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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (13)術師の幻視 「王家の回し者め!わたくしのシャルロットを夫のように亡き者にするつもりですか!」 女性のヒステリックな金切り声が、魔法学院のペンタゴンの一角にこだまする。 「ミスタ・ウルザ、どう、あなたなら何とかできないかしら」 ルイズが期待を込めた目を向けているのは、その使い魔、異世界から召喚されたプレインズウォーカー、ウルザである。 「ふむ…、治療魔法にも多少の心得はあるが…、毒の治療となれば少々難しい」 「あなたでも治せないの?」 今キュルケの部屋にはタバサの母、タバサ、ペルスラン、ルイズ、ウルザがいる。 ウルザが診察をすることとなった経緯を説明するには、時を少し遡らねばならない。 ウルザはフネの建造が始まってからも、夜になればルイズの部屋に戻るという生活を続けていた。 夜はルイズが眠りにつくまで、机に向かい部屋を共にする。そして彼女が眠ってからは何処かへと出掛けていき、朝になればルイズを起こす。 主人の起床を見届けた後は建造現場か火の塔に向かいコルベールと合流し、ルイズは余った時間を潰して一日を送る。 というのが夏季休暇が始まって以来、ルイズ・ウルザ主従の生活サイクルである。 今晩も普段通り、いつもの時間にルイズの部屋へと戻ってきたウルザ。 彼を出迎えたのは、ルイズの部屋の隣から響く聞きなれぬ女性の声、そしてその部屋の前に立つ自らの主人と見慣れぬ老人の姿であった。 「これはなんの騒ぎかね、ミス・ルイズ」 「っ!ミスタ・ウルザ!あなたなら何とかならない?」 「…唐突にそう言われても、事情が分からぬことには返答できないな」 「ええと、それはそうね。わかった、最初から事情を話すわ」 「ヴァリエールさま」 ルイズが勢い込んで話し始めようとしたところで、オルレアン家の執事ペルスランが口を挟んだ。 「失礼ですが、こちらの御方は一体…御紹介願えませんでしょうか」 「ああ、そうね紹介しないとそっち側も話が進まないわね…。彼はミスタ・ウルザ、私の使い魔でとても強力なメイジよ。 ミスタ・ウルザ、こちらの方はミスタ・ペルスラン、タバサの家の執事をやっている方よ。ほら、握手」 「………ふむ」 勢い任せにルイズから握手を指示されて、ウルザは右手を差し出した。 これを見たペルスランも、事態を把握しきれぬまま、反射的に右手を差し出して握手をした。 「ヴァリエールさま、メイジの方を使い魔になさっているのですか?」 「ええそうよ、珍しいでしょ」 「は、はあ…」 「それと、メイジと使い魔は一心同体、先ほどの話をミスタ・ウルザにしてもよろしいかしら?」 「いえ、しかし、それは…」 「ミスタ・ウルザなら、タバサのお母様の心を取り戻せるかも知れないわ」 この発言にはペルスランも色めき立つ。 「そ、それは本当でございますかヴァリエールさま!?」 「彼は……ええと、そう、ロバ・アル・カリイエ!ロバ・アル・カリイエ出身なのよ。 だから私たちの知らない魔法も色々と知っているわ、もしかしたらそういった心の治療魔法を知っているかも知れないわ。 そうよね、ミスタ・ウルザ」 ルイズがウルザを強い意志の篭った目で見つめる。 「―その通りだ。事情は分からないが、力になれることもあるかもしれない」 「そういうことでしたら、お話しても構いませんでしょう…」 こうして、二人による説明が行われ、ルイズの願いによって婦人に対してウルザの診察が行われる運びとなった。 ウルザが顎鬚を撫でるようにして黙考している。 色眼鏡も相まって、その姿はまるで本業の学者のようである―――ルイズはウルザが著名な学者でもあることを知らない。 「大丈夫よ、ミスタ・ウルザにはあなたのお母様の心を取り戻させることが出来ないか、診てもらっているだけだから」 ウルザへの事情説明を終えた二人は、早速ウルザを連れてキュルケの部屋を訪れた。 すぐさま診察を始めようとするウルザに、無表情な中にも戸惑いの色を浮かべるタバサが止めに入った。 事情が分からず混乱するタバサをルイズが引き剥がし、そうして、これまでの経緯を語って聞かせる。 「だから、もう少し待って。多分そんなに時間は…」 ウルザを振り返ったルイズ、使い魔の手にはなぜかヒルがおり、それを見た婦人が絶叫していた。 見なかったことにしてタバサに向き直る。 「兎に角、危害は加えないわ」 「何度も試した、それでも…」 悲しそうな表情のタバサが呟く。 ルイズはタバサと長い付き合いでもないが、彼女のこういった表情を見るのは初めてだった。 その分だけ、治療の可否に期待がかかる。 「大丈夫、ミスタ・ウルザなら、こちら側のメイジが知らない方法で、きっと治してくれるわ…」 そう言いながらルイズはタバサの肩を抱く。 タバサの体は、ほんのりと温かかった。 一通りの診察を終わらせたウルザが一同のもとに戻ってくる。 貴族の子弟が生活するといっても、学院の寮の一室。 四人の人間が固まって話すとなるとやはり手狭ということで、診察結果は廊下で話されることとなった。 「まず、いくつかの質問をさせてもらいたいミス・タバサ。 君の母上が呷られた毒杯には水魔法の毒が混入されていたそうだが、それは確かかね?」 神妙そうにこくりと頷くタバサ、横ではペルスランも頷いている。 「では、それが水魔法の毒だと伝えたのは誰かね?」 「……以前、母さまを診察した、水魔法使いのメイジ」 タバサのこの発言を更にペルスランが補足する。 「奥様のお病気を治そうと、国中の高名なメイジをお招き致しました。その方々が口を揃えて水魔法の毒が仕込まれていたと診断なさりました」 その言葉を聴いてウルザが再び右手の人差し指で顎鬚を撫でる仕草をした。 「それでは私が知り得たことを話そう。 ミス・タバサの母上に盛られたのは水の系統魔法による毒ではなく、そもそも水に関わるかも妖しいものだ。 どちらかというと、こちらでは先住魔法と呼ばれている、自然界に存在する力を利用した魔法によって作られた毒と見る方が正しいだろう」 ウルザの言葉の中で不穏な単語を聞いたルイズが聞き返した。 「先住魔法って、つまりエルフか何かの毒ってこと?」 「そうかも知れないし、そうではないかも知れない。 私に分かるのは系統魔法による毒では無いだろうということだ。 加えるなら、患者の症状の原因は毒によるものではなく、よって解毒による治療は不可能だ」 この言葉を聴いてタバサとペルスランの顔色がさっと蒼褪めた、一方のルイズは真っ赤になり捲し立てる。 「不可能って!?本当に無理なの!ちゃんと調べ、」 「待ちたまえ。話は終わっていない、ミス・ルイズ」 「う………」 そう言われたルイズがすごすごと引き下がる。 「毒で引き起こされている訳ではないが、毒以外で患者のあの状態を作り出している直接の原因が存在する。 彼女の症状は毒が原因なのではなく、毒によって引き起こされた「呪い」が原因だと私は考えている。 魔法的施術による身体への付与魔法の効果、我々がエンチャントと呼んでいるものが原因だと思われる。 毒でなく、呪いであるならことは単純だ。解呪すればミス・タバサの母上は正気を取り戻すだろう」 「それは本当でございますかウルザさま!」 「あくまで全て私の見立てだ、実際に解呪を行うかは家族の意思に任せる」 ウルザ、ルイズ、ペルスランの視線がタバサへと集中する。 「お嬢様、ご決断を…」 「タバサ、決めるのはあなたよ。ミスタ・ウルザを信用するかもね」 タバサの深い蒼の瞳がウルザを真正面から捉える。 白い髪に白い髭、眉間には苦悩が刻まれた深い皺、その瞳は色眼鏡に遮られて見ることが出来ないが、きっと活力と生命力に溢れた瞳に違いない。 ルイズの使い魔であり、異国のメイジであるらしい男。 確かに素性は良く分からない、その上一目で善人と割り切れるほどに単純な人間ではないような気がした。 けれどタバサは、自分の母をこの男に任せてみようと思った。 善人ではないかもしれないが…ルイズの使い魔である、彼を信用しようと思った。 「……わかった、母さまを、お願い」 「了解した。それではミス・ルイズ、手を貸してくれたまえ」 「下がりなさい、誰にも、誰にも渡すものですか!この子は、シャルロットはわたくしの大切な娘です!」 戻ってきた一同に対して、錯乱した婦人は先ほどのように捩れた言葉を投げかける。 そんな彼女に向かい、ウルザが一歩踏み出した。 後ろに控えるルイズ、タバサ、ペルスランはその一挙手一投足に注目する。 いつかのようにウルザがゆっくりと右手を婦人に向けて上げる。 瞳を閉じて、集中し呪文を詠唱する。 ウルザはハルケギニアにおいて希少である白のマナを、土地から引き上げずに、背後にいる少女から汲み上げる。 一方のルイズは、自分の中にある力が無理矢理引き出されて、ウルザの中に流れ込んでいくのを感じる。 まるで自分自身が白い迸りそのものになってしまったような感覚、流れ込んでゆく意識。 そして彼女は見た。終着点の奥、男の背中の最奥を。 始祖の祈祷書を読んでから鋭敏になった魔法的感覚によって幻視した。 それは濃密に圧縮された時間の流れであった。 戦い、戦い、戦いの連続。 大切な者を奪われたことによって始まった復讐。 真なる邪悪との、正気と狂気の瀬戸際の戦い。 何もかもを踏み台にして、決して振り返らずに目標だけを見据える遥かなる旅路。 風化してしまいそうになる感情を留め続け、あらゆる失敗に、困難に、果敢に立ち向かう不屈の精神力。 気の遠くなるような時間を、復讐というものに捧げ尽くした男。 ある時は大陸を吹き飛ばした、ある時は次元を消した、ある時は多数の未来ある若者の命を奪い、島を時間の狭間へ流した。 彼の非道を非難するものもいた。しかし、それでも立ち止まらない。 強すぎる精神力は己が道を阻むものに屈しない。 たとえそれが弟の影であろうとも。 そう、これがウルザの内面。 怒りと苦痛に彩られた、男の真実。 ああ、 それは、 何と、 悲しい生き様だろう。 復讐と苦難と苦痛に彩られた人生。 何もかもを復讐の為に是としなくてはならない人生。 一つの目標の為に全てを捧げ尽くす人生。 それらはまるで、罪人のそれではないか。 復讐という牢獄に囚われた哀れな老人、それが彼だった。 彼が復讐を果たした時、その元にはきっと何一つとして輝かしいものは残されはしない。 そう、残されるのは、それまで犯してきた数々の罪の怨霊だけ。 ルイズは思う。 全てを捧げた男の最後がそれでは、余りに哀れではないかと。 「解呪/Disenchant」 甲高い、薄氷を踏み割ったような音が部屋に響き渡った。 訪れる静寂。 絶え間なく喚いていた婦人が口を噤み。呪文をかけたウルザ、背後に控える三人もまた無言。 それまでの喧騒が嘘であるかのような静止した時間が過ぎさる。 ウルザは手を下ろし、じっとベットに横たわる婦人を見下ろした。 「………シャルロット?」 婦人の第一声。 その声は先ほどの険のあるものではない、どこまでも静かで、優しい。 それを聞いたタバサの心の奥、封じられた感情が暴れ始める。 思いもよらなかった結末。あまりのことに、言葉が出ない。 ふと左右を確認するとペルスランとルイズがこちらを見ている。 正面にいたウルザも右に移動して、道を開けている。 まるでバージンロードのように遮るものが無い道、その先にあるのは母の姿。 時の彼方に消えたと思っていた、穏やかな笑顔の母。 青白く痩せこけた体、長く手入れされていない髪はつやを失っている。 けれど、その表情と瞳は記憶の彼方にあった在りし日の姿と何も変わりはしない。 「母さまっ!」 タバサは泣いた。子供の頃のように泣いた。 長く忘れていた安堵と安らぎを感じて涙を流した。 抱きしめてくれる母の体温、凍てついた心を溶かしてくれる心地よい温度。 頭を撫でてくれる、優しい手。優しく語り掛けてくる声。 全てが夢ではないことを祈り、彼女は泣き続けた。 母と娘、その触れ合いに穏やかな空気が流れる中、ウルザは冷静にタバサを観察していた。 冷徹に、感情の宿らぬ瞳にて観察を続ける。 そうして暫くした後、部屋の奥、クローゼットの傍まで歩み、そこから大きな窓を通して外を眺めた。 厳しい表情で外を眺めるウルザ。 それに気がついたルイズが、目じりの涙を拭いながら尋ねた。 「どうしたの?ミスタ・ウルザ」 問われたまま、答えぬウルザ。 彼のこういった態度を何度も目の当たりにしているルイズは、気にせず彼の次の発言を待った。 声をかけられて答えぬウルザに、ペルスランだけが怪訝そうな表情を浮かべている。 そうして、タバサの泣き声とそれをなだめる婦人の声だけが部屋を支配する数瞬が過ぎ、ウルザが口を開いた。 「諸君、今すぐここを離れる準備をしたまえ。 …この場所はもうすぐ戦場になる」 窓の奥。 夜の闇。 その闇よりなお暗き深遠が口を開く。 そこから這い出したるものの名は………浮遊大陸アルビオン。 その時でした、私がファイレクシアの名を初めて知ったのは。 ―――練達の虚無魔道師 ルイズ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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「うん……ふわあぁ…」 陽光が顔に当たっているのを感じ、ルイズは身を震えさせた。 眩しさを嫌って、フードを深く被り直す。 「グルル…」 吸血馬が首を動かして日差しを遮ると、ルイズは吸血馬の首に手を回して、たてがみをそっと撫でた。 「…ありがとう、ね、夜になったら出発しましょう」 ラ・ロシェール近くの森から、アルビオンに到達するまで丸一日以上の時間がかかっている。 竜の遺骸を身に纏い、吸血馬が吸血竜となって空を飛んだが、予想以上に時間がかかってしまった。 スヴェルの月夜であればもっと早く到着できたが、アルビオンの接近を待つ余裕はなかった。 アニエスは、ラ・ロシェールから積み荷に紛れてアルビオンに行けば良いのではないかと提案したが、ルイズはそれを断った。 アルビオンがトリステインに侵攻した時のため、また、必要ならば力押しでレコン・キスタを壊滅させるために、吸血馬を連れて行きたかったのだ。 そのため、ルイズと吸血馬は、この近辺に墜落しているであろう竜の遺骸を探した。 レコン・キスタによる革命戦争で傷つき、羽ばたくことの出来なくなった竜が、この近辺に墜落しているという話は既に調べていた。 吸血馬の鼻は、吸血鬼であるルイズよりも更に強い、驚くほど簡単に竜の遺骸は発見できた。 竜の遺骸を食屍鬼にしても良かったが…それはアンリエッタやロングビルとの約束を違えることになる。 結局、吸血馬に融合させて空を飛んだのだが、意外と時間がかかってしまった。 吸血鬼の強靱な体力ならば、アルビオンまでひとっ飛びだろうと思ったが、それが甘かった。 途中で吸血馬が疲れを見せたため、ルイズは自分の血を吸血馬に与えつつ飛んできたのだ。 その上『イリュージョン』を使って敵の目を誤魔化していたので、体力と精神力を二重に消耗してしまい、長時間の休息を余儀なくされた。 ラ・ロシェールを発ってから三日目、ようやくルイズは行動を開始した。 ルイズは移動する前に、吸血馬が脱ぎ捨てた竜の身体を燃やした。 万が一吸血馬の血液が残っていたら、竜の食屍鬼になってしまう。 竜の身体から水分を気化させて乾燥させ、念入りにこれを燃やした。 それが終わると、ルイズは上空から見た景色を思い出しながら、サウスゴータの方角へと歩き出した。 途中で、背中のデルフリンガーを鞘から取り出し、話しかける。 「デルフ、人間の心ってどれくらい読める?」 『心?』 「そうよ、私を吸血鬼だと見抜いたでしょう?それを利用して、シティオブサウスゴータを調査したいのよ」 『おでれーた、おめえ俺をそんなことに使う気かよ』 「そんなこととは何よ、住民を片っ端から食屍鬼にして、洗いざらい喋って貰おうかしら」 『やる気もねえのにそんな物騒なこと言うなよ』 「あんたやっぱり心読めるんじゃない」 『けっ』 「素直じゃないわね」 『そりゃオメーだよ!』 そんな二人のやりとりを笑うかのように、吸血馬がぶるるると鼻息を出した。 森の中を通ってサウスゴータまで進むには、さすがのルイズでも少し困難だった。 アルビオンは森林資源が豊富であり、管理されている森が少なからずあるからだ。 髪の毛をセンサー代わりにして周囲の風の動きを読み、人間の臭いを避けながら歩いていくと、予想したよりも時間がかかってしまった。 日付が四日目にさしかかるところで、ようやくサウスゴータの街が見えた。 「ここで待って…ごめんね、後で牛とか、オークを狩ってくるから、お腹がすいたのは我慢してね」 人里が近いこともあって、吸血馬は無言のまま、ルイズの頬にすり寄った。 ルイズは優しく吸血馬を撫でると、デルフリンガーを背負い、フードを深く被り直してから、サウスゴータへと足を進めた。 サウスゴータの街はひっそりと静まりかえっていた。 首都に比べると確かに小さいが、それにしても地方都市である以上、それなりに人の出入りがあって呵るべきだろう。 だが、窓から漏れる灯は極端に少ない、裏通りから表通りを見ても、まるで灯がともっていないのだ。 「…人の気配はある…」 一軒一軒、石造りの家に髪の毛を這わし、時には窓から中の様子を確認していく。 この街には確かに人間がいる、しかし、まるで生活の気配がしない。 昼間に来るべきだったか?と考えを巡らしていると、表通りを歩く足音が聞こえてきた。 裏通りの暗がりに隠れると、ほどなくして兵士が前を横切っていった。 「一応、見回りはされてるのね…」 裏通りから空を見上げると、細長い夜空が広がっている。 屋根の上から街を一望できれば…と考えたが、吸血鬼の脚力で跳躍すると、地面と屋根を破壊しかねない。 『レビテーション』でも使えれば、屋根の上に乗ることも可能だが、ルイズはレビテーションを成功させた覚えがない。 どうしたものかと考えた所で、ルイズは『アンロック』を思い出した。 『ロック』も『アンロック』も成功させたことはないが、よく考えてみれば、魔法で鍵を開ける必要はないのだ。 ルイズは手近な家の裏口に近寄ると、髪の毛をしゅるしゅると伸ばした。 扉の隙間から中に侵入して、気配を探る。 「…誰もいないわね」 空き家なのを確認すると、髪の毛を触手のように動かして、内側から鍵を開けた。 中に入り、扉を閉めると、ルイズはふぅとため息をついた。 「アンロックなんて使う必要ないじゃない、どうしていままで気づかなかったのかな、私」 少し身体を休めようと、ルイズは床に座り込み、デルフリンガーを床に置いた。 『なあ嬢ちゃん、この街の気配、静かすぎねえか?』 「ええ、静かすぎるわ…心当たりある?」 『無いと言えば無いけど、あると言えばある』 「どっちよ、いいから言ってみて」 『おめー、イリュージョンが使えるなら、別の虚無も使えるんじゃねーか?こんな時のためにブリミルは準備してあるはずだぜ』 デルフの言葉に、ルイズがうっ、とうなった。 「…あー…それなんだけど、始祖の祈祷書、トリステインに置いて来ちゃった」 『うわ、駄目だね、八方ふさがり。嬢ちゃん以外と迂闊だね』 「デルフ、折るわよ。…でも、始祖の祈祷書があっても無理よ、『エクスプロージョン』『ディスペルマジック』『イリュージョン』…ルーンが浮き出たのはそこまでだもの」 『他のはまだ見られねえのか?』 「記憶の操作らしき項目は見えたわ、でも、ルーンまでは浮きでなかった…あれが使えればもっと便利なんでしょうけど、今は無理よ」 そう言って、ルイズは顎に手を突いた。 これからどうすべきかと考えていると、扉の隙間から外に出していた髪の毛に、違和感を感じた。 ルイズは、すかさず地面に耳を当てて、音を探る。 すると、何か重い物を背負って歩くような、足音が伝わってきた。 『何やってんだ?』 「…男性、30代…筋肉質、背負っている物は…樽?おそらく水か…何かね」 足音は、ルイズの侵入した家からほど近い家に入っていった。 「北に四件先ね、デルフ、行くわよ」 『あいよ』 ルイズはデルフリンガーを背負うと、空き家を出て、足音の入っていった家に近づいた。 窓から光は漏れていない、が、他の家と違ってこの家は意図的に光を漏らしていないようだった。 窓から中を覗くと、カーテンの奥に木板がはめ込まれているのが見えるのだ。 壁に耳を当て、中の音を聞こうとしたが、おかしなことに何の音も聞こえてこない。 不自然なほどの静かさは、ルイズの脳裏に『サイレント』を思い起こさせた。 『サイレント』は空気の膜を作って、空気の振動を押さえる魔法だが、それを破る方法はすでに考えついている。 ルイズは前髪を一本つまむと、長くそれを引き延ばして、抜いた。 片方を扉の隙間に差し込み、反対側を自分の耳に差し込んで、内部の音を拾う。 『明日の分の水……』『このままでは……』『……メイジが足りな……』『…洗脳……』『…皇太子』『……亡命…』『…鉄仮面…』 。 「…当たりよ、大当たり」 ルイズは小声で呟いた。 髪の毛を引き戻して扉から離れ、家の周囲を見て回った。 見た感じでは平均的な一軒家、片方から攻め込まれたら逃げ道はなさそうだ。 ルイズは入り口の前に立つと、扉の隙間から髪の毛を差し込んで、扉の鍵を開けた。 「こんばんは」 がちゃり、と扉が開けられ、突然入り込んできた何者かに驚き、家の中にいた男達は慌てて席を立った。 すかさず何人かが武器を構えたが、この場の長らしき商人風の男がそれを制止した。 「よせ、お前ら」 「し、しかし…」 商人風の中年男性と、その配下らしき男が三名、計四名がルイズを見る。 ルイズは扉を閉めると、改めてフードを外して、挨拶をした。 「はじめまして。私は『石仮面』…あなた方を王党派を見込んで、相談があるのだけれど…」 ルイズの自己紹介に、男達が驚いた。 「…石仮面だって?…まさか、あんたが、ニューカッスルから巨馬に乗って脱出した『鉄仮面』なのか?」 商人風の男が、ルイズをまじまじと見た。 まだ幼さの残る顔立ちに、赤茶色の髪の毛、背中には長剣を背負うその姿が、まさに噂通りの姿だった。 「ええ、ここじゃ『鉄仮面』って噂されてるみたいだけど」 「証拠はあるのか?」 ルイズはフードの中に右手を入れて、胸の中に指を差し込んだ。 ウェールズから渡された『風のルビー』は、肋骨の裏側に隠してあるのだ。 風のルビーを見せると、張りつめていた雰囲気は一転した。 「おお…まさしく、それは風のルビー、では、ウェールズ様はご存命なのか!?」 商人風の男が、思わずルイズへと近寄る。 「風のルビーを知っているの?…でも貴方、メイジは見えないわね」 ルイズは疑問を口に出した。 風のルビーは王家に伝わる重大な宝物だが、風のルビーが宝物だと知っている人はそれほど多くない。 親衛隊レベルでなければ風のルビーなど気にも留めないはずだ。 「私は財務監督官の元で、執事として働いていた。