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前ページ次ページゼロのTrickster chapter2 異世界 ――今度こそ、成功させないと。 これで幾度、学園の地面を抉り周囲の物を吹き飛ばしただろうか。 ルイズは深呼吸をしてから、再び杖を握る。キッとした表情をコルベールに向けると、教師である彼はルイズの召喚の儀式を不安そうに見守っていた。 「もう一度、やらせてください!」 力強い瞳で懇願するルイズに、コルベールは酷く感銘を受けた。 彼女が入学してから現在に至るまで、座学は優秀であるが魔法は何一つまともに出来た例がなかった。それでも彼女は、この春の使い魔召喚の儀式に全力で臨んでいる。 コルベールが頷くのを確認してから、ルイズは集中した。 (これを成功させれなかったら……きっと私は) 周囲からは、これまでより更に罵られるだろう。使い魔を持たないメイジがどれ程滑稽で、愚かなのかは用意に想像が付く。 いや、想像していることよりも、もっと酷いことなのかもしれない。 だから成功させなくてはいけない。何度失敗しようとも、欲を言えばこれまでの汚名を返上出来るほどの使い魔が欲しい。 心の片隅で願いながら、ルイズは杖を振り上げた。 そのルイズの様子を遠巻きに見ている他の生徒たちは、どうせ失敗するだろうと高をくくって彼女を囃し立てていたが、次の瞬間目を剥いた。 「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ!」 とんでもない詠唱の出だしだった。すでに彼女も自分の言っている言葉を認識していないのではないだろうか、そう思えるほどの言葉が次々と響いてきた。 「強く、美しく、そして生命力に溢れた使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに応えなさい!」 しかし、その詠唱の後にこれまでとは遥かに桁違いの爆発が起こった。 遠巻きにいる生徒たちも爆風に巻き込まれ、ある者は尻餅を付き、吹き飛ばされる者もいる。 その中でルイズは呆然と立ち尽くしていた。 「ミス・ヴァリエール?」 コルベールが訝しそうに彼女の視線の先を見た。成功したのか、感動して立ち尽くしているだけだと思っていた。 しかし同じく、コルベールも呆然となってしまった。 煙が晴れて、ぽっかりと穴の開いたクレーターの中央に、目を疑う使い魔がいた。――まだ、ルイズの使い魔と決まったわけではないが。 人間がそこに倒れていた。その他にも周囲に色々な道具が散乱している。 流れるような濃い青髪が、流麗な線を描き腰まで伸びていて、瞼を閉じて気を失っている。 袖の無いローブのような服はピッタリと身体に張り付いていて、身体の細さを表していた。 驚くことに、人間には別の生物の耳が生えていた。それと、仰向けになっているので確認しにくいが、同じく別の生き物の尻尾も見える。 それでも一言で表すならば美少女。女性にしては背丈があり、年齢は分からないが、まだ幼さの残っている表情から自然と少女の言葉が浮かんだ。 「コ、コルベール先生!」 だが、それと使い魔の儀式とは別の話だ。ルイズはハッとしてコルベールに向き直り、再び懇願した。 「もう一度、もう一度だけ召喚させてください!!」 すでに儀式に成功したという感動は消え失せていた。まず人間を召喚するなど聞いたこともない。 周りの生徒も、召喚された人間に気付いて声を上げて笑っている。 ゼロのルイズ、平民を召喚しやがった、様々な言葉が聞こえてくるが、そんなものに構っている場合ではない。 「これは伝統ある神聖な儀式だ。例外は認められない。ミス・ヴァリエール、コントラクトサーヴァントに移りなさい」 「で、ですけど……!」 コルベールも、ルイズの気持ちは痛いほど分かっていた。もし自分が人間を召喚したら、同じことを思うだろう。失敗したと。 だが召喚してしまったのだ。れっきとした成功の証が、召喚された使い魔がそこにいるのだ。 例え何があろうとも、その事実は否定しようがない。 と、そのとき召喚された人間から、呻き声が聞こえてきた。 「う……ん、着いたのかな? ……あれ?」 優美な声が響く。驚いてルイズは使い魔のほうを見てみると、片や使い魔は取り乱していた。 「あ、あれ、洞窟じゃない? それよりなんで外にいるの!?」 訳の分からないことを言う使い魔に、ルイズは煩わしさを覚えた。 これがどうしてか声が聞こえた途端、使い魔の美しさが更に増しでいるのだ。 何故かそれに劣等感を抱いてしまい、苛立ちを覚えながら使い魔のほうへと向かった。 「ちょっとアンタ!」 その声に気付いた使い魔がきょとんとした表情でルイズを見上げた。 「あんた、誰?」 「え? あの……ドラコ、です」 「そう、ドラコっていうのね」 名前を聞いたところで、改めて思考を巡らせる。果たして何から言えばいいのか。 「なんで人間が召喚されたのよ!」とでも言えばいいのか。 しかし目の前にいるドラコにとって、聞きたいのはこっちだと思うだろう。 そうして考えているうちに、ドラコはゆっくりと立ち上がって辺りを見渡した。 立ち上がったドラコを見ると、身長は百七十サント近くもある。女性にしてはかなり背が高いほうだろう。 「ミス・ヴァリエール、他にもまだ召喚していない生徒はいるのです。早く契約を」 急かすように言うコルベールに、ルイズはついに諦めてしまった。 それに、もしかしたら美しい使い魔、という願いは叶ったのかもしれない。平民という部分を除いて。 「五つの力を司るペンタゴンよ」 ドラコに顔を近づけて、彼女の首に腕を回す。 「この者に祝福を与え、我の使い魔と――」 その言葉が、最後まで続くことはなかった。 乾いた音が響く。いつの間にかドラコは数歩先に離れていて、ルイズはその場に立ち尽くしていた。 驚いた表情を浮かべるドラコの胸元に、両手が添えられてある。そして自分の頬が、じんじんと痛みを覚えてきた。 ――叩かれたのだ、平民に。 漠然と、その事実だけが頭の中を埋め尽くした。 自ら召喚した使い魔に拒絶され、叩かれる。これほどバカなことはあるのだろうか。 魔法もまともに使えない。 使い魔の儀式にあろうことか、人間を召喚してしまった。 コントラクトサーヴァントも行えない。 貴族として、完全に堕ちている自分に耐え切れず、ルイズはその場で泣き崩れてしまった。 慌ててドラコはルイズに近寄るが、コルベールがそれを制して、近くにいた生徒に指示した。 「ミス・ツェルプストー、彼女を自室に」 言われたキュルケは、ルイズを連れて学園へと向かう。 その最中でも、ただルイズは涙を流しているだけだった。 「……とりあえず、残りの召喚の儀を終わらせましょう」 コルベールの声と共に、いつの間にか静まり返っていた生徒たちが、急に騒ぎ出す。 どうしていいか分からずに、その様子を見ているドラコにコルベールは耳打ちをする。 「しばらくの間待っていてください。終わり次第、私と一緒に来てください」 状況も理解できず、だからこそとドラコは頷いた。 それでも、困惑した中でも常に想うことは、エンキクラドュスとネペトリの姿だった。 ドラコは目の前に起こっている出来事に驚愕していた。 人間が呪文を唱えたと思うと、数歩先から様々な生き物が現れてくる。 が、どれも大した力はなさそうに見える。時折ドラゴンやサラマンダーなども召喚されるが、ドラコにとってはどれも馴染みのあるものばかりであった。 そして、その光景を見ている中で、気になることがあった。黒いローブを纏った人たちのほとんどが、こちらを見て、なにやら話を交えてるのだ。 「あのー?」 見せ物にされているようで、正直良い気分はしない。試しに声を掛けてみると、一斉に視線を逸らされる。 そんなやり取りの間に、横に立っている禿頭のコルベールが一通りのことを話してくれた。 ここはハルゲニアのトリステイン学院という場所で、目の前にいる同い年ほどの人たちはその生徒であり、春の使い魔召喚の儀式に臨んでいるのだと。 「キミはどこから来たんだい?」 使い魔の儀式が終わり、生徒たちが飛んで帰っていく様子を見届けた後に、ふとコルベールから訊ねられた。 それまでは色々と教えてもらったのだから、答えるのが当然である。並んで学院へと向かいながら、思うこともあるがドラコは答える。 「カバリア島から少し離れた、蜃気楼の島という場所です」 「カバリア……? 聞いたことがないな」 首を傾げているコルベールに、ドラコも難しい表情を浮かべた。 こちらもハルゲニアやトリステインなどという言葉は聞いたことがない。それ以前に、先ほどから違和感を感じている。 別の大陸なのだろうか? そう考えながら、ふとドラコはコルベールに聞いた。 「授業が終わると、みなさんああやって飛んで帰るんですか?」 「フライの魔法かね? ああ、ドラコさんは平民ですから魔法を見たのは初めてですか」 「……へ?」 初めて? いや、確かに地域や環境によっては、魔法を使う人間が少ないところもあるかもしれないが、それにしてはコルベールの言葉は的外れなものだった。 「魔法は貴族しか使えませんから、驚くのも無理はないでしょう」 このコルベールの言葉で、ドラコは確信した。 いま自分がいる世界は、まったく別の、カバリア島から遠く離れた、異次元にある世界なのだ。 「そう、ですね。いきなりふわふわって飛んでいきましたし、ビックリしました」 疑問に思い、とりあえず話を合わせる。まさか魔法型である自分が貴族だということもないだろうし、魔法を使えると教えるのも不用心だろう。 と、学院の門を潜った。コルベールに案内されたのは学院長室。そこには一人の老人が机に向かって座っていた。 「おお、どうしたのじゃミスタ・コルベール? むぉっ!? べっぴんさんなぞ連れよってけしからん!!」 「オールド・オスマン、少しお話がありまして」 開口一番に意味の分からないことを発する老人に対して、コルベールは冷静に対応した。 そんなコルベールに何かを感じ取ったのか、オスマンも表情を締めて、席を正す。 「ミス・ヴァリエールが彼女、ドラコさんを召喚の儀に呼び出してしまいまして。どう対処すればよろしいのですか?」 「なんじゃ、ヴァリエールの三女がやらかしたのか。お嬢さんも気の毒じゃろうて。人間が使い魔として呼び出されるとは聞いたことも……」 眉を顰めてオスマンはドラコを見た。 確かに平民を召喚したという事例は聞いたことがない。 「あの、オスマン学院長、その召喚のお話の前にいいですか?」 荷物を床に置いて、ドラコは話に入った。 ほう、とオスマンが向き直ると、それに合わせてドラコは前に出て向き合った。 「その使い魔、とかのお話は……ルイズさん、でしたよね? 彼女もいないといけないのではないでしょうか?」 改めて言われると納得してしまう。オスマンは長く伸びた白髭を撫でながら頷く。 優しそうな目をしているが、しかしそれが困っているようにも見える。ドラコも置かれた状況を理解しきれていないのだろう、とオスマンは考えた。 「ふむ、そうじゃな。あい分かった。後日詳しく話をするとしよう。ミスタ・コルベール、彼女に部屋を」 「そうですね、分かりました」 コルベールが頷くと、手でドラコを促そうと部屋のドアへと向かわせる。 が、それを遮ってドラコは口を開いた。 「……何か、勘違いしていませんか?」 「何がじゃ?」 聞かれたオスマンは、ドラコに問い返した。 だがドラコは怪訝そうな表情を浮かべただけで、踵を返してコルベールの後に付いていった。 使い魔、主人の僕となり生きていく存在。 ドラコの脳裏に、ネペトリの姿が過ぎる。そして、その隣には海神ポセイドンの影が見え隠れする。 苦い想いが胸を締め付けてくる。この世界に早々に疑問を持ちながら、ドラコはただ現状を把握するために行動する。 前ページ次ページゼロのTrickster
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タテエボシ(立烏帽子) スズカゴゼンの別名。
