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険しい岩山の麓にひっそりと佇むように、小さな村があった。 まあ、どこの世界でもそうなのかもしれないが、大きな町から外れた辺境にあるこういった村には大抵若い男手が不足している。 この村もそのご多分に漏れず、辺りを見渡せばいるのは女子供に年寄りばかり。 もう村に残っている若い男は、俺を含めて10人にも満たなくなっていた。 だがこの村に若者が少なくなった原因は、恐らく世界中で見ても稀な部類に入ることは間違いない。 村から出ていった者の半数はより大きな稼ぎと仕事を求めて町へと移り住んでいった。 そしてもう半数は・・・村の背後に聳え立つ岩山の中へと消えていったのだ。 遠い昔から、この岩山には1匹のドラゴンが棲んでいるという言い伝えがあった。 まあ、どこの山海でもそうなのかもしれないが、大きな海や山には必ずと言っていいほどそこを古くから拠点としている主がいるものだ。 この岩山では、たまたまそれがドラゴンだったというだけの話だろう。 別に定期的に村を襲ってくるわけでもなければ、採集に山を登った村人達を食い殺していたというわけでもない。 いや、そもそも本当にドラゴンの姿を見たものは誰もいなかったのだ。 もちろんそう言われればことの真偽は確かめてみたくなるものだが、そんなことをしたところで普通はなんの得にもならない。 だが、そのドラゴンの言い伝えにはいかにも胡散臭い、そしていかにも魅力的な部分があった。 "たとえ1滴でもそのドラゴンの血を飲めば不老不死になれる" 正確には不老長寿ということなのだろうが、言い伝えは時に誇張されるものだ。 若さと力に憧れる若者達が、これに目をつけないはずはない。俺には絶対にそう言い切れる自信があった。 なぜなら、今まさに俺はその甘美な誘惑に負けて岩山への1歩を踏み出そうとしていたからだ。 村を出れば、そこはもう山道の一部。大勢の人間が暮らす町で健全な生活を求めて山を下るのか、本当にいるかどうかもわからない1匹のドラゴンに永遠の若さを求めて山を登るのか。 信じられないことだが、村からいなくなった若者達の取った選択肢はこのたったの2つだけなのだ。 そしてたった今、俺は山を登る道を選択した。 何人もの男達が夢とロマンを追いかけて通った道。そして、誰1人として帰ってこなかった道。 乾いた細かな砂を踏みしめる感覚を靴底に感じながら、徐々に細くなっていく山道を進んでいく。 急峻な岩山の胃袋の中へと通じる道なき道が、眼前にぽっかりと口を開けていた。 ここを越えれば・・・村からまた1人、若者が消えることになるかもしれない。だが、きっと目的は果たしてやる。 ドラゴンの血を採るための小刀を手に、俺は帰らずの道を踏み出した。 ドラゴンを殺すのが目的ではない。必要なら、ドラゴンに頼み込んででも血をもらえばよいのだ。 そのために荷物がかさばるような大きな武器など、持つ必要はなかった。 「ふぅ・・・ふぅ・・・」 ほとんど生命の感じられない殺風景な景色を眺めながら、急な坂道を少しずつ登攀していく。 1歩足を前に出す毎に人間の世界から遠ざかっているような気がして、俺はすでに孤独と不安に襲われ始めていた。 山を登り始めてから、もうすでに2時間が経とうとしていた。 俺の目の前に、絶望的な光景が広がっている。 山肌に張り出した肩幅ほどもない断崖絶壁の縁を、俺は壁に背をつけてそろりそろりと進んでいた。 もし足を踏み外せば、奈落の底には死が待っている。 ゴクリと唾を飲み込み、俺は慎重に次の足を踏み出した。 蹴り出されて崖から零れ落ちた小石が、音もなく遥か下界へと吸い込まれていく。 思わずその様子を目で追って、俺は恐ろしいものを見てしまった。 数百メートル下の地面に、白骨が残されていたのだ。 不運にも足を踏み外したその憐れな男は時速170キロで硬い岩の上に体を打ちつけ、恐らく原型を留めないほどに激しく砕け散ったのだろう。 誰も手を触れないはずの骨の残骸が、バラバラになって墓標を形作っていた。 山を登った者が辿った運命の一端を垣間見て、俺は途端に恐怖に襲われていた。 ようやく危険な綱渡りを終え、早鐘のように打ち続ける心臓を必死で鎮める。 それから先は、俺が想像していた以上に過酷な道のりだった。 至る所に白骨やまだ肉のついた男の死体が転がっていて、無事にドラゴンに出会えた者はいないのではないかと思える。 「ははっ・・・無事に出会えた、か・・・」 いるかどうかもわからないが、そのドラゴンでさえもしかしたら死をもたらす危険な存在なのかもしれないのだ。 だが、そこにも辿り着けずに朽ちていった若い命を目の当たりにして、俺はますますドラゴンの存在を強く願った。 これだけの危険を冒したというのに、もしドラゴンがいなかったら俺達はみんなピエロじゃないか。 そんな思いが脳裏を掠める。 さらに2時間程登っていくと、これまで登ってきた曲がりくねった細い道から、一転して視界が開ける。 もう、辺りには誰の亡骸すらも見つけることはできなくなっていた。 それはつまり、誰もここまで辿り着くことができなかったか、無事にドラゴンに出会って無事では済まなかったかのどちらかということだ。 しばらく行くと、向こう側の岩壁に大きな洞窟が見えてきた。 まさかあそこにドラゴンが・・・? 胸の中に期待と不安が一気に膨れ上がる。俺は足音を殺して洞窟に忍び寄ると、恐る恐る中へと足を踏み入れた。 奥に行くにしたがって日の光が届かなくなり、辺りが薄暗くなっていく。 「おお・・・」 100メートルほど奥まで進むと、丸い広場のような空間が開けていた。 洞窟の天井には直径1メートルほどの穴がいくつも空いていて、そこから太陽の光が幾筋も差し込んでいる。 自然が作り出した幻想的な美しさが、数々の死を見せつけられてきた俺の心を癒してくれた。 「ほう・・・人間がよくここまで辿り着けたものだな・・・」 その時、突然背後から声が聞こえた。 慌てて後ろを振り向くと、全身フサフサな体毛に覆われた真っ白なドラゴンが、広場の入口に立っている。 大きい・・・両手足を地面についているというのに、俺と同じ位の体高がある。 枯れた白色の大地に溶け込むようなその白いドラゴンは、感心すると同時に妖しい表情も浮かべていた。 「フフフ・・・気に入ったぞ・・・」 「う・・・うぁ・・・」 ヒュッと細められたそのドラゴンの眼に、俺は身の危険を感じた。 反射的に手にしていた小刀を構えるが、その圧倒的な巨躯と威圧感に腰が引け恐怖にガクガクと震え出す。 その瞬間、武器を向けられたドラゴンの目がキラリと嗜虐的な光を放ったのを、俺は見てしまった。 「それほどまでにして私の血が・・・永遠の若さがほしいのか・・・?」 ・・・言い伝えは本当だったのか!ドラゴンの口から漏れた言葉に、俺は思わず驚きの表情を浮かべた。 「フフフ・・・だが、そんなもので私を殺そうとするとは・・・勇気があるのか無謀なのかわからんな」 違う・・・俺はドラゴンを殺すつもりなんてない。たった1滴でいいから、俺は血が欲しいだけなんだ。 だが、血をくださいと言ってはいそうですかというわけには、どうやらいかないらしい。 いや、それどころかこの状況は・・・ 「フフフフフ・・・まあいい、やれるものならやってみるがよかろう・・・」 そう言うと、ドラゴンは首を左右に揺り動かしながらゆっくりと近づいてきた。 フラフラと顔が動いているというのに、その鋭い眼の焦点がピタリと俺に合ったまま動かない。 「あ・・・ああ・・・」 これは威嚇なのだ。いや、ドラゴンにはそのつもりはないのかもしれないが、明らかに俺を獲物として狙っていることを知らせるその動きに足が竦む。 「どうした?手にしたその刃を私に突き刺せば済むだけのことだろう?」 余裕たっぷりに、ドラゴンがにじりよってくる。こんなもので刺されたところで、痛くも痒くもないのだろう。 「う、うわああ!」 あまりの恐怖に、俺は腰を抜かしてその場に尻餅をついた。 小刀を脇へ投げ捨て、必死でドラゴンから逃げるように震える手足で地面を這う。 食われるとか殺されるとか、そんな理由のある恐怖ではなかった。 とにかく、この場を離れたい。ドラゴンを視界に入れるのも恐ろしかった。 だが、弱々しく逃げる俺の背後に巨大なドラゴンの気配がどんどん近づいてくる。 ガシッ 「ひ、ひぃぃぃ・・・」 巨大なドラゴンの手が片足を掴んだ感覚に、俺は完全にパニックに陥った。 ドラゴンから離れようと掴める取っ掛かりを探して中空に手を伸ばすが、そんな抵抗も空しくずるずるとドラゴンの方に足が引きずり込まれていく。 やがて、俺の背中にずっしりとしたドラゴンの凶悪な体重がかけられ始めた。 ミシッ・・・ミシミシ・・・ 象ほどもある体躯なのだ。優に数トンはあるであろうドラゴンの体が、少しずつ少しずつゆっくりと上にのしかかってくる。 ドラゴンが地面についている手足を離せば、あっというまにぺしゃんこにされてしまうだろう。 「た、助けてくれぇ・・・」 唯一自由の利く首と腕を暴れさせながら懇願するが、ドラゴンはお構いなしに俺の上に蹲った。 「ここまで無事に登ってくるとはさぞ骨のある人間かと思ったが・・・この程度で音を上げるとは情けない」 嘲笑のつもりなのか呆れているのか、頭上でフンと鼻を鳴らす音が聞こえる。 だが、ここまでしておいて一思いに殺されないのが逆に俺の不安を煽っていた。 「一体俺を・・・どうするつ・・・つもりなんだ・・・?」 肺が押し潰され、声が上手く出てこない。それを察したのか、ドラゴンが背中にかける体重を気持ち軽くする。 「まだ私の血が欲しいか?」 ドラゴンの問いに、俺はサッと血の気が引くのがわかった。返答を誤れば殺されかねない。 「ほ、欲しいと言えば・・・くれるのか?」 その言葉を聞くと、ドラゴンは突然起き上がった。 身を押し潰さんばかりにかけられていた重量が一気に消え去り、ゴホゴホと咳き込む。 ドラゴンは俺をゴロンとひっくり返して仰向けにすると、俺の両手を地面に押し付けた。 バンザイの姿勢で地面に縫い付けられた俺を見下ろしながら、ドラゴンが口を開く。 「フフフ・・・場合によってはな・・・」 場合によっては・・・それはつまり、俺の運命の岐路はまだ終わっていないということだ。 真意の見えないドラゴンの顔を見つめながら、俺は胸の内にわずかな希望が芽生えたのを感じていた。 「私の血を受けて永遠の命を得るか、数百年振りの私の食事になるのかは、後でお前自身に選ばせてやる」 ドラゴンはそう言うと、ニヤリと笑った。 「そんな2択なら、答えはもう決まってる」 「フフフ・・・果たしてそうかな?」 「お、俺にどうしろっていうんだ?」 何か、条件があるのだ。もしかしたら俺自身が自ら死を選ぶことも有り得るような何かが。 すると、ドラゴンは真っ白な尻尾を俺の両足にそれぞれグルリと巻き付けた。 そのまま、ゆっくりと足を左右に広げるように尻尾を張る。 バンザイの姿勢からX字型に体を広げられ、俺は何をされるのかわからぬままドラゴンの返事を待った。 「私に飼われることが、血をくれてやる条件だ」 「か、飼われる・・・?」 意外な言葉に、俺は思わず聞き返した。 一緒に暮らすということか?だが、それなら飼うとは言わないだろう。 「ここまで登ってきたお前なら、この岩山の道中がいかに険しいかは知っているな?」 「あ、ああ」 俺は岩肌の張り出しを綱渡りしてきたことを思い出して頷いた。いや、それだけじゃない。 人1人がやっと通れるような細い岩の隙間も抜けてきたし、岩壁を登ったりもした。 標高はそれほどでもないだろうが、険しさだけでいえば世界でも5本の指には軽く入る山だろう。 「では、私のこの体で山を下りられると思うか?」 有り得ないというように、俺は首を左右に振った。翼もないこの体で山を下りる? いや、崖から飛び降りても平気なら可能かもしれないが、ドラゴンは不老不死であっても不死身じゃない。 それはもちろん、俺がドラゴンの血を飲んだとしてもこの山を下りるのは難しいということだった。 「そう、下りられぬのだ。数百年もの間、私がどれほどの孤独を感じてきたか、お前には想像できぬだろう」 なるほど。つまり、このドラゴンは退屈凌ぎの相手を求めているということか。 「それは俺に一緒に暮らしてほしいってことか?」 ドラゴンがその言葉にピクリと反応する。 「暮らして欲しい、だと?勘違いするな、お前はただ私の好きなときに可愛がられるだけの存在になるのだ」 「お、俺をペットにでもするつもりか?」 「そうだが?」 あっさりと、ドラゴンが頷く。 「ふ、ふざけるな!犬や猫じゃあるまいし・・・俺をペットだなんて・・・」 「私から見ればお前も犬や猫と変わらんのだぞ?」 「う・・・」 確かに、それはそうだろう。俺には、このドラゴンに抗う術など全くないのだ。 命を握られたままドラゴンの機嫌を取って生きていかなくてはならないとしたら、確かにペットと変わらない。 「それに、お前は犬や猫がなぜ可愛がられるのか知っているか?」 「な、なぜって・・・」 「反抗的な物言いをしないからだ。主人に逆らえば酷い目に遭うということを知っている。お前はどうだ?」 悠然と、ドラゴンが俺を見下ろしていた。絶対に敵わないということはもう嫌というほど見せつけられたのに、人間としてのプライドがドラゴンへの絶対服従を拒んでいる。 「フフフフ・・・まあ、いきなり私に服従しろといっても無理であろうな」 俺の考えを見透かしたように、ドラゴンがしたり顔で呟く。 「あ、当たり前だろ!?いきなりそんなこと・・・うあっ!」 ドスッという音と共に、抗議の声を上げようとした俺の股間をドラゴンが巨大な足で踏み付けた。 そのまま、ズボン越しにグリグリとペニスを踏み躙られる。 「あ・・・うぁ・・・や、やめ・・・何を・・・」 フサフサの足でペニスを擦り潰される快感と恐怖に身を捩るが、両手足を封じられていては逃げようがない。 「決まっているだろう?私に服従を誓えるようにしつけをしてやるのだ」 ドラゴンはそう言うと、無防備な俺の股間を足でグシャッと鷲掴みにした。 「うわああ!や、やめろぉぉぉ!」 強引に味わわされる未知の快感に悲鳴を上げる俺の顔を、ドラゴンが薄ら笑いを浮かべて眺めていた。 「フフ・・・フフフフフ・・・」 ドスッドスッ・・・グリ・・・ズリ・・・グシッ・・・ 「あ・・・や・・・ああああ~~~~~!」 抵抗を封じられたまま股間に乱暴な快楽を叩き込まれ、俺は激しい屈辱に襲われた。 頭では必死で抗おうとしているのに、体の方が徐々に増幅する快感に痺れていく。 大きくも柔らかいドラゴンの足にペニスを執拗に踏み拉かれ、少しずつ射精感が込み上げてきた。 「く、くそぉ・・・こんな・・・あ、あああ~~!」 冗談じゃない。こんな・・・こんな強引な責めで果てさせられるなんて・・・ 「フフ・・・そろそろ限界だろう?」 ギチギチに張り詰めたペニスの感触を足の裏越しに感じているのか、ドラゴンが勝ち誇ったように笑う。 「ああ・・・た、頼む・・・やめ・・・やぁっ!?」 サワサワ・・・ 声を上げた瞬間、純白の体毛に覆われた足がペニスの上を左右に滑った。 先程までの激しい蹂躙から一転してじっくりとなじるような快感を与えられ、嬌声を上げさせられてしまう。 「まだわからぬようだな・・・」 「う・・・うあぁ・・・」 一体どうしろと言うんだ・・・こんなに必死に懇願しているというのに・・・ 「言ってもわからぬのならお前の体に直接教えてやるとしよう」 ドラゴンはそう言うと、俺のペニスを踏み付けた足に小刻みな振動を加え始めた。 「あ、あが・・・あがががががぁぁぁ!」 さっきとは比べ物にならぬ異常なほどの快感が一気に股間に流し込まれ、俺は耐える間もなく射精させられた。 ブシャッという音と共に、ズボンの中に生暖かい感触が広がる。 「フフフフフフ・・・・・・」 こ、こんなの・・・酷すぎる・・・ なす術もなく精を搾り取られ、わずかに残っていたプライドの欠片が粉々に踏み躙られる。 「は・・・ああ・・・」 快感の余韻に荒い息をつく俺に向かって、ドラゴンが笑みを浮かべながら問い掛ける。 「どうだ?」 「も、もう・・・好きにしてくれ・・・」 虚勢を張る気力すらも奪い取られ、俺はぐったりと体を弛緩させてそう呟いた。 「フフフ・・・いいぞ、大分素直になったではないか。ん?」 ・・・これが、絶対服従だというのか? 拒絶の声を上げることも許されず、ドラゴンの思うがままに弄ばれるのが・・・ 「では・・・そろそろ本番に移るとしようか」 「ほ、本番・・・?」 虚ろな瞳をドラゴンに向けながら呟くと、ドラゴンは足の爪を俺のズボンに引っ掛けた。そして・・・ ビリビリビリッ 厚い布地で作られているはずのズボンが、まるで紙切れのようにいとも簡単に引き裂かれる。 破れた服の隙間から、屈服の証に汚れたペニスがポロリと顔を出した。 それを見て喜んだドラゴンの膣がクパッと口を開け、股間に生えた真っ白な毛を左右に掻き分ける。 「うう・・・ま、まさか・・・や・・・」 だめだ、やめてくれとは言えない。言えばまた手酷い扱いを受けることになる。 「ん?何か言ったか?」 俺が反抗できないの知っていながら、ドラゴンがわざとらしく聞き返す。 「や・・・優しくしてくれ・・・」 それは、ドラゴンに完全な服従を誓う言葉だった。 「フフフ・・・よかろう」 ドラゴンは満足そうに笑うと、手に入れたペットを"可愛がる"べく体を沈み込ませた。 人間が完全におとなしくなったのを確認すると、私は地面に押し付けていた両手を離してやった。 地面に肘をつきながら人間の胸の上で両腕を交差させてその体を地面に押し付けると、誤って押し潰してしまわぬように全身でゆっくりと圧迫をかけていく。 「う・・・く・・・」 下半身までしっかりと地面に圧着して動きを封じると、うつ伏せの時とは違う息苦しさに人間が呻く。 「では・・・まずは味見させてもらうぞ」 私はそう言うと、人間のいきり立った肉棒に狙いを定めて腰を押し付けた。 本来なら巨大な雄のモノを受け入れるための膣が、人間の小さな肉棒を文字通り一飲みにする。 「は・・・ぅ・・・」 少しずつペニスが咥え込まれていく様子を想像していた俺は、一瞬にして熱く蕩けた肉襞に押し包まれる感覚に恐怖を感じた。 ズリュ・・・ズリュ・・・ ペニスを根元から揉みしだくように肉襞が蠕動し、初めて味わう無上の快感を擦り込んでくる。 味見とはよくいったもので、ペニスが扱き上げられる度に飛び出す精の残滓を味わうように、膣全体がグニュグニュと踊り回った。 「あ・・・ひゃ・・・う・・・・・・」 快感に身悶えようにも、ドラゴンの巨体がずっしりと俺の体を地面に押しつけていて全く身動きが取れない。 腕と、首と、そして膝がほんの少し動かせる程度だ。 だがドラゴンはそんなことは全く意にも介さず、容赦なく俺のペニスを快楽の坩堝へと引きずり込んでいった。 どんなに苦しくても、どんなに恐ろしくても、そしてどんなに激しい快楽に蹂躙されようとも、それを拒絶するような言葉を発することは許されなかった。 もし一言でも助けてだとかやめてくれなどと口走れば、この状況でどんな"しつけ"が行われるかは容易に想像がつく。 すでに2回目の射精感が込み上げてきていたが、俺に許されていたのは快感に悶える嬌声を上げることだけだった。 必死に射精を堪えようとしても、ドラゴンがほんの少し本気で俺を責めればそんな我慢などなんの役にも立たないだろう。 グチュグチュと断続的に翻されるその肉襞の動きに自分の無力を思い知らされ、俺は目に涙を浮かべながらドラゴンの顔を見つめていた。 「フフフ・・・なかなかかわいい顔をするではないか」 組み敷かれたペットの絶望の表情を楽しんでいるのか、ドラゴンがニヤニヤと俺の顔を覗き込みながら呟く。 ニュチュッ・・・クチャ・・・ 射精を堪え切れなくなるギリギリのところで、肉襞がチロチロとペニスを嬲るように蠢いていた。 「さて・・・私にどうしてほしいのだ?」 後ほんの一押しするだけで俺の意思とは関係なく精を搾り取れるというのに、意地悪な質問が浴びせかけられる。 俺の口から・・・とどめをさしてくれるように懇願しろというのか? 「う・・・うく・・・・・・」 それは、ペットとしての自覚を俺の骨の髄まで植え付けるための策略だった。 だが、答えを躊躇っている間にも射精の限界点をさまようペニスが耐え難い快楽に晒され、俺の理性を徐々に侵蝕していく。 「どうした・・・何も言わぬのならばずっとこのままにしてやってもよいのだぞ?」 「ひっ・・・頼む・・・と、とどめをさしてくれぇ・・・」 ドラゴンの脅しに屈服し、俺は体ばかりか心までもをドラゴンに捧げてしまった。 堕ちるところまで堕とされたという敗北感に、悔し涙がドバッと溢れ出す。 「よしよし・・・それでは望み通り、果てさせてやる・・・フフフ・・・」 グキュ、ゴキュゴキュゴキュ・・・ジュルルルル・・・ 「・・・・・・!」 激しく暴れ回った肉襞の一撃に、俺は声を上げることもできずに精を放った。 まるで勢いよく飛び出した精を飲み干すかのように、ドラゴンの膣がペニスを強烈に吸い上げる。 身も心もその手に落ちた俺を見下ろしながら、ドラゴンはうっとりと優越感に浸っているようだった。 お互いに歓喜の余波が収まると、人間としての尊厳を完膚なきまでに打ち砕かれた俺に向かってドラゴンは再び究極の選択を迫った。 「さて・・・もう1度聞くぞ。私の血を受けて飼われるか、今すぐ私の腹に収まるか、好きな方を選ぶがいい」 ・・・答えられなかった。こんな屈辱の生活を未来永劫続けるなんて・・・ だが、永遠の命を求めてきたのに自ら死を選ばされるというのも受け入れがたいものだった。 「フフ・・・答えられぬか・・・お前が選ばぬなら私の好きにさせてもらうことになるが、いいのだな?」 助けてと、喉まで出かかった言葉を必死で飲み込む。だが、何も言わなければ恐らく助からないだろう。 「お、お願いだ・・・血なんてもういらない・・・だ、だから、見逃してくれ・・・」 「・・・何?」 その返事に、ドラゴンの眼にキラリと危険な光が宿る。 「死ぬのは嫌だ・・・でも・・・こんな生活をずっと続けるなんて俺には耐えられないよ・・・だから・・・」 「私がそんなことを許すとでも思っているのか?」 「あんた・・・俺を食わなくたって生きていけるんだろ?なんでこんな・・・」 グリュッ 「ああっ!」 なんの予告もなく突然ペニスを搾られ、俺は首だけで仰け反った。 それと同時に、体中にかかる圧迫が少し増したような気もする。 「確かに・・・お前を食おうが食うまいが大した違いなどない。だが、お前は自分が何をしたか覚えておるか?」 「・・・え?」 俺が・・・何をしたか?そのドラゴンの言葉に、俺は今までの出来事を頭の中で繰り返した。 「お前は私の住み処に無断で侵入し、あまつさえ私に武器を向けたのだ」 「ぶ、武器って・・・あんな小刀・・・」 グルリと首を回し、地面に打ち捨てられている小刀に視線を走らせる。 「私がこんな状況にいなければ、お前など問答無用で食い殺しているところだ。寛大だとは思わんのか?」 いよいよ、俺は進退窮まった。冷静に考えてみれば、俺はドラゴンに小刀を突き立てて血を奪い、そのまま何事もなかったかのように帰ってくるつもりだった。 欲にかられて、俺はドラゴンのことを何も考えちゃいなかったんだ。 「あ・・・うぁ・・・」 「もう1度だけ聞くぞ。服従か死か、好きな方を選べ」 より直接的な表現を突きつけられ、俺は涙ながらに叫んでいた。 「こ、殺さないでくれぇ!!」 その返事に満足したのか、ドラゴンは不意に俺の口を自らの巨大な口で塞いだ。 ガリッという音と共にドラゴンが舌を噛み切り、滴り落ちた血を俺の口の中へと流し込む。 暖かくも甘い、不思議な味が口の中に広がり、俺は涙ながらにその秘薬を飲み込んだ。 ゴクリ・・・ 終わった・・・命以外の全てをドラゴンに奪い取られ、俺は絶望にガクリとうな垂れた。 「そう落ち込むな・・・従順にしていれば、悪いようにはせぬ・・・フフフ・・・」 そうは言ったものの、ドラゴンの顔には新しい玩具を手に入れた子供のように嬉しそうな表情が浮かんでいた。 「では早速だが・・・このまま続けるぞ」 「こ・・・このまま・・・」 全く休ませてくれる気配もなく、今まで緩められていた体の圧迫が再び強くなった。 「ぐ・・・ぅ・・・」 フサフサの毛が生えた柔らかい体とはいえ、じわじわと押し潰されるような感覚に再び恐怖がぶり返す。 「フフフ・・・お前はもう多少のことでは死なぬ体になったのだ。その意味・・・わかるな?」 それは、これからようやくドラゴンの本気の責めが始まるということだった。 生身の人間が受ければひとたまりもないであろうその快楽地獄を婉曲に予告され、背筋が冷たくなる。 グリ・・・グリグリ・・・ 「う・・・うむぐ・・・」 さらに、その暖かい毛布のような体で俺をすり潰すように、ドラゴンがグリグリと腹を擦りつけてくる。 く、苦しい・・・だが、ずっしりとした重量を遠慮なく擦りつけられるその感覚が妙に心地好くもあった。 「どうだ?」 「あふ・・・き、気持ちいい・・・」 「フフ・・・そうか・・・では、そろそろこちらの方もいくぞ・・・」 その言葉と同時に、クイッとペニスが舐め上げられる。 「あ・・・」 ビクンと快感に跳ねる俺の体を、ドラゴンがガシッと押さえ込んだ。 ゴジュッゴジュッゴジュッ・・・ 「う、うああああああ!」 その瞬間、ドラゴンの愛液に潤った膣壁が俺のペニスを根元から何度も何度も激しく搾り上げた。 なおもグリグリと押しつけられるドラゴンの柔らかい胸に顔が溺れ、必死でその下から這い出そうとドラゴンの体を押しのける。 「どうした?その程度の力では私の体を跳ね返すことなどできぬぞ・・・フフフ・・・」 恐ろしいほどの快楽で俺の力を奪い取りながら、ドラゴンは俺の背中に腕を回してギュッと抱き締めてきた。 その巨体から生み出される膂力で俺の顔を柔らかな白毛の海に深く沈めたまま、ドラゴンが胸を揺する。 「ぶ・・・う・・・」 適度に固いドラゴンの胸板が顔に押しつけられ、俺は息が詰まった。息苦しさが限界に達しようとした瞬間、一瞬だけ顔からドラゴンの胸が離れる。 「は・・・あ・・・」 深呼吸しようとして大きく息を吸い込んでいる途中で、再び顔がボフッと胸に押しつけられた。 グシュグシュグシュ・・・グリッゴリュッ 再び味わわされた息苦しさに追い打ちをかけるように、ペニスが蹂躙される。 「ん、ん~~~!ん~~~~~~~!!」 俺はバタバタと腕を暴れさせて爆発する快感と苦しみに暴れたが、ドラゴンは容赦なく俺を窒息させたままペニスを嬲り続けた。 「んは・・・はぁっ・・・うぶ・・・」 グシャッグシュズリュ・・・ 「む~~~~むぐ~~~~~~~!」 ブシュッビュルビュビュッ 何度も何度も窒息寸前で解放されながらペニスを弄ばれ、俺は朦朧とした意識のままわけもわからずに3度目の精を放った。 「はぁ・・・はぁ・・・あっ・・・はぁ・・・」 ようやくドラゴンの凶悪な責めから解放され、俺は遅れて襲ってきた射精の快感と息苦しさに大きな息をついていた。 「なかなか楽しかったぞ・・・」 ごっそりと気力と体力をもぎ取られ、もはやピクリとも体を動かすことができない。 いくら不老不死の体になったとはいえ、これ以上責められるのはさすがに命の危険を感じた。 もう許してくれと直接言葉で言えない代わりに、ドラゴンに懇願するような視線を向ける。 「フフフ・・・心配するな、今日はこのくらいにしておいてやる」 その言葉に、俺はふうっと安堵の溜息をついた。 ヌチュ・・・グボッ 「く・・・ふ・・・」 纏わりついた愛液と精を残らず扱き取るように、ペニスがきつく締めつけられたままドラゴンの膣から抜ける。 最後に加えられた一撃に、全身がじんじんと痺れた。 「疲れたのならそのまま眠るがよい。数分もすれば元通りに回復するだろう」 それを聞いて、俺はその驚異的な回復力に感謝しつつも戦慄を覚えた。 ドラゴンは、その気になれば1日中俺を貪り続けることができるのだ。 今はこうして穏やかに扱ってくれているが、もし逆らったりすればそんな罰を与えられても不思議はない。 返事をする気力も底をつき、俺は言われるままに目を閉じた。 ほとんど瞬きにしか感じないほどの間を置いて目を開けると、すでに辺りは夜になっていた。 どうやら俺はあのほんの一瞬で眠りに落ちたらしい。よほど疲れていたのだろう。 周りを見渡すと、ドラゴンはその巨体で入口を塞ぐようにして眠っていた。 やはり、どうあっても逃げるのは無理だろう。それに・・・俺にはもう逃げるだけの目的がなかった。 永遠の命を得る・・・そのために、そのためだけに、俺はこの峻険な岩山を登ってきたのだ。 だがいざそれを手に入れてみて、俺はこの上ない空しさに襲われていた。 この先何十年何百年と生きてみたところで、一体どんな達成感があるというのか。 限られた人生の中で大業を成す事が、人間の本当の意味での生き甲斐だったんじゃないのか? じゃあ、俺は一体何だ?死なない事になんの意味がある?答えはたった1つしかない。 永久に別れがこないということだ。 そう、俺の身も心も自由に支配しているこのドラゴンと、俺は永久に別れることができないんだ。 殺されはしない。傷つけられもしない。俺がドラゴンから与えられるのは、どういう形であれ快楽しかない。 だったら、俺の人生の目的はこのドラゴンを喜ばせること、満足させることなんだ。 もう、迷いはなかった。すっかり元気に回復した魂の抜け殻を立ち上がらせ、フラフラとドラゴンのもとへ向かう。俺の近づく気配を感じ、ドラゴンが目を覚ました。 「どうした・・・」 何と言えばいいのかわからなかった。言葉を選べずに立ち尽くす俺を見て、ドラゴンが首を傾げながら呟く。 「・・・まだ、足りぬのか?」 無言のまま、コクコクと頷く。生き甲斐が欲しかった。俺はドラゴンに受け入れて欲しかったんだ。 「フ、フフフフ・・・もう私に甘えることを覚えるとは・・・いいだろう、好きにするがいい」 そう言いながら、ドラゴンは仰向けに寝転んで大きな体を広げた。 その股間に入った割れ目が、左右にグバッと口を広げる。 甘える・・・俺はドラゴンに甘えているのか?いや、そんなことはもうどうでもいい。 俺は無我夢中で柔らかなドラゴンの体に飛び込むと、獲物を待ち焦がれる膣にペニスを捧げた。 クチュッ・・・ それを優しく受け止めるように、肉襞がフワリとペニスを包み込む。 フサフサの尻尾が体に巻きつき、ドラゴンが両手で俺を抱え込んだ。 暖かい・・・。うっとりするようなその気持ちよさに、俺は自ら腰を動かして快楽を貪った。 「フフ、せっかちな奴め・・・そう慌てなくとも、たっぷり可愛がってやるぞ・・・」 ニュルッ・・・クチュッヌチャ・・・ 「ふああ・・・も、もっと・・・」 幸せだった。永遠にこの快楽を味わえると考えただけで、不安や悩みが跡形もなく消し飛んでいく。 もぞもぞとドラゴンの体の上で身をくねらせながら、俺は最高の主人を得たことに、ペットとしての喜びを噛み締めていた。 完 感想 名前 コメント
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第一章『佐山の始まり』 己を知って制限を得る 己を知らずに無限を得る 限り無い事が怖く思えて ● 眼下を無数の人影が歩いている。小柄な者が多く、中には長身もあるが大人というには細身だ。 家に帰る寮生達だろうか、と佐山は思う。 「春休みともなれば実家に帰る者も多い、という事か。・・・私の様に帰らぬ者もいるが」 非常階段の踊り場に立ったその少年は見る。普通校舎の2階から、この尊秋多学院という風景を。 教員棟があり、学生寮があり、科目別の校舎があり、武道館や研究所がある。遠くには農場や工場、商店街といった都市としての建造物さえもある。 「尊秋多学院、相も変わらず巨大な学園都市だ。・・・まぁ世界の大企業、IAIが支援するのだから当然か」 IAI、その単語に佐山はブレザーの懐に手を入れ、一枚の紙片を取り出した。 それは招待状だった。それも、IAIからの。 「佐山・御言様。貴祖父、故佐山・薫氏より預かりました権利譲渡手続きの為、三月三十日午後六時に奥多摩IAI東京総合施設まで来られる様お願い申し上げます。・・・by永遠の貴公子 大城・一夫」 そこまで言って佐山は、胸のポケットからボールペンを取る。先端に銀を持つ高級品は、線と追記によって文面の一部を書き換えた。“by永遠に奇行死 大城・一夫”と。 これで誤植は正された・・!! あの老人にはこれこそが相応しい、と佐山は満足する。 祖父が亡くなった時、真っ先に駆けつけて来た初老の男性。IAIの現局長を勤め、幼い頃から祖父と関わりがあったとかで会えばそれなりに話す仲、佐山に自分を御老体と呼ばせて楽しむような奇人だ。 「しかし・・・総会屋の祖父が、IAIにどのような権利を持っていたのか」 そこまで言って佐山はかぶりを振る。考えても仕方の無い事だ、と。 腕時計はアナログで午後二時半が示し、ここから奥多摩を目指すのならば、余裕も含めてそろそろ動き出しても良いような時間だ。 佐山が校舎に入ろうかと振り返れば、そこには非常扉と壁がある。アルミ製の扉は磨かれていたが、壁には砂埃が積もっていた。ふとした好奇心で触れてみれば、砂がこぼれて跡がつく。 「・・・まぁ、だから何だというのだろうな」 自嘲する様に佐山は笑み、指についた汚れを払って非常扉のノブを掴もうとした。 だがそこで佐山は妙な現象を見た。 はて、どうして非常扉の方からやってくるのだろう・・・? と、そこまで思った所で佐山の顔面に非常扉が衝突した。 中々良い音が鳴り、やはり良い顔がぶつかると良い音がなるのだな、と佐山は仰け反りながら思う。 「・・・あれ? 今何か妙な手応えが・・・」 扉の向こう、声がした。関西系のイントネーションを持つ女性の声、佐山はその声の主に心当たりがあった。 「こちらだよ、八神・はやて」 ● 「へ? 佐山君?」 唐突に名を呼ばれて、八神・はやては戸惑いを得た。 扉の解放によって見える様になった踊り場には誰も居ない。 「・・・?」 「ふふふ、一端踊り場に出て扉を閉めてみては如何かな?」 姿の無い佐山の声に従い、はやては踊り場に歩を進めて扉を閉めてみる。そうしたら扉の影から一つの塊が現れた。 ブレザー姿の長身な少年。オールバックにされた頭髪の両サイドには白髪のラインがあり、白い傷痕を残した左手の中指には女物の指輪がある。ここまで特徴的な人物をはやては一人しか知らない。 「なんや佐山君、そんな所に居ったんか」 だが一つだけ腑に落ちない事がある。 「・・・佐山・御言は、いつからフィギュアスケートに目覚めたんや?」 佐山は思いっきり仰け反っていた。両腕は伸びきり、爪先立ちとなってイナバウアーを体現している。それも非常階段の吹き抜けからビル二階の高さがある外へ、上半身をはみ出した状態で。 「ははは、尊秋多学院の生徒会長殿の目は節穴と見える。・・・誰がこの状況を作ったのか解らないとは」 「ははは、ややなぁ生徒会副会長殿。・・・まるで私が作ったみたいな言い方やないの」 「まるでも何もそう言っているだがね? ・・・だがそろそろこの均衡も崩れそうなのだが」 見れば佐山の体が、つま先を中心にして痙攣し始めていた。 慌ててとはやては佐山のブレザーを掴み、踊り場側に引き戻してやる。 自分よりも頭一つ分は大きい佐山の身を引くのは大分苦労で、それを果たしたはやては、 「あー、ええ仕事したなぁ」 と言ったら佐山にデコピンを叩き込まれた。 「痛ぁっ!? 何すんの命の恩人にっ!」 「ほほう、自分で命の危機に叩き落としたとしても助ければ恩人かね。知らぬ間に日本語は大分変わった様だ」 「むぅっ! 大体生徒会長に向かってその偉そうな口調は何やの!?」 「芸風だ。気にしたら負けだぞ?」 「・・・なぁ、生徒会長が春休みに生徒を張り倒したら校内暴力やと思うか?」 「バレなければ大丈夫だろう。だが誰を張り倒すのかね? 八神を怒らせるとは相当な者だな」 「鏡見や自分! ・・・まったく、三年になっても君と一緒かと思うと気が重くなるわ」 はやては額に手を当て、 「何事も本気なんやもん」 「――本気? 私が?」 それを聞いた佐山が小さく笑った。 あれ? 違っただろうか、とはやては思う。 「本気になった事は、無いな。どうにもなりたくなくてね」 「・・・何でや?」 佐山の顔をはやては見据えた。一見すれば笑っているが、 底んとこから笑ってへん・・・ はやてはそう思う。笑っているが、良い笑みではない、と。 「文武共に成績優秀、学内選挙で副会長になって・・・本気と違うんか?」 視線を動かさないはやてを佐山も見据え、だが幾許かの後に軽く肩をすくめた。 「学校の中では、そうなる前に全てが終わってしまうというだけだよ」 「じゃぁ、学校はつまらんか?」 「――いや、学校に文句は無い。確かに学内選挙も学習もテストも私を本気にはさせてくれない、狭いものだ。だが学校がつまらないという訳ではない。狭さこそあるが・・・学校には学校の面白さがあると思う」 ただ、と佐山は区切り、 「生前その事を祖父に叱られたよ。狭い所の大将で収まるな、と」 はやては知っている。佐山の祖父が最近亡くなった事を。そして佐山の能力と意思には、その祖父が大きく関わっているという事を。だがそれについて深くは知らず、だから問うた。 「・・・お爺さんの事、聞いて良ぃか?」 ● はやては佐山と共に普通校舎の廊下を歩く。春休みの校舎では教員さえも見かけない。 非常階段からここまでの間、はやては佐山から彼の祖父について幾らか聞かされた。 祖父、佐山・薫は若い頃に第二次大戦を離れて何らかの研究活動を行っていたという事や、それには当時、出雲航空技研と呼ばれていたIAIが関わっていた事を。 IAIの関係者、という事にはやては軽く驚きを得る。ただそれを知られるのも癪なので、 「あ、ほら見てんか、佐山君。学内選挙後の集合写真やでー」 すれ違い様に見つけた掲示板の写真を指差した。 掲示されているのは、次年度生徒会決定、と銘打たれた学内新聞だ。そこには、はやてと佐山を中心にした数十人が寄り集まるモノクロ写真がプリントされており、 「ほら、私に佐山君、それになのはちゃんとフェイトちゃんもおるでー」 「それに加えてハラオウンの縁者であるというエリオ少年、か。学内での決め事に部外者がいてもしょうがないだろうに」 はやての側に立つ栗色の髪をした少女と金髪の少女、そしてそれに抱き込まれている少年の姿がある。少年は周囲に比べて著しく幼い。 「まあええやんか。幾ら本気やなくても祝われれば嬉しいやろ?」 「祝う、と言うがあれは選挙終了にかこつけた宴会だっただろう。・・・どこの世界に男子生徒十数人が屋上から全裸ダイブしてくる祝賀会があるのかね」 「あの後女子生徒もやらされそうになって、なのはちゃんがキレたんよなー。私があそこで止めんかったら惨劇は続いてたよ?」 「・・・その翌日、高町が胸を隠しながら君を睨んでいたが?」 「いやー、なのはちゃんを止めるにはあれが一番なんよ? 皆嬉しい、私嬉しい、これ一番なー」 何かを揉みしだくような手付きをするはやてに佐山は半目で、 「どこまで話したかな?」 あ、せやった、とはやては大げさに頷く。 「えーと、IAIに関わってた、ちゅうとこかな」 「そうだったな。・・・それで祖父は戦後、その頃の発見やツテで財界に乗り出し、総会屋をやるようになった」 「あ、それやったら一度雑誌で見た事があるよ。・・・佐山の姓は悪役を任ずる、やったか?」 「そう、根っからの悪役だったよ、祖父は。――佐山の姓は悪役を任ずる。私の能力は必要悪を行う為に祖父から叩き込まれたものだ。しかし私は、手段だけを叩き込まれて祖父を失った」 「・・・だから自分の行う悪が、本当に必要なものか解らない?」 「ああ。私は死にたくない。だから本気を出す事があるかもしれない。だが・・・」 一度区切り、 「――自分が本当に必要だと判じられぬ本気を出すのは、恐ろしい事だろうね」 そこまで言って、佐山は胸に手を当てた。 何か思う所があるのだろう、とはやては思い、 「佐山君は佐山君で、大変やね。・・・なぁ、ついでにな? お父さんとかの事も聞いていいか?」 その言葉に佐山が歩みを止めた。 「何故かね?」 「・・・私の父さん母さんな、物心つく前にのぅなったんよ。