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前ページ次ページゼロの賢王 ポロンの両の手から放たれた閃光の炎刃は一瞬にして7体のワルキューレを粉砕した。 それでもなお、勢いは衰えずにギーシュの方へと向かう。 「う、うわああああ」 ギーシュが叫びながら蹲ると、炎刃は頭上スレスレを通過した。 背後で観戦していた生徒たちも慌てて道を開けると、炎刃はそのまま地面へ直撃して爆発炎上を起こす。 ギーシュは恐る恐る後ろを見た。 すると、そこには大きく抉れ、まるで草刈りでもしたかの様に刈り込まれた地面があった。 (ハァ・・・ハァ・・・。何だあれは?あんなものが直撃していたら僕は・・・) ギーシュは戦慄する。 そして、今まで見下していた目の前の存在に恐怖を覚えた。 (べ、別々の系統魔法を合体させた・・・?だ、だがそれにしては何だこの破壊力は!?) ハルケギニアの世界の魔法にも異なる系統魔法を組み合わせる方法は存在する。 例えば『風』と『氷』を組み合わせることで氷の矢を放ったりすることが出来る。 しかし、それはあくまで組み合わせに過ぎず、本来の威力の底上げとはならない。 仮にトライアングルのメイジが最大で100の力を出せたとして、異なる系統魔法をどう組み合わせてもこの100を超えることは出来ないのだ。 これは、メイジが基本的に1つの系統魔法を専門的に学ぶという慣例が原因の一つでもある。 メインで使用する系統以外の魔法がどうしても低くなってしまう為、他の系統の魔法を組み合わせても能力の底上げにはなりにくい。 その為、4つの系統を組み合わせることが可能であるスクウェアクラスのメイジでも、同じ系統を足すことで自身の魔法を強化させる道を選択することが多い。 だが、ポロンが今放った魔法は違っていた。 ワルキューレを破壊した2つの魔法。 それは、威力としてはそれぞれドットレベルの攻撃力に過ぎないかも知れない。 しかし、この2つを組み合わせることでトライアングルレベルの攻撃力にまで増幅していた。 「凄い・・・わね」 キュルケは目の前の光景に思わず唸った。 ポロンが先に使用した2つの魔法については、平民が魔法を使ったこと以外に驚く様なことではなかった。 杖を使用していない様に見えたが、彼女もまたギーシュと同じ様にそれは気のせいか隠し持っていたのだと推測していた。 しかし、今ポロンが放った魔法は別である。 「彼はラインのメイジなのかしら・・・?それにしては・・・」 「威力が強過ぎる・・・」 タバサが呟く。 その目は完全にポロンに釘付けであった。 「あ、ああ、あああああ・・・」 ギーシュは戦意を失っていた。 先程出したワルキューレ7体。 あれが今のギーシュの全力であった。 そう、ギーシュは全力でポロンを叩き潰そうとしたのだ。 それが一瞬で破壊されてしまった。 それを目の前で見てしまえば、心が折れてしまうのも無理は無い。 だが心で負けた者は、どう足掻いても相手に勝つことは出来ない。 (あ、あんなものがまた来たら・・・僕は・・・死ぬっ!?) その時、初めてギーシュは『死』というものを意識した。 これが決闘でなければ、ただの喧嘩やふざけ合いならば感じなかったであろうもの。 ポロンがギーシュへと歩み寄って来る。 その姿を見たギーシュは情けなく後ずさりながら「く、来るな!!」と薔薇を振った。 花弁が地面にはらはらと舞い落ちるが、それをワルキューレにしようという気持ちさえ湧き上がっていなかった。 ポロンの足がその花弁を踏み付ける。 ギーシュはポロンの顔を見た。 その顔は静かに、そして穏やかにギーシュを見つめていた。 「・・・おい」 「た、助け・・・」 「・・・・・・・・」 ポロンは無言でギーシュの手から薔薇を奪い取った。 「これで、俺の勝ち・・・だな?」 「・・・へっ?」 何かされるのだろうと身構えていたギーシュは少し肩透かしを食らったかの様にポロンの顔を見た。 「あ!・・・ああ。ぼ、僕の負け・・・だ」 やや間を空けてから、ギーシュは力無く言った。 その瞬間、周りの観客から次々と声が上がる。 それは、平民が貴族に勝ったことに対する不平不満、もしくは興奮。 まさに様々な声であった。 ギーシュはホッとして立ち上がろうとした。 すると、ポロンがそれを制する。 「へっ・・・?」 「敗者は勝者に何でもするって言ったよな?」 ポロンはそう言いながらギーシュを睨み付けた。 「あ・・・、え・・・?あ・・・」 「男に二言はねえって言ったよな?」 しどろもどろになるギーシュに更に言葉を浴びせ掛ける。 ギーシュの体に再び震えが起きる。 「な・・・何を・・・すれば・・・いいんだ?」 「・・・・・・・・・」 ポロンは無言であった。 ギーシュにはその沈黙すら恐怖に思えた。 溜まりかねて、ギーシュは恐る恐る訊ねた。 「あ・・・あの・・・?」 「謝れ」 「へっ?あ、あやまる?」 「そうだ、土下座して謝れ」 「あ・・・ああ・・・」 ギーシュは正座し、ポロンに頭を下げた。 「す、すまなかった・・・」 だが、ポロンは首を振った。 「俺じゃねえ。シエスタ・・・お前がさっき八つ当たりしたメイドにだ。それと・・・」 「それと・・・?」 「あそこにいるルイズにだ」 そう言ってポロンはルイズの方を指差した。 突如名前を呼ばれたルイズは吃驚して、ポロンの顔を見る。 「ぽ、ポロン?」 ギーシュはポロンに言われるがまま、ルイズの元へ向かい跪く。 そして両の手を地面につけ、頭を下げた。 それを見て、ルイズは更に驚いた様な顔をする。 「え?ええ!?」 「ミス・ヴァリエール・・・この度の無礼の数々、本当にすまなかった。 許してくれ・・・。この通りだ!!」 ギーシュが地面スレスレまで頭を下げるのを見ると、ルイズもどうしていいか分からず、 「も、もういいわよ!」 と言ってその場から去ってしまった。 ギーシュはルイズが去った後もその姿勢を崩さずにじっとしていた。 それを見て、ポロンはギーシュの元へと向かう。 そして、ギーシュの頭をポンと叩いた。 「やれば出来るじゃねえか・・・」 「・・・・・・・・・」 「いいか?自分が間違ってる時に謝るのは恥じゃねえ。ケジメって奴だ。 それを意固地になって認めようとしねえのは、それこそお前らの言う『貴族』っていう精神に反するんじゃねえのか?」 「・・・そう、だな」 「・・・今はここにはいねえから仕方ねえが、後でちゃんとシエスタにも謝れよ」 「・・・分かった」 「あと、お前が二股かけた相手にもな。なあに、女ってのは大抵何度も土下座して謝れば最後には許してくれるさ! 本当に自分に惚れてくれた女なら、な」 ポロンは2、3度ギーシュの頭を叩くと、ルイズの後を追ってこの場から立ち去って行った。 ギーシュはボロボロと涙を零していた。 それは、決して敗北故の屈辱の涙では無く、まるで親に叱られた子供が零す様な何となく居心地の悪い、 だが、決して嫌な気持ちだけではない涙であった。 (あの男の名・・・確かポロン・・・とか言ったな) その名前はギーシュの心の中に深く刻まれた。 遠見の鏡で決闘の様子を見ていた、オスマンとコルベールは互いに顔を見合わせていた。 「オールド・オスマン」 「うぅむ・・・」 「あの男が、勝ちましたね」 「・・・じゃな」 「ギーシュ・ド・グラモンは一番レベルの低いドットのメイジですが、それでも実力はラインのメイジにも劣りません。 仮に魔法を使えたとしても、平民にあそこまで遅れを取るなんて・・・」 コルベールは今見た光景を信じられないといった面持ちで見ていた。 「それに彼の魔法・・・。杖も無しに使用するなんて、最後のを除けば威力こそ低いものの、まるで先住魔法です」 「・・・いや、あれは先住魔法ではないな」 「と、言いますと?」 「ふぅむ、あの男の使用する精神力といったものか?それが根本的に我々と異なる様にわしは感じたよ」 「・・・やはり先住魔法では?」 「わしは本物の先住魔法を見たことがある。じゃからこそ、彼の魔法が違うと断言出来るよ。 それに、彼は見た通りエルフでは無く、れっきとした人間じゃ」 「・・・では『例の力』?」 「アレか・・・。じゃが、アレは言い伝えによれば武器に反応する。魔力を武器と解釈したらどうなるかは流石に分からんが、 そもそも『あの力』と彼の行ったものは全くの別物じゃ」 「確かに。ふうむ・・・」 コルベールが思案する中、オスマンは別の可能性を考えていた。 だが、そのあまりに突拍子のない考えには流石に否定しか出来ない自分がいる。 「オールド・オスマン。取り敢えず彼のことは要観察ということでよろしいでしょうか?」 「・・・ああ、そうじゃな。今のところ、彼もミス・ヴァリエールに害する行動は取っていない。 完全に安全な人物と断定することは出来んが、今すぐどうこうすることでもあるまいて」 「それに『例の力』の方も・・・」 「うむ、じゃがそれは慎重にな。もし彼が『例の使い魔』じゃということが分かれば、 彼を呼び出したもの・・・つまり、ミス・ヴァリエールが虚無の使い手ということになる。 そんなことが王宮にでも知られれば、あの子はもう普通の生活は出来なくなる。 それは学院長として・・・いや1人のジジイとしても忍びないからのう」 「・・・肝に銘じておきます」 そう言うと、コルベールはオスマンに一礼してから部屋を出た。 オスマンは水キセルを吹かし始める。 (・・・伝説の使い魔『ガンダールヴ』、のう) オスマンのその表情を隠す様に水キセルの煙が立ちこめ始めた。 ルイズの中には複雑な感情が渦巻いていた。 それは勿論、自身の使い魔ポロンのことである。 (アイツ・・・!!あんな大事なことを私に隠してたなんて!!) 先程の決闘でポロンが使用した魔法。 それがルイズの心に深く突き刺さっていた。 使い魔に隠し事をされていたこともそうだが、それが魔法なのだ。 魔法をまともに使用出来ないルイズにとっては何処か裏切られた様な気分になっていた。 「ルイズ!」 ポロンの声が聞こえる。 ルイズはこの溜まりに溜まった感情をぶつけようと振り返った。 「この馬鹿い・・・!!」 「す、すまねえ!!!!!」 「へ?」 振り返ると、そこにはポロンが頭を地面に擦り付けている姿が見えた。 あまりに唐突なので、呆気に取られる。 ポロンが悲痛な声を上げた。 「あの魔法のこと、別に隠してたわけじゃねえんだ!!ただ言う機会が無かったのと、 それと、あの教室でのお前を見てたらさ、何か言い出せなくってよ!!」 「・・・・・・・・・」 「俺が魔法使えるって分かったらさあ、教室でお前に言ったことが何か嘘になるっつーか、 馬鹿にされた様に思わすのもアレかなー?ってんで、その・・・言えなかったんだ!!」 「・・・・・・・・・」 「この通りだ!!許してくれ、ルイズ!!」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・ルイズ?」 ポロンが恐る恐る顔を上げると、ルイズは何だか泣いている様な怒っている様な顔をしていた。 「ルイ・・・」 「この馬鹿!!!!」 「ひぃっ!?」 「馬鹿馬鹿馬鹿!!!!勝手に決闘なんかして!!勝手に魔法なんか使って!!この馬鹿!!」 「す、すま・・・」 「いい!?今度からこんな勝手、絶対に許さないんだからね!?またこんなことしたら、その時は鞭打ちの刑よ!?」 ルイズの顔はまるでトマトの様に真っ赤であった。 「る、ルイズ?」 「・・・今日のところは寛大に1週間食事抜きで許してあげるわ。だ、だから早く部屋に戻って来なさい!! せ、洗濯物だってあるし、掃除だってやってもらうんだからね!!」 「・・・ああ、是非やらせてもらうぜ」 「フン!!」 そう言うと、ルイズは顔を真っ赤にさせたままツカツカと歩いて行ってしまった。 ポロンはよっこらせと立ち上がると、その様子を苦笑いで見守った。 前ページ次ページゼロの賢王
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前ページ次ページゼロの英雄 ルイズの手記-3 △月○日 結局アタラクシアって赤竜を追ってアルビオンに行くことになった。 行くついでに姫様に用事を頼まれる、密命を帯びてアルビオンに向かったワルド様がいつまで経っても帰ってこないらしい。 ラ・ロシェーヌで一旦休んでとか思ったけど甘かった、スピノザが全力を出せばアルビオンまでひとっ飛びじゃないの。 キュルケとギーシュも何故か付いてきた、スピノザが頼まれると断れなかったらしい。 アルビオンは戦争の真っ直中、最近押され気味だった貴族派が勢力を盛り返しつつあるらしい。 途中あわやレコン・キスタ間諜かと疑われたけれど、姫様から預かった水のルビーが証を立ててくれた。 ウェールズ様は素晴らしい方だ、戦況は苦しいが最後まで戦い抜くと仰られた毅然とした態度に思わず感動。 ただもし自分たちが戦死した場合姫様がに迷惑が掛かるだろうと一通の手紙を預かった。 その時輝く水のルビー、って私の属性って虚無だったの!? 試しに一発撃ってみたらすっごい爆発が起きて貴族派の主力が吹き飛んだ、これ幸いと年甲斐もなく特攻するジェームズ陛下。 一気に王党派に傾いた戦場の様子を見て、ウェールズ様に預かった手紙を返す。 ところで先行……もとい閃光のワルド様は一体何処に? 元レコン・キスタ総指揮官オリヴァー・クロムウェルは走っていた。 森を掻き分け、川を渡り、崖から転げ落ちながら、がむしゃらに追撃の魔の手を逃れようと走っていた。 わざわざ特注で作らせた僧服は木々に引っかけぼろぼろで、かつての神聖な面影など欠片もない。 酷使を繰り返したせいか右手の中指に付けたアンドバリの指輪は効力を失って久しい。 「ふ、ふふふ……」 つまりは自分は見捨てられたのだ。 あの人を人とも思わぬガリアの狂王に。 「ふひ、ふひひひひ……」 惨めだ、途方もなく惨めだ。いっそこのまま…… その時がさりと蠢くものがあった。 「ひっ」 森の木々の奥に覗く真紅の巨体、それを見た瞬間体が凍る。 「ひへぇぇぇぇええええ」 鋼すら通さぬ皮膚、人など塵程度にしか思ってないだろう二つの紅玉、金属製のゴーレムすらやすやすと引き裂く爪と、雷を呼ぶ二本の角。 あまりにも圧倒的なその存在に出会ったとき、人は考えることをやめただ恐怖する。 己の存在の矮小さ自覚するが故に…… 「ひへぇぇぇぇぇえ!」 そのドラゴンはクロムウェルの左腕を囓り取った、そのままさも不味そうに咀嚼し、ゆっくりと飲み下す。 ――ああ、自分はこのままこの竜の昼飯になる運命なのだ。 クロムウェルがそう思い、瞳を閉じた瞬間。奇跡が起こった。 