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ラビリンスには、音楽というものは無かった。 この世界に来て、初めてその存在を知った。 耳から入り、心に作用するもの。 感触すら、はっきりと思い出すこともある。 【夜想曲:nocturne】 テーブルの上には、これでもかとばかりに ご馳走が並んでいた。 庭に面したテラス席。 夜風が気持ちいい。 今夜は、私がラブの家族になって、初めての 桃園家恒例、外食デー。 この間は、いきなりラブに連れて来られた戸惑いと 心の整理が出来ていなかったこともあり、 最初は動揺していた。 でも、 ここで、ラブに教えてもらった。 家族。 笑顔。 そして、幸せ。 「せつな、ケーキの種類すごく増えてるよ!」 「本当だわ、どれにしようかしら」 色とりどりのケーキが並ぶショーケースを 眺めていると、とても幸せな気分になる。 その思いを閉じこめなくても良いことが、嬉しい。 顔を上げると、店の中ほどにある黒い塊が目に留まった。 「ラブ、あれは何?」 「ん?...ああ、あれはピアノって言うんだよ」 「ピアノ?」 「うん。とっても綺麗な音がするんだよ。 今日はピアノ演奏があるから、私も楽しみなんだ。」 「演奏...」 正直、音楽のことはまだよくわからない。 ダンスの練習で聴いている音楽も、まだ体の動きに 意識を集中するのが精一杯で、「1,2,3,4」と タイミングをとるためのガイドの域を出ない。 みんなで囲む食事は、とても楽しく、 時間を忘れるようだ。 優しくみんなの話を聞くお父さん。 空いたお皿の整理や並べ替えを忙しくやりながら ほうれん草を食べる決心をつけかねているお母さん。 いろんな話をして、朗らかに笑いながら あっという間にご馳走を平らげるラブ。 ちゃんと噛んでいるのだろうか。 私もみんなと一緒に笑いながら、スープを口に運ぶ。 体にしみわたる、幸せの味。 あの時、家族みんなが気づかせてくれた味。 紺色のドレスを着た女の人が入ってきた。 店内に拍手が起きた後、水を打ったように静まった。 「始まるよ」 ラブが私に耳打ちする。 女の人は頭を下げ、ピアノの前に座る。 演奏が始まった。 とても澄んだ音が響きわたる。 穏やかで、静かな音の連続。 ひとつひとつの音が、頭ではなく 胸の奥に届く。 星が瞬く、夜のような情景が心に浮かぶ。 その中に、吸い込まれていく。 そのうち、静かなメロディは響きが暗くなり、 激しさと不安さが増す。 心の中の空は曇り、雨が降り出す。 ふいに、あの時の感覚がよみがえってきた。 感触まで思い出せるほど、鮮明に。 ...... 音を立てて胸の鼓動が止まる。 顔に水たまりの感触がわずかにある。 すべての感覚が急速になくなっていく。 ラブの笑顔が浮かぶ。 まだよ、まだだめ。 もっと、色々、話したい。 ラブの笑顔が、 だんだん、小さくなる。 行かないで。 ラブの笑顔が、遠くなる。 行かないで。 行かないで。 ラブの笑顔が、消える。 ...... 察したのか、テーブルの下で ラブが私の手を握ってくる。 演奏からは激しさと不安さが次第に消え、 また穏やかな音へと推移する。 心の空の雨が、止む。 雲が切れ、明かりが差し込む。 ...... 赤い光に包まれる。 意識がはっきりしてくる。 体の感覚が戻ってくる。 足に力が入る。 手に力がよみがえってくる。 そして、 また出会えた。 ラブの笑顔。 ...... 最後の1音が、静かな余韻を残す。 いつの間にか、涙がほおを濡らしていた。 みんなが拍手をする間も、 私の体はまったく動けなかった。 「せつな、大丈夫?」 私の手を握ったまま、ラブが心配そうに 私の顔を覗き込む。 「...うん、演奏を聴いていたら、 色々思い出しちゃって...」 まだ余韻が残っている。 「これが、音楽...」 「本当に素晴らしいわ。私も感動しちゃった」 目を潤ませたお母さんが、ハンカチを私にくれる。 「せつなちゃんもやってみる?うちにも、小さいけど ピアノあるのよ。ラブはすぐにやめちゃったけど」 「にははー」 「明日、少し弾いてみていいですか?」 「ええ、もちろんよ。少しなら私が教えてあげられるわ」 レストランからの帰り道は、いつもよりゆっくり歩いた。 お父さんとお母さんはワインを飲んでちょっとご機嫌。 腕を組んで歩いている。 ラブと私は、そのだいぶ後ろを歩いている。 「ピアノ、ロマンチックだったねー」 ラブがうっとりした表情で話す。 「あんなに心に響くなんて、知らなかったわ...」 「またひとつ、幸せゲットだね」 街灯がやさしく道を照らしている。 音楽が心を揺らしたからか、 自然に手が出た。 そっと、ラブの腕に私の腕を絡ませ、 頭をもたせかける。 どこにも行かないでね。 どこにも行かないから。 ラブと目が合い、お互い微笑みあう。 少しでも長く、このままでいたくて、 歩く速度をまた少し、落とした。 元になった曲は、ショパンのノクターン8番。 ↓ http //www.youtube.com/watch?v=fXKqUiLiTcc feature=fvst
