明をつけているので明るいが、外はすでに日が落ちていてグランドにも人影は無い。 探し物をしている間に用務員が一度部室を訪れたが、必死に調べ物をしている俺の姿を見て勉強の為とでも勘違いしたのかあっさりと引き上げてくれた。 次はなんだ? あいつは俺に部活を作る規則を調べさせて、自分は部室とメンバーを準備したんだったな。その後どうなった? ……最初、ここに長門が居た。 あいつがいつも居た窓際に、今はパイプ椅子は置かれていない。 そして、朝比奈さんが拉致されてきた。 ハルヒの興味が向くままに集められていった朝比奈さんの衣装がかかったハンガーは、その姿を消している。 最後に、転校してきたばかりの古泉が連れてこられた。 弱いくせに次々と持ち込んできたあいつのゲームは、部室のどこを探しても見つからない。 SOS団に関わるものは何もかも無くなっている、そんなのはわかってるさ。 とりあえず座ろうと思い、部屋の隅にあったパイプ椅子を広げて置いた時、俺の脳裏に僅かに熱をもった視線で見上げるあの宇宙人の顔が浮かんだ。 「なんだい君は。入部希望者かい?」 無駄にエアコンが効いた部室に入ってきた俺を迎えてくれたのは、奇異の目で見上げる部長氏の顔。 そしてモニターから視線を上げようともしない部員達だった。 どうみても初対面って感じだな。俺達は面識すら無いって事になってるらしい。 入部希望じゃないんですが、コンピ研に興味があって来たんです。 「はぁ?……もしかして、文化祭で我々のゲームをプレイしたのかい?」 部長氏のその言葉に俺は思わず息を飲む。 思い出されるのはSOS団に挑戦状を持ってきた部長氏、先手必勝と蹴り飛ばすハルヒ、宇宙空間を彷徨う朝比奈さん、のりのりな超能力者。 ……そして僅かに目を輝かせた宇宙人。 頼むぜ、何か手掛かりがあってくれよ? 俺はなるべく専門家っぽい表情を浮かべて部長氏のパソコンを覗き込んだ。 どこかで見たことがあるモニターだとは思ったが、これはハルヒが強奪した例の最新型パソコンじゃないか。 あるべき場所にあると違うように見えるもんだな。 不審げな視線を送ってくる部長氏を無視しながら、俺は言葉を選んで話し始めた。 The Day Of SagittariusuⅢには、チートモードがある。 俺の言い終えるのと同時、部室の中に響いていた無機質なタイプ音が瞬時に止まる。 「……な、何の事だい?」 声は笑っていても、モニターに写ってる顔が笑ってないぜ?部長さん。 索敵モード、オフ。 続く俺の言葉で、部員の間に緊張が走るのがわかる。そして何より部長氏の顔は引き攣っていた。 さらにワープ機能。 「ど、どうやって調べたんだ?配布版には編集機能は無いし、何よりロックしてあるプログラムを解析できるなんてただの高校生とは思えない……君、名前は?」 急に熱意に満ちた目で見つめてくる部長氏に、俺は何て答えればいいのか? ここで答えるべき名前はこれしかないだろう、ある意味俺には魔法の言葉だ。 ただの一般人でしかない俺に、ほんのちょっとの勇気をくれる名前。 ……待ってろよ?ハルヒ。 俺は久しぶりに胸を張って口を開いた。 聞きたいのはハンドルネームですよね?俺はジョン・スミスです。 それから俺は部長氏にSOS団の事を聞いた。まさか知って無いだろうと思ったのだが、 「ああ、知ってるよ。僕のお気に入りにいつのまにか登録してあったんだ。カウンターとTOPページがあるだけのHPで何なのかわからないんだけど、 何故か消去する気になれないんだ」 一気に道が開けたのかと期待した俺だったが、残念ながら部長氏が知っているのはそのサイトだけで、長門や古泉、そしてあんな事があった朝比奈さんと ハルヒの事も知らなかった。 それにしてもあいつの痕跡が何故この世界に残れたのか? 俺に正確な答えが出せるとは思えないが、あのサイトはハルヒが指示して、俺が作った物だ。 つまりこのサイトは、シンボルマークを除けばパソコンに向かう俺の後ろでがなってた指示だけしかハルヒは関わっていない事になる。 ここで正確な事がわかるはずもないが、とにかく俺はみんなとの繋がりを見つけた事に喜んでいた。 部長氏のパソコンでさっそくそのサイトを見せてもらうと、そこにはあの長門改編による「ZOZ」団のロゴが現れる。 カウンターは一万を超えたままだ、数日前に見たはずなのに懐かしさがこみ上げてくるのを止められないぜ。 URLに数行足して、編集者モードに入りログインパスワードを入れる。 「これってあんたのサイトなのか?」 パスワードは正確に認知され、画面は編集画面へと切り替わった。よかった、間違いなくこれは俺が作ったサイトらしい。 まあそんなもんです。 「もしかして……他人のパソコンのお気に入りに自動登録させるウイルスか何かなのかい?凄い技術じゃないか!」 変な方向へ勘違いしてくれている部長氏は無視したまま、俺はブラウザを閉じて、次の行動に移った。 スタート、検索、対象はドライブ全部で形式はJPG・・ 「ちょ、ちょっと待ってくれ?」 ああ。そうか、高校生のパソコンに見られたらまずいものがないわけないよな。 検索対象を変更、フォルダ名mikuruを検索。 ……だめか。 検索結果は0件が表示されている。 朝比奈さんの存在が無かった事になってるのに、画像が残ってるわけないか。 「い、今のはなんだったんだい?もしかして君のプログラムの痕跡を探してみたとか?」 適当な言い訳を考えるまでも無い、部長氏は勝手に勘違いを継続してくれているようだ。 まあそんな所です。 少なくともこれで、実は俺は精神障害者で今までの出来事は全て妄想に過ぎなかったなんて事はなかったわけだ。 だからといって状況が好転しているって事でもないけどな。 部長氏にパソコンを明け渡し、また来ますとだけ言い残して俺はコンピ研の部室を後にした。 う~寒い。 そう自然に口から出るほどに、いつの間にか外の気温は下がっていた。 地球温暖化の影響って奴かは知らないが、日中と気温の差がありすぎるんだよな。 防寒面でまるで役に立たない冬制服を恨みつつ足早に校門を出て、そのままいつもの下り坂を降りていく。 すでに周りに生徒の姿はない、まあ街灯がついてるような時間だから当然といえば当然だ。 寒さを振り払うように自然と速度を上げて歩いて行くと、次の目的地である女子校が見えてきた。 自然に思い出されるのは髪の長いあの世界のハルヒと、思いっきり足を蹴られた時のあの痛みだな。 ふと、女子高の前に誰かが立っているのが見える。 それは腰辺りまで伸びた長い髪に、黄色いカチューシャをして……って。 寒さに震えていた体がさらに温度を下げた気がしたのに、それは不快な寒さではなかったというかなんとも説明しようがないね。 気のせいでなければ、その人影もどうやらこちらを見ているようだ。 距離にして30メートル程度しか離れていないから、顔までは見えないだろうけど俺の姿は確認できていると思う。が、何のリアクションもない。 気がつけば止まっていた足を何とか前に踏み出す。 何故俺はびびってるんだ? あれがもし、「あの時のハルヒ」だとしても、俺が恐れなくちゃいけない理由なんて何もないはずだ。 それに俺は女子高があの時みたいに共学に変わっていて、ハルヒが居る事を望んでいたはずだろ? だからこうしてここに居るのに、無駄に激しい胸の動悸は治まりそうにもない。 そして残り10メートル程の距離まで来た、……すかさず漏れる溜息。 おいおい、俺はどうあって欲しかったってんだよ。 そこに居たのはハルヒでも、そしてあの時のハルヒでもない――ただの知らない女生徒だった。 近づいてきた俺が自分を見ているのに気づいて、女生徒は小さく会釈しながら不審げな眼をしている。 まあそうだろうな、通りすがりの男子高生が自分を見ていきなり溜息をついてんだから。 俺も適当に会釈のような素振りをして、足早にその場を通り過ぎた。 横目に見た女子高はどう見てもいつもと同じ校舎のまま、これまたよく見れば女生徒の制服もいつもの女子高の物のままだった。 軽い失望と不思議な安堵感と共に次に俺が向かったのは……。 手慣れた操作でタッチパネルを操作していくと、安っぽい電子音とともに自動扉は開いていく。 覚えていた暗証番号が使える、って事は少しは期待できるかもしれないな。 公園を出て例のマンションへとやって来た俺は、久しぶりに自信に満ちた顔でさっそく長門の部屋へと向かった。 しかし現実って奴は厳しい。 708号室の前に取り付けられたインターホンはいくら鳴らしてもなんの反応もなく、当然オートロックで守られた扉は固く閉ざされている。 留守……って可能性もなくはないが、あいつが部室とマンション以外で行きそうな場所となると図書館くらいしか思いつかない。 その図書館だってこんな時間じゃもう閉まってるよな。 違う人が出てこなかっただけまだ救いはあるが、それだけで喜べるほどプラス思考にはなれそうにないぜ。 他の三人の家なんて知らないし、覚えていた携帯番号も全員そろって使われていないのガイダンスが流れてくる。 何をしていいのかわからない時間が、確実にやる気のゲージを削り取っていく。 ……これからどうすればいいんだ? ドアに背を向けてもたれると、視界にはネオンに彩られた夜の街がどこまでも広がっている。 長門の世界で時間制限をかけられてた時の方がまだよかったよな。 あの時は制限があったからこそ可能性もあるんだって思えていたが、今回みたいに何のヒントも何の手がかりも……というよりも、 可能性すら感じられない状況では期待し続ける事が難しい。 見知らぬ上級生になっていた朝比奈さんも、転校して来なかった古泉も、文芸部で一人過ごしていた長門も居ない。 そして、ハルヒも。 もうあきらめろよ? そう、自分の中の理性が言っているのがわかる。徒労感が味方しているのか今度の理性はやけに強気だ。 ただ、平凡な日常に戻るだけだろ?それに慣れるように努力した方が前向き。違うかい? ……そうかもな。 今の言葉、本気で思ってるか?考えてもみろ、これから進路だテストだって忙しくなる。そうなった時に今までみたいな事をしてたら後で後悔するぜ? そう考えたら、今の状況は悪くない。やっと周りの連中と同じに戻れただけじゃないか。俺の言葉に反論できるんならしてみろって。 ……。 何事もな、済んでしまったら寂しくなるんだよ。ゲームが終わってもアニメが終わっても恋愛が終わってもな。そうなった時に未練たらしく思い続ける よりも、他にやるべき事を見つけて努力する事が人生において最も大切であってだな。 黙れ。 思わず声が出た自分に驚きながらも、俺は急いで左右を見回した。 ……よかった、誰もいないか。 末期症状だな。いくら突っ込む相手が居ないからって、自分で自分に突っ込んでどうするんだよ? 突然、静かな廊下に携帯の着信音が鳴り響く。 コンクリートの壁に反射されたそれが響き渡る中、俺は急いで携帯を取り出して相手も確認しないまま受話ボタンを押した。 「あ、キョン君?今日は遅いね!どうしたの?」 甲高い妹の声を聞きながら小さくため息をつく、そういえば連絡してなかったな。 悪い、今日は遅くなるから夕飯は要らないって伝えておいてくれ。 「おかーさーん。キョン君ごはんいらないってー…………うん…………お母さんが何時に帰ってくるのって?」 わからん。 「わからんってー」 妹がおそらく母親へ向かって叫んでいるのであろう無駄にでかい声を聞きながら、俺は通話終了のボタンを押した。 そしてそのままマナーモードに設定して携帯をしまう。 これからどうすりゃいいのかも、もうわかんねーよ。 それからしばらくの間、無音で振動を続ける携帯を無視したままで俺は変わらない様で変わっていく夜の街並みを眺める事にした。 ――どれくらいそうしていたんだろう。 いつの間にか冷たかったはずのドアは俺の体温でそれなりの温度に上昇していて、代わりに夜の外気にさらされていた俺の体は冷え切っていた。 うわ、もうこんな時間かよ? やれやれ……結局4日連続で日付を超えるまで起きてる事になるな。 取り出した携帯の時間にため息をつきながら、俺はエレベーターへと向かって戻り始めた。 