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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (47)マナ接続 最初に現れたのは、米粒ほどの大きさの輝きであった。 教皇が更なる力を注ぎ込むと、それは手鏡ほどの大きさまで拡大した。 そのくらいの大きさまで広がれば、光の向こうもはっきりとしてくる。 輝きの先、見えるは摩天楼。 「これが異世界……これが『世界扉』、ただ覗き込むではなく、行き来をするための虚無魔法……」 異界へと繋がっている世界扉を凝視しながら、感慨深げに教皇は言う。 そう、これが彼の目的のために必要不可欠な力であった。 今のこの狂ったパワーバランスを正し、迷える世界を導くために求めたものであった。 全てが終わった後に、指導者が必要とする力、 ――そのはずであった。 「……?」 そのとき、教皇はふと世界扉の向こう側の景色に、何かがちらついて見えた気がした。 確かに今は夜空に輝く天を突くような摩天楼が映って見える。 だが、それに混じって一瞬別のものが見えた気がしたのだ。 彼は怪訝に思い、世界扉をもう一度よく見ようと一歩近づいた。 途端に それが 反転した。 『向こう側』にある巨大建造物群を、映し出されていたはずの映像が切り替わり、突如として真っ暗な闇が映し出されたのだ。 はじめ教皇は呪文が途中で失敗して、扉の向こうの『こちら側』の景色が透けてしまったのだと思った。 だが、違うとすぐに気がついた。 見えているのは塗りつぶされたような漆黒、月光に照らされたヴェルサルテイル宮殿の景色ではない。 では何か? その疑問を確かめるために、教皇は更に一歩、足を踏み出した。 そして、彼が見つめる中、 『眼』が開いた。 「っ……!」 教皇が引きつった声を上げて、一歩たじろぐ。 彼の眼前、ギョロリギョロリと眼が動く。 世界扉の『向こう側』から、一つの巨大な眼球がこちらを見ていた。 突然現れた奇怪な眼球の存在に、教皇は圧倒される。 だが、変化はそれだけに止まらない。 眼球がまばたきをして、再び眼が開かれたとき、それは二つに増えていた。 さらにその二つがまばたきし、二つが四つ、四つが八つ。 教皇が見ている前で、その目はその数を加速度的に増やしていく。 何か取り返しがつかないことが起ころうとしている。 邪悪な想像力を掻き立てられるそのような光景を前にして、教皇は薄気味悪さ以上の、切迫した恐怖を肌で感じ取った。 直ちに集中をといて、精神力の供給を停止。呪文の中断を試みる。 それはとても常識的な行動。目の前の現象が呪文によって引き起こされた以上、それで全てが決着するはずだった。 「……何故だ」 誤算。 呆然と呟いた彼の前。 杖を降ろし、呪文を解いても、孔は閉じずに未だその場所に在った。 いや、彼の目には、むしろ先ほどよりもその直径が広がっているよう見えた。 そして気づく、円の縁が、小さく震えていることに。 「まさか……広がっている……?」 虚空に問う。 その答えは明らか。彼が述べたとおり。 孔は広がっている。 閉じようとする力、そして押し開こうとする力。 両者の衝突こそが、震えながら広がる輪の本質。 何かが力尽くで、この世界へと這い出ようとしている。 それは何者か? そんなことは、少し考えれば分かること。 嗚呼、あの〝目〟の主だ。 教皇は見た。孔の縁に黒いしみで出来たような、かぎ爪が突き立てられるのを。 教皇は見た。割り開いて這い出ようとしている、全てを塗り潰さんばかりの存在を。 教皇は見た。ただそこにあるだけで全てを腐らせ、滅ぼし蹂躙する虚ろな闇の片鱗を。 教皇は見た。孔の縁から無数に伸びる、黒いひび割れを。 そして聞いた。絶望の咆吼を。 確かに聞いた。世界の悲鳴を。 「あ、……うっ……な、何なの? これ……」 床に倒れていたルイズは早鐘を打つ心臓の鼓動を抑えるように胸に手を当て、何とかその場から立ち上がった。 意識を鮮明にするべく頭を振るい、周囲の状況を確認する。 タバサの部屋にいた他の者達は、一様にしてぐったりと脱力して倒れている。 唯一立ったままだったキュルケが、息も絶え絶えという様子でタバサに手を貸しているのが見えた。 ルイズが席を立とうとした瞬間に一同を襲った謎の窒息感。加えて体中の血が一気に沸き立つような感覚。 そして怖気が走るような嫌悪感。 形容しがたい感覚に、この場にいる者達――ひいてはハルケギニアの人々が戦いている中、ルイズだけは静かだった。 それは冷や水を浴びせかけられたようだった。 胸に去来したのは既視感。 ルイズにもはっきりと分かっていたわけではない。 だが、彼女は根本の部分で理解していた。 先ほどのそれが、以前夢で見た恐ろしい光景に連なるものであることを。 思い出すだけでも肌が粟立つ、あのおぞましい感覚。 先ほどのそれは、確かにそれに似ていた。 いや、似すぎていた。 〝ひらめき〟 「いかなくちゃ……」 『震源』はあの場所であるという、呪いにも似た直感。 もしも本当に〝アレ〟ならば、ウルザがいない今、自分こそが立ち向かわなくてはならない。 それが伝説の使命、伝説の価値。 そうと信じてルイズは走り出す。 むかうは窓、最短距離――余計なことに割いている時間はない。 縁に足をかけて、彼女は勢いよく外へと飛び出した。 幸いタバサの部屋は二階であり、窓から地面までの高さはそれほどでもない。 ルイズは着地の瞬間にフライの呪文を唱えて衝撃を緩和した。 これも虚無を使えるようになって以来の成果。今のルイズはいくつかのコモンマジックが使えるようになっていた。 彼女は地に足を降ろしてすぐさま、行くなと叫ぶ本能の拒絶を理性でねじ伏せて、目的の場所へ向かって全力で走りだした。 百合花壇を抜けて、薔薇園を突っ切って、池のそばを走りながら、ルイズはそれを見た。 月光が照らす庭園の中、ぽっかりとそこだけくり抜いたように丸く黒いものが蠢いている。 その近くには人が一人倒れている。 最悪の想像が、自分の現実を侵していくのをルイズは感じた。 ルイズがその場に到着したとき、孔は既に子供が通れる程の大きさにまで広がっていた。 そこから少し離れた場所に、教皇が倒れ伏しているのが見える。 その顔が一瞬強張ったが、彼の胸が微かに上下しているのを確認すると安堵の息を漏らした。 だが、問題は何ら解決していない。 目の前にある孔、その向こうにいるのは夢の中で見た"アレ"に違いなかった。 一度でもそれを目撃したならば、忘れることなどできはしない。 多くの悲劇を生み出して喰らい、世界を汚し尽くさんとする、邪悪の意志の塊。 幸いそれはまだ完全にこちら側に現出していない、それどころか、孔ごしにしかその姿を見せていない。 だというのに、ルイズは手のひらがじっとりと汗で湿っていくのを感じた。 ほんの一部分だというのに、何という威圧感! こんなものが溢れ出たら、世界はどうなってしまうだろうか! いくつもの悲劇、夢の光景が蘇る。 思い出すだけで心が萎えかける。 しかし、ルイズは心が屈するのを、良しとはしなかった。 ――やらせない。 ――あんなものを見るのは、二度と御免だわ。 ――だから、私が止めてみせる。 ――例えこの身が裂かれようとも! 恐怖と絶望を、 誇りと勇気が、 高潔な意志の力が打ち消した瞬間だった。 ルイズは目を閉じた。 呪文詠唱。 高く杖を掲げ、朗々とした声でルーンを唱える、世界に刻む。 打ち破る力を求めて、邪悪を払う力を求めて その声は力強く、強く、強く、強く! イメージ/イメージ/イメージ。 自身の奥深く、深層へと飛び込んでいくイメージ。 イメージ/イメージ/イメージ。 煮えたぎる溶岩と、底抜けに深い海のイメージ。 イメージ/イメージ/イメージ。 混ざり合う白と黒のイメージ。 イメージ/イメージ/イメージ 焦る心を抑え、長い呪文に精神を集中させる。 呪文は全て暗記している。 祈祷書が手に無かろうと、詠唱が止まることなどあり得ない。 孔の向こうにいるそれは、蠢くのみ。 まだこちら側に直接手出しすることはできないようだ。 虚無の詠唱にかかる時間の間に、孔が広がりきらないことを祈り、ルイズは呪文を唱え続けた。 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド・ベオーズス ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ・ジェラ イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…… ルイズにとっては長い長い時間、実際にはほんの数分ばかりの時間が流れ、やがて呪文は完成した。 集中する為に閉じていた目を開けて、ルイズは孔を睨みつける。 鎮座しているのはどこまでも落ちていきそうな深淵の黒。ルイズが覗き込む一方で、向こうからも覗き込まれている様な、そんな錯覚を覚える闇。 否、錯覚ではないかも知れない。きっとそう、それは本当に自分を見ているに違いない。 そう思うと、ルイズの背中をぞくりとしたものが駆け抜けた。 それでも、彼女は屈しなかった。 杖を振り下ろし、抑えつけている力の軛を解き放つ、契機となる文言を鋭く叫ぶ。 『爆発/Explosion』 直後、凄まじい爆発が起きた。 「ルイズ! ルイズ!」 その叫びでルイズは目を覚ました。 映る世界が傾いで見える。 どうやら呪文の完成と同時に気を失って倒れたようだった。 その視界の端には朧のように人影が映っている。ルイズはその声からそれがキュルケであると判断した。 妙に現実感がないのは、斜に見えているからか、自身の視力の低下のためか。 身を起こす、近くに落ちてしまっていたタクト型の杖をのろのろと掴む。 指から伝わる堅い木の感触が、虚ろだった現実感をはっきりとさせてくれた。 そこでルイズははっと自分が何をして倒れたのかを思い出した。 そして、結果を確認するために勢いよく振り向いたルイズは、そこに絶望を見た。 闇は変わらずそこにあった。 彼女が自分に残された、全ての精神力を込めたエクスプロージョンは、なんの痛撃も与えられず、ただ孔だけがそこにあった。 闇は何事も無かったかのように蠢き、無数の目玉が笑う。 その目の一つと、ルイズは目が合った気がした。 彼女がそこから読み取った感情は嘲笑。 そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか そんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものかそんなものか 嘲笑。 勿論、実際に笑っていたわけではない。 無数にあるとはいえ、目玉だけのそれが、自分を笑っているなどというのは、ルイズの単なる思い込みにしか過ぎない。 しかし、それでも彼女は、それが自分のちっぽけな抵抗を嘲笑っているように感じたのだ。 ルイズの血が、頭が、沸騰する。 「……いいわ。そうよね、これくらいで全部だなんて、甘かったわ。だったら……」 「ルイズ……」 キュルケが見ている前で、ルイズはゆっくりとだが、力強く立ち上がる。 そして吹っ切れた顔で、厚顔不遜に言い放つ。 「本当の全身全霊、全てをかけた一撃、お見舞してあげる!」 自信に満ちた顔で叫ぶ、自分の言葉を誇るように。 「サービスなんだからありがたく思いなさいよね!」 己のすべてをかけて、ルイズは再び呪文の詠唱を開始した。 今度こそ、最後の呪文を放つために。 両手の指にはめられた指輪が、闇を裂いて光を放った。 風が逆巻き、水がざわめく。 この場にある風が、水が……それだけではない、ハルケギニアの意志が自分の背を押してくれているのを感じる。 自分の内と外、自身と世界との境界が曖昧になっていく感覚を覚える。 どこまでも、どこまでも薄く伸ばされ広がっていく自分自身 伸張する感覚、その一端がパワーストーンに触れるのを感じた。 途端、流れ込む力の怒濤。 繋がった! 確かな感触を掴んで、ルイズは呪文の詠唱を始める。 「エオルー・スーヌ・フィル!」 先ほどの詠唱とは違う、荒々しく吠えるような呪文詠唱。 「スーヌ・ウリュ・ル・ラド!」 先ほどの詠唱が子守歌だとするならば、これは戦人の歌。 「オシェラ・ジェラ!」 正に炎。 「イル!」 流れ込んでくる力を拒絶せず、己が身を炉として再生成。 濾過、純化、反転、転換。 天まで届けとばかりに、呪文を高らかに詠い上げていく。 どん欲なまでに力を飲み込んでいく。 限界まで、限界まで、限界まで! 「……っ」 一滴の血が、大地に流れる。 ルイズの口の端から、一筋の血が漏れていた。 体内のどこかが爆発した感触だけは感じていた、痛みはない。 頭が熱い。視界は先ほどから完全にレッドアウトしたまま。 それでもルイズは呪文を唱える口を止めようとはしない、かまわず詠唱を続ける。 「イル!」 再び爆ぜるような衝撃。 ルイズがよろめく。 意志の力は詠唱を続けようとする、しかし、その口に血が絡んで口が回らない。 「やめなさいっ! なんだか分からないけど、それ以上やるとあんた死ぬわよっ!」 キュルケがルイズの肩を掴んで制止の叫びを上げる。 祖国で地獄を目にしたキュルケが、ルイズの姿から見て取ったのは濃厚な死の気配。 だが、それでもルイズは呪言を止めようとはしない。 「イル!」 と、そこで前兆もなくルイズの両膝が力を失った。 崩れそうになる体を、キュルケが慌てて抱き留める。 そんな状態になっても、なおもルイズは呪文を唱え続ける。 その姿はあたかも神に祈る聖者。 ルイズの体は既に一人では立つことすらままならず、口からは何度も血塊を吐き出している。 それでも負けないという意志。かつて見た悲劇をなんとしても自分の手で回避させようという堅い決意。 それだけが彼女を支えていた。 けれど、この世界はそんなに優しくできていない。 彼女の精神力よりも、肉体が先に限界を迎えた。 ごぼり。 体が震え、一際大きな血の塊をはき出すと、そこまで続いていたルイズの詠唱が唐突に止まった。 (――――あ、れ ?) 気がつくと、ルイズは口どころか指一つ動かせなくなっていた。 それだけではない、抱いてくれているキュルケの体温も、感触も感じられない。 そして唐突に知覚していた世界が狭くなっていくのを感じる。 繋がっていたはずのものが急速に解けていく。 何も感じられないくせに、自分に集まっていた力が霧散していくのだけは、いやにリアルに理解できた。 あまりにあっけない限界。 何の前触れもない終焉。 漠然としか捉えていなかった死神の足音が、はっきりと耳にこだました。 「しっかり、しっかりしなさいよルイズ!」 脱力したルイズを抱き起こしたキュルケは、そのあまりの軽さにぞっとした。 それに体温があまりに低い、まるで死体のような低さ。 浅くだが胸が上下していること自体が、悪い冗談のようだ。 と、そこでキュルケはルイズの胸元が微かに光っていることに気がついた。 「えほっ! げほっ、っ!」 「ルイズッ!」 ルイズが咳き込んだ拍子、胸元から光の正体がこぼれ落ちた。 それは、ルイズの首からかけられた小さな懐中時計だった。 長針と短針だけで構成された懐中時計。 本来文字盤が嵌め込まれるはずの場所には、精巧緻密な小さな無数の歯車と機械群がむき出しのままひしめき合っている。 