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (4)霊的直感 「お願いだよ、ヴェルダンデも連れて行かせておくれよっ!」 「駄目ったら駄目っ!何度言ったら分かるの!」 朝もやの中、ルイズとギーシュが言い争っている。 ギーシュの足元には巨大なモグラ。このジャイアントモールの扱いについての諍いである。 ギーシュは自身の使い魔であるジャイアントモール、ヴェルダンデを連れて行くと主張している。 一方のルイズは、目的地まで馬で向かうのだから地中を掘って進むジャイアントモールを連れて行くことは出来ないと主張。 お互い、一歩も譲らない主張と主張。 「そうか!分かった!君はこの僕の美しいヴェルダンデが役立たずだと思っているんだね!」 「はぁ!?何言ってるのよ!問題はそこじゃないでしょ!」 「さあヴェルダンデ!君の力を見せてやるんだ!」 「ちょっと!こっちの話を聞きなさいよ!」 ギーシュの号令でルイズに飛び掛るヴェルダンデ。 「ちょっ!止めなさいよ!この馬鹿モグラ!」 ヴェルダンデはそのままルイズを押し倒し、その鼻で体中をまさぐる。 ブラウスから、果てはスカートの中身にまで鼻を突っ込むヴェルダンデ。 「は~な~れ~な~さ~いっ!!」 暫くルイズを慰みものにしたヴェルダンデであったが、ルイズの右手の薬指、そこにある宝石を見つけると鼻を押し付けた。 「なな、何やっちゃってんのよ!この低脳モグラはっ!これは姫様に頂いた大切な指輪なのよっ!」 「ははは、分かっていただけたかな、僕のヴェルダンデはこの様に貴重な鉱石や宝石を見つけ出すことが出来るのさ!」 「それが何の役に立つっていうのよ!」 一陣の、風。 突然の突風が巻き起こり、ルイズを押し倒していたヴェルダンデの体が宙に巻き上げられた。 「ああっ!僕のヴェルダンデがっ!誰がこんな酷いことを!」 ギーシュが喚くと、朝もやの中から一人の長身の男が現れた。 「すまない、婚約者がモグラに襲われているのを見ていられなくてね…おっと、僕は敵じゃない。 姫殿下より君達の同行を命じられた、魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 「わ、ワルドさま!?」 流石のギーシュも、押し黙る。 衛士隊の隊長に意見することは出来ない。 このトリステインにおいて、衛士隊こそ、全貴族の憧れ、その憧れに意見することなど出来ようはずが無い。 ルイズ、ギーシュ、ワルドの三人の自己紹介が済む。 三名の出発の準備は整い、後は旅立つのみである。 「ところで………君の使い魔殿はどうしたんだい?」 「ワルドさま、私の使い魔がメイジだとご存知なのですか?」 「ははは、君が土くれのフーケを捕まえた話は聞いているよ。その時に知ったんだ」 「まあ、そうでしたか。 ミスタ・ウルザ出発する為の足を用意してくると言って、何処かに…」 「待たせたね、ミス・ルイズ」 朝もやの中から現れる長身。それもワルドと同じくらいの丈の、初老の老人の姿。 白髪白眉白髭の色眼鏡、手には杖、服装はメイジのようなローブ、背中には剣を二本背負っているようだ。 「ワルドさま、彼が私の使い魔、ミスタ・ウルザです」 ワルドは一目見て、この男が自分とは相容れない存在と直感した。 直感―――この男が気に入らない―――という、本能的な嫌悪。 「初めまして、ワルド子爵です」 手を挿し伸ばす。 ウルザは一目見て、この男が自分の障害となる存在だと直感した。 直感―――この男は邪魔になる―――という、予知じみた霊感。 「ああ、初めまして、ウルザだ」 差し出された手を握り返す。 互いに己の本心は臆面も出しはしない。 これが長く因縁となるウルザとワルド、最初の出会いである。 「随分と時間がかかったのね、ミスタ・ウルザ。 それにこんなところに馬を連れてきたなんて…素直に門まで連れてきてくだされば良かったのに」 ルイズ達はウルザに連れられて、裏庭へと向かっていた。 「持ち主の了承を取るのに時間がかかってしまってね、それに多少の準備もあった。」 「だったら最初からちゃんと説明してく、」 「今回の足は、これを使わせてもらう」 そういったウルザが指差す先、そこには何か大きなものが置かれているようであった。 風が吹き、朝もやの中から影の正体が現れる。 果たして、そこにあったのは先日コルベールが完成させた機械であった。 あえて形容するなら骨組みと羽、それに箱で構成された朽ちた飛竜。 「ミスタ・ウルザ、これは何? 見たところ………羽のある機械のようだけど」 「これは、羽ばたき飛行機械という魔法と機械の融合したアーティファクトだ」 「飛行機械…というと、これが飛ぶっていうの?」 「ああ、飛行実験はこれからだがね」 結局、羽ばたき飛行機械にルイズを乗せることをワルドが反対したので、ウルザ・ギーシュが飛行機械、ワルド・ルイズがワルドのグリフォンに乗るという運びとなった。 「さあ、最初の目的地は港町ラ・ロシェールだ!」 ワルドが叫び、幻獣グリフォンが空へと舞い上がる。 一方の羽ばたき飛行機械。 「振り落とされないように、しっかりと捕まっていたまえギーシュ君」 「あ、ああ…」 まずは、ゆっくり飛行機械の羽が動き始める。 その姿は、骨組みだけのドラゴンが、空を舞おうと羽ばたこうとしているようであった。 羽ばたきによって強い風が巻き起こる、まるで風の精霊が降り立ったかのよう。 そうしているうちに、徐々に飛行機械が浮き始める。 一度浮き始めると、そこからは早く、力強く羽ばたく機械が先行していたグリフォンに追いつくまで、そう長い時間を必要としなかった。 それから半日近く、ルイズ達は空を飛び続けていた。 流石は魔法衛士隊の隊長が騎乗するグリフォン、疲れ知らずのタフな幻獣である。 その間、グリフォン上の人であるルイズとワルドは思い出話に花を咲かせていた。 「僕にとっては未だに小さな女の子だよ」 「いやですわ、ワルドさまったら」 「僕は家を出る時に決めていたんだ、立派な貴族になって、必ず君を迎えに行くとね」 「ワルドさま……でも、私…」 「ルイズ…僕の小さなルイズ、君は僕が嫌いなのかい?」 「そんなことは…」 「僕を嫌いじゃなければ、信じて欲しい。僕は君を迎えに来たんだから」 ―――私が君を導いてあげよう――― 突然フラッシュバックする、夢の一場面。 顔を赤らめて、慌てて俯くルイズ。 羽ばたき飛行機械。 そこには沈黙に押し黙るウルザとギーシュの姿。 しかし一方のギーシュは、この数時間、何か口を開きかけては閉じる、そんなことを繰り返していた。 「………ギーシュ君、何か、私に言いたいことがあるのかね?」 「………別に」 「そうかね」 再び沈黙、このまま到着まで終始無言かと思われたとき、意を決したギーシュが口を開いた。 「謝ろうと、思っていたんだ………」 「…謝る?」 「決闘の時の件だよ、あのことを、謝ろうと思っていたんだ…」 「………」 「意識が戻ってからモンモランシーに酷く叱られてね、僕がどれだけ馬鹿なことをしようとしていたか、思い知らされたよ」 「…謝るなら、私にではなくあの平民の娘とコック長にだろう」 「その二人には、もう既に謝ったよ…」 「そうか」 「だから、………あなたにも謝ろうと思って」 「私は何も怒ってはいない、君が反省しているというなら、後は君自身の問題だろう」 「……はは、まったくその通りだね、以後気をつけるよ。 それにしても、あの時の熊は恐ろしかったよ、何せ、」 「ギーシュ君、客のようだ。話はそこまでにして、口を閉じていたまえ」 地上から、空を行くものへ矢が射掛けられたのは、その時であった。 射掛けられる大量の弓矢、回避行動を取るウルザであったが、その数本が羽ばたく羽に突き刺さる。 平行を欠き、傾ぐ羽ばたき飛行機械。 「ミスタ・ウルザ!奇襲だ! 敵は私が引き受ける、あなた達は先に目的地へ! ラ・ロシェールは街道沿い、峡谷に挟まれた場所にある!」 旋回して敵を迎撃する態勢をとるワルド。 「分かったワルド子爵! こちらは先に向かわせてもらう。苦戦するようなら後ろの者達に協力を仰ぐといい!」 それ以上は耐えられないとばかりに、目的地に向かって徐々に高度を落としながら全力で飛行するウルザ・ギーシュ。 目的地ラ・ロシェール。 アルビオンへの玄関口は、すぐそこである。 これがウルザとワルド、その出会いの最初の1ページ ―――ギーシュ回顧録第三篇 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (30)凍える月 諮問会を終えて数時間。一時強く降った雨も、今では気分屋の婦人のようにその機嫌を直している。 まだ草葉に残る水の臭いが鮮烈な日没頃、アカデミーに二台の四頭立ての大型馬車が到着した。 まず目をひくのは選び抜かれた美しい毛並みの駿馬達。しなやかさと気高さを備えたその肉体は、まるで芸術品のようである。勿論、それに引かれる車体も引けを取らない。 一見して堅実な作りだが、そこかしこに控えるようにして拵えられた品の良い細かな装飾は、当代一流の職人の手によるもの。素材製法、全てに置いてフォーマルにフォーマルを重ねた、最高級の二台である。 子供であっても一目で分かる、さぞ名のある貴族の馬車なのだろうと。 そしてもう少し注意力があるものならば、その馬車に刻まれた紋章の意味に気がつき納得するだろう。 即ち、それは王家の馬車であった。 招待客を迎えに来た王宮の馬車に、今、彼女達は二手に分かれて乗り込んでいる。 静かに揺れる馬車に乗っているのはルイズ、ウルザ、タバサ、エレオノール、モットである。 一方、ルイズ達の馬車の後ろをついてきているはずの、もう一台の馬車にはギーシュ、モンモランシー、オスマン、コルベール、フーケが乗っている。 各々、装いは違うものの、それぞれ王宮の舞踏会に相応しい盛装を身に纏っていた。 ルイズは開いたばかりのつぼみを思わせる、ピンクのパーティードレス。その横に座るタバサは、薄い空色を基調とした薄手のドレス。 そして、同席する者の中で一番気合いが入っているのが、ボリュームある装飾がいくつもついた、太陽を思わせる黄色のドレスを身に纏っているエレオノールである。 「ど、どうでしょうか、ミスタ・ウルザ? わたくしのドレス、何か変なところはありませんか?」 胸に手を置いて向かい合って座っているウルザに問いかけるエレオノール。その胸元には花をイメージしたボリューム感あるリボンが、ふんわりと飾られている。(ルイズの見立てでは、それは胸の薄さをカバーするための知恵である) 「十分にあなたの魅力を引き出している。素敵なドレスだ」 そう言って頭を振るウルザも、所々に金の装飾をあしらった豪華なローブを身に纏っている。杖を手にしたその姿は、おとぎ話に出てくる森の老賢者の趣である。 「まあまあ!」 ドレスを褒められたエレオノールの顔が、火が灯ったようにぱっと華やいだ。 「ええ、実にお美しい。正に大輪の花のようですぞ」 と、ウルザの横でそう口にしたのはモット伯爵。彼はいつも通りの派手な色合いの服装を身に纏っていたが、舞台に合わせて更にその豪華さが数段増している。 「あら、そう」 途端に風船が萎むように表情がいつもの無愛想に逆戻り。 そしてその表情のまま、エレオノールはツンツンと自分の隣に座って外を眺めていた妹の腕をつつく。 「?」 ルイズは訝しんで横を向く。 するとそこには、再び満天の笑顔のエレオノール。そしてそのまま彼女はルイズの頭を両手で掴むと頭を低くさせて顔を触れあうほどに近づけて囁いた。 「ねぇ聞いたちびルイズ。ミスタ・ウルザが私のことを素敵ですって、ですってっ!」 笑顔のエレオノール。一方でルイズを頭を挟みこんだ両手からは、ぎちぎちといい感じの音が響いてきている。 「ね、姉さまっ、ちょ、いた、いたいっ!」 「しっ! 馬鹿ルイズっ! 声が大きいわ、ミスタ・ウルザに聞かれたらどうするのっ」 貴族の中の貴族、ヴァリエール公爵家。その長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。 完璧なまでに完璧、誇らしいほどに才女、少々棘が過ぎるがそれ以外の部分では事実上、無欠の姉上。そんな姉が、時に歯車が狂ったようにおかしくなってしまうことを、ルイズは久方ぶりに思い出した。 「姉さまっ、駄目ですわ、しっかりしてっ! お気を確かにっ!」 「だって、あのお髭、あのお髭がいけないのよ……ルイズ、あなたも大きくなったらその良さが分かるわ」 「姉さまっ! 全然話が噛み合っていませんわ! それに姉さまの場合、大きくって言うにはそろそろお歳が……」 「五月蠅いわねっ! 若いからって偉いつもりっ! このちびルイズ!」 「ず、ずびばぜん、おでぇざばはじゅうななざいでずっ!」 にぎやかな姉妹の触れ合い、その一幕。そんなやり取りをしている二人――主にそのうちの手足をばたつかせている方の一人――を見ながらモット伯爵が小さく、恍惚を含ませて呟いた 「おおぉ、なんと素晴らしい……ミス・ルイズ……まるで女神のようだ……」 などという発言は、虚空へと流され消えていった。 ルイズ達を乗せた馬車が王宮に到着したときには、既に舞踏会が始まって暫くの時間が経過していたようであった。 会場ではこれでもかと着飾った、様々な年齢の紳士淑女の群、群。彼らがそこかしこでにこやかに談笑していた。 そんな喧噪に気圧されたように、二人。 「さ、流石は王宮の舞踏会ね……そこいらの舞踏会とじゃ、比べものにならないわね」 「そ、そうだね。なんだかやっと王宮の舞踏会に呼ばれてしまったってことの実感がわいてきたよ……。そう考えたら急に緊張してきた」 「私なんてさっきからずっと緊張しっぱなしよ……ねぇ、ちょっとギーシュ、私の格好、変なとこ無いかしら?」 そう問いかけたのはブロンド髪をロール、しかも今日は普段よりも念入りにロールさせた学院の秀才、モンモランシ家長女モンモランシーである。 「さ、さぁ、生憎僕にもさっぱりさっ!」 そう強ばった顔で言い切ったのは整った顔立ちの美少年、グラモン家の三男、ギーシュである。 二人とも学院の制服ではなく、この場に相応しい正装で着飾っている。しかしいかんせん、周囲の人間に比べると着慣れていないことが、傍目にも分かってしまう有様だった。 「ちょ、ちょっと大丈夫!? 本音が表返ってるわよっ!?」 