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春の使い魔召喚の日、ルイズは召喚に成功した。 そして、それは前代未聞の使い魔の召喚であった。 てゆーか、神様を召還したのだ。 ルイズが呼び出したそれは、見たことも無い服を着た少年であった。 周囲を取り囲む学生達も唖然とする、勿論ルイズも。 「あ、あ、あああんた、誰よ」 人間を使い魔として呼び出すなんて、いや神様なんだけどそれでも聞いたことが無い。 問われた男の子は、周囲を見て答えた 「………MZD、つーかココどこよ」 彼の名はMZD ポップンミュージックのプロデューサ謙神様 とは言っても、どう見ても少年 生まれは、 アマゾン川流域青木町 趣味 木登り。 すきなもの ピーターパン(永遠の少年) きらいなもの それはちょっとね …説明は以上である (あっれ?…たしか次のポップンミュージックの事で話し合いしてて…寝てて気付いたら…) 「あ、あ、あああんた、誰よ」 自分を召喚したらしい、桃色の髪の娘が問いかけてきている。 周囲を見回す。 城とか、変な服着た少女と男子ついでにおっさん一名 ポップンでは見た事ない奴等ばっかりだ 新キャラは大体覚えてるが…顔以外服が同じ、しかも1P2Pなら分かるがキャラ数が半端ない あとドラゴンとか色々いるし、選ぶ時間ねーんだから、少なくしろよ… とりあえず、情報が先これがMZDの考えた結果であった 「………MZD、つーかココどこよ」 ゼロのリミックス 「ミ、ミスタ・コルベール!やり直しを!やり直しをさせてください! こ、こんな平民(ry「召喚のやり直しは無理です、契約をしない限り、進級できませんよミス・ヴァリエール」 とりあえず、待つのもだるくなったのでMZDは口を動かした。 「コルベール…さんだっけ?ここって、ポップンの世界じゃねーの?」 「は?世界?それは一体どういう…」 「あぁー、だり、とりあえずココは、ポップンミュージックの世界なのか聞いてんの」 「? この世界の名前はハルケギニアですが…加えてここはトリステイン魔法学校です。」 「ハルギニア…トリステイン…………聞いたことが無いな………」 MZDは焦った、ポップンの世界ではない?… んじゃなんだ、もしや別の世界?あるあr・・・ねーよな・・・ 「ほら!ミスタ・コルベール!怖いですよ!特に影が、つーか何か後ろの影、スタンド!?あれ絶対ザ・ワールドとかオラオラする人種ですよ!」 「だからミス・ヴァリエール、やり直しは認められないと…」 「しかし!」 。 「えっーと、ミス?ヴァリエール、いいか?」 色々と時間がかかりそうだったので、めんどくさくなったMZDは間を割った 「なんでもいい、契約やらなんやらやってやるよ、暇だし」 「けけけけ、け契約って、そんな!暇だからって!!!!」 「こっちも時間ねーんだよ、 さっさとしてくれ、そいつが進級出来ないんだろ? ま、こっちも神だし迷いの手ぐらい出してやんないとな、後味悪いし」 「で、でも………え?神?」 話は平民と使い魔として契約を結ぶという流れになってきたことで周囲の生徒達が騒ぎ始める。 「ルイズ…あの歳でショタかよ…」「ショタって良いよね…」「あの影動いてね?」 「「「「「「てゆーか、神!!!!!!???」」」」」 ビビクッ! 真っ白に思考停止していたルイズであったが、生徒の一人が発した台詞で我に返った。 (え?神、いやつーか少年…おおおおおおおおおおちつけああたたたたし、冷静に…) 「どうしたのかね。契約をしたまえ、ミス・ヴァリエール」 「帰って良いか?時間せまってるし」 周囲の生徒達も口々に「契約」と騒ぎ始める。 ごめん、続かない 『契約』…『契約』…『契約』…『契約』…『契約』 ルイズの周囲を『契約』という言葉が渦巻き始める。 それらと場の空気がルイズの乙女心を侵食し始める。 (神つーことは、あたしもしかしてすごいの読んだの!!!? でも、どうみても変な服着た少年だし…あーもーめんどくさい!!!!) 「じゃ、じゃあMZDし、失礼します…」 進級かダブり、思考回路がショートしてしまった少女は彼…もとい神に使い魔になる事を選んだ 「あいよー」 (か、軽!!) 乙女なルイズが心の何処かで静止しているのを感じるが、ショートした思考は止まらない。 ルイズは呪文詠唱を開始した。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 こうして彼女は神に口付けを交わし、使い魔の契約を交わしたのであった
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前ページ次ページゼロのアトリエ 心配そうに二人を見守るヴェルダンデ。 そこから正三角形を描くように対峙するギーシュと、ヴィオラート。 ルイズがヴェルダンデの鳴き声に気付いた時には、既に周りを生徒達が取り囲んでいた。 「ヴィオラート!」 ルイズの声に反応し、人垣が通路を作る。 「何で、あんた決闘なんか…ギーシュも、女の子と決闘なんて何考えてんの!?」 「ミス・ヴァリエール。男には絶対に引けない時ってものがあるのさ。」 「ルイズちゃん…ごめんね。あたし、努力しないで後悔するのは嫌だから。」 二人はそれだけ答えると、ルイズの到着を合図にしていたかのように動き始める。 「ああもう! 使い魔のくせに、ちっとも私の思うとおりに動かないんだから!」 ルイズは、諦めの言葉を吐いた。 ヴィオラートなら何とかするだろう、そう思ったから。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師7~ 「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」 創り出した『ワルキューレ』の後方で、自信満々に宣言するギーシュ。 だが、ヴィオラートの反応はギーシュの、いや集まったギャラリー全員にとって予想外のものだった。 「かわいいゴーレムだね。」 「なっ…!! このうえ、僕のワルキューレを愚弄するか!」 かわいいゴーレムと言い放ったヴィオラートの言葉に、周囲の空気が変わる。 数々の石人ゴーレムや、鉄人ゴーレム…金剛ゴーレムまで屠ってきたヴィオラートにしてみれば、実に自然な、むしろ好意的な評価であったのだが…ギーシュ達が、その事実を知るよしもない。 「かわいそうだが、痛い目にあわないと理解できない性分のようだね。」 ヴィオラートに向けてそう言い放つと、ギーシュはワルキューレを突進させる。 「あたしは、錬金術師だから。」 ヴィオラートはバッグからトゲだらけの何かを取り出し、ワルキューレに狙いを定める。 「錬金術師の戦いを、見せてあげるね。」 ヴィオラートの額のルーンが、輝きを放ち始めていた。 所変わって、ここは学院長室。コルベールの長い長い説明が、ようやく山場を迎えたようだ。 「つまり、あの使い魔は、始祖ブリミルの…何じゃったかな?」 「『ミョズニトニルン』です! このルーンはミョズニトニルンの証に他なりません!」 コルベールは、禿頭に光る汗を拭きながらまくし立てた。 「ふむ、確かにルーンは同じじゃ。しかし、それだけで決め付けるのも早計かもしれん。」 「それは…そうですが。」 コルベールもようやくオスマンとの温度差を感じたのか、学院長室に微妙な空気が流れる。 ちょうどその時、ドアがノックされた。 「誰じゃ?」 「私です。オールド・オスマン。」 扉の向こうから、ミス・ロングビルの声が聞こえてきた。 「ヴェストリの広場で、決闘している生徒がいるようです。」 「全く、暇な貴族ほど性質の悪い生き物はおらんな。で、誰が暴れておるんだね。」 「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」 「あのバカ息子か。親に似て女好きな奴じゃ、どうせ女の取り合いじゃろ。相手は誰じゃ?」 「それが、メイジではなく…ミス・ヴァリエールの使い魔だという話で…」 オスマン氏とコルベールは顔を見合わせた。 「教師達は、決闘を止める為に『眠りの鐘』の使用許可を求めています。」 オスマン氏の目が、鷹の様に鋭く光った。 「ふん、子供のけんかじゃ。放っておけと伝えよ。」 「わかりました」 ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。 「オールド・オスマン。」 「うむ。」 オスマン氏が杖を振ると、壁の鏡にヴェストリ広場の様子が映し出された。 ヴィオラートは驚いていた。ウニを持った瞬間、ウニの成分・能力・産地までもが手に取るように判った。 そしてまるで、ウニが体の一部、手の延長にでもなったかのような一体感。 「うにー!!」 ヴィオラートの叫びが、ヴェストリの広場に響き渡った。 (栗だ) (栗だよな) (くり。) (それは栗だ) (どう見ても栗だ) (どちらかといえば栗だな) その瞬間、ギャラリーの心が一つになる。 ウニと名づけられた何かが、迫るワルキューレに接触したその瞬間――― ウニは、ワルキューレを巻き込んで大爆発し、ワルキューレごと粉みじんになった。 (ウニって、こんなに強かったっけ…) ヴィオラートは、額のルーンに関係あるのかな? と、ほんの少し考えを巡らせた。 「ば、爆弾!? どこからそんなものを手に入れ…いや、決闘に爆弾を使うなど、卑怯…」 ギーシュの発言は、そこで止まった。ヴィオラートがほんの少し、真剣な顔に変わったから。 「言ったでしょ?あたしは錬金術師。これはあたしが自分のために、自分の力で用意したんだよ?」 ヴィオラートが一歩前に出る。ギーシュが一歩下がる。 「ギーシュくんも、冷静になって、ちゃんとお話できれば、誤解だってわかると思うんだけどなあ。」 ヴィオラートは歩を止め、あくまでも穏やかな笑顔でギーシュに語りかける。努力のあとは認められるが、意識して穏やかな笑顔を作っているというのがまるわかりな、威圧感たっぷりの笑顔で。 「ね? お話を聞いて?」 「く、来るな!」 ギーシュは慌てて薔薇を振る。花びらが舞い、新たなゴーレムが六体あらわれる。 「どうして、わかってくれないのかな…」 ヴィオラートは哀しげにそう呟き、バッグの中から渦巻状のハーモニカを取り出す。 「あんまりはりきりすぎると、こうなるんだよ…ギーシュくん。」 額のルーンが輝きを増し、渦巻状のハーモニカが不思議な旋律を奏でる。 「あ…れ…? こんな、ちかりゃが、はいらにゃ…」 まるで心そのものを削られたかのように、ギーシュは脱力し、地面に倒れ伏す。 広場に、歓声が轟いた。 オスマン氏とコルベールは、遠見の鏡で一部始終を見終えると、顔を見合わせた。 「オールド・オスマン。」 「うむ」 「あの平民、勝ってしまいましたが。」 「うむ」 「見ましたよね!? 不思議な道具を使いこなす、これぞミョズニトニルンの証ではありませんか!」 「うむむ…」 「オールド・オスマン! 早速王室に報告して、指示を仰がないことには…」 「それには及ばん」 オスマン氏は、重々しく頷いた。白いひげが、厳しく揺れた。 「どうしてですか!? これは世紀の大発見ですよ? 現代に蘇ったミョズニトニルン!」 「ミスタ・コルベール。大発見だからこそ、慎重にならねばならん。」 「はあ」 「王室のボンクラどもに過分の力を与えて、どうしようというのだね? 戦争でもしようと言うのか?」 「そ、それは…」 「そしてまあ、間違いの可能性もまだ無いとはいえん。報告するにしても、拙速に過ぎる。」 「ははあ。学院長の深謀遠慮には恐れ入ります。」 「この件はわしが預かる。他言は無用じゃ。」 「は、はい! かしこまりました!」 オスマン氏は杖を握ると窓際へと向かった。歴史の彼方へと、思いを馳せる。 「伝説の使い魔『ミョズニトニルン』か。どんな姿をしておったのかのう…」 夢見るように、そう呟いた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁12話「品評会EXステージ」 ルイズが地獄を見た日から、半月程日々が流れた。 