約 1,871,802 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/836.html
前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 「離しなさいよメイド!」 「ミス・ヴァリエールこそ離して下さい!」 互いに文句を言いながら、二人はぐいぐいと当麻の手を引っ張っている。 二人からそれぞれ別の手を引っ張られているので、当麻は大の字となって悲鳴をあげていた。 「待って! これ俺の意見は無視ですか!? 腕が体とおさらばしそうなんですけどー!?」 うがーと叫び続ける当麻に、二人の怒りの矛先が変更された。 「トウマは黙ってて!」 「トウマさんはちょっと黙ってください!」 はい……、と情けない声を出す当麻。とてもじゃないが、先の戦いの勝利の起点となった少年とは思えない。 逆らったら殺される…… 当麻は二人から発する尋常じゃない殺気が感じられ、言われた通りにするしかなかった。 バチバチッ! と当麻の目の前で火花が激しく散っているような程二人は睨み合っている。 なによ! そっちこそなんですか! と、口は開いていないが、目はそう訴えているように見えた。 アルビオンと、トリステインとの戦いが終わった夜とは思えない程平和であった。 時間を少し前に戻ってみよう。 夕方となり、当麻とルイズはシエスタの家で一泊する事になった。ここまでは良いのだ。良いのだったのだが…… シエスタの弟達が事の原因の発端であった。 当麻とルイズは、シエスタが村中にその戦果を言い広めたのか、英雄扱いを受ける事になった。 なので、夕飯は村人全員参加の大宴会となったのだ。みながワイワイガヤガヤして、何人もが当麻やルイズに話しかけたり、お礼を申し上げたりした。 そんな中、シエスタの兄弟達が総出で当麻に質問をした。 「トウマさんはお姉ちゃんとルイズさんがどっちが好きなの?」 カチン、と場の空気が固まった。いや、実際はルイズとシエスタだけなのだが、彼女らが持つ範囲が馬鹿でかく広いのだ。 村人全員シーンと黙る。え? え? なんですかこれー!? と事の状況に理解出来ていない当麻。 すると、その空気を粉砕するかのようにシエスタの口が開いた。 当麻の腕を、胸を押し当てて優しく握った。 「もちろん私ですよね? トウマさん♪」 なぜでしょう、顔は笑っているんですがなぜか脅されている気分なのですが……てか待て、この感触は、まさか! まさかだったり!? ぉぉぉおおお!? とギャラリーのテンションが上がっていく。 一方のルイズはちらりと自分の平面な胸を見る。どう考えても、これに関して勝ち目はゼロに等しい。 だからといって諦めるわけではない。 カーッと赤くなり、こちらも負けじと逆側の手を握る。 「なによ! トウマはわたしの使い魔なんだから!」 わたしの、っていろいろマズイ表現として捉えられるだろうが! って痛い! 強く握りすぎですルイズさん! 天国と地獄を同時に体験をするってこういう事なんだろうなあ~、と現実逃避をする当麻がいたりする。 一方のギャラリーはルイズの発言にさらなるテンションを上げる。 「両手に花とはこのことかっ!?」 「羨ましいぞトウマ君!」 「俺シエスタのこと好きだったのにー――!!」 「まずいぞ、一人辛い現実に耐え切れず飛び出しちまったぞ!?」 「心配するな死にはせん! それよりこんな面白いもんそう見られんぞ!」 アイアイサー、と村長に敬礼して、飛び出した青年見捨てる村民。さすがタルブ村、連携はばっちしである。 しかし、ただ一人 「ほうトウマ君。やはり君はわたしの可愛い娘を奪おうとしているんだね……うふふ、うふふふふふふふ」 洒落じゃない笑みを浮かべちゃったりしている。 そして話が最初に繋がったというわけだ。 「それじゃあトウマさんがラ・ヴァリエールの使い魔じゃなければいいんですね! トウマさん! 早く契約を断ち切ってわたしと一緒にやっていきましょ!」 「ま、待てそれは――――」 「うぉぉぉぉおおおおついにシエスタが言ったぞぉぉぉおおおお!?」 無理だって、って言う前に、村人全員が一丸となって喜ぶその大音量には、ありと象の差ぐらいある。 そこまで言われたら、ルイズも黙っているわけにもいかない。 「なによ! そんなことできないわよ! それにこんな所で暮らすより魔法学院での暮らしの方が何倍もいいんだから!」 「いや、できるやん」 「あんたは黙ってなさい!」 今にも拳が飛んできそうな勢いで、ルイズは当麻を無理矢理ねじ込む。しかし、シエスタはそのまま当麻の言葉をみすみす捨てるわけがなかった。 「ほら! できるじゃないですか! これなら問題ないですね! 早く決めてください!」 「ななな……ふ、ふんだ。どのみちトウマはわたしを選ぶのだからなんら問題はないわ!」 さあ、どっち!? と村人まで当麻に迫ってくる。 (と言われてもなあ……) ちらっと二人を見る。 普通に考えるならシエスタだよな。ルイズは毎回殴ったりいろいろしてくるし……。つかルイズもシエスタも俺好みじゃないっていう。 ちなみに当麻の好みのタイプは寮の管理人のお姉さんである。 「ってまてい! つかなんでその二択しかないんですか!」 おお! ここで大穴か!? と叫ぶやじ馬に、当麻は声を荒げた。 「違うっつーの! 俺は誰も選ばないんです! 以上当麻先生のお話は終わり。次回のインタビューに期待して下さいッ!」 ビキィ! と空気が引き裂かれたような音がした。当麻以外全員の背後にどす黒いオーラが漂う。 「あれ……、なんか俺やっちゃいました?」 アハハハハ、と笑う当麻に、ガシッと村の一人が羽交い締めをする。 そして、全員がニヤリと口元が割れるような笑みを浮かべる。もちろんです♪と体が言いかけている。 このままでは殺されてしまうと感じたのか、当麻は最後に負け惜しみっぽく 「待って! ほらぶっちゃけまだ心の準備が……っていうという誰も傷つくことのない平和的選択肢があってもいいと思うのですがどうでしょう? 駄目ですか駄目ですねごめんなさい!!」 最後の言い訳も、自己完結してしまった。 瞬間、それを遺言にするべく少年の敵が襲いかかってきた。 もちろん全員で。 (つ、疲れた……) 襲いかかる一歩直前、なんとか脱出に成功した当麻は、村中を逃げ回った。あるときは他人の家の中に隠れ、あるときは草むらに隠れ、またあるときは屋根の上に隠れて時間が経つのを待っていた。 指名手配された犯人の気分を満喫した当麻の体は、休みたいと悲鳴をあげている。 時刻は既に深夜、二つの月が照らす人影は当麻しかいない。虫の鳴き声が、気分を心地よくさせる。先ほどまでの騒音問題はいつの間に解決したのだろうか? ふあ、と小さい欠伸をかき、今にも落ちそうな瞼を必死に堪える。早く帰って寝よ、そう思いシエスタの家に着き、扉を開くと、 父親が鬼のような形相でこちらを待ち構えていた。 (ここにきてラスボスですかー!?) おそらくずっと待っていたのだろう。そう思うと、正直怖い。 この最後の関門を突破しない限り、安眠という名のハッピーエンドを迎える事はできない。 「トウマ君」 「はい、なんでありましょうか」 あまりの迫力に、逆らう事なく敬語で応えた。レベル一で早速ボス戦とはこのような感じである。 父親はちょんちょんとこちらの方に来いと指を動かした。言われた通り当麻は入る事にした。 そして目の前で座る。もちろん正座でだ。 「きみのおかげで村を救った英雄であり、また勇者である」 当麻は父親が何を言いたいのかよくわからず、とりあえず頷いた。 「はあ……」 「わたしはそんなきみが大好きだ。だから娘を渡しても構わないとさえ思った。しかし」 父親は告げる。誰よりも娘を大事にしている父親だからこそ言える。 「娘を泣かせたら殺すよ?」 すらりと言った。朝交わす挨拶みたいにごくごく自然に。 表情も柔らかく笑っている。ただし、それは口だけであった。 それじゃあお休みと残し、父親は自分の部屋へと戻るため立ち去っていった。ただ一人、ぽつんと取り残された当麻。 しばらく凍りついていたが、数分後、それが溶けたかのように口を開く。 「俺……生きて帰れるかな?」 己の不幸に困る当麻であった。 三日後、トリステインの城下町のブルドンネ街では、先の戦勝記念のパレードが行われていた。 アンリエッタは、聖獣ユニコーンにひかれた馬車に乗って、手元に書かれた報告書に目をやった。 外では人々が歓声をあげている。しかし、アンリエッタはそれらの声を右から左へと流し続け、読み始めた。 捕虜となった竜騎士達は不思議な事にみな記憶を失っていた。と言っても、言葉とか動作もわからない訳ではない。 あくまで『記憶』を失っただけで『知識』は生きているのだ。 だから敵軍の情報とかそういったものは何もわからない。なぜこうなってしまったのかも。 しかも、捕虜になった全員……いや竜騎士隊全員が同じ事を言ったのだ。 誰であっても、これなら何かあったのでは? と思い、なぜこうなったのかと気になる。そこで、この報告書を作成した衛士は調査を続けた。 ぴらっと紙をめくると、現地、タルブ村での報告が書かれてあった。 敵をあのようにしたのは、アンリエッタと旧知の間柄であるラ・ヴァリエール嬢と、その使い魔の少年のどちらかであること。 そして……、あの敵艦隊を吹き飛ばしたのもまた同一人物だと予測を立てていた。あの光は、どうやら彼らがいた付近で発生したらしい。 ならば、あの光を発生したのも二人の内どちらかではないのだろうか? という仮説であった。 本来ならば、直ぐさま二人に接触して話を聞こうとしたのだが、あの艦隊を一人ないし二人で全滅にさせたのだ。 スケールの大きさもあり、とりあえずアンリエッタ王女の判断を待つ、という形で終わっていた。 報告書を自分の隣の空いた席に置くと、窓から外を覗く。観衆の声援が絶えず耳に入ってくる。