気が動転して思ったことを口走っているギーシュの髪の毛をモンモランシーが掴む。 「お、おおっとっ! 僕としたことが! すまないモンモランシー! 勿論今日の君は一段と素敵だよっ!」 周囲の空気に飲まれて立ち往生してしまう学院生二人。それもまた致し方ないことであろう。 本来なら、学院生の身分で王宮の舞踏会に招待されるなどまず無いことなのである。 そもそも、学院で度々開かれる舞踏会などのイベント行事、それらはこういった場に徐々に慣れさせて順応させていくためのものなのである。 それを一足飛びにいきなり本番の、それも最も格式高い舞踏会に招待されてしまったのであるからして、二人の反応は至極当然のものであろう。 「あんた達、そんなところに突っ立ってたら邪魔よ」 そんな声をかけた彼女こそが、この場合は極まって異端なのである。 「ル、ルイズ……き、君は何か随分と平気そうだね……」 「当たり前じゃない。別に初めてって訳じゃあるまいし」 「へ、へぇ、そうなの……」 そうなのである。緊張と戸惑いで右往左往している二人に声をかけたルイズは、この最大級に公式の場にあって、微塵も怖じ気づくこと無く堂々と立っているのである。 当然と言えば当然である。彼女は幼い頃から、こういった場には慣らされているのである。 「さ、流石はヴァリエール家ね……例え三女でもこのくらいの場で緊張したりしないってことね」 「ええ、流石ヴァリエール家でしょ。好き嫌いに関わらずこういうのは慣れてるわよ。さ、こっちよ。さっきも言ったけど、もうすぐダンスが始まるの、あんた達そこにいたら邪魔になるわよ」 モンモランシーの皮肉もさらりと流し、その手を取って会場の一角へ引っ張っていく。ついで、手を引かれるモンモランシーにくっついてギーシュも移動する。 そうしてルイズが連れてきたのは、舞踏会場の端の一角。豪華な食材を使い、手間暇かけて贅を凝らした料理が所狭しと立ち並ぶ大テーブルがある一角であった。 だが、そこは同じ舞踏会場でありながら、先ほどまで二人が立っていた場所とは微妙に空気の違う、何とも言えない場所であった。 その場の空気を表現するのは難しい、が、無理に言葉にするとするなら『いたたまれない』雰囲気が漂っていた。 そこには連れ合いのいない女性、暗く沈んだ男、ギーシュ達と同様に右往左往している少年貴族、黙々と料理を食べる少女という、何とも場の華やかさに似合わない面々がどんよりと淀んでいた。 「な、何か微妙に、こう……アレじゃないかね、ここは」 「良いのよ。あんた達みたいに慣れない人間はね。ヘマやらかすくらいなら、ここでじっとしてれば」 そう、ここは華やかな場にあぶれた者達が集う一種のエアーポケット、壁の花ゾーンなのであった。 「普通ならこういう場所は誰かの付き添って来るのは通例なんだもの。確か二人とも今日は親族は来ていないのよね? だったら一人じゃ居づらいでしょ」 そのルイズの言葉に、ギーシュとモンモランシーの二人は顔を見合わせ、そして二人は合わせてコクコク頷いた。 「よろしい」 そもそも、二人は貴族としてこの場に呼ばれたわけではないのである。 ウェザーライトⅡに乗船していた者として、この場の祝い事、つまり『戦勝祝い』に呼ばれる資格有りとして呼ばれたのである。 しかし、それも本当は女王であるアンリエッタの計らいによるもので、先の戦の勝利を呼び込んだ発光現象がアンリエッタの祈りによって導かれた始祖の加護によるものだという表向きの事情を考えれば、彼らに居場所が無いのも当然のことなのであった。 「さ、私はすることがあるから行くわね」 一通りの注意と説明をしてからその場を離れようとするルイズ、ギーシュはそんな彼女に怪訝そうな顔で声をかけた。 「ん、君は何かあるのかい?」 「ええ、挨拶をしなくちゃいけないのよ」 「挨拶回りか、大変だね」 「そんなんじゃないわ……」 そう言ったルイズは言葉を区切って振り返り、一つため息を吐いてから先を続けた。 「お父様よ」 ヴァリエール公爵家。 伝統と格式あるトリステイン王国にあって、最高位の名誉と権威と伝統とを併せ持つ、名家中の名家である。 その現在の当主であるラ・ヴァリエール公爵、ミシェル・マルセル・ド・コリニー。 舞踏会場となった王宮の大広間、そのテラス。そこでは多数の貴族達が群を成し、彼を取り囲んでいた。それも彼の影響力を考えれば無理からぬこと。 そして、そんな多忙な彼に、一つの声がかけられる。 「ごきげんよう、お父様」 背中からかけられたそんな声を耳にして、ミシェルは威風堂々の佇まいで後ろへ振り返った。 そこには妻譲りの桃色のブロンドをした、小さなレディがスカートを持ち上げて典雅な挨拶をしていた。 その姿を見て、ミシェルは威厳を保ちながら小さく唇をつり上げ綻ばせた。 「ルイズか……元気そうだな」 「はい。お父様もお変わり無いようで」 うむ、と頷いてみせる厳格な父ミシェル。 と、そこで彼に寄り添っていたもう一人の桃色のブロンドの女性――つまりルイズの母、ラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレが夫のそばから離れて周囲へ向けて控えめに手を叩いた。 「さて皆様方、夫は久しぶりに会った娘と話をしたいそうです。申し訳ございませんが、話の続きはこのわたくしがお伺い致します……」 そう言って婦人が取り巻きを引き連れて移動してしまうと、その場には父娘だけが残された。 「怪我はしていないようだな。安心した」 「……やっぱり私が戦場に出ていたこと、父さまはご存じなのですね」 「ああ、学院が襲撃を受けたとの報を受けて、すぐに調査させた」 「でしたら……」 「女王陛下は」 ミシェルが、ルイズの言葉を途中で制した。 「次の戦いでも、お前を前線に組み込むつもりでいらっしゃる」 ルイズが思いがけず息を飲む。その父の声色は。紛れもない強い怒りを含んだものであった。 「父さま、女王陛下には陛下のお考えがあって」 「駄目だ、許さん。私はどんな手段を使っても、お前を戦場に送りだそうとする女王陛下をお止めるつもりだ」 「父さまっ!」 「例えそれが、名誉ある公爵家の忠義の歴史をかなぐり捨てることになろうとも、王家に杖を交えることになろうとも、だ」 確かに父には反対されるとは思っていた。だがしかし、アンリエッタの口添えがあれば、父も納得せざるを得ないと考えてもいた。それがルイズの知る父、古い貴族の体現者、ミシェル・マルセル・ド・コリニーであったからだ。 だがどうだろう、今ルイズの前に立つミシェルは、ルイズの思い描いていたものとは全く違う態度をとっているではないか。 「父さまっ! 女王陛下には、トリステインには私の力が必要なのですっ!」 「ならんっ! 私はお前にどんな力が秘められているかは知らん。だが、どれほどの力を宿そうともお前はヴァリエール家三女、私の娘であることに変わりない!」 その父の、強い言葉に言葉が詰まる。 気づいたのだ。いや、あるいは最初から気づいていたのかも知れない。 この厳しい父がどれほど自分を愛しているのかを、どれほど自分を大切に想っているかを。 今父の瞳に宿っているのは何だ? 怒りか?失望か? 否、違う。それは『恐れ』。 「女王陛下はお前のことを大砲か火矢のように思っていらっしゃるようだが、私は違う。お前を戦場になど絶対にやらん! お前は家に戻るのだ、そして戦争が終わるまでの間、一歩も外に出さんっ! 話はそれだけだっ!」 「まっ……」 父が、去っていこうとする。 ルイズはその背中をとっさに呼び止めようとする。けれど、その言葉の先が続けられない。 父親の言葉で胸に熱いものがこみ上げてきて、その先が続けられない。 「お待ちになって、お父様」 だから、そこで呼び止める声がかけられたのは正しく幸運であった。 「お前も何か話があるのか、エレオノール」 立ち去ろうとした父が、もう一人の娘に呼び止められて足を止めた。 夜のテラス、そこから伸びて煌びやかな舞踏会場へと続いている赤い絨毯の上、その上に立ちふさがるようにエレオノールが立っていた。 「お父様、少しはルイズの言うことも聞いてあげたらどうですか? お父様の言いたいことは全てルイズに伝わっているでしょうが、お父様はルイズの言いたいことを全部受け取ってらっしゃいますか」 「何を言い出すかと思えば……いいか、エレオノール。ルイズはまだ子供だ、まだ自分で物事を見極めて判断するには早すぎる。この子のことは私が一番分かっている。故に私が決断を下すのだ」 「いいえ、お父様」 そう言って、エレオノールは一歩、父との距離を縮める。 「お父様はルイズに対して過保護過ぎますわ。一度正面から向き合って、ルイズの話を聞いてあげてください」 その言葉にミシェルがぎょっとする。 「な、何を言い出すのだエレオノール。ルイズはまだ自分のことが何も分かっていないのだぞ! 一時の感情に流されて取り返しのつかないことになったらどうするというのだ!?」 「無礼を承知で申し上げますわ。それが過保護だと言うのです」 援護はあれ、反対されるとは思っていなかったミシェルがたじろぐ。 「わ、私はただルイズのことを……」 「エレオノールの言う通りですわ。あなたにとってはルイズは小さいままなのかも知れませんが、それにしても甘すぎます」 エレオノールを後押しする言葉が放たれる。その声の主は、この場にいるはずのない四人目、ミシェルの妻カリーヌのものであった。 解散させたのか退散させたのか、エレオノールの横に立ったカリーヌの周りには、先ほどまでいた人だかりは既に無い。 「お、お前まで何を言うんだっ! これが一番いい方法に決まっているじゃ無いか!」 流石にエレオノールとカリーヌ、二人を相手にすると厳格な父親ミシェルも分が悪い。女性二人を相手に、父はその体を一歩二歩と気圧される。 「父さま」 そんな父の背後へ対して、ルイズから静かな言葉がかけられた。 「父さま、ありがとうございます。私のことをそんなに思っていてくれていたこと、とても嬉しく思います」 ぞっとするような凍える月。 それを見てルイズは、かつて二度、こうして舞踏会の夜にただ月を眺めていた彼の背中を思い出す。 エレオノールとカリーヌが父を呼び止めてくれた、少しの時間。その時間で、ルイズは愛する父に口にする言葉と、覚悟を決めていた。 「ル、ルイズ……?」 「でも、私は決めたのです」 振り向いたミシェルが見たものは、月下で微笑む、これまで見たことがないような自信に満ちた娘の姿であった。 「私の生まれてきた意味、魔法も使えず、失敗ばかりだった自分が生きてきた意味、それを見つけたのです」 その瞳には強い覚悟の光が宿っている。 娘のそんな変化を目にして、父は本能的に理解してしまう。今、娘は自分から巣立とうとしているのだと。 「だ、だがっ!」 しかし、それでも引き下がらない。 無様だろうが構わない、決して娘を手放したくないその親心は偽れない。 「私は決めたのです。国のためでも、女王陛下のためでもありません、私は私の誇りの為に、この道を真っ直ぐに進むと、そう心に決めたのです。私自身に誓って」 娘の口から、決定的な一言が紡がれた。 その言葉を聞いてミシェルは、娘が、最愛の小さなルイズが、既に巣立ってしまっていたのだと悟り、今度こそ言葉を失ったのだった。 古代スラン時代に打ち上げられた人工天体、虚月。 ハルケギニアで見上げるそれは、まるで凍りついているようだ。 ―――ウルザ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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春の使い魔召喚の儀式。メイジであるならば当然のごとく使い魔の召喚に成功する……はずだったのだが、ルイズと呼ばれる少女はそれが出来ないでいた。 ルイズは魔法が使えないと揶揄される。彼女が魔法を唱えれば生じるのは爆発のみ。しかし、ルイズは努力を積み重ねていた。 ただ、いくらその努力を積み重ねていようとも彼女は使い魔を呼び出すことが出来ず、本来ならば彼女はメイジ失格の烙印を押され、退学乃至留年という結果になったであろう。 だが彼女には幸運なことにもう一度チャンスが与えられた。それは教師であるコルベールが他の教師や学院長に嘆願した結果でもあった。 月が頭上に昇った今宵、ルイズは中庭に出ていた。コルベールの温情に答えるべく、魔法の練習をするために……。 繰り返される爆発音、眠りを妨げるこの騒音も、いつもは冷やかす生徒達は今夜だけはと、目を瞑るのであった。 沢山の書物を読んだ。 沢山の人に助言を仰いだ。 それでも結果がでない。明日こそは、明日こそは魔法を成功させて見せると誓い、練習に励むのであった。 そして日付が変わったであろうその時に、それは起こった。 ルイズが練習を切り上げようと思い、最後の一回と杖を振るう途中にそれは起きた。 いつもならば杖が振り切ってから生じる爆煙が杖を振る途中に起きたのだ。 そして月明かりによって明らかになる何かの影……この時ルイズは理解した。使い魔の召喚に成功したのだと……。 思わず小躍りして煙が晴れるのを待つルイズであったが、煙が晴れるにつれ、彼女の顔から喜びが消えていく。 