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901 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06 21 37 ID WWUQ5a6O 葉月さんと二人きりで歩く通学路。 それは、同じ高校に通う男子生徒垂涎のシチュエーションである。 ここ最近はほぼ毎日葉月さんと登校している俺であるが、飽きたと思ったことは一度もない。 嬉しいに決まっている。可愛い女の子と一緒に肩を並べて歩くなんて、 少し前の俺だったらうさんくさいまじないに頼ってでも叶えたい願いだったのだ。 だがしかし、今日はどうもいい気分になれない。 嬉しくはあるのだが、それ以上に気に掛かることがあってどうしようもないのだ。 ――弟は今、どこにいるんだ? 「でね、昨日お父さんにチョコレートあげたら、いきなり道場に行っちゃったの」 「へえ……」 「なにするつもりかなと思って見に行ったら、明かりもつけずに一人で正座して黙想してたの。 すっごい喜んでたみたいだけど、もらえてそんなに嬉しかったのかな、チョコレート」 「……ああ、たぶんね」 チョコレート。昨日はバレンタインだった。 なんだろう。最近ではバレンタインにチョコをあげた男子を誘拐するのが流行っているのか? 弟がモテているということは知っている。 弟が中学に上がってきたときいきなり大量のラブレターやら熱烈な告白を受けているということも風の噂に聞いた。 弟を誘拐して飼いたがる女子が居てもまあおかしくはないな、と思っている。 だが今まではこんなことは無かった。 せいぜい着衣に乱れのある状態で帰ってくるか、両手に紙袋を持って帰ってくるぐらい。 十四日が過ぎて、翌朝になっても帰ってこないなんて初めてだ。例外だ。 無断で外泊しているだけかもしれないが、弟の性格からしてそれは考えにくい。 そもそも、今生の別れを匂わせるようなメールを送るなんて冗談が過ぎる。 しかも、俺宛に送ったメールとは対照的に、両親には外泊するから心配要らないという内容のメールを送っていた。 周到な。おかげで両親は弟が友人の家に泊まっていると信じて疑わなかった。 弟はこんなことしないはずだ。頭の出来がどうこうじゃなくて、こんな意味不明なことはしない、という意味で。 待てよ、携帯電話を誰かに奪われているなら―――― 902 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06 22 37 ID WWUQ5a6O 「ねえ。……ねえってば!」 耳のすぐそばから聞こえてきた声に思考を留められた。 声のした方向、左を向く。葉月さんが俺の肩を掴んで揺さぶっていた。 「どうかしたの?」 「話、ちゃんと聞いてた?」 「あー……うん。もちろん。お父さんの話でしょ。 そりゃ、嬉しいに決まってるよ。男はいくつになってもバレンタインチョコをもらえたら嬉しいものだから」 「ふーん、聞いてはいたんだ。それなのにいまいち反応が良くないのは……」 突然葉月さんが前に回り込んだ。正面から向かい合う形になり、立ち止まる俺。 葉月さんがいたずらを企んでいそうな笑い顔をしてのぞき込んでくる。 「ふふふ。……もしかして、拗ねてる?」 「なんで?」 今の会話のどの部分に不平不満を覚えるというのだろう。 ただ葉月さんが父親にチョコレートを渡した、というだけの話だったはずだ。 俺がいつまでも黙り込んでいると、葉月さんは不思議そうな目で見つめてきた。 「え……と、あれ? ほ、本当にわからない? 何か不公平さを感じたりしない?」 「いや、特には」 「だって私、昨日あなたにあげてないよ? チョコレート」 ――ああ、そういうことか。 父親にあげてどうして自分にはくれないのかと俺が思っている、と。 ふうむ。言われてみれば少し悔しさが沸いてくる。 昨日もらえたのは、弟から押しつけられたチョコレートの箱と何故か入れ替えに鞄に入っていたオレンジ色の箱のみ。 昨晩は弟の帰宅を待っていたせいで開けられなかった。よって、昨日のカカオ摂取量はゼロ。 もし葉月さんからもらえていたのなら食べていたのだろうが、もらえなかったものは仕方がない。 それに、チョコをもらなかっただけで心を乱しているように思われたらかっこ悪い。 ここは平静な振りをするとしよう。 「俺は昨日葉月さんと一緒に帰れたから。それで十分だよ」 「え、ホント!? ――っじゃ、ない。違う違う、そういうことじゃなくって、その……あのね」 「ん?」 「……ううん、なんでもない」 葉月さんは短いため息を吐き出し、再び隣について歩き出した。 903 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06 23 48 ID WWUQ5a6O * * * 昼休み。昼食を食べ終わった後で携帯電話を取り出して開き、何度かボタンを操作する。 指を止め画面をじっと見ていると、合体させた机を挟んで向かい側に座る高橋に話しかけられた。 「何をやっているんだ君は。今日はずいぶんと熱い眼差しで携帯電話を見つめているじゃないか」 「ん……そうだったか?」 「うむ。数学の時間に暇だったから君の行動をじっと観察していた。 そうしたら君は授業開始、それから十分後、次に五分後、その後は数分も経たないうちに携帯電話を操作していた。 君がそこまでするなんて滅多にないからね。で、何をしていたんだ?」 「メールの問い合わせ」 「誰からの連絡を心待ちにしているんだ?」 「それはもちろん、誘拐されたお……」 「……誘拐?」 あ――しまった。 変なことを言ってどうする。そもそも誘拐されたかどうかすらはっきりしていないんだぞ。 「すまん口が滑った。今の無し。忘れてくれ」 「誘拐とは穏やかじゃないな」 高橋が神妙な顔をしながら腕を組んだ。失言を忘れてくれそうな気配、一切無し。 気にしないでくれ、頼むから。変に話を大きくされたら困るんだ。 「誰がさらわれた? 君の周りにいる誰かか? もしや――一年女子の間でダントツの人気を誇る弟君ではあるまいな?」 思わず息を呑んだ。 こいつ、どうしてそんなことがわかるんだ? もしかして俺の顔に書いてある、とかか? まずい。ごまかさないと。 「違う違う! そういう物騒な話じゃないんだって!」 「しかし日常的に誘拐という単語を口にするのはその道のプロかアマチュアか、物書きぐらいだろう。 君が物作りに並々ならぬ熱意を持っているのは知っているが、犯罪や小説の執筆に関しては門外漢じゃないか。 正直に白状したまえ。何かあってからでは遅いんだぞ」 「むぐっ……」 何かあったから正直に白状できないのだが、そういう場合はなんと言ったものだろうか。 前言撤回、は高橋には通用しない。 最近サスペンスドラマにはまっている、なんて言ってしまって深く追求されたら答えられない。 こちとらテレビはバラエティしか見ていないのだ。 こんな時は対象の興味を他に向けるのが一番。 よし、いちかばちかだが、高橋の後ろを指さして「あ! 篤子先生がスカートをたくし上げて潤んだ眼差しでこっちを見ている!」でいこう。 こんな手を使うのは初めてだ。高橋の篤子先生への情熱を考えれば、成功率は五分といったところ。 やってみよう。勇気を振り絞って。恥を我慢して。 905 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06 28 24 ID WWUQ5a6O 高速で右手の人差し指で高橋の肩の後ろの何もない空間を指して叫ぶ。 「ああ! 篤子先生が――――あ?」 狙いをつけずに指した方向には見知らぬ女子生徒が居た。場所は教室の黒板側の入り口。 女子生徒と視線がぶつかる。そりゃ、いきなり指さされたら不審に思うわな。 なんとなく悪いことをした気分になりながら腕を下ろしていく。 すると、なんということだろう。さっきまで視線を交わしていた女子生徒がこちらに向かって来るではないか。しかも表情が険しい。 もしや葉月さんを慕う、石鹸の香り芳しい多年草的な嗜好を持ち合わせている人たちの一人? またピンチかよ。しかも高橋に問い詰められるよりやばい。 女子に問い詰められたら反撃できない。もし泣かれたらうろたえるしかできない。 そんなことを考えているうちに女子生徒はすぐ目の前にやってきていた。 机の上に手をつき、拳二つ分ほど空けた距離まで顔を近づけてくる。 相変わらず表情は険しいままであったが、近くで見たその顔は俺への嫌悪を宿してはいなかった。 むしろ追い詰められ、俺に救済を求めているようである。 「先輩、正直に答えてください。とっても大事なことなんです」 後輩らしき女子の問い詰めに対して俺は頷きで返事した。ここで首を振るほど俺は愚かではない。 顔つきだけでなく声の調子まで緊迫しているのだ。言うとおりに大事な用件なんだろう。 「先輩の弟さん、今どこに居ますか?」 「え……。弟?」 弟の所在を聞いてくる、ということは。 「君、もしかして弟の?」 「同じクラスです。それと、あと……」 女子生徒はそこで斜め下に視線を逸らした。 なるほど。この子、弟のことが好きなのか。例の弟のファンクラブの一人かも。 「悪いけど、弟がどこにいるのかは俺にもわからないんだ。あいつ、昨日からどこかに出かけているみたいで」 「嘘……じゃあ、本当に居なく……? 手がかりとか、行きそうな場所とか」 首を横に振る。もしわかっているならここでじっとして考え込んでいない。 突然肩を掴まれた。強く掴まれたが痛みは覚えない。 女の子の腕が震えているのは弟が居なくなった恐怖からきたものか? 本当に、たったそれだけでここまで青ざめた顔をするだろうか? 「お願いします、もう少しだけ、深く思い出してください。じゃないと私、私たち……」 「ねえ、どうしたの? 弟が学校を休んでいるだけでそこまで心配しなくても」 「違うんです! 先輩が思い出してくれないと、私まで危ないんです! 消されちゃいます!」 「け、消されるう?」 それは眉毛に引いた線を消されるとかいう意味じゃなくて、存在自体ってこと? 弟が消えたから、今度は自分の番だと? まさか、神隠しでもあるまいし。 女子生徒を安心させるための言葉を選んでいると、複数の視線を感じた。 昼休みの教室内だから人の目はもちろんある。だが、特に強いものが一つある。 左に目を向けると高橋の顔がある。眼鏡の向こうの瞳にあるのは静観の意志。気になるほどのものではない。 とすると一体誰が? 次は右側へ顔を向ける。 すると、いきなり鋭い眼光を放っている人物と視線がぶつかった。 906 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/04/20(日) 06 29 51 ID WWUQ5a6O 葉月さんだ。女友達との話を止めて俺を見つめている。 女友達の輪の中でも際だつ美しさを彼女は持っている。が、今は瞳の中で炎をごうごうと燃やしていそうなご様子。 あれは怒っているのか? 俺に対して? 女の子に対して? 両方? いずれにせよあの状態はまずい。既視感、既知感、嫌な予感。 まるで弟の勉強を見ている最中に睨み付けてくる妹のよう。 葉月さんから目を逸らす。じっと見ていても事態は解決しない。 まずは肩を掴んで俯く後輩をなんとか帰さなければ。 「とにかく落ち着いて。弟ならきっと明日には何事もなかった顔で登校してくるはずだから」 「駄目です。それじゃ遅いんです!」 「どうして?」 「だって明日まで、ううん、きっと今日中に私たち……皆居なくなっちゃいます」 「だから、なんで居なくなるの?」 「あの女は待ちません! きっと腹いせに私たちに言えないような……ことを、してきます。絶対そうです! そうじゃなきゃ、あんな。あんな、血がいっぱい出るようなこと……」 カチカチと音が鳴る。歯と歯が当たる音を立てているのは後輩の女の子。 相当な恐ろしい目に遭ったことに違いない。そしてそれをやったのは同性である女の子。 誰だ? 弟が居なくなったことに動揺し、暴力を振るう人間。そして、そいつは弟の行方を気にしている。 あれ――どうしてそいつは直接俺のところに来ない? 行けない理由がある? 俺と顔を合わせたくない? 俺とは会いたくもない? もしそうだったとしたら、そいつは俺を嫌っている。 女の子で、弟のことが好きで、俺のことが嫌いで、他人に暴力を振るえるやつ。 一人だけ心当たりがある。あいつだ。 後輩の女子に声をかけようとしたら、突然彼女が顔を上げた。 いや、無理矢理上げられたと言った方が正しい。彼女は前髪を引っ張られていたのだ。 「いっ……たい。やめて、もう許し、て……」 「遅い。もう待てない。お前のせいで顔を出すことになっただろう。……どけ」 頭を引っ張られて女の子が倒れる。高橋の方に倒れたおかげで床にはぶつからなかった。 闖入者と対峙する。さっきの予測通りだった。 髪は金色で長く、白い絆創膏で頬を隠していて、瞳に俺への憎悪を漲らせていた。 喉が締め付けられる。俺はそいつが怖かった。 目とか行動とか口調とか、どれかが怖いんじゃなくて、いずれも怖ろしかった。 だけど逃げることもできない。ただ俺は黙るしかできなかった。 ふと、頭の中に疑問が浮かんだ。そしてすぐにそれは解決した。 どうしてこいつが、二度と顔を見せるなと言ったこいつが俺の前に顔を出したのか? 決まってる。そんなの、たった一つの答えを求めているから。 「アニキ。あんたの弟――あいつは今、どこにいる?」 葵紋花火が一番に気にかけるのは、弟のことだから。
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203 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 02 33 ID i1zitTcv ***** 「何が食べたい? 今日はお前の卒業祝いだから、なんでも奢ってやるぞ」 住んでいる町にあっても普段はまず立ち寄ることのない、ファミレス。 中学校を出て、家から中学校を結ぶ距離よりも長く歩き、私とお兄さんはそこにやって来た。 お兄さんの言葉に甘えて、メニューに書かれてある値段を気にせず、やって来たウェイトレスの人に今食べたいものを注文した。 ドリンクバーに、スパゲティカルボナーラに、サラダ。 たったそれだけでいいのか、とお兄さんは言っていたけど、私にはこれぐらいの量で充分。 お兄さんは、私の分まで食べるつもりでいるのか、あれもこれもと注文していた。 これじゃ、まるでお祝いされてるのがお兄さんみたいじゃない。 かと言って、私が負けん気を発揮するはずもなく、それぞれの注文は終わった。 ウェイトレスが居なくなってから、お兄さんは立ち上がった。 「お前、何がいい? 飲み物入れてきてやるぞ」 ウーロン茶、とだけ伝える。 お兄さんが席から離れる。しばらく背中を目で追う。それから、空になった向かいの席を見る。 見えるのはレストランの壁。不規則なパターンの模様をぼんやりと見つめる。 そう。あの日はちょうどこうやって、お兄さんと二人きりで食事をした。 お兄さんが病院を退院した帰り、二人で通り道にあったファミレスに寄った。 その席で、葉月を振った、ってことを聞いた。 意外でしかなかった。てっきりお兄さんは葉月と付き合うものだと思っていた。 葉月は、同性の私から見てもレベルの高い女だ。 出来る範囲の努力を重ねても同じレベルに到達できるかわからない、と私に感じさせた。 葉月は外見がいい。それに、一時期一緒に登校するぐらい、お兄さんとも仲が良かった。 だから、病室でお兄さんが葉月をベッドに押さえつけているのを見て、ああやっぱりって、納得できた。 お兄さんはやっぱり葉月が好きなんだ。病院の中だってことを忘れるぐらい、葉月に夢中なんだ。 けれど、真実は全くの逆だった。 びっくりした。お兄さんが葉月を振っただなんて、信じられなかった。 好きになれなかったから告白を断った、とお兄さんは言っていた。 なに贅沢なこと言ってるの、馬鹿じゃない――と、あの時は咄嗟に言いそうになった。 心のどこかで安堵のため息を吐いていたくせに。 お兄さんは、まだ私の知っているお兄さんのままなんだと、構う女は私だけなんだと、思っていたくせに。 あの時はわからなかったけど、今なら自分の気持ちの輪郭が掴める。 私はお兄さんに変わって欲しくなかった。 小さい頃みたいに、私だけを構ってくれる人のままで居て欲しかった。 視線を、言葉を、気持ちを、差し伸べる手を、私だけに向けてくれる人であって欲しかった。 そんな考えが、心の奥底には眠っていた。 親に甘える子供に似た、ただの幼稚な独占欲だった。 お兄さんを独占できたら――と心に問いかける。 たちまち、顎の下あたりを甘い痺れに襲われる。何かに引っ掛かったみたいに息が吸いにくくなる。 単純すぎる。たったこれだけのことで、幸せで満たされた気分になってしまうなんて。 どれだけわがままで勝手なのよ。 ついこの間まで、お兄ちゃんのオマケで家にいる人、って認識で見ていたくせに。 心変わりが過ぎるのよ、あんたって女は。 疑わしいったらありゃしない。 あんた、本当にお兄さんのことが好きだと思ってんの? 205 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 05 34 ID i1zitTcv ***** どうも妹の様子がおかしい。 いつもと違う。さっきから大人しすぎる。 こっちから話しかけても、「そう」とか、「ええ」とか、短い返事しかしない。 注文した品を食べ終わるまで、妹はずっとそのままの調子だった。 まあ、たしかに食事しながらだらだら話し込んでいるのは、マナー違反と言えばマナー違反である。 しかし、妹がそんなポリシーを持っているとは思えない。 妹が弟と食事する時の様子を見ていれば、喋りはするし、身振り手振りのリアクションはする。 マナー違反と聞くと、ずっと昔、もういつのものか思い出せないぐらい過去に読んだ漫画の内容が思い出される。 内容は、食事中のルールについて説くものだった。いわゆる教育目的で書かれたもの。 箸で食べ物を突き刺さない、自分の箸を用いて相手に食べさせない、机に肘をついて食べない、噛みながら喋らない、など。 今でも、食事中に思い出され、態度を戒めさせる漫画である。 