約 83,011 件
https://w.atwiki.jp/gods/pages/60326.html
スワヤンブー ブラフマーの別名。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/327.html
791 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 49 55 ID LzUN6Ghd ***** 「あなた、起きてくださいな」 いまだかつてない起こし文句をささやかれ、目が覚めた。 あなた、とな? その呼び方をする人間は俺の身の回りでは葉月さんしか居ない。 しかし、『あなた』に含まれているニュアンスが少し異なる。 普段葉月さんが口にするのは、『君』とか『お前』とかいう、聞き手を指す二人称的なものだ。 いわば、代名詞である。俺の名前を呼んでいるのと変わりない。 「あなた、いくら休日だからって寝坊はいけませんよ。ほら、早く起きてください」 だが、今の呼び方はどうだ。 まるで俺の名前が『あなた』に事実上なってしまったようなふうではないか。 それ以外の呼び方などありえない、とでもいうのか。 女性の声はやけに落ち着いている。 穏やかだ。上がったり下がったりしているところがない。波打っていない。 葉月さんの声はここまで大人びていなかったはずだ。 「今日は一緒にお出かけをする約束でしょう? 私、あまりに楽しみだったものだから、早起きしてしまって。もうお弁当まで作ってしまいました。 朝ご飯もできてますから、いつもご一緒できない分、今日は……ね?」 二人でご飯を食べましょう、ってか。 ふうむ、なんというか。いいな、こういうのも。 けど……これ、夢だろ。幸せすぎるもん。 朝から幸せがたっぷり入ったふりかけをたっぷりかけられた気分になるなんて、俺の生活じゃありえない。 女の人が俺を起こすシチュエーションからして嘘だ。リアリティがなさ過ぎる。 声をかけてきたのが妹で、無理矢理布団を引っぺがされたとかならまだ納得はできるが、残念ながら妹は優しくない。 母も同様。母は父にしかデレないのだ。 だから、この声は俺の想像力が作り出した嘘なんだ。 しかし、俺はこの嘘をありがたく思う。 いいじゃないか。夢の中ぐらい、俺の好きなように変えてしまっても。 女性がみんな俺に優しくする夢を見て何が悪い。 俺だって男だから、ハーレムに憧れがないわけじゃない。 しかもこれは夢。面倒なこともない、後腐れもない。最高だ。 だから、俺は夢を満喫する。 「……昨日は徹夜だったんだ。だから眠らせてくれ……」 「ああ、そうでしたわ。ごめんなさい。昨夜は一緒に寝てくれると言うから、 つい嬉しくてあなたにおねだりを一杯してしまったんでした。 あなたも私も、眠る暇なんか、なかったですものね」 …………なにそれ? 昨夜はプラモデルを作ってたから徹夜した、っていう設定を構築してたんだけど。 「ですけど、おかげで……私、今日はとても調子がいいんです。 ごめんなさい。こんなことを言ってしまったら、まるではしたない女のようですね」 へえ、そうなんだ。俺の体はとても重いんだけど。 体がだるさを訴えて布団から出ようとしない。頭まで布団に潜ってる。 ううん? 自分の体を触ってみたら、変なことに気付いた。 俺、下着しか身につけてない。 バカな。俺は春夏秋冬寝る際は下着の上にもう一枚着込んで寝ているはず。 暑さで寝苦しくなりだした頃にはシャツとジャージ、布団だけじゃ寒くて眠れない頃は長袖のニットとジャージ。 つまり年中ジャージを着ている。ジャージ愛好家ではないけども、とにかくジャージを愛用する。 これは、一体…………? 792 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 50 45 ID LzUN6Ghd 「ですけど、あんなに激しく、あなたが求めてくれるものですから、ついつい私も……。 もう、あなたのせいですよ。普段はあんなに冷たいのに、昨晩はあんなことまで…………」 「なあ、いや、あのさ」 「はい、なんです?」 「もしかして俺、昨日すごいことした?」 「ええ」 「具体的には?」 「…………………………それはもう、朝の時間には口にできないような、激しいものでした」 うん。……ええ? あ、あ! ああ――――――そういうこと。 いわゆる、夫婦の営み、というやつのことか。 性に開放的な傾向のある現代の若者ならば十代半ばでも経験済みというアレね。 つまり、性行為ですか。英語に変換してカタカナで書くと、セックスだね。 うわあすごい。 いつの間に初体験を済ませたことになっているんだろう。夢の中の話だけどさ。 なんだかショックだ。お前はもう経験している、と言われても何の感慨も湧かない。 どうせ夢を見るなら昨晩のシーンからにしろよ。 今からでも遅くないから、巻き戻し。 はい、スタート! 「も、もうあなたったら! 恥ずかしいことを言わせないでくださいな」 布団の上から軽く叩かれた。夢の中の時間軸は巻き戻っていない。 いくら自分にとって都合の良い夢でもできることとできないことがあるってことか。 なんだか、ものすごく損した気分だ。 「あなた、いい加減に起きないと、私も強硬手段に出てしまいますよ」 と言いつつ、俺と大人の関係を結んだ女性は、布団を剥がそうとしてくる。 この場で簡単に布団を奪われないよう抵抗するのは、慣例、もしくは通例と言えよう。 しかし今の俺は演技ではなく、本気で抵抗をしている。今、絶対に顔を出したくない。 だって、怖い。 間近にいる女性の正体がわかってしまうのがとても恐ろしい。 相手が葉月さんでない可能性はとても高い。ならば、当然他の誰かということになる。 夢の中にまで出てくるということは、俺にとってそういう目で見ている相手ということだ。 誰だよ。こんな馬鹿丁寧な言葉遣いで話しかけてくる知り合いは。 …………待て。もしかしたら見たことはあっても話したことはない、テレビに出てくる女性タレントかもしれないぞ。 好きなタレントがいないから希望はないが、それは誰であっても構わないということでもある。 もしそうだったら、別に顔を拝んでもいいかな? とか考えた途端、布団の中に女性の手が入り込んできた。 俺の腕は布団で顔を覆うようにしていたから、下からの侵入には無防備だ。 女性の腕が俺の腹に回り込み、左右から包み込んでくる。 そして、抱きつかれた。 「あなたが悪いんですよ。いつまで経っても起きないから。 だから、私はこうやって眠りの邪魔をしてしまうんです」 女性の頬がシャツの上から腹を擦り、触覚を甘噛みする。 なんだなんだなんだ。この体の芯からゾクゾクさせる幸せな津波。 こんな幸せがあっていいのか。 世の恋人達って、皆こういうことしてるのか? ――いや、皆はしてないか。でもうちの両親はしてるだろうな。たぶんこれ以上のことも。 793 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 51 25 ID LzUN6Ghd 「うう……ん、暖かい。それに、とても安らぎます。私この匂いが好きです。 どうしましょう。なんだか、むずむずしてきました」 「……くしゃみ?」 「いいえ。あなたに、あなたに……………………優しくして欲しく、なっちゃいました」 かつてここまでストレートなデレに巡り会ったことがあっただろうか? いや無い。 いいのかな、優しくして。というか、女性の要求通りにして。 しかし、優しくするとはなんぞや? 頭を撫でればいいのか? 思いやる言葉をかければいいのか? それとも。 「わがままを言って悪いとは思いますけど、でも、私は今、あなたが欲しいんです。 お願いです、あなた。私に……………………」 首に手を回された。 おもむろに女性の体が近寄ってくる。 布団の中の薄い闇の中に、女性の顔があらわれた。とっても近い。 「どうか、お願いします……………………」 何をお願いされているんだ、なんてわかりきっている質問を浮かべて飲み込んだ。 経験無くてもわかるよ。十七年の間に見てきたもののおかげで、こういう空気になったらどうするか知ってるよ。 キスするのが、正しい選択。 目をつぶった方がいい。最中に目を開けてはいけない。舌をどう使えばいいのかは知らない。 どうせ夢なのだから、失敗しても誰にも迷惑はかからない。 女性は夢の産物なのだから、嫌われたところで構わない。 これはシミュレーションだ。実践ではない。繰り返す、これは実践ではない。 意を決し、いざ。 「いく、ぞ」 「…………はい」 自分の動きがスローになる。鼓動が早まっているせいだ。 耳に届く音が鼓動だけになると、一拍が大きくなる。ドクンドクン、じゃなくて、ドックンドックン。 動きまでがそれに合わせてコマ送りになる。 鼻息が荒くなっているんじゃないだろうか。もはやそれすらわからない。 唇まであと三センチ。 というところで、布団の端から光が差し込んだ。 女性の顔の輪郭、目を閉ざした表情、髪の色、全てが明らかになる。 飾りっ気が無く、清潔な印象のあるこの人、どこかで見た気がする。 唇まであと二センチ。 なんとなく目を閉じる。女性の表情が映像となって脳裏に浮かぶ。 うん、この人と直接会ったことある。はっきり思い出せないけど見覚えがある。 確か学校の、教室に居て、地味な格好をしてて、年齢にふさわしくない整った顔で、だいたいいつも無表情。 チャイムが鳴ったら教壇へ上がり、……ってこれ、教師? そして傍らに……本? そうか、わかった。 おそらく唇まであと一センチ。 この人、篤子女史だわ。 どうりで見たことがあるわけだよ。 近くで見ても美人は美人なことに変わりないんだ。 新たな発見を――してる場合じゃないね、この状況。ハハハハハ。 多分唇まであと一センチもない。 触れてもいないのに、篤子女史の熱が感じられる。主に唇で。 あまり嫌じゃないのは、きっと寝起きのせいだ。そうに違いない。 唇がくっついた。 そして、俺は唇の感触を味わ――――うことなく、脳内で悲鳴を上げた。 : : 794 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 53 11 ID LzUN6Ghd ***** 飛び起きた。口を開いたままで。喉の奥から酷使された痛みが伝わってくる。 何気なく喉に手を当ててみる。異常があるのは外側ではなく、内側だった。 気道の壁の喉付近をひりひりさせるこの痛みは、体育の授業で野球をして、その際に声を張り上げたせいで、 授業が終わった頃に襲いかかってくるものに酷似している。 つまり俺は何かを叫んだ。しかし、一体何を叫んだんだか、わからない。 寝ている場所は保健室らしかった。白いベッドと掛け布団が常備されていて、馴染みのない薬の匂いがする場所は校内で保健室だけ。 誰かが室内にいる可能性は十分にある。 先生とか、他には本当に具合の悪い生徒が別のベッドで寝ているかも。 右には中庭を望める窓。まだ昼のようだったが、校舎の影のおかげで室内に日光は差し込んでこない。 反対側に首を向けると、空のベッドと――その上に足を組んで座っている女性が目に映った。 濃いめの色合をしたジーンズの上には文庫本が乗っていた。距離があるせいでタイトルはわからないが、文字だらけの本であることはわかった。 だから、聞いてみた。 「その本、なんてタイトルですか?」 「武者小路実篤、友情。古い言葉や漢字の使い方は、近頃は見られないものもあります。 お話は長く、じっくりと人物を掘り下げていくものもよいのですが、 そうすると小説と馴染みのない方には手に取りにくいものになりがちです。 その点、この本であれば心配ありません。そのくせ、中身も詰まっている。おすすめですよ」 「どの辺が面白かったですか?」 「……わかりませんね、いえ、面白くないという意味ではないです。 読む度に誰かに共感し、誰かに反感を覚える。対象がころころと変わっていってしまうんですよ。 でもそれは、おそらく私だけのことでしょう」 そこまで言うと、二年D組の担任である篤子女史は立ち上がり、俺のいるベッドの傍らに立った。 しおりを先頭のページに挟み、差し出してくる。反射的に受け取る。 「ですが、作家という職業に人並みの興味を覚える人なら楽しめます。 貸しますから、読んでみてください。返しに来たときに感想を伺いますから、そのつもりで」 「あの、別に読みたい訳じゃないんですけど」 「これは宿題です、と言えばやる気になるのではないですか?」 「まさか、クラスの皆にも同じ宿題を?」 「まさか。あなただけですよ」 篤子女史の一言にときめいたりすることはなかったが、高橋あたりなら都合の良いように解釈するんだろうと考えた。 安心した。俺を呼ぶ、『あなた』という単語に親しみが籠もっていない。 起きた瞬間にとっさに距離をとらなかったのは、本とセットになっている担任の姿が普段通りだったからなのだ。 やはり篤子女史には本が似合う。高橋よりも。 一種の記号だ。コーラと缶のパッケージの赤が切り離せないものであるのと同じ。 俺と大人の関係になっているなんて、あり得ないし、夢だとしても篤子女史に失礼というものだ。 795 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 53 55 ID LzUN6Ghd 「宿題ならやりますけど、どうして俺だけ読書感想なんです?」 「今日の一時間目の授業は何か、知っているでしょう」 「国語、ですね」 「そういうことです」 結構容赦がないのな、この国語教師。 俺は体育館の地下に閉じこめられていたんだから、授業に出られなかったのだ。サボったわけではない。 たしかに無断欠席ではあったが、あの状況では連絡しようがないのだから見逃して欲しい。 「不満そうな顔ですね」 「……別に、そんなことはないです」 「事情は知っていますよ。体育館の地下倉庫で、手足を縛られてぐったりしていた、とか」 「誰にそんなこと聞いたんです?」 というより、ぐったりさせられたというのが事実。 助けてくれた感謝と誤った処置をした叱責、どちらを先にすべきかわからないから、ぜひとも相手が知りたかった。 「葉月さんですよ。 朝のホームルームが終わって、すぐに飛び出して行って、授業が終わってからようやく戻ってきました。 理由を聞いたら、あなたを発見して保健室に運び込んだから、と。 ですから、この宿題は葉月さんのためにやるものだと思ってくれて構いません。 それで二人分のマイナス点はチャラにします」 「ありがとう、ございます。それで、葉月さんは?」 「今はタオルを水に浸しに行っていて……結構時間が経ちますけど、遅いですね。 まあ、程なくして戻ってくるでしょう。 昨日何があったのかは、後日聞くことにします。それと、ちゃんとお礼を言っておくように」 「うぃっす」 片手をチョップの形にして持ち上げて、返事した。 796 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 55 18 ID LzUN6Ghd 担任が去った後、葉月さんを待つために俺はベッドに腰掛けていた。 とりあえず体に異常はない。手首に巻かれていた拘束具の跡ももう消えている。 昨晩着ていたはずの制服は、いつのまにか学校指定のジャージへと変化していた。 制服はハンガーに掛けられて、ベッドから離れた位置にある開いた窓のそばで、吹き込んでくる風にその身をゆだねていた。 ジャージの裾をめくってみる。裏面に縫いつけられた小さな白い布に高橋、と書かれていた。 後で高橋にもお礼を言っておくとしよう。 葉月さんが来たらまず――助けてくれて、いや、見つけてくれてありがとう、と言おう。 地下倉庫を発見して来てくれたことには感謝しているが、その後についてはなんとも言えん。 そりゃ、まずいと思ってやってくれたのだろうが、さすがに心臓マッサージはきつい。 昨晩体育館で澄子ちゃんに会ったときと比べても、段違いに死の危険を感じた。 加えて、その後の人工呼吸には、もう。 「あれ、絶対にくっついてた、よな。……唇」 まあ、そうじゃなきゃ空気が漏れてしまうから、やっぱり隙間無くくっついたのだろう。 唇と、唇がくっついちゃったんですか。 そっか、そうか、そうなのか。 あれは…………キスとしてカウントしていいのか? あまり思い出したくないけど、さっき見た夢の中のラストシーンみたいな流れでやったなら、キスとして成立するんだろうな。 片方が迫って、もう片方がそれを拒まない。 葉月さんは、果たしてキスのこととか、考えていたのか? よしんばそうであったとして、俺が自律動作できない状態は拒んでいないと言えるか? …………不謹慎だな。