そうどう見てもそこにいるのは妙齢の女性であったのだ。 ルイズは誰であるか問おうと一歩踏み出した。その時、女性が唐突に動き出した。 「ラジカール、レヴィちゃん、参上!」 なにやらピロリロリーンやらキュピーンとかいう擬音がついてきそうな挨拶をしでかしたのだ。 呆気にとられたルイズはレヴィちゃんなるこの人物をつぶさに観察する。スタイルは羨むぐらいに良い。黒髪を後ろでまとめている彼女の容姿は綺麗と言っても過言ではないだろう。 けどその格好はどうかと思う。彼女が美少女、少女と言われるような年齢ならば有りかも知れない。けど現実には彼女は美女であって美少女ではない。魔法少女チックな服装は痛々しい。 「誰……?」 辛うじてそう声を出すことが出来たルイズ。彼女はこの状況でよくまともな質問をしたと自画自賛していることであろう。 「魔法少女としての素質がいまいちな貴女を、スナック感覚で助けるために、ヘストンワールドからやってきた正義と平和の使者なのよ!」 くるくる踊りながらそんなことを言ってのける彼女をルイズは冷たい目で見ながら、スナックとかヘストンワールドって何?と心の中で思っていた。 決して突っ込んだら負けと彼女が思っていないということを弁明しておく。 ルイズの様子などお構いなく、ノリノリなレヴィちゃんは目をキラキラさせてルイズの両肩をがっしり掴んだ。 「悩み事とかあるでしょう! 言ってみて!」 鼻息が荒いレヴィちゃんはルイズをがくがく揺さぶる。 ルイズは絶対こいつは使い魔じゃない、そう思ったか定かではないが言い放つ。 「帰ってくれない?」 そんなルイズを素直じゃないツンデレかと思っているレヴィちゃんは尚をルイズに詰め寄る。 「ほらー、やっつけて欲しい人とか嫌いな奴とかいるでしょ! ほら!」 「いないことはないけど…」 折れた。ルイズは折れた。彼女のテンションについて行けなくなったルイズは用事が終わったら帰るのかしら、なんて思ったのか話に乗ってしまったのだ。 そして夜が明け、物語は魔法学院の教室へと移る。 「なんだよ”ゼロのルイズ”、使い魔は召喚できなかったんじゃないのか?」 教室に入るなり行き成りいちゃもんをつけ始めたこの少年、マリコルヌとその取り巻きはこの後降りかかる災いを知らない。 「え? こいつ? うざったいやつって…」 「こんな感じでうざいのよ…」 妙にうきうきしたレヴィちゃんとは対照的に覇気がないルイズ。 「なんだちょこざいな。あんなもんひとひねりですよー♪」 それはルイズに語ったのか、それとも彼らを挑発するために言ったのか、理由はともかく結果としてマリコルヌとその他数名の生徒は激昂した。 「なにー!ルイズの癖に生意気な!」 どこぞのガキ大将のごとく顔を真っ赤にさせて襲いいかかる彼らを尻目にレヴィちゃんは踊り始めた。 「トカレフ、マカロフ、ケレンコフ、ヘッケラーコックで―――」 キラリラリンという効果音つきで踊るそれは彼女の魔法を使うための舞、そして…… 「見敵必殺ゥ!」 何とも頼もしい掛け声と共に現れたのは二丁の銃、それは彼女の相棒ソードカトラスに他ならない! 驚くルイズを尻目に銃口はマリコルヌの額に合わさった! 教室に響く銃声、悲鳴、怒号…そして…… 「魔法じゃないの!」 「誰が?」 虚しく叫ばれるルイズの突っ込み。 「イェーイ! 物事なんでも速攻解決! 銃で!!」 一仕事終えて楽しそうに叫ぶ彼女にルイズはもはや突っ込みを入れる気もなくしてしまった。 「魔法なんて非現実的なものよりよっぽど確実な方法よ!」 高らかに笑い、そう宣言するレヴィちゃん。彼女はここが魔法学院とは知らない。 「ああ、風上のマリコルヌが風穴のマリコルヌになってしまった…」 誰ともなくそう叫ぶ声が教室に響く。 「頭痛いから教室に帰るわ……」 これは悪い夢、目を覚ませばいつもの日常が……。逃避を試みるルイズ、だがそうは問屋が許さない。 レヴィちゃんに首根っこを掴まれ引き止められる。 「何言ってんの?ここは教室だから帰るなんてできないぞぉ」 彼女の言うとおり。そもそも教室にいるのに教室に帰ることなど出来ないのだ。それよりもレヴィちゃんに突っ込まれるなんて……。 「そんなことより、今日はレヴィちゃんから素敵なプレゼントがありまーす」 「いらないいらない」 「何とこの銃をあげちゃいまーす!」 心の底から全力で拒否しようがレヴィちゃんには無駄無駄。無理やりルイズの手に二丁の銃を握らす。それはまだ発砲の余韻で銃口が暖かい。 「あ、それじゃあ時間だから帰るね! バイバ~イ!」 こうして自己満足を思うさま堪能したラジカルレヴィは、ヘストン・ワールドに帰っていきました。 テンション爆超のまま。 物語はここで終わらない。当然その後教室に踏み込んだ教師達によって、ルイズは事件の首謀者として拘束されてしまうのでした。 「ミス・ヴァリエール。君は、君はそんなことをする生徒ではないと信じていたのに……」 コルベールが目元を拭う。オスマンはそんな彼を気遣いながらルイズに優しく問いかける。 「何故こんなことをしでかしたのじゃ。君にはチャンスが与えられた…自棄になる必要はないじゃろう」 「ごめんなさいごめんなさい……」 ルイズは謝罪の言葉を口にしながら心の中で助けを求めていた……そしてそれに呼応するものが現れたのだ! 「マジカールメイド、ロベルタちゃん、参上!」(猫耳) 「お、同じくマジカルメイド、シエスタちゃん参上!」(猫耳) 続きません
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イブテエル マヤ神話に登場する悪魔。 腕の先から火を放ち、毒をもち、首長を首吊るために現れた。
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (22)ウルザの時計 ルイズは霧の中にいた。 濃い白乳色をした、濃密な霧。 視界は白、その他の色は一切何も見えない。 ――誰かいないの?―― 彼女がそう口にすると、目の前に突如人影が現れた。 先ほどまで影も形も無かった場所に突如現れた人物にルイズは驚きの声をあげる。 ましてや、目の前にいる人物の姿を目にしてはなおさらであった。 目の前に現れたのは小柄な少女。髪は桃色のブロンドに目は鳶色、身には魔法学院の制服を纏っている。 そう、それはルイズ自身であった。 「この次元に来るのはとても久しぶりね、懐かしいわ」 こちらの反応を見て、さもおかしそうに口元を隠して笑う少女。 ――あ、あなたは一体だれ!?何で私の姿をしているの!?―― くつくつと笑いながら彼女は答えた。 「最初の回答、私はあなたの先祖、始祖って呼ばれてるみたいね」 ――!!―― 驚きで声も出せないルイズを愉快そう笑う少女。 「次の回答、私に姿なんて無いわ。面倒だからあなたの姿や声や喋り方を借りてるだけよ」 自分の胸に手を当てながら答える仕草は、確かにルイズもたまにしてしまうものであった。 ――わ、分かりました。けれど始祖様はどうして私めにお姿をお見せ下さったのですか―― その言葉を聴いて始祖は明らかに機嫌を崩したようだった。 「ちょっと、そういう口調はやめて貰えないかしら。なんだかムズムズするわ」 腰を折り曲げて上目遣いに睨みながら片手にもった杖でルイズをつんつんつつきながら言う少女。 ――は、はい。わかりました……―― 「わかった、でいいわ。じゃあ次の回答ね、面白そうだったからよ」 あっけらかんと言う始祖、流石にこの言葉にはルイズも言葉が詰る。 「何をしようと思った訳でもないのだけれど……。そうね、あなたの疑問に答えてあげるわ」 ふふん、と薄い胸を誇示するように胸をそらす始祖。 ――疑問?―― 「そう、疑問。どんな疑問にでも答えてあげるわ」 神の如き、いや、神そのものと時に称される存在が、ちっぽけな存在である自分の疑問に答えるという。 一体何を聞けばいいのか、自分の未来?それとも虚無について?あるいはあのワルドについて? 頭が混乱して何を聞けばいいのか分からない、けれどルイズの口はすっと一つの疑問を紡ぎ出していた。 ――ミスタ・ウルザはどんな人間?―― 言ってからはっと気付いて両手で口を塞ぐルイズ、聞き届けた始祖はにやにやと笑っている。 「そんなことは本人に直接聞けばいいことじゃない」 そう前置きしてから 「でも、この際だから本人にも分からないことを教えてあげるわ」 杖を高々と振り上げた。 気付くと、空の上にいた。 ――きゃああああああ!?―― 落ちる、と慌てて手足をバタつかせるルイズだったが、落下の浮遊感はいつまでたっても訪れない。 恐る恐る目を開くと、そこにはルイズと同じように宙に浮かんだ始祖の姿。 「大丈夫、落ちたりなんてしないわよ。それよりほら、始まるわ」 まるで劇場に足を運んでいる客のような口ぶりで、彼女はある一方を指差した。 そこには、闇があった。 闇に触れるだけで草木が、大地が、空気までもが腐り果てた。 黒、漆黒、この世にこんな色が存在することに驚くほどの、光を全て吸い込むような黒。 それが広がっていく。全てを巻き込んで、人も街も巻き込んで。 ――何、あれ―― 顔色を失ったルイズが呟く。 「あれは■■■■■」 ――え?―― 始祖の声を聞き取れなかったルイズが聞き返した。 「だから■■■■■よ」 再び顔に疑問符を浮かべるルイズ。 「ああ、もしかしたら聞こえないんじゃなくて分からないのかもしれないわね。だとしたら、それはあなたの防衛本能だから無理に理解しようとしなくていいわ」 ルイズには始祖の言うことの半分も分からなかったが、『アレ』が理解するだけで穢れる存在であることは何となく察することができた。 ――ここは、どこなんですか?私、あんなもの見たことが無いわ―― 「この次元は『ドミナリア』という世界よ。アレについては見たことが無くて当然、『ハルケギニア』にあれが現れたことなんてないもの」 『ドミナリア』。 ルイズもその単語には聞き覚えがあった。確かウルザが自分の生まれた世界だと語っていた名前だ。 「そう、あなたの使い魔として呼び出されたプレインズウォーカー・ウルザのいた世界よ。そして…」 再び始祖の少女は暗黒を指差す。 「あれこそが、彼が立ち向かっていた邪悪よ」 それから二人は、次々と時間と場所を跳び回り、様々な場面を目にした。 そしてルイズが目撃したものは、悲惨の一言に尽きた。 世界は荒廃していた。 森は腐り、山も腐り、草原も腐り、島も河も腐っていた。 国も、街も、人も、全てが腐り果てていた。 人間、エルフ、ミノタウロス、ドワーフ、トカゲや猫の姿をした亜人、それらは団結して恐るべきファイレクシアの異形の兵達と戦っていた。 けれど彼らも傷つき倒れ、やがて最後には腐れていった。 ――何が、起こっているの?―― 「侵略/Invasion よ」 次に場面を移した時、ルイズが目にしたのは一人の勇士の姿であった。 彼の全身は汚らわしい血に塗れている。 その周囲には数え切れないほどの、ファイレクシア人の亡骸。 鬼神の如き勇猛でもって人々に希望をもたらすであろう、勇者。 だが、そんな希望など、■■■■■は認めない。 「――――――!!」 邪悪を討つべく立ち向かった彼を 闇が呑み込んだ。 それからは繰り返しだった。 様々な場所で、様々な勇者によってそんなことが繰り返される。 「アレ」と始祖が呼ぶものは、どんなものでも貪欲に呑み込んだ。 全てが食らい尽くされる。 そのような光景が何度か繰り返され、次にルイズが目にしたのは風変わりな老人であった。 彼は闇がすぐそこまで迫っていることを知りながらも、一心不乱に手に持った本を修正している。 ――彼は何をしているの?―― 「彼は予見者、未来を知るものよ。彼はその力で歴史書を書いていたの。 そして、今彼はその歴史書を修正しているところよ」 ――早く逃げなくちゃ、闇に飲みこまれてしまうわ!―― 「そうね。でも、彼にとって歴史書に書かれた『世界の終焉』を書き直すことこそ、最も重要なことなの」 そう言った始祖は、闇に覆われようとしている男を見た。 彼は必死に自分が視た歴史を修正しようとしている、けれど…… 『黙示録』の予言を修正する直前、彼は暗黒雲に呑み込まれてしまった。 ルイズが余りに救いの無い結末に絶句する。 けれど始祖の少女はさして気にしたふうも無く杖を振るった。 次にルイズ達の前にいたのはモジャモジャのあご髭を備えた海の男だった、 彼は海から汲み上げた膨大な青色をした魔力で、暗黒雲に抵抗していた。 けれど、それが徒労であろうことは明らかである。 ――さっきの人と同じような感じがするわ―― 「ふぅん。分かるのね、まあいいけど」 ――この人もまた、飲み込まれてしまうの?―― 「いいえ、彼の場合は少し違うわ」 ルイズが改めて髭の男を視たとき、丁度彼は何かを決意したようであった。 彼は迫る暗黒に対峙し、その直後、呑み込まれた……ように見えた。 ――闇が、海を避けてる?―― 「いいえ、拒絶しているのよ。 彼はその身を生贄に捧げて、彼が最も愛した友人達と海を守ったの」 次に場面を移した時、そこは多少風変わりな光景が広がっていた。 大樹の枝の上、そこには一組の男女がいた。 二人とも背が高い、男性は勿論、女性も一八〇サントはあるだろうか。 