育ててくれた伯父さんとか一緒に暮らしてる家族はいてくれる・・・でもやっぱ、父さん母さんとかそういうのとは違う気がするんよ」 「だから、父母の事を覚えているなら、どういう感じなのか聞かせて欲しい?」 はやては頷く。 初めはそんなつもり無かったんやけどな・・・ 家族の話を聞かされて、ついもっと聞きたくなってしまった。 「別に話しても構わないが、余り参考にはならないよ? ――私も幼い頃に父母を喪っているのだから」 「・・・え?」 今、佐山は何と言っただろうか。 幼い頃に父母を喪った・・・? 「私の父は祖父の養子でね、だから祖父と血の繋がりがないのだが・・・。まあとにかく父は母と共にIAIに入社。そして父は九十五年末に起きた関西大震災に救助隊として派遣され、二次災害で死亡した。母は――」 「もうええっ! もうええねん!!」 はやての声が響いた。 あかん事、してもうた・・・ 人に喪われた家族の事を話させるなど、知らなかったでは済まされない事だ。 あやまらな、あかん・・・ そうだ、謝らなければいけない。それで赦されるかは別にして。 「――大事な人が待っている場所に行こう、か」 「え?」 佐山が何かを呟き、はやては振り向いた。が、 「あれ・・・?」 そこに佐山の姿は無い。何処に? とはやては見回し、 「――――は」 そして、何か空気が漏れるような音を聞いた。 見下ろせばそこに佐山がいた。胸に手を当て、うずくまる佐山が。 「・・・佐山君ッ!?」 佐山は額に汗を滲ませ、歯を食いしばり、顔から血の気を失っている。 「ど、どないしたんや!? 胸が痛むんか!?」 佐山は答えない。否、答えられないのか。 ど、どないしたらええんや? もし病気やったら私にできる事なんて・・・ 「――あ」 しかしはやては見た。 佐山の目が、ここにいない誰かを見ているのを。まるで焦れるかの様に。 「・・・佐山君」 はやてはしゃがみ、佐山を下から抱きしめた。 佐山の顎を左肩に乗せ、両腕を左右から伸ばして佐山の背に回す抱き方だ。 泣き止んで・・・ まるで子供をあやす様だ、とはやては思い、しかし今の佐山はまるで泣きそうな子供だった、とも思う。 そうして微かに力を込めて抱き、幾許かの間を置けば変化が起きる。佐山の身に力と暖かみが、そして顔には赤みが戻り始めた。 「だ、大丈夫か、佐山君?」 「・・・大丈夫だ」 返事が出来る位には余裕も出来た様だがまだ安心は出来ない。だからはやては、 「辛い時は深呼吸やで? ほら・・・ひっひっふー、ひっひっふー」 「大丈夫だがその対処法は間違っている」 佐山ははやてから身を離し、立ち上がる。 「安心したまえ。・・・こういう話をすると出る、ストレス性の狭心症だそうだ」 「そんなんあるんやったら、なんで私に話を―――」 「聞きたかったのではなかったのかね? ・・・よく考えたまえ。喋ったのは私の勝手、支えてくれたのは、八神、君の勝手だ。君の方が良い事していると思うのだが、どうかね?」 ただ一つ言っておこう、と佐山はこちらを見下ろしながら、 「母はね、私によく言っていた。いつか、何かが出来る様になれるといいね、と。だが本人はどうだったのか。そして、そう言われて育った子供は今、何が出来るか解らない有様だ。だから私は敢えて言いたい。―――どうしたものか、とね」 「・・・確かに。何が出来るか解らない、か」 求めてるのだな、とはやては思う。願わくば、それが早く見つかる様に、とも。 そうしてはやても立ち上がり、佐山と視線と合わせてしみじみと頷いた。 「ようやく私にも、佐山君が常時エクストリーム入ってる理由が解ったわ」 「敢えて無視せず問うが、一体誰がエクストリームなのかね」 「何や、よう聞こえんかったのか? 明言したのに。顔の横についてるのは鼻か・・・?」 と聞き返してやったらまたデコピンを入れられた。しかもさっきと同じ場所に。 ● あの後も何やら言ってくるはやてを追っ払い、佐山が寮を出たのは結局四時過ぎとなった。 はやての追走もあったが、祖父から譲り受けたスーツや録音機、印鑑等を揃えるだけでもかなりの時間が掛かった。寮の受付に外出時間を記し、外に出る。 そうして近道となる普通校舎の裏手を横切る中、佐山は三つの音を聞いた。 一つは裏手に立つ木の上、そこから聞こえた野鳥の鳴く声。 二つ目は二階の音楽室から漏れるオルガンの音だ。その旋律の題名を、佐山は知っている。 「清しこの夜・・・か」 恐らく生徒以外の誰かが弾いているのだろう、卓越とさえ言えるその旋律に佐山は足を止めた。 だがそうしていると、三つ目の音が近付いて来た。 オルガンのそれとは異なる音。低くて重い、旋律ではなく力強さで主張する音だ。 「単車の駆動音。――高町とハラオウンか」 そう呟いて駐車場を抜け、辿り着いた正門の側に彼女達はいた。 止まりながらも未だ音を吐き続ける黒い単車、その前部には金髪の少女、後部には栗色の髪の少女が乗っている。どちらも長髪、ただし栗色の髪の少女は左側でポニーテールに、金髪の少女はストレートでその毛先辺りを黒のリボンで結んでいる。 今日はよくよく腐れ縁と会う日だ、と佐山が考えていると、二人の少女がこちらに気付いた。 「あれ?」 栗色の髪の少女が声を出し、金髪の少女が単車を佐山の側まで進める。そして長身に見合ったその細長い足を立て、しかし堅固に単車を支えている。 「どこかにお出かけ? 万年寮住まいの佐山君が出てくるなんて珍しい」 「私はアナグマか何かか・・・? そういう君とて、一年の殆どを寮で過ごしているではないか」 「残念でした、私は家が近いからちょくちょく帰ってるもーん」 「そうか。・・・やはり野獣には帰巣本能があるのか。人間世界での偽装生活は辛いと見える」 「今何か言ったよね・・・? ボソッと何か言ったよね!?」 「気のせいだ高町。・・・しかし生徒会トップが揃ってこの会話、どうしたものだろうね」 あはは確かにー、と栗色の髪の少女、高町は頷く。 「確か・・・佐山君はIAIに行くんだよね?」 「ああ、そうだ。・・・高町とハラオウンはどこへ?」 「うん、私達は都内に出て来たの。全連際用の新譜とか服とか、フェイトちゃんに合いそうなものを見つけにね」 「わ、私は去年ので良いって言ったのに・・・」 そこで、ハラオウンと呼ばれた金髪の少女が入ってきた。顔を微かに赤くして呟くのは羞恥心故か、と佐山は思う。 「駄目だよーフェイトちゃん、エンターテイメントっていうのは二度ネタ厳禁なんだから。それにフェイトちゃんの場合、・・・色々と大きくなってるし」 高町はハラオウンの身長を見て、足の長さを見て、最後に胸部を見た。最後だけは乾いた目で。 その視線に怯えたのか、ハラオウンは高町から身を離す。 「・・成る程。つまり、生徒会三人娘は本年度も健在、という事か」 「まあ、付き合いは長いからね。もう三人がばらけると周りが気にする様になっちゃったし、寮でもお姐さん扱いが定着しちゃったし、・・・この間はすれ違っただけの下級生に突然敬礼されたし」 「後半何か別のものが混じった様な気がするのだが、気のせいかね?」 本人も解っているのか、高町は明後日の方を見て乾いた笑い。 本人無自覚の天然恐怖の大魔王体質は相変わらず、か・・・ 尊秋多学院が誇る人型大天災、影でそう呼ばれているのをこの少女は知っているのだろうか。それも陰口ではなく、畏怖と敬服の念を込めて。 「そ、そうだ! ミコト、生徒会の今期初仕事をしようと思うんだけどどうかな? 勧誘祭とか全連際とか・・・私達だけでとりあえずやっとこうと思うんだけど」 黄昏れて意識を手放してした高町に代わり、ハラオウンがフォローを入れる。姓ではなく名前で呼ばれる事にこそばゆさを覚えるが、もう慣れたものだ。 「今日はこれから出るので・・・私は何時になるか解らないぞ、ハラオウン」 「じゃあ明日は? 午前中は私達もまた都内に出ちゃうから・・・午後九時に衣笠書庫で」 「衣笠書庫、か・・・」 覚えも深い施設の名を聞き、佐山は振り返る。 背後に見える普通校舎の一階、その西側をまるまる使った巨大な図書室を。 「この学校の創立者が作った図書室で初仕事、っていうのも良いでしょ? 司書のグレアムさんには選挙の時もお世話になったし・・・このまま基地にしちゃおうって、はやてが」 「今年も会長は言う事が違うな。いや、会計と広報もか?」 「副会長さんも随分違うと思うけどね?」 と、ハラオウンは上品に笑い、そこで意図を区切った。 「・・・どうかな? 私達は君の自尊心に釣り合うだけの先輩になれてる?」 「今の発言だけで充分釣り合えてると思うがね、自尊心の意味では。だが少なくとも君達以上の適任者はおるまい。――生徒会会計、高町・なのはと広報のフェイト・T・ハラオウン、それに向かう所敵無しの生徒会長、八神・はやて。縁もゆかりも深い問題児トリオだ」 「・・・・・・」 「幾ら何でも、世間が君達をどう見ているのかを全く知らない訳ではないだろう? それで平然としていられる君達は充分尊敬に値する」 生真面目な君だけは別か? と続ければ、そんな事無いよ、とハラオウンは返事を一つ。 「なのはもはやても悪い子じゃないよ。ちょっとだけ、強引過ぎる所があるだけ」 「ちょっとでは無いような気もするのだが・・・まあそう言う事にしておこう」 「・・・でもそれは、ミコトだって同じなんだよ?」 ハラオウンは佐山を見据え、 「完成してる様に見えるけど・・・ちょっと難しいよね、ミコトは」 「何がかね?」 「一緒にいる人がどんな人なのか、想像出来ない。――私にとってのなのはやはやてみたいな、ミコトを支えてくれる人が、ちょっと想像出来ない」 「居ないだろうよ、そんな人間は。・・・この私と同等に渡り合えるなど」 そうじゃなくて、とフェイトは苦笑。 「必要なのはバランスだよ。同等じゃ秤の同じ側にしか乗らないでしょ? ――必要なのは、対等」 「その様な者は・・・私の敵か、足手まといだろう」 「じゃあなのはとはやてにとって、私は敵か足手まとい?」 問いは笑みで放たれ、しかしその目は別の意図を含む。 「・・・それは私の知り得る所ではないよ。知っている君とでは論じ得ない」 佐山の答えに、フェイトは今度こそ本当に笑む。 「珍しく素直なんだね」 「誤解している様だが、私は至って純粋無垢のピュアハートだよ?」 「ああ・・・だから思ってる事そのまま口にしちゃうのか」 「君が私をどう見ているのか、そこについては議論の余地があるようだ」 あはは、とハラオウンは声に出して笑い、佐山は、まあいい、と切り上げ、 「君や高町、八神の様な関係があるのは認めるとも。・・・だが、私がそれを得られるかは別だ。そして、その相手が私の側にいてくれるのか、それも問題だろうな」 「問題?」 「佐山の姓は悪役を任ずる。――誰が好き好んで悪の隣に来るだろうか」 ハラオウンは答えない。ただ肩を落として嘆息を一つ。 「・・・複雑だねミコトは。ホントに」 「八神にも言われたよ、先ほど」 「皆思ってるよ? ミコトが本気になるのはどんな時だろう、ってさ」 「なった事が無いから解らないな。・・・なったとしても、未熟な私は己を恐れるだろうよ」 「・・・複雑だね」 二度も言う必要は無い、と言おうとして、それがハラオウンの声では無い事に気付く。それがハラオウンの後ろに座る高町のものだと気付いて、 「還って来たのか高町。・・・幽体離脱してそのまま召されれば良かったのに」 「何か君からは私に対して悪意の様なものを感じるね・・・? まあいいや、用事を済ませて早く帰って来なよ。――今年のお仕事はこれから始まるんだから」 高町はハラオウンに目をやり、ハラオウンはそれに頷きを返す。 「じゃあ私達はそろそろ行くね?」 「ああ、とっとと帰ってただれた日常に突入すると良い」 そうするよ、とハラオウンはくだけた笑みを返し、単車を走らせた。 駐車場へと向かう二人と一台の後ろ姿を見送り、ふと佐山は人影を見た。 裏手を抜けた普通校舎の二階から、一人の男が階段を下りている。経年によって色褪せた銀の髪と髭を持つ英国風の老人、その名を佐山は知っている。 「衣笠書庫の司書、ギル・グレアムか」 本の坩堝とも言えるあの空間に棲む老人。あそこから出てくるとは珍しいと佐山は思い、 「・・・む」 唐突に風が吹いた。 風は微かに砂を巻き、木々を揺らし、そして再び空へと帰っていく。 そうして改めて見れば、そこにあるのは春の盛りも近い学校の風景だ。 「・・・静かなものだな」 ● ご、とも、が、ともつかない激突音が夕暮れの森に響いた。 一人の男が、その背を木に打ちつけられたのだ。 「は・・・っ」 意図せず肺から空気が出る。幾許かの血液と共に。 男の姿は白と黒の兵服に似たものだ。しかしその殆どは泥と血に汚れ、額から流れた血の線は閉じられた右目を横断している。男は通信機を取り出し、 「こちら通臨第一、現在位置は奥多摩・白丸間ポイント3付近山中。・・・敵の逃走阻止と自弦振動の解析に成功、送付した。現状は―――全滅だ」 その言葉に通信機からノイズ混じりの声が応える。それは女性の声で、 『――Tes.、そちらに向かうべく特課が準備中、救護も送られます。・・・死にはしません』 「Tes.、と言いたい所だがそりゃ無理だ。治療器具も術式も一緒に砕かれちまったし、・・・救護が来るで持ちゃしねぇよ」 男は自らの体を見る。そこにあるのは、左肩から右脇にかけての大きな裂傷だ。三本を並列させて刻まれた傷は深く、明らかに骨を割って臓腑を傷付けている事が伺える。 「来るべきは救護じゃねぇ。・・・その特課さ」 男の荒い呼吸に呼応し、胸の裂傷から血が流れる。 「敵は1st-Gの一派、そう、王城派の人狼だ。和平派との交渉に来たんだろうさ。・・・野郎、1st-G系の賢石でも持ってたのか、通常空間で獣化しやがった」 『喋らないで下さい。五分後には概念空間を展開して駆けつけます、だから―――』 「はは、銀の弾丸が効く様にしておけよ? 後な姉ちゃん、いや、お嬢ちゃんか? ・・・アンタ、俺達に対して済まないとか思ってないだろうな?」 『・・・』 返るのは無言と言う、発言より明確な返事。 「いいか、そんな事考えんな。・・・俺達通常課には任務に対する拒否権がある。これは俺の判断の行きついた先さ」 やはり返事は無く、しかし男は、 「お嬢ちゃんは何処の部隊だ? 特課の中でも女がいる部隊は少ない筈だ。だが最近組まれたっていうのがあったな。・・・上層部子飼いの変人奇人美人が入った部隊が」 そこまで言って男は言葉を止める。 草と木を揺らす音、それと共に巨大な影が現れたからだ。 「・・・ぐ」 漏れるのは唸り、込められたのは殺意、影はその両手の先に備えられた長大な爪を構える。 あ、と通信機から声が漏れる。しかし男は、へ、と笑い、 「なあお嬢ちゃん、帰ったら花を持って出迎えてくれ。今は何が盛りだ?」 『――Tes.、今は雪割草などが』 「はは、違ぇよ。・・・そこで言うもんだ、私が、って」 影が躍りかかった。到達は一瞬、その爪が男の胸を貫いた。 通信機は男の手を離れ、草の上に落ちる。そして影が足を上げ、それを踏みつぶす前に一つの声を放った。それは通信の切断を行わぬまま喋った為に届いた、通信機の向こうにいる人間の声。 『概念空間の展開を急いで下さい。――全竜交渉部隊が向かいます!』 ● 「・・・む」 急な振動を感じ、佐山は目を覚ました。 座るのは奥多摩へと通じる山中電車の座席、うたた寝の原因は背より感じる西日のせい、そして目を覚ましたのは、 「――電車が停止を」 佐山は車内を見渡す。乗客の姿は殆ど無く、自分を除けば離れた所に座る二人だけだ。 一人はサングラスをかけた黒のスーツに白髪の男、もう一人はその隣に座る、やはり黒服に白髪の少女だ。ただし少女の服は侍女服だったが。 男の方の趣味だろうか・・・ 佐山は思う。世の中、様々な趣味の人間がいるものだ、と。自分は関係ないが。 黒服に白髪の二人は一様に向かいの窓を見ている。そこから見える情景は、夕暮れで朱と影に彩られた山々だ。 「白丸あたり、二つ目のトンネルの間か」 佐山は現在位置に目当てをつけ、あと一駅で奥多摩に着けたものを、と呟く。 しかし自分には土地勘はある。幼い頃にこのあたりの山に放り出された事があるからだ。 「ははは。――あの山など、ナカジマ先生に無理矢理走らされた山にそっくりだ」 土地を覚えねば春先に発見される所だった。おそらく凍死体で。 頷きと共に佐山は左手を見た。白い傷の残る手の甲、そこから伸びる中指の根元にあるのは女物の指輪だ。 「あの時、母に連れられて来たのもこのあたりだっただろうか・・・」 呟いて感じるのは胸の軋み。しかしそれを抑えて腕時計を見れば、今が午後の五時半頃だと解る。 「IAIへの招集は午後六時・・・、電車が動き出すのを待つ訳にはいかないな」 「そうかな?」 そこで唐突に、声をかけられた。 見れば先ほどの男がこちらを見ていた。顔を向けられ、佐山は彼が思った以上に若い事に気付く。一見は初老に見えたが、よく見れば中年の入り際と言った所。そして隣の少女が、歩行補助用の鉄杖を持っていた事にも気付く。 「ひょっとしたらすぐに動き出すかもしれないが? 後悔先に立たずと言うぞ?」 「貴方が誰は知らないが言っておこう。――後悔と同様に、喜悦も先に立たぬものだ」 白髪の男は忠告し、しかし佐山は止まらずに座席の上に立つ。そして窓を開けて身を乗り出し、 「気遣いはありがたいが、私はこの土地に慣れている。大体、危険がこの世にあるかね?」 窓を出口として車外に出た。線路が乗る小石の群を踏み進めば直ぐに道路へと出る。 そして佐山は聞いた。電車を出る直前、男が呟いた言葉を。 「確かに。・・・ああ、確かにこの世に危険は無いな」 ● 白髪の男は、一人の少年が飛び出していった窓を見ていた。窓は開け放たれ、微かに風が入ってくる。 「おいSf、見たか今のガキを。――随分と思い上がった馬鹿だろう」 「Tes.、確認しています。至様もそれに同意していましたが」 白髪の男は隣に座る少女、Sfに話しかけた。そしてSfもまた男の名と共に返事をする。 「・・・お前には言葉のあやというものが解らんのか?」 「Sfは至様を至上とし、その言葉を全肯定します。・・・つまり至様以外の言葉はSfにとって無価値であり、至様の言葉のみが意味を持ちます」 故に、とSfは続け、 「至様が馬鹿と仰った事は馬鹿であり、それに同意した至様は馬鹿だという事になります」 「お前は主人の事を馬鹿呼ばわりか・・・?」 「Sfは優秀です。・・・主の言動を非とする様な粗相はいたしません」 「ああそうだな本当に優秀だなお前は。嬉しすぎて涙が出るよ」 それは何よりです、と礼をするSfを至は無視、電車の先頭車両側を見る。 「おい、そろそろこの電車を動かさせろ。・・・ギンガに連絡をつける」 「でしたらどうぞSfをお使いください」 何? と振り返った至にSfは胸を張り、 「本局謹製のSfは万能無欠、至様がお望みなら通話機能を起動させます」 「ほほう、それは初めて知った。では万能無欠のSf殿は、俺が電話を携帯するのが嫌いだと知らないのか?」 「勿論存じております。ですので今までお話ししませんでした」 「ああそうかい。・・・とっとと通話機能とやらを起動させろ」 「Tes.」 Sfは頷き、そして頭部と表情を停止させた。幾許かの間が空き、Sfの口が微かに開き、 『こちらギンガ。監督、お呼びでしょうか?』 半開きで固定された口からSf以外の声が放たれた。それも、 「・・・口の開閉無しに喋られると気色悪いな」 『え、えぇ? 何か失敗しましたか、私』 Sfの口から放たれる声が動揺する。至は、気にするな、と一言。 「実は今面白い馬鹿を見つけてな。Sfがその馬鹿の自弦振動を記録した。データを送付させるから概念空間にそれを付加しろ」 『・・・監督、その馬鹿とやらは誰ですか? 無関係な方なら・・・』 「はん、気にする事は無い。無知でこの世を安全と決めつけたガキに思い知らせてやるだけだ。この世界の真実には全てが存在し、故に全てが否定されるのだという事を。――肯定と否定は繰り返される、それこそこの世界が満足するまでな」 データを送付しろ、と至は眼前のSfに命令、それは即座に果たした。 ● 下の道路に出た佐山は首を傾げていた。手にした携帯電話が起動しないのだ。 「バッテリーは寮を出る前に確認したが・・・」 電波の関係かと思って移動し、バッテリーの交換もしてみたが反応はない。 「一体どういう事だ・・・?」 そこまで呟き、そして佐山は聞いた。 それは聞き覚えのある声だった。一体誰のだろうか、と佐山は思い、すぐに答えが出た。 私の声・・・? 佐山のそれに似た声が響いた。 ―――貴金属は力を持つ。 ―CHARACTER― NEME:佐山・御言 CLASS:生徒会副会長 FEITH:悪役希望 戻る 目次へ 次へ
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「ああ・・・いい加減我も新たな相手を探さねばならぬな・・・」 小高い山の中腹にある洞窟の中で、我は誰にともなく独りごちた。 我の夫が亡くなってからすでに15年。 こんな人里に近い山へ他のドラゴン達がそうそうやってくるはずもなく、我は毎日新たな伴侶を探さなければという焦燥と戦いながらこの洞窟を離れられずにいた。 長きに渡る堕落した生活でぷっくりと膨らんだ白い毛に覆われた腹を擦りながら、洞窟の外へと目を向けてみる。 外は今日も雲1つない快晴の天気のようだったが、体と同じく桃色の体毛に包まれた翼を力一杯羽ばたくほどの元気はどこを絞っても出てきそうになかった。 偶然にも雄のドラゴンがこの洞窟を訪れるその時まで、我はこの狭き山での生活を続けることになるかも知れぬ。 だが食欲は山に住む獣達でどうにか満たすことはできるものの、15年もの間蔑ろにされてきた雌としての本能は到底抑えきれるものではない。 午後の柔らかな日差しにくすぐられて体の内からある種の疼きが湧き上がってくると、我は近くに誰もいないことを確認してゴロリと仰向けに転がった。 「今日もいい天気だなぁ」 山の周囲に張り巡らされた登山道を登りながら、俺は胸一杯に澄んだ山の空気を吸い込んだ。 山といっても、その標高はたかだか400メートルくらいしかない。 町から近いこともあって、俺はよく散歩代わりにこの山に登って自分の住む町を見下ろすのだ。 「でも流石に毎日同じコースばかりだと飽きちまうなぁ・・・たまには中に入ってみようかな」 みれば、町が見える崖とは反対側に森の切れ間が見え隠れしている。 そんなに深い森ではないし、獣道くらいの茂みの裂け目さえあればそれなりに山の奥まで踏み込んでいくことはそう難しくないだろう。 俺はクルリと向きを変えると、生い茂る木々の隙間にできた細い通りを掻き分けるようにして登山道から森の中へと入ってみた。 ガサ・・・ガサガサッ・・・ さして深い森ではないとはいえ、厚い枝葉に覆われた木のトンネルの中は予想以上に薄暗かった。 まあ、それもたまにはいいだろう。 何層にも重なった葉と葉の隙間を潜りぬけて、明るい日差しが木漏れ日となって降り注いでいる。 登山道と森の中を隔てるように生い茂っていた茂みを抜けてみると、それほど障害物が多いわけでもなさそうだった。 「へぇ・・・初めて入ったけど、森の中ってこうなってるのかぁ・・・」 慣れ親しんだハイキングの最中に見つけたもう1つの楽しみ方に、俺は胸を躍らせてどんどんと森の奥の方まで歩を進めていった。 しばらく緩やかな傾斜のついた森の中を登っていくと、やがて前方に大きな岩の壁のようなものが見えてきた。 いや、壁というよりも山肌の一部が削れてできた断崖のようだ。 その壁の中に、ぽっかりと大きな洞窟が1つ暗い口を開けているのが見える。 「はは・・・洞窟なんてのもあるのか。通い慣れた山だと思ってたけど、まだまだ知らないことがあるんだな」 急に好奇心が湧き上がり、初めて見るその天然の洞窟へと近づいてみる。 だがある程度近くまできた所で、俺は洞窟の中から何やら声のようなものが聞こえてくるのに気がついた。 「う・・・く・・・はぁ・・・ん・・・」 「何だろう・・・?」 洞窟の縁から顔を出し、ほとんど視界の効かない洞窟の中を覗いてみる。 そしてそこで起こっていた事態に、俺は思わず自分の目を疑った。 ペチャ・・・ピチャ・・・ 「く・・・ふぅ・・・うっ・・・」 薄暗い洞窟の奥深く・・・ そこでは、象ほどの大きさもある巨大な桃色のドラゴンが仰向けに地面に上に寝そべっていて、長い首を伸ばして己の股間をペロペロと舐め回していた。 真っ白な毛に覆われた腹の下の方にぱっくりと赤い割れ目が走っていて、そこからピンク色がかった淫靡な愛液がピチャピチャと滴っている。 長い舌がその割れ目を掻き分けるようにして大きな膣の中へと埋もれる度に、ドラゴンの口から荒い息と喘ぎが漏れ聞こえてきた。 「うわぁ・・・」 ドラゴンの自慰行為を目撃した人間など、多分どこにもいないことだろう。 その究極的とも言える珍しい光景に遭遇し、俺はドラゴンに気付かれぬようにそっと洞窟の中へと忍び込むと入り口の近くにあったゴツゴツした岩の陰に身を潜めてドラゴンの様子を窺った。 膣を舐め回すのに飽きたのか、今度は鋭く長い爪の伸びた右手が愛液を溢れさせる秘裂へと近づいていく。 クチュッ・・・ヌチュ・・・ 「うぬっ・・・は・・・ぅ・・・」 グチュグチュという水音を伴って白と桃色に塗り分けられたドラゴンの巨大な手の先が、敏感な割れ目の中へと滑り込んでいく。 そのあまりに倒錯的な光景に、俺は自分のペニスがムクムクと膨らんできたのを感じていた。 グリグリと捻るようにドラゴンの手が回され、膣壁にびっしりと並んだ肉襞が激しい愛撫に晒されていく。 次から次へと愛液がまるで洪水のように流れ出し、絶え間なく感じる快感にドラゴンの呼吸が一層荒くなった。 「ふぬっ・・・ふぁ・・・あっ・・・」 「す、すごい・・・」 時折ドラゴンの巨体が突き上げる快感にビクンと跳ね上がり、その度にグプッグチュッとピンク色の雫が垂れる。 白毛に覆われていたドラゴンの手の平は愛液に染まり、桃色の体色とほとんど区別がつかなくなっていた。 しかしそれでも絶頂には達することができなかったのか、ドラゴンの手がピタリと止まる。 そしてズリュッという音とともに膣から手を引き抜くと、いよいよ下腹部から伸びた長い尻尾が鎌首をもたげた。 そっと焦らすように尻尾の先端が膣の周りに咲いた真っ赤な花びらをくすぐり、それからゆっくりと深い肉洞へと挿入されていく。 「うあっ・・・あっ・・・はぁっ・・・」 まるでそこにはいない雄のドラゴンに実際に責められているかのように、ドラゴンが思い切り背後に仰け反って強烈な快感に打ち震えていた。 グリュッグリュッと尻尾が右へ左へ激しく捻り込まれ、様子を見ている俺までが快感を想像して昂ぶってしまう。 ゴクリと唾を飲み込みながらドラゴンの痴態を眺めていると、突如ズンッという激しい音とともに尻尾が中ほどまで膣の中へと突き入れられた。 「うおああああああっ!」 そして突然何かが破裂したようなブシャッという音が辺りに響き渡り、深々と性器の奥深くまで突き入れられた尻尾の下から大量の愛液がドクドクと溢れ出す。 どうやらドラゴンは激しい快楽の果てに、ついに絶頂を迎えてしまったようだった。 「はぁ・・・はぁ・・・」 荒い息をつきながら、ドラゴンは仰向けにひっくり返ったまましばらくピクピクと短い痙攣を繰り返していた。 そろそろ、俺もここを離れた方がいいだろう。万が一ドラゴンに見つかったら大変なことになる。 俺はドラゴンがこちらを見ていないのを確認して、そろそろと洞窟の入り口へと下がっていった。 コツン・・・カラカラ・・・ だが片足を後ろへと下げた瞬間、思わず足元に落ちていた小石を蹴飛ばしてしまう。 しんと静まり返った洞窟の中に、転がった小石が発したカラカラという乾いた音が響き渡った。 「むっ!?誰だ!」 その音に気付き、ドラゴンがバッと顔を上げる。 ま、まずいっ! ドラゴンに見つかってはならぬと、俺は先程まで隠れていた岩の陰へさっと引っ込むと息を殺してドラゴンの様子を窺った。 ズシッ・・・ズシッ・・・ ド、ドラゴンがこっちに近づいてくる・・・! だが今更どこにも逃げることなどできるはずもなく、俺はドラゴンに見つからないことを切に願いながら必死で身を屈めていた。 ズシッ・・・ズシッ・・・・・・・・・・・・ 地響きのようなドラゴンの足音が、俺のそばで不意に止まる。 「・・・・・・・・・?」 俺はその沈黙に耐え切れず、震えながら恐る恐る顔を上げてみた。 その途端、視界の中に巨大なドラゴンの顔が飛び込んでくる。 「あっ・・・う・・・うわあああああっ!」 予想以上に近くにいたドラゴンに驚いて、俺はその場にペタンと尻餅をついてしまった。 「ほう・・・人間がいるとは珍しい・・・我の住処で何をしておったのだ・・・?」 あくまで静かに、ドラゴンがそう尋ねてくる。 「ああ・・・く、来るな・・・」 何とかドラゴンから離れようと地面を這いつくばるようにして逃げ出したものの、俺はいきなりガバッと飛びかかってきたドラゴンにその巨体でうつ伏せに固い地面の上へと押しつけられた。 「ひっ・・・ひぃ・・・・・・」 「何をしておったのかと聞いておるのだ」 生暖かい息とともに、首筋にドラゴンの牙が近づけられた気配がある。 「な、何もしてないよ!お、俺はただたまたま通りかかっただけで・・・」 「ククク・・・そうか・・・ではこう聞こう。何を見ていたのだ?」 「うう・・・お、俺は何も・・・ひっ・・・」 否定しようとした瞬間、俺は首の後ろにたっぷりと唾液を纏った舌を這わせられた。 「見ていたのだな・・・?」 俺が覗いていたのをすでに確信しているように、ドラゴンが低く呟く。 「あ・・・ぅ・・・」 もうこれ以上言い逃れはできないと悟り、俺は目に涙を浮かべてコクコクと頷いていた。 「ククク・・・そうか・・・では、貴様を生きてここから帰すわけにはいかなくなったな」 「お、お願い・・・た、助けて・・・」 このままでは殺されてしまう。 「そんなに助かりたいというのなら、自力でなんとかするのだな」 ドラゴンにそう言われて、俺は何とかドラゴンの体の下から抜け出そうともがいてみた。 だが、俺にとっては見上げるほどに巨大な体なのだ。 背後から組敷かれた状態ではどう足掻いたところで逃げ出すことなどできるはずもなく、俺は1分程無駄な抵抗を試みた後に諦めてぐったりと体の力を抜いた。 「あう・・・うぅ・・・」 「クククク・・・万策尽き果てたようだな」 勝ち誇ったように、ドラゴンがその顔に笑みを浮かべる。 「た、頼む・・・あんたがしてたことは誰にも言わないから・・・だから・・・」 「だめだ。運が悪かったと思って諦めるのだな」 「そんな・・・い、嫌だ・・・うわあああ・・・」 今にも背後から頭を噛み砕かれそうで、俺は恐怖に駆られて必死で身を捩った。 だがそんな抵抗を押えつけるかのように、ドラゴンの手に頭をガッシリと掴まれてしまう。 そしてそのまま後ろを向けるように首を捻られると、ドラゴンが静かに囁いた。 「ククク・・・こちらを向くがいい・・・」 強制的に回された頭に逆らわぬように恐る恐る体を回すと、今度は仰向けにドラゴンの下敷きにされてしまう。 ぷっくりと太ったドラゴンの腹は予想以上に柔らかく、俺の体をしっかりと包み込んで動きを封じるのに十分過ぎるほどの弾力が全身に擦りつけられた。 恐ろしいドラゴンの顔に正面から見下ろされ、死の恐怖が少しずつ膨れ上がっていく。 抵抗も命乞いも無駄だと思い知らされ、俺はただただ恐怖に引き攣った顔でドラゴンの金色の瞳を見つめていた。 「う・・・ぅ・・・」 「クククク・・・なかなかいい顔をするではないか・・・」 獲物が狼狽する様を楽しんでいるのか、ドラゴンが愉悦に満ちた表情で震える俺の顔を眺め回している。 そしておもむろに長く生え伸びた爪を目の前に突きつけると、俺の着ていた服を引き裂き始めた。 ビリビリッ・・・ビリ・・・ビリッ・・・ 「あぅ・・・や、やめ・・・」 やはり、俺はこのまま食い殺されるのだろう。 食事の前の"皮むき"に怯える俺の様子を楽しげに見つめているドラゴンからは、情けの欠片すら読み取ることができなかった。 だがやがて俺の服を全て剥ぎ取ると、ドラゴンが禁断の自慰行為を目撃して興奮したまま収まりきっていなかった俺のペニスへと目を止める。 「これはこれは・・・決して見てはならぬものを見て随分と興奮してしまったようだな・・・?」 どこか自虐的に、ドラゴンが無気味な笑いを浮かべながらそう呟く。 「ほ、本当に・・・覗くつもりはなかったんだ・・・うぅ・・・」 所詮は薄布とはいえ多少なりとも身を守っていた服を全て奪われてしまい、俺はいよいよ殺されるという現実を受け止め切れずにきつく目を瞑ったままガタガタと震えていた。 「覗くつもりがなかったのなら、なぜ貴様は我の洞窟の中にいたのだ?じっと見入っていたのであろうが!?」 「そ、それは・・・」 痛いところを突かれ、思わず返事に窮してしまう。 確かに偶然この辺りに通りかかったのは事実だったが、ドラゴンの淫猥な自慰行為に見入ってしまって洞窟の中にまで忍び込んだのもまた事実だった。 何も答えられぬまま流れていく沈黙が、徐々に俺の胸を締めつけていく。 「フン、答えられぬか。まあいい・・・だがそんなに興奮したというのなら、貴様にも味わわせてやろうか?」 「な、何を・・・」 「ククク・・・わからぬとは言わせぬぞ。ここへ・・・入れてみたいのだろう・・・?」 ドラゴンはそう言いながら腰を浮かせると、すっかり愛液に塗れてしまった割れ目を俺の目に見えるように片手でグッと開いて見せた。 「そら・・・どうだ?この中で貴様の肉棒が成す術もなく嬲られる様を想像してみるがいい」 グチュグチュといやらしい音を立てながら、ドラゴンの膣の中で分厚い肉襞がヒクヒクと戦慄いている。 その獲物を待ち焦がれるような妖しい蠕動を目の当たりにして、俺は恐怖に萎えかけていたペニスを再びそそり立たせてしまった。 「あ・・・はあ・・・や、やめてくれ・・・」 「やめてくれだと・・・?クククク・・・そういう割には、ここは随分と張り詰めておるぞ?」 薄っすらと桃色に染まったドラゴンの右手が俺の怒張へと近づいたかと思うと、俺は突然そのフサフサの手でペニスを握り締められた。 ギュッ 「うああっ・・・!」 肌触りのよい羽毛のようなドラゴンの体毛がペニスを撫で上がり、裏スジに、カリ首に、そして亀頭にまで、切なくも甘い快感を擦り込んでくる。 「どうする・・・?どうしても嫌だというのなら・・・それも一向に構わぬぞ・・・」 俺の顔を覗き込みながら、ドラゴンがペロリと舌なめずりをするのが見えた。いや、見せつけられたのだ。 もし断れば、俺はその場でドラゴンの昼食になってしまうことだろう。 「あ・・・ああ・・・わ、わかった・・・」 サワサワ・・・ 「はぁっ・・・う・・・」 その途端、暖かいドラゴンの手が俺のペニスをスリスリと愛撫し始めた。 何度も何度もフサフサの手の平で揉みしだかれ、太い指の間でペニスを転がされてしまう。 「くぁ・・・あ・・・ぐ・・・」 「ククク・・・この程度で悶えているようでは、我の中など到底耐え切れぬぞ」 なおも執拗に固く屹立したペニスを弄ばれているうちに、早くも熱い滾りが股間に向かって競り上がってきてしまう。 「う・・・く・・・うは・・・ぁ・・・」 「なんだ、もう限界か・・・?ならば、まずは貴様のモノを味見してくれるわ」 ドラゴンはそう言うと、俺の両腕を押さえつけたまま思い切り身を引いた。 そして限界ギリギリまで追い詰められてしまったペニスを、その巨大な口でパクリと咥えられてしまう。 シュル・・・シュルシュル・・・ジュルッ! 「はぅああっ!あっ・・・か・・・うああああ!」 垂直に隆起したペニスにねっとりと唾液を纏った舌を巻きつけられたと思った次の瞬間、俺はまるで大蛇が獲物を締めつけるかのようにペニスを熱い肉塊で絞り上げられた。 ブシュッビュッビュビュ~~・・・ 一瞬にして流し込まれた凶悪な快感に、我慢する間もなく精が迸ってしまう。 その上とめどなく流れ出す精を吸い上げるかのような激しい吸引を味わわされ、俺は抵抗を封じられたまま未知の快楽にビクンビクンとのた打ち回っていた。 「は・・・ぁ・・・ぅ・・・」 ようやくペニスから噴き出し続けていた精の勢いが衰え、俺は飛びかけていた意識を何とか強く引き寄せた。 「まだ意識はあるようだな・・・もっとも、そうでなくては面白くないがな・・・」 先端から漏れ出した精と唾液で滅茶苦茶にされたペニスが、ドラゴンの口から解放される。 「は・・・はぁ・・・はぁ・・・」 次は何をされるのかと怯えた目でドラゴンを見つめ返すと、まるでその視線を待っていたかのようにドラゴンが再び身を乗り出してくる。 「ククク・・・貴様のはなかなか美味かったぞ・・・」 俺の顎を指先で弄ぶようになぞり上げながら、ドラゴンがさぞ満足そうに呟いた。 だが、ドラゴンの苛烈な責めはこれで終わりではないのだ。 ドラゴンにとって、今のはほんのお遊びにしか過ぎないのだろう。 グチュッ・・・ヌチュッ・・・ 次はこちらの番だとばかりに、ドラゴンの膣が激しい水音を鳴らし始める。 「う・・・うあ・・・」 「クク・・・いいぞ、その恐怖と絶望に歪んだ顔・・・我までが思わず興奮してしまうではないか」 トロッ・・・ その時、パクパクと口を開けるドラゴンの膣から俺のペニスの上へ熱い愛液が滴り落ちた。 「あ、熱っ・・・な・・・あっ・・・」 熱湯をかけられたかのような鋭い熱さを感じた直後、流れ落ちた粘液の跡がジンジンと快楽に疼いていく。 予想だにしていなかった愛液の蝋燭責めに、俺はドラゴンにガッチリと押さえつけられたまま激しく悶え狂った。 「どうだ、我が蜜の味は?最高の媚薬であろう?」 「こ、こんなの・・・聞いてない・・・ぞ・・・ひあっ!」 まるで俺の反論を圧するかのように新たな雫が垂れ落ち、ペニスを容赦なく快楽の炎で焼いていく。 「ま、待ってくれ・・・そ、そんなところに入れられたら・・・あうぅ・・・」 だが表面上はどうあれ、俺はその凄まじい快感の坩堝にペニスが飲み込まれることを期待してしまっていた。 触れるだけで快楽を焼きつけられる愛液の溜まった蜜壷・・・ ペニスがそこに咥え込まれて肉襞の愛撫に翻弄される様を想像するだけで、張り裂けんばかりの興奮が背筋を駆け上っていく。 「クククク・・・観念するがいい・・・もうどう足掻いても、我の責めから逃れる術はないのだからな・・・」 その言葉が終わると同時に、俺のペニスへ向けて真っ赤な花びらを広げた人食い花が近づいてきた。 「う・・・うう・・・うああああ・・・」 大きく口を開けた膣がゆっくりと焦らすようにペニスに覆い被さり、軽い摩擦を伴って熱い肉洞の中へと獲物を引き入れていく。 チュプ・・・ニュブ・・・ニュブ・・・ズブ・・・ 「は・・・ああっ!や・・・う、うわああああっ!」 ドロドロとペニスに纏わりついた愛液から凄まじい快感が流し込まれ、それが決して消えぬ疼きとなって幾重にも重ねられる。 「クク・・・数十年振りの獲物だ・・・まずは歓迎してやろう」 グジュグジュグジュルッ 肉厚の肉襞がたっぷりと熱い愛液を纏ったままペニスを押し包んだかと思った次の瞬間、俺は一気に翻った肉襞にペニスを根元から先端に向けて力一杯しごき上げられた。 「あぐあああああああああああああああっ!!」 ブシュッ! 電流が走ったような衝撃に、思わずビクンと体が跳ねる。 歓迎という名のとどめの一撃を食らい、俺は悲痛な叫び声を上げながら思い切り仰け反って精を噴き出していた。 ショリ・・・グチュ・・・ズチュ・・・ 「あっ・・・はぐ・・・うああっ・・・」 「クククク・・・これが味わいたかったのだろう?貴様の望み通り、たっぷりとしゃぶり尽くしてくれる」 首を振って快楽に悶え続ける俺を愉快そうに眺めながら、ドラゴンは少しだけ前屈みになると俺の胸にググッと体重を乗せ始めた。 そしてドラゴンの膣に飲み込まれているペニス以外の下半身が拘束から解き放たれ、足が自由になる。 俺が暴れ狂う様を楽しもうとでもいうのだろうか? だがなおも激しく揉み立てられ吸い上げられるペニスから送られてくる快感に思考が邪魔され、俺はドラゴンの意図が読めぬまま自由になった足をばたつかせるとその柔らかな腹を何度も蹴り上げた。 「クク・・・その程度の抵抗ではとても逃れることなどできぬぞ」 シュルッ・・・ 「はあっ・・・!」 突然、俺は尻の穴をフサフサの毛先で掬い上げられた。 