他国に比べて『時計』というものが普及しているゲルマニアにおいてでさえ、お目にかかったことがないような、それは見事な精巧美。 キュルケが気づいたその時、爆音が夜空に轟いた。 二人の前、孔の開いている空間が白く爆ぜる。 閃光、爆音、衝撃。 それらを伴って無数の、それこそ無数と表現するしか無いような白い光が、次々大輪の花を咲かせていく。 鼓膜を破かんばかりの爆発音に紛れて聞こえた風を割くヒュゥッという音を耳にして、キュルケは何かが夜空の向こうから無数に飛来してきているのだと気づいた。 『大砲!?』 そう叫んだ声も大音響にかき消される。 慌ててルイズを抱いてその場から離れると、それを待っていたとばかりに、その勢いは俄然として苛烈さを増した。 キュルケはぐったりとしたルイズを十メイル以上も引きずって距離を取ってから、前方を確認した。 そこから見ると空から無数の輝く何かが怒濤のように打ち込まれているのが分かった。 その数は尋常ではない。 キュルケは先ほど大砲かと思ったが、彼女が知る限りハルケギニアの大砲はこれほどまでに同じ場所を狙って精密かつ連続に撃ち込むことはできない。 加えて斜線が白い柱に見えるような、高速の連射など夢のまた夢だ。 だから、彼女はそれを最初に大砲と判じたことを、間違いだと思った。 「……流星?」 空に浮かぶ星が、片っ端からそこへ流れ落ちてきているのだと思った。 「接続」 高度二万メイル。 月と雲の狭間、鳥すらも飛ばぬ空。そんな場所に、一つのヒトガタがあった。 双月の光に照らし出されて、そのシルエットが浮かび上がる。 大きすぎる球体の頭を胴体部に埋没させ、そこから鋼鉄の手足を生やしたヒトガタ。 所々ケーブルやコードが露出しているソレは、人を模した機械であった。 それが高々度から行われた精密砲撃の射手だった。 右手を砲身として、マナの砲弾を撃ち出していたヒトガタが、その動きを止める。 「やはり効果無し」 分かっていたことだが、そう呟いたのはそのヒトガタの肩に立っていた小さな人であった。 白い髪に髭、皺を刻んだ彫りの深い顔、メイジ風のローブを着込んで杖を手にした老人。 次元を歩く者、ウルザ。 「召喚準備を済ませておいたのはやはり正解か」 ウルザはそう言うと、軽やかにヒトガタの肩を蹴って胸部に飛び移り、そのハッチを開いて中へと身を躍らせた。 彼が乗り込んだのは体長二〇メイルほどもある、ヒトガタの機械。 ウルザが第一次ファイレクシア攻撃作戦のおりに考案した鎧を、数千年かけて、応用、発展、再設計し続けた結果生み出された、規格外に巨大な全身『鎧』であった。 名はタイタン・スーツ。 九人のプレインズウォーカーがファイレクシアに攻撃をしかけた際に乗り込んでいたものである。 ウルザは滑らかに内部のスイッチ類を操作して、自立稼働にさせていたスーツを手動制御に切り替えていく。 これから彼が行う行動は、アーティファクトの自立に任せるわけにはいかないのである。 「これを受けても無傷でいられるかな、暗黒卿?」 彼は低く笑うと、手元のマニピュレーターパネルを操作した。 すると空中で砲撃姿勢のままで制止していたタイタン・スーツが一転、体勢を入れ換えた。 そして頭を下に、足を上にして墜落を始めた。 否、墜落ではない。それを示すようにして腰部に鮮やかに赤いフレアが灯る。 そうして鋼鉄の騎兵は、勢いを増しながら地上へ向けて一直線に降下飛翔を開始した。 目を光に焼かれないように顔を背けていたキュルケは、一連の着弾が途切れた頃合いを見計らって、その着地点を見た。 孔の周囲数メイルがクレーター状に削られているというのに、それでも孔は健在のまま。 だがしかし、果たして変化はあった。 変わらず禍々しさを放っていたそれが、唖然とした表情のキュルケの前で、初めて能動的な動きを起こしたのだ。 孔から、無数の黒い何かが、空に向かって飛び出した。 疾駆する鋼のモーターサイクル。 鈍く輝く金属の獣が吠え猛る。 落下数秒、背後にバーニアの尾をなびかせて、『鎧』は亜音速の最高速度まで加速する。 通常の人間ならば確実に意識を失うだけの重力加速度が中にいるウルザを襲うが、もとより人を超越して人を辞めた身、仮の姿に過ぎない人の限界など通じるはずもない。 エグゾーストをまき散らして落下するタイタン・スーツの中、ウルザは手元のマニピュレーターの上、指を細かく動かして操作する。 刹那、その機体が時計回りに半回転。すれ違いざまに、何かが交差して天へと昇っていった。 直後に鳴り響くアラート、接近警告。 しかしウルザは落ち着き払った様子で、続けざま十指を滑らせて緻密に命令を下す。 巨体は次々に地上の孔から打ち上げられて迫る攻撃を、最小限の動きで次々回避していく。 手元で光るパネルには飛来する弾幕の軌道予測が表示されている。しかし秒にも満たないコンマの時に、それが対応仕切れないことは開発者である彼自身が何よりよく知っていた。 よって、全ての回避は、彼の知覚に委ねられていた タイタン・スーツの背面ノズルから更なる火が吹き上がり、その速度を一層高めていく。 地上からの迎撃を、針の糸を通すような精密さでかいくぐり進む様子は、正に妖精。 更にいくつものつぶてを避けて、ウルザはぐんぐんと地面へと近づいていく。 地表まで一秒。 『鎧』の視界の先が、一面黒に塗りつぶされる。 鳴り続けていたアラートがそのピッチを上げた。 スーツの進行上、そこに隙間のなく暗幕のように黒い霧が展開していたのだ。 宿敵の分身にして体の一部であるアレに触れては、いかなタイタン・スーツでも無事には済むまい。 だが、ウルザは/鎧はそれすらも予測していたように、滑らかな挙動で右手を掲げた。 タイタン・スーツの右手からマズルフラッシュが閃く。 音速を超えて打ち出されたマナの弾頭が、暗幕の一部と接触、対消滅を引き起こした。 そこにぽっかりと広がった隙間めがけて飛び込むと、標的は一寸の先。 そして、ウルザは最後の仕上げをするべく、機体に最後の命令を与えた。 突きだしたままだった右手が翻り、『鎧』の胸部へと向けられる。 再び数度瞬く発射光。 砕け散り、宙にばらまかれる金属片。 自らの装甲を破壊したタイタン・スーツが、今度はそこに、勢いよく己の腕を突き入れ抉った。 致命的な領域にまで破壊が及んだところで、それは内部から自身の核となる動力ユニットを引き抜いた。 スーツの各部が火花を上げる、部品が空へとばらまかれる、そして握られた心臓部が抑制と制御を失い暴走の前兆である強烈な光を放ち始める。 しかし、そのような姿になってもタイタン・スーツは、一辺の躊躇もなく亜音速で駆け下る。 己に課せられた使命を果たすため、果敢なフォールダウンを敢行し続ける。 そして最後の砲火をくぐり抜け、ついには孔へたどり着いた。 だが、狡猾なるは闇の王。 孔に突入しようかという直前三〇メイル、タイタン・スーツがけたたましい音を立てて、何かにその動きを止めた。 目に見えない壁に激突し、その突進を阻まれたのである。 衝突した拍子に頭部、肩部、胸部の一部の金属片が粉砕されてまき散らされた。 しかしそれでもタイタン・スーツは推力を弱めない。 限界を超えて酷使された各部からはオイルが流れ出し、その体を黒く染めていた。 脇に抱えた動力ユニットは、ついには制御限界を超えてスーツの右手を赤熱させ始める。 限界は近い。 キュルケはその姿を見上げ、 (太陽を抱えた巨人が、黒い涙を流しているよう……) 大破寸前のその姿を、心の底から美しいと思った。 そして、キュルケがそう思った瞬間、巨人は特大の咆哮を上げた。 そう、それはまるで断末魔のような…… 暴走寸前の動力炉から定格量を遙かに上回るエネルギーがタイタン・スーツに流れ込む。 流れ込んだマナで駆動系・制御系全てがショートするまでの刹那の時間、それは確かに、定められた設計の限界を超えた。 限界を超えた動作に特大のエクゾースト。 タイタン・スーツはコアを掴んだままで、その手を大きく振りかぶる。 途端に全身から吹き上がる紅蓮の炎、それでも繰り出される渾身の右手。 そして、ガラスのような音を立てて砕け散る不可視の壁。 障害は全て排除された。 巨悪との戦いを宿命に生み出された機械。 今、その使命が果たされる。 勢いそのまま、タイタン・スーツは孔の中へと真っ赤な右手を突き入れた。 『オーバーロード』 轟音と伴って最初の爆発。 とうの昔に限界を超えていたタイタン・スーツが、その役目を終えて巨大な火の玉と化して爆発四散。 そして、十分の一秒の時間差で、それすらも上回る巨大な爆発が巻き起こった。 黒々とした孔の内部から膨れあがった、白一色の光の濁流。 それがタイタン・スーツの爆発すらも押し流して、全てを輝きで埋め尽くしたのだった。 目をつぶっていても、なおも眩しい。 そのような光に晒されて、キュルケは覚悟を決めた。 せめて腕の中のルイズだけでも守ろうと、彼女の体を強く抱き寄せた。 だが、身構えた彼女に、それはいつまで経ってもやってこなかった。 代わりに、低く力強い声が耳に聞こえた。 「出力調整を済ませていなかったとはいえ、パワーストーン一機と引き替えとは、少々割に合わない交換となったな」 ルイズを抱いたキュルケが顔を上げると、そこには杖を掲げたウルザが立っていた。 「おじさま!?」 キュルケが目を開けると、周囲は凄まじいと形容するほか無い有様だった。 草木はあらかた消し飛び、爆発の中心となった孔のあった場所は抉られて地面がむき出しになっている。 周囲には焼け焦げた匂いが漂い、パチパチという音が響いている。 美しかった庭園の面影を残す場所は無い。 ただ一カ所、キュルケ達の周囲を除いて。 周囲の地面が真っ黒く焼かれている中で、ウルザの立っている場所からその背後だけは未だ瑞々しい緑が残されていた。 生き残れた驚きに、キュルケはそれ以上、何も口にできなかった。 生き残ったのはウルザ、ルイズ、キュルケの三者。 その他は、全ての生きとし生けるものが消し飛んだ。 正に焦土。 そのような場所に、居るはずのない者の声がした。 「こんな厄介ごとを引き起こしてくれるとはね。きちんと殺しておくべきだったよ」 声に驚いてキュルケがそちらを見ると、少し離れた場所に、白い服と濃厚な闇を纏った男――ワルドが立っていた。 その足下には隻腕の青年、教皇が倒れている。 「まさかこのような馬鹿な真似をするとは思わなくてね……そういう意味ではこちらの落ち度だ」 やれやれといった調子で、大げさに肩をすくめるジェスチャー。 そしてワルドは腰を曲げて教皇の首に手をかけると、ペンでも拾う軽さでその体を持ち上げた。 「安心して欲しい。始末はきちんとつけさせてもらう」 言ってワルドは力を込める、すると気を失ったままの教皇が苦悶の表情を浮かべた。 ウルザはその様子を眺めて無言で佇み、キュルケは初めて目にした生まれ変わったワルドの姿に息を飲む。 だから、やはりこの場で声を上げたのは彼女だった。 「……やめ、させて……、ミスタ・ウルザ」 いつの間にか目を覚ましたルイズが、キュルケに抱きかかえられたまま、ウルザのローブの裾を掴んでいた。 「あの、ままじゃ……死んじゃうっ!」 喘ぎながらウルザを見上げ、彼女は涙を浮かべて必死に呼びかけた。 「間違ったのかもしれない、でも、あの人は、世界の為って……」 「………」 だが、その言葉を聞いても老人は微動だにしない。 「彼にはできないさ。今、僕とこの場で直接争えば被害が大きすぎるからね。そうなっては元も子もない」 ワルドからの、含みのある声が飛ぶ。 そしてルイズが見上げているウルザの姿は、その言葉に肯定を示しているようだった。 ならばと、ルイズはワルドに目を向けた 視線を向けられてワルドは、満足したように悠然と微笑んだ。 「僕はそいつとは違う。君がそう願うなら、これを助けてやるのもやぶさかではない」 そう言ってワルドは掴んでいた教皇の首から手を放して解放した。 ドサリと音を立てて地面へ落ちる教皇。 その白衣は土や泥、炭に汚れて見るも無惨な様相。 だが、それでも生きてはいる。 ルイズは安堵の吐息を漏らした。 しかし、ここでまたもやルイズは彼らの本質を見誤った。 「しかし、また厄介事を引き起こして計画を狂わされてはたまらないからね。最低限の処置はさせてもらおう」 気づいたルイズが叫ぶより先に、ワルドはその場に屈み込み、教皇の頭に手をかけて。 そして、すっとその手を引いた。 『ギッ……!』 絶叫が、はじける。 『………アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』 中庭だった場所に、この世のものとは思えぬ叫びが迸る。 キュルケとルイズが驚きに息をのんだ。 その前で展開された光景は、生涯忘れることが出来ないであろうというほどに、おぞましいものだった。 ワルドは倒れた教皇の頭にかけて、そこから一気に力任せに引き起こした。 否、引き起こすなどという生やさしいものではない。 それは、引き剥がしたという方がこの場合は適切であった。 ワルドの手に捕まれて掴み上げられたのは、半透明をした教皇エイジス三十二世。 それが、悲鳴の主だった。 「霊体を肉体から無理矢理引き剥がされたのだ、その苦痛は格別だろうっ!? 何せ肉体ではなく精神と神経に直接刻まれるものだ、生きている内にはまず経験することの出来ない貴重な体験だ! 存分に苦しむといいさ! はっ、はははははははハハハハハハハハハハハハハハ!!」 悲鳴をコーラスにして、ワルドは夜空に笑う、ただ高らかに、高らかに、高らかに。 引き剥がされた霊体から響く絶叫がか細くなり、その半透明の姿が輪郭を失い始めたところで、ワルドは狂笑を止めて手を放した。 「これで十分だ。彼にはもう虚無の魔法は使えない」 そう言って、ワルドは、ウルザのローブを握ってカタカタと震えていたルイズに微笑みかけた。 「怖がらせてしまったかな、僕のルイズ。でも仕方なかったんだ、君を守るためには仕方がないことだったんだ。今は分からなくとも、いつかきっと分かってくれると信じているよ、愛しいルイズ」 柔らかく微笑みかけならが、ワルドは胸の前で小さく手を振った。 するとそして全員が見ている前で、さっと強い一迅の風が吹き、次の瞬間にはそこにあったはずのワルドの姿が消えていた。 まるで風に溶けて消えたように。 そうして後に残されたのは、口から血の泡を吹きながら目を剥いて小刻みに痙攣を繰り返す教皇と、 『ルイズ……僕のルイズ。待っていて欲しい、双月が満ちる日、僕は必ずその邪悪な男の魔の手から、君を救い出してみせるから』 そう残された、ワルドの言葉だけだった。 危難には備えが必要だ。何より強い力の備えが ――ウルザ 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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トリステイン魔法学院の一室、ルイズとみかんが生活する部屋は、ここしばらく無人だったが、昨日その住人が帰ってきた。 主人が不在の間もメイドによって清潔に保たれ、出発する前と全く同じ様子の部屋とは逆に、ルイズの表情はあまりにも暗く変化していた。 最愛だったはずのワルドが王党派を毒殺したあの日、ルイズはギーシュの使い魔によってどうにか戦火から逃れることができた。 