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今夜はクリスマスイブ。桃園家でのクローバーのクリスマスパーティーは 大盛況の内に幕を閉じた。 因みに桃園夫妻は親孝行な娘達の画策…もとい心暖まる進言より、 ラブが産まれて以来初めての二人きりのクリスマスデートに出掛けている。 そんなワケで、四人でのパーティーは大人の目を気にする事なく 適度にハメを外して楽しんだ。 そして友達として思う存分楽しんだ後は、今夜は特別な夜。 恋人達の時間に突入するべく、まだ名残惜しさを引きずりながらも解散。 後はそれぞれのカップルに別れての聖夜が始まる……。 はずだったのだが。 「せつなっ!ちょっと待った………って、行っちゃったよ…。」 ラブの止める声も届かない内に、アカルンで飛んで行ってしまったせつな。 恐らく、今あの二人は忘れ物どころじゃないと思うんだけど……。 (あーあ……。知らないよ…。) と、思った次の瞬間、 「きゃぁああぁーー!!」 「!!!」 ガシャガシャガシャー!と言う派手な音と共に、せつながまだ片付けの 済んでないダイニングテーブルの上に落ちて来た。 一応使用済みの食器なんかは洗ったが、テーブルの上には ラブが明日食べようと残していたケーキの残りが置いてあったワケで……。 モロにケーキの上に落ち、足をクリームまみれにして呆然するせつな。 そのせつなを見て、これまた呆然とするラブ。 我に返り、とっさにテーブルから降りようとするせつな。 これまた、一瞬遅れて我に返ったラブが慌てて制する。 「待った!降りない!降りちゃダメ!!降りるな!!被害が広がる!!」 せつなはストップモーションの様にピタリと静止する。 ラブはせつなに尻餅を付かせるような格好にして、被害状況を調べる。 白い脛と内腿、ラブが頼み込んで着てもらったミニスカサンタの 衣装のスカートにもクリームが付いている。 取り敢えず、下敷きになっている皿やら回りを綺麗にしていると…… 「あの……。ゴメン……。自分でやるから…」 「うーごーかーなーいー!じっとしてる!ホラ、これも脱いで。」 「あっ!ちょっと!」 「ここで全部始末しちゃった方が早い。 もーう!ケーキ明日のお楽しみだったのに。」 しゅんとするせつなから赤い衣装を脱がせ、あっという間に下着姿に してしまった。 「あたしが良いって言うまで動いちゃだめ!」 ラブが服を始末したり飛び散ったクリームを拭いたりしている間、 せつなは下着だけでダイニングテーブルの上に捨て置かれると言う 放置プレイに晒される事になった。 かなり……シュールな光景だ。 「さて、これで後はせつなだけだね。」 ホッとしてせつながテーブルから降りようとした瞬間…… ぺろり! ラブがせつなの足に付いたクリームを舐めた。 「やっ!ラブっ!」 「だーかーらー、動かないの。」 「や、やめて…。汚いわ……」 「もったいないよ!このケーキ美味しかったのに!」 ペロペロとクリームを舐め、スポンジの欠片をこそげ取っていくラブの赤い舌。 それが内腿に侵入して来ると、せつなの皮膚の下にくすぐったさとは違う、 むず痒い感覚が産まれてくる。 せつなの体がカァっと火照り、冷たいクリームが緩んで白い肌を流れる。 ラブの熱い舌が濡れたビロードの様に這い回り、その感覚に 体の奥から熱が降りてくる。 「ね、ねぇ、もういいでしょ?洗ってくるから…」 放して?そう言って足を掴んだラブからせつなが逃れようとする。 するとラブは上目遣いにせつなを見つめ…… 「ねぇ、せつな。何見たの?」 途端にただでさえ熱くなっていたせつなの体温が急上昇した。 薄暗がりに浮かび上がる美希の白い体。焦点の定まらぬトロンとした瞳。 そんな美希をこの上なく愛しそうに髪を梳き、微笑む祈里。 祈里の微笑みは慈母の穏やかさを湛えているのに、何故か 瞳に猛禽類のような獰猛な光がちらついているように思えた。 その爪で艶かしい獲物に食らい付き、そして捕えられているはずの獲物は どこか恍惚の表情を浮かべている。 白い喉笛に牙が突き立てられるのを、今か今かと待ち焦がれているような。 わたしも、あんな顔をいつもしているのだろうか……。 そして、ラブも………。 「い、言えないわ……。そんな…!」 「ふうん……。つまり、言えないような事、してたんだ?」 「……!!ーーあっ、あんっ!あぁっっ!」 ラブが下着の上からせつなの秘部を甘噛みする。 布越しに、尖った快感の集中する突起を歯でしごく。 横から指を入れ、濡れ具合を確かめる様に覗き込んだ。 「あっ!イヤっ……見ないで……」 「今さら恥ずかしがらなくても。 せつながエッチなコだって事くらい知ってるよ。」 「やっ……!やぁあん!!」 下着の中でくりくりと突起を捏ね回す。 すぐには昂らないように、桃色の真珠を包む包皮の上から揉み込む。 「ねぇ、せつなは気が付いた?」 「ーーんっ、んぅ……?」 「美希たん、トナカイさんの下、何も着てなかったんだよ。」 「ーー?ーえっ?」 「ブッキーがねぇ、やたら美希たんのお尻のあたりチラチラ見てたの。 何でかと思ったらねぇ…!」 少し破れてたんだ。そこからね…… そりゃ、あの格好で来て帰るしかないよ。 「まったく、あの二人もよくやるよねぇ。 人んち来るのに何考えてんだか。」 下着の中の悪戯を止める事なく、ラブはせつなの様子を窺う。 上に手を伸ばし、ブラを手探りでずらしながらせつなの耳元で囁く。 「あたしのお願いなんて可愛いもんでしょ?」 今日せつなが着けているのは、赤いレースが繊細なブラとショーツの一揃い。 乳房を包む部分は殆ど透けそうなレースのみ。 かっちりとしたワイヤーの入らない、自然な丸みが出る作りだ。 下も同じく淡い茂みを辛うじて隠す程度の布を細いリボンが繋いでいる。 殆ど下着としての用をなさない、扇情的で見る者を挑発する為だけの物だ。 「今夜は特別な夜だから。」と、せつなを拝み倒して付けて貰った。 全身を桜色に染めてモジモジと俯くせつなは、 その場で食べてしまいたいほど可愛くいやらしかった。 今まで美希と祈里の目を盗んで、物陰でスカートを捲ったり、 胸元を覗き込むだけで我慢していたんだ。 (脱がせちゃうの惜しいけどね………。) 「ほどくよ…?」 乳房を荒々しく揉みしだき、しこり立った乳首の先端に爪を立てる。 耳たぶに舌を這わせながら、シュル……と 少女の最後の砦が暴かれる。 「…………っあ…………」 膝に手を掛けると弱々しい抵抗の後、驚くほどすんなりと せつなの恥じらいは武装解除してしまった。 ふっくらと充血した花弁がほころぶように 花開き、その中心にたっぷりと蜜を湛えていた。 その上に息づく蕾は快感への期待に震え、 初々しい桃色の膨らみを覗かせている。 「可愛い……。ねぇ、食べちゃってもイイ?」 ラブは腿に一掬い残しておいたクリームを、その蕾に塗り付ける。 「はぁっ、やっ…あ……!」 「ふふっ……、いただきまぁす。」 パクリ!と口に含み、ねぶり回しながら苛め抜く。 硬く、柔らかく、せつなの一番感じる部分が意地悪な舌で好き放題になぶられる。 羞恥と快感がせめぎ合い、せつなの内側から心身を炙る。 泣きたくなるほどの愉悦が駆け巡り、羞恥を快感が溶かして行く。 「あんっ、あんっ、あんっ、あぁぁ、はぁ…、いっ…んあっ、あっ……」 涙を飛ばしながら激しく頭を振り、ラブの舌が突起を捉える度に せつなはビクンっビクンっと腰を跳ねさせる。 ふるふると小刻みに走る震えが、せつなの絶頂が近い事を知らせてきた。 つつ……、と愛液と唾液の混じった糸を引きながら、ラブの舌と せつなの快楽が離れる。 「どして?」そう目で訴えながら、 せつなはハァ、ハァ…と大きく胸を上下させる。 天国へ登り詰める寸前でお預けされ、行き場を失った欲望が 子宮を切なく締め付ける。 「せつな、これからどうしたい?」 ラブは両の乳首を摘まみ上げ、指の腹で敏感な先端を摩擦する。 左右交互に軽く引っ張っては放し、チロチロと舌先でくすぐり、 時々強く吸いつきながら甘噛みする。 「はぁっ…んぅ、あ…っ…ぁう…ンッ!」 せつなはラブの頭を掻き抱きながら身を捩る。 乳首への甘美な刺激が、ますます足の間に火を灯し、悦びを教え込まれた 幼さを残した体を責め苛む。 「ねぇ、言って?せつな。次はどうして欲しい?どんな風にイキたい?」 せつなの好きなように、してあげるから。 「………ーっ、な、中にも、…欲し、いの……」 「何を?」 「……ら、らぶの指、………お願い、奥…まで……」 ラブはうっとりと笑み崩れ、せつなの唇に貪りつく。 「ンッ…んぅぅ…、らぶぅ…、ら…ぶ」 甘く蕩けた声でせつながすがり付く。 乳首を弄んでいた指が脇腹から鼠径部を撫で、濡れそぼった 花弁を掻き分ける。 「んっ!ふぅっ……!ぅんんっ!」 唇を塞がれたまま、せつなが指を誘い込もうと腰を揺らす。 ラブは指を2本、一気に奥まで貫きながら掻き回し始める。 「ーーふあっっ!はぁああぁ…、あっ!あっ!」 「気持ちイイとこ、全部触って欲しいんでしょ? せつなは欲張りだね!」 ぐちゅっ!ぐちゅっ!とキツくすぼまった秘孔を引っ掻くように 中指と人差し指を抜き差しする。 放って置かれた屹立仕切った蕾を摘まんで捻る。 舌は乳首を舐め回しながら、唇で乳房に赤い印を刻んでいく。 「あーーっ!あぁぁ…んっんっんっ!!ダメっ、いゃあぁ!」 「イイの?せつなっ、気持ちイイ?」 「ああっ、ああっ、もうっダメっ!ダメ…あっ、ーーー……っ!!」 ガタガタとテーブルが鳴り、せつなが大きく仰け反る。 緊張を繰り返した肢体が、やがてしどけなくラブにしなだれかかる。 「………どして?……どして、こんな……っーー!」ラブの肩口に額を擦り付け、せつなが涙混じりの声を漏らす。 「んー、ゴメンね…。そんなにイヤだった?」 「……イヤじゃ…ない、けど…。」 「今夜は特別な夜だからって事で、許して?」 「そんなに、特別なの……?」 「そーだよ。」 だから美希も普段なら絶対しないような事、してたでしょ? 大事な人を喜ばせたいから。 「ね、せつな。部屋、行こうか? あたしまだまだ、せつなを気持ち良くしたい。」 抱き締めたせつなが、ふるっ、と震える。 「アカルン……、私の部屋へ……。」 暗く冷えきった部屋のベッドは火照った体の熱を容赦無く奪う。 でも大丈夫。すぐに温かくなるから。 だって今夜は特別な夜。恋人達の時間は、まだ始まったばかり。 ~おまけ~ 「ねぇ~、美希ちゃん。機嫌直してよぅ。イイじゃない、 真っ最中じゃなかったんだし。一瞬だったし。」 「祈里は服着てたじゃない!それに、それに…バッチリ裸は見られた!」 「まあまあ、きっとせつなちゃんもラブちゃんにお仕置きされてるから。」 「何でそんな事分かるのよ…?」 「うふふー、見ちゃったんだ。せつなちゃんね、 すっごいエッチなパンツ穿いてた。」 「……いつ、見たの?」 「キッチンでね、ラブちゃん達がケーキの用意してたでしょ? ラブちゃん、せつなちゃんのスカート捲っておしり撫で回してた。」 「……………。」 「今度会ったらその事からかってあげればいいんじゃない?」 「………。」 「だからね?美希ちゃん、せっかくの夜なんだからさ……。」 「ーーーっあんっ!祈里ぃ……。」 「美希ちゃん……、可愛い……。」 後日、馬鹿正直にその事を突っ込んだ美希。 しかし、逆に裸トナカイを突っ込み返され、盛大な自爆を遂げた。
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図書館に本を返しに行った帰り、せつなちゃんにばったり会った。 わたしを訪ねて来るところだったんですって。 でも、ラブちゃんと一緒じゃないなんて珍しい。 「ブッキーって読者家よね。」 図書館帰りだと言うと、そうせつなちゃんが微笑む。 本当はほとんど読まずに返しちゃったんだけど。 三冊借りたけど、全然読む気になれなかった。 退屈しのぎに借りたつもりだったのに、暇潰しする気にさえなれない。 相変わらず、美希ちゃんからはメールも電話もなくって。 美希ちゃんやラブちゃん、せつなちゃんと一緒なら時間潰しなんて しようとも思わないのに。 一日が物凄く長く感じて、それなのに何もする気になれない。 自分から連絡すればいい、って言うのは分かってる。 でも、わたしからメールしてもし返事が来なかったら。 電話しても繋がらなかったら。 最初に無視したのはわたしなのにね。 「一人なんて珍しいね。どうしたの?」 「うん…。ブッキーと少し話したくて。」 この間のダンスレッスンの時の事、よね。 やっぱり、気にしてたんだ。うん、気にしない方がおかしいよね。 あんなにジトっとした目で見られたら。 きっと、せつなちゃんは自分を責める。知っててやってたよね、わたし。 せつなちゃんを困らせたって何にもならないのに。 ラブちゃん、呆れただろうな。それに、美希ちゃんも。 「あのね、ブッキー。今から私が聞く事、たぶん答え辛いと思うの。」 「…え?」 「でもね、私も聞きづらいのよ。だから、聞いたからには ちゃんと答えるって約束してくれる?」 何それ?何だか怖いんだけど……。 でも、こんな真剣な顔のせつなちゃん。嫌…とは、言えない雰囲気で……。 「お願い。」 「わ、分かった。」 「本当ね?」 ちょっと、本当に怖いかも。 何聞かれるんだろう……。 せつなちゃんは「いい?」と問い掛けるように見つめてくる。 やっぱり嫌、……とは、言っちゃ駄目、よね……。 「ねぇ、ブッキー。私が羨ましい?」 思わず、足が止まった。 「私に、嫉妬してる?」 足が震える。 「せ、せつなちゃんっ。そ、そう言うこと、面と向かって言うのって どうかと思うのっ!」 手足の指先は冷たいのに顔が熱い。 恥ずかしさに体が震える。カアッと一気に瞼が熱くなって、泣き出しくなった。。 「あぁ、ごめんなさい。私、空気読めないから。」 それも自分で言う事じゃないと思うの。 どうして、こんな。せつなちゃんは人を馬鹿にしたり、見下したり する子じゃないと思ってたのに。 それとも、本当に悪気なく聞いてるの? それにしたって…… 「ね、約束よ。答えて?私、分からないわ。 ブッキーが羨ましがるような物、持った覚えないんだもの。」 「…………せつなちゃんは…すごく、綺麗……。」 「それだけ?」 「……頭が良くて、運動神経も良くって…ダンスだって……。それに……」 「それに?」 「……ラブちゃんと……」 唇を噛み締めた。言葉が続かない。