聞き覚えのない詠唱が耳を叩く。 その詠唱が終わると同時に、真紅のドラゴンはまるで夢を見たように呆然と周囲を見回した。 「おうちに帰りましょうか」 ドラゴンは一声なくと、ゆっくりとその場を飛び去っていく。 「大丈夫ですか?」 クロムウェルはほっと一息吐いて、自分を助けてくれた相手のことを見た。 金髪の髪、ぴっちりとした衣服を押し上げる二つのたわわな果実、そして美しい顔から覗く尖った耳。 ――エルフ!? 一難去ってまた一難、今度こそ完璧に硬直したクロムウェルに向かってそのエルフはゆっくりと近づいて来る。 「来るな……」 クロムウェルは残った右手を掲げる、それは死を前にしたクロムウェルの精神が生き残りたい一心で体を動かした結果だった。 「来るなぁぁぁぁあああああ!」 「きゃっ!?」 血で汚れ、光を無くした筈の指輪が蠱惑的な光を放った。 △月×日 ウェールズ様に聞いたところによると、赤いドラゴンは王都ロンディニウムから西へ飛んでいったらしい。 ウェールズ様にお礼を言い、スピノザの背に乗って西へ飛んでいくと、意外な人物と出会った。 「タバサじゃない」 『雪風』の二つ名を持つトライアングルメイジ、それに奇妙な服装の黒髪の平民と高飛車そうな微妙にタバサ似の青髪の女の子。 ものっそいおでこが眩しかった。 「きゅいきゅい、スピノザさま奇遇なのねーるーるるー」 シルフィはシルフィで色々と吹っ切ったのか、スピノザに甘える用に顔を擦りつける。 韻竜だからって隠すことを止めたらしい、まぁこれだけ韻竜が出てくればね…… アタラクシアを探していると言ったら、おでこが突っかかってきた。 なんでよ? 聞いた話によると元々デコが召喚したらしい、じゃあなんでこんなとこにいるのよ?って聞いたら 「うるさいうるさいうるさーい!」 ――取られた、私の十八番取られた…… スピノザはスピノザで平民の持った剣を呆けた用に見つめていた、破竜剣 ダンテ ? なにそれ? 魔王竜を殺す為だけの武器? 二丁拳銃ぶっ放せるようになったり変身出来るように――いや、なんでもない。 「きゅいきゅいきゅいー、そんな物騒なものだと気づかなかったのねー!?」 シルフィはもうこれ以上背に乗せたくないと騒いで、怒り狂ったおでこに鞭を入れられている、哀れ。 スピノザに聞いたら竜の臭いがするから、アタラクシアはこの付近に暫く留まっていたらしい。 けれどちょっと前にこの場から離れた様子だとか、一体何処に行ったのだろう? ある時は大盗賊『土くれ』のフーケ。 ある時は魔法学院の秘書ミスロングビル。 しかしてその実体は、アルビオンの元公爵家の一人娘、マチルダ・オブ・サウスゴーダ。 マチルダは上機嫌だった、学院から盗み出した使い方の分からない『どらごん殺し』が信じられない値段で売れたのである。 盗品の販売を任せている知人から連絡が来た時はからかわれているのかと思ったが、どこぞの王族が見た目を気に入って買っていったらしい。 故にマチルダの懐は随分と温かかった、これで暫くは孤児院の子供達を飢えさせずに済む。 「ん?」 その時マチルダは異変を感じ取った、普段は外で元気いっぱい遊んでいるか畑の世話をしている筈の子供達が一人も見当たらない。 いつもなら誰か一人が「あ、マチルダ姉ちゃんだ!」と言う叫びが上がると共に一斉に揉みくちゃにされるのだが…… 「何か、あったのかね?」 異変を感じ取ったマチルダはフーケの顔になる、杖を取りだしゴーレム作成の呪文を唱えた。 作りだしたのは五メイルほどの土のゴーレム、戦力としては頼りないが様子見には十分。 マチルダはゴーレムを使って孤児院の扉を開け…… 転がるようにしてその場から飛び退いた。 マチルダ立っていた場所を閃光のように細腕が薙ぐ、そのあまりの鋭さに回避したと言うのにマチルダの頬に血の玉が浮かんだ。 刺客は奇妙なことにどこかで見たようなメイド服を着込み、その左手に身の丈もある大剣を持っている。 ――こいつが、テファ達を! ぎりりと血が出るほどに唇を噛みしめる、そのまま渾身の精神力を込めて杖を振るった。 「此処に居た子達の仇だよ!」 地面から巨大な腕が生えた。 その腕は小柄なメイド服の人影を一薙ぎすると、そのまま地面から生えるに全長三十メイル以上の巨大なゴーレムへと成長した。 これで仕留めた、暗い感動に身を震わせたマチルダは薄れる土煙の奥に信じられないものを見た。 「なんて、奴だい……」 メイド服の人影は傷一つないまま、ゴーレムの腕の上に立っていた。 格が違う、そう理解したマチルダはゆっくりと杖を棄てる。 「参った、殺したいなら好きにしな」 目の前のメイドはとんでもない化け物だった、正攻法では絶対に敵わない。 ――だから自分の首を刎ねようと近づいて来た隙に、差し違えてでも仕留める。 太もものガーターベルトの仕込んだ予備の杖に手を当てながら、マチルダは今生最後と決めた呪文を唱え…… 「ミスロングビル?」 「おでれーた、このおっかねぇ姉ちゃんはシエスタの知り合いかい」 あまりにも予想外の名前を呼ばれたことに、今度こそ本当に杖を取り落とした。 ジョゼフの手記-3 △月×日 パソコンが動かなくなった、ガッデム! 理由は分からないのでマキシマムスピィィィンとばかりに頑張ってみたらEscが取れた。 修理を配下に任せ――パソコンのエロ画像が見れなくなって皆半狂乱だが……に託し、何故か青筋を浮かべたビダーシャルにイザベラ達が行ったらしきアルビオンの情勢を尋ねた。 「レコン・キスタがまた勢力を盛り返している」 待て、今なんと言った? もう一度聞きなおしてみても結果は変わらない、あの状況からどうやって…… 尋ねてみるとクロムウェルはエルフと真紅の魔竜と言う手札を手に入れて狂ったように暴れまわっているらしい、しかも死人の兵まで動員していると言う――どう考えても私がくれてやったアンドバリの指輪の効果じゃねぇか! しかもビダーシャルは人間がエルフを操っていることに激怒している、超恐い。 これ以上我が同胞を穢すつもりなら我等エルフ全てを敵に回すことを覚悟せよとか恐い、超々恐い、なんかキャラまで変わってるしよぉ…… いくらなんでも頃合いだろう、アルビオン内乱に介入することを決定し準備を進める。 だが準備と言う段階になって困ったことがあるのことにを気づく、最近ろくすっぽ暗躍していなかったので船が足りないのだ。 浮遊大陸でアルビオンに侵攻するには大規模な航空戦力が必要になる、我がガリアもある程度の航空戦力は有してはいるものの準備不足故いまいち決め手に欠ける。 まったく予想外の事態ばかり起こって楽しくて仕方がない、そんなことを考えていたら困惑した様子の部下が報告にやってきた。 ――コルベールが一週間でやってくれました! 魔法学院から客室研究員として招聘したハゲにパソコンで見た飛空艇と言う船のことを話したら、本当に作ってしまったらしい。 蒸気機関と言う燃料を燃やして動くカラクリを使い、風石さえあればメイジがいなくても空を飛ぶ船。 もしくは風石がなくても僅かな疲労で済むレビテーションだけで大空を駆けることが出来る船。 それなんてチート? 本人はしきりに後悔していたが知ったことではない、配下に命じて既存の船を全て飛空艇に改造させる。 いよっしゃー待ってろアルビオン、狂王ジョゼフが今いくぜー! 「そう言うことだったのかい、悪かったね……」 「いえいえ、見なかったことにして放っておくことは出来なかったので」 シエスタはその黒い髪を揺らし、ニコリと笑った。 子供達はティファニアが連れ去られた後、マチルダの言いつけを破って街へと探しに出たらしい。 その折り夜盗化した傭兵達に襲われたところをシエスタが助けに入り、とりあえず元の孤児院でマチルダの帰りを待つことにしたのだ。 いきなり手刀を叩き込もうとしたのは、マチルダがどう見ても夜盗にしか見えなかったからだとシエスタは言った。 「まぁ、確かに夜盗には違いないけどさ……」 マチルダはそう言って愚痴を零す。 「しかしあんた、一体何者だい?」 「いえ、学院で奉公させていただいている”ただ”のメイドですけど」 「ただのメイドがあんな動き出来るはずないじゃないのさ、それに何それ」 「俺っちのことかい?」 カタカタと音を立てながらデルフリンガーは言った。 「魔法を吸い取るインテリジェンス・ソードなんて伝説級の剣じゃないのさ」 たしかにただのメイドが持っていていい武器ではない。 「これはおばあちゃんの遺品でして」 「――何者だい、あんたのおばあちゃん」 「ただのメイドですよ、わたしは護身術からメイドの仕事の仕方まで全部おばあちゃんから教えて貰ったんです」 思わずマチルダの顔が引きつる、シエスタが護身術と言っているものは暗殺者の用いる体術そのものだったからだ。 「そう言えば、一度だけ変なことを言ってました」 ぽんとシエスタは手を叩いた。 「どんなだい?」 「遠い異国の言葉だったので意味は分からなかったんですけどね」 「駄目じゃねぇか!」 デルフリンガーが笑う。 「でもあの時のおばあちゃんの顔、凄く寂しそうで……」 「そうかい……」 しんみりした気持ちのままマチルダはシエスタを見た、誰にだって大切な過去の一つや二つくらいはある。 「ところであたしはこれからテファを連れ戻しに行く……」 子供達を頼む、そう言おうとしたマチルダの唇をシエスタの細い指が押さえ込んだ。 「水臭いですよ、辛い時は助けてくださいって言えばいいんです」 シエスタは笑った。 太陽のようなその笑みに、マチルダは思わず泣きそうになってしまった。 ???の手記 ――恐らく、神はこの私を許すまい。 それでも構わない、たとえこの身が悪魔と呼ばれようともけして私は躊躇うまい。 「本当にいいんだな?」 友の声に、娘は「お願いします」と答えた。 友が、左手に構えた大剣を振りかぶる。 音を立てて振り下ろされた剣が祈るように目を閉じたエルフの胸に突き立った。 流れる血潮、命の結晶。 それを前にして私は呪文を唱える。 コントラクト・サーヴァント。 対象を己が使い魔とする呪われた呪文を。 「エルフ達は私たちを許しますまい」 そのようなことは分かっている。 それでも、この人とエルフの血が混じった娘は願ったのだ。 人と人、人とエルフが憎しみあわずに暮らすことが出来る世界が来ることを。 確かにこの儀式が成功すれば長きに渡って続いてきたエルフとの戦いは終わるに違いない。 果たしてそれが、正しいことなのかどうかはともかくとして…… 「だが、それが娘っこの願いだろ?」 相変わらずひねた口調で、友は言った。 随分と長い付き合いだがこれほどやりきれない口調は初めてだった。 「なぁ、一つだけ頼みがあるんだが……」 それを皆まで聞かず、私は詠唱を終える。 そして今生の別れを惜しむようにその娘の唇へ口付けた。 五つの力を司るペンタゴン この者に呪いを与え、我の使い魔となせ 血が光へと変わり、娘の胸に使い魔のルーンが刻まれる。 私はただ憐れな娘のことを見ていた。 後の世のために生贄となることを望んだ、憐れなハーフエルフの娘のことを見ていた。 後世に伝えることすら憚られる、おぞましくも悲しい使い魔のことを私は見ていたのだ。 前ページ次ページゼロの英雄
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前ページ次ページゼロの賢王 「ポロン、明日街まで出掛けるわよ」 唐突な提案にポロンは面食らう。 「何だあ?藪から棒に」 ポロンは羽根ペンを鼻と口の間に挟み込んだまま答えた。 今、ポロンはルイズからハルケギニアの文字を教えてもらっているところである。 言葉が通じるから文字も読めるものだとばかり思っていたがそんなことはなかった。 特にルイズと一緒に授業へ出ていると、全く読むことのかなわない文字を次々と目の当たりにする為、 流石にこれはいかんということで恥を偲んでルイズに文字を教えてもらっている。 ルイズは勤勉でありながら意外と教え上手でもあり、ポロンは簡単な読み書きなら既に出来るようになっていた。 そんな個人レッスンの最中、ルイズは突如先のような発言をしたのである。 「明日は虚無の曜日で授業は無いの。だからポロン、私がアンタに剣を買ってあげるわ」 「ああ、それはいらね」 「うんうん、そうでしょうそうでしょう。嬉しくって嬉しくってたまら…って、ええっ!?」 「剣は必要ないな」 「何よ!私からのプレゼントを受けないって言うの!?」 「いや、勘違いすんな!いらねえってのは剣はいらねえって意味で、ルイズからのプレゼントは有り難く頂くつもりだぜ?」 ルイズが凄むと、ポロンは慌てて答える。 ルイズはそれでも納得していないという表情でポロンに詰め寄る。 「何で剣がいらないのよ?アンタ私の使い魔でしょ?私を守るなら剣は必要じゃない」 「自慢じゃないが、俺は剣を全く使えない」 「本当に自慢じゃないわね・・・。でも持ってるだけでも格好はつくでしょ?」 「ルイズ、いいか?剣っていうのはなあ、使える奴が使わないと意味ねえんだ。 仮に運動神経がいいだけの奴が剣持ったって、剣使える奴と戦ったら100%負けちまう。そういうもんなのさ」 「そういうものなのかしら?」 「それにルイズも見たろ?俺は魔法を使って戦う。だから俺に武器はいらねえんだよ」 「ふ~ん。まあ、確かにそうね」 ルイズは昨日行われたギーシュとポロンの決闘を思い出していた。 その時、ルイズは「あっ!」と声を上げると、鳶色の瞳を吊り上げてポロンを睨んだ。 「そうよ、アンタの魔法!それについて色々聞きたいことがあったんだわ!」 ポロンは「しまった!」という顔をした。 「本当は決闘のあった日に聞きたかったんだけど、アンタがツェルプストーとイチャイチャしていてうっかり忘れてたわ」 「ちょっと待て!別にイチャイチャはしてないだろ、イチャイチャは」 「フン!ツェルプストーの使い魔に連れて来られた!とか言ってたけど、本当はどうだか」 ルイズは目に見えて不機嫌な顔になる。 ポロンはそんなルイズを見て、深くため息をついた。 「ったく、わーったよ。お前の疑問に答えられる範囲で答えてやるからへそ曲げんな」 「べ、別にへそなんか曲げて無いわよ!・・・じゃあ聞くけど、魔法が使えるってことはポロンは貴族なの?」 「いや、俺は生まれも育ちも貴族なんて大層なもんじゃあないよ」 「嘘おっしゃい。貴族でもないのにどうして魔法が使えるのよ?」 「どうして、て言われてもなあ」 ポロンはいっそのこと自分が異世界から来たということをルイズに言ってしまおうかとも考えた。 (まあ、言っても信じねえだろうなあ) この世界へ来てから数日は経ち、ルイズともある程度は打ち解けてきたと思っている。 