しかし、その思い出から逃れることができず、今だに苦しんでいる。 レコン・キスタとトリステインは和解をしたらしい。 それでも警戒を解くことはできないため、姫様の婚約の話はそのままだ。 手紙は、みかんが持って逃げ出していたために無事だった。 手紙を姫様に渡す際、ウェールズ皇子の最後を聞かれ、ついワルドと勇敢に戦って死んだと応えてしまった。 友を戦火に巻き込んだお詫びにと、旅立つときに預けられた指輪を頂いたが、その感動が理解できる状態ではなっかた。 いまでも目をつぶればあの冷たい目で自分を見つめていた皇子の死体が思い浮かんでしまう。 まだ明けたばかりの空をぼんやりと眺めていると、オルトロスが扉の方を向き、みかんを起こした。 あの日以来みかんはオルトロスに寄り添うように眠るようになったのだ。 扉が開くと、そこにはミス・ロングビルがいた。 「あら、もう皆さんお目覚めでしたのね。オールド・オスマンが呼ばれていますよ。朝食の前にこちらに来てほしいとのことです。それでは」 こんな朝早くに一体何だろうか? あのワルドとの決闘騒ぎで噂になってしまっていたみかんのシントウと呼ばれる魔法もみかんが実はメイジであったことやさらに異世界から来たことなども全て話合ったはずだ。 身に覚えのないルイズは、疑問に思いながらも着替えを始めた。 ついてこようとするみかんには「呼ばれたのは自分だけだから」と断っておいた。 扉をノックし、挨拶をする。 「ルイズです。ご用件とは一体なんでございますか?」 「おお、とにかく入りなさい」 促され入るとオスマンの机の上には一冊の本が置かれていた。 「おはよう、ミス・ルイズ。実は姫様からおまえさんに頼みがあると言われたのでな」 「姫様から?」 無意識に顔をゆがめてしまう。 また危険な目だろうか? 姫様への忠誠心こそ変わらないがあの恐怖を忘れることも無理だろう。 そんな感情を読んだのかオスマンは朗らかに続けた。 「明後日の結婚式のことは知っておるじゃろう?」 「はい」 この学園で知らないものがいるわけがなかった。 明後日は姫様の結婚式だ。 授業は午前までで、この学院の生徒は全員パレードに参加する。 特にルイズやみかんは特別席に招待されることになっている。 あの作戦に参加したギーシュやキュルケ、タバサもだ。 キュルケやタバサには作戦の詳しい内容は知らされていないが、一応国家のために尽力をつくしてくれたのだから招待しないわけにはいかないということだ。 表面上はルイズの特別親しい学友だからということになっている。 「それでじゃな、姫様はお前さんに結婚式の祝詞をたのみたいとおっしゃったのじゃよ」 「姫様が?!」 「うむ、つい先ほどいきなり使者の者が来おってな。この本をワシに預けて行ったんじゃ」 「そんないきなり…」 「いきなりじゃからこそなるべく早く知らせようと思ったのじゃよ」 それでこんな朝早くに呼び出されたのか、そんなことよりも自分がそんな一大事を?! 混乱するルイズにオスマンは説明を続けた。 「これは始祖の祈祷書と呼ばれるあの伝説の本じゃ。もっとも中身は白紙で偽物も甚だしいのじゃがな。祝詞を読み上げるものはこの本を手に読み上げる決まりになっておる。手放すなよ?」 「も、もちろんです!!手放したりなんてしません!!」 「ふむ、よろしい。ではもう下がってよいぞ」 あまりの急展開に頭がついていかないまま、ルイズはふらふらと部屋に戻って行った。 朝食を取り終えたルイズは祈祷書を眺めながらぼんやりと椅子に腰かけていた。 隣では自分よりも食べる速度の遅いみかんがパンをかじっている。 何人ものメイジがみかんに奇異の目を向けている。 おおよそすべての魔法を発動すら不可能にする先住魔法の使い手といてみかんは有名になっているのだ。 しかも決闘が目立ちすぎたために、グリフォン隊のワルドと行動を共にしていたこともばれてしまっている。 侯爵家であるルイズとその使い魔であるみかんがグリフォン隊の人間と行動を共にしていたとなれば噂にもなる。 今回のレコン・キスタとの唐突な和解にも何か関係しているのではないかという噂すらあった。 しだいに居心地の悪さを感じ始めていたルイズがみかんを急かそうかと思い始めたころ、コルベールが大声でみかんの名前を叫んだ。 「ミス・ミカン!!いますか!!」 「こるべーる先生?」 食堂で叫ぶという非常識な行動をとがめる声もあったが、興奮状態にあるコルベールはそれを無視して尚も叫んだ。 「早く!!早く君が召喚された広場まで来てください!!」 「ミスタ・コルベール、いったい何をそんなに騒いでおられるのですか?」 「ミス・ヴァリエール、大変なことが起こっているのです!!ミス・みかんの仲間を名乗る方が!!ミス・ホナミとミスタ・イバがミス・みかんを迎えに来られたのです!!」 「「えぇ?!」」 次からの投下は避難所で行います このスレの趣旨とはずれていくと思いますので
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前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ ここはラ・ロシェールにある金の酒樽亭。 ガラの悪い傭兵やならず者の集まる居酒屋である。 そこに駆け込んだ男も、この酒場の利用客の例に漏れず一目で堅気ではないとわかる男であった。 その男は酒場の隅で杯を傾けるフードを深くかぶった女の元に足を進める。 女があごをしゃくると、男は女の隣に座り、声を潜めて話を始めた。 「姐さん。奴ら、到着しましたぜ。お高く女神の杵亭に泊まるみたいです」 「へえ。ま、貴族が泊まるのはそこしかないだろうからね」 フードの隙間から見える顔は紛れもなく盗賊、土くれのフーケのものだ。 もっとも、この酒場にそんなことを気にする者はいないのだが。 フーケは白い仮面の男の手引きで脱獄した後、このラ・ロシェールに連れてこられた。 その後、ここで傭兵を集め待機していたのである。 実際この酒場にいるのはフーケが雇っている傭兵である。 ただ…… ──姐さん、ねえ 何となく腹が立つような呼び方のような気がしないでもないが、そこは盗賊暮らしの長いフーケ。ぐっと胸の中に納めておく。 「今度は大丈夫なんだろうね?さっきは醜態さらして。あんたらホントに腕利きなんだろうね?」 「そんなこと言ったって、姐さん。次から次に後からメイジが増えるんですぜ。ありゃーあんまりだ」 フーケは本当のところ、あまり怒っているわけではない。 ラ・ロシェールに続く山道に入ったばかりのところでの襲撃は一種の威力偵察だ。 傭兵達には言ってないが、元々あそこで仕留める気はなかった。 「へぇ……メイジが増える前にもガキ相手にだいぶ苦戦していたようにも見えたがねえ」 「あ、ありゃ……」 男が声を詰まらす。 これも本当は、剣を使う少年という予想外の戦力が明らかになったので別に失敗ではないのだが、それを正直に傭兵に教えてやる義理はない。 フーケは自分のためにその情報を隠す。 「あの分の後金は少しさっ引かせてもらうよ。それから、次はしっかりやりな。さもないと、わかってるね」 「へ、へい」 さっ引いた分はどこに行くのか。 傭兵に出す金を出した白仮面に戻すのか。 そんなことはしない。フーケは自信の懐に入れて、とある場所に送る腹づもりだ。 フーケはこぼれそうになる笑いを抑えながら立ち上がり、酒場に満ちる喧噪に負けない声を張り上げる。 「さあ、お前達。飲んだくれるのもここまでだよ。仕事の始まりだ」 「へい!姐さん。任せてください」 酒場の傭兵達が一斉に立ち上がり声を上げる。 その中で傭兵達に敬われるフーケはどう見ても名うての女傭兵隊長だった。 ラ・ロシェールについてから、ユーノはきょろきょろしっぱなしだった。 岩壁に彫り込まれるように作られた通路や建物は一つでもすごい物だが、それが町一つ分もあれば圧巻の一言だ。 (どうやって作ったんだろう) (土のメイジが作ったに決まってるじゃない) (へー) ユーノは首を伸ばしてあっちを見たり、こっちを見たり。 人間の姿だったら田舎者に見られていることだろう。 (ユーノの居たところはこういう場所はないの?) (うん。似たようなところはあるけど、ここみたいに大きいのはなかったよ) (ふーん。ユーノのところの土のメイジはこういうの作らないんだ) (ミッドチルダ式の魔法は、こういうのにはあんまり使えないんだ) (そうなんだ) ミッドチルダ式の魔法にいつも驚かされているルイズはちょっとした優越感みたいな物を感じておく。 (ほら、あそこの廊下が不安定そうだけど全然そんなことないでしょ。固定化使ってるからなのよ) (へー) そんなに自慢げに教えることでもないことを言っても、ユーノがいちいち感動しているのが何か嬉しい。 そうやって、ちょっとした事をユーノに教えているとすぐに宿に着いた。 女神の杵亭である。 出発の日は明後日。それまではここに泊まることになる。 ここに来るまでにギーシュは疲れ果てていたし、キュルケも体が埃っぽいと言っている。 それぞれすぐに割り当てられた部屋に行ってしまった。 ギーシュは一人部屋。 キュルケとタバサは相部屋。 そして、ルイズとワルドも相部屋である。 ルイズは 「まだ結婚しているわけじゃない」 と顔を真っ赤にして言ったが、ワルドが 「大事な話がある」 と言うと、大人しくワルドの背中を追って部屋に入った。 ユーノが入ったのは、もちろんルイズとワルドの部屋である。 ルイズとワルドの大事な話とは何かと身構えていたが、二人が話し始めたのは昔の話だった。 池の小舟の話や、姉と比べられていた話はユーノもちょっと興味があったが、ルイズが顔を赤くして恥ずかしがっているのを見ると、念話でもあまり口を挟めなかった。 「僕はね、ルイズ。あの頃から君に誰にもないオーラを感じていたんだ」 「誰にもないオーラ?」 「君には、君だけが持つ特別な力が眠っているんじゃないかって事だ。いや、その力はすでに目覚めているんじゃないかな?」 ルイズは肩に力を入れて硬直し、ユーノも全身の毛を逆立てる。 心当たりがあることおびただしい。 「そ、そ、そ、そんなことありません。今でも普通の魔法は失敗ばかりで……」 「ははは。じゃあ、普通でない魔法は失敗しないのかな?」 また体が硬直する。心臓もびくっとする。 「そ、そう言う意味じゃなくて」 「はは。ごめんごめん。だけど王女殿下も同じようなことを言ってたよ」 「姫さまが……」 口ごもるルイズ。 ワルドはルイズのグラスにワインをつぐ。 ルイズがそれを口に入れたところで、ワルドは本題を切り出した。 「ルイズ、この任務が終わったら結婚しよう」 突然の申し出にルイズも驚いたが、ユーノはもっと驚いた。 生まれて初めて目撃するプロポーズ。 しかも、ミッドチルダで見るようなドラマや映画と言ったお話ではない。 リアルの、本物なのだ。 とりあえず、ルイズの足下は居心地が悪すぎる。 あわてて走り回って 「きゅうっ」 壁にぶつかってしまった。とても頭が痛い。 そんなユーノを知ってか知らずか、ワルドはルイズの答えを静かに待っている。 「でも……」 「でも?」 「私、ワルドが言うようなメイジじゃないし。それに、それに……」 「誰かすでに君の心にもうすんでいるのかな?」 ルイズは息をのむ。そして、息を吐こうとしてもう一度飲む。 そのときルイズの頭を一瞬よぎった顔があったからだ。 それがよりにもよって、人間のユーノだったから。 ──な、な、な、な、なんでよりにもよって!しかも、人間じゃなくて使い魔なのよ! 焦点が定まらなくなるルイズの耳元でワルドがささやいた。 「それでも良いさ。だけど、ルイズ。僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……このハルケギニアを動かすような男になりたいと思っている」 緊張と鼓動の高まるルイズからワルドは少し離れた。 「そのときは君に僕の側にいて欲しいと思っている。僕には君が必要だ。そのことは覚えていて欲しい」 「ワルド……」 ようやく出るようになった声をつぶやきながら、ルイズはワルドを見上げた。 「疲れてしまったようだね。もう、寝たほうがいい」 ワルドはそう言うと扉を開けた。 寝室への扉ではなく、この客室の扉だ。 「まだ早いようだから、僕は別の部屋を取ろう。おやすみ、ルイズ」 ワルドのいなくなった部屋でルイズはユーノを抱き上げ、こぶのできた頭に手を当てた。 机に体を預けたルイズは、ルイズは何度もため息をついている。 ユーノは机に乗せられてルイズと何度となく視線を合わせていたが、どうにもこうにも何を言ったらいいかわらかなかった。 「ねえ、ユーノ。私……結婚申し込まれちゃった」 わけのわからない気まずさの中、先に話し出したのはルイズだった。 「そ、そうだね」 「どう思う?」 「ど、どうって……どうって」 どう答えればいいかとっさにわからない。 わかるはずがない。わかりようがない。 だって、ユーノはまだ9歳だから。 だけどルイズが聞いているのだから、何か答えなければいけない。 「え、えーと。ワルドさんっていい人だよね」 「うん」 「ルイズにとっても優しいし」 「うん」 「ルイズのこともよく知ってるし……それから貴族で、軍人でルイズのことを守ってくれそうだし」 「うん、うん」 「ルイズのことが好きみたいだし」 「そう、だと思う」 「ルイズもワルドさんの事が好きなんでしょ?」 「そう、なのかな」 「だったら、結婚して良いんじゃないかな」 「ん……」 ルイズは伏せた体を起こし、机に手をついてユーノに顔をぐっと近づけた。 「ユーノはそれで良いの?」 「え?」 「他にないの?」 「え?」 「こー、寂しいとか…」 「うん。ルイズが結婚したら寂しくなるかも知れないね。でも、ルイズのためになるなら……」 そのとたん、ルイズの中で何かが切れた。 何かはわからないがとにかく切れたのだ。 「!!!ユーノっ」 「は、はいっ」 机をひっくり返るほど強く叩いた後は、足音を鳴らして部屋の外へ。 どかどかどか 「ルイズ、どこ行くの?」 「キュルケたちの部屋」 「ぼ、僕も」 「ユーノはここ!良いわね!」 「う、うん」 ルイズが思い切り強く扉を閉めたせいで部屋全体が揺れる。 宿で一番の高級な部屋にはフェレットのユーノだけになってしまった。 さて、ここはキュルケとタバサの相部屋である。 そろそろ布団に入ろうとしたところで、扉がノックされた。 ノックと言うより、叩きめすと言った方が良いかもしれない荒々しさだ。 鍵を開けると、ルイズが何も言わずに入ってくる。 しかも、これまた何も言わずにキュルケのベッドに一直線。 そのまま潜り込んでしまう。 「ちょっと、ルイズ。ここは私の部屋よ!」 「今日はここで寝る!」 「あなたの部屋はどうしたの?あの、ワルド子爵は?」 「良いの!今日はここで寝るの!」 「私はどうするのよ!」 「私の部屋で寝て!」 「あのね……」 その後、ルイズはもう何も言わない。揺すっても、叩いても動かない。 キュルケはしかたなく肩をすくめて部屋を出て、後のことはタバサに任せることにした。 結局キュルケは元はルイズとワルドの相部屋だった部屋で一人になっていた。 正確には一人ではない。 フェレットのユーノがいる。 キュルケは部屋にまだ余っていたワインの瓶を傾け、ユーノに聞いた。 「ねえ、何があったの?」 ユーノはただ首をかしげるだけだった。 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