死角で持ち上がったドラゴンの尻尾が、俺の2番目に敏感なところを嬲るように舐め回している。 「な、何をするんだ・・・くっ・・・う・・・」 断続的に感じるこそばゆさに身を捩ってみたものの、股間の間へと差し込まれたドラゴンの尻尾を足で払うことはどうやってもできなかった。 「ククク・・・これから何をされるのかは、我を覗いていた貴様にはわかるであろう・・・?」 「え・・・?」 その言葉に、俺は自慰に耽っていたドラゴンの姿を思い出した。 ゴシュッゴシュッという音とともに膣に突き入れられた尻尾がグリグリと抉るように捻られ、その度にドラゴンが喘ぎ声を漏らしながら快感に身悶えている。 そして最後には・・・ 「あ・・・ああ・・・た、頼む・・・それだけは・・・」 とどめに尻尾が深々とドラゴンの膣に突き刺さった光景が脳裏に浮かんだ途端、俺は泣きながらドラゴンに懇願していた。 「クク・・・聞こえんな・・・我の尾を味わって貴様がどんな悲鳴を上げるのか、実に興味があるぞ・・・」 「う、うわああああああっ!」 初めから無駄だとわかってはいるものの、俺はこれから味わわされる責めの末路を思い知らされて一層激しく手足を暴れされた。 シュリ・・・シュリ・・・ 「くっ・・・はぁっ・・・」 だがそんな抵抗などまるで何事もなかったかのように意に介さず、再び肛門のシワを擦り上げられてしまう。 「無駄な足掻きだ。貴様はじっくりと時間をかけて・・・絶望の中で果てさせてくれるわ・・・」 「や、やめてくれ・・・お願い・・・助けてぇ・・・」 ツプッ・・・ 「ひっ・・・」 尻尾の先端が軽く肛門に突き入れられた感触に、俺はビクンと身を震わせた。 2箇所に同時に与えられる快感が、破滅的な期待と恐怖がない交ぜになった表情を俺の顔に浮かび上がらせていく。 そんな情けないこと極まる俺の顔をニヤニヤと眺め回しながら、ドラゴンが不気味な笑みを浮かべていた。 ズブ・・・ズブ・・ズブ・・・ ゆっくり、ゆっくりと、尻尾の先が俺の尻の穴に侵入を始めた。 入れられた直後のような激しい刺激はないものの、粘膜を毛皮で擦られるジワジワとした快感は立て続けに味わわされてしまう。 ジュプ、クチュッ 「あぅ・・・」 すっかり動きを止めていたせいで忘れかけていた肉襞にペニスを起こすように揉み上げられ俺は下半身に力を入れたまま背筋だけを仰け反らせた。 俺の興奮を覚まさないようにだけ与えられる最低限の責めに、ドラゴンが明らかに手加減しているのがわかる。 だがそれは決して俺に対する情けなどではなく、単に嵐の前の静けさといったところなのだろう。 やがて尻尾の先端が肛門を押し広げて完全に俺の中へと消えると、ようやくそのジリジリした侵入が中断された。 とても恐ろしかった。 2つの性感帯をドラゴンの手に握られ、ただただとどめを刺されるのを待つだけの短い沈黙。 「う・・・うぅ・・・」 嗜虐的な笑みを浮かべながらドラゴンが俺の顔を覗き込んでいるというのに、思わず恐怖とわずかな期待に屈服して新たな涙を零れさせてしまう。 俺の精神を削るような脅し文句の1つも投げかけられず、静かな脅迫が胸にざわざわと波紋を広げていった。 グリッ 「ぐ・・・うぐ・・・」 突然軽く捻られた尻尾から流し込まれた刺激に、俺は歯を食い縛って悲鳴を押し殺した。 望み通りの声が聞こえなかったのを不満に思ったのか、ドラゴンがさらに反対側へ尻尾を捻る。 グリュリュッ 「ふ・・・ぅ・・・」 「どうした・・・やせ我慢は体に悪いぞ?ククク・・・」 「ど、どうせ助からないんなら・・・あんたの思い通りになんかなってやるもん・・・あっ・・・」 その瞬間、やわやわと動く肉襞に弄ばれていたペニスが狭まった膣壁にギュッと固定された。 「フン・・・我が尾の責めには辛うじて耐えられても、こちらはどうかな・・・?」 コリッ・・・ 「ひあっ!?」 てっきりペニスを責められるのかと思って油断していた俺の乳首が、2本の鋭い爪に摘み上げられた。 予想外の場所に走ったこそばゆさに、思わずペニスにグッと力を込めてしまう。 グジュッゴシュッズリュ・・・ そしてペニスが固く張り詰めた瞬間、膣全体がグニュグニュと形を変えて捕えられた獲物を激しくしごき上げた。 ビュビュ~~~ッ 「ぐ・・・・・・あ、ああ~~~~!」 またしても、俺は我慢するなどという意志が芽生える間もなく精を噴き出させられた。 膣の中に放たれた白濁液を飲み干すように、チュッチュッと吸い付くような蠕動が開始される。 再び成す術もなく精を搾り取られ、俺は屈辱の涙を流しながら力なく喘いでいた。 「うう・・・も、もう罰は十分だろ・・・?頼むから・・・せめて、命だけは助けてくれ・・・」 「クククク・・・そうだな・・・もしこの最後の責めを受けても命があったのなら、考えてやってもよいぞ」 「ほ、ほんとに・・・?」 だが俺の顔に疑念の色が浮かぶと、ドラゴンはスッと眼を細めて先を続けた。 「ククク・・・今の貴様に、我の言葉の真偽を探っている余裕があるのか?」 「わ、わかった・・・もう疑わないよ・・・」 肛門に突き入れられたドラゴンの尻尾が少し固く緊張した感触に、俺はゴクリと唾を飲むと目を閉じたまま小さな希望を握り締めて震えていた。 シュル・・・シュルル・・・ ゆっくりと肛門から尻尾が引き抜かれていくゾクゾクするような排泄感に、俺は拳を固く握り締めた。 まだ解放してくれるわけではないだろう。これは、俺を全力で貫くための準備に過ぎないのだ。 「クク・・・悲鳴を押し殺していては寿命が縮むぞ。最期だと思って、精々泣き叫んでみるがいい・・・」 グニュグニュ・・・ 数度にわたって大量の精を奪い取られ、すでにフニャフニャに萎えてしまったペニスに再び興奮が注ぎ込まれていく。 だがこれに耐えることができれば、俺は殺されずに済むのかもしれないのだ。 固く聳え立ったペニスの根元がギュッと締め付けられ、なおも熱い媚薬の海に浸された先端部分がチロチロと肉襞に舐め回される。 「うあ・・・くっ・・・」 「覚悟はできておろうな?」 頷いた瞬間にとどめを刺されそうで、俺は早くこの地獄から抜け出したい一心でグッと身を固めていた。 「では・・・耐えてみるがいい」 ズン!グチュッゴシャッヌチャァッ! 「っ・・・・・・ぁ・・・・・・・・・」 ドラゴンの言葉が終わるか終わらないかの内に、先端近くまで抜かれていたドラゴンの尻尾が激しい衝撃とともに俺の尻目掛けて勢いよく突き入れられた。 それと同時に根元を咥え込まれたままペニスが互い違いに擦り合わされる肉襞の乱舞に滅茶苦茶に磨り潰され、受け止め切れなかった快感の大波が俺の喉から声を奪っていく。 気持ちよすぎるなどという次元を遥かに通り越して、もはや何も感じていないような気さえしてくる。 だが俺の顔には明らかに恍惚と苦悶の表情が表れていたらしく、ドラゴンもまた無上の征服感と暴れ狂うペニスからもたらされる快感に酔いしれて2度目の絶頂を迎えようとしていた。 ピュ・・・ピュ・・・ 枯れかけたペニスの先から最後の精の雫が放たれ、俺の雄は完全なる敗北を受け入れた。 「おおお・・・なんという心地よさか・・・」 ブシャッという鈍い分泌音ととともにペニスを大量の愛液が包み込み、その熱さと快感の疼きが全身に向けて飛び火する。 そして腹下で痙攣する俺を無視して、ドラゴンは眼を閉じたまま洞窟の天井を見上げて15年振りに味わう交尾の喜びに打ち震えていた。 「う・・・ふ・・・ぅ・・・」 あと少し・・・あと少しで・・・たす・・・かるんだ・・・ でも・・・だ、だめだ・・・だんだん意識が・・・薄れて・・・くそ・・・ぉ・・・・・・ 俺はしばらくの間常世と現世の境をさ迷っていたような気がしたが、やがて凶悪な快楽に耐え切れずにガクッと気を失った。 ペロッ、ペロッ・・・ 「うう・・・・・・?」 唾液も乾ききった舌で頬を何度も擦り上げられる感触に、俺はゆっくりと目を開けてみた。 すっかり殺気を失って穏やかな表情を浮かべたドラゴンの顔が、俺の視界を淡い桃色で埋め尽くしている。 「生きておったか・・・?」 「さあ・・・途中で1回くらいは死んだかも」 「ククク・・・そうか。では、もう殺す必要はないな」 精一杯の介抱だったのか、乾燥してザリザリになった舌を引っ込めながらドラゴンが笑う。 「じゃあ・・・助けてくれるのか?」 「いいだろう。そこが、貴様の今日からの寝床だ」 そう言われて辺りを見回すと、俺は固い洞窟の地面の上ではなく草花を押し固めた即席の柔らかい寝床の上に寝かせられていた。 「ね、寝床?」 「命は助けてやると言ったが、人間の町へ帰してやるわけにはいかぬからな」 驚きの表情でドラゴンを見つめ返した俺から視線を外し、ドラゴンが小さく呟く。 「勘違いするな。貴様は我の新しい夫が見つかるまでの・・・ただの退屈凌ぎだ」 「お、俺にずっとここで暮らせっていうのか?」 「なんだ、命が助かったというのにまだ何か文句があるのか?んん!?」 反論しようとした俺を押さえつけるように、ドラゴンが挑むような目つきで俺に詰め寄ってくる。 「あ、い、いや・・・ただその・・・俺はいつ頃までここにいればいいのかなって・・・」 「夫が見つかるまではずっとだ。まあ・・・夫探しに疲れた時は、正式に貴様を我の夫にしてやってもよいがな」 ドラゴンはそれだけ言うと、隣にあった大きな自分の寝床へと戻ってゆったりと蹲った。 初めてここにきたときには寝床など見当たらなかったから、きっと俺が気絶している間にせっせと作っていたのだろう。 その様子を想像し、思わず顔がにやけてしまう。 「何をニヤついておるのだ。さっさとこちらへこぬか」 そう言いながら、ドラゴンが仰向けになって体を広げる。 「お、おい・・・まさかまた・・・」 「これから我は貴様の分の獲物も狩ってこなくてはならぬのだ。だから、少しは楽しませてくれてもよかろう?」 仕方ない・・・どうせこのドラゴンには逆らっても無駄だろう。 俺は疲れ切った体を何とか起こすと、ヨロヨロとドラゴンの方へと近づいていった。 「あっ・・・」 だが途中で足の力が抜け、仰向けに寝そべったドラゴンの上へボフッと倒れ込んでしまう。 その衝撃に、柔らかな腹が俺の体重を受け止めて大きく波打った。 「なんだ、我へのささやかな抵抗のつもりか?クク・・・懲りぬ奴め」 「ち、力が入らなくて・・・だから・・・もう少し、優しくしてくれよ・・・」 「もちろんだ・・・先は長いのだから、丁寧に扱わなくてはな・・・」 ドラゴンが俺の腰を両手で掴み、萎えたままのペニスを口を開けた蜜壷へゆっくりと近づけていく。 クチュッ・・・ 「はあぁ・・・」 とても気持ちいい・・・家に帰ることはできないけれど、これはこれで案外いい生活なのかもしれないな・・・ フカフカのドラゴンのベッドに胸を擦り付けながら、俺はしばらく流れに身をまかせてみようと思って体の力を抜いていた。 完 感想 続きキボンヌ -- わをんくん (2012-01-10 23 12 36) 名前 コメント
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ブローノ・ブチャラティの胸部に巨大な穿孔を開けた男――F・Fが、顔を上げる。 彼がその相貌に浮かべていた形相は、苦痛でも、焦燥でもなかった。 それは――白紙の如き、完全なる無表情。 敵を欺き、死に至らしめる自らの行為への感慨など、一抹さえない。 適切なプロセスを前もって携え、それに従い行動した結果、当初の予測通りに終決した。 全ては、既に決められていた。 ただ、それだけだ――と、言わんばかりの、冷厳な眼差し。 しかし。 それが顕れていたのも、極々僅かな時間だけ。 次の瞬間には、F・Fの表情に、驚愕と疑念の色彩が炸裂する。 「……残念だった、な」 確かに、奇妙には感じていた。 肉や心臓を突き破った感触が無かったのだ。 己が右腕は、確かに相手の胸元を貫通している。貫通してはいるのだが――。 『ジッパー』が、既に敵の胸に間隙を造り出していた。 必殺の一撃は、開け放たれていた隙間を通ったに過ぎない。 「『スティッキィ・フィンガーズ』……。 なかなか素早い動きだったが、俺のスタンドの方が僅かに上回っていたようだな――」 その口調は、まるで最初から何の問題も無かった、と言わんばかりの平淡さ。 胸の『ジッパー』は、既に硬く硬く閉じられている。 これでは穴から腕を抜き、離れる事も出来ない。 F・Fの動きは、完全に制御されたのだ。 そして、ブローノ・ブチャラティの背後から現出した『スティッキィ・フィンガーズ』。 唸りを上げて、スタンドヴィジョンの左拳がF・Fの顔面へと猛追し――。 ……中途で反転、ブチャラティ自身の顎に突き刺さった。 まるで『くす玉』のように、彼の頭部が中心線から二つに分割される。 それとほぼ同時に、間隙の背後から現れた、指先。 発射された一発の凶弾は、『分割』された頭部の間を通り抜け、天井に食い込み木片を四散させた。 F・Fが、微かに頬を歪ませ、眼前の敵を睨む。 その胸中に噴出したのは、強烈な悔恨の念。 彼がブチャラティに抜き放ち、肘から先を胸に固定されていた右腕。 その手首から先は、常人ではありえない不可解な形状に変容し、 彼の頭部を後ろから突くような格好となっていた。 咄嗟の判断で、ブチャラティが自らの頭部を『分割』しなければ、 指先からの『F・F弾』は、その脳幹に突き刺さっていたに違いない。 鈍い軋み音を洩らしながら、その手首が更なる変形を試みる。 より下部へ、下部へと撃ち込むべく――。 次の一撃は、確実にブチャラティの頸椎を貫き破壊するだろう。 だが勿論、ブチャラティ自身がそれを許すはずもない。 まず、F・Fの右腕を締め上げていた胸部の『ジッパー』を緩める。 同時に、『スティッキィ・フィンガーズ』の右脚を腰の前で折り畳み、 そのままF・Fの腹部を激烈な勢いで蹴り飛ばした。 蹴りの威力が、繋がり合っていた互いの身体を引き離す。 二対の靴底と絨毯の生地が擦れ合う鋭い音が、屋敷のホールに粛々と響き渡る。 沈黙の最中、先に口を開いたのは、襲撃者――F・F。 「自らの身体に穴を開けて、攻撃を"通した"か……。 ――面白い。親友の能力を思い出したよ」 「不意打ちを掛けるような下衆に、友人がいるとはな……存外だ。 お前が、勝手に友達と思っているだけじゃあないのか?」 口角を上げながら、ブチャラティが応対する。 軽い皮肉のつもりで放たれた言葉。 しかしそれは、F・Fの逆鱗に直に触れた。 挙げられた腕――差し出された指。 予備動作も皆無に、新たな数発の『F・F弾』を発射。 互いの距離が生まれたといっても、間合いは二メートル弱に過ぎない。 数発の弾丸は、そのまま対象の致命傷を生み出すはずだった。 ――もし相手が、近距離パワー型のスタンド使いでなければ、の話だが。 至近距離から放たれた弾丸を、『スティッキィ・フィンガーズ』は寸分違わず拳で弾き返し、主を守護する。 ブチャラティは反撃しない。 そろそろと背後に退き、目標の地点に向かう。 突如、血を撒いて倒れ伏した部下の元へと。 ミスタは、想像以上に凄まじい状態だった。 全身に無数の傷が生まれ、今も多量の血流が噴き出し、絨毯を赤黒く染め上げて止まない。 息はあるが、意識は完全に闇の中だ。 そして、本体の傍らで横たわっている、『セックス・ピストルズ』の六人組。 一人残らず、どす黒い粘液状の何かが、彼等の表面にへばり付いていた。 この粘液が、『ピストルズ』の全身を侵食し、破壊しているのか。 満身創痍の部下を足元に、ブチャラティは敵に向けて問う。 あくまでも、静粛な口調で。 「……ミスタをどうした?」 F・Fは、愉快で仕方がない、といった口振りで応える。 「感謝しろ――死なない程度に生かしてやっている。 すぐに殺す事も出来たが、それでは貴様のハンデになるまい?」 ふいに呻きを上げる、ブチャラティ。 視線の先は、『F・F弾』を防御した『スティッキィ・フィンガーズ』の左手の甲。 『ピストルズ』と同様の黒い粘液が、そこに付着していた。 粘液そのものに自律性があるようで、蠢きながら肌と肉を食い破っている。 そして、スタンド能力の大原則――本体へのフィードバック。 ブチャラティ自身の左拳から、細い血流が噴出する。 「成程な――『スタンドに取り付き、食らい尽くす肉片』。それがお前の能力か。 ならば、『ピストルズ』が反射させた銃弾が効かないのも頷ける。 "お前の身体に戻っただけ"なんだからな――」 「うむ……及第点といった所だな。 我が『弾丸』をそのチンケなスタンドで防御しても、無駄だ。 接触した時点で外皮に吸い付き、内部へと侵食し破壊する」 大きく息を吐いて、自らの左拳を睨むブチャラティ。 肌を引き裂き、骨の表面にまで食い込んではいるが、さして決定的なダメージではない。 弾丸をスタンドで防ぐだけでは、致命傷に繋がらないらしい。 その点が、ミスタの場合とは決定的に異なっている。 ブチャラティは推測する――恐らく、『ピストルズ』の大きさが問題だったのだ。 弾丸と接触しても、スタンドに付着する『粘液』は決して多量ではない。 だが、『ピストルズ』のようなリトルサイズのスタンドにとってはそれも致命傷。 通常よりも遥かに大規模なダメージを、本体――ミスタに与えてしまった。 「ところで……」 敵は、更なる言葉をブチャラティに畳み掛けてきた。 自らの絶対的優位を確信しているかのような、堂々とした様子で。 「どうやら、君の『右腕』は……骨折でほとんど動かせないようだが。 ――死にかけの仲間を護りながら、『片腕』で、私と対等に渡り合うつもりかね?」 「ああ、その通りだ」 ブチャラティは、断固たる口調で敵に応じ、小さく頷いた。 続けて、指を胸の前に立て、まるで子供に教え諭すような仕草を見せる。 「――そして一つ、あんたの話の間違いを指摘しよう。 『片腕』なのは、俺だけじゃあない」 その言葉を聞きざま、F・Fの表情が一変した。 彼は、気付いていなかったのだ。 先刻の近接戦の最後――両者が離れる直前の隙を縫って、自らの身体に『ジッパー』が接着されていた事に。 「――これで、お互い『片腕』だな」 『スティッキィ・フィンガーズ』の『ジッパー』は、確固とした物理的接続を、疑似的なそれに一変させる。 ブチャラティの呟きと同時に、その能力効果は、容赦無く解除された。 肘から先、といった容易いものではなかった。 肩から丸ごと、左腕の全てが胴から吹き飛び、絨毯に転がる。 それを追って両の断面から、黒い血飛沫が噴き零れ出した。 戦慄の表情で、落ちた自らの左腕に視線を落とすF・F。 「想像以上に――手強いな。ブローノ・ブチャラティ……」 「……何故、俺の名前を知っている?誰から聞いた?」 疑問への回答は、無かった。 敵の右手の指から、再度の銃撃が始まったのだ。 ブチャラティの眼前に迫り来る、無数の猛威。 本体に食らえば勿論のこと、スタンドヴィジョンで弾いても対象に損傷を与える、 この"生きた"弾丸の脅威を、如何にして防ぐというのか? ――『スティッキィ・フィンガーズ』にとっては、それも容易い問題だった。 足元の床をスタンドの拳で打撃、『ジッパー』を発現させ、断面から一気に捲り上げる。 かくして弾丸を防護する、即興の『盾』が完成。 ここまでの立会いで、ブチャラティは既に理解していた。 敵が指から放つ『弾丸』は、その速度も威力も、本来の金属銃弾より劣るという事実を。 掲げ上げられた『盾』は、結局のところ木製の床板に過ぎないのだが、 無数の弾丸は総じて貫通までに至らず、表面に食い込むだけに留まっていた。 ブチャラティの行動は迅速。 敵が銃撃を止めたと見るや、『盾』から横に滑り込み、床を蹴って襲撃者に猛追する。 射程距離内への突入と同時に、『スティッキィ・フィンガーズ』の左拳の一撃を振り翳す。 F・Fも充分に知り得ている。 『スティッキィ・フィンガーズ』の一打が、決定的な致命傷に繋がる事を。 だから彼は、攻撃の勢いを受け流す道を選んだ。 残された右腕を前方に伸ばし、ヴィジョンの下腕に横から打撃、その軌道を僅かに反らす。 跳ね除いたスタンドの腕を横目に、差し出した勢いに乗じて、 そのまま右手の人差し指をブチャラティの喉元に突き出した。 間髪入れず『F・F弾』を発射。 やはりそれも読まれていた。ブチャラティは既に首元に『ジッパー』を発現。 僅かな接合部だけを残して、"ぐるり"、と、その頭部が右肩の後ろに転がる。 弾丸は再び空を切り、玄関近くの柱に食い込むのみ。 歯軋りするF・F。 ガラ空きの胴体に向けて、次なる『F・F弾』を見舞おうとする、が。 相手は接近も早ければ、退却も早かった。 華麗な動作でF・Fの傍らに潜り込み、転回。 両者の向きのみが入れ替わる形で、間合いは再び同様の格好に。 首の『ジッパー』が戻る耳障りな音響のみが、ホールに木霊する。 敵を睨むF・Fが、内心で悪態を吐く。 ――接近戦では、やはり分が悪いか。 首の傾斜を直すブチャラティが、決意を固める。 ――このまま一気に片をつける。ミスタの為にも。 十秒足らずの、視線の交錯の後に。 無言のまま、どちらからともなく、戦闘は再始動した。 身を大きく反らしたのはF・F。 左腕の欠損を無視した、超人的な後方転回を繰り出す。 彼はこう考える。 『スティッキィ・フィンガーズ』は近距離パワー型。つまり弱点は遠方からの一方的攻撃。 そして自分には無尽蔵の『F・F弾』がある。 間合いを取る事が、勝利に繋がる。 駆け出したのはブチャラティ。 身を大きく屈め、壮絶な勢いで敵に突進する。 彼はこう考える。 敵は『弾丸』を有する。つまり遠距離からの攻撃に持ち込む算段。 そして自分の優位は近接からの『スティッキィ・フィンガーズ』。 間合いを詰める事が、勝利に繋がる。 敵との距離を置き、『F・F弾』で決着を付けようとするF・Fと、 『スティッキィ・フィンガーズ』による接近戦を狙うブチャラティ。 戦闘は、自然とこのような構図に落ち着こうとしていた。 三回、四回、五回……どこまで続くのか。 F・Fは、ただバック転を繰り返している訳ではなかった。 ブチャラティの側を向いたと同時に、指先から数発の『F・F弾』を放出しているのだ。 発射装置そのものである右手だけで全体重を支え、高速で回転する中途にも拘らず、 なんという精緻極まる攻撃だろうか。 敵の一回転の度に、床から切り出した小さな『盾』のみで、 全ての凶弾を正確に防御するブチャラティも凄まじい技巧。 しかし、射程距離に入るまでの速度が稼げない。 両者の間合いは、じわじわと遠ざかっていく。 ホールの壁面近くまで来て、ようやくF・Fはアクロバットを止める。 これも見事な受身で体勢を切り替えると、 腰を屈めた格好から、自らの分身――生きた銃弾を連発する。 今、互いを隔てる距離は、約五メートル。彼のみが一方的に攻撃できる位置。 『盾』からの衝撃に、顔を顰めるブチャラティ。 これまでよりも遥かに強烈な弾丸の雨霰に、 左手に構えた『盾』が最期の悲鳴を上げ、直後に断裂し粉々に吹き飛んだ。 止むを得ず、『スティッキィ・フィンガーズ』の左腕で防御を開始。 しかし、片腕だけではどうしても弾幕を防ぎ切れない。 ついには防御に漏れた弾丸が、右肩、右大腿、左腹部を掠り、彼の服と肌を引き裂いた。 次に上半身を後方に翻したのは、ブチャラティの方だった。 『F・F弾』の着弾衝撃で吹き飛んだ訳ではない。 自らの意思で、身体を背後に反らしたのだ。 後頭部を床に打ち据える直前に、『スティッキィ・フィンガーズ』を発動。 床上に直線状の『ジッパー』を生成し、自身の左手でそれを捉える。 ――そして、滑走。 新たな『ジッパー』の向かう先は、F・Fの元ではない。 むしろその逆。後方へと、彼は退いたのだ。 退却に移ったブチャラティに対し、更なる銃撃を試みるF・Fだったが、想像以上に滑走は高速。 『ジッパー』の先端を取るブローノ・ブチャラティの姿が、ホールの奥へ奥へと突き進んでいき……。 …………そして、暗闇の中に、消失してしまった。 F・Fは、突然の事態に戸惑った。 闇の奥から、敵の動く気配や物音は皆無。 広いホールに、完全なる静寂が訪れたのだ。 これまで演じていた激闘の、全てが嘘に感じられる程の。 ――逃げた、のか――? 当初、F・Fの胸中に浮かんだのはその思惑だった。 私との不利を悟り、屋敷から脱出した――という。 ホールの中央付近に、彼は視線を移す。 ……何も、変化は無い。 そこでは、先程までと同様に、全身を己が血に濡らしたグイード・ミスタが、仰向けの姿勢で力なく横たわっていた。 ――いや、違う。 F・Fは、自らの仮説を否定した。 あの男――ブチャラティは、意識不明の仲間を見捨てて、 何処かへと立ち去ってしまうような類の人間ではない――。 倒すべき敵であるにも拘らず、そのような観念に、F・Fは半ば無意識的に囚われていた。 不明瞭な思考の欠片が、意識上に浮かんでは消える。 F・Fは――『知性』を与えられたプランクトンの集合体は――ふと思う。 そういえば、ブローノ・ブチャラティは、自らの知る『誰か』に似ている。 誰だったかは思い出せないが、奴との戦闘中、『そいつ』の影が、ずっと脳裏にちらついていた。 強い信念の元、目的へと邁進する行動力。 決して揺るがぬ決意を湛えた、瞳。 そして、仲間への固い信頼の念。 そう――"『彼女』が、仲間を、見捨てるはずがない"。 ……突然、F・Fは、一つの『気配』を感じた。 極々微かに薄められてはいるが、それは確かに、自らの動向を窺っているもの。 ほぼ反射的に、彼は自身の身体に命令を下す。 『気配』の方向――遥か上方――を、振り仰ぐ。 視界に現れた光景は、想像を絶していた。 ――ブローノ・ブチャラティが、暗闇の中でこちらを注視している。 まるで『蝙蝠』のような、宙吊りの姿で――。 そのまま、『降下』するようにして、急接近。 瞬く間に、射程距離――二メートルに到達。 『スティッキィ・フィンガーズ』が、高らかに、吼える。 『――アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 激烈極まる拳撃の連射が、始まった。 爆発的に、全身の出力を高めるF・F。 思わず喉から漏れ出す、意味無き絶叫。 「――ウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオォォォオオオアアアッ!」 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 ――ゆっくりと、状況が飲み込めてきた。 ブローノ・ブチャラティが両足の間に挟み込んでいるのは一本の『縄』。 天井の柱に括り付けたそれを『ジッパー』の媒介とし、 滑り降りる勢いに乗せて、F・Fの斜め上から襲い掛かって来たのだ。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 止め処なく繰り出される、壮絶な乱打。 それを行うのは左拳のみのはずなのに、今は『降下』の加速が付与され、両腕によるラッシュ以上の爆発力! 上半身を目まぐるしく旋回させて、一撃一撃を正確に避わし、時にその軌道を逸らすF・Fだが、 その脚は、じりじりと後方に退き始めていた。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 落下の勢いに乗じたラッシュは重く、そして速い。 F・Fは回避と防御に精一杯で、たった一度の反撃を繰り出す暇さえ与えられない。 また、連撃の射程範囲から退避する事も不可能。 一瞬でも立ち遅れたら、致命的な攻撃を胸か首に食らってしまう。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 迂闊だった。 右の頬と左耳を、『スティッキィ・フィンガーズ』の拳が掠め、瞬時に切断されたのを悟った。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 連撃は終わらない。 『縄』の切れ端は床と接触しており、その箇所から、『ジッパー』のレールは床面へと移行しているのだ。 降下の速度は未だに死なず、ラッシュはF・Fの体力を削り続ける。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 ついに壁と壁の間、ホールの隅まで追い込まれてしまった。 もはやF・Fが逃げる道は完全に失われる。 延々と、回避と防御に専念するのみ。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ』 右肩。左腹部。右腰と右胸部にそれぞれ二箇所。左耳にもう一発、完全に千切れ飛ぶ。 全て掠り傷だが、小さな『ジッパー』は容赦無く新たな切断部を生み血潮を吹かせる。 胴の中央に食らわないのが奇跡的な程だった。 『アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリッ――――』 長い長い乱打が、ついに閉幕する。 『スティッキィ・フィンガーズ』が床を蹴り、ブチャラティが後方に退く。 決死の防戦を縫って放たれた、ラッシュ最後の一撃。 その一打で、ブチャラティは攻撃の終了を判断した。 ――F・Fの右上腕に、ブレスレットのように『ジッパー』が付着していた。 ブチャラティによる小さな宣言と共に、 その接合が、容赦無く解除される。 『――――アリーヴェデルチ(さよならだ)』 絨毯に転がり落ちる、肘と手と指の付いた肉塊。 能力解除に一瞬遅れて、どす黒い血潮が切断面から噴出する。 「お前の、負けだ」 ブチャラティが、小さく息を吐く。 決着は、付いた。 両腕を欠いた敵を正面に見据え、彼は問う。 「話してもらおうか――お前の知る、全ての情報を」 だが――返事は、無い。 敵は、興味の欠けた面持ちで、床に落ちた自らの右腕を見つめていた。 ただ、それだけだった。 ブチャラティの胸を、微かな疑念が覆い始める。 ――奴の能力は完全に封じられた。もう、こいつには何も打つ手が無いはずだ。 たった今、命を奪われても不思議でない状況で、何故この男は平然と佇んでいるのか? 奇妙な沈黙を破ったのは、意外にも敵の側からだった。 「"そうだ……申し遅れたよ"」 まるで何かに思い当たったかのように、敵は、ブチャラティに淡々と語り始めた。 「"私の名はダービー。 D’.A.R.B.Y. Dの上にダッシュが付く……。 ところで、私は賭け事が大好きでね。 くだらないスリルに目がなくって、 病み付きって奴でして……"」 唐突に、自己紹介を切り出した敵――ダーピー。 ブチャラティは険しい表情で、凝視を続ける。 念の為に、『スティッキィ・フィンガーズ』を傍らに現出させて。 「"ま……大方はギャンブルで生活費を稼いでるんですよ。 あなた、賭け事は好きですか?"」 「……さっきから、何を言っている?」 痺れを切らしたブチャラティが、刺々しさを含んだ声で、そう詰問した直後――。 ――激烈な衝撃が、彼の後頭部に襲い掛かった。 揺らぐ、視界。 崩れる、姿勢。 反転する、意識。 訳も判らぬまま、うつ伏せに転倒してしまう。 そして直後に現れた眼前の光景に、ブチャラティは目を見張る。 見覚えのない奇怪な生物――『スタンド』が、唸り声を上げながら、彼の胸を足蹴にしていたのだ。 『フー……フゥー……フゥーァ……!』 骨組みだけで構成されたようなスリムさを有する、漆黒のボディ。 鼻の位置から頭頂部を通り真上へと伸びた、アンテナ型の突起物。 渦巻き状の模様が刻まれた両眼は、何を見ているというのか。 『そいつ』は、あまりにも唐突な襲撃者。 敵――ダービーに協力する第三者のスタンド能力なのか。 あるいは戦闘中、奴が自らのスタンドヴィジョンをずっと隠していたのか。 頭に直に食らった衝撃の余韻か、思うように身体が動かせない。 どうにか上半身を持ち上げた所で、待ち受けていたのは、『そいつ』による肘の一撃だった。 『……フウウゥゥゥゥゥ――――フォアアアアアアアアアアアッ!』 放たれる、奇声。 『そいつ』は強靭な膂力で、『スティッキィ・フィンガーズ』の額を打撃。 受身も取れぬまま、ブチャラティは再び絨毯の上に転倒する。 右腕の骨折箇所が床と激突し、ブチャラティは額に脂汗を浮かべ喘ぐ。 「……ブローノ・ブチャラティ~~~~ッ!」 ブチャラティの頭上で、『そいつ』の傍らに寄り添い笑うダービー。 最高に愉快だ――そう言わんばかりの口調で、彼は語り掛けてきた。 「貴様が私のくだらないお喋りに気を取られている間に、 我が『左腕』はボトルの水を吸収し成長していたッ!」 玄関近くの床に、視線を馳せる。 そこでは、蓋を開けられた基本支給品のボトルが転がっていた。 恐らく、『スティッキィ・フィンガーズ』のラッシュの前後にダービーが投擲したのだ。 粘液はそこから伸び、黒いスタンドの足元と繋がっている。 奇怪な『そいつ』は、この男の左腕そのものだというのか。 笑みを絶やさぬままに、ダービーは話を続ける。 「……そして、ブチャラティ。 君は、私が指先からしか『銃弾』を放てないと思っているようだが……。 大いなる勘違いだなァ~~~~それは」 切断されたばかりの右腕の先を、立ち上がろうとしたブチャラティの顔面に向ける敵。 そこは、断面の肉が変形し、窄まるような形状を呈していた。 ……まるで、火器の発射口のように。 防御する時間も与えられなかった。 放たれた『F・F弾』は、ブチャラティの左眼球に突き刺さり、 一瞬でその構造を完全に破壊し尽くした。 着弾の衝撃で、ブローノ・ブチャラティの身体は宙を舞う。 哀れな犠牲者は、昏睡状態の部下――グイード・ミスタの傍らに転がり落ちた。 F・Fは、その限界まで口を開け広げ、笑みを更に深くした。 溢れ出んばかりの歓喜の念が、その精神に満ち満ちていた。 また一歩、崇高なる目的へと彼は近付いたのだ。 「フフハハハハハッ――勝ったッ!私の完全なる勝利だッ!」 敵の眼球の裏から進入した『F・F弾』は、十秒足らずで大脳に到達し、奴を死に至らしめるだろう。 だが――と、F・Fは考える。 "直接、止めを刺さなければ、気が済まない"。 顔面に張り付いた笑みをそのままに、 新たな銃口こと、上腕の切断部をブチャラティ目指して差し出し――。 ――巨大な『柱』が、両者の間に倒れ込んで来た。 唐突な乱入者の体躯は、胴周り四メートル、体長十メートルを下るまい。 その巨体が、ホールの床に横倒しで衝突したのだ。 屋敷全体に轟き渡る爆音と衝撃波は、想像を絶する。 見る間にも木製の床板は陥没し、『柱』の一部が減り込んで行く。 木板が引き千切れる、悲鳴の如き異常音。 F・Fの相貌に、もはや笑みは無い。 眼前の光景を、呆然の表情で凝視する事しかできない。 「……『柱』ッ……!?な……何だとッ……!?」 自らの左腕から生み出した、あの愛しき『分身』は、 苦悶の叫びも上げられぬまま、『柱』に潰され即死していた。 『柱』の末端――かつての底部――に付着したものを発見し、F・Fは小さな呻きを上げる。 やはり、それを切断し転倒させたのは『ジッパー』。 F・Fがそちらに視線を戻した時には、既に。 事態を引き起こした張本人が、『柱』の彼方で立ち上がっていた。 「グラッツェ(ありがとう)……シニョール・ダービー。 ミスタの所まで、俺を吹き飛ばしてくれて――」 「貴様ァッ……!」 破壊した左眼から進入した『F・F弾』が、息の根を止めているはずだったブローノ・ブチャラティ。 その彼が当たり前のように生存している理由は、一瞬で理解できた。 撃ち込まれた左眼を、周囲の肉と纏めて『ジッパー』で剥ぎ取り、『F・F弾』の侵食から保護。 さらに、辺りの肉や肌を『ジッパー』で接合させ、欠損による出血を防いでいるのだ。 彼の左頬の上には、縦一文字の『ジッパー』が、瞳の代わりに存在していた。 「……どうやら、俺はあんたの能力を見くびっていたようだ。 今回は退却させて頂く。ジョナサンには少し申し訳無いがな――」 もうもうと湧き上がる粉塵に、ブチャラティの姿が覆われていく。 視界に残ったのは、おぼろげな影だけ。 F・Fが呆然と見ている間にも、ホールの奥で、また一本の柱が軋みながら転倒した。 天井に登られた際、この広い邸宅中の柱に、『ジッパー』が取り付けられたというのか。 ――しかし、まさか、それでは――!? 彼が抱き始めていた恐るべき予感を、ブローノ・ブチャラティは代わりに断言した。 「この屋敷は、まもなく『倒壊』するッ!」 高らかな宣言は、終わりへの呻きを上げ始めた屋敷のホールでなお、明々と響き渡った。 屈辱と焦燥の入り混じった面持ちで、埃の先の敵を睨むF・F。 ――もう、これ以上は戦えない。逃げる事を考えなければならない。 「今度こそ……本当に、アリーヴェデルチ(さよならだ)」 その言葉を残して、ブチャラティの影が、溶けるようにして消失する。 『ジッパー』の能力で、地下へと逃げ込んだのか。 F・Fのすぐ傍らで、崩落した天井の一部が床で爆散した。 恐らくこのやり方では、屋根が丸ごと内部に落ち込み、上から押し潰されるように倒壊するだろう。 壮絶な轟音は、いや増して周囲一帯に響き渡っている。 屋敷の死が、迫っていた。 「それにしても……ブローノ・ブチャラティ。 その冷静な判断と、強靭な行動力――」 一挙に転がり落ちてきた上階の壁面を尻目に、F・Fが、微笑む。 今回の笑みは、戦闘中の、険を含んだ表情とは根本的に異なっていた。 その顔は、実に……純粋な。 心の底から、愉快げな。 ★ 意識不明の部下をその背に負って、ブローノ・ブチャラティは、走駆する。 彼が行くのは、まさに道なき道――地中。 (シニョール・ダービー……いずれ必ず、お前とは決着を付ける) トンネルも無い地殻の内部を猛進するという荒技を、『スティッキィ・フィンガーズ』の特殊能力は可能にした。 本体の眼前の土壁を切るような動きで振られたスタンドの指先が、『ジッパー』を展開。 一時的に侵入可能な『空間』を生成する。 発生した間隙に潜り込み、再びスタンドの指先を振りかぶる――その繰り返し。 粛々と続く、奇妙な地中移動の中途。 ブチャラティはふと、腰に回した自身のデイパックに目配せする。 先刻【B-2】を調査した際に、入手したランダム支給品の一つが『包帯』。 不要なものだと思っていたが、まさかこんな形で使用を迫られるとは。 (とにかく、『参加者』のいない静かな場所を目指す―― そこでミスタの応急処置を行う) ブローノ・ブチャラティの呼吸は荒い。 大の男の全体重を背に抱えたその足取りも、敏速とは程遠いもの。 持続力にやや難のある『スティッキィ・フィンガーズ』の連続使用による疲弊も、 彼の動作に明確なぎこちなさを付与していた。 だが、今や右側のみとなった瞳は、強烈な決意を思わせる眼光を湛えて止まない。 一片の迷いも捨てて、ブチャラティは前進する。 その先に待ち受ける運命は、果たして――? ★ 危うかった。 突如、倒壊を始めた屋敷から逃げ去るように距離を置き、バイクと共に門の前で待機していたアレッシー。 彼は唖然の表情で、瓦礫の山から這い出て来たF・Fを凝視していた。 「おいおい……大丈夫かよッ……!その怪我――」 「早く抱き起こせ。湖に戻るぞ」 相も変わらず、抑揚の欠けた口調でF・Fは命じる。 崩落する柱と壁の残骸に巻き込まれ、左脚の膝から先が引き千切れてしまった。 両腕を失っている実情、無事に残っている四肢は右脚のみという有様。 しかし、本人にとっては別段の興味も湧かない負傷だ。 再生したばかりの手足に愛着など持っていない。 持てるはずがない。 「……どうした?」 F・Fは、自らを抱え上げようとしているアレッシーに問う。 彼の両腕が、震えていた。 見上げれば、戦々恐々とした面持ちで、周囲を忙しなく見回している。 その畏怖の原因は――思索する必要も無かった。 「奴等は……どうしたんだよ?」 「あと一押しという所で、逃げられた。 安心しろ――二人ともに重傷。今すぐ我々を襲う事はあるまい」 「それなら、いいんだけどよォ~~……」 「さっさと乗せろ」 胴を持ち上げ、アレッシーは相方をそそくさとバイクの後部に乗せる。 壮絶な負傷の為に、F・Fの身体は驚く程に重量を欠いていた。 その事実が、介抱人の背筋を今一度凍らせる。 呆然とした口調で――半ば独り言として、アレッシーは呟いた。 「旦那……あんた、マジで人間かよ?」 F・Fは応じない。 右腕の切断部から血肉を伸ばし、前に乗った運転手の胸に絡めるように変形させ、固形化。 この程度の措置で、走行の勢いに振り落とされる危険が消えた訳ではないが、 そこはアレッシーの安全運転に期待するしかない。 他に打つ手も無く、運転手の襟首に鼻を押しつけて二輪車の始動を待つF・F。 これまでと変わらぬ無表情を貫いてはいるものの、 胸中では、アレッシーの何気ない冗談の言葉が反復して止まない。 ――あんた、マジで人間かよ? 適切な答えが、即座に思い付いたのだが。 口に出すのは、止めておいた。 ★ 雲一つない晴天。陽光の降り注ぐ街路。 そこに、猛然と疾走する若者がいた。 おおよそ、常人の走りではない。 広い背に大荷物――都合三つのデイパックに、兇器サブマシンガン――を抱えているのにも拘わらず、 その呼吸には乱れる兆候すら覗われないのである。 驚嘆すべき走行法は、如何なる技術によるものなのか。 強い陽光の差し込む角度のせいか、あるいは周囲の建造物との都合か。 その相貌は深い影に覆われており、表情は闇に隠されてしまっている。 青年が向かう先は、この街の中央部。 多くの『参加者』が待ち受ける、疑念と緊迫の坩堝。 静かなる疾走は、何を望み、目指しているというのか――? 真実は、まだ誰にも判らない。 彼自身にさえ、不明瞭なままだ。 To Be Continued... 投下順で読む 前へ 戻る 次へ 時系列順で読む 前へ 戻る 次へ
