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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 窓から顔を半分だけ出したタバサは、階下をぐるり見渡した。 下にはたいまつがいくつか。 特に襲撃者が集まっている様子はない。 よく見ると襲撃者達の装備はまちまちだ。統一性という者に欠けている。 つまり、彼らは傭兵なのだろう。たまに山賊になるかも知れないが。 それのほとんどが正面に集まっているようだ。 「あれやって」 「あれ?」 タバサの最小限の説明がギーシュにはわからない。 わかるのは少し遅れて来たキュルケの方だ。 「あんたのワルキューレよ。人数が減ってるのがわかったら囮にならないでしょう」 「あ、ああ。そう言うことか。まかせたまえ」 ギーシュが杖を振ると、舞い落ちるのは赤い花びら2つ。 床に落ちた2枚は、わずかの間に2体の青銅像になった。 「これで本当にあの二人の代わりになるのかい?」 作っては見た物のいささか不安だ。 青銅の乙女はどう見てもワルドとルイズの二人には見えない。 「暗いから」 そう言ったタバサは小さい体を窓の外に飛ばす。 「そう言うこと。あ、ワルキューレはちょっと遅れてから下ろしなさいよ」 続くキュルケも窓の外に身を躍らせる。 小さく呟いたレビテーションの呪文が効果を現すと、キュルケは地面に激突するようなこともなくふわりと地面に降り立つ。 その後はギーシュ、最後に2体のワルキューレが壁を砕いて飛び降りた。 タバサとキュルケは間をおかずに再びレビテーション。 ワルキューレは金属音を立てずに、地面に降りた。 フーケに雇われた傭兵達が、壁を破って降りてきた5人に気づかないわけはない。 近くの傭兵達は5人組に燃えるたいまつをかざす。 「いたぞ!学院の貴族どもだ」 「なに?」 「捕まえろ!!」 怒号が飛び交い、傭兵達は5人組に殺到する。 「ひ、ひぃいいいいいいっ」 ギーシュ達は走り出した。 囮なのだから宿屋からなるべく離れなければならない。 任務としてはごくごく正しいものだ。 だが、ギーシュはそんな役割なんか忘れて全力疾走をしていた。 貴族としての誇りも、平民は貴族の相手にならないという常識もすでに吹き飛んでいる。 「ば、ばれた方がよかったぁあああああ」 傭兵達は殺気立った目をギーシュ達に向けている。 さらには、たいまつにあぶられ、顔をしかめている。 それが炎に照らされてゆらゆらと揺れているのだ。 理屈なんか超えて怖い。 一回、怖いといったくらいじゃ足りない。 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い これくらい怖い。 「いたぞ!」 「追え!」 「逃がすな!」 追いつかれては終わりだ。そんな予感がひしひしとする。 「来るなぁああああああああああああああああああ」 ギーシュは必死に走る。 そして叫ぶ。 その叫びがより多くの傭兵達を引きつけていた。 同じ頃、ワルドはユーノを肩に乗せたルイズを抱いて、ギーシュ達と反対側の窓から飛び降りていた。 「うまくいったようだな。あの三人、思った以上によくやる」 時間差で降りた窓の下に傭兵は誰もいない。 ギーシュ達を追って行ってしまったのだ。 「今の内に桟橋まで行こう」 「ええ」 ほとんどの傭兵の目がギーシュ達に集まっている。 逃げるなら今の内だ。 ワルドはルイズを下ろし、小さな手を引いて走る。 だが、引きつけられたのはほとんどだ。 全ての目ではない。 「こっちにもいたぞーーー!」 目端の利く者というのはどこにでもいる。 ギーシュ達を追っている傭兵に比べれば遙かに少ない数であるが、幾人かの傭兵がルイズ達を見つけ、後を追ってくる。 「そううまくはいかないか」 ワルドは足を速めようとしてやめた。 ルイズでは訓練された魔法衛士隊の足についてこれるわけがない。 ワルドは少しずつ差を詰めつつある傭兵達を見ると、腰に差した杖に手を伸ばした。 ユーノが走るルイズの肩から飛び降りる。 壁際の闇の中を走り、路地に飛び込んだ。 (ユーノ!?) ルイズはユーノを止めようとした。 だが、その暇もなくワルドに手を引かれ走り続けるしかなかった。 傭兵達とルイズの距離はさらに縮まる。 明らかにルイズより傭兵達の方が速い。 まもなく追いつかれてしまう。 「そろそろ迎え撃つしかないようだな」 ワルドは足を止め、ルイズを背中に隠した。 剣のこしらえをした杖を迫る傭兵に向けて構える。 「ワルド……」 「大丈夫。僕は魔法衛士隊の隊長だ。武器を持っているとはいえ、たかが平民。あのくらい蹴散らしてやるよ」 ワルドはルーンを唱える。 風が杖の先に集まりつつあった。 そのとき傭兵達は驚きの声を上げ、足を止めた。 それは、ワルドの魔法がもたらした結果ではなかった。 空から降りてきた少年を見た傭兵達は、もちろんわずかに逡巡を見せた。 だが、それもすぐに無くなる。 少年はマントを着けている。 つまりメイジだ。 メイジが空を飛ぶのは当たり前だからだ。 それより、わざわざ剣の間合いに入ってきた愚かさを笑う。 この距離ならば魔法より剣の方が速い。 ためらうことなく邪魔な少年に刃を振り下ろす。 そして、剣は傭兵の手を離れた。 地面に剣が落ち、金属が石畳を叩く音が響く。 ユーノが斬りつけてきた傭兵の剣をデルフリンガーで跳ね上げたのだ。 ユーノは傭兵達の前に立ちはだかり、両手を広げ、精一杯の声で叫んだ。 「ここから先は行かないでください!」 とても人を脅せるような声色ではないが、傭兵達は足を止める。 そして、ある者は剣を構えなおし、ある者は剣を弓に変え、その目標をユーノに移した。 「君は!ユーノ君か?」 「はい」 背中にいるワルドに答えてもユーノは後ろを見ない。 デルフリンガーが教えてくれていた「絶対に目を離すな」と。 「ワルドさん。ルイズを任せていいですか?」 「無論だ。ルイズは僕の婚約者だ。言われるまでもない」 「お願いします!」 ワルドは構えた剣を腰に戻す。そして、ルイズの手を引いた。 「ワルド、本気?ユーノは……!」 「わかっているよ。彼が普通の子供ならこんな事はしない。だが、彼はそんな者じゃない。わかるだろ?それに君には任務がある」 「でも……」 ルイズはユーノを見た。それからワルドを見て、もう一度ユーノを見る。 どうすればいいのかわからなかった。 ここでユーノを守ればいいのか。それともワルドの言うとおりに、任務のために走ればいいのか。 どちらを選べばいいか、全然わからない。 「ルイズ!早く行って」 その一言がルイズの決心を決めた。 たいまつの炎に照らされ、背中を見せるユーノがどんな顔をしているのかルイズにはわからない。 けれど今まで一緒にジュエルシードを集めてきたユーノなら、この危険もどうにかできると思えた。 「ユーノ、危なくなったら……わかっているわね」 「うん。前と一緒だね」 ルイズは走った。 ユーノに背を向け、ワルドの手を握り、桟橋に向かってひたすら走った。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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前ページ次ページルイズと無重力巫女さん ドアを開けようとした矢先、霊夢の耳に魔理沙とルイズの声が入ってきた。 「ちょっ…ま…どうやって来たんだよお前!?」 声の感じからして、恐らく考えてもいなかった事態に直面して焦っているようだ。 それに続いてカンカンに怒っているであろうルイズも聞こえてきた。 「やっぱり霊夢を追ったのは正解だったようね!どうせ二人してしばらく雲隠れでもしようかと企んでたんでしょ!?」 「うぇっ…?おいおいちょっと待てよ、霊夢はともかく私は逃げる気なんてないぜ」 「嘘おっしゃい!下手な嘘付いたらその分痛い目を見る事になるわよ!?」 霊夢はドアの前でふと足を止めた。どうやってルイズがここまで来れたのだろうか? ここは学院から結構離れているし、何よりどうやって追いついてきたのか。 色々と疑問が浮かんでくるがそれを解決する前に、ルイズの゛勘違い゛をどうにかする必要がある。 もしも魔理沙の言葉を鵜呑みしてしまったら、全ての怒りが自分に降りかかってくるのだから。 (別にこっちは逃げる気なんてサラサラ無いっていうのに…疲れるわね) 心の中で呟きながらドアノブを握り、力を込めてドアを開けた。 瞬間、ドンッ!となにか柔らかいモノにぶつかったような鈍い音が響き、次いで「キャッ!?」という少女の声が聞こえた。 「あっ!ちょっ霊夢お前…なんてことを…」 霊夢を見て、魔理沙はビックリしたと言いたげ表情を浮かべて目を丸くした。 「何よ魔理沙。そんなに目を丸くして…あら?」 魔理沙に向かって一歩踏み出そうとしたとき、霊夢は自分の足下でルイズが倒れている事に気がついた。 プリッツスカートに包まれた小さくて可愛らしいヒップを、霊夢に向けて突き上げるような形で倒れている。 「声が大きいなぁと思ったらそんなとこにいたのね。アンタ……って、あれ?」 倒れたルイズを見下ろしながら喋っていた霊夢の視界に、ある物が目に入った。 ルイズの手元に転がっていたそれは、鞘から出ないよう縄でキツク縛られたデルフであった。 (デルフ?何でこんなところに…) ここにいない筈のルイズよりも更にいないと思っていたデルフが転がっていた事に、霊夢は目を丸くした。 一体全体、どうしてこんなヤツがルイズと一緒に、どうやって森の中まで私たちを追ってきたのか? 色々と考えたい事が山ほどあるのに、更に疑問の種が一気に二つも増えた事に、霊夢は溜め息をつきたくなった。 そんな時、目の前の厄介事であるルイズの声が足下の方から聞こえてきた。 「…あぁ!」 「ん?」 霊夢がそちらの方へ目をやると、顔だけをこちらに向けたルイズが目を丸くしていた。 まるで何度も捜したが今まで見つからなかった捜し物がカンタンに見つけてしまったときの様な表情を浮かべている。 「レ、レイム!!」 ルイズが大声でそう言うと、霊夢は両手を腰に当てて言った。 「そう、私が博麗霊夢。素敵な巫女さんよ」 「ま、見た目はステキでも賽銭箱の方はいつも空だけどな」 それに続いて魔理沙が余計な事を言ったが、霊夢はあえて無視することにした。 一方のルイズは、急いで立ち上がると腰に差した杖を手に取り、それを霊夢に向ける。 「ようやく見つけたわよレイム。もう逃げられないんだからね!」 ルイズは鬼の首を取ったかのような表情を浮かべ、言い放った。 だが杖を突き付けられても尚霊夢の態度は変わらず、腰に手を当ててルイズをジッと見つめている。 やがてルイズが杖を突き付けてから十秒ほど経ってから、霊夢がルイズの後ろにいる魔理沙に話し掛けた。 「ねぇ、さっき雲隠れがどうとか言ってたけど…なんか色々と勘違いしてるわねコイツ」 霊夢のうんざりとした雰囲気が漂う言葉に答えたのは魔理沙ではなく、ルイズであった。 「か、勘違いですって!?嘘おっしゃい!アンタたち私が詰め寄ったときに部屋から出て行ったじゃないの!?」 「だってあの時どちらかが出て行かなかったら部屋が使い物にならなくなってたでしょうに?」 ルイズの怒りが篭もった言葉に対し、霊夢はやけに冷めた感じの言葉で返す。 霊夢の言葉にルイズの表情がうぐぐ…と言いたげな苦い表情に代わり、杖をギリリと握りしめた。 一方、半ば蚊帳の外にいる魔理沙は霊夢の言葉を聞いてあぁ成る程と心の中で感心した。 確かに、あの時のルイズは今よりも大分怒っていて下手したら部屋の中でドンパチ騒ぎが始まってただろう。 そうなってたらまず部屋が滅茶苦茶になっていたし、何より一緒にいた自分やシエスタまで巻き込まれていたかもしれない。 だとすれば、あの時霊夢が出て行った事にも納得できる。 (割と他人に冷たいところはあるが、少しだけ優しいところがあるじゃないか。…まぁ少しだけな) 一人勝手に納得しつつ、魔理沙はウンウンと頷いていた。 ちなみに、魔理沙はルイズの魔法がどんなものなのか未だに知らない。 授業には出ているものの、ルイズの事を知っている教師達が敢えて指名しないので、魔理沙はまだ一度も目にしていないのだ。 「そう…。なら、ここでアンタに魔法をお見舞いしても大丈夫の筈よね」 ルイズはそう言うと霊夢から少し距離を置き、ルーンの詠唱を始めようとする。 それを見て「お、コレは不味いぜ」と感じた魔理沙が急いでルイズの肩を掴んだ。 「おいおい、同じ部屋の住人同士でやり合う気かよ?」 突如後ろから入ってきた魔理沙に対して、ルイズは鋭い視線を浴びせる。 今のルイズの綺麗な鳶色の瞳には、紛うこと無き憤怒の色が浮かび上がっていた。 止めてなかったら今頃大変な事になっていた。と魔理沙は心の中で震えた。 