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「わっは~、ふっかふか。美希たんのベッドは柔らかくって気持ちいい~!」 綺麗に整頓された美希の部屋。行き届いたベッドメイク。さっきまで、枕投げで散らかっていたはずなのに。 青一色に整えられた部屋は、奥行きが広く感じられ、さながら小さな海のよう。 真っ白なシーツは、打ち寄せる小波。 違うのは匂い。磯の荒々しい臭いじゃなくて、甘く爽やかなラベンダーの薫り。 「ラベンダーは安眠効果が高いのよ。きっと、素敵な夢が見られるわ」 美希が説明するのを待たず、ラブが飛び出した。 まずはベッドにほお擦りして、ゴロンと敷き布団の上を転がって、みんなもおいでよと手招きする。 「ちょっと、ラブ! プールじゃあるまいし飛び込まないでよ」 「あ~あ、せっかく美希ちゃんが食事中に抜け出して整えてくれたのに」 「そうそうって、なんでブッキーが知ってるのよ?」 「おばさんじゃなかったんだ」 「顔に書いてあるよ?」 「ないわよっ! せつなもジロジロ見ないの、そんなわけないでしょ」 「美希は、見えないところでいつも頑張ってるのね」 「ラブちゃんは相変わらず。せつなちゃんと二人の時もこうなの?」 「そうね、あんまり変わらないわよ」 呆れた顔で話すせつなの表情は、でも、楽しいって感情を隠しきれずにほころんでいた。 子どもなんだから、と溜息を漏らすせつなにラブが抗議する。 「えっ~せつなだってこの前は」 バフン! せつなの投げた枕が、ラブの顔面を直撃する。 かくして――――止めようとする美希の奮闘も空しく、枕投げの第二ラウンドが勃発したのであった。 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。パジャマパーティー――』 『お邪魔しま~す!!!』 ジャージ姿で蒼乃家の門をくぐる、ラブ、祈里、せつな。扉を開いた美希も、首にスポーツタオルをかけたトレーニングスタイルだ。 休日を利用しての、早朝からのダンスレッスン。昼からミユキさんもコーチに加わってのハードメニューだった。 みんなクタクタに疲れていたのだが、表情は活き活きと弾む。 理由は、各自が抱える大きなバックが物語っていた。今日は――――パジャマパーティーなのだから。 「いらっしゃ~い。みんな、ゆっくりしていってね」 「ゆっくりはするわよ、お泊りなんだから」 「もう、美希ちゃんのイジワル。そんな言い方しなくたっていいのに」 「ゴメンってば。今夜の夕食はアタシたちが作るから、ママものんびりしてよね」 「それは助かるわぁ~、美希ちゃんのお料理は味気なくって」 「アタシはママから教わったんだけど……」 後ろでクスクス笑い出した三人に気が付いて、美希が顔を赤らめる。「行くわよ」と、レミを置いてさっさと自分の部屋に上がる。 慌てて後を追うラブたちを、レミは可愛らしく手を振って見送った。 「おばさん、相変わらずね。母娘というより、友達同士の会話みたい」 「もう、恥ずかしいんだから」 「でも、見ていて仲がいいのが伝わってくるわ」 「うん、あたしたちもおかあさんと仲良しだけど、美希たんのとこと少し違うよね」 「そうね。アタシはママの娘だけど、気の合う友達であり、相談相手でもあるのよ」 「だって、美希ちゃんしっかりしてるんですもの。あたしとしては、もう少し頼って欲しいのだけど」 「それはママがだらしないから……。って、なんでここにいるのよっ!」 「お風呂沸いたわよ、って伝えにきたのよ。ローズマリーを浮かべておいたから、サッパリするわよ~」 怒って追い出す美希と、懲りた様子のないレミ。こんな性格だから、二人っきりの暮らしも寂しくないのだろう。 「それにしても、美希たん家のハーブ湯なんて久しぶり~」 「せっかくだから、みんなで入っちゃおうか?」 「ええっ? 私は恥ずかしいから後で入るわ」 「わたしも、自信ないからやめとく」 「お風呂に何の自信がいるのよ? 女の子同士なんだから気にしないの」 「そうそう。行くよっ! せつな」 「きゃっ! ちょっと、ラブったら押さないで」 「わたし、信じてる……」 「だから、何をよ……」 二人暮しとは思えない、豪華で広いバスルーム。アイドルだったレミは、お風呂には特にこだわりがあった。 湯船には可愛らしい花柄模様の布袋が浮かぶ。中にはハーブの茎葉がたっぷりと入っていた。 「美希のアロマ好きは、お母様ゆずりだったのね」 「いい匂い。ずっとこうしていたいくらい」 「そんなの、バスタブに体を隠してる理由にはならないわよ?」 「せつな、背中流してあげる」 「「嫌だって、言ってるのに……」」 生き返ったようにツヤツヤしているラブ。緊張してグッタリ疲れたせつなに、何やら落ち込んでいる様子の祈里。 そんな中、美希はテキパキと髪にタオルを巻き、ローションマスクを貼り付けていく。 「美希たん、毎晩そんなことしてるんだ?」 「当然でしょ? 入浴後は時間との戦いなのよ。さっ、みんなも早くするのよ」 初めての体験に、みんなくすぐったがったり、おかしくなって笑ったり。にらめっこしてるんじゃないんだから、と美希にたしなめられる。 パジャマパーティー。一日だけでも違う家庭の暮らしに触れると、新しい発見も多い。 感じ方や考え方の違い。個性と呼ばれる人のあり方の違いの多くは、日々の暮らしから生まれるものなのだろう。 スキンケアが終わるのを待てずに、ラブがキョロキョロしながら辺りを物色し始める。 勝手知ったる幼馴染の部屋。トランプを見つけて遊ぼうと持ちかける。 「はしゃぐのはもう少し後にしてね。後十分くらいは動いちゃダメよ」 「じゃあね、せつな、占いしてよ」 「いいけど、何を占えばいいの?」 「え~っと、明日の運勢とかかな?」 「せつなちゃん、また占いするようになったのね」 「アタシは占いなんて信じないわよ」 「ふ~ん? じゃあ、美希の運勢を占ってあげる。最悪ね、この先きっと良くないことが起こるわ」 「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでったら」 「冗談よ、やっぱり気になるんじゃない」 「ゴメンナサイ……」 「でも、運勢ってなんだろう。運命って始めから決まってるものなのかな?」 「わからないわ。私にとっては、運命はメビウス様が決定されるものだったから……」 「せつなっ!」 「せつなちゃん?」 「せつな、あなた……」 「いいの。もう、私はイースであったことを受け入れようって決めたの」 せつなは、真摯な眼差しでみんなを見つめる。 それは、あの日に決意した想い。未来にかける願い。ダンスユニット“クローバー”の再結成の誓い。 そんなせつなの想いを受け止めて、みんなは――――みんなは……一斉に吹き出した。 「ちょっと、何が面白いのよっ!?」 「だって……、ククク」 「そんな顔で、アハハ」 「パックが崩れちゃう……、クスクス」 「もうっ! 許さないんだから!」 せつなの投げた枕が、美希の頭をわずかに掠める。美希はチラリと時計を見てから、不敵な表情でパックを外した。 ラブと祈里も、顔を見合わせて同時に剥がした。 せつなも力強く剥ぎ取った。パックにも劣らない真っ白な素顔が、戦士の表情を形作る。 「ちょうど十分ね、受けて立つわ!」 「私に勝てると思ってるの?」 「恒例、枕投げ対決、行くよ!」 「負けないんだから!」 ここに、パジャマパーティー史上、最大の決戦の火蓋が切って落とされたのだった。 「今夜はあたしの特製のハンバーグだよ」 「私も、クリームコロッケに挑戦するわ」 「じゃあ、アタシは付け合せのサラダでも作ろうかな」 「わたしは……。みんなのお手伝いをするね」 今度はみんなで夕食の準備。 パジャマ姿のままで、上からエプロンを付ける。一見、お遊戯じみているが、実は彼女たちの腕は中々のものだった。 各自の得意料理。別々に作るかと思いきや、ラブとせつなは作業を分担しあって調理を進めていく。 包丁を握るラブと、下味をつけるせつな。左右に行き交う食材たち。 “焼き”と“揚げ”だけは、それぞれの手で行った。 「この二人って、……一体……」 「シェフじゃないんだから……」 前回のパジャマパーティーと比べても、遥かに腕を上げた二人の手付きに目を見張る。 美希も負けじと、豊富な食材を使って、色とりどりのサラダを完成させた。 テーブルを埋め尽くす料理の数々に、レミも驚きの表情を浮かべる。 ハンバーグにコロッケ。サラダに炒め野菜。スープにデザート。 栄養のバランスもしっかりと考えられていて、ボリュームはあるが見た目ほど量が多いわけでもない。 『いただきま~す』 「いいわねぇ~、家庭でこんなに美味しいご飯が食べられるなんて」 「いやぁ~、それほどでも」 「おかあさんは、もっと上手なんです」 「わたしのお母さんのお料理も、負けないくらい美味しいのよ」 「要するに、ママがダメなのよね」 「ヒドイ! 美希ちゃん」 絶え間なく沸き起こる笑い。食卓を囲む笑顔。久しぶりに賑やかな蒼乃家の食卓に、レミも嬉しそうだった。 食後の後片付け。四人一緒だと、そんなことも楽しくて。お話しながら、ゆっくりとテーブルやキッチンを綺麗にしていく。 「美希のお母様は、とても綺麗ね」 「急にどうしたの? 初めて会うわけでもないのに」 「容姿のことじゃなくて、姿勢とか、立ち振る舞いとか、食事の作法とか」 「うん、ママが言ってたの。美しくなりたいのなら、常に他人の視線を意識しなさいって」 せつなはテーブルを拭いてるレミに目を向ける。作業としては決して誉められた手付きじゃないけれど、物腰がとても上品で優雅だった。 経験が人を形作り、それが後の自分の生き方や、家族や友人にまで影響を与えていく。 美希のモデルへの憧れも、アイドルであった母親の、生き方や美しさと無縁ではないのだろう。 そして、思う。 だとしたら、自分は過去から何を得たのだろう。この先、それによって何を伝えていけるのだろうかと。 食事を終えて美希の部屋に戻る。そこで二度目の枕投げの後、一息ついてから、今度は美希が小さい頃の写真を引っ張り出してきた。 ラブと祈里も、申し合わせていたのだろう。それぞれバックの中から、古い表紙の分厚いアルバムを取り出した。 三人の写真は、本当に小さな頃から一緒に映っているものが多かった。 同じ日に撮ったのだろうと思われる写真もあった。 「こっちが弟の和希。アタシとラブとブッキーは~」 「クスッ、わかるわよ。面影がそのまんまじゃない」 「あはは、まだ十五歳だし、あんまり変わらないよね」 「わたし……可愛い」 「えっ?」 「ブッキー、今、なんて?」 「あっ、ううん、なんでもない!」 なぜか拳を握り締めた祈里に、一同が訝しがる。 そんなつぶやきはともかくとして、幼い頃の三人はどれも愛らしかった。 「本当に可愛い。抱きしめてあげたくなるくらい」 「ホントッ? 恥ずかしいけど、せつななら……」 「ばかっ、小さい頃のラブの話よ」 「たはは、でも、せつなの小さい頃だってすっごく可愛かったろうな~」 「……なかったと思うわ。可愛げなんてなかったもの」 「そんなことないよっ! 目付きの悪い小さなイースだって、絶対に可愛いって!」 「ラブちゃん、それ、フォローになってないと思う……」 「ゴメン、せつな。悲しいこと思い出させちゃった?」 「平気よ。アルバム見せてもらうの初めてだったから、とっても嬉しいわ」 「それはね――――」 早くから美希の提案で、アルバムはせつなには見せないようにしようと話していたらしい。 幼い頃の思い出のないせつなにとって、羨ましい写真かもしれないからって。 同じ理由で、それぞれの誕生日パーティーを盛大に祝うこともしないようにしていたのだとか。 「ごめんなさい、気を使わせていたのね。でも、今になってどうして?」 「最近、せつなの様子が変わったからかな」 「美希ちゃんがね、今ならいいんじゃないかって」 「ゴメン。あたし、せつなの気持ちも考えないで、おじいちゃんの写真で騒いじゃったことあったよね」 せつなは首を振って、謝るラブたちに微笑みかける。本当に、自分の知らないみんなの姿を見ることができて嬉しいって。 正確には、せつなは幼い頃の写真がないわけではない。データーという形で、幼少時の姿は記録されている。 しかし――――それは思い出と呼ぶにはかけ離れたものだった。 心の通わない、証明写真のようなものだった。 そんなことまで素直に話せる自分を不思議に思いながら、アルバムを通して、しばらく三人の思い出の中を旅した。 「ねえ、ラブ? これは……。クスッ、もう寝ちゃったのね」 「ブッキーもよ。二人とも、ダンスの練習で疲れていたのね」 「美希は平気みたいね?」 「アタシは鍛え方が違うもの。せつなこそ余裕そうじゃない?」 「そうね。それも……寂しい過去で、笑顔と引き換えにして得たものよ」 美希は立ち上がり、ベッドを占拠して眠るラブと祈里にそっと布団を掛けた。 二人は互いに向き合って、体を丸めて、おでこをくっつけ合うようにして眠っていた。 「こうして見ると、まるで姉妹ね。ううん、美希もそう」 「否定しないわ。幼馴染って、姉妹にも似た関係なんだと思うもの」 ラブと祈里は一人っ子。美希には弟がいるが、離れ離れに暮らしているのでやっぱり一人。 そんな寂しさを埋めあうように、三人はいつも一緒に過ごしてきた。 「それで、ラブに何を聞こうとしていたの?」 「この写真よ、三人とも泣いているわ。それに、ラブがなんだか怒ってるみたいで」 「ああ、それはね……」 それは、美希が弟の和希と別れ別れになって、しばらくした頃のことだった。 当時、美希は少しだけ荒れていて、祈里に八つ当たりして泣かせてしまったことがあった。 駆けつけたラブが祈里を庇って、美希に食ってかかったのだ。そして喧嘩になって、結局は三人とも泣き出してしまった。 「アタシってもともと生意気な子だったし、あの頃は特にね。だから、ラブまでアタシを嫌ったんだって思って泣いちゃったの」 「ラブは、誰かを嫌ったりなんかしないわ」 「そうなの。後でわかったんだけど、ラブはブッキーを庇ったんじゃなくて、アタシを心配して叱ってくれたらしいの」 「ラブは、小さな頃からラブなのね」 「うん。あの時ラブが叱ってくれなかったら、アタシはきっと嫌な子になってたと思う」 「それで、いつもラブがリーダーなのね」 「そうよ、ほらっ、あの子って怒らせると恐いでしょ?」 「クスッ、そうね。それはよくわかるわ」 ちょっとだけ似た境遇。小さな秘密を分かち合って、美希とせつなは顔を見合わせてクスリと笑う。 美希がラブと出会って変わったのなら、それは自分と同じだと思う。 いや、同じではないのだろう。 幼い頃に出会っていたら、人格がかたまる前に知り合っていたら、自分も幼馴染であったのなら……。 一体、どんな人間になれたんだろう。 遅すぎる出会い。取り返しの付かない過ち。夢であってほしかった現実。 もっと早くに、幼馴染として出会えたなら……。そうしたら、どんな今があったんだろう。 「美希、ここだけの秘密にしておいて。私は、やっぱりあなたたちがうらやましい。私も、この中の一人になりたかった」 「もう、なってるじゃない? 幼馴染じゃなくても、せつなはアタシたちにとって、他の二人と同じくらい大切な仲間よ」 「だって、遅すぎるじゃない」 「ねえ、聞いて」 美希は静かに話す。ずっと一緒、そう思っていた三人が、バラバラになってしまった日のことを。 当時、小学校六年生だった美希は、読者モデルとしての第一歩を踏み始めた時期だった。 読モとは言え、本物のモデル業界の厳しさを肌で感じ取った美希は、このままでは夢が叶わないことを知った。 そこでレミと相談して、芸能学校である、私立鳥越学園への進学を決意したのだ。 それは、ラブや祈里と別れ別れになることを意味していた。 ラブは涙を堪えて、懸命に堪えて、がんばってと応援してくれた。 祈里はしばらく泣きじゃくったが、やがて自分も獣医の夢を求めて、進学校である私立白詰草女子学院に行くことにした。 中学生になってからも交流は続いたが、別々の時間を、別々の友人と過ごすことも多くなっていた。 いつも一緒。そんな関係は、夢と自立の名の元に崩れ去っていった。 「このまま、少しづつ距離が開いていくと思ったの。そして、いつかは会うこともなくなるんじゃないかって」 「でも、そうはならなかった。私たちの、ラビリンスの襲撃があったからね?」 「ええ、プリキュアとダンスね。同じ使命と夢を持てたアタシたちは、また一緒に行動するようになった」 「皮肉なものね。大きな不幸が、小さな幸せをもたらしたなんて」 「アタシにとっては小さくなかったわ。イースが現れてアタシたちは集い、せつなの加入でアタシたちは一つになれたのよ」 「私が遅れて来たことにも、意味があったのかしら」 「アタシは三人で完璧だって思ってた。でも、違ったの。せつなが加わって四人になって、それでクローバーは初めて完璧になるのよ」 美希は続ける。せつながこの世界に来て様々な幸せを学んだように、美希たちもまた、せつなの不幸からたくさんの大切なものを学んだのだと。 失ってはならないものが何なのか。本当に人を幸せにするものは何なのか。それをせつなが教えてくれたのだと。 だから、自分たちもまた、あんな答えが出せたのだと。 「私の過去も、無駄ではなかったってこと? 笑顔と幸せを、導く力になれるってこと?」 「それは、この先のアタシたち次第なんじゃないかしら?」 「精一杯、頑張るしかないってことね」 「そしたらきっとできるわ、アタシたちは完璧なんだから。でも、一言だけ伝えたいの」 「なあに?」 「せつなのおかげで、アタシたちはまたクローバーを結成できた。だから……ありがとう」 「美希、私も占いなんて信じない。運命が無数の選択肢なら、最高のものを掴み取るわ。ないなら、無理やりにでも作るから」 「じゃあ、占いはやめちゃうの?」 「やめないわ。それも、私の過去の一部だもの。納得の行く結果が出るまで、何度だって占うだけよ」 「クールなイースが、大人しいせつなが、実はこんなに熱い子だったなんてね」 そう言いながら、美希は布団をせつなに被せて、自分も一緒に潜り込んだ。 せつなの手を握って、何か言おうとするせつなを、「おやすみなさい」って言葉で遮った。 「おやすみなさい、美希」 その夜、せつなは夢を見る。小さなせつなが、四つ葉町に来た夢を。 初めて見るはずなのに、不思議と馴染みのある公園。そこで仲良く遊ぶ、同じ歳くらいの三人の女の子たち。 ツインテールの子が、せつなの視線に気が付いて手を差し伸べる。 「あたし、ラブってゆーの。よかったら、いっしょにあそぼう!」 「わたしは、せつなよ。ひがしせつな。あそんでくれるの?」 「アタシは、あおのみき。みきってよんでいいわ」 「わたしは、やまぶきいのり。ぶっきーよ。せつなちゃんでいい?」 「さあ、いこう。おにごっこしってる? あたしがおいかけるから、せつなはにげるんだよ」 「わたしをつかまえられるとおもってるの?」 「そんなのわかんないよ、はじめてだもん」 「よーい、どーん!」 「いーち、にー、さーん」 「みてないで、にげるのよ、せつな」 「あなたは、みき?」 青い髪の女の子が、せつなの手を引いて逃げる。風に揺れる長い髪が綺麗で、あたたかい手の感覚が嬉しくて。 追いかけて来る、ツインテールの髪の子の笑顔がまぶしくて。 いっそ、捕まってしまいたいくらいに嬉しかった。 気が付くと、隣のサイドポニーの髪の子が、心配そうにせつなを見つめていた。 目が合って、嬉しそうに笑う。 せつなは走る。この素敵な仲間たちと、過去から未来に向けて真っ直ぐに。 いつまでも――――どこまでも。 避2-476へ