今日の妹の態度は、あの漫画的には免許皆伝の出来であった。 ふうむ。もしかしたらだが、弟と同席している時のマナー違反を自覚したのかもしれないな。 気付かないうちにあの教育漫画を読んでいたのかもしれないし、今日卒業式を迎えたことで自分の態度を見つめ直したのかもしれない。 それならそれで、別に構わないか。 だったら俺は妹に合わせて大人しく食事するだけだ。 いささか盛り上がりに欠けたまま、俺の分の料理まで無くなった。 後は胃の動きが落ち着くまでここでゆっくりしていくだけである。 ストローで紅茶をすする妹の顔を見る。特にすることが無かったからそうしただけである。 というか、一緒に食事しに来ているんだから、向かいに座る相手を見ても構うまい。 妹が俺の視線に気付き、半眼になる。 俺を前にして自動的に嫌そうな顔を浮かべる機能は常時活動しているらしい。 「何、お兄さん」 「別になんでもない。……紅茶、美味いのかなって思っただけだ」 「美味しいわよ。ま、中学の友達から言わせると、ペットボトルに入って売られてる紅茶なんか紅茶じゃない、ってことらしいけど。 でも私は紅茶の味に詳しくないし。こっちの紅茶の方が飲み慣れてるから好き」 「そりゃよかった。美味いならいいんだ、それで」 ペットボトルで売られている紅茶は紅茶じゃない。 カーモデルのキットにペイント済みボディを入れるなとか、あらかじめ細かく色分けされたキットは認めないとか、そういう考え方と同じだろうか。 あれ、上から塗り直すのは気が引けるんだよなあ。 そのまま組み立てるのにもいまいちなものも、たまにあるし。 ちなみに俺は着色済みならそのまま活かす派。藍川はどんなキットに対してもサーフェイサーを吹く派である。 206 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 08 11 ID i1zitTcv 「ねえ、お兄さん。一つ聞いても良い?」 「いいぞ。俺に答えられることなら、二つでも三つでも。遠慮するな」 「ありがと。じゃあ聞くけど……真面目に答えてね。 私、お兄さんのことが好きなんだけど。 今更こんなこと言って、お兄さんは私のこと、許してくれる?」 妹の言葉が終わる。と同時に鳴ったベルの音に引かれて、俺はファミレスの入り口に目を向けた。 女性が一人、来店していた。彼女の手に収まっているのは、ビニール袋。 「いらっしゃいませ、何名様ですか?」 「一人です。本を……いえ、壁際の席に座りたいのですが。それと、あまり人がいないところで」 「申し訳ございません。ただいま喫煙席しか空いておりません」 「ああ、それならそこで」 「では、ご案内いたします」 そんなやりとりの後で、ウェイトレスと、担任の篤子女史に似た雰囲気を漂わせた女性は、視界に入らないところへ消えた。 唐突に俺の耳が壊れた訳ではない。ウェイトレスと女性のやりとりは一字一句聞き漏らさなかった。 俺の観察眼がなまったというわけでも、ない。 さっきの女性が持っていた袋は、近所の本屋でもらえるビニール袋である。 白地に緑色の文字が書かれてある袋は、この町ではあの本屋でしか使わない。 そもそも、でかでかと本屋の名前が袋に刷られてあるから間違えようもない。 うむ。やはり俺の目は鈍くも鋭くもなっていない。 ということは、たった今テーブルを挟んだ向かい側に座っている少女は妹だ。 もしも俺の目がおかしくなっていたら、妹と赤の他人の少女を見間違えた、と確信するところである。 視覚と聴覚は平常通りであっても、俺の頭は混乱しっぱなし。 「なあ、妹よ。その質問の前提は何だったっけ。お前が俺のことを好き……だったか?」 妹が頷く。視線は紅茶の入ったグラスに向いている。 若干頬が紅くなっているように見えるのは、見間違えではないのだろうか。 いっそのこと、今日見たものは全て幻なんだ、とでも言われた方が気が楽だ。 207 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 11 00 ID i1zitTcv 妹が俺を好き、ねえ。 てっきり弟だけが好きで、俺のことは食玩に付いてくるラムネ程度の存在として捉えていると思っていたが。 好きと言われたら、嬉しい。小憎らしい妹が相手であっても同じである。 正直に言って、非常に現実感がなくて、疑わしく感じられる。 だが、疑い続けてもこの現実がいつまでも終わらないので、疑問は放っておくことにする。 「で、えーと、なんだ。お前はラムネが好きなのだと、言いたいわけだな」 「は、ラムネ? ラムネじゃなくってお兄さんよ」 「ああすまん。それで、それが?」 「だから、私がそう言ったらお兄さんは私のこと、許してくれるのかなって」 ああ、なるほど。 俺がこんなに混乱してるのは、妹の質問が突拍子もないうえ、意味が分からなかったからだ。 妹が俺のことを好き。そこまでは理解できる。 続けて、好きだったら許してくれるか、と聞かれたもんだから理解不能になった。 「許すも何も、俺はお前に怒ったりしてないぞ」 「だって私、今まで散々辛くお兄さんにあたってきたじゃない。 今更こんなこと言っても、お兄さんは許してくれないんじゃないか、って。 都合の良いことを言って許してもらおうなんて、甘いんじゃないかな、って」 そう言うと、また妹は俺から視線を逸らし、俯いた。 まるで弟みたいな気のつかい方。妹は妹で、俺に対して気を遣いすぎだ。 弟は俺に遠慮してる。伯母の一件が起こってからずっと。 妹は俺が怒ってると勘違いしてる。これまでの自分の行いを省みて。 どっちもどっちだ。俺のことなんか気にせずに、自分の好きにすればいいっていうのに。 俯いた妹の頭を左手で撫でる。 すると、上目遣いの瞳が俺へと向けられる。 「ちょ、っと……何? 何で撫でられてるの、私」 俺は答えない。そのまま妹の髪のさわり心地を堪能する。 ううん。こいつは落ち着く。 そういえば、小さい頃の妹を泣き止ませるためによくこうしてやった。懐かしい。 「い、いつまで撫でるつもりなのよ……お兄さんの馬鹿」 と言いつつも、妹は俺の手をはらう気配を見せない。 それどころか、目を瞑り頬を紅くして、受け入れる体勢を維持したままだった。 可愛いなこいつ。こんなに小さかったか? それに、俺に対して無防備すぎるんじゃないか。 このまま隣の席に移って押し倒しても抵抗しなさそうな気がする。 ――ふうむ。 撫でる手を止める。妹はまだ目を開かない。 妹の頬をつねって引っ張ってみることにした。うん、極上の柔らかさ。 押し倒すわけがない。公衆の面前だし、そもそも妹相手にそんなことをするわけがない。 「ひょ? にゃにふるにょよ、ひきにゃひ!」 今度はすぐに拒否反応があった。払われた左手を戻す。 209 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 12 49 ID i1zitTcv 「人が真剣に聞いてるのに! どういうつもりよ!」 「今ので許すよ」 「はあ?」 「これまでお前が俺にやってきたこと、全部」 「今ので、って……お兄さんはそれでいいの? これまで、私にいっぱい馬鹿にされたのに。 たったこれだけの仕返しで気が済むの?」 「ああ。これだけだ」 「どこまでお人好しなのよ。何されても無抵抗な男を、女は好きなんだって勘違いしてる? 言っておくけど、そんな男、カモにされて捨てられるだけよ」 「でもお前は俺が好きなんだろ?」 妹に右側の頬を張られた。 仮に右腕がギブスから解放されていても反応できないぐらいの速度で。 「やっぱり真面目に聞いてないんじゃないの!」 「いいから聞け。台詞には続きがある」 表情を固める。ちょっと怒っているように見せるため。 妹は一瞬顔をしかめたが、聞く姿勢に移ってくれた。 「これだけの仕返しでいいのか、って言ったな」 「ええ、言ったわ」 「お前がこれまで俺にやってきたことは、俺にとってはその程度のことだった、ってわけだ。 ちょっと頭を撫でるのと、一瞬頬をつねるのだけ。 気に病むな。弟もそうだが、お前ら二人はどうも俺に気を遣いすぎてるところがある」 「で、でもでも」 「それに、だな。弟が俺に無礼な態度をとろうもんなら、張り倒すところだが――」 兄貴っていうのも面倒くさいもんだ。 我慢して、こんなこと言わなきゃいけないんだから。 まあ、とっくに慣れっこだから、恥ずかしい台詞だって噛まずに言えてしまうんだけどな。 「お前が俺にやることは、どれも可愛いもんだ。 遠慮するな。俺は抵抗しないって思って、堅く考えず、精神的に甘えてみろ。 もちろん、全面的に甘えてくれても構わないけどな」 まるでお父さんみたい、と妹は言った。 なんと不名誉な、あんな節操無しと一緒にするな、と言ってやりたかった。 実の妹との間に子供を設けるなんて、俺は絶対に御免だ。 どれだけ妹が可愛かろうと、手を出すなど兄貴失格というやつである。 211 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 17 23 ID i1zitTcv 妹が食後のデザートのアイスクリームを食べた後、ファミレスを後にする。 さて、この後は家に帰るだけなのだが、それをしてしまうともったいない気がする。 だって、妹と二人きりで歩くなんていう珍しいイベント、今度はいつ発生するかわからない。 二度と発生しない可能性だってもちろんある。むしろ、これまでの出来事を鑑みれば、そっちの方が可能性が高いだろう。 そうだ。せっかくだから妹に卒業祝い――はさっきやったから、入学祝いをあげよう。 これで口実はバッチリ。後は妹を誘うだけである。 「なあ、来月からお前、俺と同じ高校に通うことになるよな」 「うん、そうだけど。何回も言ってるじゃない」 「ならあれだ。兄としてはお前に高校で必要なものを買ってあげる必要がある。 というわけで、これから買いに行くぞ」 「悪いけど、そういうのとっくに準備終わってるじゃない」 言われてみればそうである。 二週間ほど前から、妹の高校入学のための準備を家族で行ってきたのだ。 だから理由としては弱いかもしれない。だが、ここで退くわけにはいかんのだ! 決意を新たにし、妹を誘おうとしたときだった。 妹が俺の手を握り、引っ張って歩き出した。 俺の左腕と俺の胴体はがっちりくっついているので、引っ張られると身体まで一緒に動く。 「でも、そこまでお兄さんが言うからには準備してないものがあるわけね。 一緒に行きましょ。ほら、早く早く」 「お、おう」 妹が甘えてきてくれた。 以前なら俺が説得を延々続けて、文句を言いながら渋々ついてきてくれるぐらいだったのに。 ファミレスでの会話が、早くも実を結んだようである。 妹は俺の手を握ったまま、人通りの少ない歩道をずんずんと前へ進んでいく。 さっき妹は俺のことを、父――いや、父とはまったく別の、ごく一般的なお父さんみたいだと言った。 ならば、お父さんの手を引いている今の妹は、娘というところだろうか。 娘。連想。玲子ちゃん。 玲子ちゃんは伯母と一緒に、祖母と両親の家族旅行について行ったのだろうか。 俺だったらそのメンバーに混ざって旅行なんて行きたくない。伯母がいるから。 だけど、玲子ちゃんだったら変な先入観を持っていないはずだから、旅行を楽しめるだろう。 母だって、まさか九歳児を相手に妬いたりはすまい。 先週俺の家にやってきた玲子ちゃんは何事もなく無事に帰っていったんだから、問題なしだ。 土産を俺に持ってきてくれるなら、一人で家に来て貰いたい。 伯母まで一緒だと、俺は顔も手も出せないからな。 212 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 20 44 ID i1zitTcv ――とかなんとか考えてると。 「会ったりするんだ、これが」 「どうかしたの、お兄さん」 どうかしてるとも、妹よ。 なんていうかね、デパートの自動ドアを通過した途端に、藍川と一緒にいる玲子ちゃんがいるとか、 しかも入り口付近に居たから目がバッチリ合ったとか、奇妙な縁か、引力が働いているかのどちらかでしか考えられなくなる。 もしそうだったら、この場合、誰と誰が引かれているんだろうか。 俺と藍川? もしくは俺と玲子ちゃん? それか妹と藍川か? 妹と玲子ちゃんかも。 目前の身長差アンド年の差あり過ぎペアと俺は、これまでに繋がりがある。 しかし妹とは、どうだろうな。妹の顔を見る限りでは、藍川と玲子ちゃんを知っているようではなさそうだが。 どうしようかね、この状況。 「あー、ジミーだ! ジミーが女の子と歩いてる! でーとだ!」 「へええ。ジミー君には彼女が居たのか。ふうん、そうか。よかったね」 二人ともしっかり反応してるからスルーとかできないし。 デートだデートだ、と玲子ちゃんは騒いでいる。 藍川は大人しい。ただし、俺に向ける視線を除いては。 睨んでいるとか、羨んでるとか、そういうのが一切無い熱意の籠もらない瞳。 かといって冷たい訳でもない。 どこかに違和感を覚えるのに、俺にはそれが何なのかがわからない。 「妬けるな、ジミー君」 「非常に薄っぺらくて嘘っぽいぞ、その台詞は」 「いやいや、これでも妬いているんだよ。異性と二人きりで買い物にでかける、なんてね」 また、違和感。 今度は藍川の言葉に、少しだけ感情が交じっていた。 でもそれが一体何なのかがわからない。 ボトルコーヒーに一滴だけミルクを垂らしたみたいに、あっさり飲み込まれて混じり合い、少しの変化ももたらさない。 「あっついなあ、なんでこんなに熱いんだろう。ねえ、ジミー?」 「さて、まだ春だっていうのに、どうしてだろうね。 ちなみに玲子ちゃん、人生の先輩として言わせて貰うけど、熱いって言っても暑いって言っても涼しくはならないからね」 「熱くさせてる本人がなに言ってんの? 早くどっかいっちゃいなよ。熱いから」 「いいや、それはできない。暑さのあまり玲子ちゃんがその服を脱ぎ出して、脱ぎ終えるまでは」 「うわあ……そういうこと、ボクの前だけじゃなくてカノジョやお姉ちゃんの前でも言えるんだ、ジミーって」 「――は!?」 シィット! やってしまった! この間、感情にまかせて玲子ちゃんに馬鹿なことを言って、澄子ちゃんの手で反省させられたばかりだというのに! 「あ、あのな、藍川」 「うん、ジミー君の言いたいことはわかっている。今すぐここに澄子を呼べばいいんだな」 「伝わってない! 頼むからやめてくれ!」 「しかしだな、今朝方澄子が言っていたんだ。そろそろ先輩が私に会いたがるころね、って」 「それ逆! あの子が俺にトラブルを持ち込みたいだけ! 俺怒られたくない!」 「怒られたくないなら発言を慎むべきだと思うのだが。 まあ、そこまで言うのなら。反省会をやるのは私の家にしておけ、と澄子に頼んでやろう。 よかったな。君の過ごし慣れた環境で反省会を行えるぞ。やったね」 「親指立ててんじゃねえよ! ちっとも良くないわ!」 213 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 23 16 ID i1zitTcv 妹を置き去りにして会話していることを、唐突に思い出した。 左手首に圧迫感が無い。妹の手からいつのまにか解放されていたようだ。 代わりに、疑わしいを通り越した、犯罪者を見る目が向けられていた。 妹におそるおそる声をかけてみる。 「あ、あのな」 妹が遠ざかる。声をかけただけで後退されてしまった。 しまった、さっきのやりとりはなにも知らない妹からすれば、俺が変態みたいに見えていたかも。 今日一日でせっかくここまで稼いできた妹の好感度ががっつり減ってしまったのではなかろうか。 「ご、誤解だぞ。俺はこの二人に何か言っても、直接何かしたりはしない」 「何かしそうになったことはあったが」 黙れ藍川。今、俺の今後の人生がかかった説得をしているところなんだ。 一歩踏み出す。すると、妹も後ろへ一歩下がる。 「そんな引かないでくれ。お前が心配してるようなこととかなにもないぞ。この二人と俺はなんでもないんだ」 「そうそう。ボクはただパンツ見られただけのヒガイシャだから、気にしないで」 玲子ちゃんがさりげなく俺を追い詰める。 いっそのこと妹の手を取ってこの場から逃げだそうか。 なんて考えた瞬間だった。 妹のまぶたがゆっくり閉じた。 そして、しっかり見ていなければ気付かないぐらいの遅さで、身体が俺の方向へと傾いだ。 二歩駆け寄る。倒れそうになっている妹の身体を抱いて支える。 「おい、どうした!」 全体重を俺に預けたままの体勢で、妹は切れ切れに呟いた。 「お、にい、さん。その――」 「どうしたんだ。目眩がするのか、どっか痛いのか?」 「その子達、だれ、なの?」 それきり、妹は黙り込んでしまった。 俺は周りの目も気にせず妹に声をかけ続けた。 藍川が近くの店員を呼んでくれるまで、ずっとそうしていた。 医務室に連れて行くまでの間にも、医務室のベッドの上に運ばれても、妹は目を覚まさなかった。 214 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 25 18 ID i1zitTcv ***** おそらく寝不足による過労ですね、とデパートの医務室の人は言った。 寝不足。思い当たる節はたしかにあった。 近頃は、お兄さんのことで悩んでいて、食事をまともにとれない、眠れないまま朝を迎える、ということが頻繁にあった。 昨夜はしっかり睡眠をとりましたか、と聞かれても、わからないとしか答えられない。 覚えていないんだ。お風呂に入って、布団に潜り込むところまでしか記憶にない。 情けない。こんなことで倒れて、お兄さんに負担をかけてしまった。 でも私が謝ったら、「気にするな、負担になんかなってない」なんて言うに違いない。 お兄さんが、私に対してどれだけ甘いか、どれだけ優しくしてくれてるか、今日のことでわかった。 おそらく、どんなことを頼んでもお兄さんは聞き入れてくれる。自分自身の良心に反しない限り。 同じベッドで寝て、ってお願いしたら多分叶えてくれる。キスして、ってお願いしたら断る。 そういう線引きをして接しているんじゃないかな。私に対して。 倒れてしまった原因は寝不足に違いない。 でも、倒れるスイッチを入れたのは、知らない女とお兄さんの会話。 