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キャラクター名 ヤンデレ将軍 Pスキル ☆☆☆☆☆ 厨房度 ☆☆☆☆☆ 所属国 カセドリア 所属部隊 不明 タグ カセ キャラ 戦闘スタイル 名言・逸話 総評 こいつ・・・動くぞ! -- 淫乱テディベア (2009-09-20 10 52 05) これ気持ち悪いんだが -- 名無しさん (2009-10-17 21 55 15) 名前 コメント
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434 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 25 33 ID R8ss/t/W ***** これからの私は、どうしたらいいのか。 過去の私は、どうしていたらよかったのか。 これまで生きてきて、ここまで悩んだことは一度もなかった。 お兄ちゃんへの想いを諦めたい、でもどうしても諦められない、なんて二択に取り憑かれたことがあった。 だけど、今抱えている問題は、それ以上に深刻。 家に長く居たくない。家族と話したくない。どんな食事も味気ない。布団の中でも眠りにつけない。 体力と気力が同時にすり減っていく。やつれているのを実感する。 もっといい加減な人だったら、私はここまで悩まない。 だけど、あの人はいい加減どころか、理想のままで、何一つ裏切らない。 良い期待も、悪い期待も。日常のあらゆるところで、そのことがわかってしまう。 理想通りなのは当たり前だ。私の理想の輪郭は、あの人が形作ったんだから。 おもちゃ――ううん、模型作りだけじゃなくて、象徴的なものを作ることまで上手。 模型作りを馬鹿にされて腹を立てて反論してくるような、子供っぽいところがマイナス点ではある。 けど、マイナス部分がプラス部分を引き立てているように見えてしまい、それがまた、嫌になる。 ちょっとでいいから距離を縮めてしまえ、と決断したい。 でもできない。 これまでの私は、そんな素振りを見せることなく、あの人に接してきたんだ。 それに、勘違いを理由にしてこれまでの想いをなかったことにするのも悔しい。 自分が恐ろしく軽薄な人間みたいで、認めたくない。 二人を入れ替えて覚えていたことに気付いてからは、次第にお兄ちゃんへの想いは薄れていった。 そんな薄情なところが嫌になる。 かと言って、自分を偽ってお兄ちゃんへの想いを貫くようなことは、もうできない。 『本当の』お兄ちゃんを想う。 すると、どこまでも想いが続いていく。止まることなく、途切れることなく、一直線に貫いていく。 甘い。手を出したら止まらないほど、甘すぎる。 その甘さは身体に悪い。 でも、手を出したらいけないものは、どうしても魅力的に過ぎる。 動いてしまえば手に入る場所にあるから、誘われているように映る。 もう、諦めよう。 こんな想いそのものがあっちゃいけないんだ。 あの人だって、きっとそう言うに違いない。 決断するのは、これで何度目だったか、もう覚えていない。 決断をすぐに裏切るのも、数えられないぐらい多くて、把握していない。 435 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 27 01 ID R8ss/t/W ***** 俺が中学校を卒業したのは、たしか二年ぐらい前の話である。 ちょうど二年前と言っていいのかもな。 しかし、大人の事情や曜日の関係もあり、確実に、一日のズレぐらいはあるだろう。 今から二年前、三百六十五日かける二イコール、七百三十日前の俺が卒業式に出席していたかは定かではない。 だが、同じ中学校の卒業式であるならば、二年前と断言してもかまうまい。 誰も彼もが、そこまで詳しいところまで問い詰めたりしない。 経過した日付までごちゃごちゃ考えるのは俺ぐらいだろう。 高橋は言っていた。「占いは七割合えば完全、八割なら夢想、九割なら異常、それ以上はありえない」、と。 奴の思い付きの台詞を全面的に支持するわけではない。 けれど、ささいな事を気にしないのは大事なことである。 俺は神経質なのかもしれない。 普段から模型作りにて完全な仕事を求めているからだと、決めつけてみる。 今日は、プラモデルを作ることが重要課題ではないのだ。細かいことは気にしなくていい。 俺は中学卒業から、二年を数える歳月を生きている。 今日は母校の中学校の卒業式である。ならば二年前の今日は、俺の中学卒業記念日にあたる。 記念日だからと言って、特にお祝いをすることはない。 親がお祝いをしてくれるはずもない。 ちょっとだけ晩飯を奢ってくれたりするかもしれないが――それは今年までだろう。 今日は妹の通う中学校の卒業式なのだ。 長男の俺と、次男の弟と、末っ子の妹は、全員が同じ中学校に通っている。 いや、過去形にするのが正しいから、通っていた、とするべきか。 今のところは俺と弟だけが過去の話として語れるが、明日になれば、妹も自分の過去として語れるようになる。 それからの妹は、俺の通う高校への入学を果たすまで、入学式を待つだけの身分となる。 うちの高校の入学式で注意すべきは――入学生代表あいさつだろうか。 妹に中学での成績について言及したことはない。 もしかしたら入学試験でトップの成績をおさめた可能性もある。 ということは、妹が入学生代表になるかもしれない。 あれだ。箱の中に入れた猫が生きているか、死んでいるかという、シュレなんとかの猫の話と同じだ。 妹の成績が優秀である可能性があるならば、妹が入学生代表を務める可能性はある。 反対に、成績があまり優秀でないかもしれないから、代表にならない可能性もある。 妹の学業成績が未確定という条件を考慮すれば、確率はフィフティフィフテイなのだ。 まあ、妹が自分の成績を誇ったことはこれまでないから、賭けるなら代表選出に漏れるにするだろうな。 436 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 28 52 ID R8ss/t/W さて、思考実験にふけっている間に、けっこうな時間が経過していたようである。 視線をある地点へ向ける。黒や茶色やその他もろもろの人垣の向こう側、直線距離で二十から三十メートル。 足下の床よりも高い位置にある壇上に、落ち着いた雰囲気のスーツを着た男が現れた。 頭髪は遠目からでもわかるぐらい薄い。おそらく加齢によるものだろう。 しかし、スーツのところどころを盛り上げる体つきが年齢を感じさせない。 筋骨隆々である。相変わらずである。俺が卒業してから二年間不変の、名物PTA会長の登場である。 「みんな、卒業おめでとう! 来月からは高校生ということで、今から緊張している人もいるでしょう! でも! 勢いさえあればなんでもできる! みんな、怯えるな! 失敗を恐れずに挑戦してください! 私からは以上です! 卒業生のみんな、元気で!」 マイクを使わないPTA会長あいさつが終了した。 マイクを使っていたら超不快なハウリングが発生する、と断言できるぐらいの声量だった。 まったく、相変わらず走りっぱなしの人である。 でも、そこが気持ちいいから、周囲にいる保護者のウケは良好。 妹の中学校の、今年度の卒業式は最高の盛り上がりを見せた。 それは、両親の代理として卒業式に出席しているローテンションの俺に拍手をさせるぐらいであった。 437 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 31 16 ID R8ss/t/W 本来両親が参加するのが筋の妹の卒業式に、なぜ兄の俺が参加しているのか。 事態のスイッチは、伯母の病室での一悶着で入ったのかもしれない。 先週の日曜日のことである。 二度と俺に関わらないだろうと踏んでいたのに、予想をあっさり裏切り、伯母が俺の家に現れた。 伯母にくっついていた、その日の玲子ちゃんのスカートの中がブルマだったことを知った時と同じぐらい、衝撃的だった。 玲子ちゃんが突然スカートをたくし上げたのも衝撃的ではあったが、ブルマの衝撃には敵わない。 ちなみに、悪い意味で衝撃だった。 いやね、ブルマとか見せられても、はあそうですか、としか言えないのだ。俺としては。がっかりである。 パンツだったらどうとかいう話をしているのではない。今はブルマの話だ。 小中学校でブルマを見てきた俺としては、あんなものは服である。水着と同じだ。 スカートをたくし上げて、してやったりみたいな顔をした玲子ちゃんが憎らしかった。 その場に両親と伯母がいたので、衝動に身を委ねたりしなかったが、誰も居なかったらなんらかのアクションをとっていただろう。 話が脱線した。元に戻そう。 日曜日の朝のチャイムに応答して玄関を開け、そこに伯母が立っていたときは、我が目を疑った。 同時に、過去の記憶がフラッシュバックした。 しかし、伯母が過去のような虐待行動に出ることはなかった。 伯母が玲子ちゃんと我が家にやってきたのは、退院のあいさつをするためだった。 詳しいところまでは聞いていないが、どうやら伯母はたまに体調を崩して長期間入院するらしい。 安静と投薬治療が必要になるため、入院せざるを得ないそうだ。 その入院時期と、俺の入院時期が偶然重なったのだ。 俺が伯母を刺してできた怪我が尾を引いていて、未だに入院生活と縁を切れないわけではない。 もしかしたら、俺のせいなのかな、なんて思ってたんだよ。 伯母に対しては謝らないが、玲子ちゃんには申し訳ない気持ちだったのだ。 両親と伯母の話が長引きそうに感じ、会話の輪を遠くへ押しやるため、会談の場であるリビングから立ち去った。 弟と妹は出かけていて、昼過ぎにならないと帰ってこない。 そもそも今更になって二人を伯母に会わせることもないなと思い、俺は自室へ引っ込んだ。 しばらくして、工作機材の整理にも飽き、暇を持てあましているところに少女の声が飛び込んできた。 玲子ちゃんだった。俺の部屋の鍵を開けろと言いながら、扉をガンガン叩いていた。 しかし無視した。居留守を使った。非モデラー工作場に入るべからず。 九歳児のカドのない罵詈雑言が止んだ頃、伯母が扉の向こうから話しかけてきた。 返事を必要としない、短い台詞で。 「伯母さんは帰ります。元気でね――――」 俺の名前を君付けで呼んで、伯母は帰っていった。 438 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 33 46 ID R8ss/t/W 日曜日の午前中に起こった特別な事は、伯母の来訪ぐらいであった。 しかし、この来訪が思いも寄らない事態を引き起こした。 一週間、両親が家を空けることになったのだ。 父に説明を求めたところ、祖母の誘いで、祖母と両親と伯母の四人が旅行に出掛けることになったらしい。 祖母は子供達も誘ったそうだが、「子供達は学校がある」とか母が言って、俺ら兄妹は自宅に残ることになった。 母の言葉は、母親らしい判断から出た妥当なものだった。 だがしかし、妻としては、家計を管理する者としてはどうだろう。 父の仕事内容は詳しく知らないが、夏はネクタイ無しの半袖、冬はスーツで出掛けるところから考えて、机に座ってする仕事ではなかろうか。 そういう仕事は、明日から一週間会社を休みますと言って休めるものなのか? 学校生活しか知らない俺から見ても、無理に思える。 ……クビにならないだろうな、姉妹丼疑惑持ちの父。 もし父が会社をクビになったら、長男の俺の小遣いなど真っ先にカットされるだろう。 携帯電話を持ち続けられるかも怪しい。プラモデル作ってる場合じゃなくなる。 必然的に、アルバイトしないといけなくなる。 通っている高校は、基本的に生徒のアルバイトは禁止している。 例外は、家庭の事情でアルバイトしないといけなくなったケース。 校則的にはクリアできるだろう。家計が苦しくなった原因が家族旅行というのが情けないが。 アルバイト先を選ぶとするなら、第一候補にプラモデルを扱うお店を挙げる。 そう遠くない場所に、多様な品揃えのおもちゃ屋が一件あるので、そこで働けたら嬉しい。 でも、あの店はアルバイトを募集していたことが、過去にあっただろうか。 もしあの店が駄目だとしたら――いったいどこで働けばいい。 スーパーやコンビニなら募集しているかもしれない。 おもちゃ屋で働けなければ、万屋的な店で働くか。背に腹は代えられない。 最悪の場合の想定は一旦置いておくとして。 とにかく、両親が突然の家族旅行に出掛けたために、妹の卒業式に参加する大人がいなくなった。 今回のケースでは祖母まで旅行に同行しているため、俺の卒業式の時みたいに伯母が来ることは不可能。 他の大人、例えば親戚ならば代理をしてくれるかもしれない。 しかしそれでは妹が可哀想である。 卒業式の日に来てくれるなら、近しい身内の方がいい。 おそらく、俺ら兄妹の誰に聞いても、そう答えるだろう。 以上の理由から、妹の卒業式の日に都合が付く身内として、俺が出張ることになったのだ。 父兄には兄という文字も入っているのだから、別に俺が参加したってかまうまい。 弟に参加させるのはなし。理由は、去年中学を卒業したばかりだから。 今年度の卒業生には弟の顔を覚えている人間がたくさんいる。 対して、俺の顔を覚えている卒業生はほぼ居ない。 だったら、俺が出るしかないじゃないか。 439 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 36 55 ID R8ss/t/W 当事者ではない俺にはあまり感動できない卒業式が終わり、卒業生と父兄は一旦おのおのの教室へ。 わいわい、がやがや、ばんざい、わっしょい。 卒業生は教師がやってくるまでの時間に、卒業の喜びを満喫していた。 携帯電話の電話番号やメールアドレスの交換、この後に遊びに行く場所の打ち合わせ、窓の外を見て黄昏れる、など。 うむ。だいたい俺の時と同じような光景だ。 二年前の俺がどうしていたかは、あまり覚えていないのだが、友人との談笑を楽しんでいたと思う。 ちなみに卒業祝いと称して友人たちと遊びに出掛けたりはしなかった。 悲しいことに、そこまで仲の良い友人はできなかったのだ。 平凡な行動しか取らない男には、特徴の薄い没個性的な友人しかできないものだ。 高校生になってからも、高橋みたいにどの学校にも居そうな奴としか親しくならなかった。 まあ、高橋みたいな、一見人畜無害、しかしてその実態は年上好きでへんちくりんな話術使いがどこにでもいてもらっちゃ困るが。 あいつは、無個性の仮面を被った変人である。 俺がその事実に気付けたのは、高橋と話し出して数日経ってからだった。 無個性という漢字が書いてあるような奴のマスクは、その話し方の異常ぶりまで覆い隠す。 おそらく、同じクラスの女子生徒の多くは、高橋がクラスメイトであることすら知らないのではないだろうか。 奴は初対面の他人に何の印象も与えないこと、影のように存在感がないことでも定評がある。ちなみに評価を下しているのは俺。 ある意味、高橋は異能力者だ。 羨ましいなんて、デザインナイフの尖端ほども思わないが。 教師がやってきて、各卒業生に名簿順で卒業証書が配られた。 名前を呼ばれて、生徒が返事して立ち上がり、教壇の前で卒業証書授与。 そして一人一人に向けてクラス中から拍手が起こる。 あー、いいなこの雰囲気。 自分の出番が無い、名前が絶対に呼ばれないという安心感が良い。 まさに父兄。誰にでも出来る楽な仕事である。 妹の名前が呼ばれた。 流れに逆らうことなく、窓際の席にいる妹は返事して起立し、教壇へ。 「高校に入学してからもがんばってください」 という教師の声と共に、妹の手に卒業証書が手渡された。 周りに合わせて、俺も拍手をする。わずかに力がこもってしまうのは、身内だから当たり前。 拍手が止んだころになって、妹は自分の席へ着いた。 ふうむ。どうやら妹はクラスで浮いた存在だったりするわけではないらしい。 中学一年生バージョンの妹の行動を見ていた俺からすると、それが意外に思えた。 だってあいつ、昼休みになったら毎日弟の教室まで来ていたそうだぜ? 下校時なんか、俺を無視して弟と二人きりで帰っていたんだぜ? まあ、これぐらいじゃ「お兄ちゃんっ子な女の子」にしか見えないから、微笑ましいだけだな。 妹を異常な目で見ていたのは俺の方だったのかもしれない。 四月から同じ学校に通いだしたら、またそんな目で見るようになるのかもしれないが。 440 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 38 30 ID R8ss/t/W 教師から、教え子への最後の言葉がはきはきとした声で発せられ、それで卒業生達の最後のホームルームは終了した。 教室の後ろに控えていた保護者と一緒に廊下に出て、教室を背にして、今日の主役を待つことにする。 保護者同士でも会話は弾む。一日限定の父兄の俺には話しかける相手も、話しかけてくる相手もいない。 というか、話しかけられたら困る。 まさか、保護者が夜に集まって会合するとか無いよな? そこまで出る義理はないんだが、この場で断るのも気が引ける。 そんな心配は、俺以外の保護者が周囲に一人も居なくなってから霧散した。 教室から聞こえてくる声も一切無し。 つまり、卒業生は全員帰宅したということ。 「おいおい……」 妹の奴、俺に声をかけずに帰りやがったのか。 いくら俺のことを嫌っているからってそれはやっちゃいけないだろ。 こちとらせっかくの休日を潰してやって来てるんだ。 少しぐらい祝わせろってんだ。 「まったく、も……う」 教室の入り口から中を覗き込む。 すると、中に誰か居ましたよ。誰かっていうと、うちの妹君が。 着席したまま、机に頬杖をつき、窓の外へ視線を向けている。 ふうん。妹でも黄昏れることがあるんだねえ。 最近弟と風呂に入ったりしないのは、卒業式を控えていたせいで憂鬱になっていたから、か。 俺と弟の居ない妹の学校生活は、どんなものだったんだろう。 悩みを打ち明けられたことは特にない。妹の悩み相談室役は弟だが、妹に深刻な悩みは無いらしい。 弟曰く、むしろ最近の妹は悩みが吹っ飛んだ状態だよ、だそうだ。 吹っ飛んだせいでからっぽになっちゃってまた悩んでるみたいだけどね、とも言っていたな。 難儀なものだ。人は完全に悩みから解き放たれることは許されないらしい。 俺は先日、伯母に関することで悩むことはなくなった。 後に残った懸案事項は、俺の腕のこと、弟を取り巻く三角関係、葉月さんの名前の呼び方、とかか。 俺の右肘は夏服を着るまでにはまともに動かせるようになる。 弟については、澄子ちゃんがどうでるか次第だろう。 葉月さんについては、あー……もうちょっとだけ待ってもらうとしよう。覚悟未完了だ。 441 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 40 36 ID R8ss/t/W 妹に黄昏れる時間を与えるため、トイレへ向かうことにした。 かつては通い慣れた学舎である。一番近いトイレも、最も遠くにあるトイレだって覚えている。 三番目に近い場所に位置するトイレを選び、足を向ける。 途中、卒業生らしき男子生徒とすれ違った以外、人と会うことはなかった。 職員室まで行けば懐かしい顔を拝めるかもしれないが、やめておくことにした。 世間話を続けられるほど話題豊富ではないし、懐かしむほど親しい教師がいたわけでもない。 現在の担任の篤子女史みたいに個性的なら親交していたかもしれないが、あんな残念な美人はそうは居ない。 というわけで、トイレで用をすませた後はとんぼ返りで妹の居る教室へ向かうことにした。 トイレに行ってから帰ってくるまで、時間にして十分もかからなかったと思う。 十分と言えば、プラモデル作成中の俺が昼食時間にあてる時間とほぼ同じである。 ペーパーでならしたプラスチックボディに、サーフェイサーを段階に分けて吹くときに空ける時間ともだいたい一致する。 それなのに、どうして妹の教室を覗き込んだらこんな事態が発生しているのか。 ――わからない。 「この通りだから! お願い!」 「嫌。だって私、たぶんこれから藤田君と会うことないだろうから」 「そうならないためにこうしてるんだって! お願い! お願いします!」 頬杖をついて座ったままの妹と、その妹へ向けて合掌し頭を下げる男子生徒。 男子生徒――妹は藤田君と呼んでいたから、藤田君と呼ぼう。 背丈からして、トイレに行く時にすれ違った生徒は藤田君だろう。 「待ってて、って言われたから待ってたのに、用事はそんなことなの?」 「どうしてもケイタイ番号とアドレスが知りたいんだ! このタイミングじゃないと言いにくくて」 藤田君とやら。君は間違っている。 卒業式当日なら妹から携帯電話の番号とメールアドレスを聞けると思うな。 妹はやむを得ない場合以外、自分の連絡先を教えない。 妹が俺にメールアドレスを教えてくれたのは、救助を求める時になってようやくだった。 電話番号の入手はそれほど難しくなかった。弟にあっさり教えてもらえた。 藤田君。君が妹の連絡先を知りたいのならば、俺に聞くのが一番の近道だ。 たかが妹の同級生でしかない男には、教えたりしないけど。 442 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 42 06 ID R8ss/t/W 「だから…………あ、お兄さん」 妹が俺に気付いて、席を立った。 わざとらしい。首を俺に向けて、さも俺を待っていたかのような演技をしやがって。 演技するならもうちょっと凝れ。無表情で俺の顔を見るな。大根役者め。 「家族が来たみたいだから、私は帰るね。藤田君、さよなら」 「ちょ、待って! だからさ」 「あー、もう!」 声を荒げ、妹がでかいため息を吐き出す。 そして、渋々制服のポケットから取り出したのは――携帯電話? 「……赤外線で送るから、受信して」 「うっそ、マジ? 待って、すぐに準備する!」 おおい! そんな簡単に教えるのかよ。 どういうことだ。今日の妹は卒業できた喜びでおおらかになっているのか。 ということは、俺も藤田君みたいにお願いすれば、妹について知りたいことを教えてもらえるのかも。 後で一つ実践してみようか。 満面の笑みの藤田君と対照的に、妹はやる気無しの表情であった。 送信する、の一声も無しに、妹は携帯電話の操作を完了し、藤田君の方へ向けた。 「お、きたきた……よし! んじゃ今度は俺から」 「いいよ。後で連絡してくれれば、登録しておくから」 吐き捨てて、妹はこちらに向かってくる。 「絶対に連絡するからさ! ちゃんと出てね-!」 弾んだ声の藤田君に向けて、振り返ることなく妹は片手を振って応える。 そして入り口に待つ俺を一瞥し、そのまま素通りしていく。 何か一言ぐらいあってもいいだろ、そこは。 帰りましょお兄さん、とかさ。それか待たせたことに対する謝罪とか。 ……この妹にそれを期待しても無意味だな。 そんな事実を再確認し、妹の後を追って帰宅の途に着くことにした。 443 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 45 03 ID R8ss/t/W 思うのだが、どうしてこの町の中学や高校というのは高台に位置しているのだろうか。 小学校は道路に面するような位置にあったため、登校が楽だったのを覚えている。 中学校に上がってからは、道路と正門を結ぶ登坂路を通らざるを得ないため、登校が面倒になった。 おかげで高校生になってからは、登校時坂道を登ることをなんとも思わなくなった。 一説では、教育施設は水難などの緊急時の避難場所として機能するため、高台にある必要がある、ということらしい。 まあ、そういうことなら仕方ない。 自問自答しつつ、妹の一歩から二歩後ろに付き、中学校の正門から下界へ続く坂道をいく。 もしかしたら学校が高台にあるのは思春期の若者達を今の間だけ持ち上げるためなんじゃないか、 という仮説を検証しようとしていたら、妹が話しかけてきた。 「ねえ、お兄さん」 「うん、どうした?」 「あの……お父さんとお母さん、いつ頃に帰ってくるか聞いてる?」 「ああ。ばあちゃんの話だと、日曜になるってさ。 明日まではばあちゃんの家で寝泊まりするんだと。俺らも来ないかって誘われたけど、謝っといた」 「そう。……ねえ、お兄さん」 「なんだ、妹」 「えと……お兄さんの学校、今日は休みなの?」 「もう休みに入ってるよ。中学校よりも春休みに入るのが早いっていうのも、どうなんだかな。 言っとくけど、ちゃんとした学校だからな。たぶん中学よりは決まり事多いぜ」 「そんなの、知ってるわよ。……ねえ、お兄さん」 「なんだ、卒業生」 返事が面倒になってきた。会話がパターン化している。特に妹。 「お兄さんはお腹、空いてない?」 「あー、そういやちょうどいいぐらいの時間だな、今」 携帯電話で時刻を確認。 正午を十分以上過ぎている。食欲が昼食を求め、なんでもいいから口に入れろと急かし出す。 「それじゃ、途中の店で何か買っていくか?」 「そうじゃなくって、たまにはその……外で食べるのも……」 「ああ、それも悪くないな。じゃあ、お前の卒業祝いに一杯やるか。せっかくだから弟も呼んでやって」 「ま、待って!」 電話帳で弟の番号を探そうとしたところで、妹が大きな声を出した。 こいつが俺との会話で大声を出すっていうのも珍しい。 ほとんど感情の起伏を見せずに会話を続けようとするからな。 「お、お兄ちゃんは呼ばなくていいわよ」 「いいのか? 弟が居なくても」 「だって……わざわざ呼ぶのも悪いじゃない。歩いて数分って距離でもないんだし」 「それもそうだな。んじゃ、あいつに一人で飯食えってメールしとく」 444 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/06/20(日) 11 46 31 ID R8ss/t/W タイトル無し、本文が二行程度の短いメールを弟宛てに送信する。 送信完了の表示を確認。携帯電話を畳もうとしたところで、拒むかのように着信音が鳴った。 見慣れない番号だった。名前が表示されないところからして、電話帳には登録されていない。 しばらく放って置いたが、いつまでも鳴り止まない。 もしかしたら祖母か両親からかも、と思い直し、通話ボタンを押して電話に出る。 「もしもし」 「あ、俺俺、雄介! いつまでも出てくれないから無視されてんのかと思っちゃったよ。 でさ、今から早速遊ばない? 今近くのカラオケ屋にいるんだけど!」 「あの、番号間違えてませんか?」 「え……声が違えし。あっれ-? すんません、まちがえましたー!」 謝罪と共に通話が終了する。 ユウスケ、という知り合いは俺の友人には居ない。 まあ、春だものな。 浮かれた若者のユウスケ君が俺に間違い電話をかけてきても何も不思議はない。 ユウスケ君に恥をかかせないため、彼の番号は着信拒否することにした。 これで彼は楽しくカラオケで歌うことができるであろう。 そんなことより、妹の卒業祝いの方が今は大事だ。 「どこで食べたい? あんまり選択肢もないけど」 「んと……じゃ、ファミレスで」 「ファミレスねえ。この辺りじゃあそこしかないから、ちょっと歩くことになるぞ」 「別に構わないわよ。行きましょ、お兄さん」 そういえば、退院した日に妹と立ち寄った場所もファミレスだった。 こいつ、好きなんだなあ、ファミリーレストラン。 これからもたまに誘ってやろうかな、弟と一緒に。
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431 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 11 49 ID L4ArOBLk 家を出て、間もなくして後悔した。 前方からの向かい風が、寒さと相まって容赦なくアタシの体力と体温を奪おうとする。 自転車は速いけど、この季節に防寒対策をせずに乗るには厳しい。 「せめてフードでも、被ってくれば、良かったわ……」 自転車に乗る時、手袋をする習慣のおかげで手はあまり冷えてない。 けど、コンビニに着くまでには冷え切っているだろう。 乗っている自転車は、クロスバイクとかいうタイプらしい。 友達が乗らなくなった自転車を貰ったから、詳しいことは知らない。 ハブの精度がどうだの、ホイールが別物だの、タイヤがママチャリより細いだの言われてもどこがどう違うんだか。 そんなものより、前カゴがついている方がこんな時はありがたい。 「武器だって積めるし、ね……」 今携帯しているのは、ボールペンのみ。 制服の胸元に一本、両腕に五本ずつ、スカートのポケットに二本の、合計十三本。 コートとか私服だったらもっといっぱい仕込んでるし、種類も多い。 だけど、彼は制服エッチが好きそうだから、着替える訳にはいかなかった。 良妻は殿方の好みに合わせて衣装を選ぶものなのです。 「……だからって、よりによってミニスカで出ることないでしょ、アタシのバカ。出てくる時に着替えるとか、さ……」 あー、ダメだ。止まって耳と手を暖めないと走れそうにない。 ブレーキをかけて、外灯の下で停止。 手袋を外し、手をサドルとお尻の間に挟んで、温める。 「ふー……あったか」 耳に手を当てると、自分の体の一部とは思えないぐらい冷たくなっているのがわかった。 コンビニまでの道程はまだ三分の一ほど。 ここで着替えるために引き返すのは手間。これだから、中途半端に目的地が近いと困る。 吐いたため息で手を温め、擦り合わせて、手袋をはめる。 ペダルをこぎ出そうとしたところで、前方に何かが見えた。 ライトで照らした先の地面に……あれは、人の足だ。 電灯の明かりが届かない範囲にあるから、全体像は掴めないけど、靴の色と首の細さからして、たぶん女。 432 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 12 25 ID L4ArOBLk 女……か。ヤな予感。 葵紋花火? アタシが彼をさらったことに気付いた? ――いいえ、それはない。 犯人がアタシだと知っているのは先輩だけ。 だけど、問い詰められたぐらいじゃ先輩はそれを明かさない。 もしバラしたらアタシの身が危険にさらされると思い、かばうはず。 暴力で脅されてもなお、そうするとは限らないけど。 ここは何食わぬ顔で通り過ぎるのが吉。 人間の足じゃ所詮自転車の速度には敵わない。 こぎ出して、正体不明の女の左側を道幅いっぱいに避けるコースで進む。 進み、進み、進み……あと二メートルで女の横を通り過ぎるところまで来た。 このまま、ギアを上げて加速すれば―――― 「見つけたあっ! 見つけたわよっ!」 え、何々? 声の聞こえた方向、右――女の方を見る。 暗澹とした空間の中に、濃厚な敵意。攻撃の気配。 上体を屈める。 頭上を局地的な突風が通り過ぎた。 アタシの顔面があった位置を通り過ぎていた。 「ちぃっ! 外れたっ!」 何が外れたって――攻撃に決まってんでしょ、アタシ! しかも今の鋭さ、自転車の速度と合わせたら、首を折ってもおかしくないぐらいのものだった。 敵だ。誰か知らないけど、アタシを殺そうとしてる奴がすぐそこにいる! 「待ちなさい! 自転車から降りなさい!」 「誰が降りるもんですか! こんのっ!」 後方へ向けて右腕を振り、ペンを放つ。 すぐにハンドルを掴み、立ちこぎで疾走。 「ちょこざいな真似を! そんなの、通用しないんだから!」 「あーもう、やっぱり当たってないしぃぃぃ!」 足首を狙えれば相手の速度を落とせるだろうけど、それじゃこっちも遅くなる。 逃げるしかない。しかも家には行けない。 このままどこか遠くまで引っ張って、その後で撒くしかない。 難しいなあもう、相手をちぎらないぐらいに加減して走らなきゃならないなんて! 全力なら楽なのに! 433 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 13 26 ID L4ArOBLk 女の追ってくる気配はビンビン伝わってくる。 こっちは全力じゃないにしてもけっこう早めに走っているのに、靴の音が遠ざからない。 どんな化物なのよ。声は葵紋花火とは違うみたいだけど。 こりゃ、なおさら捕まる訳にはいかなくなったわね! 突き当たりの壁、曲がり角。 ギリギリまで突っ込み、右に若干体重を寄せ、進路を取る――けど、これはフェイント。 重心を反対側に切り返し、同時にリアブレーキをかける。 たちまちリアタイヤが滑り出し、車体は左へと急旋回する。 いわゆる二輪ドリフト。 ハンドルを立て直してバランスを取り、左の通路へ向けてペダルをこぐ。 今の速度なら、女は足を止めなきゃ曲がりきれないはず。 振り向いて、背後を見る。 「……、あれ?」 居ない。影も形もない。 黒く染まった路地と、外灯の放つ白い光が見えただけ。 だというのに、追ってくる足音が止まらない。 都市伝説の妖怪? という推測は、次の瞬間に裏切られた。 視界の隅、右の塀の上に――黒い影。 それは、まだ追ってきている、さっきの女。 後ろを向くためスピードを落としたアタシと並ぶ速さで走っている。 黒い影が塀から飛び降りて、また追いかけてきた。 着地してさらにスピードが上がったのか、じわじわと近づかれる。 「なによそれえ! 反則じゃない!」 前傾姿勢で立ち漕ぎ。全力で逃げる。 塀の上? さっきの曲がり角でそのまま駆け上がった? 壁走りしたうえ、足場のない場所を走るなんて! 怪我とか、死ぬのが怖くないの、あの女! 「追ってくるんじゃないわよ! この、サイボーグ女! 改造人間!」 「うる、さい! 反則は、あなたの、方じゃない!」 ああもう、石ころ邪魔、走りづらい! 夜道ってこれだから嫌いなのよ! 「何言ってるのよ!」 「私が居ない時に限って、二人きりで会ったり、クリスマスにデートしたり、チョコ渡したり! いつまでも逃げてないで、正面から勝負しなさい!」 「何のことかわかんない! それに、あんたみたいな化物と勝負できるもんですか!」 「臆病者! 女の風上にも、置けないわ!」 「ふん! 勝てばいいのよ勝てば! どんな手を使っても、ねえ!」 前方からまばゆい光。車だ。 そしてこれは――――チャンス! 左の壁に寄り、左足を自転車のフレームに乗せる。 サドルの下にはサドルバッグ。友達がおまけでつけてくれたものがそのままくっついている。 中には十徳ナイフみたく多機能な、携帯用のマルチツールがある。 手探りで先端の尖っている工具を立てて、そのまま、迫る車の左フロントタイヤ目掛けて投げる。 車はアタシの自転車を避けるように左へ寄る。 テールライトまで通り過ぎたところで、突然、タイヤの擦れる甲高い音が鳴った。 耳をつんざく激突音と、盛大な破壊音が、夜の気配をでたらめに引き裂いた。 離れた位置で停車して、車の有様を見る。 それはもう、ひどいことになっていた。 道幅と同じくらいのサイズの白のセダンは、丁度路地を遮るかたちで止まっていた。 左右の壁には一メートルぐらい削れたような跡が残っている。 前照灯とブレーキランプは付きっぱなし。むき出しの白い光が塀を照らしている。 運転手はエアバッグに埋もれている。全然動かないから、気絶しているのかもしれない。 ……まあ、アタシがやったんだけど。 ごめんなさい、運転手の人。 ニュースで報じられたら、お詫びするから。……たぶん。 434 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 15 04 ID L4ArOBLk 今ので女は車と衝突したはず。 目の前に壁が現れたら、とっさに壁を走るなんて芸当はできないでしょう。 悲鳴らしき声は聞こえなかった。叫ぶ暇もなく気絶してくれていれば楽なんだけど。 「甘いのよ、そんな手」 あらら……無事だったか。 思うとおりにいかないのがこの手の人間とのやりとりとはいえ、この女ほどしつこいのは滅多にいない。 「ちょっと先を読めば、あなたがどうするかなんてわかる。 中学生でも、あの車を避けることだって容易いわ」 それはさすがに無理でしょ。 今ならともかく、中学時代のアタシじゃ何が起こったかも理解できずに車の側面にぶつかったはずだ。 女の声が聞こえた方向を見やる。 塀の上に、同じ高校の制服を着て、その上にコートを羽織った女が立っていた。 右足を浮かし、ふらつくどころか微動だにせず、アタシを見下ろしている。 「あなただったんですね。運動能力を考えれば納得できます。 どうしてアタシを追うのかは…………わかりませんけど」 「事ここに至っても、まだシラを切るわけ。とっくにあなたのやったことはバレているのよ」 「……葉月さん」 「木之内……澄子!」 葉月さんが跳び上がった。 空中で一回転、して――いきなりアタシ目掛けて落ちてきた。 漕ぐのは間に合わない。諦め、自転車を捨てる。 ひねった体を蹴りが掠めた。 必殺技っぽい一撃が外れても葉月さんの構えは崩れていない。 右に横っ飛び。距離をとる。 しかし、即座に詰められ、一歩先まで接近される。 「甘い!」 「ちぃっ!」 両足を曲げ、屈む。 横薙ぎの一閃。頭上を鋭い暴力が通過する。 左腕を一振り。袖に仕込んだボールペンが手の中に収まる。 横から円を描くように足首を狙う。 空振り――躱された。 察すると同時、反撃を予測。 思ったとおり。突っ込んできたスニーカーの爪先を、首を倒して避ける。 後頭部の髪と皮膚を削いでしまいそうな前蹴り。喰らったら一発KO。 伸びた足を、背負うようにして肩に乗せる。 そのまま背負い投げを――――できない? 「背中が続いていない、足がお留守! そして!」 意図せず、体が持ち上がった。 いいや、持ち上げられていた。葉月さんの足に。たった一本の足に。 「腰が、弱い!」 己の失敗を悟り、手を離す。 しかし――――これが最大の失敗。 肩と葉月さんの足の間に、距離が生まれた。 それは拳一つ、あるかないかぐらいだったけど、充分だった。 肩目掛けて振り下ろされたギロチンみたいな踵落としは、数センチで威力と速度を増していた。 踵がめり込んだ。肩の筋肉が潰れる。右の肺が悲鳴をあげる。肋骨が歪む。 「ぅふっ…………かは」 咳が噴き出た。慣れ親しんだ呼吸の手順がとても難しいものに感じる。 これでは、次を躱さなくては、やられてしまう。 左手を地面に着き、前転。着地と同時に振り返る。 目の前に、大きく踏み込んだ左足が見えた。 435 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 16 48 ID L4ArOBLk 「とどめえっ!」 次に来るのは腰だめの拳、いや掌底だ! 両腕を交差させ、受け止める。 「く――う、うああっ?!」 吹き飛ばされた。後ろから引っ張られたみたいに。 つま先が地面を擦る。踵が浮いていて、踏みとどまれない。 勢いに流され、半ば転がるように着地する。 掌底を受け止めた左腕が、真ん中からじんじんと痛みを訴えてくる。 指はぴくりとしか動かせない。 そのうえ右肩はまだ痛みを訴えている。染み込んだ衝撃を除去している最中だ。 「どうやら、決着みたいね」 離れた位置に居る葉月さんが、勝ち誇るように言った。 それはどうでしょうね――と、言ってしまっていいものやら。 両腕が使えて、かつ、障害物の多くて物の散乱する場所で戦うならともかく、今の状態じゃ回避もままならない。 「……ええ、そうらしいです」 ここは時間を稼ぐ必要がある。 それに、話の仕方次第で戦いを中断させられるかもしれない。 「葉月さん、どうして、アタシを狙うんです?」 「あなた、ふざけているの?」 「いいえ、そうじゃなくて。考えてもわからないんですよ。 アタシは葉月さんに何かをした覚えがないから」 「あなたが何かしたのは、私じゃなくて、あの人に対してよ。 私よりいつも一歩先に、あの人にくっついたり、チョコあげたりして!」 あの人って――先輩のことだよね。 葉月さんが好きな異性って、先輩ぐらいだし。 へえ……先輩、葉月さん以外の女の人にチョコもらえたんですか。 予想外だ。言っちゃ失礼だけど。 一昨日にアタシは先輩にチョコを贈ったりはしなかった。 それじゃ、ただ葉月さんが誤解しているだけじゃないの。 「あの、ですね。アタシは先輩とは、ただの顔見知り程度の仲ですよ。 チョコをあげたことなんか一度もありません」 くっついたことは――あったかも。去年のクリスマスに。 でもあれは演技だし。 「そもそも、アタシの好きな人は他にいるわけですし。