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前ページ次ページIDOLA have the immortal servant 「できたわー! あー……やたら苦労したわねー!」 椅子にどかっと腰掛けて、モンモランシーは溜息をついた。テーブルの上の坩堝には調合したばかりの解除薬が入っている。 魔法学院に取って返した一行は早速モンモランシーに調合をしてもらい、解除薬が完成し次第フーケに処方することとなった。 「もう効果は出るのか?」 「ええ。飲ませればすぐ元に戻るわ」 「では、ミス・ロングビル」 と、フーケに突きつける。 フーケはその異臭に眉を顰めたが、フロウウェンが促すとそれを一息に呷った。 「あ。言い忘れてたけど、薬の効果は切れるけど、記憶はなくなるわけじゃないから」 「……そういうこともあるかと思っていたが……そうか……」 心底疲れたようなフロウウェンの声。 ふるふると頭を振ってフーケが目を開けた時、そこにあるのは、いつものミス・ロングビルの理知的な顔だった。 「ミス・モンモランシ……」 フーケの冷たい視線がモンモランシーに突き刺さる。 「は、はいぃっ!」 「次はありません」 フーケはにこり、と上品に笑う。満面の笑みが逆に怖かった。 「ごごごごごめんなさい!」 フーケにしてみても最大限の譲歩といえた。一応フロウウェンとの約束もあり、秘書を続ける以上、生徒であるモンモランシーを痛めつけるわけにも行かない。 「ミスタ・フロウウェン」 くるり、とフーケが振り返る。実ににこやかな表情だった。 「一緒に来てください」 有無を言わさずに手を取ると、フーケはフロウウェンを引っ張っていった。 「ハァァァァァ……最悪だ」 人気の無い場所までフロウウェンを引っ張ってくると、フーケは脱力したようにうなだれた。 「忘れろ。オレも忘れる」 「あー。そうしたいね。今日は浴びるほど酒をかっくらって寝る。その前にあのセクハラジジイへの言い訳考えなくっちゃなぁ」 「オールド・オスマンのことなら、出発前にミス・ロングビルは風邪を引いて寝込んだとルイズが連絡していた。捜索隊のよしみで仲が良くなったのだとでも、適当に口裏を合わせておくといい」 「あーそうかい。そりゃ手回しのいい事で」 忌々しげに頭をかいてフーケは投げやりに言った。 「ったく……まあ……あんたは余計な事を聞こうとしなかったから勘弁してやる。詮索もしないこった」 「ああ。分かっている」 フロウウェンは小さく笑った。 フロウウェンが部屋に戻ると、ルイズが難しい顔で唸っていた。 「どうした?」 「ちょっと考え事をしてたの。やっぱり、おかしいわ。うん」 言って、立ち上がる。 「水の精霊の話を覚えている?」 「ああ」 「あっさりアルビオン王家を裏切った貴族派の人達を恥知らずだと思ってたけど……『アンドバリ』の指輪の話を聞いてしまうと、誰も彼も本心からのものなのか、怪しく思えてくるわ」 「……そうだな」 それについてはフロウウェンも考えていた。ルイズなら当然気付くと思っていたが、やはり思い至っていたらしい。 「わたし、この事を王宮に報告して公表してもらおうかと思うの。ヒースはどう思う?」 「どう思う、とは?」 「この事を明らかにすれば、トリステインを戦火から守ることにも繋がるわ。アルビオンの王族も救えるかもしれないし」 ルイズは自分の考えを身振り手振りを交えながらフロウウェンに開帳していく。大発見をしたと少々興奮気味で、顔が紅潮していた。 「……確かにクロムウェルの求心力は落ちるだろうな。だが、王党派をそれだけで救えるとは思えない」 「どうして?」 「情報の確度の問題と、指輪の性質の問題だ。周囲の状況に流されている者もいる。『アンドバリ』の指輪の力に思い当たることがある者は貴族派の中にもいるだろう。 だが、それを口にしてクロムウェルを誹謗するには勇気がいる。殺されれば意のままに操られるならば尚更だ。『アンドバリ』の指輪は、人の命を著しく軽くする」 「そんな!」 ルイズのように言行一致を貫こうとする者の方が稀なのだ。 だが、貴族の誇りを信じているルイズにはそれが理解できない。許せない。 「この状況下なら指輪の力を知って、なお肯定する者も現れるに違いない。それから……軍人には粛々と命令に従うのが己の責務と思う者が多い。 指輪の事がトリステイン王家から公に誹謗されようと、しばらくは勢いに乗った貴族派の流れは変わらないだろうな」 「じゃあ、何もできないっていうの?」 「いや。トリステイン王家に知らせることは意味のあることだ。指輪の存在を知っているだけで、対策の立て方は随分と変わってくる。 ただ……『アンドバリ』の指輪の特性を考えるなら、それをどうやって、誰に知らせるかもまた考えておく必要がある。 貴族派がアルビオンの次に望んでいるのが、トリステインだということを忘れるな」 アルビオン王党派が既に死に体である以上、貴族派は当然その先を見据えて動いている。トリステインに間者や内通者を紛れさせている可能性は、非常に高いということだ。或いは既に『アンドバリ』の指輪で動いている死者が混じっているかも知れない。 「そう……」 その事を言い含めると、ルイズは暫し黙考した後、口を開いた。 「姫殿下に直接……というのが良いと思うわ。姫殿下がゲルマニアからお戻り次第、王宮に行くことにする」 姫殿下というのは、トリステイン王家の先代の王の残した娘、王女アンリエッタのことだ。 トリステインの先王が亡くなり、トリステインの王族は二人。まずアンリエッタの母である大后マリアンヌ。それから王女アンリエッタだ。大后マリアンヌは女王に即位するでもなく、夫の喪に伏しているということで、政治に口を挟んでいない。 実質的にはアンリエッタの腹心である枢機卿マザリーニがトリステインの政治を動かしているということになる。この話を持ち込むのなら、アンリエッタかマザリーニのどちらか。或いは両方、というのが妥当な線だろう。 だが、両者とも今はトリステイン国内を留守にしている。ゲルマニアを訪問しているらしい。アルビオン貴族派の脅威を受け、トリステインとゲルマニアの利害は一致している。同盟の確約を取り付ける為の訪問だろう。 「では、オールド・オスマンに書状を認めてもらうのがよかろうな」 「そうね。ちょっと行ってくる」 言うなり、ルイズは早足で部屋を出て行った。 行動力があるのは良いことだと、フロウウェンは静かに微笑んで、ルイズの背中を見送った。 それから数日は何事もなく平穏な日々が過ぎた。 授業の合間でも『アンドバリ』の指輪のことが頭にあって気が急くのか、ルイズはあまり集中できていない様子だった。 放課後の座学でも、タバサへの指導の折を見てルイズに視線を移しても、物思いに耽っていることが多い。 生真面目であるが故に思考の切り替えが早くないというのは……まあルイズの年齢を考えれば致し方ないことだろう。 因みに、タバサの方はというと、フロウウェンに『フライ』と『レビテーション』を必要としない回避運動。つまりは純粋な体術を求めてきた。 魔法と体術を組み合わせた回避運動は重力や慣性に縛られず、かなりの機動力と対応力を持っている。これはタバサに目の前で実演してもらった。 その機動力にはフロウウェンも舌を巻いたほどだ。しかもそれを、ほとんど独学で研鑽したというから驚きである。 体格に恵まれない彼女は筋力で劣る。それ故、瞬発力も不足する。しかし、彼女は得た知識を以って、経験と実力を補える応用力を持っている。 それは驚くべき天賦の才と言えた。ただ、タバサの確立した戦術には一つだけ欠点があった。 事前の詠唱と精神力の消耗だ。 回避に専念することを念頭に置いて呪文を唱えなければならず、飛行中も他の呪文が唱えられない。その分攻撃にも回避にもラグが生まれるし、精神力の余力は減ることになる。 だからフロウウェンが見せた、魔法にも筋力にも頼らない体裁きの技術は攻撃と防御の両面を強化するという意味で、タバサのニーズに合ったのである。 裏を返せば、タバサは今の彼女でもまだ届かない目標を持っている、ということだ。紙一重の戦いに対応せんが為の向上心である。 年端もいかないタバサが、それほどまでして何を目指しているのか。それを想像すると、どうにも暗鬱な答えばかりが見えてきそうだった。 「病気や毒を治癒するテクニック」についても熱心な質問を受けたのだが、アンティは戦地における間に合わせという側面が強い。事実、フーケが誤飲した惚れ薬は中和できなかった。 それを聞かせると、タバサは表情にこそ出さねど、落胆した様子であった。 ルイズにもカトレアという生まれつき身体の弱い姉がいるらしく、レスタやアンティやリバーサーについて根掘り葉掘り聞かれていたのだが、そうなるとタバサの身内にも病弱な者がいるのかもしれない。 或いは、それこそが動機に直結しているのだろう。フロウウェンは、講義に耳を傾けるタバサの後ろ姿を見やって溜息をついた。 「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」 教壇に立った教師が不遜な態度を隠さずに言った。 『疾風』のギトー。コルベールやシュヴルーズといった、比較的温和な教師が多いトリステイン魔法学院にあっては、かなり気難しい性格の教師といえた。 厳格という言葉は時に尊敬の意味を孕むものだが、ギトーの場合は多分に他者を見下す所がある。その為に生徒達には煙たがられているのである。 そんなギトーから指名されたキュルケは、臆することなく答える。 「『虚無』じゃないんですか?」 「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」 その受け答えに、キュルケは気分を害したようだった。恐らくギトーは『風』だと言わせたいのだろう。 だがキュルケはここで引くような性格をしていない。己が『火』の属性であることに誇りを持っているのだ。加えて、自信も実力も充分にある。 「『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」 「ほほう。どうしてそう思うのかね?」 「すべてを燃やしつくせるのは炎と情熱。そうじゃございませんこと?」 「残念ながらそうではない。ためしにこの私に、『火』の魔法をぶつけてみたまえ」 腰に差した杖を手に、ギトーは言い放つ。キュルケは少し驚いた様子だったが、不敵な笑みを浮かべた。 「火傷じゃすみませんわよ?」 「かまわん。本気できたまえ。その有名なツェルプストーの赤毛に恥じぬようにね」 家名を出されたことでキュルケの顔から笑みが消える。 胸の谷間に差していた杖を抜き、口の中で魔法を詠唱する。 天に掲げた掌の上に真紅の球体が生まれる。そのまま詠唱を続ければ、火球は一メイルほどの大きさに膨れ上がった。 巻き込まれればただでは済まないと思ったのか、周囲の生徒達が慌てて机の下に隠れる。 手首のスナップを利かせてそれをギトーに向かって放る。その軌道に残光を残しながら、猛火は唸りを上げてギトーへと迫った。 対するギトーはそれにたじろぐ様子もなく、高らかに詠唱して杖を振るう。 瞬間、地面から巻き上がった旋風が火球を巻き上げ。一瞬にしてそれを吹き散らした後に、軌道上にいたキュルケも吹き飛ばした。 ふわり、とキュルケの体が宙に浮く。タバサの『レビテーション』であった。 「諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。簡単だ。『風』はすべてを薙ぎ払う。『火』も『水』も『土』も、『風』の前では立つことすらかなわぬだろう」 ルイズの隣で一連の顛末を目にしていたフロウウェンだったが、その言葉を額面通りに肯定していいものか、と首を捻る。 確かに『風』は『火』を防御するのにはすこぶる相性がいい。火は酸素無しには存在し得ないからだ。 だが、フーケのような『土』が相手ならば、これは余程術者同士の力量が離れていなければ、『風』で打倒するのは難しいと思えた。 事実、フーケと同格のトライアングルであるタバサは、フーケのゴーレムに対して決定的な対抗手段を持たなかった。 対して、フロウウェンがギーシュやフーケのような土メイジを打ち破れたのは、互いの思惑と戦術が噛み合った事と、何より相性によるところが大きい。 剣の専門家たるフロウウェンに、近接戦や白兵戦で打ち勝つのは至難の技だ。人間がゴーレムになったところでそれは同じなのである。 ギーシュは術者が武術に秀でていなかったというのもあるし、フーケの巨大ゴーレムは動き自体が鈍く、これも攻撃を見切る事は容易かった。 特にフーケの場合はマグの力を見たいがばかりに、ゴーレムによる力押ししかしてこなかったというのも大きい。 もし、あの場で立ち会っていたのがキュルケやタバサだったら、或いは、初めからこちらを殺すつもりのフーケと対峙していたなら、もっと厳しい戦いを強いられただろう。 近接戦では相手の反射行動を逆手に取ってフェイントを仕掛けたり、自分の望むように相手の動きを誘導したりするのだが、距離を置かれて視界内に全身を補足されていると、それらの技術も効力を半減させてしまう。 いくらフロウウェンの身のこなしや瞬発力が尋常ではなくとも、人間の反射神経を凌駕するような速度で動いているわけではないのだ。 であるから、フーケのゴーレムとの戦いでは瞬発力に加えて、経験からくる予測でゴーレムの攻撃を凌いでいた。 無論、フロウウェンもテクニックを使っての遠距離戦は行える。 しかし、今のキュルケの火球が彼女の本気のものであるというなら、トライアングルにして既に一端のフォースが使う火のテクニック、フォイエに匹敵する火力を秘めているようだ。 正面から堂々と、使う魔法も放つタイミングも明白という、実戦とは程遠い約束事の中での流れとは言え、ギトーはあっさりとそれを防御し、あまつ反撃してみせた。 であるならテクニック主体の戦法でメイジを相手にするのは、これも中々厳しいものがある……と、結論するしかない。 『火』や『風』のメイジを相手に剣で渡り合おうとするならば、正面には立たぬようにすること。また離れた距離から戦闘に突入するような状況を作らないようにする必要があるだろう。 或いは被弾覚悟で防御を固めて戦闘に望む、という発想もあるのだが。 フロウウェンの文明には、瞬間的に発生する雷のテクニックや、空間の一点を指定して大爆発を起こさせる炎の上級テクニック、ラフォイエなどがある。これらは、回避すること自体が困難と言えた。 それに対抗する手段としては絶縁処理や耐熱処理などで「受ける被害を減らす」ことを前提とした装備で固めることが多い。 たが、このハルケギニアではそれら次善の策は望むべくも無い。だから、これは現実的な考えとは言えなかった。 教壇の上では尚もギトーが『風』の有用性を切々と語っている。何か実演してみせるつもりなのか、杖を立てて詠唱を始めたが、教室に飛び込んできた闖入者がいた為にその魔法は完成しなかった。 教室に入ってきたのはミスタ・コルベールだ。ロールした金髪のカツラを被り、ローブもマントも礼装用のなりだった。 「ミスタ?」 コルベールの装いを目にしたギトーが毒気をぬかれたような顔をする。 「あややや、ミスタ・ギトー。失礼しますぞ!」 「授業中です。ミスタ」 すぐに真顔に戻ってコルベールを睨むギトー。対するコルベールは咳払いを一つすると、重々しい口調で告げた。 「今日の授業はすべて中止であります!」 その言葉に生徒達から歓声があがる。それを押さえるかのように両手を広げ、もったいぶった様子でコルベールは口を開く。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 コルベールが仰け反った拍子に、金髪のカツラがずれて床に落ちた。生徒達の間からくすくすと笑い声が漏れる。 タバサがそれを指差してぽつりと呟く。 「滑りやすい」 教室中が爆笑の渦に包まれた。見ればギトーまでもが口元に手をやって肩を震わせている。 「ええい! 黙りなさいこわっぱどもが! 大口を開けて下品に笑うとは貴族にあるまじき行い! 貴族はおかしいときは下を向いてこっそりと笑うものです! これでは王室に教育の成果が疑われる!」 コルベールが怒鳴ると、それでどうにか教室が落ち着きを取り戻す。 再度咳払いをして、コルベールは言葉を続けた。 「今日はトリステイン魔法学院にとってよき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたき日であります。 恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我らがトリステインがハルケギニアに誇る可憐なる一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」 その報せに教室中にざわめきが広がる。ルイズは思わずフロウウェンの顔を見やっていた。 魔法学院へ続く街道を馬車が静かに進んでいた。 馬車の窓はレースのカーテンが引かれており、中の様子は伺えない。 車体には金と銀、白金で作られた緻密な細工のレリーフが施されている。水晶の杖と、角を持つ馬―――聖獣ユニコーンを模ったものだ。その馬車が王女のものであるということを示すものであった。 車体を引くのもまた、ユニコーンである。清らかな乙女のみに心を許すとされるその聖獣ならば、なるほど王女の馬車馬に相応しかろう。 その王女の馬車の後ろに続くのは、マザリーニ枢機卿の馬車である。王女のそれに負けず劣らずの風格と威容を見せ付け、トリステインの内政と外交を一手に引き受け、実権を握る彼に相応しいものであった。 周囲を固めるのは王室直属の近衛隊である魔法衛士隊だ。 名門貴族の子弟、しかもいずれも劣らぬ実力を備えたエリート中のエリートである。彼らの代名詞ともいえる漆黒のマントを身に纏い、幻獣に跨って、堂々たる威風を漂わせている。 街道には色とりどりの花々が咲き誇り、王女の行進をいっそう華やかに飾っていた。 そんな幻想的でありながらも荘厳な光景に当てられたのか、王女を一目見ようと街道に並んだ平民達が歓喜の声を上げる。 「トリステイン万歳! アンリエッタ姫殿下万歳!」 そんな平民の歓声に応えるように、馬車の窓のカーテンが開いて、そこに見目麗しい美貌が覗く。肩ほどまで伸ばした、艶やかな栗色の髪が小さく揺れた。 薄い青の双眸。定規で引いたように真っ直ぐで高い鼻。桜色に濡れた質感の唇。新雪のように透き通る白い肌の上に、奇跡的な均衡を保ってそれらが配置されていた。 その、美貌が―――優雅な笑みを投げかける。 花が零れるような笑みだった。喚声が一際高くなる。 そんな美貌を窺い見ることができた者は幸運だったに違いない。ほんの数分で、馬車のカーテンはまた閉じられてしまったからだ。 そうして、その馬車の主であるアンリエッタは小さく、ほう……とため息をついた。高級で繊細な美術品にも似た指先が、落ち着きなく水晶のついた杖を弄んでいる。 その表情は……それでも見るものを魅了してやまない魅力と気品に溢れていたが、どうにも浮かないものだった。王女は深い悩みの中にあったのである。 だが仕えるべき主がそんな調子では困るのが隣に座ったマザリーニ枢機卿である。 政治の話をする為に王女の馬車で移っていたのだが、どうもアンリエッタは他のことで頭がいっぱいで、自分の話にしかと耳を傾けているようには見えない。 「これで十三回目ですぞ。殿下」 「何がですの?」 「ため息です。王族たるもの、臣下の前で弱みなどお見せになさらぬように」 「王族ですって! まあ!」 アンリエッタは大仰に驚いて見せた。 「このトリステインの王さまはあなたでしょう? 枢機卿。今、街で流行っている小唄はご存知かしら?」 「存じませんな」 マザリーニは興味無さげに嘯いた。本当は知っているのだが、面白いものでもないからとぼけてみせたのだ。 「それなら聞かせてさしあげますわ。トリステインの王家には美貌はあっても杖が無い。杖を握るは枢機卿。灰色帽子の鳥の骨……」 王女の機嫌はかなり悪いようだ。自分の献じた策がどうにも気に入らないらしかった。理屈の上では納得していても、それに感情が追いついていない、というところか。 「街女が歌うような小唄など口にしてはなりませぬ」 自分がその不満の矢面に立つ程度で辛抱してくれるのなら安いものかとマザリーニは思ったものの、やはりそれはそれ。主の無作法を嗜めることにしたらしい。 「いいじゃないの。小唄ぐらい。わたくしはあなたの言いつけ通り、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐのですから」 ゲルマニアはトリステインに比して歴史の新しい国だ。金と能力があれば平民でも貴族となれるその在り方は、他国の貴族からはしばしば野蛮だと揶揄される。 その国の皇帝アルブレヒト三世は四十代の男である。政敵をかなり乱暴なやり口で退けて王座に座ったという経緯もあり、アンリエッタの隣に並べるには如何にも不釣合いだろうと思えた。 だが、そんなゲルマニアの皇帝にアンリエッタが嫁がなければトリステインは立ち行かない。 そんな現実が、アンリエッタの自尊心と、彼女の持つトリステインという国そのものに対する矜持。その双方に浅からぬ傷をつけている。 だがそれらのことは今のアンリエッタにとっては二の次であった。 マザリーニも知らぬことではあるが、彼女には密かに恋焦がれる相手がいる。 彼の身の安否と、彼が所有する恋文がアンリエッタを最も思い悩ませている事案である。それを知ればマザリーニも己の献策が水泡に帰すかも知れぬと顔色を変えただろう。 が、知らない内はアンリエッタの苦悩に対しても、年頃の娘の我侭程度にしか思ってはいない。 「しかたがありませぬ。目下、ゲルマニアとの同盟こそトリステインにとっての急務なのですから」 マザリーニの言葉に、アンリエッタは柳眉を逆立てた。 アルビオン王家に反旗を翻した貴族派は、自らをレコン・キスタと名乗り、ハルケギニアの統一と、エルフ達からの聖地の奪還を謳っている。 飛ぶ鳥を落とす勢いの貴族派に対して、小国トリステインが独力で当たるのは得策ではない。例え退けられたとしてもどれだけ国を疲弊させるか分かったものではないのだ。 だからこそ、侵攻を事前に抑止し、更に言うならばアルビオン貴族派を打倒する為に、ゲルマニアやガリアとの軍事的な連携が必要だった。 だが、大国ガリアは利害は一致しているはずなのに、こちらの打診に対して腰を上げる気配を見せない。であるなら、アルビオン、トリステインの次に貴族派が矛を向けるであろうゲルマニアと結ぶ他は無いのである。 それらのことをマザリーニがアンリエッタに言い含めるが、それでも彼女はため息をつくばかりであった。 マザリーニは馬車のカーテンを開く。それを目ざとく見止めた精悍な顔つきの男が、自らの騎乗するグリフォンを馬車へと近付ける。 「お呼びでございますか。猊下」 ―――ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。『閃光』の二つ名を持つ『風』のスクウェアメイジだ。 栄えある魔法衛士隊の一翼を担うグリフォン隊の隊長でもあり、マザリーニも一目置いている。機知に富み、武勇に優れ、行く行くはトリステインを支えていってくれるであろう、将来有望な若者である。 「ワルド君。陛下のご機嫌がうるわしゅうない。何かお気晴らしになるものを見つけてきてくれないかね?」 「かしこまりました」 ワルドはすぐに目当てのものを見つけてきた。街道に咲いていた花がつむじ風で舞い上げられ、彼の手元に運ばれてくる。 それを枢機卿の手に渡そうとしたが、マザリーニは言う。 「おん手ずから殿下が受け取ってくださるそうだ」 「光栄でございます」 ワルドが馬車の反対側に回ると、するするとカーテンが開いて、アンリエッタが手を伸ばした。花を手渡すと、今度は左手が差し出される。 彼は感激した面持ちを浮かべるとその手を取って、口付けた。 アンリエッタが物憂げな声で問う。 「お名前は?」 「殿下をお守りする魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵でございます」 恭しく頭を下げてワルドは答えた。 「あなたは貴族の鑑のように立派でございますわね」 「殿下のいやしきしもべに過ぎませぬ」 「最近はそのような物言いをする貴族も減りました。祖父が生きていた頃は……ああ! あの偉大なるフィリップ三世の治下には、貴族は押しなべてそのような態度を示したものですわ!」 「悲しい時代になったものです。殿下」 「あなたの忠誠には期待してよろしいのでしょうか? もしわたくしが困った時には……」 「そのような際には、戦の最中であろうが、空の上だろうが、何をおいても駆けつける所存でございます」 実に理想的な受け答えであった。それに満足したアンリエッタが頷くと、ワルドは馬車から離れていく。 「あの貴族は、使えるのですか?」 「ワルド子爵。二つ名は『閃光』。かのものに匹敵する者は、『白の国』アルビオンにもそうそうおりますまい」 「ワルド……聞いた事のある地名ですわ」 「確か、ラ・ヴァリエール公爵家の近くだったと存じます」 「ラ・ヴァリエール?」 ヴァリエール公爵家なら、アンリエッタも良く知っていた。ラ・ヴァリエールの領地に逗留したこともある。そうだ。トリステイン魔法学院にはその三女であるルイズが在籍していたはずだ。 彼女はアンリエッタが幼少の頃、自分の遊び相手を務めたこともある。 暫く会っていないがルイズはどんな淑女に育ったのだろうか。 「そうそう。申し遅れておりました。ヴァリエール家といえば、魔法学院に通う公爵家の令嬢が殿下へのお目通りを願っていると、先だって報告がありましたぞ」 「ルイズがわたくしに? 一体何の用で?」 「用件までは存じておりませぬ。オスマン師の書状が送られてきているとしか」 何だろう。ただ会って旧交を温めようというわけではあるまい。揺籃の友の用件とやらにアンリエッタはあれこれと思いを巡らせたが、皆目見当も付かなかった。 ただ……向こうが面会を望むというのなら、断る理由はあるまい。自分は、心許せる友が欲しかった。最近は思い悩むことや疲れることばかりだ。 魔法学院の門をくぐって王女の一行が現れると、整列した生徒達が一斉に杖を掲げる。示し合わせたかのような見事なタイミングで、衣擦れの音と、杖を掲げる小気味良い音が重なった。 普段の学院での彼らの様子はフロウウェンの目から見ても歳相応の子供らしさも目立つのだが、こういう時はさすがは名門貴族の子弟と思わせる。 正門をくぐった先の本塔で王女を迎えるのは学院長のオールド・オスマンだ。 馬車が止まると召使達がてきぱきと駆け寄ってきて、馬車の扉の前に絨毯を敷き詰める。 呼び出しの衛士の声も幾分か上擦っている。衛士の緊張の様子が手に取るようだ。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーーりーーーーーーーーーー!」 しかし、扉が開いて現れたのは痩せぎすの白髪、白髭の男だった。 生徒達の間から小さく落胆の声が上がる。その中に、「何だ。鳥の骨かよ」というぼやきをフロウウェンは耳にした。 (では、あれが枢機卿マザリーニか) まだ四十代という話だが、随分と磨耗している。そんな印象をフロウウェンに与えた。 鳥の骨という表現は正鵠を射ているとは思うが、あのやつれ方は長期に渡る激務と心労によるものだろう。ロマリア出身とあってトリステインでの評判はあまり芳しくないようだが、ああいった人物は経験上、信用していい者が多い。 彼を中傷する小唄が庶民の間で流行っている。それを許す程度には広い度量も持っていて、民の自由を許容していることになろう。 やつれるというのは、実質的にトリステインの最高権力者でありながら、私腹を肥やすでもなく真摯にまつりごとを行っているということの証明だ。 事実、トリステインは可もなく不可もなくといった調子で、国内の情勢は安定している。マザリーニが誠実かつ堅実な男だということだ。見上げた男ではないか、とフロウウェンは感心した。 そんな男が謗りを受けるというのは、半分以上は嫉みや妬みというものだ。余所者が王女や大后を差し置いて政治を動かすとは分を弁えておらぬ、と考える者もいるのだろう。 枢機卿に手を引かれて、王女がその姿を現すと、一際歓声が高くなる。年の頃は十六、七というところか。 確かに、評判通り見目麗しい王女であった。 その貴族達の上げる歓声からも、彼女のトリステイン貴族からの人気が高いことが伺い知れる。 フロウウェンの弟子のリコ・タイレルもトップクラスの実力を持つハンターでありながら、美貌を兼ね備えた少女であった。軍の英雄ヒースクリフ・フロウウェンの愛弟子ということも手伝って、レッドリング・リコなどと呼ばれて大層な人気があったものだ。 象徴的存在に容姿というものが伴っていれば、それはカリスマとなり得る。王族として得をしているとも言えるが、一方で諸刃の剣でもあるのだ。 リコの場合は一介のハンター稼業でありながら分不相応な扱いを受けることに、矜持を傷つけられるようであった。 また、総督府の高官コリン・タイレルの娘が民衆やハンターズ達の間でアイドル的扱いをされているということで、自分の意思とは無関係に、行動が政治的な利用をされてしまうということにも常々悩んでいた。 アンリエッタとて、若い身空で政治という舞台に投げ込まれている。あの華やかな笑顔の裏には生半ではない苦労もあるのだろう。 自分で選んだ道ならばそれでも良い。だが貴族、王族というのは否応も是非も無い。 それは幸か、不幸か。決められるのは本人だけだ。生きる事に不自由はしないのに、そう生まれついたというだけで、その道は他の誰よりも雁字搦めであることは確かだ。 ままならないものだなと、フロウウェンはマザリーニとアンリエッタを見ながら目を細めた。 王女は今晩、魔法学院に逗留するとのことだ。 ルイズにしてみれば願っても無い好機到来である。オスマンに話を付けてもらえば今日明日中にでもアンリエッタとの面会が叶うかもしれない。 自室でそんなことをフロウウェンと話していると、ドアがノックされた。長い間隔を空けて二回。短く三回。 ルイズが扉を開くと、真っ黒な頭巾を目深に被った人物が立っていた。 身体もすっぽりと漆黒のマントで覆っていて、その出で立ちは魔法学院襲撃の折のフーケを連想させるが、目の前の人物はフーケよりも一回り小柄で、そこから判断すればマントの中身は細身の少年か、或いは華奢な少女の体格だ。 「……あなたは?」 虚を突かれたような表情で、ルイズは首を傾げた。 口元に指を立てルイズに沈黙を促すと、辺りを窺いながら部屋の中へ身体を滑り込ませる。マントの隙間から杖を取り出し、短くルーンを唱えた。 「……ディティクトマジック?」 部屋に舞った光の粉を見て、ルイズが訝しむ。黒ローブは小さく頷いた。 「どこに、誰の耳や目が光っているか分かりませんからね」 それは涼やかな女の声だった。 ルイズの部屋に何ら魔法的な仕掛けがないことを確かめると、黒ローブはその頭巾を取った。 「姫殿下!?」 それは果たして昼間見たアンリエッタ王女、その人であった。ルイズが慌てて膝を付き、フロウウェンがそれに倣う。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 オスマンの手引きだろうか、とルイズは逡巡するも、すぐに畏まった声で言った。 「姫殿下、いけません。このような下賎な場所へお越しになられるなんて」 「そんな堅苦しい行儀は止めてちょうだい。あなたとわたくしはおともだちじゃないの」 アンリエッタは跪いたルイズの肩をそっと抱く。 「もったいないお言葉でございます。姫殿下」 「ルイズ。ここには枢機卿も宮廷貴族もいないのですよ。昔馴染みのあなたにまでよそよそしい態度を取られたら、もうわたくしが心許せる者はいなくなってしまうわ」 「……姫殿下」 「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの。泥だらけになって」 その言葉にルイズははにかんだような笑みを浮かべる。記憶の底に沈んでいた思い出の数々が蘇ってくる。 あの頃はただ無邪気で、今にして思えば有り得ない、幼子でなければ許されない振る舞いをしていたものだ。 アンリエッタはもっとくだけて欲しいというが、一足飛びにあの頃と同じように、というわけにもいかない。 二人は暫し過ぎ去った日々の思い出話に花を咲かせ、それから、声を揃えて笑い合った。 公爵というのは王家にごく近しい親戚筋にのみ与えられる爵位だ。どうもルイズはその繋がりから、幼少の頃のアンリエッタ王女の遊び相手であったらしい。 ついでに……フロウウェンが思っていたよりも、二人ともお転婆だったようだ。 「感激です。姫さまがそんな昔のことを覚えてくださってるなんて……。わたしのことなど、とっくにお忘れになったかと思いました」 「忘れるわけないじゃない。あの頃は毎日が楽しかったわ。なんにも悩みがなくって」 アンリエッタはベッドに腰掛けると、小さくため息をつく。 「姫さま?」 「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね」 「何をおっしゃいます。あなたはお姫様じゃない」 「王国に生まれた姫なんて、籠の鳥同然。飼い主の機嫌一つであっちへ行ったり、こっちへ行ったり……」 悲しげな笑みを浮かべる。 「結婚するのよ、わたくし」 「それは……おめでとうございます」 ルイズは言葉とは裏腹に、沈んだ声で答えた。 大貴族の娘として生まれたルイズはすぐに察することができた。政略結婚という奴だ。 別段珍しい話ではない。自分とて、どこまで父や相手が本気かは判らないがれっきとした婚約者がいる。 ルイズの場合は、政略結婚などというような類のものではないし、婚約を露骨に嫌がるような相手ではない。 恋心を抱いているというわけではないが、幼さ故に物語の中の王子に憧れるような目で婚約者を見た時期が、確かにあった。 昼間の魔法衛士隊の中に件の婚約者の姿を認めたが、それはもう威風堂々とした出で立ちであった。ヴァリエールの婚約者として、申し分のない相手であろう。 ただ、長女のエレオノールがおらず、ヴァリエール家の力に翳りがあれば、家の為に見ず知らずの貴族に嫁がされる可能性もあったかもしれない。 そういう意味では、アンリエッタの悲しみは容易に想像がつくのだ。 ……因みに、姉の結婚に暗雲が立ち込めているという事実を、現時点でのルイズが知る由もない。 アンリエッタは、ルイズの背後に控えるフロウウェンを一瞥する。 立派な白い口髭をたくわえた、威厳のある顔つきの老人だ。 使用人だろうか、とアンリエッタは思ったが、どうも見慣れない服装をしていた。貫禄のある姿は一角の人物にも見える。 「ルイズ。その方は?」 「彼はわたしの使い魔です」 「使い魔? 人にしか見えませんが」 「人です。姫さま」 「お初にお目にかかります。姫殿下。ヒースクリフ・フロウウェンと申します」 老人は名乗り一礼する。落ち着いた声であった。 「あなたって、昔から変わっていたけど、相変わらずね」 アンリエッタは小さく笑った。少し気恥ずかしそうに、ルイズは頬を赤らめる。 「ああ、懐かしさにかまけて忘れるところでした。聞けば、ルイズはわたくしとの面会を望んでいたとか」 「そうでした、姫さま。アルビオンの貴族派のことで、どうしても姫さまのお耳に入れたいことが」 「アルビオン……」 アンリエッタの表情が暗く沈む。道すがらの馬車の中で、散々アンリエッタの頭を悩ませてきた事案だった。 「姫さま。『アンドバリ』の指輪というマジックアイテムをご存知でしょうか?」 前ページ次ページIDOLA have the immortal servant