一緒に乗っているマザリーニは、そんな観衆に手を振ってこたえているので、アンリエッタも形だけそれにこたえた。 数で勝るアルビオン軍を破ったアンリエッタは、『聖女』と崇められるようになり、ますます人気を得た。 このパレードが終わったら、アンリエッタには戴冠式が待っている。母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。 トリステイン内ではそれに反対する者もなく、同盟国ゲルマニアも、悩みはしたが皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。 一国だけでアルビオンの侵攻軍を打ち破ったのだ。とてもじゃないが強硬な態度をとれるわけがない。 アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとってトリステインは必要不可欠な国へと変わったのだ。 もっとも、アンリエッタ本人はあまりのり気ではなかった。母親は王座を空位のままにしたのに、自分が女王になるのはやはり心が痛む。 しかし、やらなければならないのだ。この国のためにも、民のためにも。 ふと思い出されるあの光。 自分に勝利と自由を与えた光。 おそらく決して忘れることのない光。 それを放ったのが…… 「あなたなの? ルイズ」 誰にも聞こえないように小さく呟いた。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1258.html
銀時が目覚めたのは朝日が出てきたばかりの早朝だった。 「くっ、頭痛てー、昨日は飲んでねえはずだぞ・・」 目覚めて銀時が初めて目にしたのは自分の頭を打った置時計と下着だった。 「そういやあ、俺召喚されたんだっけ」 実は夢オチという展開も期待していたのだが現実はそう甘くないらしい。 コブができた頭をさすりながらベッドの方を見る。 「っん・・」 そこにはルイズが寝息を立てて寝ていた。 その寝顔に銀時は同居人のことを思い出した。 「2人とも寝顔だけは可愛いだけどな、寝顔だけは・・」 銀時はため息をつく。 「胸がまな板な女は凶暴ってのはどこの世界も共通ですか?」 同居人とその同僚の姉を思い出しながら言った。 「洗っとけって言ってたな・・」 銀時はルイズのパンツを指をクルクル回し弄びながら部屋を出た。 洗濯しなかったらなんと言われるか分からない。 ここがかぶき町だったら近くのそういうの買い取ってくれる店にでも売り飛ばしているところだが あいにくここはハルケギニアだ。 一応世話になるのだからそれなりの義理は果たすことにした。 「ドンだけ広いんだよ、ここは」 洗濯できる場所を探して銀時は学院をウロウロしていた。 「あの・・」 不意に後から声をかけられ銀時は振り返る。 そこにはメイドの格好をした少女が立っていた。 「げっ!メイド」 銀時は思わずびくつく。 「あの、どうされました」 その銀時の様子に驚くメイドの少女。 「あ、いや、悪い、メイドにあんまり良い思い出がなくてな」 「はあ・・もしかして貴方が噂のミス・ヴェリエール使い魔ですか」 彼女は銀時の左手にあるルーンに気づいたらしい。 「ヴェリエール?・・エリエー○ってティシュなら知ってけど・・」 「?・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様です」 銀時のボケが分からなかったシエスタは顔をしかめる。 「あいつそんな長ったらしい舌噛みそうな名前なのか、そういやぁ最初の時 言ってたな、あんたも良く覚えてんな、ところであんた誰?」 「私こちらでご奉公させていただいているメイドのシエスタと申します」 シエスタは丁寧に銀時にお辞儀をした。 「あっ、ああ、俺は坂田銀時って言うんだ」 今まで周りにいなかったタイプの女性に出くわし銀時は少し戸惑った。 「サカタギントキ様、変わったお名前ですね」 「様なんかいらねえよ、俺はそんなに高尚な人間じゃねえ、 銀さんでいいよ、周りからはそう呼ばれている、何なら銀ちゃんでもいいぜ」 「はい、わかりました」 フランクな感じな銀時にシエスタは少し好感を覚えた。 「それにしてもマジもんのメイドかよ、実は耳にアンテナつけるロボットだとか 秋葉原にいるズラが行きそうなメイド喫茶のなんちゃってメイドじゃないだよな」 「?・・よく分かりませんが私は本物のメイドですよ」 銀時はシエスタとは話しやすいと思ったが、シエスタの声を聞くと 何故か頭に『たい焼き』という単語がよぎったが無視することにした。 「それにしても本当に・・・いえ、何でもありません」 思わず出た言葉にシエスタはあわてて口を閉ざす。 「何?本当にって?、銀さん気になって気持ち悪いよ、くしゃみが出そうで出なかった時より 気持ち悪いんですけど」 「あの、怒りません」 「怒ねえから言ってみろ」 「本当に死んだ魚みたいな目をしてるんだなあと思いまして・・」 「・・・・・」 ―やっぱり怒らせた。 ミス・ヴェリエールの使い魔は死んだ魚みたいな目をしている。 その噂を思い出して思わず口に出した自分の軽率さを恥じた。 「ああ、こいつはいざって時には輝くようになってるから、普段はこうなの 充電してんの、充電」 「ジュウデンですか・・」 「そ、充電、俺は無駄にエネルギー使わないエコロジー思考なんだよ」 「フッ、ウフフフ、ギンさんって面白い方なんですね」 シエスタは銀時の言葉に屈託の無い笑顔を浮かべた。 「ところで何かお探しのようでしたが・・」 「そうだった、うっかり忘れるところだったぜ、これ洗濯しろって言われてんだ。 洗濯する場所分かるか」 銀時は懐にあった下着を取り出した。 「それでしたら私も洗濯に向うところですから、一緒に行きましょう」 「ああ、悪いな、サンキュー」 「サンキュー?」 シエスタは小首をかしげた。 シエスタと洗濯が終わった後、銀時はルイズの部屋に戻った。 洗濯物は乾いたら部屋に持っていくとシエスタが言ったので銀時は手ぶらだ。 「そろそろ起こすか」 銀時は眠っているルイズの頬をペチペチ叩いた。 「おい、起きろ」 「イ、イタッ、イタイ、痛いわね!!ってあんた誰よ!?」 「坂田銀時だ、お前が召喚したんだろうがぁぁ」 「そういえばそうって、あんたもうちょっと普通に起こしなさいよ!?」 ルイズの頬は二つとも真っ赤に腫れてヒリヒリしている。 「礼なら入らんからな」 「誰がするか、あんた頭おかしいんじゃない、次やったら許さないんだから」 「わかったよ、次から濡れタオル顔に被せといてやるよ」 「遠まわしに死ねっていってんのおぉぉぁ!!永眠するわよぉぉぉ!!」 そんな怒鳴り声でルイズの朝は始まった。 「はあ、朝からなんでこんなに疲れるのよ」 「そりゃあ、朝からそんなに怒鳴るからだろ」 「誰のせいだと思ってるのよってもう良いわ、とりあえず着替え」 「ホラよ」 銀時はタンスから出した服をルイズのほうに投げた。 「ちがうわよ、着替えさせてって言ってんのよ」 「あんた何歳児いぃぃ!!」 「平民のあんたにはわかんないと思うけど、貴族は下僕がいる時は自分で着替えないのよ」 「服ぐらい自分で着ろよ」 「へ~、そんなこと言うんだ、生意気な使い魔にはお仕置きね、朝ごはん抜きよ」 「さあてと可愛いご主人様を着替えさせるか」 銀時は白々しい台詞をはきながらルイズを着替えさせる。 「言っとくけど俺は平民じゃないぞ」 銀時はルイズを着替えさせながら言った。 「じゃあ何なのよ、まさか貴族って言うつもりじゃないでしょうね」 「違う、俺は侍だ」 「サムライ?何それ?」 ルイズと銀時が部屋から出るとルイズの部屋から3番目の部屋のドアが開いた。 そこから出てきたのは燃えるような真っ赤な髪とルイズと比べ物にもならない 大きな胸を持つ褐色肌の少女だった。 彼女はルイズを見るとニヤッと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 ルイズは心底嫌そうに挨拶を返す。 「貴方の使い魔ってそれ?」 銀時を指差し馬鹿にしたように言う。 「そうよ」 「あっはっはっはっ、本当に人間で死んだ魚みたいな目をしてるのね!すごいじゃない!」 銀時は少しカチンと来た。 ―なんだこの胸のでけーねーちゃんは、おっぱい星人か。 「『サモン・サーヴァント』で平民喚んじゃうなんて、貴方らしいわ、 さすがゼロのルイズ」 「うるさいわね」 ルイズはイライラしながら言った。 「あたしも昨日、使い魔召喚したのよ、誰かさんと違って一発で成功よ」 「どうせ、使い魔にするなら、こうゆうのが良いわねぇ~。フレイムー」 勝ち誇ったようなキュルケの声に呼び出され、部屋から出てきたのは 真っ赤な巨大なトカゲだった。 ただ銀時は珍しい宇宙生物を見慣れているため、(実際家にいる) それほど驚かずまじまじと見つめるだけだった。 ―ハ○ーポッターの次はポ○モンですか! ―あのバカ皇子なら喜びそうだな。 何故かフレイムは銀時に擦り寄ってくる。 「アチッ、近寄んなよ」 「あら、めずらしいわね、この子が私意外になつくなんて、使い魔同士気が合うのかしら」 「なあ、これって中におっさん入ってるってことはねえよな」 「おっさん?何言ってるの彼」 キュルケは銀時の不可解な発言に顔をしかめながらルイズのほうを見る。 「気にしないで、時々変な事を言うのよこいつ」 ルイズはため息をつく。 「これってサラマンダー?」 ルイズは悔しそうに聞いた。 「そうよ、火トカゲよ、火竜山脈のサラマンダーよ、好事家に見せたら値段なんかつかないわよ」 「そりゃあ、良かったわね」 「素敵でしょう、あたしの属性ぴったり」 「あんた『火』属性だもんね」 「ええ、微熱のキュルケですもの、ささやかに燃える情熱は微熱、でも、男の子はそれで イチコロなの、貴方と違ってね」 「あんたみたいに色気振りまくほど暇じゃないわよ」 そんなルイズにキュルケは余裕の笑みを見せる。 