助けようとしてくれただけなのに、いかがわしいことと結びつけようだなんて。 俺のことを好きだったから人工呼吸しただなんてことはないはずだ。 きっと、葉月さんは助けたい人がいたら同じ事をする。そういうことにしておく。 唇の感触がどんなものだったのか堪能する暇も余裕もなかったが、一応、自分の唇と合わさったという事実は覚えておこう。 やっぱり、嬉しいものは嬉しいし。 797 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 56 04 ID LzUN6Ghd 手持ち無沙汰だ。 読書感想の宿題の名目で渡された本に目を通してみたが、いつ葉月さんが来るかわからない状況ではいまいち頭に入らず、 結局は膝の上に留まる形になってしまった。 ここから出て探しに行こうにも、はたしてどこへ葉月さんを探しに行けばいいものか。 ついさっき鳴ったチャイムは、今日の最後の授業が終了した合図。今日は土曜日だから、三時限目でラスト。 帰りのホームルームは、担任のことだから手短に終える。もう終わっている頃だ。 それでもやって来ないということは、もう葉月さんは帰ってしまったのか? …………するかなあ、そんなこと。 でも、タオルを濡らしに水場へ行って、戻ってきてないのは事実だし。 とりあえず様子見に、廊下へ出てみることにした。 本を反対側のベッドに投げ出して、ベッドから腰を浮かす。 その瞬間、保健室のドアが開く、ガラリという音がした。 まるで立ち上がることで自動的にドアが開く仕組みみたいだった。 しかし座り直して今度はドアが閉まるかどうか試してみる気にはならない。 シューズを脱ぐ音、続けてスリッパと床のぶつかるパタパタという音。 金具に掛けられたシーツが壁代わりになって入り口方向が見えないので、このへんは想像である。 音はだんだん大きくなる。保健室にやってきた人物は、すぐにベッドへと向かってきた。 対面。 「あ、あ…………」 やって来たのは両手で洗面器を持った葉月さん。 口から小さな声を断続的に出し続ける葉月さんは、じっと俺の目を見つめている。 洗面器が震えて水が縁から零れている。 近づき、洗面器をなかば奪うつもりで抜き取る。 透明な水には白いタオルが浸されていた。風邪を引いた時みたいに額に当てるつもりだったのかもしれない。 葉月さんは両手を胴の前に固定し、透明な洗面器を持つようにして固まっていた。 これがフリーズという状態なのであろうか。俺は何も言っていないのだけど。 凍結状態を解くため、声をかける。まずは助けてくれたお礼から。 「葉月さん、心配させてごめん。見つけてくれてありがと――――」 あと一文字というところでタックルされた。 ベッドに背中から着地する。ほぼ同時に洗面器の水が俺の体目掛けてダイブを敢行。 数秒空けて染み込んでくる水が冷たい。だけど、すぐに別の熱が肌を覆う。 「よかった、良かった。良かったよお…………死んでなく、生き、ててくれた。 う……ううう………………」 より強く抱きつかれる。嗚咽を殺そうとしているみたいに。 ジャージ越しでも、ダイレクトに震えが伝わってくる。 背中をきつく握られた。 存在を確かめるような動きが、より一層、彼女の受けた切なさを伝えてくる。 「ごめんね、本当に、悪かったよ」 「ううん、そんな、こと、ないから。無事だったら、いいの。私は、それだけでいいの。 こうして居られるなら、もう、何にも…………いら、ないよ」 俺はそれ以上は何も言わず、心の中で謝罪を続ける。 空の洗面器は頭上で俺の両手に掴まれていた。 葉月さんの頭を撫でるとか背中に手を回すとか、そういったことに頭が回らないのはきっとこいつのせいだ。 でも、有り難くもあった。 結論として葉月さんの気持ちに応えられない俺には、抱きつかれている今の状態が後ろめたかったから。 798 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 57 23 ID LzUN6Ghd 葉月さんが落ち着くのを待って、水に濡れていないベッドに座って話を伺う。 本当は俺が濡れたベッドに、葉月さんが反対側に座る形で話したかったのだけど、 葉月さんの無言にして断固たる意志により一つのベッドに収まる形になった。 左手を両手でがっちり掴まれ、抵抗しても見事に体勢を崩され続ければ抗議する気も失せる。 座ったら座ったでお互いの膝がぴったりくっつく。 このまま距離をとれば、いずれ追い詰められベッドから落ちてしまうので、あえて維持する方向で固めた。 こんな時しっかりした男なら上手いことを言って距離をあけたりするのだろうか。 しかし、今の葉月さんの前では健常な性的嗜好を持つ男なら誰でも意志を曲げる絵が浮かぶ。 結論。男は所詮美少女の要求に弱いものなのだ。 「電話しても出なかったのは、やっぱりあそこに連れて行かれてたから?」 「……ああ、あれ。丁度捕まる一歩手前ってところだった。まだその時は体育館の中。 でも、そっか。あの時の電話はやっぱり葉月さんだったんだ」 「うん。何回コールしても、掛け直しても出ないから、あの時はもう帰っちゃったのかなと思ってたんだ。 居なくなったのに気付いたのは、今日の朝。 あなたの家に行ってもあなたは待ってなくて、ようやく出てきた妹さんに聞いたらあなたも帰ってないって言われて。 だから、授業をサボって探しに出かけたの」 「そう、だったんだ」 「電話を掛けながら歩き回ってたら、あなたの携帯電話の着メロが聞こえたの。体育館の近くで。 見に行ったら、地下倉庫の前に携帯電話が置かれてて。もしかしたらと思って扉を開けたらあなたが居た。 手足を縛られて、目が開いてなくて、返事しても起きなくて。 本当、手遅れにならなくて良かった」 「……感謝してるよ、ありがとう」 含みのない言い方を出来たか、自分でも心配になった。 携帯電話が地下倉庫の前にぽつんと置かれていた。 俺の携帯電話を持っていて、そんなことができるのは澄子ちゃんだけだ。 解放するという言葉は嘘じゃなかったのか。 でも、そうすると弟はすでに理想郷とやらに連れて行かれているはず。 手遅れの心配をしなければいけないのは、弟の方だ。 葉月さんと俺はそっちに関しては何も出来ていないから、花火の動きに期待するしかない。 花火のことだから俺みたいに捕まるような失敗をやらかしはしないだろうが、どうなったことやら。 799 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 58 15 ID LzUN6Ghd 「あのさ、花火の姿を見なかった?」 「花火って、あの金髪の子? そういえば見てないな。弟君を捜しに行ってるんだろうけど」 「ふうん…………」 「あの子まであなたみたいな目に遭っていないか、心配?」 「してない、って言えば嘘になる。でもその必要がないからさ、あいつには」 「信用してるんだね」 「信用してるのと心配しないのは別だと思うけど」 「ううん。一緒だよ。 誰かのことを心配しないのは、どうでもいいからか、もしくは、評価してるから。 あの子の名前を知ってて、どんな子か知っていて、それでも心配ないって言えるのは、信用してる証拠だよ。 よく知らない人間なら、どうなったところで知ったことはない、なんて言えるもの。 それに、どうでもいいならあの子がどうしているかなんて考えないでしょう?」 「嫌っている相手でも?」 「嫌っているなら、まず口にすることを躊躇うはずだよ」 ふう――む、たしかに。 言われて気付いたが、俺は花火のことを嫌っていない。妹にも日頃から色々と言われちゃいるが、嫌いだなんて思わない。 そもそも、二人とも嫌えない。 花火を傷つけた俺が、あいつを嫌いになるなんて許されない。妹は家族の一員として大切に思ってる。 そういえば、最近は心から人を嫌いになった覚えがない。 テレビに映る人間なら嫌いなのもいるが、周囲の人間となるとさっぱりだ。 「なんか一つ賢くなった気がするよ」 「あ、あはは。…………実は今の、お父さんの受け売りなんだ。 小さい頃、小学四年生ぐらいかな。 よその道場の子供と組み手をして、負けちゃって、もう武道を習うのやめちゃおうかと思ったことがあったの。 そのことをお父さんに言ったら、一週間後にもう一度言いに来なさいって。 引き止めないのがなんだか悔しかったけど、一応、一週間考えることにしたの」 「でも、やめなかったんだね」 「うん、やっぱり負けたままは悔しかったし。それに――稽古は楽しかったから。 で、お父さんに続けるってを言ったら、最初から心配していなかったぞ、って笑いながら言われたの。 その時に聞いたんだ、さっきの考え方」 「かっこいいね、お父さん」 同性でありながら、不覚にもそう思う。 「んー……真剣な顔して教えてくれる時はかっこいいな、なんて思うけど、それ以外はどうかな。 …………お母さんのことだって、おかしいもん。絶対に」 「お母さん?」 「あ! ううん、なんでもないない! 気にしないで。私のお母さんすごく元気だもん」 「なら、いいんだけど」 しかし、葉月さんの口調には陰りがあった。 父親とは違い、母親について葉月さんはあまり語らない。 仲、悪いのかな。 なんだか笑顔の葉月さんが無理して笑っているみたいに見えてきた。 この話題は置いて、別の話を振ってみるか。 800 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 00 59 56 ID LzUN6Ghd 「ねえ、葉月さん」 「なあに?」 「弟の知り合いなんだけど、知ってるかな。木之内澄子っていう名前の女の子」 「木之内……………………ですって?」 ですって? 何、今の。今の台詞は葉月さんが言ったか? 普段こんな喋り方なんてしないのに。それこそ、怒ったときぐらいしか。 もしかして俺、地雷踏んだ? 「その子が、どうかしたのかしら?」 怖い。葉月さんに怒りを向けられた人間って、皆こんなプレッシャーを感じているのか。 これは、以前俺の家で暴れた時の比じゃないぞ。 「う、うん。怒らないで聞いて欲しいんだけど」 「怒ってないわよ。いつ私が怒ったっていうの?」 「そ、そうだね。葉月さんは怒ってないよね」 葉月さんの言葉を信じるんだ! 「今日、姿を見かけなかったかなー……って」 「見てないわよ」 「そうなんだ、それならいいんだ。忘れて」 「お断りするわ」 うあ、忘れてくださらない。 「もし、見たとしたらどうだっていうの? どうするつもりだった? 居場所を聞いて、会いに行くつもりなのかしら。私を放って置いて」 「いいえ、そんなつもりはございません。断じて」 「敬語はやめて。嫌いだから」 ご、ご無体な! なぜそんな私の神経をグラインダーですり減らすような要求をなさるのです? 敬語を使えないのがこんなに苦しいなんて知らなかった。 ……敬語って、目上の人の威圧から自分を守るために必要なんだ。今度、真面目に勉強しよ。 「会いに行くとか、そんなつもりはござ――なくて、ただちょっと気になったんだよ。 弟がいなくなったと同時に、その子まで居なくなったから。だから――」 「会いたくて仕方ないのかしら?」 「違う!」 「弟君が居なくなってもあまり心配していなかったのに。へえ、そう。 可愛い可愛い、後輩の女の子が居なくなったら心乱すのね。 知っているわよ。黒のショートヘアーで、身長が私の顎ぐらいで、ちょっと普通じゃないところがある子、でしょ?」 へけっ、という音が口から漏れた。 俺の顔、おかしくないよな? 動揺をこれ以上ない形で表現してないよな? 間違いなく、葉月さんは澄子ちゃんを知っている。 それどころじゃなく、すでに会っている。 去年の文化祭で遭遇してはいたが、あの時は澄子ちゃんが覆面を被っていたからバレていないはず。 とすると、それ以外のどこかで。 いつだ。澄子ちゃんがペンを投げて大暴れしたのは最近じゃいつだ? ――もしや、クリスマスイブか?! というか俺の記憶が正しければ、あれしかない。 じゃあ、葉月さんが十二月二十四日に、俺を呼び出したコンビニで澄子ちゃんとミニスカサンタが戦っているところを 見物しに来たギャラリーに葉月さんも混じっていたのか。 とんだ失態だ。その可能性を考えていなかった。 だからあの日、いつまで待っても葉月さんが来なかったんだ。 ギャラリーが解散すると同時に、葉月さんまで帰ってしまっていたのか。 801 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 01 02 00 ID LzUN6Ghd 「私、知っているのよ。一昨日のこと」 一昨日というと、えっと、昨日が十五日だから十四日。バレンタインデイだ。 「あなた、チョコレートを貰っていたでしょう?」 「……なんで知ってんの?」 「すり替えたから。私のオレンジのと、入ってたワイン色の箱」 「なぜ?」 「なぜって、そんなの…………許せないからに決まってるでしょ!」 超至近距離からの音波が聴覚をかき乱す。 いかれたのは左耳。しかし耳に手を当てようにも左手はすでに葉月さんに掴まれている。 左手を引かれ、振り回される。落ち着いた場所はベッドの上。 葉月さんは、右手で俺の左手を、左手で俺の肩を押さえ込み、上から被さっている。 要約すると、俺は押し倒されていた。 「いつのまに受け取ったの? 私はあの日、教室に飛び込んできたあなたから一目も離さなかったのに」 「あの、信じてもらえないかもしれないけど、あれは弟がギャグでよこした代物で」 「見え透いた嘘を吐かないで! 弟君がそんなわけわからないことするはずないでしょ!」 葉月さんの中にある弟の像がそうでも、リアルの弟が阿呆なことをしたのだから、俺に文句を言われても困る。 しかし、思ったことを口にできない俺がいる。ほんと、弱いね。 「きっとあの子よ。木之内澄子よ。あの子に受けとったんだ」 「違う。澄子ちゃんは弟のことが好きなんだ!」 葉月さんが息を呑んだ。 ただそれだけなのに、より気配が不穏になる。 「なに…………それ。ちゃん付け? 私には、名字にさん付けなのに。 あなたと木之内澄子は、そこまで仲良くしていたの?」 最悪だ。てめえで悪化させてりゃ世話ねえ。 特別に仲が良いわけじゃないけど、ある程度の関係があると知られてしまった。 一般的にはちゃん付けなんて、かなり親しくないとできないものだと認識されている。事実、俺だってそう思う。 こうなると、もはや手を付けられない。 澄子ちゃんは弟を好きなんだと主張しても、そんなものではちゃん付けのインパクトを消せない。 反転した状態からさらに半回転したのか逆に回ったのか、ともかく普段通りになった葉月さんの声が耳に届く。 「呼んでよ。私の名前、呼んで。 葉月さん、じゃだめ。葉月、もだめ。 他の誰でもない、私のためだけにある、特別な名前。 呼び捨てにして。いっぱいいっぱい、どんな言葉よりも多く口にして。 家族に呼ばれるのと、あなたに呼ばれるのとじゃ全く違うの。 ずっとずっと、好きな人から呼ばれていないから、乾いてるの。飢えてるの。 満たしてくれたら、許してあげる。心から、あなたの全てを、私は受け入れる」 甘い誘惑。口に含んだら抵抗なく溶けてしまいそう。 受け入れずに拒むのが惜しい。 ――そもそも、拒んでどうする? 意味があるのか? 名前を呼んでいいのなら、それでいいじゃないか。 友達同士で呼び合うのは普通のことだ。それ以外の、例えば友達ですらない花火を俺は呼び捨てにしている。 葉月さんの名前を呼び捨てにするのは構わない。 構わないなら、そうしてもいいはずなのに、どうして俺はそうしていないんだ。 「やっぱり恥ずかしい? なら、こうしよう。 私もあなたの名前、呼び捨てにする。二人で一緒なら、問題ないでしょ。 ずっとずっと、ずーっと二人きり、いつまでも何も変わらなければいいんだよ。 ここで決めちゃえば、困る事なんて無くなる。 私が、ずっとあなたを助けるから」 俺は助けられたいんじゃない。守りたい。 学校で会う友達、毎日の生活、そして家族。 葉月さん。あなたは俺以外にも、俺が守りたいものも守ってくれるのか? ――――違うどころか、もし俺と俺の大事なものを引き離すなら、あなたの願いを俺は叶えない。 802 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/02(月) 01 03 09 ID LzUN6Ghd 着メロが鳴った。 聞き覚えのある音色。数年前に放映された戦隊モノのオープニングテーマ。 俺が、自分の手で自分の携帯電話に設定した音だった。 「携帯電話、たぶん俺のだ」 「どうでもいいじゃない。それより、早く答えて欲しいな」 「どうでもよくはないよ。もしかしたら弟からかもしれない」 可能性はゼロに限りなく近いが、嘘ではない。 「まあ、いいよ。でも見終わったらすぐに返事してもらうから」 葉月さんが取り出した携帯電話を受け取り、開く。 すでに音は鳴りやんでいる。届いていたのはメールだった。 送り主は――誰だ? メールアドレスが表示されているけど、これは一体誰のだ? それにタイトルもない。無題だから、迷惑メールの類ではなさそうだが……。 「早く見て。あんまり待たせて欲しくない」 頷いて、メールを開く。 中身を読み、すぐに送信者と、送信者がどんなつもりで送ったものかわかった。 世界中にただ一人、俺のことをこう呼ぶ人間がいる。 おにいさん、と。 ちょっとだけ他人行儀だけど、たまに呼ばれると無視はされていないのだと安心させてくれる呼び方。 そう呼ぶ人間からメールを受け取ったのは今が初めてだ。だからメール送信者が不明だった。 頭を下げてでも聞いておくべきだった。 あいつが――――二つ年下の妹が、俺にメールを送ってくる。 そんなことが起きるのはたった一つ、緊急事態が発生したときだけなのだから。 タガが外れた。目的と目的地だけしか頭に浮かばない。 体の上に乗った葉月さんも、ちょっと動かしてしまえばすぐにどけることができる。 葉月さんの背中に手を回す。すると拘束する力が一瞬緩み、油断が生まれる。 左側へ押しやり、ベッドに押し倒す。 葉月さんの顔が紅くなった。だが、そんなことはどうでもいい。 ベッドから飛び降り、保健室のドアを力ずくで開き、下駄箱へ向かって突っ走る。 背後から呼び止められようと、追いかける足音が聞こえようと構わない。 靴を履いている時間がもったいない。一刻も早く、向かわなければ。 妹、変なメールを送ってくるんじゃないよ。 おにいさん助けて――――なんて、普段は絶対に言いやしないくせに。