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昼間の日差しは、 秋とは思えないほど強い。 砂ぼこりが舞うグラウンドで、私は 赤い鉢巻きを締め直した。 短距離走のタイムが良かった私は クラス対抗リレーの最終走者に選ばれた。 「頑張ろうね!」 「練習通りに出来るといいな!」 気合いが入るみんなに対して、 私は、気が重かった。 リレーという種目は、初めて 体験するものだった。 他人と協力して走るなんて 考えたことも無かった。 当然、バトンの受け取りがうまくいく はずもなく、私は足を引っ張っていた。 私が、みんなに迷惑をかけている。 そう考えるだけで、私の体は 小さく縮こまってしまう。 そんな私に、チームのみんなは 夜まで練習に付き合ってくれた。 ラブも、家や通学路で 毎日、練習相手になってくれた。 号砲が鳴り、スタートした。 歓声が、急に大きくなる。 緊張する。 体が硬くなる。 頭に、次々と浮かんでくる。 バトンパスを失敗する光景。 転倒する光景。 落胆。 失意。 こんな気分では、うまくいくものも うまくいかない。 いけないとは思いつつ、 下を向いてしまう。 気が、さらに重くなる。 体操着のズボンのポケットに 何か入っている。 取り出してみる。 いつの間に入れられていたのか、 小さく折りたたまれた紙が2枚。 ゆっくり、開く。 「一緒に頑張ろうね!」 「めざせ1番!」 「いいとこ見せちゃおう!」 チームのみんなの字。 寄せ書きのようなメッセージ。 もう1枚。 「せつななら、できるよ! 精一杯頑張って、幸せゲットだよ!」 ちょっとくせのあるラブの字は、まるで 目の前で話しかけてくれているようだ。 顔を上げる。 砂ぼこりの中、必死で走り バトンを繋ぐ、みんなの姿。 前の人の思いを、胸に。 自分の思いを、次の人に。 立ち上がって、応援席を見る。 ラブと、目があった。 強い光を放つ瞳で、 ぐっと親指を立てている。 せつななら、頑張れるよ。 重い気持ちが、消えた。 心に、火が灯る。 スタートラインにつく。 他のチームが、次々と 私の横をすり抜けていく。 私に渡るバトンが、 近づいてくる。 前を見た。 自然に、スタートを切った。 手を、後ろに伸ばす。 バトンが近づいてくるのがわかる。 スピードが、シンクロする。 ファールラインぎりぎりで、 バトンが手のひらに触れた。 ぎゅっと握る。 弾かれるように加速する。 ワッと大きくなった歓声は、 すぐに後ろに飛んでいった。 みんなの思いが、 バトンに詰まっている。 全力で飛ばす。 追い抜く。 1人。 2人。 私のクラスの応援席に 近づいてきた。 大きな声援が耳に届いた。 「せつなちゃーん!」 「東さーん!」 「飛ばせー!」 ひときわ大きく聞こえる、 ラブの声。 「せつなぁ!」 「行けー!」 不思議な感覚を、味わっている。 全力で走っているはずなのに、 力が、まだ湧き出る。 心が、歓喜している。 体が、躍動したがっている。 もっと速く。 もっと速く! 限界を超えて、加速する。 体が、ぐんと前に出る。 息をしているのかどうかすら、 わからない。 前を走る人の背中が、近づく。 並ぶ。 張られたままの、 ゴールテープが見える。 まだまだ! もっと速く! 一気に、駆け抜けた。 かはっ、と、息を吐き出す。 足から力が抜け、私は トラック上に倒れ込んだ。 商店街を、夕日が 赤く染めている。 私とラブは、心地良い疲れを感じながら ゆっくりと歩いた。 胸元のメダルが、留め金に当たって カチンと音を立てる。 金色が、夕日を反射して まぶしい。 「いやぁ、すごいよ、せつな! あたし感動しちゃった!」 ラブが振り返り、自分のことのように はしゃいだ。もう何度目だろう。 僅差で、先頭をかわしきったらしい。 息があがったままの私に、 チームのみんなが次々と抱きつく。 耳をつんざくような歓声。 それで、はじめて優勝だと いうことに気がついた。 クラスの応援席に戻った私達は、 みんなにもみくちゃにされた。 チームのみんなも、クラスのみんなも、 ラブも、私も、笑っているのか 泣いているのか、解らなかった。 「ラブが言ってくれた通りだったわ...」 「ん?」 「応援してくれる人が居るから、 力が湧いてくる、って...」 ずっと前。 ナキサケーベの向こう側から、 ピーチに言われた。 「ありがとう、ラブ」 「うん...にはは...」 ラブが人差し指で ぽりぽりとほおを掻く。 「さ、早く帰ろ!今日はごちそういっぱいだよ!」 「ええ、そうね!私もうお腹ぺこぺこ」 私とラブは、家までもうひとっ走り することにした。
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秋晴れの中、爽やかな風が頬を撫でる。 私たちふたりは、いつものようにおしゃべりしながら下校途中。 「せつな、もうすぐハロウィンだよ。楽しみだね!」「そうね。みんなで夜を過ごすのって、ダンス合宿以来かしら」 ラブったら瞳がキラキラしてる。よっぽど楽しみなのね。 今年の10月31日は土曜日。美希とブッキーが泊まりに来る約束をしているのだ。 ハロウィンパーティーを兼ねて、皆でパジャマパーティーというわけ。 「早くハロウィンにならないかなあ~」 「ふふっ。ラブったらホント可愛いわね」 「何よ~子供扱いして。そう言うせつなだって、早くハロウィンになってほしいでしょ?」 「そうね、でも私は…まだまだ来ないでほしいかな」 「えぇ~、どうして?」 ラブとの毎日は、本当に楽しい。 いつも楽し過ぎて、気づいたら、あっという間に時間が経ってしまっているくらいに。 