すごく、惨めな気分。 なんで、せつなちゃん。なんでこんな事言わせるの? 「…なんだ。それだけなんだ。」 「…!」 「そんなもの、ブッキーはもう全部持ってるじゃない。」 思わず、顔を上げてせつなちゃんを見る。 わたしを馬鹿にしてなんか、ない? すごく、優しい顔。そして、少し悲しそうな顔。 ねぇ、ブッキー。私、確かに数学得意よ。教科書見たとき驚いたもの。 この年で、まだこんな初歩的な問題やってるのかって。 運動神経もね、体育の時間とかびっくりよ。 みんななんであんなにダラダラ走るのかしら? 体も固いし、全然真剣じゃないの。あれで上達するものなんてないわよ。 みんな私の事、すごいって誉めてくれた。何でも出来るって。 でも、何で私が出来るかわかる? 「それしか、やってこなかったから。他の事、何一つやってないからよ。」 ブッキー。私、学校に行き始めた時、毎日ヒヤヒヤしっぱなしだったわ。 何か変な事言ってないか。おかしな行動してないかって。 前にね、クラスでお喋りしてて私が「桃太郎」を知らなくて すごく微妙な空気になった事があったの。 ラブがフォローしてくれたけど、こちらの人は、それこそ五歳の子から お年寄りまで知らない人なんていないのよね。 調べて驚いたわ。たくさんあるのね、「おとぎ話」って。 ねぇ、ブッキーはいくつ「おとぎ話」を知ってる?きっと数えきれないわよね。 いくつ歌を歌える?トリニティとかの流行りの曲じゃないわよ。 そう、例えば「犬のお巡りさん」とか……。これもきっと数えきれないわね。 子供の頃、何して遊んだ?かくれんぼ、おにごっこ…、ブッキーは 外で遊ぶよりおままごととかが好きだったのかしら。 きっとブッキーはお母さん役だったんでしょう? 「私はそう言うもの、何も持ってないの。」 それは『知識』なんかじゃないわよね。 みんな、息をするように体と心に蓄えてきた事。 初めて「犬のお巡りさん」を歌ったのがいつだか覚えてる? たぶん、覚えてる人の方が少ないんじゃないかと思うの。 いつの間にか、覚えてた。 他の事もそう。いつ誰に教わったか。そんな事、考えもしない。 知ってて当たり前。出来て当たり前なんだもの。 その「当たり前」がどれだけの場所を占めてるのかしら。 きっと途方も無く広い場所よ。果てなんて見えないくらいに。 私はね、その「当たり前」の部分がすっぽり抜けてる。 だからその場所に、数式や戦闘訓練の体の記憶を詰め込んでる。 それでも、一杯にはならないわ。あまりにも広すぎるから。 今、必死で埋めてるけどきっと追い着かないわ。 知りたい事、やりたい事はどんどん増えるのに、覚えても覚えても、 更にその先に広がってるんだもの。 「ブッキー、お願いだから本気で羨ましいなんて思わないで。 あなたは欲しいもの、もう全部持ってるはずでしょう?」 「せつなちゃん……。」 せつなちゃんに、わたしを責める様子は微塵もない。 ただ、少し困ったように。そして、ほんの少しだけ、怒ったように、 見つめている。 下を向いたまま、顔を上げられない。恥ずかしくて、情けなくて。 わたしは、きっと言ってはいけない事を言ってしまった。 「せつなちゃんが羨ましい」「せつなちゃんは何でも出来る」 みんなが羨ましがるもの、きっとせつなちゃんには自慢でも何でもない。 せつなちゃんがどれだけ努力してるか。 どれだけ頑張って、笑えるようになったのか。 ずっと、側で見てきたはずだったのに。 「ブッキーは美希が好きなのよね。」 コクリ、と何の躊躇いもなく頭が上下した。 もう誤魔化す事も、言い訳もしちゃいけない。 せつなちゃんに、これ以上失礼な態度はとっちゃ駄目だ。 せめて、正直に。ちゃんと、答えなきゃ……。 「美希もよね。」 独り言のように、せつなちゃんは呟く。 「それなのに、私とラブが羨ましいの、どして?」 「……だって。」 告白なんて、されてない。 気持ちだって、はっきり口に出した事もない。 「だったら、ブッキーから言えばいいのに。」 「へ?」 せつなちゃんは不思議そうに、首を傾げる。 顎に指を添え、軽く目を見開いて。 わたしがあんなポーズしたら、きっとすごくブリッコっぽく見えそう。 やっぱりせつなちゃんくらい可愛くないと……って、また僻みっぽいわね。 駄目だわ……わたし。 「だから、美希が言わないならブッキーが言えばいいのに。」 え?そりゃ……。でも! 頭の中がぐるぐるする。 考え事もなかった。わたしから告白?って言うか、 せつなちゃんの中では美希ちゃんが断るって選択肢はないのね。 「ブッキーは美希から言って欲しいの?どして?」 「だって、それは……」 恥ずかしいし、やっぱり好きな人に告白されたいって言うのは 女の子の夢だし。 「恥ずかしいの?美希から言われる方が嬉しい?」 頷く私にせつなちゃんは言葉を重ねる。 「ブッキー、美希だって女の子よ?」 ブッキーが恥ずかしいように、美希だって恥ずかしいんじゃない? ブッキーが美希から告白されたら嬉しいように、美希も ブッキーから告白されたら嬉しいんじゃないかしら。 好きな人が嬉しくなると、自分も嬉しくならない? 大好きな人を喜ばせる事が出来るって、とても幸せだと思うの。 今の気持ちを擬音語にすると、ポカーンだろうか。 それとも、ガーン!!…? わたしはその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。 人間、ドン底だと思ってる内は甘い。 その先はさらに深い穴が空いてるんだ。 もう、情けない、とか恥ずかしいのレベルではない。 真剣に、一度死んだ方がいいのかも。 この短い時間に何度目だろう、自分の馬鹿さ加減に暴れたくなるのは。 「ブッキー?」 せつなちゃんが向かい合わせにしゃがんできた。 ごめんなさい。ワケわからないわよね。 「せつなちゃん、わたしって救いようがないわ……」 今まで美希ちゃんが与えてくれたもの。 どれだけわたしを嬉しくさせてくれたか。 何度、幸せを感じさせてくれたか。 わたし、その幸せを一度でも美希ちゃんに伝えた事があったかしら。 美希ちゃんの為に、幸せを運んだ事があったかしら。 美希ちゃん、それでも笑ってくれてた。 それは、今せつなちゃんが言った事。 好きな人が喜ぶと、自分も幸せだから。 自惚れてる?でも、きっとそうなの。 だって、わたし美希ちゃんが好きなんだもの。 美希ちゃんの喜ぶ顔、思い浮かべるだけで胸がいっぱいになる。 美希ちゃんも、そうだったんだ。 言わなければいけない事。やらなければいけない事。 後から後から雪崩みたいに押し寄せてくる。 自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれてる場合じゃないのよ。 謝らなきゃ。お礼言わなきゃ。ちゃんと、言葉で伝えなきゃ。 せつなちゃんに、ラブちゃんに、そして何より美希ちゃんに。 何からしていいのか分からない。 せつなちゃんが心配そうに覗き込んでる。 「あのね、せつなちゃん。言いたい事がいっぱいいっぱいありすぎて、 何から言えば良いか分からないんだけど………」 思い切って、顔を上げた。ふぅ、と息をつく。 泣いちゃ駄目。笑うんだ。 「ごめんなさい。わたし、せつなちゃんに嫉妬してました。」 「……うん。」 「イヤな態度、取りました。せつなちゃんが気にするって分かってたのに。」 「…うん」 「せつなちゃんなら自分のせいでって、わたしや美希ちゃんがおかしいの、 自分が原因じゃないかって、悩むの分かってたのに。」 ぎゅっ、とせつなちゃんの手を握った。 「大好きよ。せつなちゃん。」 「ブッキー……。」 「美希ちゃんや、ラブちゃんに負けないくらい、大好き。」 「うん。私もよ。」 「これからも、友達でいて下さい。」 「はい。」 ものすごくありきたり。そして、全然謝り足りない。 たぶん、わたしは自分が思ってる以上に、色んな失敗してる。 でもラブちゃんも美希ちゃんも、今までずっと許してくれてたんだ。 『あーあ、ブッキーはしょうがないなぁ』って。 せつなちゃん、背中を押しに来てくれたんだ。 ラブちゃんは、きっとわたしには何も言わないつもりだったんだろうから。 そうだよね、わたし達3人は昔からそうだったもん。 ラブちゃんは、いつもわたしをそっとしておいてくれる。 ちゃんと、自分で考えて答えを出せるように。 でも、せつなちゃんは違うのよね。焦れったかったろうな。 何もせずに、いられなかったのよね。 うん、でも今回はせつなちゃんが正解だと思うの。 わたし、せつなちゃんじゃなければ素直になれなかった。 もし、忠告してくれたのがラブちゃんなら、言葉にしなくても分かった 気になっちゃってたと思う。 それで、結局…今まで通り居心地のいい所に納まろうとしてたろうな。 「私への告白は終わり?」 ニッコリと、それはそれは綺麗に微笑むせつなちゃん。 やっぱり、この容姿は羨ましいかも。 「うん、……まだまだ言い足りないけど。今日はこの辺で。」 「また、続きがあるならいつでも。」 「よろしくお願いします。」 しゃがんで手を握り合ったまま、ペコリと頭を下げる。 「そろそろ、帰ろうか。」 わたしたちは手を握り合ったまま立ち上がる。 放してしまうのが何だか名残惜しい。 そのまま手を繋いで歩いても、きっとせつなちゃんは嫌がったりしない。 でも、やめておこう。 だって、わたしたちが手を繋ぐ人は他にいるもんね。 並んで歩くせつなちゃんの横顔、美希ちゃんに負けないくらい完璧。 こればっかりは持って生まれたものよねぇ。 じっと見つめてたら、目が合ってしまった。 「何?」 「んー、美人だなぁって思って。」 ふぅ、とせつなちゃんは苦笑い。 「なあに?まだ羨ましいの?」 「せつなちゃんには分からないよ。」 ぷっと膨れてみる。でも、何でだろ? 羨ましさに変わりはないのに、ちっとも心がカサカサしない。 「なるほど、こう言うところね……。」 「??何が?」 「ラブが言ってたの。ブッキーは結構我が儘なところがあるって。」 ええ…?ラブちゃんちょっとヒドイ。でもまぁ、うん、仕方ないかな……。 「ワガママ…かなぁ…?」 「うん。だってブッキー、10人いたら10人とも可愛いって思われたいんだ?」 いや、そこまでは…。ああ、でも10人中5人…6人くらいには そう思われたい……かな? 「私は……、ラブ一人が可愛いって思ってくれたら、それで充分だけどな。」 だって、百人に誉められたって肝心の好きな人に可愛いって 言って貰えないなら意味なんてないじゃない。 ちょっと俯いてポソポソと呟く。 そのせつなちゃんの顔は耳まで赤くて、何だかわたしの 顔まで熱くなってきた。 「ノロケてるねぇ~。」 「もうっ!そうじゃなくて!」 照れ隠しにわざとからかい気味に言ってみた。 せつなちゃんの顔が近づいてくる。 美希だって、ブッキーは世界一可愛いと思ってるわよ? 息の掛かる距離で囁かれたその言葉は、 蕩けるように甘く耳と胸に響いて。 ちょっと、美希ちゃんに申し訳なくなるくらい心臓が跳ね上がってしまった。 じゃあ、私こっちだから。 半ば固まってるわたしにせつなちゃんは手を振って離れて行く。 「そうだ、ブッキー。今日の事は美希には内緒ね?」 ??なんで?何も知られて困るようなやり取りはしてないと思うんだけど……。 「美希より先にブッキーに『大好き』なんて言われたのバレたら大変よ! 私、美希に恨まれちゃうわ。」 だからナイショよ? せつなちゃんは唇に人差し指を当てて、パチンとウインク。 いつの間にか、そんなお茶目な仕草も様になってきてるのね。 わたし達はほんのり染まった頬のまま、悪戯っ子のような笑みを浮かべ合う。 せつなちゃんはわたしが角を曲がるまで、ずっと見送ってくれていた。 胸の中がクスクスとくすぐったくて暖かい。 ねぇ、せつなちゃん。 せつなちゃんは、ずっと埋まらない大きな隙間があるって言ったよね。 でも、その隙間を埋めてるのは難しい数式や、 訓練の厳しい記憶だけじゃないと思うの。 暖かくて、優しくて、そしてほんのちょっぴり痛いの。 それがせつなちゃんの幸せの感触なのね。 ちゃんと貰ったよ。 今度はわたしが渡す番。 避-722へ
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「せつな……」 ベッドに横たわった少女の手を掴みながら、ラブは名前を呼び掛ける。 一体、何度、繰り返し呼んでいただろう。それでも、彼女は眼を覚ます気配すらない。 時折、彼女は、うめき声をあげる。 悪夢に捕らわれている、とノーザは言っていた。せつなが一番、恐れていることが夢の中で起きているとも。 それが何かは、わからない。ただ、こうして彼女が苦しんでいるのを見るだけで、胸が張り裂けそうになる。 あれから、すぐにノーザはソレワターセを引き連れて去って行った。後に残されたのは、絶望に暮れる三人の少女 と、意識を失った 一人だけ。 部屋に連れ帰るまでの間も、抱きかかえるピーチの腕の中、力なく眠り続ける彼女は、苦しそうに顔をしかめ続けて いた。 そしてそれは、今も同じ。繋いだ手、だが何の反応も返ってこない。ただ、震えるばかり。 「う……うぅ……」 「せつな……」 玉のように浮かんだ汗を、美希がそっと拭う。心配そうに覗き込むシフォンを、祈里がそっと抱き締めて。 「パッションはん……一体、どんな夢、見てはるんやろう……」 か細いタルトの言葉に、答えを返せる者は誰もいない。 何も出来ぬまま、時間だけが過ぎていく。 やがて窓の外の空が紅く染まる。 言い渡された期限まで、後一日。 それまでに答えを出さなければならない。 インフィニティを渡せと、ノーザは言った。 つまりそれは、選べということ。 せつなと、シフォン。 どちらを、守るのかを。 失いし もの ――――Just lose it―――― 人が一人いなくなっても、世界は止まりはしない。回り続ける。 誰も、特別ではない。 だから、ラブを失っても世界に朝は来るし、日常は動き出す。 そう。時間は巻き戻らない。止まりもしない。過ぎゆくばかり。現在という一瞬は、常に過去へと変わっていく。 取り戻すことの出来ない、過去へと。 それでも、せつなは願うのだ。 やり直したい。ラブを助ける為に、やり直したい。 時間よ、止まれ。私の身を、凍らせて。 悔恨と罪の意識に、少女の心は引き裂かれる。 学校には、行っていない。休みを取っている。行きたくない、と言った時、圭太郎は少し複雑そうな顔をしたが、結局、 彼女の願いを受け入れた。 