とは言え、こんな突拍子もないことを言っても信じてもらえる保障は何処にも無い。 (俺が逆の立場でも信じねえだろうしなあ。言う人間にもよるだろうが・・・) ポロンは自分の今の姿を改めて確認する。 (自分で言うのもあれだが、こりゃあ胡散臭い以外の何者でもねえな) ポロンはひとりでにがっくりとうなだれた。 ルイズはそんなポロンの一連の動きを怪訝そうな顔で見る。 「まあ、いいわ。アンタが何者かはそんなに重要じゃないの。問題は・・・」 ルイズは一呼吸置いてから言葉を続ける。 「どうやって杖も無く魔法を使えたのか。問題なのはそっちよ」 「それって、そんなに重要なことか?」 「・・・確かにコモンマジックみたいに杖を使わない魔法というのもあるわ。でもね、ポロン。 アンタが使ってたアレはもうコモンマジックという域を超えていたわ。アレはもう先住魔法の域よ」 「先住魔法?」 「エルフの使う魔法よ。杖を使わなずに様々なことを起こせるらしいわ。 私は実際に見たことはないけど、とても恐ろしいものだと聞くわ。正に凶暴なエルフにぴったりの魔法ね」 「エルフが凶暴・・・?俺のいたところじゃ人間嫌いなのはいても、基本的には大人しくて争いを好まない種族だったけどな」 「それ、本当にエルフなの・・・?まあ、そんなことはどうでもいいわ。 いい?アンタが何処から来たのかは知らないけど、ここトリステインでは魔法を使うのに杖は必須なの。 それも杖なら何でもいいというわけじゃない。それぞれに合った杖じゃないといけないの。 だから、アンタがホイホイと杖無しで魔法を使うって言うのは本来はとても有り得ないことなのよ」 「そうなのか・・・」 ポロンは図らずもこの世界における魔法体系について知ることが出来た。 ルイズと一緒に受けている授業では最初の頃こそ系統魔法の基礎的な部分を教えていたが、 この世界における魔法というものの在り方に関しては、あまりにも常識的過ぎるのか触れることさえ無かった。 ルイズに聞こうかとも思ったが、流石にいい大人が今更そんなことを聞くのは不自然であるし、出自を疑われかねない。 かといって、異世界から来たなどと言えばこれまたあまりにも突拍子が無さ過ぎて頭のおかしい人間とされてもおかしくない。 従って、いずれ何処かの授業でそこに触れるのを待つしかなかった。 それが他ならぬルイズの口から聞けたのだからポロンは内心ホッとする。 ルイズはジーっとポロンの顔を見つめる。 「見たところアンタはエルフには見えないけど・・・」 「んー、確かに俺の呪文・・・いや魔法はお前たちの使う魔法とは大分違うもんだからなあ」 「そうなの?じゃあ、あの魔法はどうやって使ってるの?」 「どうやって・・・と言われてもなあ。上手く言葉で伝えるのは難しいな」 「ふーん。ねえ・・・」 途端にルイズはもじもじしだした。 「その魔法って、私にも出来たりする?」 (・・・なるほど、そっちが本音か) ポロンはルイズが魔法を上手く使えないことに多大なコンプレックスを抱いてる。ということを本人が口にせずとも察している。 ポロンの出自や魔法について聞いたのも、もしかしたらポロンの使う魔法ならば自分でも。という期待を持っていたからだろう。 事実、ポロンが使う呪文は魔力さえあれば、後は努力次第で使うことは可能である。 (って言っても、それはあくまで俺らの世界でのことだからなあ) 世界が変われば、当然魔法も異なる。 ポロンですら、同じ世界に存在するジパングの神仙術を使うことは出来ないのだ。 違う世界の魔法なら尚更である。 少なくともポロンには初日の授業でシュヴルーズが見せた錬金の魔法や決闘の時にギーシュが使用したワルキューレを使うことは出来ない。 「やってみないと分からんが、恐らく無理だろうな。鍵に例えると、俺とルイズの魔法はそれぞれ別々の鍵なんだよ。 俺の鍵で開く扉がお前の鍵でも開くとは限らないだろ?寧ろ鍵が違う分、開かない可能性の方が高い」 「・・・でも開くかも知れないじゃない」 ルイズはまるで拗ねた子供みたいに唇を尖らせる。 それを見て、ポロンもやれやれと肩をすくめた。 「分かった分かった。取り敢えずやれるだけやってみるか?」 ポロンの言葉にルイズの顔がパァーっと明るくなった。 そんなルイズの表情を見ていると、まるで彼女の親にでもなった気分になる。 「じゃあ、時間がある時にお前の魔法を見てやるよ。っても昼間は授業あるし、恐らく夜になっちまうけどいいか?」 「構わないわ。魔法を上手く使う為にも、試せるものは全て試しておきたいですもの」 「そりゃ殊勝な心掛けで」 そう言うと、ポロンは面倒なことになったなと思っていた。 だが、決して嫌な顔はしておらず、寧ろ親が子を見守る様な優しい顔になっていた。 翌日、虚無の曜日。 ポロンとルイズは朝早くから、馬に乗って街を目指していた。 貴族の嗜みとして乗馬を学んでいたルイズは易々と馬を操っている。 ポロンもまたルイズ程華麗ではないものの、そつなくこなしていた。 学院から街までの距離は遠く、馬でざっと4時間程掛かってしまい、街に着く頃にはちょうどお昼時になっていた。 ここで時を少し遡り、ルイズたちが学院を出る直前こと。 キュルケはルイズの部屋の前に立っていた。 目的はルイズをからかうことと、そしてその使い魔にアタックすることであった。 魔法が上手く扱えないルイズは部屋の施錠を通常の鍵で行っている。 通常の鍵ならば、トライアングルレベルのメイジであるキュルケには無いものと同様であった。 アンロックの魔法で鍵を開けると、遠慮なく扉を開く。 しかし、そこにルイズとポロンの姿は無かった。 何処へ行ったのか思案していると、窓の外に馬に乗って何処かへ行こうとするルイズとポロンを発見する。 キュルケはそれを見るなり、血相を変えて親友であるタバサの部屋へと向かった。 「タバサ!お願い!あなたのシルフィード貸して!」 いきなりそう言われて、頷くタバサでは無かった。 タバサはキュルケの姿を確認するなり、サイレントの魔法を掛けて読書へと戻る。 キュルケは何度話し掛けても何も答えないタバサを見て、その手から本を取り上げた。 本を取られたタバサは仕方なくサイレントを解いて一言。 「虚無の曜日」 とだけボソッと呟いた。 キュルケは申し訳無さそうな顔をして首を振った。 「あなたにとって虚無の曜日がどんな曜日だか、私は分かってるわ。でも、聞いて頂戴。これは恋なの! 私の二つ名は『微熱』!とても燃え上がりやすいの!!・・・あなたも分かるでしょ?」 タバサは特に何も言わなかった。 キュルケは両の手を合わして懇願する。 「お願い!ルイズを追いかけたいの!二人が馬に乗って何処へ行ったのか突き止めたいの!お願いタバサ!私に力を貸して!!」 タバサはふぅ、と息を吐くと腰掛けていたベッドを降り、窓を開けて口笛を吹く。 すると、すぐに大きな羽音が聞こえて来た。 「!!有難うタバサ!!流石私の大親友!!」 キュルケはタバサを強く抱きしめる。 ふと窓を見ると、そこには水色のドラゴンが見えた。 「・・・やっぱり、あなたのシルフィードはいつ見ても素晴らしいわね」 6メイルを超えるサイズの風竜。 このサイズで幼生なのだから、成体となればどれだけ大きくなるのだろうか。 キュルケは改めて、こんな使い魔を召喚したタバサを只者ではないと思った。 タバサが窓からシルフィードの背に飛び乗ると、キュルケもそれに続く。 2人が乗ったことを確認するとシルフィードはそのまま舞い上がった。 上昇していく中、タバサは己の使い魔の頭をポンと叩いて一言だけ呟いた。 「馬2頭、食べちゃだめ」 「きゅい」 可愛らしい鳴き声を上げてシルフィードは頷く。 そうして暫く上空から目を凝らしていたシルフィードは学院から遠ざかって行く2頭の馬を見つけた。 「きゅいきゅい!」 シルフィードはひと鳴きした後に風を切って加速する。 あっという間に2頭の馬のすぐ近くまでやって来た。 「このまま、気付かれない様に追って」 タバサはシルフィードにそう告げた後に本を取り出して読み始めた。 キュルケは親友のマイペースな姿を見て、改めて只者ではないと思った。 ポロンとルイズは街に着くと、取り敢えずお昼を食べることにした。 適当な店を見つけると、2人でその中へ入る。 先の決闘で勝手を働いた罰として食事抜きを言い渡されていたポロンであったが、ルイズの寛大な処置によって彼女の食べるパイを1つ分けて貰えた。 一口食べると、パイのサクサク感に上に乗ったクックベリーと呼ばれる果実やそのジャムの甘みと酸味が絶妙にマッチし、なかなかに美味であった。 (しかし、こいつぁ俺みたいなオッサンが食うもんじゃねえな) 何となく気恥ずかしさを覚えながらもポロンはパイを口の中に放り込んだ。 昼食を終えると街の中をぶらぶらと見て回ることになった。 流石に国一番の大都市ということもあり、賑やかで様々な店が並んでいる。 その途中に仕立て屋を見つけるとルイズが 「そうだわ。ポロン、貴方に服を買ってあげるわ」 と提案する。 ポロンは自分の今の身なりを見て、その提案を素直に受け入れることにした。 流石に替えの服も無い状態なのは不味い。 様々な服があったが、いくつか見ていてもポロンはしっくりこなかったので、 なるべく同じデザインの服を何着か見つけると、それを買って貰うことにする。 会計をルイズに任せて店の外へ出たポロンはとある露天商に目を留めた。 老人が地面に布を敷いて、その上にはけん玉、ヨーヨー、ブーメランといったものが並べられていた。 ポロンは思わずその露天商の方へと足を向ける。 「よう、爺さん。ちょっと見ても構わないか?」 老人は何も言わずにただこくりと頷く。 ポロンは地面へしゃがみ込み、並べられたものを見ていた。 「へー、懐かしいなあこれ」 ポロンは懐かしさのあまり、中からブーメランを手に取った。 (!?) すると、次の瞬間ポロンの身体はまるで重い鎧を脱いだみたいに軽くなった。 思わずそのブーメランを元の場所へ置くと、その途端に体の異変が消えた。 ポロンはもう一度ブーメランを手に取る。 (何だ?まるで星降る腕輪でも身に付けたみたいに身体が軽い・・・) ポロンは老人の方へ向き直った。 「おい、爺さん。このブーメランって人の身体を軽くする魔法みたいなもんでも掛かってんのか?」 「・・・・・・・・・・」 老人は無言で首を振った。 (一体、どういうことだ?) 「ちょっとポロン!ご主人様に荷物持ちさせるなんていい覚悟じゃない!」 その時、後ろからルイズの声が聞こえた。 どうやら服の会計が終わったらしく、服の入った袋を抱えていた。 「・・・ああ、ルイズか」 「何しているのよポロン。・・・って、それ平民の玩具じゃない」 その時、ポロンは思い付いた。 「そうだルイズ!剣の代わりにこいつを買ってくれないか?」 「剣の代わりって、そのブーメランのこと?そんな玩具が役に立つの?」 「まあ、そう言うなって。俺はガキの頃、これで何体もの魔物をやっつけたことだってあるんだぞ?」 (・・・って言っても、おおありくいだの一角うさぎだの雑魚モンスターばかりだけどな) 「本当かしら?・・・まあ、その程度なら別に買ってあげてもいいわよ」 そう言うと、ルイズは老人にいくらかのお金を渡した。 「有難うなルイズ」 「ったく、子供じゃないんだからそんな玩具買ってもらったからって、はしゃがないでよ」 「ハハハ、そりゃすまんな」 ポロンは笑いながらブーメランを手に取った。 すると、やはり身体が軽くなった様な感じがする。 ふと見ると、左手のルーンが僅かに輝いていた。 (・・・なるほど、こいつのせいだったのか) ポロンは改めて左手のルーンを凝視する。 このルーンは使い魔の証だという。 だとすれば、先程身体が軽くなったのもその恩恵なのだろうか。 (・・・こいつについても調べなきゃなんねえな) 「ちょっとポロン。ボーっとしてないで早く来なさい」 「ん?ああ、悪かった」 ポロンは慌ててルイズの後を追った。 「あの子ったら、彼にあんなみすぼらしいものを買い与えちゃって!」 その様子を隠れて見ていたキュルケが言った。 キュルケは2人の後をつけながら、ルイズが何かする度にこんな感じで毒づくのであった。 タバサは何も言わずに本を読みながら、ただキュルケの後を付いて行っている。 「平民の玩具しか買い与えて貰えないなんて、彼が可哀想じゃない」 キュルケはそう言うとチラっと路地裏の先にある武器屋の看板を見た。 「フフフ・・・いいことを思い付いたわ」 キュルケは武器屋の方へと消えて行った。 前ページ次ページゼロの賢王