だから… 「私ね、もっともっと、ゆっくり大人になりたいんだ。 あなたたちと知り合えてまだ日が浅いでしょ。 幼なじみの3人に比べたら、一緒の時間がまだまだ足りない気がするの…。 だから、もっとラブや美希やブッキーとの時間を楽しみたい。 このまま時が止まってもいいくらいよ。 それに…遠足だって、行く前が一番楽しいって言うじゃない?」 「せつな…」 ラブは考え込むような顔をして、しばらく黙り込んだ。 私、ヘンな事言っちゃったかしら… 「よし!決めた」 急にこちらを向き、ニッコリと笑うラブ。 「せつな!ゆっくり大人になろうね、一緒に」 ラブと一緒に大人になる。 それは、とても甘美な響きだった。 いつも一緒にいるけれど、これからも一緒にいてくれる。 心が、きゅん、と音をたてた気がした。 「うん!ずっと一緒ね」 「や、く、そ、く!」 そう言って、ラブが小指を出した。 前にラブに教えてもらった、誓いの儀式。 私もそっと小指を差し出す。 ふたりの指がゆっくりと絡まり、ふたりの声が重なる。 「指切りげーんまーん、嘘ついたら針千本のーます!指切った!」 指切りのあと、どちらからともなく笑いだし、ひとしきり笑いあう。 そして、ラブが近づき、私の額に自分のそれをそっとくっつけた。 「これからもずっと一緒だよ…」
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「ラブちゃん、何その雪ダルマ……胸のトコすごく山盛りだけど……」 「これ?へへー、ブキダルマ!いいでしょー!」 「ちょ、ちょっとどこ見て……!」 「……で、その隣の胸が平らなのはなによ?」 「え……あ、こ、これはその……み、美希だる……」 バシィ!! 「い、痛ッ!!み、美希たんゴメン!冗談!!」 「ラァブゥ……!!!」 「雪合戦とか……なんなかんの言ってラブちゃん達楽しそう……」 「ブッキー……美希の投げた雪玉……思い切り握られて氷になってるけど……」 「美希…気を落とさないで、貴女らしくないわ。大切なのは大きさなんかじゃない、感度よ」 「せつな……それ何のフォローにもなってないから!」 「ぷっ。美希たんとせつなったらおっかしーの」 「ちょっとラブちゃん…美希ちゃんの顔、スッゴク怖いわよ…」 「いや…あの…ごめんなさい!お詫びに美希たんの感度を更に良好にしてみせるから」 「ラブちゃんったら!今度はせつなちゃんが凄い眼で睨んでるわ」 「「ラァァ…ブゥゥ…」」 「?ブッキー、何してるの?」 「あ……ちょ、ちょっとでも美希だるまの胸……大きくしようと思って……雪を盛ってるの」 「そう……私も手伝うわ」 「せつなちゃん……」 「だってこのままじゃあまりにも美希だるまが哀れで可哀想で不憫でしょうがないもの……」 「せつな!!聞こえてるわよ!!!」 「あ、あの~。そろそろ雪に埋められたあたしの事……助けてくれないかな?」
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「うわぁ!おいしそー!」 嬉しそうな声に読んでいた本から顔を上げると、 そこには2つ折りにしたようなスポンジ生地をもって目を輝かせているラブがいた。 「ラブ、それ、何?」 私が聞くと、今日のおやつだってー、とにこにこしながら答える。 「ね、せつなー。はやく食べようよー」 ラブは待ちきれないといった様子で、私を呼んだ。 「もう、ラブは食いしん坊さんね」 だってー、と笑うラブの元へ私も笑いながら近づいていく。 「はい、せつな。あーんして?」 「――――へ?」 予想外の出来事に全身が固まった。 いつのまにか2つに割ったパンの片方を私の前に差し出して、 わずかに首をかしげたラブは、とても愛らしくてなんだかどきどきしてしまう。 突然のことに私が戸惑っていると、せつな、どうしたの?と 顔を覗き込むようにしてラブが近づいてきた。 私の鼓動はさらに高まり、あわてて目の前のパンにぱくりとかみ付いた。 ふわふわのスポンジを口に含むと、その間にはさんでいたイチゴクリームの香りが 口いっぱいに広がり、一瞬今の状況を忘れてしまった。 「どう?せつな、おいしい?」 その言葉に、はっと我に返る。 ラブの顔が思いのほか近くにあって、また心拍数が跳ね上がる。 「――――お、おいしいわ。でも、立ったまま食べるなんてお行儀が悪いわよ」 ぱっと後ろに下がって、照れ隠しになぜかマナーの注意なんかをしてしまった。 せっかくのラブとのスキンシップだったのに・・・。 うなだれて自己嫌悪に陥っていると、ラブの明るい声が聞こえた。 「あ、そっか!あはは、ごめんごめん」 じゃあ座って食べよっかーと、暢気に笑いながら机に向かうラブを見ていると、 自分だけがどきどきしていることがなんだか悔しくなってきた。 私は素直に座ってパンを食べているラブに歩み寄り、 ぐっと顔を近づけるとそっと囁いた。 「クリーム、ついてるわよ」 そしてすぐさまラブの唇の脇に口付ける。 そこまではよかったが、ラブから唇を離すと突然恥ずかしくなってきてしまった。 熱くなる頬を隠すように勢いよくラブから離れると、 くるりと向きを変え、私は脱兎のごとく逃げ出した。 でも、部屋を出るときにちらりと見えたラブの顔が真っ赤だったから、 おあいこってことで、ま、いっか。 ラブに触れた唇にそっと指をあてて、頬が緩むのを感じながら、 私はゆっくりと目を閉じた。