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キュアパッション〔きゅあぱっしょん〕 作品名:フレッシュプリキュア! 作者名:スパロボあき 投稿日:2009年7月31日 画像情報:640×480px サイズ:69,828 byte ジャンル: キャラ情報 このぐぬコラについて コメント 名前 コメント 登録タグ 2009年7月31日 スパロボあき フレッシュプリキュア! 個別き
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ごくごく普通の、どこにでもあるような家庭だった。ほんのちょっとだけ裕福で、ほんのちょっとだけ敷地が広くて。 うんと優しいお父さんとお母さんの間に生まれた、ごくごく普通の女の子だった。 「お父さん、これは?」 「おまえが、ずっと欲しがっていたものだよ。開けてごらん」 それは、その子の五歳の誕生日のこと。 かねてより、おねだりしていたテディベアのヌイグルミを、お父さんが買ってきてくれたのだ。 テーブルの上には、五本のローソクが並んだ、大きなお誕生日ケーキ。そして、所狭しと並んだご馳走の数々。 そんなものには目もくれず、少女はもらったばかりのヌイグルミに夢中になった。 「テディベアちゃん? クマちゃんでいいよね! ずっと、お友達でいようね」 「大切にするのよ」 いつも一緒だった。雨で家の中にいる日も、お父さんとお母さんの帰りを待つ時間も、ヌイグルミと一緒なら苦にならなかった。 外でも一緒だった。晴れて公園で遊ぶ日も、お友だちと追いかけっこして遊ぶ時間も、ヌイグルミと一緒に手をつないで走った。 寝る時も一緒だった。お勉強する時も一緒だった。ずっと、こんな時間が続くと思っていた。 その時が、来るまでは―――― 『幸せの赤い翼――――おもちゃの国は秘密がいっぱい!?(古き友の呼び声)――――』 ラブ――――ラブ――――ラブ―――― ラブ――――ラブ―――― 誰かの呼び声が聞こえたような気がして、ラブはキョロキョロと辺りを見渡す。 「えっ? 今、なにか言った?」 「どうしたの? ラブ」 「なにも聞こえないわ」 「わたしも、なにも聞こえなかったよ」 「寝ぼけとんとちゃうか? 昨日も夜更かししてたみたいやし」 「失礼ね~、昨日はお部屋のお片づけしてたから」 「普段から、ちゃんとしてないからそうなるのよ」 「いや~、それを言われると……」 明日、公園でフリーマーケットが開催されるらしい。張り紙を見た四人は、不用品を集めて出品することにした。 美希は迷わず山のように、祈里は慎重に見極めて、ラブは、迷った挙句に何も出せずに……。 それでも、しぶしぶ古着や古雑貨などをカバンに詰めていった。 「せつなの準備は進んでるの?」 「私は、不用品なんて持ってないもの。みんなのお手伝いをするつもりよ」 「そっか、せつなちゃんの持ち物は、どれも買ってもらったばかりよね」 「それに、古くなっても売ることなんてできないわ。だから、本当に使えなくなるまで新しい物もいらない」 「ええっ~、どんどん買ってもらって、全部大切にすればいいじゃない」 「そうして、ラブの部屋のクローゼットみたいにごちゃごちゃになるんでしょ? お断りよ」 「そういうラブちゃんも、あんまり新しいもの買わないね」 「それでも物がたまるのは、整理整頓ができてないからよ。整頓の前に整理。不用品を処分しなきゃ」 「だって、全部大切な物だから……。捨てるなんてできないよ」 「そのためのフリーマーケットでしょ? 帰ったら、ちゃんと、もう一度整理するのよ」 「はぁ~い」 出品場所の確認と打ち合わせを終えて、四人は一端家に帰ることにする。 「それじゃ、また後でね」 「夕方、ラブちゃん家に伺うね」 「うんっ! 待ってるね~」 「ラブ。夕方って、フリーマーケットは明日のはずじゃあ?」 「明日の朝は早いでしょ? それなら、せっかくだから今夜はパジャマパーティーやろうと思って」 「パジャマパーティー?」 「えへへ、後のお楽しみ。せつな、今夜は寝かさないよ?」 「ええっ? 一体なんのことなの」 「ふわぁ~あ、結局、今夜も夜更かしかいな。付き合うこっちがもたへんわ」 「ぱじゃま、ぱーてぃー、キュア~」 不思議そうなせつなの表情を横目に見ながら、ラブはメモ用紙を取り出す。 じゃがいも、たまねぎ、カレールウ、それに……。 せつなが横から覗き込む。 「お買い物して帰るのね。メニューはカレーライス? それにしても、ずいぶん量が多いのね」 「そうだよね、ニンジンくらいは減らしても……」 「ダメよ、ラブ。ちゃんと書いてある通りに買わなきゃ」 「それじゃ、あたしの分も食べてくれる?」 「それもダメ。同じだけ食べてもらうわよ」 「ええっ~」 二人は、買い物をするために商店街へと急いだ。 大きな荷物を抱えた美希と祈里が、ラブの家の玄関の扉を叩く。 手持ち無沙汰だったせつなが、真っ先に駆け寄ってドアを開けて出迎えた。 「いらっしゃい、美希、ブッキー」 「美希たん、ブッキー、待ってたよ~」 「ありがとう、お邪魔します。おじさん、おばさん、ラブ、せつな」 「今夜一晩、よろしくお願いします」 「どうぞ、ゆっくりしていってね」 ラブの部屋に着いた美希と祈里は、タルトを押入れの中に閉じ込めて、すぐにカバンからパジャマを取り出して着替えていく。 突然服を脱ぎだして、下着姿になる美希と祈里に、せつなは驚いて目をパチクリさせる。 ラブに事情の説明を求めようとして、ラブも脱いでいることに気が付いた。 「ちょっと、一体なに? 食事も済んでないし、お風呂もまだよ、どういうことなの?」 「いいから、せつなも着替えて。パジャマパーティーなんだから、まずはそこから始めなきゃ!」 一足先に着替え終わったラブが、せつなの部屋にパジャマを取りに行く。 「嫌よ! 私は自分の部屋で着替えるわ。ちょっと、脱がさないでったら!」 「観念しなさ~い、これもコミニュケーションのうちよ」 「わたしたちは、小さい頃からで慣れっこだから」 ラブが戻ってきた時には、下着姿で涙を浮かべて睨んでるせつなと、すっかり着替え終わって苦笑している美希と祈里の姿があった。 「衣服ってのはね、気持ちに影響を与えるの。確かにちょっとだらしないけど、落ち着けるのよね」 「心も身体もリラックスして、ゆったりと時間が流れるのよ」 「フンだ。そんなんで、誤魔化されないんだから!」 「まあまあ、せつな。ふざけっこは仲良しのしるしだよ」 それから、トランプ遊びをした。神経衰弱に、ばば抜き、そして、ポーカー。どれもせつなが圧倒的に強く、罰ゲームで美希と祈里がひどい目にあったのは言うまでもない。 このトランプは、唯一、せつながラビリンスから持ち出したものだった。 「そろそろ夕ご飯の支度しなきゃ。今夜はカレーだよ」 「オーケー、何でも手伝うわ」 「わたし、自信ない……」 「美希は料理するのね?」 「その意外そうな口調は何よ? アタシは調理も得意なんだから」 「完璧って口にしないところが、ポイントよね」 「言ったわね! こうなったら料理勝負よ、せつな」 「受けて立つわ。ラブ以外には負けないんだから!」 「ちょっと、二人とも仲良くしようよ~」 「大丈夫だよ、ブッキー。さあ行こう!」 調理が始まる。ラブは鮮やかな手付きで野菜の皮をむいて、牛肉の下処理に取りかかる。 ジャガイモとニンジンをカットするせつなと、タマネギを刻む美希の包丁裁き対決は……食材選びの時点で決着がついていた。 「いっただきま~す!」 『いただきます』 祈里が遠慮がちに小声で祈りを捧げた後、みんなで夕ご飯をいただいた。 祈里は軽く、美希はもっと軽く、せつなはしっかりと。ラブは、盛り付けは普通だったが……。 「おかわり~」 「ちょっと、ラブ。食べすぎよ?」 「平気、平気。この後、枕投げで運動するんだから」 「どれほど投げる気なのよ……」 「でも、せつなも思ったより食べるのね」 「ラブがこうだもの。つい、つられてたくさん食べちゃうの」 「あっ~! せつなったら、あたしのせいにするんだ?」 「ラブちゃんって、楽しい時ほどたくさん食べるのよね」 「なるほど、せつなと暮らすのがよっぽど楽しいわけね」 「もう、からかわないで!」 賑やかな食事が終わり、それぞれが後片付けに取りかかった時、突如異変は起こった。 バラエティの放送中だったテレビ番組が、臨時ニュースに差し替えられる。 現在、街中から子供たちの玩具が消失する怪現象が起こっています。原因はまだわかっておりません。 販売店からも、各家庭からも、例外なく消えているらしく―――― ただ今、新しい情報が入りました。この現象は、世界各地で起こっている模様です。 また、詳しいことが判り次第―――― ラブ、美希、祈里、せつなの表情が変わる。怪現象、それは即ち、ラビリンスの襲撃を意味していた。 わからないのは、世界各地で起こっているということ。これまで、ラビリンスの攻撃による被害は、街の外に及んだことはなかった。 「ともかく、様子を見に行こう!」 『ええ!!!』 四人は、パジャマに上着だけを羽織って飛び出した。 家の外は、酷い有様だった。 家庭のおもちゃ。外で遊んでいる子のおもちゃ。喫茶店のマスコットや、キッズルームのおもちゃ。もちろん、玩具屋さんの商品も根こそぎ消えていた。 街は、消えたおもちゃを探す人々、警察や玩具屋さんに事情を問い詰める人々、泣き喚く子供たちなどで溢れ返っていた。 建物が壊されることを思えば、それほど深刻な事態とは言えないだろう。しかし、これまでの襲撃とは比較にならないほど被害が広範囲に及んでいた。 何より、全ての子供たちから笑顔が失われるのだ。それは、大人たちの気持ちにも影響を与えて……。 街全体が、暗い雰囲気に包まれようとしていた。 「あなたも、おもちゃを無くしてしまったの?」 「ひっく、だいじな……だったのに。お父さんから……。わあぁーん!」 とりわけ悲しそうにしている小さな男の子に、せつなが近づいてそっと声をかける。 その子はついに堪えきれなくなり、堰を切ったように泣き出した。 「そうなの……。単身赴任で遠くに行ってしまった、お父さんからの贈り物だったのね」 「ひどいっ。こんなこと、許せない!」 「子供たちから、不幸を集めるなんて……」 「心配しないで、私が――――。ううん、プリキュアが、必ず取り戻してくれるから」 せつなの力強い言葉に励まされたのか、その子もようやく泣き止んだ。 とは言え、今回は肝心のナケワメーケの姿が見当たらない。これだけ被害が広範囲だと、居場所の絞込みすらできない。 男の子を家まで送り届けた後、ひとまず帰って対策を立てることにした。 せつなはラブの部屋に戻ると、ためらわずにパジャマを脱ぎ捨て、昼間の服に着替えた。明るい部屋に、雪のように白く美しい肢体が舞う。 先ほど、恥ずかしがっていたのは何だったのかと思うくらい、周りの視線を気にする様子もない。 ラブ、美希、祈里は、顔を見合わせてから、同じように着替えた。 「これだけ広範囲に、一度に働きかける特殊能力……。サウラーのナケワメーケに違いないわ」 「でも、今頃どうして? もう、不幸のエネルギーは必要ないんじゃなかったの?」 「そのはずよ。奴らの目的も、シフォンの奪取に絞られていたもの」 「理由なんてどうだっていいよ! とにかく、早く倒して取り戻さないと!」 「いや、それなんやけどな。どうもラビリンスの仕業やなさそうなんや……」 「どういうこと?」 「よう見てみ? あいつらがやったんなら、クローバーボックスが光るはずやろ」 「確かに、沈黙したままね」 クローバーボックスは、シフォンの危険を知らせる能力を持つ。もしラビリンスの力が働いているなら、その発現地点まで映し出すはずだった。 「でも、ラビリンスじゃないなら、一体誰がこんなことを?」 ラブ――――ラブ――――ラブ―――― ラブ――――ラブ―――― 「ちょっと今、大事な話してるから待っててね。って! また、聞こえたよ!?」 「今のは、アタシも聞こえたわ」 「怖い。まさか、お化けなんじゃ?」 「みんな落ち着いて。確か、そこのクローゼットの中からよ」 「不思議な声……。初めて聞くはずなのに、なんだか懐かしいような」 「ラブ、気をつけて!」 「おともらち、よんでる。キュア・キュア・プリップ~」 ラブが立ち上がり、声の主を確認しようとする。それより早く、シフォンが宙に浮き上がり、額から力を放った。 クローゼットに命中した光は、やがて内部に吸い込まれる。 そして、音もなく扉が開き、中から一体のヌイグルミが飛び出してきた。 ピンク色の、ウサギのヌイグルミ。それが、フワリと宙に浮き、ラブの名を呼ぶ。 かなり古いものらしく、また、かなり使い込んだものらしく、色あせ、ところどころ破れて、中の綿が飛び出してしまっていた。 「ウサピョン!」 「ウサピョンって?」 「あたしが小さい頃に、よく遊んでいたヌイグルミなの」 「ヌイグルミが、なんでしゃべってんねん!?」 「あなただって、しゃべるフェレットじゃない?」 「ちゃうわ! わいは、可愛い可愛い妖精さんや!」 「はいはい、とにかく今はこの子の話を聞きましょう」 美希の言葉に頷いて、ヌイグルミは、今度はしっかりと話しだす。 「おもちゃや人形たちはね、本当に心の通ったお友達となら、お話ができるのよ」 心が通えば、おもちゃだって会話ができる。だから、自分はみんなのことを全部知っているのだと。 もっとも、これほど自然に話せるのは、シフォンの手助けによるものらしい。 「それで、あなたはどうして無事なの?」 「街のおもちゃは、みんな消えてしまったのよ」 「それは、トイマジンと呼ばれるヤツの仕業よ。なぜか、あたしにはその力が届かなかったの」 「なるほど。シフォンか、クローバーボックスの力で守られていたのね」 ヌイグルミ、ウサピョンの話によると、この世界からおもちゃが消えたのは、おもちゃの国に住むトイマジンと呼ばれる者の仕業らしい。 おもちゃの国は、役目を終えたおもちゃが集まって生まれた場所なんだとか。本来は、新しいおもちゃや、大事にされているおもちゃが連れて行かれることはない。 トイマジンはその禁を破り、世界制服の手始めとして、子供たちから全てのおもちゃを奪ったのだ。 「お願い、あたしと一緒におもちゃの国に来て! トイマジンの野望を止められるのは、プリキュアだけなの」 「わかった。あたし、行くよ。だって、ウサピョンは友達だもの。友達を助けるのは当たり前でしょ」 「ちょっと、ラブ! いきなり異世界に飛び込むなんて無茶よ!」 「落ち着いて、ラブちゃん。その国のこと、相手のこと、何もわかってないのよ?」 「行きましょう。ラブ、美希、ブッキー」 「せつなっ!」 「せつなちゃん?」 「この街の子供たちが、泣いている。戦う理由なんて、それだけで十分よ」 せつなの瞳が、闘志で燃え上がる。静かな口調に、返って怒りの深さがうかがえる。震える拳を開いて、リンクルンを取り出した。 美希と祈里も、頷いて立ち上がる。止めたところで、せつなは一人ででも行くだろう。何より、困ってる人々を助けたい気持ちは同じだった。 「行こう! 約束したものね。プリキュアが、必ずおもちゃを取り返すって」 「そうね、覚悟を決めましょう!」 「取り戻そう、わたしたちの手で」 「ウサピョン、おもちゃの国を強くイメージして」 「うん、まかせて」 「おもちゃの国へ!」 アカルンの輝きと共に、四人と一匹と二体は、時空の壁を越えて飛び立った。 おもちゃの国に到着した一行の前に、大きな門が立ちはだかる。建物の外周は高い壁で覆われており、他に出入り口はなさそうだった。 よく見ると、プラスチックのブロックで出来ており、規模の大きさに比べて、威圧感はまったくと言っていいほどなかった。 早速、守衛に問い詰められたものの、ウサピョンが用意していた精密なパスポートにより、事も無く入国が許された。 「ここが――――おもちゃの国?」 「わはっ、なんだかすっごく楽しそう!」 「どこも、とっても可愛い!」 「キュア~」 積み木とブロックで作られた建物には、大小様々な動物のオブジェが飾られている。 床はジグゾーパズルで出来ており、路面にはモノレールやミニカーなどが、縦横無尽に走り回る。 