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前ページ次ページゼロの騎士団 ゼロの騎士団 PART1 始まりの地 トリステイン6 「うおぉっしゃあぁー!!!」 ダブルゼータが拳を振り上げる。 「ウソ……アイツ勝っちゃった……」 あまりの逆転劇にルイズは、それ以上声が出なかった。 「……儲かった」 その割には、タバサの表情は変わらない。 ニューとゼータが二人に近寄っていく。 「幾等なんでも、投げるか普通。」 ゼータが呆れながら、ダブルゼータの肩を後ろからつかむ 「いてっ!一応、ケガしてんだから、労れよ!おい、ニュー回復してくれ」 ダブルゼータが痛みをこらえながら、ニューに催促する。よく見るとハリマオスペシャルの炎に触れており、数か所が火傷している。しかし、ニューは近くに倒れている。ハリマオスペシャルの様子を見る。 「お前は後だ、そのくらい我慢しろ、ミディア」 ニューが素早く呪文を唱える。途端に、ハリマオスペシャルの傷がふさがれている。 「まったく、私がいるからと言って、そんな無茶な戦い方をするな、ウォーター」 手から出るシャワーのような水と、心地よい冷気が、ダブルゼータの全身の火傷を癒す。 ウォーター 火傷や火だるまを治す呪文で、旅の途中は飲み水などにも使われた。 「おいニュー、ミディアムかけてくれよ」 火傷を治しただけで不安なのか、ダブルゼータが不満をぶつける。 「お前はそれで充分だ、少しは大人しくしていろ。」 「おい!奴が気づいたぞ」 ゼータが気絶から回復した事に気づく。 ハリマオスペシャルは、傷は癒えたが、まだ、足取りは朦朧としていた。 ダブルゼータに近づき、ただじっと見つめている。 「うぉぉぉん!!」 親愛でも服従でもない咆哮であった。 それに対し、ダブルゼータもまた瞳から怒りの色は消えていた。 「……お前も大した奴だったよ」 素直に相手を讃える。 ハリマオスペシャルは咆哮の様な息を唸らせ、振り返る事無く専用の厩舎に向け歩き出していた。 「なんなのよ、あれ……」 ダブルゼータの怪力より、ニューの魔法よりも、得体のしれない友情の誕生がルイズには何よりも理解できなかった。 ギャラリーも、ただ二人のやり取りを見ているだけだった。 自分の使い魔の無事を喜んでいる、金髪の少年を除いて…… ダブルゼータの勝利宣言を、遠見の鏡から二人はじっと見ていた。 「勝ちましたわね、彼……」 唖然とした面持ちで、ロングビルは同意を求める。 「勝ってしまったのう……」 オールド・オスマンも、驚きが隠せないでいた。 「彼らは何なのじゃ?あんなゴーレム見た事無いぞい、しかもあの赤い羽根の奴は、見た事もない魔法を使ったではないか」 ニューのミディアムは、オールド・オスマンであっても始めてみる魔法だった。 ダブルゼータとほかの二人を鏡から見ながら、オールド・オスマンは独り言のようにつぶやく。 「彼らは、アルガスという国の騎士で、あの青いのはゼータといい騎馬隊の隊長だそうです。今、現在はミス・タバサの使い魔だそうです。 私は今朝、彼と会話しました。彼らは明確に自分の意識を持っています。」 今朝、ゼータと会った時の、情報を使える。 (そう、彼らはアイツのように自分の意思を持っている。) 心の中でロングビルは、三人を誰かに重ねていた。 「アルガスとやらは、あんなゴーレムが沢山いるのかのぉ……」 一体だけでも驚きであるのに、三体もいて、しかも、彼らのようなのが不特定多数存在する。 オールド・オスマンには想像もつかなかった。 (やっかいじゃのぉ、あんなものどうしろって言うんじゃい) 事態の異常さに、オールド・オスマンは頭を抱えた。 「失礼します。おや、どうかしたんですか?」 自室で遅めの朝食を終え部屋に入るなり、コルベールは空気の違和感を感じる。 コルベールはオスマンの近くに行くと遠見の鏡に気づく。 「何を見ているんですか?……ああ、生徒と使い魔の親睦会ですね。」 自分の使い魔の姿を見て、一人納得する。 「ハリマオスペシャルも、皆と馴染んでいるようですね。」 先ほどの光景を見てないだけに、コルベールの表情は暖かい。 (どこを、どう見てそう言えんだい、この鈍感男) 周りの生徒達の空気に気づかないコルベールを、口に出さず、ロングビルが罵る 「あれはミスタ・ダブルゼータじゃないですか、人見知りのハリマオスペシャルが懐くなんて、珍しい事ですね。」 周りが、唖然としている光景を見てコルベールは素直に感心する。 「コルベールくん、君は彼らを知っているのかね?」 ダブルゼータに驚かないコルベールに、オスマンは彼らとの関係を問いただす。 「彼らが、昨日報告した、ミス・ヴェリエール、ミス・ツェルプストー、ミス・タバサの使い魔ですよ。今日この後、彼らと会談する事を昨日伝えましたよね?」 コルベールが昨日の報告に不備がないか確認する。 「なにっ!彼らが、昨日の報告にあったゴーレムじゃと!」 (なぜ、そんな重要な事を詳しく話さんのじゃ、こやつは……) 事の重要性を理解していないコルベールの罵声と、それを軽視した自分への罵りがステレオとなってオスマンの心に響く。 一般的にゴーレムはメイジが作る物で、使い魔にはならない。使い魔を召喚する儀式で、それでは不合格になってしまう。 だからこそ、オスマンは、変なゴーレムを召喚してしまった三人への、進路の事だと思っていただけに、彼らとの面会は気が滅入った。 「そうじゃったな、もうすぐ親睦会も終わりじゃ、昼食の後に、彼らと生徒たちを呼んできたまえ……」 何かを注意しようにも、今のオスマンにはそれができなかった。 「そうですね、後、オールド・オスマン彼らのルーンの事なのですが、昨日一晩かけて調べたのですが辞典には彼らのルーンが見つかりませんでした。こう言ったルーンなのですが、何かわかりますか?」 シエスタが見た同じメモを、コルベールが差し出す。 オスマンはそれを一読するが…… 「ふむ、これはわしも解らんのぉ、コルベール君、引き続き調べてくれたまえ。」 オスマンが持っていたメモを、コルベールに返す。 「分りました、オールド・オスマン」 一礼して、コルベールが部屋を出ていく。 コルベールの退出音と共に、部屋は長い沈黙に包まれた。 昼になり親睦会がお開きとなり、ルイズ達は昼食に向かう途中だった。 「どうだ、キュルケ嘘じゃないだろ。」 ダブルゼータが自慢げに3度目の同意を求める。 「わかったわ、アルガス一でトリステイン一の怪力、ダブルゼータさん」 しつこさから、さすがに呆れ始め、キュルケの対応もおざなりだった。 「けど、すごい力ね、魔法でも使ったの?」 ルイズがニューに秘密があるのかと聞く。 「私の魔法に失礼だぞ、ルイズ」 「さり気無く呼び捨てにしないでよ、私はアンタのご主人様なのよ!」 ニューの対応が、ルイズにとっては不満でならない。 「あら、仕方ないじゃない、ニューと違って、あなたは「ゼロのルイズ」じゃない」 ゼロを強調しながら、キュルケがルイズをからかう。 「キュルケ殿、ゼロとは何の事だ?」 ニューが疑問を口にする。 「ゼロはルイズの二つ名よ、メイジには能力に由来する二つ名があるの、ちなみに、私は「微熱」でタバサは「雪風」よ」 キュルケは自分とタバサの二つ名よりも、ルイズの二つ名を嬉しそうに言う。 「二人はともかく、ルイズは何でゼロなのだ?」 ルイズに向かって、ニューが由来を聞く。 「うっさいわよ!アンタ、飯抜きよ!」 ルイズが怒りで理不尽な命令を下す。 「あっ、みなさん」 天啓とも言えるタイミングで、シエスタが表れる。 「シエスタ、どうしたんだい?」 ニューがシエスタに、助け船を求める。 「はい、三人……ダブルゼータさんに料理長のマルトーさんが、何か言いたいそうです。厨房に来てくれませんか?」 主役はダブルゼータであるらしい。 だが、主と居るよりはよっぽどよかった。 「ルイズ殿、そういう訳だから厨房に行って参ります。」 二人とシエスタを引き連れ、早足で歩き出す。 「ああっ!待ちなさい、馬鹿ゴーレム!」 ルイズの罵声から逃げるようにニュー達は厨房に向かった。 「マルトーさん連れてきましたよ」 「おお来たな、待ってたぞ」 ある程度、調理が終わった厨房で、三人を料理長らしき男が笑顔で出迎える。 「あのハリマオスペシャルに勝つとは、大した奴だ。」 「うおっ!なんだいきなり」 マルトーが息子への抱擁のように、ダブルゼータに抱きつき、慌てて突き放す。 大男のマルトーが、2メイル程後ろに飛ぶ。 「なるほど大した力だ!アイツは、使い魔とは思えないほど傲慢で、下手なメイジより強いから、誰も手を出せなかったのに勝っちまうとはな!」 マルトーにとって、ハリマオスペシャルが投げられたのが、よっぽど嬉しい様だ。 「俺はお前さん達にお礼がしたいのさ、もっとも、俺が出来るのは料理くらいだけどな!さぁ、こっちに座んな!」 「こっちですよ、皆さん」 シエスタが中央の大きなテーブルに案内する。 そこには、朝の食事よりもさらに豪勢な食事が並べられていた。 「本来は貴族用なんだが気にする事はねぇ、俺からの気持ちだ!たくさん食べな。」 「ありがてぇ!ちょうど腹が減ったところだったんだ。」 ダブルゼータが二人に相談もせずに、席に飛びつき、皿を空にし始める。 「馬鹿、いきなりみっともない真似するな」 そんな、ダブルゼータを注意しながらゼータも席に着き、ニューもそれに続く。 「おお、いい食いっぷりだな!じゃんじゃん行ってくれ!」 マルトーが嬉しそうに言い、周りも頷く。 三人は5人前の食事を、あっという間に空にしてしまった。 「ウマかった、親父さんありがとな!」 「マルトー殿、大変、美味でした。」 「ごちそう様、とっても美味しかったよ。」 三人が、三者三様の感想を述べる。 「おう!また、来てくれよな!」 厨房を後にする三人をマルトーとシエスタが嬉しそうに見送った。 厨房を後にした3人は、同じく食堂を出たルイズ達と再会する。 「遅いわよ、アンタ達!ご主人様を待たせるなんて、どういうつもりよ!」 先に待っていたルイズが噛みつく。 「すまない、マルトー殿からもてなしを受けていた。」 「なんで、使い魔のアンタ達がもてなしを受けるのよ!」 納得のいかない様子で、ルイズがニューに詰め寄る。 「まぁいいじゃない、それよりも、今ミスタ・コルベールが来てオールド・オスマンが私達とあなた達に学院長室に来るようにって」 キュルケが3人に行動予定を伝える。 「アンタ達!オールド・オスマンはこの学園の学園長で一番偉いんだからね!馬鹿な真似は絶対しないでよ!」 ルイズが何も問題を起こさないように三人に注意を促す。 「いきましょ」 ルイズの返答を待つより早く、タバサが歩き出す。 「タバサ待ちなさい!いい事、絶対問題起こさないでよね!」 (ダブルゼータはともかくとして、私やゼータは何もしてないのに) 自分に対する信頼の無さに、ニューは少し寂しさを感じた。 学院長室の中で、ゼータはロングビルと再会する。 「ロングビル殿、お忙しい中、今朝はありがとうございます。」 「よろしいんですよ、ゼータさん」 ゼータがロングビルに今朝のお礼を言う。 「あなたって、真面目な割に手が早いのね」 ゼータに対して、キュルケが間違った感心をする。 「なっ!何を言ってるんだ、キュルケ殿!」 「慌てるところが、余計に変」「タバサ!」 妙な所で絶妙な連携を発揮する。 「君!ロングビルはわしの物じゃ、手を出されても困るよ。」 ゼータの事は冗談でも、ロングビルの所有権には冗談を感じられない口調で、オスマンが口をはさむ。 そして、ロングビルににじり寄る。 「勝手に所有しないで下さい、後、どさくさにまぎれないでください。」 口調の割には、えげつない肘打ちが、オールド・オスマンのこめかみをとらえる。 (マチルダさんみたいだな) 操られているとはいえ、かつて法術隊を壊滅寸前にまで追いやった女性を思い出す。 「いたた、ミス・ロングビル暴力はいかんよ……私はこの学院の学院長を務めるオールド・オスマンじゃ」 三人に改めて自己紹介をする。 「早速じゃが、お前さん達は三人に召喚されてここに来たと言うらしいのぉ」 「はい、私達は……」 異世界であるスダ…ドアカワールドのアルガス王国の騎士である事。魔王ジーク・ジオンを倒すため、また違う異世界である。ムーア界に行った事。そして、倒した後、この世界に呼び出された事等を語った オスマンはひとしきり聞いた後、眉間に皺を寄せ重い口を開いた。 「わしも、いろいろな地方を旅したが魔法を使い、ハリマオスペシャルに力で勝つゴーレムなんか初めて見るぞ」 遠見の鏡の出来事が彼らが尋常ならざるものである事を、オスマンは受け入れていた。 「で、アルガスの騎士団であるお前さん達は、当然そのアルガスに帰らねばならんのう」 「はい、それで、貴方の力を借りたいのです。オールド・オスマン」 ニューが、そう言ってオスマンの助力を求める。 「それは……できん相談じゃよ、なぜなら『サモン・サーヴァント』で呼び出したものは、もとに返す事は出来ん。ましてや、異世界などと言えばなおさらじゃ」 彼らにとって、絶望的な言葉をオスマンは口にする。 「ふざけるなジジィ!!」 ダブルゼータがオスマンをアルゼンチンの形で担ぎあげる。 「うお!何をするんじゃ、やめてくれ誰か止めてくれぇ!!」 「ダブルゼータさんやめてください、そして出来れば、そのまま頭から叩きつけてください。」 「何気にワシを亡き者にしようとしてないか!ミス・ロングビル!!」 「おちつけ、ここでお前がその老人の頭をへこませて、剣で2、3回突き刺そうとも現状は変わらん!」 「ゼータの言うとおりだ、その後、爆風と電流とかを与えたって何も変わらん!」 「味方はおらんのか!!」 ダブルゼータがオスマンの背骨に致命傷を与えた所で、オスマンは解放された。 「はぁ、はぁ、むろんわしも何もしない訳ではない、色々調べてみる。さすがに、死にたくないからのぉ」 激痛で緩んだ膀胱の尿意を堪えながら、オスマンは口約束をする。 「その代わりと言っては何じゃが、もう少し使い魔をやってくれんかのぉ」 オスマンは取引を持ちかける。 帰れない事よりも、ルイズの使い魔の期限が無期限と化したのにニューは唯、泣きたくなった。 会談が終わり、夕方。 「……で、アンタは私の一生の使い魔になる事が決まったのね。」 部屋に戻るなり、ルイズは満面の笑みを浮かべる。しかし、その笑みは何かやましいものが含まれていた。 「アルガスに帰るまでだ、オスマン氏がその方法を見つけるまではここに留まる事にしただけだ。」 「ここに留まれるのは、そして、食事ができるのは誰のおかげかしら、隊長のニュー様?」 答えが分かっているような、声でルイズがニューを見下ろす。 「もちろん、お世話になる代わりに雑用くらいはしてあげますよ、ゼロのご主人様」 ニューはゼロが何かしらのキーワードであると知った為、それを皮肉に交える。 「この馬鹿ゴーレム、いい度胸じゃない!アンタなんか食事抜きよ!」 近くの部屋に聞こえるくらいの罵りあいが始まる。 「……サイレント」 タバサが世界の音を遮断し、本に視界を移す。 (さわがしい、二人だな) 動きと音のない静かな世界でゼータは二人のやり取りを少し羨ましく思った。 中庭では、人だかりが出来、その中心はキュルケとダブルゼータであった。 「さぁ、さぁ、ここにいる私の使い魔のダブルゼータは、あのハリマオスペシャルを打ち破った、トリステイン一の怪力よ、このダブルゼータをこの丸い円の中から出す事ができれば賞金2000エキュー、しかも、トリステイン一の称号はあなたの物、さぁ、挑戦する者はいないの?1回20エキューよ」 キュルケが丸い円を指差しながら、挑戦者を募る。 「なぁ、キュルケ、何でこんなことするんだ?俺は疲れてい「あなたが頑張ったら、さらに美味しい食事が出るわよ」おうおう、偉そうに貴族の看板掲げているくせに、俺にビビって誰もででこねぇのか、この腰抜け貴族ども!」 労働の意味を見つけ、睨みつけるように辺りを見回すダブルゼータ。 「その言葉、聞き捨てならないなぁ、ゴーレム君」 人だかりの中から、先ほどのモグラの主である金髪の少年が現れる。 「ヴェルダンデの敵を討ってくれた事には感謝するが、今の言葉は貴族として許せん」 そう言いながら、ギーシュがバラを掲げる。挑戦者が表れた事に、観客のテンションが上がる。 「ギーシュ、挑戦してくれるのね!あなたってやっぱ勇敢だわ!」 媚びているのが丸分かりで、キュルケがギーシュの果敢な挑戦を称賛する。 「キュルケ、賞金は僕とモンモランシーの華麗なデートに使わせてもらうよ!」 そう言ってキュルケに、参加費用を渡す。 