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―――本日午後、行方不明となっていたメクルメック王国のジェフリー王子が無事に… 「あら、良かったわねー」 夕飯の片づけをしていた手を止めて、あゆみママがTVから聞こえてきたそのニュースに思わず声を上げた。 なんといっても四ツ葉町で起きた大事件。あゆみさんだけでなく、それはもう町中の関心事だったのである。 ―――しかし残念ながら、家宝の『ポセイドンの冷や汗』は騒動の合間に割れてしまい… 「まあ勿体無い。でも不思議ね。家宝がそんな事になった割には、王様も王女も王子も、 なんだか皆嬉しそうな顔してるじゃない。どうしてかしらね?」 「ど、どーしてだろーね、せつな!?」 「そうね、どーしてかしらね!?」 突然振られた言葉に、ラブとせつながギクリと顔を見合わせた。 もちろん理由は知っている。それは宝石なんかよりもずっと大切な、ずっと価値のある物を 三人が確認できたからだ。 だけどそれは王子達とプリキュア(あとカオルちゃん)しか知らない秘密。 答えなんか言えるはずも無く、結局笑って誤魔化すしかないのだ。 「まあ分からないわよね」 とは言え、娘達にそんな秘密があるとは当然あゆみさんは知るはずも無く、一人で納得すると 「それにしてもこの王子の笑顔可愛いわねー。見てるだけで幸せになっちゃう」 と、次のニュースに切り替わったのを確認して、お勝手口へと戻って行った。 「もうお母さんたらドキドキさせるんだから~」 母の姿が見えなくなったのを確認して、ラブがホッと息を吐いた。 そしてそれは、どうやらせつなも同じだったらしく、互いに聞こえた安堵の音に可笑しさを感じて アハハと笑いあう。 「でも、お母さんも言ってたけど、ジェフリーの笑顔って本当に宝物だよね」 「そうね。あの宝石よりもずっと輝いてたわ。笑顔ってあそこまで人を幸せに出来るのね」 「あれ?せつなも幸せになったの?」 確かあの時は違うって言ってたのに、とラブが聞く。 「あ!その…まあね。一応は」 「へえ…」 とせつなを見るラブ。それから、ポツリと言った。 「あたしといる時よりも幸せ感じた?」 「え?」 「せつなはあたしといる時よりも幸せ感じた?」 なんでこんな事を聞いたのかは自分でも分からなかった。 わざわざ聞く事では無いし、大体が比べるような事でもない。でも、何故だか聞かずには居られなかったのだ。 それは確認したかったのかもしれない。しかし 「そうね」 ガツンとした衝撃が、ラブの体を突き抜けた。 「そうだったかも知れないわね」 「そう…なんだ…」 ニュースではもう一度ジェフリーの話題をやっていた。そこには彼の天使の笑顔が再び映し出されている。 でも何故だろう。さっきまではあんなに可愛いと思っていた笑顔なのに、今は胸がギュッと痛くなる。 ひょっとしてあたし、こんな小さな子に…? ウソ、ウソだよ。だってせつなが幸せになってくれるのは、あたしにとっても幸せで…。 だけど、でも、あたしと居るよりもせつなが幸せだなんてそんな事…… 頭の中で思いがグルグルとごちゃ混ぜになって行く。 どうしたらいいのか分からなくなって、胸の奥が熱くなって行き――― 「なんてね」 クスリとせつなが笑った。 「ラブとは比べられないわ」 「え?」 「私にとってはラブの笑顔が一番の幸せの素。だからそんな顔しないで」 そしてそっとラブの頬へと手を添える。 「ばか」 思わず憎まれ口が出た。 だけどそのまま、ギュッとせつなに抱きついた。 「ラブ…」 「せつな…」 見詰め合う二人。視線は情熱的に絡み合い、互いの呼吸すら感じられる。 そしてその雰囲気の中、互いの唇がどんどんと引き寄せられて行って…… 「あなた達、なんで抱き合ってるの?」 「―――!?お母さん!?」 なんとかTVの怪談話のせいにしてもらいましたとさ。 おしまい
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「……せつな」 最初は、幻聴かと思った。 ラブの声。自分の名前を呼ぶ声。ここにはいない筈の、彼女の声。 行かないでと願った心が錯覚した、偽りの声じゃないかと。 「せつな」 二度目の声。 確信する。 違う、幻聴じゃ……無い! 「……!」 慌てて涙を拭い、声のした方 ―先程ラブが去っていった方向―に振り向く。 そこには。 「ラブ……!」 ずっと走ってきた為か、額や首元がうっすらと汗ばみ、 口元に時折白い息を生み出しながら、 それでも、その顔に浮かんでいるの笑顔は、走り出した時と同じく飛び切りのままで。 「せつなぁーーーーーーーーーーーっ!」 そしてその口から三度、名前が呼ばれると同時に。 ラブが、せつなに向かって飛び込んできた。 「ラ、ラブ、ど、どして?」 その体を受け止めながらも、まだ現実が受け入れられずにせつなが戸惑いの声を上げる。 どうしてラブがここに、いや、なんで戻ってきたのか。 「……やっと、会えたよ」 ラブは、せつなの問いかけには答えない。 代わりに、飛びついた時に体に回した手に力を込め、強く、抱きしめる。 その腕の中の存在を確かめるかのように。 「あ……」 抱きしめられている。 たったそれだけの事なのに、それなのに。 込められた力と、触れ合うことで生まれる温もりが、 せつなの悲しい気持ちをあっけなく霧散させる。 (なんて……単純なのかしらね) 自分の心の動きに苦笑しつつも、その事に安堵を覚える。 ああ、私はこんなにも。 