「離しなさいマリサ」 ルイズの言葉には、いつもの綺麗な声には似合わないドスが混ざっている。 それに対し、魔理沙はいつもの態度と言葉で言い返す。 「離したら大変な事になるだろ」 「大変な事ですって?私はただ、アイツに人の礼儀を教えてあげるだけよ」 ルイズのその言葉に、魔理沙はヤレヤレと首を横に振りながら、こう言った。 「おいおい、クッキーの事はまだ根に持ってるのかよ?まぁほんの数時間前の事だけどな」 魔理沙の口から出た「クッキー」という言葉は、見事なほどの失言である。 黙っていれば良いものの。わざわざ事の発端となった数時間前の記憶を、魔理沙は掘り起こしてしまった。 「…良いわよ。そこまで言うなら、アンタにも今から教えてあげるわ。人としての礼儀ってヤツを」 ルイズは目をキッと鋭くさせてそう言うと自分の肩を掴んでいる魔理沙の手を勢いよく振り解き、ルーンの詠唱をし始めた。 手を振り解かれた魔理沙は後ろに少し下がりつつ、霊夢の方へ視線を向ける。 「どうする霊夢?もう滅茶苦茶やる気のようだが…」 「…う~ん、とりあえずルイズの思い違いをどうにかした方がいいかしらね」 魔理沙の言葉に霊夢は肩をすくめながらそう言うと、ルイズの体がピクリと反応した。 詠唱は既に終わっており、後は杖を振るだけで魔法が発動する状態である。 要は、手榴弾のピンに指をかけた人間を説得するようなものだ。 しかも相手はピンを抜いたら自爆覚悟で爆発させるだろう、何があっても。 霊夢はヤレヤレと言いたげな溜め息をついた後、ルイズに話し掛けた。 「まぁ何処から話せばいいか迷うけど。とりあえずここへきた理由を話しといた方がいいかしら」 「理由ですって?魔理沙と一緒にアタシから逃げるためにここへ来たんじゃないの?」 霊夢の言葉にすかさずルイズが反応し、そう言い返した。 「別に逃げやしないわよ。第一、雲隠れ程度でアンタの怒りが収まるワケがないのは知ってるし」 しかし霊夢はイヤイヤと右手を振りながらルイズの言葉を否定する。 彼女の言葉を聞き、怒りの篭もったルイズの瞳が少しだけ丸くなった。 「じゃあそれだけ私のコトわかっといて、どうしてこんな所にまではるばるやってきたのよ」 「それはこっちも言いたい台詞だけど…まぁ面倒くさいから先に話しとくわ」 霊夢は頭に浮かぶ疑問を抑えつつ、ここまで来た経緯をなるべく簡潔に説明し始めた。 ◆ ――――…イタ イタ イタ ミツケタ ミツケタ ミツケタ モドッテキタ モドッテキタ モドッテキタ ドウスル ドウスル ドウスル サンニン サンニン サンニン ヒトリモクヒョウ ヒトリメイジ ヒトリツヨイニンゲン ミギウデナイ ミギウデナイ ミギウデナイ ツライ ツライ ツライ タイキ タイキ タイキ カンサツ カンサツ カンサツ タイミング タイミング タイミング タイミング ハカッテ コロス コロス ノハ アカイリボン ノ ニンゲン ・ ・ ・ ・ ――…とまぁ、そういうワケよ」 「へぇ~…そうだったのね」 時間にして数分間、自身の誤解を解くための短い説明が終わった。 霊夢が自身の誤解を解くためにルイズにはこう説明した。 ルイズの部屋を出た後、男子寮塔の屋上で昼寝していた。 それからしばらくすると、遠くの方から変な鳴き声が聞こえてきた。 何かと思い目を覚ますと、ふと変な気配(霊夢曰く無機質な殺気)を感じた。 以前にも似たような気配を持つ虫の怪物と戦ったことがあり、ソイツの姿が思い浮かんだ。 とりあえず放っておいても何時人を襲うかわからないので確認or退治しに行くことに。 しかし、目的地についてみると既に魔理沙がいて怪物がいたから退治してやったと言った。 確かに気配も無くなっていたのでとりあえず近くの山小屋に入ったら、外からルイズの声がした。 霊夢の説明を聞き終えたルイズは杖を霊夢に突き付けたまま、視線を少しだけ下の方へ動かす。 (そう言えば…デルフが帰ってきた夜の時に化け物がどうとか言ってたわね…) 足下に転がっているデルフをチラリと見つつ、ルイズはその時の事を思い出した。 ※ あの日… 部屋に帰ってきた霊夢から聞いた話は、まさかと思いあまり信じてはいなかった。 だがその翌日、生徒達の間で女子寮塔の事務室にいた教師達と警備の衛士達が気絶していたという事件を聞いたのである。 聞くところによると事務室に二人いた内の一人は衛士達の宿舎に倒れていて、衛士達は全員が持ち場で気絶していたという。 更に女子寮塔の事務室が大きく荒らされ、その事務室の前でミセス・シュヴルーズが倒れていたのだという話も後になって知った。 その後教師達が何が起こったのか色々調査しており、衛士達や当直の教師たちに事情聴取をしているという事も…。 ルイズは周囲のうわさ話を聞き、霊夢の言っていた事が真実なのだと確信した。 ところどころいい加減な所が垣間見える性格の持ち主であるが、あまり嘘をつくような人間ではないという事はこれまで一緒に過ごしていてわかっていた。 その後霊夢の口から更なる詳細を聞きだしたルイズは以前幻想郷へ連れて行かれた際、紫に言われた言葉を思い出した。 ―えぇそうよ。…キッカケとはいえ、幻想郷とハルケギニアを繋いだ彼女の力は凄まじい。 恐らくは今後、そんな彼女を狙って色んな連中がやって来る そしてその中に、今回の異変を起こした黒幕と深く関わっている連中が混じるのも間違いないわ つまり彼女の傍にいれば、自ずと黒幕の方からにじり寄ってくるって寸法よ もしかすれば…霊夢が倒した怪物をけしかけたという貴族は、その黒幕の仲間かもしれない。 推測の域を出ないが、ルイズはそんな事を思ったのである。 ※ そこまで思い出したルイズの思考は、ある結論へと辿りつこうとしていた。 (もしかしたら今回の怪物というのは…イヤでも、ちょっと待って) だがたどり着く前に目の前にいる霊夢を見て、別の疑問が浮かび上がる。 その疑問を考えていく内に、段々とその表情が訝しいものへと変わっていく。 (でもレイムはここぞという時で嘘をつくような性格じゃないし…イヤ、でも…) 霊夢に突き付けていた杖を下ろし、自らの疑問と格闘し始めたルイズの顔には疑心の色が浮かんでいた。 「…なんかあんまり信じてなさそうね」 「当たり前じゃないの」 ルイズの顔色を見て霊夢がそう言うと、すぐにルイズも言葉を返した。 それは咄嗟の反応であったが言ってしまったが最後、自らの頭の中にある疑問を口にするしかなかった。 「この前倒したはずの怪物の気配をまた感じたなんてこと言われて、「はいそうですか」って言葉はすぐに出ないわよ」 簡潔に言えば「あなたの言っている事はイマイチ信用出来ない」という言葉に、霊夢の表情が少しだけ険しくなる。 「だからその怪物を、魔理沙が退治したって言ってたじゃない」 少し嫌悪感が漂う言葉で霊夢がそう返すと、ルイズは後ろにいる魔理沙の方へ視線を向けた。 「マリサ、アンタが戦った怪物ってどんなヤツだった?」 ルイズがそう質問すると、マリサは得意気な表情を浮かべて質問に答えた。 「あぁ、まぁトカゲというより爬虫類人間って感じのヤツだったぜ。少なくとも霊夢の言ってた虫っぽくはなかったな」 質問の答えを聞いたルイズは一呼吸置いた後、再度質問をする。 「その怪物と出会ったとき。何か変な、というか異質な気配を感じなかった?」 「いや、全然。まぁでも霊夢なら…何かの気配とかそういうの感じられそうだな」 魔理沙がそう言った後、ルイズと魔理沙は霊夢の方へと視線を向けた。 二人分の視線に当てられた霊夢は、ほれ見たことかと言わんばかりに肩を竦めて言った。 「別に気配の持ち主が虫の怪物ってワケじゃないかもしれないわよ」 「はぁ?」 突拍子もなく霊夢の口から出た言葉に、ルイズは首を傾げた。 「それってどういう意味よ」 「別に…ただ、あれはどうも普通の生き物って感じじゃあなかったし」 まるで人間と複数の虫を合成して作ったみたいなヤツだったわ。と霊夢は最後にそんな言葉を付け加えた。 それに続いて魔理沙もハッとした表情を浮かべると、思い出したかのように喋りだす。 「そういや…ワタシが戦ったヤツもなんというか…キメラみたいなヤツだったぜ」 魔理沙の口から出てきた単語に、ルイズの眉がピクンと動いた。 「キメラ…ですって?」 「あぁ、まるで爬虫類と人間を無理なく混ぜ込んだような気味悪いヤツだったよ」 でも退治したから二度と会うこともないな。と魔理沙は得意気にそう言った。 一方のルイズは、魔理沙の口から先程出た「キメラ」という単語が頭の中で引っ掛かっていた。 「その様子だと、何か心当たりでもあるのかしら?」 それに気づいた霊夢は、一見すれば何かを考えている風のルイズに声を掛ける。 霊夢に声を掛けられ、ルイズはほぼ反射的に言葉を返した。 「え…いや、キメラに関係した何かの研究を何処かの国が行ってたって噂話を聞いた事が…」 「へぇ、この世界じゃあキメラとか結構作ってるんだな」 自分もやってみたいと言いたげな感じで、魔理沙が呟く。 それは魔理沙の独り言であったものの、そうだと気づかなかったルイズは話を続けていく。 「作ってるって言ってもそんなの一部の国だけよ…色々危険だって噂もあるし」 「一部の国って何処の国よ?」 言い方が突っ込みに近い霊夢の質問に、ルイズは苦々しく答えた。 「そこまで知らないわ…ただそういう事がされてるって話をずいぶん前に街で…――…って、あぁっ!」 だがそれを言い終える前に、突如ルイズが素っ頓狂な声を上げた。 「どうしたのよ?」 「どうしたのよじゃないわよ!…話が逸れて危うく忘れるところだったじゃない!」 霊夢の言葉にそう返すと、ルイズはキッと霊夢を睨み付けた。 ルイズの言葉を聞き魔理沙はアッと言いたげな顔になり、霊夢は気怠げな表情を浮かべる。 どうやら話が少し逸れてしまった所為で、ルイズはここまで来た目的を忘れかけていたらしい。 そのまま忘れてくれれば良かったのに。霊夢は心の中で呟いた。 ルイズはコホンと小さな咳払いをした後、魔法を放つ気は無くなったのか杖を腰に収めると喋り始めた。 「まぁー…とりあえず、クッキーの件に関しては一つだけ言っておきたいことがあるわ」 ここで何か言ったらまた話が逸れると思い、霊夢と魔理沙は何も言わずに聞くことにした。 「あの後色々と考えて、そこで転がってるデルフにもアドバイスを貰ってね…ある答えに辿り着いたのよ」 ルイズはそこで一旦言葉を止めると、ピッと右手の人差し指を霊夢に向けた。 「…?」 突然指さされた霊夢は怪訝な表情を浮かべたところで、ルイズは後ろを振り返る。 「お、何だよ?」 後ろにいた魔理沙も霊夢と同じく怪訝な表情を浮かべると、ルイズは深呼吸をする。 肺に溜まっていた空気をある程度入れ替えた後彼女は出来るだけ胸を張った後、言った。 「今回の件、もう二度としないって約束してくれるのなら…む、む、無条件で…ゆ、ゆるしてあげるわ!」 その言葉はルイズ本人からしてみれば、かなりの大妥協であった。 本当ならば…、謝罪と軽い処罰でも与えようかと思っていたのだから。 しかしデルフが言ってくれた言葉と自身の考えもあってか、「謝罪と罰を与える」という考えを外す事にした。 (あの時のデルフの言葉…以外と役に立ったじゃない) 言い終えたルイズは胸を張った姿勢のまま、足下に転がっているインテリジェンスソードを一瞥した。 ゛ちっとは大目に見てやろうぜ。そうでなきゃいつまでも溝は埋まらねぇぞ゛ その言葉を聞いてからここへ来る途中、ルイズは以前父親から授かった一つの言葉を思い出したのだ。 「貴族となる子供がまず最初に持つべき心とは。些細な事を自分から許し、共に手を繋いで歩いてゆこうとする寛大な心だ」 ルイズのベッドに腰掛けた父は、その大きな手で彼女の頭を撫でながら言ってくれた。 今思えば、その言葉にはこれから家を離れて暮らすことになる子供を思っての言葉だったのであろう。 例え喧嘩になってもこちらから許し、友と共に三年間の青春を歩んで欲しいという、父の言葉。 ルイズは今になってその言葉を思い出し、初めて許すことにしたのである。 最も、ある程度プライドが出来てしまったので、最後辺りで若干噛んでしまったのだが。 そんな言葉でも、直ぐ傍にいる霊夢と魔理沙に今の自分の意思を伝えることが出来た。 ルイズが言い終えた後、最初に口を開いたのは霊夢であった。 「…意外ね、アンタの口からそんな言葉が出るなんて」 「ふぇ!?…と、当然じゃない!これからし、しばらくの間三人で暮らすんだし!些細なことでけ、け、…喧嘩になってたら駄目じゃないの!」 今まで黙っていた霊夢がそう言うと、ルイズは言葉を噛みながらも言い返す。 一方の霊夢は、噛みながらも自分の意思をハッキリと伝えてくるルイズに対しある程度感心していた。 (プライドが高すぎるヤツだと思ってたけど。…やっぱり人間って変わるモノね) 心の中でそんな事を思いながらその顔に小さな笑みを浮かべると、口を開いた。 