光景が風変わりだったのは、男女がいたからだけではない。 上空からはあの闇が迫っていたが、同時に彼らの足元では激しく業火が猛っていたのだ。 下に燃え盛る赤、空の青、樹木の緑、そして暗黒の黒、そして寄り添うように抱き合う二人。 なんとも美しい、同時に哀しい光景であった。 ――あの二人は恋人同士なの?―― 「ええ、そうよ。男性はエルフ達の王、そして女性は人間の英雄よ」 ――エルフと人間?―― ルイズは驚いて男を見た。確かにそこには噂に伝え聞く、エルフを表す長い耳があった。 「彼らにとって種族の違いなど些細なことなのよ」 確かに、人間の女性はエルフの男を心から信頼しているようだった。 「そんなことよりも、見なさい」 エルフの男が、女性になにごとかを語りかけた。 彼女は男に寄りかかり、最後のキスをする。 そして微笑み…… 闇に飲み込まれるより先に、二人は身を投げた。 泣きそうな顔で、ルイズは二人を見届けた。 酷い、余りに酷い。 世界中が悲しみに包まれている。 闇が広がる速度は速い。これまでルイズが目にしたものは悲劇のほんの一部分。 ほんの一部分でも分かる、この世界は悲劇に満ちている。 「次で最後よ」 そう言って跳躍を行ったルイズ達。 そこでは激しい口論が行われていた。 「何故ジェラードがやらなけばいけないのですか? 貴方の眼からパワーストーンを取り出すぐらいなら私だけでも出来ます!」 そう言ったのは、銀色に輝いた驚くほど表情豊かなゴーレム。 「ジェラードはただの相続人ではない、彼もレガシーの一部なのだよ」 こう喋ったのは、ジェラードと呼ばれた男に抱えられた切断された人間の頭部であった。 ――ミスタ・ウルザ!?―― 目をむいて驚くルイズ。 頭だけの姿で喋っていたのは、なんと彼女の使い魔であったのだ。 驚くルイズを見て、始祖の少女はきゃらきゃらと声を出して笑う。 「悪かったわ、うん、つい面白かったから。 ええと、そこにいる銀のゴーレムがカーンという名前、首はご存知ウルザね。そしてもう一人はジェラードという名前よ」 カーンが苦しそうに呟く。 「我々にどんな選択肢があると言うのです?」 それは本当に辛そうな声色で、彼がゴーレムであることを忘れてしまいそうなほどであった。 ジェラードが返す。 「この選択しかない。勇士の選択さ」 その表情は、笑っているようで泣いているようでもあった。 ――ねぇ、彼らは何を相談していたの?―― 会話から緊張と悲壮な決意を感じ取ることはできたものの、ルイズにわかったのはそこまでであった。 「あの闇を滅ぼす唯一の方法について、彼らは話し合っていたのよ」 ――あれを?あの闇を滅ぼすことができるの!?―― ルイズがこれまで見てきたのは絶望ばかりである。 そんな中で始祖の少女の口から零れた希望、それを聞いたルイズは顔を輝かせた。 それを見た少女は、口の端を吊り上げて面白そうに囁いた。 「ええ、たった二人の犠牲でね」 ――犠牲?―― その様子に不安なものを感じたルイズは、始祖の少女に聞き返す。 少女は、ルイズの耳元に口を近づけ、静かにこう答えた。 「ウルザとジェラード、二人の命」 ルイズの写し身の少女が、指をパチンと鳴らした。 結果として『ドミナリア』は救われた。 自らを生贄に捧げたウルザとジェラードの二人の犠牲によって。 清き白きマナを用いて邪悪なる暗黒は洗い流され、世界は救われたのだ。 『さようなら、ドミナリア』 それが、ウルザの遺した、長い生涯で最後の言葉であった。 ――うう、うっ……ああっ、ぁ、う、うううぅぅっ、わああああぁ!!―― ルイズは最初に目にした白乳色の霧の中で泣いていた。 ――どうしてっ!?どうしてよっ!?あんなに頑張って、あんなに戦って!それなのにあんな最後なの!?―― ジェラードはウルザの瞳を抉り出し、無事に闇を打ち払った。 そしてその代償として、二人は命を落とした。 英雄譚、これこそがウルザのサーガの結末。 ――どうして!?どうしてよっ!? ねぇ、答えて!―― 喚き散らすルイズ。 彼女の声は始祖の少女だけに向けたものではない。 ウルザ、そして彼を取り巻く世界へと向けたものであった。 「どうしてって、それはウルザが望んだからよ。 彼は望み通り、■■■■■を討ち滅ぼした。 例え命を失ったとしても、それはきっと彼の本望だったはずよ」 ――そんなこと―― あるだろう。 ウルザという男の最奥を、あのキュルケの部屋で視たルイズには分かる。 彼は、目的のためならどんな犠牲も厭わない。 例えそれが自分自身であろうとも。 ――狂ってるわ―― 「プレインズウォーカーとはそういうものよ」 そう即答した始祖は、先ほどに比べて存在感が希薄であるように感じられた。 「そろそろ目覚めの時間みたいね。 今まで見ていたものは全て泡沫の夢、とるに足らない幻想のひとかけら。 でも、折角の経験ですもの。何かに活かしてもらえたら私としても嬉しいわ」 存在感だけでなく、姿までも薄れていく桃色のブロンドをした始祖。 ――まって!―― 笑顔で手を振って何処かへ去ろうとする始祖に、ルイズは咄嗟に声をかけた。 ――あれがミスタ・ウルザの過去なの?あれはもう既に過ぎ去った事実なの!?―― その言葉を聞いて、存在の希薄化がピタリと止まった。 「いいえ、違うわ。あなたに見せたものは『起こりえた未来』よ。 あるいは『起こるはずだった未来』かもしれないわね」 ――え?―― 「あなたの召喚によって、あなたも、そして彼も、既に『決められた未来』の道筋からは外れているわ」 ルイズはその言葉をゆっくりと噛み締める。 ――つまり、あの未来はもう起こらない未来ってこと?―― 「それは分からないわね。あなたが召喚によってあっちの世界にどんな歪みが生じたかも分からないし。 何よりも、彼が望むのなら結果として同じような結末を迎えることになるでしょうね」 ――つまりはまだ、何も決まってないってことよね―― 「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないわ。 折角なんだし、あなたの目指す最善の未来を目指せばいいんじゃないかしら」 その言葉を最後に、白乳色に包まれた世界が弾けた。 ルイズが重いまぶたを持ち上げると、そこはランプの灯りに照らされた豪奢な部屋であった。 天蓋付きのベットは兎も角、高価な調度品類や家具が目に付く。 そこはいつも寝起きしている、魔法学院の寮の自室ではないようだった。 そして、ルイズの寝ているベットの横、ランプに向かい合うようにして座っているウルザ。 「あ……」 朦朧とした意識が立ち直り、それまでの記憶が怒涛のように蘇る。 魔法学院からの脱出、船やドラゴンとの戦い、メンヌヴィルと名乗った男、空に浮かぶワルド。 虚無の呪文を唱えようとしたところまでは覚えているが、次の記憶はあの自分と同じ姿をした始祖ブリミルを名乗る少女との出会いであった。 ルイズが必死に記憶を掘り起こそうとしていると、横から静かな声がかけられた。 「目が覚めたかね」 彼は手元で何かを弄りながら、そうルイズに話しかけた。 「ミスタ、ウルザ……」 彼の名前を呟くと、ルイズの脳裏に先ほどまでの記憶がさまざまと蘇った。 言葉を続けられないルイズに、ウルザは作業を中断せずに語りかける。 「君に、伝えなくてはならないことがある」 静かに紡がれるその言葉。 ルイズはその言葉の裏側にある感情を感じ取りながら、黙って次を待った。 やや間を置いてから、ウルザは口を開いた。 「君に残された時間は長くない」 告げられた、その言葉。 そこに隠された感情が、今のルイズには手に取るように分かった。 それは苦悩。 重苦しい沈黙が訪れた。 けれど、一方でルイズは言葉を冷静に受け入れるている自分に驚いた。 突然に自分の余命を告げられたというのに、どうして自分はこんなにも落ち着いているのだろうか。 ルイズは顔を横に向けて、ウルザを見た。 そして理解する。 (ああ、こんなに悲しい顔をしている人がいてくれたからね) 仮面のような無表情、それこそがこの男の知恵に他ならなかったのだ。 どんな時でも、常に背中を向けていたことも同じ理由。 つまり、彼はこうなることが分かっていたのだ。 自分の目的の為に犠牲にするであろう少女を、彼は最初から悼んでいたのだ。 「ミシュラと、タカシア、それにカイラ。どんな人達だったの?」 床に伏せたままのルイズが発した、その言葉にウルザを驚いた。 「あなたが倒れているときに、口にしていたの」 そんな変化も一瞬のこと、ウルザは再び手元に目を向けて作業を再開した。 それから、長い時間が過ぎた。 あるいは一分ほどだったかもしれない。 その沈黙はルイズには十分にも一時間にも感じられた。 やがて忙しく手を動かしていたウルザの手が止まった。 「これを、君にあげよう」 そう言ってウルザがルイズに差し出したのは、小さな懐中時計だった。 丸い、無骨な時計。 洒落っ気や色気とは無縁な、ただ時を刻むだけの時計。 まるでそれ自身が自分とウルザの関係を表わしているようで、ルイズは小さく笑った。 そして、大切そうに両手で抱いた。 「……トカシアだ」 唐突に、ぼそりと口にされたウルザの言葉。 「……え?」 「トカシアだ。彼女は私の育ての親でもあり、教師でもあった女性だ。 ミシュラは私の弟。そしてカイラは私の妻だった女性の名だ」 時間は大切。でもね、私は時間に追われるような生き方は真っ平よ。 ―――ルイズ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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サイコーのショー 収録作品:スーパーペーパーマリオ[Wii] 作曲者:三留尚子or関河千佳 概要 さあ… サイコーのショーの はじまりだ!( ) ルイルイルイー!! 本作のラスボス「スーパーディメーン」との決戦で流れるBGM。 名前からも分かるとおり、前哨戦でノワール伯爵を撃破後、伯爵からコントンのラブパワーを奪い異形の怪物と化したディメーンが真のラストバトルの相手となる。 このため曲はディメーンのテーマである「魅惑の道化師ディメーン」及び戦闘曲「イッツァショータイム!」のフレーズを使ったアレンジである。 だが曲の中核を成す「イッツァショータイム!」が変拍子の上に転調が混ざり合うことで、コミカルながらも得体の知れなさを醸し出していたのに対し、この曲はオルゴールのようなイントロから始まり、全体を通して怪しい雰囲気が漂う曲である。 ミステリアルでありエキセントリックなカオスと呼ぶに相応しい異質な代物である上に、中毒性の高いメロディーをもってラスボスに相応しい盛り上がりを見せてくれる。 だがそのカオスっぷりは曲のみに留まらず、今なお語り草となっているのはキャラクターデザイン。 この「スーパーディメーン」はなんと、ルイージを器としてコントンのラブパワーと融合したものであり、ルイージとディメーンを混ぜ合わせた衝撃的が過ぎるデザインである。 これによりペーパーマリオシリーズは前二作と本作をもって、主人公のマリオを除いた本作の操作キャラであり『スーパーマリオブラザーズ』よりマリオシリーズを牽引してきたメインキャラクター全てをラスボス化してしまう空前絶後の所業を成してしまった。 このため、ルイージ生誕30周年記念CD「THE YEAR OF LUIGI サウンドセレクション」ではルイージに関係する曲として収録されている。 「愛」という重すぎるテーマを掲げた熱く切ないストーリーの果てに待ち受けていたのは、コントンのラブパワーを象徴とする任天堂作品屈指の黒さと混沌を誇る本作を体現したラスボスと曲であり、この後に控えるエンディングとスタッフロールと合わせて本作を象徴する展開と言えるだろう。 過去ランキング順位 第2回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 120位 第4回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 400位 第5回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 382位 第6回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 423位 第7回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 322位 第8回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 217位 第9回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 640位 第10回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 719位 第11回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 550位 第12回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 712位 第13回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 692位 第14回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 301位 第15回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 287位 第16回みんなで決めるゲーム音楽ベスト100 297位 第2回 みんなで決める任天堂ゲーム音楽ベスト100 38位 みんなで決めるラストバトルBGMベスト100 40位 みんなで決めるマリオシリーズBGMランキング 19位 第2回みんなで決めるラストバトルBGMベスト100 41位 第3回みんなで決める任天堂ゲーム音楽ベスト100 86位 サウンドトラック THE YEAR OF LUIGI サウンドセレクション
