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桃園ラブ24歳、いろいろあって学生時代からとある会社でバイトをしていたが、持ち前のバイタリティが認められついに社員に登用。 ところが、そのバイタリティが予期せぬ方向で買われていきなり転勤、四つ葉町から遠く離れた町で働くことになった。 しかも今年は特に忙しく、年末年始の休みも返上という有様。 楽しみにしていた四つ葉町への帰省ができなくなり、 今はラビリンスにいるせつなに泣きついた。 「ラブ、どうしたの?」 「うぇ~ん、せつな~、仕事が忙しくて正月だというのに四つ葉町に帰れないよ~」 「そうなの?本当はね、私もここのところ急に立て込んできたから、実家に帰れても2、3時間ほど居られるかどうか…… じゃあ、私、大晦日にラブのところに行くわ」 「ほんと? 今からでも大丈夫なの?」 「まあ…… でも、なんとかするわ」 せつなもラビリンスではいろいろ責任のある身ゆえ、異世界への移動は極力控えているが、 他ならぬラブのためである。今回はウエスターやサウラーに留守を任せることとした。 「ウエスター、サウラー、何時間かだけ留守にするけど後をお願いするわ!」 「そうだね……美希の最新の写真集で手を打とうか」 「サウラーも結構諦め悪いわね……」 「イース、あの世界のうまいもの頼んだぞ!」 「……わかったわ」 大晦日の夜、残業を終えたラブは年越しそばを調達しようとコンビニに向かった。 「さすがにスーパーだと大晦日は閉まるのが早いもんなあ…… おそば~おそば~って、 え?みんな売り切れじゃん!」 皆考えることは一緒である。 「しょうがないなあ……もう○ッ○ヌードルしかないじゃん。まあ同じ麺類だししょうがないか。せつなとあたしの分、と! あ、期間限定のミルクシー○ード味だ。これも1個買っとこおっと」 アパートに帰ったラブが電気をつける。 「やれやれ……もうそろそろかな」 周りが赤く光ったかと思うと、せつながラブの部屋に現れた。 「ラブ。こんばんわ、かしら?」 「せつなー!」 「キャッ」 ラブがせつなに飛びつく、お馴染みのシーンである。 「今日も残業だったの?」 「明日も正月返上で仕事だというのに今日くらいは勘弁して欲しいよ」 せつながまだ弾力の残る赤いクッションに座る。 普段は使われないせつな専用であり、 同僚がたまに来るときは、インテリアと言い張っているらしい。 「今年は四つ葉町に帰れないのね」 「ごめんねー、今年は正月返上だよー」 「この世界では正月というのがあって、みんなお休みをするものだと 昔きいてたけど、そうじゃないのね」 「お父さんやお母さんが子供のころはそうだったらしいんだけど、 今はお店なんて年中やってるくらいだからね~」 「ラビリンスはもともと正月のようなものがないから、そんなに変に感じないわね」 「パートのころはさすがに正月まで出勤しろとは言われなかったよー」 「四つ葉町にはまた別の日に帰れるの?」 「そうだなあ……3月くらいにはさすがに休みが取れそうだからその時に帰ろうかな」 「そうね……私もそれくらいには休暇をもらおうかしら」 「お父さんもお母さんも喜ぶよ」 ラブが小さな台所に向かって、年越しそばならぬ年越しヌードルの準備をする。 トポトポトポトポ…… 「せつな、年越しそばだよ~、3分間待っててね。」 「年越しそば……って、こんなだったの?」 「たはは……帰りにあわててコンビニにいったら、もう○ッ○ヌードルしかなくってさ、これもそばだし、しようがないかなって……」 「こういうそばもあるのね。初めて見たわ」 「お母さん、カップ麺は家では出さなかったからね。でも、意外と美味しいんだよ。」 「3分経ったわ」 せつなはかつてラビリンスの戦闘用員であったころの訓練により、時計を見なくても正確に時間がわかる。 「ほんとだ。いつも、時間忘れてのびちゃうんだー。さ、食べよ!いただきまーす」 実はラブにとってはこれが実質夕ごはん。 ズルズルズル…… 勢いよくすする。 「くっはー!空きっ腹にしみるぅー!せつなもずずっといっちゃって!」 「精一杯頑張るわ……(ズッ!)ごほっ、ごほっ!」 「ごめん、せつな。無理に勢いよくすすらなくていいんだよ。普通に食べて」 「難しいわね……(ちゅるちゅるちゅる)美味しいわ!これ、持って帰っていいかしら?」 「いいよ。期間限定のがあるけど持って帰る?一個しか残ってなかったし、今日はせつなと一緒のが食べたかったからね」 「ありがと、私もラブと一緒のそばが食べられてうれしいわ。(ミルク?ウエスターに食べさせるには注意が必要ね……) そこにある雑誌も持って帰っていい?」 「今月号のA○○C○○だね?美希たんの特集なんだよ!表紙も美希たんだし」 「ありがと、助かるわ」 「え?」 年越しそばならぬ年越しヌードルを食べて、二人は一息つく。 「せつな!除夜の鐘を撞きに行こうよ」 「除夜の鐘? 前に四つ葉町に帰ったときにテレビに出ていたわね」 「この町には古い寺があって、毎年近所の人たちが除夜の鐘を撞いているんだ」 「鐘って、お寺の人が鳴らすんじゃないの?」 「ここのお寺は、みんなが順番に撞くんだよ」 「素敵ね……」 アパートを出て10分ほど歩くとお寺に着いた。 「ちょっと家出るの遅かったかな?」 「もうずいぶん並んでるわね」 「あ、始まったよ」 ご~ん…… ご~ん…… 「除夜の鐘は108回なんだよ……」 「どうして108回なの?」 「108つの煩悩ってのがあるんだって」 「煩悩って、なあに?」 「えーっと…… 悩みごとらしいよ。108回鐘を撞いて煩悩を消す……らしいよ?」 「そうなの? ということは私たち、煩悩を浄化するのね?」 「……うーん、そうだね!」 少しは大人になったところを見せようとしてうろ覚えの記憶を精一杯引っ張り出すラブと、 若干勘違いしているらしいせつなであった。 ご~ん…… ご~ん…… 「今年はいろいろあったよ、もともとパート入ったあたしが社員になった途端いきなり 転勤になるわ、君なら出来るって営業回りやら何やら初めてのことばかりでびっくりだっだよ……」 「大変だったわね、でもラブならできるわ」 「せつなも、ラビリンスの幸せのために今も頑張っているんだよね」 「ええ」 ご~ん…… ご~ん…… 「美希たんは相変わらず海外を飛び回ってるんだ」 「大変ね、今度はいつ日本に帰るの?」 「春には帰国するって言ってたよ」 「私たちが帰省できるときと一緒ならいいわね」 ご~ん…… ご~ん…… 「ブッキーも今年は卒業研究で四つ葉町には帰省しないんだって」 「もうすぐ獣医になれるのね」 「ブッキーならいい獣医さんになれるよ」 ご~ん…… 「さあ、順番か来たよ、一緒に撞こうね」 「精一杯、頑張るわ」 せつなとラブが撞木の綱を握る。 「これで鳴らすと煩悩が浄化出来るのね!」 「……そうだね」 「いくわよ、ラブ!はあぁぁーっ!」 「ふえっ?」 せつなが体をしならせ、力いっぱい撞く。 一瞬髪の毛が銀色に見えたとか見えなかったとか…… ゴーン(音量5割増し) 「なんか耳が痛かったよ……」 「ごめんなさい、でも煩悩は浄化できたわ」 「そうだよね~ あれだけ大きな音だと変なのも逃げていくよ! そうそう、鐘を撞いた人には、お堂で飴湯をふるまってくれるんだよ、行こう!」 「ええ」 ご~ん…… ご~ん…… 「はあ……あったまるぅ…… せつなも飲んでごらんよ、あったまるよ」 「ありがとう…… 本当に美味しいわ」 「でしょ? ここの飴湯はすっごく美味しいってきいてたんだ」 「(これはウエスターにはもったいないわね)」 ご~ん…… ご~ん…… 「そろそろ12時だよ、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1! あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」 「……あけましておめでとうございます……今年もよろしくお願いします、 こういうのっていいわね」 ご~ん…… ご~ん…… 「今、109回目の鐘が鳴ったわ、どして?」 「えーっと、現代人は大変だから煩悩が昔より余計にあるんだよ」 「この町の人ってそんなに悩んでるの?」 「ここも、四つ葉町と同じくらい幸せな街だよ。ただこの世界の人も いろいろ大変なんだよ」 「そうなの……でも、さっき強く鳴らしたから煩悩は浄化されたわ!」 「……そうだね」 飴湯も少し冷めてきたので、二人は冷たくならないうちに残りを口に含んだ。 「そろそろ行こうか」 「ええ」 「ごちそうさま!」 湯呑を返却した二人は、寺を後にした。 「寒くなったわね」 「そっか、せつなはこの世界の寒さに慣れていないんだね……」 ラブはせつなの背中を抱きしめた。 「あったかいでしょ?」 「ええ、とっても……でも少し恥ずかしいわ」 「だいじょうぶだよ、女の子同士ならそんなにおかしくはみられないよ」 「ほんと?でも……ありがとう、しばらくはこうしてて」 「……うん!」 そのまま二つの影が一つになる。 「そろそろ帰らなきゃ」 「やだ、もっとこうしていたい」 「ごめんなさい…… 今度の休みにはゆっくり会えるわ」 「そうだね…… それまで仕事、精一杯頑張るよ」 「私もラブに会えて、幸せゲットだったわ」 せつなの体が赤く光り、そしてラビリンスへと帰って行った。 ラブはせつなのいたぬくもりを噛みしめつつ、明日の仕事も頑張ろうと思ったのであった。 ***** 一方ラビリンスに戻ったせつなは、留守を頼んだウエスターとサウラーにお土産を渡したものの 「イース、写真集にしては思ったより美希の写真が少ないね?」 「え?そうね、あの世界の写真集はこれが常識なのよ」 「いーすぅ~!これってうまいなぁ~、ひっく!」 「ウエスター、勝手に食べたらダメじゃない! これじゃ明日は仕事にならないわ……」 「この写真集には男性の写真もあるのかい?」 「これもあの世界では常識なのよ(汗) あ、ラブからメールだわ」 SUB 無事に着いた? 明日起きられるかわからないよ~(ToT) お願い、起こしに来て(^^) 「はあ……ラブまで……」 SUB Re 無事に着いた? 自分でちゃんと起きなさい! 「煩悩はちゃんと浄化したはずなのに、どして?」
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「へぇ・・・・・・驚いた。本当に来るとはね」 「――――イース」 扉を開けてすぐのロビー。せつなを迎えたのは、階段に腰掛けて本を読んでいた南瞬と、何故か筋トレをしていた 西隼人だった。瞬は揶揄の視線を、隼人は困惑と怒気が混じった複雑な目を、せつなへと向けてくる。 が、彼女は二人のそれに、沈黙で応える。心に鎧を纏い、決して揺れたりはしない、と誓う。 「ノーザは、どこ」 低く押し殺した声で、せつなは二人に問いかける。その声と、冷たい表情は、一瞬、彼らにイースを思い出させる。 が、あからさまですらある敵意は、彼女がもはやラビリンスに戻るつもりが無いことを悟らせた。 「ノーザ、さんなら・・・・・・」 「あれ。東さん?」 玄関正面の階段。その踊り場から呼びかけられ、せつなは思わずそちらを振り仰ぐ。聞きなれた声。そう、学校で 毎日、聞いている声。 「やっぱり、東さんだ」 「由美・・・・・・? どうして、ここに・・・・・・」 トントンと足音も軽やかに階段を下りてくる由美。その隣には、背の高い少年の姿があった。どこかで見たような ――――考えて、気付く。写真を見せてもらったことのある、由美の彼氏だ。転校して、今は遠くの街にいると聞いて いたが、戻ってきていたのだろうか。 「えへへ。ほら、ここの占いって、よく当たるって話でしょ? だからね、先輩と一緒に占ってもらおうと思って」 「そう、なんだ・・・・・・」 由美は、せつながここで占い師をしていた頃のことを知らない。いや、そもそも、ラブ以外に知っている人はいない だろう。実際には、せつなが見たことのある顔が同じクラスの中にもあったが、ローブを被っていたせいか、向こうから 彼女のことに気付くことは無かった。 「それでね、東さん、聞いて聞いて。私と先輩の相性、最高なんですって。ね、そうなんですよね」 「ええ、そうよ」 聞こえてきた艶やかな声に、せつなは息が止まった気がした。 いつの間に、だろうか。 由美とその彼氏、二人の後ろに立っていたのは――――北那由他。 かつてのせつなと同じように、黒のローブを身に付けているのは、占い師を装っているからか。長く艶のある黒髪と、 不自然なまでに白い肌、そしてフードの作る影の中、鮮やかに過ぎる赤の唇は、薄い笑みを浮かべていて。 「これからも二人、仲良くしていれば幸せを手に入れることが出来るわ」 「ありがとうございます!! えへへ」 先輩と顔を見合わせて、照れ臭そうに笑う由美の姿を、しかしせつなは見ていなかった。彼女が見ていたのは、ただ、 那由他の姿だけ。 その視線を受けて、また、彼女は笑う。声を上げぬまま。 「じゃあ、東さん。またね」 先輩と腕を組んで出て行く彼女を、せつなは見送る。占い師姿の那由他が隣に立ち、同じように見送りながら呟く。 「ホント、この世界の人間は愚かね」 「――――っ」 その言葉に、せつなは彼女をキッと睨み付ける。だが、那由他はその視線に気付きながらも、なんら臆することなく 続ける。 「幸せになると言いさえすれば、すぐに喜ぶ。単純なものだわ」 「それは――――!!」 「貴方にそれを非難されるいわれはないわ。だって、同じことを思っていたんでしょう?」 振り向き様に言われ、彼女は言葉に詰まる。確かに、ここで占い師をしていた頃、やってきた客に対してそう思って いたことがあった。 今では、それが間違いだったとわかる。けれど、どう間違っているのかを彼女に説明するのは、難しい。何より、説明 したところで、聞き入れてくれる相手だとも思えなかった。 「ふふ。人の不幸は蜜の味、ってね。それより――――」 那由他はフードを下ろし、その顔を露にする。それを合図にしたかのように、瞬と隼人が立ち上がり、二人に近付いて きて。 「待ってたわ、イースちゃん。来てくれないかと、心配してたのよ?」 何をヌケヌケと。思うが、反論はせず、せつなは確かめる。 「これで、お母さんには、手を出さないんでしょうね」 那由他は、だがしかし、ただ笑うだけで、彼女の問いかけに答えを返そうとはしなかったのだった。 忍び寄る影 心 惑いて 「座ったら? イースちゃん」 「いいえ、ここで結構よ」 かつてイースだった頃、三人が集まる場所だった応接間に、せつなは通される。 テーブルの上座に座りながら、不気味な程に優しく振舞う那由他の言葉に、しかしせつなは拒絶の意思を示す。長居 をするつもりはない、と言わんばかりの彼女の態度に、那由他は含み笑いを浮かべるだけ。 周りを見れば、隼人は壁にもたれかかるように立ち、瞬はソファに足を組んで座っている。そして那由他が、テーブル の上に肘を付き、手を組んで、その上に顎を乗せてこちらを見ている。三人の視線が交わるのは、せつなの顔。 ゴクリ、と小さくつばを飲む。自分が、ラビリンスの――――敵の懐に踏み込んでいることを、改めて意識させられる。 無意識に、彼女の手は腰のあたりに置かれる。そこにあるのは、リンクルン。いざとなれば、変身して戦うことも辞さない覚悟だ。 「そんなに構えなくてもいいのよ。戦う気はないわ」 だが、そんな彼女の意思を見透かしたかのような那由他の声が響く。少し意外そうな顔をする隼人と瞬だったが、チラ リと彼女を見るだけで、口に出しては何も言わない。 「今日はね、お話がしたいと思ったの。イースちゃんとね」 「話の前に、一つ、いいかしら」 毅然とした態度をしながら、せつなは那由他の言葉を遮った。怪訝そうな彼女に、きっぱりと言い切る。 「私はもう、イースじゃないわ」 「――――クックック」 せつなの言葉に、小さく驚いた素振りを見せた後、那由他は笑い始める。喉で笑うその様が、まるで嘲られているか のように感じ、せつなは眉を顰める。 