「じゃあ今度からは、普通に食べて良い茶菓子ぐらい用意しときなさいよね」 霊夢の口から出た意外な言葉に、ルイズはすぐさま反応した。 「はぁ?それってアンタたちが用意しとくべきじゃないの!」 「部屋の主なら、接客用の菓子くらい用意しとくべきだぜ?」 二人の会話に突然割り込んできた魔理沙の言葉を聞き、ルイズはキッと眼を話染めて彼女の方へ顔を向けた。 だが、ルイズの視界に入ってきた魔理沙はその顔に笑みを浮かべていた。初めて見るような暖かい笑みを。 まるで太陽の様に暖かく、優しい笑みはルイズにとって何処か懐かしさのあるものであった。 その笑顔を見ている内に、ルイズの中にあった怒りの感情は心の奥深くへと隠れてしまった。 ルイズは自分の思考を切り替えるかのようにゴホンと改めて咳払いをした後、自信満々な態度を隠さずに言った。 「そ、そ、そういうことなら任せなさい!あんた達も泣いて喜ぶほどの美味いのを用意しといてあげるわ!」 大見得を切ったルイズの言葉に、魔理沙はさもおかしそうにケラケラと笑った。 「おぉ、そいつは楽しみだな!ま、出来るだけ早く頼むぜ」 まるで少しだけ優しい借金取りが言いそうな言葉に、ルイズがすぐさま反応する。 「ちょ、待ちなさい。何よその言い方は…!」 ルイズは思わず両手を上げて怒鳴ったが、その反応がウケたのか魔理沙はまたもクスクスと笑った。 先程までの殺伐とした雰囲気は既になく、何処か穏やかなものへと変化していた。 ※ 「まさかこうなるなんて、流石の私でも思ってなかったわねぇ」 魔理沙とルイズのやり取りをボーッと見つめながら、霊夢はひとり呟いた。 以前のルイズならば、例え相手が神であろうとも杖を抜いて怒鳴る程の短気であったのに。 あのおしゃべりな剣に何を吹き込まれたのか知らないが、それがこの結果に繋がったのだからナイスであろう。 (剣としては錆びてて使えないけど、割と使えるじゃないの。) ルイズの足下に転がっているインテリジェンスソードに、霊夢はささやかな感謝の念を送った。 それがちゃんと届いたのかどうかは知らないが。 (まぁこの件は一件落着として、ルイズに聞きたいことがあるのよね) 心の中で呟きながら二人のいる方へ近づこうとした時…――――気配を感じた。 それは霊夢にとって覚えのある気配であったが、出来れば再び感じたくない代物であった。 何故ならその気配が、人間の出せるモノではないと知っているからだ。 だが、その気配を感じ取った霊夢の頭に、二つの疑問が浮かび上がった。 なぜ今まで気づかなかったのか?どうして話している最中に襲ってこなかったのか? その疑問解決する暇はなく、霊夢はほぼ反射的に振り向いた。 そして、振り返った霊夢の視界にまず入ってきたのは… 自分の顔目がけて左手に生えた鋭い爪を振り下ろそうとする、怪物の姿であった。 霊夢は襲いかかってくる相手に対し、反撃や防御が間に合わない事を瞬時に悟る。 彼女は自身の運動神経に賭けて後ろへ――ルイズと魔理沙のいる方へと跳んだ。 しかし、それは間に合わなかった。 ※ 「あんたの言い方だとまるで私の家が貧乏貴族みたi「ウアッ…!!」…え?…ッキャア!」 魔理沙と喋っていたルイズの耳に、突如霊夢の叫び声が入ってきた。 思わずそちらの方へ目を向けた時、コチラに背中を向けた霊夢が勢いよくルイズの体にぶつかってきた。 ルイズはこちらへと飛んでくる霊夢に対して為す術もなく、後ろにいた魔理沙をも巻き込んで吹き飛んだ。 「ドワっ!?」 魔理沙もまた突然の事に体が対応できずルイズと同じく吹き飛ばされ、背後にあった斜面を転がり落ちた。 ゴロゴロ…ゴロゴロと丸太のように転がっていき、ルイズと霊夢もそれに続いて斜面を転がっていく。 幸い斜面にはある程度草が生えていたお陰で三人共怪我はしなかった。 「アイデッ!?」 だが、最初に転がった魔理沙は、続いて転がってきたルイズの下敷きとなり。 「アゥッ…!」 ルイズもまた、最後に転がってきた霊夢の下敷きとなった。 少女二人を背中に乗せたまま、魔理沙は苦々しく呟いた。 「クソッ…何だよイキナリ」 その言葉に、霊夢を乗せたルイズが苦しそうに喋る。 「あ、アタシだって知らないわよ、ただレイムが突然…―キャア!」 「おっおいどうし…あっ!」 喋りつつも霊夢の方へ顔を向けた瞬間、ルイズは叫び声を上げた。 その叫び声に驚きつつ魔理沙も霊夢の方へ顔を向け、驚いた表情を浮かべた。 二人の視線の先には、何とも痛々しい光景が広がっていた。 霊夢の左肩。服から露出したその部分には、先程まで無かった切り傷が出来ていた。 傷口自体は浅いのだが、そこを通してゆっくりと血が外に流れ出ている。 叫び声を上げたルイズは思わず目を瞑ってしまい、魔理沙は驚きのあまり目を見開いていた。 一方の霊夢は傷口を手で押さえようともせず、ただただ痛みに堪えている。 「クゥッ…」 「おっおい霊夢!大丈夫か!」 「大丈夫なワケ…ないでしょうが…見て分からないのこのバカ!」 いかにも苦しそうな呻き声をあげた霊夢に、咄嗟に魔理沙が話し掛ける。 魔理沙の言葉に霊夢は右手で傷口を押さえつつ罵声を混ぜて乱暴に答えた。 一体何が起こったのかと魔理沙が霊夢に聞こうとしたとき、二度と聞きたくなかった叫び声を耳にした。 キ ィ イ ィ イ イ イ イ イ ィ ! まるで生きたまま皮を剥かれた猿の様な声が、頭上から聞こえてきた。 魔理沙とルイズそして霊夢がそちらの方へ顔を向けると――――『ヤツ』は斜面の上にいた。 後光に差されたそのフォルムは、一見すれば右腕が無い隻腕の成人男性に見えてしまう。 だが左手から生えている鋭い爪に爛々と光る大きな目玉は、自らが化け物だという事を三人にアピールしていた。 「…っ!あいつは!」 「ば…化け物!?」 その姿を見た魔理沙は、驚愕の余り目を見開いた。 目をそらしていたルイズもそちらの方へ目を動かし、次いで叫び声を上げる。 ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ヴ ・ ・ ・ ! 「くっ…」 そして霊夢は、コチラを見下ろす怪物を恨めしそうな目で見つめている。 彼女からしてみればこの状況は酷いくらいに最悪であったが、怪物からしてみれば面白いくらいに最高の状況であった。 何せ、『モクヒョウ』に一撃を喰らわしたのだ。 自らの頭にある『命令』を完遂できる確率は、大いに上昇した。 ◆ 一方、霊夢達がいる場所から大分離れた森の中―― 鬱蒼とした木々が陽の光を遮るその中で、タバサと黒髪の少女が対峙していた。 森の中では割と目立つ赤い大きなリボンを着けた黒髪の少女は、微動だにせずジッと頭上にいるタバサを睨み付けている。 タバサは大樹から生えた太い枝の上に立ち、その右手に大きな杖を持ったまま黒髪の少女を眼鏡越しに見つめている。 そしてその二人に挟まれるようにして、今も尚気を失い地面に倒れている村娘のニナがいた。 二人は何も言うことなく見つめ合っていたが、ふと黒髪の少女が口を開いた。 「何の用かしら?この子の保護者か何か?」 黒髪の少女の言葉にタバサは首を横に振り、黒髪の少女を指さす。 「何?もしかして私に用があるって言うの?」 その言葉に、タバサはコクコクと頷く。 黒髪の少女はそれに対して、右手をヒラヒラと振ってこう答えた。 「悪いけど後にしてくれない?今変な妖怪みたいなヤツに追われてて逃げてる最中なのよ」 「そう。けど、私の用も大事」 少女がそう言うと、今まで首を横に振るか頷くかしていたタバサが、ようやっと口を開いた。 タバサが喋った事に軽く驚いたのか、少女は目を丸くする。 「あんた喋れたんだ」 「最初から喋れる」 「そうなんだ。…まぁ私の知り合いの中に結構なお喋りが多いから、アンタの無口っぷりを習って欲しいわ」 少女は先程タバサに攻撃されたのにも関わらず、余裕満々と言いたいくらいに喋っていた。 そして彼女に攻撃したタバサはというと、少女が言い終えるのを待って、口を開く。 「あなたに聞きたいことがある」 「ん?何よ、アタシを吹き飛ばしてしまったからその謝礼をしたいのかしら」 つい先程の事を思い出したのか、少女は細めた目でタバサを睨んだ。 しかしタバサは首を横に振った後、ゆっくりと呟いた。 「あなたの記憶は、誰のモノ?」 「は?」 タバサの唐突な質問に、少女は目を丸くした。 突然の質問にしばらく硬直してしまったが、少女は話しにならないと言いたげな態度で返事をした。 「何言ってるのよ?この記憶はアタシの…」 「違う」 だが言い終える前に、タバサがその言葉を制した。 「あなたの記憶は、あなたの記憶であってあなたの記憶ではない。ただの模倣品に過ぎない」 タバサがそう言った瞬間、少女は背後からもの凄い殺気を感じ取った。 目を見開いて反射的にジャンプした瞬間、頭上から氷の矢が三本落ちてきた。 三本の氷の矢―『ウィンディ・アイシクル』は先程まで少女がいた地面に刺さり、そして砕けた。 少女は背後に落ちた氷の矢が砕けるのを見た後、ニナの近くに着地する。 そして頭上にいるタバサの方へ顔を向け、キッと睨み付けた。 「もしかして、アンタもあの妖怪の仲間…ってことかしら?」 少女の言葉を無視する形でタバサはただ一言、呟いた。 「あなたの身体と意志を、本来居るべき場所へと返す」 呟いた後にフッ…と杖を振ると、タバサの周囲に新たなウィンディ・アイシクルが五本も形成される。 ウィンディ・アイシクルの鏃は全て上を向いていたが、タバサが杖の先を少女に向けるとそれに習ってウィンディ・アイシクルも向きを変えた。 詠唱者の意志に従う五本の氷の矢は、全て地上にいる少女に向けられた。 「質問の答えになってないわよ。チビ眼鏡」 気を失っているニナが背後にいる少女は、ジッとタバサを睨み付けている。 その瞳には紛れもない怒りの色が入り、赤みがかった黒い瞳と混じってゆく。 「私と母の為に―――死んで」 最後にそう呟き、タバサは手に持った杖を勢いよく横に振った瞬間、 氷の矢は音を立て、少女とニナの方へと飛んでいった。 前ページ次ページルイズと無重力巫女さん
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ルイズと不思議な魔法の本 トリステイン魔法学院に一人、嫌われ者の教師がいる。 教師と言うのは大概嫌われるものだが、しかしそのなかでも特筆に価するほど彼が嫌われているのは口を開けば「風」の系統の自慢しかしないからだ。 なにかあれば、やれ「風はすべてを吹き飛ばす」だの「最強の系統は風だ!」と授業そっちのけでのたまい、あまつさえそれが行き過ぎて生徒に怪我を負わせかねない行いをしたことすらある。 だが、今そんな彼のことを熱い瞳で見つめるものがあった。 キラキラと輝く、まさしく師を仰ぎ見るかのような視線の主は言うまでもなく某「ゼロ」のメイジである。 いや、それは正しくない。 彼女はこの人間としてどうかと思う教師に師事して以来、「ゼロ」の二つ名を返上したのだから。 「それではミスヴァリエール、君に問おう。最強の系統とは何かね?」 ギトーにとってもそんな視線を受けるのはけして不快ではない、故に少々――いやかなり彼女のことを優遇してしまっても仕方のないことだった。 「それは風です!」 「その通り、風は全てをなぎ払う」 ため息すら付きながら風の長所を延々と並べ続ける二人の変人、自己陶酔に浸る二人を処置なしと切って捨ててからキュルケは何故こんなことになったのか肩をすくめる。 思い出すのはあの日のこよ、キュルケが最愛の相方であるフレイムを呼び出し、そしてルイズが今フレイムの背中の上でマルトーが作ったシチューを鍋から直接がっついているおかしな生き物を召喚した時のこと。 ルイズが呪文を唱え杖を振ると、果たして強烈な爆発が巻き起こった。 また失敗か。そう思って唇を噛み締めるルイズとその失敗を嘲る周囲の者達。 だが爆発の煙が収まった後、そこには一冊の本が転がっていた。 「ゼロのルイズが本を召喚したぞ」 「生き物ですらないなんて、さすがゼロのルイズだな」 周囲の声など耳に入らなかった、ルイズは自らが召喚した本から目が離せなくなっていた。 「ミス・ヴァリエール!?」 ディティクトマジックを掛けたコルベールが止めるも間に合わない、ルイズはゆっくりとその本に手を伸ばした。 ――羽根の生えた獅子? カチン 本を留めていた留め金が音を立てて外れる。 ゆっくりと開いた本のなか本として在るべきはずの頁は存在せず、その代わりにたくさんのカードが収まっている。 ルイズはそのうち一枚を手に取るとゆっくり捲る、そこには騎士甲冑を着込んだの少女の幼い少女と言う図柄と、見たことのない文字が躍っていた。 「見たことのない文字ですが強力な力を感じますね、東方のマジックアイテムか何かでしょうか?」 ――あれ? 