お兄さんの言葉と優しさに酔っていた時に、私を放って置いて女との会話を続けるお兄さんを見た。 とてもじゃないけど、昨日今日知り合ったような関係の人間同士が交わす会話じゃなかった。 葉月と花火ちゃん以外の女。私が全然知らない女。そんな女達と話すお兄さん。 見ているだけで頭が痛くなった。声を荒げたくなった。 気がついたら、私は倒れてて、お兄さんの腕で支えられてた。 そしてまた目を瞑って、次に目を開けたら医務室のベッドの上に居た。 お兄さんは目の届く範囲には居なかった。 医務室の壁掛け時計は六時を差していた。 食事をしたのが一時ぐらいだったから、デパートに着いた頃はだいたい二時ちょっと前。 それからすぐに倒れたわけだから、四時間は眠っていたことになる。 四時間はたしかに長い。お兄さんは私が起きるのを待ちきれなくなったのだろうか? ケイタイでお兄さんに電話をかけてみる。 すると、着メロがすぐ近くから聞こえてきた。 このタイミングで着メロが聞こえるってことは、すぐ近くにお兄さんのケイタイがある? 発信を止めると、着メロも止まった。 215 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 27 21 ID i1zitTcv 「よう、起きたのか。心配したぞ」 お兄さんが白い仕切りの向こうからやってきた。 手近にあったパイプ椅子を組み立てて、そこに座り込み、私と対面する。 まず、ごめんなさい、と謝った。 倒れた原因について、お兄さんは医務室の人に聞いて知っているはずだから言わない。 寝不足になった理由は、悩みがあったから、とだけ伝える。 お兄さんのことで悩んでいた、なんて言えない。 どんな反応をされるか楽しみだから、言ってみたかったりするけれど。 「俺こそ悪かったよ。よく見てやってれば、お前が具合悪いことに気付いたはずだし。 無理して連れてきて悪かったな」 「いいのよ。誘ったのはお兄さんだけど、それに乗ったのは私なんだから」 「それでも、だ。妹の異常に気付かないなんて、お前の保護者としてはダメダメだ」 「責任感が強いのね。 ……じゃあ、一つ質問に答えてくれたら、お兄さんのダメっぷりを許してあげる、ってことにしようかしら」 おうなんでも来い、と言ってお兄さんは腕を組んだ。 本当はこの質問は、ファミレスでしようと思っていた。 お兄さんは私を許してくれるのか、って質問の後で。 許してくれるどころか、もっと甘えろと言われてしまったから、続けて問うことができなかった。 でも今なら、お兄さんの目を見て問いかけられる。 これまでのお兄さんの言葉を聞いていて、どんな答えが返ってくるかわかるけど、どうしても聞きたかった。 「お兄さんは、お兄さんは……私のこと、好き、なのかな」 216 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 30 26 ID i1zitTcv すぐに返答されるとは最初から思っていなかった。 お兄さんは毎回、大事な質問をされたら熟考する時間を置いて、答えてくれる。 今回もそう。今頃お兄さんの頭の中ではいくつもの言葉が飛び交っているはず。 ここでお兄さんの邪魔をしたら、ファミレスの時みたいに、ラムネとか、とんでもない答えが返ってくるんだろうか。 悪戯心が働いた。制服の胸元のリボンを解いてみる。 続いて布団をどけて、女の子座りをしてお兄さんと向かい合う。 お兄さんは私の動きを見ていたけど、面白いリアクションをとってくれることはなかった。 そのまま、一分か二分、時が経過する。 これ、おかしくない? もしかしてお兄さん、固まっちゃってる? 「お兄さん? 答え、待ってるんだけど」 はっ、とお兄さんが目を覚ます。頭をぶんぶんと振り、私と目を合わせた。 大丈夫かな。ちょっとやり過ぎた? 「俺は、家族としてお前が好きだ」 返答は、さっきまで固まっていた人とは思えないぐらいしっかりしていた。 家族として、か。 まあ、そんなものよね。 「お前が傷つくぐらいなら、俺がキャッチボールした方が気が楽だ」 ……はあ? 「きゃっちぼーる? だ、大丈夫、お兄さん?」 キャッチボールって、球を投げ合うあのキャッチボールのこと? それとも、何かの隠語? 「あの、もうちょっとわかりやすく言って欲しいんだけど」 要求すると、お兄さんは逃げるみたいに立ち上がって、私を見た。 人差し指を私の顔に向け、言いたくないのか、歯噛みしていた。 やがて、決意が固まったのか、その口が開いた。 「俺はお前を大切に思ってる! 大好きだ! だけど勘違いするんじゃないぞ! 俺の義務だからやってるだけなんだからな!」 217 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/07/04(日) 01 31 34 ID i1zitTcv 勢いのいい音と一緒に、医務室のドアが閉まった。お兄さんが出て行ったのだろう。 まったく、あんな大声で言わなくてもいいじゃない。今の告白、お店の人に聞かれてたんじゃないかしら。 告白。正真正銘の告白だった。 「ふふ、大好き、ですって。ふふっ……」 私もお兄さんのこと、大好きよ。 でもね、さっきの告白で、気付いてしまったの。 お兄さんがあんなに顔を紅くして告白するのって、私にだけ。 葉月に対しても、今日会った女に対しても、あんな顔はしない。 それは、私が妹だから。 妹に正直なことを言うとか、ましてや告白とか、お兄さんぐらいの歳の人には恥ずかしいことのはず。 あのお兄さんの顔を、他の女にとられたくないなあ、なんて思っちゃった。 「ごめんねえ、お兄さん。告白、断っちゃって」 恋人同士にはなれないわ。 お兄さんは私のこと好きでも、妹と付き合うなんて嫌って言うだろうし。 でも、お兄さんが私のこと、そんなに好きなら――ずっと一緒に居てあげる。もちろん、妹として。 今なら、微笑むぐらいの余裕を持って、こう言える。 「駄目よ、お兄さん。私たちは兄妹なんだから、ね」 目の前にお兄さんが居るつもりで声にしたから、医務室の外に居るお兄さんに聞こえたかもしれない。 それでも構わない。これが私の気持ちだから――表面上のね。 じゃあ、そろそろ帰ろうかしら。 お兄ちゃんの待つ、私たち兄妹の家へ。 気分が良いから、今日だけは私が晩ご飯を作ってあげるからね、お兄さん。
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パティ「私のSSがひとーつもないよ!!」 こなた「まぁパティは癖あるからねー」 パティ「こなた!ひどいでーす!私の心は灰のよう……」 ひより「まぁパティはヤンデレに向かないっすからね~」 パティ「ツッコミもされないなんて……ひどいでーす!」 こなた「まぁソユコトだよ」 パティ「ちょっと待つヨロシ」 ひより「なんすか?」 パティ「私ヤンデレ属性持ってるよ!」 こなた「ほほー」 パティ「いまここで見せまーす」 チャキーン ひより「ちょ!それはシャレになってないっす!!」 こなた「お、お、お、落ち着こうよ、パティ」 パティ「もうだめね、私が住人の1番になるにはこれしかないよ」 こなた「あわわわわ」 パティ「というわけで、バイバイね、こなた、ひよりん」 パティ「これで邪魔モノはいないですね」 パティ「スレでは………」 パティ「次はつかささんとみさおさんね」 パティ「わかった、今行くね」 パティ「………」 ――――――――― ひより「なんてどうすか?」 こなた「無理矢理過ぎだよ、24点」 パティ「もうすこし勉強した方がいいでーす」 ひより「うぅ、精進するっす」
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988 名前:雌豚のにおい@774人目[sage] 投稿日:2013/09/21(土) 21 05 38 ID KqcXnS8I 誰が殺した あわれな名無しを 「それは私」と ヤンデレが言った 名無しの心が あの娘(新スレ)を愛したがゆえに 私の愛が 名無しを殺した 誰が見ていた 名無しが死ぬのを 「それも私」と ヤンデレが言った 名無しの瞳に 最期にうつるは 私の笑顔 私が見ていた 名無しが死ぬのを 誰が泣くのか 名無しのために 「それも私」と ヤンデレが言った 涙枯れ果て 真っ赤に腫れた この二つの眼で 私が泣こう 名無しのために 誰が担ぐのか 名無しの棺を 「それも私」と ヤンデレが言った 名無しの躯も 名無しの記憶も 名無しの生き様も 私が背負おう 名無しのすべてを 誰が掘るのか 名無しの墓を 「それも私」と ヤンデレが言った 私と名無しの 最後の寝床 最期の褥 私が掘ろう 名無しの墓を 誰が寄り添うのか 名無しの躯に 「それも私」と ヤンデレが言った 雨が降り 風が吹き 幾歳に全て朽ち果てようとも 私が寄り添う 名無しの躯に 誰がならすのか 葬式の鐘を それは私と 誰も言わず 墓穴ひとつに 躯はふたつ ここにはもはや 物言うものなし スレには すべてのスレびとが集まって ならば我らが せめて謳おうと かわいそうな名無しに 悼みの歌を 添い遂げしヤンデレに 幸あれと 来たれスレびと みなみな来たれ こぞり来たりて 謳おうぞ 「埋め」
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【カードナンバー】:TSS-001 【名称】:ヤンデレ妹 【属性】:変身 【コスト】:1 【TSパワー】:2 【テキスト】:なし 【特徴】:子供 【フレーバー】:「お兄ちゃんは私のものなの、あの女には渡さない!」 【イラストレーター】:??? カードの説明、使用感 1コストでTSパワーを2生み出せるのが利点のサポート 赤を中心にするデッキなら何枚か入れておきたい便利カード。 2ターン目から出して行ける1コストで生み出すパワーが2なので序盤に出せればその後の行動の幅が広がる。 同じパワー2のカードはいくつかあるがコスト面でこのカードが勝る。 『TSS-006 巫女』と『TSS-009 女子中学生』はこのカードより出しやすい0コストで条件を満たせばパワー2になるが、上記二つと違い、条件を満たさなくても素でパワー2である事と効果対象にされやすいコスト0のサポートではない点が利点。 拡張フレーバー 他の女に取られるくらいなら、お兄ちゃんをお姉ちゃんにしてやるんだ―― 楽園ならではの、歪んだ想いだった。
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ヤンデレ推進 党員リスト 更新日 家門Lv 家門名 ラダー 備考 09 3/7 25+3 レーテル 0/0 09 5/18 14+3 アーデルカッツェ 0/0 党首、放置被せるのやめてろってw -- 名無しさん (2010-05-01 09 18 00) 名前 コメント
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108 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 50 14 ID 4B4bPZJ5 ***** 目が覚めた時、私の手は温もりに包まれていた。 いえ、その温もりがあったから私は目を覚ましたのかしら。 よく、わからない。 「ね、姉さん」 頭がぼんやりしたままで、誰かに声をかけられたことに気付くのに時間が掛かった。 「よかった、目を覚ましたんだ、姉さん……」 私の手を握っていたのは、私の弟だった。 妹と一緒に行方不明になっていたはずの。 言いたいことはたくさんあった。 けれど、何を言いたかったのか、今は思い出せない。 七……いえ、八ぐらいかしら。弟に言いたかったこと。 数は数えていたけど、内容までは思い出せないわ。 ところで、私は生きているのね。 てっきり死ぬのかと思っていたわ。――死ぬつもりだったんだから。 とにかく高いところへ。 天まで届きそうな高い場所へ移動して、そして飛び降りた。 自殺するために。 お父さんのいるところへ逝くために。 頭の中に空きがいっぱいあって、考えがまとまらない。 どれぐらい私は眠っていたんだろう。 「もう目を覚まさないのかと思ってたよ」 「……そう」 「姉さん、一ヶ月近く眠りっぱなしだったんだから」 「あら、そんなに……」 どうりで頭がぼうっとするわけだわ。 というか、まだ眠りたい気分。 眠りすぎると余計に眠くなるっていうけど、なるほど、こういうことなのね。 微睡みながら、弟の顔を見つめてみる。 ――あら、なんだか大人びて見える。 久しぶりに見たからじゃないけど、どこかが変わったわけじゃないけど、違う。 ああ、そうそう。 「そうだったわ。妹」 「え、何?」 「妹とあなた、セックスしてたんだった。 同級生の女の子は、エッチとか言う、あれ」 弟がびっくりしてた。 「……ごめん、姉さん」 脈絡もなしに、弟が謝った。 謝る理由がわかんない。 なんだか、すっごく、可笑しい。おかしくって、耐えられない。 109 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 51 14 ID 4B4bPZJ5 「あは、あははははっ、あっはははははははははは!」 「姉さん? 大丈夫、姉さん!」 おかしいわ。笑わずにいられるもんですか。 謝るってことは何? 反省しているって言いたいの? アピール? 「はは、あっはははは……おっっかしいの! ない、ナイ、無いわ!」 ねえ――弟? 格好良くて、いつだって優しくて、頭が良くて、人気者で、良い子の、私の弟。 謝って済むとでも思ったわけ? 謝ればどんなことをやっても許されると思った? 謝れば、たくさん謝れば、謝り疲れれば、あなたは許されるの? 私は許さない。 あなたと妹がしたこと、家族がバラバラになった原因を作ったこと、私の気持ちを裏切ったこと。 私を犯せばよかったんじゃない? 妹のカラダじゃなくて、私のカラダを。 欲求不満が募ってあんなことになったんなら、私に相談すればよかったのよ。 妹よりお姉ちゃんのおっぱいの方が大きいって、知ってるでしょ。 私はお姉ちゃんだもの。 あなたに甘えられようが、貫かれて処女を奪われようが、変態みたいなことされようが、許してあげる。 お姉ちゃんはね、初めてをあなたに捧げてもいいぐらい、夜通しあなたに犯されたって平気なぐらい、あなたを愛してるのよ。 妹も馬鹿よねえ。 姉妹愛が欲しいんなら、私がたっぷり可愛がって、愛で身も心も満たしてあげたのに。 そうよ。 あなたたち二人が馬鹿だったから、こんなことになってしまったのよ。 弟が悪い。妹も悪い。 二人とも悪い子。お姉ちゃんの気持ちを裏切った共犯者。 「今ナースさん呼んだから! すぐに治してもらうから、しっかり!」 優しいのねえ。 こんなことを考えている私の身まで心配してくれるなんて。 ――でも、とっくに時間切れ。 これから、壊してあげる。 あなたの幸せを壊してあげる。 絶対に幸せになんてさせないわ。 お父さん、お母さん、私。みんな悲しんだ。不幸になった。 家族なのに、同じ目に遭わないなんて――可哀想だから、ね。 110 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 53 01 ID 4B4bPZJ5 ***** まあまあ、落ち着いて。 たしかに澄子ちゃんと藍川の目から見れば俺が玲子ちゃんにひどい悪戯をしているように見えたかもしれない。 信じて欲しい。俺は理由があってあんな行動をとっていたんだ。 うちの妹が前例なんだ。 妹が弟にべったりひっつきだし、俺を嫌うようになったのは、俺も一枚噛んでいるある事件からなんだ。 その事件は語り出したら長くなりそうだからここでは言わない。 玲子ちゃんの件とは全然関係ないから。 ここで俺が言いたいのは、だ。 小さい女の子がその行動と性格を変えるには、なにかきっかけがあるということなんだ。 妹の場合は、俺が中学校にあがったことがそれにあたる。 澄子ちゃんなら知っているだろうけど、俺には弟と妹がいる。 弟の方は一つ下、妹の方は二つ下だ。 すると、俺が中学校にあがると自動的に弟と妹は小学校六年生と五年生になる。 小学校の登下校は二人で一緒にするようになった。 夏になる頃には、妹はほとんど俺と口をきかなり、家でも俺との関わりを絶つようになっていた。 妹の性格が今のようになったのもそれからだ。 可愛くないだろ? さすがに露骨すぎるだろう。仮にも兄に対して。 もちろん仮じゃないさ。俺と妹は、両親が同じ人間だから。 話がちょっと長くなったけど、つまり、俺が玲子ちゃんにあんなことを言ったのは、玲子ちゃんのためを思ってなんだ。 服装が変わっただけで性格が変わるなんて、一種の精神的な病みたいなものだろう? それを治してあげたいと思うのは、年上として当然じゃないか。 なにかおかしいかい? 俺が言っていること。 ――と、いい感じの台詞がすらすらと思い浮かんだのは、目隠しをされて猿ぐつわを噛まされて椅子に縛りつけられて、 ぐったりと疲れ果てた状態になってから、ようやくのことであった。 てっきり取り調べ、もしくは裁判じみた尋問が行われるかと思っていた。 しかし、伯母の病室に入った俺を待っていたのは、問答無用の身柄取り押さえであった。 首を振って意志を伝えるしかできない俺に対して、澄子ちゃんは無慈悲にも拷問を開始した。 自由な左手のツボを、ペンを使って刺激しだしたのだ。 ここは心臓です、ここを刺激したら肺に、生殖器のツボってこの辺なんですよー、とか解説しながら、 左手を貫けそうなぐらいの強さで刺し続けてきた。 甘く見ていた。ツボを刺激する程度ならと高をくくっていた。 まさか手だけでほぼ全身のツボを刺激することができるなんて。 猿ぐつわが無かったら、俺のみっともない悲鳴が同じ階の病室すべてに響き渡っていただろう。 反省しました。 自分の考えがどうあれ、他人から見ればあの言動は変態そのものであると理解しました。 こんなに痛いのなら、苦しいのなら、もう玲子ちゃんに悪戯なんかしないよ。 111 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 55 07 ID 4B4bPZJ5 しばらくして、藍川が俺を解放してくれた。