安全の為か常時照明がついているエレベーターのフロアに辿り着くと、階数表示のパネルの数字がゆっくり増えて行くところだった。 なんとなく下を押すのが躊躇われて待っていると、階数表示はそのまま数字を増やしていきやがて俺が居る階。つまりは7階にたどり着いて止まった。 エレベーターの扉が開くとそこには……。 「お久しぶり。……何よ、そんな不思議そうな顔をして」 そいつは当たり前の様に俺の手を掴んでエレベーターへと招き入れると、そのまま5階のボタンを押した。 7階に用があったんじゃないのか? 「久しぶりに帰ってきたクラスメイトに、そんな冷たい態度はないんじゃない?」 そいつは無邪気な様で邪気たっぷりにしか見えない顔で俺の顔を見ながら笑っている。 つい先日刺されたばかりの俺が間違えようもない――そいつはどうみても朝倉涼子だった。 エレベーターの中には何故か大量の荷物が山積みに置かれていて、しかも朝倉はこの寒さの中でどうみても夏向きな半袖の服を着ている。 「何でこんな格好なのか気になる?」 別に。 お前が男装をしていようがメイド服を着ていようが知ったこっちゃねーよ。 「無理しないの。貴方の力になる為に戻ってきてあげたんだから」 俺の力に?お前が? 台詞が終わるのを待っていたかのようにエレベーターは下降を止め、扉が開いていく。 「荷物を運ぶの手伝ってもらえるかな?重くて大変だったの」 嘘つけよ。どう考えても普通の女一人で運べるような荷物の量じゃないが、お前が普通じゃないって事ぐらい覚えてるぞ。 と、言いたかったのだが。俺は素直に朝倉の部屋まで荷物を運んでやることにした。 やっと見つけた手がかりだ、たとえ自分を2度も殺そうとした相手だからって嬉しくないわけじゃないしな。 朝倉の部屋、505室の中は長門の部屋と同じ間取りなのだが壁紙もカーテンも無く長門の部屋以上に殺風景だった。 「一人暮らしの女の子の部屋に入れたからって、変な事考えちゃダメだからね?」 馬鹿な事を。 変な事ってなんだ、情報連結の解除か? 俺の言葉に、朝倉は驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。 「ふ~ん……って事は君は全部覚えてるんだ。やっぱりね」 エレベーターと部屋を十数回往復してやっと荷物を運び終えた俺がソファーに座っている回りを、朝倉は楽しそうに歩いては次々と荷物を開封していく。 ふと目についた荷物のタグには、見慣れない英単語が並んでいた。 まあ見慣れた英単語なんて無いんだが。 朝倉、お前どこか外国へ行ってたのか? 「私がどこへ行ってたのかは知ってるでしょ?」 紐で縛られた食器を運びながら朝倉は笑っている、俺が知っているだって? 俺が知っているお前は長門に消滅させられて、建前上カナダへ行った事になり。その後、俺を殺そうとしてだな。 「今言ったじゃない」 なんのことだ? 「私は建前上、カナダへ行ったのよね」 そうだな。お前が消えちまった事を長門がそうやってごまかしてくれたんだろうよ。 「ヒント、涼宮さんが思った事はいったいどうなりますか?」 何を突然……。 「いいから答えてよ」 ハルヒが思った事はその通りになっちまう。これでいいか? 「正解!長門さんが私の情報連結を解除した事を涼宮さんは知らない。そして私はカナダへ行ったと聞いた……」 思いつくまでに数秒かかった。 ……まさか! 驚く俺を見て、朝倉は嬉しそうに笑っている。 ハルヒは朝倉が転校したと本気で思ってる、なんせ実際にここまできて探しまくったんだからな。 だから本当は消えてしまった朝倉は、ハルヒの思い込みのせいで本当にカナダに行った事になったってのかよ? 「長門さんも私がカナダに再構築されてた事には気づかなかったみたいね。……でもそれって、気にしてなかったからチェックもしなかったって事だから ちょっとショックだけど……そのおかげで助かったんだから、結果オーライって所かな」 それで?何で帰ってきたんだ。3度目の正直で俺を殺したくてか? 1度目はナイフが掠っただけ、2回目は奇跡的に致命傷にはならなかったがしっかり突き刺してくれた。次はなんだ? 「3度目?」 覚えていないというよりも本当に知らないらしく、朝倉は不思議そうな顔で俺を見ている。 ああ、あの時の事は知らないのか。気にするな。 「気になるから教えてよ?それに涼宮さんが居なくなった今、私は貴方に殺意なんて持ってないから安心して?」 その言葉に俺は少なからず、いやかなり動揺した。 何でハルヒが居ない事を知ってるんだ?いや、それよりハルヒが居ないのを知ってるならなんでここに来たんだよ? 「そんなに一度に質問しないで、それに私が先に質問してるの。質問に質問で返すなんていけないよ?まずはそうね……涼宮さんの居なくなった時の話がいいな」 そう言って俺が座るビニールに包まれたままのソファーの向かいにあった、まだ封を開けていない段ボールの上に朝倉は座った。 どうやら話を聞くまでは何も教えるつもりは無いらしい。 終始嬉しそうな顔をしている朝倉相手に、俺はこれまでの事を話し始めた。 俺は昨日の事は一生誰にも話せないだろうと思っていたが、本当はやっぱり誰かに聞いて欲しかったのかもしない。 一度開いた口は止まらず、聞き役に徹している朝倉相手に俺はゆっくりと事の顛末を話していった……。 3日目 「ねえキョン」 なんだ? 「なんだかさ、休日の校舎って不思議な感じよね」 そう聞いてくるハルヒは、極上のスマイルに少しの緊張をブレンドした顔で……惚気でしがないが、俺はそれを素直に可愛いと思った。 もちろん今日もハルヒはポニーテール、三日連続だが一向に飽きる気がしないね。 あの日。 結局、一日俺の部屋で過ごした俺とハルヒなのだが。 ハルヒのポニーテールを触っている時に妹が乱入してきてからは特に何事もなく、妹相手にハルヒが暴れまわって何故か料理大会にゲーム大会と続いて いつの間にか日付が変わっていた……とまあそんな感じだった。 つまりは、朝比奈さん(大人)が言うような展開も何一つ起こらなかった訳で、俺は密かに危険は回避できたと思っている。 ハルヒと、その、なんだ。表現する事に制限がかかるような展開があってみんな消えるって奴の事だ。 少なくとも、俺とハルヒの間にそんな出来事はなかった断言できるぞ。 「朝比奈みくるの異時間同位体が知っている知識は、これから起こるはずであった選択肢の一つ」 ハルヒが帰った後、これでもう大丈夫なのか?と長門へ送ったメールの返事がこれだ。 なんとも素敵にわかりにくいが、なんとなく意味は通じる気がする。 でも、朝比奈さん(大人)が言う歴史通りにはならない可能性もあるんだよな? と聞いてみると。 「絶対の歴史はどこにも存在しない」 という何とも頼りがいのある返答が返ってきた。 「何にやけてんの?」 ん、いやなんでもない。 「変なキョン」 にやにやしている俺に疑いの眼差しで見つめるハルヒだが、流石に今の俺の心境までは見通せないだろうよ。 静かな部室棟を俺達二人は歩いて行く、目的はもちろんSOS団の部室だ。 部室のドアの前で俺はふと足を止めた。 「何見てるの?」 ん?ああ、これだ。 俺が指さしたのは、文芸部の看板に張られたハルヒ直筆のSOS団と書かれた元A4紙だ。 「ああ、これね。ちゃんとした看板の方がいいのかな」 隣に立ってハルヒも看板を見上げる。 そうじゃなくて、俺はSOS団が解散したなら文芸部に部室を明け渡すべきじゃないかと思ったんだが……まあいいか。 俺はお前が書いたこれも好きだけどな。 そういって俺は部室の扉を開けたのだが、何故かハルヒに背中を叩かれた。 何故だ? さて、どうして俺達がわざわざ休日の部室棟なんて所に居るのか?と思っている人も居るかもしれないな。 それにはちゃんとした訳がある、つまりは俺とハルヒの関係は結果的に彼氏彼女、俗に言う恋人って状態になったわけだ。 だが、さっきも言ったが朝比奈さん(大人)の予言には続きがある。 あの時は思わず流してしまったのだが、予言によればハルヒの告白、付き合いだす、そして……なんというかまあ、二人ははじめて結ばれるとあのお方は 仰ったわけだ。 この予言を回避する為に、俺はハルヒに明日は部室へ行こうと提案してみた。 いくらなんでも学校でそんな展開にはならないだろうし、部室ならいくらでも遊びようがあるからな。 それに、テスト明けの休日にわざわざ学校へ来るような向学心溢れる生徒は北校には一人も居ないだろう。 休日の最終日に部室へ行こうと言った俺をハルヒは不思議がっていたが、説得するまでもなくあっさりと承諾した。 「はい」 そう言って差し出されたお茶を手に取ると、 「み、みくるちゃんには敵わないと思うけど」 と、ハルヒはあわてて付け加えた。 まだ何も言ってないぞ、それにな。 「それに……なによ」 美味しいぞ、これ。 「ばっ!……ありがとう」 一瞬お盆を振り上げたハルヒは、そのまま後ろを向いてしまった。 本来、礼を言うのは俺の方なんじゃないだろうか?とも思ったがハルヒは嬉しそうにお盆を片づけに行く。 熱いお茶が心も体も温める感覚に酔いしれる、お茶はいいねえ。 二人っきりの部室は妙に広く感じて、なんとなく俺は長門の世界に迷い込んだ時の事を思い出していた。 静かな部室で、一人本を読んでいた眼鏡をかけた長門。 そういえばあいつは向こうの世界では何か小説を書いてたんだっけ? 結局読めなかったな。 鶴屋さんと仲良く、ごくごく普通の高校生活を送っていた朝比奈さん。 ……残念だが、俺の事は間違いなく不審者という認識で終わっているだろう。 不機嫌オーラ全開でぶつけようのない力を持て余してたハルヒと、そんなハルヒに好意を寄せる古泉。 二人は俺が居なかったらどうなるんだろうか?実らぬ恋で終わる……いや、案外うまくいくのかもしれない。 あいつらはみんな居なかった事になったんだろうか? それとも、俺にはわからないどこかでまだ続いているんだろうか? ――俺の居ないSOS団として。 「ね、ねえ」 ん? いつもの団長席に座ったばかりのハルヒが、パソコンの隣からこちらをちらちら見ている。 「そっちに行ってもいい?」 いいも何も朝比奈さんは今日は居ないし、お前の好きな所へ座ればいいだろ? と、思わず言いそうになったがここはそんな事を言うべきじゃないよな。 俺が黙って隣にあるパイプ椅子を手前に引くのにあわせて、ハルヒ顔に笑顔が浮かんだ。 少し赤面したハルヒが俺の隣に大人しく座っている。 それはそれで可愛いと思うんだが、何も話しかけてこないハルヒ相手に俺はどうしていいのかわからなかった。 誰に頼まれた訳でもないのに、不定期にとびっきりの面倒事を持ち込んできたハルヒが急に大人しくなってるんだ。無理もないだろ? だからといってこのまま病院の待合室のごとく並んで座っているのもなんなので、俺はなんとなくハルヒの手を握ってみると。 倒れるパイプ椅子と脊髄反射的に立ち上がるハルヒ。 「なんで離すの?」 お前は何を言ってるんだ? 手を振り払って立ち上がったのはお前じゃないか。 それに、お前が立とうとしてるのにそのまま掴んでたら倒れるだろ? 「ご、ごめん」 そういって座りなおしたハルヒは、おずおずと手を伸ばしてきた。どうやら握ってもいいという事らしい。 俺はそっとその手を掴んでみる。一瞬ハルヒの体がびくっとなったが、今度は逃げられなかった。 軽く握っている俺の手にハルヒの指がゆっくりと触れてくる。 うつむいているからよくわからないが、前髪の間から見えるその顔は真っ赤になっていた。 キスは無理やり奪えても、ハルヒにとっては髪を触られたり手を握られるのは恥ずかしい物なのかもしれん。 いつも俺を連れまわしてる時は、襟首だのネクタイだの好き勝手に掴んでたのに何で今日は恥ずかしそうなんだ? 「あれは!その、まだ団長と団員の関係だった時の事じゃない。今は違うから、これも違うの」 そうなのか。 「そうなの」 嬉しそうに言い切るハルヒを見ていると、俺も何故か嬉しかった。 この感情を文字にするなら多分、好きって言葉がすんなりと当てはまるはずなんだが、それを言葉にするのは恥ずかしいというか躊躇われるのは何故だろうね? 