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オールド・オスマン。 この学院のヌシであり、何歳なのかは学院の誰も知らない。 学院の一部の教員はスケベジジイと認識している一方で、彼に恩義を感じたり、彼の力を認めて学院に勤めている人間がいるのもまた事実である。 つまりは、魔法学院の長をやるだけの力はあるということだ。 そんな彼は今、一つの不安を抱えていた。 具体的に言えば、宝物庫に管理していたある物が、前に様子を見に行った際に『逃げ出して』しまったのだ。 物が逃げる―――という表現は一見おかしく聞こえるが、それが呪われたアイテムである、と言えば想像はつくと思われる。 それ単体は何の変哲も無い、マジックアイテムでもないただの物である。 呪いさえなければオスマンも使おうと思っていたものだが、呪いを解く勇気が持てなかった―――解き方は知っているがやりたくない―――為に封印していた。 が、封印が甘かった。 「いかん……どこに行ったんじゃ」 それは突然現れ、勝手に対象を見つけては呪いをかける(一名限定)。 昔、うっかり呪いにかかってしまい、口にも出せないおぞましい事になってしまった。 よく分からないうちに呪いは解けたが、根本的な解決には至っていない。 「いかん……いかんぞ……」 学院の人間、特に教員が呪われてでもしたら、阿鼻叫喚の地獄絵図が発生するかもしれない。 「それはそれは、おぞましい事に……!」 想像だにしたくない未来予想に、オスマンは頭を抱えるしかなかった。 その事件を語るには、まずしばらく前の時間に遡ろう。 ハヤテが召喚されてから、一週間が経った。 彼の一日は、ルイズより一時間程前から起きる事から始まる。 水汲みは言うに及ばず、9歳から親の酒代稼ぐのに年齢詐称して清掃のバイトをやっていた事もあり、ルイズを起こす事無く拭き掃除を完了させてしまう。 「ふぅ……続きは後で、お嬢様が起きてからですね」 「相棒、やってる事家政婦だな。絶対使い魔じゃねえだろ」 続いて、ルイズを起こすまでの30分程を、初めての話友達シルフィード、そしてデルフリンガーと外で過ごす。 話す事があっても無くても、シルフィードの寝転がった巨体にもたれ、朝の陽気に当てられて僅かな休みを堪能するのが気に入っていた。 「ハヤテは変わり者なのね、多分」 「そうでしょうか?」 「一日の初めに喋る相手がこんなボロ剣と韻竜の時点で、まあ普通じゃないな」 全身を撫でる日の光と、適度に吹いてくれる風の心地よさで、ともすれば眠ってしまいそうになる。 そんな中で―――今だけでは無く、使い魔を勤めている時々で、果たして自分はこんなにのんびりしていていいのだろうか、と逆に不安に駆られてしまう事がある。 今まで借金返したり生活費稼いだり借金取りから逃げたりを年がら年中続けていたハヤテには一種の強迫観念みたいなものが染み付いており、金と命と生活の為に働き続けてこの若さでワーカホリックのようになっていた。 故に、この世界で使い魔と言う一種の就労にあるとはいえ、こんなに目的も命の危機も感じずにいていいのだろうか、と思わずにはいられない。 だから少しでも心がこの状況に慣れるように、ハヤテは万感の想いを込めて、この一言を言うようになった。 「―――今、幸せですねえ……」 「ねえねえデルフ、ハヤテって何歳? なんだか遠い目をしてるのね、きゅい」 『その姿はまさしく、退職したばかりのお父さんが何をしたらいいか分からず縁側で茶を啜っている姿であるからして』 「16歳のはずだが。なあ相棒……もうちょっと年相応になろうぜ。 今からこれじゃ、相棒の将来が不安になるぜ」 6000歳の剣と200歳の竜に心配されながら、朝のハヤテは幸せに包まれていた。 続いてルイズを起こし、食堂へ行く為に部屋を出る際、タイミングを見計らっていたかのように、隣室のドアが開く。 ルイズの平面的な体とは対称的な、出る所が出まくった長身の体型を持つメイジ、微熱のキュルケであった。 彼女はルイズの後ろにつくハヤテを見て、続いてぶすりとした少女を見直し、ニヤリと笑う。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 「キュルケさん、おはようございます」 「おはよう。相変わらず可愛いわねぇ、ルイズには勿体ないわ」 主に睨まれながらも律義に礼を返すハヤテに、キュルケはルイズに見せ付けるように少年に質量のある肉体をわざと擦り寄せ、二人の反応を見ながらからかっていた。 「あ、あうあう、その」 「こら、キュルケ! 離れなさい! あんたもデレデレしない!」 「はいはい、別に召喚直後から告白された彼氏をすぐに取らないわよ……多分」 「多分って何!? それに彼とか、そんなんじゃないわよ!」 かたや少年の青少年的な羞恥と照れで茹蛸に、少女の嫉妬からの茹蛸を面白いと思って。もう一週間も同じ事を繰り返しているのに、反応が同じなのも面白い。 だから、ついつい遊んで―――っと、今日はちゃんと用があったと思い出す。友人が、目撃していたから気になって。 「そういえば、あんた達、授業終わった後に調べ物してるらしいわね」 「何で知ってるのよ」 「図書館で毎日本を山程取っ替え引っ替えしてたら、嫌でも目立つわよ」 主に自分の友人でよく本を読む一名に。 まあ、ルイズが元気なのはいい事だ。あの使い魔の少年が現れてからは授業の失敗も引きずらなくなったみたいだし、魔法が使えない事で不機嫌そうだった雰囲気も最近は和らいでいるみたいだし。 だからこそ、からかいがいがあるのだが。 「何を探してるか知らないけど、まあ頑張りなさい」 励ましの言葉をかけると、ルイズはまずポカンと大口を開け、続いて背伸びしながらキュルケの額に手を当てた。 「何がしたいのよ」 「いや、熱は無いわよね」 「あたしの事、どう思ってるか大体分かるわ」 確かにからかってばかりで、励ました事は無いが。 「お嬢様、そろそろ授業が……」 「そうね、急ぐわよ! キュルケ、あんたも!」 「はいはい」 あのルイズがこれだけ変わるのだから、人間の使い魔も案外悪くないのかしら、とルイズに引っ張られるハヤテを見ながら、そんな事を呟いてみるキュルケだった。 キュルケの言っていた通り、朝昼の授業が終わると、ルイズ達主従は他の事に見向きもせず図書館に向かった。 目的はハヤテの左手に浮かぶルーン文字。 ハヤテは言うに及ばず、座学は優秀なルイズにも聞いた事が無い、光って変な効果のルーンだが、始祖ブリミルがハルケギニアを新天地としてからの歴史が詰め込まれているという、この学院の図書館の書物なら、ヒントぐらいはあるかもしれない。 が、ここで問題が発生する。ハヤテは話し言葉が通じる癖に、読み書きが―――ハルケギニアの文字が全く通じないのだ。 仕方なくルイズはルーンをスケッチし、ハヤテが適当に運んで来る本から関係ありそうな物だけを抜き出しては片っ端から調べる事を続けること1週間。 「全然無いわね……ふぅ」 テーブルに山積みにされた本を前にして、ルイズは力なく呟いた。 30メイル程の高さの本棚が壁際に所狭しと並ぶ中で、たかだか一週間程度で簡単に答が見つかるとは思っていなかったのだが、かといってこうも箸にも棒にもかからないと、やる気が削がれてくる。 使い魔やルーンに関する有名な書籍は殆ど漁ったのだが、これでは残りの本を期待せずにしらみつぶしするしかないだろうか。 「お嬢様、この本は……」 「片付けといて。全部無かったから」 はい、とハヤテが役立たずの本をまとめて抱え、手押し車に乗せていた時、 くいくい。 「相棒相棒、袖引かれてる」 「え?」 「確か……タバサよね?」 ルイズの言ったとおり、ハヤテの袖を小さく、だが確かな力で引っ張るのは、ルイズより更に小柄で、ハヤテの水色より更に青い髪をしたメイジの少女、タバサだった。 図書館にいるときは殆ど見かけていたが、今まで何の反応も見せていなかった彼女が、今に限って何の用だろうか? 彼女はルイズの名前の問いにコクリと頷き、 「ルーン、見せて?」 「ルーンなら、ここにスケッチしてるわ」 と、ルイズが紙を渡し、タバサが「私も調べておく」と頷いた。 彼女曰く、あれだけ毎日毎日、崩れたらそのまま生き埋めになりそうなほど本を積んでいたら、流石に興味を魅かれずにはいられないとか。 「ありがとう、タバサ」 「ありがとうございます」 「いい。それと、」 と、何故かタバサは無表情のまま、犬がマーキングするかのようにコートの腕の部分から、胸、首元、背中に回って鼻を摺り寄せる。 今までまともに見た事がない、タバサの綺麗に整った顔を近づけられ、ハヤテは戸惑い、ルイズは少しムッと頬を膨らませるが、 「―――あの子の匂いがする」 タバサの一言に空間が―――主に主従の少年少女を対象にして凍りついた。埃が混じっている図書館の空気が、余計に息苦しく感じる。 「ど、どういう事よあんたーっ!」 先に再起動したルイズが、柔道家もかくやのスピードで詰め寄り、襟元を掴んで前後にガクガクシェイクする。 「お嬢様、あの、全然わからな―――」 「女っぽい顔だし、いつも言うこと聞くから油断したわ。まさか一週間でそんな事するなんて! 相手はキュルケ? 食堂のメイド? まさか知らない別の人間!?」 脳をゆすぐほど振り続けるルイズの激怒の理由を、タバサは少し離れた場所で理解できず見物人と化していた。 ただ、自分が知ってる相手の匂いがついてる―――理由は不明だが―――と言っただけなのだが。 「おいおい娘っ子、相棒が内緒でそんな事出来るぐらい甲斐性あると思うかい?」 「そういえば……無いわね」 「大体、あの子ってだけで女とは限らないだろ? 何を想像したんだよ」 「な、な、何って……!」 羞恥に顔を赤くし、口ごもったルイズに、デルフは意地悪さ全開でケケケと笑い、 「なりは小さくても、耳年増ですなぁ」 「うるさいうるさいうるさーい! このぽんこつボケ剣の癖に! 肝心な事思い出せないんだったら、その生意気な口閉じときなさい!」 「はっ、俺様を黙らせたかったら、鞘にでも差し込むんだな。あの店から貰うの忘れやがったから、無理だがな!」 「何だ、そんな事でいいの?」 「あれ、薮蛇?」 「みなさん、仲良しですね」 「あんた、頭に虫湧いてない?」 と、話が脱線し始めた所を、タバサの問いが引き戻す。心なしか、緊張の色が浮かんでいるように見えた。 「何故?」 「えっと……何故と言われましても、心当たりも質問の意図も解りませんし」 「そうよ、話がずれていたわ! ハヤテ、服に匂いがつくような行動なんてそうはないわよ! さあ、誰と何をしたの!」 自分で脱線した癖に偉そうに宣言し、ルイズは再びハヤテに詰め寄って、 「くんくん……私の知らない匂いね、多分」 「どさくさ紛れに男の胸に飛び込んで顔を擦り寄せるたぁ、変態チックだな娘っ子」 「―――~っ! わ、私は主人として、」 「相棒の匂い、どうだ?」 「ん、ちょっとクラッとして、妙な気分―――ってアホー!」 流石年の功か、齢六千年の剣は16歳の少女をたやすく手玉に取っていた―――間違った方法で。 「それはそれとして相棒、疑い晴らす為に、ここで知り合った名前を挙げたらどうだ? たかだか一週間、大して知り合いいないだろ?」 「えっと……お嬢様、タバサさん、シエスタさん、キュルケさん……名前を出しただけで睨まないで下さい、お嬢様」 「ぷい」 出て来た名前が女ばかりで、膨れた子供みたいにそっぽを向く主。 「後はデルフと、シルフィードさんと―――」 「相棒、ストップストップ!」 「え……あ!」 内緒の約束をすっかり忘れ、きゅいきゅい鳴く竜の名前を出してしまい、慌てて口を閉じる。 が、それを観客二人が聞き逃す筈も無く、 「…………」 名前を出した途端、じー、とビームでも出そうな程鋭い目をした青の少女と、 「誰? また女の感じがするわね」 分からないながらに微妙な洞察力を発揮する桃色少女。彼女らの次の台詞は、期せずしてシンクロした。 『さあ、キリキリ吐く!』 左右から挟まれたプレッシャーに負け、ハヤテは朝食前に外で会う、喋る竜の話を白状したのだが、予想に反して反応は冷めたものだった。 