「そうだったわね。今の貴方は、せつなちゃんだったわね――――ああ、それともこっちの方がいいのかしら―――― せっちゃん」 「――――っ!! その呼び方はやめて!!」 お母さん、お父さん――――あゆみと圭太郎と同じ呼び方で彼女に呼ばれ、せつなは、自分でも驚く程に強い苛立ち を覚えた。反射的に、そう叫んでしまう程に。 「あらあら、そんなにお母さんのことが大切なのかしら、せっちゃんは」 「止めてって言ってるでしょう!?」 これ以上、愚弄するなら――――強い敵意を向けてくるせつなに、那由他は笑いながら首を横に振った。 「冗談よ、せつなちゃん。落ち着いて聞いてくれるかしら」 その言い草に、グッと握った拳に力が入る。が、一つ、小さな息を吐いて、強張っていた力を抜く。落ち着け、私。この ままだと、相手の思うツボよ。 自分にそう言い聞かせ、せつなは改めて那由他を見つめる。油断はしない。でも、我を忘れる程には入れ込まない。 すっかり落ち着きを取り戻した彼女の様子に、那由他は小さく鼻を鳴らす。が、すぐにまた酷薄な笑みがその顔に 浮かぶ。お楽しみは、まだこれからだ。 「それで? 話って、何かしら」 「大した話じゃないわ――――インフィニティのことよ」 やはりか。思い、眼差しを厳しくするせつなに気付きながらも、那由他は話し続ける。 「あなたのお友達、ラブちゃんの持っている人形――――シフォンちゃん、だったかしら? その子がインフィニティ なのよね?」 問いかけに、せつなはしかし、答えない。そしてそれを予想してたのか、那由他は構わず、 「せつなちゃん。貴方をここに呼んだのはね――――インフィニティを、渡して欲しいから」 「お断りよ」 間髪入れずに、せつなは答える。強い語気に、隼人と瞬が腰を浮かすが、那由他が軽く手を振ってそれを抑えた。 「私はもう、イースじゃないわ。ラビリンスの為には、働かない。何より――――シフォンは、私達の大切な仲間だから」 「そう――――どうしても?」 「どうしても、よ」 言って、せつなは那由他に背を向ける。話はこれで終わり、とばかりに。 だが、その背中に、彼女は言の刃を投げる。 「お母さん」 嘲笑が交えられたそれは、少女の胸に深く突き刺さって。 思わず、せつなは振り返る。その顔に絡みつく、冷たい那由他の視線。心臓を、その長い爪で引っかかられたかの ような痛みが走る。背中からは、ドッと汗が噴出して。 「せつなちゃんはお母さんのことが、よっぽど大事なのね」 急に、部屋の気温が下がったような、そんな幻覚をせつなは覚える。長いテーブルの向こう、座ったままの那由他の 姿が、何故か不意に巨大に感じられて。 圧迫、される。 「そんなに大事なお母さんに何かあったら――――せつなちゃんは悲しいわよね?」 「お母さんに、何をする気!?」 思わず叫ぶせつなに、那由他は笑いながら首を横に振る。 「大丈夫よ。何もしてないわ」 せつなが、その言葉に安堵の表情を浮かべるのを確かめてから、那由他は言った。 「今は、ね」 「――――っ」 再び厳しい顔になるせつなを見て、彼女は笑う。翻弄されているとわかって、せつなは顔をしかめた。 「お母さんに、手を出さないで」 「あら、それは出来ない相談だわ――――だってもう、手を出したもの」 言った彼女の服の袖から、コロン、と転げ落ちる一粒の種。それが何かをせつなは知らなかったが、直感的に勘付く。 恐らく、ソレワターセの実。 「良かったわね、お母さんを助けられて」 「あれは、貴方だったのね!!」 つい先日、あゆみの偽物に入れ替わったソレワターセと、彼女は戦った。その入れ替わりという作戦は、ウエスターや サウラーの考えたものではないような気がしていたのだが、やはり、ノーザ自らが指揮を執っていたのか。 「よくも、お母さんを――――!!」 「返してあげただけ、優しいと思って欲しいわね」 その言葉と共に、那由他の顔に貼り付いていた薄い笑みが、さらに冷たいものに変わる。いっそ、禍々しいばかりの その顔に、せつなの感じていた怒りが、スッと消え去る。残るのは――――恐怖。冷水を浴びせられたかのように、 背筋に寒気が走って。 「分かっていないようね。あれは警告よ」 「警・・・・・・告?」 「ええ、そう。警告――――どうやらやっぱり、イースという兵士は、もういないみたいね。こんなに甘い生き物が、メビ ウス様のしもべであったはずが無いわ」 嘲られている。分かっていても、何も言えない。 ただ、混乱する意識の中で、必死に考える。警告、という言葉の意味を。 その、余裕の無い表情に、那由他は内心の満足感を隠しながら、言葉を重ねる。 「貴方は、どこでお母さんを見つけたのかしら」 「か、鏡の中で・・・・・・」 「そう。トイレの鏡の中の、ロッカーに閉じ込められていたのよね。スカートが少し、出てたんじゃなかったかしら?」 「どうして、それを・・・・・・」 「だって。そうしたのは私ですもの」 驚きに、せつなは目を見広げる。 そうしたのは――――私? どういうこと? まさか――――あれは、わざとだったというの? 「貴方なら、気付くと思ったわ。そしてやっぱり、気付いてくれた。良かったわね。お母さんが無事で」 「何を・・・・・・言ってるの?」 声が、震える。考えが、まとまらない。 呆然と立ち尽くすせつなに、那由他は笑いながらとどめとなる言葉を投げる。 「まだわからないの? 私はね――――貴方のお母さんの命を奪うことも出来たのよ」 不意に。 世界が色を失った気がした。 息が止まる。心臓は、緊張のせいか、早鐘のように激しく鼓動する。 「簡単なことだったでしょうね。その胸に私の爪を突き刺すことも出来た。首を引き裂いて、鮮血に染めることも出来た ――――誰にも邪魔はされなかったでしょうから」 那由他の言葉に、せつなの心はえぐられる。 大切な、守りたいと思っていた存在。自分を助けてくれ、居場所を与えてくれた人。 なのに、私は――――その人の危険に、気付くことが出来なかった。 震える。全身に怖気が走る。 寒い。冷たい――――心も、体も。 あゆみの声を、ぬくもりを思い出す。そして、それを失うことを想像する。 それだけで。 足元を支える地面が無くなったかのような感覚に、襲われる。 「今回は、返してあげた――――けれど、次はどうかしら?」 「・・・・・・・・・・・・」 お母さんに手を出さないで。つい数分前までのせつななら、気丈にそう言えただろう。 けれど、今は――――守れなかったことに、気付いてしまった今は。 そして、意気消沈するせつなを見て、那由他はほくそ笑む。狙い通り、と。 「覚えておきなさい。私の手は長いの。そう、貴方に気付かれないように、貴方の大切な人に触れられるぐらいに」 その言葉に、せつなは目を伏せる。 この館に来てすぐの、強い彼女は、もういない。そこにいるのは、か弱い少女。 「せつなちゃん。もう一度、言うわ――――インフィニティを渡しなさい」 猫撫で声で、彼女は囁く。だが、その言葉には、言霊が込められていた。拒絶を許さない、という強い言霊。 「これは、お願いじゃない。命令よ。貴方がイースでもせつなでも、どちらでもいいわ。ただ、命じる――――インフィニ ティを渡しなさい」 「それじゃ、今晩にでも――――待っているわ、せつなちゃん」 言って、那由他は館の扉を開ける。ふらふらと亡者のように、外へと出て、去って行くせつなの背中を見ながら、彼女は ゆっくりと微笑んだ。その顔は、強い邪気に彩られていて。 「ノーザ。一つ、聞いてもいいか」 扉を閉めて振り返ると、隼人がそこに立っていた。その後ろには、瞬も立っている。無関係を装っているが、意識は こちらに向けられていた。 「ノーザさん、でしょう。ウエスター君」 「――――っ。ノーザ、さん」 一つ、咳払いをして、彼は続ける。 「一体、どうしてイースにあんな役目を? 俺達に任せてもらえれば、インフィニティを奪いに行くぐらい、たやすいことだ」 「そしてプリキュアに負かされて、スゴスゴと帰ってくるのでしょう?」 ピシャリ、と冷たく弾かれて、隼人はムッとした表情を見せる。が、言い返さないのは、これまでの経緯があるから だろう。 那由他はそれに構わず、ポン、と彼の肩に手を置いた。 「ごめんなさい。貴方達を評価していないわけじゃないの。ただ、私は確実に事を進めたいだけ。それに――――」 「――――? それに?」 「あの子には、もっともっと、不幸になってもらいたいの」 その言葉は、純粋な悪意。隼人だけでなく、瞬ですら引く程に、強く激しいもの。 「ラビリンスを、メビウス様を裏切ったんですもの。たっぷり不幸になってもらわないとね」 彼らの眼に自分がどう映っているか、気にした素振りも見せず、那由他は、笑う。 「人の不幸は、蜜の味――――フフフ、せつなちゃん貴方の不幸は、どれだけ甘いのかしら?」 夕の朱が、空と街を染める。 その中を、せつなは一人、歩く。苦悩しながら、歩く。 耳元を離れない、彼女の言葉。 『インフィニティを渡しなさい』 出来るわけがない、と思う。 だって、インフィニティを渡せば、ラビリンスが全ての次元を支配することになる。そうなったら、ラブのいるこの世界も。 それに何より、インフィニティは、シフォンなのだ。彼女はもう、自分達の子供みたいなものだ。守ってあげなければ ならない、そう思う。 けれど―――― 歩きながら、せつなは唇を噛み締める。 脳裏に過ぎるのは、お母さんの姿。 左手の手首を見る。赤のハートが繋がったブレスレット。お母さんからの、贈り物。 『貴方のお母さんの命を奪うことも出来たのよ』 『私の手は長いの。そう、貴方に気付かれないように、貴方の大切な人に触れられるぐらいに』 ノーザの、あの言葉。 それが何を意味するか、わからない彼女ではない。 インフィニティを渡さなければ、お母さんが。 「あら。せっちゃん」 「え? お母さん!!」 不意に、背の向こうからかけられた声に振り向くと、そこにはあゆみの姿があった。買い物袋を持って、ニコニコと 優しく微笑んでいる。 「どうしたの? そんなに、驚いた顔して」 「え? あ、ううん、何でもないの――――それより、お母さんこそ、どうして? 買い物なら、さっき行ったのに」 「お醤油を切らしてたのを忘れててね。慌てて買いに行ってきたところ。ラブはせっちゃんを探しに行くって、出かけ ちゃったみたいだし――――そういえば、一緒じゃないの?」 言われて、慌ててリンクルンを取り出す。アカルンで部屋を抜け出した後、着信音が鳴らないようにしていたことを 忘れていた。見れば、ラブからの着信とメールが、たくさん入っていて。 「ごめんなさい、お母さん」 言ってから、ラブに電話をかけ直す。と、一コールもしないうちに、彼女が出た。 「もしもし、ラブ?」 「もーう!! せつなったら!! どこ行ってたのよっ!!」 いきなり大声で話されて、思わずせつなは耳を離してしまう。それだけ心配させてしまったのだろう。怒ってるラブに 謝りながら、せつなは今、自分があゆみと一緒にいるということを説明する。どこに行ってたかについては―――― 誤魔化すしか、なかったけれど。 「ふぅ」 「せっちゃんも大変ね。ラブにこんなに好かれて」 電話を切って溜息を吐いたせつなに、あゆみはクスクスと笑いながらそう声をかけてくる。 「あ、いえ――――大変なんて、そんな」 恥らうように言って、せつなはあゆみの手から、醤油の入ったビニール袋を取る。 「あら。ありがとう、せっちゃん」 「ううん――――お母さん」 「じゃあ、はい」 あゆみは、空いた手で、せつなの手を掴む。思わずドキンとする彼女を、あゆみは慈愛の笑みを浮かべて見る。 「思い出すわー。ラブがちっちゃな頃、よくこうして手を繋いで歩いたものよー」 「お母さん――――」 「だから、せっちゃんとも、手を繋いでみたいなー、って。ダメかしら?」 「そんな・・・・・・」 ブンブンと首を横に振るせつなに、良かった、とあゆみは言って。 ギュッ、と繋いだ手に、力を込めてきた。 その手のぬくもりに。 想いの深さに。 せつなは心に決める。 私は―――― お母さんを、守らなきゃいけない。 絶対に。 どんなことを、しても。 7-237へ
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明日は日曜日。今夜はちょっとだけ夜更かしして、せつなと映画を見ることにした。 「これはね、アメリカ人の女の子がダンサーになるまでの半生を描いた映画なんだよ。 せつなと一緒に見たかったんだ」 「ニューヨーク、ダンスの本場ブロードウェイのお話ね。本で読んだことがあるわ」 せつなも嬉しそう。DVDをわくわくしながら挿入する。 『あ、だめっ、やめて! 無理、嫌っ。やだ、そうじゃないの、ほんとはやめちゃ、嫌っ!』 絡み合う肢体。若い女性同士が求め合う姿はとても淫靡で、そして美しかった。 「………………………………」 「………………………………」 一瞬何が起こったのかわからなかった。2人とも硬直しちゃって、しばらく呆然と画面を見て た。 やがてせつなが、がばっと立ち上がって二階に駆け上がっちゃって。ようやくあたしもテレビ のスイッチを切った。 タイトルは無地。何かの間違いで混入したんだろう……。 コンコン 「せつな、いいかな? さっきはゴメンね。びっくりしたよね」 「ううん。私こそ勝手に上がって来ちゃってごめんなさい」 そう言ってドアを開けてくれたせつなの顔はまだ赤かった。 「驚いたけど、嫌じゃなかったわ。でも、女の人同士でもあんなことするのね。男の人とじゃ ないと、その――赤ちゃん、できないんでしょ?」 上目使いであたしの顔を覗き込むようにして話してくる。ショックが大きくないことに安心し た。 「そうだね、でも愛し合うのに性別はないのかも。赤ちゃんを作るためだけじゃないみたいだ よ。お互いが好きって気持ちを伝え合うために、一つになろうとするんだって」 「それが、愛し合うってことなのね」 恥ずかしいけど、素晴らしいことなのかもしれない。そう言ってせつなは告白した。 「私は人と触れたことがあまりないの。手を握ってくれたのも、抱きしめてくれたのもラブが 初めてよ。それが、とても嬉しくて気持ちよかったの。だから、好きな人と肌を合わせること ができたら――」 それはどんなに素敵なことなんだろうって。いじらしくて純粋な思いに胸を打たれる。 そっと、せつなの手にあたしの手を近づけてみた。触れるか触れないかの微妙な距離。 せつなの方から指を絡めてきた。熱い手と潤んだ瞳。思い切って口にする。 「ね、せつな。もし、もしだよっ! 良かったら、あたしと――その――してみる?」 せつなはびっくりして目をまん丸に開いてこちらを見てる。 あちゃ~しまった。引かれたかな。 「ごめん、あたしとなんて嫌だよね。ほんと、どうかしてる。忘れて!」 手を合わせて、ごめんなさいって頭を下げる。 開かれた目が艶を帯びて潤む。せつなはあたしの手を解いて頬に押し当てた。 「嫌じゃないわ、ラブ。私はラブとなら――。ラブとしかしたくないもの」 ――プチン――パサ――シュル―― お互いに背を向けて、服を一枚づつゆっくり脱いでいく。 言葉もない。何て言っていいかわからない。 最後の一枚を脱ぐのは、本当に物凄く勇気がいった。 「不思議ね。一緒にお風呂に入ったこともあるのに、こんなに緊張するなんて」 せつなの声が震えている。両手で体を懸命に隠してる。あたしも同じようにした。恥ずかしい。 期待と不安がせめぎ合い、震えが止まらない。 「え、と、よろしくおねがいします」 「ラブ――よろしくおねがいします」 二人で同じこと言って、そして吹きだした。でも、おかげで少しリラックスできたみたい。 胸を隠すように覆う、せつなの手を取って抱き寄せる。お互いの裸身が露になる。 「せつな。キス、するよ」 「うん……」 そっと唇を重ねる。ふっくらと柔らかい感触。せつなの甘い髪の匂いが鼻をくすぐる。 うっとりとした表情、潤んだ瞳がとても色っぽかった。あたしもこんな顔になってるのかな。 恥ずかしくなって、照れ隠しに言葉を探した。 