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アンピテエ(Amphithea)はアウトリュコスの夫である。アンティクレイア、ポリュメデ、そして多くの息子たちの母である。息子の一人のアイシモスは、シノンの父親である。 系譜 夫はアウトリュコス。子はアイシモス他多数、娘はアンティクレイア、ポリュメデ。
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ルイズが呼び出したのは数十枚の裏の模様が共通の絵札と腕につけ絵札をセットするために作られたような盤だった。 召喚のやり直しを要求するルイズだが監督のコルベールはそれをそれを却下しルイズにそれと契約するようきたした。 しぶしぶといった感じでとりあえず絵札に口付けるルイズ…だが、その途端ルイズは苦しみだし気絶してしまった。 彼女は医務室へと運ばれていった。 なお、使い魔のルーンはコルベールが確認したところ一番上の絵札の表側に刻まれていた… それによりとりあえず進級の方は認められたようだ。 翌日姿を見せたルイズの雰囲気は激変していた… なんというか今まで品位等には気を使っていたのに衣類は雑に着こなし朝から飲酒。 食堂を出た後には完全にふらついていた。 手には昨日召喚した盤をつけていた… さらに最初のシュヴルーズの授業でも明らかにやる気がなくふざけた態度、激怒したシュヴルーズは 周りが止めるのも聞かず彼女に錬金をやらせたが彼女はめんどくさそうに行った錬金は失敗、 爆発によりシュヴルーズは気絶してしまった。 何人かの目にはいつもと違いまるで成功させるという気概さえもないようにさえ思えた… これらのルイズの激変は召喚したのが変なものだったせいで狂ってしまったようだ…と周囲には認識された。 別にもともと問題児だ。気にするほどでもないと大体の者は思ったが… ただ、元々は成績的問題児だったのが素行的問題児になったというのには参ったもんだと思ったようだが… その様子だ…いつ問題ごとを起こしてもおかしくない… 案の定、昼食時に早速厄介ごとが起こった。 食堂でギーシュが2股がばれたのを飲んだくれていたルイズが思いっきり笑ったのだ。 他の連中も笑っていたがルイズの笑いは他の笑ってる人間が笑いをとめてそちらを見るほど大きく 心底から笑っているようだった。まして今のルイズはチンピラの様… 明らかに自分より落ちぶれた人物に笑われ黙っているギーシュではない。 ギーシュは怒りに任せて彼女に決闘を申し込んだ。ルイズはそれをカモが来たのを喜ぶ様に笑い受けた。 ヴェストリの広場にて対峙する2人。まずはギーシュがワルキューレを呼び出した。 所詮はルイズと侮ってるのか彼女を挑発する。 「先に仕掛けたまえ、無駄だと思うがね」 それを聞いたルイズはそれを鼻で笑う。 「いいわよ…あんたこそ一体だけでいいの?それじゃあつまらないわ…」 やや、酔っ払い気味のルイズのその言葉に怒ったギーシュはワルキューレを7体に増やした。 それを確認したルイズは盤に束ねてセットしてあった絵札を一枚抜き盤の別の場所に置いた。 その瞬間、ルイズの前に竜に近い外見で金属製のゴーレムが現れた。 「なッ!?」 絶句するギャラリーとギーシュ。ルイズは相変わらずの調子で言う。 「ねぇ、ギーシュ。あなたギャンブルってやったことある?なんか、急に興味でてきてさぁ…ちょっとやってみない? こいつはね、頭と手のところに弾丸が3発ずつ装填されてるの…最大装填数は6だから確率は2分の1… このギャンブルでやると最大3回一気に攻撃できるの…じゃあ…始めましょうか!ロシアンルーレット!!」 ルイズがそう言うとゴーレムを構成するパーツの3箇所が回転を始める。そして停止。 「2発アタリね…リボルバードラゴンの攻撃!!ガンキャノンショット!!」 銃弾はワルキューレ2体を粉々に打ち砕いた…動揺したギーシュはワルキューレ1体をルイズへと向かわせるが リボルバードラゴンが前に立ちはだかる。 「話聞いてなかった?この方法でやると…つまり普通に攻撃もできるのよ? 一体だけ向かわすなんてお馬鹿さん…リボルバードラゴンの迎撃!!ガンキャノンショット!!」 その攻撃でワルキューレがまた一つ砕かれた。さらにうろたえるギーシュ。 「あらぁ!?何もしないのぉ!?じゃあ、また私の番ね…リボルバードラゴンの銃弾も装填されたし… ロシアンルーレット!」 再び一部が回転するリボルバードラゴン。そしてまた止まる 「3個当たり…ついてるわぁ…ガンキャノンショット!!」 ワルキューレの数は一気に1体になった。呆然とするしかないギーシュ。 「呆けた隙に銃弾装填♪ロシアンルーレット!!」 弾倉が回る…ギーシュに不吉を告げる弾倉が…と、ルイズが口を開いた… 「ああ!言い忘れてたわ!場に撃つ物がなかったらねぇ…撃たれるのはギーシュあなただから」 「え?」 語られた事実に一瞬呆けるもギーシュは慌てて静止をかける。 「ま、待ってくれ!僕が悪かった!僕の負けでいい!謝るから!許してくれ!」 「許してあげたいのはやまやま何だけどねぇ…一度稼動したら止まらないの… これぞロシアンルーレットってことかしらねぇ?」 ルイズは苦笑いを浮かべた。といってもわざとらしい苦笑いであったが… いや…そもそも攻撃が止まらないといっても目標まで変えられないわけではなかったりする。 つまり、ルイズはギーシュの命で完全に遊んでいた… 「そ、そんな…」 蒼白になるギーシュ。そして弾倉の回転が止まり銃声が響いた… 「…アタリは1発…ワルキューレのみ撃破…運が良かったわねぇ、ギーシュ~?アハハハ!」 気絶し下半身を湿らせたギーシュに向かいそう言うとルイズは去っていった… それから数日後… 盗賊土くれのフーケにより学院の宝物庫から黒き召喚の板なるマジックアイテムが盗まれたらしい… ルイズはフーケの討伐に暇つぶしとでもいうように参加した… フーケのアジトと思われる小屋の前でルイズ、キュルケ、タバサは様子を伺っていた。 3人をここまで案内した学院長秘書のロングビルは周囲を偵察してくるいってといってしまっていた 「で、どうするの?」 「誰か一人がいって様子を見てくる」 タバサが提案する。だが、ルイズが動いた。 「まどろっこしいわねぇ…フーケから攻めさせてフーケを倒した後に回収すればいいじゃないの」 「あんたね。いくらなんでもそりゃあ無謀ってもんよ。大体どうやってフーケの方から仕掛けさせるの? 挑発なんて罠があること丸わかりでしょ?」 「ならこうすればいいでしょ」 ルイズは絵札の束からカードを選び出し盤にセットする。 「罠・魔法カード 守備封じ発動!!」 としばらくして、近くの草むらからロングビルが現れた。だが、様子が変だ。 「ちょっと!?どうなってるんだい!?クッ…」 彼女は杖を振ろうとする。だが、表情や時たま起こる硬直からは自身の動きに抵抗しているような節が見られた。 だが、それを振り切るように彼女の手は杖を振る。その瞬間、地面から巨大なゴーレムが出現する。 「なっ!?」 「!?」 驚愕するキュルケとタバサ。だが、ルイズだけはその事実を淡々と享受し嘲笑を浮かべていた。 「なるほど…ずいぶんとせこい真似してくれるわね…ロングビル…いえ、土くれのフーケさん?」 図星をつかれた彼女は顔を歪ませるもどうやらもう自由になったらしい体でゴーレムの肩に飛び乗る 「チィ…まあいい…お前さんの持っているそれはどうやら宝物庫にあった秘法と同じ物らしい… どうやらその絵札がないと使えないみたいだけど…あんたからいただくことにするよ!!」 ゴーレムが向かってくる。だが、ルイズはあざけるかのような笑みを浮かべ新たな絵札を盤に置く 「出てきなさい…デモニックモーターΩ!!」 次の瞬間ルイズとロングビル…フーケのゴーレムの間にどこか禍々しい姿をした光沢を持つ ゴーレムが出現した。それがフーケのゴーレムを迎撃する。 「デモニックモーターの迎撃!!攻撃名は…そうねぇ…ヴァリエールクラッシャー!!」 デモニックモーターの攻撃…ヴァリエールクラッシャーがいとも簡単にフーケのゴーレムを切り裂いた。 フーケは一瞬呆然となるがすぐにゴーレムを再生しようとする。 しかし、タバサとキュルケが捕縛し決着はついた。 ルイズは遊び足りないと呟いたようだが… 「ところで、ルイズ…そのネーミングセンスはないでしょ?」 「別にいいじゃない」 「…いかす…」 「タバサ!?」 フーケを捕らえたあと小屋に入ると黒き召喚の板…ルイズが手につけてる盤と同じ形をしながらも漆黒に染まった それを発見した。ルイズは自分の手にはめているものを外し、絵札の束もそれから外すと 漆黒の盤にそれをさし込み自らの手につける… 「気に入ったわ…」 レコンキスタの間者であったワルドの魔法がアルビオンの皇子ウェールズの体を貫いた。 「これでウェールズの暗殺の任務は完了だ… さて、あとはルイズ…君さえ素直に言うことを聞いてくれればすんなりことは済む… いうことを聞いてくれないかな、ルイズ?」 ワルドがルイズに問いかける。だが、ルイズは体をただ振るのみ… 怯えていると思ったワルドは彼女に優しく言葉をかける。 「怯えなくていい…君が何もしなければ僕も」 と、震えがとまりルイズが顔上げ…そして叫んだ。 「あ~!?ふざけたこといってるんじゃないわよ!!このカスが!! 私はあんた如きの命令をきくなんざクソ食らえよ!!」 「ッ…ならば仕方ない…ウェールズの後を追って…!?」 ワルドは気づく…いつの間にかウェールズのいた場所の付近に霧が出現しているのに… その霧の中から何かが出てくるのに…それはおそらく入れ物…そう思えた… 「皇子様の後ぉ!?何言ってんのよ?ほら~!」 その入れ物が開く…中から現れたのはわけのわからないといった感じの表情のウェールズ。 「なっ!?」 「罠カード発動…タイム・マシーン!!あんたにやられる前の皇子様をおとりにしてそのちょっと前の皇子様を 呼び寄せたのよ…残念だったわね」 「クッ…ならばもう一度!!」 ワルドが杖を振り魔法を放つ。状況を理解してないウェールズは回避できない。と、 「アハハハ!!罠カード発動!!メタル化魔法反射装甲!! 殿下…失礼ですが少しの間、体をメタル化させてもらうわ!!」 ルイズのいうとおりウェールズの体は金属となる…それにワルドの魔法が直撃する。 それを見て愉快そうにしながらルイズはワルドへと口を開く… 「この罠はねぇ…対象の体をを私のモンスターと同じ…対魔法仕様フルメタルに変化させるの… そして…」 次の瞬間、ウェールズに命中した魔法はワルドの元へと反転し向かう。 「魔法攻撃を攻撃してきた馬鹿のほうに反射させるの!! ちなみに私が横に侍らせてるのも反射はしないけど魔法は効かないわよ?残念だったわね。 そしてあんたの魔法の攻撃力を殿下の攻撃力に変換!! 殿下の攻撃力も400ポイントアップした…微弱ながら攻撃力は逆転したわ!」 跳ね返った魔法がワルドに直撃しワルドが消える… 「チッ…遍在か」 「そういうことさ…」 ルイズの前に3人のワルドが姿を見せる。 「本体は別の場所さ…まさか、君がここまでやるとは思わなかった…今回は退かせて貰う」 「逃がすか…くたばれ!カスが!!」 ワルドの遍在…その一人の首に奇妙な輪が装着される。そしてそれが爆発しワルドの遍在一体を消し飛ばした。 「無駄だ…なっ…!?」 瞬間…残りのワルドの遍在が消えた… そして彼の本体は… 「馬鹿な…」 口から大量の血を吐き出し…そして崩れ落ちた… 「フフフ…罠カード 破壊輪…自身の分身で近しい能力を持つ遍在を破壊した… ダメージは甚大でしょうねぇ…生きていても味方に救出してもらえるか…それともそのまま力尽きるか…」 ルイズが対するは7万の軍勢…その軍勢を前にしてもルイズの表情は変わらない。 その表情は相変わらず相手を舐めきった傍若無人なものだった… 「アハハ!…嬲り殺しがいがありそうねぇ…それに上も私一人に殿を任せてくれるなんてわかってらっしゃる!」 ルイズはそういいながらいつものように…それでいて少し厳かに絵札の束から一枚の絵札を選び…抜いた… その札に語りかける… 「あ~…はいはい、わかってるわよ…そろそろ、私を遊ばせるだけじゃつまらなくなってきたんでしょ? …ったく…いいわよ…思う存分暴れ狂いなさい!!」 叫びながらルイズは絵札を漆黒の盤の上に置く…いつもより重たい雰囲気が漂い… そしてそれは出現した…邪悪なる波動を持つ凶つ神… ルイズのコントラクトサーヴァントにより絵札にルーンが刻まれしもの… それを利用し、自らの力を増幅し自らの元々の邪悪なる力と元々の持ち主の病んだ魂の残光によりルイスを蝕んだ… その存在の名は 「邪神イレイザー!!!」 降臨したそれにアルビオン軍は一瞬ひるむ…だが、それに向かっていく… それが圧倒的な存在感を放っていても… と、ルイズが呟く。後から呼び出したリボルバードラゴンの上に乗りながら… 「邪神イレイザーの攻撃力は敵の物量に依存する… あたしを蝕んだ癖にとんだヘボい能力だけど… 相手は7万…敵1つにつき1000ポイントらしいから…7000万…これなら充分やれるでしょう?」 向かってくるアルビオン軍を迎撃せんと邪神は口をあける。 「邪神イレイザーの攻撃!!ダイジェスティブ・ブレース!!」 その攻撃は一気に多数のアルビオン軍を消し去った… しばらくして…邪神は弱っていた…邪神の力は敵が多ければ多いほど高まり少なければまた弱まる… 弱まった邪神は確実にダメージを受けていた。 どうやら魔法に対し抵抗自体は持っているようだがルイズがそれまでに使用した存在たちと違い 完全に受け付けないというレベルではないらしい。 そしてついに邪神が倒れる。 その様子をルイズは笑みを浮かべ見ていた… 「あらら~…やっちゃった♪」 ルイズがそう呟いた瞬間だった…邪神の体からそのサイズを超える量の黒い…血液が流れ出した。 それは戦場一帯に染み込み血の池を作っていく…そして… 「…この馬鹿使い魔はね…やられるとその場にいた他の連中も巻き添えにするの… 味方がいると巻き添えにしちゃうしホントこんな時にしか役に立たないわね!! まったく使い勝手が悪いったらありゃしないわ!! …フフフ…アハハ!!!」 ルイズがそういった瞬間…血の池はその場に存在するすべてを飲み込んだ…主であるルイズさえも… だが、飲み込まれる最後までルイズの顔は快楽に歪んでいた… 数日後…血の池に飲み込まれたはずのルイズはトリステインへと帰還する… その時、彼女の無事を尋ねた者たちにルイズはこう語ったという… 「地獄ってのもなれりゃあ、結構快感なものなのねぇ…何であんなにみんな苦しがるのかしら?」 こともなさ気にそういったルイズに人々は恐怖した… もはや彼女は魔法のつかえない落ちこぼれで嘲笑の対象ではなかった…彼女の方が人々を嘲笑する… 魔法を受け付けぬ鋼鉄の襲撃者達… そして、それをも凌ぐすべてを無(ゼロ)に帰す凶つ神を従える… 敵から希望も命もすべてを快楽を以てして無に帰す彼女を侮蔑の意味を込めて改めてこう呼んだ… ゼロのルイズ…と…