https://w.atwiki.jp/yamamura2/pages/485.html
【TOP】【←prev】【FAMILY COMPUTER】【next→】 快傑ヤンチャ丸 3 対決 ! ゾウリンゲン タイトル 快傑ヤンチャ丸 3 対決 ! ゾウリンゲン 機種 ファミリーコンピュータ 型番 IF-28 ジャンル アクション 発売元 アイレム 発売日 1993-3-30 価格 6500円(税別) 快傑ヤンチャ丸 関連 Console Game FC 快傑ヤンチャ丸 快傑ヤンチャ丸 2 からくりランド 快傑ヤンチャ丸 3 対決 ! ゾウリンゲン Handheld Game GB 元祖 !! ヤンチャ丸 駿河屋で購入 ファミコン(箱説あり) / ファミコン(箱説なし)
https://w.atwiki.jp/gods/pages/46438.html
マダヤンティ インド神話に登場する王妃。 呪いによりヴァシシタと交わる。 関連: カルマーシャパーダ (夫) アシュマカ (息子)
https://w.atwiki.jp/gods/pages/16250.html
イルルヤンカシュ メソポタミア、ヒッタイト神話に登場する竜神。 フパシャシュに退治された。 別名: イッルヤンカ イルヤンカ ルヤンカス イルルヤンカ イルゥヤンカ
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/329.html
60 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 35 30 ID C3xv1c1J 自宅にたどり着くまでに要した時間は、これまでの下校時間の記録を塗り替えるほどのものだった。 しかしそれは非公式。なぜなら、俺はタイムなど計っていないから。 日頃、時刻を確認できる道具を携帯電話しか持たない俺には、ストップウォッチなど縁遠い代物だ。 とはいえ、仮に持っていたとしても今はそんな些細なことを気にする余裕は無かったから、計りはしなかっただろう。 自宅の敷地を出てすぐそこにある電柱に手をついて、息を整えながらそんなことを思う。 何かに寄りかからないと立っていられない。これほど必死になって走ったのは久方ぶりだった。 別に走るのが久しぶりな訳じゃなくて、死力を尽くすのが久しぶり。 葉月さんと一緒に下校し送り届けた後、自宅へ帰るまでの道のりを結構なハイペースで走るという日常を 送らされてきたため、俺の心肺は錆び付いてはいない。 それでも、ペース配分など無視して足の動く限り地面を蹴り続けたら、さすがにバテる。 やれやれだ。どうしてここまで必死になれる。 妹に助けを求められたぐらいで、ここまで後先考えない行動を取るとは。 「シス……こーん、な、俺…………」 自覚した。というか、自分の体で証明してしまった。 そりゃ、前々から弟や妹に対して甘いと気付いていたが、まさかここまでとは。 弟が十四日帰ってこなかった時でもここまで変貌しなかったくせに、妹のこととなるとこうまで変わる。 誰がどう見たって妹想いの兄貴そのものじゃねえか。 否定しても、チャック全開にして歩いていたのにその事実を認めない男みたいに、嘘吐いているのが丸わかり。 「……かっこ、悪うござん、した」 俺は何も言わずに背中で語り、遠くから弟と妹を見守る男でいようと思っていたのに。 自宅を取り囲む塀を支えにして、玄関へ進む。 止まっていた時間は一分にも満たないぐらいだったが、呼吸を自分で制御できるぐらいにまでは回復した。 今朝は自宅で目を覚まさなかったから妹の顔を見ていない。 でも、たぶん家にいるだろう。弟を待つために。弟が帰ってきたらいの一番に出迎えるために。 だから、誰かが家の玄関を開けたら真っ先に飛び出すはず。 助けを求めてきたのは、玄関を開けた相手が妹にとって恐れの対象だったからだ。 果たして誰が妹の前に現れたのか。 答えは、玄関を開けて家の有様を見て、ようやく明らかになる。 61 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 37 02 ID C3xv1c1J 玄関のドアを開けた。 飛び込んできたのは昨日の朝に見た我が家の玄関の光景、そのままであった。 いや、一つ違った。 見慣れない靴が一足、転がっている。 置いてあるのではなく、文字通り投げ捨てたかのように放置されていた。 家族の誰かがそんな不作法をしたのならば、真っ先に靴を揃える俺であるが、今日はそうしない。 見慣れない靴、それすなわち家族以外の誰かが入り込んでいるという証拠だ。 見たところ、靴の種類はスニーカーで、サイズは俺のものと比較したら小さめ。 女……か? これだけじゃわからないけど、可能性は高い。 ――――いや、相手の詳細など誰でもいい。 「おーい、妹? いるか?」 呼びながら、靴を乱暴に脱ぎ捨てる。不作法は承知の上。後で揃えるだけだ。 とりあえず、真っ先にリビングを覗き込む。 キッチン、テーブル、ソファー、天井、異常なし。 どこも散らかったりしてないし、誰も居やしない。 ……てことは、他の部屋。 妹が居そうなところといえば、弟と妹が共同で使用する部屋ぐらいしかない。 妹からメールが送られてきてから、すでに十分以上経過している。 どこかに連れ去られた、なんてことになっていなければいいのだが。 弟に続いて、もし妹までさらわれたら、どうすりゃいいんだ。 一番ろくでもない長男が残ったって、意味がないのに。 弟と妹が危ない目に遭わないように面倒を見るなんて単純なことすらできず、 俺一人だけ無事でいるなんて、端から見たらただの無責任な男でしかない。 人にどう思われようと、今更何しても遅いからどうでもいい。 ただ、弟を無事に家に帰し、妹を助けられればそれでいい。 時間が惜しいので、一番妹がいる可能性の高い場所を当たることにした。 弟と妹の部屋。二人の名前が、ベニヤ板の上に木で象った文字で書かれている。 そういえばこの表札を作ったのは俺だったっけ。久しぶりに思い出した。 たぶん弟も妹も覚えてないだろう。俺が忘れてるぐらいなんだから。 それはともかくとして、ドアを軽く三回叩いて、声を掛ける。 「俺だ。……入っていいか」 しばし待つ。が、返事はない。 「あと十数えて返事しなかったら勝手に開けるぞ」 一応予告をしておく。 もしここで返事があれば、入る必要はない。 はやる気持ちを抑えつつ、十からカウントを始める。 ゼロまで数え終えても妹からの返事はなかった。物音すらしない。 予告の通り、ドアノブをひねって二人の部屋に入る。 62 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 39 10 ID C3xv1c1J 「なん…………だ、これは」 部屋中がひっくり返されていた。 正確に言えば、部屋に置いてあるあらゆるものがでたらめに床に散らばっていた。 弟と妹がそれぞれ使っている机。 二つともが机の上をまっさらな状態に変えられていた。引き出しも不揃いに出されっぱなし。 本棚の中身は全て床にぶちまけられ、辺り一面に本の海が出来ている。本棚も倒れて、背中を見せている。 テレビなんかも床に直接置かれ、台と離ればなれになっている。 それ以外にも、文房具やら服やら壁掛け時計やら、なんでもかんでもが床にあり、四方の壁がすっきりしてしまっていた。 しかし、中でも一番ひどい有様になっていたのは二段ベッドだ。 弟と妹、どちらが上か下か知らないが、今となっては知ったところで無駄なこと。 上のベッドと下のベッドが、別々に分離した状態に変わり果てていた。 誇張ではなく、本当に言い表したまま、上のベッドを支える四隅の支柱がへし折れていた。 下段のベッドは本来ならあり得ない、横倒しの直立状態になっていた。布団ももちろん剥がれている。 そして、上段のベッドは壁に斜めに寄り掛かっていた。 おそらく、置いてあったベッドをそのまま倒したら上のベッドが壁にぶつかり、支柱からぼきりと折れてしまったのだろう。 どう考えてもこれは、悪意のある人間の仕業だ。 とすると、妹が無事であるとは、限らない。 「誰? …………お兄さん?」 小さな声を耳にして、乱れていた思考が落ち着きを見せた。 「その声、妹か? 無事か? どこにいる?」 声は聞こえども姿は見えず。 災害に遭った後みたいな部屋の様子では、妹がどこに隠れているのかわからない。 「怪我はないよ。 それより…………駄目」 「なにが駄目なんだ」 「見せられない。隠れてなきゃ」 「なんでだよ」 もしかして、顔に怪我をしてしまって、そのせいで……? 「居るもん。あの人がまだ、部屋の中に」 部屋の入り口から前方、左右、天井、ついでに後方まで確認する。 「誰も居ないぞ? お前が気付いてないうちに帰ったんじゃないか」 「…………居る。そこ」 「どこだよ」 「………………ベッドの裏」 ベッドへと目を向ける。 無惨な有様になってはいるが、ベッド単体としての形はまだ保たれている。 横倒しになった下段のベッドは、死角を作り出していた。 妹以外の気配は感じられない。 しかし、耳を澄ますと一定の間隔で呼吸の音が聞こえる。 これ……まさか寝ているのか? 自分で部屋を荒らしておいて、逃げもせずにその場で寝るなんてどんな馬鹿だ。 だけど、これはチャンス。捕まえるなら今しかない。 床を見て武器になりそうなものを探してみるが、分厚い辞典ぐらいしか見あたらない。 仕方なく、辞典を片手にしてベッドへと忍び足で近寄る。 ベッドを背にして裏側を覗き見る。 まず見えたのは、ニーソックスを履いた長い足。 さらに覗き込むと、スカートが見え、次にセーラー服が見えた。 寝ているくせにその胸がやけに隆起している。いや、そんなことはどうでもいいのだ。 それより、目にした制服のデザインが、俺の通う高校の女子の制服だったことに気になった。 誰だ? 俺の家を知っていて、部屋を荒らし、妹には危害を加えない、そんな人間は。 澄子ちゃん……は無いな。体型がまるで違うし、ここにいる可能性は低い。 弟のファンクラブの子? 中には荒っぽい子がいるかもしれないけど、いまいち解せない。 他に弟に好意を抱いているのは――――花火がいる。 63 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 41 45 ID C3xv1c1J ニーソックスに、絶対領域に、スカートに、女子用の制服に、でかい胸。 以上の特徴を持ち、かつ俺の家を知っている人間。 そんなやつ、花火ぐらいしか居ない。 でも、花火は何をしている? 何をしに来た? 俺の家を荒らして嫌がらせなんかしたって、俺への恨みは晴れないだろう。 それ以外で花火が動く理由というと、姿を消した弟の捜索。 ――――そうか。こいつ、そのつもりで。 「来るのが遅いよ、アニキ」 びっくりして、辞典を取り落としそうになった。 今度は俺が花火の死角に入る番だった。 花火に対して、俺はどれぐらいの警戒をするべきだ? 部屋を荒らしたのだから、最大レベルの警戒であたるべきかもしれないが、 寝ていたということは、花火はもうこれ以上のことをする気はないのかも。 妹を傷つけていないのも、きっと目的を果たすのに必要ないからだ。 「そんなに警戒するなよ。私はただ、この部屋を調べに来ただけ。 用が済んだら、さっさと帰るよ」 「……じゃあ、なんでまだここに居る? ここまで荒らしたなら、これ以上調べる場所なんてないだろ」 「用があるからだよ。私一人じゃ見えないものがある。別の人間から見た、現状を教えて欲しい。 アニキ。何か手がかり――――あいつの居場所を掴めたか?」 「いいや、特になしだ」 隠れてて良かった。もし向かい合っていたら、嘘を吐いていることが絶対にバレていた。 居場所はともかく、誘拐の実行犯の正体はわかっている。 けれど、教えるわけにはいかない。 他の人間ならともかく、花火にだけは。 「ふうん、そう。 ところで、ちっさい妹に聞いたけど、アニキは昨日家に帰ってこなかったんだって?」 「……まあな」 「どこに行ってた? 夜通し遊びまわってたわけじゃないんだろ。 今のアニキの性格じゃ、そんなことしないのは知ってる。聞きたくもないのにあいつが教えてくれたからな。 ごまかしても、無駄だよ」 心の中で舌打ち。弟め、要らないことまで喋りやがって。 一番無難な答えができなくなってしまったじゃないか。 「……友達の家に泊まってたんだ」 「嘘くさい。自分の性格を理解してない。なにより、昨日の状況でそんなことをするはずがない」 「何を根拠に……」 「あいつから色々聞かされたって言っただろ。 まず、アニキはとにかく現状維持に努める。その代わり、新しいことや変化を望まない。 だからこそ、あいつが居なくなったことに不安になった。 今の状況で、一日連絡を取らずに、自分の家族、特に妹をさらに不安にさせるようなことはしない。 昨晩何の連絡もなかったという時点でおかしいんだよ」 大当たりだ。ここまで理解されてて、ある意味嬉しく思う。 仮に高橋の家に俺が泊まったとしよう。 その場合、真っ先に俺は家に連絡する。友人の家に泊まるから今日は帰らない、と言う。 弟だけじゃなく、俺まで居なくなったらさすがに両親まで不審に思うだろう。 いや、もしかしたら昨日の朝の時点で、すでにもう。 だから、昨日澄子ちゃんを見かけなければ俺は弟捜索を打ち切って家に帰っていた。 「あの女、葉月の家に泊まったなんてことはまず無い。そうすれば連絡しないのも頷けるけど。 アニキはあの女を恋人にする気なんかないんだろ。返事を保留にしているのがその証拠だ。 彼女にするほど好きじゃないのか、タイミングが掴めないのか知らないけどさ。 本気じゃないなら、彼女にはしない。返事をせずにごまかし続ける。 関係の変化よりも維持を優先。それがアニキの接し方。 そういうところが、いや、そういうところも含めて――――最低だ」 64 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 43 32 ID C3xv1c1J なるほどね。わかっていたけど、昨日の別れ際の台詞はそういう意味だったんだ。 好意を寄せられていると知りながら、好きだと告白されていながら、何の返事もしない。 そりゃあ、腹も立つだろう。クラスの皆も同じ事を思っているはずだ。 「花火。葉月さんに、俺は返事をしようと」 「ああ、そんなことはどうだっていいんだよ。返事しようがすまいが、私には関係ない。 アニキと私を関わらせる要因は、あんたの弟だけ。 あいつの居場所さえわかればこれ以上何も言わず、消えるよ。 ……で、結局アニキは昨日どこにいたんだ? 