「貴方お名前は?」 「俺か?俺は坂田銀時」 「サカタギントキ?変な名前」 「うるせえ」 「じゃあね」 結局自慢するだけしてキュルケは行ってしまった。 ―なんつーか脳みその中身胸にいったような女だったな。 何気にひどいこと思う銀時。 「悔しいー!何なのあの女、自分が火竜山脈のサラマンダー召喚したからって、ああもう!」 「別にそんなに怒る事じゃねえだろ」 「怒ることよ!メイジの実力はかるには使い魔見ろっていわれるぐらいよ! 何であのバカ女がサラマンダーで、わたしがあんたなのよ!」 「何か傷つくんだけど、その発言、いいじゃねえかあのでっけえトカゲに比べたら 人間のほうが偉いだろ」 「メイジと平民じゃ、オオカミと犬ほどの違いがあるのよ、あんたの場合は虫かもね」 「人の傷口にカラシ塗って楽しい」 銀時はやれやれという顔をした。 「そういやあ、あいつお前のことゼロって言ってたけどどういう意味だ」 「別にあんたが知らなくても良いことよ」 ルイズはバツが悪そうに答える。 ―聞かれたくねえ事なのかよ、それにしても・・・ 銀時はルイズの胸を見て、さっきのキュルケの胸を思い出した。 話しぶりから同級生といった感じだから同じ年かそんなには変わらないだろう。 しかし、発育は圧倒的物量の差があった。 ―神様って奴は残酷なことをしやがる。 銀時は信じてもいない神様のことを思った。 「なっ、何よ」 銀時がこちらを見ているのに気づいたルイズが問う。 「ああ、なんて言うか、強く生きろよ」 「どこ見て言ってるのよ、このバカ犬!!」 胸を見ながら言った銀時の台詞にルイズは怒って銀時を殴った。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2049.html
「・・・それじゃあ開けるわよ・・・」 揺らめく炎が微かに照らす岩壁に、少女の声が反響する。誰も近寄らない魔物の 巣窟、その深奥に安置された古びたチェストに手を掛けて、キュルケは真剣な 眼でルイズ達を見た。少し汚れた顔を皆一様に頷かせたことを確認して、 ゆっくりと蓋を開く。 キュルケの地図によれば、犬にされた王女の呪いを解除したとも、王に化けた トロールの魔法を見破ったとも伝わる「真実の鏡」がこの洞窟に隠されていると いう話だった。もし本当ならば世紀の大発見である。期待と不安の眼差しの中、 箱の中から姿を現したのは―― 「なッ・・・!」 粉々に割れた鏡の残骸だった。 「何よそれぇ~~~・・・」 糸が切れた人形のように、キュルケ達はへなへなとへたり込んだ。 「み、見事に割れちゃってますね・・・」 「・・・真贋以前の問題」 脱力するシエスタの横で、流石のタバサも疲労の溜息をついた。 「・・・戻るか」 頭を掻きながら呟くギアッチョに異を唱える者はいなかった。 その夜。 「はぁ~~~~~~・・・・・・」 適当に見繕った洞穴に腰を下ろして、ギーシュは深く息を吐き出した。 「七戦全敗とはね・・・」 焚き火に手を当てながら首を振る。 そう。現在消化した地図は八枚中七枚、そしてその全てが到底お宝等とは 呼べないガラクタのありかであった。 炎の黄金で作られた首飾りが隠されているはずの寺院にあったのは、真鍮で 出来た壊れかけのネックレス。小人が遺跡に隠したという財宝は、たった六枚の 銅貨だった。それでも何かが出てくるならばまだいい、中には地図に描かれた 場所自体が存在しないことすらあった。 「ま、いい経験が出来てよかったじゃあねーか」 ギアッチョが戦利品の欠けた耳飾りを眺めながら言う。彼の言ういい経験とは、 無論実戦経験のことである。この数日間否応無く化物の群れと戦い続け、 ルイズ達は最後にはギアッチョの助けが無くともそれらを殲滅出来る程に なっていた。 「おかげさまでね・・・」 「懐が暖まらないのは残念だけどね」 そう言いながらも、不思議とキュルケに悔しさは無い。そして、それは皆同感の ようだった。 ゆらゆらと揺れる炎を見つめながら、ルイズは静かに言う。 「でも・・・楽しかった」 「・・・そうだね」 その言葉に、皆の顔から笑みがこぼれる。傍から見れば何の得も無い、くたびれ 儲けのつまらない旅行だろう。しかし――損だとか得だとか、そんなことは彼女達 にはどうだっていいことだった。 眼に見えるものは何も無い、手に取れるものは何も無い。だが彼女達が手に入れた ものは、だからこそその胸の中で強く輝いている。 「・・・これ・・・」 ルイズは手のひらに慎ましく乗っている六枚の銅貨に眼を落とす。それは今回の 数少ない戦利品の一つだった。とは言え、とりたてて古銭というわけでもない 上どれも皆錆び放題に錆び、あちこちが傷つき欠けている。とりあえず持ち 帰ったはものの、どう考えても買い取り不可であろうこれをどうしたものか、 皆の頭を悩ませている一品であった。 「・・・・・・これ、皆で一枚ずつ持たない?」 しばし考えた後、ルイズはおずおずとそう言った。 「・・・分配?」 意味を量りかねて、タバサは小首をかしげる。 「ううん、そうじゃなくて・・・」 「こういうことだろう?」 そう言ったのはギーシュだった。ルイズの手から銅貨を一枚取り上げると、 錬金で中央に小さく穴を開ける。ガラクタの中からネックレスを取り出し、 穴に通して首にかけた。 「う、うん・・・」 ズレてはいるが殊更外見を気にするギーシュが躊躇い無く銅貨を見につけた ことに、ルイズは聊か驚きながら首を頷かせる。 「・・・解った」 得心した表情で立ち上がると、タバサもまたルイズの掌から銅貨を一つ掴む。 後に続いてキュルケが二枚をその手に取った。 「ほら、シエスタ」 「へっ?」 焚き火に鍋をかけていたシエスタは、キュルケに差し出された銅貨に眼を丸く する。一拍置いて、ブンブンと手を振ると慌てた口調で言葉を継いだ。 「そそ、そんないけません!折角の宝物を私のような平民に――きゃっ!」 キュルケはシエスタの額を中指で軽く弾いて言う。 「全く、まだそんなことを言ってるの?平民だとか貴族だとか言う前に、 私達は友達じゃない 大体、貴族と平民に違いなんて何も無いことは貴女が 一番よく知ってるでしょう?」 「・・・そ、それは・・・」 「ん?」 シエスタの瞳を覗き込んで、キュルケは優しく微笑む。シエスタは少しの間 銅貨を見つめて逡巡していたが、やがてキュルケと眼を合わせて口を開いた。 「・・・私でも――いいんでしょうか」 「よくない理由が無いわよ」 きっぱりと、キュルケは断言する。シエスタは少しはにかんだ笑みを浮かべて、 静かに銅貨を受け取った。 「ありがとうございます・・・ミス・ツェルプストー」 「き、君達いつの間にそんな関係にッ!?」 「どんな関係も無いから鼻血を拭きなさい」 何やら興奮した面持ちのギーシュを適当にあしらうと、キュルケはルイズに 視線を移して、 「ほら、まだ残ってるでしょうルイズ」 「・・・うん」 意味するところを察したらしいルイズは、掌に残った銅貨を一枚取り上げて、 ゆっくりとギアッチョに差し出した。 「受け取って、くれる・・・?」 「――・・・・・・」 ギアッチョは答えずに錆びてひしゃげた銅貨を見つめる。 これは児戯だ。心に風が吹けば飛び、薄れ、消えてしまう記憶を、それでも 留めておきたい子供の。 ――それでも。彼女達にとっては、この銅貨は紛れも無い宝物になるだろう。 ギアッチョは口を閉ざす。黙ったまま――その眼差しに万感を込めるルイズから、 銅貨を受け取った。 「ギアッチョ・・・」 ルイズの、キュルケ達の顔が綻んだ。どうにも居心地が悪くなって、 ギアッチョは銅貨に眼を戻す。薄くて軽いそれが、少しだけ重さを増した ように感じた。 「さ、皆さん お食事が出来ましたよ」 やがて完成したらしいシチューを、シエスタは鍋からよそってめいめいに配る。 食前の唱和もそこそこに、動き疲れたルイズ達は少々はしたなく食器に手を 伸ばした。 「・・・おいしい」 食べ慣れないが実に美味しいシエスタの料理に、ルイズ達は揃って舌鼓を打つ。 兎肉や種々のキノコにルイズ達が見たことも無いような山菜が入ったそれは、 聞けばシエスタの村の――正確には彼女の曽祖父の、郷土料理なのだと言う。 それから、話題はそれぞれの郷土のことに移った。少し酒の入ったギーシュは 饒舌にグラモン家の領土を語り、それを皮切りに皆わいわいと言葉を交わし 始める。ギアッチョも酒を傾けながら時折話に混ざっていたが、それを見て タバサがふと思い出したように呟いた。 「・・・貴方は?」 「あ?オレか?」 「そういえば、ギアッチョの話は聞いたけどそっちの世界の話は聞いて ないわね 良ければ聞かせて欲しいわ」 「・・・そうだな」 キュルケの言葉に、空になった杯を弄びながら答える。 「前にも言ったが、最も大きな違いは魔法なんてもんが存在しねーことだ」 「君のようなスタンド能力はあるのにかい?」 「こいつは例外中の例外だ スタンドを知ってる人間なんざ、さて世界に 何人いるかっつーところだな ・・・ま、そう考えるとよォォ~~~、 魔法使いがひっそり存在してるって可能性も否定は出来ねーが ともかく 殆ど全ての人間が魔法なんて知らねーし信じちゃあいねー そういう世界だ」 ギアッチョの説明に、キュルケ達は一様に不思議な表情を浮かべる。 「何度聞いても想像出来ないな・・・ ということはマジックアイテムも 無いんだろう?不便じゃないかね?」 「不便ってのは便利さを知って初めて出る言葉だと思うが・・・ま、別に んなこたぁねー 魔法の代わりに、地球の文明は科学によって発展してきた」 「・・・科学」 「あの教師――コルベールか?いつだったか、授業で簡単な内燃機関を 披露してたがよォーー、例えばあれを応用すると馬車より速い乗り物を 作れる 国にもよるが、大半の人間はそいつを足に使ってるな」 「えーっと・・・?」 