ですから――」 「澄子ちゃん」 「はい?」 「澄子ちゃんって呼ばれて居るみたいね。あの人から。 聞いたわよ。ばっちりと、この耳でね」 あちゃあ、知ってるんですか。 というか、先輩。葉月さんの前でうっかり口にしちゃったんですか。 聞かれちゃったら、もうごまかせないじゃないですか! 436 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 18 00 ID L4ArOBLk 「私には、葉月さんで、あなたには澄子ちゃん。 名前も呼んでくれないのに。どうしてあなたはそんな幸せな呼ばれ方をされているの」 「お願いしなかったんですか? 名前で呼んで、って」 「したわよ」 「なら、呼んでくれているはずじゃ……?」 「お願いした途端、あの人は私の前から逃げ出したのよ! きっと、名前を呼ぶほど仲が良くないから! だから嫌がって逃げ出したのよ!」 「な……」 なにやってんですか、先輩! 名前を呼ぶなんて友達同士でもやってますよ。恥ずかしがってどうするんです、小学生ですか! 先輩の意気地無し、馬鹿! おかげでアタシがピンチですよ! 「そして…………逃げたのは、私の名前を呼ぶのが嫌だったから、だけじゃないはず。 あなたがあの人を呼んだんでしょう? そうじゃなきゃ、あんなに必死になるはずがない」 「は……はい?」 「メールを送ったでしょう、あの人に向けて。 今すぐ会いに来て欲しい、とかなんとか、ふざけたことを書いて」 根拠がないにもほどがある。 言いがかり・オブ・ジ・イヤーにノミネートされそうなほど。 「送ってませんよ。ていうか、アタシ、先輩のメルアドすら知りませんし」 「いいえ! あなたが送ったに違いないわ! だって、彼の携帯電話に実際にメールが届いていたんだもの! 証拠なんか、それだけで充分よ!」 ファミレスに来る悪質な客でも、今の葉月さんほど理不尽なことは言わない。 理不尽な言いがかりを取り扱う専門家とか、どこかにいないかなあ。 ……………………ハア。 「……葉月さんはアタシをどうするつもりで?」 「そんなの決まっているわ。あの人に、今すぐ会わせて。 きっとあなたは行き先を知って居るんでしょう? 例えば、あなたの家とか」 うーん……先輩とアタシの彼氏を置き換えたら百点なんだけどなあ。 まあ、当たっているにせよ、外れているにせよ。 「教える訳にはいきませんね。葉月さんを、アタシの家に上げるわけにはいきません」 「それは、あの人があなたの家にいると認める、ということかしら」 「否定しても、同じでしょう。あなたはアタシの言葉なんか信じない、聞かない。 一応、先輩が今どこにいるのかは知りません、と言っておきますけどね。 アタシの家は、来客を招けるような状況じゃないんです。 散らかっていて申し訳ありませんって言いたくないので近づかないでくれません? いや、是非とも近づかないでください」 「嫌よ。あなたの言うことは信じられない。 あなたの家に上がって、家捜ししないと私の不信感は拭えない。 無理矢理にでも、案内してもらうわよ」 「まったく、もう……これだから、暴力に訴える人たちは嫌いなんです」 なんとかして、逃げなくちゃ。 言うとおりにして、家に上げるという選択もあるにはある。 家に上げてから、彼を発見される前に力ずくで葉月さんに退いてもらう、ということもできる。 アタシの家であれば、それができる。 だけど、それは綱渡り。 もしも葉月さんがアタシの予想している以上の人だったら、アタシはねじ伏せられ、彼を発見される。 そして、未来は閉ざされる。 彼とまた離ればなれになる。 チャンスがまた訪れるとは限らない。 そんなの――絶対に嫌よ。 437 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 19 27 ID L4ArOBLk 「言っておくけど、逃げられるだなんて思わないで。 自転車に乗る隙は与えない。動き出したらすぐにでも押さえ込む。 諦めなさい。あの人に会わせるなら、悪いようにはしないわよ」 「……諦める?」 アタシが、彼を? ああ、確かに。諦めてしまえば楽でしょうね。それはそれは、楽な選択だわ。 今ここで受け入れてしまえばアタシはこれ以上傷つかずに済むものね。 ――――はっ。 笑わせないでちょうだい。 中学の頃にあの事件に巻き込まれて、あまりにも多くのものを諦めてきたアタシが、最後まで諦めきれなかった、大好きな彼。 たかが凶暴な女に追い詰められたぐらいのことで、揺らぐとでも? 大木で百八回つかれても、誓いは曲げないわ。 アタシは色ボケ女よ。彼にどうしようもなく参ってしまっている弱い女。 彼以外に大事なものなんてありはしないし、これからも作る気はない。 譲るつもりなんてさらさらない。 誰に咎められても、自分の身が危険にさらされても、状況をひっくりかえしてやる。 断固抵抗。絶対反抗。 やってやろうじゃない。 「……葉月さん」 「何かしら。降伏宣言でもするつもり?」 「先輩って、童貞だったんですよ」 「え、え。やっぱり? よかったあ、じゃあ、私が初めての女になれるってこと………………ん? だった、って何? どういう意味?」 「めでたく先輩は童貞卒業されました、ということです」 葉月さんの表情が一変した。血の気が引くとはこの表情を指して使うのだろう。 間もなくして、震えだした。美人との評価を欲しいままにするだけあり、怒り顔まで様になっている。 「まさか、ああああなた、あなたが、が……」 「先輩って、結構荒っぽいんですよ。アタシがバテてても、まだまだやり足りないみたいで。 力一杯抱きしめて、欲望のたけをアタシの体にぶつけるのに夢中になって。 葉月さんにも見せてあげたかったなあ。アタシを抱えながら陶酔した先輩の表情」 「……嘘よ」 「本当です」 「嘘! 嘘嘘嘘嘘嘘、嘘よ、でまかせに決まってる!」 「信じたくないでしょう、葉月さんからすれば。 でも、事実は事実。先輩は、アタシを選んだ。 同じクラスの葉月さんより、後輩の木之内澄子の方が魅力的だったんでしょうね」 「なんて…………ことを! よくも、掠め取ったわね!」 挑発に乗ってくれた。 わっかりっやすーい。 葉月さんの抱く先輩への不安をちょこっと突けばあっさり引っ掛かるんだから。 アタシの言っている台詞こそ、なんの根拠もないものだって考えればわかるでしょうに。 ここまで葉月さんを不安定にさせる先輩も先輩だけど、今回ばかりはその性格に感謝しなきゃ。 でも、嘘でも先輩とセックスしたとか言いたくない。 言ってると不愉快になってくる。 先輩は、嫌いじゃないんだけど。 恋人を選ぶなら、真っ先に除外するタイプだわ。 葉月さんがどうして先輩を選んだんだか、アタシにはわからない。 438 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 21 00 ID L4ArOBLk 「もう、あなたは許さないわ」 「そうですか。許さないのなら、どうするつもりです? さっきみたいに力でねじ伏せますか?」 「そんなことしないわよ。いいえ、そんなものじゃ済まさない。そんな軽い刑はあなたにはふさわしくない。 二度と彼に近づけないようにしてあげる。恐怖のあまり、誰の前にも姿を現せないようにしてやる」 ……へー、あっそう。そうですか。 「じゃ、やってみたらいいんじゃないですか?」 「その言い方……できないとでも、思っているの?」 「いいえ。葉月さんならそれぐらいのことはできるでしょう」 相手が、アタシじゃなければ。 あの事件を乗り越えたアタシに、痛めつけて恐怖を与えようったって無駄。 だって、彼が居るから。 彼が恐怖に打ち勝つ力と、心の拠り所を与えてくれた。 彼が居ればアタシの心はいつだってエネルギー満タン、パワー全開。 誰を相手取っても、心臓に氷の刃を突きつけられても、怖くなんかない。 忌まわしいのは、体に限界があること。 気合いは充分してる。 ただ、気合いで補ってもさっきの葉月さんの猛威に立ち向かえるとは思えない。 さて、どうするか――――と悩んだ時だった。 「…………ん? 今の音」 「救急車のサイレンね。おおかた、近くに住んでる人たちが通報したんでしょう。 あなたが、車を事故らせたせいでね」 「あららら。思ったより早いなあ……」 本当、仕事が早くて助かる。 警察は動くのが遅いし、頼りないのが混じってるから嫌いだけど、救急隊員の人たちは仕事熱心だから大好き。 おかげでアタシにとってはやりやすくなった。 間もなく様子を見に来た人たちが野次馬のごとく集まってくる。 それに乗じて動けば逃げるのも容易いわ。 ここで葉月さんを仕留めることだって、できるようになった。 葉月さんは周りに目を配っている。 そして、少しだけ歯噛みしてから、アタシを見て言った。 「場所を変えましょうか。ここにいたら続きができそうにない」 やっぱりまだやる気なんだ。 だけど、状況はアタシに味方してる。実に扱いやすい。 「いいんですか? ここから二人して居なくなっちゃって」 「……どういう意味?」 「二人で、もしくはそれぞれバラバラでこの場から立ち去ったりして、誰かに見られたらどう思われるんでしょうね。 間近で事故があったのに、まったく興味を示さずに立ち去る女子高生二人。 もしかしたら犯人かも、なんて思われるかもしれませんよ」 「それは……それなら、顔を見られないようにすればいい」 「ますます怪しいじゃないですか、それじゃ」 葉月さんが舌打ちした。 なるほど、やっぱりこの人は一般的な日本の女子高生らしい暮らしを送ってきたらしい。 それっぽいことを言われたら信じてしまう。 事故現場から人が立ち去ったぐらいじゃ、誰も怪しんだりしない。 皆現場を見ることに集中しているから、三分もすれば忘れてしまう。 あからさまに犯人っぽい容姿をしているならともかく、制服を着た女子高生なんか怪しまれない。 わざわざ通報して警察に協力する人も滅多にいない。 ははっ。 まさか、ここまで上手くいくなんて。 これなら、戦うことも、休戦させることもできる。 せっかくだから、さっき痛めつけられた分の仕返しをしてあげましょうか。 どうやら、恐怖を心に刻みつけられるのはあなたになりそうですね、葉月さん。 439 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 22 23 ID L4ArOBLk ボールペンを両手に取る。 軽さと頑丈さと細さを吟味して選んだ、とっておきのうちの二本。 中指と薬指ではさみ、逆手に持つ。 でも、これはまだ構える前の準備の段階。 確実に仕留めるためには、まだ条件が足りない。 人が押し寄せてきて、混乱に乗じて死角が生まれた時にようやく条件は揃う。 背後から光が差し、葉月さんの顔が見えた。 ギャラリーが到着したらしい。 あれ、地面が明るくなった。ありえないぐらい。 足下を照らすには大袈裟過ぎる光量。懐中電灯の光じゃない。 車のライトだ。 葉月さんが左の塀に寄る。少し遅れてアタシも、反対側の塀に移動する。 まさか真っ先に車がやってくるなんて。 これじゃ、逃げるしか手がない。ペンを投げるだけでは葉月さんを仕留められない。 塀に手を伸ばして跳び上がろうとしたら、突然車が目の前で停まった。 見慣れたタイプの、どでかい白の四駆。 まさか、と思って動きを止めて見ていると、助手席のドアが開いた。 運転手がアタシを見ながら叫ぶ。 「乗れ、澄子!」 「はい?」 「とっとと乗れ、このAカップ!」 「なんですと!?」 いきなり現れて失礼な! Bぐらいあるっての! たぶん! いやそれはともかく、アタシにこんなこと言うのはあの子しかいない。 アタシに車という移動手段と、力を貸してくれる友達。 「京子! あんた、アタシにスリーサイズで負けてるくせによくも!」 「背は私が勝ってる!」 「なおさら救いが無いわ、このもやし娘!」 やりとりしながら助手席に飛び乗る。 ドアを閉めるより早く車はバックで走り出した。 みるみるうちに葉月さんが遠ざかる。 葉月さんは何が起こったのか理解していないみたいに、塀に寄ったまま立ち尽くしていた。 440 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 24 05 ID L4ArOBLk 京子は右手でハンドルを細かく切り、左肘を背もたれに乗せて後方を見るという、女心を刺激する姿勢をとっている。 ちなみにアタシの女心は刺激されない。 ドアを閉める。緊張の糸が緩み、肩の力が抜けた。 一息吐いてから、口を開く。 「京子、どうしてここにアタシが居るってわかったの」 「ん? そんなの、お前の制服の襟に仕込んだ発信器を頼りにしたに決まってる」 「どうせ冗談だろうからあえて突っ込まないけど、それにしたって、 迎えに来ないって言ってたあんたがなんでやってきたのかがわからない」 「あー、それはな」 突然車が急停止。 シートベルトをしていなかったせいでダッシュボードに頭を打ちそうになった。 理由を問う前に、京子が右に素早くハンドルを切る。 車は右の路地へ進路を取って、走り出す。 ……止まるなら止まる、曲がるなら曲がるって言って欲しい。 「簡単に言えば気が変わった」 「気が変わった瞬間に電話して欲しかったわ……」 そしたら葉月さんには会わなかった。自転車も置き去りの目に遭わなかった。 「違うんだ。変わったと言っても、出かける気分になっただけで、澄子を迎えに行くつもりじゃなかった。 コンビニに寄って食玩を大人買いするついでに晩ご飯を買うつもりだった」 「でも、国道走ったらコンビニに着くじゃない。 こんな路地に入る必要ないはずよ。もしかして、あんた迷った?」 「違う。途中で財布を忘れていたことに気付いたんだ。 仕方ないから、澄子に奢って貰おうと思ってな。 澄子と鉢合わせするように走ってきた訳だ」 「……あっそう」 この理由が、アタシを迎えにきたのをごまかす照れ隠しだったら、上手いと言える。 照れ隠しだったとしても、全然感動しないけど。 もちろん、奢る気にも全くならない。 「そんなことより、澄子、さっきの女はなんだ」 「ああ、あの人は学校の先輩の葉月さん。 垂直の壁を走る走破性と、数十センチの幅でも真っ直ぐ走るバランスと、自転車とスピード勝負しても負けないエンジンと、 若者に絶賛されるデザインがウリの十七歳よ」 「……人間の紹介とは思えないな、今の。アンドロイドか?」 「さあ? 解剖しないとわかんない」 まあ、人間なんだろうけど。 紹介してて自分でも嘘っぽいって思うよ。 どんな両親の間に生まれて、何を食べて、どれぐらい鍛えればああなるんだろう。 少なくとも、地力じゃアタシはとても敵わない。 「とりあえず、お礼言っとく。ありがと。おかげで逃げられたわよ」 あのままでも逃げられたんだけど、とは言わないでおく。 手間を省いてくれたのは事実だから。 「礼なんか要らないさ。それよりも……」 「はいはい。ちゃんと食玩の大人買いにも付き合ってあげるわよ」 「そうか。五件まで付き合ってくれるか」 「言ってないし。なんで五件もコンビニに寄らなきゃ行けないのよ」 「一件じゃせいぜい一箱しか買えないだろう。どうせならもっと欲しい。そうは思わないか?」 「金を出すのがアタシじゃなければ、ね。 ともかく、手持ちがあんまり無いから、何件もいくのは駄目」 「じゃあ私が立て替えておこう。あとで請求するから問題ない」 「あんたは、まったくもう……」 嘆息して、何気なくバックミラーを見る。 小さな光が闇の中に浮かんでいた。 それはいつまで経っても遠ざかることなく、むしろ少しずつ大きくなっていった。 車が左に曲がる。それでも光はまだ付いてくる。 外灯が一瞬だけ光の正体を映し出す。 そして、戦慄を覚えた。 441 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 25 04 ID L4ArOBLk 「追ってきているな、さっきの女」 京子の言葉に頷く。 「ゆっくり走っているにせよ、三十は出ているんだが。 音がしないところからして、自転車で追ってきているようだ。 クロスかロードのどっちかなんだろうが…………どっちだと思う」 「クロスの方よ」 「なぜ分かる?」 「前、あんたに貰った自転車だから。あれ、クロスバイクって言うんでしょ」 「ああ、あれか。なら納得だ。私が乗っても四十ちょっとは出せたからな。 でも、なぜその葉月とやらがそれを?」 「自転車を跨いでる時、上空から人間が急降下してきたら飛び降りるでしょ。 実際にやられたから、置き去りにしたのよ」 「……やれやれ」 京子が肩を落とした。 「澄子、お前と知り合ってから私は変な目に遭ってばかりだよ。 まさか、仮面を被っていない生身の状態で特撮シーンを演じる女と、リアルチェイスすることになろうとは」 「いいじゃない。おかげで元気になったんだから」 しばしの沈黙の後、ふん、と鼻であしらわれた。 アタシと京子は、かつて同じ男から、同じ目に遭わされた。 いわば暴行事件の犠牲者同士。 でもアタシ達が仲良くなれたのは、事件の当事者だからとか、名前が似てるから、という意識があったからじゃない。 京子の弟が自殺したのが原因だ。 事件を起こしたあの男は、とにかく最低最悪の変態性欲の持ち主で、見た目が良ければ男でも女でも襲った。 そのうちの、男の犠牲者に京子の弟も含まれていた。 まだ小学生で、女の子と好き合った経験もないのに、変態の慰みものになった、京子の弟。 事件後に受けた精神科医のカウンセリングで知り合ったのがきっかけ。京子ともその時知り合った。 出会った時は、はきはき喋ってよく笑う、事件にめげない強い男の子だと思った。 彼が仮面を被っていたのだと気付いたのは、自宅のあるマンションの屋上から飛び降りて、命を絶った時。 気付くのが遅すぎた。アタシも京子も、自分のことだけしか考えていなかった。 傷ついていたのは京子の弟もそうだったのに。 傷つかないはずがないのに。 アタシ達は、京子の弟を助けられるはずだった。 年下の男の子に慰められるんじゃなくて、年上のアタシ達が慰めるべきだった。 それからだ、アタシ達がお互いのことに気を配り、協力し合い、友達になったのは。 心の底から親友と言える相手。 だからこそ、京子はアタシを止めなかった。 人をさらうために力を貸してなんて言って、味方してくれるのは救いがたい悪党と京子だけ。 協力を要請するのがどちらになるかなんて、悩むまでもない。 アタシは京子を、京子はアタシを助ける。 それが、アタシ達の暗黙の誓い。 申し訳なく思うのは、アタシが京子よりも彼を優先させていること。 本当にごめんね、京子。 442 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 28 16 ID L4ArOBLk 「澄子、次の角を左に曲がる」 「りょーかい。きっちり曲がって葉月さんを撒いちゃって」 ライトがT字路を照らす。 京子はなかなかスピードを落とさない。 葉月さんはまだ追ってきているから、そうするのはわかるけど。 「ちょっと、これじゃぶつかっちゃう!」 「シートベルト着けて、どこかに掴まれ…………吹っ飛ぶぞ」 「なんでアタシが吹っ飛――――ああああぶつかるうっ!」 ヘッドレストに両手でしがみつく。 ぐんぐん壁が迫る。 激突する画を思い浮かべた時、右側に重力で引かれた。 車が、横向きに走ってる。 「ちょ、何やってんのあんた!」 「ああ、うるさい。騒ぐな」 信じられないほど落ち着いてハンドルを操作する、イカれた運転手の声。 どうやら落ち着いていないのはアタシだけらしかった。 車も、壁にぶつかるすんでのところで左の路地に入っていった。 シートが平らになっていることを理解してから、盛大に息を吐き出す。 「そんなに怖かったか?」 「当たり前じゃん! 事故るかと思ったわよ!」 「まあ、私もリアが塀にぶつかるかと心配したけどな。こういう場所で滑らせるのは初めてだから」 「無謀なことしないでよ! 今すぐ降ろしなさい!」 「いいのか? 女に追われてるんだろう」 あ。 すっかり忘れてた。 サイドミラーで後方を見る。光は見えず、ただ暗いだけ。 「良かった。さっきので撒いたみたい」 「……本当にそう思うか?」 なぜか京子の声は暗い。 声にいつもの余裕がない。 「ええ。自転車のライトが見えないから」 「じゃあルームミラー、は見えないから――――リアウインドウを見てみろ。 すごいものが見られるぞ」 「見たってどうせ一緒でしょ。後ろからは誰も……追って、来てはいない、わね」 けど、あのカーブを曲がり切って付いてくる自転車よりも、すごいものが見えた。 リアウインドウが黒く覆われていた。 もちろんそれは、京子の趣味で貼られている黒いシールなんかじゃない。 時々蠢き、自身が有機体であることを主張する。 人が――葉月さんが、リアウインドウに貼り付いていた。 443 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 30 24 ID L4ArOBLk 「い、いつの間に?!」 「予想、いや、他にやり方がないから断定してもいいか。 さっき車が横向きになった瞬間に勢いよく壁に突っ込んで、自転車を捨てて飛び移ったって所だろう。 なるほど、さっき右をぶつけたかと思って疑ったが、あれは自転車が壁に激突した音だったのか。 よかった、車が傷ついてなくて」 「ちっとも良くない! 冷静に分析してる場合? このままじゃ――」 後部座席から光が差した。 密閉された車内の空気を乱す音が入り込む。 風の音と、タイヤの立てる走行音。 リアトランクが開いている。 勝手に開くなんてことはない。京子はそんな故障を放ってはおかない。 考えられるのは一つ。 葉月さんがトランクを開けた。 「ふふ、ふふふふふ……あはははは、ははははは! 逃げられやしないわ。許さない。絶対に彼を取り返すんだから。木之内澄子……あなたから!」 トランクを掴み、内側に入り込もうとしながら笑う葉月さん。 マジ、映画の世界。 もう、サイボーグでも改造人間でもアンドロイドでもミュータントでも、どれでもいい。 葉月さんはそれらに劣らない。この執念は異常だ。 「京子、なんとか振り落として!」 「まだできない」 「どうして!」 「道幅が狭い。やりたくない」 「あんたねえ! ここでアタシがやられたらあんたまでおしまいよ!?」 「お前のやらかしたことのとばっちりでか。 澄子が、そこに居る女の男に手を出したのが悪いんだろう。 自分が可愛いと思ってる貧乳はこれだから……」 「先輩のことは誤解だし、アタシは貧しくないしあんたよりは少なくとも――――ええい、いいから早く振り落としなさい!」 「世話の焼けるやつだ、まったく」 京子は小さくかぶりを振る。 ハンドルの方は少しもぶれていない。 「あまりやりたくはないが、致し方ない。 澄子。十、四五秒もたせろ。それまで中に入れるな」 「どうやって!」 「お前の腕は木の棒か? 射撃の腕ははりぼてか? 自分で考えてなんとかしろ」 やりとりの最中も、葉月さんはトランクと格闘して、入り込もうとしてくる。 あと、約十秒。 葉月さんの顔面目掛け、ペンを二本投げる。避けられた。 ペンを二本消費。残り九本。 シートを後ろに倒す。 左手、ペンを投げる。遅れて右手、後部座席のレバーを掴む。 レバーを上げると同時、シートを蹴る。 葉月さんが引く。ラゲッジに乗っているのは左足。 「あと五秒」 あと、五秒らしい。 葉月さんの足が伸びてきた。のけぞって躱す。 足首を掴み、右手に持ったペンを突き出す。 「つーかまーえ、た!」 刺さる前にアタシの体が倒れる。 葉月さんに引き寄せられた。可笑しそうな顔を見上げる。 シートのレバーに手を伸ばす。握り拳が見える。 レバーでシートを持ち上げる。軽度の衝撃。シートを殴られた。 「右に回る、捕まってろ!」 左から、手が伸びてきた。 視界が掌でいっぱいになった。 444 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 32 21 ID L4ArOBLk 頭部が揺れた。 左の窓にぶつかって、音と衝撃が鼓膜を揺らした。 脳を揺らし、目の奥の奥を奮わせる。 体が左に流れてる。肩から腰までドアに密着している。 甲高く、重々しいスキール音が聞こえる。 歪んで見える窓の向こうは目まぐるしく変わる。 そして、一際大きく車体が傾き、わずかに静止。背後からトランクの閉まる大きな音。 平衡感覚が斜めの状態から正常に戻る。遅れて、アタシの体がシートに倒れた。 「…………京子、今の何」 「六百三十度ターン。四分の七回転。つまり、一回転半したのちに車の鼻先を左に向けた」 ああ、道理で。 カーブを直角に曲がったときより時間がかかったわけだわ。 「それより、そんなことして大丈夫なわけ? 狭い路地でさ」 「周りを見ろ。とっくに開けた場所に出ているぞ」 頭をシートから剥がし、フロントウインドウを見ると、塀に囲まれていない道が見えた。 左には、さっき走ってきた路地が暗闇を広げている。 なるほど。路地を直線に走ってきて、車道に出た途端ターンしたの。 回転が終わった瞬間にトランクのドアを閉ざすこともできた。 これなら効果的だわ。いかに葉月さんとはいえ、耐えられないはず。 シートの後ろ、足下、一応助手席まで見てみたけど、葉月さんはいない。 「ああ、よかったあ。中に入り込んでたらどうしようかと思ったわよ」 「ちらっと見たが、トランクが閉まる直前、吹っ飛んでいったぞ。 どの方向に行ったかは見えなかったが。 ……それより、変な物は転がっていないか?」 「変な物? いえ、相変わらず何も積まれてないけど」 京子はなんでか車に物を積みたがらない。 アタシが人形を置いてもいいか聞いたらあっさり却下した。 さすがに傘ぐらいは置いてあると信じてるけど。……見たこと無いんだけどね。 「例えば、指とか、腕とか、制服の切れ端とか。血が付いたら最悪だ。匂いが染みつく」 「安心しなさい。そうなったらさすがに悲鳴ぐらい、あげてるはずだから」 確認するのが面倒だったからそう言った。 一応後で確認しておこう。 もしもあったら……その時はその時に考えましょう。 「京子。悪いんだけど、家に送ってくれない? コンビニに行く気分じゃないわ、もう」 「ん、了解。私もそのつもりだったからな」 車が静かに発進する。 アタシは、冷蔵庫の中身がどれだけ残っているのかを浮かべながらシートにもたれた。 445 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 34 31 ID L4ArOBLk 自宅に到着した。 なんだか三日ぶりに帰ってきたみたい。今回の外出では、初体験が多すぎた。 家にある唯一の自転車は、帰還が叶わなかった。 ちょっともったいない気もするけど、どうせ明日には県を二つ跨いだ先にあるところへ行って、 それきり帰ってこないから乗れなくなることに変わりない。 車を塀に寄せて停車させ、京子が振り向いた。 「ここでいいか?」 「ええ、ありがと。家、上がってく? 残り物で作った料理なら振る舞ってあげるわよ」 「悪くない。けど、断らせてもらうよ。 家に帰って、明日の準備をして、早めに寝なければいけない。 澄子の家に寄ったら、帰りが遅くなるのは見えてるからな」 「そう。ならしょうがないか」 ドアを開けて降りる。 足を着いた瞬間に膝が少し笑った。地面が頼り甲斐ありすぎる。 「じゃあ、バイバイ。 明日はよろしくね。五時、しかも朝の五時だから、忘れないように迎えに来てよ」 「お前こそ、男と熱くなりすぎて寝坊するんじゃないぞ。 約束の時間を五分過ぎても出てこなかったら、私は帰るからな」 なんでフィフティフィフティの関係なのに、あんたはそこまで優位に立ってるの……。 一応アタシが依頼主なんだから都合してくれてもいいじゃない。 小さくため息。気を取り直す。 「じゃあね、京子」 「また明日だ、澄子」 ドアを閉めると、京子の車は静かに走り出した。 赤いテールランプに向けて手を振る。 応えるかのように、車は突き当たりの角を曲がって消えていった。 二階の窓を見上げる。 アタシの部屋。今は彼が眠る部屋。 明かりを点けっぱなしにしてきたから、もちろん窓から光が漏れている。 そろそろお腹を空かして起きている頃かも。 何を作ってあげよう。 お米は冷凍したのがある。卵があったら炒飯、無かったらお粥にしようか。 問題は、どの具が残ってるかだけど。 彼、嫌いなものとかあるのかな。 というか、好きなものさえよく知らないわ、アタシ。 これは由々しきことだわ。早急に彼に聞かなければ。 炒飯やお粥が嫌いな人は滅多にいないだろうけど、万が一のケースもあり得る。 ああ、でも。 今顔を見たら駆け寄って抱きついて、しばらく動けなくなるのは目に見えてる。 「どうしよう……彼、何が好きなのかな」 「あの人は、フレンチトーストが好きらしいわ」 え?! 驚き、呼吸を止めたまま息を呑んだ。喉が締め付けられる。 今の声、葉月さん。 嘘。だってさっき、振り落としたはずじゃ。 もしかして、振り落とされる寸前に、車内から見えない死角にしがみついていた? そうだとしたら、これほどの人がアタシの家に来ている現状は、とても良くない。 「いつか作ってあげたいわ。美味しい牛乳に砂糖をたっぷり入れて、パンを浸して。 フライパンでパンを濃いきつね色に彩ったら、バターとシロップをかけて。 そして、私の気持ちを舌と心で味わってもらうの。 甘い甘い、クラクラくるこの気持ち。 そしたら、あの人、きっと笑顔で美味しいって言って、私の名前を呼んでくれる」 これが、これこそが――――大ピンチだ! 446 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 36 35 ID L4ArOBLk 駆け出す、玄関目掛けて。 鍵を取り出し、しかしまだ使わず、ドアの前で停止。 ターンしつつ左手でペンを背後へ飛ばす。 追いかけてきた葉月さんがペンを払う。スピードが落ちた。 後ろ手で鍵を開ける。最小限ドアを開けて、玄関へ滑り込む。 しかし、ドアが閉まらない。 葉月さんの靴がドアに挟まれていた。 ドアの隙間から、宵闇に浮かぶ薄ら笑いの顔が覗き込んできた。 「ふふふ……ははは、あっはあ! とうとう、追い詰めたわよっ!」 凄まじく強い、抗いようのない力でドアをこじ開けられる。 後ろへ跳ぶ。靴を履いたまま床に着地。 じりじりと後退するアタシと対照的に、葉月さんは悠然と靴を脱いだ。しかも出船の形にしてる。 「あの人を前にして、土足で他人の家に上がっているところを見られたくないわ。 そう、ここがあなたの家なの。そして、あの人は二階にいる。そうね?」 「さて、どうでしょう」 「まあ、答えてくれなくてもいいわ。 自分の目で確認すればいいだけだから。ちょっと失礼させてもらうわよ」 玄関右手にある階段に葉月さんが向かう。 もちろんそれを何もせず、ただ傍から見送ることはしない。 「葉月さん、アタシに背中を向けていいんですか?」 「遠くからあなたにペンを投げられても、ちっとも痛くないんだもの。 そんなものより、あの人が今は大事なの」 「そうですか。じゃあ、こんなのは、どうです?」 靴箱の上に乗った花瓶を掴み、放り投げる。 狙いは葉月さんの手前の壁。 砕ける音。 飛び散る破片。バラバラに舞う花びらと茎。そして、水。 こんなものじゃ葉月さんの体には、大したダメージを与えられない。 狙いは別。 葉月さんの顔と、髪と、服だ。 「…………どういうつもり?」 「ちょっと葉月さんの顔に足りないものがあるかな、と思ったもので。手を加えてあげたんですよ。 ひどい有様ですね。とてもじゃないけど、好きな男性に会いに行く女性とは思えません」 そう。今の葉月さんの髪には、花びらが少々と水が大量にかかっている。もちろん、顔にも。 瓶の細かい破片が、コートの黒地をしまらないものに変えていた。 しかし、今の葉月さんは、言うなれば水も滴るいい女。 むしろ別の魅力を引き出してしまった感じ。 でも、こう言ったら葉月さんは引っ掛かってくれるはずだ。 「つくづく……あなたは、私の神経を逆なでしたり、逆鱗に触れることをするのが、好きね」 「ええ。得意技です。そうでもしないと、アタシの大事な物が奪われてしまうんですから」 振り向いた葉月さんが、アタシを見下ろして、微笑んだ。 嘲るような笑いではない。まるで、楽しんでいるよう。 「いいわ。あなたにも私にも、譲れないものがある。 なら、どうすればいいか。どうしなければいけないのか。 もちろん自覚しているわね」 「愚問です。もとより、アタシはそうするつもりでしたから」 可能な限りそんな事態は避けるつもりだった。 だけど、今なら言える。力でアタシを圧倒する葉月さんを前にしても。 限定された空間。隅々まで詳しく知る場所、アタシの家。 体力は全快している。加えて、足の指先から髪の毛先まで満ちる気力。ベストコンディション。 駄目押しの、葉月さんの今の格好。 負ける要素が、これでもかというほど排除されている。 「勝負です、葉月さん。アタシに勝ったら、二階に上がってください」 今なら、確実に勝てる。 447 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 37 39 ID L4ArOBLk 一足先にアタシがリビングに入ると、葉月さんもついてきた。 入り口で立ち尽くす葉月さんは、訝しむように目を周囲に配らせていた。 罠でも仕掛けてあるのでは、と心配しているのだろう。 「そんなところに立ってないで、どうぞ椅子に腰掛けて楽にしてください」 「……要らないわ」 「じゃあ、お茶でもいかがです? あ、今は冷たい方がいいですか?」 「あなた、自分がさっき何を言ったのか覚えてないの? 決着をつけるんでしょう、今から」 「やだなあ、葉月さんったら」 椅子を引いて座り、頬杖を突きながら葉月さんを見上げる。 「そんなに疑われるなんて心外です」 「よくも、そんなことを言えるわね。あなたと私の間に、一瞬でも信頼関係があった?」 「無いですけど、アタシの心遣いを察してくれてもいいじゃないですか。 自転車を追いかけて、少し戦って、自転車を漕いで、車にしがみついたら、さすがにお疲れでしょう。 戦うのは一息ついてからでも遅くはないですよ」 「……悪いけど、あなたの心遣いなんていらないわ。 私はあの人に会いに来たの。あなたの相手をする時間も惜しい。 早く立ちなさい。痛いのは一瞬で済ませてあげる。死ぬほど痛いでしょうけど。 それだけで、彼に近づく気を無くしてやるわ」 「つれないなあ、そこまで邪険にしなくてもいいのに」 足を組む。余裕を見せつけるように、アタシは言う。 「じゃあ、そろそろ始めましょうか。時計の秒針が十二を指したら、レディゴーです」 壁掛け時計を見る。残り時間は三十秒。 葉月さんはコートを脱いで、首を右に左に動かす。 対して、アタシは動かない。 動かないようにしている。葉月さんの取る一手を限定させるために。 「一つ、聞かせて頂戴」 「短いものでしたら、どうぞ」 「あなたは、あの人のことを、どう思っているの。 本気? それとも……ただの遊びや、暇つぶしのつもり?」 「そんなの、決まってます」 溜めをつくり、あと三秒というところで、答える。 先輩に抱くアタシの気持ちを、口にする。 「アタシにとっては、遊び相手にもなりはしない、B級映画みたいな人ですよ」 449 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 40 18 ID L4ArOBLk 時計の秒針が十二を指す。 葉月さんが突っ込んできた。人というより獣と呼んだ方がいい憤怒の表情。 突進の勢いを乗せたサイドキック。それが机の縁を捉えた。 アタシの背後には四十センチの空間と、壁。前からは机が迫る。 だが、読み通り。 両足の裏を机の下に当てる。机は直前で進路を変え、斜めになる。 机の重みにバランスを崩した椅子が倒れる。両腕で受け身を取る。 机を飛び越えた葉月さんが上空に現れる。 蛍光灯を背にして、勝利を確信した笑みを浮かべている。 同じようにアタシも笑う。 右に転がって葉月さんの落下地点から回避。 続くのは踏みつぶすのを目的とした右の踏み込み。しかしそれは届かない。 なぜなら、葉月さんは支えを失った机と壁に挟まれたから。 転がっていたアタシは巻き込まれることなく、机の下をくぐり抜け、机を挟んで葉月さんと対峙する。 「こんなのっ!」 「おっと、そうは行きません」 机の縁を蹴る。葉月さんの背中に机がめりこむ。もう一撃お見舞いする。 「…………調子に乗って、このっ!」 葉月さんの姿が消えた。 机の下を潜り込んでくる――という予想は大きく外れた。 右に飛び退く。わずかな間を置いて、机が空を飛んだ。 滑走距離もなしに上昇させたのは葉月さんの力。床を背にして両足を伸ばして吹き飛ばしていた。 机はリビング入り口方向へ向かい、豪快な音を立てて横倒しになって床にぶつかり、それでも慣性を失わず、また倒れる。 完全にひっくり返り、リビングのドアに激突した。 ……すご。この人にはびっくりさせられてばっかりだ。 「すぐにあなたも同じ目に!」 「なりゃしません!」 手元の椅子を横倒しにして、葉月さんへ向けて滑走させる。 その場合にとる行動。今し方アタシの見せた手を覚えたなら。 「ワンパターンね!」 椅子はもちろん止められる。そして。 「――同じ手は、食わないわよ!」 アタシに向かって跳ね返ってくる。 451 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 41 47 ID L4ArOBLk あなたは部屋が一つしかないと考えている。 葉月さんの認識する戦いの場では、物は邪魔な障害物でしかない。 まっさらな空間こそが、あなたの得意なフィールド。 いわば、部屋は四隅のある正方形。床は一つ、壁は四つ、天井は一つ。 もしくは、囲いのない平坦なグラウンドのど真ん中。 向かってきた椅子に向かって、軽く跳ぶ。勢いを活かしもう一歩。 三歩目で両足をそろえ、椅子を踏み台にして、跳躍する。 ――けど、椅子もある意味で限定された一つの空間。 足場にもなるし壁にもなる。武器にもなるし盾にもなる。 部屋には無数の床と壁と天井が存在する。 点と点の隔たりを細かく断ち、角度をつけて線と線を結び、空間を作り出す。 一つの限定空間において変動する空間を際限なく構築する。 固定されぬ観念の生む戦場。 無論、その中には相手も組み込まれている。 頭上にいるアタシを葉月さんが拳で迎え撃つ。 土足のままだったおかげで、拳の衝撃を受けることなく、足場を確保。 拳を踏み台にしてさらに跳ぶ。 目指すは、かつて机のあった位置の横にある食器を収める棚――の上。 天井に背を付けて、足を動かす。 するとどうなるか。 不確かな足場である食器棚は倒れる。重力に導かれ、無防備な葉月さんの背中へ向かう。 振り向いた時には、もう遅い。 「な、嘘――――っ!」 大胆だけど無機質な食器棚に、葉月さんは押し倒された。 453 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 43 16 ID L4ArOBLk 「あー……すっごい、疲れた」 頭を打って気絶した葉月さん、の上に乗る食器棚、の上に座り、アタシはようやく緊張を解いた。 この部屋なら勝てるという確信はあった。 しかし、前提がある。アタシが思うとおりに動ける、冷静に判断できる精神状態である、の二つ。 事前にシミュレーションをする必要はあまりない。 相手の取る最初の一手さえ見逃さなければ、あとは頭が判断して、体を動かしてくれる。 「でもこんなの、そうそうできないよねえ……泊まるのが今日限りだからできたけど」 明日の朝食は京子の車の中になりそうだ。 お父さんとお母さんは、怒るかもね。 娘が居なくなったことよりも、リビングがぐちゃぐちゃになっていることについて。 携帯電話には、両親の番号もメルアドも登録済み。 だけど、二人ともアタシの番号とメルアドなんか知らないみたいに、一度も連絡をくれない。 そんなんだから、この家であの男の凶行を許したんじゃないか――――なんて、責めたりはしない。 運が悪かった。ただそれだけ。 事件に遭うまで、アタシは一年の内の九割を一人きりで暮らしてきた。 いわゆる鍵っ子の上級もしくは下級バージョン。 より深刻になっているのは、進化なんだか退化なんだか。 ともかく、十五歳になってあの男に遭遇したのは、偶然だ。 