家族の誰にも連絡を入れず、友達の家以外で、どこで夜を明かした?」 「それは――――」 言えない。 地下倉庫に居たことを知られてしまったら、さらに追求され、犯人のことまで問い詰められる。 もし喋ってしまったら、澄子ちゃんが危ない。 去年の文化祭で、花火が自分の名前を呼んだ軽薄な男に対して奮った暴力的な一面。 あの場は弟が収めてくれたが、そのまま放って置いたら、あの男は顔をひしゃげさせられていただろう。 大げさな表現ではない。本当に花火は実行してしまう。 しかも澄子ちゃんは弟をさらった人間だ。 自分にとって一番大切に思うものを奪われたら、人は一体どんな行動をとるのか。 例えば俺の場合だったら。だったら――――どうするんだろ。というか、何が大事なんだ? 妹だろうか。……恥ずかしいけど、さっきは必死に走ったぐらいなんだからそうなのかもしれない。 でも、妹が居なくなって、俺がどんな気持ちになるのかはわからない。その時が来ないとなんとも言えない。 取り乱す様はすぐに思いつくけど。 俺の例えはともかくとして、花火だったらどうなるか。 弟が居なくなって、会いたくもない俺まで捜索に使おうとするぐらい焦った。 葉月さんが弟を狙っている人間だと早とちりして殴りかかった。 怒りの矛先が定まったら、そんなの、止まらなくなるに決まってる。 「それは、何?」 「昨日、俺は…………」 「早く言えよ。こうやって話してるだけで不愉快なんだ。私が冷静でいるうちに答えろ」 「言いたくない」 「はあ?」 「言いたくないし、言う必要があるほど大した場所には行ってない」 ここはなんとかしてごまかすしかない。 花火だって、俺と話すのはあまり好きじゃないんだから、深く追求はしてこないはず。 「俺にだって内緒にしたいことがあるんだ。だから聞かないでくれ。 弟捜しは、これからまた…………?」 気配を感じて、右を見る。 ベッドを挟んで向かい側にいた花火が、回り込んできていた。 無機質な瞳が俺を見下ろしている。 「今の、なんだ」 何の感情もこもっていない花火の声。 「聞こえなかったのか。私は、昨日アニキがどこで何をしていたか聞いてるんだ」 「……だから、答えるほどのことじゃ」 突然伸びてきた腕に襟を掴まれた。 続けて振り回されて無理矢理立たされ、壁に押しつけられる。 「ぐっ!」 背後の壁と、いまさら爪先に落ちてきた辞典がさりげなく痛い。 襟を捻られ、締め上げられる。 呼吸できないほどではないが、徐々に踵が浮いてきているのがわかる。 「気にくわない答えだ。最高にイライラする。 アニキよ、あんたに聞いたのは質問の答えだ。 昨日どこにいたのか。そんな簡単なことすら答えられないか。いつもそこまで忘れっぽいのか」 「ああ、実はそう――――」 「へらへらするんじゃねえ! 言いたくないの次は、忘れただ? 言ってることが変わってるぞ! ごまかそうとしてるのバレてんだよ! 卑怯者!」 襟を締める花火の手が顎にくっついた。さすがに苦しい。 でも、言う訳にはいかない。言ったらそこで、澄子ちゃんは。 65 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 45 37 ID C3xv1c1J 花火を見つめ返す。目があった瞬間に、明らかに不快そうな顔つきになった。 「むかつく。去年顔を合わせてから今までで、一番殴りたい顔つきだ。 それとも、最初からその気か? 私に殴られたいか? その方が、アニキの気持ちも正直になるから、そうした方がいいか?」 「好きにしろ。殴るだけの正当な理由が、お前にはある」 「好きに? …………ははっ、それは無理。まだ、今は無理さ。 私がアニキを好きにしたら、たぶん、良くても半殺しにするだろうから。 だから、そうだね。今は」 突然内臓に鋭い衝撃が走る。痛みがのど元に達する前に、より固く、強いものが腹に突き刺さった。 腹を抱え悶絶しないよう耐える。 今度は、背負い投げの形で放り投げられた。 柔道のように畳の上に着地せず、本と小物と家具の破片だらけの床に、背中から衝突した。 手加減無しだった。手加減していたなら、俺は花火に手の届く位置に落ちたはず。 投げっぱなしの背負い投げは、俺を一メートル以上、花火から遠ざけた。 背中と腹から襲い来る痛みが混じり、感覚をそれだけで占領する。 胃をへこまされたみたいに感じるが、吐き気は起こらない。 昨日の昼から何も食べていないことに感謝した。 横を向いて痛みをこらえていると、目の前に花火の足の爪先が見えた。 それ以外に見えるのは床だけだ。余裕なんかひと欠片もありはしない。 「これぐらいにしておくのが後々楽だ。 下手に怪我でもさせたら、あいつが気付くからな。 ……さて、アニキ。返事はしなくていいから、首を動かして答えろ。 昨日何をしていたか忘れたなんて嘘で、本当は覚えてるんだろ?」 頷かない。頭は動かせるけど、床に置いたままにする。 「こんだけやってもだんまりか。だったら」 うつぶせにさせられた。背筋を避けて連続で踏まれる。 足の裏じゃない。一点集中した痛みからして、踵だ。 肩に衝撃が走ると大量の空気が押し出されて息苦しい。 内臓を蝕む痛みはさらに深刻化する。 それでも、まだだ。 せめて、花火の気が済むまで耐えさえすればいい。 俺が白状したら澄子ちゃんの安全は保証されない。 自分の選択で最悪の選択を回避できるなら、これぐらい耐えてみせる。 「……なるほどね。そういうわけか。それなら、口を簡単に割るはずないよな」 なんだ? いきなり蹴るのをやめた? これで終わったのか? それならそれで構わないけど、なんだ、今の花火の台詞は。 何かに気付いたような……? 66 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 47 09 ID C3xv1c1J 「そこまで強情になるってことは、誰かをかばっているんだろ。 誰か。つまりそいつがあいつをさらった犯人、もしくは犯人に繋がる関係者だ」 ――気付かれた! まずい、ごまかさないと! 「ち…………、違う! 俺はただ、お前が……気にいらない、から……言わないだけだ」 「嘘つけ。ますます怪しいな。そこまで必死になるなんて。 別にアニキから本当に嫌われてようと、とっさに吐いた嘘で嫌いと言われようと構いやしない。 どうせ、私があいつと結ばれるまで、仕方なく持っている関係に過ぎない」 嘘吐いたことまでバレバレかよ。ちくしょう。 ――ん、おかしい。 なんで「嫌われようと構わない」、なんてわざわざ言ったんだ? 言う必要なんかない。黙ってても、花火が俺のことを虫けら程度に思っていることは伝わってる。 俺は花火が嫌いじゃない。 対して、花火の認識は「俺は花火を嫌っている」となっているはず。 だけど――――だけど、なんだっけ。 駄目だ。体の痛みが頭の回転を鈍らせてる。 「アニキが口を割らないなら、こっちにも考えがある」 花火の足が動いて、視界の外へ消えた。遠ざかる気配が感じられる。 回復して、体勢を立て直すなら今しかない。 呼吸は落ち着いてる。痛みは完全に消えてないけど、ピークは過ぎた。 後は手と足だけど――――うん、こっちも動く。 両手で床から体を剥がして、折った膝を滑り込ませる。 右膝を立てる。首を上げて、前方を見やる。 そこに居たのは俺を見下ろす花火。 「嫌だ…………やめて。怖いよ、助けて…………おにいちゃん、おにいちゃん」 それと、花火に髪の毛を掴まれ腕で抵抗する、虚ろな顔をした妹だった。 「花火、一体何をしてる!」 「あれ、もうそんな声が出せるまで回復したのか。 頑丈だな。その辺の不良なんかよりよっぽどタフだよ。感心する」 「質問に、答えろ」 「うるせえよ。今から答えるところだ。 …………今から試すんだよ、アニキ、あんたをさ」 なんだと? 妹を使って、一体何を試そうって言うんだ。 「分からないってツラだな。ま、言うより見てもらった方が早い、と」 花火が妹の髪を放し、両肩を掴んでまっすぐ立たせた。 そして、一瞬だけ微笑み――――平手で叩いた。 乾いた音が響いた。手加減をしていない。動いた右手が振りぬかれてる。 「や、やめ……やめ、て。お願い」 「…………ふん」 鼻で笑い、今度は反対側の頬を打つ。 妹は頬を押さえて、その場に尻餅をつくように座り込んだ。 67 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 48 21 ID C3xv1c1J 歯ぎしりの音。俺の顎が噛み合い、擦れ合ってできた音。 頭に血が上ってくる。拳の震えが肘、肩、首、頭まで伝わってくる。 「何してやがる! 妹は関係ないだろうが!」 「ああ、たしかに関係はない。何にも悪いことはしていない」 「この……こいつ! だったら手を出すな!」 「騒ぐなよ。音がでかいだけで、腫れることはない。 今回の誘拐に関しては、ちっさい妹は悪くないよ。 でも、個人的に妬む理由がある」 妹の髪が大雑把に掴まれ、顔が持ち上がる。 俺の目と妹の目が合う。 妹は泣いていた。顔をくしゃくしゃにして、涙を流し続けていた。 口が動いているけど、動きだけで声は出ていない。 しゃくり上げる嗚咽だけがはっきり耳に届く。 「手を離せ! 今すぐにだ!」 「断る。こうする理由が、私にはあるんだよ。 ちっさい妹は、同じ家に住んでいるってだけで、あいつにくっついていられる。 風呂にも一緒に入っている。同じ部屋で寝てる。 簡単に言うと、私はちっさい妹に嫉妬してるんだよ。 あいつに近づこうとする大量の女の群れよりも。 あいつをさらった今回の犯人よりも、かもな」 花火がしゃがんで、妹の顔を横から覗き込んだ。 小さな悲鳴と共に、妹がさらに顔を強張らせる。 「どうしてだろうな? なんで妹のくせに、血の繋がった兄妹なのに、あいつに近づくんだ? 胸は小さい。背は低い。目の前で部屋を荒らされても何も言えない。今も、泣きじゃくるだけ。 そんなやつは、あいつにふさわしくない。そうは思わないのか?」 「わ、私…………お兄ちゃん、お兄ちゃんが好きだから…………」 「ああ、そう。本当、憎らしいよ。 あいつに近づいているところも、私にこんな想いをさせるところも。 …………なあ、アニキ。どうしたらいいと思う?」 「そんなことより、手を」 「聞けって。真剣な質問なんだから。 私が、もう二度と不安な思いをしないために、ちっさい妹をどうすりゃいいのかな? 全身の毛を剃ろうか? 顔の形が変わるまで痛みつけようか? 両手足を折ってやろうか? ああ――でも、そんなの面倒だし、あいつがさらに構うようになったら困るから、いっそのこと――」 殺してやろうか。 68 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 49 37 ID C3xv1c1J 聞こえた瞬間には体が動いていた。 間合いを詰めて、右足を花火の顔目掛けて奔らせていた。 しかし、空振り。 体勢を崩して、その場にくずおれた。 足を叩いて一喝。 立ち上がって振り返る――――と同時に、脇腹に伸びた足がめり込んだ。 吹き飛ばされる。机にぶつかり、椅子を巻き込んで倒れた。 痛みへの反応が喉を閉ざす。冷や汗が肌に浮かぶのが分かる。 「いい一撃だったよ。あと二三センチで私の鼻は折れてたろうな」 拳を床について、肘を伸ばす。すかさず肘に蹴りを入れられて、また床にぶつかった。 「いくら私が相手でも、まさか女の顔を蹴ろうとするなんてね。 さすが、小学生の頃に頬を切りつけただけはあるよ。 これがアニキの本性さ。凶暴で、残忍で、冷酷で、大事な人間以外は思いやらない。 体には犯罪者の習性が刻み込まれてる。血には異常者の遺伝子が受け継がれている。 肉親を好きになるところなんか、親そっくりだ。 あいつにそんな一面がなくて、本当にほっとするよ」 「お前…………知って、るのか……?」 「まあな。あいつに聞いた。というか、カミングアウトされたよ。一方的に」 嘘だろ。 絶対に誰にも言うなって、ことあるごとに言ってるのに。 弟の奴、何を考えて……? 「さあてと。お返しを、させてもらおうかな」 悪寒。と同時に顔面に蹴りを見舞われた。 痛みが鼻から後頭部まで突き抜ける。涙腺を刺激され、涙が出た。 鼻腔を生温くてどろどろしたものが流れる。血の匂いが口の中を満たした。 髪を掴まれる。目の下から流れ落ちた血が床に落ちて跳ねた。 続けて俺の顔が床に叩きつけられる。 一回、二回、三回と。 途中から目を瞑っていたから、もっと多かったかもしれない。 聴覚にも聞き取る余裕はなかったようだった。 それでも、花火の声だけは律儀に拾う。 「……まあ、こんなもんでいいか。 あいつに問い詰められたら、アニキが暴力を振るったから喧嘩したって言えば済むレベルだ。 血も滴るいい男になったじゃないか。間違っても惚れたりはしないけど」 ダメージを受けた箇所は脇腹と顔面だけ。 それだけで体の命令が隅々まで行き渡らない。 あっさり満身創痍。簡単すぎる。 69 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 14 55 24 ID C3xv1c1J 髪を解放された。床と顔面がぶつかってから、襟を掴まれて上体を起こされた。 「二つ、選択肢をくれてやる」 眼前に花火の左手の人差し指があらわれた。 「一つ。私の質問に正直に答えて、これぐらいの怪我で済ませる」 そんなの、できるか。 あの子――名前は思い出せないけど――を危険な目に遭わせるわけには。 花火の左手の中指が立った。二つ目の選択肢。 「二つ。質問に答えず、このままここでちっさい妹と一緒に、仲良くずたずたにされる。 これじゃ駄目か。ベッドにくくりつけられ、ちっさい妹が痛めつけられるところを最初から最期まで見る、にしよう。 こっちの方が、アニキには堪えるだろう?」 「…………ん、が」 「ん?」 「俺が…………大人しく、言うとおりに、すると」 「私が、言ったとおりのことをするんだよ。あんたは答えるだけでいい。 言うまでもないだろうけど、私の労力はどっちにしても変わらない。 ちっさい妹をいたぶるのも、犯人をぐちゃぐちゃにするのも同じことだ。 真剣に考えな。妹の身の安全と、弟をさらった誘拐犯の手助け。こう言えばわかりやすいだろ」 俺が選べば、片方だけ助かる。 でも、選ばなかった方はそこで終わる。 「どう、して…………俺が」 「そんなこと自分で考えろ。でも、自分は何も悪くないとか、自分には関係ないなんてふざけた考えはするな。 弟妹を守るのは、兄の役目だろ。状況を受け入れろ。とっくに普通じゃないんだ。 アニキの漫然とした平和な日常は、とっくに崩壊してるんだ」 迷う。どちらが大事かなんて、わかってるのに。 ふんぎりがつかない。 本当は等価値なのか。俺にとって、妹と澄子ちゃんは。 選ぶって、こういうことなんだ。 複数の内の一つを手にして、他を切り捨てる。 そんな経験、一度もない。十七年生きてきて、覚えている限りでは。 背中を横倒しのベッドに押しつけられた。 逃げられない俺に、花火が顔を近づけてくる。 そして、あることに気付いた。 「こんなこと、本当は言いたくなんかないんだけど、なり振りに構う余裕がないから言ってやる」 花火の目の下には隈が浮かんでいた。 目尻には乾いた涙の跡。 金色の髪もところどころ跳ねていて、艶が失われていた。 「私が、あいつを無事に連れ戻してやる。絶対にだ。だから――早くあいつの居場所を教えろ」 それらは、花火が弟を想ったゆえの行動。言葉は、命令でも脅迫でもなく、願い。 弟を助けるために、花火はここまで必死に捜し回った。 ならば、その思いに応えることに、俺は。 「教えてくれ…………アニキ」 俺は、迷わない。 70 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/08(日) 15 01 19 ID C3xv1c1J * * * 時が過ぎ、花火が立ち去った部屋の中。 俺と妹はまだその場から動けなかった。 妹が動けないのは、未だに花火の恐怖から覚めていないからだろう。 俺は、心に引っ掛かるものがあって、機能低下した頭でずっと考えていた。 ただ、答えを導き出す以前に、問いが思い当たらない。 なんだっけ。 たしか、俺は倒れていたはず。そう、こうやって。 前のめりに倒れる。両腕と両足が伸び、大の字になった。 床の木目を見ていると、問いを思い出した。 花火がどうして、俺に嫌われても構わないと言ったのか。 嫌い嫌いと言ってくる相手を好意的に思う人間なんて、そうそう居ない。 俺みたいな、相手を嫌いになる資格のない人間はともかくとして。 ――――まさか、いや、でも。 もしも花火が、俺の考えに気付いていて、あんなことを言ったのなら。 「……はっ、ははは、は…………くだらねえ」 自意識過剰にもほどがある。 花火が、俺に嫌われたいと願っているなんて、馬鹿な答えだ。零点だ。 あいつは俺のことをなんとも思ってない、虫けら程度に思っている、というのが正解だろう。 俺にどう思われても、花火はどうだっていいはずなんだから。 ぺたぺたという音が聞こえた。ゆっくりと近づいてくる。 俺の体が動いていない以上、妹が立てた音だと考えるのが妥当。 「お兄さん、そこ……危ないよ。早く、早くどいて」 何が危ないというのだ、妹よ。 お前が俺を心配するだなんて、二月の中旬から桜が咲き綻ぶんじゃないか、ハハハハハ。 「ベッド、ベッドが」 ベッド? そういや、支柱が真っ二つに折れてたな。 スケールモデルのベッドならともかく、1/1サイズはまだ敷居が高くて手が出せない。 というか、そこまでいったら家具屋の仕事だ。 修理、いや買い換えることになるな。思わぬ出費で我が家の家計は真っ赤っか。洒落にならん。 「倒れ、倒れそ……ううん、倒れるって!」 妹の目は恐怖のあまり節穴に? 俺はとっくにうつぶせに倒れているぞ。 「駄目…………だめえっ! 危ない!」 妹にのしかかられた。 これは初体験。体の天地を逆転させた相手が背中に乗るって結構悪くない。 でも、軽いな。もっとたくさん食べろよ。花火みたいに巨乳になれないぞ。 セクハラ発言を心の中で身内に対してしつつ、斜め下を見る。 俺の右手の甲は、床に落ちた本の上に乗っていた。 肘は浮いている。 もし今、花火に肘を踏まれたら折れるのは間違いない。あの女、えらい馬鹿力の持ち主だから。 骨折って意識が覚醒した状態で心臓マッサージや人工呼吸されるより痛いのかな。 なんて考えると同時に、肘に衝撃が走った。 色々あり、もはや痛覚のメーターは麻痺している。 その状態で受けた今のダメージは、先刻のどれよりも深刻だと理解した。 腕が折れていた。 支柱が肘に乗っていた。 目を疑う。信じられない。現実味が無い。あっさりしすぎている。 じわじわじわじわ、頭のてっぺんから爪先まで痛みが浸透する。 黒板に爪を立ててひっかいた時の擬音が神経を伝導していく様を想像した。 ああ、ちくしょう。 痛えなあ。