「結局、その使い魔にくっついてたから匂いがついただけなの?」 「はい、そうです」 「けど、竜が喋る? そんなのあるはず無いじゃない、昔話じゃあるまいし」 「けど、あの姿は竜だと思うんですけど……」 「いい? 喋れる竜のことを韻竜って言うんだけど、もうとっくに滅んでるって言われてるのよ。だから、それを使い魔にするのは無理なのよ」 「え、そうなんですか? じゃ、あれは……」 「多分、何か別の動物と間違ったんじゃないの?」 けど、喋ってたのは何だったんだろう……と呟くハヤテの様子を、好都合だとタバサは判断した。 シルフィードは彼女の使い魔であり、そして滅びた筈の韻竜である。それを知られて騒がれるのは、タバサの趣味では無い。 幸いハヤテというこの使い魔は、竜が喋る事に何故か疑問も驚きも常識も無いようだし、主は主で言う事を全く信じていない。 都合がいいので、間違った答を教える事にした。 「ガーゴイル」 「ガーゴイルって?」 「それは私の使い魔。本当はガーゴイル」 「じゃあ、シルフィードさんが言ってた『お姉様』って、タバサさんの事だったんですか」 コクリと静かに首を縦に振り、 「ガーゴイルは貴族が作り出す、擬似生命つきの魔法像のこと。いいものは生き物と見分けがつかないだけ」 「使い魔って事は、タバサさんが作ったわけじゃないんですか?」 「主人のいなくなったのを、受け継いだから」 「彼女、竜が喋ってるのを内緒にして、みたいな事を言ってましたけど」 「今みたいに、韻竜と誤解されたら面倒だから」 「成程、そうですよね」 あはは、質問ばかりしてすいませんとタバサの説明を疑いもせずに鵜呑みにするハヤテ。 (相棒……よく知らないから仕方無いとは思うが、少しは疑った方がいいと思うぜ) 『全くだ』 全てが終わり、ようやく一日の生活が終わろうとしている時も、ルイズが先にベッドに腰掛けているのとは対象的に、ハヤテは彼女の衣服の破れた部分を針と糸でちくちく夜なべしていた。 「お嬢様、僕をじっと見てどうかなさいましたか?」 「何でもないわ、気にしないで」 「そうですか」 それきり、少年は彼女に見向きもせず神経を仕事に集中していた。 その健気な様子を見ながら、ルイズは心中でもう一度ハヤテの評価をする。 使い魔としては微妙だが、家事一般に関しては言うまでもなく儲けものレベルだ。 ただ、炊事洗濯掃除に料理までああ簡単にこなされていると、並の女より女らしいのは気のせいだろうか、と思わずにはいられない。 以前キュルケに、「あんた、使い魔じゃなくて嫁を呼び出したんじゃないの?」とからかわれた事があるが、言うまでもなく同意した。 あのかいがいしさでは夫とはとても言えない。 だからと言っては何だが、この時間に、ルイズは寝る前にある注文をする。 「ねえ、服を着替えさせてよ」 その時のハヤテの反応はもはや見慣れたものとなっていた。 「え、う、あ、えええっ!!」 言葉にならない悲鳴をあげ、顔を茹蛸にしながらズダダダッと後ろ小走りで後ずさる。 その毎回の反応を見るといつも、可愛いなあもうとか、やっぱり男なのねえ、と妙に安心してしまうのだ―――何故安心するかは、皆目見当がつかないけれど。 まあ、確かにこれで男は勿体ないだろうなあとは思う。これで女だったら、さぞやモテるだろうに。 「はしたない事を言わないで下さい、お嬢様!」 「もう、冗談がきかないんだから。いつもの事でしょ」 これも、いつもの事だ。そして、またいつもの様に、一人で着替え、腕立て伏せを始めたハヤテを見届けて、先に眠りにつく。 「デルフ、見張ってなさいよ」 「しゃあねえな、娘っ子が寝ぼけて相棒を襲わないように見張ってら」 「逆よ!」 『夢の中に入り込むルイズ。しかし、明日が今日と同じようにはならないという事を、誰も想像しなかったのでありんす!』 不穏な天の声とは裏腹に、次も変わらぬ平凡な朝が始まった。 『しかし、恐るべき変化は既に訪れていたぁ!』 「お嬢様。起きてください、お嬢様」 お決まりの台詞で揺らされ、ルイズはまどろみから覚醒し始める。 だが、少し変だ、とルイズは直感で思った。 触れられている両手に力強さを感じないし、何より声が無理をしているかのように高い。 「だ、れ……?」 「何を仰るのですか? わたしです、綾崎ハヤテですわ」 「ハ、ヤ……ってちょっと待ちなさいっ!」 「きゃあっ!」 まるで少女のような悲鳴をあげ、尻餅で倒れて涙を浮かべるハヤテ。 だがそのしぐさが変だというのは圧倒的に分かる。 服はどこから調達したのか、上は各国軍で見かけるような水兵服だが、下の丈の短いスカートとの組み合わせで犯罪の匂いを醸し出していた。 (脚も綺麗ね、細くて白くて―――って、ちがーう!) ルイズは激昂する。自分の使い魔は一応、多分、恐らく、顔と特技はともかく、れっきとした男だった筈だ。 それが今は、平民の少女みたいな薄着をし、自分をわたし呼ばわりし、あまつさえ女言葉まで使うなんて! 「あ、あんた……」 ハヤテの姿をもう一度確認しても、水兵服スタイルは変わらない。 自分が寝ぼけていないと分かった時、何故か言い知れぬ怒りの波動がルイズの全身を駆け巡った。 流石に主の様子がおかしいと察知したか、握り拳をブルブル震わせているルイズにハヤテは声をかける。 「お嬢様……どうかなさったんですの?」 「どうかなさった……ですって!」 波動がハヤテの身体を焼き、ビクリと身をすくませる。ルイズはそんな使い魔に、ベッドの上から直立不動で指差して宣言した。 「どうかしてるのはあんたよっ! 鏡見なさいっ!」 逆らったらやられる。 そんなオーラ力みたいなものを感じ取ったハヤテは急いで部屋の端の鏡に向き直り、くるりと一回転したり前屈みになったり、スカートを中身が見えない範囲でたくし上げてみたりして、 「お嬢様、わたしの服装がおかしいですわ!」 「おかしいのはあんたの言葉よーっ!」 (いや相棒の服もおかしいから) デルフの呟きは、混乱の渦中にあっては全くもって意味が無かった。 「つまり、あんたの服も、その言葉使いも、一段階ぐらい高い声も、自分の意思でやってるわけじゃないのね?」 「はい、当然ですわ」 あんな事があってはオチオチ寝てはいられず、ルイズは早々に身なりを整えて、尋問タイムを開始していた。 「娘っ子、もとい裁判長!」 「発言を許可するわ、デルフ」 「相棒は、今朝水汲みを行い、シルフィードといるときからこんな状態だったぜ!」 「え、ええっ! どうして教えてくれなかったんですの!」 「いや、余りにも慣れた様子で違和感無かったし……長い年月で『そういう趣味』があるって知ってたしな。 その……相棒が『そんな人間』でも俺様達は受け止めてやろうって、決めたのさ」 「お、おれたちって……」 「俺様と、シルフィード」 「うわーん!」 ハヤテは泣き崩れて倒れた。無駄な心遣いとありすぎの理解が痛すぎた。 一方、違和感無い、という点ではルイズは激しく同意していた。頬を紅潮させ、目尻に涙を浮かべる様子は殺人的だ。 だが、服が脱げないとか意志に反して女言葉になってるとか、似合ってるし見栄えがいいという事実だけで止まってはいけないのだ。 主としては、使い魔に起こった謎の現象について、真実を追究せねばならないのだ! そう、奥に隠された真実を! 「あんた、一つ質問したいんだけど」 「あの、質問でどうして両腕を掴まれて、押されているんでしょう?」 「たいした事無いわよ? ちょっと、男の癖に女みたいな服着て、ご丁寧に大きめに詰め物してるなんて生意気だから、ちゃんと確かめてやらなきゃとか思ってないから」 「だから、何でベッドに押すんですか!?」 「ああもう、五月蝿いわね!」 ドタバタと、隣の部屋から壁が揺れる程の騒音がする。 キュルケはもうすぐ朝食なのに朝っぱらから何をしてるのかしらと疑問に思い、続いて、ルイズが久し振りに使い魔に癇癪でも起こしたのかしらと興味が首をもたげた。 「全く、何してるのよ」 そう言いながらもキュルケの顔は何を言ってからかおうかとニヤついていた。 部屋を出て隣室の鍵がかかっていない事を確認し、ノックも無しに扉を開ける。 「おはよう、ルイズ―――」 目に飛び込んでいた景色は、予想の斜め上をキリモミしていた。キュルケは絶句せざるを得なかった―――ルイズの行為に。 一言で言うと、隣人は女の子をベッドに組み敷き、あられもない姿を日の光の下にさらさせていた。 青い髪の少女―――どこかルイズの使い魔の少年とそっくりな気がする―――は涙を目尻に浮かべ、苦しげに肺から微かな吐息を吐き、上気した顔に真っ赤な色を張り付けていた。 上着は水兵服だろうか、服が首下までたくし上げられ、キュルケに僅かに劣るだろうが質量のある膨らみと、先に乗る桜色の形良い、突起が瑞々しい肌とともにこぼれていた。 下は下で、脱げそうで脱げないギリギリの所でスカートの腰部が脚と脚の『付け根』を隠していた。『有る』か『無い』かはすぐに判別できないが、あれでは『無い』のではないだろうか。 「げっ……!」 「うう……」 キュルケを見つめる驚きと羞恥の四つの視線と状況証拠から、彼女は微熱の脳細胞をフル回転し、一つの推理を作り上げた。 「ルイズ……」 「な、なによその痛いわって顔は!」 「いつもあたしを色ボケとか言ってたり、男と全然浮いた話が無いなって思ってたけど、そっちの趣味があったからなのね」 「ち、違うわよ!」 「けど、あたしにそんな趣味はないから、遠慮するわね! 大丈夫よ、別に差別したり、言い触らしたりしないから! あたしは理解力あるつもりだから! ルイズ×謎の少女なんて言葉が浮かんだって言わないから! あ、あたし先に食堂行ってるから! 邪魔したわね!」 ルイズの制止と弁明も届かぬまま、キュルケは早口でまくし立てるだけまくし立てて嵐のように去っていく。 あとに残ったのは、 「って、何でこの服は半脱ぎで止まるのよ!」 関係ない所に突っ込んで鬱憤を晴らすルイズと、 「わたし……わたし……」 16年間一秒たりとも離れなかった相棒に無言で別れを告げられ、そのショックから立ち直れず茫然自失した元ハヤテが座り込むだけだった。 『大丈夫だ綾崎ハヤテ、世の中は女の方が需要があるさ!』 「オロオロ……あの、ここはどこでしょう?」 「ここ? トリステイン王国に決まってるだべさ!」 しばし苦悩していたオスマンだが、流石は学院長、対処方を即断し、側にいる美人秘書ミス・ロングビルに指示を伝えた。 「ミス・ロングビル。これは重大な事態で、口外は不可じゃ。 これより学院内で、水兵服を着た者を発見し次第、即座にここに連れて来るのじゃ」 「す、水兵服ですか?」 いきなり何を言い出すんだこのジジイとうろんな目を向けられても、オスマンは構わず続ける。 「放置しておけば、おぞましいことになりかねない。そうだな、コルベール君には知らせてもよい。 広い学院じゃが、必ず騒ぎになっている場所がある。そこに、いるじゃろう」 意味不明ではあるが、雇われてついぞ見た事の無い老人の真摯な目を目撃し、尋ねずにはいられなかった。 「おぞましいとは……どのくらい危険なのですか?」 「ふむ、その服を着た者を連れて来る際、肉体的損傷に関しては全く心配せんでよろしい。 宝物庫に眠っていた曰くつきのものじゃが、価値も実用性も、宝物庫の『破壊の杖』には全く及ばぬ。しかし……時と場合によっては、見る者に天国もしくは地獄を与えるのじゃ!」 破壊の杖、と聞いてロングビルが僅かに眉で反応を示したように見えたが、何の変化もないように続ける。 重要なのは、それがあると確認できた事。それだけでも収穫である。 「分かりました、今から向かいます」 「うむ、よろしく頼むぞ」 まだ盗賊の時間じゃないと自制しながら、ロングビルは学院長室を出る。 自分の背後を見つめるオスマンの目が、なにやら怪しげなものになっているのが気になっていたが、いつもの事と流して。 「ロングビルに着せたら似合うじゃろうなあ、ファファファ……」 「すみません……ここ、東京では無いのでしょうか?」 「東京? 知らんなあ……ここは、トリステイン城下町だぜ?」 再び戻って、学院の食堂。ルイズは人前に出るのを全力で嫌がった元ハヤテを引っ張って連れて行った時の反応は、それぞれヒソヒソと聞こえはするが、ハヤテ本人だとは全く気づかれなかったようだ。 ハルケギニアにそもそも女体化とか、男が女の格好して云々(もしくは逆)という概念があるのかどうかは謎だが、ともかく余計な説明をしないでいいので何よりだ。 聞かれてもハヤテ自体が何が起こってるのか分からないから困るだけだったが。 「お嬢様ぁ……もう帰ってもよろしいですかぁ?」 「何言ってるのよ、堂々としておけばいいのよ!」 各々の視線を受けて縮こまる元ハヤテとは対照的に、もう吹っ切れたわよ、とズカズカ歩くルイズ。 どうせキュルケにあんなの見られたら、大体は後ろめたい事なんて無くなるわよ! 向こうにいるキュルケがこっち向いたと思ったら生暖かい目で見てくるのがしゃくに障るけど、バレてないから問題無いわ。 「……!」 あ、向こうでハシバミ草くわえてたタバサが目を見開いてフォーク落とした。 これは……バレたかしら? とりあえず何事も無かったようにそのまま椅子を引かせ、厨房にハヤテを送り出そうとしたその時。 「あの、ミス・ヴァリエール。お願いがあるのですが」 「あら、どうしたのシエスタ?」 「今日、三人も休んでしまって……よろしければ、ハヤテさんの手をお借りしたいのですが?」 「ん、いいわよ」 と、いつものノリでハヤテの腕を引っ張って前に出しかけ、シエスタが驚いて硬直したところで、ハヤテがハヤテでない事を思い出した。 「あの……この方、は?」 「ああ、えっと、その……ちょっとこっち寄りなさい?」 「は、はい」 シエスタの顔を引き寄せ、 「あのね、事情は言えないけど、これがそいつよ」 「あの、どう見ても女の人に見えるんですけど。まさか、実はハヤテさん、初めから女だったんですか?」 「そうじゃないんだけど、ややこしいわね……とにかく、こいつを自由に使ってくれていいわよ」 「はい、分かりました。 お願いします、ハヤテさん……って言っていいんでしょうか、えっと……」 「そうね、名前考えてなかったわ。どうしようかしら?」 「名前ですか。ハヤテ、ハ……ハーマイオニーなんていかがでしょう?」 と、ハヤテは某魔法映画のヒロインから思いついた名前を出しただけだか、予想外に少女二人に引かれた。 「ハヤテさん、普通、そんなすぐに名前出てこないですよ?」 「あんた……最初からそんな趣味あるんじゃないの?」 とんでもない誤解ではあったが、この空気では否定が通じそうにも無く、ハヤテ改めハーマイオニーはガクリとうなだれた。 「おじいさん……ここは、何処でしょうか?」 「ここは、トリステイン魔法学院の庭じゃが。娘さんは何者じゃ? ただの平民には見えぬようじゃが」 「鷺ノ宮伊澄と申します……呪いの気配を追っていたら、いつの間にか道に迷ってしまって」 「呪い、とな。ふむ……話を聞かせて貰っても、よいかの?」
