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1 2 澪律 ※梓 2009/08/06 http //yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1249486791/ 戻る 名前 コメント すべてのコメントを見る ディープキスは苦手。なんか人の味がする。 -- (エル・プサイ・コングルゥ) 2016-10-01 14 59 14 こいつらかわええなあww -- (名無しさん) 2015-05-10 13 28 38 ワロタwwwwwwwwwwww -- (名無しさん) 2014-08-25 18 06 41 唯「お前に言われたくねーよ」 -- (名無しさん) 2013-05-17 19 24 20 梓ざまぁwwwwwwwwww 後ムギやっぱりてめぇの仕業かwwww 憂はこの仮説を梓にも吹き込んでるのか? -- (名無しさん) 2013-05-17 17 26 36 みんなウブ過ぎるだろw 澪にお姉さん面する唯いいな -- (名無しさん) 2012-07-21 08 29 59 このSSの梓は最低女 -- (名無しさん) 2012-05-18 06 51 11 落ち着こんむ!で吹いた -- (名無しさん) 2012-04-04 08 15 08 色々おかしいwwwww クッソワロタwwwww -- (名無しさん) 2012-04-04 06 29 30 最後噛んでるじゃねーかww -- (名無しさん) 2012-02-13 13 14 56
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長門 この記事では、 アズールレーン クロスウェーブ(アズレンCW) の艦船「長門」の性能、ステータス、プロフィールなどの基本情報を紹介しています。 目次 長門の紹介 スキル 栄光の四代目連合艦隊旗艦 プロフィール サブストーリーでは・・・ 性能 原作では 長門の紹介 名前 長門(ナガト) CV 久野美咲 所属 重桜 艦種 戦艦 装甲 中装甲 種別 主力艦 必要Aポイント 1000 解放条件 1章開始時に開放 スキル 編成 スキル名 発動時間 効果(かっこ内はLv10時) 主力 御狐の祈り 45(35) 徹甲弾による「火力」依存の300(400)%の攻撃を行う 四代目連合艦隊旗艦 永続 味方重桜キャラクターの火力を5(50)%、装填を20%、重桜の空母キャラクターの与ダメージを10(30)%アップ 支援 四代目連合艦隊旗艦・支援 永続 味方重桜キャラクターの火力を35(80)%アップ 栄光の四代目連合艦隊旗艦 【重桜】の行く末を担う、最も重要な祭事を取り仕切っている御狐(みこ)。 赤城など大人たちにまだ政治力では敵わないことに焦りを抱いているが、同時に憧れの気持ちも持っている。 かの三笠から引き継いだ「連合艦隊旗艦」として厳格に指導されているものの、その甲斐もあってさらに実力を高めつつある。 合同大演習の開催は長門の意思でもあり、波乱の予感を抱えながら、長門もまた大きな試練に挑むことになる。 プロフィール 好きなもの1 陸奥(自分が言えないことを言ってくれる) 好きなもの2 偉大なる三笠様 苦手なもの1 陸奥(し、質問攻めには…) 苦手なもの2 聖壇 趣味 昼寝 長所/特技 タマシイ感知 CV 久野美咲 サブストーリーでは・・・ 「ビッグセブン」として取材を受けることになった長門。 取材慣れしていない長門は大弱り。 そんな彼女に助け舟を出したのは……? 性能 全KAN-SEN中で最も必要スカウトコストが高いKAN-SEN。 性能もそのコストに相応しいものに纏まっており、彼女自身の性能が高いだけではなく、編成するだけで重桜艦のステータスを大幅に強化することが可能。 原作と同じく、長門、赤城、加賀の編成はスキルの組み合わせがこれ以上ないほどに良く、圧倒的な攻撃速度で敵に重桜の威光を思い知らせることが可能だ、今作では更に支援艦隊に三笠大先輩を組み込むことが可能なため、是非試してみてほしい。 原作では 「余は長門・・・重桜の長門である!」 極めて強力な重桜バフスキルと特殊弾幕を持つSSR戦艦。 旗艦にすると重桜への陣営バフが発動するため、同じ陣営バフを持つ三笠と並び、多くの重桜編成の旗艦を任されている。 そして保有する特殊弾幕も中々に威力と制圧力にすぐれたものとなっており、総じて高い性能を誇るKAN-SENだ。 また前述した三笠とはそれぞれ戦艦と空母でバフ対象が異なるため、使い分けが可能。 原作ではイベントストーリーにて、幼くして権力を持たされてしまった重圧と、その権力をいいように利用されてしまうシリアスな物語が展開された。 大きな責任と高い地位とは裏腹に、彼女本人は見た目相応の物知らずで寂しがりやな女の子である。 指揮官のもとへやって来てからはそういった普通の女の子な一面もチラホラ顔を出すようになり、尊大な面とのギャップにやられた指揮官も多いことだろう。 ▲Topへ このページを編集する
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とある日の朝の事である。 カバンを手に家を出ようとした俺を呼び止める母親の声。正直無視しても良かったのだが、月末も近いここで そんな事をすれば、そろそろ支給される来月の小遣いの額に影響が出かねない。 母親に何かと尋ねてみると、どうも泊りがけで出かけるとの事。親戚関連で何かあったらしい。 その何かが何なのかはどうでもいい話で、俺と妹がそれに関わる事も無く、要は留守番していろという事だ。 母親からは2人分の食事代として3000円が供与された。さてどうするべきかな。 まあ、それから学校で特にこれと言う出来事も無く、平穏無事に放課後となったわけだが。 ハルヒに今日は帰ると伝えようと思ったのだが、あいつはHR終了と同時にダッシュで消えた。 振り向いたらもういないんだぜ、まったくロケットスタートとはあいつの為にある言葉だね、ほんとに。 既にいなくなった奴の事を考えていても仕方がない、俺はとりあえず文芸部室へと向かうことにした。 部室前に辿り着くとそこには天使が居た。いやまあ、朝比奈さんなんだけどな。 「こんにちは、朝比奈さん」 「あ、キョン君。こんにちは」 朝比奈さんはドアを開けて、俺に入室を促してくれる。さりげない心遣いが俺のハートを震わせるぜ。 いやいや、それはこの際どうでもいいんだ。今日は帰ることを伝えねばな。 「朝比奈さん。申し訳ないんですが、今日は家の都合で帰らなければならんのです」 「そうなんですか、残念です。今日は新しい茶葉を持ってきたのに」 ああ、天使の誘惑とはこの事か。……いいかげん第三者視点で見ると痛い奴になってきたな、俺。 「それは後ろ髪引かれるところですが、買い物をして晩飯の支度をしなきゃならんのです」 「え、今日はキョン君がお料理するんですか?」 俺は首をぶんぶんと振り否定する。そんな料理って程のもんじゃないですよ。 「今日は妹と留守番なんです、1人なら外食でもいいんですがね」 「うふふ、じゃあ妹ちゃんと仲良くお食事ですね。お手伝いとかもしてくれるのかなぁ」 「残念ながらそれは無いです。あいつは食う専門ですから」 くすくすと笑いながら俺の話を聞く朝比奈さんは、それはもうなんとも言えない魅力に溢れていて、俺はどうにか なってしまいそうな気持ちを抑えながら会話を切り上げる事にした。 「じゃあ、すみませんがハルヒによろしく言っといてください」 「わかりました。さよならキョン君」 ひらひらと手を振りドアを閉める朝比奈さん。閉まる寸前に長門の姿がいつもの場所にちらりと見えた。 「妹ちゃんとお料理とかできたら楽しいだろうなぁ、長門さんもそう思いませんか?」 朝比奈みくるが窓際に目を向けると、今までそこに居た筈の長門有希は煙の様に消えていた。 「あれぇ? 今そこに長門さんが居た筈なのに……おかしいなぁ」 部室内に答える者は無く、朝比奈みくるは考えるのを諦めて着替えをする事にした。 それからしばらくして、部室に古泉一樹が現れる。 「こんにちは。おや、今日は朝比奈さんだけですか」 「あ、古泉君。こんにちは。今日はキョン君がお休みなんですよ、長門さんは……居た筈なんですけど消えちゃいました」 古泉一樹はそうですかと返答し、自らの定位置に座りボードゲームをカバンから取り出した。 さて、そんなわけで俺は通学路を降っているわけなんだが。俺の数少ないレパートリーから今晩の夕食を何にするか、 チャーハンはこの前食べたしなあ、オムライスも妹のリクエストで先週末に食卓に並んでいる。 後はラーメン……いやいや、これは無いな。とすると残されたメニューは…… 「カレー」 ああ、そうだな。カレーはここしばらく食べてないな、よしカレーにしよう。 俺は天啓を受けたかのようにカレーというメニューを思いつき、いそいそとスーパーへと足を向けた。 そういえば、先日の事件の時に長門にカレーを振舞うって約束してたよなあ。 でも、いきなり俺んちに招待するってのも、なんだしなあ。ハルヒに知れたら俺は殺されるかもしれん。 まあ、長門の家にお邪魔してってのも、知れたら結局殺されかねんという点では同じだがな。 などと、考えながら歩いていると、いつの間にやらスーパーが見えてきた。しかし、制服で買い物ってのもなんか変だよなぁ。 まずは野菜コーナーを見るか。にんじん2本のたまねぎ一袋、じゃがいもはメークインにするか、妹が好きだしな。 ほいほいとカゴに放り込み、とりあえずここにはもう用は無いなと、他のコーナーを目指す俺。 そんな俺の持つカゴに、不意に重量物が入れられた。何かと思えばそれはキャベツであった。 周りには誰もいない、ではこのキャベツは何だ。どこから現れたのだ。 「わあ、身の詰まったいいキャベツだなあ」 心にも無い事を呟いた俺は、空気の揺らぎの様なものを見た気がした。 しばし考えた俺は、記憶の中にあるその高さに手をかざし、ゆっくりと手をそれに置いた。 「長門か」 手をわしわしと動かすと、確かに髪の毛の感触。間違いない、見えないがここに居る。 「なぜ、わかったの」 一瞬、空間にモザイクが掛かったかと思うと、長門がそこに現れた。 「まったく、脅かしっこは無しにしてくれよ。いきなりキャベツが放り込まれれば誰でも気付くぜ」 俺は周りを見回し、長門がいきなり現れたところを見られていないか確認した。 「だいじょうぶ。情報操作は得意」 そうか、と返事をして長門の頭をぐりぐりする。細かい事を気にしたら切りが無いしな。 「長門、いまさらな感じもするんだが、今日は俺が夕食を作るんだ。よかったら食べに来ないか、もちろんカレーだぞ」 「……いく」 「よっし、じゃあ決まりだな。さっさと買い物済ませて行こうぜ」 俺と長門は連れ立ってカレールーのコーナーへと歩き出した。 「遅れてゴメーン。って、みくるちゃんと古泉君だけ?」 涼宮ハルヒが部室のドアを開けると、そこにはボードゲームに興じる2人が居るだけであった。 「あ、こんにちは。涼宮さん」 「どうも」 涼宮ハルヒはツカツカと、団長席に歩み寄りカバンを置く。 「今お茶を淹れますね。そうそうキョン君はおうちの都合で今日はお休みするそうです」 「長門さんは先程まで居たらしいのですが、行方がわかりません。お隣というわけではなさそうです」 朝比奈みくると古泉一樹が状況を説明する。涼宮ハルヒは少しばかり憮然とした態度でそれを聞いていた。 「キョン君は妹ちゃんの為にお料理をするって言ってましたよ。ご両親がお出掛けだそうです」 湯飲みを団長席に置きながら、朝比奈みくるは言う。しかし涼宮ハルヒはそれを聞いた途端立ち上がった。 「こうしちゃいられないわ。あたしも今日は帰るわね」 カバンを掴み嵐のような勢いで部室を出る涼宮ハルヒ。残された二人はあっという間の出来事に顔を見合わせる。 「なにやら僕らの知らないところで話が進んでいる気がしますね」 「みたいですねぇ。あ、お茶のおかわりをどうぞ」 古泉一樹は差し出されたお茶を一口すすり、軽く溜息をついた。 「まあ、事件性はゼロと断言できるでしょう。僕らは静観というスタンスで問題ないかと思います」 「そうですねぇ。わたしもそんな気がします」 2人は談笑しつつ、中断されていたゲームを再開する事にした。 「長門、お前はどのルーがいいんだ。妹は辛口もいけるから何選んでもいいぞ」 カレールーのコーナーにて、長門の好みを聞く。招待するからには好きなのを選んでほしいしな。 「これ」 ふむ。中辛のスタンダードな奴だな。長門の選んだ物をカゴに入れ、隣の缶詰コーナーでマッシュルームスライスを手に取る。 次に行こうとする俺の袖を引っ張る長門。どうした、長門。何か足りないものでもあるのか? 「このカゴの中を見る限り、重要な物が入っていない」 「何だ、何が入っていないんだ」 「肉」 ああ、確かにそうだな。肉無しのカレーはかなり寂しいよな。 しかし、ここで問題がある。俺の手持ちは3000円だ。現在のカゴの中身をざっと計算すると1300円といったところか。 出来うる事ならここで出費を抑えて、供与された予算の内のいくばくかを俺の財布にチャージしたい。 カレー用の肉と言ってもピンキリなわけで、下手な価格の筋だらけの肉はパスしたい。そこ、贅沢だって言うなよ。 しかし、先にも言ったがせっかく長門を招待するんだ、ここは俺の財政事情は後回しにしてしまおう。 「よし、肉を取りに行くぞ。心配するな長門、お客さんに肉無しカレーなんぞ出すわけが無いじゃないか」 ハルヒばりにのしのしと精肉コーナーへ向かった俺は、迷わずある肉のパックを手に取りカゴに放り込んだ。 「そうだ、これも買っていかないとな」 「それは、何?」 俺は長門の目の前に、袋入りの赤いウインナーを掲げて見せた。 「妹が好きなんだ。タコさんにすると喜ぶんでな」 「タコさん」 そっちに興味があるのか。よし、長門の分にも入れてやるからな。 「タコさん」 嬉しいらしい。あくまで多分なんだが俺にはそう見えた。 会計を済ませ、袋詰めをすべく平台にカゴを置く。ん、どうした長門。 「キャベツはわたしが運搬する」 宇宙人的何かがあるのだろうか、長門の要望に従い2枚もらったレジ袋の片方にキャベツを入れて渡す。 「よし、じゃあ俺んちに行こう」 こくりと頷き、長門は俺の後を付いて来る。随分大事そうにキャベツをぶら下げてな。 というわけで家に到着し、まずは米を研ぎ炊飯器にセットする。これを忘れてしまっては元も子もないからな。 次に野菜類の皮むきだな。無論俺は包丁なんてものを器用に操る事は出来ない。 そこで登場するのがピーラーだ。要は皮むき機だな。2枚刃の髭剃りのような形で、刃を当て滑らせればあら不思議、 どんな不器用さんでもするすると皮を剥く事が出来る、魔法のツールだ。ちょっと言いすぎか。 すいすいと皮を剥く俺の手を、長門が興味深そうに見ている。 「お客さんなんだから、座って待っててくれていいんだぞ」 「興味深い」 ふむ、自分では料理はしないみたいだしなあ。少しやらせてみようかな。 なんとなーく、そう思った俺は、にんじんとピーラーを長門に差し出して問いかけてみた。 「興味があるならやってみないか。結構面白いぞ」 こくりと頷き、にんじんとピーラーを手に取る長門。はは、なんか珍しい感じがするな。 ふと笑みを浮かべた俺の顔を見て、少しばかり顔を傾ける長門はゆっくりとにんじんの皮を剥き始めた。 そんな長門を横目に、俺はたまねぎの準備に入る。大きめに切ってザルに置く。 次はじゃがいも。メークインはちょっぴり細長いので、3等分くらいに切る。これで一口くらいかな。 長門は2本目のにんじんを手に持っている。剥いた方を受け取り輪切りにする。 「妹がごろっとしたにんじんは好きじゃなくてな。なんとなーく存在する程度に小さくするんだ」 「これで3回目」 何がと問いかけると、長門は皮むきの手を止め俺の顔を見つめてくる。 「あなたが妹の為にと何かをする事が今日3回目。じゃがいもの品種の選択、タコさんウインナー、そしてにんじんの好み」 「言われてみると確かにそうだなあ。でも、どこの家でも兄ちゃんってこんなもんだと思うぞ」 「あなたは妹好き」 長門、言い方が変だぞ。俺がまるで……その、なんだ、いや、もういい。妹好きで構わんよ。 「そういや、あいつまだ帰ってこないな」 時計を見ると午後4時半を回っている。まったく今日は早く帰って来いって言っといたんだがなあ。 俺は今妹が予測もしていなかった奴と一緒だと知らずに、たまねぎを親の仇の様に徹底的に炒めていた。 つづく コメント 日常シリーズとでも名付けましょうか、何でもない事を書いていくシリーズです。 今までキャラスレで投稿してから、こちらに収納という形を取っていましたが、たまにはここだけの作品というのも有った方が 良いかなと思いまして、こんな話を始めてみました。 『長門有希のカレーなる1日』とタイトルで言ってますが、放課後からのスタートで偽りだらけのタイトルです。 なんとなーく付けただけで意味があるかというと、別にそんな事も無く。しかもほぼキョン視点ですし。 そんなに長くなる予定はありませんが、しばらくお付き合いくださいませ。
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「『食』がおきる」 へ? 「『食』」 ………。 「長門さん、困っていますよ。ちゃんと説明しないと」 「……『蝕』のこと」 「『しょく』? 一体どういう字を書くんだ?」 「『食』とは天体が別の天体に見かけ上重なり、相対的に奥となる天体が見えなくなる現象。 見かけ上重なる原因は観測地点となる場所が惑星などそれ自身が動いているために起きる場合と……」 「長門さん……。簡単にいうと日食や月食ですね。」 ああ、やっとわかりましたよ喜緑さん。これでも長門の言いたいことは誰よりもわかっているつもりですが お仲間にはかないませんよ。 「いいたいことはわかりました。で?」 食がおきたらどうなんだ? 「『食』がおきる事によってわたしたちの能力が制限される。」 ??? 「長門さん、あなたが説明する、いつも通りだから大丈夫っていうから任せたのにそれじゃ伝わりませんよ。 まさかいつもそんな説明なんですか?」 「……まだ説明の途中。途中で止めるべきではない」 「………いいでしょう。続けてください」 ……えっと。 3点リーダーが充満する長門の部屋。 金曜の放課後、ハルヒの 「いい、キョン! 明日の集合に遅れたらおごり以外に罰金よ!」 という既定事項通りだとさらに金欠になる事が決定した命令をうけ帰宅の途について数分後、長門が目の前に現れた。 先回りか? ワープでもしたかもしれん。長門なら何でもありだ。 「話がある。家まで来て欲しい」 俺が長門の頼みを断ることがあるだろうか、いやない。ただ直接口頭で伝えられるとは意外ではある。 そこで冒頭の会話となるわけだ。 「この銀河を統括する情報統合思念体からのアクセスが食によって妨げられる。そのため情報操作能力がなくなる」 なんだ? 太陽電池か何かか? 「だいたいその認識で合っている。正確には様々な条件が重なった結果」 「宇宙パワー無しか……ってことは何かあった時まずいんじゃないか?」 「まずい。ただ現在最も危険視される天蓋領域も同時に食に入るため最悪の事態は避けられると思われる」 ふむ、となると 「問題は涼宮ハルヒ。彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。また機嫌がよくなりすぎて暴走させてもならない」 「長門さんの場合それだけじゃないんです」 「まだあるんですか?」 「喜緑江美里、それは今回言わないことに………」 「長門さんは黙って。というか長門さんが問題なんでしょ?」 ? 「我々が人間界で生活する上でも情報操作は便利な力です。」 「勉強しなくても成績が上位だとかスポーツでも優秀だとか?」 「それもあるんですが、長門さんは 「喜緑江美里、それ以上は」 長門さん、黙って」 いつもと違って何故かあせっている様子の長門。 恐ろしく貴重な風景だ。 「長門さんは少しばかり人間生活をさぼって 「やめて」 いーえやめません! いい機会です。彼に全部聞いてもらいましょう」 おいおい、長門がオロオロし始めたぞ。 「困る。言わないでほしい」 「あのー、一体……」 「長門さんは日常生活でも情報処理を多用しているんです。例えば彼女がトイレに行ったのを目撃したことありますか?」 なっ! ってあるような? つーか意識しとらん。 「つくられた存在とは言え私たちも人間ベースの有機生命体ですからトイレは必要です。 ただ長門さんは情報操作で極端に回数を減らしています」 「なぜトイレの話からするのか理解できない。他にも汗やくしゃみなど例があるはず」 焦った様子の長門。おいおい、一体どうなってるんだ? 普段のポーカーフェースはどうした。 内容が内容だけに恥ずかしいのはわかるが。 「他にも色々。睡眠時間を圧縮させて読書の時間に充てたり、教室の掃除をしなくて済むようにくじを操作したり 家の掃除は空間を操作して済ませていますね。」 なんとまあ。正直うらやましい話だな。やっぱり教室掃除はしていなかったのか。 「私たちは涼宮ハルヒの観測のためにあらゆる妨害を排除する必要があります。 涼宮さんに降りかかる厄介事はもちろんですが、私たちに降りかかる厄介事も排除する必要があります。 例えば涼宮さんや私たちがいじめにあうような事や、 痴漢暴漢犯罪者の類が近づかないように情報操作を行う許可を得ています。 ところが……はぁ」 喜緑さんは長門を見て溜息をつく。小さくなる長門。 自分のためだけに情報操作を行うのはあまり推奨されない行為なのか? 「もちろん全くダメってわけじゃないですし、多少、いえ滅多な事で罰は受けたりしません。 涼宮さんに何も影響を与えないのなら総理大臣や世界皇帝になってもいいんです」 ハルヒの力を奪い、世界を一変させ、親玉さえ消し去った長門が無事存在していられるんだから 情報思念体とは太っ腹だと思っていたんだが。一応ルールはあるんだな。 ん? あれは思いっきりハルヒに影響を与えていたんじゃないか? 「あれはあれで。まあいいじゃないですか」 なんかごまかされたぞ。 「とにかく、長門さんは普段情報操作を使い過ぎているんです。 だから今回のように10日間も情報操作が使えないのは非常に困るんです。」 「10日間もですか!?」 「あ、言ってませんでしたね。今日の19時0分42秒2……適当でいいですよね。 今日の7時過ぎから10日後の月曜日午前5時まで食に入ります。」 「あと10分ですか」 「ええ。長門さん、ほら」 かすかにモジモジしながら長門が俺を見る。う、ちょっと可愛いかもしれん。 「……………………お願いします」 「……お願いされました。何を?」 「んもう! 長門さん! ちゃんと言いなさい!」 古泉は喜緑さんは長門のお目付け役だといっていたがこれを見る限りお姉さんだな。 「………サポートを依頼したい。これから10日間、面倒かける。お願いします」 最後だけ敬語か。いやかまわん。 「いつも長門には世話になりっぱなしだからな。それくらい任せてくれ」 「感謝する」 「だからといって長門さん、全部頼っちゃ駄目ですよ」 「努力する」 この時俺は後の大騒動に発展するとは思いもよらなかった。 「間もなく時間」 「用意はいいですか?」 こくん、とうなづく長門。そして 「来た」 7時0分42秒が過ぎたらしい。一見長門と喜緑さんに変化は……ん? 長門の表情がどう見ても不安そうだ。そう、まるであの時の…… 「長門さん?」 「だ、大丈夫。問題ない」 喜緑さんも不安そうな顔だがこれは長門を見ての反応のようだ。 「本当に大丈夫なのか、長門? 顔色悪いぞ」 「へいき。不安なだけ。本当に平気。じきに慣れる。大丈夫」 声が裏返ってなかったか? 「本当に大丈夫。大丈夫! だいじょうぶ!! だいじょうぶ!!!!」 「有希ちゃん! 落ち着いて! 安心して!」 おい! 全然大丈夫じゃないだろ!! 初めて聞く長門の大声、震えだし、目や首をきょろきょろさせ、縮こまりだした。長門落ち着け! 慌てて喜緑さんが長門に抱きつく。長門は喜緑さんにしがみついてガタガタ震えている。 「申し訳ありません、お茶を用意していただけますか」 俺はあわてて台所に走った。 「落ち着いたか?」 「ありがとう。大丈夫」 今のお前の言葉には全く説得力がないんだが。 力を失っていきなりパニックに陥った長門が回復したのは2時間後。 その間お茶を淹れたり、ガタガタ震える長門に掛け布団をかぶせたり、長門の冷たくなった小さい手を握ったり、 母親からの帰宅が遅いとの怒りの電話に対応したりと大騒ぎとなった。 最後のがある意味一番大変だったな。 「申し訳ありません。いきなりこんなことになって」 恐縮する喜緑さん。いえ、あなたは悪くないですよ。 「しかし困ったな。長門、とりあえず明日は休め」 「駄目。涼宮ハルヒが不審がる」 布団の中から弱弱しい答えが返ってくる。 「いや、実際調子悪いだろ? お前が外でパニックになる方が心配だ」 もし探索の組み合わせが長門とハルヒだった場合……ハルヒがどう出るかでヤバいことになるんじゃないのか? 「もう平気。状況に慣れてきた」 その後も俺の意見を頑として受け入れず、長門は明日探索に参加することになった。 どう考えても不安なんだが長門の希望だ。それにハルヒは長門のことを大事に思っている。 おかしなことにはならないだろう。 「んじゃ帰るわ。喜緑さん、よろしくお願いします」 「本当にありがとうございます」 最後に喜緑さんと電話番号を交換し、確認をする。 「あの、このことは朝比奈さんと古泉に教えてもかまわないんでしょうか?」 「かまいません。というかもう知っているかも」 やっぱり。 「わたし達に情報操作能力がなくなったことを知って 彼らの機関や調査員がわたし達に危害を加えるかもしれませんから先に伝えています」 え? それって逆に相手に襲ってくださいって言っているようなもんじゃ? 「ええ。なので先手を打っています。もしわたし達の誰かが傷ついた場合食が明けた途端、 うふふ、これ以上は禁則事項です♪」 ……喜緑さんは優雅に口元に人差し指を当てた。朝比奈さんとは違う方向で色っぽいんだよなあ。 関係ないが喜緑さんは普段、長門の事を「有希ちゃん」って呼んでいるんだな。 二人の隠された親密度を垣間見てなんだかほんわりした。 帰宅すると母親からねぎらいの言葉をかけられた。喜緑さんが連絡をしてくれていたからだ。 貧血をおこした長門を介抱していたことになっているらしい。 さすが喜緑さん。と、同時に疑問が湧く。 俺の知っている宇宙人の仲間は3人。 長門、朝倉、喜緑さん。 最後に馬脚をあらわしたとはいえ、いやその本性も結局のところ人間らしかった朝倉。 おとなしいというよりおしとやかで、礼儀正しい喜緑さんはカマドウマの時のように演技もできる。 長門は? なぜ長門はあんな性格なんだろうか。 10分前にいつもの集合場所に着いた時、ハルヒの第一声は 「ええ!? あんたが最後じゃないって!?」 だった。 普段なら失礼な! と憤るところだが…… 動揺を見せないように出来るだけ自然に尋ねる。 「ん? 俺が最後じゃないのか? 誰が来ていない?」 見渡す。朝比奈さん、古泉 「有希がまだ来てないのよ」 不安そうにハルヒが辺りをうかがう。 「まだ時間にはなっていませんからね」 俺に意味ありげな視線を送りつつ古泉がこたえる。 「誰でも遅れることはありますよ」 「だけど有希に限ってそんなことありえる? あの有希よ?」 今回に限ってはありえるんだよ。 最初に見つけたのは朝比奈さんだった。 集合時間を5分過ぎ、ハルヒが携帯電話を取り出した時 「あ、長門さんじゃないかな?」 駅の中からトテトテと小柄なセーラー服の姿が走ってきた。 「有希!」 いつもの様子から想像もつかない、普段もあまり整っているとは言えない前髪は乱れ汗した額にへばりつき、 ぜぇぜぇはぁはぁと息を乱し肩で息する長門。……眼鏡!? 「どうしたのよ!?」 「はぁはぁ、ね、寝坊、ごめんあさい」 舌も回っていない。 「ちょ、ちょっと落ち着いて! 休憩しましょ!」 あわてていつもの喫茶店に入ることにする。 最初のお冷をおかわりし、2杯目を飲み干すことでやっと長門が落ち着いた。 「で、有希。本当にどうしたの?」 「寝坊。起きれなかった」 「夜遅くまで本でも読んでたの?」 「えっと、そう」 受け答えもぎこちないが息が整っていない感じでうまい具合にごまかされている。 そしてくじ引きは最初から予想された最悪の組み合わせとなった。 さすがハルヒ、不思議を呼び寄せる能力は半端ない。 いざ出発の段となって長門のパワーダウンぶりを見せつけられた。 「ルールはルール。わたしが払う………あ」 眼鏡をかけた表情が曇る。また『あの』長門を思い出してしまった。 「どうした長門?」 「財布を忘れた。パスケースを忘れて取りに帰ったから余計に遅くなったのに、財布も忘れていた……」 長門の顔がさらに曇る。まずい、またパニくるかもしれない。 「わかった俺が「あたしが立て替えといてあげる!」ってハルヒ!?」 「最後に来た人がおごるのがルールだから免除はナシよ。だけど財布忘れちゃったなら仕方ないじゃない。 今日の有希の支払いはお昼も含めて立て替えといたげるからね。いい?」 「いい。ありがとう」 心底ほっとした表情の長門。 ふぅ、なんとかこの場はしのげたな。 「んじゃあ、あたし達はこっちに行くから」 「おう。……長門、無理するなよ」 うなづく長門。ちょっとハルヒが俺を睨んでいたような気がするが。気がするだけだ、うん、気のせいだ。 「さて古泉、それと朝比奈さん、どこまで知ってますか?」 「とりあえず場所を変えませんか。ここではちょっと」 古泉の勧めで駅前から離れ別の喫茶店に移動する。そんなに飲物ばかりいらないんだが。 「我々は再来週の月曜日まで長門さんたちが力を使えない、その間TFEIに危害が加えられた場合 報復があるので手出しは厳禁、と聞いています。」 喜緑さんに聞いた通りの内容だ。 「未来からはこれから10日間、細心の注意を払うように、って指示が来ています。 あと長門さんたちを襲わないように強制コードがかかりました。 詳しくは禁則なんですが強制コードは強力すぎるため滅多なことでは発令されません」 いつぞやのお使いゲームの時はその『滅多』なことだったんですね。 古泉がいつも通りのさわやかスマイルで俺に問う。 「あなたはどうやって知ったんですか? 長門さん本人からですか?」 それ以外ないだろ。 「喜緑さんというラインもありますからね」 この野郎、見てたろ。2人から説明されたのを。 「いえ、考えられる可能性を言っただけなんですが。まさか両方とは思いませんでした」 ……こいつはスパイの口を割らせる側に就職すればいい。 いや俺が引っ掛かりやすいだけかもしれないな。 「昨日、力が使えなくなってからどうも長門が不安定なんだ。どうやら不安らしい」 パニックになったことは伏せておこう。 「だからこれからしばらく長門に気をつけてやってほしい」 「もちろんです。今まで長門さんに頼りっぱなしでしたからね。感謝と恩返しの意味でも力の限りフォローしますよ」 「あたしもです」 古泉が額に指を当てた考え込むポーズをとる。 「涼宮さんが何か勘づく可能性がありますね」 「そうですね。普段完璧な長門さんが遅刻していますから、涼宮さんの注意が行っているはずです。 あたしたちも長門さんと話をあわせとかなきゃいけませんね」 古泉がさらに何か言いかけた時、俺の携帯が鳴った。ハルヒから!? まだ別れて1時間も経っていないぞ。 『ちょっとキョン! すぐにきて! 川沿いの遊歩道! 前に映画撮ったとこ!』 それだけ言うとすぐ電話が切れた。 まさか長門が!? 不安がよぎる。 「有希がへばっちゃったのよ。そんなに歩いたつもりはなかったのに」 青い顔をした長門がハルヒに膝枕されている。 見えそうになるパンツはスカートの上にハルヒの上着が掛けられしっかりガード。 まあ隠すという用途以上に温めるために掛けられていそうだが。 「長門、体調がわるいんじゃないか? だから遅刻やら倒れたりしたんじゃ……」 「大丈夫、平気」 長門は俺の言外の帰って休めという意図をくみ取ることが出来ないようだ。 「今日はもう帰って寝た方がいいと思うんですけど。顔色悪いですよ。熱はありますか?」 朝比奈さんが長門の額に手をあてる。 「ないですね」 朝比奈さん、赤い顔ならわかりますが青い顔なら熱はなさそうなんですが……。 しかし朝比奈さんの優しさが伝わってくる光景です。 「キョン、有希のピンチに何で鼻の下伸ばしてんのよ!」 「いや、そんなんじゃ」 「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」 またヤバい兆候だ。出来るだけ刺激しないように長門を諭す。 「長門、じゃあこうしよう。取りあえず飯だ。休憩しよう。実は俺、腹が減ってきた。」 まだ11時だがな。 「そうですね、今の時間なら店も空いているでしょうし、いいタイミングかもしれません。涼宮さん、そうしませんか?」 ナイスだ古泉。 「そうね、そうしましょ。有希、行くわよ」 「だいじょ「団長命令よ」…わかった」 長門よ、お前が意外と強情なのは知っているが今日は意固地すぎるぞ。どうしたんだ。 普段の健啖ぶりは見られず、長門のランチは半分ほど残された。 「長門、やっぱり帰った方がいいと思うぞ」 「あたしもそう思います」 「大丈夫」 大丈夫が口癖になってるな。 「いいこと思いついたわ! 午後の活動は有希ん家で読書大会よ!」 「なに!?」 ハルヒがとんでもないことを言い出した。いや、意外といい考えかもしれん。 自宅ならもし長門の調子が悪くなっても寝るだけだから問題ない。 しかし 「こ、困る」 長門がオロオロし始めた。すがるような眼鏡越しの眼で俺を見る。 「ん、なんで? 片付いてないの?」 「そう。片付いてないから困る」 「そっか。寝坊して慌ててきたってことはぐちゃぐちゃね。片付けてあげよっか?」 「い、いらない」 「遠慮は無用よ?」 「いらない」 「そっか。んじゃ昼からの活動は映画鑑賞にしましょ」 『映画』という単語の響きだけで朝比奈さんがひぃ、と小さく叫ぶ。 「みくるちゃん、どんな映画がいい?」 気付けよ、ハルヒ。 「へぇえ、何でもいいですー」 朝比奈さんまでおかしくなってる。 解散後、すぐにハルヒに呼び止められた。 「今日の有希どうだった? 絶対普通じゃなかったわよ。」 さすがハルヒ、っていうかすぐ分かるな。 「ああ。体調というかなんだか調子悪そうだったな」 「どうしちゃったのかしら。大丈夫かなぁ? やっぱり一人暮らしだから? たまに手伝いに行った方がいいのかな? そうだ! 泊まり込みでってのも面白いかも!」 お前が遊びたいだけじゃないのか? 「わかった?」 嬉しそうに笑うハルヒ。すぐにまじめな顔に戻る。 「有希も寂しいんじゃないかな? 確かに静かなのが好きなんだろうけど。テレビも無いし。 だけど寂しく感じる瞬間もありそうじゃない」 否定しかけて思いとどまる。そう言えば前もそんな事を感じた気がする。 しばらく他愛のない雑談のあとハルヒは用事があるから、と帰っていった。 さて、俺も長門の家に行かないと。 長門の家の前で古泉と合流する。 「てっきり中にいるものだと思ってたが?」 「片付けが終わるまで待って欲しいと。涼宮さんはなんとおっしゃっていましたか?」 「長門の不調を心配している。体調不良だと思っているようだ」 「入って」 長門がドアを開け、俺たちを中に招き入れてくれる。そして和室を指し一言、 「こっちの部屋には入らないでほしい」 長門よ、余計な事は云わない方がいいと思うぞ。 「……うかつ」 長門は見た目上落ち着きを取り戻している。が普段の冷たさというか硬さが感じられない。 なんだか病み上がり感というか、……ふにゃっとしている感じがする。 「お茶をどうぞ」 一緒に片付けをしていたらしい朝比奈さんからお茶を頂く。ありがとうございます。やっと落ち着きましたよ。 「で、長門、どうなんだ? 遅刻とかは本当に体調不良じゃないなのか?」 「それは……」 赤面し言い淀む長門。う、ちょっとかわいい。 「遅刻は本当に寝坊。いつもは目覚まし時計は不要だが情報統合思念体の……」 そこで止まる。そうか、喜緑さんが言っていたのはこのことか。 「片付けをする暇もなかったんですよね」 「い、言わないで」 「あ、ごめんなさい」 慌てる長門の姿は本当に貴重だ。 あとは体力面だがこちらも情報統合思念体のアシストがなくなったたらしい。 「いきなり体力が下がっても体の使い方はすぐには変わりませんからね。 いつも電源アダプターをつないでいるノートパソコンが停電でバッテリーだけになったようなものですか」 古泉、お前はやっぱり解説係なんだな。 「学校は大丈夫か? 体育もだが登校の道のりもだ。結構長い坂道だぞ」 「それくらいなら何とかする」 「学校を休む手もあるが。忌引きとかどうだ?」 「無理。学校に連絡する保護者がいない。情報操作もできないので担任を説得しきれない」 そうか。それは盲点だった。じゃあ入院も無理だな。……おい、本当に病院に行く事態になったらどうするんだ? 「大丈夫。保険証はある。その他必要がありそうな証書類は最初から用意してある」 なら安心だ。 もし何かあったらすぐ連絡するように、と長門に念を押しマンションを後にする。 「一応機関が病院を抑えていますので何かあった場合すぐ対応できます」 古泉が今後の万が一を想定して、と語る。 「もし長門が倒れたとして解剖だの調査だのはしないのか?」 「確かにそんなことを主張するグループもいることにはいますが」 肩をすくめながら続ける。 「食が明けたとたん地球滅亡なんてことになったら目も当てられません。 情報統合思念体にとって涼宮さんを捨てるという選択肢もありますから」 確か長門はハルヒを『自律進化の可能性』と言っていたな。 可能性がない、または天秤にかけて価値が低いとなれば地球の存在などどうでもいい話となる。 なんにせよ長門が無事無難に過ごしてくれれば問題ない。 「あの~、大きな出来事はないと思います。未来で情報統合思念体の食関係での事件は聞いていません。 隠されている事実がとかがあったとしても、大事件ならその影響が必ずどこかに現れるはずですから」 朝比奈さんの太鼓判を押してくれた。朝比奈さん(大)も来ていませんし。そうですか、なら安心です。 日曜、そろそろ昼飯時かと思っていたら長門からヘルプの要請があった。 買い物に付き合って欲しい、ということだ。お安い御用だ。どうせ用事も無かったしな。 と、軽い気持ちで出かけたが、 「おい、お前の家は何人家族なんだ?」 「いつもこれくらい購入している」 いやいやいや!? 業務用のカレー缶1カートンをいつも買ってるのか? つうかどうやって持って帰ってるんだ? 車じゃないぞ? 「失念していた。いつもは、……何でもない」 絶対に情報操作だな。 呼び出されたのは小売りのある問屋で、いつもここであのカレー缶を買っているらしい。いいなここ、今度親に教えよう。 だが長門が買った量が問題で 「困ったぞ。荷台に乗りきらん」 「ごめんなさい」 でかい段ボール箱と米10kg。だからいつもはどうしてたんだよ。 