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/527.html
25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21 56 07 ID zHYMwNz0 *** 洗濯機の蓋を開けて、中を見る。 そこにあるのは、たった今洗い終わったばかりの、私とお兄ちゃんのそれぞれの下着と服。 他の人の衣類は入っていない。 私が、あえて選り分けてそういうふうにした。 使うお水と洗剤の量が増えちゃうけど、仕方がない。 私とお兄ちゃんは何もかも、全部一緒でなくちゃいけない。 洗濯ものなんかはもちろん、住む家も、部屋も。 ベッドは別。まだそういうことをするにはちょっと早い。 それ以外のものは、家族と一緒に住んでいる以上、どうしても共同になってしまう。 お母さんの手伝いを建前にして家事のほとんどを取り仕切っているけど、 バレずにできるのはせいぜいこうやって洗い物を一緒に洗うぐらいしかない。 脱水が終わって、まだ湿っぽいお兄ちゃんのトランクスをひとつ取り出す。 一瞬だけ躊躇。 でも結局は耐えきれず、トランクスを鼻に押しつけてしまった。 お兄ちゃんの匂いはしない。 私の腰をくだく汗の匂いと体臭は完全に消え去っていた。洗濯したばかりだから当たり前。 だけどそれじゃいけない。こんなものをお兄ちゃんが身につけてはいけない。 お兄ちゃんに近づく邪魔者達――――そう、私以外の女の群れ。 そいつらを遠ざけるためには、私の匂いをお兄ちゃんにつけるのが一番だ。 真っ白いシャツを手に取る。 水に浸され、洗剤で汚れを落とされ、脱水され、シワだらけになったお兄ちゃんのシャツ。 今家にいるのは私だけ。何をしても咎められない。 「お兄ちゃん…………」 だから私は我慢することなく、私の体よりずっと大きいお兄ちゃんのシャツを、ぎゅっと抱きしめる。 こうしていると、幸せがじわじわ胸の奥に染みこんでくるから好き。 現実でお兄ちゃんを抱きしめる機会なんてそうそうやってこない。 たまにアクシデントを装ったり、人混みの中で抱きつくぐらいがせいぜい。 感触を思い出して、妄想の中のお兄ちゃんの現実感を補完して、寂しさを紛らわせている。 寝ても覚めても、という言葉の通りに私はお兄ちゃんのことを考えている。 夜に寝ている時はもちろんだけど、たまに学校で授業中に眠くなり出したときもそうだ。 それをやっちゃうとたまに先生から注意されてしまう。だけどやめられない。 お兄ちゃんへの想いを止めるなんて、まず無理だ。 家族に説得されても、こればかりは譲れない。 特に、お兄ちゃんを狙う馬鹿姉には、絶対に。 26 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21 56 47 ID zHYMwNz0 *** 過保護、と聞くと俺はまず両親に甘やかされて育った子供を思い浮かべる。 そこからすると、俺は過保護な育て方をされてはいないと思う。 俺だけでなく、弟や妹もそうかもしれない。 というのも、両親がそういうタイプではないからだ。 二人ともが、子供の自主性に任せて育てる方だ。 何の口出しをしないわけでも、何かやろうとするたびにダメだと言ったりするわけでもない。 よほど無茶を言わない限りは、進路相談にも応じてくれるし、お金も出してくれる。 母が匂いを嗅いだだけで吐き気を催すほど苦手なシンナーを使用するプラモデル作りなどは猛烈な勢いで反対されるが、 それ以外に関してはある程度話が通じる。 許可をもらった後は、他人に迷惑をかけないようにと釘を刺されるだけで、その後は放置だ。 この両親の教育方針を、俺は放任主義レベルワンと名付けよう。 ここから、あまり使わないから立ち絵を準備する必要もないだろうという制作サイドの事情で ゲームに登場しない主人公の親みたいに、家を年中留守にしていればレベルツー。 うちの場合は割と頻繁に帰ってくるからそこには達していない。 自分の食い扶持は自分で稼げとだけ言って、わざわざ子供と別居するような親であれば、 それはさすがにどうだろうという感じだが、戸籍上で親子であれば一応親として認められる。よってレベルスリー。 思いつきで例を挙げてみたが、要はうちの両親の育て方は良い方だと言いたかったのだ。 父と母の関係が兄妹であるところはこの上なく異常だが、それ以外は親としてちゃんとしている。 だから別に、退院一日前になって見舞いにやってきても何もおかしくないと言える。 たまたま祖母と一緒に病室にやってきても、何が不思議があるだろうか。いや、無い。 しかし、さすがにこのタイミングでやってこなくてもいいだろう……と口にしたくなってしまう。 タイムリーすぎる。普段は開け放っている窓を掃除のために閉じたところに燕が突っ込んできたみたいな感じ。 せめてあと五秒でも来るのが遅れていれば良かったのだ。 病室を開けて最初に見えたものが、俺が病院のベッドの上で葉月さんに覆い被さっている姿だったりしたら、 両親だけでなく祖母まで誤解する。絶対に。 端的に説明すればそれだけで誤解されてしまう。 お前はシロでもグレーでもない、クロだ! なんて言われてもおかしくない。 違うのだ。否だ。 こうなったのには経緯があるのだ。 密室状態で葉月さんと二人きりになっているという状況に興奮して、俺から押し倒したわけじゃない。 むしろその逆なんだ。逆転してようやくこの体勢になったんだ。 なんなら俺の右腕に懸けてもいい。今は折れてる、正しくは動かないんだけど、二ヶ月後には直ってるから。 医者から、あくまでその怪我で無茶しなければだけど、とは言われているけど。 落ち着け。自分の置かれた状況を整理しろ。 控えめに見ても葉月さんを押し倒しているとしかとられない体勢になった経緯、俺ならば余すところ無く記憶しているはず。 あれは――――そう、つい四半刻ほど前のことだった。 27 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21 58 04 ID zHYMwNz0 その頃の俺は折り紙で鶴を折ることで退屈を紛らわせていた。 左腕一本では鶴を折ることなどできない。 仕方なく右腕の代わりとして買い置きの缶コーヒーを活用していた。 紙の端に重し代わりのコーヒーを置き、左手の指を駆使して作業する。 やってみて初めてわかったが、片手で折り紙工作するのはなかなか難しい。 指先をフルに使わなければ望んだとおりの折り目を付けられない。 しかし、今日の午前十一時に終わったリハビリの後から開始した折り鶴作りにも、 午後四時近くまで続けていれば慣れる。 傍から見ていればよく飽きずにやっていられるな、と口を出したくなるような光景だったろう。 買いかぶらないで欲しい。同じものばかり作っていたら飽きるに決まっている。 十羽ほど作った時点で、折り鶴とはすでに完成されたものだとわかってしまった。 言うなれば、紙を折って動物や乗り物を作る行為そのものがそれ以上手を加えられないものなのだ。 折り紙の楽しみとは、一枚の紙から何を創造するかを選ぶ段階にある。 何色で、どれぐらいの大きさの紙で、何を作るか。 鶴を折ると決めてかかった時点で、俺は自分で自分の楽しみを潰してしまっていた。 折り紙を子供の遊びと甘く見ていたのは、俺だった。 気付いた時にはもう遅く、ビニール入りのカラフルな色紙たちは全滅していた。 他に暇潰しできるものも浮かばず、仕方なく病院のどこかにでも売っていないだろうかと立ち上がり、 病室のドアに指をかけた途端、自動ドアよろしくドアが勝手に開いた。 病室にやってくる人間というと看護士か見舞いに来た知り合いのどちらかがほとんどだ。 そしてこのケースにおいては後者であった。 制服の上のコートを羽織った装いの葉月さんが、見舞いに来てくれた。 「あ、どこかに行くつもりだった?」 「違うよ。ちょっと買い…………じゃなくて、暇だったから散歩にでも行こうとしてたところ」 ドアから離れて、ベッドの方に引き返す。 シーツの上に腰掛けると、葉月さんはコート脱ぎ、手近にあったパイプ椅子に座った。 「昨日は結局来られなくって、ごめんね。家に親戚が来たから、どうしても外せなくって。 怪我の具合はどう? 良くなった? 悪くなったりしてない?」 「悪くはなっていないと思う。良くなっていると信じたいって感じかな。 一週間ぐらいは痛みがしたり腫れたりするって先生が言ってて、実際その通りだから、今はなんとも」 「そっか、そうだよね……じゃあ、肩が凝ったりしてない?」 「ん、肩?」 右肩を意識してみる。そういえばギプスしているからあまり肩を動かしてない。 肩の骨を動かすと、少しではあるけど筋肉が凝っているような…………気もする。 「肩、凝ってるよね?」 「まあ、ちょっとだけ。でもこれぐらいなら放っておいてもなんてことないし」 「肩が凝ってたらすぐにほぐさないといけないよね? なんせ病人だもん!」 正確には怪我人なんだけど、というツッコミも反射的に出てこない。 なんだ、葉月さんのこの必死な様は。 この強引さ、まるで俺の肩の凝りをほぐすまでは家に帰れないみたいじゃないか。 「知ってる? 机の上で仕事したりする人って、肩が凝りやすいんだって。 それは、ずっと同じ姿勢でいるからなの。 骨と筋肉の位置はそのままで長時間過ごしたり、筋肉に力を込めると凝りやすいの。 だからあなたみたいにプラモデルを趣味にする人は、時々肩の関節を動かしたりしないと、 今はまだ良くても、年月を重ねていく毎に肩こりが慢性化しちゃう」 「へえ……そうなんだ」 「解消法としては、腕を内旋もしくは外旋させながら腕全体を大きく回したりとか、 両手を組んで八の字を描いたりとか……そういうのがあるけど。 実は、一番即効性があって効き目抜群なやつがあるんだよ」 「ふむ。それは一体?」 「肩たたきアンドマッサージ! これしかない!」 28 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 21 58 59 ID zHYMwNz0 ぐっ、と親指をサムズアップする葉月さん。おまけにウインクまでされた。 ラジオ体操のお姉さん、もしくはテレフォンショッピングの外国人の店員みたいな爽やかさ。 葉月さんのこの一連の動きから察するに――――俺の肩の凝りをとりたいとか? ここまで言われて他の答えだったりしたら、俺と葉月さんの間に意思疎通はまったく成されていない。 「どう、どう? 誰かにして欲しかったりしない?」 うむ、どうやら外れではないらしい。 肩が凝っていなくても肩を揉まれるのは気持ちいいもの。お願いしたいところだ。 ――が、しかし。 いくら俺が入院しているからといって、肩こりがひどいわけでもないのに女の子に肩を揉ませるというのは、 なんとなく――いや、ものすごく悪い気がする。抵抗感がある。 肘を固定しているとはいえ、それ以外はほとんど健康体なのであまり気を遣わないで欲しい。 せめてこちらからも何かお返しをしたいところだが……ジュースを奢るか折り鶴の大群を贈るぐらいしかできるものがない。 同じクラスのイケメン西田君みたいにトークで女子の心を虜、じゃなく、トリコロールにできればなあ。 …………上手くも面白くねえよ、俺。失笑を買うだけだ。 「葉月さん、せっかくだけど、俺の肩は本調子だからやってくれなくても――」 いいよ、と言おうとして、俺の口は止まった。 すごい見られてる。 どれぐらいすごいかって言うと、俺の目から一切目を逸らさずまばたきもしないぐらい。 ただ見ているならまだしも、トゲみたいなものでチクチク突かれているような気がして、なんとも落ち着かない。 「……肩を揉まれるの、嫌?」 「嫌ってわけじゃ……肩たたきされるの嫌いなやつっていないだろうし」 「じゃあ、どうしてさせてくれないの? させてくれても、いいじゃない…………」 葉月さんの目から力が抜け、弱々しくなる。 このまましばらく待っていたら涙を浮かべそう。 もうこうなったら、仕方ない。 「じゃあ、今更だけど。やってもらってもいいかな?」 「本当に! 本当の本当に!?」 「う、うん」 「やったやったやった! きゃっほーーーっ! じゃあさっそ、く………………」 失敗した、みたいな顔で葉月さんが動きを止める。 見事な一時停止であった。 どうしたというのだろう。病院の中で騒ぎすぎたことを後悔しているのか、なんなのか。 口に手を当て、咳を一発し、葉月さんが言う。 「えと……じゃあ、そこに座ったまま動かないでね。まず後ろからやるから」 29 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22 00 02 ID zHYMwNz0 葉月さんは靴を脱いで、ベッドの上に乗る。 肩に手を添えられ、優しく揉まれる。 指先が、肩の筋肉を弛緩させる。 気持ちいい。もう、あまりに良すぎてこのまま眠ってしまいそう。 イメージ的には、肩の筋肉から脳細胞の活動を抑制する物質が流れ込んでくるよう。 いいなこれ。眠る前にやってもらったら絶対に良い夢見られる。 「なんだかね、こうしてると、お母さんのこと思い出すんだ」 「ん……お母さん?」 「そう。私、お母さんによく肩たたきしてたから。 疲れた顔してる時とか、私の方から頼んでやらせてもらったぐらい。 だから、これにはちょっとだけ自信があるの」 そういえば葉月さん、お父さんよりお母さんが好きそうだな。 直接聞いたことはないけど、お父さんのことをあまりいい風に言わないから、勝手にそう思ってしまう。 それはともかく。 葉月さんの台詞には少しばかり無視しがたい部分がある。 男の肩を揉んで、お母さんのことを思い出すって、なんだか自分が男じゃないと言われたみたいだ。 気にしすぎだろうし、葉月さんも深い意味もなしに言ったんだろうけど。 「あとね……あなたを見てると、なんだかお母さんのことを思い出しちゃうんだ。どうしてか分からないけど」 ……これは、あなたは女っぽいねという葉月さんからのメッセージなんだろうか。 とりあえず俺は、父が居ないうちに部屋を探索して怪しいものがないか調べるところから始めるべき? それとも父が一番風呂に入った後で、空のペットボトルを持って入浴すべきか? 母の真似は男がやるにはハードルが高いからやりたくないなあ。 「あ、勘違いしないで。