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第二話 白のアルビオン 前ページ次ページゼロの影 翌日ワルドがミストバーンに手合わせを申し込んできた。伝説のガンダールヴの力を試したいらしい。 彼もワルドの力を見たいためあっさり了承した。ワルドが杖を構えるが彼は武器を持たないままだ。 「剣は?」 「不得手だ」 「いいから使いたまえ。何事も慣れだよ」 彼が地に刺していたデルフリンガーを引き抜くとワルドが疾風のごとき速度で突きを繰り出しつつ呪文を紡ぎ出していく。 詠唱が完成し、巨大な不可視の槌が横殴りに彼を吹き飛ばした。風に身をゆだねるようにふわりと着地する。 「君では僕に勝てないようだね」 せっかくワルドが格好つけて挑発したのに彼は全く聞いておらず、デルフリンガーを眺め首をかしげている。 まだ本気を出していないと知ってワルドは続けようとしたが、ルイズが必死に止める。 機嫌を取っておくべきだと判断したのか、肩をすくめると去ってしまった。 その後部屋のベランダに佇んで月を眺めているミストバーンへ、ルイズが声をかけた。 「あんたの世界では月が一つなんでしょ?」 「正確には、私の暮らす世界の上で見られる」 帰りたいという熱は感じられなかったが、見せようとしないだけだろう。言ったところで今の彼女にはどうしようもないのだから。 月のように冷たく凍えた光を放ち、決して手の届かぬ存在だと思わせる姿。 「この任務が終わったら帰る方法を探すわ。もし、もし帰れなかったら……」 そこから先は言えなかった。彼の表情がかすかにゆがんだためだ。 「……お前には必要としてくれる者がいるのだろう」 アンリエッタやワルドのことを言っているのだろう。ルイズは頷いたが、慌てて言葉を吐きだした。 「わ、わたしだってあんたを――」 「お前は私を必要としていない」 今ここにいるのは自分でなくともかまわない。戦う者として役に立てば、強ければそれでいい。それならば代わりの誰かで十分だ。 彼の心の言葉が流れ込んでくる。否定するより先に彼が口を開く。 「だが、大魔王様は忌み嫌っていた私の能力を……他でもない、この私の力を必要としてくださったのだ」 (本当に大切な“ご主人様”なのね) 悔しくてたまらなかった。この青年に少しでも認められる日など来ない気がしたためだ。 そして決意する。 (あんたはわたしが責任持って送り返すんだから……!) 意気込んだ彼女は、胸に沈みこむ言葉の中にふとひっかかるものを覚えた。 「能力を? それってまるで――」 道具だ。彼自身の心などどこにもなく、必要とされていないような言い草だ。 言葉を続けられぬルイズに対し、ミストバーンはためらいなく頷いた。 「そうだ。私はあの御方の道具……お役に立てるならばそれでいい」 自身をも道具と言い切る口調は誇らしさに満ちている。それは力を必要とされている、認められているということだから。 ただの使い捨ての道具、取り換えのきく武器ではなく、唯一無二の道具、最高の武器としての自負がある。 「確かに力を認められたいって思うけど……できればわたし自身を認めてほしいわ」 ミストバーンは意味を掴みかねたようだが、彼なりに理解した。 ルイズはルイズとして認められたがっている。力に加え魂をも含めて認めてほしいのだろう。 彼にとっては能力を必要とされるだけで十分だが、魂をも認めてくれる相手と出会えたらきっと手ごたえを感じるだろう。 切り離せず忌避してきた力か、求めても手に入らぬ力か。 力が全ての魔界の住人か、人間か。 その差が考え方の違いを生み出しているが、共感できた。根底にあるものは似ているのだから。 「あの男はお前を必要としているのだろう」 恋愛と主従関係は違うがワルドが彼女を必要としていることは確かだ。 「そう、ね。やっぱり――」 その時、巨大な影が月を隠すように現れた。岩でできたゴーレムの肩に乗っている人物は囚われたはずのフーケ。その隣に白い仮面で顔を隠した貴族が立っている。 フーケが復讐の予感に笑うと、ゴーレムの拳がベランダの手すりを粉々に破壊した。 一階に駆け降りた二人だったがそちらは傭兵の集団に襲われていた。テーブルを盾に応戦しているが、魔法の射程外から矢を射られてしまう。 やがてワルドが立ち上がり、半数に分かれることを低い声で指示した。 タバサがそれに応じ、自分とギーシュとキュルケを指して囮、ワルド、ルイズ、ミストバーンを指して桟橋と呟いた。 ルイズが何か言おうとするのをキュルケが押しとどめる。 「勘違いしないでね? あんたのために囮になるんじゃないんだから」 わかってる、と言いつつもルイズはキュルケ達に頭を下げ、歩きだした。 キュルケ達の奮闘によって傭兵達は炎に焼かれ混乱に陥った。 舌打ちするフーケに仮面の男は好きにしていいと告げ、素早く姿を消した。彼女は面白くなさそうに鼻を鳴らし、入口へとゴーレムの歩を進めた。 (まったく……得体の知れないところがあるからただの傭兵はやめとけって言ったのに) 倒す必要はなく分断すればいいということだったが、どうも仮面の男は彼らを甘く見ているようだ。 ゴーレムがどうやって倒されたかはっきりとはわからなかったため、一行の――特にミストバーンの実力をフーケも測りかねている。 まさか巨大なゴーレムを片手で殴り飛ばし、手刀で切り裂いたなどと彼女が考え付くはずもない。 「まあいいか……。あの不気味な男はいないし、借りを返させてもらうよ!」 高らかに哄笑を響かせていたキュルケがゴーレムを見て苦々しく呟く。 「どうする?」 男らしく玉砕だと唱えるギーシュへ、タバサは大量の花びらを出すよう命じた。 フーケは花弁がゴーレムに纏わりつく様子を見てバカバカしいと吐き捨てたが、異臭に鼻をうごめかせる。 花びらが『錬金』によって油に変わっていると気づいた時には炎球がゴーレムに飛び、包みこんでいた。 かろうじて命を落とさずにすんだものの、髪は焦げ煤で真っ黒だ。 「素敵なお化粧ね。普通のお化粧でもダーリンのすべすべお肌には敵わないから、ちょうどいいんじゃない、おばさん?」 フーケもキュルケももう魔法は使えない。怒りに燃える盗賊は杖を捨て、殴りかかった。 「あの顔面神経痛男より劣るですってえ!? ちょっとばかり顔と肌はきれいかもしれないけど恋愛経験はこのフーケ様の方が断然上だよッ!」 そもそも本体には性別が無いことを知らぬフーケの台詞を聞き、キュルケも負けじと殴り返す。 「そりゃ年だからでしょ!」 「違うッ! 勘だけど、あいつ絶対恋人いない歴イコール年齢だね! そんな男をダーリンと呼ぶあんたも大概――」 「あらそっちの方が燃えるじゃない! 永久凍土の心を融かす初めての女になるのよ!」 「僕は? ねえ僕の玉のようなお肌は?」 ギーシュの問いかけは二人に完全に無視された。タバサがポンと肩を叩き一言呟く。 「お呼びじゃない」 ギーシュの存在を忘れて元気に殴り合う二人であった。 その頃ルイズ達は桟橋へと走っていた。ある建物の階段を上ると丘の上に出た。そこには巨大な樹が枝を伸ばし、船がぶら下がっている。 樹の内部の階段を上っていくと彼らは後ろから追いすがる足音に気づいた。黒い影がルイズの背後に立ち、抱え上げる。そのまま地面へ落下するように敵は跳躍し、ワルドが空気の槌で打ち据える。 ルイズから手を離した男は手すりをつかんだが、彼女は落ちていく。それをワルドが階段から飛び降り抱きとめた。 仮面の男は体をひねりミストバーンの前に立った。杖を振ると空気が冷える。 魔法が、来る。 反射的に左手を振るった瞬間稲妻が彼の体を貫いた。フェニックスウィングでも完全には弾き切れなかったのだ。 「ぐああ……っ!」 駆け巡る痛みに耐えながら疾走する。後退した仮面の男に向けてワルドが杖を振ると風の槌が男を吹き飛ばし、叩き落した。 それを見たミストバーンが殺気も露にワルドに向き直る。 「何だい? 獲物を横取りしたことは謝るよ」 痛いほどの沈黙と緊張が両者の間に流れるが、そこへルイズが慌てて駆け寄ってきた。 「だ、大丈夫!?」 彼女の言葉にワルドから視線を外し、傷を確認する。左腕全体が焼け焦げ、青白い衣が無残な姿を晒していた。 それを見た彼が震え出す。 「大変、何とかしないと――」 「何と……何という失態を! わ……私のせいだあああッ!!」 「……は?」 ミストバーンはこの世界にいない主へ詫びている。完全に取り乱しているのは苦痛ではなく主への申し訳なさのせいだ。 せっかくの心配が無駄になり、ルイズは頭痛と苛立ちを覚えた。 「今のは『ライトニング・クラウド』。風系統の呪文だ」 そう説明したデルフリンガーにワルドが続けた。 「本来ならば命を奪うほどの呪文だぞ。腕だけですんでよかったな」 ミストバーンは会話を完全に無視して異世界の主にひたすら詫び続けていた。 風石を動力としている船に乗り込むとようやく気分を変えたようだ。 青空に浮かぶ白い雲の上を飛ぶなど魔界では絶対に不可能だ。魔界の空にはかすかな偽りの光と厚い黒雲しかない。 ルイズにアルビオンだと指差された方を見た彼は硬直した。巨大な陸地が空中に浮かんでいる。いくら絶大な魔力を誇る大魔王といえども同じことはできないだろう。 「浮遊大陸アルビオン。通称『白の国』よ」 名の由来は大陸の下半分が白い霧に包まれているためだ。 (この地ならば、陽光を遮るものなど永遠に現れないだろう……) 珍しく感傷に浸る彼とは対照的に船長は顔を蒼くしている。どうやら空賊が接近しているらしい。逃げ切れず、結局停船命令に従うこととなった。 太陽に祝福された地に見とれていた彼は、船倉に閉じ込められてからずっと物思いに耽っていた。 ミストバーンが傷を確認すべく袖をたくし上げ、鋼鉄の籠手を外すとルイズが悲鳴を上げた。左腕の掌から肘まで酷い火傷が広がっている。 ほとんど傷が癒えていないため再生能力もかなり衰えているらしい。 彼の顔がかげり、どんより曇った声で呻きつつ頭を抱える。 「ああ、バーン様からどのようなお叱りを受けるか……」 「何言ってんのよ! 誰か、誰か来て! 水を……メイジはいないの!? 怪我人がいるの!」 ルイズの必死の叫びとミストバーンの暗い姿で船倉内にはいたたまれない空気が充満した。ワルドが内心溜息を吐きながらルイズをなだめ、落ち込むミストバーンを励ます。 ルイズが落ち着きを取り戻し、ミストバーンが立ち直ると心の底から問いかける。 「何で君が怒られるんだい?」 「私の身体はバーン様のものだからだ」 答えてしまってから己のうかつさに気づき、顔から血の気が引いた。 この世界に着てからずいぶん警戒心が弱まっていると今更ながらに痛感した。そもそも、いきなり大勢の人間に素顔を見られ、そのまま放置せざるを得なかったのだ。 素顔を普段から隠しておけばいいのだが身に纏う衣は主から授かったもので、できれば常にその格好でいたかった。それに、額を隠すと視界が制限されてしまう。 ハルケギニアが完全に別世界であり、戻る見込みは今のところ全くないことも原因の一つだ。 だが、いくら精神的に不安定だとはいえこれほど危険な真似をしてしまうとは。 悟られたら殺すしかないため拳を握り締めるミストバーンだったが、特に引っかかってはいないようだ。 「大事にされているんだな」 勝手に納得している。安堵しかけたが、続くルイズの言葉に表情を変えた。 「バーン様と何か深い関係があるんでしょ? ミストバーンって名前で口を開けばバーン様のことばっかり。何かありますって言いふらしているようなものだわ」 反論できずに彼は黙り込んでしまった。 そこへ空賊が水とスープを運んできた。自分で応急処置をしようとしたが、動きはぎこちない。 肉体が傷ついても治す必要などなく、主の体を預けられてからは怪我をすること自体なかった。回復呪文や再生能力の存在もあり、手当ての経験など皆無だ。 見かねたルイズが布を奪い取って傷口を冷やしていくが、手つきは幾分マシな程度だ。 「慣れているそちらの男に任せればよかろう」 突然ふられたワルドは頭を抱えた。 (この男、わざと言っているのか?) 乙女心を粉々に踏み潰す言葉を聞き流し、ルイズは淡々と処置を進める。彼女の神経もかなり強靭になっているようだ。 それから空賊の頭の前に連れてこられ、貴族派につくよう勧められたルイズは一蹴した。震えながらも、頭を真っ直ぐに睨んで。 すると頭は豪快に笑い、変装を解いて本当の姿を現した。その正体はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダー。 確認を求められ、指輪を外して近づけると虹色の光があふれ出した。それはアルビオン王家に伝わる風のルビーであり、ウェールズ本人だと示していた。 ニューカッスル内の彼の居室へと向かい、手紙を受け取る。 明朝非戦闘員を乗せたイーグル号が出発することをウェールズは告げ、帰るように促した。彼の軍は三百、敵軍は五万。彼は真っ先に死ぬつもりだ。 ウェールズとアンリエッタが恋仲であることを悟ったルイズは悲痛な面持ちで叫んだ。 「閣下、亡命なされませ! 姫様は末尾で亡命をお勧めになっているはずですわ!」 「……ただの一行たりともそのような文句は書かれておらぬ」 苦しげな口調が真実を告げている。アンリエッタの名誉を守ろうとしていると知って、ルイズはそれ以上何も言えなかった。 やがて彼は最後となるであろうパーティーにルイズ達を招待した。 前ページ次ページゼロの影