「誰かと思えば、モグラの坊主じゃねぇか、モグラが俺の相手をしてくれるのかい?」 「ふっ!僕の可愛いヴェルダンデに、君みたいな野蛮なゴーレムの相手をさせる訳ないだろう、出でよ、ワルキューレ」 薔薇の杖を掲げ、5メイル程の青銅のワルキューレが誕生させる。 「君の相手は、このワルキューレが勤めよう、キュルケ異論はないね!」 ワルキューレがダブルゼータの前に立ちはだかった所で、観客のテンションは最高潮にヒートアップする。 「オールオッケーよ!ギーシュ」 そう言いながら、ダブルゼータの近くに行き、耳打ちする。 「少し手加減しなさい、圧倒的な力で勝つと挑戦者が現れないから。あなたも、おいしい食事がしたいでしょ?」 ダブルゼータに指示を出す。 「オッケー、任しときな!」 了解して、キュルケを円の中から出るように促す。 「じゃぁ、いくわよ……はじめ!」 キュルケが開幕のゴングを鳴らす。 「いけっ!ワルキューレ!」 ギーシュの掛け声とともに、ワルキューレがダブルゼータに突進する。 「うぉっ!結構やるじゃねぇか、この姉ちゃん」 (こいつは思ったより、力が在りやがる。しかも意外と重てぇ!) 圧し掛かられるような、圧力に苦戦の気配を感じ取る。 「どうしたんだい、ゴーレム君!口の割には大した事はないな!」 以外に、押している事に気を良くするギーシュ。 「なろぉぉぉっ!」 叫びと共に、身をかがめて懐に潜りこむ。そして、辺りをつかみ放り投げる。 「なっ!ワルキューレ!」 ギーシュが一瞬の出来事に驚く。慣性で飛ばされたワルキューレは、そのまま地面に墜落した。 「やるじゃねぇか、小僧」 相手の善戦に、ダブルゼータが素直に称賛する。 「ダブルゼータの勝ちね、さぁ、他に挑戦者はいないの?」 キュルケが相手を求める。 「次は俺だ!」 「嫌、この私だ!」 何かに触発されたのか、次々に参戦の声を表明する。 その日の夕方は、いつもより喧騒に溢れていた。 トリステイン 宝物庫 外の喧騒を聞きながら、ロングビルは秘書と本職の仕事を果たそうといていた。 「この扉は特別でして、カギと合言葉がないと開かないのですよ」 コルベールがそう言って鍵を見せる。 「けど、何故宝物庫に?」 コルベールが問う 「はい、モッド伯が、王宮に提出する、目録を作ってほしいとの事なので……」 「なるほど、最近モッド伯が、ここに多く来るのもそれが理由なのですね。」 ロングビルの答えに、ここ最近、よく訪れる伯爵に納得する。 「以前から、伯爵はある物を手にいれたがっているのですよ」 「ある物ですか?」 ロングビルの瞳に興味の色が出る。 「はい、百獣の斧というものなのですが、出自と効果が解らないマジックアイテムなのですが、モッド伯はなぜかそれを欲しがっているのです。」 (きっとそりゃぁ、訳ありな代物だねぇ) そう言ったものは、何かしらいわくつきな物であり、欲しい者には高値で売れる事を経験から感じ取っていた。 「アイコトバヲオネガイシマス。」 突如、扉の無機質な音があたりに響く。 「え!どこから声が!?」 「マジックアイテムなんですよ。」 驚いた、ロングビルにコルベールが説明する。 「フカーヤノネギ」 「カクニンシマシタ」 鈍い音をたてて、扉が開く。 「こちらです。」 二人が宝物庫に入る。 「入口の方に比較的新しいものがあります。何年か前の目録がありますので、それを参考に作って下さい。」 「ミスタ・コルベール百獣の斧とはどういった代物なのですか?」 ロングビルが獲物を定める。 「百獣の斧ですか、こちらにあるのがそうです。」 そう言って、ガラスの箱に飾られた斧を指さす。 それは、煌びやかには程遠いが、片手用の斧であり獅子の顔が刻まれていた。 (これが百獣の斧かい、なんだか地味だね) ロングビルは、その斧からあまり金銭的な価値を感じなかった。 「では、私はしばらくここで作業しています。」 「はい、分りました。カギはお貸ししますので、後で返して下さい。」 その声とともに、コルベールの気配は遠ざかる。 「さて、このまま、盗んでとんずらと行きたいけど、それだと、真っ先に疑われるしね。」 まだ、本業として仕事をしていく為に迂闊な真似は出来ない。 「それに、アイツ等がいる事を考えると厄介だしね」 (目録を作るついでに、目星を付けとくかい) そう思い、ロングビルは宝物庫を調べ始めた。 モッド邸 深夜 モッド伯は寝室に呼ばず、客人を待っていた。 「お久しぶりですな、モッド伯様」 「来たか」 姿の見えない声にもさほど驚かない。 「あれは、今、学園にかけあっておる。余りせかすな」 モッド伯は手で待てのサインを送る。 「それも重要なのですが、一つ、力をお貸し願いますか?」 声と共に辺りの闇が強くなる。 「それは、あの方のご命令か?」 「いえ、ですが早めに手を打っておくべきかと思いまして」 (あの方の命では無いとは、珍しい) 目の前の声を聞きながら、モッド伯はそう思った。 「私は、何をすればいいのだ?」 「あるメイドを一人学園から連れてきて欲しいのです。」 「それは問題ないだろうが、それに何の意味があるのだ?」 メイドの価値などたかが知れている。モッド伯がそう思い疑問を口にするのは当然であった。 「そのメイドを餌にすると、ある物が釣れます。そのある物に価値があるのです。」 「お前の言っていた奴らか……ふん、まぁよい、それくらいなら容易い。」 モッド伯が承認する。 「では、私はこれで」 「あぁ、また会おう。……闘士ドライセン」 この世界の物でない闇の中、赤く光るモノアイが消えた後、体の寒気を忘れるべく、モッド伯は寝る事にした。 「11君の相手はこの青銅のギーシュがお相手しよう」 青銅のギーシュ ゴールドには勝てない MP 330 「12ギーシュがワルキューレを錬金した。」 ワルキューレ 7体まで現れる。 HP 360 (3体で) 前ページ次ページゼロの騎士団
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前ページ次ページゼロのイチコ 「学院長!」 学院長室のドアを開き、部屋の中央で立ち止まる。 引っ張ってきたイチコを床付近に置くと、自らも頭を下げる。 「申し訳ありません、昨日の宝物庫盗難に私の使い魔が関わっていました!」 顔を下げているので学院長の顔は窺い知れない。 けれどもこれだけの事態を引き起こしたのは事実。 どんな処罰も受けるつもりだ。 朝の食堂は昨日の盗難事件の話で持ちきりだった。 あの頑丈な宝物庫から宝を盗み出されたのだ。金銭以前に学院の誇りに関わる事だ。 しかも犯人は学院長の書記のミス・ロングビル。 間違いなく学院の歴史に残る大事件である。 そんな事件も生徒にとって直接に実害のある話ではない、噂話の格好のタネになっていた。 特に女生徒の間では根も葉もない噂が飛び交っている。 ロングビルは脅されてやったのでは? というモノから 学院長が色仕掛けで宝物庫の鍵を取られたんじゃないか、などという酷いものまであった。 私自身は大変な事態だとは思った。けれど、噂話に花を咲かせる気も無かったし。事件に首をつっこむ気も無かった。 「ご主人様、もしかして私が共犯者かもしれません」 なんてイチコが青い顔で言うまでは。 どういう事かと食堂から連れ出して問い詰めると、昨日の夕方ミス・ロングビルに頼まれて宝物庫の解呪作業を手伝ったらしい。 宝物庫は基本的に外からの侵入を防ぐための魔法をかけてあったらしく。 中から見る事が出来ればただの小難しいパズルだったのだろう。 そうか、イチコにそんな便利な使い方が。 じゃなくて大問題だ。 使い魔がしでかした事は主人である自分の責任。 ロングビルがなんのつもりで盗み出したか知らないけれど、悪党に貴重な魔法道具を盗まれたのである。 悪くいけば絞首刑も免れない。 私はイチコの首根っこを掴むと学院長室へと向かった。 「昨日の夕刻、私の使い魔が宝物庫を開けるさいに内側の魔方陣の内容をロングビルに伝えた事が分かりました」 反応の無い学院長に、さらに詳細な報告をする。 「覚悟は出来ております、なにとぞ処罰を。もし許されるのであればロングビルから宝物を取り返してきます!」 「え、えと。あの、ごめんなさい」 隣で同じようにイチコが謝る。 それに対して学院長は 「まあ顔をあげなさい、ミス・ヴァリエール」 顔を上げる、髭をなぞり、眉根をひそめた学院長が目に入った。 「今回の件で問題があるとすれば、ろくに調べもせずにロングビルを雇ったワシの責任じゃ」 そう言って大きな椅子から立ち上がる。 「だから、そんなに気に病むことは無い。もうすぐ授業の時間であろう。もう行きなさい」 「しかし!」 「すでに数名の教師たちが捕獲に向かっておる。じきに犯人は捕まるだろう」 そう私の肩を優しく叩くと元の席に戻る。 そしてタバコを吹かしはじめた。 「それでも、何の処罰も無いのは納得が……」 「何度も言うように、今回はワシの失態じゃ。そう老人をいじめんでおくれ」 「――っ、分かりました失礼いたします」 隣で正座していたイチコの髪を掴むと、早足で学院長室を出た。 早足で自室に戻るとイチコを宙に放り投げる。 そして、床に転がってたデルフリンガーを拾うと背中に括りつける。 何も無いよりはいくらかマシだろう。 「痛いですよご主人様~」 「なに? 今あなたは何か反論できる立場にあるのかしら?」 そもそもの原因を睨みつけると、へなへなと小さくなった。 「い、いえ。ごめんなさい」 「なんだぁ、随分と機嫌がわりぃじゃねぇか。なんかあったのか?」 喋る剣に関しては無視する事にした。 イチコとはよく喋っているようだが、私は剣と親交を深める気は毛頭ない。 「じゃあ行くわよ」 扉を開けて廊下に出る。 「あの、デルフさんは私が持ちますよ?」 「アンタに任せてたら日が暮れるわ」 階段を降りる。 「何処に行くんですか?」 「ロングビルを追うのよ」 「ぇええ?!!」 「声が大きい!」 頭を軽く叩いた。空中を前回転した。 そして頭を抑え、また早口で喋りだした。 「ど、どど、どうしてそうなるんですか?! 教師の方が追ってるのでは? いえいえ、それ以前にいくらご主人様が学校の成績が良いと言う事は存じています。 しかし相手は元教師。私たちだけでは捕まえられるとも…… あぁ、ご主人さま死なないでください~」 まだ戦うどころか建物すら出てないのに涙ぐむイチコ。 相変わらず忙しい子である。 「イチコ、なんでオールド・オスマンが私を処罰しなかったか分かる?」 足を止め、イチコの顔を正面から見る。 「ぇ、ぇえと。私が原因でご主人様のせいじゃないから……ですか?」 それはない、過去の例をみても使い魔が起こした事件はすべて主人の責任となっている。 「違うわ、私が公爵家の娘だからよ」 しかもトリステイン王国でもトップに位置する。自治領がある大公爵家の娘。うかつに処罰できないのも分かる。 だからと言ってそれが逆に権力を傘にしているようで我慢ならない。 正当な処罰なら受ける覚悟はあるし、それを権力で回避するなどプライドが許さない。 プライドは誇りだ。貴族が真っ先に守るべきものである。 「だから、私は自分で自分を罰する。宝を取り返してくれば多少なりとも罪の清算はできるから」 「で、でも危ないですよ。死んじゃうかもしれないんですよ。死んだら私みたいになっちゃいますよ」 「誇りが汚されるぐらいなら死んだほうがマシよ」 「ぇ、でも……」 「いいから、行くわよ!」 再び階段を降りはじめた。 けど、イチコが付いてこない。 「どうしたの?」 「い、いえ。すいません」 ふわふわと、私の後ろ斜め。いつもの位置へと付いた。 馬を出し、裏門からこっそり学園を抜け出る。 食堂でいくらでも噂話は耳に飛び込んできていた。 話によればロングビルは学園を出て東へと馬を飛ばしたらしい。私も同じ方向へと馬頭を向ける。 天気はこれでもかというぐらいの快晴だった。 イチコは私の腰に捕まり、馬の振動に合わせてふわふわと揺れている。 珍しく何も喋ろうとはしなかった。 先ほどの会話を最後に一言も喋らない。それにあの時イチコは悲しそうな顔をした。 何故だろう。 貴族である限り死と隣り合わせであるのは当たり前。 ゆえに誇りを保つことは死を回避するよりも優先されることだ。 学院に通っていたというイチコだ、あなたも生前に貴族だったなら分かるはずだ…… しばらく進むと小さな集落があった。 そこで話を聞こうと思ったのだけど。 「あれは……」 馬を茂みに隠す。集落の一番大きな家に運び込まれている怪我人。よく見ると見覚えのある顔がいくつか見える。学院の先生だった。 今は授業中、どうやらロングビルを捕まえに来た先生のようだ。 みんな酷い怪我を負っていた。 よく見ると片腕を失ってる人も居る。その事実に少し背中が寒くなった。自分も一歩間違えれば、ああなると言う事だ。 先ほどのイチコの声が頭の中を流れる「死んじゃうかもしれない」と、確かにそうだ。 そんなに甘い相手だとは思っていない。 それでも私は引くわけにはいかない。 命を懸けてでも守らなければならない。イチコが原因だとかそういう事はもはや関係なかった。 私が貴族であり続けるために、たとえ魔法が使えなくても。たとえ片手を無くしても、命を落とすことがあっても。 「私は……」 絶対に背を向けたりはしない。 ちょうどこちらへと歩いてくる女性が居た。 「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」 女性の話によると森の奥、昔きこりが住んでいた小屋に盗賊が住み着いたらしい。 それを退治しようとやってきた先生たちが返り討ちにあったと。 つまりロングビルはそれだけ手練の魔法使いという事だ。スクウェアか最低でもトライアングルクラスの魔法使いだと予想できる。 ともかく馬をそのきこり小屋に向けた。 再度出発してもイチコは何も話さなかった。 「何か言いたい事があるなら言いなさい」 「え?」 急に話し掛けられて、何のことか分かってないようだ。 馬にのった辺りからまったく喋っていない。 いつも騒がしいから静かだとなんか不気味だ。 「ずっと黙りこくって、何か言いたい事があるんでしょ?」 「そ、その……」 「宝物庫の事だったら今は忘れなさい。罪が無いとは言わないけど、騙されてもしょうがない状況ではあったわ」 ロングビルは他の先生や生徒たちにも信頼がある人だった。騙されてもおかしくはない。 「は、はぃ……」 と肯定したものの、まだ何か言いたそうにしているようだ。顔が全然戻っていない。 そこにデルフリンガーが口を挟んだ。 「相棒は優しいからねぇ、さっき死ぬだの言った事を気にしてるんだろ?」 「そうなの?」 誇りを汚すぐらいなら死んだほうがマシ、とは確かに言ったけれど。 「はい。わたし……」 伏し目がちだった視線がまっすぐ私に向いた。 「ご主人様に死んでほしくないんです!」 手を握りこぶしにするぐらいに主張した。 その言葉にキョトンとした顔になった、と思う。 「えと、貴族が誇りが大事ってのはなんとなく分かるんです。でも死んじゃったら何も出来ないじゃないですか。 死んじゃったらご主人様と話せなくなっちゃいますし、こんなにご迷惑をかけていますのにご恩返しが出来ていません。 いえ、私みたいに幽霊になるかもしれないんでしょうけど私のほうがきっと奇特な方だと思いますし。 普通は死んだらそのまま天国へぱーっと行っちゃうと思うんです。 もうそう考えたら一子は悲しくて悲しくて、うぅ」 と涙目になってこちらを見てくる。 もっと深刻なことで落ち込んでいると思ったのに、そんな勘違いでうじうじしていたのか。そう思うと少しおかしくなった 「バカ、私だって死にたくは無いわよ」 少し肩の力が抜けた。 やはりイチコはのんきに笑っているのが良いと思う。 「絶対生きて帰るわよ」 その言葉に呼応するように、イチコは想いっきり首を縦に振った。 「はい!」 前ページ次ページゼロのイチコ
