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前ページ次ページゼロの魔獣 ニューカッスル アルビオン王家終焉の地となった、かつての名城は、今や見る影もない。 王党派最後の砦は、物理的な意味で文字通り『壊滅』していた・・・。 百倍以上の敵に囲まれ、完全に進退が窮まった事で、王軍三百はその悉くが死兵となった。 城門に迫る敵を薙ぎ払い、一人でも多く道連れにせんと、烈火のごとく逆襲をかける。 その裂帛の気合は、生き延びて勝利の美酒を味わいたい雑兵達に耐えられるものではなかった。 前線の思わぬ崩壊に『レコン・キスタ』首脳部が採ったのは、考えうる中で最も単純かつ頭の悪い策であった・・・。 瓦礫の山に悪戦苦闘する火事場泥棒どもに侮蔑の視線を投げかけつつ、羽帽子の長身が進んでいく。 向かった先は、レコン・キスタ旗艦-『レキシントン』・・・今回の戦いの趨勢を決定付けた艦であった。 「首尾はどうだったかね? 子爵」 「・・・今 手の者に回収させているところですよ しかし いまさら『彼』に何の用です? ミスタ」 「フフ・・・ 適材適所というヤツさ まあ 私のちょっとした趣味といった所だよ」 『ミスタ』と呼ばれた白衣の男は、そう言ってニヤリと笑う。 「それにしても」 と、辺りを見回しながら、羽帽子の男・ワルドが話題を変える。 ―改修前、『王権(ロイヤル・ソヴリン)』の名を冠し、王家の守護神とまで謳われた名鑑の名残はどこにも無い。 優美なマストは取り払われ、物々しい砲台と無骨な計器類が立ち並ぶ・・・ 明らかに既存のハルケギニアの『船』のルールを飛び越えた、空の要塞であった。 「実に閣下の好みそうなデザインだ まったく・・・異界の技術とは恐ろしい物ですな・・・」 この『異物』がハリボテで無いことを、ワルドは既に知っている。 先の戦いにおいて、この艦は単独で城門に突撃し、 逃げ惑う味方と必死の形相で踏みとどまる敵を、城ごと吹き飛ばして見せたのである。 「なに・・・ 私の知人が構築した技術を この世界の魔法技術で応用してみただけのことだよ もっとも その友人は 既にこの世の者ではないがね・・・」 「・・・魔獣・・・ですか」 ワルドの指摘に、男の瞳が黒眼鏡の底で怪しく光る。 -ややあって、男が口を開く。 「魔獣といえば・・・ 慎一くんに噛まれた傷の具合はどうかね?」 「すこぶる良好ですよ いまだったらオークと殴りっこしても勝てそうだ」 そう言いながら、ワルドは永遠に失われたハズの左腕- その肘先に取り付けられた銀色の篭手を巧みに動かしてみせる。 「それは長上 介抱祝いといってはなんだが ひとつ贈り物を用意させて貰うよ ― 子爵は乗馬は嗜むのかな?」 「一応は 乗りこなせない幻獣など存在しないと自負していますが」 「結構 だが こいつは予想以上のじゃじゃ馬だよ 覚悟して置きたまえ」 白衣が指を鳴らす。 ひとつの巨大な影が現れ、二人の頭上を高速で飛び去っていく。 突風に煽られる羽帽子を押さえながら、ワルドはまず驚愕の色を浮かべ・・・ 次いで子供のように瞳を輝かせた。 トリステイン南方、ラ・ロシェールのさらに先、タルブ―。 広大な草原に囲まれた寒村、その近くに建てられた簡素な寺院を 慎一はシエスタを連れ立って訪れていた。 「・・・ これが 『竜の羽衣』 なのか・・・?」 「ええ おかしな話でしょう? こんな鉄のカタマリが 空を飛ぶはずなんてないのに」 「・・・・・・」 「あの・・・ シンイチさん・・・?」 ―ここに来るまでの道中、慎一は一つの仮説を立てていた。 シエスタの祖父は、何らかの事故に巻き込まれ、 飛行機に乗ってこの世界にやってきた『地球人』なのではないかと・・・。 その予想、半ばまでは当たり、残りの半分は外れていた。 目の前にある鉄の塊は、間違いなくこの世界の物ではない。 おそらくは『飛行機』であり、シエスタの祖父は、ほぼ間違いなく『異邦人』であろう・・・。 ― おそらく、と言ったのは、それが慎一の知る一般的な飛行機では無かったからである。 慎一が古い記憶を辿る。 子供のころ見た特撮ヒーロー番組。 地球を跳梁する宇宙怪獣、 巨大な敵に立ち向かう地球防衛軍。 ピッチリとした近未来的なスーツ、 ビビビーッと音の出るスーパー光線銃。 ― 慎一の眼前にあるのは そんな世界から飛び出してきたかのような『戦闘機』だった・・・。 慎一は『竜の羽衣』 の周囲をゆっくりと回り、その全体像をあらためて確認する。 外見は上履きを巨大化させたかのような流線型、 塗装の類は施されておらず、全体が地金の渋い銀色で覆われている。 翼は無く、機体後部にモヒカンのような尾翼が申し訳程度に一本。 後方にはジェット機のようなブースター。 特徴的なのは、コックピット前方、機体の上部に取り付けられた防弾ガラス。 半透明の黄色と緑、六角形の窓が組み合わさって、亀甲模様を作っている。 ガラス内部には人が入れそうなスペース。一瞬複座型かとも思ったが、シートは無い・・・。 そこまで調べた時、慎一は機体表面に、引っかき傷のような文字が彫ってあることに気付いた。 「・・・『試作壱号機 ― 荒鷲』」 「えっ?」 慎一の言葉に、シエスタが驚きの声を上げる。 「シンイチさん その字・・・読めるんですか?」 「・・・爺さんの遺品を見せてくれるか?」 程なく、シエスタは二冊の本を持ってきた。 とりあえず慎一は、辞書のように分厚い一冊を開く。 中には頭痛がするような大量の数式と、やたらと細かい図面・・・。 一目で機体の仕様書である事が分かったが、それ以上の事は慎一には分からない・・・。 ひとまず本を閉じ、小さい手帳の方を開く。 それは、シエスタの祖父の手記であった・・・。 【昭和49年 4月4日】 慎一はそこで首を傾げた。 シエスタの論述が正しいならば、彼女の祖父がこの世界に来たのは終戦の前後であるはずだ。 来る途中で時間軸が捻じ曲がったのか、地球とハルケギニアでは時間の流れが違うのか 或いは・・・彼の住んでいた『地球』は、慎一の知る『地球』とは、似て異なる世界なのか・・・? 「・・・・・・」 「何か 分かりましたか?」 「・・・この機体は、宇宙開発用に作られたものだったんだ」 「宇宙・・・?」 「コイツでお月様まで飛ぼうとしてたって事さ・・・」 「そんな事・・・?」 慎一にとっても、にわかに信じられる記述では無い。 だが、ここに書かれている事が事実ならば、 このマシーンは十三使徒・・・慎一の知る科学者達が作り上げたものではないだろう。 十三使徒の科学力は自然のコントロール ― 地球の『内』を向いた保守的な思想に乗っ取っていた。 この機体にはその逆 ― 地球の『外』を目指した技術が詰まっていることになる。 ページを進める。記述は徐々に、男の身辺の話へと移っていく。 三体の変形合体により高い汎用性を持たせるスーパーロボット計画。 その合体テストの際に発生した事故。 中央の機体がサンドイッチになって大破し、臨界状態となった炉心が爆発、 先頭の機体に乗っていた『彼』は、強烈な爆発に巻き込まれ― ― 気が付いた時には、ハルケギニアの空を飛んでいた・・・。 それは、筆者の心の痛みが伝わってくる文章であった。 -事故に巻き込まれた仲間の安否 -プロジェクトを失敗させてしまった無念 -日々募っていく望郷の念 いつしか慎一は、タルブの草原で夕焼けを望む『彼』の横顔をそこに見ていた。 『この手記を手に取ってくれたあなたに・・・』 最後のページに書かれていたのは、『彼』から慎一にあてたメッセージであった・・・。 『この手記を手に取ってくれたあなたにお願いがある。 あなたにこの、竜の羽衣を託したい。 私はもう、生きて故郷の地を踏むことは無いだろう。 技術や手段の問題ではない。 私はこの地で愛する家族を手に入れ、すっかり根を下ろしてしまった。 故郷に帰るための翼を失ってしまったのだ。 だが、この機体は違う。 この機体には、無限の未来を託して散っていった仲間たちの想いが宿っているのだ。 不躾な頼みである事は承知だが、是非、この機体を本来あるべき場所へ 虚空の彼方へと、解き放ってやって欲しい・・・。』 慎一は静かに手記を閉じた。 「・・・シエスタ この『羽衣』の事なんだが」 「ええ 私には 難しいことは分かりませんが・・・ でも シンイチさんに預けることで 祖父もきっと喜ぶと思います!」 「ありがとう」 慎一は機体の上に四つんばいになると、ゴリラの筋肉を纏い、鷹の翼を広げた。 「え! ええっ!? ここから?」 「一足先に学院に戻る 休暇明けには迎えに来るさ 家族水入らずで 骨休めしとくといいぜ!」 重厚な銀色の機体がズズッと持ち上がる。 慎一は緩やかに、夕焼けのタルブの草原へと飛び立った―。 ― 元の世界に戻るための手がかりを得た慎一ではあったが、問題はいまだ山積みであった。 この機体は、専門知識を持つシエスタの祖父にも動かせなかったのだ。 半世紀以上もブランクのある骨董品を、ド素人の慎一が治さねばならない。 慎一としては、一縷の望みにかけるしかなかった・・・。 学院に戻ったときには、既に太陽が頭上へと来ていた。 機体の置き場に困り、とりあえず、かつて決闘を行った広場へと着陸する。 衆人が注目する中、慎一はある人物を待っていた。 ―やがて、人込みを掻き分けながらこちらに向かってくる禿頭・・・。 「シ シ シ シンイチくーん! その素晴らしいマシーンはどうしたんだい!?」 学院一の変人 ジャン・コルベール ―― 慎一の一縷の望みが、気持ち目玉をグルグルさせながら現れた。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページゼロの魔獣 「・・・で 何でお前がここに居るんだ?」 「フッ このギーシュ・ド・グラモン トリステイン王家の一大事と聞きつけ 及ばずながら尽力しようと駆けつけたのさ!」 「ルイズならとっくの昔に出発したぞ とっとと追いかけたらどうだ?」 主の居ない一室では、男二人の不毛な会話が続いていた・・・。 ギーシュが今朝になってルイズの部屋を訪れたいきさつはこうである。 昨夜、奇妙な来訪者の姿を目に留め、『たまたま』アンリエッタの依頼を耳にしてしまったギーシュは すぐさま義侠心を奮い立たせ、アルビオン行きに名乗りを挙げようとした― ―が、突然室内に怒声が響き渡り、次いで物凄い剣幕のルイズが飛び出して来たため 出るに出られなくなってしまったのだ・・・と。 「まったく シンイチは貴族の意地ってもんが分かってないな・・・」 タメ息をついてギーシュが続ける。 「今から馬で追いかけて 一緒に連れて行ってくれなんて そんなミソッカスみたいな真似ができるかい? ここは密かに先回りして ルイズのピンチに颯爽と現れるのがベターってワケさ」 「・・・そのために 俺の力を借りにきたのか?」 あまりの虫の良さに腹も立たない。 あれ程最悪のファースト・コンタクトであったのも関わらず 実は慎一は、この金髪の若者が嫌いでは無かった。 お調子者であるという一点において、彼は、慎一がかつて共に旅をしていた少年と似ていた。 それに実際、この話は渡りに船だった。 真理阿やアンリエッタにも頼まれていたし、命を救われた恩もある。 慎一にはルイズを守らねばならない、それなりの責任がある・・・のだが 昨夜の大喧嘩の後、ノコノコとルイズについて回る気にはどうしてもならなかった。 ギーシュを送ったついでに、アルビオンに物見遊山と洒落込む、と言えば かろうじて、かろうじて男としての面子も保てるのでは無いだろうか? (キュルケに言わせれば、慎一のそういうところが『可愛い』のであろう。) 「よく分かった じゃあ早速出発するか!」 「そう タバサに頼んでシルフィードを借り・・・ええッ!!」 慎一はギーシュの首根っこを捕まえると、一息に窓から飛び立った。 力強く翼をはばたかせ、みるみる上空に舞い上がると、ピタリと急停止した。 「・・・おい ラ・ロシェールってのはどっちだ?」 ギーシュは声にならない。顔が青紫に鬱血し、口からあぶくを吹いている。 震える指先で、かろうじて目的地を指差した。 「なんだ 逆方向じゃねぇか・・・ 早く言えよ」 そう言うと、慎一は風竜もかくやというスピードで、一気に雲のかなたへと飛び去った。 