宝物のことなら一通り頭に入っている。だが、今はしがない商人ですよ」 「財務監督官?」 ふと、ロングビルの話を思い出す。 確かロングビルの親は、財務監督官に仕えていたはずだ。 考えてみればマチルダ・オブ・サウスゴータという名前もこの土地の名前に一致する。 この男は、ロングビルのことを知っているのだろうか? 「さるお方からの手紙で貴方のことを知らされていた。風のルビーを持つ傭兵が現れたら、力になってくれと」 「…なんだ、じゃあフー…。マチルダから聞かされてたのね」 「私らで力になれるなら、いくらでも力を貸しましょう。…おいお前ら、周囲を確認しろ。石仮面さん、細かい話は奥でしましょう、新鮮な『水』もありますから」 そうして、若い男達は見張りにつき、ルイズと商人風の男は奥の部屋へと入っていった。 奥の部屋で席に着いたルイズは、樽からコップに汲まれた水を見て、首をかしげた。 「いくつか聞きたいのだけれど…まずこの町の静けさ、それと、さっき運んでた水の事」 商人風の男がルイズと向かい合うように席に座り、自分のコップに注がれた水を飲み干してから、静かに話し出した。 「水と、この街の静けさは無関係じゃありません、この街の地下には、サウスゴータの森から繋がる水脈があり、街の人間はその水を井戸からくみ上げて飲んでいます」 「井戸水?」 「ええ、私の後ろにある樽は、別の街に住んでいるメイジ様から、定期的に分けて貰ったものです。この町の水はとても飲めません」 「なるほど、心を奪う毒でも井戸に混入されたのかしらね」 「…おそらくそうでしょう。私らは毒が混入されたと思われる日、山奥から帰ってきたら誰もかれもが目がうつろでした。しかも皆貴族派に寝返っており…」 「…………毒の種類は?」 「かいもく、見当がつきません。水を分けて下さるメイジ様も、ディティクト・マジックで調べきれないと仰ってました」 『あ』 突然、デルフが声を出した。 商人風の男は驚き、ガタン、と机に脚をぶつけた。 「…!?だ、誰の声だ?」 「落ち着いて、今の声は、こいつよ」 ルイズはデルフリンガーを背中から外すと、テーブルの上に置いた。 『いやー思い出した思い出した、ブリミルもあれには苦戦したんだよなあ』 声に遭わせて、刀身がカタカタと揺れる。 その様子を見て商人風の男も驚いたのか、まじまじとデルフリンガーを見つめた。 「い、インテリジェンスソード?」 『おうよ、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ』 「いや、こいつは、また、驚きました」 男は椅子に座り直して、デルフリンガーとルイズを交互に見つめた。 「デルフ、思い出したってどういうこと?」 『ああ、心を操る先住魔法だ、『水』系統よりずっと強力な奴よ、死体だって蘇らせて、自由に操っちまうんだ。街一つぐらいの人間を操るのだって不可能じゃないぜ』 「先住魔法…!」 先住魔法と聞いて、男が驚く。 始祖ブリミルが降臨する以前から、主にエルフ達や亜人種によって使われてた魔法、それを先住魔法と呼んでいる。 貴族の用いる魔法と違い、杖を必要としない上、非常に強力だと言われているのだ。 そんなものが敵に回ったとしたら、いくらなんでも分が悪い。 だが、ルイズはそんなことを気にする様子もなく、デルフリンガーに質問した。 「エルフ?」 『いや違うね、あいつらなら回りくどい事はしねえよ、第一人間同士を争わせるなんてのは人間のやることだね』 「耳が痛いわ…水系統の秘薬、もしくはマジックアイテムの線は?」 『そこまでは判んねえ、でも、可能性はあるんじゃねーの?』 ふと、ルイズが顔を上げると、商人風の男が何かを考え込んでいた。 その様子は尋常ではない、どこか冷や汗というか、脂汗も浮かんでいた。 「………何か、心当たりでも?」 「え。い、いや…その」 男は、しばらくばつの悪そうに顔を逸らし、何かを考え込んでいたが、意を決したのかルイズに向き直った。 「…実は、一つだけ心当たりがあります。アルビオン王家にはいくつもの秘宝が伝わっていましたが、水に関する秘宝が一つだけ、あります」 「それは?」 「『アンドバリの指輪』と呼ばれるもので、先住の水の力が込められております。どんなに深い傷を負ってもたちどころに治癒してしまうとか…」 『そいつだな。強力な水の精霊の力があれば、死んだ人間だって操れらあ』 「死んだ人間だって操れる…なるほどね」 「叛徒共の首領、クロムウェルは『虚無』を操り、死者を蘇らせると聞きます。それも実はアンドバリの指輪の力だと考えれば、納得できます」 そこで会話がとぎれ、重い沈黙が、部屋を支配した。 「…これ以上は、話せない?」 ルイズの問いにも、男は答えない。 時間にして一分、しかし男にとっては一時間にも二時間にも感じられる時間。 ルイズは男の眼をじっと見つめていた、何の感情を込めるわけでもない、ただ、その行動をすべて見逃さないつもりでじっと見ていた。 言いしれぬ恐怖を感じた男は、重く閉じられていた口を、静かに開いた。 「…マチルダ様から、どの程度内情をお聞きになられましたか?」 ルイズは視線を外さずに答える。 「彼女からは、仕送りをしているとしか聞かされてないわ。ウェールズ様からは、粛正に乳母と教育係が巻き添えになったところまで聞いたけど」 「…わかりました、すべてお話ししましょう。ですがこの事は絶対に…」 「判っているわ、他言するつもりはないもの」 男は居住まいを正して、大きく息を吸い込むと、静かに語り出した。 「実は、そのアンドバリの指輪を、あるお方が所持しているのです」 「あるお方?」 「はい、大公閣下の忘れ形見、ティファニア様です」 「なるほどね…マチルダの仕送りは、その…ティファニアって人に送られてるのね?」 「今は森の奥で、小さな孤児院を開いております。私どもはマチルダ様から送られてくる金貨、物資、食料などをティファニア様に届けるため、この町に留まっているのです」 ルイズはわざとらしく考え込むような仕草をしてから、意地の悪そうに口元をゆがめ、問うた。 「その人がアンドバリの指輪を使ったとは、考えられないの?」 「そ、それは絶対にあり得ません!確かに、アンドバリの指輪を使うことはできますが、人里には降りてこられない理由があるのです」 「…どんな理由よ」 「順を追ってお話し致します。そもそもアンドバリの指輪は、国宝ではありましたが、使い道の判らぬままでした。 しかし大公閣下の奥様…公には出来ぬお方でしたが、その方が使い方をご存じだったのです。 お美しい方でした。そして、争いを好まぬお方でした…… ジェームズ一世陛下から差し向けられた衛兵の魔法に、一切抵抗することなく、魔法の凶刃に倒れたのです。 あの時、奥様の遺体にすがるティファニア様の姿は、今でも目に焼き付いております」 「どうして粛正なんかされたの?貴方の口ぶりからすると、とても国宝を横流ししたとか…そんな人には聞こえないわ」 「ジェームズ一世陛下には、国宝の横流しなどより、もっと重大な、恐るべき事として、映ったのでしょう。彼らの狙いは奥様と、一人娘のティファニア様だったのです」 「なんで一国の王様が、妾と娘を殺す必要があるのよ、王位継承権でも争ったの?」 「確かに、王位継承権の争いに巻き込まれたら、王弟であらせられる大公閣下の娘、ティファニア様の存在も白日の下に晒されてしまったでしょう」 「…わからない、判らないわ。殺してまで存在を秘匿する必要があるなんて…」 「始祖ブリミルは、ハルケギニアに降臨されましたが、エルフに聖地を奪われました。始祖ブリミルの血を色濃く継ぐ王家と、エルフとの間に子が生まれたと知られたら、一大事です」 「…………ちょっと待って。今、なんて?」 「大公閣下の奥様は…その、エルフ…でございました、つまり、大公閣下の遺児、ティファニア様は…」 「………」 「………」 『…おでれーた』 沈黙の流れる一室に、デルフリンガーの声が、小さく響いた。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 大抵の人間は、突然の形勢逆転というものに対してかなり弱いところがある。 それが自分の得意分野――――例えば研究や芸術作品、そしてギャンブルなどであるならば尚更だ。 順調に勝ちを進め、あと一歩で勝利を我が手に…というところでそれを他人に掠め取られた瞬間、多くの者が動揺してしまう。 何故?どうして?一体何が…?冷静さというモノが消え失せ、燃え盛り延焼する山火事の如き焦燥が頭の中を縦横無尽に駆け回る。 中には的確に状況を把握し、何が勝ちを取られた原因だったのかを探れる者たちもいるが、それはほんの一握りの人々だけだ。 大多数の者達は焦燥から錯乱へと名前を変えた山火事に頭の中まで焼かれて、無様な醜態を見せる事となる。 そう…今目の前で大人たちが繰り広げている、会議という名の醜悪な口喧嘩の様に。 霊夢はそんな事を考えながら、自分が頭の中で組んでいた予定が音を立てて崩れていく事にため息をつきたくなった。 (何でして今日はこう、…大人たちの酷い口げんかを見なきゃならんのかしらねぇ?) 彼女は心の中で呟きながら、立ったまま激しい論争を繰り広げるトリステイン王国の貴族たちを眺めている。 彼らが今話している事というのは、ラ・ロシェールで戦闘となったアルビオン軍との戦いが逆転されつつあるという事態に関してのモノだ。 「諸君!だから私は言ったのですぞ?今はスパイの事など大目に見て、大人しくしていれば良いと。 そうすれば此度の様な事態にもならず、親善訪問も上手く進み、全てが丸く収まっておったのじゃ」 高等法院長であるリッシュモンの言葉に同じ高等法院に属する貴族たちがそうだそうだと頷く。 しかしそれに対して将軍たちがふざけるな!と喝を入れ、その内の一人がリッシュモンに掴みかからんばかりの勢いで反論する。 「黙れ!みすみすこのこの国を内側から食い破ろうとしたネズミ共など駆除して当然ではないか!? …そんなことよりも、今は一刻も速く国中の軍隊を動員し、タルブにいる友軍の応援に行くべきではないのか!?」 好戦的な彼の言葉に、同じ将軍や一部の大臣たちも賛同の声を上げている。 既に事態はアルビオンとの交戦状態にあり、勝つか負けるかの二者択一の状況なのだ。 先ほどまで戦闘を出来る限り避けたいと提案していた大臣たちも、その中に混じって賛成、賛成!と声を張り上げていた。 その様子をドアのすぐ横で見つめていた霊夢は、ふと自分の横にいる他の二人へ視線を移す。 魔理沙は会議室に広がる喧騒と、貴族たちから立ち込める苛立った気配にただただ苦笑いを浮かべている。 空気の読めない所を結構見せてくれる彼女であっても、流石にこの部屋に渦巻く不穏な気配に気まずさの一つでも覚えたのだろうか? 本人が聞いたら軽く怒りそうな事を思いつつ、その魔理沙の横にいるルイズへと目をやる。 流石にこの国の人間である為か、周りの貴族たちが口にしている言葉を耳にしてその端正な顔が青ざめていた。 とはいえ彼女が青ざめている理由は、この会議室の事だけじゃないと霊夢と魔理沙の二人はあらかじめ知っている。 それをアンリエッタにサッと伝える為にここへ来た筈が、面倒くさい事に巻き込まれてしまった。 「全く困ったものね、私達はアンリエッタに用があるから来ただけだっていうのに…」 「だよな?こんな事になると知ってたら、デルフも連れてきてやった方が良かったぜ」 軽く愚痴をこぼしてみるがそれに答えてくれたのは魔理沙だけで、ルイズは青ざめた顔を俯かせたまま黙っている。 先程騎士や衛士隊の者達と一緒に医務室へ行った伝令の言葉を聞いてから、ずっとこの調子なのだ。 空気の読めない魔理沙もルイズの様子を見て流石に何かあったのだと察しているようだ。 そんな時であった。黙りこくっているルイズを救うかのようにして、アンリエッタが彼女たちに話しかけてきたのは。 「申し訳ありませんルイズ、それに貴女達も…。こんな醜い論争の場に足を運ばせてしまう事になるとは…」 「あっ…姫さま」 マザリーニ枢機卿を傍に従えた王女の声に、視線を地面に向けていたルイズもスッと顔を上げた。 敬愛するアンリエッタの顔色は今にも憔悴してしまいそうな程、苦渋と葛藤の色が滲み出ている。 それを無理に作り上げている笑顔で抑え込んでいるのだが、傍からみれば明らかに無理していると一目でわかる。 二週間前に、彼女の今のアルビオンへ対する気持ちを知ってからというもの、その顔を見ると自分の心まで苦しくなってしまう気がした。 「御免なさいねルイズ、今日はゲルマニアへ行く日だというのに…私がせいで、こんな…」 「いえ、そんな…姫さまのせいではありませんよ。悪いのは不意打ちを仕掛けてきたアルビオンでは…っあ…」 アンリエッタの自虐の言葉にルイズは苦し紛れとも言える様な擁護をつい口から出してしまう。 だが今の彼女にとって、その゛アルビオンの不意打ち゛という言い訳すら自分の責任だと思い込んでいる。 言い終えたところでそれに気が付いたルイズは気まずい表情を浮かべてしまい、アンリエッタの顔に陰が差す。 「イヤだねぇ?あんな暗い雰囲気の会話を見聞きしてると、こっちの気分まで滅入る気がしてくるぜ」 その二人を見ているとこっちの気分まで参ってしまうような気がして、それを誤魔化すかのように魔理沙が喋った。 流石にこの場では空気を読めたのか、隣にいる霊夢にだけ聞こえる出来るだけ声を絞っている。 「アンタが暗くなるところなんて、一度もお目に掛かった事がないんですけど?」 「そりゃお前さんの前で下手に態度を崩せないからな。もし見られたりしたら、一生の不覚さ」 「弾幕ごっこだと、私相手に毎度の如く不覚を取ってる癖に良く喋る…っと、まぁこうしてアンタと無駄な話をするより…」 魔理沙の会話をそこで終わらせた霊夢はスッとルイズの傍へ寄ると、彼女の肩を軽く叩いた。 まるで太鼓を叩くかのような軽くて少々荒い叩き方に、叩かれた本人はハッとした表情で叩いた本人の顔を見る。 肩を叩いた霊夢はアンリエッタと同調して落ち込みかけていたルイズを、いつものジト目で見つめながら言った。 「悪いんだけど、感傷に浸る暇があるならさっさとお姫さまに゛本題゛を言ったらどうよ?」 「れ、レイム――――……ッ!わ、わかってるわよそれくらい!」 ここへ来た本当の目的を頭の隅っこにおいやってしまっていた自分と遠慮の無い霊夢に怒りつつも、ルイズは鋭く言い返す。 それから改めてアンリエッタの方へ向き直り、一体何事かと訝しんでいる彼女の前で軽く深呼吸をした。 息を吐いて、吸う。生きていく上で最も当たり前な行動だというのに、緊張からか首筋から汗が滲み出てきてしまう。 いつもならハンカチで真っ先に拭う筈のソレを気にしない風を装いつつ、ルイズはその口を開く。 「あの…その、実は…姫さまに私の口から直接お伝えしたい事がありまして…」 「伝えたい事?大丈夫よルイズ、何か言いたいのなら遠慮せずに言って頂戴」 アンリエッタの許しを得たルイズは、意を決して彼女に伝えるべき事を口にした。 「その、私とレイム…それにマリサの三人で、タルブ村へ行きたいのです」 ジッと自分の顔を見据え、冷や汗が流れ落ちる顔でそう叫んだルイズの言葉を、アンリエッタ達が理解するのには数秒の時間を要した。 アンリエッタの傍にいたマザリーニや他の大臣たちもそれを耳にしたのか、一斉にルイズたちの方へと視線を向ける。 それを耳にした直後は何を言っているのか分からず、三秒ほど経ってからようやく彼女の言いたい事を理解した者たちはその目を見開いた。 「なっ…何を言っているのルイズ…!貴女正気なの…!?」 「…私も何を言っているのかと自分で思っているのですが、残念ながら至極正気のつもりなんです」 真っ先に反応したアンリエッタが動揺を露わにした顔でそう言うと、ルイズは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。 それからスッと懐に左手を伸ばし、ソコから便箋の入った封筒を一枚取り出してアンリエッタに手渡した。 突然手渡された可愛らしいデザインの封筒に彼女は怪訝な表情を浮かべたが、その封筒に掛かれていた単語には見覚えがあった。 「フォン、ティーヌ…フォンティーヌ?まさか、この手紙は貴女の…」 「はい、その手紙は私の一つ上の姉であるちぃ……、カトレア姉様がしたためてくれた手紙です。…読んでみてください」 危うく公共の会議室で「ちぃ姉様」と呼びかけたルイズは速やかに訂正しつつ、アンリエッタに手紙を読むよう促した。 タルブとは天と地ほど離れているフォンティーヌ領に住む彼女の姉の手紙と今回の件、どういう関係があるのだろうか? アンリエッタはそれが分からぬままルイズの言葉に応えて、既に糊をはがされていた封筒から一枚の便箋を取り出した。 紙の端っこに星やらヒトデの小さな押絵が目立つ素敵な便箋に書かれている内容に、アンリエッタは目を通しながら読み始める。 「……拝啓。元気かしら?私のかわいいルイズ。この手紙を書いている場所は――――」 ――拝啓。元気かしら?私のかわいいルイズ。 この手紙を書いている場所は、私の領地であるフォンティーヌではありません。 今私がいるのは、ラ・ロシェールの近くにある長閑で平和なタルブという名前の村です。 そこの村を収めているアストン伯という、この村にぴったりな優しいお年寄り貴族のお屋敷に泊まっているわ。 ここには村の特産物の大きなブドウの畑があって、今はまだ収穫時期ではないけどもう大きなブドウの実がたくさん成っているの。 秋になるとそれの収穫時期が来て、老若男女様々な人たちがブドウを採って、それを美味しいワインにしてくれるそうよ。 私達はヴァリエール家でも飲んだ事があるけれど、あの美味しいワインはこの村に住む人たちが一生懸命作ってくれているのよ。 その事を村の人たちに頭を下げて感謝したのだけれど、皆慌てた様子で頭をお上げ下さいっ!て哀願されちゃったの。 何か良くない事でもしたのかしら?最初はそう思ったわ。 でも、彼らの顔には一様に笑顔が浮かんでいたから私の誠意は伝わったのかもしれないわね。 私の体調が急変でもしない限り、タルブ村には収穫が終わるまで滞在するつもりよ。 ルイズ、何か私宛てのお手紙を送りたいのならアストン伯の御屋敷に手紙を送ってね。私の屋敷やラ・ヴァリエールに送っても読めないから。 何か辛い事や抱えている事があったら遠慮なく手紙に書いて送って頂戴、出来る限り相談に乗るわ。 私の方も、ここへ来る前に色々大変な目にあったり少し不思議な人と出会っているけど、それくらいの余裕はあるわ。 それと、最後に書くのはちょっと変だと思うけれど… 進級おめでとう、私の小さなルイズ。貴女ならきっと出来ると信じていたわ。 貴女の親愛なる一つ上の姉。 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌより。 追伸 そういえば、風の噂で貴女が変わった使い魔を召喚したって聞いたわ。 手紙を送ってくれるなら、その変わった使い魔さんの事も書いてね。約束よ?――――― 「――――…使い魔さんの事も書いてね。約束よ………」 追伸の所までしっかり読み上げた時点で、アンリエッタの顔には数滴の冷や汗が噴き出ている。 最初の行を読んだ時点で、ルイズが言いたい事の意味を既に理解していたものの…結局最後の追伸まで読み上げていた。 偶然とは末恐ろしいものよ。そう言いたげな表情を浮かべたマザリーニ枢機卿が、ルイズの方へと視線を向ける。 「ミス・ヴァリエール…この手紙が届いたのはいつで?」 「…一昨日の夕方です。竜籠便の速達という事なので余程私に読んで貰いたかったのかと…」 枢機卿からの質問に答えたルイズはスッと顔を俯かせると、キュッとその両目を閉じた。 何かが目から溢れて零れそうな気がして、けれど今は流す時ではないと思った彼女は、その気持ちを紛らわす様に両手を握りしめる。 「あぁ、ルイズ…御免なさい…まさかこんな事になるなんて…」 アンリエッタはそんなルイズの傍に歩み寄ると、今にも泣き出しそうな表情で彼女の背中を優しく摩った。 後ろにいる大臣たちは彼女たちから少し距離を取って、何やらコソコソと相談し合っている。 その内容までは聞こえてこないものの、それに関してはどうでもいいと霊夢は思っていた。 「何か重たかった空気が更に重くなってきたなぁー…」 「そうねぇ、このまま重たくなり過ぎたらその内二本足で立ってられなくなるかもね?」 アンリエッタが手紙を読んでいる最中に魔理沙の方へと戻っていた彼女は、どんどん沈んでいく会議室の空気に対して呟いた。。 この魔法使いの言葉もあながち間違ってはいないと思いながらも、ルイズたちの方へと視線を向ける。 手紙を送ったであろうカトレアなる人物がどうなったのか少しは気になるものの、まだ死んだと決まったワケではない。 そもそもルイズたちがここまで来たのは、タルブの近くにあるラ・ロシェールでトリステインとアルビオンが戦い始めたという話を聞いたからだ。 以前エレオノールからカトレアがタルブへ旅行に行ったと聞いたルイズは、居ても立ってもいられずに手紙を片手に部屋を出たのである。 何やら面白そうな事が起きると察した魔理沙が後に続き、話の中に入っていた゛怪物゛という単語が気になっていた霊夢もそれに続いた。 そしてアンリエッタの居場所を廊下に倒れていた騎士から聞き出し、連れて行き――――そうして今に至っている。 だがしかし、彼がもたらした情報はルイズの心をかき乱すには十分の威力があった。 タルブ村がトリステイン軍の防衛ラインに入ってしまったという事と、その軍隊をアルビオンの゛怪物゛とやらがメッタメタにしているという報せ。 流石のルイズも姉の滞在する村が戦火に巻き込まれたという情報には、冷静さを保つ事はできなかったようだ。 霊夢にはその焦りというモノが良く分からなかったものの、ここが異世界であろうとも博麗の巫女としては放っておけない所があった。 しかも今回の騒ぎに、人間以外の゛何か゛が確実に関わっているであろうという事を知ったのならば、尚更に。 「これ以上空気が重たくなって動きづらくなる前に、ルイズの意見とやらを聞いてから出るとしましょう」 魔理沙にそう言った後、もう一度ルイズの傍まで近づくと俯いている彼女の肩をヒシっと弱く掴んだ。 肩を掴まれた事に気が付いたルイズはハッと顔を上げて、霊夢の方へと見やる。 いつも部屋の中でお茶飲んで暢気にしている幻想郷の巫女さんは、いつもの気怠さを顔に浮かべながら彼女に言った。 「アンタが行かないつもりでも私達は勝手に行くつもりだから。…さっさと決めちゃいなさい」 霊夢の言葉に一、二秒ほど置いて頷いたルイズは、顔を顰めながらも自分の肩に乗っていた彼女の手をソッと退ける。 どうせ私が言う事を知ってるくせに…。思わず口から出かけた言葉を心の中に吐きだしてから、ルイズはアンリエッタの方へと顔を向けた。 背中を摩ってくれていた無二の親友であり敬愛する王女殿下は、顔を上げたルイズの表情が変わっているのに気が付く。 