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889 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 45 19 ID SkP7eOPU [2/20] 4年前 「キスシーンってあるじゃない?」 「ふぶっほ!?」 「って、どうしたのさ。いきなりむせて」 「なんでもない。続けて」 「そうそう。キス。この際セックスでも良いんだけど、アレって危なくないのかな?」 「・・・・・・妊娠の危険性という意味なら、キスで赤ちゃんはできない」 「やだなぁ、千里。赤ん坊はコウノトリが運んでくるんだろ?身体的接触なんかでできるわけないじゃない」 「・・・・・・」 「いや、冗談だって。本気で心配そうな顔をしないで。保健体育の授業は真面目に受けてるから」 「男子の前で『セックス』とか公言する女子を見れば誰だってそうなる、俺だってそうなる」 「キミが男子だってこと、意識したことないからなぁ・・・・・・。それで、その手の身体的接触の話だけど」 「そう言うロマンチックな行為を味気ない言葉でまとめるな」 「ロマンとかその手の幻想は取っ払っときなよ、無意味だから。ボクが今から話そうとしてるのは、もっとリアルなことなんだし」 「・・・・・・リアル?」 「そう。接触、ということは互いの距離がゼロになる、それがどれだけ危ないことか、みんな理解してるのかなってコト」 「・・・・・・ゴメン、俺馬鹿だから全然分かんない」 「つまりね、それって『殺せる距離』ってことだよ」 「殺せる距離?」 「そう。その気になれば相手に確実に必殺の一撃を入れられる距離」 「確かに、長距離の方が殺しやすいのは、ゴルゴみたいなスナイパーくらいだとは思うけど・・・・・・」 「ゼロ距離なら、確実に相手を殺せる。凶器は何でも良い。ナイフでも良いしロープでも良い。素手で首を絞めれるならそれでも良い。それでなくても、殴る蹴るには悪くない距離だ」 「最後は多少、間合いがほしいところだけど」 「あ、そうなの?でもどっちにせよ、とても殺しやすい距離だって言うのは確かだよね」 「無防備な状態、というのは同意するけど」 「だね。無防備。それが一番適切な表現かも。そんな状態に、そんな自分のテリトリーに、他人なんかをいれちゃぁいけないぜ。長生きしたかったら、さ」 それは、今思えば、叶うことの無い忠告だったのかもしれない。 890 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 45 40 ID SkP7eOPU [3/20] 現在 葉山正樹と明石朱里は付き合っている。 当事者たちを半ば置いてきぼりにして、その噂は事実そのものと化していた。 事実無根にも関わらず、その真実を噂が完全に逆転させていた。 一応、俺のほうからも『噂は噂』とかなり積極的に話を流してはいるのだが、状況は一向に変化する様子は無かった。 「御神氏」 その日の朝休み、クラスメートの李忍は、三日と話していた俺に向かって囁きかけるように言った。 隣にいる三日がそれに聞き耳を立てているのが困りものだったが・・・・・・。 一応、数日前の一件は軽く説明して、やましいことが無いと言った筈なんだけどなぁ。 それはさておき。 「先日、御神氏が話題に出していた噂の件でござるが、やはり改めて調査してみたのでござる」 「あ、調べてくれたんだ。ありがとう」 いや、本当にありがたい。 今度何か御礼をしないと。 お菓子でも作ってあげるか・・・・・・って気のせいか嫉妬の視線を感じますよ? 「調べたのは良いのでござるが、やはりどうやっても噂の源は掴めなかったのでござる」 「掴めなかった?」 「そうでござる。誰かが流したということも、流れるような理由があったということも、何一つ」 この手の噂は、誰かが何か(この場合は『葉山と明石が2人きりでいた』とかそういう出来事)を誰かが誤解して・・・・・・というパターンから派生しそうなものだが、李はそれさえも掴めなかったという。 と、具体的に言うのは、俺もかつてそういう誤解にあったことがあるからなのだが。 いや、あの件は本当に痛かった。精神的な意味でも、刺殺的な意味でも。 「力になれず、申し訳ないのでござる」 「いや、調べてくれただけで大感謝。本当にありがとう」 そもそも、能力、人脈共にイロイロな意味で規格外な李がマトモに調べて何も分からないと言う事態自体が異常なのだ。 「前生徒会役員が総出で動いていれば結果は変わっていたかも知れぬでござるが・・・・・・」 「3年の先輩が受験勉強だからね。そんな時にむやみやたらと甘える訳にはいかないよ」 今まで散々学校の問題、他人の問題に邁進してきた人らである。 現在、自分の問題に邁進しても罰は当たるまい。 だから、今回に関しては一原先輩の助力を求めるつもりは最初から無かったし、そもそも助力を受けられないだろうと踏んでいた。 先輩たちの見せ場は、9月の鬼児宮邸での大アバレが最後なのである。 「・・・けれど、それって良いことなのではありませんか?」 と、隣で耳をそば立てていた三日が俺たちに、というより俺に言った。 「・・・今まで朱里ちゃんが望んでいた事が、噂として、というより事実として認識されて。・・・それは、良い事だと思います。だから、噂の流布にどうこう言ったり、どうにかする理由は無いのではないですか?」 納得できる理屈ではある。 望ましい事柄であっても校内に嘘がまかり通っているのが許せない、などという正義感はこの場合非生産的だ。 ただし、 「全面的に明石の視点に立つなら、ね」 「・・・葉山君の方は違う、とでも?」 三日の言葉に、俺は嘆息した。 「アイツは今、完全にビビッてる。好きとか嫌いとか、考える余裕無いよ」 「・・・葉山君がそれを考えてくれれば万事解決なんですけど」 件の『ビビッてる相手』は明石だ、とまでは言わなかったが。 「それが、一番の問題なんだよなぁ」 と代わりにそう答えた。 噂にせよ何にせよ、結局はエンディングに関係の無いサブイベントでしかない。 この物語において、この恋愛において一番重要なのは、葉山正樹が明石朱里の気持ちに対してどのような答えを出すか、そしてそれに対して明石朱里がどう応じるか。 それだけだ。 肝心の葉山は、今小動物のように震えて答えを出すどころではないのだが。 「って言っても、こればかりはサブキャラが口を出したところでどうしようも無いことでもあるしなぁ」 「恋愛というのは、やはり当事者同士の問題でござるからな」 「・・・そんな、人事みたいな」 「人事だよ」 珍しく不満そうに言う三日に、俺は嘆息しながら言った。 「俺もお前も李も、アイツら2人がどんな結末にどんな落とし所になってもほとんど困らない、けれど当人達には非常に切実で、当人達にしかどうしようもない、ごく当たり前の人事」 軽薄な言葉かもしれない、けれど、どうしても軽薄には言えない。 「それが、人事なのが、今一番歯痒い」 そう言いながら、俺はいつの間にか強く握りこんでいた片手から、熱い血が流れ出るのを感じた。 891 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 46 06 ID SkP7eOPU [4/20] いくら外野が歯痒いといったところで、当事者たちにとってはそれどころではない。 葉山正樹にとっては、特にそうだった。 同じ日の昼休み、『自分と朱里が付き合っている』という噂が前提となった、虚構に現実が支配されるような悪夢じみた現実から抜け出したくて、彼は教室を出た。 「ったく、一体全体何がどうしたって言うんだ」 校舎の隅で1人になると、葉山は1人呟いた。 全ての始まりはあの日のこと。 朱里の奇妙な告白を受けてから。 それから全てが狂い始めていた。 朱里が狂い、現実も狂った。 葉山自身はここ数日、それを否定しようとは思っているのだが、それが叶うことは無かった。 否定しようにも、常に明石が一緒にいる為、何か言おうとすると底冷えするような威圧感と共に遮られる。 そうでなくても、日を追うごとに噂が定着していく。 「お釈迦様の掌で鬼ごっこしてるみてーだ」 「追いかけてるのが鬼なのか仏なのかわかんないね、ソレ」 葉山の独り言に、応じる声があった。 驚いて声のしたほうを見ると、 「朱里・・・・・・?」 スラリと長く美しい足を覗かせる少女が、こちらに笑いかけていた。 「やほー、まーちゃん。イキナリ教室を出て行くから、カノジョさんが寂しがってるよん。ってアタシなんだけど!」 1人で勝手にノリツッコミをして、からからと空しく笑う明石。 「いや、彼女とかにはなって、ないだろ・・・・・・?」 「でも、みんなはそう言ってるよ?」 「俺は……何も言ってない」 明石から目をそらして、葉山は消え入るような声で答えた。 現実から目をそらすように。 「みんなが言ってるんだし、付き合っちゃおうよ、このまま」 スイ、とごく自然なしぐさで、朱里は葉山の隣に近づいた。 「アタシは……私は、そのつもりだよ?」 それは知っていた。 何しろ明石は、校内の噂に悪乗りするような形で、数日前大胆にも葉山家に『結婚を前提にお付き合いしています』と挨拶に来たのだから。 誰もそんなことは言って無いはずなのだが。 「流されていこうよ。このまま、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずーっと2人一緒に。私達、揺り篭の中から一緒だったようなモンだし、だったらこのまま一緒に墓場まで一緒に、ね」 ごく自然に、まるで恋人のように腕を絡め、明石は彼の耳元で囁いた。 誘惑するような、それでいて有無を言わせぬ声音で。 ソレに対して、葉山はマトモな抵抗ができない。 「・・・・・・良いだろ、別に」 葉山は何とか言葉を搾り出した。 「お前が墓場まで行くのは、別に俺と一緒でなくても・・・・・・」 「駄目」 全て言い終わる前に、強い口調で明石が否定した。 「駄目よ駄目駄目全然駄目。私は正樹が良いの。正樹と一緒じゃなきゃ駄目なの。正樹と一緒じゃなきゃ意味が無いの」 鬼気とした言葉を明石は葉山にぶつけた。 絡めた腕の力が、強くなる。 「・・・・・・何で、俺なんだよ」 ぶつけられた言葉から逃げるように、葉山は返した。 「理由が要る?」 明石は即座に答えた。 いらないでしょう、と言外に言っている。 「要る・・・・・・だろ・・・・・・」 ゴクリ、と生唾を飲み込みながら、葉山は何とか言葉を吐き出した。 「理由が欲しいなら・・・・・・」 いつの間にか、明石が正面にいた。 真正面。 キスができるような距離に。 殺しさえできるような距離に。 「私が作ってあげる」 その距離から、明石は葉山を一気に押し倒した。 葉山の視界が一瞬で変わる。 女性らしい細くしなやかな身体の感触と、人1人分の重みが、葉山を襲う。 「……あは」 押し倒したままの姿勢で、明石はシュルリと葉山のネクタイを外す。 そして、1つずつボタンを外す。 1つ、2つ・・・・・・。 妖艶にも見えるそのしぐさに、彼は何もできない。 金縛りにあったかのように。 恐怖が、全身を縛り上げている。 「これで、ラスト」 ブレザーとワイシャツのボタンが、全て外される。 そして、明石の細い指が葉山のベルトにかかった時――― 「ストップ!!!!!」 と、御神千里の声が―――俺の声が遮った。 遮ることが、できた。 892 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 46 45 ID SkP7eOPU [5/20] その時まで。 葉山が昼休みの教室から出て、それを追うように明石も教室から出て。 俺と三日はどうにも心配になり、(と、言うより親友2人が昼休みに消えて単純に寂しかったのもあり)さらに2人を追いかけて、探していた。 それでようやく2人を見つけたのが。 端的に言って、葉山が明石に犯されかかってる瞬間だった。 「ストップ」 そう、努めて冷静に、俺は明石に言った。 言っていた。 反射的に出た言葉だった。 「何よ、御神千里」 明石はこちらを振り向いて言った。 姿勢は、葉山に馬乗りになったまま。 「恋人同士の営みを邪魔するつもり?」 「邪魔はしないが、止めに来た」 「同じことでしょ?」 殺気に満ちた視線をぶつける明石。 少女は目で殺す、とはよく言ったものだ。 いや、明石は糸屋の娘でも魔法少女でもないが。 「真昼間からやることじゃないだろ、そういうの」 「恋を時間が邪魔するとでも?邪魔をするなら私は時間とだって戦うわ」 明石は剣呑な声で言った。 戦って倒してしまいそうな勢いだった。 「大体、恋人同士はさておき、同意の上には見えないけど?」 「何で?」 質問に質問で返す明石。 「正樹が抵抗していない。それだけで十分同意の上に見えると思うけど」 それを言われると否定しようが無い。 怖くて何もできないだけだ、と言っても聞き入れないだろうし。 「どっちにせよ、今日はその辺にしておいた方がいい。俺達みたいに誰か来ないとは限らないし。気がついたら午後の授業に戻れないくらい足腰立たなくなってましたーじゃ洒落になんないじゃん?」 「どうしても邪魔したいみたいね」 「違う違う。こういうことは邪魔にならない場所で、お互い余裕のある時にやった方が楽しいんじゃない、っていう、親切心からの親身な忠告」 あくまでも提案、忠告、という態度で、俺は言った。 「・・・・・・」 俺の言葉に納得したのかいないのか、渋々と言った風に葉山の上から離れる明石。 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」 拘束を解かれた葉山は、明石を押しのけるように跳ね起き、こちらの方に駆け寄って俺の後ろに隠れた。 「!?」 その様子に絶句する明石。 ―――な、ん、で?――― 明石の唇が、そう動いた気がした。 絶望的な表情で。 対峙する俺と明石。 その後ろに隠れる葉山。 まるで、俺達が敵同士のような構図。 「……あは」 その構図に、絶望的な表情を浮かべていた明石は口元を歪めた。 「そっか、やっぱりそうなのね。『あの人』も言ってた通り、やっぱり、誰よりも粉砕して圧砕して排除しなくちゃいけないのは―――」 ゾッとするような視線をこちらに向け、俺の横を素通りする明石。 この娘は、ここまで敵意に満ちた眼ができる娘だったのだろうか。 殺意と、敵意と、あらゆる負の感情が詰まったような眼が。 そして、俺の隣にいた三日に向かって「後で、2人だけで話したい事があるから」と小さく言って、明石は去っていった。 その言葉を、俺は聞き逃してしまったけれど。 聞き逃すべきでは、無かったのだろうけれど。 893 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 50 11 ID SkP7eOPU [6/20] 乙女には秘密の1つや2つは付き物だ。 それは、緋月三日にしても同じことだ。 彼女は御神千里に全幅の信頼を置き、心を許してはいるけれど、しかし、未だ秘密の一から十まで全てを開示しているわけでもない。 今日、この日の出来事も、そんな秘密の1つとなりそうだった。 と、言うより秘密になることが確定した。 言えるわけがない。 一番の親友から脅迫を受けた、などと。 「しっかしまぁ、良く撮れてると思わない、コレ?」 その日の放課後、話したいことがあると校舎の一角に三日を呼び出した親友、明石朱里はそう言って三日に自分の携帯電話の画面を示す。 動画だった。 男性向け18禁ウェブサイトにありそうな(偏見)類の動画。 1人の若い女性が、自分の身を慰めている様をこれ見よがしに扇情的に映した動画。 もっとも、映された本人としてはそうした意図は全くなく、ただただ生物として抑えきれない愛欲を慰めているだけなのだが。 間違っても公開しようなどと、ましてや一番の親友である明石朱里に見せようなどという意図は全く、一欠けらも、これっぽっちも、無い。 断言していい。 断言できる。 なぜなら、その画面に映っているのは、緋月三日本人なのだから。 中学生くらいから、ささやかな罪悪感にかられながらもはじめ、高校に入って恋を知ってからは常習化していた自分の自慰行為。 音声こそ入っていないものの、その様子が一から十まで映っていた。 「・・・なん、で」 なにこれ、とは言わなかった。 それが自分の姿であることは明白だったからだ。 これ以上なく身に覚えがある。 だから、問うべきはなぜ親友の手にこんな動画があるか、だ。 自分で撮った覚えはないし(そんな趣味は無い)、それを親友に渡した覚えなどかけらも無い。 「良く撮れに撮れててさー、このオンナのだらしなーい顔がよく、見える」 しかし、親友は三日の問いに答えることなく、言葉を続けた。 「キモいよねーこの顔。だらしなくてさ。イキ顔って言うのかな?アヘ顔って言うのかな?ホンット気持ち悪くて、18歳以上でもとても人様にお見せできないよねー」 そう言って、朱里は意地悪く笑う。 こんな顔を自分に向けるような少女だっただろうかと、三日は思った。 実は、目の前にいる朱里はモンスターか何かの化けた偽者で、本物はもう死んでいる。 そんな与太話のほうがまだリアリティがある気さえした。 「ぶっちゃけ、その気になれば人様に見せることはできるんだけどね、アタシ。ネットの動画サイトにアップするまでもなく、添付ファイルにして学校中のメルアドにババーっと流したりさ。いい考えでしょ?」 「・・・なんで、朱里ちゃん・・・・・・」 三日は、先ほどと同じ言葉を繰り返した、それ以外のことが、それ以外の言葉がとても出てこなかった。 「なんで、って言うのはどういう意味かな、みっきー。なんでアタシがこの動画を持ってるのかってこと?何でそれをあなたに教えるのかっていうこと。それとも―――『なんでこんなヒドいこと言うの』って意味?」 意地悪く笑って、朱里は言った。 「でも、ソレってそんな重要なことじゃないよね?重要なのは、アタシがあなたのキモ動画を持ってて、それを好きにできるってコト」 そう言って、朱里はヒラヒラと携帯電話を振る。 三日のあられもない姿が映ったモノを。 894 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 50 42 ID SkP7eOPU [7/20] 「コレが世界中に、って言うか学校中に撒かれたら、アナタみんなから引かれるわねー。嫌われるわねー。学校生活メチャメチャよねー。御神千里なんてドン引きして二度とアナタに近づかない」 「・・・!?」 最後の一言に、三日は息を呑んだ。 「ああ、やっぱりコレが一番効いたか。じゃ、いい加減用件を言うから良く聞いてね、みっきー」 悪魔的なまでの笑顔で、朱里は言った。 「これからずっと、アナタは私の言うことを何でも聞くこと。従うこと。服従すること。屈服すること」 それは、まかり間違っても親友に対する言葉ではなかった。 少なくとも、三日は朱里にそんなことを言われる日が来るなんて思っても見なかった。 「この場合の何でもって言うのは、本当に何でも。小さなことから、大きなことまで。その代わり、この動画は外部に漏らさないであげる。ましてや、御神千里には絶対見せない、触れさせない、匂わせない」 「・・・」 「悪くないギブ・アンド・テイクだと思うわよ。もっとも、アナタに選択肢は無いと思うけど?」 「・・・なんで、そんなこと言うんですか」 朱里が言いたいことを言い終えたとき、ようやく三日も一文を振り絞ることができた。 「・・・脅すようなことを言わなくても、朱里ちゃんの頼みなら何でも聞きます。さすがに、『千里くんを渡して』というのは無理ですけど、それ以外なら何でも。・・・だって・・・」 と、言葉を搾り出す。 「・・・友達、じゃないですか」 これ以上なくシンプルで、しかし真摯な言葉だった。 しかし、それに対して朱里は、 「は?」 と、馬鹿にしたような、軽蔑したような、そんな声を上げた。 「アンタさぁ、イマドキ『友情』とかマジで信じてるわけ?バカだねー。言っとくけど、私はそんな目に見えない物人生で一度として信じたことないわよ」 「・・・え、でも」 「大体さ、忘れたの?私たちの『友情』は、互いの恋を成就させるために生まれたモノ。つまり打算に満ちた口約束。それ以上でも以下でもないわ」 「・・・」 「アタシ、最近そんな口約束ぐらいじゃどうしようもないシリアスなコト考えてるから、アンタを使いたかったのよ。確実に。だから取引した。そっちの方がマトモで、賢明で、フツーでしょ?」 朱里の辛辣な言葉に、三日の中で大切なものがガラガラと崩れていくような感覚を覚える。 「答えは無いみたいね。じゃ、また明日」 そう言って、ヒラヒラと手を振りながら明石朱里は去っていった。 彼女に対して、もう、『三日の一番の親友』という肩書きはつかないのだろうけれど。 その後姿を瞳に映す三日には、朱里の姿どころか、外からしとしとと聞こえてきた雨音さえ、認識されてはいなかった。 895 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 51 08 ID SkP7eOPU [8/20] 一方、俺は葉山を家まで送っていた。 部活動の無い日だったこともあるが、それ以上に彼が心配だったからだ。 明石がいくら強弁したところで、明らかなレイプ未遂だったことは明白だ。 葉山が動揺していたことは明らかだった。 「じゃ、また明日」 「・・・・・・おう」 そんな短い会話で、俺たちは葉山家の前で別れた。 こんな落ち込んだ姿を見せられれば、誰も軽々しく「美人なら逆レイプもアリだろ」とは言えなくなるだろう。 俺は半ば沈んだ気持ちで、折りたたみ傘を打つ雨音を聞きながら家に向かって歩き出した。 あんな酷い目にあっても、決められるのはアイツだけなんだよなぁ・・・・・・。 手伝えるものなら、肩代わりできるものなら、俺が何とかしたいところだけど、そういうわけにもいかない。 明石だって俺の友達には違いないし。 友達だと思いたいし。 ・・・・・・うん。 「はやまんから『みかみん、明石をやっつけてくれ』って言われたら、そうするしか無いのかなぁ」 やだなぁ。 そうは言っても、俺にできることなんて、悲しいまでに少ないのだけれど。 そんなことを考えながら、俺はいつものようにマンションのエレベータに乗り、自分の家の前まで来る。 「・・・・・・ウン?」 家の前に、何かが置いてあった。 闇の中に置かれたまっ白な何か、否、誰か。 酷く濡れている。 闇に見えたのは、鴉の塗れ場色をした黒髪。 黒髪の上の白も濡れていて、布地が透けている。 透けた先には可愛らしい下着と白い肌が・・・・・・ってオイ。 「三日ぁ!?」 家の前に倒れていたのは三日だった。 何やってんの!? ってかどうしたの!? 「ちょ、大丈夫!?起きてー!」 家の前に置いて、ではなく倒れていた三日の体を起こし、ガクンガクンと揺する。 「・・・あは、千里くん。・・・千里くんだぁ」 死んだような眼で、三日が呟いた。 とりあえず、意識はあるらしい。 「・・・千里くん、お願いがあるんですけどぉ」 「何、っていうかその前に濡れた服を何とかしないと!?」 「・・・私を、犯してください」 ・・・・・・ナンデスト? 「・・・あ、間違えた」 間違いなのか。ああ良かった。 「・・・私を、壊してください」 良くなかった。 「・・・犯して、壊して、目茶目茶にしてください」 「そんな不穏当な台詞をこんなところで吐くな!」 ほかの住人に聞かれたら、さすがにいたたまれない、というか居られない。 フツーにこのマンションで暮らせなくなる。 とりあえず、俺は家の鍵を開け、三日を家の中に招き入れた。 いかがわしい犯罪の証拠だか証人だかを隠しているように見えなくも無いが、幸い近くにほかの住人はいないようだった。 「ええっと、とりあえずその濡れた制服、脱いで」 「・・・私のお願い、聞いてくれるんですね」 嬉しい、と俺に抱きつく三日。 見た目に似合わず妖艶とも言える動作だったが、ドギマギすることは無かった。 正確には、ドギマギする前にそんな邪念を打ち消された。 濡れた感触と、冷え切った肌、それに震える三日の体に。 三日は、心身ともに弱りきっていた。 そんな女の子にいかがわしいことをするなんて、弱みに付け込むような真似をするなんて、俺にはとてもできなかった。 896 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 52 08 ID SkP7eOPU [9/20] 「そうじゃない」 俺は、しかし優しく抱き返していた。 少しでも彼女の体を、心を温めようと。 「今のは、誤解されるような言い方をした俺が悪かった。でも、何よりもその服を何とかしないと。風邪引いちゃうよ」 「・・・かぜぇ?」 どこか舌足らずな、虚ろな口調で、三日は言った。 「・・・大丈夫ですぅ。・・・私がかぜをひいたくらいで心配してくれるような友達なんて、もうどこにもいませんよぉ」 「俺が心配する!」 あまりにも自分をないがしろにした言葉に、俺は思わず怒鳴っていた。ウン、こればかりは素直に認めよう。 思わず、抱きしめる腕にも力がこもってしまう。 あまりに強くて、痛かったかもしれないな、と思い直して、と言うか我に返って腕を解いた。 「とにかく、ちょっとシャワー浴びてきなよ。今のままじゃ、ホント、心配」 噛んで含めるようにそう言うと、三日は渋々と、ではなくフラフラと浴室に向かって歩き出した。 程なくして、シャワーの水音が聞こえてくる。 「ったく、一体全体何がどうしたって言うんだ」 リビングのソファにどっかりと腰を下ろし、俺は1人ごちた。 葉山と一緒に帰ったせい、では無いからだ。 むしろ、用事があるから先に帰ってて下さい、と言ったのは三日の方だった。 どんな用事かは知らないが。 何かあるとしたらその辺りに事情がありそうだが。 何にせよ、あんなに弱りきった三日は始めてみた。 嫉妬に狂ってくれたほうがまだ良いくらいだ。 と、そんな思考をブチ壊すように、携帯電話が鳴った。 「もしもし」 『大体の所は・・・聞カセテ・・・もらったよ』 「どこからだどうやってだボケ」 緋月月日さん、三日のお父さんだった。 『勿論、最初から最後まで…と、それはともかく千里くん。今夜は三日をキミの家に・・・泊メテヤッテ・・・は如何かな?」 「何だ、その超展開」 『・・・イヤイヤ・・・極めて理路整然とした展開だよ?』 俺の乱暴な口調にも動じることの無い月日さん。 相変わらず腹立たしいまでに飄々とした人だ。 それはいつものことだし、だからこそついついこっちもツッコミがキツくなるのだが。 『第一に、あそこまで落ち込んだ三日に二日のスパルタ教育は・・・逆効果・・・』 なるほど、確かに叱咤激励されて奮い立つ元気は今の三日には無さそうだ。 ・・・・・・あれ、叱咤激励? 『第二に、私は落ち込んだ女性を見ると・・・ボッk』 「そっから先は言うな、この変態性欲者」 俺が本気で引きながらも入れたツッコミは、しかし月日さんに華麗にスルーされる。 『第三に、今の三日とレイちゃんが接触するとどのようなことになるのか・・・マッタク・・・未知数』 未知数。 未知への恐怖。 『このように、緋月家はどん底まで落ち込んだ多感な年代の少女を帰らせるには・・・キワメテ・・・不適切なんだよ』 「不適切なのは月日さんの性癖な気もしますけどね」 まあ、言いたいことは分からなくも無い。 「つまり、落ち込んだ三日にどう接していいか分からないから俺に丸投げするわけですね」 『…良イ…んだよ、キミがやりたくないというのなら別に。その時は三日がこの世の地獄を見ることになるだけだから』 「素直に泊めろと言え」 ホント、ひねくれてるよなぁ、月日さん。 何でこの人の遺伝子から三日みたいな娘が生まれたのか。 「分かりました。娘さんは責任を持ってお預かりします」 『・・・ムセキニン・・・でも良いけどね。こんなときだからこそ・・・ヨワミ・・・に付け込んで―――』 「存在レベルで18禁ですよね、あなた」 897 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 52 36 ID SkP7eOPU [10/20] ところで、と俺は話題を切り替えた。 「三日がああなった理由、ご存知ありませんか?」 『・・・キグウ・・・だね。私もソレを聞きたかったのだが。キミも知らないのかい?』 「ええ、俺にもちょっと分かんないです」 『・・・イガイ・・・だね。恋する乙女というのは、恋愛対象に対して一喜一憂するもの、なのだろう?』 「自分の娘を『恋する乙女』なんて一面的な記号だけで見ないで下さい。アイツにはアンタら家族も居れば友達も居るじゃないですか。そうした人たちのために一喜一憂できるコですよ、アイツは」 友達。 人間関係。 どうも繋がりそうな気がしてきたぞ。 『まぁ、キミが・・・知ラナイ・・・というならこれ以上は聞かないさ』 「ですね」 『キミが三日から根掘り葉掘り言葉攻めして聞き出せば良い』 「それ質問って言うか尋問を通り越して拷問じゃないですか」 『まぁ、拷問でも何でも、しなくてもどっちでも同じことさ』 「って言うか、そんな無理に聞くことも無いでしょうね、今は」 そう言ってから、俺は「それでは月日さん、失礼します」と言って通話を終えた。 「・・・お電話ですか?」 と、後ろから三日の声が聞こえた。 どうやらシャワーを浴び終えたらしい。 「ああ、お前のお父さんから。今夜お前をウチに泊めて欲しいっていうヘンな話で・・・・・・」 そう言いながら振り返り、俺は絶句した。 後ろには、真っ白な肌色があった。 黒髪が映える、雪のような真っ白な肌肌肌肌肌。 それを覆い隠すものは何一つ無く。 ありていに言って、三日は全裸だったのだ。 すっぽんぽんだったのだ。 しかし、一度見たとはいえ、改めてみると目を奪われる。 エロいとか興奮するとか以前にキレイだ。 さすがに、胸から腹にかけての傷跡こそ目立つものの、それさえ全体から見れば美しさを際立たせるアクセントでしかない。 それを除けばシミなんてほとんど見当たらない。 スラリとした手足と長いストレートロングの髪が絶妙なバランスで調和している。 こんな美しいものが、今さっきまでゴミのように無造作に我が家の前に放り出されていたかと思うと、怒りさえ沸いてくる。 誰だ、こんな宝物をぞんざいに扱ったのは。 じゃ、なくて。 「服を着ろ・・・・・・でもなくて」 考えてみれば、着替えなんて用意してなかった。 ホスト役として手落ちにもほどがある。 「悪い、着替えを用意してなかった」 と、素直に頭を下げた。 そして、改めて前を向く。 なるべく彼女の裸体が目に入らないように。 男として当然のマナー。 「とはいえ、ウチには女の子にかせる着替えって言うと親の位しか無いけどそれで「・・・千里くん」 俺の言葉を遮り、服のすそを掴んで(いるらしい)すがるように三日は言った。 「・・・千里くんの服が、良いです」 898 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 53 19 ID SkP7eOPU [11/20] それからしばらくして。 俺は暖かいシチューを食卓に用意していた。 三日の制服は洗濯を終え、今はリビングに部屋干ししている。 明日の朝までには乾かさなければいけないため、季節はずれの扇風機が忙しく働いていた。 「それじゃ、冷めないうちにいただきますかー」 「・・・いただきます」 互いに手を合わせて、食事を取る。 ちなみに、今の三日の服装は俺のワイシャツ一枚。 俺と三日との体格差のせいで、ゆったりとした丈の短いワンピースのような着こなしになっている。 三日にあう下着が我が家に置いてあるわけも無く、名実共に裸ワイシャツという奴である。 