その圭太郎は、会社に復帰した。夜遅くに帰ってきた気配を感じることがある。前なら、そんな時、お帰りなさいと出 迎えに行った。 けれど、今は。 あゆみは、まだ、立ち直っていない。毎日をぼんやりと過ごしている。パートも、ずっと休んだままだ。家事も、また。 何もしない彼女。その背中を、見ていられなくて――――せつなは、目をそらす。だから、部屋にこもってしまう。 タルトとシフォンの声もしない。 静寂が怖いと思うのに、音楽をかけることは出来ない。 それがとても、悪いことのように思えたから。 彼女は――――ラブはもう、音楽を聴くことも、踊ることも出来ないのだから。 リンクルンには、相変わらず、友人達のメールや電話が入ってくる。電話には出れないが、メールには全部、目を 通していた。 その中には、ミユキからのメールもあった。由美からのメールもあった。クラスメイトの大半が、彼女にメールを送っ てくれていた。 大丈夫? 元気を出して。 異口同音に伝えられる、皆からの気持ち。想い。 けれどそのどれも、せつなの心に届かない。 動かせない。 だから、返事は出さない。 ベッドの上で、寝返りを打つ。 意識が朦朧としていた。あれから何日が経ったのか、よくわからない。 一日? 二日? 一週間? もしかしたら、一カ月。毎日、印を付けていたカレンダーは、もう、捨ててしまった。彼女 が死んだその日を、思い出すことが苦しくて。 カチャ バタン 遠くから聞こえてきた、扉を開ける音。そして、閉める音。誰かが、家を出て行った。圭太郎、ではない。彼はまだ会 社にいるから。だとしたら――――この家に残っているのは、せつなと、もう一人だけ。 ゆっくりと体を起こし、せつなは階段を下りる。 リビングをこっそりと覗くと、あゆみの姿が消えていた。お気に入りの買い物籠が無くなっているから、多分、買い物 に出かけたのだろう。 せつなは、小さく目を伏せる。圭太郎に続いて、彼女もまた、日常に戻っていく。それが悪いことだとは思わない。け れども―――― 喉が乾いていたので、冷蔵庫を開けて、ジュースを取り出す。そして、棚に手を伸ばし、コップを出そうとして。 彼女は、見てしまう。 赤いハートと、ピンクのハートが描かれた、二つのコップが並んでいるのを。 嗚呼。まただ。 それは自動的に始まってしまう。 『はい、今日からこれがせつなのコップだよ。アタシと色違いのお揃いだよ!!』 『せつな、ハンバーグ、一緒に作ろ? すっごく美味しいのを作って、お父さんとお母さんをビックリさせちゃおうね!!』 『好き嫌いはダメだよ、せつな。ピーマンもしっかり食べないと――――って、せつな、アタシのお皿、ニンジンは少 な目にしてくれると嬉しいんだけどなぁ』 この、台所で。 交わした会話の、一つ一つが脳裏に浮かび上がる。 その時の、ラブの笑顔も。 優しい声も。 触れ合った肩から伝わってきたぬくもりも。 全部が、思い出される。 まるで、今も彼女がここにいるかのように。 『せつな』 声が聞こえた気がした。 振り向いた瞬間、ラブがいつものように笑っているように見えた。 けれど、それは幻想。 声も、笑顔も、瞬き一つの間に、かき消えてしまう。 「――――っ」 パタン、とせつなの手をすり抜けて、ジュースの紙パックが床に落ちた。 倒れて、その口からオレンジジュースがこぼれて広がる。だがせつなは、それを拾い上げようとはしなかった。 しゃがみこみ、顔を抑える彼女の口から溢れるのは、嗚咽。 ボロボロと涙がこぼれる。 「――――うっ――――っく」 せつなは、泣く。泣き続ける。 思うのは、ただ、ラブのことだけ。 思えば思うほど、記憶が蘇って。 楽しい筈の思い出が、もう、失われて戻ってこないことを、嫌というほど気付かされて。 せつなは、守りたかったのだ。 ラブを。美希を。祈里を。シフォンを。タルトを。 ノーザからの誘いがあった時、彼女達に相談しなかったのは、無傷で帰ることが出来ないと思ったから。 ラビリンス最高幹部・ノーザは強い。だから、その戦いに巻きこむわけにはいかないと、そう思ったから。 勝てるという自信は無かった。 けれど、命と引き換えにしても倒す、そう誓った。 それなのに。 せつなは、守りたかった。 あゆみを。圭太郎を。二人の幸せを。 ノーザの言葉に、あゆみを守れなかったかもしれないという事実を突き付けられて、心が凍りついた。 そして決意した。もう二度と彼女達に、ラビリンスを近づけさせはしない、と。 笑顔を失わせはしない、と。 それなのに。 守りたかったものは、全て壊れてしまった。 直すことも出来ないほどに、バラバラに砕けてしまった。 「――――うぅ――――ひっく」 深い、深い喪失感。 胸の奥、心臓に、ポッカリと大きな穴が開いてしまったような。それだけ大きな、そして大切なものを失ってしまった のだと思い知らされる。 泣き続ける、せつな。 思い出は、癒しにはならず。 ただ虚無だけが、今の彼女に寄り添っていた。 「せっちゃん――――大丈夫?」 扉を開けて覗き込んできたあゆみに問いかけられたラブは、疲れ切った顔で首を横に振る。 せつなは、あれから一度も、目覚めない。眠り続けている。 ラブは片時も彼女の傍を離れず、じっとその手を繋いでいる。一日中、彼女はこうしていた。時間は、もう、深夜と いっていい時間。せつなが心配だと家に来た美希と祈里も、 「やっぱり、今からでも病院に連れていった方が……」 「…………」 ブンブンと、ラブは首を横に振りながら、ギュっとせつなの手を握って離さない。 「ラブ。気持ちはわかるけれど、せっちゃんのことが本当に心配なら、ちゃんと診てもらった方が……」 「ごめん、お母さん――――明日の、夕方まで待って」 あゆみの言葉を、ラブは遮った。せつなの手を掴んだまま、こちらを見てくる娘の瞳に、あゆみは言葉を失う。 ひどく、深い悲しみ。たった一日のことなのに、憔悴しきったかのように、目の下に隈を作って。 それでも。 彼女の瞳の奥には、強い光があった。 思い詰めたようにも見えはした。何かを隠しているということもわかった。 それでも――――ラブが、せつなを信じていることがわかった。 「あたしからも、お願いします」 「せっちゃんのこと、わたし達に任せて下さい」 部屋の中で、同じように心配そうにしていた美希と祈里が、ラブに追随するように頭を下げる。彼女達はラブの幼馴 染だから、昔から知っている。とてもいい子達だということも。 あゆみは、迷う。常識と良心に従うなら、せつなは病院に連れていくべきなのだ。 だが…… 「お願い。お母さん」 「お願いします」 「お願いします」 誰よりも彼女のことを心配しているのは、ラブ達だということが、あゆみにもわかっている。その彼女達が―――― 常識と良心をしっかりと持つ娘達が、病院を拒絶しているということは、そこに深い理由があるのだろう。 「――――ふぅ」 ひとつ、息を吐いて、あゆみは三人の顔を見回す。 「本当に、信じてもいいのね?」 その言葉に、ラブが凛々しい顔で頷く。 「うん」 「そう。ならいいわ。貴方達を信じます――――ただし、明日の夕方になっても、せっちゃんが良くならなかったら、貴 方達がなんと言っても、病院に連れて行くわ。いいわね?」 首を縦に振る三人。それでも、せつなの苦しそうな顔を見て、あゆみは少し迷う。本当に、これが正しい選択なのだ ろうか、と。 「お母さん」 そんな彼女に、ラブが言った。 「ありがとう。せつなのこと、心配してくれて」 「そんなの」 当り前でしょ、とあゆみは続ける。 「だって、私の可愛い娘ですもの」 「――――うん、そうだね。せつなは、アタシ達の家族だもんね」 ギュッ、とせつなの手を握って言う娘の言葉と、彼女を見つめる気迫のこもった視線に、あゆみは覚悟を決めた。 娘を、とことん信じようと。 親であるのも大変ね。心の中で、小さく彼女はため息をつく。育てるというのは、正解の無い問題を、毎日解いてい るようなものだ。 だから、自分の選択が正しいかなんて、わからない。後悔することになるかもしれない。 それでも、この時のあゆみは。 ラブを、そして、ラブの親友達を、信じようと。 大切な娘を、彼女達に預けようと、そう思ったのだ。 「せつな……」 呼ぶ声は、少し、擦れている。ラブが彼女の名前を呼ぶのは、もう何百回目かわからない。あるいは、何千回か。 外はすでに、夜。星々が瞬く時間。それでも、ラブはせつなの傍を離れようとせず、彼女の名前を呼び続ける。 「せつな……」 「ラブ。代わるわ」 見かねて言ったのは、今日は泊ることにした美希だった。彼女の申し出を、しかし、ラブは首を横に振って断る。 その姿に、同じく泊ることにした祈里が、悲しそうな目になる。 「ラブちゃん。気持ちはわかるけれど……このままじゃ、ラブちゃんまで倒れちゃうよ」 「そうよ、ラブ。後はあたし達にまかせて、少し、休みなさい」 だがそれでも、彼女は手を放そうとはせず、せつな、と呼び掛ける。 「ラブ!!」 いい加減にしなさい、そう美希が言いかけた瞬間。 「だって……」 絶対に離さない、とばかりに強く握り締めながら、ラブは絞り出すように言った。 「だって――――せつなは、アタシをかばって――――アタシを――――」 悲哀を声という形にすれば、こうなるのだろうか。美希は、そして祈里は、言葉を失う。タルトとシフォンも、何も言え ないまま、彼女を見ていて。 「ねぇ、せつな――――起きてよ、せつな――――」 ラブは、呼び掛ける。 「嫌な夢なんでしょう? だったら、起きてよ、せつな。楽しいことがいっぱい、待ってるんだよ。一緒に幸せ、ゲットし ようよ――――辛いこともあるかもしれないけれど、一緒に乗り越えられるんだよ。だから――――だから、目を覚ま してよ、せつな――――!!」 涙が。ラブの流す、涙が。 せつなの手に零れ落ちる。弾ける。 彼女の、必死の呼び掛けは。 しかし、せつなに届かない。 目を、覚まさない。 「――――っ!!」 せつなの手に額を当てて、ラブは肩を震わせる。 せつな。せつな。せつな。 強く願う。彼女が戻ってくることを。 届かないなら、もっと強く。もっともっと強く。 強く―――― 「皆さん、お困りのようでんな」 不意に、部屋の中に響いた声に、ラブは顔を上げる。美希と祈里に視線を向けると、驚きの表情を浮かべながら、 扉の方を見て目を丸くしていた。 つられて、彼女がそちらに顔を回せば、そこには白髪に長い髭、短い手足に嘴を持つ、一見、ぬいぐるみのような姿 の存在があった。 それは、ラブ達もよく知っている者。けれど、ここに現れるとは、思ってもいなかった者。 彼は、おほん、と一つ咳払いをすると、その知性溢れる瞳で少女達を見回す。 「お久しぶりやね、マドモアゼル」 『――――長老!?』 7-668へ
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【11月11日】 『ただ、一瞬のために』 ミユキ「十二月のコンサートに向けて、毎日トリニティで特訓してるのよ」 タルト「ミユキはんらでも、そないに練習せんとあかんのやろうか?」 祈里 「プロだからこそ、練習は欠かせないのよ、タルトちゃん」 タルト「せやけど、同じ練習ばっかりで、退屈するんやないか?」 ミユキ「同じじゃないのよ。少しづつイメージに迫って、完成に近づいて行くの」 ラブ 「作り上げる喜び、練習だって楽しいんですよね!」 美希 「完璧は一日にして成らず」 せつな「精一杯頑張るのみよね」 【11月12日】 『ありのままに受けとめて』 サウラー 「イチョウ並木は、黄色いじゅうたんの上を歩いているみたいだね」 ウエスター「おう! これを見せたかったんだ。綺麗だろう」 サウラー 「夕日を浴びて、落ち葉もキラキラと光ってるよ」 ウエスター「それに積もってる上を歩くと、フワフワして気持ちいいぞ」 サウラー 「四季とはいいものだね」 ウエスター「なんだ? 今頃気が付いたのか? 俺はずっと前から知ってたぞ」 サウラー 「時々君が、実はとても聡明な人間なんじゃないかって、錯覚することがあるよ」 【11月13日】 『似ている二人』 タルト「うぅ~! だんだん寒なってきたけど、みんな風邪ひいてへん? 気ぃつけてな」 ラブ 「タルトこそ風邪なんじゃ? なんだか顔色悪いよ」 タルト「それが朝から寒気がしてなあ……、体が震えるんや。はくしょん!」 せつな「やっぱり風邪ね、横にならないと」 祈里 「大変! 家から薬持ってきてあげるね」 美希 「これで、ラブに続いて二人目の風邪ひきさんね」 せつな「ラブもタルトも、人一倍元気そうなのに……」 ラブ 「あ~、今、二人して、馬鹿は風邪ひかないんじゃなかった? とか思ったでしょ!?」 美・せ『思ってないわよ』 ラブ 「そっか、ゴメン」 美・せ(顔に出てたかしら……?) 【11月14日】 『タコ尽くし?』 せつな「秋祭りに行きましょ、美希!」 美希 「オーケー! でも、タコ焼きだけは勘弁して~」 せつな「そういえば、ラブたちには秘密なんでしょ? バレないように気をつけないと」 ラブ 「美希たん、たこ焼き食べようよ!」 美希 「ゴメン、アタシそれ苦手なのよ」 祈里 「美希ちゃん、タコせんとタコの軟骨食べよ♪ それと、ハイッ! タコのお面」 美希 「……………………」 せつな「本当にみんな知らないのかしら?」 【11月15日】 『健やかな成長を祝って』 ラブ 「今日は七五三のお祝いだね! あたしもお祝いしてもらったなぁ~」 せつな 「女の子は三歳と七歳の時よね。ラブは両方祝ってもらったの?」 ラブ 「うん、そうだよ。写真見る?」 シフォン「らぶ、かわいい」 ラブ 「ありがとう。シフォンはいくつなんだろう?」 シフォン「キュア~?」 タルト 「三歳くらいとちゃうかなあ……よう知らんけど」 あゆみ 「みんなで、シフォンちゃんのお祝いに行きましょうか?」 ラブ 「やったね! シフォン。美希たんに頼んで、晴れ着用意してもらおうか?」 せつな 「どうして、私まで着物を着るの?」 あゆみ 「せっちゃんもお祝いしたことないんでしょ? 一緒にして、みんなで記念写真を撮りましょう」 【11月16日】 『し・あ・わ・せ・の合言葉』 せつな「ダンスのステップが、どんどん難しくなってきたわ。精一杯頑張ろうっと!」 ラブ 「トリニティの振り付けと同じだもんね。そりゃあ難しいはずだよ」 美希 「同じじゃないみたいよ。