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前ページ魔法少女リリカルルイズ ユーノはデルフリンガーを構えたまま、祭壇に向かう。 その目はルイズも見たこともないくらいに感情が濃く滲み出ていた。 その視線を受けてもなお平静を保つワルドもまた、抜いた杖を手に出口に向かう。 「なんで……」 ワルドはユーノとの距離を一歩ずつ詰めていく。 そのたびにルイズもまた、ユーノの側に行こうと後ずさった。 「なんでルイズを裏切ったんですか!ルイズを守るんじゃなかったんですか!」 「そんなことも言ったな。だが、嘘というわけでもない。僕の目的のためにルイズは必要だ。必ず守るよ」 「ルイズがそんなので納得すると思ってるんですか?」 たどり着くと、茶色いマントの小さな背中がルイズをかばった。 それを見たワルドは杖を構え、切っ先をユーノに向ける。 「納得できないかね?それでも私に任せた方がいい。君ではルイズを守ることはできない」 「ここまで来た彼には十分守れると思うが」 ワルドの肩口にブレイドかけた杖が置かれた。 「正直どういうことかよく分からなくてね。花嫁をめぐる諍い、とでも思ったのだがそういうわけでもなさそうだ。子爵、その少年に向ける杖を納めてもらおう」 その魔法の刃をワルドの首に向けるのは、アルビオン王国の皇太子ウェールズ。 「そして目的というのを教えてもらおう」 「いいだろう」 ちらりと後ろを伺うワルドは杖を下ろし、秘めていた目的を語り始めた。 「目的は三つ。一つはルイズ、君を手に入れることだ」 「私はあなたになんか着いていかないわ!」 ユーノの肩に手を当てるルイズは迷いなく答える。 「彼と共になら行くかね」 「えあっ!?」 その時顔に一瞬だけさした朱は、次のワルドの言葉ですぐに流された。 「二つめはアンリエッタの手紙だ」 ルイズはもう一方の手でポケットを中の手紙ごと握る。 「貴様、レコン・キスタか」 全てを察したウェールズが杖を強く握りしめた。 その杖はワルドの首筋に当てられ、わずかでも動けば彼の命を奪うだろう。 既に彼には何もできない。 にもかかわらず顔色一つ変えないその姿は、ルイズの胸の中の不安を大きく育てていた。 「三つめは……」 何がこらえきれなくなったのか、ワルドは突然苦笑を浮かべた。 「ユーノ君、やはり君はルイズを守りきれないよ」 「まだ話しは終わってはいないぞ!言え、三つめの目的は何だ」 それを無視して、ワルドの視線が前後に走る。 ウェールズの杖は首筋に、ユーノのデルフリンガーは胸元に。 一本の剣と杖は確かに自らに向けられている。それがワルドの見たいことだった。 「例えば、こういうことだ」 閃光が2本、礼拝堂の中で輝いた。 一つの閃光はユーノの背中に。 自分の背中に走ったそれを感じたユーノは片手でルイズを突き飛ばす。 「きゃっ」 シールドは間に合わない。今、それを使う手はルイズをのけるために使ったからだ。 ならばガンダールヴのルーンの輝く手で持ったデルフリンガーを閃光に向けて振る。 だが、ルーンの力で獣のような早さを持っているにもかかわらず、それを上回る技でデルフリンガーは跳ね上げられ、再び走った閃光がユーノの胸を切り裂いた。 「ユーノ!」 ルイズの声がルーンの輝きをさらに増す。 胸の傷をものともせず振るわれたデルフリンガーが閃光──背後に新たに現れたワルド──を切り裂く。 直後、ユーノは両膝を床に着いた。 そしてもう一つの閃光はウェールズの肩を深々と切り裂く。 少年と王子は同時に倒れ、それを2人のワルドが見下ろしていた。 風の系統に遍在、という魔法がある。 一つ一つが別個に意志と力を持つ分身を作り出すこの魔法は、風の系統が最強と言われるゆえんでもある。 ラ・ロシェールでワルドがユーノと戦うと同時にルイズの手を引いていたのも、今また3人のワルドがここに存在するのもこの魔法のためだ。 流れる血は速やかに広がり、冷たい石畳をその色に染め上げていった。 「あ、あ、あ」 なにを言っているか、自分でもわからないルイズが見ているのは倒れているユーノだけ。 体が血で汚れるのも構わず、その体を抱き上げた。 「ユーノ、ユーノ、ユーノ!」 それを石畳よりなお冷たい目でワルドが見下ろす。 「ラ・ロシェールには居る前に使った飛行魔法を見ていたのでね。もしやと思い準備させてもらっていた」 あらかじめ礼拝堂内に遍在を隠しておいたのだ。 「だが、奇襲を相打ちに持ち込まれるとはな」 話術を持ってユーノとウェールズ、双方の注意を自身に向け、遍在から逸らし、奇襲をかける。 それは成功していた。 ウェールズが遍在を倒せず、一撃をただ受けるだけで終わってしまったことが証左である。 そこまでしてユーノを討ち取ったものの相打ちとなり、遍在を一つ消されてしまったことにワルドは内心舌を巻いていた。 「君は確かに優れた戦士だ。未だ荒削りながらもその剣技と魔法を持ってすれば勝てない相手はまずいないだろう」 足下に転がるウェールズの杖を蹴り飛ばし、ワルドはユーノとそれを抱くルイズに向け遍在を残して歩き出す。 「だが、戦いには向いていない。君は既に私の遍在を知っていたはずだ。だが、ルイズを助けようとするあまりそれを忘れた。それでは私には勝てない。ルイズを守りきれない」 ルイズを目前にワルドは足を止める。 突然に灯った光に目を焼かれたからではない。 その光の元がユーノだからであり、そのユーノが光の中で姿をフェレットに変えたからだ。 「ふ、ふははは。はははははははは」 考えてみれば単純だった事実、それに気づけなかった自分、気づけるはずもない現実。 そこからこみ上げた笑いをワルドは口元に当てた片手で握りつぶした。 「そうか、そういうことだったか。これは意外だ。ユーノとユーノ。そういうことだったか。その少年がルイズ、君の使い魔だったとはね」 絶対の優位を得て、ルイズを見下ろすワルドは落ち着き払い、そして優しげに聞いた。 「ルイズ、もう一度だ。僕と来るんだ。世界を手に入れるには君が必要だ」 万策尽きた……わけではない。レイジングハートがある。 だが、いまのルイズの心を占めるのは怯えと不安、そして恐れ。 それはルイズの心をかき乱し、自らの持つ最大の力を忘れさせていた。 「わかったわ。行くわ。だから、助けて。死んでしまうわ。お願い」 ユーノはフェレットの姿になると傷が早く治ると言っていた。 なのに、血を止めようと傷口に当てた手にはぬるりとしたものが耐える新しいものとして指の間だから零れていく。 それほどまでに傷が深い。 「それでいい」 まだ言葉だけだ。何が変わったわけでもない。 それでも、今まで押しつぶされていたようだった体がすこしだけ軽くなったように思えた。 「行こう、ルイズ」 返事はしない。喉につまったように出てこなかった。 ルイズはそれを真に望んでいたわけではないのだから。 「その前に、ユーノ君には死んでもらおう」 「え?」 立ち上がろうとした膝から力が脱ける。 足が砕け、思うように動かない。不安がよりいっそうの強さでルイズをその場につなぎ止めた。 「待って、助けてくれるって」 「助けるのは君だけだ。ユーノ君は別だ」 「でも、私が行けば良いんでしょ?ユーノは私の使い魔なのよ」 「ルイズ!」 既に心の挫けたルイズにはその言葉に逆らえない。 そうなった時に彼女を支えるべき1人は倒れ、もう1人は敵となっていた。 「小鳥を飼う時はどうするか知っているかい?逃げないように羽を切ってしまうんだよ。ユーノ君がここに来た時わかったよ。彼は君の翼だ。彼が傷を癒せば君は僕の元から逃げようとする。だから……」 それをするのが最善。 そう諭すように、彼は言った。 「翼は切ってしまおう」 「い、いや!」 「さあ」 そして、昔、小舟で泣いていた自分を迎えに来てくれた時のような微笑みさえ浮かべていた。 だけどそれは、とても、とても恐ろしいものにしかルイズには思えなかった。 (助けてあげる) それは声ではなかった。 念話と呼ばれる系統魔法にはない心で交わす言葉の魔法。 それで話されるルイズの知らない誰かの声が聞こえてきた。 (誰!?) 答えずに誰かの声はただ伝えるべき事のみを伝える。 (助けてあげる。その代わり、あなたの持つジュエルシードを一つ。私にちょうだい) (でも) 考えるべき事、考えなければならないこと。心のかき乱されルイズにはどうしたらいいかわからない。 ジュエルシードは大切。でも、ユーノの命はもっと大切。でも、ユーノはジュエルシードを集めている。それを本当に誰かに渡して良いのか。 その答えをすぐに出すことは、今のルイズにはただ普通に魔法を使う事よりも困難に思えた。 「put out.」 「え……?」 ルイズは何もしていない。 しかし、レイジングハートは独自の判断でスタンバイモードのまま限定された機能を使う。 その結果は、ルイズの目の前に青い宝石──レイジングハートに封印されていたはずのジュエルシード──という形で現れた。 突如現れた青い宝石を見ていたのはルイズだけではない。 それが突然であったが故にワルドもまた青い宝石に目を奪われた。 だからこそ、歴戦のメイジである彼もそれに対応しきることはできなかった。 「Photon lancer」 不意に天井が爆発を起こした。 稲光を纏い落下する天井の梁が狙いすまいしたようにワルドめがけて落ちてくる。 ワルドはそれに後ろに控えさせていた遍在をぶつけた。 「ちっ」 ブレイドで二分したものの、巨大な質量は止まらない。 ワルドの本体はそれを避けるためにも床に自らの体を投げ出し、ルイズから離れざるを得なかった。 梁に潰される遍在を見ながら三転、世界が回る。 立ち上がったワルドは、舞い散る埃の中に、ルイズの前に立つ新たな一つの人影を見つけた。 土煙のベールは退く。その向こうの人影は、長い金髪を二つに結び、黒い杖を持つ、黒い衣装のメイジだった。 「何者だ」 黒いメイジの少女は奇妙な装飾を施した杖を振った。 ルイズの目の前に浮かんでいた青い宝石は、瞬きの内に装飾の一部を成す金の宝玉の中に消える。 それからやっと、少女は答えた。 「フェイト」 「なら、そのフェイトは何をしにここに来たのかな」 フェイトはワルドの視線からルイズを守るように立ちはだかり、杖を真横に構える。 「彼女を、ルイズを助けに来た」 「できると思っているのかね」 「……」 フェイトを見据えるのは計3人分のワルドの視線。 無論、そのうち2人は魔法で作られた遍在だ。 落ちる梁を避けるために、未だ隠れていた2人も姿を現さざるを得なかったのだ。 「4人の私と戦って、たった1人で勝つつもりなのか?それとも、包囲を突破して逃げるつもりなのか?」 既にフェイトの退路は2人の遍在が断っている。 そして、この少女の実力がどうであれ4対1で閃光の名を持つスクウェアメイジにたった1人で、しかもルイズを守りながら戦って勝てる道理があるはずがない。 「切り札を出したのだ。どちらにせよ邪魔はさせない」 4人のワルドがそれぞれ違う形に杖を構える。 だが、共通するものがあった。それは必殺の殺気。 「あなたの切り札はあなただけの切り札じゃない」 なのに少女はいささかの怯えを見せることなく、杖をかちゃりと鳴らした。 「バルディッシュ。ユピキタス・デル・ウィンデ」 「yes, sir.ubiquity of wind.get set.」 前ページ魔法少女リリカルルイズ