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305 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/30(水) 13 54 04.83 ID DD4i4IRqO 多重人格探偵サイコ Darker than Black で 308 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[sage] 投稿日:2008/04/30(水) 13 55 20.81 ID 8IhGw1Sw0 305 引きこもりのセイコは多重人格でありその多重人格の一人サイコは探偵を気取っており、コナンを読み続ける 320 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/30(水) 14 02 53.61 ID VYnAFVEqO 多重人格探偵サイコ サイキック能力のある少女咲子が変身した姿 難事件もサイキック能力で解決 人格変化で能力が変わる マジカル少女系 最初は普通の事件だったが中盤から悪の組織が絡んだサイキックバトルに路線変更 窮地に追い込まれると新たな人格を解放する 332 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。[] 投稿日:2008/04/30(水) 14 12 46.45 ID DD4i4IRqO 308 319 320 サンクス
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―――ずっと受け継がれてきた、おれの使命なんだよ。こうして大好きなものをかばって、いのちをかけることが。 黒の結晶(コア)――なんの比喩でもなく、文字通りに地上を滅ぼす爆弾。それを内蔵した人形を抱えて、少年は天空を翔ける。 もっと高く、もっと遠くへ。爆発から、世界を守るために。 それは勇者としての使命感でもなくて、みんなのための自己犠牲でもなくて。だから、隣でいっしょに飛んでくれていた親友を蹴り落とした。 なぜなんだと彼は叫んだ。きみといっしょにいくことはできない。きみを地上に置いていく。大切なものすべてを、この地上に置いていく。 醜い一面もひっくるめて、人間たちのことが大好きだから。自分を育ててくれた、地上の生物すべてが大好きだから。 だからおれは、他でもない自分自身のためにみんなをかばうんだ。 大魔王がいない世界で、もう、勇者を不要とする世界の中で、 自分が、ただの冒険好きな子供に戻って、再び、ときめく気持ちで大好きな世界を駆けめぐれるその日のために――― そして上空高く、爆発。閃光が、空を埋め尽くし――― 手応えはあったと言っていい。ルイズは、そう思う。 サモン・サーヴァントを行使した。「ゼロのルイズ」が、魔法を行使した。そして、爆発は起こらなかった。つまり、成功したということだ。 魔法を成功させた経験などないけれど、名門出の令嬢として、メイジとしてのプライドがあった。 詠唱を唱えてもなんらの現象も起きなかっただけ、などとは思わない。思ってはならない。 裡にある不安から目を背けるように杖を振り下ろした前方を睨みつければ、しかしそこには、想い描いていたどんな獣も存在せず。 「は……?」 疑問の声を漏らしたその先には、眠っているのか気絶しているのか、見知らぬ子供が仰向けに倒れていた。 平民を喚びだしてどうする。周りの人垣の嘲笑の声。 そう、まるっきり、平民のガキだ。クセっ毛の黒髪。上半身は裸、ズボンもボロボロ。服がボロボロになった結果、上半身部分が完全に破れ去ったよう。 顔を覗きこめば、あどけない寝顔の頬に小さな傷をみとめることができた。 どこをどうひいきして見ても、使い魔には見えない。どこからきた平民――いや、貧民かもしれない。 儀式が成功したことへの期待は一瞬で裏切られたことも加えて、ルイズは沸騰する。 「ちょっと間違っただけよ!」 人垣を怒鳴りつければ、返ってくるのは「ゼロのルイズ」への揶揄と、それを受けた爆笑。 生徒に弁解しても話にならない、教師のコルベールに召喚のやり直しを要求するも、却下された。 春の使い魔召喚は伝統ある儀式であり、学院の重要な教育課程である。ルイズひとりにだけやり直しを認めることなどできはしない。 ルイズが願った形でないだけで、魔法の発動は成功し、儀式の手順を踏んでしまっているのだ。 肩を落とすルイズに、コルベールが儀式の続きを促す。 「さあ、早く契約を続けなさい。次はコントラクト・サーヴァントだ」 口吻による契約である。わたしのファーストキスの相手はこんなのか――と倒れた子供の顔を睨みつけたそのとき、そいつと目があった。 タイミングが悪い。とルイズは少年へ心の中で毒づく。眠ったままならばまだ少しは楽にキスを済ませられたのに。 「起きたのね。で、あんた、誰?」 「おれは……ダイ。きみは……? あ、いや、ここは!?」 覚醒した途端に、ルイズの苛ついた声の問いを投げつけられ、目をぱちくりさせながらダイと名乗った少年は答え、問いを投げ返す。 自分のいる場所に戸惑った様子で周囲を見わたしている。 「どこの平民?」 「へ、平民!? どこのって……」 やっぱり子供ね、問いを重ねたルイズは思う。飲み込みが悪い、とさらに苛立った。平民という言葉すら聞き慣れていない様子だ。 早く儀式を済ませろという、コルベールや周囲の視線がただでさえうるさいのに、ここで時間をとられるのはごめんだった。 「ああ! もういいわ、後で説明するからいまは黙ってじっとしてなさい!」 「ぶっ!?」 突然唇をふさがれた驚きで、子供が間抜けな声をあげた。 状況についていけず、されるがままの少年からルイズは唇を離す。 「終わりました」 自分の頬が赤くなっているのがわかる。こんなガキに異性などこれっぽっちも意識していないが、それでも公衆の面前で男とのキスを披露してしまったことにはかわりはない。 しかし子供の方にはそんな意識はないらしい。あろうことか、ただ唇に物を押しつけられた感触が不快だとばかりに、手の甲で唇を拭ったあと、舌で自分の唇をぺろりと舐めやがった。 子供のやることだと思いつつも、ファーストキスをぞんざいに扱われ、さらにルイズの機嫌は悪くなる。 「うん、これで契約は完了だ、スムーズにできたね」 嬉しそうなコルベールの誉め言葉も、慰めにはならない。子供との契約など出来て当然だと、またルイズを馬鹿にする声が飛ぶ。 ルイズがそれに応戦しようとしたそのとき、 「つぅっ!?」 小さく、痛がる声。少年の身体中に熱が走る。 「使い魔のルーンが刻まれてるだけよ、すぐ終わるからわめかないでよ」 しかしルイズは首をかしげた。わめくなとは言ったものの、それ以上にこの子供が声をあげる様子はない。けっこう根性のある子なのかしら。 「な、なんだいまの熱は!?」 熱よりも、戸惑いと驚きのほうが少年を多く占めているらしい。身体のあちこちを不思議そうに確かめる。 コルベールは彼に近づいて、左手の甲をとった。「珍しいルーンだな」とつぶやいた。 「あ、あの! なんなんですかこれは!? あなたたちはいったい!?」 少し声を張り上げて子供が問うも、誰も相手にしない。コルベールに促され、生徒たちはみな学園に飛びたっていく。 「みんな、飛んでる……。全員が魔法使いなのか?」 そうして広場には、ずっと疑問を解消されないまま放っておかれたダイという子供と、ルイズのふたりだけになった。 なんの教育も受けてなさそうな平民の子供にしては目上に対する口の利き方を知ってるわね、とルイズは珍しがる。 どう見ても育ちがよいようには見えないが。どこかの家に奉公でもしていたのだろうかと思いながら、彼女は問うた。 「で、あんた、どこの子供よ?」 ―――ぜんっぜん要領を得ない。なんなのよコイツ。 学院までの道のり、歩きながら、互いのことを尋ねあいながら、ルイズの苛立ちはさらに増していく。 このダイという子供はしきりに状況確認にしつこく、その割には言っていることがわけがわからなかった。 デルムリン? 知らない、どこの島? トリステインの領土? なに? トリステインも知らないの? 魔法学院っていうのも聞いたことないですって? それにしては魔法のことそのものは知っているみたいだけど。 パプニカ? 聞いたこともない。勇者アバン? 勇者だなんておとぎ話のことなんてどうでもいいわよ はぁ!? 魔王? それこそなによそれ、よ、あのね、わたしは真面目に聞いてるのよ? そうしてルイズの自室、結局、ルイズはこのダイという子供はおとぎ話にのめり込んでいるのではなく、彼自身、真剣にルイズと会話をしていることを認めざるを得なかった。 別世界。別の大陸の住人ではなく、別世界の住人。勇者を先頭に、人類が一致団結して巨悪と戦い続けてきた世界。それこそ、おとぎ話のよう。 「魔法」という互いの世界で共通している言葉があることが、かえってややこしい。 「……アンタも、その、魔王軍とやらの戦争に参加してたの?」 「いや……、その、おれは、ずっと島で暮らしてたから」 逡巡し、うつむいて、ダイは答える 「あっそ」 ルイズは軽く落胆した。なんだ、少年兵とかだったら、ひょっとしたら見た目よりも強いのかと期待したのに。 「なんだよ?」 その態度にムッとする――というよりいぶかしんだ様子でダイは尋ねた。 別に。とルイズは答えた。 「アンタはわたしの使い魔だから。ひょっとしたら役に立つかも、って期待しただけよ―――」 ―――夜も更けて。 使い魔のルーンのこと、ダイを帰す方法はないこと。これからダイがどうするにせよ、この世界ではしばらくはルイズに頼るほかないこと。 そこまで話をまとめて、ルイズは会話を打ち切った。 「―――しゃべったら眠くなっちゃった。もう寝るわ。じゃあ、アンタ明日から掃除洗濯雑用ちゃんとやってね」 「おれ、どこで寝たらいいのかな?」 「床。……まあ、あんた服ないし、毛布くらいはやるわ」 下着を放り投げ、寝床に着こうとするルイズに、ダイは問いかけた。 「……最後に、ひとついいかな」 「なによ?」 「この、るーん、っていうやつ、できれば、左手以外の場所に移せないかな? 右手でも、額でも。……左手は、特別なんだ」 「―――無理よ、どんなこだわりがあるんだか知らないけど。紋章を同じ人間の別な場所に移すだなんて聞いたこともないわ」 「……そっか、わかった」 にべもないルイズの返事。ダイは静かに受け入れた。 そうしてルイズが指が鳴り、ランプの明かりが消える。ふたりの一日が、ようやく終わるのだった。
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (46)破滅的な過ち ルイズと教皇が去った後も、依然として場の空気はイザベラとアンリエッタによってその温度を高め続けていた。 話題は政治経済趣味嗜好、ありとあらゆるものに及び、そのことごとくで二人は反発し合う。 そして今―― ついに片方が、その臨界を迎えた。 「おおっと! 手が滑ったぁ!」 ぱしゃっ、という音。 イザベラが目の前にあった、ルイズが飲んでいたグラスを掴み取り、中に入っていた水を、アンリエッタの顔に浴びせかけた音である。 それはアンリエッタが「あなたの服のセンスはちょっと理解できません。青髪に青いドレスは無いと思いますわ」と言った直後のことであった。 一方、水をかけられた側は無言。 顔面に水をお見舞いして満足したのか、ニタニタと笑っているイザベラに対して、アンリエッタは表情も変えていない。 否、変わっていないのではない、それは人形もかくやという無表情。 刹那、迅雷の如き速度でアンリエッタの手が動いた。 「あっと、私も手が滑りましたわ」 抜き打ちのごとく迸った手に握られていたのは、トリステインの王権の象徴。 彼女の魔力の発動体である杖の先から、浴びせかけられた量をはるかに上回る水が吹き出して、イザベラの顔面に直撃した。 水の勢いが収まると、そこには濡れ鼠のようになったイザベラがいた。 「じ……」 誰かが制止するより早く――最も、この場に彼女を止めようとするものもいなかったのだが――イザベラが席を立ち上がった。 「上等だあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 戦いが、始まった。 月光と魔法の明かりに照らし出された、ガリアが誇る花壇庭園は、言葉が無い程に美しかった。 白、赤、紫、色とりどりの花々、月と星とを反射してきらめき揺らめいている池の水、そしてその間を一直線に伸びる、白灰色の石畳。 昔読んだおとぎ話の中に誤って迷い込んでしまったような、そんな不思議な感覚。 自然と人の調和。そこに広がっているのは一つの美の完成形。 幻想的とはこのような光景を言うのだろうと、ルイズはひとりごちた。 「流石はヴェルサルテイル宮殿。これほどの庭園、ハルケギニア中を探しても他にないでしょう」 ルイズの傍らに立つ青年がそう言った。 心ここに非ずという様子でルイズも彼の言葉に無言で頷く。 全く同感であった。 「例え誰かに見つかって、後で叱られることになるとしても、この光景が見られたのならそれで十分でしょう。そうは思いませんか?」 ぼうっとその光景を見入っていたルイズは、その言葉ではっと我に返った。 そう、ここは先ほどまでとは違う。秘密でも何でもない場所なのである。 もしもこのような場所にいることが誰かに見咎められでもしたら、言い訳のしようもない。 あるいは今自分が着ているメイド服から、教皇聖下に頼まれて庭の案内をしているメイドという方便も思いついたが、 トリステインのメイドが、ガリアの宮殿でロマリアの教皇を案内しているというのは、いくらなんでも無理がありすぎるとすぐに気づいた。 「美しいと、そう思いませんか。ミス・ヴァリエール」 「あ、え、っ、はい、そう思います!」 二度目の問いかけ。 考えに没頭して最初の問いかけを無視する形になってしまったことに気がついて、ルイズは顔を林檎のように真っ赤にした。 しかし、教皇はルイズの方を見るでもなく、じっと庭園を見つめながら続けた。 「この庭園は美しい。ここは、この世界の美を集めたような場所です。 この場所には生まれたばかりの風があり、清らかな水があり、生命力に溢れた土があります。きっと、秋が深まれば秋の顔を、冬になれば冬の顔を、春になれば春の顔を、我々に見せてくれるに違いありません。 けれど、それはただそこにあるから美しい訳ではありません。この場にある全てのものは、それぞれ懸命に生きているのです。 だからこそ、生きているからこそ、美しい。生きているということは、ただそれだけで、人を惹きつけてやまないのです」 何かを想い、どこか遠い目をして、語る青年。 いつからか、彼の口から出るものが、普段使いの柔らかなものから、真剣なそれへと変わっていることに、ルイズは気がついていた。 「ミス・ヴァリエール。私はこの世界を、このハルケギニアを、愛しています。ハルケギニアに生きる自然を、人を、生命を、愛しています。だから、私にはこの世界が土足で踏みにじられていく様を、黙ってみているようなことはできません。 ましてや、私に力があるのなら。