和洋、今昔、ごったまぜの人形やロボットが、自在に街を闊歩する。 どこまでも自由で、奔放で、はちゃめちゃで―――― それは、まるで子供のおもちゃ部屋のようでもあった。 「遊びに来たんじゃないのよ、ラブ。ここはもう、敵の手の内と考えていいわ」 「ごめん、そうだった」 「しかし、なんや、リアリティのない国やなあ」 「タルトがそれを言う?」 「そうよ、お菓子の国の王子のクセに、偏見はよくないわ」 「そんなことまで知っとるんかいな……」 ウサピョンにやり込められるタルトの様子を笑いながらも、せつなは周囲に対する警戒を高めていった。 異世界に慣れているせつなには、この世界に対してもみんなほどの驚きはない。 噴水広場にたどり着いたところで、ウサピョンに向き直る。 「こうしていても始まらないわ。トイマジンというのはどこにいるの?」 「それが、あたしにもよくわからないの」 「だったら、その辺の人に聞いてみればいいよ!」 「そうね」 「果たして、人と言えるかは微妙だと思うけど……」 街の住人たちは、皆、陽気で、声をかけたら親切に応対してくれた。 一緒に遊ぼうと誘う者、探し物があるなら手伝うと名乗り出る者、色々だった。しかし―――― 「アタシたちが探しているのは、トイマジンというの。何か知ってるなら」 「知らない! 知ってても教えるものかっ! もう、構わないでくれ」 「ソンナモノハ、コノマチニハ、イナイ。デテイケ! デテイケ!」 「聞こえない。わたしには質問の意味がわからない。さようなら~」 「みんな、どうしちゃったんだろう? 名前を聞いただけで逃げ出すなんて……」 「ラビリンスにおけるメビウスのように、絶対的な存在なのかもしれないわ」 「あっ、あっちにおまわりさんがいるよ、聞いてみよう!」 「待って! ブッキー」 祈里は、犬のおまわりさんの人形に話しかける。 動物の姿に安心したのか、警戒心も持たずに、単調直入にトイマジンについて質問する。 人懐っこいダックスフンドの表情が、たちまち険しいものとなる。 ワン! ワン! ワン! と、立て続けに吠えると、首に掛けていた笛を思いっきり吹き鳴らした。 それを合図にして、周囲のおもちゃたちが一斉にその場を逃げ出した。 「誰も……いなくなっちゃった」 「ワンちゃんも逃げちゃったね」 「違う――――もう、既に囲まれてるわ」 ザッ、ザッ、ザッ 規則正しい足音が、遠くから聞こえてくる。 その数は徐々に増えていき、その音は徐々に大きくなっていき―――― やがて姿を現す、無数の人形の群れ。 それは、きらびやかな赤い軍服を着て、黒くて長い毛皮の帽子を被る者。 ピカピカと輝く鉄砲や剣を持ち、颯爽と行進する衛兵たち。 おもちゃの兵隊と呼ばれる、この国の軍隊だった 百を超える銃口が、一斉にせつなたちに向けられる。 「はは……じょ、冗談よ、ね?」 「おもちゃのピストルだから、当たっても痛くないとか?」 口を開いた美希と祈里の間を狙って、兵士の一人が威嚇射撃を放つ。 轟音とともに、後ろの噴水の壁が一部砕け散る。 顔色を変えて、せつな以外の全員が両手を挙げる。 帽子に飾りをつけた、隊長らしき者がせつなたちに投降を呼びかける。 「お前たち、一体どこから来た? 街の治安を乱したからには、ただではすまさんぞ」 「治安を乱したって……、あたしたちはトイマジンの居場所を聞いただけだよ!」 「――――反抗の意思とみなす」 隊長の手が垂直に振り上げられ、そして、降ろされる。それを合図に、一斉に銃口がラブに向って火を噴く。 ドン! ドン! ドン! 「きゃっ!」 「危ないっ!」 せつながラブに飛びついて、とっさに弾丸から身をかわす。 「ラブっ!」 「ラブちゃん! せつなちゃん!」 「よくも……、やってくれたわね」 美希と祈里が二人を庇って前に出る。それを押しのけるようにして、怒りの形相のせつながリンクルンを構える。 美希と祈里も、頷いて、それぞれ変身の体勢をとった。 「あくまで刃向かうというのならば、もう容赦せぬぞ」 「容赦なんて、初めからしてないクセにっ!」 「待って!!」 隊長に向って、ウサピョンが抗議する。いよいよ一触即発のムードが漂う中、ラブの声が響く。 「おもちゃの兵隊さんたち、あたしたちをどうするつもりなの? それだけ聞かせて」 「素直に従うなら、おもちゃ城の地下牢に投獄する。処分は、国王様がお決めになる」 「わかった。抵抗しないから、乱暴なことはしないで」 ラブは前に進み出て両手を上げる。それに合わせて、兵隊たちも銃口を降ろした。 「ラブ、このまま捕まっちゃうつもり?」 「何をされるかわからないよ?」 「この数相手じゃ、ウサピョンたちまで守り切る自信がないの。それに、国王様と会えるなら、何かわかるかもしれないでしょ?」 「そうね、いざとなったら変身して逃げ出せばいいわ」 「ついて来い」 幸いにも、拘束するつもりはないようだった。 おもちゃの兵隊に囲まれて、せつなたちは連行される。 おもちゃの国の中央にそびえ立つ、おもちゃのお城に向って。 新-558へ
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「この子はインフィニティじゃない。シフォンよ!!!!」 ウエスターとサウラーを睨みつける、プリキュア四人の声が揃う。当のシフォンはキョトンとした表情で、ピーチの腕の中から、去っていく二人の後ろ姿を見送った。 「良かったなぁ、シフォン。一時はどうなることかと思ったで。」 タルトが満面の笑みで駆け寄って来る。その後ろから静かに歩いてくる姿を見て、シフォンがその瞳をキラキラと輝かせた。 「ぱぁぴぃ~!」 「え・・・今、なんて言うたぁ?シフォン。」 タルトが驚いて立ち止まる。ピーチたちも揃って顔を見合わせたとき、ぎゃっ!という小さな悲鳴と、珍しく少し慌てた声が聞こえてきた。 「な、なんじゃ、シフォン。ようその呼び方、お、覚えとったのぉ。」 やって来たティラミス長老は、これまた珍しいことに少し赤い顔をして、長い眉毛だけでなく、心なしか目尻まで垂れ下がっている。 「ぱぁぴぃぃ~!」 再び嬉しそうに声を上げて、長老の腕の中に飛び込んでいくシフォンを見ながら、ピーチは怪訝そうな顔で、タルトに問いかけた。 「ねぇタルト。パピーって、長老さんの名前?」 「ちゃう。長老の名前は、ティラミスや。」 かぶりを振るタルトに、そうだよね、と呟いて、ピーチは今度は仲間たちの顔を見回す。 「じゃあパピーって、どういう意味?」 「まさか、子犬・・・じゃないよね。」 パインが長老の方を気にしながら、小首を傾げる。 「長老さん、犬っていうより、明らかに鳥に見えるわ。」 大真面目に答えるパッションを制してから、ベリーがエヘンと胸を張った。 「パピーってね、確かに英語なら子犬だけど、フランス語で、おじいちゃんっていう意味よ。」 「さっすがベリーはん・・・って、長老!シフォンに自分のこと、そないにハイカラな名前で言うとったんでっか?」 タルトの脳裏に、「ほぉらシフォン。パピーやぞぉ。」と言いながら、長老がガラガラを振っている絵が浮かぶ。それを打ち消すように、まだ少し赤い顔の長老が、コホンと咳払いした。 「いやなぁ、パパでは少し照れ臭いし、おじいちゃんと言うのも、ワシのキャラに合わんじゃろう?それでシフォンには、ワシのことはパピーと、そう教えとったんや。」 あっけにとられて声も出ない四人の少女に、長老はいつもの調子で、パチリとウィンクする。 「どうじゃ、パピーの方がワシに似合うて、なかなかシブいやろ?」 「ガクッ。パピーの、一体どこがシブいんやぁぁ!!」 「そうか・・・。すまん。若気の至りや。」 「ちがっ・・・う~、否定しにくいやないかぁ!」 長老とタルトの掛け合いに、ピーチがたまらず、ぶっと吹き出す。それはあっという間に四人の間に伝染して、その場は笑いの渦となった。 シフォンは、みんなの笑顔をひとりひとり見渡してから、キュア~!と一声、実に嬉しそうな声を上げた。 四つ葉になるとき ~第3章:癒せ!祈りのハーモニー~ Episode10:宴のあとに その日、桃園家に最後の緊張が走ったのは、もう夜になってからだった。 コロッケパーティーもお開きとなり、お客さんも皆帰って、家族だけでリビングでくつろいでいたときのことだ。 「おーい、タルト。タルトぉ!」 二階から、突如長老の大声が聞こえてきたのだ。ラブもせつなも、その足下にいたタルトも、思わずギクリと顔を上げた。 「ん?どうかしたの?ラブ、せっちゃん。」 あゆみが不思議そうに、二人の顔を覗き込む。圭太郎はと言えば、テレビのバラエティ番組を見ながら、わはは・・・と呑気そうに笑っている。 そんな二人の様子を見て、せつなは密かに安心した。どうやら長老は、姿を見えなくできるだけではなくて、声も、特定の人にしか聞こえないようにできるらしい。 しかし、ホッとしたのも束の間、次に聞こえてきた長老の言葉に、三人は別の意味でギクリとして、腰を浮かせた。 「タルト。悪いんやけど、急いでクローバーボックスを持って来てくれへんか?」 タルトが弾かれたように部屋を飛び出す。ラブは思わず、天井に目をやった。シフォンは今、二階のラブの部屋で、長老に遊んでもらっているはずだ。 (まさか、シフォンがまたインフィニティに!?) 「お、お母さん。あたしたち、ちょっと宿題を思い出したからっ!」 言うが早いか、ラブとせつなも二階へと駆け上がった。 部屋に入ってみると、長老は、もうクローバーボックスのハンドルを回し始めていた。ゆったりとした優しい音色が、部屋の中に漂っている。 「長老さん!シフォンは?」 叫ぶようにそう尋ねたラブに、長老は空いている左手を、自分の嘴に直角に当ててみせた。人差し指は立てられないものの、どうやら「静かにしろ」と言っているらしい。 シフォンは実に嬉しそうな、安心しきった表情で、ラブのベッドに横たわっていた。額の四つ葉のマークがぼぉっとピンク色に色づき、その目は気持ち良さそうに閉じられている。きっとすぐにでも、寝息を立て始めるだろう。 「良かった・・・。シフォンがまた、インフィニティになったのかと思った。」 ラブは長老の隣りに座って、ホッと胸を撫で下ろした。せつなも安心したように、その隣りに腰を下ろす。 長老は、ゆっくりとハンドルを回しながら、いつもの飄々とした口調で言った。 「シフォンを寝かせるのんは久しぶりやから、前みたいに子守唄で寝かしつけたろ、と思うてな。うちにおった頃は、毎晩こうやって寝かしてたんや。」 「じゃあその頃は、クローバーボックスの曲は、この子守唄だったんですね?」 せつながシフォンの顔を見ながら、小声で長老に問いかける。 ラブとせつなにとって、この曲は、今日初めて聴いた曲だ。異世界を彷徨っていたシフォンを呼び戻したときまでは、クローバーボックスは別の曲を奏でていたのだから。 「うーむ、なんや知らんけど、普段はいろんな曲が流れとったなぁ。どうやらそのときのシフォンの状態で、曲が変化するみたいじゃった。せやけど、寝かしつけるときは必ず、この曲になっとったな。」 「やっぱり、ただのオルゴールじゃないわけね。」 感心したように呟くせつなの向こう側から、タルトが不満そうな顔を覗かせる。 「せやけど長老。ただ寝かしつけたい、ってだけやったら、何も二階から大声で呼ばんでもええやないですか。クローバーボックスを持って来い、言うから、ワイはてっきり、シフォンがまたインフィニティになったもんやと・・・」 「そりゃすまんかったの、タルト。せやけどクローバーボックスは、何もシフォンをインフィニティから元に戻すためだけに使うもんやないやろ?」 長老のその言葉に、ラブはハッとしたように、顔を上げた。 「そっか。そうですよね!」 「ん?何が“そう”なんや?」 のんびりとした口調に似合わず、案外鋭い目つきの長老に、ラブは勢い込んで言葉を続ける。 「今日あんなことがあったから、あたし、クローバーボックスって、シフォンを元に戻すためのアイテムだって、思いかけてた。 でも元々は、シフォンがすくすくと成長するように――シフォンの幸せのために、一緒にスウィーツ王国にやって来たんですよね!」 「・・・そうね。ラブの言う通りだわ。」 じっとラブの言葉に耳を傾けていたせつなが、生真面目な顔で小さく頷く。 「ふむ。」 長老は、シフォンが寝入ったのを確認してから、ハンドルを回す手を止めて、ラブとせつなの方に向き直った。 「クローバーボックスはな、確かにただのオルゴールやない。何と言うても、伝説のクローバーボックスや。まだまだワシらの知らん、たくさんの秘密があるはずなんや。」 厳かな長老の声に、ラブはゴクリと唾を飲み込み、せつなは真っ直ぐに、長老の目を見つめる。 「せやけどな。」 長老はそこで言葉を切って、もう一度、すやすやと眠るシフォンの顔を覗き込んだ。 「今、あんさんが言うた事――シフォンの幸せを願うアイテムや、ちゅう事こそが、クローバーボックスの力の源であるはずや。そのことをよう覚えといてな、お嬢さんがた。」 「はい。」 声を揃えてしっかりと頷くラブとせつなを見つめる長老の目は、今は何だか優しい、穏やかな光を湛えていた。 ☆ その日の夜遅い時間。既にベッドに入って寝ようとしていたせつなの部屋のドアを、ラブが遠慮深げにノックした。 「長老さんが、シフォンと一緒にあたしのベッドで眠っちゃってさ。せつな、悪いんだけど、今夜は一緒に寝てもいい?」 枕を抱えて、上目遣いでそう言うラブを、せつなは笑顔で招き入れた。 小さなベッドに、二人で潜り込む。息がかかるほど近い距離で向き合って、どちらからともなく、フフッと笑いが漏れた。 「何だか、私が初めてこの家に来たときみたいね。」 せつなが微笑みながら言う。 「ホントだ。じゃあ今日は、あのときのお返しだね。」 ラブがそう言って、せつなに微笑み返した。 あのときは、この部屋はまだせつなの部屋になっていなくて、それで二人でラブのベッドで眠ったのだ。 早いもので、あれからもう二カ月が経つ。そう言えばあのときは、せつなとこんなにくっついて寝てはいなかったなと、ラブはあの日の、せつなの寂しげな笑顔を思い出す。 「そうだ、せつな。今日はありがとう。」 「え?」 突然お礼を言うラブに、せつなは不思議そうに小首をかしげた。 「数学の時間のこと。あたしが当てられそうだったから、代わりに答えてくれたんでしょ?パーティーのとき、大輔から聞いたんだ。」 「ああ。」 せつなが納得したという表情で、ううん、と首を横に振る。そして少し目を伏せると、低く静かな声で言った。 「今日はみんな、学校どころじゃなかったものね。私も今日初めて、放課後になるのが凄く待ち遠しかった・・・。」 そこまで言うと、せつなの顔がグニャリと歪んだ。 慌てて下を向いて、表情を隠す。でも、至近距離にいるラブには、肩の震えと、必死で嗚咽を堪えている息づかいが伝わって来る。 「せつな。」 ラブは、ゆっくりとせつなの肩に手をかけてから、そのままギュッと、その細い身体を抱き締めた。 「お疲れ様。今日は一日、長かったね。」 せつなの震えが、ラブの腕の中で大きくなる。 まさか、インフィニティがシフォンだなんて、思いもよらなかった。探していたものが何かすら知らず、ただ命じられるがままに、人々から不幸を集めていた自分。あまりにも愚かだったと後悔している自分の行為を、せつなは今日ほど、激しく悔いたことは無い。 でも、泣くことも詫びることも、自分には許されないと思っていた。だから、ただひたすらにシフォンを探し、精一杯戦った。シフォンが元に戻ったときは、仲間たちと共に心から喜び、一生懸命コロッケを作って、みんなとパーティーを楽しんだ。 それでいいと思っていた。後悔したって、何も始まらないのだから。拭い切れないこの思いは、心の奥底に閉じ込めて、ただこれからを精一杯がんばろうと、自分に言い聞かせていた。 それなのに――凍らせたはずの自責の念は、まるでラブのぬくもりに溶かされたかのように胸を満たし、両目から一気に溢れ出した。 「ごめん・・・なさい、ラブ。私・・・私が・・・」 「せつな、もういいの。もう、いいんだよ。」 ラブは、せつなの涙と震えが治まるまで、そう繰り返しながら、優しくせつなの背中を撫で続けた。 どれくらいの間、そうしていただろう。 「ねえ、せつな。」 涙が止まって、少し照れ臭そうに顔を上げたせつなに、ラブは静かに語りかける。その目にも、うっすらと涙があった。ラブにとっても、今日はまるで先の見えない、長い長い一日だったのだ。 「もしインフィニティが現れても、それをラビリンスに渡さなければいいって、あたし、昨日そう言ったよね。」 「ええ。」 せつなも涙に濡れた目で、ラブの顔を見つめて微かに頷く。 「シフォンがインフィニティだってこと、まだ信じられないけどさ。でも、知らないものを守るんじゃなくて、シフォンを守るためだったら、あたしたち、何だか十倍も百倍も、頑張れそうな気がしない?」 そう言って、ラブはせつなの顔を覗き込む。 「だって、シフォンはあたしたちの大切な友達で、家族だもの。絶対に守りたい、大切な大切なものだもんね。」 ラブの瞳に、強い意志の光が輝く。それを見て、せつなの瞳にもまた、光が宿った。 「そうね。インフィニティだから守るんじゃない。私たちは、シフォンを守るのよね。」 「うん。だって、あたしたちにとって、シフォンはシフォンなんだから。」 「ええ。」 しっかりと頷くせつなの手を、ラブは強く握りしめる。 「さぁ、そうと決まったら、明日からまた楽しいこと、たっくさんやろうね!不幸のゲージのせいで、シフォンがインフィニティになるんだったらさ、その分あたしたちが、いーっぱい楽しいこと、シフォンに教えてあげようよ。ね?」 ニコリと笑うラブの顔が、今日は何だか、いつもに増してあゆみに似て見える。せつなはそう思いながら、決意を込めた言葉を、力強くラブに告げた。 「ええ。私、精一杯がんばるわ。」 ☆ 翌日の土曜日は、まるで秋の空を絵に描いたような、雲ひとつない天気となった。 「長老~!ここがワイの兄弟がやっとる、めっちゃ旨いドーナツの店でっせ。」 タルトが勝手知ったる他人の店とばかりに、ドーナツカフェのテーブルに、ぴょんと跳び乗る。 「タルトちゃん、声大きいよ。他の人に聞かれたら、どうするの?」 祈里が、言葉の割におっとりとした口調でそう言いながら、タルトを隠すようにテーブルに着く。 「まぁ今のところ、お客さんはアタシたちだけみたいだけどね。」 美希がそう言って、いつものドーナツセットを注文する。ラブとせつなも、それぞれシフォンと長老をテーブルの上に降ろして、席に着いた。 「今日はいつもと違うんだから、気を付けてよ?タルト。長老さんは、カオルちゃんには見えないんだからね。」 「わかっとるがな。」 小声で念を押すラブに、タルトが軽い調子で言い返す。 長老がスウィーツ王国に帰る前に、どうしても出来たてのドーナツを食べてもらいたい。タルトがそう言って、まだお客さんの少ない午前中を狙って、みんなでドーナツカフェにやって来たというわけだった。 「それにしても、スウィーツ王国っていうくらいなのに、どうしてドーナツが無いんですか?」 声をひそめて問いかける祈里に、長老はあっさりと即答する。 「そりゃあ、全パラレルワールドのスウィーツがあったりしたら、困るからや。」 「え?どうして困るんですか?」 「うーん、スウィーツ王国が、スウィーツで埋もれちゃうから・・・とか?」 「いや、ラブちゃん。別に飾っておくわけじゃないんだから・・・。」 祈里とラブがボソボソと言い合うのを軽く流して、長老は実に事も無げに言ってのけた。 「そりゃあ、今日みたいな楽しみが無くなるからに決まっとるやろ?新しい世界に出向いて、見たことも食べたことも無いスウィーツを食べる。これぞ旅の醍醐味っちゅうもんじゃ。それが無くなってしもうたら、実につまらんからの。」 「なんか重々しく言ってるけど・・・そんな軽い理由なんですか?」 力なく突っ込む美希に、長老はニヤリと笑って、オレンジジュースをズズッと啜った。 「はい。ご注文通り、出来たてだよ~ん。」 カオルちゃんが歌うようにそう言いながら、ドーナツを持ってやって来る。 「うわぁ、ありがとう、カオルちゃん。」 ラブが目を輝かせてお礼を言ったとき、シフォンが両手を振りながら、嬉しそうに叫んだ。 「ぱぁぴぃ~!」 「わわわ、シフォン!それ、言うたらあかんて。」 タルトが慌ててシフォンを抑え込む。 「ん?パピーって、オジサンのこと?やっぱり子犬みたいに、つぶらな瞳だからかな。」 ニタリと笑って自分の鼻を指差すカオルちゃんに、今度はラブたちがうろたえた。 「い、いやぁ、カオルちゃんのことじゃないよ!」 「シフォンは最近、おしゃべりする言葉が凄く増えてきたから・・・」 「時々、関係ない言葉をしゃべったりするのよね。」 ラブ、美希、祈里が口々にそう言って、あはは~と取って付けたように笑う。 苦笑いでそれを見守っていたせつなだったが、ふとテーブルの上に目をやって、ギクッと首を縮めた。その視線に気付いたタルトが、振り返って、わっ!と飛び上がる。 そこには、長老が満面の笑みを浮かべ、両手にドーナツを持って、夢中で頬張っている姿があった。この光景は、おそらくカオルちゃんの目には、宙に浮いたドーナツが、ひとりでに減って行っているように見えるだろう。 せつなは咄嗟に長老を抱え上げると、「ごめんなさい!」と早口で呟きながら、素早くテーブルの下に押し込んだ。 「あれ?兄弟。そんなところにアイス置いといたら、溶けちゃうよ?」 「へ?」 ホッとしたのもつかの間、カオルちゃんの何気ない一言に、またもや全員が、顔を引きつらせる。 テーブルの上にあるのは、長老のステッキ。ご丁寧に、ドーナツの皿の中に放り出されている。持ち主の手を離れたせいで、カオルちゃんにも見えてしまっているらしい。そこに取り付けられたアイスクリームの飾りは、言われてみれば確かに本物と間違えるくらい、よく出来ていた。 「出来たてドーナツは、ハートの中までアツ~いからね。この熱をナメたらいけないよ~ん。あ、舐めるのはアイスの方か。グハッ!」 「ち、違うんや、兄弟。これはただのイミテーションで・・・って、なんで次から次へとこうなるんやぁ!」 タルトの絶叫が、ドーナツカフェに響く。せつながチラリとテーブルの下を覗くと、長老はもうすっかりドーナツを食べ終えていて、せつなに向かって、パチリとウィンクしてみせた。 せつなはクスリと笑って、もう一度テーブルの上に目をやる。まるで百面相のようなみんなの顔を、キョロキョロと楽しそうに見回していたシフォンが、せつなの顔を見て、キュア~!と嬉しそうに叫んだ。 ~終~ 新2-242へ
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ある日の夜。 自宅に帰ると、あゆみが出迎えてくれた。 「お帰りなさい、お父さん。お仕事お疲れ様。」 「ただいま、お母さん。」 「ねえお父さん、私たち3人から話があるの。後で来てくれる?」 いつになく、うれしそうな顔で話すあゆみ。 スーツから着替えてリビングルームに入る。 あゆみと共に、ラブとせっちゃんもくつろいでいた。 3人と向かい合って、ソファーに腰掛ける。 「それで話って何だい?」 「ねえ、お父さん。今度の休みにどこか行こうよ~。」 「お父さん。私からもお願い。」 「せっちゃんが本当にウチの家族になったんだから。いいでしょ、お父さん。」 今度の休みはゴルフの打ちっ放しに行こうと思ってたんだけど・・・。 まあ、こんなにせがまれたんじゃ断れないな。 「わかった、じゃあ今度の祝日に行こう。」 「やったー!楽しみだね、せつな!」 「本当に楽しみね。どこへ連れてってくれるのかしら?」 「それじゃお父さん、旅行のプラン決めといてね。」 えっ?こういうのは家族で話し合って決めるんじゃ・・・。 残業で帰りが遅いからそんな時間無いって?ハイハイ、分かりました。 明日、会社の部下におすすめのスポットを聞いてみるか。 次の日。 家に帰ると、3人が出迎えてくれた。 「お帰りなさい。お父さん。」 「お父さん、お帰りなさい!ねえねえ、旅行の行き先決まった?」 「ああ、決まったよ。詳しい事は後で話すから。」 「ありがとう、お父さん。」 せっちゃんが僕の事を「お父さん」って呼んでくれる。 かれこれ何十回目だけど、いつ聴いてもうれしいなぁ。 「さ、早く上がって。ご飯できてるわよ。」 「おっ、すまんすまん。今行くから。」 食卓を4人で囲み、夕ご飯を取った。 食後、カバンから何枚もの紙を取り出す。 昼間に会社の部下に頼んでおいた、インターネットから得た行楽地の情報だ。 「それで、ここなんかいいと思うんだがどうだい?」 「紅葉が見られる湖ね。いいじゃない?」 「いいねー。せつなはどう?」 「お父さんが決めた所なら異論は無いわ。」 良かったー。 ありがとう、僕の有能な部下君よ。お土産を期待していてくれ。 「それなら決まりね。で、お父さん。」 「何だね、お母さん。」 「そこへはどうやって行こうかしら。電車?車?」 「そうだなー、車で行こうか。レンタカーを借りて僕が運転するよ。」 「えー意外!お酒好きなお父さんが旅行で飲まないなんて。」 「おい、ラブ。僕だって飲まずに我慢できるんだぞ、それに・・・。」 「それに・・・?」 「車ならせっちゃんと後ろの席で二人でいられるだろ。」 せっちゃんが顔を赤らめてうつむいている。 時々見せる、そんな表情も可愛いなー。 「お父さん!何鼻の下伸ばしてるのよ!」 「うわっ!ごめんごめん、お母さん。」 怒られた僕を見て、ラブとせっちゃんがクスクス笑っている。 ああ、これも家族の幸せなんだなぁ。 そして日帰り旅行の当日。 レンタカー屋へ車を取りに行き、自宅にあゆみたちを迎えに戻る。 「さあ、行くわよ。お父さん今日は運転お願いしますね。」 「うわー、あたしETCの付いた車に乗るの初めて!」 「へぇ、これがETCなの。確か高速料金がお得になるってやつでしょ。」 「そう、今日は休日だから特別割引。だから少しくらいは遠出できるんだよ。」 車を発進させ、自宅を出発した。 数十分後、高速道路のインターチェンジに入る。 会社の営業車で運転しているとはいえ、高速は久しぶりだ。 「そういえば、今日はフェレット・・・何て名前だっけ?」 「もう、お父さん。タルトでしょ!タルト!」 「ああ、すまんラブ・・・。で、タルトちゃんはどうしたんだい。」 「タルトはブッキーの所に預けたよ。」 「山吹さん家か。じゃあお土産買ってあげないとな。」 そういえば、いつもラブたちが持っているぬいぐるみも無いなあ。 まあ細かいことは気にしないで、運転運転っと。 「あちゃー。渋滞かー。」 「やっぱり休日だから行楽地へ行く車が多いのかしら。」 「せつなー、渋滞ってイヤじゃない?」 「私は構わないわ。ラブと一緒にいられるのなら。」 そんなこんなで高速道路から下りて、ようやく目的地の湖に到着した。 「さあ、着いたぞー。」 「わあ、紅葉がきれいだわー。」 「ホントきれいだね!せつなは紅葉見るの初めてだっけ?」 「ええ、自然って本当に素晴らしいわ。」 良い風景を眺めて家族の感想も得られて、ドライブの疲れも吹き飛ぶってもんだよ。 そんな感慨に浸る間もなく、ラブの大声が飛んできた。 「ねえー、お腹が空いたー!」 「はいはい、今お昼にするわね。お父さーん、場所さがしてきてちょうだーい!」 「えー、僕がかい?」 「そうよ。私たちはお弁当を運ぶから、あなたはそっちをお願いね。」 「・・・はーい。」 「私も一緒に行くわ。お弁当はお母さんとラブの2人で運べるでしょ。」 せっちゃん、えらいねぇ。やっぱりせっちゃんは僕の味方だね。 ほどなく、せっちゃんが辺りをキョロキョロ見回し始めた。 「あっちに空いている場所があるわ。」 せっちゃんが指差した方向へ歩くこと数分、1軒の東屋があったのでラブの携帯に電話を入れた。 しばらくすると、ラブとあゆみがお弁当などを抱えてやって来た。 「あらー、見晴らしがいいわねー。」 「ホント、お昼ご飯を食べるのに最高だね!」 「わはっ、せっちゃんがこの場所を見つけてくれたんだ。すごいなぁ。女のカンってやつかい?」 「ちょっと違うけど・・・。でもお役に立ててうれしいわ。」 東屋のテーブルにお弁当を広げる。 おにぎりにサンドイッチ、色々なおかずがたくさん詰まっていて美味しそうだ。 「これは誰が作ったんだい?」 「もちろん私よ。それに、ラブとせっちゃんも手伝ってくれたのよ。」 「へへっ。みんなで一緒に食べるお弁当だから、頑張っちゃった!」 「お母さんとラブと3人で作って、とても楽しかったわ。」 いただきまーす、とあいさつしてお弁当を食べ始めた。 相変わらずラブは勢いよく食べているなあ。 次は何を食べようか・・・コロッケがいいな。 「お父さん、そっちの円いのを食べてくれる?」 「おお、せっちゃん。分かった、いただくよ。」 せっちゃんが勧めた円形のコロッケに箸を伸ばす。 口に運び、ひと口かじると甘辛い味がした。 僕の得意料理の肉じゃがを使ったコロッケだった。 「うん、美味しいよ。せっちゃんが作ったのかい?」 コクリとうなずくせっちゃん。 料理の腕もラブに近づいてきたかな? 「ねえお父さん、あたしの作ったハンバーグも食べてよー。」 「おお、すまんすまん。どれどれ・・・」 ラブが作ったハンバーグも食べてみた。 ひき肉と一緒に、何かほかの食感がした。 箸で切ったハンバーグの断面を見ると、小さくダイスカットした野菜が入っていた。 ごぼう、れんこん、それにラブの苦手なにんじんも。 「ラブ、にんじんは苦手じゃなかったのか?」 「うん。少しずつだけど食べられるようになってきてるよ。」 「せつなだってピーマン食べられるように頑張っているから負けられない、っていうのもあるけどね。」 うんうん、そうやって好き嫌いを克服していくもんだね。 ってあれ・・・。お弁当がきれいさっぱり平らげられている。 「もう、お父さんったらゆっくり食べてるんだから。全部あたしが食べちゃったよ!」 「ごめんなさい、お父さん。私も止めようとしたんだけど、ラブが聞かなくて。」 「せっちゃんが謝ることないよ。どこかで何か買って食べるさ。」 「わはー!あたしも一緒に食べたい食べたい!」 「こらっ、ラブ!少しは遠慮しなさい。」 「・・・はーい、お母さん。」 食事も終わって、お茶を飲みながら家族と談笑した。 普段話せない仕事の事、近所の事、ラブとせっちゃんの学校の事、美希ちゃんや祈里ちゃんの事など・・・。 「そろそろお土産を買って帰るとするか。」 「そうね、遅くなると道も混むし日が暮れるのも早いからね。」 「せつな、おみやげ何買おっか。」 「ラブにまかせるわ。」 駐車場まで歩いて戻り、そこに併設されている物産センターでお土産を買うことにした。 2階建ての1階がお土産売り場で、2階には・・・ ~後編につづく~ 避-160へ
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「えぇ~っ!?」 金曜日の放課後。 いつものドーナツカフェに、美希と祈里の叫びが響いた。 「せ、せつなちゃんに…」 「ラブレターですって!?」 「そうなの~! あたしもビックリだよ!!」 「???」 当のせつなは、今一つ状況を呑み込めない顔で、ドーナツを齧る。 「しかも送り主は、ちょーイケメンで有名な3年生! この前引退するまでサッカー部のレギュラーで、女子人気ナンバーワン! そんな人から、せつな宛のラブレターが来たんだよっ! けさ学校に行ったら、せつなの下駄箱に入ってて…」 我が事のように目を輝かせ、状況を説明するラブ。 美希は興味津々といった風情で、 「で…せつな、返事はどうするの?」 「返事?」 「ラブレターの返事よ! まさか、もうOKしちゃったとか?」 テーブルから身を乗り出す美希に、圧倒されるせつな。 「へ、返事って言われても…手紙は読んだけど、よく分からなかったし…」 「え?」 その言葉に、美希は一瞬固まってしまう。 “よく分からないラブレター”。 そんなものが存在するのかどうかの方が、美希にはよく分からなかった。 言い回しが、やたら難解だったのだろうか。 それとも、字が雑だったか、逆に達筆すぎて読めなかったとか…? 「よく…分からない?」 「ええ。“つきあってください”って書いてあったんだけど、 何につきあってほしいのか、書いてなかったのよ」 「は?」 「一緒にサッカーをやりたいってことなのかしら? でも私、サッカーのルールってよく知らないし…。 あ、それとも、私たちと一緒にダンスを習いたいとか…。 まさか! 私の正体を知っていて、プリキュアになりたいとか…!?」 「…ラブ、ちゃんとせつなに説明した?」 ラブはポリポリと頭をかきつつ、 「え、え~っと…タハハ、説明してませんでした…」 「やっぱり…あのねせつな、ラブレターっていうのは、 自分の好きな人に想いを伝える手紙のことなの。分かる?」 呆れ顔で説明する美希。 「好きな人に…伝える手紙…」 せつなはしばらく考え込んでいたが、やがて、 「…うん、分かったわ」 と、力強く頷いてみせる。 「よしっ! さすが、アタシの説明、完ぺ…」 「私、ラブに手紙を書くわ」 「…はい?」 「もちろん、美希やブッキーにも手紙を書くわ。 私、みんなのことが大好きだもの! 好きな人に手紙を書くのが、ラブレターなんでしょう?」 その答えに力尽きた美希は、テーブルに思い切り突っ伏した。 「み、美希たん!?」 「美希、どうしたの?」 「ごめん…ラブ、アタシ限界。後の説明は任せるわ…」 「う、う~ん…えっとね、せつな、ラブレターっていうのは…」 身振り手振りを交えつつ、熱心に説明するラブ。 せつなは小首を傾げつつ聞いていたが、首の傾きが次第に大きくなる。 「だからね、好きな人っていうのは、そういう意味じゃなくて、もっと他に…」 「他に好きな人…? あ、私、ラブのご両親も好きよ。とても優しいもの」 「だから、そうじゃなくって…あ~!」 どうしてよいか分からず、頭を掻きむしるラブ。 そんな二人のやりとりを見つめつつ、美希は苦笑混じりのため息をついた。 「はぁ…こりゃ、手紙書いたイケメン君も災難だわ。ねぇ、ブッキー?」 「………」 「ブッキー?」 「えっ!? あ、ごめん美希ちゃん、何の話だったっけ…?」 「ラブレターの送り主の話よ。ブッキー、どうしたの?」 美希が尋ねると、祈里は小さく頷く。 「うん。すごいなぁ…って」 「転入してから、一ヶ月も経ってないのにね。でも、当の本人があの調子じゃ…ねぇ」 「あ、ううん、そうじゃなくって」 「そうじゃ…なくって?」 「手紙を書いた先輩さんが、すごいなぁって」 意外な視点での評価。 思わず美希は、目を丸くする。 「すごい…って、何が?」 「うん。だって、断られるかもしれないのに手紙を書いて、 せつなちゃんに送ったんでしょ?」 「まぁ、そうよね」 「私には、絶対真似できないなぁ…って思って。 好きな人に手紙を書いて、想いを伝えるなんて…」 遠くを見つめて、呟く祈里。 ところが、 「えっ、なになに? ブッキー、好きな人いるの?」 「え、えぇっ!?」 突然話題に喰いついてきたラブに、思わず祈里は後ずさった。 「え、あああの、別に、いるというか、いないというか…」 「どんな人? あたしたちも知ってる人だったりするの?」 「えっと、その、知ってるというか、知らないというか、その…」 誤魔化しきれず困り果てる祈里に、美希が助け船を出した。 「ラブ、別にいいじゃない。誰だって、好きな人くらいいるわよ」 「え、美希たんも好きな人いるの?」 美希は一呼吸おいて、いつもの口調で言った。 一瞬だけ、祈里に視線を移したように見えたが。 「…まぁね。誰なのかは、とりあえずナイショ、かな」 「えっ…」 「えぇ~! いいじゃん美希たん、教えてよ~!」 「ダ~メ。