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前ページ次ページゼロの双騎士 教室へ一歩踏み込んだ瞬間、教室の空気がガラリと変わったのが感じ取れた。 自分への視線が集まっている。 あるいは奇異、あるいは恐怖、あるいは不審。 人間の使い魔という時点で既に前代未聞なのだ。 更にギーシュ相手にあれだけの実力を示した後と来れば、当然の反応だろう。 とりあえず気にしないことにして、席へと向かう。 「私はどこにいればいい?」 「使い魔の席は無いんだけど…人が立ってるのもアレだしね…座ってなさい」 幸い、席には余裕があったのでルイズの隣に腰を下ろす。 こちらが平然としているので興味が移ったのか、生徒達は友人たちとのお喋りを再開していた。 周りを見ると、使い魔と思しき生き物が多くいる。 ネズミ、蛙、鳥、犬、猫などなど。 竜、サラマンダーなど大型の使い魔は流石に教室にはいなかったが。 …私もこいつらと同じ立場なのだ、と思うと少し複雑になる。 「さぁ皆さん、お静かに。講義を始めますよ」 教師と思しきローブ姿の女性が入ってきた。 「皆さん、春の使い魔召喚は無事成功したようですね。 私は、毎年生徒達の使い魔を見るのを楽しみにしているのですよ」 慈愛に満ちた目で教室内を見回す。 教師に向いた人格者のようだ。 ふと、私の方へ目を向けたところで視線が止まる。 「随分と変わった使い魔を召喚したようですねぇ、ミス・ヴァリエール」 別段悪意のある口調ではなかったのだが、そこで生徒が茶々を入れる。 「ゼロのルイズ!召喚に失敗したからって剣士だかメイジだか分からん妙なヤツを連れてくるなよ!」 「私はちゃんと召喚したわよ!」 「嘘つけよゼロのルイズ!魔法を失敗してばかりのお前だ、サモン・サーヴァントだって出来ないに決まってる!」 教室内に大きな笑い声が起こった。 「ミセス・シュヴルーズ!かぜっぴきのマリコルヌが私を侮辱しました!」 「事実を言って何が悪い!それに僕はかぜっぴきじゃない、"風上"のマリコルヌだ!」 「アンタの鼻声は風邪引いてるようにしか聞こえないのよっ!!」 全く、ルイズももう少し悪口を受け流すことを覚えるべきだな。 しかし他人を笑いものにしている人間を見るのはやはり不愉快だ。 相手の成長を促すためにあえてキツい言動を取るとかいうならまだしも、この言葉にそんな意思は毛頭感じられない。 「…ククッ、浅い男だな」 「何だと!?平民が貴族に向かって何と言った!」 ほら、また乗ってきた。 ギーシュという小僧もそうだったが、貴族のボンボンはこうも沸点が低いのか。 あぁ、そういえばルイズもプライドばかり高い子供だな…などと考えつつ、言葉を継いだ。 「貴族?それが何だと言うのかね。 君が貴族であることに関して、君はどれほど寄与したと言うのだ? 君の貴族の称号は君自身の力でもぎ取ったものか?違うだろう。 敬意を払われるべきは貴族の称号を手に入れた君の先祖であって、君自身ではない。 大体、地位や家柄を尊んでいる時点で君の考えはズレている。 尊ぶべきは地位や家柄に相応しい人間であるよう努力することだろう。 翻って君の行いはどうだね? 他者を貶めて笑いものにしている。それも、年端も行かぬ少女を相手に、だ。 君はそれが貴族とやらの正しい在り方だと思うのか? 貴族の称号を手に入れた君の先祖に対して恥ずかしくない行いだと、胸を張って言えるかね? …君もだぞルイズ。他人を侮辱しても自分が貶められるだけだ」 『うっ…』 二人揃って口を噤んだ。 全くの正論、まともな良心と倫理観を持っていれば言い返せるわけがない。 子供相手にここまで言うのは少々大人気ない気もしたが…これは言わねばならぬことだと思った。 子供の規範になることは大人の義務だ。 ふと、かつて向けられた憧憬の視線がフラッシュバックした。 あれはキャンベル征服を成し遂げた時の事だったろうか。 町長の屋敷に本営を置いて宿泊した際、身の回りの世話をしてくれた少年に、こんなことを言われたのだ。 『パルパレオス将軍!僕もいつか将軍のような強い男になりたいんです!』 男なら誰しも幼心に感じるであろう強さへの憧れ。 それを色濃く映し出した憧憬の視線は、私には余りに眩しすぎた。 憧れを向けられるには、私は血に塗れすぎていたからだ。 強さとは、剣の腕や魔法の才能のことを言うのではない。 決して折れぬ心、他者を思いやることのできる心の力を言うのだ。 ―お前ならきっとできる。強い男になれ― 彼がいつかそれに気づいてくれることを願いながら。 自分のようにはならないで欲しいと願いながら。 私は、少年の憧憬に応えた。 あれから数年、あの子はどんな風に成長しただろう…。 「…感服しました。ミス・ヴァリエール、貴方の使い魔は見事な見識をお持ちですね。 貴族ではないようですが、貴族よりも貴族らしい考えを持っている。 ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ以外も、彼の言葉をよく肝に銘じておきなさい。 学ぶことは多いはずですから」 「しかしミセス・シュヴルーズ!ルイズのゼロは事実ですが僕が言われたことhガボッ」 唐突に途絶えた言葉。 見れば、マリコルヌの口が赤土で塞がれている。 「…貴方はそのまま講義を受けなさい、ミスタ・マリコルヌ」 マリコルヌに杖を向けたシュヴルーズが冷たい声で言い放った。 …彼女は怒らせない方が良さそうだ。 パルパレオスは背筋が寒くなるのを感じながら心に刻んだ。 「さて、講義を始めますよ」 +++++ 「改めて、私は"赤土"のシュヴルーズ。本日から一年、このクラスの土系統の講義を担当します。 ミス・ツェルプストー、四大系統はご存知ですね?」 「もちろんですわ。四大系統とは『火』『水』『土』『風』のことですわね」 「その通り。この四つのうち、土系統ほど人々の生活に密着したものはありません。 例えば金属の精錬。これは土魔法によって行われているものがほとんどです。 あるいは石材の加工。これも土魔法を使うことで、かかる労力と時間は大幅に削減できます。 農業にも土魔法は使われています。これで土壌改善を行うことで、収量にも野菜や果実の質にも雲泥の差が生まれるのです」 (何と…) パルパレオスは素直に感心していた。 彼は、異郷へやってくることになってから、この土地の文化や歴史を学ぶ機会はこれまでほとんど無かったのだ。 まさか、魔法がこのような使われ方をしているとは。これは、オレルスでは有り得ないものだった。 オレルスにも魔法は存在したが、ハルケギニアの系統魔法ほど生活に密着したものではなかったのだ。 魔法医療は発達していたが、他は大抵が軍事転用が前提の魔法だった。 最も、魔法医療も多くは軍事に使われていたのだが。 オレルスの魔法は、系統魔法のように金属の精錬や資材の加工などはできない。土壌改善など言わずもがなである。 この世界では恐らく、工業や農業といった主要産業の代わりに魔法が発達したのだろう。 確かに工学よりも遥かに容易に済みそうだ。 最も、魔法で物を作るとなると、製品の精度は術者の技量や感性に依存することになる。 同じものを大量に作り出したりするのは難しいだろうから、そこから機械工学へ発展させることは難しいかもしれない。 オレルスには、格段に発展しているとは言えないまでも、機械工学は存在していたのだ。 特に帝国では軍事転用のために研究・開発が盛んに行われていた。 魔法使いは数が限られているし、戦争に出れば死者も出る。 先天的な才能に左右される上、戦力になるまで訓練するにも時間がかかるため、補充が利きづらいのだ。 そのため、カタパルトやランチャーなどの機械兵器が生産された。 運用次第で魔法以上の威力を発揮できるその火力を見込まれて制式採用されていたのだ。 さほど発展していないためサイズも重量も大きく、動かすのに相当な労力と時間が要るのが難点だったが。 そのため、移動式は少なく陣地・要害に設置する形式の砲戦力(迎撃砲台)が多かったのだが、それは余談である。 ともあれ、こういう特徴を持って発展してきた以上、メイジが社会的絶対優位を確立したのは当然のことかも知れない。 それが正しいかどうかは別にして、だ。 「…このように、土系統は万物の組成を司り、様々な形で人々に恩恵をもたらしているのです さて、講義はこの辺にして実技に移るとしましょうか。 今日は土系統の基礎、『錬金』の魔法を練習します。まずはお手本を見せましょう」 そういって懐から取り出した小石に向けて杖を振りながら魔法を唱える。 見れば、ただの石ころだったはずが黄色く光っている。 「まさか…ゴ、ゴールドですか!?ミセス・シュヴルーズ!」 キュルケが目を丸くして驚いている。 金にしては少々色合いが薄く見えるが。 「いいえ、ただの真鍮ですよ。金はスクウェアクラスのメイジにしか錬金できません。 私はトライアングルですからね」 少し恥じ入ったように言うが、大したものだとパルパレオスは思った。 錬金の魔法はさほど長い詠唱ではない…というか、ほとんど一言だ。 たったあれだけで、ただの石ころを真鍮へと変化させてしまった。 ハルケギニアの系統魔法がいかに便利か、その一端を肌で感じた。 しかし、スクウェアとかトライアングルとか言うのは何だ…? いや、図形というのは知っているが、それでは意味が通らない。 そうルイズに聞いてみた。 「メイジが高度な魔法を使う場合、複数の系統を同時に操って掛け合わせる必要があってね。 いくつの系統を同時に使う必要があるかが魔法の等級や難易度を示すわ。 例えば火の攻撃魔法を使う時ね。 『着火』の前に『油の錬金』という工程を加えればより強力な炎を作れるでしょう? 『油の錬金』を二度行って、より純度の高い油をより大量に作れば、もっと強力にできるわね。 前者は火と土の二系統だからラインクラス、後者は火、土、土でトライアングルクラスの魔法になるわ。 いくつの系統を同時に使えるかがメイジの等級を表すの。 系統を一つしか使えないならドット、同時に二つ使えるならライン。 三つでトライアングル、四つでスクウェアと呼ばれるの」 理路整然としていて、しかも分かりやすい。 ふむ、ルイズは少なくとも座学は優秀なようだ。 「ミス・ヴァリエール、講義中の私語はおやめなさい。 そんなに暇なら、貴方にやってもらいましょうか」 「え…私がですか!?」 「そう、貴方ですよ。この石を好きな金属に錬金してみなさい」 …説明を頼んだせいでルイズが当てられてしまったか。 ちょっと可哀想なことをした。 当のルイズは、何やらためらっているようだ。 「どうしたルイズ?私も君の魔法を見てみたいのだが」 そこへ、キュルケが困ったように口を開く。 「あの…ミセス・シュヴルーズはこのクラスを受け持つのは初めてでしたよね? 危険ですから止めた方がいいと思いますけど…」 キュルケの言葉に何故かクラス中が頷く。 危険とはどういうことだ? 便利な魔法ではあるだろう、しかし危険とは程遠い魔法に見える。 「錬金の何が危険だと言うのです? さぁミス・ヴァリエール、失敗を恐れずやってみなさい」 「…やります」 ルイズの顔には強固な意志が見てとれた。 いや、意志というより意地のようにも見える。 キュルケに止められて逆にやる気になったのか? しかし、キュルケは何をしているんだ?机の下に潜りこんだりして…。 諦めたような表情が浮かんでいる。 見れば、他の生徒も同じようなことをしていた。 そんな様子に気づかぬシュヴルーズは、教壇の前まで来たルイズを促す。 「さぁ、錬金する金属を強く思い浮かべて魔法を唱えるのです」 「はい…錬金!」 その瞬間。 轟音が鼓膜を揺さぶった。 濃い黒煙が教室を包む。 「な、何が起きた…!?ゲホ…ゲホッ!」 煙を吸い込んで咽てしまう。 なんだこの煙は…?異常に濃い…! ただの煙ではない。 使われていない部屋で壁や床を思い切り叩いた時に舞った埃を吸い込んだような感覚。 …まさか、あの石が完全に粉砕されたのか? それほどまでに凝縮されたエネルギー…。 一つ、心当たりがあった。 オレルスにおいて既に忘れ去られた闇の力。 万物を押し潰し、破壊し、灰燼へ帰すエネルギー。 『暗属性』と呼ばれる技・魔法の結果に、それは酷似していたのだ。 フェニックスが司る『聖属性』と対を成すとされる暗属性を、パルパレオスはかつて見たことがあった。 神竜王アレキサンダーが放った「天空の裁き」と呼ばれる雷である。 雷の形を取っていたが、その力は雷と呼ぶには余りに禍々しく、破壊力は比べ物にならなかった。 直撃を避けるためとっさに避雷針代わりにしたバスタードソードは、黒い塵と化して跡形も無く破壊された。 折れたのとも壊れたのとも違う。文字通り「黒い塵になった」のだ。 さっきの小石と全く同じである。 …そうだ、ルイズは!? 「ルイズ!無事か!?」 教壇へ目をやると、煤けた姿のルイズが平然と立っている。 「…ちょっと失敗しちゃったわね」 こともなげに言うところを見ると、怪我はしていないようだ。 あれだけの爆発が一番近くで起こったのに、この教室で一番元気そうにしている。 シュヴルーズは吹っ飛ばされて気絶しているし、他の生徒も多くが目を回している。 爆発に驚いた使い魔たちも騒ぎ出していたが、そちらは殺気をぶつけてとりあえず黙らせておいた。 「ケホ…ケホッ、全く、だから言ったのに…あぁもう、服も髪も煤だらけじゃない!」 何とか机の下から這い出してきたキュルケに医療担当者を呼ぶよう頼んでから、私はルイズと共に他の者を起こしにかかる。 ―パルパレオスが初めて見た『虚無』の魔法であった― +++++ 前ページ次ページゼロの双騎士