「お互い、ファーストキスだよね」 「うん――。普通、こんな形でしないわよね」 「裸でベッドでなんて、そんな人居ないよね」 おかしくなって二人で少し笑ってから、また唇を求めた。 重ねてはすぐ離れ、それを繰り返す。そのほうがより唇の柔らかさを感じられた。やがて、そ れも物足りなくなる。 唇の奥の湿った感覚。それを求めて唇を、舌を割り込ませようとした。せつなは歯を閉じて拒 もうとした。 それなら――。 空いた左手でせつなの胸をそっと撫でた。ぞくっと、せつなの体が震えて叫び声をあげる。 その瞬間に舌を滑らせた。 「んっ、んん、ん~」 せつなの細い舌先を探り当てる。舌と舌が触れ合った時、あたしの体にも電流が走る。 (なに、これっ、気持ちいい) ただこれだけのことが、こんなに気持ちいいなんて思わなかった。 味なんてあるわけないのに、甘い。頭がとけてしまいそうになるくらい、せつなの舌は甘かっ た。 夢中になって、息をするのも忘れてキスをした。絡ませあった。長い時間のあと、荒い呼吸が 静かな部屋に響き渡る。 せつなを抱き寄せてベッドに倒れこんだ。 せつなの肌。せつなの髪。せつなの布団。胸いっぱいにせつなの空気を吸い込んだ。 髪の匂いが特に好き。シャンプーの香りなんてとっくに飛んでる。せつな本来の匂いは、例え るなら花のよう。 髪に顔を埋めると目の前に耳たぶがあった。そっと咥える。 「あっ!」 ビクン! せつなの体が跳ねる。圧し掛かってるあたしの体まで、一瞬浮いたような気がした。 感じてる? そう思ったら、もっと反応が見たくなった。 反対の耳たぶを指でなぞりながら、舌を耳の中に挿入していく。腕の中で声をあげながら跳ね るせつなが可愛くて仕方がなかった。 一息ついてせつなを見る。涙浮かべて、恨みがましい目でこっちを見てる。 ――ごめんなさい、やりすぎました。 でも、もっとせつなを喜ばせてあげたい。ううん、それは嘘。せつなの声が聞きたい。 あたしの手で反応するせつなを見たくてたまらない。 欲望なのか、いたずら心なのか、なんなのかわからない衝動に突き動かされる。 せつなの胸に指をかけた。下から上に、天辺近くまで来たらその中心を避けて円を書くように。そして、 また下に。左手は合間に少し力を入れて揉みしだく。同時に出来るほど器用じゃないけど。 突起を避けるようにやんわりと愛撫する。 じれったい快感の波に襲われてるのだろう。ゆっくりと体をくねらせて悶えていった。 眉間にしわを寄せ、荒い呼吸で苦しさを訴える。 ころあいを見計らって頂点を咥える。今度は右手の指で軽くつまみ、こねて、弾く。 「やっ、んっ、やぁぁ、やだ、ラブ、辛い。辛いわ」 足をばたつかせ必死に逃げようとする。肩を押さえ込んで無理やり続けた。どうしてだろう、 止まらない、やめたくない。 「ラブ、やめてっ。もういい、おかしくなる、おかしくなるわ」 両手であたしの顔を押さえて、涙の浮かんだ目で抗議される。 「……ごめん、せつな。なんか止まらなくなっちゃて、怒らないで」 しゅんとして、落ち込んだあたしの髪を、そっとせつなは撫でてきた。 「ごめんなさい、ラブ。いざとなったら怖くなっちゃって。今度はちゃんと我慢するから。 ラブのしたいようにして」 せつなの膝辺りから内股へ、そして秘部に向けてゆっくりと撫であげる。ビクビクッと痙攣し ながら、せつなは上に上に逃げようとする。指が割れ目にかかる。 「あぁっ! ん~っっ、んんん」 懸命にせつなは声を殺そうとしてる。白く細い指が凄い力でシーツを掴み、引っ張る。 「そっか、せつな。自分でしたことも無いんだね。ここはね――」 しばらくぴったりと固く閉じた割れ目を往復した後、すっと指を立てて潜りこみ第一関節まで を挿入する。 「嫌っ」 バンッ!! 凄い勢いでせつなの体が跳ね上がった。 「待って、せつな。我慢するんでしょ。あたしを信じて。きっと良くなるから」 小刻みに指をちょっとだけ入れては出す。前後左右に動かしながら、不規則に刺激を与えた。 「ん、ん、ん~~、ん、んん、う~~、むぅ~~」 今度は枕を顔に押し付けて、声を出さないように必死で耐えている。そして、ついに女の子の 核に手を伸ばした。 ビクッ、ビクビクビク、ビクン! これまでと全く違う激しい反応。唐突な乱れ方は、意志を介してのものではないのだろう。 恐怖が快楽を飲み込み、苦悶の表情を浮かべる。 「だめッ…やめてっラブ、こんな……無理っ。嫌よ、駄目だってば……。 あっ、あっ、やっ、やだっ、やぁ」 喘ぎはやがて嗚咽に変わり、ついにせつなは泣き出した。 「ひっく、ひっく……、えっ、えっ、えっ……」 すすり泣く声に意識を取り戻す。あ、あたし、どうして。何をやってたんだろう……。 夢中になっていた。熱に突き動かされるように、せつなを責めていた。 いかせてあげたかった。でもまだ未開発のせつなにいきなりは無理だったのかもしれない。 「ごめん。ごめんね、せつな。虐めてるつもりじゃなかったの。この後に来る気持ちよさを教 えてあげたくて。いきなりは無理だったよね。ごめんね」 背を向けて、体を丸くして泣き続けるせつなを後から抱きしめた。激しい後悔が襲う。 (ほんと、何やってたんだろう。せつなは快楽が欲しかったんじゃない。肌を合せたかっただ けなのに) もうしないから、許して。そう言って謝り続けたら、せつなのほうからあたしの胸に頭を預け てきた。 「ごめん――なさい、ラブ。私、初めてだから怖くて……。我慢、できなくて――期待に応え てあげられなかった。私のほうこそごめんなさい」 「うん、今日はもうやめとこう。このまま朝まで寝ちゃおうか」 足を絡ませて、頭をくっつけるよにして抱き合った。ぽかぽかにあったまったお互いの体の熱 さが心地いい。 頬を摺り寄せる。指を絡ませあう。出来る限りの方法で密着する。 せつなが安心した声で話しかけてくる。 「ねえ、ラブ。私はラブが好き。今、とっても幸せなの」 「あたしもだよ。せつな。今日はごめんね。ゆっくり、一緒に幸せゲットしようね」 甘い香りとやめらかな肌。温かい体温と控えめな吐息。また一つ仲良くなれた充実感につつま れて、疲れた体を休めるべくゆるやかな眠りに付いた。 避2-41へ
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「とうぶんお別れね、ラブ」 「そうだね、せつな」 「わたしがいなくてもちゃんと起きられるかしら?」 「もー子供扱いしないでよー」 いつもの会話、いつもの笑顔。 二人はこれが最期だと言うのを、まるで気付かないフリをしているかの如く。 「だいたい、アカルンがあればいつでも戻ってこられるんだもん。そんなに悲しむこともないよね!」 「そ、そうね」 「そうだよ!」 嘘。 せつなはラビリンスの再建が完遂出来るまでは、ラブ達とは合わないことを決めていた。 それがメビウスを裏切り、そして、次はラブから離れる自分への罰だと。 ラブもその事には気付いていた。 「・・・幸せ、ゲットだよ!」 「・・・精一杯頑張るわ!」 「ふふっ」 「あはは・・・」 「じゃあ、そろそろ行くから・・・」 「ん・・・」 そう言って離れかけた手を、ラブは再び掴む。 「ねえ、せつな」 「な、なに・・・?」 「幸せに・・・」 「・・・ラブ?」 「あたしも幸せになりたい・・・!」 「!」 「せつなと一緒に幸せになりたいよ!どうしてダメなの!?せつなはあたしと一緒じゃ嫌?」 「違うの・・・。私はラビリンスを・・・、自分の故郷を守らなきゃいけないから・・・。 精一杯頑張らないといけないから・・・だから・・・」 「嫌だよ!それがあなたの幸せでも・・・。あたし・・・嫌・・・!あたしもあなたと・・・せつなと・・・」 「ラブ・・・」 「・・・あはは!なーんちゃって!ごめんね!変だよね!こんなの・・・ちょっと・・・変だよね・・・」 「ラブ・・・」 「あはは・・・じゃ、じゃあね!頑張ってねせつな!バイバーイ!」 「ちょ、ちょっと・・・!」 ぐちゃぐちゃになった顔で、ラブは笑顔の真似事をしようとするが、激流のように押し寄せる感情の前では無駄な試みだった。 それを気付かせまいと、顔を俯けたまま走り去るラブを、せつなは呆然と見送るしかなかった。 「あの子が、いつも自分よりも他人を優先させるラブが、あんなこというなんて・・・」 「準備はできたのかイー、・・・せつな!」 「その様子だと、まだ心の準備がついていないようだね。」 シフォンの力で命を、プリキュアとの絆で人間らしい心を取り戻した西隼人と南瞬。彼らは、東せつなのラビリンスへの 帰還に思う所があるようだった。 「そんな事はないわ。みんな笑って見送ってくれた。私も心の整理は・・・ついている。」 「みんな?」 「みんなって・・・誰だよ!?」 厳しい眼でせつなを見つめる瞬と隼人 。 「みんなは・・・みんなよ!」 「そのみんなの中に桃園ラブは入っているのか?」 「・・・!あなたたち、見てたの!?」 今度はせつなが二人を睨み返す。 「桃園ラブは、みんなで幸せゲットしようと言った。」 「だから私は、ラビリンスのみんなの幸せのために・・・!」 「桃園ラブの幸せはどうなる!?」 「!」 「お前の幸せもだ、イー・・・せつな!」 「僕たちはプリキュアから集団としてではなく、個人個人、みんなを幸せにする事が大切だと学んだ。」 「ここにいるみんなが幸せになる事。メビウスからの脱却。これが俺たちのするべき、第一歩だと考えている。 だから、お前と桃園ラブには幸せになってもらいたい。」 「一方的な理屈で・・・!」 「おいおい。これは君たちが教えてくれたことじゃないか、東せつな。」 「そうだぞ!イース!素直になれ!」 何故か、嬉しそうな顔でせつなを見下ろす二人。隼人に至っては名前の訂正すら忘れてしまっている。 「なんと言われようと、私はラビリンスを再建する!これはもう私が決めたことなの!邪魔しないで!」 「やれやれ、強情な子だな。」 「そう言う所は変わってないんだからなー。」 目配せする二人。 「やるか?」 「ああ」 「あなた達・・・まさか!?」 ―――スイッチ!オーバー!――― 「「ホホエミーナ!我に力を!」」 二人がホホエミーナのダイヤを投げると木々に刺さり、木の形をしたホホエミーナとなった。 木の形をしたホホエミーナは二人とせつなを遮断する壁となった。 「じゃーなーイース、じゃなくてせつな!また本場のドーナッツ食べにくるからなー」 「しばしのお別れだ、東せつな。他の三人によろしく。」 「こら!待ちなさい!瞬!隼人!待ちなさいったら!どうしてあなた達はいつもそう勝手なのよ! 私の言う事なんか・・・私の言う事なんか一度だって聞いてくれやしない・・・」 「そんな事はないぞせつな!俺たちは確かに聞いた!」 「そう、ここに留まりたいと言う君の心の声をね。」 「だから最後ぐらいはお前の言う事も聞いてやろうと思ったわけだ!ハッハッハッハ!」 「あとは君が、君の心の声を聞いてあげる番だよ。」 「そう言う訳だ!じゃあな!また会おう!」 ホホエミーナも消え、木々は元に戻り、静寂が再び訪れた。 「そうだ・・・アカルン!アカルンがあれば私もラビリンスに・・・」 呆然とした眼で、何かに操られるようにアカルンを取り出すせつな。 「おねがい、アカルン・・・私もラビリンスに・・・」 「キー?」 「あ、ちょっと!」 なんと、せつながアカルンを取り出そうとするとアカルンが逃げ出してしまった。 アカルンはふわふわと漂うようにどこかへ行ってしまう。 「キー!」 「待って!アカルン!私はあなたがいないと・・・!」 「キー!キー!」 何か憤った様子でアカルンはどんどんどこかへ行こうとしている。 「待ってったら!」 せつなは懸命に追いかけようとするが、せつなの走るスピードよりほんの少しだけ速いスピードでアカルンは飛んで行く。 「キー♪」 「ねえ、ミキたん、ブッキー」 「なぁに?」 「振られちゃったんだ・・・」 「何?また友達の話?」 「うん。そう。友達の話」 「・・・そっか」 いつもの公園のいつもの場所。カオルちゃんのドーナツ屋さんの前。三人はいつもと変わらない様子に見えた。 「ラブちゃん・・・無理しなくて良いよ・・・」 「何が?」 「食べたくもないのに、元気を装ってそんなにドーナツ食べてると体に毒よ?」 「そんなことないもん。あたし元気だもん。」 「せつなちゃん、まだラビリンスに帰ってないかも。」 「引き止めなくて良いの?ラブ。」 「せつななら大丈夫だよ!きっとラビリンスを元気な町にしてくれるって!」 「そうじゃなくて・・・」 「ラブちゃんは・・・どうなの?」 「あたし・・・あたしは・・・せつなが、みんながラビリンスのみんなと幸せゲットしてくれれば・・・」 「もうイヤ!」 美希は激しい勢いで立ち上がり、ラブを睨みつける。 「ミキたん・・・?」 「あなたのその空疎な持論にはもうウンザリ!みんなって誰よ!そのみんなの中に入ってないのよ!あなたが!そしてせつなも!」 ちょっと来なさい!」 「ちょ、ちょっと、ミキたん!?」 「いこ、ラブちゃん。せつなちゃんに会いに!」 「ブッキー・・・」 二人と、その二人に引っ張られる一人の合計三人はドーナツ屋さんから離れ、公園を後にした。 「ここは・・・」 気がつくとそこは森であった。 イースが倒れ、4人目のプリキュアが生まれたあの森。 「キー♪」 「あなた、ここに連れてきたかったの?」 「あ、やっぱりここにいた!」 「ブッキー!それに美希!」 「ほら、出てきなさいよ!」 美希が呼びかけると、木の陰からおずおずとラブが出てきた。 「せつな・・・」 「ラブ・・・」 今までのことが走馬灯のように頭をめぐる。 占いの館で初めて出逢った日のこと。 イースとして初めて対峙し、そしてせつなとして初めて対峙した日のこと。 キュアパッションとして生まれ変わった事。 ラブと一つ屋根の下で過ごしたかけがえのない日々。 せつなはいつの間にか顔を真っ赤にして、涙を流していた。 そう、これが本当の気持ち。罪悪感に囚われ、閉じ込められていた本当の気持ち。 私は、桃園ラブと一緒にいたい。片時も離れず、ずっと、一緒に・・・ 「わあああああー!ラブー!」 「せつなー!」 強く抱き合う二人。お互い、びしょびしょになりそうなほどの涙を流しながら、二人は強く抱き合う。 「ごめんね、せつな。あたし・・・ちゃんとせつなを笑って見送れるようにって、せつなが幸せゲットできるようにって、 頑張ろうとしたけど・・・一生懸命頑張ろうとしたけど・・・」 「いいの、ラブ・・・。私が、あなたの幸せになるわ。私が幸せになって、あなたにゲットされてあげる。 これからは、ずっと、一緒に・・・」 「これで、ようやく、みんなで幸せゲット、って訳ね。」 「わたし達、完璧!」 「ブッキー!それアタシのセリフ!」 「あはは、ごめーん」 「さ、帰るわよブッキー。」 「え?このまま二人をほっといていいの?雨降ってきそうだよ?」 「やぁねえ、このままがいいんじゃない。こ・の・ま・ま・が。」 祈里の予想通り、確かに雨は降ってきた。 だがそれは暖かく、優しい雨。 二人の涙をぬぐい去ってくれるような、優しい雨だった。 おわり