こんなにも、ラブの事が好きなんだ、と。 だからこそ、確かめたい。 ラブが何故ここに戻ってきたのかを。 その疑問に込められた想いは、自惚れかもしれない。 聞けば、今のこの温かさを奪われる、そんな残酷な答えが待っているのかもしれない。 でも、それでも、どうしても知りたい。 だからせつなは、口を開く。 拳を握ることで心を励まし、精一杯の勇気を振り絞って。 「ねえラブ、さっき、どうしても会っておきたい人がいるって……」 それでも、言葉は最後まで続けらなかった。 か細くなり、消え行く声。 「ん?」 その声を聞いたラブはうん、と一つ頷きを作る。 「うん、確かにそう言った」 「だったら、なんでここに……?」 「だからね、もう会ってきたんだよ。一人目には。 ラビリンスに行く前に、あたしの気持ちをちゃんと伝えておきたいから」 やっぱりそうか。 ラブは答えを言いに行っていたんだ。 覚悟していた事とはいえ、その事実がせつなの顔を再び曇らせる。 だから、続くラブの言葉も最初は全く耳に入らなかった。 もう充分だ、これ以上は聞きたくない。そう思っていたから。 「『ごめんなさい、あたしには好きな人がいるからって』って、言ってきた」 「……………………………………え」 今、ラブは何て言った? ごめんなさい? 誰に対して?どして? さっき確か一人目って言ってなかった? ということは、まだ会いたい人がいるっていうこと? それが『好きな人』? 頭の中がぐちゃぐちゃになってわけがわからない。 ラブが去っていったと思っていた悲しみ。 戻ってきてくれたという喜び。 告白を断ったという信じられない事実。 他に好きな人がいるという言葉への困惑。 その全てが渦を巻いて纏まらない思考の中で、せつながかろうじて口にした言葉。 「だ……誰のこと?」 それを耳にしたラブは、うん、もう一度頷く。 そして両頬を一度、両手でピシャリと叩いて気合を入れると、 改めて問いかけへの返事を口にする。 優しさと、自分の想いに対する絶対の自信を込めたその飛び切りの笑顔を せつなだけに、向けながら。 「うん、それがあたしが今日、どうしても会っておきたかった人の二人目。 今、あたしの目の前にいる、一番大好きな人のことだよ!」 「……………………………………!」 見開かれるせつなの目。 「ラブ……今、なんて」 「え?だから、せつなに会いに来たんだってば。 こんな時に会っておきたい人って行ったら一番好きな人でしょ、やっぱり。 あたしにとってのそれって、せつなしかいないもん!」 にはは、と笑いながら答えるラブ。 頬がうっすらと紅いところを見ると、照れ隠しの意味もあるのだろう。 「……」 え、だってさっき私に「会っておきたい人がいる」って行ったのに……それが、私? なんで?どうなってるの? でもでも、私の事一番大好きって。 勿論私も一番大好きだけど……って今言いたいのはそういうことじゃなくて。 やだ、今になって心臓がドキドキしてきた、わ、顔も火照ってきてる。 どうしよう、何か言いたいのに全然思いつかない。 先程よりも激しくぐるぐると渦巻く思考に振り回されて、黙ってしまうせつな。 ラブは、そんなせつなの様子に気付いていないのか、照れ笑いをしながら言葉を続ける。 「で、あたしとせつな、家からずっと一緒にいるわけでしょ。 それじゃ「会いに行く」っていうのが出来ないから、 だから二番目にしたっていうのもあったんだけど……」 「え?」 「いやー、ほんとはもっと早く戻ってきて 「会いたかったよ~」ってするつもりだったんだよね。 それが、この辺の道って夜だと街灯が少なくて分り難くてちょっと迷っちゃって! おかげで全力疾走でもこーんなに時間かかっちゃったよ~。 だから、やっとせつなの所に辿りついた時、ちょっと嬉しかったかな、うん」 「……」 「せつな?」 「バカッ!!」 次の瞬間、ドン、という音と共に、ラブの体が突き飛ばされる。 「うわっ、とっ、とっ」 必死で手を回して、倒れそうになる体のバランスを取るラブ。 なんとか身を持ち直すと、せつなの方に向き直る。 「え、せつな、どうしたの、いきなりこんなことして危な……」 言いかけた抗議の言葉が、途中で止まる。 視界に入ったもの、それはキッと目を吊り上げた、せつなの顔。 その瞳の中に篭る感情は、多分。 「あれ?あれれ?せつな、もしかして……怒ってる?」 背筋を流れる冷たい汗が一つ。 せつなを驚かせようと、そして喜ばせようと思ってした事だったのに。 もしかして余計な事だったのか。 どこかでせつなの機嫌を損ねてしまったのか。 ここまでの過程を思い返して、必死で心当たりを探すラブ。 (うわわわ、考えても思い当たるものがないよ、どうしよ、どうしよ) 何度も何度も記憶を巡っても、該当するものが出てこない。 焦りの感情ばかりが先走って、うろたえるばかり。 「え……」 しかし、そんなラブに対するせつなの反応は、予想とは全く異なるもので。 「せつな……?」 せつなの吊り上げられた、目。 怒りの感情を現していると思っていたそこから、ぽろぽろと零れ落ちるもの。 その滴り落ちる雫をの意味を分りかねて、恐る恐る口を開くラブ。 「せ、せつな……泣いてる……の?」 その言葉が言い終わるか言い終わらないかのうちに、 「わわっ!!」 せつなが、ラブに向かって飛び込んできた。 「わっ、わわわっ……とおっ!」 その体を抱きとめたことで、再度バランスを崩しかけるもなんとか堪えきるラブ。 