ただし、猿ぐつわと目隠しのみ。 両手と両足と腰はパイプ椅子と繋がったままである。 「反省したかい、ジミー君」 「……したとも。ああ、しまくったとも。 俺、ここまでされるほどしたんだな。悪かったよ」 「私に謝ってもらっても困るな。許す、許さないは私が決める事じゃない。 玲子が決めることだろう。謝るなら玲子にするべきだ」 「ああ、そうだな……」 椅子に縛り付けられたまま、玲子ちゃんの方を見る。 ベッドの上で、伯母の腕にしがみつきながら必死に笑いを噛み殺していた。 「ごめんな、玲子ちゃん」 「……ぷっ、くふふふふ、ぷぷぷぷぷ……。 い、いや、も……いいから…………ぷふっ!」 「そんなに可笑しいかい、今の俺は」 返事はなかった。 しかし堰が切れたように大きな声で笑い出したことからして、腹がよじれるくらい面白く見えているらしかった。 病室の窓側を見る。 澄子ちゃんはそこで手持ちぶさたにペンをくるくると回していた。 「澄子ちゃん、聞いての通りだ。 もういいから、ってことなんで、この拘束を解いてくれないかな」 「あれあれ、何か忘れてやしませんか? 玲子ちゃんと京子には謝って、アタシには無しですか? それじゃあ、拘束を解く訳にはいきません」 「……ごめん、澄子ちゃん」 「それで? どうして欲しいんですか?」 「この縄を解いて欲しいと思ってるんだけど、駄目かな」 「ダメですよ」 ホワイ? あれだけツボを刺激しても、まだ気が済まないのか? そこまで怒らせてしまったのだろうか。 「まあ、さっきの変態行動についてはいいです。今は反省しているみたいなので。 言っておきますけど、今の先輩にだけですからね。 罰を受けた後なら誰だって大人しくしてます。 後日、先輩がまたしても変態行動にでたときは」 「でたときは?」 「もう一度、あの体育館でお話しましょうかね。今度は情け無用で」 ……ちょう、怖い。 112 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 56 59 ID 4B4bPZJ5 「まあ、今は先輩に対して怒っているわけじゃないんですよ。 解いてあげてもいいかなー、ってぐらいにはなってます」 「ほ、ほんとに?」 「と言っても、たまにはです」 「たまに、って!」 たまに解くって、もう一度結び治すってことじゃないの? 「あの、すでに手とか足とか痺れてきてるから、勘弁して欲しいんだけど」 「大丈夫ですよ、たぶん。先輩ならやればできます」 「妙な信頼しないでくれ!」 「そんなことより、先輩を解放しない理由について」 突然話を進め出す澄子ちゃん。 そういう話の仕方って、明らかに優位に立っている人間しかできないよな。 「ちょっと先輩にお聞きしたいことがいくつかあるんですよ」 ああ、そういうこと。 俺が嘘をつけないように、拘束したままで話をしようってか。 あれ。最後に澄子ちゃんと話をした時も俺はこんな状態だったような。 体育館の地下か、病室かの違いはあるけども、拘束されてるのは同じだ。 この子はフェアな状態で俺と話をする気はないのか。 「えー、まず……先輩はなんで右腕を怪我してるんですか? 金髪の悪魔にでも出会いましたか? それとも喧嘩でもしましたか?」 「……前者だよ」 「へえ……ふうん。そうなると、あいつが邪魔しに来た理由も……なるほど」 澄子ちゃんがちらりと横を見る。 視線の先には玲子ちゃんと、伯母が居た。 「先輩はオオカミを部屋に入れてしまい、命の代わりにオオカミの知りたいことを教えてしまったわけですね」 年齢制限にひっかかることを心配したのか、言葉をオブラートに包んでいた。 オブラートに包まないで言うと、『先輩は葵紋花火に詰め寄られて腕を折られ、命が惜しくて奴の知りたいことを教えてしまったんですね』となる。 先日の弟誘拐事件で、花火は犯人をずっと捜していた。 そう、犯人は澄子ちゃんである。 そのことを花火に教えたのは、俺だ。 弟救出の役目を花火に託すために。妹をこれ以上傷つけないために。 「ありがとう……って言っておくよ」 9歳児の教育に配慮してくれて。 「でもちょっと違うな。この怪我はオオカミとは直接の関係、無いよ」 「そうですか。それなら興味ありません」 「助かるよ」 ベッドの下敷きになって腕が折れたなんて、恥ずかしくて言えないからな。 113 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 04 58 38 ID 4B4bPZJ5 「次の質問です。先輩の弟さん……と、葵紋花火。 この二人が今どうしてるのか聞きたいんですけど」 「……いいのか? 包み隠さず、本当のこと言って」 「もちろん。というか、包み隠したりしたらどうなるか、言わなくてもわかりますよね?」 「オーケー。嘘含有率ゼロパーセントで」 逃げられないもんな、この状態。 俺だってまだ命が惜しい。こんなところで危険にさらされるなんて御免だ。 「ではまず、二人の親密度について、どうぞ」 「あの一件からこっち、さらに仲良くなってるよ。 弟の登校を花火が正門前で待ってたりとか、してる。 それ以外の具体的なことは知らない。聞いてないから」 「……ふうん。そうなんですか。 では次。葵紋花火の状態について教えてください」 「状態って、たとえばどんな?」 「あの女の様子に変わったところがあるでしょう。何か一つぐらい」 変わったところ? 花火に? あった……か? それこそ、弟とまた仲良くなったぐらいしかないんだが。 「先輩、もしかしてあの女……問題なく動き回ってるんですか」 「そうだけど、それが?」 澄子ちゃんがため息を吐き出した。首がうなだれ、肩が落ちる。 「ホントに、葉月さんといい、葵紋といい……凡人の私には荷が勝ちすぎてますよ。 あの女の弱点とか知りませんか、先輩」 「さあ? それこそ、弟ぐらいのもんじゃないか」 「ですよねえ。ああ、しんどい」 実にめんどくさそうな顔を澄子ちゃんが浮かべた。 それはまるで、プラモデルのデカールの段差を埋めるためにクリアスプレーを吹いてからペーパーで研ぎ出しをする作業中、 誤って300番のペーパーを使用してしまい、デカールごと削ってしまったときの俺の顔のようであった。 あのミスで投げ出したスケールモデルがどれほど封印されてしまったことか。 澄子ちゃんがどれほど気が滅入っているか、自分のことのようにわかる。 114 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05 00 11 ID 4B4bPZJ5 「……もういいです、先輩」 澄子ちゃんが壁から離れ、出口へ向けて歩き出した。 「私、帰ります。京子、あんたも帰るわよ」 「ジミー君の縄は解かないのか?」 「どうでもいいわよ、そんなこと」 ついさっき義妹とか名乗っていた人間の台詞じゃないな。 澄子ちゃんがもっと普通の女の子で、こんな暴言を吐いたとしたら、俺は弟との交際を認めないね。 「そうか? うーん、まあいいか」 「待て藍川! お前までそんなこと言うな!」 「ジミー君。私から君に言えることは一つだけだ。 しばらくそのままで、自分の犯した罪の深さを知り、悔いるがいい」 「見捨てられてしまった……」 そうか。藍川は玲子ちゃんのお姉さんみたいなものだもんな。 妹のことなら、真剣に怒るのは当たり前だ。 俺だって、道の往来で、妹に向かって「服を脱げ」とか言っている男を見たら、激怒しているに違いない。 ……いっぱい反省しやがれ、俺。 「玲子、あなたも今日は藍川さんに送ってもらいなさい。とっくにお外は真っ暗よ」 伯母の声だった。 しかしそれは、俺のイメージの中にある伯母の声ではなかった。 ただの優しい母親。それ以外の印象を覚えない。 「うー、今日は泊まっていく……」 「駄目よ。前もそれをやって、お医者さんに怒られちゃったでしょう? 明日ならお医者さんもいいって言ってくれるはずだから、明日二人で一緒に寝ましょう?」 「うん……わかった」 渋々といった感じに、玲子ちゃんがベッドから飛び降りる。 その小さな背中にランドセルを背負い、俺の前にやってきた。 脛を蹴ってきた。 「痛え!」 「こっちも……てりゃ!」 「アウチ!」 このガキ、両足とも蹴ってきやがった! 「なにしやがる!」 「はんせいしろ! 自分のおかし……えと、たつみのおっかさんを知り、くいるがよい!」 こ、こいつ……! 今度会ったら全力でパンツの色を確かめてやるからな! 115 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05 01 29 ID 4B4bPZJ5 澄子ちゃん、藍川、玲子ちゃんの三人が立ち去り、後に残されたのは俺と伯母だけであった。 伯母。父の姉であり、母の姉である。だから伯母。 名前は冴子。 今頃気付いたが、ついさっきまでいた女性は、全員名前が『子』で終わっている。 統一感があって実に覚えやすい。 担任教師の篤子女史も同じだ。例外は葉月さんと妹ぐらいか? 伯母の名前なんかさっさと忘れたいのに。 「あの、ジミーさん。いえ――」 伯母が俺の名前を呼ぶ。 返事するか、無視するか。 考えるのも馬鹿らしい。伯母に気遣う必要なんかない。 「なんですか」 「……ごめんなさい。あなたを、いいえ、あなたたち兄妹を傷つけてしまって、ごめんなさい」 謝るなよ。 そうやって、昔のことをほじくり返すことこそが、傷つける行為だっていうのに。 「あなたと会って、思い出したわ。自分がやってきたこと。 あんな恐ろしいことをしていたのに、全て忘れてしまっていた。 忘れて、自分は子供を産んで幸せを掴んで……私に母親の資格なんてないのに」 あの頃を忘れていたのは俺と同じか。 なるほど。伯母が病室にやってきた妹を見ても何も反応がなかったのはそういう理由か。 忘れてんじゃねーよ、なんて俺が言えた義理じゃない。 黙っていると、伯母は独白を続けた。 「考えていたわ。どうすれば、罪を償えるのか。 お父さん――あなたにとってはお祖父さんの時は、罪を償えなかった。 だから今回、同じことをしてもまた同じ結果が待っていると思っていた」 なんで祖父の話をする? 祖父はたしか、通り魔に遭い命を落としたのだと聞いている。 関係、ないだろ? それとも、あんたが祖父を殺したっていうのか、伯母さん。 「誰にも知られずに罪を償っても、意味はない。 でも今は、あなたがいる。私が傷つけた本人が目の前にいる」 「伯母さん、あんた何を言ってる」 「……あなたの前で死ねば、私の罪は償われる。 だからこうして、あなたと二人きりになれるのを待ってた。 よかった、あなたが動けないままで。 私の最期をしっかり見てもらえる」 ――死ぬつもりか、こいつ! 「おい、ふざけるな! 待て!」 「死んだらいけない人間と、死んでもいい人間と、死ななきゃ行けない人間。 私は三番目の、死ななきゃ行けない人間なの。 ……お父さんとお母さんに、言っておいてね。 伯母さんは罪を償って死んだんだって」 「死ねなんて言ってないだろ! そりゃ昔の俺はあんたが殺したいほど憎くて、大嫌いだったさ! でも今のあんたが、あんたは――」 「玲子のことお願いね、ジミーさん」 こいつ――――この、馬鹿がっ! 116 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05 03 41 ID 4B4bPZJ5 バン、という荒々しい音が響いてきたのは、まさに叫ぼうという時だった。 振り返る。扉が開いていた。 勢いよく扉を開けて、そこに立っていたのは、藍川だった。 「藍川、お前」 「……ジミー君が可哀想になった私は玲子の母、冴子さんの病室へ戻っていた。 扉の前でノックをしようとしたら、中から話し声が聞こえてきた。 悪いとは思っていたものの、黙っていればわからない、という悪魔の声に惑わされ、私は聞き耳を立てた」 ……脳内モノローグを語り始めるとか、お前は俺か。 「全て聞いた後で闖入し、二人の説得を試みる役を演じるため、説得の手順を組み立てていた。 しかし、そんな努力は、とある人物の名前が出てきたせいで、無駄に終わった。 私は勢いよく扉を開けた。そこには、ジミー君と冴子さんがいた。 もはや説得などする気分ではない。 今の私に出来るのは、感情に任せて弁舌を振るうことだけである。 それほどに、今の私は激怒しているのだ!」 藍川が扉を閉め、鍵をかけた。 伯母の方へ向かう藍川の眉間にはシワが寄り、怒りをわかりやすく表現していた。 まあ、さっきのモノローグで怒っていることはわかってたけど。 藍川登場のインパクトで俺の怒りは引いてしまった。 俺の怒りが伝播したみたいに、藍川は伯母に怒りの矛先を向けている。 藍川が、伯母の服の襟を締め上げる。 「京子ちゃん……」 「……許されようなんて考えるな。 お前がやったことは、お前が死んだことぐらいでどうにかなるものじゃない。 許さないし、忘れない。 被害を受けた人間は、絶望を味わった人間は、もう元通りにはなれないんだよ!」 藍川が怒っている。 俺の代わりじゃなくて――自分のことみたいに。 ここまで怒るなんて、もしかして藍川も昔に辛い目に遭ったことが? 「だから私は、死んで罪を償おうと」 「償いだって? 逃げの間違いじゃないのか? 死んで元通りになるならそれもいいさ。 でもそんなことは、あり得ない。絶対にあり得ない。 私は、澄子みたいに甘くない。死刑になればいいなんて思わない。 苦しんで、嫌になるぐらい苦しんで、絶望を味わって、寿命が尽きるまで苦しむ――そんな刑を望む。 誰よりも苦しめ。それが贖罪だ」 「……苦しんだわよ」 117 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05 05 38 ID 4B4bPZJ5 伯母の目から、涙が流れていた。 伯母に死ねと念じたことは何度もあったけど、泣けと念じたことは無い。 鬼は泣かないもの。伯母は泣かない。 目前に居るか、居ないか。どちらかでしか伯母の存在を捉えたことはない。 けれど、伯母は泣いていた。 藍川の腕にすがって泣いていた。 「苦しんできたわ! お父さんが死んだときもそう、今回だってそう! でも、私が苦しんだって、弟の子供は、妹の子供は! お父さんは! そんなこと知りもしないし、ざまあみろとも思ってくれないじゃない! 私に罰を下してよ! ねえ、ねえ! 殺してちょうだいよお! 恨みを晴らして! あなたが、私を苦しめて殺してちょうだい!」 伯母の声は俺に向けられていた。 俺は、何を言わなきゃいけない? 何を言いたい? かねてから、俺と関わらないでほしいとだけ思っていた。 もうずっと昔のことで、俺は今の生活を乱したくない。 伯母には俺に関わるな、と言いたい。 ――そして、絶対に死なないでくれ、と言いたい。 たった一人の女の子のために、伯母には生きて欲しい。 でも、それを伝える言葉が咄嗟に出てこない。 藍川が言葉を続ける。 感情のこもらない、抑揚のない声で。 「お前は死ぬな。 さっき、言ったな。自分は、死ななきゃ行けない人間だと。 あんたはそうじゃない。死んだらいけない人間だよ。 ……それも違うのかな。死ぬことの許されない人間、かな」 「そんなことない! 私は、死ななきゃいけな――」 どんどんどん。 後ろの扉が音を立てる。 「こらーっ! 開けろ―! お母さんに何するつもりだ、ジミー! お母さんのパンツまで見るなんて、ボクが許さないぞ!」 鬼の子供が母親を助けにやってきた。 子鬼は力強くて、扉はもう破壊されそう。 「玲子……どうして、来ちゃったの。どうして」 泣いていた鬼は母の顔になる。 突然の子鬼の乱入によって、母鬼は助かった。 「わかっただろう。あの子が――玲子がいる限り、あんたは死ぬことが許されない。 誰よりも苦しめ。そして、玲子と共に生きろ。 あんたにはそれが相応しいし、何よりも、お似合いだよ」 母鬼は再び泣きはじめた。 助かったのに、激しく泣き始めた。 茶番である。とんだ茶番だ。 でも、こんな茶番だからこそ、俺や伯母には相応しい。 頭の悪い俺らには、これぐらいわかりやすくなければ理解も納得できないのだから。 118 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/06(日) 05 08 25 ID 4B4bPZJ5 玲子ちゃんが伯母を泣き止ませようとしたり、藍川が俺の拘束を解いたり、俺の脛が玲子ちゃんに蹴られたりして、 ようやく帰路につくことができた。 澄子ちゃんは藍川を待っていられなかったのか、とっとと帰ってしまったようである。 玲子ちゃんは今晩だけは病院にお願いして、宿泊させてもらうことにしたらしい。 そんなわけで、帰り道は藍川とふたりきりということになった。 交通手段は徒歩ではなく、藍川の車である。 狭い車中に女の子と二人きり。 しかしドキドキしたりはしない。 藍川はモデラー仲間で、友達だ。それ以上の関係はない。 ……というかこの女、色気ないんだよな。 色気を殺している雰囲気さえ感じさせるぐらい、色気なし。 「悪かったな、藍川。本当は俺が言わなきゃいけないことだったのに」 「礼はいらないよ。私は自分の感情をぶちまけただけだから。 むしろジミー君に謝らなければいけないとも思ってるよ」 「いいって。結果として肩の荷が下りたから。結果オーライだ」 伯母は今後俺と関わることはないだろう。 もし出会っても、過去の事件をほじくり返すような真似はすまい。 俺の望んだ通りの結末だ。 「ところで藍川。お前澄子ちゃんと友達だったんだな」 「うん。昔色々あってね……その時の繋がりだよ。 澄子とジミー君が繋がっているのには驚いた。 澄子の好きな男がジミー君の弟だったことにはもっと驚いた。 ジミー君の弟か。もしよければ今度会わせてくれるかな」 「いいぞ。別に減るもんじゃなし」 小さな約束をしたり、例の白い奴はいつ完全変形のキットと化すのかという予想を語り合ううちに、我が家に到着した。 藍川にお別れを言い、我が家の玄関を開けた時、とても安堵した。 「やっと、終わった……」 この家で起こった辛い出来事は、忘れ去られる過去と化した。 いや、ちょっと違うな。 これでようやく、思い出になった。 俺たち兄妹は忘れない。伯母も忘れない。 記憶に刻みつけられたまま、あの事件は過去という箱の中に収まったのだ。 今日の出来事のおかげで、成長したわけじゃない。 ただの心の掃除だ。 散らかってバラバラになっていたものが整理されただけ。 でも、部屋は綺麗な方がいい。すっきりした気持ちになれる。 心だって、そうに違いない。