相手がその言葉を望んでいるだろうと思って、自分も伝えたいのに言葉にできない。そんなもどかしい感情を人は…… 「何考えてるの?」 いつの間にか多少顔色を平常に戻していたハルヒが俺の顔を見つめていた。 ハルヒな目に俺の緊張した顔が写っている、おいおい俺はこれからどうするつもりなんだ? ハルヒ。 俺の呼びかけをどう取ったのかわからないが、ハルヒは俺を見上げたまま目を閉じる。 これはつまり、その……。 昨日しておいて今日出来ないって事もないのだろうが、 「えええ!」 突然の大声は俺達の背後、隣の部屋から聞こえてきた。 それは残念ながらというか可憐な女子生徒といった声ではなく、男子生徒の狼狽したような声にしか聞こえない。 続いて聞こえてくるドアを開ける音、それに続く小さな足音とあわただしい足音。 「ま、待ってくれ?君が居なくなるってどういう事なんだい?」 入口のドアにある窓越しに見えた人影と、聞こえてくる声にも聞き覚えがある、あれはコンピ研の 「部長?」 俺とハルヒの声が重なった。 そっとドアを開けてみると、そこにはいかにもインドアそうな華奢な体つきの部長氏が、その体ですら隠せてしまうような小さな長門の肩を掴んでいた。 そんなに力強く揺さぶっているんじゃないのだろうが、長門はまるでマネキンの様に前後に揺さぶられるがままになっている。 「詳しく説明してくれないか?もうここには来れないってどんな意味なんだい?いや、それはまあ君のレベルから見れば僕らと一緒にいる時間に意味なんて 微塵もないんだろうけど……ってそうじゃない、居なくなるってどういう事なんだい?」 廊下に顔を出した俺と、困った様なそうでもないような顔で揺さぶられるままだった長門と視線が合う、 その目には、ありえないはずだが驚きといった感じの感情が浮かんでいるような気がした。 「ちょっとあんた!有希に乱暴するなんて何考えてるのよ!」 言葉と同じ速度ではないかと思う速さでハルヒが部室を飛び出していく。 以前、部長氏に問答無用で飛び蹴りを入れたお前が言うのもどうかと思うが、言ってることは正論だな。 でもお前が言うと不思議な気持ちになるのは何故だろう。 見ているだけに耐えかねたのだろう、言葉だけでなくハルヒが部長氏に掴みかかっていく。当然肩などではなく、襟だ。しかも片手で持ち上げてやがる。 それを乱暴と呼ぼう。 酸欠で弁論する機会を酸素的に奪われている部長氏には悪いが、先に長門だな。 まるで当事者ではないかのごとく平然とした顔で立つ長門に駆け寄った、急がないと部長氏が危ない。 長門、お前居なくなるって本当か?それってどういう事なんだ? 例の件はフラグ的に回避してる気がするから多分大丈夫だぞ? なんてハルヒの前では言えないが。 そう聞かれた長門は、ただじっと俺の顔を見ていて……不思議なことにそのまま視線を下へと向けてしまった。 俺にだけ聞こえる小さな声で長門は呟く。 「涼宮ハルヒは私にこの部室に居て欲しいと望んだ、だから私はここに居る。しかし同時に貴方と二人きりで居たいとも望んでいる。貴方達が部室に 近づいて来たのを感じてコンピ研の部室に隠れていた」 なんだそりゃ?っていうか居なくなるって話と関係なくないか? 「原因は不明。ここ数日、涼宮ハルヒの力は徐々に弱まってきていた。でも今は、これまでで最も大きい力を感じる。恐らく、彼女が望む事は 殆ど全てが現実になってしまう位に」 相変わらず長門の話は俺には理解できないのだが、俺を見つめる長門の眼からはある種の緊張のような物が感じられた。 「有希」 いつの間にかハルヒは部長氏を開放して、俺と長門の顔を交互に見つめていた。 その顔が怒っていたのならまだよかった。 俺は思わず息を飲み、言葉を無くす。 何故ならその時のハルヒの顔は、どう見ても不安そうだったのだ。 俺達の間に訪れる沈黙、静かな廊下には足元で荒い息をする部長氏の声だけが響いていた。 そんな中、遠くから誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。 「あ」 「これは」 その足音と声は。 「みくるちゃん、古泉君」 ハルヒ、これもお前が望んだからなのか? 解散したはずのSOS団のメンバーが、召集された訳でもないのに何故か揃ってしまったわけだ。 しかも人気のない、休日の部室棟に。 古泉、お前どうしてここへ? 俺の言葉に古泉は困った笑顔を浮かべる。 「どうして、と言われると困りますが。休日に他に行く当てがなかったもので」 嘘だ、それは俺でも即座にわかるレベルの嘘だった。 俺に視線を向ける古泉は、笑顔の中で必死に何かを訴えかけてきている。しかしそれが何を意味しているのかは俺にはわからない。 「みくるちゃんはどうしてここに?」 「え?あ、あの。お洋服を返す前にクリーニングに出そうかと思って……」 朝比奈さんの言葉を聞いてハルヒは口を閉ざす、どうやら思い出してしまった様だ。 俺達はもう、SOS団ではないという事に。 誰も口を開けない中。 「……なんだか知らないけど部室に入ったら? ここじゃ寒いだろう」 廊下に座ったままの部長氏が不思議そうな顔で提案してきた。 長門さんの事を後で教えてくれないか?彼女には色々勉強させてもらったから、もしも何か事情があって転校するとかなら僕達も何かしたいんだ。 そう俺に告げて部長氏はコンピ研に戻って行き、俺達は誰からともなく元SOS団の部室に入っていった。 長門がいつもの様に本棚から本を取り窓際へ向かい、朝比奈さんも迷う事無くポットへと歩いて行く。 俺は古泉の向かいに座って、ハルヒはいつもの団長席に座る。 いつもと同じSOS団にしか見えない光景、ただ俺達の間に流れる空気はいつものそれとはまったく違う物になっていた。 「はい。どうぞ」 もうSOS団はないのに、朝比奈さんはいつもの様にお茶を淹れてくれる。 その心づかいが今は何よりありがたいです。 お盆の上に並ぶ湯呑の数はいつもと同じ五人分、俺はさっきハルヒのお茶を飲んだばかりだったが小さく会釈して湯呑を受け取った。 習慣というものなのだろうか、古泉は決着間際で終わっていたボードゲームを取り出そうとしていた。 が、俺の視線を感じてその手を止める。 お前がそんな余裕のない顔をするなんてな。 一目でわかるほど、古泉の笑顔にいつもの余裕はなかった。 ハルヒはと言えば誰に視線を向けるでもなく、なんとなくパソコンを立ち上げたり窓の外を見てみたりと落ち着きがない。 誰も口を開かない中で、ハルヒのその行動はいつもとは違う意味で目立って見える。 そんな中でも長門はいつも通り無音の読書を続けていて、その部分だけ切り取ってみればいつものSOS団だと言えなくもない。 ……でも、SOS団が無かった時も長門は一人そうしていたんだろうな。 文芸部の部室で、一人読書をしていた眼鏡をかけたあの世界の長門と同じ様に。 古泉。 「え、あ。はい」 そんなに動揺するな。話にくいだろ。 何も予定がなくてここに来たんだろ?これからみんなでどこかに遊びに行くか? そうすれば朝比奈さん(大)の予言はまず間違いなく回避できるんだ。 だが、俺の思考はどうやら古泉には伝わらなかったらしい。 「いいですね。と、言いたい所ですがお邪魔になってはいけませんし。どうぞ僕の事は気にしないでください」 それは……無理だろう。 自分でもどうすればいいのかわからないのか、古泉はあいかわらず視線で何かを訴えかけている。 そうしている間も、朝比奈さんは黙々とハルヒに押し付けられた衣装をハンガーから外していき、袋の中へと詰め込んでいく。 どの衣装にも思い入れがあるのだろうか、ハンガーから外すたびに朝比奈さんは服を広げて固まったまま無言で見つめている。 「キョン」 ハルヒのたった一言の言葉に、部室の時間が止まった気がした。 団長席に座ったハルヒは、俺に向かって色々と思いつめた顔を向けている。 困ったような苦しいような、悲しいようなそんな顔で。 「……正直に言って? キョンは……」 続く言葉を選んでいるのか、ハルヒの口は言葉を紡がないまま弱弱しく動く。 古泉が何かを言おうとする気配を感じたが、俺はハルヒから視線が外せなかった。 ……なんだ?顔が動かない? 視線を外せないというのは比喩表現でもなんでもなく、俺の体は俺の意志に従って動くことを辞めてしまったかのようにピクリとも動かなくなっていた。 何が起きてるんだ? 突然の出来事に戸惑う余裕もない、表情すら変えられなくなった俺に向かってハルヒはようやく言葉を繋げる。 一度、窓際で読書をしている長門に視線を向けてから、 「あたしと一緒にいるより。ゆ……みんなと一緒に居た方が楽しい?」 まるでその言葉が合図だったかのように、俺の体は自由を取り戻す。 が、今度はハルヒへの返答を迫られた状態でやはり俺はハルヒから視線を外せなかった。 視線を向けないままだが、今古泉が俺に対して向けている視線ならすぐに意味が理解できる。 涼宮さんを選んでください。だろ? よくみれば、いつのまにか読書を辞めていた長門も俺を見つめていた。 その視線にはなんの感情もない様にしか見えないが、今は何かを訴えかけてきているように感じられる。 朝比奈さんは俺の後ろに居たので顔色を確認する事はできないが、あわあわとしている雰囲気だけはなんとなく感じられた。 数秒が数時間にも感じられる中、俺が口を開こうとすると。 「……みんな、何を隠してるの?」 俺を見つめるハルヒの顔から、表情が消えていた。 『恐らく、彼女が望む事は殆ど現実になってしまう位に』 長門の言葉が思い出された瞬間、俺は即座に後悔した。 何故なら俺は連想してしまったのだ、もしここでハルヒに知られたら最も困る事は何か、を。 「嘘でしょ」 目を見開いたハルヒが突然立ち上がり、古泉、朝比奈さん、長門へと視線を向けていく。 「キョン今のなんなの? え? ……嘘。古泉君、みくるちゃん嘘でしょ? ねえ。有希……有希? そんな、そんな事あるわけない。そんなの嫌!」 ハルヒ! 全員の視線が集まる中で、ハルヒは何かを否定するように首を振る。 「そんなの……居るはずないじゃない!」 錯乱して叫ぶハルヒに俺が駆け寄ろうとした瞬間、俺は信じられない物を見てしまった。 古泉が、朝比奈さんが、長門が。 ハルヒの叫んだ言葉に合わせて、三人とも消えてしまったのだ。 嫌な程の静寂が部室に戻る。 嘘……だろ? それは僅か数秒の間の出来事だったのに、俺は何もできなかった。 古泉が居たパイプ椅子は無人のままテーブルから少し離れた位置に置かれていて、窓際の長門の椅子には開いたままの本が置かれている。 朝比奈さんがまとめていた服が入った袋は、支える人がいなくなった事で音をたててゆっくりと崩れ、中に入っていた服がいくつかはみ出して止まった。 俺はハルヒに駆け寄ろうとしたままの姿勢で固まっている。 何が起きたのかなんて考えたくない、考えなくてもわかってしまったがそれを認めたくない。 「なんなの……なんで?キョンやみんなの思ってる事が聞こえてきて、どうして?なんでみんな消えちゃったの?」 震えるハルヒの声に、俺はなんて答えてやればいいのかわからなかった。 どうすればいい? 何かあるはずだ! あれから三日もあったのに俺は何を考えてきたんだ? 背中を伝う嫌な汗が止まらない。 なんとか自分を奮い立たせて、俺は呆然として立ち尽くすハルヒに近寄る。 ハルヒ。 「キョン、どうして?なんでみんな」 脅えが浮かぶその目をじっと見つめる。 ハルヒ、俺が今から言う言葉をそのまま言ってくれ。できれば心からそう思って言ってくれるといい。 「何それ、キョン。顔、怖いよ?ねえ」 怯えるハルヒの肩に手をのせると、ハルヒの体は大げさな程に震えた。 頼むぜハルヒ。もうこの状況を何とかできるやつはお前しか居ないんだ。 小さく息をついて、俺は言葉を選ぶ。頼む、奇跡って奴があるなら今ここで起きてくれ! 宇宙人、未来人、超能力者は私の所に来なさい。以上だ。 何言ってるの? と言い返しそうな顔をしたハルヒだったが、俺の顔が本気なのを見てぽつぽつと呟いた。 