言い訳をさせてもらえば、本当は俺のパジャマをかすつもりだったのだが、「・・・ズボンが入りません」というわけでこうなった。 他の服も言わずもがな。 決して、俺が裸ワイシャツで興奮する変態だとか、状況にかこつけてセクハラを敢行したとかそういうわけではないので念のため。 ・・・・・・ホントウデスヨ? 「少しは体、温まった?」 シチューを食べながら、(そして三日の太股を『極力』意識しないようにしながら)俺は三日に問いかけた。 それに対して、三日はコクンと頷いた。 「それは重畳」 「・・・でも」 と、ポツリと三日は言った。 「・・・でも、体は温まっても、心の方はまたすぐに冷えていくような気がして。・・・おかしいですよね、こんなの」 「いーや」 俺は首を横に振った。 「俺もあるんだよねー。一度落ち込むと、中々テンション上がんなかったりとか」 「・・・千里くんでも?」 「そ、俺でも」 俺も根っからの根明というわけでもない。 人並みに悩むし、人並みに落ち込む。 厄介なことに、そういうときほど1人でいると思考が悪いほうへ向かっていくものだ。 そういえば、彼女はどうだったのだろう。 俺たちと一緒にいながらも、それを『無関係』と呼んだ彼女は。 「・・・他の女のことを考えてませんか?」 「おお、いつもの調子が戻ってきたね」 こういうパターンで安心するというのも妙な話だが。 とはいえ、「中等部時代の思い出を回想していただけだよ」、とはフォローを入れた。 「ま、こういう時はちゃんと飲んで食べてバカ話するだけでも変わるモンだよ。話するだけでも、変わる」 あえて、繰り返した。 もっとも、何を話して、とは言えないけれど。 強引なのは逆効果になることもあるし。 葉山と違って繊細っぽいし。 しかし、 「・・・友達だと、思ってました」 と、三日は小さく言った。 「・・・友達だと思っていたのに、そうじゃない、友情すら存在しないって言われて。・・・それに落ち込んでいる自分が自分らしくなくて良く分からなくなって」 「らしくないなんてこと、無いだろう」 友達は大事だ。 少なくとも、俺には三日がそういう女の子に見えた。 そんな女の子が友達に否定されるなんて、大事だ。 一大事だ。 「…ねぇ、千里くん。…友情なんて、無いんでしょうか?」 こちらの方を、すがるような眼で見る三日。 「…本当の友情なんて、本当の絆なんて、本当は無いんじゃないでしょうか?」 彼女の言葉に、俺は息を詰まらせた。 俺は、友情を、愛情を、絆をひたむきに求める彼女の姿を素晴らしいと思っていたのだから。 かつて、『彼女』との関係を、絆を本当の意味で築くことに失敗したから。 けれども、いや、だから、かな。 「分からない。俺にも分からないよ、三日」 俺は正直に、そう答えていた。 899 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 53 44 ID SkP7eOPU [12/20] 「絆は、想いは、目に見えないから。見たくても聞きたくても触りたくても嗅ぎたくても味わいたくても確認して確信したくても、悲しい位、出来ないものだから」 だから、人はすれ違う。 すれ違い、想いが、行為が、報われないことがある。 『関係』なんて、絆なんて存在しない、とさえ言うことが出来る。 俺の言葉に、三日の表情が絶望に染まりかける。 「でもね、三日」 絶望に染まり切る前に、俺は言葉を続けた。 「絆っていうのは、それを信じることが大切なんじゃないかな。信じようとする気持が、大切なんだと思う。目に見えないからこそ、目に見えない『信じる』気持ちで。だから―――」 それは、三日にとっては酷な答えだったかもしれない。 けれども、それは俺の偽らざる本音だったから。 「頑張って、三日。俺も、頑張るから」 俺の言葉に、三日は小さくうなずいた。 その動作一つにどれほどの勇気が必要だったのか。 それが、三日にとってどのような意味を持つのか。 それは、俺の想像をはるかに超えていた。 想像するべきだったのに。 理解するべきだったのに。 後悔する、その前に。 その後、食事を終えて勉強(学生の本分・・・・・・なんだけど、そのカリキュラムは8割方三日が組んでる。すげぇ効果的だったりする)を追え、気晴らしに軽くTVゲームをしているうちに時間は過ぎていった。 「・・・もうこんな時間ですか」 「キリが良いし、そろそろ寝ようか。寝室は前に使った・・・・・・」 と、俺が言いかけると、パジャマの端をキュッと掴まれた。 「・・・一緒じゃ、駄目ですか?」 控えめに、けれど袖はすがるようにしっかりと掴んで、三日は言った。 「・・・千里くんと一緒に寝ては、駄目ですか?」 そう言って三日は、上目遣いにこちらを見た。 「いや・・・・・・その・・・・・」 実のところ、以前にも三日は我が家に泊まってもらったことがある。 その時はもちろん裸ワイシャツでは無かったし、無理を言って客間で寝てもらったのだが。 「・・・今日は、心細いのです。・・・すごく、心細いのです」 ここまで言われたことは無かった。 「分かった」 折れるしか無いわ、これ。 「おいで、三日」 俺は三日の手をとり、自分の部屋に案内する。 「・・・千里くんの部屋、少し落ち着きます」 「自分のとレイアウトが似てるから?」 「・・・千里くんの匂いがしますから」 「・・・・・・」 この状況下で理性を保つのには、{TETSU}の意志が必要かもしれない。 「2人だと、ちょっと狭いかもしれないけど」 「・・・大丈夫です」 三日に先にベッドに入ってもらい、俺がそれに続く。 つーか、男女で同じベッドとか、コイツ意味分かってるんだろうか。 ・・・・・・分かってないんだろうなぁ。 そんなことを考えていると、三日が俺の片腕に体を寄せてきた。 シャツ越しに、彼女のぬくもりと柔らかさを感じる。 三日の存在を感じる。 うわぁ。 愛しさと切なさと心強さ・・・・・・ではなく性欲がないまぜになる。 自分の心臓がドクドク言ってるのがわかる。 心臓が獣の叫びを鳴り響かせてる。(オオカミ的な意味で) 「・・・すぅすぅ」 隣では、三日が安らいだ寝息を立てていた。 無防備にも程がある。 眠れねぇ。 今夜は絶対眠れねぇ。 隣の三日(の感触)を意識しないようにすればするほど、目がさえてくる。 何か、違うことを考えよう。 そう、例えば―――今直面してる問題のことを。 900 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 54 28 ID SkP7eOPU [13/20] いや、違うか。 今葉山たちが直面してる問題のことか。 俺は、直面していない。 中等部時代、友達の恋愛相談まがいのことを請け負ったことがあったが、アレも結局当人同士が決着をつけた。 結局その友達はハッピーエンドに終わったが、それは単なる結果論でしかない。 俺のおかげ、でもなければ俺のせいでもない。 俺がしたことは話をややこしくすることと、その後始末だけだった。 まったく。 我ながらあの時から全く学習していない。 結局、決めるのは彼らで。 俺は何でもないのに。 何も、できないのに。 「あー、ダメだ」 考えが悪いほうに向かっていく。 水でも飲んで頭をリフレッシュしたい。 「ちょっと、待っててね」 すやすやと眠る三日にそう呟き、俺はダイニングに向かう。 「あれ?」 ダイニングには明かりが灯っていた。 「あら、セン。ただいま」 そう言ったのは、俺の親である御神万里だった。 どうやら、思ったより早く仕事を上がれたようだった。 「おかえり、シチューあるよ」 「今食べてる」 「それは重畳」 「ところで・・・・・・」 にんまり笑いながら、スプーンで壁にかかった女子制服を示す親。 「アンタがオタクなのは知ってたけど、女子の制服と下着を買っちゃうくらい筋金入りだとは思わなかったわよ、セン」 「誤解だ!」 「どっちが?」 「後者が!」 「まぁ、分かってたけど」 「確信犯!?」 と、馬鹿なやり取りを終えてから、俺は今日三日が泊まってることを説明した。 「まぁ、急だったから連絡入れるのも忘れてて、ゴメン」 「良いわよ。で、三日ちゃんは?」 「さっき寝かしつけたとこ」 「同じ学年の女の子に、すごい表現するわね」 クスクスと笑う親。 「なんだか、兄妹みたいねぇ。まぁ、私としては子供が2人になったような物だから、似たようなものなのだけれど」 「兄妹っつーかまぁ・・・・・・」 家族みたい、とは言わず。 からかうような親の言い草に、言葉を濁す俺。 「こんくらい近い距離感だと、一番楽っつーか、分かりやすいんかねぇ」 俺はそう結んだ。 「まるで、分かりにくいことが別にあるみたいね」 親にそう切り替えされて、俺は自分が無意識のうちに引き比べていたことに気がついた。 三日のことと、葉山たちのことと。 自分の問題と、他人の問題を。 「分かりにくいことが、あるんだよ」 と、俺は口に出していた。 「いや、すげーシンプルなのかな。でも、それは俺の問題じゃなくて。アイツらの問題で」 取り留めの無い言葉だった。 「決めるのはアイツらだから、俺は、きっと何もできない。何もしないほうがいい。できる何かなんてそもそも分からないし。でも・・・・・・」 言ってる内に、想いがハッキリしてくる。 「何かしたいとか、何とかしたいとか、ンな馬鹿なわがまま考えてる」 本当に、俺ってすっごい馬鹿だ。 なんだかんだと言いながら、自分のことしか考えてない。 901 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 54 48 ID SkP7eOPU [14/20] 「まぁ、良く分かんないけどさ」 と、俺の言葉を聴いた親は言った。 取り留めの無い言葉への、当然の対応だろう。 俺だって、良く分からない。 分からないなら、きっと何もしないほうが――― 「けど」 と、意外にも、予想外にも、親は言葉を続けた。 「我慢すんな」 え? 「でも、親。コレ、ホントに俺のわがままで・・・・・・」 「それでも、そこで我慢しちゃ駄目でしょ」 ピッと指を立てて、俺の言葉を遮る親。 「センがどういうコトに首突っ込んでるのかはしらないけど、そこまで理屈でがんじがらめになるくらい考えたい、思いやりたいことなんでしょ?そこで足止めてどうするのよ」 「でも、これは頼まれてもいないことで。本当に、俺のわがままで」 「わがままで良いじゃない。世の中、わがままじゃないことの方が多いわよ?」 ウインク1つ。 「悩んだって始まんないわよ。悩むくらいに、どうしても何かしたいんでしょ、その『アイツら』のために」 「でも・・・・・・」 それが誤りだったら、間違いだったら、傷つけて、しまったら。 「誤りだったら、しかったげる。間違いだったら、止めたげる。傷つけちゃったら、謝れば良い。だから、やりたいなら四の五の言わずにやりなさいよ」 そう、彼は言った。 「お父さん・・・・・・」 「そう呼ばれたの、何年ぶりかしらね。まぁ、『お母さん』でも良いんだけど」 「それだけはやだ。でも、ありがと」 「どういたしまして」 「少し、元気が出た気がする」 「それは良かったわ。センがヘコむと、私もヘコむ」 自分を心配してくれる人がいる。 その事実を改めて自覚し、たまらなく嬉しくなる。 「じゃ、先に寝てるわ」 「ええ、おやすみなさい」 そう親子らしいやり取りをして、俺は部屋に戻っていった。 どうやら、ぐっすり眠れそうだった。 ・・・・・・いや、そんなことは全然無かったんだけどね。 902 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 56 37 ID SkP7eOPU [15/20] 「―――ウン、ウン。頼まれていたのは用意できたよ。ウン、詳しくはあとでパソコンの方に送るから」 『ありがとうございます、零日さん。駄目で元々のつもりだったんですけど、お願いしてみるものですね』 「フフ…お姉さんに任せなさい…なんだよ、明石さん」 『いや、零日さんはお姉さんなんてお歳じゃ「何か言った?」『ごめんなさい』 「それじゃ、頑張ろう…ね」 そう言って、緋月零日は明石朱里との通話を終えた。 携帯電話を置き、満足げな笑みを浮かべる零日。 もっとも、彼女の内心など誰にも理解できるものではないだろう。 そんなことを思いながら、緋月月日は隣でベッドに横たわっている妻の顔を見ていた。 「どうしたの…月日お兄ちゃん?」 「いや、何でも無いよ?」 不思議そうな零日に対して、話し方を意識しない、素の口調で答える月日。 今の月日は、普段の鉄仮面を外し、学生時代には浮名を馳せた美貌の素顔を晒している。 彼女に対して、自分はどのような表情をしてしまったのだろう、と月日は考え、それを打ち切った。 恐らく、意味の無いことだ、と。 「ところで、今回のこの一件、三日のお友達のお手伝い。これはどういう不幸に繋がるのかな?」 口調だけは平然として、月日は恍惚とした表情を浮かべる零日に語りかける。 月日は、零日が明石朱里と邂逅し協力していることを簡単に聞いている。 聞いているだけで、何もしていない。 彼はあくまで傍観者に徹していた。 「ふこ・・・う?誰も不幸にはならない・・・よ?」 不思議そうな零日。 月日とは違って、零日はこれが素の口調だ。 元々、零日は話が得意な性質では無いのだ。 「まぁ、そのつもりだろうね」 苦笑するように、月日は言った。 自分の力は他人を不幸にする。そう規定する月日は自分の全能力を積極的に不幸のために使い、幸福のためには使わないことにしていた。 もっとも、ごく一部には『不幸の可能性』というリスクを呑んだ上で彼に協力を仰ぐ酔狂な者もいるにはいるが。 ともあれ、月日が傍観者に徹している理由はそこにあった。 自分が関わって幸福になることなど、どこにも無いのだから。 「もし、明石さんの思い通りにコトが進めば、あの娘は幸せを手に入れる・・・私と同じ種類の、ね」 「ほぅ・・・」 答えながら、月日は自分の首を拘束する首輪の重さを意識する。 それと同じ目にあう男がいるのなら、それはご愁傷様だと月日は思った。 思うだけだ。 見ず知らずの男のために涙を流せるほど情に厚い人間ではないと、月日は自分を規定していた。 だから、月日は零日や明石という少女を止めるつもりも協力するつもりもなかった。 故にこその傍観者である。 「それに・・・幸せを手に入れる女の子は明石さんだけじゃない・・・よ?」 「誰だい?」 明石という少女以外にも、零日が気を回している娘がいるとでもいうのだろうか。 月日に言わせれば、零日が誰かに協力するということからして、とてつもないレアケースなのだが。 「三日ちゃん・・・だよ?」 「!?」 零日の答えを聞いて、月日は、なぜか、絶句した。 「驚かなくても良いじゃ・・・ない?だぁって、明石さんは…三日のお友達。お友達のために何かするのは良いこと…でしょう?良いこと・・・らしいじゃない」 「それが、・・・狙イ・・・かい?」 平静を保とうとして、思わず他所行きの口調になる月日。 明石朱里を通して、三日を巻き込み、自分たちと同じ状況へ持っていくこと。 それが、零日の目的! 「狙いじゃない・・・よ。まぁ、そうなったら良いな・・・くらいに思ってたらそうなったみたい・・・だよ?」 「だろう・・・ね」 零日は月日のため以外のことで積極的に動くことがないことを、月日は長い付き合いで知っていた。 ただ、今回は積極的『でなく』動き、彼女が望む結果を得られたということのようだ。 「運が良いのか悪いのか・・・」 903 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 56 54 ID SkP7eOPU [16/20] 「何か・・・言った?」 「いいや。でも・・・ナンデ・・・なんだい?」 「え?」 月日の問いに、心から分からないという顔をする零日。 「レイちゃん、君だって千里くんのことは認めていたようだったじゃないか。それを、僕と同じ状況に持っていく必要がどこにあるんだい?」 「え?…え?」 月日が噛んで含めるように説明しても、零日の不思議そうな顔は変わらない。 「三日ちゃんは『私の続き』なんだよ?私の幸せは三日ちゃんの幸せで、三日ちゃんの幸せは私の幸せ・・・でしょ?そこになんで『必要』とか『必然性』とかがいるの?」 きょとんとした顔で、零日は言った。 逆に、月日は得心がいった。 『僕たちと同じ在り方が・・・シアワセ・・・ね。レイちゃんはナチュラルにそう感じてるわけだ』 きっと、月日をこうして拘束している状況が、零日にとって極めて当たり前に『幸せな状況』なのだろう。 一家団欒が幸せだ、健康であることは幸せだ、とかいうのと同じレベルに。 尤も、見方を変えれば自分の生き方を子に強いているとも言えるが。 『親のエゴ・・・ね。まったく、レイちゃんも随分当たり前に母親としての勤めを果たしているじゃないか』 と、月日は皮肉交じりに、自嘲交じりに思った。 「どうした・・・の?」 その様子を見た零日が、不思議そうに言った。 恐らく、月日の気持ちを説明しても、零日は理解できないだろう。 この娘とは根本的に分かり合えない、いや、分かり合えないように『してしまった』のだから。 「・・・イヤ・・・。ただ、レイちゃん。君はいま・・・シアワセ・・・かい?」 月日の持って回った言い回しに零日は、 「幸せ・・・だよ」 と即答した。 「お兄ちゃんがいてお兄ちゃんがいてお兄ちゃんがいて、零日は今とっても・・・幸せ」 そう言って、零日は月日の白い肌を強く抱きしめた。 痛いくらいに。 拘束するように。 「ああ、僕も・・・シアワセ・・・だよ」 ソレに対して、月日は零日の最も望むであろう言葉を発した。 緋月月日、緋月零日、2人は今日も当り前に壊れていた。 「何を考えているのかしらね、あの女」 同時刻。 つい先ほどまで会話していた相手に向かって、明石朱里は呟いた。 「ま、良いけどね、別にどうでも。私に協力してくれるっていうなら」 携帯電話を弄びながら、明石は独り言を続けた。 所詮は人事。 相手にどんな思惑があろうと、自分にとって、そして自分の望みにとっては何の関係も無い。 「ともあれ、舞台も役者も準備万端。あとは、撒き餌を捕らえるだけ、ね」 そう言って、明石は歪な笑みを浮かべる。 「その撒き餌の役、あなたにやってもらうわよ、御神千里。誰より無駄で邪魔なことはなはだしく腹立たしいけど、アナタも『親友』の幸せのためなら泣いて喜ぶわよね?」 そう笑いながら、携帯メールを作成し始める。 送信相手は、緋月三日。 904 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 57 12 ID SkP7eOPU [17/20] 翌日 どうにか何事もなく(本当にどうにか!)一夜を終えた、俺と三日は、いつものように登校路を行く。 いつものように隣を歩く彼女の歩幅を意識しながら、俺は昨夜何事も無かったことに心底安心し、自分の理性に万雷の拍手を送っていた。 頑張った、良く頑張ったぞ俺の理性! 自分で自分を褒めてあげたいという台詞は理性(おまえ)のためにある! そんな、他者からの同意をあまり得られそうに無いことを考えていると、いつも通り見慣れた2人の背中が見える。 その2人、葉山と明石にいつも通り合流。 明石は、葉山に密着し、とにかく一方的にしゃべりかける。 葉山は、それに対して「ああ」とか「うん」とかしどろもどろに受け答えをする。 おびえているのは明らかだったが、それを決して口に出すことは無い。 いつも通りに。 今まで一度として、一瞬たりとも口に出すことは無かった。 恐ろしいから。 恐ろしい相手と、捉えているから。 極めて不愉快な光景である、と明言しよう。 居心地も悪ければ、見心地も悪い。 「おはよ、はやまん」 俺はひょい、と手を上げて言った。 「あ、ああおはよう、みかみ「それでね、まーちゃん!」 葉山の言葉を遮り、無理やりに自分の方を向かせる明石。 葉山の目が助けを求めていたようにも見えたが、助けない。 助けられない。 葉山の口から、一度たりとも「助けて」と言われたことが無いから。 言ってくれなきゃ分からない。 言ってくれなきゃ、伝えたことにはならない。 だから、一晩考えて――――こっちから言うことにした。 「はやまん、葉山」 俺は努めて冷静に、葉山に向かって言葉を投げる。 「え、あ「まーちゃん、でねでね」 強引な明石に恐れ、逆らえない葉山。 いや、逆らおうともしていない。 「お前、そのままで良いの?」 俺は、そう言葉を続けた。 葉山に答えられるかは分からない、けれど伝えることはできる。 これが、助けて、とも言われていない、何も頼まれていない第三者(モブ)でしかない俺ができる唯一のことだろう。 「ソイツに何も言えず、何も言わず、ただ唯々諾々と流されて。それを恐れるばかりで何もしないで。そんなの・・・・・・」 「うるさいわね」 と、そこで初めて明石が俺に向かって言葉を投げかけた。 「アタシたちは今、すっごく幸せなの。そうでしょ、まーちゃん」 その強制力のある言葉に、葉山は、 「あ、ああ・・・・・・」 と頷いた。 頷きやがった。 「だから、さ。アタシたちの幸せの邪魔しないで」 ドスの効いた声で、明石は言った。 「ねぇ、明石」 と、俺は平然と言葉を続けた。 「『それで良いの?』って言うのは葉山だけじゃなくて、お前にも言いたかったのよね」 「はぁ?」 侮蔑するように応じる明石。 けれど、俺はそれに動じない。 『この程度』には動じない。 かつての孤独や、最初に愛した少女に比べればどうということは、無い。 「お前、最近外堀を埋めるばっかで、肝心の内堀が―――葉山の想いを疎かにしてるようにしか見えない」 「……知った風なことを言うのね」 叶うのならば俺を今すぐにも殺したい、そんな目で明石は俺を睨みつけた。 「でも、そうね。確かに私はまだ外側しか手に入れてない。でも―――」 今にも喰い殺さんばかりに口元を歪め、明石は言葉を続ける。 「想いも手に入れるわ。必ず」 そう言って、明石は葉山と先行した。 後から思えば、その言葉の真意を、俺は欠片も理解していなかったのだろう。 905 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 57 36 ID SkP7eOPU [18/20] 昼休み 「…やるんですね、本当に」 明石朱里から改めて説明を受けた緋月三日は、確認するようにそう言った。 「勿論。って言うか、この程度でオタオタされても困るけどね。所詮は今後の布石だし」 サラリとそう言うと、明石は歪な笑顔を浮かべる。 「さぁ、御神千里を狩りましょう」 放課後 「あれ?」 いつものように三日と連れだっているつもりで下校路を歩いていると、俺は違和感に気が付いた。 片手が寂しい。 そう思って隣を見回すと、三日の姿が見当たらない。 更に、周囲を見回しても彼女の姿は影も形も無い。 ふむ。 ふむふむ。 今日三日と離れたのはお手洗いくらいなモノだが(そう言えば昼休みのは随分長かったが。明石も一緒だったし)、その後いつも通り一緒にいたはずだ。 俺にしても三日にしても、離れる時は一言言っとくようにしているのだが。 校門までは一緒にいたし、てっきりいつも通り連れだって下校している物と思っていたのだが。 我ながら迂闊だね。 今までいつも通りだからって、今日もいつも通りだと思い込んで、すっかり三日へのセキュリティが疎かになっていた。 ましてや、昨日はあんなことがあったばかりだと言うのに。 読者の皆様に指差して笑われても文句は言えない。 「いつの間に、はぐれたんだ……?」 思わず、苛立った声が出る。 普段居て当り前の奴がいきなりいなくなるというのは、思いのほか落ち着かない。 「つっても、夏の時と違ってお互いケータイがあるのが救いだよな」 そう呟き、俺は鞄から携帯電話を取り出し、三日の番号にダイヤルする。 コール音がひどく長く感じる。 『…もしもし、三日です』 「三日、今どこー?」 思わず、挨拶をすっ飛ばして聞いていた。 『…あの、少しお願いがあるんですけど』 「何さ、改まって」 『…部活動の前に、来て欲しいところがあるのですけれど』 「ゥン、どこー?」 『…学校の近くの……』 そう、場所を説明される。 「分かった。今行く。あと……」 俺は、念のために確認した。 『…何でしょうか?』 「お前は、そこにいるんだよね?」 『……はい』 「分かった、ンじゃまた後で」 そう言って、俺は電話を切った。 後から思えば、悪い予感はしていたのだろう。 けれど、昨日の出来事に引き続いての、突然の三日の不在。 それは、俺から冷静な判断力を奪うほどの効果があった。 そう。 俺はこの時、欠片も冷静では無かった。 無防備でさえ、あった。 狩る側にとっては、この上無く格好の獲物だったのだ。 「三日!」 学校近くの、人毛の無い道路。 俺は彼女の姿を確認して、呼びかけた。 「…千里くん」 俺の呼びかけに振り向く三日。 「どーしたよ、いきなりいなくなって」 「…ごめんなさい」 そう言って、三日はガバリと抱きついてきた。 キス出来る距離に。 殺せる距離に。 「あ、いや、別にそんなに気にしちゃいないけど……」 密着され、三日の女性らしい身体の感触やシャンプーの匂いにドギマギする俺。 「…それに、もう1つごめんなさい」 え? それはどう言う意味――― 「だっ!?」 その瞬間、俺の身体に衝撃が走った。 有無を言わせず全身を硬直させる感触には覚えがある。 スタンガン―――それも三日の抱きついている腹部と、更に背中からの二段構え! 不意打ちで受けた激痛に、俺は三日から離れ、グラリと倒れる。 「思った通り、ちょろいわね」 気を失う瞬間に見たのは、髪に表情が隠れた三日と、酷薄な笑みを浮かべた明石。 スタンガンを持った2人の少女の姿だった。 906 名前:ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part3 ◆yepl2GEIow[sage] 投稿日:2011/10/05(水) 17 57 55 ID SkP7eOPU [19/20] おまけ 気を失った御神千里を2人の少女が見降ろしている。 緋月三日 明石朱里 そして更にもう1人。 「遅いですよ、零日さん」 その場に駐車した車から降りてきた女性に向かって、明石が言った。 「ゴメン…ね。これでも、多忙な身…だから。これでも急いできた…んだよ?」 その女性、緋月零日は苦笑しながら答えた。 「…お母さん?」 怪訝そうな声を出す三日。 「言わなかったっけ?他に協力者がいるって」 何でも無いように、明石が言った。 確かに、そんな説明を明石からされた気がするが、それが母だとは三日は思っても見なかった。 「…これから、千里くんを車に運び込むんですよね」 「そーよ」 三日の言葉に、鬱陶しげに明石が答えた。 「それで、誰が車の中に放り込むの…かな、彼のこと」 「…」 「……」 零日の言葉に、2人は無言になる。 目の前には、激痛で気を失った千里の体躯。 ただでさえ背が高い上に、痩せぎすでは無く良く見ると相応に鍛えているようにも見える。 つまり、有体に言って重そう。 それに対して、こちらはかよわい女性が3人ぽっち。 「ど、どうしましょう……かね?」 改めてその姿を見て、反笑いになる明石であった。 その後、3人は誰が彼を車内に運び込むかで多少揉めることになるのであった。