そうでも考えなければ、やってられない。 アタシが両親を嫌いだから、偶然がその目を向けたなんて、思いたくない。 アタシは悪くない。 それだけは、絶対に信じて疑わない。 さて、葉月さんを縛る前に、彼の様子を見に行くとしようか。 でかい机が滑って空を飛んで着地して倒れて、おまけに食器棚が倒れたんだから、何事かと彼が怖がってるかも。 怖がっていたら、子守歌を歌ってあげないと。 歌といえば、カラオケ。 京子と行くとヒーローソングのメドレーを聞かされるけど、彼もそうなんだろうか。 個人的にはラブソングがいいんだけど。 彼が葵紋花火やお兄さんのことを忘れるまで、まだまだ時間はかかりそう。 それまでは、カラオケデートもお弁当作って遊園地に行くのも、おあずけ。 根気よく関係を築いていこう。 アタシと彼は、まだ付き合ったばかりなんだから。 456 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 46 10 ID L4ArOBLk 二階へ行き、彼の眠る部屋の前に立つ。 考える。 もし彼が起きていた場合、さっきの物音をなんと言って説明しよう。 葉月さんと戦っていた――じゃなくて遊んでいた、というのもアリだけど。 他の女を彼に会わせたくない、意識させたくないという、アタシの女心がそれを却下する。 浮気するのを心配してるわけじゃない。とっくに金髪の雌牛に惚れているから。 いずれは雌牛のことも忘れさせるけど、対象になりうる存在はなるべく排除したい。 葉月さんは先輩に惚れているから、除外するとして。 京子にも一応チェックマーク入れておこう。 親友を疑うなんてしたくないけど、彼をさらった犯人を知っているのは京子と先輩ぐらいだから、仕方ない。 そうね、さっきの物音のことは忘れさせましょう。 もっとすごい思い出を刻みつければ、些細な出来事は簡単に忘れるもの。 ああ、どうしよう。彼を抱く、葉月さんを縛る、どっちを優先しよう。 うー……一回するぐらいなら、でも一回やったら止まれないだろうし。 しょうがない。 また一階に下りて、葉月さんを縛ろう。 彼とするのはそれからでも遅くないや。 回れ右して、一歩踏み出した。 その瞬間に、わずかな物音を察知した。 近い。とても近くの、扉の向こうから。 でも彼は縛られているから起きられない。 だったら――――他の人間だ。 勢いよく開いた扉を飛び退いて避ける。廊下側のドアノブが壁にぶつかって跳ね返った。 戦闘状態に移行した神経で、次の動きを待つ。 聞こえたのは、忌まわしく、憎たらしい、大嫌いな女の声だった。 「待っていたよ、ずっと。お前ら二人が帰ってくる前から、ずっとな」 「……玄関には鍵をかけていたはず」 「窓を割って入った。ガラスには謝っておいた」 「アタシにも謝ったらどう? ガラス片の散らばった床に土下座して床を舐めたら、 許してあげるのを後ろ向きに検討してあげる」 「それをするのはお前だ、木之内。あいつをこんな目に遭わせて、ただで済むと思うなよ!」 廊下に飛び出した金髪は、葵紋花火。床を蹴って懐に飛び込んでくる。 闘牛よろしく飛び込んできたところを躱す。 ――刺し殺す。 中指と薬指でペンを挟み、手首と垂直に持つ。 手加減抜き、相手の体の機能を奪うための武器として扱う。 葵紋が足を止める。 背中に飛びつく。左腕で首をロックし、耳の穴目掛け、突きだす。 ペンの先が肉を穿つ。 しかし刺さった箇所は、葵紋がとっさに動かした右手。 「う、おおお、おおっ!」 壁に叩きつけられる。背中でアタシの体を潰そうとしてくる。 だが、これぐらいでは左腕は緩めない。 右手を捻る。銀色のペンがより深く、怨敵の手を深々と貫く。 「死ね! 死んでしまえっ、葵紋、花火!」 「黙れ! お前如きが――――」 葵紋の右手が動く。壁とアタシの手がぶつかる。 ペンは八割方埋まっていた。すでにアタシの手から離れている。 次に何が来るか分かっても、前からは葵紋の背中に、後ろは壁に挟まれて身動きがとれない。 身長差のせいで足が床に着かない。 逃げようがない! 「私の名前を! 呼ぶんじゃないっ!」 右の太腿に重い一撃。続いて芯を侵すような鋭くて熱い痛み。 血が噴き出していると、見なくてもわかる。 だが悲鳴はあげない。 ここで仕留める。 457 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 48 49 ID L4ArOBLk 左手で右腕の上を掴み、右手を葵紋の後頭部に当てる。首を締め上げ、右手を前に押し出す。 裸締め。テコの原理を応用した首折りの手段。 力で圧倒的に劣るアタシにはこれぐらいしか、接近戦で有効な手がない。 葵紋はまだ抵抗する。しかし力は弱くなっている。 右足と脇腹に葵紋の持つペンが突き刺さる。 おそらくどれかはかなり深く刺さっている。痛みが呼吸を阻害する。 歯を食いしばって力を込める。左腕を支点に、右手を力点に。 葵紋の喉がわずかに震えた。 最後の力を振り絞った葵紋の持つペンはアタシの頭頂部を貫いた。 視界の右半分が紅く染まる。右のまぶたを閉ざした瞬間、はずみで力を緩めてしまった。 左腕を掴まれた。体が流れ、受け身もとれずに叩きつけられた。 熱くなった頭では、右の腿と脇腹の痛みを知覚しない。 闘争心が、憎悪が、不自由な足を引き摺って動かす。 気付いたらアタシは立っていた。右手は壁に付いている。左手はスカートのポケットに。 「木之内、よくも、よくもあいつを、やったな! やりやがったな!」 「吼えるなっ! 彼は、アタシだけのものだ!」 左手、ペンを掴む。 投げるなんてことはしない。この女だけは確実な手で仕留める。 「あんたさえ、消えれば!」 「居なくなれ! あいつを穢したお前なんか、ここで終わってしまえ!」 葵紋が突進してくる。 だけどアタシの足はもう動かない。動かせるのは両手だけ。 右手を壁から離し、一瞬だけ直立する。 葵紋の体当たりを正面から受ける。 腰を掴まれ、押され続ける。壁に叩きつけるつもりか。 だけど、大人しくやられはしない。 右の袖からペンを出す。残るのは一本だけ。左手と合わせて二本。 これで充分だ。 心臓と、右肩。ここを潰してしまえば、葵紋はこの世から居なくなる。 アタシと彼の前に二度と現れない。 勘だけで心臓に狙いを定める。 壁に衝突した際の反動で、深く突き刺さってくれるはずだ。 日記の続き、明日は色々書けそう。 書き終わったら、明日は彼と何をして過ごそうか。 今なら、やりたいことがいっぱいっぱい浮かんでくる。 部屋でテレビを見てるだけでも、一緒にご飯を食べるだけでも、なんなら同じベッドで添い寝するだけでもいい。 そうだ。明日はパンを焼いて、食べさせよう。 アタシ、お菓子作りは結構好きなんだ。ケーキだって作れるんだよ。 食べてくれるかなあ。彼、どんな食べ物が好きなのかなあ。 「えへへ、へ……」 忘れずに、聞かないと。 458 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/22(日) 23 50 37 ID L4ArOBLk 壁と背中がぶつかり、前方からの衝撃が内臓を圧迫した。 葵紋が後ろに下がり、尻餅をついた。 アタシの右手には、ペンがない。 きっとこの雌牛に刺さったんだ。屠ることが、できたんだ。 支えを失った体が、壁を擦りながら落ちてゆく。見慣れた廊下の景色が上っていく。 そして、気付いた。 背中のどこかを、鋭い物が穿っている。 もう意識は一割ほどしか働いていない。 このペンは、どこまで達しているんだろう。 アタシは、また彼と日常を過ごせるまでに回復できるのかな。 あー。 なんだか、切なくなってきちゃった。 死なないよね、アタシ。 まだ死にたくないもん。 なのに、どうして、無性にお礼が言いたいんだろう。 お別れじゃないのに。 まだ生きる気満々なのに。 私、あなたに会えて救われた。 本当、あなたを好きになってよかった。 ありがとう。 こんなこと、言わないんだから。 不安にさせちゃうから、絶対に……言ったりなんか………………しない、よ――――――
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327 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 00 35 ID ryJwY4ic ***** 「それじゃあ、行ってきます」 行かないでくれ、頼むから。 あの子を止めたいのに。止めたいのに俺の四肢を縛り付ける縄が邪魔で動けない。 俺はいったい何のために自分を鍛えよう、強くなろう、と思ったんだ? 喧嘩に強くなりたいから? 他の誰かよりも優れているという自信を付けたいから? そんな理由じゃなかっただろう。 大事な人を守り、ずっと一緒に暮らしたい。そう思ったから武道を始めたはずだ。 体を壊しかねない鍛錬をして、血と涙で彩られた日々を送った末、俺の望みは叶えられた。 でも、それはずっと続かなかった。 仕方のないことなんだ、あなたは何も悪くない、とあいつは言った。 俺はそんなことを言って欲しくなかった。 最期だからこそ、恨み言を残して欲しかった。 これから、残されたあの子と二人きりで生きていかなければいけない俺を戒める言葉を。 だらしなくて、武道以外ろくなことができない俺を、あいつは一度も責めなかった。 間違ったことをしたときはいつだって優しく諭してくれた。 愛していた。他の何よりも強い絶対の自信を持って、あいつを愛していたと口にできる。 それなのに俺はあいつを裏切って、別の女と一緒になってしまった。 ただ、あいつが居ない寂しさに耐えきれなかったんだ。 俺はあの子とを守るために、あいつの分もしっかりしなければいけなかったというのに、 結局他の拠り所を見つけ、甘えてしまった。 だから、あいつに恨まれても、そしてあいつと似た顔に成長したあの子に去られても、文句を言えない。 ――でも、やっぱり嫌なんだ。もう失いたくない。 「う、ううぅ……!」 拳を固め、腕に意識を集中させる。 俺に縄抜けなんかできない。だから力ずくで引きちぎるしかない。 縄が皮膚に強く食い込んでいる。皮膚が削れ、肉が擦れるのが分かった。 だけど、諦めない。諦めてたまるものか。 あの子がどこぞの男の毒牙にかかるかもしれないのに、何もせず見過ごすわけにはいかない。 「ええ、行ってらっしゃい」 扉の向こうから声が聞こえた。俺を縛り付けた張本人。 縛られる理由など俺にはない。絶対にない。 過保護? 馬鹿なことを言うな。自分の子供を心配しない親がいるものか。 「……お父さん、行ってきます」 ちくしょう。猿ぐつわを噛まされているから扉の向こうにいる娘に返事できない。 あと五分、いや三分あれば噛みきれる。 でもそれだけあれば、あの子は家から出て行ってしまう。 そして、俺の知らない誰かと一緒に今日の夜を過ごすのだろう。 許せることではない。まだあの子は高校生なんだ。嫁入り前の大事な体なんだ。 相手は、最近よく話題に上るあの男か? 328 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 02 00 ID ryJwY4ic 「ぐ、ぎ、ぐうぅぅぅぅ!」 お前さえ居なければ、娘はもっと道場に来てくれるのに! 今では平日に一時間、土曜日は二時間だけしか居てくれない。 日曜日と祝日なんか顔も出してくれないんだぞ。 それなのに技が鈍るどころか数段鋭くなっているという事実が、なおさら俺を苛立たせる。 一体どんな魔法を使ったんだ。恋の魔法、か? ――馬鹿を言うんじゃねえ! 「気をつけてね。どこかに泊まるときは」 「……ちゃんとお父さんの携帯に電話します。それじゃあ」 無情にも玄関の閉まる音がした。 間に合わなかった。もう終わりだ。娘が傷物にされてしまう。 閉ざされていた部屋のドアが開いた。 入ってきたのは妻。扉を閉めると同時にため息を一つ吐く。 「相変わらずですわね、あの子は。 やっぱり、クリスマスイブだからって変わったりしませんよね」 「ぐうぅ! むう、ぅう!」 早く縄を解け! 今ならまだ間に合う! 「だめですよ。今日は家に居てもらいます。 せっかくお堅いあの子が自分からデートに誘おうとしているんですから。 どんな夜を過ごすのでしょうね。きっと若者らしく、ロマンチックな雰囲気で……」 させるものか! 結婚するまであの子は清いままでいるんだ! 一層強くあがくと、妻がもう一枚猿ぐつわを噛ましてきた。 手足に巻いてある緩んだ縄まできつく縛り付けてきた。 「あの子は、多分夕方頃に帰ってくるでしょうから、あなたにはそれまでそのままで過ごしてもらいます。 きっと、そっとしてあげるのがいいんですよ。だってあんなに嬉しそうな顔は久しぶりですよ。 優花さんが居なくなってから、あの子はいつも表情に陰がありましたけど、今は心から笑っている感じです。 うまくいくといいですね。あの子と、クラスメイトの男の子」 それは、確かにそうだ。 優花――俺にとって最初の妻――が病気で亡くなって、娘の元気はしおれてしまった。 目の前にいる妻は後妻だ。 娘は二人目の母親には懐かなかった。自分から避けているようにも見て取れる。 優花にするように甘えたりはしないだろうとは思っていたが、まさか他人行儀に接するとは思わなかった。 再婚してからは、俺に対してもどこか冷めた対応をするようになった。 まるで娘の体を通して、優花が俺を責めているようにも感じられた。 その態度が明らかに変わったのは一ヶ月か二ヶ月ぐらい前のこと。 高校に入った頃から少しずつ態度は温かくなってきていたが、近頃は太陽みたいになっている。 多分そのころから例の男と付き合いだしたのだろう。 娘の心の支えになってくれたのは感謝したい。だが、淫らな行為をするのは絶対に許さん。 心配だ。無理矢理行為を強要されたりしないだろうか。 本当は騙されているんじゃないのか? どこかの変態どもに目を付けられたりしていないか? もしかして今頃、若い女をさらう犯罪組織に捕らえられたりしていないだろうか? ああ、もう! 早く駆けつけたい! 娘に近づく汚らわしい奴らを一掃したい! 心配だ、心配だ、心配だ、心配だ、心配だ! 「いんぅあいあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!」 329 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 03 22 ID ryJwY4ic ***** 二学期最期の一日が終わった本日はクリスマスイブである。 高校生はまだ親に養ってもらっている者たちがほとんどだ。社会的に見れば子供だ。 しかし子供であろうがなかろうが、色めき立つのは何歳になっても変わらない。 同じクラスの西田君は遊びに誘ってきた五人ほどの女子にもみくちゃにされていた。 争いが終わって最後に立っていたのは、凄絶な笑みを浮かべている三越さん。 気絶していた西田君は彼女に引きずられてどこかへと連れて行かれた。 我がクラスの担任であり、図書館に住まう沈黙の女神として一部に大受けの篤子先生は相変わらずで、 通信簿を渡した後で今年最後の挨拶もそこそこに職員室へ向かい、湯飲み片手に文庫本を読んでいた。 高橋はそんな担任になんと言って声をかけるべきか迷い、職員室前の廊下と男子トイレを行ったり来たり、 ときどき人や壁にぶつかって頭を下げたり、フルカラーのサイレント映画を一人で演じていた。 結局高橋が篤子女史を誘えたのか、観察に飽きた俺にはわからない。 早く帰りたい気分だったのだ。 葉月さんに声をかけることもできなかった自分の情けなさに落胆していた。 葉月さんとは文化祭以来、話を何度かしているものの進展はない。 むしろ、機会は減っている。俺が積極的に話そうとしないから。 花火の頬を切りつけ、誰かを傷つけたという過去の記憶が甦ってからそうなっている。 そのときの真相があれから何一つ明らかになっていない。 妹は昔のことをあまり覚えていない。その頃はまだ小さかったからだろう。 父と母に聞いてもあてになりそうな答えは返ってこなかった。弟に聞いても同じ。 深く追求したら教えてくれるだろう。弟はともかく、両親は。 一言、俺は誰を刺したんだ、と聞くだけでいい。 でも、聞く勇気が俺にはない。 怖い。 もしあの記憶が真実で、誰かに取り返しのつかない傷を負わせ、人生を狂わせてしまったのではないかと思うと、 目の前がが真っ暗になって何もすることができなくなる。 すでに花火の頬に消えない傷を付けてしまっているのだから、十分にあり得る。 花火には二度と近づくなと言われた。それは罪を償うこともできないということ。 贖罪すらできないなら、罪人はどうすれば赦されるのだろう。 このまま、ずっと忘れた振りを続けていけたらいいのかもしれないが、俺にそんな真似はできそうにない。 いつも心の中で罪の意識を抱えた状態で生きていくことになる。 いくら考えてもいいやり方が見つからない。袋小路の中に、今の俺はいる。 330 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 04 40 ID ryJwY4ic 布団の上に寝転がり天井を見上げていると、自室のドアがノックされた。 父と母は朝からどこかへ出かけている。妹はまだ学校から帰ってきていない。 ドアの向こうにいるのが弟だと予測し、俺は言った。 「何の用だ? 弟」 「あ、いたんだ? ちょっと入るね」 ドアが開く。顔を出したのはやはり弟。 しかし今日のこいつはひと味違う。 かっこよさの数値が跳ね上がりそうな服を着て、めかし込んでいる。 「その格好はどうしたんだ――って、そっか。今から出かけるのか」 「うん。たぶん帰りは遅くなると思う。だからご飯は用意しなくていいよ」 「そうか」 「用事はそれだけ。……なんだけど、さ」 「ん? なんだ?」 言いにくそうに目を伏せている。 いきなり表情を暗くするな。こちとらさっきまでブルーになっていたんだ。 もしかして俺が何かしたんじゃないか、とか心配になるだろうが。 「その、兄さんはどこにも行かないのかな、と聞こうと思って」 「なんだ、そんなことか。いちいち俺のことを気にかけるなよ。 お前はお前で楽しんできたらいい。俺は今年も例年通りだ」 「ずっと家にいるってこと、だよね?」 「ま、そういうことだ」 「それならさ……僕と一緒に」 「断る」 赤と白に彩られ、ネオンの光を振りまいているクリスマスの町並みを弟と歩くのが嫌なわけではない。 もちろんそんなのは御免こうむりたい訳だが、弟がどうしてもと言うなら乗ってやってもいい。 が、弟が今のように誘ってきたのには隠された真意がある。 「晩ご飯、おごるよ?」 「いらん。今日は食べる気分じゃない。そもそも今日みたいな日に外で食えると思ってるのか」 「予約してるから大丈夫」 「どうせ、お前と女の子の、二人分だろ」 「ううん。ちゃんと三人で予約してるから……って、あ…………」 はい、バレた。 弟が何を仕込んでいるか、読めない俺ではない。 「予約してくれたのに悪いのだが、行かないぞ」 「……どうしても?」 「どうしてもだ」 「そう……わかった。じゃあ、行ってくるね」 そう言って弟は部屋から出て、ゆっくりとドアを閉めた。 足音が玄関の方へ向かっていき、少しの間を置いて玄関の開く音がした。 331 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 05 47 ID ryJwY4ic ここでようやく、俺はため息をはき出せた。 「どんな顔をしてあいつに会え、って言うんだよ……」 弟がしたかったのは、俺と花火を仲直りさせること。 文化祭で数年ぶりに再会した俺と花火は、お互いに目頭の熱くなるような感動を覚えなかった。 俺に罪の意識を思い出させ、花火に熟成された憎悪を表出させるというマイナスの結果しかもたらさなかった。 弟はそれがわかっていたから、俺と花火を会わせまいとしていたのだろう。 その努力を無駄にしてしまった俺は馬鹿だ。 きっと弟は、俺と花火、二人ともに気を遣っていたのだ。 俺に昔の出来事を思い出させないために。 花火にこれまで通り穏やかに過ごしてもらうために。 何も知らなかったとはいえ、俺のやったことはあまりにうかつだった。 弟が居れば、確かに花火と話し合いをすることができるだろう。 だけど、花火の俺に対する憎しみは、弟の顔に免じて許せるレベルのものなのか? ――そうは見えない。 顔に目立つ大きな傷を付けられたというのは、男ならともかく、女にとっては大きな損失だ。 花火が一見して不良のような容姿をしているのは、頬の傷と無関係ではないだろう。 きっとあの傷を見たら、初対面の人間なら引いてしまう。誤解をする。 誤解されるぐらいなら、と考えて人と関わらなくなり、そしていつの間にか孤立していき、 仲のいい人間が弟だけになったとしても、何の不自然もない。 そんなあいつに俺がしてやれることは……きっと、何もない。 花火は俺に何かを望んでいない。顔も見たいと思っていない。 「それでも、いいのかもな」 文化祭で再会する以前のように無関係の態度を貫いていけばいい。 何年か経って、もし弟と花火が一緒に暮らすようになっても放っておけばいい。 そうだよ。再会する前の状態に戻っただけさ。 別に何もおかしくないじゃないか。 近くに居ても一言も話したことのないやつだって、学校には居る。 そのうちの一人が花火だったとして、何が悪い? 悪くない。何も悪くない。 もう俺は最悪のことをしてしまっているんだ。 なら、それ以上傷を深くしないよう努めるのが、やるべきことだろう。 下手に触れてしまってはいけないんだ。 本当は、こんなことを考えている時点で放っておけてないんだけど。 もう一遍、記憶喪失にでもなってくれたらいいのにな。 332 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 07 30 ID ryJwY4ic ***** 考え事をしていたら、どうやら眠ってしまっていたらしい。 部屋の中は真っ暗。カーテンは常に閉めっぱなしになっているが、隙間から明かりが漏れないところから見るに、 すでに夕方になってしまったようだ。 今、何時だ? 蛍光灯の明かりを点けるため、天井から垂れている紐を手探りで探す。 「ん、と……お、これか」 手の中に紐の感触があらわれた。紐を握り、下へ向けて一回引く。 点灯管が輝き、蛍光灯が三度瞬き、部屋中が照らされる。 机の上に置いていた置き時計が六時半を指していることを確認した。 弟にはああ言ったが、やはり腹が減っている。 そういや、昼飯も食ってなかったっけ、今日は。朝飯、食ったかな……? いいや。今から三食分摂るつもりで晩飯を食べることにしよう。 でも、冷蔵庫の中に上手いこと残り物があるだろうか。 今日はスーパーなんか混むだろうし、買い物には行きたくない。 レストランにて一人で食べるのに抵抗はないが、まず座れまい。 とすると、コンビニか。めぼしいものが残ってたらいいが。 財布をポケットに突っ込み、コートを羽織る。 部屋の明かりを点けっぱなしにしたままドアを開け、玄関へ向かう。 ふむん? 玄関マットの上に何か転がっている。 結構大きい。人間サイズ。毛布か布団が丸まっているようにも見える。 なんだろう。サンタがやってきてプレゼントでも置いていったのか? それとも余りの激務で疲れ果てたか、仕事をボイコットするかしたサンタが上がり込んだか? おそるおそる、玄関の明かりを点ける。すると、そこにいた人物の正体が判明した。 「うぅ……お兄ちゃん? 帰って、きた……やっと! お兄ちゃんっ!」 転がっていたのは妹だった。そして、どういうわけか制服姿だった。 どうやら俺が弟だと勘違いしているらしく、いきなり顔も見ずに抱きついてきた。 「待ってたんだよ、私。帰ってきてからずっと、お兄ちゃんが来るまでここで待ってようって決めてたんだ。 でも、遅いよ。寒いし、暗いし。だから、暖めてくれると嬉しいなぁ?」 そうかそうか。よし、お兄さんで良ければ――――って、違うだろ。 「あー……妹。ちょっと顔を上げてくれないか?」 「あれ? お兄ちゃん、風邪でも引いちゃった? なんだかいつもより声が低いよ? それにいつもと匂いが違うし」 中学三年生の女の子が、匂いがどうとか言うんじゃない。 まあ、この妹ならそれぐらい嗅ぎ分けがつくだろうけどさ。 「ねえ、どうして今日は頭を撫でてくれないの? 私がこうしたら、いつもやめてくれ、って言って撫でてくれるのに。 もしかして、今日はずっと抱きついててもいいの? クリスマスプレゼント?」 そんなことしてやがったのか。妹がこうなったのに弟が一枚噛んでいるという疑いが浮上してきた。 妹は股間のブツに触れることなく頬ずりをしてくる。 この状況は俺にとってレアそのものだが、俺はシスコンではないのだ。 されても別に嬉しくなんかない。……うん、目が潤んだりしていないし。 早く妹を振り解こう。これ以上続けていたら妹に悪い。 333 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 09 18 ID ryJwY4ic 咳払いをしてから、弟の口調を真似して優しく声をかける。 「あー……あのさ。僕の顔をちょっと見てくれない?」 「どうして?」 「何ででも。ていうか、早く見て欲しいな、なんて」 「変なお兄ちゃん。いいよ、私は毎日毎時間毎分毎秒見続けても構わ、な……い…………んだ、から?」 顔を上げたまでは普段通りであったが、俺の顔を見た途端に少しずつ声が小さくなっていった。 なんと言ったものか。今の妹の顔を例えるなら、クリスマスプレゼントはトリコロールカラーで塗装された ロボットのプラモデルを買ってきてほしいと父親に頼んだものの、買って来られたものをよく見たら、 「これじゃない!」と怒鳴りたくなるような代物だった時の顔、とでも言おうか うむ。妹が待ち望んでいたのは弟だったが、実際に現れたのは俺だったりするところが似ている。 「ふぁ、ふぁ…………」 妹は俺の顔を見つめたまま呟きだした。 顎は小さく震えている。たぶんそれは寒さのせいではあるまい。 今日は一日中ずっと快晴らしい。きっとこの辺りの空にも星が輝くであろう。 クリスマスに雪が降るとロマンチックな気分になるという。 でも、クリスマスには雪の白とは別にもう一色、ふさわしい色がある。 すなわち、赤。夕焼けの赤、トマトの赤、血の赤。 白と赤は慶事ののしなんかにも使われている。いいイメージを抱かせる組み合わせなのだろう。 でも、どうして今の妹を見ていると悪い意味での赤を連想してしまうのだろうね? 「ふぁ、き……」 「ふぁ、き?」 妹の呟きはもはや理解不能の域にまで達していた。 跪いた状態から立ち上がると、俺と向き合った。顔は伏せたまま。そして拳は固められたまま。 右と左、いったいどちらから暴力が飛んでくるのかと俺は待ちかまえた。当然、反応して避けるため。 「ふぁ……ファ、ファ……っ!」 呟きに怒気が混じっていく。 ああこれは一発で済むことはないだろうな、と冷静な部分が判断した。 説得に入る。 「落ち着いて聞け。弟は帰ってきてからどこかに出かけていて、家にいないんだ。 そして何よりさっき俺を弟と勘違いしたのはお前なわけで、俺は何も悪くないというか、 その拳を早く緩めてくれると嬉しいななんてお兄さんは思うわけで――――」 「このバカ! 妹に欲情する変態兄! 妹に抱きつかれて喜んでんじゃないわよ! 何なのよその嬉しそうな顔はっ! ファッキン! ファッキン! ふぁあぁぁぁーーっきん!」 下品な横文字で三回罵倒された後、半身をずらしてからの回し蹴りをお見舞いされた。 スリッパのつま先にこめかみを貫かれ、俺の脳は激しく揺さぶられた。 立つこともままならない。俺は膝を着いた後、前のめりに倒れた。 すると何か柔らかいものに顔が触れた。ぼやけた視界ではそれがなんなのか確認できない。 「なっ! ちょ……どこ触って……や…………」 妹が何か言っている。頭上から聞こえてくる。 そうか、この体は妹か。つまり俺は妹の体のどこかに顔を当てている、と。 でもこのアクシデントが起こったのは俺のせいではない。妹が蹴った結果だ。 よって、俺は悪くない。顔は動かさない。というか、動けないし。 「ん……この……、いつまでそんなとこに触ってんのよ! そこはまだお兄ちゃんにも触られてないのに! サノバビッチ! このっ、さのばびっちーーっ!」 今度は後ろへ突き飛ばされた。後頭部が床をしたたかに打ち付けた。 いい感じで記憶喪失になれそうな一撃だった。 吐き気を催していた気分が、倒れているのと激痛のおかげで覚めていく。 最近の中学校では嫌いな相手を世界的にポピュラーな言語で罵倒するのが流行っているのだろうか。 なんてことを考えつつ、俺は目を閉じ、なにかやばそうな単語を吐き捨てて家を飛び出していく妹を見送った。 正確には放っておいた。 334 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 13 05 ID ryJwY4ic 妹が飛び出していってから数分。 目眩は少しずつ覚めていき、開け放たれた玄関の扉から吹き込んでくる風が身にしみ始めていた。 体を起こす。少しばかり鼻の奥が詰まった感じを覚えるが、それ以外は回復していた。 妹は弟を追っていったと思われる。それから一体どうするのかは知らない。 急いで出て行ったから、何も持っていないだろう。少なくとも凶器は用意していないはず。 そもそも俺は弟が出かけたと言っただけだ。花火のことは喋っていない。 しかし妹のことだ。クリスマスイブに出かけていったという事実がどういうことなのか分からないわけがない。 妹は弟のファンクラブが存在するという事実を知っている。俺が教えたから。 そして思ったのだろう。弟に近づく女が確実に存在するということに。 加えて、今日のようなカップルにふさわしいイベントの日に、弟に遊ぶ相手がいることにも気づいた。 果たして、家に帰ってきてから弟は妹にどんな言い訳をするのだろうか。 以前、ファンクラブのことを俺がばらしたときには、そんな人たちはいないよ、の一点張りだった。 しかし今回はそうは行くまい。 だって、一人で遊びに行った、では苦しいし、男友達と一緒に遊んでいた、でも無理がある。 たとえそれが事実だったとしても、妹は納得すまい。 頑張れ、弟。女の子との修羅場をくぐり抜けてこそプレイボーイだ。 俺はいつもお前を見守っているから。 お前の修羅場スキルが高まっていくことを俺は心から望んでいるよ。 玄関のドアに鍵をかけ、コートのポケットに手を突っ込んだままコンビニへ向かう。 外は肌を刺すような冷えっぷりであった。首元やズボンの裾から入り込む風がやっかいでたまらない。 こんな季節でもミニスカートを穿いて外を出歩く女性達の根性は感心すべきだ。 俺の通う高校の女生徒は登校時にジャージを穿いているが、やはり中には制服のままの人もいる。 現在確認しているところでは、葉月さん、弟と同じクラスの女子、あと花火もそう。番外として妹も含もうか。 弟関連の女子については言うまでもないが、それでもあえて言うなら、弟に女の魅力をアピールするため、ということだ。 葉月さんについては……弟は関係ないのかな。 「やっぱり、俺……か」 俺のために葉月さんが寒い中でもスカートを穿いていると思うと、嬉しくなる。 まだ俺は葉月さんにちゃんとした告白の返事を返していない。保留の状態だ。 以前――文化祭の前まで葉月さんに返事ができなかったのは、自分の気持ちに迷いがあったからだ。 本当に俺は葉月さんのことが好きなのか? うん、好きだ。性格もいいし、美人だし、俺のことをいろいろ構ってくれる。 好いているんだけど、そこで混乱してしまう。 そもそも、付き合いたいって、どういう感じなんだ? それって、ずっと一緒にいたいから恋人関係になりたいってことだろう。 じゃあ、親友と恋人、一体どこが違う? 高橋は、数字でいうところのゼロでただの友達、イチで親友、という基準とすると、好感度を四捨五入すればイチになるため、親友だ。 あいつとずっと遊ぶなどごめんだが、他の知り合いよりは無言の間を苦しく感じない。 暇で暇でしょうがないときに高橋のおごりなら一日中遊んでやってもいいくらい。 葉月さんは高橋と違い、こっちから遊びに誘いたい。当然、俺が全額持つ。 この違いが親友と恋人の境目――――ではないんだろうな。 昔、中学時代に好きだった女の子。あの子に対して、俺はもっと積極的な気持ちを向けていた。 なるべく目を引きたくて髪型を変えたり、毛抜きを使って眉毛を整えたりした。 席替えの時は隣か後ろの席になりたかった。近くであっても前の席だけは嫌だった。自分の目であの子を見たかったから。 そんな日々を過ごしているうちに、あの子から呼び出され、付き合って欲しいと言われた。 そして一ヶ月経つか経たないかのうちに、あの子は本性を現して俺を振った。 結果はともかく、あの子に向けていた感情こそが異性に抱く好意、というものだろう。 あの時のような好意を葉月さんに抱いているかというと、否だ。 あそこまで今の俺は夢中になっていない。 こんな半端な気持ちで告白なんてできるわけがない。 335 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 14 57 ID ryJwY4ic 文化祭が終わってからは、花火との一件もあり、積極的に近づくことすら難しくなった。 罪の意識が、お前に葉月さんはふさわしくない、とささやいてくる。 その言葉に翻弄されているのは事実だ。半端な気持ちと、罪の意識が俺の思考をいつも止める。 今こうして歩いているように、淡々と歩を進めることができないのだ。 家から一番近い場所にあるコンビニの光が見えてきた。 首都圏では成人が歩いて五分かかる距離を空けてコンビニが建っているというが、本当なのだろうか。 家を出て、住宅街に入り組んでいる路地を歩いて、車の通りが頻繁にある国道沿いを歩き、 行く手をさえぎるかのように存在する坂道を上らなければコンビニに行けない俺にとっては眉唾物の説だ。 時間的には、急いで二十分少々、ゆっくりなら三十分はかかる距離。 スーパーはそれよりもう少し遠くにある。いつもこれでは買い物に行くのも億劫になる。 住んでいるところは市町村の区分のうちでは一番大きい市である。 しかし上手いこと、商店街を安全過ぎる圏まで避けるかたちで家が建っているので、現状に甘んじている。 楽をするために原付の免許が欲しい、と考えたこともある。 だが、免許をとることはできても肝心の単車を買うことができそうにない。 クラスにいるバイク好きの中野君は、三万円で中古を買った、と言っていた。 それならなんとか俺でも買えるな、と思ったのも束の間、続けて中野君は、新車なら二十万近くするんだけどね、と言ったのだ。 どうやらバイクというものは俺の想像以上に高価なものであるらしい。 というわけで、買い物を楽にする計画は敢え無く断念することになった。 俺が楽をするには住む場所を変えるなどしなければ無理なようである。 外から覗き見たコンビニの店内は意外なことにあまり人がいなかった。 タイミングが良かったのだろう。買い物をするには絶好のチャンス。 店内へ入ろうとした時、聞き慣れた着メロが鳴った。 わずかな音量で鳴ったそれは間違いなく俺のものである。 二年前に放映されていた戦隊もののオープニング曲を着メロにしているのは俺ぐらいのものだ。 着信したのはメール。送ってきたのは葉月さん。用件は俺の所在を聞くものだった。 葉月さんは以前俺の家に来たことがある。ということは通り道になっているコンビニの場所も知っているはず。 居場所を記したメールを送る。程なくして返信のメールがあった。 用事があるのでそこで待っていて、というものだった。 むう。それは別に構わないのだが、どうせ訪ねてこられるなら自宅で迎えたいものだ。 その旨を本文に打ち込み、送信しようとしたとき、コンビニから男女が出てきた。 出てきたのは若者同士のカップルではない。男は中年。女は若い――というより若すぎる。 中年男が女の子の前に回り込んだ。出入りする人間にとって実に迷惑な位置で話し始めた。 「これから何の予定もないんでしょ?」 「いいえ、忙しいんです、アタシ」 「いいじゃない、晩ご飯ぐらいなら。ね、そんなに時間はとらせないから」 「嫌だ、って言っているじゃないですか」 肩の上でカットされた短めの髪に、妹より低めの身長に、絵に描いたように整った顔のパーツ。 サラリーマン姿の中年男を冷たい態度で断っているのは、中学生のようである。 が、彼女が中学生じゃないということは知っている。だって彼女は知り合いだから。 「彼氏を捜しているって言ってたよね。 でも、さっきからずっと歩いていて見つからないんだから、約束をすっぽかされたんじゃないの?」 「ちっ……」 コンビニの外に設置されている電話ボックスの後ろに隠れながら様子を観察する。 女の子はポケットに手を突っ込んでいる。おそらく、凶器をポケットの中に用意している。 止めようかとも思ったが、相手はいい年して県条例に違反するようなおっさんである。放っておくことにした。 336 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 17 31 ID ryJwY4ic 女の子が歩き出した。男も並んで歩く。二人と入れ替わりに、体を入り口へと割り込ませる。 このコンビニのドアは自動ドアではない。ドアの取っ手を掴んで奥へと押す。 そして、女の子にばれないよう店内へ。 よし、このままばれなければ――。 「いらっしゃいませー! こんばんは!」 途端に、無駄に威勢のいい店員の挨拶が飛んできた。 その声量とタイミングは思わず俺の体をびくつかせるほどのものであった。 かくれんぼが台無しである。 挨拶をするなとは言わないが、もうちょっと小さめに、小鳥がさえずるぐらいの音量で頼む。 「あぁっ! 見つけたっ!」 「ぁ……っちゃぁ……」 驚きの声が背後であがる。嫌な予感がした。そして絡みつくような視線も感じる。 逃げようと思ってももう遅い。すでに俺と彼女を隔てるものは透明なガラス製のドアだけだ。 仕方がない。観念しよう。きっとこんな場所で、今日という日に会ってしまったことも何かの縁なのだ。 嫌なイベントのフラグを立ててしまったのでなければいいのだが。 暖房の効いた店内から冷え込んだ外へと出て行く。 そこに待っていたのは道行く人たちの好奇の視線と、おっさんの苦虫を噛み潰したような表情と、 世間知らずの男なら十人中十人は詐欺に引っかかってしまいそうな笑顔を浮かべる澄子ちゃんだった。 「先輩! もうどこに言ってたんです? ずっと捜してたんですよ?」 いつのまにそんな約束をしたんだろう、なんて思ったが、すぐに思い直した。 澄子ちゃんがどういうつもりでこんなことを言ったのか、自発的に理解できない俺ではない。 本日二度目となる弟のモノマネで相手をする。 「ごめんよ。さっきまで寝ていてさ。今来たところ」 「もう、仕方ないですね。でも来てくれて良かったあ。アタシも今来たところなんですよ」 その切り返しは、さっきおっさんに付きまとわれていた様子からは苦しいんじゃなかろうか。 「ねえ、せぇんぱい?」 突然澄子ちゃんの声が甘ったるいものに変わった。 ホワイトチョコとイチゴチョコを混ぜそれをホットチョコレートにして角砂糖を十個くらい投入し、 付け合わせに出てきたミルクとシロップまで突っ込んだぐらいの甘さ。 「遅れて来たんだから、その分の償いはしてもらわないといけないですよね?」 「ああ、そうだね。ごめんよ、気がつかなくて。僕にできることならなんでもするよ」 「え、何その喋り方……あ、彼の真似してるのか」 似てないですね、と小さな声で言われた。そんなこと言われなくてもわかっている。 「えっとぉ、あとで二人っきりになったとき抱きしめてもらうのは当然としてもぉ……、 澄子、今すぐ暖めて欲しいな、なんて思っちゃったなんかするんですよね」 「ぐ……!」 内臓のてっぺんに重量物。有り体に言えば衝撃を感じた。 たとえ演技だと分かっていても、その男を魅了する笑みと甘い声を前にしては、自制することさえ困難になる。 なんと返事しよう。このまま流れに乗っていけば……澄子ちゃんとキスできる? いやいやいや、いやいや。嫌なわけではないが、これは演技なのだ。本気になってはいけない。 そもそも、澄子ちゃんは弟のことを一途に思っている。