「宇宙人、未来人、超能力者は私の所にきなさい……これでいいの?」 疑いながらも素直に俺の言葉通りに呟くハルヒだったが、振り向いた俺の視界に入ったのは無人の部室だった。 嘘だろ? なんでだ? 今更だが俺の体も震えだす、それはみんなが居なくなってしまった事へのショックもある。 だがそれ以上に、この事態を招いてしまったのはハルヒの力による物だという事を知られたくなかったからだったのだが……。 「キョン」 最悪だ。 再び俺が視線を戻した時、ハルヒは声を殺して泣いていた。 最悪で大馬鹿野郎だ。 俺に何か言おうと口を開くが、ハルヒは何も言えないまま両手で顔を覆ってしまう。 最悪で大馬鹿野郎で救いようのないカマドウマ以下の糞野郎だ。 涙が流れるのも気にせずに、ハルヒは部室が震えるほどの大声で叫んだ。 「宇宙人も未来人も超能力者も居る! 居るの! だからみんな帰ってきて? 有希! みくるちゃん……古泉君……お願い……お願いするから。キョン、 あたし願ってるの! 本当よ? ……なんでダメなの? みんな……みんな。キョン、全部私のせいなんだよね?」 何故、ハルヒが願ってもみんなは元に戻れなかったのか? それは俺にはわからない。 俺にわかるのは、ハルヒに最も教えてはいけない事。 全ての原因は願望を実現するハルヒの力だという事を思い浮かべてしまった俺が、救いようのない馬鹿野郎だって事だけだ。 ただ泣きじゃくるハルヒを見ていた俺は、この上最悪の言葉まで思い出してしまう。 その言葉が思い出されるのを押しとどめようと思わず頭を振った瞬間。 「見ないで」 ハルヒの声が聞こえたと思った時、そこにはもう、ハルヒは居なかった。 机の上にはさっきまで確かにあった団長とかかれた三角錐もパソコンは無く、振り向けばそこに朝比奈さんの衣装もない。 本棚を確認する頃には俺の心は既にあきらめていた、そして思い出されるあの言葉。 ――俺だけが、残る。 古泉の呼び出しからはじまった今回の出来事で、相談した全員が出したその答え。 けだるい体を動かし、なんとか俺はパイプ椅子に体を預ける。 人事も尽くさなかった俺には天命を待つ資格すらない。 物音一つしない部室の中、俺だけが残ってしまった。 その日どうやって家に帰ったのか、果たして夕食は食べたのか。どうやって登校してきたのかも覚えていない。 ただ覚えているのは暗い自分の部屋で布団にもぐり――またハルヒにあの閉鎖空間へ呼び出さるのをじっと待っていた事だけだ。 「なるほどね」 話が終わった所で、朝倉は気を使っているのかことさら明るくそう答えた。 俺は長門がIFの世界に作り変えた事と、その世界を元に戻そうとした時に朝倉が俺を殺そうとした事も一緒に話したのだが朝倉はその話には あまり興味が無いようだった。 どうやら本当に知らないみたいだな、あの時の事は古泉も知らなかったし本当に別の世界の出来事なのかもしれない。 今度はそっちの番だろ。 俺の言葉に、朝倉は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。 「そうね。でも最初に言っておくけど、私が全てを元に戻すことができる。なんて期待だけはしないでね?」 恐らくそれは嘘ではないんだろう、その時何故だか知らないが俺はそう思った。 「あの日貴方を殺しそこねた私は、長門さんに情報連結を解除された。そして最初に言ったように涼宮さんの認識によってカナダに再構成されたの。 何の力もない、ただの女子高校生としてね。涼宮さんにとって、私は宇宙人じゃなかったんだから仕方なかった事だとは思うけど最初は大変だったわよ。 でもまあ、貴方の話によれば宇宙人だと認識されていたら私も消えてしまってたんだろうし、これも運命って感じかしら」 軽く話す朝倉だが、俺にはそんな外国で一人取り残されても生存能力はない自信があるぞ。 よく無事だったな。 「無事とは言えないわね、だってすぐに警察に捕まってパスポートも無い私は不法入国って事になってしばらく拘束されてたんだもん…… まあ、合法的に入国してないのは確かだから文句は言えないけどね。強制送還されるかな?って思ってたんだけど、初犯だし未成年だから 保釈金さえ払えばいいって言われてそれからは自由の身。現地の領事館でパスポートも作ったし、すぐに日本に戻って良かったんだけど 特に戻る理由がなかったからカナダでのんびりしてたわ」 朝倉、お前英語が話せるのか?それとよくそんなにお金があったな。 「ああ、人間の通貨は涼宮さんを観察する上で一般生活を不自然なく過ごす為に必要だから、銀行のデータをいじってあらかじめ準備してあったの。 それに人間の使う言語なら一通り知ってるわよ、もちろん長門さんも私と同じ」 俺には、長門が流暢に外国語を話す姿ってのはどうしても想像できない。 「それで、ここからが本題ね。涼宮さんの存在が消えた時、それを私も感じたの。どうしてわかったのかなんて言われても困るけど、 多分私が涼宮さんの創造物だからじゃないかな。あの時、涼宮さんは人外の存在を否定した。だから貴方はここに残っている事ができて、私も残れた。 そして再び出会った二人、これってアダムとイヴみたいじゃない?」 大違いだ。 そう言いながらも俺は落胆を隠せなかった。何故なら、だ。 朝倉の話通りなら、この世界にはもう宇宙人、未来人、超能力者は存在しないって事になるんだろ?。 みんなを取り戻す為に必要なのは正にそんな存在だったのに、その可能性すらも残ってないのかよ?……まったく、溜息しか出ないぜ。 古泉、お前の理論は外れたな。 最後まで俺が残れたから俺が特別なんじゃなくて、俺はただの人間だから取り残されちまっただけみたいだ。 「今日はもう遅いし、続きはまた明日学校で話しましょう。また同じクラスに編入できるかどうかわからないけど、仲良くして欲しいな。あ、結局荷物も 殆ど貴方一人に運んでもらっちゃったし、なんだったら今日は泊っていってもいいよ?」 返事をする気にもなれない。 俯いたままソファーに座っている俺の横に朝倉が近づいてくる、それを無視していると朝倉はそのまま俺の隣に座った。 そのまま俺に体重を預けてくる朝倉の体温が、腕越しに伝わってくる。 「取り残された者同士仲良くするのっていけない?どうせなら、全てを知ってる人同士の方が長続きすると思うんだけどな。私と一緒に居れば、いつか涼宮さん 達を取り戻すチャンスが巡ってくるかもしれないし」 そうだな、はいはい。 ――付き合いきれん。ソファーから立ち上がろうとする俺を手を朝倉は掴んでくる、そして俺に寂しそうな視線を向けて来ていた。 そこには夕陽の校舎の中で俺にナイフを向けてきた時に見せた機械的な笑顔も、早朝の校門前で俺にナイフを刺してくれたあの時の狂気の顔もなく、 ただ寂しいと伝えてくる同級生の顔がある。 「……ねえ、キョン君」 朝倉は軽く俺の手を握っているだけで、振り払おうと思えばその手は簡単に振り払えてしまうだろう。 考えてみればいくらお金があって知識があっても、今の朝倉はただの人間なんだ。 それが外国で一人取り残されて、辛くないわけがないよな。 誰にも連絡を取らず、日本に戻らなかったのも再び自分が消されてしまうかもしれないなら当然だ。 朝倉の瞳が潤んできたのが見えた時、俺はその手を―― 乱暴に振り払った。 そっと振り払った。
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涼宮ハルヒの共学 何か胸騒ぎがする それもものすごくイヤなヤツが ゆっくりと窓の外を流れる見慣れた景色を眺めながら 俺は安易に単独行動をしてしまった 相変わらず行き当たりばったりの自分の行動力を悔んでいた 俺は今、鶴屋家差し回しの車の助手席に乗っていた 運転しているのはあまりよく顔を知らない、鶴屋家の使用人だった これが新川さんならば ものの1分もかからずに到着できるぐらいの近距離なのだが 鶴屋家の運転手さんはひたすらゆっくりと まるでリムジンでも運転するような丁寧さで車を走らせていた 鶴屋邸から長門のマンションまでは車ならそう遠い距離ではない なだらかな下り坂を下りていると、見慣れたレンガ造りのマンションが見えてきた もうすぐだぞ長門 ハルヒに古泉、朝比奈さん 早くみんなの顔が見たくて焦る 横道に逸れてしばらく走れば長門のマンションの入り口だ 少し安心してシートに座り直すと突然 全体にフィルターでもかけたように、長門のマンションがぼやけだした ????? これはいったい? 運転手さんもその状況に気付いたようで 「あれ?」とつぶやいてブレーキを踏んだ その直後だった バアーン! 激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 思わず自分の顔を両手で覆ってしまう 狭い道なのでそんなにスピードが出ていなかったこと 既にブレーキを踏んでいたこともあって ボンネットに叩きつけられてそのままゴロンと転がり落ちたその物体を車は跳ね飛ばさずに済んだ 慌ててドアを開けて外に飛び出した俺の前で倒れていたのは 北高のセーラー服を着て髪に黄色いリボンを巻いている女子 短いスカートがまくれ上がり、死んだようにピクリとも動かないそれは・・・ 涼宮ハルヒだった ハルヒ? 何でお前がこんな所にいるんだ? どこから落ちてきたんだお前??? 話は少しだけ過去にさかのぼる 俺たちが無事に2年生に進級し 我がSOS団は無謀にも新入部員募集などという不届きなイベントを繰り広げていた ハルヒの豪放磊落というのか、それとも傍若無人というのか 相変わらずコイツを現す四字熟語には不自由しないある日 部室にいつもいるはずのメンバーが一人足りないことに気付いたのもやっぱりハルヒだった SOS団の初期メンバーでもあり、唯一のまともな文芸部員で 元眼鏡っ子で無口で色白の薄幸の美少女、しかしその実態は この銀河を統括する統合情報思念体が調査のために派遣した対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスである(ちょっと一息) 要するに宇宙人が作ったアンドロイドの長門有希が欠席していた 慌てて長門に電話をかけるハルヒ 古泉も朝比奈さんも不安な表情で俺の顔を見ていた 「キョン!行くわよ!」 ああもちろんだとも 言われなくてもそうするさ あの長門が発熱して寝込むなんてあり得ない いや、あるとしたら理由ははっきりしている 例の天蓋領域とやらの侵略がまた始まったのだ メイド姿の朝比奈さんを大急ぎで着替えさせ 長門を除くSOS団一行は、足音も激しく北高を後にした 先頭をずんずん歩く団長の後を、俺たちが一団になって追いかける かわいそうな朝比奈さんはなかなか追いつけずにフゥフゥと息を荒げているが それでも泣き事などは全く言わない 朝比奈さんにもこの異常事態は十分分かっているはず そんな朝比奈さんの携帯がプルルルと鳴った 走りながら携帯を開いた朝比奈さんは小声でボソボソと話していたが すぐに電話を俺に渡してきた 「キョン君、電話です・・・」 ん?俺にですか? いぶかしく思いながらも携帯を受け取って何ですかと聞く 「ああキョンくん?ごめんだよっ忙しい所を! キョンくんの番号を知らないんでみくるにかけたわけさっ 手短に用件だけ言うね あのさ、例の超合金があったろう?うっとこの山に埋まってたヤツさ あれが今日なくなってるんだよっ!使用人が見つけたんだけど どうしようかなって思ってたんだけどさっ キョンくんにまずは連絡した方がいいと思って」 例の超合金?まさかオーパーツの事ですか? 「そうだよっ!あれあれ でも様子が変なんだよねっ 土蔵の鍵は開いてたけど別に壊された形跡もないし 他の物には一切手も触れてないみたいだしさっ 最初からあれだけを狙ってたような感じなのさっ だから警察に届ける前にキョンくんに知らせたってわけだ」 分かりました、俺がすぐ行きます その・・・警察に届けるのは少し待ってもらえますか? 「うん!いいよっ!