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前ページ次ページゼロの答え 「うぅ、腰が痛い……」 そう呟きながらルイズは街を歩いていた。 なにせ馬に乗ったことはあるものの、あんな速度で走り続けた経験はない。 なのに初めて馬に乗った上にルイズ以上の速度で駆っていたデュフォーは平然としていた。 恨めしげに横目で睨むものの、文句は言えない、馬で行こうと言ったのは自分である。 まさか初めて乗る馬ですら、あんな完璧に扱うとは思っていなかった。 そのデュフォーはというと、初めて街にきたはずなのにルイズの先を歩いていた。しかも迷いなく。 「ちょっと待ちなさいよ。あんた武器屋の場所わかってるの?」 「お前、頭が悪いな。武器屋はどこだ?の答えも出せるからアンサー・トーカーだろ」 ルイズはその場で深呼吸をして怒りを静めた。街中でキレるわけにはいかない。 「ふぅ……ま、まあそれはいいとしてスリには気をつけ」 ギロリ。そう言いかけた所でデュフォーが横を睨んだ。 「きゃっ!な、なによ急に?」 デュフォーが睨んだ方を見ると一人の男が恐れをなした表情でこそこそと退散するところだった。 「……もしかして今の」 「スリだ」 「……あっそ」 その後、数回同じことがあり、デュフォーに対してスられる心配は杞憂だったとよくわかった。 そうこうしている内に武器屋にたどり着いた。本当に場所がわかっていたことに今更ながらルイズは驚いた。心底得体の知れない使い魔だと思う。 武器屋に入るとルイズはまず店の主人のところに向かった。一方デュフォーはちらりともそちらを見ず、乱雑に積み上げられた剣のところに行った。 そして主人とルイズが話している間にその中から一本の大剣を掴み出した。 「おでれーた!いの一番に俺を選ぶなんていい目をしてるじゃねーか坊主」 デュフォーが掴み出すと同時に剣が叫んだ。が、デュフォーはまったく動じず、まだ話をしている最中のルイズと主人のところへ持ち込んだ。 「おいおい無視すんなよ。てかその体で俺を扱えんのか?悪いことは言わねぇからもっと体に合った武器にしろよ。いくら俺が名剣でもよー」 「ルイズ。この剣でいい」 「へ?ってあんた何勝手に決めてるのよ!それになによその剣は!錆が浮いてボロボロじゃない!みっともない!」 「若奥さまの言うとおりですぜ。そんな剣よりもっと良い剣がうちには」 「この剣以上の物はないだろう?」 「へへっ、その通りだぜ。だけど坊主、お前の体じゃ俺を扱うのはちーとばかし……」 そう剣が喋ったところでデュフォーが左手を見せた。 「これなら問題はないだろ」 「おでれーた!おま『使い手』か!流石俺を一目で選ぶだけのことはあるぜ!俺の名前はデルフリンガーだ。これからよろしくな、相棒!」 何かに引っかかったのかぴくりとデュフォーの眉が動いた。だがデュフォーが口を開くより早くルイズが怒鳴った。 「だーかーらー、勝手に話を決めるなって言ってるでしょうが!何よ、その変なインテリジェンスソードは!」 しかしデュフォーと変な喋る剣は一向に話を聞こうとしない。疲れた溜息を吐くとルイズは主人に告げた。 「……あの剣はいくら?」 「へぇ、あれなら百で十分でさ」 デュフォーはルイズの財布を懐から出すと、その中からきっちり百枚をカウンターに置いた。 「毎度」 鞘に入れられたデルフリンガーをデュフォーは受け取った。肩から提げるようにして身に着ける。 そんなデュフォーを横目に主人とルイズが話をしていた。 「若奥さま。俺がこういうのもなんですが下僕の躾はちゃんとしたほうがいいですぜ」 「……できるならとっくにやってるわよ」 こうして無事(?)目的の剣を購入し、店から出て、学院へと戻るデュフォーとルイズ。 その様子をキュルケたちが見ていた。 「ふふっ、これはチャンスね。あんな剣よりもっと良い剣を買ってあげれば一気に好感度アップよ」 「それはないと思う」 「む、何でよタバサ」 「彼、まったく迷いもせずにあの剣を選んでた。きっとよっぽど気に入ったんだと思う。他の剣をプレゼントしてもあれ以上に気に入られる可能性は低い」 「う、そう言われると。……うーん、確かにあなたが言うとおりね、他の剣を贈っても気に入られなきゃ意味がないわ」 そう言うとキュルケは大きく溜息をついた。せっかく親友に無理やり付き合ってもらってまで街にきたのに収穫は何もないのだ。 タバサごめん、と謝るとキュルケは学院に帰ることにした。勝負は夜だと考えて。 寮に帰るとすぐにルイズはベッドの上でうつ伏せになって枕に突っ伏した。帰りも行きと同様に馬に乗ってきたため、更に腰を痛めたらしい。 患部に水でぬらしたタオルを置いて冷やしてながら恨みがましい目でデュフォーを睨みつけていた。 だがデュフォーはそんなルイズを無視して、さっそく鞘からデルフリンガーを抜いて話しかけた。 「おい」 「なんだ相棒?」 「いつまでその姿でいる気だ」 「は?何言ってんだあいぼぐっ!」 デュフォーは問答無用でデルフリンガーを石造りの壁に叩き付けた。 「思い出したか?」 「いきなり何しや―――」 再び壁に叩きつける。 「思い出したな?」 「は……はい。思い出しました……」 「そうか、なら次だ。ガンダールヴという名前に聞き覚えは?」 「ん、あー……なーんか頭の隅に引っかかる名前だな」 それを聞くとデュフォーは呆れた表情になった。 「……忘れていることが多すぎるな。仕方がない、思い出させてやる」 「お、おい、ちょっと待てよ、相棒。ら、乱暴はよ……」 「この角度で強い衝撃を与えると思い出しやすい」 しばらくの間、金属を石に叩きつける音とデルフリンガーの悲鳴が響いた。 ―――そして小一時間後。 「思い出したな?」 「あ、ああ。ばっちりだぜ相棒……だからもう石に叩きつけるのはよして……お願い……」 ボロボロになったデルフリンガーがそう懇願するのを聞いてデュフォーはこう告げた。 「なら早く元の姿に戻ったらどうだ?」 「わ、わかった。今すぐ戻るぜ!だ、だから岩に叩きつけるのはもう勘弁して……」 デルフリンガーがそう叫ぶと、突然その刀身が光り出した。 そして光が収まるとそこには錆の浮いた大剣ではなく、まるでたった今、研がれたばかりのように光り輝く大剣があった。 「これがほんとの俺の姿さ。ど、どうだい相棒、おでれーたか?」 多少びくびくしながらデュフォーの反応を見るデルフリンガー。だがデュフォーは無反応。 「くぅ~。相棒、そんなんじゃガンダールヴとしちゃ役立たずだぜ!良く聞け!ガンダールヴの力はな」 「心の震えで決まるんだろう」 「なっ!?知ってるのか、相棒。だったら俺の言いたいことも」 「問題はない。心の力を込めることなら慣れている」 「へ?慣れてるってどういうこった」 「他に言いたいことはあるか?」 「いやだからちっとは俺の話を……」 「ねえ、デュフォー。さっきからあんたがこの剣と喋ってるガンダールヴって何?」 デルフリンガーの言葉をさえぎるようにしてベッドの上からルイズがデュフォーに話しかけた。 「名前なら聞いたことがあるはずだが?頭が悪いから忘れてたのか?」 「っの!始祖ブリミルが使役していた伝説の使い魔の一人でしょ!それくらい知ってるわよ!わたしが聞きたいのは何であんたが『ガンダールヴ』とか言ってるのかってこと!」 「お前、頭が悪いな。俺が『ガンダールヴ』だからに決まっているだろ。この使い魔のルーン。これが『ガンダールヴ』の証だ」 そういうとデュフォーはルイズに左手のルーンを見せる。 そしてルイズに対してガンダールヴについての説明を始めた。 デュフォーの説明に対し、最初はうさんくさげな顔をしていたルイズだったが、話が進むにつれ、徐々に顔色が変わってきた。 「理解できたか?」 一通り説明を終えると、デュフォーがそう訊ねる。 「……証拠」 「お前、頭が悪いな。証拠なら」 「違う。ルーンじゃなくて、実際にそんな力を持ってるって証拠を見せて!でないと信じられないわ!」 強張った表情でそう叫ぶルイズ。 仕方ないなと言ってデュフォーはデルフリンガーを持って立ち上がった。 「ついてきて、中庭に行くわよ」 そういうとルイズはドアを開け、部屋の外に出た。 「きゃっ!?」 ちょうどデュフォーに会うためにルイズの部屋の前に来ていたキュルケが、目の前でいきなりドアが開いたことに驚いて悲鳴を上げた。 「ちょっとルイズ!急にドアを開けないでよ、びっくりするじゃない!」 キュルケがルイズに対して文句を言うが、ルイズはそちらを向こうともせず表情を強張らせていた。 それに訝しげな表情を浮かべるキュルケ。だがルイズに続いてデュフォーが出てきたのを見ると相好を崩し、ルイズのことは頭から消え去った。 「あら、ダーリンじゃない。こんな時間に部屋から出るなんて……ひょっとして私の部屋に来る気だったとか?」 デュフォーは違うと一言でキュルケを切って捨てるとルイズの後を追った。 前ページ次ページゼロの答え
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前ページ次ページゼロの賢王 ポロンの両の手から放たれた閃光の炎刃は一瞬にして7体のワルキューレを粉砕した。 それでもなお、勢いは衰えずにギーシュの方へと向かう。 「う、うわああああ」 ギーシュが叫びながら蹲ると、炎刃は頭上スレスレを通過した。 背後で観戦していた生徒たちも慌てて道を開けると、炎刃はそのまま地面へ直撃して爆発炎上を起こす。 ギーシュは恐る恐る後ろを見た。 すると、そこには大きく抉れ、まるで草刈りでもしたかの様に刈り込まれた地面があった。 (ハァ・・・ハァ・・・。何だあれは?あんなものが直撃していたら僕は・・・) ギーシュは戦慄する。 そして、今まで見下していた目の前の存在に恐怖を覚えた。 (べ、別々の系統魔法を合体させた・・・?だ、だがそれにしては何だこの破壊力は!?) ハルケギニアの世界の魔法にも異なる系統魔法を組み合わせる方法は存在する。 例えば『風』と『氷』を組み合わせることで氷の矢を放ったりすることが出来る。 しかし、それはあくまで組み合わせに過ぎず、本来の威力の底上げとはならない。 仮にトライアングルのメイジが最大で100の力を出せたとして、異なる系統魔法をどう組み合わせてもこの100を超えることは出来ないのだ。 これは、メイジが基本的に1つの系統魔法を専門的に学ぶという慣例が原因の一つでもある。 メインで使用する系統以外の魔法がどうしても低くなってしまう為、他の系統の魔法を組み合わせても能力の底上げにはなりにくい。 その為、4つの系統を組み合わせることが可能であるスクウェアクラスのメイジでも、同じ系統を足すことで自身の魔法を強化させる道を選択することが多い。 だが、ポロンが今放った魔法は違っていた。 ワルキューレを破壊した2つの魔法。 それは、威力としてはそれぞれドットレベルの攻撃力に過ぎないかも知れない。 しかし、この2つを組み合わせることでトライアングルレベルの攻撃力にまで増幅していた。 「凄い・・・わね」 キュルケは目の前の光景に思わず唸った。 ポロンが先に使用した2つの魔法については、平民が魔法を使ったこと以外に驚く様なことではなかった。 杖を使用していない様に見えたが、彼女もまたギーシュと同じ様にそれは気のせいか隠し持っていたのだと推測していた。 しかし、今ポロンが放った魔法は別である。 「彼はラインのメイジなのかしら・・・?それにしては・・・」 「威力が強過ぎる・・・」 タバサが呟く。 その目は完全にポロンに釘付けであった。 「あ、ああ、あああああ・・・」 ギーシュは戦意を失っていた。 先程出したワルキューレ7体。 あれが今のギーシュの全力であった。 そう、ギーシュは全力でポロンを叩き潰そうとしたのだ。 それが一瞬で破壊されてしまった。 それを目の前で見てしまえば、心が折れてしまうのも無理は無い。 だが心で負けた者は、どう足掻いても相手に勝つことは出来ない。 (あ、あんなものがまた来たら・・・僕は・・・死ぬっ!?) その時、初めてギーシュは『死』というものを意識した。 これが決闘でなければ、ただの喧嘩やふざけ合いならば感じなかったであろうもの。 ポロンがギーシュへと歩み寄って来る。 その姿を見たギーシュは情けなく後ずさりながら「く、来るな!!」と薔薇を振った。 花弁が地面にはらはらと舞い落ちるが、それをワルキューレにしようという気持ちさえ湧き上がっていなかった。 ポロンの足がその花弁を踏み付ける。 ギーシュはポロンの顔を見た。 その顔は静かに、そして穏やかにギーシュを見つめていた。 「・・・おい」 「た、助け・・・」 「・・・・・・・・」 ポロンは無言でギーシュの手から薔薇を奪い取った。 「これで、俺の勝ち・・・だな?」 「・・・へっ?」 何かされるのだろうと身構えていたギーシュは少し肩透かしを食らったかの様にポロンの顔を見た。 「あ!・・・ああ。ぼ、僕の負け・・・だ」 やや間を空けてから、ギーシュは力無く言った。 その瞬間、周りの観客から次々と声が上がる。 それは、平民が貴族に勝ったことに対する不平不満、もしくは興奮。 まさに様々な声であった。 ギーシュはホッとして立ち上がろうとした。 すると、ポロンがそれを制する。 「へっ・・・?」 「敗者は勝者に何でもするって言ったよな?」 ポロンはそう言いながらギーシュを睨み付けた。 「あ・・・、え・・・?あ・・・」 「男に二言はねえって言ったよな?」 しどろもどろになるギーシュに更に言葉を浴びせ掛ける。 ギーシュの体に再び震えが起きる。 「な・・・何を・・・すれば・・・いいんだ?」 「・・・・・・・・・」 ポロンは無言であった。 ギーシュにはその沈黙すら恐怖に思えた。 溜まりかねて、ギーシュは恐る恐る訊ねた。 「あ・・・あの・・・?」 「謝れ」 「へっ?あ、あやまる?」 「そうだ、土下座して謝れ」 「あ・・・ああ・・・」 ギーシュは正座し、ポロンに頭を下げた。 「す、すまなかった・・・」 だが、ポロンは首を振った。 「俺じゃねえ。シエスタ・・・お前がさっき八つ当たりしたメイドにだ。それと・・・」 「それと・・・?」 「あそこにいるルイズにだ」 そう言ってポロンはルイズの方を指差した。 突如名前を呼ばれたルイズは吃驚して、ポロンの顔を見る。 「ぽ、ポロン?」 ギーシュはポロンに言われるがまま、ルイズの元へ向かい跪く。 そして両の手を地面につけ、頭を下げた。 それを見て、ルイズは更に驚いた様な顔をする。 「え?ええ!?」 「ミス・ヴァリエール・・・この度の無礼の数々、本当にすまなかった。 許してくれ・・・。この通りだ!!」 ギーシュが地面スレスレまで頭を下げるのを見ると、ルイズもどうしていいか分からず、 「も、もういいわよ!」 と言ってその場から去ってしまった。 ギーシュはルイズが去った後もその姿勢を崩さずにじっとしていた。 それを見て、ポロンはギーシュの元へと向かう。 そして、ギーシュの頭をポンと叩いた。 「やれば出来るじゃねえか・・・」 「・・・・・・・・・」 「いいか?自分が間違ってる時に謝るのは恥じゃねえ。ケジメって奴だ。 それを意固地になって認めようとしねえのは、それこそお前らの言う『貴族』っていう精神に反するんじゃねえのか?」 「・・・そう、だな」 「・・・今はここにはいねえから仕方ねえが、後でちゃんとシエスタにも謝れよ」 「・・・分かった」 「あと、お前が二股かけた相手にもな。なあに、女ってのは大抵何度も土下座して謝れば最後には許してくれるさ! 本当に自分に惚れてくれた女なら、な」 ポロンは2、3度ギーシュの頭を叩くと、ルイズの後を追ってこの場から立ち去って行った。 ギーシュはボロボロと涙を零していた。 それは、決して敗北故の屈辱の涙では無く、まるで親に叱られた子供が零す様な何となく居心地の悪い、 だが、決して嫌な気持ちだけではない涙であった。 (あの男の名・・・確かポロン・・・とか言ったな) その名前はギーシュの心の中に深く刻まれた。 遠見の鏡で決闘の様子を見ていた、オスマンとコルベールは互いに顔を見合わせていた。 「オールド・オスマン」 「うぅむ・・・」 「あの男が、勝ちましたね」 「・・・じゃな」 「ギーシュ・ド・グラモンは一番レベルの低いドットのメイジですが、それでも実力はラインのメイジにも劣りません。 