「タバサ! 今すぐシルフィードを出して!!」 自室に物凄い勢いで駆け込んで来たキュルケに対し、窓の外を見ながらタバサが言った。 「・・・あのスピードは 無理」 ―ラ・ロシェールに向け快調に飛ばし続けていた慎一ではあったが ふと、前方の異変に気づき、翼を大きく旋回させて乱暴に着地した。 ぶつけた尻をさすり、朝食を幾分戻しながらギーシュが抗議する。 「シンイチ 休憩するならもっとエレガントに・・・」 「敵がいた」 慎一の飼っている『目のいいヤツ』は、1キロ先の獲物を捉えていた。 それは、通りすがりの旅人を襲うには、あまりに物々しい一団だった。 「情報が筒抜けじゃねぇか 白土三平の漫画でもありえねえ・・・」 「だ だが チャンスじゃ無いか・・・ 奇襲を企むものは 自分達が奇襲を受けることは想定していないものさ・・・」 「ほう」 慎一は素直に感心した。死に掛けの若者に兵法を説かれるとは思ってもいなかった。 「いい機会だ・・・ ここは ボクの親友の力を借りるとしよう・・・」 ギーシュが指を鳴らす。 たちどころに何者かがもこもこと地面を盛り上げ、高速でこちらに迫ってきた。 慎一は括目した。 その使い魔の巨体にではない。 その生物が地面を掻き分けながら、自分のスピードについてきた、という事実にである。 哀れな襲撃者たちは、文字通り足元をすくわれた。 彼らは元アルビオンの傭兵であった。といっても、今は金で雇われているワケでは無い。 ラ・ロシェールの街の酒場『金の酒樽亭』で飲んだくれていた所、 店に入ってきた目つきの悪い女に、いきなり仲間の一人が椅子で叩き伏せられたのだ。 彼らにも傭兵の意地がある。突然の乱入者相手に果敢にも立ち向かったものの 酒の回った体でどうにかなる相手ではなかった。 酒瓶でどつき回され、テーブルで押し潰され、ウォッカで火ダルマにされ 遂に彼らは暴力に屈するところとなった・・・。 殺らなければこちらが殺られる・・・ 全身に生傷を負い、悲壮な決意を持って襲撃計画に望んでいた彼らの一人が、 突然大地に飲み込まれた。 背後からの悲鳴に全員が振り返った。それが新たな悲劇の始まりだった。 前方の大地が裂け、そこから出現した悪魔に、瞬く間に半数がぶちのめされた。 前歯を折られ、みぞおちを打たれ、睾丸を蹴り飛ばされ 後から出てきた金髪の若者が名乗りを上げる頃には、既に大勢が決していた―。 ギーシュがワルキューレを使い、事後処理にあたる。 次々に身ぐるみを剥ぎ、縛り上げていく。 慎一が魔獣を使わなかったのは、優しさからではない。 彼らの知る情報を、聞きだす必要があったからである。 ―と、 傷の浅かった傭兵の一人が、後方で何かゴソゴソとやっている。 「おい テメー! 妙な動きしてんじゃねえ!!」 言いながら近づいた慎一の前で、異変は起こった。 突如、男の体がビクンと震え、その全身が痙攣する。 全身の筋肉が異常に盛り上がり、着ていた服が裂ける。男が天を見上げて咆哮する。 とっさに身構えた両腕の上から拳が跳んできた。 ダンプカーでもぶつかったかのような衝撃が走り、 慎一の体はサッカーボールのように大きく跳ね飛ばされた。 悲劇の場は惨劇の場へと姿を変えた。 男の瞳は、既に正気のそれではない。 両手を縛り上げられた傭兵達は、まともに抵抗することも出来ず。 かつての仲間に抉られ、絞られ、叩き潰されて、断末魔の悲鳴を上げる。 「クッ! ワルキューレッ!!」 ギーシュの叫びに、近くの戦乙女が槍を繰り出す。 男は避けない。青銅の槍は腹筋で止まり、飴細工のように捻じ曲げられる。 ギーシュは男を包囲すべく、ワルキューレに同時に指示を出す、 と、男が突然、猿の如く飛び跳ね始めた。 男はその巨体からは想像もつかない動きで飛び回り、紙人形でも相手にするかのように 次々とワルキューレを引き裂いていく。 「な 何なんだよコイツはァ!?」 「下がってろギーシュ! コイツは俺の獲物だ!!」 ペッと奥歯を吐き捨てながら、慎一が叫ぶ。 その瞳がただちに猛禽のそれへと変わり、飛び回る男の姿を捉える。 飛び交う男の軌道にあわせ、慎一が跳ぶ 中央で両者が交錯し、動きが止まる。 両手を絡め、互いの額を擦り合わせながら、戦いは純粋な力比べとなる・・・。 ずずっ、と慎一の体が徐々に後退していく。 勝利を確信した男が雄叫びを上げ、慎一の首筋に齧り付く。 「ウオオオオオオオオオ!!!! この俺をッ ただで喰えると思ってんじゃねえええええ!!」 大きくのけぞりながら慎一が吼える。 その額から、ズルリと鷹のクチバシが飛び出す。 「うおおおおおおおお!!!」 慎一がその尖った頭部でヘッドバットを繰り出す。 ビキッと鈍い音がして、男のこめかみが大きく穿たれる。 奇声を上げてよろめく男を、慎一は絡めた両手で引き起こす。 その右腕が獅子の頭部に、左手が熊と頭部へと変化し、男の両手を噛み千切る。 「噛み付きってのはこうやるんだよおおオオオ!!」 慎一が大口を開け、男の頚動脈目がけて牙を剥く。 ぞしゅっという炸裂音と共に、周辺の頚骨、鎖骨ごと一口でそぎ落とされる。 歯形上に開いた風穴から、噴水のように血がふき出し、遂に男は倒れこんだ。 「アンタら・・・いくら相手が賊だからってやりすぎよ」 木陰で頭を抱えながら、気分が悪そうにキュルケが言う。 シルフィードで追ってきた彼女達は、惨劇を遠目で目撃することとなった。 「・・・・・」 タバサも脂汗をかいている。若くして数多くの修羅場をくぐり抜けて来た彼女ではあったが これ程までに酷い現場に立ち合ったことは無い。 「―信じてもらえないとは思うが コレをやったのは慎一じゃない 彼らの仲間の一人さ」 足元で怯えている使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデを抱きしめながらギーシュが弁護する。 慎一は気にした風も無く、黙々と遺留品を漁っている。 「バチが当たるわよ ダーリン」 「どうせ死人にゃいらん」 そんなやり取りをしながら、慎一は目当ての品物を発見した。 「お前らの国の傭兵は、こんな物を持ち歩いてるのか?」 「なんだい? それが男を怪物にしたマジックアイテムなのかい?」 「・・・いや そんな大層な物じゃねえ」 そう言いながら、慎一は、是が非でもアルビオンに行かねばならない事を悟った。 男を変貌させた道具は、おそらくは慎一の世界から持ち込まれた物 ―1本の注射針。 そのガラス管の中には、まだ半分ほど、透明な液体が残されていた・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁 エピローグ「その後の皆様」 カトレアが上機嫌で花壇の花に水をやっていると、馬車の音が聞こえたのでそちらを振り返る。 見慣れた馬車は正門をくぐり屋敷の入り口まで辿り着くが、 馬車の中の人物が降りる前に屋敷の扉が開き、喜色満面のエレオノールが飛び出してくる。 恐らくエレオノールは彼が屋敷に戻る時間が近いので、窓から外を延々伺っていたのだろう。 そわそわする姉の姿を想像して思わず笑みが零れる。 領地は人に任せ、ヴァリエール一家は今ほとんど全員がトリステインの屋敷で暮らしている。 カトレアの体調が良くなった為、その婿探しをする意味でも王都に居るのが一番と父は言っていたが、 むしろ忙しすぎる父の都合のような気もする。 アルビオンから戻ったエレオノールは、それまでが嘘のように謙虚になった。 一度カトレアがその理由を尋ねた所、自分の無力さを思い知ったと恥ずかしげに呟いていた。 エレオノールらしい元気さが失われてしまったのが少し残念ではあるが、もっと嬉しい事があった。 グラモン家の息子さんがエレオノールのお婿さんとして迎えられた事だ。 最初は伯爵の血筋とはいえ、三男なぞ冗談ではないと渋っていた父も、彼の温厚な人柄と、 心に秘めた情熱にほだされ、遂に結婚を認める事になった。 今では、必ずやヴァリエールを継ぐに相応しい男に育て上げてみせると鼻息も荒い。 母は最初から厳しく接していたが、これは誰にでもそうであるし、 より以上に厳しく当たるのはきっと彼が気に入っているからだとカトレアは思っている。 家族がもう一人増えてくれた。それがカトレアには何より嬉しかった。 外出も苦にならなくなったカトレアは、父やエレオノールの紹介で何人か友人を得る事が出来た。 にぎやかすぎる彼女達に付き合うのは疲れる事でもあったが、常に新鮮さがそれに勝った。 こうして生活は劇的に変わったが、皆が皆元気でいてくれるので、カトレアはそれだけで幸せだった。 しかし、たった一つだけカトレアにも気がかりがある。 愛しい愛しい大切な妹ルイズは、今日もまた何処かで危険の最中を駆け抜けているのだろうから。 エルフの森深くまで踏み入ったルイズ、キュルケ、タバサの三人は、木のうろに隠れるように身を潜める。 「あっちゃー、まずったわ。エルフってやっぱり強いのね」 そうぼやくルイズの襟首を引っ掴むのはキュルケだ。 「あったりまえでしょうがああああああ! だから止めとけって言ったのに人の話聞かないから!」 むっとなったルイズもキュルケの襟首を掴み返す。 「何よ! 残らず燃やし尽くしてやるなんて息巻いてたのアンタでしょ!」 そんな二人を無視して周囲を探っていたタバサは、ぽつりと呟く。 「……退路も断たれた。これ……本気でマズイ」 木々が生い茂る森の中は、まるで静止画のように動きを見せず、時折聞こえる鳥や獣の声が響くのみだ。 しかし、ルイズもキュルケもタバサ同様周囲を探ると、その先に潜むエルフ達の影を捉える。 「百……かしら。キュルケ、いざとなったらここら一帯アンタの魔法で消し飛ばしてやりなさい」 「こっちも一緒に吹っ飛ぶわよ。言っとくけど1リーグ超える範囲は調節なんて効かないわよ。 そこ越えたら後は3リーグ四方全部消し飛ばすしかないし、そんな悠長に魔法唱える暇なんて与えてくれないでしょうに」 「相変わらず雑ねぇ」 「うっさい、そもそもエルフのインチキ魔法相手に通用するかどうかもわかんないんだから、今回爆炎はナシよ」 「連中がインチキならアンタのはデタラメじゃない。触れただけで蒸発する炎とか卑怯の域よそれ」 タバサは油断無くエルフ達の動きを探る。 「……私が偏在使えば不意打ちで五人は倒せる。ルイズは?」 キュルケだけでなく、風特化でもないのに偏在使えるタバサも充分デタラメである。 背負った二本の剣を見ながらルイズはやる気無さそうに答えた。 「私も同じぐらいかしら。本当鬱陶しいわねぇ、魔法だけじゃなくて体術もしっかりしてるわコイツ等」 エルフは常識では考えられぬ魔法を用い、相手によっては通常の魔法や剣で触れる事すら難しい者も居る。 しかし彼女達は事も無げにこんな台詞を吐く。 「私がその間に魔法で吹っ飛ばしたとしても、まあ半分は残るわ。んで生き残りの一斉魔法でオシマイっと」 今まで相手にしてきた人間とは根本的に違う、そんな存在であるとわかっていたのだが、 目論見が甘かったと言われれば正にその通りである。 キュルケはルイズのピンクの髪を眺めながらぼやく。 「ま、コレに付き合ってここまで生き延びたんだから、それで良しとするしか無いわね」 タバサもまた危機に似合わぬ微笑を浮かべる。 「こんなキツイのはハヴィランド宮殿攻防戦以来。でも今回は……」 ハルケギニアに後生まで語られる三人の物語は、ここで幕を下ろす。 天蓋の付いたベッドで気だるげに身を起こすアンリエッタは、 隣に寝ていたはずの者が既に衣服を身につけている事に気付き、寝巻きを身にまとう。 「もう……お出になるのですか?」 男は帽子を被りマントを羽織る。 「トリステインの至宝を狙う間男は、それらしく退散すると致しましょう」 ぷっと吹き出したアンリエッタは、ベッドから起き上がり男に寄り添う。 男は軽く彼女を抱きとめ、耳元で小さく囁く。 「……少しだけ、心の内を曝け出してもよろしいでしょうか」 「なんでしょう」 「私は、ウェールズ陛下を忘れさせる事が出来ているのでしょうか」 アンリエッタは今度こそ声に出してくすくすと笑う。 「私の心は、とうに貴方に捉えられておりましてよ、ワルド」 恋文を返せ、そう伝えた相手が九死に一生を得たからとて、では再び元の鞘にとは易々と出来ぬもので。 