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215 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 48 11 ID L0TLbg72 ***** 俺と妹と着物姿の葉月さんが、ほとんどの生徒が帰ってしまった放課後、蛍光灯の明かりのない廊下で、 向かうところ敵なしのはずの覆面ヒーローを引きずっている女忍者と出会った。 つい今し方、俺が遭遇した状況を端的に言い表すとそうなる。 昨日こんなことがあったんだ、と他人に言っても決して信じてもらえそうにない光景である。 しかし、今日は学校内で文化祭が行われている。中にはコスプレ喫茶を営むクラスも存在する。 よって、覆面ヒーローがいようと女忍者がいようと、俺は驚かない。 だが、コスプレ喫茶の存在を知らない、俺以外の人間はそうでもないようだ。 俺と行動を共にしていた葉月さんと妹は、何度も目をしばたたかせている。 葉月さんは一日中、自分のクラスのウェイトレスをやっていた。 妹は一般公開の終わった時刻になってこの学校へやってきた。 弟のクラスの出し物がコスプレ喫茶だということを知らなくても仕方ない。 揃って覆面を被った二人のうち、一人は弟だ。 あの仮面も、黒いボディスーツも、薄く汚れたプロテクターも、俺が手を加えて作ったものだ。 弟の細かい注文を聞いて作った特注品である。着ている本人よりも詳しく知っている。 弟に平和を守るヒーローになって欲しいという願いを込めて作ったわけではないのだが、弟よ、ヒーローが 気絶して、あまつさえ連れ去られたらさすがにまずいだろう。 第一話で主人公が悪の組織のアジトに連れ去られる展開はある。 が、変身できるようになってからは悪の首領を成敗する目的で乗り込むのが王道だ。 強くなってからさらわれちゃ格好がつかないぞ。 お前が理想とする英雄たちはそんなへたれた存在じゃないはずだ。しっかりしやがれ。 俺たちがやってきたことに気づいたくノ一は、引きずる動作をやめてこちらを向いた。 校舎の窓ガラス四枚分の距離を開けて、俺たちは対峙した。 「……ねえ」 葉月さんが小声で話しかけてきた。 「あれ、何? なんで忍者が居るの? しかも……なんか引きずってるし」 まったく、その通りだ。運ぶのならもっと効率のいい手段もあるだろうに。 それに、まだ生徒がいるかもしれないこの時間に動かなくてもいいじゃないか。 もしかしてこの忍者――要領が悪いのか? それとも頭が回らないのか? どちらにせよ、そのドジ振りはありがたい。おかげで弟誘拐の憂き目を回避できた。 216 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 49 10 ID L0TLbg72 「お兄さん」 今度は妹が声を出す番だった。妹の声は静かで冷たい。 しかしそれは妹が俺と話す際のデフォルトであり、この状況に影響されたわけではない。 「もしかしてあの倒れた仮面の方、お兄ちゃんじゃないの?」 ――え? なんでわかるんだ? 愛の力でわかったとか、間違っても口にするなよ。 妹の気持ちはくどさを感じるほどわかっている。こんな時まで聞きたくない。 「昨日の夜、話をしているときにはしゃいでたから、もしかしたらと思って。 やっぱりこういうことだったんだ。でも……こんなことだったら内緒にしなくてもいいのに」 なんだ。妹は弟がヒーローのコスプレをすることをとっくに知っていたのか。 妹は弟の変化に敏感だ。前日にはしゃいでいれば、何かあると勘づくのは当然のことだ。 弟から文化祭の出し物でコスプレ喫茶を開くと聞いていたのだろう。隠すことでもない。 戦うヒーロー大好きの弟が、仮装パーティの衣装を選んだらどんな格好を選ぶか。 我が家に住んでいる人間なら誰でもわかる。 日曜の朝、特撮番組を見る弟がリビングのテレビを独占するのが慣例だから。 今回はそのわかりやすい習性が裏目にでた。 連れ去られそうになっているのが弟だとは悟られたくなかった。 妹がどんな反応をするかなんて、たやすく予想できる。予想が百パーセント的中することも保証できる。 また修羅場が発生する。前回は対葉月さんだったが、今回の相手はくノ一だ。 女忍者の実力が未知数だから、妹の勝率はわからない。 妹の戦闘能力はどれほどか知らないが、以前葉月さんに怒りの勢いで特攻した点、そしてその後為す術もなく 投げ飛ばされ着地し咳き込んだ点から考えて、対人戦術を身につけているわけではないとわかる。 戦わずに済んでくれればなによりなんだが……そうはならないだろう。断言できる。 場に妹がいなければ弟を取り返して終わりだ。女忍者はその後で追い払えばいい。 しかし妹がいると、問答無用で殴りかかるだろう。 妹には悪いが、やっかいな奴がもう一人いるような気さえする。 夕方になってから、妹が学校に来なければよかったのに。 さて、なぜ俺たち三人がこの場にいるのかを説明するとなると、今日の四時頃まで時を遡らなくてはならない。 ***** 今日の四時、つまり文化祭一日目の一般公開の時間が終了する頃。 二年D組の教室内に、寝ぼけ眼で周囲の状況を確認している男が居た。俺のことだ。 ふて寝していたのだ。昨日の夜から今朝までずっと眠っていなかったから。 また、誰かの下した命令のせいで半拘束状態に置かれていたからでもある。 普段ならば、後日白い目で見られることを覚悟した後に、甲高い奇声を上げて脱走するところである。 絶対に従いたくない類の命令だったのだ。被緊縛嗜好は持ち合わせていない。精神的にも肉体的にも。 あえて従ったのは、しかめっ面をつくりながらもなんとか許容できる程度の理由があったからだ。 217 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 50 07 ID L0TLbg72 さらに時間を遡り、午前中。純文学喫茶開店前。 控え室の隅っこに設えられた俺専用の席に座っていると、高橋から話しかけられた。 「不満そうな顔だね、色男」 「お前は相変わらず地味な顔つきをしているな」 「ありがとう。僕は自分が地味な容姿をしていることにも、地味な性格をしていることにも誇りを持っているから、 君が抱く僕の印象がそうであってとても嬉しいよ」 「……少しは堪える素振りを見せろってんだ」 「ところで、君はあのプリントを見て、それに書かれていた内容に腹を立てているようだが、それはよくない。 あの命令は、クラスメイト全員の総意と言ってもいいものだよ」 「お前らは、俺に窓際族でいてほしいのか……?」 「そういう意味じゃない。君がこの教室にいてくれないと、喫茶店の利益が上がらないからだ」 「俺が居たところで客がくるわけでもないだろ」 「違うんだな、これが。確かに、君がウェイターをしたところで売れ行きは伸びないだろう。 しかし、君が居てくれないと売り上げが落ちるのは結果として起こりうることなんだ」 「……なんだそりゃ?」 「要約すると、君が教室にいれば葉月さんがウェイトレスをやり続けてくれるから、 君には教室に居てもらわなければいけない、ということだ。 もし君が居なくなれば、葉月さんは君を捜しにどこかへ行ってしまうだろう。それは非常によろしくない」 「そんなわけないだろ? 給仕役は交代制のはずだし、勝手にどこかに行ったりは……」 「葉月さんが何を目的にしてウェイトレスをやっていると思っているんだね、君は」 「……さあ? ウェイトレスをやると取り分が増えるから、とかか?」 「この鈍感め。彼女は君に見て欲し………………ふ、言わないでおこう。言うほどのことじゃない。 それに、僕が言うべきことでもない」 「気持ち悪いところで止めるなよ。俺に、なんだってんだ?」 「自分で考えるんだな。ここまで言ってもわからないんだったら、今日から君と言葉を交わすとき、 僕は自分の台詞の後ろに(鈍)をつける。そうなりたくなかったら、脳の血の巡りを良くすることだ」 高橋に「おはよう、今日も元気そうだな(鈍)」とか、 「悪い、忙しくて宿題をやってくるのを忘れてしまった(鈍)。写させてくれ(鈍)」とか言われようと かまわなかったのだが、あそこまで馬鹿にされて放っておくのも癪である。黙って沈思することにした。 机の上で腕を枕にして伏せる。体勢を維持したまま、窓から差し込む陽光に微睡んでいると、答えが浮かんだ。 葉月さんは、自分の着物姿をクラスの誰よりも早く俺に見て欲しいと言っていた。 男冥利に尽きる殺し文句を、俺だけに見て欲しかった、という意味で勝手に解釈するとしよう。 すると、俺が見ていなければ葉月さんが着物姿でいる理由は消失してしまう。 結果、葉月さんはウェイトレスをしなくなる。またひとつ、日本から美が失われる。 導かれる結末として、我がクラスの総力を結集した喫茶店の売り上げは落ち、打ち上げ会場のテーブルの 上に並べられるピッツァがスナック菓子の偽物ピッツァに変わってしまう。 高橋の言葉をそのまま借りよう。それは非常によろしくない。 葉月さんが袴姿の給仕役を請け負った理由を悟ったことにより、友人から括弧綴じしてまで鈍感さを 強調されることはなくなったわけだが、それこそ蛇足というべき余計な効果である。 一番大事なのは、俺が今日明日ともに教室に立て籠もらなければいけない理由が正当なものであると気づいたこと、 そしてクラスメイトから軟禁状態に置かれているのはやむなくのことである、と知れたことだ。 そりゃそうだ。いくらなんでも謂れなくあんな命令をクラスメイトが下すはずがない。 理不尽ともとれる命令は二年D組全体のためを思ってのことだったのだ。 すまなかった、皆。 皆はあそこまで陰湿なやり口で俺を追い詰めたりしないもんな。――俺、信じているよ、うん。 218 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 51 39 ID L0TLbg72 納得したところで、目をつぶり、意識のベクトルを体の外から内へ変更する。 首の後ろから背中にかけて人肌の温度に保たれたタオルを乗せられているような陽光の中、ああもし自分の魂を 今のままに生物種を変えられるなら猫になりたい、と荒唐無稽なことを考えているうちに、眠ってしまったらしい。 らしい、という持って回った言い方をしたのは、いつの間に睡眠状態に移行したのかわからなかったから。 あと、もう一つ。それが睡眠ではなく、昏睡だったのかもしれなかったからである。 目を覚ましたとき、カーテンで仕切られた簡易控え室の中にクラスメイトの姿はなかった。 眠りの余韻を残した瞳で床を見る。俺の影がなかった。リノリウムの床が灰色に染まっていた。 振り向いて、窓の向こうの空を見上げる。 すでに太陽は沈んでいた。青くて暗いパノラマには置いてきぼりにされたように雲が点々としていた。 デジタル式で表示された携帯電話の時刻表示を確認する。 午前中を最初のコーナーでパスし、昼食時間をあっさり周回遅れにし、午後の時間のすべてをラストの直線で 置き去りにして、トップでゴールしていたことに気づいた。 優勝カップの携帯電話には、PM4 40の文字が表示されている。 どうりでクラスメイトの姿がないわけだ。 明日のことは明日すればいいや、程度にしか喫茶店の成功について考えていないのだろう。 担任は臨時従業員の意識変革を図る必要がある。 もっとも、明後日になれば教え子に戻るわけだからあえて説き伏せる必要性は感じられない。 既に営業が終了している以上、教室にいても仕方がない。教室を後にする。 二年の教室をC、B、Aの順に通り過ぎる。校舎の設計上、先には上下階への昇降を可能にする階段が存在している。 三階へ行く用事は差し当たってないため、階段を降りていく。 踊り場にて階段を折り返し、さらに下へ向かおうとしたときである。 「きゃっ!」 という可愛らしい悲鳴を、俺とは逆に階段を昇ってきた女性が言った。 彼女は俺と顔を合わせることなく、頭を下げた。 「ご、ごめんなさいっ。ちょっと急いでいたので、つい!」 「いえ、別にいいですよ」 「本当すみません、それじゃ!」 言い残し、俺の左側を過ぎようとしたその瞬間だった。 日が沈み、薄暗くなった階段の空気の中、俺と彼女の視線がぶつかった。 俺はなんとなく、本当に理由もなく彼女の顔を確認しようとしていた。 彼女はきっと、俺以上に理由なんかなかったんだろうけど、俺の顔に目を向けていた。 偶然により引き起こされた視線の邂逅。 そして、彼女が眉を顰める。 なんという失礼な反応であろうか。こっちだって目を合わせたくなんかなかったんだぞ。 そう思っても、俺は表情を変えない。 彼女から――既知の相手である彼女から今のような顔で見つめられることには慣れているのだ。 むしろ、温いくらい。目があったらオプションで舌打ちをされるくらいが普段の対応だ。 彼女があらぬ方向へ視線を逸らし、口を開く。口調に嫌悪感が滲んでいるのは(以下略)。 「お兄さん、まだ学校に残ってたんだ」 「ああ、ちょっと色々あってな」 「そう」 219 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 52 51 ID L0TLbg72 短いやりとりの後、沈黙が場を支配する。 まあ、これもいつも通り。彼女――二つ歳の離れた妹と一分以上会話を継続させたことなど記憶に無い。 悲しくはある。だが、高橋みたいに饒舌になられてもむしろ俺が困ってしまうので、今の方がやりやすい。 妹の冷たい態度の中に暖かみを探すのが俺側の対応である。 妹がデレを見せたのは葉月さんが家にやってきた日に起こった、朝食を作ってもらった事件(誤用ではない)が最後。 以来、妹の態度は改まることもなく、弟に勉強を教えているときは憎悪の視線を向けてくるし、風呂上がりの俺の 格好を見てはさりげなさを演じず顔を背けるようになった。 ……なんだろうな。朝食事件があまりにも暖かすぎたから、妹の態度がさらに冷え込んだように感じられる。 だけど、妹が俺と弟を勘違いして優しさを見せてくれないかなとか、つい期待してしまう。 いくらムチで叩かれようと、アメがもらえそうな気がするから離れられない。 こうやって世の男は調教されていくのだろうか。 俺がそうならないとも限らない。注意しておこう。 「お兄さん、お兄ちゃんを見なかった?」 兄弟以外が聞けば誤解を招くこと必至の問いかけだった。 『お兄さん』は俺。『お兄ちゃん』は弟。明らかに片方だけに親しみが込められている。 まだ『お兄さん』と呼ばれているからいい。いつか『兄さん』になったら、俺はどうしたらいいのだ。 ――という内心の葛藤はこの場ではさて置いて、妹に返事する。 「見てないな。というか、朝見てから弟の顔は見てない。弟を迎えに来たのか?」 妹が頷く。 「本当は明るいうちに喫茶店に様子を見に行きたかったんだけど、お兄ちゃんが土曜日でも学校はさぼったら ダメだって言うから、こんな時間になったの」 なるほどね。弟の言うことは素直に聞くからな、こいつ。 「一般公開が終わったのが四時頃だから、もう着替え終わって、明日の準備でもしてるんじゃないか」 「お兄ちゃんの教室に行って来たけど、お兄ちゃんはいなかった」 「同じクラスの人に聞いてみたか?」 「聞いてみたけど、知らない、としか。だから自分の足で探しているの」 「……ん? そりゃおかしいな」 まじめで、誰に対しても優しい弟がクラスメイトに黙って帰るとは思えない。 それに、「知らない」? 知らないなんてことないだろ。本人の与り知らないところでハーレムが形成されるほど人気者の弟が、 女子からの視線をかいくぐってどこかに行けるなんて考えられない。 こそこそ隠れてなら不可能ではないだろう。でも、隠れる必要があるほどの用事が弟にあったのか? 「お兄さんはお兄ちゃんがどこに行ったか……知らないよね」 「ああ。いちいち弟の行動を把握するほど俺も暇じゃないからな」 「あっ、そう」 使えねえなコイツ、というニュアンスを含んだ返事である。 だが、この程度でへこたれるほど俺だって弱くない。ちと反撃してやろう。 220 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 54 41 ID L0TLbg72 「お前こそ、まだ弟を見つけてないんだろ?」 「……ええ」 「いかんな、それじゃ。もしかしたら弟のやつ、今頃女の子と……」 「はぁ? …………なんですって?」 妹が距離を一歩詰めた。見上げる格好だが、上目遣いではない。 「お兄ちゃんに近寄る女がいるっていうの?」 「いや、いるというか……いないというか……」 「はっきりしなさいよ。いるの? いないの? ……どっち?」 可愛らしさをアピールしない女の子の目って、どうして男を不安な気持ちにさせるんだろう。 疑問の答えを出さぬまま、妹の迫力に押された臆病な長兄は正直に答える。 「いる。たくさん」 「……何人?」 「正確にはわからん。だが十名は下らない。安心しろ。あの子たちは弟の特定の相手じゃないから」 「そんなことわかってるのよ!」 いや、吼えなくても、いいんじゃない? お兄さん結構怖がってるんだよ? 「許せない、許せない許せない! どこの雌豚がお兄ちゃんに近寄ってるのよ!」 「あー……近寄ってはいないんだ。女の子たちはお互い牽制しあって、同盟みたいなのを結んでいて」 「同盟……一緒になってお兄ちゃんを犯すつもり? いいえ、そうに違いないわ!」 「すまん、違った。同盟じゃなくって、えっと、見守っているだけだった」 「かっ、はっ…………お兄ちゃんと同じ学校にいるだけじゃ足りず、ずっと見つめているですってぇ!」 そんな強引な解釈の仕方、アリか? 今となっては妹に何を言ってもネガティブな意味合いでしか受け取ってくれない気がする。 嫉妬深い性格をしているとは知っていたが、これほど性質が悪いものとは思わなかった。 何も言えん。言ったら言った分だけ妹の怒りが根強く浸透していってしまう。 「お兄ちゃんもお兄ちゃんよ! 他の女に隙を見せるなんて、どういうつもりなの!? 私がお兄ちゃんのそばにいないからって、浮気していいってわけじゃないのに!」 今気づいたが、俺の台詞ってさりげなく弟を追い詰めてなかったか? もちろん追い詰めるつもりなんかさらさら無かったけど。 フォロー……してももう遅いな。さらに怒りを深刻化させる危険もある。 すまん、弟よ。藪をつついて蛇を出してしまった。 俺はこれ以上刺激しないよう逃げる。お前はなんとかして大蛇の怒りを鎮めてくれ。 妹から離れるべく、右足を引く。回れ右をするためには右足を引かねばならないから。 だが、今の妹にとってはわずかな動きさえ気に障ってしまうようだ。 マイシスターが一歩踏み出す。距離を詰める。続けてブラザーである俺に対して詰問する。 「どこに行くつもりなの?」 目的地なんかない。お前の前から姿を眩ましたかっただけだ。 「いやなに、ちょっと忘れ物をしたから、教室に。ああ、弟のことなら心配するな。 放っといたら家に帰ってくる。説教するんなら帰ってからでもいいだろ」 「いいえ。もうお兄ちゃんは信じられないわ。今日は意地でも探し出して連れ帰る。 もしかしたらこれから女の家に行くかもしれない」 「そうか。まあ、そういうことなら止めやしない。あんまり遅くならないうちに帰るんだぞ」 兄貴っぽい台詞を言い残し、回れ右の動作を続行する。 体が後ろを向いたところで、妹に動作の完了していない左腕を捕まれて引き戻された。 「……どうか、したのか?」 「協力して。お兄ちゃんを捜すの」 妹に頼まれごとをされるなんていつ以来だろう。ひょっとしたら初めてのことかも知れない。 本来なら諸手を挙げて喜んでいるところだが、弟を捜すことに協力するのとは別の問題だ。 221 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 56 23 ID L0TLbg72 「悪いが、協力することはできない」 「どうして?」 「さっきも言っただろ。忘れ物を取りに教室に行くんだよ。」 「――嘘ね。あの女のところに行くんでしょう、お兄さん」 ん? 誰のことを言っているんだ? あの女? 妹が知っている俺の知り合いなんていたか? 今のところ――ひとり、該当しているな。 忘れるはずもない。なにせ、妹は一回彼女に豪快に投げられたのだから。 「葉月さんのことか? 前にうちに来た」 「そんな名前だったんだ。印象の薄い名字だから覚えるのも一苦労ね」 葉月って結構いい名字だと思うけどな。響きがいい。 うちの家族総員の名前にくっついている名字みたいに没個性的ではないぞ。 「あの女に会うのは後回しにして。先にお兄ちゃんを捜すの、手伝って」 「お前、やけに葉月さんには辛辣な態度をとるな」 俺に対しても辛辣だが。けれど、葉月さんに対してはとりつく島もない。 「当然。あの女、私を思いっきり放り投げたんだから。あれ、下手したら死んでたわよ」 「それについては否定しないが。だからって……」 「私、あの女嫌い」 にべもない返事だった。俺に対してさえ、嫌いと言ったことはないのに。 妹は俺を嫌っているだろう。少なくとも、好きよりは嫌いの方に気持ちが偏っているはず。 嫌われるような真似をした覚えはない。 だが、俺は昔の出来事の記憶をなくしているらしい。弟の態度から察するとそういうことになる。 過去の出来事が原因で妹は俺を嫌っているのか、それとも俺の性格容姿その他諸々が気に入らないのか。 俺にはわからない。聞くこともできない。何を言われるか怖くて、聞くことができないんだ。 妹は自分の感情を口から吐き出す。まるで対象への嫌悪を再確認するかのように。 「嫌い。私がどれだけ、お兄ちゃんへの想いに苦しんでいるかも知らず、あんなことを言うなんて。大っ嫌い」 あんなこと。「兄妹は絶対に結ばれない」という葉月さんの台詞か。 「お兄ちゃんのこと諦めようと思って、けど、顔を見ていると気持ちが膨らんで、その繰り返し。 あの女もだけど、きっとお兄さんにもわからない。上手くいかないってわかっているのに、それでも挑まなきゃ ならない人間の気持ちなんかわからないでしょ。わかってくれなくていいよ。私、優しさなんて要らないから。 お兄ちゃんだけが優しくしてくれたらいい。昔から、私を守ってくれたのはお兄ちゃんだけだったもの」 また昔話か? なんで弟妹揃ってもやもやさせるんだ。 全四巻の漫画のうち三巻だけが抜け落ちてるみたいな気分だ。 俺は、欠けた道を突き進んで、今の場所に辿りついたのか? 本当に通っていないのか? いいや。何かの事件があったはずだ。俺ら三人兄妹全員に関わる――暴力的な事件が。 「でも――お兄さん」 妹が俺の顔を見上げた。何事かを思い出したような様子だ。 「あの女から、お兄さんは私を守ってくれたよね?」 「あ、ああ……」 「どうしてあんなことしたの? どうして、何度投げられても立ち上がって、かばってくれたの?」 理由なんかなかった。弟と妹を庇わないと、葉月さんを止めないと、という気持ちだけだった。 「長男が弟妹を庇ったらおかしいか? 理由なんかねえよ」 「だって、おかしい。お兄さんが私を庇うなんて、そんなの……」 妹はそこで言葉を切った。俯いて、黙考している。俺は続きの言葉を待つ。 やがて、顔を上げた。続きの言葉を口にする。 「お兄さんは昔、私を………………いじめていたのに」 222 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 58 31 ID L0TLbg72 妹の小さな声が、氷の固まりになって胃を満たした。 いじめていた。俺が、妹を傷つけていた。 「妹をいじめないで」。葉月さんに向けて弟が言った台詞だ。 思い出すだけで恐怖が沸いてくる。いじめていたのなら、どうして俺が戦く? 黒いもやが脳に入り込む。明かりのない校舎の空間全体が俺の敵になっている。 逃げられない。どこに逃げても、俺は捉えられてしまう。 それに、さっきから、胃が苦しい。破裂しそう。膨らんでいる。内側から貫かれている。 「記憶はおぼろげだからわからないけど、でもたぶんあれは――あ、れ? お兄さん?」 足が自分のものではないみたいに無様に揺れる。膝が折れる。足首が曲がる。 目の前には、暗い階段の列がずらりと続いていた。俺を階下へと導いている。 抵抗する術をなくした俺は、そのまま暗い空間へと身を投げた。 「――――だめ!」 がくり、と首がうなだれた。そこで気づく。 俺は踊り場から一階へ向けてダイビングを敢行していた。 落ちていたら怪我は免れなかっただろう。骨折ぐらいしてもおかしくない段数だ。 倒れる俺をその場に留めていたのは、葉月さんであった。 振り袖と袴のコンビネーションが、いっそう魅力を引き立てている。 ――髪の毛を結んでるリボン、解きたいなあ。 「ねえ! 大丈夫? どうして顔色が悪いのに笑っていられるの?」 ああ、俺は笑っていたのか。きっと葉月さんのおかげだろう。 葉月さんは綺麗で、清楚で、まっすぐだ。なのに、俺なんかを好きでいてくれる。 ちゃんと応えないといけない。 「大丈夫だよ。ちょっと目眩がしただけだからさ」 「そう、なんだ。よかった、話し声を聞いて駆け出さなかったら間に合ってなかったよ」 「ごめん。あと、ありがと。助けてくれて」 「ううん、いいの。当たり前のことだもの。でも、なんで……、ん?」 葉月さんの視線が俺の顔から、俺の背後へと進路変更。即座に無表情になる。 「妹さん?」 「……どうも」 妹はぞんざいな返事をする。葉月さんは失礼な態度を気にした様子はなかった。 だが、妹の顔を見続けているうちに怒りの表情を浮かべた。なぜ。 「あなた、お兄さんに何を言ったの?」 「別に。普段通りの会話よ。家族同士の会話なんだから――部外者は引っ込んでて」 失礼な態度なんて段階じゃない。あからさまに敵意を放っている。挑発している。 「ぶっ、部外者ですって?! 私は、彼の!」 「……何?」 「か、彼の…………クラスメイトよ。まだ」 「ふうん。まだ、彼女じゃないんだ。人の家で大胆なことはできるくせに、お兄さんには弱いのね」 「なっ……こ、このこ、この小娘…………」 「お兄さん、小娘って言われちゃった。どうしよう?」 どうしようじゃねえだろ。自分で種を蒔いておいて人を巻き込むな。 妹の態度にデレ成分を見つけようと思ってはいたさ。だが、俺はデレの演技が見たいわけじゃないんだ。 ホッチキスの針が切れていて困っているとき、黙って針を取り替えてくれるようなさりげないのがいいんだ。 いや、そりゃまあ、バレバレな演技も満更ではないけどね。 223 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 06 59 49 ID L0TLbg72 妹の台詞を反芻する。頼られるのも悪くないな、うむ。 今の気分を噛みしめていると、二時の方向にいる葉月さんの方面からうなり声が聞こえた。 葉月さんが、なんと――頬を膨らまして俺を見つめていた。なんだ、このデレ合戦。 「どうしてそんな優しい顔してるのよぅ……」 葉月さんがくしゃくしゃに顔を歪ませる。携帯電話のカメラ機能ってこういうときすぐ使えたら便利だよな。 プリントアウトして額に飾って目覚まし時計のそばに置いておきたい。毎日頑張れること、必至。 ――さて、不埒な思考はここらで止めておくとしようか。 「ごめんごめん。いいことがあったから、ついね」 「……ふんだ。やっぱり妹さんがいいのね。だからいつまで経っても、してくれないんだ」 「それは……また別の話だよ」 妹に対して甘いのは認めよう。だけど、葉月さんに告白できないのは、別の理由があるからだ。 自分の気持ちに自信がないから告白できない、なんてのは告白じゃないもんな。 葉月さんが言っているのは、恋愛感情を伝える目的でされる告白のことだ。 「謝ってばかりだけど、ごめん。もうちょっとだけ、待ってて」 「…………わかった。でも、ちゃんと白黒はっきりさせてよね」 返事と、心に誓いを立てる目的を兼ねて、首肯する。 ふと葉月さんと目が合ったので、見つめ合う。しばらくして、妹の声が脇から割り込んできた。 「ふん……とっとと付き合えばいいのに。バカみたい」 放課後に着物姿でいる理由を葉月さんに問いただしたら、要領を得ない答えが返ってきた。 葉月さんは体育館に設置してあるシャワールームで汗を流してきたという。 それはいい。秋とはいえ動き回れば汗もかく。 理解しがたかったのは、なぜ着物を着直したのかという点だ。 今日は喫茶店の営業は終了した。ウェイトレスもお休みの時間である。 問い詰めているうちに、とうとうしどろもどろになってしまったので、追求をやめる。 俺に見せるために着直した、とかだったらとても嬉しい。もはや真相を知ることはできないが。 別の話題として、弟が行方不明になっているという話をしたら、気になることを言われた。 「さっき、って言っても三十分前だけど。変な格好の人がいたよ。 ちらっとしか見なかったんだけど、二人連れ。一人は頭にかぶり物してて。あ、かぶってるのは二人ともだった。 えーっとね……一人は、アニメに出てきそうな格好だった。もう一人は僧侶か忍者みたいだった。それがどうかしたの?」 確定した。葉月さんが目にしたのは間違いなく弟だ。 喫茶店が終了してから特撮ヒーロー気分を味わおうとでもしたのだろう。 自分一人では浮いているから、友人をもう一人連れて。 一年の教室は一階にある。二年の全クラスが並んでいるのは二階。 二階から校舎の外にある体育館へ向かう際、一年の教室前は通らない。 つまり、弟はあの格好で校舎の外に出たということになる。 仮面というのは恐ろしい。普段大胆なことができそうにない人さえはっちゃけさせてしまう。 弟は人気者だが、派手なことをして目立とうとするタイプではない。 フラストレーションが溜まっていたんだろうな。作ってやって良かった、コスプレ衣装。 葉月さんの目撃情報から時間が経っているが、校舎内に弟がいる可能性は低い。 立ち話していた踊り場から一階へ下り、一路体育館へ向かう。 妹と話し込んでいる時間は結構長かったらしい。時刻は五時二十分になっていた。 暗くなっても見えないことはないが、全身ほぼ黒の衣装を纏った弟は発見しにくい。 校舎へ引き返し、一階の全教室を見回し、二階へと向かう。 階段を上りきったときに廊下でばったり遭遇したのが、気絶して哀愁漂う姿になった即席ヒーローの弟と、 弟の脇の下に腕を回しずりずりと引きずっていく女忍者だったのである。 時間軸はここで巻き戻る。ここからは、如何にして事態を収拾すべきかが肝要である。 224 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 01 04 ID L0TLbg72 ***** 校舎に染みこんだ夕方の冷たい空気の中、妹が表情を暗くして、喉から声を絞り出す。 「あいつ、あの黒ずくめ……許さない。よくも、お兄ちゃんを……」 「え、あれって弟くん? 仮面被ってるからわかんなかったよ」 無理もない。弟のクラスで出し物の準備をしていなかったら俺だってわからなかった。 しかし、こんなときに不謹慎かもしれないが、遠目に見ると弟の着ているボディスーツとマスク、良い出来だ。 若干暗闇補正がかかって、黒が映えて見える。空間に同化することなく存在を主張している。 動きを犠牲にした設計により、ボディスーツは弟の体型をぴったり包んでいる。 マスクは竹籤を編んで、その上から紙粘土で覆い、プラスチックを流し込んだうえで黒の塗装を施した。 プロテクターとブーツは自宅にあった玩具に少々手を加えて加工したから、それっぽく見えている。 正直、今日一日しか見られないのが惜しい。来年も弟のクラスがコスプレ喫茶を開いてくれると嬉しい。 女忍者は佇んだまま、一向に動く気配を見せない。 忍装束は職業柄、闇に紛れて行動することに適して作られている。 それに準じ、目前のくノ一の衣装も濃紺に染まっている。胴体は見えるが、手先足先は確認しづらい。 何を待っているのだ、この女忍者――いや、この子、というべきだな。俺は彼女の正体を知っているから。 気絶している方の覆面が弟だと知った妹が、その場から動いた。 「お兄ちゃん!」 叫び、見知らぬ人間の手から兄を救うべく、標的のもとへ向けて駆け出す。 しかし、妹の手が弟を掴むことはなかった。葉月さんが妹の腕を握ってその場に留めていた。 「離しなさいよ!」 「それはできないわ。みすみす見殺しにするわけにはいかない」 「あんたは関係ないでしょ! ほっといて!」 やはり妹は冷静さを欠いてしまっている。 以前葉月さんを相手に同じように突っ込み、投げ捨てられた結果から何も学んでいないらしい。 「関係なくなんか、ないわ。あなたはいずれ私の義妹になる人なんだから」 「……はぁぁっ?! あんたもしかして、まだお兄ちゃんのこと!」 「お兄ちゃんの方じゃないわ。私が言っているのは、あなたのお兄さんの方よ。 というわけで、ここは私に任せておきなさい。荒事なら、我が家では日常茶飯事だから、慣れっこよ」 「え、でも……あんた」 「気にする必要なんかないわ。戦う女がいたって、別にかまわないでしょう?」 ね? と言いながら葉月さんが俺を見た。 ――いかん、惚れてしまいそうだ。格好良すぎ。 もしも俺が女だったとしても、今の葉月さんには一目惚れしたに違いない。 葉月さんが一歩、二歩、三歩、と前進した。 俺も、邪魔にならず、いざというとき手助けできそうな位置へ移動する。葉月さんの左斜め後ろだ。 左手を腰に当て、葉月さんが口を開く。女忍者は動かない。 「何から言ったらいいのかしらね……。とりあえず、こんばんは。私は葉月。あなた、名前は?」 視線を葉月さんからくノ一へ向ける。やはり動かない。 「答えるわけがないか。なら、態度で示してくれる? そこにいる、さっきまで引きずっていた男の子。 彼は私たちにとって大事な人なのよ。後ろにいる二人は彼の兄妹。私にとっては弟分なの。 あなたにもここまでする理由があるんだろうけど、この場は一旦引いてくれないかしら?」 ようやく、影同然の存在が動きを見せた。 スタンスを広げる。上体が床と平行になる。両手がだらりとぶらさがる。 ゆらゆらと体を揺らし始める。引く気配など一切感じ取れない。 「……そう。思ったとおりの反応ね。強引な手を使ってでも、彼が欲しいのね。 なら、教えてあげましょうか。意地を通したいなら、実力よりも――強固な意志を持たねばならないということを」 225 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 03 20 ID L0TLbg72 骨の鳴る軽い音がした。葉月さんの拳が握りしめられ、開かれる。 左足を半歩前へ踏み出す。左手が腿の上で、右手が胸の前で止まる。 武道の構えは剣道と空手と柔道ぐらいしか見たことがないけど、いずれとも似ていない構えだ。 これが葉月さんの身につけた武道の構え。落ち着いていて、構えっぽく見えない。 対面するくノ一が揺れる。両手と胴体を不規則に揺らしつつも、葉月さんから目を逸らさない。 止まる葉月さん。揺れるくノ一。見守る俺と妹。気絶したままの弟。 誰もが足を止まらせる中、最初に動いたのは葉月さんだった。 力の溜めもなく蹴る音もなく、前進する。一足飛びで瞬時に相手との距離を詰める。あと一メートル。 葉月さんは次の一歩を踏み出――すことなく、窓際へ向けて跳んだ。 かろうじて見えた。葉月さんが踏み出したその瞬間、『何か』をくノ一が投げた。腕が素早く一閃していた。 『何か』は二人の距離を結び、廊下の向こう側へ消えた。 軽い音が聞こえた。まるで、ボールペンと教室の床が衝突した音のようだった。 何を投げた? ナイフ――にしては音が軽すぎた。金属音なんかしていない。 「あなた、飛び道具なんか使うのね。いえ……あれは飛び道具とは言えない。本来、武器として使うものでもない」 え、葉月さんには見えていたのか? 見えたから避けられたんだろうけど、この暗さ、あの刹那で確認したのか? でたらめだ。葉月さんも、弟の同級生の――あの子も。 葉月さんが再度構えをとる。またもや前進。呼応して、くノ一が『何か』を投げる。 だが、さっきの動きで距離を詰めていた葉月さんには通用しない。 やすやすとステップで回避し、接近戦に持ち込む。 