仮に魔法を使えたとしても、平民にあそこまで遅れを取るなんて・・・」 コルベールは今見た光景を信じられないといった面持ちで見ていた。 「それに彼の魔法・・・。杖も無しに使用するなんて、最後のを除けば威力こそ低いものの、まるで先住魔法です」 「・・・いや、あれは先住魔法ではないな」 「と、言いますと?」 「ふぅむ、あの男の使用する精神力といったものか?それが根本的に我々と異なる様にわしは感じたよ」 「・・・やはり先住魔法では?」 「わしは本物の先住魔法を見たことがある。じゃからこそ、彼の魔法が違うと断言出来るよ。 それに、彼は見た通りエルフでは無く、れっきとした人間じゃ」 「・・・では『例の力』?」 「アレか・・・。じゃが、アレは言い伝えによれば武器に反応する。魔力を武器と解釈したらどうなるかは流石に分からんが、 そもそも『あの力』と彼の行ったものは全くの別物じゃ」 「確かに。ふうむ・・・」 コルベールが思案する中、オスマンは別の可能性を考えていた。 だが、そのあまりに突拍子のない考えには流石に否定しか出来ない自分がいる。 「オールド・オスマン。取り敢えず彼のことは要観察ということでよろしいでしょうか?」 「・・・ああ、そうじゃな。今のところ、彼もミス・ヴァリエールに害する行動は取っていない。 完全に安全な人物と断定することは出来んが、今すぐどうこうすることでもあるまいて」 「それに『例の力』の方も・・・」 「うむ、じゃがそれは慎重にな。もし彼が『例の使い魔』じゃということが分かれば、 彼を呼び出したもの・・・つまり、ミス・ヴァリエールが虚無の使い手ということになる。 そんなことが王宮にでも知られれば、あの子はもう普通の生活は出来なくなる。 それは学院長として・・・いや1人のジジイとしても忍びないからのう」 「・・・肝に銘じておきます」 そう言うと、コルベールはオスマンに一礼してから部屋を出た。 オスマンは水キセルを吹かし始める。 (・・・伝説の使い魔『ガンダールヴ』、のう) オスマンのその表情を隠す様に水キセルの煙が立ちこめ始めた。 ルイズの中には複雑な感情が渦巻いていた。 それは勿論、自身の使い魔ポロンのことである。 (アイツ・・・!!あんな大事なことを私に隠してたなんて!!) 先程の決闘でポロンが使用した魔法。 それがルイズの心に深く突き刺さっていた。 使い魔に隠し事をされていたこともそうだが、それが魔法なのだ。 魔法をまともに使用出来ないルイズにとっては何処か裏切られた様な気分になっていた。 「ルイズ!」 ポロンの声が聞こえる。 ルイズはこの溜まりに溜まった感情をぶつけようと振り返った。 「この馬鹿い・・・!!」 「す、すまねえ!!!!!」 「へ?」 振り返ると、そこにはポロンが頭を地面に擦り付けている姿が見えた。 あまりに唐突なので、呆気に取られる。 ポロンが悲痛な声を上げた。 「あの魔法のこと、別に隠してたわけじゃねえんだ!!ただ言う機会が無かったのと、 それと、あの教室でのお前を見てたらさ、何か言い出せなくってよ!!」 「・・・・・・・・・」 「俺が魔法使えるって分かったらさあ、教室でお前に言ったことが何か嘘になるっつーか、 馬鹿にされた様に思わすのもアレかなー?ってんで、その・・・言えなかったんだ!!」 「・・・・・・・・・」 「この通りだ!!許してくれ、ルイズ!!」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・ルイズ?」 ポロンが恐る恐る顔を上げると、ルイズは何だか泣いている様な怒っている様な顔をしていた。 「ルイ・・・」 「この馬鹿!!!!」 「ひぃっ!?」 「馬鹿馬鹿馬鹿!!!!勝手に決闘なんかして!!勝手に魔法なんか使って!!この馬鹿!!」 「す、すま・・・」 「いい!?今度からこんな勝手、絶対に許さないんだからね!?またこんなことしたら、その時は鞭打ちの刑よ!?」 ルイズの顔はまるでトマトの様に真っ赤であった。 「る、ルイズ?」 「・・・今日のところは寛大に1週間食事抜きで許してあげるわ。だ、だから早く部屋に戻って来なさい!! せ、洗濯物だってあるし、掃除だってやってもらうんだからね!!」 「・・・ああ、是非やらせてもらうぜ」 「フン!!」 そう言うと、ルイズは顔を真っ赤にさせたままツカツカと歩いて行ってしまった。 ポロンはよっこらせと立ち上がると、その様子を苦笑いで見守った。 前ページ次ページゼロの賢王
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back / top / next アオは、窓から顔を出して、空を見ていた。 日が昇り空が白みだしてくる。鳥のさえずりが耳に心地よい。 世界は変われど、夜明けは変わらず、か。 それが嬉しくて、少し笑った。 自分をこの世界に呼び込んだルイズという少女は、ベッドでだらしない格好で寝ている。 大口開けて、毛布を蹴り飛ばしている姿はヒロインとしてはどうだろう。 「ほらほら、風邪をひくよ」 姿勢を整えてやり、毛布をかけ直す。 「……ん~ちいねえさま、もっと~…むにゃ」 幸せそうな顔で寝言を言っているが、起きる気配は無い。朝早いせいもあるが、夜更けまで転がっていた彼女の眠りは深かった。 「……ああ、姉様そんなにほほをつねらないで…んにゃ…」 かと思ったら、ひきつけを起こしたように身悶える。悪夢でも見ているのだろうか。 ルイズの百面相を眺めているのもおもしろかったが、そろそろ仕事を始めようとアオは思った。 とりあえず洗濯からだったが、一つ問題があった。 水場がわからない。 当然といえば当然の事だったが、さてどうしたものかと考える。 何気なく窓の下に目を向けると、洗濯物を詰め込んだかごを持った人物が目に留まった。 写真とかでしか見たことはなかったが、あれはたしかメイドといった者ではなかったか。 「ちょうどいいや。あの人に聞いてみよう」 洗濯物を手に取ると、三階の窓から軽やかに飛び降りる。 「きゃあ!」 いきなり、目の前に人が降ってきたのだ。当のメイドにしたら、災難と言うほかない。 かごを取り落として、そのままバランスを崩して尻餅をつきそうになる だが、それよりも早く右手をつかまれ、引き寄せられる。彼女は図らずもアオの胸にほほをよせることになった。 !?!?!?!?!? 頭の中が真っ白になる。状況の変化に思考が追いつかない。 恐る恐る見上げると、見知らぬ男の顔が目と鼻の先にある。 その笑顔と青い瞳に、思わずくらっとくる。 ……これは夢? 夢なの? ならば楽しまなければ勿体ない。 彼女はゆっくりと目を閉じると、唇を近づける。 「大丈夫?」 その一言で、夢は覚めた。 「そ、それでは、あ、あなたがミス・ヴァリエールの使い魔になられたという……」 「知ってるの?」 散乱した洗濯物を一緒に拾いながら、アオが意外そうな顔をする。 「ええ、なんでも召喚の魔法で平民を呼んでしまったて、噂になってますわ」 「そうなんだ。そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名はアオ」 「変わったお名前ですね……。私はシエスタっていいます。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいているんです」 「ああ、やっぱりそうなんだ。っと、これで全部かな。はい、驚かせちゃってごめんね」 アオは謝りながら、拾った洗濯物をシエスタに手渡した。 「い、いえ、そんな。で、でもアオさん、なんで上から降ってきたんですか?」 「僕も洗濯しようとしてたんだけど、場所がわからなくて困ってたんだ」 「はあ」 「そうしたらあそこから、君の姿が見えたから」 ルイズの部屋の窓を指差し、当たり前だろうという顔で言うアオ。 この人物、思えばかならず最速で動いて、何が何でもどんな困難も叩き潰して実行する、そういう存在だった。 「ええっと、じゃあ案内しますね」 シエスタは深く考えるのをやめ、歩き出した。 このとき彼女は、ある中年の女教師から預かった洗濯物を一つ回収し忘れるのだが、それはまた別のお話である。 「うわぁ」 シエスタは目の前に広がる干された洗濯物たちに、感嘆の声を上げた。 アオがお詫びにと、こちらの洗濯物までまとめてやってくれたのたが、そのスピード、手際たるや、メイドである自分が比較にもならなかった。いつもの半分以下の時間で、洗濯が終わってしまったのだ。 「すごい! すごいですアオさん!!」 「そ、そうかな、はは」 シエスタの尊敬の眼差しに、照れるアオ。 「でもどうしましょう。こんなにしてもらったら何か御礼をしないといけないわ」 「いいよそんなの……そうだ厨房を貸してもらえないかな」 「厨房を、ですか? わりました、私からマルトーさんに頼んでみます」 「ありがとう」 アオは、にっこり笑ってみせた。シエスタの心臓が高鳴る。呼吸がとまる。 「どうしたの?」 「え、ええと、わ私、先に行ってますから!」 シエスタは両手をばたばたさせた後、顔を引き締めて駆け出していった。 ちょっと困ったような顔で、残されたアオの一言。 「……僕、厨房の場所知らないんだけど」 「朝ですよ、起きてください」 日も高くなり、まばゆい光が部屋の中に差し込んできている。 アオは、ルイズを起こそうと体を揺するのだが。 「ん~、あと五分」 なんでこういう場合、必ず五分なんだろう。 アオはそう思いながら、とりあえず毛布をはぐことにした。 「な、なによ! なにごと!」 「おはよう、ルイズ様」 「はえ?」 ルイズは寝ぼけた声でアオを見た。 「……?? ……? ……! ……!!」 徐々にふにゃふにゃだった表情が赤く染まる。覚醒と同時に、昨夜の事を思い出したのだった。 ルイズは、顔を隠そうとしてベットから落ちると、一人で壁際に追いつめられた。 首をかしげるアオ。 「い、いつからそこにいたぁ!」 アオはさらに首をかしげると、まあいいかと思って、服を手渡した。 「昨日からだよ、寝ぼけちゃってるのかな?」 「そそそそソンなことないもん」 冷静になれ、冷静になるのよわたし。 服を受け取り、ネグリジェを脱ごうとして、ルイズの動きが止まる。 「あっち向いてて!」 「いいの?」 「いいの!」 「おはよう。ルイズ」 なにやら憔悴した様な表情のルイズと部屋を出ると、声をかけられた。 「おはよう。キュルケ」 ルイズは顔をしかめ、いやそうな声で挨拶を返した。 「おはようございます」 アオも笑顔で挨拶する。 「あら、おはよう……へえ、あんたの使い魔ってほんとに人間なのね。平民を呼んじゃうなんて、さっすがゼロのルイズ」 「うるさいわね。あんたには関係ないでしょ」 赤い髪の女の子、キュルケは、ルイズの言葉を半ば聞き流し、値踏みするようにアオを見た。 「良かったじゃない、なかなかの色男で。これでブサイクだったら目も当てられないところだわ。ねえ、色男さん、あなたのお名前は?」 「アオといいます」 「アオ? 変な名前」 キュルケは、ルイズと真逆のベクトルに成長した体を揺らしながら笑うと、後ろを振り返り手招きする。 すると彼女の部屋から、真っ赤で巨大なトカゲが現れた。 「でも、どうせ使い魔にするならやっぱこうでなくちゃ。ねぇ~、フレイムー」 キュルケは勝ち誇ったように言って、その背を撫でる。 「これってサラマンダー?」 悔しそうに尋ねるルイズ。 「そうよー。火トカゲよー。見て? この尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー? って、あら? どうしたのフレイム」 自分の使い魔の様子がおかしい事に気づいて、キュルケが怪訝な顔をする。 フレイムは、アオとしばらく見つめ合ったと思うと、突然腹を見せてひっくり返った。 「フ、フレイム!? どうしちゃったの!?」 キュルケの言葉にも反応せず、硬直したように固まっている。いや、小刻みに動いてはいるが、これは……震え? アオはそっとフレイムの腹に手をのばすと、優しく撫でながら、震えるサラマンダーだけに聞こえる声でそっと囁いた。 「大丈夫、僕は君を傷つけないし、誰にも傷つけさせない。だから、ね?」 きゅるきゅる。 フレイムはアオの手を一舐めすると、お辞儀をして去っていった。 「ちょっと、フレイム? どうしちゃたのよ~」 あわててキュルケはサラマンダーの後を追いかける。 「あんた、なにしたの?」 ルイズの質問に、アオは、さあ? と首をかしげてみせた。 「ふわあ」 アオが食堂の豪華絢爛さに驚くのを見て、ルイズが得意げに言った。 「トリステイン魔法学院ではね、貴族たるべき教育を存分に受けるのよ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」 「すごいんだ」 「わかった? ほんとならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないのよ。それを特別の計らいで入れてあげるんだから感謝しなさい」 「うん、ありがとうルイズ様」 ルイズは、椅子を引きながら素直に感謝の言葉を述べるアオに少し調子を狂わされたが、まんざらでもない表情で席に着いた。 「すごい料理だね!」 アオはテーブルに並べれた、朝食にしては豪華すぎる料理に目を丸くする。 そしてすぐさま暗い顔をする。 「ど、どうしたの?」 「こんな食事が用意されてるなんて知らなかったから、僕、お弁当を作っちゃったんだ」 「お弁当?」 アオの差し出した包みを開けると、中からサンドイッチが出てきた。申し訳程度に肉や野菜がはさまれたそれは、さすがにこの豪華さの中にあっては少々、いや、かなりみすぼらしい。 「いいじゃない、あんたが食べれば」 「うん、そうする」 アオは頷いて、ルイズの隣に腰掛けた。 ルイズは最初、床に座らせる気だったが、さっきのキュルケの件で機嫌が良かったこともあり、そのまま許した。小さな肉のかけらが浮いたスープや固そうなパンの切れ端を用意していたのも内緒だ。 「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」 祈りを終え、料理に手を伸ばす。 丸ごとのローストチキンを切り分けながら、ルイズはちらりと横を見た。 隣で、もそもそとサンドイッチを食べるアオは、なぜか小動物を連想させる。 あれって、アオが私のために用意してくれたのよね。 そう思うと、少しいたたまれない。 「ねえ、アオ。それ、わたしにも一切れちょうだい」 アオは、ルイズがひるむような笑顔を向けると、はいっどうぞと、彼女の皿に乗せる。 あむっとサンドイッチを口にした途端、彼女の目が見開かれた。 やだ、なにこれ! めちゃくちゃおいしいじゃないの!! どう見ても貧相な一切れは、瞬く間に胃袋に収まってしまう。 「……ねえアオ」 「なにかな?」 「わ、わたしは、また作ってくれてもいいんじゃないかな~、て思うわよ」 もう一切れ、と催促しながら言うルイズに、アオは微笑んだ。 back / top / next