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前ページ次ページゼロの氷竜 ゼロの氷竜 九話 ルイズに召喚された日の晩にタバサたちと別れた後、ブラムドは確信と共に一つの魔法を使う。 それは自らを探知する魔法を打ち消し、魔法の種類と術者の居場所を探る魔法。 『感知対抗(カウンターセンス)』 確信通りその身を探る術者の存在を知り、ブラムドは再び『飛翔』を唱えて術者のもとへと飛ぶ。 突然、鏡が本来の姿を取り戻す。 そこに映るのは年老いた男、学院の長であるオスマンの姿だ。 「はて?」 とつぶやき、オスマンは再び鏡を働かせて先刻の場所を映させる。 しかしそこにはすでに人影はない。 「むぅ……」 眉根に皺を寄せながら、オスマンは辺りを映して目標を探す。 『解錠(アンロック)』 窓の鍵が外から開かれ、そこから輝くような銀髪を持つ一人の女が姿を現した。 「どこの世界にも、似たような品物があるのだな」 窓の開く音、そしてかけられた声に、オスマンは頭をかきながら顔を向ける。 それはまるで、いたずらを見つかった子供のように見えた。 銀髪の女は笑みを浮かべながら室内を見渡し、視線の先にあった応接用の座席へと座る。 オスマンもまた、銀髪の女の向かいに腰掛ける。 「似たようなもの、というと鏡ではないのですかな?」 「魔術師たちが持っていたのは、遠見の水晶球という品だ。鏡を見た後であれば、その方が広く見渡せそうだがな」 銀髪の女は自らの身長ほどある鏡を指差しながら、不意に顔をしかめる。 「いかがなさいました?」 「いや、思い出したくないものを思い出してな」 オスマンはこの偉大な竜をして不快にさせるほどの何かに、強い興味を引かれたようだった。 「差し支えなければ、お聞かせ願えまいか」 銀髪の女の姿をした竜、ブラムドは大きなため息をつき、訥々と語り始める。 自らが、かつて一つの魔法の品に囚われていたこと。 その身を縛る魔法によって、ことあるごとに激痛にさいなまれていたこと。 いくつもの命を、激痛のため意に沿わず奪ったこと。 そしてその縛り付けていた魔法の品が、真実の鏡ということ。 「真実の鏡?」 「うむ。どのような場所でも映し出し、人を映せばその心までもあらわにするといわれておった」 「なんともはや、恐ろしい代物ですな」 オスマンは、額ににじむ汗を袖口でふき取る。 「我のような竜と違い、お前たち人間にとっては喉から手が出るような品ではないのか?」 微笑みながらいうブラムドに、オスマンは苦笑を返す。 「否定することは出来ませぬがな。人の心を暴くような品は、あってはならぬものです」 苦笑を浮かべながらも、オスマンの言葉も目も、真意を語っている。 それは『虚言感知』を使うまでもない。 その様子に、ブラムドは改めてこの老人を信頼することに決めた。 「オスマン、我はルイズに感謝しておる。故に、ルイズの生ある限りは忠誠を誓おう」 その言葉を聞くまでもなく、オスマンもまたブラムドを信頼している。 この強大な竜が、何の利があってルイズに従うだろう。 たとえどんな利があったとしても、人が地を這う蟻に従うようなことはないだろう。 ブラムドにとっては地を這う蟻の一種でしかないオスマンに、こうまで礼を尽くす意味はない。 その行動は、ブラムドのオスマンへの信頼をあらわしている。 何よりもこの竜は、人を殺したと口にしたとき、はっきりと苦悶の表情を浮かべていた。 それをわかっていながら、オスマンはブラムドを監視せざるを得ない。 オスマンの力では、どうやったところでブラムドをとめることが出来ないからだ。 そしてこの学院に通う生徒たち、いや教師も含め、選民意識に凝り固まった人間たちは、ブラムドの逆鱗に触れかねない。 たとえどれほど強くオスマンが言ったところで、可能性をなくすことなどできないだろう。 いっそのこと、一度ブラムドに力を振るってもらうか。 しかしそれをしてしまえば、ミス・ヴァリエールはさらに孤立することになりかねない。 であれば。 「頼みが、あるのではないか?」 口を開こうとした瞬間、オスマンはブラムドに先手を打たれた。 それは、あたかもブラムド自身が真実の鏡を使ったかのように、オスマンの心を見抜いていた。 「かないませぬな」 オスマンはどこか諦めたような、それでいてどこか晴れやかな表情を浮かべる。 「はっきりいいまして、この学院にいるメイジたちは幼い。それは実際の年齢ではなく、精神のありようとしてです」 カストゥールの時代を生きたブラムドにとって、オスマンのいいたいことの予想はついていた。 「確かに、メイジと平民との間には決して越えられぬ壁があります。だがそれは絶対に、人間として上等か下等かということではありません」 魔術師たちが、それ以外の存在を奴隷として扱った歴史を見ていれば、力を持った人間の醜さを知らぬはずもない。 「しかし、そうとは思わないメイジがこの世界の大半を占めています」 それでもブラムドは、その醜い面が人間の一面に過ぎないことを確信している。 「無論、ミス・ヴァリエールをはじめとして、メイジも平民も等しく人間だと知っているものもおります」 カストゥールの時代に生まれながら、自らに魔法を教えたアルナカーラがいた。 オスマンのいうように、平民を人と思わぬ人間が大半を占める世界で、シエスタという平民を大切な友と呼んだルイズがいる。 「もしブラムド殿の機嫌を損ねる人間がいたときには、たしなめる程度にとどめていただきたい、というのがわしの望みです」 オスマンは、私闘を禁じないと明言した。 ただし、その言葉には別の意図も含まれている。 増上慢をたしなめられるのも、一つの勉強だと。 ブラムドはオスマンの言葉を正確に理解し、どこか人の悪い笑みを浮かべながら首肯する。 「尻を叩く程度に我慢すると、約束しよう」 その言葉に、オスマンは自身の言葉がことのほか正しく伝わったことを理解した。 つまり、決して殺すような真似はしないと。 二人の年経た存在が、鏡に映したかのようにどこか人の悪い笑みを浮かべていた。 ルイズが石を爆発させた後、教室をでたブラムドはオスマンの部屋を目指していた。 しかし、その歩みは確信を持ってはいない。 さらにいえば、最短の道を進んでもいない。 端的に言えば、迷っていた。 昨晩一度いっているため場所の見当はついていたが、基本的に洞窟や洞穴で生活する竜ににとって、人間の住む建物の構造はどこか理解しがたい。 かつて魔術師に囚われていたときも、移動の際には案内役がついていた。 ……まぁいざとなれば飛べばよいか。 そんなことを考えるブラムドの行く先に、見覚えのある薄い頭の男が現れる。 「やや、ブラムド殿。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのですか?」 「ルイズと授業に出ておったが、中止になった。ルイズは教室を片付けておる」 授業の中止、そして教室の片付けという言葉に、薄い頭の男は表情を曇らせる。 「もしやミス・ヴァリエールが……?」 「うむ。石を爆発させた」 「そうですか……、もう爆発することはないかと思っていたのですが……」 その言葉に、ブラムドは目の前の男がルイズに気をかけていたことを知る。 「そのことでオスマンに話がある。おぬし、名はなんと言う?」 「私はジャン・コルベールと申します。コルベールとお呼びください」 コルベールは朝食の際、オスマンに言われたからか、それとも元々そうなのか、どこか緊張したような動きでブラムドへ挨拶する。 「ではコルベール、オスマンのところへ案内を頼む」 「は、や、あの……」 「どうかしたか?」 言いよどむコルベールに、ブラムドは怪訝な表情を浮かべる。 「ミス・ヴァリエールの片付けの手伝いなどは?」 その言葉に、ブラムドはコルベールに笑顔を向ける。 コルベールはブラムドの正体を知っているとはいえ、現在の姿は妙齢の女性であり、自分が見た中でも一、二を争うほどの美女である。 それゆえ、異性とあまり交流のないコルベールは二の句を飲み込んでしまう。 「それは我が従者がしておる」 「は?」 とっさに言葉を返すことの出来ないコルベールを尻目に、ブラムドは自ら言葉を継ぎ、オスマンの部屋へと歩みを進める。 「それにな、ルイズを手伝う人間もいる」 教室内で孤立していたルイズを思い返し、コルベールは頭に疑問符を浮かべて立ち尽くしてしまう。 「案内はどうした?」 ブラムドの言葉に、コルベールはあわてて先導する。 ……従者? 昨日はそんなものはいなかったはずだが。使い魔に従者か…… 「おぉ!!」 先導しながらも、どこか考え事をしている風情だったコルベールが突然立ち止まった。 不意に声を上げて立ち止まるコルベールに、ブラムドは不審な顔をする。 「ブラムド殿、使い魔のルーンを見せていただけないでしょうか?」 「使い魔のルーン?」 「ミス・ヴァリエールとの契約の際、体に刻まれているはずなのですが」 契約といわれたブラムドは、そういえば、と左手をあげる。 そこには刻まれたルーンが、鈍い光を放っていた。 「これか?」 「おお、珍しいルーンですな」 いいながらブラムドの手を取ったコルベールは、手のひらの感触に違和感を覚える。 そしてその違和感の通り、ブラムドの手のひらには傷がついていた。 「これは!?」 「先刻の事故の折であろう。大したことはない」 「いや、そういうわけにもいきません」 とはいうものの、火のメイジであるコルベールに怪我の治療は出来ない。 手近な布を破ろうにも、メイジの服には固定化がかかっている。 困り果てて辺りを見回すコルベールは、窓の外に二人のメイジがいるのを発見した。 一人はギーシュ・ド・グラモン、シュヴルーズと同じく土を司るメイジ。 人間関係、特に男女関係に課題を持つが、土のメイジとしての能力は低いものではない。 だが彼はコルベールの助けにはならない。 少なくとも今は。 しかしもう一人、その向かいで笑顔を浮かべる長い金髪を縦に巻いた少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは、コルベールにとってまさに天の助けといえた。 「ミス・モンモランシ!!」 窓から呼ばれる声に、二人の年若いメイジはどこか不機嫌そうな表情を浮かべて振り向く。 もちろん、呼んだ人間が教師であるコルベールだとわかり、不機嫌そうな表情だけは押し隠していたが。 かすかに笑顔を浮かべながらコルベールに近づいたモンモランシーは、その傍らにいた人間がブラムドであることを見て取り、ほんの一瞬その身を固めた。 咆哮による恐怖が、払拭されていなかったのだろう。 その後ろから歩み寄るギーシュもまた、表情や態度に表すことはないものの、瞳ににじむ畏れを隠しきれてはいない。 二人のおかしな態度に、気付いていながら気付かぬ風を装うブラムドと違い、コルベールはまったく気付いていない様子だった。 その観察力のなさに、ブラムドはコルベールの教師としての能力に疑念を抱く。 教師というものは、ただ生徒のことを心配していれば良いというものではない。 そしてその疑念は、直後に形となって現れる。 「彼女はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、彼はギーシュ・ド・グラモン、二人ともミス・ヴァリエールと同じクラスです」 モンモランシーはスカートの裾を摘んで少し広げ、小首をかしげるように挨拶をする。 「モンモランシとおよびください」 ギーシュは右手を前に、左手を後ろにし、軽く腰を曲げる。 「グラモンとおよびください」 貴族らしい優雅な挨拶に、コルベールは満足げに微笑む。 「ミス・モンモランシ、ブラムド殿が左手に怪我をしているようなので、みてやってもらえるかな?」 コルベールはモンモランシーに事情を説明し、ブラムドへ歩み寄るその背中越しにブラムドへと説明する。 「水のメイジは怪我の治療などを得意としまして、彼女はその使い手としてなかなか優秀な生徒なのです」 「ほぉ、水はそういった力を持つか」 ブラムドがかつていたフォーセリアでは、神に仕える司祭がその役目を果たし、魔術師は回復や治癒に属する力、他者を癒すような力を持つことはない。 対象の精神力を奪うような魔法もあるが、それは相手に精神的な打撃を加えるのが主な目的であって、自身の精神力を回復させるのはあくまで副次的なものだ 四大属性の内で水に関する魔法も、氷雪によって敵を凍らせる『氷嵐(ブリザード)』くらいしかない。 ハルケギニアで常識的な水の力も、ブラムドにとっては興味深いものにうつる。 傷の状態を確認したモンモランシーは驚かされる。 裂けているのは手の平の中心だが、少しずれれば骨に食い込むような深さだったからだ。 しかもその傷の深さに比さず、異様に出血が少ない。 したたり落ちるではなく、あふれるように流れ出ていてもおかしくないはずだ。 だが、その出血は手の平ににじむ程度に過ぎない。 おそらくルイズの爆発で傷付けられたのだろうが、モンモランシーは頭に疑問符を浮かべた。 四人が今いるこの場所と教室、そして医務室は延長線上にはない。 それをこの深い傷を放置したまま、何故こんなところに? 「どうかしたか?」 傷を見た瞬間に動きを止めてしまったモンモランシーに、ブラムドが声をかける。 「い、いえ。