世界を変える可能性が授けられているのなら、なおさらに」 ザッという音。 風が、吹いた。 夏も終わろうかという頃合い。 秋を予感させる、冷たい空気を乗せた風が、強くルイズ達に吹きつけた。 思わず目を瞑って、顔を押さえようとしたルイズの手を、暖かい誰かの手が取った。 同時、その誰かがルイズの前に立って、風を遮った。 それが誰かなど、一人しかない。 「ミス・ヴァリエール。この無力なわたくしに力をお貸しください」 ルイズは、最初何を言われたのか分からなかった。 『――聖下に、教会の代表者に、 何?』 思考がまとまらない。 だが、時は止まることなく流れる水のように、ルイズの理解を待ってはくれなかった。 「あなたが持つ、始祖の祈祷書を、この私にお貸し下さい」 瞬間、 夢が 醒める。 「……聖下、何をおっしゃっているのか、私には分かりません」 「隠さずとも良いのです。あなたが肌身離さず始祖の祈祷書を持っているのを私は知っています」 その通り。 確かにルイズは始祖の祈祷書を持っている。今も彼女が手にしている鞄の中にそれはある。 だが、だからといって…… 「もしも私がそれを持っていたとしても、それをお貸ししなくてはいけない理由はありません。 始祖の祈祷書はトリステイン王家に伝わる大切な宝物。例え聖下であろうとも、それをみだりにお渡しする訳には参りません」 「もっともです。ですが、私がそれを欲する理由を聞けば、あなたも考えが変わるでしょう」 「理由?」 理由、思いもよらなかった。 そう、欲する以上理由があるはずである。 始祖の祈祷書は、ルイズに何を与えたか、そしてそれ以外の人間に対してはどうであったか。 そこまで思いつけば、あとは勝手に仮説に結びつく。 「まさか……」 「ええ、そのまさかです」 そして、青年は池に向かって膝をつくと、祈るようにして、低く呪文を呟き始めた。 その呪文は知らない。しかし、その調べには覚えがある。 ユル・イル・クォーケン・シル・マリ……。 長く詠唱が続く。 どれだけの時間が過ぎたであろうか。 ルイズには長く感じられたが、それでも時間にして五分ほどであろう。 呪文が完成し、教皇は杖を池へ向けて振り下ろした。 ルイズが見ている前で、月を映し出していた池の表面に波紋が広がっていく。 一瞬、それが光ったかと思うと、次の瞬間、そこには天空にある月ではない、他の何かが映し出されていた。 映し出されたのは見知らぬどこか、ルイズの知らぬ土地が映し出されている。 見えたのは高い、高い……それこそ天まで届いているような、銀の塔。 しかもそれがいくつもいくつも、地上から空を追うように突き出していた。 再び波紋。 それまで映っていたものが途端にかき消えて、元の月の姿だけが、後に残った。 「今のは……」 「分かって貰えましたか? 私もあなたと同じ、虚無の担い手であるということが」 認めない訳には、いかなかった。 風系統の遠見によく似た呪文。しかし、ルイズは今の呪文に、一つの心当たりがあった。 それは始祖の祈祷書の中で見た、一つの呪文。 それに、先ほどの呪文が決して系統呪文などではないことを、ルイズは詠唱の旋律で確信していた。 流石にこの段に至り、ルイズもとぼけることを観念した。 「……分かりました。確かに今の呪文は虚無の系統、聖下は虚無の担い手で、そして私も虚無の担い手であることを認めます」 それに、同じ虚無の担い手を相手にこれ以上、秘密に固執する必要性を感じなかった。 「けれど聖下。既に虚無の呪文を使われる聖下が、何故今更始祖の祈祷書を欲するのですか?」 当然の疑問であり、当たり前の帰結。 ルイズには彼が虚無の魔法の使い手だと分かっても、彼が虚無の魔法の記された祈祷書を欲する訳が分からなかった。 「〝秘宝〟は、〝四の担い手〟を選びません。我らはそういう意味では兄弟なのです」 「つまり、ええと……聖下は始祖の祈祷書を使って、新しい虚無の魔法を習得しようというのですか?」 「その通りです」 彼の回答に、ルイズにはどうにもしっくりこないものを感じた。 「あの……お言葉ですが、聖下も虚無の魔法が使えるのなら、どこかでこの本と同じものをご覧になったのでしょうが……それをまた見れば良いのではないでしょうか?」 その問いかけに、教皇は首を振った。 「いいえ。まずあなたの知識をいくつか訂正しなくてはなりませんね。我々に力を与える始祖の〝秘宝〟は、何も本だけではありません。オルゴールであったり、香炉であったりとその形は様々です。 次に、あなたの指に二つ嵌っているルビーですが、それは鍵となります。〝秘宝〟〝ルビー〟は揃って初めて我々に道を指し示すのです。 わたくしの……ロマリアの〝秘宝〟と〝ルビー〟は、以前に背教者の手で持ち去られ、それ以来行方不明になっておりました。その後、数奇な運命を経て、火のルビーがわたくしの手に戻りましたが、未だ〝秘宝〟は行方知れずのままなのです」 「つまり……聖下が新しい呪文を身につけるためには、この祈祷書が必要だとおっしゃるのですね」 ルイズは内心の動揺を抑えながら、その言葉を紡ぎ出した。 自分の手元にある風・水のルビー、ワルドの手元にある土のルビー。 行方不明だった最後の火のルビー。 どこにあるとも知られなかったそれが教皇の手にあるなど、ルイズは思いもしなかった。 「その通りです。あなたの助けになるために……わたくしは新たな力を手に入れなくてはなりません」 教皇はそう言うと、左手でルイズの方を柔らかく掴んだ。 「ミス・ヴァリエール……いいえ、ミス・ルイズ。あなたが背負う重荷を、このわたくしにも背負わせて下さい。世界のために、あなたのために」 そして彼は肩に置いた手を滑らせて、その頬を撫でた。 思わぬ動作にびくんと驚きを示すルイズをよそに、教皇はその美しい顔を、触れあうほどにルイズの顔に近づけた。 「せ、聖下、何を……」 「ミス・ルイズ。わたくしの目を見て下さい。わたくしの目をのぞき込んで、その奥底を見て、判断して下さい。あなたにとってわたくしが信用に足る人物であるかを」 突然の行動にルイズは頬を染める。 それでも、教皇は真剣なまなざしでルイズを見ていた。 「わっ、わかりました! 聖下を信用いたしますっ! だから、どうか、もう少しお離れ下さい……」 尻つぼみになりながらそのように言うことしか、ルイズにはできなかった。 あるいは、この時にルイズが教皇を拒絶し、押しのけていたならまた違った未来があったかもしれなかった。 だが、これまで陰謀という陰謀から遠ざけられてきたルイズが、教皇ヴィットーリオからその真意をかぎ取ることができなかったことを、誰にも責められようはずも無い。 そういう意味では、過保護に育てたルイズの父ミシェルの、表から裏から庇護していたウルザの、ワルドの、その行為が裏目に出た瞬間だった。 ルイズが逃げるようにその場を立ち去ってから、教皇は庭園の一角に据えてあったベンチに腰掛けて、自分の杖に灯した弱々しい灯りを、始祖の祈祷書を読みふけっていた。 みすぼらしい丁重の一冊の古書。ぼろぼろになった冊子をただ閉じているだけの本。 その中身が始祖ブリミル本人によって書かれたものであることを、教皇は感動と共に実感していた。 虚無の魔法は、使用者にあわせて呪文が開陳される。 彼がページをめくると、いくつかのページが輝きそこの文字が現れた。 それこそが、今の彼に与えられるべき呪文。 そうして三〇分ほども読みふけった頃だろうか。 彼は目的の呪文が書かれたページを見つけた。 「あった……」 彼が指をとめたページ。 そこには中級の中の上のページに書かれていた、一つの呪文があった。 教皇は立ち上がり、呪文を唱え始めた。 静かな庭園に、朗々とした詠唱が響く。 ユル・イル・ナウシズ・ゲーボ・シル・マリ…… それが、何を意味するとも知らず。 ハガス・エオルー・ペオース……。 教皇は、ただ美しく、調べを奏で続ける。 そして、世界は―― 場を辞したルイズであったが、すぐ戻る気にもなれず、不用心なことは分かっていたが少しの時間ならとぶらぶらと中庭を散策した後、部屋へと戻ることにした。 そうして戻ってみると部屋は、 戦場と化していた。 「このっ! このっ! このっ!」 「きゅいきゅい! 楽しいのねっ!」 「くそっ、枕だ! くそっ! シャルロット、新しい枕を寄こせぇっ!」 扉の前で呆然と立ち尽くすルイズ。 その前で繰り広げられる光景は、 1.両手で白い枕を掴んで、イザベラにバシバシと叩き付けているアンリエッタ。 2.両手に一つづつ枕を掴んで、アンリエッタと一緒に枕で嬉しそうにイザベラを叩いている、青髪の娘。 3.ベッドまで追い詰められて、文字通り二人から袋叩きにあっているイザベラ。 ルイズは軽い立ちくらみを感じて、手近にあったテーブルに手をついた。 元々部屋の中心付近にあったそのテーブルには、避難してきたらしいキュルケとタバサが席に着いていた。 足下には無数の枕が落ちている。 「一体、何がどうなってるのよ……?」 「あらルイズ、ハンサムさんとの逢瀬はもう良いの?」 「逢瀬って……そんなことより、一体どうしてこんなことになっているのよっ! 部屋も滅茶苦茶じゃないっ!」 ルイズはちらりとアンリエッタ達をみやった。 アンリエッタは近くに落ちている枕を掴もうともがいているイザベラを、執拗にぼすぼすと叩いていた。 アレには見覚えがある。確かよく小さい頃にやられたような…… 「問題無い」 横合いから、ぽつりと声。 ルイズがそちらを見ると、タバサが本に目を落としたまま、足下に転がっていた枕の一つをむんずと掴んで、三人がいる方に投げつけようとしているところだった。 そのまま砲弾のような勢いで投げつけられる枕。 直後にイザベラらしき声で『ほぎゃっ!』と聞こえたが、タバサは気にしてもいないのか、ただページをめくるだけ。 「ちょっとタバサっ! あんたも止めなくて良いの!? ここはあなたの部屋なんでしょう? それに、あなたこんなところで本なんて読んでいたら……」 ルイズの頭を、意地悪な女王に脅されて、弱みを握られて仕方なく従っているタバサという構図がちらりと横切った。 と、そこで更に横やり。 「あー、それなら大丈夫みたいよ。この子、なんだかんだ、好きで付き合ってるみたいだから、あの女王サマとね」 まるでルイズの考えを読んだように、キュルケが言った。 「そうなの? でも、あの女王はあなたの父上と、母上の……」 「……仲直りした」 「仲直り? でも……」 「その子、それ以上は答えないわよ。自分達にわだかまりは無い、その一点張り。そもそも、私はタバサがガリアの王族だったなんてつい最近知ったんだけど、一体どんな事情でトリステインに居たわけ? あんたはその辺の事情知ってるみたいだけど?」 「それは……」 横目でタバサの顔を伺うルイズ。彼女は別に頓着しないという様子で、視線を降ろしたままだった。 「つまりね……」 ルイズが掻い摘んでタバサの事情を話し始めると、キュルケも興味を引かれたのか身を乗り出した。 そうして、ペルスランから聞いた話をざっと語り終えた頃になると、キュルケは難しそうに額に皺を刻んでいた。 「なるほど、そういう事情だったのね……。そういうことだと、確かに仲直りしたと聞いても、にわかには信じがたいわね」 と、そこで 「色々あった」 再び枕を砲弾のように打ち出しながら、タバサが言った。 その声を聞いて、キュルケはじっとタバサを見た。 そしてそれから大げさに溜息をつくと、優しい声色でルイズに言った。 「まあ、この子がこう言うのなら、本当に色々あったんでしょうよ。ある意味ではあたしや、勿論あんたなんかよりもしっかりした子だから、心配はいらないと思うわ」 「そう……かしら?」 「そうよ。それじゃっ」 言葉の最中で、席を立つキュルケ。 そんなキュルケの突然の動作に驚いて、ルイズは顔を上げて彼女を見た。 キュルケはルイズを見下ろして、にやりと笑って先を続けた。 「私も参加してこようかしらね」 「ちょ、ちょっとキュルケ! 参加って、アレに? 正気?」 「ええ、正気よ。だってほら……、わりと面白そうじゃない」 言われて、ルイズもそちらの方を見やる。 確かに、そこで枕を振り回す三者はそれぞれに、どこか楽しそうに見えた。 ルイズに背中を見せて、枕を片手に歩いていくキュルケ。 「……うん。それじゃ、私も」 言って、足下の枕を掴んでその後に続こうとルイズが立ち上がったその時、 ――――――世界がひるんだ。 同時刻。 トリステインの片田舎、昼間でも薄暗い森の中。 近くにある人里はタルブという名の小さな村だけで、後は森と平原と山があるだけの、そんな僻地。 そこにフードを目深に被った女がいた。 「本当に大丈夫なの? それにこんな大金……」 彼女の前に立っていた、帽子を被ったブロンド女性が言った。 「大丈夫さ。今回の仕事はバックが大物で、その分実入りも大きい、ただそれだけのことさ」 「でも……」 「そんなに心配しなくたって、上手くやるよ。お前は何も心配しなくて良いんだ」 そう言って、女はフードを降ろして、ブロンドの少女を抱きしめた。 「大丈夫……大丈夫だよ……」 優しげに呟いて少女の頭を撫でたのは、女盗賊フーケであった。 「本当に? 本当に大丈夫なのね?」 「ああそうさ。危ないことなんて何一つ無いよ」 「そう……分かったわ」 フーケの言葉を信じて、安心したように少女は呟いて、その体を彼女から話した。 「あのね。マチルダ姉さんの為に、クッキーを焼いたの、今持ってくるからちょっと待ってて」 そう言って少女はその身を翻し、仮の住み処と定めた、うち捨てられた森の『元廃屋』へと走っていった。 フーケが息をつき、近くの木の幹へと背中を預けて暫く待っていると、少女が小走りに戻ってきた。 「お待たせっ!」 軽く息をはずませた少女が手を差し出すと、その上にはハンカチの包みが一つ。 「ああ、ありがとう。悪いね、ありがたく受け取るよ」 フーケがそれを受け取ろうと、 瞬間 駆け抜ける 突然の、衝撃。 ズクンと、腹に響くよう何かが、フーケの体を襲った。 「なっ……、なんだい、これは……」 正体不明の感覚に、さしものフーケも戦慄を隠せない。 そして、彼女の目の前で、少女の手から、包みがこぼれ落ちた。 「? どうし……っ!?」 フーケの前で、少女は頭を抱えて小刻みに震えていた。 両手で頭をつかんで、何かに怯えるように、必死の形相で。 その震えが、次第に、大きく、迫る何かをに、恐怖するように。、 「いや、……いや、いや、いやいやいやいやいやいやいやああああああああああああああ!!」 そして、 ――――――世界がおののいた。 同時刻 ゲルマニア、ウィンドボナ上空。 浮遊大陸アルビオン、その中枢部。 「それでは閣下、ご武運を」 玉座に深く腰を下ろしたワルドに深々と礼をして、男はその場を辞した。 対するワルドは頬杖を突いて片目をつぶり、一見して思考に没頭しているようであった。 そんな彼に語りかける、虚空からの声一つ。 「本当にあのような男に任せるというのか?」 続いて暗黒の空間に、一人の人間が染み出すようにして現れた。 頑健な肉体、特徴的な眼帯、巌のような顔つき。 歴戦の傭兵、メンヌヴィルである。 「あのような男に総大将がつとまるとは思えん」 ドンと鈍重そうなメイス型の杖を床に降ろす。 「竜殿もそうは思わぬか?」 竜――ここにいない者への問いかけ。 しかし、どこからかそれに対して返事があった。 