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予想外の出来事が起こると、思考は活動を停止する。 それはトリステイン魔法学院の貴族達ですら例外でなかった。 ギーシュも、ルイズも、キュルケも、シエスタも。 ただ一人、ジョセフだけが怒りに満ちた眼差しでギーシュを見据えていた。 「……何だね、これは?」 足元に落ちた手袋と、それを投げ付けた平民の老人を交互に見やりながら、ギーシュは静かに言葉を発した。 人は怒りが頂点を突き抜けると、逆に精神は平静に近付くのだという。 この人の輪に加わっている少年少女達は“真の怒り”という言葉の意味は知っていても、それを目の当たりにすることは初めてだった。 だがジョセフはその怒りを見てもなお……いや、むしろ更に怒りを掻き立てるように、口元を笑みの形に歪めた。 「その年で耳が遠くなっとるんならお先真っ暗じゃのォ。じゃあもう一回お前さんの頭でもわかるようにゆゥ~~~~~っくり言ってやろう。 わしゃあお前に決闘を挑んだと! そう言っておるッッ!!」 その言葉に生徒達は、段々と意識を現実に戻してきていた。速度は人それぞれではあったものの、それは静かな水面に小石を落として生まれた波紋のように、彼らに興奮を生み出した。 「け……決闘だッ!」 「それも、平民から貴族にだぞ!」 「有り得ないッ! そんなの見たことねェッ!」 「こいつぁ見物だぞ!?」 そして興奮は、僅かな時さえ置かずして、熱狂を呼び込んだ! 「ちょっ……ちょっと待って! そんなの私が認めないわ! ナシよナシ、そんなの無効だわ!」 人よりやや遅れて正気に返ったルイズが、懸命に間に割って入ろうとした。 が、もはやゼロのルイズ一人の叫びは、食堂にいる全員の歓喜の前には、嵐に対する蚊の羽音程度の意味しか持っていなかった。 ただでさえ体面とプライドを重んじるギーシュが、度重なる侮辱を受けて黙っていられるはずもなく。 退屈な学園生活に飽き飽きしている生徒達が、降って沸いた一大イベントを黙って見逃すはずもなく。 ルイズの言葉は、この場の誰にも届くことはなかった。 「いいだろう……平民風情が貴族に楯突く事がどういう結果をもたらすか、その耄碌した頭に叩き込んでやるッッ!! 二十分後、ヴェストリの広場に来るがいい!」 去り際に、足元に落ちていた手袋を踏みにじり、そしてジョセフの足元へ蹴り飛ばしてからギーシュは足音も荒く生徒達の輪を潜り抜けていった。 ジョセフはくっきりと足跡の付いた革手袋を手に取ると、ズボンではたいて埃を落としてから、義手に手袋を被せようとしたところで。 「こッ……この、ボケ犬ぅぅぅぅぅぅ!!!」 ルイズに臑蹴りを食らった。 「ぐぉ!? あいっちぃ~~~~~。何するんですじゃご主人様!」 蹴られた臑を押さえてぴょんこぴょんこ跳ねながら、ジョセフは形ばかりの抗議をした。 「それはこっちのセリフよボケ犬!! 何勝手に決闘なんて申し込んでるの!? 今からあたしが一緒についてって謝ってあげるから今すぐギーシュを追いかけるのよ!」 「ああ、そりゃあ無理な相談ですなあ。向こうも今更謝られたくらいで許すはずもありませんしなあ。それに……」 茫然自失、という単語をその身で表わして、ただ跪いたままジョセフを見上げているシエスタに視線をやり、ジョセフは静かに言葉を紡いだ。 「何があったのかわしゃ全く知りませんが、あのお坊ちゃんはわしの友人を侮辱した。そいつぁどう逆立ちしても許せることじゃあありませんのでな」 「だからって! 平民が貴族に決闘なんか挑んだって勝てるわけないじゃない! ドットだけれどギーシュはれっきとしたメイジなのよ!? ドラゴンにしなびたニンジンが決闘挑んでるのと同じくらいのことをアンタはしてるのよ!?」 ジョセフはルイズの懸命な主張を聞きながらも、改めて義手に手袋を被せ。そして逆に、ルイズに問い返した。 「ではご主人様は、『ゼロのルイズ』とバカにされて怒りはせんと言うのですかな? あのお坊ちゃんはそれだけのことをしたのだ、とわしは申し上げているのですが」 その言葉は効果覿面だった。 ルイズは瞬時に頭に血を上らせると、その小さな拳でジョセフのボディにストレートを叩き込んだ。 「もう知らないッッ!! アンタなんかギーシュに殺されちゃえばいいのよッッ!!」 そう吐き捨てて、ルイズは生徒達の輪を駆け抜けていった。 目端の利く連中は早速ヴェストリ広場に向かい、観戦に適した場所を取りに走っていた。これから生徒達の退屈しのぎの生贄となる老人を興味深げに見ていた生徒達は、これから数分後に生徒達が集まった広場を見て、自分の迂闊さを呪うハメになるだろう。 ジョセフはルイズに殴られた腹を軽く摩りながら、未だに呆然としたままのシエスタに手を差し伸べた。 「いやはや、災難じゃったのうシエスタ。ケガはしとらんか?」 差し出された手とジョセフを見上げていたシエスタは、やっと正気を取り戻すと、思わずジョセフの太腿にしがみ付いた。 「ジョ……ジョセフさんっ! あっ、あ、あの……! 殺されます! 今すぐ……今すぐ、ミスタ・グラモンに謝りにっ……! 私が、私が粗相したのですから、私さえ罰を受ければいいだけの話なんですからっ……!」 半ば錯乱したシエスタを見たジョセフは、シエスタと同じ目線にまで跪いたかと思うと、彼女の背に太い両腕を回し、緩く抱きしめた。 突然の行為は、突然ジョセフが決闘を挑んだ時と同等の鼓動をシエスタにもたらした。 「なぁに、心配などしてくれんでいい。わしはさっきも言ったが、経緯はどうあれアイツはわしの友人を侮辱した。友人を侮辱されて黙ってられるほど、わしは人間が出来ちゃおらんのじゃ」 力強いジョセフの腕に抱かれている今と、今日会ったばかりの自分を友人と呼んで、自分が侮辱されたからと決闘まで挑んだという事実。 シエスタの心には、まるで乾燥しきった砂漠に水を垂らしたかのように、ジョセフの存在が早く強く染み込んでしまった。 錯乱していた心も、この強い腕なら何とかしてしまうのではないか……そんな錯覚にさえ捕われて、安堵し、落ち着いていった。だが現実がそんなに甘く行かないのは知っている。メルヘンやファンタジーみたいに都合よく行かないのは、良く知っている。 けれどシエスタは、心の中に渦巻く沢山の言葉を飲み込んで。どうしても言わなければならない言葉だけを、返した。 「…………お怪我なんか……されたら、イヤです。必ず、必ず……御無事に、戻ってきてくださいっ……」 感極まってジョセフの胸に顔を埋めるシエスタを、ジョセフは優しく頭を撫でてやった。 「すまんが、ちょっと決闘する前に腹ごしらえなぞしたいんじゃが。ちょっと余り物でええから分けてくれたら嬉しいのう」 波紋で空腹が紛れているとは言え、食うと食わないとではやはり気分が違う。何より、先程食べた脂身の旨さに、粗食を続けているのがどうにもバカらしくなったというのもある。 シエスタはその言葉に、小さく吹き出して。頬に流れていた涙を袖で拭うと、勢い良く立ち上がった。 「でしたら……厨房に行けば賄いがあるはずです。私から事情を話して、分けてもらいましょう」 「おお、それは有難い。ではお言葉に甘えて御馳走になりに行くとするかの」 そう言いながらシエスタの後ろについていきながら、はた、とこれまでの演技が全部台無しになったことに気付いた。 (あっちゃー。丸一日掛けてお嬢ちゃんにわしがただのボケ老人だと信じ込ませたというのに、ついついやっちまったぁ~~~。かと言ってあんのクソガキにわざと負けるなんてシャク過ぎるわいッ。しょうがない、こうなったらヤケじゃッ) 厄介事から遠ざかる為の策略を自分の手でぶち壊した。だがたとえ本当にシエスタが一方的に悪かったとしても、自分の友人があんな扱いを受けているのを黙って見逃したら、ジョースターの人々が自分を許してくれるはずもない。 他の誰あらぬ、ジョセフ・ジョースターが許すはずもないッ! 厨房につくと、既に騒ぎはここまで到着していたことを二人は知った。 「このトリステイン魔法学院史上初めて貴族に喧嘩を売り付けた平民」であるジョセフは、異様なまでの大歓迎を以って厨房に受け入れられた。 中でも一番の歓迎を見せたのが、コック長であるマルトーだった。 えらくトッピングの多いシチューを持ってきながら、帰ってきたら何が食べたいか、と冗談半分に聞いて来た彼に、ジョセフはフライドチキンをリクエストした。 「帰って来た頃にゃ揚げたてが食べられるじゃろ。腕に選りをかけといてくれ」 ジョセフの言葉を彼一流の大口だと受け取ったマルトーの好感度が飛躍的に上がったのは、言うまでもない。 シチューを食べ終わったジョセフは、シエスタに伴われて広場へと向かう。 普段は閑散としている広場は、噂を聞きつけた学院中の生徒達で溢れており、姿を見せたジョセフに嘲笑交じりの歓声を上げた。 貴族同士の決闘は禁じられているとは言え、これは平民と貴族との決闘である。そしいて平民から挑んだ決闘を貴族が受けた以上、平民がどうなってもいいということである。 これから始まるカーニバルを期待する生徒達に、シエスタは怯えを見せたものの、ジョセフはあくまでも泰然とした様子を崩すことはなかった。 「よく来たな平民! 覚悟は済ませてきたんだろうな!?」 生徒達の輪の中心で、着替えを済ませてきたギーシュが待ち構えている。 ジョセフは悠然と立っているギーシュを見やると、帽子のつばを軽く指先で押し上げた。 「抜かすな、クソガキが。出来の悪いガキを叱るのは年寄りの仕事じゃよ」 To Be Continued →
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前ページ次ページゼロの武侠 例えるなら、それは獲物を定めた獣の気配。 万雷の歓声に紛れ、己が身を潜める確かな殺気。 気を緩めれば、瞬く間に静寂を打ち破り喉下を喰らわれる。 そんな感覚を覚えたワルドは静かに自分の杖へと手を掛けた。 誰にも悟られぬよう、されど一息で敵を迎え撃てる態勢を作り上げる。 自分の存在が伝わった事を確信して、梁師範は立ち去った。 その場に取り残されたのは状況を理解できなかったルイズのみ。 周囲を取り巻く生徒達もアンリエッタ姫以外に目はいっていない。 唯一人、違和感に気付けたのは興味なく手元の本に視線を落としていたタバサだけだった。 夜の帳が落ちる頃、再びワルド子爵はその場に現れた。 それは自身に恐怖を与えた存在を探る為に。 明らかに相手は自分を誘い出そうとしている。 だが、彼はあえてその挑発に乗った。 昼間のような状況で奇襲を受ける危険を考えれば、 多少の事があろうと敵の存在を計るべきだと判断したのだ。 「よう。待たせたな」 張り詰めた空気を放つワルドに親しげに話しかける声。 振り返った先にいたのは奇妙な服装をした見覚えの無い黒髪の平民。 しかし、薄暗闇の中から現れた男の視線にワルドは覚えがあった。 殺意を滾らせた獰猛な獣の眼。よもやそれがただの平民のものだったとは……。 手に掛けた杖から手を離し、彼は下らなそうに笑みを浮かべた。 その刹那、空気が弾けた音が周囲に響く。 「真面目にやれ。でなきゃ……死ぬぞ」 緊張が解けかけた直後、ワルドの前髪を揺らす風。 それは魔法ではなく、目の前の男が放った拳圧によるもの。 顔が確認できる距離とはいえ、互いの間は3メイルは離れている。 今の拳を、もし腕にでも受けていれば枯れ木でも折るように砕かれていた。 男の危険性を理解しワルドは再び杖に手を伸ばして引き抜いた。 メイジであろうとなかろうと眼前の敵の脅威に変わりはない。 その確信が彼から慢心を削ぎ落としトリステイン最強のメイジへと変える。 だが、そうではなくては困る。 ただワルドの命を狙うだけならば不意を突き、 未知の技術である剄を駆使して戦えば負ける事はないだろう。 梁が望んだのは互いの全力を尽くして戦う死闘。 「何故、僕を狙う? 恨みかそれとも誰かに雇われたのか?」 見た事のない構えを取る梁にワルドは問う。 魔法衛士隊の隊長となれば内外を問わず多くの人間から怨み妬まれる。 事実こうして暗殺者に命を狙われた事もあった。 しかし相手に杖を抜く時間を与える相手は初めてだ。 そして意図を理解できぬワルドに返された答えは意外な物だった。 「お前が強そうだったからだ」 「何を…?」 「相手が強いと知れば手合わせてしたくなる。 どちらが強いか確かめたくなる。全力を以って戦いたくなる。 ……お前にあるだろう、そんな気持ちが」 それは決して消せない格闘家の性。 世界が変わろうと決して揺るがない。 ただひたすらに強さを追い求めて道を突き進む。 ワルドとてそれを笑い飛ばす事は出来ない。 かつて彼が憧れた貴族達も、そんな下らない理由で決闘に赴いた。 それは失われた過去の栄光の記憶。 だが、この男は尚もそれを守り貫き通しているのだ。 なんという純粋なる意思と覚悟だろうか。 「……もしも僕が応じなかったらどうするつもりだったんだ?」 「そうだな。その時はお姫様でも襲って無理矢理にでも引っ張り出すか」 「なるほど。となれば魔法衛士隊の隊長として放置しておく訳にもいかんな」 楽しげに冗談を交わした時間も一瞬。 殺気を纏わせて向かい合う両者に言葉は要らない。 あるとすれば、それは唯一つ。 「トリステイン王国グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド」 「西派白華拳最高師範、梁」 互いの名を心に刻み付けるかの如く名乗り合う。 これからの死闘を未来永劫忘れる事なきように、 たとえどちらかが倒れようともそれを誇りとする為に。 「参る!」 その言葉を発したのどちらだったのか、 あるいは両方だったのか、戦いの幕はその一言で開かれた。 