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To be, or not to be that is the question ◆JvezCBil8U ――思えば。 彼と彼女は珍しくも、向かう場所もなく足踏みを続けるままだった。 様々な人々の思惑の坩堝の中で、流れに身を翻弄される存在だった。 この物語が綴られるその中で、登場人物たちの殆どは、確固たる何かを基に己が道を進み続けている。 それは、例えば。 例えば、孤独の中でも立って笑える強さであり。 例えば、ただひたすらに争いを厭う優しさであり。 例えば、欲望と衝動に全くもって忠実な享楽であり。 例えば、未熟さ故に敢然たる他者に抱く劣等感であり。 例えば、誰かの為に自分の命すら天秤に掛ける愛であり。 例えば、自分の失った息吹を見出したが為の責任感であり。 例えば、愚直なまでに己が職務を遂行せんとする信念であり。 例えば、願い望んだ栄光をその手に掴み取らんとする夢であり。 例えば、見出した仇を滅す積年の悲願そのものたる復讐心であり。 例えば、掛け替えのないものを失った空洞を埋める為の狂気であり。 例えば、弟への憧憬から在り様を変えつつも消える事なき誇りであり。 例えば、どうにもならない現実に打ちのめされたが故の自暴自棄であり。 彼らは決してブレることなく、自ら敷いたレールの上を一心不乱に手を伸ばしながら、何処かへと向かうのだろう。 いくつかの分岐点がそこにはあり、しかし彼らは立ち止まることなくレバーを切り替え先へと行った。 だから今度は、彼と彼女の番だ。 必要なのは、分岐点で何を選ぶのか。ただ、それだけ。 さあ、レールはもう敷かれている。 後は一直線に――、脇目も振らず、その上を走っていくだけだ。 その行き着く先がどこであろうと、誰も彼もが駆け抜けていく。 ********** 放送が流れている。 酷く幼い少年のような傲慢な声が、人々に絶望を渡していく。 その向こう側にかすかに聞こえるこの曲は、何と言っただろう。 記憶の隅に引っ掛かるその名を、僕の口は小さく小さく言葉にしていた。 「L・ドリーブ作曲……、バレエ組曲『コッペリア』、か」 ……一体の自動人形コッペリアを中心とした騒動を描いた喜劇作品の為の曲だ。 創造主の作り出した人形を、とある少女がさんざんに弄んだ挙句壊してしまう物語。 人形というワードから、あの山道の入り口にあった機械を思い浮かべる。 あのような“造られた存在”が、他にもこの島にはいるのかもしれない。 そしてその中には、僕達――ブレード・チルドレンもいる事だろう。 ミズシロ・ヤイバの造り出した、殺戮の為の自動人形。 しかしその役目を果たす事すらできず、誰も彼もが無意味に無慈悲に命を散らしていく。 「浅月も、亮子も、理緒も。 みんな……、みんな、死んでしまった、のか」 頭に手を軽く当てて、その場に座り込む。 どうしてか、目から溢れるものを堪え切れない。 一度は殺すと誓った兄弟達の死。 それに悲しむなんて、本当に自分の事しか見えておらず、情けない。 けれどそれでも、彼らは僕の肉親だったのだ。 身勝手と分かっていながらも――、僕はこうせずにはいられなかった。 『コッペリア』の結末は……どうなるんだったっけ。 壊れた人形に創造主が絶望する横で少女が結婚式を挙げる皮肉な終わりだった……と思う。 異説もあるかもしれないけど、僕はアイズと違って音楽にはそこまで詳しい訳じゃなかったから、良く覚えていない。 結局、僕も含め造られた存在はロクな結末を迎えないという事なのか。 ……皮肉とでもいうなら、更に重なることがあった。 彼らの死と同時に、僕があの西沢歩という少女を殺していない事が分かったのだ。 もし彼女の生存を確かめられなかったら、僕はすぐにでもこの首を掻っ切って自殺していたかもしれない。 ことに、浅月の死によりミカナギファイルが失われた今は。 けれど僕は、幸か不幸か死を選ぶことが叶わなかった。 その事に安堵している自分を見つけ、より一層涙が後から後から零れ落ちてくる。 これも、運命――神意なのか。 浅月の死と西沢歩の生存を同時に知らせ、僕を生きながらに苦しませることこそが、予定調和。 鳴海清隆なら、それくらいはやってのけるだろう。 そうして追い詰められた僕を、いつか何かに使うつもりなのかもしれない。 だったら、だからこそ。 僕は今ここで、死ぬべきなんだろうか。 彼の思惑通りになどならないと、せめて抵抗して見せる為に。 けれど、僕の死こそが神の狙いなのかもしれないと考えると、思い止まってしまうのだ。 ……いずれにせよ、時間がない。 僕はスイッチが入りかけているのを自覚している。 そして、歩君を探してはいながらも、その後の事について何らの展望を持っているわけでもない。 救世主たりえないとはいえ歩君の重要性について意識できているだけで、どう応対すべきか、同行すべきかすら決めかねているのが現状だ。 もし僕のスイッチが入ってしまったら、たとえ僕に歩君を殺す事は出来ないとはいえ、彼に危害を加えてしまう可能性は十分にある。 ならばやはり、距離を取るべきなのではないか? それこそ、この命を絶ってでも、だ。 間違いなく歩君は、浅月たちの殺害に僕に嫌疑をかけてくる。 そして歩君がその現場を押さえているなどの事態がない限り、それを晴らす事などできないのだ。 下手に出て行って彼を混乱させるのは僕の本意じゃない。 「……アイズ、僕はどうすればいいんだろう」 この手で殺してしまった弟の事を想って、また顔を俯ける。 あんな事さえしでかさなければ、僕はまだきっと希望を見出せたのだろう。 後悔などしないと、そう決意して手を血に染めたのに。 世界はあまりにも残酷にできている。 無駄な事は考えるな。運命に身を委ねてしまえ。 黒々とした煮詰まりが僕をすり減らしていくその時に。 僕は――、あまりに唐突な悲嘆をこの耳で聞いた。 ああ、そうか。すっかり忘れてしまっていた。 僕はまだ――、この子と一緒にいる。 だったら僕には、まだできる事がある。 ********** カタカタと、私は震えている。 両腕を互いにしっかり握りしめて、体育座りで蹲って。 わぁーっ、て叫びだそうとするのをどうにか抑え込んでいる。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 植木の名前が呼ばれた。 それはつまり、つまり。 つまりつまりつまりつまり! …………つま、り。 キンブリーさんですら、私を騙していた。 騙して、私を人殺しにしようとしていた。 植木は生きていた。 でも、贖罪をする暇もなく、逝ってしまった。 キンブリーさんが趙公明の同類だった。 キンブリーさんが私をあの地下室に閉じ込めていなければ、植木を助けられたかもしれなかった。 キンブリーさんが卑怯者になれって言ったのは、彼の言う通り私を盾にするつもりでしかなかった。 キンブリーさんが。 キンブリーさんが。 キンブリーさんが。 そして、キンブリーさんの事しか考えられなくなったところで、気付く。気づいてしまう。 キンブリーさんの全てが虚構に塗り固められているというのなら。 もう、植木を生き返らせる事だって出来はしない。 気持ち悪い。 得体のしれない何かが、私の中で寄生虫のように巣食っている。 周りの全てが、世界そのものが信じられなくって、 「あ、あぁ……、あ、あぁぁあああああっ!」 髪の毛を振り乱して私は叫ぶ。叫ばずにはいられない。 もう、どうなっても良かった。 意味もなく手足をばたつかせて、訳の分からない言葉以下の唸りを挙げる事しかできなかった。 目に入ったモノに、何でもいいからこの今にも噴出しそうな何かをぶつけたくってしょうがなくって。 ……そして、“その人”を見た瞬間、その暴力的な憤りは、途端に逆ベクトルに走り去っていく。 体が固まり、ゾ……ッ、と、氷でも差し込まれたかのように一気に冷え込んでいく。 「……森さん」 こちらを心配するように、窺うように、そして――いぶかしむ様に。 カノン・ヒルベルトと名乗ったこの人は、ジッとこちらを見つめてくる。 ……趙公明に対抗するために、騙してでも味方につけようとした人。 嘘で塗り固めた私の話を一字一句ちゃんと聞いて、たまたま先に出会っていたからこそ趙公明の危険性も理解してくれて。 ……これなら、蘇生の可能性について話しても、カノンさんだったら信じてくれると――そう思えた矢先の放送だった。 「こ、来ないでぇっ!」 怖い! 怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い! ヘラヘラヘラヘラと、虫も殺せないような顔をしたこのイケメンだって、皮一枚捲ったら何が出てくるか分かったもんじゃない! 「う……撃つよ。これ以上近づいたら、撃つっ! 銃で撃てば、人は死ぬんだからぁっ!」 がくがくと腰が入ってないにもかかわらず、取りだした銃を突きつける。 何を躊躇う、私。 もう私は人を傷つけてしまってるんじゃないか。私は、人を傷つける事が出来てしまう人間なんじゃないか。 でも、だけど。 その顔が、痛かった。心の中に、痛かった。 カノンさんは、純粋に私を心配してくれるんだ、と、そう信じてしまいそうな顔だったから。 だからこそ、そこに甘えてしまいそうで――、 じゃり、と彼が踏み込んだ、その瞬間。 「いやぁぁあああっ!」 たぁん、と。 私は銃の引き金を、思いっきり弾いてしまっていた。 反動で思いっきりひっくり返って、地面に背中を叩きつける。 ……痛かった。 だけど、そんなのはどうでもよかった。 そんなのがどうでもよくなるほど、信じられない光景を見てしまったから。 「ば……化け、物! ゼロ距離で……銃……避けるなんて、人間じゃ、ない……! あ、悪魔めっ! 悪魔の子めぇっ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね、死んじゃえ! いなくなっちゃえぇ!」 歯が安っぽいプールに入った時のように、カスタネットよろしく打ち鳴らされている。 口では勇ましい事を言いながらも、もう、限界だった。 壊れてしまいそうな心が、ここで殺されて楽になってしまえ、と告げていた。 どうせ、もう撃ってしまったんだ。 カノンさんが本当に私を心配してくれたのだとしても、絶対に見限られたに違いない。 ……ほら。 「……ああ、そうだよ。僕は、悪魔の子だ。 人を殺す為に作られた、殺す事しか能のない忌むべき存在だ」 カノンさんが、あの趙公明のように――ゆっくりと私に手を伸ばしてくる。 小刻みに漏れる息がうるさい。 ああ、でも、この手に首を締められるなら、まだ、マシかなぁ。 冷たいナイフや銃弾で死ぬよりも、ずっといい死に方のように思える。 そうしてカノンさんは、ギュッ……、と。 まだ熱く煙を吐き続ける、銃身を握り締めた。 「……え?」 肉が焼ける嫌な臭いがする。 予想外の行動に、私の混乱は一瞬、完全に静止した。 「森さん、僕はね。 ……一度、兄弟にすら――手をかけた罪人なんだ」 続けて、カノンさんは悲しそうな笑みを湛えて私に語りかける。 どうすれば、いいんだろう。 目と鼻の先にあるカノンさんの整った顔立ちに、私は状況も忘れて何故かドキドキしてしまった。 「だから、僕は信じられないのも無理はない。 ……そんな事をずっと黙って、君から情報を絞り取ろうとしたんだから。 でもね、そんな僕だから言える事がある」 一息。 「――人を殺すなんて選択は、最後にすべき事だ。 別に人を殺すのが悪だなんて、言うつもりはないけど。 でも、殺した人間は、絶対に後悔し続ける。なんでそんな事に手を染めてしまったんだ、って」 真摯な瞳での訴えかけに、だけど、私は。 「もう……遅いですよ」 ぽつりと、低い、低い声を絞り出す。 殺すという言葉に、我を取り戻してしまったから。 地面をにらむ私の目は髪に隠れてカノンさんには見えないだろう。 きっとその眼も、暗く鋭く、淀んでいるに違いない。 「遅い?」 そう、もう遅い。何もかも遅い。 今更そんな言葉をかけてくるカノンさんに、どうしてもっと言ってくれなかったのという理不尽な苛立ちを乗せて。 私は早口で、喚き叫ぶ。心の奥に溜まっていたものを汚く吐き散らす。 「私ね……、大切な人を殺しちゃったかもしれないんです。 だけどそれを生き返らせる事が出来るっていう人がいて、でもその人は嘘を吐いていて! だけどだけど、キンブリーさんは趙公明に監視されてるから助けなくちゃいけないけど、趙公明とグルだったかもしれないのにぃ! あれ? 私植木を殺してないの? だってキンブリーさんが植木は死んだって言ってて、でも私が植木を殺しちゃったのは最初の放送の前でっ! でもぉ……っ、植木の死んだのは最初の放送の後でぇっ! わたっ、私が、キンブリーさんと話してなければ、植木を助けられたかもしれなくて! うわぁぁあああぁああああぁぁあああぁあああっ!」 話しながらまた頭がぐちゃぐちゃになってきた。 自分でも何を言ってるか分からない。 けれど体は言葉に従うように、滅茶苦茶に暴れ始めた。 だだっ子のように腕を振り回せば、何もかもを叩き壊せるような気がしていた。 でも、現実はそんなに優しくない。 私の拳は、蹴りは、……金魚でも掬うかのようにカノンさんに受け止められてしまった。 そしてカノンさんは全くそれを気にせずに、本当に申し訳なさそうに、こう言うのだ。 「……僕は君の事は全然知らない。 だから薄っぺらく聞こえるかもしれないけど、それでも僕と同じ轍は踏まないでほしい。 本当はね、僕は――君に殺されてしまいたかったんだと思う」 「……そん、な」 その言葉を受けて、今度こそ私の中の火が消えた。 どうしてかは、分からない。もしかしたら、あらためて殺す――と、その行為を見つめ直したからかもしれない。 だけど、……カノンさんの顔を見ていると、そんな雨の中の子供みたいな顔をしないで欲しいという思いが湧いてくる。 ……カノンさんを利用しようとしたり、殺そうとしたりしたのは私なんだから。 カノンさんが自分を責めるなんて、そんな事を許したくはなかった。 「兄弟を殺してしまって、それにこころが軋んで、だけどここに来て殺した理由すら奪われてしまって。 その上、呪いに負けて、僕が僕でなくなってしまうかもしれなくて。 ……だから、もう、楽になってしまいたかった。 放送でもし、僕が誓いを破ってしまっていたら――自殺さえ考えていたんだ。 だから君と出会って話をした時、嘘を吐いているのが明らかな事が、嬉しかった。 鞄の中の何か――今思えばその銃だったんだろうけど――に意識を向け続けてたから、上手く事を運べば戦う事ができるって。 戦ってる間は何も考えなくていいし、運が良ければ死ねるからね」 何を言っているのか、良く分からない詞も多い。 けれど、私なんかにも分かることが二つある。 一つは、カノンさんが私を利用して死のうとしていたって事。 もう一つは、私の演技は、最初から見抜かれていたって事だ。 確かに彼は、ズルいかもしれない。 でも、カノンさんは。 「でも。……君の言葉で思い出したんだ。初めて人を殺した時の、嫌な感触を。 君みたいな女の子はあんな思いをすべきじゃない。 そして君はまだ、僕と違って後戻りできる。 きっと君は大切な人も、見知らぬ誰かも、殺してなんて……いないんだから」 そう言って、にこりと笑うのだ。 ……不覚だ。 本当に、不覚にも。 「あ、ああ、あ……、あぁ……っ!」 殺してないと、その言葉が嬉しくて。 気がつけば、頬に濡れた感触があって。 「うわぁぁあああぁぁぁ……、ひ、ひぁああああぁぁぁぁあぁ……、 カノン、さん……、カノンさん、あぁああああぁああぁぁぁ……っ!」 私は子供みたいに、カノンさんに縋って――泣いてしまった。 泣きじゃくる、その中で。 カノンさんが、死んでしまう。……そんなのは、嫌だと思った。 こんなにも優しくて、だけど繊細な人がそんな事を考えるくらいに追い詰められているという事実。 私は初めて――、今のこの状況自体を、植木を殺した殺し合いという枠組みを、そんなのを作り出した“神”を憎んだ。 ようやくそこに、思い至る事が出来た。 私は――“神”と戦いたいと、思った。 ********** しばらく泣き続けて、どれくらい経っただろう。 彼女は――森あいは、ゆっくりと僕から体を離して立ち上がる。 顔が赤く染まっていたのは涙のせいだけじゃないだろう。 慣れない事をしたからか、僕も少し気恥かしくて、そして気付いた。 先刻までの動揺が、完全にではないにせよだいぶ治まっている事に。 だからだろうか。 僕は彼女がぽつぽつと語る、死者蘇生に関する話についても冷静に聞き届ける事が出来た。 ……キンブリーとやらの言葉がどこまで本当か、それは分からない。 けれど確実に言える事は――、彼女は確実に騙されていたという事。 たとえ誰かを生き返らせられるとしても、その男にだけは頼ってはいけないという事だ。 そして、彼女の話の中で、僕は一つだけ希望を見つけた。 それは彼女の“能力”に由来する可能性だ。 『相手をメガネ好きにする能力』 それを使えば、もしかしたら僕の“スイッチ”すら抑え込む事が出来るかもしれない。 試してみる価値はあるだろうけど、彼女自身はどうやら能力をあまり使いたがってはいないようだ。 無理強いはしたくない。 だから、その事を時間をかけて説得してみたいと思う。 そして、彼女を“神”に立ち向かうレジスタンスの所に連れて行き、保護してもらいたい。 きっとそういう存在はあると思うし、そこには歩君もいるかもしれない。 結崎ひよの辺りに蹴っ飛ばされたら、の話だけど、彼ならば絶望に立ち向かおうとするかもしれないから。 ……これが。 これがこの島に来てようやく手に入れられた、僕の“指針”だ。 絶対に間違っていないとそう言える、確かな縁(よすが)。 本当に、心強かった。 「そ、それじゃあ……よろしくお願いします!」 目を腫らしながらも伸ばしてくる手の求めるものは、握手。 小さい手だな、とそう思った。 僕に何ができるか、何をすべきかはまだ分からないけれど。 それでも、短い間でも――この子を守ろう。 きっとそれが、僕を繋ぎ止めることにもつながってくれるから。 「……うん。こちらこそ、よろしく」 ……僕が君を守るように、君が僕を守ってくれると、そう信じられる。 だから僕は、その手を大切に包み込む。 【F-6南西/山道/1日目/日中】 【カノン・ヒルベルト@スパイラル~推理の絆~】 [状態]:潜在的混乱(小)、精神的動揺、疲労(小)、全身にかすり傷、手首に青痣と創傷、掌に火傷、“スイッチ”やや入りかけ [服装]:月臣学園男子制服 [装備]:理緒手製麻酔銃@スパイラル~推理の絆~、麻酔弾×16 [道具]:支給品一式×3、不明支給品×1、大量の森あいの眼鏡@うえきの法則、研究所の研究棟のカードキー、パールの盾@ONE PIECE、五光石@封神演義、マシン番長の部品 [思考] 基本:ブレード・チルドレンは殺すが、それ以外の人は決して殺さない。 0:森あいにメガネ好きにしてもらう方法を考える。 1:森あいを守りながら、レジスタンスの下へと連れていく。 2:歩を捜す為に、神社に向かう。(山道は使わない) 3:西沢歩が心配。 4:本当に死んだ人間が生き返るなんてあるのか――? 5:キンブリーを警戒。 [備考] ※アイズ・ラザフォードを刺してから彼が目覚める前のどこかからの参戦です。 ※剛力番長から死者蘇生の話を聞きました。内容自体には半信半疑です。 ※思考の切り替えで戦闘に関係ない情報を意識外に置いている為混乱はある程度収まっていますが、きっかけがあれば膨れ上がります。 ※みねねのトラップフィールドの存在を把握しました。(竹内理緒によるものと推測、根拠はなし) 戦術を考慮する際に利用する可能性があります。 ※森あいの友好関係と、キンブリーの危険性を把握しました。 【森あい@うえきの法則】 [状態]:疲労(大)、いくつかの擦過傷 [服装]: [装備]:眼鏡(頭に乗っています)、キンブリーが練成した腕輪 [道具]:支給品一式、M16A2(27/30)@ゴルゴ13、M16の予備弾装@ゴルゴ13×3 [思考] 基本:植木の為にもカノンの為にも、“神”に立ち向かう。 1:カノンに付いていく。 2:鈴子ちゃん……。 3:キンブリーに疑惑。 4:安藤潤也に不信感。 [備考] ※第15巻、バロウチームに勝利した直後からの参戦です。 ※この殺し合い=自分達の戦いと考えています。 ※デウス=自分達の世界にいた神様の名前と思っています。 ※植木から聞いた話を、事情はわかりませんが真実だと判断しました。 ※趙公明の電話を何処まで聞いていたかは不明ですが、彼がジョーカーである事は悟っています。 ********** そして紅蓮の炎がカノンの視界を埋め尽くした。 「……あ、れ?」 ぼとりと、何かが零れ落ちる音がした。 「あれ?」 見るとそれは、女の手首から先だった。 小さな小さな、つい今しがたまで握っていたそのてのひらだった。 あれ? あれ? あれ? あれ?と、たった2文字のひらがながカノンの脳を占拠する。 森あいが、倒れ伏している。 どくどくと血の池に浸りながら、ぴくりとも動かない。 あれ?と、少しだけ前を回想する。 握手したその時に、彼女の手首に奇妙なものを見つけたのだ。 そう、それを見て、どうしてそんなモノを付けているのか、と、何気なく問うたのだ。 その、腕輪を。 キンブリーが練成したと彼女が告げた、腕輪を。 森あいは、もうキンブリーは信用できない、と可愛らしくも力強い両手のガッツで頷いて。 そして本当に無造作に、その腕輪を外したのだ。 それだけだったのだ。 『その時には、もう彼女は引き返せませんよ。念のため保険もかけておきました』 爆炎で、彼女の左腕は肩口までも千切れ飛んで。 そして炎は赤々と燃える。地面に散らばった組織を燃やし尽くして、血煙に濡れ消えていく。 森あいは動かない。 森あいは動かない。 森あいは動かない。 あれ?と、事態の急転に追い付けない脳を置き去りにして体は森あいに近寄っていく。 焦げ臭いにおい。 人の肉の焼けるにおい。 ごろんとひっくり返すと、血で髪をべったりと張り付かせつつも笑顔の彼女がそこにいた。 そして表情を変えはしない。 森あいは動かない。 森あいは動かない。 森あいは動かない。 おーいとカップルがお互いに呼び合うように、彼女の名を投げかけた。 返事がない。ただの××××のようだ。 おそるおそる手を伸ばして、その瞼を広げてみる。 だらしなく開き切った瞳孔が、虚空を見つめていた。 静かに顔を近づけて、呼吸の有無を確認せねば。 喋らないのも当然だ、息をしていないんだから。 決して邪な目的じゃないよと言い訳して、苦笑しながら左胸に掌を。 柔らかい感触の向こう側に、律動はない。 「あれ? ……あれ?」 ああ、もう気付いているのだ。 だから後は、認めるだけ。 「あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? ……あれ? あれ、あれ? あれれれれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれ? あれれ? あれ? あれ、あれ、あれぇ? あれ? ……あれぇ?」 森あいは死んだ。 こんなにもあっさりと、何気なく。 死因は――左腕の喪失による出血と、外傷性及び熱傷性ショック。 心臓に近い左側の肩口が吹っ飛んだから、循環機能の急速な低下を避ける事が出来なかったのだ。 カノンの中の戦闘機械が、冷静に分析するその傍ら。 「……あれ? ……あれ? ……あれ? ……あれ? あれぇ? ……あれ? あれ? あれあれ? あれ? あれ? あれ? あれあれあれ? あれ? あれれ? あれれれれ? あれあれ? あれれれぇ? あれれぇぇ? あっれぇー? あれれれれれぇ? あれあれあれあれれれれれれえぇええぇぇぇえぁれぇぇぇぇぁぇ ぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁは、あっるぅぅぅぅうぇぇぇぇあはぁ ぁあぁぁぁああああぁあああぁあああぁ、は」 パチン カノンは、確かに。 自分の中の“何か”が、切り替わった音を聞いて。 それを、最期に。 ――“カノン・ヒルベルト”は。 痕跡すら残さず――死んだ。 「あはっ、あは、あははは、あは、あははぁはぁはははっはははははひゃ はひゃひゃははははははっはひゃははひゃはははっはひゃひゃひゃひゃ ひゃははっははははははははははははひゃははははははっひゃぁああぁ あああぁあぁぁあはははっははっははっはっはっははっはひゃはあぁぁ あひゃっははははははは、あぅひゃぁはははははぁひゃあっはぁあっ! ひゃはははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははぁぁぁああぁぁッ!」 ここにあるのは、かつてカノンだったナニカ。 人類の抹殺を至上命題とする、最凶最悪の戦闘機械。 咳込みすらしながらも、笑って、嗤って、哂い続けて。 「ひゃははははははははっ! あひゃ、あっははははははは、あひゃぁあ ははははははっははははははははははっははあぁ、ガッ、え、げ、が、 がは、ふっぐっはぁあああはひゃはは、お、ぐぇぇえ、げぇっ、おぐ、 ぐほっ、げほ、ごほ、ごっふぅあひゃがあぁぁっ! がはっ、ごほっ、 げふっ、ぐ、ぐぎ、ぐひ、ふひゃっ、ひゃあはははははははァァァっ、 ――さて、始めよう」 そして――ぴたりと。 まるで糸が切れたかのように、誰をも凍り付かせる音を、吐き出した。 つい今しがたの狂態が、あたかも白昼夢であるかのように。 感情は今ので全て吐き出したと言わんばかりの、荒野より起伏のない音を。 光のない目で、戦闘機械は周囲を観察する。 次に何をすべきか、見定める為に。 ……と。 「…………」 市場の魚を見下ろす目で、己の手の先にあるままのモノを確認した。 その青く未熟ながらもふくよかな柔らかさに、戦闘機械はごく、と喉を鳴らす。 いくら戦闘機械とはいえ、その素体は生産より十数年経過したオスのホモ・サピエンスである。 従って、メスの肉体に生産的衝動を抱くのは当然の反応だろう。 戦闘機械は、その生産的衝動を不要、と判断した。 生殖的欲求に基づく生産的衝動は、極限状況において思考力の低下を促すノイズとなる。 ならば、このノイズを“処理”する必要がある。 そもそもが人類殲滅という非生産的目的を掲げる以上、全くもって無駄な機能と言えるだろう。 可能ならば不要な機構を切除する事でアンドロゲンの分泌を抑制し、戦闘行動への最適化を図るべきとも思考する。 しかし現況において、自傷による自己機能の低下はより一層避けるべき状況だ。 また、長期に渡るアンドロゲン分泌の抑制状態は身体能力の低下をもたらすケースも存在する。 未だ成熟しきっていないこの肉体にとって、生殖機構の切除は最終的には利と働かないだろう。 故に、行為による衝動の発散を選択。 奇しくも、この島に滞在するとある暗殺者の習慣の如く、仕事の前にそうする事を決めていた。 合理的判断の下、対象が片腕を失った死体であるという倫理的問題を思考から除去。 最適な道具がそこにあるならば、使用する。 そこに疑問も何も抱かない。 むしろ、抵抗による非効率な体力の消費を抑えたメリットを重要視する。 躊躇いなく、手を触れたままで揉みしだく。 余った片手で布に手をかけ、破り取る。 血の臭いとメスの臭いが立ち込めた。 直接露出部に触れ、更に強く行為を進める。 体温が未だ失われていないため、興奮状態の励起並びに持続は十分可能と判断。 ぴちゃぴちゃと、動く度に跳ねる血の音が臨場感を補完する。 この行為には、一切合財の恋愛感情も慈しみも情動も快楽も、肉欲さえも存在しない。 蛋白質を擦り付けるだけの、ルーチンワーク。 ただそれだけの代物だった。 ********** これが――、これが、カノンの所業だとでもお前達は言うのか!? 認め、ない。認めない……! 俺は、こんなものがカノンであることを――否定する! よう吼えるの。所詮、お主の知らない一面が突きつけられただけじゃろ? 素直に認めてしまった方が楽じゃぞ? 何もかもを受け入れて、な。 ……ッ! カノンは、こんな……! そもそも、カノンだけじゃない。 言え、お前達は何をした! この殺し合いの参加者は、本来取るはずのない行動を、稀にだが――、 くく、それはお前さんも――じゃろ? ……何だ、と? 気付いておらなんだか? それとも、気付かぬように弄られたのか。 ……いずれにせよ、全くいい趣味しておることよの。 では、問うぞ? お前さんは、どうして、いつから、ここに居る? ……そ、れは、……? ――そら、答えられまい? どうした、鳩が豆鉄砲でも食ったような顔をしおってからに。 結局全ては流れ通りよ。お前さんが今ここで気付いた事さえ、それを踏まえてどう動くかさえの。 ********** カチャカチャ、カチャカチャ。 不要なものは、機構が痛みを覚えるほどに過剰に、何度も吐き出しきった。 ズボンのベルトを締めながら、戦闘機械はようやくノイズ除去を終えた思考を展開する。 この場に存在する全人類の抹殺は如何にして為し得るか。 できれば、破滅への道は絶望が大きい方がいい。 遺伝子レベルで、それはインプットされている。 ならば、やはり鍵は――鳴海歩か。 この状況、殺し合いの下では人類は勝手に死んでいく。 それこそ自分が手を下すまでもない。 ならば、自ら死に臨む連中は放っておけばいい。 最も効率良く人類を殲滅するには、レジスタンスの中心に潜り込み、頭を潰すのが手っ取り早いだろう。 故に――、鳴海歩の所在集団に潜入するのが最適と判断。 かつて存在した“カノン・ヒルベルト”というニンゲンの思考を、彼の記憶を基にトレースすれば表面上の協力は容易いだろう。 そして、彼の在不在を問わず、レジスタンスの勢力が最大限に大きくなった時。 あるいは、殺し合いに乗る存在がいなくなった時。 その時こそ、自分の機能が最も有効に利用可能と確信。 内部よりグループを撹乱し、崩壊させる。 それだけの性能を己は保有していると、慢心も驕りもなく当然のものとして判断。 同時にスペアプランを構築。 鳴海歩あるいは大集団との遭遇が早期に叶わなかった場合を想定。 現在自分は狙撃銃仕様のM16を所有。 これを用いた長距離狙撃による集団の中心人物の暗殺は有効と判断。 当プランはメインプランの代替物としてだけでなく、同時並行運用が可能である。 よって、鳴海歩あるいは集団との遭遇時まで、狙撃による人類排除を優先して実行する。 ただし、十分なアドバンテージを確保してから遂行の事。 待機時間は不要。即座に状況を開始する。 “カノン・ヒルベルト”への擬態を完了させ、戦闘機械は一歩踏み出した。 “カノン・ヒルベルト”の推測に則り、神社の方角へと。 【森あい@うえきの法則 死亡】 【F-6南西/山道/1日目/午後】 【カノン・ヒルベルト@スパイラル~推理の絆~】 [状態]:疲労(小)、全身にかすり傷、手首に青痣と創傷、掌に火傷、“スイッチ”ON [服装]:月臣学園男子制服 [装備]:支給品一式、M16A2(27/30)@ゴルゴ13、理緒手製麻酔銃@スパイラル~推理の絆~、麻酔弾×16 [道具]:支給品一式×4、M16の予備弾装@ゴルゴ13×3、パールの盾@ONE PIECE、 大量の森あいの眼鏡@うえきの法則、研究所の研究棟のカードキー、 五光石@封神演義、マシン番長の部品、不明支給品×1 [思考] 基本:全人類抹殺 1:鳴海歩、あるいは大集団と合流。折を見て内部からの崩壊を狙う。 2:鳴海歩の捜索。神社に向かう。 3:十分なアドバンテージを確保した状態であれば、狙撃による人類の排除。 [備考] ※アイズ・ラザフォードを刺してから彼が目覚める前のどこかからの参戦です。 ※剛力番長から死者蘇生の話を聞きました。内容自体には半信半疑です。 ※みねねのトラップフィールドの存在を把握しました。(竹内理緒によるものと推測、根拠はなし) 戦術を考慮する際に利用する可能性があります。 ※森あいの友好関係と、キンブリーの危険性を把握しました。 ※森あいの死体の近辺には彼女の衣服の残骸が散乱しています。 ********** さあ、レールはもう敷かれている。 後は一直線に――、脇目も振らず、その上を走っていくだけだ。 その行き着く先がどこであろうと、誰も彼もが駆け抜けていく。 その道程でレールが途切れ、奈落の底に堕ちていくと分かっていながらも――止まることなど出来はしない。 時系列順で読む Back 両目を塞ぐ悪魔 Next 『戦おうじゃないかっ、趙公明1番!!』作詞 C.公明 / 作曲 魔礼海 投下順で読む Back 厠の花子さん Next 罪の最後は涙じゃないよ 125 「あの未来に続く為」だけ、の戦いだった 森あい GAME OVER 125 「あの未来に続く為」だけ、の戦いだった カノン・ヒルベルト 152 雪が降る
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私は一体、何だったのだろう。 地球に住まう人類と彼ら以外の生き物は、その年を、当たり前のように危なげなく過ごした。 無事に家族と年を越した者もいた。一人寂しく、怠惰に緩やかに次年を待った者もいた。結局年内に仕事が終わらず、職場で年を迎えた者もいた。 世紀の最後は何の問題も変哲もなく過ぎて行き――それと同時に、私の力は、失われた。 私は一体、何だったのだろう。 人の生きる社会を破壊する事を、彼ら自身が期待する事で私は生まれた。 諸処諸々の国家を破壊し、人類を混沌の坩堝に叩き落とす事を人自身に期待され、私はその身に力を付けて行った。 ――人が生きる基礎にして究極の土台、地球を破壊する外宇宙からの『脅威』として夢見られ、力の限り私は頑張って見せた。 だが、遅かった。人は表面上破滅と死を望んでいながら、結局心の底では多くの人類が、終わりを求めていなかったのだ。 だから、私と言う爆弾は不発に終わった。一年の間に付けて来た、太古の地球や神代の霊をも凌ぐ破滅の力は、一月一日を以って全て失われた。 人を許さぬ訳ではない。私と言う存在を生み出した人類には、ある種の感謝すら覚えている。 覚えているが――ああ。ああ。この心の奥底に芽吹く、焦げ跡の様に燻る感情は、何なのだろう。 私も、破滅の使徒としての力を解放したい。人が嘗て私に望んだ役割を、果たしたい。 ああ、もしも。もしも。 今が■■■■■であったなら。私は――私の生まれて来た使命を果たせると言うのに ―――― カルデア、と言う言葉について藤丸立香は深い注意関心を抱いた事がない。 以前、オケアノスの海でドレイクが、その名前を聞いたとき星見屋と呼んでいたが、これはカルデアと言う言葉の本来の意味を知っていたから出た言葉だ。 カルデアと言う言葉は元来、占星術や天文学に秀でた才能を持った、古代民族ないしこれらを生業とする特権階級の者達であったと言う。 成程、つまりカルデアと言う組織は、地球と言う惑『星』の未来を観測して人類の未来を護る事から、その名前が付けられたんだな、と言う解釈は、 実に半一般人である立香らしい解釈であろう。本当は違うかも知れないが、それでも良いじゃないか。意味的に間違ってないんだし。 カルデアのマスターとして、立香の知識量と言うのは余りにも、本来カルデアが想定していた水準のそれに達していない。 それはそうだ、グランドオーダーが始まる前まで、この青年は市井に生きる本当にただの一般人だったのだ。 運命の悪戯次第では、人理焼却に巻き込まれていたのであるから、実にゾッとしない話である。そんな青年であったから、魔術の腕などそもそもなく、 彼らに通常備わっている魔術の知識も下の下の下。これが聖杯戦争のマスターであったのなら御先が見えない程、マスター適性に疑問を持つような青年であるのだが、 これを天性の幸運と持ち前の柔軟性、そして他のサーヴァントから『人たらし』とすら言われる程のコミュ力と行動力、立香はカバーしている状態なのだ。 そしてそれを以って、事実立香は人理焼却の事件を解決し、人理焼却後に発生した二つの特異点と、不思議な不思議な並行世界での事件を収束に導いた。 カルデアに所属しているスタッフならば、最早誰もが認める所であろう。この青年は、フィニス・カルデアと呼ばれる組織のキーマンである、と。 だがいつまでも、持ち前の天運とコミュニケーション能力、発想の柔軟性、そしてある種無鉄砲とすら言える行動力を武器とする訳には行かない。 当たり前の事だが、身体能力や魔術としての腕前、そして神秘の方面での知識をシッカリと保有していて損はないのだ。 寧ろ立香の場合は、なくて損をする可能性があるどころか、ないと逆に損しかないのである。だから彼は、特異点発見の合間を縫って、日々の勉強やトレーニングを欠かさない。 キャスタークラスのサーヴァントから、魔術についての基礎的な練習や講義を受ける事もあるし、三騎士のクラスの中でも、 まだ『こっちが生身の一般人』である事を理解した上で常識的なトレーニングを設定してくれるサーヴァント達に訓練を見て貰う事もある。 此処に来てから立香はずっと、勉強とトレーニング、そしてたまの休暇やオフを楽しむ、と言うサイクルを続けていた。 音を上げそうな事もあるが、それ以上にサーヴァント達と接する事は楽しい。キツい辛いと零す事はあれど、『辞めたい』と口にした事は一度もないのは誇りだった。 現在、立香はカルデアに存在する図書室のスペースで、殊勝にも自習に取り組んでいた。 結構前から、暇があれば此処に召喚されたサーヴァント達について記された書物を読む事にしていた。 彼らについての理解を深めるのと同時に、頼れる後方支援者。嘗て自分と一緒に前線で戦い抜いた盾役にして、今はその仕事を隠居し青年のサポートに務める少女。 マシュ・キリエライトの負担を少しでも軽くしたいと言う思いもあった。マシュの知識量は驚異的で、立香も舌を巻く位だが、彼女のサポートにのみ頼る訳には行かない。 現に彼女の通信が届かない下総での一件の時は、彼女の的確なアドバイスや補足がなかったせいで、大なり少なりの泣きを見た。と言うか酒呑に滅茶苦茶泣かされた。 自分にも知識が必要なのだ、と思い、立香は自主的な学習を頑張っている。その一環が、図書室で見ている、星について記された諸々の書物だ。 ……正直言って、カルデアにおさめられた諸々の書物は、立香にとって解り難いと言うのが本音であった。 それはそうだ、この組織の理念は、ガチガチにお堅いもの。揃えられている資料や書物は、所謂『一次文献』。 解りやすく噛み砕かれ、アレンジのされた二次文献ではないのである。だから、まだ年若い立香には、一次文献特有の固い文体や、あそびも何もない表現に馴染みがない。 それに、殆どの資料が立香の喋れぬ国の言語の本である事が多く、同じ日本語で書かれてる……らしい書物にしたって、何世紀も前の表現や文体である為、 読み難い事この上ない。だから正直な話、勉強しようにもこのカルデアは、勉強する為の資料や文献からしてレベルが高い為、立香は非常に難儀しているのである。 >>ア、ア……アベ……アベプ…… 「せ、先輩。無理して読もうとしなくても大丈夫です、私がサポートいたしますので!!」 全文字全段落、全頁英語で書かれた、百科事典か何か? と言うべき、角で殴れば人が死ぬレベルの厚さの、ハードカバーの本を見て目を回す立香。 それを、隣に座るマシュ・キリエライトがサポートする。正直立香の英語力は並程度しかない。日本の英語の授業などで使われる、 解かせる・読ませる・訳させる事に重点を置いた教科書に書かれる英文とは違い、この本に書かれてる英語はネイティブ、それもかなりのインテリ層にターゲットを絞った、 マジのガチの英語である。英語辞書を持ってきてサポートをしようにも、立香からすれば訳ワカメ。全然頁が進まない。 そこで、この頼れる後輩、マシュ・キリエライトなわけだ。戦闘面、レイシフト先でのサポート以外でも、この後輩は実に頼りになる。 隣で立香の為、英文を翻訳し、伝えると言う作業。これが今のマシュの仕事だった。これが、本当に難文部分のみを訳しているのなら兎も角、 全文マシュが訳してやっていると言うのであるから、立香としては立つ瀬もないし、男としてもそれはどうなんだ? と思ったのである。 だから、独力で読ませて欲しいとマシュに断り、チャレンジをして見た物の……結果はご覧の通り。 まず序文の段階で蹴躓く程である。無理して読んでみても、脳内に浮かび上がる訳とも言えぬ訳が本当に正しいのかどうかも解らない。 流石にマシュとしても、無理して読もうとする、頼れる先輩の姿を見ていられなくなったか、自分を頼れと言うような身振りと目線を送り続けるが――助け舟は、意外な男から出された。 「『アンティクトン』、と読むのだよ。マスター」 知恵熱で耳と目と鼻から煙が出そうな程唸っている立香と、図書室の本だと言うのにペンを取り出して要点を丸で囲もうとしているマシュ達の耳に、聞こえてくるのはナイスミドルの声。……ミドル、と言うよりは、もうそろそろアッパーに入りそうな気がするが。 「教授」 と、口にしたのは立香とマシュだった。 一目で上物だと解る洒落たコートに、向こうの伊達者が身に着けていそうなマントが、その男にはよく似合う。 インテリジェンスを一目で感じ取らせる、知性的な風貌と佇まいをしたこの男が、コナン・ドイルの世界的に有名な著作の押絵と同一人物とは思えないだろう。 イラストと実際の姿が違い過ぎるからだ。名を、ジェームス・モリアーティ。このカルデアに召喚された、サーヴァントの一人である。 >>どうして此処に? 「年中悪巧みばかりしてる訳じゃないサ。悪の組織のボスと言うのは往々にして、こじんまりした趣味の一つや二つ、持っているものだよ。小鳥を飼ったりとかね」 「ミスター・モリアーティの場合は読書、と言う事ですか……?」 「趣味の一つではあるね。人の上に立つ上でも、プランニングに於いても重要な知恵も身に付けられる、この世で最も有益な趣味の一つさ」 ふむ、と顎に手を当て、モリアーティは立香達が読んでいる本に目線を送る。 「私が借りようと思っていた本だね、それは」 >>え、そうなの? ごめん、今渡すよ 「ああ、いいよいいよ。優先して君が持っていてくれて構わない。生徒の自習を邪魔する程意地が悪い男じゃあないんだが……せめて、文献を読めるだけの最低限の語学力は……つけておいた方がいいと思うナー」 その一言にグサッと来たか、ショックを受ける立香。遠回しに、もう少し勉強しろと言われたに等しい。 この正論を、よりにもよって問題児であるところのモリアーティに言われた、と言うのが大きい。「先輩、大丈夫です!! まだ巻き返しは出来ますよ!!」と、まるで出来の悪い生徒を励ます予備校の講師みたいな事を口にするマシュ。いいコンビだった。 「とは言っても、マスター。君が読み淀んでいたその言葉を、スムーズに口に出来ないのも、当然の事なんだよ。それは、古代ギリシャ語だ」 >>あ、そうだったの 「そりゃあそうさ。そんな文字英語には使われてないだろう。まぁ、英語以外の文字かと思ったのだろうが、真実それはギリシャ語だよ」 「それで……アンティクトン、とは、どう言う意味なんですか?」 マシュが、至極当然の疑問を投げかけて来る。