苦しい想いを抱える日々が続く中、アンリエッタの心を慰めたのはトリステインに次々訪れる朗報と、 事情を察し、事ある毎に気を配ってくれるワルドの存在であった。 満足気に頷くと、ワルドは部屋の窓を開き、窓枠に飛び乗り器用にバランスを取る。 「まあ」 「では、姫君のお心を見事頂戴できましたので、わたくしはこれにて……」 マントを一振りすると、ワルドは影も形も消えてしまった。 ワルドが魔法のマントを用いて転移した先では、オールドオスマンが苦々しげな顔をしていた。 実はこれ、タバサがアルビオンに行った時ネコババしてきた物である。 あの魔法の物品の素性を調べる度、あまりのレアリティに腰をぬかしかけたのも随分前の話だ。 オールドオスマンにこんな顔をされてはワルドも苦笑するしかない。 「お説教ですかな」 「最近は頻度も多くなったでな。年寄りをあまり困らせるものではないぞ」 「美姫に惹かれるは男の悲しい性ですよ。ですが、何度も言っておりますように、私は不実を働くつもりはありません」 オールドオスマンは大仰に両手を広げる。 「いっそ一夜の火遊びにしておいてくれ。本気で彼女を娶るつもりだとか、 話を聞いた時は全てを忘れて隠居しようかと思ったぞ」 「はははっ、まだまだオールドオスマンのご助力無しには私も独り立ち出来ませぬ故、今後も何とぞよしなに」 今ではオールドオスマンはワルドの良き協力者となっていた。 しかし、そんなオールドオスマンにも、ワルドが本心で彼女に惚れているのかどうか、見極める事は出来なかった。 それ程ワルドという人物は奥が深く、容易に計り知れぬ心を持っていたのだ。 彼がうろたえる様を見たのは、オールドオスマンも数える程しか無い。 内の一つ、ルイズとの決闘は何とも衝撃的であった。 「私が勝ったら婚約解消。負けたら煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」 そう言い放って、スクウェアメイジでありトリステイン最強の騎士であるワルドに挑んだルイズは、 魔法を吸収する剣をかざし、ワルドに勝利を治めたのだ。 既にルイズとの結婚にそこまでの利は無かったので、わざと負けたのかとも思ったが、 敗北した後のワルドの茫然自失とした様は、それが真剣であったのではと思わせる程であった。 それ以降、ルイズ達の奔放っぷりは最早誰の手にも負えぬ程暴走して行った。 ガリア王ジョゼフを退位に追い込んだり、ゲルマニア皇帝をたらしこんだりとやりたい放題である。 何でもロマリアとも揉めたらしいのだが、そこはもう聞きたくないとオールドオスマンは関わるのを拒否した程だ。 今は何処で何をやっているものやら。 「では、私はこれにて」 そう言って立ち去るワルドを見送りながら、オールドオスマンは深く嘆息する。 「ワシの人生って、もしかして悪ガキ共の後始末で終わってしまうんではないのか?」 既にトリステインの重鎮となったワルドを、平然と悪ガキ呼ばわりする自身の稀有な感性と能力は知らんぷりらしい。 のんびりと夜道を散歩するワルドは、ふと、その手に残るぬくもりを思い出す。 思慮が足りない、分別も不足してる、 おおよそ国家を担うに相応しい器ではないと馬鹿にしていたのだが、彼女にも美点はあった。 相手が嫌がる事を出来れば避けたいと思う弱さと紙一重の優しさ、 一つ事に集中すると他が見えなくなる視野の狭さにも繋がる一途さ。 王として全ての民を分け隔て無く愛すべきであるのに、 心寄せた相手に強く惹かれ、一心に何かをしてやろうとする健気さ。 彼女は決して王には向いていないが、こうして肌を重ねて初めてわかった。 妻として、そしておそらく母として、これ以上に素晴らしい女性は居ないのではないだろうかと。 そこまで考え、ワルドは自らの様を振り返り苦笑する。 「何と、これではまるで私が恋をしているようではないか」 それが真実なのか否か、ワルドならば答えを出すのも容易かろうが、もう少しだけ、考えずに置こうと決めたのだった。 ウェールズは正装に身を包み、落ち着かない様子で控え室に向かう。 最初に一目見ておけば動揺してしまう事も無かろうと、その部屋の扉を開く。 ちょうど中に居た女性が外に出ようと扉に手をかけた所であった。 彼女は真っ白なドレスを身に纏っていた。 胸元が大胆に抉れているのは、豊満な胸を持つ彼女の美しさをより際立たせてくれる。 そしてきゅっとしまったウェスト回りは、白のレースがぐるっと一周しており、 大人びた雰囲気の中にも初々しさを残すよう花の柄があしらってある。 その下は大きく膨らんだスカートだ。半透明なレースと、真っ白な生地が交互に折り重なっており、 幾重にも重ねた生地は相互に柄を引き立てあい、奥深い造りになっている。 「マチルダ? 一体何を……」 部屋の中から女中の悲痛な声が聞こえてくる。 「ああっ陛下、良い所に。どうかマチルダ様をお止め下さい」 事情のわからぬウェールズに、マチルダはドレス姿のままぴっと指を突きつける。 「ウェールズ、貴方言ったわよね。結婚しても仕事は続けていいって」 「あ、ああ確かに言ったが……」 「じゃあそうするわ。風石相場の値崩れが始ってる。 まーたしょうこりもなくあんの性悪ワルドが仕掛けて来てるのよ。今すぐ対応しないと……」 「ちょ、ちょっと待て! これから式だというのに何を言ってるんだ! 列席者は随分前から待っているんだぞ!」 「そんなの待たせておけばいいわよ! どーせ酒飲んで騒ぎに来ただけでしょうに」 「ば、馬鹿言うな! 仮にも国王の結婚式がそんな適当で済むはずが無いだろう!」 「そんな事どうでもいいわよ。それよりすぐに対応しないとまた派手に損失被る事に……」 そこまで言ってマチルダは口を紡ぐ。 扉の辺り、ウェールズの居る更に後ろからただならぬ瘴気が漂って来ている。 「へ~~~い~~~か~~~、ま~~~ち~~~る~~~だ~~~」 憤怒の表情で姿を現したのは、マチルダ、ウェールズ共通の友、アニエスであった。 「げっ! アニエス! いえね、違うのよこれは……」 「ま、待てアニエス! まずは落ち着け、これは所謂あれだ、まりっじぶるーとでもいうかだな……」 二人が揃って言い訳を始めるが、直後の一喝でぴしゃりと黙る。 「やかましい! お前達にわかるか! ようやく! そうさんざ苦労に苦労を重ねてようやく辿り着いた晴れの日に! やっと私も肩の荷が降ろせると一息ついたその息も出し切らぬ間に! これで私もようやく恋人との時間を、将来を考えられると安心した矢先に! こんな所で無様にケンカしてる二人を見た私の気持ちがわかるかああああああああ!」 二人が自分の気持ちに気付き、お互いの気持ちに気付き、自分の気持ちに素直になれるまで。 その全てを延々フォローし続けてきたアニエスは、あまりの情けなさに涙すら浮かべているではないか。 二人共、めっちゃくちゃアニエスに世話になった自覚はある。 というかアニエスが居なければこの日は絶対に来なかったと確信出来る。 その立場とアンリエッタへの未練から、自らの想いにすら気付けなかったウェールズ。 アルビオンの王族!? 親の仇じゃ死にさらせボケええええええええええ! なマチルダ。 この二人をくっつけるのにアニエスが払った労苦は並大抵のものではなかっただろう。 「すまんアニエス! ほらっ! もう大丈夫だ! 私達はふぉーえばー仲良しだぞ!」 「そうよそうよ! もー目に毒すぎて逃げ出すぐらいラブラブなんだから!」 速攻で肩を組んでにこやかスマイルを見せる二人。 それで一応は納得したのか矛先を収めるアニエス。 「……頼みますよ陛下。皆様もうお待ちなんですから…… マチルダもだぞ! 馬鹿なわがまま言ってないでさっさと行け!」 はいっと元気良く返事をし、二人は並んで式場へと向かう。 ウェールズは隣を歩く、これから妻になる人を見下ろす。 昨晩は「本当に私でいいの?」と不安気に震えていたというのに、夜が空ければすぐこれである。 よくもまあこんなの妻にもらう気になったもんだが、ウェールズにとっては彼女以外考えられなかったのだ。 出自の定かならぬ女性である。嵐のような反発を押し切っての式となった。 ウェールズは既にマチルダから王家との因縁を聞いていたので、逆に出自を明らかにする事も出来なかったのだ。 国家再生の只中、何代にも渡ってアルビオンを支えてきた貴族達は、 そのほとんどが様々な形でアルビオンを去って行った。 最早新たに国を作るのと大差ない労苦を共にしてきた彼女。 今アルビオンに必要なのは血筋ではなく、アルビオンの屋台骨となりうる強い女性でなくてはならない。 と、説得して何とか式にこぎつけたが、ウェールズにとってはまあ、それは言い訳の一つ程度の認識でしかない。 どんな逆境にあっても、逆に平穏な日々の中でも、いつでも必死になって駆け回り、 きらきらと輝いて見える彼女が、愛おしくてたまらないだけなのだから。 「さあ、行こうか」 廊下の終わり、光に満ちた場所へとマチルダを誘うと、少し照れながら、マチルダはウェールズの手を取った。 黙ってやられるだけは性に合わぬ、 踏み込んで一人でも多く道ずれにしちゃるとばかりに飛び込もうとするキュルケとタバサを、ルイズが止める。 「何よ? 何か言い残した事でもあんの?」 「心残りなんて、ギーシュとモンモランシーの式ぐらいだと思うけど……」 「……いや、ね。ずっと前から考えてた事なんだけど……」 珍しく自信無さそうな口ぶりでルイズは話し始めた。 「ほら、使い魔召喚のゲートってあるじゃない。あれってさ、向こうから来るのはいいとして、 ゲートって言うぐらいだし、こっちからは行けないのかしら?」 通常使い魔召喚の儀式で発生するゲートは、ハルケギニアの獣が呼び出される事から、 ハルケギニアの何処かしらに繋がっていると考えられている。 燦を故郷に帰した時、使い魔である燦と何かが切れた感覚があったとルイズは言っていた。 使い魔の契約が途切れるのは使い魔が死亡した時のみであるが、 存在を感知出来ぬ場所に行った故、死亡したと認識されたのだろう。 以後新たな使い魔を召喚しなかったルイズは、これを移動手段として使えないかと言っているのだが、 そんな利便性の高い魔法であるのなら、今まで誰も確認していないというのはおかしい話である。 案の定タバサは幾つかの事例を聞き知っていた。 「召喚が目的であるし、ゲートにはこちら側に引き寄せる力が働いている」 ルイズも調べてあったのだろう、すぐに反論する。 「だからさ、その引き寄せる力以上の勢いでゲートに突っ込めば、向こうまで突き抜けられるんじゃないかなって」 むむぅと頭を捻るタバサだが、すぐに首を横に振る。 「でもダメ。ゲートの先がどうなってるかわからないし、使い魔は大抵危険な場所に生息している。 火山の中や空の上に繋がっててもおかしくはない」 「うん、でも召喚する相手が人間だったならどう? それなら周辺の安全はほぼ確保されてると思わない?」 キュルケはルイズが考えていた事をようやく察する。 「……つまり、実験してみようって事よね。サンに繋がるかどうかもわからないけど、 死ぬしかない今なら、うまくいけば儲けものって事でしょ」 にまーっと笑うルイズ。 タバサはやはり苦々しそうな顔のままだ。 「戻ってくる手段は存在しないかもしれない」 「死ぬよかマシよ。それに、どうせ賭けるなら夢のある未来に賭けたいじゃない」 森の奥の方で微かに動く気配がした。 タバサは即座にプランを立てる。 「ルイズはゲートの維持、私が風で三人を覆う。キュルケは魔法で私達を吹っ飛ばして」 「了解!」 「そうこなくっちゃ!」 ルイズが懐かしき召喚魔法を唱え、タバサが風の守りを用意し、キュルケはありったけの魔力を込め、炎の魔法を放った。 満潮家は何時もの喧騒に包まれていた。 今日は何故か都合が合い、瀬戸組の面々がぞろぞろと満潮家に揃ってしまったのだ。 燦の父豪三郎は、娘を奪った憎き男、満潮永澄に憎憎しげな視線を送るが、燦の手前なので一応我慢はしている。 永澄の父、母、そして許婚としてこの家にやっかいになっている燦、 その付き人であり小人のように小さい蒔が共にこの家に住んでいる。 更に今日は瀬戸組の瀬戸豪三郎、妻の蓮、若頭の政が一緒に来ている。 豪三郎は酒をかっくらいながら吼える。 「大体、三年前に政がこのボーフラ助けんかったら良かったんじゃ! 