今のはあなたが女っぽいとか、そんなつもりで言ったんじゃないの。 私がお母さんと一緒の時に感じた幸せな感じが、あなたと過ごしていてもあるから言っただけ」 「そうなんだ。俺が葉月さんの癒しになっているなら嬉しいよ」 「癒しっていうより…………幸せを与えてくれるんだよ、あなたは。 あなたを想うと、毎日が楽しくなってくる。 今日も学校に行ってあなたに会いに行こう、とか。 綺麗にしたら、私のこと惚れ直してくれるかな、とか。 ひとつひとつの行動に意味を見いだせる。前はそんなことなかったのに。 全部、あなたのおかげだよ」 「そ、そう…………」 まずいことになってきた……主に心臓付近が。 葉月さんには一度告白されているものの、不意打ちのようなかたちで言われた今の台詞は、かつてなく俺の心を暴れさせる。 加えて、肩を揉んでくる葉月さんの手つき。 内側から外側から、俺の理性を突いてきやがる。 この心の昂ぶりが、もしも別方向に行ってしまったら。 …………俺は病院のベッドを治療以外の方面の用途に活かしてしまうかもしれない。 30 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22 01 10 ID zHYMwNz0 深呼吸。体の中にある流れを意識する。 まだ、心臓が危険の一歩手前ぐらいに高鳴っているだけで、そこから延焼などしていない。 よし、そのまま堰き止めろ。へそのあたりが湖だと想像しろ。 そうでなくては、俺はご先祖様に二度と顔向けできないことをしてしまう。 「……よっと、これでとりあえず後ろは終わり」 と言って、葉月さんが肩もみをやめてくれた。 少し惜しい気もするが、これ以上触れられていたら本当に危険だ。 病院の次に見知らぬ施設に入れられて、家に帰れなくなるかもしれない。 「ありがとう葉月さん。おかげでちょっと肩が軽くなったよ」 「そう? でもまだ終わりじゃないよ。全然やりたりないもの」 ……何が、いや何を? というか何か変だ。 今の発言、単に葉月さんの気がすまないみたいにもとれる。 じゃあ、俺は葉月さんが満足するまで肩を揉まれ、理性を保ち続けなければいけないのか? 冗談ではない、耐えられるわけがない! 今もなんか、さっきのもっとやってくれるんだ、みたいに心のどこかが喜んでいるし! 「葉月さん、ごめん。俺はそろそろ眠くなってきたから、これ以上は……」 「そうなの? でも安心して。今度のは、寝ながらやるから。 途中で眠っちゃってもオッケーだよ」 葉月さんは俺の足をベッドの上に乗せると、体をベッドの真ん中まで移動させた。 なんだ……一体何が始まるんだ……? 「ねえ、肘って動かしたら痛い?」 「え……あ、うん。肘自体を曲げなければ、平気だけど」 「腕を浮かせても?」 「まあ、それぐらいなら」 「じゃあ大丈夫だね。ちょっと、失礼するね……」 右腕の下から葉月さんの手が入り込み、脇の下を通過して背中に到達。 左からも同様に腕を差し込まれる。 眼前には、微笑む葉月さんの顔がある。 「ふふー…………えいっ」 抱、き、つ、か、れ、た、……! ぎゅっと、ぴたっと、がっちりと! 上半身が葉月さんにホールドされている。 左耳から、葉月さんの穏やかな息づかいが聞こえてくる。 しかし、最大のインパクトは、胸から。 ……ふにっとふにふにしている! いや、わけわからん。 だがそもそも、今俺の胸に接触し、内側にあるハートまで貫くこれを言い表すものなどないのだ。 胸が、制服の向こうにある葉月さんの胸が今、俺の体に当たって形を変えている。 今まで特に意識することはなかったけど、葉月さんの胸は、決して小さくない。 むしろこれは、制服越しでも弾力が伝わってくるということは…………それなりのサイズがある、と? やめろ、やめるんだ、俺! 何センチぐらいあるんだろうとか、カップはいくつだろうとか考えるんじゃない! 女性の価値は胸か? 違う、それは……バストとアンダーの差だ! ――――違う! じゃなくて、大事なのは思いやりの心だ! 葉月さんが背中に回した腕に力を込め、より強く抱きついてくる。 やめてやめて、それ以上動かないで! は、反応してしまう…………下半身が! 31 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22 02 29 ID zHYMwNz0 抱きつかれたまま、押し倒された。 背中にはまだ葉月さんの腕がある。なにやら、肩の筋肉をぐにぐにと動かしている。 なるほど、これもマッサージの一環か。 マッサージ…………やばい、こんな単語に卑猥なイメージを浮かべるぐらい心が乱れてる! 肩に当てる指の位置を動かすたびに葉月さんの体が動く。 腕がベッドと俺の背中に阻害されているせいで、動くたびに吐息の音が漏れる。耳へダイレクトに届く。 葉月さんの小さな動きが、俺の心をいじくり回す。かき乱す。 くそう、どうしてこの病院は入院患者に薄い生地の服を着させるんだ。 これじゃ、アレが大人しく寝ていないことが、バレてしまう。 「ねえ、聞いて……」 葉月さんの声が、とてつもなく色っぽく聞こえる。 「さっき、お母さんとあなたが似ているって言ったのはね……共通しているところがあるから。 二人とも、私の好きな人なの。もちろんお母さんに対しては恋愛感情抜きだったけど。 でも…………あなたは別。前に告白したとき以上に、思う。 私はあなたに恋してる。……………………好き」 ――――叫びたい! 喜びの雄叫びでも、嫌悪による悲鳴でもなく! 堪えきれない! なんという猛攻! 俺の理性はボロボロだ! くそう、レフェリーは居ないのか。ロープはどこだ? こ、これ以上は……これ以上は! ナースコールを…………駄目だ、右側にあるから手が届かない! 「気付いたんだ。あなたは返事することに迷ってるだけなんだって。 あれから何ヶ月も過ぎているから今更言うのも……なんて思って。私はずっと待ち続けてるのにね。 それならもう、いっそのこと、こっちから、強引に…………」 左耳に吐息が当たる。口から情けない声が漏れた。 エロ過ぎる。この色気、これまでの葉月さんとは全くの別人だ。 「痛いのはやめて、リードしてね。私は、そういうのしたこと一度もないから。 あなたもしたことないかもしれないけ…………ど……………………」 …………ん? あれ、葉月さんの動きが止まった? 呼吸まで止まった? さっきまで密着していた胸の感触までなくなっている。 葉月さんは俺の体から数十センチ離れていた。 ならチャンスだ。今のうちに股間を鎮めてしまおう。 股間へと至る血液の流れを食い止めようと格闘している、まさにその時だった。 物理的に、俺の首の血流が阻害された。 俺が自分で自分の首を絞めたわけではない。 葉月さんが、俺の首に手をかけていた。 「…………ねえ、私の質問に、正直に答えてるって、誓って」 ノーとは言えない空気である。 自分の置かれた状況に戸惑う素振りすら見せられない。 今の俺は葉月さんに支配されている。 ゆっくりと頷きを返すと、葉月さんは言った。 「あなた、私の前に誰か他の女からこんなことされた経験、ある?」 首を絞められた経験? 妹からテンプルにいい蹴りを貰ったり、後輩の手によって光の届かない地下に監禁されたり、 幼なじみからずたずたと色々なものを喰らわされたが、首絞めをされたことはない。 言いたくないけど、正直に答えないと首の辺りをきゅっとされそうだ。 「えっと……さすがにこんな状況に置かれたことは……」 「本当に?」 「う…………でも、似たようなことは何度か、ある」 「な! …………っく、やっぱり、そうなんだ…………」 やっぱりて。そんなに俺はトラブルに巻き込まれるタイプに見えるのか。 そりゃちょっとばかしおかしい両親のもとに生まれたけど、育ち方はいたって普通のはずなのに。 女の子にのし掛かられて首を絞められる経験なんて、格闘技経験者か男女の修羅場経験者ぐらいのもんだぞ。 32 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22 03 31 ID zHYMwNz0 「相手は誰? 経験人数は?」 「ええっと…………花火に、去年の文化祭で一発……あ、この間も結構きついのを」 「あの女……弟君が好きだって言ってたくせに!」 「去年のクリスマスには妹からも。あれは、倒れるぐらいきつかった」 「い、妹さんまで?! じゃあもしかして……き、木之内澄子からも……」 「うん、実はそうなんだ」 これまでに攻撃を加えてきた女性の経験人数を述べる俺。 女性と取っ替え引っ替えしているんだな。やるかやられるかの違いはあるけど。 「葵紋花火、木之内澄子、そして…………妹さんまで。 どうして……どうして、私はその中に含まれていないの! 答えて! 説明して!」 「ぐ……ぅえ……」 葉月さんの指が喉を締め付ける。 左手で抵抗するも、止められるのは葉月さんの右腕だけ。しかも止め切れていない。 じわじわと追い詰められていくのを実感する。 「どうして、何も言ってくれないの…………不安なんだよ、好きとも嫌いとも言ってくれないのって。 何も言わないって、何とも思ってくれてないみたいじゃない。 言わないとわからないよ。どうしたらいいのか、どこを居場所にすればいいか、何にも…………」 葉月さんがうつむき、漆黒の髪が肩の上に落ちてきた。 首を絞める力がゼロになった。 その隙を逃さず、葉月さんの下から脱出する。 「…………待って」 しかし、ベッドから出る寸前になって襟を掴まれ、葉月さんに引き寄せられた。 今度は葉月さんの上。数秒前とは正反対のポジション。 「聞かせて。私のこと、あなたはどう思っているの?」 短いけど、それだけで俺と葉月さんの関係を明らかにさせるようという、重要な問いかけだった。 俺がこれまで伝えられなかった答え。 葉月さんがずっと聞きたかった俺の答え。 告白の返事を気に懸けていたのは、俺だけではなかった。 葉月さんも――――いや葉月さんは、俺以上に気にしていたのだ。 それなのにずっと俺は何も言わなくて、不安にさせ続けていた。 もう、いいだろう。 これ以上葉月さんを悲しい気持ちにさせるなんて、俺にはできない。 今更言っても遅いけど、だけど、言わなくちゃいけない。 「葉月さん――――君のこと、俺は友達として好きだ。 好きだけど、それは友達以上の、恋人としてのものじゃない。 それが俺の気持ちだ」 そして、手紙で屋上に呼び出されたあの日の返事を言う。 「ごめん。やっぱり俺……君とは付き合えない」 二回目だ。 葉月さんを振るのはこれで二回目になる。 以前は過去のことを気にして、勝手に葉月さんの気持ちを決めつけて、断った。 今回は、真剣に自分がどうしたいのか考えて結論を出し、断った。 葉月さんには悪いことをしてしまった。 自分の優柔不断で何ヶ月も待たせて、葉月さんをここまで追い詰めてしまったことを申し訳なく思う。 だけどこれでいい。 もう葉月さんは俺を嫌って、話しかけてくることもないだろう。 葉月さんはクラスの中心で、俺はクラスの片隅で、お互いに交わることなく過ごしていく。 それが正しい姿なんだ。 これまで葉月さんと仲良くしていた日々が、まさか病室で終わりを告げるとは。 全く思いも寄らなかった。 ――――そして、続けざまに思いも寄らない出来事が起こった。 ノックの音が聞こえ、続けて祖母の声が聞こえた。 どうして祖母がここに、なんて考えていて、俺は葉月さんを組み敷いていることを忘れていた。 おそらくは、祖母と一緒にやって来ていた両親にとっても思いも寄らない光景だっただろう。 ちょっと待ってて、と言えばいいのだと判断した瞬間に病室のドアが開き、もはや取り繕う暇さえなくなった。 33 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/07/20(日) 22 04 38 ID zHYMwNz0 …………と、このような経緯を経て、見知らぬ美少女を押し倒す十七歳の子供を目撃する祖母と両親、という絵が完成したわけだ。 誰も口を開かない。 祖母はすまなそうな目で俺を見てから明後日の方向を向いた。 父は口を半開きにしていた。あーあ、とでも言いたかったのかもしれない。 母はというと、無表情で俺を見ているだけだった。いわゆるノーリアクション。 俺が上手い説明を考えているうちに、母が父の手を引き病室の前から姿を消した。 「ええと、ごめんなさいね、お兄ちゃん。その…………あまり騒がないようにね」 と言い残し、祖母が退場。 後に残されたのは病院の壁と廊下、と……………………なんでか知らないが俺の妹。 着ているのは制服ではなく私服だから、祖母たちと一緒にやって来たのだろう。 しかし、わけがわからん。どうしてお前がここにいるんだ。 俺の見舞いにお前が来るなんて、お兄さん想像もしていなかったぞ。 「…………何をやってるの、お兄さん?」 「一言で説明するのは実に難しいのだが、なんか、こう…………」 混乱した頭で出した返事は、これだった。 「自分の気持ちに正直になったんだ」 何も言わず、妹が勢いよくドアを閉めた。 またしても葉月さんと二人きりになってしまった。 俺が体を離すと、葉月さんはベッドから降りた。 背中を向けながらコートを纏う姿に、喪失感を覚えた。 もうこれからは、今までみたいに話すこともできなくなってしまうのだ。 傷つけてしまったのだから。 覚悟していたつもりだったのに、喉が締め付けられる。 これでいいのだと自分に言い聞かせなければ、耐えられそうになかった。 葉月さんは出口へ向かう。ドアを引き、そこで立ち止まった。 肩越しに振り向いたその顔は見えない。 泣いているのだろうかと心配した。 でも、慰めるべきではない。 謝ったところで、葉月さんを癒すことなどできないのだ。 「葉月さん。また……学校で」 「うん、さよなら。……私が馬鹿だったみたい、今までごめんね……」 葉月さんが廊下に出た。 ドアが少しずつ動き、彼女の姿を隠していく。 そして、スローモーションになることもなく、事務的にドアが閉じた。
https://w.atwiki.jp/ssf4/pages/1866.html
【基本立ち回り】【全般】 【開幕】 【接近方法】 【飛びについて】 【ダメージが取れる飛び方】 【気をつけた方が良いこと】 【距離別立ち回り】【遠距離】 【中距離】 【近距離】 【画面端での攻防】追い込んだ! 追い詰められた! 【空対空】 【地対空】 【空対地】 【起き攻め】 【被起き攻め】 【ピンポイント攻略】 【確反系統】【ガード後確定反撃】 【割り込み確定ポイント】 【必殺技対策】 【参考資料】 【ウルコンセレクト】 【基本立ち回り】 【全般】 相手の豊富な拒否行動の為、雷撃などからの起き攻めが機能しにくい相手。 それに加え甘い雷撃等はベガの大Kで簡単に落とされてしまう為要注意。 【開幕】 バックジャンプ様子見安定。 下手に何らかの行動を取った場合ダブルニープレスに引っかかる場合がある。 開幕ダブルニーを完全に読めたら垂直Jからフルコンボ。 しっかり画面を見ているベガだと大Kで普通に落とされるからリスクは相応に高い。 【接近方法】 【飛びについて】 最初にも書いた通り、安易な雷撃の奇襲は簡単にベガ側の大Kで落とされてしまう。 垂直ジャンプを混ぜたりタイミングを変えた雷撃などから攻めていく必要がある。 【ダメージが取れる飛び方】 【気をつけた方が良いこと】 何度も言うが、安易な雷撃はダメゼッタイ 地上戦では中足に頼りすぎないこと。 ベガの立ち中Kなどとあまり相性が良くない上、弱ダブルニーで抜けられてしまう。 【距離別立ち回り】 【遠距離】 お互いやることがないので百虎でゲージ溜め。 ヘップレを当てにくるなら後ろ歩きから反撃。 【中距離】 大雷撃等が届く距離だが、安易な雷撃等は控え垂直ジャンプを多めにしておくこと。 相手の大Kなどの牽制すかしを見たら中PTCや蟷螂で差し返していく。 【近距離】 相手は3F小足をもっているので甘い連係には割り込まれることを意識しておく。 というか、ベガ使いには小足による暴れ癖があるプレイヤーがやたらと多いので 最速暴れ潰しとその他の連係を、9 1くらいの比率で仕掛けていればいい。 そのうちEXサイコなどのゲージ消費技で切り返そうとするが、ヤンならいずれにも反撃可能。 【画面端での攻防】 追い込んだ! 定番の表裏択で攻めて行く。 この状況でデビルリバース派生をしたらしっかりEX穿弓を刺すこと。 追い詰められた! ダブルニープレスによる固めが非常にきつい。 しかしAEになってからベガ側のダブルニープレス後は距離が空く様に変更されたのを頭に入れておく。 これによりダブル(略)ガード後の小足固めがなくなったので 大K 再度ダブルニープレス というよくある選択肢をEX快方で拒否できる。 安易な弱穿弓腿を選ぶよりは多少マシである。 (歩き投げには負けるので注意) 【空対空】 垂直J大Kが機能するはず・・。 【地対空】 ベガの飛びは緩いので、あまり対空を意識していなくても落としやすい。 間合いを調節しつつ弱穿弓がド安定。 間に合わないと思ったら素直にガードするのも大切。 ベガのJ強Pが強いので、弱穿弓以外ではなかなか落ちない。 【空対地】 くどいようだが、安易なジャンプは大Kで簡単に落とされて手痛いダメージをもらう。 雷撃のタイミングを変えることはもちろん、普通のJ強Pを混ぜたりして的を絞られないようにすること。 【起き攻め】 基本的に鉄板の雷撃と空中Kでの表裏を狙っていく。 しかし相手の拒否行動が多い、そこでEX穿弓腿とUC2を仕込んでおく。 こうすることによって相手が何らかの拒否行動をとった場合自動で働く。 なお、空中Kめくりを多めにしておけば横溜めを解除出来るので後々表の雷撃が機能しやすくなる。 【被起き攻め】 【ピンポイント攻略】 【確反系統】 【ガード後確定反撃】 相手が奇襲として中・強ダブルニープレスなどを行ってきた場合は5F以上こちらが有利になるので立ち小Pなどからしっかり反撃を入れていく。 (中の場合屈中K=6Fでは反撃できない) EXサイコクラッシャーは密着ガード後にEX穿弓が確定するので見逃さないこと。 【割り込み確定ポイント】 【必殺技対策】 逃げヘッドプレスなどにEX穿弓腿が機能する 特に、画面端を背負わせているときは非常に安定する 【参考資料】 【ウルコンセレクト】 選択肢 投票 雷震魔破拳 (1) 転身穿弓腿 (11) 名前 コメント すべてのコメントを見る