まるである種の決意を胸に秘めて、閉じた口の中で歯を食いしばっているかのようなその表情。 これから前線へ赴かんとする者が浮かべるようなそれに、アンリエッタは「ルイズ…」と親友の名を呟く事しかできない。 「姫さま…。確かに今のタルブ村がどうなっているのか詳しいことは知りませんが…けれど、恐ろしい程に危険だというのは分かっているつもりです」 「それならどうして…?どうして貴女は死地に赴くような真似をしでかそうとしているの…!?」 アンリエッタの質問は最もであろう。いくら貴族と言えど学生の身分であるルイズが霊夢達と共にタルブへ行くのは危険すぎるのだ。 報告の通りならば、正規の訓練を受けた軍のメイジたちがラ・ロシェールから追いやられている程なのだ。 しかしルイズはそれを承知でそこへ行こうとしている。下手をすれば自分の命がどうなるのかも知れない場所へ。 「先に言いますが、別にコイツらの事が気になるからという理由はほんのさ…四割程度ですから」 「おっ待てぃ、今三割って言おうとしたな?」 「アンタなら二割でも高い方よ」 彼女は自分のすぐ後ろの巫女と、ちょっと離れた所にいる魔法使いの方へと顔を向けながら言った。 すかさず魔理沙の返事とそれに対する霊夢の突っ込みを無視しつつ、ルイズは更に言葉を続けていく。 「私はカトレア姉様の安否を確かめに行きます。…きっとあの人なら、村の人たちを集めて何処かに避難しているはず…。 ついでにレイム達がアルビオン軍の放ったという゛怪物゛とやらを見に行って、片付けてくれるのでそれについていくだけです」 それはルイズ自身が決めた、一つの決断であった。 彼女にとってカトレアは、物心ついた時からメイジの落ちこぼれとして扱われていた自分を心の底から愛してくれた人。 どれだけ失敗をしても笑顔で励まし、慰めてくれて…そして魔法学院への入学が決まった時に一番喜んだ二番目の姉。 そして生まれたときから儚い彼女が初めて遠出した場所が、今や戦場となりつつあるのだ。 「あの人…姉様なら、目の前で苦しんでいる人がいたら自らの命を投げ打ってでも助けてしまうかもしれません だから私は行くんです。もしカトレア姉様が疲労困憊した時に、あの人の手を握ってあげられるように… 陸路ではタルブ村まで相当な時間は掛かりますが…何、霊夢達に連れてってもらえば明後日の未明ぐらいには戻ってこれますから」 トリスタニアからタルブまで陸路だと一日以上かかるが、空を飛べれば大幅に時間を短縮できる。 無論霊夢達に頼る事となるが、いつも学院の部屋を好きに使っているのだ。それくらい頼んでもバチは当たらないだろう。 帰ってこれる時間については明後日の未明とは言ったものの、正直に言えばそれは相手の出方次第だろう。 話ではアルビオン軍の艦隊もいるらしく、もしも件の゛怪物゛を倒したとしても奴らが尻尾を見せて逃げなければ…。 最悪、ハルケギニア一の強さを誇るアルビオンの艦隊と一戦交える事になるのかもしれない。 「でも…ッ!そんなのは危険過ぎるわ!?貴女はまだ学生だというのに…!」 それでもアンリエッタは危険な場所へ行こうとする幼馴染を引き留めようとして、首を横に振りながら叫ぶ。 ルイズもそんな彼女の気持ちは痛いほど理解できるが故に、それを振り払ってしまうような事が出来ずにいる。 けれども、こうして会議室に留まり続けている限りタルブ村は…ひいてはそこにいるカトレアに危機が及ぶかもしれないのだ。 姫さまか、ちい姉さまか?二つの内一つしか選べない決断を迫られているルイズは、不覚にも悩んでしまう。 「じゃあ、アンタはどうするのよ?」 そんな時であった。そんな彼女の代わりにその決断を決めるかのような霊夢の横槍が入ってきたのは。 咄嗟に振り向いたルイズは彼女の言葉が自分ではなく、アンリエッタに向けられたものだと気づいた。 突然そんな事を聞かれたアンリエッタは「な、何がですか?」と困惑気味な表情を浮かべている。 赤みがかった黒目を鋭く細めて、いつものぶっきらぼうな表情を浮かべながら面倒くさそうにしゃべり出した。 「ルイズは自分なりに悩んで決めたっていうのに、アンタはただ状況に流されてるだけじゃないの。 悪いのは自分だって思い込んでるだけで、他の事は全部他人任せにしてジーッとしてただけじゃない。 ウェールズの事が悲しいんなら、ちょっとはレコンなんちゃらとかいう連中に怒りの鉄槌でも鉄拳でもぶつけてみなさい」 そこまで言った所でルイズの肩を強く掴むと、「ホラ、行くわよ」と後ろにいた魔理沙に声を掛けた。 今まで蚊帳の外と中の間にいた魔法使いは「おっ、そうか」とだけ答え、スタスタとドアの方まで進んでいく。 霊夢に肩を掴まれたルイズは申し訳なさそうな表情を浮かべてアンリエッタに一礼し、背中を向けて歩き出す。 大臣やマザリーニ枢機卿等は呆然とした表情でもって、会議室を去ろうとしていく三人の後姿を見つめているだけだ。 彼らとしては三人は部外者であり、出ていってくれればそれでも良かったのである。 「ま、待ってください!」 しかし、そんな三人の背中に向けて制止の叫び声を上げたものがいた。 ドアを開きかけた魔理沙や、霊夢を追い越そうとしたルイズが足を止めて、声のした方へ振り返る。 そして霊夢もつい足を止めてしまい、面倒くさそうなため息をついてからサッと後ろを向く。 案の定声を掛けてきたのは、ルイズをなんとかと留まらせようとしたアンリエッタであった。 何処か追い詰められている様な焦燥感漂う表情に、見開いた両目でじっと霊夢の姿を凝視している。 お姫様が自分の方を見ていると気づいた霊夢は、これまた面倒くさそうな言い方で「何よ?」と問いただしてみた。 それに対しアンリエッタは霊夢をじっと見据えたまま、ゆっくりと喋り出す。 「貴女は…貴女はどうしてルイズを止めようとしないの?…いえ、それは貴女達にも言えるわ。 どうして自ら危険な場所へ赴こうとするの?もしかすれば、命を落とすかもしれない場所へ…。 私にはそれが理解できません…何故、どうしてそんな場所へ足を運ぼうと思えるの…?」 「何でっ、て…?う~ん…」 やけに長く感じたアンリエッタからの問いを聞き終えた霊夢は、左手で後頭部を掻きながら悩みだす。 恐らく何て言うのか考えているのだろうか?魔理沙とルイズ、そしてアンリエッタは彼女の言葉を待ち構える。 マザリーニ枢機卿や他の大臣たちも先ほどのアンリエッタの叫びに軽く驚いてか、じっと二人のやり取りを見守っている。 そして時間にして十秒ほど経った頃であろうか、後頭部を掻いていた巫女さんはポツリと呟いた。 「人外共を安全な場所から操ってる様な連中の出鼻をへし折りたい。…私の理由は、ただそれだけかしらね?」 それだけ言うと再びアンリエッタ達に背中を向けた霊夢は、しっかりとした足取りでドアの方へと歩き出す。 一方で、霊夢の理由を聞いたアンリエッタはたったそれだけの為に死地へ赴こうとする彼女に複雑な気持ちを抱いてしまう。 自らの感情に身を任せ、けれどそれに流されるのではなく制御できている巫女の自由奔走ともいえるその意思。 王族であるが故に、幾重もの鎖で縛られているような我が身とは対照的過ぎる、異国情緒な紅白服に黒髪の少女。 そんな事を一度でも思ってしまうと、自分がどんなに惨めな存在なのだろうと…ますます思考が否定的になっていく。 (仕方ないのよアンリエッタ…ワタシの力では、今の状況を打破する事なんてできないのだから…) いっその事消えてしまいたい…。視線を絨毯へと向けてそう思った時、再び霊夢の声が耳に入ってきた。 「…一応言っとくけど、ルイズは家族だけじゃなくて、アンタの為にもタルブへ行く事を決めたのよ」 その言葉を聞いた瞬間、アンリエッタはえっ?と言いたげな表情を浮かべて顔を上げた。 喋った張本人である霊夢はあと一歩で会議室のドアに手を掛けれるというところで足を止め、ジッとアンリエッタを見据えている。 突然自分の名前が出てきたルイズはアンリエッタに言っていなかった事を暴露され、「ちょ…レイム!」と声を上げてしまう。 一方の魔理沙も巫女の口からそんな言葉が出ると思っていなかったのか、キョトンとした表情で彼女を見つめていた。 大臣たちも霊夢の言葉にどういう事かとどよめき、何人かがルイズの方へと視線を向けた。 この国を支える重鎮たちの視線を受ける羽目になった侯爵家の末女は少し怯みつつも、恨めしそうな視線を霊夢に向ける。 「アンタねぇ…、その事は部屋を出る前に私の口から言うつもりだったんだけど?」 「ここで喋るのと部屋を出る前に喋るのとじゃあ、そんなに差は無いじゃないの」 まるで綿密に計画していたドッキリをばらされたかのようなルイズの言葉に対し、霊夢はあっさりと言い返す。 その態度を見てこれ以上突っかかるのは時間の無駄と判断したルイズは、ため息をつきつつアンリエッタの方へと顔を向けた。 アンリエッタは先ほど霊夢の口から出た事実に対し、信じられないと言いたげな表情を浮かべて唯一無二の親友と向き合う。 「ルイズ…?貴女、本気なの?こんな私の事を思って…アルビオンと戦いに行くというの?」 「姫さま…御自身の事をそう簡単に卑下しないでください」 ネガティブな雰囲気が滲み出るアンリエッタに、ルイズは先程霊夢に向けたものとは違う柔らかい声で言った。 彼女はそっと、壊れ物を扱うかのようにアンリエッタの右手を自分の両手で包み込み、胸の前まで持ち上げていく。 悲しいくらい平坦すぎるそこまで持ち上げた所で、ルイズは話しだした。 「姫さまのお気持ちは、痛いくらいに理解しているつもりです。そして…それが大きく揺れ動いていることも。 二週間前はそれで心を悩ませていた姫さまのお力になれない事を、私はとても悔やんでいました。 けれども、此度のタルブの件…いよいよゲルマニアへ嫁ごうとしているこの時になって、ようやくチャンスが巡ってきました」 そこまで聞いたところでアンリエッタは「けれど…!」と叫んで首を横に振った。 しかしルイズはほっこりと、けれど何処か緊張感が漂う柔らかい笑みを浮かべて話を続ける。 「私にとっての幸せの内一つは、これからも姫さまが花も恥じらう程の笑顔を、多くの人々に見せて下さる事です。 その笑顔を失くしたままゲルマニアへと嫁いだとあっては、あの国の皇帝はへそを曲げてしまう事でしょう。 だから私は行くんです。ちい姉様を助ける為に…そして、姫さまに代わってアルビオンへ怒りの鉄槌を下すために」 そこで話は終わりなのか、両手で包んでいたアンリエッタの右手をそっと放す。 右手を包んでくれていた暖かさが離れていく空しさを感じたアンリエッタはしかし、もうルイズを止める事などできなかった。 自分で種を蒔き、芽吹かせ…そしてこの国の者たちに害をなそうとしているレコン・キスタという名の毒花。 ラ・ロシェールとタルブ村に戦火の雨を降らせ、今なおそこにいる者たちを苦しめている貴族至上主義者達の集まり。 本来ならば自分の手で刈り取るべきであろうソレを、ルイズはタルブ村にいる姉を助けに行くと同時に始末してくれるというのだ。 だが…いくら名門ヴァリエール家の者と言えども未だ魔法学院に通う子供。常識の範囲で考えれば逆立ちをしても不可能なのは明白である。 しかし…今はそんな無謀とも言える彼女に、手助けしてくれる少女がいる。 アルビオンへと一人で赴き、そしてルイズを連れて帰ってきた霊夢という名の少女が。 「だから…その、ちょっと遅れるかもしれませんが姫さまの結婚式には間に合わせますので…先に行って待っていて下さい」 ルイズは最後にそう言ってまた一礼すると踵を返し、今度こそ出ようと言わんばかりに早足でドアの方へと歩いていく。 その背中からは、先程まで大臣たちの言い争いを聞いて青ざめていた彼女とは思えない程の覚悟と緊張感が漂っていた。 アンリエッタと大臣たちはそんな背中を見せるルイズに何も言えぬまま、じっと佇んでいる。 そして扉の前で足を止めたルイズは最後にもう一度体をアンリエッタ達に向けると一礼した後、静かに退室した。 ドアボーイならぬドアガールとなっていた魔理沙もそれに続いて出ようとすると、霊夢に「ちょっと待ちなさいよ」と声を掛けられる。 「せめて私が出るまでドアを開けとくって義理は見せないのかしら?」 「悪いが、お前さんが来るまでドアを開けとくほどの義理は無いんでね。…それじゃ、ルイズと一緒に部屋で待ってるぜ」 そう言いながら、体に続いて部屋を出ようとした左腕を振りながら、魔理沙も会議室を後にしていった。 ドアの前にいながら、一人会議室に残された霊夢はため息をついた。 一方でアンリエッタは首を傾げる。先程タルブへ行くと言った彼女はなぜこの会議室に残ったのだろうかと。 されに先ほどの魔理沙の言葉。彼女にとって何かやり残したことがあるのだろうか? 「あの…?貴女もタルブ村へ行くはず…なんでしたよね?」 「勿論そのつもりよ。だけど…ちょっとアンタに向けて一言伝えておこうと思ってね。でも、それをルイズの前で言うと…」 アイツが無駄に怒るかもしれないからね?最後にそう付け加えながら、霊夢はアンリエッタに向けてこう言った。 「アンタは誰が決めようともアンタよ。…だから何処へ行こうが、最後はアンタの好きに決めなさい」 「…え?」 「ルイズはそうした。だから私達と行くって決意したのよ」 その言葉にアンリエッタが首を傾げる前に、霊夢はスッとドアを開けて出て行った。 赤いリボンがドアの隙間から見えなくなった時、会議室には久方ぶりと錯覚してしまう程の静寂が満ちていた。 アンリエッタ達はその会議室の中で、ポツンと佇んでいる。まるで最初からこの部屋に置かれた石像の様に。 「と、まぁ…そんな感じで私たちはわざわざタルブへ行く羽目になっちゃったワケよ」 霊夢は学院から運ばれてきた自分のカバンから針束の入った包みを取り出しつつ、デルフにこれまでの経緯を話し終えた。 時間にすればそれ程長くは無かったが、その間誰にも相手にされず暇を持て余していた剣はブルブルと刀身を震わせる。 何がおかしいのか分からないが、刀身を震わせている事は笑っているのだろうか? ひとしきり震え終えたデルフに霊夢がそう思っていた時、デルフが楽しそうな声色で喋り出した。 『へ~、成程なぁ~。…お前さんたちも随分思い切ったもんだねぇ~?』 「まぁ…なっ!お前さんも会議室に連れて行けば良かったと…思ったが、まぁいてもいなくても変わりなかったなッ…と!」 デルフと他愛もないやり取りをしながら、魔理沙は旅行用の大きな鞄から小さな肩掛けリュックを取り出そうとしている。 幻想郷からハルケギニアへ行く際に持ってきた鞄の中には、彼女の私物がこれでもかと詰め込まれていた。 そして今は、一体何をどうしたらここまで詰めこめたのかと思う程物で溢れた鞄の中から、必要としているモノを何とか引っ張り出そうとしている。 「あんた…まさかその鞄の中まで物で溢れさせるとか…」 「ん?何だルイズ。もしかしてお前も私の様な鞄にモノ詰め込めるのが上手になりたいのか?」 「イヤ…でもアンタを反面教師にして、物の片づけは積極的にやるようにするわ」 それを見ていたルイズは少し引きながらも、軽い勘違いをした魔法使いの言葉に丁重な拒否の意を示す。 あっさり拒否されてしまった事に対して、そんなにショックではなかったのか、魔理沙は軽く肩を竦めた。 けれどまだ喋り足りないのだろうか、今度は既に準備万端と言いたげな霊夢に向かって饒舌な口を開いた。 「しかしあれだな?何か会議室の貴族たちも言ってたけどアルビオンとかいう国の軍隊も向こうにいるんだっけか?」 「まぁ、そうらしいわね。…数は忘れたけど、こっちの国の軍隊よりもずっと多かったような気がするわ」 「アルビオン側は艦隊を含めると四千近い戦力で、ラ・ロシェールに展開していたトリステイン軍は王軍、国軍含めて二千よ」 霊夢が曖昧に言うと、すかさずルイズが荷造りの手を止めないままそう呟いた。 ルイズの言葉に二人はスッと彼女の方を一瞥してからまた視線を戻すと、魔理沙が意味深な笑みを浮かべた。 「四千の敵に対して二千で迎え撃つ気だったのか?随分と勝ち気じゃあないか」 「元々は国軍の砲兵隊がラ・ロシェールの郊外にある森から艦隊を砲撃して、降下される前に地上戦力を減らす予定だったらしいのよ」 「なるほど、敵が地に足着く前にその足の骨を折ってしまうつもりだったのね」 何か妙に痛そうな例えねえ…?物騒な例え方をした霊夢にそう思いながら、ルイズは自分のリュックの中を覗きこむ。 魔理沙と同じような肩掛けリュックの中には、今の自分が考えうる持っていくべきものを詰め込んでいた。 携行食糧に水の入った革袋に、傷薬と替えの着替え一式。それに自分が誰か分かるように学生証もリュックの奥に入れている。 そして、その中でも最も貴重な゛モノ゛を二つ――アンリエッタからもらった大切な゛モノ゛を入れていた。 本当なら何かがあった時の事を考えてここに置いていくべきなのだろうが、お守りの意味を込めて持っていく事にした。 「よし、これで全部ね」 最後に地図と方位磁針を入れると一人呟き、リュックを閉めてから四つ付いたボタンでしっかりと蓋をした。 持っていきたいものを全て詰め込むことのできた鞄は、詰め込んだ彼女らしくスッキリと纏まっている。 試しにそれを実際に肩に担いで軽く体を揺らしてみるも、多少重たいものの移動に支障が無いかキチン確認もしていた。 『娘っ子は中々律儀だねぇ、お前さんたちも見習ったらどうだい?』 「別に、こんなの誰だってするんじゃないの?」 デルフの言葉にそう返しつつも、テーブルに置いていた杖を手に取るとそれをジッと凝視した。 物心ついた時から、今日に至るまで自分と共に居続けてくれた一振りの小さな相棒。 以前は霊夢に傷つけられたこともあったが、一度修理をしてからは彼女を召喚する前よりもずっと綺麗に見える。 (これから向かう先で酷使するかもしれないけれど、壊したり手放したりしないからね…) 心の中でそう呟いて、杖を腰に差そうとしたときに―――――それは起きた。 「え…?て、手が…」 杖を持っていた右手。これまで幾千万もの物を掴んできた手がワケもなく突然に震え出したのである。 まるで右手だけ地震に遭遇したかのようにブルブルと震え、それにつられて杖が左右に大きく揺れ動く。 ルイズは焦った。まさか今になって体が怯えているのか?自分の意思とは裏腹に。 あんな事を姫さまや霊夢達の前で言ったというのに、今更怯えてどうするというのだ? (じょ、冗談じゃないわよ…こんな時に!) 無意識に震える自分の体にいら立ちを覚えつつも、その震えを抑えようとした時…突如視界に入ってきた何者かの手が彼女の右腕を掴んだ。 思わず視線を腕が伸びてきた方へ向けると、入ってきたのはまるで晴天の雪原の様に白い袖。ルイズの震える右腕を掴んだのは霊夢の左手であった。 その事に気付いたルイズが彼女の名を呼ぶ前に、いつもの面倒くさそうな表情を浮かべた霊夢が口を開く。 「そう無理に自分の感情を抑えてたら、後々響くことになるかもよ?」 「……ッ!わ、分かってるわよそれくらい!」 心よりも体が正直だと言いたげな霊夢の助言めいた言葉に、ルイズは霊夢の手を振り払いながら言う。 そして軽く咳払いしつつ右手に握ったままだった杖を腰に差すと、改めて震えていた右手をマジマジと見つめる。 先程と比べて大分震えは治まったが、それでも微かに体感できている程度に震えていた。 ルイズはいら立ちを隠しきれない様な表情でため息をついていると、腰を手を当てた霊夢が話しかけてきた。 「その顔、武者震いだって言いたげな顔してるわね」 「えぇ…?ん、まぁそりゃ…そう言いたいのは山々なのよ」 霊夢の言葉にルイズはそう答えると、より一層大きく息を履いて天井を仰ぎ見る。 部屋の灯りを点けてない事と、外が濃霧という事もあってか薄暗いソコはどんより暗い雰囲気を放っている。 その天井がまるで、今の自分の心境にそっくりだと彼女は一人思いつつも、ポツリと呟く。 「…正直、これが本当に正しい選択なのかどうか今も迷っちゃってるのよ。 もっと他に良い方法があったかもしれない。どうしてこの選択を取ったんだろうって…」 そんなルイズの呟きに対して、巫女ではなく荷造りを終えたばかりの魔法使いが言葉を返した。 「成程、まぁ確かにそういう事ってあるよな?右の皿のクッキーを食べた後に、左の皿のシュークリームにしとけば良かったていう様な後悔する気持ちは」 「アンタの場合、その後に左の皿のシュークリームを強奪するっていう話が付いてくるでしょうに」 霊夢の辛辣な突っ込みに「ひでぇぜ」と肩を竦めつつも、魔理沙はルイズの方へ顔を向けるとその口を開いた。 「まぁ私の話はともかくとして…。 どっちにしろどれが正しかったなんていう事は、結局のところ自分自身が決めるしかないのさ。 霊夢は化け物退治を兼ねた人助けで、私も一応右に倣え。で、ルイズは自分の家族を助けに行きたいんだろ?」 それとアルビオンとかいうのを倒しに。最後にそう付け加えてから、魔理沙はルイズの返事を待った。 魔法使いの言葉にルイズは「えぇ、そうよ」と頷くと、魔法使いもまた嬉しそうな表情を浮かべてウンウンと頷く。 「それなら自分の信じた選択を最後まで信じて突き進んでみな、 例え誰かに咎められたとしても一生懸命進み続けて、悔いのない結果を残せたらそれに越した事はないさ」 励ましとも取れる魔理沙の言葉に、しかしそれで良いのかどうか悩むルイズはひとまず頷くことにした。 ルイズの困惑気味な表情にそれもまぁ良いかと言いたげな表情を浮かべると、彼女は物をパンパンに入れたリュックを肩に担ごうとする。 しかし予想以上に重たかったのか、紐が肩に食い込むと同時に素っ頓狂な声を上げて数歩よろめいて見せた。 それを見てデルフが刀身を震わせながら笑い、霊夢が呆れた様な表情を浮かべてため息をつく。 ルイズもまた目の前でよろめく魔理沙を見て、クスリと微笑んだ。 「何よ、それで私を笑わせようとしたの?」 「いやッ…あの…これはマジで、重すぎたっ、…ぜ!」 呆れた様なルイズの言葉に、ようやくよめろくのを止めた魔理沙が苦々しい表情でそう言った。 外側に開かれた窓から湿っ気を帯びた濃霧が、部屋の中へ垂れこんでくる。 もう夏だというのに薄ら寒ささえ覚えるそれに動じる事無く、窓を開けた張本人であるルイズは空を見上げていた。 霧の所為で太陽すら判別できず、辛うじて朧げに見えるソレはまるで出来たてほかほかの蒸しパンの様である。 今からこの霧の中を通って、今いるトリスタニアからかなり離れているタルブ村まで飛んでいくのだ。 凛とした表情を浮かべて後ろを振り返った彼女の目には、これから自分を連れて行ってくれる使い魔と居候の姿が映る。 居候である魔理沙は箒を片手に、そして肩にリュックを掛けてこれからの事に興奮しているのか楽しそうな笑みを浮かべている。 その笑顔にルイズは一つの疑問を感じていた。これから危険な場所へと行くというのにどうして笑っていられるのか? 「アンタ、さっきから何でそう嬉しそうな顔してるのよ?」 「な~に、これから久しぶりに本気を出して戦えそうだしな。まぁ、武者震いならぬ武者笑いというヤツさ」 「わかったわ。