真っ白な灰となり、風が吹けば飛び散ってしまいそうな程にか細い存在と成り果てていたルイズも、既に何時もの調子を取り戻している。 宮廷は王位継承で連日大賑わい、ルイズ達の罪状も恩赦で無かった事に。 晴れ晴れした気分になれるはずのそんな日々を、より満ち足りた物にするイベントがルイズ達を待っていた。 「私達に芸を披露しろと?」 ルイズが呆気に取られた顔で問い返すと、コルベールは満面の笑みで頷いた。 「ああ、この間の品評会が特に好評でね、あれを王位継承祭の時に披露して欲しいと宮廷から打診が来たんだ。光栄な事だ、是非頑張ってくれたまえ」 その宮廷を散々騒がせた当人達に頼む事じゃないのでは。とか思ったが口にはしないルイズ。 上位三人、タバサとキュルケとルイズの使い魔を王都特設ステージで披露するという趣旨だ。 派手すぎるイベントはそもそも好まないタバサは無表情のまま、拒否オーラを出している。 キュルケは評価された事自体は嬉しいようで、面倒そうにしつつも悪い気はしてない模様。 そしてルイズ。声をかけてもらったのは嬉しいのだが、宮廷で目立つのはもう避けたいと思っていた矢先であるので、返答に困る。 「色々あったけど、それも含めての依頼だ。気にせず全力で披露してくるといい」 コルベールのそんな勧め言葉に、ルイズ達は頷くしかなかった。 「ふれいむうううううううううう!!」 泡を噴きながらぴくぴくと震える愛する使い魔を抱きかかえながらキュルケが絶叫する。 すぐ隣ではタバサの使い魔シルフィードが、同様に痙攣しながら引っくり返っていた。 ルイズ、キュルケ、タバサの三人はそれぞれの使い魔を伴い早めに会場入りしていた。 引率のコルベールが王室付きの医師を呼んできて、倒れた二体の使い魔の症状を見てもらうと、何らかの薬物中毒であるとの事。 すぐに治療した為大事には至らなかったが、魔法を持ってしても回復には丸一日かかるそうだ。 ひとしきり憤慨した後、さてどうするかとなった。 使い魔抜きでは芸の披露など出来ない。 コルベールは運営委員会に事情の説明をして、今回は出場を見合わせるといった旨の発言をするが、三人は納得しなかった。 あれから更に練習を重ねて練度を上げてきた珠玉の芸である。 何より、これが事故ではなく誰かの故意によって引き起こされた事態であると思われた事が四人を頑なにしていた。 ルイズは額に皺を寄せっぱなしである。 「冗談じゃ無いわ。何処の何方様か知らないけど、そんなに私達の芸が嫌だっていうんなら、絶対にやりきってあげる」 完全に戦闘体勢のキュルケ。 「犯人消し炭に変えるのは後よ。今はステージを成功させて奴の鼻を明かしてやるわ」 タバサもまた薬物の使用が余程気に入らなかったのか、顔に出さず激怒していた。 「……許さない」 誰一人止まってくれそうにない。それ以前にコルベールは剣振り回しながら犯人探しに行こうとする燦を止めるので手一杯である。 コルベール抜きのまま、どうするかの相談は続く。 たまたまその場に居合わせてしまった不幸な王室付き医師も巻き込んで、何とかステージのアイディアは纏まる。 細かい詰めに入る頃にはようやく燦も落ち着いてくれ、コルベールと燦も交えて突貫作業の準備が始った。 「な、何とか間に合ったわね」 肩で息をしながらルイズがそう呟くと、キュルケも壁にもたれかかって荒い息を吐く。 「間に合ったっていうのコレ? いやそれでももう、やるしかないんだけどさ」 「大丈夫よ、きっとウケるとは思うわ。というかこれだけやってウケ無かったら私暴れるわよ」 「そんな元気が残ってればね」 タバサと燦の方もどうやら終わったらしい。 最後の打ち合わせを終えると、コルベールは舞台天井に登ってスタンバイ。 「……何で私もココに居るのよ」 お祭りという事で遊びに来ていたモンモランシーが何故か付帯袖に居る。 ぶちぶち文句を言うモンモランシーを、逃げたら燃やすの一言で連れてきたキュルケはぴしゃっと言い放つ。 「うっさい、ギーシュはお兄さんと一緒なんでしょ? だったらどうせ暇なんだから付き合いなさい」 「もう充分付き合ってあげたでしょ! 何で私が大工仕事なんてしなきゃならないのよ……」 ぐちゃぐちゃ言った所で、既に会場は満員御礼。 前席の貴族席はもとより、外野席に当たる平民用の席も立ち見が出る程の大賑わいである。 モット伯の件は宮廷のみならず平民達の間でも有名で、そんな連中が一体何をやらかしてくれるのかと皆興味津々なのである。 モンモランシーもここまで付き合ってしまった為、引っ込みがつかなくなってしまっているのだ。 大きく深呼吸一つ。 ルイズは舞台袖で皆に気合を入れる。 「行くわよ!」 まずはルイズとキュルケの二人がステージへ出る。 この二人こそモット伯晒し者事件の主犯である。自己紹介が済むと後席の平民達がわっと沸く。 平民を守って悪徳貴族を懲らしめた、そう街中に広まっているせいかエライ人気である。 思わぬ好感触に、二人は気をよくしつつ芸の準備に入る。 二人が引っ張ってきたのは巨大な箱である。 下に車輪がついているおかげで、スムーズな移動が可能なそれを観客達の前で一回転させ、タネも仕掛けも無い事を示す。 何をするつもりかと観客達が見守る中、ルイズがその箱の中に入ってしまう。 箱の上部にある穴から首を出し、準備完了。 箱の大きさはちょうどルイズの体全体がぴったり収まる大きさで、中で身動きする余裕もほとんどない。 そこでキュルケが取り出だしたのは一本の剣。 ルイズとキュルケ、二人の視線が絡み合う。 「い、いいわよっ!」 「おしっ、遠慮無しでいくから覚悟決めなさい」 ぶすーーーーーーーーっ!! 宣言通り遠慮呵責無しに、深々と箱に剣を突き刺した。 箱の上部から飛び出しているルイズの顔が、見るも無残に変形する。 観客席、特に貴族の多い前席からは小さい悲鳴が上がるが、すぐにルイズがにこっと笑ったおかげで皆が安堵する。 もちろん芸はこれで終わりではない。 アシスタントモンモランシーが、舞台袖から剣を十本、重そうにしながら持って来る。 「ちょ! ちょっとキュルケ!」 洒落にならぬ気配を感じ取ったルイズは、顔中から嫌な汗が垂れるのを堪えながらキュルケに抗議する。 「一本や二本じゃ誰も納得しないでしょ」 「だったら最初っから言っときなさいよ!」 「何言ってるの。最初に言ったらアンタ嫌がったでしょうに」 小声でぼそぼそと言い合いながらも、キュルケは剣を受け取り、早々に構える。 「いや、それ死ぬから! 本気で死んじゃうってばあああああああっ!」 「舞台袖に王宮付き医師揃えてるんだから、即死以外は何とかするわよ」 「人事だと思って……ぎゃあああああああああああ!!」 ルイズの悲鳴に重なるように、キュルケはもうこれでもかという勢いでぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすと剣を突き刺していく。 都度貴族のご息女とも思えぬ、もぬすごい顔になるルイズ。 そう、この手品。タネも仕掛けも本当に無いのである。 気合で耐えて、ステージが終わるなり舞台袖に控えている王宮付きの優秀な医師達に魔法で治してもらうつもりなのだ。 箱の底板から赤黒い何かがじわっと染み出てくる。 上部の板にはルイズが吐き出した血が放射状に飛び散り、舞台上まで血しぶきが舞っている。 キュルケは全ての剣を突き刺し終わると、一礼をしようとするが、箱を振り返ってこんこんと叩き、ルイズにも礼をするよう促す。 当然、剣が十一本も刺さってるルイズはそれどころではない。 頭がぐでーっと穴の縁によりかかるように寝転び、反応すら出来ない。 それを見たキュルケは肩を竦めて見せ、観客達に大きく礼をして締めた。 観客達の大爆笑を背にステージ袖まで箱のままルイズを引っ張っていく。 誰も大貴族ヴァリエール家の娘が、本気で自分に剣刺してるなんて思ってもみないのだ。 奥にはサイレントの魔法で音が外に漏れぬようにしてある、簡易手術室が用意されていた。 「早く! 顔が土気色になってきてるわ!」 医師達は呆れすぎて文句を言う気にもならないらしい。 「……すげぇ……本気でやりやがった……」 「馬鹿! ぼさっとしてる場合か! すぐに手術にかかるぞ! バカバカしいとか思うなよ! むしろその勇気を称えろ! そうとでも思わなきゃ治してやる気になんてなれんからな!」 「急所外せばいいってもんでもないだろ……うっわ、ひでぇなこりゃ。この出血でまだ息があるとかそれが既に奇跡だろ」 次なるはキュルケの出番である。 フレイムがやる予定であった火の輪くぐりをキュルケ自身で行うのだ。 流石に品評会の時のような精度を維持しつつアクションは無理なので、火の輪はコルベール作成の鉄の棒に藁を巻いて油を浸し、火を付けるようになっている。 が、実際に火をつけてみたモンモランシーは確信する。 『……こんなのくぐったら自分も燃えるわよ、絶対』 コルベールが油の量を誤ったのか、凄まじい勢いで燃え盛る炎。 実はこれ、自分だけ痛いのが許せないと思ったルイズが、油の量を倍に増やしていたのだ。 曰く「このぐらいスリリングな方がきっと盛り上がるわ! キュルケも私の配慮にきっと感謝するわね!」だそうである。 モンモランシーが舞台袖に戻ってくると、キュルケが水を頭から被っている所であった。 この時体に纏わり付いた水を、モンモランシーとタバサが魔法で操り、火からキュルケを守るというのがこの芸のタネであった。 「キュルケ、多分無理」 炎の勢いを見たタバサは即断する。 「何言ってるのよ! 今更引っ込みつかないでしょ! 二人共頼りにしてるんだから頑張ってよね!」 モンモランシーとタバサは顔を見合わせる。 「……あの氷の矢に耐えたキュルケだし、きっといけるわよね?」 「耐えられるとは思う。患者が一人増えるだろうけど」 三つ程用意されていた火の輪は、その全てが紅蓮の炎で燃え上がっている。 キュルケは、舞台袖から走り出して行った。 モンモランシーとタバサの目には、その背中がうすらぼんやりと透けて見えたような気がした。 いきなり飛び出してきたキュルケは、まず一つ目の火の輪に頭から飛び込んでくぐり抜けると、すぐに立ち上がって観客達に礼をする。 にこやかに笑うキュルケであったが、内心それ所ではなかった。 『何よこれ! 滅茶苦茶熱いじゃない! どうなって……』 一応危ないからと厚手の服を用意していたのだが、その随所から火が上がっている。 水の幕なぞ一瞬で蒸発してしまった模様。 『たばさもんもらんしいいいいいいいいいい!!』 一度引っ込んで再度水の魔法を、そう思ったのだが、観客達は先の芸と同じ芸風かと大笑いで迎えている。 既に引っ込みはつかない。 『ああもうっ! やればいいんでしょやれば!』 豊満な肉体を誇るキュルケの衣服が、炎で焼け焦げ、瑞々しい皮膚が外に晒される。 服の端から燃え尽きていく形になっているので、長めのスカートの端から少しづつ艶やかな太ももが姿を現す。 アクションの大きさもあって、絶対領域は確実に失われていく。 上着は端からではなく、はち切れんばかりに漲った胸部の上から黒ずみ、下の柔肌を露出させていく。 アクションのみではなく、得意の扇情的な仕草を交え、時に淫らに、時に激しく動いて観客達に応える。 キュルケはもう色んな意味でヤケになっていた。 きっちり台座に固定してあった火の輪を素手で掴んで、逆上がりまでしてみせる。 のんびり火の輪の中に座り込みながら欠伸をするなんて真似までやったキュルケは、最後にステージの前に出て会釈をした。 その頃にはもう全身が燃え盛っており、余りに派手な演出は、観客を存分に驚かせ、満足させてくれた。 ロクに前も見えない状態で何とか舞台袖に引っ込み、簡易手術室に駆け込むと、すぐさま全身に水をぶっ掛けられた。 「馬鹿か!? こいつら揃いも揃って発狂してるのか!?」 「普通熱くて動けなくなるだろ! 何で平気な顔してアクションとかやってられんだよ! おかしいだろコイツ!」 