傷が随分と深いので」 「大したことはあるまい。骨にも筋にも問題はない」 こともなげに手を握ってみせるブラムドに、モンモランシーは目を見張る。 「と、とりあえず治します」 マントの内側に入れてある緊急用の水の秘薬と杖を取り出し、モンモランシーはルーンを唱え始める。 不思議そうな表情を浮かべるブラムドに、説明好きのコルベールが言葉をかけた。 「小さな傷であれば無用ですが、大きなものになると水の精霊の力を秘めた水の秘薬が必要になるのです」 水の精霊、という言葉に反応し、ブラムドもまた魔法を使う。 『力場感知(センスオーラ)』 それは魔法の源であるマナだけではなく、精霊力をも感知する魔法。 傷口に垂らされた水の秘薬には、確かに水の精霊力が感知できた。 しかしその力は異常なほど強い。 身近な周囲に満ちる下位の精霊ではなく、自然界の法則を司る上位精霊の力だ。 あまりにも無造作に巨大な力を振るう水メイジの姿に驚くブラムドの表情を、コルベールは怪我の治癒に対しての驚きと勘違いする。 「東方にはこのような魔法はないのですか?」 問われた言葉で勘違いに気付くブラムドだったが、勘違いを正すのも面倒と思って話を合わせる。 「うむ。我のいた場所では、破壊の魔法ばかりだった」 破壊の魔法ばかり、という言葉に、コルベールの表情にわずかな影が差す。 ブラムドだけがその影に気付いたが、生徒たちに聞かせたい話でもないだろうとあえて問うことはなかった。 やがて、モンモランシーの治療が終わる。 「終わりました」 「ほぉ、跡形もないのう。礼を言おう、モンモランシ」 傷の様子を確かめ、ブラムドは微笑みながらモンモランシーの頭をなぜる。 「その水の秘薬とやらも、安いものではあるまい? いずれこの借りは返そう」 「や、私が頼んだことですので」 コルベールは慌ててその言葉に応えたが、ブラムドは笑みを消して反論する。 「コルベール、我はオスマンのいうように客分ではあるが、出された食事をただはむような真似をしているつもりはない」 そしてブラムドはモンモランシーに向き直り、笑みを浮かべて言葉を重ねる。 「今すぐに、というわけにはいかぬが、この借りは我の力で返させてもらおう」 その言葉には高い誇りがうかがえ、コルベールは反駁することができない。 一方でブラムドは、一つの疑問を抱えている。 コルベールの言葉からすれば、自身の傷は浅いものではなかったといえる。 しかしそれほど強い痛みは感じていなかったし、出血も激しいものではなかった。 人の体はそれほど痛みに強く、強靱なものだっただろうか。 答えを見出せないブラムドを笑うように、左手のルーンが鈍く輝き続けていた。 前ページ次ページゼロの氷竜
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「ドスペラード」のエイジを召喚 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-01 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-02 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-03 ゼロの使い魔は魔法使い(童貞)-04
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予想外の出来事が起こると、思考は活動を停止する。 それはトリステイン魔法学院の貴族達ですら例外でなかった。 ギーシュも、ルイズも、キュルケも、シエスタも。 ただ一人、ジョセフだけが怒りに満ちた眼差しでギーシュを見据えていた。 「……何だね、これは?」 足元に落ちた手袋と、それを投げ付けた平民の老人を交互に見やりながら、ギーシュは静かに言葉を発した。 人は怒りが頂点を突き抜けると、逆に精神は平静に近付くのだという。 この人の輪に加わっている少年少女達は“真の怒り”という言葉の意味は知っていても、それを目の当たりにすることは初めてだった。 だがジョセフはその怒りを見てもなお……いや、むしろ更に怒りを掻き立てるように、口元を笑みの形に歪めた。 「その年で耳が遠くなっとるんならお先真っ暗じゃのォ。じゃあもう一回お前さんの頭でもわかるようにゆゥ~~~~~っくり言ってやろう。 わしゃあお前に決闘を挑んだと! そう言っておるッッ!!」 その言葉に生徒達は、段々と意識を現実に戻してきていた。速度は人それぞれではあったものの、それは静かな水面に小石を落として生まれた波紋のように、彼らに興奮を生み出した。 「け……決闘だッ!」 「それも、平民から貴族にだぞ!」 「有り得ないッ! そんなの見たことねェッ!」 「こいつぁ見物だぞ!?」 そして興奮は、僅かな時さえ置かずして、熱狂を呼び込んだ! 「ちょっ……ちょっと待って! そんなの私が認めないわ! ナシよナシ、そんなの無効だわ!」 人よりやや遅れて正気に返ったルイズが、懸命に間に割って入ろうとした。 が、もはやゼロのルイズ一人の叫びは、食堂にいる全員の歓喜の前には、嵐に対する蚊の羽音程度の意味しか持っていなかった。 ただでさえ体面とプライドを重んじるギーシュが、度重なる侮辱を受けて黙っていられるはずもなく。 退屈な学園生活に飽き飽きしている生徒達が、降って沸いた一大イベントを黙って見逃すはずもなく。 ルイズの言葉は、この場の誰にも届くことはなかった。 「いいだろう……平民風情が貴族に楯突く事がどういう結果をもたらすか、その耄碌した頭に叩き込んでやるッッ!! 二十分後、ヴェストリの広場に来るがいい!」 去り際に、足元に落ちていた手袋を踏みにじり、そしてジョセフの足元へ蹴り飛ばしてからギーシュは足音も荒く生徒達の輪を潜り抜けていった。 ジョセフはくっきりと足跡の付いた革手袋を手に取ると、ズボンではたいて埃を落としてから、義手に手袋を被せようとしたところで。 「こッ……この、ボケ犬ぅぅぅぅぅぅ!!!」 ルイズに臑蹴りを食らった。 「ぐぉ!? あいっちぃ~~~~~。何するんですじゃご主人様!」 蹴られた臑を押さえてぴょんこぴょんこ跳ねながら、ジョセフは形ばかりの抗議をした。 「それはこっちのセリフよボケ犬!! 何勝手に決闘なんて申し込んでるの!? 今からあたしが一緒についてって謝ってあげるから今すぐギーシュを追いかけるのよ!」 「ああ、そりゃあ無理な相談ですなあ。向こうも今更謝られたくらいで許すはずもありませんしなあ。それに……」 茫然自失、という単語をその身で表わして、ただ跪いたままジョセフを見上げているシエスタに視線をやり、ジョセフは静かに言葉を紡いだ。 「何があったのかわしゃ全く知りませんが、あのお坊ちゃんはわしの友人を侮辱した。そいつぁどう逆立ちしても許せることじゃあありませんのでな」 「だからって! 平民が貴族に決闘なんか挑んだって勝てるわけないじゃない! ドットだけれどギーシュはれっきとしたメイジなのよ!? ドラゴンにしなびたニンジンが決闘挑んでるのと同じくらいのことをアンタはしてるのよ!?」 ジョセフはルイズの懸命な主張を聞きながらも、改めて義手に手袋を被せ。そして逆に、ルイズに問い返した。 「ではご主人様は、『ゼロのルイズ』とバカにされて怒りはせんと言うのですかな? あのお坊ちゃんはそれだけのことをしたのだ、とわしは申し上げているのですが」 その言葉は効果覿面だった。 ルイズは瞬時に頭に血を上らせると、その小さな拳でジョセフのボディにストレートを叩き込んだ。 「もう知らないッッ!! アンタなんかギーシュに殺されちゃえばいいのよッッ!!」 そう吐き捨てて、ルイズは生徒達の輪を駆け抜けていった。 目端の利く連中は早速ヴェストリ広場に向かい、観戦に適した場所を取りに走っていた。これから生徒達の退屈しのぎの生贄となる老人を興味深げに見ていた生徒達は、これから数分後に生徒達が集まった広場を見て、自分の迂闊さを呪うハメになるだろう。 ジョセフはルイズに殴られた腹を軽く摩りながら、未だに呆然としたままのシエスタに手を差し伸べた。 「いやはや、災難じゃったのうシエスタ。ケガはしとらんか?」 差し出された手とジョセフを見上げていたシエスタは、やっと正気を取り戻すと、思わずジョセフの太腿にしがみ付いた。 「ジョ……ジョセフさんっ! あっ、あ、あの……! 殺されます! 今すぐ……今すぐ、ミスタ・グラモンに謝りにっ……! 私が、私が粗相したのですから、私さえ罰を受ければいいだけの話なんですからっ……!」 半ば錯乱したシエスタを見たジョセフは、シエスタと同じ目線にまで跪いたかと思うと、彼女の背に太い両腕を回し、緩く抱きしめた。 突然の行為は、突然ジョセフが決闘を挑んだ時と同等の鼓動をシエスタにもたらした。 「なぁに、心配などしてくれんでいい。わしはさっきも言ったが、経緯はどうあれアイツはわしの友人を侮辱した。友人を侮辱されて黙ってられるほど、わしは人間が出来ちゃおらんのじゃ」 力強いジョセフの腕に抱かれている今と、今日会ったばかりの自分を友人と呼んで、自分が侮辱されたからと決闘まで挑んだという事実。 シエスタの心には、まるで乾燥しきった砂漠に水を垂らしたかのように、ジョセフの存在が早く強く染み込んでしまった。 錯乱していた心も、この強い腕なら何とかしてしまうのではないか……そんな錯覚にさえ捕われて、安堵し、落ち着いていった。だが現実がそんなに甘く行かないのは知っている。メルヘンやファンタジーみたいに都合よく行かないのは、良く知っている。 けれどシエスタは、心の中に渦巻く沢山の言葉を飲み込んで。どうしても言わなければならない言葉だけを、返した。 「…………お怪我なんか……されたら、イヤです。必ず、必ず……御無事に、戻ってきてくださいっ……」 感極まってジョセフの胸に顔を埋めるシエスタを、ジョセフは優しく頭を撫でてやった。 「すまんが、ちょっと決闘する前に腹ごしらえなぞしたいんじゃが。ちょっと余り物でええから分けてくれたら嬉しいのう」 波紋で空腹が紛れているとは言え、食うと食わないとではやはり気分が違う。何より、先程食べた脂身の旨さに、粗食を続けているのがどうにもバカらしくなったというのもある。 シエスタはその言葉に、小さく吹き出して。頬に流れていた涙を袖で拭うと、勢い良く立ち上がった。 「でしたら……厨房に行けば賄いがあるはずです。私から事情を話して、分けてもらいましょう」 「おお、それは有難い。ではお言葉に甘えて御馳走になりに行くとするかの」 そう言いながらシエスタの後ろについていきながら、はた、とこれまでの演技が全部台無しになったことに気付いた。 (あっちゃー。丸一日掛けてお嬢ちゃんにわしがただのボケ老人だと信じ込ませたというのに、ついついやっちまったぁ~~~。かと言ってあんのクソガキにわざと負けるなんてシャク過ぎるわいッ。しょうがない、こうなったらヤケじゃッ) 厄介事から遠ざかる為の策略を自分の手でぶち壊した。だがたとえ本当にシエスタが一方的に悪かったとしても、自分の友人があんな扱いを受けているのを黙って見逃したら、ジョースターの人々が自分を許してくれるはずもない。 他の誰あらぬ、ジョセフ・ジョースターが許すはずもないッ! 厨房につくと、既に騒ぎはここまで到着していたことを二人は知った。 「このトリステイン魔法学院史上初めて貴族に喧嘩を売り付けた平民」であるジョセフは、異様なまでの大歓迎を以って厨房に受け入れられた。 中でも一番の歓迎を見せたのが、コック長であるマルトーだった。 えらくトッピングの多いシチューを持ってきながら、帰ってきたら何が食べたいか、と冗談半分に聞いて来た彼に、ジョセフはフライドチキンをリクエストした。 「帰って来た頃にゃ揚げたてが食べられるじゃろ。腕に選りをかけといてくれ」 ジョセフの言葉を彼一流の大口だと受け取ったマルトーの好感度が飛躍的に上がったのは、言うまでもない。 シチューを食べ終わったジョセフは、シエスタに伴われて広場へと向かう。 普段は閑散としている広場は、噂を聞きつけた学院中の生徒達で溢れており、姿を見せたジョセフに嘲笑交じりの歓声を上げた。 貴族同士の決闘は禁じられているとは言え、これは平民と貴族との決闘である。そしいて平民から挑んだ決闘を貴族が受けた以上、平民がどうなってもいいということである。 これから始まるカーニバルを期待する生徒達に、シエスタは怯えを見せたものの、ジョセフはあくまでも泰然とした様子を崩すことはなかった。 「よく来たな平民! 覚悟は済ませてきたんだろうな!?」 生徒達の輪の中心で、着替えを済ませてきたギーシュが待ち構えている。 ジョセフは悠然と立っているギーシュを見やると、帽子のつばを軽く指先で押し上げた。 「抜かすな、クソガキが。出来の悪いガキを叱るのは年寄りの仕事じゃよ」 To Be Continued →