読みは解ったが、意味が解らないのである。マシュですら解らないのだから、勿論立香にも解らない。 「そうだね……敢えて言うのなら、『反地球』、と言う事になるのかな」 >>はん、ちきゅう……? 半分の『はん』じゃないよね? 「Halfの方じゃなくて、Counterの方だ。つまり、反対の方の『はん』さ」 「つまり、地球とは何から何まで正反対の星、と言う事ですか?」 マシュの言葉に、立香は考える。海と陸地の比率や、空気が毒か否かとかを言っているのだろうか? 「反対側なのは位置さ。その星は、地球から見て太陽を挟んだ反対側にあると言う。故に、反地球、Counter Earthと呼ばれている」 >>太陽を挟んだ反対側……? 「古代ギリシャの学者と言うのは、相当優れていてね。あの時代で既に、地球が丸いと言う事は既に彼らは解っていたのサ。だが、地動説。太陽を中心に惑星が公転していると言う事実に辿り着けた者は、彼らの時代であっても少ない。私が知る限りでは、地動説に指をかけた天文学者は二人。フィロラオスと、アリスタルコスだ」 カルデアに召喚されてから様々な厄介事を持ち込む事が多いモリアーティであったが、その本質は極めて頭が切れる上に、人に物を教える才能に溢れるプロフェッサーだ。 その語り口は滑らかで、自信に溢れ、そして何より解りやすい。立香もマシュも、聞き入っていた。 「さて、この反地球、古代ギリシャの言葉でアンティクトンと言うこの概念を最初に考えたらしいのは、フィロラオスだと言う。フィロラオスが地動説を考えていた事は先程も言ったが、推論を続けて行く内に、自分の推論を裏付ける仮説がない事に気付いた」 「その仮説とは、何なのでしょう?」 「カウンターウェイト。詰まる所、重さの釣り合いを図る為の重石だ。彼は、太陽の周りを地球が公転するには、地球と全く同じ大きさ・質量の惑星が必要だと思ったんだな」 >>だけどその考えって…… 「そう。今日天文学を研究している者で、この説を信じている学者は存在しないだろう。現に、私の生きていた時代ですらこれを信じていた学者は狂人扱いだったよ」 「夢はあるから、嫌いじゃないがネ」、とフォローするモリアーティ。 「さて、この反地球の最大の特徴は、地球からでは『その姿が見えない』と言う所にある」 >>望遠鏡を使っても? 「地球の自転と公転と、反地球の自転・公転が同期してるのさ。この条件に加えて、太陽の反対側に存在するのだ。地上から人間が、その姿を拝むべくもない。そう言う寸法さ」 「少し借りるよ」、と言って、モリアーティは立香達が読んでいた分厚いハードカバーの本を手に取り、その表紙を眺めてみる。 「カルデアを創始したアニムスフィア家とは、時計塔の天文科の大重鎮だそうだな。成程、こう言った本があるのも頷ける」 「あの、その本って……」 「天文科に所属する、位の高い魔術師等が所持するレアな占星術・天文学の手解き書だ。現代の天文学の文献で、アンティクトンについて説明する本があるとは思えん。あったとしても、天文学の成り立ちや歴史について説明した本位のものだろう。何をマスターが学ぼうとしていたのかは知らないが、天文学を用いた魔術は向いていないのではないか?」 >>カルデアだから、一応星についての知識も学んでおいた方がいいかなって 「素直だねー君は。騙す事すら気が引ける位純粋だ。適度に嘘吐きで、小賢しくないと意識誘導は難しいし、やっていて楽しくないんだよ? 「ミスター?」 「ごめんごめん、嘘サ。嘘!!」 睨みつけて来るマシュに対し、モリアーティはハンズアップ。 今言った事は全部アラフィフの茶目っ気、内なるゴーストの囁き、黒幕はホームズと言う事で乗り切ろうとした、その瞬間だった。 ――聞き慣れた、アラート音。 アラートを聞き慣れてしまった、と言うのも奇妙で、そして、良くない話であるとは思うが、カルデアに来てからこの警報の音を立香もマシュも、 随分と耳にして来た。人理焼却を解決する際にも、そして、解決してからも。このアラートはいつだって、不意打ち気味に鳴り響く。 そして、この音が鳴った時はいつだって、立香の出番でもあった。アラートだから至極当然ではあるが、この音が鳴った時は――厄介事の合図であった。 【立香君、マシュ!! 緊急事態だ、休暇中悪いが、直に管制室に来てくれ!!】 スピーカーから聞こえてくる、ダ・ヴィンチの声。言われなくても。 >>マシュ!! 「はい、先輩!!」 読んでいた本をパンッ、と閉じ、二人は急いで管制室の方へとダッシュ。 「若いって良いなー」、と口にしながら、モリアーティは小さくなって行く彼らの背中を眺める。 元より走るのはアラフィフだ、相当きついし、宝具の時の大ジャンプなどヘルニア・ぎっくり腰、その他諸々を我慢して行っているサーヴァントだ。若さに任せて走れると言うのは魅力的な事であった。 「……乗りかかった船だ。彼らの様子を見届けてやるべきだろう」 自分のペースを計算して、モリアーティは自分なりに楽な速度配分で走り始めたのだった。 ――ぐおっ、足を挫いた…… ―――― >>藤丸立香、到着!! 「マシュ・キリエライト、到着しました!!」 「すまない!! オフの日で恐縮なんだが……特異点だ!!」 >>そんな事だろうと思った!! そう言う立香だったが、非難めいた声音はそこにない。 「それで、ダ・ヴィンチちゃん。今回の特異点の場所は……?」 「それは私の方から説明しよう」 言って、管制室の一角から、声の主が姿を現した。 実に理知的で、落ち着いていて、端正で整った顔付きと容姿をした、ブルーブラックのインバネスを纏う紳士だった。 後世においてトレードマークとされるベレー帽を、今男は被っていない。本当は、それ程彼のファッションセンスにはそぐわない物だったのかも知れない。 シャーロック・ホームズ。探偵の祖であり、明かす者の代表。彼もまた、このカルデアに招かれたサーヴァントの一人であった。 「ミスター・ホームズ……?」 「今回の特異点についてだが、君達は別の意味で驚くかも知れない。場所が特殊なんだよ」 「特殊な所なら、先輩も私も、今まで色々と……」 「時間神殿の様に特殊な異空間でもなければ、アガルタの如き地下世界でもなく、マスターが足を運んだジャパンの下総のような並行世界でもないのだよ」 >>それじゃあ、何処なんだ? 「結論を言う。時代はA.D1999、場所は『東京』だ」 「東京!? それじゃこれは……」 「以前レムナント・オーダーでレイシフトした、新宿と全く同じ場所だ、と言いたいかな?」 ダ・ヴィンチにこれから言うべき言葉を奪われたマシュ。 「だが、間違いなくシバのレンズはその地点にポイントを指示しているんだ。私とて、夢かな? と思わないでもないよ。何せ、一度立香君が解決させた特異点と、実質殆ど同じ所でまた特異点が発生するんだからね」 肩を竦め、カルデアスにシバがポイントしている地点を眺めるダ・ヴィンチ。 「以前ダ・ヴィンチが語ったかも知れないが、本来この時代の日本には、差し迫った危機などなかった。いや、日本に限らないな、世界全土を見渡しても、それらしい危機など見られなかった。そう、特異点が発生するとしたら――」 「私みたいなヴィランが、悪巧みしている以外にあり得ない、かね?」 管制室のドアが開き、其処から、仕込み杖を使って苦しそうにモリアーティが到着する。 珍しい客が来たな、と言うような表情を、ダ・ヴィンチもホームズも浮かべる。だがすぐに、厄介で面倒くさくてそろそろご退城願おうかしらな奴が来た、と言う風な顔に変化する。それは、この管制室で作業する他のスタッフについても同様であった。 「アレ、凄い目線が冷たいのだけれど? ライヘンバッハみたいに。ライヘンバッハみたいに!!」 「そう言う目線を送られる理由は何なのか、胸に手を当てて考えてみる時だろうな、モリアーティ。それで、何の用かね」 「何、先程までマスターと、可愛らしい御嬢さんと話していたのでね。そのついでに足を運んだだけサ。そうして来てみたら、何でも今の私とは違う私が大暴れした特異点の場所と、全く同じ所に特異点があると言うじゃないか」 ニッ、とホームズの方に笑みを浮かべるモリアーティ。腹に一物どころか、二物位ありそうな笑みだった。 「正直な所、面白いと思わない筈がないだろう、ホームズ?」 「君に同意するのは中々抵抗感があるが……実を言うと同じ気持ちだ。つくづく探偵と言うのは不謹慎な生き物だな」 「そんな探偵は君だけだよホームズ……」、と、わざと聞こえるようなレベルの小声を口にするのは、ダ・ヴィンチであった。 「何故、東京に特異点が? それを考え、推論や仮説を立てて行くのは容易いが、何れにしても、真実に辿り着ける程の道筋は、現状の所立てられていないと言うのが本当の所だ」 「ミスター・ホームズですら……」 「但し、一つだけ確かな事がある。正確に言えば、極めてその蓋然性が高い仮説とも言うべきだが――」 「罠(アプローチ)の可能性がある、そう言いたいのだろう?」 ホームズばかりが良い顔して推理を披露する事をよしとしなかったか。 モリアーティは、彼の言葉尻を奪うように、これからホームズが口にしようとしていた言葉を先手を打って口にする。 「その通りだ、モリアーティ」、無表情でホームズがそう口にしたのを耳にし、グッとガッツポーズをするモリアーティ四十代後半児。 「魔神柱間で情報の共有がなされているのか否かは、我々とて知る事ではないが、昔私が特異点に使ったと言う場所と全く同じ……しかも年代まで寸分の狂いもないと来ると、作為のような物を感じるのも、無理からぬ事だろうなぁ」 魔神柱達との間に、一度特異点として使った年代や場所は、二度と特異点として使わない、と言うルールは確かにない。と言うより、聞いた事がないからだ。 だが、既に立香達も思い知って居るように、魔神柱達は結合を解かれた事により、極めて人間的な性格を獲得するに至っている。 仮にそのような盟約や決まり事があったとしても、それを反故にする魔神柱がいたとて、何ら不思議ではない。 その可能性を念頭に置いて、向かった方が良いのかも知れない。罠である、と警戒して向かう事に、何の失点もないのであるから。 「――調査結果、判明しました!!」 と、管制室にいるスタッフの一人が、ダ・ヴィンチに向かって叫ぶ。「どうだ!?」、と結果を促すダ・ヴィンチ。 「調査の結果、この年代における東京に、魔神柱が関与している可能性は、限りなくゼロです!!」 「相手は特異な力を持つ魔神だ。何かしらの手段を使って、徹底的に己の姿を隠匿していると言う可能性もあるだろう。アガルタの時の様に、ね」 そう、ホームズが言うアガルタの特異点の時も、魔神柱フェニクスは自らは死んでいる状態、と偽る事でカルデアのサーチを回避していた。 今回の特異点でも、そんな離れ業を使っている可能性も、ゼロではない。寧ろ大いにあり得る、が。 「だが現状、その情報を元に推理するしか道はないようだ。今そこの優秀なスタッフの調査した結果を信じるのであれば、この特異点は、人理焼却の件を解決した際の『ゆらぎ』かも知れないが……」 「どちらにしても、今はこの、発生してしまった特異点を解決するしか道はないようだね。すまない、立香くん。――頼まれてくれるかい?」 一同の目線が、立香の方に集中する。そして勿論、彼の答えは決まっていた。 >>行ってきます!! 「……本当にすまないと思っているよ。その元気な言葉で、私達も救われる」 微笑みを零すダ・ヴィンチ。立香も良く知る、モナ・リザの笑みだが、絵画のそれより笑みが柔かい。 「それでは藤丸立香、君にオーダーを下そう。オーダー内容は、1999年の日本の首都、東京で発生した特異点の修正、そして、関与していると考えられる魔神柱の討伐だ!!」 >>――了解!! 「先輩……いつものように、先輩の存在証明は、我々が……特に、この私が万全に行って見せます。安心して、特異点の解決に、全力を奮って下さい!!」 >>ありがとう、マシュ その言葉に笑みを浮かべたマシュ。そして、コフィンの方へと走って行く立香。 手慣れた様子でコフィンへと入って行くと、待ってましたと言わんばかりに、レイシフトへの準備が、コフィンの方から整わせて行く。 「よし……では、レイシフトプログラム、スタート!!」 ダ・ヴィンチの言葉と同時に、スタッフ達が一斉に作業を行った。 全ては、このカルデアにおける希望であるところの藤丸立香を、何が起こるか解らない死地へと送り――そして、その無事と、事態の解決を祈る為に。 アンサモンプログラム、スタート。 霊子変換を開始します。 レイシフト開始まで、あと3、2、1…… 全工程、完了(クリアー)。 ……アナライズ・『ヴァニッシュメント』・オーダー 人類絶滅阻止作業、検証を開始します。 「――は!?」 と、声を上げるのはダ・ヴィンチだった。 管制室の通達が、『ヴァニッシュメント』と口にした時点で、この場にいる全員が愕然の表情を浮かべていたが、その後に続いた言葉を聞いて、 どよめきが部屋中を支配した。人類消滅阻止作業……そんなミッションは聞いた事もないし、そもそもそのような音声は設定していない!! 何が起こった、と、眼を見開かせ、必死に右脳と左脳をフル回転させるダ・ヴィンチだったが……変化は、これだけではなかった。 「な、何あれ!? シバが……シバが!!」 どよめきとは一線を画する、スタッフの狼狽の声に、マシュやダ・ヴィンチ達が反応。 スタッフの声を信じ、シバの方向に目線を向けるダ・ヴィンチ達は……シバの驚くべき変化に、目を瞠った。 それまで、日本の東京に照準を向けていたシバが、藤丸立香がレイシフトしたのを見計らって、一斉に方向を転換させる。 何処に、シバは照準を合わせている? 中国か? 中央アジアか? ヨーロッパか、アメリカか!? 違う、そのどちらもに、シバはレンズを合せていない。――『壁』だ。シバは、そもそも『カルデアスにレンズを向けていない』。 全くあらぬ方向である、管制室の壁の一角にレンズを向けているのだ!! 「何だ、何が起こっている!! 観測班、どうした!! 何も起こっていないのにシバの故障など、洒落にもならんぞ!!」 「わ、解りません!! 確かにシバの動作は異常な筈なのに……シバ自体は、全く異常なしで……」 「せ、先輩は、先輩はどうなっているんですか!?」 マシュが、コフィンの方とシバの方に、不安げな目線を送る。 その言葉を受けて、他のスタッフ達が立香の方に目線を向ける。……異常はない、レイシフト自体は、成功しているようである。それが猶更、無気味であった。 「……どう思うね、ホームズ」 間延びした口調ではない。実に剣呑な語調で、モリアーティは、あろう事か宿敵に対して意見を求めた。 いや、事此処に至っては、もう宿敵・仇敵の間柄ではない。この地上で唯一、同じ推理力の視座を持った、相似の存在に意見を求めているに等しかった。 「月並みで凡庸な意見だが、『ユダ』がいるね。この場所に」 「結構。あまりにもチープな推理過ぎて、私から言うのは恥ずかしかったから君に振ったが……貸し一つかね、ホームズ?」 「年上は敬う物だと教わっているのでね。気にする事はない、サー・モリアーティ」 ホームズの言葉に特にレスポンスを示さないモリアーティ。事態が、のっぴきならない事を指し示す何よりの証であった。 だがそれ以上に重要なのは、ユダと言う言葉。裏切り者が、いると言うのか? この管制室に。 あの、人理焼却の一件を一丸となって乗り切ったこの組織に。よもや、藤丸立香を謀って殺そうとする者が、いると言うのか!? 「そ、そんな者がいる筈がない!! 立香くんの人柄や活躍を知っているだろう!? 誰なんだ、その愚か者は!! ミスター・ホームズ、モリアーティ!!」 「素晴らしい心構えじゃあないか、ミスター・フレデリック。自首は尊重されるべき行いだよ」 モリアーティがそう口にすると、彼は、手にしていた杖――否。 銃の機構を搭載した仕込み杖の先端を、フレデリックと名乗る男の方に向ける。 すると、先端部に取り付けられた、カメラの絞りに似た部分がオープンし始め、其処から橙色の火柱が、噴出する!! 管制室に響き渡る銃声。モリアーティ!? とダ・ヴィンチが叫ぶが、それにもまして驚きだったのは――放たれた銃弾を左手一つで、全て指で挟んで防御した、フレデリックと名乗るスタッフであった!! 「――やるね」 死んだような静寂が、銃声のエコーする管制室を支配する。耳が痛い程の、静けさだった。 そんな中で、フレデリックが放り捨てた、モリアーティの仕込み杖から放たれた弾丸が床に弾む音が、よく響いた。小気味の良い、金属音であった。 「流石に音に聞こえた洞察力だよ。何時から気付いていた?」 「シバの異変を察知した時の、表情の変化が遅すぎる。皆がシバに目線を向けてからの表情の変化が、わざとらしい。急に三文役者になったようじゃあないか」 「モリアーティと同意見だ。君がその気になっていたら、我々とて君の変装に気付けなかったろう。となれば、君は、僕らに気付かせるべく、芝居に下手を打ったね」 「正解だよ、探偵先生。今回ばかりは、推理の後出しと謗られないね。何せ、事態が此処に至るまで、本当に気付けなかったんだから、サ」 ケラケラと笑うフレデリックの姿に、先程の、本当に藤丸立香の身を案じていた男の姿はない。 この場にいる全員を、嘲り尽くすような、小馬鹿にするような。そんな笑みを上げているではないか。 「貴様、カルデアに何の目的がある。シバ観測班の、フレデリック・マストリアスに何をした。藤丸立香をどうしたんだ!!」 ダ・ヴィンチの一喝と、叩き付けられるカルデア管制室のスタッフの敵意に、フレデリックの姿をした何かは動じない。 スタッフの一人が、最上位の緊急レベルのアラートを鳴らすボタンを押して見せる。これでこの場所に、カルデアに配属されている一級所のサーヴァントが、やってくる。 「焦らないでくれよ、美しいモナ・リザの笑みが形無しだ。順繰りに答える。先ず、カルデアの施設に対して破壊工作をした訳じゃあない。やった事と言えば、シバ、って言う板が、東京の方に向いてくれるよう小細工を弄した事と、今のレイシフトのアナウンスを、それっぽくして見ただけさ。それ以外は天空と、僕の役割に誓って何も細工を施してない」 二つ目、と、先程の事項を説明を説明する際に立てていた、左手の人差し指に追加する形で、左中指が立てられた。 「本物のフレデリック・マストリアスは無事さ。自室で少し、長いお休みをしてるだけだ。水でも顔にかければ起きてくれるよ」 三つ目。 「藤丸立香については、僕も細心の注意を払っている。ともすれば、彼の存在を証明する君達よりも、ナーバスに扱ってるつもりさ」 「ふざけないで下さい!!」 フレデリックを騙る何者かに対して、初めて激昂の念を示したのは、他ならぬマシュ・キリエライトだった。 カルデアや、立香を謀っておいて、口にした言葉が、自分達以上に存在証明に気を配っている? これ程恥知らずな言葉もあるまい。あのダ・ヴィンチですら、不愉快そうな様子を隠し通すのが難しい状態だ。苛立ちが、表情から如実に窺える。 「まぁ、僕がどれだけ頑張ってるのか、と言われても、それを此処で証明するのは難しいな。とは言え、それは一応本当なんだよね。詳しい事はそうだね……」 シバの方に目線を向ける、フレデリックではない何か。 「あれを通じて、特異点……いや、特異『星』かな? それを見てくれれば、大体解ってくれるだろう」 「さて、もう時間かな?」、と、腕に巻き付けていた腕時計に目線を下ろしたその隙を縫って、 モリアーティが、幻霊である魔弾の射手を融合させた事で入手した銃の機構を内蔵した鉄製の棺桶から、誘導ミサイルを一つ、超音速で発射。 それに対して成す術もなく、フレデリックを名乗る男は――直撃!!。 胴体の半分以上、右足と右腕は完全に吹っ飛び、頭部の三割も、グシャグシャに吹き散った。 ――残念だね。これは一種のアバターさ。消した所で、藤丸立香の向かった特異点に既に待機してる僕にはノーダメージなんだな―― 喉を吹き飛ばされ、声を発する事が出来なくなっていると言うのに、フレデリックの声は管制室によく響いた。 如何やら彼の口にした内容は本当らしく、血の代わりに煙が、体中から噴出し、ミサイルの影響で、この部屋から消滅を始めていた。 ――それじゃあ、始めるとしよう。『殺戮終局破滅惑星 アンティクトン』……其処での愉快な出来レースをさ―― その一言を言い終えると同時に、フレデリックの姿は完全に消滅した。 後には、嵐のような出来事に突如として終わりを告げられ、呆然とした体のスタッフ達と、次のプランを考えているダ・ヴィンチ、存在証明を行おうとするマシュと、 遅れて管制室にやって来たサーヴァント達。そして、鋭い目つきで、シバが照準を当てている壁際の方に顔を向けるホームズとモリアーティ。 「……アレをどう見る、モリアーティ」 ホームズの問い。 「……あえて言うなら、『惑星』だな」 「やはり、こう言う時になると異様に君とは意見があってしまうな」 二人の目線の先には――青と白と緑とに彩られた、不思議な球体が存在した。 カルデアスは明らかに、その球体の方に照準を向けている事に皆が気付いたのは、二人のやり取りから数秒後程経った時の事なのだった。 特異星 人理定礎値:ERROR!! A.D.1999...?殺戮終局破滅惑星 アンティクトン
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プロローグ◆aptFsfXzZw ――『スノーフィールド』。 それはアメリカ大陸西部、ラスベガスよりやや北に位置する、四方をそれぞれ異なる性質の大自然に囲まれた新興都市。 自然と科学の調和された、未来を見据えた希望の徴とも、土着の恵みの狭間に自らを置いた、調律者気取りの傲慢の顕れとも、評価する口によって様々な言葉の飛び出す、そういった曖昧なバランスの上に成り立つ街だった。 ただ、冷戦を終えた約二十年前、どうやら当時の市長は自治体の長として、少なくとも本人の認識としては前者に属する思想を持っていたのだという。 グローバリゼーションが声高に主張され、実際に社会に働きかける力として広がりを見せるようになったその時代。新たに生まれた、地球の未来を見据えたこの都市こそをそのモデルにするべきだという訴えを起点に、積極的な移民の受け入れや、ホームステイを行うファミリーへの支援、更に手軽に異なる種類の大自然を楽しめる観光地化など、この地が様々な人種の坩堝として発展するように政策が推められた。 それらによる弊害は多々抱えながらも、十年もすれば実績は重なり、また新たな人材の獲得による新興都市の発展への貢献は、確かな物となり始めていた。 そんな政策の安定が増した時期に、そうした背景を受けて移民は更に増加し――単純な割合で見れば、今のスノーフィールドはニューヨークに勝るとも劣らぬ多種多様な人種を抱えた、特色豊かな独立市と化していた。 そして、スノーフィールドの中央区からやや北西に外れた、二階建ての建売住宅に暮らす双子の姉妹もまた。ちょうどその時期に両親がドイツから移住したために、この街の一員となった少女達だった。 ……微かな不穏が漂い始めた、“このスノーフィールド”で確認できる記録と、極一部を除いた大多数の記憶に拠れば、だが。 ◆ 「「おやすみなさーい!」」 夜。家の中に居るお互い以外の全員に就寝の挨拶を告げた双子の少女が、自分達の部屋へと戻って行った。 彼女達は双子にしても、本当に鏡写しのように瓜二つの姉妹だった。姉の方が、同じ銀を溶かしたような髪にも褪せた紅を滲ませたような色合いを帯び、また綺麗に日焼けしたように肌が褐色である以外は、完全に同一と言っても良いほどに似通った容姿をしていた。 ……とはいえ、同じ環境で育った双子が全く同一の存在なのかというと、そうでもなく。 「面白かったねー、『マジカル☆ブシドームサシ』!」 映像ソフトの新作が手に入ったジャパニメーションに夢中な妹は、入浴を挟んでなお興奮冷めやらぬ様子で姉に力説する。 対する姉は、同じ顔に呆れたような表情を浮かべ、肩を竦めていた。 「もう十一歳なのに夢中になっちゃって……相変わらず子供っぽいわねー」 「な……なによ大人ぶっちゃってー! それに、大人のリズお姉ちゃんだって熱心に見てたんだから!」 「ふーん……じゃあイリヤは、住み込みのメイドなのに家事もしないでゴロゴロしているリズが立派な大人だと思うの?」 「うっ、それは……」 等と。歳相応か、それよりやや幼い傾向のある妹と、おませな姉は、話題のリズ達に就寝を告げてからも二人、かしましく歓談する。 朝に目を覚ましての挨拶から、夜の眠りにつくまでの一日中。こうして時に張り合い、また時には支え合う、それが二人の『日常』だった。 「ところでイリヤ」 そんな風に毎晩、ベッドの上で繰り広げられる姉妹の他愛ないお喋りの中で。姉である少女が改まって、妹の名前を呼んだ。 思わず意識した妹に対し、姉は投げやり半分な様子で、しかし緋色の瞳にだけは真剣な光を灯して、その口を開いた。 「あなた、本当にわたしがお姉ちゃんってことで良いの?」 「えっ……?」 そんな姉の問いかけに、妹はきょとんとするしかなかった。 こんな姉で良いか、ではなく。自らが姉ということで構わないのか、という問題提起の意味が、妹にとってはあまりにも意図不明だったからだ。 同じ日に生まれた双子とはいえ、それを今更疑問視する意味がさっぱりわからなかった妹は、真剣に考えた結果単純に姉が言い間違えたものと考えて……その真剣な勢いのまま、返答していた。 「うーん……クロはエッチだし意地悪だけど、それでも、わたしのお姉ちゃんなのは変わらないよ」 いつも、悪戯ばかりして、宿題を写させろと言って来て、(小学生としては、だが)性的に奔放が過ぎて、挙句そんな横暴に我慢できなくなった自分と喧嘩して。 日々目にする姉の素行は、とてもではないが、心から尊敬できる立派なレディのものではないと思う。 ……けれど。それでも。 「いつも、最後はわたしを助けてくれた、優しいお姉ちゃんだもん」 確信を込めて言ってから、気恥ずかしさを自覚して、妹は赤面した。 「あ……あわわわ! だ、ダメ! やっぱり今のなし! ノーカン……っ!」 「――そう。やっぱり今のあなたは、こんなに近くにいても、隣には居ないのね」 いつもなら、必死に取り繕おうとする妹を全力でからかうはずの姉が。 寂寥を滲ませて妹に零したのは、そんな謎めいた言い回しだった。 「これじゃ約束、守れないじゃない……バカ」 「え、なに? どういうこと?」 唐突にバカ呼ばわりされるも、その時の妹には怒りよりも姉の様子への戸惑いが強かった。 対する姉は、そんな妹の心配に取り合うことなく、小さく首を振った。 「なんでもない。それより、おやすみのチュー!」 「わー!?」 油断したところに襲いかかられ、押し倒された妹は姉に唇を奪われた。 キス魔であり、熟練の技巧者でもある姉の舌技により、登り詰めた妹は疑問を抱えたまま、今度は虚脱状態にも似た深い眠りへと落ちて行き…… ……そうして、己の半身の意識が一度、完全に途切れたのを見届けて。 「――行ってくるわね、イリヤ」 そんな言葉を残した双子の姉――とされている少女の姿は、扉にも窓にも手をかけることなく、忽然と部屋の中から消えていた。 その別れの挨拶が、眠りの中にある妹――とされている同じ容姿をした少女には、決して認識されることのないまま。 ◆ 深夜。 双子の妹と共に朝を迎えるはずの寝室を抜け出した少女は、どうしたわけか、スノーフィールドが誇る摩天楼の頂点に居た。 その華奢な身に纏うのは、部屋を去る直前に着ていたパジャマではなく。腰と胸部にそれぞれ食い込むほどタイトな漆黒のプロテクターを身につけ、赤い外套を纏いながらも褐色の肌を大胆に露出させた奇抜な服装に変わっていた。 深夜に女子小学生が一人で立ち入れるはずがない場所に、妙に様になっているものの、とても一般人とは思えない格好で現れた彼女――クロエ・フォン・アインツベルンは、静かに眼下の街並みを見下ろしていた。 クロという愛称を持つ少女は、そのまま一歩踏み出す。三歩も進めば、そこには足場となる固形物が何もない。 即座に重力に掴まれ、落下を始めた彼女はしかし、自殺を図ったわけではなかった。 一段低い、次のビルの屋上へとクロは落下する。確実に五体が砕ける勢いまで加速しながら、彼女は無音での着地に成功する。 更にあろうことか、彼女はそのまま大きく、遠くへ跳躍していた。 行き交う大勢がまだ、街に漂い始めた不穏を自分には関わりのないことと気にも留めない街の明かり――地上に現れた偽りの星宙のような輝きと、夜空に輝く真なる星々との狭間を、彼女は流れるように翔けていく。 高層ビルの屋上から踏み出せば、次は隣のビルの屋上へと跳躍し、着地する。女児童どころか、およそ常識の範囲内に生きる人間には成し得ない行為を繰り返し、クロはスノーフィールド狭しと駆け巡る。 移動の最中。不意に口から漏れるのは、目下、この街における最重要事項――クロにとっても、避けては通れぬ案件の名称だった。 「聖杯戦争、か……」 口を開いて再確認したそれは、彼女にとっては今更な話でもあった。 聖杯戦争。それは名の通り万能の願望機、聖杯を求める戦争を模した魔術儀式。 ここでいう聖杯とは、救世主が十二人の弟子との最後の晩餐で用いたとされる、神の子の血を受けた杯にその名を由来しているが、必ずしも真実の聖遺物である必要はないとされる。 問われるのは、術者の求める成果を得られるか否か――即ち、願望機としての真贋のみ。 そして此度の焦点となる物体も、確かに願望機たるチカラを秘めしもの――正しく聖杯と呼ぶべき代物だった。 それは正体不明の何者が創造し設置した、地球をその誕生から観察し続け、地球上のあらゆる現象、遍く生命、全ての歴史、そして魂さえも記録してきた神の自動書記。 常に地球の傍らに在り続け、途方も無い観測を続けて来た天体。 その名を、ムーンセル・オートマトン――即ち、月そのものである。 地球の全てを記録するタイプ・ムーンであるこの聖杯は、その存在意義を遂行すべく、人間の魂をより正確に記録するために一つの実験を行っているという。 それが、森羅万象を観測し得る自らの機能――一度主観が介在すれば、望むままの未来を導くことができるその禁断の箱の使用権を報酬に、無作為に招集した人々を競い合わせる擬似戦争。 つまり、聖杯戦争。 しかも、かつてどこかの地上で行われた同名の魔術儀式を、この月の聖杯が人間の本質を探るのに適していると判断したのか。 それに倣い、参加者となったムーンセルのマスター候補達は、並行世界すら見通す月が保存する、人類史に刻まれた英霊の記録を基に再現し提供された使い魔(サーヴァント)を従え、刃を以っての争奪戦を演じさせられるのだという。無論、ムーンセルの目的に合わせてのアレンジは多々加えられているとのことだが。 ……そんな、月の眼が観戦するための舞台に上げられた役者の一人が、クロだったのだ。 気づけば巻き込まれていたこの戦いは、寸前まで身を置いていた並行世界で行われている聖杯戦争ではなく。彼女(クロ)の出生そのものの、本来の目的であったそれに酷似している。 既に潰えたはずの。あの時、己の半身が救ってくれたことで解き放たれたはずの、クロ(イリヤスフィール・フォン・アインツベルン)の聖杯戦争(Fate)に。 そこでふと立ち止まったのは、外から働きかけた何かがあったわけではなく。自己の内側で垂れ流していた思考がたまたま引っかかっただけの、気紛れな小休止によるものだった。 街に淀む気配に気づくこともなければ、その本来の記憶を取り戻すこともない故に。抜け出した部屋に残してきた、家族という『役割』を与えられた者の穏やかな寝顔をクロは思い返していた。 「……ほんっとう、今更なのよね」 仮令、それを目的に造られたのだとしても。 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン(クロ)の居場所は、もうとっくに、そんなところではなくなっている。 クロの願う居場所は――生きていたい日常は、天の杯にはないのだ。 ましてや、こんな月の眼のことなど知ったことではない。 (ま、利用してアゲル分ならいいかもだけど――) あらゆる未来を識るというこの月の聖杯を使えば、友の地球(セカイ)が抱えた問題を解決することもできるかもしれない。 そう考えるとにわかに欲望を駆り立てられるが、そもそも現状把握も充分ではない時点で結論を急いではならないと、クロは思考を切り替える。 自らの一挙手一投足の末、『家族』がどうなってしまうのかもまだ、わからないのだから。 「……はぁ、面倒」 己がこんな状況に在る、というだけで精神が消耗する。友を想い、どんなに微かでも弱音を吐く、という行為そのものを自戒してはいるのだが、誰にも見られていない状況でまで気を張り詰めてはいられなかった。 あるいは誰とも関わっていないからこその、消耗なのかもしれない。 何しろまだ、クロは仲間となり得る相手どころか明確な敵とも――自身以外の聖杯戦争参加者、その一切と接触できていないのだから。 ムーンセルは、あらゆる可能性を考慮するため、いつかの時点で大なり小なり分岐した――地球の魔術では干渉できないほどに遠い数多の並行世界にまで――多くの場合は、クロが手にしたものと同様『白紙のトランプ』という形で現れる招待券を配布した。 それを手にし、かつ適正を認められた者たちは、まずムーンセルが再現したこの偽りのスノーフィールドで記憶を改竄され、予選期間をNPCとして偽りの暮らしを送らされる。 その、自らの置かれた世界が偽りであることに気づけた者から本来の記憶を取り戻し、加えてムーンセルと聖杯戦争に関する最低限の知識、そしてサーヴァントが与えられるという。 更に、今は明かされていないもう一つの条件が満たされることで、最後の一人となるまで殺し合い、ムーンセルの中枢部『熾天の檻』へのアクセスキーとなる『小聖杯』を奪い合う、地上の聖杯戦争を再現した本戦が開始されるとのことだが、予選が始まってまだほんの数日。 おそらく、特殊な存在である己が記憶を取り戻したのは、この街に招かれた人々の中でも一際早期に分類されるのだろう。 故にまだ、そもそも。聖杯を巡り、競い合うべき相手そのものが、ほとんど現出していないのかもしれない。 ――それでも、皆無ではあるまい。 少しずつ、しかし確実に。この数日で偽りの街を覆う雰囲気が変化していることを、クロは薄々ながらに察知していた。 偽られた日常の中で、少なくとも与えられた記憶にあるそれと比すると、噂好きの人々の間で口にされる異変が増え始めた。 曰く、何処かの路地裏に。あるいはいずれかのビルの屋上に、青白い燐光を帯びた“幽霊”が現れるとか。 ここ最近頻発する、ガス爆発によるとされる家屋等の倒壊の前後でも、それらの影がちらついていたとか。 直接の面識こそない相手ではあるが、急に姿を見なくなった、音信不通になった知人という話題すら、幾度か耳に挟むようになった。 動き始めている。変貌し始めている。偽りの街が、真実の戦場へと。 その影響は、少しずつ、自分達にも近づいて来ている。 そんな確信があった故に、クロは先手を取るべくこうして夜に一人、街を流離い僅かな手掛かりを探すことを決意したのだ。 まずはこの数日間で怪我人が出た、家屋や備品の破損する事故があった、あるいは人間そのものの行方が消えた……そんな噂が複数件流れて来た工業地帯を、クロは目指していた。 もっとも、そこに巣食っているらしいマフィア……の、役割を与えられた者達の、与えられた通りの日常の結果かもしれないが。無責任な目撃情報の中では、例のガス爆発によって実際に家屋の崩壊などの報道もされている以上、比較的確度が高いと言えることだろう。 「そもそも」 ……一度栓が抜けた感情は、普段自戒を強く心がけていても、落ち着くまでは溢れ出てしまうものらしい。 気がつけば、次の不満がその口から吐かれていた。 「いつになったら召喚されるのかしら。わたしのサーヴァント」 されたらされたで、自らの体質を考えれば維持が死活問題となることは違いないが……聖杯戦争を勝ち抜くための剣にして盾たる絶対の力、サーヴァントが手元にないというのはあまりにも心許ない。 いわんや、ゲームにおける最大の切札として配られる彼らは物言わぬ自動兵器などではなく、ムーンセルにより再現されたものとはいえ確固とした人格を持った個人なのだ。 絶対命令権たる令呪があるにしても、それはあくまで三画のみ。緊急時を除いて活用できない以上、協力関係を築き上げるために意思を疎通する必要がある。基本的に、そのための時間は多いに越したことはないだろう。 だというのに、確かに記憶を取り戻し、予選の第一段階を突破したはずの自分に宛てがわれるサーヴァントは、未だ姿形も見えはしない。 サーヴァントとの関係構築と同様に、諜報の重要性も理解していたために。とうとう痺れを切らして、単身行動を開始することになってしまったではないか…… 「――もうされていますよ、クロエ・フォン・アインツベルン」 ……そんな、誰に向けたわけでもない愚痴に、そう答える声があった。 「……へぇ。そうなの」 寸前まで無人だった。 高層ビルの屋上の、一つしかない出入口にも気配はなかった。 なのに忽然と現れ、しかもサーヴァントの意味を知っている回答者――ただのNPCではあり得ない。 「あなたが“そう”、ってわけじゃないみたいだけど。どうしてそんなことを知っているの? シスターさん」 「それは、私が今回の聖杯戦争の監督役として機能しているAIだからですね」 果たしてクロの振り返った先に居たのは、一人の年若い尼僧だった。 「ああ、私のことはシエルとお呼びください」 青みがかった短めの髪の下、シエルと名乗ったシスターは、人好きのするような笑顔で名乗りを上げた。 「聖杯戦争の監督役……カレンや言峰っていう神父みたいな立場ってこと?」 「はい。もっともその二人と違って、私の元となった人物は部外者止まりで、監督役経験者という記録はありませんが」 「詳しいのね」 シエルの返答に、クロはつい正直な感想を漏らした。 だがそれも仕方のないことだった。独り言のつもりで口にした名前はそれぞれ、異なる世界で執り行われた聖杯戦争の監督役の名前だったのだから。 「聖杯戦争に関しては、数多の並行世界も含めてムーンセルは観測を行っていますから。その上で、今回の監督役は弓のシエルが務めるべきと結論し、私が用意されたわけですね」 同時、シエルの並べた言葉で、クロは一つの見識を得る。 目の前にいる女はどこからどう見ても本物の人間だが、地上を行き交う市民たるNPCとは違い、生身の肉体を持たないムーンセルの用意したAIのようなものであるのだと。 「……それで、あなたは何をしにここへ? 監督役のありがたいお話なんて、まだ他に何か言うこと残ってるの?」 此度の聖杯戦争に関する基礎知識は、既にムーンセルから直接授けられている。 奪い合うべき『小聖杯』についても、今はその詳細は不明でも、本戦開始後に通達されるという情報が既に脳裏に刻まれている。 となれば、かつて美遊の兄に言峰綺礼が行ったような説明責任など、シエルにはあるはずが…… 「今回の目的はデバッグですね」 「デバッグ?」 「はい。実は、ムーンセルそのものの更新を経た今回からの聖杯戦争には、二つの改革のテーマがありまして。 一つは量子記録固定帯……人理定礎で枝別れし、剪定後に独立した遠い並行世界からもサンプルを収集するようにしたこと。そしてもう一つは、より地上の聖杯戦争に近い様式で再現を行う、というものです。 一対一のトーナメントではなくバトルロワイアル形式を採用し、また地上では敗者復活も多々見受けられたことから一度マスター権を失った者もムーンセルから直接の消去は行わず、加えて神秘の秘匿という魔術社会における遵守事項までロールプレイして頂く、というのもそれらの一環です。 なので、従来は何らかの問題があればムーンセルが直接処理していた案件も、今回からは情報そのものの書き換えではなく、極力現地に用意された人員で対応するという過程まで再現することになっています」 クロの疑問に、シエルは連々と回答する。 「つまり何らかの不具合があれば、聖杯戦争を管理運営する監督役を模したNPCが対処することになるわけです」 「そう、大変なのね」 「ええ。ムーンセルの目的上、私にサーヴァントが与えられるわけでもありませんからね。