ミユキさんが四人用に書き直してくれてるから、もっと……」 祈里 「わたし、できるかなあ……」 ミユキ「こーら、弱気にならない! できないと思ってたら教えないわよ」 ラブ 「こんな時は、いつもの口グセで元気出そうよ。みんな、いくよっ!」 ミユキ「ハイ、休憩時間お終い。時間ないんだから、さっさとレッスン再会するわよ」 四人 『はぁ~い!』 【11月17日】 『せつなとシフォンの観察日記』 シフォン「シフォン、公園でどんぐり、いっぱい、集める~」 美希 「はりきってるわね、シフォン。でも、どんぐりって使い道ないのよね……」 祈里 「アクセサリーにしたり、コマにしたり。一応食べる方法もあるらしいけど」 美希 「それはちょっと……」 ラブ 「いっぱい拾って、心の中の宝箱にしまっておけばいいんだよ」 祈里 「ラブちゃん、いいこと言う!」 ラブ 「えへへ~って、せつなまで夢中で拾ってる!?」 せつな「たくさん拾って、庭に植えてみようと思うの」 ラブ 「ドングリって、植えて、芽が出るものなの?」 祈里 「難しいけど、無理じゃないと思うよ」 せつな「精一杯、頑張って育てるつもりよ」 【11月18日】 『謎の質問のお葉書、その②』 美希 「アタシ、チーズケーキを作るのが得意なの! ママも大好きなのよ」 せつな「ここで質問のお葉書よ。『どうして美希には、取ってつけたような設定が多いのですか?』ですって」 美希 「だから、そんなお葉書はどこから来るのよ……」 せつな「他には、タコが恐いってことかしら。チーズケーキ、確かに美希がお菓子を焼くイメージはないわね」 美希 「アタシは何でも得意なのよ。二話で完璧な朝食作ってたでしょうがっ!」 せつな「私はその頃はイースだったし、映画でタマネギ刻んで泣いてた記憶しかないわ」 美希 「グッ、わかったわよ。明日、家に来て。とっておきのチーズケーキ焼いてあげるから」 せつな「楽しみにしてるわ。催促したみたいで悪いけど」 【11月19日】 『寒い夜は』 ラブ 「ホットココアで、寒いの寒いの飛んで行けぇ!」 せつな「良い香りね。立ち昇る湯気を見ているだけで、とっても幸せ」 ラブ 「でもちょっと冷めちゃったね」 せつな「そうね、温め直してくるわね」 ラブ 「まって、いいから動かないで。せっかくせつなの身体があったかいのに」 せつな「誤解されるようなこと言わないでったら! 同じ毛布被って、リビングでドラマ見てるだけよ」 ラブ 「誰に向って言い訳してるの? せつな」 【11月20日】 『ふわふわでもこもこ』 祈里 「最近、寒くなってきたわね。お気に入りのセーターを着ようかな」 祈里 「えへへ、似合うかな? 美希ちゃんたちに見せに行こうかな」 ネコ 「ニャー~」 祈里 「きゃっ! ちょっと、今はダメ、セーターが汚れちゃう」 イヌ 「ワン! ワン! ワン!」 祈里 「ダメだったら、お散歩は後で着替えてからね」 動物達「ガリガリ、スリスリ」 祈里 「もうっ! そんなにセーターが好きなら、みんなにも着せちゃうよ?」 動物達「シーン……」 祈里 「わたしので遊ぶのは好きだけど、自分で着るのは嫌なのね……」 新-597へ
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【2月11日】 『苦手じゃないもん』 四人 「今日は建国記念の日!」 祈里 「ラブちゃんちに集合して、クッキーを焼くのよ」 せつな「みんなでクッキー作るのって、楽しい」 美希 「せつなは手際いいわね。ブッキー……は、何してるの?」 祈里 「あっ、えっと、砕けた卵の殻が中に入っちゃったの。ガシャン!」 四人 「…………………………」 ラブ 「大丈夫だよ、ブッキー。はじめからやり直そう」 せつな「そうね、一つくらい苦手なものがあったほうが可愛いわ」 美希 「どうして、そこでせつなはアタシを見るの……」 祈里 「ごめんね、ほんとうに今日はたまたまなの……。ガシャン!」 四人 「…………………………」 ラブ 「なんだかんだで完成~! ブッキーの作ってくれた動物の型が超可愛いよ!」 祈里 「みんなごめんね」 美希 「どんまい、ブッキー。苦労した分、より美味しく感じるわ」 せつな「本当に、こんなに美味しいクッキーは初めてよ」 【2月12日】 『一流は全てに通ず?』 ミユキ「お仕事の合間に、カオルちゃんのドーナツ食べに行こ~っと!」 カオルちゃん「やあ、いらっしゃい。ミユキちゃん」 ミユキ「ん~やっぱり最高! そうだカオルちゃん、ちょっと見てもらいたいんだけど」 カオルちゃん「そうだねえ、今のステップの重心がほんの少し左に偏ってるかな」 ミユキ「やっぱ、そうか~。ありがとう! カオルちゃん」 タルト「カオルはんて、ホンマ何者なんやろうか……」 【2月13日】 『女の子です!』 カオルちゃん「明日はバレンタインデーだから、カオルちゃん特製チョコドーナツ、大売出しだよ!」 タルト「わいも、イリュージョンショーで盛り上げたるでぇ!」 ラブ 「あれっ? 特製って、いつものチョコドーナツと同じに見えるよ?」 カオルちゃん「真心が十倍入ってるのよね、想いが届くの間違いなしよ! ぐはっ」 ラブ 「あはは、じゃあ帰ってせつなと食べるよ。またね~カオルちゃん」 カオルちゃん「兄弟……。完売なのにむなしいのは何故だろうねえ」 タルト「わいもや……。アズキーナは~ん」 シフォン「キュア~♪」 カオルちゃん「これ、おじさんに?」 タルト「シフォンからもらえるなんて……おおきに!」 【2月14日】 『間に合ってます?』 ラブ 「今日はバレンタインデーだよ!」 せつな「ふふふ、ラブは自分がチョコレート食べてばっかりね」 ラブ 「らって、おいひいんらもん」 せつな「食べながら話すのはやめなさい」(ってよく言うわね、私も……) ラブ 「ブッキーはもらう方が多いからって、おすそわけなの」 せつな「実は私もなの……どうして女の子からもらうのかしら」 ラブ 「はい。あたしからせつなへ、愛を込めて!」 せつな「ええっ?」 ラブ 「友チョコだよ」 せつな「びっくりした、紛らわしい言い方しないで。それに大きすぎるわ」 ラブ 「大きな気持ちを伝えたいから! あたしも食べるの手伝うよ」 せつな(もう、色々渡しにくくなっちゃったじゃない) 【2月15日】 『命を守るお仕事だから』 祈里 「お父さんと一緒に、子牛が生まれるところを見たの。とっても感動したわ」 ラブ 「どうだった? 可愛かった?」 祈里 「もちろん可愛いけど、そう感じる余裕なんてないくらい大変だったの」 美希 「子牛って大きいわよね、やっぱり苦しいのかしら」 祈里 「うん、涙流してたし、鳴いてたから。最後はお父さんが子牛の足を掴んで引っ張り出して」 せつな「生々しいわね。ブッキーは大変なお仕事を目指しているのね」 祈里 「うん。改めてお父さんを見直しちゃった。わたしも精一杯がんばるね」 せつな「ブッキーならできるって、私、信じてる」 【2月16日】 『あたたかな想い』 せつな「今日はおかあさんとブレスレットを作るの。うまくできるかしら?」 美希 「自信あるクセに。もう、嬉しそうな顔しちゃって」 せつな「ちょっと! 私はそんなつもりじゃ……」 美希 「ゴメン、からかったんじゃないのよ。こっちまで嬉しくなっちゃって、ついね」 せつな「なんとなく、誰かに話したくなったの」 美希 「わかるわよ。アタシもちょっとだけ寂しい思いをしてきてるから」 せつな「美希……」 美希 「せつな、良かったわね」 せつな「うん、ありがとう」 【2月17日】 『わたしにまかせて!』 祈里 「シフォンちゃん、あんまり食べ過ぎたらおなか痛くするわよ~」 シフォン「ポンポン痛いのイヤ~」 祈里 「痛くなったら、わたしがこうして治してあげるね」 シフォン「てぶくろもイヤ~!」 祈里 「じゃあ、わかるよね? シフォンちゃん」 シフォン「もう、やめゆ~」 美希 「優しい口調のようで、実はスパルタなのかも……」 【2月18日】 『tarteとtaart』 タルト「タルトっていうお菓子があるんかいな? いっぺん食べてみたいわ~」 美希 「タルトってね、焼いたビスケット生地にクリームや果物をのせたフランスのお菓子よ」 祈里 「タルトはね、カステラ生地に餡を巻いて作る和菓子のことよ」 タルト「どっちやねん……」 ラブ 「あはは、どっちも本当にタルトなんだけど、タルトはどっちのタルトなのかな?」 せつな「なんだか頭が痛くなってきたわ……」 ラブ 「タルトの名前の由来はどっちか、食べに行こうよ!」 美希 「食べてわかるとは思えないけど」 祈里 「行きましょう」 せつな「全くもう、結局そうなるのね」 【2月19日】 『笑顔は一日にしてならず』 美希 「モデルのお仕事で、カメラマンさんに笑顔を誉められちゃった」 せつな「モデルって凄いわ。はい、笑って。なんて言われても私には無理よ」 ラブ 「楽しいことを思い出せばいいんじゃないかな?」 美希 「そんな簡単じゃないのよ。崩し過ぎないようにとか、左右のバランスとか、目の力とかね」 祈里 「綺麗なだけじゃダメなのね」 美希 「そう、結局は日頃のトレーニング次第なの。そうだ、みんなもやってみましょう!」 祈里 「美希ちゃん、なんだか恥ずかしい……」 美希 「つべこべ言わないの。向かい合って声を出しながら顔の筋肉を動かすのよ」 せつな「笑顔って難しいのね。精一杯がんばるわ!」 【2月20日】 『占い館はいいところ』 サウラー 「今度、この館に皆を招待したいな」 せつな 「いつの間に立て直したのよ……」 ウエスター「違うな、同型の館を本国から転送したのだ」 せつな 「どっちでもいいわ。なんか怪しそうだからお断りよ」 ウエスター「怪しくなんか無いぞ! 俺の作ったドーナツをご馳走しようと」 サウラー 「僕もコーヒーを煎れてもてなそうと」 せつな 「やっぱりね……。パスよ!」 ラブ 「なんで? 面白そうじゃん! 行こうよ、せつな」 せつな 「ラブがそう言うなら。じゃあ、美希とブッキーも誘って行きましょう」 サウラー 「実に扱い方がわかりやすい子だね」 避2-631へ
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フレッシェン(ふれっしぇん) 登場作品 + 目次 デスティニー(PS2) 関連リンク関連種デスティニー(PS2) ネタ デスティニー(PS2) 作中説明 Lv 46 HP 4600 攻撃 400 防御 470 術攻 0 術防 500 命中 回避 集中 種族 機械 経験値 820 ガルド 0 弱点 水 耐性 斬 状態異常耐性 レンズ ラフ:2クリア:1ブルー:1タフ:1 落とすアイテム ドラゴンフルーツ(16%)オールディバイド(5%) 盗めるアイテム - 出現場所 ミックハイル (※基準はNormal 落とす(盗める)アイテムの数値は落とす(盗める)確率) 行動内容 / 総評 ミックハイルに出現するロボット型のモンスター。スウィープやクルージョンの強化版。 ▲ 関連リンク 関連種 デスティニー(PS2) スウィープ クルージョン クインタス ▲ ネタ ▲
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あれから、どう走ったのか覚えていない。ただ、人目を避けたかった。誰も居ない場所に行きたかった。 力尽きた少女は、身体を投げ出すように草むらに大の字に寝転がる。 そこだけは、季節などまるで関係ないとでもいうように、一面の緑が広がっていた。 少女は知らないことだが、それはシロツメクサと呼ばれる品種の野草だった。クローバーの名で親しまれ、街の名称の由来ともなっている。 花ではなくて、むしろ葉こそが愛される、一年中枯れることのない多年草。 少女はそのうちの何本かを乱暴に引き抜き、しばらくの間じっと見つめて――やがて投げ捨てた。 パラパラと落ちていく、何本かのクローバー。 呼吸の落ち着いた少女は、上体だけを起こし、膝を抱えるように座り込む。 なんとなく――落ち着いて何かを考えるなら、小さくなった方がいいような気がしたからだった。 「メビウス様は、コンピューターだっただと? 管理国家ラビリンスは打倒されただと? そんなこと、信じられるものか……」 逃避してきた現実に目を向ける。いや――まだ事実と認めたわけではない。 だけど、何度否定したところで、そう考えれば辻褄の合うことばかりだった。何より、あの部屋の女が、嘘を言っているようには思えなかった。 「帰れば、わかることだ。だけど、どうすれば帰ることができる? どうやって来たのかもわからないのに……」 そして帰ったところで、それが事実であったなら――ラビリンスにも、もう自分の居場所はないのだ。 「全てはメビウス様のために。そう思って生きてきた。それが無くなれば、わたしの命に何の意味がある……」 答えなど、とっくに出ていた。 ラビリンスの国民は――メビウス様のために生きて、メビウス様のために死ぬ。 お役に立つために生まれ、お役に立てるように鍛えて、お役に立てる間だけ――生きていることを許されるのだ。 「ただ、それだけのことなのに……。なのに、なぜ私の心は――こんなにも苦しいのか?」 思い出すのは、差し伸べてくれた少年の手。ボールを蹴って走る爽快感と、シュートが決まったときの―― みんなの――歓声と笑顔。 「ばかばかしい。それを打ち砕いたのも、わたしではないか……」 口に残る、芳しい香り。甘くて、まろやかな味わい。しょっぱくて、サクサクした軽やかな食感。 お菓子と呼ばれる、効率など全く考えない、栄養価なんて無視した不思議な食料。 生命を維持し、血液に適切な栄養を送り込み、理想的な肉体を育むための配給食とは、全く違った目的から生まれた食べ物。 「もう一度、遊びたい。もう一度、口にしてみたい。だけど――それは叶わない……」 だって、ここは自分の世界ではないのだから―― 『たいへん! せつなが消えちゃった!? ~子供の頃のクリスマス~(転の章)』 ジャリッっと、後ろから微かな音が聞こえてきて、少女は思索を打ち切った。 やわらかい土としなやかな草。その二つに音を殺されていることを計算に入れても、十分に軽い体重の持ち主。 人数は一人。殺気は無し。危険性は薄いが、明確にこちらを意識して近づく者。少女はわずかに警戒しつつも、気が付いてない風を装った。 「やっぱり、ここだったのね」 「お前は?」 