https://w.atwiki.jp/i_am_a_yandere/pages/304.html
352 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 00 10 ID zqXtABnM ***** : : : 目を開ける。 すぐに閉じる。 寝起きの眼球に今目にした光景は刺激的すぎた。とても目を開けていられない。 別に、風呂上がりで艶めかしさを三割増やした葉月さんがバスタオルで隠した胸をさらけ出しそうとか、 妹が俺の胸元に入り込んでシャツを弱い力で掴みながら幸せそうな顔をしているとか、 そういった俺の下半身に都合のいい刺激ではない。 白かった。 視界の中が白に染まっているせいで、爛々と輝く蛍光灯を直視してしまったみたいに目が痛い。 眉を強くしかめてから、もう一度挑戦してみる。 今度は高速で目を閉じたりはしなかったが、心の中が疑問符で一杯になってしまった。 なんだコリャ、俺が寝起きで部屋が白で? 頬を摘んでみる。ふむ……痛いだけで部屋の様子は変わらない。 足下が確かであるからして、現実もしくは恒例のリアリティあふれる夢だと見当をつける。 では、主観的な状況把握に努めるとしよう。 場所は日本ではよく見かける洋風を意識したつくりの部屋。家具を含むインテリアも同じく。 特殊なのはそれらの配色が淡泊であるというところ。 雪が降っている訳でもないのに窓の外が真っ白。家の周りが画用紙で覆われているよう。 何かの上に上塗りした白ではない。どちらかというと、何もないから白くなっている、みたいな感じ。 家の壁、家具、天井、フローリング、いずれも染み一つ無いピュアホワイトだ。 白一色のフローリングはなんだか落ち着かない。踏み出すことさえ躊躇ってしまうから、せめて木目ぐらい欲しいところだ。 そして、視界に映るものの九割が白の面と黒の線で構成されているくせに、 テレビ画面や鏡や写真立てなどの顔を確認できる物だけは、つや消しの黒スプレーを吹いたみたいになっていた。 そのせいで部屋の光景が映り込まず、現実感のなさの演出に一役買っていた。 せめてクリアーを吹いてから研ぎ出ししてくれればよかったものを。 この手抜きっぷりは俺の夢らしくない。別に俺が望んで夢を創造したわけじゃないけどさ。 気付いたことがひとつ。ここは、我が家のリビングルームだ。 外の景色を臨める窓、廊下と部屋を繋ぐ入り口の扉、大きいとは言えないものの必要なものはほぼ揃っている台所。 大規模リフォームしない限りは変わらない部屋の構造はそのままのはず。 今朝俺が見た居間の光景と違う点は、配色が白黒になっているところ、もう一つが家具の配置と物の違い。 何気なく我が家の情報収集と娯楽提供に一役買っているテレビは、二回りほど小さくなっていた。 置かれている場所はソファーの近くではなく、テーブル近くの壁際。 カラーボックスの上に置けるほどの大きさのテレビは、テーブルの面と同じ高さにある。 窓際の中途半端なくつろぎ空間を作り出しているソファーは数を増やしており、二つ。 ガラステーブルを挟む配置は、まるで高校の応接室のようである。 住人の視点からすれば意図が理解できない。 来客用に設えているつもりなのだろうか。リビングに入り込んだ来客など数年間いないというのに。 それ以外に違うところはカーテン、観葉植物、カーペット、蛍光灯など多数。 以上を踏まえて、これはおそらく過去か未来の光景だと予想される。 扉が開いた。廊下とリビングが繋がった。 そのはずなのだが、どういうわけだか廊下は見えない。扉を境にした向こう側が芸の無い白だった。 そこから突然小柄な人間がリビングへと飛び込んできた。 お召し物がワンピースであるところからして、女の子だと思われる。 髪が黒、肌が白。女の子の地肌が白いわけではなさそうだ。 根拠? 背景と同一の白だからそう判断したのさ。 女の子の顔には見覚えがある。 母親をデフォルメした妹を、またデフォルメした容姿。女の子には妹の面影がある。 ここは俺の住む家、そこにいる妹そっくりの女の子。 この光景が過去のものであるなら、女の子は妹本人。 未来のものであるなら、妹の娘かな。 面倒だから、ここでは暫定的にちび妹と呼ぶことにする。 353 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 01 26 ID zqXtABnM ちび妹は慌ただしかった。 リビングに入ってくるなりテーブルにぶつかりそうになり、左右を見回してから一度キッチンの方向へ走り、 数秒のうちにまたキッチンから飛び出して今度はソファーの後ろに隠れた。 この動きはかくれんぼでの追われ役に近い。 どこかに一度隠れてはみたがやはりここではダメだと思い直して別の所に隠れる。 でも、改めて隠れた場所もイマイチだったりして移動しようとしたところで鬼が現れたりする。 それから捕まるか隠れおおせるかは運次第だ。 ちび妹がかくれんぼをしているとなると鬼役がいるはずなのだが、未だ姿を見せない。 鬼は誰だろう。もしちび妹が妹本人なら弟か花火が候補に挙がる。 それとも俺か? これぐらい小さい頃だったら俺とも仲が良かったかもしれない。 そうだったらいいなあなんて、妹から他人行儀な態度でお兄さんと呼ばれている自分は思った。 スリッパの音が入り口方向から聞こえた。 ちび妹から視線をそちらへ向けると、妙齢の女性が一人立っていた。 はっきりした年齢はわからない。しかし母より若いのは間違いない。篤子女史と比較すると微妙。 ちなみに篤子女史も母も若作りである。年齢相応の容姿をしていない。 その二人と比べて若く見えるのだから、神秘の化粧術を使っていない限り、現れた女性は二十代であろう。 女性はリビング全体を見回すように首を右へ左へ。キッチンの方を見ると動きを止め、歩いてゆく。 その動きを見たちび妹はキッチンから見て死角になる位置へ移動する。 なるほど、ちび妹を追う鬼役はこの女性か。 近所に住む子供好きか、うちの家族の親戚のどちらかだろう。 しかし、どうも気になる。ちび妹の様子が必死すぎる。 目を強く瞑っているし、鼻と口まで両手でふさいでいる。 怯えているのが一目瞭然だった。 「――ちゃん、出ていらっしゃい」 妹の名前を、女性が呼んだ。 呼び声のもたらした効果は、ちび妹の体の萎縮。肩を一度大きく震わせ、体を丸くさせた。 それと、もう一つ。俺の足を痙攣させる効果まであった。 嫌な汗が額をびっしりと覆う。足裏が床に糊でくっつけられているみたいに動きづらい。 呼吸しづらい。女の声で空気が重くなっていた。 わかる。知っている。聞いたことがある。 ――俺はこの女を知っている。 この光景は過去のもので、ちび妹は妹本人で間違いない。 ただし、そこから先が不明だ。 何で俺と妹は女をここまで恐れているんだ。 今の俺自身が怯えている、すなわち過去の俺もこの女に怯えている。 なぜ怯えているのだ? 原因は? もしかして、今からそれが分かるのか。俺と、昔の妹がこうなっている理由が。 354 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 02 40 ID zqXtABnM ちび妹、もとい妹が小柄な体を使って駆けだした。方向はリビングの入り口。 けど、床を這うような体勢で走っている最中に鍋をぶつけられ、妹は入り口前で転倒した。 鍋を投げたのはキッチンに立つ女。 怒りのあまり怒鳴りそうになったが、声は出なかった。 手を伸ばしてみると、俺の手が透明になって女の体をすり抜ける。 くそ。こんなんじゃ、妹と女をただ見ているだけしかできない。 女は妹の姿を見て嘲るように笑うと、歩き出す。右手にフライパンをぶら下げて。 妹は丸くなったまま立ち上がらない。妹の枕元に女がたどりついた。 女の足が上がる。下には妹の頭。 足が下り、妹の頭にぶつかる――その寸前、闖入者が現れた。 リビングに飛び込んできたのは子供だった。でたらめな叫び声をあげながら二人の間に割って入る。 そのおかげで、妹は守られた。女は妹をかばった子供の背中を踏んでいた。 突然のことに呆然とする女に向けて半袖短パンの子供が言う。 「――――――いで」 呟きが鼓膜にぽつりと当たった。 振動が波紋になって脳の隅々へ行き渡る。 今、この子供――たぶん男の子――は、なんて言った? この声と台詞、聞いた覚えがある。それも間近で。何回も何回も。 もしかして俺はこの現場を何度も目にしたことがあるのか? じゃあ、身を挺して妹をかばっている男の子は、弟か? 背中を盾にして伏せているから顔が見えない。弟だとは断定できない。 もしも弟だとしたら、過去の俺はどこにいる。隠れてないで出てこい。 ていうか何で隠れてるんだよ。それでも長男か。 女が弟と思しき男の子の脇腹をつま先で蹴った。むせかえる声も上げず男の子は耐え続ける。 妹は涙を流し、首をいやいやと横に振る。 震える口から出る言葉は聞き取ることさえできない。やめて、と言っているのだけはかろうじてわかる。 女が妹の髪を掴む。男の子が必死に、無慈悲で乱暴な手を解こうとする。 男の子の背中が踏みつけられる。下にいる妹ごと潰そうとしているよう。 それでも男の子は呻いたり、弱気な声を吐き出したりしない。 ただ、一言だけ呟く。 「妹を、――――で」 女は嘲るように鼻で笑う。もし俺が現場にいるなら問答無用ではり倒している。それぐらい憎らしい仕草だった。 無抵抗の男の子の足を、体格で勝る女の荒々しい両手が掴み上げる。 そして引っこ抜くようにして床から剥がし、よく見もせずに背後へ放り投げる。 男の子は椅子を巻き添えにし、棚にぶつかって止まった。 うつぶせになった男の子の後頭部に、上から落ちてきた花瓶がぶつかる。 花瓶は割れず、白い花と黒く描写された水をまき散らした。 顔を上げた男の子は、顔中が黒い水に濡れていて、頭部から血を流しているように見える。 男の子はそれだけの目にあっても、泣きじゃくる妹にフライパンが襲いかかる前に、女の腕に飛びかかる。 顔を拳で殴られ、足を踵で踏まれ、髪を引きちぎられ、聞くに堪えない言葉で罵られる。 ボロボロになりながらも男の子は泣かなかった。 妹の身代わりに自分を犠牲にし、自分の代わりに妹に涙を流させる。 ほどなくして、女の動きが止まる。荒い息を吐きながら肩を上下させる。 男の子はもはや女の腕にすがりつくことも困難になり、床に横たわり片腕だけで己の意志を伝えていた。 女の手首を掴む右腕は、頑として動かない。 呟く声が聞こえてくる。今度はより鮮明に耳に入り込んでくる。 「……もうやめてよ。妹をいじめないで」 自身ではなく、妹だけをかばうその言葉が、俺の意識をバラバラに攪拌し、すべてを暗転させた。 355 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 04 10 ID zqXtABnM ***** 目を開くと同時に汗が入り込んで、痛いぐらいしみた。 あおむけに寝ころんだままで首を上げる。髪の毛の間を縫い、汗が頭皮を伝って落ちていく。 汗は全身を覆っていた。下着は言わずもがな、もしかしたら制服まで濡れているんじゃないか、と思えてくる。 確認しようと腕を伸ばそうとするも、動かせない。 変な体勢で寝ていたとかいう理由ではなく、後ろ手に縛り付けられていたから。 手首をひねると関節に食い込んでくる。細さと伸縮性のなさからみて、鉄線か釣り糸か。 左右それぞれの足首と膝にも同じものが巻かれている。血管を圧迫するほど強くはないが、かといって緩みそうもない。 手足が不自由になっている他は特に問題ない。 いや、あるか。 「……………………つめてえ」 背にしている床も冷たいが、もっとひどいのは空気だ。 二月中旬はまだまだ暖かくなるには早い。 凍てつくという表現がぴったり似合う夜の外気が、体を満遍なくコーティングしている汗と協力し、俺の体を芯から冷やす。 武者震いでなく、体ががたがた震え出す。止めようとしても止められない。というか止めたら駄目だと体が判断してる。 要するに、俺はとても危険な状況でピンチ。意味が被っているが、とにかくやばいということで。 こうして脳が活動していられるうちはいいが、このままではいずれ生命維持のために思考が止まってしまう。 その前に状況把握、あと解決策を模索しなくては。 今し方見た夢に関しては、この状況では考えないことにしよう。保留だ。 過去よりも今。立ち向かうべきものは現実だ。 「……まず、状況は黒であるぅらあああぁぁぁ……」 ちくしょうめ。口をちょっと開くだけで顎と喉が震えやがる。変な声が出た。 状況は黒だった。グリーンでもイエローでも、ましてやレッドでもない。ピンクが混じれば状況戦隊が完成だ。 「だが、そんなことはどうでもい、いぃぃぃあぁああぁぁぁ、ああぁぁぁ……」 余裕はがりがり削られつつあるのに、余計な思考だけは欠かさない俺の脳。 燃費が相当悪いに違いない。錆びたタンクから漏れているんじゃなかろうか。 現在俺がいる場所は不明である。 気絶しているうちに他人によって連れてこられたのだから、分かるはずがない。 連れてきた犯人は、共犯者がいない限りは澄子ちゃんであろう。 「しかし、あれにはびっくりした……」 しみじみそう思う。 夜の体育館で頭上を見上げたら愉悦の表情を浮かべる女の子がいた。これだけ聞くと学校の怪談みたいだ。 もし俺がこの状況から抜け出せたら仕返しに学校の怪談として噂を流してやろう。 なんてのは、冗談っていうより自分を励ますための方便だ。 だって、今の状況は黒なのだから。 場所がどこだかわからないうえ、淡い光さえどこにも発見できず、先の見通しが立たない状況、つまり黒。 状況黒とは、赤以上の緊急事態のことを指す。黒が赤を塗りつぶしているからである。 具体例として、奥深い山中に不法投棄された自動車のトランクに押し込められた状況が挙げられる…………考えなきゃ良かった。不安すぎる。 だが、こんな状況でも生きるのを諦める気にならない。 まだまだ俺にはやりたいことや、やり残したことが大量にある。 自分の部屋の押し入れにしまってある大量の積みプラを片付けたりとか、弟がいなくなったことで元気をなくした妹を回復させたいとか。 「葉月さんに告白の返事をする、とか」 なんで緊急時になるとやりたいことが浮かんでくるんだろ。 目標を意識させ、絶望を忘れさせるためか? ホント、人間の機能ってよくできてるもんだよ。 356 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 06 22 ID zqXtABnM 上体を起こしてみる。額や頭に何かがぶつかったりはしなかった。 寝ころび、右に転がってみる。再度回る。もう一回回る。ワンモア。 床の固い感触は木製のものではない。ざらざらしたさわり心地はコンクリートのようだ。 