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44 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 30 53 ID IF2Ju81M 4年前 「ねぇ、絆って何なんだろう」 「前にも言っただろ、実在しない夢さ、ただの下らない夢」 「けれど、人は夢を見ずにはいられなくて」 「利巧とは思えないね。夢は破れるもの。太陽目指して飛ぶだなんて蛮勇で死んだイカロスの昔話、知ってるでしょ?」 「蝋の羽のギリシャ神話」 「そう」 「夢が破れるのは、怖いよね」 「ま、自ら進んで体験したい結果では無いけれどね」 「それでも、何で人は夢を、絆を求めるんだろう」 「それは、きっと……」 45 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 31 13 ID IF2Ju81M 現在 俺が考えているのは、きっと最良の手段では無い。 むしろ、最悪の手段だ。 誰一人として幸福にならない、むしろ確実に俺達4人が揃って不幸になる。 そんな、たった1つのさえ無いやり方だ。 けれども、例え不幸になったとしても。 例え友を不幸にしても。 それでも伝えたいことが、あるから。 問いかけたい、ことがあるから。 どうにかしたい、ことがあるから。 だから、俺は俺を止める。 俺を止めて、敵になる。 『主人公(ヒーロー)』と戦い、倒されるために。 旧高級マンション『パレス・アテネ』 現廃屋 埃っぽく、無機質な建物の中、永遠と思えるほど延々と続く螺旋階段を、正樹と葉山は昇り続ける。 「これで建物の大半は探したな。高層マンションとして作られただけあって、さすがに一苦労だぜ」 「そだねー!」 多少グッタリしたような正樹に対して、朱里は踊るように階段を昇る。 ステップを踏むたびに、制服の黒いスカートがヒラヒラと舞う。 「……っつても、収穫はデカかったけどな」 「へ?」 確信の感じられる正樹の言葉に振り返る朱里。 「ホラ、ココって無人の建物のクセして、1階の辺りとか、局所的に俺らのと違う足跡があったり、ピンポイントでキレーだったりしてただろ?」 「って言うと?」 「最近、ココに出入りしてる誰かがいるってことだろ。ソレがみかみん達なのか、それとも何の関係も無い、ただのホームレスか誰かなのかまではわかんねーがな」 「いや~、とんだところに名探偵も居たもんだ!」 「こんなの推理でも何でもねーよ。ホームズ探偵なら出入りしている奴の身長体重出身地まで言い当ててる所だぜ」 「それじゃ、誰かがいるかもしれないね。―――これから探す、最上階に」 螺旋階段の上を見上げ、朱里は言った。 「まーた1部屋1部屋覗くことになるのかと思うとゲンナリするけどな」 「あ、それは無いよ!」 ヒラヒラと手を振る朱里。 「このマンションの最上階は『ロンドフロア』って言って、フロア丸々1つが1世帯分になってるんだってー!1家族が1フロア広々独占できるってわけ!元々はそれを売りにする予定だったらしいよ!」 「高級ホテルみてーなモンか。つっても、ンな部屋買う位なら、俺なら一戸建ての家にしてーけどな」 「あっはー!なら、どちらにせよこのマンションはお先真っ暗だったって訳かー!」 私に似てる、と朱里が小さく続けたのを、聞く者はいなかった。 「……ま、何ともいえねーけどな、俺の庶民感覚だし」 「でも、それがこうして日の目を見る、っていうか人目を見たのは良いことだったのかもねー!」 「……さぁ、な」 そんなことを話しているうちに、2人は螺旋階段を昇り切った。 「んじゃ、開っけるよー!」 背を向けたまま、そんな風に態々勿体を付けて、朱里はドアを開く。 長年鍵が開け放たれていた他の部屋と違い、こっそりと朱里がカードキーをスライドさせたことに、正樹は気が付かない。 「さ、入って入ってー!」 「……」 自分の部屋みたいに言うなよ、と言いたいが言うことができない正樹。 迂闊な一言でどんな目に会うか分からない。 彼は、朱里のことが怖いのだ。 正樹が『ロンドフロア』に足を踏み入れると、ドアをしめる朱里。 「……キレーだ」 「アタシが!?」 「……つーか、部屋が」 彼の言う通り、埃まみれで汚れていた他の階と異なり、ここだけは奇妙なほどに綺麗に掃除されていた。 「そりゃあ、勿論」 えへん虫、と朱里は何故か胸を張り、 「私とまーちゃんの愛の巣になる場所だもん!」 と言った。 その意味を理解するのに、9.8秒かかった。 それが、正樹の絶望までのタイムだった。 46 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 31 59 ID IF2Ju81M 「……は?」 自分でも滑稽に思うほど間抜けな声が、正樹の口から洩れた。 「……まさか、お前。最初っから俺をココに呼ぶつもりで……?」 「ピンポーン!やっぱ、まーちゃん才能あるよ、名探偵の!……それで、何で今までアタシの気持ち分かってくれなかったのかなぁ」 朱里の声にどこか寂しげな、しかし威圧的な音が混じる。 「ひっ……!?」 思わずきびすを返し、ドアノブに手をかける正樹。 しかし、どれだけ力を込めてもドアが開くことは無く、ただがちゃがちゃという音を立てるだけだった。 「あー、駄目だよ駄目駄目全然駄目。外も中もオートロックに改造してもらったからね!」 がちゃ、がちゃがちゃがちゃ 「正直、さ。今まで参ってたんだよね。どれだけ話しかけても何をやっても、まーちゃんアタシのこと避けて、御神千里の影に隠れてるんだもん!」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ 「ウン、言わなくても分かるよ、照れてるだけだよね!でも、乙女は我慢弱いんだよね。だから、まーちゃんここに来てもらったの!強引にでも私のになってもらうために、ね」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ 「あ、大丈夫だよ!ちゃんと御神千里たちはココにいるから!アタシは嘘吐かないもん!でも、まーちゃんが会うことはないだろうけど、ね」 がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃが―――― 「ねぇ、さっきから話しかけてるのに何後ろ向いてるの?」 ドアノブを一心不乱に回し続けていた正樹の手を強引に取る朱里。 「ちゃんと、目を見て話そう、よ!」 そして、強引に振り向かせ、正樹の体をドアに押し付ける。 「う……あ……」 拒否権を認めない朱里の視線に、うめき声を上げるしかない正樹。 「そんなに怖がんないでよ、怖いことなんて何も無いんだからさ」 ス、と朱里の細い手が正樹の頬を撫で、首筋から襟元を伝い、ワイシャツのボタンにその指がかかる。 「愛してるよ、まーちゃん」 そう朱里が囁きかけた瞬間。 轟音が響いた。 47 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 32 33 ID IF2Ju81M ガッシャーンと何かが砕けるような派手な音と共に、バタンと乱暴にドアが開かれる音。 誰が開いたのか、正樹はすぐに知ることになった。 「みっきー!?」 こちらの方に走り寄ってくる相手、緋月三日に向かって朱里が驚いたような声を上げる。 それも道理だろう。 彼女の衣服は裸同然に乱れ引き裂かれ、肌にはいくつもの切り傷や殴られた跡があり、何より目には涙を浮かべ、顔は恐怖にひきつっている。 「ちょ、おま、出てくるなって言ったでしょ。って言うか何が……」 「助けて!!」 朱里の言葉を遮り、三日は彼女の胸に顔を埋めて叫んだ。 「助けてください、朱里ちゃん!!」 「え?ちょっとどういうこと!?」 尋常ならざる三日の態度に、さしもの朱里も狼狽する。 同じく正樹も困惑しながらも、朱里がこう言う『普通っぽい』リアクションを取ったことに、心のどこかで場違いな安堵を覚えた。 それよりも、と正樹は考えを切り替える。 三日の姿は、あまりにも痛々しかった。 これではまるで――― 「…助けてください、朱里ちゃん。…助けて。…あの人から」 「何があったってぇのよ一体!?」 聞き返す朱里の頬にも冷や汗がつたっているのが見える。 なぜなら、三日の姿はまるで―――暴行の後そのものだったから。 「何があったの!?何をされたの!?」 恐らくは半ば答えを予想しながらも、朱里は叫ぶ。 「…言えません。…言えないんです。…女の子として。…言えない位、本当に酷いことを。…本当に酷い、裏切りを。…あれは、あれではまるで……」 「よぉ」 三日は、最後まで言葉を続けることは出来なかった。 「…ひ!?」 彼女の後ろに、もう1人の影が現れたから。 「…ひあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」 奇声を上げて、部屋の隅へと逃げる三日。 「まったく冷たいモンだねー。今さっきまでよろしくやってた相手に向かってさー。ま、どうでもいーけどー」 そう気だるげに語るのは、正樹と同じ夜照学園高等部男子制服を半裸同然に着崩した、長身の少年、御神千里。 しかし、その手にはナイフが握られ、見慣れたはずのその表情(カオ)には笑み1つ浮かばず、睨みつけるような鋭い目つきをしていた。 「……みかみん?お前、みかみんだよな?」 鋭利な眼付の少年に向かって、葉山は恐る恐る呼びかけた。 「やっほー、はやまん。お久しぶり。ココ悪党ばっかだねー。俺も含めて、さー」 手の中のナイフを弄びながら、そう言ってわらった御神千里は、まるで全てを見下すように歪に嗤った。 48 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 33 08 ID IF2Ju81M 「アンタ……」 相手を斬り捨てんばかりに剣呑な目つきを千里に向ける朱里。 「あの娘に何したのよ……!?」 部屋の隅で震える三日の代わりとばかりに叫ぶ朱里。 「ナニしたのってのは、これまた最高で最良で最上級の問い方だねー。ま、勿論―――」 ナイフをヒラヒラと振りながら、ニィと笑みを深くする千里。 「お前の想像通りのことと、それよりもっと酷いことに決まってるわけだけどねー」 千里の言葉を受けた朱里の瞳が驚愕で見開かれる。 「御神……」 いつの間にか朱里の手に握られたスタンガンがバチバチという音を立てる。 「千里いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……!!!!!」 怒りにまかせ、千里に向かって、朱里は一直線に飛びかかる! しかし、 「よ、っと」 スタンガンが千里に触れる直前、朱里の体が回転する。 「がは!?」 フローリングの床に背中から叩きつけられる朱里。 スタンガンを持って真っ直ぐに伸ばされた腕から、朱里を千里がものの見事に投げ飛ばしたことに、一番最初に気が付いたのは正樹だった。 「あー、やーっぱり」 床の上の朱里を見下し、鋭い目つきで千里は言った。 「お前、弱いだろ。ナイフなんざ、使うまでも無い位」 そう言って無造作に手の中のナイフを放り捨てる千里。 「アンタ!!」 侮辱するような言葉に、スタンガンを持って跳ね起きる朱里だったが、結果は先ほどと同く床に叩きつけられるだけだった。 「ああ、いや。弱いと言うと少し違うか。場慣れしてないし喧嘩慣れしてないのか。殴られたことはあっても殴ったことはないとか。それをお前も分かっていたから、俺をさらった時は事前準備をしていた訳なんだろうけど、何なのさ、今の体たらくは?」 「ゆう……かい?」 千里の台詞に怪訝な顔をする正樹。 「そ、ゆーかい。愉快じゃなくてねー。コイツら、お前を連れ出すためだけに俺をボコッてこんな所に無理矢理連れてきたんだぜ?酷い話だよなー」 何でも無いことのような口調で千里は言った。 「だから……か?」 「あ?」 「そいつらに酷い目に遭わされたから、仕返しにこんな酷いことをしてンのか?」 「こんな酷いこと?」 正樹の言葉に、きょとんとしたような顔をして、周囲を見渡す千里。 「ああ、違う違う。そーゆーんじゃないんだわ。この誘拐はきっかけではあるけど理由じゃ無い」 「じゃあ、何で……?」 「分かったから」 全てを見下すような、酷薄な嘲笑を浮かべ、千里は即答した。 「コイツらは、もう『駒』として使えないってことが」 千里が何を言っているのか、正樹には一瞬分からなかった。 「こ、『駒』?」 「そ、友達役という『駒』。俺が学園生活を平穏無事に居心地良く過ごすために利用する『駒』。でも、こんな目に遭わされる『駒』は要らないしねー」 からからと嗤う千里。 その姿は、どこか朱里に似ていたが―――朱里よりももっと酷くて非道だった。 「みかみん……お前、正気かよ?」 「正気だよー。正気で本気で合理的に、当り前に他人を利用して、使えなくなったら処分してるだけー」 「処分……?」 「欲望と暴力でー、人間としてー、再起不能にするってことー。ホラ、俺ってキチンと潰してから捨てるタイプだし、ペットボトルも人間も」 わけが分からない。 意味が分からない。 何もかもが分からない。 つい数日前まで、あれほど正樹に親身になってくれた人間が、まるで人間をモノのように扱うなんて。 「何で……どうして……変わっちまったんだよ!?」 困惑と驚愕とどうしようもないもどかしさを、正樹は千里にぶつける。 「変わったって。いやいや、元からだよ」 正樹を見下して、千里は言う。 「元から俺は人間なんか信じちゃいない。お前のことも、ソイツらのことも。誰一人信じちゃいない。お前と初めて会った中等部の頃と、根っこの部分は欠片も変わっちゃいない」 正樹が初めてであった頃の千里。 悲しいまでに孤独なのに、頑なに他人を拒絶していた少年。 「いや、まぁ、他人の『使い方』って奴は覚えたかなー。てきとーに付き合って、てきとーに馴れ合って、てきとーに利用する。使ってみると意外と便利なモンだね、他人ってさ」 あまりにもあっさりと言い放たれる言葉に、二の句を告げない正樹。 49 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 34 24 ID IF2Ju81M 「……ざけるな」 床の上から、声が聞こえる。 「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 朱里が再度、床の上から跳ね起き、スタンガンを振り回す! 「るせぇよ」 振りあげられた腕を取ろうとする千里に、朱里は鋭い蹴りを放つ。 入った! 「とでも、思ったー?」 振りあげられた片足を受け止め、千里はたった一本で朱里の身体を支えるもう片方の脚を払う! 「がは!?」 再度床に叩きつけられる朱里。 「いー加減、落ちろよ」 その蹴り足に、千里は腕を絡めてあり得ない方向に締めあげる! 朱里の脚から、ごきり、という嫌な音が聞こえた気がした。 「……!!」 声が出そうになるのを反射的に抑える朱里。 「へー。悲鳴を上げないんだ、偉い偉い」 そう言って、極めていた朱里の脚を無造作に手放す千里。 そして、その脚の膝関節の上に自分の足を乗せる。 「やっぱ、脚とか潰されたら選手生命絶たれるのかな、水泳って」 そう言って、千里はグッと足に体重を乗せた。 「ぃたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」 断末魔の如き悲鳴を上げる朱里に、思わず目をそむける正樹。 「目を逸らすな、刮目しろ」 その言葉は、朱里に向けられたのだろうか、それとも、正樹に向けられたのだろうか。 それとも、誰にも向けられていないのだろうか。 「に、しても馬鹿だよなー、お前も。態々突っかかってくるから余計痛い目見て。何でンなことした訳?」 朱里を見下して、千里は言った。 「……んないわよ」 息も絶え絶えになりながらも、片足を引きずるような有様になりながらも、朱里は何とか立ち上がった。 気力で、想いで、立ち上がった。 「私にも分かんないわよ、そんなこと」 そう言って、再度スタンガンを構え直す。 「でも、でもねぇ!あの娘とはお互い利用し合う為に友達になって!一緒に互いの恋の為に悩んで、泣いて、頑張って!今までそうしてきたから!あの娘のそう言う姿、見てきたから……!」 目に力を込めて、自分を奮い立たせるように朱里は言う。 「どう言う訳か、あの娘の想いを裏切ったあなただけは許せないのよ!!!!!!!!!!!!」 もう一度、無謀な突貫を決める朱里。 「きっかけは互いの利害からだったけれども、一緒にいる時間が重なりすぎて、いつしか大切な物になっていて―――ってことか。それはまた素晴らしく……」 そう言って千里は朱里を迎え討ち、 「下らねぇ」 その攻撃を、その想いを一蹴した。 頭から床にたたきつけられ、激痛で手放したスタンガンは何処かへと転がって行く。 「友情だの、愛情だの、そんなのは目にも見えない不確かな物だろうが。相手の気まぐれ次第で、いつ裏切られるとも知れない、いつ断絶されるとも知れない代物じゃねぇか。そんなもの、所詮は夢幻で、無為で、無意味だ」 床にたたきつけられた朱里を見下し、千里は嘲り笑う。 「だーから、他人なんて打算で利用するのが一番利口だ」 「御神、千里……アンタ……!」 痛みをこらえ、起き上がろうともがく朱里。 「だからさぁ……」 脚を無造作に振りあげる千里。 「いー加減、落ちろっつってるだろー?」 朱里の腹部に、千里は躊躇なく脚を振り下ろす! 「ぎいいいいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」 朱里の悲鳴が部屋中を震わせた。 「まったく、中途、半端に、丈夫だから、嫌なんだよね、スポーツマン、ってのは!」 ゴッ、ゴッと嫌な音が聞こえてきそうな勢いで、一切の情け容赦なく朱里をなぶる千里。 「お、おい……みかみん……」 千里に向かって、恐る恐る声をかける葉山。 