まるで見知った顔のように親しげに話しかけてきたのは、桃色のゆったりとした服を着た中年の女性だった。 故郷のラビリンスの人々のような無表情ではなく、この街で見てきた笑顔ともまた違う。柔らかい表情と雰囲気を纏う女性だった。 言葉だけは知っている、「優しい」という表現の似合う人なのだろう。 女性は少女の横に座り、真っ直ぐに前を見て、まるで自分に言い聞かせるように続ける。 「ラブから聞いてるわよ。あなた、せっちゃんの従姉妹なんですってね。せっちゃんは急用でラビリンスに行っちゃったから、帰るまで家で預かってほしいって」 「ラブ……あの、髪を括った女のことか? ヤツはなぜそんなデタラメを話す? わたしに従姉妹はいないし、わたしはあの女に暴力を振るったんだぞ?」 女性は少し驚いた表情を浮かべた後、小さく微笑んだ。 「そうだったの。わたしもね、ラブが嘘を付いてることはわかってるのよ。母親だものね。それで、あなたはラブにちゃんと謝ったの?」 「なぜ、謝らなければならない?」 「悪いことをしたら、謝るものでしょ? 事情は知らないけど、暴力はいけないことよ」 「悪いことをしたら、捕らえられて処分される。謝るとはなんだ? 許しを乞うくらいなら、規律を守るか、その必要がないくらい強くなればいい」 少女とて、謝るという概念を知らないわけではない ただ、少女が知る限り、「許す」という権限を持つのは全世界でメビウスただ一人だけであり、他の者に詫びる必要など見当たらなかった。 女性は寂しそうに首を振る。 「それは違うわ。謝るということは、自分の間違いを認めて反省することよ。そして、その気持ちを相手に伝えることなの」 「許してもらえなくてもいいのか?」 「結果的に許してもらえて、仲直りできたら一番いいのだけど。謝ることの目的は、許しを得ることじゃないわ」 「それはもう聞いた。自分の間違いを反省しろと言うのだろう?」 「それもあるけど、それだけじゃないの。謝るとはね――」 女性が、少女の顔を覗き込む。そして、穏やかな瞳で、少女の目をじっと見つめる。 まるで、心まで見透かすように―― 「謝るってのはね、自分を許すことよ」 そう言って、女性は少女に向かって、今度こそ優しく微笑んだのだった。 少女は言葉の意味を理解できず、かと言って問い返す気にもなれず、ただ――女性を不思議そうに見つめ返す。 意味は自分で考えろ、とでも言うつもりだろうか? その人は、それ以上は何も口にしなかった。 「さあ、帰りましょう!」 女性は立ち上がり、ごく自然な動作で少女に手を差し伸べる。少女は、その手をじっと見つめた。 手とは、自分の身を守るための武器。必要としている物を掴み取るための手段。 メビウス様のために奪い、メビウス様に献上するための道具。それ以外の使い道なんて、考えたこともなかった。 でも、これで何度目だろうか? お菓子を差し出した手。ボールを差し出した手。そして、助け起こそうとする手。 なにも、不快など抱かない。不思議と、警戒心が沸いてこない。 心地よくて、嬉しくて――それらの手が、まるで少女の心を掴もうとしているかのようだった。 「帰るって……なんだ? 行ってやってもいいが――あそこはわたしの家じゃない」 「そうね、どうしてかしらね? なんとなく、そう言いたくなったのよ」 少女がためらっても、女性は手を引っ込めたりせず、目をそらすこともなかった。 「名前……。まだ、お前の名前を聞いてない。わたしはイース」 女性は、また一瞬だけ驚いた顔をした。 そして、再び優しく微笑みかけて、自分の名前を口にした。 「わたしの名前はあゆみ。桃園あゆみよ。よろしくね、イースちゃん」 少女は観念し、あゆみと名乗る女性の手をおずおずとつかんだ。 その手のひらは、とてもやわらかくて……。そして、とてもあたたかかった。 あゆみと名乗る女性は、結局、家に帰り着くまでずっと手を離さなかった。 腕を掴まれたことなら何度かあったが、手を握られたのは初めてだった。拘束とはまるで違う、ふわふわとした不思議な感覚だった。 「着いたわよ、イースちゃん」 「知っている。初めて通る道でも、座標として覚えてるから一人でも来れた」 「すごいのね」 そう言って、ドアを開けるためにようやくあゆみは手を離す。少女には、それがひどく惜しく感じられた。 家の奥の方から、バタバタと駆け寄る足音が聞こえてくる。ラブという女に違いないだろう。 あゆみが帰り際に携帯通信機で、「イースちゃんを見つけたから、先に帰っていなさい」と話していたのを聞いていた。 「せ……――ううん、イース! それに、おかあさん。おかえりなさい!」 「ただいま、ラブ」 「……った」 「えっ?」 ラブは先ほどのことなど無かったかのように、満面の笑みを浮かべて二人を出迎える。 少女は何かを口にしようとして、また口ごもる。 しばらく逡巡した後、今度はハッキリと大きな声で言った。 「きっきは、手を上げて悪かった。ここが監禁するための施設じゃないことくらいはわかる。すまなかった……」 「そういう時は、ごめんなさい、でいいのよ。イースちゃん」 「ごめんなさい……」 ラブは笑顔のまま瞳を潤ませて、そのまま少女に抱きついた。 ちょっと苦しかったけど、とても心地よくて――しばらくの間、ずっとそうしていたのだった。 「で……これは一体なんだ?」 「これはね、折り紙って言うんだよ」 ラブに連れて来られたのは、せつなという者が住んでいた部屋だった。その者が若返る前の自分だという話は、いま一つピンとこない。 もちろんラビリンスの科学力をもってすれば、一時的になら可能だとは思うのだが……。 彼女は自分の部屋から持ってきたらしい、カラフルな色紙を広げる。何度か往復して、他にもさまざまな道具を運んできた。 「それはわかってる! そう書いてあるんだから、わたしでも読める。そうじゃなくて、これで何をするのかと聞いている!」 「クリスマスツリーとか、クリスマスリースを作るの。明日は美希たんやブッキーも誘ってパーティするつもりだったんだけど、あなたを探しにみんな走り回ってて、準備遅れちゃったから」 「……いいだろう。わたしに責任があるなら、取らせてもらう。教えろ」 「うん、まずは簡単なリースからね。これは平面だから、こうやって、こう折って、それから……」 「ふんふん」 「で、これで出来上がりだよ!」 その後も、ラブはビーズを使った飾りや、レースペーパーのオーナメントなどを次々に作っていく。 少女の呑み込みは流石に早く、二つ目にはラブに追いつき、三つ目には追い越す有様だった。クリスマスの飾りができたら、リビングを中心に飾り付けを行う。 それらの作業は、夕食が用意できるまで数時間にも及んだ。 「それでは、召し上がれ」 「うん、いただこう」 「わは~っ、いっただきま~す!」 「いただき……ます」 自信満々といった感じのあゆみ。料理はラブも得意らしいが、今日はクリスマスの飾り付けが忙しくて手伝えなかったとボヤいていた。 もっとも、ほとんど全てのメニューにおいて、ラブはあゆみには敵わないらしかった。 それ以前に少女には、料理を自分で作るという習慣がまず驚きであった。ラビリンスでは料理は機械が作るものであり、時間になると運ばれてくるものだったからだ。 「ほっちはね、デミグラスソースのハンバーグシチュー。ハンバーグはあたしが下ごしらえしたの。あれはサーモンのソテー。あっちはー」 「ラブ! 説明はいいけど、ちゃんと飲み込んでからにしなさい。お行儀が悪い」 「たはは、ごめんなさーい」 ニコニコしながら謝るラブを、少女は不思議そうに見つめる。叱られているのに、どうして笑っていられるのだろうか? あゆみも、本気で怒っているわけではなさそうだった。やっぱり嬉しそうにしていた。 これも、自分の故郷では考えられないことだった。失敗は即、自分の生死に関わる。メビウスに必要ないと判断されてしまったら、そこでその者の命は終わるのだ。 「イースちゃんも、遠慮せずにどんどん食べてね。口に合わなかったら、味付けし直すから言ってね」 「ううん……どれも美味しい。こんな料理は食べたことがない」 「こんなので驚いてたら、明日はビックリするよ。クリスマスパーティーの食事はもっと豪勢なんだから!」 「こんなので悪かったわね、ラブ?」 「たはは、失言でした……」 ラブはまた、ごめんなさいと言って楽しそうに笑う。自分を気遣いながら見せる笑顔に、チクリと胸が痛んだ。 その理由もわからないまま、なぜか不安だけが募っていく。少女は話題を変えることにした。 「クリスマスパーティーと言ったな? さっきから何度も聞いたが、クリスマスとはなんだ?」 「まあ、ラブったら、そんなことも教えずにお手伝いさせてたの?」 「あっ、ごめんね。クリスマスってのは――」 白いトリミングのある赤い服を着て、先の尖った赤いキャップを被っている、長い白髪と白いヒゲをたくわえた笑顔の老人。クリスマスの前の夜に、良い子の元へプレゼントを持って訪れるとされている伝説の人物。 しかし、容姿は必ずしもこの通りではなく、大男だったり、女性だったりすることもあるらしい。ソリを引くトナカイも、一匹だったり、九匹だったりとバラバラだ。 たかがパラレルの一つと言えど、世界は広い。あるいは複数のサンタクロースが存在するのかもしれなかった。 「この世界には、そんな者が居るのか……」 天空を駆け、世界中を巡り、子供にプレゼントを配る謎の人物。そんな者が本当に存在するなら、自分の願いも叶えてもらえるかもしれない。 そして、少女には既に心当たりがあった。 「今日の昼間、それらしき男と会った。サンタクロースかどうかはわからないが、間違いなく只者ではなかった」 「ええ~っ! だって、サンタは!」 「ラブッ!」 「あっ、その、どこで会ったの?」 「この家の前の大通りの、お菓子を置いてある店の前だ。ヤツならば、どんな力を隠していても不思議じゃない」 「それはどこかのアルバイト――アイタタタ。いや、サンタクロースがイースちゃんをよく知ろうと、見てたのかもしれないね」 圭太郎という、この家の主が口を挟む。なぜか顔を真っ赤にして咳払いしていた。 「わたしを知る? そうか、いい子じゃなければサンタクロースは現れないんだったな。だったら、わたしは不合格だろう……」 「そんなことないよっ!」 「そんなことないわ、イースちゃん。必ず、サンタクロースはあなたの元にやってくるから」 「そうだな、僕もそう思う」 「それは――楽しみだ」 少女は、年齢にあるまじき大人びた笑みを浮かべる。それは、あきらかに何かを企んでいる顔だった。 新2-479へ
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潮風に吹かれてせつなの髪が舞う。 爽やかな磯の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。 たっぷりの水分を含んだ空気がやわらかく肌をつつむ。 大きくひらいた二つの瞳が喜びと感動でキラキラと輝く。 「綺麗……」 せつなは一言そうつぶやいて、再び言葉を失った。 寄せては返す不思議な水の動き。 止まることのない美しい視界のリズム。 大きな波は水際で弧を描く白のライン。 小さな波は海面を揺らして描くアート。 足元は美しく透き通る無色。 浅瀬は空を落としたような淡い水色。 徐々に色を濃くしていき、中海は煌くような碧青。 波の高低で色を繋ぎながら、外海は原色の真なる青。 真っ白な砂浜。澄み渡る青空。背後に広がる山と深緑の木々。 初めて見たわけではないけれど、やっぱり思い知らされる自然の美しさ。 祖国が発展と共に失ってしまったもの。世界からも――そこで暮らす人々の記憶からも。 こんな景色と共に生きていくことができるなら、人の心もどこまでも美しくなれるのかもしれない。 あんな風に―――― お日様の申し子のような輝きを放つ少女。 海の美しさを人に例えたかのような少女。 柔らかい砂浜のような包容力を持つ少女。 せつなは先に飛び込んではしゃいでいる親友を見つめて微笑んだ。 そして波打ち際をゆったりと歩く。早朝の日差しは優しく、水はひんやりと冷たい。 あまりにも綺麗で気持ち良くて、なんだかすぐ飛び込んでいくのがもったいない気がした。 濡れた砂の上の散歩。一足ごとに軽く沈んでは押し返してくる。肌をくすぐるような心地よい海水 の流れ。寄せては返す波の動きは、まるで自分を海に誘ってるように感じられた。 しばらく歩くと、足元に煌く石を見つけた。それはよく見たら貝殻だった。色は薄いピンク色。 宝石のようにキラキラと輝きを放つ。傷一つ無い滑らかな曲線。やさしいカタチ。 せつなはそれを水着のポケットに大事にしまいこんだ。 「せつな~~早くおいでよ~~」 「せつなちゃん、一緒に泳ごう」 「はは~ん、確か泳げないんだっけ?」 「馬鹿にしたわね~とっくに克服したんだから!」 クスッと笑ってせつなはみんなの元に駆け寄った。いや、泳ぎ寄った。 大切な仲間の輪の中にいられるのは無上の喜び。でも、時々ひとりの時間を持つようにしていた。 夢中になると見えなくなるものもあるから。一つでも多く、たくさんの喜びや幸せを見つけたかった。 とは言っても、カナヅチ呼ばわりされては黙っていられない。 美希の挑発に乗ってせつなはクロール勝負をすることになった。ラブのいる地点から祈里の地点 まで約五十メートル。 ラブの合図で一斉にしぶきをあげる。最初の十メートルほどはほとんど差が無かった。しかし、 軽やかな美希のフォームに比べてせつなのそれには力が入りすぎていた。 また、途中で息継ぎを失敗してしまい、むせて大きく時間をロスしてしまった。ぐんぐんと差が 付いていき、結果はせつなの惨敗だった。 「アタシの勝ちね。まあ、付け焼刃にしては頑張ったほうね」 「波に慣れてなくてちょっと海水を飲んじゃっただけよ。次は負けないわ!」 「せつなちゃん落ち着いて。美希ちゃんも煽らないの」 「いいじゃん、もう一回やろうよ」 二本目の勝負も惨敗。しかし、いくらか距離が縮まっていた。せつなは海水独特の高い浮力を活 かして、大きなフォームで速度を上げていく。海での息継ぎのコツも掴んだようだ。 そして懲りずに三本目の勝負を求めるせつな。軽口を叩きながら受けて立つ美希。今度は惜敗と 言えるくらいの接戦となった。 ブッキーの静止も聞かずに四本目の勝負を行う。その中盤でついにせつなが美希を抜いた! その直後に―――― 「せつなっ!」 美希が気が付いてすぐに助けに向かう。