信じられぬといった顔の医師達を前に、キュルケはか細い声で言い放つ。 「……き、きあいとこんじょーよ……」 手を上げ、親指立てようとしたが、指が半ばから炭化していて動いてくれなかった。 「アホかあああああああ!! 気合も根性も使いどころ間違えすぎだろ! 誰が得すんだこれ! いやマジで教えてくれって!」 「何という病人。コイツが将来どうなっちまうのか、不安すぎて笑いが止まらん」 ちなみに魔法が無ければ間違いなく死亡である。 いかに火に慣れているとはいえ、全身に二度から三度の熱傷とか医師が匙を投げても誰も責めないレベルだ。 キュルケのステージ直後、大慌てで舞台の天井から降りてきたコルベールに、タバサは冷静に言った。 「あれならまだ治療が間に合う。ミスタ・コルベールがもしもの為に医療スタッフをと言った時、二人が反対しない所か諸手を挙げて賛成した理由をもっと考えておくべきだった……」 「しかしっ!」 「何を言ってももう遅い。次のステージは安全だから安心して」 キュルケもルイズも、この芸にはタネがあるとコルベール、タバサ、燦を騙くらかしていた訳で。 既にステージもラスト、今更中止した所で状況は変わらない。 「説教は私もする。とにかくこれを終わらせないと」 との言葉に渋々コルベールは従った。 最後は燦とタバサのステージだ。 直径3メイルを越える巨大な水槽を、タバサと燦の二人でえっちらおっちらとステージに引っ張り出していく。 コルベールは天井で待機。 しかる後、モンモランシーが人間サイズの箱を引っ張り出してくる。 箱の上部にはロープがついており、その上端は天井裏の簡易な滑車に繋がっていて、ハンドルはコルベールが握っていた。 極めて単純な芸だ。 箱の中に燦が入り、滑車を使って水槽の中に落とす。 箱には穴が空いており、観客の見ている前で箱の中へ水が入っていく。 水槽は箱より高い水位である為、水は箱の中を満たしてしまい、中の人間は溺れてしまうだろう。 が、中に居るのは人魚の燦だ。水を被ると人魚になってしまうが、溺れるという心配だけはない。 確実に中の人間は溺れ死ぬだろうという所まで放置した後、箱を引き上げ、タバサが魔法の布と言って乾いたタオルを箱の上から差し入れる。 それで水気を拭いた燦は人に戻り、扉を開ければ万事おーけいという訳だ。 最後の最後でまともな芸、これを見事に成功させステージで締めくくった二人は、協力者二人と共にステージ前面に並ぶ。 すぐに舞台袖からタンカに乗せられたままのルイズとキュルケも現れる。 それを見た観客達の爆笑を受けながら、六人は礼をし、ステージを終えた。 「ねえキュルケ。何かこう不条理じゃないこれ?」 「理不尽よね。私達だけこんな目に遭ってるのって」 どう考えても自業自得な二人の愚痴を聞いてくれる者は誰も居なかった。 後日、王都トリステインにとある噂が流れた。 例のステージ、あれ実は本当に大怪我を負っていたという噂だ。 出所も確かであったその噂は、しかし一笑に付された。 緊迫感もあり、スリリングなステージであった事は認めるが、まさか本当に刺したり燃やしたりする馬鹿が居るわけがない。 ましてや相手は貴族だ。そんな愚かな行為をどうしてしなければならないのか。 手品の世界では、まさか、という事を本当にやるからこそ客は驚き喜んでくれるという考えがある。 正にそれを地で行く展開であった。 命を賭した決死の芸は、長くトリステイン貴族に限らず平民にまで語り継がれる素晴らしいステージとなったのであった。 当然その後も出演依頼が殺到したのだが、生徒達に伝わる前に学園側が断固としてこれを拒否した。 無理からぬ事であろう。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページゼロの剣士 #1 「起きなさいヒュンケル! すぐに出かけるわよ!」 その日の朝は、ルイズのそんな言葉から始まった。 まだ眠っていたヒュンケルが気だるげに目を開けると、ルイズはとっくに制服を着こんで彼を見下ろしていた。 部屋はまだ薄暗い。 宵っ張りで朝に弱いルイズにしては異常な早起きである。 「どうした? 今日は休みではなかったのか?」 今日は虚無の日――ハルケギニアの休日のはずだった。 額に手を当てながらヒュンケルが聞くと、ルイズはひっくりかえりそうなほどふんぞり返って答えた。 「休みだから出かけるのよ! さあ準備して!」 ルイズは、早くしないとキュルケが云々とぶつぶつ言っているが、 殆ど身一つで召喚されたヒュンケルにはさほど用意することもなかった。 軽く身づくろいをし、「では行くか」と言って部屋を出て行こうとすると、ルイズに慌てた声で呼び止められた。 「忘れ物よ」と言ってルイズは、ヒュンケルに楽器のケースのようなものを渡してくる。 「この中にアンタの剣が入ってるわ。しっかり護衛してよね!」 そう言うとルイズはヒュンケルの背を押して、早く早くと急き立てた。 #2 トリステイン魔法学院には大きな厩舎がある。 王都トリスタニアに行くのに徒歩で二日はかかるここでは、移動に馬の存在が不可欠なのだ。 そんなわけで何処かに出かける段にあっては、同じ目的でここに来た者と遭遇することはそう珍しいことではない。 今朝も例のごとく、厩舎に近づくルイズ達に向かって先客が手を上げた。 「御機嫌よう。君もお出かけかね?ミス・ヴァリエール」 「おはようございます。オールド・オスマン」 厩舎の前にいたのはこの学院の長、オールド・オスマンだった。 傍らには緑髪の美人秘書、ミス・ロングビルも立っている。 オスマンは馬車の御者に少し待つよう命じると、いそいそと二人のところにやってきた。 「そちらが噂の使い魔君かな、ミス・ヴァリエール?」 オスマンはちらりとヒュンケルを見ると、ルイズに聞いた。 ヒュンケルの目にはオスマンの瞳が、不思議な親密さを漂わせているような気がした。 「ええ、こちらが使い魔のヒュンケルです。オールド・オスマンもこんなに早くにお出かけですか?」 ルイズはまだ太陽も昇りきっていない空を見上げて言った。 先に述べたように厩舎で人と会うこと自体は珍しくないが、この場合は時と相手がいささか特殊だ。 ルイズが言うのもなんだが、学院長がこんなに早く出かけるとは火急の用かといぶかしむ。 しかしオスマンは、眉をハの字にして子供のような表情を作ると、少年が友人にするような調子で愚痴った。 「それがのう、『土くれのフーケ』対策がどうので王宮の連中に呼び出されちまったんじゃよ。 あいつら忙しいとかなんとか言って昼前には来いとか言ってきおった。おかげでこんな早起きする羽目に……」 そこまで言ってオスマンはオヨヨと泣くと、ミス・ロングビルの胸に抱きついた。 そのままオスマンは「かわいそうなワシ……」などと泣き真似をして頬をスリスリしている。 ルイズはおそるおそるロングビルの顔を見上げたが、 かの辣腕秘書はピクリとも眉を動かさずにオスマンを張り手で一蹴すると、眼鏡を掛け直して通告するように言った。 「オールド・オスマン。駄々をこねてないで早く行ってください。遅刻しますよ」 どうやらロングビルの方は王宮に行かず、学院に残るらしい。 彼女は害虫を追い払うように手を振って急かしたが、オスマンがいなくなるのが嬉しいのか、その口元はほころんでいた。 まあ、あんなセクハラされてりゃそうなるわよねとルイズも内心同情する。 片頬を腫らしたオスマンは「つれないのう」と嘆きながら馬車に乗りかけたが、思いついたようにぴたりと足を止めた。 「そうじゃ、ミス・ヴァリエール。もしや君も王都に行くのかね?」 「え、ええ。そのつもりですけど?」 なんだか悪い予感を感じつつルイズが答えると、オスマンはにやりと笑って言った。 「それならせっかくじゃから、ワシと一緒に行かない?」 #3 馬車で街へ向かう道中、ルイズはどうにも落ち着かずにモジモジしていた。 ――オールド・オスマン。 齢三百とも言われるこの老メイジは、ある意味貴族の位階などを超越した偉大なメイジだ。 オスマンは気さくなエロジジイとしても有名であるが、重々しい肩書きと裏腹のそんな振る舞いがルイズにとってはまた妙な緊張を強いた。 オスマンは今、ルイズの隣で両の頬を赤く腫らして使い魔のネズミを撫でていた。 馬車に乗りこむ際に、使い魔の目を通してロングビルの下着を覗いていたのがバレたのだ。 ロングビルの必殺の張り手を二発も食らったオスマンはそれでもさほど堪えた様子も見せず、 ネズミ――モートソグニルに「白かあ。黒の方が似合うのにのう」などと呟いている。 ちなみにこの馬車は一つの席に二人ずつ乗れる四人乗りなのだが、 オスマンの希望でルイズとオスマンが隣同士、ヒュンケルは一人で座っていた。 ルイズにとってなんとなく気に入らない配置だったが、 学院長に異議を唱えるもはばかられ、ルイズはそわそわと膝を動かしていた。 「ところでオールド・オスマン。『土くれのフーケ』とは?」 意外なことに、最初に話題を出したのはヒュンケルだった。 土くれのフーケ。 それはオスマンが王都に行く理由として挙げた人物だ。 どうやらヒュンケルが学院長の相手をしてくれそうだと安堵の吐息をつくルイズの横で、オスマンがその白眉を持ち上げた。 「フーケといえば有名な盗賊よ。巨大なゴーレムを操り、強力な防御魔法がかけられた壁をも錬金して 土くれに変えてしまうことからその二つ名が来ておる。なんじゃ、君は新聞を読まんのか?」 長い顎鬚を揉みながらからかうように笑うオスマンに、ヒュンケルは文字が読めぬことを伝えた。 ヒュンケルは不思議なことにこの世界の言葉は使えたが、文字の読み書きまではできなかった。 当然新聞も読めず、この世界にきて日が浅いこともあってまだまだ世事には疎い。 そしてそんなヒュンケルを、オスマンは珍獣でも眺めるようにまじまじと見つめた。 「学がなさそうな顔でもないがのう。一体、君はどこから召喚されてきたんじゃ?」 「……遠いところです」 ヒュンケルは未だ誰にも、自分が異世界から召喚されたことを告げていなかった。 言って信じてもらえるか疑わしかったこともあるが、本心のところは自分でも分からない。 あるいはまだ、自分の過去と向き合う覚悟ができていないからだとも思う。 それきり沈黙したヒュンケルの様子をどう感じたか、オスマンは話題を変えるように明るく言った。 「そういえば君は、ミスタ・グラモンを剣で一蹴したそうじゃな。 随分な名剣だぞうじゃが、ちょっとワシにも見せてくれんか?」 無邪気に両手で拝んでみせるオスマンに、ヒュンケルはルイズの様子を窺った。 安心したら今度は退屈になったのか、ルイズは心なしか苛々している様子だった。 自分の愛剣を見世物のように扱うのは気が引けたが、ルイズの手前、学院長の頼みを断るのも角が立つ。 ヒュンケルは魔剣を入れていたケースを開けると、オスマンにそれを差し出した。 「ほうほう、コレがその剣か。見たことのない、珍しい金属で出来ているのう。 それに土メイジの魔法とも違う、不思議な力を感じるが?」 土系統のメイジは物の材質の見極めに秀でている。 卓越した土のスクウェアであるオスマンは、魔剣を少し触っただけでその特異性を言い当てた。 心なしかこちらを見つめる目にも鋭いものを感じて、ヒュンケルはその身を引き締めた。 オスマンが言う不思議な力、それは魔剣に潜む能力「鎧化」の力に他ならないだろう。 さて、なんと答えたものかとヒュンケルは頭を悩ませたが、なにを考えたかオスマンはまたネズミの方に耳を傾けた。 「なんじゃモートソグニル。ん、ピンク? いやいや、見るのはバスト80サント以上に限ると言ったじゃろうに」 つい先ほど閃かせた眼光はどこへやら、オスマンは再びただの好々爺に戻っていた。 一体、この小さな使い魔は何を見たのか? ささやかな謎はすぐに暴かれる。 こいつめーなどと言ってネズミをツンツンつつくオスマンの隣で、何かがぶちりと切れる音が聞こえたから――。 「こ、こ、こ、このエロジジイ~~っ!!!」 沈黙を守っていたルイズが、顔を真っ赤にしてぶちぎれた。 