私これ読める……? 見たことのない筈の文字なのにルイズには何故かその言葉が理解できた。 「とにかく危険性も分からない以上、まずはオールドオスマンに相談してから……」 「ストー……ム?」 風が凪いだ。 「うわぁあ!?」 「ひゃああああ」 周囲のギャラリーが悲鳴をあげて逃げ惑う、ルイズを中心として発生したカッタートルネードもかくや猛烈な突風は様々なものを巻き上げていく。 土を、砂を、木々を、誰かの使い魔を、そしてカードを。 ばらばらと巻き上げ何処かへと吹き飛ばしていく。 「大丈夫ですか!? ミス・ヴァリエール!」 風が収まった後、呆然としていたルイズは自分の上に覆いかぶさっている人影に気づいた。 禿頭のこの教師は、異変を感じ取ってすぐルイズを庇う為に身を躍らせたのだ。 身近な相手の意外な勇敢さに驚くルイズの耳に、聞きなれない言葉が響いた。 「こにゃにゃちわー」 手に抱えた本のすぐ側に立つるいぐるみのような黄色い何か。 初めにルイズとコルベール、そして僅かにその場に残っていた生徒達の頭に浮かんだのは「何これ?」と素朴な疑問だった。 「やー、よー寝たわー」 そんなことを言いながら伸びをするナマモノに向かってルイズは疑問を投げ掛ける。 「あんた何?」 その問いかけにナマモノは誇らしげに胸を張った。 「よー聞いてくれたな、ワイは封印の獣ケルベロスや!」 見た目の割に随分大層な名前である、しかし仮にも封印の獣を名乗る以上きっと見た目以上の存在ではあるのだろう。 「封印の獣? と言うことは君は先ほどの強力な力を封印する精霊か何かだと言うことかね?」 「そや、この本にはクロウリードちゅう魔術師が作った特別なカードが封印されとってな……」 ケルベロスは誇らしげに振り向くと、そこには空っぽになった封印の本の姿。 ケルベロスは笑顔のままでだらだらと脂汗を垂れ流すと、大慌てで騒ぎ出した。 「ない、ない、ないない、ない! クロウカードが一枚もない!」 がっくりと肩を落とすケルベロスに向かって、さすがに気まずくなったのかルイズは言った。 「ええと、私がストームって言ったらみんな飛んで行っちゃって……」 「なにぃ!?」 物凄い勢いで顔を突きつけてくるケルベロスに向かって、自分のしでかしたことに慄きながらもルイズは精一杯虚勢を張る。 「な、何よ、あんた封印の獣なんでしょ!? ちゃんと封印しておきなさいよ」 「それ言われると辛いなぁ、けどお前にも封印を解いてもうた責任はある」 だからこーせーへんか、とケルベロスは手を叩いた。 「お前名前なんて言うんや?」 「ルイズよ、ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエール」 「なっがい名前やなぁ、なぁルイズ。クロウカード集めるの協力してくれへんか?」 もし、ルイズがどこぞの巨大な魔力を持った小学生のように素直な性格ならここでうんと頷いていただろう。 だが残念かな、ルイズは誇り高い貴族であり、そしてその手の中にはこれまで望み続けてついぞ手に入れられなかったものがあった。 「いっ、嫌よ。絶対、離したくない!」 目の前の珍妙な生物は“封印の獣”と名乗った。 ならばケルベロスはカードを集めて何をするのか? 決まっているもう一度この本のなかに封印するのだ、この協力な魔法を誰も使うことができないように。 だが同時にルイズは思ってしまったのだ、この本は自分が召喚した自分の使い魔。絶対に誰にも渡したくないと。 それは自らがとんでもないことをしてしまったと言う恐怖をやわらげようとする心の働きであるとともに、「ゼロ」と呼ばれ続けてきた少女の渇望そのものだった。 期せずして手に入ってしまった魔法、それも憧れ敬愛する母と同じく強力で理不尽なまでの風の魔法。 「五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 ルイズは手の中に残ったそのカードに呪文を唱えながら口付けた。 「あっーーーーーー!?」 ケルベロスの叫びと共にカードは強く光を放ち…… ――トリステイン魔法学院に、二人目の「風馬鹿」が誕生した瞬間である。 以後、ルイズは徹底的に手に入れた「嵐」のカードの力の研鑽に費やした。 その過程で風のスクウェアメイジであるギトーを師と仰ぎ、変わった風のメイジとして大成したと言う。 彼女のすぐ傍で文句を言い続けた奇怪な生物はこう語る。 「まぁぁったくルイズはクロウカード集めも全然せんかったからなぁ、それでもまぁ結局なんとかクロウカードは集まったし、マルトーのおっちゃんの料理も旨かったからなぁ。呼んでくれて感謝感謝や」 そう語るケルベロスの影には、母の治療の為長大な杖を掲げて蒼い竜と共にハルケギニア中を飛び回った一人の魔法少女の姿があったとかなかったとか。 END 「カードキャプターさくら」より「ザ・クロウ」を召喚
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (14)飛翔艦ウェザーライトⅡ トリステイン南部、ガリアとの国境付近。 そこには現在トリステイン戦力の少なくない人員が動員された、軍の天幕が張られていた。 その一角、一際目立つ豪奢なテントの中に、トリステイン王女アンリエッタの姿があった。 正面にはマザリーニ枢機卿、ポワ・チエ将軍、その他大勢の臣下達が控えている。 「殿下、全軍の配置が完了しました。いつでも作戦行動へ移れます」 「ガリア軍の陣の動きが活発化して早一日、まだ動かないのは腑に落ちませんな」 「殿下!先制攻撃を仕掛けるべきです。ゲルマニアにアルビオンの脅威ある今、南部の憂いは叩いておくべきです!」 「馬鹿な!?元は誤解から始まった戦争、それを此方から攻撃を仕掛けるなど!」 「それが敵の狙いなのです!数に勝るガリア=アルビオンは時がたてばたつほど優位となりましょう!」 「そもそも将軍!この数の圧倒的不利をどうおつもりか!?今からでも遅くない、話し合いの場を持つべきです!」 「いや、ならばこそ先制攻撃です!ガリアを叩いて、それを手土産に講和に持ち込むのです!」 「あのガリアがその程度で講和するなどありえない!あなた方は戦争が何もわかっていない!」 「何を言う!我々は国を憂いて言っているのです!」 会議は踊る。 目の前の貴族達は前線まで来たというのに、未だに纏まらぬ意見をああでもないこうでもないと言い合っていた。 王宮にゲルマニア陥落の報が入ったのが数日前のこと。 当然ながら本来予定されていたアンリエッタ王女と皇帝アルブレヒト三世の婚約は自然消滅となった。 アンリエッタからすれば愛を誓ったウェールズ、結婚する覚悟を決めたアルブレヒト三世、どちらもをアルビオンに奪われる形となった訳である。 そして、ゲルマニア陥落の知らせと同時に入ったのは、ガリアに放った間諜からのガリア王国単独による大規模なトリステイン侵攻作戦の情報であった。 トリステイン参謀部の考えは、ガリア=アルビオンの連携は、最初の足並みを揃えた以外は満足なものではないというものである。 誇り高いガリア王国が、簒奪者レコン・キスタに積極的に協力するとは思えず、会戦後の両者は連携が崩れるという判断であった。 本来ならガリアの進軍に対して、ゲルマニア側からのアルビオンの同時攻撃作戦が最も効果的なのである。 しかし、ゲルマニア帝国を攻略したばかりのアルビオン側は兵力の損失は無視できるものではなく、加えてゲルマニア国内の統治情勢の不透明な状況である。 このような情勢のアルビオンから攻撃は考えにくく、トリステインからすればゲルマニア方面を無視してガリアに対して注力することが可能な現状が、両国の連携が不十分であることの証左であった。 国土を守るため、誇り高いトリステイン王族の勤めを果たすため、今アンリエッタは最前線に身を置いている。 当初、この決定にマザリーニ枢機卿を中心とする穏健派は猛反発したが、アンリエッタはこれを押し切るかたちで最前線への移動を決めた。 そうして移動したアンリエッタを追従する形でマザリーニ達も同行し、結果天幕の中では穏健派と現場の人間とが何度も同じ議論を繰り返しているのである。 「はぁ………」 アンリエッタのため息一つ、当然ながら貴族達はそんなことには気付かずに言い合いに執心している。 両者の衝突を纏める力は自分には無い、その無力さを痛感した一息であった。 (それも仕方ないわね…) 目線を上げると、設置されたテーブルを境として左右に分かれて喧々囂々と言い合いを続けている貴族達が見えた。 (どうしてここに来たのかも分かっていない王女だもの、彼らを纏められないのは道理ね) そもそも、彼女は自分自身が本当に、王族の誇りや国民のために最前線に来たのかも分からないでいた。 同盟国ゲルマニアの陥落、軍事大国二国の連合軍、正に状況は絶望的である。 そんな時に、どうして最前線に出ようと思ったのだろうか。 思い当たることは一つ。 (私は……逃げたかったのかしら) そう、自分はまるで逃げるようにしてここに来た。 ウェールズの死、婚約の自然消滅、故国の危機。そういった激しすぎる時間の波から逃げ出そうとしたのではないだろうか。 ここに来れば何もかもを忘れられると思って。 (そんな訳は無いのに。私は駄目ね、あの子に強くなると言ったのに) アンリエッタが再び深いため息を吐く。 混沌とした議論が繰り返される中、天幕に急報を告げる伝令が到着する。 通された伝令が緊張の面持ちで告げるその内容は、天幕にいた者の想像を上回るものであった。 「報告いたします。モット伯爵から伝令です。 トリステイン魔法学院付近に浮遊大陸アルビオン出現、首都を目指して進軍を開始。 援軍を要請するとのことです」 静まり帰る幕僚達。 マザリーニ枢機卿達、政治家達も一斉に口を閉じた。 トリステイン魔法学院から、王都トリスタニアまでは馬で数時間。正に目と鼻の先である。 対して、トリステイン軍の大部分が現在、この南方戦線に集められている。 この南方配備でさえ強行軍の末に、奇跡的とも言える幕僚達の采配と兵達の士気の高さが組み合わさった結果である。 今からトリスタニアに引き返すには、急いだとしても数日は確実に要するだろう。 その猶予期間は、飛行戦力を多数保有するアルビオンが、王都を蹂躙するに十分な時間となるに違いない。 天幕の中を諦めの雰囲気が支配する。 そうして静止した時間が流れ、やがて誰かが呟いた、「トリステイン王国は、お終いだ」と。 雪崩をうった様に動揺は波紋となり、全体へ波及していく。 既にそれぞれの胸にわだかまっていた不安が後押し、瓦解が始まる。 「皆の者、落ち着きなさい!」 トリステイン王国の頭脳、それが致命的な崩壊を迎える直前、それを留めたのは誰もがお飾りだと思っていた一人の少女であった。 それまで発言の無かった王女が突然声を上げたことで、一同の注目はアンリエッタへと集まった。 それぞれの顔を一つ一つゆっくりと見渡す、大小の差はあれ、内なる不安が表情へと染み出していた。 何とかしなくてはならない、迷っていても弱いままでも、まずは今を切り抜けねばならない。 「ポワ・チエ将軍、今からトリスタニアへ撤退した場合、ガリアは背後を突いてきますね?」 「はい、間違いなく、好機と見て総攻撃を仕掛けてくるでしょう」 「では、前方に展開するガリア軍を攻撃した後、転進して王都を目指した場合はどうですか」 「そ、それは………おそらく、こちらの策を警戒して追撃の手は緩まるでしょう」 「ではこちらが取るべき手立ては一つです。 全軍進撃、前方の敵を総力を以て攻撃、後に転進、王都を目指します」 「しかし、それでは兵士達の疲労が…」 「故国の危機です、多少の無理は聞いてもらいます」 堂々としたアンリエッタの物言い。 この発言により、崩壊しかかったトリステイン王国は首の皮一枚で瓦解を免れた。 これぞまさしく、本人の望む望まぬに関わらぬ、アンリエッタに備わった王才の発露であった。 「諸君、今すぐここを離れる準備をしたまえ。 …この場所はもうすぐ戦場になる」 窓から覗くは夜の闇。 彼がその奥に何を見たかは分からない。 だがこの発言を聞いての、ルイズの対応は迅速であった。 「ここに敵が来るってこと?今すぐに?今から避難して間に合うの?」 「その通りだ。時間的猶予はあまり無い。トリスタニアへと転移させる門を学院正面の入り口に用意する、そこに集まれば私がきちんと送り出そう」 言葉少なに、お互いの時間を惜しむようにして必要な言葉だけの会話を行う。 「……ペルスランさん、タバサとタバサのお母様をお願いします」 そうしてルイズはペルスランにタバサ達を頼むと言い残すと、マントを翻して部屋の外へ飛び出していった。 口を開け唖然としているペルスランの肩を叩いてウルザが言う。 「先ほど言ったとおりだ。その二人を守りたいなら、正面門の前に急がせることだ」 そう言い残し、ウルザもまたさっさと部屋を出て行ってしまった。 