くノ一の頭が揺れる。胴に打ち込まれる。足が吹き飛ぶ。……何をやっているかわからない。 葉月さんの動きが速すぎて見えないのだ。猛ラッシュだった、としか言い表せない。 ともあれ、連続で打たれたことにより女忍者は後ろへ下がり、床に尻をついた。勝負ありだ。 「葉月さん、もうこれで終わり……ん?」 構えを解かないまま、葉月さんはくノ一を見下ろしていた。警戒しているのか? 「葉月さん?」 「静かにして。今、こいつは――」 くノ一が後ろに跳んだせいで、言葉が遮られた。 着地の音。続けて襲ってくるのは――殺意混じりの視線だった。 「だめ、逃げてっ!」 声がスイッチになってくれた。脳が危険を感知する。 もっとも速い動作として、足の力をまるごと抜いた。尻と床が激突する。 背後から破砕音。振りむくと、後ろにあったA組の窓ガラスが割れているのが目に入った。 床にはガラスの残骸と、ボールペンが一本、転がっていた。 ということは、さっき葉月さんを襲ったものも、俺に向けて飛来したものも、ボールペンだったのか? ――いや、甘く見たら駄目だ。 ボールペンの先で床を打ち付けても、ペン先は潰れない。 比較的重いボールペンを全力で投げれば、今やったように窓ガラスだって壊せる。 人間の目に向けて飛んできて、失明せずに済むなんて保証できるか? ペンを投擲したのは、当然、女忍者だった。俺の方を向き、右腕を振り切っている。 このくノ一――この女の子、俺が失明するかもしれないとわかっていて、こんなことをしたのか。 弟を想っている女の子の中に、ここまで危険な人間が混じっていたなんて。 妹とこの子。現時点ではこの子の方がずっと危ないじゃないか! 226 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 05 21 ID L0TLbg72 どうする。俺にはこの子の狂気に立ち向かう術がない。一体どうすればいい? 「あ………………」 己の無力さに歯がみしたとき、つぶやき声を耳にした。 こんな掠れた声は、俺でも妹でも葉月さんでも持っていないはず。 でも、弟はまだ床に倒れたままだ。じゃあ、今のは誰の声だ? 「ああ、ぁああああああああああああ、おぁああああああああああっ!」 雄叫びが木霊した。肌が粟立つ。今の声、聞いたことがある。この声は――葉月さんだ。 「お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! お前っ! おまえはあぁぁっ!」 鈍い音が聞こえ、間髪入れず黒い影がA組のドアに激突した。 衝撃で、割れた窓に残っていたガラスの破片が落下した。 くノ一が床に倒れる。激しく咳き込み、酸素を求めている。 葉月さんの腕が黒い影に向けて伸びた。頭を掴み、床に叩きつける。がつん、がづん、ごづん。 「よくも! こんな、こんな真似をっ! 壊してやる砕いてやる潰してやる、ねじ切ってやるっ!」 黒い固まりが空を舞う。いつぞや俺も味わった空中回転木馬だ。 だが俺のときと比べたら――慈悲なんか欠片も感じられない。 両手で首を掴み、対象を窓や壁や天井にぶつけながら大きく回転する。 何回、何十回と回転してから壁に放り投げ、叩きつける。 一度止まってもなお収まらない。このままだと、相手の命を奪うまで止まらないかも知れない。 「だめだ……止まってくれ、葉月さん!」 回転する嵐の中心へ向けて突っ込む。 目前を黒い塊が通過する。通り過ぎてから、もう一度挑む。 とにかく早く止めなければいけなかった。葉月さんを着地点にするつもりで飛びかかる。 背中から抱きつき、回転の勢いを殺すためシューズでブレーキをかける。 回転が収まっても、葉月さんは女忍者の首を離さなかった。 両手の指が強く食い込んでいる。これは――窒息させるつもりだ! 「駄目だ! やめてくれ! 俺なら大丈夫だから!」 「こんな奴がいるから! 私はずっと待たなきゃいけない! びくびくしなきゃいけない! なんでここまでおびえなきゃいけないのよ! ただ、願いを叶えたいだけなのにっ!」 「おい、見てないで手伝え! 妹!」 呆然としていた妹を呼んで、くノ一の首を自由にする。 自由になった途端、くノ一はあれほど振り回されたダメージを感じさせることなく、立ち去ってしまった。 一度も振り向かず、どうして弟をさらおうとしたのかも弁解しないままに。 くノ一が立ち去ってからも、まだ葉月さんの慟哭は続いていた。 「いやだ、やだ、嫌だ! 消えないで! なんでもするから、ずっと守ってあげるから! わがままなことはもう言わない! 家に籠もってずっと待っててなんて馬鹿なこと口にしない! 消えないで……もう、やだよお……う、ぅあ、うぁぁあああああああああああぁん……」 葉月さんが一体何をここまで恐れているのか、俺にはわからなかった。 俺が傷つけられそうになったことが、葉月さんのスイッチを入れてしまったのは間違いない。 消えないで。葉月さんの切実な願い。誰かに消えて欲しくないと望んでいる。 その誰かは――俺だったりするのだろうか。それとも、俺が知らない他の誰かなんだろうか。 俺には知らないことが多すぎる。忘れていることも多すぎる。 でも、今は全てを後回しにする。 今は、葉月さんの涙を胸で受け止めていればいい。 粉々に破壊された窓から吹き込んでくる風は、一足早い冬の匂いを一年ぶりに俺の肌に思い出させてくれた。 227 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 08 02 ID L0TLbg72 ***** 文化祭二日目の日曜日、アタシは昨日と同じように学校に登校した。 昨晩受けた傷は、奇跡的に打撲とかすり傷のみだった。顔に傷はないから、皆に心配されることはない。 あれだけ振り回されたのに軽傷で済んだのは、彼の先輩が割り込んでくれたからだろう。 あと三回、いや二回床に叩きつけられていたら、今頃アタシは病院のベッドの上にいるはずだ。 計何回、床とコンバンハしただろう? ……数えるのも嫌になる。 あれだけやられてこの程度で済んだ私も頑丈だけど。 あの女――先輩は葉月さん、とか言っていたっけ。クラスの皆も噂している、評判の女性だ。 先輩の彼女なのかな? 先輩には悪いけど、容姿は釣り合っていない。でも性格は凶暴だから、トントンかも。 先輩を狙ったのは、葉月さんの動揺を誘うためだった。 先輩を怪我させて、一瞬の隙を逃さずに行動不能にする。 もう一人の女の子は軽く脅しておけば傷つけずに済んだはず。 でも、誤算があった。葉月さんはあまりにも強すぎた。 いきなり突っ込んでこられて、次の瞬間には体当たりでドアまではじき飛ばされていた。 頭を床に打ち付けられて、その後で首を大根でも引き抜くみたいに捕まれて、ブン回された。 葉月さんのスイッチは、どうやら先輩みたい。 先輩を傷つけるのは止めた方が賢明だね。 筋肉痛で痛む足を引きずって階段を上り、屋上の扉を開ける。 早朝からアタシの靴箱に手紙を入れて呼び出した人物は――だいたい予想通りの人物だった。 「や。おはよう。体の方は大丈夫?」 「おはようございます、先輩。アタシの体はいつだってどんな状況でも準備オーケーですよ」 先輩がどんな意味で体調を気にかけてきたのかは知ってる。でもあえてとぼけた振りをする。 「何か用事でもあるんですか? 先輩」 そしてアタシも、呼び出された理由をわかっているのに気づいていない振りをする。 「あ、もしかして先輩……アタシのこと」 「うん。俺にそういうつもりはないし、今日呼び出した用件も全然違うから」 「これから自分の立場を利用して、強引にしようだなんて……」 「悪いけど俺は他に好きな人が……いるから。君に何もするつもりはないよ。今日は君に」 「なるほど、つまり遊びの関係を結ぼうっていうんですね? うーん……いいですよ。 先輩は彼のお兄さんですから、遊んであげます」 「今日は君に、だ、な……」 「うふふ。この間みたいに、保健室でふたりきりになって、熱い言葉をぶつけあいましょうか? ア・タ・シは……体の方でも、いいですよ?」 「……き、昨日のことを言おうと思って、だな……」 あははっ。照れてる照れてる。もう少し遊んであげよう。 先輩の体の正面に立つ。身長差があるから、アタシは自然に見上げる格好をとることになる。 男の人は上目遣いが好きだっていうのは、反応を見ていればわかるんですよ。 「せっかちですね、先輩は。ここ、屋上ですよ? でも、誰も見ていないから好都合ですね」 「ま、待ってくれ! 俺の話を聞いてくれ!」 「もう遅いですよ。アタシの右手も左手も、先輩が欲しい先輩が欲しいって言って、聞かないんですから。 ねえ、せんぱぁい……とっても早くイカせてくれる右手と、たっぷり楽しませてくれる左手、どっちが好きですか?」 「そうだな、できれば左、いや最初は右も……じゃないって! だから、俺は!」 「あはっ。じゃあ、両手でしてあげますよ。動かないでくださいね。動いたら――――怪我じゃ済まないですよ」 228 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 10 05 ID L0TLbg72 両の手首をひねって制服の袖から得物を取り出す。 右手を先輩のこめかみに、少し遅れて左手を首の付け根に当てる。 この動き、距離を詰めてさえいれば早ければ秒以下の速さで実行できる。 もっとも、あんまり役に立ったことがないんだけど。 「……やっぱり、君だったか」 両手に持ったペン先を先輩の皮膚に軽く当てる。 心配そうな顔をしなくても。当ててるだけじゃ皮膚は破けませんよ、先輩? 「はい。いつから気づいてました?」 「あの忍装束だよ。あれを着ているのは君だけだ。君と弟のクラスの衣装づくりを手伝った俺にはわかるんだよ。 木之内……名前はすみこ、だっけ?」 「違います。ちょうこです。木之内澄子、それがアタシのフルネームです」 初対面の人間は九十九パーセント間違うのよね。ちなみに一パーセントの例外は彼。 「木之内さん、そろそろ手をどけてくれない? 痛くないけどどうしてもむずがゆくなるんだよ」 「澄子ちゃん」 「え?」 「澄子ちゃんって呼んでくれたら解放してあげます」 「……どうしても言わなきゃだめ?」 「はい。言わないとアタシのペンが先輩の顔中を駆け回って面白落書きをしちゃいます。 安心してください。額には肉じゃなくてHって書いてあげますから」 「わかったよ。その手をどけてくれないかな、澄子ちゃん?」 「はい、よろしい」 役に立たない特技も脅しには使えるね。 今度、彼にもやってみよう。彼には澄子ちゃんって呼ばせているから、次は呼び捨てにしてもらおうかな。 先輩から離れて、ボールペンを袖口に戻す。 先輩は大仰な動きで飛び退いた。これで、アタシと先輩の距離は一メートル以上空いた。 アタシは半径五メートル以内なら十中八九ペンを命中させられるから、離れても無意味ですよ。 「それで、先輩。アタシを屋上に呼び出したからには、何か理由があるんじゃないですか?」 「まあね。単刀直入に言うよ」 「俺が作ったメイド服を着て、毎朝行ってらっしゃいと言ってくれ?」 「違う! 俺の理想のプロポーズは、君は俺の部屋に勝手に入らない、けど俺だけは君の心の部屋に勝手に入れさせてくれ、 ……って、何を言わせるんだ!」 「うわあ……先輩、とっても寒いですよ。その台詞」 「わかってる! 適当に言っただけだよ!」 先輩が咳払いする。まじめな表情で口を開く。 229 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2007/12/18(火) 07 13 12 ID L0TLbg72 「弟のことだ。木之――澄子ちゃんが弟に恋してることに関しては何も言わない。むしろ俺は推奨する」 「はい」 「だけど、昨日みたいに薬で無理矢理眠らせて連れ去ったりするのは、やめてくれ」 「無理ですよ」 「普通に告白してくれればいいんだ。そうすれば弟だってきっと――」 先輩は言葉を止めた。止めざるを得なかっただろう。 アタシの投げた二本のボールペンが、左右の頸動脈を掠めていったから。 「先輩は知らないから、言えるんですよ。弟さんの心がとっくにある女に捕らわれているということに、気づいていましたか?」 「弟の……好きな女の子?」 「はい。アタシは弟さんの傍でずっと見ていたから知っています。どうしようもないほど、強く心を惹かれていますよ。 アタシが弟さんを想うぐらい――に強いかは知りませんけど」 「そうだったのか……」 本気で意外そうな反応だった。 兄弟であまりそういう話はしていないのだろうか。 「先輩だったら、どうします。自分の好きな女性が、自分以外の男を好きになっていたら」 「それは……俺の場合は……」 「今の先輩にはわかりませんよ。あそこまで強く想ってくれる女性がいたら、不安になることなんか無いでしょう?」 「そうでもないよ。こう見えて、わけのわからない理由で悩まされているんだ」 「ふうん……ま、いいですけど。アタシの場合は、絶対に諦めませんよ。 弟さんがいたから、アタシは今のアタシになれた。助けてくれたんですよ。とっても寒い、一人きりの世界から。 アタシは弟さん以外の男に幸せにしてほしくない、っていうか、絶対にできませんね。こっちから拒否しますし。 だからですね、先輩」 そこまで言って後ろを向く。屋上の出入り口まで歩いてから、振り返る。 他人に向けて初めて、決意を告げる。 退路を完全に断って、自分を追い詰めなければ、彼を手に入れることはできない。 「アタシは彼の全てを、根こそぎ奪ってみせます」
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212 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 26 23 ID wHKFQGU5 -------- 都内の国道に沿って続く大通りを囲うようにして存在する店舗たちの すき間を通り抜け、小さな路地を進んだ先。 そこにはいわゆるメイド喫茶と呼称される喫茶店があった。 喫茶店の中には4つのテーブルとカウンター席があり、カウンターの内側では 男性ウェイターがグラスを磨いていた。 その男性ウェイターの苗字は南と言う。 アルバイトの店員からは南さん、恋人である女性店員からは南君、と彼は呼ばれていた。 大学を卒業後、彼はこの喫茶店に就職しウェイターの制服に身を包んでいる。 彼の仕事は主に軽食の調理、レジでの清算、その他の雑務全般であり、 接客業務などは行わない。メイド喫茶でウェイターが接客をするのはおかしいから、 というのがというのがその理由である。 店内には彼以外の男性従業員の姿はない。男店長が事務所の椅子に座っているものの、 足首と椅子が手錠で繋がれている状態では出歩こうにも不可能であるため、 結果的に喫茶店の男性従業員は南しか姿をあらわしていない。 カウンターで業務をこなす南の横には、メイド服を着た女性が付き添っている。 南と彼女はこの喫茶店で出会い、告白も喫茶店の中で行われた。 彼らの仲の良さは、副店長の女性に「お二人の結婚式はこのお店で行いましょうね」と 言わしめるほどのものであり、営業時間中も二人は付き添ったままの状態である。 二人の姿は店内にいるメイド服を着用したアルバイト店員の目にも映っており、 彼女達の心に焦りと羨望の情を抱かせている。 南の顔は、殴られたあとのように少しばかり腫れていた。 恋人と喧嘩したわけでも、女性店員の着替えをうっかり覗いてしまって殴られたわけでもない。 仮に後者であれば顔を腫らすどころか、病院の白い天井を拝み続ける退屈な日々を 送ることになるかもしれないが、まあそれは置いておくとしよう。 南が顔を腫らしている理由はこの数日に起こった出来事にある。 その出来事が分類されるべきジャンルは暴力的なものになる。 いや、ここでは「あえて」、という単語を付け加えるべきか。 男性が南に果たし状を叩き付けたときの光景は、時と場所をわきまえれば美しいものに見えなくもなかったからだ。 213 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 27 21 ID wHKFQGU5 午後5時、喫茶店のドアをカランカラン、と鳴らして入ってくる男がいた。 その男の特徴を表現するならば巨漢、というものがふさわしい。 南よりも頭二つ分高い身長に、肩の筋肉の盛り上がりで異常に広く見える肩幅をして、 セカンドバッグかと思わせるほどの大きさの靴を履いている男だった。 男は挨拶をしてくる店員に会釈をするとカウンターに向けて歩き出し、カウンターの向こうで グラスを磨いたまま顔を上げない南を見下ろせる位置で立ち止まった。 男は何も言わない。南も次に磨くべきグラスを手にとっただけで口を開かない。 男がやってきた理由、それは南と戦うためである。 別の言い方をするならば、喧嘩をしにきたのである。 南と巨漢の男は知り合いである。南が大学に籍を置くと同時に身を寄せていた 格闘技研究会で、巨漢の男は南の後輩をしていた。 その格闘技研究会では主に格闘技に関する情報を集めることを目的としていたが、 南と後輩の男は自らの身で技の実践を行っていた。 技の威力・精度を高めるための鍛錬方法や、対人戦闘において留意するべき事項を 記録することを当初の目的としていたが、次第に目的が変わっていった。 2人はどちらが強いのか、それを証明するために組み手を行うようになった。 技の練度を重視する南と、力が全てと豪語する後輩。 意見の異なる2人がぶつかり合うのは当然のことだったのかもしれない。 学生時代の2人の戦いは、全てが南の勝利という形で決着がついた。 ただ力押しでぶつかってくる後輩が、優れた格闘センスを持っているだけではなく 相手の心理・弱点をつく作戦までとってくる南に勝利することは不可能だったのだ。 だがその結末は後輩にとって面白いものではなかった。 勝ち逃げというかたちで卒業した南を追って、後輩の男はこの喫茶店にやってきた。 南と戦い、勝利すること。後輩の男にとって、それが一番重要なものだった。 214 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 28 42 ID wHKFQGU5 「おに……こほん、ご主人様、ご注文はお決まりですか?」 立ち尽くす巨漢の男に声をかけたのは、メイド服を着て長い髪をポニーテールにした背の低い店員だった。 彼女がいかにも声をかけにくそうな男に声をかけることができたのは、彼女が巨漢の男の妹だからだ。 巨漢の男の名前は、剛と言う。 妹はたくましい兄のことを、『兄』としてではなく『男』として慕っていた。 いじめられたときや困っているときにいつも助けてくれた兄の存在は、 彼女にとって何よりも大きな心の支えになった。 兄と一緒にいるだけで彼女の心は安心感に包まれた。 彼女は次第に兄から離れることを嫌がるようになり、兄のとなりにいていいのは自分だけだ、 と考えるようになっていった。 兄に他の女が寄り付かないようにするため、彼女はさまざまは行動をとってきた。 自分の友人や兄の友人に、自分達が義理の兄妹であると言いふらしたり、 そのうえ2人の間に既成事実が発生している、ということまで捏造して言いふらした。 そんな妹に対して剛は困った妹だ、という程度の認識しか持っていなかった。 結果、2人は仲のいい兄妹として先日まで過ごしてきた。 しかし、妹はその現状に満足していなかった。 兄をいかにして自分のものにするか、という懸案事項は常に妹を悩ましていた。 剛は野生的な勘に優れているので、妹が不審な行動をとったらすぐに気づく。 睡眠薬や痺れ薬などの劇薬を食事に混入したときにはそれを口にしようとはしなかった。 力づくでものにしようと考えたこともあるが、兄に敵うほどの人間はそうそういない。 ある日、実の兄を無力化するための方法を考えながら、ぼんやりと路地を歩いていた彼女に声をかける老人が居た。 不思議なことにその老人は彼女の浅ましい欲望を全て看破した。 驚く彼女に向かって老人は、「君のお兄さんに○○というメイド喫茶に南君がいる、と教えなさい。 そして、君もその喫茶店で働きなさい。そうすれば、君のお兄さんは永遠に君のものになる」と告げた。 胡散臭い台詞ではあったが、その老人の言葉はなぜか信用に足るように思えた。 彼女は老人の言うとおりに行動し、喫茶店のアルバイトを始めた。 彼女の言葉を聞いた剛は、翌日には喫茶店にやってきて、南に勝負を挑むようになった。 それが今から8日前のことになる。 現時点で南と剛が再会し、拳を交えた回数は既に8回。妹がこの喫茶店でメイド服を着た回数も8回。 そして今日、彼・彼女ら3人を巻き込んだ事態は9回目を迎えようとしている。 215 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 30 24 ID wHKFQGU5 剛は手元に視線を落とす南のうなじを見下ろしながら、こう言った。 「ウェイターさん。いつもの、お願いします」 その言葉に込められた意味は店内にいる全員が知っている。 つまるところ、今から喧嘩をしましょう、という意味である。 その言葉に一番の反応を示したのは南の横にいる女性店員だった。 彼女は一度剛の顔を睨みつけ、次に南の苦い表情を見つめると手で顔を覆った。 また恋人が傷ついてしまうと思い、涙を流しているのだ。 南の顔に張り付いている痣は昨日喧嘩したときについたものだ。 ちなみに、おとといまで南の顔には傷一つついていなかった。 では、なぜ昨日南は不覚をとってしまったのか? その原因は自分の恋人の女性にあると南は考えている。 彼を責めないでほしい。自分の油断を恋人のせいにするのは彼にとって本意ではない。 しかし、勤務中かまってもらえないからという理由で、8日前から前例に無いペースで 精力を搾り取られている南の体力はガタ落ちしており、それが昨日の不覚を招いた。 昨日はかろうじて勝利を収めた南だったが、昨晩は泣き続ける恋人をあやすために 夜通し起きていたため、現在の彼のコンディションは赤一色に染まっている。 だが、南の体に宿る闘争本能は燃え尽きてはいなかった。 南の体の奥底から力が沸き始め、全身の血流を活発化させる。 彼はグラスを食器棚に納めて手を拭うと、肩を震わせる恋人の肩に手をやった。 「南君……」 「大丈夫。今日は怪我なんかしないからさ」 南は恋人の髪を撫でた。 言葉と仕草で彼女を励ますのが、南にできる精一杯のことであった。 喫茶店の前の路地で、2人の男が向かい合って立っている。 中肉中背の男は腕を垂らして構えを見せていない。 もう1人の筋骨隆々とした男は豪腕を見せ付けるように腕を組んでいる。 「眠そうですね、先輩。今日のところは日を改めましょうか?」 「慣れない敬語なんて使うな。いつもどおり喋れ」 「まあ、そう言わずに。僕の敬語を聞くことができるのは、これが最後なんですから」 南は目を閉じると、かぶりを振りながらため息を吐き出した。 「残念だが、お前が俺を敬わなくていいようになるには10年早い。 せめて言葉遣いだけでも馴れ馴れしくするのを許している俺に甘えろよ」 「それじゃあ、目いっぱい先輩の胸を借りるとしましょうか。 下手すれば借りたまま失くしちゃうかもしれないから、気をつけてくださいね」 剛は喜色満面の笑みをつくった。 その顔を見て南も笑おうとしたが、笑えなかった。 彼の心には、余裕など微塵もありはしなかったからだ。 216 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 32 11 ID wHKFQGU5 2人が戦いを始める合図は存在しない。 どちらからともなく襲い掛かり、殴り、蹴り、叩き伏せるだけである。 この日、最初に仕掛けたのは剛であった。 咆哮をあげながら全力で駆け出す巨体は、南の前に立ちはだかると、拳を振りかぶった。 人間のものとは思えないほど巨大な拳が向かう先は南の顔面。 その場に立ち尽くしたまま動かないウェイターは、殴られ吹き飛ばされる―― かと思われたが、悲鳴をあげて後退したのは殴りかかった剛であった。 見ると、南はその場から一歩踏み出した状態で右手を突き出している。 剛の打ち下ろしの一撃に合わせたカウンターである。 「ちっ……やっぱ無理か」 「そんなワンパターンじゃ、結果は変わらないぞ」 「さて? ……そいつはどうかな!」 剛は体をひねると、大振りの右回し蹴りを放った。 それは標的の首から上を吹き飛ばすためのものだったが、即座にしゃがんだ南には当たらない。 南は地を這う右足払いを放つと、体勢を崩した巨体の顔面を全力で蹴り上げる。 続けて放たれる足刀をみぞおちに受けて、巨体が地に伏せた。 冷徹な声が、せき込む巨体の男に投げかけられる。 「どうした? もう終わりか」 「っへへ……まだまだ!」 立ち上がると、剛は力任せの攻撃を繰り出す。 そのことごとくに、南はカウンターを合わせていく。振り回される拳を払い、かわし、急所をつく。 一瞬の溜めの後に放たれる前蹴りに対しては、体を入れ替えて前進し飛び膝蹴りを顎に穿つ。 長い間戦ってきた剛の攻撃を見切ることは、南にとってたやすいものだった。 決して油断できる攻撃ではない。直撃を受けたら骨の数本は折れてしまいそうなものばかりなのだ。 剛が立ち続ける限りその攻撃が止むことはない。 決着をつける方法はただひとつ。巨体が地面に沈み動かなくなるまで打ち続けること。 それすらもたやすいものであったはずだ――南のコンディションが万全ならば。 剛の放った右ストレート。その軌道もスピードも南の目には写っていた。 だが、ただでさえ神経をすり減らすカウンターは南の体力まで削っていた。 ストレートに合わせたフックが剛の顔面に当たる。だが、当たっただけで振りぬくまでにいたらない。 南の体力に限界が近づいていた。彼のスタミナに問題があるわけではない。 連日繰り返された恋人との情事によって、彼のスタミナはエンプティラインの目前にまで減っていたのだ。 217 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 00 35 03 ID wHKFQGU5 (あと一撃で決めないと、やられる) と南は感じていた。 自分が全力の一撃を放てるのは、あと一回が限度。ならば、渾身の一撃で剛を倒すしかない。 剛が左手を真横に振りかぶる。次の攻撃はフックだ、と南は見切った。 巨体のわずかなひねりを感じ取った南は、ためらうことなく右の拳を全力で突き出した。 ぐきり、という音が空気と右手の骨を通って脳に届いた。 確かな手ごたえ。これでまた、自分の勝利だと確信した。 目の前にいる剛の巨体が段々と沈んでいく。だが、そのときにおかしなものが見えた。 剛の口の端が吊り上って、顔が愉悦を形作っていたのだ。 (なぜ、笑っている――?) その疑問を浮かべた次の瞬間、南は内臓に衝撃を受けた。 呼吸が止まり胃が締め付けられ、喉の奥から生暖かいものが飛び出した。 たまらず顔を伏せた南の目に飛び込んできたのは、太い腕だった。 剛の太い腕の先端についた拳が、自分の腹筋に突き刺さっている。 (そうか――) あえて自分の最後の一撃を受け、至近距離での一撃を放つ。 それこそが剛の作戦だったのだ。 脱力して地に伏せた南を見ながら、剛は震える膝を押さえつけていた。 ここで立ち続けていれば、夢に見ていた勝利を掴むことができる。 倒れたら、きっと起き上がることはできない。この勝利はおあずけになってしまう。 だが彼の膝は勝利より、休息を一番に求めていた。 剛の膝が折れる。そして地面に張り付いたように動かなくなった。 動け、と強く念じても剛の腰から下が動くことはなかった。 しばらく間を置いてから、彼の背中が地面に着いた。 次第に、意識が遠くなっていく。 必死で目を閉じることに抗う剛の目に、カチューシャを髪に差した妹の顔が映った。 妹は泣いていた。ぼろぼろと涙を流して、自分を見下ろしている。 一粒の雫が落ちてきた。剛の目に向かって、まっすぐに落ちてくる。 その様子は、剛の目からはスローモーションに見えている。 目前に雫が迫ってきたところで、剛は目を閉じ――そのまま、彼は眠りに落ちた。 2人の戦いは、この日初めて相打ちという形で決着が着いた。 ------ 222 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 31 24 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 2人の戦いから3日が経った。 今、南は朝霧の立ち込める寺にて1人で座禅を組んでいる。 剛との再戦に備えて精神集中をしているのだ。 あの対戦のあとで南は2日間の有給休暇をとった。 それは体の傷を癒すためというよりは、恋人と一時的に離れることが目的だった。 剛との戦いで相打ちに終わった理由は、スタミナの不足である。 その問題を解決するためには恋人との情事を控えることが一番だと南は考えていた。 だが、後ろ髪を引かれる思いをしたのも事実だった。 恋人に2日間会えないということを告げたとき、彼女は世界の終わりが来たときに浮かべそうな表情をした。 立ち去ろうとしたときは、腰にしがみつかれて制止された。 それでも南は彼女を振り払った。一緒にいると、どうしても彼女を抱きたくなってしまうことを自覚していたからだ。 だからこうやって離れた土地にある寺にやってきたのだ。 今日は剛との再戦当日。久しぶりに喫茶店へ出勤することになる。 同時に喫茶店にいるであろう恋人にも再会できる。そう思うと南の心は躍った。 この2日間、南は恋人のことばかり考えていた。 すぐにでも帰って彼女を抱きたいと思っていたが、剛の笑い顔がその思いを止めた。 戦うたびに自分に倒されていた後輩。その彼の顔が勝利を確信した表情を浮かべたときの悔しさ。 それを思い出すたびに彼は自分を強く律した。 手元にある携帯電話が振動し、6時を告げた。 今から向かえば8時には喫茶店に到着する。 寺の住職に挨拶をしてから、南は愛用のバイクに跨った。 向かう先は、決戦場――自身と恋人が勤めるメイド喫茶。 周囲に立ち込める朝霧を乱さぬつもりでスロットルを回し、南は寺を後にした。 223 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 32 25 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ 喫茶店に到着したのは、まもなく8時になろうかという頃合だった。 店の壁に張り付かせるようにバイクを停めてヘルメットを脱ぐ。 そのとき、ヘルメットを被っているときには聞こえなかった音が耳に届いた。 音がする方向は、店内。そこから騒がしい音がする。 ドン、ドン、という太鼓を打ちつけるような音と、 「が、ぁっ、そんな、なんでぇ! があっ!」 という男の叫び声が特によく聞こえた。時折、女の声がそれに混ざる。 「あんたの……せいで、…なみくんが、いなく……なったの、よ」 聞き覚えのある声だった――というより、忘れられない声だった。 南の最愛の恋人の声である。 しかし、普段南が聞いているような声とは違った。 暗くて、耳にこびりつくような恨めしげな音階をしていたのだ。 さらに耳をこらすと、別の女の声もした。 「や、やめて…………おにいちゃんを、ゆるして……」 その声は最近入ってきたアルバイトの女の子の声に似ていた。 そう、たしか――剛の妹の女の子だ。 何かを打ち付けるような音と、男の悲鳴と、自分の恋人の声と、剛の妹の声。 それだけ整理しても、店内で何が起こっているのか分からない。 南は店内を望める窓から中の様子を伺って、次の瞬間目を疑った。 