俺のことなんか好きな人の兄としてしか見ていない。 だが、それならそれで俺を惑わすようなことをしないで欲しい。 「抱きしめてもらえません? アタシが力を抜いていても倒れないくらいに、力強く」 この状況を切り抜けるためとはいえ、好きでもない人間に対してここまでできるなんて。 もし、澄子ちゃんと弟が恋人関係になったらどこまでバカップルになるだろう。 人混みの中でも、小さな子供に見せられないようなことをやらかしてくれるかも。 そんな状況であたふたする弟も見てみたい。花火とくっついたら接近することもできないし。 「早く、シてください。澄子、寒くって……先輩の熱が欲しくて、体が疼いて仕方ないんです」 「ああ、わかったよ。それじゃあ、遠慮無く…………」 流されるまま、俺は澄子ちゃんの体を抱きしめるために両手を広げた。 337 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 20 13 ID ryJwY4ic がつんと一発殴られた。今回は左のこめかみではなく、右顎だった。 脳の中身が、たぷん、と揺れるような気がした。 膝に力を入れるより早く、俺はその場に尻餅をついた。 澄子ちゃんの得意武器であるボールペンで貫かれなかっただけマシかもしれない。 あれを受けていたら流血する羽目になっていただろう。 しかし、澄子ちゃんに合わせて演技していただけでここまでいいものをもらう謂れはない。 文句を言おうとして顔を上げたら、澄子ちゃんは確かに目の前にいた。 ぽかんとした表情で俺ではなく、俺の右側を向いていた。 あれ、今のは澄子ちゃんがあまりの嫌悪感を覚えた故にとった行動ではないのか? では、一体誰が俺の顎を打った? 目を右側へと泳がせる。確かにそこに人がいた。 文句を言う前に、じっくりとその人物を鑑賞する。 「……ほう」 感嘆のため息が漏れ出たのは、相手の格好と体型が非常にマッチしていたからである。 まず、闖入者の格好はミニスカサンタスタイルだった。 なんと、手抜きすることなく、白い袋まで右肩に担いでいた。 空いた左手は固く握りしめられていた。おそらくはあれが顎を打ち抜いたのだ。 目元まで帽子を被っているせいで顔は下半分しか見えない。 肩にはケープが乗っていて、その下から細い腕が伸びている。腕が嘘みたいに真っ白だ。 細い胴と滑らかな腰の間で衣服が分かれていない。ワンピースを着ているらしい。 そのワンピースから伸びるフトモモが、膝上三十センチまでさらけだされている。 そして、俺のアングル――しゃがんだ状態――からは神聖な領域がばっちり見えている。 ふむ、黒……か? 夜だから色の区別がつかない。 個人的にはストライプだったら嬉しい。だが今はそんなことを望んでいる場合ではない。 「あんた、一体誰だ?」 ミニスカサンタは答えない。ただ、拳が震えているところから腹を立てているということは分かる。 「変な格好をして、いきなり殴りかかるなんてどうかしてるぞ」 「そ、そうですよ!」 調子を取り戻したらしく、澄子ちゃんが割り込んできた。 本当は違うけど、と前置きして澄子ちゃんが言う。 「アタシの彼氏になんてことするんですか!」 サンタの肩が小さく揺れた。 「か、れ、し」 「そうです。誰だか知らないけど、こんなことをしたからにはそれなりに覚悟してください」 「黙れ……この、泥棒猫。泥棒猫ォッ!」 サンタが突然袋を振りかぶり、澄子ちゃん目がけて殴りかかった。 澄子ちゃんはそれをバックステップで回避すると、コートのポケットに手を突っ込んだ。 手を外気にさらしたとき、その両手にはボールペンが握られていた。 片手に四本ずつ。指と指の隙間を一つも無駄にしていない。 「せいっ!」 片手を振りかぶり、投擲。煌めく光の筋を描き、ミニスカサンタへと向かっていく。 上体を反らし、サンタが避ける。とてもゆっくりで、余裕たっぷりの動きだった。 338 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 22 42 ID ryJwY4ic 「まだまだですよっ!」 次は両手を振りかぶり、交差させる。 その動きでもボールペンは飛んでいったが、それには続きがあった。 澄子ちゃんは続けて両手を上下に、左右に、斜めに振り回しながら投げ続ける。 しかし、ただ投げ続けているわけではなかった。 投げると見せかけて投げない。フェイントを織り交ぜている。 加えて、回転しているせいでコートが浮き、腕の動きを読めなくしている。 コンビニが振りまく明かりをボールペンが反射する。 光が走る。澄子ちゃんの体のいたるところから飛び出していく。 軽快にステップを踏む様はダンスを踊っているようだ――なんて、よくある喩えもしたくなる。 俺は目の前の光景に目を奪われていた。 そして、サンタの動きにも目を疑った。 赤い帽子を目深に被ったまま、サンタは全て避けていた。全弾、直撃していない。 ゆらりゆらりと体を振り、ふらふらとした足取りで澄子ちゃんへと接近していた。 直撃コースをとったボールペンは腕で払ったり、ケープでガードしていた。 なんで、帽子を被っているのに避けられる? 帽子に穴を空けているとしても、視界はかなり遮られているはずなのに。 まるでボールペンがどれだけの速度で、どんな角度で、どれほどの威力を持っているのか、 あらかじめ悟っているかのような動き。 武道の心得などないのだが、この動き、見た覚えがある。 どこだっただろう。そんなに昔ではなかったような気がするのだが。 339 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 24 24 ID ryJwY4ic 気がついたら澄子ちゃんの攻撃は止んでいて、サンタも足を止めていた。 そして、二人を遠巻きに見るギャラリーがびっしりとできていた。 ボールペンの軌道の先にはもちろん誰もいない。 澄子ちゃんを誘っていた中年男の姿はない。 すでに逃げたのかもしれない。しかし、もし人混みに紛れていたとしても、もう誘う気など失せているだろう。 これでアトラクションが終わった、とでも受け取ったのか、観客から拍手が沸き起こる。 澄子ちゃんが恥ずかしそうに顔を伏せた。 「うぅ……なんでアタシがこんな目に…………あ!」 顔を上げると強い瞳でサンタを睨みつけた。人差し指を突きつける。 「そうですよ! あなたがいきなり殴りかかってくるのが悪いんです! アタシは何にもしてません!」 「……嘘を、吐け!」 サンタは低音の声で叫ぶと、担いでいた袋を地面に叩きつけた。物が壊れるような鈍い音が聞こえた。 「お前がその人を惑わした! それが私には許せない!」 「なっ……あんなの演技ですよ! 白状しますよ、しつこいナンパを避ける口実を作るためにくっついたんです! 先輩は彼氏でも何でもありません。アタシが好きなのは先輩の弟さ――」 「問答無用!」 踏み込んだサンタが袋で殴りかかる。 動きをとることもできず、澄子ちゃんは鼻先を掠められた。 「私からその人を奪うことは許さない! 許さない! 許さない! 今度はずっと離れない! お母さんの時みたいに、離ればなれになったりしない! そのためなら……そのためならっ!」 二人の間合いがゼロになった。サンタが一足飛びで間を詰めたのだ。 「私は自分の全力を賭して、戦う!」 「こ……のっ! しつこいんですよ! 真冬のミニスカサンタなんて、今更男に受けるもんですか!」 澄子ちゃんの真上への蹴りが飛ぶ。顎を狙ったその一撃は易々と避けられた。 観客が小さな歓声をあげる。スカートの中身が見えるとでも思ったのだろう。 スパッツを穿いているから期待しているものは見えなかった。 澄子ちゃんは一瞬の隙をついて肩に乗せられた手を振り解くと、サンタの後方へ向けて駆けだした。 もちろんサンタもその背中を追う。 「待ちなさい! 逃がさない! 思い知らせるまでは、絶対に!」 「ああ、もう! 彼は見失うし変なサンタに会うし! 今日はろくでもないことばっかりですよ!」 後輩と正体不明のミニスカサンタは驚異的な足運びで最高速度に達し、その場から姿を消した。 観客は二人が去ったことで誰もが残念そうなため息を吐き出し、解散していった。 数人はしりもちをついたままの俺に声をかけようとしていたが、結局は誰も話しかけなかった。 誰もいなくなってから、なんとなくあぐらをかいた。 アスファルトの地面は冷たかった。 だが、さっきまで熱気に包まれていた空間に流れ込んできた風の方がずっと冷たい。 風が少しでも暖かくなることを期待して、呟いた。 「最近殴られること、多くなったなあ。俺……」 というより、今みたいな暴力的な状況に遭遇することが多くなった。 昔にやらかしたことのツケが今になってやってきたのだろうか。 それならこうしているのも、むべなるかな。 340 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 26 08 ID ryJwY4ic ***** 賞味期限ぎりぎりの弁当とおにぎり、それとなんとなく夜更かしをしたくなったため、菓子を数個購入し、帰宅した。 玄関の明かりは灯っていた。弟の靴と妹の靴がある。二人揃って帰宅しているらしい。 リビングへ歩を進めるとテレビの音声に混じって話し声が聞こえてきた。 ドアを開ける。ソファーに並んで座っているのは弟と妹だった。 「お兄ちゃん、これ高くなかった?」 「気にするなよ、そんなこと」 「無理だよ。気にするって。ねえ、どこで買ったの? こんな時間じゃなきゃ買えないお店って、どこ?」 「あはは、それは……あ、兄さん」 振り向いた弟は穏やかな表情だった。対照的に妹は汚物を見るような目で俺を見た。 どうやら――いや、あれは確実に怒っているな。一体俺はどこに顔を埋めてしまったのだろう。 妹の手に握られているのは銀色のペンだった。もう一本、同じようなものが机に転がっている。 見ていると澄子ちゃんとサンタの攻防を思い浮かべてしまう。 まさかさっきのあれを見ていて、現場から拾ってきたとかじゃ、ないよな? 「ちょっとごめん。兄さんにもあげてくるから」 「えー……私だけじゃなかったんだ」 残念そうに呟く妹を置いて、弟が近づいてくる。 「はい、兄さん。クリスマスプレゼント」 「お、おお……サンキュ」 弟が差し出した細長い箱を受け取る。中身を取り出すと、二本組のシャープペンとボールペンが入っていた。 クリップの部分に名前のイニシャルと名字がローマ字で刻まれている。 弟が耳打ちしてくる。 「それ、クラスの女の子に頼んで掘ってもらったんだ。妹には黙っててね」 「その子って、もしかして、木之内澄子ちゃんか?」 「あれ、知ってたの? そうだよ。その子に頼んだんだ」 なるほど。ということはこのペンのいずれかがああいった用途に使われることもあったというわけか。 手のひらに乗せてみる。百円ショップで売っているような安っぽい代物とは違い、重量感がある。 これなら確かに武器としても使えるな。うむ、物騒きわまりない。日常に潜む恐怖。 「でも、どうやって妹の名前を彫ってもらえたんだ?」 妹の名前を彫ってくれと頼まれても、澄子ちゃんは引き受けないと思うのだが。 「そこは大丈夫。名前はイニシャルだけでしょ? おばあちゃんの分って言ったら引き受けてくれた」 「……ほっほう」 「でも良かった。プレゼントを用意してて。 プレゼントを取りに行ってた、って言い訳をしたら妹も機嫌を直してくれたよ」 「へえ、ぇ…………」 口がひくつくのを抑えきれない。この弟はどこまで計算高いんだろう。 イニシャルについてはまあいい。俺でも思いつく。 だが、あらかじめプレゼントを用意しておき、クリスマスイブに出かけていた理由を問い詰めてきた妹には、 プレゼントを受け取るためだった、と言い張る。 仮に俺が同じことをやっても信じてもらえまい。 自分に寄せられている信用を利用したとしても綱渡りになるはずなのに、それを弟はあっさりとやってのける。 「お前……」 「ん?」 「い、いや……なんでも、ない」 弟の笑顔の影に言いしれぬ恐怖を覚えた。 これが天然の強さか。ぱっと見では緑の草原が広がっているのに、一歩でも踏み出すと使われていない井戸に 足を突っ込んでしまいそうな危なさを潜めている。 341 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 27 02 ID ryJwY4ic 「兄さん、それは?」 弟が俺の手元を見た。左手にはコンビニの買い物袋が握られている。 「ああ、安物だが、俺からのクリスマスプレゼントだ。ポテトが二袋と、クッキーの箱が二つ」 「え……嘘」 弟が視線を上下させる。せわしなくまばたきを繰り返している。なんだ、この反応は。 「兄さんがプレゼントをくれるなんて……今日、何かあったっけ」 「クリスマスイブだろ。どうした、俺がこういうことをしちゃだめか?」 「いや、だって。初めてだよ」 「そうだったか? 一度くらいはあっただろ?」 「無いよ。一回も無かった」 断言された。ここまで言うからには事実なんだろう。 そういえば、誕生日プレゼントを贈った記憶もないな。なんだか自分が甲斐性なしに思えてきた。 これからは月イチのペースで缶コーヒーでもおごってやるとしよう。 「それじゃあ、お茶でも煎れよっか。兄さんは紅茶? コーヒー?」 「コーヒーで頼む。インスタントじゃなくてレギュラーで。あと、濃いめ」 「うん、分かった」 弟がキッチンへ向かった。それを見て、妹もソファーから腰を浮かして弟の傍へ。 ソファーではなく、床に置いてある愛用のクッションの上に座り込む。 ガラステーブルの上に両腕と顎を乗せる。 「今日は、疲れた……」 去年のクリスマスイブはここまで疲れなかったような気がする。 なぜ今年に限って家で蹴られて倒され、出先のコンビニではサンタに殴られる羽目になったんだろう。 澄子ちゃんは大丈夫だっただろうか。あのサンタ、相当にしつこそうだったけど。 そういや、何か約束していたような気がするぞ。 コンビニに着いたとき、メールで――――。 「ああ!」 「うわ! いきなり何、兄さん?!」 大きめの皿に菓子を盛っていた弟が袋を取り落とす。 「悪い! ちょっと出てくる!」 「え、あ、兄さん? お菓子は?!」 返事をする間も惜しい。早くコンビニへ行かねば! 葉月さんはまだ、あそこで待っているはずだ! 342 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 28 50 ID ryJwY4ic ***** 「……ただいま」 手足を縛り付けていた縄を柱に擦りつけてちぎり、外へ飛び出そうとしたら、娘が帰ってきた。 右手には大きな白い袋の口が握られている。残りは引きずってきたようだ。 着ている服は乱れていない。たが、羽織っている物はカーディガンだけ。 薄着で、どう見ても寒さをしのげそうな格好ではない。 娘の表情は沈んでいた。近頃は久しく目にしなかった。こんな娘の姿は。 「どうしたんだ?! 何かあったのか?」 肩を掴み揺さぶる。うつろな眼差しが少しだけ力を取り戻した。 「お父さん、私…………」 「誰がお前をこんな目に遭わせたんだ? 最近言っていたあの男か? まさか、暴漢に絡まれたのか?」 否定の動作。 「違う、違うの」 「じゃあ、その有様はどういうわけだ?!」 「私…………どうしよう。……あの、あの人……殴って。本当に手加減なしで、殴っちゃった……」 なんだって? それは結構、よくやった――――じゃない。 「怪我を、させたのか?」 「してないと……思う。顎、狙って。座り込んだだけだったから」 「本当か? 嘘は吐いていないだろうな?」 頷いた。この状態で嘘を吐くとは考えにくい。 もし怪我をさせたなら、それなりの罰を与えなければいけないところだった。そうならなくて良かった。 でも、一体なにがあった? 出かけるときはあんなに嬉しそうにしていたのに。 「話せるか? 言えるところまででいい」 「……うん」 玄関マットの上で体育座りになると、ぽつぽつと話し出した。 「今日こそは決着を付けてやろう、って、思ってたの。あの人と、私の関係に」 「なに?」 あの男とは決着を付けねばならないような仲だったのか? 娘と互角の実力者で、今の今までライバル同士だったとか? なんだ、そういうことなら怪我をさせても構わないぞ。 むしろどんどんさせてやれ。若いうちなら回復が早いから。 「それで、今までは手加減をしていたのか?」 「うん。あの人がそうしてくれ、って言ったから。だから私、ずっと踏み込んで行かなかったの」 「それは駄目だな。勝負というのは常に真剣でなければいけない。手加減する必要なんか一切無いんだぞ」 「だって、好きだったんだもん。あの人のこと。……今でも好きだけど」 娘の言葉が鳩尾に突き刺さる。 きつい。娘の気持ちがどんなものか知っていたが、ここまで断言されるときついものがある。 しかも今でも好き、ときた。まだ破局していないということか。ちくしょう。 「それで、メールで呼び出して、会おうと思ったの。場所も予約しておいたし、二人で行こうと思って」 「なんでうちでやらない? ふさわしい場所があるだろう」 「だって、お父さんがいるもん。お父さん、絶対邪魔するもん……」 真剣勝負の邪魔をするわけがないだろう。まあ、もし顔にかすり傷でも付けたら、骨をぼきりとやってやるがな。 「それでね、待ち合わせの場所に行ったら、あの人……別の女と一緒にいたの」 「何!」 娘とほんの少しだけでも交際しておきながら、他の女と会っていた? しかも決闘の場に連れて行こうとしてやがったのか? 同じ道を志す者として許せん。来るなら一人で来い。男の風上にも風下にも置けない野郎だ。 「私、腹が立っちゃって……頭があっという間に真っ赤になって、それで、その時に…………」 「不意打ちでやってしまった、というわけか」 娘は黙り込んだ。この沈黙は肯定ということだろう。 343 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 30 23 ID ryJwY4ic 困った。 男のやらかしたことは許されるものではない。全身を引き裂いてもまだ生温い。 だが、不意打ちで攻撃を仕掛けた娘の行動も褒められたものではない。場外で振るった技はただの暴力だ。 「どうしたらいいの? ……教えて、お父さん」 娘の弱々しい瞳に見つめられ、つい抱きしめたくなった。もちろんしない。 好きな男に、嫉妬心故に殴りかかってしまった。男は構える前に殴りかかられて怒っているかもしれない。 女として、武道家として、見損なわれてしまったかも。 これからどうすればいいのかわからない。だから、答えを教えて欲しい。 こういうのは、武道抜きで考えた方がいいのか? 男としての、父親としての意見。 そもそも、娘みたいな可愛い女に言い寄られて浮気する男の気が知れない。 俺が優花にアプローチするには、周りにいる猛者どもを蹴散らさなければならなかった。皆、優花に夢中だった。 もしかしたら、ライバル不在の状態だから悪いのかもしれないな。 「他の男の存在をちらつかせたらどうだ? 危機感を覚えれば、一途になるかも」 「無理だよ……私、そんなことできないよ。それに、そんなことしたらきっと、引いちゃうよ」 嘘は吐きたくない、ということか。こんなに一途な子に思われて、幸せ者だなあ、二股男! でも、娘はそんな男が好きなんだよな。悩んで、泣きそうになって、それでも付き合いたい。 まるで、昔の俺を見ているみたいだ。 優花のことを好きで、優花のことを考えている時が一番幸せだったあの時の俺は、今の娘と似ている。 俺がとった行動は障害の排除だった。それと、優花に認められるぐらい強くなること。 性別が逆転しても通用するかはわからない。でも、相手も武の道を歩んでいるなら、もしかしたら。 「男の浮気相手は強いのか?」 「ううん。今日も戦って、決着は着かなかったけど」 「なら、力ずくで追い払ってみろ」 「……いいの? そんなことしたら相手の子が」 「ちゃんとした場で白黒つけるなら、問題はない。俺は許す」 「場……? 二人きりで会って、ってこと?」 「そうだ。そして教えてやれ。男にふさわしいのは自分だと。 いくらお前が近づいてきても私は負けない。何度でも、私はお前を倒し続ける。最後にあの人の傍で笑うのは私だ。 俺が若い頃に言った言葉だけどな。参考になるかわからないが」 「負けない……倒す……最後に、隣で……」 そう。恋は戦いだ。一回しかしていない俺に言う資格はないかもしれんが、実際そうなのだ。 恋敵は全て倒すべき存在。意中の人に近づく異性全てが敵だと思って疑うべし。 油断したら即奪取される。一瞬のチャンスを逃さず、活かし、望みを繋げ。 父親としては複雑だが、邪魔をして娘に嫌われるよりは応援役に徹した方がいい。 ――優花。成長した娘は、姿はお前、性格は俺そっくりになったよ。 そこから考えると、いつか娘は家を出て行ってしまうことになるが、俺はそれでもいいと思う。 だから、俺の元から巣立つまではがっちり守ってやる。 例の男がろくでもない奴だったら、性格をたたき直してやるから。 お前の分も、娘は守る。今夜、誓いを新たにするよ。 344 名前: ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] 投稿日: 2008/02/04(月) 06 32 34 ID ryJwY4ic 「ありがと、お父さん。ちょっとだけ気が晴れた」 娘は立ち上がった。ちょっとどころか、いつも以上に気が充実している。 「そうか。ところで、腹減ってないか? ご飯は残ってるぞ」 「大丈夫。ちゃんと食べてきたから。――あ、そうそう。お父さん、これあげる」 娘は放っておいた白い袋を掴むと、俺に差し出した。 「クリスマスプレゼント。何がいいかわかんないから、適当なもの買ってきちゃった」 「俺に? 俺に……くれるのか?」 「うん。期待が外れても恨まないでね」 すでに予想が外れているよ。娘から何かもらえるなんて、思っても見なかった。 袋を受け取った俺は、涙をこらえるのに精一杯で顔を上げることすらできなかった。 娘が二階にある自室へ向かっても、ずっと体の震えが止まらない。 こんないい子に育ってくれるなんて。やっぱり俺の育て方は間違っていなかったんだ。 できるなら一生嫁に出さず、一緒に暮らしたい。今立てた誓いがもう倒れそうだ。 妻に見つからないよう、離れの道場へ向かう。 明かりを点け、神棚に手を合わせてから、正座して袋の口を開く。 真っ先に飛び込んできたのは赤。何を買ってきてくれたのかな。赤い道着かな? 破かないよう慎重に取り出す。最初に出てきたのはサンタの帽子だった。 これはもしかして、俺にサンタになってほしい、と遠回しに言っているのか? 高校生になってからも父親にサンタクロースになって欲しいと願うなんて、なんて可愛らしい。 もちろんいいぞ。幼稚園の頃みたいに部屋に忍び込んでやるからな。 帽子を被り、続けて上着らしきものを取り出す。 出てきたのは……なんだろう。腰巻きのようだが、前か後ろのどっちかしか隠れないじゃないか。 真っ赤な布地を白い毛で縁取った腰巻きを床に置き、最後の一着を取り出す。 赤い袋? いや、両端には穴が空いている。片方には紐が二つ通っている? 鯉のぼりか? 違う。これはそういうものじゃない。――服か? 鯉のぼりもどきを縦にした状態で広げる。そして最上部にさっきの腰巻きを置いてみる。 これはサンタの衣装じゃない。なんだ、このヒラヒラした部分。まるで娘の制服のスカートじゃないか。 そしてこの山の連なったような部分、ドレスの胸元に見えなくも無い。 「――――はっ!」 閃いた。娘は今日、男と会うつもりだった。 袋を持ち歩いていたということは、この中身も一緒だったはず。 では、娘はまさか、このやけに短いスカート丈のワンピースを身にまとってその腰巻きを肩に乗せて帽子まで被って、 「今夜、私はあなただけのサンタクロースよ。プレゼントはもちろん……」とか言って迫っていって興奮した男が ベッドに娘を押し倒してこの衣装を褒めながらあれやこれやそれや色々―――― 「うがあああぁぁぁあああっ! 許すもんか! そんなの、誰が許すかっ! お前に娘は絶対に渡さん! 家に挨拶に来てみろ! この道場で俺に勝てたら許してやるあああぁぁぁっ!」 俺は帽子をむしり取って床に叩きつけようとして――やめた。 だって、こんなのでも娘からもらったものだから。 俺は丁寧に衣装を折りたたみ、袋に詰めた。 帽子だけを被った状態で袋を担ぎ、道場の明かりを消し、静かに自室へ戻った。 そして、止めようとしても勝手にあふれ出してくる涙をうっとうしく思いながら、眠りについた。
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846 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 53 53 ID ajF/t8qI 4年前 「人間関係ってコトバ、あるじゃんー?」 「ああ、ある」 「でも、人間『関係』って何だろー?」 「九重も、大概に中二病」 「って言うか、人間が関係なんてできるのかな?」 「と、言うと?」 「人『間』なんて言うけど、結局ボクらは個体でしか無いじゃない。ただそこに在るだけの、ただそこで動いてるだけのモノ」 「ヒト科ヒト属のホモサピエンス」 「そんな定義づけも無意味な気がするけどねー。ヒトだろうがヒロだろうが、そこにあるモノでしかないし。あるモノで、あるだけ」 「ある、だけ」 「そう。あるだけで、関係なんてできない」 「関係できない」 「そ、断絶してる」 「でも、世間には愛情とか友情とかあるだろ。ある、らしいだろう」 「どーなんだろうねー、ソレも。そう言うこと言うのも、結局は断絶してるってゲンジツから目逸らしたいだけなんじゃないかなー」 「現実逃避」 「そ。『ジブンたちは1人じゃない、繋がってる』っていうユメを見たくてさ。この前の善意と悪意の話もそうだけど、結局全部存在しないナニかに存在して欲しいって言う願望、サンタクロースの実在を夢見る子供みたいな愚行なんじゃない?」 「サンタクロースって、いないんだ」 「そだよ。ウチにも来たこと無いし」 「友情も、愛情も無い」 「そだね。全て幻。ま、思うだけならタダだしね」 「そこにいて、そこで話しても、関係できない」 「そ。言葉だろうが暴力だろうが、コミュニケーションの方法って呼ばれてるものでさえ、ね。そんなの、電車に乗り合わせた無関係な相手にだってできるし」 「言葉を尽くしても、伝わらないこともあるし」 「それもある。『親友』とか言ってる相手だって、互いの気まぐれで仲たがいしてそれっきりってこともある。他人らからは愛し合ってるように見える恋人同士が、ハラの内で何考えてるのかなんて分からない。夫婦だって――――言わずもがな。って言うか言いたくないしー」 「そっか」 「だからこそ、あっさり変容するよね、人間関係って。変容するように、見える」 「かも、ね」 「結局人間関係なんて、夢幻なのにね。夢幻で、無為で、無意味だ」 「じゃあ、俺達の関係は?」 「無関係」 847 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 55 29 ID ajF/t8qI 現代 というか、前回の一件から翌日。 明石朱里は大いに驚かせた。 あまりに当り前に登校して。 「え、いや、ただの風邪風邪。学校に連絡もできないくらいグッタリしててさー、いや参った参った」 ケロリとした顔を作り、そう言ってのけたのだ。 「ま、もー元気莫大になって荒ぶってるからダイジョブなんだけどね!」 と、言う訳でそれから数日が経ち。 俺達はいつも通り、普通の学園生活を送っていた。 表面的には。 あくまで、表面的には。 「ねぇねぇねぇまーちゃん。昨日のテレビ観た!?七時半からのロードショーのヤツ!?」 「お、おお。あ、みかみん・・・・・・」 「観た!?観たよね!?観たもんね!!いやー面白かったよねー!ヒロインが死んじゃうシーンなんてマジ感動だったし!!」 「あ、ああ。あの映画は名作だよな」 「だよねー。名作を通り越して神作っていうかネ申作!みたいな!?」 「だ、だな・・・・・・。えっと、みかみ・・・・・・」 「思ったんだけど、ネ申と猫ってなんか似てない!?」 以上、ある日の明石と葉山の会話。 こんな具合に、明らかに嫌がっているっぽい葉山に強引に明石が引っ付いていた。 明石は、口を開けば「まーちゃんまーちゃん」(幼少期の葉山の愛称らしい。)なので、俺たちが口を挟む余地が無い。 明石が引っ付いている、というのは物理的な意味でもだ。 身体を接触させる、腕を絡める、キスができそうな距離まで顔を近づける、といったことが日常茶飯事になっていた。 葉山が下手に振り切ろうとしようものなら、明石が上目遣いでにらむので(傍目から見ててもマジ怖い)、葉山も拒めないでいた。 それでも、遠目から見れば明石と葉山は仲の良い男女に見えたことだろう。 遠目から見れば。 けれども、実際は違う。 今まで、俺と葉山、三日に明石という仲良しグループが一応は成立していたのが、バラバラになりつつあった。 俺たちは、今までどおりに行動を共にしている。 してはいる。 けれども、明石は自分以外が葉山と口を聞くことを許さない。 明らかに拒絶していた。 二人だけのセカイに埋没しようとしているかのようだった。 一方の葉山は、以前の日曜日の一件をあからさまに引きずっていた。 有体に言って、明石にビビッていた。 明石に逆らうことはできないが、同時に彼女と一緒にいるのをひどく怖がって嫌がっているように見えた。 互いがそこにいるだけだった。 仲良しグループの体をなしてはいなかった。 たとえるなら、電車の中で偶然4人がけの席に乗り合わせた他人。 無関係の4人。 それが今の俺達だった。 どうにかしなければならない。 いや、どうにかしたい。 元々は、幼馴染の2人とその友人同士が何となくいるようなグループだったけれど。 俺は、そのグループに居心地の良さを感じていた。 それを、遅まきながら実感している。 今のままだと、人間関係的に、非常に居心地が、悪い。 九重辺りに言わせれば、人間なんて関係できないのだろうけれど、今までは、関係していると思い込むことはできた。 けれども、現状では、思うことすらできない。 848 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 56 12 ID ajF/t8qI だけど、何をどうすれば良いのやら。 分からない。 どうしたら、みんなが、仲良く幸せになれるのか。 分からない。 何をすれば良い? 分からない。 何ができる。 分からない。 この俺に。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 「……い」 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 「……おい」 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 「……おい、神の字」 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分からない。 分か「人の話を聞け!」 「たじゃどる!?」 脇腹を思いっきりどつかれた。 腰の入った、良いパンチだった。 849 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 58 49 ID ajF/t8qI 時系列はさらに飛んで、その日の放課後。 「ったく、このバ神の字が。ボケーっとしてンじゃねぇっつーの」 エプロンをした腰に手を当て、呆れたように少女は言った。 俺のことを『神の字』と呼ぶこの娘の名前は天野三九夜。 通称天の字。(呼んでるのは俺だけ) 少年のような口調と成長著しいスタイルとのギャップが凄まじい。 更に言えば、根っこの女性らしさとも。 いや、ホント女の子女の子してるんだよな、この娘。 現在クラスこそ違うが、中等部以来の友人である俺が言うのだから間違い無い。 部活は、夜照学園高等部の剣道部所属。 同時に、料理部創設メンバーの1人。 もっとも、剣道部の方が忙しくて、料理部に顔を出すことは少ないのだけれど。 今この瞬間は、そんな少ないケースの1つだった。 ここは料理部部室、というより家庭課室。 放課後の部活動中。 部員一同和気あいあい、ワイワイガヤガヤと料理をしている最中、どうやら俺は考え事にふけってしまったようだった。 「包丁握ってるってのに、ダチの話も聞かずにボンヤリするバカがあるかっつーの。あぶねーだろが」 フゥ、と嘆息して天野は言った。 ちなみに、天野は女生徒なのだが、その日の気分によって男女の制服を使い分けている。 今日は、男子制服の気分らしい。(校則には、特にその辺の制限は無い。と、言うよりその発想は無い) 中学時代は一瞬美少年かと見まがうようだったが、現在は彼女の女性らしいスタイルを引き立てる効果しかない。 「包丁握ってる相手をドツくのもどーかと思うけどー?」 「今更、かすり傷程度のことを気にかける間柄じゃねーだろ」 なるほど、体育会系の発想だ。 「あー、悪いね天の字。ちょっと考え事してて」 「レアだな。ナチュラルボーン主夫のお前が料理してる時に考え事だなんて」 「それに関しては返す言葉も無いよ」 「『負うた子に教えられて浅瀬を渡る』ってヤツだな」 と、天野が言うのは以前、俺が彼女の料理の先生のようなことをしていたことがあったからだ。 それから友人となるまでの紆余曲折はここでは割愛。 どーしても知りたければ『ヤンオレの娘さん』を読んで欲しい。 「カンベンしてくれよ。世の中には、お前の顔も知らないクセしてお前をソンケーしてやがる愛すべきバカもいるってのに」 「いるの、そんな人?」 「ああ、オレちゃんが吹聴したからな」 「してどうするのさ」 「1年の弐情寺カケルってヤツなんだけどな」 「いや、名前まで聞いてないし」 一体、どんなことを言ったのだろう。 「お前の話が上手かったからじゃない?むしろ、話したお前を尊敬してるとかさ。ねー、剣道部部長」 夏の大会で3年生が引退した剣道部で、新たに部長となったのが、この天野なのだ。 「さてねぇ。ま、今度紹介してやるよ」 「幻滅されなきゃ良いけど」 「それは無ぇ」 即答されると照れる。 「あー。そう言えば、剣道部の方は最近どうなの?」 「順調快調絶好調。ま、新副部長に多少投げても無問題」 「それは重畳ー」 「それに比べて、ココは良くも悪くも相変わらずだなぁ」 「そー?」 「さっき、由良部長がまた水と料理酒を間違えてたぜ」 「料理部(ウチ)のゆらりん部長はドジっ娘だからなぁ」 元々、俺が『助っ人』として料理部に居るのはこの辺りに理由があったりする。 比較的新しい部活であるこの料理部を立ち上げようとしたメンバーの殆どが、ゆらりん部長こと3年の由良優良里(ユラユラリ)先輩のように料理スキルがゼロを振り切ってマイナスだったり、天の字のように他の部活と掛け持ちをしていたのだ。 いくら料理部の目的が『学年学級を超えての交流と各々の料理スキルの向上』だからと言って、そんな連中ばかりでは、さすがに料理部の体をなさない。 そこで、天野を通して助っ人として呼ばれたのが俺だったというわけだ。 帰宅部だったこともあり、俺は何となくそのまま居ついてしまったが。 今ではちゃんと、料理部部員扱いだったはずだ。 はずだ、と言うのは、部長がゆるゆるゆりゆららららなおっとりドジっ娘さんからだ。(書類手続きとかきちんと出来てるか、かなり怪しい) 一方で、部の中がアットホームな雰囲気になっているのは彼女のお陰なので、一概に悪いとは言えないのだが。 850 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 59 17 ID ajF/t8qI 「剣道部とは全然違うけどよ、コッチの感じも良いモンだよなァ」 と、伸びをしながら言う辺り、天野も俺と同様らしい。 「天の字のことだから、カレシさんと会えなくて寂しいんじゃとか思ってたけど」 「まーなー。でも、アイツとはいつ何時いかなる時もキングオブハートで繋がってるからな」 『キングオブハート』は『最上級の心』とかいった意味では無いのだが、ともあれこう言う台詞をあっさり言える辺り、出会った頃と比べて天野も随分と成長したなと感じる。 そう感じるし、それ以上に羨ましい。 「それに、『浮気なんてした日には、相手のオンナを今晩のディナーにするからな』って言い聞かせてるしな」 ドスの効いた声で、天野は続けた。 明らかにマジな眼だった。 「ところで、さっきの考え事って何だよ」 「あ、その話題に戻るんだー」 随分な回り道だった。 「って言うか、そこの愛すべきバカ2号がお前のことを心配そうに見てるからな」 天野の指差す先には、すぐ隣で俺を見上げる三日がいた。 三日は最近、あまりに部室の外に張り付いていたので、部長が「なら~、緋月さんも部員になれば良いんじゃないかしら~」という提案で正式に部員になっていた。 そうでなくとも、俺と一緒にいない方が珍しいのだが。 しっかし、こんな近くに立っていたとは。 「あー、いたんだ」 「…いました、ずっと」 そんな短い言葉にも、心配そうな色がにじんでいた。 「ま、考え事って言っても大したことじゃないよー。だいじょぶぐっじょぶ」 俺はそう言って、2人に笑いかけた。 「…」 「なら、いーんだがよ……」 俺の良い笑顔とは対照的に、歯切れの悪い返事をする2人。 「考え事って言っても今日の夕飯何にしよーってことだし」 再度、オリジナル笑顔。 「それはまたジェネシック主夫な御神先輩らしいですね!」 と、そこで口を挟んできたのは、隣でニンジンを銀杏切りにしていた河合さんだった。 当初は危なげだった彼女も、気が付けば調理用具の扱いが板についてきていた。 「そう、俺は主夫の道を生き、台所を司どる男だからねー」 「それ上手くないですよ!」 「あ、やっぱしー?」 と、俺は答えて笑う。 明らかに空気読めてない入り方だったが、それが逆にありがたい。 「あ、そーいえば」 と、河合は女子らしい唐突さで話題を切り替えた。 「先輩のクラスにいる、明石先輩と葉山先輩、お付き合いを始められたんですよね!おめでとうございます!」 「「…(…)はい?」」 当り前のように持ちだされたその話題に、俺と三日はそう応じるほか無かった。 851 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/22(木) 23 59 34 ID ajF/t8qI 明石朱里と葉山正樹が交際関係にある。 事実とは全く異なる、むしろ事実に真っ向から喧嘩を売るような流言飛語は、聞けば学園中の生徒に真実そのものとして認識されていたらしい。 当事者たちの、知らないうちに。 らしい。 流言飛語、どころかしっかりと根を下ろしていた。 恐ろしいまでの勢いで。 恐ろしいほどの強さで。 もっとも、この程度で終わるのなら『恐ろしい』というのは言いすぎとも言える。 根を下ろしていたのは学園内に留まっていなかったからだ。 その時の段階では、俺の知る由も無い出来事だったが――― 「あんた、朱里ちゃんのカレシになったんだって?」 そう、俺の知らないところで葉山正樹に切り出したのは、彼女の姉―――葉山聖花(ハヤマセイカ)だった。 俺が河合後輩から噂話を聞いた日の、葉山家の夕食時のことである。 一戸建ての家の中で中々に広いその食卓には葉山姉以外にも、正樹の両親も揃っていた。 本邦初公開、葉山家全員集合、一家団欒の図である。 「……!?」 そんな和やかなシチュエーションにも関わらず、正樹はただ無言で絶句した。 それを聖花さんは無言の肯定と受け取ったようで、 「やっぱり。ったく、そーゆーことはちゃんと姉であるあたしに言いなさいよ、水臭いわねー」 と多少呆れたように言った。 「アカリちゃんっていうとたしか……?」 「ホラ、あなた。明石ちゃんちの朱里ちゃんよ。お隣に住んでて、出産した病院から一緒のまーちゃんの幼馴染で、影薄いか無口そうな名前のあのコよ」 「ああ、髪が赤かピンクか茶色で、高校でクラスも一緒のあの娘か」 隣では、葉山の両親がとぼけた会話(というかボケ倒した会話)をしていた。 いや、アカリ違いが混ざりすぎだろうと普段の正樹ならツッコミを入れるところだろうが、それさえもできなかった。 