部屋には余りに唐突な事態に戸惑うペルスラン、泣き続けるタバサ、そして彼女を抱くタバサの母だけが残された。 「………い、いけません。こういうときこそ私がしっかりしなくてはっ。お嬢様!奥様!」 部屋から飛び出したルイズは、自分のできる限りをした。 大声で敵の来襲を触れ回り、学院正面門の前に避難するように誘導して回った。 話を聞いてルイズの姿を見たものは一瞬いぶかしんだが、彼女の剣幕に尋常ならざる事態を察知した。 そうして話を伝えた人には誘導の手伝いを頼み、寮内、学院本塔と走り回るルイズ。 元々夏季休暇中、学内に残った生徒や教師はまばらであり、他には幾人かの平民の使用人が残されるばかり。 平時に比べれば彼らを避難させることは難しくは無かった。 「オールド・オスマン!」 ルイズがノックもなしに学院長室の戸を開く。 そこにはランプに火を灯し、椅子に座って書類整理をしていたオールド・オスマンの姿。 「なんじゃなんじゃ、一体どうしたのじゃミス・ヴァリエール。そんなに血相を変えて」 「早く逃げてください、もうすぐここに敵が押し寄せて来ます」 「ほ、それは大変じゃ。して、ミス・ヴァリエールはそれを誰から聞いたのかな?」 「私の使い魔、ミスタ・ウルザからです」 オスマンはペンでトントンと机を叩くとおもむろにパイプを手に取った。 「ふむ…どのくらいの規模かは言っていたのかの?」 「あ、いえ…そういうことは言っていませんでしたが…」 パイプに火を灯す、ランプの光に照らされて紫煙が踊る。 「君はそれを信じると?」 そう言われて、ルイズは一瞬たじろいだ。 確かに、ルイズはウルザの言ったことに何の疑問も抱かずに真実であると信じた。 それは何故? 「………ミス・ヴァリエール。質問を変えよう、君はミスタ・ウルザを信頼しているのかね?」 「え、あ、」 唐突な問いにルイズが言葉に詰る。 指先でパイプを器用にくるくると回し、問うオールド・オスマン。 淡い光に照らされた瞳は、これまで見たことが無いくらい鋭く細められていた。 「もう一度聞こう。ミス・ヴァリエール、君はミスタ・ウルザを信頼しているかね?」 白い長髪、年相応の皺の刻まれた顔、深い知性と洞察の色を宿した瞳でオスマンが問いかける。 何かを計るかのような、静かなる言葉。 「………はい、私は彼を信頼しています」 自分を試す二度目の問い、ルイズはこれに迷うことなくしっかりと答えた。 「よろしい、ならばなんら問題は無い。 君は君が信じた人間の言葉を信じればいい。なぜならそれが信頼というものだからじゃ、もっと胸を張ることじゃよ。 さて、わしもすぐに出ることにしようかの」 「……ありがとうございます、オールド・オスマン」 ルイズが深々と頭を下げる。 そう、ルイズは自分の使い魔を信頼している。 最初は怪しい老人としか思えなかった。 けれど、彼の背中を見ているうちにそれだけじゃないことが分かった。 今は、彼の横に並びたいと思っている自分がいる。 オスマンの言葉は、それを確認させるものであったのだ。 ルイズの努力の甲斐あって、トリステイン魔法学院の正面門前には多数の人が集まった。 それでもたかだか二十人程度、しかし、それがルイズの努力の証であることにはかわりなかった。 これには勿論タバサやその母、老執事も含まれている。 ウルザとコルベール、オスマンの姿が見えないが、彼らは彼らで何か準備をしているのだろう。 「皆!周りの人間でこの場にいない人間がいないかどうか確かめて頂戴」 学内に取り残された者がいないかを確認するためである。 言ったルイズも帰省せずに学院に残っていることを知っている人間が、きちんといるかどうかを確かめる。 ウルザ、コルベール、オスマンは姿を見せていないが、これは除外する。 タバサは…泣き止んで、いつもの無表情。 タバサの母は…おっとりとした雰囲気でおろおろとしている。 ペルスランは…婦人になにごとかを話しかけている。 顔見知りの平民の使用人は…きちんと集まっている。 ギーシュは…いなかった。 「――――――はあ!?」 思わず素っ頓狂な声をあげてしまうルイズである。 もう一度確認するが、やはりギーシュの姿はここには見当たらなかった。 加えるならモンモランシーの姿もまた確認できない。 ギーシュとモンモランシー、確実に学院に残っている二人。 この場にいないならどこにいるか? 決まっている、学院の寮の部屋である。 焦った表情のルイズが寮に向けて走り出した。 息が切れることも構わない、全力の疾走を開始する。 それを見たタバサが、握っていた母の手を離した。 「シャルロット?」 「…母さま、シャルロットは行かねばなりません」 「お嬢様…」 タバサは言いかけるペルスランを、杖を掲げて遮る。 「いいわ、シャルロット。あなたのお友達を助けてあげて。 これまでずっと迷惑をかけてきたわたくしですもの、あなたを送り出すことくらいさせて頂戴」 こくりと頷くタバサ。 「ああ、私のシャルロット…」 婦人が膝立ちになりタバサを優しく抱きしめる。 「お願い、約束して頂戴。 必ず、必ず戻ると…私の大事なシャルロット…」 抱きながら優しく頭を撫でる母の手。 また溢れ出しそうになる涙をぐっと堪える。 願ってやまなかった母の温もりが確かにここにある。 それを置き去りにしてまで、為さねばならないことがあるだろうか。 だが、それを思うタバサの心は決まっている。 「必ず、戻ります」 友を、ルイズを助けねばならない。 名残惜しい母の抱擁から離れ、タバサもまた、ルイズを追って寮へと走り出した。 無人となった学院、その中でルイズの足音と息遣いだけが響く。 ルイズはまず、学院本塔一階に位置する男子寮、その中にあるギーシュの部屋へと向かった。 ギーシュの部屋の前に立ってドアをノックする、返事なし。 ドアを開ける、幸い鍵は掛かっていなかった。 そして部屋の中にギーシュは………いなかった。 ルイズは頭の痛くなる予感を感じながら、次に女子寮へと向かった。 「ああ!モンモランシー!僕のモンモランシー!好きだ!僕は君が好きだ、大好きだ!」 「ギーシュ!私も…私もあなたが好きよ!」 「香水のモンモランシー!君の香りは…香りはっ!僕を惑わせるっ!」 「駄目よ!駄目よギーシュ!私たちまだ学生じゃないっ!いけないわこんなこと!」 「何が駄目なんだいモンモランシー!僕には分からないよ!僕ぁもう…僕ぁもう…っ!」 「ああん!いけないわ!こんなこと不潔よっ!結婚するまでは…結婚するまでは…っ!」 「我慢!僕ぁ一体何を我慢すれば良いんだい!?君を愛することを我慢するなんてっ!残酷すぎるよっ!」 「そんな、そんなに情熱的に言われたら…私、私…っ」 「モ、モンモランシーーーーーっ!!!」 その時であった。 ドアを蹴破って入ってきたルイズが勢いそのままに、ベットに座るモンモランシーに飛びかかろうとしていたギーシュの股間を蹴り上げたのは。 「の、ノオオオオオオオオオォォォォォォォォォ…」 両手で股間を押さえながら、床に倒れ伏せて悶絶するギーシュ。 荒い息で飛び込んできたルイズの目は、氷のように冷たく鋭い。 「はぁ、はぁ、人が必死に探してたってのに、あ、あ、ああんた達一体何しちゃってるのよ、こ、こ、この色ボケ男ってば」 「ちょ、ちょっと、ルイズ、落ち着いて?ね、話を、話を聞いて頂戴」 ルイズの目が向けられるやいなや、モンモランシーも慌てて正座する。 「これには深い事情があるの、ギーシュはちょっとやり過ぎちゃったけど、 …ええと、その……あ、タバサ!良いところに来たわ!この子に何か言ってあげて!」 先ほどルイズが蹴り開けたドアからタバサがひょっこりと顔を出したのを見たモンモランシーが、藁にも縋る思いで声をかける。 これにタバサもこくんと頷き、ルイズに声をかける。 「…急がないと」 タバサのこの発言に、流石に事態を思い出したルイズがギーシュとモンモランシーに声をかける。 「急いで、早くここから逃げるわよ、もう皆集まってるんだから」 「?逃げるって、何で?」 この二人はいつから盛り上がっていたのだろうと、こめかみを押さえながらルイズが堪える。 「いいから!早く行くわよ!」 ルイズとタバサ、二人はギーシュとモンモランシーを連れ出して、寮の外へと再び足を向けるのであった。 さて、ルイズ達が女子寮のモンモランシーの部屋からギーシュ達を連れ出した時、マチルダ・オブ・サウスゴータこと、土くれのフーケは学院本塔宝物庫にいた。 「………」 そして、以前見た宝物庫の有様と大きく違う、具体的にはめぼしいものが持ち去られて閑散とした様子の宝物庫を見て途方にくれていた。 「泥棒の仕業…って訳じゃなさそうね」 フーケはタバサにシルフィードで学院に連れてこられた後、ルイズ達の目を掻い潜り、再びあの因縁のある宝物庫へと向かったのである。 正直、フーケは本来はこんなところまでついてくるつもりはなかったのだ。 タバサの気迫に押し切られる形でトリステイン魔法学院まで休憩なしで飛び続けたため、ガリア領内の次に降り立った場所がここであったというだけ。 そうして、行方を晦ます行きがけの駄賃とばかりに、以前押し入った宝物庫に向かったのだが、どういう訳か宝物庫にかけられていたロックの魔法は解除されており、鍵は申し訳程度にかけられた錠前一つとなっていた。 これを見たフーケは燃え上がった、時間も忘れて、警戒しつつも大胆に、かつ慎重な手つきで持って鍵を外した。 そうして再び侵入した宝物庫には………物が無かった。 「魔法が解除されてたから、こんな気はしてたけどね…はあ、無駄な時間だったわ」 こんな場所にいても仕方が無いので、フーケは宝物庫を後にする。 人気の無い魔法学院、その中をさらに隠れて移動しながら食堂へ移動、そこから外へ出た。 フーケがそうして夜の闇にまぎれて消えようとした時、丁度女子寮から出てきたルイズ達とばったりと鉢合わせした。 「「………あ」」 両者、思わぬ再会に言葉が詰る。 ルイズの横にいたタバサは、フーケの説明をルイズに説明していなかったことを思い出したが、もう遅い。 「あんたフーケじゃない!よくものこのことこんなところに…っ!」 だが、次を続けようとするルイズの言葉はここで遮られた。 破壊をもたらす、爆炎によって。 轟音と熱量を撒き散らしながら爆発が学院本塔を襲う。 空から飛来した何かが火炎の塊を吐き出し、それ学院のあちこちへと打ち込む。 直撃を受けた土の塔が学院の敷地内へ崩れていく。 この光景でまず我に返ったフーケが目の前の子供達に檄を浴びせる。 「なんだか分からないがいくよ!あんた達も死にたくなかったら呆けてるんじゃないよっ!」 声とともに走り始めるフーケ、ルイズ達はその背を追いかける。 目指すは魔法学院正面門前。 だが、正面門の前。 避難しようとする人たちが集まっているはずのそこに、人気は無かった。 その代わりに、彼らを出迎えたのは白い髭を蓄えた男、虚無の使い魔ウルザであった。 「彼らには攻撃が始まる前に一足先にトリスタニアへと飛んでもらった」 「それじゃ、私たちはどうやって王都へと向かうのよ」 「………ここにいる我々は、あのフネでこの場を脱出する」 ウルザが杖で指し示した先には、炎に照らされた、一隻のフネ。 そうそれは、かつてウルザがウェザーライトⅡと呼んだ、あのフネであった。 こうして、新世代のクルーを迎えたウェザーライトの新たなる冒険が始まる。 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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ルイス 名前:Lewis デビュー:『ルイスと未来泥棒』(2007年) 概要 養護施設育ちの孤児の少年。発明について天才的な才能を持つが、失敗しては自暴自棄になっている。発明のことで周りが見えなくなり、養子縁組は何度も破談になっている。 赤ん坊の頃に母親に捨てられてから自分を「いらない子」だと認識していたが、「育てたくても育てられない事情があったのかもしれない」という仮説を立ててから、自らの発明で母親の真意を確かめようとする。 科学フェア*の会場で未来少年を名乗るウィルバー・ロビンソンと出会い、山高帽の男の存在を知り、ルイスの冒険が始まる。 エピソード ルイスと未来泥棒 1995年、生まれて間もないルイスは6丁目子ども養護施設*前に捨てられ、管理人のミルドレッド・ダッフィーに育てられる。以来、発明に夢中になり、ルームメイトのグーブは夜な夜な巻き込まれて寝不足に。里親面談は124連敗中。 2007年のある日、ミルドレッドの一言から自分を手放した母親のことを知りたいと思い、記憶スキャナー*を発明してジョイス・ウィリアムズ小学校*の科学フェア*に出品する。