「興味がわかぬ。我にとってはどうでも良いことだ。」 姿はない。知性と獰猛性を秘めた声だけが、ただ響くのみ。 それを聞いたワルドは、開けていた片目を一度閉じ、それから両目を開いて体を起こした。 「竜殿の言うとおりだ、メンヌヴィル。既に人間同士の殺し合いなど、今となっては必要であるだけで、さして重要ではない。私のやるべきことは、最大の邪魔者であるあの老人を排除すること。 その為には、煩わしい手間は極力省きたいというのが本音だ。そう言う意味では、アレは大いに役に立ってくれる」 「……ふん。お前の頭の中はいつもあの娘とあの老人のことで一杯なのだったな」 「そういう君の頭の中は、火と破壊だけしかつまっていないではないか」 「はっ。違いない」 メンヌヴィルが頬をつり上げて笑った。 「!」 それまで特に気を払っていた様子もなかったワルドの顔が、突然悪鬼のような形相に変わった。 そしてやおら立ち上がると、獰猛な犬が獲物の匂いを探るようにして周囲をぐるりぐるりと見回しはじめた。 「む……」 片腕であるメンヌヴィルでさえ彼の狂態に戦いていることも気にとめず、ワルドはある一つの方角を見つめると、地の底から立ち上る悪霊の呻きのような一声を漏らした。 「馬鹿めっ」 そして、 ――――――世界がたじろいだ。 同時刻 ロマリアの東方、数百リーグの位置。 暗闇の中で、ウルザは三人の人影といた。 「つまり、あなたは我々に協力を求めるというのですか?」 金管楽器の音色を思わせる、透き通った女性の声。体をすっぽりと覆う貫頭衣を纏った女性が言った。 「そうだ」 「自らが悪魔と同じ存在であると分かっていながら、我々におこがましくも協力を求めるとは。ますます度し難い」 しゃがれた老人の声。 同じく貫頭衣であるが、腰を折って手で杖を突いている老人が言った。 「それは感情的な問題だ。現実の問題を前に正しい姿勢とは言い難い」 「あなたは我々エルフ以上に合理的なものの考えをしているようだね、ウルザ」 落ち着いた調子の、聡明そうな青年の声。 前の二人とは違って、三人目の青年はその素顔をさらけ出していた。 金髪をした美しい顔立ちの青年。だが最大の特徴はそんなところにはない、特筆すべきは、その尖った耳。 「そう。これは君たちエルフにも関わる問題のはずだ」 ウルザの前に立つ三人の男女。彼らはこの地に住まうエルフの代表者達であった。 「しかし、それでもあなたの意見に従うことはできない」 青年が言葉を句切り、その後を最初に喋った女が続けた。 「我々は確かに人に比べれば合理的な考えを重要視する種族です。しかし、それでも感情がないわけでありません。私も、我々も、あなたの考えには賛同できない」 そして、最後は老人が締めくくった。 「去るが良い。我々は戦いなどという野蛮な行いは望まない。もしも我々の元に害が及べば戦いを拒否することも無かろう。だが、お前の甘言に惑わされて自ら戦いに赴くなど、あり得ぬことだ」 「……しかし、」 「言葉は覆らぬ。去れ、異邦の悪魔よ」 聞く耳を持たずといった様子の老人を前にして、ウルザはじっと何かを考えるようにしてたたずんだ。 それから、言葉も無く三人の賢者達にその背を向ける。 そうして三歩四歩歩いてから、彼は足を止めて、それを告げた。 「これでも本当に意見は変わらないかな?」 そして、 ――――――世界は恐怖した。 その時、彼の気配に、世界の全てが総毛立った。 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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子供の頃、ラ・ヴァリエール家の庭で、ルイズは自分だけの秘密の場所を探していた。 綺麗に手入れされた庭園には、まるで壁を作るように植え込みが作られており、ルイズはよくその隙間を走り回り、時には這いずって、服を泥だらけに汚していた。 あれは物心のついた頃だろうか、まだ10歳にも満たない頃、ルイズは家庭教師から逃げ回っていた。 『ロック』も『アンロック』も『レビテーション』も『着火』も、何一つとして魔法が成功しないルイズは、家庭教師からも使用人からも見下されていた。 ある日、植え込みの中を走り回って、家庭教師から逃げ回っていたルイズは、足をもつれさせてしまい庭木に突っ込んでしまった。 そのまま反対側に転げ出てたルイズの顔に、何か堅い物がぶつかり、ルイズは顔をに傷を負ったのだ。 たまたま、庭師が庭木を整えていた時に、ルイズは金属製の如雨露で顔を怪我してしまった。 水のメイジが治癒してくれたので傷痕は残らなかったが、ルイズを怪我させた責任を取って、その庭師はラ・ヴァリエール家から解雇されてしまった。 魔法学院に入学する直前、ルイズの姉カトレアが、解雇された庭師の話をしてくれた。 「あの庭師はね、植え込みの間を逃げる貴方が怪我しないようにと、尖った枝を残さぬよう綺麗に庭木を整えていたのよ」 気を遣ったからといって、必ずしも報いを得るわけではない。 庭師は、私に気を遣っていたのに解雇されたのだ、だが、理不尽だとは思わない。 貴族と平民の差は、こういうものだと感覚的に理解していた。 国境沿いにあるラ・ヴァリエール家の領地は、国境の警備を兼ねている。 トリステインとゲルマニアを分断する国境線の向こう側は、仇敵ツェルプストー家の領地だ。 トリステイン魔法学院に入学したルイズは、学生寮でも隣がツェルプストーだと知って、運命を呪った。 入学した頃は、誰もルイズを馬鹿にする者はいなかった。 ただ一人ツェルプストーがルイズをからかって、ルイズもそれに応じて口喧嘩に発展することがあったが、それも些細なことに思えた。 部屋の鍵を、『鍵』でかけるルイズを見て、ツェルプストーは怪訝な顔をしたものだ。 魔法学院の授業で、ルイズが二度、三度と失敗を繰り返して、周囲の人間達もまたルイズを馬鹿にし始めると、ルイズは針のむしろに座らされている気分だった。 貴族としての爵位、メイジとしての実力、ルイズには後者が欠落していた。 そのせいでルイズは陰口を叩かれるどころか、公然と侮辱されるようになってしまったのだ。 ある時、魔法学院の宝物庫裏で、魔法の練習をしようとしていたルイズの身体が浮いた。 レビテーションも、フライも使えないルイズは、なすすべもなく地面にたたき落とされた。 たぶん、おそらく、レビテーションを使ってルイズに悪戯したのだろう。 悪質な悪戯として教師に告げ口すれば、悪戯した人間を見つけ出してくれるとは思うが、それをする気にはなれない。 魔法は、平民にとってどれぐらい横暴な力として映るのか、少しだけ理解できた気がした。 翌日のことだ、ルイズが再度魔法の練習をしようとした時、火球が草陰を焼いた。 そこから飛び出してきた魔法学院の生徒が、尻を火で焦がされて悲鳴を上げていたのを、ルイズはよく覚えている。 その日の夕刻、尻を焼かれた生徒が、ツェルプストーに決闘を申し込んで、返り討ちにされたと聞いた。 ツェルプストーが悪戯の犯人に制裁を加えたのだと、ルイズは気づいたが、礼を言う気にはなれなかった。 今思えば自分は愚かだと思うが、その時の自分は、ツェルプストーに助けられるのを屈辱だと思っていたのだ。 トリステイン魔法学院に入学して一年、使い魔召喚の儀式で石の仮面を呼び出し、吸血鬼になった私は、自分の弱点を知った。 私の魔法はいつも成功しない、爆発して、それで終わり。 その爆発で生まれた光は、まるで火傷のように私の身体を溶かすのだと知った。 練金の授業で私の身体が焼かれたとき、真っ先に駆けつけてくれたのはキュルケだった、そしてモンモランシーや、普段私を馬鹿にする人たちまで私を心配してくれた。 その後、私はシエスタから包帯を借り、話し込むうちに個人的に仲良くなっていった。 私は、彼ら、彼女らのために、人間でなくなった今も人間でいようと思ったのだ。 ズキュン、ズキュン、と頭に音が響く。 ロングビルの胸から血を吸う音が、頭に響く。 ルイズはロングビルを食屍鬼にするつもりで牙を突き立てた。 だが、血の味に酔いしれる間もなく、柔らかい胸の肉を噛み千切る間もなかった。 人間を食屍鬼に変えるエキスも出てこない。 ルイズの忘れていた思い出が脳裏に浮かび上がっては消え、消えてはまた浮かび上がる。 ラ・ヴァリエールの実家で過ごした時間を、魔法学院で過ごした時間を、ルイズは思い出していた。 不意に、ロングビルの腰に回した手から力が抜けた、支えを失ったロングビルは力なくその場に崩れ、床に転がった。 血を吸われるという未知の愉悦に意識を奪われ、彼女の目は虚になり、口は半開きで、息を荒げていた。 「…なんで、こんな時に、思い出すのよ」 貴族としての意識と、人間でいようとした決心を思い出し、いっそ心まで吸血鬼になれれば良かったのに、と、ルイズは思った。 大通りを通るシエスタ、キュルケ、タバサの三人を見て、ルイズは怒りに心を任せた。 怒りというよりは、嫉妬かもしれないが、とにかくルイズはかつての友人に殺意を抱いたのだ。 だが、殺してやると決心する前に、遅れて安宿にやってきたロングビルが、その理不尽な怒りを受けることとなった。 ルイズは、床にへたりこんだ。 涙が出そうな気がして顔を押さえたが、涙は出ない、だが確かにルイズは泣こうとしていた。 「ううう…うううう…あああ…ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい…」 理不尽な怒りを向け、ロングビルの血を吸った自分、それがロングビルを裏切った行為に思えて、嗚咽混じりに謝罪の言葉が出てきた。 ロングビルは、快楽の余韻に浸っていたが、ルイズの声を聞いて頭を振り、ルイズを見た。 「泣くんじゃないよ、ほら、もう、私を生かそうとしたり、また殺そうとしたり、忙しい奴だね」 そう言って、ロングビルはルイズを抱きしめた。 ルイズは、ベッドの上で抱きしめられていた。 手足に骨を埋め込んで身長を伸ばしているが、胴体は小さいままなので、ルイズの頭はロングビルの胸に当たっている。 涙を流しながら、ごめんなさいと繰り返していたルイズも、今は落ち着いていた。 桃色の髪の毛を指先ですきながら、ふと考える。 私は、いつからこんなお人好しになったのだろうかと。 「…ねえ」 ふいに、ルイズがロングビルの顔を見上げる 「なんだい」 「怒らないの?」 「え?」 「…私、食屍鬼にするつもりで血を吸ったのよ」 「あんたと戦ったとき、心の底から願ったよ『この人にだけは殺されたくない』ってね…それに比べれば血を吸われたぐらい、どうってことないよ」 「……違う、それもあるけど、それじゃないの、食屍鬼は作らないって約束したのに」 「約束?」 ロングビルは、自身の腕で抱いている少女の言葉に、ひどく驚いた。 この吸血鬼は、途方もない恐怖を自分に与えたこの吸血鬼は、まだ幼いのだ。 不意に故郷にいる、唯一家族といえる人たちの姿が思い浮かぶ。 森の奥で暮らしているのは、かつて仕えていたアルビオン大公の娘、そして戦争で親を失った孤児達。 『サイレント』の魔法をかけると、ロングビルは静かに語り始めた。 「あたしの故郷は、アルビオンなのさ。アタシの父はサウスゴータを管理する太守でね、当時の財務監督官サマに仕えてたんだよ」 ロングビル、土くれのフーケ、しかしてその本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。 アルビオン王家のお家騒動に巻き込まれ、貴族の立場を失った者。 それが原因で貴族が嫌いになり、貴族相手に盗賊行為を繰り返していた。 貴族の立場を剥奪されることなく生きていれば、どんな生活をしていただろうかと何度も考えた。 アルビオン王家に何度も復讐してやろうと考えたが、自分の実力ではとても無理だと、悟らざるを得なかった。 「仕事を終えてもね、興奮しないのさ」 ロングビルが自嘲気味に笑う。 「はじめは怖かったよ、でも自信はあった。そこらの貴族の屋敷なんか穴だらけにしてやれるってね…」 「でもねえ、ある日つまらなくなったのさ。土くれのフーケって名前が上がると、違うって叫んでやりたかった」 「あたしはマチルダだ、マチルダが復讐してるんだ、フーケなんて名じゃない…ってね。結局、あたしも家名に縛られてる、安っぽい貴族の血を引いてるんだよ…」 ルイズは、身体を奮わせた。 ありもしない表中が背筋に突き刺さったかのような錯覚に陥っていた。 ロングビルの敵であるアルビオン王家の正嫡、ウェールズ・テューダーを生き残らせたのはルイズ自身なのだ。 ルイズは、ロングビルと、アンリエッタの間で板挟みになり、悩んだ。 だが、既に腹は決まっていた。 ロングビルを仲間に引き込もうと思ったときから、彼女に嘘はつかないと決心していたのだから。 ルイズは、嘘をつかない代わりに、不都合なところをあえて語らずに、アルビオンで起こった出来事を話した。 「ねえ、ロングビル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」 「何さ?」 「『石仮面』の噂はトリステインに届いている?」 「石仮面とは言われてないねえ…ニューカッスル城から『鉄仮面』と『巨馬に跨った騎士』が貴族派五万の兵を圧倒したとか聞いてるけど…それって」 「多分、それ、私よ。あの時は即席のマスクで顔を隠してたもの」 「たった2騎でレコン・キスタの戦列を縦断したって聞いたよ、吸血鬼ってのは本当に無茶苦茶だね……」 「ふぅん、レコン・キスタの名はもう広まってるのね」 「ああ、伝説となっていた虚無の再来ってね、『聖地奪還』なんて、バカげた事を言ってるらしいね。そんな連中は、エルフを相手に戦って死ねばいいのさ」 「私、それについて一つ言っておきたいことがあるの」 「?」 ルイズは、ロングビルから身体を離すと、ベッドの端に座った。 ロングビルと向かい合うと、自身の指にはまっている『風のルビー』を見せた。 「…それは」 ゆっくりと、ロングビルの目が見開かれる。 その目には驚きと、怒りと、そして訳のわからない感情が浮かんでいた。 「わかる?アルビオン王家の宝物、『風のルビー』よ」 「風のルビー…」 「ええ」 「…じゃあ、『巨馬に跨った騎士』ってのは…まさか」 「ウェールズ・テューダーよ」 「はあ、冗談じゃないよ、ああもう…何でそんな奴を助けちまったのさ…」 「成り行きよ、貴族派の連中、やり口が汚いのよ。王党派の旗を掲げた軍艦をわざと市街地に落としたりね…」 「それで、正義感にでも目覚めた?」 「まさか!吸血鬼が正義を語るわけ無いでしょう、私の能力を試すのに丁度良いと思ったからよ」 「試すのに…ねえ」 「それと、これは貴方にも関係在るわ…シティオブサウスゴータ…貴方のよく知る土地よね?その近くの村は王党派寄りだったけど、ある日突然、住人全員が寝返ったの」 「村人が…全員?」 「ええ」 これは、ルイズの策だった。 アルビオンに居た時は、シティオブサウスゴータの人間が貴族派に寝返ったなどと聞いてはいない。 あくまでもシティオブサウスゴータ近くの村であって、シティオブサウスゴータではないのだ。 昨日の会議でウェールズから聞いた話だったが、ルイズは、その情報を利用した。 ロングビルもまた、落ち着いては居られなかった。 