初めこそ緊張で忘れていたが、ルイズからしてみれば今日は使い魔との初めてのお出かけ。 絶対口に出したりはしない――というより、 彼女自身そう思う自分を目いっぱい否定していたが、ルイズは今日という日を楽しみにしていたのだ。 乗っていく馬も事前にチェックし、道中の会話もシミュレーションし、 ルイズの手綱さばきに感心するヒュンケルの声まで脳内で再生されていたのに、 オスマンはそれを初っ端から邪魔したばかりかルイズのNGワード「お乳」を見事に踏みつけた。 ――この恨み、晴らさでおくべきか。 もはやルイズは、立場も場所も失念していた。 馬車の中、誤解じゃ~と喚く声と同時に、爆発音がヒュンケルの耳をつんざいた。 #3 どこかから愉快な音が聞こえた気がして、キュルケは髪をいじっていた手を止めた。 少しメイクに力を入れすぎて、予定より遅い時間になってしまった。 そろそろ寝ぼすけのルイズも起きてしまうかもしれない。 キュルケはマントを羽織ると使い魔のフレイムを撫で、「今日はお留守番よ」と言いつけた。 忠実な使い魔は少し寂しげな声をあげたが、結局またのそのそと寝床に戻って二度寝を始めた。 キュルケは部屋から出ると、慣れた手つきで隣室に解錠の魔法をかけた。 鍵が開いたのを確かめ、ルイズを起こさぬよう静かにドアを開ける。 「ヒュンケル~? 起きてる~?」 ドアから顔だけ出したキュルケは、そのままの姿勢で固まった。 阿修羅のごとく怒り狂うルイズが待ち伏せしていたならまだマシだったが――部屋はもぬけの殻になっていた。 ルイズもヒュンケルもおらず、壁にかかっていた剣もない。 まさかと思いつつ部屋に入ったキュルケは、テーブルの上に自分宛ての置き手紙を見つけた。 震える手で取って読んでみるとそこには、 「や~いや~いバ~カ!ヒュンケルはわたしのものよお!」といった趣旨のことがルイズ独特の高慢ちきさで書いてあった。 キュルケは手紙をグシャッと潰してついでに焼き払うと、猛ダッシュで外へ駆けだした。 前ページ次ページゼロの剣士
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前ページ次ページゼロのイチコ 「さて、貴女は今どうするべきかしら?」 ここはトリステイン魔法学院、女子寮の私ことルイズ・ド・ヴァリエールの部屋。 そして目の前で両足を折りたたんで座っている、もとい浮いているのが私の使い魔であるイチコ・タカシマである。 「勝手なことをしてごめんなさい、ご主人様」 と手を前に突き出し、頭を下げた。 ギーシュとの決闘後、イチコが帰ってきたのはその日の夕方だった。 その間に起こった事と言えば、いつもどおりの授業といつもどおりの昼食、そしてモンモランシーが放った水の魔法の爆音だけである。ギーシュは午後の授業に出てこなかった。 イチコが帰ってきたのはそんな一連の出来事が終わった後、私が寮に戻って探しに行こうかと思案していた頃であった。 幽霊だし、誰もイチコを殺せない。既に死んでいて死なないのだからそのうち帰ってくると思っていた。 だけれども昼食の時間になっても帰ってこないので心配になってきていた。それでも授業をサボるわけにもいかないので探しに行くわけにもいかない。 おかげで午後の授業はまるで頭に入らなかった。たびたび窓の外に視線がいった。 そろそろ窓からひょこひょこと入ってくるのではないかと考えが浮かんだ。 つまり、ここまでご主人様を心配させた罪は重く、それゆえに使い魔は罰を受けなければならない。 「『私のワガママで勝手に決闘したあげくにギーシュに負けたイチコをお叱り下さい、ご主人様』でしょ」 と鞭を振るってイチコの目の前を叩く。乾いた音が響いた。 イチコは「ひっ」と小さい声を出して青い顔をした。 「わ、わわ私のワガママで勝手に決闘してギーシュさんに負けてしまった私をお叱りください~」 良いことをした使い魔には飴を、悪いことをした使い魔には鞭を。 これは躾である。使い魔はパートナーであるが主従関係であることを忘れてはならない。 ご主人様の命令を無視する使い魔には鞭をくれてやらなければならない。 とは言え、イチコには鞭が効かない。 それじゃあご飯抜き――と考えたがイチコはご飯を食べない。 「それじゃあ、今日は反省して廊下に立って……じゃなくて浮いてなさい」 「はぃ」 消え入りそうな声でイチコは扉をすり抜けて廊下に出て行った。 手を下に垂らし、頭を下げて去っていく様は分かりやすいぐらいに落ち込んでいた。 しかし、その姿は同情を誘うと言うよりは 「誰か呪い殺したりしないわよね?」 幽霊ゆえにそんな考えが浮いてしまった。 「うぅ、ご主人様を怒らせてしまいました」 わたくしこと高島一子はたいへん落ち込んでいます。 思い起こすこと今日の朝、食堂でギーシュさんの香水を拾い――もとい落ちたのを教えて上げた事がきっかけでギーシュさんが二股をしていることが発覚しました。 それはもう許されないことです、何が許されないかというと倫理観とか道徳とか乙女心とかそんな感じのいろんなものがミックスされて 私の怒りメーターはマックス、最大限の臨界点まで急上昇してしまいました。 許されません、許されるわけがありません。 そりゃあこの世界は私の居た世界とは違います。しかし愛はどの世界でも守られるべきです、尊い盟約なのです。それを(以下略) まあ、そんなこんなでギーシュさんと決闘することになってしまいました。 しかしながら今になって落ち着いて考えれば争いは何も生みません、あぁ、神よ。お許し下さい―― ともかく私は決闘に赴きました。 最初は死んだ、と思ったのですがよく考えたら私は幽霊ですので死ぬ訳もなく。 逆にギーシュさんを追い詰めた! そう思ったのですが、わたくしどうやら無機物には触れませんが生物には触れる模様。 ギーシュさんの突き出した手に吹き飛ばされて遥かかなた雲の上までふきとばされてしまいました。 調子にのっていた私はギーシュさんの反撃にびっくりして気絶してしまいました。 さすが魔法使い、すさまじい突き飛ばしでした! ともかくそれで学院に戻ろうとして近くを飛んでいた渡り鳥さんに話を聞こうとしたのですが皆さん私を見たとたんに猛スピードで逃げていきます。 やはり、幽霊は世間の風当たりが厳しいようです。 おかげで迷って迷って、やっと学院に帰ってきたときにはお日様が茜色に染まってしまいました。 ご主人様はカンカンに怒っていました、帰ってきたとき。 「ごめんなさいご主人様、ちょっと雲の迷路で迷ってました……あはは」 と軽く謝ったのがいけなかったのでしょう。何時間も行方不明になったのですから誠心誠意あやまるべきでした。 反省、反省します。深海魚になったように深く深く反省しています。 今日はこの廊下で寂しく一夜を過ごして、使い魔がなんたるかを見つめなおしたいと思います。 「あら、貴女は……ルイズの使い魔じゃない」 反省の念に包まれていると周りがよく見えてませんでした。赤い髪をした女性の方がすぐ傍に立っていらっしゃいました。 「はい高島一子と申します。あなたは?」 「私はキュルケ、微熱のキュルケ。あなたのご主人様の友達よ」 「そうだったんですか。よろしくお願いします」 「ぇえ、こちらこそヨロシク……にしても本当に幽霊なのねぇ」 とキュルケさんの視線が私の足元に向きます。 こう改めて他の方から幽霊だと言われるとちょっと悲しいような、諦めのような感情が沸いてくるように思えます。 「ねぇ、幽霊っぽく何か台詞言ってみてよ」 「ぇ、ぇ~っと??」 幽霊っぽく? というと真っ先に浮かぶのが 「う、うらめしや~」 「あははは、意味わかんないけどソレっぽい。上手い上手い」 「はぁ、どうもありがとうございます」 褒められて、いるのでしょうか? どうにも物珍しさで遊ばれているような気がします。 「そうだ、頼みがあるんだけどいいかしら?」 と片目をつぶってウィンクを投げかけてきました。 スタイルの良い方ですし、そういった仕草も自然に感じられました。 「な、なんでしょう?」 直感ですが、あまり良い頼みとは思えません。 「私の友達でタバサって子が居るんだけどね。その子っていつも無表情なのよ」 「そうなんですか」 「そうなのよ! おかげで友達も私だけだし、コミニケーションが不足してるの。分かるでしょ?」 「そうですね、お友達は多いほうが良いですよね」 「そう、だからタバサに会って欲しいのよ」 とキュルケさんは私の目の前で手を合わせて来ました。 友達のため、そんなキュルケさんの頼みに私は先ほどの失礼な考えを心の中で謝罪しました。 見かけはとても派手なかたですが友達想いの良い方のようです。 「分かりました、また明日うかがわせていただきます」 今日はもう日が暮れたので明日のほうが良いと思います。 「いや、今から行きましょう」 「え?」 「ちょうどタバサの部屋に遊びに行くところだったのよ、さ、行くわよ」 「ぇ、いや。私はここに居ないといけま、って、キュルケさん?!!」 手を取られると、引きずられるように私はその場を後にしました。 またご主人様に叱られそうです。 「で、ここがタバサの部屋よ」 連れてこられたのは階段をひとつ降りて、おおよそご主人様の部屋の真下に位置する部屋でした。 「しかし、こんな夜遅くにお尋ねするのはよろしくないのでは?」 「いいの、いいの。タバサ居る?」 キュルケさんが重厚な木の扉を叩きます、ですが何の返事もありませんでした。 もうお休みになったのでしょうか? 「やっぱり魔法かけてるわね」 「魔法ですか?」 「ぇえ、あの子って読書の邪魔をされるのが嫌いで。部屋に居る時はずっとサイレントの魔法をかけてるのよ。音がまったく聞こえなくなるの」 魔法と一口に言っても日常生活に便利な魔法もあるのですね。 てっきり魔法と聞くと炎を出したり風を巻き起こしたり、何か巨大な蛙を呼び出したりするのばかりだと思ってました。 「だから、あなた壁抜け出来るんでしょ? 中に入って扉を開けるように言ってくれない?」 「え、でも……」 「いいの、私に言われたって言えば良いから」 「は、はい……分かりました」 勝手に入るのが多少戸惑われたのですが、キュルケさんの言葉に後押しされるようにドアの脇の壁から部屋にお邪魔します。 「失礼しま~す、タバサさん起きてらっしゃいますか?」 恐る恐る壁から上半身だけ出して部屋の中を覗き込みました。 部屋の中にはランプの明かりを頼りに本を読んでいる方がいらっしゃいました。ベッドに腰掛け壁を背に座っています。 メガネをかけていますけど、こんな暗がりで本を読んでるとさらに目が悪くなるのではないでしょうか? ずいぶんと小柄な方でこんな暗がりでも目を引く青い髪が特徴的です。 「あの~」 と声をかけるものの反応がありません。よっぽど集中してらっしゃるのでしょうか。 と思ったら目だけが動いてこちらを見ました 「夜分遅くすいません、わたくし高島い……」 自己紹介をしようと思ったのですが、タバサさんは驚いた顔をされました。傍にあった杖を取り、こちらに先端を向けます。 そこで私は自分が壁に半分埋まった状態で止まってる事を思い当たりました。驚かせてしまった、と思う間もないほど彼女の動きは早かったように思います。 彼女は素早く呪文を唱えると宙に氷の矢を生成しました。 矢は強烈な風を伴って壁に突き刺さり、逸れた矢と狭い密室で行き場を失った風が天井にぶつかり穴を開けました。 「ぇええ?!」 と言う声と供にご主人様が上から落ちてきました。 タバサさんはこちらを凝視すると、そのままベッドに倒れこんでしまいました。 「ちょっと何があったの?!」 とキュルケさんが駆け込んで来ました。 私も改めて部屋を見渡すとキョトンとした顔で座り込んでいるネグリジェ姿のご主人様、杖を握り締めたまま気絶しているタバサさん。 自分の姿を確認すると氷の矢が頭から突き刺さっていました。もちろんすり抜けているので平気なのですが。 そして天井には直径1メートルほどの穴。 「……本当に何があったの?」 おそらく、タバサさんが幽霊である私に驚かれたのが原因かと思います。 「ふ、ふふふ……」 とご主人様が下を俯き笑っておられます。 「そう、イチコったら。使い魔のくせに、使い魔のくせに」 ふふふ、と笑うご主人様。でも目が笑っていません。 「廊下に立たされただけで、こんなイタズラを思いつくなんて。ど、どど、どうしてくれようかしら……」 「ぇ、いや。違うんですご主人様」 「問答無用!」 「あぅう、ごめんなさい~」 この日は夜半までお説教を受けることになりました。 前ページ次ページゼロのイチコ