荷台と前かごにカレー缶、サドルに米を載せなんとか運ぶことができ、遅い昼食を長門に振舞ってもらう事になった。 当然この持ち帰ったカレーだ。まあ普通にうまいからいいか。 玄関を開けてもらい台所へ……行けなかった。長門、何故とうせんぼする? 「荷物は玄関でいい。申し訳ないが玄関で待っていてほしい」 凄い早口で焦り気味な長門。そうか、呪文を唱えてる分鍛えられてるのかな。 今度は赤パジャマを言ってもらおう。黄巻紙の方がいいかな? って、 「なんでだ!?」 「……」 何も言わず台所の扉が閉まった。 台所からはガチャガチャと音が聞こえる。ははん、また片付けていなかったんだな。 ガチャン!! ……今のは絶対割れたな。 「長門!?」 「問題ない。大丈夫」 どういう意味で大丈夫なんだろうか? ようやくリビングに入れてもらい席に着く。和室を指さし、 「この部屋は覗いてはだめ」 ちょっと意地悪を言いたくなるな。 「いろいろ放り込んだからか?」 「違う。ちょっと待って欲しい」 目が泳いでるぞ。長門は逃げるように台所へ姿を消した。 ……目が泳いだ長門を見るのは二度目だ。 あの、長門が作り上げた世界。あいつは誰にも文句ひとつ言わず一人で何もかも抱え込んでいた。 今回長門が俺を頼ってくれたことは素直にうれしかった。 限度はあるだろうが、もっと俺たちを頼って欲しいもんだ。 いつぞやの、朝比奈さんと3人で食べたカレーが目の前にある。 違うのは朝比奈さんがいないのと 「その量はさすがに少なくないか?」 「問題ない。残りは晩に食べる」 いや、カレー缶の残量はどうでもいいんだ。お前のカレーの量は茶碗で収まるぞ。 そして 「指を切ったんだな」 「! だ、大丈夫」 なんだ、その「バレた!」的なリアクションは? 左手で右人差し指を押さえ、手の隙間からティッシュの端が見えている。どう考えてもおかしいだろ。 「本当に大丈夫か? 見せてみろ」 「大丈夫」 こいつの場合、多少無理しても「大丈夫」「問題ない」で押し通す傾向があるからな。 朝倉の攻撃やミクルビーム食らった時も大丈夫だと言っていたがどう見ても大惨事だったぞ。 今回は宇宙パワーがないだけに非常に心配だ。 「いいから見せてみろ。ガラスか瀬戸物を割ったんだろ?」 「大したことはない。気にしないで」 埒が明かん。強引に長門の手を取る。 「あ」 小さめの手、人差し指の指のはらに小さな切り傷があった。 「んー、血は止まってるな。絆創膏はあるか? 買ってくるぞ?」 「い、いい。もう大丈夫」 慌てて手を引っ込めて、また目を泳がす長門。まるで悪いことした幼児のようだ。 「いいか、長門」 ここは言ってやらないとな。 「別に怒ってるわけじゃないぞ。なにか起きたら俺に言ってくれ。 普段なら自分でなんとかできるんだろうが、今回は無理なんだろ? 今までお前に世話になってるし、いくらでも手伝うさ」 「あ、ありがとう」 若干顔を赤らめる。 確かに人に物事を頼むのは勇気がいるかもしれないが、 俺がそのハードルを下げる役割をやってやる。 他ならぬ長門、お前のためならいくらでも頼まれてやるさ。 ついに平日が始まった。あの長門の調子だと非常に心配だ。登校後、自分のクラスに行く前に6組をのぞく。 長門はまだ来ていない。朝から部室に行っているのか?嫌な予感がして長門の携帯に電話をかけてみる。 ………出ない。呼び出し音がするから電源が入っているのは間違いない。 登校中でカバンの中で鳴っているのに気付いていないだけだろう。まさかな、と思い家の電話にかけてみる。 ……1……2……3…… ところで電話の呼び出し音は何回くらいで諦めるもんだろうか? 留守電になったら出ないのは確実だが5、6回目くらいでいないのかと思い 切ろうかと思うがいやまて、あわててキッチンの火を消したりしてたらちょっと遅れるかもとも考え 結局俺は10回をめどにし 『………』 やっぱり10回位は必要だな……って、え!? 「長門! お前なんで家にいるんだ!?」 『え。 あっ!』 「OK、長門。遅刻は確実だ。開き直ってあわてず 『ガチャンガチャゴトゴト……タタタタ…パタパタパタ…ドタン!…ゥゥゥ…パタパタ…』おーいながとー!」 受話器を投げてあわてて準備を始めているのだろう。まずいなあ。 「キョン?」 げぇ、ハルヒ! 「なんで6組なんて覗いてるわけ? ひょっとして有希目当て? あんたあたしに隠していやらしいこと考えてない?」 「い、いやなんだ、その、本だ! あいつに本を借りる約束しててな」 「あんた本なんて読んでたっけ?」 「失敬な。んで『いやらしいこと』ってなんだよ?」 「え、な、何でもないわよ!」 「へ~」 「信じてないなこのバカキョン!」 話を逸らせたことと予鈴によってこの場は何とかごまかせた。 1時間目の退屈な数学。なんとか俺は自我を保ち板書をノートに書き写していた。 ハルヒはとっくに夢の世界へ。よく見つからないな。 そんな時、廊下側に動く影が目に入る。長門!? 俺のクラスを通り越していく小柄な影。 数秒遅れてざわつく隣のクラス。 長門よ、本当に心配だ。 ようやく休み時間となり、待ち構えていた俺はそっと6組をのぞく。 長門の周りには人だかりができていた。 そうだよなぁ。完璧超人が遅刻してきたら注目の的になるよなぁ。 だが今の長門がこれだけの人数を相手できるのか? もみくちゃにされて 「キョン!」 またハルヒか。 「そんなに楽しみにしてる本なの?」 「あ、ああ。何でも猫飼い必読のSFらしくてな」 「なにそれ? あんたそんなにシャミセンをかわいがってたっけ?」 「毎日一緒に寝てると愛着もわくってもんさ」 「へー …いいなぁ……」 「いいだろう」 「あ、え、そうね! あたしもちょっと飼いたいんだけどさ、ええと、親が動物苦手で……」 結局休み時間に長門に会うことができなかった。 昼休み、弁当を持って部室へ行く。いつもなら長門が先に来て本を読んでいるところだが。 ……来ないな。 弁当を食べ終え、パソコンでニュース系サイトを眺めたりしているがまだ長門が来ない。 うーん、教室にいるのか? それとも食堂か? いつも会いたいときに会える長門に会えない。そんなことはあの世界だけで十分だ。 いや、そのときだって長門はいてくれたな。自分を変えちまっていたが。 いつだって長門はいてくれていた。 何を考えているんだ、俺? 長門は遅刻しながらもちゃんと来てたじゃないか。 放課後になったらいつも通りSOS団に来るさ。 今週のハルヒは掃除当番である。 ちょっとだけ長門と話せる時間がひねり出せるな、 と思いつつ6組の方を見てみると長門が6組女子に拉致られそうになっていた。 「! ………」 俺を確認したらしい長門は眼鏡越しに何かを訴えてきている。 「長門、どうした?」 「あれ? 5組の誰だっけ?」 「キョンくん」 「そうだキョンくんだ。長門さんに用?」 俺の本名はどこ行っちまったんだ? 「まあ用と言えば用だが。これから部室に行くんだが一緒に行くかな、と思って」 「ええ~~あたしたち今からみんなでカラオケに行くんだけど。長門さんも一緒に」 なに!? 「長門、そうなのか!?」 「ち、違う……」 困り顔の長門。 「行くとは言ったけど今日は駄目……」 「えーいいじゃん」 「いこいこー」 どうやら誘いを受けて断りきれなかったらしい。 「あー、長門も困ってるみたいだしまた今度にしてくれないか?」 「ってあんた長門さんの何?」 う、それを言われると辛い。 と、一人が急に 「あ! ごめん気付かなかった。長門さん先約あったのね? 早く言ってくれないと!」 ニヤニヤと俺と長門を見比べはじめた。 「キョンくんもごめん。わたし達も気を使うべきだったよ」 「そうだそうだ。ごめんねー」 「「「ごゆっくりー」」」 何だったんだ? 長門を残して6組女子連中は行ってしまった。 「長門、何かあったのか?」 「話せば長くなる。まずは部室に行くべき」 そういうとスタスタ歩き始めた。いつもの長門の行動だが今は凄く不自然にみえる。 なんだか無理して演技しているようだ。 その証拠に廊下の人ごみに阻まれて進めないでいる。 普段なら文字通り数歩、数十歩先を読んで障害物を避けながら進んでいくのに、今日は目の前しか見ていない。 「長門、一緒に行こうぜ」 長門はこくんとうなずいて俺についてきた。 朝比奈さんが着替え中ということで廊下で待つ。が、 「長門、お前は入っていいんだぞ?」 「あ」 完全に長門は別人になったみたいだな。そんなに情報なんちゃらの影響力って凄いのか? しまった、今の時間に長門と打ち合わせしとくべきじゃなかったのか。 「こんにちは。長門さんの様子はどうですか?」 古泉か。 「おう。あんまりよろしくない」 「それは困りましたね。隣のクラスなのに良くないと分かるとは深刻です。それとも監視していましたか?」 「監視っていうな。……まず今日も長門は遅刻した」 それを聞いた古泉はうなづく。 「らしいですね。本当に深刻な状況かもしれません」 「どうぞー」 メイドな朝比奈さんが俺たちを迎え入れてくれた。 表面上はいつもの活動通りだった。 遅れてきたハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんがお茶関連の作業で俺と古泉がゲーム。 まったくもっていつもと同じ。 ………。 『舟を漕ぐ』という表現を考えた人間は誰だろうか? 居眠りに対してこれほどの文学的な表現を与えた人物は。 今まさに夢の世界という名の大海原に漕ぎだしている長門有希を見てそう思う。 まてよ、大海原なのに手漕ぎボートは危険じゃないのか? あ、ガレー船か。納得。っていうかやっぱり戦艦なのか? 長門だけに。 「ちょっとキョン、何やらしい目で見てんのよ」 小声でハルヒが俺を非難する 「やらしくなんかないだろ。この慈愛に満ちた眼差しをやらしいと感じるお前が汚れてるんじゃないのか?」 「なんですって!?」 「涼宮さん! 長門さんが起きちゃいますよ!」 そうですよねぇ、朝比奈さん。 「……このバカキョンが」 今は長門の寝顔鑑賞会となっている。 「やっぱり有希って体調悪いのかなぁ。土曜からおかしいじゃない。」 心配そうにハルヒが言う。 「それとも寝不足? そんなに面白い本があるなら教えてもらおうかしら?」 長門が持っている本をのぞきこむ。 「……洋書?」 ハルヒが頭をあげたときに長門がこっくりと頭を下げた。 「ひぇっ」 ごん かちゃ 「あだ!」 「ぐ!」 順番に 朝比奈さんの悲鳴、ハルヒと長門の激突音、眼鏡がずれる音、ハルヒの間抜け声、長門のうめきである。 両方からの加速度で破壊力も倍増しハルヒは後頭部、長門はでこを押さえうめく。 「ごめん有希!」 「なに??」 まだよくわかっていない長門。 「だ、大丈夫ですか? 今、すごい音がしましたよ」 朝比奈さんはぶつかる前に悲鳴を上げていましたね。 「長門さん、眼鏡は大丈夫ですか?」 「え?」 古泉に問いかけられ顔をあげる長門。その瞬間 がちゃ 「あ」 かろうじて耳に引っ掛かっていた眼鏡が床に落ち、 「「あああ!」」 ハルヒと古泉とがハモる。残りのメンツは固まったまま。 情報操作の能力がなくなって運まで落ちるのか、長門? 眼鏡はレンズを下にして落ち真ん中に大きな傷をつけていた。 「……」 「ご、ごめん有希!!」 「……いい」 かえって冷静になったのか傷つき眼鏡をかける長門。しかし 「……視界が大幅に悪化している」 お前が違和感感じるのと同じくらい外見も違和感ありまくりだぞ。 真ん中に派手なクモの巣状のひびが入っている。 最近の眼鏡はプラレンズばかりでガラス製は無いと聞いていたがプラでもこんなにひびがいくのか? 「買い替え、ですねぇ」 「僕の知り合いの眼鏡屋を紹介します」 古泉、お前はとことん便利な奴だな。 「ああ、ごめん、ごめん有希! ちゃんと弁償するから!」 古泉の知り合い、という駅前の眼鏡屋で長門の眼鏡を選ぶため、団活は終了。 先頭を古泉と俺、続いて長門と朝比奈さん、遅れてとぼとぼとハルヒがついてくる。 流石のハルヒもへこんでいるようだ。 車を避けるために足を止めると背中に衝撃を感じた。 「長門?」 「すまない、よく見えていなかった」 「そういえば長門、お前視力いくつだ?」 「正確な数値は覚えていない」 「そうか。だが、だいぶ悪そうだな。」 俺はこの時、長門が『正確な数値を覚えていない』と発言したことに軽い衝撃を受けた。 ハルヒの見立てでフレームが選ばれ、レンズ作成まで1時間ほどだった。 長門の視力が非常に悪く高いレンズを取寄せする関係で本当はもっとかかるハズだったが、 そのあたりは機関パワーでなんとでもなるらしい。 新川氏あたりが工場から運んできたんだろうか? 誰にどのフレームがあうかと誰でもやる他愛のない遊びをしているうちに眼鏡が出来上がっていた。 夕方遅くになっていたため眼鏡屋で解散したがすぐ長門に携帯電話で呼び出された。 「どうした?」 「……目がまわって気分が悪い。眼鏡酔いと呼ばれる状態。できれば家まで送って欲しい」 相当弱っているな。 自転車の後ろに長門を乗せ、マンションまでの長くダラダラとした坂を登る。 いつぞやの3人乗りの時と違いしっかりと長門の体重を感じながらペダルを漕ぐ。 それにしても長門、お前はこんなに軽かったんだな。 こんなに小さく軽い長門が大げさに言えば全地球の命運を担って頑張ってきていた事を考えると なんだか涙が出そうになってきた。すまん、お前にばっかり頼っていた。せめて今だけは俺たちを頼ってくれ。 それが俺たちに出来るお前へのせめてもの恩返しだ。 「……ごめんなさい」 「いや、謝るのは俺の方だ。だがなんで声をかけてくれなかったんだ?」 「……気が引けて声をかけることができなかった……」 後ろにいる長門に想いを馳せているうちに、後ろに長門がいるのを忘れていた俺は自宅まで長門を連れてきてしまった。 アホだ。アホすぎる。誰にもこの姿を見られていなければいいが。 せっかく連れてきたのと妹にいきなり見つかったのと俺の母親が世話好きなのが重なって 長門を我が家の晩餐に招待することのなった。 唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯というレパートリーに何のコンセプトのないごく一般的な家庭のメニュー。 小食になった長門はサバの塩焼きに手間取り、唐揚げに手が伸びていない。 先週、長門が貧血で倒れている、と思っている母親は長門にもっと食べて欲しそうだったが。 妹は大食いの長門を知っているから勝手に長門の皿に唐揚げを載せていく。 涙目気味の長門の視線を受け俺が唐揚げを処分していく。 おかげで俺まで涙目気味だ。 食事の後、長門を再び自転車の後ろに乗せマンションに向かう。 妹は遊びたがっていたが今日は月曜日だぞ。まだ週が始まったばっかりだ。 マンション到着後、長門にお茶を誘われたがやはり同じ理由で断って家にとんぼ返りする。 母親の長門に対する質問攻めをなんとかかわし、 いきなりフルスロットルで始まった一週間の1日目をようやく終わらせることができた。 『よかったら…………持って云って』 長門、悪い。お前じゃないんだ。 『……』 そんなに泣きそうな顔をするな。 『……』 違う、お前じゃない。俺の長門は ………… 夢か。 眼鏡をかけ、オロオロしているあいつを見て脳みそが記憶を引っ張り出してきたらしい。 ………… 長門。 ハルヒの悪だくみに巻き込まれ、文芸部部室と共にSOS団に組み込まれた女子。 あの頃も眼鏡だったな。いつから眼鏡じゃなくなったんだっけ? 初めて部屋に呼ばれた時も眼鏡だったな。 あの時あいつの話を聞いた時は可哀相な電波女だと思ったが 朝倉に殺されかけた時、真実の尻尾あたりを見せつけられた。 尻尾どころか毛先の枝毛くらいなのかもしれんが。 そうだ、その時あいつは『眼鏡の再構成を忘れた』とか言っていたな。 それ以来あいつは眼鏡をしていない。 ああ。俺があいつに『眼鏡をしてない方が可愛い』って言ったからだ。 唐突に気付いた。 ………… 4時か。まだ寝れるな。 火曜3時間目は5、6組の合同体育授業である。 5組の教室が女子の、6組教室が男子の更衣場所となる。 であるからして、 「やっほー有希! 調子どう?」 長門が着替えに俺のクラスに来た。 「大丈夫」 「そ、よかった」 長門が俺の机の上に体操着袋を置く。 「んじゃな」 こくんとうなずく長門。昨日買った真新しい眼鏡。うん、良く似合う。しかし俺はやっぱりない方がいいなぁ。 「おいキョン、長門有希は眼鏡に戻ったのか?」 谷口は相変わらず女子に関して目ざとい。その観察力と情熱を少しでも勉強の方に振り分けたら多少人生が変わるぞ。 「女に目を向けているから人生が楽しい方に変わったんじゃないか。しかしやっぱ長門有希は眼鏡の方がいいな」 お前は眼鏡属性ありなのか。 「そうかな? 僕は無い方がいいと思うな」 おお、国木田。お前はわかっている。 そして授業開始後10分で事件が起きた。らしい。 というのもハルヒからの伝聞だったからだ。 「1500m走の2週目でダウンしちゃったの。信じられる!? マラソン大会で2位の有希がよ!? 絶対おかしいわ! 何か病気なのかしら。心配だわ」 確かに心配だ。また眼鏡酔いか? 「あの娘一人暮らしでしょ? だから体調崩しても見てくれる人がいないわけじゃない。大丈夫かしら?」 確かに。宇宙パワー全開の時は全く気にならなかったが今は物凄く心配だ。 そして今俺には逼迫した心配事が別にある。 「なによ?」 「長門の制服一式がそのまま俺の椅子と机に残っているんだが」 長門は保健の先生に連れられてタクシーで早引けしていた。俺の机に制服を残して。 そして放課後、SOS団と6組の女子連中で長門家へ見舞に行く事でもめている。 正確にはハルヒと6組女子だが。 ハルヒの言い分は団員だから。6組女子の言い分はクラスメイトだから。まあどっちもわかる。 じゃあ一緒に行けばいいじゃないか。 「人が多すぎて迷惑じゃないの!」 んじゃあハルヒと6組女子で行けばいいじゃないか。 「あんたの預かってる服はどうすんのよ! ……ってあたしが預かればいいのか。 そ、そうね。あたしと6組で行ってくる。団は休みにしてもかまわないから」 たまにハルヒは抜けたところがあるな。 そういや昨日、長門が6組女子に連れて行かれそうになっていたな。 何が起きたかを聞こうと思っていたがすっかり忘れていた。 まあ、あの様子じゃいじめとかじゃなさそうだから急ぐこともないか。 団は休みじゃない。 むしろハルヒがいないことによって遠慮なく話し合いができるってもんだ。 「事態は意外に深刻そうですね。取りあえず想像以上に長門さんが弱ってることがわかりました」 「喜緑さんはどうなんだろう?」 「昨日の体育では普段どおりだったような気がします」 朝比奈さんが小首をかしげる。 「しかしまいったな。これからずっとこんな調子なのか?」 「大いにあり得ますね。長門さんが休まない限り」 「でも長門さんは休みたくないみたい。やっぱり学校が楽しいんじゃないのかなぁ。それとも、ううん、何でもないです」 「朝比奈さん、気になることがあったら言ってくださいよ。何かヒントになるかもしれませんから」 「ええと、うーん、そう! 長門さんはまじめだから涼宮さんの観測を続けないといけないと思ってるんじゃないかな」 「……そうですね。その可能性も高いでしょう」 「古泉、何かほかにあるのか?」 「いえ、あらゆる可能性があると言いたいだけです。何せ長門さんが何を考えているかなんて想像不能ですから」 こいつはいけしゃあしゃあと嘘をつくからな。お前が何を考えているかも想像できねえよ。 だが長門の考えがわからないのは確かだ。 「さて、長門と連絡をとりたいわけなんですが、あの、朝比奈さんお願いします」 「へ?」 「いえ、今ハルヒと6組女子が長門の家にいるはずなんで。俺がかけると怪しまれるというか……」 「あ、そうですよね。わかりました」 「連絡する事とは何ですか? 夜でもかまわないのではないでしょうか?」 古泉が不思議そうに聞く。 なんとなくあいつの声を直接聞きたかっただけなんだが 「今日の場合、夜だと寝てる可能性があるからな。今なら騒がしくて起きているだろう。 用という用は特にないんだが、今のうちに長門にリクエストがあるなら聞いておきたいし、 元気なようならまた夜に電話できる」 ごまかしておく。半分は本当に長門の要望を聞いておきたいとは思っている。 「なるほど」 「かけますね」 朝比奈さんが長門に電話をかける。すぐ出たようだ。 「もしもし、朝比奈です。…… 元気ですか、え? ……そんな、わかりました。すぐ行きます」 え、何があったんですか!? 「涼宮さんと6組の子とで険悪な雰囲気になってるみたい」 おいおい、どうしたんだ、ハルヒ!? 「キョンくん、5組と6組で対立していましたか?」 いやそんなことはありませんでしたよ? 「取りあえず急いで行ったほうがよろしいでしょうね。タクシーを……」 「古泉くんとキョンくんは来ないでください。これは女の子の話なんで」 珍しくきっぱりと朝比奈さんは言い切った。 「すいません喜緑さん、事態がさっぱり飲み込めないんですが……」 「そうですね、わたしもどこからどう説明すればいいのやら……。とにかく来てくれてありがとうございます」 「あ、いえ、長門とのサポートの約束でもあるんで気にしないでください」 喜緑さんの説明によると、 見舞いに行ったハルヒと6組女子の間が何故か険悪になり、 朝比奈さんと鶴屋さん(学校を出る前に一緒になったらしい)が長門マンションに着いた途端激化、 長門が泣き出した、長門が泣くというだけで異常事態だと分かるが、 その時に喜緑さん到着でみんな追い出され俺が召集を受けた、となるようだ。 ついでに言うとまだ部室にいた俺が喜緑さんの電話を受けている時、古泉は機関から電話を受けていた。 つまり 「閉鎖空間が発生しました。なにか涼宮さんの機嫌を悪くする事態が発生したようですね」 と結構深刻な状況となっていた。 ちなみに長門は寝ている。どうやら本当に体調を崩したようで、枕もとには病院で出た薬が置いてある。 「保健の先生によると風邪だそうです」 「あの、喜緑さん、何故知っているんですか?」 「言ってませんでしたっけ? わたしと長門さんはいとこ、ということになっています」 ああ、なるほど。 「緊急連絡先はお互いにしているので学校から連絡がありました。 本当はもっと早く帰って看病しようと思ったんですけど、買い物しているうちに遅くなりまして」 しかしなんでそんな騒ぎになったんでしょうか。 「いくつか理由があるようですが」 喜緑さんは何故か意味ありげに俺を一瞥し、 「要はみんな長門さんが好きなんですね。で、取り合いみたいになったようです。 朝比奈さんと鶴屋さんは中立の立場で説得しようとしたみたいなんですが、 長門さんのクラスメイトはそうは思わなかったようですね。 涼宮さんとよく一緒にいるところを見られてますから彼女たちの考えもわかります」 たしかに。 喜緑さんが溜息をつく。 「あした朝比奈さんと鶴屋さんに会って謝らないとダメですね。一緒に追い出してしまったんで」 「あの2人ならわかってもらえますよ」 「だといいんですが。でも残りの子には反省してもらわないとダメですね。 具合の悪い有希ちゃんの前で何を考えているんだか…… 常識ってものがないんでしょうか? 自分がされて困ることは他人にやっちゃダメでしょ! ただでさえ有希ちゃんは弱っているのに!」 うわ、ちょっと本気で怒ってる。長門に対する呼び方が素になっていますよ。 「あなたにもしっかりしていただかないと」 俺!? 「だいたい有希ちゃんがあなたに……。すいません、筋違いですね。ちょっとその、興奮しました」 「あの、長門の風邪は大丈夫なんでしょうか? 免疫力がなくてひどい状態になるとか……」 「そのあたりは大丈夫です。確かに普段は情報処理で体調を整えていますが、通常の人間くらいの抵抗力はあります。 ただ、いつも情報処理で症状をキャンセルしているので、いきなり体験するとしんどいかもしれませんね」 「そうですか。念のため明日は休みの方がいいと思うんですが」 「嫌」 「長門!?」 いつの間にか目を覚ましていた。なんかパジャマの長門も可愛いな。いかんいかん、鼻の下を伸ばしている場合ではない。 「休まない。学校は行く」 「有希ちゃん、明日は休みましょ。それとも何か用事があるの?」 「用事は、無い。ことも、無い……ない」 えらく歯切れが悪いな。 「とにかく休む気はない」 知ってはいたが意外と長門は強情である。これは説得に時間がかかりそうだ。 「ええと、」 喜緑さんが長門の耳に口を寄せ 「……………」 何故か慌てる長門、そしてちらっと二人で俺を見て 「わかった。休む」 喜緑さん、いったいあなたは何を言ったんでしょうか? 「簡単なことです。ひとつお願いがあるんですが」 はい? 「明日、ここに寄ってくれますか? お土産付きで。長門さんは食いしん坊なんで」 「最後のは余計」 なるほど、食べ物で釣るわけですね。 「わかりました。長門、何食べたい?」 「……あなたに任せる」 しかし喜緑さんは長門に何を吹き込んだんだろうか? 「……」 「……………」 ずっと背後からプレッシャーを受けながら順調に午後の授業は進んでいく。 今朝からハルヒは機嫌が悪い。事の顛末は知っているが、それを知っている事をハルヒに知られるとまずいことになる。 なんかややこしいな。というわけで知らない振りしてたずねる。 「ようハルヒ、長門の様子はどうだった?」 「……」 「……ハルヒ?」 「風邪よ。だから有希は元気がない」 「……んで?」 「それ以上でもそれ以下でもない!」 会話終了。 それ以上は話しかけるな的な視線で睨みつけてきた。なんか最初に会った頃を思い出すな。 そして今に至る。ちなみに長門は休み、古泉も休み、朝比奈さんまで休みである。 朝比奈さんが休んだことによって鶴屋さんも喜緑さんもブルー気味で、まさにデフレスパイラル。 なんでそんな事を知っているかって? 昼休みにハルヒが食堂に行っている間に鶴屋さんと喜緑さんという異色のコンビがうちのクラスまで訪ねてきたからだ。 「ごめんねーキョンくん。みくるがさぁ、ショック受けて休みなんだ」 「ごめんなさい」 「あー、えみりんは悪くないっさ。ちょっとみくるが勘違いし過ぎてるだけだしさぁ」 「ですが……」 「残念ながらみくるは空気を読むというか以心伝心というかちょっとそっち方面が弱くて……」 痛々しい程の気のつかいあい。 「あの、喜緑さんから朝比奈さんに電話してみればいいんじゃないですか?」 「しました……」 「演技で一緒に追い出された事に気が付かなかったことにみくるは落ち込んでいるんだよ……」 ……そうですか。そっちでしたか。 「正確には『そっちも』だね。二重に落ち込んじゃってさ……」 「キョン、いくわよ!」 放課後、強引にハルヒに部室まで連れて行かれる。 「なぁハルヒ、なんかみんな休みらしいんだが今日の活動はどうするんだ?」 「みんな? どういうこと? なんであんたが知ってるの?」 「い、いや、古泉から『今日は体調不良で休むからゲームを持って行けなくてすまない』みたいなメールが来てたし 昼にたまたま鶴屋さんに会って朝比奈さんが休みってこと聞いたし、」 しまった、長門をどうする。 「あたしんとこにみんなから休むってメールは来てるわ。で、なんで有希の休みまで知ってるの?」 頑張れ、俺の灰色の脳細胞! 「え、な、長門からも休むってメールが来たぞ?」 「ふーん」 ジト目で俺を見る。間違いない、疑っている。 「直接電話じゃなくて? 見せてよ、携帯」 やばい、今日は長門からメールも電話も来ていない。つーかなぜすんなりと信じない? それに喜緑さんからの着信を見たらハルヒがどう思うかわからない。絶体絶命だ。えぇい、ままよ、 「おーいハルにゃーん!!」 「あ、鶴屋さん! みくるちゃん休みなんだって?」 救いの女神は鶴屋さんとして降りてくださった。 「そうなんだよ。風邪だってさ。これから見舞いに行くけどハルにゃんもどうだい?」 「当然! って言いたいところなんだけど、困ったことに有希も……、い、いいわ、みくるちゃんのお見舞いね!」 長門の名を出した瞬間、ちょっとだけ顔をしかめたのは昨日喜緑さんに追い出された事を思い出したんだろうか? 「そうね、キョン、あんたは有希の見舞いに行ってきなさい! あたしはみくるちゃんとこに行くから! 鶴屋さん行きましょ! みくるちゃん食欲あるかしら? ケーキがいいかな?」 「う~ん、買って行って駄目なら冷蔵庫に入れとけばいいよ。キョンくんまったね~~」 鶴屋さんは俺に意味ありげなウィンクをして、ハルヒと共に行ってしまった。 その全行程30秒、ハルヒはよっぽど昨日の出来事が気まずかったんだろうか? 即決で長門の見舞いを俺に任せた。まぁ、絶好の機会だ。ハルヒ公認の元、堂々と長門の家に行けるんだからな。 ……公認って。何様だ、ハルヒ? 喜緑さんの分を含めてコンビニで適当にプリンやらヨーグルトやらをカゴに放り込む。 あいつは何が好きだっけな? カレーは売るほどあったな。 そう言えばおでんを一緒に食った覚えが……。 あー。 あの時だ。 朝倉もいたな。 ………… いかんいかん。気にし過ぎだ。 取りあえずデザート系だけでいいだろう。 最近はスイーツって言った方がいいのか? しかし長門は浮ついた流行的な言い回しはしそうにないし、 ハルヒは意外と古風というか流行に鈍感だしまずズレている。 朝比奈さんは長門的、古泉はハルヒ的な感じでやっぱり言いそうにない。 ううむ、時代に惑わされないSOS団か。『SOS団』っつーネーミングセンスもどうなんだ? などとアホなことを考えながらレジを済ませ、長門のマンションに到着する。 手慣れた手順でインターフォンの番号を押し … …… ………? へんじがない ただのしかばねのようだ なわけあるか!! 寝ているのか? それともどこかへ出かけてるのか? ずっと寝ているのも退屈だろうし。 でも俺が行くことを知っているんだから連絡くらいは欲しいもんなんだが。 電話してみるか、と携帯を手に取るといきなり電話が鳴りだした。 【発信者:長門 自宅】 へ? 家にいるのか? 『ごめんなさい。あと10分待って』 開口一番長門が謝ってきた。 「いや、かまわんぞ。でもなんでインターフォンに出なかったんだ?」 『……片付けをしていて………』 「そうか。わかった、待ってるぞ」 ううむ、これで片付けを理由に足止めされたのは何度目だ? 「こっちの部屋は絶対に開けないで」 「だから下手に言われると余計に見たくなるって。『鶴の恩返し』くらい知ってるだろ?」 「……」 今の長門はすぐに赤面する。意外な一面が見れて嬉しい半面、『あの世界』の長門を思い出し胸が痛む。 あの時は躊躇なく元の世界に戻るためにエンターキーを押したが、 はたしてそれが真の正解だったかどうか、今でもたまに考えることがある。 確かにハルヒがいない、朝比奈さんと鶴屋さんは赤の他人、古泉もいない。 いるのは小心者の長門と朝倉だけ。すこし寂しい世界だ。 だがハルヒが変態パワーを持ち、それに群がる宇宙人、未来人、超能力者がいる今こそ変な世界じゃないのか? もしあの時 「?」 長門が不思議そうに俺を見ている。 「い、いや何でもない。それより冷蔵庫にプリンを入れないとな」 あわてて台所に逃げた。 さて結構プリンやらヨーグルトやら買い込んできたからな。冷蔵庫に空きはあるかな、と。 扉をあけるのにはたいして力入らなかった。中からの圧力でパワーアシストされたからだ。 「わたしがやる!」 惜しかったな、長門。あと半秒早かったら間に合ったかも知れん。 しかしよくこれだけ詰め込んだな。ポテチは冷蔵庫に入れなくていいんだぞ。 あとジャガイモは入れると悪くなるからな。食パンは場合によるな。 と、振り返ると今にも泣きそうな長門が立っていた。 「ありがとう。今日は帰って」 「な、長門!? 」 「帰って」 い、いや、そんなに気にするほどの失敗じゃないだろ。 「…………………………………………」 いつものような無表情を頑張って作っているのに瞳はうるうるとした長門。 ちょっと和んでしまったが、その俺の表情が癇に障ったらしい。 「帰って!」 長門にマンションを追い出され、特に用事もなかった俺はそのまま自宅に帰り、 なんとなく悪いことしたな、と思いつつもそこまで悪いことだったか? などと気分が晴れないまま飯を食い風呂に入ってだらだらしながら やっぱ長門に謝っておくか、あいつは今不安定なんだし、と携帯電話を手に取った時着信があった。 【発信者:喜緑さん】 喜緑さんはいきなり謝ってきた。 『ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに』 いえ、そんなこと大したことじゃないです。それより長門の方は。 『その、寝室から出てきません。長門さんに謝らせようしたんですが』 いやぁ、悪いのは俺の方で 『いえ、自分の失敗がばれて逆ギレなんて許しません。明日必ず謝らせますから』 その、そんなにおおごとでも 『すいません、有希ちゃんの為でもあるんで。この辺りはきっちりとしておかないと』 なるほど、保護者として長門を教育するにはいい機会なんだろうなぁ。 最後に喜緑さんは俺が持っていった巨大プリンの礼を言って電話を切った。 なかなか売っていない代物らしい。 たしかに珍しいと思って買ったんですが喜んでもらえてなによりです。 ただ一つ残念なことがあるとすればみんなで食べたかったことくらいですね。 なんとなくモヤモヤは晴れつつあったが、明るい気分になれず早めに寝ることにする。 長門、今日もお前は俺の夢に出てきそうだ。 やはり長門は夢に出てきた。 あの世界でオドオドとした長門は俺を恐れ逃げてしまった。 俺は頼みの綱である長門を探しまわったがどこにも見当たらずという焦燥感の中、目覚まし時計でこの世に帰ってきた。 早く長門に会いたい。 まぁ、案外早く俺の願いは叶えられた。 朝、学校の校門前に着くと長門が俺を待っていてくれたからだ。善行は積むものだ。 ただ、しょんぼりとした、そう、まさに『しょんぼりと』俺を待ち構えていたのだが。 「ごめんなさい」 いきなり謝ってきた。 「いや、いいんだ。ちょっと俺も調子に乗っていたかもしれん」 あまりに真剣で申し訳なさそうな顔をする長門を見るとこっちが悪い事をした気になる。 俺も謝っておけば長門も少しは気が楽になるだろう。 「いいえ、あなたは全く悪くない。全面的にわたしが悪い。ごめんなさい」 い、いいから頭を上げろ。 「大丈夫だ、怒ってなんかないぞ」 「本当?」 う、見上げた顔がちょっとかわいい。 「ああ。怒っていない」 「……ありがとう」 早く長門と和解できてすごく楽になれた。 胃の不快感はすっと消え、授業中もよく眠れそうだ。 と、アホなこと考えながら長門と一緒に教室までいくと今度はハルヒが待ち構えていた。 こっちは『しょんぼり』とは程遠い仁王立ちだが、表情は真剣だった。 「有希! ごめんなさい!」 おとといの話なんだろう。 「あなたは悪くない。わたしがイライラしていただけ。見舞いに来てくれてありがとう」 「有希が体調悪いのに騒いだあたしが悪いの」 「大丈夫。来てくれてうれしかった」 一応双方の気が済んだようで予鈴とともに長門は教室に入っていった。 さて俺も 「で、なんであんたが有希と一緒に教室に来たのよ」 いいだろ、流せよそこは。 「たまたまだ。それよりなんで長門に謝ってたんだ? なんかしたのか?」 一瞬嫌なことを思い出したような表情の後、しまった、顔に現れた!的な表情、そして 「何でもないわよ」 無表情。 それっきりハルヒはだんまりを決め込んだ。 「ようキョン、ラブラブだな、それとも『ラヴ』がいいか?」 ち、谷口か。タイミングが悪い上に下品なやつだ。 席に向かいつつ戯言を聞き流す。ってラブラブってなんだ? 「しっかし最近の長門はなんかかわいいな。 眼鏡もだがちょっと表情でるだけであんなにレベルが上がるとは。 俺もまだまだ見る目がないな、クソッ」 心底悔しそうな谷口。アホか。 「お前、涼宮は見間違えたが、早い段階で長門を見つけ出してるからな。正に『機を見るに敏』ってやつだな、キョン。」 な、なんでここでハルヒと長門の名前を出すんだ! しかも面倒なハルヒの近くで 無表情だったハルヒの横顔がこわばるのが見えた。 谷口、帰れ! 早く席につけ! 始業時間だ! 「きっちり長門をゲットしてるんだからなー。待ち合わせかこのヤロー」 「おーい早く席につけー」 岡部、遅いぞ……。 ハルヒの何とも言えない不機嫌オーラを背中に感じつつ数学の授業は進む。 初めて授業が終わらないでくれという気になった。 しかし時間の流れは正確無比で、 そういや朝比奈さんは時間の流れはパラパラ漫画みたいなものだと説明していたが 紙の数は増やすことはできるのか? 増えても紙が薄くなったら意味はない? などとSF物理学もどきを思考しているうちに きっちりと終了時間が来た。 ガタン、後ろの席から大きな音、そして首根っこを掴まれ、 「す、涼宮!? なにすんだ!?!?」 「いーから来なさい!!」 谷口がハルヒに拉致されていった。 「キョン、谷口は何かしたの?」 知るか。……知ってるよ、今朝の発言の真意を問いただす気なんだろう。 「ふーん。僕の勝手な予想だと涼宮さんはキョンの外堀を埋めようとしているんだと思うんだけど」 国木田、実のところ同意だ。だから俺は行く。 「急いだ方がいいね。間違いなく次は長門さんの番だから」 ああ。……なんでお前まで長門の名を出すんだよ。 廊下から6組を覗くと長門は女子に囲まれていた。ここから長門を連れ出すのか? 絶対無理だ。 待てよ、このバリケードを突破するのはさすがにハルヒでも無理じゃね? よし、君たちに託す。頑張れ6組女子連合!! 「あたしは有希に用があるの!!」 「わたし達も長門さんに用があるのよ!」 最悪だ。まさかハルヒが特攻かまして長門を連れ出そうとするとは思わなかった。 いや、その可能性に気付くべきだった。 なにせ転校直後の古泉を拉致したり商店街での物資提供交渉を成功させた女だ。躊躇するわけない。 「あんた5組でしょ!? なんで勝手に入って来てるの?」 「いいじゃない、教室移動で入ったり出たりしてるでしょ」 「次の時間は違うでしょ」 大声でやりあっているから当然野次馬も集まる。 長門は、あいつは無事なんだろうか。人ごみでどうなっているかよくわからない。 すると 「……」 マンガの喧嘩のシーンで当事者が囲みからこそこそ出ていくシーンがあるが まさか本当にそんなことができるとは思わなかった。 「長門!」 6組の男子連中にカバーされ長門は教室の外に出てきた。 意外と長門は6組に溶け込んでいるようだ。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫、それよりトイレに……」 あ、ああ。早く行ってこい。 「おいキョン、早く涼宮を回収してくれ!」 顔なじみの6組の奴に文句を言われる。 「うちの女子が涼宮と喧嘩するのも困るがそれ以上に長門さんが迷惑するだろ」 す、すまん。 「クソ、何だって長門さんは……まぁいい、それより」 「早く連れ帰ってくれ!」 何とかうちのクラスの連中の手を借りてハルヒを引っ剥がす。 「何すんのよキョン! 国木田! あんた強く引っ張りすぎよ!」 「アホか! なんで他のクラスで騒ぐんだ!」 「あたしは有希に用事があったのよ!!」 