聞いた私がバカだったわね」 真っ直ぐな笑顔のままそんな答えを言われたルイズは首を横に振って礼を述べると、今度は使い魔の方へ視線をやる。 黒白である魔理沙とは対照的な紅白である使い魔の霊夢は、ルイズたちと比べて持っていく物は少なそうに見えた。 左手に学院の物置から勝手に頂いたという御幣に、背中にはインテリジェンスソードのデルフを担いでいる。 『しっかし、おまえさんは随分手ぶらだねぇ~?もうちょっと何か持っていきゃあいいのによ?』 「お生憎様、私の持っていくものは服の中に納まるサイズなのよ」 デルフの言葉にぶっきらぼうな表情で返した霊夢の言葉通り、彼女の紅白服の中にはこれでもかと武器が詰まっている。 両方の袖には針とお札を仕込んでおり、懐にはそれ等の予備とスペルカード一式を入れている全身武器状態の有様。 しかしそんな状態だというのにいつもの彼女らしさが残るせいで、そうには見えないのが中々不思議なものであった。 そんな二人同様、もっていくべき物を肩に掛けたリュックに詰めているルイズは二人を見ながら頷いた。 「さてと…それじゃあさっきも言ったけど、タルブへ行ってからするべき三つの事を確認しておきましょう」 彼女の言葉に二人はルイズの方を見やり、まず最初に魔理沙が口を開いた。 「一つ目は出来る限り速く、無理せずにタルブとかいう村へ到着したらどういう状況なのか知るんだったよな?」 「そう。多分村にはまだトリステインの王軍、国軍がいる思うから彼らの誰かから情報を聞き出せばいいわ」 先程教えた通り真剣に答えてくれた魔理沙に対して、ルイズもまた真剣な表情を浮かべて言う。 次に霊夢が御幣の先端を弄りつつも、ルイズの言葉に続くようにして喋り出す。 「で、村人が避難している場所があったらそこへ行ってアンタのお姉さんがいるかどうかの確認…よね?」 「…えぇ、そうよ。…きっとあの人なら、村の人たちを助ける為に一人だけでも留まっている筈だわ」 霊夢の言葉にルイズはやさしい二番目の姉の顔を思い出しつつ、コクリと頷いた。 先程決めた目標の内二つを言い終えた霊夢と魔理沙は、ルイズの方へと顔を向ける。 最後は私か…。何か言いたそうな目を向ける二人でそう察した彼女は、コホンと咳払いしてから喋り始める。 「三つ目は、二つの目標を達成し終えた後…トリステイン軍を襲う怪物の正体を確かめる事。 そしてもしも、その怪物にアルビオン軍が深く関わっていて、最初から戦力として使うつもりだったのなら――――」 そこで一旦言葉を止めたルイズを合図にして、霊夢が口元に笑みを浮かべた。 幻想郷で異変解決と妖怪退治を職業の一つとし、何の因果かこの異世界で異変解決をする羽目になった博麗の巫女の笑み。 まだ年齢が二十歳にも達していないであろう彼女の浮かべる笑みは、並の妖怪すら震え上がらせるほどの凶暴さに満ちていた。 「怪物を使って何の罪もない人々まで殺そうとするアルビオンの連中を、完膚なきまでに退治してやりましょう」 ルイズの後を継ぐようにしてそう言った霊夢の声に、背中のデルフは刀身を激しく震わせる。 それはまるで、これから始まるであろう大舞台での活躍に胸を震わせている役者の如き、歓喜からくる震えであった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 空には2つの月と星。 机の上に置いた藁を敷き詰めた箱の中で怪我をしたフェレットが寝ていた。 ルイズは腕を枕に机に突っ伏して、そのフェレットを見ているた。 今日は本当に疲れた。 人間用の回復の秘薬は小動物には強すぎるので薄めないと使えない。 それを何回も何回も傷口に塗り続けている。 それでやっと治ってきた。 「ねえ、元気になってよね」 返事はない。 「早く名前くらいつけさせてよ。私はルイズって言うのよ。ご主人様の名前よ。しっかり覚えなさい」 やっぱり返事はない。 また指先に薬をつけて塗っていく。 「そうよね。まだコントラクト・サーヴァントもしてないんだものね」 だんだんまぶたが重くなる。 「手間の……かかる……使い魔ね……」 疲れ果てたルイズはそのまま夢の世界へ落ちるように旅立った。 ルイズが夢の世界へ旅立ってから少し立った頃、箱の中のフェレットは前足を立て、体を起こした。 ルイズの体をしげしげと見て、机から飛び降りる。 扉が少し開いているのを見つけると、フェレットはその隙間から部屋を出ていった。 ルイズが目を冷ましたのはまだ暗いときだった。 薬を塗る時間が過ぎたのにあわてて箱の中を手で探るがなにもない。 「どこ?私の使い魔、どこに行ったの?」 窓の外に赤く光る小さな点が見えた。 何か根拠があるわけではないがルイズはそれが使い魔が首からかけていた赤い宝石だと思った。 あわてて部屋を出て階段を駆け下りる。 外に出ると赤い光が消えるのが見えた。 あの先には学院の出入り口がある。 「外に出ちゃったの!?」 あわててルイズは追いかける足を速めた。 木の生い茂る森の中でも見失ったりはしなかった。 見えなくなる度に赤い光が見えて方向を教えてくれる。 木の根につまづいたり、枝が服を破いたりしたけど使い魔に逃げられるよりはずっとましだ。 走っているうちに随分遠くに来た気がする。 やがて少し開けた場所で赤い光が止まった。 追いついて使い魔をつかまえようと思ったが止めた。 使い魔が光りだしたからだ。 「な、なに?」 茂みに隠れてのぞき見ると、フェレットだった使い魔は人間の姿に変わっていった。 「あの男の子……」 どこかで……夢で見たような気がする。 男の子は周りを見回す。 ルイズの方を見た。 見つかった!と思ったとき、ルイズの後ろでうなり声がした。 「きゃあーーーーっ」 目だけが爛々と光る獣のような者がいた。 襲いかかってくる歪んだ影を見ると、ルイズの身はすくみ、思わず目をを閉じてしまった。 「ルイズ!」 名前を呼ばれ、目を開ける。 さっきのフェレットが変身した男の子がいた。 手を前に突きだし、光の魔法陣で獣を防いでいる。 「来ちゃったんだ……」 「え?なに?どういうこと?なんで私の名前を知ってるの?」 「それは……う……」 男の子がうめき出し、魔法陣の光が霞む。 獣が魔法陣から下がり、着地した反動で縮めた体を伸ばし、もう一度魔方陣めがけて突進する。 「うぁああああああ!」 「きゃああああ!」 消えかけた魔法陣では二人を守りきれない。 はじき飛ばされ、何度も地面を転がった。 「なにあれ。逃げないと」 手を引っ張って走り出そうとしたけど男の子の子はうずくまったまま動かない。 苦しそうに手で体を押さえていた。 フェレットだったらルイズが薬を塗った場所だ。 「あなた、やっぱり」 獣のうなり声がまたした。今度は上から。 ルイズは少年を引きずって飛び退く。 そばにある木が真っ二つに割れた。 「あんなのって……どうすればいいの?」 地面にめり込んだ獣が触手を出してもがいている。 すぐには出られないみたいだが、そんなに長くはかからないだろう。 あそこから出られたら捕まってしまう。 逃げても獣の方がずっと早い。 ルイズの手が男の子に引かれた。 「ルイズ……使って。魔法の力を」 「だめよ」 ルイズは叫ぶ。 「私には魔法が、魔法なんて使えないの!」 「大丈夫」 男の子は苦しそうだ。 「君には資質がある。だから、これを」 男の子はルイズに赤い宝石を握らせる。 「これ……」 「それを手に、目をとじて、心を澄ませて」 「え?これを」 何が何だか解らなかった。 「はやく!」 男の子が叫ぶ。 ルイズは男の子の言葉通りに目を閉じた。 「僕の言ったとおりに繰り返して」 「わかったわ」 「いい?いくよ」 「いいわ」 男の子が目を閉じる。 「我、使命を受けし者なり」「我、使命を受けし者なり」 男の子の言葉にルイズが続く。 宝石の光が強くなる。 「契約のもと、その力を解き放て」「契約のもと、その力を解き放て」 宝石から鼓動が聞こえた。 「風は空に、星は天に」「風は空に、星は天に」 ルイズの鼓動と宝石の鼓動が1つになる。 「そして不屈の心は」「そして不屈の心は」 宝石の力とルイズの魔力が合わさる。 ルイズと男の子の言葉も同時に響く。 「この胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」 「stand by ready.set up.」 召喚の時に聞こえた異国の言葉をもう一度聞いた。 宝石の光がさらに広がった。光は天をつき、獣をひるませ、ルイズを驚かせる。 「落ち着いてイメージして。君の魔法を制御する魔法の杖の力を、そして君の身を守る強い衣服の姿を」 「いきなり言われてもそんなの……あ……」 思い出した。 学院に入学する少し前。わくわくしながらベッドの中で思い描いたこと。 誰にも負けないすごいメイジになった自分の姿を。 途端に、ルイズ自身が光り出す。服がほどけ、別の服が編み上げられる。手にはいつも持っている杖ではなく、もっと強い杖が握られる。 「成功だ」 光が消えたとき、男の子はルイズの新しい姿を見た。 ルイズは自分が考えたとおりの服着て、新しい杖を持った自分自身を見つけた。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページヘルミーナとルイズ トリステイン西部の海岸沿いに位置する辺境部に、ダングルテールと呼ばれる一帯がある。 そこに点在するいくつもの廃村。その中でも、別段の不吉さをもって語られるものが一つ。 かつて起こった新教徒狩りを目的とした政府による住民虐殺事件、通称『ダングルテールの惨劇』。 その忌まわしい歴史の爪痕を残す廃墟。事件から四十年が経過した現在も、住み着くものがいない闇へと葬られた地。 今はそこに、一人の魔女が住み着いていた。 呪われた地に住まう魔女。 魔女の住む一帯には常に深い霧に包まれており、彼女に会おうとした誰かが足を踏み入れたとしても、必ず道を見失い、霧の外へと戻ってきてしまうという。 そんな不気味な場所に居を構える魔女に対して、人々は様々な噂をた。 ある人は言う、邪悪なる人食い魔女と。 ある人は言う、死者を冒涜する術を使う忌まわしい魔女と。 ある人は言う、すべての知識を持ち合わせた、万能の力を得た魔女と。 彼女に関する噂は枚挙にいとまがなかったが、ただ一つ共通するのはその呼び名。 人は彼女を『ダングルテールの魔女』と呼ぶ。 春が来た、夏が来た、秋が、冬が、そしてまた春が来た。 四季は巡り、止まることなく時間は流れ続ける。 アルビオン崩壊から二十年。 七万の兵士に立ち向かった使い魔の少年が命を落とし、人々の記憶からもその勇姿が忘れ去られるのに、十分なほどの時間が流れていた。 多くの人から『ダングルテールの魔女』と呼ばれているかつて少女であった女性は、今は少数の人々から『錬金術師ルイズ』とも呼ばれている。 当時から近隣の住人であっても近寄りたがらなかったダングルテールの廃村を、住処と定め工房を構えてから早十年。 ルイズに錬金術の教示を与えたもう一人の錬金術師、ヘルミーナの姿はもう隣にはない。 彼女はルイズに己の知りうる限りの知識を授けたあと、己の世界へと帰っていった。 すべての機材と資金を引き継いだルイズは、その後数年間に渡り、ガリアに工房を構え続けた。 ヘルミーナがいなくなってから最初の一年目にしたことといえば、世界をまわり、四人の弟子をとることだった。 ルイズはヘルミーナと過ごした数年間で、錬金術というものが実に広大な海原のようなものであると理解していたし、故に己一人の手での目的へと辿り着くことができないであろうことも理解していた。 ルイズは四人の弟子たちに、己の納めた錬金術の知識と技術とを、四年の年月をかけて教え伝えた。 それも全員に同じものを教えたわけではない、それぞれの弟子たちには適性ごとに別々の事柄を教え込んだ。 自分の限られた時間では辿り着ない境地へと、弟子の誰かが辿り着く未来を願って。 そうして四年間かけて、彼らを一人前の錬金術師に育てたあと、彼女は弟子たちにこう言ったのである。 「錬金術を、世に広めなさい」と。 その一言から、十年以上の歳月が流れた。 たった二十年、それだけの時間で世界は容易く変化する。 様々な部分で、小さく、大きく。 人は年をとったし、真新しかった石畳は薄汚れた。 美味しかったパイの店は主人が引退して息子に代替わりしてから評判が落ち、草木が育たないと言われていた荒れ地も、開墾と土壌改良によって実りをえた。 トリステイン王国は貴族によって寡占されていた職種の一部で、広く平民を登用することを決定した。 ガリア王国では国が分裂し、その片方が共和政府を名乗り今でも内乱を続けている。 ゲルマニアは相変わらずらしいが内部での政争はその激しさを増しているらしい、ロマリアでは弾圧され力を失っていたはずの新教徒たちが力を盛り返し、年々その発言力を増していると聞く。 ここ数百年なかったような、急激な変動が世界に起こっている。 そして、その一端には錬金術の存在があった。 魔法を使えない平民でも容易に扱うことのできる錬金術によるアイテムの存在。更には平民出身でも錬金術師にはなれるという事実そのものが、絶対的であった貴族の権威を揺るがし、貴族に対する平民の地位の向上へと繋がりつつあるのである。 が、このことはルイズとしては別段どうでも良いことである。 ヘルミーナとルイズがガリアにいた頃から平民に貴族に、表に裏にばら蒔いた錬金術とその成果は、やがては四人の弟子たちにも受け継がれ、世界各地へと波及していった。 四人の高弟たちは、各地に錬金術を広める傍らに弟子をとり、更なる錬金術の広まりに貢献した。 最初は争いの場に、やがては貴族たちの社交の場に、そしてついには平民たちの生活の場にまで錬金術は手を伸ばした。 早くから錬金術が広まったガリア王国には、錬金術を専門で研究する機関を設立する気運が高まっているとも聞く。 分裂し、国力を殺がれたとはいえ、格式と伝統の国ガリア。彼の国で錬金術が認められたとなれば、各国ともそれを追随せざるをえまい。 それもこれも何もかも、すべてはルイズの思い描いた通りに。 工房地下に作られた廃棄処理施設、ルイズはそこで失敗作を破棄する作業を行っていた。 かつては美しかった桃色のブロンドも今はくすみ、その鮮やかさの面影を残すのみとなっている。 三十路半ばの盛りを過ぎた体は全盛期の美しさは失っていたが、逆に円熟した大人の女性を感じさせる。 露出を抑えつつも色気を発露させている黒いイブニングドレスを身に纏った姿は、妖しいとか、艶やかという言葉がよく似合う。 だが、それらの魅力と氷のように冷たい眼光とが合わさって、一種近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。 失敗作を炉に放り込んで再生成し、新たなる錬金術の礎とする。錬金術師なら誰でも行っている行程である。 薄暗い地下で、こぼれ落ちる汗も気にせずに、根気よく作業を続ける。 錬金術というものは、これでなかなか力仕事が多い、今回のそれもなかなかに重労働であった。 弟子がいた頃にはこういった面倒な作業はすべて彼らに任せっきりにしていたことが、今は懐かしい。 手の平大のものから一抱えもあるものまで、様々な失敗作や欠陥品を焼却台の上へと並べていく。 そうして、最後の一体に取りかかろうとしたところで、光源を最低限に抑えてある地下に不意に光が差し込んだ。 「ん……?」 ルイズは視線を上げて階段の上、闖入者の姿を確認しようとする。 逆行になってその顔は確認できなかったが、背格好とほのかに香った香水の匂いで、それが女性であることだけが知れた。 「『ダングルテールの魔女』さん、であっているかしら?」 ヒールの音をたてながら降りてくる声には女性的な瑞々しさが溢れており、推測が正しかったことが証明された。同時、ルイズはその声に引っかかるものを感じたが、そちらの方は無視することにする。 ルイズがじっと見つめる中で人影は石段を下り、残りが数段になる頃には、その姿をはっきり見て取ることができた。 燃えるように赤いロングウェーブに褐色の肌。身長はルイズよりも高い、百七十サントほどはあるだろうか。 どこか見覚えのあるような青いのローブと緑のマントを着用したその女性は、口元に不適な笑いをたたえている。 「ふん……初対面の相手を前にしたら、まずは自分から名乗りなさいってこともゲルマニアでは教わらないのかしら?」 先ほどの違和感を表へと出さぬように、『ダングルテールの魔女』は普段通りの対応で客を出迎えた。 「あら、随分と変わったなと思ったのに、悪態の付き方だけは昔のままなのね。ゼロのルイズ」 久しく耳にしていない名前で呼ばれ、面食らうルイズ。 『ゼロのルイズ』自分をそう呼んだ赤髪の女性、古い古い記憶の中に一人だけ心当たりがあった。 「……キュルケ?」 遠い記憶の肖像画と、目の前の女性とが重なった。 「あの高名な『ダングルテールの魔女』に名前を覚えていて貰って光栄だわ」 あの頃と変わらずに、腰に手を当てて、自信に満ちた顔と仕草で微熱のキュルケが微笑んでいた。 「その派手な特徴を忘れろって方が無理があるわね。それで一体何のようかしら、同窓会の誘いならお断りよ」 皮肉げな声と表情で、作業を続けようとするルイズ。 半ば予想していたとはいえ、目の前の女性の過去と現在の差異にキュルケは小さく嘆息した。 「ふう……それにしてもここは熱いわね。長くなりそうだから上で話したいんだけど、駄目かしら」 キュルケの言葉にルイズは作業の手を止める。 「さっさと上に行きたいならそっちの方を持って頂戴。これをそこの台の上にのせるから」 そう言ってルイズが失敗作の端を指さすと、キュルケもそちらの方へ目線を移した。 「これ? ええと、この辺を持てばいいのかしらね?」 「それで良いわ。合図をしたら持ち上げるわよ。……いち、にぃ、さんっ!」 重い何かを二人で持ち上げ、少し離れた場所にある台まで運んでいってその上にのせる。今日の分はこれでお終いである。 「ところで、これって……」 キュルケが自分が持ち上げた袋状のものに入れられた何かを指さす。渡り百五十サント以上はありそうな大きな長細い袋、中には所々弾力のあるごつごつしたものが入っているようだった。 「ただの失敗作さ」 応えるルイズであったが、たまたまキュルケの指さしたその袋の一部が破れており、中身が覗けるようになっていることに彼女は気がついた。 好奇心で中にあるものを覗き込むキュルケ。 直後、彼女はそのことを後悔することになる。 そこから見えたのは、眠るように目を閉じたあの使い魔の少年の顔だった。 作業を終わらせたルイズはキュルケを伴って階段を上り、彼女の居住空間も兼ねている工房へと戻っていた。 煩雑にものが散らかった工房に、申し訳程度に置かれている丸いテーブル、そこに向かい合い座っている二人。 周囲には色とりどりの瓶や良く分からない鉱物の欠片、果てにはバナナの皮なんかも落ちている。 ふと何かが動いた気配を感じてキュルケがそちらを見ると、箒とちり取りがひとりでに動き回り掃除をしているところだった。 訪れる前に想像していた以上に、そこは『魔女の住処』じみていた。 失敗作の正体と、それを無造作に炉へ放り込むルイズに顔色を失ったキュルケだったが、今は立ち直ったのかそんなことはおくびにも出していない。 「それで、長くなる用向きとは何かしら?こう見えても暇じゃないものでね、さっさと済ませたいのだけど」 「そうね。さっさと用件を済ませたいのはこちらも同じだわ」 そう言ってキュルケが続けようとしたとき、工房の奥から小間使いの少年が現れて二人の前に紅茶の入ったカップを置いていった。 その小間使いの少年は、サイトの顔をしていた。 「……」 それを見て、開きかけた口を再び閉じて押し黙るキュルケ。 「ここは魔女の工房さ。そんなことで一々驚いてちゃ身が持たないよ」 言いながら優雅な仕草で、運ばれてきたカップを口元へと運ぶルイズ。 その姿は確かにあの頃の片鱗を思わせたが、それ以上に『魔女』の凄みを感じさせた。 「ええ、あなたがとびっきりイカれてるってのはよく分かったわ」 「あらそう。ありがとう」 運ばれてきた紅茶に手をつけぬまま、キュルケは懐から一通の書簡を取り出して、それをルイズに手渡した。 「これは?」 「読めば分かるわ」 ごもっとも、と答えて封筒の端を手でちぎり、その中に入っていた一通の手紙に目を通す。 そこにはキュルケの服装を見てから予想していた通りの用件が、事務的に書かれていた。 「こんな用件のためだけにあの霧を抜けてきたなんてね、とんだ酔狂がいたものだわ」 くすりと声を漏らしてから、白魚のような指で手紙を破り捨てる。その様子を見てもキュルケは何も言わなかった。 「伝えて頂戴。答えはノー、私には余計なことに関わっている時間はないと言っていたと」 細かな紙切れとなって床に落ちていく手紙に書かれていた内容は、ルイズをトリステイン魔法学院の教師として迎え入れたいという旨の打診であった。 魔法学院とはいえ、国の抱える高等教育機関。その教員ともなればそれなりの名誉には違いない。 けれど、ここ数年このような願いが各地からルイズの元へと寄せられる度に、彼女はそのすべてを断っていた。 その多くはルイズの持つ錬金術の奥義を己がものにしようとする政府や組織の意向によるものばかりで、本当の意味で教師や職員として迎えようなどというものは一つとして無かったからである。 「私は誰かの子飼いになって研究するつもり気はさらさらないわ。別に援助なんて受けなくとも資金面での苦労なんてしていないもの」 そう言い放ち、話はこれまでと腰を浮かせるルイズの手を、キュルケがさっとつかんだ。 「学院はあなたを子飼いの研究員にしようとなんてしてないわ! ただあなたを純粋に錬金術の講師として雇いたいと言っているの!」 「ふん、口だけなら何とでも言えるわね。手を離しなさい、話は終わったわ」 「終わってないわ!」 振りほどこうとするルイズだが、キュルケはつかんだ手を頑として離そうとしない。 「良いから聞きなさい! 学院は来年度新設される平民向け教育カリキュラムに、錬金術を取り入れる予定よ」 平民向け教育カリキュラムという聞き慣れない単語に、ルイズの目が細まった。 キュルケはその仕草でルイズの興味を引けたことを確信すると、話をたたみかけた。 「トリステイン魔法学院は来年度、出自を問わない専門課程として錬金術を中心としたクラスを設立することに決定したの。生徒の数は十五人、修学期間は三年間。教育費用は王国が大部分を負担、その上で奨学金制度を用意するわ」 「離しなさい」 今度こそキュルケの手を振り払い……腰を下ろす。 「ガリア王国で三年後に設立される予定のアカデミー、それを受けてトリステイン王宮内でも錬金術教育を進めるべきという声が上がって、その先駆けとしてトリステイン魔法学院に錬金術教育部門が新設されることになったのよ。 そして、その目玉として『ダングルテールの魔女』であるあなたを、教師として迎え入れたいというのがオールド・オスマンのお考えよ」 「……正気かい?」 