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前ページ次ページゼロのアトリエ アルビオン大陸のサウスゴータ地方、シティオブサウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道の枝道。 普段は誰も通らないその枝道を、土くれのフーケが歩いていた。 顔や手足につけられた無数の傷、それに対する応急処置が未だ生々しい痕としてその姿を晒している。 「さて、あの娘は元気にしてるかね」 ようやく森の中の集落にたどりつき、フーケはいつものように遊んでいる子供達に挨拶した。 「よう」 しかし、帰ってきた答えはフーケの触れてはいけない傷に触れてしまう。 「マチルダのおばちゃん!」 フーケの全身が一瞬固まり、しかるのちにゆっくりと手が伸びて、 その許しがたい発言をした子供の頬が掴まれ、愉快な顔が形成される。 「私はまだ二十三よっ!言ってあったよねえ?今度言ったらコロスってさあ」 あまりの迫力に恐怖を感じたその子供は、驚愕に目を見開く。 「あーごめんごめん、お姉ちゃんちょーっとやりすぎちゃったかなー?」 穏やかな笑みを浮かべるフーケだが、子供は目の端にいっぱい涙を溜めて、 フーケが手を離すと同時に大声を上げて火のついたように泣き始めた。 「うえ゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙え゙!!」 「あー…その、何だ…」 さすがに後悔して何とか泣き止ませようとしたフーケだったが、 あやせばあやすほど泣くばかりでちっとも要領を得ない。 泣き声を聞きつけたのであろうか、誰か一人、駆けてくる姿があった。 草色のワンピースに流れるような金色の光をのせて必死に駆けてくるその少女は、 まるで絵画の世界から飛び出してきたような、凄絶なまでの美しさを放っている。 その少女はフーケに気付き、花咲くように破顔してその胸に飛び込んだ。 「マチルダ姉さん!」 フーケの頬にかかったその耳が、彼女にエルフの血が混じっている事実を思い出させる。 「ティファニア」 フーケもようやく、外に向けての『土くれのフーケ』としての鎧を解いた。 「もう、マチルダ姉さんったらまた無茶したの?」 「ああ、ちょっとドジっちまってね」 傷だらけのその様子に、ティファニアは咎めるような調子で指をさす。 「だから使い魔を使ってってアレほど言ったのに」 「言ったろう?あんたの『お友達』が見つかるまでは、私も使い魔を使わない、ってね」 「もう、変なところで律儀なんだから」 ティファニアはマチルダ姉さんを心配して、ことあるごとに使い魔を使うように忠告してきたのだが… マチルダ姉さんは『自分が使い魔を召喚するのはティファニアの後』という幼い日の約束を守り続けている。 「けど、無事でよかった」 「使い魔が必要なのは私よりも、あんたの方だと思うけどねえ…」 「いいんです、何も憶えてないなんて、きっと大切な事じゃなかったんです」 マチルダ姉さんの勧めに、きっぱりと答えるティファニア。 ティファニアは、召喚したはずの使い魔と、使い魔に関する記憶を全て失っていた。 『マチルダ姉さん』とて、ただ、ティファニアの書いた一通の手紙で知っているだけだ。 『お友達』を召喚しようとしたら、平民を召喚してしまった事。 その左手に、見たこともないルーンが刻まれた事―――そしてその手紙の後、 ティファニアの使い魔などまるで初めから存在しなかったかのように消えてしまった事。 「私は、ただここでひっそりと生きていければいいんです」 「そうかい。まあ、私はあんたが良ければそれでいいんだけどね」 状況がそれを許してくれる限り、この娘には平穏の中で生きていて欲しい。 『マチルダ姉さん』は、柄にもなく始祖ブリミルとやらに祈りたい気分になった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師24~ 「ちっ!」 不利を悟ったワルドが、ヴィオラートたちから距離をとり始める。 「今日の所は引こう。だが勝利を収めるのは我々『レコンキスタ』だ」 ワルドは素早く『フライ』のルーンを詠唱し、礼拝堂のステンドグラスをぶち破って…逃げた。 「逃がさないよっ!」 ヴィオラートが反応し神聖文字を飛ばすが、わずかに届かず…ワルドは、礼拝堂の外へと逃れる。 「おのれ!待て!」 ウェールズが後を追おうとするが、 「待ってください」 ヴィオラートがそれを引き留めた。 「ウェールズさんには、これから果たすべき義務があるでしょう?」 ウェールズは我に返り、ヴィオラートに向き直る。 「それに…『遍在』を追っても、あまり意味がないんじゃないですか?」 「そうだった。裏切りに目を奪われ、我を忘れていたようだ。礼を言う、ヴィオラート殿」 落ち着いたウェールズに、ヴィオラートは三つほどのケーキが入った袋を渡し、 「あたし特製のケーキです。何て言ったらいいのか、わかりませんけど…」 そこで言葉に詰まり、心の底から搾り出すように言葉をつむぎ出す。 「憶えてますから。それで、ちゃんと伝えますから」 ウェールズは悟りきった目線をヴィオラートに贈り、 「アンリエッタには、ウェールズは最後まで勇敢に戦って死んだと。そう伝えてくれ」 それだけ言い残し、ヴィオラートたちの元を去っていった。 これをもって、ようやくヴィオラートの策全体が完全なる終焉を迎えることとなる。 もしこのワルドが本体で、なおかつ十分な行動力を保持したまま捕まるような事があった場合、 ヴィオラートの嘘が証明される…このワルドが本体である事が証明される確率が万分の一でも発生する。 そのリスクを、ほんのわずかな綻びを作らぬために、ワルドはここで取り逃がす必要があった。 一度取り逃がせば、ヴィオラートが、ルイズが、ウェールズが次に会うワルドが本体であっても、 今現在取り逃がしたワルドが本体である事を証明する機会は永遠に失われる。 ヴィオラートの完全勝利が確定した瞬間であった。 「ルイズちゃん」 結婚式を挙げようとした婚約者が『遍在』で、皇太子の暗殺を企んでいた。 放心するルイズに、しかしヴィオラートは声をかける。急ぐ必要がある。 「ヴィオラート…」 ルイズは何もかもがないまぜになった顔でヴィオラートに振り返った。 「ルイズちゃん、色々お話したい事はあるけど、今は時間がないの」 「時間?」 本当は時間を取ってあげたいが、ここで時間をかけると全てが水泡に帰してしまう。 とりあえずルイズを生きながらえさせるために、ヴィオラートは渾身の力を込めてまくし立てる。 「そう。ワルドさんが敵で、罠を仕掛けたとすると、もうすぐ敵がやってくるんだよ」 「え?え?」 「だから、早く出ないと。アルビオンを」 「どうやって…グリフォンは使えないし、船はないし…」 「大丈夫!これがあるじゃない!この小ささなら、敵も見つけられないと思うよ!」 そう言って取り出だしたる物体は、ああ、見慣れたホウキとフライングボードではないか。 「え、いやでも、それじゃあアルビオンを出るなんて…」 「フライングボードはともかく、ホウキでこんな高い空を飛んだことはないけど…」 「ちょ、ないって、それじゃあまるで実験飛行ってことに…」 「大丈夫!あたしがホウキに乗るから、ルイズちゃんはフライングボードにつかまってればいいよ!」 「そ、そう言う問題じゃ…」 「滑空するだけなら全然問題ないよ!むしろ楽しいかも!」 ルイズの命を守る為、ヴィオラートは半ば強制的にルイズをフライングボードに乗せ、 思いっきり加速度をつけて押し出した。黄ばんだ部分を押されたフライングボードは勢い良く飛び出し、 あっという間にアルビオンの蒼空の中の黒い点となって消える。 「さて、あたしも行こうっと」 ヴィオラートはホウキに乗って思い切り駆け、そして飛んだ。いや、発進した。 「ひーーーーーーーーーーーーえーーーーーーーーーー」 「わー!たのしーなー!ねえ、ルイズちゃん!こんな体験めったに出来るものじゃないよ!」 人間の体感する速さではない…少なくともこの時代の人間が体感したことのない速さに、 完全に恐慌状態に陥るルイズと、レアな体験とばかりに大はしゃぎで、 見たものがそれだけで癒されるような満面の笑みを浮かべるヴィオラート。 「あっちがラ・ロシェールって街かな!樹が見えるよ!ねえ、ルイズちゃん!」 高揚するヴィオラートは、とりあえず相手が話を聞いているかどうかは関係ないようで、 見たものや感じた事をいちいちルイズに報告し始めた。 「いーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーー」 ルイズの悲鳴が、いつまでもアルビオンの空にこだまする。 「あら?」 「どうした?何かあったのかい?」 シルフィードに揺られ、アルビオンを目指していたキュルケは、 何か凄く速くて小さい桃色のものとすれ違った事に気付いた。 「ちょっと、あれヴァリエールじゃないの?」 「?」 そう言った時には既に、ルイズは空の彼方へと吸い込まれていた。 「何か小さい点が見えるけど…これじゃ何なのか判別できないね」 「何かあったのかしら。ヴァリエールだけがあんな…」 キュルケの発言を遮るかのように、今度は錬金術師の能天気な声が空から降ってきた。 「うわーい!皆来てくれた…」 全部言い切らぬ間に、そのホウキも遥か彼方へと消えてゆく。 「なんにせよ、合流した方がいいでしょうね…」 キュルケはタバサを促し、二人の消えた方角…ラ・ロシェールへと進路を向ける。 今回。ルイズは体を張って、二つの教訓を得た。 まず一つは、ヴィオラートの楽しいと他の人の楽しいはかなり違ったものである、という事実。 もう一つ、ヴィオラートには二度と逆らわないでおこう、という真理。 この二つの教訓はルイズの深い深い心の底に刻み込まれ、生涯上書きされる事はなかった。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ 二つの月に照らされた、夜のトリステイン魔法学院。 その光が、宝物庫の外壁を歩く人影を浮かび上がらせる。 「ふん。物理攻撃が弱点、とはよく言ったものだわ。」 強力な『錬金』で全てを土くれに変える、というその手口から 土くれのフーケと名づけられた、メイジにして大怪盗。 「かかってるのは固定化だけみたいだけど、この厚さは私のゴーレムでも無理ね…」 苦労して手に入れた情報も、決定的なものではなかったということか。 「さて、一体どうしたものかね。」 考えながら外壁を降りるフーケ。 瞬きする間に、土くれのフーケはその存在を消し去っていた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師10~ 錬金術の勉強を始めたルイズ達は、心持ち以前より良好な関係になっていた。 「何をしてるの?」 「あ、ヴァリエール。いや、ちょっと魔法の練習をね。」 ほんの少し、魔法に関するものごとを除いては、だが。 「…」 たしかにルイズに対して侮蔑の感情をあらわにすることはなくなったが、そのかわり、 キュルケの言葉にあわれみのようなものが混じるようになったことが気に入らない。 実に気に入らない。 「私もやる。」 「でも。」 「やるって言ったでしょ。」 ルイズの固い決意を読み取ったキュルケは、諦めたように両手を腰に当てる。 「しょーがないわねえ。