神速の域に達しているであろう梁の踏み込みをワルドは迎え撃つ。 『閃光』の二つ名を持つ彼の戦い方は意外にも守勢にある。 相手の動きを見、その手を窺い、万全を期して彼は攻勢に打って出る。 迂闊に動けば実力の劣る敵にさえ倒される事があると熟知しているが故の戦法。 そして、何よりも彼には相手よりも遅れて発そうとも間に合う『速さ』がある。 相手の詠唱を見極め、それに先んじて魔法を完成させる。 それでは如何なるメイジでさえも敵う筈はない。 仕掛けた瞬間、己が何をされたかも分からずに打ち倒されるだろう。 しかし至近から放たれた寸打をワルドは驚愕と共に避けた。 切り返すべき隙などない。続け様に放たれる連打を辛うじて凌ぐ。 絶対の自信を持つ速度において同等あるいは凌駕する相手と杖を交えた事はない。 困惑を押し殺し、彼は梁師範を引き離そうと背後に跳躍した。 だが、それこそが梁師範の狙い。 着地と同時に避けようのない剄での一撃を放ち勝負を決める。 両手で印を結び、剄の呪文を口にする。 「煉精化気煉気化神…」 追撃をせずに足を止めた梁師範に違和感を感じつつも瞬時にワルドはルーンを紡ぐ。 先に完成したのはワルドのエア・ハンマー。 内気より剄を練り上げる動作は彼から見れば致命的な隙。 互いの立場は逆転し、未だに詠唱を続ける梁師範に空気の塊が襲い来る。 受ければ完全武装の兵士とて昏倒せしめる威力を秘めたそれと、 真っ向から梁師範の掌底が激突する。 「破ッ!」 破裂するような衝撃音と巻き起こる風。 自身の魔法が徒手で打ち砕かれた事実にワルドは凍りついた。 それも見えない筈の一撃をああも事も無げに…。 ワルドの疑念は確信へと変わった。 この平民は魔法ではない“何か”を有していると。 (危ねえ危ねえ……死ぬかと思った) 睨むのにも似た視線を浴びながら、悟られぬよう梁師範は動揺を隠し通す。 まさか先に魔法を打たれるなどとは思いもよらなかった。 そもそもルイズしか比較対象がいなかったのだから仕方ない。 見えない攻撃を受けれたのもライフルと対峙した時のように、 杖の先端と放たれるワルドの殺気から判断しただけだ。 運が悪ければ、ここで敗れていてもおかしくなかった。 呼吸を整えて梁師範は再び剄を練り上げる。 だが、それ今しがた放った打透剄ではない。 己が両手に剄を纏わせて武器と変える西派の基本。 魔法を詠唱させる隙を与えれば確実に敗北する。 互いの手を知らない者同士とはいえ引き出しの多さは恐らく向こうが上。 まるで中国でのペドロ達の戦いを真似るように彼はワルドの懐へと飛び込んだ。 引き離そうとするワルドと喰らいつく梁師範。 その合間に放たれる両者の攻撃は互いに必殺。 ワルドのエア・ニードルが拳法着を掠めれば、梁師範の手刀が羽帽子に切れ目を入れる。 返しで見舞われた蹴りを避けながらワルドは舌打ちした。 分が悪い。相手が両手足使えるのに対して、こちらは杖一本。 それ以外の部位で受けようとすれば容易く切り落とされるだろう。 気迫の込められた一撃を前に、防衛本能がそう告げていた。 魔法を使わせぬ為、杖を狙ってきているのは分かっている。 だからこそ、今まで一撃もマトモに受けずに済んでいるのだ。 このままでは持久戦……体力勝負ともなればどちらに転ぶかは分からない。 平民相手に負けたとなれば自身の名誉は傷付くだろう。 何よりもワルドは確実に勝つ事を是としている。 一か八かの勝負に全てを賭けるつもりは毛頭ない。 だからこそ彼は必勝の手に打って出た。 エア・ニードルを解き、彼が唱えたのはフライ。 旋風脚を放った梁師範の頭上を飛び越えて、彼は寮塔の上へと降り立った。 「悪いがこれで勝負を決めさせて貰う」 詠唱するのは彼の持つ魔法の中でも高い殺傷力を持つライトニング・クラウド。 放たれた雷雲は如何なる強者であろうとも避け難い。 ここは決して拳足の届かぬ場所。 仮に駆け上がって来れたとしても魔法の完成には間に合わない。 故に、絶対の安全地帯とワルドはそう思っていた。 しかし、彼は知らない。 梁師範が手足に纏わせていた剄を放てる事を、 フライで頭上へと逃れた直後から彼が呪文を唱えていたのを、 そして今ワルドがいる場所は彼にとっても絶好の距離だという事実を。 「三華聚頂天花乱墜…」 組まれた印を中心に、体を巡る膨大な内気が剄へと変化し収束していく。 西派の中でも知る者は限られている究極の奥義。 剄を破壊力に変えるという一点においてこの技を超える物はない。 一度放てば体力を消耗し立ち上がる事さえままならぬ諸刃の剣。 故に必殺必倒。この技が放たれたのならば、そこには勝利か敗北しかない。 ワルドの眼が驚愕に見開く。 足元で構える男の両の掌が太陽の如き眩き光を放つ。 それこそが魔法ではない“何か”の正体だと彼が確信した直後。 「百歩…神拳ッ!!」 眼下より放たれた一条の光がワルドもろとも寮塔を貫く。 その刹那。寮内に響き渡った轟音が寝入っていた生徒達に危急を報せた。 前ページ次ページゼロの武侠
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前ページ次ページゼロの魔獣 ニューカッスル アルビオン王家終焉の地となった、かつての名城は、今や見る影もない。 王党派最後の砦は、物理的な意味で文字通り『壊滅』していた・・・。 百倍以上の敵に囲まれ、完全に進退が窮まった事で、王軍三百はその悉くが死兵となった。 城門に迫る敵を薙ぎ払い、一人でも多く道連れにせんと、烈火のごとく逆襲をかける。 その裂帛の気合は、生き延びて勝利の美酒を味わいたい雑兵達に耐えられるものではなかった。 前線の思わぬ崩壊に『レコン・キスタ』首脳部が採ったのは、考えうる中で最も単純かつ頭の悪い策であった・・・。 瓦礫の山に悪戦苦闘する火事場泥棒どもに侮蔑の視線を投げかけつつ、羽帽子の長身が進んでいく。 向かった先は、レコン・キスタ旗艦-『レキシントン』・・・今回の戦いの趨勢を決定付けた艦であった。 「首尾はどうだったかね? 子爵」 「・・・今 手の者に回収させているところですよ しかし いまさら『彼』に何の用です? ミスタ」 「フフ・・・ 適材適所というヤツさ まあ 私のちょっとした趣味といった所だよ」 『ミスタ』と呼ばれた白衣の男は、そう言ってニヤリと笑う。 「それにしても」 と、辺りを見回しながら、羽帽子の男・ワルドが話題を変える。 ―改修前、『王権(ロイヤル・ソヴリン)』の名を冠し、王家の守護神とまで謳われた名鑑の名残はどこにも無い。 優美なマストは取り払われ、物々しい砲台と無骨な計器類が立ち並ぶ・・・ 明らかに既存のハルケギニアの『船』のルールを飛び越えた、空の要塞であった。 「実に閣下の好みそうなデザインだ まったく・・・異界の技術とは恐ろしい物ですな・・・」 この『異物』がハリボテで無いことを、ワルドは既に知っている。 先の戦いにおいて、この艦は単独で城門に突撃し、 逃げ惑う味方と必死の形相で踏みとどまる敵を、城ごと吹き飛ばして見せたのである。 「なに・・・ 私の知人が構築した技術を この世界の魔法技術で応用してみただけのことだよ もっとも その友人は 既にこの世の者ではないがね・・・」 「・・・魔獣・・・ですか」 ワルドの指摘に、男の瞳が黒眼鏡の底で怪しく光る。 -ややあって、男が口を開く。 「魔獣といえば・・・ 慎一くんに噛まれた傷の具合はどうかね?」 「すこぶる良好ですよ いまだったらオークと殴りっこしても勝てそうだ」 そう言いながら、ワルドは永遠に失われたハズの左腕- その肘先に取り付けられた銀色の篭手を巧みに動かしてみせる。 「それは長上 介抱祝いといってはなんだが ひとつ贈り物を用意させて貰うよ ― 子爵は乗馬は嗜むのかな?」 「一応は 乗りこなせない幻獣など存在しないと自負していますが」 「結構 だが こいつは予想以上のじゃじゃ馬だよ 覚悟して置きたまえ」 白衣が指を鳴らす。 ひとつの巨大な影が現れ、二人の頭上を高速で飛び去っていく。 突風に煽られる羽帽子を押さえながら、ワルドはまず驚愕の色を浮かべ・・・ 次いで子供のように瞳を輝かせた。 トリステイン南方、ラ・ロシェールのさらに先、タルブ―。 広大な草原に囲まれた寒村、その近くに建てられた簡素な寺院を 慎一はシエスタを連れ立って訪れていた。 「・・・ これが 『竜の羽衣』 なのか・・・?」 「ええ おかしな話でしょう? こんな鉄のカタマリが 空を飛ぶはずなんてないのに」 「・・・・・・」 「あの・・・ シンイチさん・・・?」 ―ここに来るまでの道中、慎一は一つの仮説を立てていた。 シエスタの祖父は、何らかの事故に巻き込まれ、 飛行機に乗ってこの世界にやってきた『地球人』なのではないかと・・・。 その予想、半ばまでは当たり、残りの半分は外れていた。 目の前にある鉄の塊は、間違いなくこの世界の物ではない。 おそらくは『飛行機』であり、シエスタの祖父は、ほぼ間違いなく『異邦人』であろう・・・。 ― おそらく、と言ったのは、それが慎一の知る一般的な飛行機では無かったからである。 慎一が古い記憶を辿る。 子供のころ見た特撮ヒーロー番組。 地球を跳梁する宇宙怪獣、 巨大な敵に立ち向かう地球防衛軍。 ピッチリとした近未来的なスーツ、 ビビビーッと音の出るスーパー光線銃。 ― 慎一の眼前にあるのは そんな世界から飛び出してきたかのような『戦闘機』だった・・・。 慎一は『竜の羽衣』 の周囲をゆっくりと回り、その全体像をあらためて確認する。 外見は上履きを巨大化させたかのような流線型、 塗装の類は施されておらず、全体が地金の渋い銀色で覆われている。 翼は無く、機体後部にモヒカンのような尾翼が申し訳程度に一本。 後方にはジェット機のようなブースター。 特徴的なのは、コックピット前方、機体の上部に取り付けられた防弾ガラス。 半透明の黄色と緑、六角形の窓が組み合わさって、亀甲模様を作っている。 ガラス内部には人が入れそうなスペース。一瞬複座型かとも思ったが、シートは無い・・・。 そこまで調べた時、慎一は機体表面に、引っかき傷のような文字が彫ってあることに気付いた。 「・・・『試作壱号機 ― 荒鷲』」 「えっ?」 慎一の言葉に、シエスタが驚きの声を上げる。 「シンイチさん その字・・・読めるんですか?」 「・・・爺さんの遺品を見せてくれるか?」 程なく、シエスタは二冊の本を持ってきた。 とりあえず慎一は、辞書のように分厚い一冊を開く。 中には頭痛がするような大量の数式と、やたらと細かい図面・・・。 一目で機体の仕様書である事が分かったが、それ以上の事は慎一には分からない・・・。 ひとまず本を閉じ、小さい手帳の方を開く。 それは、シエスタの祖父の手記であった・・・。 【昭和49年 4月4日】 慎一はそこで首を傾げた。 シエスタの論述が正しいならば、彼女の祖父がこの世界に来たのは終戦の前後であるはずだ。 来る途中で時間軸が捻じ曲がったのか、地球とハルケギニアでは時間の流れが違うのか 或いは・・・彼の住んでいた『地球』は、慎一の知る『地球』とは、似て異なる世界なのか・・・? 「・・・・・・」 「何か 分かりましたか?」 「・・・この機体は、宇宙開発用に作られたものだったんだ」 「宇宙・・・?」 「コイツでお月様まで飛ぼうとしてたって事さ・・・」 「そんな事・・・?」 慎一にとっても、にわかに信じられる記述では無い。 だが、ここに書かれている事が事実ならば、 このマシーンは十三使徒・・・慎一の知る科学者達が作り上げたものではないだろう。 十三使徒の科学力は自然のコントロール ― 地球の『内』を向いた保守的な思想に乗っ取っていた。 この機体にはその逆 ― 地球の『外』を目指した技術が詰まっていることになる。 ページを進める。記述は徐々に、男の身辺の話へと移っていく。 三体の変形合体により高い汎用性を持たせるスーパーロボット計画。 その合体テストの際に発生した事故。 中央の機体がサンドイッチになって大破し、臨界状態となった炉心が爆発、 先頭の機体に乗っていた『彼』は、強烈な爆発に巻き込まれ― ― 気が付いた時には、ハルケギニアの空を飛んでいた・・・。 それは、筆者の心の痛みが伝わってくる文章であった。 -事故に巻き込まれた仲間の安否 -プロジェクトを失敗させてしまった無念 -日々募っていく望郷の念 いつしか慎一は、タルブの草原で夕焼けを望む『彼』の横顔をそこに見ていた。 『この手記を手に取ってくれたあなたに・・・』 最後のページに書かれていたのは、『彼』から慎一にあてたメッセージであった・・・。 『この手記を手に取ってくれたあなたにお願いがある。 あなたにこの、竜の羽衣を託したい。 私はもう、生きて故郷の地を踏むことは無いだろう。 技術や手段の問題ではない。 私はこの地で愛する家族を手に入れ、すっかり根を下ろしてしまった。 故郷に帰るための翼を失ってしまったのだ。 だが、この機体は違う。 この機体には、無限の未来を託して散っていった仲間たちの想いが宿っているのだ。 不躾な頼みである事は承知だが、是非、この機体を本来あるべき場所へ 虚空の彼方へと、解き放ってやって欲しい・・・。』 慎一は静かに手記を閉じた。 「・・・シエスタ この『羽衣』の事なんだが」 「ええ 私には 難しいことは分かりませんが・・・ でも シンイチさんに預けることで 祖父もきっと喜ぶと思います!」 「ありがとう」 慎一は機体の上に四つんばいになると、ゴリラの筋肉を纏い、鷹の翼を広げた。 「え! ええっ!? ここから?」 「一足先に学院に戻る 休暇明けには迎えに来るさ 家族水入らずで 骨休めしとくといいぜ!」 重厚な銀色の機体がズズッと持ち上がる。 慎一は緩やかに、夕焼けのタルブの草原へと飛び立った―。 ― 元の世界に戻るための手がかりを得た慎一ではあったが、問題はいまだ山積みであった。 この機体は、専門知識を持つシエスタの祖父にも動かせなかったのだ。 半世紀以上もブランクのある骨董品を、ド素人の慎一が治さねばならない。 慎一としては、一縷の望みにかけるしかなかった・・・。 学院に戻ったときには、既に太陽が頭上へと来ていた。 機体の置き場に困り、とりあえず、かつて決闘を行った広場へと着陸する。 衆人が注目する中、慎一はある人物を待っていた。 ―やがて、人込みを掻き分けながらこちらに向かってくる禿頭・・・。 「シ シ シ シンイチくーん! その素晴らしいマシーンはどうしたんだい!?」 