「時間切れだ」 移動教室をはさんだりしてなんとかハルヒを6組に突入する事態は避けることに成功した。 が、そもそも何故ハルヒが長門を追いかけているかを俺は失念していた。だから 「いいわ。直接執行よ」 昼休み、ハルヒは食堂へ行かず俺を端まで追いつめた。 「何がだ」 「キョン、あんた今朝有希と何があったの!」 不覚にも答えに詰まってしまった。 「い、いや、たまたま会っただけで」 「谷口は有希があんたを待ってたって言ってるわよ!」 あんのやろー。 しかしここでふと気付いた。 「なんで長門が俺を待ってるのをハルヒは怒ってんだ?」 「!、え、と」 ハルヒが固まる。 「昨日、長門の家に行ったらあいつが寝ていたんだ。 で、世話役として喜緑さんがいて、ああ、知ってるか? 長門と喜緑さんはいとこらしいぞ」 『喜緑さん』の所でハルヒの表情が硬くなるのを見逃さない。 どうも今のハルヒにとって喜緑さんは鬼門らしい。 「んで、買っていったプリンやらを渡して帰ったんだ。今朝はその礼を言われた」 とっさにこれだけ嘘がスラスラでるとは天才じゃないか? ところどころ真実が交る理想的な嘘だ。 「長門を追い回すほどの内容か?」 「もういいわよ、わかった」 無事ハルヒを納得させ、納得したのかはともかく静かにさせ、団活の時間となる。 ここで俺はミスを犯した。長門と口裏合わせしなかったことだ。 今の長門は若干空気が読めない子になっていることを忘れていたのだ。 だから 「キョン、なんで嘘ついてごまかすの? 有希と喧嘩したんでしょ!」 あっさり長門が自白させられた。全部。俺が止める間もなかった。 が、俺も半分開き直っている。 「俺と長門が喧嘩して仲直りしたことで何で俺が責められるんだよ」 「え、あ、でも有希を泣かせたんでしょ!」 「それはわたしが悪い……」 「有希は黙ってて」 「お前が洗いざらい聞くからせっかく隠してた失敗をお前に聞かれることになったんだぞ」 ここは強気に攻めてみる。 「俺は長門の名誉を守るためにあえて黙ってたんだ」 「それほどのものではない」 長門、ちょっと黙ってろ……。 「……もういいわよ! みくるちゃん、お茶!」 今日も古泉は来なかった。 やっと来た金曜日、ただ事態は悪化する一方だ。 ハルヒの機嫌は悪いままで古泉は今日も欠席。もしかしたら今この瞬間も戦っているのかもしれない。 今日は長門と相談し、あんまり学校では接触しないことにしていたが、 朝からブラックオーラが溢れるハルヒには大した対策にはなっていない。 そもそも論として何故ハルヒがこんなにイライラしているのかが不可解だ。 この10日間は長門のパワーが無くなっている。それに関係するのか? ハルヒのメンタル的な影響を与えた事件と言えば 土曜日の探索での長門のダウン、長門の眼鏡を壊した時と 長門の見舞いで喜緑さんに怒られた時かだと思われる。 眼鏡の方は弁償で片がついているから、やっぱりダウンと見舞いの方だよな。 ハルヒは長門を大事に思っている。その長門が弱っているから気が立っている。……しっくりこない。 これだと昨日の騒ぎ方が妙になる。長門を大事にし過ぎて暴走したのか?。 はっ。 ハルヒは長門の事が好きなのか? その、恋愛的な意味で。 だとしたら俺や6組女子、喜緑さんに嫉妬しているがゆえに機嫌が悪い、と説明がつく。 あいつは男の何パーセントかがホモだと抜かしていたが、 それは裏返しの意味、女の何パーセントかがレズだと言いたかったのか。 朝比奈さんにベタベタしている理由もわかった!! アホらし。 一応団活はあったが朝比奈さんはビクビクしてるし長門は窓際で小さくなっている。 自分の気配を消そうとしている風に見えるが、逆になんか目が行く。 今までのように普通に本を読んでいてくれればいいんだが。 あまりの空気の重さに思わずハルヒを諌める。 「おい、ハルヒどうした? お前らしくないぞ。何かあったのか?」 「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」 「関係ないってったって長門がおびえているだろ。おかしいじゃ」 「『長門、長門』っていったいあんた有希の何!? いっつもいっつも、有希やみくるちゃんの肩持ってさ! あたしの……」 はっ、としたような、その後バツの悪そうな顔で 「帰る」 ハルヒはカバンを持って出ていった。 「キョンくん! 涼宮さんを追いかけてください!」 「朝比奈さん、それはできませんよ。やっちゃいけません」 「いいから追いかけてください!」 「朝比奈さん! 駄目なんです。ここで追いかけたらハルヒのためになりません。」 「キョンくんはわからないんですか?」 「ハルヒにはもう少し大人になってもらわないと行けません」 「そうじゃないんですが、……涼宮さんの機嫌が悪くなりすぎるとそれだけで危険なんです」 「わたしがいく」 「長門!?」 「わたしが涼宮ハルヒの機嫌を悪くしている原因。行って説得する」 「お前が原因だと限らないだろう! それに説得って何を!?」 「……わからない。でもわたしが行くべきだと思う」 飛び出して行く長門。一瞬迷ったが嫌な予感がしてすぐ追いかける。 階段の方からハルヒが何か大声で言っているのが聞こえたが、『有希が』と叫んでいる部分しか聞き取れなかった。 まずい、ここでハルヒが反則パワーで長門に何か変な事をしたら「普通の人」並みでしかない今の長門だとひとたまりもない! 走る俺、遅れて朝比奈さん。 追いついたのは階段の踊り場。 状況はもみ合いになっているハルヒと長門。 なんでよりによってその場所なんだよ! その場所は俺が 「キャッ!!」「あっ!!」 どっちが出した声かわからない。 わかるのは腕を振りほどかれた長門の体が勢いあまって後ろから階段の下に落ちるコースにあることだった。 「長門!!」 この時俺がイメージしたのはハンマー投げの選手だった。 体全体でハンマーを回転させ、全エネルギーをハンマーに乗せて投げだす。 走ってきた勢いで何とか長門に追いつき、腕を掴んで体全体で回転、踊り場の方へ長門を放り投げる。 少々乱暴だがハルヒか朝比奈さんが受け止めてくれるだろう。 ちなみに「だろう運転」は危険だ、と小学生の時、学校に自転車の安全指導に来た警察の指導員が言っていたな。 例え歩行者や自転車の立場でも横道からは何も来ないだろう、と思いこんでいてはダメだと。 確かに他人は信頼できるとは限らないからな。だがハルヒや朝比奈さんは信頼できる。長門は間違いなく信頼している。 古泉もまぁ、信頼できるな。……「まぁ」はあいつに悪いか。今は十分信頼しているぞ。 いやぁ、結構考える時間ってあるんだな、それなら頭をガードすべきじゃないか? と気付いた瞬間、強い衝撃と痛みが走り、俺の意識は無くなった。 夕陽の差し込む部屋。白い壁が金色に染まる。 窓の外から木の影が長く延びる。 どこかで見たことのある光景だ。 しゃくしゃくと何か水っぽさの感じる音。りんごだな。リンゴ!? 「お目覚めですか?」 「……ああ」 「まったくあなたには驚かされます。正直言うと呆れます。まさかまた同じ階段から落ちて同じ部屋に入院されるとはね」 で、同じように古泉がリンゴをむいている。 「……好き好んで入院してるわけじゃねえよ」 「好き好んでなら本当に1年くらい入院してもらいますよ。大変だったんですから」 「すまん」 「前は朝比奈さんが泣きじゃくっていましたが、今回はそれに長門さんが加わっていましたからね。 長門さんの場合泣き叫ぶって感じでしたが。」 「! 長門! 長門はどうした! っていたたたぁーーって痛ってぇ!」 全身に激痛が走る。なんだ、体が動かせん! 腕が固定されてるし! 「あ、今回は外傷ありです! 気をつけてさい。」 「俺はどうなってるんだ? ってそれより長門は!?」 「前も言いましたね、あなたがうらやましいと。いやあ本当にうらやましい。若干腹が立ちます」 古泉が指さす。少し離れた窓際の荷物置きの台に並んで長門とハルヒが座っていた。お互いにもたれながら眠っている。 「あなたが目を覚ますまで頑張る、と涼宮さんと長門さんが張り合っていましたが 1時間くらい前に二人とも力尽きてしまいました ちなみに今日は土曜日、午後5時前です。あなたはほぼ24時間眠っていた計算になります」 相変わらずへたくそな包丁使いでウサギか何だかわからなくなったリンゴのかけらを 古泉は俺に差し出す。いらねーよ、つーか腕がそこまで上がらない。 それに気付いた古泉はすこし申し訳ない、という表情をした後、物体Xを皿に置く。 「あなたは脳震盪と右肩脱臼と全身の打ち身、若干の擦り傷です。 レントゲンやCTスキャンやら一通りの検査の結果、命に別条はなしです。 しばらく検査通いになるとは思いますが」 若干くらくらするのは寝過ぎなのか頭を打ったせいなのかよくわからない。 「んんー、キョン。キョン!」 俺と古泉の会話で気付いたのか、先に目を覚ましたのはハルヒだった。 「よ、ハルヒ。よく寝たか?」 「よく寝たかじゃないわよ、このバカキョン!! この!!」 涙目のハルヒ。すまん。だが半分以上お前が原因では…… 「ん、え、?」 騒ぎで長門が目を覚ましたようだ。 「長門、大丈夫だったか」 「大丈夫。ごめんなさい」 長門の目が潤みだす。 「わた、わたしのせいであなたを、死、死なせ、」 急速に涙声になっていく 「いや、いいんだ長門。ちゃんと生きてるし」 「うわぁぁぁん!」 もう号泣に近い泣き声をあげる長門が俺に抱きつき 「ぐゎああああああああああ!!!」 電撃が走った! 「キョ、キョン!?」 「長門さん!! 離れてください! 怪我が!!」 「あ! ごめんなさい!!」 ……死ぬかと思った。 俺が目を覚ましたことによって検査が始まり、その日は終わりかと思っていたが、 晩飯後にハルヒが一人で病室にやってきた。 「よう、帰ったんじゃないのか?」 「うん、ちょっとあんたに用があって」 神妙な顔つきのハルヒ。うちの親は一度来たが着替えや必要なものがあるとかで家に戻っている。 「えっと。まずは謝るわ。ごめんなさい。あんたを大怪我させちゃった。下手したら死んじゃうところだった。ごめんなさい」 深々と頭を下げる。すぐ頭をあげ、 「キョン、あんたに聞きたいことがあるの」 真剣な瞳が俺を見つめる。 「あんた、有希のこと、……好き?」 「正直」 「よくわからん。もちろんLikeではある。それに気になる存在だ。 今はちょっと調子悪そうだが普段は頼りになるし、 見た目も可愛いし意外と強情な所も可愛いし、」 後はとてもじゃないがハルヒには言えん内容だ。 「そうだ。俺は長門が好きだ」 「そう」 「よかった。もし否定でもしたらぶん殴るつもりだったから」 ハルヒの声が少し震えている。 「あたしね、有希と話し合ったの。あんたについて」 ハルヒはベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けながら語りだす。 「あそこまであんたが有希のことを大事にしてたなんて」 「もしあの時長門じゃなくてお前だったとしても俺は飛び込んだぞ。たとえ古泉や谷口だったとしても」 「それじゃない。あんただったら岡部でも飛び込むでしょ。そうじゃなくて。 ………… まぁ、なんとなくは分かってたわ。みくるちゃんをデレ~ンと見てる態度やあたしに対する態度と違って 有希には気づかいとか配慮が感じられたし」 …… 「あんたがみんなに気配りしてるのはわかるわ。でも有希には特別だったでしょ。 雪山の嵐のときに、あ、違う、これは間違い、えっと」 よかった、まだあれを幻だと思い込んでいるようだ。 「そうね、あんたが最初に階段から落ちた時あたりからガラッと変わったわ。病院で何かあったの?」 「ああ。それ以外も色々とな。詳しくは言えないが」 長門が自分と世界を変えちまった事件。そう、あれがきっかけだった。 実は長門も普通の女の子らしい事を考えていたことがわかったあの事件。 まぁ起こった事のスケールは異次元クラスの大きさだったが。 さすがにわかったさ。長門が何を考えていたかなんて。 だが俺はこの変な日常が崩れてしまう事を恐れていた。だから気付かないふりをしていた。 わざと長門に気のないふりまでした。 とんでもないチキン野郎だぜ。 沈黙。 「そっか」 ハルヒは小さくつぶやいた。 スマン、ハルヒ。あの世界の内容は俺と長門だけの秘密だ。 「そろそろ有希が来るわ。10分だけ時間もらったの。最後にあたしからお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「一発殴らせろ!!!」 いきなり強烈なビンタが俺の左頬に炸裂した! 痛ってぇ!!! 俺は怪我人だ! しかも頭打ってるだろ! ちょっとは遠慮しろ!! 「あんたの事好きだったんだから! 馬鹿! 鈍感! いつだってあんたのこと想ってた! そりゃはっきりしなかったあたしも悪いけどさ、思わせぶりな態度とらないでよ! のらりくらりとしてたくせに、たまに意識させるようなことしたりさ!」 え 俺の事が? ま、まて、正直戸惑うぞ。 マジか、マジなのか!? 確かにそんな素振りを感じたことがある。いやしかし、お前は恋愛感情なんて気の迷い的な事を… 大体好きなら好きでもうちょっとだな、 「あたしの心の痛みを少しでも、。ぷ、ぷぷ」 涙声での衝撃の告白と罵倒が途中で止まった。なぜ笑う? 「ぷぷ、ぶぁっはっはっは!!!!!!!!! なにあんたの頬!! 見事な紅葉よ! あははっっ!! わ、我ながら完璧すぎるわ!!! ひぃぃ!!」 ベッドの端をばしばし叩きながら爆笑するハルヒ。さっきまでの雰囲気は吹っ飛んでいる。 それでこそハルヒだ。 ところで鏡をかしてくれ。俺はどうなっている? だんだん頬が熱くなってきたぞ。いや感覚がなくなってきた……。 控え目なノックの後静かにドアが開く。 「いい?」 長門が顔を覗かす。 「いいわよ! 早くこっちに来なさい!」 ハルヒが元気な事を訝しがっている。それとも俺が横目で対応しているからか? 部屋に入って、俺の顔全体が目に入り、 「!!!」 「サイコーでしょ!! こんな完璧な紅葉、あたしの数々の傑作作品の中でも格別よ! ほら、早く写メ撮って…… あれ?」 長門は目をまんまるにして固まっていた。驚いて固まって車に撥ねられるのって猫だったっけな? 「いやぁ、殴られちまって……」 ともかくこの場を何とかしたいと思い長門に微笑む。と、 「ぶっ」 慌てて長門が両手で口をおさえながら後ろを振り向きしゃがみこんだ。 全身がぷるぷる震えて時々ぷっ、だの、くくっ、だの声が漏れる。 「あっはっはっは!! なんちゅー顔よそれ!! 有希を笑わせるなんてよっぽどよ! キョン笑うな! いや笑え! 写メに撮ってみんなに送信するわ!!」 なんだか俺の顔は凄いことになっているらしい。第一、とっくに頬の感覚がない。 「こら! 苦笑じゃない! ちゃんと笑って! そうじゃない、もっと自然に笑いなさい!」 まあかまわない。俺と長門、ハルヒの間に流れる気まずい雰囲気が変わるなら大歓迎だ。 「そう、それ! いい笑顔ねキョン!」 一瞬復活しかけた長門が俺を見てまた撃沈した。 冷たいペットボトルをもらい、頬を冷やすことでなんとか腫れは引いてきた。 そろそろ面会時間も終わるし、うちの親も戻ってくる頃だ。 ハルヒが長門に目くばせする。こくこくとうなずく長門。 長門は立ち上がり俺の横まで来た。 そして 「あなたに聞いて欲しい事がある」 今までのオロオロした長門ではない。どうした? 「わたしはあなたが好き。大好き。付き合ってください」 そういうことだったのか。 もちろん答えは決まっている。 「ああ。ありがとう。俺もお前が好きだ」 え、え、という喜んでいいか迷う表情。そうか、ちゃんと言ってやらんとな。 「OKだ。長門、付き合おう。俺たちは恋人同士だ」 両手を口元に持っていって固まる長門。お前も女の子らしい仕草をするんだな。 目元が潤みだしている。 「よかったじゃない、有希、よかったじゃない」 そう言うハルヒも泣いている。すまん。 「キョン、有希を大切にしなさいよ! ちょっとでも有希にひどいことしたらあたしが100倍返ししてやるんだから! これからずっと有希に確認するからね! 覚悟しなさい!!」 これだけ言い放つとハルヒは長門にがしっと抱きつき泣き出した。 つられて長門がまた泣きだしハルヒと抱き合う。これが女の友情なのか? 若干置いていかれ気味でちょっと困っているところに来たノックは救いの神かと思ったね。 「あの~」 朝比奈さん、助かります。 「キョンくん、女の子を泣かせちゃいけません!」 ち、違います!! 「キョンくんは女の子の気持ちを弄ぶ天才ですからね。涼宮さんと長門さんをどれだけ苦しめてきたか知ってますか?」 そう言う朝比奈さんもどんどん涙目になってきた。 え、えっと。これは 「おや、これは修羅場ですね。退散したほうがよさそうだ」 って古泉、逃げんな!! こっちにこい。なんか勘違いしてるだろ! 「キョンく~ん、着替え持ってきたよ~」 両親と妹が病室を覗いてくる。なんてタイミングで来るんだよ! あーもー知らね~。 日曜日は谷口や国木田、鶴屋さんも見舞いに来てくれた。 長門やハルヒ、朝比奈さんに古泉までまた来てくれたのは素直に嬉しかったが、 いきなりハルヒが俺と長門が付き合う事を発表するとは思わなかった。 おかげで谷口に首を絞められ、鶴屋さんにさんざん冷やかされることになった。 国木田は月曜朝一にクラスで宣伝してくれるそうだ。いやぁ、ありがたい。 また困ったことに長門が冷やかされることにまったく動じず、 かえってのろけるような様子だったため一同はさらにヒートアップ。 ……長門、お前は相当感情を抑えていたんだな。 検査や治療でまとまった空き時間がなく、あまり皆としゃべることができなかった。 特に鶴屋さんが持って来てくれたロールケーキを結局食いそびれたのは残念至極だ。 確かにみんなで食ってくれ、とは言ったが全部食われるとはな。 事実を知った時長門がそっぽを向いていたから犯人はわかったが。 小食になったんじゃないのか? デザートは別腹なのか? そして。 ずっと寝ていたのとこれから起きる現象について思う所があったため、 俺は深夜というより明け方に近いこの時間に起きていた。 そして病室のドアがゆっくりと開くのを当然のように眺めている。 「よく入ってこれたな」 長門、情報操作の能力がなくてもやっぱりお前はお前だな。 「……実は見つかった」 へ? 「ただ、それが機関の森さんだったからここまで通してくれた」 俺があっけにとられていたら、さらに長門が追加情報をくれた。 「看護婦さんの格好をしていた」 機関っていったい…… 「元に戻る瞬間をあなたと迎えたい」 ああ、せめてその時間は起きていようと俺も思っていたところだ。 まもなくこの眼鏡長門ともお別れだ。 「色々あったな。大変だったがお前の意外な面がいっぱい見れて楽しかったぞ」 長門が顔赤くし横を向く。 こんな光景をもう見ることはもうないんだろう。 「いろいろとお世話になった。ありがとう」 無言。 こういう時、何を語るべきなんだろうか。俺も長門も何をしゃべるか話題を探している。 そうこうしている間に、 「時間」 長門が天を仰ぎ見る。 そして姿勢を正し、俺を見る。 「おかえり」 「……ただいま」 長門が眼鏡をとる。元に戻った合図かもしれない。 「あなたには多大な迷惑をかけた。謝罪する」 「いや、かまわない。それより聞きたいことがいっぱいある」 「わたしもあなたに聞いてもらいたいことがある」 帰ってきた長門は淡々と語る。 「もうわかっているかもしれない。わたしの性格について」 「ああ。前の変わってしまった世界やこの10日間の方が素のお前なんだろ」 「そう。あの弱弱しいのが本当のわたし。改変時は自分の記憶や行動原理まで改変してしまったため この10日間の方がわたしの本当の素性に近い。 通常時のわたしは情報操作で各種身体能力を強化すると同時に精神面でも補正をかけている」 確かに口調もいつもと違ってたし、若干いらない事までしゃべったりとグダグダだったな。 おそらく情報操作でガチガチに固め、揺らぎが出ないようにしていたんだろう。 無愛想無関心無感動にしなければいけなかった程、素の自分に自信が無かった。 「意志薄弱で臆病者。怖がりで、すぐにうろたえてしまう。近眼だし運動能力も劣っている。 頭脳については一般以上だがあなたほどではない」 「おいおい、お前が俺よりアホなはずはないだろ」 「あなたは自分の能力を過小評価し過ぎている。それと努力が足りないだけ。 それに比べわたしは情報操作のハリボテ。中身が伴っていない。 その証拠に片付けすら満足にできずあなたに当たってしまった」 唐突にあの世界の朝倉の言葉が脳裏に蘇る。 『ああ見えて長門さんは精神のモロい娘だから』 『あなたを脅かす物はわたしが排除する』 朝倉は任務上のバックアップだけでなく、素の長門本人の世話をしていたのだろう。 10日前、長門の部屋に喜緑さんがいたのも長門の素性を知っていたからに違いない。 いきなりパニックになるのは想定外だったもしれないが。 「嫌いになった?」 なんでだ? 「今までわたしは偽っていた」 …………で? 「あなたに嘘をついていた」 どうも長門は罪悪感でいっぱいらしい。 「かまわないさ。情報操作で自分を作り上げた長門も、力が無くなってオロオロする長門もみんな長門、お前だ。 俺はみんなひっくるめてお前が好きだ。俺の長門だ」 「……ありがとう」 すこし照れた様子、といっても口元が緩んだ程度、だったが、急に表情を引き締め、覚悟を決めたように話を切り出した。 「わたしに関わった人物の、この10日間の記憶を操作しようと考えている」 「な!?」 「周囲にインパクトを与えすぎた。今後の活動に支障が出る恐れがある」 「お前の親玉の指示か?」 「違う。情報統合思念体はこの10日間の出来事を認知することはできない」 ん? 時間も超越していなかったか? 「この10日間は食のためこの惑星の出来事に関知することはできない。 たとえ時間軸をずらしてもこの10日間にはアクセスできない。 情報統合思念体が感知できるのはこの10日間が終わり、『歴史』として伝わる部分のみ。 『起きてしまった事』として扱うしかない」 お前の親玉も弱点はあるんだなあ。 ん? 「おい、前にお前が世界を改編したときはお前を処分しようとしてたじゃないか。 あれも『起きてしまった事』じゃないのか? ちゃんと戻したんだから処分までいらなかったんじゃ?」 「それは………禁則事項」 またごまかされたな。 「それとお前はズルい事を考えていないか?」 「……よく意味がわからない」 何のこと? とごく僅かに目元が緩み、瞳の力が和らぐ。うむ、俺の長門感情解析力は劣っていないな。 「自分が起こした騒動をなかったことにしようとしていないか?」 一瞬間が空き、眼鏡の無い長門がみるみる赤面していく。これは俺に素の自分を見せてくれているのか? 「………違う、その意図はない。確かに恥ずかしい事も起こした。 ただ今回の行動は今までのわたしとあまりにかけ離れた行動ゆえ 記憶の操作を行わないと今後の活動に支障が生じる可能性がある」 「人間なんだ。みんな失敗する、ドジをする。俺なんかもよく失敗するし、朝比奈さんはドジの塊だ。 まあこれはハルヒの望みのせいもあるだろうが。そのハルヒも結構取りこぼしが多いだろ? 古泉だって意外と不器用だ。あいつの字を見たか? ひどいもんだ。 谷口、はいつもか、国木田や鶴屋さんだってヘボい所あるだろ? ってあったか? ともかくそんな中お前ひとりが完璧超人だ。ズルくないか?」 長門は無言のまま床を見つめている。 「6組でもお前の周りに人が増えたろ? 色々と手伝ってくれたろ? みんなお前の違った一面が見れて嬉しかったんだ。お前と仲良くしたかったんだ。 アホの谷口は見る目がなかったと悔しがっていたぞ」 そして一番の懸念を長門にぶつける。 「長門、まさかお前が告白して、恋人として付き合うことにしたことも無いことにしようとしてるんじゃないだろうな」 「あなたは涼宮ハルヒの鍵。わたしは涼宮ハルヒの観測者。それだけ」 「本気で言っているのか?」 無言。 「あの時お前は勇気を振り絞って告白してくれたよな。ハルヒも泣きながら祝福してくれたよな。 鶴屋さんに冷やかされたり、国木田がクラスで言いふらすと言った時、 実はまんざらでもないことを見透かされてハルヒに呆れられたことも無かったことにするのか」 無言。 「本気なら今すぐ出て行ってくれ。情報操作でも何でもするといい。その代り俺のお前に関する……」 全部は言えなかった。長門が震えながら嗚咽を殺していたからだ。 「すまん」 「嫌。……あなたと………ずっと一緒にいたい」 泣き声をこらえ、絞り出すようにこたえる。 自分と世界を変えてしまった時の長門ではなく、 力を失った状態の長門ではなく、 クールでクレバーで完璧なはずの長門が歯を食いしばり大粒の涙をぼろぼろこぼしている。 「ああ、ずっと一緒にいよう」 長門が俺に抱きつき泣き出した。胸が涙で濡れる。 実のところ脱臼の部分が抱きしめられて思わず叫びそうになったがなんとか堪えきった。 長門の心の痛み、これまでの苦悩に比べるとこんなもの大したことではない。 長門が泣いていたのは5分程度だった。あとは俺に抱きつき顔をうずめゴロゴロしている。 時々「んふ」とか聞こえるのがたまらなくいとおしい。どうにかなってしまいそうだ。 なんか世間一般でラブラブ物が常に流行っている理由がよく分かる。 「おい、長門?」 「ん」 「……長門さん?」 「ん~」 ヤバい! 俺の理性が残っている間に何とかしないと! 長門の気をそらせるために何か違う話題は、と少し疑問に思っていた事を聞いてみる。 「なぁ、長門。お前は体調不良でも学校や探索に行きたがったよな。 危険を避けるためにも休む方が得策だと思ったんだが」 長門が顔をあげる。顔が近い。か、かわいいぞ。その、『彼女』『恋人』的なひいき目抜きでかわいい。 そのかわいい顔が赤くなり一言、 「……あなたに会いたかったから」 そのまま自然に長門の顔に近づく。 長門の目が閉じる。俺も。長門の吐息を感じる。 「よろしいですか?」 「「!!!!」」 長門が跳ね起きる。ぐぁ!! 脱臼の肩に響くぅう!!! 「森さん!」 「お楽しみ中、申し訳ありません。そろそろ朝なんで長門さんはお帰りになられた方がよろしいかと」 お楽しみってそんな誤解を受けるような言い方しないでください。……誤解じゃないかもしれませんが。 「……ノックして入って欲しい」 「しましたが返事がなかったので、失礼かと思いましたが入らさせていただきました」 ……本当に? 聞こえなかった。まあ長門が聞こえていないんだから仕方ないか。 「あと今日は月曜日ですよ。学校があるのでは?」 「! あとで来る!」 げ、文字通り姿を消した! 「あの、森さん……」 「……今朝、長門さんはここには来ていませんよ。何も知りません。 特に急に姿が消えたなんてことは絶対ありえません!」 さすがの森さんも度肝を抜かれたようだ。 「大丈夫です。安心して付き合ってください」 月曜日の昼食直後に来た面会者は朝比奈さん(大)だった。 「涼宮さんが納得する失恋であれば良かったんです。むしろそのほうが涼宮さんが精神的に成長しますし。 当然恋愛成就が一番かも知れませんが、失敗の無い人生経験というのもそれなりに危険が伴いますし」 教師風のコスプレ?となっているため学校関係者として自然に面会に来れたらしい。 「若干長門さんに依存気味な失恋で、しばらく引きづるかもしれませんがそこはソフトランディングということで。 ちなみにこの時代の涼宮さんは長門さんか、あの頃のわたし以外がキョンくんと付き合っていたら 納得しなかったと考えられています。たとえ鶴屋さんでもアウトでした」 となると危ない橋を渡っていたんですかね。 「んー、そこまでは。3択問題におまけのギャグの答えがあってそれ以外は正解ってやつかな」 お笑い芸人的にはギャグの答えで正解なんだろうが。 「そのあたりはお友達にお任せするとして」 谷口…… 「でもホントのところは」 朝比奈さん(大)は真顔になる。 「キョンくんはキョンくんの人生を歩いてくれればいいです。 当然、涼宮さんには涼宮さんの、長門さん、古泉くんも。 確かに我々や機関、情報統合思念体それぞれ考えているところはありますが、 個人的には無視しちゃってもいいと思っています。当事者の当然の権利です。あ、これはオフレコですよ」 それって 「時間です。じゃ、キョンくんまたね。またねの意味、わかるよね?」 え、ちょっと!? 止める間もなく朝比奈さん(大)は病室を出ていった。ううむ、まだなんかあるわけですね……。 朝比奈さん(大)が消えて1時間後、今度は喜緑さんが見舞いにやってきた。 「今回は本当にありがとうございました。こんなに大騒ぎになるとは予測していませんでした。 特にあなたを入院させる結果になって。本当にごめんなさい」 いえ、結果的に俺にもいい感じになったんで。 「本当にすいません。長門さんの動きが想定以上にぶれまして……」 時空を超えている存在の情報統合思念体でもわからないことがあるのか。 前の改変でわかったんじゃないのか? 長門に暴走癖?があるのを。 「実は有希ちゃんがあなたを好きになってから様子がおかしかったんです。 もともと無口なほうでしたが、極端に感情を表さなくなって。 任務とあなたへの感情とのせめぎ合いでどうしていいかわからなくなったようで」 あの性格の半分は俺が原因だったのか。 「涼宮さんのほうも今回いろいろな行動パターンを出してくれて観測側としては大助かりです。 惜しむらくは情報統合思念体が食だったためリアルタイムで観測できなかったことですね。 ここだけの話ですが有希ちゃんは情報統合思念体にかるく嫌味を言われています。 『何故今回のタイミングだったのか』と。有希ちゃん的にも今回は棚ぼたな感じだったんですけどね」 ははは。当事者の片割れだけに笑ってごまかすしかない。 ええと、そう言えば 「あの、喜緑さん。長門が体育で倒れたとき、学校を休めと言ったのになかなか納得しないと気がありましたよね。 あの時どうやって長門を説得したんですか?」 「あれですか」 喜緑さんは微苦笑を浮かべた。 「『休んだらキョンくんが見舞いに来てくれますよ』って言ったんです」 ……そ、そうでしたか。 「実はあの日有希ちゃんは大泣きして大変だったんですよ。 あなたに嫌われてないか心配しちゃって。でも怖いから直接電話出来なくてわたしが電話しました。 長門さんはかわりに謝ってもらえると勘違いしていましたが」 そんな事があったんですか。 「直接あなたに謝る事が出来て結果良かった、と言っています。何事も経験ですね」 さて、と喜緑さんは立ち上がる。 「そろそろ有希ちゃんや涼宮さんたちが来るころ合いです。鉢合わせしないようにわたしは帰ります」 ありがとうございます。ところで今日の授業はどうされたんですか? 「生徒会の用事で抜けていることになっています。 ……生徒会だからって授業を抜ける理由にはならないんですが先生方までそれを信じちゃうんですから 肩書きって面白いですね」 えっと、それって情報操作ですよね? 「ふふふ」 やっぱ喜緑さん、あなた怖いです……。 「では長門さんをこれからもよろしくお願いしますね。泣かせたら許しませんよ」 え、ええ絶対。 ……ハルヒにも同じこと言われましたが迫力が違いすぎます。 「涼宮さんにとって今までのあなたは気になる存在、恋人候補、片思いの相手という感じだったというか、 まぁそんな存在でした」 ああ、どうやらそうだったらしいな。 「そうだったんですよ。どれだけイライラさせられたか」 すまん。 古泉はトランプをシャッフルしながら俺を責める。 「今ではそうですね、親友である長門さんの彼氏といったところでしょうか。つまりは付属品。 でなければ失恋相手と平然と付き合ってられるはずがありません。 ……冗談ですよ。でも長門さんの存在があることによって精神の安定を図っている部分はあるはずです」 放課後の文芸部部室、長門とハルヒは掃除当番でまだ来ていない。 あれ以来長門は掃除のクジの細工を止め、きちんと役割を果たしている。 朝比奈さんは、はて? 進路相談か何かなんだろうか? 「長門さんを冷やかして楽しんでいるんですよ。涼宮さんが次々と白状させています。 この前はひとつのソーダにストロー2本入れて飲んだらしいですね。どこの昭和ですか?」 く、長門を口止めしなければ。 「まぁ長門さんも実は誰かに聞いてもらいたかった節もあるようですが。 朝比奈さんが長門さんののろけがすごいと言ってましたよ。あの朝比奈さんを呆れさせるとは」 やっぱ自重させるべきだな。つーか長門がのろける姿が全く想像できん。 それ以外にも若干お花畑があふれ出た長門には少々落ち着いて欲しいところはある。 一番参ったのは昼飯だ。長門が弁当を持って来てくれるようになったのは素直に嬉しかったが、 問題は 「あーん」 長門よ、腕はもう治ったからもう一人で食べれるぞ。 ちなみに長門が『帰ってきた』日の放課後に治療用ナノマシンを俺に注入した。 不審に思われない程度に回復を早め、かつ後遺症を完全に防ぐ優れものだ。 なので『驚異的な早さ』で怪我は治ったのだが。 「あーん」 「……あーん」 「おいしい?」 「……ああ」 どよめく周囲。マンガ過ぎる素敵光景だ。 部室で食べるとハルヒと鶴屋さんの攻撃がすさまじく、校庭だと5、6組以外の生徒まで集まってくる。 結局クラスで5、6組の連中に囲まれて食べるのが相対的に一番マシという状況となっている。 長門に一度やめてくれといったら物凄く悲しげな表情になって以来、長門の言いなりになっている。 世の男はこうやって女の尻に敷かれるようになるんだなぁ。納得。 なお、6組では長門が俺を意識していたことは公然の秘密だったらしい。 それがハルヒと6組女子の対立原因だったようだ。 他にも長門にやられっぱなしだが、ひとつだけ勝利したことがある。 長門が「有希」と呼んで欲しい、と言った時だ。 じゃあ俺の事も下の名前で呼ぶべきだ、せめて「キョン」って呼べ、と言ったら顔を真っ赤にして口をパクパクさせた挙句 「今の話は忘れて」 と顔をそむけた。……これって勝利なのか? 以来、いまだに俺は長門を「長門」と呼びかけるし、長門は俺のことは「あなた」と呼んでいる。 長門いわく非常に照れくさいらしい。 「あなた」の方が恥ずかしくないのか? 「ともかく、乱暴な言い方をすれば我々としては涼宮さんが安定していればかまわないんで」 古泉が肩をすくめる。 「我々ねぇ。お前はどうなんだ?」 「僕ですか?」 「お前のターンじゃないのか?」 「……僕のターンですか?」 「しらばっくれんじゃねぇよ。お前、ハルヒが好きなんだろ?」 直球を受けてニヤケ顔のまんま固まりやがった。ごまかして逃げようとしてもそうはいかねぇぞ。 「………………いつから?」 「結構前からだ。夏合宿あたりか?」 本当に知ったのは長門が変えた世界とは言えない。 「やれやれ、表に現れないようにしていたつもりなんですが」 苦笑まじりに肩をすくめる。こいつまだ余裕があるな。 「長門に頼んでみるか? あいつは今幸せのおすそ分けをしてやりたい最中だ」 「遠慮します」 「試しにどうだ、ハルヒの耳元で『あいらーびゅー』ってささやくってのは?」 「や、やめてください!!」 「涼宮ハルヒはわたしたちの関係をうらやんでいる」 おお長門、来たか。あと一歩で古泉の化けの皮が剥がれるかも知れんぞ。 「わたしが伝言を伝えてもかまわない。今なら成功率が高い」 今では俺の横が長門の定位置となっていて、必ず体のどこか一部が当たる様にくっついてくる。 まるで猫だ。 古泉は集中力が乱れてゲームに勝てない、とほざいていたが元々弱かっただろ。 「な、長門さん、なんで僕が涼宮さんに告白すると決めつけてるんですか!」 長門がほんの数ミリ首をかしげる。 「違う?」 「違わなくはないさ」 「違います!」 「何が違うの?」 よう、ハルヒ。 古泉が慌てる姿も面白いもんだ。 「どうしたの古泉くん?」 「い、いえ、何でもないですよ!?」 ハルヒは不思議そうに古泉を見ていたがその視線が俺に向き、 「キョ~ン~、あんたまた図書館デートだって? いい加減デートらしいところへ連れてってあげなさいよ」 古泉をもっと攻撃しろよ。あとちょっとだったんだぞ。 「いくら有希が図書館がいいって言ってもそこはあんたが強引にセッティングしなきゃ!」 へいへい。ならハルヒのお勧めを教えてくれよ。 「なんでよ。大体あたしがデートスポットなんてわかるわけないじゃない」 「んじゃ古泉、いい所ないか?」 「なんで僕に聞くんですか!?」 「お前なら下見済みとかあるんじゃないかと」 「え、古泉くん下見とかしてんの!?」 よし、ハルヒが食いついた。 長門も目を輝かせながら古泉を見る。 「し、していませんよ!!」 「遅くなりました~ あれ? どうしたんですか?」 ああ、朝比奈さん。古泉にお勧めデートスポットを聞こうとしてるんですよ。 「デートと言えば長門さん、そろそろどうですか?」 「待って、まだ自信がない」 「なんだ長門?」 「長門さんは料理の練習をしているんですよ。キョンくんのために」 「くぁ~~ッッ!! 有希、やるわねっ! くー!」 ハルヒ、なんつう興奮の仕方だよ。 「わかった。今度の土曜日、晩ご飯を食べに来て」 「あ~~! 熱い!熱いわ! なんか腹立つ!」 なんか谷口に似てきたな。 「みくるちゃん! 対抗してあたし達だけで遊びましょ!! 古泉くんもよ!」 お、古泉、よかったな。ハルヒと一緒だぞ。 「鶴屋さんも、そうねアホの谷口と国木田も呼んで、ボウリングでも行きましょ!!」 へいへい、球投げでも穴掘りにでも行ってくれ。俺は長門にごちそうになるから。 「きー!!」 本当にハルヒは俺と長門をうらやんでるみたいだ。古泉、チャンスだ。いっとけ。 土曜日の夕方、約束通り長門は俺を食事に誘ってくれた。 「食べてみて」 これは。 「情報操作を一切使用していないから自信がない。一応おいしく出来たつもり」 テーブルに乗るメニューは唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯。 「一般的な家庭料理というものがよくわからないので、あなたの家でごちそうになったものを参考にした」 若干不安そうな長門。 そうか、そうだよな。お前は『家庭』というものをよく知らないんだよな。 いつもお前は一人で飯を食って、一人で寝て、起きて 「駄目?」 悲しげな表情で俺の顔を伺ってきた。 「手際が悪くて少し揚げすぎた。サバも焦げてしまった」 ち、違うぞ長門!! お前に想いを馳せていたらちょっと泣けてきただけだ! 「?」 急いで唐揚げを一つ口に放り込む。 あちっ!!!! 「大丈夫!?」 あ、ああ。大丈夫だ。 「つーかうまいぞ、うん、うまい。すごいな、長門」 実際お世辞抜きで程よく味が染みてうまい。 「朝比奈みくるに教わった。まだ唐揚げと味噌汁以外につくれない。これから色々教えてもらうつもり」 そうだ、そうなんだ。 「お前は一人じゃないんだ。俺がいる。それにハルヒや朝比奈さん、古泉がいる。 色々知らないことがあったら俺やみんなを頼ってくれ。……俺が長門に頼ることの方が多くなりそうだが」 ひとりで何でも抱え込む長門、お前が正直心配だった。孤独じゃないか、と。 実際孤独だったじゃないか。家庭料理も知らなかった。 長門を抱きしめていた。 「…………?」 俺の目が何故潤んでいるのかがよくわかっていない様子。 当たり前だ。俺が一人で感極まっていただけなんだからな。 顔が近い。やっぱりここは 長門家の電話がいきなり鳴る。 思わず跳ねた。長門があわてて電話に出る。 たぶん長門もびっくりして跳ねていたはずだが、 本人は急いで電話を取りに行ったためそう見えた、と言い張るに違いない。 結構プライドが高いからな。 『やっほー有希!!』 なんちゅうタイミングだ。 ハルヒめ、見ていたのか? 『そこにキョンもいるのね!?』 しかも馬鹿でかい声、俺まで聞こえてくる。 『やっぱ有希やキョンがいないとつまんないわ。今からあんたんちに遊びに行くわっ!! 心配しないで! 食料は持ってくから! じゃ!』 呆然と受話器を見つめる長門。ハルヒは誰にでもおんなじ調子で集合をかけていたのがよくわかる。 「ハルヒがくると聞こえたが大丈夫なのか?」 「あまり……」 「わかった。一緒に片付けよう」 すこし長門が慌てる。 「いい。わたしが片付ける」 「言ったろ、長門。お前は一人じゃないんだ。俺がいる。これからも二人だ。 もし足りなかったらハルヒ達を使ってやれ。お前は一人じゃない。みんながいるんだ」 長門はなおも食い下がろうとしていたが。 「わかった。これからもあなたに迷惑をかける。よろしくお願いします」 今度は長門から抱きついてきた。 ああ、これからも一緒だ。長門、 長門家のインターフォンがいきなり鳴る。 確実に長門の機嫌は悪くなっていた。「無粋」とつぶやいていたからな。 「よし、みんな来たな。お前は一人じゃない。みんなに台所の片付けをお願いしよう」 ニヤリと笑って長門にウィンクする。 一瞬、瞬きをした長門は、ニコリとほほ笑み返した。 「お願いする」 長門有希の素顔 完