案の定と言うべきか、今の説明を完璧に理解出来た者は居ないようだった。 眼鏡をかけ直す仕草の間に、ギアッチョは解りやすい例えを捻り出す。 「・・・簡単に言うとだ」 軽く居住まいを正すと、片手で天井を指しながら、 「あの飛行船・・・あれを動かしてる動力があるだろ」 「風石」 間を置かず補足するタバサに頷いて続ける。 「そいつを人工で作り出したみてーなもんだ」 おおっ、と全員が驚いた顔になる。 「凄いじゃない!魔法も使わずにそこまでのことが出来るなんて!」 得心がいって俄然興味が沸いたのか、キュルケが少し身を乗り出して言った。 いかにも非魔法的技術に特化したゲルマニアの貴族らしい反応である。 「あら・・・?ということは、コルベール先生は雛形とは言えそれを 一人で作り上げたということ?」 「そういうことだろうな」 油と薬品の臭気が漂う研究室で独り研究に明け暮れる奇矯な教師、という 学院一般の評判を思い出してギアッチョは答えた。「そう・・・」呟くように 言うと、キュルケは少し複雑そうな表情を見せる。 「それじゃ、他にはどんなものがあるの?」 続けて問い掛けるルイズに、ギアッチョは面倒というよりは怪訝な視線を 向けた。 「おめーにゃあ何度も話してるじゃあねーか」 「そうだけど、もっと詳しく聞きたいんだもの それに、皆は初めて聞く ことでしょ」 「ギアッチョさん、私ももっと聞きたいです」 ルイズとシエスタの言葉に、ギーシュが頷きで賛同の意を示す。ギアッチョは ガシガシと頭を掻いて、一つ溜息をついた。 「・・・ま、別にかまわねーが」 とは言え、乱暴な言い方をするならば殆ど何もかもが違うような世界である。 はて何から喋ったものかとギアッチョは一人思案した。 先端科学の話でもするかと考えたが、観測者の存在が観測結果に影響を与える 等と言ったところで理解は難しいだろう。考えた末に比較の可能な乗り物から 話すことにすると、ギアッチョは手近な小石で地面に絵を描き始めた。 「飛行機っつー代物があってな・・・」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/876.html
「ふんふんふーん♪」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、ゼロのルイズはご機嫌だった。 今日のデザートは彼女の好きなクックベリーパイなのだ! なにやら食堂の一角が騒がしくなっている気もするが、彼女にとって今は誰にも 邪魔されたくない至高の時間なのである。 使い魔がそっちの方に行ったような気もしたが、当然無視した。 「まったく、あの馬鹿ったら…」 食堂で食後の紅茶を楽しむ少女、香水のモンモランシーは先日の事を思い出して 不機嫌になっていた。 「ギーシュ、ポケットから壜が落ちたぞ」 「おお!その香水はモンモランシーのものじゃないか!」 「つまりギーシュ、お前はモンモランシーと付き合っている。そうだな?」 「ち、違う!彼女の名誉の為に…ケ、ケティこれはその… ヒィ!も、モンモランシー!?違う、違うんだ!」 「ヘイ!ケティ、マスク狩りの時間だ!」 「OKモンモランシー!」 「クロス!」「ボンバー!」 「ウギャー!キン○マ―ン!」 「すまないギーシュ!僕が壜を拾わなければ…」 「いいんだ…それより、誰か僕の顔を見て笑っていやしないか?」 「誰にも…誰にも笑わせはしない…」 「ありがとう…マルコメミソ」 「マリコルヌ!風上のマリコルヌだよ!?」 つまりは、付き合ってる男に二股かけられたのである。 気位の高い彼女には、とてもとても許容しがたい出来事であった。 気位が高くなくても許容できない話だと思うが。 それでも謝られると許したくなってくるのが、余計に腹が立ってくるというかなんというか。 「どうぞ」 そんなことを考えていると、メイドがデザートを机に持ってくる。 当然貴族である彼女が『ありがとう』等と、平民に一々礼を言うわけも無く、 配った彼女を見ようともしないでクックベリーパイを口に運ぶ。 「…ちょっと、そこの貴方」 「え、私ですか?」 ケーキを配ったメイドが、貴族に呼び止められた事に当惑して立ち止まる。 「これ…どういう事?」 シエスタはこれ以上ないというぐらい脅えていた。 目の前の貴族、学生といえど魔法を操り、平民である自分にとって絶対的な存在が 自分に怒りをぶつけているのである。 「申し訳ございません!どうか、どうかお許しください!」 体の震えが止まらない。 「お許しください、ですって? 貴族である私の口に、平民である貴方の髪の毛を入れておいてお許しください?」 「お願いします、どうかお許しを!」 涙が溢れてくる。 平民の自分が貴族に粗相をして唯ですむはずが無い。 周りを見ても、他のメイドは見てみぬフリをし、貴族は何事かと一度は見るものの、 平民が貴族から罰を受けているとわかれば、あとは特に関心をしめさない。 助けなど望むべくも無いのだ。 シエスタにとって不幸だったのは、モンモランシーの機嫌が悪かった事だ。 そうでなければ怒りこそすれ、基本的に野蛮な事を嫌う彼女が『お仕置き』を する事もなかっただろう。 「覚悟はいいかしら?」 魔法の杖を取り出し、残酷に告げる。 「どうか…」 脅えるメイドに、嗜虐心をそそられたモンモランシーが杖を振ると、 メイドの頭上から水が降り注いだ。 「あら、似合ってるじゃない?」 ずぶ濡れになった姿を見て、にっこりと微笑むモンモランシーの姿に、 シエスタは更なる恐怖を覚える。この程度で済むはずが無いのだ。 「あぁ……ぁ……」 「さあ、次は…」 魔法を繰り出そうと杖を振り上げた瞬間、誰かがその腕を掴んだ。 「やめないか!」 育郎が食堂での騒ぎに気付き、駆け寄って見た物は、杖を振り上げる女生徒の前で、 先日世話になったシエスタがずぶ濡れになって震える姿だった。 「な、何よ貴方!?平民が気安く貴族にさわらないでよ!」 女性が抗議の声をあげるが、無視して育郎が尋ねる。 「君は何をやっているんだ!?」 「ハァ?この子の持ってきたデザートにね、髪の毛が入ってたのよ。 粗相をしたメイドにお仕置きして何が悪いのよ?」 「な!?そんな事で…」 「さっさと離しなさいよ!」 モンモランシーが、呆然とする育郎の腕を振り払おうとするが、 掴まれた腕はまったく動かない。 「彼女に謝るんだ」 静かに、だが強い意志を持って育郎の口から出た言葉を、モンモランシーは 鼻で笑って拒否する。 「謝る?何で貴族の私が平民に謝らなきゃいけないの? それに悪いのはこの子の方じゃない」 「君が怒るのもわからないわけじゃない…でもこれはやりすぎだ!」 「な、なによ…」 なんだなんだと、周りの生徒が2人のやり取りに気付く。 「おい、平民が何やってるんだ!」 「あれは…ゼロのルイズの使い魔じゃないか?」 「主人が主人なら使い魔も使い魔だな…」 周りの生徒が騒ぎ出した事により、少し弱気になったモンモランシーが勢いを取り戻す。 「さあ、早く手をはなしなさい!」 しかし育郎は手をはなそうとはせず、モンモランシーを見据える。 「彼女に謝るんだ…」 な…なんなのこいつ!? 生徒達に囲まれても、まったく物怖じせずに自分を見る育郎に、モンモランシーは 恐怖とまではいかないが、言いようのない不安を感じていた。その時、 「君!今すぐその汚い手を、僕の愛するモンモランシーからはなすんだ! さもなくば、このギーシュ・ド・グラモンが相手になってやろう!」 ギーシュは先日の事を謝る為に、愛するモンモランシーを探していた。 ポケットには今月の小遣いの大半をはたいて買った指輪が入っている。 「これを精一杯の愛の言葉と共に渡せば、彼女もきっと許してくれるに違いないさ」 彼は女の子が好きで、特にかわいい女の子が好きで、さらに女好きの家系という 環境で育ち、あとちょっと頭が弱かったりするため、つい二股なんてしてしまったが、 それでもなんのかんの言って、モンモランシーが一番好きなのである。 「モンモランシーならまだ食堂にいたわよ」 彼女の友人の言葉に従って食堂に行って見れば、なんとモンモランシーが平民、 ゼロのルイズが呼び出した使い魔に凄まれているではないか! 当然の如く、彼は愛するモンモランシーを助ける、というよりは相手が平民なので、 どちらかというと彼女にいい格好を見せる為に、前に出たのであった。 「ああ、ギーシュ!」 そんな思惑も見事に的中したようで、不安になっていた彼女が元気を取り戻す。 「聞こえなかったのか?手をはなすんだ…」 彼なりの凄みを効かせて育郎に薔薇の形をした杖を向ける。 「ほ、ほら早くはなしなさいよ。痛いじゃないのよ!」 「あ、すまない」 やっと手をはなした育郎を見て、モンモランシーは先程の不安を思い出し、怒りに震えた。 この平民にどんな罰を与えてやろうか? 平民が貴族に向かって生意気な目を向けてきたのだ… そうだ!ギーシュのゴーレムを使って痛めつけてやろう! 「まったく、貴方にも躾が必要なようね、ギーシュ!」 「ああ、任せてくれたまえ、モンモランシー…」 「とにかく、シエスタさんに謝るんだ」 「そう、このメイドにあやまって」 「ふっ、何がなんだかよくわかんないけど…すまないね、君」 「は、はぁ…」 「………って違うわよ!ギーシュ、貴方も何言うとおりにしてるの!?」 「え、でも君が謝れって?」 「貴族の僕たちが、何故平民なんかに頭を下げなきゃいけないんだ?」 事の経緯を聞いたギーシュがやれやれと首を振る。 「そうよ!大体平民の貴方が私に気安く触れるなんて…」 「そうだ、僕の愛しいモンモランシーになんてことをするんだ? だいたい、そのメイドが悪いんだろう?」 「…だからと言って、ここまでする事は無いだろう」 育郎が呆然とするシエスタを快方する。 うーん、なんだか変なことになってきたぞ? ギーシュの予定では、今頃は格好よく現れた自分がこの平民を叩きのめし、 モンモランシーからお礼のキスでも貰っているはずなのである。 