俺の体が四回転しても障害物にぶつからない。縛られた両足で宙に蹴りを放っても空振りするだけ。 どうやら、それなりに広い場所にいるらしい。 乗り込んだ場所は体育館で、澄子ちゃんはそこに俺を閉じこめた。とすると、ここは体育館のどこかか。 人目に付きやすい場所に隠す愚を犯すなんて、少し抜けたところのある澄子ちゃんでもやりはすまい。 叫び声をあげられても生徒の耳に届かない場所を選定するはず。 床の裏か、舞台の下、それ以外の俺が知らない空間。 俺が好奇心旺盛な小学生なら体育館を隅から隅まで見て回ってたんだろうなあ。 こうやって俺も感動を憶えづらくなっていくのかね。 「一体どこなんだ、ここは」 悩みを吐き出してみる。すると、わずかな空気の乱れが生じた。 今、誰かが笑った? 「だ、だだだだ、誰、だ!」 不覚にもうわずってしまった声で、真上へ向かって怒鳴ってみる。 返事は息を吹き出す音だった。しかも、驚くほど近くから聞こえた。 「ふふ……っふふ。あはははは、先輩ったら面白いの!」 「へ? え?」 「ちょっとは嘆いたりわめいたり取り乱すかと思ってたら、全然普段と変わらないんですもん! それなのに、さっきからすっごい近くにいるのに気付かないし! 恐怖に鈍くて勘も鈍いだなんてお得な性格してますね!」 よし、とりあえず落ち着いてみろ、俺のブレイン。状況に置き去りにされてる場合じゃない。 声から察するに、近くにいるのは女の子。だけどただの女の子のわけがない。 俺と同じ真っ暗な空間にいるわけだから、つまり、えー…………っと。 「君、木之内さん?」 「先輩。手持ちは金メッキのボールペンと純銀じゃない銀色のボールペンだけしかないですけど、どっちがいいですか?」 「ごめん嘘。ただ敬語を使ってみたかっただけなんだ。……君、澄子ちゃんか?」 「はい、そうですよ。先輩の弟さん限定のアイドルです。 あ。でもどうしてもっていうんなら、片手間に先輩のアイドルになってもいいですよ。 全校集会しているときに放送室から「澄子ちゃん、弟をよろしく頼む!」って、大声で言ってくれたらですけど」 「いや、あの、……遠慮しておくよ」 「あれ、アタシへの告白の方がいいですか? でもごめんなさい。アタシにはもう心に決めた人がいるんです」 「そうだろうね。うん、知ってるよ、とっくに」 澄子ちゃんのテンションについていけない。まともに合いの手を入れられない。 澄子ちゃんがいつも通り過ぎる。不自然さを感じるほど、自然体だ。 弟をさらいついでに俺をどこかに連れて行くということを成したのに、それについて負い目を感じていない。 「確認したいんだけど、いいかな」 「いいですよ。どうぞ、アタシのスリーサイズを言い当ててみてください」 「いや、そういうんじゃなくてね」 こんな状況じゃなければ、目測で上から74、47、76って言うんだけど。 「君が俺をここに連れてきた。合ってる?」 「はい。ついでに白状しちゃいますと、弟さんをバレンタインデイにさらったのもアタシです。それが何か?」 「いいや、なんでもないよ。聞きたかっただけ」 わかってはいたが、やはりそうか。 この子、文化祭の時と何も変わってない。冗談めいた喋りも、何があっても弟を手に入れようとする決意も。 澄子ちゃんは俺が初めて会った時から、弟をさらってしまうぐらい思い詰めていたのだ。 でも、行動を起こさなかった。まだスイッチが入っていなかったから。 じゃあ、行動を起こすスイッチを入れたのは一体誰だ? 357 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 07 26 ID zqXtABnM 「あのさ、澄子ちゃ」 「ばあ」 カチリと音がして澄子ちゃんの顔が暗闇に浮かび上がった。枕元に座っているから顔が逆さに見える。 何がしたいんだこの子。懐中電灯で下から自分の顔を照らして。 「むー……先輩、つまんないです。もっと驚いてくださいよ。 弟さんはもっと大袈裟に、抱きしめたくなるほど可愛らしくリアクションしてくれましたよ? つい抱きしめてウフフなことしちゃいました」 実行してるじゃないか。 それに可愛いって、どんな反応だ――ああ、澄子ちゃんの目で弟の反応を見たらそういうことになるのか。 「あ、どんな反応をされても先輩にはやりませんから。アタシ一途なんです。期待させてごめんなさい」 「つっこまないからね、俺は」 「どこに突っ込みたくなっちゃったんですか?」 「それにもつっこ…………いや、なんでもない」 つっこまないと言うツッコミもツッコミであると気づくほどには落ち着いてきた。 そろそろ話題を切りだそう。逆上させないよう慎重に。 「教えてくれないか。どうしてこんなことをしたのか」 「こんなことっていうのは、どれのことですか? 弟さんを家に帰れないようにしたこと? 先輩を捕まえて床に転がしていること?」 「……前者だけでいいよ」 後者の理由はだいたいわかる。俺が邪魔だから。 俺が弟の隠し場所である体育館に近づいたから、企みに気付かれたと思い、捕まえたってところだろう。 「一から説明しないとわからないですか? アタシがこうしている理由」 「動機はわかっているつもりだよ。俺が知りたいのは、澄子ちゃんが決行するきっかけになったものだ」 「そうですねえ……うん。せっかく男と女が暗闇の中にふたりっきりでいるわけですから、腹を割って話しましょうか」 そう言うと、澄子ちゃんは懐中電灯のスイッチを切った。再び視界が暗黒に染まる。 一人きりだと思っていた時より落ち着いているが、やはり澄子ちゃんといるのは安心しきれない。 まさかいきなりペンを突き立てたりはしないだろうが、油断はできない。 358 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 08 30 ID zqXtABnM 澄子ちゃんは一度咳払いをすると、ゆっくりしたペースで話し始めた。 「先輩もご存じの通り、アタシは彼――先輩の弟さんが大好きです。恋してます、愛してます。 抱きついて額をぐりぐり彼の胸に押しつけて匂いを嗅いで悦に浸るっていうのを、休日を丸一日使ってやるのが夢です。 それぐらい好きなんですけど、アタシは一度も告白したことがありません。理由は知ってますか?」 不知である。知らない、と小声で言ってみた。 「葵紋花火の存在ですよ。前、言いましたよね。彼にはアタシ以外に好きな人が居るって。それがあの女です。 同じクラスに居れば、彼がどこをよく見ているのかわかります。 授業を受けている時はともかく、休み時間は教室から廊下を見てます。あの女が通りがかるか、気にしているんです。 それ以外にも、葵紋がいる教室に色々理由をつけて顔を出したりしています。 そんな様子を見せられたら告白する気だって削がれてしまいますよ。 アタシ、こう見えてもナイーブですから。玉砕覚悟で突っ込むなんてできません」 そうだろうね。無理もない。皆勇気と度胸があるわけじゃないんだ。 「でも、アタシは彼がどうしても欲しい。 寿命が半分、いいえ、あと一年しか生きられなくなっても、彼が手にはいるならアタシは悪魔と契約します。 アタシは彼を強引に手に入れることを決めました。それが去年の文化祭の頃。 あの時は運悪く先輩と葉月さんに見つかってしまったから失敗してしまいました。 けど、今回はそうはならなかった。先輩はたった一人で体育館にやってきた。そして抵抗する間もなくアタシに捕まった。 残る邪魔者は葉月さんと、忌々しい葵紋花火だけ。未来は開かれているも同然です」 うーむ、それはどうだろう。 葉月さんはああ見えて武道を学んでいるし、花火は弟のことになると冗談も挟めないくらい真剣になるし。 「俺がいなくなったぐらいじゃ、あの二人は止まらないよ。きっと」 「そうですかね? 彼を捜すことに関して、一番優れているのはきっと先輩ですよ。 先輩はお兄さんだから行動が読めるんでしょうけど、他の人にとってはそうもいかない。 まぐれでもなんでも、先輩の能力はとってもおいしいんです。アタシだって欲しいですもん」 俺だってくれてやりたいよ。弟を捜索する時ぐらいしか使い道がない能力だ。 個人が持てる特殊能力の欄が限られているなら、邪魔だから真っ先に削除しているところだ。 359 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 09 18 ID zqXtABnM 本題に入ります、と前置きをしてから話が再開される。 「力ずくで彼を手に入れることを決めて臨んだ昨日のバレンタイン。 知恵熱が出るくらい悩んで書き上げた呼び出しの手紙を見た彼は、資料保管室に来てくれました。 室内で待っていたアタシは、彼の前に立ち、チョコレートを渡しました。 そして、まあ、バレンタインっぽく自分の想いを打ち明けたわけです。あなたのことが好きです、付き合ってくださいって。 対して、どんな返事をされたかは…………鈍感な先輩でもわかりますよね」 「なんとなく」 短く答える。そりゃあ当然だろ、とか下手に言ってしまったら刺されそうだ。 「そこまではよかったんです。アタシの気持ち的にはよくないですけど、 上手くいかないのは予定調和みたいなものです。わかっていたことでしたから。 問題はその後の、彼の言葉です。なんて言ったと思います? これ、当てられたらすごいですよ」 はて、なんだろう。 「だらだらと言い訳を続けたとか」 「違います。たった一言ですよ」 「これからも友達のままでいてね、とか」 「ハズレ。もっと、もっとアタシの心に突き刺さる言葉でした」 「……ごめん、俺にはわからない」 弟が澄子ちゃんの欠点を挙げてけなすわけがないし。 他に好きな人がいるから、ってのは言い訳みたいなものだし。 「本当は好きじゃないんでしょ、です」 「好きじゃ……何?」 「ちゃんと聞いてください。あと一回しか言いません」 息を吸う音が聞こえる。次に気怠そうなため息。明らかに口にするのも嫌そうな気配を感じる。 ここまで澄子ちゃんを落ち込ませるとは、一体どんな失言をしでかしたんだ、弟。 「澄子ちゃんは僕のこと、本当は好きじゃないんでしょ……ですって。どうです、これ。ひどいと思いません?」 360 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 10 17 ID zqXtABnM 言葉を反芻する。 告白の返事の後に言った言葉が、好きじゃないんでしょ。それってつまり、告白が嘘だと思ったってことか? 「さすがにカチンときましたよ。アタシ、こう見えても平穏に暮らしてない時期があったから耐えるのは慣れてるんです。 それがいきなりレッドゾーンを振り切りましたよ。メーターの針がぐにゃりって曲がっちゃいました。 だって、真剣な告白をしたのに、気持ちを疑われたんですよ? 怒らない方がどうかしてますって」 あいつ、馬鹿か? 男だろうと女だろうと、告るのには勇気がいる。自分の気持ちを信じていなければできない。 その気持ちを踏みにじるような台詞を吐くなんてどうかしてるぞ。 いくら他に好きな女がいるにしても、断り方ってものがあるだろ。 弟が澄子ちゃんに言った言葉は、中でも最悪のものだ。 こりゃ、さらわれて当然だ。いや、澄子ちゃんが相手なら生きているだけでいい方だ。 「思わずフルスイングでビンタしちゃいました。でも気が済まなかったから、今度は反対側から張りました。 彼は怒りも反省もせず、まばたきをいっぱいしてました。何で頬を張られたかわかってないみたいに。 そこで気付いちゃったんです。彼、本当にアタシのことなんて眼中にないんだ、って」 「そんなこと……」 そんなことはないはずだ。弟は家族だけじゃなく、知り合いに対しても分け隔て無く思いやれる優しい奴だ。……そのはず、だ。 「先輩。慰めの気持ちは有り難く思いますけど、要りません。 事実は事実。彼にとって、アタシはただの友達。群れてきゃいきゃい言っている女たちと同列。 彼を遠くに感じました。アタシの意識は崖から真っ暗な谷底へ落っこちて、彼は崖の上でアタシとは別の方向を見てて。 もう、とっくの昔から葵紋花火だけしか女として見てなかったんです。 他の女なんて、シャーペンの芯みたいにどこでも手に入るお手軽な女としか見てないんです。 そのことを理解した時、入っちゃったんでしょうね。後先考えず、全てを敵に回す覚悟のスイッチが」 「そう、だったのか」 同情はしない。けど、澄子ちゃんが決行した理由はわかる。 自分だけを見てくれなくて悔しい。無理矢理にでも女として意識させたい。 だから、弟をさらって二人きりの場所に連れて行けばうまくいくはずだ、と。 単純明快すぎて自分が賢くなった錯覚までする。 「後はまあ、だいたいお察しの通り。力ずくで彼を気絶させて、隠せる身近な場所を見つけて、そこに連れ込みました。 それがここ、体育館の舞台の下。ここって普段は南京錠で閉じられてるから人が来ないんです。 文化祭とか体育大会ぐらいでしか使わない道具が収まってますから、先生も使いませんし。 しかもどういうわけか中からも錠をかけられるんです。卒業式を控えたこの時期なら、まず見つかりません。 あ、安心していいですよ。アタシと彼の理想郷に彼を連れて行ったら、扉は開けっ放しにしてあげます。 拘束は解きませんけど、運が良ければ一日ぐらいで誰かが見つけてくれるはずです。 無抵抗の先輩をどうにかしたところで、足が付く可能性が発生するだけでアタシの得にはなりませんから」 ということは、俺が邪魔する気満々だったらここでくびるのも厭わなかったわけか。 安心すべきか、自分の意志の弱さを嘆くべきか難しいところだ。 361 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/05/16(金) 06 12 53 ID zqXtABnM 「ところで、こんな真っ暗な場所にいて疲れませんか? さっきから不満そうじゃないし。もしかして、夜行性?」 「……まあ、一番やる気に満ちあふれているのは夜になるかな」 いつもならプラモデルを作りつつ母の妨害と戦うこの時間は、俺にとって癒しそのものだ。 嗚呼。今のこの時ほど我が家に帰りたいと思った日はない。ハロゲンヒーターの付け焼き刃な暖房効果が恋しい。 「じゃあ外、見てみます? 今日は月が出ていて良い夜ですよ」 澄子ちゃんは懐中電灯を付けると、暗闇の中を進んでいった。 錠を解く音がした後、重い音と共に扉が開く。 優しい月明かりが暗闇を照らす。目を凝らさなくても夜空に浮かぶ雲がはっきり見える。 自分の置かれた状況を忘れて夜の明るさに感動していると、澄子ちゃんが入り口の階段に腰を下ろした。 「先輩、今お暇ですか?」 「両手両足を縛られて、何かに励めると思う?」 「あはは。ちょっとだけ声に元気が戻りましたね。 それじゃ、耳かっぽじってぼんやりしつつ右から左へ聞き流すぐらいの心地で、でもやっぱり真剣に聞いてください」 「そうさせてもらうよ」 どうせすることもないし。いやまあ、開放するよう説得するとかあるんだけど、思いとどまらせる一言なんかないからさ。 会話の最中に理想郷とやらの場所をさりげなく聞き出すしかない。 俺がこの世から居なくなったりしたら、両手足の指でようやく数えられるくらいの人が悲しむ…………なら嬉しいな。 ともかく、俺が健在のまま弟を解放するという目的を結果的に果たすために、慎重にいこう。 不自由な体を動かして床に体育座りし、澄子ちゃんと向かい合う。 楽しそうな、澄子ちゃんの弾んだ笑い声。地下倉庫にそれは響かない。 ふと、自分がいる異世界から人間界へ向かうためには澄子ちゃんの話を聞かなければならない、みたいな試練を受けている気分になった。 まったくの外れでないところがファンタジーっぽい。 ボスが目の前にいなくて、手足が自由だったらきっと楽しいんだけどな。 「ちょっと長くなりますけど、聞いてください。 アタシの……そう、友達の話になるんですけどね」 月明かりを背にした澄子ちゃんの顔は薄暗くてよく見えない。 でも、それでいい気がした。 声から、悲愴なものがにじみ出ているのを感じたから。 話が終わる頃には何時になっているんだろう。 時計がどこかにないかと辺りを見回したけど、暗い地下倉庫にも、わずかに見える校庭にも、やっぱり見あたらなかった。
https://w.atwiki.jp/gods/pages/9733.html
ウヘルアヤングヅ(ウヘル・ア・ヤングヅ) パラオ創世神話の天の神。 その名は「天の祖」の意。 しゃこ貝のアキム(ア・キム)を天から地に遣わせた。 別名: ウヘルアヤングズ (ウヘル・ア・ヤングズ) ウヘルアヤングブ (ウヘル・ア・ヤングブ)