持ち直した所で、その腕の中にいる少女を見る。 その少女―せつなは、ラブの胸に顔を埋めたままで、時折体が小さく震わせている。 そして聞こえてくる、か細く嗚咽の混ざった声。 「……バカ、ラブのバカ、そんな紛らわしいことしないで、もっと早く戻って来てよ。 本当に、人の気も知らないで……ぅぅ……」 「あ、あのさ、あたし、イマイチよくわかってないんだけど……。 もしかして、あたしのしたこと、余計だった? そのせいでせつな、泣いてる? だったら……ごめん」 咄嗟に謝ろうとするラブに、せつなはううん、と首を振る。 「違うの、謝らないで……私、嬉しいんだから」 「え?」 「だってラブが、こんな大事な時に、私に会いたいって言ってくれたんだもの。 それを聞いただけで、私、嬉しくて……涙が、止まらなくて……」 「そんな、大げさだよ、せつな」 「ううん、そんな事無い。 だって私、さっきラブが「どうしても会っておきたい人がいる」って言った時に 覚悟してたから。 ラブには私じゃない、もっと大切な人がいて、 その人に会いに行ったんだって思ってたから。 それなのに、私に会いに来てくれるんだもの。 一番大切だって、言ってくれたんだもの……」 それはつまり。 ラブが、私を選んでくれたということだから。 私とラブが、一緒の幸せをゲットしてもいいんだと、わかったから。 「ぅ……ラブ……ラブぅ……」 再びラブの胸に顔を埋めて、感情のままに泣きじゃくるせつな。 でも今度は、そこにあるのは悲しみではなく、喜びで、 呼び続ける名前も込められた想いも、哀願ではなく、情愛。 「せつな……」 そんなせつなを抱きとめながら、その頭を優しく撫でるラブ。 見つめるその目には、愛情に満ちた光が溢れていたが、 やがてそれが決意のそれに変わる。 (あたし……伝えたい。せつなに、あたしのとっておきの気持ちを) 出会ってから、何度もお互いに想いを伝えてきた。 でもその中で、敢えて一度も口にしなかった言葉がある。 簡単に使っちゃいけない、大切な言葉だと思っていたから。 それを今伝えたい、今だからこそ伝えてあげたい。 二度とせつなが二人の絆に不安を感じることが無いように。 (でも……どうする?) ただ言葉を口にするだけじゃ足りない、そんな気がする。 もっと強く、もっと確実に。 いや、絶対にせつなの心に届く方法、そんなものがあれば。 (……あった) 一つだけ、ある。 それは、少し前の自分だったら、出来なかった事。 お互いの想いに自信が持てなかったら、 何よりも自分の気持ちに自信が持てなかったから。 でも、今なら。 (……よし) 心の中でもう一度、再確認する。 自分の想い、せつなへの想いを。 そして確信する。 大丈夫、問題ない。あたしは、あたしの気持ちを信じられる。 この想いに、迷いは無い。 「せつな」 抱き寄せる腕に、力を込める。 せつなが、いや、二人の顔と顔がもっと近づくようにと。 そして、せつなの両頬をそっと優しく、両手で包み込む。 いつか見たように。親友が、彼女の愛しい人にしていたのを真似るように。 「ラ、ラブ……」 ラブのしようといる事を察して、戸惑いの表情を浮かべるせつな。 でもそれはほんの一瞬のこと。 「うん……」 自分からもラブに近づけ、目を閉じる。 それが、ラブと同じくいつか見た光景に繋がるものだと、知っているから。 一度は望んで、叶わなかったもの。 それが今、叶おうとしているのだから。 引き合うように、互いに求め合うように、唇の距離を縮めていく二人。 そして―。 冬の寒空の下。 夜道に伸びる影が、一つになった時に。 ラブはせつなの、せつなはラブの唇に、自分の唇を重ね合わせていた。 8-752へ
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「ただいま」 「おかえりなさい、あなた」 帰宅した圭太郎をあゆみは玄関で出迎えた。 「いやあ、今日は大変だったよ。 軽快爽快ペット君3号の試供品の問い合わせが多くてさ……」 そこまで言いかけた圭太郎に、 あゆみは口の前に人差し指をあてて、しっ、と一言。 「ごめんなさい、静かにしてあげてね。今やっと寝たところだから」 「?」 首を傾げる圭太郎。 あゆみは、寝室の前まで移動して、音を立てないようにドアをゆっくり開ける。 そして圭太郎を手招きすると、中を指差してみせる。 「どれどれ……おっ」 圭太郎が覗き込んだ先、いつも二人が寝ているベッドに、今日は先客がいた。 ラブとせつな。 彼の娘と、その友人でありこの家の同居人である少女が、すやすやと眠っている。 「二人とも、一体どうしたんだい?」 「今日はどうしても私と一緒に寝たいって言って、聞かないのよ」 圭太郎の問いかけに、あゆみは眉尻を下げて困り顔。 でも、口元に浮かべている笑みが、彼女の感情が拒否では無いとこを示している。 そして、ベッドの上で眠るラブとせつな。 二人の顔に浮かんでいるのは、自らの身を誰かに委ねきった、心からの安らぎの笑顔。 それを見た圭太郎は、ふっ、と一息ついてあゆみに告げる。 「そうか……じゃあ僕は今日は居間で寝ることにするよ」 でも貴方疲れてるんじゃ、と言おうとしたあゆみを圭太郎は右手を前に出して制止。 「流石にあのベットに4人は狭いからね。 それに、今からラブとせっちゃんを起こすのも悪いし。 ……まあ、こういう時に一歩引くのも父親の役割さ、だから気にしないでいいよ」 「……ごめんなさいね」 すまなそうな顔をするあゆみに、大丈夫さ、と笑ってみせる。 「その代わり、晩酌くらいは僕に付き合ってくれるかな。 流石に夕食まで一人っきりっていうのは寂しすぎるからね」 「ええ、喜んで」 おどけたように言う圭太郎に、あゆみは笑顔で答える。 「それにしても、なんだか嬉しそうだね。今日は何か良いことでもあった?」 「ふふふ、わかるかしら?じゃあ、それはお酒の肴の話っていうことで」 「……へえ、君が勿体つけるなんて、よっぽど素敵な話なんだね。こりゃ楽しみだ。 おっと……それじゃあお休み、二人とも」 そして、開かれた時と同じように静かに扉が閉められる。 遠くなっていく足音と共に、静寂の戻る寝室。 ベッドを見ると、ラブとせつなの間に丁度人一人分の空きが出来ている。 その空いたところに、彼女達の手が差し出されていた。 先程まで誰かの手をずっと握り締められていた手。 そしてまたすぐに、握られるであろう手。 それは、今日、彼女達が得たかけがえの無い絆の証だった。
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森の奥の古ぼけた洋館。 アタシ達3人は、誰も住んでいないという森の奥にある洋館の探検に来ていた。 「ねー、もう帰ろうよ」 「何言ってるの、まだ行ってもいないうちに」 「ねえねえ、二人とも遅いよー」 ブッキーを先頭に、次はアタシ、ラブはアタシの服の裾を握り、へっぴり腰で歩いている。 「ねー、叱られちゃうよ」 「叱られる訳ないでしょ、誰も住んでいないのに」 「あ、見えてきた」 ブッキーの持つ懐中電灯の光に、建物が浮かび上がる。 確かに、暗いところで見る洋館は不気味に見える。 と思って、洋館を見ていると、 ブッキーはさっさと扉の所に行き、 ノブを引っ張って、扉を開けようとしている。 ギギー、と不吉な音をたて扉が開く。 「お邪魔しまーす」 「お邪魔します」×2 人様のおうちに入る時はご挨拶しなきゃね。 ってブッキー、これが人様のおうちだったら、不法侵入という立派な犯罪よ。 懐中電灯の頼りない光で周りを見渡す。 広いエントランスの奥は、両側に階段があるようだ。 なんとなく初代バイオ○ザートを思い出す・・。 ってアタシはしてないわよ。だって、発売当時は赤ちゃんだったもの。 階段の脇に何か黒いものが見える。 前の住人が残していった置物だろうか。 そちらに光を向けるとその置物が、 う、ご、き、だしたーーー!! 「ぐおー」 黒い物体は両手をあげ、いまにも襲いかかりそうだ。 「きゃーーー」 「あ、可愛い」 へっ? 「これはねえ、ハイイログマと言って・・」 ハイイログマってブッキー、映画にもなったグリズリーのことじゃない。 確か、人喰いクマのことじゃなかった? 「・・、北アメリカ大陸にしかいなくて、・・アメリカでは絶滅保護種に指定されてるの」 アメリカにしか生息していない熊で、しかも絶滅保護種なのに、なんでここにいるのよ。 というより、さっきからそのハイイログマ、両手を上げたまま硬直してるじゃないの。 後ろを見ると、ラブもさっき悲鳴を上げた口のまんま、硬直している。 アタシがラブの両頬をはたくと、 残りの悲鳴を吐きだし、出口へと一目散に走ってゆく。 「神様、助けてーーーー!!」 ぴちょん。 その頃。 洋館の奥では。 「ウエスター、全然FUKOが溜まっていないじゃない」 「ここへ人を呼び寄せるなんて効率が悪すぎる。 それに本拠地に侵入させるとは、危険極まりない」 「サウラー、お前に借りた本に、人間はお化け屋敷を怖がると書いてあった! それにイース、お前だって賛成していたじゃないか」 「どうせ、アンタなんかに何言っても無駄だと思ったのよ」 「メビウス様に報告だな」 心底呆れ果てたという風情で、イースとサウラーは部屋へ出てゆく。 部屋には、ウエスターただひとり。 「そんなあ、FUKOだーーーー!!」 部屋には、ウエスターの絶叫が響き渡る。 ぴちょん。 今回のウエスターの成績 FUKO2滴(ラブとウエスターの分) 了
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「……なに………やってんの…?」 祈里はベッドに仰向けたまま、ラブはその下に尻餅を付いたまま嵐の後の凪のような 気だるさに身を任せていた時だった。 突然聞こえた呆然とした声に祈里とラブは飛び上がる。 ドアを開けて立ち尽くしているもう一人の幼馴染み。美希は信じられない物を見た衝撃に端正な顔を引きつらせていた。 思わず跳ね起きた祈里の乱れた胸元に美希の目が見開かれる。 ラブは中途半端に腰を浮かせ、その視線は慌ただしく宙を泳ぐ。 とっさに説得力のある言い訳が出る筈もなく二人は酸欠の金魚よろしく青ざめて口をパクパクさせるだけだった。 「何、やってんのよ…!」 美希のまなじりがつり上がり、握りしめた拳が震える。ゆらりと揺らめく焔が細い体を包んでいる。 「やっ…!違う、違うんだよ!」 「美希ちゃん、わたしが悪いのっ!ラブちゃんは何も…っ!」 「未遂…って言うか!まだ最後まではって言うか…その…」 「ちょっ、ラブちゃん!何言ってるの?!」 「いや、だからね!結局何もおかしな事にはね…」 「……だからっ!何がよっ!!」 震える美希の声にラブと祈里は思わず目を閉じ首を竦める。 叱られる。怒られる。ひょっとしたらひっぱたかれるか拳骨を落とされるか。 