ラブみたいなお子ちゃまには、まだ早いわよ」 「ひっど~い!」 口を尖らせるラブ。 だが、美希の口調から、恐らく冗談だとでも思ったのだろう。 決して、本気で怒ってはいないようだった。 そんな二人の会話を見ていたせつなが、ある異変に気付いた。 「…ブッキー、大丈夫?」 「え…?」 「顔、真っ青になってる。気分でも悪いの?」 「あっ…ううん、大丈夫。ゴメンね、せつなちゃん」 「そう? それなら、いいんだけど…」 「もう…帰ろっか?」 珍しく、真っ先に席を立つ祈里。 ラブと美希も、腕時計に目をやる。 「あら、もうこんな時間…」 「そうだ、今日の夕食、ラブが作るんでしょ?」 「あ、そうだった。買い物して帰らなきゃ! せつな、つきあってくれる?」 「ええ。こういうのも、ラブレターになるのかしら?」 「だから、そうじゃないってば…」 不毛なやりとりを繰り返す、ラブとせつなだった。 「そうだ! みんな、明日は予定空いてる?」 「明日? 美希たん、何かあるの?」 「ほら、ミユキさんがお仕事で、レッスンはお休みでしょ? アタシは午前中だけ雑誌の撮影があるけど、午後は暇だから…。 みんなで、久々に買い物でも行こうかなって」 「あちゃ~…ゴメン美希たん、あたしとせつなはパス…。 明日は、家族みんなで出かける予定があるの」 「そっか…ブッキーは?」 「え、あ…その…私も、ちょっと用事が…」 「ブッキーもダメか…しょうがない、和希にでも電話しよっかな」 ちょっと残念そうに微笑む美希。 その美希から、祈里は逃げるように視線を外した。 その日の夜。 自室で一人、ため息をつく祈里の姿があった。 『美希たんも、好きな人いるの?』 『まぁね』 「美希ちゃん…好きな人、いるんだ…」 考えてみれば、当たり前のような気もする。 美人で、優しくて、大人っぽい美希のこと。 好きな相手どころか、恋人がいても全然不思議じゃない。 その“誰か”と腕を組んで歩いたり、デートしたり…。 想像すると、目の前が真っ暗になるような錯覚に襲われる。 「そうだよね…美希ちゃんなら当然、だよね…」 机の引き出しを開ける祈里。 中にあった封筒を見て、ため息をまた一つ。 半年以上、机に入れられたままの封筒。 その中に封じ込められた想い。 伝えられない、許されない、想い。 祈里自身は、そう思っていた。 そして。 封筒には、宛名が記されていて。 「 蒼乃美希 様 」 ~ To Be Continued ~ 3-327 ~おまけ~ イース「投下初めて…だと?信じられないな、GJ!」 ラブ「そうだよね!スッゴク上手い~」 祈里「なんで私の心のなかがYMさんには見えるのかなぁ?」 タルト「よっぽどパインはんの気持ちがバレバレなんやろうな」 シフォン「プリプ~!」 せつな「ねぇ美希、ラブレターって、ラブの書いた手紙のこと?」 美希「だから違うから!」 祈里「続きが気になるわ、今夜投下あるかしら」 ラブ「きっとあるよ!ワクテカだね~」 美希「アタシ授業が手につかないかも…」 祈里「あぁっ美希ちゃん!鼻血出てるよ!」 せつな「どして?」 イース「これだから人間というヤツは…!」
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1 12月24日―――クリスマス・イブ ミユキさんのスケジュールの都合で、今日が年内最後の練習となった。 軽い打ち上げと、ささやかなイブのお祝いを兼ねたドーナツ・パーティを終えて、美希とブッキーと明日 のクリスマスパーティの約束をして別れ、私とラブは家路に就いていた。 「たは~、今日は疲れたね~…イブだっていうのに……」 ラブはそう言いつつ、私の肩へとしなだれかかってくる。 「年内の締めくくりですもの。ミユキさんも気合が入ってたみたい」 「そだね~……充実してたけど、やっぱキツかったよ……こんな時は……」 ラブは目を閉じると、顔を私の方へと突き出した。 「欲しいな~、元気の出るモノ……」 「………」 甘えた態度の彼女の身体を、私は軽く押し返す。 「―――え?せ、せつな?」 「……ラブ、よく聞いて……」 いつに無い私の態度に驚いているラブへ、私は出来るだけ落ち着いた風を装い、告げる。 「……前から思っていたけど、ラブのキスにはムードが足りないわ」 「む、ムード?」 目を丸くしてその単語を繰り返すラブ。 「おはよう、おやすみ、行って来ます、ただいま、まるで挨拶か何かみたいに思ってるでしょ?」 「んー、その他にもイタダキマスとゴチソウサマがあるよね―――ベッドの上では」 「……その発言がムードが足りないって証拠よ……」 私はあくまで毅然とした態度で彼女に言う。 「私の唇は、そんなに安売りするものじゃありません。厳しかった今日の練習みたいに、特別な時にだけ する事にします。―――いい?」 「え?え?で、でも―――」 「でも、じゃないの!!」 声高に言い放った私に、ラブは恐縮したかのように縮こまって。 ―――分かって、私だって辛いのよ。 「せ、せつな……それはあまりにも殺生な……」 よよ、と芝居がかった仕草でまとわりつくラブを突き放し、私は宣言した。 「……ちゃんとムードがあると認められるまで、私の唇は許しません!」 ……頑張って、ラブ……私、明日だけはムードのあるキスをしたいの……。 だって明日は――――――。 2 「……どうしたの?これ……」 ダンスレッスンから帰った私とラブを待っていたのは、信じられないような桃園家の光景だった。 まるで古い教会にツタが絡みつくように、その外観を覆っているのは―――。 「やあ、ラブ、せっちゃん、お帰り」 上から聞こえる声に顔を上げると、梯子に乗ってにこやかに微笑む圭太郎お父さん。 その手には色とりどりの電球の付いたコードを持っている。 「すごーい!もうクリスマスの飾り付けしないんだと思ってたよ!」 さっきまでの落胆振りはどこへやら、両手を胸の前に組み、嬉しそうな声を上げるラブ。 理解できずに呆然としている私を振り返ると、彼女ははしゃいだ子供のように目を輝かせる。 「小さい頃はね、毎年こうやって飾り付けしてたんだよ!夜になってスイッチ入れると、家がキラキラって 暗い中で浮かび上がって……まるでおとぎ話みたいなんだ!」 「うふふ、毎年ラブは『これならサンタさんも迷子にならないね!』って喜んでたわね」 いつの間にか私達の後ろに立っていたあゆみお母さんに、私は尋ねた。 「クリスマス……ってこうやってお祝いするもの?」 「そうねぇ、最近は家もクリスマスツリーをリビングに飾ってケーキを食べるくらいだったけど、今年は せっちゃんがいるでしょ?お父さんったら張り切っちゃって」 口元を押さえてクスクスと笑うお母さん。 「『今年はせっちゃんの思い出に残るようないいクリスマスにしよう!』って……わざわざ会社まで早退して きたのよ。もうイブだって言うのに……一晩だけでもって」 私は何か申し訳なくなり、頭を下げた。 「私の為に……ごめんなさい……」 「違うよ、せつな。そういう時はね、ニッコリ笑って『ありがとう』って言えばいいの」 「そうよ、せっちゃん。お父さんもせっちゃんの喜ぶ顔が見たくてやってるんだから」 私達の会話が聞こえていたのか、頭上から「そうだぞー!」というお父さんの声。 それが何故か可笑しくて、私達は顔を見合わせ笑い合った。 「さあ、じゃあわたし達もクリスマスのお料理の準備、しましょうか?お母さんも張り切っちゃうわよ」 「わーい!じゃああたしケーキ作るの手伝うよ!」 「わ、私も出来る事があれば―――」 お母さんはふむ、と顎に手をやって。 「そうね。ラブは毎年手伝ってくれて手順も分かってるだろうし……せっちゃんは今回は見学かな?」 「見学……」 「がっかりしないで、せつな!色々教えるから、見ててよ!」 落ち込んでいる私を励ますように、ラブが肩に手を置いた。 ―――しょうがないわ。色々覚えて、来年はきっと―――。 (思い出に残るクリスマス、か―――) この世界の事には疎い私だけど、それが楽しい日である事はラブやお母さんに聞いて知ってはいた。 (……初めてのクリスマスなんだもの……素敵な物にしたい……) だけど、自分には何も出来ないのが歯がゆい。 私にも何か出来る事があれば―――。 とりあえずはお料理の作り方覚えなきゃ、と家に入ろうとするラブ達の後を追う。 その時、私の後ろでド―ン!という大きな音がした。 驚いて振り返った私達の目に映ったのは――――。 * 桃園家のリビング。心配している私とラブの前で、お母さんはソファにうつ伏せになったお父さんの腰に シップを貼っていた。 「大丈夫?……低い所からだったから良かったけど、梯子から落ちるなんて……気をつけなきゃ」 「アイタタタタタ……す、すまん……」 下に置いてある飾り付けの材料を取ろうとして、梯子から足を滑らせてお父さんは腰から落ちてしまった のだ。 「う、さ、さて飾り付けの続きを……イ、イタタタ」 「ほら、無理しないの!飾りつけはいいから、少し休んでて」 苦しそうに呻きながら立ち上がろうとするお父さんを、お母さんがたしなめる。 「で、でもあとは屋根を飾り付けてリースを付けるだけだから……」 「お父さん、あまり無理しないで」 「せつなの言う通りだよ。痛みが引くまでは大人しくしてないと……何だったら、あたしが―――」 「いけません!」 ラブの言葉を打ち消すように、お母さんが強い口調で言う。 「女の子なんだから、そんな事しちゃ駄目!危ないでしょ!?」 「でも、もう少しなんでしょ?だったら――――――」 「絶対に許可しません!……それに梯子だって、さっきお父さんが落ちた時に一緒に倒れて壊れちゃった から、こっそりやろうとしても無駄よ?」 お母さんに釘を刺されて、うなだれるラブ。 私もラブと同じ事を考えてただけに、ショックだった。お父さんはあんなに張り切っていたのに……。 それに、元はといえば私の為に、何年もやってなかった家の飾り付けをしようとしたのが原因だし。 (!!) その時わたしの頭に、ある考えが閃いた。 * 深夜、お母さんとお父さんの部屋の電気が消えるのを確認して、私はパジャマから普段着へと着替えた。 万が一にも気が付かれないように、静かに部屋のドアを開けて、足音を殺して階段を下りる。 リビングに入ると、電気を点けず、記憶を頼りに手探りで『あるもの』を探す。確か夕方にはこの辺り に―――。 「―――探してるのはこれでしょ?せつな」 その声と同時に、リビングの明かりが点く。 驚いて振り返った私の前には、工具と、飾り付け用のコード類が入ったダンボールを脇に抱えたラブの 姿が。 「ラブ!ど、どうして……?」 「愛の力で―――なんちゃって。さっきちょっと様子が変だったからさ。多分同じ事考えてるって思って、 置いてけぼりにされちゃ大変だって、ここで待ってたの」 彼女はそう言うとにははー、と笑った。 私の考えてる事はバレてたのね……でも―――。 「……お母さんに怒られるわよ……」 ラブから目を逸らすように俯いて、私は言った。 あれだけキツく言われたのに、勝手な事をしたのが分かったら―――。 「それはせつなだって同じでしょ?」 「……そうだけど……」 「もしかしてだけど―――せつな、自分のせいでお父さんが怪我したって思って、引け目感じてる?」 少し悲しそうな彼女の声。 引け目―――そうだ。お父さんは私に楽しい思い出を作ってくれようとしててあんな事になったんだ。 それも勿論ある―――けど、私が今ここにいるのは、それだけじゃない。 「……私も、何かしたいの」 ラブの足元を見ながら、私は小さく呟く。 「お父さんもお母さんも、クリスマスの為に色々準備してくれてたわ。だから私も、何か自分に出来る事 があるなら、精一杯頑張りたい……だって―――」 顔を上げて、彼女を真っ直ぐに見つめる。 「―――あなたと……家族の皆と過ごす、初めてのクリスマスなんだから」 私の言葉に、ラブは満足そうな表情を浮かべると、ゆっくりと頷いた。 「……じゃあ尚更あたしもじっとしてられないよ」 「ラブ……」 「ね、せつな。一緒にやろう。それで、素敵なクリスマスの思い出を作るの。―――きっとすごく怒られる だろうけど」 テーブルの上にダンボールを置くと、ラブは私へと踏み出す。 そして、優しく私の手を握り締めた。 「二人なら、平気だよ」 「―――うん」 私も彼女の手を握り返す。 そうね、どんなに怒られても、私達二人なら、きっと、平気。 「―――じゃあ行きましょう。アカルン!」 「キー!」 荷物を持ったラブと、しっかりと手を繋ぎ直す。 「屋根の上へ」 3 深夜という事もあって、外の冷え込みは生半可な物ではなかった。 それなりに厚着をしてきたつもりだったけれど、少しずつ寒さが身体に染み込んでくる。 「う~!!や、やっぱりさ、寒いね、せつな……」 自分の肩を抱いてガタガタと震えているラブ。 私は苦笑いして、繋いでる手を引き寄せて、彼女を抱きしめた。 「ふ、ふぇ?せ、せつな?」 「―――こうすれば暖かいでしょう?」 私はもう暖かいわよ、ラブ。 家族の一人として、私にも出来る事があったから。 あなたが一緒に手伝ってくれるって言ってくれたから。 そして何よりも―――あなたが傍にいてくれるから 「!?」 胸に違和感を感じて身体を離すと、ワキワキと動いているラブの手が。 顔を上げると、彼女は唇を私へとせがむように突き出していて。 「……ラァブゥ……こんな時にィ……」 私の押し殺した声に、ラブは頭をかきながら、誤魔化すように笑っている。 「い、いや、ほら、どうせあったまるならこれくらいはしないとって……は、はは……」 「……だからムードが足りないっていうのよ……」 私の怒りが伝わったのか、寒いのに汗をかき始めているラブ。 ジロッとラブを睨みつけると、流石に彼女も空気を読んだのか、わざとらしく話を変える。 「よーし!!じゃ、じゃあ頑張ろうかー!足元気を付けてね~」 さっきまで寒いって震えてたくせに、ラブは腕捲くりをして工具を漁りだした。 (まったくもう……) ……ムードのあるキスなんて期待できるかしら、と肩を落し、私も作業に取り掛かった。 * 「……後はここを付けて……よし、と!!」 手をパンパンと叩きながら、ラブは満足気に言った。 その声に合わせるかのように私の方の作業も終わり、ふう、っと息をつく。 屋根の周りにフックを取り付け、そこに電飾を付けていくだけだから、そんなに大変なことじゃないって 考えてたけど、一苦労だったわ。 「あ、そっちも終ったんだ。じゃあせつな、これ」 ラブはダンボール箱の中からの中から円状の物を取り出して、私へと手渡した。 「……これは?」 松の実や、小さな木の実が幾つも付けられ、木の蔓のような物で編み上げられたそれを、私は不思議な 物を見るように見つめる。下の部分にあしらわれた赤いリボンが可愛らしい。 「クリスマスリース。あ、ヒイラギがチクチクするかも知れないから気をつけて」 クリスマスリース……初めて目にする飾りだけど、これをどうするの? 「……家の中に飾って、キャンドルを立てたりする事もあるみたいだけど……とりあえず、下に降りよう」 私は頷いて、アカルンを呼ぶ。赤い光に包まれた次の瞬間、私達は玄関の前にいた。 「家じゃね、これを毎年玄関のドアに付けるの。これが最後の飾りつけってワケ。いつもならお父さんの 役目なんだけどね。じゃ、せつな、ヨロシク」 「……私が?」 「そうだよ。きっと良い事あると思うな。―――それじゃ、ちょっとあたしは用があるから……」 そう言ってラブは鍵を開けて玄関のドアを静かに開けると、そそくさと家の中へと消える。 ?変なラブ……。 とりあえず、ドアにフックを取り付けて、これを架ければいいのかしら? 疑問を感じてはいたものの、取り合えず言われた通りにクリスマスリースを飾る。 その瞬間。 家が、家に付けられた様々な電球が、一斉に色とりどりの光を放ち始める。 窓に付けられた星や、雪の結晶を模した物。 ツリー状に二階から下げられた物。 雪だるまの形の物や、帽子を被ったヒゲのおじいさんの形をした物。 そして、私達が屋根からぶら下げた、ツララのような物まで。 「――――――綺麗……」 庭へと周り、様々な光達を楽しむ。 まるで私が魔法でもかけたみたい……。 「―――ビックリした?」 いつの間に家から出てきたのか、私の隣にはにっこりと微笑んだラブが立っていた。 「ラブ……あなたがスイッチを?」 「そうだよ。せつながリース付けるのを玄関の覗き穴から見て、タイミング合わせてたの」 その光景を想像するとちょっと滑稽だけど。 「―――ね、おとぎ話みたいでしょう?」 「………本当……」 彼女の腕に自分の腕を絡ませ、寄り添う。 「どう?ちょっとはムードある感じ?」 「……そうね、合格点をあげてもいいくらい」 暗い夜の闇の中、光り輝く桃園家は、この世の物とも思えないほど幻想的で。 私達は寒いのも忘れて、いつまでもその光景に見とれていた。 「……せつな……今なら、いいかな?」 沈黙を破るようにラブがそう口にする。 私は腕時計をちらっと見て。 「―――――ダメ。あとちょっとだけ待って、ラブ」 「えー!!なんでー!?もうあたし死んじゃいそうだよ~!!お願い~!!」 半ば強引に迫るラブを、何とか両手で制しようとする私。 「ら、ラブ!あ、あとちょっとだけだから我慢してってば!!」 「ヤダヤダヤダ~!!せつな、ん~、ん~!!」 く……何なの、このいつにないラブの力は……。き、禁断症状!? さすがに私も押し切られそうになり、あわや唇同士が触れ合おうとする。 ――――その瞬間。 「あなた達!!何やってるの!!」 * 唐突にかけられた大きな声に、私とラブはパッ、と身を離す。 振り向いた私達の前には、腰に手を当てて仁王立ちしたお母さんが。 も、もしかして今の―――見られた!? 「あ、あのねお母さん、こ、これは―――」 「ち、違うんです、あ、あの―――」 どもりながら必死に言い訳しようとする私達。 