せつなは足が痙攣して思うように動けない。 冷たい水と不慣れな競泳。悪条件の中で高い運動神経を使って強引に動いたため、体が付いて いかなくなったのだ。 せつなは美希の肩を借りてテントに戻る。祈里が手際よく手当てをする。 「ごめんなさい――つい夢中になって」 「大丈夫、このくらいならすぐ良くなるよ」 祈里のマッサージで足の痛みと震えが引いていく。念のためにとテーピングで固定してもらう。 「これで安心よ」と微笑む祈里の言葉でみんなの顔に笑顔が戻る。とは言ってもすぐに泳げるように なるわけではない。 あゆみが見かねて声をかけた。 「せっちゃんにはわたしが付いておくわ。みんな遊んでいらっしゃい」 「あの――おばさん、アタシが一緒にいます」 遠慮するあゆみを美希が押し切った。陽に焼きすぎるのも困るからと言われてあゆみも引き下がっ た。 楽しい時間の邪魔をしてしまった。責任を感じて小さくなって座るせつな。隣に美希が立つ。 こちらも話しかける言葉に迷っていた。 「さっきはごめんなさい。悪気じゃなかったの」そう言うつもりだった。でも、出てきた言葉は その反対だった。 「前から思ってたけど、せつなって負けず嫌いよね」 「ごめんなさい」 「意地っ張りだし、頑固だし」 「………………………………」 「結構自己主張は強いほうなんじゃない?」 「そこまで言う? 美希は私のことが嫌いなのね!」 せつなは怒って勢いよく立ち上がる。しかし痛みからバランスを崩して美希の胸に倒れこむ形に なった。 赤くなって慌てて離れようとする。でも美希はそのまませつなの頭を優しく抱いた。水着一枚だけ 隔てた胸に顔をうずめる。 ひんやりした冷たさとじわっと伝わってくる温かさ。そしてやさしい心音。体から力が抜け抗う ことができなくなる。 「楽しかったんでしょ、自分を出すのが。いつも――そうしていればいいじゃない」 「私は何だって自由にやらせてもらってるわ。でも――――ありがとう」 美希の態度と言葉に秘められた優しさに気が付いて胸が熱くなる。 自分を抑えてしまうところがある。そう言われているせつなの素の感情を引き出すために、心の底 から楽しんでもらうために言った言葉だった。 でも、楽しんでもらいたいのはせつなも同じ。名残を惜しむように軽く抱きしめ返してから、 せつなは美希を突き放した。 「せつな?」 「もう平気よ、少し散歩してくるわ。美希はラブたちのところに行って」 また少し、一人になりたくなった。このままだと優しさと愛情に溺れてしまいそうになるから。 それは止めどなく押し寄せて、決して引くことのない波。 海のように広くて深くて美しくて―――― でも、それに慣れてしまいたくなかった。身をゆだねるのが怖かった。 どれもこれも、自分には過ぎたものだと思うから。自分を幸せにするために帰って来たわけでは ないのだから。 日差しが強くなり、熱を持った砂が素足を焼く。せつなはサンダルを履いてこなかったことを少し 後悔した。 足の裏の痛みに耐えられなくなって波打ち際に向かう。波が押し寄せて、痛みと共に引いていく。 足の先だけ濡れる位置で腰を落とした。 波の音に耳を澄ませる。言葉では表現しきれない不思議なメロディ。波の音にはヒーリング効果が あるって祈里が言っていたのを思い出した。 聴いているうちに、ほんとうに気持ちが落ち着いてきた。そして、波の音にまぎれて子供の泣き声 が聞こえたような気がした。 せつなは声の主を探すために立ち上がる。もう足の違和感はほとんどなくなっていた。 水際から少し離れた場所で小さな男の子がベソをかいていた。手には小さなスコップ。 大波でも来たのだろう。足元には大きな水溜まりが出来ていた。 その隣で流されて形を失った砂の山。それは子供が作ったとは思えないくらい大きなものだった。 「どうしたの?」 「壊れちゃったんだ。僕のお城――せっかく凄いのできたのに」 「そう。――なら、もう少し後ろで作り直しましょう」 「もういいよ。どうせ作り直しても、また壊れちゃうんだもん」 小さな悲しみがせつなの心を刺す。かつて彼女もそう思っていた。儚く脆く、すぐに失われるよう な物に執着するのは愚かだと。でも――そうじゃない。 伝えたいと思った。喜びや幸せは、結果じゃなくてその過程に宿るものだってことを。 「そうね。でもこの海と砂浜は、ここに素敵なお城が出来たことを覚えてるんじゃないかしら」 「海も砂も覚えてなんてくれないよ!」 「だったら、私が覚えておいてあげる」 「お姉ちゃんが? ほんと?」 「約束する。だから無駄なんて言わないの。そして、あなたも覚えておくのよ。楽しかったこと ――――全部ね」 「うん!」 「じゃあ一緒に作りましょう!」 その子は現場監督にでもなったみたいに鼻高々に指示を下していく。機嫌が見る見るうちに良く なっていく。 こちらまで楽しくなって気持ちが弾んでいく。 さっきのよりもずっと大きなものを作るんだ。そう言って張り切ってどんどん砂を継ぎ足していく。 しかし、どうしても途中で崩れてしまう。 せつなは助け船を出すことにした。濡れているといってもしょせんは砂。粒同士の結合は弱く、 衝撃を与えればすぐに崩れてしまう。 “足す”のではなく“削る”のだと。 波の来ない場所を深く掘る。湿った砂地が出てきたら、波際から海水を吸った砂を運んでくる。 まずは目的の大きさより一回り大きい砂の山を作る。 出来たらバケツで海水を運んできて念入りにかける。奥の方までしっかりと濡れるように。 そして削って行く。上から順に、慎重に、少しづつ形を整えていく。 始めてから一時間ほど経過しただろうか。通りがかる人が立ち止まるくらいの立派な砂のお城が 完成した。 「すっごい! すごいよおねえちゃん。僕こんな大きなお城見たことないよ」 「私は手伝っただけよ。これはあなたが思い描いて形にしたもの。素敵よ」 せつなはおとうさんのカメラを借りようと思案する。記念写真を撮ろうと思ったのだ。 だけど――やっぱりやめることにした。 崩れるから砂のお城なんだ。砂が乾き、形を失うまでのわずかな時間だけ存在するから美しいの だろう。 写真を撮れば、そこにずっと形は残る。でもその分、この子の心には残らないのかもしれない。 なんだかそんな気がした。 「ね、これを見て。さっき見つけたの」 「うわ~お姉ちゃん。それ、すっごく綺麗」 「そう、良かった。これ、あなたにあげる」 「えっ! いいの?」 「ええ、何か記念があると思い出しやすくなるでしょ。一緒に作った砂のお城のこと、この貝殻と 一緒に覚えておいて」 「うん。お姉ちゃんも覚えておいてね。僕のこととお城のこと。約束だよ!」 指切りげんまん嘘ついたら針千本の~ます♪ 約束の歌。誓いの歌。厳しいけど優しい歌をその子から教わった。ならば、自分はこの歌と一緒に 覚えておこうと思った。 美希と別れて二時間ほど過ぎただろうか。みんな心配してるかもしれない。名残惜しいけど、 その子に別れの挨拶をしてテントに戻ろうとした。 「お疲れ様、せつな。いいことしたね!」 「せつなちゃん、ラブちゃんみたいに見えたよ」 「せつな、さっきは無神経なこと言ってごめん」 「みんな……。――勝手に離れてごめんなさい」 いつから見られていたのだろうか、恥ずかしくて顔が赤くなっていくのが感じられる。 みんなから顔を背けるように、もう一度あの子の方を見た。お母さんらしき人の手を引いてお城を 自慢していた。 得意満面の――幸せそうな笑顔で。 「さっ、行こう、せつなっ。今からスイカ割りするよ」 「今度は、せつなに華を持たせてあげてもいいわよ」 「言ったわね! 私に勝てると思ってるの?」 「あはは、食べられるように形だけは残してね」 名誉挽回。今度こそ上手にやって盛り上げようとせつなは張り切った。 海で冷やしたスイカを砂の上に置く。頭には目隠し、両手には太い棒が握らされる。 誰が最初に割るかを競うゲームらしい。 最初はラブ、もう全然方向が違う。あれでは一日やっても割れないだろう。なんだか可笑しくて みんなで大笑い。 次は美希、方向は近かった。しかし距離を二メートルも間違っていては、やはり割れるはずも無い。 祈里の番、こちらは方向が正反対。ラブの方に歩いていってラブが逃げ回っていた……わざとやっ ているのかしら。 そしてせつなの番。距離を覚えておく、五メートル二十センチ。目隠しをして体を回される。 一回転~二回転~五回転、誤差修正十五度。 このくらいで鍛え上げられた三半規管は狂わない。棒の長さは一メートル三十センチ、ここだ! 脱力状態で棒を振り下ろす。高速の打ち下ろし! 当たる瞬間に、柄を硬く絞るように握り込む。 命中と同時に棒を引き、衝撃だけをスイカに伝える。 丸い棒で叩いたにもかかわらず、スイカは砕けずに真半分に綺麗に割れた。 拍手喝采。いつの間にか知らない人たちにまで取り囲まれていた。 後から聞いた。一巡目は難しさを体験して、面白おかしく笑うんだって。二順目から目隠しをした 人を周囲から声で誘導するんだって。時に嘘も付きながら。 そう言われてみると、自分はおとうさんとおかあさんにも回さずに割ってしまったことになる。 また――やってしまったらしい。あまりにも楽しくて夢中になってしまった。でも、みんなの本当 に嬉しそうな表情を見ていたら、これでいいんだって思えた。 それからも色んな遊びをした。ビーチボールにフリスビー。パッションキャッチってからかわれた けど……。 夕方になるとバーベキューの準備。 せつなは不思議に思う。 わざわざ不便な海辺に食材を持ち込んで、真水の調達にも苦労するような場所で砂まみれになり ながら夕飯を作る。 なんて無駄で――――なんて楽しいんだろう。 一緒に居るみんなの――――なんて楽しそうなことなんだろう。 「どうしたの? せつなちゃん」 「バーベキューって、とっても楽しい……」 「なあに、それ? はじめてみたいな顔して」 「だって、ダンス合宿では食べ損なったし、修学旅行はラブの様子がおかしくて――」 だから、また出来て嬉しい。 美しい自然の中で、友達と家族と一緒にいただく夕ご飯。自分の人生にこんな時間があるなんて、 本当に夢のようだと思う。 日が暮れるまでに帰り支度を整えることが出来た。荷物を車に積み、出発しようとしたところで さっきの男の子がこちらに駆けてきた。 せつなが迎えると、眩しいくらいの笑顔で両手に乗せたものを差し出した。 「おねえちゃん、これ、あげる! 何かお礼したかったんだけど、なかなかいいの見つからなかっ たんだ」 「私のために、ずっと探してくれてたの? ――ありがとう、大切にするわ」 大きな巻貝、耳にあててみると海の音が聞こえた。静かに心に染み渡る不思議な響き。 後でブッキーが教えてくれた、これは貝のささやきというらしい。 本当は体内の音が貝に反射して聞こえるのだとか。でも、人も海から生まれたのだから、海の音と 言えるのかもしれないって。 また一つ、せつなの宝物が増えた。かけがえの無い思い出を携えて。 「あ、見て美希ちゃん、ラブちゃん、せつなちゃん」 「アタシ――海で見るのは初めて……」 「うわ~こんなになるんだ」 「素敵ね。太陽から橋がかかったみたい」 赤い夕日が海面に沈んでいく。水平線から岸近くまで、海面に一本のキラキラ光ったオレンジ色の 光線が走る。空を緋色に染めて海に煌く宝石の光を宿す。 海に映る太陽が浮き上がって繋がり、二つの夕日が一つになる。幻想的な光景をみんなで見守った。 日は沈んでも記憶は消えない。心象風景の一つとして、私たちの心を形作る力となるだろう。 せつなは、その思い出を大切な人と共有できることに感謝した。 やがて暗闇に包まれ、車に乗り込み帰路につく。 せつなは思う。どんなに楽しい時間もやがて過ぎ去ってしまう。だからせめて、みんな覚えておこう って。 綺麗なもの。優しい出来事。楽しい思い出。ひとつひとつ大切に、心の中の宝箱に大切にしまって おこうって。 そしていつか、伝えて行きたい。広げて行きたい。守って行きたい。 そう――ラブのように。美希やブッキーのように。おとうさんやおかあさんのように。 みんな――――ありがとう。 み-292へ
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リィーン、リィーン、リィーン 鈴虫の歌声が耳に心地良い。 日が沈むのが早くなり、空気はひんやり肌を撫でる。 食欲の秋、スポーツの秋、そして、わたしは創作の秋。 さあ、一足早い冬支度。頑張らなくっちゃ! 編み棒を出した矢先に鳴り響くリンクルン。せつなちゃんからだった。 ピンポーン 一夜明けた土曜のお昼過ぎ、せつなちゃんがやってきた。 紺のベストに赤いシャツ。手に持った、大きくふくらんだ赤い紙袋。 「こんにちは、ブッキー。突然お願いしちゃってごめんなさい」 「いらっしゃい、せつなちゃん。さあ、お部屋にどうぞ」 マフラーの編み方を教えてほしいの! お茶とお話もそこそこに、せつなちゃんが真剣な表情で訴える。 わたしは真似しやすいように、せつなちゃんと肩をくっつけて座った。 糸のかけ方~作り目 鎖編み わの作り目 細編み 長編み 実演しながら丁寧にコツを教える。 素直に頷き、信じられないくらいの早さで覚えていく。 せつなちゃんの表情は真剣そのもの。 一生懸命で、すごく集中していて、それでいてどこか楽しそうで。 (ラブちゃんや美希ちゃんとなら、おしゃべりばかりでこんなに進まないだろうな) 何にでも一生懸命で、ひたむきなせつなちゃんがまぶしかった。 「本当に何でも出来るようになっちゃうのね、せつなちゃんて。 でも、どうしてわたしに? おばさんのほうが上手なのに」 「ありがとう。ブッキーの教え方がいいからよ。 ラブに内緒で編みたいから。おかあさんに教わるわけにはいかないの」 ちょっと余裕が出てきたのか、おしゃべりの相手もしてくれるようになった。 ラブちゃんに何かお礼をしたい。だけど、そんなにお小遣いもないから、毛糸を買って編み物 をするんだって。 二人きりで静かな部屋の中。普段聞きにくいこともすんなり尋ねられた。 ラブちゃんは、起きている間はずっとせつなちゃんを側から離さないらしい。 だから寝静まってから、少しづつ編むんだって。今から始めないと間に合わないんだって。 まったく、もう。口を尖らせてべったりなラブちゃんを語るせつなちゃん。 でも、その表情は嬉しそうで。幸せそうで。誇らしそうで。とても――うらやましかった。 