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鏡に映った自分の姿。 目尻の垂れた大きな目。丸くて少し低めの鼻。薄い唇のおちょぼ口。 小柄な背丈の割りにふっくらと盛り上がった胸元。 柔らかそうな丸みのある腰回りや太もも。 可愛らしい、と言ってくれる人もいるかも知れないけれど……。 はぁ……、と祈里は溜め息をつく。 その顔に浮かんでいるのは、明らかな不満。 (何でこう、どこもかしこも丸っこいのかなぁ。) 鏡に顔を寄せ、色々な表情を浮かべてみる。 体を捻ってシナを作りポージング。 (何やってんだろ、わたし……?) 百面相したって、顔立ちが変わる訳じゃない。 いくら腰を捻ったところでくびれが出来る訳でなし。再び溜め息をつき、ゴロリと行儀悪くベッドに転がる。 瞼に浮かぶのは一人の少女。 スラリと細身の長身に、しなやかに伸びる長い手足。 切れ長な涼しい目にスッと鼻筋の通った高い鼻梁。 クールな雰囲気に似合う少し薄目の唇。 枝毛一つ無いだろう、腰まで届く艶やかに豊かな髪。何て自分とは違うんだろう。 寝転んだまま、チラリと鏡に目を走らせる。 子供っぽい、拗ねた表情。こう言う顔をすると、ますます童顔が際立つ気がする。 せめてロングヘアーにすれば、もうちょっと大人っぽくなれるかと 髪を伸ばそうと思った時期もあった。 しかし、ふわふわした波のある縮れた髪質は伸びても引き上がって、 それほど長くなったようにも見えず。 それなのに梳くのも引っ掛かって一苦労。 結局、この長さが自分には限界だった。 昨日今日分かった事ではないではないか。 自分と美希とでは容姿に差がある事くらい。 自分がブス…とまでは思わないけど……。 時にはそこそこ可愛いかも?と思わないでもないけど……。 以前ラブに呆れられた事がある。 『ブッキーで可愛くなかったら、世の中顔晒して外歩ける子いなくなっちゃうよ。』 誉めて貰えて嬉しかった。嬉しかったけど、やっぱり…。 (ラブちゃんは、気にならないのかしら?……せつなちゃんと二人で歩くの。) ラブの容姿が劣っている、と思っている訳ではない。 むしろ、ラブほど魅力的な女の子はそうはいない、と思っている。 だがラブの魅力は体から溢れ出るエネルギー、と言うか、輝くばかりの生命力 が映し出す眩い命のことほぎ。 それがラブをこの上なく愛らしく見せ、 彼女を誰にも無視出来ない存在感を放った 女の子として心に住み着かせてしまうのだ。 だから、純粋に見た目だけの話となると…… (ラブちゃんは、わたしの側だと思うのよね……。) 美希とせつなは誰が見ても綺麗な子、美少女だと言うだろう。 自分とラブは、その人の好み次第、と言ったところか。 でも、ラブには美希にもせつなにも負けない人を惹き付ける引力がある。 ラブの笑顔で心を蕩けさせない人はいないだろう。 結局、一番冴えないのは自分だ……。 今日、美希はせつなと二人で買い物に行った。 以前、せつなが美希の服選びに付き合ったお返しに、 せつなの服を美希が見立ててやる約束だったのだ。 ラブは学校の友達と先約があるとかで不参加。 当然のように、美希とせつなは誘ってくれた。 けど、祈里は断った。有りもしない用をでっち上げて。 ラブも一緒なら、まだいい。 自分一人だけで、あの二人と行動したくなかった。 綺麗な子の中に、一人ぱっとしないのが混じってる。 周りがそんな風に見てる気がして。 我ながら自意識過剰なのは分かってる。 それでも、一度意識してしまったコンプレックスを知らん顔するのは難しく。 美希への想いを誤魔化し切れなくなってからの自分は、どこかおかしい。 前はこんなんじゃなかった。 こんなに人目を気にしたり、被害妄想スレスレの劣等感に苛まれたり。 自分にまったく自信が持てない。ダンスを始めて、少しは引っ込み思案も マシになったと思ってたのに。以前よりも酷くなってしまった。 気持ちの大部分をネガティブな感情が占めている。 美希に対しては劣等感。ラブに対しては羨望。 そして、せつなに対しては……嫉妬だ。 恋を自覚して、もう少し甘酸っぱい思いに浸ってもいいだろうに、 笑えるくらい後ろ向きだ。 (わたし、せつなちゃんに嫉妬してる………。) ラブから学校での様子を聞くと、勉強もスポーツも完璧らしい。 スポーツ万能なのはダンスを見てても分かる。一番遅れて始めたのに、 あっという間に美希やラブに追い付き、祈里は追い抜かれてしまった。 合宿で自分が手解きした事なんて、今となっては冗談みたいな話だ。 ラビリンス時代の訓練の賜物か、動きを目で見て頭で覚えれば、 その通りに体を動かせるらしい。 いくら振り付けを早く覚えても、体が付いていかない自分と 差が開くのは当たり前だ。 学校でもそんな風に、サラッと難しい事を何でもないようにこなして 周囲を驚かせているのだろう。 おまけに、見た目があれだ。 結局、そこに行き着いてしまう。 それに……、と祈里は思う。 祈里は、せつなが羨ましいのだ。 一番大切な人に、一番大切に想われ、一番近くにいられる。 何より、それが羨ましかった。 ラブに想いを受け入れられ、体中に愛情を注がれている。 ラブがせつなを見つめる、蕩けそうな瞳。 誰よりもせつなを愛している、その事を隠そうともしない。 こんな嫉妬はお門違いだ。理不尽だと思う。 そんなものを向けられたってせつなだって困るだろう。 でも……… どうして、何でこんなに心がざわめくのか。 理由は分かっている。 美希のあんな顔を見てしまったから。 (美希ちゃん。そんなに、せつなちゃんといるのが楽しいの?) 今日見た二人の姿。 別に何でもない。おかしな事など何もない。 可愛い女の子が二人、仲良くじゃれ合いながら買い物をし、 お喋りに花を咲かせている。それだけの事だった。 祈里は誘いの断りのメールを出す時、最後にこう付け加えた。 『用事が早く片付けば、合流出来るかも』 一緒に買い物に行くのは嫌。 でも美希が自分以外の人と二人きりで過ごすのも何だか落ち着かない。 だから、気になって我慢出来なければいつでも様子を見に行けるように。 でも結局、声を掛ける事は出来なかった。 二人はすぐに見つかった。前もって場所は聞いておいたから。 ふと気が付く。そう言えば、自分以外の親しい人と美希が一緒にいる所を 外から見るのは初めてかも知れない。 美希だって、学校の友人と出掛ける事くらいあるだろうけど、 案外いつも一緒に過ごす人が、他人にどんな顔を見せるかなんて、 見る機会ってそうそうない。 (あんな美希ちゃん、初めて見た。) 美希の、猫の目のようにくるくると変わる表情。 屈託のない、無邪気な笑顔。 二人は服を選びながら、何かしら話していた。声までは聞こえない。 美希が悪戯を思い付いたような顔で、せつなに話しかける。 たぶん、からかおうとしてるんだろう。 せつなは素っ気ない態度。美希は懲りずに、せつなの反応を誘う。 相変わらず、せつなは涼しい顔で相手にしない。 途端に美希は拗ねたように唇を尖らせる。 今度はせつなが美希に答える。その表情から、たぶんからかい返したんだろう。 美希は頬を膨らませ、芝居掛かった態度でプイッとそっぽを向く。 せつなが苦笑いしながら、美希の顔を覗き込む。 美希はますます顔を背ける。 せつなが美希の腕に自分の腕を絡め、逃げる美希の顔を追い掛ける。 機嫌を取るように微笑みかけ、美希の膨れた頬をつつく。 思わず、と言った感じで美希が吹き出す。 つられるように、せつなも吹き出す。 そんな自分達が可笑しくなったのか、二人は額をくっ付けんばかりに 顔を寄せて笑い合っていた。 ドクン……。と胸の中で音が響いた。 美希への想いを孕んだ繭が、心臓を締め付けながら膨張していく。 美希は、あんな顔で自分には笑い掛けない。 あんな風に、からかわれた事もない。 あんな風に、わざと拗ねて見せ、機嫌を取って貰いたがる美希なんて知らない。 せつなといた美希。 あまりに無防備で、隙だらけで……… 驚くほど、年相応に子供っぽかったのだ。 小柄なせつなに甘えるように身を寄せて笑う美希。 そんな美希をいぶかしがる事もなく、ハイハイとあしらうせつな。 綺麗な二人がじゃれ合う姿は微笑ましく、そしてどこか、入り込めない 空気を感じた。 祈里は立ち竦み、それから黙ってその場を立ち去った。 逃げる事なんてない。「楽しそうね。何話してたの?」、そう言って 仲間に入れて貰えばいいだけなのに。 どうしてこんなに臆病になってしまったんだろう。 胸の繭が脈打つ度に、血液の変わりにどす黒いタールが 送り出される。 どろどろと血管を目詰まりさせながら流れる澱が、皮膚までもベタつかせる。 いつも美希に姉のポジションを押し付けてた。 甘えて、我が儘を言って、美希が困った顔で許してくれるのに 心地良く身を任せていた。 美希に子供の顔をさせなかったのは自分ではないか。 それなのに、自分には見せない顔をせつなに見せていた美希に苛立っている。 自分の知らない美希の表情を引き出したせつなに嫉妬している。 我慢出来ない。どんな美希も自分だけの美希でいて欲しい。 我慢出来ないのに、美希にそれを伝えられない。 だって、自分に自信がないから。 釣り合わない、と思われたくない。 例え美希が受け入れてくれても、美希の隣に並んだら見劣りする。 周りからも、美希とお似合いだって想われたい。 矛盾してる。女の子同士でお似合いも何もないのに。 そんな風に見られないように、ずっと気持ちを押し込めて来たのに。 せつなの様な、繊細でたおやかな容姿が欲しかった。 ラブの様に、溢れ出るしなやかな強さが欲しかった。 そうすれば、今よりもっと違った関係が築けたかも知れないのに。 引き返す前に美希にメールを出した。 『用事を切り上げられそうにないので、今日は無理みたい。』 帰ってから三時間経つ。 返信は、まだ来ない。 合流するかも、と言ったのに連絡があるかと気にもして貰えないんだろうか。 メールをチェックするのも忘れるくらい、せつなとの時間が楽しいのだろうか。 馬鹿馬鹿しい。単なる言いがかりだ。 美希もせつなも何も悪くない。 それでも胸にベタベタと粘り付く感情は、拭っても拭っても回りを 余計に汚すだけだった。 枕に顔を押し付け、ギュッと目を瞑る。 何もせず、ただ美希からの連絡を待ち続ける。 自分からは何もしようとしない。そんな関係に慣れきってしまった。 いつだって、美希が望むものを与えてくれてたから。 いつの間にか、それが当たり前になっていた。 でも、本当は美希はそんな関係に嫌気が指していたんじゃないだろうか。 胸に閉じ込めていた、脈打つ美希への想い。 大切に抱いていこうと思ってた。 温めて、育てて、そうすれば、いつかかけがえのない美しいモノが 生まれてくれるのではないか。そう信じてた。 それがいつしか、祈里の血を吸い上げながら、黒い粘液を吐き出している。 禍々しささえ感じる、その繭の中に眠るもの。 孵ってしまえば、己の身すら喰らいつくす化け物が生まれるのではないか。 (助けて………。) 苦しい。こんな醜い自分は嫌だ。 美希ちゃん。わたしの事、好きよね? だったら、どうして他の人と楽しそうにするの? どうして、わたしが一人でいるのに放っておくの? 身勝手だ。頭では理解できる。 こんな我が儘ぶつけられたら鬱陶しいに決まってる。 美希ちゃん、美希ちゃん、美希ちゃん……… 分かってるけど………。 自分の想いで頑じ絡めになっている自覚はある。 たぶん次に美希に会うときは、酷い態度を取ってしまうだろう。 美希ちゃん、それでも許してくれる? 8-223へ
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一人。 ラブは、街の中を歩く。 公園を過ぎ去り、商店街を抜け、自分の家へと。 だが、彼女の姿は誰の目にも止まらない。 彼女の声は、誰の耳にも届かない。 自分がここにいるということを、誰にも気付いてもらえない。 それが、こんなに辛いことなのかと、ラブは初めて知った。 公園には、カオルとミユキがいた。いつものようにドーナツカフェを開く彼は、しかし、どこかに明るさを置き忘れたか のように無口で、険しい顔をしている。カフェの席の一つに座るミユキもまた、物憂げな顔をしたまま、何も言わない。 「カオルちゃん。ミユキさん」 一縷の望みを賭けて、ラブは呼び掛ける。だが、彼女の声は、そよ風程も空気を震わすことは無く、二人は気付か ない。 やっぱり、か。思いながら、目を伏せてラブは歩きだした。ずっと無言のままの、彼らに背を向けて。 商店街は、いつもの通りだった。 活気に、溢れていた。 けれど。 「ばあさん。なんだい、今日はもう店じまいかい」 「ああ。ちょいと疲れちまったからね」 「なんだい、そろそろ年を考えるようになったってかい?」 「バカお言いでないよ――――なんだかね、空しくなっちまったのさ。私みたいなおいぼれより先に、若い子に逝かれ ちまうとね――――あんなに元気だったのに」 「――――ラブちゃんのことかい?」 無言で頷いて、駄菓子屋の老婆は店のシャッターを閉めてしまう。それを見て、向かいの店の男も、頭をかいて仕事 に戻る。その顔に、深いやるせなさを見せながら。 「おじさん。おばあちゃん」 ラブは、胸に痛みを感じて、そっと自分の手を当てた。 皆が、悲しんでいる。皆が、偲んでくれている。 それを知れたことは、幸せなことかもしれないけれど。 こんな幸せは、ゲットしなくても良かったよ。 思いながらラブは、目をうるませる。 だがすぐに、一つ息を吐いて、顔を上げる。 これは、夢だ。 せつなが見ている、悪夢なんだ。 早く、助けてあげないと――――目を覚まさせてあげないと。 アタシは、ちゃんと生きてるんだって。そう伝えてあげるんだ。 思った瞬間。 「あ…………」 ラブは、愕然とする。 せつなに会えば、それで解決すると思っていた。顔を合わせて、しっかりと話し合えれば、それで彼女を助けられると思っていた。 けれど―――― 「どうやって、せつなに――――」 伝えればいいのだろう。 声を届けることも。触れ合うことも出来ないというのに。 どうやって。 ひとりに なりたくて ――――Leave me alone―――― まんじりともせぬまま、夜を明かして。 美希は、少し隈の出来た目で、ベッドの上の二人を見つめる。 せつなと、ラブ。結局、二人は目を覚まさなかった。夢の中では、時の流れが通常と違うと長老は言っていたが―― ――今、どうしているのだろうか。 その長老もまた、二人の枕元、クローバーボックスの横で眠っている。といっても、ただ眠っているわけではなく、 ラブの存在をせつなの夢の中に留め置く為に、力をふるっているのだという。なんでも、クローバーボックスの力で 二人の夢を橋渡ししているのだが、そのままではラブの存在が不安定なので、彼の魔法でそれを安定させている らしい。 ともあれ、杖をかざし、二人に向けながら目を閉じて、微かにも動かないその姿は、本物のぬいぐるみのようだ。 「美希ちゃん。おはよう」 「おはよう、ブッキー」 扉を開けて入ってきたのは、パジャマから私服に着替えた祈里だった。真っ赤に充血した目を見て、美希は憂い 顔になる。 「あんまり、寝れなかった?」 「…………」 コックリ、と頷く祈里に、無理もないか、と美希は思う。 彼女を寝かせたのは、美希だった。自分も起きていると言った祈里を、 「ブッキー。あたし達は、明日、せつなやシフォンを守る為に、戦わなきゃいけないかもしれないわ。絶対に負けら れない。だから、しっかり休んで、体調を整えておかないと」 そう説き伏せて、無理矢理にベッドに入らせたのだ。彼女本人はと言えば、二人がいつ帰ってきてもいいようにと、 一睡もせずに見守っていた。もっとも、彼女達が目覚めることは無かったのだけれど。 「交代するよ、美希ちゃん」 「ん、そうね、お願い――――おばさま、うまく誤魔化しておいてね」 「大丈夫。おじさんもおばさんも、休日出勤だって言ってたから」 祈里の言葉に、美希は軽く頷く。そういうことなら、少しは時間が稼げるかもしれない。もっとも、二人とも、すごく 二人のことを心配していたから、急いで帰ってくるつもりだろうが。 「それじゃ、後はお願いするわね、ブッキー」 「うん。おやすみ、美希ちゃん」 祈里に後を託し、美希は、ラブの部屋に敷かれた布団に潜り込み、目を閉じた。 だが、当然のことながら、眠りは彼女の瞳に訪れない。 心の中にあるのは、隣の部屋に眠る、ラブとせつなのことばかり。 二人は、大丈夫だろうか。戻ってこれるのだろうか。 きっと大丈夫。そう信じていても、心のざわつきはとまらない。 何度も寝返りを打ち、枕を抱きしめてみても、やはり胸が想いでいっぱいになって、溢れてきて。 祈里と同じで、すぐ寝つける筈も無く、ただ布団の中で焦燥に駆られることしか出来ないのだった。 『ピーチはん。どないでっか?』 その声が聞こえてきた時、ラブはちょうど途方に暮れていた。 もう、せつなの待つ家の近くまでは来ている。