付き合う?朱里と?自分が? 彼の頭の中はパニックに陥っていたと言う。 「まー、お母さん的にはいつかそんな風になるんじゃないかとは思ってたけどね」 「そうよねー。2人していっつも一緒だったし。『お前らは比翼の鳥か運命共同体か!』ってクライに!」 「今まで漫画馬鹿でスポーツ馬鹿だった正樹に恋人ができるなんて、お父さんびっくりだー」 反論も何もできないままに、食卓での会話は『正樹と朱里が恋人同士であること』を前提に進んでいく。 「あ、いや……その……」 と、何とか何かを言おうとする正樹を遮るように、 ピンポーン と、ベルが鳴った。 「あら、お客さんだね」 「お母さん、ちょっと出るわね」 そう言って、出て行った母親は、すぐに戻ってきた。 1人の少女を連れて。 「朱里!?」 ガタン、と驚いて立ち上がる正樹。 それに対し、明石は 「お久しぶりです。夜分にお訪ねして申し訳ありません」 と、落ち着いた所作で、丁寧に葉山家家族一同に一礼をした。 ぎこちなさや、無駄な所作が全くない、素人目から見ても惚れ惚れするような礼だった。 「しかしながら、正樹君と結婚を前提としてお付き合いする以上、一分一秒でも早くご挨拶した方がよろしいかと思いまして伺わせて頂きました」 そう言って、にっこりと笑った。 「ンな堅苦しい挨拶は無し無し!」 明石の背中を、葉山の母はバンバンと叩いて豪快に言った。 その様子に正樹は、明石が母に『何か』をするのではないかという危惧を感じたが、 「ありがとうございます、おばさま」 と、明石はうれしそうに言った。 「お義母さんって呼んでも良いのよ?」 「はい、お義母さん」 「じゃあ、お父さんのことはパパと……」 「そう呼ばせるのは絵的に犯罪」 「朱里ちゃん、ご飯食べた?」 「いえ、まだです。お義母さん」 「じゃあ、ウチで食べてきなさいよ。今夜はカレーよ」 「大好物です。あ、コレ。ウチで作ったサラダが余ったんですけど。よかったら付け合わせにどうぞです」 「あら、いただきましょう」 「へぇん、茶髪にしてチャラくなっちゃったかと思ったら、結構丁寧なのね。義理の姉としては高感度高しよ」 「水泳をしてると自然とこうなってしまって」 「ああ、塩素で……」 そのまま、朱里は極々自然に葉山家の食卓に、いや、葉山家その物に溶け込んでいった。 元々、お隣の幼馴染というアドバンテージがあったことを考えても目を見張るスピードだったという。 溶け込む、というよりもむしろ浸食すると言った方が相応しい程に。 852 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00 00 04 ID zeOozMwU その顛末を、俺が葉山正樹から聞いたのは、その翌朝、教室でのことだった。 「どうしよう、みかみん」 と、切羽詰まった口調で葉山は言った。 「俺の私生活が、朱里に喰われる」 正直なところ、その一件自体は大したことの無いように感じられる。 お隣さんが恋人を名乗って夕食に同席しました。 自分の身に降りかかってきたら、ギャグシーンとして流せるレベルの、他愛も無い出来事。 深刻な被害、フィジカルな被害が出ていないだけ、かなり『マシ』な部類に入るだろう。 ただ、葉山はその前に明石から、告白と呼ぶには強烈な一撃を食らっている。 だからこそ、葉山は何もできず、なすがままになってしまったのだろう。 「とりあえずは、明石のいないところで、家族の人たちに説明して、誤解を解くのが良いんじゃないかな?」 俺にはそう言うほか無かった。 「けどよ、その前にアイツ何しでかすか分かんないぜ?」 「何しでかすって……」 「バスケ部に来るか、あるいはもっと恐ろしいナニカを……」 なるほど。 何をするか分からない相手。 明石自身では無く、未知への恐怖。 日常を、今の人間関係を暴力的に変貌させられることへの恐怖。 人間関係と言うのは目に見えない、ゆるいものだ。 それこそ幻のように曖昧だし、幻のようにたやすく変貌する。 それを目の前に突き付けられることは、なるほど確かに恐怖だ。 本当は、それを葉山自身の口から明石に伝えられれば良いんだけどなぁ。 明石の奴、俺の言葉なんて聞く耳持たないし。 そうは言っても、それこそ下手な伝え方をしたら明石がどういうリアクションを取るか(そしてそれを葉山がどう感じるか)想像もつかない。 ……ああ、いや三日の言うことなら聞いてくれるか。 でも、アイツも口のうまい方じゃ無いからなぁ。 「とにかく、まぁ、大丈夫だから」 「大丈夫って、ンな他人事みたいに……いや、ちがうわ」 、ワシャワシャと自分の髪の毛をかく葉山。 「ホントは、お前にンなこと聞かせて言わせて悪いと思ってる。俺チョー格好悪いとか思ってる。でも……」 と、沈んだ表情を浮かべる葉山。 「怖いんだ」 と、重い物を吐き出すように、葉山は言った。 「ついこないだまで隣にいたアイツが何をしでかすか、何を壊すのか、それが分からなくて、怖い」 『そう、うまく行ってるみたい…だね、明石さん』 「まぁ、今はまだ途中の中途ですからね。まだどっちとも言えないですよ、零日さん」 『そう…だね。まだのまだまだ、まだまだだもの…ね』 「今だって、カレ、男友達の所に言ってますもん」 『そっか。よっぽどそのオトモダチが好き…なんだね』 「そう、みたいですね」 『どう…思う?』 「邪魔」 853 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00 00 31 ID zeOozMwU 「噂の出所、でござるか?」 その日の昼休み、俺はクラスメートの李忍に相談を持ちかけた。 「そ、『葉山と明石が恋人同士』っていう事実無根の噂がどういう経緯で生まれたか、元生徒会役員のコネとかで探れないかな?」 と、俺は李に言った。 噂が消えるか、あるいはその出所がはっきりすれば、葉山の明石に対する恐怖感もかなり消えるだろう。 そう考えて、俺は元生徒会役員の李に相談することにしたのだ。 そう、李忍は生徒会役員、だった。 過去形になるのは、先日生徒会を引退し、次代のメンバーに席を譲ったからだった。 ちなみに、現在2年生男子の生徒会長をはじめ、メンバーはほぼ総取っ替え。 顧問のリーランド先生こそそのままだが、生徒会と言う空間に『一原百合子生徒会長と一緒にいられること』に意義を見出していた役員一同は誰も次年度引き続いて生徒会に残ろうとはしなかった。 そうして生まれた新生徒会は、極々常識的な範囲内で学校生活を盛り上げてくれそうではあるが、厄介事に首を突っ込んでは解決する極上生徒会な先代とは全くベクトルが異なるものになりそうだった。 つまり、厄介事には頼りにできない。 そもそも、そういう団体じゃないし、頼り過ぎるのも問題なのだが。 そこで、元生徒会の李に相談してみたのだが、 「確かに、諜報……もとい調査は元中国忍者である拙者の得意とするところではござるが……」 と、思案気に答えた。 「やっぱ、難しい?」 「残念ながらその通りでござる」 と、申し訳なさそうに李は言った。 「学内の出来事に限定すれば、拙者たちが掌握できたのはやはり生徒会という身分による部分が大きかったでござるからな」 学生と言うある意味自由な立場にありながら、教師と言う大人とも密に繋がっている。 生徒からの情報提供もあっただろうし。 学内の厄介事に介入するにはかなり良い場と言えるだろう。(経験者談) 「それに、件の噂でござるが、今のところ本当に出所が分からぬでござるよ」 「ってぇと?」 「あくまで、ごく普通の女子としての会話の中でのござるが……」 と、前置きして李は説明してくれた。 「拙者も、流言飛語には惑わされたくないので、件の噂を聞いた時も『誰から聞いたのでござる?』と尋ねたのでござるが、相手は『友達が、その友達から聞いた』とかで……」 ソースが不確かな訳だ。 「でも、噂ってそんなモノじゃない?」 「で、ござるが、同じ噂を聞いたと言う学友たちに尋ねても似たような調子でござった」 「尋ねたんだ」 「さすがの拙者も少々気になったので、他の教室も含めて」 つまりは学年中の友人に、もう事前に調査をしていたらしい。 それでも、具体的なソースが出てこない。 出てこなさすぎる。 いくらこの夜照学園高等部が大規模な私立校だとはいえ、所詮は学校。 決して大きなコミュニティではないし、噂の出所なんてたかが知れてる。 そんなコミュニティの中で、規格外な高校生である李が噂の出所を調べても分からないと言うのは、ちょっとした異常事態かもしれない。 「拙者としては、真偽も定かではないとはいえ、内容的には良くある噂話なので手を出しかねていたのでござるよ」 まぁ、噂をする分には誰も困らないしなぁ。 内容的に、悪口って訳でも無いし。 「ま、俺も無理には頼まないよ」 「力になれず、申し訳ないでござるよ」 「いや、その話を聞けただけでも良かった」 ありがとう、と申し訳なさそうな彼女に俺は言った。 「しかし、事実無根でござったか。それは少々残念というか、寂しいというべきか……」 と、李は本当に残念そうに言った。 「まぁ、アイツらはねぇ……」 「と、言うより明石嬢のことでござる」 「?」 どういうことだろうか。 「教室の中ではいざ知らず、部活の方で随分と辛い目に合った明石嬢に、そろそろ何か良いことが起こって欲しいと思っていたもので……」 「ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと。どういうこと、ソレ?」 俺はさすがにスルーできなかった。 明石が辛い目? 部活で? 854 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00 01 52 ID zeOozMwU 初耳だった。 「落ち着くでござるよ、御神氏。顔が怖いでござる」 「あ、ああ。ゴメン」 マジ顔になりすぎていたらしい。 一度深呼吸して、表情(カオ)を作りなおす。 よし、おっけー。 今度こそベリーナイスな笑顔。 「それこそ、噂。流言飛語の類でござるが、明石嬢は容貌と運動神経、双方に優れた御人故、以前からやっかみを買うというか、イジメを受けることも多かったとか、何とか……」 確かに、明石はかわいい。 美少女と言っても良い。 美脚美人だ。 何人かの男子が彼女に告白して玉砕した、という話を聞いたこともある気がする。 それに、夏の大会でも好成績を残したと聞いている。 確かに、妬まれる理由は十分だった。 「……その状況は、どうにもならなかったのか?」 「先ほども申し上げた通り、あくまで噂でござるから。真相は闇の中でござる。明石嬢自身が我々に助けを求めに来た、ということも無かったでござるし……」 だからそんなに怖い顔をしないで欲しいでござる、とだんだんと声をしぼめる李。 確かに、部活動というそれこそ小さなコミュニティにとって、俺達にせよ、(元)生徒会にせよ部外者だ。 部の中の妬みだかイジメだかなんて、外から我が物顔で口をはさんでどうにかなる問題じゃないし。 被害者が名乗り出ないのならなおさらだ。 9月にあった鬼児宮邸での大暴れのような分かりやすい話ではない。 ……そう考えると、左菜先輩の件が何と楽ちんに思えることか。 今回の一件は、多分、あの時のような分かりやすい解決法も、分かりやすい敵も、無い。 世の中、大立ち回りを繰り広げて解決するような事の方が、むしろ少ないのだろう。 人の体を殴れることは簡単だが、人の心を改めさせるのは難しい。 言葉は、時として哀しい位に届かないのだから。 そう言う意味では、結局人間同士が無関係というロジックは全く間違ってはいないのだろう。 ともあれ、俺は「責めるつもりじゃなかったんだ、本当に悪い」と言って李との会話を終えた。 そして、 「…李さんと何を話してたんですか?」 とお約束のように現れた我らがヒロインに、どう説明すべきか悩みながら、教室に戻った。 855 :ヤンデレの娘さん 朱里の巻 part2 ◆yepl2GEIow:2011/09/23(金) 00 02 08 ID zeOozMwU おまけ 『…と、いうことがあったんです』 「そっか、分かった。わざわざ教えてくれてアリガトね」 明石朱里はそう答え、友人である緋月三日との通話を終えた。 その日の放課後、つまり朱里が葉山家に将来の嫁として挨拶に行ったジャスト24時間後のことである。 三日は、24時間365日御神千里を観察している。 それは、同時に彼の親友である正樹の様子も知ることができるという意味でもあった。 朱里には見せてくれない、男友達と話す正樹の様子を。 朱里は、その事実を有益だと思うと同時に、腹立たしく感じていた。 要は、 「何で、私に全てを見せてくれないのよ、正樹」 ということである。 好きな人のことは何でも知りたい。 そう思うのは当然のことで。 なおかつ、正樹は自分には見せない本音の部分を御神千里にさらけ出している。 自分ではなく、御神千里に。 それが、無性に腹立たしくて仕方なかった。 自分は、客観的に見て間違いなく正樹の恋人だというのに。 「手に入れてみせる、確実に」 『名実共に』、という言葉がある。 周到かつ迅速かつ暴力的な根回しによって、『正樹の恋人』という『名』は浮動のものとなった。 そのために、学校中にうわさを流し、正樹の周囲の女子を排除し、葉山家にも挨拶に行った。 最後は正直、朱里の中のなけなしの勇気を奮い立たせる必要のあった行為だったが、想定以上の成果を収めた。 「やっぱ、いい人たちだよねー。正樹のおじさんおばさんたち」 そう笑みを浮かべそうになるが、その感情を断ち切る。 次は、『実』を手に入れなければならない。 そのためには、感情はむしろ邪魔になる。 友人だろうが家族だろうが、彼女の恋路においては等しく盤上の駒でしかない。 元より、朱里は根本的に『情』や『絆』を信じてはいない。 だから。 正樹を手に入れるためには、一切の偏見、一切の感情を排除してかかるべきだ。 「そう考えても、やっぱり邪魔よね」 冷静に、冷静なつもりで思考をめぐらし、朱里はそう結論付けた。 「邪魔で障害で不必要ね。『御神千里』という駒は」 自分がこれ以上なく忌々しげな表情を浮かべていることに、朱里は気がついていない。 「ああ、いや。使えるか。っていうか不要なものを有効利用するか。エコの精神に乗っ取りますか」 そう呟き、歪に口元を歪める。 「『御神千里』を使うか。確実に正樹を手に入れるために」 そう呟いて、思考を張り巡らせる。 冷静に、沈着に。 けれども、一切の感情を廃しているつもりになって――――恋愛という動機そのものが、これ以上なく感情的だ。 だから、どうしても感情なんて廃することができるはずもない。 それを朱里は自覚していなかった。 自覚なく、極めて感情的な思考を巡らせる。 「そのためにはまず―――『緋月三日』を確実にこちらの『味方』につけないと」 『情』や『絆』を信じていない、陰湿なイジメと裏切りの繰り返しで信じることに臆病になってしまった少女は、こう結論付けてしまう。 「確実に、彼女を屈服させ隷従させて、ね」 それは、完全に彼女が今まで受けてきたモノと同じ考え方だった。
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233 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 15 15 ID bxuyQO3U *** 『二月十六日 曇りのち雨 降水確率八十パーセント アタシと彼の同棲生活一日目。 彼ったら、新しい家で暮らすのが嫌だって言うの。 今まで住んでいた家の方がいいんだって。 そんなこと言ってえ。本当はアタシがお願いしたらノーとは言えないくせに。 彼はとっても疲れているみたいだったから、早速ベッドに寝かせてあげた。 そうしたら、口ではなんだかんだ言いつつ、ベッドの上で大人しくなった。 彼はずるい。そんな無防備な状態を見せるなんて、アタシを惑わすつもりかしら。 据え膳食わぬは女の恥。 当然体の隅から隅まで、じっくりねっとり味わわせてもらいましたとも。 具体的に言えば、シちゃいました。合体、連結、ドッキング、フュージョン、みたいな。 いやあ、はしたなくも学校でシたのも加えれば、一日に十回以上として、とっくに三十回は越しちゃった。 少ないと自分でも思う。 彼は性欲漲るぎらぎらした十代の高校生だから、もっと多くたっていいはず。 でも、十四日は初めて一緒になれた感動で泣いちゃったからあまりできなかったし。 十五日は授業に出て、さらにお義兄さんと談笑してたから時間がとれなかった。 今日だって、彼を家まで連れて行くのに手間取ってしまって、家にたどり着いたのは正午をちょっとすぎたぐらい。 ごめんね。アタシの友達、時間にルーズだから。 まあ、車を出してくれるだけありがたいんだけど。 明日は彼を連れて、また友達の車で移動。 もうすぐ、彼の育ったこの町から離れられる。邪魔者は足跡を辿れなくなる。 アタシの夢は、もうすぐ叶う。 これからの一生、好きな人と二人っきりで暮らしていける。 それを、誰にも邪魔なんかさせない。 特に、あの金髪の悪魔には。 』 「今日の分は、これでよし」 日記帳を閉じて、留め金具をはめ、誰にも見られないよう南京錠で鍵をかける。 自分一人が読むだけの、同年代の女の子たちがよくやる日記。 鍵がついてるから見た目は無骨だけど。 これでも小中と学校に通ってきたから、宿題として日記を書いたことはもちろんある。 けど高校生になってからは――――というか、あの事件の後からは、自分だけのために書いたことは一度もない。 書くことがなかったわけじゃない。めんどくさかったわけでもない。 彼を好きになってからは、書きたいこと、不満に思ったこと、嬉しかったことがいっぱいあった。 ただ、それを書けなかった。 自分のことを書こうとするたびに、あの男に犯された記憶が蘇って、気持ち悪くなってしまう。 今、日記を書けているのは、彼の愛のおかげ。 彼に抱かれてから、あの男の記憶が薄れた。 きっと、彼が記憶を上書きしてくれたんだ。 そうじゃなきゃ、こんなに体が軽くて、幸せな気持ちになんかなれないもの。 なんだか若返ったみたい。 いやいや、実年齢だって十分若いけど、そういう面のことじゃなくて、精神的に。 自分が世界で一番幸せとか、自分が世界の中心にいる、みたいに思えるようになった。 そういうこと考えてたのは、小学から中学入りたての時期だった。 それが、高校生になった今頃そう思えるようになったのは、やっぱり。 「彼が、アタシの、アタシだけのものに………………」 あー、もうダメ。 叫ばずにはいられないって。歓喜しないわけないって。机だってバンバン叩いちゃう。 アタシ、彼のお嫁さんになったんだ。彼には、アタシだけしか頼れる人居ないもんね。 本当は彼からプロポーズされたかったけど、状況が状況だから仕方ない。 アタシに告白されて、過程はどうあれ彼はアタシを抱いてくれたんだから、オーケーの返事をもらったようなもの。 それに、たっぷり中に注いでもらったから、子供だってできちゃうかもね。 234 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 16 23 ID bxuyQO3U 「…………そう、だったらいいな」 でも、望みは薄い。 あの男に犯されて、一回だけ堕ろしたことがあるから。 考えないようにしてたけど、やっぱり子供をつくれないかも、っていう不安は堪える。 彼に申し訳ない。そりゃ、簡単に妊娠なんてしないものだけど、いつまでも身ごもれないのはアタシが悪いんだと思われそう。 こんな体になった原因はアタシにはないけど、その原因を彼に話していない以上、アタシの責任に思われてしまっても仕方ない。 でも、これから打ち明ける気にはなれない。 彼に嫌われたくないし、それに――――過去は過去だから。 アタシが努めるべきことは、彼の心の奥の奥まで、彼の体の隅から隅まで、アタシの色に染めること。 真心の籠もった『愛してる』を言わせること。 絶対に、言わせてみせる。 アタシは、彼と一緒に幸せになりたいんだ。 「う……ぁ……」 あ、彼が起きたみたい。 「ううう…………い、やだ……こんなの」 なんだかうなされている。 四肢をベッドに縛り付けているのが原因かな。 でも、この方が色々都合がいいから、許して欲しい。 あなたの身の安全を守るためには、アタシの目が届く位置に居てもらう必要がある。 外に出たら、怖い怖い金髪のホルスタインや、畜生みたいに血の繋がりをあっさり無視する妹さんと遭遇しちゃう。 それに、それに…………アタシ、縛られてるあなたが好きなの! 動けないあなたを犯してるのに、実はあなたに体を貫かれて犯されている、っていうのがいい。 あなたの方からアタシを求めてくれれば、こうする必要なんかないんだけど、ね? 「こんな、つもりじゃ…………なかったのに、ごめ……ん」 それにしても、どんな夢を見ているのかな? なんで謝ってるの? その言い方は何かやらかした人間のものでしょう。 「僕は、僕が…………本当に、好き……のは…………」 あら。あらあら? 寝言で告白するつもり? 理想とはほど遠いシチュエーションだけど、好きだと言ってくれるならば甘んじて受け入れましょう。 ふふふ――――さあ、打ち明けなさい。ドーンと! 「は、なび…………だから、ごめん」 ……あのー、花火をドーンと打ち上げてほしいわけじゃないよ。 違うでしょ。あなたが言わなきゃいけないのは、あたしの名前。 忘れちゃった? なら思い出させてあげる。 「僕は、澄子ちゃんが好きだ。澄子ちゃんが最高に好きだ。澄子ちゃんが欲しい。アイウォント澄子。 澄子ちゃんを抱きたい。澄子ちゃんのためなら死ねる。愛してる、澄子!」 さあ、つられて言ってしまいなさい。 アタシのことが好きだと! 「助けて、花火、にいさん…………」 忌々しい金髪女の次は、先輩? 先輩は助けになんか来てくれないよ。 今頃は誰かに発見されているだろうけど、アタシの跡を追うことは不可能。 先輩はアタシの家がどこにあるのか知らない。行き先なんかもちろん教えていない。 理想郷? そんなもの、どこにもない。どんな場所にでも人が住んでいる限り悪意は潜んでる。 でも、たった二人きりの場所だったら、その限りじゃない。 彼さえいれば、アタシにとってはどこだってユートピアになる。 そう思っているのに、あなたはアタシ以外の女にしか興味を抱かない。 告白しても、アタシの気持ちを疑って、気のある素振りを見せない。 たとえ夢の中でも、アタシの割り込む隙間を作らない。 徹底的に、拒み続ける。 そんなことされたら、いつまでもあなたを好きなままのアタシは、強引な手段をとるしかないじゃない。 235 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 17 52 ID bxuyQO3U 彼の頭の左右に手をついて、上から覆い被さる。 まだ彼は気付かない。眉根を寄せて眉間にしわを寄せている。 なんだかなあ。この体勢の時にそんな顔をされたら、アタシにのしかかられるのを嫌がってるみたいで、気分が悪い。 「悪い子には、おしおき……」 右手で彼の顔を正面に。何度見ても可愛い寝顔。 見るだけで、うずうずして抑えが効かなくなる。 頬が熱くなって、眠りの魔法をかけられたみたいに目がトロンとして、夢中になってしまう。 目を逸らせない。 でも、今は逸らさなくてもいい。以前とは違うんだから。 同じクラスで、遠目にあなたを見ている時は、あなたと目があったらすぐに目を逸らしてた。 片思いをしているに過ぎないアタシには、そうするのが精一杯。 それが今じゃ、あなたの命を握るまでの立場になっている。 生殺与奪――――生かすも殺すもアタシ次第。 たまらない。ゾクゾクする。こんな幸福感、普通じゃ絶対に味わえない。 手を繋いでデートしたり、ムード満点の場所で愛を囁かれることに、憧れなかったわけじゃ、ないけど。 それ以上に、あなたを独占できる今の状況は最高。 やっぱり、アタシはどこかがおかしい。世間からズレている。 いつからおかしくなっていたか。 あの男に乱暴された時から、じゃない。 あなたに出会った瞬間から、でもない。 きっと、あなたを好きになった時からだ。 そして、それからあなたの身は危険にさらされていた。 「自分で言うのもなんだけど…………きっと、アタシに出会ったことがあなたの不幸だったのよ」 彼が目を開けて、アタシを見る。 アタシは、彼の目の色が変わる前に、アタシへの拒絶を浮かべる前に、目を閉じて彼の唇を奪った。 「む……っあ、やめ…………」 顔を逸らそうとしても無駄無駄。 どのみち、アタシからは絶対に逃げられないよ。 「ん、ふ……ぁ……ん…………あっ……ん、ふふふ」 舌を絡め、彼の体に抱きついて、股間を撫でる。 縦に動かしたり、こねたり、握ったりしていると、だんだん固くなってきた。 それはアタシの行動を許可してくれた証拠。体は嘘をつかない。 彼は徐々に、しかし確実に、アタシの唇や匂いに反応しはじめている。 知覚した時には、快楽を味わえる、と。 いわゆる条件反射だ。 そういうのも悪くない。 数を数えれば、彼がどれくらいアタシの色の染まっているかの度合いが分かる。 うふふ、ふふふ。 あははは、は。……ははははは! すぐに、アタシに、アタシの与える快楽の奴隷に、してあげる。 葵紋花火のことなんか、数日の間に忘れさせてあげる。 夢にも見られないようにしてあげる。 あなたは一人しかいないから。 あなた以外に、あなたみたいな人はいないから。 何もせずに、他の女のモノになってしまうのを見ているなんて、絶対にできない。 このチャンスは逃さない。 あなたは二度と放さない。死ぬまで、いいえ、死んでも放さない。 アタシが死ぬ時が、あなたが死ぬ時。あなたが死ぬなら、アタシも死ぬ。 あなたは同じ事を思ってくれないだろうけど。 一方通行な、一蓮托生の誓い。 そう思いこむぐらい、あなたが好き。 十分の一でもいいから、あなたに伝わって欲しい。 そうしたらきっと――――アタシのことを好きになる。 236 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 18 47 ID bxuyQO3U 「お願いだから、アタシのことを好きになって…………ね?」 そう言っても、彼は首を振るばかり。 「ごめん」 「どうして、謝るの」 「何度も言ってるように、僕が好きなのは、花火だから。 澄子ちゃんを選んで、花火から離れるなんてこと、僕にはできない。 好きになってくれたのは嬉しいけど、応えられない。だから、ごめん」 言うねー。 とっても傷つくよ、今の言葉。 でも、でもね。 「謝られても、アタシは諦めない。あなたの心が、折れるまで。 また、気絶するまで気持ちよくさせてあげる」 「やめて、くれ」 「やー、よ」 彼は下半身を唯一包んでいる下着をずらす。 明らかに他の箇所とは違う熱を宿らせた陰茎が、存在を主張する。 それを、可愛がるように手で包む。 彼の顔は、それだけで何かをこらえるように固くなり、そっぽを向いた。 「我慢なんか、しなくていいのに」 「違う……澄子ちゃんにこんなことされたくないって、思ってるんだ」 「正直になりなよ。 あなたが耐えるなら、心が折れるまでアタシは続ける。 最初からさあ、受け入れた方が楽だと思わない? もう二度と、アタシから逃げることなんかできないんだし」 「そんなこと、わからない」 「無駄よ。変な希望を抱くだけ、叶わなかったときのショックが大きくなる。 お別れしましょう。今までの環境から。 両親のこと、お兄さんのこと、妹さんのこと、幼なじみのこと。 そんなもの、重荷になるだけよ」 「そんなこと! そんなの……駄目だ。僕には、花火や兄さんが必要なんだ」 「へえ、そう」 指を動かして、彼の陰茎の裏スジに這わす。 柔らかな部分をひとさし指の腹で責める、というか弄る。 続けていると、時々びくびく動いて、硬さも増してきた。 「う……っあ」 「じゃあ、耐えてみたら? 縄の腐りかけた橋を渡ってるときみたいに、いつかは落ちちゃうってびくびくしながら、アタシの責めに耐え続ければいい。 勝てるはずのない戦いだけど――自分の信念を貫いたなら、屈服しても納得できるよ、きっと。 僕は昔花火のことが好きだった、でも今は好きじゃない、とか言うようになる」 「……ない。絶対に、僕は負けたりなんかしない。 曲げられるものと、曲げられないものがあるんだ」 「かっこいいね。ますます、惚れちゃいそう。 これ以上好きにさせてもらっちゃ、本当にもう、困っちゃうよ」 いつか折れちゃうものを、健気にも守っている彼は、アタシの想像通りの人間。 そして、折れるまでじわじわ追い詰めるのが好きなアタシは、かなりサディスティックだ。 237 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 19 33 ID bxuyQO3U 「覚えてる? 昨日の夜、あなたがなんて言ってたか。 気持ちいいって。アタシの体が欲しくて、仕方なくて、動きが止まらないって言ったのよ。 アタシがやめてって言っても、ずっとやめなかったんだよ」 「そんなの、嘘だ」 「嘘じゃ、ありませんよ?」 ふふん、都合の良いアタシの想像に決まってるじゃない。つまり嘘よ。 まあでも、こう言ったら彼の動揺を誘えるから、悪い手じゃない。 それに、まるっきり嘘でもない。 一昨日に比べて、明らかにアタシの体に慣れて、応えるようになってる。 そういうの、受け入れる側の女からすればわかるんだよ。 「あなたはアタシに傾きかけてる。そして、諦め始めてる。 それでいいの。怖いこととか、不安になることとか、これからは一度も起こらないよ」 「嫌だ。僕は……忘れたくなんか、ないんだ!」 「忘れましょう? あなたは一番幸せになれる道を選んだだけ。 誰もあなたを責めないわ。みんな、笑って許してくれる」 優しく包み込み、彼の後ろめたい気持ちを和らげる。 彼は心配してるだけ。 葵紋花火や、お兄さんに怒られるのを。 「アタシと二人で辛いことを分け合えばいい。 大事な人でも、物でも、目的でも、誓いでも、支えになる何かがあるから、人は強くなれる。 そういうの、アタシは素敵なことだと思う。 たとえ世界中の皆があなたを責めても、アタシだけは味方。 どんなになっても、見捨てたりなんかしないよ。 あなたの全てに、アタシは惚れたんだから」 彼は首を振る。 「僕が望むのは……君との未来じゃないんだ。 花火が居ないと、僕は、僕は………………」 はあ。 こりゃ、まだまだ意志は折れそうにないね。 一昨日の夜から、彼との会話はずっと平行線で、交わることがない。 でも時間はたっぷりあるわけだし。 ゆっくりと、気持ちを変えさせてあげましょう――――いただきます。愛しいあなた。 238 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 20 26 ID bxuyQO3U 「うぅん、そこ、イイ……気持ちいいよぅ………………う、ん?」 閉じていた目を開けたら、いきなり快楽から解放された。 というか、単に夢から目が覚めただけか。 …………ちえ。すっごいもったいないことした気分。 寝る前にもいっぱい中に精液を出してもらったけど、そんなものじゃ足りない。 夢でも妄想でもいいから、もっと彼のことを考えていたいのに。 目の前には彼の横顔。彼もアタシとシている最中に眠ってしまったみたいだ。 今すぐ夢の続きをしてやろうかと考えたけど……安眠を妨げるのも気が引けるし、体力が回復しなかったら困る。 体を起こして、両腕を伸ばして伸びをする。 あくびをすると頭に血が巡り、眠気のもやを追い払った。 「…………ふう、今は夕方、かな?」 窓の外を見る。空に浮かぶ雲は灰色で、夕日まで沈んでいる。 時計の短針は六を指しているから、今日はまだ十六日だ。 一日眠りこけていれば十七日だけど、たぶんそれはないだろう。 携帯電話の画面に映る日付は二月十六日だ。 それに、メールも届いてないし、電話も掛かってきてない。 十七日になったら友達から連絡が来るはずだ。……忘れていない限りは。 「不安になってきたわね…………」 もし向こうが忘れてたら、ここから移動するのが遅れちゃう。 ここに留まっていたら、先輩や葵紋花火、その他のイレギュラーに発見される危険が高まる。 そもそも、アタシの頼んだ通り、明日の朝の五時に迎えに来るかが怪しい。 あの子、朝に弱そうだし。 「……連絡して、確認しよ」 彼を起こさないよう、 ベッドからゆっくりと下りる。 安らかに眠る彼。今はうなされた顔をしていない。 眠りを妨げないよう、額と右頬、最後に左頬にキスをして、部屋を後にした。 239 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 22 21 ID bxuyQO3U 「お断りだ」 なぜか知らないけど、初っ端からお断りされた。友達に。 電話をかけ、相手から開口一番にそう言われては、こっちとしても言葉を選ばなければならない。 どうして友達との電話で気兼ねしなきゃならないんだろう。 「あの、まだ何も言ってないんだけど」 「言葉を交わさずとも、伝わるものがある」 「テレパシー?」 「いいや、お前をよく知る人間としての勘だ」 伝わってないじゃん。頼み事する気なんかなかったのに。 それにいきなり断られるってどうなの? 友達って、そういうものかな? 「で、何の用だったんだ、澄子」 「ああ、あのさ、明日何時に迎えに来ればいいか、覚えてる?」 「もちろん。五時だろう」 ……まあ、さすがに覚えてるよね。 「あと、約一日もあるわけだから、昼寝しても大丈夫だな」 「わかってない! 覚えてないよ! 夕方の五時じゃなく、朝の五時!」 「なに! よりによって日曜の朝に早起きして、しかもヒーロータイムを見逃せと!?」 「約束したじゃん! この間一本三万円するタイヤおごる代わりに協力してくれるって! しかも四本だよ!? 高校生に十二万円も払わせといて契約破棄するつもり?」 「そん、な……そうと分かっていれば、断ったものを。ああ、私のライドピンクの活躍が……」 「しかも断るんだ……時間ずらすよう頼むとか、しないんだ……」 彼もそうだけど、高校生以上の年齢層が夢中になれるほど面白いものなのかな。 アタシなんか小学生の頃でも戦隊ものに興味なかったのに。 「録画しておけば後で見られるじゃない」 「わかってない! リアルタイムで見る興奮をお前はわかっていない! いいか、録画じゃ、興奮が三割減少するんだ!」 「いや、そんなことを主張されても」 「早起きしてテレビの前に座り、CMが明けるまでの待ち遠しさ。 前回のラストシーンから始まり、続けて流れるオープニングテーマを聞いたときの、童心に帰る心地。 番組関連の玩具やソーセージのCMを挟んで見る、流れるような本編の展開。 次回予告を見る時の、もの悲しさと期待。来週もまた元気に生きようって、そう、思えるのに……」 うわあ……結構深刻そう。 そっか。この子にとって、きっとヒーロータイムは、アタシにとっての彼みたいな存在なんだ。 しょうがないなあ、もう。 「わかったわよ。何時からだっけ? 八時?」 「……七時、三十分」 「その時間になったら、途中のサービスエリアに寄って見ていいから」 「…………本当に?」 「本当、本気、真剣、マジ、嘘じゃない。だから落ち込まないの。事故ってもらっちゃ困るし」 「澄子」 「なによ?」 「愛してる」 「あっそう。アタシはあんたじゃなくて、他の男が好きなの。ごめん」 「なるほど、ツンデレか」 「アタシはツンデレじゃないんだけどね……」 あえて言うなら、彼に対してのみデレデレって感じ。 それに、どのへんがツンだってのよ。デレてもいないし。 240 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/06/15(日) 18 24 10 ID bxuyQO3U 「で、電話をかけてきたのは確認のためだけか?」 「え? えーっと、ね」 初めはそのつもりだったけど、今はなんだかお腹が減ってる。 「迎えに来てくれない? 今から」 「お断りだ」 「振り出しに戻らないでよ……」 またさっきの会話をリフレインさせる気はない。 向こうには、試しに会話を振ったらノってきそうな気配がある。 「どーーしても、迎えに来る気はないわけ?」 「最初から約束していたならともかく、澄子の腹の虫の面倒まで見る気はない。 歩いていけばいいだろう。コンビニが近くにあったはずだぞ」 「その距離を歩いているうちに襲われる可能性もあると、思わない?」 「それなら、また去年の文化祭の時みたく、忍者の格好でもして行けばいい」 「……ヤなこと思い出させるわね、こんな時に」 「なんの話だ?」 「いいえ、なんでも」 この子、去年の文化祭でアタシのコスプレ見てるのよね。 その日の晩に衣装ボロボロ、体をボコボコにされたことまでは知らないでしょうけど。 今回先輩を拉致監禁したのはアタシだけど、先輩がばらさない限り葉月さんが襲ってくることはないはず。 先輩の性格からして、アタシをかばって口を割らないのは予想がつく。 ああいう人って優しいから、利用しやすい。 「……ま、いいわ。自転車で行ってくるわよ」 「ああ、気をつけて行ってくるんだぞ」 「そう思うなら迎えに来なさいよ」 この子は、いちいち心にもないことを。 「気をつけて帰ってくるんだぞ。家に帰ってくるまでがお遣いだ」 「あんたは、いちいち心にもないことを!」 叫び、電話を切る。 「あ、やば」 今ので彼、起きちゃったかな? 部屋のドアを開けて見る。……よかった、まだ寝てる。 「ごめんね。ちょっとだけ一人にしちゃうけど、すぐに帰ってくるから。 寂しがらないでね? 帰ったら晩ご飯、食べさせてあげるから」 もちろん、全部あーん、で。 それとも、口移しがいいかなあ? うーん……よし決めた! 出血大サービス。両方やろう。 澄子ちゃんの愛、文字通りお腹いっぱいに味わっていただきましょう。 「うっふふふ。くっちうっつし。くっちうっつし」 足取りも軽く玄関へ。 新婚の旦那さんって、こんな気持ちなのかもなあ。アタシの場合は奥さんだけど。 二月の夜の肌寒さもなんのその。平気、へっちゃらです。 「じゃ、行ってきまーす!」 元気よく言い残し、鍵を掛けて家を出た。