最初からそのつもりだったからさっ」 俺は電話を切って朝比奈さんに返し 古泉に話しかけた ちょっと気になるんで鶴屋さんの家に行くから長門の事を頼む 「緊急事態ですか?」 いやまだ分からん それを確かめてくる 「僕もご一緒しましょうか?」 いやお前はハルヒと一緒にいてくれ まだ何が起こるか分からんし 起こるとしたらまずは長門の所だ 「分かりました。何かあったらすぐに連絡を下さい」 もちろんさ おいハルヒ 「あ?」 ちょっと俺は後から行くから 「どうしたの?」 ちょっと野暮用だよ すぐに合流するから 「あんた!有希よりも大事な急用なの?」 そんなことはない 長門も心配だけど、もしかしたら関係があることかもしれないから 「1人で大丈夫なの?」 ああ ちょっと見てくるだけだ 鶴屋さんの所だから1時間で往復できる それまで長門をよろしく頼む 「ふーん。よし分かったわ、早く行ってきなさい」 おいハルヒ 「何よ?」 SOS団を頼んだぞ 「あったりまえじゃないの!バカじゃないの?」 頼むぞ 「キョン!早く戻ってきてね」 思い返せば、このハルヒの一言もまた、何かの予感をしていたのだろうか 珍しく眉を伏せて、今駆け下りてきた道をまた走り出した俺の背中を見つめていた アップダウンの多いこの街の地形にもずいぶん慣れたつもりだったが イレギュラーな出来事にはすぐには対応できない 北高までの登り道を半分ほど登り、途中で折れてまっすぐ行った所にある 相変わらず犯罪的なお屋敷の長い塀を回り込み ようやく鶴屋邸の玄関に着いた時には俺の息は上がり、びっしょりと汗をかいていた 「ごめんねーこんな時に電話しちゃってさ、長門っちが熱出してるんだって?大 丈夫かなー」 俺はハアハアと荒い息をつきながら、とりあえず状況を聞いた 「さっき話したとおりなんだけどさっ、犯人はまるで最初からそれだけを狙って たみたいなんだよねっ。他の物には手も触れてないし、何であんなものに興味 があったのかなー」 鶴屋さんに案内されて、鶴屋家先祖代々の貴重な品が眠っている大きな土蔵の前に立った。 「何も動かしてないよっ、全部そのままにしてあるからっ」 確かに鶴屋さんの言うとおり、一見しただけでは泥棒が入った後とは思えない 乱雑に積み上げられた木箱やつづらなどがこじ開けられた形跡はなかった しかし入口付近にある小さな木箱だけが開けられていた 目撃者とかいなかったんですか? 「うん、使用人に聞いてみたんだけど、このあたりはあんまり誰もうろうろしな いからさ、鍵はおやっさんの金庫の中だし、おやっさんは夜まで帰って来ない から、誰かが鍵を持ち出す事もないと思うのさっ」 俺はしばらく考えたのちに鶴屋さんに頼んだ 心当たりはない事もないんですが、今はまだ話せないです でももしかしたら、何かの手がかりが見つかるかもしれないんで 俺が戻るまでは警察には知らせないでもらえますか? 「うん、分かったよっ!」 じゃあ後で電話します 必ず今日中に連絡入れますから 「うん。キョンくん」 はい? 「ハルにゃんをよろしくねっ!」 は? 「ハルにゃんはああ見えてもすっごく心配性なんだよっ みんなが元気でいられるように、ハルにゃんは必死なんだ そんなハルにゃんを元気にさせてあげられるのはキョンくんだけなんだからさっ」 はい 「頼んだにょろっ!」 いきなりの鶴屋さんの不思議発言だが この人にはある程度の予知能力のようなものが備わっているみたいだ 顔は明るく笑っているが、口調は真剣だった それが分かるので、俺も正直に答えた しばらく現場の状況をざっと確認してから、俺は鶴屋邸を後にした だんだん悪い胸騒ぎがしてくる 犯人は明らかにオーパーツだけを狙っている そしてオーパーツを狙うってことは、それがどんな機能を持っているかが分かっているはず そんな犯人の心当たりと言えば・・・ 長門が危ない 俺は直感的にそう思った 長門を寝込ませて力を封じ、その隙にオーパーツを使ってとんでもない事をやらかそうとしている そんな事をしそうな輩は地球上にそんなに多くはいない 俺はあの奇妙な長い髪をした不気味な少女 周防九曜の事を思い出していた さっき駆け上ってきた道を再び走り出してしばらく ようやく鶴屋邸の長い塀を抜けて住宅地を走っていると 人気の少ない交差点に止まっていたシルバーのワンボックスカーが静かに俺に近寄ってきた ただ長門のマンションに急ぐことだけを考えて他に頭脳が回らなかった俺は そのワンボックスカーが目の前に停まってスライドドアが開くまで、まさか自分の身に危険が迫っているとはよもや考えてもいなかった (同時刻、別の場所で) 「有希!有希!起きてるの?ねえ有希!開けてってば!」 涼宮ハルヒは鉄製のドアをガンガン叩き、近所迷惑な大声でわめいていた 玄関のオートロックの暗唱番号はあらかじめ聞いておいたものの、ドアを開けるには鍵が必要だ ドアを叩きながらわめくハルヒと、その横でオロオロする朝比奈さん そして少し遅れて古泉がエレベーターから出てきた 「今日は本当の緊急事態です、事情を説明して管理人から鍵を借りて来ました」 「古泉くん、早く開けて!」 古泉が長門の部屋の鍵を開け、ハルヒを先頭にドッとなだれ込んだ 「有希!有希!いるの?」 いつもの居間には長門の姿はなく、ハルヒは迷わずに奥の和室の襖を開けた そこには長門がいた ちゃんと布団を敷いて、静かに眠っている 「有希!大丈夫?熱はどうなの?ちゃんと薬飲んだ?」 「・・・・・・・問題ない、一過性のもの。寝てれば治る」 「みくるちゃん」 「ハイっ!」 「氷枕とか何でもいいから探して来て。それと古泉くん、もっとたくさん布団出 して」 「承知しました」 「有希、どうなの?つらくない?」 「・・・・・・・」 長門は力なく横たわったまま、布団の胸の部分だけが静かに上下している すぐに古泉が何枚かの布団を引っ張り出し、小さな長門に積み上げた 朝比奈さんはビニール袋に冷蔵庫の氷を詰め、濡らしたタオルも持ってきた 「有希、しっかりしなさいね。みんなここにいるから」 長門は薄く目を開き、ゆっくりと左右を見た 「・・・・・・」 その仕草でハルヒはすぐに、長門が探しているものを理解したようだ 「キョンならすぐに来るわ。ちょっと寄り道してるだけだから」 「・・・危険・・・彼が危険・・・」 「有希?」 「・・・・・・行かないと」 「有希!ダメよ動いちゃ!キョンはすぐに来るから もうしばらく寝てなさい!」 「・・・・・・」 長門は無理やり体を起こそうとしたが、すぐに力なく崩れ落ち ハルヒの手で再び寝かされた 「古泉くん、どう思う?」 「かなりの高熱ですね、救急車を呼んでもいいのじゃないでしょうか?」 「そうね、みくるちゃん、119番して」 朝比奈さんが居間にとって返し、受話器を持ち上げてプッシュボタンを押した (再びキョンの時間に) 俺のすぐ脇に停車したワンボックスカーのスライドドアが開き 声を上げる暇もなく、何本かの腕が俺を車内に引きずり込んだ 何事かをわめこうとしたがすぐに口をタオルのようなもので抑えられた 精一杯の抵抗のつもりで肘を張って暴れてみるが、その腕は誰にも当たらなかった 「じっとしてな。危害は加えん。ただちょっとおとなしくしてくれたらいいんだ」 俺の足がまだ空中にあるうちに車は再び走り始め、その後でスライドドアが閉められた 何だ?この展開は? 誘拐?この俺が誘拐だと? 今年の冬に朝比奈さんが誘拐されかけた、あのおぞましい経験がよみがえっていた まさかこの俺が誘拐されるとは? 俺に押し付けられたタオルはただの猿轡で 麻酔薬がしみこませられたりはしていない 走っている車の外の景色がすさまじい速さで流れていく その時、ドバーンと大きな音がして、俺は前方に投げ出された 前の座席のシートに叩きつけられ、肺じゅうの空気が一気に絞り出された 車の足元にゴロゴロと力なく転がっていると、2回目の衝撃が来た 今度は後ろから何かが追突し、俺を襲った誰かの足に体当たりした 「村上だけ残れ、後は出て応戦しろ」 誰かのそんな声が聞こえ、再びスライドドアが開いた 俺は座席の足元にうずくまり、外の様子が全く理解できない 苦労して起き上がろうとすると、誰かに頭を押さえつけられた 「いいからじっとしてろ」 ドスのきいた声でそう言われ、固い靴の底で頭をグリグリと転がされる いったいどうなってるんだ? この状況は? アドレナリンが強烈に噴出する頭の中で必死で考える 俺は誘拐されかけていた その車に何かが衝突した そして何人かが飛び出して行った ようやく自体が飲み込めてくる 俺を誘拐するグループと言えば心当たりは少ない いつぞや朝比奈さんを誘拐してカーチェイスをした時の連中だ と言うことは、衝突した車に乗っているのは俺を助けようとしてくれている連中 まさか? 混乱する状況を必死でまとめようとしていると、突然外から声が聞こえた 「彼を放しなさい!」 この声は・・・やっぱり・・・ 俺を見張るように言われていた村上と名乗る男がすかさず反応した 固い金属の棒のようなものを俺の後頭部に押し当て 「動くとこのガキを撃つぞ」 撃つってまさかおい 俺の頭に突きつけられているのは・・・銃? 外からの声はさらに続く 「撃ちたいのならお好きにどうぞ。でもその後どうなるかを理解していますか ?こちらも武装はしています。彼を守るためなら発砲は辞しません」 「くそっ」 村上という男は俺の頭を引きずり上げ、おかげで俺は外の情景を見ることができた 開け放たれたドアの前に立っているのは 予想通り古泉の所属する機関のグループ そのリーダー格と思われるスーツ姿の美しい女性 森園生さんだった やはりあの時の艶然とした微笑でひたと村上に視線を据え その手に持っているのは拳銃だった 「撃たないのですか?」 俺の頭を鷲づかみにしている村上の手はぶるぶると面白いように震えている やはりこんなチンピラと森さんでは全く格が違う 森さんは無造作に車内に踏み込んで来て村上の銃を奪い取った 最後の抵抗とばかりに村上は手を振り上げるが すさまじい笑みを浮かべたままの森さんは軽くその手を捻り グギッという鈍い音とともに村上を車の外に投げ飛ばした 合気道か何かの奥義なのか、右手で拳銃を構えたままで 森さんは村上を一瞬で気絶させてしまった 「さあ早く、まずは脱出です」 森さんに手を取られて俺は必死で車から降りた 車3台による壮絶な衝突事故の現場で、数人が取っ組み合いをしていた おそらくこいつらは機関のメンバーと、そして俺を誘拐しようとした橘京子の所属する集団だろう 多丸兄弟とおぼしき2人もいた 「ひとまず鶴屋邸へ」 そう言って森さんは俺の手を取ったままで走り出す 俺より速い森さんの俊足に必死でついて行ったが、すぐに俺の背後でダアーンと鋭い銃声が響いた 俺の耳元を熱い空気がかすめ、1発の銃弾が森さんの背中に命中した もんどりうって森さんは倒れ、俺も釣られてゴロゴロと地面を転がった も、森さん! 倒れ込んだ2人の後ろからタタタタと駆けてくる足音が聞こえる 俺は起き上がろうと必死でもがく 森さんは倒れたままピクリとも動かない 迫る足音が目前に迫った時、頭上から鋭い声がした 「ちょい待ち!そこまでなのさっ!」 それは鶴屋さんの声だった 事故の音を聞きつけたのか、それとも銃声を聞いたのか まだ北高の制服を着たままの鶴屋さんが走って来る賊をにらみつけていた 追いかけてきた2人は鶴屋さんを見てピタリと足を止めた 「ここで騒ぎを起こすとはいい度胸だね、それなりの覚悟はしてるのかなっ? それとも私を知らないにょろか?」 