全て自分の足です。酷い職場に捕まってしまいました」 AIと名乗っておきながら、実に人間らしく感情を込めて喋るシエルの姿に、油断するとこれが本当に作り物なのだろうかという疑念が浮かび上がる。 周辺の自然を含め、街一つを再現するムーンセルのシミュレートの精巧さに、クロは一先ず素直に感心することにした。 「参加者が出揃えば、予備の令呪等を報酬に協力を要請することもできるのですが、今はまだ記憶を取り戻した方も少ないですし……何より、この問題は現時点だと、監督役が解決しなければならない案件ですから」 「……ふーん?」 苦笑するシエルの様子を眺めながら、クロは少しだけ意識を張り詰め直した。 彼女の物言いに、きな臭い物を感じたからだ。 「実を言うと、過去に行われていたトライアルならここまで大事にはならなかったのですが……魂をより正確に記録するため、在り方に影響を与えるその器、参加者の肉体(組成)ごと情報化しSE.RA.PHに招くように更新した、今回に限っての瑕疵(バグ)ですね」 「……で、何なの。そのバグって」 「貴方の身に起きていることです。クロエ・フォン・アインツベルン」 シエルの言葉は予想の範疇であったが、事実として突きつけられたことにほんの少しだけ動揺する己を自覚する分、クロの返事は遅れてしまった。 「――そう。じゃあ、前言撤回。何が起きているのか、監督さんに説明して貰っても良いのかしら」 「構いませんよ」 シエルは即答し、早速詳細を述べ始める。 「今回の聖杯戦争では、本来記憶を取り戻したマスターにはその者が利用した『白紙のトランプ』が再び提供されます。そしてそれを核として、サーヴァントが召喚されるのです」 しかし、クロがスノーフィールドに着いた途端に記憶を取り戻しても、『白紙のトランプ』が手元に帰って来るということはなかった。 何故なら。 「ですが、あなたについては既に、『夢幻召喚(インストール)』という形でそのカードのサーヴァントと契約している状態にあるとムーンセルには判断されています。 契約だけならともかく、通常ならそれによってサーヴァントが現界しているとはまずムーンセルには認められません。しかし、あなたの場合は、それがあなた自身の存在と等号で結ばれてしまいました」 「わたし自身の現界が、そのままサーヴァントの現界としても認識されているわけね」 自身の言葉を引き取ったクロに頷き、シエルは説明を続ける。 「そのため、お預かりした記憶は即返還されることとなりましたが、一方でムーンセルは今のあなたに新しいサーヴァントを提供することができないんです。 これはセラフにおいて、契約によって現界しているサーヴァントはマスターのIDと紐付けされていることが理由になります。 このような問題が発生したのは、今回のシステムの変更がまだ地上の模倣として推移段階にあるためですが……ともかく。擬似的にサーヴァントの肉体で現界していながら、明確に別個の人格を持つマスターでもあるあなたが『白紙のトランプ』を正式に受領するには、一時的にでもそのサーヴァントカードとの契約を解除する必要がありますが」 「そうね。わたしはこの契約の解除なんてできないわ」 クロは不可能を認め、首肯する。現界の核となっている弓兵の夢幻召喚が解除されれば、クロという人格は依代となる器を失い、消失してしまうだろう。 「ええ。それはこちらも理解しています。しかしあなたの組成情報を丸々再現する都合上、その核となるカードだけを『白紙のトランプ』に書き換えることは今のムーンセルにもできませんでした……残念ながら」 心底から惜しむようなシエルの口ぶりに、クロは先程覚えた不安が大きくなるのを感じて、身構えながら更に問う。 「そんなに問題なの? 『白紙のトランプ』を核としないサーヴァントが居るのって」 クロが自身のサーヴァントを召喚できず、この身一つで戦わなければならない、というのは、確かに多大なディスアドバンテージではある。 しかし、その不公平を是正できなかったことに運営側がそこまで気に病むほどの理由はない……ように思うのだ。故に、この違和感は無視できない。 果たしてシエルは、勿体振ることもなく口を開いた。 「ええ。何しろそのサーヴァントが誤認されたまま頭数に入ってしまうと、ムーンセルの召喚に不備が生じてしまって、約束の数が揃いませんから」 「……ああ、なるほど。そういうことね」 クロ――本来のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンには、極小規模ながら願望機としての機能が備わっている。 自身の魔力が及ぶ範囲において、過程を省略し、望んだ結果のみを直接獲得することのできるチカラ。 それは魔術の行使のみならず、極限られた範囲において、望んだ『答え』を得る能力としても機能する。 例えば今の会話で効果範囲に舞い込んだ、聖杯戦争運営に当たってムーンセルとその使者がこうも固執する、『白紙のトランプ』という魔術礼装にどのような効果があるのか、といった疑問への解答も―― 「……つまりわたしは、あなた達にとって要らない小聖杯っていうことなのね」 「要らない、というよりも、在ってはならない……というべきでしょうか」 御しきれぬ怒りと、平坦な憐れみと。 それらの言葉が交わされた時には、既に二人の姿はそこにはなく。 代わって鋼の激突を産声に、極小の星屑が夜空に瞬いていた。 ……尋常ならざる速度の、人間離れした跳躍。それを行った両者の、火花散る交錯は一瞬にも満たず。 投影魔術で造り出した黒白の夫婦剣――宝具の贋作を手に、幾分背の低い近隣の雑居ビル屋上に落ちるように逃れたクロに対し、両手の指間に複数のショートソード……『黒鍵』の柄を握り込んだシエルは、元のビルの屋上に悠々着地してから、なおも言葉を投げかけ続けた。 「システム上の不備のようなものですが、残念ながら改善策は一つしかありませんでした。 イレギュラーですらなく、聖杯戦争の進行にとって明確な障害(バグ)であるあなたを消去する、という方法しか」 「――っ、勝手に拐っておいて、よくも厚かましく言えるわね!」 「ええ。そのようにロールプレイされたものでしかありませんが、私個人の気持ちとしては申し訳なくも感じます。 本来なら独立した人格(魂)であれば、その状態を問わずサンプリングしようとしたムーンセルの手違いであって、あなたに非はありませんから」 口論と共に、屋上から屋上への移動を続ける両者の刃もまた激しく交わる。 時には地に水平な足場のみならず、垂直な壁や柱も踏み台に、各々華奢な爪先だけで亀裂すら刻みながら。 空中を撞球のように飛び交い弾き合う、まるで人間の領分を越えた攻防が、街行く人々の誰も気づかぬままにその頭上で繰り広げられて行く。 存分に貯蓄があるとはいえ、互いに両手の剣を一撃ごとに砕き使い捨て取り替えるほどの、凄まじい応酬の最中。優勢であるのは、獲物を追うシエルの方だった。 驚くべきことに、英霊の力の一端を身に宿したクロよりも、追跡者は数段上手の実力者であった。おそらくはあの封印指定執行者と同等か、それ以上か。 斬り合いつつ、興奮混じりに何とか叫び返すのがやっとのクロに対し。平然とその斬撃に対処するシエルは息一つ乱すこともないまま、先程と変わらぬ調子で口を開く。 「ですが、あなたが居る限りこの月の聖杯戦争は始まらない。いくらムーンセルが干渉を避ける方針とはいえ、その異常事態が度を過ぎて続けばセラフごと全てが消去されるでしょう。 そして外部から来た者がムーンセルから生還する術は、聖杯を獲得するまで生き延びることだけです。 ――月の招待に応じてしまった時点で、貴方の運命は決まっていました」 通告。同時、剣戟の中殆どラグもなく、至近距離で放たれた強力な魔術に不意を衝かれたクロは受け身も取れないまま、背後のビル壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。 感電、次いで背部を強打した勢いで、クロの肺から酸素が絞り出された。 その身が只人ではなくとも人体を模している以上、呼吸を阻害されては魔力の循環に支障を来たす。 そうして生まれた隙を逃すことなく、シエルの投擲した黒鍵の群れは灼熱と共に四肢を貫き、クロの肉体を磔刑の如く縫い止めた。 ……運営用のNPCが目の前に現れたのは、自身に関わる問題があるからだとは予想できていた。 そこでまず対話が行われた以上は、せいぜい交渉で解決する程度の案件だと思っていたのに―― ――語り聞かせていたのは、希望を断つため。 そして、覚悟と共にその運命を受け入れさせ、せめて安らかに眠らせるため。 「何が、運命よ……っ!」 涸れた悲鳴に蓋をして、吐き捨てると同時にクロは極小の願望機としてのチカラの一端、空間転移を行使する。 人智を超えたその御業は拘束より解き放たれ、全くの同時にシエルの背後を取る起死回生の一手と相成った。 しかし、逃亡ではなく更なる抗戦を選ぶには、既に負傷の度合いが重過ぎた。憑依経験により、手足の延長のように馴染んでいた夫婦剣も満足に振りきれないほどに。 そんな不完全な一撃は、月の代行者には当然の如く防がれた。 「今更……何を……っ!」 それでも、武器を我武者羅に振り続ける。力任せでも、迫り来る死を遠ざけようと。 ――そう、既にクロは、ただ握った刃を闇雲に振り回すしかできなかった。 どんなに願えども、活路となる『答え』は、クロのチカラでは見つけられなかったから。 「自身に一切の非がないとしても」 その示す意味を否定せんと、限界を越えた刃が遂に敵の身体を捉えても。 滑る感触と共にその胸を裂いてやったのに、尼僧は声が濁ることもまるでなく――あろうことか、その場で元の状態に復元してみせる。 致命傷を負ったはずのシエルは傷一つない肉体を取り戻すと、未だ四肢から出血するクロに容赦なく襲いかかって来る。 「どんなに受け入れ難くとも」 ああ、これでは『答え』も見えぬはずだと……腑に落ちる納得と同時、肌を這い上がってくる絶望の奇妙な共存の中へと、クロの心は浸される。 なにせ逃げ場のない、いつか諸共押し潰される閉鎖空間にあって。殺すことのできぬ追手がただ只管、己を殺しに来るのだから。 こんな、何の縁もないような場所で。ただ偶然、見つけたカードを拾っただけで―― 「――運命(てん)より幸福を受け取った者は、等しく不幸も受け取らなければならないのですよ」 生存を否定する理不尽に立ち尽くすクロに。尼僧の形を為した彼女の死は、そんなことを言い聞かせた。 ――あたたかい家族に恵まれた。笑い合える友達ができた。 短い間だけとはいえ、何の変哲もない普通の暮らしを送ることができた。 影に葬られていたこの魂が、誰でもない一人の女の子として、そんな幸せに囲まれて生きられた。 仮令、何を代償に請われるとしても。何物にも代え難い、そんな光を与えてくれたというのなら……確かにきっと、感謝するべきなのだろう。 だけど。 ――――まだ、負けられない戦いの最中にあって。 それでも。 ――――いつか、叶えてみたい夢があって。 我儘でも。 「だから、クロ。わたしの隣にいて。 もう離ればなれになるのは……ヤだよ」 ――――今、悲しませたくない人がいる。 ――――――こんなの、納得できるわけがない。 「っ、あ、あぁあああああああああああ――――ッ!!」 喉を震わせ絶叫し、既に折れた心を無理やり鼓舞して。クロエ・フォン・アインツベルンは、立ち塞がる結末に挑みかかった。 ……そして、未来(まえ)を見据えたまま、千年を生きた純潔の角に貫かれる間際。 (わたしがいなくても、しっかりしなさいよ。ウジウジイリヤ) 少女は最早、再会叶わぬ家族のせめてもの無事を祈ると同時――ただ、ここで潰える己の運命を恨み、果てた。 ◆ 最期の瞬間、己を運命を。それを定めた大いなる何かへの行き場のない恨みを抱えたまま、憐れな少女は爆ぜ飛んだ。 その身を編んでいた魔力が解かれた後に、ただ一枚の紙切れだけを名残として。 「……ふう」 シエルは吐息一つ零し、凶器を片付けた後。そのカードが、夜風にさらわれてしまう前に拾い上げる。 「誉めてあげましょう。貴方は、中々に強敵でした」 カードに描画された弓兵へと、語りかけるように囁いた後。それを懐に閉まったシエルは、人工の光が煌めくスノーフィールドを睥睨する。 かつて聖杯に至るために、聖杯戦争を解析しようとした人間達が作り上げた実験場の模造品を。 今は他ならぬ聖杯が、数多の並行世界で幾度と無く繰り広げられた聖杯戦争の要素を掻き集めた闘争で以って、人間の魂を解析すべく創造した箱庭を。 原典(モデル)と同様に、観測を目的に幾つもの思惑が混ざり合って形成された、この狭間の街を。 「――さて。障害は取り除かれました」 微かな感傷に浸っていたような顔つきが、切り替わる。 屈託ない少女のようなそれではなく、私情を挟まず、月(てん)よりのオーダーを代行する装置の表情に。 「どうぞ始めてください。貴方がたの聖杯戦争を」 そしてこの夜、この犠牲を皮切りとして。 月が見下ろす偽りの街で、人間と英霊達の饗宴が幕を開けることとなった。 投下順 第一階位(カテゴリーエース):イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&アーチャー 時系列順 クロエ・フォン・アインツベルン GAME OVER イリヤスフィール・フォン・アインツベルン 第一階位(カテゴリーエース):イリヤスフィール・フォン・アインツベルン&アーチャー シエル OP2:オープニング
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燃え尽きた大地に、土を掘り起こして何かを埋めた跡がある。 その上に、簡素ながらに削り積み上げた石が二つ。 それは、正しく墓石だった。 それは、野比のび太がこのまま放置しておくには可哀想だと思い。 皆の協力の下、残骸だけでも土に埋めて作ったもので。 その残骸は触れた途端に崩れ落ちてしまうほどに脆く、原型を留めることすら出来ず。 それ故に、ロキシー・ミグルディアとベッキー・ブラックベルの首輪が回収された後。 正しく塵と化したその残骸を、二人が生きていた証を土に埋め、丁重に弔った。 この殺し合いにおいて、死体の尊厳は存在しないに等しく。 利用されるか、破壊されるかのほぼ二択で。 そのような地獄の中で、人並みの善性を保つ彼は。 せめて誰にも利用されないようにと、安らかに眠れるようにと。 雨は止んだ。元々ロキシー・ミグルディアの魔法による雨雲は長くは続くこと無く。 術者の死亡から時が経って降り終わり。雲の隙間より差す黎明の輝きが大地を照らしていた。 雨は止んだ。少年少女たちの悲しみを一先ずは流れ落として。 この理不尽な状況、惨酷な殺し合いに抗おうと一歩踏み出した、その始まりのように。 ☆ ☆ ☆ エリアD-7、産屋敷邸。 鬼殺隊最高責任者、産屋敷耀哉が住まう邸宅にして鬼殺隊の本部。 百畳敷の大広間から見える庭園は、見るものに安らぎを与えてくれる場所でもある。 そんな大広間に、野比のび太とニンフ、イリヤスフィールと雪華綺晶の4人がそこにいた。 あの後、休息も兼ねて4人が訪れたのがこの産屋敷邸。 先の魔女との戦闘や、ロキシーとベッキーの埋葬の事もあって禄にお互いの話も出来ず。 落ち着ける場所として手軽かつ近場にあったこの邸宅にて改めて自己紹介やお互いの情報の共有を行ったに至る。 「……それで、大体の事は共有できた訳だけど。」 そう口を開いたのはエンジェロイド、ニンフ。 この情報共有会議においての実質的な取りまとめ役の立ち位置に収まった、翼を失った天使。 自分を含めた4人とそれぞれ所有している情報を交換、そして伝達・共有。 野比のび太からは未来世界、及びこの殺し合いに関与している可能性がある未来人の事を。 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンからはリップという少年の存在、及び別の世界に飛ばされた際の経験、そしてマジカルサファイアを通しての魔術世界の知識を。 雪華綺晶からは薔薇乙女(ローゼンメイデン)を中心にアリスゲームの知識、及び精神世界の事を。 そしてニンフからはエンジェロイド、そのマスターらがシナプスという浮遊大陸、世界崩壊の危機。そして何より、自らの翼を毟った少女のカタチをした怪物の事を。 4人共、改めて世界の広さを理解する形となった対談。歴史の流れも在り方も何もかもが違う4つの世界。 「僕だって色々経験したことはあるけれどさ……そんな簡単に世界が危機だとか、いくら僕だって驚くよ。」 「いや、平行世界に飛ばされた事には余り驚かないんですね……。」 妙に緊張感の無さそうなのび太の発言。野比のび太としても今までいろんな冒険や繰り広げてきた身である。恐竜蔓延る原始時代、天空の理想郷、遥か彼方の惑星、未来の博物館、兎が住む異説の月、ジャングルの奥地に深海、宝島に南極。 それもあってかそこまで驚いているような表情ではない。つまる所超常慣れである。 イリヤもまたカレイドステッキを手に入れ魔法少女として色々経験している内に荒事には慣れたものの、それでも自分以上に修羅場を潜っているのび太のあっさりした反応には突っ込まざる得なかった。 「まあ、ね。でもイリヤちゃんだって凄いよ。箒無しに空を飛べるだなんてさ。」 「え、ええと……それは、何というかその……魔法少女って何か普通に飛んでるじゃない?」 『いいえ、イリヤ様が特別なだけで、魔術師でも普通はそう簡単に飛べません』と突っ込むようにマジカルサファイアが呆れまじりの発言。ただしのび太は大分あっさりと魔術で空中飛行が出来るイリヤに目を輝かせている。 「……普通に、飛ぶ? いや魔法少女だから……?」 「マスター……魔法少女というだけで人が普通に空を飛ぶ認識は少し……」 「あれぇ!? 私がなんかおかしいの!?」 天然とも言うべきイリヤの発言にニンフも雪華綺晶も生暖かい目。 憧れの眼差しと珍しいものを見る瞳に囲まれさしものイリヤも慌てて言葉を返す。 「大丈夫だよ、僕はイリヤの事は凄い魔法少女だって思ってるからさ。」 『ということらしいので、イリヤ様。一先ず話を本筋に戻しましょう。』 「ねぇ!? なんか私がおかしい人みたいな扱いされたままなんだけど!?」 閑話休題。何か勝手に被害者になった魔法少女(イリヤ)は置いといて、サファイアの一言で議題は本題へと戻る。 のび太が若干フォローっぽい発言をつぶやくも、「今褒められてもちょっと嬉しくないかな!?」と赤面状態。実際魔法がてんでダメなのび太としては、カレイドステッキありきとはいえ魔法で色々やれているイリヤに対しちょっと憧れを抱いてしまってるのは素直な感情であるが。 『……まず、この殺し合いに関わる海馬乃亜。そして仮想的であるその協力者に関してです。』 第一に、主催・海馬乃亜。そしてその協力者。 人を玩具としか思わぬ言葉。第0回放送で流れた、アニメやゲームを楽しむような無邪気で期待を寄せるような発言。だが、海馬乃亜にそういう力がある前提とは言え、全てをたった一人で準備できるなど思いづらい。特に、世界崩壊の危機に真っ只中だったニンフがいつの間にかここにいた、というのも不可解。 「あの乃亜ってやつ。対主催とかマーダーとかって言葉って使ってたけど。私達の事をアニメの役者だとかそういうもの扱いなわけ?」 乃亜の発言の一つ。殺し合いに抗う者たち『対主催』。殺し合いを肯定する者たち『マーダー』 まるでドラマの役者が当てはめられる役割のような認識をしている事に、多少は憤りは感じていた。 「……海馬乃亜にとって、私達は善と悪の役割で動いて観客を楽しませる、人形の役割なのでしょうか?」 そう告げたのは雪華綺晶。まるで自分たちを人形に見立てた善悪の人形遊び。 違いはその参加者(にんぎょう)にちゃんとした自我と人生があるぐらいで。その人生すら、乃亜という子供にとって、人形に付加された着せ替え人形の服程度の価値なのか。 「それとも、ただ……。」 孤独を満たしたかったのか。そう言いかけようとしたが、その言葉すら出なかった。 ある意味他人を利用して、奪って、そして愛が欲しかった雪華綺晶という、本来ならば肉体のない第七ドールは。海馬乃亜を見て、自分の過去を眺めているような、そんな感覚に陥りそうになった。 あの眼は、殺し合いという人形劇を愉しんでいるように見えたあの瞳、まるで―――。 「……雪華綺晶?」 「……いえ、少し考え事をしていたえだけです、マスター。」 考え込みてたのを見かね、イリヤが心配して雪華綺晶の顔を覗きんだ。 それに反応し、何か誤魔化すかのように、雪華綺晶は口を開く。 「ですが、あの海馬乃亜と言う人物は、もしかすれば……。」 心当たりがあると、おもむろに言葉を紡ぐ 鳥海皆人、第七ドール雪華綺晶の『マスター』だった人物。 いや、その実態は雪華綺晶がマスターの代わり、「自分だけのお父様」を得たいが為に自ら創った幻影。 自らを実像だと思い込んだ虚像。雪華綺晶は、海馬乃亜が彼みたいなものだと、そう予想した。 勿論の事だが、雪華綺晶は情報共有の際に自分のことを話している。自分の孤独、そして罪と罰、救済された今の事も含めて。 「……自分が創造物だって知らないで、ってこと?」 「例えそうでなくとも、彼自身が本当に彼自身であるという保証はない、ということです。」 殺し合いを楽しむ子供という創造物。体の良い繰り人形。勿論そうである保証はなく、あくまで考察でしか過ぎないが。 『……のび太様の言っていた事も含めれば、その可能性も低くはないかと。』 「実際そうよね。あいつの言ってたギガゾンビってやつか、それとも別のやつかはわからないけれど。」 ここで出てくるのがのび太が言っていた『ギガゾンビ』の存在だ。 23世紀出身の時空犯罪者。原始時代を時空乱入で隔離し、自分だけの帝国を作り上げようとした極悪人。 未来には適切な材料さえあれば精巧な人間を作ることだって出来る。ギガゾンビかそれに類する人物もそうしたのだろうか? 「でも、僕の思う中でそういうのが出来そうなのはギガゾンビかなって。恐竜ハンターに協力していたドルマンスタインも未来人だけど、あいつはあくまで面白半分で恐竜狩りしていたし。」 未来人と言っても多種多様。特に時間移動をする時間犯罪者となれば限られてくる。 幾らのび太が多様な冒険を辿ってきたとしても、思い当たる節というのはそう簡単に出てくるものではない。 「他だとそういうの出来そうなのが大魔王デマオンぐらいだけど、みんなで倒したからその線はありえないかなって。」 他の該当例といえば、魔法で死んだ魂を魔族として転生させていた実績のある大魔王デマオンであるが。 彼の場合はまだ生存しているギガゾンビと違い、魔界星と共に消滅した。なので乃亜が何かの間違いで死者を蘇らせる手段がない限りそれはありえない。 そもそも、人間の下に付くという状態を、あのデマオンが受け入れるはずがないだろう。 少なくとも、野比のび太が思い当たる節はそれが限度であった。 「……もしかして……でも、あの状況で……」 「ニンフ?」 「……いや、確証はないんだけれど、他にも出来そうなやつだったら私にも心当たりあるわ。」 だが、その停滞を打つ破ったのはニンフ。 未来に匹敵するであろう、現代を凌駕する高度な超技術を所有する文明。 それを支配する唯一無二の王にして、エンジェロイド開発者の一人。 「新大陸シナプスの王。……私たちエンジェロイドの、元マスターよ。」 苦虫を噛むように、ニンフはその名を告げた。 エンジェロイド開発者であるダイタロスと同じ天才科学者。 最後まで誇りを捨て去ることが出来なかった孤独なる王にして。 退屈を紛らわせ、享楽と未知を望む悪逆の王。 「あいつなら、時間は掛かるとしても四次元ランドセルやこの妙な首輪も作れるはず。それに殺し合いを愉しんだっておかしくない奴だし。」 仮にもあれでシナプスの王であり、優秀な科学者。 乃亜の望み通りのものを拵えることだって可能。彼が素直に乃亜に協力するかと言われると別の話になるが、少なくとも殺し合いを楽しむというのなら彼も同じ趣向を拵えても違和感はない。 「でもニンフさん、確かニンフさんのいた世界って……」 「そうね。世界崩壊真っ只中で、あいつがいつ乃亜と接触していた、っていう疑問点はあるわ。」 その場合、ネックとなるのは石板による世界崩壊の最中で、どうやって空のマスターが海馬乃亜と秘密裏に接触していたのか、ということになる。 その上でこの殺し合いの準備やその為の道具作成、一体いつから仕込んでいたのか。 「それもあるけど、もしかしたらこの会場がシナプスみたいに浮遊大陸だなんてのも有り得るわね。」 第二・この会場は一体何なのか、と言う疑問。 その切り口の一つとして、ニンフが予想したのはシナプス同様の浮遊大陸。もしくはここがシナプスそのものであるという可能性。 「確かにそれも可能性として高そうかもしれない。シナプスがどんな所かっていうのはよく分かってないけど、パラダピアみたいな空中都市の事あるからさ。もしかしたら、別の惑星とかってのも……」 「……精神世界。」 「へ?」 ニンフに続くように発したのび太の言葉を遮るように雪華綺晶が発言する。 「もしかしたら、この世界は海馬乃亜の心の世界かもしれません。」 「……心の世界?」 精神、心の世界。「無意識(ディラック)の海」を通じて繋がる個人の領域(フィールド)。 かつての雪華綺晶の場合ならその内部に箱庭を模した水晶の城、雛苺の場合ならマスターである柏葉巴の部屋を模したメルヘンな空間。その当人の精神が形作ったフィールドが、その者の心の世界となる。 雪華綺晶がnのフィールドへの行き来が制限されている事も含めて、ある意味納得出来る内容ではある。 特に、元来なら有機の身体を持たず、精神のみの存在だった彼女だからこそ予想できた事だ。 『つまり、この舞台は海馬乃亜の心象風景そのもの――固有結界のようなものかと?』 「ええ、ここが精神の世界であることを前提として、心象風景というのは些かあっている表現かもしれません。」 精神世界、もとい海馬乃亜の心から生み出された世界なら、バランスよく都合が良くて不都合な、配置されてた建物に一貫性のない舞台。 それがもし、海馬乃亜の殺し合いを望む願いと、彼の中の心象風景が合わさって生まれた産物というのなら、それは正しくマジカルサファイアが言い示した通り『固有結界』。世界を塗り潰すであろう大業だ。 「合否は兎も角として、参考になる話は集まったわね。……どれが答えでも厄介極まりないだろうけれど。」 おおよその意見が集まり、ニンフも一息つく。 考察が合ってようが間違ってようが、少なくとも参考意見としての価値はあった。選択肢が増えすぎるのも良くないと言えば良くないが、こうして違う視点での意見は間違いなく今後の糧となる。 「……じゃあ最後。今後私達はこれから何処へ向かうかって事。」 そして第三。これからの方針、次の目的地について。 方針と言ってもここにいる4人は共通して殺し合いへの反抗という点では共通している。多少の誤差はあれど致命的な誤差にはなり得ない程度。 「首輪の方は並行して調べてるんだけれど、今の私じゃ調べきれないのがね。」 そして、回収した二つの首輪。情報戦に長けたニンフでも把握しきれるものではない。 言ってしまえば翼が無く出力が落ちている今の状態では細部までの解析は不可能。最も万全であろうと未知の技術に包まれたこの首輪は一筋縄では行かないのは道理。 「元々僕はロキシーさんと一緒に図書館かホグワーツの方に行く予定だったんだけど、あっちに戻るにしてもまだあのリーゼロッテって人がいるかも知れないし……。」 首輪の調査を更に進めるには図書館でその手に関わる資料を調べれば、という話にはなるが。 そもそも元々のび太がロキシーの提案でそこに向かおうとして結果あの魔女との遭遇。まだ彼女が周辺でたむろっている可能性も否めない。 「一先ずの目的地としては南にある海馬コーポレーションもしくは聖ルチアーノ学園、後はここから一番近い港かしら?」 『あと、彼女との遭遇を避け図書館に向かう前提なら、北方面から教会を経由してのルートもありけれど……』 提示された次の目的地への選択肢は4つ。二つは南にある海馬コーポレーション、或いは聖ルチアーノ学園。 海馬コーポレーションという名前から海馬乃亜との関連性があるかもしれないという意味での調査対象。聖ルチアーノで他の参加者を探すというのも案の一つ。 3つ目に港。産屋敷邸から一番近く、かつ別エリアへの移動手段がある可能性。その為の移動手段の船がどういうものかは不明瞭であるが、他にも二つ港があることを考えるとそこへの移動手段としての船舶が用意されているとの予測。なんなら図書館の近くにも港があるから図書館行きにはそれもありだろう。 そして最後に、マジカルサファイアが提案した、図書館への別ルート。もし仮に港からのルートが使えない時の、北方面から教会を経由しての迂回を前提とした道筋だが。 「……あの子が、リップくんがまだいるかも。」 そうイリヤが零した通り、懸念はリップ=トリスタンの事だ。 明確に殺し合いに乗っているが、殺し合いの走狗とは言いづらい、信念を秘めた少年。 北へから教会を経由するルートの場合、イリヤが最初に居た場所も含め、彼と道中で遭遇するかもしれない。 「……不治の事は頭に叩き込んでるわ。一度でも傷をつけられたら倒す事すら治療行為と見なされて、ってどういうチートしてんのよ。」 『いくら数で上回っていたとしても、はっきり言って全く油断のならない相手です。』 リップの不治の能力に感しては他の三人も共有している。傷の治療行為に対する否定。 間接的に「リップを倒す」という行為すら、治療行為と見なされ、無力化(ひてい)されるのだ。 魔女とはまた別の、別世界の異能力者の厄介極まりない能力。 攻撃を受けた瞬間、不死者でない限り、その時点でほぼ確実に『詰まされる』。何ならリップが誰かと手を組んでいる可能性も無きにしもあらず。 その点で言えば、不治(アンリペア)の能力者リップの事を事前にしれたのは幸運かもしれない。そして逆を言えば、不治を理解してしまったが故に、『「リップの攻撃は食らってはダメ」というのを念頭に置かなければならない』という条件が付き纏う。 「……そうなったら、まず港に向かって、船舶が利用可能かの確認。利用できるのならそのまま海路で図書館まで向かう。使えないなら海馬コーポレーションへ向かって、て事になるわね。」 意見を纏め、おおよその方針が決まる。 港に向かい、船舶の類があるかどうか、かつそれが利用可能かどうかの確認。可能なら海路を経由して図書館、不可能なら海馬コーポレーションへ調査へ向かう。 「特に反対はない?」 ニンフのその言葉に、反対するものは誰もおらず。 短い沈黙と肯定の証明となる頷きだけで、それ以上に語ることはなかった。 □ □ □ 目的地は決まって、準備を兼ねての小休止。 各々が支給品の確認などの準備をする中で、一人事前に準備を終えたニンフは空を眺めていた。 止んだ雨雲が散らばって消えて、朝の輝きがこの世界に差す光景が妙に神秘的に思えた。 (……なーんか、こういう事になっちゃったわね。) 場の流れにつられてか、それとも智樹を思い浮かべるような少年、のび太に影響されてか。 ニンフもまた悪くない気分なのは確か。……いや、というよりも。 ……ごめんね、ニンフさん。―――これしか、思いつかなかったから。 今でも、残響する。彼女の言葉が。 どうして、あいつも彼女も、自分なんか顧みず他人(だれか)のために。 こんな羽無しの欠陥品なんか、見捨てても良かったはずなのに。 そう自嘲めいた、自虐的な感傷に浸りながら、隣で静かに泣いているであろう少年を見つめた。 「……ドラえもん。」 あの時に比べて、やけに弱々しい姿だ。 いや、仕方のないことだ。外見中身揃って子供なのが多い。 あの巨大な女のように倫理観がぶち抜いて壊れていたり、魔女のように中身が大人らしかったりと違って。 野比のび太もまた、端的に言ってしまえばまだ子供なのだ。孤独に震え、恐怖に怯え。――終焉を恐れる、等身大の。 精神構造の差異はあれど、その点においてはのび太もまだ他の強者や狂人、人外と比較しれみれば、ただの子供である。経験だけでは拭いきれない心なのだ。 「ったく、何泣いてんのよのび太……って、私もあんたの事言えた立場じゃないか。」 「……うわっ!? あれ、ニンフさん?」 唐突なニンフの声にのび太は慌ててひっくり返る。 夜と朝の間の輝きに照らされる天使の姿が、不思議と美しく輝いて、翼を失ったというには余りにも凛々しく見えた。 「……その、何というか……」 「情けない所ごめんなさいってでも言いたいの? そういうのは別にいいのよ。私だって弱音の一つぐらい吐きたい時ぐらいはあるわ。」 のび太のそんな申し訳無さそうな言葉を一蹴。何なら弱音ならこっちも吐きたいぐらい。 世界崩壊が迫る中、こんな所に呼び出され、智樹を導くための翼は化け物のような女に引きちぎられて。 本当なら、今でも泣きたい程に。 「けどね。あんたが助けてくれたのよ。あんたの言葉で、ほんの少しだけ、燻ってなんていられないって思えたのよ。……あいつと、トモキと似ていそうな、あんたのお陰で。」 そんな自分に手を差し伸べたのは、あいつと全く違って、似ているような、そんな少年だ。 なんて、思わず小さな笑みを浮かべていたニンフに対し、のび太が何かを思い出したかのように口を開いた。 「……何だかさ、ニンフの事見てるとさ、リルルの事思い出すんだ。」 「リルル? 誰のこと?」 のび太がニンフを見て思い出し話したのは、リルルという一人の、天使のように綺麗なロボット。 ロボットが霊長の頂点に立つメカトピアという惑星で、人類を奴隷にしようと鉄人兵団より送り込まれた少女。敵だったけれど、最後には自分たちと地球を守るために歴史を変えた代償にその存在ごと消え去った、羽ばたく天使。 「……クールでミステリアスで怖かったけど、本当は優しくて、僕たちを守るために、過去に遡って……。」 「何よそれ、本当にエンジェロイドみたいじゃない、それ。」 その話を聞いて、ニンフはそう思った。 ロボット兵団に良いように扱われる女性型ロボット。玩具同然でこき使われたのはエンジェロイドにそっくりで。でもリルルは性格的には感情が芽生えたイカロスみたいなものでは? と多少は思ったりして。 その上で、原点を変えた彼女の行為には素直に驚嘆に値するものだ。 やった事が、自分が智樹を石板の元へ送り込もうとしたのと同じことだ。もっともこっちは石板の書き込みさえ出来れば阻止できる世界崩壊だが。リルルの場合は自分という存在を消えることを厭わず、それを為した事だ。 幾ら生まれ変わる可能性があったとして、それがのび太の知っている『リルル』という個と同じものとして生まれるとは限らない。 それは、太陽に近づきすぎたが為に翼を失い海に落ちた神話のイカロスのように。 理想を手にするため、己の身すら顧みなかったのだ。 「最後は自分の意志でってのは、ある意味……」 私達もそうかも知れない。と口ずさむ。 智樹は望まないだろうが、智樹の為になら命令に逆らってまで彼を守ってしまいそうではある。 誰かからの命令を求めてしまう自分は兎も角、もしもの時のイカロスとアストレアは間違いなくそうすると、という根拠のない自信はあった。 「でも、リルルは多分。生まれ変われたんだと思う。侵略者の為の尖兵なんかじゃなくて、とても綺麗な天使に……さ。」 「……夢のある話ね。良いじゃないの、そういうの。」 私みたいに第1世代のエンジェロイドは基本夢は見れないんだけれど、付け加えながら。 そんなロマンの有りそうなのび太の話を心地いい気分で聞いてていた。 「だからさ。イリヤにも、雪華綺晶さんにも、ニンフにも。死なないで欲しいし、無理をしないで欲しいって思ってる。……誰も死なないなんて夢物語だってわかってるけれど。」 「いや、真っ先に無理しそうなあんたがそれ言うの?」 「それは、何というか身体が勝手に動いちゃうと言うか……。ロボットだからってそんな事で差別したくないし、そもそも僕はロボットだからそんなの関係なく友だちになりたいって思ってるからさ。」 そんなのび太の発言に、呆れそうで、やはり彼はトモキと似ていると。 人もロボットも、そして人外すらもそうだからと区別しない。自分の善性に忠実で、真摯で。 それでいて、誰とでも仲良くなってしまいそうなそんなありふれた青年だと。 多分、彼に「もしもの時は命令して」って言っても、素直に受け入れてくれ無さそう性格していそうで。 「多分、この先は地獄よ。私達にとっても、あんたにとっても。」 ここは善性を持つ者にとっての地獄絵図、善意以上に悪意や欲望が渦巻く舞台。 数多の怪物が存在する蠱毒の壺の中だ。 曰く、幼稚な善性を以て蹂躙する生まれながらの破壊者。 曰く、数百年もの間積もった憎悪と愛に塗れた復讐の魔女。 玩具箱の如き混沌の坩堝の中、機械天使に地獄と評される世界の中で、少年は。 「今まで挫けそうな事なんて、何度もあったよ。でも、何度でも起き上がるよ。僕は"だるま"だからさ。」 その簡潔な言葉こそが、答えであった。 何度転んでも、転んでも起き上がるのが、彼の得意なことだから。 それだけで、十分な返答だった。 「それじゃ、根っこごと壊されそうな時はあたしが何とかしてあげるわよ。ま、その時は命令してくれると嬉しいわね。」 「命令だなんて……そんな道具扱いみたいな事は気が引けるなぁ……。」 「ドラえもんに頼ってばっかのあなたがそれいうの?」 「そ、それとこれとは……!ええと……」 悪戯混じりの言葉を投げかければこれである。別に他人を弄る趣味はないが。 少なくとも「命令するのは道具扱いみたいで気が引ける」というのは何とも底抜けのお人好しなのやら、と。 彼がエンジェロイドを手に入れたら良いマスターになれると思う、特にアストレアとは気が合いそうとかニンフはそう思いながら。 「でも、命令っていうかお願いになるけど……「死なないで」。ぐらいかな? あはは。」 そんな恥ずかしさ混じりののび太の返答で。本当に甘いというか抜けていると言うか、何というか。 この調子だと肝心な所で失言やらやらかしやしそうだなと多少不安になりながらも。 「本当にそれお願いの部類じゃないの。……ああでも、そういうのもある意味命令よね。」 「……え?」 「そう言われなくとも、こんな所で死んでたまるかってやつ。――私だってね。」 ――守りたい人がいるのよ。とのび太には聞こえない声でそう小さく。 少なくとも、何かしらの意図が関わっている可能性がある以上、この殺し合いから脱出する、というだけでは解決しない可能性も出てきた。 何なら、『何でも願いを叶える』と言う根拠に、『石板』が関与している可能性だって。 「あんたはこの中だと一番非力なんだから。無茶だけはしないでよね。……あたしだって、眼の前で奪われるのはもう懲り懲りなんだからさ。」 「僕だって、死なないよ。こんな殺し合いなんて終わらせて、みんなの所へ帰るんだから!」 そんな少年の、だるまの如き転んでは起き上がることが野比のび太の言葉。 4人の中だと一番非力で、心許ない少年だが、そんなポジティブ思考は多分必要なものだと。 ポジティブ寄りというより諦めの悪さならイリヤも大概というのは置いておいて。 「大丈夫。僕もロキシーさんみたいには行かないけれど魔法は使えるんだから、チンカラホイ!」 「あっ」 調子に乗ってか、おもむろにのび太がチンカラホイと唱えてしまった。 「あれ、この流れ……」とニンフが悪寒がよぎった時には時既に遅く。 ふわぁとニンフの下半身の風通しが良くなった感覚がよぎったと思えば。 「……あれ?」 のび太の目の前には、ニンフのパンツらしき物体が宙を浮いている。 「まさか、ちょっとしたものを浮かび上がらせるぐらいしか出来なかったのに……!」 知ってか知らずか、のび太は大はしゃぎ。 指揮者のように、ゆっくりながらもパンツを空中で右往左往出来ている。 ロキシーが遺したものの結果なのか、魔法の扱いという点ではのび太は一歩だけ前進した、のかもしれない。ただし――。 「見てよニンフ! 僕の魔法が、ちょっとだけパワーアップして……あれ?」 そして、当のニンフ本人と言えば。 スカートを抑えて、プルプルと体を震わせながら。顔を赤らめたまま。 「この……バカぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 「ごふぅっ!?」 