毎日が楽しくて仕方が無いんだって。目を覚ますたびに、夢じゃないかと疑うくらいに。 だから、この幸せが続く間は頑張りたいんだって。続けられるように精一杯頑張るんだって。 わたしたちには当たり前の日常。それが、せつなちゃんにとっては非日常なんだ。 ずっと――続くなんて、信じていないんだ。それが、少し悲しかった。 神父様が言ってたよ。幸福と不幸は交互に訪れるって。 今まで辛い思いをしたせつなちゃんには、この先ずっと幸せが続くと思うの。そう伝えた。 せつなちゃんは少し驚いた顔をして、そして微笑んだ。精一杯がんばるわって。 勇気、出さなきゃね。わたしも頑張るね、せつなちゃん。 今の幸せに、甘えない。 今年こそ――想いを伝えるの。 わたしの――――大好きな人に……。 冬物の新作を見に行こう。 嬉しそうな美希ちゃんの提案に、もちろんわたしは頷いた。 コート。ジャケット。パンツ。そしてさまざまな小物。 その一品一品に目を輝かせながら組み合わせを楽しむ。 美希ちゃんはとても綺麗。ただ歩いているだけで大勢の人の目をひきつける。 すらりと伸びた手足は、どんな衣装の魅力もあまねく引き出す。 試着を終えるたびに、色んな花を咲かせる美希ちゃんが誇らしかった。 「これなんて、どうかしら? ブッキー」 その言葉には、期待が込められていて。 もちろん美希ちゃんが選んで身につけたもの。似合うに決まってる。 わたしが見るのはお洋服じゃない。美希ちゃんの表情と声の調子。 一番気に入ってるものを見つけて、背中を押すの。 「すごく似合うと思うよ。美希ちゃん、完璧!」 洋服が表現なら、アクセサリーは象徴よ。そう言って今度は小物なんかを探して回る。 イヤリング一つを取っても、絶対に妥協はしない。選ぶ目は厳しく、表情は輝いていて、身に つけて披露する姿は、自信に満ちていた。 紺のコート。青いシャツ。水色のブラウス。赤いイヤリングに黄色いブローチ。 美希ちゃんは、その名の通り青系統の色を好む。 クール、スマート、人目を引きやすく、集中力を高める色。 わたしは黄色。寒色を癒す柔らかい暖色。主張しすぎず、青を引き立てる色。優しく見える色。 一緒にいて、一番自然な色。 小さな主張として、白地に青のストライプの入ったジャンパーを買った。 「やっぱり、青が好きだね。美希ちゃん」 「そういうブッキーも、黄色がメインじゃない」 「うん、でも、美希ちゃん。この前まで赤い服も着てたよね」 「あれは、まあ……せっかくせつなが選んでくれた服だしね」 「ふ~ん、せつなちゃんの言うことはよく聞くんだ」 「妬いてるの? もちろんブッキーが選んでくれたらどんな色でも着るわよ」 (だから、困るんじゃない……) 心の中で、そっとつぶやいた。 わたしは美希ちゃんのおしゃれに割り込むのが怖い。とても、大切なことだと思うから。 でも――せつなちゃんが選んだ服を、誇らしげに着る美希ちゃんを見て……。 本当は、ちょっとうらやましかったんだ。 せつなちゃんは、美希ちゃんの選んだ服にことごとく首を振ったらしい。 「イマイチね」だって。思い出して笑いそうになる。 その時の美希ちゃんの顔、ちょっと見てみたいな。 そして、その役はわたしがやってみたかったな。――出来るわけ無いけど。 わたしの選んだ服を着てほしかったな。 ふと気がつく。信じられない――わたしはせつなちゃんにも嫉妬してるんだ。 羨むような幸せなんて、何一つ持っていない子なのに。 みんな、せつなちゃんが好き。ラブちゃんはもちろん、美希ちゃんも引き寄せられるように親 しくなってきている。 わたしも――せつなちゃんが大好き。 でも、美希ちゃんの心が、一番近いところにいられる権利が、奪われてしまう気がしてちょっ と怖かった。 美希ちゃんと別れ、帰宅する。 クローゼットを開く。その奥に隠された秘密の収納ケース。 マフラー、帽子、手袋、ミトン、セーター、カーディガン。青や水色で編まれた手芸品の数々。 中には、もう着られそうにないくらい小さなものもあった。 毎年、この季節になると編み物を始める。全て自分でデザインしたもの。 用意された編み図なんてありはしない。 世界でただ一つ、美希ちゃんのためだけに紡がれる編み物。 何度も製図を書き直して、何度もほどいて、時間をかけて編んでいく。気持ちを込めて編んで いく。 これがちゃんと素敵な作品に仕上がったら、プレゼントするの。そして告白するの。 「美希ちゃんが好きです」って……。 でも、渡せたことは――いちども無い。 だから――毎年たまっていくの。 渡せない――――贈り物が。 伝えられない――切ない想いが。 渡せばきっと、美希ちゃんは喜んでくれる。それがどんなものであったとしても。 大切な一年の、大切な冬が台無しになってしまうかもしれない。 簡単なことじゃないんだ。美希ちゃんに服をプレゼントするのって――。 ううん。本当はそれは言い訳。 きっと、勇気がないんだ。 友達を、幼馴染を超える勇気が無いんだ。 それを、編み物の出来のせいにして逃げてるんだ。 でも、もう逃げない! せつなちゃんの勇気を見習うんだ。 譲れない。美希ちゃんだけは、たとえせつなちゃんでも。 山と積まれたファッション雑誌をパラパラとめくる。 この目で見てきたばかりの売れ筋と、美希ちゃんの反応を思い出す。 イメージを描き、ノートに滑らせる。 とびきりの笑顔で渡すために。勇気を出して伝えるために。最高の作品を編みあげるんだ。 お互い、精一杯頑張ろうね。せつなちゃん。 そして、一ヶ月後。 「できたっ!」 えへへ、わたし、完璧。 綺麗な水色の毛糸で編んだセーター。模様もサイズも編み方も、思わず笑みがこぼれるほど の仕上りだ。 丁寧に折りたたんで紙袋に入れる。 ――気に入ってくれるかな? それは大丈夫。うん、わかってる。問題は――その後。 美希ちゃんが一番大切にしている部分に切り込む。それは――ファッション。 そのために始めた裁縫。編み物。 そして想いを伝えるの。十年間の片思いに終止符を打つんだ。 幼馴染から一歩進んで、ただ一人の、特別な存在になるの。 いいよね? だって、わたしにはずっと前から特別な存在だったんだもの。 わたし、信じてる。信じさせてね、美希ちゃん。――大好きだから。 いつもの公園。少し人通りの少なくなった日曜日の夕方。 「どうしたの? ブッキー。こんな時間に呼び出して」 「あのね、美希ちゃんに渡したい物があるの。これ――良かったら着てほしいの」 普段から薄着の美希ちゃん。流石に少し寒そうに身を竦めている。 その体を温かくしてあげたい。早く――着てほしいな。 美希ちゃんが紙袋を開けて中身を取り出す。わたしの心臓が激しく高鳴る。 手編みのセーターを見て目を丸くする。そして、嬉しそうに笑ってくれた。 軽くセーターを抱きしめてから、すぐに着てくれた。 「あたたかいわ。それに、デザインが素敵。サイズもバッチリ。完璧ね。 大事に着るわね。――ありがとう、ブッキー」 「うん、気に入ってもらえてよかった。わたしこそありがとう、美希ちゃん」 そして、深呼吸する。ここからが――本番。 「あのっ、あのねっ、美希ちゃん」 「どうしたの?」 (わたしね、ずっと前から美希ちゃんのことが好きだったの。友達としてじゃなくて……) 「………………………………………」 「どうしたの? なにかあったの?」 体が震える。言葉が全然出てこない。 体が意志とは裏腹に口にすることを拒絶する。 希望が恐怖に塗りつぶされ、自信は失望に取って代わる。 あれほど――ずっと前から決めていた誓いだったのに……。 言葉の代わりに涙が出てきた。美希ちゃんが心配そうに覗き込んでいる。 ダメ――いえない――言えないよ――どうして……。 自分が情けなくなって、悲しくなって、涙が止まらない。 「困ったことがあったなら、話してみて」 話すって何を? 話せないから悲しいのに……。 わたし――今まで何やってたんだろう。編み物って何だろう。 告白する勇気がないのをごまかしていただけ。 先延ばしにしていただけじゃない! 「ごめんね……美希ちゃん。わたし……」 二歩、三歩後ずさりする。そのまま居たたまれなくなって逃げ出そうとした。 「待って!」 美希ちゃんがわたしの手をつかんで引き寄せる。バランスを崩した先には――美希ちゃんの胸 があった。 「話したくないならいいわよ。この服はあったかいんだから……。おすそわけよ」 そう言って抱きしめてくれた。自分で編んだセーターに抱きついて、しばらく泣いた。 引っ込み思案、直ってないな。わたし――全然ダメだ。 信じてるなんて、口ばかり。信じるってことの大変さを思い知る。 (ねえ、せつなちゃん。わたし、せつなちゃんみたいに、なれなかったよ) 「えへへ、何でもない。なんか感傷的になっちゃって。ごめんね美希ちゃん、帰ろう」 遠くから聴きなれた声がした。 「あ、美希た~ん。ブッキー。いたいた~」 「二人に用があったの。電話しようかとも思ったけど、なんだかここに居るような気がして」 ラブちゃんとせつなちゃんが駆けて来る。せつなちゃんの手には二つの紙袋。 「今日編みあがったの。美希とブッキーに、私からの日ごろの感謝の気持ちよ。受け取って!」 美希ちゃんと顔を見合わせて紙袋を開ける。どんな服にも合うようにって、お揃いの真っ白な マフラー。 よく見たら、ラブちゃんも同じマフラーを首にかけていた。 これを――わたしに? わたしの分も、美希ちゃんの分も――編んでいたんだ……。 ラブちゃんへのプレゼントだとばかり思っていた。 だから――あんなに早く編み始めたんだ。 わたしたちのことも――考えていたんだ。 自分が情けなくなる。 せつなちゃんは――みんなを愛していたのに。 マフラーを首にかけた。やわらかくて――あたたかくて。 (あたたかいよ……せつなちゃん) また――涙が滲んできた。 「もう、さっきからブッキーは泣きすぎよ!」 そう言う美希ちゃんも、プレゼントが続いたためか少し涙声だった。 「ありがとう、せつなちゃん」 「大事にするわね、せつな」 「どういたしまして、これからもよろしくね。美希、ブッキー」 せつなちゃんも本当に嬉しそうだった。 わかるよ。プレゼントって、あげる方ももらう方と同じくらい嬉しいよね。 「せつなはね、おとうさんとおかあさんにも編んでたんだよ。凄いでしょ。 おとうさん達の分には、ありがとう、おとうさん、おかあさんって刺繍してあったの」 二人とも泣いてたんだから、とラブちゃんが自慢げに話してくれた。 せつなちゃんは顔を真っ赤にして、「言わないって約束したじゃない」とぽかぽかラブちゃん を叩いてる。 せつなちゃんの優しさが身に染みた。 「そう言えば、せつなの分はないの?」 美希ちゃんが尋ねる。マフラーをしていないのはせつなちゃんだけだ。 「私の分は……毛糸が足りなくなっちゃったの。次のおこづかいが出たら作るから平気よ」 自分でもびっくりするくらい言葉が早くでた。 「待って、せつなちゃん。そのマフラーはわたしに編ませて。ちゃんとお揃いで作るから。 お願い!」 「え……でも悪いわ」そう言って断ろうとするせつなちゃんを無理やり説得する。 「良かったね、せつな。それまでは……」 ラブちゃんが、マフラーを半分外してせつなちゃんの首に一緒に巻いた。 「あ~あ~見せつけてくれちゃって、ノロケにきたんじゃないでしょうね」 美希ちゃんが負けじとわたしの手を握ってくれた。温かかった。 うん、これも――幸せ。ううん、これが――幸せ。 満たされた気持ちで帰路につく。 今は幼馴染。大切なお友達。かけがえのない仲間。それでいい。 大事に育てて、大きくして。いつか、伝えるからね。美希ちゃん。 みんな――――大好き。
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子供の頃に読んだ、シンデレラのお話。 舞踏会に行ったシンデレラの魔法は、0時の鐘で解けちゃうの。 小さかったあたしは、それがどうしても我慢できなくて。 どうして幸せな時間がすぐに終っちゃうのって、不満だった。 少し大人になった今でも、やっぱりシンデレラは、嫌い。 彼女にはハッピーエンドが待ってたけど。 あたしの恋はハッピーエンドじゃなかったから。 けど、親近感はあるのよね。 なんでかっていうと―――。 * 「……ラブ、人の話ちゃんと聞いてるの!?」 「んー?聞いてるよー、美希たん……この紅茶美味しいねー。おかわりある?」 美希たんは軽く溜息をつくと、ティーポットからあたしのカップに紅茶を注いでくれた。 「のれんに腕押し、ってこういう事なのかしら……」 「?美希たんの部屋、のれんなんか掛かってないじゃない?」 「―――そういう事だけ聞いてなくてもいいのよ!」 あたしをキツイ目で睨む美希たん。うー、コワイコワイ。 今日はダンスレッスンはお休み。学校が終って、放課後にはこないだのお詫びも兼ねて、せつなとデートでも、って思ってたのに。 学校からの帰りがけ、校門で待ち伏せしていた美希たんに捕まって、彼女の部屋へと連れて来られて。 そして、さっきからお小言を言われてるという状況なワケで。 「……大体ね、仮にもせつなというこ、恋人がいるんなら、あちこちフラフラしないで、ちゃんとあの子の傍にいてあげなきゃダメじゃない!」 「……仮に、とか失礼だよ、美希たん。せつなは、あたしの一番大事な人で……」 「じゃあなんでその大事な人が悩むような事するワケ?」 「え?分かんないの?……しょうがないなあ、もう」 正面に座ってる美希たんにオイデオイデと手招きする。 「?何よ?何か秘密でもあるの?」 怪訝そうな顔であたしへと顔を寄せ、耳を向ける美希たん。 あたしはその耳元で―――。 「ヤキモチ焼いてるせつなって、カワイイでしょ?」 「な―――――」 一瞬、美希たんは絶句して。 「何バカな事言ってるのよ!!そんな惚気話はどーでもいいの!!……それに、ラブのフラフラする癖は別にせつなと付き合い始めてからじゃないでしょ?昔からじゃないの!」 「ワハー、バレてる。さっすが美希たん!カンペキ!」 「それくらい知ってるわよ、幼馴染みなんだから!」 彼女の言葉に、あたしは少しだけ目を細める。 ―――ホントに知ってるの?美希たん。 「……とにかく、これからは行動を慎む事!いいわね?」 「えー、でもあたしとしては「みんなで幸せゲットだよ!」をスローガンに掲げてる手前………」 「……ラブのスローガンなんて知らないわよ!!それに、せつなが幸せになってないでしょ。どー考えても!」 