じゃ、とりあえず空にファイヤーボールでも飛ばしてみる?」 「…やるわ。」 杖を構え、ファイヤーボールのルーンをよどみなく詠唱するルイズ。 「ヴァリエール。強力なファイヤーボールが飛ぶ所を心に強く思い浮かべるのよ。」 今度こそ。何百度目かのルイズ渾身のファイヤーボールを天に向かって放った、のだが。 なぜか、脇の宝物庫が大爆発を起こす。 ルイズ達の周りに重苦しい空気が漂う。 中庭の植え込みで、その一部始終を見ていた者がいる。フーケだ。 ルイズの魔法で宝物庫の壁にヒビが入った。一体あの呪文は何だろうか? 疑問が浮かぶが、ともあれ今がチャンス。 フーケは長い詠唱を完成させ、地面に向けて杖を振る。 轟音を立てて、巨大なゴーレムが立ち上がった。 「ゴーレム!?」 最初に気付いたのはルイズ。 ゴーレムは一目散に宝物庫へ向かい、巨大な拳で宝物庫を攻撃する。 「ちょ、ちょっと、何これ!?」 キュルケが思わず頓狂な声を上げると、ゴーレムがこちらの頭上に足を持ち上げた。 間一髪、タバサの使い魔、ウィンドドラゴンが滑り込み、 キュルケ、ルイズ、最後にタバサをつかんで、ゴーレムと足の間をすり抜ける。 「ふふ、頑張ってね…」 既に目的は達したのか、フーケは何かのルーンを呟くと、どこかに飛び去った。 (…ラート、ヴィオラート…!) 「ルイズちゃん?」 溶鉱炉の内部で仕上げに取り掛かっていたヴィオラートは、 ルイズの声を聞いた気がして我に返る。ルーンが光り、 ゴーレムに襲われるルイズ、という光景が眼前に飛び込んできた。 「ルイズちゃん!」 フライングボードに飛び乗り、宝物庫に急行する。 すぐに、巨大な土のゴーレムを確認したヴィオラートは三叉の音叉を取り出し、 フライングボードの勢いを生かしたまま、ゴーレムの頭に思い切り撃ちつけた。 あたりに澄み切った重低音がこだまする。 三叉音叉が、ヴィオラートの額のルーンと同じ色の輝きに包まれ、光が溢れ… 土のゴーレムは跡形も無く崩れ去った。 「大丈夫だった?ルイズちゃん!」 そう言ったヴィオラートの顔は汚れ放題で、服は土まみれ。 でもルイズはそんなヴィオラートの姿を認めた瞬間、何かが溢れそうだったので かわりに、微笑んだ。 翌朝。魔法学院では、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎが続いていた。 巨大なゴーレムで壁を破壊する、などという派手な方法で「破壊の像」が盗まれたのだ。当然である。 破壊された宝物庫の周りには学院中の教師が集まりざわめいていた。 壁には、土くれのフーケの犯行声明が描かれている。 「破壊の像、確かに領収いたしました。土くれのフーケ。」 教師達は好き勝手に責任を擦り合っているようだ。 「土くれのフーケ!ついに我が学院にも現れたか!」 「衛兵は一体何をしていたんだね!」」 「平民など当てにならん!それより当直の貴族はどうしていたんだね」 「当直など、誰も真面目にやってなかったではないか!」 (なんで、こんなみっともない貴族ばかりなの!ヴィオラートに、貴族のこんな姿を見せたくない…) ルイズはふがいない貴族の実態に憤りを感じ、せめて自分だけは貴族たらんと決意を新たにする。 「さて」 教師達が集まりきるのを待っていたのか、オスマン氏が悠々と姿をあらわした。 「犯行の現場を見ていたというのは、君達かね?」 「は、はい!」 ルイズ、キュルケ、タバサ。そしてヴィオラート。 「ふむ、君達か。」 オスマン氏は興味深そうにヴィオラートを見つめた。 「詳しく説明したまえ。」 ルイズが進み出て、見たままを述べる。 「あの、大きなゴーレムが、ここの壁を壊して…たぶん「破壊の像」を、盗み出したんです。」 「それで…肩に乗ってたメイジはゴーレムを飛び越えて、そのままどこかに…」 「ゴーレムは、ヴィオラートが破壊しました…」 「ふむ。後を追おうにも、手がかりはなしか…」 「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその…朝から姿が見えませんで…」 「この非常時に、どこに言ったんじゃ?」 「どこなんでしょう」 そんな風に噂をしていると、ミス・ロングビルが現れた。 「申し訳ありません、朝から、急いで調査をしておりまして。」 「調査?」 「ええ。土くれのフーケの情報を。」 「仕事が速いの。で、結果は?」 「はい、フーケの居所がわかりました。」 「誰に聞いたんじゃね?ミス・ロングビル。」 「はい。近所の農民からの情報です。森の廃屋に、黒いローブの男が入って行くところを見たと。」 ルイズが叫ぶ。 「黒いローブ?フーケです!間違いありません!」 オスマン氏は目を鋭くして、ミス・ロングビルにたずねた。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日、馬で4時間といったところでしょうか。」 「ふむ…」 周囲が、オスマン氏の次の言葉を待つ。 「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ。」 周囲が、静まり返る。 「おらんのか?」 教師達は静まり返り、誰一人としてオスマン氏に向き合おうとすらしない。 ルイズはうつむいていたが、すっと杖を顔の前に掲げた。 「ミス・ヴァリエール。君は生徒じゃないか。」 「誰も掲げないじゃないですか。」 ルイズはまっすぐな目で、オスマン氏を見返す。 ルイズが杖を掲げているのを見て、キュルケも杖を上げた。 「ふふ、ヴァリエールには負けられませんわ。」 それを見て、タバサも杖を掲げた。 「タバサ。あんたはいいのよ?」 そう言ったキュルケに、タバサは 「心配」 とだけ告げ、ちらりとルイズを見る。 キュルケは嬉しそうに、タバサを見つめた。 ルイズも感動した面持ちで、タバサにお礼を言った。 「ありがとう…タバサ…」 そんな三人の様子を見て、オスマン氏は破顔する。 「そうか。では、頼むとしようか。ミス・ロングビル、案内役を頼む。」 「はい」 そう命じられたミス・ロングビルの顔には、場違いなほど妖艶な笑みが浮かんでいた。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロのアトリエ ラ・ロシェールを挟む峡谷の上。険しい岩山のわずかな平地に人影がある。 フーケが、大の字になって倒れていた。 「あの女どころか…あんなガキどもにまでやられちまったよ!くそっ!」 もはや満身創痍、体中傷だらけではあるが致命傷は一つも食らっていない。 飛ばされている途中に『フライ』をかけて『アイス・ストーム』の向かう方向へ飛んだ。 簡単に言ってしまえば、死んだフリをしてやり過ごしたのだ。 「私にトライアングル二人の足止めさせといて、自分は愛しいルイズ様の騎士役だって?ハッ!」 あの女とガキどもは当然として、あまりに自己中心的な仮面の男に対しても怒りがこみ上げてくる。 仮面の男に限らず、組織そのものがフーケには肌に合わなかった。 フーケは自己の判断で自分の気に入らない貴族を襲ってきたし、それを変えるつもりも無かったのだが、 ご立派なお題目を掲げたレコン・キスタは勝手な行動を許してくれない。 せいぜい手駒として役に立てとばかりに、休みなしに勝手な命令を伝えてくるだけだ。 少し休もう。いい機会だ。自分が『アイス・ストーム』に飛ばされる姿は何人もが目撃している。 杖を握れぬほどの怪我を負ったので静養していた、とでも言えば何とかなるし、 気が向かなければこのまま消えるのもいいかも知れない。 「誰も知らない所で…あの娘の所にでも行こうかねえ」 フーケは懐の宝石を確認し、ゆっくりと、助かった事を確認するかのように立ち上がる。 あいつらがいなくなった後、次の船あたりでこっそりアルビオンに向かおうと計画を立てた。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師20~ その木の中は吹き抜けになっていて、各枝に通じる階段が所狭しと並んでいた。 ワルドたちは目当ての階段を見つけて駆け上る。 木の階段がきしむ音を聞きながら、途中の踊り場に差し掛かった時。 ヴィオラートは、きしむ音にもう一つの足音が混じっている事に気付く。 さっと振り向くと、黒い影が翻りルイズの背後に回る。 先ほどフーケのゴーレムに乗っていた、白い仮面の男だった。 (え?) その男には見覚えがあった。見覚えのある男が仮面を被っていた。 だって、髪の色も、気取った仕草も、走る姿だって同じなのだから。 ヴィオラートは杖を向けると同時にルイズに怒鳴った。 「ルイズちゃん!」 ルイズが振り向く。一瞬で男はルイズを抱え上げた。 (まさか…まさか!) 男は軽業師のようにジャンプする。そのまま地面に落下するような動きだった。 即座にワルドが杖を振り、風の槌に打ち据えられた仮面の男は思わずルイズから手を離す。 ワルドは仮面の男を無視し、ルイズに向かって急降下していく。 ヴィオラートは一つの実験を試みる。 あるものが他のあるものと同一であるかどうか、同一条件で試し実証する。 対象は仮面の男、条件は杖の火球。 「えーい!」 仮面の男に向かって飛んだ火球は、予想通り… 風の魔法に散らされて、逆にヴィオラートを襲う。 だが、ヴィオラートは今度は額のルーンを光らせ、ほんのわずかデルフリンガーに顔を出させた。 「やいこら、またおめえはこんな時だけ急に―――」 背中のデルフリンガーに火球の全てが吸い込まれる。 「どぅあちぃぃぃぃ!!」 デルフリンガーの付け根あたりが黒いすすで覆われ、 その間に、ルイズを受け止めたワルドが『フライ』の呪文で階段に戻ってきた。 そして、仮面の男にもう一度『エア・ハンマー』を叩きつける。 仮面の男は力を失い、地面に向かって落下していった。 しばらく経っても、戻ってこなかった。 階段を駆け上った先は、一本の枝が伸びていた。 その枝に沿って一艘の船が停泊している。 ワルドたちが船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。 「なんでえ、おめえら!」 「船長はいるか?」 「寝てるぜ。用があるなら、明日の朝改めて来な。」 船員は、酒の瓶を啜りながらそう言い放った。 「貴族に二度同じことを言わせる気か?僕は船長を呼べと言ったんだ。」 ワルドは杖を抜き、船員に照準を合わせて脅す。 「き、貴族!」 船員は立ち上がると、船長室にすっ飛んでいった。 「何の御用ですかな?」 船長はうさんくさげにワルドを見つめる。 「女王陛下の魔法衛士隊隊長、ワルド子爵だ。」 「これはこれは。して、当船へどういったご用向きで…」 相手が身分の高い貴族と知って、船長は急に相好を崩す。 「アルビオンへ。今すぐ出航してもらいたい。」 「無茶を!」 「無茶でもだ。僕の『風』も力を貸す。僕は風のスクウェアだ。」 船長と船員は顔を見合わせる。 「ならば結構で。料金は弾んでもらいますが…」 「積荷全てと同額出そう。」 商談は成立し、船長は矢継ぎ早に命令を下す。 「出港だ!もやいを放て!帆を打て!」 帆が風を受けてぶわっと張り詰め、船が動き出す。 「アルビオンにはいつ着く?」 ワルドが尋ねると、 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 と船長が答えた。 ヴィオラートは舷側に乗り出し、地面を見た。『桟橋』大樹の枝の隙間に見える、 ラ・ロシェールの明かりがぐんぐん遠くなってゆく。結構な速さのようだ。 小さくなる桟橋を見つめながら、ヴィオラートは深い思索の海に沈みこむ。 ワルドはルイズにとっての敵だ。それは間違いない。 しかし、それをルイズに納得させるだけの材料は残念ながらない。 ヴィオラートが見つけた根拠は全て主観で、あるのは経験則による自己流の判断だけ。 例えそれが正しくとも、気のせいと言われれば返す言葉はない。 それにルイズは今、信じたいものを信じようとしている。