学院一の変人 ジャン・コルベール ―― 慎一の一縷の望みが、気持ち目玉をグルグルさせながら現れた。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページ次ページゼロの魔獣 「・・・で 何でお前がここに居るんだ?」 「フッ このギーシュ・ド・グラモン トリステイン王家の一大事と聞きつけ 及ばずながら尽力しようと駆けつけたのさ!」 「ルイズならとっくの昔に出発したぞ とっとと追いかけたらどうだ?」 主の居ない一室では、男二人の不毛な会話が続いていた・・・。 ギーシュが今朝になってルイズの部屋を訪れたいきさつはこうである。 昨夜、奇妙な来訪者の姿を目に留め、『たまたま』アンリエッタの依頼を耳にしてしまったギーシュは すぐさま義侠心を奮い立たせ、アルビオン行きに名乗りを挙げようとした― ―が、突然室内に怒声が響き渡り、次いで物凄い剣幕のルイズが飛び出して来たため 出るに出られなくなってしまったのだ・・・と。 「まったく シンイチは貴族の意地ってもんが分かってないな・・・」 タメ息をついてギーシュが続ける。 「今から馬で追いかけて 一緒に連れて行ってくれなんて そんなミソッカスみたいな真似ができるかい? ここは密かに先回りして ルイズのピンチに颯爽と現れるのがベターってワケさ」 「・・・そのために 俺の力を借りにきたのか?」 あまりの虫の良さに腹も立たない。 あれ程最悪のファースト・コンタクトであったのも関わらず 実は慎一は、この金髪の若者が嫌いでは無かった。 お調子者であるという一点において、彼は、慎一がかつて共に旅をしていた少年と似ていた。 それに実際、この話は渡りに船だった。 真理阿やアンリエッタにも頼まれていたし、命を救われた恩もある。 慎一にはルイズを守らねばならない、それなりの責任がある・・・のだが 昨夜の大喧嘩の後、ノコノコとルイズについて回る気にはどうしてもならなかった。 ギーシュを送ったついでに、アルビオンに物見遊山と洒落込む、と言えば かろうじて、かろうじて男としての面子も保てるのでは無いだろうか? (キュルケに言わせれば、慎一のそういうところが『可愛い』のであろう。) 「よく分かった じゃあ早速出発するか!」 「そう タバサに頼んでシルフィードを借り・・・ええッ!!」 慎一はギーシュの首根っこを捕まえると、一息に窓から飛び立った。 力強く翼をはばたかせ、みるみる上空に舞い上がると、ピタリと急停止した。 「・・・おい ラ・ロシェールってのはどっちだ?」 ギーシュは声にならない。顔が青紫に鬱血し、口からあぶくを吹いている。 震える指先で、かろうじて目的地を指差した。 「なんだ 逆方向じゃねぇか・・・ 早く言えよ」 そう言うと、慎一は風竜もかくやというスピードで、一気に雲のかなたへと飛び去った。 「タバサ! 今すぐシルフィードを出して!!」 自室に物凄い勢いで駆け込んで来たキュルケに対し、窓の外を見ながらタバサが言った。 「・・・あのスピードは 無理」 ―ラ・ロシェールに向け快調に飛ばし続けていた慎一ではあったが ふと、前方の異変に気づき、翼を大きく旋回させて乱暴に着地した。 ぶつけた尻をさすり、朝食を幾分戻しながらギーシュが抗議する。 「シンイチ 休憩するならもっとエレガントに・・・」 「敵がいた」 慎一の飼っている『目のいいヤツ』は、1キロ先の獲物を捉えていた。 それは、通りすがりの旅人を襲うには、あまりに物々しい一団だった。 「情報が筒抜けじゃねぇか 白土三平の漫画でもありえねえ・・・」 「だ だが チャンスじゃ無いか・・・ 奇襲を企むものは 自分達が奇襲を受けることは想定していないものさ・・・」 「ほう」 慎一は素直に感心した。死に掛けの若者に兵法を説かれるとは思ってもいなかった。 「いい機会だ・・・ ここは ボクの親友の力を借りるとしよう・・・」 ギーシュが指を鳴らす。 たちどころに何者かがもこもこと地面を盛り上げ、高速でこちらに迫ってきた。 慎一は括目した。 その使い魔の巨体にではない。 その生物が地面を掻き分けながら、自分のスピードについてきた、という事実にである。 哀れな襲撃者たちは、文字通り足元をすくわれた。 彼らは元アルビオンの傭兵であった。といっても、今は金で雇われているワケでは無い。 ラ・ロシェールの街の酒場『金の酒樽亭』で飲んだくれていた所、 店に入ってきた目つきの悪い女に、いきなり仲間の一人が椅子で叩き伏せられたのだ。 彼らにも傭兵の意地がある。突然の乱入者相手に果敢にも立ち向かったものの 酒の回った体でどうにかなる相手ではなかった。 酒瓶でどつき回され、テーブルで押し潰され、ウォッカで火ダルマにされ 遂に彼らは暴力に屈するところとなった・・・。 殺らなければこちらが殺られる・・・ 全身に生傷を負い、悲壮な決意を持って襲撃計画に望んでいた彼らの一人が、 突然大地に飲み込まれた。 背後からの悲鳴に全員が振り返った。それが新たな悲劇の始まりだった。 前方の大地が裂け、そこから出現した悪魔に、瞬く間に半数がぶちのめされた。 前歯を折られ、みぞおちを打たれ、睾丸を蹴り飛ばされ 後から出てきた金髪の若者が名乗りを上げる頃には、既に大勢が決していた―。 ギーシュがワルキューレを使い、事後処理にあたる。 次々に身ぐるみを剥ぎ、縛り上げていく。 慎一が魔獣を使わなかったのは、優しさからではない。 彼らの知る情報を、聞きだす必要があったからである。 ―と、 傷の浅かった傭兵の一人が、後方で何かゴソゴソとやっている。 「おい テメー! 妙な動きしてんじゃねえ!!」 言いながら近づいた慎一の前で、異変は起こった。 突如、男の体がビクンと震え、その全身が痙攣する。 全身の筋肉が異常に盛り上がり、着ていた服が裂ける。男が天を見上げて咆哮する。 とっさに身構えた両腕の上から拳が跳んできた。 ダンプカーでもぶつかったかのような衝撃が走り、 慎一の体はサッカーボールのように大きく跳ね飛ばされた。 悲劇の場は惨劇の場へと姿を変えた。 男の瞳は、既に正気のそれではない。 両手を縛り上げられた傭兵達は、まともに抵抗することも出来ず。 かつての仲間に抉られ、絞られ、叩き潰されて、断末魔の悲鳴を上げる。 「クッ! ワルキューレッ!!」 ギーシュの叫びに、近くの戦乙女が槍を繰り出す。 男は避けない。青銅の槍は腹筋で止まり、飴細工のように捻じ曲げられる。 ギーシュは男を包囲すべく、ワルキューレに同時に指示を出す、 と、男が突然、猿の如く飛び跳ね始めた。 男はその巨体からは想像もつかない動きで飛び回り、紙人形でも相手にするかのように 次々とワルキューレを引き裂いていく。 「な 何なんだよコイツはァ!?」 「下がってろギーシュ! コイツは俺の獲物だ!!」 ペッと奥歯を吐き捨てながら、慎一が叫ぶ。 その瞳がただちに猛禽のそれへと変わり、飛び回る男の姿を捉える。 飛び交う男の軌道にあわせ、慎一が跳ぶ 中央で両者が交錯し、動きが止まる。 両手を絡め、互いの額を擦り合わせながら、戦いは純粋な力比べとなる・・・。 ずずっ、と慎一の体が徐々に後退していく。 勝利を確信した男が雄叫びを上げ、慎一の首筋に齧り付く。 「ウオオオオオオオオオ!!!! この俺をッ ただで喰えると思ってんじゃねえええええ!!」 大きくのけぞりながら慎一が吼える。 その額から、ズルリと鷹のクチバシが飛び出す。 「うおおおおおおおお!!!」 慎一がその尖った頭部でヘッドバットを繰り出す。 ビキッと鈍い音がして、男のこめかみが大きく穿たれる。 奇声を上げてよろめく男を、慎一は絡めた両手で引き起こす。 その右腕が獅子の頭部に、左手が熊と頭部へと変化し、男の両手を噛み千切る。 「噛み付きってのはこうやるんだよおおオオオ!!」 慎一が大口を開け、男の頚動脈目がけて牙を剥く。 ぞしゅっという炸裂音と共に、周辺の頚骨、鎖骨ごと一口でそぎ落とされる。 歯形上に開いた風穴から、噴水のように血がふき出し、遂に男は倒れこんだ。 「アンタら・・・いくら相手が賊だからってやりすぎよ」 木陰で頭を抱えながら、気分が悪そうにキュルケが言う。 シルフィードで追ってきた彼女達は、惨劇を遠目で目撃することとなった。 「・・・・・」 タバサも脂汗をかいている。若くして数多くの修羅場をくぐり抜けて来た彼女ではあったが これ程までに酷い現場に立ち合ったことは無い。 「―信じてもらえないとは思うが コレをやったのは慎一じゃない 彼らの仲間の一人さ」 足元で怯えている使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデを抱きしめながらギーシュが弁護する。 慎一は気にした風も無く、黙々と遺留品を漁っている。 「バチが当たるわよ ダーリン」 「どうせ死人にゃいらん」 そんなやり取りをしながら、慎一は目当ての品物を発見した。 「お前らの国の傭兵は、こんな物を持ち歩いてるのか?」 「なんだい? それが男を怪物にしたマジックアイテムなのかい?」 「・・・いや そんな大層な物じゃねえ」 そう言いながら、慎一は、是が非でもアルビオンに行かねばならない事を悟った。 男を変貌させた道具は、おそらくは慎一の世界から持ち込まれた物 ―1本の注射針。 そのガラス管の中には、まだ半分ほど、透明な液体が残されていた・・・。 前ページ次ページゼロの魔獣
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前ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁 エピローグ「その後の皆様」 カトレアが上機嫌で花壇の花に水をやっていると、馬車の音が聞こえたのでそちらを振り返る。 見慣れた馬車は正門をくぐり屋敷の入り口まで辿り着くが、 馬車の中の人物が降りる前に屋敷の扉が開き、喜色満面のエレオノールが飛び出してくる。 恐らくエレオノールは彼が屋敷に戻る時間が近いので、窓から外を延々伺っていたのだろう。 そわそわする姉の姿を想像して思わず笑みが零れる。 領地は人に任せ、ヴァリエール一家は今ほとんど全員がトリステインの屋敷で暮らしている。 カトレアの体調が良くなった為、その婿探しをする意味でも王都に居るのが一番と父は言っていたが、 むしろ忙しすぎる父の都合のような気もする。 アルビオンから戻ったエレオノールは、それまでが嘘のように謙虚になった。 一度カトレアがその理由を尋ねた所、自分の無力さを思い知ったと恥ずかしげに呟いていた。 エレオノールらしい元気さが失われてしまったのが少し残念ではあるが、もっと嬉しい事があった。 グラモン家の息子さんがエレオノールのお婿さんとして迎えられた事だ。 最初は伯爵の血筋とはいえ、三男なぞ冗談ではないと渋っていた父も、彼の温厚な人柄と、 心に秘めた情熱にほだされ、遂に結婚を認める事になった。 今では、必ずやヴァリエールを継ぐに相応しい男に育て上げてみせると鼻息も荒い。 母は最初から厳しく接していたが、これは誰にでもそうであるし、 より以上に厳しく当たるのはきっと彼が気に入っているからだとカトレアは思っている。 家族がもう一人増えてくれた。それがカトレアには何より嬉しかった。 外出も苦にならなくなったカトレアは、父やエレオノールの紹介で何人か友人を得る事が出来た。 にぎやかすぎる彼女達に付き合うのは疲れる事でもあったが、常に新鮮さがそれに勝った。 こうして生活は劇的に変わったが、皆が皆元気でいてくれるので、カトレアはそれだけで幸せだった。 しかし、たった一つだけカトレアにも気がかりがある。 愛しい愛しい大切な妹ルイズは、今日もまた何処かで危険の最中を駆け抜けているのだろうから。 エルフの森深くまで踏み入ったルイズ、キュルケ、タバサの三人は、木のうろに隠れるように身を潜める。 「あっちゃー、まずったわ。エルフってやっぱり強いのね」 そうぼやくルイズの襟首を引っ掴むのはキュルケだ。 「あったりまえでしょうがああああああ! だから止めとけって言ったのに人の話聞かないから!」 むっとなったルイズもキュルケの襟首を掴み返す。 「何よ! 残らず燃やし尽くしてやるなんて息巻いてたのアンタでしょ!」 そんな二人を無視して周囲を探っていたタバサは、ぽつりと呟く。 「……退路も断たれた。これ……本気でマズイ」 木々が生い茂る森の中は、まるで静止画のように動きを見せず、時折聞こえる鳥や獣の声が響くのみだ。 しかし、ルイズもキュルケもタバサ同様周囲を探ると、その先に潜むエルフ達の影を捉える。 「百……かしら。キュルケ、いざとなったらここら一帯アンタの魔法で消し飛ばしてやりなさい」 「こっちも一緒に吹っ飛ぶわよ。言っとくけど1リーグ超える範囲は調節なんて効かないわよ。 そこ越えたら後は3リーグ四方全部消し飛ばすしかないし、そんな悠長に魔法唱える暇なんて与えてくれないでしょうに」 「相変わらず雑ねぇ」 「うっさい、そもそもエルフのインチキ魔法相手に通用するかどうかもわかんないんだから、今回爆炎はナシよ」 「連中がインチキならアンタのはデタラメじゃない。触れただけで蒸発する炎とか卑怯の域よそれ」 タバサは油断無くエルフ達の動きを探る。 「……私が偏在使えば不意打ちで五人は倒せる。ルイズは?」 キュルケだけでなく、風特化でもないのに偏在使えるタバサも充分デタラメである。 背負った二本の剣を見ながらルイズはやる気無さそうに答えた。 「私も同じぐらいかしら。本当鬱陶しいわねぇ、魔法だけじゃなくて体術もしっかりしてるわコイツ等」 エルフは常識では考えられぬ魔法を用い、相手によっては通常の魔法や剣で触れる事すら難しい者も居る。 しかし彼女達は事も無げにこんな台詞を吐く。 「私がその間に魔法で吹っ飛ばしたとしても、まあ半分は残るわ。んで生き残りの一斉魔法でオシマイっと」 今まで相手にしてきた人間とは根本的に違う、そんな存在であるとわかっていたのだが、 目論見が甘かったと言われれば正にその通りである。 キュルケはルイズのピンクの髪を眺めながらぼやく。 「ま、コレに付き合ってここまで生き延びたんだから、それで良しとするしか無いわね」 タバサもまた危機に似合わぬ微笑を浮かべる。 「こんなキツイのはハヴィランド宮殿攻防戦以来。でも今回は……」 ハルケギニアに後生まで語られる三人の物語は、ここで幕を下ろす。 天蓋の付いたベッドで気だるげに身を起こすアンリエッタは、 隣に寝ていたはずの者が既に衣服を身につけている事に気付き、寝巻きを身にまとう。 