何でその時きっちりトドメ刺しとかんかったんじゃ!」 「……燦ちゃんのお父さん、当人前にそーいう事言うのはどうかと思うんだ……」 「すいやせんおやっさん。 しかしまさかその三年後にまた永澄さんが同じ場所で溺れるなんて思いもしなかったもんで……」 馬鹿丁寧に謝る政に、酒の勢いか普段の鬱憤か、豪三郎は更に八つ当たりする。 「そもそも燦に結婚はまだ早い! というか後一年でこんボーフラぁ結婚出来るようになってしまうやないか! 早よぶち殺しとかんと取り返しのつかん事になってまうで!」 「……一年後て、僕まだ高校生なんですが……」 「もう、お父ちゃんお酒はそのぐらいにしてっ! 永澄さん困ってる!」 最近は永澄の両親も慣れたもので、豪三郎の罵声にもにこにこと笑っているだけである。 「……二人共両親の責任きちっと果たそうよ……」 さっきから延々永澄がつっこんでいるのだが、誰もがガンスルーである。 全てから逃げたくなって永澄は天井を見上げる。 何故か、そこに真っ黒い楕円があった。 「うっひゃー!」 「ぎゃーー!」 「っ!」 三様の悲鳴と共に、天から女の子達が降って来た。 一同が静まり返る中、痛たたと顔を上げたルイズは、すぐそこに、懐かしいあの顔を見つけた。 「久しぶりねサン、元気だった」 三人の物語は、まだまだ終わってはいないようだ。 ゼロの花嫁 完 前ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの社長 ギーシュとの決闘から2日。 学院は今までと変わらず、生徒達で賑わっていた。 もちろん、変わった所もあった。 ヴェストリの広場には、あの決闘でのデュエルの後に土を埋めただけの状態なので、 円形に草の生えていない場所ができている。 生徒達も、見たことも無いドラゴンを呼び出す海馬のことを認識し、軽軽しくルイズを馬鹿にはできなくなった。 もっとも、その態度は海馬の力を恐れてのものであり、ルイズ本人にしてみれば、あまり好意的なものではなかった。 決闘をした当の本人であるギーシュはと言えば、表面は相変わらずであるが、 『なんとなくだけど…少し男らしくなった気がする。』 とは、隣の席であり、学院内でギーシュの彼氏と認識されているモンモランシーの談である。 そしてキュルケはと言えば、あの決闘より海馬に好意を抱いている。 見たことも無いドラゴンを操る見知らぬ土地から来た平民の使い魔。 過去の彼女の中に無かったカテゴリーである海馬瀬人という人間に、彼女がこいの炎を燃え上がらせると言うのもまた、 当然と言えば当然の流れだったのであろう。 さて、物語は次なるフェイズへと進む。 決闘より2日後の早朝。 ルイズと海馬はあの決闘の日より2度目の朝をコルベールの私室で迎える事となった。 あの決闘の日よりコルベールの手元に預けられた『召喚銃』こと、『デュエルディスク』と『デッキ』 しかし、デュエルディスクの使い方はもちろん、カードに書かれているテキストはコルベールに読めるものではなく、 また、デュエルモンスターズのルールそのものがわからない。 そのために海馬はコルベールにそのテキストの意味を口頭で教える代わりに、ハルキゲニアの文字をコルベールに教わる事にした。 しかし、それならば海馬とコルベールの二人でことが足りる。 なぜここにルイズがいるのか。 ルイズ曰く 『使い魔の力を正確に知っておく必要がある。』 とのことらしい。 が、しかし。 コルベールと海馬の永遠とも思えるデュエル講義には軽軽しく口をはさめるものではなかった。 「このカードはヴォルカニック・デビル。このデッキの切り札となるカードだな。」 海馬がデッキから引き抜いたカードは、黒い体に赤い炎の煙をまとわせているデザインのカードだった。 「ヴォルカニック・デビル…レベル8 炎属性炎族・効果 …この単語はさっきあったブレイズ・キャノン・トライデントか。 墓地に送る…そうか!このカードはブレイズキャノントライデントを、墓地に送って特殊召喚するんだね。 …攻撃力は3000、守備力が1800。なるほど、確かにこれは強力なカードのようだ。」 「ふむ、なかなか飲み込みが早いな。半日でそこまで読めるとは、言語学者になった方がいいんじゃないか?」 「仮にも教師だからね。それに、このテキストは結構言葉のパターンがあるから、別のカードで覚えた訳なら、応用は楽だね。 …通常召喚ができない、ということは召喚自体が難しいね。 しかし、敵モンスターはヴォルカニック・デビルを強制的に攻撃しなければいけない上に、 モンスターを破壊したら相手の場を一掃した上に相手プレイヤーに直接ダメージとは…」 コルベールはカードとしての強さを認識すると、そのカードを現実に召喚したときの恐ろしさを感じ、顔を曇らせた。 だが、それを知らずにルイズが口をはさんだ。 「攻撃力3000ってことは、ブルーアイズと同じ攻撃力なのね。 それで、能力を持っているなんて、ブルーアイズより強いじゃない。」 ピシッ…と、世界が凍る音がした。 「ルイズ…今なんと言った?」 凍った世界で、ルイズは気づいた。 しまった。まずい事を言ってしまった、と。 「えー…えっと。コ、コルベール先生はどう思います?」 どうにかコルベールに助けを求めようとする。 「ミス・ヴァリエール。それは違うよ。確かに、ヴォルカニックデビルとブルーアイズは同じ攻撃力だけど、 ヴォルカニックデビルには、召喚のためのルールがある。 そのため、ブルーアイズのように色々なパターンを駆使して召喚する事ができないんだ。」 「ルイズ。カードにはそれぞれ役割がある。そして、40枚のカードは他のカードを補い合い、勝利と言う未来へと進む。 1枚だけを見てカードの優劣など決まらん。考え無しに軽軽しく口をはさむな。」 その物言いにむっとしたルイズは、つい語気を強めて反論してしまう。 「なによ!強い能力を持つカードが勝つに決まってるじゃない。」 ふぅ…と、ため息をつく海馬。 「では、聞こう。どんなときでも場に攻撃力3000のモンスターがいるのと、 特定のカードが揃ったときのみ場に攻撃力3000のモンスターが出てくるもの。 どちらが相手をしづらい?」 「そっ…それは…」 言葉に詰まるルイズに、コルベールが言う。 「でも、ブレイズキャノンを使っていけば、相手に強力なモンスターが多数出てきても、破壊していけるね。 でもそれは、カードの運び方に影響される。 デュエルと言うのは1枚のカードを出し合うだけじゃない。 カード同士を助け合わせるのが重要なんだ。 いや、これはデュエルだけでなく、どんな事でもそうさ。」 そうこうしている内に、また海馬とコルベールは机に向き直ってしまった。 そして結局この話が終わったのは早朝日が登った頃であり、ルイズは睡眠不足により、授業中に爆睡していた。 そして同じような内容がもう1日続き、今朝にいたるのであった。 ルイズは、風呂に入りに行くと言って早めにコルベールの部屋を出た。 結局この2日間で、海馬はコルベールにデッキの内容の訳、デュエルモンスターズの対戦ルール、 現在わかっているデュエルディスクでの実体化のルールを伝え終えていた。 「しかし、実体化のほうはいまだ不確定なルールが多すぎる。 これに関しては、実践を積み重ねていくしかないな。」 「海馬君、それは…」 コルベールは顔を曇らせる。 実践、いや、この場合は実戦と言い換えられるだろう。 つまり、モンスターで何かと闘うと言う事だ。 「私は、なるべくなら、これをつかわずにすむ毎日が続いて欲しいと思っている。 これは使いこなせば、あまりに強力な力だ。…だから―――」 「俺は、俺がなぜここに召喚されたかを考えた。 たぶん俺は、ここでなさねばならない事があるのだろう。 そのためにここに呼ばれたと思っている。 ならば、おれがなすべき事が起こったときに、万全の状態であるように準備しているだけだ。」 「…………」 そんな話を終え、海馬は先に食堂に向かうとコルベールに伝え、部屋を出た。 ルイズも風呂から上がった後合流すると言っていた。 そしてまっすぐ食堂へ向かう道の途中で、キュイキュイとやかましい喋り声が聞こえてきた。 ふと、目を向けると、先日決闘の場にいた青い髪の少女…タバサと言ったか。 それと、その使い魔の大きな竜の姿が見えた。 そして、喋り声を多く上げているのは、竜の方であった。 「お姉さま。やっぱり吸血鬼退治は危険なのね。あの従姉姫ったら、こんな危険な命令をさせるなんて、意地悪を通り越してるのね! …って!まずいのね!?」 使い魔の竜 シルフィードは驚いた。 喋っているところを他人に見られてはいけないと、タバサに言われていたのに、 見知らぬ人物が傍に現れていたのだ。 一方の、盗み聞きをするのを嫌った海馬は、その1人と1匹の前に姿を晒した。 「あわわ、まずいのねお姉さま。喋っているところ見られちゃったのね。あいた。」 こつんと、自身の身長よりも高い杖でシルフィードの頭を叩いたタバサ。 「お喋り。」 「盗み聞きをする気は無かったのだがな、そこのドラゴンがやかましい声で騒ぐ中に、気になることがあったのでな。」 「シルフィード」 「知っている。そのドラゴンの名前だな。それより、だ。 貴様はこれから、吸血鬼退治とやらに行くのか?」 「そう」 タバサは短く肯定をした。 そして、そのまま海馬に背を向け、シルフィードの背にのろうとする。 「俺も連れて行け。」 「なっ!なに言ってるのね。吸血鬼は危険な相手でお姉さまだけでも危険なのに、あいた。」 「静かに。…命の保証はしない。自分で自分の身が守れるなら。」 「お姉さま!?」 「ふん。もとより守ってもらおうなどと考えてはいない。俺には俺で試したいことがあるのでな。」 「……」 無言のままシルフィードの背にのるタバサ。 そして海馬は、デュエルディスクを展開し、手札のモンスターを召喚する。 「古のルール!出でよ!ブルーアイズホワイトドラゴン!」 海馬の最強モンスターが召喚される。 そして、海馬はブルーアイズの背にのった。 「思い出したのね!この間ギーシュ様に勝ったかっこいいドラゴンの人なのね! 何より、そのかっこいいドラゴンなのね!すごいのね!あいた。」 「出発。……勝手についてきて。」 「ふん、ブルーアイズ。シルフィードに続け!」 2匹のドラゴンは翼を広げ、それぞれの主を背に乗せ大空へと羽ばたいた。 そして、風呂をあがり食堂へと向かっていたルイズは、偶然それを見つけた。 「ちょっと!勝手にどこに行くのよ!?セトー!?」 前ページ次ページゼロの社長