それがこの平民と来たら訳のわからない事を言って、予定とは違う方向に 話が向かっている。 そういえば何で僕がメイドに頭を下げてるんだ?思い出したら腹が立ってきた。 モンモランシーも機嫌が悪くなってるし…よし、ここで一つ良いとこを見せよう! 「モンモランシー…彼の言うとおり謝ってあげてもいいんじゃないか?」 「な、何を言ってるのよギーシュ!」 先日の一撃で頭のどこかが壊れてしまったのかと、驚きながらギーシュを見る。 「ただし、僕に勝ったらだ………『決闘』だよ!!」 オオーッ!と周りから歓声が上がる。 「『決闘』?」 「そうだよ、正々堂々戦い、負けたほうが勝った方のいう事を聞く。どうだい?」 「そんな!?」 おどろく育郎を、脅えているととったギーシュは、調子に乗ってさらに続けた 「貴族から『決闘』を申し込まれたんだ、まさか断るは言わないよな? いや、所詮『ゼロのルイズ』の使い魔…主人同様出来損ないなら、 臆病風に吹かれてもしかたあるまい…」 その言葉に周りの生徒達から笑いが起こる。 「…わかった、受けよう」 「そんな!?育郎さん駄目です!」 育郎が女生徒を止めた時、シエスタの目には彼がおとぎ話の勇者の如く映った。 物語のなかから出てきた英雄が自分を救いにきてくれたのかと。 しかし、時が立つにつれ怖くなってきた。育郎はただの平民なのだ、 それが貴族と『決闘』だなんて…自分のせいで育郎が殺されてしまうかも知れない、 そう思うと先程より強い恐怖が襲ってくる。 「イクローさん、相手はメイジなんですよ!?殺されちゃいます!」 「殺される…だって!?」 驚いた育郎の顔を見ると胸の中が罪悪感でいっぱいになる。 もっとも、育郎が驚いたのは、生命の危険を感じたからではないのだが。 「僕はヴェストリの広場で待っている…逃げるなよ?」 ギーシュがそう言ってモンモランシーと一緒に去っていく。 「私が…私が悪いんです…だからイクローさんがこんな事を…」 ついには泣き出してしまうシエスタ。 「いいんだ…大丈夫だから」 「何が大丈夫なのよ!」 いつの間にか現れたルイズが育郎を怒鳴りつける。 「あんたどういうつもりなのよ、貴族と『決闘』だなんて!? ちょっと馬鹿力だからって調子に乗らないでよ…ほら、一緒に謝ってあげるから」 「それは出来ない…」 「なんでよ!?いい、メイジに平民は絶対に勝てないの! 心配しなくても、誰もあんたを臆病者なんて言わないわよ…」 「…違う」 「な、何が違うのよ…」 育郎にとって臆病者と呼ばれることなど、どうという事は無かった。 シエスタの事もあったが、逃げればルイズも馬鹿にされてしまう、 それが彼に『決闘』を受ける決心をさせたのだ。 「シエスタさん、彼の言っていた広場はどこですか?」 「駄目!?駄目です!」 涙を流しながら必死で止めようとするシエスタをなだめながら、 育郎は近くにいた生徒に広場の場所を聞く。 「何やってるのよ!?やめなさいって言ってるでしょ、ご主人様の命令なのよ!?」 「…それはできない」 「………もう知らない!ギーシュの馬鹿にボコボコにされればいいのよ!!」 走り去るルイズの後姿を見送り、シエスタを他のメイドに任せてから、 育郎は広場に向かった。 果たして、僕はあの力を使わずにすむのか? そう考えながら… 「何か俺忘れられてねーか?いらない子認定されてね!?」 そのころデルフリンガーは言いようの無い不安を感じ、思考がネガティブになっていた。
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1053.html
ペンを動かし、署名をする。それを確認した王宮の勅使、ジュール・ド・モット伯は満足げに頷いた。 「ふ……学院のご理解とご協力に感謝します」 「王宮の勅命に理解も協力もないでな」 「では」 慇懃無礼に一礼して、出口に向かう。王宮がバックについているということをかさにきた、傲慢な態度だった。 扉を開けたモット伯は、外で控えていたミス・ロングビルに好色な視線を向けた。 「今度食事でもどうです。ミス・ロングビル?」 ミス・ロングビルは慌てて胸元を両手で覆い直し、完璧な来客用スマイルを浮かべた。 「それは光栄ですわ、モット伯。素敵なブレスレットですわね」 モット伯が左腕につけた黄色い腕輪に気付いたミス・ロングビルは完全な社交辞令でそれをほめた。甲の部分に黒い円形の くぼみが開いている。 「分かりますか。さすが、お目が高い。これは以前手に入れたマジックアイテム『闘士の輪』でしてな。今度じっくりお話しましょう。 では、楽しみにしているよ」 自慢げに言ってから、モット伯はそのまま部屋を後にする。その説明を聞いたミス・ロングビルは感心したように相槌を打ち、 彼が見えなくなってから嫌悪もあらわに首を振った。 「王宮は今度はどんな無理難題を?」 興味本位でミス・ロングビルは尋ねた。オスマンは大したことない、とでも言うように軽く応える。 「なあに、くれぐれも泥棒に気をつけろと勧告に来ただけじゃよ」 「泥棒?」 「近頃フーケとか言う魔法で貴族の宝を専門に盗み出す賊が世間を騒がしておるらしいからの」 「それがフーケですか?」 「我が学院には王宮から預かった秘法、『竜巻の杖』があるからの」 「竜巻の杖?」 聞きなれない名前だ。オスマンに背を向けたミス・ロングビルは聞き返した。 「フーケがどんなに優れたメイジかは知らぬが、学院の宝物庫はスクウェアクラスのメイジが幾重にも魔法をかけた特製。取り越し苦労じゃよ」 言いながらオスマンは置物をレビテーションで動かし、ミス・ロングビルの背筋をつつつ、となぞる。 彼女は「うひゃあ!」と驚き、のけぞった。 満足げな様子でそれを眺めたオスマンは、報復として完璧なフォームで置物を投げつけられ、顔面に直撃を食らって昏倒した。 学院の去り際、モット伯は一人のメイドを見込み、いつものように屋敷に買い入れた。 ついでに帰り道の道中、あまりにもみすぼらしい身なりをした黒ずくめの二人組みの平民を笑った。 「う~む、また追い出されてしまったか。あんなに照れて、可愛い奴だ」 またもルイズを怒らせてしまったツルギは、デルフリンガーと共に廊下に追い出された。今度もまた教室で騒いでしまい、 他の生徒たちに笑われたのだ。 「なあ相棒」 手に持ったデルフリンガーが口を出す。ツルギは背中や腰に帯刀する、というようなことはせずに鞘に入れたまま持ち歩いていた。 「なんだ?」 「俺はただの剣だから人の気持ちなんてよくわかんねえが……あれ、怒ってたんじゃねえのか?」 「案ずるな。あれはただの照れ隠しだ」 「……俺にはとてもそう見えねえぞ」 客観的に見て、デルフリンガーの方がよほどツルギよりも常識的な思考をしていた。 そこを通りかかった、というよりツルギに会いに来たシエスタは彼に声をかけた。 「ツルギさん、誰かいるんですか?」 「おお、メイドか。こいつだ」 相変わらずメイドとしか呼んでくれないツルギに落胆しつつも、ツルギの差し出したものを見て、怪訝そうな顔をした。 「あの……これって剣、ですよね?」 「そうだ。デルフリンガーという」 「よろしくな」 剣は鎬の金具をかちゃかちゃと動かしながら、シエスタに挨拶した。インテリジェンスソードというものをはじめて見たシエスタは 目を丸くした。 「この剣はル・イーズが買ってくれたものでな。なかなかに面白い奴だ」 「……そうなんですか」 嬉しそうに言うツルギに対し、シエスタは顔を曇らせた。あわよくばここでツルギが忘れていった剣を返そうと思っていたのが 無駄になってしまったからだ。目に見えて、シエスタは落胆した。 「どうした? メイド」 このツルギに気付かれるくらいだ。シエスタは慌ててそれを否定し、どこか遠いところを見るような目をした。 「い、いえ、なんでもないんです。それより、あの……ツルギさん。ありがとうございます」 「ん? 何のことだ?」 「何があっても前向きで自信満々で、平民なのに貴族に立ち向かったり。そんなツルギさんにたくさん勇気をいただきました。 ツルギさんのおかげで、これからも頑張れます」 「当然のことだ。俺は神に代わって剣を振るう男なのだからな」 「ふふ、そうですね。おやすみなさい」 ツルギの物言いにもだいぶ慣れたシエスタは、最後に微笑んでから一礼した。 ここも明らかに様子がおかしかったのだが、ツルギはもちろん気がつかなかった。 翌日、授業の直前で、いつものように教室に行こうとしたツルギの襟首を掴んだルイズは大またで外まで引っ張っていった。 そして押さえつけるように命令する。 「今日からは、よその使い魔と一緒に外で待ってなさい」 「何故だ?」 その言葉にルイズは唇の端を引きつらせた。あれだけ授業中にうるさくしていたのを、心当たりがないというつもりなのだろうか。 「あんた……それ、本気で言ってるの?」 「俺はいつも本気だ」 確かにツルギは冗談は言わない。いつも信じられないようなことを本気でやらかす。それだけにたちが悪い。 日ごろのいらいらも込めて、ルイズは頭ごなしに怒鳴りつけた。 「あんたを連れてくと、いらない恥ばっかかくからよ!」 他の使い魔と共に外に取り残されたツルギに、デルフリンガーは文句を言った。 「ほら相棒、やっぱり怒ってんじゃねえか。また朝飯も抜かれて、どうすんだ」 「何、気にすることはない。食事なら……」 ツルギはその足で厨房に向かった。マルトーはツルギを見ると大喜びで食事の用意をしてくれた。 「いつも助かる。ル・イーズの飯は少々量が少なくてな。すぐに腹が減ってしまうのだ」 「遠慮はいらねえよ、どうせ貴族連中の残りもんだ!」 うまいうまいと言いながら、食事を平らげていく。満腹になって辺りを見回したツルギは、あることに気がついた。 「そういえば、あのメイドはどうした? 今朝から姿を見ていないが」 彼の質問に対し、マルトーは意外そうな顔をした。 