「もう……お出になるのですか?」 男は帽子を被りマントを羽織る。 「トリステインの至宝を狙う間男は、それらしく退散すると致しましょう」 ぷっと吹き出したアンリエッタは、ベッドから起き上がり男に寄り添う。 男は軽く彼女を抱きとめ、耳元で小さく囁く。 「……少しだけ、心の内を曝け出してもよろしいでしょうか」 「なんでしょう」 「私は、ウェールズ陛下を忘れさせる事が出来ているのでしょうか」 アンリエッタは今度こそ声に出してくすくすと笑う。 「私の心は、とうに貴方に捉えられておりましてよ、ワルド」 恋文を返せ、そう伝えた相手が九死に一生を得たからとて、では再び元の鞘にとは易々と出来ぬもので。 苦しい想いを抱える日々が続く中、アンリエッタの心を慰めたのはトリステインに次々訪れる朗報と、 事情を察し、事ある毎に気を配ってくれるワルドの存在であった。 満足気に頷くと、ワルドは部屋の窓を開き、窓枠に飛び乗り器用にバランスを取る。 「まあ」 「では、姫君のお心を見事頂戴できましたので、わたくしはこれにて……」 マントを一振りすると、ワルドは影も形も消えてしまった。 ワルドが魔法のマントを用いて転移した先では、オールドオスマンが苦々しげな顔をしていた。 実はこれ、タバサがアルビオンに行った時ネコババしてきた物である。 あの魔法の物品の素性を調べる度、あまりのレアリティに腰をぬかしかけたのも随分前の話だ。 オールドオスマンにこんな顔をされてはワルドも苦笑するしかない。 「お説教ですかな」 「最近は頻度も多くなったでな。年寄りをあまり困らせるものではないぞ」 「美姫に惹かれるは男の悲しい性ですよ。ですが、何度も言っておりますように、私は不実を働くつもりはありません」 オールドオスマンは大仰に両手を広げる。 「いっそ一夜の火遊びにしておいてくれ。本気で彼女を娶るつもりだとか、 話を聞いた時は全てを忘れて隠居しようかと思ったぞ」 「はははっ、まだまだオールドオスマンのご助力無しには私も独り立ち出来ませぬ故、今後も何とぞよしなに」 今ではオールドオスマンはワルドの良き協力者となっていた。 しかし、そんなオールドオスマンにも、ワルドが本心で彼女に惚れているのかどうか、見極める事は出来なかった。 それ程ワルドという人物は奥が深く、容易に計り知れぬ心を持っていたのだ。 彼がうろたえる様を見たのは、オールドオスマンも数える程しか無い。 内の一つ、ルイズとの決闘は何とも衝撃的であった。 「私が勝ったら婚約解消。負けたら煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」 そう言い放って、スクウェアメイジでありトリステイン最強の騎士であるワルドに挑んだルイズは、 魔法を吸収する剣をかざし、ワルドに勝利を治めたのだ。 既にルイズとの結婚にそこまでの利は無かったので、わざと負けたのかとも思ったが、 敗北した後のワルドの茫然自失とした様は、それが真剣であったのではと思わせる程であった。 それ以降、ルイズ達の奔放っぷりは最早誰の手にも負えぬ程暴走して行った。 ガリア王ジョゼフを退位に追い込んだり、ゲルマニア皇帝をたらしこんだりとやりたい放題である。 何でもロマリアとも揉めたらしいのだが、そこはもう聞きたくないとオールドオスマンは関わるのを拒否した程だ。 今は何処で何をやっているものやら。 「では、私はこれにて」 そう言って立ち去るワルドを見送りながら、オールドオスマンは深く嘆息する。 「ワシの人生って、もしかして悪ガキ共の後始末で終わってしまうんではないのか?」 既にトリステインの重鎮となったワルドを、平然と悪ガキ呼ばわりする自身の稀有な感性と能力は知らんぷりらしい。 のんびりと夜道を散歩するワルドは、ふと、その手に残るぬくもりを思い出す。 思慮が足りない、分別も不足してる、 おおよそ国家を担うに相応しい器ではないと馬鹿にしていたのだが、彼女にも美点はあった。 相手が嫌がる事を出来れば避けたいと思う弱さと紙一重の優しさ、 一つ事に集中すると他が見えなくなる視野の狭さにも繋がる一途さ。 王として全ての民を分け隔て無く愛すべきであるのに、 心寄せた相手に強く惹かれ、一心に何かをしてやろうとする健気さ。 彼女は決して王には向いていないが、こうして肌を重ねて初めてわかった。 妻として、そしておそらく母として、これ以上に素晴らしい女性は居ないのではないだろうかと。 そこまで考え、ワルドは自らの様を振り返り苦笑する。 「何と、これではまるで私が恋をしているようではないか」 それが真実なのか否か、ワルドならば答えを出すのも容易かろうが、もう少しだけ、考えずに置こうと決めたのだった。 ウェールズは正装に身を包み、落ち着かない様子で控え室に向かう。 最初に一目見ておけば動揺してしまう事も無かろうと、その部屋の扉を開く。 ちょうど中に居た女性が外に出ようと扉に手をかけた所であった。 彼女は真っ白なドレスを身に纏っていた。 胸元が大胆に抉れているのは、豊満な胸を持つ彼女の美しさをより際立たせてくれる。 そしてきゅっとしまったウェスト回りは、白のレースがぐるっと一周しており、 大人びた雰囲気の中にも初々しさを残すよう花の柄があしらってある。 その下は大きく膨らんだスカートだ。半透明なレースと、真っ白な生地が交互に折り重なっており、 幾重にも重ねた生地は相互に柄を引き立てあい、奥深い造りになっている。 「マチルダ? 一体何を……」 部屋の中から女中の悲痛な声が聞こえてくる。 「ああっ陛下、良い所に。どうかマチルダ様をお止め下さい」 事情のわからぬウェールズに、マチルダはドレス姿のままぴっと指を突きつける。 「ウェールズ、貴方言ったわよね。結婚しても仕事は続けていいって」 「あ、ああ確かに言ったが……」 「じゃあそうするわ。風石相場の値崩れが始ってる。 まーたしょうこりもなくあんの性悪ワルドが仕掛けて来てるのよ。今すぐ対応しないと……」 「ちょ、ちょっと待て! これから式だというのに何を言ってるんだ! 列席者は随分前から待っているんだぞ!」 「そんなの待たせておけばいいわよ! どーせ酒飲んで騒ぎに来ただけでしょうに」 「ば、馬鹿言うな! 仮にも国王の結婚式がそんな適当で済むはずが無いだろう!」 「そんな事どうでもいいわよ。それよりすぐに対応しないとまた派手に損失被る事に……」 そこまで言ってマチルダは口を紡ぐ。 扉の辺り、ウェールズの居る更に後ろからただならぬ瘴気が漂って来ている。 「へ~~~い~~~か~~~、ま~~~ち~~~る~~~だ~~~」 憤怒の表情で姿を現したのは、マチルダ、ウェールズ共通の友、アニエスであった。 「げっ! アニエス! いえね、違うのよこれは……」 「ま、待てアニエス! まずは落ち着け、これは所謂あれだ、まりっじぶるーとでもいうかだな……」 二人が揃って言い訳を始めるが、直後の一喝でぴしゃりと黙る。 「やかましい! お前達にわかるか! ようやく! そうさんざ苦労に苦労を重ねてようやく辿り着いた晴れの日に! やっと私も肩の荷が降ろせると一息ついたその息も出し切らぬ間に! これで私もようやく恋人との時間を、将来を考えられると安心した矢先に! こんな所で無様にケンカしてる二人を見た私の気持ちがわかるかああああああああ!」 二人が自分の気持ちに気付き、お互いの気持ちに気付き、自分の気持ちに素直になれるまで。 その全てを延々フォローし続けてきたアニエスは、あまりの情けなさに涙すら浮かべているではないか。 二人共、めっちゃくちゃアニエスに世話になった自覚はある。 というかアニエスが居なければこの日は絶対に来なかったと確信出来る。 その立場とアンリエッタへの未練から、自らの想いにすら気付けなかったウェールズ。 アルビオンの王族!? 親の仇じゃ死にさらせボケええええええええええ! なマチルダ。 この二人をくっつけるのにアニエスが払った労苦は並大抵のものではなかっただろう。 「すまんアニエス! ほらっ! もう大丈夫だ! 私達はふぉーえばー仲良しだぞ!」 「そうよそうよ! もー目に毒すぎて逃げ出すぐらいラブラブなんだから!」 速攻で肩を組んでにこやかスマイルを見せる二人。 それで一応は納得したのか矛先を収めるアニエス。 「……頼みますよ陛下。皆様もうお待ちなんですから…… マチルダもだぞ! 馬鹿なわがまま言ってないでさっさと行け!」 はいっと元気良く返事をし、二人は並んで式場へと向かう。 ウェールズは隣を歩く、これから妻になる人を見下ろす。 昨晩は「本当に私でいいの?」と不安気に震えていたというのに、夜が空ければすぐこれである。 よくもまあこんなの妻にもらう気になったもんだが、ウェールズにとっては彼女以外考えられなかったのだ。 出自の定かならぬ女性である。嵐のような反発を押し切っての式となった。 ウェールズは既にマチルダから王家との因縁を聞いていたので、逆に出自を明らかにする事も出来なかったのだ。 国家再生の只中、何代にも渡ってアルビオンを支えてきた貴族達は、 そのほとんどが様々な形でアルビオンを去って行った。 最早新たに国を作るのと大差ない労苦を共にしてきた彼女。 今アルビオンに必要なのは血筋ではなく、アルビオンの屋台骨となりうる強い女性でなくてはならない。 と、説得して何とか式にこぎつけたが、ウェールズにとってはまあ、それは言い訳の一つ程度の認識でしかない。 どんな逆境にあっても、逆に平穏な日々の中でも、いつでも必死になって駆け回り、 きらきらと輝いて見える彼女が、愛おしくてたまらないだけなのだから。 「さあ、行こうか」 廊下の終わり、光に満ちた場所へとマチルダを誘うと、少し照れながら、マチルダはウェールズの手を取った。 黙ってやられるだけは性に合わぬ、 踏み込んで一人でも多く道ずれにしちゃるとばかりに飛び込もうとするキュルケとタバサを、ルイズが止める。 「何よ? 何か言い残した事でもあんの?」 「心残りなんて、ギーシュとモンモランシーの式ぐらいだと思うけど……」 「……いや、ね。ずっと前から考えてた事なんだけど……」 珍しく自信無さそうな口ぶりでルイズは話し始めた。 「ほら、使い魔召喚のゲートってあるじゃない。あれってさ、向こうから来るのはいいとして、 ゲートって言うぐらいだし、こっちからは行けないのかしら?」 通常使い魔召喚の儀式で発生するゲートは、ハルケギニアの獣が呼び出される事から、 ハルケギニアの何処かしらに繋がっていると考えられている。 燦を故郷に帰した時、使い魔である燦と何かが切れた感覚があったとルイズは言っていた。 使い魔の契約が途切れるのは使い魔が死亡した時のみであるが、 存在を感知出来ぬ場所に行った故、死亡したと認識されたのだろう。 以後新たな使い魔を召喚しなかったルイズは、これを移動手段として使えないかと言っているのだが、 そんな利便性の高い魔法であるのなら、今まで誰も確認していないというのはおかしい話である。 案の定タバサは幾つかの事例を聞き知っていた。 「召喚が目的であるし、ゲートにはこちら側に引き寄せる力が働いている」 ルイズも調べてあったのだろう、すぐに反論する。 「だからさ、その引き寄せる力以上の勢いでゲートに突っ込めば、向こうまで突き抜けられるんじゃないかなって」 むむぅと頭を捻るタバサだが、すぐに首を横に振る。 「でもダメ。ゲートの先がどうなってるかわからないし、使い魔は大抵危険な場所に生息している。 火山の中や空の上に繋がっててもおかしくはない」 「うん、でも召喚する相手が人間だったならどう? それなら周辺の安全はほぼ確保されてると思わない?」 キュルケはルイズが考えていた事をようやく察する。 「……つまり、実験してみようって事よね。サンに繋がるかどうかもわからないけど、 死ぬしかない今なら、うまくいけば儲けものって事でしょ」 にまーっと笑うルイズ。 タバサはやはり苦々しそうな顔のままだ。 「戻ってくる手段は存在しないかもしれない」 「死ぬよかマシよ。それに、どうせ賭けるなら夢のある未来に賭けたいじゃない」 森の奥の方で微かに動く気配がした。 タバサは即座にプランを立てる。 「ルイズはゲートの維持、私が風で三人を覆う。キュルケは魔法で私達を吹っ飛ばして」 「了解!」 「そうこなくっちゃ!」 ルイズが懐かしき召喚魔法を唱え、タバサが風の守りを用意し、キュルケはありったけの魔力を込め、炎の魔法を放った。 満潮家は何時もの喧騒に包まれていた。 今日は何故か都合が合い、瀬戸組の面々がぞろぞろと満潮家に揃ってしまったのだ。 燦の父豪三郎は、娘を奪った憎き男、満潮永澄に憎憎しげな視線を送るが、燦の手前なので一応我慢はしている。 永澄の父、母、そして許婚としてこの家にやっかいになっている燦、 その付き人であり小人のように小さい蒔が共にこの家に住んでいる。 更に今日は瀬戸組の瀬戸豪三郎、妻の蓮、若頭の政が一緒に来ている。 豪三郎は酒をかっくらいながら吼える。 「大体、三年前に政がこのボーフラ助けんかったら良かったんじゃ! 何でその時きっちりトドメ刺しとかんかったんじゃ!」 「……燦ちゃんのお父さん、当人前にそーいう事言うのはどうかと思うんだ……」 「すいやせんおやっさん。 しかしまさかその三年後にまた永澄さんが同じ場所で溺れるなんて思いもしなかったもんで……」 馬鹿丁寧に謝る政に、酒の勢いか普段の鬱憤か、豪三郎は更に八つ当たりする。 「そもそも燦に結婚はまだ早い! というか後一年でこんボーフラぁ結婚出来るようになってしまうやないか! 早よぶち殺しとかんと取り返しのつかん事になってまうで!」 「……一年後て、僕まだ高校生なんですが……」 「もう、お父ちゃんお酒はそのぐらいにしてっ! 永澄さん困ってる!」 最近は永澄の両親も慣れたもので、豪三郎の罵声にもにこにこと笑っているだけである。 「……二人共両親の責任きちっと果たそうよ……」 さっきから延々永澄がつっこんでいるのだが、誰もがガンスルーである。 全てから逃げたくなって永澄は天井を見上げる。 何故か、そこに真っ黒い楕円があった。 「うっひゃー!」 「ぎゃーー!」 「っ!」 三様の悲鳴と共に、天から女の子達が降って来た。 一同が静まり返る中、痛たたと顔を上げたルイズは、すぐそこに、懐かしいあの顔を見つけた。 「久しぶりねサン、元気だった」 三人の物語は、まだまだ終わってはいないようだ。 ゼロの花嫁 完 前ページゼロの花嫁