そんな私達に言葉を続けさせず、お母さんは怒った顔でビシッと屋根を指差す。 「あれほど登っちゃダメって言ったでしょ!!」 あ、そ、そっち……。 キスしようとしていた事に気付かれていなかった事にホッと安心。 ―――け、けど飾り付けに関しては言い逃れは―――。 「どうやって屋根の上に上がったかは知らないけど、夜で足元だってよく見えないのに、危ないでしょ?! もしも何かあったらどうするの!!」 お母さんの剣幕に、私達はしゅん、とうなだれるばかり。 「怪我はしてないみたいだから良かったけど、お母さんの言いつけ守れないなら、今年のクリスマスパーティ は中止よ!!」 「え、ひ、ヒドイよ―――――」 「ちょ、ちょっと待って、お母さん―――」 せっかくここまでしたのに、その肝心のクリスマスが中止なんて―――。 「――――ははは、いつラブとせっちゃんがお母さんの言いつけを破ったんだい?」 まだ痛そうに腰に手をやって、お父さんが私達の前に笑いながら姿を見せた。 私達ばかりかおかあさんもそれには驚き、すぐに心配そうにお父さんの傍に駆け寄る。 「お父さん、寝てないと―――」 「いやあ、こんなに素敵な眺め、見ないで横になってるのは勿体無くてね」 光り続ける家の装飾を見回し、満足そうに頷くお父さん。 その目はやがて、私達が飾り付けた屋根へと向けられ―――……。 「うん、とってもよく飾り付けられてるね。綺麗だ」 「お父さん!呑気な事言ってないで、二人をちゃんと叱ってくれないと―――」 「ん?どうして二人を叱るのかな?」 お父さんはニッコリとお母さんに微笑んでみせた。 「梯子も壊れてしまって、上に上がる方法も無いのに、二人に出来る訳ないじゃないか?」 「え、だ、だけど―――」 「まさか壁をよじ登って―――なんて事ある訳もないし。きっと、サンタさんがやって来て、プレゼント してくれたんだよ」 そう言って、お父さんは私達に歩み寄る。 「―――僕達家族の思い出に残る、素敵なクリスマスをね」 ぎゅ、っと私とラブに両腕を回して抱きしめると、お父さんはこっそりと囁いた。 「―――――お父さんにだけは後でこっそり、どうやったのか教えてくれるかい?」 私達もお父さんの腕に手を回し、微笑む。 最初は渋い顔をしていたお母さんも、やがて諦めたように溜息をついて、輝く家を見上げて。 「―――サンタさんがやったのなら、しょうがないわね。本当に綺麗………」 しばらくウットリと眺めた後、ハッとしたようにお母さんはお父さんへと駆け寄り、肩を貸す。 「ホラ、お父さん、痛めた所冷やしちゃ大変よ!早く戻らないと……あなた達も風邪引かないうちに部屋に 戻りなさい」 家に入る二人を見送ると、あたしたちは顔を見合わせ、微笑んだ。 そしてまた、二人で寄り添い合い、桃園家を眺める。 ――――もう一つ、忘れてはいけないわね。 私からラブへの贈り物を。 私はラブの横顔を両手で挟んで、こっちを向かせる。 何?と疑問を口にしようとするラブの唇に、人差し指をそっとあてがう。 「私だって堪らなかったんだからね―――」 時計は、深夜0時を回っていた。 彼女の唇を押さえていた人差し指を離し、私は静かに目を閉じて。 「メリー・クリスマス」 ラブの手が、私の背中と頭の後ろに、そっと回される。 私も彼女の腰を引き寄せて。 ちゅっ。 家族皆と過ごす、初めてのクリスマス。 そして、光の中で交わした、ラブとのキス。 (―――絶対に忘れられない思い出になるわ) 煌き続ける光達が、私達を……恋人達の夜を優しく照らしていた。 ~おまけ~ 名残り惜しいけど、いつまでもこのままじゃいられないものね。 ラブの腰に回していた手を、彼女の両肩へと移す。 そして彼女の身体から身を離そうと―――……。 「!!!」 は、離れない!? まるで万力で挟まれているかのように、彼女の手は私の身体を押さえ込んだまま、身をよじろうとしても ビクともしない。 「んー!!んーんー!!(ラ、ラブ!は、離してってば!!)」 「ん~ん。んん~……(ヤダ。せっかくキスできたんだもん、しばらくはこのままで……)」 「んんんんんんー!!(こ、このままじゃ風邪引いちゃうかもしれないでしょ!!)」 「ん~、んんんんんんん?(大丈夫だよ、こうすればあったかいってさっきせつな言ってたじゃない?)」 「ん、んんん……(そ、それはそうだけど……)」 「んん~……んんんん?(じゃあ……キス禁止令は解除してくれる?)」 「……ん……んんんん……(……分かったわ……私の負けよ……)」 「んんー!んんんんー!!!(わはー!幸せゲットだよ!!)」 私の意思表示に満足したのか、やっと彼女の力が緩む。 「………ぷはぁ、はぁ、ぜぇ………」 「わ~い!それじゃ約束通り、次は家の中に入る前のキスしようよ!」 息も絶え絶えな私に、無邪気にバンザイしながら明るい声で言うラブ。 そのあまりにも無邪気な口調に、私の身体がフルフルと震え出す。 「じゃ、はい。今度はせつなから―――」 「……………」 唇を突き出す彼女の脇を無言で通り抜け、私はツカツカと早足で玄関へと向かい、ドアを開ける。 そして「あれ?」という表情の彼女を振り返って、一言。 「……来年のクリスマスまでお預けです!!」 私の言葉に固まってしまったようなラブを尻目に、バタン!!とドアを閉める。 (……まったくもう……!!!) 「ホンットにムードないんだから!!」 「せ、せつな~!!せ、せめて年明けなんてど、どうかな~?か、カウントダウンに合わせてとか~……ね~ 聞いてる~!!?」 未練がましいラブの声は、いつまでもいつまでも、桃園家の庭に虚しく響いていた……。 了
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フレッツ光はNTTが提供している光回線で、NTT東日本、NTT西日本に分かれています。 また、フレッツ光はその名称からもわかる通り、光ファイバーを利用した高速インターネットサービスです。 インターネットへの接続が速くなるなどの便利さが手に入るのは嬉しいのですが、そこで気になってくるのが利用料金です。 サービスが向上すると料金は高くなってしまうのが一般的です。 フレッツ光の利用料金は利用環境などによってかなり差があります。 ではどう違ってくるのでしょうか? 例えば一戸建てと集合住宅の利用環境を比べた場合、集合住宅でフレッツ光を利用する方が一戸建てで利用するよりもお得になります。 さらに集合住宅に住んでいる人の中でも、その集合住宅がどのような環境にあるのかで料金が変わってくるんです。 これによって月々の利用料金が変わってきます。 つまり、大きな集合住宅になればなるほど利用料金が安くなるという仕組みです。 さらに、その集合住宅の構造などによって配線方式が異なり、それによっても月々の利用料金が変わってきます。 この配線方式は光配線方式とVDSL方式とLAN配線方式とに分かれており、それぞれ機器利用料に反映されるという仕組みです。 このことを踏まえて考えてみると、大きなマンションに住み、そしてLAN配線方式であった場合、フレッツ光の月々の利用料金は2,500円程度です。 かなり安いと思いませんか? この料金でインターネット使いたい放題です。 とても良心的な料金設定になっています。 また、契約するプロバイダによっても料金が変わってきます。 これは工事費が無料になったり、いくらかキャッシュバックがあったり、月々の料金が割引になったりとプロバイダによって様々なキャンペーンを行っています。 フレッツ光にしようと思ったら、どのプロバイダのキャンペーンがお得かも調べておきましょう。 NTT東日本フレッツ光 NTT東日本フレッツ光NTT東日本フレッツ光のプロバイダはどこがいいの?新生活から光回線にしようと思っている方は今がチャンスです。月額2667円~でフレッツ光が利用可能に! xn--ntt-uj4b8dg1jvb2e3dydb0jt573c9uycrjeq7a.com/ 日本マイクロソフト、NTT東日本、デルが中小企業のIT活用促進で協業 Yahoo!ニュース 日本マイクロソフト、NTT東日本、デルの3社は、中堅・中小企業およびSOHO市場におけるICT利活用の促進に向けて協業し、NTT東日本の「オフィスまるごとサポート」をあわせ、ワンストップサービスとして提供すると発表した。 headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130220-00000007-mycomj-sci
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夕食の後、せつなは部屋に戻り、私服のままベッドに倒れこんだ。今夜だけは食事の味もよく覚えてい ない。 先ほどの、ミユキの言葉が頭に焼きついて離れない。この世界の人間の中で、最も苦手な存在だった。 他の誰でもない、せつな自身の行動がそうさせたのだ。 目を合わせることすら辛いほどに、後ろめたい人だった。しかし、恐る恐るうかがった瞳には、不思議 と憎しみの色は無かった。 少し開いた窓、カーテンを揺らして夜風が吹き込む。 ふと目に入る、部屋の家具や装飾品の数々。乱暴に身を投げ出して、乱れてしまったシーツ。 慌てて起きて、丁寧にベッドメイクをやり直す。優しい部屋。あゆみが買ってくれたお布団。こんな使 い方は許されないと思った。 外に出て、ベランダの涼しい風にあたる。美しい四ツ葉町の夜景が一面に広がっている。 無数の灯りの一つ一つの先には、この家と同じように幸せな家庭があるのだろう。 そんなことを考えながら、またミユキの言葉を思い出していた。 「事情はどうあれ、多くの人々を不幸にした事実は許せない!」 “許せない!”シンプルなその一言を、頭の中で何度も繰り返しながら噛み締める。 当然だ! ――――許せないなんて――――そんなの当たり前だ。 それなのに、この街に来て以来、初めて聞いた言葉だった。 「どうすれば――――許してもらえますか?」 なんて――――都合のいい質問だろうか。 どうにかすれば、許してもらえるとでも思っていたんだろうか? 愚かだと思う。それでも、初めて自分の罪を認めた人だから。ただ、純粋に聞いてみたかった。 ラブ、美希、祈里。彼女たちは、せつなの罪を認めようとしなかった。謝罪すら拒絶した。口にするほ どに苦しそうな顔をした。 始めから、責める気がない。そんな人たちに謝ったところで、自己満足にすらなりはしない。 謝ることもできないのに、許されるはずが無い。許しなんて、請う資格がない。 知念 ミユキ。ラブに、夢と幸せを与えた人。この人ならば、自分にも何か答えを示してくれるような 気がした。 たとえ、それが拒絶や断罪であっても構わない。もう、一人で抱えるのは苦しかった。 その答えは、自分で見つけろと言っていた。ならば、あるのだろうか? 本当に――――そんな答えが。 ラビリンスと共に、この身を滅ぼす。それ以外の、未来が―――― 「一つだけ、ヒントをあげる。守るだけではなくて、――――」 なにを? 守りたいものは、ラブの笑顔と幸せ。ただ、それだけだった。 いや、違う。――――今はもう、あの時とは違う。 ラブと、優しくしてくれたご両親。そして、美希と祈里も守りたい。 たった数日で、ずいぶんと欲張りになったものだと思う。これ以上増えたら、自分の手には余るかもし れない。 それも、違う。――――守るべき数なんて、関係ない。 ラビリンスを打ち倒す! メビウスの野望を打ち砕く! 果たすのは、ただそれだけでいい。 そうすれば、もともと幸せに溢れていたラブたちは、きっと本来の笑顔を取り戻せるはずだった。 「――――与えられる存在になりなさい」 与える? 東 せつなが、他人に幸せを与える? 無理だ! と思えた。 確かにこの街に来て、望んでいたままの幸せを手に入れた。でも、それは、みんなから与えられたもの。 そして――――本来は、受け取ることすら許されないもの。 いつかは、返すべきものだった。 他人に分けて、与えられるものなんて、これっぽっちも持ってはいなかった。 自分の自由にできるのは、この身体と命だけ。だから――――戦うと誓った。 この身が、砕け散るまで。ラビリンスの野望を、砕き切るまで。 他に、どんな使い方があるというのだろうか。 「せつな? どうしたの」 「ちょっと、夜風にあたっていたのよ」 髪をほどいた、パジャマ姿のラブが部屋から出てきた。 ツインテールの時とは違い、長い髪を揺らしたラブは、びっくりするほど大人っぽく見えることがある。 大きな瞳が、憂いを帯びて揺れる。一瞬でこちらの心情を察して、心配しているのだろう。 「ミユキさんの言ったこと、気にしてるの? 大丈夫だよ。きっと、わかってくれるから」 「そうじゃないの、与えられる存在になりなさいって意味がわからなくて。そんなもの、何も持っていな いもの……」 「だったら、今から手に入れようよ! そしてみんなで――――って、どうしたの、せつな?」 せつなの目が、驚きに見開かれる。幸せになりなさい。それは、何度もかけられた言葉だった。その度 に、空しくせつなの心をすり抜けていった。 これ以上、望んではいけないと思ったから。誰よりも、せつな自身がそれを許せなかったから。 その言葉が、今、全く別の意味を持ってせつなの心を捉える。 「自分で見つけなさい」ミユキの忠告が甦る。 一つだけ、ヒントをあげる。ミユキはそう言っていた。そして、ラブからもたった今、その一つを受け 取ったように思えた。 後は、美希と祈里。彼女たちからも聞いてみたい。そうしたら、答えに行き着くような気がした。 「ありがとう、ラブ。私、明日、美希と祈里に会いに行ってみるわ!」 「それなら、あたしの部屋で集まろうよ」 「ううん。それぞれ、二人っきりで話してみたくなったの。今のラブと、私のように」 「わかった。頑張ってね、せつな」 『翼をもがれた鳥(第十六話)――――四葉のクローバー――――』 「四葉フォトスタジオ――――ここね」 クローバータウンストリートから少し離れたオフィス街、そのマンションの一角にせつなは足を踏み入 れる。 初めて訪れる場所だが、地図をもらっていたので迷うこともなく辿り着いた。 今からここで、美希の読者モデルの撮影があるらしい。終わってから待ち合わせても良かったのだが、 せっかくなのでと見学を勧められたのだ。 几帳面なせつなのこと、つい早く着きすぎたらしい。外で時間を潰そうかとも思ったが、中学生がうろ つく場所でもない。 中で待たせてもらおうとしたところで、カメラマンらしき人から声がかかった。 「遅いよ、君。もう撮影の準備は済んでいるんだ。さあ、早くこっちへ」 「えっ? 私は……」 「いいから早く! 午後からは次の雑誌が控えてるんだろう? それまでに終わらせないとね」 若いカメラマンは、せつなの腕を掴んで中へと案内する。表情と口調は優しいが、行動は有無を言わさ ず強引だった。 スタジオをくぐり抜けた先に待っていたのは、プロのメイクとスタイリスト。 もともと美しいせつなの容姿が、瞬く間に磨き抜かれていく。 「あのっ! 聞いてください!」 「質問は説明の後にしてくれるかな。まずは撮影の手順からだ」 何を言っても聞いてもらえない。せつなは観念して従うことにする。 内容は簡単だった。決められたポーズを取り、カメラに要求される表情を向けるだけ。 「いいよ~、そこで笑って!」 「はい」 「ダメダメ、笑顔が固い。作り笑いじゃカメラは誤魔化せないよ。もう一度!」 「こうですか?」 「それもダメ。君の笑顔からは喜びが感じられない。目に輝きが無いんだ」 何がいけないのか? 頭が混乱していく。容姿は認めた上での撮影のはず。 表情? 笑顔? それも、この世界に潜入する時点で、念入りに調査して身に付けたつもりだった。 ラブもあゆみも誉めてくれたのに――――ここでは通じない? 繰り返されるダメ出しに、せつなの表情もだんだんと険しくなっていく。怒って出て行こうとした時だ った。 「すみませ~ん、遅くなりました。蒼乃 美希です」 「美希!」 「せつな……どうして?」 それから二時間ほど後のこと、お昼の休憩時間にせつなと美希はスタジオ近くの喫茶店に移動した。 美希が時々撮影の打ち合わせで使うお店だった。高級感の漂う美しい店舗で、テーブルの間隔も広く天 井も高い。 要するに中学生が二人で入るようなお店ではないのだが……。 他人に聞かれたくない話をするには、打って付けの場所でもあった。 「まったく、美希のせいで酷い目にあったわ」 「だからゴメンってば。お詫びにここはアタシの驕りでいいから」 「そう、悪いけどお言葉に甘えさせてもらうわ」 メニューを見て心配していたのだ。どれも信じられないほど高額なものばかりだった。 払えないほどではないが、あゆみからもらった大切なお小遣いを、こんな贅沢で使ってしまうのは躊躇 われたのだ。 結局のところ、完全な人違いだった。前の撮影の仕事が長引いて遅刻した美希の代わりに、せつなをモ デルと勘違いしたらしい。 基本的に部外者が立ち入る場所でもなかったし、一般人離れしたせつなの美貌も災いしたのだった。 OKをもらえるカットこそ無かったものの、カメラマンたちはせつなのことを大変気に入ったらしい。 素人と聞いて目を丸くしていた。 美希と一緒に撮ってみないか? 読者モデルになる気はないか? などとしきりに声をかけていた。 それを、これ以上ないくらいキッパリとせつなは断った。かなり気分を害していたらしい。 「それにしても、せつながモデルって良かったわよ。くくっ」 「笑わないで! 雰囲気に流された私が馬鹿だったわよ……」 「いいじゃない、狼狽したせつななんてそうそう見れるものじゃないんだし」 「一番高いメニューは何かしら……」 せつなが気を取り直そうとするたびに、美希が蒸し返してからかう。そんなやり取りがしばらく続いた。 美希にしてみれば、こんな雰囲気を簡単に手放すのが惜しかったのだ。 