だが、どうすれば彼女に自分の気持ちを伝えられるかがわからなくて、 まだ入れずにいた。そこに聞こえてきたのが、長老の声だったのだ。 「長老? どうして、声が……」 『まぁ、これぐらいはな。もっとも、力のほとんどはあんさんがそっちの世界にいられることに向けとるさかい、あんまり お手伝いは出来ひんけど――――それより、どんな夢やったんや? パッションさんの見とる夢いうんは』 ラブは、思わず俯く。そして、近くのベンチに腰をおろし、 「実はね――――」 と話し出す。 この世界、せつなの夢の中では、自分は死んだことになっているらしいこと。だからなのか、自分の存在は誰にも気 付かれていないこと。触れることも話しかけることも出来ず、どうすればせつなを助ければいいか、まったくわからなく なってしまったこと―――― 『なるほど――――そら、えらいこっちゃな』 長老の声に、緊迫の色が混じる。うなだれていたラブは、そのままの姿勢で長老に問い返す。 「ねぇ、長老。アタシじゃなくて、美希タンかブッキーに、この世界に来てもらうこと、出来るかな」 あの二人が死んだという話は聞いていない。自分が死んでおり、まるで幽霊のような存在になっているというのなら、 彼女達が来れば、ちゃんとせつなと話をすることが出来るのではないか。そうラブは思ったのだ。 『それは――――難しいな』 だが、長老はラブの考えに難色を示す。 「どうして?」 『この世界が、ソレワターセが作った世界やって言うたやろ? その中で、ピーチはんは異物や。今回は、クローバー ボックスとわしの魔法の力でコッソリ送り込んだけれど、何度も行き来させれば、ソレワターセに気付かれてまう。そう なったら、パッションはんは……』 言葉を濁すのは、その先にあるのが悲嘆しかないから。それがわかって、ラブは眉間に皺を寄せる。 じゃあ、どうすれば…… どうすれば、せつなを助けられる? 『――――わしの力、使いや』 そんな彼女の苦悩に気付いたからか。優しい声で、長老が話しかけてくる。 「――――え?」 『わしの力を、あんさんに預ける。ほんまちっちゃい力やさかい、たいしたことは出来ひんけどな』 言葉と共に、ラブは右手が一瞬、熱を持つのを覚える。それはほんの一瞬のことだったが、それでも、何か不思議 な力が宿ったことがわかった。 『これで、あんさんが望む時に、この世界の人や物に触れることが出来る』 「長老――――」 『せやけど、さっきも言うた通り、わしはあんさんの存在を固定させることで精一杯や。触れられるんは、多くても二回、 そう思うといてな』 二回。 ラブは、グッ、と右の拳を握りしめる。 「ありがとう、長老。アタシ、やってみるよ」 答えは、無かった。おそらく、再びラブの為に力を操ることに専念し始めたのだろう。 二回。 たったの二回、とも言える。 だけど、零よりは多い。 何が出来るかはわからないけれど、この二回で。 せつなを目覚めさせるんだ。 不退転の決意を固めながら、ラブは。 ゆっくりと、自分の家へと向けて歩き出したのだった。 せつなは、ベッドからゆっくりと起き上がった。 締め切ったカーテンの向こうの空が、赤い。紅い。 いつの間にか、今日という日が終わった。明日もきっと、同じだろう。 何も起きない。何も起こらない。 ただ、漫然と過ごし。 心に何も残さないまあ、終わっていく。 それが毎日。せつなの、日常。 机の上のリンクルンを見る。着信音は、消していた。バイブさえ、止めてしまった。 カチカチと操作して、着信とメールを確かめる。この頃は、届いたメールに返信すら出さなくなってしまった。段々と、 来るメールの数も減ってきた。毎日のように届けてくれるのは、美希と祈里の二人ぐらいだろうか。 その彼女達から、たくさんの着信があった。二人合わせて、優に十件を越えている。しびれを切らしたのか、最後に はメールに切り替えたようだ。ボタンを操作し、確認したせつなは、微かに息を飲む。そこに書かれた文面は、 『せつな!! ラビリンスがまた現れたわ!!』 『せつなちゃん!! お願い、電話に出て!!』 だがそのメールが届いたのは、時間にして、もう数時間も前のこと。 戦いはもう、終わっていることだろう。呆然と立ち尽くす彼女の耳に、階段を荒々しく上がってくる足音が届いた。そし て、彼女の部屋の前で立ち止り、扉を勢い良く開けて飛び込んできたのは、 「せつなっ!!」 蒼乃美希、だった。 「美希……」 小さく呟くせつなの前にズカズカと近付いてきた美希は、身を凍らせる彼女の腕を掴む。 「なんで、連絡しないのよっ!!」 大きく、鋭い声が、せつなの耳朶を叩く。ビクッ、と体を震わせた彼女は、烈火の如き怒りの炎を宿らせた美希の瞳 から、目をそらす。 「……ごめんなさい……気付かなくて……」 「気付かなかった、ですって!!」 「美希ちゃん!!」 激昂し、手を振り上げた美希を押しとどめたのは、ぶつかるように彼女に抱きつきながら叫んだ祈里だった。 「お願い、美希ちゃん、落ち着いて!!」 「ブッキー……」 必死にしがみついてくる彼女に、美希は振りかざしていた手を下す。 「わかったわ。ごめんなさい、ブッキー。もう、落ち着いたから」 言いながら彼女は、ポンポンと祈里の頭を撫でた。それでようやく、落ち着いたことがわかったのか、彼女は美希か ら離れて笑顔を見せた。 その姿を見て、せつなは目を見開く。 「ブッキー、その怪我……!!」 「え? ああ、これ。ちょっと、ドジっちゃった」 可愛らしく舌を出して見せる彼女だったが、それが見せかけだと、せつなにはすぐにわかった。 首筋や両の手に包帯を巻き、肘には湿布を貼っている。ズボンを穿いているから見えないが、足も同様なのでは ないだろうか。 「ソレワターセよ」 愕然とするせつなに追い打ちをかけるように、美希の言葉が響く。 「さっき、貴方に連絡した通り、ラビリンスが現れて――――あたしとブッキーの二人で戦ったの。その結果が、これよ」 「美希ちゃん」 再び、止めようとする祈里だったが、今度はそれに構わず、美希は話し続ける。 「強かった――――ソレワターセは強かったわ。二人で頑張って、なんとか倒すことが出来たけれど――――ブッ キーは、こんなに怪我をした!!」 言いながら、彼女はせつなに詰め寄って。後ずさるせつなだったが、すぐに机にお尻がぶつかり、逃げられなくなる。 「三人いたら!! 三人だったら、もっと速く、もっと簡単に倒せたかもしれないのに!! ブッキーだって、怪我をせずに すんだかもしれないのに!!」 「美希ちゃん!!」 迫る、美希の顔。激怒の表情。 その肩に、彼女を止めようと乗せられた祈里の手。その指は、全て、白い包帯に包まれていて。 「ごめん……なさい……」 「謝って欲しいわけじゃない!!」 いつもの冷静さを、すっかりと失って。まるでヒステリックと言える程に、高い声で美希は叫ぶ。思わず、目をつぶる せつな。祈里もまた、彼女から手を離して。 肩で息をつきながら、叫んで少し、落ち着いたのか。美希は足もとに目を向けながら、囁くように言う。 「謝って欲しいんじゃないのよ――――せつなに謝られたって、ブッキーの怪我は消えないもの」 「……ごめん……」 それでも、せつなにはそうとしか言うことが出来ず、目を伏せる。 美希は、そんな彼女の想いに気付かぬまま、せつなの両肩に自分の手を置いて、言った。 「せつな――――貴方の辛い気持、わかるわ。あたし達も、そうだもの。ずっと一緒だった幼馴染が、急にいなくなっ ちゃったんですもの」 でもね、と美希は続ける。 「あたし達は、プリキュアなの。あたし達が戦わなきゃ、皆が不幸になる。だから、どんなに辛くたって、苦しくたって、 立ち上がらなきゃいけないのよ」 その言葉に、彼女は目を伏せた。 戦わなきゃいけない。そう。私はプリキュアだから。 「だから、せつな!! 本当にラブのことを大事に思ってるなら――――」 「わかってるわよ、そんなの!!」 今度は、せつなが。 大声で、叫んだ。 美希が、祈里が、息をのむ。 「わかってる!! 私達が戦わないといけないんだって……いつまでも悲しんでたってダメなんだって……こんんなの、 ラブが望んでるわけないって……私にだってわかてるわよ!!」 「せつな……」 「せつなちゃん……」 二人の呼び掛けにこたえず、せつなは肩を震わせる。ボロボロと涙がこぼれて、止まらない。 「でもね、でも――――頭でわかってても――――心も、体も……動いてくれないの……動いてくれないのよ……」 ずるずると。 糸が切れた操り人形のように、せつなはその場に崩れ落ちる。 「嫌よ……嫌なの……」 子供のように、首を横に振りながら、彼女は泣き続ける。 「ずっと考えてた。どうして、ラブが死ななきゃいけなかったのって。どうして、私じゃなかったのって――――ラブなら、 そんなこと考えなくていいよって……ううん、考えちゃダメって、きっと言うわ。でもね……でも、考えちゃうの。嫌なこと ばかり、考えちゃう。こんなのじゃ、ラブに叱られるってわかってるのに、止められないの!!」 悲痛な告白に、二人の少女は言葉を失い、立ち尽くしている。せつなは、涙をこぼれさせるのに任せながら、 「立ち上がろうとしたわ。悲しみに、負けてる場合じゃないって――――けどそのたびに、ラブの顔を思い出すの。ラブ との思い出が、自然とわきあがってくるの。それが胸を苦しめて、辛くて――――動けなくなる!! 私が生きてることが、 許せなくなる!!」 振り絞るように、彼女は心の奥底を曝け出す。それは、あまりに深く、苦しみに満ちた悲哀。 自らを傷付ける少女の一言、一言に、二人の仲間は、かける言葉を見つけられずに。呆然と、立ち尽くす。 「こんなことなら――――プリキュアになんて、ならなきゃ良かった――――生き返りなんて、しなければ良かった― ―――」 呻くようにそう言って、せつなは笑う。泣きながら、自らを嘲るように、笑う。 「なんて考えてるなんて、ラブが知ったら――――すごく、怒るでしょうね……」 それが、わかっていて。 止めることが出来ない。 言葉を失う美希と祈里を見上げる、せつなの瞳には。 ただ、絶望の深い闇だけが広がっていた。 「せつな……」 その全てを、ラブは、見ていた。聞いていた。 家に入ろうとした時に、驚く程の勢いで美希が駆けてきて、そして、彼女と一緒にせつなの部屋に入りこんだのだけ れど。 「美希タン、ブッキー、せつな……」 呼び掛けてみる。長老からの力は、使わずに。 だが、やはり彼女達にも、自分の声は届かない。 唇を噛みながら、泣き続けるせつなの姿を見る。 今すぐ、抱きしめたい。ラブは、そう思った。 ギュッと抱きしめて、大丈夫、怒ってないよ、そう囁いてあげたかった。 怒ってないよ。けど、悲しいんだ。せつなが、そんな風に泣いてるのが。 けれど。 ラブは、右の手を握りしめて、その衝動に耐えた。 今じゃない。今のせつなに触れても、彼女を助けることにはならない。 そう思ったから。 せつな。どうすればいいんだろう? せつなを助けてあげたいよ。そんな風に落ち込ませてないで、笑っていて欲し いんだよ。 アタシがいない世界を、一番、怖がってくれてありがとう。 けれどね、せつな。 もう、せつなは一人でも歩けるんだよ。 アタシがいなくたって、幸せになっていいんだよ。 思いながら、ラブはそっとせつなの体を抱きしめる。 力を使わないから、触れられず、すり抜けるけれど。 万感の想いをこめて、彼女はずっと、抱きしめ続けたのだった。 そのぬくもりは、しかし、せつなには伝わらなくて。 彼女は、大切な人の想いが側に寄り添うことに気付かず、ただ、嘆き続ける。 「……遅いわね」 美希が、呟く。 時間が経つのが、こんなにも早いと思ったことは無かった。 せつなの部屋の時計がおかしいんじゃないか。そんなことさえ思った。けれど―――― 「約束の時間まで、あと少し……」 同じく気付いているのだろう。時計を見て、祈里が小さく呟いた。 ラブとせつなは、しかし、まだ眠り続けている。一体どうなっているのか聞こうにも、長老すら目覚める気配が無いか ら、何もわからない。 このまま、二人が起きなかったら―――― そっと、美希は盗み見るように、シフォンを眺めた。 彼女は、やはり二人を心配しているのだろう。覗き込んで、悲しげにプリプーと呟いている。 「シフォン――――」 ギュッ、と美希は拳を握りしめる。 シフォンを見つめる彼女の瞳が、スッと細まる。 もしも。 このまま、二人が起きなかったら―――― 起きなかったら。 7-806へ
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風邪ね、とお母さんに言われた。今日は学校、お休みしなさい、とも。 大丈夫、と強がろうと思ったけれど、お母さんの厳しい目付きを見て、素直に頷いた。 普段は優しいお母さん。でも、怒らせると怖いことは知っている。 「せつな、大丈夫?」 「平気よ。気にしないで、学校に行って?」 遅刻ギリギリに出るまで、ラブは私の側にいてくれた。おかげで髪を梳けなかったのだろう。お気に入りの髪型 じゃなく、下ろしたまんまで走って出ていった。 ごめんね、ラブ。 「大丈夫かい? 今日はゆっくり寝てるんだよ」 「わかったわ、お父さん」 出かける間際に、お父さんも部屋に来てくれた。ゆっくりと頭を撫でてくれる。 なんとなく、ほっとする。大きな、お父さんの手。優しくて、あったかい。 ありがとう、お父さん。 「んー、やっぱり私、今日はお休みしようかしら」 「心配しないで、お母さん。ちゃんと横になってるから」 パートの仕事を休もうとするお母さんに、私は何度も平気と言った。お薬を飲んで、だいぶ楽になったから、と。 ちょっとだけ、嘘。でも、心配をかけたくはなかった。 結局、何度も何度も、何かあったら連絡するのよ、と言って、お母さんは出て行った。 行ってらっしゃい、お母さん。それから、嘘付いてごめんなさい。 お母さんが出かけていってから、大人しくベッドに入っていた私。熱で少し朦朧とする頭。 やがて本当に薬が効いてきたんだろう。 気が付いたら私は眠っていた。 弱気の虫 夢を見ていた。 ラビリンスにいた頃の夢。 灰色の街。どんよりと暗い空。鈍く輝く太陽。 その中を、足並みをそろえて歩く人々。 ただ前だけを見ている。その視線は、けれど、誰も見ていない。 立ち止まった私。でも、誰も私のことなど気にしていない。 それが当たり前だと、思っていた。 人は一人で生きていくもの。友情や愛情なんて言葉は、それが出来ない弱さを隠す為の嘘っぱちだと思っていた。 まどろみから、ゆっくりと目が覚めていく。チク、タクと時を刻む部屋の時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。 短針が指し示すのは、十三時。長針は、十五分のちょっと前。 「目、覚めたんか?」 「キュアー?」 心配そうな声に、顔を向けると、そこにはタルトとシフォンの姿があった。二人とも、その表情を曇らせていて。 「平気よ、これぐらい」 笑って言ってみるが、自分でもわかるぐらいに弱々しい。私のその様子に、タルト達は余計に心配そうな顔になる。 ほぅ、と息を付きながら、布団の中から手を出して頬に当てる。やっぱり、まだ熱い。汗をかくほど体は熱いのに、 背筋はゾクゾクと寒いまま。そして全身が、気だるい感じ。 「なんかして欲しいことあるか、パッションはん」 タルトの言葉に首を横に振ってから、私はベッドから起き上がる。やっぱり体は重いし、ちょっとだけフラフラする けれど、立てない程じゃない。 「なんや、どないしたんや? 無理せんときやー、何か欲しいもんがあったら、わいが取りに行ったるさかい」 いつも以上に多弁になって、私を寝させようとするタルトに、私は小さく、 「おトイレよ」 「あ・・・・・・えろうすんません」 おトイレの後、私はタルト達と一緒に一階に降りる。寝ていたせいで、まだお昼ご飯を食べてなかったから。 本当は食欲はなかったけれど、食べないとお薬を飲めない。だから、ちょっとでもいいから食べなさい、と お母さんに言われていた。 鍋の中のおかゆをあっためて、お皿によそう。 