ルイスはそこで未来から来た時空警察を名乗る少年ウィルバー・ロビンソンから山高帽の男に用心するよう警告される。ポジティブなクランクルホーン博士に応援されて迎えた発表本番では記憶スキャナーが突然故障し、科学フェアは台無しに。ウィルバーは記憶スキャナーを直すべきだと主張するが、自暴自棄になるルイス。ウィルバーはタイムマシン*に乗ってルイスを30年後の未来へと連れて行く。 ウィルバーの話を信用したルイスはタイムマシンに乗って自分の母親に会いに行こうとするが、ウィルバーと喧嘩しタイムマシンを墜落させてしまう。焦るウィルバーはタイムマシンを修理してくれたらルイスを過去に連れていくと約束する。ウィルバーと世話役のロボット、カールからロビンソン家のガレージで修理を任されたルイスだが、うっかり外に出てしまったところ、家長のバド・ロビンソンに妻のルシール・ロビンソンをはじめとした一族を案内される。一族に気に入られたルイスは夕食に招待される。そこで機械の修理を頼まれたルイスはまたしても失敗してしまう。しかし、彼らはルイスの失敗を称え、「人間は失敗から学べる。前へ進み続けよう。」と彼を励ます。ルイスは突如恐竜のタイニーに襲われるが、自分を守って励ましてくれたロビンソン家を理想の家族と思うようになる。ウィルバーの母フラニー・ロビンソンはルイスに家族になろうと告げるが、ルイスの髪型を見た途端、「元の時代へ帰りなさい」と言う。 ウィルバーに自分が利用されていたことに気付いたルイスは山高帽の男に「ママに会わせてやる代わりに記憶スキャナーの使い方を教えろ」と要求される。教えたルイスは山高帽の男に囚われてしまう。山高帽の男は「自分の正体がグーブであり、ルイスのせいで寝不足になって少年野球でエラーをして人生が台無しになったこと」「ウィルバーの父コーネリアス・ロビンソンが未来のルイスであること」を告げる。山高帽の男とルイスが発明したドリスはルイスへの復讐のために手を組み、ウィルバーがガレージの扉を閉め忘れた隙にタイムマシンを盗んでいた。間一髪のところに、ウィルバーとカールが助けに来るが、山高帽の男は既にタイムマシンで過去へ逃げてしまっていた。山高帽の男による歴史の改変で、ウィルバーはこの世界から消滅してしまう。 未来に取り残されたルイスは記憶スキャナーでドリスの記憶を読み取る。そこには、過去に戻った山高帽の男がインベントコ*にルイスから盗んだ発明品を売り込んだこと、そしてドリスらお助けハット*たちが自分をこき使った人間へ復讐し、山高帽の男をも裏切るビジョンが映し出されていた。驚くルイスをお助けハットに洗脳されたロビンソン一家が襲う。絶体絶命のルイスはタイムマシンを修理し、メガ・ドリス*から逃げて過去のインベントコへ向かう。 インベントコと契約を結ぼうとする山高帽の男の前に現れたルイスはドリスに「ボクは将来お前を発明しない」と言い放つ。荒廃した未来はドリスの存在しない世界へと戻り、ウィルバーの存在も元通りになった。ルイスは出張から戻ってきた未来の自分(コーネリアス)と対面する。コーネリアスは「記憶スキャナーが僕らの始まりだ」と話す。 ウィルバーは科学フェアに戻る前、ルイスを母親に捨てられた日に連れて行く。自分の母親に会うチャンスを得たルイスだったが、彼は会わないことを選択する。ウィルバーに束の間の別れを告げたルイスは野球中のグーブを起こしに行き、グーブはボールをキャッチしてヒーローになる。ルイスは科学フェアで記憶スキャナーを完成させる。そこでクランクルホーン博士が未来のルシールであること、カエル好きのクラスメイトがフラニーであることが判明する。ルイスはルシールとバドの夫妻の養子となり、養護施設を後にする。 その他 『ワンス・アポン・ア・スタジオ 100年の思い出』では、ベルと野獣が歌う「星に願いを」に聞き入っている。 登場作品 2000年代 2007年 ルイスと未来泥棒 ウィルバーの危険な時間旅行* ルイスと未来泥棒 2020年代 2023年 ワンス・アポン・ア・スタジオ 100年の思い出 声 ダニエル・ハンセン* / ジョーダン・フライ*(2007年) 白石涼子(2007年)
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アイコは元の肉体を取り戻した その後アイコは母と弟といつも変わらぬ日常を過ごした もう一人のアイコが自己紹介した処で物語は終わる
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アンリエッタ王女は、薄暗い私室のカーテンを開けようと杖を手に持ったが、カーテンを開けぬまま杖を下ろした。 まだ日は高いというのに薄暗い部屋は、彼女の心そのものだった。 十七歳の少女としての自分は、ルイズを友達だと思っている。 しかし王女としての自分は、これからルイズに困難な任務を押しつけようとしている。 水晶のついた杖をいじりつつ、子供の頃のことを思い出す。 『杖を手持ち無沙汰に扱うのはみっともない行為です!』 ルイズと一緒に怒られた、懐かしい思い出だった。 昨日、隣国のゲルマニアに向けて送り出された使者は、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約を正式な物とする手紙を携えている。 水面下ではアンリエッタとゲルマニア皇帝の婚約、そしてトリスティンとゲルマニアの軍事的な同盟がほぼ決定している。 それをわざとらしく手紙で知らせることで、”感動的な婚約”とやらを演出しようと言うのだろうか。 アンリエッタがゲルマニアに嫁げば、ルイズと友人の関係を維持したまま顔を会わせることは不可能になってしまうだろう。 アンリエッタは、本日何度目か分からないため息をつきながら考える。 ルイズなら主従の関係であっても、私の本心に気づいてくれるはず… しばらくしてメイドの一人が、アンリエッタに何かを伝える。 アンリエッタは無言で頷くと、メイドは廊下に待機していたもう一人のメイドと入れ替わり出て行った。 「姫様!」 「ルイズ!ああ、ルイズ。貴方には本当に苦労をかけてしまったわ。私のわがままでこんな格好をさせてしまって!」 二人きりになった途端、アンリエッタはメイドに抱きついた。 メイドの正体は言わずとも分かるだろうが、変装したルイズである。 「どうかお顔を上げてください。私は、姫殿下のいやしきしもべに過ぎませ…」 「そんな言い方はしないで!」 アンリエッタが今までとは違う。何か別の悲しみを含んだ声を上げた。 姫は、涙を流していた。 アンリエッタの部屋の奥、寝室のベッドの上で、二人は子供の頃の思い出と同じように並んで座った。 「ルイズ…わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのです」 「ゲルマニアですって!」 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声をあげた。 「…しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」 アンリエッタは、ルイズにハルケギニアを取り巻く情勢を話し始めた。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、王室打倒が画策されているということ。 反乱軍は次にトリステインを、その次にはゲルマニアの王室を打倒しようと目論んでいること。 アンリエッタがゲルマニア皇帝に嫁ぐことで、トリスティンとゲルマニアの同盟を結び、アルビオンの反乱に対抗しようとしていること。 アンリエッタは口には出さなかったが、ゲルマニアとの結婚を望んでいないのは明らかだった。だからこそ、ルイズは何も言えなかった。 「姫さま……」 「王族が、好きな相手と結婚するなんて、夢の中ですら許されないのですから」 寝言で使用人を呼んだ婦人に腹を立て、使用人を罰する貴族もいるのだ。 それを揶揄しているのだろうかと考えたが、アンリエッタの話は揶揄どころの話ではなかった。 「ゲルマニアの貴族はわたくしの婚姻をさまたげるための、ある材料を捜しています…おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」 アンリエッタは、顔を両手で覆うと、肩を振るわせた。いつもならその仕草に驚き、アンリエッタを心配するはずのルイズは、自分の内心が冷めているのを感じていた。 「姫さま。姫さまのご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」 ルイズは静かに、真剣に話しかけた。アンリエッタは両手で顔を覆ったまま呟く。 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ってしまったら、それをゲルマニアの皇室に届けることでしょう」 「それは、どんな内容の手紙なのですか」 「ごめんなさい、ルイズ。それは貴方に言うことは出来ないのです。もしその手紙がゲルマニアの皇室に渡れば、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟も崩れ…いえ、ゲルマニアやガリアの手で、トリスティンはアルビオンを消耗させる材料にされてしまうかもしれないのです…」 ルイズは、静かに、しかし力強く、アンリエッタの手を握った。 「姫さま…私への密命は、その手紙のことなのでしょう?」 顔を覆っていた手をルイズに握られ、泣き顔を隠せなくなったアンリエッタはルイズを見た。 そこには、いつになく真剣な表情の、アンリエッタの初めて見るルイズが居た。 一瞬の驚きの後、ルイズのまなざしに、アンリエッタは恐怖を感じ、ルイズの手をふりほどいた。 「あ…! わたくしは、なんてことを、なんてことを…わたしは、おともだちに、こんな、ああ、ルイズ、許して!」 アンリエッタはベッドのカーテンにしがみつき、ルイズへの謝罪を続けた。 カーテンが締め切られ、灯りと言えば窓枠周辺から反射して入り込む日の光。 そんな薄暗い部屋の中で見たルイズの瞳は、まるで白金でできた鏡のようにアンリエッタを映した気がした。 それに驚いたアンリエッタは、矛盾に気付いてしまったのだ。 友達としてルイズを頼ろうとしていたアンリエッタは、自分のしぐさが、芝居がかかったモノだと気付いてしまった。まるで同情を買うかのような仕草をした自分が急に恥ずかしく、そして後ろめたくなったのだ。 生まれてから17年、王族としての威厳を備えた祖父王と父王の姿は目に焼き付いている。 それと同時に、華美な言葉を並べ立てて、王族に取り入ろうとする貴族達と、王族の権威を利用しようとする者達を見てきたのだ。 いつの間にか自分にまで染みついていた『謀略』の知識を、ルイズにまで向けてしまった。 アンリエッタはそれが悔しかった。 ルイズは薄暗い部屋の中でも、アンリエッタが悲しみ、そして苦しんでいることが理解出来た。 友達だからこそ理解出来る。いや、友達だからこそ理解出来なくてもいい。 アンリエッタは、貴族達の謀略にまみれて育った、貴族の誇りや責任感を利用して人を扇動する技術も、自然と身につけてしまったのだろう。 だからルイズはアンリエッタの仕草が演技だったとしても悔しくはない。 『騙されても良い』と考えたのだ。 「ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、貴族として申し上げます」 アンリエッタは、今までに聞いたことのない程の、凛々しいとも言えるルイズの言葉に驚いた。 「始祖ブリミルより血を分けしトリスティンに仕える貴族は、決して失望致しません」 「貴族は、貴族にとって都合の良い猊下(げいか)を祭り上げるものでは決してありません。姫殿下の行為が、トリスティンに危機を招くものだとしても、貴族はその誇りをもって始祖ブリミルに仕え、王家を守護し、領民を守るものだと断言致します」 そして今度は、呆然とするアンリエッタの手を強く握り、語りかけた。 凛々しい表情から一変して、笑顔を見せるルイズ。 「でも今は、アンの友達として、私に出来る限りのことをするわ。だって、私にしか頼めないと思ったから私を呼んでしょう?」 「小さかった頃、魔法を使えない私に、壊れかけた小舟を動かさせて、沈みそうになって、お父様と教育係に叱られたこと、覚えてるでしょ?」 「アンは、実は無茶なことをするお姫様だって知ってるわ!知ってるから、だから泣かないで!」 ルイズの笑顔にアンリエッタは涙を流した。 小さい頃から慣れ親しんだ『おともだちのルイズ』が、そこにいたのだ。 彼女は悲しみではなく、喜びを涙した。 その夜、アンリエッタは子供の頃の夢を見た。 このところの執務と心労が、彼女の眠りを妨げていたが、今日ばかりは違った。 遊び疲れて眠ってしまった子供のように、枕を抱きしめて、つかのまの幸せな夢を見ていた。 ルイズは、憧れの人との再会して抱擁を受けたことと、友達としてアンリエッタと語らうことが出来たことと、覚悟を決めたアンリエッタから重大な密命を受けたことに興奮し、なかなか眠れなかった。 あんまりにも眠れないのでトイレに行った。 キュルケとタバサが居た。 翌日から三人一緒にトイレに行くことになった。 幽霊騒ぎは三人の絆を深めたのかもしれない。 『…やれやれだぜ』 前へ 目次 次へ