自分の恋人と、剛が戦っていた。 いや、一方的に剛が押されている状況は戦っているというより、リンチのように見えた。 剛が力なく拳を振り上げると、その瞬間に恋人の握る箒が動いて拳を突く。 メイド服のスカートが広がると同時に箒が回転すると、次の瞬間には剛は顎を打ち抜かれて巨体を揺らす。 その一方的な光景を涙目で見つめる少女は、剛の妹で間違いなかった。 剛が膝をついた。首はうなだれて、白いTシャツには血がこびりついている。 メイド服に返り血を付けた女が巨体の男のすぐ目の前まで近づいた。 右手には赤く染まった箒が握られている。その箒が彼女の頭上に持ち上がる。 左手で剛の顎を持ち上げると、箒の先端が剛の眼窩を貫ける位置に構えられた。 そこまで目にしたで南の足はようやく動いた。 勢いよくドアを開け放ち、店内に踏み込む。血の匂いが鼻をついた。 恋人の後姿を確認した南は、彼女を止めようとした――が、何をしたらいいのか思いつかなかった。 奇妙な感覚だった。 勢いよく迫るトラックを止める方法を探しているときのような圧迫感と無力感を覚えた。 その威圧感が最愛の恋人の体から放たれているものだと南が気づいたのは、振り向いた彼女の目に 狂気が宿っているのを察した瞬間だった。 224 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 33 42 ID wHKFQGU5 血に濡れたメイドは、恋人の姿を目にした瞬間に巨体の男から興味を反らした。 離れた位置にいるもう1人のメイドがそれを見て、必死な様子で巨体の男を奥に引っ張っていく。 小柄なメイドと血に濡れた後輩の姿が店の奥に消えた時点で、南は変わり果てた恋人に声をかけた。 「ひ、久しぶりだな」 「……ねえ、みなみくん。どこ、いってたの」 まったくと言っていいほど唇を動かしていない様子であったが、聞き逃すことなどできそうもない声だった。 「ああ、えっとだな……その……」 「……なんで、どもるの、みなみくん。 どうして、どうして、ねえ、ねえ、なんで、なんで」 首が左右に揺れると同時に、血に揺れたカチューシャのフリルも揺れる。ゆらゆらと。 「あ…………ち、違う」 「なにがちがうの。わたし、なにかまちがったこといったかな。 みなみくんがいなくなったのに、しんぱいしちゃだめかな」 血に濡れた箒は離さぬまま、にじりよってくるメイド服の女。 その女が自分の恋人だと南は理解していたが、足は彼女から遠ざかろうと後ろにさがる。 「なんでにげるの。わたしが、こわい、の」 「違う! 俺はお前のこと、その……好き、だ……」 「じゃあ、はやくおそうじしよう。ふたりでいつもみたいに。 わたしがゆかをはくから、みなみくんがガラスをみがいてね。 そのつぎは、ひとりがふたつずつテーブルをふこうね。 トイレそうじはそれぞれべつべつだよ。 さいごはカウンターのおそうじしよう、ね」 そこまで言い終わると、彼女は目を閉じて天井を見上げた。 「うれしいな、みなみくんに、好きだっていってもらえた。 ずっと、ずっと、ずっとききたかったのに、ふつかもきいてなかったんだもん。 でも、がまんしたかい、あったかも。いま、す、ご、く……ふふふ、うれし…… あはははは、うふふふふ、きゃはははは、くひひひひひ」 顔を天井に向けたまま、返り血を浴びたメイドは笑い出した。 その様子は、欲しかった玩具をようやく与えられた子供のように無邪気であった。 しかし、彼女から放たれる狂気が消えたわけではなかった。 狂気に気圧され、南は後ろにさがり続けていた。が、その背中がドアに着いたところで下がれなくなった。 来客を報せるためのベルが、カランカランと心地よい音を立てた。 「あれ……みなみくん、にげてるの。 そんなにとおくにいっちゃだめだよ。へんなむしがくっついちゃうよ。 みなみくん、かっこいいから、へんなおんながよってきちゃうよ」 「いや……逃げてるわけじゃなくて……」 「だめだよ。もう、わたしといっしょじゃなきゃ、そとにだしてあげない。 ずっと、ね。ずーーーーっと、わたしといっしょにいるの」 南は確かに見た。恋人の目の奥に宿る狂気と、闇がさらに濃くなっていく様を。 「まずは、おそうじ、しなきゃ、ね。みなみくんのからだを」 225 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 35 55 ID wHKFQGU5 白いエプロンに赤い斑点をつくったメイドが南の元へと近づいていく。 彼女はにこにこと笑っていた。狂気を宿した目を大きく開きながら。 ほっそりとした手が南の肩へと近づいていく。 その手には返り血がついているというのに、変わらぬ美しさを保っていた。 あまりに場違いな美しさだった。だから、南は無意識のうちにその手を払った。 そして、呆然とする彼女と勝手に動いた自分の手を見比べながら南は狼狽した。 「ごめん! その、つい……」 「……やっぱり、そうか。みなみくん、わたしからはなれちゃったからよごれちゃったんだね。 わたしにまかせて。みなみくんの、こころとからだ、ぜんぶきれいにしてあげる。 なかも、そとも、めんどうみてあげるよ。……だから、ちょっとだけよこになって」 南は警戒心を解いていなかった自分を褒めた。 もし油断していたら、恋人の箒に足を払われて倒れ付していたからだ。 振り回される赤い箒を避けるため、南は距離をとった。 距離をとっても彼女の放つプレッシャーが緩むことはなかった。 彼女の放つ威圧感は、店内全体を覆っていた。 そのせいでどこにでも彼女が存在しているような錯覚を南は覚えた。 「はやく、きれいにしなきゃ、よごれちゃうよ、みなみくん」 彼女の放つ一言一言がこだまのように聴覚を混乱させる。 南は眩暈を覚え、一瞬目を閉じた。次に目を開いたときには、恋人の笑顔が目前にあった。 頭を伏せる。すぐに彼の頭上を箒が通り過ぎた。 サイドステップでその場を離れ体勢を立て直そうとするが、目にも止まらない速さで 振るわれる箒はそれすらも許さない。 女の持つ箒は南の居た地点を確実に突いて来る。 鼻先をかすめる一閃は、一撃で気絶に至らしめてしまう速度で振るわれていた。 南がテーブルを盾にして構えた。ただの箒であればテーブルを破壊することなどできないはずだ。 ――と考えていた南の予想は別の意味で裏切られた。 テーブル越しに一度衝撃が伝わった次の瞬間には、南の体はテーブルごと後方に飛んでいた。 壁まで飛ばされ、背中を強く打った。 顔を上げると、メイドが箒を振り上げて駆け寄ってくるのが見えた。 振り下ろされる箒の速度を見切り、カウンターのタイミングを掴む。 そらした頭をかすめて箒が振るわれる。再度攻撃が来る前に箒を掴んだ。 「あっは、はははは」 しかし、振り下ろされていた箒は南の体ごと彼女の頭上に持ち上げられた。 自分の目に見えている光景の不自然さを理解する前に南の体は放り投げられ、床に叩きつけられていた。 南の頭の中はこの理不尽な状況を理解するためにフル回転していた。 恋人の突然の変貌と、手も足も出させない圧倒的な彼女の戦闘能力。 いかにして事態をひっくり返すか、それを考えても何も浮かばない。 濁流に歯向かう力は、攻撃を受け続けた南には残されていなかった。 226 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 38 25 ID wHKFQGU5 「お、そ、う、じ、しま、しょ」 床に伏せる南に対して、恋人の振るったバケツの中身がぶちまけられた。 透明な液体だった。顔を伝うその液体の粘度は水道水のものではなかった。 唇を舐める。すると苦味が味覚を刺激した。 「おい、これって、台所の洗剤じゃないか!」 「そうだよ。いまからおそうじするんだから、せんざいはひつようでしょう」 メイドは南の体をうつぶせにすると、両手と両足に手錠をかけた。 もう一度ひっくり返して仰向けにすると、手に持った箒をシャツの胸元からジーンズの裾まで挿入した。 南が何かを言おうとしたが、その寸前に彼の恋人の手によって箒が動いた。 箒の両端を掴み、一気に服を引き裂いたのだ。 彼女の腕力によってベルトの金具までが破壊されて、南は見るも無残な姿に変貌した。 「じゃあ、こんどはあわで、あらってあげるからね」 そう言うと、彼女は今度は自分の体にバケツの中身を被った。 そして身動きの取れない南の半裸の体にのしかかり、細かく動き始めた。 両手の五指をそれぞれ絡みあわせて、体を上下に動かす。 「わたしは、いまスポンジだよ。 よごれちゃったみなみくんは、こうやってあらってあげないと、いけないから」 実際にその通り、彼女の動きは南の全身をくまなく洗うためのものだった。 頬にほおずりし、腕・足を絡ませて、胴体をこすりつける。 仰向けの状態で全ての箇所を洗い終えると、今度はうつぶせにする。 背中に両手が当てられるのを南は感じ取った。 その手は肩の上から背中を通過し、臀部まで動く。 足の指は、さすがに彼女にも難しかったようだった。 だが、次に彼女がとった行動は南の予想を上回るものだった。 スカートに溜まった泡と洗剤を口に含み、南の足の指を咥え込んだのだ。 咥えるだけでなく、さらに舌までも絡めてきた。 指の一本一本を舐め回し、爪と指の間を舌先で刺激してくる。 その動きが終わった頃には、南の体で洗われていない部分などなかった。 ただ、一つを除いては。 227 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 41 00 ID wHKFQGU5 「それじゃあ、つぎはここだよ」 そう言った彼女の手は、さらけ出されている南の陰茎を掴んで上下になまめかしく動いているところだった。 先ほどまでの動きで彼女の体の柔らかさを感じていた南は、男性自身をしっかりと硬くさせていた。 その状態に加えられる恋人の絶妙な愛撫は、たちまちのうちに南の射精欲を高めていく。 「ああん……みなみくんの、にがくって、おいしいよお…… まいにち……ほしかったのに……んむ、ひどいよ、みなみくん……」 肉棒のすぐ近くで口を開く恋人の声が南の頭に伝わってくる。 それだけの刺激でも射精してしまいそうになるほど、南は高ぶっていた。 「もうっ……やばい……」 と、南が漏らした瞬間、恋人の愛撫が止まった。 絶妙なタイミングでの寸止めだった。 それは、付き合ってから先日まで培ってきた彼女の経験が成すものだった。 もう一度何かの刺激を加えられたら、射精してしまいそうな位置に熱いものがある。 物欲しそうにしている南の表情を見て取った恋人のメイドは、嬉しそうに笑った。 それを見て南は続きをしてもらえるのかと思ったが、彼女が手に持っている物を見て驚愕の表情を浮かべた。 「お前、それって……」 「さいごはあ、そうじきでーす。 しんぱい、ないよ。ちゃんと、すいこみぐちは、そうじしたし。 くちのおおきさも、みなみくんのと、おなじぐらいだから」 掃除機のスイッチが入れられた。 ヴィーン、という規則的な音が律儀にも店内の空気を振動させる。 「ばっ、馬鹿! お前、やめろ!」 「やー、だー、よー」 南の肉棒を包み込むかたちで掃除機のホースが入れられた。 先に恋人が言ったとおり、ホースは勃起した南の肉棒と若干の誤差を残して適応していた。 若干の誤差、それは南の陰茎と亀頭の大きさがホースの直径より少し大きかったということ。 そのため、ホースが上下に動かされるたびに南の肉棒は擦れた。 「が、あ、あ、ぁぁぁ……」 いきなりこのようなことをされたらたちまちのうちに肉棒は縮んでいくだろうが、 寸止めされた南の射精欲はまだ健在だった。 掃除機相手に射精してたまるものか、というせめてもの抵抗が南の全てだった、が。 「んふふー、……えいっ」 恋人が南の陰嚢を刺激してきた。 その刺激は陰茎とは別方向からのものであり、巧みな手つきによって南の自制心を崩していく。 「うっあ! 頼む、抜い、って、くれ!」 「だーーめ。おそうじはしっかりとしなきゃ、ね」 掃除機の出力が『強』になった。騒音がますます大きくなり、肉棒を強く吸引される。 その間も陰嚢の刺激が止むことはない。 執拗な双方向からの刺激が続くうちに、南の中にあるスイッチが強制的に入れられ、射精を迎えた。 射精自体は興奮からではなく、痛みの拍子に起こったものかもしれないが、南にとってはどうでもよかった。 掃除機に射精してしまったという事実が、南の何かを破壊した。 ――その何かは、人としての尊厳であったかもしれない。 228 :ヤンデレ喫茶の床に、血が落ちる ◆Z.OmhTbrSo [sage] :2007/05/05(土) 04 44 10 ID wHKFQGU5 ・ ・ ・ ・ ・ ・ それから数日が経ったある日。 都内某所にある大学の構内でこんな会話が交わされていた。 「知ってる? 格闘技研究会の、あのおっきいひと――名前忘れちゃったけど、退学したんだって」 「あ、そうだったんだ。最近見ないなって思ってたけど」 「でも、何で退学しちゃったのかな?」 「これは噂なんだけどね。大学に退学届けを出したあと、箒、箒、箒って呟きながら帰っていったらしいよ」 「なにそれ? 箒のお化けでも見たのかな?」 「意外と小心者だったのかもね。人は見かけによらないってやっぱりほんとだね」 「そういえばさ、その人の妹さんも一緒に退学したらしいけど、これ本当?」 「あー、知ってる知ってる。サークルの男どもが騒いでたよ。 うちの大学のミス・コンテスト優勝者が退学するなんて! って言いながら」 「もしかして、お兄さんについてってやめちゃってたりなんかして。 あー、いいなー。私も頼れるお兄さんが欲しかった。聞いてよ、うちの貧弱兄貴ってばさ――――」 ・ ・ ・ ところかわり、都内某所に存在する喫茶店にて。 「野菜ジュース、1つオーダー入ったぞー」 「うふふふふ……。かしこまりました、南君」 ヴィィィーーン 「ひいっ?!」 ガチャン! 「うわっ! どうしたんですか南さん。あーあ、グラス割れちゃったじゃないですか」 「あ……ごめん。つい、音に反応しちゃって……」 「音? なにか変な音でもしましたか?」 「いやいや! なんでもないよ。忘れてほしいな、なんて……あは、あははははは……」 喫茶店の床に血の跡がこびりついた日から、南はこんな調子である。 ミキサーの音に反応してしまうほどに彼の心を穿ったものとは何なのか。 事実を知るのは、当事者である南と彼の恋人と、店内を監視していた店長と副店長の四人だけである。 それ以外の誰にもそのことを知られたくないと、南は思っている。 同時に、自分の記憶からも消えてしまって欲しいと、強く思っている。 終 ------
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636 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 01 15 ID uGE1Sjto 『人は皆、それぞれの…カンテン…に従って生きている』 「寒天ですか?」 『観点だ』 俺からのお約束のボケにツッコミを入れてくれる月日さん。 俺こと御神千里と、緋月月日さんとの、ある日の通話でのことである。 『例えば、君のような一般市民代表は、今の日常が概ね変わることなく続いて行くと思う、という…カンテン…に従っている』 「まー、非一般人にはそうそう持ちようが無い観点ですよね」 『しかし、ソレは本当に1人残らず誰しも等しく同じく…キョウユウ…されるものなのかな?』 「と、言いますと?」 『一般市民と言っても、それぞれがそれぞれで別人別固体だ。個性と言えば聞こえは良いが、考え方、物の見方…カンテン…は絶望的に異なる』 「ああ、雑煮の中身って意外と地域家庭によって違うとかそういう話ですか?」 『微妙に違うような…まぁ、…ダイタイ…あってる』 そこで、月日さんは言葉を切り、続ける。 『人と人とは…チガウ…。違うが故に分かりあえない、という…ハナシ…さ』 「まぁ、現実にはじーえぬ粒子とか無いですからねぇ」 『あったとしても…分カリアエル…かは分からないけどね』 「アレって普通の人をテレパシー使いに変えるだけですし」 『そんなことはともかく』 「はい、脱線しましたのでともかく」 『…ソレ…を意外と忘れがちなんじゃぁ無いか、ということだよ』 人と人とは、分かりあえないということを。 「それは、三日との関係で、ってことですか?」 『…ソレ…以外でも、だよ』 と、月日さんはシニカルに言った。 『当り前の顔をして談笑していても、その相手とはどうしようもない断絶がある。それを忘れると、致命的な…ジャクテン…になる』 「あー、カレーとかお雑煮の味付けが家庭によって違ったりとかですね」 『そうして…分カリアエナイ…ことを認識していない。その弱点を突いて私が壊したのがレイちゃんだ』 俺の軽口をスルーして、月日さんは言った。 「……はい?」 『そう。私が壊した』 あっさりとした風を装ってはいるが、その言葉にはどこか懺悔のような響きがあった。 「壊したって……。詳しくは存じませんが、それこそ観点の違いというかすれ違いというか……」 『…イイヤ…間違い無くレイちゃんの心を壊したのは私だよ』 飄々とした、しかしどこか反論を許さない、立ち入ることを許さない口調で月日さんは断じた。 『そう言う意味じゃぁ、レイちゃんが行った全ての行動の責任は私にある。だから、君は私を怨もうが憎もうが好きにするが良いさ』 独特の節回しが無いのは、言い間違いでは無いだろう。 「別に、そんな風に思っちゃいませんよ」 『…ソウ…かい?』 「ええ、それこそ寒天の違いって奴です」 『そう思いたいなら…ソウ…思えば良いさ』 フゥ、とため息をつきながら、月日さんは言った。 「まぁ、アレですね。せいぜい月日さんみたいな人に自分の心を壊されないようには注意しますよ。ご忠告通りに」 『別に…ソウイウ…ことは言って無いけど』 「いやいやいや」 そんな具合に、俺達の通話は終わった。 零日さんの心持が、月日さんのせいで壊されてしまったのかどうかは分からない。 それこそ、観点の問題だ。 きっと、彼女の心を壊してしまったという意識は、その罪の意識は月日さんのもので。 月日さんはそれを一生抱え続けることを望んでいるのだろう。 こればかりは、俺のような若造にはどうしようもないし、どうしていいのかも分からない。 「それにしても、観点ね」 価値のある話を聞いた、とも思う。 価値のあることを教えてくれた、とも思う。 緋月家、傾向と対策。 緋月家のメンバーは、例え悪ぶっていても良い人たちで揃っている。 要はヤンデレでも、ツンデレなのだ。 637 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 02 07 ID uGE1Sjto そんなやり取りとは関係なく数日後。 「お前、ぶっちゃけ緋月のドコが好きなわけ?」 「ブ!」 その日の午後、葉山正樹の口に出された言葉に、俺は飲み物をむせた。 ある休日、2人で映画を見に行く道すがらである。 「いや、何でそんなこと今更急に聞くわけ?」 ゲホゲホと咳き込みながら、俺は言った。 「いやー、今まで聞こうと思って聞けなかったからなぁ。今までは緋月がいたし」 今日は三日は明石と御用事。 宿題の類は当に終え(三日と一緒にやると効率がダンチなのだ)、バイトなどがあるわけでも無い俺は非常に暇だった。 ならば、と俺は暇つぶしに葉山を誘ったわけである。 ちなみに、三日は明石との用事を取るか、俺と一緒にいるか、死にそうな勢いで悩んだが、 『どうでも良いけど俺は友達を大事にする女の子とか嫌いじゃないな、いや一般論だけど』 という俺の独り言で、三日は明石の家に直行した。 閑話休題 「好きとか嫌いとかさ、ストレートに言われても困るって」 「でも、お前ら付き合ってるんだろ、俺的には不本意だがよ」 本気で不本意そうな葉山。 「そりゃ、向こうから頼まれたしね」 「それだけでくっつかねーだろ、お前なら特に」 随分と買い被られたものだ。 「まぁ、マジな願いにはマジに答える主義ではあるけどね。それが相手の意に沿わないとしても」 「で、緋月の場合は意に沿ったワケだ。どういうわけか」 葉山の言うとおり、本気で三日が俺のタイプで無かったらキッパリ断っていたと思う。アイツのためにも。 お情けで付き合いだしても、お互い不幸になるだけだ。 「それが納得いかないと?」 「そう言う事だ」 「九重のこととは無関係に?」 「そのネタはもうやったからな」 九重も、自分がネタ呼ばわりされる日が来るとは思わなかっただろう。 「しっかし、好きなところねぇ・・・・・・」 「嫌いなところからでも良いぞ。むしろそっちからの方が」 何というネガティブキャンペーン。 地獄兄弟が大挙して押し寄せそうだった。 「嫌いなところねぇ。時々、って言うか結構俺に何も言わないで動く所とか?ソレぐらいしか思い浮かばないや」 結構、勝手に追い詰められて勝手に暴走するタイプなのだ、三日の奴は。 前に、料理部の後輩に鉈持って詰め寄ってたしなぁ。自爆同然にことは収まったけど。 「いや、他にもあるだろ。夜な夜な尾けられてて怖い、とか、いつも見られてる気がする、とか、嫉妬深くてヤバい、とか」 そう言えば、葉山は三日のスニーキングにいち早く気づいてた(それで被害を受けた)んだっけか。 「そこいらはそんなに気にならないなぁ。まぁ、ヘタな所を見せて嫌われるのは嫌だけど」 三日も生身の女の子である。 俺の嫌いなところの一つや二つはあるだるし、幻滅することだってあるだろう。 むしろ、それが一番怖い。 「フツー気にするところだろ。明らかにイジョーじゃねぇか」 「たかだか、それ位の異常性に目くじら立ててもねぇ」 生徒会メンバーを始め、エッジの効いた女子は見慣れてるし。 「それが分かんねぇ。って言うか、それが一番ヤバいんじゃねぇの?」 結構マジメな顔で、葉山は言った。 今回は随分しつこい葉山だった。 638 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(男子) ◆yepl2GEIow:2011/08/25(木) 20 03 47 ID uGE1Sjto 「百歩譲ってみかみんに実害が無いとしよう、今現在は。だがよ、この先もそうとは限らねーだろ」 「それが一番心配なわけだ、はやまんとしては」 ようやく得心がいった。 「まーな。親友の隣にバクダンが転がってると思うと、おちおち夜も眠れやしねぇ」 「そこは、見解の相違って奴だねー」 まじめくさった顔を作り、俺は言った。 「アイツはただ、恋に必死なだけの女の子だよ。爆弾なんかじゃない」 「とてもそうは思えねぇけどなぁ・・・・・・」 渋い顔をする葉山。 「どれほど不安や嫉妬や怒りや悲しみに駆られても、例え心が病もうとも、恋をすることをやめない。そう言う奴だよ、アイツは。そう言うのって―――」 「ヤバいよ」 と、俺の言葉を遮って、葉山は言った。 「どんなになっても、ンな風に手前の意思を押し通そうとするエネルギーが、ほんの少し矛先がズレたら、本気でヤバいことになる。そう言う想いって、むしろ―――怖いよ」 本当に真剣な顔で、葉山は言った。 「怖い、ね。まぁ、それぐらいの方が相手する甲斐があるって言うか」 「お前も、怖いよ」 はっきりと、葉山は言った。 「いっくら中等部時代に滅茶苦茶な連中を相手してきたからって、いや相手してきたのに、未だにそう言う滅茶な連中を受け入れちまう」 そう語る葉山の頬に滴る汗は、気温のせいではないだろう。 「それは怖いしヤバいし―――危うい」 自分自身をヤバくするくらいに、と葉山は言った。 「怖くてヤバくて危うい、ね。じゃ、はやまん、そろそろ俺と友達止めとく?俺らのとばっちり受ける前にさ」 「バカ言うな!今更、ハイさようなら、なんてなってたまるかよ。これでもお前のコト結構好きだしよぉ」 「ウン、俺も同じ」 静かに俺は言った。 「はやまんのことも好きだし、誰かの危うさも、自分の危うさも、みんな好きなものだから。だからみんな自分で背負ってく。本気でヤバくなったら、本気で止める」 そう言って笑った。 「だから、そんな心配しないでよー」 「ゼンブ分かってんじゃねぇか」 やれやれだぜ、と嘆息する葉山。 「けどよ、俺の考えは変わんねーぜ。緋月みてーな奴はヤバいと思うし、奴がマジでヤバくなったらマジでお前を引き離す」 「ン、覚えとく」 そう答え、俺達は映画館に入って行く。 「そーいや、何て名前だっけか?今日観る映画」 「ええっと、『ショーグン・デスティニー:AtoZ 誕生!オール十神勇士大戦』だねー」 「名前からしてキワモノ臭がスゲェな」 「天野のお勧めなら大丈夫じゃない?駄作なら駄作ってハッキリ言うタイプだし」 「まぁ、そーだな。楽しみなような怖いような」 「その時は、天野との話のタネにすれば良くない?『駄作じゃないの!』って」 そう言って、笑いながら劇場の列に揃って並ぶ俺たち。 その時は気付かなかったけれど、俺は後に知ることになる。 危うさに対して背負い込むつもりの俺と、危うさに対して拒絶するつもりの葉山。 その観点の違いがもたらすモノを。 おまけ 後日 「・・・千里くん。・・・今度から何をするにも、千里くんに逐一報告した方がよろしいのでしょうか?」 「ああ、いやそこまでは言わないけど。って言うか、何でその話お前が知ってるわけ?」 「………乙女の秘密です」
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634 :名無しさん@ピンキー [sage] :2007/08/08(水) 10 34 11 ID Q5nRBCch 埋めネタ。 ~おれらの本音~ 昨日、近所の吉野家行ったんです。吉野家。 そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。 で、よく見たらなんか垂れ幕下がってて、竜宮レナ、とか書いてあるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。 お前らな、レナ如きで普段来てない吉野家に来てんじゃねーよ、ボケが。 レナだよ、レナ。 なんか親子連れとかもいるし。一家4人でひぐらしか。おめでてーな。 よーしパパお持ち帰りしちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。 お前らな、鉈やるからその席空けろと。 ヤンデレ好きってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。 Uの字テーブルの向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、 刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。 で、やっと座れたかと思ったら、隣の奴が、Windのみなも!、とか言ってるんです。 そこでまたぶち切れですよ。 あのな、みなもなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。 得意げな顔して何が、みなも、だ。 お前は本当にヤンデレ好きなのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。 お前、ヤンデレって言いたいだけちゃうんかと。 ヤンデレ通の俺から言わせてもらえば今、ヤンデレ通の間での最新流行はやっぱり、 未来日記の我妻由乃、これだね。 由乃ってのは雪輝への愛情が多めに入ってる。そん代わりストーカー。これ。 で、それに「ちょろいっ!」。これ最強。 しかしこれを頼むと次から店員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。 素人にはお薦め出来ない。 まあお前らド素人は、らき☆すたでも見てなさいってこった。