言うまでも無く、三人の中で一番せつなと気まずいのが美希だ。この間のイースの影との戦い以来、一 応友人と呼べる間柄にはなれた。 それでも、親しいかと言うとかなり微妙な関係だった。 せつなが四つ葉町で暮らすようになって、既に一週間が過ぎようとしている。基本的に四人で行動して いるものの、ラブ抜きでせつなと向かい合う時間も少なからずあった。 そんな時、一番会話に困るのが美希だった。 押し黙るせつな。空気を読まずにニコニコしている祈里。せつなを無視して、祈里とだけ話すわけにも いかない。 なんとか場を持たせようと美希が声をかけるものの、せつなからはそっけない返事しか帰ってこない。 何してるの? 美希たん。ラブが戻ってくる頃には、疲れきってテーブルに突っ伏してる美希の姿がし ばしば見受けられた。 「あれが、美希の夢? 美希の幸せ? 美希が本当にやりたいことなの?」 「そうとも言えるし、違うとも言えるわ。アタシの目標はハイファッションのトップモデルよ」 憤慨はしていたものの、このトラブルはせつなにとっても好都合だった。肩の力が抜けて、自然に聞き たいことが口をついて出る。 今のは読者モデル。モデル業界のほんの入り口であり、美希の目指すのは国内外を問わぬコレクション のステージだった。 目を輝かせて、世界の舞台で活躍するモデルの話をする美希。そんな姿をせつなは不思議そうに眺める。 今日の撮影とだいぶ違うことはわかる。それでも、何がそんなに楽しいのかは理解できなかった。 「他人より優れた容姿を持つ者が、衣装の流行を先導する。そういうことね?」 「実も蓋も無い言い方ね……。アタシ以外のモデルにそんなこと言っちゃダメよ」 「ごめんなさい。でも、本当にわからないの。容姿が優れているって、そんなに誇れるようなことなの?」 「モデルに関して言えば――――その通りよ。でもね」 モデルとは、たまたまルックスに恵まれた、そんな次元で目指せるものではない。生まれ付いての容姿 など、最低条件の一つに過ぎないのだ。 「せつなの顔とスタイルは、アタシから見ても完璧よ。それでも通じなかったのはどうしてだと思う?」 「笑顔が固いって、喜びを感じないって言われたわ」 「何から生まれた笑顔か使い分けること。理想的な顔の筋肉の動かし方をすること。ただ笑えばいいもの じゃないの」 「そうかもしれないわね。でも、今日、私が聞きたいのはそういうことじゃないわ」 「モデルというのはね――――」 「もう、モデルの話はいいわ!」 「いいから聞いて、アタシがモデルを目指した理由。ラブとブッキーしか知らないことよ」 どこで開かれたのかは、もう覚えていない。母親に連れられて見た、華やかなコレクションの舞台。 そこで美しく輝くモデルたち。 いつかは、自分もそこに立ってみたい。幼心に抱いた夢。それは――――よくある話だった。 「パパ、アタシモデルになるのっ!」 「いいかい、美希。モデルを目指すとは、完璧な女性を目指すことだ。モデルとは手本なのだよ、わかる かい?」 「うん! アタシ完璧になる!」 今となっては滅多に会うこともなくなった父親とのやりとり。その中でも、忘れ得ぬ一つだった。 美希が魅せられたのは、舞台の照明でもなければ、モデルの顔でもスタイルでも衣装でもない。それぞ れのモデルが培ってきた人生の輝きそのもの。 考え方も、立ち振る舞いも、教養や身体能力も。広い知識や経験も。それら全ては糧となってモデルの 美しさを磨き上げる。 美希にとってモデルになるとは、女性として完成させること。そして、父親との約束を果たすことでも あった。 幼い頃から身体が弱く、同じ歳の子と遊べずに美希に付いて回っていた弟の和希。その目標になりたい、 そんな気持ちもあった。 美しい母親に対する憧れもあった。離れてしまった家族に、自分を見せ付けてやりたい気持ちもあった。 「だから、アタシは完璧なの。そうでなくちゃいけないのよ」 「どうして――――私にそこまで話してくれたの?」 「せつなが、体の弱さに負けて希望を失っていた弟に似てるからかな」 「私が――――負けている?」 「ねえ、せつな。後悔はつらい? 一度道を間違えてしまったなら、なおさらその先は完璧であるべきよ」 休憩が終わり、再び美希は撮影へと戻っていった。 全ては自分を輝かせるために。家族を引き裂いた悲しみすらも、前進する力に変えて。 不幸すらも――――希望に変えて。 常に希望が持てる生き方こそ完璧。美希の言葉を胸に刻んで、クローバータウンストリートに戻ること にした。 次は、祈里と会うために。 クローバータウンストリートの表通り、特に賑やかな場所に山吹動物病院はあった。買い物を楽しむ客 が行き交う往路において、目的を異にする建物。 言葉の話せない動物の処方はどうしても遅れがちだ。苦痛を訴えられないから、継続して治療を行うこ とも難しい。 買い物のついでにでも気軽に寄れるように、なるべく通院が負担にならないようにとの配慮だった。 「こんにちは。初めてかしら?」 「あ、せつなさん!」 「こんにちは、東 せつなといいます。よろしくお願いします」 勝手がわからなくて、せつなは正面から院内に入った。迎えてくれたのはあゆみと同じくらいの歳の美 しい女性。 どうやら祈里の母親らしかった。すぐに祈里が駆けつけて、奥の男性と一緒に紹介する。 恰幅のいい大柄の男性は正先生。祈里の父親で、この動物病院の院長だ。 「祈里、ここはもういいわ。せつなさん、ゆっくりしていってね」 「うん、せつなさん、わたしのお部屋に行こう」 「お邪魔します」 初めて見る祈里の部屋。黄色のイメージで統一された、柔らかい印象の内装だった。 一見、女の子らしく可愛く整えてあるものの、ラブや自分の部屋と決定的な違いがあることに気が付い た。 「すごい数の本ね。これ――――全部、祈里のなの?」 「わたしのもあるし、お父さんやお母さん、おばあちゃんからもらった本もあるのよ」 つまり、全ては祈里が読む本らしい。サウラーもかなりの読書家だけど、それ以上かもしれない。 詩集、文学書、神学書、図鑑、医学書。パッっと見ただけでも、冊数だけではなくジャンルも多岐に及 ぶようだった。 許しをもらって、そのうちの何冊かを手に取る。やはりただ持っているだけではなくて、全てのページ に読み込まれた跡があった。 本を戻して、祈里と向かい合う。 どう切り出していいか分からず、沈黙が続く。今日も約束を取り付けただけで、用件は何も伝えていな かった。 祈里は何も話さず、尋ねもせず、ただせつなの様子を微笑みながらずっと見守った。 「祈里は、私と一緒にいるのが平気なのね」 「どういうこと?」 「美希は、いつも居心地が悪そうにしてるから……」 「美希ちゃんは、あれで色々気を使う人なの」 せつなの質問の意図を汲んで、祈里が口を開く。これも、二人きりでなければできないお話だったに違 いない。 会話は確かに有効なコミニュケーション手段だけど、それが全てってわけじゃない。 もしそうなら、人は動物と仲良くなんてなれるはずがない。 会話は信頼から生まれるのだそうだ。それは相手を信用するとか、そういう類の話ではない。 互いの口にする言葉が、相手を傷付けることは無いと信じ合うことで、初めて会話が成立するのだ。 生まれた国が違い、生活習慣も考え方も、常識の段階から何もかも違うのがせつなだ。 敵味方に分かれて戦っていた相手であり、今は心に深い傷を抱えている友人でもある。 迂闊に言葉を発せられないのは当たり前だった。 「だから、一緒にすごせる時間を持つことができた。それだけでも楽しいのよ」 「私も、祈里の傍にいるだけで気持ちが落ち着くわ。でも、今日はそうもいかないの」 「わかってる、大事なお話があるのね。心の準備はできてる」 「そんな大したお話でもないの。――――医学書が一番多いのね、祈里の夢は獣医だったわね」 「うん、動物さんが大好きだし。お父さんが獣医だし」 美希のように朗々と語ることはなかった。でも、それだけじゃないのは聞くまでもなかった。 膨大な蔵書が、祈里の内に秘められた情熱を表していた。 命を救う仕事をしてきたのなら、救えなかった命もまた多いに違いない。その悔しさが根底にあるのだ ろう。 「入院して気が付いたの。この世界は、他の技術レベルに比べて医学が極端に発達しているわ」 「そうなんだ。でも、それだけは全然満足できないの」 「ここの人たちは、動物の命すら、これほどまでに大切に扱うのね」 「愛している人がいるのなら、命の大切さに人も動物もないと思う」 「愛してくれる人がいないなら、人の命は動物にも劣るってこと?」 「そういうわけじゃないんだけど……」 「ごめんなさい。まさしく、ラビリンスはそういうところなのよ」 「せつなさん……」 怖いとは思わないのだろうか? 関わりたくないとは思わないのだろうか? ラブも美希も祈里も、 あゆみや圭太郎も。そして、きっとミユキも。 他人を愛して受け入れることによって、その人を苦しめている不幸まで抱えてしまう。 ラブは自分と知り合ってから、悲しい顔をすることが多くなった。美希は家族を愛していたからこそ、 悲しい別れをする羽目になった。 祈里にいたっては、この上、無数の動物たちの不幸まで抱えようとしているのだ。 「悲しみだけじゃないもの。それを乗り越える喜びだって分かち合えるわ」 「それが、祈里の幸せなの?」 「わたしだけじゃないと思うよ。ラブちゃんも、美希ちゃんも、きっと、せつなさんも同じ」 「私も――――?」 「どうして、ラブちゃんを助けようと思ったの? お礼のためだけに命を捨てようと思ったの?」 「私は……。ラブには笑顔で、幸せでいてほしかった。ただ、それだけよ」 「それが、せつなさんの祈りなんだと思うの」 「祈り?」 「そう。祈りはね、目標よりも、目的よりも、より純粋な想いなの」 獣医は、祈里が現実に望める最良の手段であって、目的そのものではないらしい。本当の願いは、人と 動物とが一緒に幸せになること。それが、彼女の祈りだった。 代価を求めないからこそ、力を伴わないからこそ、欲が働かない。純粋なる想い、そして、願い。それ が――――祈り。 ふと胸に手をあてる。銀の鎖を手繰り寄せ、緑色に輝くハートのアクセサリーを手に取る。 これこそ、祈りではなかったのか。 「せつなさん、それは?」 「これは、私が砕いてしまった幸せの素よ。唯一残った部分を削ってハートのアクセサリーにしたの」 「四つ葉の一枚ね。それも、十分に綺麗だと思う」 「ラブがくれた幸せを、私は踏みにじってしまった。だから、私は幸せになってはいけないと思うの」 「違う! それは違うと思う」 「何が――――違うの?」 「これをきっかけに、せつなさんが幸せについて考えるようになったのなら、幸せの素は壊れてなんかい ないもの」 ラブの言葉を思い出す。残った一枚がせつなの分で、足りない三枚はラブと美希と祈里で補うからって。 本当だと思った。変わっていない。カタチは壊れても、込められている想いは何も変わっていない。 「ありがとう、祈里。みんなから、大切なことを教わった気がする」 「ねえ、四葉のクローバーに、それぞれの意味があるの知ってる?」 「幸せの素じゃないの?」 「それとは別に、一枚一枚に意味があるの。一つは愛、一つは希望、一つは祈り、そして、四枚目の奇跡 ――――幸せよ」 幸せ? それが――――四つ葉に例えられるプリキュアの最後の一葉。だったら、その資格を持つミユ キの教えは……。 (守るだけではなくて、与えられる存在になりなさい) あの言葉の意味とは、人の幸せの在り方そのもの? イースは、奪うことによって人々の不幸を集めてきた。ならば、幸せとはその反対、与えることによっ て生まれるもの? だから、人は繋がっていくのだとしたら―――― 守るだけでは足りない。そして、与えるとは必ずしも幸せそのものじゃない。 「やっと、やるべきことが見えてきた気がする。ありがとう、祈里。ううん――――ブッキー!」 「うん! せつなちゃんならできるって、わたし――――信じてる!」 「ええ、精一杯かんばるわ!」 四つ葉公園の夕暮れ。仕事の合間を縫って来てくれたミユキの前に、緊張した面持ちのせつなが立つ。 この前と全く同じ光景。違うのは、あれから三日過ぎていることと、四人の瞳に、決意の輝きがあるこ とだった。 ミユキは口を開かず、ただ、黙ってせつなの言葉を待つ。 何かを言いかけるラブに、せつなは視線で合図を送って止める。美希と祈里も、心配そうに後ろで様子 を見守った。 「ミユキさんに、お願いがあります」 「何かしら?」 「私に――――ダンスを教えてください!」 お願いします! 深く、深く頭を下げる。図々しいのは百も承知だ。 拒絶されるかもしれない。罵られるかもしれない。構うものかと思った。元より失うものは、自分の命 くらいしかありはしない。 それを戦いに使う覚悟も、失う覚悟もできている。 なら、それまでの時間を無為に使うのはもったいないと思えた。 今はただ――――確かめたかった。この人が、伝えたかった言葉の意味を。 「私のコーチは、厳しいわよ」 耳を疑う。自分の口からお願いしたにも関わらず、とても信じることができなかった。 呆然としているせつなに、ラブが最初に抱きついた。美希が肩に手を置いて微笑む。祈里が手を取って お祝いする。 今、ここに――――新ユニット“四つ葉のクローバー”が誕生した。 避2-678へ
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半ズボンのポケットにあるものを時々触って確かめながら、 夕暮れが近付く通りを、少年は黙々と歩く。 物心ついたときから、母は一緒に暮らす人、父は外で会う人だった。 幼い頃は母に連れられて、小学校に上がってからは一人で、父に会いに行った。 何でも我儘を聞いてくれ、高価なおもちゃも簡単に買ってくれる父。 その代わり、会いに行っても一緒に過ごす時間はごく短いものだった。 それでも以前は、父と一緒によく遊んでいたような気がする。 キャッチボールの合間に見せる、誇らしそうな笑顔。 オセロで負けて悔しがる自分をなだめる、オロオロした顔。 実に楽しそうに遊んでくれる、父の表情が大好きだった。 しかし大きくなるにつれ、外野の声が耳に入ってくる。 母が自分のせいで、心通わせた人との再婚に踏み切れないでいるのだと。 父が自分に優しいのは、将来、会社の跡取りにしたいと考えているからだと。 親はただ自分の親であるだけでなく、それぞれ一人の人間だということ。 自分は必ずしも、彼らの一番ではないのかもしれないということ。 幼くしてそれを知った時、心のどこかに、冷たく静かな自分だけの場所が生まれた。 ひんやりとしたその場所にたった一人、膝を抱えて座り込む。 母が再婚して新しい父が出来れば、今の父とは会えなくなるかもしれない。 父の跡取りになることを受け入れれば、もう母とは暮らせなくなるかもしれない。 そんなどうしようもないことを、考えてしまう自分が嫌で。 そんなことを考えながら、親たちの顔を見る自分がもっと嫌で。 母にわざと我儘を言って、困らせることが多くなった。 父の家を訪れても父を避け、ゆっくり話すことなどなくなった。 早く大人になりたい。 父に縛られず、母を縛らず、誰にも頼らず生きていける大人に。 たった一人でも生きていける、強い大人に。今すぐにでも。 そして、それが出来ないのなら・・・。 少年は歩く。 わずかに伸びた影を従え、 しんと冷えた心の景色を、その瞳に宿らせて。 桃源まで、東へ五分 ( 第4章:未来へハイタッチ! ) 四つ葉町の街外れに広がる森。ここだけは、二十五年の歳月を跳び越えても少しも変わっていないように、せつなの目には映っていた。 木々の枝葉が傾きかけた陽光を遮り、せつなとタルトの影を消す。上から降ってくるざわざわという音は、まるで森がひとつの意志を持ち、ここでは自分が主だと主張しているように聞こえる。 イースだった頃は、ここを通るたびに、自分の心が森に見透かされているような気がして、ざわめく木の葉をぐっと睨みつけたものだった。 そんなことを思い出して拳を固く握ったせつなを、タルトが走りながら心配そうに見上げる。 「パッションはん。大丈夫かぁ?」 「平気よ。そろそろ追いつくかしら。」 せつなが過去の記憶を振り払おうとでもするように、なお一層足を速める。タルトも負けじと、彼女に追いすがった。 森の中を、二つの影が歩いていく。大きな影と小さな影。南瞬の姿をしているサウラーと、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ、あの少年だ。やがて大きな影が立ち止まると、それを見て、小さな影もその歩みを止めた。 「さぁ、ここだ。約束通り、渡してもらおうか。」 「ここってどこ?マシンの姿を拝んでからじゃなきゃ、渡せやしないよ。」 深い森の中で突然立ち止まったサウラーに、少年は不安そうにきょろきょろしながら、それでも言葉だけは勇ましく言い返す。 「ほほぉ。なかなかしっかりしているね。いいだろう。スイッチ・オーバー!」 サウラーが、おもむろに本来の姿に戻り、そこに立っている巨木の幹に右手を当てる。すると、その手を中心に次元の扉が開き、タイムマシンがその姿を現した。 「うわっ、こんなところに隠してたんだ。」 「誰かに盗られないとも限らないからねぇ。さあ、部品を渡してくれるかい?」 ニヤリと笑って右手を差し出すサウラーに、少年は一歩後ずさり、意を決したように、その顔をまっすぐに見据えた。 「その前に。約束、ホントに守ってくれるんだよね?」 「無論だよ。信じられないかい?」 少年が、サウラーの冷たい瞳を覗き込む。 「じゃあその証拠に、先にマシンの中を見せてくれない?」 「お好きなだけ、どうぞ。」 少年がマシンの前扉を開けて操縦席に乗り込むと、サウラーはその扉を押さえたままで中を覗き込み、ごちゃごちゃとした計器類を指差した。 