「梅干を入れるとええで」 タルトの言葉に、冷蔵庫の中から梅干を探して、その身をほぐしておかゆに混ぜる。見ているだけで酸っぱくなる 口の中。どして? 「ちぃっと食欲、出るやろ?」 「うん、ホントね」 タルトの言う通り、思っていたよりはすっとお腹に入っていった。心なしか、少し元気になった気がする。 そういえば、お母さんが、冷蔵庫の中にリンゴをすったのが入ってる、って言ってたっけ。 探してみると、ラップがされたお皿があった。それを開けて、食べ始める。ヒンヤリほど良く冷たくて、気持ちがいい。 なんだか熱も下がってきたみたい。 「シフォンも食べる?」 「タベゥー」 小皿によそって、シフォンにもお裾分け。タルトにも、ちょっとだけ。 だいぶ良くなってきたけれど、お薬を飲んで、またお布団に潜り込む。タルトとシフォンは、寝るのを邪魔しないようにと 気を使ってくれて、今は一人きり。 ほっぺに触ってみる。だいぶ、熱くなくなってきた。けど、油断は禁物。私は目を閉じる。 けれど、なかなか寝付けない。 目を開けて、天井を見る。そっと、耳をすませてみても、何の音も聞こえない。時計が時を刻む音以外は、何も。 ぼんやりとそうしているうちに、ふと、気付く。 そういえば、こんな風に病気で寝込むなんて、初めてのことだったっけ、と。 ラビリンスにいた頃に、私は風邪などひいたことがなかった。何しろ、寿命ですら管理される世界。体調だって全部、 管理されていた。病気で寝込む、なんてことはありえなかった。 だから、というわけではないだろうけれど。 不意に、寂しくなった。 ラブがいない。お母さんがいない。お父さんもいない。 タルト達はいる。けれど今はお昼寝でもしているのだろう。呼べば来てくれるだろうけれど、そこまでは。 一人。部屋に、一人。 あれ? 私、こんなに寂しがりやだったかしら。 横になって寝ているだけなのに、どんどんと弱気になってくる。 寂しくなってくる。 イースだった頃。 私は、いつも一人だった。 ウエスターやサウラーと一緒に暮らしていたけれど、それはただ一緒に暮らしていたというだけだった。 干渉されたくなかったし、干渉するつもりも無かった。 一つ屋根の下に暮らしていても、家族なんて言葉とは程遠い。食事だって別々だし、他の二人が何をしてるか なんて、まったく興味がなかった。まったく顔を合わせずにいたことだって、しょっちゅうだった。 時々、ウエスターが思い出したように構ってくることがあったけれど、ウザい、と一言で切り捨てていた気がする。 そんな私が、今は、一人の部屋に、寂しさを覚えている。 不安を覚えている。 もしかしてラブ達は帰ってこないんじゃないか。私はずっと一人、ここにいなきゃいけないんじゃないか。 なんて、そんな馬鹿げた想像をして、勝手に怖がっている。 今までそんなこと、考えたことも無かったのに。なんでだろう、弱気の虫が騒いでる。 私。弱くなったのかしら。 そんなことを考えているうちに、またまどろんでいたらしい。 今度は夢を見なかった。 目を覚ますと、額に置かれた冷たいタオル。ひんやり気持ち良い。 「あ、起こしちゃった?」 小さな声に、私が目を動かすと、申し訳なさそうな顔のラブがいた。 「ラブ・・・・・・帰ってきてたの?」 「うん。割と前にね」 ニッコリと笑う彼女の服の裾を掴む。ギュッ、と掴む。 私のその行為に、少し驚いた顔をした後、ラブは小さく笑いながら言った。 「寂しかった?」 「――――!! ・・・・・・うん」 見抜かれて。 私は戸惑いながらも、小さく頷いた。そんな私の頭を、ラブはゆっくりと撫でてくれて。 「大丈夫だよ」 その笑顔は、優しくて、あったかくて。ちょっと、ラブのお母さんの笑顔に似てる。 キュンとせつなくなる胸。やだ。涙が出そう。たったこれだけのことなのに。 熱が出ると、涙もろくなるのかしら。 「アタシもね、風邪を引いた時、一人で家にいることがあってさ」 ベッドの端に顎を置いて、私と同じ高さの視線で、ラブはゆっくりと言う。 「すっごく、寂しかったんだ。病気なんだけど、なんだか寝付けなくて。けど起き上がれる元気はなくて、みたいな」 ちょうど、さっきの私と同じかしら。 「お父さんもお母さんも、このまま帰ってこなかったらどうしよう・・・・・・って、考えたりしてさ。自分が世界で一人ぼっちな 気がしちゃったりとか」 やっぱり、私と同じみたい。 「意外ね。ラブってそういうこと、考えなさそうなのに」 「うーん、やっぱり病気にかかると、弱気になっちゃうのかも」 苦笑するラブ。普段の元気いっぱいなラブしか見ていないから、そんな彼女の姿が思い浮かばない。 「だから、せつなももしかして寂しいと思ってるかなって、急いで帰って来たんだよ」 ニッコリと、また優しい微笑み。それにね、とラブは続ける。 「多分、今頃――――」 言いながら、彼女は枕元の私の携帯を開いて、覗く。そしてうん、と頷いて、私に渡してくる。 寝る時にサイレントモードにしていたから気付かなかったけれど、いっぱいメールが入っていた。友達や、お父さん、 お母さんから。その中には美希や祈里の名前もあった。 開けてみると、どれも私のことを心配する内容。 「学校でね、せつなが病気で休みだって話したら、皆、すっごくせつなのこと心配してたよ」 頬を涙がつたって、こぼれ落ちる。 やだ。やっぱり私、涙もろくなってる。 胸がジーンとして。一通一通、見るたびにジンワリ涙が溢れてくる。 ああ、そっか。 私、弱くなったんじゃないんだ。 ラブやお父さん、お母さん、友達がいることに慣れちゃってたんだ。 だから、皆がいないことが寂しくなったんだ。 ラビリンスでは、風邪をひくことが無いかもしれないけれど、私を想ってくれる人もいなかった。だって、ずっと一人だから。 けど、この街では、この世界では。 こんなにも皆が、優しい。当たり前過ぎて、忘れてしまいそうになっていたけれど。 だとすれば。 この寂しさも、弱気の虫も、幸せの一つ、と言えるかもしれない。 だって、私に思い出させてくれるから。 貴方はこんなにも愛されているのよ、ということを。 友情や愛情は、弱さを隠す為の嘘っぱちなんかじゃない。 それは時に人を寂しくさせてしまうけれど、でも。 想うこと、想われることは、力になるから。一人で生きていては、絶対に出せない力を。 「ね、せつな。早く元気になろうね」 「ええ――――精一杯、頑張るわ」 治ったら私、皆に言うわ。 一人で生きていたら、絶対に言わない言葉を。 ありがとう、って。
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「ごちそうさま。今日も美味しかった!」 山吹家の夕ご飯。 豪勢なご馳走が、次々と平らげられていく。主に巨漢のお父さんによってだけど……。 本当に美味しかった。一口食べただけで、自然と笑みがこぼれおちる。 綺麗で、優しくて、そして、とってもお料理が上手。 わたしは、そんなお母さんが大好き。 三人ぽっちの家族だけど、この料理の腕前のおかげか、食卓はいつも賑やかだった。 何度かダイエットに挑戦してことごとく失敗したお父さんも、お母さんの料理が一番の大敵だと笑っていた。 好きこそものの上手なれ。 楽しそうに調理するお母さんを見て育ったわたしは、それ以外のお手伝いで助ける方法を選んだ。 おかげで裁縫の腕なんかは、見る見る上達していった。 でも、たまには―――― 食後のお祈りを済ませて、後片付けを手伝おうとする。 そんなわたしの申し出を、お母さんは優しく断った。 「色々としなきゃいけないことあるんでしょ。ここはまかせなさい」 「うん。ありがとう、おかあさん」 もう一言言えば、きっとわかってくれる。 でも、その先を口にするのがなんとなく躊躇われて素直に従った。 パタパタと階段を駆け上がって自室に戻る。 大好きなお母さん。唯一欠点があるとすれば――――過保護、なのかな? 最近は、後片付けどころか、その他の家事もみんな一人でやってしまう。頼りにされていないのが、少し寂しいと思った。 わたしの夢を応援してくれているから。それがわかるから、口にはできなかった。 気を取り直して机に向かった。 朝早く起きて犬のお散歩。勉強の予習。 学校から帰ったら、みんなと一緒にダンスのレッスン。 帰ったら動物病院のお手伝い。机の上では学べない、実践的な知識を身に付けるために。 お風呂に入ってご飯を食べたら、後は勉強の復習。残った時間は、医学書やその他の色んな本を読んで知識を深める。 少し前からは想像もできないくらい忙しいスケジュールだけど、とても充実していた。 毎日が楽しくて、自分が活動的に変わっていくのが感じられた。 宿題と復習は終わり。後は日記を書いてから眠くなるまで読書。そんな時だった。 くるっぽー、くるっぽー、くるっぽー リンクルンの着信音。メールじゃなくて電話だった。 以前は犬の鳴き声にしていたのだけど―――― 動物病院のお手伝いが増えてからは、鳩やふくろうなんかの声に切り替えた。 まぎれちゃって、気が付かないことが多かったから……。 えっ? そもそも動物の声にしなきゃいいって? 好きなんだから仕方ないの……。 美希ちゃんかな? ラブちゃんかな? 表示されていた名前は、東 せつな。 せつなちゃんからかけてきてくれることは久しぶりだった。嬉しくなって、急いで通話ボタンを押した。 「こんばんは。うん、大丈夫、まだ起きてたよ。明日? うん空いてる、楽しみにしてるね!」 おやすみなさい、そう言って電話を切った。珍しく興奮気味なせつなちゃんの様子に、わたしの気持ちも自然と弾む。 明日は建国記念日で学校はお休み。ラブとクッキーを焼くんだけど、良かったら一緒にやろうって。 でも、クッキーなんて……。 学校の家庭科の時間を思い出す。 香ばしいを通り越して、焦げ臭い香り。クマにしか見えない真っ黒なパンダさん……。 なんとかなるよね! 読みかけた本を置いて、さっそく作業に取り掛かる。 みんなで作るなら、持っている型だけじゃ寂しいと思ったから。 薄いアルミの板をハサミで切って形を整えていく。次々に新しいデザインの枠が形作られていった。 「ふ~ん、美希ちゃんはラブちゃんから連絡もらったのね」 「そうよ。今日はなんだか楽しそうじゃない? ブッキー」 「だって、せつなちゃんから電話してくれるなんて珍しいし」 「そうなの?」 「えっ?」 「あ、ううん、なんでもない。楽しい一日にしましょう!」 先に美希ちゃんの家に寄ってから、並んでラブちゃんの家に向かって歩き出した。 バラバラに押しかけるのは、返って気を使わせると思ったから。 「いらっしゃい! 美希、ブッキー」 「「おじゃましま~す」」 ノックしたら、すぐにせつなちゃんが扉を開けて出迎えてくれた。 扉の前で待ってたんじゃないかと思うくらいのタイミングだった。 せつなちゃんの凛々しい顔立ちがほころぶ。笑顔でやわらかくほどける。 その嬉しそうな表情は、訪れたわたしたちとって何よりの歓迎だった。 「美希たん、ブッキー、せつな~。材料の準備済んだよ!」 「楽しみね、せつなちゃん」 「ええ、精一杯がんばるわ」 「せつなは頑張りすぎよ。クッキーなんて気楽に焼けばいいの」 「そういう美希が、一番ムキになったりするのよね」 「失礼ね! アタシはお菓子作りくらい簡単に」 「この前、タマネギで泣いてたクセに」 「そう言えば、タマネギをアタシに回したのはせつなだったような」 「美希は澄ました顔より、泣き顔の方が可愛いわよ」 「やっぱり……わざとだったのね!」 「はいはい、喧嘩はそのくらいにして始めようよ」 ふざけあってる美希ちゃんとせつなちゃんが、ちょっとだけうらやましかった。 始めはギスギスしていた二人だけど、似たもの同士なのか気が合うらしく、よくじゃれ合っている。 普段なら混じることができるのに、苦手意識で気後れしてしまう。 調理が始まった。 泡立て器を握ったラブちゃんの手が、ボウルの中で軽やかに舞う。 トロッと溶けた黄色いバターが、鮮やかな手付きで混ぜられてクリーム状になっていく。 普段はとても器用とは思えないのに、どうしてお料理となるとこんなに人が変わるのだろうと思う。 「ブッキー、卵を割って溶いてくれる?」 「うん、わかった」 ボウルの角で卵を割る。割れた卵の中身は、ボウルの外に落ちた……。 「ごめんなさい、手が滑っちゃって。次はちゃんとやるね」 今度は慎重に、ボウルの中の面に叩きつける。ガシャって音と共に、砕けた殻が中身に混ざる……。 「ブッキー、大丈夫?」 「う、うん、すぐに取れるから」 なんとなく察しているラブちゃんと美希ちゃん。二人にバレてるのはわかってる。今さら恥ずかしいとも思わない。 でも、せつなちゃんは知らないみたいだった。カッコ悪いところを見られたくなくて、必死で誤魔化した。 動揺を悟られたくなくて、急いでラブちゃんの泡立てたバターの中に流し込む。 「あぁ! 一気に入れちゃダメ~!」 「えっ? ええっ?」 止めようとするラブちゃんの手と、自分の手がぶつかり合う。 バランスを崩して両方のボウルごとひっくり返してしまった。 「ごめんなさい……」 「平気だよ! 材料多目に用意してるし、始めからやり直そう」 卵とバターでベッチャベチャ。暗澹たる気持ちでお掃除に取りかかった。 せつなちゃんが手伝いながら問いかけてきた。 「もしかして、ブッキーってお料理苦手なの?」 「そうなの……。黙っててごめんなさい」 「気にしなくていいわ。一つくらい苦手なものがあったほうが付き合いやすいもの」 「そこで、どうしてせつなはアタシを見ながら言うのよ……」 「別に? あっ、美希のお鼻に薄力粉が――――」 「えっ? やだっ!」 「今、付いたわよ」 「クッ、はめたわね。この~~!」 せつなちゃんが美希ちゃんをからかいだす。また二人の漫才が始まった。今度はラブちゃんも止めなかった。 気落ちしてるわたしを笑わせようと、みんなで気を使っているんだろう。 でも、そうやってせつなちゃんとふざけている美希ちゃんの姿すらうらやましく思えて、笑う気にはならなかった。 (料理、ちゃんと教わっておけばよかった。引っ込み思案も、やっぱり直ってないのかも……) ラブちゃんが主導で再びクッキー作りを再開する。今度はわたしは手を出そうとしなかった。 せっかくの楽しい時間を自分の失敗で台無しにするわけにはいかない。わたしは成形で役に立とうと決めた。 「ブッキー、一緒にやりましょう」 「えっ? でも、邪魔になるといけないし……」 「大丈夫、肩に力が入りすぎてるだけよ」 せつなちゃんがわたしの手の上から自分の手を被せる。 時々耳にかかる吐息がくすぐったくて、自然に力が抜けていく。 溶いた卵を、三回に分けてゆっくりと混ぜていく。 チョコチップ、アーモンド、バニラエッセンスを混ぜていく。 美希ちゃんがふるいにかけた薄力粉とベーキングパウダーを少しづつ混ぜていく。 ヘラでボウルの底から掬いあげるようにして、しっかりと馴染ませた。 全ての作業は、わたしの手で行われた。 抱きつくようにして、せつなちゃんが上からわたしの両手を握って力加減をコントロールしてくれた。 苦手意識で体が硬直しているだけ。 一度感覚を身体に覚え込ませれば、わたしは必ず上達するからって。 からかうのではなく、呆れるのでもなく、真剣な表情で付き合ってくれたせつなちゃんに感謝した。 小さなことで気落ちしていた自分が恥ずかしくなる。 以前は引っ込み思案で、自分から行動することができなかった。 足りないのは自信。自分を信じること。 苦手なお料理で、そんな自分の欠点がまた出てきてしまっていた。 そんな中、せつなちゃんはわたしを信じてくれた。だから、精一杯がんばろうって思った。 後は型に入れて形を整えて、焼き上げるだけ。 わたしの本領が発揮できるパートだ。 「わっは~、かわいい! これブッキーが作ったの?」 「凄い、単純な形なのに、ちゃんと何の動物か全部わかるわ」 「さすがブッキーね。こういうの作らせたら完璧ね!」 「このまま焼いてもいいけど、どうせならちゃんと絵も描いたほうが可愛いと思うの」 型はあくまで縁取り、動物の輪郭に過ぎない。 千切った生地を棒状に丸めて立体的に仕上げていく。そして、チョコペンを使って絵も入れた。 今度は、わたしがせつなちゃんに教える番。 少ない線で動物を描くには、特徴を極端に強調すること。 飲み込みの早いせつなちゃんは、見事なデザインで作り上げていった。 「ラブちゃんが作ってるのはクマ?」 「犬のつもりなんだけど……」 「美希が作ってるのはブタね!」 「失礼ね! 鳥よ」 「あっ、横から見るのね。羽が鼻に見えちゃった」 みんなでお腹を抱えて笑った。 作ってる本人たちも、最初は怒っていたけど、ついには可笑しくなって―――― 上手なものは誇らしくて。 そうでないものは可笑しくて。 やっぱり、どれも楽しかった。 そして、どれも最高に美味しかった。 お腹も、そして何より、心も。 満たされた気持ちで帰路に着いた。 家の中に入ると、ちょうどお母さんが夕飯の支度を始めようとしていたところだった。 「おかえりなさい、祈里。今日は楽しかったみたいね」 「えっ? まだ何も話してないのに」 「嬉しそうな顔を見たらわかるわよ」 「あのね! おかあさん」 「どうしたの? 急に真剣な顔して?」 「わたしも、おかあさんみたいにお料理が上手になりたい!」 思い切って口にする。お母さんの気持ちはわかってる。 どんなに忙しい時も、お父さんの食事も、わたしの食事も手を抜くことなく作ってきた。 それがお母さんの誇りであることもわかっていた。 でも、わたしもお母さんのような女性になりたいと思ったから―――― 「嬉しいわ。じゃあ、今晩から一緒に作りましょうか?」 「うん!」 お母さんは、少し驚いた表情の後、ニッコリと笑ってそう言った。 その夜から、山吹家の食卓には不恰好な料理がいくつか並ぶようになった。 以前にもまして――――弾む会話と共に。