そんな時の人間に届く言葉は、ない。 もしかしたら、最悪の状況でワルドと対峙することになるかもしれない。 そこで、あるいはその前に何としてもルイズの目を覚ます。 ヴィオラートはひそかに覚悟を決めて、前を向いた。 その隣にはルイズが立ち、同じように地面の方をじっと見つめている。 二人は一言も発せず、遠ざかる地面を同じように眺め続ける。 そんな二人の元に、ワルドが近寄ってきた。 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、攻囲されて苦戦中のようだ。」 ルイズがはっとした顔になった。 「ウェールズ皇太子は?」 ワルドは首を振った。 「わからん。生きてはいるようだが…」 「どうやって…連絡を取ればいいかしら。」 「…陣中突破しかあるまいな。」 ルイズは緊張した顔で頷いた。それから尋ねる。 「そういえば。あなたのグリフォンはどうしたの?」 ワルドは微笑んで、口笛を吹いた。グリフォンは甲板に着地し、船員達を驚かせる。 ヴィオラートは舷側に座り込んだ。とりあえず今は機会を待つしかない。 延々と続けられているルイズとワルドの会話を子守唄に目を閉じる。 どうやらまた危険な事になりそうだ、そんな予感を胸中に抱えて。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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前ページ次ページゼロの工作員 図書館で許可証と名簿を記入し、いつも奥の席に座っている、 顔なじみとなった青く見える黒髪を持つ少女、タバサに話しかける。 「こんにちわ」 「・・・うん」 フリーダはオスマン達から正式に異世界の人間であると認められ、この世界の教育を受けている。 講師となるのは『雪風』の二つ名を持つ、眼鏡をかけた十代の小さなメイジだ。 齢は14歳、背は140cmほどで、魔法学院2年。無言、無表情。 発育が遅れ、背が小さく大人しいために12歳ほどに見える。 生徒の中では特別優秀な存在らしく、<トライアングル>の称号を貰っていた。 フリーダはタバサの元へ通い詰め、文字や文章の読み方といった基本的なものや、 地理政治文化、歴史といったものまで、ハルケギニアについて様々な知識を学んでいる。 魔法や魔道具などの異世界の知識は、物語の中に居るようで彼女にとって面白かった。 映画や小説の設定資料や使われた道具を生で目にするようなものだ。 彼女は真綿に水を染み込ませるように知識を吸収していった。 「問題、正式名称は「王立魔法研究所」。トリステインの王都トリスタニアにあって…」 「通称アカデミーね」 「正解」 タバサは非常に無口なものの、聞けばちゃんと答えてくれる。 教えてもらう代わりに、フリーダはトリステインでは未発達と思われる自然科学や数学の知識を教えていた。 レベルの低い学院の授業に半ば飽きていたのでタバサにとっても有意義な時間であった。 「tanθ = sinθ / …」 「飲み込みが速いわね、なら…」 古風な紙媒体の本を使い、鉛筆で紙に書き取り、覚える。 脳に埋め込んだ 記憶領域 経由で覚えてきたフリーダにとって、 手で覚えるのは古臭く非効率極まりないことである。 それでも彼女は嫌いではなかった。 図書室の壁に掛けてある時計を見ると、とっくに夕食の時間は過ぎていた。 熱が入りすぎて夕食を抜かしてしまったようだ。 一段落したのでタバサと一緒に休んでいると、 いつものようにキュルケが林檎やサンドイッチの入ったバスケットを持ってきた。 タバサと図書館に夜遅くまで入り浸るようになって以来、毎晩彼女は差し入れを持って来てくれるのだ。 彼女はタバサの体調が心配だから持ってきているのだそうだ。 服や男はだらしないように見えて、実はマメで世話焼きなのかもしれない。 「それにしても、たった一週間でずいぶん懐いたわね。タバサ」 「・・・・たぶん、違う」 タバサの頬が微妙に動いた。 表情が乏しいので判りづらい、多分喜んでいるのかもしれない。 「林檎。食べる」 タバサがバスケットから林檎とナイフを取り出し皮を剥く。 危なっかしい手付きで皮ごと身を剥ぐ。 角ばった林檎が出来そうだったので。 「貸して」 不器用な姿にフリーダは見ていられなくなり、手を貸した。 慣れた手で林檎の皮を剥く。 「へえ、上手いわね」 皿の上には林檎の兎が乗っていた。 遊び心で、瞳や毛の細工を無駄に凝ってみた。 「刃物の扱い、慣れてるの?」 「ええ、昔レストランで働いてたから」 「・・・そう」 キュルケは林檎の兎を頭から食べた。シャクシャクと子気味よい音がする。 「・・・もったいない」 タバサは残念そうに兎を食べる。 無表情に見えて、可愛いもの好きなのかもしれない。 「・・・・・・」 タバサがじっとフリーダの顔を見ている。 視線は眼鏡に注がれている。 放っておいたら黙っていつまでも見つめていそうなので、問いかける。 「…掛けたいの?」 「うん」 フリーダは眼鏡を外し、渡した。 タバサは歪みのないレンズの向こうでどんな世界を見ているのだろうか。 付けた心の仮面が外れそうで、ぎこちない微笑みを返した。 「・・・度が入っていない」 「レンズを一枚通したら、世界が綺麗になって見える気がするの」 彼女はレンズと同じ、薄っぺらい『自分』に対して苦笑いする。 「今週の休み、みんなで一緒に街にいかない?」 「あたしとタバサとルイズつれてさ、買い物に行くの。案内したげるわよ」 「そうね。この国を知るいい機会かもね」 「・・・シルフィード」 「どうして私がツェルプストーなんかと」 ビルの2階ほどの大きさがある羽を広げた蒼い竜の背で、 ルイズがぶつぶつ小声で文句を言っている。 三人はタバサの使い魔、シェルフィードの背に乗り、 ハルケゲニアの王都トリスタニアへ向かっていた。 タバサが魔法で風の障壁を張るおかげで、 高度にも関わらず生身で外に出ても快適である。 ルイズはフリーダとの付き合い方を考えていた。 朝はルイズが着替えるのを手伝った後、洗濯に行き、 ルイズの授業がある昼間は平民のシエスタと共に雑用、 食事も別で、授業後はタバサと勉強、忌々しいツェルプストーとも仲がいい。 其処まで考え、気付く。自分は存在感がゼロのルイズではないのかと。 会話する暇がないじゃない! そういえば、まだ学校から貰ったフリーダの下着の替えや 制服以外の服は用意していなかったなと思い出した。 先日、ツェルプストーがフリーダと一緒に買い物に行こうと粉をかけていた。 先祖代々寝取られてきたツェルプストー家に使い魔まで取られては堪らない。 焦ったルイズは主人の懐の深さと、偉大さを示すため、 街で物でも買い与えようかと思っていた。 その矢先の出来事であった。 「壮観な光景ね」 上空のシルフィードから街を見下ろす。 街の中央に聳え立つ、白い石造りの尖塔。 王城を中心に整備がなされた街路は巨大な人口を抱える都市にも関わらず、 一様に入り組み細く狭い。 街を二部する巨大な河を隔て、街と城に分かれている。 どうして街路を広くとらないのか彼女は不思議に思った。 旅なれた彼女には一目で判る。 こうした不自然な景色は、たいてい設立初期に戦争があったためだ。 「トリステインの王都よ。ここらじゃ一番大きな町なんだから。特産品は…」 ルイズが誇らしげに説明している。 だが、フリーダの冷静な目に映るそれは、ただの街だ。 そして人殺しの専門家、暗殺者であるである彼女は、 無価値なものを美しく飾ろうとするすべてが嫌いだった。 トリスタニアの大通りを歩く。 休日の通りには露天が出展し、元々5mほどしかない道を更に狭くしていた。 「狭いわね。これでも大通りなの?」 ルイズが怪訝な顔をする。 「アンタどんなとこに住んでたのよ」 「私の住んでいた街はこれの3倍はあったわ」 「ゲルマニアでもそんなものないわよ」 「…そう」 トリステインの王都、トリスタニア。 街の中央には、王城を始め石造りの白い美しい建物が立ち並び、多くの貴族が暮らす。、 街一番のブルドンネ通りの路地には色とりどりの安物の衣服や帽子をずらりと並べた露店や、 手製の首飾りや指輪を売る立ち売りの商人や、タライや包丁フライパンを置いた金物屋、 箱売りしている果物やザルに無造作に詰まれた野菜を売る露天商、 試験管に入った妖しい色の秘薬を売る屋台が立ち並ぶ。 肉を焼く臭いや、店主と客の競り合う声が聞こえ市場は騒々しい。 商品を搬入する台車や、忙しそうな買出し業者、子供連れの夫婦や学生、 空には風竜やグリフォン、ヒポグリフなどの使い魔や風船が飛び交い、混雑を通り越し猥雑だ。 「ほら、そんなに物珍しげにしてると、スリに狙われるわよ!」 フリーダはルイズに注意されるも、街の姿に気もそぞろだった。 様々な星の、街を見てきた彼女であったが、 本の中でしかなかった街の光景が現実のものとなっているのだ。 本好きな彼女としては実に魅惑的だ。 「アンタの服を買いに来たんだからね!」 今日の予定は学院から出て、街へフリーダの服を買いに行くことになっていた。 召還時の服はボロボロで替えの服や下着がなかった為だ。 当初はキュルケがフリーダの服の金を出すといっていたのだが、 ルイズが使い魔の面倒を見るのは主人の務めと首を縦に振らなかったため 全額、ルイズ持ちとなっている。 「摺られて私に恥をかかせないでよ!」 財布は金貨が一杯に詰まっていて、重い。 スリが嫌なら私に財布を持たせるなとつきかえそうと思ったが、面倒なので止める。 ルイズの言葉に一々反応していたのでは日が暮れるから。 「いいじゃないの。楽しんでるんだから」 隣に歩いているキュルケがフォローを入れた。 「ルイズだって初めて街に来たとき同じだったでしょうが」 自分の身長ほどもある長い杖を抱え物静かに歩くタバサが首を縦に振った。 「あ、あれは子供のころの話しで」 ルイズがキュルケにからかわれている。いつもの通りだ。 そのうちルイズが一方的に興奮しだして杖を抜いて爆発させるだろう。 ほら、予想通り爆発させた。 それをキュルケが軽くあしらい、タバサが無言で被害が広がるのを抑える。 三人の日常風景だ。 服を大量に買いすぎたルイズがキュルケに 「シェルフィードじゃそんなに持ってけないわよ」 と諭されたり、ご主人様と使い魔の関係に気の大きくなったルイズが アクセサリーを大人買いしようとしたのを 「・・・無謀」 とタバサに止められたり、彼女オススメのハシバミ味のアイスを食べて 「に、苦っ」 とルイズが悶絶したりと三人は買い物を楽しんでいる。 フリーダは目をそらし、眼鏡を直す。 はしゃぐ彼女達の中にいるのが、たまらなく場違いで、恥ずかしくなる。 「少し、辺りを見てきていいかしら?」 アイスを食べて一人を除き全員で悶絶した後、フリーダが切り出した。 「いいわよ。私達は店で待ってるから」 「待ってる」 「苦あいいい」 三人から離れ路地を歩く、中央通りから一本離れただけで街の本来の姿が見えた。 表通りとは反した整然と並んだ店舗は店主やその他の人々が数人、寒々と店番をしている。 客や騒々しい商品の搬入は少なく静かで活気のない市場。 早々と店仕舞いする店主や無人の店舗が所々に見える、 中には一区画丸ごと無人の地域もあった。 「…いろんなお店があるのね」 「どう?楽しかった」 ルイズは好物のクックベリーパイを口いっぱいに頬張っている。 「……………ええ」 「それにしてもフリーダって意外よね。何でも知ってるくせに何にも知らないもの」 タバサもキュルケに同意する。 「・・・アカデミーでも教えられる知識を持っているのに、普通のことで珍しがる」 からかわれているようだからフリーダは訓練して身に付けた不自然でない笑顔を作る。 「…………私の国ではこんな光景、なかったから」 「フリーダの国に私も行ってみたいわ」 ルイズの『フリーダの国』の言葉は彼女を不機嫌な現実へ引き戻す。 「無理をして外に出る必要もないわ。……ここは、平和だもの」 彼女は思う。少女達はこのトリステインという国が病んでいることを知らないのだろう。 同じ街で、同じ空気を吸いながら、彼女達は違う世界を生きている。 ここも、フリーダの居場所ではないのだ。 トリステインは彼女の故郷だ。 メイジと平民に見放され徐々に寂れつつあるけど、ルイズにとって守りたい場所である。 乱立する店の隙間から王宮の尖塔が見える。 その下には綺麗な白い石造りで出来た貴族達の屋敷と平民たちの街が広がっていた。 街は雑多で敷き詰まっていて、汚い。 それでも彼女は街が好きだった。 「落ち着いた街ね」 「もっと派手なのがいいわ。トリスタニアは地味すぎるわよ。」 ツェルプストーはゲルマニア生まれで派手好きだからトリステインの愚痴ばかりこぼす。 伝統と格式を守ってこその貴族なのに。 フリーダがじっと短剣を付けた平民の腰元を見ている。 完璧で、何事にも無関心に見えた外国の少女。 そんな彼女にも人間らしいところがあるのがわかって嬉しい。 「危うく忘れるとこだったわ」 「服も靴も下着もお菓子も買ったわよ」 まだ買うつもりかとツェルプストーが非難する。 いいじゃない。私だって久しぶりに街に来たんだから。 本当はまだまだ買いたかったが、シェルフィードが運べないのなら仕方がない。 「・・・武器」 タバサが店を指差した。 前ページ次ページゼロの工作員