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373 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 03 00 ID 4PrH9vJV 「ジミー君、今から君の家に行ってもいいかな?」 そんな用件の電話が藍川からかかってきたのは、部屋に置きっぱなしにしていた携帯電話の電源を入れてすぐのことだった。 妹の手伝いをする前に、携帯電話も持っていこうと思い部屋に入ったのだ。 弟や葉月さんから電話がかかってくるかもしれないし。 昨日、葉月さんに破壊された携帯電話はスクラップ置き場へ直行している。 あれを直せるような技量は俺にはない。購入した店に頼むにしても、新品を買った方が安いと言われてしまうことだろう。 今手元にあるのは、ちょっと前まで使用していた携帯電話である。 SIMカードを入れ替えるだけで電話番号・メールアドレスを入れ替えられるというのは素晴らしい。 なんとなくもったいなくて、買い換え時に古い携帯電話を捨てず、持ち続けていて良かった。 今後も、いざという時のために予備は控えておくべきである。 前触れもなく、知人から携帯電話を奪われて、止める間もなく真っ二つにされるかもしれないからな。 「藍川、何が目的だ」 「ずいぶんな言いぐさだな。単に君の家に遊びに行きたいと思ったから、電話したのに。 連絡せずに訪ねていって、誰も居なかったら無駄足になるだろう。 ジミー君にはジミー君なりの事情というものがあるだろうし。 先日デパートで会ったジミー君の彼女と、二人きりで遊びに出掛ける予定と被ったら嫌だからな」 ……あ、そういえばまだ藍川は勘違いしたままだったっけ。 「言い忘れてたけど、この間俺と一緒に居た女は妹だぞ」 「そうなのか? ……嘘っぽいな。全然君とは似ていないじゃないか」 「余計なお世話だ。顔が似てない兄弟なんかよく居るだろ。 性格が似てない兄弟はそれ以上たくさん居るはずだ」 弟は父親似、妹は母親似なんだよ。生き写しのように顔がそっくりなんだ。 弟と妹がもっと大人っぽくなったら、男同士と女同士で、ツーペアになってしまう。 風呂上がりや寝起きに、相手を誤って声をかけてしまうおそれあり。 ついでに。 祖母や親戚曰く、俺は祖父に似ているそうだ。 実の父親に似ていなくて安堵している、心の底から。 「そうか。そうだった。忘れてたよ。うん。 いくら血の繋がった姉弟だと言っても、顔や行動が必ずしも似通うわけじゃない、ってね」 「藍川にも兄弟がいるのか?」 「……いいや、居ないよ。今となっては、それ以上でもそれ以下でもない」 「ふうん……?」 何か気になる言い方だな。居ない、の一言で済みそうな話なのに。 実の兄弟ではないけど、兄弟のような存在ならいるとか、そういうことかな。 それについては、後でもう一度聞いてみるとするか。 「で、私は遊びに行っても構わないのかな?」 「ああ。別に構わないぞ。 と言っても、今日は弟が居ないし、特に面白いものもないから、遊びようがないと思うが」 「それならそれで構わないよ。私は君の部屋を物色できればそれなりに楽しめるだろうし。 右腕の怪我で一緒に作れないのが残念だけど、それは怪我が治ってからにしよう。 では、一時間以内に君の家に到着すると思うので、よろしく」 「おう。手土産もよろしくな」 「もちろん。ちゃんと君の大好きな玲子を連れて行ってあげるよ」 ……は? なんで玲子ちゃん? 「ちょっと待っ…………切りやがった、あの女」 すぐにリダイヤルしても繋がらない。携帯電話の電源まで切ったのか。 藍川と一緒に、玲子ちゃんも来る。仕返しのチャンス、到来。 先日は伯母と両親がいたせいで仕返しできなかった。 今日は今日で妹と藍川がいるが……まあ、二人の目を盗んで色々するのなんて簡単だろう。 病院で脛を蹴られた時の恨み、今日こそ晴らしてやる。 大人を甘く見ていたらどうなるか、幼いその身に刻んで教育してくれよう。 374 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 04 26 ID 4PrH9vJV 妹の部屋の前にやってきた。 ここは弟と妹が二人で使用しているので、実際は二人の部屋である。 妹も間もなく高校生になるのだから、そろそろ部屋を分けてほしいと考えているかもしれない。 しかし、我が家の部屋割りは、妹が弟と同じ部屋に住みたいと言ったからこうなっている。 同じ部屋が良いというのなら、止める人間は居ない。もちろん俺も。 最近、妹が俺に心を開いてくれるようになったが、それでも俺と弟で比較すれば、弟の方が好きだろう。 自分の部屋に不満を覚えない俺としては、今のままの部屋割りがいい。 妹が自分だけの部屋がほしいと言い出さないことを願うだけだ。 もしそんなことになったら、弟が俺の部屋に居着くか、弟が俺の部屋に来て俺には部屋無し、ということになる可能性大。 前者ならともかく、後者の場合は、抗議せねばならん。 部屋に詰め込んでいるプラモデルの完成品と工具・塗装ブースをどこにやればいいんだ。 それら一切を捨てるのは無しだ。俺がプラモ作りをやめるのも無しだ。 そうなったら、毎日藍川の部屋に通うことになってしまうじゃないか。 通い妻ならぬ……通いモデラー? にはなりたくない。 扉に向けてノックを二回。すると中にいる妹から返事があった。 「入ってきてもいいわよ。もう着替え終わってるから」 了承を得たので、入室。 部屋の中は、先日花火に荒らされた部屋とは思えないほど、整頓されていた。 弟と妹のそれぞれの机、椅子。使用する人間の性格を表しているような様だった。 妹の机は入学前と言うことで、机の上を片づけたのだろう。筆記用具や参考書が然るべき場所に落ち着いていた。 弟の机には何も乗っていない。机の未使用疑惑。 あいつはちゃんと勉強してるのか。よく二年に進級できたものだ。 本棚。先日は床にダウンしていたが、今では壁に背中を預けて立っている。 それぞれの棚には、本が隙間無く収まっていた。 それ以外の家具・小物など、全て定位置にあった。 だが、破壊された二段ベッドまでは元通りになっていない。 かつてベッドの置いてあった床の上だけが、周りの床から浮いて、色あせていなかった。 375 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 08 13 ID 4PrH9vJV 妹が高校入学前ということで、床上には高校指定の制服やカバンなどが置かれていた。 妹はというと、私服ではなく、女子専用制服を身に纏って立っていた。 「なに、部屋の中じろじろ見てるのよ」 「いや、あれだけ荒らされたっていうのに、よくここまで直ったもんだって思って。 お前と弟の二人で全部片づけたのか?」 「そんなわけないでしょ。お兄さんが入院してる間に、家族全員で片づけたの」 ふうん。両親も花火が部屋を荒らした件については知ってるわけか。 損害の請求とか花火宛てに送ったりしたのかな。 ……送ってなさそうな気がするんだよなあ、あの両親だと。 本人達が社会のルールから逸脱してるせいなのか、面倒な手続きや、社会との接触を避けたりするんだ。 そんな両親なのに、よく俺ら兄妹をここまで育てられたもんだ。 金を払って、近親相姦した人向けアドバイザーでも雇ってるんじゃないのか。 もしそんな人間が居るなら、俺はそいつに感謝しなければ。 第三の親みたいなもんだし。第三の親ってのもおかしな表現だが。 「それで、言うことは部屋の様子についてだけなの?」 「ん。そうだな……」 改めて、妹の全身を捉えてみる。 高校の制服を着た妹を見るのは初めてだ。 中学の制服ばっかり見てきたから、妹が背伸びしてるみたいに見える。 肩幅が合ってないし、スカートが固まったまま動きたがってないように見える。 はっきり言って、違和感有りまくりである。 着慣れていないのだ。妹の体と制服のサイズが合っていないのではなくて。 調和していない。妹の体と制服のそれぞれが自己主張し合ってる。 大昔の皇帝は、人は着ている制服通りの人間になる、と言ったそうだ。 今の妹は制服通りの人間になっていない状態である。 そして、制服の方も妹の体を包もうとしていない。新品の制服はまだ固い。 妹が制服を着て学校生活を送らないかぎり、この違和感は残ったままだろう。 「黙り込んでどうしたのよ。もしかして、無理矢理褒めるところを探してる?」 「違う。そんなことしたらお前、俺に怒るだろ」 「よくわかってるじゃない。その通りよ」 たまに、本当にごくたまになんだが、こいつは妹じゃなくて実は姉なんじゃないかと思ってしまう。 さっきの会話だと俺の方が下の立場みたいだし。 ここは兄としての格好をつけるために、ビシッと言ってやるとしよう。 376 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 10 00 ID 4PrH9vJV 「まあ、はっきり言うとだな。お前の制服姿は様になっていない」 「……そう」 妹が落胆したように視線を落とす。 しかし、まだ俺の言葉は続くのだ。 「でも、それは仕方ないことだと思うぞ。 制服は私服と全然違うんだから、簡単に体に合わないんだ。 何日か制服を着て生活を送って、何回も洗濯して、ようやく違和感なく着られるようになるんだ。 制服着るの、今日で何回目だ?」 「まだ、二回目ぐらい」 「なら慣れるのはまだまだ先だ。気にすんな。弟の制服姿だって去年の今頃は違和感バリバリだったんだ」 「バリバリとか使う人、久しぶりに見たわ……」 「うるさい。ともかく、お前の制服姿が様になってくるのは、高校入学してからだよ。 肩幅が合ってないように見えるとか、スカートにやる気がないとか、 馬子にも衣装という表現もできないとか、全部仕方ないんだ。 高校に通って一ヶ月もすれば違和感もなくなってくるから、それまでの辛抱だ」 「この機会に私をけなそうとしてない?」 「そんなわけないだろう」 けなすつもりだったらもう一言ぐらい付け加えてる。胸の部分について。 「本当かしら。たった今も馬鹿にされたような気がするんだけど」 「それは気のせいだ。それに、違和感はあるけど、お前の制服姿が悪いとは言ってない。 堂々として入学式に行ってきて良いよ。恥ずかしい部分なんか一つもないから」 「……ほんと、お兄さんって変よね」 妹が後ろへ振り返る。 一瞬だけ、もしかしたら錯覚かもと思うぐらいの瞬間に、頬が紅くなっているのが見えた。 今となってはもう、妹の顔は見えないのだが。 「人を落ち込ませたかと思えば、次は持ち上げてさ。 なんにも期待なんかしてなかった、って言えば嘘になるけど。でも、ほとんど期待してなかったのに。 そんなこと言われたら、私は。私は、なんか、もう…………」 妹が何か呟いている。ほとんど聞こえない。 調子に乗って言い過ぎてしまったか? 早いうちに謝っておいた方がいいのでは。 「あー、妹よ。気を悪くしたのなら……」 「お兄さん、ちょっとだけ部屋から出てて。着替えるから。 後でまた呼ぶから、その時は入ってきて」 「あ、ああ」 「絶対、入ってきてね」 377 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 11 18 ID 4PrH9vJV 妹に部屋を追い出され、一人たたずむ。 主人公一人でのRPGの戦闘中に、死刑宣告をされたような気分である。 自分では助言をしたつもりだったが、余計なお世話だったのか。 謝るより先に部屋から追い出されてしまった。着替える、と言われては出て行くしかない。 それに、絶対入ってこい、と言われた。言い換えれば、逃げるな、だ。 暴力を振るわれることについては怖くない。葉月さんに比べれば妹は非力な方だ。 俺が恐れているのは、再び家庭で妹からないがしろにされることである。 せっかく、卒業祝いの食事、入学祝いプレゼントで妹のポイントを稼いできたというのに、ふりだしに戻ってしまう。 実は家庭でないがしろにされるというのは、結構ショックなのである。近頃は妹が優しいから忘れていたが。 今朝妹が朝食を作ってくれていたことだって、実はかなり嬉しかった。 間違いなく、一口ごとに三十回は噛んでいた。幸せを長く噛みしめていたかったのだ。 「それがもう、明日からは……」 やばい。涙腺がやばい。泣きそう。 肘が曲がってはいけない方向に曲がった時だって泣かなかったのに、今ならすぐに涙腺決壊させられる。 ――ええい、泣くな。シスコンめ! 今はどうやって妹の機嫌を直すか考えるのだ。 ひとまず弟を呼び寄せて、妹との会話中に支援させよう。 通話履歴から弟の番号を呼び出す。こうすると電話帳から呼び出すよりも早く電話をかけられるのだ。 呼び出しをかけると、弟はすぐに電話に出た。 「もしもし、兄さん?」 「ああ。悪いけど今から家に帰れるか? ちょっと助けてほしいことがあるんだ」 「何があったの?」 「……妹を怒らせた」 弟が説明を要求してくるので、事細かに説明してやった。 俺が妹のためを思って感想を述べてやったこと。 口が滑ってちょっと言い過ぎてしまったこと。 後になってフォローしてやったこと。 たった今妹は俺を断罪するための衣装に着替えていること。 全部聞き終えると、弟はこう言った。 「それだけじゃいまいちわからないな。事情はわかったけど、妹がどういうつもりなのかが」 「いや、絶対あいつは怒ってる! 頼む、去年のテストの範囲をリークしてやるから、帰ってきてくれ!」 「そこまで言うのならいいけど。あんまり深刻に考える必要もないと思うよ、僕は」 「なんでもいいから! とにかく、早く! ハリー! 」 「はいはい。一応急ぐけど、間に合わなかったらごめんね」 通話を切る。 救済策は一つ確保した。だが間に合うかがわからない。 妹の着替えが終了する時が、タイムリミット。 弟が帰宅するのが先か、妹の着替えが終わるのが先か。待つしかできないのがもどかしい。 叶うなら、起床する時まで時間が巻き戻ってほしい。 もしくは、今日これまでの出来事が夢であってほしい。 379 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 14 38 ID 4PrH9vJV 玄関に座り、叶わぬ事を願いながら頭を抱えていると、話し声が微かに聞こえた。 玄関の向こう側に誰かがやってきたようだ。 話し声がするということは、複数人でやってきている。 妹が怒っている状態でインターホンを鳴らされると、さらに刺激を与える恐れがあるので、自分から応対することにした。 玄関の戸を開ける。 そこにあったのは、我が家の庭と、三人の女の子だった。 「……なんだ、藍川か」 「なんだとは随分失礼な台詞じゃないか。 遊びに来ても良いというから来たというのに、一向に歓迎する気配がないな」 「お前が電話してきてから今まで、いろいろあったんだよ」 「そうなのか。じゃあ今日の所は日を改めた方がいいのかな」 そう言った藍川を押しのけ、代わりに俺と対峙したのは小さな女の子だった。 「……初めまして。君は藍川の知り合いかな?」 「そうやってとぼけて通用すると思ってるの、ジミー?」 「ごめん。君が何を言っているのか俺にはわからないな」 「セイカク悪っ。ジミーって女の子にもてないでしょ?」 「何を! まだキスも済ませたことのない小学生の玲子ちゃんに言われたくないな!」 「ほら、知ってるじゃん、ボクのなまえ」 ちっ。 言葉のやりとりで俺をはめるとは大したものだ、玲子ちゃん。 得意そうに胸を張る姿を見ていると、手で押してひっくり返してやりたくなる。 そのボリュームの足りない胸に照準を合わせて。 「ジミーがすごく怪しい目でボクを見てる……テイソーがあぶないような気がする……」 「貞操なんて言葉を知っているのか。偉いな。 だけどそれは気のせいだよ。ほら、お兄さんのところへおいで」 たっぷりこの間の仕返しをしてやるからさ。 「……ギルティ」 小さな呟き。 少し遅れてやって来た殺気を感じ、左に一歩踏み出した。 体が移動すると同時、さっき立っていた場所を、一筋の光が通りすぎた。 光の通り過ぎた部分。そこには丁度俺の顔があったところだった。 呟きを漏らしたのは誰なのか、そして今の光の正体がなんなのか。 そんな疑問は、この場にいる彼女の存在を認めてしまえば、全て解決する。 「……ちっ。避けないでくださいよ、先輩。アタシの愛を受け入れてください」 「うん。もうちょっとソフトで、心がこもっていたら受け入れないでもないんだけどね。 いきなり凶器を投げるのはやめてくれないかな、澄子ちゃん。警戒してなかったらどこかに刺さってたよ、あれ」 「狙ってたんだから当たり前です。 心はこもってますよ。今のには、先輩への強烈な思いがこもってました」 「……俺は一応、君の好きな男の兄貴なんだけど」 「知ってますけど、それが何か?」 笑顔で首を傾ける澄子ちゃん。彼女の性格を知っている俺にとっては何の感慨も湧かない仕草である。 澄子ちゃんが見た目通り、小柄で可愛いだけの女の子だったら騙されるんだろうけど。 本性を知っている俺は、彼女の行動全てに疑いの目を向けずにはいられない。 そもそも、何をしに来たんだ、澄子ちゃんは。 藍川のついでに玲子ちゃんが来るだけで、俺一人で歓迎できる定員をオーバーしているというのに。 380 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 16 18 ID 4PrH9vJV 「先輩。一言言っておきます。 アタシは小さな女の子に魔の手を伸ばすような男の人には容赦しませんから。 トドメの必殺技を喰らわせて爆殺するまで、アタシは先輩から目を離しません」 「ちなみに君の必殺技は?」 「マウントポジションからの両目への致命的な一撃です。 名付けてジス・イズ・マイペン。然るのち、先輩の身を遠隔操作で爆発させます」 「……あのさ、俺ってそこまで悪いことした?」 「してないとでも、お思いで?」 まあ、冷静になってみれば、九歳児に仕返しする高校生なんて大人げないと思う。 だけど澄子ちゃんの言葉を聞いていると、年齢ではなく、男が女に乱暴するのが悪いのだと言っているように感じる。 俺だって、女性に一方的な暴力を振るうのは良くないと思ってる。 しかし、いつ如何なる場合でもタブーになるとは思わない。 男尊女卑の社会は良くないと言うが、いつまでもそんなことを言っていたら、男は虐げられる側に回ってしまうのではないか。 男女平等の精神が美しいなら、女性が男に叱咤される場合だってあって然るべきだと思う。 「先輩はこれぐらいで凝りましたか? それとも、もうちょっとアタシの愛が欲しいですか?」 「わかったよ。金輪際玲子ちゃんにおかしなことはしない。約束するよ」 「……まあ、いいでしょう。今日の所は許してあげます。 それじゃあ京子。あとはよろしくね」 澄子ちゃんはそう言い残すと背中を向けて家の敷地から出ていこうとする。 「澄子はジミー君の家に上がっていかないのか?」 「彼が居ないなら、先輩の家に用なんか無いわ」 「そんなつれない態度をとるからお前には友達がいないんだ。ちょっとはジミー君と仲良くしろ」 「アタシにはとっくに親友がいるから、これ以上友達が要らないの。 じゃあね。帰りは自分の足で帰るから、待ってなくていいわよ」 澄子ちゃんの親友って――藍川のことだろうな、たぶん。 一緒にこの場に来てるし、この間は病院でも一緒にいたし。 不思議な縁というか、世間は狭いというか。 弟を誘拐するぐらい好きな女の子と、俺と趣味の合う女の子が、親友同士。 全然性格が違うのに、なんでこの二人は仲が良いんだろう。 仲良くなったきっかけとか、聞いちゃっても良いのか? 381 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 22 48 ID 4PrH9vJV 「お兄さんっ! 助けてっ!」 唐突な叫び。家の方から聞こえてきた。 振り向くと、部屋から飛び出した妹が玄関にいる俺の方へ駆けてくるのが見えた。 前触れのなさにも驚いたが、それ以上に妹の格好に驚いた。 こいつ、なんで中学の制服なんか着てるんだろう。 さっきまで高校の制服を着ていたが……着比べしてみたかったのか? 改めて見直すと、中学を卒業したばかりの妹にはやはり中学の制服が似合っている。 もう二度とあの制服姿の妹を見られないんだな、と思うとちょっとばかり寂しくなる。 そんな保護者じみた感慨にふけっていると、妹が俺の懐に飛び込んできた。 「いきなりどうした? 部屋に大量の油虫でも沸いて出たか?」 「違うわよ! 、誰かが……誰かが、窓から着替えてるところ、覗いてた!」 「み、見間違えじゃないのか? 野良猫か何かが通り過ぎていったとか」 「そんなわけないじゃない! あ、あれは……あれは!」 もしも見間違えじゃなければ、この場に居る人間の総力で以て撃退せねばなるまい。 しかし、覗きにしては堂々としている気がする。 窓から覗き込むとか、見つかることを覚悟してやっているとしか思えん。 それとも知恵の回らない近所の小学生か中学生か? まあ、なんでもいいか。 この場には女性の権利にうるさい少女がいることだし、一緒に覗き魔を袋だたきにしてやるとしよう。 「澄子ちゃん、ちょっと手伝ってくれ」 人を失明させてまで信念を全うしようとする熱い少女、澄子ちゃんに声をかける。 次に、振り向く。 382 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 23 32 ID 4PrH9vJV 想定外の事態というものは、必ず、突然やってくる。 突然やってくるからこそ、想定外だと言えるのだ。 俺だって身を以てそのことをわかっていた。 だが、何度経験を重ねても、予兆を感じ取ることはできないし、慣れることはない。 あえて経験が生きていると言える部分があるなら、事態の深刻さを少しだけでも感じ取れるようになったぐらいである。 我知らず、絞られた声が出た。 この場では、それすら難しかったが、なんとか喉が動いてくれた。 「……手伝って、くれないかな」 「そんな暇はありません」 にべもない返事が澄子ちゃんから帰ってきた。 認識が事態に追いついて、状況を理解していく。 己の視界に捉えているその光景が、どれほど緊迫しているかということをじわじわ自覚していく。 生存本能が、この場から急いで逃げろ、と急かしてくる。 逃げようにも妹が抱きついているから逃げられないのだ。 妹の抱擁から逃げるなんて、なんてもったいない! いかん。完全に混乱している。意味不明な台詞ばかり浮かんでくる。 妹が俺の身体に抱きついている理由がわからない。 ――それより何より、弟がこの場に花火を連れてきた理由がわからない。 何しに帰ってきやがった、弟。 帰ってこいとは言ったが、花火を連れてこいとまでは言ってないぞ。 花火と澄子ちゃんが対峙したまま、一向に動かなくなってしまった。 なんとなく想像してた通り、お前の取り合いでこの二人の中は険悪じゃねえか。 どうしてくれるんだこの状況。 お前のせいで、お前のせいで――なんだかもう、いろいろと、最悪だ! 383 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms :2010/08/15(日) 11 25 51 ID 4PrH9vJV ***** 花火が兄さんのことをどう思ってるのか。 小さい頃、僕は花火に問い質したことがある。 返ってきた答えは、「お前ら兄妹全員、私は好きだ」だった。 でも、花火の言動をよく観察していたら、その言葉は偽りだということに気付いた。 たしかに、花火は僕ら兄弟に分け隔て無く接していた。そう感じていた。 だけど、実はそれには差があった。 兄さん、僕、妹。その順番に、花火は僕らに親しく接していた。 いいや。もしかしたら、花火にとって、僕と妹は同じような存在だったのかもしれない。 僕は、兄さんじゃなくて、兄さんの代わりだったから。 妹は、小さな女の子だったから。 花火にとって、兄さんは一番だった。 僕よりも優先すべき存在で、妹よりも大事にすべき存在だった。 伯母さんに虐待されているころ、花火が僕らの異常に気付かなかったのは、そのため。 虐待されてからおかしくなったのは、僕と妹だけ。兄さんは唯一人変わらなかった。 兄さんばかり見ていた花火が、僕と妹の変調を悟れなかったのも当然だ。 暗い毎日が終焉を迎えたあの日。兄さんが伯母さんを刺したあの日。 花火はようやく、僕と妹が虐待されていることに気付いた。 伯母さんがどれだけ酷いことをする人なのか、花火にはわかっていなかった。 そして――その時に、兄さんの心がどれだけ追い詰められていたのかも。 兄さんが伯母さんを刺した時、花火は止めに入り、顔に傷を負った。 傷口が大きく開いていたこと、泣き疲れるまでいつまでも泣き止まなかったことを覚えている。 花火がそれから引きこもったのは、その傷が原因だ。 花火は女の子だ。顔の傷を小学校の子供達には見せたくなかったんだろう。 家から出すために、僕は毎日花火の家に通った。 好きだったから。毎日一緒に登校して、遊びたかったから。 花火を励ますために、僕は何でも言った。 初めのうちは何を言っても応えてくれなかったけど、次第に態度は軟化した。 今になって思えば、きっと花火は兄さんに拒絶されたことを気にしていたんだろう。 だから、僕はこう言った。 僕は花火の傍にいるよ。僕が兄さんの代わりになるから――と。 兄さんの代わりで良かった。 花火が立ち直ってくれるなら、兄さんの代わりの人形でよかった。 そう思ってたけど、花火が心を開いてくれることが嬉しくて、僕は花火だけを優先するようになった。 他の人は全て後回しになった。 妹は後回し。一番尊敬している兄さんでさえ後回し。 いつしか僕は――花火の中にある兄さんの居場所を奪い取ろうと、強く思うようになっていた。 花火の中にある兄さんへの未練なんて、全て消し去ってしまおうって、考えるようになった。 兄さんと葉月先輩が付き合いだしたと知ったら、きっと花火の中にある未練は残らず消えるはず。 お願い、兄さん。 花火に、兄さんのことを忘れさせてやって。 そうすれば、花火は幸せになれるんだから。
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415 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 03 58 36 ID THJYuPe3 「それで? どうだった?」 「やっぱり駄目だ。まともな返事なんか一度もしてくれない」 自室から出てきた弟は、首を振ってからそう言った。 仮面の女の襲来の後、夕食もとることなく俺と弟は妹に尋問を行っている。 尋問と言うよりも簡単な問いかけだ。 ――お前は寝ていた弟に何をしようとしていた。 これに妹が答えてくれればいいだけなのだが、如何せん口を噤んだままだから手に負えない。 最初に俺が妹と一対一で話してみたが、あの妹はその場に寝転がって無視しっぱなしだった。 いっそのこと、寝ている妹の上に覆い被さって真上から問い詰めてみようかと思ったりしたが、 そうなったら今度は俺が多くの人間から問い詰められそうなので実行に踏み切らなかった。 妹を強引に押さえつけながら、彼女が弟にした行為を問い詰める兄。 受け取る人間によっては兄妹の仲を疑ってしまうことだろう。 ちょっと強引だが、俺と妹がソッチの関係で、でも実は妹は弟が好きだから寝ている弟に手を出し、 その現場を偶然にも目撃して腹を立てた俺が妹を詰問している……なんてことを考える人間がいるかもしれない。 七割ぐらい嘘が含まれていて、荒唐無稽とも言い切れないのが嫌なポイントだ。 仮面の女の言葉は事実なのか。 もしも事実だったなら、仮面の女が止めていなければ最悪な事態になっていた。 兄妹の関係どころか、家庭崩壊の危機だ。 ああでも、うちの両親はそんな最悪の過程を経ているのだから、なんとかしようとすればなんとかなるのか……? なんとかなるとしても、俺は御免だ。 兄妹でそんなことするのは間違っている。 俺は、弟と妹が男と女の関係になるなんて嫌だから。 「ねえ、兄さん。本当に……そうなの? 妹が僕になにかしたって」 「それが本当かどうか確かめようとしてるんだろ、今」 「そうだけどさ……なんで兄さんはそんなこと確かめたいの? 妹がしようとしてるところを見たの?」 「……まあそんなところだ」 嘘。本当は見ちゃいない。仮面の女がそう言っていただけだ。 上半身が肌着一枚の弟が転がっていた状況からして、信憑性はある。 ちなみに、弟には仮面の女の正体はおろか、彼女が現れたことすら教えていない。 同級生に他人の家へ不法侵入する子がいるなんて知ったら、いくらお人好しの弟でも避けるに違いない。 俺は仮面の女の味方だ。彼女の正体をばらしてはいけないのだ。 「兄さんがそう言うなら、事実なんだろうけど……けど、僕にはやっぱり信じられない」 「妹がそんなことするはずない、ってか? お前もいい加減に危機感を覚えてくれよ。前に澄子ちゃんに捕まったことで懲りてないのか」 「そんな! ……そんなはず、ないじゃないか!」 これはびっくり。弟が吼えた。 「僕だって少しは警戒していたよ! いや、少しどころじゃなくてかなり! 前から……前から、あの子がそういう目を僕に向けていたのには気付いてた。 だけどまだ注意が足りてなかった。あんなことされるんだったら、そもそも、あの子を信用すべきじゃなかった。 呼び出しに応じるべきじゃなかったんだ」 「……悪い。無神経なこと言った」 「ううん、僕こそごめん。兄さんは何も悪くないのに」 どうやら弟は相当酷い目に遭わされたらしい。 何をされたのかは……概ね予想できるけど。 弟が怒るなんて滅多にないことだ。 花火以外の人間にそういうことされるのは、弟にとっては相当なショックだったんだろう。 416 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 03 59 34 ID THJYuPe3 「兄さんは思い出したんだっけ。小学生の頃のことと、伯母さんのこと」 「ああ。つい最近だけど」 「妹はね、先週花火が家に来てようやく思い出したらしいよ。 自分が酷い目に遭ってたこと。伯母さんからかばっていたのが兄さんだってこと。 内容は真逆だよね。間違って覚えるのも仕方ないけど。 あの日の兄さんは、僕から見ても怖かったから。…………あ、ごめん」 「いや、いいよ。自分のやったことはわかってる。 子供の頃の記憶なんて曖昧なもんだからな。妹は悪くない」 俺が暴れた日を境に、妹は怖い目に遭うことはなくなった。 最後に見た恐ろしい人間は――刃物を持った俺。 伯母と俺に対する認識が入れ替わるには十分なインパクトだ。 あの日に妹をかばっていたのは弟なんだから、妹の記憶が全て間違っているわけじゃない。 「昔のことを思い出したなら、もっと理解できないよ。妹が僕にそんなことするなんて」 「どうしてそう自信たっぷりに誤った認識を口に出来る……」 「え、兄さんは僕が間違ってるって言いたいの?」 ……それ以外に何があると? 「お前な、妹に好かれてるって知ってるのか? それも兄弟愛なんてレベルじゃなくて、もっと深い関係を望んでるんだぞ、あいつは」 「ううーん……もしかして、その辺でずれてるのかな」 「何が?」 「兄さんと、僕の考え方。前提が違うっていうか、兄さんが惚けてるっていうか。 ここまで逆の考えになってるなんて知らなかったよ」 「……さりげなく俺を馬鹿呼ばわりするとは。お前って男はつくづく……」 「いや、別に悪気があった訳じゃないんだけど。 ……はあ。こうなったらもう、しょうがないや。 無理矢理にでもわからせるしかないね、兄さんと妹に」 「なぬ?」 417 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 00 10 ID THJYuPe3 弟は妹が待つ部屋のドアを開けた。 さりげなく手招きしてくるということは、俺にも同席しろってことか。 いいだろう。俺とお前、どっちが正しいのか。 白黒つけてやろうじゃないか。 「待たせて悪かったね、兄さんとちょっと話をしてたんだ」 「……自分だけじゃ手に負えないからって、お兄ちゃんに頼るなんて。二人がかりで聞き出そうなんて。 お兄さん、情けない。ずるい。卑怯だわ」 机に突っ伏した妹は振り返りもせずそう言った。 弟よう、やっぱり俺は間違っちゃいねえぜ。 俺の妹はお前が好きなんだよ。俺のことは嫌いなんだよ。 それでも俺が間違っているっていうなら、見せてみろ。 俺が間違っていると言える根拠ってやつを。 「いや、さっきの件についてはもういいんだ。あれは兄さんの見間違いだったんだって」 ――――え? そんなこと言ってないぞ? 「ほら、やっぱりお兄さんが間違ってるんじゃない。 私がそんなことするはずないでしょ」 「うん、そうだね。するはずがないっていうか――できるわけがない、って感じだけどね」 「え……?」 妹が顔を持ち上げた。 弟は自分用の椅子に座り、妹を見る。 驚きを顔に浮かべる妹と、微笑みを浮かべる弟。 弟はたったの一言で優位に立った。 「お兄ちゃん、何を言ってるの?」 「動機がない、そもそも相手が違う、そして……覚悟もない。 やっぱりそうだったんだね、その顔は」 「や、違う。違うの。私、本当は……お兄ちゃんを……」 「僕を、何?」 「……! お兄ちゃんの、ばかあっ!」 418 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 01 40 ID THJYuPe3 妹は椅子を蹴飛ばすと、部屋の扉を乱暴に開いて出て行った。 玄関の開く音、続けて駆け足の音。 なんでか知らないが、妹が家を出て行ってしまった。 「おい、なんかすごい悔しそうな顔で出て行ったぞ、あいつ! お前何言ったんだよ! 全部聞いてたけど!」 「……言い方がきつかったか。まさかあそこまで堪えてるなんて。 兄さん、今ので大体わかった? 妹が何を考えてるのか」 「できるわけがないとか、動機と覚悟がないとか、相手が違うとかか? そんなんでわかるか。ヒントが足りん」 「……やっぱり気付かないんだ。 兄さんは頭の回転は速いのに。記憶力だってすごいのに。大事なことには気付けないんだね」 ええい、どこかで聞いたことのあるような、寒気を催す台詞を口にするんじゃない。 何となく貞操の危機を感じてしまうじゃないか。 「そうだね。兄さんはともかくとして、妹にはそろそろ――はっきり意識させた方がいい。 兄さん、妹を捜しに行こう。もう外は真っ暗だから、危ない目に遭わないとも限らない」 「言われなくてもそのつもりだ。 あてはあるか? あいつの行きそうなところなんて俺にはわからないぞ」 「行き先はきっと兄さんの探しそうな――――いや、なんでもないよ。 僕にもわからないから、手分けして探そう。 もしも万が一、まぐれで僕が見つけたら兄さんに連絡するから」 「おい、万が一とかまぐれとかってなんだ」 「そのまんまの意味だよ。 それで、これはお願いなんだけど。兄さんが妹を見つけたら、僕にはすぐに連絡を入れないで欲しい」 「お前は俺と妹の二人きりでしばらく話をしていろとでも言いたいのか」 「ご名答。その通りだよ」 「あのな、お前――――」 突然向けられた弟の手によって、俺の言葉は止められた。 止めざるを得なかった。 弟の目は真剣そのもので、ふざけている様子が一切なかった。 「兄さん、お願いがあるんだ」 「今日のお前はお願いばかりだな。……言ってみろ」 「僕抜きで、妹と話をしてほしいんだ。 今二人が話さないといけない。じゃないと、妹が壊れていってしまう」 「壊れる? それってどういう意味だ?」 「……今の妹は危ういんだ。誰かが助けないといけない」 「その役にふさわしいのはお前だろ。俺なんかが――」 「兄さん」 弟は椅子から立ち上がり、手慣れた仕草でコートを纏い、こう言った。 「妹を、兄さんと僕のふたりで助けよう」 419 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 02 59 ID THJYuPe3 主人公のことが大好きなヒロインが突然行方をくらました。心に何らかの感情を抱きながら。 話の展開ではクライマックス。 このイベントをクリアすればエンディングだ。 こういう場合のお約束というと、近所の河原とかどこかのベンチに一人でいるヒロインを主人公が発見し、 感情をぶつけ合い最終的にはお互いの気持ちを理解し合う、というものになる。 少なくとも俺はそんなものだと思っている。 というかそうじゃなきゃヒロインが救われない。 配役をうちの兄妹に当てはめた場合、主人公が弟、ヒロインが妹になる。 俺など、主人公に協力を要請されて探しに出かける友人の役に過ぎない。 友人は結局ヒロインを発見できず、ヒロイン発見の報すら知らされず延々捜し回るのだ。 もちろん描写などカット。友人はカメラの外。 友人は大抵良い奴で、翌日にはヒロインが見つかったことを喜び、連絡を入れなかった主人公を責めたりしない。 断じて友人はヒロインを発見してはならない。 繰り返すが、友人はヒロインを発見してはならない。 今の例は、俺が現在置かれている状況と酷似している。 妹が夜中に家を出て行った。 妹に好かれている弟は捜しに出かける。 俺は弟と手分けして妹を捜索する。 うむ。お膳立てされたような整いっぷりだ。 これで弟が妹を発見すれば、晴れてイベントクリア。 二人はハッピーエンドを迎える。もちろん兄妹的な意味で。 それが理想であり、他にあってはならない。 だというのに――――俺は何をやっているんだ。 主人公の友人はヒロインを発見してはいけないのに! なぜ! 俺は妹を発見してしまったのだ! 妹もあっさり俺に見つかるような所にいるんじゃない。 一番近い、といっても到着するまで歩いて二十分以上かかるコンビニ。 そこに向かう途中の坂道の手前にあるバス停のベンチに妹は座っていた。 せめて俺じゃなくて弟に発見されろよ。もしくは友人の家にでも邪魔してろ。 ここから引き返すということも、無視することも、もはやできない。 なぜなら、俺が妹の姿を確認した瞬間、妹と目が合ってしまったのだ。 距離は約一メートル。 まさかここには居ないだろうなんて思って、通り過ぎざまにバス停のベンチに目を向けたらこうなった。 不覚、ここに極まれり。 こんなの、普通では考えられない。 シナリオの最後の最後がこんなんだったら、そこまでプレイしてきたユーザーから脚本を書いた人に苦情が届く。 なんだこの斬新ゲー。 420 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 04 37 ID THJYuPe3 「よう、こんばんは」 「……こんばんは、不審な人物のお兄さん」 「最終が出て行ったバス停のベンチに居るお前も不審だよ、十分に」 「あは、はは……じゃあ、私は不審な人物の妹さん、かな」 妹は俯き、表情を見せない。 案の定落ち込んでしまっている。 話をしてやってくれ、ねえ。 ま、どっちにしてもこのまま放っておくつもりはない。連れ帰ることに変わりない。 「隣、座るぞ」 許可をもらうことなくベンチに腰掛ける。手を着くとざらざらしていた。 ふと、妹が薄着をしていることに気付いた。やはり寒いのか、くしゃみをしている。 いきなり出て行くからそういうことになるんだ。反省しろ。 とは思いつつも、ついコートを脱ぎ、妹の肩に被せてしまう。 仕方ないことだ。風邪をひいたら反省もできないんだから。 「優しいのね、お兄さん。自分が寒くならない?」 体は寒い。だけどお前の近くにいるから心は寒くない――なんて言ったら一気に冷え込むな。やめておこう。 「ちょっとは寒いさ。けど今日は風が強くないから、気にするほどじゃない。 それにほら――お前冷え性だったろ。それでも寒いぐらいじゃないのか」 「そんなことまで知ってるんだ。お兄ちゃんも知らないはずなのに」 …………当たるもんだな、当てずっぽうって。 「じゃ、有り難く借りておくね」 「おう。ところで、まだ帰らないのか?」 「うん。だって家に帰っても、どんな顔してお兄ちゃんに会えばいいのかわからないもの。 いつもみたいにしてればいいのか、それとも……」 「いつも通りでいいじゃないか」 「無理よ。どうしても、絶対に、無理。 もし、ここに来たのがお兄ちゃんだったら、顔会わせられなくて、逃げ出してた。 たぶん、そんなことはないだろうなって、思ってたけど」 「そこまで悲観するなよ。俺が先に見つけただけだ。偶然だ。あいつだって怒ってないぞ」 「そういう意味じゃないの。お兄さんの考えてるのとは、違う。似てるようで、でも違う。 顔を合わせづらいの。あんなことをしちゃったから」 「やっぱり、やってたのか」 「やろうとしただけ。……悔しかったの。花火ちゃんにあんなこと言われて。 勘違いなんかじゃない。私だってお兄ちゃんのこと好きなんだから。 お兄ちゃんが喜ぶようなことができるってことを知らしめてやりたくて」 「でもできなかった、か」 「…………うん。悔しいけど、認めたくなかったけど、どうしても駄目だった。 たぶん、お兄ちゃんはそのことをわかってて、あんなことを言ったのよ」 こりゃ、理由を聞くのは野暮だな。 やっぱり怖いんだろう。男はともかく、下手すると女はかなり痛い思いをするというし。 とりあえずよかった。妹が完全に覚悟を決めない限り弟と肉体関係を結ぶことはなさそうだ。 421 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 06 22 ID THJYuPe3 「ねえ、お兄さん」 「ん?」 「雨がどんな味だったら嬉しい?」 こりゃまた、先の会話と繋がりのない話題を持ってきたもんだ。 「水道水と同じのが一番だ。苦かったり甘かったりするのは勘弁だ」 「じゃあさ、いつもはうっすら苦い味で、時々水道水だったりしたら? 天気予報で曇り時々雨、降水確率四十パーセント、おそらく苦い味がするでしょう、なんて言われたら」 「……絶対に雨に濡れたくなくなるな。傘は毎日手放せない」 「そうなるよね。そしてきっと、みんな当たり前の雨の味なんか忘れてしまって、雨そのものが嫌いになる。 苦い雨が降らなくなってしまっても、きっとそれは変わらない。 雨が降らなきゃ、世界中が干からびちゃうのにね」 「だな。でも、まずそんな世界にはならないだろう……たぶん。 話が大きく逸れている気がするんだが、戻してくれるか」 「逸れてるみたいだけど、ちゃんと繋がってるよ。 だって私はそんな世界に住んでる人たちの気持ち、ちょっとだけわかるから。 何の変哲もないものがどれだけ大事なのかってこと。 たまにとっても苦くてもそれは必要なものだっていうこと」 妹が立ち上がる。 コートの袖に腕を通し、車の一切通らない道路の手前まで進んでいく。 そこで妹は腕を広げ、踊るようにくるりと回った。 まるで、雨が降ることを望んでいるように。 月の出た夜の、冬の寒さの中で、一身に雨を浴びているようだった。 外はこんなに寒いのに、つい真似をしたい気分になってしまったのは、妹のターンが綺麗に決まっていたからだろう。 妹は夜空を見上げながら、楽しそうに、悩みから解き放たれたように踊るのだ。 422 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/09/24(水) 04 07 07 ID THJYuPe3 「私はもう嫌いにならないよ。 普通の雨も、苦い雨も。 全部含めて潤いをくれるものだから。代わりになってくれるものなんかない。 あの日から今日まで、毎日傘を差してきて、晴れた日だけしか笑うことはできなかったけど。 本当は私、どっちかというと雨の日が好きだったの。 朝からずっと降り続いて、空を暗く覆ったりしない、さぁぁっていう音を立てる穏やかな雨が。 今になって、そのことがわかった。 ……帰ろ、お兄さん。お腹減っちゃった」 「それはいいけど、もう大丈夫なのか?」 さっきはあんなに落ち込んでいたのに。 「大丈夫よ、お兄さん。むしろここに居る方が辛いわ。ここ、寒いもの」 「……結局なんだったんだよ、さっきの雨の味が云々っていうのは」 「あれはただの喩え話よ。お兄さん、知らないの? 雨っていうのはね――――」 妹は、俺が久しく見ていなかった柔らかな笑顔を向け、言った。 「もともと、味なんかしないものなのよ」 妹の気持ちも、何を雨に喩えたのかも、いまいち理解できない。 だが、俺の妹の機嫌はころころと変わるんだと、今回の件でわかった。 そう、まるでにわか雨のごとく。