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四つ葉中学校写生会。テーマは“街の景色”。午後の授業を全部使って、体操服に着替えた全学年の生徒たちは四つ葉公園に向う。 クローバータウンの象徴。広大な敷地を誇り、自然林に植樹を効果的に加え、四季折々の景観が楽しめる憩いの場所。 各クラスの先生は自由行動を許したが、生徒たちの足は自然と一箇所に向う。 通称――“もみじの道”。公園の一角にある、大きな湖に繋がる小道が真っ赤に染まる。 もみじの赤葉を中心に、銀杏とブナの樹の黄葉が連なり、色彩の調和を奏でる。 午後の陽を浴びて、赤と黄色の葉が輝きを増す。 足元にはそれぞれの落ち葉が積もり、柔らかなクッションとなって、道行く人々を優しく受け止める。 遠目にはオレンジ色の絨毯のようにも見える。皆一様に、自然が作り出した芸術作品を、感嘆の声をもらしながら眺めた。 「すっごく綺麗だね、せつな。創作意欲が湧き上がってきたよ」 「そうね。自信ないけど、精一杯描いてみるわ」 「ラブ! せつな! 一緒に描いていい? お邪魔なら遠慮するけど」 「もちろんだよ、由美」 「私は、始めからそのつもりだったわ」 クラスメイトの由美が、ラブとせつなに同行を申し出る。せつなと由美が視線を交わしてクスリと笑う。文化祭からの小さな変化だった。 仲の良い二人に、時々嫉妬するような態度を見せたり、積極的に割り込んだり。 ただ、どちらに嫉妬しているのかわからない。由美はラブとの友情に負けないくらい、せつなとも親しくなっていた。 湖のほとりに座り込んで、三人は背中を合わせるようにして写生を始める。 青く澄んだ湖に、紅葉がところどころ緋を落とす。メジロやヒヨドリ、多種の小鳥が気持ち良さそうに水浴びをする。 家族・友人・恋人連れを乗せた真っ白なスワンボートが、愛らしい鳥達と共に、静の景色に動きを与える。 せつなはその景色の美しさに心を奪われつつも、懸命に鉛筆を走らせる。 繊細に、正確に、緻密に、何より――――忠実に。可能な限り、その美しさを損ねないように。 デッサンが終わると、絵の具で色を付けていく。何度も塗り直して、景色と照らし合わせて、自然美を再現していく。 「せつな……すごい、まるで写真みたい!」 「ホント、見惚れちゃう! 景色をそのままスケッチブックの中に閉じ込めたみたい」 「大げさよ。似せてはみたけど、写真には遠く及ばないわ」 「そりゃあ絵だもん。あたしなんて……」 「わたしだって……」 ラブの絵は、まさに自由奔放だった。そもそもどこの景色を描いてるのかすらわからない。 色彩もデタラメだった。赤や黄色はわかるとして、桃色の紅葉なんてどこの世界にあるのだろうか……。 由美の絵は、何を書いてるのかは一応理解できた。ただし、その絵はシンプルで曲線的にデフォルメされていた。 平たく言えば、丸っこくて単純なのだ。 複雑な地形の湖は、まるで円形のプールのようだ。枝や葉を再現しようとせず、木々はベタっと色だけで表現されている。 小鳥とボートは気に入ったのか、やけに大きく描写されていた。玩具のように可愛かったけど……。 スワンボートに至っては、湖の面積の一割を占めていた。 「由美の絵って子供の絵みたい! かわいくってあたし好きだよ」 「絶対! 馬鹿にしてるでしょ? ラブこそ、ピンクの紅葉はいいとして、どこに柿がなってるのよ?」 「生ってた方が楽しいかなと思って……」 「それじゃ空想画でしょ? 今は写生の時間よ」 目を丸くして二人の掛け合いを見ていたせつなが、「プッ」と吹き出した。つられてラブと由美も笑い出す。 ひとしきりみんなで笑ってから、せつなは自分の絵を見てため息を付いた。 「私は、ラブや由美の絵のほうがずっと魅力があると思うわ」 「ないない! ありえないって!」 「そうよ! せつなの絵なら美術部でも通用するんじゃないかな」 「でも、写真を撮らずに絵に描くのは、どう感じてるかを他人に伝えるためよね?」 「そっか、そんなこと考えてもみなかったよ」 「わたしはこの絵が好き。こんなに丁寧に描けるのは、この景色を大事にしてるからだと思うもの」 「それは、由美が私を知ってるからよ。友達が書いた絵って前提は、他人には通用しないわ」 ラブの絵はデタラメだけど、なぜか心に深く残る。いつまでも見ていたいような、あたたかい気持ちにさせてくれる。 由美の絵はいかにも女の子らしくて、可愛らしくて、やっぱり見ているだけで頬がゆるむ。 せつなの絵は緻密で、誰もが見た瞬間に驚くに違いない。でも、それだけ。“上手い”それ以上の感想を他人に与えることはないだろう。 記録媒体としてなら、写真や映像の方がずっと優れている。自由に感じて、自由に表現するのが絵。 知識としてわかっていても、理解して行動に移すことがどうしてもできない。 (やっぱり私には、ラブたちと比べて決定的な何かが欠けているのかもしれない……) 集合時間までまだ少しある。空き時間を利用して、ラブと由美と一緒に散策を楽しんだ。 その間中、せつなの表情は冴えなかった。 幸せになると決めたからこそ、前向きに生きると誓ったからこそ、小さな不安は棘となってせつなに刺さるのだった―――― 『帰ってきたせっちゃん――ある日のせっちゃん。幸せの青い鳥――』 カツン カツン カツン 日曜日の朝、日が昇る前の薄暗い時間、せつなは小鳥に起こされる。 この世界に来て、安心して眠ることを学んだ。今のせつなは、ただ鳥が鳴くだけなら目を覚ましたりしない。 その日は特別だった。見たこともない小鳥が窓をつつく。まるで、せつなを呼んでいるかのように。 (青い鳥? 確か幸せを運ぶって、そんなお話があったはず) 目の覚めるような鮮やかな青い羽。クルクルと動く愛らしい瞳。近づくと、小首をかしげるような動作の後、パッと飛び立った。 せつなの視力は、常人の遥か先まで見渡すことができる。小鳥は公園の湖の辺りの樹に止まったようだった。 (追うつもりはないけど、名前くらいは知っておこうかしら) せつなは私服に着替えて、公園に出かける支度をする。この前の反省から、「散歩に行ってきます」と机の上に書き置きを残した。 また会えたなら、携帯で写真を撮ろうと思った。ふと、机の棚に立てかけてあったスケッチブックが目に入る。 (そうだ、写真に収められなかったら絵を描こう。正確に描くこと“だけ”は得意なのだから) 絵でもちゃんと特徴を捉えられたなら、祈里に聞けば名前くらいはわかるだろう。図鑑で調べてもいい。 結局、絵のセットを一式持って行くことにした。 (この辺りのはずなんだけど……) 四つ葉公園の“もみじの道”を通って、湖のほとりに着く。それは先日の写生会で、ラブと由美とスケッチをした場所でもあった。 奇しくも全く同じ場所で、一人の少女が腰を掛けてデッサンに耽っていた。 歳は自分とそんなに違わないような気がした。いきなり声をかけて驚かせないように、わざと足音を立てて近づく。 ガザガザと落ち葉や小枝を踏む音がしてるはずなのに、少女は気が付く様子がない。 悪いと思いつつも、せつなは声をかけた。 「あの、おはよう。邪魔してごめんなさい。青い小鳥を探しているのだけど、見かけなかった?」 意識して大きめの声を出したにもかかわらず、やっぱり少女は気が付かない。 意図的に無視をしている――――というわけでもなさそうだった。 姿を見せたら反応してもらえるかも? と思って前に回りこんでも、やっぱり気が付かない。 一心不乱に鉛筆を走らせていて、それ以上前に出て視界を塞ぐのは躊躇われた。 せつなはため息を付いて、すぐ横に腰をかける。 とても美しい少女だった。“小柄で可憐”と言ったら失礼になるのだろうか? 身長もせつなと大差ないはずなのだから。 それでも、“小さい”という印象を与える顔立ちだった。 紫色の髪。白のブラウスの上に青いシャツ。紺色のジーンズ。一見して、青の印象を与える少女。 まるで――――あの小鳥が、この少女に変身したかのようだった。 (どうかしてたわね。こんな大きな公園で、一匹の小鳥になんて気が付くはずないのに) いつの間にか、小鳥の行方が気にならなくなっていた。それよりも、今はこの少女とお話したいと思った。 どこを描いているのかしら? と、せつなは少女のスケッチブックに目を落とす。 思わず息を呑む。 それは数日前、せつなが選んだ景色とほとんど同じ場所の風景画だった。 それだけなら驚くには値しない。そこが最も美しいと感じたからこそ描いたのだ。目の前の少女が、同じ景色を選ぶのも不思議ではない。 しかし、出来栄えには、実力には、天と地ほどの開きがあった。 ラブや由美のように、抽象的というわけではない。せつなと同じ、写実的な絵だった。 繊細に、正確に、緻密に、何より――――忠実に。可能な限り、その美しさを損ねないように。 それでいて、何か心に訴えてくるものがあった。まるで、絵に描かれた木々や葉や小鳥に、本物の命でも宿っているかのように。 やがてデッサンが完成する。「ふうっ」と、大きく息を吐いて、少女の全身から力が抜けていく。 せつなの視線に気が付いたのか、クルリと顔を向けて、チョコンと小首をかしげる。 その仕草は、まさに今朝、小鳥が見せた動作そのものだった。 状況が理解できたのか、「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてから、慌ててペコリと頭を下げた。 「またやっちゃった」とか言ってる辺り、初めてのことでもないのだろう。 「驚かせてごめんなさい。私は東せつな、せつなと呼んで。取り込み中だったようだから、ここで待たせてもらったの」 「はじめまして。失礼なことしてごめんなさい。わたしは――――」 見た目通りの、可憐な名前の子だった。あらためて少女をまじまじと見つめる。 穏やかな雰囲気、おっとりとした口調。ポニーテール風の髪に、少しツリ目気味の大きな瞳。 おとなしい子なのは間違いないだろうが、反面、どこか鋭さを感じさせる一面もあった。 例えるなら、美希と祈里を足して二で割ったような印象。それよりも、今朝見た小鳥を擬人化した方がわかりやすいだろう。 「驚いたわ、絵がとても上手なのね。まるで本物のようで、それでいて本物以上の魅力があるようで」 「そんなことないけど、絵は小さい頃から描いてたから」 せつなは続きを描くように促す。少女は小さく頷いて、今度は絵の具で色を塗り始めた。 やはり、せつなのように原色に忠実で、正確に色合いを表現しようとしている。 (でも、私の絵とは根本的なところで全く違うわ) デッサンからして腕前が全然違う。色が付けば、更にその差は広がるだろう。もっとも、せつなはちゃんと絵の勉強をしたことがない。 基本から練習を積み重ねれば、遠くない将来、同じくらいのものが描ける自信は十分にあった。 問題はそこではないのだ。少女の絵には、技術では説明しきれない“命”が宿っていた。 色を付ける作業にはそれほどの集中力を必要としないのか、単にさっきの反省のためか、今度は自分の世界に入ったりはしなかった。 楽しく談笑しながら絵を仕上げていく。せつなも当初の目的はすっかり忘れて、お話しながら絵の完成を見守った。 「同じくらいの歳だと思うのだけど、この辺りに住んでいるの?」 「ううん、お父さんのお仕事の手伝いで付いて来たの。昼間はすることがないから、絵でも書こうかなって」 土日を利用して、この街にやって来たらしい。昼間はすることがないと言っていたので、お父さんは夜に働く職業の方なのかもしれない。 お父さんがどんな方なのかはともかく、中学生の手を必要としているとは思えない。彼女なりの理由があるのだろう。 共通の話題の少ない少女とせつなは、互いの友達のことに話が及ぶ。そこで思った以上に話が弾んで、意気投合して、すっかり打ち解けてしまった。 「素敵な絵ね、完成おめでとう。実は私も同じ場所の絵を描いていたの――――」 「綺麗ね……。せつなさんも絵が上手なのね」 「そう見える? あなたにはわかるはずよ、私の絵には魅力がないわ」 「そうは思わないけど……。せつなさんの絵は、自分の気持ちを込めるのを恐れてるみたいに感じる」 「私が、恐れている?」 「うん、上手く言えないけど――――」 少女は、自分が絵を描く時に気を付けていることを慎重に話していく。 感動や驚き、感じたことや考えたことを絵の中に表現すること。 対象をじっくりと観察して、一つ一つの違いを描き分けること。 「それなら知ってるわ。写真を撮らずに絵に描くのは、どう感じてるかを他人に伝えるためよね」 「知ってはいても理解はしてない……ってことよね? こんな言葉があるの」 “全てのものに、命は宿る” 鳥や花のような生き物だけじゃない。この世界の全ての物に命は宿っている。宇宙にも、星にも、空にも、風にも、大地にも。 それは人の目には見えないもの。ファインダーには写らないもの。だから絵で表現するんだって。 対象を客観的に、忠実に再現することは間違っていない。ただ、その底に主観をにじませること。 目で見えるものの奥にある、命そのものを捉えて描くこと。 よく見て、観察する。それを繰り返していると、対象が自分の心の中に溶け込んできて心と一つになる。 そうなると心が自由になり、対象の中に入り込んで、自由に翼を広げて羽ばたけるのだと。その先で命を見つけるのだと。 少女の説明はたどたどしくて、要約して解釈するには時間がかかった。普段は感じているだけで、言葉にしたのは初めてなのだろう。 そして、その考え方は絵だけに留まらないような気がした。例えば、ダンスにだって通じるものがあるのかもしれない。 懸命に伝えようとしてくれる少女に感謝して、大切な教えとして胸に刻むことにした。 「大事なことなのはわかるわ。でも、理解したとは言えない。例えば、この鉛筆にも命は宿っているの?」 「そうよ。せつなさん、大切に使ってるのね。記念にわたしのと一本交換しない?」 「ダメッ! これは駄目よ!」 「冗談よ、ごめんなさい」 少女が自分の新品の鉛筆を持って、せつなの筆箱に手を伸ばす。せつなはとっさに体で覆いかぶさって隠した。 鉛筆も消しゴムも、絵の具や筆箱も、全部、あゆみと圭太郎が買ってくれたもの。 せつなの幸せを願って、贈られたものだった。 そんな様子を見て、少女は優しく微笑んだ。