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前ページ次ページゼロのアトリエ トリステインの王宮は、物々しい雰囲気に包まれていた。 隣国アルビオンを制圧した貴族派『レコン・キスタ』がトリステインに侵攻してくる、 という噂がまことしやかに流れていたからだ。 よって王宮の上空は幻獣、船を問わず飛行禁止令が出され、衛士隊の警戒は最高潮であった。 そんな時だったから、王宮の上に一体の風竜が現れた時、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。 当直のマンティコア隊衛士が一斉に飛び上がり、警告を発する。 しかし、風竜はその警告を無視して中庭に降り立ち、 さらに風竜の影から板、そしてホウキに乗ったメイジが姿を現した。 風竜に乗っているのは金髪の少年と燃えるような赤毛の女、そしてメガネをかけた小さな女の子。 ホウキに乗っていたのは桃色の髪の美少女であり、 少し気まずそうに板を小脇に抱えているのは茶色の髪をした妙齢の女性。 ラ・ロシェールから直接王宮に向かった、ヴィオラートたちご一行であった。 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師25~ マンティコアに跨った隊員たちが、5人を取り囲んだ。 腰からレイピアのような形状をした杖を引き抜き、一斉に掲げる。 いつでも呪文が詠唱できるような姿勢をとると、髭面の隊長が大声で怪しい侵入者達に命令した。 「杖を捨てろ!」 一瞬、侵入者達はむっとした表情を浮かべたが、青い髪の小柄な少女が首を振って言う。 「宮廷」 一向は仕方なくといった面持ちでその言葉に頷き、命令されたとおりに杖を地面に捨てる。 「今現在、王宮の上空は飛行禁止だ。ふれを知らんのか?」 その問いに、ホウキを持った桃色の髪の少女が進み出て、毅然とした声で名乗りをあげた。 「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。姫殿下にお取次ぎ願いたいわ」 隊長は口ひげをひねって少女を見た。ラ・ヴァリエール公爵夫妻なら知っている。高名な貴族だ。 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」 「いかにも」 ルイズは、胸を張って隊長の目を真っ直ぐに見据える。 「なるほど、見れば目元が母君そっくりだ。して、用件を伺おうか」 「それは言えません。密命なのです」 「では取り次ぐわけにはゆかぬ。用件もなしに取り次いではこちらの首が飛ぶ」 困った声で、隊長が言う。 ルイズも困って、思わずヴィオラートのほうに視線を泳がす。 ヴィオラートは少し考えて、良さそうな回答をひねり出した。 「ルイズちゃん、『水のルビー』があるじゃない」 「あ、そうね」 ルイズは懐を探り、預かりものの『水のルビー』を取り出す。 「姫殿下より、身の証にとお預かりした『水のルビー』です」 そう言って水のルビーを指に嵌め、輝きを見せ付けた。 沈黙して水のルビーを見つめる衛士たちに、 ようやく納得してもらえたかと一息ついたヴィオラートたちだったが、事態は予想外の展開を見せる。 「…失礼かと思いますが、我々の中にその真贋を見分けられる者がおりませぬ」 そう言った隊長の言葉に、とぼけた顔で頷きあう隊員たち。 ルイズ達は思わずあっけに取られ、ヴィオラートの笑顔が笑顔のまま、動きを止める。 「…真贋の見分けがつかないなら、とりあえず『ルイズ・フランソワーズが来た』と伝えて頂ければ…」 「そのような連絡は受けておりませんし、曖昧な用件で取り次ぐわけにはまいりません」 隊長に直接提案したヴィオラートに、衛士たちが一斉に警戒の視線を向ける。 そして隊長はヴィオラートをあえて避け、ルイズに言い放った。 「素性のわからないお連れがいらっしゃるなら、尚更です」 ヴィオラートの笑顔が、『敵意のないことを表現する』微笑へと進化を遂げた。 それを見たルイズはヴィオラート本人以上に焦り、言わなくて良い事を口に出してしまう。 「わ、ワルドの裏切りについて、至急報告しないといけないの!だから、はやく姫殿下にお取次ぎを…」 その言葉を聞いて、隊長は目を丸くした。 ワルド?ワルドというのは、あのグリフォン隊のワルド子爵のことだろうか? そのワルドが、裏切り?どういう意味だ? 隊長は、ワルドとルイズたちを天秤にかけ…隊長なりに、結論を下す。 同じ場所で働き、知己もあったワルドと、実際に会うのは初めてのルイズ。 隊長がその決断、間違った決断を下したのも、まさに当然と言ったところであったのだろう。 「貴様ら何者だ?とにかく、殿下に取り次ぐわけにはいかぬ」 隊長は杖を構えなおし、硬い調子で言った。話がややこしくなりそうだった。 「あの、あたしたちは杖を捨てたわけですし、お姫様もそんな少しの手間を惜しむような人じゃ…」 最後まで和解の道を探ろうとするヴィオラートの言葉に、しかし隊長は目配せを交わす。 一行を取り囲んだ魔法衛士隊が、再び杖を構えた。 「連中を捕縛せよ!」 隊長の命令で、隊員たちが一斉に呪文を唱え始める。 「ヴィ…ヴィオラート?」 「大丈夫…お城は、傷つけないから」 不安げなルイズの視線にヴィオラートが素早く答え、バッグから…青く冷たく光る何かを取り出そうとした時。 「お待ちなさい」 けして大きくはなく、しかし良く通る声が中庭を通り抜ける。 ルイズの帰りを今か今かと待ちわびる、アンリエッタその人であった。 キュルケとタバサ、そしてギーシュを謁見待合室に残し、 アンリエッタはヴィオラートとルイズを自分の部屋に入れた。 小さいながらも精巧なレリーフがかたどられた椅子に座り、アンリエッタは机にひじをつく。 ルイズは、アンリエッタに事の次第を報告した。 道中、キュルケたちが合流した事。 フーケに襲われた事。 アルビオンに向かう船に乗ったら、空賊に遭遇した事。 その空賊が、ウェールズ皇太子だった事。 ウェールズ皇太子に亡命を勧めたが、断られた事。 そして…ワルドと結婚式を挙げるために、脱出船に乗らなかった事。 結婚式の直前、ヴィオラートがワルドの裏切りを暴き、追い払った事。 しかし、無事手紙は取り返してきた。ゲルマニアとの同盟は、守られたのだ… そこまで聞いたアンリエッタは、深い悲しみを滲ませて、思わず呟きを漏らす。 「あの子爵が…まさか、魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて…」 姫はすっと立ち上がり、ヴィオラートの手をとって…泣いた。 「本当に…本当にありがとうございます、ヴィオラートさん。貴女は裏切り者を使者に選んだわたくしを、 この愚かなわたくしを、ウェールズ様の殺害という罪から救ってくださいました…」 はらはらと涙を落とすアンリエッタに、ヴィオラートは首を振る。 「王子様は…元から死ぬつもりでした。もう、今頃は…」 「それでも…それでも、何回感謝してもし足りるという事がありません…」 しばし、王女のすすり泣く声だけが部屋に響く。 熱い湯が冷水になるほどの時間が経ち、ようやくアンリエッタは落ち着きを取り戻した。 「皇太子は…ウェールズ様は、何と仰っていましたか?」 ヴィオラートは一字一句違えることなく、淀みなくウェールズからの伝言を伝える。 「ウェールズは最後まで勇敢に戦って死んだと。そう伝えてくれと」 寂しそうに、アンリエッタは微笑んだ。薔薇のように綺麗な王女がそうしていると、 空気まで沈鬱に沈むようだった。ルイズは哀しくなった。 「…姫様、これ、お返しします。」 ルイズはポケットから、いったんしまった水のルビーを取り出す。 「それは貴女が持っていなさいな。せめてものお礼です」 「こんな高価な品をいただくわけにはいきませんわ」 「…ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタは哀しそうに、小さな声を絞り出して言葉を放つ。 「それは、ウェールズ殿下との約束の証なのです」 ルイズはもう、それ以上何も言えなかったので。 だから無言で、貰った水のルビーを、ポケットに戻した。 王宮から魔法学院に向かう空の上、ルイズは黙りっぱなしだった。 キュルケが何やかや話しかけてきたが、ヴィオラートも喋らない。 「なあに、教えてくれないの?あの子爵が裏切り者とか、わけわかんないじゃない?」 そう言って、ヴィオラートに気だるい視線を送る。 「でも、ヴィオラートがやっつけたのよね?」 「うん。でも、逃げられたし…」 「それでも凄いわ!ねえ、一体どんな任務だったの?」 「うーん…」 ヴィオラートはにんじんを頭に当てて考える。ルイズが黙っている以上、話すわけにはいかない。 その様子を見たキュルケは、つまらなそうに嘆息し、挑発した。 「ルイズ、ゼロのルイズ!なんであたしには教えてくれないの!ねえタバサ、バカにされてると思わない?」 キュルケは、本を読んでいるタバサを揺さぶった。タバサの首が、がくがくと揺れる。 ルイズはそれを見て、ようやく求める答えを少しキュルケたちに与えた。 「…大体予想はついてるんでしょ?」 それだけで、キュルケと…タバサは大方の事情を悟る。 「まあ予想はつくけど。じゃあやっぱりその手紙ってのは、アレね」 「うん、そのアレかな」 ヴィオラートの肯定に満足したキュルケは、「そっか」と呟いただけで、静かになった。 その静寂に取り残されたギーシュは、急に静かになった女性陣をきょろきょろ見渡した後、 今がチャンスとばかりに自らの疑問を口に出す。 「その…ミス・プラターネ?」 あらたまった口調で…とりあえず、一番話しやすそうなヴィオラートに問いかける。 「姫殿下は、その、何か僕のことを噂しなかったかね?」 ヴィオラートはちょっとギーシュがかわいそうになった。 今の暗黙の了解を一人だけ理解できていないというのもそうだが、 アンリエッタはギーシュの『ギ』の字も話題に上らせなかったからだ。 「頼もしいとか、やるではないですかとか、追って恩賞の沙汰があるとか…」 「ギーシュくんは、頑張ったよね」 それだけ答えると、ヴィオラートはいつもの笑顔に戻って、黙り込んだ。 「その、何か噂しなかったかね?」 「…」 「その、姫殿下は、ぼくのことをなんと評価してたかね?」 ヴィオラートは笑顔のままわずかに首を傾げ、答礼を返す。 「もしかして密会の約束をことづかってある、とか…」 今度は逆側に、首を傾げた。 ぽかぽかと太陽が照らす中、二人のやりとりは魔法学院にたどりつくまで続いたという。 前ページ次ページゼロのアトリエ