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14 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 14 33 ID 3MRI2eKK 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」 「俺はホットコーヒーで。二人はどうする?」 喫茶店に入ってわざわざコーヒーを注文する。 こんな経験をしたことは、十七年間蓄えてきたの記憶の中には、ひとつもない。 俺がコーヒーを飲む機会と言えば、大きく分けて三つある。 気分転換に、インスタントなり、コーヒーメーカーなりを使って、自分でコーヒーを淹れて飲む。 自分で買った、もしくは友人知人が奢ってくれた缶コーヒーを飲む。 たまに弟が淹れてくれる濃いめのコーヒーを、温くなるまで待ってから飲む。 いずれの場合も、ちびちびと口をつけて飲むので、一杯あたりを飲み干すのに時間が掛かる。 そのため、俺が喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、店の回転率はかなり鈍ることだろう。 だが、それは喫茶店に立ち入らない理由ではない。 喫茶店のコーヒーは美味くても、高い。これが、俺が喫茶店に行かない理由だ。 たまに、高橋の奴が美味しいコーヒーを淹れる店を見つけた、という話題を振ってくる。 店舗が街から離れているから美味しく飲めるとか、雑な味が一切無いところがいいとか、 わかるようなわからないような言葉で褒めちぎる。 いくら賛辞の言葉を聞かされても、俺は喫茶店へ行くつもりにはならない。 喫茶店のコーヒーの相場、おおまかに四百から五百円。 コーヒーが飲みたくなったら缶コーヒーで済ませてしまう俺には、とても出せない。 差額でエナメル塗料と塗装用の筆を買った方がずっといい。 そんな価値観を持つ俺がこうして喫茶店にやって来ている。 偶然喫茶店のコーヒーを味わいたくなったわけではない。なりゆきでここに来ているだけだ。 「私もお兄さんと同じの」 「じゃあ、私はアイスコーヒーをもらおうかしら」 ついさっき、妹と葉月さんが、デパートの通路に居ることも気にせずに喧嘩を始めてしまったのだ。 放って置いたらいつまで経っても終わりそうにないので、俺が二人を喫茶店まで連れてきた。 デパートに来ているお客の注目を避けるための処置だったが、場所を移動したのは正解だった。 正解ではあったけど、事態は収束していない。次ラウンドに移行しただけである。 15 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 15 52 ID 3MRI2eKK 俺と妹と葉月さんで、一つのテーブルを座って囲む。 妹と葉月さんは向かい合って座っている。 俺はテーブルの横で、二人の緩衝材代わりをしている。妹は左、葉月さんは右。 三つのテーブルを挟んだ向こう側の壁に貼ってある、カツサンドのポスターが遙か遠くにあるように感じられる。 当店人気メニュー、カツサンド。お値段七百円。お持ち帰りもできます! ポスターには、衣にソースをたっぷりしみ込ませたカツサンドが都合良く三つ並んで写っているじゃないか。 ここはカツサンドを注文して、三人で仲良く分けて食べてみようか? 「そういえば、葉月。私あんたのケイタイの番号とアドレス知らないわ。赤外線で送ってくれない?」 「いいわよ。でも赤外線で番号交換とかしたことなくてやり方わからないの。 仕方ないから妹さんの腕に赤ペンで書いてあげる。赤ペン持ってないかしら?」 「都合良く赤ペンなんか持ってないわよ。お金渡すから、あんた買ってきて」 「そんな、妹さんにお金出させるなんてできないわ。 お金は私が出してあげる。だから妹さんが買いに行ってきて頂戴。 ちゃんとここで待っててあげるから……ね?」 「本当にいい性格してるわね、あんた」 「妹さんこそ、その度胸は素晴らしいわ。ちょっと羨ましくなっちゃうかも」 イヤイヤ、ハハハハハ。 そんなににらみ合ってないでさ。仲良くやろうぜ。 せっかく同席してるんだから、親睦を深めようよ。 おかしい。喫茶店ってこんなに緊張する場所だったっけ? たしか、高橋の話じゃ落ち着いた雰囲気の店内の中、有線から流れる名曲に耳を傾けつつコーヒーを飲むような場所のはず。 もしかして、ここは喫茶店じゃないのか? 間違って怪しいバーかクラブにでも入っちまったのか? 俺は今、どこに迷い込んでしまっているんだ。 16 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 18 58 ID 3MRI2eKK やがて、背中に冷たい汗をかいた俺の前に、ウェイトレスがやってきた。 彼女はコーヒーを三つ置くと、俺に一瞥をくれた後で、ごゆっくり、と声をかけて去っていった。 あの目は、明らかに俺を哀れんでいなかった。 なに女二人も連れ込んでんのよ、やるならよそでやれ、とでも言いたげだった。 言われてみれば、妹と葉月さんに挟まれている状態は、まさに両手に花という有様だな。 両手に花って、もっと華やかなものだと思うんだが。 そりゃあ、葉月さんは美人だよ。妹だって年の割に整った顔してる。 だけど片方の花がトゲだらけだったり、もう一つがでかい口で威嚇してくるような花だったらどうだ。 早く解放されたいって誰だって思うはずだ。少なくとも俺は今そう思っている。 もしや、両手に花状態って、喧嘩する女性に挟まれて困惑する男の有様を指しているのか? てっきりハーレムの中で馬鹿笑いする男を指しているのだと思っていた。 これは脳内辞書を更新する必要がありそうだ。 両手に花。読み、りょうてにはな。 意味、一人の男性が犬猿の仲にある女性二人を連れていて、かつ緊張して困り果てている様子のこと。 「お兄さん、砂糖とミルクとって」 「おう」 言われるがまま、シュガースティックとプラカップ入りのミルクを二つずつ妹に渡してやる。 すると、葉月さんが咎めるように言った。 「妹さん、それぐらい自分でとったらどう?」 「自分でとれるんならそうするわよ。ただ、無言で手を伸ばしたら何かに噛み付かれそうだったからやめたの」 「なんだ、そうだったの」 「ええ、そうよ」 妹は砂糖とミルクをすべてカップの中に投入し、それでも足りないと感じたのか、シュガースティックをもう一本とった。 その瞬間、葉月さんの肩がぴくりと動くのを俺は見逃さなかった。 しかし、肩はただ動いただけ。それに続く動きはなにもなかった。 もしも妹が俺に何も言わず、自分の手で砂糖とミルクをとっていたら、どうなっていたのか。 ……ふうむ。どうなってたんだろう、本当。 葉月さんって武道をやってるそうだけど、座ったままで技をかけたりもできるのか? 俺は格闘技事情について明るくないから、葉月さんの腕前がどれほどのものなのか知らない。 おそらくだが、一対一で人をあっさり倒すぐらいのことはできるはず。身をもって味わったことがあるからわかる。 その道に踏み込んだ人間の真の実力を知るには、その道に踏み込んで知るしかない。 昔、特撮ヒーローや漫画に影響され、格闘技の道に踏み込もうとして入り口手前でこけた程度の俺には、葉月さんの実力はわからない。 よって、座ったままでも何か技を仕掛けられるんだろうと考えておく。 嫌だなあ。余計な思考のせいで警戒レベルが上がってしまった。緊張が恐怖に変わりそうだ。 17 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 22 57 ID 3MRI2eKK 「妹さんはいつもそんなに甘くして、コーヒー飲むの?」 「そうよ。甘い方が美味しいんだもの」 「さすがに甘すぎるんじゃないかしら。コーヒーの元の味が消えてるでしょ? いっそのことオレンジジュースの方がいいんじゃない? 太っちゃうわよ」 「余計なお世話よ。で、あんたはブラック? いつもそうなの?」 「そう。喫茶店のちゃんとしたコーヒーぐらい、素のまま味わいたいもの」 お、なんかいい感じだぞ。 まだ堅いところが残ってるけど、ちゃんと会話が成り立ってる。 よし、ここで俺が世間話を振ってやれば二人の仲も―――― 「あんた、体重でも気にしてるの? 小っちゃいわねえ」 「いやだわ、妹さんったら。 私があなたぐらいのころには、もっと大っきかったんだから。変なこと言わないで」 「私の、どこがあんたより小さいって……?」 「言って欲しいの? うーん、言ってもいいけど、ショック受けないかしら?」 「言ってみなさいよ、いいから!」 「私、あなたより五センチぐらい身長高かったわよ。 でも気にしないでもいいと思うわ。高校に入って一気に身長が伸びる人は多いから」 ――上手くいくはず、と思っていた俺は、どうやら甘かったようだ。 「あんた、カンッペキに私を馬鹿にしてるでしょ!」 「お、落ち着け妹。葉月さんだってそういうつもりで言ったわけじゃないんだから」 「はあ? なにこの女の味方してんのよ、お兄さん。この間言ってくれた告白、嘘だったわけ?」 「お前は何を言ってるんだ。あれは良き兄であろうとする俺の言葉であってだな――」 妹に向いていた顔が、前触れもなく向きを変えた。 視点が高速で移動する。目の前には葉月さんの笑顔。 顔は笑ってるのに、葉月さんの右手は力んでる。掴まれた顎に細い指が突き立ってる。 骨に被ってる皮と肉が潰れて痛い。というか、骨が軋んでいるような。 18 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 24 09 ID 3MRI2eKK 「ねえ? 告白って、どういうことなのかしら?」 「ら、らから……」 「妹さんに告白? 一体何を告白したのかしら。私、興味津々で、思わず力んじゃうわ。 早く言ってくれないと……指が言うこと聞かなくなっちゃいそう」 「ひひはくへほひへはへん」 言いたくても言えません。 「お兄さんから手を離しなさいよ、葉月!」 「ちょっと黙ってなさい、貧乳」 「なっ……この暴力女! さっきの、やっぱりそういう意味だったんじゃないの!」 「他にどんな意味があると思ってたわけ? 頭の中がお花畑で大変結構ね」 「そんなんだから振られたってことが分かんないの? 馬鹿でしょ、あんた!」 違う。違うんだ、二人とも。 喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるけど、俺はそんなの認めない。 だって、ずっと喧嘩しっぱなしじゃ、本当にただ仲が悪いだけじゃないか。 俺は罵詈雑言で親睦を深めて欲しいわけじゃないんだ。 もっと女の子らしくウインドウショッピングとか、話題の美味しいデザートのお店を巡るとかさ、いろいろあるだろ。 ああいうのがいいんだよ。頼むから俺の神経をすり減らさないで。 あと葉月さん。俺の骨をこれ以上折らないで。砕かないで。 マジ痛い。痛い痛い。痛いなんてもんじゃない。 超痛い。足の小指を打つ痛みがレベル一なら、レベル十ぐらい。いや、レベル二十。というか、もうよくわからない。 痛みでいっぱいいっぱい。二人が何を喋ってるのかもわからない。 瞳に何かが写ってもそれを認める余裕がない。そもそも、まぶたが開いてるんだろうか。 意識が全て顎の痛みに集中してて、すべてが虚ろだ。 そうして、痛みが快楽に変わりそうになった頃、喫茶店のマスターとウェイトレスの二人がかりで、俺の顎はようやく解放された。 19 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 26 38 ID 3MRI2eKK あれだけ騒いだのだから、三人揃って喫茶店から追い出されるのは当然である。 妹は一人で先に帰ってしまった。 俺も一緒に帰るように誘ってきたのだが、断った。 なぜなら、ここで俺が妹と一緒に帰ってしまったら、葉月さんはそのまま付いてくるだろうから。間違いなく。 これ以上二人の喧嘩に巻き込まれるのも、戦禍を拡げるのも御免だ。 ならばここで俺がなんとかするしかない。 妹と葉月さんの件は、先送りして良い問題ではない。 四月から二人は同じ学校に通うのだ。必然的に、二人の喧嘩は学校内でも勃発するようになる。 上級生と喧嘩する妹は、新学期から周囲に奇異の目で見られ、孤立していく。 葉月さんに憧れる生徒達の抱く、彼女のイメージは崩れ去ることだろう。あんな醜い喧嘩をする人なんだ、と。 喧嘩を止めに入るのは、もれなく俺になることだろう。俺じゃなければ弟だ。 新学期に移行する前に二人の仲を修復、もしくは小康状態にしておかなければ、あらゆる人に被害が及ぶ。 荷が勝ちすぎてる。俺みたいな奴になんとかできる問題じゃないだろ、これ。 女同士の仲を修復させるなら弟の方が適任だ。 いつだったか、あいつへの告白がブッキングしたことがあったらしい。 それもトリプルブッキング。告白の場所と時間まで重なった。そこまで重なるとイタズラに思えるが、本気だったそうな。 俺だったら戸惑うだけだが、弟は冷静に対処した。 まず興奮する女の子達を落ち着けて、返答を保留。 後日、一人一人に断りの返事をした。 まとめるとものすごく簡単だが、ここまでスムーズに収拾をつけられるのは、知る限り弟しか居ない。 だが、妹と葉月さんの喧嘩に関して弟は一切触れていない。頼ることはできない。 頼れるのは自分だけ。俺の判断に全てが委ねられている。 ここ最近の経験からして、また痛み分けで解決することになるのだろうか。 解決するならなんでもいいや――と考えないよう、思考をポジティブに切り替える。 これ以上痛い目に遭うのは、俺は嫌だ。 ここで終わらせるんだ。伯母の問題も解決したんだから、俺はこれ以上面倒に関わらないようにするんだ。 葉月さんを何とかする。 何をすればいいのかは分からない。 分からないから、これからそれを調べる。 言葉を選んで聞き出して、ベストではなくても、間違った対応をしないように。 20 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 28 51 ID 3MRI2eKK 場所を変えて話をしよう、という誘いに葉月さんは乗ってくれた。 住宅街の中にある公園。時刻は夕方の六時近くになっているので、遊具で遊ぶ子供の姿はない。 早くも日が落ちて隠れてしまいそう。これから散歩に出掛けるなら誰もが明るい服装を選ぶことだろう。 ベンチに腰を下ろす。葉月さんは腰を下ろすと、俺の膝にくっつく位置まで近づいた。 「ねえ? さっきの続きだけど」 続きと聞いて、顎に幻痛が走る。まだ痛みの残滓は残ったままだ。 「妹さんに告白したっていうのは、嘘? 本当?」 「嘘じゃないよ」 「何を告白したの?」 「そもそも、告白という言い方がどうかと俺は思うけどね。 妹をどう思っているか、その辺について聞かれたから答えた。ただそれだけ」 「もしかして……これからは恋人として付き合おうって言った?」 「それはない。そういう気にはならないよ、妹とは。 葉月さんは勘違いしてる。葉月さんに兄弟がいないからわからないのかもしれないけど、ありえないんだ。 血の繋がった家族とそういう関係になるっていうのは」 「じゃあ、血が繋がってなければ? 恋人になろうと思うの?」 「家族は家族だ。血の繋がりが云々なんて、関係ない」 家族ってのは、血縁や結婚や養子縁組という繋がりだけで結ばれてるわけじゃない。 もっと深いところで繋がった関係だ。 仮に弟や妹の身体から魂が抜けて人形に宿っても、俺は家族だと思える。 「妹を恋人として見る、なんてことになってたら、俺は妹の事を家族だとは見てないよ。 家族でも何でもない、ただの他人の、女の子だ。 そして俺は、妹のことを、二つ下の妹として見てる。年頃で、難しい時期だよ。 大事にしたいって思ってる。好きだよ、あいつのことは」 「じゃあ、あなたは妹さんを妹以上の存在としては見ていない、ということ?」 葉月さんの目を見る。深く頷いて、また目を合わせる。 これ以上なく、真摯な気持ちで。 「そう……よかった。ちょっとだけ安心した。 あなたを見てると、妹さんと一線を越えそうな雰囲気までしてたの」 葉月さんの表情が和らいだ。微笑みが怖くない。 自然に俺の警戒心も緩くなる。 「あのさ、聞き逃せないこと、言わなかった?」 「しょうがないじゃない。今日のあなたと妹さんを傍から見てると、誰だってそう思うわよ。 どう見たってデートだったもの。一緒にご飯食べるし、プレゼントまで贈るし。 何度邪魔しようと思ったかしら。一度や二度じゃきかないわ」 「邪魔する理由がわかんないな、俺」 「本当にわからない? それとも惚けた振り? ……まあ、どっちでもいっか。 妹さんに嫉妬してたからに決まってるでしょ。私はね、あなたの隣に居たかったの。 妹さんだけじゃない、木之内澄子も、葵紋花火も近づけたくない。名前は知らないけど、他の女も。 私はね――――」 どんなときも頭から離れないぐらい、あなたのことが好きなのよ。 言葉が直接頭の中に響いてくるぐらい近い距離で、囁かれた。 葉月さんの何度目かの告白だった。 21 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 33 13 ID 3MRI2eKK 「それこそ、あなたの行方が気になって、ついつい、ついて行っちゃうくらいね」 なんで行き先がわかるかってのは、問うまでもないか。 弟の奴が教えたんだろう。今日の俺と妹の行き先を知ってるのは弟しか居ない。 たしかに口止めはしなかったけど、あいつは教えるのを躊躇ったりしないのだろうか。 まさかとは思うが、俺を困らせるために葉月さんを送り出したわけじゃないよな。 あいつ、俺と葉月さんの接触を増やそうとしてないか? 高橋とは違う意味で、あいつの考えは読めない。 迷路に例えるなら、高橋の考えは一本道だけど曲がり角ばっかりで、ただ時間がかかるだけの面白みのないもので、 弟の考えは、構造は簡単なのに、目隠しをしなきゃいけない決まり事があるものという感じ。 弟の思考を読むには、情報が不足しすぎてる。高橋よりも厄介だ。 「前、あなたは私に言ってくれたわね。友達として好きだって。 だけど私はね、あなたとの関係を、ただのお友達で終わらせたくないの。 一番仲の良い友達じゃなくて、それ以上の、恋人になりたいの。 もうすぐ私たちは高校生活最後の一年をスタートさせる。 どうせなら、最高の一年にしたいじゃない?」 「……そうだね」 「いくら考えても、どんな可能性を探っても、あなたが彼氏じゃなきゃダメだった。 断られて落ち込んでも、一度も諦めようなんて考えられなかった。 しつこい女なの、私。それに欲張り。 気が済まない。忘れられない。好きな気持ちが溢れてくる。 付き合ってくれないかしら、私と。答えが聞きたいわ」 正直に答えることはできない。 俺は、葉月さんを友達だと思ってる。葉月さんが望むような関係を、築きたいと思わない。 だからって、付き合うのは嫌じゃない。満更でもない。 前に告白された時断ったのは、葉月さんを独占したいほど好きじゃなかったから。葉月さんと同じ気持ちじゃなかったから。 こんな気持ちのままで付き合うなんて、悪いことだと思ってた。 ――でも、今は違う気持ちもある。 「聞きたいんだけどさ。俺がもしも、葉月さんの理想通りの人じゃなかったら?」 「それなら、私の理想をねじ曲げるだけだわ。 理想を押しつけても、相手は受け入れてくれない。私は同じ轍は踏まないわ」 「俺が……人を深く傷つけるような最低な人間であっても、そう言える?」 「もちろん。あと、あなたは最低じゃないわ。 最低の人間は、自分が最低だと考えられないぐらい、最低な奴なんだから」 「……はは、それもそうか」 22 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 34 28 ID 3MRI2eKK ああ言えば、こう言う。敵わないな、葉月さんには。 暴力を振るうところは良くないけど、それ以外は、拍手を送りたくなるぐらい、すごい女性だ。 俺なんかを好きになって、何回振られても諦めず、また告白してくる。根性があり過ぎる。 こんなすごい人とは付き合うなんておこがましい――なんて思う。そこは変わらない。 でも、この人のことをもっとよく知りたい、とも思うようになってる。 今の関係、友達のままでは、決して知ることのかなわないことを知りたい。 愛着は好きという純粋な気持ちだけで生まれるとは限らない。 さすがは俺の親友だ。良いことを言ってくれる。最高の台詞だ。 あまりにも最高だから、俺の生き方の参考にさせてもらうぜ、高橋。 「……あのさ、葉月さん」 「なあに?」 こんなんでいいのかってぐらい、リラックスしてる。 罪悪感はたしかにあるのに思考が軽すぎる。 余計な台詞まで言ってしまいそうなぐらい、舌が滑らかに動いてくれる。 「付き合おうぜ、俺たち。 いつからいつまで、なんて期間も設けないし、後で嘘だって言うのもなしだ。 葉月さんのこと、もっと知りたいんだよ。今よりたくさん」 23 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 36 08 ID 3MRI2eKK ***** ……………………、……ほぇ? 嘘。 夢? それとも正夢? 嫌よ、そんなの。 というか、夢じゃないでしょ。 じゃあ嘘かって言うと、彼がたった今否定したところだし。 「あの、あなた……私のこと好き、だったの?」 「ま、まあ。そういうことになるかな、うん」 この、照れてはっきりものを言わないところ、偽物じゃない、本物だわ! 「な、なんで?」 「ごめん。何について聞かれてるのかわからない」 私だって、自分が何言ってるんだか分かんないわよ! 「俺、そんな顔されるほど変なこと言ったかな」 「いえ、別にそんなこと……って、変な顔してるなら早く言って! バカぁ!」 慌てて彼から顔を逸らす。ベンチの上に正座して隅っこまで移動する。 やばいわ、どんな顔してるのよ。彼がそんなこと言うってよっぽどじゃないの! ああでも、どうしよ。 どうしよ、どうしよ。どうしよ、どうしよ? どうしよ、どうしよおっ! と、とうとう彼と付き合うの? 付き合っちゃうの? 付き合うことになっちゃった! 無性に叫びたい。幸せで身体が膨らんで破裂しそうよ! ていうかもう、爆発しなさい、私! 24 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 38 56 ID 3MRI2eKK し、死にそう。 顔がおかしい。熱が籠もりすぎ。体温、今何度よ? 付き合うってことは、デート行き放題、手をつなぎ放題、むしろ姫だっこで移動? 「幸せすぎる、幸せすぎるわ!」 好きって言ってくれるの? 今まで妄想の中でしか言ってくれなかったのに? 愛してるとか、結婚しようとか、はい誓いますとか、行ってきますとか、ただいまとか、夕飯より先にお前が食べたいとか! そんなのハレンチよ! もちろんアリだけど! ただし私を倒してからにすることね! それでわざと負けちゃったりするのよ! うふ、うふふふふ! 「っ……きゃぁっほおぉぉぉう!」 ベンチベンチ! ベンチ殴っちゃうわ、嬉しすぎて! ちっとも痛くない! これが無念無想の境地! え、違う? でもいいの、私は無敵だわ! 「葉月さん、落ち着いて!」 「えっへへへへヘ。私は落ち着いてるわよ、心配しなくていいわ」 彼が優しく私の手を握って、労ってくれる。 これからは私だけに、その優しさを向けてくれるのね。 でも、彼は妹を大事にしてたわ。好きとか言ってたし。 妹にも優しいものね。そこがまたいいんだけど。ああ、ジレンマ。 まあ、彼の生涯の伴侶になった私には、あの子なんて恐るるに足りない存在ね。 あ、そうだわ。せっかくだから。 「ねえ、お願いしてもいい?」 「お願い? なに?」 「……キス、して頂戴」 25 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 41 22 ID 3MRI2eKK 夕闇の中、彼と見つめ合う。 もう一瞬たりとも待ってられないぐらいなんだけど、初めてぐらい彼からしてほしい。 数秒間の沈黙の時間。 彼に両肩を掴まれた。目を瞑り、顎をちょっとだけ上げる。 ああ、とうとうこの時がやってきたのね。 「いくよ、葉月さん」 来なさい! あなたの思いを存分に込めて! 彼の手から、小さな揺れが伝わってくる。いえ、もしかしたら私の震えなのかも。 何度もシミュレーションしてきたけど、本番はやっぱり緊張するわ。 私から舌を入れていいかしら? 駄目よね、そういうのは場所を変えて、二回目からじゃないと。 ここは我慢よ。我慢するのよ。彼を立てるためにも、我慢しなきゃ! 彼の唇が、触れた。 「ん、ふ……」 柔らかくって、暖かい。 心臓の鼓動が伝わってくる。きっと彼にも私の鼓動が伝わってる。 駄目。 我慢……でき、ないっ! もっと近づいて、もっと抱きしめて! もっと強引に、私の中に入ってきて! 右手を彼の頭に、左手を彼の背中に。 そのまま、力一杯抱きしめる。 「んん! んっんっ! んふぅっ!」 彼を感じる。ずっと求めてた温もり。 やっと手に入れた。 欲しがって、求めて、さまよって、それでも諦めないでよかった。 今こうして、私の手の中にある。 彼も私に応えてくれてる。痛いぐらいに肩を強く掴まれてる。 そう、いっぱい暴れて。私の上で、力尽きるまで。 もっと頂戴! 渇きを癒して、潤いを私に与えて! 大好き! でもこんな言葉じゃ足りない! 言葉じゃなくてあなたの温もりを、尽きるまで、果てるまで私に注いで! 私もあなたにあげるから! 全部、ぜんぶっ! 26 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/01(日) 10 43 17 ID 3MRI2eKK 「…………ぷ、はあぁぁぁぁぁ」 ひとしきりキスを続けた後で唇を離し、抱く力を緩める。 暗いせいで照れた彼の顔が見えないのが非常に残念。 「どう。まだ……したい? それとも、続きをしたい?」 彼は応えない。 私の身体に体重を預けてくると、そのまま余韻を楽しむみたいに動かなくなった。 「……そう。今日はまだここまで、ね」 お楽しみは先に取っておかないといけない。 初めてが公園なんて、ロマンチックじゃないし。 やっぱり、彼の家でやるのがいいかな。 それとも私の家? それだと、お父さんがやってくるかもしれないわ。 いえ、むしろその緊張感を楽しむっていうのも、捨てがたい。 「楽しみだわ。これからよろしくね」 誰もここに来ないようにと、私は願った。 そうすれば、彼と抱き続けていられるから。 誰かと一緒に居てこんなに安心するなんて、久しぶり。 お母さんに抱きしめられてるときより、ずっと幸せ。 幸せよ。どうかお母さんのように、どこかに言ってしまわないで。 寂しさよ。願わくはもう私の元にはやってこないで。 いつまでも、彼とこうしていられますように。
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14 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 43 03 ID vXnZtfxw 4年前 「ヒーローに、なりたかった」 「はぁ?」 「昔の話だ、九重。だから、そんな汚物を見るような目を向けること無いだろ」 「ああ、そう。でも、キミが今も年甲斐も無く子供向け特撮ヒーロー番組のオタクやってるのって……」 「うん。その想いがあったからだと思う」 「ボクは女子だから分かりかねるのだけれど、ヒーローってそんなに良い物なのかな?」 「ヒーローは、1人だけど、1人じゃないから」 「どーゆーこと?」 「ヒーローって、戦ってるのはヒーロー1人でも、彼らの守っているたくさんの人と、応援で、声援で、支援で、繋がってるから。絆があるから。だから、俺も少しでもそんな風になれたらって」 「そう。良く分からないけどね、ボクには」 「うん、そうかも」 「しかし、キミに英雄願望なんて大それた代物があったなんて知らなかったよ」 「英雄なんて大それたものじゃない。大それたものでなくていい。ただ、少しでも誰かの助けになって、誰かを笑顔にして―――」 「誰かに恩を売って?」 「恩って……。まぁ、感謝はされたいかな。それで、誰かと繋がれれば」 「そっか。まぁ、幼少時代のエピソードとしては中々微笑ましいものだったね、戯れに耳を傾ける意義はあった」 「それは重畳」 「ウン、興味深かったよ。千里は昔から千里だったんだなって」 「どう言う意味、それ?」 「言葉通りの意味」 「うぐぅ……」 「でも、その英雄願望。現実問題として、実現するのは無理だろうけど」 「そっか、無理か」 「そう、無理。どれだけ頑張っても、どれだけ時間をかけても、キミはヒーローやら、正義の味方やらにはなれない」 「……うん」 「キミになれるのは、せいぜいヒーローの真逆の引き立て役。英雄に否定され、主人公の踏み台にされ、騎士から斬り捨てられ、他者から拒絶され、誰からも忌み嫌われる―――敵役だけ、だ」 15 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 43 37 ID vXnZtfxw 現在 「・・・・・・う、うう」 俺は呻き声をあげながら、重い眼を開けた。 窓の無い、殺風景な部屋の中だった。 体が痛い。 まだ痺れる。 酷い気分だ。 って言うか、酷い目にあった。 いや、実際どういう目にあったのか、俺もいまいち把握していないのだが。 「あら、あらあらあら。気がついちゃったみたいね」 うわぁ・・・・・・ 最初に目が合ったのは、嗜虐的な表情を浮かべた明石だった。 正直、寝起きに見るにはかなり刺激が強かった。 ましてや、自分を昏倒させた相手となればなおさらだ。 「おはよう、明石」 けれども、俺はいつも通りの笑みを作り、余裕な振りをしてそう呼びかけた。 「それに、三日も」 三日は、明石の後ろ、部屋の隅に立っていた。 ここからでは表情は窺い知れない。 けれども、俺の言葉に何も反応しない。 どうやら俺は、この2人に呆気なく捕えられてしまったらしい。 「しかしまぁ、明石。随分と見事な手際というか見事な出来栄えだねぇ。三日を囮役にして、スタンガンで不意打ったってワケね。」 「余裕ね、こうしてなすすべも無く閉じ込められたって言うのに」 明石の言う通り、俺は見覚えの無い、室外から施錠されたドアのある無機質な部屋の中、椅子に縛られていた。 それも、よくよく見れば両手足に胴体を縛る縄にプラスして手錠まで。 念の入った話だった。 「まぁ、こうなると初台詞が『お前も仲良くするのだ~!』だった奴とは思えないけどね」 「そんな台詞、覚えてる人も信じてる人もいないでしょ」 「いや、信じてる人はいると思うけど……。それにしてもそれを差し引いても、いやはや、見事な連携だよ、2人とも。これが友情パワーって奴なのかな」 単なる軽口でもなく、これが2人の友情の成果だと言うなら、自分の状況を棚上げにして素直に称賛したかった。 これが明石と三日の絆の証だと言うなら、三日のためならば、一応、何とか、許せる。 しかし、 「友情?」 養豚場のブタでも見るような眼をして、明石は言った。 「勘違いしてもらっちゃ困るわね、緋月三日はただの私の駒よ」 ………は? 「明石、今のもう一度言ってくれないかな?どうも、酷い聞き違いをしちゃったみたいでね」 「聞きたいなら何度だって言ってあげるわ。友情なんてくだんない。ソコのソレはただの駒よ」 その言葉、昨日の憔悴した三日、そして今の無言の三日、俺の今の状況。 一瞬、頭が真っ白になってから――――それでも全てが繋がった。 「………お前、今、三日のこと、自分の親友のことなんて言った?」 「駒」 俺の言葉に、明石は冷たく答えた。 即答した。 言い放った。 言い放ち、やがった……! 16 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 43 56 ID vXnZtfxw 「………り消せ」 全身が沸騰しそうになるほどの激情を全力で抑え込み、俺は言った。 「はぁ?」 侮蔑に満ちた顔をする明石。 「取り消せと言ったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 直後、怒轟と共に俺は明石に飛びかかっていた。 椅子に体を拘束されたまま、腹の筋肉だけで、椅子を前方に倒れこませ、奴の喉笛に噛みつかんとする! 「ヒッ!?」 しかし、すんでのところで避けられてしまう。 俺は、椅子に座った姿勢のまま、フローリングの床の上に転がる。 今、もう少しでアイツの喉笛を噛み千切れたのに。 畜生。 ど畜生。 「あは、あはははは……」 がくん、と床の上に尻を突き、強がるように笑う明石。 「強がっちゃって、無茶をするわね無駄をするわね。アンタは所詮単なる餌。どうこうしてもどうしようもできない、どうでも良いモブでしかない。そこで大人しくしているが良いわ」 「……」 明石が何か言っているが、その言葉は怒りでほとんど聞こえない。 誰かを殴ったことは何度もあるが――――誰かを殺したいと思ったのは、これが初めてだった。 ……ズ……ズ……と。 床の上をもがき、尻もちをついた明石の元に這い寄っていく。 「動かないで!」 悲鳴のように、明石が叫ぶ。 三日を指差して。 「さっきも言ったでしょう!緋月三日は私の駒!私の意のままに動かせる!どんなに酷いことだってさせられる!殺せと言えば殺す!死ねと言えば死ぬ!そうさせるだけ脅迫して屈伏させたんだから!」 屈伏させた……? 脅迫して、だって……? 「私に危害を加えれば、この部屋から出ようとすれば、私がどんな命令をするか、このコがどんな目に会うか。分からないアンタじゃない―――わよね?」 つまり三日は明石の仲間でも無く、協力者でもなく、囮役でも無く――――人質、か? おい。 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。 俺は知らない。 俺は聞いてない。 こんな展開なんて。 こんなことになっているなんて。 「そう言うことだから、大人しくしてなさい、餌役さん!」 そう言って、俺の頭をゴッと蹴り飛ばす明石。 「……っつ!」 さすが水泳部、良い脚(力)してるよ、へたりこんだままでも。 忌々しい。 「…!?」 三日が息をのむ声が聞こえる。 「だい……じょうぶだから、俺は」 何とかそう言ったが、半ばうめき声のような声でどこまで安心させられたか分からない。 そうこうしている内に、明石がフラリと立ち上がった。 「じゃあ、緋月三日。約束の日までこの餌頼むわよ、良いわね」 明石の言葉に「…はい」と消え入るような声で答える三日。 約束の日?何の話だ? 「じゃぁ、また。もっとも、次に会う時が最後でしょうけど」 そう言って、部屋のカギを開けて(部屋の中にも鍵があるのだ、ココは)出て行こうとする明石。 「待て、どこへ……」 「どこ、ですって?」 不思議そうな顔をする明石。 「決まってるでしょ?学校に、行くのよ」 17 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 44 44 ID vXnZtfxw 御神千里と緋月三日が失踪した。 その事実は瞬く間に学校中に伝播した。 本人たちは否定しているものの、2人は校内でちょっとした有名人であり、恋人同士だったからだ。 姿を消した理由ははっきりしないが、駆け落ちをしたとも、事件に巻き込まれたとも、様々な憶測が飛び交った。 