『ダングルテールの魔女』と言えば、確かに最初に錬金術を伝えた『旅の人』より直々に手ほどきを受けた、その道の第一人者。錬金術を少しでも囓った人間でその名を知らなければモグリであろう。 しかし同時に、多くの戦争兵器や毒薬を生み出した残虐な魔女としても名が通っている。 彼女が歩いてきた道は、決して綺麗な道などではない。屍に屍を重ねて作った血塗られた道だ。 そんな人間だと知ってなお教師として雇おうなど、ルイズが学院長の正気を疑うのも無理はなかった。 「ええ、正気よ。大真面目よ。だからあなたも真面目に答えて頂戴。トリステイン魔法学院で、錬金術の教鞭を執るつもりはないかしら?」 「……考えさせて貰うわ」 途端、キュルケが右手を握ってテーブルを叩いた。 「これはあなたのためでもあるのよ! 確信したわ、あなたはここにいたら駄目になる」 キュルケの激昂にもルイズは動じない、ただ小間使いの少年にお茶のお代わりを持ってくるように言いつけるだけ。 「さっきのアレは何? お人形さんにサイトの格好させてサイトの顔させて、おまけに失敗作って言って眉一つ動かさずにゴミ扱い!」 彼女自身こんなことを言うつもりはなかったのだが、キュルケの二つ名は微熱。その名に恥じない情熱と感情の迸りを、思うがままに放埒に言葉にのせる。 「もう二十年よ!? 忘れたって良い頃合いだわ! 第一彼があなたのそんな姿を望んでると思っているの!?」 年を重ねても、そんなところこだけは当時のままだった。 懐かしい、と思わないでもない。 しかし、 「黙りなさい」 そんなことでは揺るがない。 静かに言ったその一言は、ルイズがそれまで積み重ねてきた二十年、その重みを感じさせるような暗く淀んだ声。 「あなたに何が分かるって言うの? 私はこの二十年間、必死にサイトを取り戻そうと努力してきた。私はあなたが二十年をどう過ごしてきたか知らない、でもあなただって私がこの二十年 をどうやって過ごしてきたのか知らないはずよ。あなたは何をもってそれを否定しようとするのかしら? あなたの正しさはあなたが決めなさい。でも、私の正しさは、私が決めるわ」 この二十年、一日たりともサイトを忘れた日はなかった。 それでも年月は人の記憶を薄れさせる。 嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、全部、全部。 ある日気づいた。サイトの声が思い出せなくなっている自分に。 はっきりと覚えていたはずのサイトの顔も、おぼろげになっていることに気づかされ、そんな自分に愕然とした。 忘れないと、サイトを忘れないと誓ったはずなのに、月日の流れは残酷にも岩を削る川の流れのようにして、彼女の記憶を風化させていた。 ルイズは恐怖した。 いつか自分がサイトの顔も、サイトへの想いも忘れてしまうのではないかと気が狂ってしまいそうなくらい恐怖した。 だから作ったのだ、サイトの写し身を。 彼を忘れないために。 サイトのパーカーから抽出した血を用いて、ルイズは人工生命を作り出した。 彼はサイトの声で喋り、サイトの顔で微笑んだ。 だが、それはサイトではなかった。 肉体の複製は作れても、そこに宿る魂はサイトのものではない。 サイトの魂の復活なくしては、それはただのサイトの形を模した人形に過ぎないとルイズはこのとき知った。 加えて彼は、かつての恩師ヘルミーナがルイズに教えた通りの欠陥を抱えていた。 それは寿命。 人の手により生み出された彼のそれは、人間のものに比べて余りに短かったのである。 最初のサイトは、二十日で動かなくなった。 改良を加えた二人目も、三十日でその生を終えた。 ルイズはそれからもサイトを生み出し続けた、何人も、何人も。 けれど、どれほどの業を用いたかも分からぬ今になっても、その問題は解決できないでいる。 今この工房で生きているサイトは、都合百二十五日目を迎えていたが、ルイズの予測ではあと四十日ほどで寿命を迎えるはずであった。 欠陥だらけの失敗作、それがルイズの下したサイトたちへの評価だった。 だが、それでもルイズは彼女の作品たちを愛した。 彼らに罪はない。罪があるとすれば、それは己の無力さが罪なのである。 そうしてルイズは何度も何度もサイトを失った。 最初は一人のサイトが死ぬ度に、心が軋み、悲鳴をあげた。発狂するような痛みが心を貫いた。 だが、二人、三人、やがて何十人と繰り返すうちにそれも慣れてきた。 折れた骨が太く硬くなるように、ルイズの心もまた堅く強ばっていった。 ルイズは工房の窓から、霧の中へと去っていくキュルケの後ろ姿を黙って見つめていた。 その背中は何かを語っているようであったが、キュルケの最奥を知らぬルイズがそれを理解することなど、適うはずもない。 周辺を覆う霧は推薦状無しに訪れたものを拒む効果があったが、それがあろうとなかろうと、出て行くものには干渉しない。 キュルケがこの工房へと辿り着たのは四人の高弟の一人、今はトリスタニアに工房を構えているらしい彼女の推薦状があったからだったのだが、それも既に取り上げた。 これを燃やして話を聞かなかったことにすれば、今回の件は終わりだ。 二度とキュルケがここを訪れることはないだろう。 窓辺を離れる。 この先やらなくてはいけないことは山積みされている。 工房の機材の中、持っていくものと残していくものを選別しなくてはならない。 大き過ぎるものや取り扱いが難しいものは、推薦状を渡した高弟のところへ出向いて巻き上げる算段をたればいいだろう。 以前自分がヘルミーナから渡されたレジュメも探さなくてはいけない。 まあ、何よりもまず工房の中を整頓するのが最優先に違いない。 保留ということでキュルケに返事をしたが、実際のところ、ルイズは今回の誘いを引き受けるつもりでいた。 彼女が言っていたことは実に傲慢かつ正論ぶった内容で、とても気に入らなかった。 だが、その中で一つだけルイズにも同意するところがあるとすれば、それは「ここにいたら駄目になる」という部分。 それはルイズ自身にとっても、本当は気がついていたことだったのだ。 この工房には定期的に世界に散った高弟たちから、各地で行われている錬金術研究の成果が送り集められてくる、そういう仕組みになっていた。 ダングルテールにいながら、ルイズの元には常に世界中の最新の情報が集められてくる。 正に隠者として過ごすならば理想的な環境、研究をするだけならば工房にいるだけでことは満ち足りる。 人目を避けて外界を拒絶し、孤独に一人研究を続ける。あるいはこれが自分の終着点であると思った時期もあった。 けれど、この工房で十年を過ごし、何人ものサイトと触れあって分かったことがある。 これでは、駄目なのだ。 ただ一人で過ごし、サイトの死を諾々と受け入れ続ける自分。 そんなことを続けていけば、サイトへの想いはやがて変質する。 本来あるべき形を失って、歪んだ何かへと変わってしまうかもしれない。 それは到底認められないことだった。 人間は摩耗する。気力は衰え、在り方は変容する。 人は外部からの刺激無しに己を貫くことはできない。 だが同時、刺激に対して反応し、変化せずにはいられない。 ルイズは自分がなぜこんなところに隠れるように住まうようになったかを分かっていた。 怖かったのだ、何もかも変わっていく風景が。 恐ろしかったのだ、サイトを忘れろと語りかける周りの声が。 だから逃げ込んだのだ、何も見えず、何も聞こえないこの場所へと。 しかし、孤独は彼女を救いはしなかった。 変化を避けて逃げた先に待っていたものは変質であった。 そのジレンマに気がついて以来、ルイズは如何にすれば自分を保つことができるかを考え続けていた。 朝も夜も昼も考えた。 そうして今、彼女は一つの答えへと辿り着いている。 それは、伝えること。 サイトのことを漏らさず余さず、すべてを伝えること。 自分の気持ちと共に、それを伝えるということが、ルイズの見つけた答えであった。 例え自分の中でサイトが薄れても、伝えた誰かが覚えてくれている。 分からなくなったら、誰かの中にあるサイトを確認すればいい。 伝えられた人の中でもきっとサイトの姿は変化するだろう。 だが、何百人何千人と伝えることで、彼らの中にある真実の断片を繋ぎ合わせて、本物に近いサイトを見つけることができるはずだ。 そうして、伝えながら常に自分でも確認するのだ、サイトへの想いを。 キュルケの誘いは、外の世界へ踏み込めないでいたルイズへの、最後の一押しとなった。 孤独の中で変質するか、困難であろうとも人の中で自分を貫くか。 ルイズが選んだのは後者。 もう恐れはしない、変化する世界を、人々の声を。 だから伝えていこう、錬金術を、サイトへの想いと共に。 いつの日か、本当にサイトが蘇るその日まで。 ◇◇◇ 「先生! ツェルプストー先生! またルイズ先生が!」 火の塔、キュルケの研究室への扉を騒々しく開けて飛び込んできたのは、錬金術科の女生徒。 「あらら、どうしたのかしら?」 ある種の予感をもって、キュルケの手が机の引き出しの一番上、書類などを納めたそこへと滑る。 「先生! ルイズ先生ったら酷いんです! 魚をとりたいって言ったら薬をくれて……それを使ったら川の魚が全部浮かんできたんです!」 「また人騒がせな……」 こめかみを抑えてキュルケが呻く。 伸ばした手で引き出しの金具をつかんで引く、そうしてそこから一枚の書類を取り出すと、そこには「始末書」の文字が躍っていた。 ルイズは錬金術科の統括教師、一方キュルケは一年生の学年主任をしている。 駆け込んできたのは錬金術科とはいえ一年生、キュルケの管轄には違いない。 加えて彼女はルイズがこの学院へと赴任して以来、何か問題を起こした際にはその後処理を行う役目も任されていた。 そもそも、当初学院において評判の悪い魔女であり、不名誉きわまりない退学者であるルイズを召致するという思い切ったことを主張したオールド・オ スマンを強く支持したのは、このキュルケくらいだったのである。 学長が自分の権限を使いルイズを呼び寄せた今、自然とルイズが何か問題行動を起こした場合に、面倒ごとに巻き込まれるのはキュルケというのが、一つの決まり事となりつつあった。 「まったく酷いんですよルイズ先生ったら! この前はこの前で畑の収穫を増やしたいって言ったら……」 そこから先はキュルケが続けた。 「畑の養分をすべて作物に変える苗を渡した、だったかしらね」 ルイズの問題行動はこれが初めてでも、ましてや二回目や三回目というわけでもない。 無論、それぞれオスマンからのフォローも入っていたが、細々とした書類上の処理などはキュルケが行っている。 何か起これば一蓮托生、それが現在のルイズとキュルケの関係なのである。 「そうなんです! あの人は魔女です! きっと悪魔に魂を売り渡してるんです!」 そう言って地団駄を踏む生徒を見ながら、キュルケは嘆息した。 そして更に詳しい事情を女生徒から調書する。まあ、それによれば自分で調合せずに手抜きをしてルイズを頼った生徒の自業自得とも受け取れる内容であったのだが…… 「あー、はいはい、落ち着いて落ち着いて。そっちの方は私の方から彼女に言っておくから」 「ツェルプストー先生! 確か先生とルイズ先生って同期なんですよね? ルイズ先生ってば昔からあんなに根性ひん曲がった人だったんですか? あんな性格が異次元な人、わたし他に知りませんよ!?」 半泣きになりながら訴える生徒をぼんやり聞き流しつつ、指先でペンをくるくると回す。 「んー……昔はだいぶ違ったんだけどねぇ……」 キュルケにすれば何の気は無しに漏らした一言だったのだが、それがいけなかった。 とたんに女生徒の目は輝き、おもちゃを見つけた子猫のように、その動きをピタリと止める。 「え? ルイズ先生って昔からあんな感じだったんじゃないんですか?」 女生徒の顔が好奇心に燃えるのを見て、キュルケは先ほどの自分の失言に気がついた。 「あちゃー……」 「いいじゃないですか! 教えてくださいよ!」 「うーん、そうねぇ……」 しばし頭をひねって考える。するとキュルケの頭に何とも素晴らしい妙案が思い浮かんだ。 「話しても良いけど、これから聞いたことを絶対誰にも口外しない、勿論ルイズにも。あとそれから今回の件は忘れること」 ルイズの過去と、今回の面倒事とを秤にかけて、結局後者が勝ったのだ。 「いいですいいです! それで先生、昔のルイズ先生ってどんな感じだったんです?」 「そうねぇ。どこから話せばいいか迷うけど、彼女と最初に会ったときのことから話しましょうか……」 椅子を引っ張り出してきて、その上にある書類をどかして勝手に座る女生徒。 彼女を前にしてキュルケは語り始める、長く切ない過去の話を…… これはとある女性の人生の、ほんの一部分だけを抜き出した物語。 彼女は色々なものを失って、ほんの少しを手に入れた。 長い時間の中で、姿や考え方、性格まで変わってしまった彼女。 けれど、変わりゆく流れの中で、己の本質だけを守り通そうとした、そんな強い彼女の物語。 最後に、この物語を閉じるにあたり、彼女が初めて教壇に立った際に口にした言葉をここに記し、幕引きに代えることとしよう。 初めは誰もが無力だった。 不死身の勇者も、高名なる錬金術士も王室料理人も 初めは何の力もないごく普通の人間だったのだ。 だが、彼らは誰よりも夢や希望を強く抱き、追い続けた。 だからこそ世に名を轟かすほどの存在になれたのだ。 夢は、追いかけていればいつか必ず叶うものだから…… ――ルイズ 前ページヘルミーナとルイズ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん 少し離れた所から人々の喧騒が聞こえてくる、旧市街地へと続く入り口周辺。 閉館時間を過ぎた劇場のように静かで陽の当たらぬ場所で、ルイズと魔理沙は行方不明になっていた゛レイム゛と再会していた。 だが、1時間ぶりにその姿を間近で見たルイズは、彼女の身体に何か異変が起こったのだとすぐに察知する。 姿形こそ彼女らが見知っている゛レイム゛そのままの姿であるが、不思議な事に彼女の両目は不気味に光り輝いていた。 それに気づいたルイズは目を丸くし、再会できたのにも関わらず一向にその足を動かせなくなってしまう。 お化け屋敷の飾りでつけるようなカンテラみたいにおぼろげで、血の如き赤色の光。 今いる場所が暗ければ、間違いなくその身を震わせていただろうと思えるくらいに、゛レイム゛の目は不気味だった。 目の光に気づく前は名前を呼ぶ為に二回ほど口を開いたが、気づいた今ではそれをする事すらできない。 今の彼女にどう接すればいいのか分からないルイズが狼狽え始めた時、魔理沙がその口を開いた。 「おいおい霊夢、お前その目はどうしたんだよ。何か良くないモノでも食ったのか?」 そんな事を言ってカラカラと笑いながらも、彼女はいつもの調子でこちらへと近づいていく。 魔理沙の言葉にハッとしたルイズは咄嗟に後ろへと下がったことで、゛レイム゛との距離を取った。 何故かは知らないが、そうしなければいけないと無意識に頭が動いたのだ。 それを不思議に思う間もなく後ろへ下がった彼女と交代するように、今度は魔理沙が近づいていく。 ルイズよりも付き合いが深い彼女が歩いてくるのにも関わらず、゛レイム゛は何も言わない。 首が回らなくなった人形の様に、ジッと此方の方へ顔を向けたまま動きもしない。 ドアの上に尻餅をついた姿勢の彼女は、ただ魔理沙を見つめていた。 「どうしたのよあの子…っていうか、なんで目が光ってるのかしら?」 それなりの距離へ下がった時、ふと自分の横から聞き慣れた声が聞こえてくるのにルイズは気が付く。 自分と魔理沙の後ろをついてきて、先程追い払ったばかり彼女の声が聞こえる事に驚き、急いで視線を動かす。 案の定自分の横にいたのは、赤い髪と豊満の女神と思える程富んだ肉体を持ったキュルケであった。 いつものように澄ました笑顔の彼女は、赤い髪を左手の指で弄りながらも自分に気づいたルイズを見下ろしている。 抗えぬ身長の差と笑顔で見下ろされる事に歯がゆい屈辱を感じたルイズの口は、咄嗟に動いてしまう。 「キュルケ…アンタ、もうどっかに行ったんじゃないの?」 「お生憎様、私はあの紅白ちゃんみたいに便利な瞬間移動は体得していませんのよ」 嫌悪感を隠さぬルイズの言葉を冷やかに返しつつも、キュルケは゛レイム゛がいる方へと視線を向ける。 彼女の目が自分以外の人物に向けられた事に対し、ルイズもそちらへ目を動かす。 先程ルイズ達がいた場所から五メイル先にある建物から出てきた゛レイム゛は、微動だにしていない。 一緒に吹き飛んだ大きなドアの上に腰を下ろしたまま、じっとこちらの方へと顔を向けている。 特に怪我をしているとは思えないし、彼女への方へと寄って行く魔理沙も変な反応を見せてはいなかった。 ただ変わっている事は一つだけ。赤みがかった彼女の黒い瞳が、赤く光り輝いているということだ。 「レイム…一体、何が起こったていうの?」 キュルケと肩を並べたルイズは一人、何も言わない゛レイム゛へ向けて呟く。 もしも目の前にいる彼女がいつもの゛レイム゛であったならば、今頃軽く説教しつつ頭でも叩いていただろう。 自分や魔理沙に何の報告も無しに姿を消して心配させるとは何事か、と。 しかし今目の前にいる゛レイム゛の姿には、何か不気味なモノが見え隠れしている気がした。 あの目だけではなく、無表情の顔や身体から発せられる雰囲気までもいつもの彼女とは違っている。 いつもの゛レイム゛ならば、目の前の自分たちへ向けて何かしら一言放ってもおかしくない。 例えば『何でいるのよ?』とか『あら、呼びもしないのに来てくれたのね』など、少なくともこの場の空気を読めないような言葉は吐いてたはずだ。 実際にそうするかはわからないが召喚してからの二ヶ月間、彼女と共に過ごしたルイズはそう思っていた。 無論今の様にシカトと思えるような態度は見せるかもしれないが、それでも可笑しいのである。 まるで人形の様に一言も発さず、無表情でこちらを見つめているだけなどいつもの彼女ではない。 「やっぱり…何かあったんだ…」 只ならぬ゛レイム゛の様子にまたも呟いたルイズを見ながら、キュルケはその顔に薄い笑みを浮かべる。 彼女は確信していた。自分の鼻に狂いは無く、知らない゛何か゛が現在進行中で起こっているのだと。 最初こそルイズたちの言葉を聞いて何もないかと思っていたが、この状況を見ればあれが単なる誤魔化しだったのだとわかる。 何が原因で事が始まり今に至るかはさておき、今のキュルケは正に好奇心の塊と言ってもいいであろう。 ((あの黒白が現れる前から色々とおかしいとは思ってたけど…こりゃどうにも面白そうじゃないの?) 喜びを何とか隠そうとするキュルケを尻目に、゛レイム゛へと近づいた魔理沙は彼女に話しかけていた。 「どうした霊夢ー?まさか、この期に及んで無視…ってことは無いよな」 一メイルあるがないかの距離で喋る彼女は、いつもと比べ静かすぎる知り合いを前に頭を抱えそうになる。 いつもならば嫌味の一つでもぼやいてくるとは思っていたが、中々口を開こうとしない。 そりゃ何かしら冷たい所はあれど、こうまで話しかけて話しかけてくる相手を無視した事はなかった。 怪我一つしていないし、どこからどう見ても博麗の巫女である゛レイム゛そのものだ。 じゃあ一体何で口を開こうとせず、不気味に光る目でこちらを見つめてくるのかと言えば、それもわからない。 さすがの魔理沙も、今の゛レイム゛にはお手上げと言いたいところであった。 (やっぱり変なモノでも口に入れたのか?目が光る毒キノコとか聞いたことも無いが…) 仕方なく゛レイム゛の赤色に光る目と自分の目を合わせつつ、どうしようかと迷っていた時だった。 「………………ム」 ふと゛レイム゛の口が微かに動き、何かを呟いたのである。 蚊の羽音と同じ程度の声で何を言っているのか分からなかったが、喋ったことに違いは無い。 「ん?何だ、言いたいことでもあるのか?」 一体何を喋っているのか気になった魔理沙は耳を傾け、その言葉を聞き取ろうとした。 髪を掻き分けながら右の耳を゛レイム゛の顔へと近づけた彼女は、スッと目を瞑る。 その直後、見計らっていたかのように二度目の言葉が聞こえてきた。 「…………レイム」 ゛レイム゛が呟いていた言葉。それは彼女自身の名前であった。 一度目はうまくいかなかったが、二度目に耳を傾けたおかげでうまく聞き取ることができた。 しかし、魔理沙にとってそれは、今の状況を好転させるどころか更なる疑問を抱くことになってしまう。 (コイツ…なんで目を光らせながら自分の名前なんかをボソボソ呟いているんだ?) 聞いてしまったことで謎は深まっていく今の状況に、さすがの魔理沙も笑えなくなっていく。 近づけていた耳を離した彼女は怪訝な表情を浮かべながら、自分を見つめる゛レイム゛に話しかけた。 「本当にどうしたんだお前は?自分の名前なんか呟いて楽しいのか…?」 飲み過ぎた友人に話しかけるような魔理沙の声は、後ろにいたルイズたちの耳にも入ってくる。 「自分の名前…?アイツ、何言ってるのかしら」 一体何が起こっているのかはよくわからないが、少なくとも良い事ではないようだ。 おかしくなってしまった゛レイム゛に四苦八苦する魔理沙を見ればすぐにわかる。これは本当にまずい。 森の中で怪物に襲われた時よりも不明瞭すぎる彼女の異常に、ルイズは一つの決断を下す。 (一度安全なところまでアイツを連れていくか、運んだ方がいいわね) 未だに目が光り続ける彼女は不気味だが、このまま放置しておくわけにもいかない。 ここから一生動かない…という事はなさそうだが、後一時間半もすれば日が沈んで夜になるだろう。 今の季節なら日が沈んだばかりの頃はまだ明るいものの、夜になればここの治安は悪くなる。 特にこんな廃墟群なら、浮浪者や犯罪者などの「社会不適合者」が潜んでいてもおかしくはない。 つまり、こんなところで動かない彼女と一緒にいるだけでもマリサや自分の身が危ないのだ。 隣にいるキュルケの安全を敢えて考慮しない事にしたルイズは、次にどう動こうか悩みはじめる。 (とりあえず…どうやって霊夢を動かそうかしら) 既にここから逃げる算段を付けている彼女は、ふと゛レイム゛の方へ視線を移す。 こちらが言ってすぐに立って歩いてくれれば問題は無いが、最悪それすらしない可能性の方が高いかもしれない。 そうなれば、誰かが彼女を担いで移動するしかないのだがそれをするのは魔理沙の役目だ。 自分は彼女の箒を持てば良い。そこまで思いついた彼女であったが、厄介なイレギュラーが一人いる。 (ここまで見られたら…絶対ついてくるわよねコイツ) 魔理沙たちの動きを見つめているキュルケを一瞥したルイズは、心中で毒づく。 遥々ゲルマニアからやってきた留学生の彼女は、不幸な事に変わった事が大好きだ。 変な噂があればそれを徹底的に調べるのだ。骨の髄までしゃぶりつくす…という言葉が似合うほどに。 サスペンス系の劇ならば間違いなく頭脳明晰な探偵役か、事件の真相を知りすぎて殺される被害者の役をやらされるに違いない。 そんな彼女が、今の自分たちを見て先程みたいに手を振って立ち去るだろうか?