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前ページ次ページゼロのアトリエ その夜。ヴィオラートは一人、部屋のベランダで月を眺めていた。 ギーシュたちは一階の酒場で大いに盛り上がっているらしい。 キュルケが誘いに来たが、断った。どうにも飲む気分じゃなかった。 「ヴィオラート」 振り向くと、ルイズが立っていた。 「今日の、手抜きの理由について聞きたいの。」 ルイズは真剣な眼差しでヴィオラートを見つめる。 「そうだね。」 ヴィオラートはいつもどおりの微笑で答える。 「あの人に、あんまりはっきりと手の内を見られたくないんだ。」 その答えを聞いたルイズは、哀愁を帯びた顔でヴィオラートに問う。 「ワルドを疑ってるの?」 ヴィオラートは少し迷った後、小さく、しかしはっきりとした声で答えた。 「…うん。」 その答えに、ルイズは何を思うのか。 「ワルドと結婚するわ。」 ヴィオラートをしっかりと見据えたまま、そう言い放った。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師18~ 思わず口を突いて出た言葉を、ルイズは後悔していた。 後を押して欲しかった。考えすぎだよって言って欲しかった。 あの夢。そして思い出とは違う、ワルドの不自然に積極的な態度。 自分でも、何となく不安に思っていたのだ。 ヴィオラートの言う事はいつも正しい。 正しいヴィオラートに、この不安を打ち消して欲しかったのに。 「あたしは…結婚したこともないし、あの人のことを知ってるわけでもないけど。」 やめてほしい。その後に続く言葉は決まりきっている。言われなくてもわかっている。 「最後に会ったのは何年前かな?その間のワルドさんのこと、何か知ってる?」 正しくて優しいヴィオラートの言葉が、ルイズの逃げ道を塞いでいく。 「あの人は…ルイズちゃんを見てないよ。」 哀しげな目で告げるヴィオラートの言葉に、ルイズは何も反論できない。その通りだから。 重苦しい沈黙がベランダに流れる。 「ヴィオラート…」 とにかく何か言わなければ。そう考え顔を上げたルイズの眼に、 月を背負い、腕を振り上げる巨大な影の輪郭が飛び込んでくる。 それは、岩で作られたゴーレムだった。こんなものを作るのは… 「フーケ!」 ルイズが叫び、ヴィオラートが振り返ると、 ゴーレムの肩に乗った人物が、嬉しそうな声で言った。 「感激だわ。覚えててくれたのね。」 「あなた、牢屋に入ってたんじゃあ…」 「親切な人がいてね。出してくれたのよ。世の中の為になることをしなさい、ってね!」 フーケが叫び、巨大ゴーレムが拳を振り上げて、 「危ない!」 ベランダが粉砕される直前、ヴィオラートはルイズの手をつかんで部屋の中へと転がり込む。 「合流しよう!」 ルイズの返事を待たずヴィオラートはそのまま駆け出し、空いた手でデルフリンガーをつかむと、 部屋を抜け、一階への階段を駆け下りた。 降りた先の一階も、修羅場だった。 いきなり現れた傭兵の一隊が、一回の酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったらしい。 魔法で応戦しているが、多勢に無勢。 どうやらラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきているらしく、手に負えないようだ。 キュルケたちはテーブルを盾に傭兵達に応戦していた。 メイジとの戦いに慣れた歴戦の傭兵達は、まず、魔法の届かない遠くから矢を射掛けてきた。 闇にまぎれた傭兵達に地の利があり、屋内の一行は分が悪い。 魔法を唱えようと立ち上がると、矢が雨のように飛んでくる。 ようやく合流したヴィオラートがフーケの存在を伝えようとするが… 吹きさらしからゴーレムの足が見えていたので、やめた。 「参ったね」 ワルドの言葉に、キュルケが頷く。 「精神力が切れるまで魔法を使わせて、安全になったところで突撃…ってとこかしら。」 「そ、そうなったらぼくのワルキューレが何とかする!」 ギーシュがちょっと青ざめながら言った。しかし、タバサがあくまでも淡々と宣告する。 「無理」 「やってみなくちゃわからない!」 「そんなことは無理」 重ねて宣告する。 その知ったような顔にか、あるいは小さな女の子に軽く見られたという事実に対してか。 「僕はグラモン元帥の息子だぞ!卑しき傭兵ごときに遅れは取らない!」 ギーシュが激昂し、立ち上がって呪文を唱えようとした。 それをワルドが、シャツのすそを引っ張って倒し、押さえつける。 「いいか諸君」 ワルドは低い声で話し始める。一行は黙ってワルドの話を聞いた。 「このような任務は、半数が目的地にたどりつければ成功とされる。」 ワルドがそう言うと、こんなときも優雅に本を広げていたタバサが本を閉じて、ワルドの方を向く。 自分と、ギーシュと、キュルケを杖で指して「囮」とだけ言う。 それからタバサは、ワルドとルイズとヴィオラートを指して「桟橋へ」と呟いた。 「時間は?」ワルドがタバサに尋ねた。 「今すぐ」とタバサが答える。 「聞いての通りだ。裏口に回るぞ。」 「え?え?」 ルイズは驚いた声を上げた。 「彼女達が敵を引きつける。囮だ。その隙に僕らは桟橋に向かう。以上だ。」 「で、でも…」 ルイズはキュルケたちを見た。 キュルケが魅力的な赤髪をかきあげ、つまらなそうに言った。 「ま、仕方ないわね。あたし達は何も知らないんだし、あんたが行くしかないのよ。」 ギーシュは薔薇の造花、のように見える杖を確かめ始めた。 「うむむ、ここで死ぬのかな。死なないのかな。死ぬ、死なない、死ぬ、死なない…」 タバサはルイズに向かって頷いた。 「行って」 「でも…」 ワルドとヴィオラートの双方がこっちにいるのは、バランスに欠けているのではないか? ルイズはそう考え、自分の言葉で意見を表明しようとするが… 「それじゃ、あたしの道具をいくつか渡しておくね。」 ヴィオラートは先手を打ったかのように、何かの道具を用意していた。 「キュルケさんにはこれ。一見効果なさそうに見えても叩き続けてね。」 そう言って、キュルケに太鼓のようなものを手渡す。 「タバサちゃんにはこれ。」 タバサに手渡したのは三叉音叉。その威力は折り紙つきである。 「ギーシュくんは…魔法のパン。怪我した人に食べさせてあげてね。」 日持ちしそうなデニッシュをむっつ、籠ごと受け取るギーシュ。 ルイズの考えは、宙に浮いた。ヴィオラートはちゃんと考えていたのだ。 「さあ、早く行こう。遅くなればこちらが不利だ。」 ワルドがルイズを促す。全くその通りだった。 ルイズは、何もしなくて良かった。 酒場から厨房に出て、ワルドたちが勝手口にたどりつくと、 酒場の方から規則正しい太鼓の音が聞こえてきた。 「始まったようだな。」 ワルドはぴたりとドアに身を寄せ、向こうの様子を探る。 「誰もいないようだ。」 ドアを開け、三人は夜のラ・ロシェールの街へと躍り出た。 「桟橋はこっちだ。」 ワルドが先頭を行く。ルイズが続く。ヴィオラートがしんがりを受け持った。 月が照らす中、三人の影法師が遠く、低く伸びた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの武侠 例えるなら、それは獲物を定めた獣の気配。 万雷の歓声に紛れ、己が身を潜める確かな殺気。 気を緩めれば、瞬く間に静寂を打ち破り喉下を喰らわれる。 そんな感覚を覚えたワルドは静かに自分の杖へと手を掛けた。 誰にも悟られぬよう、されど一息で敵を迎え撃てる態勢を作り上げる。 自分の存在が伝わった事を確信して、梁師範は立ち去った。 その場に取り残されたのは状況を理解できなかったルイズのみ。 周囲を取り巻く生徒達もアンリエッタ姫以外に目はいっていない。 唯一人、違和感に気付けたのは興味なく手元の本に視線を落としていたタバサだけだった。 夜の帳が落ちる頃、再びワルド子爵はその場に現れた。 それは自身に恐怖を与えた存在を探る為に。 明らかに相手は自分を誘い出そうとしている。 だが、彼はあえてその挑発に乗った。 昼間のような状況で奇襲を受ける危険を考えれば、 多少の事があろうと敵の存在を計るべきだと判断したのだ。 「よう。待たせたな」 張り詰めた空気を放つワルドに親しげに話しかける声。 振り返った先にいたのは奇妙な服装をした見覚えの無い黒髪の平民。 しかし、薄暗闇の中から現れた男の視線にワルドは覚えがあった。 殺意を滾らせた獰猛な獣の眼。よもやそれがただの平民のものだったとは……。 手に掛けた杖から手を離し、彼は下らなそうに笑みを浮かべた。 その刹那、空気が弾けた音が周囲に響く。 「真面目にやれ。でなきゃ……死ぬぞ」 緊張が解けかけた直後、ワルドの前髪を揺らす風。 それは魔法ではなく、目の前の男が放った拳圧によるもの。 顔が確認できる距離とはいえ、互いの間は3メイルは離れている。 今の拳を、もし腕にでも受けていれば枯れ木でも折るように砕かれていた。 男の危険性を理解しワルドは再び杖に手を伸ばして引き抜いた。 メイジであろうとなかろうと眼前の敵の脅威に変わりはない。 その確信が彼から慢心を削ぎ落としトリステイン最強のメイジへと変える。 だが、そうではなくては困る。 ただワルドの命を狙うだけならば不意を突き、 未知の技術である剄を駆使して戦えば負ける事はないだろう。 梁が望んだのは互いの全力を尽くして戦う死闘。 「何故、僕を狙う? 恨みかそれとも誰かに雇われたのか?」 見た事のない構えを取る梁にワルドは問う。 魔法衛士隊の隊長となれば内外を問わず多くの人間から怨み妬まれる。 事実こうして暗殺者に命を狙われた事もあった。 しかし相手に杖を抜く時間を与える相手は初めてだ。 そして意図を理解できぬワルドに返された答えは意外な物だった。 「お前が強そうだったからだ」 「何を…?」 「相手が強いと知れば手合わせてしたくなる。 どちらが強いか確かめたくなる。全力を以って戦いたくなる。 ……お前にあるだろう、そんな気持ちが」 それは決して消せない格闘家の性。 世界が変わろうと決して揺るがない。 ただひたすらに強さを追い求めて道を突き進む。 ワルドとてそれを笑い飛ばす事は出来ない。 かつて彼が憧れた貴族達も、そんな下らない理由で決闘に赴いた。 それは失われた過去の栄光の記憶。 だが、この男は尚もそれを守り貫き通しているのだ。 なんという純粋なる意思と覚悟だろうか。 「……もしも僕が応じなかったらどうするつもりだったんだ?」 「そうだな。その時はお姫様でも襲って無理矢理にでも引っ張り出すか」 「なるほど。となれば魔法衛士隊の隊長として放置しておく訳にもいかんな」 楽しげに冗談を交わした時間も一瞬。 殺気を纏わせて向かい合う両者に言葉は要らない。 あるとすれば、それは唯一つ。 「トリステイン王国グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」 「西派白華拳最高師範、梁」 互いの名を心に刻み付けるかの如く名乗り合う。 これからの死闘を未来永劫忘れる事なきように、 たとえどちらかが倒れようともそれを誇りとする為に。 「参る!」 その言葉を発したのどちらだったのか、 あるいは両方だったのか、戦いの幕はその一言で開かれた。 神速の域に達しているであろう梁の踏み込みをワルドは迎え撃つ。 『閃光』の二つ名を持つ彼の戦い方は意外にも守勢にある。 相手の動きを見、その手を窺い、万全を期して彼は攻勢に打って出る。 迂闊に動けば実力の劣る敵にさえ倒される事があると熟知しているが故の戦法。 そして、何よりも彼には相手よりも遅れて発そうとも間に合う『速さ』がある。 相手の詠唱を見極め、それに先んじて魔法を完成させる。 それでは如何なるメイジでさえも敵う筈はない。 仕掛けた瞬間、己が何をされたかも分からずに打ち倒されるだろう。 しかし至近から放たれた寸打をワルドは驚愕と共に避けた。 切り返すべき隙などない。続け様に放たれる連打を辛うじて凌ぐ。 絶対の自信を持つ速度において同等あるいは凌駕する相手と杖を交えた事はない。 困惑を押し殺し、彼は梁師範を引き離そうと背後に跳躍した。 だが、それこそが梁師範の狙い。 着地と同時に避けようのない剄での一撃を放ち勝負を決める。 両手で印を結び、剄の呪文を口にする。 「煉精化気煉気化神…」 追撃をせずに足を止めた梁師範に違和感を感じつつも瞬時にワルドはルーンを紡ぐ。 先に完成したのはワルドのエア・ハンマー。 内気より剄を練り上げる動作は彼から見れば致命的な隙。 互いの立場は逆転し、未だに詠唱を続ける梁師範に空気の塊が襲い来る。 受ければ完全武装の兵士とて昏倒せしめる威力を秘めたそれと、 真っ向から梁師範の掌底が激突する。 「破ッ!」 破裂するような衝撃音と巻き起こる風。 自身の魔法が徒手で打ち砕かれた事実にワルドは凍りついた。 それも見えない筈の一撃をああも事も無げに…。 ワルドの疑念は確信へと変わった。 この平民は魔法ではない“何か”を有していると。 (危ねえ危ねえ……死ぬかと思った) 睨むのにも似た視線を浴びながら、悟られぬよう梁師範は動揺を隠し通す。 まさか先に魔法を打たれるなどとは思いもよらなかった。 そもそもルイズしか比較対象がいなかったのだから仕方ない。 見えない攻撃を受けれたのもライフルと対峙した時のように、 杖の先端と放たれるワルドの殺気から判断しただけだ。 運が悪ければ、ここで敗れていてもおかしくなかった。 呼吸を整えて梁師範は再び剄を練り上げる。 だが、それ今しがた放った打透剄ではない。 己が両手に剄を纏わせて武器と変える西派の基本。 魔法を詠唱させる隙を与えれば確実に敗北する。 互いの手を知らない者同士とはいえ引き出しの多さは恐らく向こうが上。 まるで中国でのペドロ達の戦いを真似るように彼はワルドの懐へと飛び込んだ。 引き離そうとするワルドと喰らいつく梁師範。 その合間に放たれる両者の攻撃は互いに必殺。 ワルドのエア・ニードルが拳法着を掠めれば、梁師範の手刀が羽帽子に切れ目を入れる。 返しで見舞われた蹴りを避けながらワルドは舌打ちした。 分が悪い。相手が両手足使えるのに対して、こちらは杖一本。 それ以外の部位で受けようとすれば容易く切り落とされるだろう。 気迫の込められた一撃を前に、防衛本能がそう告げていた。 魔法を使わせぬ為、杖を狙ってきているのは分かっている。 だからこそ、今まで一撃もマトモに受けずに済んでいるのだ。 このままでは持久戦……体力勝負ともなればどちらに転ぶかは分からない。 平民相手に負けたとなれば自身の名誉は傷付くだろう。 何よりもワルドは確実に勝つ事を是としている。 一か八かの勝負に全てを賭けるつもりは毛頭ない。 だからこそ彼は必勝の手に打って出た。 エア・ニードルを解き、彼が唱えたのはフライ。 旋風脚を放った梁師範の頭上を飛び越えて、彼は寮塔の上へと降り立った。 「悪いがこれで勝負を決めさせて貰う」 詠唱するのは彼の持つ魔法の中でも高い殺傷力を持つライトニング・クラウド。 放たれた雷雲は如何なる強者であろうとも避け難い。 ここは決して拳足の届かぬ場所。 仮に駆け上がって来れたとしても魔法の完成には間に合わない。 故に、絶対の安全地帯とワルドはそう思っていた。 しかし、彼は知らない。 梁師範が手足に纏わせていた剄を放てる事を、 フライで頭上へと逃れた直後から彼が呪文を唱えていたのを、 そして今ワルドがいる場所は彼にとっても絶好の距離だという事実を。 「三華聚頂天花乱墜…」 組まれた印を中心に、体を巡る膨大な内気が剄へと変化し収束していく。 西派の中でも知る者は限られている究極の奥義。 剄を破壊力に変えるという一点においてこの技を超える物はない。 一度放てば体力を消耗し立ち上がる事さえままならぬ諸刃の剣。 故に必殺必倒。この技が放たれたのならば、そこには勝利か敗北しかない。 ワルドの眼が驚愕に見開く。 足元で構える男の両の掌が太陽の如き眩き光を放つ。 それこそが魔法ではない“何か”の正体だと彼が確信した直後。 「百歩…神拳ッ!!」 眼下より放たれた一条の光がワルドもろとも寮塔を貫く。 その刹那。寮内に響き渡った轟音が寝入っていた生徒達に危急を報せた。 前ページ次ページゼロの武侠