「お前、シエスタから聞いてないのか?」 「何かあったのか?」 「急遽モット伯っていう貴族に仕えることになってな。今朝早く、迎えの馬車でいっちまったんだ」 「何? どういうことだ、それは」 「結局平民は、貴族の言いなりになるしかねえのさ。さ、仕事仕事」 マルトーはまるで何かを振り切るように明るく言ったが、ツルギはどうにも居心地の悪さを感じて厨房を後にした。 夕方、授業も終わりルイズの部屋に戻ってきたツルギはモット伯のことを彼女に尋ねた。彼女は髪をいじりながら、気のない様子で 応える。 「モット伯爵は王宮の勅使でいつも学園に来るわよ。いつも偉ぶってて私は好きじゃないけど」 「それが何であのメイドを……」 「貴族が若い娘を名指しでって場合は普通、自分の妾になれってことだ。おめえ、そんなことも知らねえのか」 デルフリンガーの発言に、ツルギは目の色を変えた。ルイズにも声を荒げて確認する。 「何だと! それは本当か、ル・イーズ!」 「そういう話も聞くわね。貴族も色々いるし」 ルイズの話を聞いたツルギは、怒りを込めて小さく呟いた。 「権力をかさにきての横暴というわけか許しがたい」 「言っとくけどツルギ、勝手な真似はしないでよ! 伯爵ってくらいなんだからギーシュなんかとは比べ物にならないくらい強いはずだし、 貴族の屋敷で剣なんか抜いたら平民は問答無用で殺されちゃうわよ! それにモット伯は王宮の勅使なんだから、何かしたら あんただけじゃなくて私の家も危なくなっちゃうんだからね。命令よ! 絶対、絶対、絶対にモット伯のお屋敷に乗り込んだり しちゃダメなんだからね!」 ツルギの呟きを聞いたルイズは、厳しく釘を刺した。機関銃にような小言に、ツルギは完全に圧倒されていた。 「ほら、早く来なさいよ!」 「すまない、少し用事があって遅れる」 ルイズは少し疑問に思うが、いくらなんでも、あれだけ言えば大丈夫だろうと思い、そのまま部屋を後にした。 しかしルイズはまだツルギに対しての認識が甘かったことを、後に後悔した。 ルイズの後から部屋を出たツルギは、デルフリンガーを下げながら食堂とは別の方向へと向かっていた。 「こっちは食堂じゃねえぞ。どこ行くつもりだ?」 「モット伯とやらの屋敷だ。高貴なる者として、そ奴の横暴は許しがたい」 「ちょっと待て相棒。あれだけ言われて、それでもまだ行くつもりなのか!? 大体おめえ、貴族じゃねえだろ。高貴なる者って どういうことだ」 「魔法など関係ない。俺は神に代わって剣を振るう男だ。お、あいつは」 デルフリンガーに答えたところで、ちょうど彼はギーシュを見つけた。歩いている途中の彼に追いつき、声をかける。 「おい」 ツルギに声をかけられたギーシュはビクッと身体を震わせた。先日の大敗が相当応えているらしい。 「な、何だい! まさかまた決闘を……」 「そうではない。ちょっと聞きたいことがある」 ツルギの質問に対し、いぶかしみながらもギーシュは正直に答えてしまった。 一足先にルイズは食堂に着いたが、ツルギはなかなか顔を出さなかった。 あれだけ言っておいたんだから、よもやとは思うけど…… 胸騒ぎがしたルイズは、とりあえず近くにいた生徒たちに聞いてみた。 「ねえ、うちの使い魔知らない?」 「ツルギ? さあ、見てないわよ」 「知らない」 「ああ、彼ならさっきモット伯のお屋敷の場所を聞いてきたよ」 三人目に訊いた、ギーシュが答えた。彼の言葉を聞いたルイズは一瞬目の前が真っ暗になり、顔面蒼白となった。 「ま……まさか、あいつ」 その通りだった。 ツルギは学院の馬にまたがり、ギーシュに聞いたモット伯の屋敷を目指して疾走していた。 腰の辺りから、ぼやくような声が聞こえてくる。 「まったく、今度の相棒はとんでもない奴だ。まさか貴族にケンカ売りに行くなんてな」 「お前は黙っていろ」 「へいへい。けど、何でそこまでするんだ?」 「どういう意味だ?」 「だってよ、相手は貴族だぜ、貴族。それも王宮の勅使だ。下手すりゃ王宮まで敵に回すことになっちまうぜ。そのメイドってのを そんなにまでして助けたいのか?」 「あのメイドにはいつも世話になっている。高貴なる者として、当然の義務だ」 「はぁ~、何を言っても無駄みたいだね。ま、勝手にやってくれ」 デルフリンガーは呆れたように言い、鞘の中に引っ込んだ。 地平線の先に大きな屋敷が見える。あれがモット伯とやらのお屋敷だろう。 そう思ってツルギが急ごうとしたところ、空中から怒鳴り声が聞こえた。 「ツルギィーっ!!」 その声に驚いた馬が足を止める。 「な、何だ!?」 ツルギは手綱を引き、馬を落ち着けさせて空を見上げた。 一匹の風竜、その上に乗った三人の少女たちは彼を見下ろしている。 「あらら、本当に来てたわ」 「良かった……手遅れになる前に間に合って、本当に良かった」 心中穏やかならずとも、ルイズはほっと胸を撫で下ろした。 「あれがモット伯の屋敷、危なかった」 タバサは前方の建物を指して、淡々と言った。あと五分も遅れていたら、完全に手遅れになっていたことだろう。 「タバサ、ありがとう!」 ルイズはタバサに心から感謝した。馬で飛び出していったツルギに追いつくには、タバサの風竜、シルフィードしかなかった。 ツルギが死ぬのを嫌がったキュルケも一緒に頼み込んで、出してもらったのだ。 「別にいい。それより」 タバサは杖で地面を指差した。一度は止まったツルギの馬が、またも走り出している。 「ああーっ! ツルギ、待ちなさい!」 「そうはいかん! ショ・ミーンを助けるのも、高貴なる者の務めだ!」 叫ぶが、ツルギは止まらない。ルイズは目の前の小さな両肩を掴み、がくがくと揺らした。 「タ、タバサ! あれ止めて!」 振られるままになりつつも、タバサは杖を振った。 レビテーション。ツルギの身体が宙に舞い、シルフィードの高さにまで持ち上げられる。 「ル・イーズ、何をする!」 「それはこっちの台詞よ! 何してんのよ、あんたは!」 「あのような横暴、許してはおけん! 神に代わって剣を振るいにいくのだ」 「あんた、ヴァリエール家を潰すつもり!?」 ツルギの襟首を掴んだ、そのときだった。辺りに轟音が響く。 「……?」 四人は轟音のした方向へと顔を向ける。大きな屋敷からの一部が崩壊し、火の手が上がっていた。 それを見たルイズの顔色が、見る見るうちに青くなっていく。ルイズはツルギの襟首を締め上げながら、前後に激しく振る。 「あ、あんたはーっ! 今度はいったい何をしたのよ!?」 「ちょ、ちょっと待て! 俺はまだ何もしていないぞ!」 締め上げられながらも、ツルギは弁明する。これからその何か、をしようとしていたのは事実だが、まだ無実ではある。 「じゃあ何でモット伯の屋敷が燃えているのよ!」 「知らん! 第一俺はここにいただろ……ぐえ。これでは何もできん!」 「そういえばそうね。何があったのかしら」 ルイズはやっと手を離す。ツルギが咳き込んでいるが、お構い無しに前方の少女に頼み込む。 「タバサ、ちょっと見に行ってくれる?」 無口な少女はこくんと頷き、自分の使い魔に指示を下した。 「……何よこれ!」 モット伯のお屋敷に着いたルイズは、開口一番そう叫んだ。 屋敷の門は破壊され、衛兵たちは一人残らず気絶している。野党はおろかオーク鬼の集団に襲われてもこうまではなるまい、と思わせるほどの ひどい有様だった。 四人はシルフィードと馬を門の外に待たせ、屋敷の中へと入っていく。 中はさらに凄まじい様相を呈していた。 豪奢なシャンデリアは地面に落下して砕け散っている。 「王宮付きで伯爵ともなれば、メイジも護衛にいるはずなのに」 タバサと一緒に屋敷の中を見て回ったキュルケが呟く。メイジと思しきマントをつけた衛兵も、誰一人として無傷のものはいない。 全員大怪我をした上、気絶している。これだけのメイジが全滅するとは、エルフにでも襲われたのだろうか。 「おい、こいつがモット伯か?」 先の方まで行っていたツルギが呼びかけ、倒れている貴族と思しき人物を指差した。 「多分……何度か見たことがあるけど」 「ここまで顔が変わってると……分からないわね」 ルイズとキュルケは自信なさげに言った。 何しろ立派な衣装はズタボロとなり、顔面は原形をとどめないまでに変形している。杖も叩きおられており、これでは目を覚まさない限り、 判別するのは至難の業だ。 「いったい、何があったのよ」 ルイズが呟くが、そればかりはここにいなかったものには想像のしようがなかった。 シエスタも無事見つかった。彼女はただ、目をまわして気絶しているだけだったようで怪我はない。 新しい雇い主であるモット伯がこの有様では働けまい、ということで結局学院に連れ戻すことにした。それに関してはツルギが うるさく言うことから、ルイズやキュルケたちで学院の方に話をつける、ということになった。 それで学院に帰るため、シエスタをレビテーションでシルフィードの上に乗せたところで、彼女が目を覚ました。 「あれ、ここは?」 シエスタは辺りを見回す。彼女は学院の生徒二人、すなわちルイズとキュルケに取り囲まれていた。なお、タバサは自分の仕事は 終わったとばかりに一人無関心そうに読書をしていて、ツルギは乗ってきた馬でひとり先に帰らせている。 「やっと目を覚ましたのね」 「何があったのか、話してもらうわよ」 二人に詰め寄られ、わけも分からぬままにシエスタは知っていることを白状させられていく。 「あ、はい。私にも何があったのかよく分からないんですけど……」 モット伯の屋敷に来た日の夜、自分を勇気付けるようにシエスタは紫色の剣を胸に抱いた。結局返せなかったツルギの剣を、 ついここまで持ってきてしまったのだ。 シエスタはモット伯の寝室に呼び出されていた。これが意味するところは、もはや明白だった。 書斎に呼び出されたシエスタに対し、モット伯は好色な笑みを浮かべた。 シエスタは嫌悪感を表に出さないように、必死で耐える。 「どうだ、仕事は慣れたか?」 