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ (8)空賊船 ルイズ達が空の人になり数時間がたった。 既に夜は明け、太陽は眩しいばかりの光を放っている。 「アルビオンが見えたぞー!」 鐘楼の上の見張りの言葉通り、船の行く手には巨大な陸地。 「浮遊大陸………」 ウルザの知識の中でも、伝承や御伽噺としか聞いたことが無いようなものが、その前に広がっていた。 「そう、浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ」 流石に驚きを隠せないウルザに、ルイズが説明する。 一瞬呆けていたウルザであったが、ルイズの説明を受けた後はぶつぶつと独り言を呟きながら何処かへ行ってしまった。 アルビオン、浮遊大陸、月、始祖ブリミル、虚無、白と黒のマナ。 少しづつだが、確実に全体像を捉えるピースは揃ってきている。 一人、考えを纏める為に船室に戻ったウルザであるが、船の異変を察知する。 停戦するらしい動きを見せる船。 思いのほか長い時間を過ごしてしまい、その間にアルビオンに到着したのだと考えて甲板に戻る。 だが甲板では船員達が慌しく動き回っており、常ならぬ事態が起きていることが分かった。 忙しく動き回る船員達の間に、桃色の髪を見つけて呼び止める。 「ミス・ルイズ。一体何が起こった?」 「空賊よ」 ルイズ達が乗る船に横付けされた空賊船から、屈強な男達が乗り込む。 手には曲刀や斧、その数およそ数十人。 見つめるウルザとワルド、共に無言である。 ただ一人、ルイズだけがおびえた様にウルザの背中に隠れるように移動する。 「船の名前と積荷は?」 「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」 空賊の頭目らしい男と船長の会話。 既に船は完全に空賊に制圧され、船員達は震えながら二人の会話、自分達の命運を決定するであろうそれを聞いている。 「硫黄か…」 頭目はにやりと笑うと、船長の帽子を取り上げ、自分の頭に被せる。 「船ごと全部買った、料金はてめえらの命だ」 「船長」 空賊達が船の中を調べまわっている時、ウルザが声をかける。 同時にウルザを振り返る空賊の頭目とマリー・ガラント号の船長。 ウルザが視線を空賊の方に向いているのが分かると、船長は恨めしそうに未だ頭目の頭にある帽子を見やった。 「我々はトリステイン王家からの使いだ、アルビオン王党派に接触する為に派遣されている。どうか我々だけでも解放してもらえないだろうか」 後ろに控えるルイズ、それにワルドが目を見開く。 「ちょっ!ちょっと!何言ってるのよ!?頭でもおかしくなったの!?」 「いや、ミス・ヴァリエール。私は正常だ。任務は何があっても達成されなくてはならない」 頭目が胡散臭げにルイズ、ワルド、それにウルザを交互に見やる。 「おやおや、お貴族様まで積んでたとはなぁ。 おい、てめぇら!こいつらも運びな、身代金がたんまりと貰えるだろうぜ」 空賊に拘束されたルイズ達は船倉に監禁されていた。 「何であんなこと言っちゃったのよ!?」 そこでの話題の中心は、もっぱら先ほどのウルザの発言についてである。 「この任務は隠密なのよ!?誰にも知られちゃいけないの!」 食って掛かるルイズ、無言のウルザ、何か思うところがあるのか、ワルドも沈黙を通している。 「そそそ、それを、よりにもよって空賊なんて下賤の輩に!」 そんな賑やかな一行に、野太い声がかけられる。 「おい、お前ら。頭がお呼びだ」 三人がその空賊に案内されて連れてこられ先は、小奇麗ながらも品のよい立派な部屋だった。 豪華なディナーテーブルが置かれており、上座には先ほどの派手な格好の空賊が腰掛けている。 周囲には多数の空賊達が武器を手に控えている。 ここまで連れてきた空賊の男が後ろからルイズをつつく。 「おい、お前たち、頭の前だ。挨拶しろ」 しかし、ルイズは頭を睨みつけるだけで応えようとはしない。 「くくくっ、気の強い女は好きだぜ、子供でもな。それじゃあ名前を名乗りな」 ルイズの中で一瞬の葛藤、このままシラを切りとおすべきか、ウルザの言ってしまったことを認めるべきか。 もう一度、目の前の男を見た。 貴族として、こんな男に対して嘘をつくことが、許せないことであるように感じた。 「大使としての扱いを要求するわ。そうじゃなかったら、一言だってあんた達なんかと口をきくもんですか」 見つめるルイズの目を真っ向から見据えながら頭が言う。 「王党派にようとか言ってたな。あんな明日にも消えちまうような連中に、何のようがあるってんだ?」 「あんたに言うことなんて何も無いわ」 頭は、心底楽しそうな声えルイズに告げる。 「貴族派につく気はないか?あいつらはメイジを欲しがってる。たんまり礼金も弾んでくれるぜ」 「死んでも、イヤ」 侵略者に対して、懸命に抗う姿、そんな少女を見ながら頭が目を細めて問いかける。 「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」 「答えは同じ、ノーよ」 突然に笑い始める頭目、それも小さく笑うというものではない、爆笑の類だ。 つられて周囲に控えた空賊達も大笑いを始める。 「なな、何で笑うのよ!?」 「はっはっはっは!トリステインの貴族は、本当に気ばかりが強くていけないな。 何処かの国の恥知らずどもに比べれば何百倍もマシだがね」 そう言いながら頭が立ち上がる、それと同時に空賊達の笑い声が一斉に止む。 「失礼した。貴族に名乗らせるなら、まずこちらが名乗りをあげなくてはね」 頭目が頭の黒髪―カツラ―を剥ぎ取る、続いて眼帯、付け髭も。 そうして現れたのは凛々しい金髪の青年であった。 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官…いや、通りのよい名前で名乗ろう。 アルビオン王国皇太子、ウェールズ・チューダーだ」 貴族の嗜みも忘れて口をあんぐりと開けるルイズ、興味深そうに見つめるワルド。 ただ一人、ウルザのみが無反応。 「その顔は、どうして皇太子が空賊なんてやっているんだって顔だね。 いや、金持ちの反乱軍には次々と補給物資が送り込まれる。それを絶つのが目的でね。 流石に堂々と王軍の旗を掲げたのでは、あっという間に袋叩きにされてしまう。 そこで、これさ」 そういいながら、先ほどまでつけていたカツラを掲げ、イタズラっぽくウインクした。 「そこの眼鏡のメイジの方には最初からお見通しだったみたいだけどね」 「ええ!?どういうことよミスタ・ウルザ!」 「それは僕も聞きたいところだな、なぜばれたのかな?」 ルイズとウェールズ、二人に問いかけられて、ウルザも重い口を開いた。 「まず、最初の一点は、統率が取れすぎていること。 船を制圧した際の空賊の手際が良すぎたのと、注意深く見れば歩き方が訓練された兵士のそれと分かったのだよ。 兵士が賊を身をやつすとすれば、敗残兵達が賊と化すことが考えられるが、それにしては統率が取れすぎていた。 次に、君達の武器だ。 斧に曲刀、君達は良かれと思って持っていたのだろうが、敗残兵は普通、本来自分達が支給されていた武器を持っているはずだ。 訓練された兵士の動きをする空賊達が揃えたように『空賊姿』なのは不自然なのだ。 第三に、君達が船の乗員を誰も殺さなかったことも判断材料だった。 これらから、君達が正規の軍隊であると推理した。 そして、先ごろ聞いた戦況を考慮すると、どちらの正規軍かは予測がつく」 「ははは、全くとんだ名探偵がいたものだね、いや、全く。 次があるなら是非とも参考にさせてもらうよ」 「流石に皇太子殿下本人がお乗りとは思いませんでしたがな」 縄を解かれて立ち上がったルイズ達に、深々と礼をとるウェールズ皇太子。 「アルビオン王国へようこそ。大使殿。さて、御用の向きをお聞かせ願おうか」 ルイズは未だ、ショックで上手く口がきけないらしく、代わってワルドが優雅に頭を下げた。 「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」 「ふむ、姫殿下とな…君は?」 「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵に御座います」 それからワルドはルイズたちをウェールズに紹介する。 「そして、こちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかりましたラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔のメイジ殿で御座います」 「ほう!使い魔にメイジとは珍しい!して、その密書とやらは?」 ルイズが慌てて、懐からアンリエッタの手紙を取り出し、恭しくウェールズに近づいた。 しかし、その歩が途中で止まる。 「ん?どうしたのかな?」 「あ、あの……失礼ですが、その、本当に皇太子さま、ですか?」 流石にこれにはウェールズ、その周辺の兵士達も笑いを堪えずにはいられなかった。 再び爆笑の渦、一人顔を焼け石のように真っ赤にするルイズ。 「いやいや、無理も無い。でも僕はウェールズさ、正真正銘の皇太子。何なら証拠をお見せしよう」 ウェールズがルイズの指に光る水のルビーを見つめていった。 自分の薬指に光る指輪を外すと、ルイズの手をとり、水のルビーに近づけた。 するとどうであろうか、二つの宝石が共鳴しあい、周囲に虹色の光を振りまいた。 「この指輪はアルビオン王家に伝わる風のルビー。君が嵌めているアンリエッタの水のルビーとは共鳴作用があるんだ。 水と風は、虹を作る、王家に、」 王子がそう言いかけたその時、何かが弾けたような大きな音が部屋に響き渡った。 敵襲を警戒し、瞬時に臨戦態勢に切り替わる訓練された兵士達。 ルイズを抱くようにして伏せさせるウェールズ皇太子。 ワルドも素早く部屋に立てかけてあった武器に飛びつく。 しかし、待てども襲撃は無く、同じ音が続けてあがることも無かった。 全員が緊張を保ちながら音の原因を探ろうとしたとき、蹲ったままの者が一人いる。 ウルザである。 ウルザは手で両目を押さえながら何かを堪えるように歯を食いしばっていた。 空賊を見つけたときに大急ぎで逃げ出しても遅い 彼らは既に君達を見つけていたのだから 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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パシテエ(2) ギリシャ神話のネレイスの一。 別名: パーシテエー(2)