うー…と小さく唸るあたし。返す言葉が見つからない……。 そんなあたしの様子を見て、チャンスとでも思ったのか、美希たんは畳み掛けるように続ける。 「子供の時からラブはそうなんだから!あたしとブッキーと三人で遊んでても、いつの間にか姿を消して、他の子と遊んでたりして―――。別にそれが悪いとは言わないけど、それならそうで、何か一言くらいあってもいいじゃない?!毎回あたし達に心配かけて―――」 ん―――ちょっと違う、かな。 あたしが他の子と遊んだりしてた理由は、美希たん達にあるんだから……。 元を辿ればこの悪い癖も、美希たん達のおかげで身に付いたものだし―――。 「……あたしが何度それでラブに怒っても、平然としてまた同じ事してたでしょ……ブッキーだって、自分達に責任があるんじゃないかっていつも気にして―――」 ―――スッ、っとあたしの中の温度が下がる。 ……このお話もココまでみたいね。 「……分かったってば、美希たん。これからは少し自重するようにするから。それで許してくれない?」 「本当でしょうね……どうもあたしの言葉はラブに効いてない気がするのよね。昔から、何を言ってもニコニコしてるばっかりだし……」 「そんな事ないよ~。現に今は真剣な顔してるでしょ?」 ね?と念を押すように彼女に顔を近づける。 「近いわよ!……分かったわ、じゃあ今回はこのくらいで―――」 と言いつつ、美希たんは小さく欠伸をした。 「?あれ?眠そう。珍しいねー、完璧な美希たんが」 「……ちょっとね。ここんとこ考え事があって……」 「寝不足は美容の大敵だっていつも言ってるくせに………」 「ま、あたしにも色々とあるのよ。色々と、ね」 そう言ってゴシゴシ眠そうに目を擦る美希たん。 ふ~ん、教えてくれないんだ。なんか冷たいじゃない。 コンコン、と部屋のドアを叩く音。 「……美希ィ、お友達来てるみたいだから、お菓子持って来たんだけど―――」 言いながら入ってきたのは、美希ちゃんのお母さん、レミさんだった。 「ありがとう、ママ。そこに置いておいて」 「あ、ども。お邪魔してます、おばさん」 「――――!!」 あたしを見るなり、レミさんは動きを止める。 そしていきなり――――― 「ラブちゃんじゃな~い!も~!久しぶり!!来るなら来るって言っておいてくれれば、もっといいお菓子用意しておいたのに~。冷たいんだからァ!」 ―――レミさんはあたしの肩にしなだれかかってきた。 「美希と遊ぶのもいいけどォ、たまにはアタシとも遊んでくれないとスネちゃうわよ~?今度またヘアモデル頼むからァ、その時は二人きりでェ……」 レミさんはあたしの肩に指でのの字を書きながら、艶っぽい声で囁く。 あたしはと言えば、嫌な汗をかきながら苦笑いが精一杯……。 「あ、あは、あはははははは。か、考えておきますね~」 「約束よ?じゃあ指きり!ほら手を出して……」 そんなあたし達のやり取りを、美希たんは目を点にして茫然と見つめている。 ―――でもその目に少しづつ炎が灯り始めて……。 「……ラァブゥゥ……あんたって子はァァ………!!」 「は、はは。み、美希たん、な、何かコワイ……よ?」 第二ラウンドのゴングが、今鳴らされようとしていた。 * 子供の頃、あたし達はいつも三人で遊んでた。 でも、ある時、あたしは気付いてしまったんだ。 三人でいても、一人ぼっちになってしまう時があるって。 勿論二人はそんなつもり無いんだろうし、あたしもそれを口や態度に出した事は無いけど。 だからあたしは、二人から離れて、他の子と遊ぶようになったの。 それは嫌いになったとか、心配させようとか、そういう事じゃなかったけど。 とはいえ、他の子に目移りしたワケでもなくて。 だって、あたしにはあなたしか―――蒼乃美希しか見えてなかったもの。 * 秋も深まり、日が落ちるのも早まったようで、窓の外はもう真っ暗だった。 顔を下に向け、反省した素振りをしたまま、あたしはそれをちらっと横目で確認する。 (……もう遅いし、せつな心配してるかな……) 真偽はともかくとして、あたしは美希たんにレミさんとは何も無いという事を説明するのに必死だった。 美希たんは美希たんで、さすがに身内にまで火の手が回ってるとは思っていなかったらしく、それはもう心を鬼にするどころか、形相まで鬼のようにしてあたしを追求してきて……。 それでもお互い一歩も譲らず(美希たん優勢だったけど)、お互いに疲労しきって無言、という状態が続いていた。 (ココは意を決して、美希たんにとりあえずごめんなさいと言うしかないか―――) そんな情けない覚悟を決めると、あたしは思い切って顔を上げる。 「美希たん、あのね―――――ってアレ?」 顔を上げたあたしの目に映ったのは。 テーブルに頬杖をついてうたた寝している美希たんの姿だった。 ズッ、とコケるあたし―――この数分間の緊張はなんだったの……。 大きく溜息をつくと、立ち上がり、美希たんの後ろへ回りこむ。 室内だからって、美希たんは薄手のワンピースしか着てないし、なんだか寒そう。 「おーい、美希たーんてば!おーい!」 声をかけてみても、彼女は何の反応もなくて。 ただその口からは、すーすーという寝息が聞こえてくるのみ。 「困ったモンだよねー、美希たんにも。怒るだけ怒って寝ちゃうなんてさー」 呆れたように言って立ち上がると、あたしは美希たんの背後へと回る。 換気の為に開けてある窓を閉めて、毛布でもかけてあげなきゃ、と思った矢先。 美希たんの髪の毛の隙間から覗く白いうなじが見えて―――。 「………ホント、困ったモンね」 そう言ってあたしは美希たんのそばへしゃがみ込む。 「―――美希たんってば!そんなカッコでこんなトコで寝てたら―――」 「――――……食べちゃう、よ?」 彼女の耳元で小さく囁くと、そのままあたしは正座している美希たんの脇を両足で挟むようにして腰を下ろした。 そして静かに、そっと両手を回し、彼女を抱きしめる。 「美希たんの髪、すごくいい匂い―――」 肩に顔を乗せ、彼女の香りを楽しみつつ、優しく話し掛ける。 子供の頃から知っているはずなのに、こんなに近くで嗅ぐ美希たんの匂いは、濃厚で、少しずつあたしの理性を狂わせていくよう。 サラサラ、と青く綺麗な髪を指で梳かすと、起こさないように、と細心の注意を払いつつ、彼女の首筋へと舌を伸ばす。 「ん…うん……」 首筋を軽く舐め上げると、美希たんは寝息とは違う声を漏らした。 「……感じちゃった?美希たんってここが弱いんだね~」 つい面白くなってしまって、ちゅっ、ちゅっ、と首から肩へとキスの雨を降らせると、その度に美希たんは短くカワイイ声を上げる。 「あ……ん…うんっ……んん……」 「……あは。美希たんそんな声出すんだ……やらしい」 普段の彼女からは想像もつかないようなその声で、あたしも段々変な気持ちになってきて。 「う、うん……ん……」 「まいったなー。……ちょっとした悪戯するだけのつもりだったのに……スイッチ入っちゃった」 前に回した手を、美希たんの胸へと移動させる。 服の上からでも形の良い事が分かる、彼女のふくらみ。 それを軽く撫で擦ると、少しだけ強くその頂を中指で刺激する。 「―――ふぁっ……」 途端に彼女は今までより大きな吐息をついた。 気のせいか、頬もさっきより紅潮してきているみたい。 もっとも、あたしの方もさっきからずっと顔に熱を感じていた。心臓もバクバクと脈打っていて、今にも破裂しちゃいそう。 それは、美希たんが目を覚ますんじゃないかってスリルだけじゃなくて、子供の頃から見てきた幼馴染みの―――憧れだった彼女を思いのままに出来るっていう興奮、そして、これがもしせつなにバレたら、って いう罪悪感の入り乱れた、複雑な高揚感。 (―――浮気だったらせつなは怒るけど、ちょっぴり本気だったらどうなるんだろ) 答えは分かってる―――あたしは彼女を失ってしまうだろう。一番大切なせつなを。 ううん、それどころか、きっと何もかも失ってしまう。 けど、この行為を止められない。止める事が出来ない。 あたしの意思とは最早関係無く、指は少しでも美希たんの感触を味わおうと彼女の胸を這い回っている。 「ゴメンね、美希たん。―――でも、あたしのこの悪い癖ってもともと美希たんのせいでついたんだから…責任、取ってね?」 自分勝手な謝罪の言葉を呟き、胸を弄んでいた左手を、彼女の内腿へと移動させる。 部屋は寒いって言ってもいいのに、美希たんの生肌は熱を帯びて、汗ばんでいた。 「―――あたしの指で興奮しちゃったんだ?眠ってるクセに……エッチな美希たん」 いやらしく彼女の内腿を撫で擦るあたしの指。 「あ……はぁ……はぁんッ……」 まるであたしを誘惑しているかのように、彼女の吐息も、いつの間にか激しいものに変わっている。 あたしの息も、彼女に合わせるかのように荒くなってきていた。 「……はぁ……ねぇ、美希たん……こんな事したことある?……それとも、あたしが初めて?……だったら―――嬉しいな」 彼女の顔を自分の方へと向け、舌で唇を優しく愛撫する。 その合図で、眠っているはずなのに、美希たんはあたしの行為を受け入れるかのように口を開いて。 そのまま舌を絡ませ、恋人同士のように深くキスを交わした。 (今はあたしの、あたしだけの美希たん………) 美希たんが目を覚ましたら―――なんて考えはすでにあたしの中から吹き飛んでいて、指も舌も、遠慮を忘れて大胆に、淫らにダンスを踊り続ける。 「美希たん、好き……子供の頃、ずっとずっと好きだったの……あたしも、あたしの事も見て―――」 一方的な愛の言葉を囁くと、あたしは美希たんの内腿を触っていた指を、彼女のスカートの奥へと進ませる。彼女の、一番敏感な部分へ。 「……ぁんッ……」 下着の布越しにでも、そこはしっとりと湿り気を帯びていて。 それを確認したあたしの指は、獲物を前に歓喜した蜘蛛のように、下着の中へと―――。 パサッ。 閉め忘れた窓から風でも吹き込んだのか、机の上からテーブルへ、一枚のメモが飛んで来た。 それが目に入ったあたしは――――――。 * ホントの理由はね―――二人きりになれるから。 あたしを叱るあなたと、二人きりに。 それが嬉しくて、何回お説教されても、あたしは同じ事繰り返したっけ。 おかげで……それが癖になっちゃったけどね。 短くても、怒られても、あたしにとってはそれは楽しくて、かけがえの無い時間だった。 まるで―――シンデレラの舞踏会みたいに。 * 「ん……あ、あれ?あたし眠っちゃってた?」 目を擦りながら、まだ眠そうに身を起こした美希たんは、あたしに尋ねた。 「……グッスリお休みでした。お客さんがいるのにヒドイよね~」 「本当?……あれ?ラブ、毛布かけてくれたの?……ゴメンね」 自分にかけられた毛布に気付いて、美希たんは少し申し訳無さそうに言う。 「やっぱり生活リズム少しでも崩すと調子悪いわ……。起こしてくれても良かったのに」 「……何やっても起きるような感じじゃなかったけどね。起きてくれても良かったケド」 「?何?変な言い方」 そう言って軽く伸びをする美希たん。 その様子を見ながら、あたしはさっき言えなかった事を口に出す。 「それで、お説教タイムはもう終わり?そろそろ帰らないとせつなが心配しちゃうんだけど」 「―――そういう事気にするんなら、違う事でも心配させないようにしなさいよね」 「あは~、自重します、って誓ったじゃない」 「……どこまで本当なんだか……またいつ他の子に手を出すことやら……」 「大丈夫だってば。信用してくれないの?美希たん……」 しおらしく言いながら心の中で舌を出す。実はもう……なんて言ったらどんな顔するんだろ。 「はいはい。じゃあ信用するわよ、ママの事も含めて。気をつけなさいよ?」 「美希たんこそ気をつけたら?―――こんな事ばっかり考えて、寝不足にならないように」 さっき飛んで来たメモを美希たんの前にチラつかせながら、にはは~とあたしは笑った。 それを目にした途端、真っ赤になり、あたしの手からメモを奪い取る美希たん。 「みみみ、見たのね?!これ!!」 「じっくりと拝見させていただきました~。初々しいよね~、カワイイとこあるんだから」 「ウルサイわね!!……内緒にしといてよ!?」 「ハ~イ」 生返事をしながら、まるであたしのように、さっきまでは熱かったのに、今ではすっかり冷え切ってしまった 紅茶を口に運ぶ。 (結局また、最後はこうなるのよね) 美希たんの手にある一枚のメモ用紙。 それには、美希たんの考えた、ブッキーとの初デートのプランがびっしりと書き込まれていて―――。 * でも、あなたの口にする名前で、いつもあたしにかかった魔法は解けて。 その度に悲しい思いをしたっけ。 あなたがその名前を口にする時、あたしに怒ってても、すごく優しい目に変わるの。 あなたは自分で気付いてたのかな? 鈴を鳴らされて涎を垂らす犬じゃないけど。 あたしもその名前を見たり聞いたりした途端に、覚めてしまうよう調教されたみたい。 悔しいけど、あなたが好きなのは、子供の時から彼女だもんね。 彼女―――――山吹祈里。 「……ブッキー、か……」 美希たんの家からの帰り道、あたしは一人で歩きながら昔の事を思い出していた。 切なくて苦い、子供の頃の初恋の記憶。 ―――けど、今回はブッキーに感謝すべきなのかな?全部失くしちゃうかもしれなかったし。 なんか勿体無いような気もするけど。 「―――初デート、楽しみだね、美希たん」 ホント、楽しみ。 彼女達は気付くだろうか。あたしの、ちょっとした悪戯に。 美希たんの首の後ろに、強く赤く残された、あたしからの置き土産に。 「―――ガラスの靴じゃなくてご愁傷様~。……これくらいは許されるよね?」 ブッキーが美希たんを許してくれるのかは、別として……ね。 その時は美希たん、どうするんだろ。 恋人に叱られるあたしの気持ちが、少しは分かってくれるといいけど。 「まあいいじゃない、美希たん……ヤキモチ焼いてるブッキーも、カワイイかもよ?」 呟いて、クルリ、とその場でターン。 ――――ま、それなりに楽しい時間だったかな? 一方通行だった分、シンデレラの舞踏会には叶わないかも知れないけど。 でもねシンデレラ、あなたより幸せな事だってあるんだから。 「―――せつな、今帰るね。待ってて」 イジワルなお継母さんやお義姉さん達の待っている所じゃなくて。 大好きな人の待っている、暖かい場所へ。 せつなの作ってくれているであろう夕食に思いを馳せながら、あたしは家へと足を速めた。 了 9-12は後日談完結編になります。