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前ページ次ページゼロの社長 「諸君!決闘だ!」 ギーシュが普段人気の無いヴェストリの広場の真中で、周りを囲む生徒達に宣言する。 杖である右手に持ったバラを高く掲げ声を上げるのと同時に、周りの生徒達から歓声があがった。 だが、対峙する海馬はといえば、特に怖気づく様子も無くまっすぐこちらを見据えてくる。 「逃げずにここまで来たのは誉めてあげよう。」 「………」 海馬は無言で返す。 その態度が気に入らなかったらしく、ギーシュはいつものきざな表情を濁す。 「何とか言ったらどうなのかな?いや、平民に貴族の礼儀を期待する方が間違っているか。」 ドッと周囲から笑い声があふれる。 だが海馬は、対峙して入るものの、実際には目の前のギーシュそのものは見ていなかった。 青銅のギーシュ レベル2 地属性 魔法使い族・効果 毎ターン自分フィールド上に、青銅ゴーレムトークン(攻・守1200)を7体まで召喚できる。 攻撃力700 守備力500 そう、目の前に表示されたギーシュの能力を再確認していたのである。 (ふむ…ルイズとの数値から見るに一般的な人間の守備力は600程度か… しかし、当たり所や全部の攻撃が攻撃力どおり来るわけでは無い…、 しかも普通のデュエルとは違い、俺自身が直接攻撃されるだけでも致死にいたる可能性はある。 条件はなかなか厳しいものではある…が、それはこちらが攻撃を受けなければ済む事だ。 しかし、ルールだけで考えれば、ギーシュの能力はなかなかのカードだ。生け贄要員でしかないがな。) フッっと笑いを漏らす海馬。 その余裕に見える態度に更に苛立ちを覚えたギーシュは、さっとバラを振りかざす。 そして、その振るった花びらが、1体の青銅ゴーレムとなる。 「僕はメイジだ。故に、魔法で闘う。まさか文句はあるまいね?」 ガチャッと音を立てて、ゴーレムが構えを取る。 「かまわん。だが、俺からも一つ言っておく事がある。」 そう言うと、海馬は左手のデュエルディスクを展開させ、デッキから5枚のカードを手札として引き抜く。 「俺もこの世界でのルールがまだ把握しきれていない。故に…」 キッと強い意志をもった視線を向ける海馬。 その強い意志に、ギーシュは気圧される。 「故に、どうなっても知らんぞ?」 「バッ…馬鹿にしているのか!?平民が!」 ギーシュは怒りに任せてゴーレムを突進させる。 青銅で出来たゴーレムのスピードは、そこまで速くはない。 だがそれでも、人体で当たれば即死は無いもののダメージは大きい。 そしてその拳が海馬の顔面へと当たると思われた瞬間。 「俺のターン!ドロー!手札より、サファイアドラゴンを召喚!」 海馬の目の前に、藍色のドラゴンが姿をあらわし、ギーシュのゴーレムの攻撃を受け止めた。 「なっ…なにぃ…!?」 ギーシュは驚愕した。 いや、それは周りの生徒達も同じだった。 目の前にいきなりドラゴン、大きさで言えば、先日タバサが召喚した風竜と同じくらいの大きさだろうか。 それがいきなり目の前に現れたのだ。 傍で興味なさげに本を読んでいたタバサでさえも、珍しく驚きの表情を見せていたが、周りが皆ドラゴンに目を奪われていたため、 誰も気づかなかったが。 「なっ…なんだそれは…!」 「ふむ…メイジである貴様がそこまで驚くほどの事は無いだろう?」 「くっ!卑怯な!そんなのを隠していたなんて…」 「貴様がメイジであるから魔法で戦うというのなら、俺はデュエリストとして闘うまでだ。 どうした?怖気づいたのか?地面に頭をこすりつけ貴族だからと調子に乗って申し訳ありませんでしたと泣いて許しを請えば、 許す事を考えてやっても良いぞ?」 「…貴族を…そんなドラゴンごとき従えただけで貴族をそこまで侮辱するか!?」 「ふん…魔法ごときを使えるだけで他者を愚弄する貴様に言われる筋合いはないな。さて?どうする?」 サファイアドラゴンの前にいたゴーレムを戻し、ギーシュは更に杖を振り、計3体のゴーレムを召喚する。 1体ではサファイアドラゴンには勝てないと判断したのだろう。 数で押し切る作戦に切り替えたようだ。 「どうやら、君は貴族の力を過小評価しすぎている。その認識を誤りだと教えてやる! いけっ!ワルキューレ!あのドラゴンを叩きのめすんだ!」 3体が立て1列となりサファイアドラゴンに向かってくる。 「蹴散らせ!サファイアドラゴン!」 サファイアドラゴンは、その長い尻尾で1体目のゴーレムをこなごなにする。 だが、そのときサファイアドラゴンの動きが鈍った。 サファイアドラゴンのいる足元がドロと化し動きを封じていたのだ。 「土の魔法でその場をドロにしたんだ!これでそのドラゴンは動けまい!ワルキューレ達よ!」 そう叫ぶと、2体のゴーレムが一斉にサファイアドラゴンに襲い掛かる。 身動きが取れないため、そのままゴーレムたちの攻撃を受けたドラゴンは破壊され、爆発した。 「ぬぁッ…」 海馬は謎のダメージを受けた。 いや、デュエルモンスターズでのルールとおなじく、モンスターが破壊されたときの超過ダメージを受けたのだ。 (しかし、相手のほうはそう言うダメージはあるようには見えない…ふん、こちらにのみ都合の悪いルールか、っ?これは…) みると、デュエルディスクのカードのところが光っている。 (ドローしろという意味だろうか…なるほど、さっきドローしてから約2分が経過している。 1ターンというのは約2分ということか。) カードをドローする海馬。 「どうだ。これがメイジの闘い方さ!どうやってドラゴンを従えたかは知らないけど、ただ呼ぶだけならペットと同じ! メイジはそこに魔法をプラスして戦う!どうだね?君のご自慢のドラゴンはもういない!泣いて許しをこうなら、許してやっても構わないがね?」 「ふっ、なかなか姑息だがいい戦い方だ。だが、俺のカードがあれで終わりだとは思うなよ…?」 所は変わって学院長室。 コルベールとオスマンが、ガンダールヴのルーンを持った青年について話していた所に、ノックが響いた。 扉の向こうから、慌てた声が聞こえてくる。 「オールド・オスマン。大変です!ヴェストリの広場にて、生徒が決闘をしているのですが…」 「まぁ、とりあえず落ち着いて、中に入って説明したまえ。ミス・ロングビル。」 ドアが開き、学院長の秘書であるロングビルが入ってくる。 走ってきたのか、少し顔が紅くなっている。 「生徒同士の決闘など、遊びのようなものだ。そんなに慌てるような事でもあるまい。」 「それが…決闘をしているのがギーシュ・ド・グラモン…」 「…あの女好きのグラモンの馬鹿息子か…大方女の取り合いじゃろ。」 「そっちは問題じゃないです!相手は先日、ミス・ヴァリエールが召喚した使い魔の青年なのですが…何でも、いきなりドラゴンを呼び出したとかで…」 『なんじゃと!(ですと!)』 オスマンだけでなく、横で聞いていたコルベールまでもが大声で驚いた。 ドラゴンを呼び出す使い魔など聞いた事が無い。 そして先ほど、コルベールが持ってきた、ガンダールヴの話… 「ミス・ロングビル、直ちに現場へ向かってください。 必要があれば、眠りの鐘の用意を。」 「わかりました。」 足早に部屋を出て行くロングビル。 オスマンが杖で呪文を唱えると、ヴェストリの広場の様子が映し出された。 丁度ドラゴンが土に足を取られ、ゴーレムに破壊される瞬間だった。 「なんと…本当にドラゴンを呼び出している。しかし、とっさの機転であのドラゴンを倒すとは。 ミスタ・グラモン、意外ですね。」 コルベールが感嘆の声を上げる。 だが、オスマンは 「いや、あのドラゴンはそこまで強い種ではないようじゃ…。 彼は更に強いものを持っているようじゃ…」 「ふむ、最後まで諦めが悪いのは、かえって美しくないよ?素直に負けを認めたらどうだい?更に…」 そう言うとバラの花が地に落ち、7体のゴーレムが姿をあらわした。 「わかるかい!これでチェックメイトだ!さぁ、素直に負けを認め…」 「負けを認める…?それは自分のことを言っているのか?」 「なにっ?」 「サファイアドラゴンを倒したのは誉めてやる。貴様のゴーレム程度では倒せないと思っていたのだから、 俺の予想を越えたことは認めてやる。だが、所詮貴様はそこまでだ。 最強の力を持った、俺の僕の前では所詮無力だったということを、その身に刻むが良い。」 「なっ…何を…」 海馬は手札から2枚のカードを抜き出した。 「おれは手札より!古のルールを発動する!」 瞬間、海馬の頭上に古い巻物のようなものが現れる。 「このカードは、手札の上級モンスターを生け贄無しで召喚する事ができる魔法カード! ちなみに、貴様がさっき倒したサファイアドラゴンは、下級モンスターだ。」 「ハッ・・・ハッタリを!」 「ハッタリかどうかはその目で確かめるんだな。 出でよ!ブルーアイズホワイトドラゴン!」 巻物から飛び出すように、全身純白にして光り輝くようなドラゴンが飛び出した。 そのドラゴンの瞳は澄んだ宝石のように青く美しく。 それを見た誰もが、その姿に見惚れていた。 「これが最強のドラゴン!ブルーアイズホワイトドラゴンだ! ブルーアイズよ!そのガラクタ人形を蹴散らせ! 滅びのバーストストリーム!」 ブルーアイズの最強必殺技、滅びのバーストストリームが放たれる。 その波動はゴーレム一体どころかまとまっていたため7体全てのゴーレムを消し飛ばし、その場所に巨大な爆発を起こした。 その爆風により観客の殆どが吹き飛ばされ、そこに残っていたのは、運がいいのか悪いのか、ギーシュのみであった。 「さて、まだ続ける気があるか?」 死刑を宣告するような声で、海馬はギーシュに告げた。 「僕の…負けだ…。」 「貴様の敗因は驕りにある。だが、サファイアドラゴンを倒した機略はなかなかのものだったぞ。」 そう言うと、海馬はカードをデッキにまとめデュエルディスクを畳み、広場を去っていった。 その後姿を見ながら、ギーシュは呟いた。 「…完敗だ。」 前ページ次ページゼロの社長
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作者別 ■ゼロの飼い犬 15-181 #1 事の発端? 15-593 #2 天使の指先 15-828 #3 微熱の唇 16-203 #4 口付けの理由 16-282 #5 メイドの温もり 16-433 #6 黒い瞳の彼 16-720 #7 月の涙(前編) X00-05 #8 月の涙(後編) 18-46 #9 月夜の晩に X00-07 #10 雨降りの後 19-20 #11 人形姫の溜息 20-72 #12 水兵服とメイドの不安 (前編) X00-10 #13 水兵服とメイドの不安 (後編) X00-11 #14 お医者様でも草津の湯でも (前編) 24-5 #15 お医者様でも草津の湯でも (後編) X00-27 #16 夏休みの前 X00-28 #17 真夏の雪風 ■完結SS 13-28 湯けむり協奏曲(前編) 13-232 湯けむり協奏曲(後編)
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 「はは。見たか? 驚いて目を剥いてたぞ」 「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ……うう、そんなの、見てる余裕なんかあるわけないじゃない……はぁ、はぁ、はぁっ……」 目的地らしき石の壁に囲まれた建物に到着したのでルイズを下ろすと、ルイズはそのまま地面にへたりこんでしまった。 荒い息をつきながら反論する口も、どこか勢いがない。 エルクゥの驚異的な動体視力ならともかく、時速100キロ超で駆け抜けていく人の表情なんて、通常の人間に観察できるわけもないのだが……。 「……ねえ。あなた、もしかして亜人なの?」 「あじん?」 息を整えながら、ルイズはそんな疑問を口にした。 なんかさっきも聞いたような言葉だな、と耕一は首をひねった。 「人の形をしてるけど、人じゃない種族よ。エルフとか、翼人とか、獣人とか、オーク鬼とか。あんな非常識なスピードで走ったり、『フライ』で飛んでる人のところまでジャンプだけで跳んだりなんて真似、メイジでもできないもの」 よどみなく解説を返す様子に、馬鹿にされてたわりには、結構頭いいんじゃないのかなこの子。などと場違いな感想を頭に浮かべつつ。 「ふぅむ……」 ひとつ唸って、考える。 亜人。人の亜種。 ニュアンス的には間違いではないかもしれない。『鬼』という生き物も、そのカテゴリーに入るようだし。 ―――それに、まあ、この身が純粋なホモ=サピエンスだ、とはお世辞にも言えないからなぁ。 いや、魔法使いが純粋なホモ=サピエンスと言えるかどうかはわからないけど。 事件の直後はちょっとその辺哲学的な意味で悩んだりもしたのだが、耕一よりはるか昔にエルクゥとして目覚めていた楓に心体共に慰められて、今ではそんな悩みもあったなぁ、程度のものだった。 貴方は貴方です。 愛する者からのその絶対の承認は、人をとても強くする。鬼を飼いならせるほどに、だ。 「まあ、厳密には違いそうだけど、そう思ってくれていいんじゃないかな」 「……そう、なの?」 答えを返すと、ルイズはどこかぼんやりした表情を浮かべた。 もしかしたらすごい使い魔を引き当てたのかもしれないという劣等生の期待と、得体の知れない力を振るう亜人に対する畏怖とが入り混じった、微妙な心境を表していた。 「と聞かれてもね……こっちの世界の生態系なんて俺にはわからないし、どうにも」 「……こっちの、世界?」 「ああ。たぶん、俺はこの世界の人間じゃないから」 ……しかしそれは、すぐに不機嫌な表情にとって変わってしまった。 「……なによ、それ」 「俺が住んでいたところじゃ、魔法なんて架空の存在だったんだよ」 「意味がわからないわ。ハルケギニアの人間じゃないって事?」 