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712 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 27 40 ID uUm7CUZ7 *** 弟と妹が家を出て行って、三日が過ぎた。 それは、私の願った理想の家族のかたちが、現実で崩壊した証拠。 両親と私の追求と説得にも応じず、その日の夜に二人は姿を消した。 行き先は聞かされていない。 昨日も一昨日も電話の前で待っていたのに、二人からの連絡はない。 警察に捜索願を出したけど、まだ連絡はない。 ないない尽くし。 でも一番堪えるのは、二度と二人に会えないかも知れないという恐怖。 乱れた感情に任せて今まで口にしたことのない汚い言葉で罵った。 私だけ。家族の中で私だけが取り乱した。 だからもう、弟と妹は私には会ってくれないんじゃないか。声も聞かせてくれないんじゃないか。 それが怖くて、不安で、眠れない。 ごめんって謝って、冷静になってもう一度話をしたい。 でも私は、どうしたらいいの? 弟と妹がセックスしてしまった。二人は兄妹。私の弟と妹なのに。 二人の関係を認めるなんて、絶対にしたくない。 じゃあ、別れさせる? それができたら一番だけど、そんなの、どうやればいいっていうのよ? ふと、遠くで音が鳴った。 電話機の呼び出し音だ。 机の上に置いてずっと向かい合っていたのに、何メートルも離れたところで鳴っているようだった。 腕を持ち上げるのが面倒なぐらい疲れてる。 精一杯の元気な声で電話に出る。電話の相手はお父さんだった。 傘を持って迎えに来てくれ、と言ってた。 場所は近所の居酒屋。今日は一人で飲んでいたらしく、一緒に帰る人がいないらしい。 窓の向こう側は闇に包まれていた。空全体が暗幕で隠されているみたいに黒かった。 雨雲だ。分厚い雨雲が天を覆い隠し、無数の雨を地上に落としている。 また今日も夜になった。今日という日が終わる。明日がやって来る。 弟と妹から何の連絡もないまま、一日が過ぎてゆく。 無駄な一日。無いも同然の一日。 お願いだから帰ってきて、二人とも。 こんな、立ち上がるだけでふらふらしてるなんて、本当の私じゃない。 私は、あなたたちの頼れるお姉ちゃんだから、もっと強いんだから。 713 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 28 30 ID uUm7CUZ7 夜の闇の中でも迷わずたどり着ける、お父さんの行き付けの居酒屋。 今日みたいにお母さんが仕事で遅れる日なんかは、私がよく迎えに行っている。 でも、今日はいつもと違ってた。 お父さんがお店の外で待っていない。 いつもなら、未成年の私に気を遣ってお店の外で待っている。 迎えに来いと言っておいて待ちきれずに先に帰ることはないだろう。 とすると、お父さんはまだお店の中にいる。 居酒屋の扉を少し開けて、店内を覗き見る。 カウンター席に座り、突っ伏しているお父さんが見えた。 他のお客さんの姿は見えない。 居酒屋特有の雑多な声が聞こえない。雨の音の方がうるさいぐらい。 店内に足を踏み入れると、お客さんはお父さん以外居なかった。 その理由は、とっくにお店が閉店時間を迎えていたから。 今の時刻は十時を過ぎている。 それだったら、お父さんもお店をでなきゃいけないのに。 そう思ってお父さんに近づくと、目眩のしそうなお酒の匂いがした。寝息も聞こえてきた。 お父さんは私に電話した後で眠ってしまったらしい。 お勘定は済ませてもらったから連れて帰ってくれ、と店員さんに言われた。 お父さんの肩を強く揺り動かすと、とりあえず顔を上げてくれた。 手を握って強引に店の外へ連れて行く。 傘は二本持ってきているけど、この状態のお父さんじゃ傘を持つのは無理。まっすぐ歩くけるかも疑わしい。 仕方ない。肩を貸してお父さんを引っ張っていこう。 右手で傘を差し、お父さんを支えながら歩きだそうとしたところで、呟く声が聞こえた。 714 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 29 58 ID uUm7CUZ7 ――冴子はいい子だなあ。 ――頭もいいし、器量もいいし。子作りして本当に良かった。 ――でも、下の二人はダメだ。 ――俺の言うことを聞かないだけだったらまだしも、兄妹であんなことして。 そっか。お父さんがこんなになるまで飲んでたのは、二人のことで落ち込んでたからなんだ。 私と気持ちは同じね。現実逃避したくなるもの。 でも、二人のことを悪く言うのはやめてほしい。 体を重ねてるところを私が見るまで、二人とも何の問題もないいい子たちだったんだから。 ――作らなきゃよかった。 ……え? お父さん今、なんて? 変なこと言わないでよ。 もし二人が居なかったら、私はお姉ちゃんじゃなくなっちゃう。 ――子供は冴子だけでよかった。あの二人を作ったのは失敗だ。 やめて。聞きたくない。 それ以上言わないで。あの二人を見捨てないで。 お父さんとお母さん、私、弟と妹。五人揃って家族なのよ。 否定しないで。私の拠り所を壊さないで。 ――帰りたくないなら帰らなきゃいい。 ――二人とも、勝手にしろ。 「――――馬鹿っ!」 我慢の限界だった。 傘を二本とも放す。お父さんの手を放す。一際大きな水音が立った。 私は一人で雨の中を進む。お父さんを放ったまま。 どうして、お父さんがそんなこと言うの? お父さんは家族が大事じゃないの? もしも私が悪いことしたら、そうやって見捨てるの? お父さんは――――そんな人じゃない。 雨に降られて反省すればいいんだわ。 自分が悪いって気付くまで、家に帰ってこないでよね。 その時の私はそう思ってた。心の底から、混じりっけなしに。 お父さん、私はいい子なんかじゃないんです。 あなたが帰ってこなければいいと考えました。 全てはそれが原因です。 あなたが、その日を境に家に帰ってこなくなってしまったのは、私のせいなんです。 715 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 31 49 ID uUm7CUZ7 *** 「あ……もしかして、ジミー?」 「……人違いです」 「嘘つくな! その腕は間違いなくジミーだよ!」 「人違い…………だったら、嬉しいのに」 現実は厳しい。あまり出会いたくない人間に限って、思いがけない出会いを果たしてしまう。 場所は自宅から最も近い、行きつけのおもちゃ屋のプラモデルコーナー。 小学生ぐらいの子たちの姿はほとんど見られないここで、珍しく小さい女の子がいるなと思って見ていたら、 俺の視線に反応したのかその子が振り向いた。 で、数秒の間を置いてから言われたのが先ほどの台詞だ。 地味な容姿をしているからジミーなどという短絡的な名前で俺を呼ぶのは一人しかいない。 俺の…………血縁にあたる少女、玲子ちゃん(九つ)だ。 ここのつってひらがなで書くとココナッツみたいだ――が、それはどうでもいい。 俺と玲子ちゃんは異母兄妹だ。 しかし父の妻になった人間は今のところ母一人だ。後にも先にも誰も居ない。 よって玲子ちゃんは父の不義の結果生まれた子供ということになる――のだが、 父と母は兄妹なのだから、俺だって不義の子にあたる。人のことは言えない。 またしてもとんでもない話であるが、玲子ちゃんを産んだ母親は父の姉だ。 身内で姉妹丼。しまいどんまん。 真相を知ってから何度も思ったが……なんてことをしでかしてんだあの男は。 「ほら、やっぱりジミーじゃん。ごまかそうたってそうはいかないよ。 そのあふれ出るしょーげききょーがく、しょーが……しょ、しょしょ、しょーがく的な地味地味オーラでバレバレだよ!」 「小学的か。だったらしょうがないな」 「そう。ジミーがいくらごまかそうったって無駄なんだよ」 噛み噛み玲子ちゃん。小学的ってなにさ。 話が展開しないからあえて受け流すけどさ。 「玲子ちゃんは何をやってるの、こんなところに一人で。 伯母……お母さんは一緒じゃないのか?」 「んー、最近お母さん調子がよくないから病院に来ちゃいけないって言うの。 ボクが来ても窓の外ばっかり見てて、あんまり話してくれないし。なんだかつまんない」 「ふうん。そういうことは前からあった?」 「んーん。最近の、ちょうどジミーに会った日からあんな感じ。 どうしちゃったんだろ、お母さん」 俺に会った日から、ね。 伯母の顔を確認した途端に俺は逃げるように立ち去ってしまったから、逆に印象づけてしまったのかもしれん。 伯母には過去のことを忘れたままでいてもらいたいのに。 思い出してもらいたくない。良いことなんか一つもない。 今更謝られても困るし、また昔みたいに絡まれたくもない。 十年ぐらい前――たぶん今の玲子ちゃんよりも幼い頃の俺と、今の俺。 一番の違いが見られるのはまず目つきだろう。 昔は目がでかかったがあの頃より少し細くなった。はっきり言えば目つきが悪くなった。 眼鏡をかけるほどじゃないが、視力が下がっているからな。 それ以外にも細々と変化しているから、おそらく俺だとは気付くまい。 本当は伯母と玲子ちゃんの親子とは二度と会うつもりはなかった。 そうすれば過去のことをなげっぱなしにしていられるから。 ここで玲子ちゃんに会ったのは、知り合いと偶然街で顔を合わせた程度のことだ。 これ以上一緒に居たらずるずると話し込んでしまう。 この子、反応がいちいち俺好みだったりするから困る。 716 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 32 55 ID uUm7CUZ7 「じゃあ玲子ちゃん、俺はこのへんで」 「もしかして、ジミーがボクのお父さんになっちゃったりするのかな」 「……………………わけがわからない」 この気分は、えーと、あれだ。 かなり前の話になるが、弟と折半して買った、キャラが喋りまくるのが面白い新作アクションRPGを交互にやっていたら、 なんでか知らないが、いつのまにかヒロインが無口な女の子になっていたときの気分だ。 真相は、単に弟が俺のセーブデータを自分のものと勘違いしてプレイしていった結果だったりする。 それぐらい置いてきぼりにされた気分。 弟には仕返しとして間違った数学の知識を仕込んでやったが、このケースではどうするべきだろう。 ふうむ。とりあえず玲子ちゃんの口にガムテープでも貼って無口な少女にしてやるか。 「いや、場所を考えるならむしろマスキングテープか? あっちの方がいろいろ自由が効くし……」 「なにぶつぶつ言ってんの? ただのジョークなのに取り乱して。 そんなにうれしいの? ボクのお母さんと結婚するのが。 もしかしてジミー……年下より年上が好きだった?」 「ツッコミどころが三つある。 まず俺は年下が好きなわけじゃない。そして、年上が好きなわけでもない。 それに何より、俺が君のお母さんと結婚するわけがないだろ!」 「あれ、そうなの? ボクのクマさんパンツはじっくり見たくせに」 「ふん、白とグレーのストライプだっただろうが。嘘を吐くな、嘘を」 「あれ? ジミーと初めて会った日ってアレはいてた? よく覚えてるね。や、やっぱりジミーはボクぐらいの子が、す……好きなんだ」 「! …………ファッキン俺!」 小学生のパンツごときに不覚をとるとは! 違う、俺は小学生の下着が好きな訳じゃない。 たとえばほら、葉月さんのだって思い出せ…………あれ、思い出せない? いや、人命救助が目的とはいえマウストゥマウスされたこともある。 マッサージされたことも、押し倒されたこともある。 一度ぐらい葉月さんの下着を拝んだことがあるはず。 ――――ちくしょう、弟の洗濯物に混じった妹の下着しか思い出せん。 見たことねえよ、葉月さんのは。 「ジミーのロリコン」 「違う!」 「もしくは女の子のパンツを思い出すことに必死なヘンタイさん」 「変態じゃない!」 「……仮にヘンタイだとしても」 「変態という名の――――変態じゃない! 断固たる否定の意志!」 玲子ちゃんが舌打ちをした。隠そうともしていない。 危なかった。乗ってしまうところだった。 どうなってるんだ最近の小学生は。 テレビか、DVDか、それともネットか? インフラが整いすぎてる。世代の格差を感じるぞ。 717 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 34 06 ID uUm7CUZ7 「じゃ、ジミーは年上好きかあ。 でもさ、十七才のジミーとボクのお母さんとじゃ差があり過ぎじゃない?」 「その通りだ。玲子ちゃんだってそう思うだろう。だから俺は違うんだって。 というか、いつのまに俺が君のお母さんを好きだっていう設定ができたんだ」 「年下が好きなわけじゃないっていうから年上好きなのかな、って」 「なんでその二者択一になる。俺は相手の年齢で好きになったり嫌いになったりしないよ」 「じゃあ、どんな人が好きなの?」 「……嫌いなタイプならいる。 相手のことを好きでもないのに好きと言う人。そういう人とは絶対にダメだ。受け付けない」 中学時代に俺を浮かれさせた後にどん底まで落ち込ませた女のことだ。 たぶん、あの経験があったから、中途半端な気持ちで葉月さんと付き合えないと思ったのだ。 「じゃあ、ジミーは相手が嘘つきじゃなければ付き合えるの?」 「まあ、そういうことかな……」 「じゃあ、ボクのお母さんでもいいんだ」 「いいや、それは無い」 さすがにまずいだろう。さすがっていうか……絶対。 だって、玲子ちゃんの母親は俺の母の姉だぜ? 相手が自分の母親より年上。俺から見たら伯母。小学三年生の子持ち。ちなみに子供は腹違いの妹。 どれをとってもありえない。 そんな相手と付き合う胆力は俺には無い。 ……それに、昔の件だってある。 俺にとって、伯母は最も会いたくない類の人間だ。 「そもそも、なんで俺が玲子ちゃんのお父さんになるのか説明してくれない?」 「だって、お母さんジミーと会った日から窓の外ばっかり見てるんだよ? 他にも、ときどき屋上に行ってため息ついたりしてる。病院のご飯も全部食べないし。 学校の先生に聞いたら教えてくれたもん。それはきっと恋をしているのよ、って」 「……いい先生だね。きっと先生は本気でそう思ってるよ」 相手が高校二年生と知れば違う答えを返すだろうけど。 真実はどうなんだろう。 伯母は何を考えている? もしかして昔のことを思い出したとか? もしくは、思い出しつつある? これが俺の杞憂だったらいいんだが。 719 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 35 13 ID uUm7CUZ7 「ジミーはこのお店、よく来るの?」 「時々ね。趣味でプラモデル作るから。ここは家から一番近いしね」 「そうなんだ。へー……一日にいくつぐらい作れるの?」 「んー……中身確認して、中性洗剤で洗って乾かして、メッキパーツはメッキ落として、 仮組み、それからサフ吹いて……」 「カリグミ? サフってなあに?」 「あ」 そうか。玲子ちゃんぐらいの年だとそんなことしないのか。 接着剤不要のやつなら仮組みしない。 ランナーから切り取って組み立てるだけでサマになる。 つや消しスプレー吹くだけで終わらした方がいいキットとかあるもんな。 うーん、スケールモデルじゃまず味わえない楽ちんさだ。 俺みたいなやつは、あえて部品精度の悪いキットを買って、いかに自分流に作り上げるかにこだわったりする。 小学生っていったら組み上げたロボットを早く見たいから、ちゃっちゃと作る。 俺も昔はそうだった。 「ジミー?」 「あ、ごめん。えーとね、俺がよく作るのは……そう、とにかくでっかいんだ」 「でっかいの? どれぐらい?」 「バラバラなのに部屋がごちゃごちゃになるぐらい」 これは嘘じゃない。とにかくでっかいは嘘だが。 パーツの自作しつつ片手間に筆塗りしてエアブラシも使えば寝るスペースすら無くなる。 部屋が広くないのも原因の一つ。加えて色々物が多いんだ、俺の部屋は。 だがこう言えば、玲子ちゃんぐらいの子供なら。 「すっごーい! ジミーそんなおっきいの作るの?! もしかして高校生じゃなくて仕事人?」 「仕事人……? ああ、仕事じゃないよ。ただの趣味。 そんなわけだから、一つ作るのには……早くて一ヶ月ってところかな」 「……すごいや。どんな人にでもとりえはあるって先生が言ってたけど、本当だったんだ。 まさかボクがジミーに感心する日がくるなんて」 なんだか、玲子ちゃんが今初めて俺を年上として見てくれた気がする。 おかしい。これまでも年上の世界を見せてきたはずなのに。 なぜ俺の言葉には感心せず、脚色したプラモデル作りの話に感心するんだ。 やっぱり、子供は自分でも理解できるものに興味を引かれるのか。 720 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 36 06 ID uUm7CUZ7 「玲子ちゃんはここに一人で来たの? 家が近所なのか?」 「ううん。友達のお姉ちゃんといっしょ。 ドライブに誘ってくれたから、ついていったの。 今はちょっときゅうけい中。ボクの住んでる家、ちょっと離れてるんだ。 ジミーも来る? ボクの家」 「それは丁重にお断りする」 「むう。なんでさ。ジミー付き合い悪い」 それはもちろん、玲子ちゃんとこれ以上絡みたくないからだ。 傷つくから言わないけど。 このままずるずると話していたら、玲子ちゃんの家に遊びに行くことになってしまう。 早めにこちらの意志を示しておくのが正解だ。 「ちぇ。お姉ちゃんとジミー話し合いそうなのに」 「そりゃまた、なんで?」 「だってこのお店、お姉ちゃんも使ってるって言ってたもん。 ちょうどペーパーとえめらるどのよーざい? が切れてるから寄っていくとかなんとか」 「……それは、耐水ペーパーとエナメルの溶剤じゃないのか」 「あー、そうだったかも。時々お姉ちゃんよくわかんないこと言うんだ。 ジミーぐらいの仕事人ならやっぱりわかるんだね」 「まあ、ね……」 なんだ、この高揚感は。 初めて趣味の合いそうな人間に会えるからか? ……なんか、すっごく語り合いたい気分になってきた。 「どうする? お姉ちゃん呼んでこよっか?」 「あ、うん。いや、やっぱり女の人だから……でもやっぱり会いたいかも……」 「わかった。じゃあすぐに連れてくるからここで待ってて!」 「え、ちょっと! まだ心の準備が!」 玲子ちゃんが俺の静止を聞くはずもない。 小走りで外へと向かっていった。 721 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 37 10 ID uUm7CUZ7 いったい玲子ちゃんの友達のお姉ちゃんとはどんな人だろう。 どんな人というか、どれぐらいのレベルの人なんだろう。 耐水ペーパーを使うってことは、下地づくりや鏡面塗装をやってそう。 エナメルの溶剤は筆洗いや色を薄める時使う。エナメルで塗りをしてる証拠だ。 「何派だろう。カーモデルか、ミリタリーか、艦船か」 「私の好みはスーパーロボットだ」 「ちなみに俺はどれでもイケる」 「ただし、原作を知っているものに限る」 「ああ、知ってるのと知らないのとじゃ完成イメージが違うもんな……」 …………ん? いつのまにか、右側に知らない女の人が立っていた。一歩分距離をとっている。 プラモデルの箱の詰め込まれた棚の最上段にある、パッケージイラストが人型兵器の馬鹿でかい箱を仰ぎ見ている。 話しかけてきたのはこの人か。 俺にとってのオアシスであるここに現れる女性はこの人が初めてだ。 ……ふうむ。なるほど。 なら、試してみるか。 「あれって、子供にはまだ早いってことを暗に示してるんだと思う?」 「いや、特別なものだという認識を与えるためにあの位置に置いているんじゃないか。 私が玲子ぐらいの背丈しかなかった頃は棚の上にある箱に憧れた。 親に頼み続けて、クリスマスになってようやく買ってもらえたよ」 「俺も。張り切ってラッカー塗料買って部屋で塗りたくってたら母親がヒステリー起こした」 「私はでかくて高いからって、物の出来が良いわけじゃないということを思い知らされたよ。 光の翼は再現できないわ、上半身と下半身のバランスが微妙だわ。分離機構はまあまあだったけど」 「だけど、今ならパテられる。あの時とは違う」 「まだ私は盛りつけなんだ……それに、いつまで経っても怖くて」 「誰だってそうだよ。俺がスクラッチして傷つけて、ダメにした奴らはたくさんいる。 型取りしても上手くいかなくて、つい積んでしまう」 「そうか。じゃあ、私と君は似たもの同士だな。 君と一緒なら複製できそうだ。今度一緒に取らないか?」 「いいのか、そんなこと言って。 俺はファーストの太腿でもバリをつくっちまうんだぜ」 「それでもいい。まだ私には二つしか得意なものがない……ヒートプレスとバキュームだ」 「あれができるのか。俺なんかまだ絞れない」 「なら私がコツを教えよう。ただし、冬ならいいが、夏はダメだぞ。 熱く、なりすぎてしまうからな……ふふふ。それもまたよし、かな」 そう言って彼女は手を伸ばす。四箇所しか可動しない白い奴のキットに。 俺は彼女の求める、四百から千番の耐水ペーパーセットとエナメルの溶剤を手に取る。 そして俺たちは視線を交わす。 ただそれだけで、俺たちの思いは一つになった。 「……あなたはどちら様?」 「……君は誰だ?」 722 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 39 00 ID uUm7CUZ7 まあ、お互いに相手の素性に見当が付いているのだが、確認はせねばなるまい。 「あなたが、玲子ちゃんのお姉さん?」 「そうだ。実の姉じゃないぞ。マンションの同じ階に住んでいるだけだ。 で、君は? 玲子の知り合いみたいだが」 「あー、俺は……あなたと似たようなもんです。 この間右腕をやってしまって入院した時にたまたま知り合ったんです」 「ということは、君が例のジミー君か」 「いえ、俺の本名はジミーじゃなくって」 「君と玲子が話しているところをこっそり聞いていた。 玲子が君のことをジミーと呼んでいるのなら、私もそう呼ばざるを得ない」 「……そうですか、じゃあそれでいいです」 どいつもこいつも俺を本名で呼んでくれない。 兄さんとかお兄さんとか兄貴とか先輩とかジミーとか、代名詞ばっかりだ。 名前だってちゃんとあるんだぞ。呼ばれないだけだ。 でも代名詞だけで会話が成り立ってる以上、現状は変わらないんだろうなあ。 「ところで、ジミー君はどうして敬語で話しかけている?」 「え、なんとなくですけど」 「君は十七だったな。私の方が年上になるが……敬語はやめてくれ。 せっかく趣味の合う人間に会えたんだ。敬語は抜きで頼む」 「ああ、わかった。そうする。 それで、俺はあんたのことをなんて呼べばいい?」 「…………まあ、ジミー君は害が無さそうだから教えてもいいか。 藍川京子だ。好きなように呼んでくれ。オススメは京子ちゃんだ」 「じゃ、藍川で」 「京子ちゃんは駄目か?」 「いや、なんか知っている人と混同しそうだからやめとく」 「なら仕方ないな。だが、いつでも呼び方を変えたかったら変えてくれて構わないぞ」 「そうするよ、藍川」 年上にちゃん付けはどうしても違和感がある。 なにより、澄子ちゃんと名前が似てる。 澄子ちゃんと目の前の藍川とじゃ、容姿は似ても似つかないが。 澄子ちゃんが赤ずきんを被った少女だとすれば、藍川は魔法使いに会う前のシンデレラ、もしくはマッチ売りの少女。 背丈は俺と同じぐらいなのに体が細い。そのせいで、幸薄そうに見える。 でも、澄子ちゃんは見た目が愛らしくても中身は狼だった。 というか、俺の周りの女はみんな何かしら変なところがある。 藍川も見た目通りの女とは限らないから注意が必要かもしれない。 723 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 40 52 ID uUm7CUZ7 藍川が買い物を済ませた後で店を出る。 出た途端、入り口近くの壁にもたれながらジュースを飲む玲子ちゃんと会った。 「探す手間が省けた。二人ともここで待っててくれ。すぐに車を回す」 そう言って立ち去る藍川。 藍川が居なくなると、玲子ちゃんは俺の顔を見て笑った。 小学生は何か企んでいそうな笑顔を浮かべても似合うからいい。 これが中学二年、早ければ中学に上がった途端に変貌する。 余計な知恵をつけているから要らないことまで考えるようになるのだ。 小学生の考えることは楽に読める。素晴らしきかな純真な心。 「楽しかった? ジミー」 「楽しいか楽しくないかで言えば、楽しかったよ」 「うそばっかり。すっごい楽しそうだったよ。 言ってることは全然わからなかったけど」 「そう? あれぐらい普通……じゃないか」 普通の人は安物のプラモの関節を十個増やしたりなんかしないもんな。 「お姉ちゃん、今は恋人いないんだって。男の人と話すのが苦手って言ってた」 「そうなの? そんな風には見えなかったけど」 「うん、きっとあれだね。お姉ちゃんはジミーにほれちゃったんだよ。間違いない!」 「ふ、若いな。玲子ちゃん」 「む。その言い方何? たしかにボクはジミーより小さいけど、せいしんねんれいは同じぐらいなんだからね」 ああ、この子の頭の中は順調に成長しているなあ。 児童だけに許される無自覚の痛々しさがある。 自分より年上の人間と対等に渡り合えると本気で思っている。 父親が不在、母親が入院中という家庭環境に置かれながらよくぞここまで育ってくれた。 きっと、良識のある大人やいい友達に恵まれているんだろう。 「男と女の間にも友情は成立するんだよ。 それが趣味を通じてのものだったら、なおさら繋がりは強くなる」 「ふうん、そういうものなんだ」 「初めて出会えた、俺が専門用語をわかりやすく言い換えなくても会話できる相手に。 右腕が動かないのが惜しくてならないよ」 「そんなこと言って、お姉ちゃんのことを好きになっちゃっても知らないよ。 ラブストーリーは突然に始まるんだからね」 「……玲子ちゃんがどこから古い知識を仕入れているのか、時々俺は疑問に思う。 でも、その通りだろうね。 他人や何かを好きになるきっかけなんて、ちょっとした思いつきや何気ない言動によるものがほとんどだから」 「じゃあ、ジミーはきっかけさえあればお姉ちゃんやボクやお母さんのことを好きになるんだ」 「何気なくありえない選択肢を混ぜてくるところが憎いなこんちくしょう。 ……でも、否定はしないよ。これから先のことは俺にも読めないからね」 玲子ちゃんや伯母を恋愛の対象として見ることは絶対にないけど。 他の女性陣だったらどうか。 妹という選択肢は無い。今朝はどこに出かけるのか細かく聞かれたけど、それ以外はいつも通りだった。 あんな素っ気ない女は、仮に妹じゃなかったとしても好きにならない。 澄子ちゃんは、無い。あの子は弟に惚れてるから。 俺と弟と澄子ちゃんで三角関係? あまりにも俺が惨め過ぎる。 同じ理由で花火も無い。あいつ自身は嫌いじゃない。 だけどあいつには負い目があるから、そもそも好きになれないだろう。 篤子女史、却下。理由は高橋も絡んでくるから。 残るは一人。葉月さん。 でも彼女を振った俺が、今更好きと言うなんて。 だから、俺は彼女に―――― 724 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 43 09 ID uUm7CUZ7 唐突に、思考を遮る携帯電話の着信音が鳴った。 「鳴ってるよ、ジミー」 「わかってるよ」 着信音の特撮ヒーローのオープニングテーマに反応してくれないことに一抹の寂しさを覚えつつ、 携帯電話のディスプレイを見る。 噂をすれば影が差す。噂ではなく黙考だが。 葉月さんが電話をかけてきた。 このタイミングでかけてきたことも驚きだが、葉月さんが電話してくることも驚きだ。 連絡は専らメールで取り合っていたからだ。 一応、何を言われても受け入れられるよう覚悟して、通話ボタンを押す。 「もしもし、葉月さん?」 「うん。私」 「何かあった? 電話してくるなんて」 「……どうして? 私が電話しちゃダメなの?」 「そういう意味じゃないよ。ただ珍しいなって思って」 「そう、かな? じゃあ……そう思わないように、今日からしょっちゅう電話かけようか?」 「ごめんなさい。勘弁してください」 着信履歴が葉月さんだらけ。軽く話しかけてくるぐらいの頻度でかかってきている。 さすがにそれはやめていただきたい。 とはいえ、現状で着信履歴とメールの送り主は葉月さんがほとんどだからちょっとしか変わってない。 俺の友人は顔を合わせた時しかコミュニケーションしてこないのだ。 「ねえ、あなたは今どこにいるの?」 「家から出てるよ。一人で買い物してる途中」 「……嘘、一つ。 じゃあ、今誰かと一緒にいる?」 「ああ、たまたま知り合いに会ったから」 「知り合い? 友達じゃなくって?」 「あー、友達って言っていいのかな、一応」 「……どう見たって友達以上じゃない。嘘、二つ」 さっきから葉月さんがぼそぼそ言ってるみたいだが、聞き取れない。 何か数えてるのか? 「あなた、私の名前知ってるよね? 忘れてないよね?」 「そりゃもちろん。忘れるはずがない」 携帯電話に『葉月さん』で登録しているのはなんとなくだ。 俺は相手をフルネームでなく呼び名で登録するタイプなのだ。 「じゃあ、好きなように私を呼んで? オススメは……葉月ちゃんだよ」 どっかで聞いた台詞だな。ちょうど数分ぐらい前に。 しかし『葉月ちゃん』は、どうだろう。 年下ならともかく、葉月さんにちゃん付けはできない。 葉月さんは同級生の女子と比べたら年上に見えるぐらいだ。 「……うん、やっぱり葉月さんのままがいいな。そっちの方がイメージに合ってる」 他意は無い。俺は本当にそう思ったのだ。 725 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 44 37 ID uUm7CUZ7 「何よそれ! どういう意味なの!」 だから、鼓膜を突き破らんばかりの怒鳴り声が聞こえてきたときは、訳が分からなかった。 キンキンする。耳の穴から針を差し込まれたみたいだった。 電話機の声と肉声がステレオで聞こえてきた錯覚までする。 混乱と鼓膜の痛みで頭が回らない。 「いや、どういう意味って、そのまんまの意味なのに」 「嘘三つ! どうして嘘ばっかり! 仏の顔も三度までよ!」 「なんでそんなに怒ってるのか俺にはわからないよ。俺、何か悪いことした?」 「無自覚!? ど、どどど、どこまで鈍いのよあなたはあああっ!」 もはや葉月さんはヒステリック。 耳を塞ぎたいぐらいの声量で叫んでくる。 「そこはオススメとは別で呼ぶところでしょう? なんでいつも通りなのよ! 変えて欲しいって言ってるのがわからないの!?」 「……葉月さん、好きなように呼んでって言ったじゃないか」 「私のせいにするの?! ちょっとは気を利かせてくれてもいいでしょ! 忘れてるみたいだから教えてあげる! たった今から私をこう呼んで! いいえ、呼びなさい! 呼ばないと実力行使に出るわよ! 私の名前は、葉づ――――」 そこで唐突に音声が途切れた。 ディスプレイは表示されている。ツーツー、と音も出ている。 ということは、葉月さんが電話を切った? あのタイミングで? 弾みで電話を切ってしまうとは、葉月さんの興奮状態恐るべし。 「ジミー、今のだれ? 話全部聞こえてたよ」 「ああ、同じクラスの友達。今はね」 「女の人だよね。どうしてあんなに怒ってたの? ジミーが何か悪いことしたんじゃない? たとえばパンツ見たとか」 「そういうのだったら納得いくんだけどね」 そういうのじゃなく、名前で呼んでくれないのが嫌で怒っているらしい。 ううむ。なぜあそこまで冷静さを失うのかがわからない。 「女心はフクザツだからね。ジミーには気配りが足りてないよ。女の子にはやさしくしなきゃ」 「簡単に言ってくれるね、まったく」 だから優しさって何なんだ。もうちょっと直接的に、わかりやすく言い換えてほしい。 何かして欲しいとか、こう言う時はこうするようにって前もって言っておくとか。 以前、妹が中学に上がった頃に口論になったことがある。 俺が妹より先に風呂に入った件について。 そんなこと考えなくてもわかるでしょ、と妹は言った。 対する俺の言い分はこう。今までそんなこと言わなかったくせに、だ。 その時は妹のすね蹴りで決着が着いたが、妹との関係にはしこりが残ってしまった。 こんな感じで女は突然心変わりするものだという認識がある。 以来、女に対して一歩引いて接するようになった俺を誰が責められようか。 俺は葉月さん以外の同じクラスの女子としばらく口を利いていないのだ。 727 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2008/10/06(月) 00 49 26 ID uUm7CUZ7 「あ、お姉ちゃんの車。ジミーもお姉ちゃんに送ってもらうんでしょ。ほら、行くよ」 「ああ、はいはい」 対して、よく話す女性陣は一歩引いて接するとあっさり飲み込まれてしまうので油断ならない。 思いやりの心が介入する余地なし。そこまで頭が回らない。 しかし――いつか葉月さんは名前で呼んだ方がいいな。 またヒステリーを起こされても困る。実力行使に出る、って脅されたし。 やっぱり、ちゃん付けしないと怒られてしまうんだろうか。 それとも呼び捨てがいいのか? ……難易度高いなあ、もう。