とは言え、この事件に対する反応は千差万別だった。 その行方を、面白半分で話題にする者、心配する者、探す者、気にする者、気にしない者。 そして、何の進展も無いままに、千里と三日が不在の夜照学園高等部の学校生活は、今日も何事も無く過ぎて行き……。 事件の情報を最も早く掴んだのは、前期生徒会役員たちだった。 「御神後輩と、あの不愉快な男の妹が失踪?」 ある空き教室の中で、氷室雨氷は怪訝そうな顔で相手に聞き返した。 「その通りなのでござる」 情報を伝えたのは、李忍。 いつも通りの奇妙な口調だが、心配そうな色が滲んでいる。 その場には、一原百合子の恋人たちが集っていた。 但し、百合子本人はいない。 「とにかく、その話を一原会長……もとい前会長の耳に入れないよう尽力しなくてはなりませんね」 「氷室殿!?」 冷たく言い放った氷室に、李は抗議の声をあげる。 それも当然だった。 千里と三日は彼女のクラスメートで、生徒会の活動も手伝ってもらったこともある友達なのだから。 面と向かって友達だと言ったことは無かったが、少なくとも李自身はそうだと感じている。 「李前書記も、一原前会長の性格を知っているでしょう。彼女のことです。話を聞いたら、喜々津……もとい嬉々としてこのトラブルに首を突っ込むに違いありません」 「でござるから……!」 「自分の受験勉強を放り出した上で、ね。それは、避けるべき事態です」 冷静に語る氷室。 「友の安否より受験の方が大事と言うのでござるか!!」 「李、気持ちは分かるけど……」 「イマはcool downにcalm downです」 喰ってかかろうとする李を、周りにいる霧崎涼子やエリス・リーランドが押しとどめる。 「今は、彼女にとって大事な時期。一原前会長は、これまで学園の為、一般生徒たちの為―――つまり、他人の為に尽力してきました。だから、もう良いでしょう。彼女が自分の為に尽力しても」 冷たい声音の氷室だったが、その言葉には百合子への気遣いが感じられる。 そして、それは氷室達全員の統一見解でもあったはずだった。 生徒会長で無い百合子が、他人の為に身を削ることはもう必要ない、と。 一方で、元生徒会メンバー達はヒトとしての能力こそ規格外ではあっても、百合子という中心人物が無ければその能力を十分に発揮できないことも確かだった。 いくら規格外と言った所で、所詮は個人レベルに過ぎないのだ。 言わば、彼女たちは百合子と言う剣士に振るわれる刀のような存在だ。 扱う剣士がいなければ、どんな名刀も単なる棒きれでしか無い。 「今のお姉は生徒会長じゃないしね。あんま無茶もさせらんないし」 一原愛華が言うように、この学園の生徒会長は絶大な権限を与えられている。 人事権を始め、様々な権利を与えられている。(愛華が1年生にも関わらず生徒会に所属できたのはこの権利の濫用である) それに、多少の無茶も学園側からのフォローがある。もっとも、これは顧問であるエリスによる部分も多分にあったが。 「私達の時のように、『終わっても何事も無かったように』とはいかないかもしれませんわ」 と、鬼児宮左奈は言った。 「だからと言って、今御神氏たちがどのような目にあっているのかも分からぬというのに……!」 「どのような目に会っているとしても、御神後輩が切り抜けられないかも分かりませんがね」 もどかしげな李に向かって、氷室は静かに言った。 「御神後輩も、私や一原前会長と中等部時代から行動を共にしてきた者。多少のことでどうにかなる道理は――――ありません」 18 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 45 38 ID vXnZtfxw 「直子ちゃ~ん、直子ちゃ~ん?」 料理部の活動中、河合直子は部長の由良優良里(ユラユラリ)先輩に呼びかけられて我に返った。 「あ、部長」 「はい~部長です~」 相変わらずおっとりとした、しかし温かな笑顔を浮かべる由良部長。 「それよりも~、直子ちゃん~?」 「何でしょう?」 「あなたの~そのお鍋~、噴きこぼれてないかしら~?」 「うわ、マジっすか!?って言うかマジだ!?」 慌ててコンロの火を止める河合。 「何で早く言ってくれなかったんですかー!って、ゆらゆらな由良部長に言っても仕方無いですね」 「ごめんなさいね~。でも、珍しいわね~」 「何がですか?」 「直子ちゃんが~、料理しててボーっとしてるなんて~」 言われてみればそうだった。 今までは、横に御神千里先輩がいたので、談笑で手元がおざなりになることはあっても(それでよく千里に注意されたものだ)、上の空になることなど、一度も無かった。 けれども、今は…… 「先輩が、いないですから……」 「やっぱり~、心配に~なるわよね~」 でもね~、と気遣わしげに直子の肩に手を置く部長。 「大丈夫よ~、絶対。私達の助っ人くんは~そう簡単にどうにかなるような子じゃないもの~」 「そう、ですよね……」 自分に言い聞かせるように呟くと、両の頬をパンと叩く直子。 「ぃよし!御神先輩が帰ってきた時の為に、エンジン全開ガンバルオー!」 空元気の声を上げる直子。 それを、穏やかな笑みで見つめる部長。 その部長の頭に、ポンと手が置かれる。 「あんまり気ィ張りすぎないで下さいよ、部長も」 「あら~、三九夜ちゃん~」 部長の後ろに立っていたのは、女子制服の美少女、天野三九夜。 「ちゃんって言わないで下さい。何かこそばゆいンですよ」 「ごめんね~。でも大丈夫よ~。私はいつもど~り~」 「塩と砂糖を間違えない、水と料理酒を間違えない、大根とにんじんを間違えない。そんなアナタのどこがいつも通りですか」 「あら~、そう言えばそうね~。今日は一回も間違えてないわ~」 「……ったく、心配で来てみればご覧の有様かよ」 「何か言った~?」 「何でも無ぇッス」 そっぽを向きながら言う三九夜。 『御神、あんまりコイツらに心配かけないで緋月と早く戻ってこい。オレだって―――』 三九夜は、どこにいるとも知れぬ友に向かって、心の中でそう呼びかけた。 19 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 46 26 ID vXnZtfxw 「みかみん……」 午後の授業を片手間に受けながら、葉山正樹は虚ろに呟いた。 教師がチョークを振るう音を聞き流し、正樹はちらと隣の席に目をやった。 いつも見慣れた、本来あるべき御神千里の姿が無く、まるで大穴がぽっかりと空いたようだった。 ――――お前は、それで良いの……!?――― 千里の席を見るたびに、彼が言い残した言葉が繰り返し思い出される。 本人は平静を装っているつもりでも、もどかしさや気遣いが隠しきれない、優しくも激しい言葉。 (しっかたねーじゃんよ) 聞く者の無い答えを、正樹はひねり出す。 (何もかもが異常で異形で非常事態なンだよ。こんなンなっちまったのに、何か出来るってンだよ。何が出来るってンだよ。俺が聞きてぇっての) 言い訳だ。 それは、正樹自身が一番良く分かっている。 自分がすべきなのは、自分が想うべきなのは、自分が、決めるべきなのは――― そんなことを想っている内に、授業終了のチャイムが鳴る。 「やほー、まーちゃん!!」 授業が終わるのとほぼ同時に、明石朱里が彼に声をかけてくる。 「う……あ、ああ……」 明石の登場に、今までの思考が胡散霧消する。 「さっきの授業、ノート取ってたー?いやー、アタシ途中で寝ちゃってさー」 そう言いながら、当り前のように千里の席に座る朱里。 ―――何も言えず、何も言わず、ただ唯々諾々と流されて。それを恐れるばかりで何もしないで――― その後、千里は何と言いたかったのだろうか。 分からない。 けれども、正樹は何か言わなくてはいけない気がした。 強く。 「朱里……そこ、みかみんの席だ」 振り絞るように、正樹は何とか、朱里に向かってそう言った。 「え、ああ。そうだっけ?」 とぼけた風に言う朱里。 気のせいか、その声音にはどこか意地の悪い響きがあるように聞こえた。 「……そーだよ。だから……お前が我が物顔で我が物みたく座るのは、その……どーなンだよ?」 「意外と細かいコト気にするんだねー!」 そう、朱里は正樹の言葉を笑い飛ばした。 「良く分かんないけど、緋月三日と御神千里はまだ見つかって無いんでしょ?」 「……ああ、万里さんが探してる。……『心当たりはあるから心配しないで』って言ってた」 「あー、万里さんからの電話!?アタシん家にも来たよー!なんかー、あの人クラス全員に電話かけて御神千里と緋月三日が来てるか確認したみたいだねー!すごいよねー!こう言うの、『親の鑑』って言うのかな!?」 「かも、な。……まぁ、こればっかは大人のヒトに任せるっきゃねーんだろーな。……みかみん達を探したくても、アイツらがどこにいるのかなんて、見当もつかねーし」 「なら、遠慮なく座ってもそんな問題無いじゃん!」 本格的に背もたれに体重を預け、朱里は笑う。 「高校生のアタシらにはどーしよーも無いし!それに、万里さん『心配しないで』って言ってたんでしょ!?だったら……」 「……わ、悪い、朱里……」 ハイテンションに台詞を捲し立てる朱里を何とか遮る正樹。 「……悪いけど、ホント、今、お前と話したい気分じゃ無いんだ。後にして……くれねーか?」 「へぇ……」 戦々恐々としながらも言葉を発した葉山に、朱里はコールタールのようにドロリとした視線を向ける。 「イヤなんだ。私と話すの私と話すのに恋人(わたし)と話すの、イヤなんだ」 詰め寄る明石にたじろぎそうになる葉山。 「うぅ……キ、キブンの問題だよ。こう言っちゃなんだが、心配するなと言われて心配しないほど、俺も割り切った性格しちゃいねーし」 「じゃあ、最近緋月三日と御神千里を見た――っていう情報を私が持っていても?」 「本当か!?」 朱里の言葉に、思わず身を乗り出す葉山。 その姿を見た明石が、心の中で歪な笑みを浮かべていたことなど、親友の身を案じる葉山に分かるはずも無かった。 20 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 47 07 ID vXnZtfxw そうして、世間様に嘆きや心配や寂しい思いや迷惑や期待をさせている最中の数日間、俺がどうしていたかと言うと、何もしていなかった。 と、言うより何かする気も起きなかった。 俺の心は、御神千里の心は、これ以上無く折れていた。 ポッキリと折れきっていた。 最初は、明石に対する怒りや殺意しか無かった。 けれども、冷静になるにつれ、そうした感情は自分自身に向けられた。 自己嫌悪になった。 俺は、どうして誰も救えなかったのか。 俺は、どうして親友に伝えるべきことを伝えるのが遅れてしまったのか。 俺は、どうして親友に想いを寄せる少女の暴走と破綻を止めなかったのか。 俺は、どうして大切な人を守れず、それどころか、彼女の危機を気付くことさえできなかったのか。 俺は、本当に、何も学んでいない。 俺は、正しくあることができなかった。 俺は、主人公(ヒーロー)でも英雄(ヒーロー)でも騎士(ヒーロー)でも無い。 俺は、無力だ。 そんな人間に、明石を恨む道理は無い。 「…千里くん」 縛られた俺の膝の上で、三日が俺の首に白い手を回す。 「…千里くんは何も気にしなくて良いんです。…何も考えなくて良いんです。…何も心配しなくて良いんです。…全てが、上手くいきますから」 無表情に言葉を紡ぐ三日。 三日のその言葉は、毎日のように繰り返されていた。 まるで、壊れたレコードのように。 それは、俺にと言うよりも、三日自身に言い聞かせているようにも聞こえた。 三日は明らかに無理をしていた。 精神的な負担を強いられていた。 それに対して、俺は何も言わない、しない、出来ない。 俺のような、人間失格には。 誰かマトモな奴なら、それこそ一原先輩みたいな人なら、今の三日の危うさなんて、一言で解消してくれるのだろうけれど。 ここには、その一原先輩はいない。 一原先輩のみならず、俺と三日の2人しか人間がいない。 明石は俺を閉じ込めたあの日以来、電話越しでしか連絡を寄越さないし。 そんな有様だから、俺の想いは沈んでいく一方だった。 沈みに沈み、自分のキャラクターすら保てないでいた。 元々、俺の緩いキャラクターは、ここ数年でようやく関わりを持てた、家族や友人と言った、俺に好感を持ってくれているみんなとの人間関係の中で、無我夢中で構築し、維持してきたものだ。 誰かがいなければ、保てない、急ごしらえで薄っぺらなものだ。 だから、みんながいなければ、俺のキャラクターは崩れていくほかない。 これが本当のキャラ崩壊。 全然上手く無い。 全てが上手くいかない。 21 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 47 33 ID vXnZtfxw 放課後 「……本当に、こっちなのか。その……みかみん達を見たっていうのは」 人の少ないビル街を、葉山正樹は明石朱里に案内されるままに歩いていた。 「ウン、大体この辺りでチラッとだけ2人の姿を見たんだってー!」 キョロキョロと近くを見回し、いかにも辺りを探してますと言う風を装いながら朱里は答えた。 「見たって言うと?」 「アタシの友達の友達の、そのまた友達!大体、2日前くらいだって!」 「2日か……。……じゃあ、今居るかどうかは微妙なラインだし、見間違えかもしれねーよな」 「どーするー!?このまま帰るのもアリだと思うけど!その後ついでにここら辺デートしたり!!」 「こんな雑居ビルが集まったトコにデートスポットがあるとも思えないけどな……」 久々のツッコミを入れながら、逡巡する正樹。 「……とりあえず、近くを探して良いか?……正直、みかみんが心配で藁にもすがりたい思いだし」 「アイアイサー!」 そうして、近くのビルの中に入る2人。 「?……ひょっとしてココがらんどうか?」 「そうそう。元々はマンションとして建設されたんだけど、建物が完成したって時に大元の会社が潰れちゃったんだってー!いやー、不景気はイヤだよねー!」 「く、詳しいんだな……」 「アタシが情報通なのは、学園内だけじゃないんだよ!」 えへん虫、と胸を張りながら、中を探索する。 「でも、ちょーっと分かんないかな!」 「……な、何がだ?」 「何でそんなに御神千里を心配するのかな!噂じゃ、前期の生徒会の無茶にも付き合ってたらしいし、大抵のことは1人で何とかなるんじゃない、アレ」 放っておこうよ、という意味を暗に込めて朱里は言う。 「……確かに、アイツはトラブルに場慣れしちゃいる。けど、それだけだ」 「それだけってー!?」 「……意外と危ういンだよ、メンタル的に。普通にしてればなんてこと無いんだけどよ。一度沈むとトコトン沈む。一度キレるとメチャクチャ性質が悪い。初めてアイツと会った時なんて、九重以外のありとあらゆる人間にガン飛ばしてた位だったんだぜ」 「普段温厚な人ほど怒ると怖いってコトー?」 「……まぁ、な。だから、アイツは心配なんだ。生死とかフィジカルなトコだけじゃなくて、メンタルの部分もな」 22 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 47 58 ID vXnZtfxw その廃ビルの一室に、俺達は居た。 「…はむ、ンちゅ…ふにゅ…あむ…」 三日の口の中で丁寧に細かく刻まれたコンビニ弁当の唐揚げが、マウストゥマウスで俺の喉の奥に押し込まれる。 所謂口移しと言う奴だ。 俺は手足を拘束されているため、この数日恒例になっていた食事風景だった。 いつものように、俺に口移しで食事を与えていた三日が、 食事や下の処理など、おはようからおやすみまで俺の生命維持のために尽力したここ数日の三日の献身ぶりは語り尽くせないほどだ。 語れば語るほど、俺の無力さが浮き彫りにされるだけとも言うが。 三日の献身に対して、俺は何も応えることが出来ないのだから。 「…そんな顔しないで下さい、千里くん。…全てが上手く終われば終われば、千里くんだって幸せな気持ちになれますから」 唐揚げペーストを俺に嚥下させ、弁当が空になったところで、三日は俺から唇を離し、俺に向かってそう囁きかけた。 俺は、どんな顔をしているのだろうか。 どんな顔でも、もうどうでも良い。 「…全てが上手く終われば、千里くんだって幸せな気持ちになります。なってくれます。なってくれるに決まっています。…だから、私も頑張ります」 三日が繰り返す。 喜ぶ。 幸せ。 それは、俺の望みがかなう、ということだろうか。 俺の、望みは――― 「みんなが、おれのすきなみんなが、わらっていてほしい」 「…」 俺の言葉に顔を曇らせる三日。 彼女は、今笑ってはいないから。 ああ、俺は本当に無力だよなぁ。 みんなの笑顔のために、なんてテレビの中のヒーローみたくなりたかったけどなぁ。 所詮人は人、ヒーローはヒーローか。 俺には、何もできないか。 どれだけ、やりたいと思っても。 あーあ。 やっぱり俺は、『意味ある人』じゃなくて『ある意味人』だよな。 ヒーローどころか、人としてあまりに脆弱だ。 九重、お前はいつだって正しいよ。 けれど。 ―――やりたいなら四の五の言わずにやりなさいよ――― 唐突に、親の言葉が思い出された。 そうか。 どれだけ無力感に苛まれていても、俺の想いだけは、まだこんなにも燻っている。 燻って、消えていない。 キャラはブレても、想いはブレてない。 だったら。 例え、無力でも。 例え、ヒーローにはなれなくても。 例え、『ある意味人』でしかない、人間失格でも。 「おしえて―――教えてくれ、三日」 「…え?」 数日ぶりに力を込めて、想いを込めて発せられた俺の言葉に、驚いた顔をする三日。 「俺は、お前の、お前達の笑顔の為に何ができる?」 「…え、でも」 「どんな小さなことでも良い。お前の望みを言え。それさえ分かれば―――どんな願いも叶えてやる」 「…千里くん」 何となく、三日の表情に元気が戻ってきたような気がした。 「…このタイミングでネタに走らなくても」 「あ、分かった?」 詳しくは『告白の巻』参照。あるいは平成ライダー8作目。 「…くすくすくす」 「あっは、ははははは!」 場違いなネタに、その場違いさ加減がどうにもツボにはまり思わず2人して笑ってしまう。 「…フフ、何だか、1億と2千年ぶりに笑った気分です」 「対抗したね?」 「…はい、対抗させていただきました」 「お前の冗談、マジで今から36万…いや、1万4千年振りに聞いた気分だ」 「…何で言い直すと短くなるんですか」 そう言って、互いに笑いあう。 今までの、沈み続けるような気分が、笑い合ううちに少しずつ薄れて行くのを感じる。 いや、まだ何も何一つ良い方向に向かっちゃいないんだけどね。 ……よし、少しずついつものキャラが戻ってきたぞ。 23 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 48 46 ID vXnZtfxw 「…真面目な話、この先千里くんに何かしてもらう予定はほとんど無いんですよね、朱里ちゃんの計画には。…元々、ほとんど朱里ちゃん1人でやってるようなものですし」 笑みを消し、キリっとした顔で三日が言った。 「計画って言うと?俺、その内容全然知らないんで教えて欲しいんだけど」 と、言うより教えられる前に監禁されたからな。 実は誘拐犯に向かって悠長に自分が攫われた理由を聞いているようなものだったりするこの状況。 わお、デンジャー、デンジャー、デンジャラス。 「…話せば、長くなるんですけど」 「3行でお願い」 「…千里くんがいなくなると、葉山くんが心配します。 …それを餌にして、朱里ちゃんが葉山くんをこの家におびき寄せます。 …そしたら、そのまま2人きりでずーっと一緒。 …みんなハッピー」 「3行と言いつつ4行って……」 「…え、そう言うお約束じゃないんですか?」 「まぁ、そうだけど」 それで素で4行にする辺り、すごいというか何と言うか。 「って言うか、思いのほか杜撰な計画だな」 「…杜撰、ですか?」 「詰めが甘い、って言った方が良いけど。大体、警察が動き出したら、居場所なんて一発だぜ。何せ、そして4人もいなくなるんだし。」 俺に関しては、明石に脅されて「ちょっと自分探しの旅に出るから」と家の留守電に入れてるけど、それを信じるような人ばっかりでも無いだろう。(大体、ウチの親が信じたのかも分からないし) 葉山や明石までいなくなったら、ほぼ確実に捜索願が出されると見て良い。 ウン、だんだんと頭が働いてきたぞ。 「…確かに、国家権力が動き出したら面倒ですけど」 「って言うか、警察動くだろ、絶対」 「…でも、お母さんたちだって大丈夫ですし」 「お前の両親とは、状況は違うだろ。少なくとも、月日さんは今の状況にある程度納得しているし」 誘拐と同居では天と地ほどの差がある。 「…いえ、今はそうした大人の事情はお母さんがどうにかしているらしいですし」 「あの人一枚噛んでるのかよ!?」 俺の驚きにコクンと頷く三日。 学生ばかりで計画された誘拐計画だと思っていたのに、超展開だ。 「一体全体どうしてンなことに」 「…何でも、雨の日に偶然会ったとかで」 「捨て猫を拾ったみたいな話だな……」 それにしても、零日さんが絡んだ件は、俺の迂闊さがあからさまに露呈することが多い気がする。 その上、三日を窮地に追いやるし。 いや、まだ2回だけだけど。 「そうは言っても、警察を誤魔化すにしても、あの人が出来ることにも限界があるでしょ。何のかんの言っても、一介の女優さんでしかないでしょ?」 「…それはそうですね」 って言うか、あの人はヤバくなったらさっさと逃げそう。 大体、零日さんは人助けなんて殊勝な理由で動くタイプの人じゃ無いし。 「零日さんの助けは、長期的にはあんまり期待できないと思う。だから、大事になる前に、はやまんを攫うなんて止めた方が良いかもしれない。本当に、葉山と明石の行く末を思うなら」 「…でも、朱里ちゃんは2人きりで、時間をかけて、ここで想いを伝えたいって言ってました」 「あー、ゴメン」 「…はい?」 「それ、多分ムリ」 「無理!?」 「今まで割かし言葉濁してたけど、はやまん明石に本気でビビッてるからなぁ。こんなところに閉じ込められた日には、明石の言うことなんて聞く耳持たないよ」 「…そう、なんですか」 「ぶっちゃけ、葉山は漫画のヘタレ主人公みたいなモンだ」 「…ヘタレ主人公そのものですね」 「だから、今の葉山に押せ押せで行くのは逆に下策だと思う」 「…押して、上手く行くと思ったんですけど」 「こればっかりは、巡り合わせが悪かったとしか言えないなぁ。ただ単に明石が自分の想いを明かすだけならこうはならなかったんだろうけど、はやまんは明石の狂烈な部分まで知っちゃったから」 今の冷酷非情な恋愛暴走特急状態が明石の本質だとは思わないが。 そいつを明石の本性だと思ってるのが今のはやまん、といったところか。 いや、まぁ、明石の一部ではあるんだろうけれど。 それだけじゃ無いと思うんだよなぁ。 葉山にとっても。 はっきりとは分からないけれど。 うーみゅ。 「みんな幸せ、って言うのは難しいのかなぁ」 「ええー!?」 三日からのブーイングが聞こえる。 24 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 49 10 ID vXnZtfxw 「そう言うのも分かるけど、葉山と明石っていう二項対立が完全に出来ちゃったからなぁ」 逃げるはやまん、追う明石、みたいな。 「…それなら、私は明石軍に入ります」 「あー、そこはブレないんだ」 「…親友ですから。………朱里ちゃんは、そうは思ってくれてないようですけど」 「ンなことは無いと思うんだけどなぁ」 「…ありがとうございます。…慰めでも、気が楽になりました」 「いや、マジでマジで」 あの時はブチ切れたけど、改めて思うと明石の『駒』発言が本当の本心だとは思えないんだよな、何となく。 明石自身が自分の想いをないがしろにしているだけで。 極めて感情的な理由で動いている癖に、感情を一番後回しにしているという矛盾。 ヤンデレてる明石は気付いて無いんだろうなぁ。いや、もしかしたら気付いていて気付かないふりをしてるのか。 「…それで、千里くんはどちらの味方になるんですか?」 三日がそう問いかけた。 問いかけに躊躇が無い辺り、俺が三日と同じ側に立つことを期待&確信しているのだろうけれど…… 「俺は、2人のどちらとも味方で居たかったんだよなぁ」 ため息交じりに俺は答えた。 「今となっては難しいけれど」 「…葉山くんが朱里ちゃんのモノになってくれれば、万事解決なんですけど」 「それが二項対立なんだよなぁ」 「…対立してると思うのに、両方の味方になりたい、ですか。…何だか、頭がこんがらがってきました」 三日がそう言うのも無理無いだろう。 現在の状況を二項対立として捉えながら、対立する2人の両方の味方でいたい。 そんなものは虫の良い考え方だし、矛盾した考え方だ。 「それもそうだけど……」 ……二項対立 ……叱咤激励 ……葉山の恐怖 ……明石の狂愛 ……人間関係 ……友情 ……愛情 ……感情 ……矛盾 ……虚偽 ……真実 ……覚悟 ……決意 ……構築 ……崩壊 ……絆 ……ヤンデレ 今までの状況と、今まで俺が感じてきた物が、俺の頭の中で集束していく。 「二項対立、ね」 そう呟いた俺は、どんな顔をしているのだろうか? 「あは……」 少なくとも、笑顔の形はしていたのだろうけれど。 「あはははは……」 「…千里くん?」 三日が心配そうに声をかけてくるが―――『そんなものはどうでも良い』。 25 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 54 11 ID vXnZtfxw 「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは 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「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 26 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 54 44 ID vXnZtfxw 狂ったように、狂気その物の哄笑を一しきり上げると、俺は口元に鮫のように獰猛な笑みを作る。 「覚悟を決めたぜ、三日」 そう嗤った俺の顔は、間違い無く獣のようだっただろう。 え、俺のキャラ?何それおいしいの? 「俺は、二項対立の三項目になる」 「…はい?」 俺の滅茶苦茶な発言に、当然困惑したような顔を浮かべる。 「葉山と明石。あの2人に否定され、2人の踏み台にされ、2人から斬り捨てられ、2人から拒絶され、2人から忌み嫌われる奴に―――2人の敵になってやる」 拳を握り込み、言葉に力を込めて言い放つ。 「協力してくれるよなぁ、三日?」 そうは言った物の、俺は拒否権なんて認めるつもりはさらさらなかった。 こうして、物語に無理矢理エンドマークを打つための、主役を無理矢理に表舞台に引き上げるための、乱雑で乱暴で粗暴で蛮行その物の戦いが始まろうとしていた。 27 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part.4 ◆yepl2GEIow:2011/10/12(水) 22 55 09 ID vXnZtfxw おまけ バー『ラックラック』 都内某所にある小さなバー。 英語での綴りは"Luck Lack"(幸運欠如) 看板は四つ葉のクローバー、ただし一枚だけ葉が落ちている。 うす暗く、ジャズのレコードがささやかな音楽を奏でるだけだが、店内は隅々まで清潔にされている。 静かで穏やかな雰囲気、美味なカクテル、内密な話をするには最適な席の配置。 何より、分煙が行き届いている。 職業柄、役者の至近距離まで近づくことも多い『彼』は、煙草を含めたあらゆる臭いに対して気を使っていた。 役者の中には喫煙者も多いが、少なからず嫌煙家も少なくない。 衣服に煙草の臭いをつけたりして、仕事中相手に不快な思いをさせてくないという、『彼』の当り前のプロ意識だった。 そんな訳で、バー『ラックラック』は『彼』―――御神万里の行きつけのバーとなっていた。 「来たわね、レイちゃん」 いつもの席で、普段通りグラスを二つ並べた万里は、店内に入ってきた相手に言った。 「フフ…待たせちゃった…かな?」 そして、いつも通りどこか虚ろな笑みで万里に応じる相手、緋月零日。 「久し振り…だね。万里ちゃんにこのお店に誘われ…たの」 「そぉ?」 「前の時は、ご用事だった…ね?」 「そんな昔のこと、忘れたわ」 零日の言葉に恍ける万里。 「7月のこと…だよ?」 「歳を取ると物忘れがひどくてね」 「もう…」 そんな雑談をしながら、席に着く零日。 「だったら、忘れちゃった…かな?私に搦め手は…無意味」 「そうだったわね」 「何事もストレートなのが好み…なんだよ?」 コクリ、と首をかしげる零日。 「そうね」 「だから、ウィスキーもストレート」 「それは初耳」 どうやら、零日は飲まないだけで、飲めない訳では無いらしい。 本当に彼女のキャラクターは掴めない、と万里は思った。 「じゃ、ストレートに」 「ストレート…に」 「ウチのセンと三日ちゃんが居なくなってるから、居場所教えてもらう」 万里の言葉に、零日はスッと目を細める。 「どうして、私に聞くの…かな」 「アナタしかいないからよ。センはともかく、三日ちゃんの行方をレイちゃんが把握してないとかあり得ないでしょ?さぁ―――教えて?」 御神万里と緋月零日。 ここでもまた、深く、静かに、戦いが始まろうとしていた。
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167 :163:10/05/22 04 00 03 ID zkzqMPxA 眠れぬ夜に、案は書いとく! あくまでも一案ね。 ポイント固定はさ、そんなに単調にはならないと思うんだ。後付けると大変だと思うけど。 一つの話内で分岐があっても、合計ポイントが定数ならいいと思うし。 例えば、ポイント合計最大数が2だとして、「ハムはかわいい」って話があったとするね。 ----- ▼ハムはかわいい 私は最近すきなものがある(選択肢) ある(ポイント+1) ない →朝ご飯どうする?へ。 ▼朝ご飯どうする?(選択肢) ハムエッグ(ハムエッグに分岐) ヤンデレ(ヤンデレに分岐) ▼ハムエッグ ハムハム食べてたらハムスターが出てきた。(選択肢) 食べる 逃がす(ポイント+1) →終了 ▼ヤンデレ ヤンデレがあーんしてきた。(選択肢) あーん(ポイント+1) イラネ →終了 ▼終了 「ハムはかわいい」のポイントが一番高かった! ハムエッグに分岐していた場合→ハムスターのエンディング発生。 ヤンデレに分岐していた場合→ヤンデレのエンディング発生。 ----- わ、わかるかな……。話ひどいのは勘弁ね。 ハムエッグに分岐しても、ヤンデレに分岐しても、ポイント最大数は2なのね。 これなら分岐数は固定しなくていいと思う。一つの話のエンディングも複数作れるし。 各話ごとに、「ポイントがいくつか」と「一番だった時どのエンディングになるか」を記録しておけば いけるんじゃないかなあと思うんだ。エンディング一つのやつは「ポイント」だけでいいけどね。 ちなみに「本を閉じる」選択肢があるといいかなと思ったのは、 各話のポイント一位エンディングを見るために毎回全部の話を見るのは大変かなと思ったのと、 ポイント上がる個所が少なくてもポイント一位が複数になりにくいかと思ったから。 現物作れればもっといいと思うけど、今ちょっと時間ないんだ。ごめんよ。 図示してみたよ!