「うーん、この星というか、いや、星が違っても魔法なんか使えないか……この次元というか……ともかく、こことはまったく違うところ、というか……」 「…………」 首をひねりながら言葉を搾り出す耕一に、ルイズの眼が、どこかアレな人を見るようなソレに変わっていく。 一般相対性理論すらまったく知らない耕一には、次元やら空間やらをゲーム用語以上の言葉で語る事は出来なかった。 ……まあ、よしんば、真の統一場理論が完成していて耕一がそれを朗々と語れたとしても、 それがこの世界でも通用するものなのか、そしてルイズが納得してくれるのかどうかは、まったくの別問題であるが……。 「……まあ、とにかく、俺はその『亜人』のようなもので、すごく遠いところから来たと思ってくれればいい。だから、魔法も含めてこの辺の事は何もわからないんだ。その、はるけ? なんたらって言うのも、全然聞いた事がない」 「……ふぅん」 今のところは、それで納得してもらうのが妥当だろう。 ルイズは胡散臭げな視線だったが、それ以上追及する気はなさそうだった。 「あー、それで、ちょっと聞きたい……っていうか、さっきコルベールさんに言いそびれた事なんだけど」 「なぁに?」 塩粒ほどだった『フライ』で帰ってくる組が豆粒ほどに近付いてくるのを見やりながら、ルイズはぱんぱん、とスカートの砂を払いつつ立ち上がった。 ショックからはとりあえず立ち直ったらしい。変な話を聞かされて機嫌がナナメに傾いて、ショックどころの話じゃなくなった、というのも小さくない要因だったが。 「俺を元の場所に送り帰してくれないか?」 「へ?」 ルイズは、きょとん、と耕一を見つめた。 「いや、たぶんその『サモン・サーヴァント』の魔法だと思うんだけど、変な鏡みたいなのが目の前に出てきてさ。 それに吸い込まれかけてどう引っぱっても抜けられなかったから、近くにいた家族にすぐ戻るって言って鏡に飛び込んだらあそこに居た、というわけなもんで……」 「だ、ダメよ!」 できれば早く帰りたいんだけど、と続ける前にルイズが叫んだ。 「あ、あんたは私の使い魔として召喚されて、もう契約したのよ。さっきも、やり直しのできない神聖な儀式って言ってたでしょ?」 「……契約ってのは、お互いに同意があって成立するもんなんだけどね。まあ、そういう様子だったから言いそびれたんだけどね」 一応、空気は読めるほうだと自負している。この場合まったくありがたくなかったが。 「だ、だからよ。使い魔は主人を守るもの。ご主人様を置いてどこかに行っちゃうなんて許さないわ」 精一杯威厳があるように胸を張り、傲慢な言葉を口にしても……それが、せっかく召喚成功したのに逃げられでもしたらまた馬鹿にされる、という劣等感に満ちた震える声では、効果は半分以下だった。 同い年ぐらいの少年であれば売り言葉に買い言葉で有耶無耶になったかもしれないが、幸か不幸か、耕一は一応少女の虚勢や我侭を受け入れてやるぐらいの、青年と呼べるメンタリティは持っていた。 「……ね、君、家族はいるかい?」 「い、いるわよ。それがどうしたの?」 「どんな人がいるんだい? 聞かせて欲しいな」 「な、なによ、気持ち悪いわね。……両親と、姉様が二人いるけど」 「そうなんだ。その中で一番好きな人は?」 「……なんでそんな事答えなくちゃいけないのよ」 病弱ながらとても優しかった下の姉を思い浮かべながら、ルイズは不審がる。 「『今からお前とそいつを永遠に会えなくしてやる』」 「っ!?」 「『お前は今から見知らぬ土地でどこかの誰かに一生奉仕しろ。お前の一番好きなそいつは、お前に二度と会えない』」 「…………っ!」 少し迫力を込めた声色に、想像してしまったのだろう、ルイズの顔が蒼白になっていく。 「そう命令されたら、どうする?」 「ど、どうするって……そんな」 そんな横暴な命令聞けるわけないじゃない!と言おうとして、ルイズははっと口に手を当てた。 うん。気付いたか。やっぱり頭がいいし、いい子だな。と、耕一は頷く。 「そう。今君が言った事だよ」 「で、でも、平民は貴族に奉仕するのを喜ぶべきで」 「家族を好きな事に、好きな人と離れ離れになる悲しみに、貴族だの平民だのが関係あると思うのかい?」 「あ、あるわよっ! 平民なんて何よりも貴族への奉仕を喜びにすべきで、自分の悲しみなんて二の次でしょう!」 「じゃあ、貴族より偉い王様が君に命令しよう。『お前ごときの悲しみなんて二の次でくだらない事だ。王への奉仕に喜べ』」 「~~~っ! ヴァ、ヴァリエール公爵家の名誉にかけて、姫殿下の命は果たしてみせるわ!」 目尻に涙を浮かべて、声をあげるルイズ。 耕一は少し後悔した。このルイズという少女、予想以上に意地っぱりだった。こいつは梓以上だ。 自分で気付いてすら反発するタイプか……根はいい子っぽいんだけどな。よっぽど深く掘らないと根は見えなさそうだ。 「……とまあ、そういう事を言われると、今ルイズちゃんが感じているような心境になるわけだよ。ごめんな、変な事言って」 「べ、別に変な事なんて言ってないわ。下の者は上の者に従う。当然の事よ」 ……とはいえ、ルイズの根を包む土であるこれまでの言葉は、ここの社会では真っ当な常識なのだろう、とも思った。 それを異邦人である耕一が取り除けてしまったら、ルイズは社会に溶け込めなくなってしまわないだろうか。 鬼の血を引く柏木の者が、いかに人間社会に溶け込む事に尽力しているか。祖父や叔父、親父に、遥か昔のご先祖様、代々の表裏に至る努力を千鶴や楓から聞いている耕一は、ついそんな事を考えてしまった。 いっそ、そんな事に気付かない少年ならば、まっすぐにルイズの根まで掘り起こしてしまうのかもしれなかったが。 「それに……そもそも無理なのよ」 「何が?」 「あんたを……召喚したものを元の場所に戻す魔法なんてないもの」 「…………マジで?」 「マジよ」 それは予想外だった。いくら神聖な儀式と言っても、緊急の手段ぐらいはあってしかるべきじゃないのだろうか。 「それは、君が使えないというだけ……じゃないよな」 「ええ。そんなのがあるなんて、先生だって知らないと思うわ」 「マジか……」 「マジよ」 彼女が嘘を言っているようには見えない。 ……うーむ。あのコルベールさんの態度からして、生徒には隠されているだけ、という線もない気がしないではないけど。 呼べるなら戻せるだろう、と楽観的だった考えが覆されて、耕一もさすがに焦り始めた。 「わかった? あんたは私の使い魔をするしかないの」 「……うーむ」 悩み出す耕一に、有利に立ったと思ったのか、少女の虚勢が貴族の矜持に変わり、ルイズの言葉に余裕が出てくる。 逃げるのは簡単だろうが、剣と魔法のファンタジー世界に逃げてどうするというアテがあるわけでもない。 自然は多そうだし、身体能力を駆使すれば狩猟採集で生きていけるかもしれないが……それでは逃げる意味がないし、野良エルクゥとか洒落にもならない。 「……ぬー」 ……とにかく、彼女より知識のある人に話を聞かなければ。 元の世界への送還魔法なんて本当に存在せず、まったくのイレギュラーで呼び出されたのか。それとも何らかの関わりはあるのか。 「はぁ」 とりあえずのところは彼女についていって、機会を見つけて責任者に掛けあってみるしかないか。学院というぐらいなら、校長先生ぐらいはいるだろう。 『平民風情がこの校長に向かって軽々しく口を利くとは無礼者め』などと無礼討ちされそうになったら、その時にはエルクゥ全開で逃げ出せばいい。 当面の方針をそう結論付けて、耕一は『ごめんよ楓ちゃん。ちょっとすぐには戻れなさそうだ』と空に向かって懺悔をすると、ひとつため息をついた。 「わかったよ。帰るのを諦めるつもりはないけど、手がかりが見つかるまでは君に従おう」 「……態度が気に入らないけど、まあいいわ。ゆっくり上下関係を思い知らせてあげるから」 「王様にそう言われて心から忠誠を誓えるなら、そうするといい。子曰く、天下は恐怖でなく仁徳にて治めるべし、ってね」 「……ふん。もうその手は喰わないんだから」 物騒な事を口走るルイズに苦笑しながら、お手柔らかに、と握手を求めると、見事に無視されてしまった。 代わりに、手の甲を差し出される。一瞬意味がわからなかったが、昔見た演劇を思い出して、もう1回嘆息。 そして、膝をつき、せいぜい精一杯恭しく、その甲に口付けた。 「そうそう、あんた、君とかルイズちゃんとか呼ぶのやめてよね。ご主人様に向かって馴れ馴れしいわよ」 「ふむ。じゃあ……ミス・ヴァリエール?」 「……あんたに言われると、なんかムズムズするわね」 「ルイズ?」 「気安く呼ばないで」 「じゃあ、ルイズちゃんで」 「……うー。なんか納得いかないけど、それが一番マシな気がするわ」 そんな会話をしている内に、他の生徒たちが次々と到着して、門をくぐっていく。 「はあ。私たちも教室に行くわよ。えっと……カシワギコーイチ?」 「耕一、でいいよ。柏木が苗字で、耕一が名前だ」 「そう。まあ……ありがと。あんたのおかげで授業に間に合ったわ。あのまま歩いてたら、きっと間に合わなかったもの」 それだけ言うと、ぷいっと踵を返して、門に向かって歩き出してしまう。 ルイズちゃんの方はこれで様子を見て、とりあえずコルベールさんと話してみるか……と、これから取るべき手段を考えつつ、耕一は少しだけ微笑ましい気分でルイズの後についていった。 前ページ次ページゼロのエルクゥ
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「そういえば、あなた名前は?」 召喚した少女を連れて自分の部屋に戻ってきたルイズは、ドアを閉めて大きく伸びをすると、少女に向き直った。 儀式を失敗し続けたせいで疲れきっていたため、すぐにでも寝たかったが、やっぱり名前ぐらいは聞いておくことにしたのだ。 「・・・なまえ?」 少女は澄んだ瞳でルイズを見つめている。 「いくら平民でも、名前ぐらいある・・・わよね?」 一応“使い魔”なので、ルイズが自分で名づければいいのだが、本名も知っておくにこしたことはない。 呼びやすいものならそのまま使えばいいし。 「グゥです」 「グゥ?一応聞くけど、それってあだ名とか二つ名じゃなくて、本名?」 「はい」 “グゥ”がにっこりと笑って返事をする。 ルイズは何故かその笑顔にドキッとした。 ちょ、調子狂うわね・・・ 変わった名前、語呂はともかく二文字って短すぎない?平民だから? 「わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。ルイズって呼んでくれていいわよ、グゥ。 あなたはわたしの使い魔として“サモン・サーヴァント”で呼ばれたの。 今日からはここ、トリステイン魔法学院女子寮のこの部屋があなたの家よ」 「ルイズ・ド・ラ・・・ヴァリエール・・・・・・ルイズ・・・・・・よろしく、ね」 「ええ、よろしく」 ルイズは改めてグゥを眺めた。どう見ても子供だ。おガキ様だ。しかも平民の。 それにしてもいきなり召喚されたというのに、そのはにかんだような笑顔からは悪意も動揺も感じられない。 実は凄く剛胆な性格なのかもしれない。 そしてやたら可愛い、まあ可愛いのはもちろんいいんだけど。 この子、使い魔としては何ができるのかしら? 使い魔になれば普通、ちょっとした集中で視聴覚等の共有ができる(と教わった)が、少なくとも今は全くできない。 秘薬とかの材料を集めてくるとか・・・集め・・・あつ・・・。 いくらなんでもそれは無理がある。 そして、使い魔は主人を守ると聞く。 現状どちらかと言えば、ルイズの方がグゥを守らないとまずそうな雰囲気である。 ならわたしの身の回りの世話でもさせてみようか。 ちゃんとできるのかしら?この子、10歳?それとも9歳なの?うう・・・。 ・・・明日以降、ゆっくり考えよう。 ルイズはとりあえず考えることを放棄してグゥに声をかけた。 「今日はもう疲れたし、寝ましょうか。このベッド一応ダブルだし、わたしの隣でいいわよ。 そうそう、わたしより早く起きたら、起こしてね。じゃ、おやすみ」 「はい、おやすみなさい」 相変わらずの笑顔で頷いたグゥは、すぐに軽い音を立ててベッドに滑り込んだ。 ルイズもパジャマに着替え、それに続いた。 翌朝。 誰かがルイズの頭をぺしぺし叩いている。 「うーん、何よ、もう朝?っていうか誰?」 そういえば、昨日使い魔を召喚したんだっけ、なんかやたら可愛い子を。 