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前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者 フリッグの舞踏会から何日か過ぎた朝。 慌てふためき走り回る生徒や、顔面が攣りそうなほどの笑顔でスキップする生徒がそこらじゅうにわらわらと。 「こりゃ何の騒ぎだよ」 朝食を済まし、ルイズの部屋に戻ろうとしたスラおは、何度か廊下を行き交う生徒に踏まれていた。 生徒の話を盗み聞きしたところ、アンリエッタとかいう姫が学院を訪問するとか何とか。 人の群れを掻い潜って、ルイズの部屋に戻る。 窓から外を確認すると、正門のあたりに生徒達が整列している。 その中には、授業中のはずのルイズ達もいる。 すると、立派な馬車が学院内に入ってくる。 中から出てきたのは白髪のおばさん。とても"姫"には見えない。 と、思っていると再び人が現れる。 その風貌はまさしく姫。美しく、可憐な様子が遠くから見てもうかがえる。 「冒険の臭いがするぞ」 昔から世界の危機には王やら姫やらが深く関係していると相場が決まっている。 その度に勇者が現れ世界を救う。 勇者に憧れるあまり、一時的とはいえ、本物の勇者にまでなったスラおにとっては、好奇心をくすぐりすぎる状況だ。 その時、背中に一瞬だけリーヴスラシルのルーンが浮かび上がったことをスラおは知らない。 その日の夜・・・。 ルイズは急に立ち上がったと思ったら、ベッドに腰掛けて枕を抱きかかえたりと、そわそわしている。 いつもならベッドに横になって寝息を立てている頃だ。 そういえば、今朝、姫の護衛か何かだろうか、羽帽子を被った髪の長い男の貴族がいた。 遠くから見ていただけなので確信はないが、ルイズはその男を目で追っていたような気がする。 ついでに頬も染めていた・・・ような気がする。 もしかしたら、それが原因かもしれない。 「おいルイズ。もう寝た方がいいんじゃねぇか?」 毎朝ルイズを起こす役目を担っているのはスラおである。 寝不足になってもらうと、寝起きが悪くなる。ついでに機嫌も悪くなる。 面倒事が増えてしまうではないか。 就寝を催促してもルイズは目を閉じようとはせず、それどころかスラおの声も聞こえていないようだ。 そんな時、ノックの音が聞こえた。 ノックは規則正しく、初めに長く二回、それから短く三回叩かれた。 ルイズの顔つきが変わる。 慌ててブラウスを身につけ、ドアを開ける。 そこには黒い頭巾をかぶった女が立っていた。 フーケの時もそうだったが、スラおは魔物。 雄、雌の違いを見た目でほとんど見分けられない魔物の仲間。 それ故、匂いやちょっとした仕草で性別を簡単に区別することができるのだ。 その女は図々しくも、部屋の中に入ってきて扉を閉める。 「・・・あなたは?」 女は人差し指を口元にやり、ルイズの問いを制止する。 そして、杖を取り出し軽く振る。すると光の粉が部屋に舞う。 「・・・ディティクトマジック?」 それは魔力を探知する魔法。 「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」 女はそう言って、黒い頭巾を取る。 なんとそれはアンリエッタ王女。 遠くから見ただけでも眩しい輝きを放っているのに、こんな近くで直視すると、あまりの輝きに失明してしまいそうだ。 「姫殿下!」 ルイズが慌てて膝をつく。 スラおは妙にテンションが上がってしまって、うおっうおっと言いながらぴょんぴょん飛び跳ねる。 ルイズに睨まれるが、気付かない。 そして、アンリエッタは透き通るような声で言った。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタは感極まってルイズを抱きしめる。 「あぁ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」 「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へお越しになられるなんて・・・」 姫はまるで友人のように話しかけてくるというのに、ルイズはずっと畏まっている。 姫もそんな状況を嫌がっているのか、堅苦しい行儀をやめるように促す。 緊張しているのか、それでもルイズは堅苦しい行儀とやらをやめようとはしない。 その緊張を察したのか、アンリエッタは昔話を始める。 「幼い頃、いっしょになって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃないの!泥だらけになって!」 それを聞いて、顔の筋肉が緩んだようにルイズははにかんだ。 どうやらアンリエッタとルイズは幼馴染らしい。 これはますます冒険の臭いが漂ってくる。 しばらくの間、ルイズ達は昔話に花を咲かせた。 だが、アンリエッタの明るすぎる表情に影ができる。 「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ。フランソワーズ」 王族には王族なりの苦労があるのだろう。 将来を約束されるということは、逆にその道から決して外れることができないということでもある。 アンリエッタは窓の外の月を眺めて寂しそうに言った。 「結婚するのよ。わたくし」 「・・・・おめでとうございます」 一応、祝福の言葉を贈るルイズだが、その声は沈んでいた。 スラおでも分かる。それは望んだ結婚ではない。 自らふった話だが、場の空気の沈みようが想像以上だったのか、アンリエッタは話をそらす。 「面白いガラス細工ね。マジックアイテムかしら?」 アンリエッタがスラおに目を向ける。 まさか生きているとは思わないゲル状の物体を、ガラス細工と勘違いしたらしい。 それがピョンピョンと飛び跳ねているのだから、マジックアイテムと思っても仕方がないだろう。 「あれは一応生きている使い魔です。脳味噌がないので失礼な態度をとることがありますが、どうかお許しください」 ルイズが少し焦った声で答える。 「脳味噌がねぇってどういうことだよ!」 友達だとかなんとか言いながらも、失礼なことを言うルイズを一喝する。 「ガラスのように綺麗だったのでつい。かわいらしい使い魔ですね」 それに人の言葉まで話すなんて、と目をキラキラさせながらアンリエッタが見つめてくる。 嘘偽りなく、素直に誉められたような気がして、スラおは恥ずかしくなって、ぷいっと背を向ける。 その後、ほんの少しの間だけ沈黙が続く。 その沈黙を破るように、アンリエッタが深いため息をついた。 「姫様、どうなさったんですか?」 ルイズが心配して聞くが、アンリエッタはなんでもないと言って言葉を濁す。 だが、わざわざこうしてルイズの部屋にやって来ている時点で、アンリエッタは悩みを聞いてもらう気満々なのだ。 案の定、何度かルイズが聞き返すと、アンリエッタは口を開いた。 「今から話すことは、誰にも話してはいけません」 アンリエッタはルイズに向かってそう言ったが、スラおはもちろん席をはずす気などない。 アンリエッタも使い魔に席をはずさせる気はなく、構わず話を続ける。 「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが・・・」 「ゲルマニアですって!」 ゲルマニアが嫌いなルイズは驚きのあまり、アンリエッタの話を遮ってしまう。 「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」 アンリエッタは、ハルケギニアの政治情勢を、ルイズに説明した。 同盟のために、ゲルマニア皇室に嫁ぐことは必要なのだ。 「礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません」 アンリエッタは呟いた。 「・・・したがって、わたくしの婚姻を妨げるための材料を、血眼になって探しています」 「もしかして、姫様の婚姻をさまたげるような材料が?」 ルイズの額に汗が浮かぶ。 アンリエッタは両手を合わせ、天を仰ぐようにして頷いた。 「おお、始祖ブリミルよ・・・、この不幸な姫をお救いください・・・」 その場に崩れ落ちるアンリエッタを見て、スラおは目を輝かせる。 そんな場面ではないのだが、一国の姫を目の当たりにしたのは初めてだから仕方ない。 何をするにも、言うにも、大袈裟なところが、世間を知らないお姫様っぽさを強く表現していた。 そんなことを考えていると、またも大げさに両手を広げ、話し始める。 「・・・・わたくしが以前したためた一通の手紙です」 「手紙?」 「そうです。それがアルビオンの貴族達の手に渡ったら・・・、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」 「どんな内容の手紙なんですか?」 ルイズがその内容を聞くのは当然。だが、それには答えられないらしい。 その手紙は、今は手元にないという。 「手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と骨肉の争いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が・・・」 遅かれ早かれ、ウェールズ皇太子は反乱勢に囚われてしまうらしい。 そこでルイズもスラおも理解する。 「つまり、その手紙さえ取り戻せば・・・!」 私に任せてくださいと言わんばかりにルイズが声を張り上げる。 「だめよ!ルイズはわたくしの大切なお友達!そんな危険なこと頼めるはずもありませんわ!」 なんてこったい!ここまできて引くなんてそりゃないぜ! スラおは心の中で叫ぶ。ルイズのいる前で姫様にそんなことを言えばただでは済まない。 だが、姫のために任務を遂行する・・・こんな血湧き肉躍る冒険はなかなかない。 頼みの綱はルイズ。きっと引きさがらないはずだ。 「私は、あの『土くれのフーケ』を捕まえた一人です。その一件、わたくしめに任せていただければ必ず!」 ルイズにスラおが続く。 「オイラもいるから大丈夫だ!」 どや顔で胸を張る。 アンリエッタもそんな二人の態度に、ようやく折れた。 アンリエッタは、何度も何度も感謝の言葉を口にし、何度も何度も頭を下げた。 「早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」 ルイズがそう決意した瞬間、扉がバタンと音を立てて勢いよく開く。 「姫殿下!その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」 ギーシュが仲間になりたそうにこちらを見ている! たとえギーシュといえど、貴族であり、いいとこの息子だ。 話を盗み聞きされたこともあり、アンリエッタはギーシュも任務を遂行する一人として認めた。 そして、ルイズはアンリエッタから密書を受け取る。 「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引きぬくと、ルイズに手渡した。 「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。お金が必要になったら売り払ってくれても構いません」 ルイズはそれを受け取り、深々と頭を下げる。 「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」 朝もやの中、ルイズとギーシュが馬に鞍をつける。 スラおは、ルイズの馬に乗せてもらおうと、既に馬のお尻にちょこんと乗っている。 「ルイズ、お願いがあるんだが」 ギーシュが相変わらずキザな表情を作って言う。 「ぼくの使い魔を連れていきたいんだ」 「連れていけばいいじゃない」 ルイズは素っ気なく言う。 ギーシュはそれを聞いて、キザな表情を崩して満面の笑みを浮かべた。 すると、地面がモコモコと盛り上がる。 「ヴェルダンデ!ああ!僕の可愛いヴェルダンデ!」 出てきたのは大きなモグラ。ジャイアントモールというものらしい。 とにかく、これでもかと言うほど溺愛されていた。 「え?ちょ、ちょっと!何なのよ!」 急に、その巨大なモグラがルイズにのしかかり、体を鼻でつつきまわす。 最終的に、ルイズが右手の薬指にはめている指輪をクンカクンカと嗅ぎ続ける。 「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」 ルイズの助けを求める声も意に介さず、ギーシュは手をポンと叩いて、一人で勝手に納得する。 「面倒くせぇモグラだな。オイラがどかしてやるよ!」 スラおは馬の尻から飛び降り、ヴェルダンデを蹴飛ばそうとする。 そんな時、一陣の風が舞い上がり、スラおはヴェルダンデ諸共吹き飛んだ。 「誰だ!」 ギーシュが怒りのあまり顔を歪ませ、くしゃくしゃのブサイクに変わる。 目の前には羽帽子の長髪、長身の男。 「貴様、僕のヴェルダンデになにをするんだ!」 「てめぇ!オイラを吹き飛ばしやがって!なにしやがんだ!」 ギーシュとスラおの息が合った。 「落ち着いてくれ。僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行するよう命じられてね。君達だけでは心配らしい」 男はギーシュ達を制止し、帽子を脱ぐと、一礼する。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 それを聞いてギーシュは項垂れる。一、魔法学院の生徒風情では敵わない相手なのだろう。 「すまない。婚約者が、モグラに襲われているのを、見て見ぬ振りはできなくてね」 「うるせぇ!オイラまで吹き飛ばすこと・・・って、婚約者?」 相手が誰だろうと構わず威勢を張るスラおだったが、婚約者という言葉に驚いて唖然としてしまう。 「この"へちゃらぽけん"が婚約ぅ!?」 「だ、誰が"へちゃらぽけん"よ!意味分かんないわよ!」 ルイズはいつものように大声でスラおに言い返す。 しかし、婚約者の前であることを思い出したのか、青ざめたと思ったら、今度は頬を赤らめ、急に淑やかになる。 「なんでい・・・・」 こうして、スラおの新たな冒険は始まった。 前ページ次ページゼロのルイズと魔物の勇者