答えは否だ。 気になるモノは徹底的に調べつくす彼女の事だ。あと一歩で真実を知れるならば、地の果てまで追いかけてくるだろう。 そしてそれを知り次第、機会があれば色んな所で話しそうなのがキュルケという少女―――ルイズはそう思っていた。 あぁ、どうして今日という日はこんなにも面倒くさくなったのだろうか? 頭を抱えたい気持ちになったルイズの脳内に、ふと冗談めいた提案が浮かび上がる。 (……いっそのこと、ここでご先祖様の仇をとってもいいかな?) ヴァリエール家を繁栄、維持してきた先祖たちの中には無念にも当時のツェルプストー家の者たちにやられた者が多い。 ある時は戦場で首を取られたり、またある時は想い人を寝取られたり奪われたりと…色々「やられて」きた。 ならば今ここで、油断しきっている彼女を色んな意味で゛黙らせた゛方がヴァリエール家の将来が良くなるのではないか? そんな事を考えていた彼女の邪な気配に気づいたのだろうか。 今まで魔理沙たちを見ていたキュルケはハッとした表情を浮かべ、ふとルイズの方へ視線を向けた。 彼女が目にしたのは、どす黒い何かを考えているルイズの姿であった。 まるで今から殺人事件を起こそうかという様子に、さすがのキュルケも目を丸くしてしまう。 一体、自分が見ぬ間に何を企んでいたのだろうか?そんな疑問を感じてしまった彼女は、試しに話しかける事にした。 「…何やら顔が恐いですわよ、ヴァリエール」 「いっ……!?」 言った本人としては単なる忠告のつもりであったが、それでもルイズは驚いたらしい。 自分以上に目を丸くした彼女を見たキュルケは肩を竦め、先祖からのライバルに話し続ける。 「何を考えていたかは知らないけど。そんな顔してたら、まともなお婿さんが来ませんわよ」 「なっ…!あ、アンタ何言ってるのよこんな時に!」 突拍子もなくそんな事を言われ、ルイズは顔を赤くしつつ怒鳴った。 だが獅子の咆哮とも例えられる彼女の叫びに怯むことなく、キュルケはニマニマと笑う。 場の空気を読めぬキュルケの笑みを見たルイズが、更に怒鳴ろうと深呼吸しようとした―――その時であった。 「うっ…ぁっ…!」 突如、魔理沙のいる方から苦しげな呻き声が聞こえてきたのである。 首を絞められて息ができず、それでも本能に従って何とか呼吸をしようとする者の小さな悲鳴。 そして、青春を謳歌している自分たちと同じ年代の子が出すとは思えぬ断末魔。 人の生死にかかわる声を聞いたキュルケはハッとした表情を浮かべ、魔理沙たちがいる方へ顔を動かした。 深呼吸していたルイズも咄嗟に同じ方向へ顔を向け、何があったのかを確かめる。 直後、二人の脳内にたった一つだけ、小さな疑問が浮かび上がる。 『どうして、こうなっている』―――――『何が、起こったのだ』――――――と。 それ程までに二人が見た光景はあまりにも不可解であり、まことに信じ難いものだったのだ。 唐突な呻き声を耳にし、振り向いた二人が目にしたもの。それは… 「あっ…!あぁあ………」 いつの間にか立ち上がっていた゛レイム゛に、首を締めつけられる魔理沙の姿であった。 手にしていた箒を足元に落としていた彼女は、空いた両手で゛レイム゛の右腕を掴んでいる。 再会した時から無表情な巫女は、何と右手の力だけでもって魔法使いの首を絞めていた。 首を絞められている方ももこんな事になるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に染まりきっている。 「…ぐっ…あっがっ…」 言葉にならぬ声をかろうじて口から出しつつ、力の入らぬ左手で゛レイム゛の右腕を必死に叩く。 それでも゛レイム゛は、右手の力を緩める事は無く、それどころか益々力を入れて締め付ける。 せめてもの抵抗が更なる苦痛をもたらし、とうとう声すら上げられなくなってしまう。 「――……っっ!?……!!」 締め付けが強くなった事で魔理沙はその目を見開き、自然と顔が上を向く。 身体が酸素を取り入れられず意識が遠のいていくたびに、目の端から涙が零れ落ちていく。 もはや体に力も入らず、緩やかだが苦しい「死」が、彼女の体を包み込もうとしている。 それでも゛レイム゛は、酷いくらいに無表情であった。 まるで目の前にいる知り合いが、ただの人形として見えているかのように。 そんな光景を前にしていたからこそ、ルイズとキュルケの二人は動けずにいた。 ルイズはただただ鳶色の瞳を丸くさせ、怖い者知らずであるキュルケの体は無意識に後退っている。 恐怖していたのだ。学院でもそれなりに仲の良かった二人の内一人の、思いもよらぬ凶行に。 同じ席で二人食事を取り、暇さえあればお喋りもしていたルイズの使い魔である自称巫女と自称魔法使いの少女たち。 その二人を知っている者ならば、目の前で繰り広げられる絞殺を見て驚かない者はいないであろう。 「ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね?」 「っ!そ、そんなワケないじゃないの!?」 体も心も引き始めたキュルケがそう呟いた直後、目を見開いたままのルイズが叫んだ。 その叫びが功を成したか、驚きのあまり硬直していたルイズの体に自由が戻ってくる。 緊張という名の拘束具に縛られていた小さな筋肉が開放されるのを直に感じつつ、彼女は腰に差した杖を手に取った。 幼少の頃、ブルドンネ街で母と一緒に購入したそれは貴族の証であり、自分に勇気を与えてくれる小さな誇り。 手に馴染んだそれを指揮棒の様に軽く振った後、その足に力を入れて゛レイム゛たちの方へ走り出した。 「ちょっ…ルイズッ!」 いきなり走り出した同級生を制止しようとしたキュルケであったが、時すでに遅し。 褐色の手で掴もうとした黒いマントが風に揺らす今のルイズは、弓から放たれた一本の矢だ。 罅だらけの地面を一級品のローファーで蹴りつけながらも、彼女は口を動かし呪文の詠唱を始めている。 杖を持つ右手に力を入れて手放さぬよう用心しつつ、五メイルという距離の先にいる゛レイム゛へとその先端を向ける。 風を切る音と共に杖を上げた今の彼女は正に、自身が思い描く貴族らしい貴族だ。 おとぎ話に出てくる公爵や伯爵の様に、いかなる困難にも決して背を向けず勇猛果敢に立ち向かう魔法の戦士。 現実では怯える事しかできなかった過去の彼女が夢見る、いつか自分もこうなりたいという願望。 そして、異世界の問題に改めて身を投じる事を決意した彼女の―――今のルイズの姿であった。 キュルケの制止を振り切ったルイズは呪文を詠唱しつつ、知り合いの首を絞める゛レイム゛を睨みつける。 あと少しで天国への階段を上ってしまうであろう魔理沙を助ける為には、゛レイム゛に自分の魔法を放つしかあるまい。 まだ色々と借りがある゛レイム゛を攻撃することに躊躇いはある。けれど、そんな彼女に殺されかけている魔理沙を見殺す事もできない。 魔理沙にもまた大きな借りがあるのだ。それを返さぬまま見殺しにしてしまえば、自分は一生分の後悔を背負う事になる。 故にルイズは、今の自分が何をするべきなのかを決めていた。 常軌を逸した゛レイム゛が魔理沙を絞め殺す前に、何としてでも自分が止める事。 それが今の彼女が自らに課した、この状況で最善だと思える行動であった。 (何でこうなったのかは知らない。けど、何もしなきゃマリサが…!) 口に出さずともその表情でもって必死だという事を示すルイズは、二人まであと二メイルという所で足を止めた。 トリステイン魔法学院に在学する生徒のみが履けるローファーの底が地面をこすり、彼女の体をその場に押しとどめる。 少量の砂埃を足元にまき散らしもそれに構わず、呪文の詠唱を終えたルイズは右手に持った杖を振り上げ、唱える。 「レビテレーション!」 彼女が唱えた魔法は、本来人や物体を浮かす初歩中の初歩であり、攻撃用の魔法ではない。 それで゛レイム゛だけを浮かせても今の彼女なら動揺しそうにもないし、逆に縛り首の要領で魔理沙を殺しかねないのだ。 無論そのスペルを詠唱していたルイズ自身も理解しており、何も無意識に唱えていたワケでは無い。 彼女が魔法を唱えた直後、苦しむ魔理沙を見つめていた゛レイム゛の顔が、ルイズの方へと向く。 未だに赤く光り続ける瞳でもって睨みつけようとした時、その足元から一筋の閃光が迸る。 直射日光を思わせる程の眩しい光を直視した゛レイム゛が思わずその目を瞑ろうとした瞬間、光が爆発へと変化した。 チクトンネ街で八雲紫に放ったものとは段違いに低いそれは、爆竹十本程度の威力しかない。 ゛レイム゛の足を吹き飛ばす事は無かったが、突然の閃光から爆発というアクシデントに怯まざるを得なかった。 そしてルイズとしては、その゛レイム゛が僅かながらに隙を見せてくれたことに多少なりとも感謝していた。 何せ彼女が足元を一瞥してくれただけで、自分が一気に近づけるのだから。 「レイム!!」 目の前で殺人を犯そうとする巫女の名を叫ぶよりも前に、ルイズは走り出していた。 まるで興奮した闘牛の如く一直線に、自分の部屋に住みついた少女たちの方へ突撃する。 その足でもって地面を蹴飛ばして近づいてくるルイズに゛レイム゛は気がつくも、既に手遅れであった。 回避しようにも魔理沙の首を掴んでいるためにできず、目の前には物凄い勢いで掴みかかろうとするルイズの姿。 再会してから全く動く事が無かった彼女の目は見開かれ、無表情を保っていた顔に驚愕の色が入り込む。 一体、いつの間に―――― ゛レイム゛がそう思った瞬間。両腕を横に広げたルイズが、彼女の腰を力強く抱きしめた。 まるでお祭りで手に入れた巨大な熊のぬいぐるみに抱き着くかのように、彼女は遠慮も無く゛レイム゛に抱き着いたのだ。 それだけならまだ良かったかも知れないが、ルイズの攻撃はまだまだ終わりを見せていない。 勢いよく゛レイム゛に抱き着いたルイズはそのまま足を止めることなく、何と自らの両足を地面から離す。 まるでその場で跳び上がるかのように左足の靴先で地面を蹴り、ほんの数サント程宙に浮く。゛レイム゛を抱きしめたままの状態で。 その結果、ルイズは自らの全体重を゛レイム゛の方へ寄らせる事に成功した。 「なっ…!」 これには流石の゛レイム゛も動揺せずにはいられず、その体から一時的に力が抜けてしまう。 無意識のうちに両足が下手に動いてもつれ、ルイズの体重により身体が後ろへと傾き、不用意に手の力が緩む。 そして右手の力も抜けたおかげか、首を絞められていた魔理沙の体は死の束縛から解放される事となった。 呼吸を止められ、あと少しであの世へ入りかけたであろう黒白の魔法使いの体が、どうと地面に倒れる。 それと同時にルイズと゛レイム゛の体が勢いよく地面に倒れこみ、辺り一帯に砂塵をまき散らした。 「ルイズ…!………アンタ、無茶すぎるわよ」 ライバルの取った無茶な行動に対して毒づきつつ、キュルケは゛レイム゛の手から解放された魔理沙の姿を目に入れる。 自由を取り戻した彼女は早速口を大きく開けて、物凄い勢いでもって深呼吸をし始めている。 「―――――はぁ、はぁ、はぁ……うぇっ…ウグ…ゲホッ!!」 何回か咳き込みつつも、旧市街地の空気を取り込もうとする魔理沙は、間違いなく生きていた。 目の端に涙を溜め、落ちた衝撃で被っていた帽子が頭から取れても、彼女はただ咳き込んでいる。 だが五分もすれば先程会話した時の様に、飄々とした彼女の姿を見れるであろう。 逆にあの時、ルイズが突撃していなければ、その会話が最初で最後となっていたかもしれない。 そう考えると多少無茶だと思っていたルイズの行動も、今となっては多少の賛成くらいできる。 (あまり良い印象は持ってないけど…初めて会話した人が目の前で死ぬなんて見たくもないわ) まだまだ聞きたい事もあるし。付け加えるように心中で呟いた直後、、ルイズの怒鳴り声が聞こえてきた。 「どういう事なのよレイム!?」 地面に倒れた゛レイム゛の上に跨ったルイズは、杖を突きつけ問い詰める。 ピンクのブロンドを揺らし、怒りに震える表情でもって怒る彼女ではあったが、その手は震えていた。 まるで麻痺毒の植物を食べた時のように小刻みに震えており、それに合わせて杖も揺れている。 ルイズは恐れていた。豹変した゛レイム゛に襲われる可能性と、不本意だが恩人である彼女に杖を向けているこの状況に。 本当なら、こんな事にならなかった筈だ。 いつもの彼女ならば、面倒くさがりつつもある程度の事は教えてくれただろう。 なのに今の状況はどうだろうか?ワケもわからずに恐ろしい事をしでかし、自分が手荒なマネをしてまで止めに入る。 本当なら一回ぐらい言葉で止めるべきだったと思うが、その時のルイズにはそこまで冷静に思考はできなかった。 あの時の彼女はキュルケと一緒に、魔理沙の命をその手に掛けようとする゛レイム゛の目を見ていた。 虚ろに光り輝く赤い瞳からは、何の感情も窺えない。 自分の手で死んでゆく知り合いの顔を見ても、そこから喜怒哀楽の感情は見えなかったのである。 まるでゴミ捨て場で拾った古い人形を乱暴に弄る子供の様に、ただただ無意識に締め付けていた。 その目に、ルイズは恐怖した。あれは自分たちが良く知るいつもの゛レイム゛ではない。 このまま彼女を放置すれば、何の遠慮も無く魔理沙を殺すだろうと。 ―――――――ねぇ…あれってさぁ…ケンカ…じゃないわよね? ――――ーっ!そ、そんなワケないじゃないの!? だからこそ、キュルケの叫び対しルイズはそう返し、動いたのである。 今の彼女は言葉ではなく、その体でもって止めるべきだと。 「何でマリサの首なんか締めて…本当にどうしちゃったのよ?」 怒りの表情を保ったままのルイズは何も喋らぬ゛レイム゛に震える杖を突き付けながら、ただ語り掛ける。 魔理沙の死を何とか食い止め、人殺しの罪を背負いかけた彼女を押し倒したルイズは知りたかった。 どうしてああいう事をしたのか、自分たちの前から姿を消した間に何があったのかを。 一方で、色んな方向に動く杖の先を仰向けの態勢で見つめている゛レイム゛は、これといった動揺を見せていない。 鈍く光る赤い目でもって何も言わず、眼前に突きつけられた棒状をただジッと見つめている。 ゛レイム゛の顔に浮かぶ表情は魔理沙の首を絞めていた時と同じく無色であり、何を考えているのかもわからないのだ。 「何でもいいから、一言くらい喋ってみな……あっ」 そう言って空いた左手で彼女の袖を掴もうとした瞬間、ルイズは気づく。 手の甲を見せるようにして地面に置かれた゛レイム゛の左手。 本来ならそこにある、ルイズとの契約で刻まれたガンダールヴのルーン。 だが、今ルイズが目にしているその手には、ガンダールヴどころか何も刻まれてはいなかった。 土と煙で汚れてはいるが、黄色みがかった白い手には傷一つついていない。 まるで最初からそうだったかのように、゛レイム゛の左手はあまりにも綺麗過ぎた。 ルーンが無い事に今更気づいたルイズはその目を見開き、驚く。 ついさっきまで付いていたばかりか、魔理沙と自分の目の前で光る所をみせてくれた使い魔の証。 古今東西、主人や使い魔以外が死ぬこと意外にルーンが消えるという話など聞いたことも無い。 それなのに、自分の下にいる゛レイム゛のルーンは、嘘みたいに消えてしまっている。 ルイズは悟った。もうワケがわからない、これは自分の予想範囲を超えた事態になってしまったのだと。 「一体…何が…どうなってるのよ?」 今日何度目になるかも知れないその言葉を、口から漏らした瞬間であった。 「ちょっと、アンタ達。そんなところで何してんの?」 呆然せざるを得ないルイズの頭上から懐かしいとさえ思えてしまう、゛彼女゛の声が聞こえてきたのは。 その声を聞いた直後、その顔にハッとした表情を浮かばせたルイズは、その顔を上げる。 未だに咳き込む魔理沙の方へ近づこうとしたキュルケもそちらの方へ視線を向け、気づく。 ここから二メイル先にある元洋裁店の青い屋根の上に、一人の゛少女゛が佇んでいた。 建物自体は一階建てなので屋根も低く、夕日に照らされたその姿をハッキリと見ることができる。 紅い服に別離した白い袖、赤いリボンをはためかせたその姿をしている者は―――二人が知る限りたった一人だけだ。 「レイム…アンタもレイムなの…!?」 最初に゛少女゛を見つけたルイズは口を大きく開け、その名を叫ぶ。 春の訪れとともに出会い、自分を未知の世界へと招き入れた彼女の名を。 「一々大声で怒鳴らなくっても…ちゃんと聞こえてるわよ」 ルイズの呼びかけに対し゛少女゛―――…否、もうひとりの゛レイム゛は左手を上げ、気だるげに言葉を返した。 そして、何気なく上げたであろうその手の甲に刻まれたルーンを見て、ルイズは一つの確信を抱く。 もしこの場で二人の゛レイム゛の内、どちらが本物の゛霊夢゛かと問われれば…まちがいなくルーンのついた方を選ぶ―――と。 使い魔のルーンはそう簡単に消えるモノではないし、何より光っているところを魔理沙と一緒に見たのだ。 何がどうなっているのか何もわからないままだが、少なくとも状況が変化していくのは分かった。 (もしも私の知識が正しいのならば…ルーンのついてる方が本物のレイム…って事で良いわよね?) そんな事を思っていたルイズはしかし、ふとこんな疑問を抱く。 ―――――ルーンのついている方が本物だとするのならば、今自分の下にいるのは誰だろうか? 「―アァッ!」 脳内に浮かび上がった謎の答えを探ろと顔を下げたルイズは、突如何者かに首を絞められた。 一体何が起こったのか。急いでその目を動かしたところで、彼女は油断していたと後悔する。 襲い掛かってきた者の正体。それはルイズに飛び掛かられ、地面に倒れていた筈の゛レイム゛であった。 ルイズの首に手を掛けた時に腰を上げた巫女は、赤く光るその目で睨みつけながら、ルーンの付いていない左手で彼女の首を力強く絞めていく。 既にルイズの足は地面から離れ、まるで乗り捨てられたブランコの様に揺れ動いている。 「かは……っ!あぁっ!」 本物と同じ体格とは思えた力で息を止められたルイズはその目を見開き、体は無意識にビクンと跳ね上がる。 魔理沙もこんな風に絞められていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎる間にも、どんどん締め付けが強くなっていく。 「ルイズッ!」 本物の霊夢の登場に驚いていたキュルケがそれに気づき、腰に差した杖を手に持つ。 あのまま放っておけば、先程同じことをされていた魔理沙よりもっとヒドイ事をされるのは間違いない。 先祖代々からのライバルであり多少煩いところはあったが、それでも目の前で死なれては目覚めが悪くなってしまう。 それに、いつもの生活では味わえないような体験をしているのだ。どっちにしろ逃げるという選択肢は今のキュルケに無かった。 (何か色々と分からない事が多すぎるけど、アイツが死んだら真相は闇の中…ってところかしら?) 言い訳の様な苦言を心の中で発しつつも、彼女は杖の先端を゛レイム゛の方へ向け、詠唱を開始する。 一方、屋根の上から見下ろしていた霊夢もこれはヤバいと悟ったのか、すぐさま動き出した。 別にルイズの事が心配だとか一応は主人だから助けようという事を、彼女は考えていない。 ただ、今も幻想郷で起こっている異変を解決するにあたり一応の協力関係にあるだけのこと。 故に彼女はルイズを主人としてみる事は無く、ノコノコとついてきた魔理沙と同じように接していた。 それでも、異変のキッカケとなった召喚の儀式で出会ってからは、色々と世話になったのは事実である。 現に今日は服も買ってもらったのだ。そこまでしてくれた人間を、みすみす殺させる理由などない。 「そいつを殺されたら、色々と不味いのよねっ…と!」 霊夢は軽い感じでそう呟き、青い屋根の上からヒョイっと勢いよく飛び降りた。 一階建てなので高さもそれほどでもなく、難なく着地し終えた彼女はルーンが刻まれた左手を懐へ伸ばす。 しかしその直前、使い魔の証であるソレを目にして何か思いついたのか、ハッとした表情を浮かべて周囲を見回す。 彼女の周りにはルイズ達や、先程゛レイム゛が飛び出してきた雑貨屋などを含む幾つかの廃屋しかない。 それでも霊夢は辺りを見回し、今自分が゛思いついた事゛を実行できる゛物゛がないか探している。 「参ったわね…ちょっと試したい事があるのに限っていつもこんなんだから―――――…あ」 軽く愚痴をこぼしながら足元を見つめていた時、ふと近くにある廃屋の入り口の方へと目が向いた。 そこは先程、彼女の偽物が扉と一緒に出てきた元雑貨店であり、霊夢の目から見ても相当荒れているとわかる。 その出入り口の近くには、霊夢が両手で抱えられる大きさの箱が放置されている。 恐らく中に置かれていたであろうソレは半壊しており、中に入っていたフォークやスプーン等の食器が周囲に散乱していた。 長い事放置されていた食器は大半が錆びており、無事なモノでも迂闊に触りたくない雰囲気を漂わしている。 しかし彼女が目を向けた物は、人の手に触られる事無く朽ちた食器たちの中でも一際目立つ存在であった。 (まぁ、どうかは知らないけど…あれなら一応は使えるわよね?) 自身の左手の甲に刻まれたルーンを再度一瞥した彼女は、心の中で質問に近い言葉を浮かべる。 この廃墟で偽者と再会して以降光り続けるソレは、ある程度弱々しくなったものの未だにその輝きを失っていない。 そして今も尚、彼女の耳には聞こえていた。誰のモノかも知れない謎の声が―――― ――――武器を取れ、ヤツを倒せ (まぁ不本意と言えば不本意だけど…状況が状況だし、モノは試しということでやってみようかしら?) 鬱陶しいルーンの光と謎の声へ向けて嫌味に近い感じの言葉を送り、彼女は決意する。 それは自分にしか聞こえない迷惑すぎる声に従う事であり、何処か腹立たしい気持ちを覚えてしまう。 しかし今の様にルイズが殺されそうになっている状況で、声に従わないという事など彼女は考えてもいない。 針も無しお札も無し、頼りになるのは弱いスペルカードだけという今なら、謎の声の方が正しいと理解せざるを得ないのだ。 (使えるモノは思い切って使う。とにかく…これから長い付き合いになりそうだしね) 一度決まれば行動するのは早く、霊夢はスッとその足を動かして走り出す。 雑貨屋に置いてある食器にしては不釣り合いすぎる、鈍く光る身を持つ゛武器たち゛を求めて。 一方、そんな事をしている間にも、息を止められたルイズの心臓は刻一刻とその鼓動を弱くさせていた。 ルーンの付いてない゛レイム゛に殺されようとしている彼女は身じろぎ一つできない。 (息――できな……このままじゃコイツに…) 死ぬのは勿論嫌なのでどうにかしたい所だか、今の彼女に碌な抵抗はできない。 首を絞める゛レイム゛の左腕の力が思った以上に強く、自分の両手で彼女の腕を掴むことだけで精一杯であった。 それ以外にできる事は無く八方塞がりな状況に陥った時、ルイズはその目を動かす。 幸いか否か視界は良好であり、目を光らせながら自身の首を締め付ける゛レイム゛の顔をハッキリと見る事が出来た。 廃屋の中から出てきた彼女はこちらへ顔を向けた時と同じく、無表情を保ち続けている。 