「ふぁあ、おはよう、グゥ・・・」 「おはよう・・・」 背後から子供にしては妙に低い、呟くような声がする。 グゥってこんな声だったかしら? 「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー!あ、ああああああ、あんた誰よ!」 ルイズが振り返ると、そこにはなんとハの字眉に三白眼で、その上強烈な威圧感を全身から発する謎の子供が立っていた。 「グゥだが」 そそそそんなわけあるか、昨日の子とは何もかもが違う。 それ以前にこいつどこから入ってきたの?ねえここの警備ってザル!? 「いやあんたマジで誰!グゥはどこ行ったの!ねえ!ねえってばあああああ!」 ルイズは絶叫した。 途端、部屋のドアが猛烈な勢いで開き、燃えるような赤い髪の女が飛び込んできた。 「ルイズあなたねえ、何早朝から叫び声上げてんのよ!迷惑にも程があるわ!」 「なな、何でキュルケがわたしの部屋に?」 「自分のその小さな胸に聞いてみなさいよ。それより何、どうしたの?」 「小さなって失礼ね!あんたのが無駄に大き・・・」 はっ、今はこいつの軽口にかまっている暇はないんだわ。少しでも情報を。 「わわわわたしの召喚した使い魔がいないのよ!」 「何を言っているの?あなたが昨日召喚した子はそこに居るじゃない。 いくら平民を召喚したからって、現実逃避はよくないわ“ゼロのルイズ”?」 ルイズの頬が怒りで朱に染まった。 「あんたこそ何言ってるのよ、“これ”と昨日呼んだ子は全ッ然!何ひとつ一致してないわ!!!」 キュルケがかわいそうなものを眺めるような表情でルイズを見つめる。 「じゃあ、あなたの言うところの昨日召喚した使い魔ってどんなのよ?」 「えーと、肌が白くって」 「白いわね、透けるみたいに」 「あんまり見ない顔でー」 「そうね、少なくともトリステイン人じゃないわね」 「小柄で痩せてる・・・」 「小柄で痩せてるわよ?いい加減現実を見なさい」 ああ・・・でも違う・・・違うのよ・・・ ルイズが頭を抱えてうずくまる。キュルケは溜め息をついた。 そのとき、キュルケは昨日ルイズが召喚したという少女がドアの外、自分の背後を興味深そうに見つめていることに気づいた。 そこには、キュルケの使い魔である幻獣サラマンダーが待機している。 「あなた、お名前は?」 「・・・グゥです」 「ふうん、変わった名前ね。わたしは“微熱のキュルケ”。グゥちゃん、わたしのフレイムが気に入ったの?」 グゥはこくこくと頷く。 「もしかしてあなた、主人よりものを見る目あるんじゃない? この子は火竜山脈のサラマンダー。強いし、高いのよ」 「・・・すごいですね」 「・・・すごいわよ。さて、ルイズも静かになったみたいだし、わたしはもう少し寝るわ、お先に失礼。またね」 キュルケはひらひらと手を振ると、パタンとドアを閉め自室に戻っていった。 「さよなら」 グゥも手を振った。しかし。 「ふぅ」 グゥがいきなり溜め息をつき、無愛想に戻る。 そのやりとりを呆然と眺めていたルイズは開いた口がふさがらない。 「あなたが確かにグゥだってことはわかったわ」 「・・・」 それが判ったところで、神経をすり減らすような無言の威圧感が軽減されるわけではまったくなかったが。 使い魔として何ができるか以前に、どうコミュニケーションを取るかということが当面の課題となりそうである。 「ね、ねえ、なんで顔・・・変わるの?」 グゥの変貌度たるや、水+風の魔法“フェイス・チェンジ”に匹敵する。 しかし、少なくともルイズにとっては魔法を使っているように感じなかった。 「これ?」 再びグゥの顔が愛想のいい美少女に変化する。 「そう!それよ!」 「特技。・・・営業用?」 瞬時に顔を戻したグゥがぽつりと呟いた。 「そ、そう。あんまりにも怪しいから、できるだけやらないでね・・・」 起き抜けにひどい精神ダメージを受けたルイズには、そう言うのが精一杯だった。
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編集する。 カウンター - 2021-12-08 18 32 01 (Wed) 主人公ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 平賀才人(ひらが さいと) デルフリンガー トリステイン学園関係者シエスタ ティファニア・ウエストウッド トリステイン王室関係者 リンク 主人公 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 声優・釘宮理恵 ヴァリエール家の三女で平賀才人を使い魔にしている。 魔法が使えないので「ゼロのルイズ」と呼ばれていた。 才人に対してツンデレにあたっている。 平賀才人(ひらが さいと) 日本の秋葉原からこの世界に召喚された。 デルフリンガー トリステイン学園関係者 シエスタ ティファニア・ウエストウッド トリステイン王室関係者 [[]] [[]] リンク コメントログ 名前 コメント 編集する。 出典、参考
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前ページ次ページゼロのエルクゥ 体の中心が引き裂かれるような衝撃。 スクウェアの風の刃は、容易く臓腑を貫き……痛み、なんて言葉では到底表せない致命傷の苦痛に、ゼロのメイジの意識は闇に落ちた。 ―――死ぬのかな。私。 ―――任務を果たせず申し訳ありません、姫さま。 ―――ワルド様が、なんで……。 ―――ああ、ウェールズ様。私などに構わず、お早くお逃げください……。 麻痺した意識とも夢の中ともつかない闇の中に、そんな言葉が浮かんでは消える。 ―――コーイチ。 最後に浮かぶのは、変貌した自らの使い魔の、大きな背中。 あれが、エルクゥ。なんと恐ろしい生き物だろう。なんと力強い生き物だろう。 命を賭してようやく人一人をなんとか一度庇えるぐらいでしかない『ゼロ』が、なぜあんなものを使い魔にできたのだろう。 わからない。なぜだろう。なぜ―――。 「―――?」 思考が螺旋に入り込んだところで、周囲の闇がゆっくりと晴れていく。 目に映ったそこは、街並み……おそらく、街並みであろうという風景だった。 見た事もない風景が流れていく。 灰色で幾何学的に窓がついている四角い建物。 魚の鱗のような奇天烈な屋根がついた三角の建物。 色とりどりの不可思議な……そう、コーイチと同じような、てぃーしゃつ、とか、じーんず、とかいう服を着た人々。 道の端には四角い建物と同じ灰色の柱が幾本も立ち並び、そのてっぺんには黒いひもが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。足元は固い何かで綺麗に覆われ、舗装されていた。 やがて到着したのは、大きな邸宅だった。 魚鱗屋根のついたタイプで、周囲を大きく塀で囲まれている。 ヴァリエール家の本邸に比べれば猫の額に等しいが、これまで見てきた建物の中では、随一の広さを誇っていた。 木とガラスで出来た引き戸を開けて中に入ると、板張りの廊下の先に、なんと紙で出来た扉があった。 徹頭徹尾見慣れない、異国と言うのもおこがましいほどの異風景。 しかし、怪我のために意識の薄いルイズは気にもせず、足が歩くに任せていく。 靴を脱ぎ、廊下に上がり、見た事のない木々が生え揃う庭を眺めながら廊下を抜けて、紙の扉を開けた。 「おかえりなさい、耕一さん」 「おかえり、耕一」 「おかえりなさい! 耕一お兄ちゃん!」 「……おかえりなさい」 4人の女性が、そこにはいた。 優しげな微笑みを浮かべながら、どこか自らの長姉を思わせる鋭さを持つ女性。 活動的な短髪をヘアバンドでまとめたボーイッシュな外見のくせに、けしからん胸部装甲を持つ女。 それとは違ってかなり親近感の持てる体型の、ぴょこんと一本髪の毛の飛び出した、一番小さな女の子。年下っぽいのに雰囲気が次姉に近く、不思議な感じ。 そして……どこか陰を背負ったような、残りの一人。 「ど、どうも。お邪魔します……」 そこは『ただいま』と言うべきじゃないのかしら、と思ったが、『私』の口から出たのは、そんな他人行儀な挨拶だった。 彼女達は四姉妹であり、『私』の父の兄の子……つまりは従姉妹だった。 『私』の父は彼女達四姉妹と住んでおり、『私』の住んでいるところは、ここ―――隆山ではなく、遠くの東京というところで。 その父が死に、その葬式のために、この家に厄介になりに来た、というところであるらしい。 色々と複雑な事情でそうなっていたようだが、『私』にはそれ以上の事を彼らの会話から聞き取る事は出来なかった。 ……これは、コーイチの記憶。 流れるように時間が過ぎていく中でルイズが思ったのは、まずそれだけであった。 § 「きゃああああああああっ!!」 ニューカッスル城客室から、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。 「ぐ、う、あああっ……!!」 「コーイチっ!? カエデ、あなた何を!?」 耕一が腕を抑えて膝をつき、キュルケが目を剥いて叫ぶ。 ―――耕一の左の手首から先が、すっぱりと切り落とされていた。 「……! 左手の、使い魔のルーンが?」 「……こりゃ、おでれーた」 「やっぱり、これが耕一さんを……っ!」 どくどくと床が赤く染まっていく。 床に落ちた左手の甲から、スゥッと使い魔のルーンが消え失せるのを見ていたのは、タバサと楓の二人と腰に差さっているデルフリンガーだけだった。 「使い魔のルーン? どういう事よ、説明して……ああもう! その前にコーイチを治さないと! ほらあんた! 混乱してないで早く治療して! ルイズの方は落ち着いたんでしょ!?」 「あっ、は、は、はいっ!」 あまりの光景に、最初に金切り声を上げたまま放心していた水メイジの女性は、キュルケの一喝に、慌てて耕一に向かって杖をかざす。 先ほどまで血を吐いて苦しんでいたルイズの呼吸は、うって変わって落ち着いていた。 落ちた手首を切断面に当て、杖をかざして呪文を唱える。 水色の光が患部に灯り、じわじわと出血が止まっていった。多量の出血のためか、苦悶に歪んでいた耕一の顔がふっと緩み、床に倒れ込んで眠り始めてしまう。 「……すいません。残っていた精神力では応急処置が精一杯で……見た目だけはくっつけられましたけど、中身は全然……」 「ありがとう。とりあえず命が助かったんならそれでいいわ。さあカエデ、説明してもらうわよ」 女性がふらつきながら言うのに頷いたキュルケは、騒動を引き起こした張本人―――今しがた、その手刀で恋人の手首を切り落とした少女に視線を向けた。 「……はい。ですが、その話は、行きがてらにしましょう」 「? どこへ行くのよ?」 「……耕一さんとルイズさんを、治せる人のところへ」 § どうやら、『私』はあまり父親の事が好きではなかったらしい。 お葬式の間、四姉妹達はひどく悲しみに暮れていたというのに、『私』の態度は平静そのものだったからだ。 式も終わり、しばらく父親の傍にいてやって欲しい、という姉妹の長女の頼みで、『私』はその家―――柏木家に滞在する事となった。 ブツダン、という、おそらく死者を弔うためのものであろう祭器におざなりに手を合わせ、やる事もなく退屈を持て余して日々が過ぎていく。 そして、夢を見る。 今の『私』が夢を見ているような状態なのに、その中でまた夢を見るというのは不思議な体験だったが、その夢は、そんなものを吹き飛ばすほどの衝撃だった。 怪物が、自分を乗っ取ろうとしてくる。 乗っ取られれば、その怪物は圧倒的な力で、周りの人間と言う人間を殺し尽くすだろう。 そんな事をさせるわけにはいかない。 少しでも気が緩めば、怪物は表へと出てくる。 気を張り詰め、心の中の檻を抑え付け、じっと目が覚めるのを待つ事しかできないのだ。 朝になれば、怪物は大人しくなる! 朝だッ! 朝はまだか! アサだあッ! アサあッ! 朝はまだかあぁーッ!! § 少しの後、未だ眼を覚まさないルイズと、出血の為に眠っている耕一を連れた5人は、空の上の人となっていた。 