じ…っと身を固くし、来るべき衝撃に備えていた二人。 しかし暫くしても覚悟していた痛みはやって来ない。 「………もう…やだ………」 耳を通り抜けた弱々しい声。 訝しさを感じたラブと祈里恐る恐る目を開ける。 「…もお…やだ…。嫌よ。何なの……?何なのよ…これは…。ヤダ…ヤダよ。もうイヤ!……っ!」 ぺたんと座り込み、肩を落とす美希の姿。 さっきまでつり上がっていた目尻が下がり、瞼に膨れた雫が大粒の涙となって零れ落ちる。 両手の甲を瞼を当て、シクシクと泣き始める。 激昂するでも、怒りを抑えるでも無く、体の芯を砕かれてしまったように。 ひっくひっくと胸を上下させ、苛められた幼子のようなか細い声で泣きじゃくる美希。 長い付き合いの中、美希の泣き顔を見るのは初めてではない。 しかし、これは…… ラブと祈里は言葉が出ない。 心を折ってへたり込んでしまった美希なんて見た事が無かったから。 そして美希にそんな姿を晒させてしまったのは自分達の考え無しな行動なのだ。 怒鳴られて叩き倒された方が遥かにマシだった。 「…美希……」 「…美希ちゃん………」 声も掛けられず、触れる事も出来ずにおろおろと狼狽えるしかなかった二人はやっとの思いで名前を呼ぶ。 ピクリと美希の肩の震えが止まり、緩んでいた唇がきゅっと引き締まった。 涙を拭い、長く息をつく美希をただ身動ぎもせずに待っているしかなかった。 「………帰る。」 抑揚の無い口調でぼそっと呟くと美希はそのまま部屋を出て行こうとした。 「あっ…!待って、待ってよ美希たんっ、話聞いて!それに…せつなにはこの事は…」 言わないで欲しい。 そう懇願しながら腕を掴んで来たラブを美希は汚ない物に触れたかのように邪険に振り払った。 その瞬間の美希の瞳に宿った色。 幼馴染みの視線に滲む隠す気すらない冷えた侮蔑。 ラブはその視線に心臓を射抜かれ、よろめきながら後退る。 「せつなに言うな、ですって?馬鹿にしないでくれる?」 それに何を話すって言うのよ。 吐き捨てるように美希は言葉を投げつける。 「それはこっちの台詞よ。あんた達こそ分かってるの?言える訳ないじゃない!」 「…それは、そうだよ。言えないよ、こんなの。」 「ごめんなさい、美希ちゃん。わたし、これ以上せつなちゃんを傷付けたりは…」 項垂れる二人を見る美希の瞳はますます温度を下げて行った。 形良い唇を皮肉な角度に捻り、視線と同じくらい冷たい声を放つ。 「どうだかね。分かりゃしないわよ。あんた達にまともな判断力なんて残ってんの?」 ついさっきまでの痛々しい様子をかなぐり捨てた美希は女王の傲慢さを覗かせながら 棘の絡まる言葉を紡ぐ。 「いいじゃない。全部ぶちまけなさいよ。せつななら赦してくれるでしょ?」 「美希たん…っ!」 「どうせ黙ってなんかいられないわよ。罪悪感に耐えられずに。 どうにもならない事を我慢する気なんて最初からないんでしょ?」 ふん。と、顎を上げ祈里の姿をねめつける。 慌ててはだけた襟元を掻き合わせる祈里に軽く舌打ちさえしてみせた。 「あんた達はもう分かってんのよ。分かって甘えてる。せつなには何をしても良いと思ってんのよ。」 「そんな、美希ちゃん…。」 「違う!そんな事って…っ!」 「違わないわよ。」 せつなはどんなに痛め付けられても逃げなかった。 どんなに手酷く裏切っても赦してくれた。 だからせつなには何をしても大丈夫。せつなは四人でいる事を望んでる。 だから… 「せつなは赦してくれるわよ。自分が傷付くのには呆れるくらい無頓着なんだもの。」 でもアタシは許さないから。 「これ以上せつなに荷物を背負わせるような真似、しないわよね。」 あんた達が何考えてこんな真似してるかなんて聞きたくもないわ。 ただ、秘密にするならそれは墓場まで持って行きなさい。 お願いだからもうこれ以上失望させないで。 そんな呟きをため息と共に美希は置いて言った。 ドアが閉まり、階段を降りて行く音がする。 ラブと祈里の胸には美希の瞳と声が深く食い込み、爪を立てている。 それは血管を通して全身に巡り、体の内側から自分達の愚かさを責め立てているのを感じた。 「………どうしよう……わたし、どうしたら……」 祈里は唇まで色を無くし全身を戦慄かせていた。ラブは頭を掻き毟り、血の滲むほど爪を立てる。 「どうしようもないね……あたし達。」 「……うん…。」 「馬鹿過ぎる。あり得ないくらい、馬鹿……。」 「…ラブちゃんの所為じゃない…。」 「あああ、もうっ…!」 ラブは床に突っ伏し、額を擦り付ける。どうしてこんなに頭が悪いのか。 どうしようもない。馬鹿。あり得ない。そんな軽い言葉しか出て来ない。 違うのだ。美希に見せてしまった光景はそんな紙のように薄っぺらい言葉で表すべきじゃない。 美希のか細い泣き声が耳にこびり付いている。瞼の裏に涙を溜めた瞳がちらつく。 自分達の行為が食い荒らした美希の心。 ラブと祈里の居場所は美希の居場所でもある。 自分達の感情だけでめちゃめちゃに踏み荒らしていい訳があるはずない。 美希がどれほどその居場所を愛し、守ろうとしていたか。 ずっと見て来たのに。 美希が必死に繋ぎ止めていてくれてたのに。 四人がバラバラにならないように。 祈里が輪の中に居続けられるように。 ラブとせつなが安心して手を繋いでいられるように。 それなのに。 目の前に突き付けられるまで自覚していなかった。 美希を軽んじていた事に。 み-305へ