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「『食』がおきる」 へ? 「『食』」 ………。 「長門さん、困っていますよ。ちゃんと説明しないと」 「……『蝕』のこと」 「『しょく』? 一体どういう字を書くんだ?」 「『食』とは天体が別の天体に見かけ上重なり、相対的に奥となる天体が見えなくなる現象。 見かけ上重なる原因は観測地点となる場所が惑星などそれ自身が動いているために起きる場合と……」 「長門さん……。簡単にいうと日食や月食ですね。」 ああ、やっとわかりましたよ喜緑さん。これでも長門の言いたいことは誰よりもわかっているつもりですが お仲間にはかないませんよ。 「いいたいことはわかりました。で?」 食がおきたらどうなんだ? 「『食』がおきる事によってわたしたちの能力が制限される。」 ??? 「長門さん、あなたが説明する、いつも通りだから大丈夫っていうから任せたのにそれじゃ伝わりませんよ。 まさかいつもそんな説明なんですか?」 「……まだ説明の途中。途中で止めるべきではない」 「………いいでしょう。続けてください」 ……えっと。 3点リーダーが充満する長門の部屋。 金曜の放課後、ハルヒの 「いい、キョン! 明日の集合に遅れたらおごり以外に罰金よ!」 という既定事項通りだとさらに金欠になる事が決定した命令をうけ帰宅の途について数分後、長門が目の前に現れた。 先回りか? ワープでもしたかもしれん。長門なら何でもありだ。 「話がある。家まで来て欲しい」 俺が長門の頼みを断ることがあるだろうか、いやない。ただ直接口頭で伝えられるとは意外ではある。 そこで冒頭の会話となるわけだ。 「この銀河を統括する情報統合思念体からのアクセスが食によって妨げられる。そのため情報操作能力がなくなる」 なんだ? 太陽電池か何かか? 「だいたいその認識で合っている。正確には様々な条件が重なった結果」 「宇宙パワー無しか……ってことは何かあった時まずいんじゃないか?」 「まずい。ただ現在最も危険視される天蓋領域も同時に食に入るため最悪の事態は避けられると思われる」 ふむ、となると 「問題は涼宮ハルヒ。彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。また機嫌がよくなりすぎて暴走させてもならない」 「長門さんの場合それだけじゃないんです」 「まだあるんですか?」 「喜緑江美里、それは今回言わないことに………」 「長門さんは黙って。というか長門さんが問題なんでしょ?」 ? 「我々が人間界で生活する上でも情報操作は便利な力です。」 「勉強しなくても成績が上位だとかスポーツでも優秀だとか?」 「それもあるんですが、長門さんは 「喜緑江美里、それ以上は」 長門さん、黙って」 いつもと違って何故かあせっている様子の長門。 恐ろしく貴重な風景だ。 「長門さんは少しばかり人間生活をさぼって 「やめて」 いーえやめません! いい機会です。彼に全部聞いてもらいましょう」 おいおい、長門がオロオロし始めたぞ。 「困る。言わないでほしい」 「あのー、一体……」 「長門さんは日常生活でも情報処理を多用しているんです。例えば彼女がトイレに行ったのを目撃したことありますか?」 なっ! ってあるような? つーか意識しとらん。 「つくられた存在とは言え私たちも人間ベースの有機生命体ですからトイレは必要です。 ただ長門さんは情報操作で極端に回数を減らしています」 「なぜトイレの話からするのか理解できない。他にも汗やくしゃみなど例があるはず」 焦った様子の長門。おいおい、一体どうなってるんだ? 普段のポーカーフェースはどうした。 内容が内容だけに恥ずかしいのはわかるが。 「他にも色々。睡眠時間を圧縮させて読書の時間に充てたり、教室の掃除をしなくて済むようにくじを操作したり 家の掃除は空間を操作して済ませていますね。」 なんとまあ。正直うらやましい話だな。やっぱり教室掃除はしていなかったのか。 「私たちは涼宮ハルヒの観測のためにあらゆる妨害を排除する必要があります。 涼宮さんに降りかかる厄介事はもちろんですが、私たちに降りかかる厄介事も排除する必要があります。 例えば涼宮さんや私たちがいじめにあうような事や、 痴漢暴漢犯罪者の類が近づかないように情報操作を行う許可を得ています。 ところが……はぁ」 喜緑さんは長門を見て溜息をつく。小さくなる長門。 自分のためだけに情報操作を行うのはあまり推奨されない行為なのか? 「もちろん全くダメってわけじゃないですし、多少、いえ滅多な事で罰は受けたりしません。 涼宮さんに何も影響を与えないのなら総理大臣や世界皇帝になってもいいんです」 ハルヒの力を奪い、世界を一変させ、親玉さえ消し去った長門が無事存在していられるんだから 情報思念体とは太っ腹だと思っていたんだが。一応ルールはあるんだな。 ん? あれは思いっきりハルヒに影響を与えていたんじゃないか? 「あれはあれで。まあいいじゃないですか」 なんかごまかされたぞ。 「とにかく、長門さんは普段情報操作を使い過ぎているんです。 だから今回のように10日間も情報操作が使えないのは非常に困るんです。」 「10日間もですか!?」 「あ、言ってませんでしたね。今日の19時0分42秒2……適当でいいですよね。 今日の7時過ぎから10日後の月曜日午前5時まで食に入ります。」 「あと10分ですか」 「ええ。長門さん、ほら」 かすかにモジモジしながら長門が俺を見る。う、ちょっと可愛いかもしれん。 「……………………お願いします」 「……お願いされました。何を?」 「んもう! 長門さん! ちゃんと言いなさい!」 古泉は喜緑さんは長門のお目付け役だといっていたがこれを見る限りお姉さんだな。 「………サポートを依頼したい。これから10日間、面倒かける。お願いします」 最後だけ敬語か。いやかまわん。 「いつも長門には世話になりっぱなしだからな。それくらい任せてくれ」 「感謝する」 「だからといって長門さん、全部頼っちゃ駄目ですよ」 「努力する」 この時俺は後の大騒動に発展するとは思いもよらなかった。 「間もなく時間」 「用意はいいですか?」 こくん、とうなづく長門。そして 「来た」 7時0分42秒が過ぎたらしい。一見長門と喜緑さんに変化は……ん? 長門の表情がどう見ても不安そうだ。そう、まるであの時の…… 「長門さん?」 「だ、大丈夫。問題ない」 喜緑さんも不安そうな顔だがこれは長門を見ての反応のようだ。 「本当に大丈夫なのか、長門? 顔色悪いぞ」 「へいき。不安なだけ。本当に平気。じきに慣れる。大丈夫」 声が裏返ってなかったか? 「本当に大丈夫。大丈夫! だいじょうぶ!! だいじょうぶ!!!!」 「有希ちゃん! 落ち着いて! 安心して!」 おい! 全然大丈夫じゃないだろ!! 初めて聞く長門の大声、震えだし、目や首をきょろきょろさせ、縮こまりだした。長門落ち着け! 慌てて喜緑さんが長門に抱きつく。長門は喜緑さんにしがみついてガタガタ震えている。 「申し訳ありません、お茶を用意していただけますか」 俺はあわてて台所に走った。 「落ち着いたか?」 「ありがとう。大丈夫」 今のお前の言葉には全く説得力がないんだが。 力を失っていきなりパニックに陥った長門が回復したのは2時間後。 その間お茶を淹れたり、ガタガタ震える長門に掛け布団をかぶせたり、長門の冷たくなった小さい手を握ったり、 母親からの帰宅が遅いとの怒りの電話に対応したりと大騒ぎとなった。 最後のがある意味一番大変だったな。 「申し訳ありません。いきなりこんなことになって」 恐縮する喜緑さん。いえ、あなたは悪くないですよ。 「しかし困ったな。長門、とりあえず明日は休め」 「駄目。涼宮ハルヒが不審がる」 布団の中から弱弱しい答えが返ってくる。 「いや、実際調子悪いだろ? お前が外でパニックになる方が心配だ」 もし探索の組み合わせが長門とハルヒだった場合……ハルヒがどう出るかでヤバいことになるんじゃないのか? 「もう平気。状況に慣れてきた」 その後も俺の意見を頑として受け入れず、長門は明日探索に参加することになった。 どう考えても不安なんだが長門の希望だ。それにハルヒは長門のことを大事に思っている。 おかしなことにはならないだろう。 「んじゃ帰るわ。喜緑さん、よろしくお願いします」 「本当にありがとうございます」 最後に喜緑さんと電話番号を交換し、確認をする。 「あの、このことは朝比奈さんと古泉に教えてもかまわないんでしょうか?」 「かまいません。というかもう知っているかも」 やっぱり。 「わたし達に情報操作能力がなくなったことを知って 彼らの機関や調査員がわたし達に危害を加えるかもしれませんから先に伝えています」 え? それって逆に相手に襲ってくださいって言っているようなもんじゃ? 「ええ。なので先手を打っています。もしわたし達の誰かが傷ついた場合食が明けた途端、 うふふ、これ以上は禁則事項です♪」 ……喜緑さんは優雅に口元に人差し指を当てた。朝比奈さんとは違う方向で色っぽいんだよなあ。 関係ないが喜緑さんは普段、長門の事を「有希ちゃん」って呼んでいるんだな。 二人の隠された親密度を垣間見てなんだかほんわりした。 帰宅すると母親からねぎらいの言葉をかけられた。喜緑さんが連絡をしてくれていたからだ。 貧血をおこした長門を介抱していたことになっているらしい。 さすが喜緑さん。と、同時に疑問が湧く。 俺の知っている宇宙人の仲間は3人。 長門、朝倉、喜緑さん。 最後に馬脚をあらわしたとはいえ、いやその本性も結局のところ人間らしかった朝倉。 おとなしいというよりおしとやかで、礼儀正しい喜緑さんはカマドウマの時のように演技もできる。 長門は? なぜ長門はあんな性格なんだろうか。 10分前にいつもの集合場所に着いた時、ハルヒの第一声は 「ええ!? あんたが最後じゃないって!?」 だった。 普段なら失礼な! と憤るところだが…… 動揺を見せないように出来るだけ自然に尋ねる。 「ん? 俺が最後じゃないのか? 誰が来ていない?」 見渡す。朝比奈さん、古泉 「有希がまだ来てないのよ」 不安そうにハルヒが辺りをうかがう。 「まだ時間にはなっていませんからね」 俺に意味ありげな視線を送りつつ古泉がこたえる。 「誰でも遅れることはありますよ」 「だけど有希に限ってそんなことありえる? あの有希よ?」 今回に限ってはありえるんだよ。 最初に見つけたのは朝比奈さんだった。 集合時間を5分過ぎ、ハルヒが携帯電話を取り出した時 「あ、長門さんじゃないかな?」 駅の中からトテトテと小柄なセーラー服の姿が走ってきた。 「有希!」 いつもの様子から想像もつかない、普段もあまり整っているとは言えない前髪は乱れ汗した額にへばりつき、 ぜぇぜぇはぁはぁと息を乱し肩で息する長門。……眼鏡!? 「どうしたのよ!?」 「はぁはぁ、ね、寝坊、ごめんあさい」 舌も回っていない。 「ちょ、ちょっと落ち着いて! 休憩しましょ!」 あわてていつもの喫茶店に入ることにする。 最初のお冷をおかわりし、2杯目を飲み干すことでやっと長門が落ち着いた。 「で、有希。本当にどうしたの?」 「寝坊。起きれなかった」 「夜遅くまで本でも読んでたの?」 「えっと、そう」 受け答えもぎこちないが息が整っていない感じでうまい具合にごまかされている。 そしてくじ引きは最初から予想された最悪の組み合わせとなった。 さすがハルヒ、不思議を呼び寄せる能力は半端ない。 いざ出発の段となって長門のパワーダウンぶりを見せつけられた。 「ルールはルール。わたしが払う………あ」 眼鏡をかけた表情が曇る。また『あの』長門を思い出してしまった。 「どうした長門?」 「財布を忘れた。パスケースを忘れて取りに帰ったから余計に遅くなったのに、財布も忘れていた……」 長門の顔がさらに曇る。まずい、またパニくるかもしれない。 「わかった俺が「あたしが立て替えといてあげる!」ってハルヒ!?」 「最後に来た人がおごるのがルールだから免除はナシよ。だけど財布忘れちゃったなら仕方ないじゃない。 今日の有希の支払いはお昼も含めて立て替えといたげるからね。いい?」 「いい。ありがとう」 心底ほっとした表情の長門。 ふぅ、なんとかこの場はしのげたな。 「んじゃあ、あたし達はこっちに行くから」 「おう。……長門、無理するなよ」 うなづく長門。ちょっとハルヒが俺を睨んでいたような気がするが。気がするだけだ、うん、気のせいだ。 「さて古泉、それと朝比奈さん、どこまで知ってますか?」 「とりあえず場所を変えませんか。ここではちょっと」 古泉の勧めで駅前から離れ別の喫茶店に移動する。そんなに飲物ばかりいらないんだが。 「我々は再来週の月曜日まで長門さんたちが力を使えない、その間TFEIに危害が加えられた場合 報復があるので手出しは厳禁、と聞いています。」 喜緑さんに聞いた通りの内容だ。 「未来からはこれから10日間、細心の注意を払うように、って指示が来ています。 あと長門さんたちを襲わないように強制コードがかかりました。 詳しくは禁則なんですが強制コードは強力すぎるため滅多なことでは発令されません」 いつぞやのお使いゲームの時はその『滅多』なことだったんですね。 古泉がいつも通りのさわやかスマイルで俺に問う。 「あなたはどうやって知ったんですか? 長門さん本人からですか?」 それ以外ないだろ。 「喜緑さんというラインもありますからね」 この野郎、見てたろ。2人から説明されたのを。 「いえ、考えられる可能性を言っただけなんですが。まさか両方とは思いませんでした」 ……こいつはスパイの口を割らせる側に就職すればいい。 いや俺が引っ掛かりやすいだけかもしれないな。 「昨日、力が使えなくなってからどうも長門が不安定なんだ。どうやら不安らしい」 パニックになったことは伏せておこう。 「だからこれからしばらく長門に気をつけてやってほしい」 「もちろんです。今まで長門さんに頼りっぱなしでしたからね。感謝と恩返しの意味でも力の限りフォローしますよ」 「あたしもです」 古泉が額に指を当てた考え込むポーズをとる。 「涼宮さんが何か勘づく可能性がありますね」 「そうですね。普段完璧な長門さんが遅刻していますから、涼宮さんの注意が行っているはずです。 あたしたちも長門さんと話をあわせとかなきゃいけませんね」 古泉がさらに何か言いかけた時、俺の携帯が鳴った。ハルヒから!? まだ別れて1時間も経っていないぞ。 『ちょっとキョン! すぐにきて! 川沿いの遊歩道! 前に映画撮ったとこ!』 それだけ言うとすぐ電話が切れた。 まさか長門が!? 不安がよぎる。 「有希がへばっちゃったのよ。そんなに歩いたつもりはなかったのに」 青い顔をした長門がハルヒに膝枕されている。 見えそうになるパンツはスカートの上にハルヒの上着が掛けられしっかりガード。 まあ隠すという用途以上に温めるために掛けられていそうだが。 「長門、体調がわるいんじゃないか? だから遅刻やら倒れたりしたんじゃ……」 「大丈夫、平気」 長門は俺の言外の帰って休めという意図をくみ取ることが出来ないようだ。 「今日はもう帰って寝た方がいいと思うんですけど。顔色悪いですよ。熱はありますか?」 朝比奈さんが長門の額に手をあてる。 「ないですね」 朝比奈さん、赤い顔ならわかりますが青い顔なら熱はなさそうなんですが……。 しかし朝比奈さんの優しさが伝わってくる光景です。 「キョン、有希のピンチに何で鼻の下伸ばしてんのよ!」 「いや、そんなんじゃ」 「大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶだから」 またヤバい兆候だ。出来るだけ刺激しないように長門を諭す。 「長門、じゃあこうしよう。取りあえず飯だ。休憩しよう。実は俺、腹が減ってきた。」 まだ11時だがな。 「そうですね、今の時間なら店も空いているでしょうし、いいタイミングかもしれません。涼宮さん、そうしませんか?」 ナイスだ古泉。 「そうね、そうしましょ。有希、行くわよ」 「だいじょ「団長命令よ」…わかった」 長門よ、お前が意外と強情なのは知っているが今日は意固地すぎるぞ。どうしたんだ。 普段の健啖ぶりは見られず、長門のランチは半分ほど残された。 「長門、やっぱり帰った方がいいと思うぞ」 「あたしもそう思います」 「大丈夫」 大丈夫が口癖になってるな。 「いいこと思いついたわ! 午後の活動は有希ん家で読書大会よ!」 「なに!?」 ハルヒがとんでもないことを言い出した。いや、意外といい考えかもしれん。 自宅ならもし長門の調子が悪くなっても寝るだけだから問題ない。 しかし 「こ、困る」 長門がオロオロし始めた。すがるような眼鏡越しの眼で俺を見る。 「ん、なんで? 片付いてないの?」 「そう。片付いてないから困る」 「そっか。寝坊して慌ててきたってことはぐちゃぐちゃね。片付けてあげよっか?」 「い、いらない」 「遠慮は無用よ?」 「いらない」 「そっか。んじゃ昼からの活動は映画鑑賞にしましょ」 『映画』という単語の響きだけで朝比奈さんがひぃ、と小さく叫ぶ。 「みくるちゃん、どんな映画がいい?」 気付けよ、ハルヒ。 「へぇえ、何でもいいですー」 朝比奈さんまでおかしくなってる。 解散後、すぐにハルヒに呼び止められた。 「今日の有希どうだった? 絶対普通じゃなかったわよ。」 さすがハルヒ、っていうかすぐ分かるな。 「ああ。体調というかなんだか調子悪そうだったな」 「どうしちゃったのかしら。大丈夫かなぁ? やっぱり一人暮らしだから? たまに手伝いに行った方がいいのかな? そうだ! 泊まり込みでってのも面白いかも!」 お前が遊びたいだけじゃないのか? 「わかった?」 嬉しそうに笑うハルヒ。すぐにまじめな顔に戻る。 「有希も寂しいんじゃないかな? 確かに静かなのが好きなんだろうけど。テレビも無いし。 だけど寂しく感じる瞬間もありそうじゃない」 否定しかけて思いとどまる。そう言えば前もそんな事を感じた気がする。 しばらく他愛のない雑談のあとハルヒは用事があるから、と帰っていった。 さて、俺も長門の家に行かないと。 長門の家の前で古泉と合流する。 「てっきり中にいるものだと思ってたが?」 「片付けが終わるまで待って欲しいと。涼宮さんはなんとおっしゃっていましたか?」 「長門の不調を心配している。体調不良だと思っているようだ」 「入って」 長門がドアを開け、俺たちを中に招き入れてくれる。そして和室を指し一言、 「こっちの部屋には入らないでほしい」 長門よ、余計な事は云わない方がいいと思うぞ。 「……うかつ」 長門は見た目上落ち着きを取り戻している。が普段の冷たさというか硬さが感じられない。 なんだか病み上がり感というか、……ふにゃっとしている感じがする。 「お茶をどうぞ」 一緒に片付けをしていたらしい朝比奈さんからお茶を頂く。ありがとうございます。やっと落ち着きましたよ。 「で、長門、どうなんだ? 遅刻とかは本当に体調不良じゃないなのか?」 「それは……」 赤面し言い淀む長門。う、ちょっとかわいい。 「遅刻は本当に寝坊。いつもは目覚まし時計は不要だが情報統合思念体の……」 そこで止まる。そうか、喜緑さんが言っていたのはこのことか。 「片付けをする暇もなかったんですよね」 「い、言わないで」 「あ、ごめんなさい」 慌てる長門の姿は本当に貴重だ。 あとは体力面だがこちらも情報統合思念体のアシストがなくなったたらしい。 「いきなり体力が下がっても体の使い方はすぐには変わりませんからね。 いつも電源アダプターをつないでいるノートパソコンが停電でバッテリーだけになったようなものですか」 古泉、お前はやっぱり解説係なんだな。 「学校は大丈夫か? 体育もだが登校の道のりもだ。結構長い坂道だぞ」 「それくらいなら何とかする」 「学校を休む手もあるが。忌引きとかどうだ?」 「無理。学校に連絡する保護者がいない。情報操作もできないので担任を説得しきれない」 そうか。それは盲点だった。じゃあ入院も無理だな。……おい、本当に病院に行く事態になったらどうするんだ? 「大丈夫。保険証はある。その他必要がありそうな証書類は最初から用意してある」 なら安心だ。 もし何かあったらすぐ連絡するように、と長門に念を押しマンションを後にする。 「一応機関が病院を抑えていますので何かあった場合すぐ対応できます」 古泉が今後の万が一を想定して、と語る。 「もし長門が倒れたとして解剖だの調査だのはしないのか?」 「確かにそんなことを主張するグループもいることにはいますが」 肩をすくめながら続ける。 「食が明けたとたん地球滅亡なんてことになったら目も当てられません。 情報統合思念体にとって涼宮さんを捨てるという選択肢もありますから」 確か長門はハルヒを『自律進化の可能性』と言っていたな。 可能性がない、または天秤にかけて価値が低いとなれば地球の存在などどうでもいい話となる。 なんにせよ長門が無事無難に過ごしてくれれば問題ない。 「あの~、大きな出来事はないと思います。未来で情報統合思念体の食関係での事件は聞いていません。 隠されている事実がとかがあったとしても、大事件ならその影響が必ずどこかに現れるはずですから」 朝比奈さんの太鼓判を押してくれた。朝比奈さん(大)も来ていませんし。そうですか、なら安心です。 日曜、そろそろ昼飯時かと思っていたら長門からヘルプの要請があった。 買い物に付き合って欲しい、ということだ。お安い御用だ。どうせ用事も無かったしな。 と、軽い気持ちで出かけたが、 「おい、お前の家は何人家族なんだ?」 「いつもこれくらい購入している」 いやいやいや!? 業務用のカレー缶1カートンをいつも買ってるのか? つうかどうやって持って帰ってるんだ? 車じゃないぞ? 「失念していた。いつもは、……何でもない」 絶対に情報操作だな。 呼び出されたのは小売りのある問屋で、いつもここであのカレー缶を買っているらしい。いいなここ、今度親に教えよう。 だが長門が買った量が問題で 「困ったぞ。荷台に乗りきらん」 「ごめんなさい」 でかい段ボール箱と米10kg。だからいつもはどうしてたんだよ。 荷台と前かごにカレー缶、サドルに米を載せなんとか運ぶことができ、遅い昼食を長門に振舞ってもらう事になった。 当然この持ち帰ったカレーだ。まあ普通にうまいからいいか。 玄関を開けてもらい台所へ……行けなかった。長門、何故とうせんぼする? 「荷物は玄関でいい。申し訳ないが玄関で待っていてほしい」 凄い早口で焦り気味な長門。そうか、呪文を唱えてる分鍛えられてるのかな。 今度は赤パジャマを言ってもらおう。黄巻紙の方がいいかな? って、 「なんでだ!?」 「……」 何も言わず台所の扉が閉まった。 台所からはガチャガチャと音が聞こえる。ははん、また片付けていなかったんだな。 ガチャン!! ……今のは絶対割れたな。 「長門!?」 「問題ない。大丈夫」 どういう意味で大丈夫なんだろうか? ようやくリビングに入れてもらい席に着く。和室を指さし、 「この部屋は覗いてはだめ」 ちょっと意地悪を言いたくなるな。 「いろいろ放り込んだからか?」 「違う。ちょっと待って欲しい」 目が泳いでるぞ。長門は逃げるように台所へ姿を消した。 ……目が泳いだ長門を見るのは二度目だ。 あの、長門が作り上げた世界。あいつは誰にも文句ひとつ言わず一人で何もかも抱え込んでいた。 今回長門が俺を頼ってくれたことは素直にうれしかった。 限度はあるだろうが、もっと俺たちを頼って欲しいもんだ。 いつぞやの、朝比奈さんと3人で食べたカレーが目の前にある。 違うのは朝比奈さんがいないのと 「その量はさすがに少なくないか?」 「問題ない。残りは晩に食べる」 いや、カレー缶の残量はどうでもいいんだ。お前のカレーの量は茶碗で収まるぞ。 そして 「指を切ったんだな」 「! だ、大丈夫」 なんだ、その「バレた!」的なリアクションは? 左手で右人差し指を押さえ、手の隙間からティッシュの端が見えている。どう考えてもおかしいだろ。 「本当に大丈夫か? 見せてみろ」 「大丈夫」 こいつの場合、多少無理しても「大丈夫」「問題ない」で押し通す傾向があるからな。 朝倉の攻撃やミクルビーム食らった時も大丈夫だと言っていたがどう見ても大惨事だったぞ。 今回は宇宙パワーがないだけに非常に心配だ。 「いいから見せてみろ。ガラスか瀬戸物を割ったんだろ?」 「大したことはない。気にしないで」 埒が明かん。強引に長門の手を取る。 「あ」 小さめの手、人差し指の指のはらに小さな切り傷があった。 「んー、血は止まってるな。絆創膏はあるか? 買ってくるぞ?」 「い、いい。もう大丈夫」 慌てて手を引っ込めて、また目を泳がす長門。まるで悪いことした幼児のようだ。 「いいか、長門」 ここは言ってやらないとな。 「別に怒ってるわけじゃないぞ。なにか起きたら俺に言ってくれ。 普段なら自分でなんとかできるんだろうが、今回は無理なんだろ? 今までお前に世話になってるし、いくらでも手伝うさ」 「あ、ありがとう」 若干顔を赤らめる。 確かに人に物事を頼むのは勇気がいるかもしれないが、 俺がそのハードルを下げる役割をやってやる。 他ならぬ長門、お前のためならいくらでも頼まれてやるさ。 ついに平日が始まった。あの長門の調子だと非常に心配だ。登校後、自分のクラスに行く前に6組をのぞく。 長門はまだ来ていない。朝から部室に行っているのか?嫌な予感がして長門の携帯に電話をかけてみる。 ………出ない。呼び出し音がするから電源が入っているのは間違いない。 登校中でカバンの中で鳴っているのに気付いていないだけだろう。まさかな、と思い家の電話にかけてみる。 ……1……2……3…… ところで電話の呼び出し音は何回くらいで諦めるもんだろうか? 留守電になったら出ないのは確実だが5、6回目くらいでいないのかと思い 切ろうかと思うがいやまて、あわててキッチンの火を消したりしてたらちょっと遅れるかもとも考え 結局俺は10回をめどにし 『………』 やっぱり10回位は必要だな……って、え!? 「長門! お前なんで家にいるんだ!?」 『え。 あっ!』 「OK、長門。遅刻は確実だ。開き直ってあわてず 『ガチャンガチャゴトゴト……タタタタ…パタパタパタ…ドタン!…ゥゥゥ…パタパタ…』おーいながとー!」 受話器を投げてあわてて準備を始めているのだろう。まずいなあ。 「キョン?」 げぇ、ハルヒ! 「なんで6組なんて覗いてるわけ? ひょっとして有希目当て? あんたあたしに隠していやらしいこと考えてない?」 「い、いやなんだ、その、本だ! あいつに本を借りる約束しててな」 「あんた本なんて読んでたっけ?」 「失敬な。んで『いやらしいこと』ってなんだよ?」 「え、な、何でもないわよ!」 「へ~」 「信じてないなこのバカキョン!」 話を逸らせたことと予鈴によってこの場は何とかごまかせた。 1時間目の退屈な数学。なんとか俺は自我を保ち板書をノートに書き写していた。 ハルヒはとっくに夢の世界へ。よく見つからないな。 そんな時、廊下側に動く影が目に入る。長門!? 俺のクラスを通り越していく小柄な影。 数秒遅れてざわつく隣のクラス。 長門よ、本当に心配だ。 ようやく休み時間となり、待ち構えていた俺はそっと6組をのぞく。 長門の周りには人だかりができていた。 そうだよなぁ。完璧超人が遅刻してきたら注目の的になるよなぁ。 だが今の長門がこれだけの人数を相手できるのか? もみくちゃにされて 「キョン!」 またハルヒか。 「そんなに楽しみにしてる本なの?」 「あ、ああ。何でも猫飼い必読のSFらしくてな」 「なにそれ? あんたそんなにシャミセンをかわいがってたっけ?」 「毎日一緒に寝てると愛着もわくってもんさ」 「へー …いいなぁ……」 「いいだろう」 「あ、え、そうね! あたしもちょっと飼いたいんだけどさ、ええと、親が動物苦手で……」 結局休み時間に長門に会うことができなかった。 昼休み、弁当を持って部室へ行く。いつもなら長門が先に来て本を読んでいるところだが。 ……来ないな。 弁当を食べ終え、パソコンでニュース系サイトを眺めたりしているがまだ長門が来ない。 うーん、教室にいるのか? それとも食堂か? いつも会いたいときに会える長門に会えない。そんなことはあの世界だけで十分だ。 いや、そのときだって長門はいてくれたな。自分を変えちまっていたが。 いつだって長門はいてくれていた。 何を考えているんだ、俺? 長門は遅刻しながらもちゃんと来てたじゃないか。 放課後になったらいつも通りSOS団に来るさ。 今週のハルヒは掃除当番である。 ちょっとだけ長門と話せる時間がひねり出せるな、 と思いつつ6組の方を見てみると長門が6組女子に拉致られそうになっていた。 「! ………」 俺を確認したらしい長門は眼鏡越しに何かを訴えてきている。 「長門、どうした?」 「あれ? 5組の誰だっけ?」 「キョンくん」 「そうだキョンくんだ。長門さんに用?」 俺の本名はどこ行っちまったんだ? 「まあ用と言えば用だが。これから部室に行くんだが一緒に行くかな、と思って」 「ええ~~あたしたち今からみんなでカラオケに行くんだけど。長門さんも一緒に」 なに!? 「長門、そうなのか!?」 「ち、違う……」 困り顔の長門。 「行くとは言ったけど今日は駄目……」 「えーいいじゃん」 「いこいこー」 どうやら誘いを受けて断りきれなかったらしい。 「あー、長門も困ってるみたいだしまた今度にしてくれないか?」 「ってあんた長門さんの何?」 う、それを言われると辛い。 と、一人が急に 「あ! ごめん気付かなかった。長門さん先約あったのね? 早く言ってくれないと!」 ニヤニヤと俺と長門を見比べはじめた。 「キョンくんもごめん。わたし達も気を使うべきだったよ」 「そうだそうだ。ごめんねー」 「「「ごゆっくりー」」」 何だったんだ? 長門を残して6組女子連中は行ってしまった。 「長門、何かあったのか?」 「話せば長くなる。まずは部室に行くべき」 そういうとスタスタ歩き始めた。いつもの長門の行動だが今は凄く不自然にみえる。 なんだか無理して演技しているようだ。 その証拠に廊下の人ごみに阻まれて進めないでいる。 普段なら文字通り数歩、数十歩先を読んで障害物を避けながら進んでいくのに、今日は目の前しか見ていない。 「長門、一緒に行こうぜ」 長門はこくんとうなずいて俺についてきた。 朝比奈さんが着替え中ということで廊下で待つ。が、 「長門、お前は入っていいんだぞ?」 「あ」 完全に長門は別人になったみたいだな。そんなに情報なんちゃらの影響力って凄いのか? しまった、今の時間に長門と打ち合わせしとくべきじゃなかったのか。 「こんにちは。長門さんの様子はどうですか?」 古泉か。 「おう。あんまりよろしくない」 「それは困りましたね。隣のクラスなのに良くないと分かるとは深刻です。それとも監視していましたか?」 「監視っていうな。……まず今日も長門は遅刻した」 それを聞いた古泉はうなづく。 「らしいですね。本当に深刻な状況かもしれません」 「どうぞー」 メイドな朝比奈さんが俺たちを迎え入れてくれた。 表面上はいつもの活動通りだった。 遅れてきたハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんがお茶関連の作業で俺と古泉がゲーム。 まったくもっていつもと同じ。 ………。 『舟を漕ぐ』という表現を考えた人間は誰だろうか? 居眠りに対してこれほどの文学的な表現を与えた人物は。 今まさに夢の世界という名の大海原に漕ぎだしている長門有希を見てそう思う。 まてよ、大海原なのに手漕ぎボートは危険じゃないのか? あ、ガレー船か。納得。っていうかやっぱり戦艦なのか? 長門だけに。 「ちょっとキョン、何やらしい目で見てんのよ」 小声でハルヒが俺を非難する 「やらしくなんかないだろ。この慈愛に満ちた眼差しをやらしいと感じるお前が汚れてるんじゃないのか?」 「なんですって!?」 「涼宮さん! 長門さんが起きちゃいますよ!」 そうですよねぇ、朝比奈さん。 「……このバカキョンが」 今は長門の寝顔鑑賞会となっている。 「やっぱり有希って体調悪いのかなぁ。土曜からおかしいじゃない。」 心配そうにハルヒが言う。 「それとも寝不足? そんなに面白い本があるなら教えてもらおうかしら?」 長門が持っている本をのぞきこむ。 「……洋書?」 ハルヒが頭をあげたときに長門がこっくりと頭を下げた。 「ひぇっ」 ごん かちゃ 「あだ!」 「ぐ!」 順番に 朝比奈さんの悲鳴、ハルヒと長門の激突音、眼鏡がずれる音、ハルヒの間抜け声、長門のうめきである。 両方からの加速度で破壊力も倍増しハルヒは後頭部、長門はでこを押さえうめく。 「ごめん有希!」 「なに??」 まだよくわかっていない長門。 「だ、大丈夫ですか? 今、すごい音がしましたよ」 朝比奈さんはぶつかる前に悲鳴を上げていましたね。 「長門さん、眼鏡は大丈夫ですか?」 「え?」 古泉に問いかけられ顔をあげる長門。その瞬間 がちゃ 「あ」 かろうじて耳に引っ掛かっていた眼鏡が床に落ち、 「「あああ!」」 ハルヒと古泉とがハモる。残りのメンツは固まったまま。 情報操作の能力がなくなって運まで落ちるのか、長門? 眼鏡はレンズを下にして落ち真ん中に大きな傷をつけていた。 「……」 「ご、ごめん有希!!」 「……いい」 かえって冷静になったのか傷つき眼鏡をかける長門。しかし 「……視界が大幅に悪化している」 お前が違和感感じるのと同じくらい外見も違和感ありまくりだぞ。 真ん中に派手なクモの巣状のひびが入っている。 最近の眼鏡はプラレンズばかりでガラス製は無いと聞いていたがプラでもこんなにひびがいくのか? 「買い替え、ですねぇ」 「僕の知り合いの眼鏡屋を紹介します」 古泉、お前はとことん便利な奴だな。 「ああ、ごめん、ごめん有希! ちゃんと弁償するから!」 古泉の知り合い、という駅前の眼鏡屋で長門の眼鏡を選ぶため、団活は終了。 先頭を古泉と俺、続いて長門と朝比奈さん、遅れてとぼとぼとハルヒがついてくる。 流石のハルヒもへこんでいるようだ。 車を避けるために足を止めると背中に衝撃を感じた。 「長門?」 「すまない、よく見えていなかった」 「そういえば長門、お前視力いくつだ?」 「正確な数値は覚えていない」 「そうか。だが、だいぶ悪そうだな。」 俺はこの時、長門が『正確な数値を覚えていない』と発言したことに軽い衝撃を受けた。 ハルヒの見立てでフレームが選ばれ、レンズ作成まで1時間ほどだった。 長門の視力が非常に悪く高いレンズを取寄せする関係で本当はもっとかかるハズだったが、 そのあたりは機関パワーでなんとでもなるらしい。 新川氏あたりが工場から運んできたんだろうか? 誰にどのフレームがあうかと誰でもやる他愛のない遊びをしているうちに眼鏡が出来上がっていた。 夕方遅くになっていたため眼鏡屋で解散したがすぐ長門に携帯電話で呼び出された。 「どうした?」 「……目がまわって気分が悪い。眼鏡酔いと呼ばれる状態。できれば家まで送って欲しい」 相当弱っているな。 自転車の後ろに長門を乗せ、マンションまでの長くダラダラとした坂を登る。 いつぞやの3人乗りの時と違いしっかりと長門の体重を感じながらペダルを漕ぐ。 それにしても長門、お前はこんなに軽かったんだな。 こんなに小さく軽い長門が大げさに言えば全地球の命運を担って頑張ってきていた事を考えると なんだか涙が出そうになってきた。すまん、お前にばっかり頼っていた。せめて今だけは俺たちを頼ってくれ。 それが俺たちに出来るお前へのせめてもの恩返しだ。 「……ごめんなさい」 「いや、謝るのは俺の方だ。だがなんで声をかけてくれなかったんだ?」 「……気が引けて声をかけることができなかった……」 後ろにいる長門に想いを馳せているうちに、後ろに長門がいるのを忘れていた俺は自宅まで長門を連れてきてしまった。 アホだ。アホすぎる。誰にもこの姿を見られていなければいいが。 せっかく連れてきたのと妹にいきなり見つかったのと俺の母親が世話好きなのが重なって 長門を我が家の晩餐に招待することのなった。 唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯というレパートリーに何のコンセプトのないごく一般的な家庭のメニュー。 小食になった長門はサバの塩焼きに手間取り、唐揚げに手が伸びていない。 先週、長門が貧血で倒れている、と思っている母親は長門にもっと食べて欲しそうだったが。 妹は大食いの長門を知っているから勝手に長門の皿に唐揚げを載せていく。 涙目気味の長門の視線を受け俺が唐揚げを処分していく。 おかげで俺まで涙目気味だ。 食事の後、長門を再び自転車の後ろに乗せマンションに向かう。 妹は遊びたがっていたが今日は月曜日だぞ。まだ週が始まったばっかりだ。 マンション到着後、長門にお茶を誘われたがやはり同じ理由で断って家にとんぼ返りする。 母親の長門に対する質問攻めをなんとかかわし、 いきなりフルスロットルで始まった一週間の1日目をようやく終わらせることができた。 『よかったら…………持って云って』 長門、悪い。お前じゃないんだ。 『……』 そんなに泣きそうな顔をするな。 『……』 違う、お前じゃない。俺の長門は ………… 夢か。 眼鏡をかけ、オロオロしているあいつを見て脳みそが記憶を引っ張り出してきたらしい。 ………… 長門。 