「・・・・・・」 「車は放っといていいからさっさと失せた方が身のためだよっ すぐに警察がやってくるのさっ」 男2人は顔を見合わせていたが、やがて来た方に走って逃げた ようやく起き上がった俺の目に、新たに近づく人影が見えた 「あなたも早く逃げるがいいさっ」 その人は機関の人間、新川さんだった 「すでに全員撤退の指示は出しました 森の様子を見たいのですが」 「じゃああんただけ許そうっか ここに置いとくわけにもいかないしね うちまで運ぶの手伝って」 鶴屋さんと俺、そして新川さんの3人で、動かない森さんを担いで運んだ ようやく鶴屋邸に入り、新川さんがすぐに処置を始めた すでにパトカーのサイレンが狂ったように走り回っている 新川さんは森さんのスーツの上着を脱がせ、無造作にブラウスも引きちぎった 森さんの真っ白な柔肌がむき出しになり、 おびただしい出血とともにむごたらしい傷跡が・・・・・・残っていない 森さんは防弾チョッキを身に着けていた 上着とブラウスを簡単に突き破った銃弾だが、防弾チョッキにはかなわなかった 平べったく潰れた銃弾は紺色の繊維質に阻まれて 森さんの素肌は青いアザができているだけだった 「ただの打撲ですね、もしくは骨にヒビが入った程度でしょう」 すぐに森さんが大きく息を吐き、意識を取り戻した 「無事・・・でしたか」 すみません森さん 俺のせいでこんなことに 新川さんに助け起こされた森さんは 透き通るような微笑を浮かべたままで言った 「大丈夫です。万一に備えてありますから 私たちはあなたと涼宮さんを守るためならいつでも覚悟はできています さあ、もうここには用はないはずです 涼宮さんを守ってあげて下さい 古泉とともに・・・」 分かりました 俺が立ち上がると森さんは最後にこう言った 「涼宮さんはあんな性格だからあなたにはまだ理解できないでしょうけど、 あなたをとても頼りにしているはずです 今あなたと離れて一番心細いのは涼宮さんです 早く行ってあげて下さい そして、大事にしてあげて下さい」 ちょっとドキッとする森さんの言葉だったが 今はその意味について深く考えている場合ではない 鶴屋さんと森さん、そして新川さんに頭を下げると、俺は走り出そうとした 「ちょい待ちキョンくん!うっとこの車に乗っていくといい さっきみたいなことはもうないと思うけどね、でもその方が早いからさっ」 鶴屋さんはてきぱきと使用人に指示を出し 森さんを部屋に運ぶことと車を用意すること そしてさっきの銃撃戦についてきつく緘口令を言い渡した 玄関の前に現れた高級車に乗せられた俺はもう一度鶴屋さんに頭を下げた 「キョンくん、ハルにゃんをよろしくねっ! それと・・・言っていいのかどうか分からないけどね・・・ ハルにゃん、結構いろんな事知ってるよっ」 えっ? 「みんなの事だよ 何か不思議な事がめがっさ起こってるって ハルにゃんの知らない所で みんなが何かしてるんだろうなって」 本当ですか?鶴屋さん? 「後は直接確かめたらいいさっ!ハルにゃんにねっ!」 鶴屋さんはそう言ってドアを閉め、車は走り出した (再び同時刻、別の場所で) 「涼宮さんっ」 「どうしたのみくるちゃん?」 「電話が・・・電話が通じません・・・」 「ん?それはどういうことでしょう?」 古泉が素早く立ち上がり、朝比奈さんから受話器を受け取った 通話ボタンを押しても発信音がしない 「これは・・・?」 その時、部屋の中が一瞬真っ黒になり、まるで夜の闇のようになった 部屋の内外で聞こえていた雑音も消え、長門の部屋は沈黙に閉ざされた 「ふわぁぁぁっ」 「ななな何よこれは?古泉くん?どういう事?」 古泉が口を開くよりも早く、暗闇に何かが浮かび上がった ぼんやりとした影はすぐに凝集し始め、やがて4つの人間の形を作った 素早く古泉が前に出て、ハルヒと朝比奈さん、そして眠っている長門をかばうように立った いつものニヒルな笑顔の面影は全くない 古泉のこめかみからタラリと汗が流れ落ちた 現れた4人はもちろん あの時突然出現した集団だった 「・・・・・・・・・ここは・・・・・・暗い・・・・・・気持ちが悪い」 いち早く口を開いたのは周防九曜だった 実体化するが早いか、長門が寝ている和室に踏み込み、ひたと視線を長門に据えた 「かわいそうな寝顔・・・・・・こんな世に生まれなければ、1人の姫として暮らせたものを・・・・・」 「それ以上近づかないで下さい」 古泉が素早く割って入る 「周防さん、まずは話し会いましょう」 そう声をかけたのは4人組のリーダー、勝手に神に祭り上げられてしまった佐々木だった 「・・・・・・かわいそう・・・食べてあげたい・・・・・・」 周防九曜は長門から視線を放さずにそうつぶやき 他のメンバーの横に戻った 「ちょ、ちょ、ちょっと何なのよあんたら どうやってここに入って来たのよ?」 「お久しぶりです涼宮さん、いつぞやは突然現れてすみませんでした あれ?キョンは?」 「まずは私の質問に答えなさいよ 無礼でしょう?」 「ごめんなさい。実は私たちにもよく分からないんです 周防さんが突然ここに行かないとって言って 何かに運ばれてきたみたいなの」 「全然説明になってないわよ あんたたちいったい何者なの?」 ハルヒが鋭い視線で闖入者たちを睨みつける 穴でも開けてしまいそうなぐらいの激しい視線だった 「私が代わりに説明するわ」 そう言ったのは古泉と敵対する組織の一員、橘京子だった 「周防さんはね、時が満ちたと言っているの つまり我々と佐々木さんの力があなたたちのものを上回る 今日のいま、この場所で何かが起こると」 「あわわわ・・・・・・」 あたふたする朝比奈さんをかばいながら、ハルヒは口から泡を飛ばして叫んだ 「ふざけんじゃないわよっ!ここはあんたたちがいる場所じゃないの! 見て分かるでしょう、病人がいるのよ! さっさと出ていきなさいっ!!」 「ふん・・・まるでボス猿みたいだな」 そう口を尖らせてうそぶくこの男は 朝比奈さんの組織と対立している未来人組織から派遣されてきた 自称藤原という男だった 「ボ、ボ・・・・・・」 古泉がハルヒの横に立った 「涼宮さん、今怒ってしまえば向こうの思い通りになります ここはひとまず冷静に、まずは話を聞きましょう」 「古泉くん、悪いけどね あたしは人の家に土足で踏み込んでくる野蛮人の話なんか聞く耳持ってないの」 ハルヒは両の拳を握りしめている 最初は誰に殴りかかろうかと品定めしているようだ 「・・・・・・あなたは・・・汚ない・・・」 「何ですって?」 「その顔、その声、全てが汚らしい・・・・・・」 「ハァ???」 ハルヒは最初にぶちのめす相手を決めたようだ 握り拳を振り上げて周防九曜に突進しようとした 慌てて古泉が止めに入る 「古泉くん!放しなさい!」 「涼宮さん、ひとまず落ち着きましょう」 古泉はハルヒを無理やり引きずって闖入者から少し遠ざけ 声を潜めて囁いた 「・・・僕たちの戦力はいささか不足しています 全員揃うまではとにかく様子を見ましょう 今のところは、何が目的でやって来たのかも分かりませんので」 「古泉くん」 「はい」 「あんた、何か知ってるのね」 「何かと申しますと?」 「私の知らない事よ こいつらが何者で、何が目的なのかをね」 「それを説明してくれる方が現れるまで、ここは1つ、穏便に」 「キョンの事ね」 「はい」 「・・・・・・分かったわ」 ハルヒはようやく拳を緩め、闖入者たちと対峙した 「んで、話を聞こうじゃないの」 「ようやく落ち付いてくれましたか やはり調査通りの人ですね、あなたは」 橘京子が楽しそうに言った 「実は私たちにもまだここに来た理由は分からないのです こちらの周防さんが言った通り、まもなくここで何かが始まります それを確かめるために来たのです」 「それでは全然説明になっていませんね 皆さんのやっている事は明らかな住居不法侵入です 警察を呼ばれたくなかったら、今すぐ退散すべきです ここには病人がいます、わきまえて下さい」 「・・・・・・来る」 「何が?」 「・・・・・・終わりの世界が来る・・・・・・それは私たちを待っている・・・・・・もうすぐ」 ハルヒがまたブチ切れそうになった 「もう我慢できないわ!今すぐここを出ていきなさい!さもないと」 「お待たせしましたー」 突然部屋につむじ風が巻き起こり、目を開けてられないほどになった 激しい旋風はあたりをなぎ払い、全てを持ち上げてぐるぐると回転した 「あひゃぁあああーっ!」 朝比奈さんのか弱い悲鳴とともに、全てが吸い込まれていった (再びキョンの世界) 俺を乗せた鶴屋家の車は静々と走り、やがて長門のマンションが見えてきた頃 視界が急にぼやけてきた 長門の高級マンションがぼんやりかすみ、俺は目をごしごしこすった 「おかしいですね」 運転していた鶴屋家の男性がそう言ってブレーキを踏んだ直後、激しい音がして車のボンネットに何かが叩きつけられた 見慣れた水色のセーラー服、そんな気がした セーラー服はボンネットの上を弾んで転がり落ち、急ブレーキをかけた車の前方に倒れた ハルヒ! 俺はドアをもぎ取るように開け、車から飛び出した 予想した通り、空から降って来たのは涼宮ハルヒだった いったいどこから落ちてきたのか、まさか長門の部屋のある7階から落ちたのか? 急いでハルヒを助け起こし、その顔を覗き込んだ 「ったあぁーっ」 見ると車のボンネットは大きく凹んでいる 7階かどうかは分からないが、かなりの高さから落ちてきたようだ 運転していた男性も、車から降りてハルヒを見ていた おいハルヒしっかりしろ 何が起こったんだ? ハルヒはしばらく目を白黒させていたが、ようやく焦点が定まってきたのか、俺に気付いて大声を上げた 「キョン!キョンじゃないの!どうやってここに来たの?」 えらい元気そうだなハルヒ 車をこれだけ凹ませるほどの高さから落下したのに 何かのフォースでも働かせたのかそれともただ尻が異常に固いのか どうやって来たのかは俺が聞きたいぞハルヒ いったい何で空から降ってきたんだ? 「空から?え?あれ?ここはどこなのよ?有希の部屋じゃないの?」 おいハルヒ 長門の部屋でいったい何が起こったんだ? 長門はどうなんだ?体の具合は? それに朝比奈さんと古泉は? 「そうだ!キョン!大変よ!有希が・・・変な4人組が入ってきて それからあの、あの子が入ってきて」 もういいぞハルヒ とにかく長門の部屋に行こう 長門が心配だ 他のみんなもな 俺はハルヒを抱き起こして立ち上がった 鶴屋家の運転手にとりあえず帰ってもらう事にして、ボンネットの件は後で謝りに行くからと伝えた そして振り向くと・・・ ??? 空から降ってきたハルヒを抱き起こし、とにかく長門の部屋に入ろうと、玄関があるはずの場所に駆け込むんだ俺だが マンションの入り口には何もなかった 玄関もなければオートロックの操作盤もない というかマンション自体が消えてなくなっていた レンガ造りの高級マンションがそっくりそのまま消えてなくなっていた 「ちょっとキョン、これどうなってるの?」 どうって、俺にも分からん 落ちつけ俺、よく考えろ マンションがあったはずの平面には全く何もなく、むき出しの地面だけが広がっていた 向こう側にあるはずの、シャミセンを拾った空き地がここからそのまま見えた どうなってるんだこれは ハルヒの手を掴んだまま、強引にマンションがあったはずの空間に踏み込んでみた やっぱりか 予想通りだ 俺とハルヒの前にはぐんにゃりした白い壁が立ちはだかった マンションが消えてなくなったわけじゃないんだ 誰かがここにバリヤーを張っているんだ それはお前かハルヒ? 「はあ?私が何でこんなことするのよ?」 すまんハルヒ ちょっと考え中だ 俺はハルヒの手を放し、ダッシュで突入を試みた チリチリと小さな火花のようなものが散り、俺の体は押し戻された 痛みも衝撃もなく、ただやんわり跳ね返された 「キョン、これって・・・前のあれかしら?」 ああ あれに近いものだ お前の仕業じゃないとしたら こんな事ができるのは他には・・・ けっこうたくさんいるな 「ちょっとキョン」 何だよもう 今考え事してるんだから 「キョン!」 ああ? 「ちゃんと説明しなさい! あんたが何か知ってることぐらい、あたしにはお見通しなんですからね! あんたはこんなに不思議な物が目の前に現れても、顔色ひとつ変えないじゃないの! 何か知ってるんでしょう?包み隠さず全て話しなさい」 さっきの鶴屋さんの声が耳によみがえる ハルヒはいろいろ知ってるっていうのか 今ここで説明するしかないのか ついに切り札を出すしかないのか 今ほどここに古泉がいてほしいと思ったことはなかった あいつのアドバイスが聞きたい しかしハルヒ、説明してる暇はないぞ 早く長門の部屋に行かないと 「だから説明しなさいって言ってるのよ! 