「これが今の時間。そして隣りにあるのが、行き先の時間だね。そしてこっちで場所を設定するようだ。一度跳んだらノンストップだから、タイムトラベルを止めるためのブレーキは無いようだね。」 「・・・なんだか他人事みたいな言い方だけど、おにいさん、これに乗ったことあるんだよね?」 「勿論あるとも。だが、操縦したのも、これを作ったのも、僕ではないんでね。まぁこの程度の機械なら、見ただけで扱える。要は、車とほとんど同じさ。ま、多大なエネルギーが必要ではあるようだが。」 自信たっぷりのサウラーに、ふぅん、と気のなさそうな返事をして、少年はじっとマシンの計器を見つめる。そして何気ない様子で、そのつまみに手を伸ばした。 「今から九年前の、19××年。えーっと日付は・・・今日と同じでいいや。」 「おいおい、君。何を勝手にマシンをいじっているんだい?」 サウラーの呆れた声に、少年はニヤリと笑って振り返る。 「だって、約束通り俺を過去に連れて行ってくれるんだろ?だったら先に、目的の時間を設定しておこうと思ってさ。」 「ふぅん、手回しがいいねぇ。」 サウラーは落ち着いた表情でひょいと身を引くと、マシンから離れた。その様子をじっと窺っていた少年も、ゆっくりと操縦席を離れ、外へ出る。 「さぁ、今度こそ渡してくれるかい?」 三度促された少年は、今度は素直に頷くと、ズボンの右ポケットの中から、丸くて銀色に光る鏡のような物体を取り出した。 「よぉし、良い子だ。取り付け位置はここだな。」 サウラーは少年から部品を受け取ると、ちょうど車で言うところのフロントガラスの真ん前、ボンネットの付け根あたりにある小さなくぼみに、その部品をはめ込んだ。 「これでよし。さて、出発するとしよう。」 「うん。」 少年が、マシンの後部座席のドアに手をかける。と、その手をサウラーが掴み、マシンから引き離した。 「君には感謝しなくちゃいけないねえ。僕が帰る手助けをしてくれて、礼を言うよ。」 「・・・!」 サウラーが少年の肩を軽く突き放す。それだけで、少年は後方へ弾き飛ばされ、もんどりうって地面に転がった。 「よし。・・・これで本当にさよならだな、イース。」 口の中でそうつぶやきながら、サウラーは素早く操縦席に乗り込む。計器のつまみをいじり、マシンのエンジンをかけ、エネルギー増幅器のレバーを引き絞ると、さっき取り付けた部品の鏡のように丸い面から、見る見るうちに金色の光が溢れ出した。 「そのまま未来へ。・・・なに!?」 突然、サウラーの顔が驚愕に歪む。 部品の表面から真っ直ぐな軌道を描いて飛び出した金色の光は、行くあてもなく森の木にぶち当たり、生木の表面に黒い焦げ跡と一筋の煙を残しただけで、力なく消えてしまったのだ。 慌てて操縦席から飛び降りるサウラー。その背中に、やけに冷静な声がこう呼びかけた。 「甘いよ、おにいさん。人との約束をいとも簡単に破っておいて、自分だけ未来に帰れるとでも思ったの?」 怒りを宿した少年の瞳が、きっとサウラーを睨みつける。 「おのれ・・・。一体何をしたと言うんだ!」 焦ってもう一度部品を見なおしたサウラーは、ボンネットの付け根にもうひとつくぼみがあるのを発見し、舌打ちをしながら少年の方に向き直った。 「わかったぞ。部品はもうひとつあったんだな!」 もうひとつのくぼみに同じ部品を取り付ければ、二枚の鏡が相対するような格好になる。その間でエネルギーを増幅させ、アンテナに飛ばしてタイム・リープの跳躍力を得るのだろう。 「ご名答。でもおにいさん、気付くのが遅いや。残念ながら、おにいさんにはもう渡せないしね。」 少年はそう言いながら、その場から逃げだそうと身構える。ところがサウラーは少年に迫る気配も無く、ほぉっと大きな息を吐くと、力なくこう呟いた。 「ふん。今更部品を渡してもらっても、もう後の祭りだよ。」 その感情の籠らない、そしてそれだけに真に迫った言葉に、少年はドキリと視線を動かした。 「ど、どういうことだよ。」 「君のせいで、貴重な燃料を無駄にしてしまったのさ。この時代には無い、高性能な燃料だ。僕はこのマシンの燃費を知らないがね。下手したら、このマシンはもう過去へも未来へも、跳ぶことは出来ないかもしれない。」 「そ・・・そんな・・・。」 へなへなと膝から崩れ落ちる少年。暗い瞳のサウラーが、ゆっくりと彼に近付く。 そのとき。目にもとまらぬ速さで、ひとつの影が二人の間に飛び込んだ。 「イースか。」 「サウラー!この子に何をする気!?」 両手を広げ、少年を庇うように立ちふさがるせつなに、サウラーは相変わらず感情の籠らない声で呼びかける。 「ふん。何をする気か、その子に訊いた方がいいみたいだね。君もその子のせいで、もう元の時代へは戻れないかもしれないよ。」 「なんですって?」 「おねえちゃん・・・おねえちゃん・・・ごめんなさい・・・。」 少年は、涙ながらに話し始める。 マシンがこの時代に現れてトラックの上に墜落したとき、偶然、対になった部品を二つとも拾ったこと。後から大切なものらしいと知って、部品を渡す代わりに、自分も過去に連れて行ってもらうことを思いついたこと。部品をひとつしか渡さなかったのは、サウラーを信用していなかったため。部品を渡してタイムマシンの構造や操縦方法を聞き出し、後からせつなとタルトを連れて、マシンを奪いに来るつもりであったこと・・・。 「まったく、そんな無茶な計画を・・・。そんなにまでして、過去に戻りたかったの?」 「・・・父さんと母さんに、頼みに行きたかったんだ。離婚なんてやめて、って。家族三人で、ずっと一緒に暮らしたい、って。」 今のままでは、父か母、いずれはどちらかを選ばなければならなくなる。でも出来ることなら、自分は父とも母とも、一緒に居たい。 「ダメなんだ。俺はまだ子供で・・・どうしたって、父さんにも母さんにも迷惑をかける。こんな俺のこと、父さんも母さんも、本当は持てあましているに違いないし。 だから・・・早く大人になりたい。でも・・・でも、そんなことは無理だから・・・。もし、父さんと母さんが別れる過去を変えられないんなら、俺なんか・・・」 「そうだね。そんなくだらないことを考えるくらいなら、君は生まれて来ない方が良かったかもしれないね。」 「サウラー!なんてこと言うの!」 マシンにもたれかかり、口の端を斜めに上げながら腕組みしているサウラーを、せつなは厳しい目でにらみつけた。サウラーは少年をひたと見据えたまま、なおも言い募る。 「なんの力も無い子供である君は、誰か大人の庇護を受けなければならない。この世界では、そう決められているんだよ。 ならばそれ以上のものを望まず、自分の運命を受け入れて生きていくのが、まともな人間のすることなんじゃないのかい? それが出来ず、自分の過去はおろか庇護者の過去まで変えたいなどと言うヤツは、最初から生まれて来ない方がマシさ。」 「違う!生まれて来ない方が良かった人間なんていないわ!」 「ほぉ。同病相哀れむというヤツかい?イース。君だって、ラビリンスのイースだったという事実からは逃れられない。その姿が何よりの証拠じゃないのかい? 運命を変えたつもりになっているのかもしれないが、過去はどうあがいても、変えられやしないのさ。」 勝ち誇ったようなサウラーの声に、少年は深くうなだれる。しかし、すぐ目の前から聞こえて来た、静かだが力強い声に、再びその顔を上げた。 「いいえ。変えるのは過去じゃない。未来よ。私はみんなから、そう教わったわ。」 夕闇が迫り、さらに暗くなりかけた森の中。せつなの銀髪が淡い輝きを放って、涙で濡れた少年の目に映る。 「サウラー。あなただって同じよ。未来の全てが決められているわけじゃない。あなただって、そう望めば・・・」 「ふん、よしてくれ。僕は君と違って、メビウス様のお傍にお仕えすることこそが喜びだ!」 サウラーの拳が、せつなを襲う。咄嗟に少年を突き飛ばしたせつなは、間一髪で攻撃を回避したものの、バランスを崩して転倒した。そのはずみで、リンクルンがケースから飛び出し、草むらの中へその姿を消す。 「あっ!」 「ふふふ。まずはここでプリキュアを一人倒しておけば、メビウス様もお喜びになるだろう。帰る算段は、その後だっ!」 「おねえちゃんっ!」 そのとき。 ――べちょん! ――バシン! ――ゴンッ! 立て続けに響いた三つの音。その後に、何かがドサリと倒れる音が聞こえて、せつなはそろそろと顔を上げた。 マシンを背にして、サウラーが仰向けに倒れている。どうやら倒れる時に、開けっぱなしにしていたマシンのドアで、後頭部をしたたかに打ちつけたらしい。 その顔の辺りに落ちているのは、中身が散らばった赤い手提げカバンと、何やら白っぽい塊。その塊がむっくりと起き上がり、イタタ・・・と小さく声を上げた。 「タルト!」 せつなと少年の声が揃う。ぴょこんと立ち上がって、得意げに親指を突き出そうとしたタルトは、そこで慌てたように口に手を当てると、急いで木の陰に隠れた。 「ん?」 小首をかしげたせつなは、つかつかとサウラーに歩み寄る人影を見て、あぜんとする。 肩で息をしながら手提げカバンを拾い上げ、散らばった中身を手早く元に戻して、せつなにニコリと笑って見せたのは――あゆみだった。 「うっ・・・。」 サウラーが小さく呻く。せつなは急いでリンクルンを拾い、身構えた。 「あゆみさん。危ないから、こっちに来て。」 しかし、あゆみは手提げカバンを握りしめ、サウラーの顔を見つめたまま、動こうとしない。 「あゆみさん!」 「うっ・・・イース・・・!」 跳ね起きようとしたサウラーの体が、ぐらりとよろける。彼はそのまま地面に手を付くと、今度はよろよろと起き上がった。そんなサウラーをじっと見つめていたあゆみが、恐る恐る声をかける。 「あなた・・・お腹空いてるんじゃない?」 せつなはハッとしてあゆみを見た。 どうして今まで気付かなかったのだろう。サウラーがこの時代の人々の助けを何も借りていないのであれば、彼はこの時代に来てから丸二日、何も口にしていない可能性が高いのだ。その状態で、マシンの部品を探して炎天下を歩きまわったり、あろうことか自分と格闘したりしていた。いくら体力のあるサウラーでも、ふらふらになって当然だ。 遠征中のラビリンス幹部の食事は、基本的に本国から支給される。また、この世界の金銭も、日常生活に必要なくらいの少額ならば、支給されている。 しかしここは二十五年前の世界。いくら現金を持っているとはいえ、貨幣自体が変わっているのでは、使いようがない。変わっていないのはごく一部の小額コインのみ。これではほとんど現金を持っていないのに等しい。 自分は、少年やあゆみや源吉に助けられ、この二日間を何不自由なく過ごすことができた。そのことに改めて感謝しつつ、自分が全く気付くことができなかったサウラーの状況にひと目で気付いたあゆみを、せつなは驚きと羨望の眼差しで見つめた。 「ふっ。何を言ってるんだ、君は。」 強がりを言う傍から、サウラーのお腹がグーッと派手な音を立てる。 あゆみは急いで手提げカバンの中を探ると、可愛らしいピンクのリボンで結ばれた、ビニールの包みを取り出した。 「これ、お父さんへのお土産だったんだけど、あなたにあげるわ。友達が作ったクッキーで、凄く美味しいの。あ・・・ごめんなさい。さっきカバンをぶつけたから、少し・・・いや、かなり割れちゃったけど。」 「なっ・・・こんなものっ!」 あゆみに対して圧倒的な力を持っているはずのサウラーが、口ごもりながら後ずさる。あゆみは臆することなく彼に近づくと、その手にクッキーの包みを握らせ、自分はくるりと踵を返した。 「そんなんじゃとても足りないわよね。あと、飲み物もいるし。待ってて、すぐ持ってくる!」 急いで駆け去っていく少女の後ろ姿を、サウラーはクッキーの包みをしっかりと握ったまま、ただ呆然と見送った。 「良かったわね、サウラー。これだって、あなたにとっては決められた未来じゃなかったはずでしょう?」 「う、うるさいっ!何なんだ、あの女はっ!」 クッキーの包みを握り潰さんばかりに力を込めるサウラーに、せつなが冷静な一言を浴びせる。 「食べておいた方がいいわ。また元の時代に戻って、私たちと相対したいのならね。」 「そんなこと・・・出来ると思っているのか。」 「やってみなければ、わからないでしょう?」 じっと見つめるせつなの視線から、サウラーが目をそらす。そして、森の巨木の一本を見上げると、音も無くその枝へと跳び上がった。 「わっ、逃げたんか?」 「さすがに私たちの前じゃ食べにくいでしょ。」 せつながタルトの言葉にニコリと笑うと、まだそこに座り込んだままになっている少年の顔を覗き込む。 少年は、ズボンの左のポケットをごそごそと探ると、さっきと同じ鏡のような部品を取り出して、せつなの手に押し付けた。 「ありがとう。」 せつなが再び、ニコリと笑う。その視線を受け止めきれずにうつむいた少年は、そのままギュッと細い腕に抱きしめられて、驚きに目を見開いた。 「・・・おねえちゃん?」 「ごめん。ごめんね。あなたが何かを抱えていることに気付いてたのに、何も聞いてあげられなくて。私たちが来たことで、あなたを追い詰めてしまったのかもしれないわね。」 「そんなこと・・・。」 「本当は、お父さんと仲良くしたいんでしょ?忙しくてなかなか一緒に居られないけど、もっといろんな話をしたいんでしょ?」 少年の瞳に、涙が盛り上がる。 「だったら、あなたからそう言えばいいのよ。あなたから、いろんな話をすればいいの。そうやってお互いに歩み寄って・・・」 そこでせつなの声が途切れたのを、少年は一瞬、いぶかしく思う。が、すぐにまた、落ち着いたアルトの声が静かに響いてきた。 「・・・お互いに歩み寄っていけば、きっとお互いの気持ちがもっとわかるようになるわ。そうすれば、一番いい方法が見つかるはずよ。だって・・・」 そう言って、せつなは少年の体を離すと、微笑みを湛えた目で、彼の目を見つめた。 「だって、家族なんだから。」 その言葉に、少年は照れ笑いのような笑みを浮かべながら、しっかりと頷いたのだった。 「おねえちゃん。」 少年が、サウラーが消えた梢をちらりと見上げてから、改めてせつなに向き直る。 「あいつ、おねえちゃんのこと、『イース』って呼んでた。それがおねえちゃんの名前?」 少し伏し目がちになったせつなが、それでも微笑を失わず、静かにかぶりを振る。 「それは、私がかつて呼ばれていた名前。今は違うわ。 ある人と出会ってね、私の未来は変わったの。ううん、未来なんて持っていなかった私が、新しい未来をもらったの。」 「新しい・・・未来?」 「そう。まだ何も描かれていない、何ひとつ決められていない、眩しいくらいにまっさらな未来。そんなものを手にする日が来るなんて、思ってもいなかった。」 せつなはそう言って立ち上がり、一層暗くなった森の奥に目をやる。 「過去ばかり見つめているとね。そんな未来が眩しすぎて、どうしていいかわからなくなるの。だから、私は決めたの。今を精一杯がんばるって。これから先のことなんてまだわからないけど、今を少しずつ積み重ねていくことで、未来を作っていこうって。」 「・・・僕にもあるのかな?新しい未来。」 「もちろん。あなたの中には、未来がいっぱい詰まってるわ。」 せつなは、少年が自分のことを、背伸びした「俺」という言い方ではなく、いつの間にか「僕」と言っているのに気付いて、柔らかな笑顔を浮かべた。 少年の方は、そんなせつなの顔を見て、何か違和感を覚えていた。何だろうと首をかしげて、その正体に気付く。 薄明りに淡い光を放っていた銀髪が、今は光を放っていないのだ。一層暗くなった周囲に溶け込むように、少女の髪が黒々と見える。 少年はそれを、日暮れとともにますます濃くなる闇のせいだろうと、また一人で勝手に納得した。 「さあ、もう遅いから家に帰って。お父さん、心配するわよ。」 「うん・・・。おねえちゃんは、どうするの?」 少年の質問に、せつなは少し考え込む。 「あゆみさんが戻ってくるかもしれないから、待ってるわ。この部品をマシンに取り付けて、状態も確認しておきたいし。」 「・・・。」 マシンと聞いて再びうつむく少年の顎に手をかけ、せつなはグイとその顔を上向かせる。 「大丈夫よ。私、精一杯頑張るから。それに・・・」 そう言って、せつなは少年の耳に口を寄せた。 「・・・いい考えが、無いこともないわ。」 「ホント?じゃあ、大丈夫なの?」 少年の顔が、わずかに明るくなる。 「ええ。だからあなたは安心して、あなたがやるべきことをやって。」 「・・・わかった!」 「なんや、急に元気になったみたいやな~。」 せつなの後ろから、タルトがおどけた顔を覗かせる。 「返すの忘れとった。これ、あんさんのやろ?」 「あっ、そうだったわ。ごめんなさい。」 タルトが、手に持ったものを少年に差し出す。それは、少年が昨日せつなに貸した、野球帽だった。 「あゆみはんがサウラーにカバンを投げ付けた時、中から飛び出したみたいや。ここで渡せて良かったで~。」 「ありがと、タルト。タルトも元気でね。」 「うっ・・・あんさんもなぁ!」 涙もろいタルトの懸命の笑顔に手を振って、少年は森を後にする。街外れの通りまで来た時、彼はかぶっていた野球帽を脱ぐと、その内側に書かれたマジックのイニシャルに目をやった。 (K.T。・・・カオル・タチバナ。) 近い将来、もしかしたら自分の苗字は、橘ではなくなるかもしれない。それでも、自分にとって父は紛れもなく父であり、母は紛れもなく母だと、今は確かにそう思えた。 少年は、再び野球帽をかぶり直すと、今度は立ち止まらず、父の家までぐんぐんと駆けた。もしも父が家に帰っていたら、まずは父とまた、オセロで勝負するところから始めてみよう・・・そう思いながら。 せつなは気付いていなかったが、せつなとタルトが、もう少年とは呼べなくなった彼と出会うのは、それから二十四年と半年ほど後のこと。せつながまだ、まっさらな未来をその手に掴む前のことである。 ~第4章・終~ 新-884へ