ハルヒの悪だくみに巻き込まれ、文芸部部室と共にSOS団に組み込まれた女子。 あの頃も眼鏡だったな。いつから眼鏡じゃなくなったんだっけ? 初めて部屋に呼ばれた時も眼鏡だったな。 あの時あいつの話を聞いた時は可哀相な電波女だと思ったが 朝倉に殺されかけた時、真実の尻尾あたりを見せつけられた。 尻尾どころか毛先の枝毛くらいなのかもしれんが。 そうだ、その時あいつは『眼鏡の再構成を忘れた』とか言っていたな。 それ以来あいつは眼鏡をしていない。 ああ。俺があいつに『眼鏡をしてない方が可愛い』って言ったからだ。 唐突に気付いた。 ………… 4時か。まだ寝れるな。 火曜3時間目は5、6組の合同体育授業である。 5組の教室が女子の、6組教室が男子の更衣場所となる。 であるからして、 「やっほー有希! 調子どう?」 長門が着替えに俺のクラスに来た。 「大丈夫」 「そ、よかった」 長門が俺の机の上に体操着袋を置く。 「んじゃな」 こくんとうなずく長門。昨日買った真新しい眼鏡。うん、良く似合う。しかし俺はやっぱりない方がいいなぁ。 「おいキョン、長門有希は眼鏡に戻ったのか?」 谷口は相変わらず女子に関して目ざとい。その観察力と情熱を少しでも勉強の方に振り分けたら多少人生が変わるぞ。 「女に目を向けているから人生が楽しい方に変わったんじゃないか。しかしやっぱ長門有希は眼鏡の方がいいな」 お前は眼鏡属性ありなのか。 「そうかな? 僕は無い方がいいと思うな」 おお、国木田。お前はわかっている。 そして授業開始後10分で事件が起きた。らしい。 というのもハルヒからの伝聞だったからだ。 「1500m走の2週目でダウンしちゃったの。信じられる!? マラソン大会で2位の有希がよ!? 絶対おかしいわ! 何か病気なのかしら。心配だわ」 確かに心配だ。また眼鏡酔いか? 「あの娘一人暮らしでしょ? だから体調崩しても見てくれる人がいないわけじゃない。大丈夫かしら?」 確かに。宇宙パワー全開の時は全く気にならなかったが今は物凄く心配だ。 そして今俺には逼迫した心配事が別にある。 「なによ?」 「長門の制服一式がそのまま俺の椅子と机に残っているんだが」 長門は保健の先生に連れられてタクシーで早引けしていた。俺の机に制服を残して。 そして放課後、SOS団と6組の女子連中で長門家へ見舞に行く事でもめている。 正確にはハルヒと6組女子だが。 ハルヒの言い分は団員だから。6組女子の言い分はクラスメイトだから。まあどっちもわかる。 じゃあ一緒に行けばいいじゃないか。 「人が多すぎて迷惑じゃないの!」 んじゃあハルヒと6組女子で行けばいいじゃないか。 「あんたの預かってる服はどうすんのよ! ……ってあたしが預かればいいのか。 そ、そうね。あたしと6組で行ってくる。団は休みにしてもかまわないから」 たまにハルヒは抜けたところがあるな。 そういや昨日、長門が6組女子に連れて行かれそうになっていたな。 何が起きたかを聞こうと思っていたがすっかり忘れていた。 まあ、あの様子じゃいじめとかじゃなさそうだから急ぐこともないか。 団は休みじゃない。 むしろハルヒがいないことによって遠慮なく話し合いができるってもんだ。 「事態は意外に深刻そうですね。取りあえず想像以上に長門さんが弱ってることがわかりました」 「喜緑さんはどうなんだろう?」 「昨日の体育では普段どおりだったような気がします」 朝比奈さんが小首をかしげる。 「しかしまいったな。これからずっとこんな調子なのか?」 「大いにあり得ますね。長門さんが休まない限り」 「でも長門さんは休みたくないみたい。やっぱり学校が楽しいんじゃないのかなぁ。それとも、ううん、何でもないです」 「朝比奈さん、気になることがあったら言ってくださいよ。何かヒントになるかもしれませんから」 「ええと、うーん、そう! 長門さんはまじめだから涼宮さんの観測を続けないといけないと思ってるんじゃないかな」 「……そうですね。その可能性も高いでしょう」 「古泉、何かほかにあるのか?」 「いえ、あらゆる可能性があると言いたいだけです。何せ長門さんが何を考えているかなんて想像不能ですから」 こいつはいけしゃあしゃあと嘘をつくからな。お前が何を考えているかも想像できねえよ。 だが長門の考えがわからないのは確かだ。 「さて、長門と連絡をとりたいわけなんですが、あの、朝比奈さんお願いします」 「へ?」 「いえ、今ハルヒと6組女子が長門の家にいるはずなんで。俺がかけると怪しまれるというか……」 「あ、そうですよね。わかりました」 「連絡する事とは何ですか? 夜でもかまわないのではないでしょうか?」 古泉が不思議そうに聞く。 なんとなくあいつの声を直接聞きたかっただけなんだが 「今日の場合、夜だと寝てる可能性があるからな。今なら騒がしくて起きているだろう。 用という用は特にないんだが、今のうちに長門にリクエストがあるなら聞いておきたいし、 元気なようならまた夜に電話できる」 ごまかしておく。半分は本当に長門の要望を聞いておきたいとは思っている。 「なるほど」 「かけますね」 朝比奈さんが長門に電話をかける。すぐ出たようだ。 「もしもし、朝比奈です。…… 元気ですか、え? ……そんな、わかりました。すぐ行きます」 え、何があったんですか!? 「涼宮さんと6組の子とで険悪な雰囲気になってるみたい」 おいおい、どうしたんだ、ハルヒ!? 「キョンくん、5組と6組で対立していましたか?」 いやそんなことはありませんでしたよ? 「取りあえず急いで行ったほうがよろしいでしょうね。タクシーを……」 「古泉くんとキョンくんは来ないでください。これは女の子の話なんで」 珍しくきっぱりと朝比奈さんは言い切った。 「すいません喜緑さん、事態がさっぱり飲み込めないんですが……」 「そうですね、わたしもどこからどう説明すればいいのやら……。とにかく来てくれてありがとうございます」 「あ、いえ、長門とのサポートの約束でもあるんで気にしないでください」 喜緑さんの説明によると、 見舞いに行ったハルヒと6組女子の間が何故か険悪になり、 朝比奈さんと鶴屋さん(学校を出る前に一緒になったらしい)が長門マンションに着いた途端激化、 長門が泣き出した、長門が泣くというだけで異常事態だと分かるが、 その時に喜緑さん到着でみんな追い出され俺が召集を受けた、となるようだ。 ついでに言うとまだ部室にいた俺が喜緑さんの電話を受けている時、古泉は機関から電話を受けていた。 つまり 「閉鎖空間が発生しました。なにか涼宮さんの機嫌を悪くする事態が発生したようですね」 と結構深刻な状況となっていた。 ちなみに長門は寝ている。どうやら本当に体調を崩したようで、枕もとには病院で出た薬が置いてある。 「保健の先生によると風邪だそうです」 「あの、喜緑さん、何故知っているんですか?」 「言ってませんでしたっけ? わたしと長門さんはいとこ、ということになっています」 ああ、なるほど。 「緊急連絡先はお互いにしているので学校から連絡がありました。 本当はもっと早く帰って看病しようと思ったんですけど、買い物しているうちに遅くなりまして」 しかしなんでそんな騒ぎになったんでしょうか。 「いくつか理由があるようですが」 喜緑さんは何故か意味ありげに俺を一瞥し、 「要はみんな長門さんが好きなんですね。で、取り合いみたいになったようです。 朝比奈さんと鶴屋さんは中立の立場で説得しようとしたみたいなんですが、 長門さんのクラスメイトはそうは思わなかったようですね。 涼宮さんとよく一緒にいるところを見られてますから彼女たちの考えもわかります」 たしかに。 喜緑さんが溜息をつく。 「あした朝比奈さんと鶴屋さんに会って謝らないとダメですね。一緒に追い出してしまったんで」 「あの2人ならわかってもらえますよ」 「だといいんですが。でも残りの子には反省してもらわないとダメですね。 具合の悪い有希ちゃんの前で何を考えているんだか…… 常識ってものがないんでしょうか? 自分がされて困ることは他人にやっちゃダメでしょ! ただでさえ有希ちゃんは弱っているのに!」 うわ、ちょっと本気で怒ってる。長門に対する呼び方が素になっていますよ。 「あなたにもしっかりしていただかないと」 俺!? 「だいたい有希ちゃんがあなたに……。すいません、筋違いですね。ちょっとその、興奮しました」 「あの、長門の風邪は大丈夫なんでしょうか? 免疫力がなくてひどい状態になるとか……」 「そのあたりは大丈夫です。確かに普段は情報処理で体調を整えていますが、通常の人間くらいの抵抗力はあります。 ただ、いつも情報処理で症状をキャンセルしているので、いきなり体験するとしんどいかもしれませんね」 「そうですか。念のため明日は休みの方がいいと思うんですが」 「嫌」 「長門!?」 いつの間にか目を覚ましていた。なんかパジャマの長門も可愛いな。いかんいかん、鼻の下を伸ばしている場合ではない。 「休まない。学校は行く」 「有希ちゃん、明日は休みましょ。それとも何か用事があるの?」 「用事は、無い。ことも、無い……ない」 えらく歯切れが悪いな。 「とにかく休む気はない」 知ってはいたが意外と長門は強情である。これは説得に時間がかかりそうだ。 「ええと、」 喜緑さんが長門の耳に口を寄せ 「……………」 何故か慌てる長門、そしてちらっと二人で俺を見て 「わかった。休む」 喜緑さん、いったいあなたは何を言ったんでしょうか? 「簡単なことです。ひとつお願いがあるんですが」 はい? 「明日、ここに寄ってくれますか? お土産付きで。長門さんは食いしん坊なんで」 「最後のは余計」 なるほど、食べ物で釣るわけですね。 「わかりました。長門、何食べたい?」 「……あなたに任せる」 しかし喜緑さんは長門に何を吹き込んだんだろうか? 「……」 「……………」 ずっと背後からプレッシャーを受けながら順調に午後の授業は進んでいく。 今朝からハルヒは機嫌が悪い。事の顛末は知っているが、それを知っている事をハルヒに知られるとまずいことになる。 なんかややこしいな。というわけで知らない振りしてたずねる。 「ようハルヒ、長門の様子はどうだった?」 「……」 「……ハルヒ?」 「風邪よ。だから有希は元気がない」 「……んで?」 「それ以上でもそれ以下でもない!」 会話終了。 それ以上は話しかけるな的な視線で睨みつけてきた。なんか最初に会った頃を思い出すな。 そして今に至る。ちなみに長門は休み、古泉も休み、朝比奈さんまで休みである。 朝比奈さんが休んだことによって鶴屋さんも喜緑さんもブルー気味で、まさにデフレスパイラル。 なんでそんな事を知っているかって? 昼休みにハルヒが食堂に行っている間に鶴屋さんと喜緑さんという異色のコンビがうちのクラスまで訪ねてきたからだ。 「ごめんねーキョンくん。みくるがさぁ、ショック受けて休みなんだ」 「ごめんなさい」 「あー、えみりんは悪くないっさ。ちょっとみくるが勘違いし過ぎてるだけだしさぁ」 「ですが……」 「残念ながらみくるは空気を読むというか以心伝心というかちょっとそっち方面が弱くて……」 痛々しい程の気のつかいあい。 「あの、喜緑さんから朝比奈さんに電話してみればいいんじゃないですか?」 「しました……」 「演技で一緒に追い出された事に気が付かなかったことにみくるは落ち込んでいるんだよ……」 ……そうですか。そっちでしたか。 「正確には『そっちも』だね。二重に落ち込んじゃってさ……」 「キョン、いくわよ!」 放課後、強引にハルヒに部室まで連れて行かれる。 「なぁハルヒ、なんかみんな休みらしいんだが今日の活動はどうするんだ?」 「みんな? どういうこと? なんであんたが知ってるの?」 「い、いや、古泉から『今日は体調不良で休むからゲームを持って行けなくてすまない』みたいなメールが来てたし 昼にたまたま鶴屋さんに会って朝比奈さんが休みってこと聞いたし、」 しまった、長門をどうする。 「あたしんとこにみんなから休むってメールは来てるわ。で、なんで有希の休みまで知ってるの?」 頑張れ、俺の灰色の脳細胞! 「え、な、長門からも休むってメールが来たぞ?」 「ふーん」 ジト目で俺を見る。間違いない、疑っている。 「直接電話じゃなくて? 見せてよ、携帯」 やばい、今日は長門からメールも電話も来ていない。つーかなぜすんなりと信じない? それに喜緑さんからの着信を見たらハルヒがどう思うかわからない。絶体絶命だ。えぇい、ままよ、 「おーいハルにゃーん!!」 「あ、鶴屋さん! みくるちゃん休みなんだって?」 救いの女神は鶴屋さんとして降りてくださった。 「そうなんだよ。風邪だってさ。これから見舞いに行くけどハルにゃんもどうだい?」 「当然! って言いたいところなんだけど、困ったことに有希も……、い、いいわ、みくるちゃんのお見舞いね!」 長門の名を出した瞬間、ちょっとだけ顔をしかめたのは昨日喜緑さんに追い出された事を思い出したんだろうか? 「そうね、キョン、あんたは有希の見舞いに行ってきなさい! あたしはみくるちゃんとこに行くから! 鶴屋さん行きましょ! みくるちゃん食欲あるかしら? ケーキがいいかな?」 「う~ん、買って行って駄目なら冷蔵庫に入れとけばいいよ。キョンくんまったね~~」 鶴屋さんは俺に意味ありげなウィンクをして、ハルヒと共に行ってしまった。 その全行程30秒、ハルヒはよっぽど昨日の出来事が気まずかったんだろうか? 即決で長門の見舞いを俺に任せた。まぁ、絶好の機会だ。ハルヒ公認の元、堂々と長門の家に行けるんだからな。 ……公認って。何様だ、ハルヒ? 喜緑さんの分を含めてコンビニで適当にプリンやらヨーグルトやらをカゴに放り込む。 あいつは何が好きだっけな? カレーは売るほどあったな。 そう言えばおでんを一緒に食った覚えが……。 あー。 あの時だ。 朝倉もいたな。 ………… いかんいかん。気にし過ぎだ。 取りあえずデザート系だけでいいだろう。 最近はスイーツって言った方がいいのか? しかし長門は浮ついた流行的な言い回しはしそうにないし、 ハルヒは意外と古風というか流行に鈍感だしまずズレている。 朝比奈さんは長門的、古泉はハルヒ的な感じでやっぱり言いそうにない。 ううむ、時代に惑わされないSOS団か。『SOS団』っつーネーミングセンスもどうなんだ? などとアホなことを考えながらレジを済ませ、長門のマンションに到着する。 手慣れた手順でインターフォンの番号を押し … …… ………? へんじがない ただのしかばねのようだ なわけあるか!! 寝ているのか? それともどこかへ出かけてるのか? ずっと寝ているのも退屈だろうし。 でも俺が行くことを知っているんだから連絡くらいは欲しいもんなんだが。 電話してみるか、と携帯を手に取るといきなり電話が鳴りだした。 【発信者:長門 自宅】 へ? 家にいるのか? 『ごめんなさい。あと10分待って』 開口一番長門が謝ってきた。 「いや、かまわんぞ。でもなんでインターフォンに出なかったんだ?」 『……片付けをしていて………』 「そうか。わかった、待ってるぞ」 ううむ、これで片付けを理由に足止めされたのは何度目だ? 「こっちの部屋は絶対に開けないで」 「だから下手に言われると余計に見たくなるって。『鶴の恩返し』くらい知ってるだろ?」 「……」 今の長門はすぐに赤面する。意外な一面が見れて嬉しい半面、『あの世界』の長門を思い出し胸が痛む。 あの時は躊躇なく元の世界に戻るためにエンターキーを押したが、 はたしてそれが真の正解だったかどうか、今でもたまに考えることがある。 確かにハルヒがいない、朝比奈さんと鶴屋さんは赤の他人、古泉もいない。 いるのは小心者の長門と朝倉だけ。すこし寂しい世界だ。 だがハルヒが変態パワーを持ち、それに群がる宇宙人、未来人、超能力者がいる今こそ変な世界じゃないのか? もしあの時 「?」 長門が不思議そうに俺を見ている。 「い、いや何でもない。それより冷蔵庫にプリンを入れないとな」 あわてて台所に逃げた。 さて結構プリンやらヨーグルトやら買い込んできたからな。冷蔵庫に空きはあるかな、と。 扉をあけるのにはたいして力入らなかった。中からの圧力でパワーアシストされたからだ。 「わたしがやる!」 惜しかったな、長門。あと半秒早かったら間に合ったかも知れん。 しかしよくこれだけ詰め込んだな。ポテチは冷蔵庫に入れなくていいんだぞ。 あとジャガイモは入れると悪くなるからな。食パンは場合によるな。 と、振り返ると今にも泣きそうな長門が立っていた。 「ありがとう。今日は帰って」 「な、長門!? 」 「帰って」 い、いや、そんなに気にするほどの失敗じゃないだろ。 「…………………………………………」 いつものような無表情を頑張って作っているのに瞳はうるうるとした長門。 ちょっと和んでしまったが、その俺の表情が癇に障ったらしい。 「帰って!」 長門にマンションを追い出され、特に用事もなかった俺はそのまま自宅に帰り、 なんとなく悪いことしたな、と思いつつもそこまで悪いことだったか? などと気分が晴れないまま飯を食い風呂に入ってだらだらしながら やっぱ長門に謝っておくか、あいつは今不安定なんだし、と携帯電話を手に取った時着信があった。 【発信者:喜緑さん】 喜緑さんはいきなり謝ってきた。 『ごめんなさい。せっかく来て頂いたのに』 いえ、そんなこと大したことじゃないです。それより長門の方は。 『その、寝室から出てきません。長門さんに謝らせようしたんですが』 いやぁ、悪いのは俺の方で 『いえ、自分の失敗がばれて逆ギレなんて許しません。明日必ず謝らせますから』 その、そんなにおおごとでも 『すいません、有希ちゃんの為でもあるんで。この辺りはきっちりとしておかないと』 なるほど、保護者として長門を教育するにはいい機会なんだろうなぁ。 最後に喜緑さんは俺が持っていった巨大プリンの礼を言って電話を切った。 なかなか売っていない代物らしい。 たしかに珍しいと思って買ったんですが喜んでもらえてなによりです。 ただ一つ残念なことがあるとすればみんなで食べたかったことくらいですね。 なんとなくモヤモヤは晴れつつあったが、明るい気分になれず早めに寝ることにする。 長門、今日もお前は俺の夢に出てきそうだ。 やはり長門は夢に出てきた。 あの世界でオドオドとした長門は俺を恐れ逃げてしまった。 俺は頼みの綱である長門を探しまわったがどこにも見当たらずという焦燥感の中、目覚まし時計でこの世に帰ってきた。 早く長門に会いたい。 まぁ、案外早く俺の願いは叶えられた。 朝、学校の校門前に着くと長門が俺を待っていてくれたからだ。善行は積むものだ。 ただ、しょんぼりとした、そう、まさに『しょんぼりと』俺を待ち構えていたのだが。 「ごめんなさい」 いきなり謝ってきた。 「いや、いいんだ。ちょっと俺も調子に乗っていたかもしれん」 あまりに真剣で申し訳なさそうな顔をする長門を見るとこっちが悪い事をした気になる。 俺も謝っておけば長門も少しは気が楽になるだろう。 「いいえ、あなたは全く悪くない。全面的にわたしが悪い。ごめんなさい」 い、いいから頭を上げろ。 「大丈夫だ、怒ってなんかないぞ」 「本当?」 う、見上げた顔がちょっとかわいい。 「ああ。怒っていない」 「……ありがとう」 早く長門と和解できてすごく楽になれた。 胃の不快感はすっと消え、授業中もよく眠れそうだ。 と、アホなこと考えながら長門と一緒に教室までいくと今度はハルヒが待ち構えていた。 こっちは『しょんぼり』とは程遠い仁王立ちだが、表情は真剣だった。 「有希! ごめんなさい!」 おとといの話なんだろう。 「あなたは悪くない。わたしがイライラしていただけ。見舞いに来てくれてありがとう」 「有希が体調悪いのに騒いだあたしが悪いの」 「大丈夫。来てくれてうれしかった」 一応双方の気が済んだようで予鈴とともに長門は教室に入っていった。 さて俺も 「で、なんであんたが有希と一緒に教室に来たのよ」 いいだろ、流せよそこは。 「たまたまだ。それよりなんで長門に謝ってたんだ? なんかしたのか?」 一瞬嫌なことを思い出したような表情の後、しまった、顔に現れた!的な表情、そして 「何でもないわよ」 無表情。 それっきりハルヒはだんまりを決め込んだ。 「ようキョン、ラブラブだな、それとも『ラヴ』がいいか?」 ち、谷口か。タイミングが悪い上に下品なやつだ。 席に向かいつつ戯言を聞き流す。ってラブラブってなんだ? 「しっかし最近の長門はなんかかわいいな。 眼鏡もだがちょっと表情でるだけであんなにレベルが上がるとは。 俺もまだまだ見る目がないな、クソッ」 心底悔しそうな谷口。アホか。 「お前、涼宮は見間違えたが、早い段階で長門を見つけ出してるからな。正に『機を見るに敏』ってやつだな、キョン。」 な、なんでここでハルヒと長門の名前を出すんだ! しかも面倒なハルヒの近くで 無表情だったハルヒの横顔がこわばるのが見えた。 谷口、帰れ! 早く席につけ! 始業時間だ! 「きっちり長門をゲットしてるんだからなー。待ち合わせかこのヤロー」 「おーい早く席につけー」 岡部、遅いぞ……。 ハルヒの何とも言えない不機嫌オーラを背中に感じつつ数学の授業は進む。 初めて授業が終わらないでくれという気になった。 しかし時間の流れは正確無比で、 そういや朝比奈さんは時間の流れはパラパラ漫画みたいなものだと説明していたが 紙の数は増やすことはできるのか? 増えても紙が薄くなったら意味はない? などとSF物理学もどきを思考しているうちに きっちりと終了時間が来た。 ガタン、後ろの席から大きな音、そして首根っこを掴まれ、 「す、涼宮!? なにすんだ!?!?」 「いーから来なさい!!」 谷口がハルヒに拉致されていった。 「キョン、谷口は何かしたの?」 知るか。……知ってるよ、今朝の発言の真意を問いただす気なんだろう。 「ふーん。僕の勝手な予想だと涼宮さんはキョンの外堀を埋めようとしているんだと思うんだけど」 国木田、実のところ同意だ。だから俺は行く。 「急いだ方がいいね。間違いなく次は長門さんの番だから」 ああ。……なんでお前まで長門の名を出すんだよ。 廊下から6組を覗くと長門は女子に囲まれていた。ここから長門を連れ出すのか? 絶対無理だ。 待てよ、このバリケードを突破するのはさすがにハルヒでも無理じゃね? よし、君たちに託す。頑張れ6組女子連合!! 「あたしは有希に用があるの!!」 「わたし達も長門さんに用があるのよ!」 最悪だ。まさかハルヒが特攻かまして長門を連れ出そうとするとは思わなかった。 いや、その可能性に気付くべきだった。 なにせ転校直後の古泉を拉致したり商店街での物資提供交渉を成功させた女だ。躊躇するわけない。 「あんた5組でしょ!? なんで勝手に入って来てるの?」 「いいじゃない、教室移動で入ったり出たりしてるでしょ」 「次の時間は違うでしょ」 大声でやりあっているから当然野次馬も集まる。 長門は、あいつは無事なんだろうか。人ごみでどうなっているかよくわからない。 すると 「……」 マンガの喧嘩のシーンで当事者が囲みからこそこそ出ていくシーンがあるが まさか本当にそんなことができるとは思わなかった。 「長門!」 6組の男子連中にカバーされ長門は教室の外に出てきた。 意外と長門は6組に溶け込んでいるようだ。 「大丈夫か?」 「だ、大丈夫、それよりトイレに……」 あ、ああ。早く行ってこい。 「おいキョン、早く涼宮を回収してくれ!」 顔なじみの6組の奴に文句を言われる。 「うちの女子が涼宮と喧嘩するのも困るがそれ以上に長門さんが迷惑するだろ」 す、すまん。 「クソ、何だって長門さんは……まぁいい、それより」 「早く連れ帰ってくれ!」 何とかうちのクラスの連中の手を借りてハルヒを引っ剥がす。 「何すんのよキョン! 国木田! あんた強く引っ張りすぎよ!」 「アホか! なんで他のクラスで騒ぐんだ!」 「あたしは有希に用事があったのよ!!」 「時間切れだ」 移動教室をはさんだりしてなんとかハルヒを6組に突入する事態は避けることに成功した。 が、そもそも何故ハルヒが長門を追いかけているかを俺は失念していた。だから 「いいわ。直接執行よ」 昼休み、ハルヒは食堂へ行かず俺を端まで追いつめた。 「何がだ」 「キョン、あんた今朝有希と何があったの!」 不覚にも答えに詰まってしまった。 「い、いや、たまたま会っただけで」 「谷口は有希があんたを待ってたって言ってるわよ!」 あんのやろー。 しかしここでふと気付いた。 「なんで長門が俺を待ってるのをハルヒは怒ってんだ?」 「!、え、と」 ハルヒが固まる。 「昨日、長門の家に行ったらあいつが寝ていたんだ。 で、世話役として喜緑さんがいて、ああ、知ってるか? 長門と喜緑さんはいとこらしいぞ」 『喜緑さん』の所でハルヒの表情が硬くなるのを見逃さない。 どうも今のハルヒにとって喜緑さんは鬼門らしい。 「んで、買っていったプリンやらを渡して帰ったんだ。今朝はその礼を言われた」 とっさにこれだけ嘘がスラスラでるとは天才じゃないか? ところどころ真実が交る理想的な嘘だ。 「長門を追い回すほどの内容か?」 「もういいわよ、わかった」 無事ハルヒを納得させ、納得したのかはともかく静かにさせ、団活の時間となる。 ここで俺はミスを犯した。長門と口裏合わせしなかったことだ。 今の長門は若干空気が読めない子になっていることを忘れていたのだ。 だから 「キョン、なんで嘘ついてごまかすの? 有希と喧嘩したんでしょ!」 あっさり長門が自白させられた。全部。俺が止める間もなかった。 が、俺も半分開き直っている。 「俺と長門が喧嘩して仲直りしたことで何で俺が責められるんだよ」 「え、あ、でも有希を泣かせたんでしょ!」 「それはわたしが悪い……」 「有希は黙ってて」 「お前が洗いざらい聞くからせっかく隠してた失敗をお前に聞かれることになったんだぞ」 ここは強気に攻めてみる。 「俺は長門の名誉を守るためにあえて黙ってたんだ」 「それほどのものではない」 長門、ちょっと黙ってろ……。 「……もういいわよ! みくるちゃん、お茶!」 今日も古泉は来なかった。 やっと来た金曜日、ただ事態は悪化する一方だ。 ハルヒの機嫌は悪いままで古泉は今日も欠席。もしかしたら今この瞬間も戦っているのかもしれない。 今日は長門と相談し、あんまり学校では接触しないことにしていたが、 朝からブラックオーラが溢れるハルヒには大した対策にはなっていない。 そもそも論として何故ハルヒがこんなにイライラしているのかが不可解だ。 この10日間は長門のパワーが無くなっている。それに関係するのか? ハルヒのメンタル的な影響を与えた事件と言えば 土曜日の探索での長門のダウン、長門の眼鏡を壊した時と 長門の見舞いで喜緑さんに怒られた時かだと思われる。 眼鏡の方は弁償で片がついているから、やっぱりダウンと見舞いの方だよな。 ハルヒは長門を大事に思っている。その長門が弱っているから気が立っている。……しっくりこない。 これだと昨日の騒ぎ方が妙になる。長門を大事にし過ぎて暴走したのか?。 はっ。 ハルヒは長門の事が好きなのか? その、恋愛的な意味で。 だとしたら俺や6組女子、喜緑さんに嫉妬しているがゆえに機嫌が悪い、と説明がつく。 あいつは男の何パーセントかがホモだと抜かしていたが、 それは裏返しの意味、女の何パーセントかがレズだと言いたかったのか。 朝比奈さんにベタベタしている理由もわかった!! アホらし。 一応団活はあったが朝比奈さんはビクビクしてるし長門は窓際で小さくなっている。 自分の気配を消そうとしている風に見えるが、逆になんか目が行く。 今までのように普通に本を読んでいてくれればいいんだが。 あまりの空気の重さに思わずハルヒを諌める。 「おい、ハルヒどうした? お前らしくないぞ。何かあったのか?」 「うるさい! あんたには関係ないでしょ!」 「関係ないってったって長門がおびえているだろ。おかしいじゃ」 「『長門、長門』っていったいあんた有希の何!? いっつもいっつも、有希やみくるちゃんの肩持ってさ! あたしの……」 はっ、としたような、その後バツの悪そうな顔で 「帰る」 ハルヒはカバンを持って出ていった。 「キョンくん! 涼宮さんを追いかけてください!」 「朝比奈さん、それはできませんよ。やっちゃいけません」 「いいから追いかけてください!」 「朝比奈さん! 駄目なんです。ここで追いかけたらハルヒのためになりません。」 「キョンくんはわからないんですか?」 「ハルヒにはもう少し大人になってもらわないと行けません」 「そうじゃないんですが、……涼宮さんの機嫌が悪くなりすぎるとそれだけで危険なんです」 「わたしがいく」 「長門!?」 「わたしが涼宮ハルヒの機嫌を悪くしている原因。行って説得する」 「お前が原因だと限らないだろう! それに説得って何を!?」 「……わからない。でもわたしが行くべきだと思う」 飛び出して行く長門。一瞬迷ったが嫌な予感がしてすぐ追いかける。 階段の方からハルヒが何か大声で言っているのが聞こえたが、『有希が』と叫んでいる部分しか聞き取れなかった。 まずい、ここでハルヒが反則パワーで長門に何か変な事をしたら「普通の人」並みでしかない今の長門だとひとたまりもない! 走る俺、遅れて朝比奈さん。 追いついたのは階段の踊り場。 状況はもみ合いになっているハルヒと長門。 なんでよりによってその場所なんだよ! その場所は俺が 「キャッ!!」「あっ!!」 どっちが出した声かわからない。 わかるのは腕を振りほどかれた長門の体が勢いあまって後ろから階段の下に落ちるコースにあることだった。 「長門!!」 この時俺がイメージしたのはハンマー投げの選手だった。 体全体でハンマーを回転させ、全エネルギーをハンマーに乗せて投げだす。 走ってきた勢いで何とか長門に追いつき、腕を掴んで体全体で回転、踊り場の方へ長門を放り投げる。 少々乱暴だがハルヒか朝比奈さんが受け止めてくれるだろう。 ちなみに「だろう運転」は危険だ、と小学生の時、学校に自転車の安全指導に来た警察の指導員が言っていたな。 例え歩行者や自転車の立場でも横道からは何も来ないだろう、と思いこんでいてはダメだと。 確かに他人は信頼できるとは限らないからな。だがハルヒや朝比奈さんは信頼できる。長門は間違いなく信頼している。 古泉もまぁ、信頼できるな。……「まぁ」はあいつに悪いか。今は十分信頼しているぞ。 いやぁ、結構考える時間ってあるんだな、それなら頭をガードすべきじゃないか? と気付いた瞬間、強い衝撃と痛みが走り、俺の意識は無くなった。 夕陽の差し込む部屋。白い壁が金色に染まる。 窓の外から木の影が長く延びる。 どこかで見たことのある光景だ。 しゃくしゃくと何か水っぽさの感じる音。りんごだな。リンゴ!? 「お目覚めですか?」 「……ああ」 「まったくあなたには驚かされます。正直言うと呆れます。まさかまた同じ階段から落ちて同じ部屋に入院されるとはね」 で、同じように古泉がリンゴをむいている。 「……好き好んで入院してるわけじゃねえよ」 「好き好んでなら本当に1年くらい入院してもらいますよ。大変だったんですから」 「すまん」 「前は朝比奈さんが泣きじゃくっていましたが、今回はそれに長門さんが加わっていましたからね。 長門さんの場合泣き叫ぶって感じでしたが。」 「! 長門! 長門はどうした! っていたたたぁーーって痛ってぇ!」 全身に激痛が走る。なんだ、体が動かせん! 腕が固定されてるし! 「あ、今回は外傷ありです! 気をつけてさい。」 「俺はどうなってるんだ? ってそれより長門は!?」 「前も言いましたね、あなたがうらやましいと。いやあ本当にうらやましい。若干腹が立ちます」 古泉が指さす。少し離れた窓際の荷物置きの台に並んで長門とハルヒが座っていた。お互いにもたれながら眠っている。 「あなたが目を覚ますまで頑張る、と涼宮さんと長門さんが張り合っていましたが 1時間くらい前に二人とも力尽きてしまいました ちなみに今日は土曜日、午後5時前です。あなたはほぼ24時間眠っていた計算になります」 相変わらずへたくそな包丁使いでウサギか何だかわからなくなったリンゴのかけらを 古泉は俺に差し出す。いらねーよ、つーか腕がそこまで上がらない。 それに気付いた古泉はすこし申し訳ない、という表情をした後、物体Xを皿に置く。 「あなたは脳震盪と右肩脱臼と全身の打ち身、若干の擦り傷です。 レントゲンやCTスキャンやら一通りの検査の結果、命に別条はなしです。 しばらく検査通いになるとは思いますが」 若干くらくらするのは寝過ぎなのか頭を打ったせいなのかよくわからない。 「んんー、キョン。キョン!」 俺と古泉の会話で気付いたのか、先に目を覚ましたのはハルヒだった。 「よ、ハルヒ。よく寝たか?」 「よく寝たかじゃないわよ、このバカキョン!! この!!」 涙目のハルヒ。すまん。だが半分以上お前が原因では…… 「ん、え、?」 騒ぎで長門が目を覚ましたようだ。 「長門、大丈夫だったか」 「大丈夫。ごめんなさい」 長門の目が潤みだす。 「わた、わたしのせいであなたを、死、死なせ、」 急速に涙声になっていく 「いや、いいんだ長門。ちゃんと生きてるし」 「うわぁぁぁん!」 もう号泣に近い泣き声をあげる長門が俺に抱きつき 「ぐゎああああああああああ!!!」 電撃が走った! 「キョ、キョン!?」 「長門さん!! 離れてください! 怪我が!!」 「あ! ごめんなさい!!」 ……死ぬかと思った。 俺が目を覚ましたことによって検査が始まり、その日は終わりかと思っていたが、 晩飯後にハルヒが一人で病室にやってきた。 「よう、帰ったんじゃないのか?」 「うん、ちょっとあんたに用があって」 神妙な顔つきのハルヒ。うちの親は一度来たが着替えや必要なものがあるとかで家に戻っている。 「えっと。まずは謝るわ。ごめんなさい。あんたを大怪我させちゃった。下手したら死んじゃうところだった。ごめんなさい」 深々と頭を下げる。すぐ頭をあげ、 「キョン、あんたに聞きたいことがあるの」 真剣な瞳が俺を見つめる。 「あんた、有希のこと、……好き?」 「正直」 「よくわからん。もちろんLikeではある。それに気になる存在だ。 今はちょっと調子悪そうだが普段は頼りになるし、 見た目も可愛いし意外と強情な所も可愛いし、」 後はとてもじゃないがハルヒには言えん内容だ。 「そうだ。俺は長門が好きだ」 「そう」 「よかった。もし否定でもしたらぶん殴るつもりだったから」 ハルヒの声が少し震えている。 「あたしね、有希と話し合ったの。あんたについて」 ハルヒはベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けながら語りだす。 「あそこまであんたが有希のことを大事にしてたなんて」 「もしあの時長門じゃなくてお前だったとしても俺は飛び込んだぞ。たとえ古泉や谷口だったとしても」 「それじゃない。あんただったら岡部でも飛び込むでしょ。そうじゃなくて。 ………… まぁ、なんとなくは分かってたわ。みくるちゃんをデレ~ンと見てる態度やあたしに対する態度と違って 有希には気づかいとか配慮が感じられたし」 …… 「あんたがみんなに気配りしてるのはわかるわ。でも有希には特別だったでしょ。 雪山の嵐のときに、あ、違う、これは間違い、えっと」 よかった、まだあれを幻だと思い込んでいるようだ。 「そうね、あんたが最初に階段から落ちた時あたりからガラッと変わったわ。病院で何かあったの?」 「ああ。それ以外も色々とな。詳しくは言えないが」 長門が自分と世界を変えちまった事件。そう、あれがきっかけだった。 実は長門も普通の女の子らしい事を考えていたことがわかったあの事件。 まぁ起こった事のスケールは異次元クラスの大きさだったが。 さすがにわかったさ。長門が何を考えていたかなんて。 だが俺はこの変な日常が崩れてしまう事を恐れていた。だから気付かないふりをしていた。 わざと長門に気のないふりまでした。 とんでもないチキン野郎だぜ。 沈黙。 「そっか」 ハルヒは小さくつぶやいた。 スマン、ハルヒ。あの世界の内容は俺と長門だけの秘密だ。 「そろそろ有希が来るわ。10分だけ時間もらったの。最後にあたしからお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「一発殴らせろ!!!」 いきなり強烈なビンタが俺の左頬に炸裂した! 痛ってぇ!!! 俺は怪我人だ! しかも頭打ってるだろ! ちょっとは遠慮しろ!! 「あんたの事好きだったんだから! 馬鹿! 鈍感! いつだってあんたのこと想ってた! そりゃはっきりしなかったあたしも悪いけどさ、思わせぶりな態度とらないでよ! のらりくらりとしてたくせに、たまに意識させるようなことしたりさ!」 え 俺の事が? ま、まて、正直戸惑うぞ。 マジか、マジなのか!? 確かにそんな素振りを感じたことがある。いやしかし、お前は恋愛感情なんて気の迷い的な事を… 大体好きなら好きでもうちょっとだな、 「あたしの心の痛みを少しでも、。ぷ、ぷぷ」 涙声での衝撃の告白と罵倒が途中で止まった。なぜ笑う? 「ぷぷ、ぶぁっはっはっは!!!!!!!!! なにあんたの頬!! 見事な紅葉よ! あははっっ!! わ、我ながら完璧すぎるわ!!! ひぃぃ!!」 ベッドの端をばしばし叩きながら爆笑するハルヒ。さっきまでの雰囲気は吹っ飛んでいる。 それでこそハルヒだ。 ところで鏡をかしてくれ。俺はどうなっている? だんだん頬が熱くなってきたぞ。いや感覚がなくなってきた……。 控え目なノックの後静かにドアが開く。 「いい?」 長門が顔を覗かす。 「いいわよ! 早くこっちに来なさい!」 ハルヒが元気な事を訝しがっている。それとも俺が横目で対応しているからか? 部屋に入って、俺の顔全体が目に入り、 「!!!」 「サイコーでしょ!! こんな完璧な紅葉、あたしの数々の傑作作品の中でも格別よ! ほら、早く写メ撮って…… あれ?」 長門は目をまんまるにして固まっていた。驚いて固まって車に撥ねられるのって猫だったっけな? 「いやぁ、殴られちまって……」 ともかくこの場を何とかしたいと思い長門に微笑む。と、 「ぶっ」 慌てて長門が両手で口をおさえながら後ろを振り向きしゃがみこんだ。 全身がぷるぷる震えて時々ぷっ、だの、くくっ、だの声が漏れる。 「あっはっはっは!! なんちゅー顔よそれ!! 有希を笑わせるなんてよっぽどよ! キョン笑うな! いや笑え! 写メに撮ってみんなに送信するわ!!」 なんだか俺の顔は凄いことになっているらしい。第一、とっくに頬の感覚がない。 「こら! 苦笑じゃない! ちゃんと笑って! そうじゃない、もっと自然に笑いなさい!」 まあかまわない。俺と長門、ハルヒの間に流れる気まずい雰囲気が変わるなら大歓迎だ。 「そう、それ! いい笑顔ねキョン!」 一瞬復活しかけた長門が俺を見てまた撃沈した。 冷たいペットボトルをもらい、頬を冷やすことでなんとか腫れは引いてきた。 そろそろ面会時間も終わるし、うちの親も戻ってくる頃だ。 ハルヒが長門に目くばせする。こくこくとうなずく長門。 長門は立ち上がり俺の横まで来た。 そして 「あなたに聞いて欲しい事がある」 今までのオロオロした長門ではない。どうした? 「わたしはあなたが好き。大好き。付き合ってください」 そういうことだったのか。 もちろん答えは決まっている。 「ああ。ありがとう。