有希がおかしくなったことにも関係あるんでしょう? あの4人組の事だって」 4人組だと? あいつらに会ったのか? あいつらが来てるのか? 「そうよ あの4人組が来て 髪の長い女が私に汚いとか言い出して ブン殴ってやろうと思ったら急に空に放り投げられたのよ! ああムカつくわーあいつったら」 待て待てハルヒ ちょっと整理させてくれ 俺と別れた後であいつらに会ったのか? それとも長門のマンションに入った後か? 「入ってからよ 有希がひどい熱だったから氷枕と布団たくさん用意して 救急車を呼ぼうとしたら電話が通じなくて どうしたんだろうと思った時に入ってきたのよ ドアも開けずに土足で入ってきて ねえキョン、あいつらいったい何なのよ?」 おいハルヒ あいつらの目的とか何か聞かなかったのか? 「聞いたけど全然意味分からないわよあんなの」 思い出せハルヒ あいつらは何と言ってたんだ? 「どうでもいい事ばっかりよ」 いいから思い出せハルヒ! 「何よもうキョンってば・・・ちょっと待って 周防とかいう女が他のヤツらを連れてきたとか言ってたわ 時が満ちたとか、今から何かが始まるとか 終わりの世界がどうとか言って、そしたら・・・ そうだ!あの子が来たのよ!」 あの子って誰だ? また他の人間が来たのか? 「そうよ!思い出したわ。あの新入生よ! 新入部員候補の1年女子よ」 はあ? 何だと? 「新入部員候補の中に小柄な女の子がいたでしょう?あの巻き毛の子」 ああそんなのがいたな確かに 何となく不思議な印象だったな 覚えてるぞ しかし何でその子が来たんだ あいつらの仲間なのか? まさかスパイだとか? 「分からないけどたぶん違うと思う 来たのは別々だったし、あいつらも驚いた顔してたから」 その時突然 俺の背中に鳥肌が立った ものすごく嫌な予感がした おいハルヒ 良く聞け その1年女子は何か持っていなかったか? 「何かって?」 金属の細長い棒みたいなものだ ピカピカ光ってるヤツだ 「そこまで覚えてないわよ! その子が出てきた途端に部屋に嵐が起こって、気がついたら外に放り出されてたんだから」 待て待て待て待て くっそう古泉に会いたい 俺はどうもこういう複雑な事態には対処できない あいつの的確な状況分析がとても恋しい 「そうだ」 何だハルヒ 何か思い出したのか? 「お2人にはまだ登場してほしくないからって聞こえたような気がする」 お2人?そう言ったのか?その新入生は? 「違うかもしれないけどそう聞こえた」 お2人って事はもしかして・・・ 俺はハルヒの肩を抱いたままで後ろを振り返った 目の前にあるマンションはすでに消滅していたが 後ろの景色も違うものに変わっていた いやちょっと違うぞ 景色はさっきと一緒だが何か空気の匂いが違う それにこの不思議な色はいったい何だ・・・? 何だか安心感を与えてくれるような落ち着いたベージュの空 そよとの風も吹かず、じっとりとしているが不快ではない この空は覚えているぞ ハルヒといっしょにあいつが飛ばされたとしたら この空を作り出したのは この閉鎖空間を作ったのは やっぱりお前か 佐々木・・・・・・ 「申し訳ないキョン 今はまだ君たちをあそこに入れるわけにはいかないようだ」 リンク名 その2に続く
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0-1.プロローグ 「今回の事態は、この組織が対処できるレベルを超えている。よって、最高評議会においても明確な結論が出なかった。しかし、ゆっくり検討している余裕もない。よって、あなたの立案した暫定計画を実行することに決した。実行責任者はあなた」 暫定計画といってもたいしたものではない。現地の長門有希に情報を流して、あとは彼女に頼るしかないという、なんとも情けないものにすぎなかった。TFEI同士の抗争に、人間の出る幕などないのだ。 「はい。かしこまりました」 1.端緒 その変化は、突如として発生した。 情報統合思念体穏健派は、主流派より主導権を奪取。主流派と急進派の動きを封じ込め、他の派閥を勢力下に収めた。 穏健派は、クーデターを平穏に完遂したあと、配下のインターフェースに指令を下した。 喜緑江美里は、自宅のマンションの一室で、穏健派からの指令を受領した。 了解する旨を返答する。 情報統合思念体の存在及び宇宙の秩序を脅かしうる涼宮ハルヒの抹殺。 その障害となるのは、間違いなく、長門有希。 まずは、その注意を他へ逸らさねばならない。 彼女は、配下のインターフェースに、「機関」に働きかけるよう命じた。 0-2.プロローグの続き 「もともと、この問題は、情報統合思念体の内部抗争が原因。本来なら、あなたがたの手を煩わせるようなことではないのだが……」 「いいのですよ。『機関』時空工作部としては、先輩方の不始末については自分たちで処理したいところですから」 「あなたの心情も組織としての面子も理解はできる。でも、無理はしないで」 2.接触 長門有希が学校に行くためにマンションの自室を出ると、そこに、一人の女性が立っていた。 「お久しぶりです。長門さん」 長門有希は、黙って、自室に入るように促した。 「用件は?」 長門有希は、朝比奈みくる(大)に対して、端的にそう訊ねた。 「今からデータを送信します」 長門有希は、送られてきたデータの内容を把握すると、わずかに表情を動かした。 「すみませんね。なにぶん、こういう事態において頼りになるのは、長門さんしかいないものですから」 「情報提供には感謝する」 「よろしくお願いします」 立ち去ろうとした朝比奈みくるに、長門有希は質問をぶつけた。 「あなたはこれからどうするの?」 「『機関』への対処をとります。長門さんにばかり頼るわけにもいきませんので」 「無理はしないで」 長門有希のその言葉に、朝比奈みくるは一瞬驚いた表情で固まった。 0-3.プロローグの続き 「しかし、この任務が失敗しては……」 朝比奈みくるの言葉は、途中でさえぎられた。 「最終的には私が直接介入を行なう」 3.狙撃 森園生は、自らの装備を確認していた。防弾チョッキ、拳銃、手榴弾。それなりの武装であったが、それらがどれだけ役立つかは分からない。 部下たちを見回す。新川、多丸兄弟。みな凄腕の戦士たちだ。 「TFEIの支援があるとはいえ、ちときついですね。例の長門有希が敵に回るのは確実でしょう」 多丸裕がグチのようにそういった。 「私たちは上部の命令に従うのみよ」 「古泉が抵抗してきたら、いかがないさいますかな?」 新川がそう訊ねてきた。 「任務の障害となるならば、実力で排除します」 森園生はさも当然のようにそう答えた。 「機関」の上層部がいきなり入れ替わった。そして、下された指令は、ただ一つ。 世界の秩序を脅かす涼宮ハルヒを抹殺せよ。 森園生たちがアジトを出た瞬間。 あたりに銃声が響いた。森園生が脇腹を押さえて倒れこむ。 とあるビルの屋上。 彼の手には、狙撃銃が握られていた。用いた銃弾は、防弾チョッキを貫通する特殊銃弾だ。 「御先祖様を狙撃するというのも、あまり気分がよいものではありませんね」 そんな部下のグチに対して、上司である朝比奈みくるは、 「あなただって賛成したじゃない」 「将来結婚するはずの御先祖様お二人が殺し合いをするのを見せつけられるよりはマシですからね。しかし、自分で撃っておいてこういうのもなんですが、彼女は大丈夫でしょうか?」 「大丈夫よ。『機関』の鋼鉄の女が、あれぐらいで死ぬわけないわ。森さんには『機関』総帥になるまでは生きてもらわなきゃ困るもの」 二人は、森園生が救急車に乗せられていく様子をただ眺めていた。 その間にも、情報通信デバイスを通じて、朝比奈みくるに部下たちから続々と報告が入ってくる。 経過はおおむね順調。 しかし、すべてが順調にいったとしても、「機関」を完全制圧するのは難しい。この作戦に投入されている時間工作員は、朝比奈みくるのチームだけだったから。 他のチームの投入も検討されたが、最高評議会の審議段階で、断念されていた。どのみちTFEIを相手にせざるをえない状況では、人員の大量投入は無駄に犠牲を増やす結果にしかならない。そういう判断だった。 0-4.プロローグの続き 「……」 朝比奈みくるは絶句したまま固まっていた。 「さきほど、私に情報統合思念体主流派から命令が下った。主流派としても、このような既定事項からの逸脱は容認できないということ」 4.偽りの平穏 放課後、文芸部室。 「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。 「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。 「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 みんなが饅頭を手に取る前に長門有希が短く呪文を唱えたことに気がついた者はいなかった。 彼女は、饅頭に含まれていた青酸カリを分解して無害化したのだった。 そのことは古泉一樹も知らないことだろう。彼は道具にされただけだ。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 しかし、長門有希は、今日という日がこのまま平穏には終わらぬことを知っていた。 0-5.プロローグの続き 「最終的な処理は私が行なう。だから、あなたが無理をする必要はない」 「はい。かしこまりました」 5.襲撃 喜緑江美里は、SOS団のメンバーが下校したのを確認すると、配下のインターフェースにいっせいに指令を下した。 「機関」の人間たちは未来人たちの妨害工作のせいでだいぶ数を減らしていたが、彼女は気にもしなかった。人間ごときは捨て駒にすぎないのだから。 SOS団の集団下校。 その途中で、朝比奈みくるにいきなり最優先強制コードによる指令が入った。 「えっ!」 朝比奈みくるが驚いたのもつかの間。彼女のTPDDが強制的に起動し、その姿が忽然と消え去った。 それが合図だった。 長門有希は、涼宮ハルヒ、キョン及び古泉一樹を強制的に眠らせると同時に、みんなを包み込むように防御フィールドを展開した。 その透明な防壁に、無数の銃弾と手榴弾が弾き飛ばされた。 彼女たちの正面から、武装した集団が襲いかかってくる。 そこに、また別の人間たちが忽然と現れた。 「すみません。長門さん。『機関』を制圧し切れてなくて、この有り様です」 朝比奈みくる(大)は、手にした光線銃で次々と「機関」の襲撃者たちを撃退していく。彼女に指揮された部下たちも、同様に光線銃を放っていた。 長門有希は、防御フィールドを拡大して、朝比奈みくるを保護下に収めた。 「いい。それより、あなたの部下たちを撤退させてほしい。このままでは、巻き込まれる」 「了解です」 朝比奈みくるは、部下たちのTPDDを強制起動させた。 それと同時に、長門有希は、「機関」の襲撃者たちを遠隔地に空間転移させる。 その瞬間に、長門有希と情報統合思念体の連結が強制的に切断された。 彼女はすぐさま、個体単体の全力を用いて防御フィールドを強化する。 それはギリギリのタイミングだった。 上空からいっせいに光の槍が降り注ぐ。 「長門さん、いつまでもちます?」 「私単体の能力では、5分が限界」 「少し時間を稼がなければいけませんね」 朝比奈みくるの肩に忽然と、バズーガ砲のようなものが現れた。 「長門さん。防御フィールドの外方向への透過率をあげてください。10秒でいいです」 「了解した」 バズーガ砲のようなものから不可視の光線が放たれる。 放たれたガンマ線レーザーは、迫り来るTFEIたちを次々となぎ倒していった。 朝比奈みくるは、一掃射すると肩からそれを投げ捨てた。膨大な電力を消費するため、携帯型では一掃射が限度なのだ。 残ったTFEIたちが、空からこちらに迫ってくる。 防御フィールドに接触するかと思われたその瞬間。 彼女たちは、一瞬にして霧散した。 