シティオブサウスゴータと、港町ロサイスを繋ぐ街道から脇道に一本入れば、家族と呼べる人が住んでいる村があるのだ。 その村はウエストウッド村といい、さびれていく一方の村だった。 「一晩で住人が寝返るとは考えづらいわ、おそらく、強力な『魅惑』の使い手がいる」 「…そう、サウスゴータでそんなことが…」 ロングビルの頭に、少女の姿が浮かぶ。 彼女は戦乱に巻き込まれていないだろうか?と、ロングビルは心配してしまった。 「だからウェールズを手伝うことにしたのよ、ただし、傭兵としてね。無条件で王子サマの下につく気は無いわ」 「………そう」 ロングビルは、頭を抱えたくなった。 今更といえば今更だが、森の奥にある田舎に、兵隊崩れや傭兵崩れが何人も何十人もやってきたら、故郷に残してきた少女は殺されてしまうかも知れない。 ロングビルの喉から、唾を飲み込む音が聞こえた。 「わかったよ、今更家族の敵を討っても、何にもなりゃしないしね…」 そして、ルイズはロングビルを少し騙したまま、一通りのことを話した。 『巨馬に跨った騎士』の馬は、吸血馬であること。 アンリエッタと、ウェールズがルイズに不干渉を約束してくれたこと…等々。 中でもいちばん驚いたのは、ルイズが『虚無』の使い手だという事だった。 いきなり「私も虚無の使い手よ」と伝えても、ロングビルは苦笑するばかりだったが、試しに唱えた『イリュージョン』を見て、ロングビルはぽかんと口を開けてしまった。 安宿の天井が、抜けるような青空になってしまったのだ。 日差しすらリアルで暖かい、これが本当に幻なのだろうかと言ってうなった。 「これが…これが虚無かい?」 ロングビルは、ディティクト・マジックで天井を調べる。 系統魔法にも『フェイス・チェンジ』なる魔法や『風の遍在』があるが、強力な『ディティクト・マジック』で調べればその正体は判明する。 だが、この魔法はそれとも異なっている、魔法らしき反応すら一切感じられない。 それどころか、このまま『フライ』の呪文で飛び上がれば空へと飛んで行けるのではないかと錯覚させる程に、そこには『空』しか無かった。 ルイズが『イリュージョン』を解除すると、呆れたと言わんばかりにロングビルがため息をついた。 「杖を使ってなかったね、それ、先住魔法じゃないのかい?」 「あ、腕に杖を埋め込んであるの。間違いなくこれは虚無よ、他にも記憶操作とかあるけど」 「…デタラメね、ほんと、規格外の『吸血鬼』で『虚無』。王家にも恩を売って…」 「個人の能力には限界があるわ、食屍鬼を作れば別でしょうけどね」 ルイズの声のトーンが落ち、ロングビルの背筋に寒気が走った。 「あ…わ、悪かったわよ」 「何謝ってるのよ…まあ、いいわ。これから私はレコン・キスタの動向を探るつもりよ」 「またアルビオンに行くのかい」 「ええ」 「アンタにとってもその方がいいかもね、シエスタの件もあるし」 そこで、ルイズはふと、先ほど見たシエスタの姿を思い出した。 見間違いでなければ、魔法学院のメイド姿ではなく、学生の着るマントを着けていたはずだ。 「…シエスタ、さっき見かけたんだけど、どうしたのあの娘、マントを着けてたわよ」 「見た?…まさか、あんた気づかれてないでしょうね」 「気づかれちゃいないわよ」 「ならいいんだけど…落ち着いて聞いてよ、あの子はね、『波紋』っていう技を使うのさ、それが吸血鬼対策の切り札だって話だよ」 「シエスタが、吸血鬼対策の?それ、どういう意味よ」 「いいかい?順序立てて説明するから、ちゃんと聞いてよ」 そうしてロングビルは、魔法学院で起こった出来事を話した。 オールド・オスマンが吸血鬼に襲われたとき、シエスタの曾祖母が吸血鬼を撃退したこと。 その人はリサリサといい、波紋と呼ばれる技術を使って吸血鬼と戦っていた。 生物に必要不可欠な生命力を操り、場合によっては水のメイジよりも強い治癒能力を持つ。 人体を強化させるだけでなく、疲れや精神力を癒すことで、魔法の力を底上げすることも出来る… そして何より、ルイズが吸血鬼となって、いまだ生き存えているのではないかと、オールド・オスマンが予測していること。 ルイズは、時々相づちを打ちながら、さして気にする様子もなくその話を聞いていた。 「オールド・オスマンは、シエスタがあんたを慕っているのを利用してるのさ、『石仮面』を探して殺させようとしてる」 「ふうん」 「驚かないのかい?」 「素晴らしいじゃない、魔法の力とは違って、誰でもある程度習得できるんでしょう? それに、治癒に役立つなんて、人間にとって偉大な進歩よ」 「あ、あんた、殺されちまうのかもしれないんだよ、それに、ツェルプストーやタバサって娘もシエスタの味方に付いてる、あんた、級友に命を狙われるんだよ!?」 「…仕方ないわ、食屍鬼を際限なく作り出せるなんて、人間にしてみれば驚異よ、オールド・オスマンの判断は正しいわ」 「あんた…」 「ロングビル、貴方は魔法学院で秘書を続けてくれない? 私が上手く逃げるためにもね」 「……わかったよ」 「それに…ううん、何でもない」 シエスタに殺されるのなら悪くない…そう言おうとしたが、この場でそれを言うのは躊躇われた。 一通りの相談が終わる頃には、既に空は暗く、星が見えていた。 「もう夜だね。馬で帰ることにするよ、朝帰りしたらセクハラジジイが嫉妬するからね」そう言ってロングビルがベッドから降りると、不意に意識が混濁した。 立ちくらみだと気づいたルイズが、ロングビルの身体を支える。 「ちょっと、どうしたの?」 「…あんた、血を吸いすぎたんじゃないの?」 『あー、けっこう吸ってからなあ』 「!?だ、誰だい!」 「落ち着いて、ロングビル、そう言えばまだ紹介してなかったわね。私の相棒『デルフリンガー』よ」 ルイズが床を指さす、そこにはルイズが持っていた長剣が置かれていた。 「相棒?これ?」 『これとは失礼な奴だな、俺はデルフリンガー様だ、覚えときな』 カタカタと鍔を揺らしてデルフリンガーが答える。 「インテリジェンスソード? はは、アンタ、つくづく変な奴と縁があるんだね」 「あら、ロングビル、貴方だってその『変な奴』の一人よ、吸血鬼のお仲間なんて正気じゃないわ」 『おいおい、命の恩人を変な奴呼ばわりたー、つれねーなー』 「何が命の恩人だい」 『俺が止めてやらなきゃ、あんた今頃干物だぜ、ヒ・モ・ノ!』 そこで、ふとルイズがデルフリンガーを手に取る。 「…もしかして、あれ以上血を吸えなかったのって、アンタのせい?」 『おう、どうやら俺、魔法を吸い込めるんだわ。その分だけ使い手を操れるんだけど…吸血鬼を操ったのは始めてだわ』 「驚いた、魔法を吸い込むなんて、凄いマジックアイテムじゃないか…まあ、礼を言っておくよ。デルフリンガー」 「止めてくれてありがとう、デルフ…でも勝手に人の記憶を覗いたって事よね?後でお仕置きよ」 そう言ってルイズはデルフリンガーを鞘に収める。 何か起こったときのために、全身を納めはしなかったが、ルイズの『思惑』を察知したデルフリンガーはそのまま黙ってしまった。 「その傷、ちゃんと治しておかなきゃね」 そう言いながら、ルイズはロングビルをひょいと持ち上げて、ベッドに下ろした。 ロングビルの上着をひょいひょいと脱がせていく。 「ちょ、ちょっと、何すんだい」 「血を吸った跡を消すのよ、オールド・オスマンに見られたら、大変でしょ?」 あらわになった胸に唇を寄せてせ、生々しく残る牙の傷痕に舌を這わせた。 這わせたと言うよりは、溶け込ませたといった方が正解だろう。 まるで眼球を舐められたかのような、背筋を走るぞくぞくとした感覚に、思わずロングビルは声を上げた。 「ひっ」 「大丈夫よ、心配しないで、少しの傷なら癒着させて治すことができるのよ、私の血を混ぜるつもりはないから、心配しないで」 「そうじゃない、そうじゃ……っ…」 ちゅぽん、と音がして、ロングビルの身体から舌が引き抜かれた。 「これで大丈夫…ほら、傷口はちゃんと消えたわよ」 「あ、ああ、もう終わり?」 名残遅しそうにルイズを見る、その視線を嫌悪と勘違いして、ルイズは少し俯いた。 「ごめん…ちょっと気持ち悪かった?」 「いや、むしろ気持ち…って何を言わせるんだい、あたしはもう帰るよ」 「貧血気味の女性を、夜一人で歩かせるほど私は無粋じゃないわ」 ルイズは両手、両足から『骨』と『杖』を抜き取ると、元の身長に戻って、ロングビルに抱きついた。 「朝までで良いの、抱きしめて」 「子供かい?あんたは」 「…そうよ、悪い?」 やれやれ、と呟きつつ、ロングビルはルイズを抱きしめて、毛布で身を包んだ。しばらくすると、ルイズの寝息が聞こえてくる。 「ちい…ねえ…さま…………ぐぅ」 ロングビルは、ルイズの奇妙な運命に、少しだけ同情していたのかもしれない。 ”この子を守ってやりたい” そう思ったのは、決して勘違いではなかっただろう。 月の光に照らされながら、ルイズを優しく、そして強く抱きしめた。 翌朝、魔法学院に朝帰りしたロングビルの首に、ルイズの悪戯でつけられたキスマークが発見された。 オールド・オスマンは、尻を触れぬほどのショックを受けたという。 なお、ロングビルは恋人と逢い引きしていたのではないかと噂されたが、全力でそれを否定している。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
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「こ、これがわたしの使い魔……?」 幾度かの爆発を経て、ルイズの目の前に姿を現したのはまっ白い体と赤いとさかを持つ鳥であった。 いや、それはグリフォンとか風竜とか、すごいのが欲しいなとは期待したけど、むしろ、そのへんの農家の納屋ででも飼われていそうな、そんな鳥。 それがコケコッコーと鳴いたとき、ルイズは脱力したようにつぶやいた。 「ニワトリ」 それは、ルイズの望んだ、神聖で気高いというシンボルからは程遠いというか、ちょっとな代物。 「ニワトリね」 「ニワトリだな」 「ゼロのルイズはニワトリを召喚したか」 周りの生徒の反応も一様に等しく、あざけりもないが感嘆もない。まあ生徒の中にはカエルを召喚したりしたのもいるので、ニワトリなら可もなく不可もなくといったところだろうか。 自失していると、コッパゲの教師が「はやくコントラクト・サーヴァントを」とせかして来るので、反射的に「はい」と答えた。 ルイズも、期待はずれにはがっかりしたけど、とりあえずはサモン・サーヴァント成功ということでコントラクト・サーヴァントにも一応は成功した。 「でも、あなたがこれからはわたしの相棒になるのよね」 その夜、用意していた使い魔用のわら束の上でちょこんと座るニワトリの前で、ルイズは気を取り直した。 期待とは大きく違ってたけど、成功は成功だ。これで、自分はゼロではないということが証明できただけでも大成功と思わなくては。 そう思うと、なんの変哲もないニワトリも妙にいとおしく思えてくる。 「あなたの名前は……コッコちゃんね。よし、コッコちゃんに決めた!」 それから、ルイズは相変わらずほかの魔法は爆発しか起こせないけど、小さな希望を得て毎日をがんばった。 早朝キュルケにからかわれても、食堂でパンくずをもらってきて、喜んでついばんでいるコッコちゃんを見ると怒りも収まった。 たとえ授業で何の成果も出せなくても、コッコちゃんの生んでくれる一日一個のタマゴが彼女のはげましになった。 ちなみに、その後なぜかルイズの頭に一ヶ月一万スゥ生活という言葉が頭に浮かんでくるようになり、妙に海で泳ぎたくなることがあったが本編と関係ないので割愛する。 でも、そんなある日のことだった。 その日、コッコが一羽で学院の中庭を散歩していたら、その前を数人の生徒が通りがかった。 「おい、ありゃゼロのルイズの使い魔じゃないか?」 それは、学院でも指折りの不良学生のド・ロレーヌとその悪友たちであった。 彼らはコッコを見つけると、そのとき偶然機嫌が悪かったのも手伝って、邪悪な笑みをかわしあった。 そうして周りを見渡し、目撃者がいないことを確かめると、いきなりコッコを足で蹴り上げたのである。 「オラァ!」 突然蹴り飛ばされて、コッコは「コケーッ」と鳴いて転がりまわった。 彼らは悲鳴をあげるコッコを見て嘲り笑い、さらに走りよって蹴りまわし始める。 「ちょうどむしゃくしゃしてたところだ。ゼロのルイズの使い魔ならちょうどいいや、うさばらしに使わせてもらうぜ」 理不尽で残酷な理由で、ド・ロレーヌたちは無抵抗な一匹のニワトリをいたぶり続けた。 逃げようとするコッコにむかって、はしゃぎながらボールのように小さな体を蹴りまわし、しまいには杖を取り出して魔法をぶつけるまでやってのけた。 そうしているうちに、コッコの白い翼は泥で汚れ、体からは血がにじむ無残な様相へと変わっていった。 しかし、ド・ロレーヌたちはそんな残忍な行為を、自らの身であがなわされる時がくるとは夢にも思っていなかった。 突然、傷だらけのコッコが空に向かって「コケーッ!!」と一声鳴いた瞬間、周囲が急に暗くなった。 「ん? なんだ」 ド・ロレーヌたちは、突然夜になったような暗さに、思わず上を見上げた。 そして、彼らは自らの目を疑うことになる。そこで太陽をさえぎっていたのは雲などではなかった。無数の、そうとてつもなく無数のある”もの”。 それこそは…… 「「「「「コケーッ!!!!」」」」」 手を覆い尽くすようなニワトリの群れが、ド・ロレーヌたちに向かって降下してくる。 「うわぁーっ!!」 ド・ロレーヌたちはありとあらゆる方向から襲い掛かってきたニワトリに、つつかれ、ひっかかれて絶叫をあげた。 ニワトリたちは、コッコの恨みを晴らそうとするかのように情け容赦なく彼らを攻撃してくる。 しかも、ド・ロレーヌたちがニワトリを追い払おうと魔法をぶつけても。 「き、効かない!?」 なんと、そのニワトリたちはどんな魔法をぶつけられても、まるで鉄でできているかのように『ガキン』という音を立てるだけでまるで受け付けなかった。 なすすべもなく、ド・ロレーヌとその悪友たちが、ぼろ雑巾のようになって発見されたのは翌日になってからのことである。 その数百年後、トリステインには奇妙な伝説が語り継がれるようになった。 いわく、アルビオンを陥落させ、トリステインに迫るレコン・キスタ軍がついに首都トリスタニアに迫ったときのこと。どこからともなくやってきたニワトリの集団がレコン・キスタ軍を壊滅させた。 いわく、ガリア軍がロマリアに侵攻したとき、ガリア軍の巨大なゴーレムを大量のニワトリが担ぎ上げて谷に落とした。 いわく、聖戦が発動される直前になって、エルフの首都アディールで大量のニワトリが発生して大混乱になり、大損害を受けたエルフ軍ととりあえず話し合いが持たれるようになったこと。など…… そのため、現在ではニワトリは伝説の不死鳥フェニックスの化身と呼ばれ、トリステインの農家で大切に飼われている。 そして、その影にラ・ヴァリエール公の三女がいつもいたことも…… ”そのもの、つねに優しく、つねに穏やかな我らの友 日々の糧を我らに与え、太陽とともにいつもある けれども、決してそのものを怒らせてはいけない 卑劣なる暴力には、神の鳥の鉄槌がくだるであろう” ゼルダの伝説シリーズより、ニワトリを召喚