「はい、大体は……」 シエスタの返答に満足したように、彼女の首筋に手を伸ばす。耐え切れずにシエスタはビクッと全身を震わせた。 「そうかそうか。まああまり無理はせぬようにな。私はお前をただの雑用に雇ったわけではないのだからな、シエスタ」 その折、屋敷中に爆発音が轟いた。一瞬、巨大な屋敷全体が振動する。 急場に対し、モット伯は滑稽なほどにうろたえた。 「な、何事だ!」 「侵入者です!」 駆け込んできた衛兵の一人が答える。 「何を……衛兵たちは何をしているのだ!?」 「いえ……それが、外にいる兵は全滅です」 「何だと!」 さらに、もう一度爆音が轟く。モット伯は書斎を飛び出した。 豪奢なシャンデリアのある広間で、侵入者たちは取り囲まれていた。 侵入者はたったの二人、それぞれ片袖のない、奇妙な衣服を纏っている。別に何か強力なマジックアイテムを装備している様子もない。 いかれた傭兵崩れか何かだろう。やられた衛兵たちは、油断でもしていたに違いない。 自らの優位を確信したモット伯は、悠然と言い放つ。 「貴様ら、何者だ? 貴族の屋敷に乗り込むとは、何のつもりだ?」 二人の男は質問に答えることなく、非常に低いテンションでわけの分からないことを言った。 「お前か……、俺たちを笑ったのは……いいよなあ」 「まったくね……、俺も一度でいいから、そんな偉そうにしてみたいよ」 モット伯はもったいぶって杖を構える。 「ふ、何者かは知らぬが、魔法が使えない衛兵を倒したくらいで調子に乗らないでもらおう。私の二つ名は波涛! 波涛のモット。 トライアングルのメイジだ」 それと同時に、彼らを取り囲んだ衛兵が一斉に動いた。 二人の侵入者は顔をうつむけた。やっと自らのおろかな行いを悔いたのか、と思ったところで、どこからともなく二匹の金属で できた虫のようなものが飛び跳ねながら、彼らの手におさまる。 彼らはそれぞれの手に構えた金属の虫を、スライドさせるように腰の辺りにはめ込んだ。 「……変身」『henshin! change! kick hopper!』 「……変身」『henshin! change! panch hopper!』 奇妙な音声と共に、二人の侵入者は鎧に包まれたような姿に変わった。 緑色に変わった男は、腰を落とした。 「……ライダージャンプ」『rider jump!』 声と共に跳躍。右足を下に向け、腰の辺りに手をかける。 「……ライダーキック」『rider kick!』 そのまま右足が衛兵の一人に直撃。同時に右足についたジャッキが下がり、その衛兵を跳ね飛ばす。反動で緑色の男はもう一度跳躍し、 また別の衛兵を踏みつけた。そしてまたジャッキが下がり…… これの繰り返しで、衛兵たちは全滅した。 モット伯は杖を振るった。すると花瓶の中の水が舞い上がり、二人の侵入者に襲い掛かる。 今度は黒い方の男が、腰を落とす。 「ライダージャンプ」『rider jump!』 そして跳躍。力を溜めるように右腕を引き、左手を腰に当てる。 「ライダーパンチ」『rider punch!』 右腕が水の固まりに振り下ろされる。水の固まりは一瞬で四散した。 飛んできた水の塊が目の前ではじける。猫だましの要領で、シエスタは目を回した。 「……わけが分からないわね」 シエスタの話を聞いたルイズは、顔をしかめた。世の中広い。ツルギ以上にわけの分からない人間がいるとは思わなかった。 「はい、その……申し訳ありません」 「仕方ないわ。後でモット伯も王宮に報告するでしょうけど、とりあえず学院には強盗に襲われたって言っとくわね」 キュルケがまとめるように言った。まあ、そうとしか言いようがない。 「は、はい! ありがとうございます!」 これでまた学院で働ける。シエスタは感激したように頭を下げ、荷物を取りにいったん屋敷の方に戻る。 戻ってきたときには、彼女は小さな荷物を下げ、布で巻いた長いものを大事そうに抱えていた。 モット伯の屋敷を襲撃したものの一人、左袖のない黒い上着を羽織り、右腕に金属のジャッキを装備するという奇妙な格好をした男、 影山瞬は上着のポケットから取り出したものを見て、顔をにやけさせた。 ザビーブレス。なぜかあの男が持っていたもので、かつてのカゲヤマの栄光の象徴。追い詰められたあの男も使おうとしていたが、 何も起こらなかった。カゲヤマは兄貴に気付かれないように男をぼこぼこにして、ザビーブレスを取り上げたのだ。 「これで……これで俺は」 そこに、地面に金属がかすれるような独特の足音。それが聞こえたカゲヤマは、慌ててザビーブレスを隠した。 右足に金属ジャッキ、右袖のない黒いコートと独特の衣装を身に着けた男、矢車想だ。 ヤグルマはカゲヤマの隣に座ると彼の顔も見ることなく、耳元にささやくように言った。 「お前、まさか光を掴もうなんて思ってないよな」 まるで彼の心の中を見透かしたかのような言葉。カゲヤマは慌ててそれを否定する。 「お、俺は別に」 「俺たちのようなろくでなしが少しでも光を掴もうとしたら、手痛いしっぺ返しを喰うぞ」 ヤグルマはそう言うが、カゲヤマは上着の中のザビーブレスを手放そうとは思わなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar/pages/4257.html
229 名前:発売予告「ゼロの三国志」[sage ] 投稿日:2006/09/22(金) 15 08 51 ID d/9e1u42 「あなたに対する、相応の覚悟を持って望みますわ」 アンリエッタの言葉から、全ては始まった。 光輝満る国の女王、女王アンリエッタが率いるは、トリステイン王国アンリエッタ親衛隊! アン「見てらっしゃいルイズ・フランソワーズ! 誰に喧嘩売ったか教えてあげるわ!」 アニエス「殿下、キャラが壊れてます」 アン「をーーっほっほっほっほっほ! ラ・ヴァリエールがなんなのよ!こっちは王族よおーぞく!」 アニエス「あのー殿下ー?」 愛するご主人様のためなら戦もなんの!シエスタ率いる魅惑の妖精メイド隊! シエスタ「待っててくださいサイトさん! 悪のぺったんこの魔の手から、必ず救い出して見せます!」 ジェシカ「それいけシエシエー!」 シエスタ「頬を染めろ!上目遣いになれ! 貴様らが口からクソ垂れる前と後ろに、『ご主人様』とつけろ! わかったか蛆虫どもっ!」 ジェシカ「はいっ♪ご主人様っ♪」 東の果ての第三勢力!おっぱい帝国からの侵略者!エルフ爆乳同盟! テファ「あのー、私は別にー…」 キュルケ「恋は奪い合ってこそ燃え上がるもの!司令官がそんなんでどーするの!」 テファ「ていうかアナタエルフじゃな」 キュルケ「おっぱいつながりでいいじゃないの!それー、おっぱい!おっぱい!」 テファ「お、おっぱい、おっぱい…」 それを迎え撃つは、その名も知られた、大貴族!ラ・ヴァリエール『サイトは渡さないんだもん』軍! ルイズ「どっからでもかかってらっしゃい! どこの誰だろーが、攻撃呪文でみぃな殺しよっ!」 カトレア「あらあらまあまあ。頑張ってねルイズちゃん♪」 ルイズ「言ってないでちいねえさまも戦うのっ!」 カトレア「それじゃあ、軽く塵といきましょうか♪」 ルイ&カト「をほほほほほほほほほほほほほほ」 サイト「あのー。この場合俺の立場はー?」 デルフ「決まってんじゃねえか。『賞品』」 それを見ていたガリア無能王。 ジョゼフ「言っていいか?余も言っていいか? サイトきゅん萌えーーーーーーーーーッ!!」 シェフィールド「ああっ、ジョゼフ様が壊れたっ!」 タバサ「…萌え」 かくして、才人をめぐる血で血を争う戦いが、今、始まった! ニャンテンドーNii対応ソフト、「ゼロの三国志」、2007年上旬、発売っ! 230 名前:せんたいさん[sage ] 投稿日:2006/09/22(金) 15 09 51 ID d/9e1u42 ごめんなさいもうしませんorz 383 名前:ゼロの三国志 販促CM[sage ] 投稿日:2006/09/25(月) 19 28 11 ID vV01kKiA 〜アンリエッタ親衛隊ハイライトシーン〜 アニエス「機関最大!最大戦速!第一次ガンダールヴ奪還艦隊、旗艦『ヒラガ』、発進!」 部下「イエッサー!」 トリステイン王城がせり上がり、その下から巨大な飛空艇が現れる。 アンリエッタ「総員、対衝撃対閃光防御。機関最大、艦首トリステイン砲、発射!」 旗艦『ヒラガ』から発射される極太の光。 着弾地点で湧き上がるキノコ雲。雲が晴れると、そこには巨大なクレーターが。 そしてその中心には…無傷のルイズ。 マザリーニ「馬鹿な!全力のトリステイン砲の直撃を受けて無傷だと!ラ・ヴァリエールは化け物か!」 〜魅惑の妖精メイド隊ハイライトシーン〜 シエスタ「皆さん、私はサイトさんが好きです。 皆さん、私はサイトさんが大好きです。 厨房で、中庭で、廊下で、お部屋で、トイレで、お風呂で、ベッドの上で。 ありとあらゆるところで出会うサイトさんが大好きです。 (中略) 皆さん!私はサイトさんを。サイトさんの奪還を望みます! あのぺったんこの魔の手から、愛する人を救おうと思います! 協力していただけますか!?」 メイドたち「はいっ、ご主人様っ♪」 シエスタ「よろしい!ならば戦争です!一心不乱の大戦争です!奴らに思い知らせてやりましょう、本当のメイドの恐ろしさというものを!」 メイドたち「はいっ、ご主人様っ♪」 ヴァリエール軍指揮テント内にて。 ヴェリエール軍将校「馬鹿な!女一人に一個中隊が全滅だと!?」 ジェシカ「あらお言葉ね。『女』じゃないわよ」 す、っと突然将校の背後にどこからともなく現るジェシカ。 ジェシカ「私たちはメイド。ご主人様の危機とあらば、どこへでも駆けつける」 将校「な、ならばお前の主人とやらは…」 ジェシカ「我らの主人の名は、ヒラガサイト。さようなら、お馬鹿さん」 ドシュッ 〜爆乳エルフ同盟(以下略 コルベール「故人曰く。 