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ヨウ「なぁレイ。」 レイ「なんだ?ヨウラン。」 ヨウ「シンってツンデレだよな。」 レイ「ああ。見事なまでにツンデレだな。」 ヨウ「女の子達、ヤンデレになったりしないよな?」 レイ「!……ならないだろう。」 ヨウ「そうは思うけどよ、ツンデレの主人公ってヤンデレヒロインを作りやすいらしいじゃん。」 レイ「だからと言っても心配する必要はないだろう……恐らく。」 ヨウ「だけど、仮にそうなったとして考えてみろよ。」 レイ「……。」 (以下レイとヨウランの妄想。キャラ崩壊注意!) 1、ルナ「○○、シンを返してよ。返してくれなきゃ貴女を撃たなきゃいけないじゃない。」 2、なのは「○○、少し頭を冷やそうか。大丈夫リミッター解除してあるからきっと痛くないよ。」 3、フェイト「シンと○○は絶対に幸せにはならないと思う。だって私のほうがシンを愛しているから。」 4、○○「あのレイさん。メイリンさんやアビーさんから『泥棒猫』とか『別れろ』ってメールが沢山来るんです。」 5、スバル「あはははは!シンを返してくれないからだよ○○!だから堕ちちゃうんだよ!」 ティア「あははははは!だから言ったじゃん○○!ウィングロードが本物か気をつけなさいって!」 6、リィン「シン今日も私のことだけを見てくださいです。他の汚らしい女たちは見ないで欲しいです!」 7、マユ「お兄ちゃん、ねぇあの女誰なの!?誰ッ!?誰ッ!?答えてよっ!!」 8、ミーア「私以外の女の匂いがするわ…。臭い、臭い☆早く匂い落とさないとね、シン♪」 9、シグナム「シン、駄目じゃないか部屋から出たら。逃げ出すのなら足を貰うぞ?」 10、はやて「シン、私の気持ちを裏切るんか?………そうやったら私が生きてる意味ないやん。」 ヨウ「まずいな。かなり。」 レイ「あぁ、人数が多いから何人死ぬかわかったものじゃない。」 ヨウ「何とかして回避しないとな。」 レイ「全力を尽くそう。」 なのは「面白そうな話をしているね。」 はやて「私達もまぜてーな。」 レイ「!!ヨウラン逃げるぞ!」 なのは「なに言ってるの?ヨウランはいないじゃない。」 レイ「(;゚Д゚)!?」 はやて「ささ、向こうに行こか?『みんな』まってるでw」 レイ「!( ゚Д゚ )!」 ヤンデレヒロイン-01へ進む 一覧へ
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667 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 02 43 ID rcML5ZKE 「うなー」 だらりと自宅のダイニングテーブルの上にジャージ姿の上半身を横たえ、明石朱里はうなった。 「宿題難しー、だるーい、やりたくなーい」 寝癖がついたままの姿(ノーメイク)で、だらしなく朱里はうなる。 彼女の横には数学の問題集とノート。 その様子を、正面に座る緋月三日が苦笑交じりに見ていた。 彼女の服装は、地味目のジーンズにシャツ。 いかにも、家にあったものを適当に組み合わせてきましたと言った風。 長い髪は後ろで無造作に括っている程度。 最近、三日は御神千里の父親であるプロのメイクさんのアドバイスを受けて、髪・肌のお手入れやメイクの腕が上達していた。(ただし、校則違反にならない程度) 平たく言って、かわいさ急上昇中だったのだが、今日はほとんどノーメイク。 両者ともにいささか女子力の低い服装で、朱里にいたってはだらしのないことこの上無かったが、それを指摘する者はこの場にはいない。 現在、この家には共働きである朱里の両親がいない上に、男子の目が無いからこそ見せられる姿だった。 「・・・この辺りは、とっかかりさえ見つかれば、公式を上手く応用していけますよ」 「そのとっかかりがねー」 明石朱里は数学が苦手だ。 日本史のような丸暗記なら圧倒的に強いのだが、数学だけはどうにも苦手だった。 「・・・他の科目ですと、そんな不得手というわけでも無いのですのに」 「他の科目って、授業中に先生の言ってたこと覚えてヤマ張れば結構いけるでしょ?あと暗記」 「・・・あまり、実になるタイプの学習法とは思えませんけど」 「『作者の心情を述べよ』とか分かっても、将来実になるとか思えないけどねー」 国語教師が聞いたら怒り出しそうなことを言う朱里。 ちなみに、三日は現在数学の教師役。 久々に多量に出された数学の宿題を一緒にやろう、と朱里が三日を誘ったのだ。 否、頼んだのだ。 一緒に宿題をやるのではなく、数学の勉強を三日が朱里に教える形になっている。 「みっきーはすごいよねー、ある意味。マジメに勉強してて、頭良くて」 「・・・病院暮らしも長かったですから。・・・勉強くらいしかやること無いんです、そういう時」 その時に身に付けた勉強する習慣づけが、現在の学力に反映されているらしい。 「何でそれが成績に出ないの、みっきー?」 朱里に言わせれば、三日はかなり頭が良い。 教え方も上手だし、勉強の内容をきちんと理解している。 ヘタな学年上位の成績の持ち主よりも、先生役に適任だった。 それにも関らず、テストの順位は中ほどを行ったり来たり。 「・・・テストって緊張するじゃないですか」 「あー、なるほど」 朱里にも経験のあることだった。 無言の教室に、独特のプレッシャー。 テスト中の、あの独特の雰囲気に三日は押され、実力を発揮できないのだろう。 「・・・いつ後ろから刺されるかと思うと」 「それは疑いすぎ」 だらけた姿勢のまま、朱里はツッコミを入れた。 幼馴染の影響か、どちらかと言えばツッコミ気質の朱里だった。 「あー、だるー」 「・・・だったら、一息入れましょうか」 だるすぎてヒロインにあるまじき表情になってきた朱里に、三日が提案した。 「マジ!?」 「・・・勉強なんてモチベーションが低いまま続けても、あまり身につきませんし。・・・休憩も大切です」 「やっほーい!」 三日先生の言葉に諸手を上げる朱里。 そのまま大きく伸びをする。 「そー言えば、正樹たちは今頃どうしてるかしらね」 お茶とお煎餅を用意しながら、朱里は言った。 完全にリラックスモードだった。 「・・・確か、千里くんが葉山くんと2人で今日映画を見に行くと仰っていましたが」 「結婚しちゃえYO!ってくらい仲良いわね。・・・・・・死ねばいいのに」 最後の一言でドス黒いオーラを纏う朱里。 「・・・ええっと、あ、そうだ!・・・折角ですから、聞いてみます、二人の様子?」 「聞いて・・・・・・って声とか拾えるの?ココから?」 元の表情に戻り、聞き返す朱里。 668 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 03 21 ID rcML5ZKE 「・・・はい、この携帯電話の機能を使えば」 朱里の言葉に首肯する三日。 「ケータイかー。アタシ、キライなんだよね、ケータイ」 「・・・私とは、よく長電話をしますのに」 「あれはトクベツ」 お煎餅をバリバリ食べつつ、そんな話をしながら、三日が鞄の中から携帯電話を取り出す。 説明書を参照しつつ、携帯電話を充電器とスピーカー(本来は携帯オーディオプレイヤー用)に繋げる。 そして、待ち受け画面でキー入力。 「・・・9、1、3、と」 その後、通話ボタンを押す。 『Standing by…』 嫌な予感しかしない、くぐもった電子音声が響き、隠し機能(の1つ)、盗聴機能が起動していく。 「ズイブンと変わった機能があるのね」 「・・・このような便利機能(ワザ)が計2000個あります」 「今となってはタイムリーとは言いがたい個数ね」 『…Complete』 そうこうしている内に、三日の電話の盗聴機能が、御神千里の携帯電話と繋がる。 『ところで、はやまん的に、何ていうか・・・・・・、女の子観ってどうなの?』 千里の声がスピーカーから響く。 「キター!」 いきなり葉山の恋愛観に切り込む千里の言葉に朱里は目を輝かせて叫んだ。 叫んだ勢いで三日の顔におせんべいの食べカスが飛ぶが、そんなものは見えていない。 ティッシュで顔を拭く三日の横で、朱里はスピーカーに耳を近づける。 『オンナノコって、みかみん。いきなりどーしたよ』 『んー、何ていうか、俺には、その、三日がいたりいなかったりするワケじゃん?それで、時々はやまん的に妬ましいというかそんなんじゃないかとか、そういう風に感じちゃったり』 『ないないないない。あんな女返品しちゃえよって位ない』 『それじゃあ、他の女子とは?その、そういう関係になりたいとか思ったこと無いの?』 御神千里の言葉に、スピーカーに更に更に耳を近づける朱里。 『しょーじき、今の俺は、ボールが友達、ボールが恋人ってカンジかねぇ』 『サッカー漫画じゃん、ソレ』 と、千里からツッコミを入れられて笑いあう2人。 『ま、今はバスケ位しか考えられねぇわ。正直、リアル女子と付き合ってる自分の姿とかマジ想像つかねぇ』 ちなみに、正樹はスポーツのみならず、漫画からゲームまで趣味は幅広い。 ・・・・・・中にはゲームはゲームでも18禁のモノまであったりするのだが。(朱里がどうしてそんなことを知っているのかはヒミツです) 『んじゃぁ、好きなコとかは居ないわけだ、まだ』 『好きなヤツなら居なくは無いけどな』 『だれー?』 「誰よ!」 千里と唱和する形でスピーカーに向かって叫ぶ朱里。(通話ではないので男子組に声は聞こえません) 『みかみん』 「「ちょっとー!?」」 正樹の一言に、朱里のみならず三日までが叫んだ。 「やっぱり、ホモ?ホモなのね、2人は!!」 「・・・葉山くん、私に対するネガティブキャンペーンが凄まじいと思ったら、そういうことだったのですね?」 室内の黒いオーラが二倍、いや二乗される。 『あとは九重もだし、バスケ部のみんな、クラスの奴らもだな』 『友達として、ってことねー』 スピーカーからもれ出る千里の声は、苦笑だろうか。 その言葉に、女性陣も安堵のため息を漏らす。 「正樹、今のはマジで心臓に悪いわよ」 「・・・正直、今のはかなり・・・・・・」 ようやく黒いオーラから開放される2人。 669 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 03 52 ID rcML5ZKE 『ま、その中でも俺の名前を最初にあげてくれたのはコーエイというかニンテンドーというか』 『そら、一番の親友だからな』 『・・・・・・』 「照れてんじゃねーわよ」 正樹の言葉に無言となった千里に、黒オーラが再発する朱里。 『まぁ、そんなはやまんの攻略難易度を設定するとしたら中の上くらいってところー?』 『アン、何故そーなる?』 『恋愛ベクトルに誘導できないとお友達エンドになりそうだから』 『モーションかけられりゃ、俺も気づくと思うけどなぁ』 「ぜってー嘘だ」 「・・・同感です」 頬をかきながら言ったであろう正樹の言葉にツッコミを入れる女子2人。 『ハハハハハ・・・・・・』 女性陣と内心同意見なのだろう。御神千里は苦笑しているようだった。 『ンじゃあ、そう言うみかみんはどうよ』 『俺ねぇ・・・・・・』 考え始める千里に、今度は三日がワクワクした様子でスピーカーに耳を近づける。 対する朱里は興味なし、という顔をしていた。 『しょーじき俺さ、去年辺りなら、女の子にとってはすっごいチョロかったと思うよー。ギャルゲーなら攻略難易度下の下くらい』 『そうかぁ?』 『寂しがり屋さんだもん、こー見えて』 冗談めかして、千里は言った。 『兎じゃああるまいし』 『寂しくて死ぬトコだったよ?』 『マジで兎かよ!』 正樹がツッコミを入れた。 「・・・私的には、千里くんは大型犬のイメージなんですよね、大人しくて毛がモフモフのグレートピレニーズ辺り」 「デカいってところには同意」 朱里としてはデカくて鈍い河馬やら象辺りを押したい所だが。 ちなみに、三日のイメージは飼い主にじゃれ付く子犬。 正樹はやんちゃな虎の子。 自分は―――何だろう? 蛇辺りが似合いだろうか。 ずるい女だから。 「・・・朱里ちゃん?」 見ると、三日が気遣わしげに朱里の方を見ていた。 「ああ、何でもない何でもない」 笑顔を作り、三日を安心させる朱里。 そうして、改めてスピーカーに耳を傾ける。 『だから、少し優しくされるだけでその娘にまいっちゃったと思う。甘えちゃったと思う』 『そう言うモンかねぇ』 納得しかねる様子の正樹。 恋愛経験が無いとそんなものだろう。 『でも、今は三日がいるから、難易度は無限大かなー』 『緋月ねぇ』 声音だけでも苦々しげな様子が感じられる。 『やっぱ、はやまん的に仲良くやれないかな、三の字と』 『三日だから三の字って・・・・・・。そりゃ、ストーカー被害を目の当たりにすりゃーな』 『過去は水に流してさ。俺は気にしてないのに』 『・・・・・・いや、気にしろよ!ドンっだけ危険にドンカンなんだよ!!』 『んーいや、気にしてないって言うか、なんと言うかその・・・・・・』 ゴニョゴニョと呟く千里。 嚥下する音は、照れ隠しにペットボトル飲料でも飲んでいるのか。 「あによ、はっきりしない男ね」 「・・・千里くん、可愛い」 「うそぉ!?」 千里の声に本気でときめいているらしい三日に本気で引いている朱里。 三日の親友をやって1年以上になるが、未だに彼女の男の好みは分かりかねる部分のある朱里だった。 670 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 04 28 ID rcML5ZKE 『お前、ぶっちゃけ緋月のドコが好きなわけ?』 『ブ!』 苦々しげな正樹の声に、千里が飲料をむせる声が聞こえる。 「汚いわね」 「・・・」 ツッコミを入れる朱里を不満げに見る三日。 先ほど飛んできた煎餅の食べかすをぬぐったハンカチは彼女の手元にある。 『いや、何でそんなこと今更急に聞くわけ?』 『いやー、今まで聞こうと思って聞けなかったからなぁ。今までは隣に緋月がいたし』 『好きとか嫌いとかさ、ストレートに言われても困るって』 攻略難易度なら良いらしい。 『でも、お前ら付き合ってるんだろ、俺的には不本意だがよ』 『そりゃ、向こうから頼まれたしね』 「そんな理由!?」 スピーカーからの声に、思わず叫ぶ朱里。 『それだけでくっつかねーだろ、お前なら特に』 朱里と同じような意見を、正樹も持っていたようだった。 こう言う時、朱里は正樹と精神的な部分で繋がっているような感覚を覚え、嬉しくなる。 『まぁ、マジな願いにはマジに答える主義ではあるけどね。それが相手の意に沿わないとしても』 付き合いたくなかったらそう言っている、ということらしい。 『で、緋月の場合は意に沿ったワケだ。どういうわけか』 『それが納得いかないと?』 『そう言う事だ』 『九重のこととは無関係に?』 『そのネタはもうやったからな』 『しっかし、好きなところねぇ・・・・・・』 そこで言いよどむ千里。 「ホントはっきりしないわね。迷う所、フツー?」 「・・・千里くんかわいいです千里くん。・・・千里くんは私の婿!」 同じリアクションでも真逆の対応を取る2人。 特に、三日は椅子から床の上に寝転び、ゴロゴロと身悶えていた。 『嫌いなところからでも良いぞ。むしろそっちからの方が』 『嫌いなところねぇ。時々、って言うか結構俺に何も言わないで動く所とか?ソレぐらいしか思い浮かばないや』 千里の言葉に、ゴロゴロを止めてかなり本気で考え出す三日。 『フツー気にするところだろ。明らかにイジョーじゃねぇか』 『たかだか、それ位の異常性に目くじら立ててもねぇ』 「あ、異常なのは否定しないのね」 「・・・どこに異常性があるのかが分かりませんけど」 「さぁ?」 朱里と三日は今までの自分達の行動を思い返した。 ・・・・・・何一つ異常な点は見受けられなかった。 悲しいかな、この場に常識人はいないのだ。 『百歩譲ってみかみんに実害が無いとしよう、今現在は。だがよ、この先もそうとは限らねーだろ』 『それが一番心配なわけだ、はやまんとしては』 「・・・私は千里くんに幸福しかもたらした覚えはありませんけど」 「幸せの青い鳥か、アンタは」 「・・・むしろ、私の幸せは千里くんの幸せ。・・・そうでしょう?」 「まったく持ってそのとおりだわ!」 一瞬は不満そうだった朱里だが、三日の言い換えに手を握って同意した。 『親友の隣にバクダンが転がってると思うと、おちおち夜も眠れやしねぇ』 『そこは見解の相違って奴だねー』 口調はおどけたまま、冷たい声音で千里は言った。 「・・・この台詞、白衣とメガネかけて言って欲しいです」 「誰得よ、それ」 「私得です!」 「納得」 671 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 05 05 ID rcML5ZKE 『アイツはただ、恋に必死なだけの女の子だよ。爆弾なんかじゃ、ない』 『とてもそうは思えねぇけどなぁ・・・・・・』 「昔の偉い人は言ったわ。恋愛はバクハツだー!、と」 「・・・名言だとは思いますけど、本当にそれ、昔の偉人が言ったんですか?」 そんな馬鹿トークをしている間にも、スピーカーからは千里の言葉が続いていた。 『どれほど不安や嫉妬や怒りや悲しみに駆られても…・・・!例え心が病もうとも…・・・!恋をすることをやめない。そう言う奴だよ、アイツは!そう言うのって―――」 『ヤバいよ』 言葉に熱が入ってきた千里を、正樹が冷たく留めた。 彼の言葉に、何故か朱里の心もヒヤリとする。 『どんなになっても、ンな風に手前の意思を押し通そうとするエネルギーが、ほんの少し矛先がズレたら、本気でヤバいことになる。そう言う想いって、むしろ―――怖いよ』 その言葉に、朱里は以前正樹が話してくれたことを思い出した。 小学校の頃、バスケットボールの試合でとんでもない選手に当たったらしい。 相手のプレーからは、バスケットにとんでもない情熱を燃やしていることが伝わってきて、そしてそれ以上に試合に負けてはならないという切迫感が伝わってきた。 その選手と相対して、正樹は恐ろしかったという。 バスケットに向ける、その暴力的なまでの力の矛先が一度他へ向かうとどうなるか、それを思うと恐ろしい、と。 『怖い、ね。まぁ、それぐらいの方が相手する甲斐があるって言うか『お前も、怖いよ』 正樹の内心も知らずに暢気に続けた千里の言葉は、やはり遮られる。 『いっくら中等部時代に滅茶苦茶な連中を相手してきたからって、いや相手してきたのにも関わらず、未だにそう言う滅茶な連中を受け入れちまう。それは怖いしヤバいし―――危うい』 『怖くてヤバくて危うい、ね。じゃ、はやまん、そろそろ俺と友達止めとく?俺らのとばっちり受ける前にさ』 『バカ言うな!今更、ハイさようなら、なんてなってたまるかよ。これでもお前のコト結構好きだしよぉ』 軽口とはいえ、好き、という言葉は自分に向けて欲しいと願う朱里だった。 『ウン、俺も同じ』 恐らくは笑みさえ浮かべ、千里は正樹の言葉を受け止める。 それは、朱里にはただヘラヘラしているとしか見えないが、三日にとってはどうなのかは分からない。 『はやまんのことも好きだし、誰かの危うさも、自分の危うさも、みんな好きなものだから。だからみんな自分で背負ってく』 千里はいつもの軽い調子でそう続けたが、 『本気でヤバくなったら、本気で止める。止めてみせる……!』 と、いつになく真剣な声でこう言った。 「・・・・・・」 意外な言葉に、思わず朱里は息を呑んだ。 『だから、そんな心配しないでよー』 『ゼンブ分かってんじゃねぇか。けどよ、俺の考えは変わんねーぜ。緋月みてーな奴はヤバいと思うし、奴がマジでヤバくなったらマジでお前を引き離す』 「・・・引き離す、ですか」 正樹の言葉に苦々しげな顔をする三日。 彼女にとっては敵対宣言をされたようなものだ。 『ン、覚えとく』 と、しかし一方の千里は静かに受け止めた。 その声の後ろからは、喧騒が聞こえる。 どうやら、目的の映画館に辿り着いたらしい。 「御神のヤツ、一応三日ちゃんとの付き合いのこと、マジメに考えてたのね」 「・・・元々、千里くんって結構真面目な方なのですよ」 「そーかしら?バカやってる印象の方が強いけど」 「・・・真面目な部分、あまり表に出さない人ですから」 そう言う物だろうか、と朱里は思った。 「・・・慣れると、少しずつ内心が見えてきてたまらなく可愛いんですけどね」 そう言って微笑を浮かべる三日の顔は、ほのかに朱に染まり、本当に幸せそうで。 「良いわね、みっきーは」 本当に羨ましく思い、朱里は言った。 「殺したいくらいに」 本当に、妬ましく思い、朱里は続けた。 「・・・ごめんなさい、無神経でした」 「良いのよ、みっきーと御神千里をくっ付けるのは、アタシの計画だったし」 朱里としては、三日を利用して、御神千里の関心を正樹以外の方向へ向けさせる手はずだった。 そのまま御神千里を正樹から引き離せなかったのは、むしろ朱里自身の不手際だと自己分析していた。 「いーえ、計画(笑)ね」 策士の才は自分には無いな、と朱里は自嘲した。 672 :ヤンデレの娘さん 観点の巻(女子) ◆yepl2GEIow:2011/08/26(金) 21 05 37 ID rcML5ZKE 「・・・その計画に、私は助けられました」 「みっきーを利用するための計画よ、ぶっちゃけ。アタシの成果にならなきゃ、手伝った甲斐は無いわ」 甲斐も無いし、意味も無い。 「・・・でも、朱里ちゃんと葉山くんの距離は」 「近づいたわね、トモダチとしては。でもまー、小さかった頃ほどじゃないけど」 結局、緋月三日に協力したことは、自分の恋愛にとってどれ程有益だったのだろうかと朱里は考える。 親しい関係には戻れたが、御神千里の言う『お友達エンド』に近づいただけのような気もする。 『プラマイゼロ、って所か』 朱里の心の冷たい部分がそう分析し、それから嫌な気分になる。 親友を完全に自分の道具として観た発想だった。 『って言っても、利用し合うために結んだ友情だけどね』 心の冷たい部分が、再度事実を突きつける。 そう。 御神千里と正樹の心を射止めるために、朱里と三日は友情を結んだ。 その打算的な事実は厳然と変わらない。 恐らくは、今もなお。 「・・・朱里ちゃん、朱里ちゃん、どうしたんですか?」 気が付くと、三日が朱里の顔を心配そうに覗き込んでいた。 どうやら、思いのほか長く考え事をしていたらしい。 「ああ、ゴメンゴメン。何でも無い」 大げさな動作で手を振り、否定する朱里。 その動作すら、打算的な友情のための空々しい行為に思えてくる。 空々しく、空しい、行為で好意。 「・・・勉強をさせすぎてしまったでしょうか」 「や、そーゆーんじゃ無いんだけど」 いやにマジメに考え込む三日にツッコミを入れる朱里。 基本ボケ同士の三日と御神千里に、基本ツッコミな正樹と朱里。 カップリングとしてはかなりバランスが悪いんじゃないかと思えてきた朱里だった。 と、いけないいけない。 冷たい考えに引っ張られている暇は無い。 学生の本分は学業だし、乙女の本分は恋愛だ。 それ以外のことにかまけている余裕は無い。 「やっぱ、正樹をコッチに引き寄せる策を考えなきゃ駄目よねー」 半ば無理やりにいつものペースに自分を戻し、朱里は言った。 「・・・それなんですけど、朱里ちゃん。・・・とても今更なことをお聞きしてよろしいでしょうか」 大真面目な顔で、三日が問いかけてきた。 「別にいいけど、なに?」 ゴクリ、と嚥下する音を立てたのは、朱里か三日か。 「・・・どうして朱里ちゃんは、葉山くんにストレートに告白してしまわないんです?」 その言葉に、朱里は息を呑んだ。 『ヤンデレの娘さん 朱里の巻part1』へ続く おまけ 後日 「どうしたの、三日。こっちの方見てニヤニヤして」 「・・・いえ、やっぱり千里くんはかわいいなって」 「いや、ゴメン。高校生男子に『かわいい』って形容詞は止して。マジ恥ずかしいから」 「・・・そう言う所が可愛いのですのに」 「ったく、まいったなぁ・・・・・・カンゼンにまいってる、俺」 「・・・何か、おっしゃいました?」 「・・・・・・何でもない」 「・・・やっぱり、可愛いです」