「あー、はやまん?」 いたぶる脚を止め、葉山の方に目を向ける千里。 「明石も三日もこのまま壊しちゃうけど、別に良いよね?」 まるで、『弁当にピーマン入れちゃったけど別に良いよね?』というのと同じようなノリで千里は言った。 50 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 00 ID IF2Ju81M 「別に良い……って、いや……」 「あー、まぁ何となくノリで殺しちゃったりしそうだけどさ、それはそれってコトで」 そう言って、ゴッと朱里をなぶる千里。 「いや……」 「って言うかさー、壊しちゃった方が良いよねー、お前的にも。三日は嫌いで、明石は怖いんでしょー?イヤなモンと怖いモンは、あるよりも無い方が良いでしょ?」 確かに、三日にも朱里にも、正樹は何度となく恐ろしい目に遭わされた。 酷い目にも、遭わされた。 だから…… だけど…… でも…… 「たすけて……」 千里に嬲られ続ける朱里の瞳が、正樹に向けられていた。 「たすけて、まーちゃん……」 それは、心からの懇願だった。 17年間共に過ごしてきた幼馴染からの。 「いや、駄目だろ、それ」 はっきりと、正樹は言った。 「あ、そう。まぁ、お前が何言おうが、俺はこいつら壊しちゃうから関係無いんだけどね?」 「させねーよ、ンなこと」 『これまで』を知っているだけに、話すことさえ恐ろしかった、意見することさえ恐ろしかった、対峙することさえ恐ろしかった相手に、正樹は宣言した。 「コイツは、俺が壊させねぇ」 しっかりと立ち上がり、拳を握りしめ、正樹は宣言する。 「そうかい。なら、やってみなよ、葉山(ヒーロー)!」 朱里から脚を離し、千里は正樹に蹴りを繰り出す! 「がぁ!?」 あまりにも躊躇なく繰り出された蹴りを諸に受けた正樹は、広い玄関先から一気に吹き飛ばされ、更に広いリビングと思しきスペースまで吹き飛ばされる。 「ホラホラ、どーしたよ。壊させないんじゃなかったのかー?」 そんな正樹に向かって悠然と近づいてくる千里。 「うっせーよ。武士の情けで、一発だけ受けてやっただけだ」 そう言いながら、靴下を脱ぎ捨て、フローリングの床の上に立つ葉山。 リビングとはいっても、入居者がいないままに倒産したため、物の無い広々とした空間だ。 (まるで、バスケットコートの中だな) 痛みを押さえながら、場違いな感想を抱く正樹。 けれども、バスケットコートならば、バスケ部である正樹のテリトリーだ。 やりようは、ある。 「一応言っとくけど、『話し合いで解決しよう』なんてバカな事考えてないだろーね?話し合いほど相手の意見と心を折るのに非効率的な手段は無いよ?」 リビングに足を踏み入れ、嘲笑を浮かべながら千里は言った。 「分ぁってるって」 千里に応じ、アクション映画のようにクイクイと挑発的に手招きをする正樹。 「来いよ」 その仕草に、千里は鮫のように狂悪な笑みを浮かべる。 「じゃ、遠慮なく」 と、言い終わるよりも早く、ドン、と正樹の間合いまで踏み込み、身体の大きさを活かした豪快な蹴りを見舞う千里。 しかし、その蹴りは空振りに終わる。 「そら!」 蹴りの瞬間、がら空きになったわき腹に、正樹の拳が叩きこまれる! 「っつ!?」 思いもよらぬ反撃に、軽く距離を取る千里。 「と、と、と。驚いたなー、別に喧嘩に強い設定無かったろ、お前」 「お前にだけは言われたくねーし、ンな設定も生えてねーよ。バスケの動きの応用しただけだ」 「確かに、お前からボール捕れた試し無いからねー」 「ボールが取れねー奴が攻撃いれられっかよって話だ」 コートの中の正樹は、とても機敏な動きが出来る。 それを闘いに使えば、蹴りを空振らせ、隙を作るのは容易だ。 機敏な動きで相手を翻弄し、攻撃(ポイント)を入れる。 それなら、正樹の得意分野だった。 「まさか、バトル展開の役に立つとは思わなかったけどな」 加えて、今までの千里の戦い方は基本的に受け身だった。 あくまでも、相手に仕掛けられてからリアクションを取り、ダメージを与えていた。 先ほどのように自分から仕掛ける戦い方は、むしろ不得手! 「同感。でもさ……」 再度、千里は距離を詰め、膝蹴りを放つ。 そして、正樹はそれをギリギリのラインで避け、拳打を入れる。 しかし。 51 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 39 ID IF2Ju81M 「全っ然痛くないんだわ」 正樹の拳は、千里に片手で受け止められていた。 「何でか、分かる!?」 問いかけながら、正樹の頬に拳を叩きこむ千里。 「知るか!大体こちとら人殴ったことだって……」 「そう言うことじゃ、無いんだ、よ!!」 反対の頬をぶん殴る千里。 「軽いんだよ!お前の拳が!それに、拳に乗ってる想いがさぁ!!」 「想い!?」 殴り返しながら聞き返す正樹。 「そう!俺は俺のエゴの為に闘ってる!殴ってる!でもお前はどうだ!?所詮ただ一時の同情心に流されてるだけだろう!?」 「同情……?」 千里の拳にカウンター気味にパンチを振るいながら、正樹は言う。 「そうだ!どうせ、殴られる明石に同情心を煽られたんだろう?俺が手を引きゃ、また怖がって避けて癖にさ!!」 「ちが……」 「だったら何だ!」 正樹を殴りつけ、千里が叫ぶ。 「何だ何だ何なんだ!?お前にとって、『明石朱里』ってのは!?体張ってまで守る価値のあるモンなのか!?」 正樹の拳を受けながらも、叫びと共に千里は拳を振るい続ける。 「答えろよ!答えてみろよ!葉山正樹!お前にとって明石はどんな存在なんだ!?」 千里の想いの全てが乗せられた、文字通り渾身ならぬ渾心の一撃。 ―――お前も仲良くするのだ~!――― 千里のアッパーを顎に受け止め、吹き飛ばされながらも、正樹は思う。 ―――正樹のバカー!――― 朱里のことを。 ―――『縁日マスターのまーちゃん』と言われただけはあるね!!――― 朱里との思い出を。 ―――ねぇ正樹、アレやろ!じゃなくてたこ焼き買お!――― 朱里への想いを。 ―――じゃあ二択!――― どうして今まで忘れていたのだろう。 ―――まーちゃん――― 朱里との楽しい日々を。 ―――正樹――― 朱里との、かけがえの無い日々を。 ―――正樹!――― だから、自分にとって、明石朱里とは――― 「……幼馴染だよ」 フローリングの床に叩きつけられながらも、正樹ははっきりと答えた。 「家族を除けばどこの誰よりも長い時間を過ごした、家族よりもどこの誰よりも大事で大好きな幼馴染だよ!」 床の上にしっかりと立ち上がり、正樹は叫んだ。 「それで文句あっか!!」 正樹は渾身で渾心の一撃を、千里に見舞う! その一撃を、想いを受け止め、千里は膝をついた。 「答え出すのが遅ぇんだよ、馬鹿野郎」 「悪ぃ……」 千里の表情は良く見えなかったが、正樹には彼が満足げな笑みを浮かべているように思えた。 52 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 35 55 ID IF2Ju81M その光景を見ていた者があった。 それは、痛みをこらえ、ゆらゆらとリビングに脚を運んでいた明石朱里だった。 その手には、どこかに転がったスタンガンに代わり、千里の持っていたナイフが握られている。 「……御神、千里いいいいいいいいいいいいいい!!」 膝を付き、隙だらけになった彼の背中にナイフを突きたてる朱里。 「……あ」 グラリと倒れる千里。 「千里くん!?」 今まで蹲っていた三日の悲鳴が響く。 「あは、あはははは……やった。やってやったわ……。これでみっきーの仇は討った……。糞野郎の御神千里はいなくなったわ……」 ナイフを片手に、虚ろな笑みを浮かべる朱里。 「千里くん!!千里くん!!しっかりして下さい!!」 ボロボロの筈なのに、随分と元気そうに走り寄った三日が、心底心配そうに千里の体を揺する。 「……ゴメン、三日」 擦れ声で、千里が口を動かす。 「俺、ピンピンしてる」 千里の言葉に、場が凍った。 「「「え?」」」 思わず、3人の声が、と言うよりも感想が一致する。 「って言うか、あんなナイフで死ぬわけ、無いし……」 グッタリした声ではあるが、はっきりとそう言う千里。 「でも、アタシは確かにこの手でグッサリと……」 朱里はそう言いかけて、千里の背中と、『自分の手の中に残った』『返り血一つない』ナイフを見比べる。 千里の背中には刺し傷1つ付いていないし、朱里の持ったナイフは……。 「もしかして……」 恐る恐るナイフの先端に指を押し付けると、刃が柄の中に収納されていく。 ばね仕掛けで。 まるで、一昔前の駄菓子屋で売っていた玩具のナイフのように。 と、いうより…… 「これって……マジで玩具?」 「……」 「…」 2人揃って目をそらす千里と三日。 露骨に怪しかったので、朱里は三日の腕を取った。 「…痛!?」 とは言う物の、傷だらけに見えた腕をゴシゴシとこすると、『血』の跡は滲んで消える。 どう見てもメイクです本当にありがとうございました。 「オイ、みかみん……」 「どーゆーことなのか、説明してくれないかしら?」 正樹と朱里が2人をジト目で見やる。 「「(…)ごめんなさい」」 2人の謝罪の声が見事に唱和した。 53 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 38 25 ID IF2Ju81M 「…説明する前に、状況を整理しましょう」 「いや、何我が物顔で仕切ってんのよ」 事前に準備した救急箱で治療を受けながら、朱里はツッコミを入れた。 「いや、お前もナチュラルにツッコミ入れるなよー、誘拐犯。誘拐は犯罪なんだぞ忘れるな」 「それを言ったら女の子殴るのはどうなのよ」 「男女平等パンチ」 「お前ら、話し逸らしてんじゃねぇよ、って言うか責任なすりつけ合ってんじゃねぇよ」 「「他人事みたいに言うな!」」 久し振りに自然に出た葉山正樹のツッコミに、明石朱里と御神千里……もとい俺の声が唱和した。 「まったく、そんなだから明石が外道に堕ちちまったんだよな、そこだけは同情するよ」 「アンタの同情はいらない」 嘆息する千里に冷たい言葉をかぶせる明石。 ちなみに、彼女に包帯を巻くのは、着替えを終えた三日の役目だ。 何せ、この面子で一番元気なのがこの娘なんだもの。 本当に酷い目に遭っていたりはしないので、ご安心を。 「…改めまして葉山くん向けに説明すると、朱里ちゃんと私が、あなたを閉じ込めるために、撒き餌として千里くんをここに閉じ込めました。…ここまでは本当のことです」 ごめんなさい、と葉山に向かって素直に頭を下げる三日。 冷静になって、思うところがあったのだろう。 「だろうなぁ……」 つい、と三日の謝罪空しく女子組から一歩距離を取る葉山。 「コイツらのことは、まぁ許してやってくれないか。全ては明石がお前のこと大好きなのが空回っただけなんだから。俺の方も、今は何とも思って無いし。今は」 俺の言葉に、気まずそうに顔を赤くする明石。 「まぁ、ボコられて助けを求められる位だし、な」 同じく葉山。 「俺が言うのも難だけど、あの場にお前がいなくても、明石はお前に助けを求めてたはずだぜ?あー、沁みる」 フローリングの床に身体を横たえたまま、自分で自分の消毒をしつつ、俺は言った。 ここ数日、椅子に拘束されてた所に、全力を尽くして殴り合いをしたからな。 もう体力なんて欠片も残っていないや。 「で、結局何でみかみんと緋月はこんな猿芝居を打ったんだよ」 葉山の言う通り、そこから先は俺と三日のお芝居だ。 「猿芝居とは失礼な。これでも短い時間で頑張って練習したんだよ?」 何しろ、『2人の敵になる』と決意したのが、今日のお昼だったからなぁ。 それから、大急ぎで演技プランを組み立てて、玩具のナイフや三日のボロボロのメイクといった、諸々の準備を整えてだもの。 いやぁ、焦った焦った。 もっとも、準備が整ってからは2人が来るのを今か今かと待ち構えて、遅い!とか言ってたわけだけれど。 「お前たち、全然互いの本音をぶつけようとしないからな。心身をギリギリの所まで追いつめないと、本音が引き出せないでしょ?」 「その為に悪堕ち、っつーか『実は悪人だった』って振りをしたってのか?」 俺の言葉に、難しい顔で葉山が聞き返す。 慣れない頭脳労働で、状況を理解しようと、と言うより俺達と分かり合おうとしているのだろう。 演技とは言え、あんなことをした俺と分かり合おうと歩み寄ってくれる姿勢が俺は嬉しかった。 「悪人、って言うか誰かさん達の似姿だね」 俺の言葉に気まずいそうな顔をする明石。 「似姿って言っても、本物さんにはその更に奥に、本人も知らない本音が隠されていたようだけれど」 ますます気まずそうな顔をする明石。 もっとも、正直これは賭けの1つではあった。 明石が、クサレ外道にボロボロにされた三日の姿を見て何とも思わないような奴だったら、2人の友情は本当に終わっていただろう。 もう1つの賭けは、葉山が自分の気持ちを確認できるかどうか。 もし最後の最後までヘタレたままだったら、この場から追い出すつもりだった。 「ま、そう言う訳で、そう言うコンセプトで、俺がお前たちの敵になって、お前らを心身ともに追いつめるっていうドッキリを仕掛けさせてもらった訳。あ、三日は俺の外道ぶりをアピールする被害者役ね。その為に、ちょい薬局でそれっぽいメイク用品揃えてもらいました」 「本当に演技?本当にドッキリ?」 「あれぐらいやらないと、心折れないでしょ?」 しれっと言った俺の言葉に、ヒッと小さく悲鳴を上げる明石。 54 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 39 32 ID IF2Ju81M 「やっぱりアンタおかしいわよ!イカれてるわよ!知り合いをボコるのに躊躇が無さ過ぎ!!」 葉山の影に隠れてガタガタと震える明石。 「暴力は誰かの意見と心を折るのに最も手っ取り早い手段だからねぇ」 「ホンモノだー!」 と、ギャグっぽく言ってる物の、かなり本気で怖がっているらしい明石。 葉山も軽く、というよりかなり引いているようだ。 まぁ、俺もかなり本気だったし、最悪の場合、俺は明石を一方的にいたぶり続けて、最後には三日に対する脅迫を取り下げさせる方向も考えていたから妥当なリアクションではある。 「…そうやって、『ヤンデレた朱里ちゃん以上にイカれた相手を演じることで、相対的に朱里ちゃんの狂気性を低く見せる』のもこのお芝居の目的です」 「……」 えー、三日、そこまでぶっちゃけちゃう? 「ま、まぁ、アレだねー。はやまんの明石への評価を無理矢理フラットな所まで持って行ってから、はやまんの本音を聞きたかったと言うか?聞かせたかったと言うか?そのまま俺は少年漫画の悪役よろしく、葉山に乗り越えられれば万々歳って感じ?」 俺はそう一気に意図を捲し立てた。 ここまで行ったら開き直って全部ゲロるしかないわ。 「で、最後はこうやって『ドッキリでした』って言うつもりだった訳?それだと、色々台無しじゃ無い?」 痛いところを突いてくる明石。 「台無しになったんだよ、実際、こうして」 渋い顔をしながらも俺は答えた。 「…『この真相は墓の中まで持っていく』って言ってましたものね、千里くん」 うん、だからそこまでぶっちゃけないでくれ、三日。 「じゃあ何か、みかみん?お前あのまま一生涯外道キャラを通すつもりだったのか?」 葉山の目が据わってる。 「……少なくとも、俺とお前の友情はこれっきりだろうと思っていたよ」 「……なんで」 包帯を巻く手を止め、俺の胸倉を掴み起こす葉山。 「なんでそこまでするんだよ!!こうしてギャグですませられたから良かったようなモンだけど!!下手したら本当に俺はお前のことずっとケーベツしてたんだぞ!!なのに、何で!!」 「倒れてる奴の胸倉掴むなよ、はやまん。まだ色々痛いし。これでも」 「……悪い」 そう言って、優しく手を離す葉山。 「でもさ、そうでもしないと、一生後悔するかもって思って。俺も、三日も、お前も、それに、明石も」 「……」 「絆を求めて、想いを求めて。その為に、みんな空回って、みんなすれ違って、みんな頑張って……。その頑張りが報われなきゃ、あんまりでしょ?」 絆も想いも目には見えない。 それは、きっと夢幻(ユメ)に似ている。 けれど、夢を見ずにはいられなくて。 「ゆめは、叶って欲しいからね」 それは、明石だけでなく、彼女との友情の回復を望んでいた三日にとっても同じことで。 そう言う意味じゃ、俺は最初から最後まで自分の我儘の為に動いていたのだろう。 「有難迷惑なンだよ、手前は」 憮然とした顔で、葉山は言った。 「ゴメン」 俺は、いつも通りの苦笑を浮かべてそう言うほかなかった。 でも、もう一度殴られるだろうなぁ。 「助けられる方の気持ちも、少しは考えろや」 そう、葉山は続けた。 それは、つまり「助かった」と言う意味で…… 「……ん、ありがと」 「……バーロー」 と、その時、玄関先から派手な音と共にドアの開く音がする。 55 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 39 50 ID IF2Ju81M 「セン!?三日ちゃん!?いる!?生きてる!?大丈夫!?」 そう言って靴を脱ぐ間も惜しんでバタバタと入ってきたのは、ウチの親、御神万里だった。 「ああ、ちょーど何もかもが終わった所だよ」 軽く身体を起こし、気だるげに答える。 さすが俺の親。 極めて微妙で絶妙なタイミングで現れてくれる。 「セン!三日ちゃん!」 親は、俺の言葉を聞いたのか聞いていないのか、俺達の元に真っ直ぐに走り寄り、俺と三日に抱きついた。 「レイちゃんからこの場所を聞き出すのに一晩以上掛かっちゃってもう間に合わないかもって思ってて!でも、良かった、本当に良かった……!」 「ちょ、親!?」 「…お、お父様!?」 ぎゅぅ、ときつく抱きしめる親。 密着しすぎて、涙がつたっているのが肌で分かる。 「……ゴメン、心配かけて」 「良いのよ、無事なら……って無事じゃ無い!?」 4人揃ってボロボロ(一名例外)を見て驚く親。 「みんな、一体全体何があったの!?まるで暴風雨が通り過ぎたみたくなってるけど!?」 暴風雨か、それは良い得て妙だ。 何せ、ここには恋と言う名の暴風雨が最大瞬間風速マックスで吹き荒れていたのだから。 