本来、あまり冗談を口にするようなタイプではないのだろう。 今度はちゃんと断ってせつなから借りて、自分の鉛筆と並べて携帯で写真に収める。 「特にこだわりのないわたしの鉛筆と、せつなさんの鉛筆。どちらが大切かなんて、他人には伝わらないわよね?」 「この写真だけじゃ、同じものにしか見えないわ。私にも見分けが付かない」 「でも、こうしたら――――」 少女はスラスラと二本の鉛筆をデッサンしていく。形も長さもほとんど同じ。違うのはメーカーくらいのもの。 再び訪れる極限の集中力。下書きの線が一本増えるたびに本物の形に近づいていき、 やがて――――本物すら超えた。 「これなら、せつなさんの鉛筆がどちらかわかるんじゃないかしら?」 「すごい……。全く同じ形に描いてるように見えるのに――――。私のは、こっちよ!」 まだ色も付いていない、形だけを捉えたデッサン。でも、よく見ると線の力強さが微妙に違う。 影の濃さにも僅かな違いがある。他にも何か違うのかもしれない。 一つ間違いなく言えるのは、“鉛筆という道具に込められたせつなの想い”を命として感じ取って、描かれたものであることだった。 「せつなさん、この景色が好きなんでしょ? それだけはちゃんと伝わってきたわ。手を加えるのが怖いって」 「そうね。私はこの景色を失うのが怖い。壊して、奪って、そんなことをずっと続けてきたから」 「せつなさん?」 「ごめんなさい、なんでもないわ。私は自分の気持ちを表現するのが苦手だったけど、おかげで何かつかめた気がするの」 そう言ってせつなは鉛筆を走らせる。 せつなの集中力が極限まで高まり、意識の全てが視界に収束されていく。 秋風が肌をくすぐる感覚も、木の葉が揺れる音も、横で少女が囁いている声すらも、 全てが視覚情報として処理されて、絵の中に封じ込められていく。 「ふうっ、やっぱり――――みたいにはいかないけれど」 「そんなことないっ! これ、とても素敵な絵よ。せつなさんにはこう見えるのね」 「ええ、私、紅葉が好きよ。特に赤いモミジは大好き。葉が落ちていく前触れなのに、なんだか温かいイメージがあるでしょ」 「そう! それが絵を描くってことよ」 「私、なんだかわかった気がする。“全てのものに命は宿る”生きてないものに命を宿しているのは、それを愛している人の心なのね」 「うん。真っ白だったスケッチブックも、せつなさんの心で命が宿ったんだと思う」 話してる途中で、せつなのお腹がグーと鳴る。真っ赤になるせつなの前で、少女のお腹も同じように―――― 「もうこんな時間。お昼には遅いけど、美味しいドーナツ屋さんを知ってるの」 「じゃあ、休憩して食べに行きましょう。この絵が完成するところ、わたしも見てみたいから」 ドーナツを買ってきて、二人で談笑しながら食べる。ラブ以外で、こうして二人きりでドーナツを食べるのは初めてかもしれない。 その後、再び絵を描く作業に取りかかる。景色を心に投影して、心の鏡に映った通りに忠実に色を塗っていく。 数時間後に完成する。それは単に景色を写し取ったものではなくて、絵が飛び出してくるような迫力を伴ったものだった。 「やっぱり素敵! せつなさんは絵を描くべきよ!」 「ありがとう。でも、私の夢は別にあるの」 「あっ……もう行かなきゃ。もっとお話したかったけど」 「これを持って行って。お礼にはならないけれど、せめてもの感謝の気持ちよ」 せつなはそう言って、描いたばかりの絵をスケッチブックから外して少女に手渡した。 多めに買っておいたドーナツの袋と一緒に。 「ありがとう、大切にする。代わりにわたしの絵を持っててほしいの」 「ありがとう。私も宝物にするわ」 「もう会えないのかしら?」 「今度は友達を連れて遊びに来るわ。その中の一人は、せつなさんが話してたラブさんに似てるかも」 「楽しみにしてるわ」 「じゃあ、またいつか、必ず会いましょう!」 少女はそう言って別れを告げると、元気よく走り出した。だいぶ離れてからもう一度振り向いて、大きく手を振りながら“さよなら”と伝える。 大人しいようで活発で。控えめなようでハッキリしていて。空に羽ばたく鳥のように自由で。 少女の姿が見えなくなった瞬間、せつなの前に青い小鳥が舞い降りる。小首をかしげてせつなを見てから、少女が去った方向に飛び立った。 もう名前は気にならなかった。その青い鳥は、確かに幸せを運んでくれたのだから。 その小鳥に、少女と同じ名前を付けて覚えておくことにした。 家に帰って、再びせつなはスケッチブックを開いた。 少女が最後に教えてくれたアドバイスを実行するためだ。 “本当に絵が好きになりたいのなら、一番好きなものを描くの。多ければ多いほどいいわ” せつなは一人の少女の絵を描いた。楽しそうな笑顔。嬉しそうな笑顔。元気いっぱいの笑顔。せつなが世界で一番好きなもの。 どれも、これも、全部同じ人。そっくりでありながら、一つとして同じ表情はない。 それは、スケッチブックいっぱいに描かれた―――― 桃園ラブの笑顔だった。 新-315へ
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〝コンコン〟 ノックの音。 聞こえてくるのはドアでなくて、窓ガラスの方。 夜も遅いこの時間。 この部屋に、ましてや窓からの来訪者となると一人しかいない。 だから部屋の主、桃園ラブは窓を向いて、にっこりと笑って声を掛ける。 「空いてるよ。どうぞ、せつな」 「うん……おじゃまします」 窓をカラカラと開ける音と共に、部屋に入ってきたのは枕を持った赤いパジャマ姿の少女。 ラブの隣の部屋の住人、東せつなだった。 「それじゃせつな、おやすみ」 「おやすみ」 電気を消した後、二人は枕を並べてラブのベッドにもぐりこんだ。 せつながこの家に来て、しばらくしてから始めたこと。 彼女がまだ時々悪夢にうなされていることを知ったラブが誘った。 いや、 「あたしが一緒にいれば、夢の中でもキュアピーチになって駆けつけて せつなを苦しめてる悪い奴をやっつけちゃうんだから!」 そんなことを自信たっぷりに言いながら、押しの強さに任せて応じさせたというのが正しいか。 最初は苦笑しつつ、ラブに誘われた日だけ付き合っていたせつなだったが、 今では自分からラブの部屋にやってくることの方が多くなった。 不思議と二人で一緒に寝ている時は、悪夢を見ることがない。 本当にラブに守ってもらっている、そんな気持ちになれる。 そして、ラブのぬくもりと寝息を間近で感じることが出来て、 そこにドキドキしている自分の心臓の音がリズムのように重なるこの空間がとても心地よい。 (前に読んだ本に書いてあったわね、こういうことは癖になるって……。本当なのね) 部屋とベッドを用意してくれたラブの両親に申し訳が無いので、流石に毎日ということはないが せつなにとってはこの時間はささやかな楽しみの一つになっていたのだ。 「ラブ、起きてる……?」 「ん、どしたの、せつな?」 「ちょっと、話をしてもいい?」 「うん、いいよ……。でもそれなら今日はドアから入って来れば良かったのに。 あ、もしかしてお喋りもしたいし一緒に寝たいってこと?せつなってば欲張りさんだなーっ!」 お喋りしたり、普通に過ごしたい時は、部屋のドアをノックすること。 一緒に寝たい時は、窓からノックする。 「一緒に寝たい」と口に出すのが恥ずかしいせつなの為にラブが決めたルールである。 「んもう、からかわないでよ。 ……ちょっとラブの顔見ながらだと話しづらくて」 「ごめんごめん、それで?」 「ラブは……私の名前をどう思う?」 「せつなの名前?それがどうかしたの?」 「ラブはこの前、自分の名前のこと、教えてくれたわよね」 カメラのナケワメーケとの戦いで、思い出の世界に閉じ込められたラブ。 その中で彼女は、祖父の源吉に再会した。 そして、自分の名前の由来を知った。 「ラブって名前は、お爺ちゃんが私の為に 愛情をいっぱい込めて名づけてくれたものなの」 あの時、ラブは仲間達に思い出の世界での出来事を説明した。 「愛情を持って何かをなしとげる子になってほしい」 それが彼女の名前に込められた源吉の思い。 それをみんなにも聞いてもらいたい、と思ったから。 「それをラブに教えてもらった時、私は……羨ましいと、思ったの」 「羨ましい?」 「だって、私の名前は……」 せつなの生まれた世界、管理国家ラビリンス。 そこは学校も、仕事も、恋愛も、結婚も、全てが管理された世界。 そして名前すらも。 彼女に与えられた名前はイース。 9桁の国民番号でお互いを識別するのは効率が悪いという理由だけで付けられた、固体識別名。 「東せつなは確かに今の私の、キュアパッションとして生まれ変わった名前よ。 でもこれも元は、この世界で正体を隠して行動する為に与えられたコードネーム。 イースもせつなも、ただ必要だから、与えられた名前」 それ以上の意味など持たない名前。 誰かの思いも、家族の愛情も込められていない名前。 「でも、イースだった時の私は、それを気にすることは無かった。 ラビリンスの全ては総統メビウスが決めること。 それが当然のことだったから。 でも、私はこの世界で、名前にも意味があることを知ってしまった。 ……知らないほうが良かった、かも」 「え?」 「だってそれは、私には決して手にすることの出来ないものだから」 「……」 「だから、ラブが、美希が、祈里が、 一人一人が愛情と思いが込められている名前を持つこの世界の人達が とても羨ましくて、そうで無い私が、少し寂しい、そう思うことがあるの」 「せつな……」 「……ごめんね、変なこと言って。さあ、もう寝ましょう。おやすみ、ラブ」 言葉と共に、部屋の中を沈黙が支配する。 その中でせつなは思う。 なんでこんな話をしてしまったのだろう。 みんなに囲まれて、優しくしてもらって、幸せをいっぱい貰っているのに、 私はまだ、人の幸せを羨んでいるんだろうか。 これがサウラーに言われた、私の心の闇なのかもしれない。 そうやって思考を巡らせているせつなを ――キュッ――― ラブがそっと抱きしめる。 「ラ、ラブ?!」 「せつな、また自分のことを悪く考えてるでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからわかっちゃうんだよ。 ……ダメだよ。そういうのは。 せつなはもっと自分のことを好きにならなきゃ。 そうしなきゃ本当の幸せはゲット出来ないんだよ? だから、せつなが自分を好きになれるように、私の愛で包んであげるんだからね」 そういうとラブはせつなをさらに抱きよせる。 ちょうどラブの胸元に頭を抱きかかえられるような姿勢になる。 「ラ、ラブ……これはちょっと…恥ずかしいわ」 赤面しながらそう小さな声で抗議するせつなだが、ラブは放してくれない。 (わ……ラブの体、やわらかい。それにとってもあたたかいし…… ラブの匂い……シャンプーの匂いがしてとっても良い匂い…… じゃなくて!) 次から次へと流れ込んでくるラブの情報に思考が押し流されて、完全に混乱するせつな。 だから、 「私は好きだよ、せつなって名前」 その中で発せられた言葉が最初の自分の質問への答えだと、一瞬理解出来なかった。 「え?え?ラブ、今、好きって……」 「うん、好きって言った。 だってせつなと出会ってからずっと呼び続けてきた名前だもの。 初めて名前を教えて貰った時も、せつながイースだとわかって悲しかった時も、 せつなが一人で苦しんでた時も、一緒に暮らすようになって、 せつなの笑顔がいっぱい見れるようになってからも、 ずっと、ずーっと呼び続けていた名前なんだよ? そこに、私のせつな大好きーーーーーーって気持ちをいっぱい込めてね」 そう言うラブの顔は、いつか見た笑顔。 まだ誤った道を歩んでいた時の自分に向けられた、全てを包み込む、慈愛に満ちた微笑。 あの時は眩しすぎて直視出来なかったその顔が、あの時よりも間近にある。 そこから伝わってくる、せつなを思う気持ち。 それとせつなを思う言葉とが、彼女の心の中の小さな闇を跡形もなく消滅させていく。 「うん……ありがとう、ラブ」 そして後に残ったのは、素直な感謝の気持ち。 それをせつなは、言葉と態度で--ラブを抱き返すことで形にする。 しばしの沈黙。 奏でる音は、寄り添う少女達の呼吸と互いを思う、心の音。 そんな時間がしばらく続く。 「あの……ラブ?!」 先に口を開いたのは、せつな。 「何?」 「そろそろ……放してくれない?本当に……恥ずかしいから」 それは、今にも消え入りそうな声での懇願。 「だーーーーめっ」 でもラブは笑顔で拒否。 「ええ?どして??」 「だってせつな、まだ自分のことを悪く考えてるかもしれないでしょ? あたしはいつだって、せつなのことを心配してるんだからまだまだ安心出来ません!」 「もう考えてない!考えてないから、だからは・な・し・て!」 「うっ!そんなに嫌がるなんて……せつな、もしかして私の事、嫌い?」 「なんでそういう話になるのよ!嫌いなわけないでしょ?」 「じゃあ大好きってことだよね、じゃあ、ラブさんが大好きなせつなとしては あたしを安心させる為にもう暫くこのままでいることを受け入れるべきだと思います!」 「その理屈はおかしいわよーーっ!」 「……」 「……」 またしばしの沈黙。 「……プッ」 「……ふふっ」 「あははははっ」 「クスクスクスクス」 笑い出したのは、二人同時。 抱きしめて、抱きしめられた姿勢のまま、暫く笑い合う二人。 「全く、ラブったら……今日だけだからね」 「え?ほんとに?」 「うん。ラブの気持ちをいっぱい貰ったから……そのお返し」 「やったー!これで朝まで幸せゲットだよっ!」 「朝までっていってもお母さんが起こしに来るまでよ。 こんなとこ見られて変に思われたら困るでしょ?」 「ええー、お母さんは別にそういうの気にしないよ?」 「私が恥ずかしいの!……もう寝るわよ!おやすみっ!」 「あ、まって、せつな。その前にもう一つだけ」 「何?」 一度深呼吸。 気持ちを落ち着かせて、首をかしげてこちらを見るせつなを真っ直ぐ見る。 「あのね」 「うん」 「『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』 ……これが、せつなという名前の意味なんだよ」 「!」 目を見張るせつな。 「一瞬一瞬を大切にして、幸せに……それが、私の名前の、意味?」 「あたしが込めた思いだけどね、えへ」 それは、ラブが最初にせつなの話を聞いた時に決めていたこと。 思いが無いと言うなら、私が込めてあげよう。 愛情も忘れてないし、当然だ。 せつなの為に、何かをしてあげる時には、いつでもたっぷり詰め込んでるんだから。 「ねえせつな、受け取って、くれる?」 照れくさそうに、ちょっとだけ不安を覗かせてせつなの顔を覗き込んで来るラブの顔。 それにせつなは柔らかい笑みで応えて、 「全く……ラブはいつでも、私の欲しいものをすぐにくれるんだから。 私、いつもいつも貰ってばかりで、心苦しいと思ってるのよ? それなのにこんなに大きいものを貰ってしまったら、心苦しさがいっぱいになって 押しつぶされちゃうかもしれないじゃない」 「え?それじゃ……ダメ?」 「ううん、そうじゃないわ。今まで貰ったどんなものよりも嬉しい。 最高のプレゼントよ、ラブ。喜んで頂くわ」 「よーし、やったー!これでまた、幸せゲットだね、せつな!」 ガッツポーズを取って喜ぶラブ。 そんな彼女の様子を見ながら、せつなは心の中でさっき貰ったばかりのラブの思いを反芻する。 (『一瞬一瞬を大切にして、幸せに生きて欲しい』か……) 何度も何度も、かみ締めるように言葉を繰り返すなかで、 ラブの思いに応えられるだろうかという一抹の不安がよぎる。 しかしそれをせつなはすぐに否定する。 大丈夫だ、きっと応えられる。 いや、応えてみせる。 だって、思いをくれたラブがいつでもそばに居てくれるのだから。 「ねえラブ」 「ん?」 だからせつなは、ラブが源吉の思いに応えることを誓ったように、誓いの言葉を口にする。 「私、精一杯、がんばるわ」