困憊していたシルフィードは一度ぐずったものの、特に急がなくていい&帰ったら好きなだけ肉を食べさせるという(彼女の主人にしては)破格の約束を取り付け、今は上機嫌で翼を広げていた。 「違和感はあったんです。エルクゥの力ではない、何か別のものが、耕一さんを動かしている……と」 「それが、使い魔のルーン?」 キュルケの答えに、こくりと楓は頷いた。その膝の上では、少し青い顔で、耕一が寝息を立てている。 「耕一さんが鬼となって暴れていた時と、先ほどルイズさんをエルクゥにしようとした時……何か金属の刃のような、熱いような、冷たいような感じがして……その時に、ルーンが光っているのが見えたんです」 「ルーンがコーイチの意志を無視して体を操り、ルイズの仇を取るために暴れさせて、ルイズの命を助けようとさせた……って事? そんな強力な強制効果、使い魔のルーンには無いわよ」 「でも、そうとでも考えないと……耕一さんが、他の人間をエルクゥに変えようとするなんて、するはずがないんです……」 「……と、言ってもねえ」 楓の言葉に嘘はないとはわかる。しかし、『コントラクト・サーヴァント』によって刻まれる使い魔の証の紋章にそんな強い服従の効果があるというのも、またキュルケの知識ではあまり考えられない事だった。 「……考えられなくはない」 「タバサ?」 風竜の背びれに背中を預け、本に目を落としていたタバサが、ぽつりと呟いた。 「『コントラクト・サーヴァント』は、危険な魔獣であっても主人に友好的にしたり、小さな小動物が人間の言葉を理解出来るようになったり、主従で感覚のやりとりが出来るようになったり……かなり強く、頭の中身を変えてしまう魔法とも言える」 最後の言葉を語る際、タバサの声がほんの少しだけ沈んだが、気付いた者はいなかった。 「人間に掛けられた例は、少なくとも記録にはない。人、もしくはそれに類する思考や意志を持つ者に掛けられた場合、その者の意志を、主人に友好的なように誘導、強制する効果は、どちらかと言えば、あると考えるのが自然」 そして、少しだけタバサの言葉が熱を帯びる。 「何かしらの行動が使い魔本人の性質や信条に著しく反するようなものであり、尚且つ、その行動をしなければ主人の命が危ない、というような極限の場合には……もしかしたら、無理矢理に体だけを強制させる、と言うような事もあるのかもしれない」 例として、通常の動物の使い魔が自発的に主人を庇って死んだと言う話は枚挙に暇がない、と付け加えた。 「……なるほどね」 「特に……彼についていたのは、ガンダールヴのルーン。どんな効果があっても不思議ではない」 タバサの言葉に、カチリ、と耕一の差している剣が微かな金属音を立てた気がした。 「がんだーるぶ? 何それ?」 「始祖ブリミルに仕えたという4体の使い魔の一人。神の左手ガンダールヴ」 「始祖ブリミルの使い魔って……ちょっとちょっと、初耳よ?」 「……どちらにしろ、今は消えてしまったもの。もう意味は無い」 「……はあ。もう、つれないんだから」 打ち切るように言葉を切ったタバサに、キュルケは髪を書き上げて溜め息を付いた。 「それにしても、珍しく饒舌ね、タバサ」 「……機会があって、調べた事があるから」 ふい、と、まるで照れて顔を背けるかのように、タバサは本に目を落とす。 それを見て、キュルケはくす、と小さく含み、楓に向き直った。 「話を戻すと、だからルーンのあった左手を切り落とした、って事?」 「はい。耕一さんにあんな事をさせるものを、放ってはおけなくて……」 「……無茶するわねえ。消えてくれたから良かったようなものの、右手とかに新しく出てきたりしたらどうするつもりだったの?」 呆れたような、微笑ましいような、そんな複雑そうな感情を滲ませて、キュルケは苦味を含んで笑った。 ……右手だったらヴィンダールヴ、とタバサが本に目を落としたまま小さく呟いた言葉は、風に消えていった。 「……ごめんなさい。衝動的にしてしまった事ですから、そこまでは考えていませんでした」 「私に謝られてもね。ま、後でゆっくりコーイチに謝っておきなさいな」 「はい……」 耕一のあまり整えられていないざんばらな髪をそっと手櫛で梳いて、楓はそっと顔を伏せた。 § ……うわぁ。コーイチって、ロリコンだったんだ。 目の前に展開されるピンク色の光景に浮かんだ感想は、ただそれだけだった。 滞在して数日。あれよあれよという間に、四姉妹の三女―――少し陰のあるカエデという少女といい仲になってしまい、その部屋で男女の関係を築いてしまっているのだから。 ―――いや待て。待つんだルイズ。そうじゃない、そうじゃないぞ。 だって、今この状況をロリコンだと認めてしまったら、このカエデとかいうあまり発育の良くない少女よりさらにヤバイ私は、ロリータなどという言葉では表しきれない幼児体型という事になってしまうではないか。 それはない。ないから、コーイチはロリコンではない。これ既定事項ね。破ったら殺すから。ここ、殺すから。 『私』が現実逃避をしている間に、二人は行為を終えて身なりを整え、真剣な顔で話し込んでいた。 それはいつか聞いたお話だった。そう、確か……『雨月山物語』。 剣士の男と鬼の娘の、悲しい恋の物語。 それはこの地方に伝わる昔話であり、コーイチとカエデはその二人の生まれ変わりだというのだ。 なるほど、と疑問が氷解した。それは、スッキリと心地よい感覚だった。エルクゥと、ジローエモンと、コーイチの関係。本人ではないが同一人物であったと。 何はともあれ、来世で再びと誓った二人は今ここに結ばれ、めでたしめでたし。 ―――とはいかなかった。 エルクゥとは、紛れも無い『鬼』であるのだから。 § そして数刻。シルフィードの背に乗った一行の目に、大きな森が見えてくる。 「あの森の中です。しばらく行ったところに森を切り開いた小さな村があります」 楓の指示通り、タバサはシルフィードを下降させ始める。 「そんなところに、腕のいい医者がいるっていうの?」 「……医者、というわけではなくて」 どう言ったものだろう、と思考を巡らせたところで、ふと気が付いた。 「……そういえば、お二人とも、エルフと言うのはご存知ですか?」 彼女は、この世界では迫害、敵対種族であるらしい、という事に。 「そりゃ知ってるわよ。この世界のメイジでエルフの事を知らない奴なんていないわ」 「ん」 二人ともが、肯定の意を示した。 彼女はきっと、そういう事に敏感だ。先に言っておくべきだろうと楓は判断した。 「怪我を治せる人というのは、エルフ……いえ、人間とエルフの間に生まれたハーフエルフらしいんです。見ても驚かないであげてください」 「ええええええええっ!!?」 見てもどころか、聞いただけで、キュルケが素っ頓狂な声を上げた。 「ちょっ、ハーフエルフっ? 何それ、なんでエルフがこんなところに? いや、そんな事より、エルフとの間に子供なんて出来るものなの? ああもうっ、今日は驚いてばっかりだわあたしっ!」 自棄になったかのような言葉だが、その語調は、どこか愉しげですらあった。 世界は、まだまだ新鮮な発見と驚きに満ちている! ゲルマニアの、ツェルプストーの血は、学院で楓に出会ってからというもの、騒ぎっぱなしだった。 「……そのハーフエルフが、治療を?」 「はい。耕一さんの痕跡を追っていた私を偶然召喚した方なんですが……私を送り出す際、誰かに怪我があれば戻ってこい、完全に死んでいなければ治す事が出来るから、と」 「エルフの治療、か。確かに良く効きそうではあるわね。オーケー、機嫌を損ねないようにしとくわ」 キュルケが爛々と目を輝かせて頷き……タバサは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。 「……一つ、いい?」 「タバサ?」 「その人が治せるのは……怪我だけ?」 「……何を治したいのかは知りませんが、ごめんなさい、わかりません。私も、そう言われただけですから」 「……そう。……降りる」 特に何の感慨もないように言い、小さく宣言した通り、ばさっばさっと翼のはためく音が響き渡って、シルフィードは地に降り立つ。 そこは、港町ロサイスの近郊、ウエストウッドと呼ばれる森だった。いきなり村の広場に竜が舞い降りてきたので、遊んでいた子供達は驚きつつも、興奮を隠そうとせずにはしゃぎまわる。 ちょうど子供達の遊び相手をしていたティファニアは、最初こそ戸惑っていたものの、その背に乗っている人影の一人を見て、ぱあっと顔を綻ばせた。 「カエデさん!」 「テファさん、いきなりですいません、この人の治療をお願い出来ますか?」 眠ったままの耕一を抱えて風竜の背から降りた楓は、挨拶をするのももどかしいというように、耕一を地面に横たえた。 「この人は……わ、わ、手、手がっ!?」 ティファニアはその人物をぐるりと眺め回し、その左手首を見て仰天した。赤黒く幾筋もの血線が走っており、くっつききっていないところから向こう側の地面が垣間見える。 「水の魔法で外だけはくっつけたらしいのですが、中までは駄目だったと……」 「わ、わ、わかりました」 ティファニアは深呼吸をして気を落ち着けると、その指にはまっている指輪をかざし、目を閉じた。 「……お願い、お母さん。おともだちの大事な人を、助けてあげて……っ!」 その小さな願いの言葉が届いたのか、指輪と耕一の体が青く光りだし、みるみるうちに左手首の傷が無くなっていく。 光が消えた時には、手首だけでなく耕一の体全体が、すっかりと血色を取り戻していた。 すがりつくように、楓がその体を一度抱きしめる。続けて風竜の背から降りてきたキュルケ達が、その光景をほっとした様子で見守っていた。 「ありがとうございます……テファさん」 「う、ううん。治療したのは私じゃなくて、この指輪だし……そ、それに、わ、私達、おともだちでしょ?」 「……はい」 その透き通るような白い肌を朱に染めながら、ティファニアは言う。二人はじっと見つめあい、ほんわかとした雰囲気が流れ始めた。 入りにくい空気ねえ……と淑女らしくなくぽりぽり頭を掻いて、キュルケが一歩進み出た。 「あー、再会を喜んでるところ悪いんだけど、こっちも治してもらえるかしら?」 「は、はいっ!?」 「ご、ごめんなさい、キュルケさん」 ティファニアが飛び上がるように驚き、楓が我に帰って頭を下げた。 「あちらの桃色の髪の子も治してあげてくれますか。お腹を刺されたそうなんです」 「う、うん。わかったわ」 戸惑いつつも、ティファニアは同じように指輪をかざす。ぽうっとルイズの体に青い光が灯り、消えた。 「どうもありがとう。貴女がカエデを召喚したっていうハーフエルフのお方? 随分と可愛らしい方ですのね」 キュルケが一礼して胸を張ると、そのメロンのような双子の山が、まるでその正面にあるスイカに対抗するかのように、健康的に跳ねた。 「…………エイケニスト」 タバサは、じーーーーっと、そのティファニアの胸元のスイカだけを見つめ、誰にも聞こえないほど小さく何事かを呟いた。 「あ、あの、あ、あなたがたは? というか、ハーフエルフって……ええええっ!? わ、私の事、怖くないんですかっ!?」 「……なんだか、本当に可愛らしいわね。エルフって、皆こんなのなのかしら?」 夜に出歩く悪い子はエルフが来て食べられちゃうぞ、と母親が子供を躾るぐらいにハルケギニアで怖れられている種族を目の当たりにしたキュルケは、どこか気の抜けたような、安堵したような顔で、ほっと溜め息を付いた。 § 長く艶やかなその黒髪が、風もなく、自然と舞い上がる。 吹き付ける冷気が、彼女―――四姉妹が長女、千鶴の『鬼』を示していた。 そして、それに呼応するように、『私』も『鬼』を目覚めさせる。 目の前の千鶴は人の姿をとったままだが、『私』は違う。 目覚めた鬼の遺伝子が、体を作り変えていく。 人間の域を越え、骨と筋肉が増殖、再構成されていく。 膨張する体が内側から服を破り、膨れ上がった腕の先に刃のような爪が伸びた。 体の奥底から溢れ出る力。 『私』は目覚めた殺戮の本能のまま、近くにいた楓に爪を振るい、それを庇う千鶴との殺し合いを始めた。 何合も何合も、腕と爪を交差させる。 そのたびに風が舞い、地は震え、水を揺らし、火が身体中を駆け巡る。 人智を越えた戦いの神楽の中、『私』は思った。 ―――ああ。私も『これ』になってしまったのだ、と。 前ページ次ページゼロのエルクゥ