俺もお前が好きだ」 え、え、という喜んでいいか迷う表情。そうか、ちゃんと言ってやらんとな。 「OKだ。長門、付き合おう。俺たちは恋人同士だ」 両手を口元に持っていって固まる長門。お前も女の子らしい仕草をするんだな。 目元が潤みだしている。 「よかったじゃない、有希、よかったじゃない」 そう言うハルヒも泣いている。すまん。 「キョン、有希を大切にしなさいよ! ちょっとでも有希にひどいことしたらあたしが100倍返ししてやるんだから! これからずっと有希に確認するからね! 覚悟しなさい!!」 これだけ言い放つとハルヒは長門にがしっと抱きつき泣き出した。 つられて長門がまた泣きだしハルヒと抱き合う。これが女の友情なのか? 若干置いていかれ気味でちょっと困っているところに来たノックは救いの神かと思ったね。 「あの~」 朝比奈さん、助かります。 「キョンくん、女の子を泣かせちゃいけません!」 ち、違います!! 「キョンくんは女の子の気持ちを弄ぶ天才ですからね。涼宮さんと長門さんをどれだけ苦しめてきたか知ってますか?」 そう言う朝比奈さんもどんどん涙目になってきた。 え、えっと。これは 「おや、これは修羅場ですね。退散したほうがよさそうだ」 って古泉、逃げんな!! こっちにこい。なんか勘違いしてるだろ! 「キョンく~ん、着替え持ってきたよ~」 両親と妹が病室を覗いてくる。なんてタイミングで来るんだよ! あーもー知らね~。 日曜日は谷口や国木田、鶴屋さんも見舞いに来てくれた。 長門やハルヒ、朝比奈さんに古泉までまた来てくれたのは素直に嬉しかったが、 いきなりハルヒが俺と長門が付き合う事を発表するとは思わなかった。 おかげで谷口に首を絞められ、鶴屋さんにさんざん冷やかされることになった。 国木田は月曜朝一にクラスで宣伝してくれるそうだ。いやぁ、ありがたい。 また困ったことに長門が冷やかされることにまったく動じず、 かえってのろけるような様子だったため一同はさらにヒートアップ。 ……長門、お前は相当感情を抑えていたんだな。 検査や治療でまとまった空き時間がなく、あまり皆としゃべることができなかった。 特に鶴屋さんが持って来てくれたロールケーキを結局食いそびれたのは残念至極だ。 確かにみんなで食ってくれ、とは言ったが全部食われるとはな。 事実を知った時長門がそっぽを向いていたから犯人はわかったが。 小食になったんじゃないのか? デザートは別腹なのか? そして。 ずっと寝ていたのとこれから起きる現象について思う所があったため、 俺は深夜というより明け方に近いこの時間に起きていた。 そして病室のドアがゆっくりと開くのを当然のように眺めている。 「よく入ってこれたな」 長門、情報操作の能力がなくてもやっぱりお前はお前だな。 「……実は見つかった」 へ? 「ただ、それが機関の森さんだったからここまで通してくれた」 俺があっけにとられていたら、さらに長門が追加情報をくれた。 「看護婦さんの格好をしていた」 機関っていったい…… 「元に戻る瞬間をあなたと迎えたい」 ああ、せめてその時間は起きていようと俺も思っていたところだ。 まもなくこの眼鏡長門ともお別れだ。 「色々あったな。大変だったがお前の意外な面がいっぱい見れて楽しかったぞ」 長門が顔赤くし横を向く。 こんな光景をもう見ることはもうないんだろう。 「いろいろとお世話になった。ありがとう」 無言。 こういう時、何を語るべきなんだろうか。俺も長門も何をしゃべるか話題を探している。 そうこうしている間に、 「時間」 長門が天を仰ぎ見る。 そして姿勢を正し、俺を見る。 「おかえり」 「……ただいま」 長門が眼鏡をとる。元に戻った合図かもしれない。 「あなたには多大な迷惑をかけた。謝罪する」 「いや、かまわない。それより聞きたいことがいっぱいある」 「わたしもあなたに聞いてもらいたいことがある」 帰ってきた長門は淡々と語る。 「もうわかっているかもしれない。わたしの性格について」 「ああ。前の変わってしまった世界やこの10日間の方が素のお前なんだろ」 「そう。あの弱弱しいのが本当のわたし。改変時は自分の記憶や行動原理まで改変してしまったため この10日間の方がわたしの本当の素性に近い。 通常時のわたしは情報操作で各種身体能力を強化すると同時に精神面でも補正をかけている」 確かに口調もいつもと違ってたし、若干いらない事までしゃべったりとグダグダだったな。 おそらく情報操作でガチガチに固め、揺らぎが出ないようにしていたんだろう。 無愛想無関心無感動にしなければいけなかった程、素の自分に自信が無かった。 「意志薄弱で臆病者。怖がりで、すぐにうろたえてしまう。近眼だし運動能力も劣っている。 頭脳については一般以上だがあなたほどではない」 「おいおい、お前が俺よりアホなはずはないだろ」 「あなたは自分の能力を過小評価し過ぎている。それと努力が足りないだけ。 それに比べわたしは情報操作のハリボテ。中身が伴っていない。 その証拠に片付けすら満足にできずあなたに当たってしまった」 唐突にあの世界の朝倉の言葉が脳裏に蘇る。 『ああ見えて長門さんは精神のモロい娘だから』 『あなたを脅かす物はわたしが排除する』 朝倉は任務上のバックアップだけでなく、素の長門本人の世話をしていたのだろう。 10日前、長門の部屋に喜緑さんがいたのも長門の素性を知っていたからに違いない。 いきなりパニックになるのは想定外だったもしれないが。 「嫌いになった?」 なんでだ? 「今までわたしは偽っていた」 …………で? 「あなたに嘘をついていた」 どうも長門は罪悪感でいっぱいらしい。 「かまわないさ。情報操作で自分を作り上げた長門も、力が無くなってオロオロする長門もみんな長門、お前だ。 俺はみんなひっくるめてお前が好きだ。俺の長門だ」 「……ありがとう」 すこし照れた様子、といっても口元が緩んだ程度、だったが、急に表情を引き締め、覚悟を決めたように話を切り出した。 「わたしに関わった人物の、この10日間の記憶を操作しようと考えている」 「な!?」 「周囲にインパクトを与えすぎた。今後の活動に支障が出る恐れがある」 「お前の親玉の指示か?」 「違う。情報統合思念体はこの10日間の出来事を認知することはできない」 ん? 時間も超越していなかったか? 「この10日間は食のためこの惑星の出来事に関知することはできない。 たとえ時間軸をずらしてもこの10日間にはアクセスできない。 情報統合思念体が感知できるのはこの10日間が終わり、『歴史』として伝わる部分のみ。 『起きてしまった事』として扱うしかない」 お前の親玉も弱点はあるんだなあ。 ん? 「おい、前にお前が世界を改編したときはお前を処分しようとしてたじゃないか。 あれも『起きてしまった事』じゃないのか? ちゃんと戻したんだから処分までいらなかったんじゃ?」 「それは………禁則事項」 またごまかされたな。 「それとお前はズルい事を考えていないか?」 「……よく意味がわからない」 何のこと? とごく僅かに目元が緩み、瞳の力が和らぐ。うむ、俺の長門感情解析力は劣っていないな。 「自分が起こした騒動をなかったことにしようとしていないか?」 一瞬間が空き、眼鏡の無い長門がみるみる赤面していく。これは俺に素の自分を見せてくれているのか? 「………違う、その意図はない。確かに恥ずかしい事も起こした。 ただ今回の行動は今までのわたしとあまりにかけ離れた行動ゆえ 記憶の操作を行わないと今後の活動に支障が生じる可能性がある」 「人間なんだ。みんな失敗する、ドジをする。俺なんかもよく失敗するし、朝比奈さんはドジの塊だ。 まあこれはハルヒの望みのせいもあるだろうが。そのハルヒも結構取りこぼしが多いだろ? 古泉だって意外と不器用だ。あいつの字を見たか? ひどいもんだ。 谷口、はいつもか、国木田や鶴屋さんだってヘボい所あるだろ? ってあったか? ともかくそんな中お前ひとりが完璧超人だ。ズルくないか?」 長門は無言のまま床を見つめている。 「6組でもお前の周りに人が増えたろ? 色々と手伝ってくれたろ? みんなお前の違った一面が見れて嬉しかったんだ。お前と仲良くしたかったんだ。 アホの谷口は見る目がなかったと悔しがっていたぞ」 そして一番の懸念を長門にぶつける。 「長門、まさかお前が告白して、恋人として付き合うことにしたことも無いことにしようとしてるんじゃないだろうな」 「あなたは涼宮ハルヒの鍵。わたしは涼宮ハルヒの観測者。それだけ」 「本気で言っているのか?」 無言。 「あの時お前は勇気を振り絞って告白してくれたよな。ハルヒも泣きながら祝福してくれたよな。 鶴屋さんに冷やかされたり、国木田がクラスで言いふらすと言った時、 実はまんざらでもないことを見透かされてハルヒに呆れられたことも無かったことにするのか」 無言。 「本気なら今すぐ出て行ってくれ。情報操作でも何でもするといい。その代り俺のお前に関する……」 全部は言えなかった。長門が震えながら嗚咽を殺していたからだ。 「すまん」 「嫌。……あなたと………ずっと一緒にいたい」 泣き声をこらえ、絞り出すようにこたえる。 自分と世界を変えてしまった時の長門ではなく、 力を失った状態の長門ではなく、 クールでクレバーで完璧なはずの長門が歯を食いしばり大粒の涙をぼろぼろこぼしている。 「ああ、ずっと一緒にいよう」 長門が俺に抱きつき泣き出した。胸が涙で濡れる。 実のところ脱臼の部分が抱きしめられて思わず叫びそうになったがなんとか堪えきった。 長門の心の痛み、これまでの苦悩に比べるとこんなもの大したことではない。 長門が泣いていたのは5分程度だった。あとは俺に抱きつき顔をうずめゴロゴロしている。 時々「んふ」とか聞こえるのがたまらなくいとおしい。どうにかなってしまいそうだ。 なんか世間一般でラブラブ物が常に流行っている理由がよく分かる。 「おい、長門?」 「ん」 「……長門さん?」 「ん~」 ヤバい! 俺の理性が残っている間に何とかしないと! 長門の気をそらせるために何か違う話題は、と少し疑問に思っていた事を聞いてみる。 「なぁ、長門。お前は体調不良でも学校や探索に行きたがったよな。 危険を避けるためにも休む方が得策だと思ったんだが」 長門が顔をあげる。顔が近い。か、かわいいぞ。その、『彼女』『恋人』的なひいき目抜きでかわいい。 そのかわいい顔が赤くなり一言、 「……あなたに会いたかったから」 そのまま自然に長門の顔に近づく。 長門の目が閉じる。俺も。長門の吐息を感じる。 「よろしいですか?」 「「!!!!」」 長門が跳ね起きる。ぐぁ!! 脱臼の肩に響くぅう!!! 「森さん!」 「お楽しみ中、申し訳ありません。そろそろ朝なんで長門さんはお帰りになられた方がよろしいかと」 お楽しみってそんな誤解を受けるような言い方しないでください。……誤解じゃないかもしれませんが。 「……ノックして入って欲しい」 「しましたが返事がなかったので、失礼かと思いましたが入らさせていただきました」 ……本当に? 聞こえなかった。まあ長門が聞こえていないんだから仕方ないか。 「あと今日は月曜日ですよ。学校があるのでは?」 「! あとで来る!」 げ、文字通り姿を消した! 「あの、森さん……」 「……今朝、長門さんはここには来ていませんよ。何も知りません。 特に急に姿が消えたなんてことは絶対ありえません!」 さすがの森さんも度肝を抜かれたようだ。 「大丈夫です。安心して付き合ってください」 月曜日の昼食直後に来た面会者は朝比奈さん(大)だった。 「涼宮さんが納得する失恋であれば良かったんです。むしろそのほうが涼宮さんが精神的に成長しますし。 当然恋愛成就が一番かも知れませんが、失敗の無い人生経験というのもそれなりに危険が伴いますし」 教師風のコスプレ?となっているため学校関係者として自然に面会に来れたらしい。 「若干長門さんに依存気味な失恋で、しばらく引きづるかもしれませんがそこはソフトランディングということで。 ちなみにこの時代の涼宮さんは長門さんか、あの頃のわたし以外がキョンくんと付き合っていたら 納得しなかったと考えられています。たとえ鶴屋さんでもアウトでした」 となると危ない橋を渡っていたんですかね。 「んー、そこまでは。3択問題におまけのギャグの答えがあってそれ以外は正解ってやつかな」 お笑い芸人的にはギャグの答えで正解なんだろうが。 「そのあたりはお友達にお任せするとして」 谷口…… 「でもホントのところは」 朝比奈さん(大)は真顔になる。 「キョンくんはキョンくんの人生を歩いてくれればいいです。 当然、涼宮さんには涼宮さんの、長門さん、古泉くんも。 確かに我々や機関、情報統合思念体それぞれ考えているところはありますが、 個人的には無視しちゃってもいいと思っています。当事者の当然の権利です。あ、これはオフレコですよ」 それって 「時間です。じゃ、キョンくんまたね。またねの意味、わかるよね?」 え、ちょっと!? 止める間もなく朝比奈さん(大)は病室を出ていった。ううむ、まだなんかあるわけですね……。 朝比奈さん(大)が消えて1時間後、今度は喜緑さんが見舞いにやってきた。 「今回は本当にありがとうございました。こんなに大騒ぎになるとは予測していませんでした。 特にあなたを入院させる結果になって。本当にごめんなさい」 いえ、結果的に俺にもいい感じになったんで。 「本当にすいません。長門さんの動きが想定以上にぶれまして……」 時空を超えている存在の情報統合思念体でもわからないことがあるのか。 前の改変でわかったんじゃないのか? 長門に暴走癖?があるのを。 「実は有希ちゃんがあなたを好きになってから様子がおかしかったんです。 もともと無口なほうでしたが、極端に感情を表さなくなって。 任務とあなたへの感情とのせめぎ合いでどうしていいかわからなくなったようで」 あの性格の半分は俺が原因だったのか。 「涼宮さんのほうも今回いろいろな行動パターンを出してくれて観測側としては大助かりです。 惜しむらくは情報統合思念体が食だったためリアルタイムで観測できなかったことですね。 ここだけの話ですが有希ちゃんは情報統合思念体にかるく嫌味を言われています。 『何故今回のタイミングだったのか』と。有希ちゃん的にも今回は棚ぼたな感じだったんですけどね」 ははは。当事者の片割れだけに笑ってごまかすしかない。 ええと、そう言えば 「あの、喜緑さん。長門が体育で倒れたとき、学校を休めと言ったのになかなか納得しないと気がありましたよね。 あの時どうやって長門を説得したんですか?」 「あれですか」 喜緑さんは微苦笑を浮かべた。 「『休んだらキョンくんが見舞いに来てくれますよ』って言ったんです」 ……そ、そうでしたか。 「実はあの日有希ちゃんは大泣きして大変だったんですよ。 あなたに嫌われてないか心配しちゃって。でも怖いから直接電話出来なくてわたしが電話しました。 長門さんはかわりに謝ってもらえると勘違いしていましたが」 そんな事があったんですか。 「直接あなたに謝る事が出来て結果良かった、と言っています。何事も経験ですね」 さて、と喜緑さんは立ち上がる。 「そろそろ有希ちゃんや涼宮さんたちが来るころ合いです。鉢合わせしないようにわたしは帰ります」 ありがとうございます。ところで今日の授業はどうされたんですか? 「生徒会の用事で抜けていることになっています。 ……生徒会だからって授業を抜ける理由にはならないんですが先生方までそれを信じちゃうんですから 肩書きって面白いですね」 えっと、それって情報操作ですよね? 「ふふふ」 やっぱ喜緑さん、あなた怖いです……。 「では長門さんをこれからもよろしくお願いしますね。泣かせたら許しませんよ」 え、ええ絶対。 ……ハルヒにも同じこと言われましたが迫力が違いすぎます。 「涼宮さんにとって今までのあなたは気になる存在、恋人候補、片思いの相手という感じだったというか、 まぁそんな存在でした」 ああ、どうやらそうだったらしいな。 「そうだったんですよ。どれだけイライラさせられたか」 すまん。 古泉はトランプをシャッフルしながら俺を責める。 「今ではそうですね、親友である長門さんの彼氏といったところでしょうか。つまりは付属品。 でなければ失恋相手と平然と付き合ってられるはずがありません。 ……冗談ですよ。でも長門さんの存在があることによって精神の安定を図っている部分はあるはずです」 放課後の文芸部部室、長門とハルヒは掃除当番でまだ来ていない。 あれ以来長門は掃除のクジの細工を止め、きちんと役割を果たしている。 朝比奈さんは、はて? 進路相談か何かなんだろうか? 「長門さんを冷やかして楽しんでいるんですよ。涼宮さんが次々と白状させています。 この前はひとつのソーダにストロー2本入れて飲んだらしいですね。どこの昭和ですか?」 く、長門を口止めしなければ。 「まぁ長門さんも実は誰かに聞いてもらいたかった節もあるようですが。 朝比奈さんが長門さんののろけがすごいと言ってましたよ。あの朝比奈さんを呆れさせるとは」 やっぱ自重させるべきだな。つーか長門がのろける姿が全く想像できん。 それ以外にも若干お花畑があふれ出た長門には少々落ち着いて欲しいところはある。 一番参ったのは昼飯だ。長門が弁当を持って来てくれるようになったのは素直に嬉しかったが、 問題は 「あーん」 長門よ、腕はもう治ったからもう一人で食べれるぞ。 ちなみに長門が『帰ってきた』日の放課後に治療用ナノマシンを俺に注入した。 不審に思われない程度に回復を早め、かつ後遺症を完全に防ぐ優れものだ。 なので『驚異的な早さ』で怪我は治ったのだが。 「あーん」 「……あーん」 「おいしい?」 「……ああ」 どよめく周囲。マンガ過ぎる素敵光景だ。 部室で食べるとハルヒと鶴屋さんの攻撃がすさまじく、校庭だと5、6組以外の生徒まで集まってくる。 結局クラスで5、6組の連中に囲まれて食べるのが相対的に一番マシという状況となっている。 長門に一度やめてくれといったら物凄く悲しげな表情になって以来、長門の言いなりになっている。 世の男はこうやって女の尻に敷かれるようになるんだなぁ。納得。 なお、6組では長門が俺を意識していたことは公然の秘密だったらしい。 それがハルヒと6組女子の対立原因だったようだ。 他にも長門にやられっぱなしだが、ひとつだけ勝利したことがある。 長門が「有希」と呼んで欲しい、と言った時だ。 じゃあ俺の事も下の名前で呼ぶべきだ、せめて「キョン」って呼べ、と言ったら顔を真っ赤にして口をパクパクさせた挙句 「今の話は忘れて」 と顔をそむけた。……これって勝利なのか? 以来、いまだに俺は長門を「長門」と呼びかけるし、長門は俺のことは「あなた」と呼んでいる。 長門いわく非常に照れくさいらしい。 「あなた」の方が恥ずかしくないのか? 「ともかく、乱暴な言い方をすれば我々としては涼宮さんが安定していればかまわないんで」 古泉が肩をすくめる。 「我々ねぇ。お前はどうなんだ?」 「僕ですか?」 「お前のターンじゃないのか?」 「……僕のターンですか?」 「しらばっくれんじゃねぇよ。お前、ハルヒが好きなんだろ?」 直球を受けてニヤケ顔のまんま固まりやがった。ごまかして逃げようとしてもそうはいかねぇぞ。 「………………いつから?」 「結構前からだ。夏合宿あたりか?」 本当に知ったのは長門が変えた世界とは言えない。 「やれやれ、表に現れないようにしていたつもりなんですが」 苦笑まじりに肩をすくめる。こいつまだ余裕があるな。 「長門に頼んでみるか? あいつは今幸せのおすそ分けをしてやりたい最中だ」 「遠慮します」 「試しにどうだ、ハルヒの耳元で『あいらーびゅー』ってささやくってのは?」 「や、やめてください!!」 「涼宮ハルヒはわたしたちの関係をうらやんでいる」 おお長門、来たか。あと一歩で古泉の化けの皮が剥がれるかも知れんぞ。 「わたしが伝言を伝えてもかまわない。今なら成功率が高い」 今では俺の横が長門の定位置となっていて、必ず体のどこか一部が当たる様にくっついてくる。 まるで猫だ。 古泉は集中力が乱れてゲームに勝てない、とほざいていたが元々弱かっただろ。 「な、長門さん、なんで僕が涼宮さんに告白すると決めつけてるんですか!」 長門がほんの数ミリ首をかしげる。 「違う?」 「違わなくはないさ」 「違います!」 「何が違うの?」 よう、ハルヒ。 古泉が慌てる姿も面白いもんだ。 「どうしたの古泉くん?」 「い、いえ、何でもないですよ!?」 ハルヒは不思議そうに古泉を見ていたがその視線が俺に向き、 「キョ~ン~、あんたまた図書館デートだって? いい加減デートらしいところへ連れてってあげなさいよ」 古泉をもっと攻撃しろよ。あとちょっとだったんだぞ。 「いくら有希が図書館がいいって言ってもそこはあんたが強引にセッティングしなきゃ!」 へいへい。ならハルヒのお勧めを教えてくれよ。 「なんでよ。大体あたしがデートスポットなんてわかるわけないじゃない」 「んじゃ古泉、いい所ないか?」 「なんで僕に聞くんですか!?」 「お前なら下見済みとかあるんじゃないかと」 「え、古泉くん下見とかしてんの!?」 よし、ハルヒが食いついた。 長門も目を輝かせながら古泉を見る。 「し、していませんよ!!」 「遅くなりました~ あれ? どうしたんですか?」 ああ、朝比奈さん。古泉にお勧めデートスポットを聞こうとしてるんですよ。 「デートと言えば長門さん、そろそろどうですか?」 「待って、まだ自信がない」 「なんだ長門?」 「長門さんは料理の練習をしているんですよ。キョンくんのために」 「くぁ~~ッッ!! 有希、やるわねっ! くー!」 ハルヒ、なんつう興奮の仕方だよ。 「わかった。今度の土曜日、晩ご飯を食べに来て」 「あ~~! 熱い!熱いわ! なんか腹立つ!」 なんか谷口に似てきたな。 「みくるちゃん! 対抗してあたし達だけで遊びましょ!! 古泉くんもよ!」 お、古泉、よかったな。ハルヒと一緒だぞ。 「鶴屋さんも、そうねアホの谷口と国木田も呼んで、ボウリングでも行きましょ!!」 へいへい、球投げでも穴掘りにでも行ってくれ。俺は長門にごちそうになるから。 「きー!!」 本当にハルヒは俺と長門をうらやんでるみたいだ。古泉、チャンスだ。いっとけ。 土曜日の夕方、約束通り長門は俺を食事に誘ってくれた。 「食べてみて」 これは。 「情報操作を一切使用していないから自信がない。一応おいしく出来たつもり」 テーブルに乗るメニューは唐揚げとサバの塩焼きと味噌汁にご飯。 「一般的な家庭料理というものがよくわからないので、あなたの家でごちそうになったものを参考にした」 若干不安そうな長門。 そうか、そうだよな。お前は『家庭』というものをよく知らないんだよな。 いつもお前は一人で飯を食って、一人で寝て、起きて 「駄目?」 悲しげな表情で俺の顔を伺ってきた。 「手際が悪くて少し揚げすぎた。サバも焦げてしまった」 ち、違うぞ長門!! お前に想いを馳せていたらちょっと泣けてきただけだ! 「?」 急いで唐揚げを一つ口に放り込む。 あちっ!!!! 「大丈夫!?」 あ、ああ。大丈夫だ。 「つーかうまいぞ、うん、うまい。すごいな、長門」 実際お世辞抜きで程よく味が染みてうまい。 「朝比奈みくるに教わった。まだ唐揚げと味噌汁以外につくれない。これから色々教えてもらうつもり」 そうだ、そうなんだ。 「お前は一人じゃないんだ。俺がいる。それにハルヒや朝比奈さん、古泉がいる。 色々知らないことがあったら俺やみんなを頼ってくれ。……俺が長門に頼ることの方が多くなりそうだが」 ひとりで何でも抱え込む長門、お前が正直心配だった。孤独じゃないか、と。 実際孤独だったじゃないか。家庭料理も知らなかった。 長門を抱きしめていた。 「…………?」 俺の目が何故潤んでいるのかがよくわかっていない様子。 当たり前だ。俺が一人で感極まっていただけなんだからな。 顔が近い。やっぱりここは 長門家の電話がいきなり鳴る。 思わず跳ねた。長門があわてて電話に出る。 たぶん長門もびっくりして跳ねていたはずだが、 本人は急いで電話を取りに行ったためそう見えた、と言い張るに違いない。 結構プライドが高いからな。 『やっほー有希!!』 なんちゅうタイミングだ。 ハルヒめ、見ていたのか? 『そこにキョンもいるのね!?』 しかも馬鹿でかい声、俺まで聞こえてくる。 『やっぱ有希やキョンがいないとつまんないわ。今からあんたんちに遊びに行くわっ!! 心配しないで! 食料は持ってくから! じゃ!』 呆然と受話器を見つめる長門。ハルヒは誰にでもおんなじ調子で集合をかけていたのがよくわかる。 「ハルヒがくると聞こえたが大丈夫なのか?」 「あまり……」 「わかった。一緒に片付けよう」 すこし長門が慌てる。 「いい。わたしが片付ける」 「言ったろ、長門。お前は一人じゃないんだ。俺がいる。これからも二人だ。 もし足りなかったらハルヒ達を使ってやれ。お前は一人じゃない。みんながいるんだ」 長門はなおも食い下がろうとしていたが。 「わかった。これからもあなたに迷惑をかける。よろしくお願いします」 今度は長門から抱きついてきた。 ああ、これからも一緒だ。長門、 長門家のインターフォンがいきなり鳴る。 確実に長門の機嫌は悪くなっていた。「無粋」とつぶやいていたからな。 「よし、みんな来たな。お前は一人じゃない。みんなに台所の片付けをお願いしよう」 ニヤリと笑って長門にウィンクする。 一瞬、瞬きをした長門は、ニコリとほほ笑み返した。 「お願いする」 長門有希の素顔 完
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退屈な授業を終え、もはや習性と化したように俺は文芸部室へと足を運んだ。 中から聞こえるドタバタと騒がしい音は、またハルヒが朝比奈さんに襲いかかっているからだろうか。 そんなことを考えつつ、ドアをノックすると返ってきたのは 「どうぞーッ!」 意外にも切羽詰まったような古泉の声。一体こいつはなにをしているのかね? 「おいなにやっt…」 扉を開けつつ尋ねようとしたが、あまりの光景に絶句した。 なんてことだ、長門が古泉に襲いかかっている。 変な意味ではなく、長門は古泉に馬乗りになり引っ掻き、古泉は必死に顔を庇っていた。 変な意味の方だったら俺は古泉をどつき回していただろうね。 だが目の前の光景はまさに修羅場であり、さすがに古泉がかわいそうなのでとりあえず止めた方がいいだろう。 「長門、一体どうしたんだ」 肩を掴むと、長門は俺を見上げ、 「ふにゃあ」 すり寄ってきた。なんなんだこれは。まるで猫じゃないか。猫耳っぽいのついてるし。 内心ちょっと嬉しいが、長門にしては奇抜すぎる行動に俺は呆気にとられた。 …… … 「恐らく涼宮さんが望んだからこうなったのでしょう」 俺の正面で腕に痛々しい傷をこさえた爽やか超能力者が解説を始めた。 「昨日の帰りに涼宮さんが言っていたことを覚えていますか?」 昨日の帰り?ああ、たしか、 『有希にはまだなにもコスプレさせたことがないわね。今度は有希に猫耳つけて物真似でもしてもらおうかしら』 とか言っていたっけか。 たったそれだけのつまらない発想からこんな迷惑なことになっているのか。 ちなみに長門は今、俺の膝枕で丸くなり寝息をたてている。 内心、かわいすぎてたまらないのは内緒だ。でも、長門ならなんとかなったんじゃないのか? 「これは僕の推測ですが、恐らく統合思念体は涼宮さんの影響が最も観測の容易なポイントに現れたのを喜ばしく思ったのでしょう。 それで修正のプロセスにロックをかけたのではないかと」 なんてこったい。 「対策としては、他のTFEI端末に協力を仰ぐか、又は涼宮さんをなんとかするかでしょうね。 ただし前者は言うまでもなく期待できません。」 ハルヒをどうにかするってもなあ。だいたいこの状態の長門をあいつに見せていいものk… 「全員揃ってるー!?会議を始めるわよー!」 来やがった。勢いよくドアが開き、『あいつ』が現れた。 その瞬間、寝ていたはずの長門が飛び起きた。何故かその目は爛々と光っているように見える。 「あら、有希寝てたの?…ていうかキョンの膝枕で…ちょっとキョン!!あんた有希に何したの!?」 何もしてねーよ。そんな弁解も虚しく、我らが団長ハルヒはずかずかと歩み寄ってくる。 つーか今の長門をこいつに見せるわけには… 「うにゃあ!」 「きゃっ!?」 長門がハルヒに飛びかかり、そのまま押し倒した。 「ちょっ何ッ有希どうしたの!?やめンッ…あ…」 長門はハルヒの頬を舐めている。飼い主にじゃれつく猫に見えなくもない。やたら扇情的ではあるが…。 このままではまずいので長門を止めにかかろうとしたが、その前に長門はハルヒの服に手を入れだした。 「有希っやめてくすぐったいっ…」 ハルヒと目があった。 「……!見るなバカァッ!!」 顔を真っ赤にしたハルヒの怒号に追い立てられるように俺と古泉は部室を飛び出した。 さて、これからどうしたものか…。目の前のハンサム面とほぼ同時に溜息をついた。 部室からはまだ悩ましげな声が漏れている…
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「あーあ、なんか退屈ね。どこかにおもしろいことでも転がってないかしら」 さっきからパソコンで2ちゃんねるを覗いていたハルヒが実に退屈そうにしている!いつもならば聞き流してしまうところなのだが、最近のハルヒのいらいらは相当ひどいらしく、閉鎖空間の発生が件数、規模共にこれまでの記録を1桁上まわっているだとか、次の閉鎖空間の発生が世界の最後になってもおかしくないとかいう話を古泉から聞いた直後だった俺は、焦って古泉と朝比奈さんに目配せした。 朝比奈さんの方を向くと、自分のメイド服とハンガーに掛けてあるナース服を見比べて、頭を振る。さすがにもうコスプレではハルヒも満足しないだろう。古泉もちょっと思案顔をしていたがお手上げのポーズをしてため息をつく。いくら機関でも準備なしにイベントは用意できないのだろう。二人ともネタなしか、ここは一つ、俺が何とかしなければ…そうだ! 「長門、お前友達いるのか?」 「…いる」 「SOS団以外には?」 「…」 「俺たちはお前のことを友達だと思ったことはないぜ。お前友達いないんじゃないのか?」 唐突に長門につらく当たり出した俺を、ハルヒは何も言わずじっと見ている。古泉が何かを察したのか会話に加わってくる。 「たしかに長門さんはいつも本ばかり読んで僕らと遊んでもいませんしね。海に行ったときもそうでした。本当は僕らが邪魔なんじゃないですか?無論、僕らもあなたのことをそう思っているわけですが」 よし、みんなその調子で長門を責めろ。 「私も長門さんのことがよく分からなくて…何を考えているんですか?ちょっと不気味で、怖いです」 朝比奈さんもちょっと震えながら、かなり恐ろしいことを言ってくれる。長門はそれでも本から眼を離さない。 「おい、聞いてるのか!」 俺はつかつかと長門に近づくと、読んでいた本を奪って投げ捨てた。長門は顔を上げたが、その表情からは何も読み取れない。 「目の前の受け入れたくない現実から逃避するために本の世界にのめり込む…まったく引きこもりの典型的な自己防衛行動ですね」 「そんな人が同じ部屋にいると、こちらまで気分が滅入っちゃいます」 古泉と朝比奈さんが追い打ちを掛ける。 「いつも本を読んでるくせに、反論できるくらいの知恵もないんだな。お前本当は本を読んでる振りして、俺たちのこと観察してるんじゃないのか?気持ち悪い」 長門は少しずつうつむき、完全に頭を垂れると小刻みに震えだした。 「何だ泣いてるのか。辛気くせえ、出てけよ!」 手近にあったトランプの箱を投げつける。長門の頭にヒットして札が散乱する。長門は手で顔を覆い、小さく声を上げて泣き始めた。調子に乗って椅子を蹴る。 「オラ、早く消えろ、この陰気な文芸部員がよぉ」 「お茶あげますから早く消えてくださ~い」 朝比奈さんがポットから出したばかりのお湯をぶっかける。 「あつっ、ああっ、熱い…」 耐えきれなくなったのか、長門はやおら立ち上がると鞄をつかんで部室を出て行った。 「二度と来ないでくださいね~、次は僕のセカンドレイドをお見舞いしますよ」 ドアを開けて古泉が叫ぶ。俺は長門が座っていた椅子にどかっと腰を掛けた。 「はぁ~、せいせいした」 「あんな無表情な長門さんでも泣くんですね。正直ちょっと気持ち悪かったですけど」 「明日もしまた顔を出したらどうするか、対策を練っておきましょうか…涼宮さん?」 それまでずっと黙っていたハルヒがこちらを見る。 「…ちょっと…私…」 おもむろに近づいてきたハルヒは、次の瞬間、満面の笑みを浮かべて言った。 「おもしろそうな拷問のたくさん載ってるウェブサイトを見つけたのよ、明日から一つずつ試してみましょう!」 やった、俺の読みは見事に当たったのだ。いじめは古今東西、人類最高の娯楽として君臨してきたのだからな。 「仰せの通りに」 古泉が笑顔で礼をする。パソコンのディスプレイを覗いてみると、テキストだけで精神的にも肉体的にも参ってしまいそうな拷問の数々が、写真入りで紹介されている。これは朝比奈さんには見せられないな。 「あまり派手にやっちゃうと教師にばれてまずいことになるわ。精神的なものからやってみましょ」 「これなんかどうですか~、ずっと水を頭に流し続けるっていうのがありますよ~」 朝比奈さんは俺の心配をよそに喜々としてサイトを見ている。 「じゃあキョン、帰りにホームセンターに行くわよ!ホース買わなきゃ」 ハルヒも楽しそうに言う。 「もし明日長門さんが来なかったらどうします?」 古泉の心配ももっともだ。 「大丈夫ですよ~、私が迎えに行きますから。学校に来ていなければおうちに乗り込んで引っ張ってきてあげます」 確かに朝比奈さんなら長門を無理矢理連行しても通報されることはあるまい。 「あー、なんかわくわくしてきたわ。明日が待ちきれないわね」 ハルヒは最高の笑顔で俺の腕にすがりついてくる。そんなハルヒをどうしようもなくかわいいと思ってしまったことは俺だけの秘密だ。 ホースを買ってから家に帰ると、門の前に長門が立っていた。 「よ、元気か」 小さくうなづく。 「ハルヒはいじめに期待してるぞ。明日もいい反応しろよ」 「…わかった」 「お前にはちょっとくらい手荒なことをしてもすぐ回復するよな?血が出たりすれば盛り上がるだろうから、そっちもよろしく頼む」 「肉体的なダメージは平気…でも」 珍しく言いよどむ長門。しかし俺は無視して続ける。 「あとな、こんなところハルヒに万が一見られたら、すべての計画がパーだ。今後俺には一切話しかけるなよ。もちろん古泉や朝比奈さんにもだ」 長門は目を大きく見開いて俺を見つめる。その目に涙が光っているように見えたと思った瞬間、ぽつぽつと雨が降ってきた。 「んじゃ、また明日学校でな。逃げるんじゃねえぞ」 次第に強くなる雨の中で立ちつくす長門に追い打ちをかける。 「早く消えろよ、もううちには来んな」 長門は降りしきる雨の中を走って帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、明日以降どうやっていじめてやろうかと考えるとじんわりと笑いがこみ上げてきて止まらなかった。 あんなに素直でかわいいハルヒと、長門を思う存分いじめられる。これでもう、ハルヒは退屈なんかすることはないだろう。そしてもちろん俺も。 以上