「何、大したことじゃねーですよ」 そんな親の問いかけに、葉山が苦笑を浮かべる。 「ただ、『千里』の奴と、一昔前の少年漫画よろしく、本音をぶつけ合った、友情の殴り合いをしただけっす」 56 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 41 08 ID IF2Ju81M 「なーんて、良い感じに良い台詞で締めたところで、実は何にも解決してないんだよなぁ」 翌朝。 ホームルーム前の教室内の自分の席で、正樹はグッタリとして言った。 その隣の席には、言うまでも無く俺が座っている。 あの後、親が持ってきていた車で俺達は自分たちの家に送られ、ようやく、いつも通りの日常が帰ってきていた。 「ま、世の中そんなもんじゃない、正樹?」 正樹の姿を見つめ、俺はクスクスと嗤った、もとい笑った。 一度壊れて棄てたキャラを再構築しきるまでには、少し時間がかかるかもしれない。 「ぜーたくは言わねーよ。今日一番大変だったのは千里だし」 実際、親が学校の方に何やら口八丁手八丁で連絡を入れていたとはいえ。 何も言わず、丁度一週間近く欠席していたのは確かな訳で。 俺達の久々の登校に友人たちには大いに驚き、口々に理由を問いかけた。 何とか「バイクの免許を取った記念に三日と一緒にこっそり小旅行と洒落こもうとしたら、バイクで事故って旅先で足止めを喰っていた」という言い訳をアドリブで考えて切り抜けた。 あんまりと言えばあんまりな理由に、心配していた友人たちは肩透かしを通り越して怒りを覚えた者も間々居たりして。 特に天野の剣幕は凄まじかった。 「散々心配かけてソレかよふざけんなよ連絡よこしやがれこの野郎!」とは天野の言。 そのまま刺し殺されてもおかしく無いような勢いだった。 最後には「もう付き合ってられるか、オレは自分のクラスに帰る!」と言って教室から走り去って行くくらいだった。 気のせいか涙声だったような気もするが―――それは、気のせいと言うことにしておいてやろう。 ああ見えて、天野は繊細なのだ。 「世は事も無し、とは良く言ったものでござろう。散々人に心配をかけた碌でなしと比べれば」 と、冷やかに言うのは李だった。 一言言うと、さっさと自分の席に戻って行く。 天野のように露骨に声を荒げたりしないものの、彼女も随分と俺を怒って、心配してくれたのは確かなようだった。 李にしても、天野にしても、機嫌を直してもらうのには少しだけ時間がかかりそうだった。 もっとも、そうして俺のことを心配して、気にかけてくれたことは申し訳なくも思うが、嬉しくも思う。 ま、この辺りは俺が根気よく謝る他ないだろう。 「それに、何も悪いこと無いでしょ?」 そう言って俺達の席に寄ってくるのは明石だった。 隣には三日も一緒だ。 親友だからな。 「って言うか、無い……よね?」 明石は恐る恐るといった有様で言い直し、 「お願いです、無いって言って下さい」 と頭を下げた。 まだ、正樹は何も言って無いのに。 「あー、その何だ……」 頭を掻きながら、答えに迷う正樹。 「正直、お前をどー思ってるのかなんて、自分の中でもまだ分かり切れねぇところはある。恋愛なんて、今まできちんと考えたこと無かったしな。でも……」 けれど、今度は結論をきちんと出す。 「揺り籠にいたころから、やっぱお前は好きだし、このまま仲良くやりたいとも思う。それこそ墓に入るまで、ずっとな」 「まーちゃん……!」 正樹の言葉に、明石は花の咲いたような笑顔を浮かべ、抱きついた。 「アタシもまーちゃんのこと大好き!これからずーっとお墓の中まで一緒にいるね!言われなくても一緒にいるね!嫌って言ってもずっと一緒にいるね!」 「やめろこんなところでひっつくなっつーか怖い怖い怖い怖い!」 「なんで、墓場まで仲良くよろしくしたいんでしょ?」 「好きだけどそれは怖い!」 そこで、正樹は俺に向かって助けを求めるような視線を向けて言う。 「なぁ、千里。俺、コイツのこと、これからもキチンと受け止めきれるかなぁ?」 「大丈夫じゃない?」 と、俺はクスクスわらいながら応じた。 57 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.5 ◆yepl2GEIow:2011/10/14(金) 20 41 25 ID IF2Ju81M 「何せ、正樹は一番悪くて一番強くて一番全力の俺を倒したくらいだもの。それでも駄目なら、俺達にきちんと助けを求めてくれれば良いし」 「あー、その時は頼むわ」 「おう、頼まれた」 正樹の言葉に、俺は満面の笑みでサムズアップをした。 思えば、俺はずっと正樹に助けを求めてもらいたがっていたのかもしれない。 「…何だか、昨日から千里くんと葉山くんの信頼度が上がってる気がします」 「いつの間にか名前呼びだし」 何故か、女子組からジト目で見られた。 「んー、まぁ何となくなんだけどねー」 「そうそう。昔の少年漫画よろしく、殴り合ってたら何となく友情が深まってた感じで」 正樹と揃ってそう言うが、ジト目は変わらず。 「友情と言えば、そっちこそどうなった?きちんと仲直りというか仲直しはできたんかな?」 分かってはいるけれど、きちんと確認したくて、俺は2人に確認した。 「…はい、朱里ちゃんからとてもきちんと謝って頂いて。『酷いことして本当の本当にごめ「脅しの材料は全部捨てたって報告しただけなんだからね!勘違いしないでよね!」 三日の言葉を遮って、顔を真っ赤にして明石は言った。 「脅し?一体何のことだ?」 物騒な単語が出たので、怪訝そうに問いかける正樹。 「男の子は知らなくて良いことよ」 「…男の人には知らないで居て欲しいことです」 女子2人の声が見事に唱和した。 まぁ、知られたくないから脅迫材料に使えたのだろうから、これ以上突っ込むのは野暮と言うものだろう。 「ともあれ、これで全て元の鞘に収まったって訳か。あんなに大騒ぎした割には、味気ないモンだな」 と、正樹がため息交じりに言った。 「違うよ、はやまん」 俺は、訂正させてもらうことにした。 「暴力的で不器用で最悪な過程ではあったけれど―――俺達は、今までよりほんの少しだけ絆を深められたんだ」 おまけ ある電話越しでの会話 『ねぇ、みっきー。その……言いづらいんだけどさ』 「…何ですか、朱里ちゃん?」 『あの動画のデータ、全部消去する前に、1人でガッツリ観ちゃった』 「…は、はぁ」 『って言うか、見入っちゃった』 「…」 『……知らなかった。あそこ、ああ言う風にすると気持ち良いんだ。それにあそこも……』 「お願いですから朱里ちゃんの頭の中からも消去してください!!」
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622 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 27 26 ID RXIiPa7U *** 昔話をしながら、思う。 本当に、アタシは何をやっているんだろう。 自分でもよくわからない。 昔の話を先輩にしたところで、何か特別なことが起こるわけじゃない。 あんなに痛くて、惨めで、気持ち悪くて、涙も枯れて、まるごとまとめて最悪な過去を話して、先輩が慰めてくれるとでも? そんなわけない。アタシの昔話を先輩が聞いたところで、傷を癒せるはずがない。 ――あ、そっか。だからか。 アタシは自分でも気付かないうちに、そのことを理解していたんだ。 何を話したところで、先輩は何も変えてなんかくれない。何も言ってくれない。 それが良かった。話し相手として最適だった。 彼にも話せない、彼と出会う前のアタシの有様。 もし彼が知ってしまったら、一体どんな気持ちになるのか。 もともと彼はアタシのことなんか知り合いの一人ぐらいにしか思っていないだろうけど、それを計算に入れてもあの話は重すぎる。 彼は、きっとアタシを嫌ってしまう。 嫌われるのが怖い。 嫌わないで。アタシは何も悪くない。 悪いところがあるというなら、誰かに話す勇気を奮わなかったこと。 でも、仕方ないじゃない。 思い返すのだって嫌なのに、それを言葉にして誰かに話すなんて、絶対に無理だよ。 今ならともかく、昔の――中学の頃のアタシには、難しすぎた。 それに、知られたくもなかった。 誰かに知られたら、そこから周りに伝播していって、もっとひどい目に遭わされそうな気がした。 あの男以外だけじゃなくて、他の見ず知らずの男に好きなようにされるのを想像したら、死んでしまいたくなる。 あの頃に死なず、よく今も生きているな、なんてよく思うのに。 嫌われてしまうかもしれないなら、いっそのこと内緒にして、一切気付かれないよう封印した方がいい。 そのガードを先輩の前で解いてしまったのは――見下していたから、かな。 これじゃちょっと失礼だし、語弊があるか。 もう少し正確に言うと、アタシは先輩をゴールデンレトリバーみたいな感じで見ている、って感じ。 うーん、これもちょっと違う? …………柴犬が一番近いかも。 レトリバーと日本犬じゃ全然違うじゃないか、とか先輩なら突っ込みそう。 でも日本人だから、やっぱり柴犬の方が似合うとアタシは思う。 ぱっと見た感じでは大人しそうで人畜無害。 でも、いざというときには頼りになりそう。 ……なんだけど、いざという時以外には使えそうにない、分度器みたいな存在。 実際、アタシが彼をさらおうとした去年の文化祭の時、誰にも見られずに体育館に彼を連れ込んだ今回のケース、 両方とも先輩は自分の弟を捜して、かなり近くまで接近した。 本当に犬みたい。先輩には特殊な嗅覚が備わっているんだろうか。 さて、先輩の話はこれぐらいにして。 そして、先輩とのお話もこれぐらいにしておきましょうか。 明日アタシは、先輩に限らず、これまでに築いてきた人間関係を全て清算する。 だから、こう見えても実はアタシは忙しいんです。 この辺で話を切り上げたいから、どうか先輩、そんな呆気にとられた顔をしないでくださいよ。 友達の話だって、最初に言ったじゃないですか。 変な勘違いしてアタシに同情なんかしたら、とても表現できない効果音を立てつつ、先輩の額に穴を空けちゃいますよ? そうなったら、先輩は彼のお兄さんという重要なポジションにいるのに、アニメ化されてもビジュアルの問題で登場させてもらえませんよ? 思いやりの心なんて、アタシは欲しくありません。 彼の、それ以外は。 623 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 29 24 ID RXIiPa7U *** 澄子ちゃんが去り、またしても一人きりで閉じこめられた暗闇の中で、思考を巡らせる。 澄子ちゃんの友達の話について。 初めて聞かされる、彼女の友達のこと。 かいつまんで言うならば、その子は過去に暴行を受けていたという。 それも、性的な。 俺が考えていたのは、その話の真偽についてではない。 澄子ちゃんがそんな話をどうして俺に聞かせたのか、そして、俺は話が終わった後になんと言うべきだったのか。 澄子ちゃんは友達の話だと言っていたが、嘘だろう。聞かせやすくするための方便だ。 では誰の話なのか、というと、それは。 「…………信じたくないけど」 澄子ちゃん本人のことだろう。 もちろん確認をとったわけじゃないから俺の誤解かもしれないけど。でも、俺の勘はそう判断した。 中学時代――少なく見ても一年以上前に、ストーカーされ、ある日の帰宅途中に自分の家まで追いかけられ、 そして、未成熟な体と、穢れを知らぬ心に取り返しのつかない傷を負った。 なお悪いことに、同じ目に遭ったのはその時だけでなかったという。 相手は男。逮捕後に分かったらしいが、同じような犯罪を同じ時期に、数件も重ねて犯していたらしい。 そんな外道は死んだ方がいいと思う(澄子ちゃんも同じ事を言っていた)のだが、裁判で男は懲役十余年の刑に処され、今でも服役しているそうだ。 被害者の中には、男と遭遇してから人生を狂わされた人間が多く居た。 世の中の男の全てが恐ろしくなり引きこもった人間。 二度とその男に見つかるまいと自分の顔を跡形も残さず整形した人間。 この世に救いなどないと言い、遺書を残して自ら命を絶った人間。 ほとんどの被害者は女性。中には小学生ぐらいの男の子も含まれていたという。 その中で今でも社会生活を営んでいるのは、親友や恋人や家庭、人でなくても自分を支えてくれる何かを持っていた人。 あと、事件に巻き込まれてしまったせいで希望を失い、悪い意味で諦観してしまった人だった。 誰も信じられないなら、生きていても仕方がない。意味がない。 でも、死んでしまいたくても、死に方が分からない。 自分の家にトラックが突っ込んできて、あっという間に死んでしまえば楽なのに。 そんなことばかり考えて過ごしていたと、澄子ちゃんの友達は言っていたそうだ。 いったいどれほどの絶望感だったのか、想像できない。 こうして一人地下倉庫に閉じこめられ暗闇を見つめていても、だ。 「……いや」 そもそも比べるべくもない。 俺のこの状況はまだ救いがある。校内であれば大声を聞いて不審に思った人がやってきて、地下室から抜け出せる可能性がある。 けれど、話に出てきた男に対して被害者が覚えた恐怖はどんな時でも消えはしない。 手足が自由であっても、どこかで男に遭ってしまえば、また恐ろしい目に遭わされる。 それか、男の方から近づいてくるかも知れない。そして、欲望を満たすためだけの玩具にされる。 そんなのは、覚めない悪夢そのものだ。 あんな傷ましい話を、どうして俺に聞かせたんだろう。 澄子ちゃんが言うには、今の俺を見ていたらその子を思いだした、とのことだったが、はたして本当だったのか。 聞きたかったけど、深く詮索するのも気が引けてしまい、結局はろくなことを言えなかった。 聞きたいことを除いて、思いついた疑問を慎重に選び、おそるおそる聞くだけだった。 友達は今どうしているのか? 事件が終わってから自殺してしまった、止めることも出来なかった、という答えが返ってきた。 警察は動かなかったのか? 友達は怖くて相談していない、自分が事実を知った時には手遅れで、翌日に友達はもう……、という答えが返ってきた。 話に出てきた友達が澄子ちゃん本人なのかどうかは聞いていない。 聞いても応えないだろうし、聞いたら傷つけてしまうだろうし。 澄子ちゃんが去る時、俺は何か言うべきだったのかもしれない。黙っていることはなかったと、なんとなく思う。 本当のところ、俺は話につられて暗い気分になっただけで、かけるにふさわしい言葉なんか何一つとしてなかった。 それでも何か言うべきだと、からっぽの頭の中を探ってはみた。 探してもひと欠片の言葉さえ浮かばず、澄子ちゃんが地下倉庫と校庭を遮るドアを閉めるところを見ているしかできなかったのだけど。 624 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 32 27 ID RXIiPa7U 嘆息し、一旦思考を止める。 すでに澄子ちゃんはいない。だからさっきの話について考え込んでも詮無いことだ。 一応頭の中に疑問のひとつとしてストックしておく。 澄子ちゃんがどうして俺にあんな話をしたのか。また顔を合わせることがあったらタイミングを見て聞き出そう。 ――と、思ったのも束の間。 あることに気付いた。遅いぐらいだけど。 「放置かよ、俺……」 澄子ちゃんを引き留めていればよかった。せっかくの開放されるチャンスだったんだから。 弟を二人きりの理想郷とやらに連れて行ったら解放すると言っていたが、逆に言えばそれまではこのまま、ということになる。 理想郷って、外国とか南の島とかじゃないだろうな。 もしそうだとしたら、二人分のチケットを手配して、いやその前にパスポートを取って……ふうむ、弟を強引に連れて行くのだろうから、 でかい入れ物に梱包して、一人は貨物室、一人は座り心地の良いシートに乗って空の旅を満喫するのか? というより、澄子ちゃんなら弟と二人で木箱の中に梱包されても文句言わなさそう。 いやいや、移動手段はどうでもいいのだ。 問題は、俺がいつ解放されるのかということだ。あまり時間がかかりすぎるとまずい。 まだ腹は減っていない。トイレに行きたい欲求もない。少しだけ眠くはある。 しかし、いつまでもこのままでは必ず破綻する。 具体的にどうなるか脳内でイメージできるが、あえて表現して形にしたくない、そんな有様になるであろう。 自分で突っ込むのもなんだが、ちっとも具体的じゃない。 しかし、何かの光景に喩えたら最初に浮かぶのが動物園の檻の中なんだから、思い浮かべたくもなくなるってものだ。 625 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 35 14 ID RXIiPa7U 自分が置かれている状況を作った原因は、俺にはない。 悪いのは澄子ちゃんである。そして同じくらいに、デリカシーに欠けることをほざいた弟が悪い。 弟がもう少し配慮をしていれば、こうしていることはなかったかもしれない。 最初から澄子ちゃんは弟をさらうつもりでいたらしいから、弟が変なことを言わなくてもこうなった、とも考えられるが。 しかし、弟があんなことを言うとは。 本当は好きじゃないんでしょ、か。……これ、弟に先んじて俺が口にしていたかも知れない台詞だな。 去年、まだ数回話を交わしただけの関係だった葉月さんに告白された時に。 葉月さんが俺に弟のことしか聞いてこないから、てっきり葉月さんは弟が好きなんだろうと思っていた。 あの時に変なことを言わなかったのは――言いたくなかったのは、告白に関する過去のトラウマをほじくり返したくなくて、 早く葉月さんの前から立ち去ることしか考えてなかったからだ。 だから、俺は黙って葉月さんの前から立ち去った。 もしも強引に引き留められ、理由を話すまで返さないと言われていたら。 おそらく、俺はここで二つの選択を迫られたはず。 一つ、振った理由を言える範囲で説明する。二つ、きついことを言って突き放す。 俺は一つ目の選択をするだろうが、澄子ちゃんに迫られた弟が選択したのは、二つ目の選択だった。 わざと傷つけて、自分への興味を失わせようとした、というところだろう。 だけどそれは誤りだった。澄子ちゃんに対しては、最悪の選択肢だった。 もっとも、一つ目の選択をしていたところで無事に済んだとは言えない。 