見事にのび太に鉄拳を炸裂させ、天井に突き刺さる結果となった。 「何々!? 敵襲ってのび太さぁぁぁん!? なんかパンツが空飛んでるぅ?」 その後、敵襲だと勘違いしたイリヤが駆けつけて、妙ちくりんな光景に頭が混乱する事になったのはまた別の話。 ※C-7とD-7の間にロキシーとベッキーの墓があります。 ※ロキシーとベッキーの四次元ランドセルが回収されたかどうかは後続の書き手におまかせします 【一日目/黎明/D-7 産屋敷邸内】 【野比のび太@ドラえもん 】 [状態]:健康、強い決意、天井に刺さった状態 [装備]:なし [道具]:基本支給品、量子変換器@そらのおとしもの、ラヴMAXグレード@ToLOVEる-ダークネス- [思考・状況]基本方針:殺し合いを止める。生きて帰る 1:もしかしてこの殺し合い、ギガゾンビが関わってる? 2:みんなには死んでほしくない 3:魔法がちょっとパワーアップした、やった! [備考] ※いくつかの劇場版を経験しています。 ※チンカラホイと唱えると、スカート程度の重さを浮かせることができます。 「やったぜ!!」BYドラえもん ※四次元ランドセルの存在から、この殺し合いに未来人(おそらくギガゾンビ)が関わってると考察しています ※ニンフ、イリヤ、雪華綺晶との情報交換で、【そらのおとしもの、Fate/Kaleid liner プリズマ☆イリヤ、ローゼンメイデン、ドラえもん】の世界観について大まかな情報を共有しました ※魔法がちょっとだけ進化しました(パンツ程度の重さのものなら自由に動かせる)。 【ニンフ@そらのおとしもの】 [状態]:全身にダメージ(中)、羽なし(再生中)、羽がないことによる能力低下、ノーパン [装備]:万里飛翔「マスティマ」@アカメが斬る [道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3、ベッキー・ブラックベルの首輪、ロキシー・ミグルディアの首輪 [思考・状況]基本方針:殺し合いをぶっ壊して、元の世界に帰る 1:リンリン(名前は知らない)はぐちゃぐちゃにしてやりたい 2:準備と休息が終わり次第に港へ向かう。船舶での移動手段がついた場合は図書館へ。無かった場合は海馬コーポレーションか聖ルチアーノ学園に向かう。 3:元の世界のトモキ達が心配、生きててほしいけど……。 4:この殺し合いにもしあいつ(元マスター)関わってるとしたら厄介かも。 5:のび太のそれ、ほとんどお願いじゃないの……。でも、言われなくてもその「命令」は果たす。 6:首輪の解析も進めたいけど、今の状態じゃ調べようにも調べきれないわね。 [備考] ※原作19巻「虚無!!」にて、守形が死亡した直後からの参戦です。 ※SPY×FAMILY世界を、ベッキー視点から聞き出しました。ベッキーを別世界の人間ではと推測しています。 ※制限とは別に、羽がなくなった事で能力が低下しています。ただし「デストラクト・ポーション」の影響で時間は掛かるも徐々に回復しつつあります ※この殺し合いの背後に空のマスターが関わってるかもしれないと、及びこの会場はシナプスのような浮遊大陸なのでは?と考察しています ※のび太、イリヤ、雪華綺晶との情報交換で、【そらのおとしもの、Fate/Kaleid liner プリズマ☆イリヤ、ローゼンメイデン、ドラえもん】の世界観について大まかな情報を共有しました 【雪華綺晶@ローゼンメイデン】 [状態]:健康、イリヤと契約。 [装備]:なし [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1 [思考・状況] 基本方針:真紅お姉様の意志を継ぎ。殺し合いに反抗する。 1:殺し合いに反抗する。 2:イリヤを守る。 3:彼(乃亜)は、皆人と同じ……? [備考] ※YJ版原作最終話にて、目覚める直前から参戦です。 ※イリヤと媒介(ミーディアム)としての契約を交わしました。 ※Nのフィールドへの立ち入りは制限されています。 ※真紅のボディを使用しており、既にアストラル体でないため、原作よりもパワーダウンしています。 ※乃亜の正体が鳥海皆人のように、誰かに産み落とされた幻像であるかもしれないと予想しています。 ※この会場は乃亜の精神世界であると考察しています。 のび太、ニンフ、イリヤとの情報交換で、【そらのおとしもの、Fate/Kaleid liner プリズマ☆イリヤ、ローゼンメイデン、ドラえもん】の世界観について大まかな情報を共有しました 【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】 [状態]:健康、雪華綺晶と契約。 [装備]:カレイドステッキ・サファイア@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ [道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、クラスカード『アサシン』Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ [思考・状況] 基本方針:殺し合いから脱出して、美遊を助けに行く。 1:殺し合いを止める。 2:雪華綺晶ちゃんとサファイアを守る。 3:リップ君は止めたい。 4:みんなと協力する [備考] ※ドライ!!!四巻以降から参戦です。 ※雪華綺晶と媒介(ミーディアム)としての契約を交わしました。 ※クラスカードは一度使用すると二時間使用不能となります。 のび太、ニンフ、雪華綺晶との情報交換で、【そらのおとしもの、Fate/Kaleid liner プリズマ☆イリヤ、ローゼンメイデン、ドラえもん】の世界観について大まかな情報を共有しました 031 夜の館で 投下順に読む 033 i m a dreamer 時系列順に読む 018 思い描くは、ひとつの未来 野比のび太 036 かけ違えた世界で ニンフ 雪華綺晶 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
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← ◆ 誰だって幸せになる権利がある。 難しいのはその享受。 誰だって幸せになる権利がある。 難しいのはその履行。 誰だって幸せになる権利がある。 難しいのはその妥協。 Frederica Bernkastel ◆ ―――ライダーのサーヴァントよ。貴女達が血眼になって仕留めようとしているサーヴァントは。 古手梨花にとって、ここからが本当の勝負。 その開戦の号砲を、歌うように彼女は口にした。 「大仰に何を言うかと思えば、それだけの情報でこっちが納得するとでも思ってるのか? こっちが命令してるのは“洗いざらい全部話せ“だ」 「ご不満かしら。なら、もう一つ教えてあげる」 淡々と、言葉を紡ぐ少女の雰囲気は最早ただの子供ではない。 演技などという生易しい領域ではない、これは最早変身と言ってもいい豹変だ。 低い魔女のような声で、もう一つ、とっておきの情報を開示する。 それが彼女にとってどれだけ危ない橋かを理解しながら。 リップ達にとって、最大の爆弾となりうる情報を。 「そのライダーの持ってる宝具はね―――もう既に使えるのよ」 嘘である。 だが、全てが嘘ではない。 七草にちかのサーヴァント、アシュレイ・ホライゾンの有する宝具――界奏、スフィガブリンガー。 魔法のランプとも称されるそれの発動、および聖杯戦争の脱出に向けた行使はそう直ぐにできるものではない。 聖杯へのアクセス方法や座標、タイミング、魔力リソースなど、どれもシビアな行使が求められるのだから。 だが―――使用するだけなら、令呪が三画すべて揃っている現状ならばいつでもできるのだ。 少なくとも、にちかのライダー(アシュレイ・ホライゾン)からは梨花はそう聞いている。 それで脱出が叶うかどうかは別の話ではあるが。 その視点から言えば、梨花の今しがた宣言したことは嘘であり、嘘ではない。 「でも、あの子たちは今もこの聖杯戦争から脱出を果たしていない。何でだと思う?」 リップが返事を返すよりも早く。 梨花は答えを出した。 その唇の端は、弓矢の様に引き絞られていた。 「あの子たちが一人でも多くの人を助けようとしているからよ。可能な限りね」 これも、正確には嘘だ。 彼女達が未だにこの世界に留まっているのは単純に脱出準備が整っていないからだ。 だが、一人でも多くの脱出派を募っていることは嘘ではない。 「皮下に伝えなさい。彼女達の優しさに付け込んで、優位に立ってるつもりだった?って」 瞳が紅く煌めき、少女は嗤う。 「あの子たちが脱出したら界聖杯がこの世界を終わらせるのなら…… 彼女達の優しさに生かされてるのは貴方たちの方よ。 けど、皮下がこれ以上攻撃を続ける様なら…彼女達の慈悲もそろそろ品切れかもね」 皮下の元に訪れたときは、交渉が決裂した時に自分を殺しても無意味で、見逃してくれたら直ぐにこの世界からお暇するという純然たる命乞いに近い発想だった。 けれど、脱出が叶った場合、界聖杯が下す裁定を知った今ではその意味合いは大きく変わってくる。 リップは理解した。 これはある種の脅迫だと。 「私が捕まった事であの子たちの危機感はさらに増すわ。 このまま旗色が悪化し続ければ、明日にでも脱出に踏み切るかもしれない」 脱出派の状況は極めて悪い。 脱出された場合の結果や、283プロダクションという旗印も既に有力な聖杯狙い達に露見してしまっているからだ。 正に四面楚歌。順当にいけば勝ち残るどころか生存すら絶望的だ。 だが、もし仮に、聖杯戦争を何時でも彼女達が降りられるとしたら。 それまで逃げ切ることが彼女達の勝利条件であるならば、話は変わってくる。 何しろ、戦う必要がないのだから。 逃げ回りつつ秘密裏に示し合わせて集合し、件の脱出宝具を使うだけでいいのだ。 それで彼女達は勝利条件を満たし、聖杯狙い達は可能性の藻屑と消え果てる。 脱出派にとって最大のアドバンテージは、脱出の具体的手段が既にある事と、勝利条件の前提がそもそも違う事だ。 それを最大限強調し、利用して、梨花はか細い論理を未来へつながる糸とする。 「……仮に、その話が本当だったとして、だ」 だが、リップが動じる気配はない。 これまで通りの冷淡な態度で、梨花の束ねた糸を断ち切ろうとする。 「それで俺達がお前ら攻撃をやめると思うか?むしろ攻撃の手を強めて、 ここでお前を即座に殺すと何故思わない」 「思わないわ。だって、このまま順当にいけば貴女達はほぼ確実に勝てる勝負だもの。 それを焦って負ける可能性をわざわざ増やすとも思えない。 ………貴女が私を殺すとも思ってない。私を助けようと彼女達が動けば、 その分あの子達の足を止めることができるから」 もし梨花の話が本当であるならば。 一人でも多くの脱出派を救うために危険な戦場に残り続ける彼女達の優しさが本当だとするならば。 ここで梨花を殺したり、薬物で壊すのは悪手でしかない。 生きているのなら助けようとしても、既に死んだり救出が不可能になっていると悟られれば、彼女達のサーヴァントの方が救出に納得しないだろう。 むしろ自分たちのマスターが同じ末路を辿るかもしれないと考え、脱出を早める恐れすらある。 純粋な兵力差で言えば99.9%勝てる相手であるのは間違いないだろう。 だが、脱出派が破れかぶれの賭けに出られれば向こうにも何割かの勝算が出てくるかもしれない。 件の宝具の詳細を知らない以上、それがいか程のモノかはリップ達に走る由もない。 しかし、だからと言って。 「詭弁だな。放って置いたところで、お前たちが脱出を諦めるわけじゃないだろう。 むしろ俺達が手を止めてる間にせっせと準備をして、逃げる腹積もりじゃないのか?」 リップがその言葉を吐いた時、梨花はかかった、と思った。 自分自身の生存のためには、彼女はその言葉が欲しかったのだ。 「だから、そのために私がいるんでしょう?ちゃんと情報は渡すわ。 その情報をもとに件のサーヴァントに当たりをつければ……」 「お前を助けようと283が動いてる間に、そいつを潰してゲームセット、か」 「私も命は惜しいから、直ぐに用済みにならない様に情報は小出しにさせてもらうけどね」 協力的な態度を見せたうえで、私情報を吟味し最大限絞る。 それが梨花の選んだ選択だった。 そして、その選択を受けたリップもまた、梨花の狙いが何なのか合点がいった気がした。 「…なる程な、お前の狙いは時間稼ぎか」 「貴女だって、皮下を倒すために私のセイバーの力を借りたいんでしょう? それならその時迄私の利用価値が少しでもある方が、生かしておく理由付けが簡単よ。 あと、皮下に引き渡されたりした時はさっきの令呪の内容全部喋るから その後皮下を倒すチャンスが回ってくるといいわね」 そう、これは大いなる時間稼ぎだ。 つくづく見た目通りの年齢なのかと瞑目する少女だった。 絶対的に命を握られている相手に、此処まで堂々と出られるとは大したものだ。 此方に屈従することなく、カウンターパンチすら叩き込んできたのは完全にリップとしても想定外だった。 話も一応の筋は通っている。それはつまり。 少女はこんな状況に至ってなお、しぶとく諦めず知恵を巡らせた証明に他ならない。 この期に及んでも、運命のサイコロを、他人の手に委ねようとしていない。 「……時間を稼いで、それで助かると思ってるのか?」 何処まで行っても、少女の状況は絶望的であることに変わりはない。 全ての令呪を失って、敵陣に一人取り残されている。 283が助けに来てくれるとも限らない。 リップの庇護を失えば、物の一時間で凄惨な最期を迎えるだろう。 何より、例え彼女のセイバーが助けに来て此処を脱出できたとしても。 リップの不治の呪いが消える訳ではないのだから、以前命は他人に握られたままだ。 それは彼女にも分かっているだろう。 しかしそれでも少女は迷うことなく宣言した。 自分のセイバーは必ず助けに来てくれる。 それまで生きているのが自分の役目なのだと。 「……希望を語るか、こんな世界の、こんな状況で」 「生憎、絶望には慣れてるの。百年来の友達よ。 でも、まだ私は生きてるし、セイバーもきっと私を助けるために動いてくれている。 それならなにも終わってないし、終わらせない」 そう言って、少女は再び笑った。 先ほどまでの笑みとは違う、引き攣りきった不格好な笑いだった。 今にも崩れそうで、ありったけの虚勢をかき集めていることは一目で伺えた。 だが…その笑みを見ていると、心中がひどくざわついた。 「―――生き残る事だけは、諦めるつもりは無いの。 私が生きて、この土地を去ることを願ってくれた人がいるから」 ――最後に一つ。約束してもいいかな? ――どうか…生きてほしい。これからもきっと、辛い事はあるかもしれない。 ――だけど、私は…白瀬咲耶は、梨花。君が生きて元の世界に帰れることを祈っているから。 私は私をそんなに強くない人間であることは知っている。 身体は勿論。精神的な意味でもだ。 百年の魔女を自称したところで。 たった一人では、繰り返される惨劇の輪廻に耐える事なんてできない。 事実、以前のカケラ渡りでも、此処へ来る原因となったカケラ渡りでも。 私は諦める寸前だった。 そのカケラの巡る旅路と同じくらい、状況は絶望的。 逆転は望み薄で、緊張の今を僅かな希望で凌いでも、数時間後には死んでるかもしれない。 ……では、もう駄目なのか。 もう、古手梨花は戦えないのか。 ……それは違う。 まだ私には、果たすと誓った約束と。 私を全力で助けようとしてくれている人がいる。 だから、俯かない。 例え、借り物の勇気と決意でも。 それでも胸の中に抱いたこの気持ちは本物だと思えるから。 だから、やせ我慢をかき集めて、まだ運命に挑むことができる。 「―――そうか」 何処までも不格好で、頑固で、弱いくせに諦めの悪い事は伝わってくる笑みだった。 敗者で、チェスや将棋で言う詰み(チェック)に嵌まった人間で、 どうしようもなく無力な少女の浮かべる笑みだった。 それでも否定者の男は、その笑みを直視できなかった。 眩しい光源から瞳を逸らすように、俯き、噛み締めるように一言呟いて。 この場に勝者がいるのならば、それはリップだ。 自らの能力と令呪により、少女らを完全に支配下に置いた。 状況は依然リップの圧倒的優位。梨花の命は彼の胸三寸。 それでも彼は、逃げる様に踵を返した。 そのままそそくさと、逃げる様に部屋を後にしようとする。 傍らの機械の少女も、何度か梨花と主の間で視線を彷徨わせてから、それに続いた。 去っていく背中に、梨花は穏やかな口調で問いかける。 「……また、話せるかしら」 「肝心な事はまだ何も聞けていない。皮下が今の話に納得すれば、嫌でも話すことになる」 「そう、ありがたいわね。もし283の子たちに見捨てられちゃったら…貴女を頼る事になるかもしれないし」 「脱出を諦めないんじゃなかったのか」 「冗談よ。………でも、現実を見ないと見えてこないこともあるのですよ。にぱー」 梨花の方へは振り返らず、けれど律義に返される声。 それを聞いて、フッと安心するように梨花は息を吐いた。 余り考えたくない事態ではあるけれど。 情報を漏らした自分に対して、283がどう出るかは分からない。 もし裏切り者として放逐されてしまえば、リップを頼ることになるかもしれない。 とどのつまり、古手梨花という少女は。 最善の奇跡を求める理想主義者(ロマンチスト)で。 何処までも残酷な現実を知っている現実主義者(リアリスト)でもあった。 「………大したガキだよ、お前は」 梨花には届かない程小さな声で、不治の否定者は短い賛辞を贈った。 彼女を見ていると、一人の知り合いの顔が脳裏を過る。 知り合い、と言っても殺しあった仲で。 きっと今でもその娘との関係を一言で言うなら『敵』なのだろう。 その敵であるはずの自分と、それでも協力できるといった否定者の少女。 不運(アンラック)という最低の呪いを神に刻まれ、不死と共に神に挑むと宣言した少女。 あの娘なら、古手梨花と同じことを言って、同じ笑みを浮かべるのだろうか。 そんな事を考えつつ、不治の否定者はその場を後にした。 ◆ 独りとなった部屋で、何度か拘束を外そうと試みる。 だが、鋼鉄製の手錠はどれだけ力を籠めてもびくともしない。 数分試してすべてが無駄だと悟ってから、手錠を外すことを諦めた。 「百年の魔女が聞いて呆れるわね。一人になったとたん…虚勢を張る事しかできないなんて」 聖杯戦争が幕を開けてから、ここまで孤立無援になったことは初めてだった。 この世界に招かれてからは、騒がしく優しい女侍が常に傍らにいてくれたから。 その庇護から一度離れてみればこの体たらく。 身体からこみ上げる不安と震えを抑え込むので精いっぱいだ。 自分はここでも無力で無能な箱の中の猫でしかないのだと思い知らされる。 「いた……!見つけた……!」 と、打ちひしがれていた時だった。 梨花しかいない筈の部屋に、声が響いたのは。 梨花のモノではもちろんない。かといって幼い少女の声はリップのモノでもない。 声の方へと視線を移してみれば、見覚えのある顔がそこにいた。 幼い梨花の容姿と比べてもさらに幼い、アイと呼ばれていた獣耳の少女。 虹花の裏切者の三人のうち、皮下の処分を免れた最後の生き残りだ。 逃亡者となり果て、鬼ヶ島の中を必死に隠れ回りながら梨花を探して此処までやってきたらしい。 「待ってて…アイさんなら外せるかも……」 とととと、と駆け寄って獣の手に力を籠める。 すると梨花がどれだけ力を籠めても動かなかった縛めが、軋み始めるではないか。 「待って!」 もう少しで外れそうになったタイミングで。 顔が真っ赤になるほど力を籠めて自分を助けようとしている少女に、梨花は制止の声を上げた。 「ありがとう、でもセイバーが来るまではどの道逃げきれないわ」 拘束を外してこの部屋を出た所で、以前梨花の所在地は鬼ヶ島の真っただ中。 いうなれば皮下の腹の中。逃げてもすぐにつかまるのがオチでしかない。 そして、逃亡を図ったとなれば今度こそ皮下は容赦しないだろう。 自分も、アイも、酸鼻極まる最期を迎えることとなる。 奇跡的に逃げ切れたとしても、逃亡先でリップの不治を発動されれば意味がない。 せめて彼に話を通さなければ、逃げるわけにはいかなかった。 「で…でも、このままじゃ……」 「大丈夫よ、アイ。貴女が来てくれただけで、最悪じゃない」 べそをかいてうつむくアイを優しく抱きしめる。 梨花は知っている。 アイが、父の様に慕っていた男は梨花を助けるために殺されたことを。 梨花に賭けたせいで、アイが逃亡者の身へと堕ちたことを。 それでも彼女は、怖い思いをしながらここまで来てくれた。 ならば、その献身に応えたかった。 抱きしめた体から伝わる暖かな体温は、梨花の意思に力を与える。 状況は依然最悪。だが光明がない訳でもない。 令呪で回復させたことで今頃セイバーは息を吹き返しているだろう。 自分の命を握るリップは皮下よりも交渉の余地がある男だった。 そして何より、アイが来てくれたことで梨花は一人ではなくなった。 なら、まだ戦える。 まだ、諦められない。 その理由も、皮肉にも皮下の言葉でより強くなった所だ。 ――――沙都子ちゃんと言い君と言い、最近の幼女は人間離れが著しいな。 「沙都子が此処にいるなら、会うまで死ぬわけにはいかないもの、絶対に」 【二日目・未明/異空間・鬼ヶ島】 【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】 [状態]:疲労及び失血(大)、右腕に不治(アンリペア) [令呪]:全損 [装備]:なし [道具]:なし [所持金]:数万円程度 [思考・状況] 基本方針:生還を目指す。もし無ければ… 0:セイバー達が助けに来るまで時間を稼ぐ。 1:沙都子が此処に、いる…? 2:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。 3:ライダー(アシュレイ・ホライゾン)達と組む。 4:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。 5:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。 6:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。 7:戦う事を、恐れはしないわ。 ◆ 古手梨花という少女を手駒にしようと思ったのは、シュヴィの解析ゆえだ。 彼女の連れていた女剣士。その宝具、その剣の腕は。 ―――あの、鬼のライダーや鋼翼のランサーに届く。 それが、実際に交戦したシュヴィの解析結果だった。 もし彼女のサーヴァントが凡百のサーヴァントであったならば。 リップも彼女を引き込もうとは思わなかっただろう。 その場合、今頃梨花は皮下のおもちゃとなっていたに違いない。 梨花自身が無力な少女というのも都合がよかった。 いざとなれば不治の力で何時でも始末が付けられるからだ。 もっとも、シュヴィの解析の結果では、肉体の構造は年相応の少女と変わらないだけで、 そのマスターとしての素質や魔力の貯蔵量は常人ではありえない物らしい。 「シュヴィ、確認するがあの梨花って子供は―――」 「うん…肉体的には…ただの人類種(イマニティ)……ただ……普通の、人類種じゃ…… 色々…ありえない……何らかの……異種との…混血の……可能性、高い」 「確かに、あのガキが特別って事は伺えた。おいおい探ってみる必要が出てくるかもな」 解析の結果、梨花が生まれからして特別な子供であるという事は伺えた。 ともすれば、先ほどの令呪も十全に効果を発揮しているかもしれないな、とリップは思案する。 梨花が目覚める前、実験的に彼女の令呪を一画奪い、シュヴィに使用したがその時の命令も単なる回復ではなく、自己修復機能の大幅な向上を命じる様に忠告された。 シュヴィの言によると、如何な令呪であっても霊基の修復は非常に高度な技能であるらしい。 本来治癒能力のないサーヴァントに回復効果を目的とした令呪の使用を行っても不発に終わることが大半だという。 しかし、高い素養のマスターが令呪を使用した場合、本来ならば命令不可能な行使も可能となるのもまた令呪の特性の一つだそうだ。 また実際に使用した結果をもとに行った解析では、令呪を用いた霊基の修復は可能であるという解析結果が出た。 ただし、修復できるのは霊基のみ。 英霊の核たる霊核にまで損傷が及ぶほどの致命傷は治せず、 また霊基の修復を行うにしてもマスターの高い素養が要求されるらしい。 それこそ、これまで出会ってきたマスターの中では梨花と大和しか該当者がいない程狭き門である様だ。 果たして彼女の令呪が命令通りの効果を発揮したかは定かではないが、最低でも戦闘が可能になるほどは回復していてほしいとも思う。 「あの……マスター……」 令呪について思考を裂いていた所に、シュヴィがおずおずと話しかけてくる。 様々な理由から沈んでいた先ほどまでとは違い、その表情は少し和らいでいた。 「あり…がと……あの子に、酷い事、しないでくれて……」 「…皮下や大和を刺す隠し玉にするつもりだったし、酷い事なら不治を使って脅しただろ」 「それでも…シュヴィが…あの子を……殺したって…ならない様にしてくれた…… マスターが、力を使ったのも……皮下を納得させるため、でしょ?」 「――残念だが違う。皮下や大和を刺すための駒にしようとした以上の考えはない」 リップが梨花を手駒にしようとしたのは、純粋な皮下への危機感ゆえだ。 これまでは何とか対等な同盟関係を保ててはいるが、これからもそうとは限らない。 何しろただでさえ勝ち目の乏しかった鬼のライダーが強化されるのだ。安穏とはしていられない。 いずれ来る皮下との決別の時のために、独自の伏兵を擁しておく必要があった。 でなければ…対等な関係を築いているつもりで、その実皮下の舗装したレールの上を走らされるような、そんな危機感があったのだ。 幸いなことに、駒として選んだ少女はアイドルなどよりもよほど使いでがありそうだ。 本人の戦闘力以外はサーヴァントの強さも肝の座り方も申し分ない。 不治の力と令呪により反抗も封じているため、幾らか安心して懐においておける。 仮に皮下や大和を討つ家庭で梨花が死亡したとしても、収支で言えばプラスに傾くと踏んでいた。 だから、詰み切った少女の辿る運命に介入したのは純粋な打算でしかない。 「うん…これは勝手に…シュヴィが…感謝してる、だけ……」 それでも。 それでもなお、血の通わぬはずの機械の少女は感謝の言葉を述べる。 どれだけリップ本人が、自分は少女の言葉に相応しい人間ではないと否定しても。 それでも彼女は否定しない。ゆるぎない信頼を胸に、リップに接する。 その言葉が届くたびに、その信頼を向けられるたびに。 リップの心は、狂おしくかき乱される。 ―――叶えたいなら夢だけは見るな。俺らは理想(そっち)には行けねぇんだ。 頭の中で、皮下からかけられた言葉が残響のように響く。 何人も殺しておいて、何百人も怪物の腹の中に誘っておいて。 血に塗れた掌で受け取るには、少女の信頼はどうしようもなく重かった。 「…感謝なんてするな。状況の推移によっては結局殺すことになる。 あいつらが、何も傷つけずに生きようとどれだけ願っても―――」 だから、彼にしては珍しく突き放すようなことを言う。 それを聞いたアーチャーの少女が悲しい顔をするのも承知の上で。 自分を悪足らしめんと言葉を吐く。 ポケットの中でこぶしを握り締め、奥歯をかみしめて、耐える様に歩を進める。 「俺の不治(ねがい)は、奴らを否定する」 そんな背中を見て、後ろに続くシュヴィは考える。 リクの。 愛しいあの人の。 あと何人殺して、何人死なせなきゃいけないと嘆いていた、あの時の気持ちが、 今ならより深く理解できるような気がした。 ◆ 「んだよそれ……」 頭を抱えていた。 秘密組織タンポポ、虹花の首領である皮下真は、頭を抱えていた。 理由は明白、リップが梨花から聞き出した情報のためだ。 「要は追い詰め過ぎたらさっさと風呂敷畳んで夜逃げするぞって話だろ?め、面倒臭ぇ…」 つい数時間前、自分が行った暴露によって、見方に依れば峰津院大和すら超える危険因子だった脱出派を孤立させることができた。 そこから更に脱出派の一人を捕虜とすることにさえ成功した。 此処までは紛れもなく順調だったと言えるだろう。 だが、順調すぎた。 それによって発生するリスクがある事を、失念していた。 「リップ……梨花ちゃんの話、何処まで本当だと思う?」 「全部が全部本当って訳じゃないだろうな。でも、出鱈目を言ってる風にも見えなかった。 もしそうなら、アーチャーの奴が気づくからな」 「となると…だ。尋問は俺に変わってもらう必要がありそうだな。三十分で吐かせる」 「お前にしては短絡的な発想だな。薬漬けにした後奴のセイバーが念話でコンタクトを取ってきたらどう誤魔化すつもりだ」 本当に、皮下にとっては頭の痛い話だった。 リスクの排除のためにはどうにかして梨花の口を割らせなければならないが、薬物や拷問などで割らせた場合最悪のババを引く恐れがある。 その結果を受けた脱出派が臆病風に吹かれて逃げに徹されればいよいよ脱出に踏み切られるかもしれないからだ。 故に最も手っ取り早い方法である薬物や拷問は使えない。 「はー…こうなると梨花ちゃんだけじゃなくてもう一枚、 あの子たちにかませるカードがあればいいんだけどな。 こいつを見捨てて脱出しないってカードが………」 ぼりぼりと頭を掻きながら呟くものの、それがない物ねだりであることは皮下も理解していた。 そうそうそんなカードが此方に用意できるとは思えなかったからだ。 となれば、正攻法で聞き出すほかないが… 「安心しろ、ちゃんと聞きだすさ。そこについては俺とお前の利害は一致してる」 「本当頼むぜ、取り合えず、283の対処については“向こうさん”とも相談しなくちゃなぁ……」 珍しく協力的な言葉を吐く同盟者だが、皮下はまるで安心できなかった。 一応梨花が情報を提供しているのは本当の様だが、明らかに小出しにしている。 前提として余り時間はかけたくはないのだ。 今こうしている間にも、脱出派は準備を整えているかもしれないのだから。 陣営規模での攻撃は控える必要があるかもしれないが、どの道件の宝具を持っているサーヴァントは早々に脱落してもらう必要がある。 その辺りも、今しがた自分のサーヴァントが同盟を結んだ陣営とすり合わせを行っておく必要があるかもしれない。 「頭の痛い話はそれだけじゃねーしさー」 皮下が頭を悩める事案はその一つだけではない。 先ほど、カイドウから念話で聞かされた一つの計画。 窮極の地獄界曼荼羅。 領域外のサーヴァントであるフォーリナーを意図的に暴走させ全てを薙ぎ払うのだという。 「マスター…多分、そのサーヴァント……」 「お?アーチャーちゃんもそのサーヴァント知ってんの?」 「あぁ、金毛に12歳ごろのガキのサーヴァントなら昼間に逢った所だ」 皮下から伝えられたフォーリナーの特徴は、シュヴィが昼間に会敵した少女と合致していた。 であれば、聖杯戦争を揺るがす可能性を持っている事には信ぴょう性がある。 もし彼女が暴走すれば確かにと途轍もない災禍(カタストロフ)が待っているだろう。 だが――、 「そいつを暴走させた後、肝心の制御方法についてはどうするつもりなのか全く見えてこないぞ…というか、本当に考えてるのか?」 「だよなー…いや、戦力はいくらあっても困らねーけどさ。 いざという時俺達まで纏めて吹き飛ばす核弾頭はお呼びじゃねーのよ」 制御は自分が受け持つと発案者らしいリンボは豪語したそうだが。 あの胡散臭い陰陽師にそんな大役任せていいとは思えなかった。 それこそ馬鹿に核弾頭のスイッチを持たせるようなものだ。 せめて皮下達も共同管理できる様な具体的な制御方法が無ければ論外も甚だしい。 戦力的にも困っている訳ではないので、そんな博打に興じる必要性はまるで感じられなかった。 「総督たちはでかい話に目がない上に腕っぷしに自信があるからいざとなりゃ何とでもなるって思ってんだろうけどなぁ。 ありゃ詐欺に引っかかるタイプだよ」 生半可なペテン師なら騙された後でも暴力に物を言わせて彼らは解決してしまう。 だが、これは聖杯戦争。あらゆる可能性の坩堝たる戦場だ。 実際にリンボの計画が成功すれば何が起きるか分からない。 「大和も283もリンボの奴も、どいつもこいつもゲーム盤ひっくり返す真似しやがって。 俺のNPCの魂食いとかやるけど、あいつらそう言うのじゃないじゃん。 決まれば勝ちってインチキばっかりじゃん。これからは大看板も動かせるなって浮かれて倒れがバカみたいじゃねーかよー……」 愚痴りながら座り込み、天を仰ぐ皮下。 そして、この上なく深い溜息を吐く。 情けないことこの上ない姿だが、リップもそろそろこの男の事を理解してきていた。 軽薄そうな態度の裏で、思案を巡らせている男であると。 「腐ってる場合か、さっさと知恵を出せ」 「あー…俺としては取り合えず大和の霊地を奪う事を優先したいと思う」 それは、当初の皮下の予定通りの計画だった。 受け取り方によっては今さっきまで悩んでいた問題の棚上げの様に感じられる。 「取り合えずリンボの奴の計画はもう少し深堀して聞き出して、 乗るかどうかは霊地奪還計画の功績で決めるよう伝える。283については梨花ちゃんの望み通り、一旦追跡程度にとどめるってところだな」 「……それならそれで構わんが、具体的にどう奪うつもりだ?」 簡単さ、と皮下は肩を竦めながら応えた。 「二手に分かれる。大和が現れた方の場所に総督に派手に暴れてもらって 奴がいない方の霊地を奪う予定だ」 大和がどれほど強かろうと体は一つ。 カードの量では此方が大きく上回っている。 そのアドバンテージを最大限発揮し、霊地を奪う計画だった。 単純だが、単純故に手数で劣る大和には抗しずらい計画だ。 あえて先手を大和に譲り、現れた地点を確定させたうえで叩く。 「取り合えず、向こうの陣営とのすり合わせをやらねーとな 色々、話さないといけないことはありそうだ」 すり合わせをしなければならない事はいくつかある。 作戦前に行っておかなければ様々な支障が発生するだろう。 その為、皮下は自身のライダーが同盟を組んだサーヴァントのマスターとコンタクトを取ることに決めた。 峰津院大和が東京タワーに現れる、一時間ほど前の出来事だった。 【二日目・未明/異空間・鬼ヶ島】 【皮下真@夜桜さんちの大作戦】 [状態]:疲労(小) [令呪]:残り二画 [装備]:? [道具]:? [所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有) [思考・状況] 基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。 0:ひとまずライダーが同盟を結んだサーヴァントのマスターとコンタクトを取る。 1:大和から霊地を奪う、283プロの脱出を妨害する。両方やらなきゃいけないのが聖杯狙いの辛い所だな。 2:覚醒者に対する実験の準備を進める。 3:戦力を増やしつつ敵主従を減らす。 4:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。 5:峰津院財閥の対処もしておきたいけどよ……どうすっかなー? 一応、ICカードはあるけどこれもうダメだろ 6:梨花ちゃんのことは有効活用したい。…てか沙都子ちゃんと知り合いってマジ? 7:逃げたアイの捜索をさせる。とはいえ優先度は低め。 [備考] ※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。 ※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。 ※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。 ※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。 ※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーの「アオヌマ」は皮下医院付近を監視しています。「アカイ」は星野アイの調査で現世に出ました ※皮下医院の崩壊に伴い「チャチャ」が死亡しました。「アオヌマ」の行方は後続の書き手様にお任せします ※ドクロドームの角の落下により、皮下医院が崩壊しました。カイドウのせいです。あーあ 皮下「何やってんだお前ェっ!!!!!!!!!!!!」 ※複数の可能性の器の中途喪失とともに聖杯戦争が破綻する情報を得ました。 【リップ@アンデッドアンラック】 [状態]:健康、魔力消費(小) [令呪]:残り3画 [装備]:走刃脚、医療用メス数本、峰津院大和の名刺 [道具]:ヘルズクーポン(紙片) [所持金]:数万円 [思考・状況] 基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。 1:皮下と組むことに決定。ただしシュヴィに魂喰いをさせる気はない。 2:283プロを警戒。もし本当に聖杯戦争を破綻させかねない勢力なら皮下や大和と連携して殲滅に動く。 3:古手梨花を利用する。いざとなれば使いつぶす。 4:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。 5:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)の量産について皮下の意見を伺う。 6:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。 [備考] ※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。 また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。 ※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。 【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】 [状態]:健康 [装備]:機凱種としての武装 [道具]:なし [所持金]:なし [思考・状況] 基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。 0:…マスター。シュヴィが、守るからね。 1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。 2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。 3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。 4:皮下真とそのサーヴァント(カイドウ)達に警戒。 5:峰津院大和とそのサーヴァント(ベルゼバブ)を警戒。特に、大和の方が危険かも知れない 6:セイバー(宮本武蔵)を逃してしまったことに負い目。 ※聖杯へのアクセスは現在干渉不可能となっています。 ※梨花から奪った令呪一画分の魔力により、修復機能の向上させ損傷を治癒しました。 時系列順 Back チルドレンレコード Next 向月譚・弥終 投下順 Back 輝村照:イン・ザ・ウッズ Next 僕の戦争(前編) ←Back Character name Next→ 102 日蝕/Nyx 古手梨花 127 Pleasure of the Certainty Witch セイバー(宮本武蔵) 117 prismatic Fate 102 日蝕/Nyx 皮下真 127 Pleasure of the Certainty Witch 102 日蝕/Nyx リップ 127 Pleasure of the Certainty Witch アーチャー(シュヴィ・ドーラ)