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CV 佐倉綾音 Illustrator しずまよしのり 艦船ステータス 長門 No 改造チャート 改造可能レベル 火力 雷装 対空 対潜 索敵 運 耐久 装甲 回避 速力 スロット 搭載 燃料 弾薬 射程 1 長門 →長門改 - 82 0 31 0 12 20 80 75 24 低速 4 12( 3, 3, 3, 3) 100 130 長 装備 41cm連装砲 14cm単装砲 零式水上偵察機 未装備 長門改 No 改造チャート 改造可能レベル 火力 雷装 対空 対潜 索敵 運 耐久 装甲 回避 速力 スロット 搭載 燃料 弾薬 射程 1 長門→ 長門改 30 92 0 42 0 25 30 90 87 37 低速 4 12( 3, 3, 3, 3) 100 160 長 装備 41cm連装砲 41cm連装砲 零式水上偵察機 未装備 同型艦 長門 ― 陸奥 autolink ゲーム内において 艦娘データ(最終形のみ)ページより No 名前 改造可能レベル 火力 雷装 対空 対潜 索敵 運 耐久 装甲 回避 速力 スロット 搭載 燃料 弾薬 熱+弾 1 長門改 30 99 0 99 0 49 30 90 95 69 低速 4 12( 3, 3, 3, 3) 100 160 260 運が高いので、夜戦でのカットインが狙えるため、他の戦艦と比べてアドバンテージが大きいと言える。 史実情報 1920年(大正9年) 10月27日 竣工前後の長門を写した、有名な一葉。 日本海軍の対米大規模海軍拡張計画、所謂「八・八艦隊計画」の第一弾として建造されたのが、長門である。 これまでに培われた造船ノウハウと、第一次大戦の戦訓を取り入れて設計された長門型は、従来の戦艦とは異なる、多くの新要素を盛り込んで開発された。 主砲は米戦艦を凌駕すべく、41センチ砲の採用を決定。41センチ砲戦艦は今だ例がなく、長門が世界に先駆ける形となった。 艦橋構造も大きく変更され、従来の三脚楼を廃し、太い主柱の周囲を六本の支柱で囲むように支え、各設備を段状に配する櫓檣(ろしょう)となった。 外見的特徴以外にも、防御装甲が第一次大戦の戦訓に基づいたものとなり、速力は27ノットに達した。 これは当時の戦艦の平均速力である23ノットを大きく上回るもので、日本海軍は長門の速度を秘匿し、23ノットと発表している。 ささいな事では、艦橋の高層化によりエレベーターが設置されたりしている。 こうして、長門は世界一の性能を持って設計され、完成した。 長門の完成直後、ワシントン海軍軍縮条約の締結により「八・八艦隊計画」は廃棄された。 長門は聯合艦隊旗艦に就任。日本海軍の顔として人々に愛された。 大正時代、少年雑誌付録のカルタに「陸奥と長門は日本の誇り」という札があったことも、長門型がいかに国民に愛されていたかを示している。 この頃、長門は煙突を大きく後方に湾曲させた。当初は造船関係者に冷笑される措置だったが段々と定着し、やがてはこの姿こそが美しいと人々の間に認知されていった。 また、艦隊決戦補助兵器『一号機雷』の廃案により、大正15年から昭和2年の間に艦首を従来のスプーンバウから、より凌波性の高いクリッパーバウに改修している。 関東大震災発生時は、出先の大連から全速力で東京湾へと急行。この途上英国巡洋艦(艦名諸説あり)に追跡され、長門の速力が知れることとなったが、諸外国からは特に反応がなかった。 その後海軍は寸断された鉄道網に代わり、艦艇による人員・物資の輸送を実施。東京湾に日本海軍の主力が勢ぞろいした様は、被災した人々を励ましたと言われる。 余談だが、大正末期に高松宮宣仁親王(昭和天皇の弟)が任官している。 当時の士官たちは字が上手いからと宮様に書類を代筆させた他、宮様のツケで宴会をしたり、かなり好き放題したらしい。幸い、宮様が不快な思いをすることはなかったようだが。 この宮様のツケで宴会をしたのが、後に「雷」艦長として英国兵を救助した工藤俊作である(元々、工藤は靴を貸したお礼にと宮様に奢って貰ったのを、周りが便乗して宴会にした)。 1936年(昭和11年) 1月下旬 近代化改装を完了しテスト中の姿 昭和9年には近代化を図る大規模な改装工事を実施し、それまでとは艦容を一変させる。 改装により排水量が増大したものの、長門の機関は戦艦の規定速力25ノットを発揮するに足りた為、特に増備交換はされなかった。 二・二六事件の際は、聯合艦隊旗艦として戦艦部隊を率い品川沖に展開。国会議事堂へと主砲を向け、海軍は断固叛乱に立ち向かう姿勢を示した。 太平洋戦争が始まると、かの有名な「ニイタカヤマノボレ 一二○八(Xデーを12月8日とする の意)」を聯合艦隊全艦艇に向けて発信する。 その後は大和と共に主力として温存されるが、戦艦対戦艦による大規模な艦隊戦など起こる事もなく、活躍の機会はなかった。 1943年6月には、柱島で停泊中に妹・陸奥が突如爆沈。当日は濃霧であったが、居合わせた長門は扶桑と共に救助活動を行った。 数少ない出撃はマリアナ沖海戦と、レイテ沖海戦の二つのみである。 マリアナ沖海戦では、大和姉妹と共に機動部隊の護衛として出撃。 隼鷹へ突進する敵雷撃機5機編隊に向け距離約1万5千メートルから主砲三式弾を発射し、初弾で全機撃墜を報告。 これが、長門の主砲が初めて敵へ火を噴いた瞬間だった。同海戦では敵艦載機の爆撃を受けるも、大きな損傷はなかった。 また、被弾大破した空母飛鷹の曳航を試みるも、果たせずにいる。 imageプラグインエラー ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (nagato5.JPG) レイテ沖海戦前 ブルネイ泊地での長門。前艦橋最頂部に21号電探、後艦橋に13号電探が追加されている。右舷奥に見えるのは大和(奥)と武蔵。 レイテ沖海戦では第一遊撃艦隊として出撃。途中爆弾数発を受けるも行動に支障はなく、サマール島沖海戦に参加。敵空母への砲撃を行ったが、 武蔵を失った大和の僚艦として行動していたため、大和が敵魚雷に挟まれ身動きが取れなくなった際も同行し、戦列から離れてしまっている。 この海戦で長門は敵機からの攻撃を複数回にわたって受けたが、避けきれなかった最初の魚雷は突如向きを変えて外れ、次の魚雷は近すぎたためか艦底を通過。 また命中した爆弾は薄い艦首部だったため炸裂せず貫通、被害を免れるなどの幸運に恵まれている。 レイテより帰還した長門だったが、国内の燃料事情から給油されず、横須賀に繋留されることになった。 年明けには榛名、伊勢、日向と共に浮き砲台となる事が決定し、煙突上部と後部マストを切断。副砲や電探など多くの装備を撤去し、迷彩塗装と浮島に偽装する工作をした。 この改装は、戦艦として行動することが不可能であることを意味していた。この時の姿を撮影した写真が多く残っているが、見るには少し忍びない。 7月末、迫る米空母艦載機の攻撃で艦橋を損傷し、艦長や砲術長が戦死。日本戦艦最後の艦長として、杉野修一大佐(“杉野は何処”で有名な杉野一等兵曹の長男。球磨の最後の艦長も務めた)が着任する。 そして、長門はそのまま終戦を迎えた。 終戦を迎えた横須賀で、米軍により撮影された長門。 終戦時、長門は日本の戦艦12隻の中で唯一水上に姿を留めていた。戦に敗れようとも、横須賀の海に浮かぶその姿はいまだ衰えておらず、偉容を失っていなかった。 翌月、長門は米軍に接収され、後部艦橋には軍艦旗に代わり星条旗が翻った。この時の様子はカラー映像で残っており、「なんでも鑑定団」に艦内時計が登場した折、紹介されている。 長門は研究資料として米国へ回航され、翌年ビキニの海にその姿を見せた。戦後初の核実験「クロスロード作戦」に標的として供されたもので、傍らには軽巡・酒匂(さかわ)の姿もあった。 同実験の標的艦配置図 実験は7月1日の空中実験と、25日に行われる水中実験の計2回だった。1日の実験では大型艦はほぼ無傷で、長門も例外ではなかった。 この実験の結果を聞いた当時の農商大臣の夫人は「英霊がみんなで船底から長門を支えてるんですよ」と言ったという(阿川弘之:軍艦長門の生涯 下巻 P368)。 25日の実験では、ほぼ爆心地の中心にあった戦艦アーカンソーが轟沈、空母サラトガが7時間後に沈没する中、長門は右に5度傾いたまま浮き続けていた。 実験直前、長門は真珠湾の意趣返しとばかりに艦首に穴が開けられ、艦体には機雷が設置されるなどした。しかし、1000以上に細かく分けられた水防区画が功を奏し、海上に留まり続けた。 当時の日本では、原爆実験の実施と「長門沈まず」が報じられ、日本造船の技術が確かだった証拠であると喧伝された。 だが、29日朝、長門の姿は忽然として海面から消えていた。28日深夜から29日の未明にかけて、静かに横転沈没したのだった。 長門沈没の瞬間を目撃した人間は、誰も居ない。 1946年7月25日 遠くからでも、日本戦艦の特徴ある艦影を確認できる。 こうした最期は、日本海軍の栄光と凋落を一身に背負った長門が意地を見せたのだと、多くの人が称している。 現在、長門の沈没地点はダイビングスポットになっており、海底に眠る姿を見ることが出来る。なお、ビッグ7の中で、唯一原型をとどめて残っている船でもある。 上下逆さまに着底したため、艦橋は折れているものの比較的形が残っている他、自慢の主砲塔も健在である。 余談だが、先に少し触れたとおり「なんでも鑑定団」に由来の品が登場している。 2003年8月26日の放送では艦内で使用されていた時計が登場。専門家により艦橋で使用されたものではないかとされ、20万の値が付いた。 2005年9月27日には、米国回航時に接収された軍艦旗が少将旗、先任旗と共に登場。軍艦旗には1000万円の鑑定額がつけられた。 この軍艦旗は、1年後に同番組の出演者・石坂浩二氏が1000万円で自費購入し、広島県呉市の呉市海事歴史科学館(通称:大和ミュージアム)に寄贈している。 この他にも、世界遺産の番組などでビキニ環礁が紹介された際には、必ずと言っていいほど紹介されているなど、比較的メディアに取り上げられている。 長門を題材とした作品に、阿川弘之の著書「軍艦長門の生涯」がある。長門の生涯を通じて、当時の日本を知ることが出来る作品であり、ファン必読である。 艦歴 大日本帝国海軍 発注 八八艦隊計画第1号艦 起工 1917年08月28日 於呉海軍工廠 進水 1919年11月09日 長門型戦艦一番艦“長門”と命名 竣工 1920年11月25日 横須賀鎮守府所属 1920年12月01日 第一艦隊第一戦隊旗艦となる 1921年12月01日 戦艦“伊勢”より連合艦隊旗艦を継承 1923年09月01日 関東大震災発生に伴う救援物資輸送を実施 1934年04月 近代化改装工事に着手 1936年01月31日 工事完了 1937年08月20日 第二次上海事変勃発に伴い陸軍第11師団(上海派遣軍)を上海へ輸送 1940年10月11日 紀元2600年特別観艦式に参加 1941年12月06日 連合艦隊旗艦としてハワイ攻撃支援を実施 1942年02月12日 連合艦隊旗艦機能を戦艦“大和”に継承 1942年06月05日 ミッドウェー作戦に参加 1942年07月14日 姉妹艦“陸奥”と共に第一艦隊第二戦隊へ編入 1943年06月08日 戦艦“陸奥”爆沈。救難作業にあたる 1943年08月17日 トラック島へ進出 1944年02月25日 第一艦隊廃止。第二艦隊第一戦隊へ編入し戦隊旗艦となる 1944年05月04日 戦隊旗艦を“大和”に継承 1944年06月18日 あ号作戦(マリアナ沖海戦)に参加 1944年10月23日 捷一号作戦(レイテ沖海戦)に参加 1944年11月15日 第二艦隊第三戦隊へ編入 1944年11月25日 雪風など第十七駆逐隊の護衛を受け横須賀港に入港 以後、燃料不足により終戦まで外洋航行不能 1945年01月01日 第三戦隊解隊。第二艦隊第一戦隊(僚艦“大和”“榛名”)へ編入 1945年02月10日 第一戦隊解隊。横須賀鎮守府警備艦へ編入 1945年04月20日 予備艦へ種別変更 1945年06月01日 特殊警備艦へ艦種変更。主砲以外の全兵装及びマスト・電探・煙突が撤去される 1945年07月18日 横須賀空襲にて艦橋に直撃弾。艦長以下艦橋要員が全員戦死 1945年08月15日 中破状態のまま終戦を迎える 1945年08月30日 米軍によって接収される 除籍 1945年09月15日 正式な除籍の後、米軍への引き渡しを実施 アメリカ合衆国海軍 1946年03月18日 クロスロード作戦の標的艦として軽巡洋艦“酒匂”と共に横須賀港を出港 1946年07月01日 第一実験(エイブル/空中爆発)、爆心地より1500m地点で被爆。損害軽微 1946年07月25日 第二実験(ベーカー/水中爆発)、爆心地より900m付近で被爆。右舷破孔の浸水により5度傾斜 沈没 1946年07月29日 第二実験による浸水が原因とされるも、沈没時の目撃者なし 参考動画 長門と陸奥は日本の誇り~長門 前篇~ http //www.nicovideo.jp/watch/sm22640425 長門と陸奥は日本の誇り~長門 後編~ http //www.nicovideo.jp/watch/sm22664864 台詞一覧 状況 台詞 関連する史実や元ネタ、解説など 自己紹介 私が戦艦長門だ、よろしく頼むぞ。敵戦艦との殴り合いなら任せておけ。 秘書クリック会話① なんだ? 秘書クリック会話② 私の顔に、何か付いているのか? 秘書クリック会話③ あまり艤装には触らないでもらいたいものだな 終戦直前、主砲以外の艤装を全て剥がされている 秘書クリック会話(クリスマス仕様①) これが…クリスマスか。ふぅん…そうか♪ 秘書クリック会話(クリスマス仕様②) 提督、いつもお疲れ様だな。今日くらいは一緒に呑もう。 秘書クリック会話(ケッコンカッコカリ)(反転) 大丈夫…私はあなたと共にある。 戦績表示時 司令部から連絡だ 編成選択時 戦艦長門、出撃する! 装備時① 近代化改修か。私には必要ないのだが… 近代化改修の際、機関を交換せずに25ノットを維持できたことに由来か 装備時② ありがたい。これなら奴とも戦えるな 他のビッグ7のことかもしれないが、昭和の大改装が元ネタだとすると、各国が条約明けを見越して作られた、ビスマルクのような当時の新型戦艦のことかもしれない 装備時③ いいだろう (マップ選択・資材発見・修復剤使用・装備開発と装備時③は共通) 補給時 そうだ。食えるときに食っておかねばな。 戦争末期には満足に動かす燃料もなかったためか ドック入り 少し整備は必要だな ドック入り(重傷) 艦隊決戦は、万全の状態で戦いたいからな。 建造時 新たな仲間が進水したようだ。楽しみだな 艦隊帰投時 作戦終了だ。艦隊が帰投したぞ 出撃時 第一戦隊、出撃するぞ! 第一戦隊は最強戦艦部隊だった 戦闘開始時 ビッグ7の力、侮るなよ 図鑑は「ビック7」だが「ビッグ7」が正解(現在は修正済)残りの6隻は「陸奥」、米コロラド型「コロラド」「メリーランド」「ウエストバージニア」、英ネルソン型「ネルソン」「ロドニー」 攻撃時 待ちに待った艦隊決戦か。胸が熱いな 一度も戦艦対戦艦の艦隊戦を迎えることなく終戦 夜戦開始時 よし!艦隊、この長門に続け! 夜戦攻撃時 全主砲、斉射。…てーい! MVP時 連合艦隊の旗艦を務めた栄光に比べれば微々たるものだが、貰っておこう…か 長門は聯合艦隊旗艦として国内外に知られた 被弾小破① フッ…効かぬわ! 被弾小破② 長門型の装甲は伊達ではないよ 欧米の新型戦艦をも上回る最大508mmの装甲を持っていた。これより厚いのは大和型だけ。 被弾カットイン くっ…敵艦隊も…なかなかやるな…! 撃沈時(反転) 戦いの中で沈むのだ……あの光ではなく…本望だな… 戦後、米軍の標的艦として核爆弾により沈没 その他 2014年か、胸が熱いな おそらく限定のセリフ その他2 謹賀新年か、胸が熱いな おそらく限定のセリフ ケッコンカッコカリ(反転) なんだろう? 記憶の彼方にある、あの光景は? 敵味方の艦たち、そしてあの巨大な光…。疲れているのか…な、提督。 長門最後の戦いとも言えるビキニ環礁で行われた核実験、クロスロード作戦の光景。日本(長門と酒匂)やドイツ(プリンツ・オイゲン)の船も使われたが、大多数は終戦に伴う軍縮により不要となったアメリカの船だった。 時間 台詞 関連する史実や元ネタ、解説など 放置時 ん…何?別に時間を持て余している訳ではないぞ。あーそうだ、忙しいなぁ。 史実では艦隊決戦の機会がなく、暇を持て余していたからか コメント 最新の30コメントを表示しています。 ん、なっ・・・! い、いや、嫌いではない・・・。 クリック会話追加されてるね -- (名無しさん) 2014-02-09 17 18 24 改のみか -- (名無しさん) 2014-02-09 17 19 56 初めて大型艦建造を最低限の資源でしてみたら、やっと長門が来た。開発をお願いしてみたら、初めて46CM砲を引いた。先生お願いします状態。 -- (名無しさん) 2014-02-11 16 26 46 青葉もそうだけど、この船にも後の総理大臣・中曽根康弘が乗艦していた事があるんだとか -- (名無しさん) 2014-02-13 15 36 16 結婚後秘書クリック会話追加「大丈夫・・・私はあなたとともにある」 -- (名無しさん) 2014-02-14 18 43 58 ↑結婚したの!? -- (名無しさん) 2014-02-15 19 38 28 ↑↑羨ましいな。まだお迎えしてない。艦これのサービス提供中にお迎えできる自信が無くなった… -- (名無しさん) 2014-02-16 02 28 56 あきつレシピで回したら3回目で出た -- (名無しさん) 2014-02-16 11 26 48 誰でもいいから戦艦お迎えしたくて戦艦レシピ回したらまさかの長門。絶対長門は来ないと思ってた -- (名無しさん) 2014-03-15 23 50 33 430/30/630/30でテキトーに回したら提督就任1週間の俺に長門様が・・・ -- (名無しさん) 2014-03-21 09 21 44 戦艦レシピ3 -- (名無しさん) 2014-03-23 11 19 11 ↑途中upですみません。戦艦レシピ3回目でのご登場。提督lv9の俺にどうしろと。ひとまず放置ですみません。 -- (名無しさん) 2014-03-23 11 22 59 一回でたらすぐにダブった -- (名無しさん) 2014-04-29 16 32 40 司令部Lv93でも、まだ我が鎮守府に長門はおらず。出る提督と出ない提督のLv落差が凄そう。 -- (名無しさん) 2014-05-11 02 06 44 やっとケッコンカッコカリまできたわ。ケッコン(ry)時のセリフは目頭が熱くなるな -- (名無しさん) 2014-05-18 16 31 10 空母なしの編成にも関わらず、相手艦載機を全て叩き落とした長門さんの史実再現に腰抜かした -- (名無しさん) 2014-05-19 15 27 06 400/130/600/30で17:40頃 司令部L51、秘書艦はっちゃんL21、伊58L23,伊168L21、水母2共にL6、北上L6・・・妹むっちゃんは400/30/600/30で司令部L25でした -- (名無しさん) 2014-05-23 00 11 22 なんつ〜か姐さんが似合う戦艦も、武蔵を除けばいないよなぁ、艦これ限定で(踏んでください震え) -- (名無しさん) 2014-06-17 22 22 14 長門改二早く出ないかな~ -- (名無しさん) 2014-07-27 21 16 06 2014.10.3 「んっなぁ!?・・・い、いや・・・嫌いではない」 -- (名無しさん) 2014-10-03 01 03 36 2014.10.3 「んっなぁ!?・・・い、いや・・・嫌いでは//ない」 -- (名無しさん) 2014-10-03 01 04 29 二度と離しはしない…絶対に! -- (名無しさん) 2014-10-27 23 24 26 陸奥は比較的楽にゲットできるが… -- (名無しさん) 2014-11-24 23 20 15 長門さんのためなら資材を全て回そう -- (名無しさん) 2014-11-27 20 08 16 師匠と一緒に全てを取り返しにいきます。 -- (名無しさん) 2015-01-03 14 57 32 大勲位は佐藤大輔の創作じゃなかったか? -- (名無しさん) 2015-04-03 18 15 16 司令部レベル100にもかかわらず未だに来てくれないんですが、本当に実装されてるんですか?? -- (名無しさん) 2017-07-27 21 19 20 戦艦レシピで一番最初に出てファッ⁉︎てなった -- (名無しさん) 2020-12-03 18 37 57 大型建造最低値で出てきた! -- (すいか) 2021-07-05 01 38 11 大和より朝日戦艦の方が20ミリ装甲が分厚い -- (名無しの権兵衛) 2021-08-08 07 24 03 名前 コメント すべてのコメントを見る +外部リンク 外部リンク Wikipedia:長門 ニコニコ大百科:長門 +タグクラウド タグクラウド 艦娘 駆逐艦 軽巡洋艦 重巡洋艦 戦艦 装備娘 軽空母 睦月型 建造 潜水艦 朝潮型 球磨型 長良型 正規空母 特型駆逐艦 開発 千歳型 妙高型 暁型 川内型 吹雪型 高雄型 最上型 金剛型 伊勢型 白露型 小口径主砲 大和型 阿賀野型 陽炎型 航空戦艦 翔鶴型 祥鳳型 期間限定海域 装備 天龍型 利根型 飛鷹型 青葉型 大口径主砲 水上機母艦 扶桑型 応急修理要員 長門型 古鷹型 艦上戦闘機 間違った報告を入力したので消去 巡潜3型 任務 遠征 イオナ 綾波型 霧 三式潜航輸送艇 巡潜乙型 家具 ぷらずま 海大Ⅵ型a 巡潜乙型改2 島風型 魚雷 天城型 夕張型 中口径主砲 誤ったコメ投稿をしたため削除 +関連ページ 関連ページ 長門/コメント 練習ページ 改造Lv早見表 基礎知識 雑学(艦名) 俗語辞典 飛鷹 艦娘データ/初期装備 艦娘データ/Lv99/戦艦・航戦 データ_艦船 愛宕 2013-11月_期間限定海域 Bismarck 艦船/一覧 武蔵 大和 伊勢改 妙高 球磨 榛名 加賀 日向 伊勢 陸奥 雑学 データ_艦船2 艦船/一覧/海外艦 41cm連装砲 解体 データ_艦船3 データ_艦船21 艦娘一覧 データ_艦船1-50 ▼wikiレンタル代価広告
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月曜日 この高校に入って2回目の夏休みも、去年同様ハルヒに振り回されて終わった。 まあ流石に去年みたいに延々とループさせられる、っつーことは無かったがな。 この夏休みを語る上で1番話さなくてはいけないこと、それは俺とハルヒが付き合いだしたってことだ。 告白したのは俺。まあなんというか、いい加減はっきりさせないといかんと思ったわけだ。 SOS団のメンバーの反応は、長門はいつものようにノーリアクション、朝比奈さんは笑顔で祝福、 んで古泉は「おやおや、ようやくですか」とか言って例のニヤケ顔さ。 まあ結局のところ俺がハルヒに振りまわされるっつースタンスは不動のもののようで、 デートと言っても不思議探索の延長みたいな雰囲気、まあ俺もそういうもんかなと思いつつ、 もうちょっと恋人らしく甘々な言動があってもいいんじゃないかという希望もあるわけだ。 さて、回想はこれぐらいにしようか。現在に戻ろう。 夏休みは終わり、今日からまた学校が始まる。この忌々しいハイキングコースとも感動の再会だ。 おー1ヶ月俺が登らなくて寂しかったかー。俺は全然寂しくなかったぞー。 暦の上では秋なんだからもっと涼しくていいだろうに、8月とまったく変わらぬ日差しで俺の体力を奪う. もう学校につくころには俺のHPは半分になっていたさ。 「ようハルヒ。普通ならここで久しぶりだとか言うんだろうが、まったく久しくないな。」 「まったくね。まあでも部室に行くのは久々だから、それは楽しみね!」 どうやらコイツの頭の中ではこれからやる始業式やHRなどは省略されてるらしい。もっとも俺もだが。 よって校長先生のありがたーい話や岡部の熱血HRなどは省略させていただく。 そして、放課後がやってきたわけだが、部室に行こうとする俺をハルヒが呼びとめた。 「ん?どうした?ハルヒ。」 「悪いけど今日、部室には行けないわ。」 「珍しいな、なんでだ?」 「母さんが熱中症でダウンしちゃったみたいなのよ。さっきメールが来てね。 ほっとくわけにもいかないから先に帰らせてもらうわ。」 「そういうことなら早く行ってやれ。みんなには俺から伝えとくさ。」 「わたしがいないからってみくるちゃんや有希にちょっかい出すんじゃないわよ!」 「出すか!」 そしてハルヒは笑いながら走り去ってしまった。やれやれ…… さてと、じゃあ部室に行くとしますかねえ。 例によって朝比奈さん着替え対策としてのノックをしつつ、 返事が無いので多分長門だけだろうとドアを開けたら、案の定長門だけだった。 「よう、長門だけか。」 と俺はあいさつをする。 この場合、無反応が20%、こっち見て頷くのが40%、「そう」と短い返事をするのが40%。 これは今までの長門の反応を統計的に分析しただいたいの確率だ。 さーて、今日はどのパターンかな。 「……うるさい。」 おお、今日は短い返事のパターンか。……ってあれ?なんか今変なことを言われたような…… 「あの~長門さん?今なんと……?」 「うるさいと言っている。本に集中できない。黙って。」 この時ようやく俺は、今の異常な状態に気付いたのだ。 「おい!一体どうしたんだ?……長門!」 俺が長門の肩をつかむと、長門はそれを冷たく振り払った。 そして本を閉じて 「……帰る。」 荷物をまとめて席を立ってしまった。 ガチャリ 丁度その時、ドアが開いて、古泉と朝比奈さんが入ってきた。出ようとした長門と丁度向かい合わせになる。 「あ、長門さん、こんにちはぁ~。」 「おや?帰られるのですか?」 「……どいて。」 「え?」 長門はそのまま外に出ていってしまった。 「あ、あの~今のは一体……?」 「部室で何かあったんですか?」 わからん。俺が部室に来た時からあんな感じだった。俺にもさっぱりだ。 あんな不機嫌そうな長門は見たこと無い。 コンコン と、その時だった。部室のドアがノックされたのだ。 ハルヒは休みだし、長門は今さっき出ていったばかりだ。 となると…… 「ど、どうぞ~!」 朝比奈さんの声でドアが開き入ってきたのは、意外な人物だった。 「喜緑さん!」 「お久しぶりです。」 喜緑江美里さん。俺より一個上の先輩で生徒会の書記であり、 長門と同じインターフェイスだったりする宇宙人なのだ。 「一体、なんのご用で?今は生徒会が関係する企画をする予定はありませんが……」 「いえ、今日来たのは長門さんのことについてです。」 「長門さんのこと、ですかぁ?」 「ええ。今日の長門さん、少しおかしくありませんでしたか?」 少しどころじゃありませんよ。あんな敵意ムキだしな長門、始めてです。 「やはりそうですか……」 「今長門さんに何が起こっているのですか?」 「単刀直入に申し上げます。長門さんは今、『反抗期』なのです。」 「「「反抗期!?」」」 俺と朝比奈さんと古泉の声が見事にハモった。 長門が……反抗期? 「はい。多くのインターフェイスは1回はこれを経験します。原因は自我の発達。 おそらく長門さんはこの夏様々な経験をして、自我が大きく成長したのでしょう。」 「その反抗期というのは我々人間と同じように、時と共に直るものなのでしょうか?」 「ええ、その点については問題ありません。個人差はありますが、5日程度で通常に戻るでしょう。」 5日か……うん、それぐらいなら対したこと無いな。 「ただし、我々インターフェイスの反抗期は、人間のそれよりも危険度が高いです。」 「と言うと?」 「過去、朝倉涼子が暴走しましたね?実はあの時も、彼女は反抗期だったのです。」 「マジですか!」 「ですから、そういう暴走を引き起こす可能性もあるかもしれないわけです。」 「いや、長門に限ってそんな……」 「今までの彼女とは別人のようになってしまう、それがインターフェイスの「反抗期」です。 もし長門さんが限度を超える暴走をした場合、私の手で彼女の情報連結を解除しなければなりません。」 「そんな……」 「私としてもこれは避けたいと思っています。 ですから皆さんには、長門さんが暴走しないように刺激しないで見守っていてほしいのです。 これからの5日間、不快にさせてしまうこともあるかと思われます。 でもこれも長門さんの成長なのです。どうか、見守ってあげてください。お願いします。」 そう言うと喜緑さんは頭を下げた。 ……分かりましたよ喜緑さん。これがあいつの成長のためなら、俺達はそれに付き合いますよ。 なあみんな? 「ええ。長門さんはSOS団の大事な仲間ですから。」 「ぼ、暴走なんて、させません!」 「……ありがとうございます。長門さんを、よろしくお願いしますね。」 喜緑さんはもう1度頭を下げた。 こうして、長門反抗期ウィークが始まったわけだ。いろいろ不安だが、乗り切るしかないよな…… 火曜日 朝、むしむしする熱さの中を坂を登って登校するあたし。 流石のあたしでも、これは結構体力を削られる。 やっぱり部室にもクーラーが必要よね。また電気屋さんに頼みこもうかしら。 荷物運びやセッティングは全部キョンに任せちゃいましょ。 校門にさしかかった時、見慣れた顔と鉢合わせになった。 「有希じゃない、おはよう。」 あたしはいつものようにあいさつをする。 いつもの有希なら小さな声で「……おはよう。」と返してくれる。 だからあたしもそういう返答を期待してたんだけど、返ってきた言葉は予想外のものだったわ。 「……話しかけないで。」 え? 今、なんて? 「ちょ……有希!」 私の声にも応じず、そのまま歩き去ってしまった。一体……なんなの? もしこれがキョンとかだったらそのままケリとか食らわすとこなんだけど、 相手が有希じゃそういうワケにもいかないし、する気も起きない。 怒りよりむしろ混乱の方が大きかった。あの有希があんなこと言うなんて……どういうこと? パニック状態のまま、あたしは教室に着いた。 既にキョンはあたしの席の前に座ってた。 「ようハルヒ。今日は遅いな。」 「ちょっと聞いて!さっき下駄箱で有希と会ってね……」 あたしはさっき起こった出来事をキョンに説明した。 でもキョンは驚く様子は無い。「やっぱりか……」みたいな表情をしてる。 「驚かないわね。なんか知ってるの?」 「ああ。ハルヒにも話しておこうと思ってたんだけどな、 今の長門はなんていうか、ちょっとナーバスなんだ。一般的に言う『反抗期』ってヤツらしい。」 「反抗期?」 あの有希が反抗期……?想像もつかないわ。 でもさっきの態度も反抗期だってなら説明できる。 「そういうことだ。時と共に直るはずだから、俺達に出来るのは見守ってやることだけさ。」 「……そうよね。それしかないわよね。無理に叱り付けても逆効果っぽいし。 それにしてもあの有希が反抗期だなんて……」 「確かに意外だが、俺はいいことだと思ってる。あいつは自分を出すヤツじゃなかったからな。 どんな形であれ、自分を出そうとしてるのは良い傾向だ。 長門なりに変わろうとしてるんだよ、きっと。」 キョンの言う通りね。こいつ、あたしよりも団員のことを分かってるかも…… ……いいえ!そんなことないわ!団員のことを1番分かってるのは団長であるあたしなんだから!! 授業を終えて、待ちに待った放課後。 あたしは掃除当番だから、キョンを先に行かせる。 昨日休んだから久しぶりの部室! ワクワクしながらあたしはドアを開けた。 「遅れてごっめーん!……あら?有希は?」 「帰っちまったよ。昨日と同じようにな。」 結局、有希は帰ってしまったらしい。 「まったく、しょうがないわねあの娘は。」 「すいません涼宮さん、彼女の無礼、僕が代わりに……」 「古泉くんが謝る必要は無いわよ!それにあたしは怒ってないわ!」 あの娘が変わろうとしてるんなら、あたしもそれを応援するつもりよ だって有希も大事なSOS団の団員なんだから! 「みんな!団長命令よ!有希のことを優しく見守ってあげること!!」 水曜日 今日は水曜日。長門さんが反抗期に突入してから今日で3日目です。 幸い、言動にトゲがあるものの、これと言った事件は無くここまで来ています。 このまま何事も無く反抗期が過ぎ去ってくれれば良いのですが…… そう願いつつ、いつものように部室のドアを開けます。 「こんにちは。おや、今日はお二人がいませんね?」 部室にいるのは長門さんと朝比奈さんのお二人だけでした。 元々少し長門さんが苦手なところがあった朝比奈さんです。 現在の反抗期中の長門さんとの二人きりな状況、たいへん苦痛であったと思われます。 現に僕がドアを開けた瞬間、彼女の顔からは安堵の色が伺えました。 朝比奈さん、お疲れ様です。 「こんにちは古泉くん。あの、涼宮さんとキョン君は、今日は行くところがあるからと連絡が……」 「なるほど。所謂デートということでしょうか。 それは非常に望ましいことですね。是非彼は彼女と仲良くなって頂きたく……」 ガタァン!!! 「ひぃ!?」 彼と涼宮さんがいないので比較的静かな部室に突然響いた音。 何事かと音のした方向を見ると、なんと長門さんが本棚を蹴っていました。 ……正直、かなり怖いです。 長門さんを無視して朝比奈さんと会話をしたのがマズかったのでしょうか…… 「こ、こんにちは長門さん。今日もいい天気ですね。」 「……そう。」 これは朝比奈さんで無くとも精神的にキツいですね。 今までのパターンから考えて、そろそろ「……帰る。」と言う頃でしょうか? 「……古泉一樹。」 名前を呼ばれました、さて、「……帰る。」ですかね? しかし次の一言はまったくの予想外で、僕を多いに驚かせました。 「……オセロでの対戦を希望する。」 ……マジで、言っているのですか? そういうわけで、何故か長門さんとオセロで対決することになりました。 結果……8割以上が長門さんの白で埋め尽くされるという結果に。惨敗、というヤツですね。 「………」 僕は彼ほど長門さんの表情を読むのが上手くはありませんが、何やら今の長門さん、不満そうに見えます。 はて……何がマズかったのでしょうか。 「あなたは私をバカにしている。」 はい!? いえ、まったくそんなつもりは無いのですが…… 「あなたの知能レベルとこのゲームの熟練度を考えれば、まだこのゲームに慣れていない私に勝つのは容易。 でもあなたはこれだけ負けている。つまりあなたは私に対して手加減をした可能性が高い。 私が今情緒不安定な状態になっているのは自覚している。その私を気遣ったということ? バカにしないで。こんな勝ち負けで私の感情は爆発しない。あなたのやっていることは侮辱。」 久々に聞きましたね、長門さんのマシンガントーク。 しかし彼女の意見はかなり的外れです。僕は手加減なんてしていないし、ガチでこの弱さなのです。 自分で言っていて悲しいですが、僕はこの手のゲームに弱いと自信を持って言えます。 普段の彼とのゲームの様子を見ればわかるはずですが…… やはり彼女は今冷静な判断力を欠いているようです。 「お言葉ですが、僕は手加減したつもりはまったくありませんよ。僕は普段から……おっと失礼。」 携帯電話が鳴りました。閉鎖空間のようです。 やれやれ、どうやら今デート中の彼が何かやらかしたそうです。 「すいません長門さん。閉鎖空間が出たようですので、僕はこれで……」 「ダメ。あなたは私と次のゲームをするべき。」 「いやしかし、閉鎖空間が……」 「あなたがこの部屋を出ることは許さない。私とゲームをするべき。」 「な、長門さぁ~ん、ゲームなら私がお付合いしますからぁ~!」 「あなたではダメ。私は古泉一樹との勝負を所望している。盤は準備した。さあ……」 「いい加減にしてください!」 言った後、しまったと思いました。僕ともあろう者が怒鳴ってしまうとは…… すぐに謝ろうと口を開きかけたところで、長門さんの様子がおかしいことに気付きました。 「うっ……うっ……」 なんと、あの長門さんがうずくまって泣いているのです。普段の彼女ならこんなことはありえない。 しかし僕はようやく理解しました。彼女は今、感情のコントロールが出来ない状態にある。 それは反発の感情だけではなく、喜びや悲しみなどの感情においても同じ。そして今は、悲しんでいる。 「長門さん……」 朝比奈さんも不安そうに長門さんを見ている。 ……仕方ありません。機関には後で罰を受けるとしますか。 今の状態の彼女を放っておけるほど、僕は冷徹になれそうにはありません。 「申し訳ありません長門さん。もう一勝負、お付合いしますよ。」 結局、僕が勝てて解放されたのは下校時刻ギリギリでした。 しかし、何故彼女はこんな状態になってしまったのでしょうか。 「自我の目覚め」と喜緑さんは言っていました。ではそのトリガーとなった出来事とは……一体? 木曜日 今日で長門さんが反抗期に入って4日目。 私は昨日と同じように長門さんと二人きりで部室に居ます。 私なりに、今までの出来事を整理してみたんです。そして気付いたことがあります。 「はい、長門さん、お茶です。」 「……。」 長門さんは特に何も言いませんでしたが、ちゃんとお茶を貰ってくれました。 私は勇気を出して、長門さんに尋ねてみます。 「ど、どうですか?おいしいですか?」 これは私が考えていることを確かめる意味でもあるんです。 すると長門さんは、口を開きました。 「……割と。」 やっぱり…… 今の返答で確信を持ちました。長門さんは、私や古泉くんに対してはあまり反発しません。 昨日の出来事も、敵意を持ってやったことじゃないと思います。 そして何より、昨日は帰らずに最後まで居たこと。それは、彼と涼宮さんがいなかったから…… ガチャ 「だから昨日は悪かったよ。」 「もう怒ってないわよ。でもまた変なことしたら死刑だからね!」 「へいへい。」 ドアが開いて、涼宮さんとキョン君が入ってきたみたいです。 会話からして、昨日閉鎖空間を発生させたいざこざは解決したみたい。良かったぁ。 「……帰る。」 そして長門さんは、部室を出ていってしまいました。 「お、おい長門……」 「有希……」 そう、長門さんは明らかにこの二人を避けているんです。それも、敵意を持って。 昨日長門さんが本棚を蹴った時のこと。 アレは古泉くんが長門さんを無視して話をしてたから怒ったんじゃありません。 話の内容に怒っていたんです。丁度あの時、二人のことを話してましたから…… 帰り道、長門さんを除いた4人で歩いています。 今日は珍しく、涼宮さんが古泉くんと話しています。 だから私は、キョンくんに話しかけることができるのです。 「あの~、キョン君、お話があります。」 「なんでしょう、朝比奈さんの話ならなんでも聞きますよ。」 「長門さんのことなんです。」 キョンくんの顔が真剣になりました。 私は続けます。 「昨日キョンくんと涼宮さんがいなかった日は、長門さん最後まで居たんです。 ちょっとしたいざこざはあったけど、無視したりはしませんでした。 でもキョンくんと涼宮さんの話を出した時だけ怒って……」 「そうだったんですか……」 「だから私思うんです。言いにくいけど……長門さんはキョン君と涼宮さんに敵意を持ってて、避けてます。」 「俺とハルヒ限定ですか?なんでまた……」 「それはきっと……」 「ちょっとキョン!どこ行くつもりなのよ!」 「え?」 キョン君は涼宮さんに呼びとめられました。 キョン君と私の帰り道は途中で別の道に分かれます。 その分かれ道のとこまで来て、そのまま私の方向へ行こうとしちゃったんですね。 「まったく!道忘れるぐらいみくるちゃんとの話に夢中になってたなんて!嫌らしい!」 「嫌らしいってなんだお前は!お前だって古泉と……」 「はいはい言い訳はこの後聞くわよ。じゃあねーみくるちゃん!古泉くん!」 こうして私と古泉くん、キョンくんと涼宮さんというように別の道に別れました。 「先程話していた内容、失礼ながら僕も聞き耳をたてさせて頂きました。 確かに、長門さんは彼と涼宮さんを特に避けていますね。よくお気づきになりました。」 「はい。でも肝心なことを言えませんでした。彼女が二人を避けて反発してる理由……」 「僕には安易に想像できますが、果たして彼が気付けるかどうか…… なんにせよ喜緑さんの言うことが本当ならば明日で終わりです。 何事も無く終わることを祈りましょう。」 「そうですね……」 でも、その願いが叶うことはありませんでした。 明日、長門さんはついに暴走をしてしまうのです…… 金曜日 今日で長門が反抗期になってから5日目。喜緑さんの言うことが本当ならば、今日で最後になるはずだ。 明日の不思議探索では普通に戻ってほしいと願いつつ、 俺はいつものように部室へと向かう。今日はハルヒと一緒だ。 「ねえ、キョン。有希のことなんだけど……」 「長門がどうかしたか?」 「私思うのよね。有希に避けられてるんじゃないかって…… さっきも会ったんだけど、私の顔を見るなりくるりと方向変えて逃げちゃったのよ。」 「この前も言ったろ。アイツは今ナーバスな状態なんだ。仕方ないさ。」 「でも……」 ハルヒは何か言いたげだ。 まあ確かにハルヒは長門が宇宙人ってことも知らないし、短期間で直るってのも知らない。 ずっとこのままこの態度だったらどうしようかと不安になるもの無理は無いだろう。 かと言って俺が「明日には直るさ。」と断言するわけにもいかない。 明日まで我慢してくれな、ハルヒ。 ガチャ 部室のドアを開けると、例のごとく小柄な宇宙人が一人で本を読んでいた。 だが、俺達の顔を見ると、露骨に帰る準備を始める。 「……帰る。」 ……まあ今日までだからな。このままごたごたも無く過ぎ去ってくれればそれでいい。 長門が俺達の脇をすり抜けて部室から出ようとする。だが…… 「ちょっと、待ちなさい!」 ハルヒが長門の肩をつかむ。お、おいハルヒ……長門は今ナーバスな状態で…… 「知ってるわよそんなこと!でもこのままでいいわけないでしょ! ねえ有希、なんでアンタ私達を避けてるの?言いたいことがあるなら言った方がすっきりするわよ?」 まあハルヒらしいっちゃハルヒらしい言い分だ。 同じ反抗期なら面と向かって反抗しろということらしい。 「あ……が……くい……」 長門がぼそぼそと口を開いた。え?なんだって? 「有希?」 「あなたが……憎い。」 な、長門!? 「きゃっ!!」 「ハルヒ!!」 ハルヒが長門に突き飛ばされた!そのまま団長机に激突してしまう。 「おいハルヒ!!大丈夫か!?」 ……意識が無い!頭を打って気を失ってる!早く病院に…… 「無駄。この空間を私の情報制御空間とした。この部屋からは出られない、私が許可しない限り。」 「だったらその空間を解除してくれ!このままじゃハルヒが……」 「問題無い。」 