むしろ、相手が悪かったということこそが、さらわれた原因なのかもしれない。 失礼かもしれないが、こう思う。 弟の奴も、タチの悪い女に惚れられたものだ。 「ま、そこに関しては弟は悪くぁ……にゃい、か」 独り言にあくびが混じった。 我ながらなんとも緊張感のないことだが、眠いものは眠いのだ。 暗闇の中は静かだ。やりすぎなくらいに。周囲を囲む壁や天井が外部からの音を全て吸収してしまう。 この分だと俺が叫んでも外にいる誰にも聞こえやしないんじゃないかとも考えられる。 時計がないから現在時刻はわからないが、やはりそれなりに夜は更けているのだろう。 寝よう。起きてても退屈なだけだ。 まだここにぶち込まれて数時間しか経っていないから、脱出不可能な状況を嘆いて舌を噛むには早すぎる。 誰かが見つけてくれないかななんて、他人の手を借りて脱出するしかないこの状況で抱く希望。 叶えてくれる人がいるとして、それは誰になるのだろう。 俺は、誰に助けて欲しいと思っているんだろう。 一番最初に浮かんだのは警察だった。警察にはお礼を言いやすい、という理由で。 では他にはいないのか、と自分の頭に検索をかけてみたものの、これといった相手が決まらない。 誰の顔を浮かべても、この人は巻き込みたくないと除外してしまう。 それ以外に、こいつには助けられたくないということも選別の基準に入れていた。だから誰か決まらないのだ。 我ながら贅沢なことだ。 626 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 37 19 ID RXIiPa7U ***** : : 「ねー、三人とも、好きな人、いる?」 突然聞こえてきた声に総毛立つほどびっくりした。 次に、同じ空間内に人間が居ると思い至り、瞬間だけ安心したのも束の間、幽霊か何かかと思い直して今度は鳥肌が立った。 しかし状況把握に努めると、ただ声が聞こえてきただけであって恐ろしいものが見えていた訳ではなかった。 不気味ではあるが直接的な恐怖はないという、ホラー映画のDVDのあらすじを読んだ後のような気分になった。 聞こえたのは子供の声だった。 高校生が子供だとするなら俺もまだ子供であるが、その前提があったとしてももっと子供っぽいと言える声だった。 声変わりするにはまだまだ遠い、数年はかかりそうな高い声。 推考。――――ふむ、どうやら俺は夢を見ているらしい。 小学生が高校の敷地内に入るわけがない。しかも人の立ち寄らない体育館の地下倉庫に入り込むなどあり得ない。 俺が小学校の頃は高校生なんて、得体の知れない分両親やその他の大人たちより怖かったものだ。 いや、中学生と高校生の区別すらついていなかったかも。 ともかく、俺が聞いた声は小学生のそれであった。そして俺は夢を見ているのだ。 「好きな人?」 「うん、そう。おんなじクラスに居るんじゃないの?」 「えっと……それは……うーん」 また違う子供の声。こちらも高い声だったが、響きが男の子を思わせる。 今のと比較すると、最初の声の主は女の子のような感じがする。 仲の良い友達同士なのだろう。なにせ暗闇の中で会話を交わしているのだから。 ――待て。 何か変だぞ。どうして暗くて一寸先の見えない状況でこの子達は会話をしているのだ? それに、俺の体の上に柔らかな感触がある。適度な重さに、好ましいこの暖かさ。 布団だ。布団が俺の体の上に乗っている。そして俺は敷き布団の上で横になっている。 体が軽く感じられる。溜まっていたものがなくなった感覚と、ちょっとした喪失感。 足を伸ばすと、膝や踵がコンパクトになっているのがわかる。体が相当縮んでいる。おそらく小学生サイズまで。 ということは、今回は夢の中の人物にとけ込んでいるわけか。精神年齢が十七の小学生が誕生だ。 布団に、暗闇に、女の子と男の子と俺。 ――あ、三人が同じ部屋の中で床についているのか。暗いということは夜だから、就寝前だ。 仲の良い三人が集まって、お泊まりをしているわけだな。 これが荒唐無稽な夢じゃなく、過去を体験しているなら嬉しい。 俺にもこんな昔があったわけだ。ちょっとだけ嬉しくなる。 さて、女の子と男の子が誰なのか、であるが。 「はっきり言いなよ。さとみちゃん? みうちゃん?」 「ううん、ちがうよ」 「じゃあ、だれ?」 「えっと…………も、もくひけんを」 「そのけんりはみとめられておりません」 「うー…………ね、ね。兄ちゃん起きて。なんとかしてよ。花火がへんなこと言うよお」 ……女の子は花火で、男の子は弟である、と。 弟は俺に頼ろうと、俺の肩を掴んでいた。弟の手が小さいのも、俺の肩が細いのも変な感じだ。 まあ、なんだ。小学生の俺がどう思っていたかは知らんが、今の俺からすれば、弟にこんな風に甘えられても嬉しくない。 気色悪いと言ってもいいな。 しかしながら、今の俺は小学生。間違っても変なことを言ってはならない。 試しに、高校生になった弟が好きになる相手が誰であるか言ってみたかったが、 この夢がこれからどんな展開を見せるのか気になったので、水を差さないことにした。 627 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 39 07 ID RXIiPa7U 「アニキにたよろうなんて男らしくない。いいから、はくじょうしなって」 「じゃ、じゃあ、言い出しっぺの花火から言ってよ。そうしたらぼくも言うよ」 小学生だから許容できるヘタレぶりである。逃げる気満々だ。 まあ、これぐらいの手なら俺も取るからお互い様か。 あれ、今自分で自分が小学生並のヘタレだって言ったか? そうなのか? 自覚してたのかよ、俺。 「私は、三人」 「三人?」 三人? とちび弟と心の中で台詞をシンクロさせた。 「お前と、アニキと、ちっさい妹。三人とも同じくらい好き」 「ず、ずるいよそれ!」 そうだそうだ、とつい口走ってしまいそうになった。いかんいかん、黙っとけ。 「そういうんじゃなくって、その、もっと、もうちょっとちがう……」 「けっこんしたい相手、とか?」 「……そういう話じゃ、ないの?」 「どうかな? でも私はそういう意味でも好きだよ。三人とも」 えらいませたお子様だな。ちび花火。 仲の良い相手だからこそ言えるんだろうが、まさか小学生の時分で言うとは。超小学生級だ。 「さて、私は言ったから答えてよ。誰が好き?」 「ぼ、ぼくは……」 「んー? ん、ん、んー?」 花火の意地悪な声が聞こえる。明かりを点けたらにやにや笑いの顔が見られるであろう。 「ぼくもは、花、はなはな、花火が、す、す……すき……で…………」 「へー、私のこと好きなんだあ。……じゃあ、けっこんする?」 「え。え、え?」 「う、そ、だ、よ。…………っぷ。あはははっ、おもしろい!」 こやつめ、ハハハ! ハハハ! いやはや、ちび花火は上手だな。弟が手玉に取られているじゃないか。 小学生男子らしい純情な心を持っている弟からすれば、花火の台詞にはどぎまぎさせられっぱなしだろう。 しかし、それは俺にも言えるわけで。遊ばれているのがちび弟じゃなく小さい俺であっても同じ目にあっているはずだ。 628 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 40 43 ID RXIiPa7U 「じゃあ、次。ちっさい妹は? 誰が好き?」 妹? 妹もこの場に居たのか? 全然気付かなかった。 それに、今――夢の時間軸から数年経った頃にはとてつもないブラコンになっている妹が、今のやりとりに入ってこないのもおかしい。 昔と今は違う、ということか。 幼い頃ならば、一年あれば性格が変わるには十分だものな。 妹は物心ついた時からブラコンだった訳ではなく、なんらかのきっかけでああなったのだろう。 それは、この夢の一つ前に見た夢で妹が虐待される光景も関係していたりするのか。 しかし、二つ夢にあまり共通する部分がないからわからない。俺と妹が登場するところしか重なっていない。 「ほら、早く言いなって。……それとも、ねちゃった?」 「……ううん、きいてた」 「じゃあ答えられるよね。ちっさい妹の好きな男の子はだれ?」 「ちょっとまってて。すぐに、いうから……」 ちび妹の声は小さくて、人や草木の眠る時間でなければ聞き逃してしまいそうだった。 中学三年生の妹の声とはまるっきり違う。喋るのを躊躇っている節さえある。 そのせいでどこにちび妹がいるのかわからない。 左を向きながら寝そべっている俺の前には、花火と弟がいる。 その二人の声は聞き取りやすいから位置もわかりやすいが、妹の位置はつかめない。 肩を掴んできたのだから、弟は俺の前にいる。すると、俺から見れば弟、妹、花火の順。もしくは弟、花火、妹の順か。 ふと、息を吸う音が聞こえた。背後から。 え、と? 左を向いている俺の前に弟と花火がいるわけだから、その二人以外、つまり――妹? なんで俺の後ろにいるんだ。妹は俺より、弟のことがずっと、ずっと好きなはず。 だったら、弟のすぐそばで眠りたがるはずなのに。 どうして? 「あたし、おにいちゃんのことが好き。いつも、まもってくれるから」 パジャマの背中の部分を引かれる感触。妹が、俺のパジャマを引っ張ったのだ。 おにいちゃん。妹にとってのそれは、弟のことであるはず。 でも、それは中学生になった妹の話で、もっと幼い頃の妹の事実とは限らない。 じゃあ、もしかして、弟じゃなくて、もう一人のおにいちゃん。 それは―――――――― 629 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 43 49 ID RXIiPa7U 「それじゃあ最後。アニキの番。アニキは、だれが好き? ごまかしはダメだよ。好きな女の子のこと、ちゃあんと教えてね」 話を振られ、思考を止められた。 いいや、頭の中で整理のつかないこの不愉快な感じは止められただけじゃない。 流れを変えられていた。話の流れに遅れないよう、頭が勝手に思考を開始していた。 ちび妹にとってのお兄ちゃんより、花火の問いかけが気になる。どうしようもなく。 かつての自分、小学生の頃の俺が好きだった女の子。今では欠片も思い出せないけど、夢の中とはいえ小学生になっているならわかるはず。 口が勝手に開いた。誰かに操られているように、ぱくぱくと動き出す。 「……同じクラスの、藤原」 と、素っ気ない感じで俺は言った。吐き捨てるようでもあった。 今の答えが、本心からのものではなかったから。夢の中の自分と心がシンクロしているから、そのことがわかる。 俺は誰も好きじゃなかった。 それが真実。同じクラスの藤原という女の子も好きじゃなかった。 嘘でも、無難に妹とか言っておけば良かったのに。 だって、小さい俺は妹を第一に思っていたんだから。 今こうして妹を背にしているのは、守るためだったんだから。 でも、守りたいとは思っていたのは好きだったからじゃない。 妹が傷つくのが、自分のことのように痛くて、悲しくて、辛かったからだ。 妹をいじめるあいつが憎かった。 お父さんとお母さんに挨拶して当たり前のように家に入ってきて、二人の味方でいる振りをして、二人が居なくなった途端に本性を現わす。 力じゃ敵わないことを知ってて、大人のくせに大人げなく、憎たらしそうに弟と妹を見て、殴って、蹴って、わめき散らした。 あいつは言ってた。あなたたちのお父さんとお母さんに似ている、あなたの弟と妹が憎いって。お父さんとお母さんのことも憎いって。 私の気持ちに応えなかった、裏切った。だから憎いんだって。 たったそれだけの理由で、あいつは妹を泣かせていたんだ。 この時に本当に言いたかったのは、俺には大嫌いな人間がいるということ。 だけど言えなかった。だって、お父さんにもお母さんにも、弟にも花火にも、もちろん妹にも言ったことはないんだ。 一度口にしてしまったら、全てを吐き出してしまいそうだった。 バットでめった打ちにして、骨ごとちぎれるまで手を噛んで、動けなくなるまで殴りたいなんて、絶対に言えない。 殺してしまいたいなんて、そんな怖がらせるようなこと、口が裂けても言いたくなかった。 「ねえ」 背中をつつかれた。続けてパジャマをくいくいと引っ張られる。 妹が俺を呼んでいたのはわかっていたけど、今振り向いたら怖がらせてしまいそうだったので、返事の代わりに小さく身動ぎした。 布団の中を移動する音。俺の布団の中に妹が入り込んでいた。 肩に手の感触があらわれた。うなじの辺りに妹の息がかかる。 無反応でいると、やがて妹が小さく呟いた。 「ふじわらって、だあれ?」 聞こえていたが、俺は返事しなかった。何度か肩を揺すぶられたけど、無視した。 この話が早く終わりますようにと願いながら、ただ目を瞑って呼吸を繰り返した。 630 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 45 43 ID RXIiPa7U ***** 「――――て」 ん? 「起きて。起きて」 おや珍しい。寝ている俺を起こしに来る人間が弟以外にいるなんて。 声からして、俺の肩を揺すぶっているのは女の子らしい。 貴重だ。あまりに貴重すぎる。嬉しすぎる。もう少し幸福感を噛みしめていたいので狸寝入りしよう。 「お願い、起きて。……お願いだから、起きてよおっ!」 なんだなんだ。やけに逼迫した感じだな。俺が起きないのがそんなに不安なのか? ――ふうむ。必死になって俺を起こそうとする女の子。可愛いじゃないか。 これは意地でも起きはすまい。この先二度と経験できないかもしれないから。 首をがくがくと上下させられても、まぶたを閉じ続ける。 すると、女の子の声が震えだした。 「いやあ……いや。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 絶対に、やだよ、そんなの! まだ、まだ私、返事してもらってないんだから! 認めないんだから!」 胸の中心部分に手を乗せられた。仰向けに寝そべっていたから、胸は天井を向いている。 「あなたは、死なせない。助けてみせる。絶対に!」 ここまで俺のために必死になってくれる女の子がいることに感動した。そして同時に罪悪感が芽生える。 ちょっとやりすぎたか。そろそろ起きた方が良さそう。 紙一重ぐらいにまぶたを開く。差し込んでくる光に目を慣れさせる。 あれ、光? ってことはひょっとして、地下倉庫から脱出できたんじゃ―――――― 「ふっ!」 ぼっ!? 「ふっ! ふっ! ふっ!」 ぢょ! ごべ! ぶが! 胸が、胸が沈んでる! 死ぬ! 肋骨折れる! 心臓破裂! 声が出ねえ! 「死なせ、ないから! ずっと一緒に、いるんだから! お願い、起きて!」 死んでません意識はありますちゃんと呼吸も出来ます、お友達になりましょう! だから、胸を、押さないで。やめ、て…………。 ――あ、思い出した。 昔、学校に救急隊員の人が講習に来て、心臓マッサージのやり方を実践してくれた時に言ってた。 心臓マッサージは意識のある人には絶対にしないでくださいね、って。とっても危険ですから、って。 そっかあ。こういうことだったんだ。 危険すぎる。ここではないどこかにとんでしまいそうだ。たとえば、三途の川のほとりとか。 ほどなくして、祈りが通じたのか、胸への圧迫が止まった。止めてくれたのだ。 だけど、脳とか内臓とかが穴からはみ出しそうだ。はみ出すというより、皮膚を突き破って飛び出しそう。 今のはきっと、欲望に忠実になって狸寝入りした罰なんだろう。むべなるかな、むべなるかな。俺が馬鹿だったようだ。 631 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/05/25(日) 10 49 35 ID RXIiPa7U 混濁する意識の中、女の子の独り言を耳にした。 「マッサージの次は、たしかこう……首を上に持ち上げて……い、息を…………」 額に手を添えられ、顎を指先で押された。額から手が離れ、鼻をつままれる。いわゆる気道確保。 その次は……………………人工呼吸? 「し、仕方ないよね。時間は大事だから、それにこれは救助なんだから。しっかり、やらなくちゃ」 だめだダメだ駄目だ! 絶対駄目! やっちゃ駄目! 人工呼吸だから、この子から息をもらう。マウストゥマウス、いわゆる口と口が繋げるかたちで。 たしかに、嬉しいよ!? 嬉しいけど、俺の心に邪な気持ちがあったら、またさっきみたいになってしまう。 これまでの経験からして、予想を裏切らない結果になることはわかりきっている。 今度こそ昇天してしまう。嫌だ、まだ俺は死にたくない! お願いだ。心音と呼吸の確認を! 返事できないだけで意識はありますから! 「い、いくよ。いくからね。初めてなんだから、なんだから……責任、よろしく!」 ちくしょう、冗談じゃなく体が動かない。頭をがっちり掴まれてる。 ――もう、俺は駄目だ。 手遅れになってしまった。 ごめん、皆。 父、それと母。先立つ不幸を許してくれ。 高橋、篤子女史とお幸せに。 澄子ちゃん、君がいつか自分の過ちに気付くことを願うよ。 花火、傷つけてしまって、済まなかった。もう一度、ちゃんと謝りたかった。 妹、頼りないお兄さんで済まない。結局弟を連れ帰れなかった。 葉月さん、返事できなくって、ごめん。君のこと、俺は大事な人だと思ってた。 最後に、弟。死ぬんじゃねえぞ。 唇を極上の感触で包み込まれた。予期せぬ形で入り込んでくる息に合わせ、吸気する。 長く長く長く――――――嘘みたいに長く、息を吹き込まれる。 いつまで待っても唇が離れない。入り込んでくる息が強すぎて、吐き出せない。 女の子との初めての接吻は、空気の味がとっても濃厚で。 あっという間に俺の意識は霞み、重さを無くし、たいして強くもない風に吹かれて飛んでいった。
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キャラクター名 ヤンデレ将軍 Pスキル ☆☆☆☆☆ 厨房度 ☆☆☆☆☆ 所属国 カセドリア 所属部隊 不明 タグ カセ キャラ 戦闘スタイル 名言・逸話 総評 こいつ・・・動くぞ! -- 淫乱テディベア (2009-09-20 10 52 05) これ気持ち悪いんだが -- 名無しさん (2009-10-17 21 55 15) 名前 コメント