防御フィールドの前に、いつの間にか一人の小柄で老齢な女性が立っていた。 「朝比奈みくる。ご苦労様」 「すみません。結局、お手を煩わせてしまいました」 「気にすることはない。インターフェースの相手は、私の役目」 長門有希は、目に前に現れた老齢の女性が、自分の異時間同位体であることを理解した。 0-6.プロローグの続き 「それでは、行ってまいります。長門さん」 「私の異時間同位体によろしく」 6.爆弾 長門有希(大)は、静かに右手を上げた。 そこに、猛烈な勢いで拳が叩き込まれる。長門有希(大)の右手は難なくそれを受け止めた。 「なぜ、あなたがここにいるのですか?」 喜緑江美里は、拳の叩き込んだ体勢のまま空中に固定されていた。 「私は、情報統合思念体主流派の命令を受けてここにいる。あなたがたは、主流派が主導権を奪われたままで黙っていると思っていたのか? だとすれば、愚かだとしかいいようがない」 「随分と親孝行なことですね。そこにいるあなたの異時間同位体は、親に反発してばかりだというのに」 「あのころは、私は、人間でいうところの反抗期にあったものと理解している」 「そうですか。でも、結局のところ、今のあなたも、命令にかこつけて、自分の守りたいものを守っているだけなのではないですか?」 「否定はしない。でも、あなたの親──穏健派とは違って、私の親は寛大である。涼宮ハルヒ及びその周辺事項の保全と観測──その基本方針に反しない限り、私の我がままはたいていは許してくれる」 あの12月18日の暴走。あのときも、長門有希の処分を強硬に主張していたのは穏健派であって、主流派自身は寛容であったのだ。 「酷い言われようですね。あれでも、一応私の親なんですけど」 「あなたが親孝行なのは承知している。それを非難するつもりもない。でも、今は邪魔。後で再構成するから、消えて」 喜緑江美里の身体が一瞬光ったかと思うと、あっという間に霧散していった。 長門有希(大)は、地面を蹴ると、空に向けて上昇した。 そこには光り輝く球体が浮いていた。その周りには火花が無数に散っている。 長門有希(小)は、それが核融合反応によるものであると分析した。 穏健派TFEIたちの襲撃の瞬間にそれは忽然と現れ、起爆直後に長門有希(大)によって情報制御空間に閉じ込められたのだ。 その情報制御空間の内部で、核融合爆発による猛烈なエネルギーが暴れまわっている。 「あれは、未来から送りこまれてきたものか?」 長門有希(小)の質問には、朝比奈みくるが答えた。 「ええ、そうです。未来側にもいろいろな考えの人がいましてね。時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖は、涼宮さんの半径50キロメートル圏内に集中してます。この混乱に乗じて、あの爆弾一発で時間航行技術の完全消滅をもくろんでいたのでしょう」 時間航行技術の開発に関係する人物及びその先祖が涼宮ハルヒの半径50キロメートル圏内に集中しているという事実。 古泉一樹あたりに言わせれば、それも涼宮ハルヒが望んだからということなのであろうが。 0-7.プロローグの続き 朝比奈みくるを見送ったあと、長門有希は静かに計算を開始した。 介入のタイミングを1/10000秒単位でつめていく。少しでもずれれば、事態は最悪の結末を迎えかねない。 計算を終えると、彼女は自らのTPDDを起動した。 7.再生 長門有希(大)は、球体に手をかざすと、長々と呪文を唱え始めた。 呪文が終わったとき、球体はゆっくりと縮小し、やがて消えていった。 核融合爆発は完全に封じられたのだ。 長門有希(大)は、再び地上に降り立った。 「朝比奈みくる。帰還してよろしい」 「かしこまりました」 朝比奈みくる(大)の姿が掻き消えた。 その代わりに朝比奈みくる(小)が忽然と現れた。眠らされた状態であったが。 「この後は、どうするのか?」 長門有希(小)が、長門有希(大)に訊ねる。 「涼宮ハルヒの力を用いて、世界を再構成する」 長門有希(小)の表情がわずかに動いた。 それには構わず、長門有希(大)が続ける。 「この時間平面の現状は、私が記憶している既定事項から逸脱している。よって、私の記憶しているとおりの状況に復元する、あなたの記憶も含めて」 「それは、未来人の傲慢ではないのか?」 「否定はしない。私は、思い出をできる限り完全な形で保全したいと思っている。よって、私の記憶にない出来事は、あなたの記憶から抹消されなければならない」 長門有希(小)は、自分の体が圧倒的な情報圧力によって拘束されていることに気づいた。 「抵抗は無意味」 長門有希(大)は冷酷にそう通告しつつ、涼宮ハルヒの体に手をかざした。 「涼宮ハルヒとの連結完了。世界構成情報の改変開始」 長門有希(小)は、それを黙ってみていることしかできなかった。 8-1.エピローグ──平穏な放課後 放課後、文芸部室。 「遅れてしまいました」 古泉一樹がそういいながら入ってきたときには、他の団員は全員そろっていた。 「古泉くん。それ何?」 古泉一樹は、菓子箱のようなものを持っていた。 「ああ、これですか。実は、親戚が旅行のお土産にと分けてくださいましてね。何の変哲もない温泉饅頭です。一人で食べるのもなんだと思いまして」 温泉饅頭はみんなに配られ、朝比奈みくるが入れたお茶とともに、それぞれの胃に収まった。 その後は、いつもどおりの団活だった。 涼宮ハルヒはネットサーフィン。キョンと古泉一樹は、ボードゲームで対戦。朝比奈みくるはお茶をせっせと入れ、長門有希は読書に専念。 そう。その日は、まったくもって平穏無事に終了したのだった。 8-2.エピローグ──平穏な未来 長門有希(大)は、原時間平面に帰還すると、すぐさま情報操作を開始した。 穏健派TFEIの撃退、核融合爆発の阻止、世界の再構成。「機関」時空工作部の人間たちには、それらすべてが長門有希(小)がやったものとして認識されるように情報をいじった。もちろん、自分の時間遡行記録も抹消する。 なぜなら、「機関」時空工作部の最高権力を牛耳る彼女がTFEIであるという事実は、組織の中では、彼女自身と朝比奈みくるしか知らない秘密であるから。 朝比奈みくるの部屋に入る。 「ご苦労様です」 「あなたこそ、ご苦労様」 朝比奈みくるが差し出したお茶を口につける。 いつ飲んでも、彼女のお茶はおいしい。 その後、二人は、たわいもない世間話をしてすごした。 その光景は、さっきまで自分たちの時空間が危機にあったことなどまるで感じさせない、のどかな光景であった。
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第2章 雨で中止になった第2回SOS団花見大会だが、ハルヒはそれほど不機嫌ではなかった それは今、俺の部屋で格闘ゲーム大会を催し、長門と決勝戦を繰り広げる様子や古泉の話からも明らかだ 「そこぉ!」 ハルヒの超必が決まり、決勝戦の幕が閉じる ハルヒが勝ったという結果を残して 長門はゲームをするのは初めてと言っていたが、慣れるにしたがってどんどんうまくなった それでもハルヒにはかなわない どうでもいいが古泉は最下位だった ボードゲームも弱いがコンピューターゲームも弱いらしい 「簡単すぎるわね、もっと難しいゲームはないの?」 ひとしきり優勝にはしゃいだあと勝ち誇ったようにハルヒが言った 「ソフトならそこの棚に入ってる。好きに選べ」 ハルヒがソフト探しに夢中になっている隙をみて俺は長門に耳打ちした 「この雨はいつやむかわかるか?」 すると長門も小声でこたえてくれた 「不明、ただしこの雨により桜の花が落ちる可能性は92.7%」 俺は頭をかいた やばいな、このままだと第2回SOS団花見大会が中止になっちまう 別にこうやって騒いでるのも楽しいのだが、ハルヒが閉鎖空間を生み出さないとも限らない ただやたらご機嫌なハルヒをみているとそれも無駄な心配に思えてくるから不思議だ まぁ、その後も特筆すべきことがらもなく、急遽開催された第1回SOS団ゲーム大会もハルヒの万能っぷりを見せ付けただけで幕を閉じた 帰りぎわハルヒは 「明日は晴れたら公園で花見、雨だったら部室に集合ね」 と言ってANGIE DAVIESのSUPERMANを歌いながら帰っていった ―そして翌日 と、いきたいところだったのだが、正直そうもいかないらしい 妹が風呂を知らせに来た午後7時半、ハルヒから電話がかかってきた 「キョン、何も言わずに今すぐ例の公園に来なさい、いいわね!」 相変わらず一方的に話すだけ話して切る奴だ 仕方なく俺は家を出た 昼に降っていた雨も止んで、空を見れば朧気ながら月が顔を出していた しかし、その公園でたとえノストラダムスでも予言できないようなことが起きようとしていたなんて、いったい誰が予想できただろうか 公園に着いた俺をハルヒの背中が迎えてくれた 桜の花は昼の豪雨によってほぼ散っていたが、残った微かな花により、儚げな美しさを醸し出していた 俺はハルヒの背中に話し掛ける 「よお、待ったか?」 「わかんない」 ハルヒは後ろをむいたまま首を横に振った 「すごく待った気もするし、すぐだった気もする」 わけのわからないことを言い出した 「ねぇ、あんた選択授業なんにした?」 これは本当にいつものハルヒなんだろうか その声はまるでつついたら壊れる脆いガラス細工のようだった 「多分、お前と同じだ。私立文系受験の…」 「違うの!!」 ―悲愴 そんな感情を込めた叫びに思わず俺の気持ちが後退りをする 不意に月が雲に隠れ、まわりの家の灯り、公園の街頭、すべての明るさが陰りを見せたような錯覚に陥った そう、それはまるで閉鎖空間に迷い込んだような… 「あたしは…理系を選んだ」 ぽつりと出た、蝶の羽音のような声は一瞬、俺の思考を停止させた 俺は考えていた 2年になっても俺はハルヒの席の前でシャーペンでつつかれたり、その笑顔を見ながら過ごすことになるだろう、と ただ、逆に北高は2年のクラス替えを理系、文系に分けてやる だから頭のいいハルヒが理系にいってもそれはそれで別にそれでもかまわないと思っていたが ―今だから正直に言おう 俺はそうじゃなければいやだ そこにあって当然のものだから油断していた ハルヒの席の前に俺以外の人間がいるなんて俺の中ではありえない 空気はそこにあって当然のものだが、空気がなくなると人間は窒息死してしまう そんな例えがわかりやすいだろうか とにかく、その発言を聞いた俺の目の前は真っ暗になったのだ そうだな、この瞬間に閉鎖空間にハルヒと閉じ込められたなら、俺はこっちの世界に戻ろうなんて考えなかっただろうぐらいに しばらくそんなことが頭の中を縦横無尽に駆け巡っているとその沈黙をどう受け取ったか、ハルヒが口を開く 「あんたが文系を選ぶことは知ってた。その時は別に部室で会えるし、全然構わないと思ってた、だけど…今の気持ちはそうじゃない!」 ハルヒがゆっくり振り返る、その目は、顔は、涙に濡れていた 「キョン、あたしはあんたと一緒にいたい!離れたくない!精神病でも何でもいい!あんたが好きなの!」 張り上げた涙声は魂の叫びとなって静寂を保つ夜の闇に響く 普遍的な行為を嫌うハルヒが、こんなに一般的な告白をしなければならないほどこいつは思い詰めていたのか そこで俺は考えた 俺にとっての ―涼宮ハルヒ の存在を クラスメイト?団長? 一緒にいる理由は? 仕方なく?おもしろそうだから?朝比奈さんを守るため? すべてのハテナマークをふりきり、一つの答えにたどり着いた ―俺は涼宮ハルヒに惹かれている この状況に合う言葉を口に出すなら 「俺も…ハルヒが好きだ」 考えよりも先に言葉が出ていた それに気付いてからも俺に後悔はない これは心のままの気持ちだから 「…ありがとう」 ハルヒに言われた初めてのありがとうは俺の心を暖かくし、泣きじゃくるハルヒを抱き締めるのに十分な理由をくれた ―ただ俺は知らなかったんだ この出来事が明日以降の、サプライズ具合では今ほどではないが、しかし非常に厄介な出来事の引き金だったことを 第3章