「問題無いわけねぇだろう!」 「涼宮ハルヒは、私がここで殺すから。」 「な……がと?」 そう言ってナイフを取り出す長門。 おい……冗談だろ?ナイフってお前……どこの朝倉だよ。 「なんでハルヒを殺すんだ!SOS団の仲間じゃなかったのか!?」 「涼宮ハルヒがいる限り、私とあなたが結ばれることは無い。」 「長門、お前……」 「私があなたを考えない日は無かった。 だけどあなたは私を見てはくれない。涼宮ハルヒのせい。 彼女の存在は私にとって邪魔。だから殺す、それだけ。」 そうか、長門は俺のことを…… なるほど、これが長門が反抗期になった原因か。ハルヒと付き合い始めたことが…… 俺はまったく気付いちゃいなかった。……あんだけ助けてもらっておいて。 そりゃ長門だって反抗したくもなるさ。全部俺の責任だ。 「長門、すまない。俺がお前の気持ちに気付いてやれなかったせいだな。」 「分かってくれた?じゃあ、私と一緒に……」 若干、長門の顔が輝いた……ように見えた。 でも、俺はそれに答えるわけにはいかない。 「それは、無理だ。」 「どうして。何故私の気持ちに答えてくれない。 あなたと私には信頼関係というものがあるはず。何の障害も無い。理解不能。」 「こんな脅迫のような形で、俺は自分の気持ちを変えたくはない。 俺はハルヒが好きだ。あいつもそれに答えてくれた。だから……」 俺は長門の肩に手をおいて、言わなくてはならぬことを言った。 「お前の気持ちに、答えることは出来ない。」 すまない、長門。 「……そう。」 長門はナイフを下ろした。分かってくれたか? なにやらボソボソと呟いている。 「……@@@@@@」 これは……例の高速呪文!? すると、長門の手に持っていたナイフが変化していって……これは……刀か? 「うおっ!」 長門は俺に向かってその刀を振り上げてきた。 まだ……やる気なのか? 「だったら、あなたも涼宮ハルヒも殺す。」 「長門!分かってくれ!お願いだ。」 「うるさい。もういらない。あなたも、SOS団も……」 長門が刀を振り上げる。だが、死ぬわけにはいかない! 俺は振り下ろされる長門の刀を避けて、ハルヒの前に立った。 「……なんのつもり?」 「俺はハルヒを守らなくちゃいけない。俺だけならともかく、こいつを死なせるワケにはいかない!」 「無駄なこと。この場所で二人とも死ぬ。……@@@@@」 長門がまた高速呪文を唱えた。 ……!?足が動かない!! 長門が刀を持って向かってくる。俺はハルヒを庇うように前に立った。せめてこいつだけでも……!! 「……!!」 思わず目をつぶってしまう。斬られるか……! でだが……痛みは来なかった。そっと目を開けると、そこには…… 「喜緑さん!」 「すいません、遅くなりました。長門さんの情報閉鎖が強力でして…… もう安心していいですよ。」 微笑む喜緑さん。 ひとまずは助かった。しかしここで俺は、月曜日に喜緑さんが言っていたことを思い出した 『もし長門さんが限度を超える暴走をした場合、私の手で彼女の情報連結を解除しなければなりません』 まさか……! 喜緑さんは長門の元へと歩み寄る。 「江美里……なんのつもり?」 長門が刀を持ったまま尋ねる。 逃げろ長門!喜緑さんはお前の情報連結を解除しようとしてるんだ! 「やめてくれ!喜緑さん!!」 パチン! ……え? 予想外の出来事に、俺は自分の目を疑った。 今……なにがあった? 喜緑さんが長門に……平手打ちをした? 「いい加減にしなさい、長門さん。」 「どいて。私は彼と涼宮ハルヒを……」 「殺してどうなるんですか。あなたはそれで満足なんですか? あなたのやっていることは、オモチャが手に入らなくて泣いているダダッ子と同じです。」 「……違う!」 「いつまで甘ったれているのですか!彼は優しいから、今まであなたの望むようにしてくれたでしょう。 でも、それに甘えてばかりじゃいけません。彼には彼の気持ちがあるんです。」 「違う、違う、違う……」 うわ言のように繰り返す長門。だが喜緑さんの説得は続く。 「あなたは失恋したんです。今あなたに必要なのはそれを認めて、諦めることですよ。 辛いですけど、これを乗り越えることで強くなれるんです。 それは人でも、インターフェイスでも変わらないことですから。」 「……うっ……うっ……」 喜緑さんの胸に顔をうずめて泣きはじめる長門。 長門の作った空間も崩壊を始めて、元通りの部室に戻った。 そうだ、ハルヒは!? 「すぅ……すぅ……」 ……寝てる。はぁ、のんきなヤツだよ。でも……良かった。 「……はぁ~……」 安心した俺は、そのまま床に座りこんでしまった。 「ありがとうございました、喜緑さん。」 「いえ、到着が遅れて申し訳ありませんでした。」 「でも正直、あなたが現れてびっくりしました。長門の情報連結を解除するつもりなのかって。」 「私がどの派閥に属しているかご存知ですか?」 「派閥?いえ……わかりません。」 「穏健派です。その名の通り、穏便に事をすますに越したことは無いのですよ。 それに前にも言った通り、私個人としても長門さんを消したくはありませんでしたから。 ……ふふ、泣き疲れて寝てしまってますね。」 長門は喜緑さんの胸の中で寝息を立てている。穏やかな顔だ。 今気がかりなことを喜緑さんに尋ねてみた。 「俺は……これでよかったんでしょうか?」 結果的に長門をフッたことになる。 でも喜緑さんは、微笑んで言った。 「それは、あなた自身が1番よくわかっているはずですよ。」 ……そうだな。 俺はハルヒを守ると決めた。そのことに後悔は無い。 長門、すまないな……でもこれが俺の答えなんだ。 土曜日 さて今日は不思議探索の日。 俺はみんなに昨日のことを話すため、集合時間より1時間早く来てくれるように頼んだ。……長門以外のな。 俺が集合場所に着いた時には古泉と朝比奈さんが居たから、昨日の出来事を覚えている限り正確に伝えた。 予想外な出来事で驚くかと思っていたが、 どうやら二人は長門の気持ちを既に察していたらしい。 ハルヒには既に昨日の帰り道で伝えてある。 と言っても当然妙な空間の話とかはするわけにはいかない。 だから俺がとっさに作った話では、 『長門は俺に好意を抱いていて、俺とハルヒが付き合いだしたことで情緒不安定になっていた。 お前に呼びとめられたことでカッとなって突き飛ばしてしまった。 あの後本人もパニックになってしまったので先生に家まで送ってもらった。』 というものだ。 我ながらなかなかの作り話だ。実際に家まで送ったのは先生じゃなくて喜緑さんだがな。 ハルヒはそれに納得すると同時に、長門に対して申し訳無い気持ちになったようだ。 珍しく「私悪いことしちゃったかな……」と気落ちしていたので、こう言ってやった。 「悪いと思わなくていい。俺はお前と付き合ったことに後悔してないからな。 ただ、長門を責めないでやってほしい。」 するとハルヒは100万ワットの笑顔を取り戻して「当然じゃないの!」と言った。 ようやくいつものハルヒに戻ってくれて、俺は一安心だったってわけさ。 さてそんなこんなでみんなが集まって30分ほどたった時、長門がやってきた。 おや……いつもと違うところが一個ある。 俺達と顔を合わせて早々、長門は頭を下げた 「ごめんなさい……迷惑をかけた。」 当然、ここで追い討ちかけて責めるヤツなんて、SOS団にはいないさ。 長門はその後、一人一人に謝罪の言葉を述べていく。 「朝比奈みくる、ごめんなさい。あなたを余計怖がらせるような真似をしてしまった。」 「いいんですよぉ、気にしないでください。 それに、私にも気持ち分かりますから。」 「……?どういうこと?」 「ふふ、禁則事項です♪」 首をかしげる長門。俺もよくわからない。どういうことだろうか。 「古泉一樹。ごめんなさい。あなたの任務を邪魔するようなことをしてしまった。」 「構いませんよ。僕の中での優先順位は、機関よりもSOS団となっていますから。 これからも遠慮せず、何でもお申しつけてくださって結構ですよ。 今度は将棋で勝負などはいかがでしょうか?」 「……感謝する。」 いつもと同じニヤケ面で対応する古泉。まあこの方が、長門も救われるだろうさ。 「涼宮ハルヒ。……ごめんなさい。私は、あなたを……」 「謝るのはあたしの方よ。ごめんね有希。あなたの気持ちに気付けなくて……無神経だったわ。」 「じゃあ約束してほしい。彼と一緒に幸せになって。これが今の私の望み。」 「……ありがとう。分かったわ!不幸になんてさせないんだから!」 二人の間にもわだかまりが出来なくてなによりだ。 そして長門は……俺の前に立った。 「あなたに1番迷惑をかけた……ごめんなさい。」 「構わないさ。それより長門……メガネ、つけたんだな。」 「そう。」 いつもと違う1箇所。それは、長門がメガネをかけていたことだった。 「俺は、メガネが無い方がかわいいと思うぞ?」 「いい。これは……けじめ。」 「そうかい。」 これがきっと、こいつなりのけじめなんだろうな。俺への気持ちを忘れるための、な。 「私はあなたのことを諦めた。でも、これからもSOS団の仲間として親しくしてほしい。……いい?」 愚問だな。そんなの決まってるじゃないか。 だから俺は笑って、こう答えてやるのさ。 「当たり前だろ。こちらからもお願いするよ。これからもよろしくな、長門。」 それを聞いて長門が微笑んだ……ように見えた。 きっとみんなの目にも、そう写ってるはずだぜ。 「……ありがとう。」 ……fin
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月曜日 この高校に入って2回目の夏休みも、去年同様ハルヒに振り回されて終わった。 まあ流石に去年みたいに延々とループさせられる、っつーことは無かったがな。 この夏休みを語る上で1番話さなくてはいけないこと、それは俺とハルヒが付き合いだしたってことだ。 告白したのは俺。まあなんというか、いい加減はっきりさせないといかんと思ったわけだ。 SOS団のメンバーの反応は、長門はいつものようにノーリアクション、朝比奈さんは笑顔で祝福、 んで古泉は「おやおや、ようやくですか」とか言って例のニヤケ顔さ。 まあ結局のところ俺がハルヒに振りまわされるっつースタンスは不動のもののようで、 デートと言っても不思議探索の延長みたいな雰囲気、まあ俺もそういうもんかなと思いつつ、 もうちょっと恋人らしく甘々な言動があってもいいんじゃないかという希望もあるわけだ。 さて、回想はこれぐらいにしようか。現在に戻ろう。 夏休みは終わり、今日からまた学校が始まる。この忌々しいハイキングコースとも感動の再会だ。 おー1ヶ月俺が登らなくて寂しかったかー。俺は全然寂しくなかったぞー。 暦の上では秋なんだからもっと涼しくていいだろうに、8月とまったく変わらぬ日差しで俺の体力を奪う. もう学校につくころには俺のHPは半分になっていたさ。 「ようハルヒ。普通ならここで久しぶりだとか言うんだろうが、まったく久しくないな。」 「まったくね。まあでも部室に行くのは久々だから、それは楽しみね!」 どうやらコイツの頭の中ではこれからやる始業式やHRなどは省略されてるらしい。もっとも俺もだが。 よって校長先生のありがたーい話や岡部の熱血HRなどは省略させていただく。 そして、放課後がやってきたわけだが、部室に行こうとする俺をハルヒが呼びとめた。 「ん?どうした?ハルヒ。」 「悪いけど今日、部室には行けないわ。」 「珍しいな、なんでだ?」 「母さんが熱中症でダウンしちゃったみたいなのよ。さっきメールが来てね。 ほっとくわけにもいかないから先に帰らせてもらうわ。」 「そういうことなら早く行ってやれ。みんなには俺から伝えとくさ。」 「わたしがいないからってみくるちゃんや有希にちょっかい出すんじゃないわよ!」 「出すか!」 そしてハルヒは笑いながら走り去ってしまった。やれやれ…… さてと、じゃあ部室に行くとしますかねえ。 例によって朝比奈さん着替え対策としてのノックをしつつ、 返事が無いので多分長門だけだろうとドアを開けたら、案の定長門だけだった。 「よう、長門だけか。」 と俺はあいさつをする。 この場合、無反応が20%、こっち見て頷くのが40%、「そう」と短い返事をするのが40%。 これは今までの長門の反応を統計的に分析しただいたいの確率だ。 さーて、今日はどのパターンかな。 「……うるさい。」 おお、今日は短い返事のパターンか。……ってあれ?なんか今変なことを言われたような…… 「あの~長門さん?今なんと……?」 「うるさいと言っている。本に集中できない。黙って。」 この時ようやく俺は、今の異常な状態に気付いたのだ。 「おい!一体どうしたんだ?……長門!」 俺が長門の肩をつかむと、長門はそれを冷たく振り払った。 そして本を閉じて 「……帰る。」 荷物をまとめて席を立ってしまった。 ガチャリ 丁度その時、ドアが開いて、古泉と朝比奈さんが入ってきた。出ようとした長門と丁度向かい合わせになる。 「あ、長門さん、こんにちはぁ~。」 「おや?帰られるのですか?」 「……どいて。」 「え?」 長門はそのまま外に出ていってしまった。 「あ、あの~今のは一体……?」 「部室で何かあったんですか?」 わからん。俺が部室に来た時からあんな感じだった。俺にもさっぱりだ。 あんな不機嫌そうな長門は見たこと無い。 コンコン と、その時だった。部室のドアがノックされたのだ。 ハルヒは休みだし、長門は今さっき出ていったばかりだ。 となると…… 「ど、どうぞ~!」 朝比奈さんの声でドアが開き入ってきたのは、意外な人物だった。 「喜緑さん!」 「お久しぶりです。」 喜緑江美里さん。俺より一個上の先輩で生徒会の書記であり、 長門と同じインターフェイスだったりする宇宙人なのだ。 「一体、なんのご用で?今は生徒会が関係する企画をする予定はありませんが……」 「いえ、今日来たのは長門さんのことについてです。」 「長門さんのこと、ですかぁ?」 「ええ。今日の長門さん、少しおかしくありませんでしたか?」 少しどころじゃありませんよ。あんな敵意ムキだしな長門、始めてです。 「やはりそうですか……」 「今長門さんに何が起こっているのですか?」 「単刀直入に申し上げます。長門さんは今、『反抗期』なのです。」 「「「反抗期!?」」」 俺と朝比奈さんと古泉の声が見事にハモった。 長門が……反抗期? 「はい。多くのインターフェイスは1回はこれを経験します。原因は自我の発達。 おそらく長門さんはこの夏様々な経験をして、自我が大きく成長したのでしょう。」 「その反抗期というのは我々人間と同じように、時と共に直るものなのでしょうか?」 「ええ、その点については問題ありません。個人差はありますが、5日程度で通常に戻るでしょう。」 5日か……うん、それぐらいなら対したこと無いな。 「ただし、我々インターフェイスの反抗期は、人間のそれよりも危険度が高いです。」 「と言うと?」 「過去、朝倉涼子が暴走しましたね?実はあの時も、彼女は反抗期だったのです。」 「マジですか!」 「ですから、そういう暴走を引き起こす可能性もあるかもしれないわけです。」 「いや、長門に限ってそんな……」 「今までの彼女とは別人のようになってしまう、それがインターフェイスの「反抗期」です。 もし長門さんが限度を超える暴走をした場合、私の手で彼女の情報連結を解除しなければなりません。」 「そんな……」 「私としてもこれは避けたいと思っています。 ですから皆さんには、長門さんが暴走しないように刺激しないで見守っていてほしいのです。 これからの5日間、不快にさせてしまうこともあるかと思われます。 でもこれも長門さんの成長なのです。どうか、見守ってあげてください。お願いします。」 そう言うと喜緑さんは頭を下げた。 ……分かりましたよ喜緑さん。これがあいつの成長のためなら、俺達はそれに付き合いますよ。 なあみんな? 「ええ。長門さんはSOS団の大事な仲間ですから。」 「ぼ、暴走なんて、させません!」 「……ありがとうございます。長門さんを、よろしくお願いしますね。」 喜緑さんはもう1度頭を下げた。 こうして、長門反抗期ウィークが始まったわけだ。いろいろ不安だが、乗り切るしかないよな…… 火曜日 朝、むしむしする熱さの中を坂を登って登校するあたし。 流石のあたしでも、これは結構体力を削られる。 やっぱり部室にもクーラーが必要よね。また電気屋さんに頼みこもうかしら。 荷物運びやセッティングは全部キョンに任せちゃいましょ。 校門にさしかかった時、見慣れた顔と鉢合わせになった。 「有希じゃない、おはよう。」 あたしはいつものようにあいさつをする。 いつもの有希なら小さな声で「……おはよう。」と返してくれる。 だからあたしもそういう返答を期待してたんだけど、返ってきた言葉は予想外のものだったわ。 「……話しかけないで。」 え? 今、なんて? 「ちょ……有希!」 私の声にも応じず、そのまま歩き去ってしまった。一体……なんなの? もしこれがキョンとかだったらそのままケリとか食らわすとこなんだけど、 相手が有希じゃそういうワケにもいかないし、する気も起きない。 怒りよりむしろ混乱の方が大きかった。あの有希があんなこと言うなんて……どういうこと? パニック状態のまま、あたしは教室に着いた。 既にキョンはあたしの席の前に座ってた。 「ようハルヒ。今日は遅いな。」 「ちょっと聞いて!さっき下駄箱で有希と会ってね……」 あたしはさっき起こった出来事をキョンに説明した。 でもキョンは驚く様子は無い。「やっぱりか……」みたいな表情をしてる。 「驚かないわね。なんか知ってるの?」 「ああ。ハルヒにも話しておこうと思ってたんだけどな、 今の長門はなんていうか、ちょっとナーバスなんだ。一般的に言う『反抗期』ってヤツらしい。」 「反抗期?」 あの有希が反抗期……?想像もつかないわ。 でもさっきの態度も反抗期だってなら説明できる。 「そういうことだ。時と共に直るはずだから、俺達に出来るのは見守ってやることだけさ。」 「……そうよね。それしかないわよね。無理に叱り付けても逆効果っぽいし。 それにしてもあの有希が反抗期だなんて……」 「確かに意外だが、俺はいいことだと思ってる。あいつは自分を出すヤツじゃなかったからな。 どんな形であれ、自分を出そうとしてるのは良い傾向だ。 長門なりに変わろうとしてるんだよ、きっと。」 キョンの言う通りね。こいつ、あたしよりも団員のことを分かってるかも…… ……いいえ!そんなことないわ!団員のことを1番分かってるのは団長であるあたしなんだから!! 授業を終えて、待ちに待った放課後。 あたしは掃除当番だから、キョンを先に行かせる。 昨日休んだから久しぶりの部室! ワクワクしながらあたしはドアを開けた。 「遅れてごっめーん!……あら?有希は?」 「帰っちまったよ。昨日と同じようにな。」 結局、有希は帰ってしまったらしい。 「まったく、しょうがないわねあの娘は。」 「すいません涼宮さん、彼女の無礼、僕が代わりに……」 「古泉くんが謝る必要は無いわよ!それにあたしは怒ってないわ!」 あの娘が変わろうとしてるんなら、あたしもそれを応援するつもりよ だって有希も大事なSOS団の団員なんだから! 「みんな!団長命令よ!有希のことを優しく見守ってあげること!!」 水曜日 今日は水曜日。長門さんが反抗期に突入してから今日で3日目です。 幸い、言動にトゲがあるものの、これと言った事件は無くここまで来ています。 このまま何事も無く反抗期が過ぎ去ってくれれば良いのですが…… そう願いつつ、いつものように部室のドアを開けます。 「こんにちは。おや、今日はお二人がいませんね?」 部室にいるのは長門さんと朝比奈さんのお二人だけでした。 元々少し長門さんが苦手なところがあった朝比奈さんです。 現在の反抗期中の長門さんとの二人きりな状況、たいへん苦痛であったと思われます。 現に僕がドアを開けた瞬間、彼女の顔からは安堵の色が伺えました。 朝比奈さん、お疲れ様です。 「こんにちは古泉くん。あの、涼宮さんとキョン君は、今日は行くところがあるからと連絡が……」 「なるほど。所謂デートということでしょうか。 それは非常に望ましいことですね。是非彼は彼女と仲良くなって頂きたく……」 ガタァン!!! 「ひぃ!?」 彼と涼宮さんがいないので比較的静かな部室に突然響いた音。 何事かと音のした方向を見ると、なんと長門さんが本棚を蹴っていました。 ……正直、かなり怖いです。 長門さんを無視して朝比奈さんと会話をしたのがマズかったのでしょうか…… 「こ、こんにちは長門さん。今日もいい天気ですね。」 「……そう。」 これは朝比奈さんで無くとも精神的にキツいですね。 今までのパターンから考えて、そろそろ「……帰る。」と言う頃でしょうか? 「……古泉一樹。」 名前を呼ばれました、さて、「……帰る。」ですかね? しかし次の一言はまったくの予想外で、僕を多いに驚かせました。 「……オセロでの対戦を希望する。」 ……マジで、言っているのですか? そういうわけで、何故か長門さんとオセロで対決することになりました。 結果……8割以上が長門さんの白で埋め尽くされるという結果に。惨敗、というヤツですね。 「………」 僕は彼ほど長門さんの表情を読むのが上手くはありませんが、何やら今の長門さん、不満そうに見えます。 はて……何がマズかったのでしょうか。 「あなたは私をバカにしている。」 はい!? いえ、まったくそんなつもりは無いのですが…… 「あなたの知能レベルとこのゲームの熟練度を考えれば、まだこのゲームに慣れていない私に勝つのは容易。 でもあなたはこれだけ負けている。つまりあなたは私に対して手加減をした可能性が高い。 私が今情緒不安定な状態になっているのは自覚している。その私を気遣ったということ? バカにしないで。こんな勝ち負けで私の感情は爆発しない。あなたのやっていることは侮辱。」 久々に聞きましたね、長門さんのマシンガントーク。 しかし彼女の意見はかなり的外れです。僕は手加減なんてしていないし、ガチでこの弱さなのです。 自分で言っていて悲しいですが、僕はこの手のゲームに弱いと自信を持って言えます。 普段の彼とのゲームの様子を見ればわかるはずですが…… やはり彼女は今冷静な判断力を欠いているようです。 「お言葉ですが、僕は手加減したつもりはまったくありませんよ。僕は普段から……おっと失礼。」 携帯電話が鳴りました。閉鎖空間のようです。 やれやれ、どうやら今デート中の彼が何かやらかしたそうです。 「すいません長門さん。閉鎖空間が出たようですので、僕はこれで……」 「ダメ。あなたは私と次のゲームをするべき。」 「いやしかし、閉鎖空間が……」 「あなたがこの部屋を出ることは許さない。私とゲームをするべき。」 「な、長門さぁ~ん、ゲームなら私がお付合いしますからぁ~!」 「あなたではダメ。私は古泉一樹との勝負を所望している。盤は準備した。さあ……」 「いい加減にしてください!」 言った後、しまったと思いました。僕ともあろう者が怒鳴ってしまうとは…… すぐに謝ろうと口を開きかけたところで、長門さんの様子がおかしいことに気付きました。 「うっ……うっ……」 なんと、あの長門さんがうずくまって泣いているのです。普段の彼女ならこんなことはありえない。 しかし僕はようやく理解しました。彼女は今、感情のコントロールが出来ない状態にある。 それは反発の感情だけではなく、喜びや悲しみなどの感情においても同じ。そして今は、悲しんでいる。 「長門さん……」 朝比奈さんも不安そうに長門さんを見ている。 ……仕方ありません。機関には後で罰を受けるとしますか。 今の状態の彼女を放っておけるほど、僕は冷徹になれそうにはありません。 「申し訳ありません長門さん。もう一勝負、お付合いしますよ。」 結局、僕が勝てて解放されたのは下校時刻ギリギリでした。 しかし、何故彼女はこんな状態になってしまったのでしょうか。 「自我の目覚め」と喜緑さんは言っていました。ではそのトリガーとなった出来事とは……一体? 木曜日 今日で長門さんが反抗期に入って4日目。 私は昨日と同じように長門さんと二人きりで部室に居ます。 私なりに、今までの出来事を整理してみたんです。そして気付いたことがあります。 「はい、長門さん、お茶です。」 「……。」 長門さんは特に何も言いませんでしたが、ちゃんとお茶を貰ってくれました。 私は勇気を出して、長門さんに尋ねてみます。 「ど、どうですか?おいしいですか?」 これは私が考えていることを確かめる意味でもあるんです。 すると長門さんは、口を開きました。 「……割と。」 やっぱり…… 今の返答で確信を持ちました。長門さんは、私や古泉くんに対してはあまり反発しません。 昨日の出来事も、敵意を持ってやったことじゃないと思います。 そして何より、昨日は帰らずに最後まで居たこと。それは、彼と涼宮さんがいなかったから…… ガチャ 「だから昨日は悪かったよ。」 「もう怒ってないわよ。でもまた変なことしたら死刑だからね!」 「へいへい。」 ドアが開いて、涼宮さんとキョン君が入ってきたみたいです。 会話からして、昨日閉鎖空間を発生させたいざこざは解決したみたい。良かったぁ。 「……帰る。」 そして長門さんは、部室を出ていってしまいました。 「お、おい長門……」 「有希……」 そう、長門さんは明らかにこの二人を避けているんです。それも、敵意を持って。 昨日長門さんが本棚を蹴った時のこと。 アレは古泉くんが長門さんを無視して話をしてたから怒ったんじゃありません。 話の内容に怒っていたんです。丁度あの時、二人のことを話してましたから…… 帰り道、長門さんを除いた4人で歩いています。 今日は珍しく、涼宮さんが古泉くんと話しています。 だから私は、キョンくんに話しかけることができるのです。 「あの~、キョン君、お話があります。」 「なんでしょう、朝比奈さんの話ならなんでも聞きますよ。」 「長門さんのことなんです。」 キョンくんの顔が真剣になりました。 私は続けます。 「昨日キョンくんと涼宮さんがいなかった日は、長門さん最後まで居たんです。 ちょっとしたいざこざはあったけど、無視したりはしませんでした。 でもキョンくんと涼宮さんの話を出した時だけ怒って……」 「そうだったんですか……」 「だから私思うんです。言いにくいけど……長門さんはキョン君と涼宮さんに敵意を持ってて、避けてます。」 「俺とハルヒ限定ですか?なんでまた……」 「それはきっと……」 「ちょっとキョン!どこ行くつもりなのよ!」 「え?」 キョン君は涼宮さんに呼びとめられました。 キョン君と私の帰り道は途中で別の道に分かれます。 その分かれ道のとこまで来て、そのまま私の方向へ行こうとしちゃったんですね。 「まったく!道忘れるぐらいみくるちゃんとの話に夢中になってたなんて!嫌らしい!」 「嫌らしいってなんだお前は!お前だって古泉と……」 「はいはい言い訳はこの後聞くわよ。じゃあねーみくるちゃん!古泉くん!」 こうして私と古泉くん、キョンくんと涼宮さんというように別の道に別れました。 「先程話していた内容、失礼ながら僕も聞き耳をたてさせて頂きました。 確かに、長門さんは彼と涼宮さんを特に避けていますね。よくお気づきになりました。」 「はい。でも肝心なことを言えませんでした。彼女が二人を避けて反発してる理由……」 「僕には安易に想像できますが、果たして彼が気付けるかどうか…… なんにせよ喜緑さんの言うことが本当ならば明日で終わりです。 何事も無く終わることを祈りましょう。」 「そうですね……」 でも、その願いが叶うことはありませんでした。 明日、長門さんはついに暴走をしてしまうのです…… 金曜日 今日で長門が反抗期になってから5日目。喜緑さんの言うことが本当ならば、今日で最後になるはずだ。 明日の不思議探索では普通に戻ってほしいと願いつつ、 俺はいつものように部室へと向かう。今日はハルヒと一緒だ。 「ねえ、キョン。有希のことなんだけど……」 「長門がどうかしたか?」 「私思うのよね。有希に避けられてるんじゃないかって…… さっきも会ったんだけど、私の顔を見るなりくるりと方向変えて逃げちゃったのよ。」 「この前も言ったろ。アイツは今ナーバスな状態なんだ。仕方ないさ。」 「でも……」 ハルヒは何か言いたげだ。 まあ確かにハルヒは長門が宇宙人ってことも知らないし、短期間で直るってのも知らない。 ずっとこのままこの態度だったらどうしようかと不安になるもの無理は無いだろう。 かと言って俺が「明日には直るさ。」と断言するわけにもいかない。 明日まで我慢してくれな、ハルヒ。 ガチャ 部室のドアを開けると、例のごとく小柄な宇宙人が一人で本を読んでいた。 だが、俺達の顔を見ると、露骨に帰る準備を始める。 「……帰る。」 ……まあ今日までだからな。このままごたごたも無く過ぎ去ってくれればそれでいい。 長門が俺達の脇をすり抜けて部室から出ようとする。だが…… 「ちょっと、待ちなさい!」 ハルヒが長門の肩をつかむ。お、おいハルヒ……長門は今ナーバスな状態で…… 「知ってるわよそんなこと!でもこのままでいいわけないでしょ! ねえ有希、なんでアンタ私達を避けてるの?言いたいことがあるなら言った方がすっきりするわよ?」 まあハルヒらしいっちゃハルヒらしい言い分だ。 同じ反抗期なら面と向かって反抗しろということらしい。 「あ……が……くい……」 長門がぼそぼそと口を開いた。え?なんだって? 「有希?」 「あなたが……憎い。」 な、長門!? 「きゃっ!!」 「ハルヒ!!」 ハルヒが長門に突き飛ばされた!そのまま団長机に激突してしまう。 「おいハルヒ!!大丈夫か!?」 ……意識が無い!頭を打って気を失ってる!早く病院に…… 「無駄。この空間を私の情報制御空間とした。この部屋からは出られない、私が許可しない限り。」 「だったらその空間を解除してくれ!このままじゃハルヒが……」 「問題無い。」 「問題無いわけねぇだろう!」 「涼宮ハルヒは、私がここで殺すから。」 「な……がと?」 そう言ってナイフを取り出す長門。 おい……冗談だろ?ナイフってお前……どこの朝倉だよ。 「なんでハルヒを殺すんだ!SOS団の仲間じゃなかったのか!?」 「涼宮ハルヒがいる限り、私とあなたが結ばれることは無い。」 「長門、お前……」 「私があなたを考えない日は無かった。 だけどあなたは私を見てはくれない。涼宮ハルヒのせい。 彼女の存在は私にとって邪魔。だから殺す、それだけ。」 そうか、長門は俺のことを…… なるほど、これが長門が反抗期になった原因か。ハルヒと付き合い始めたことが…… 俺はまったく気付いちゃいなかった。……あんだけ助けてもらっておいて。 そりゃ長門だって反抗したくもなるさ。全部俺の責任だ。 「長門、すまない。俺がお前の気持ちに気付いてやれなかったせいだな。」 「分かってくれた?じゃあ、私と一緒に……」 若干、長門の顔が輝いた……ように見えた。 でも、俺はそれに答えるわけにはいかない。 「それは、無理だ。」 「どうして。何故私の気持ちに答えてくれない。 あなたと私には信頼関係というものがあるはず。何の障害も無い。理解不能。」 「こんな脅迫のような形で、俺は自分の気持ちを変えたくはない。 俺はハルヒが好きだ。あいつもそれに答えてくれた。だから……」 俺は長門の肩に手をおいて、言わなくてはならぬことを言った。 「お前の気持ちに、答えることは出来ない。」 すまない、長門。 「……そう。」 長門はナイフを下ろした。分かってくれたか? なにやらボソボソと呟いている。 「……@@@@@@」 これは……例の高速呪文!? すると、長門の手に持っていたナイフが変化していって……これは……刀か? 「うおっ!」 長門は俺に向かってその刀を振り上げてきた。 まだ……やる気なのか? 「だったら、あなたも涼宮ハルヒも殺す。」 「長門!分かってくれ!お願いだ。」 「うるさい。もういらない。あなたも、SOS団も……」 長門が刀を振り上げる。だが、死ぬわけにはいかない! 俺は振り下ろされる長門の刀を避けて、ハルヒの前に立った。 「……なんのつもり?」 「俺はハルヒを守らなくちゃいけない。俺だけならともかく、こいつを死なせるワケにはいかない!」 「無駄なこと。この場所で二人とも死ぬ。……@@@@@」 長門がまた高速呪文を唱えた。 ……!?足が動かない!! 長門が刀を持って向かってくる。俺はハルヒを庇うように前に立った。せめてこいつだけでも……!! 「……!!」 思わず目をつぶってしまう。斬られるか……! でだが……痛みは来なかった。そっと目を開けると、そこには…… 「喜緑さん!」 「すいません、遅くなりました。長門さんの情報閉鎖が強力でして…… もう安心していいですよ。」 微笑む喜緑さん。 ひとまずは助かった。しかしここで俺は、月曜日に喜緑さんが言っていたことを思い出した 『もし長門さんが限度を超える暴走をした場合、私の手で彼女の情報連結を解除しなければなりません』 まさか……! 喜緑さんは長門の元へと歩み寄る。 「江美里……なんのつもり?」 長門が刀を持ったまま尋ねる。 逃げろ長門!喜緑さんはお前の情報連結を解除しようとしてるんだ! 「やめてくれ!喜緑さん!!」 パチン! ……え? 予想外の出来事に、俺は自分の目を疑った。 今……なにがあった? 喜緑さんが長門に……平手打ちをした? 「いい加減にしなさい、長門さん。」 「どいて。私は彼と涼宮ハルヒを……」 「殺してどうなるんですか。あなたはそれで満足なんですか? あなたのやっていることは、オモチャが手に入らなくて泣いているダダッ子と同じです。」 「……違う!」 「いつまで甘ったれているのですか!彼は優しいから、今まであなたの望むようにしてくれたでしょう。 でも、それに甘えてばかりじゃいけません。彼には彼の気持ちがあるんです。」 「違う、違う、違う……」 うわ言のように繰り返す長門。だが喜緑さんの説得は続く。 「あなたは失恋したんです。今あなたに必要なのはそれを認めて、諦めることですよ。 辛いですけど、これを乗り越えることで強くなれるんです。 それは人でも、インターフェイスでも変わらないことですから。」 「……うっ……うっ……」 喜緑さんの胸に顔をうずめて泣きはじめる長門。 長門の作った空間も崩壊を始めて、元通りの部室に戻った。 そうだ、ハルヒは!? 「すぅ……すぅ……」 ……寝てる。はぁ、のんきなヤツだよ。でも……良かった。 「……はぁ~……」 安心した俺は、そのまま床に座りこんでしまった。 「ありがとうございました、喜緑さん。」 「いえ、到着が遅れて申し訳ありませんでした。」 「でも正直、あなたが現れてびっくりしました。長門の情報連結を解除するつもりなのかって。」 「私がどの派閥に属しているかご存知ですか?」 「派閥?いえ……わかりません。」 「穏健派です。その名の通り、穏便に事をすますに越したことは無いのですよ。 それに前にも言った通り、私個人としても長門さんを消したくはありませんでしたから。 ……ふふ、泣き疲れて寝てしまってますね。」 長門は喜緑さんの胸の中で寝息を立てている。穏やかな顔だ。 今気がかりなことを喜緑さんに尋ねてみた。 「俺は……これでよかったんでしょうか?」 結果的に長門をフッたことになる。 でも喜緑さんは、微笑んで言った。 「それは、あなた自身が1番よくわかっているはずですよ。」 ……そうだな。 俺はハルヒを守ると決めた。そのことに後悔は無い。 長門、すまないな……でもこれが俺の答えなんだ。 土曜日 さて今日は不思議探索の日。 俺はみんなに昨日のことを話すため、集合時間より1時間早く来てくれるように頼んだ。……長門以外のな。 俺が集合場所に着いた時には古泉と朝比奈さんが居たから、昨日の出来事を覚えている限り正確に伝えた。 予想外な出来事で驚くかと思っていたが、 どうやら二人は長門の気持ちを既に察していたらしい。 ハルヒには既に昨日の帰り道で伝えてある。 と言っても当然妙な空間の話とかはするわけにはいかない。 だから俺がとっさに作った話では、 『長門は俺に好意を抱いていて、俺とハルヒが付き合いだしたことで情緒不安定になっていた。 お前に呼びとめられたことでカッとなって突き飛ばしてしまった。 あの後本人もパニックになってしまったので先生に家まで送ってもらった。』 というものだ。 我ながらなかなかの作り話だ。実際に家まで送ったのは先生じゃなくて喜緑さんだがな。 ハルヒはそれに納得すると同時に、長門に対して申し訳無い気持ちになったようだ。 珍しく「私悪いことしちゃったかな……」と気落ちしていたので、こう言ってやった。 「悪いと思わなくていい。俺はお前と付き合ったことに後悔してないからな。 ただ、長門を責めないでやってほしい。」 するとハルヒは100万ワットの笑顔を取り戻して「当然じゃないの!」と言った。 ようやくいつものハルヒに戻ってくれて、俺は一安心だったってわけさ。 さてそんなこんなでみんなが集まって30分ほどたった時、長門がやってきた。 おや……いつもと違うところが一個ある。 俺達と顔を合わせて早々、長門は頭を下げた 「ごめんなさい……迷惑をかけた。」 当然、ここで追い討ちかけて責めるヤツなんて、SOS団にはいないさ。 長門はその後、一人一人に謝罪の言葉を述べていく。 「朝比奈みくる、ごめんなさい。あなたを余計怖がらせるような真似をしてしまった。」 「いいんですよぉ、気にしないでください。 それに、私にも気持ち分かりますから。」 「……?どういうこと?」 「ふふ、禁則事項です♪」 首をかしげる長門。俺もよくわからない。どういうことだろうか。 「古泉一樹。ごめんなさい。あなたの任務を邪魔するようなことをしてしまった。」 「構いませんよ。僕の中での優先順位は、機関よりもSOS団となっていますから。 これからも遠慮せず、何でもお申しつけてくださって結構ですよ。 今度は将棋で勝負などはいかがでしょうか?」 「……感謝する。」 いつもと同じニヤケ面で対応する古泉。まあこの方が、長門も救われるだろうさ。 「涼宮ハルヒ。……ごめんなさい。私は、あなたを……」 「謝るのはあたしの方よ。ごめんね有希。あなたの気持ちに気付けなくて……無神経だったわ。」 「じゃあ約束してほしい。彼と一緒に幸せになって。これが今の私の望み。」 「……ありがとう。分かったわ!不幸になんてさせないんだから!」 二人の間にもわだかまりが出来なくてなによりだ。 そして長門は……俺の前に立った。 「あなたに1番迷惑をかけた……ごめんなさい。」 「構わないさ。それより長門……メガネ、つけたんだな。」 「そう。」 いつもと違う1箇所。それは、長門がメガネをかけていたことだった。 「俺は、メガネが無い方がかわいいと思うぞ?」 「いい。これは……けじめ。」 「そうかい。」 これがきっと、こいつなりのけじめなんだろうな。俺への気持ちを忘れるための、な。 「私はあなたのことを諦めた。でも、これからもSOS団の仲間として親しくしてほしい。……いい?」 愚問だな。そんなの決まってるじゃないか。 だから俺は笑って、こう答えてやるのさ。 「当たり前だろ。こちらからもお願いするよ。これからもよろしくな、長門。」 それを聞いて長門が微笑んだ……ように見えた。 きっとみんなの目にも、そう写ってるはずだぜ。 「……ありがとう。」 ……fin