ただ変わった事と言えば、その時からずっと輝き続けている赤い目の光が強くなっていることだ。 まるで切創から溢れ出る血の様な色をしたソレは、不気味さを通り越した何かを孕んでいる。 それと目と自分の目を合わせながら死へと近づくルイズは、明確な恐怖を感じてしまう。 (誰…か、助けて…だれでも…イイカラ…) 心の中で彼女がそう願った時、暗くなっていく視界の左端に細長い銀色の光が入り込んできた。 夜空を一瞬で過る流れ星のような速度でもって現れ、゛レイム゛の左手の甲へ吸い込まれるようにして…突き刺さった。 「なっ…―――!?」 直後、突然の事にまたも驚いた゛レイム゛の左手から力が抜け、絞首の魔の手から解放されたルイズが地面へと倒れる。 「…!―――ルイズッ!」 突然の事に軽く驚き詠唱を中断してしまったキュルケが、死から逃れた好敵手の名を叫ぶ。 それに応えてか否か、体の自由を取り戻せたルイズは早速呼吸をしようとして苦しそうに咳き込み始める。 「コホッ、ゲホ……!な――何があったのよ…?」 汚れた地面へとその身を横たえたルイズもキュルケ同様に驚くが、口から出た疑問はすぐに解決した。 鈍い音を立てて彼女の手に甲に刺さった細長い銀色の光。その正体は、一本の古びたナイフだった。 長い間放置されて薄汚れてしまった柄に多少の錆が目立つ刀身は、どう見ても街で売れるような代物ではない。 仮に低価格で売ろうとしても、銀貨一、二枚で売らなければ買い手など見つからないだろう。 それでも武器としてはまだまだ使える方なのか、刺された゛レイム゛は充分に痛がっている。 「くっ…うっ…」 苦痛に耐えるかのようなうめき声を上げながらも、彼女はそれを抜こうと残った右手でナイフの柄を握る。 左手を貫くかのような形で突き刺さるナイフの刃先から少量の血が流れ、滴となって地面に落ちていく。 ポタポタと耳に心地よいリズムに、刀身に絡みつく血が、ルイズの心に不安定な気持ちを植え付ける。 そんな彼女の事などお構いなしにと言いたいのか、゛レイム゛は一呼吸置いてから、勢いよくナイフを引き抜いた。 直後、吐き気を催す音と共にルイズの方に幾つもの血が飛び散り、彼女の顔を遠慮なく汚す。 少し遠くから見ればニキビと勘違いしてしまう液体は、近くに寄れば錆びた鉄と良く似た匂いをイヤと言うほど嗅げるだろう。 そんな液体を顔に浴びたルイズは、最初それが何なのかわからなずキョトンとした表情を浮かべるも、それは一瞬であった。 「あっ……うぐっ…」 自分の顔に何が掛かったのか。それを知った瞬間、喉元から良くないモノが込み上がってきた。 咄嗟に両手で口を押さえ、名家の令嬢にふさわしくないそれを口から出すまいと我慢する。 今まで顔に血を浴びるという経験が無かった故、吐き気を覚えてしまうのは致し方ないだろう。 だからといって、今ここで出してしまうというのは彼女のプライドが許しはしなかった。 この場で吐き気を堪えられないという事は即ち、その程度の事で腰を抜かすのが自分だという事を認めてしまう。 それでは、ここへ来る前に八雲紫の前で誓った自分の決意など、見せかけの言葉にしかならない。 (駄目よルイズ…!まだ戦ってもいないのに弱気になるなんて事…絶対に駄目) 何とかして吐き気を抑え込んだルイズは自らを戒めつつ、ナイフを抜いた゛レイム゛の方へと顔を向ける。 鳶色の瞳が向いた先、そこにいた巫女の目はこちらを見つめてはいなかった。 光り続けるその目を細め、先程自分が出てきた元雑貨屋をキッと睨みつけている。 左手の中心部と甲から血を流しているにも関わらず、その傷を作ったナイフを右手に握り締める姿は正に狂戦士だ。 先程痛がっていた姿が嘘の様に見えてしまい、ルイズは無意識のうちに身震いをしてしまう。 痛みを無視してまで、誰を睨みつけているのか。 吐き気が失せた彼女はそんな事を思いながら振り向き、目を丸くする。 「聞こえなかったかしら、ソイツを殺されると色々不味いって?」 ゛レイム゛が睨み、ルイズがアッと思ったその視線の先にある一軒の廃屋。 先程まで誰もいなかった元雑貨店の出入り口のすぐ傍に、゛レイム゛と対峙している霊夢がいた。 これからどうしようかと考えているのか、面倒くさそうな表情を浮かべる彼女の右手には、二本のナイフが握られている。 本来は果物を切るために使われるであろうそれらは、軽く見ただけでも錆びているのがわかる。 それを目にしたルイズは察した。いつの間にかナイフを手にした霊夢が、自分を助けてくれたのだと。 今もそうだが、面倒だと言いたげな表情を浮かべているにも関わらず、事ある度に色々と助けてくれた。 そうして助けてくれる分、ルイズは彼女へ幾つもの借りを作ってきた。増えすぎたがために、大きくなった借りを。 しかし。ルイズとしてはこれ以上霊夢への借りは極力作りたくないと思っていた。 無論命を助けてくれた借りは返すつもりではあるし、下賤な輩みたいに遠慮も無く踏み倒す気は無い。 彼女は決意したのだ。自分は守られる側ではなく、幻想郷から来た者たちと共に戦う側になると。 未だ正体すらわからぬ黒幕と戦いを交え、霊夢の召喚から今も続く彼女の世界での異変を止める為に。 だからこそわかっていた。今この状況で、自分が何をすべきすという事を。 (そうよ…怯えたら駄目なのよルイズ・フランソワーズ!) 赤い斑点を顔につけたまま自らを鼓舞するルイズが、杖を持つ手に力を入れる。 その姿は正に、世界を混沌に陥れるであろう魔王と対峙する騎士の様であった。 そして、誰の耳にも入らぬ心中の叫びが合図となったのだろうか。 左手を自らの血で染めた゛レイム゛が右手のナイフを構え、目の前にいる霊夢へと跳びかかった。 飛蝗のように地を蹴り上げ、ナイフを振り上げたその手は蟷螂の前脚を彷彿とさせる。 霊夢と似すぎるその顔と、未だ輝き続ける目からは、怒りの感情が沸々と込み上げてきていた。 突然の事にルイズと遠くにいたキュルケが驚く一方で、霊夢は苦虫を踏んだかのような表情を浮かべた。 「三度目の正直ってところかしら?もうちょっと休ませてほしいんだけど…ねぇっ!」 心底嫌そうな感じで喋った彼女は、ルーンが刻まれた左手を突き出して結界を展開する。 そして振り下ろされたナイフと結界が接触した瞬間、本日三度目となる戦いが始まった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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ルイージの武勇伝 ルイージ様は、26年前から、大決闘を繰り広げてきた。 今回は、その中で、特に素晴らしかった戦いを紹介しよう。 vs,1-1の最初のクリボー たくさんの赤髭親父がこいつに突っ込んでいって、死んでいった中、ルイージ様は見事に頭上を踏むことに成功。 約70億人もの犠牲者を出したクリボーも、ルイージ様により、2秒で粛清された。 vs,孔明の罠 頭上にブロックがあることも知らず、ジャンプする赤髭親父に替わり、ルイージ様が飛んだ。 まず、テレパシィで、隠しブロックがある場所を探知。 そのブロックを踏み台にする為に、ブロックを叩き、そのブロックに、見事なジャンプで飛び乗る。 ここで何人ものマリオが死んだが、ルイージ様は武空術により、容易くこの罠を乗り切った。 vs,亀 桃を食べようとして攫った、変態亀との決戦が繰り広げられた。 部屋の下層は溶岩地獄で、室内温度は68℃にも達した。 戦いは28時間に及ぶ程、ルイージ様も苦戦したが、これは芝居。 マリオの到着を待つために、わざと力を残していたのだ。 しかし、亀はそんな事情なんか知ったこっちゃなさそうな顔で、ハンマーを投げ続けている。 炎をはかないのが謎である。 しかし、マリオの到着があまりにも遅いため、ルイージ様が、華麗なる一撃(いろいろ中略)で、クッパを葬った。 (マリオは最初のクリボーで死んでいました) 名前 コメント
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別名:生物兵器、ジースト・ザ・ワン 属性:合成 技:ジオニウムキャノン、アースミサイル 説明 魚類の顔、霊長類の腕、爬虫類の尾、鳥類の足をそれぞれ合わせたような体に、各部分を機械で強化、または補助をしている。 かつて地球の文明によって生み出された、この世界では最初の巨大生物兵器とされている。 備考 Eレジェを語るうえで欠かせないのがこの、地球における最後にして最大の戦争が生み出した、史上最凶最悪の生物である。 多くの個体が存在し、最盛期で1万はいたといわれる。全身武装であり、また、動物の優れた運動能力を複雑に組み合わせることにより、機敏さを底上げしている。個体には『R-012』のような識別番号が振ってあるが、Eレジェ以降、『発見されたところのイニシャル+型』と呼ばれるようになる。 ルイガーは地球が最初で最後に生み出した巨大生物兵器で、その全身武器というまがまがしいフォルムからも見て取れるように、戦うためだけに生み出された存在である。このルイガーの生みの親は、ルイガーを使って戦争を止めようとしたが、結果的に生物のもつ本来の野生のパワーがコンピュータを侵食。その問題を解決するために生み出されたルイガーの王『カイザールイガー』も、野生のパワーが機械を侵食してしまい、宇宙全土に第三次をもたらす結果となった。 なお、この件で多くの地域に排出されたが、カイザールイガーが破壊され、同時にルイガーたちを操っていた脳波が停止、ルイガーたちは自然に動きを止め、事実上冬眠状態になった。しかしイレギュラーが発生し、一体のルイガーが暴れたことがあり、その時の目撃者の一人が、「ジオビーストだ!!!」と叫んだことから、生物兵器をこの言葉から作られた言葉『ジースト』と呼ばれることとなった。
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前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い その夜、ルイズの部屋を訪れた柊は疲れきった表情でテーブルの傍に置かれた椅子に崩れ落ちていた。 天井を仰ぐように背もたれに体重をかけ、両の足を投げ出して小さく呻く。 「くそう……あのオッサンふざけやがって……」 宝物庫を後にしてすぐ、柊はすぐにコルベールに捕まって彼の研究室とやらに連行されたのだ。 薬品やら何やらのにおいが鼻の付くその部屋で、柊はコルベールにファー・ジ・アースの事を根掘り葉掘りうんざりするほどに質問された。 始めの内は一応節度を持って答えていたのだがいい加減億劫になってきて、手っ取り早く0-Phoneを見せたのだ。 これがまずかった。 コルベールは狂喜乱舞して0-Phoneとそのデータベースにある情報を漁り始めたのだ。 しかし柊達がハルケギニアの文字を知らなかったのと同様コルベールもファー・ジ・アースの文字を読めなかったし、放っておくと分解しかねない勢いだったので柊は結局その場を離れることができなかった。 おかげさまで柊は食事を取ることさえできずについ先程まで付き合わされる羽目になったのである。 ちなみに0-Phoneはちゃんと回収してある。 今頃コルベールはデータを書き取った分厚い紙束を見ながら研究にいそしんでいるだろう。 もっともデータベースに載っているのは所詮薄っぺらい知識でしかないので、技術体系も魔法体系も異なるハルケギニアで再現する事はできないだろうが……。 「そういやエリスはどうした?」 ふと部屋の中にエリスがいない事に気付いて柊は勉強机に陣取っているルイズを見やった。 「寝てるわ。部屋に戻って服の整理しようとしたら、あの子倒れちゃって」 「倒れたぁ?」 見れば確かに、大きなベッドが人型に膨らんでいた。 何があったのかと再びルイズに眼を戻したが、彼女にも理由がわからないらしくルイズは眉を潜めている。 「何が不満だったのかしら。やっぱりいくら安くっても千ぐらいじゃだめだったってこと……?」 「エリス……くっ」 どうやら本気で理由がわかっていないルイズを見て、柊はエリスに同情の涙を禁じえない。 ルイズに悪気がない、というのは柊にもエリスにもちゃんとわかっている。 一般人と金持ちの価値観の差が悲劇の元凶なのだ。 (つうかもしかしてここにいる貴族って皆こんな感じなのか……?) 今何気なく居座っているこの場所も何気なくとっている食事も、実は眼が飛び出るほどの高級な場所なのかもしれない。 そう考えると柊はこの学院にいるのが無性に恐ろしくなった。 もしここを出る時に滞在賃をまとめて請求されたら……帰る方法が見つかっても一生帰れないかもしれない。 「ところであんた、なんでここにいるの?」 柊が空恐ろしい未来予想図に思いを馳せていると、机に頬杖をついたルイズが半眼で柊をねめつけるように言った。 「ギーシュの所に居候してるんじゃないの? それとも、ゲボクの本分を思い出して戻ってきたの?」 「冗談だろ。ギーシュの事がなくてもここで寝泊りするつもりはねえよ」 ギーシュから決闘を申し込まれたのでこれ幸いと転がり込んだ柊だが、それがなくともルイズの部屋からは出て行くつもりだったのだ。 何しろこの部屋――というか、彼女の寝泊りしているこの宿舎は女子寮なのである。 ルイズの方は使い魔、いやゲボク扱いとして全く気にしていないが、他の女生徒は完全に割り切ることはできないらしくすれ違うたび微妙な視線を送られるのだ。 「部屋に戻ったらギーシュから言伝があってな。なんでもキュルケが呼んでるんでお前の部屋に来いって」 「……キュルケに?」 その名を聞いた途端、ルイズの眼が吊り上り剣呑な表情になった。 それに示し合わせたように部屋の扉がノックもなく開かれ、艶やかな焔色の髪の少女が部屋に乗り込んできた。 「ダーリン、来てくれたのね!」 「……ダーリン?」 喜色を称えて歩み寄ってくるキュルケに柊は怪訝そうな表情を浮かべる。 しかしキュルケはそんな彼の顔を委細気にする事なく、両の手を広げて柊に抱きついてきた。 「ちょっ……!?」 「な、何してんのよツェルプストーッ!!」 柊は泡を食ってキュルケを引き剥がし、ルイズは怒りも露に叫んだ。 キュルケはルイズの怒号を無視して柊の手を取り、うっとりした目線で彼を見つめたまま口を開く。 「あたしね、恋をしたの」 「……はあ」 「光を纏ってワルキューレをなぎ倒す貴方の姿、とても刺激的だったわ。見ていてどんどん胸の鼓動が高鳴って……貴方がギトーの杖を叩き切った時、あたしの心も一緒に切って落とされてしまったの」 「……はあ?」 ギーシュの決闘が終わった際には、キュルケはエリスの事を考えて躊躇はしていた。 が、その後のギトーとの一戦を見て彼女はそんな躊躇が完全に吹き飛んでしまった。 ギーシュ程度のメイジを倒せる人間なら、探せばそれなりにいるだろう。 しかしギトーは仮にもスクエアクラスのメイジなのだ。 これを真っ向から打ち倒せるような『メイジ殺し』――いや、杖だけを切って不殺ができるのならそれ以上だ――は国どころか世界レベルでも希少な存在といっていい。 そんなレアモノを前にして恋に恋する乙女の事情を慮ってあげることなど、できようもなかった。 「せっかくの虚無の曜日だから二人きりで過ごそうとしたのだけど、ダーリンったらルイズと出かけてしまうんだもの。寂しかったわ」 キュルケはもじもじとしながら柊の手を弄くる。 柊は手を離そうとしたが、がっちりと捕まえられて逃げられなかった。 「いつまで握ってんのよ! さっさと離しなさい!!」 ルイズが肩を怒らせて詰め寄り、強引にキュルケと柊を引き剥がした。 そんなルイズをちらりと見やった後、キュルケは悲しそうに柊を見つめた。 「なんでも剣を買ったんですって? しかも錆びだらけのボロ剣を。ダーリンほどの剣士にそんな得物しか与えないなんて、かわいそう」 「……ありゃお前"等"だったのか」 言いながら柊はちらりと目を扉の方に向けた。 扉の脇ではキュルケと共に入ってきたタバサが壁を背に預け、我関せずと本に眼を落としている。 武器屋でデルフリンガーを購入した後、妙な気配を感じたのだ。 敵意は感じなかったので放っておいたが、どうやらキュルケ達だったらしい。 セリフからすると、デルフが錆を払ったところは見ていないようだ。 「な……何言ってるのよ! わたしはちゃんとした剣を買おうとしたわ! それをコイツが――!!」 「そんなの謙遜に決まってるじゃない。そんな事もわからないなんて、ゼロのルイズは甲斐性までゼロなのね」 「なんですってぇ!?」 まさに怒髪天、といった様子で怒り狂うルイズをキュルケは鼻で笑い、柊から離れてタバサの方へ歩み寄った。 そして彼女はタバサから渡されたソレを、見せ付けるように掲げて見せた。 「ルイズの選んだボロ剣なんかより、ヒイラギにはこっちの方がずっと似合うわ!」 「それは……!?」「げえ……っ!?」 ソレを見てルイズが驚愕に呻き、柊がくぐもった悲鳴を上げた。 キュルケが手にしていたのは最初に店主から薦められたシュペー卿の大剣だった。 お値段二千エキュー。おそらく二千万円以上。 「どう、ヒイラギ? ルイズのボロ剣なんかよりこっちの方がいいわよね? あたしの想いは三千エキューなんかじゃ足りないけど、これだけでも受け取って欲しいの」 本当は値切りまくって新金貨千で手に入れたのだがそんな事はおくびにも出さず、キュルケはしなを作って柊に詰め寄った。 柊はその大剣とキュルケをしばし凝視した後、 「……いや、要らねえ……てか、それ、もういいから……」 げんなりとした表情で言った。 「……え?」 キュルケの表情が笑顔のまま凍りつく。ルイズもぽかんとして柊を見やっていた。 「もうデルフ……ルイズの買ってくれた剣があるから。悪ぃけど……」 「……」 キュルケは呆然としたまま柊を見やっていた。 今の状況が信じられなかったのだ。 容姿性格体形ありとあらゆる点においてルイズに劣る条件はなく、貢物でも遥かに上をいっているはずなのに拒否されたのだ。 生まれて初めて経験したこの事態に彼女は上手く対処することができなかった。 「――っふ。うふふふ……」 と、地の底から響くようなくぐもった笑い声が聞こえた。 柊とキュルケが眼をやると、そこには手を腰に当て、自信満々に胸を反らすルイズがいた。 「残念ねえツェルプストー。ヒイラギは『わたしが選んだ剣』の方がいいんですって。まあ当然よね、だってヒイラギは『わたしの使い魔』なんだから。 ちょっと媚を売ればすぐに尻尾を振るような奴等とはデキが違うのよ……大事なことだから二回言うけど、ヒイラギは『わ た し の 使 い 魔』なんだから!」 「……っ」 意気高々と言うルイズにキュルケはギリ、と歯を噛んだ。 何が気に入らないって、台詞云々よりも隠そうとして全然隠れていないにやけきった面が気に入らない。 しかし言い返す事ができなかった。 柊が自分の買った剣よりもルイズの買った剣を選んだ事実が覆らないからだ。 キュルケは大きく深呼吸すると胸の裡に渦巻く感情を押さえつけて、努めて平静を装って柊に笑顔を浮かべた。 「……残念だわ。でもせっかくだから受け取って下さる? どうせあたしは使わないものだし、お近付きの印に差し上げるわ」 「いや、けどよ……」 言いながら大剣を差し出すキュルケに柊はなお渋ったが、脇からルイズがそれをひったくって満面の笑みをキュルケに投げかける。 「あーらそーお? わざわざありがとうね、キュルケ。せっかくだから頂いておくわ。まあどうせ使わないけどね。なんせヒイラギはわ た し の 選 ん だ 剣 を使うんだから」 「……っっ」 笑顔を浮かべたままキュルケが再び歯を噛み締める。見ればこめかみに青筋が浮かんでいた。 彼女は仰々しく焔髪を掻きあげると、優雅に踵を返して柊から離れると、 「時間も時間だし今日はお暇するわ。今度は二人っきりでお話しましょうね、ダーリン?」 僅かに震える声でそういって、足早に部屋を後にした。 キュルケに続いてタバサも部屋を出る。 扉を閉める間際、タバサが何事かを呟いて杖を振った。 音もなく扉が閉じられた途端、 「 !!!!」 タバサの『サイレント』を持ってしても抑えきれない怒号らしき声が響き、次いで寮全体が揺れるような衝撃が襲ってきた。 テーブルがガタガタと揺れ動き、天井からぱらぱらと埃が零れおちる。 「ふぁっ!?」 その衝撃で眼が覚めたのか、ベッドで眠っていたエリスが慌てて身を起こして辺りを見回した。 「……お、エリス、起きたか……」 「ひ、柊先輩? どうしたんですか? 何かあったんですか?」 普段この部屋にいないはずの柊を見とめてエリスは僅かに頬を染めて髪を撫で付ける。 「いや、それがな。キュルケが――」 頭をかきながら柊が説明しようとすると、それを遮るように。 「――あっははははは!! ざまぁ見なさいツェルプストー!!」 今度はルイズが壊れたように馬鹿笑いを始めて手にしていた大剣を放り投げた。 慌ててそれを拾い上げる柊をよそに彼女は踊るようにくるくると回りながらベッドに向かい、ぽかんとしているエリスに飛び掛かる。 「きゃあっ!?」 避けようとするも間に合わず、エリスは飛び込んできたルイズに押し倒された。 ルイズはエリスをぎゅうぎゅうと抱きしめながら、感極まったように声を上げる。 「エリス! 見た? 見た!? 今のキュルケの顔!!」 「え? えぇ?」 「最高だわ!! 今日の事はラ・ヴァリエールの輝かしい歴史の一枚に加えるべきね!! あはははははは!!!」 「ル、ルイズさ……ひゃあっ!?」 笑いながらルイズはごろごろとベッドを転がりまわり、抱き潰された格好のエリスもそれに巻き込まれてもみくちゃにされる。 よほどキュルケに意趣返しができたのが嬉しかったのだろう、ルイズの奇行と笑い声が収まったのは実に十分ほども経ってからだった。 「……はあ、すっきりした」 長い間暴れまわったおかげで髪も服も乱れ息も上がっていたが、ルイズは満ち足りた表情を浮かばせている。 エリスはといえば何が何だかさっぱりわからなくてただただ憔悴するばかりだったが、目の前の彼女の顔を見てなんとなく安堵を感じた。 ルイズと出逢い共に生活を始めてから、『ゼロのルイズ』と揶揄されながら学院生活を送る彼女のこんな溌剌とした表情を見た事がなかったからだ。 ……と、そこで。 エリスはふと自分達に向けられている視線に気付いた。 「はわぁ!!」 素っ頓狂な声を上げてエリスが顔を真っ赤に染めた。 柊が立派な大剣を手持ち無沙汰に弄くりながら、二人を眺めていたからだ。 「な、なに見てんのよ!」 ルイズもそれに気付いて顔を赤らめ、乱れた髪と服を直しながら叫ぶ。 すると柊は軽く頭をかきながら、小さく笑みを浮かべて言った。 「いや……お前、そういう顔もできるんだな」 「!?」 「いつもしかめっ面とか澄ました顔してたからよ……まあそっちの方が似合ってると思うけど」 「な……っ」 ルイズの顔が真っ赤に染まった。 隣でそれを聞いたエリスは――柊の意見には同感ではあったが、何故か心の中でもやっとした。 