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228 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 15 20 22.88 ID PFVaK90I [1/8] {季節は12月、とある赤い屋根の家のリビングで一人の少年が本を読んでいた} 少年「んん・・」 {そういって軽く延びをする少年は ハニーブラウンにパープルのメッシュ入った背中まで掛かるサラサラした髪 透き通るような雪肌 なによりもたれ目がちな二重で白い瞳 そして地肌にショッキングピンクのだぼだぼのパーカーとオーバーオール その女の子のような顔立ちに似合うハイトーンな声と140センチの身長 少年の名前は犬山 茶太郎(いぬやま ちゃたろう) ・・・・ちなみに十五歳だ} 229 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 15 48 13.51 ID PFVaK90I [2/8] ピーンポーン ???「ただいまー」 {そういって学生カバンとスーパーのビーニール袋を抱えて帰宅したのはその姉 犬山 ひずみ(いぬやま ひずみ)である 薄桃色の癖のあるボブ パッチリとした宝石の様な瞳 雪肌 出るとこが出て引っ込むところが引っ込んだ魅惑的なボディ いまはこの姉弟の通う『私立能力者学園』の制服の紫のセーラー服を着ている} ひずみ「茶太郎く~ん♪」ガバァ 茶太郎「わわわっ!ひずみおねぇちゃん!?」ムギュウ ひずみ「うきゃーー♪」モフモフモフモフ 茶太郎「あう~くすぐったいよー」ジタバタ ひずみ「えっ・・・」パッ ひずみ「茶太郎くん・・・お姉ちゃんのこと嫌いですかぁ・・・」ジワァ 茶太郎「あぁ、もう、そうじゃなくっt「ううぅ、私・・・お姉ちゃん失格ですぅ」ウルウル 茶太郎「そ、そうじゃなくって、ごゴハンだよ、おねぇちゃん、おねぇちゃんが帰ってくるの遅くてお腹空いちゃったから 早くゴハン作ってくれないかなーって」 ひずみ「そ、そうでしたね!」パァァァ ひずみ「今日は茶太郎くんの好きな牡蠣鍋ですよー」 茶太郎「お、おねぇちゃん?たしか昨日は牡蠣フライで一昨日は牡蠣カレーだった気g」 230 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 16 22 32.47 ID PFVaK90I [3/8] ひずみ「若い男の子はしっかりタンパク質とミネラルと亜鉛を摂らないと駄目なんです! 牡蛎は鰻やスッポンよりも亜鉛が含まれてるんですよー」 茶太郎「・・・(U・ω・U)???」 ひずみ「わかんなかったですよねー」アハハ ~時間経過~ ひずみ「さーて、今日は休日ですよー」 茶太郎「うみゅ?」ボー ひずみ「ほらっ!茶太郎くんも起きて下さいっ、茶太郎くんの重さとあったかさがすっごく幸せですけど起きて下さい!」 {そして二人は公園へ} ひずみ「ん~~!寒いつ!」 茶太郎「ま、まぁ、12月だしね・・」 ひずみ「う~『冥言』(クリティカルフレーズ)」 {説明しよう、彼女は能力者である 彼女の能力は冥言(クレティカルフレーズ)は口にした様々な名言に合った現象を引き起こす能力である} 茶太郎「ちょ、ちょっとまっておねぇちゃん! おねぇちゃんの能力は本気で洒落にならないからー」ワタワタ ひずみ「むぇ、そうですか?」 茶太郎「むぇって・・・とにかく駄目だよ! おねぇちゃんなんて言うつもりだったの!?」 ひずみ「えーと、『ホーホッホッホッ消しとb「はい、ストーーープ!」 茶太郎「いやいや!フリーザ様は駄目だよ!? もう、ボクがやるよ『図書漢』(ブックスタンド)」 {そして彼はもってきた本を開く 説明しよう、『図書漢』(ブックスタンド)とは本の内容たる、現象、物体、法則をこっちの世界に引用する能力である} 茶太郎「ダイの大冒険より『メラ』!」 {火の玉が現れ二人を照らす} 232 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 20 20 24.11 ID PFVaK90I [4/8] ひずみ「もはははは、茶太郎くんは便利です」ギュ~ 茶太郎「も、もはははは?それとくるしーよー」 ひずみ「えっ、お姉ちゃんの事きr「うけけけけけけけけけけ」 不良1「おいおい、そこの若奥様よぉ」 不良2「ちょっくら、こずかいくれや、あぁん」 不良3「ふ、ふひひ、き、綺麗、なんだなぁ」 不良4「とちとら部落民でよぉ、この世界の嫌われモンだぁ、なぁ、恵まれない子供達の愛の手ってなああああああああ うけけけけけけけけけ」 ひずみ「若奥様?」キョロキョロ 不良1「あんただよ!?」 ひずみ「私が若奥様だとぉ・・・茶太郎くんは旦那様っ!?」 不良2「いや、子供だよねぇ!?」 茶太郎「えーと、嫌だって言ったら?」 不良1「さぁぁぁぁぁぁて、聞いて驚け、見て失望しろぉ 自らの肉体を狼男にする男『月禍狼人』(ウルフマン)のヤイバ!」 不良2「ふう、めんどくさい。心の拒絶を具現化する能力『心の鎧』(ザ・ブライ)・・・レン」 不良3「うひっ、粘液を出す能力『粘力』(スライミークレイジー)のうひっ、コウサクなんだな」 不良4「最後はこの俺っっっ!自分の思いを拳に込めるっっっ!!!『思い拳』(フレンドリーナックル)のファイヤ、うけけけけけけけけけけけけけけけけ」 四人「「「「見っっっっ参っっっっ」」」」(なんだな)(うけけけけけけけけけ) ひずみ「(うわぁぁぁ)」ススッ 茶太郎「(痛いなぁ)」ススッ ヤイバ・レン「覚悟っ」ガルルシャキーン コウサク・ファイヤ「うけけけなんだなぁ」ドロォコォォォ ひずみ「えーと、それじゃあお姉ちゃんが比較的まともなのをやるね?」 茶太郎「うん!それじゃあボクはあの施設組ね!」 ヤイバ「俺の牙にちりなぁぁ」 レン「私の心の壁、壊せるものなら壊して見るがいい!」 ひずみ「えーっと『僕の禁断の過負荷』『その幻想、俺がぶっ殺す』」 {ひずみの右手に全ての異能を殺す力が、左手に全ての心をへし折るマイナス螺が現れる} ひずみ「『却本作り』『幻想殺し』」 ヤイバ「そげぶっ」ドサッ レン「う、うあああああああああああああああああああああああああ」ガクガク 233 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 20 41 24.61 ID PFVaK90I [5/8] {一方、茶太郎は苦戦を強いられていた} コウサク「うひっ、こ、こっちも可愛いんだなぁ」ピュンピュン ファイヤ「男の娘ってやつだな!」グンッ 茶太郎「うぅ、このままじゃ・・・」 コウサク「うひっ、こここ、この顔も可愛いんだなぁ、うひっ」 ファイヤ「込めるは熱血、いくぜっ俺の灼熱伝説の始まりだぁぁ」ボボゥ 茶太郎「う、うぁぁぁぁ」バッ ひずみ「茶太郎くんっ」ガバッ ひずみ「あああああああああっ」グワシャアン 茶太郎「お、おねぇちゃん?ぇ、おねぇちゃん、おねぇちゃん??? なんで倒れおねぇちゃん?なんおねぇちゃん?おねぇちゃん????」 ファイヤ「ふっ、熱い姉貴じゃねぇか うけけけけけけけけ」ニカッ コウサク「うひっ、うひひひひひひ」ドロォ ひずみ「『大嘘憑き、僕の絶命を無かったことにした』 大丈夫ですよ、茶太郎くん・・・茶太郎くん?」 茶太郎「おねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃんおねぇちゃん」ブツブツ ファイヤ「あ、あれ、なんかヤバくないか?」 コウサク「うひっ」ダッ ファイヤ「ま、まてコウs」 ぎしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ 茶太郎「・・・・・・・・・・・・ゴジラより『キングギドラ』」 キングギドラ(・ω・)キシャー(・ω・)キシャー(・w・)ガジガジ ファイヤ「コーサクゥーーー」 234 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 21 12 46.93 ID PFVaK90I [6/8] ファイヤ「こ、コウサク、あんなにいいやつだったのに」ort ファイヤ「ならその思いっっっっ!部落のほこr」(・w・)パクッ(・ω・)キシャー(・w・)ガジガジ キングギドラ(・w・)ガジガジ(´・ω・`)イイナァ(・w・)ゴックン 茶太郎「さ・て・と・帰ろっ♪おねぇちゃん♪」スッキリ ひずみ「う、うん、そうですね」タラー 茶太郎「手ぇ繋ごう、おねぇちゃん!」つ ひずみ「はいっ!お買い物してから帰りましょうね!」ギュッ 茶太郎「今日の夜御飯なぁに?」 ひずみ「牡蠣ライスです(・`ω・)」 ~時間経過~ ひずみ「さて、そろそろ10時、子供は寝る時間ですよ茶太郎くん」 茶太郎「ふぃ?」ウツラウツラ ひずみ「うふふ♪もう半分位夢の中です」ダッコ 茶太郎「うみゅ」ギュー ひずみ「はわわわわ、茶太郎くんがギューしてくれました」 ~ベットルーム~ ひずみ「まずは私が仰向けに寝て」ゴロン ひずみ「でもって、茶太郎くんを私のおっぱいの谷間にお顔を乗せてうつ伏せに寝せてお布団をかけるとー」ンションショ ひずみ「幸せ空間の出来上がりです♪」アッタカ~ ひずみ「お休みなさい、茶太郎くん♪」 236 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 22 54 01.40 ID PFVaK90I [7/8] ~数日後~ ???「ごきげんよう、貴女がちゃたろーのお姉さん?」 茶太郎「うん、そうだよ!蜜川さん」 {そこにいた少女は金髪縱カール 青いツリ目 フリルたっぷりに改造した制服 蜜川 姫華(みつかわ ひめか) 彼女もまたこの姉弟と同じく能力者学園に通う能力者である} ひずみ「茶太郎くん、誰ですか?この女?」 茶太郎「転校生の蜜川さん!なんかおねぇちゃんに言いたいことがあるんだって!」 ひずみ「で、なんですか?」 蜜川「ええ、義姉様、簡単ことですわ ちゃたろーは私がいただきますわ」ニコッ ひずみ「茶太郎くん、何ですか、この女?頭おかしいんですか?」 蜜川「冗談ではなくってよ? 私はかのMITUKAWAコーポレーションの令嬢。 有り余るお金、豪邸、美味しい料理、綺麗な服、沢山の使用人、開発した能力、と来れば後は理想の殿方だけ♪」 ひずみ「で、うちの茶太郎くんに目を付けた、ってことですか?」 蜜川「ええ、だってこんなに可愛らしい殿方、他に居ませんもの」チャタローナデナデ ひずみ「なに人の茶太郎くんにさわってんの」イラッ 蜜川「うふふ♪違いますわ。ちゃたろーは私のモ・ノ♪ はぁ、困ってるお顔もなんて愛らしいのでしょう・・・」 237 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/05(土) 23 22 59.01 ID PFVaK90I [8/8] 茶太郎「あ、あの蜜川さん・・・?」オロオロ 蜜川「あら、貴方の事を忘れていましたわ さぁ、行きましょうかちゃたろー」 ひずみ「へぇ、事後承諾の上に私は空気ですかぁ」ビキビキ 蜜川「うふふ♪弟離れの時期が来たのですよ義姉様・・・」ニッコリ ひずみ「・・・・・・・死ね『冥言』」 蜜川「『王女親衛隊』(プリンセスナイツ)そこの空気さん、そこの義姉様を縛り上げて下さいな・・・・」 {説明しよう 蜜川 姫華の能力、『王女親衛隊』はそこに『ある』と確認し、解析した物体に命令を下す能力である それはさながら王女を守る親衛隊の如し 空気さえも王女を守る騎士と化し 時に壁に、時に剣に、時に手足となり王女の命を全うする} ひずみ「う、ぐぅ」ドサッ 蜜川「うふふ♪このまま締め殺して差し上げますわぁ♪」 茶太郎「や、止めてよ蜜川さん」ワタワタ 蜜川「止めてもよろしいですけど・・・・ ひとつ条件がありますわ ・・・一つ、私に絶対服従の愛玩奴隷になること ・・・二つ、もう二度と義姉様と関わらない事 ・・・・・・・・約束できますわよね?」ギロリ 茶太郎「うぅ、それは・・・」 蜜川「そう、ならこうですわよ♪」パチン ひずみ「う、ぎゅゅゅう」ジタバタ 茶太郎「う、うぅ、なります、ボク・・・蜜川さんの・・・」 蜜川「蜜川『御嬢様』ですわよ?」クスクス 茶太郎「み、蜜川御嬢様の・・・・愛玩奴隷に・・・・・・・なります」ググッ 238 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 00 10 12.35 ID z8HQdV4G [1/26] 蜜川「嗚呼、その表情・・・たまりませんわぁ(はぁと)」ムギュー 茶太郎「うぅ」ジワァ 蜜川「はぁ、大粒の涙を湛えたその白い瞳・・・・・吸い込まれてしまいそう」ペロッ 茶太郎「ひゃうぅっ////」 蜜川「うふふ・・・ちゃたろーの涙・・・・・・どんなシャンパンよりも豊潤で美味しいですわよ」ワシャワシャ ひずみ「うう・・・・あ」ズルズル 蜜川「うふふ♪惨めですわねぇ義姉様・・・・でもそれこそが敗者のあるべき姿・・・ふふ♪ちゃたろーのことならおまかせ下さいまし♪私が老後まで面倒を見ます故・・・・・・・・それでは、ごめん遊ばせ」 ~蜜川邸~ 茶太郎「あ、あの蜜川御嬢様・・・ボクはどうすれば・・・」 蜜川「うふふ、心配には及びませんわぁ♪まずはコレ・・・」つフリフリメイド服 茶太郎「え、えっとぉ」オロオロ 蜜川「着なさい」ニコッ 茶太郎「あ、でもボク・・・」 蜜川「男の子、否、男の娘でも構いませんわ・・・・着なさい」ニコッ 茶太郎「うううぅ」ウルウル 蜜川「嗚呼、なんて可愛らしいのちゃたろー・・・でもだめよその服は義姉様との繋がり・・・」パチン メイド’s「はい」ザッザッザッ 蜜川「着替えさせて差し上げて下さいな♪気恥ずかしいなら私は後ろを向いていますから」 茶太郎「ちょ、まっ、それにメイドさん達にみられちゃうよぉ」ジタバタ 蜜川「それなら安心して下さいな、少しでもちゃたろーに変なことをしたら只ではすみませんわ」 茶太郎「そーゆー問題じゃ・・・って普通にカメラ回してるメイドさんがいるしっ!」 蜜川「ああ、それならお構い無く」 茶太郎「構うよ!?」 蜜川「うふふ♪そんな・・・ただ今のちゃたろーと私の愛の一部始終を義姉様にご報告するだけですわぁ♪」 茶太郎「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おねぇちゃん?」 蜜川「はぁい、ごきげよう義姉様今からちゃたろーは義姉様の服を脱がされて私のお洋服を着せられているところですわぁ」 茶太郎「うぅ、おねぇちゃん・・・」ウルウル 蜜川「見てくださいまし。 あの透き通るように白い肌、桜色の小さい乳首、薄くういた肋骨、可愛らしいおへそ、いまやその全てが私のもの・・・・・・・・うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 239 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 00 30 53.69 ID z8HQdV4G [2/26] 蜜川「それでは最後に・・・・・」つチョーカー 茶太郎「はぁ・・・はぁ・・・うぅぅ」 蜜川「あら?もしかして義姉様に見られてると興奮するの?ちゃたろー」ニコッ 茶太郎「ボ・・ボク、そんな変態さんじゃないもん・・・・あぅ//////」 蜜川「うふふ、これで解ったでしょう? ちゃたろーは私のモノ♪ それとこのチョーカー、チタン合金の針金にケプラー繊維で作って最高級のシルクとルビーで飾り立てましたの♪ 黒い薔薇の華の様で可愛らしいでしょう?」カチッ 茶太郎「え、なんか変な音が聞こえたんだけど・・・?」 蜜川「ああ、御心配なく ただ内部のジョインドがはまって二度と取れなくなっただけですわよ?」 茶太郎「ねぇ、蜜川御嬢様? まさかGPSとかついてないよね?」ウルウル 蜜川「もちろんですわぁ(はぁと) GPSの他、ちゃたろーの脳波や心拍数、呼吸、音声、マイクロカメラで視界も全てわかりますので迷子になっても安心ですし・・・・・・・もし、逃げ(かくれんぼし)ても絶対に捕まえられますわよ?」ニ゙ゴッ 240 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 00 42 29.39 ID z8HQdV4G [3/26] 蜜川「さて、次はお風呂にしましょうか」 茶太郎「お、お風呂・・・・////////」 蜜川「うふふ♪どうしましたの?」 茶太郎「そ、その・・・・ハズカシイ」 蜜川「はぁ、その恥じらいに悶えるお顔・・・・たまりませんわぁ(はぁと) で・も」パチンッ メイド’s「はい」ゾロゾロ 茶太郎「ひぃぃ」プルプル 蜜川「はぁん、怯えるお顔も素敵♪ 連れてきて下さいな♪ それと虹色の薔薇の薔薇風呂を用意して下さいな」 メイド’s「はい」 茶太郎「はわわわ」 241 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 00 59 01.02 ID z8HQdV4G [4/26] ~バスルーム~ 茶太郎「あの、蜜川御嬢様・・・」 蜜川「なんですの?何でも申してごらんなさいな」ニコッ 茶太郎「確かこの薔薇ってレインボーローズって言うんだよね? 確かすっごく高価な物だった気がするんだけど・・・・・・それをこの大浴場全体にぎっしり・・・」 蜜川「あら?ご存じでして? 流石の読書家ですわね・・・・ ですがお気になさらず これでたかが五億円ほどですわ」 茶太郎「・・・・・なんか金額が高すぎてピンとこないなぁ」チャポン 蜜川「うふふ、ですがちゃたろーはこれからは大理石の金細工のお風呂でハーブのお湯にレインボーローズを浮かべたお風呂に入るのですよ」ニコッ 茶太郎「うぅ、でもタオル巻いてても女の子がボクがお風呂に入ってるの見てるのって恥ずかしいよぉ//////」 蜜川「うふふ♪そのお顔が義姉様に見られてるのですわよ?」 茶太郎「あうぅ//////」 242 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 01 32 51.11 ID z8HQdV4G [5/26] ~食堂~ 蜜川「ふふふ、私の好きなスッポンのコンソメスープですわ お口に合って?」 茶太郎「はい!すっごく美味しいです」パァァ 蜜川「そ、そう、それは良かったですわね」キュンッ 茶太郎「? どうしました?」 蜜川「いえ、何でもありませんわ・・・・うふふ、天然のスッポンでないとこの味は出なくってよ」 茶太郎「うん、こっちの生ハムメロンも美味しい!こっちのカニも!」 蜜川「そちらはイベリコ豚の120年物の生ハムにオーストラリアのロックメロンを使いましたの そちらのカニはマッドクラブですわ」 茶太郎「この魚のカルパッチョ、花びらとウミブドウが添えてある」 蜜川「ええ、アオブダイにヴァージンオリーブオイルとヒマラヤ岩塩、バルサミコ酢をかけてバルサミコ酢に浸したツバキの花びらと沖縄のウミブドウを添えましたの」 243 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 01 53 19.49 ID z8HQdV4G [6/26] 蜜川「デザートもありましてよ?」 茶太郎「頂きます」パァァァ 蜜川「はうっ/////そ、それでわ」パチンッ 茶太郎「わぁ、キラキラぁ♪」 蜜川「うふふ、シベリアのトナカイのミルクとオーストラリアのキラービーがラベンダーの花の蜜だけで作ったはちみつで出来たアイスクリームを金箔で包んで 乗っているのは大理石の上で軽く千回は空気に触れさせたベルギーチョコ 乗っている果物はマンゴスチン、カスタードアップル、ビワ、そしてラム酒に8年浸けたオプンティアですわ」 茶太郎「ありがとうございます、ご馳走様です蜜川御嬢様」ペコッ 蜜川「え、ええ、お腹一杯お食べなさいな。 私待っていますから ああ、シェフ、ドン・ペリニョンを開けて下さいまし」シュワワワワ 蜜川「ねぇ、乾杯しましょう?ちゃたろー/////」 茶太郎「はい!」チン 蜜川「ん、二人に乾杯///」チン 244 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 02 20 19.43 ID z8HQdV4G [7/26] ~寝室~ 蜜川((わ、私とした事が・・・完全に服従させるつもりが あんなに素直に喜ばれたらイジワルなんて出来ませんわ・・・ ペットやお人形みたいにするはずで拘束しましたのに・・・・ あの殿方の笑顔が私の胸を締め上げて・・・・・暖かくするのは何故ですの?)) ドア<コンコン 蜜川「どうぞ・・・」トクン・・・・トクン・・・・ 茶太郎「し、失礼します・・・蜜川御嬢様」 蜜川「うふふ♪可愛らしいですわよ? 私と色違いのヴァイオレットのチェックのパジャマとナイトキャップ」 茶太郎「み、蜜川御嬢様もワインレッドのパジャマ・・・凄くお似合いです」テレテレ 蜜川「姫華と、呼んで下さいませんか?」 茶太郎「えっ」 蜜川「お嫌・・・ですか? 義姉様と引き離した私を憎まれますか?」 茶太郎「え、えっと、うん、確かに無理矢理連れてこられてビックリしたけどそこまで怒ってないよ・・・・・ それにあんなに良くしてもらって憎むなんて・・・・出来ないよぉ」 蜜川((嗚呼、嗚呼、たまらない、その優しさ・・姿・・雰囲気・・許されるならここで心臓を止めて永遠の物にしてとって起きたい 触れたら崩れてしまいそうに繊細なそれでいて蕩ける様に甘い 極上の砂糖細工の様に)) 245 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 02 41 28.11 ID z8HQdV4G [8/26] 蜜川((抱き締めたい、眺めていたい、私が持てる全てを与えたい・・・・ 大人と子供の狭間の刹那の存在・・・ 男女の容姿の良さの全てを兼ね備えた存在 その瞳の奥の光はとても優しくて・・力強くて・・神秘的で・・神々しくて・・それなにとても壊れ易い 嗚呼・・・壊したい・・・護りたい・・・抱き締めたい・・・自分だけの物・・・・違う、そうじゃない・・・貴方だけの物にして欲しい 貴方に愛情を向けて欲しい・・・ なんなんですの・・・この気持ちは・・・?)) 茶太郎「えーっと、それじゃあ姫華御嬢様?」 蜜川「((違ういますわ・・・・私の名前はそんなに長くありませんわ))御嬢様はつけなくてよろしくてよ?」 茶太郎「姫華・・・さん?」 蜜川「~~~~~~((私の名前・・・幼くして両親を亡くした私の名前を初めて余計なものを入れずに呼んで下さった))」ポロポロ 茶太郎「姫華さん!?」ワタワタ 蜜川「((もう、慌てられて可愛らしいですわね))もう一度、呼んで下さいまし」ポロポロ 茶太郎「姫華さん!」 蜜川「もう一度」 茶太郎「姫華さん」 蜜川「もう一度」 茶太郎「姫華さん」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 246 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 02 55 29.50 ID z8HQdV4G [9/26] 茶太郎「落ち着いた・・・?」 蜜川「ええ、もう大丈夫ですわ」ニコッ 茶太郎「・・・何か、初めて姫華さんが笑ってるのを見た気がする・・・何でだろう?」 蜜川「ふふふふ、もしかしたら初めて満たされた感じがしたからかも知れませんね」ボソッ 茶太郎「え?」 蜜川「さて、そろそろ寝ましょう」 茶太郎「うん!このベット広くてフカフカー♪」 蜜川「ええ、何しろコウテイペンギンの雛の羽毛と天然のヤママユガのシルクと大理石と香木しか使ってないベットですから ちなみにサイズはダブルキングサイズの天蓋付きのベットですもの♪」 茶太郎((イジワルはしなくなったけど説明癖は変わんないよー)) 247 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 03 13 29.23 ID z8HQdV4G [10/26] 時計<ボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーンボーン 蜜川「ん、もう十時ですか・・・」ムギュッ 蜜川「あら?」ギュ~ 茶太郎「スヤスヤ」ギュ~ 蜜川「あらあら//// 抱きしめてそのまま寝てしまわれるだなんて・・・・」クスッ 蜜川「お休みなさいまし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・茶太郎様」 ~一時間後~ 蜜川((ん、まぁ、いつもより早く寝ましたしそれほど眠くなりませんわね))ドキドキ 茶太郎「スヤスヤ」 ~二時間後~ 蜜川((まぁ、今日一日の興奮がまだ覚めないようですね)) 茶太郎「スヤスヤ」 ~三時間後~ 蜜川((うん・・・・だんだん眠く・・・))ウツラウツラ 茶太郎「ううん・・・ひめかさぁん・・ムニャムニャ」 蜜川((お、おふぅ、な、なんなんですのこの少し気だるげなセクシィヴォイスは!? 甘えるような・・・・哀願するような・・・・そんな甘い囁き))バックンバックン 249 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 03 33 48.34 ID z8HQdV4G [11/26] ~四時間後~ 蜜川((ふぅ~ふぅ~、お、落ち着いて来ましたわ・・・・さすが茶太郎様 凄いもしくは同じ文字で凄まじい破壊力 世界中の武器、兵器、劇毒物を足して3をかけた位の威力でしたわ)) 茶太郎「スヤスヤ」 ~五時間後~ 蜜川((あったかいですわ・・・これが自分以外の人肌の・・・・殿方の温かさ・・・・心がほぐされて溶かされてくみたい)) 茶太郎「スヤスヤ」 ~六時間後~ 蜜川((ふう、やっと眠気が来ましたわ・・・・流石にもう寝ないと・・・)) 茶太郎「ううん・・・あむぅ」クビスジアムアム 蜜川「っっっっ((ひゅあぁ~~~~/////////))」キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュン 茶太郎「んじゅう~」ズズッ 蜜川((こっ、これはっ!ちゃ、茶太郎様が私の首筋をあむあむしてる しかも結構ガッツリいってるしなんかちょっと吸引してる!?)) ~七時間後~ 蜜川((や、やっと離して下さいました・・・凄い・・・・起きたらシャワーを浴びないと・・・))ピクンピクン ~八時間後~ 茶太郎「ん~、よく寝たぁ」ノビ~ 蜜川((結局、一睡も出来ませんでした)) 250 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 04 05 09.63 ID z8HQdV4G [12/26] ~庭園~ 茶太郎「わー!すごーい!色んな動物がいるー」 蜜川「ええ、ここは世界中から色々な動物を保護を目的に放し飼いにしていますから」グテー 茶太郎「姫華さん、あれはなんですか? 図鑑ででも見たこと無いのがいますよ!」キャッキャッ 蜜川「ええ、あれはですねっ!」シャキッ {相変わらずの説明癖、この子は指してあげるだけで成績が上がる子だ} 蜜川「あれはホワイトタイガーとホワイトライオンから生まれたホワイトライガー、そのホワイトライガー同士から産まれた用は新しい種類としてのホワイトライガーですわ。 大きい物で6メートルに達しますわよとくにあの固体はシベリア虎の血が入っていますからもっと大きくなるかも・・・・あれで6歳になりますわ 」 茶太郎「それじゃあ、この全身が青白くて角の長いカブトムシと顎が長くてギザギサで翅が紅いクワガタムシのは?」 蜜川「ええ、そちらはグラントシロカブトとヘラクレスリッキーを掛け合わせた種類で既に種として確立していて恐らくこの庭園の虫の中で一番強いかも知れません。 私は『白帝』(しろみかど)と呼んでいますわ。 様々な環境に対応できますのよ? 木材や落ち葉があればそれを食べて平均9年で成虫になり、それから平均20年生きてその間、同種や別種と交配してよりたくさんの自らの子孫を創り出していくのですね それとこの種には面白い特徴がありましてね 表に出なくても今まで交配した種の遺伝子を自らの遺伝子に組み込んで保護していって何世代か後に使ったりするんですよ・・・・・全ての種を繋ぎ、進化し続ける「帝」の名こそふさわしくてよ」 251 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 04 35 45.96 ID z8HQdV4G [13/26] 茶太郎「ふえええ?」 蜜川「クスッわかりませんよね。それでこっちのクワガタムシが・・・・・ {その日は本当に夢の様な時間だった 二人はその後二人で書斎に行きクイズやトリックアート、ウォーリーを探せや古今東西の伝説や神話等を互いに読み聞かせたり議論したりして過ごした} ~能力者学園~ {拉致監禁したお嬢様金髪縦カールの女子生徒と拉致監禁された男の娘茶髪ストレート紫メッシュの男子生徒が手を繋いで校門から出てきた。 そして・・・} ???「『宇宙キターーーーッ!!!』」 {と、ハイテンションな台詞と共にその人物が白い戦士へと変わり} ホイール・オン エレキ・オン {紫雷を纏いて金色の鎧となり腰のレバーを引く} エレキ・ホイール・リミットブレイク {電撃が男の娘を気絶させ、黄金の風となった何者かが男の娘を連れ去る その間、僅か0.4秒} 252 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 04 55 11.10 ID z8HQdV4G [14/26] {蜜川 姫華は何が起きたかは分からなかったが誰が起こしたかは理解できた こんなこと出来るのはあの男の娘と・・・・・・・・・その姉しか居ない、と 女子生徒はかつて自分が自分勝手な気まぐれで襲撃した赤い屋根の極々一般的な民家に押し入った 結果はものけのから 女子生徒は自らが金を右から左に動かしただけで手に入れた金で打ち上げた人工衛星を自らの能力でジャックし全世界のカメラというカメラに干渉を始めていた} 253 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 05 22 20.83 ID z8HQdV4G [15/26] {ここは現在は遺棄されたトンネル 厳密にはバブルが弾けて製作途中で捨てられた場所であり何を思ったか核シェルター並みの強度を持ち、電気や水道も引かれている} 茶太郎「あ、あれ?ボク・・・どうして・・・???」 {その目覚めかけた意識にテンションの高い敬語が響く} ???「あは★あははは★ おっきしましたかー?茶太郎く~ん♪」 {そういってその人物が抱きついてくる 勿論その正体は・・・・} ひずみ「もぉ~~~~~っひっさしぶりですねぇぇぇええぇぇええぇぇぇ」 {狂喜の声をあげるのは 艶を喪って痛んだ薄桃色のボブ 煌めきと透明感を喪った大きな紫の瞳はギラギラとしたナニカを宿し凄惨な隈 やや痩けた頬に若干荒れた病的な物を感じさせる肌 それでいて獣欲を煽りたてる肢体 身に纏うのはボロボロになった私立能力者学園の制服と血液とが滲んだ薄汚れた包帯と絆創膏、そしてそれらでも被い隠せない青痣や切り傷 犬山 ひずみである} 254 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 05 43 07.85 ID z8HQdV4G [16/26] ひずみ「うーーーーーーん★モ、モフモフモフモフク、クンカクンカクンカクンカあああ ん、ハァーーハァーーひっさしぶりの茶太郎くん★ ハァハァーーーーーーーッッッ」 茶太郎「お、おねぇちゃん!?」 {男の娘は困惑していた、男の娘が知っている姉は馬鹿でこそあったが少なくともこんな風では無かった} 茶太郎「ぼ、ボクの居ない間に何があったの!?」 ひづみ「うん?何もないよ?ただずううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっっっっっとお!!!!!!!!!」 ひずみ「茶太郎くんの事をさがしてたんだぁ★ ゴハンも食べないで、寝ないで、お風呂もはいらないで、あはははははははははははははははははははははははははははははははは★ でもさっ、見つけたと思ったらあの女と手ぇ繋いでるんです★ そこは本来、私の場所なのに★あははははははははははははははははは★でも怒ってなんか無いですよ★あの女に脅されてるんですよね★ああしないと酷いことするって脅されてるんですよね★ 大丈夫ですから大丈夫ですからほう絶対に確実に永遠に永久に茶太郎くんを逃がさないからね★茶太郎くんは私のもの★ 大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです愛してます 愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してます愛してますだからっっっっっっ」 ひずみ「茶太郎くんにお姉ちゃんを刻み込んであげる、私無しじゃ居られなくしてあげる(ぶらっくはーと)」 255 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 06 04 23.11 ID z8HQdV4G [17/26] {その後の姉弟のは弟を姉が犯す形でまぐわった} 茶太郎「ふえぇぇぇぇぇ」 ひずみ「可愛いです★茶太郎くん可愛いです怯えてます可愛いですふえぇって言いました可愛いです」 {そして姉は弟の衣類を強引に引き裂いた} ひずみ「んはぁ、はぁぁぁ、こ、これが茶太郎くんの裸・・・うへ、うへへへへ」 {そういって姉は弟の鼻を摘まみ堪らず口を開けた弟の口腔を舌で犯す様に貪り頬の内側から舌の根、喉まで太く、熱く、ぬめる、長い舌で弟の蜜様に極甘の唾液をかき集め、飲み下し。 自らも多量の唾液を弟の口腔から溢れ少女の様なあどけない幼気な童顔を淫らに汚す程に注ぎ込んだ} ひずみ「あは★お姉ちゃんのファーストキスをあげて茶太郎くんのファーストキスをもらっちゃいましたぁ★ しかもベロチューで★」 256 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 06 22 13.39 ID z8HQdV4G [18/26] ひずみ「酸欠でボーってしてる茶太郎くんも可愛いです★ あみゅじゅばぁれりゅれりゅ、あはは★茶太郎くんのお耳美味しいーです★」 {そういってひとしきり童顔を嘗め終えた後、更に耳朶を嘗めしゃぶり耳穴に舌を螺混み卑猥な音を脳内に響かせる} 茶太郎「ひぃ、ひゃんっ、あう~」 {対する弟は姉に与えるられる快楽に視界をチカチカさせながら流されるしか出来ていない} ひずみ「あは★茶太郎くんのお手手がちいちゃく無いとこう言う事出来ませんからねー★」 {弟の身長は140cm対する姉は160と女性にしては身長も高い方であり体の各部位も弟より大きいそしてそれを生かし姉は} ひずみ「茶太郎のお手手食べちゃいますね★ん、にゅごっ、おぶっ、えぐっにゅずぅっ」 {大口を開けて自らの入る太さの限界までえずきながら呑み込み、そしてニュゴオっと引き抜く 当然、姉は苦しさで涙を流すが弟の体の一部を味わっていると言う事実と相まってそれすら悦楽に誤変換されてしまう} 257 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 06 41 26.24 ID z8HQdV4G [19/26] {姉の舌はそのまま腕を伝い脇に到達し溜まった汗の味を堪能した後 限りなく薄い肋骨が薄く浮いている胸板に顔を埋め唾液まみれにするとその未開発の桜色の蕾に吸い付き、しゃぶり、円を画く様に舌先でいじり、甘く噛む それだけで漏れる艶声がより興奮を高めていき抱きつく様に背中に優しい指を這わせ、かつては母体と繋がっていた部分、へそに舌を螺込みグリグリと貧弱な腹筋を貫かん勢いで抉る} ひずみ「ん、んひぃ、うはぁ★しゅごいぃ、茶太郎くんって全身すっごく美味しいです★濡れちゃいます★」 茶太郎「あ、ひゃあ、あう、」 {弟もなんとか射精だけは耐えて居るが口から涎が垂れ、目の焦点が会わなくなってきた それと同時に高まる期待、次はこの姉は自分にどんなキモチイイことをしてくれるのか? 姉弟でまぐわう背徳感と罪業感がその快感を加速させていた} 258 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 06 56 24.03 ID z8HQdV4G [20/26] ひずみ「んふ★そろそろ終わりかな」 {そういって姉は大切な宝物を触るように弟の頭を撫でた後、こう告げた} ひずみ「良くがんばりましたね♪偉い偉い★それじゃあお姉ちゃんと赤ちゃん作りましょうねぇ(ぶらっくはーと)」 {そして姉は小柄な弟を俗に言うちんぐり返しの状態に持って行き舌で菊座押し込み直腸内の腸液を飲み下し、拡張する そしてへそに張り付きカウパーで自身の腹部を汚す肉棒の根本、二つの精巣を味わいローターを二つ張り付け 遂に念願の肉棒をくわえこみ一気に根本まで飲み込み皮を剥く} 259 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 09 50 41.63 ID z8HQdV4G [21/26] ひずみ「あは★綺麗な桜色★ 何か剥く前よりおっきくなってますねぇ★」 茶太郎「も、もう、ボクぅ」プルプル ひずみ「えいっ★」ムギュッ 茶太郎「ひぎぃ」ビクンッ ひずみ「あは★出したくても出せなくて辛いですかぁ★★★ あははははははははははははは★ ちょっと待ってて下さいね★ 直ぐにお姉ちゃんに出させてあげますからねぇ★」 {そういって姉が取り出したのは明らかに上級者向けのイボイボの付いた極太バイブ} ひずみ「あららら★もしかしてコレよりも茶太郎くんのオチンチンの方がおっきいですか?」 {そう、弟の肉棒は弟自信がコンプレックスを抱く程に大きい 成人男性の平均の15cmを遥かに上回るサイズ、幼児の腕の様なソレだが無毛だ} 260 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 10 19 25.51 ID z8HQdV4G [22/26] {故に蜜川邸でのタオルを巻いての入浴の際も恥ずかしがっていた訳だが} ひずみ「えい★」 {姉はそのまま先程ほぐしておいた菊座にミチミチと音を立てながら前立腺に到着した} 茶太郎「い、ぎぁあ」プルプル {今にも射精しそうなのに出来ない そんな焦らしプレイによって高まった快感に解放の時が近づいていた} ひずみ「えへへ、茶太郎くんを私の谷間にセットしてっと」ンションショ ひずみ「いきますよ★茶太郎くん」 ブヂブヂブヂブヂ {そんな音が聞こえた気がした、そして弟の肉棒は姉の最奥にズガンッと叩きつけられた} ひずみ「~~~~~~~~~~~」ガックンガックン {脳天へとつき抜ける絶頂、それでも姉は肉棒の根本を掴んで離さない} 茶太郎「う、ひぃ、おねぇひゃんん」ウルウル ひずみ「あ、ははは、は★ だちたいのっ?実のっ姉にぃっ、お姉ちゃんにぃ、だちたいのぉ」ヒィヒィ {弟はただ、焼き切れそうな意識を使ってコクコクと首を縦に振った それを見た姉は汁まみれの顔で満足気に笑い、条件を提示した} ひずみ「お姉ちゃんの子宮いーぱいコンコンしてくれたらだちていーですよ★」 261 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 10 55 23.99 ID z8HQdV4G [23/26] {顔を輝かせた弟の行動は単純だった。 ただひたすらに狂った様にバスケのドリブルの様に素早く、また、力強く叩きつけた さながら蒸気機関車のピストンの様に叩きつける肉棒が絶頂で緩みきった子宮口を貫くまで時間は掛からなかった そしてお互いを手と足でお互いをがっしりと抱き止める そしてバイブとローターのスイッチが入り、姉はその胎に弟の精を受けた} 茶太郎「おねぇちゃんんんっっっぼきゅう、で、でりゅう」ビクンッビクンッ ひずみ「きてぇ、私の中に茶太郎くんの全部だしてくださいぃぃ」ガクッガクッ {二つの体に挟まれ、更にはローターによって精巣から絞り出された精子は常に刺激を与えられ続ける前立腺によって加速し、ローターとバイブの震えと肉壺の躍動によって姉の胎の最奥 卵巣まで届くような勢いで放つ} ドピューーーーーーーッッッドプッドプッドプッドプッドププププププビュボボズブッドププビューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー {姉弟は暫くの間、お互いの体を精一杯震わせて絶頂の頂に上り詰めたがまた暫くして力尽きた しかし姉弟が気絶しても肉棒は精を吐き出し胎はそれを飲み下す。 失神した姉はアヘ顔を弟はトロ顔を曝しながら、それでも体は胎に精を射ち放つ} 262 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 11 25 16.24 ID z8HQdV4G [24/26] {それから一週間の間、姉弟はまぐわい続けた、持ち込んだ34ヶ月分の食料を食べながら、立ちながら、寝ながら、排泄しながら、意識を失いながら それゆえ、脳は快楽を受感する機関に堕し、姉弟は全裸でただひたすらに求めあった 姉などは人の言葉すら発さずに縛り上げた血を分けた弟を犯した 時に口で、時に子宮で、時に肛門で、時に手で、時に足で、時に脇で、時にふくらはぎと太ももの間で アナルや逆アナル、尿道攻めやニップルファックにフィストファック 考えられる全てのプレイを試して少し落ち着いた所に彼女が現れた} 蜜川「ごきげんよう、茶太郎様、義姉様 さっそくですが・・・茶太郎様はお返し願いますわ」 263 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 12 02 04.35 ID z8HQdV4G [25/26] {まず、口を開いたのは姉だった} ひずみ「『こっからは一方通行だァ』『俺の未知物質に常識は通用しねぇ』『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄』」 {どうせよと言うのだ、学園都市超能力者二人の翼と黄金の拳 まずもって『王女親衛隊』は解析可能な物体や現象にしか命令出来ない それでも勝ちを捨てずに空気で締め上げようとするが逆に空気のベクトルが操作されて弾丸の如く密川の身を吹き飛ばした} 蜜川「く、か、茶太郎・・・様っ」 {そして茶太郎の方向を改めて向いた蜜川 姫華の耳に届いた言葉は・・・・} 茶太郎「ボクノオネェチャハキモチイイコトヲシテクレルボクノオネェチャハキモチイイコトヲシテクレルボクノオネェチャハキモチイイコトヲシテクレル」 {絶望だった、その白い瞳にはもう一条の光も無く、ただ虚空をさ迷っていた} 密川「う、ふふふ、ねぇ茶太郎様、私と一緒にまたお散歩して下さるんじゃなくって?一緒にご本を読んでくださるんじゃなくって?一緒にお食事してくださるんじゃなくって?私を・・・・・・・・・・・・・対等に見てくださったんじゃなくって? 地位や人生に関わらず、接してくださったんじゃなくって?」ポロッ {その声は震えていた、自分の知っている茶太郎を失った辛さから、そもそも自分が拉致らなければひずみが病む事もなく、強いては彼もまた自分とは違う世界に行く事はなかった。 ただ、肩を震わせ肩を揺すった} 密川「ねぇ?気持ちよくなら私がして差し上げますから・・・・もう一度私の名前を読んでくださいまし」ポロポロ 茶太郎「・・・・・姫華さん・・・?」 密川「茶太郎さまっ」バッ 茶太郎「北欧神話よりドローミ、レーディング」 {二本の鎖が螺旋を描きながら密川を拘束する} 密川「なっ、こ、これは!?」ガチャガチャ 264 名前:ボクノオネェチャン【おねショタヤンデレ】[saga] 投稿日:2014/07/06(日) 12 24 33.40 ID z8HQdV4G [26/26] {そして口にナニをブチこまれ、食道まで届いたそれをくわえながらまだ思考を捨てない彼女はそのまま胃袋に精を叩き込まれ盛大に吐き出した} 蜜川「うぷ、な、なんじぇ、ごんな、おぇ」 茶太郎「え、だってボクの事気持ちよくしてくれるんでしょう?」 蜜川「そ、それはぁ」 ひずみ「『ヒ レ フ セ』」 蜜川「ぐぇ」ジワシャ 茶太郎「おねぇちゃん、感度MAXとリミッター解除お願い」 ~8ヶ月後~ {ネットにある画像がアップされた 誰もいない筈の廃トンネルの中を改造した空間で お腹の大きなボブの女性がアナルディルを愛らしい男の娘の菊座に挿し込み その男の娘の使い込まれた巨根がお腹の大きな縦カールのまるで快感を感じる機能のリミッターを外されたような不様な顔の女性に精注ぎ入れているもので一部のマニアからの支持を受けたあとネットの海に消えた} 終劇