「な、何言ってるのよ。ゲボクのくせに生意気なこと言って……!」 「都合のいい時だけ使い魔扱いかよ……」 「うるさいわね! それよりその剣、使ったら承知しないわよ!」 顔を赤らめたまま、誤魔化すようにしてルイズは柊の持っている剣を指差した。 「あ? ああ、これか。使う気はねえよ。デルフがあるからな」 「そ、そうよ。わたしが買ってあげた剣があるんだから、キュルケの剣なんて必要ないんだから」 「当然だろ?」 「えっ……」 さらりと返した柊にルイズは思わず言葉を詰まらせた。 柊は大剣を月衣に収納した後、まっすぐにルイズを見つめて口を開く。 「俺はお前の買った奴……デルフじゃなきゃダメなんだよ」 「ヒ、ヒイラギ……そこまで……」 「あ、あの……ルイズさん……」 ルイズよりは多少付き合いが長く、柊の性格を把握しているエリスがおずおずと口を挟んだ。 しかしルイズはそれに気付かず、どこか照れたような表情を浮かべてもじもじと両の手の指を絡めた。 「な、なによ。普段いけ好かない態度のくせして意外と忠誠心高いじゃない……ツンデレって奴なの?」 そんな彼女の様子に柊は小さく首を傾げた後、爽やかに笑いながら言った。 「……何しろもうデルフと契約済まして魔剣にしちまったからな!」 「…………………はい?」 ルイズの表情がぴしりと固まる。 しかし柊はそれに気付かず、したり顔で言葉を続けた。 「ほら、俺、魔剣使いって言ったろ? だから魔剣以外の剣を使ってもあんまり意味がねえんだよ。まあ契約変更できないことはねえけど、デルフもうるせえだろうし」 「ル、ルイズさん……」 「……それだけ?」 「いや、それだけじゃないぞ。ちゃんと性能の事も考えてる。錆がなくなったデルフなら能力が付加されてる分有利だしな!」 「…………………それだけ?」 「他に何かあるのか?」 「…………………」 「ル、ルイズさん落ち着いて……っ!」 小刻みに震えながら黙り込んでしまったルイズ、そして酷く慌てた様子で彼女に縋りつくエリスに柊は怪訝そうな表情を浮かべたが、 それよりも渡されてしまった大剣の処遇の方が彼にとっては重大事だった。 「しかし、あの剣はどうすっかな。この世界で返品ってきくのか? なあ――」 「用事が終わったんならさっさと帰んなさいよこのゲボクーッ!!」 「ごあっ!?」 ルイズから放たれた失敗魔法が炸裂し、直撃を受けた柊は吹き飛ばされて窓を突き破りながら退室していった。 「柊せんぱあぁい!?」 夜風にエリスの悲鳴が響き渡った。 ※ ※ ※ ――そして彼女は夢を見る。 そこは閉ざされた世界。そこは閉ざされた心の檻。 茨の鎖に繋がれているのは、行き場をなくした一人の少女。 静謐に沈んだその場所で、一体どれほど刻を過ごしたのだろうか。 思考する事さえ放棄した少女の裡に、ノイズが奔った。 ざくり、ざくりと茨を切り刻む音。 抉られるたびに痛みが走る。その片隅で、心が跳ねる。 辿り着いて欲しくないと思いながら、ココに来て欲しいと恋焦がれる。 やがて現れたのは、一人の青年。 魔剣を携えた彼は無遠慮に彼女の心を踏破して底に辿り着く。 顔を上げて彼の顔を見た瞬間、涙が零れそうになった。 それは悔やみの涙か、嬉しみの涙か。 青年はゆっくりとその魔剣を振り上げると―― ―――――少女の胸を貫いた。 瞬間、意識が広がる。 海底のような蒼色から、天照すような金色に。 己が身を貫く魔剣を携えた彼は、少女が今まで見た事のない表情を浮かべていた。 それは敵意の目線。明らかな殺意。 彼は胸を貫く魔剣に力を込めて、何かを言った。 その言葉が終幕。 命が穿たれ消え果てる。存在が砕けて消え果てる。 その身が幾十幾百の『欠片』となって砕け散る―― ※ ※ ※ 「……」 エリスは夜闇に沈む部屋の中で、ゆっくりと身を起こした。 僅かに眉根を寄せて、小さく溜息をつく。 何か――夢を見ていたような気がする。 それがどんな内容だったのか、彼女はそれをほとんど憶えていない。 過去の体験だったような気もするし、まったく覚えのないキオクだったような気もする。 ルイズと契約をして以来、毎晩のように経験する夢だ。 知らず彼女は自らの胸に手を添えていた。 これもその夢を見た後に決まってする行為。 何故かよくわからないが、起きた後は胸に熱さを感じるのだ。 刻まれたルーンが熱を持っているのか、それともその奥に何かがわだかまっているのか。 要するに――エリスは何一つ理解できることがない。 「……ルイズさん?」 ふと部屋を見渡して見れば、隣で寝ていたはずのルイズがいないことに気付いた。 時計を見やればそろそろ日付が変わろうかという時刻。 彼女はベッドから降りると、肌を撫でるような冷気に僅かに身を震わせた。 春先とはいえ深夜に差しかかろうとする夜気はまだ少し冷たい。 まして今夜はルイズが破壊した窓がそのままで、外気がそのまま中に入ってきているのだ。 改めて部屋を見回してみてルイズが部屋にはいない事を確認すると、エリスはクローゼットから服を取り出し軽く羽織ってから部屋を後にする。 その途中、何気なくルイズの勉強机を見やる。 そこに置かれた数冊の本を見つめた後、エリスは小さく笑みを浮かべた。 本塔を臨む広場の片隅で、ルイズは一人座って夜空を見上げていた。 疲労で僅かに汗ばんだ身体をそのままに、彼女は夜闇に浮かぶ双月をただじっと見つめる。 特に何か意図があったという訳ではない。 強いて言えば地上に広がる惨状をあまり見たくない、というくらいだ。 休憩がてらに空を見上げて――そのまま見入ってしまっただけ。 当然ながら紅と蒼の月を見上げるのはこれが初めてではないのだが、何故か最近になって妙に心がざわめくのだ。 「……なんだろ」 思い入れなどないはずなのに何故か奇妙な懐かしさを感じて、ルイズは胸に手を添える。 それまであったはずのものがなくなっているような感覚。 いや、なくなったというよりは―― 「ルイズさん?」 背後から響いた声にルイズは大きく身体を跳ねさせ、慌てて振り返った。 そこには夜着を羽織ったエリスがいた。 なんだ、と呟いてルイズは彼女から顔を逸らし、背を丸めて目の前の広場に眼を向けた。 隣にエリスが座っても、ルイズは眼前の光景から眼を離さない。 広場にはいたる所に大小の穴と焦げ跡、標的にでもしていたのかぼろぼろに朽ちた杭がいくつか散らばっている。 ……なんのことはない、いつもの『魔法』の結果だった。 「……練習、してたんですか?」 「……」 エリスの問いにルイズは答えなかった。ただ、丸めていた背中を更に縮こませただけ。 エリスはそれ以上何も言わなかった。 夜闇の中に沈黙が降りる。 しばしの静寂の後、囁くように声を漏らしたのはルイズだった。 「約束、したでしょ」 「え?」 「貴方に認められるような、ちゃんとした主になるって」 「……はい」 「色々考えたんだけど、正直どうすればいいのかよくわかんなくって。だから……今まで通り、とりあえず普通に魔法が使えるようになろうって」 「……はい」 エリスには決して眼を合わせないまま、呟くように語るルイズを彼女はじっと見守っていた。 ルイズはそんな彼女の視線を受けながら、懐かしい感覚を覚える。 先ほどの双月とは違う、心当たりのある懐かしさだ。 「でも、やっぱりできなかったわ。召喚の儀式に成功して、使い魔もできて、何か変わるかと思ったのに……何も変わらない」 恐らく儀式を行ったあの日にエリスや柊に対して色々とぶちまけてしまったからだろう、ルイズは学院の誰にも言わないような台詞を紡ぐ。 実家にいた頃は姉にそうやって弱音や愚痴を漏らしていた。 そうすると、弱気な発言をしているはずなのに何故か心が軽くなっていくような気がするのだ。 「……一度も成功したことがないんですか?」 「何度も何度もやってると、ごく稀に成功する時もあるわ。でもそんなまぐれ当たりみたいなの、『成功』とは言わないでしょ? 成功した実感なんて何一つないもの」 得意な系統の魔法を唱えると自分の裡に何かが生まれ身体を巡っていく感覚がするのだという。 だが一度としてルイズはそれを感じたことはない。 ごく普通に、皆と同じようにしているのに何故か爆発して、何故か稀に成功する。 なんで爆発するのかわからない。なんで成功したのかもわからない。 使った回数、行った時間、魔法の系統、およそ考え付くことはこれまでにあらかた試してみた。 だが何の光明も見えはしなかった。 魔法を学び始めて十年余りかけて――何一つ進むことはなかった。 ルイズは自嘲めいた笑みを浮かべて、呟いた。 「……わたし、やっぱりゼロなのかしら」 「ゼロじゃないですよ」 間をおかずに返ってきたエリスの声にルイズは思わず顔を上げ、彼女を見やった。 エリスはルイズの視線を受け止めたまま少しだけ言葉を選ぶように間を開けると、優しく語り掛ける。 「魔法が使えなくったって、ルイズさんはルイズさんです。 私、今まで一緒に暮らしてきて、少しだけルイズさんの事を知りました。 授業を真面目に受けてて、勉強を頑張ってる事も知ってます。魔法を使えるようになるために練習してる事も、今知りました。 私と柊先輩がこの世界に来た時色々教えてくれたのも、服を買ってくれたのも……魔法のことはよくわかりませんけど、少なくともルイズさんのそういう部分は、ゼロじゃありません」 「……」 なんだか話をはぐらかされたような気もするが、さほどルイズは憤りも不満も感じなかった。 彼女が今まで生きてきた世界――貴族の世界では、その大前提に魔法がある。 ゆえにその大前提において『ゼロ』と呼ばれていたルイズは、その他の部分についてもほとんど認められることはなかった。 それは貴族同士だけでなく、貴族を見る平民からの視線も同じだった。 エリスの言った台詞自体は初めて耳にする類ではない。 だが、取り繕うでもなくおべっかでもない表情でそれを言われたのは、生まれて初めてだった。 「……そ、そう。ちゃんと見てるとこは見てくれ……っ、見てるのね」 なんとなく照れ臭くなってルイズは頬を染め、眉を寄せてそっぽを向いてしまう。 と、 「……あ、それともう一つ」 思い出したようにエリスが呟いた。 ルイズが目線だけを向けると、彼女はどこか意地悪そうに微笑んでから、言った。 「柊先輩のために異世界の事について調べてくれてるのも、ちゃんと知ってますから」 「っ!?」 思わず大仰に肩を揺らし、眼を見開いてエリスを見やるルイズ。 そんな彼女を見てエリスは可笑しそうに笑みを零した。 「なっ、なにっ、を、言ってるの? なんでわたしがそんな事……っ」 「ハルケギニアの文字、勉強しましたから。机においてある本、そういう関係のものですよね?」 「ち、違うわ! そんなんじゃないのよ! なんでわたしがわざわざ自分の部屋に持ち込んでまで……!」 「図書室で調べてたら、柊先輩と鉢合っちゃうかもしれませんしね」 「~~~っ!」 ルイズの顔が羞恥に紅く染まり、せわしなく手をばたばたとさせて叫んだ。 「わ、わたしはね、貴族なのよ!? 人の上に立つ者としての威厳を保ってなきゃいけないの! 下の者に……特定個人のゲボクに対してあれこれとしてあげるなんて、そんな事しちゃダメなの!」 要するにゲボクとして扱うとしてしまった手前、引っ込みが付かなくなってしまったのだろう。 月光に照らされた薄桃の髪を揺らして弁明するルイズを見ながら、エリスはくすくすと笑いながら答えた。 「でも柊先輩もここの文字を勉強してますから、隠し続ける事なんてできませんよ?」 「だからそんなんじゃないってば! それだけじゃないもん!」 「……?」 ルイズの妙な言い回しにエリスは小首を傾げた。 ルイズも自分の失言に気付いたのか、はっとして視線をさまよわせ、今までとはうってかわって黙り込んでしまう。 「……それだけじゃ、ないのよ」 「ルイズさん?」 伺うようなエリスの声に、ルイズはそれ以上答えることができなかった。 ルイズが時間の合間を縫って異世界の事に関して調べていたのは事実だ。 柊とエリスにそのことを隠していた理由も、半分はその通り。 だが、理由はもう一つあるのだ。 ある意味当然の事ではあったが、それなりに調べて見ても異世界のことなど御伽噺もいいところの話だった。 なのでそこへ帰る――異世界に行く方法なども、夢物語のようなものだ。 しかし仮に……万が一それが見つかったとしたら。 (……貴女も帰っちゃうんじゃないの?) エリスはルイズの使い魔になる事を了承してくれて、実際使い魔との契約をしてくれた。 だが、彼女は『元の世界には帰らない』とも『ルイズと共にこの世界で生きていく』とも言っていないのだ。 仮に口にはせずともエリスがそう思っていてくれたとしても、実際帰る道が開けたとしたらどうなるかわからない……いや、心変わりするような気がする。 少なくともルイズは、自身がエリスのと同じ境遇だったら心変わりしてしまうと思う。 何処とも知れぬ場所に召喚されて、そこで生きていく決心を固めたとしても、帰れるのなら帰りたい。 家族だって唐突にいなくなった自分を……少なくとも姉の一人は心配しているはずだろうから。 「……っ」 自分を重ねて想像してみて、ルイズは胸に刺すような痛みを感じた。 契約をした時にも気づいた事だが、柊があまりにも軽く流してしまったのでそのままうやむやになってしまっていたのだ。 それは――エリスにも元いた場所での生活がちゃんとあって、家族や友人がいるということ。 そして彼女をそれらから引き離してしまったこと。 「ごめんなさい」 「え?」 囁くように漏らしたルイズの声に、エリスは首を傾げた。 ルイズはエリスの顔を見るのが怖くて、俯いたまま口を開く。 「貴女をハルケギニアに召喚しちゃったこと……」 「そんな……普通にやってたのに私たちのところに繋がっただけじゃないですか。別にルイズさんが悪いって訳じゃ」 「それでも、召喚した責任はわたしにあるもの。仕方なかったとか、そんな事になるとは思わなかったとか、そんな風に誤魔化すなんてできないわ」 「……」 目線を合わせないまま、しかしはっきりと告げるルイズの横顔を見てエリスは眩しそうに眼を細めた。 「気にしないでください。柊先輩だって、深刻になる必要はないって言ってたじゃないですか」 「アイツは軽すぎるのよ。訳わかんないわ」 ルイズは吐き捨てるように言ってからはあと溜息をつく。 ちなみに柊が軽く流していたのは彼自身が色々波乱万丈すぎて異常事態への耐性が極めて高いからなのだが、ルイズがそれを知る由もなかった。 それはともかくとして、今ルイズの中では一つの葛藤が生まれていた。 つまりエリスにファー・ジ・アースへ帰ってもらうか、留まってもらうのか。 勿論ルイズとしては使い魔となった彼女にはパートナーとしてハルケギニアに留まっていて欲しい。 だが、彼女の元の居場所の事に思い至ってしまってはそれを無視することなどできるはずもない。 ルイズは夜気の肌寒さに身を丸めながら考えを巡らせ―― 「そうだわ!」 「?」 天啓を得たかのように声を上げた。 頭に疑問符を浮かべているエリスをよそに、ルイズは喜び勇んだ顔で彼女に向き直り、その手を取った。 「あの、ルイズさん?」 「わたし、ちゃんと貴女とヒイラギを元の世界に戻す方法を見つける!」 「は、はい」 「それで……」 「それで……?」 「わたしもファー・ジ・アースに行く!」 「えぇーっ!?」 エリスは驚愕の声を上げるが、ルイズは気にすることもなくエリスの肩に手をやり詰め寄った。 「わたしもファー・ジ・アースに行って、貴女の御家族に会って話をするわ! 貴女をわたしの使い魔にしたい……って、もう使い魔にしちゃってるから事後承諾になっちゃうわね。 でもちゃんと説得して、納得してもらうわ! それなら大丈夫でしょ? 皆に納得してもらえば、貴女がここに残ってわたしと一緒にいても大丈夫よね?」 「……」 一気にまくしたてるルイズを、エリスはぽかんとした表情で見つめる事しかできなかった。 そんな彼女の様子を見て不安になったのか、ルイズは急に声のトーンを落としておずおずと声を上げる。 「……ダ、ダメ?」 「……だめなんかじゃないですよ」 思わず笑みを零してエリスはそう返す。 むしろルイズがそこまで言ってくれたことが、彼女には嬉しかった。 ルイズはエリスの微笑を見て安堵の息を漏らすと、意気込んだように頷いてから喋り始めた。 「それにファー・ジ・アースに行ければ、ちい姉様だって……」 「ちい姉様?」 「……ええ。わたしには姉様が二人いるんだけど、ちい姉様――カトレア姉様は病気なの。原因がよくわからなくって、いつも苦しんでて……その症状が今日話してたキョウカニンゲンだかってのに似てるみたいで。だから……」 「それであの時……」 エリスはオスマンの話を聞いていたときに唐突にルイズが食い付いたのを思い出しながら言った。 ルイズはそのカトレアの事を思い出しているのだろう、僅かに顔を俯けて唇を引き締めると、気を取り直したように頭を振って夜空を見上げた。 釣られるようにして、エリスも同じように夜空を仰ぐ。 「とにかく、そのためにも明日から本腰いれて調べる。柊に見つかったってどうだっていいわ。あいつはまあついでね、ついで。ファー・ジ・アースに行く方法さえ見つかれば――」 そこでようやく重要な事を思い出し、ルイズはぴたりと動きを止めた。 ……ファー・ジ・アースに行く方法さえ見つかれば、総て上手くいく。 「……異世界に行く方法……?」 そもそもの話、前提条件自体が途方もないことだった。 多難すぎる前途にルイズはがっくりと肩を落とし、うな垂れた。 せめてアル・ロバ・カリイエなどならまだ地続きではあるので可能性はありそうなのだが、端的に言って何処とも繋がっていない異世界ではもはや笑い話のレベルだ。 だが実際にこうして異世界の人間――エリス達を前にした当事者としては笑えない。 さらに契約の日の事に加えて約束を重ねた以上悖ってしまうのはプライドが許さなかった。 「もう、何だって異世界なんかから喚びだしちゃったのかしら……」 それでも愚痴くらいは許されるだろうとルイズが憎憎しげに漏らすと、 「……それは貴女がそう望んだから」 何故か答えが返ってきた。 ルイズは顔を上げてその声の主を見やる。 隣に座っていたはずの少女はいつの間にか立ち上がり、夜空を見上げたまま、ゆらりと歩き出した。 「……エリス?」 ルイズは呆然として声をかける。 しかし、エリスは応えない。 そして『彼女』は、答えた。 「一人は守護を望んだ。一人は自ら選んだ。一人は何も望まなかった。そして……貴女は、力を望んだ。だから、『私』が喚ばれた」 『彼女』はルイズに背を向けたまま、ゆっくりと手を差し伸ばす。 天上に浮かぶ双月――紅き月と碧き月をかき抱くように、『彼女』は夜闇を仰ぐ。 「ね、ねえ……」 不安になってルイズは立ち上がり、声をかけた。 しかし『彼女』は語り聞かせるように言霊を紡ぐ。 「その身に宿りし力の『欠片』。その縁だけでは越えられなかった。だから"表"にいる私が喚ばれた。 私はマガイモノだけど、同じ存在には違いないから」 「……」 その言霊に、ルイズは知らず胸に手を当てた。 心臓の動悸が激しい。いや、それは心臓ではない。 身体の中心、身体の最奥、魂とでも言うべきもの……そこにあるナニカが歓喜に揺れている。 そのざわめきは波紋のように全身に広がり、循環していく。 今まで経験した事のないその感覚は――ひどく恐ろしかった。 恐怖とは少し違う、形容しがたい感情。 それを自分の裡と、目の前の少女に感じている。 「あ……あなた……だれ?」 掠れる声を絞り出して、ルイズは問うた。 『彼女』はゆっくりと振り返る。その双眸は紫の瞳と――ヒトならざる青の瞳。 『彼女』はゆっくりと笑みを浮かべる。普段の柔らかい表情はそこにはなく、怖気を感じさせるほどに酷薄で、妖艶な微笑み。 そして『彼女』は、天空の夜闇に聳える紅と碧の月を従えるように其処に佇み、静かに告げた。 『――"我"は破壊者にして、創世者なり』 前ページ次ページルイズと夜闇の魔法使い
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【名前】大空 竜樹(オオゾラ タツキ) 【学年】5 【性別】男 【部活動】軽音楽部。 ベース担当。四年の秋頃まではボチボチの参加だったが、それ以降は活動時はきちんと出席している。最近ヴァイオリンの方が得意であることが判明した。 【容姿】黒い直毛、紫色の瞳。右耳は半ばで大きめの切れ込みがある。角や羽、尾が生えていることもある。手が軽度の異形化を残すこともままあり、その際につい自分の頬を切ったりしてしまうため、顔や手に絆創膏を貼ってることがしばしば。身長163cmと同学年の中では大きいとは言えない。 【第八感】Manifestation DL Romance(マニフェステイション・デラ・ロマンス) 自らの肉体を媒介物に空想を現実に―――ドラゴンの力を、己の身に宿す能力。 両腕はファンタジックなガントレットのように鋭い爪を携えた形へ変形し、肩甲骨からは2mほどの羽、尾骶骨からは尾が伸びる。長くない時間であれば羽での飛翔も可能。 火を吹かないかわりに変形両腕から高温の炎を噴出でき、半径3m範囲内であれば操ることが出来る。根元が空想の力であるがゆえに他人の炎には干渉できないが、自分の炎にも干渉されない。 戦闘が終われば基本的に変身は解除されるが、たまに上手く解除できずに羽や尻尾や角、手の軽度な異形化などが残ることも多い。 【武器】パワードスーツ 第八感の都合上、高音の炎を攻撃手段にしているため通常の布製の衣服だとあっという間に燃え尽きてしまう。そのため、防御性能を高める意味も兼ねて部分的に機械を取り入れたパワードスーツを着用。主な機能は以下の2点である。 1.高温耐性、燃焼耐性 言わずもがな自身の生み出す炎はもちろん、相手の繰り出す燃焼や爆破などでのダメージの軽減効果が見込まれる。不燃素材として有名な合金素材を用い、1000℃までであれば突発的なダメージは軽減可能。 2.送風モーター 双肩と踵、脹脛、肩甲骨のあたりは黒い光沢の機械の印象が強い。比較的に本人の体型を大きく崩さないフォルムだが、機械部分があるだけで不思議とゴツいような外見に見える(中の本人はそこまでムキムキ体型ではない)。このパーツにはそれぞれ特殊なモーター内蔵されている。これによって、射程の短い炎の持続力、燃焼力を高めたり、両腕の炎を吸引して背後や足などにブースターをかけることもできる。ただし、使い過ぎると周囲の酸素濃度が著しく減って行く。 無論機械だけではなく、合金素材でカバーした部分もあるので可動域が狭まるようなことはない。 【設定】去年まではトップランカー争いにいたほど意欲も高く好戦的だったが、四年の夏休み明けから上位争いからリタイア。今はたまに戦う事もあるが、全盛期よりは格段に回数が減っている。強く在りたいという向上心が強く、常に鍛錬を怠らない。 羽と尻尾が出てきたときに困らないように制服の背中とスラックスを改造しており、構造のせいか裾の長い上着を着て尻尾を出すあたりを隠している。