『メカとおっぱいは大きいほうがいい』! その通り!まさにその通り!そこで私は開発したのです、この『オストラント』号を!」 キュルケ「きゃー、ジャン素敵ー♪」 ギ−シュ「あの、コルベール先生の首筋についてるキスマークは」 モンモン「…先生も男だったってことかしら」 炸裂するルイズの『エクスプロージョン』。吹き飛ばされるエルフの戦士たち。 ルイズ「おーっほっほっほっほ!エルフといってもこの程度!?雑魚ね雑魚!」 そして、もう一度放たれる『エクスプロ−ジョン』。しかし、その爆発を、同じ『エクスプロージョン』が打ち消す。 その煙の向こうから現れるティファニア。 ルイズ「あんたはっ…!」 テファ「忘れてた?私も『虚無』なのよ!」 〜ラ(ry カトレア「いますぐ戦闘を止めてください!」 そう言いながら攻撃魔法をどっかんばっかん撃ちまくるカトレア。 カトレア「…無駄な抵抗ですから♪うふふふふふふふふふふふふふふ」 シエスタ「そんな!質量を持った残像ですって!?」 ルイズ「残像じゃないわ!これが、これこそが『イリュージョン』の真の姿! 避けられるかしら?全方位からの『エクスプロージョン』!」 シエスタ「当たらなければどうと言うことはない!」 384 名前:せんたいさん[sage ] 投稿日:2006/09/25(月) 19 29 22 ID vV01kKiA ほら、やらないほうがよかったorz 〜おまけ 裏ルート「サイト脱出」 サイト「今すぐ戦闘を止め、この地域から脱出してください!」 アン「サイトさん!?」 サイト「聞こえますか、トリステイン軍!今すぐ退艦して、この地域から脱出してください! まもなくここは、全力の『エクスプロージョン』で地上から消え去ります!」 アン「なんですって!?」 サイト「あなたは、あなただけはッ!」 ワルド「何を叫ぼうが今更! 人は滅ぶ、自らの生み出した虚無に呑まれてな!」 サイト「それでも、それでもっ…! 俺には、守りたい世界があるんだぁーーーーーーーーー!!」 ガノタでスマソ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/4632.html
前ページ次ページアクマがこんにちわ 「あ゛ーーーーーーーー!?」 ズドン!と地面を揺るがすような音が響いた。 ルイズは草原の一角にできた人型の穴を見て、口をあんぐりと開いて固まっている。 キュルケはわざとらしく手で顔を覆い、あちゃぁと呟いた。 そしてタバサは、シルフィードの背から地面を見下ろして「失敗」と呟いた。 時刻は夕方……高度100メイルから落下した人修羅は、地面の中でモグラの気持ちを味わっていた。 ■■■ 「いやぁ土の上に落ちるなら痛くないと思ったけど、けっこう痛いね」 地面にできた穴から、人修羅がはい上がると、そんなことを呟いてルイズ達を呆れさせた。 「無茶するわね、それで『レビテーション』は使えた?」 地面に座っている人修羅に向かって、キュルケが中腰になり質問すると、人修羅は両手を左右に開いて首を振った。 「ぜーんぜん駄目。タバサさんに教えて貰ったけど、いまいち魔力…精神力の流れが掴めないんだ。再現はできてるはずなんだけど、上手くいかないんだよ」 ちなみに今、人修羅は召喚された時と同じ姿でいる、服はシルフィードの背から飛び降りる前にタバサに預けていた。 地面に降りてきたシルフィードが、きゅいきゅいと鳴きながら尻尾を人修羅に向ける、人修羅は尻尾にぶら下げられた上着を手に取ると、立ち上がって身体の埃を落とし、服を羽織った。 「ねえ、そこまでして、空を飛びたいの?」 「飛びたい」「飛びたいわよ」 キュルケの問いかけに、人修羅とルイズがそろって答えた。 「そこまで言うなら止めないけど、ルイズ、あんたが真似したら死んじゃうわよ」 そう言いながらキュルケは人修羅を指さした、ルイズはむっとした顔になると、多少ムキになって反論する。 「いくら私でもこんな無茶しないわよ!」 「ははは、俺だってこんな無茶他人にさせたくないよ。……ああ、そうだ、今日はありがとうタバサさん、それとシルフィード」 人修羅が頭をぽりぽりと掻きつつ呟くと、シルフィードはきゅいと鳴いて返事をする、タバサは無言のまま顔を俯かせたが、十秒ほど経過したところで顔を上げて人修羅の眼をまっすぐに見つめた。 「べつにいい。その代わり、後で私の質問にも答えて」 「いいよ」 人修羅があっけからかんとした表情で答える、が、内心ではタバサの態度と言葉を分析していた。 タバサの気配はとても”重い”、小柄な身体とおとなしい性格からは想像も出来ないほど混沌としたものを腹に抱えている。 理不尽な目に遭いながらも、それを少しずつ受け入れて生きようとする人間の力、それがタバサからは人一倍強く感じられた。 だが、それを聞くのは後だ、今は日課となっているルイズの魔法練習をしなければ…… ■■■ 「さーて、んじゃ練習やろっか」 「うん」 人修羅がルイズの隣に立つと、ルイズはおもむろに懐から杖を取り出し、虚空に向けた。 「あ、その前に…せっかくだからタバサさんとキュルケさんにも手伝って欲しいんだけど」 「私にも?あら、ツェルプストーはヴァリエールの仇敵ですのよ?」 そう言って笑みを浮かべるキュルケ、ルイズは少しむっとした表情になったが、それをタバサが制してくれた。 「手伝う。何をすればいい?」 「魔法を唱えて欲しいんだ、簡単な奴でいいから、できるだけゆっくり、しっかりとした発音で」 人修羅の言葉を聞いて、タバサがうなずく。 杖の頭を草原に向けながらタバサは精神を集中させた。 「………ラナ・デル・ウインデ」 タバサがゆっくりと、正確な発音で呪文を唱えると、ドン!と音が響き、草原に土煙が上がった。 空気の固まりをぶつける『エア・ハンマー』が直撃した場所は、草花が飛び散り直径1メイルほどの地肌が見えていた。 「もう一度、こんどはそよ風を起こしてくれないかな?」 タバサはこくりとうなずいて、もう一度呪文を詠唱した。 「ウインデ」 ふわりと風が舞う、土埃はタバサの作り出した風に運ばれ、まるで霧散するように消えていった。 「ありがとう。だいたい音の流れは分かった」 人修羅はお礼とばかりにタバサの頭をなでる。 タバサは突然のことで何の反応もしていないが、シルフィードはその様子を見て羨ましそうにしていた。 「ちょっと、何が分かったのよ」 ルイズが人修羅の背中を杖で突っつく、どこかその口調が不機嫌そうなので、キュルケは内心で『あれは嫉妬ね』と考えつつにやにやと笑みを浮かべた。 「ああ、大僧正って仲間から魔法のコツを教わったことがあってさ、それを活かしてみようと思ってね」 「ダイソウジョウ?あなたの仲間も不思議な名前してるのね」 ルイズが思ったことをずばずばと言う、しかし、考えてみれば役職や官位がそのまま名前になっているようなものだ、人修羅は苦笑しつつ答えた。 「ハルケギニアだと…枢機卿とか、それぐらいの意味になるんじゃないかな」 「枢機卿? それで、その、ダイソウジョウって枢機卿は何を教えてくれたのよ」 「微妙に意味が食い違ってるけど、まあいいか……とりあえず話を進めよう。まずはさっきの呪文を思い出してくれ、ラナ・デル・ウインデ」 「ラナ・デル・ウインデ。エアハンマーのルーンでしょう」 「風を起こす呪文『ウインデ』が後に来てるよね。これはおそらく、最初に風を起こしてからハンマーのように固めるのでなく、ハンマーのような固まりをイメージしてからそこに風を当てはめているんだと思う」 「…?」 「オスマン先生から聞いたんだけど、虚無の魔法って詠唱にものすごく時間がかかったらしいんだ。ならそれに習って、詠唱に時間をかけてみたら良いんじゃないかな」 「時間をかけて…か、ゆっくり唱えればいいのね」 「いや、時間をかけるだけじゃだめだ、試しに『ラナ・デル』だけ唱えてみてくれないか」 「わかったわ」 ルイズが杖の感触を確かめ、草原に生える適当な草にねらいを定める、距離は約3メイルとごく近いが、ルイズの起こす爆発は狙いが定まらずどこに暴発するのか分からない。 キュルケとタバサは、あらかじめ十歩ほど後ろに下がって巻き添えを回避しようとしていた。 「ラナ・デル………………………………」 「何も起こらないわね?」 キュルケがタバサの隣で、いぶかしげに呟いた。タバサはその言葉に反応することなくじっとルイズの方を見ている。 「ルイズさん、それじゃ、『ラナ』で空気の壁を。『デル』でその壁が球体になるようにイメージして、もういちど唱えてくれないか」 ルイズはこくりとうなずくと、杖をしっかりと握り直して、呪文を唱えた。 「ラナ……デル……」 「もう一度」 「ラナ…デル…」 「もう一度!」 「ラナ・デル」 「もっと堅く、集中して!」 「ラナ・デル」 「まだまだ!」 「ラナ!デル!」 「詠唱しろ!」 「ラナ!デル!」 ルイズがひときわ強く呪文を詠唱した時、ルイズの身体から人修羅だけに見えるエネルギーが発散された。 そのエネルギーはルイズの杖が指し示す場所固まり、ほんの一瞬だけ空気をそこに閉じこめた。 「はぁッ、はぁ、はぁ…何、今の、なんか、今、身体から」 未体験の感覚に驚いたルイズは、身体を震わせて人修羅の顔を見あげた。 「落ち着いて、今のが魔法の感覚さ、身体から放たれた魔法の力が、目的の場所で再集結したんだ」 「確かに、自分にあった系統魔法を唱えると、身体の中を通り抜けるような心地よさを感じるって聞いたことがあるけど、今のは……身体から何かが出ていく感じだったわ」 話を聞いていたキュルケがあ、と声を上げた。 「あっ、じゃあ、ルーンを詠唱しても爆発しないのは、風系統がルイズの魔法って事なの?」 「違うと思う。あれはただ、魔法が放たれていないだけ。彼はきっと狙いを定めるために余分な詠唱を繰り返させて、イメージを作ろうとしている」 タバサが呟くと、人修羅がにこりと笑った。 「タバサさんの言ったとおりだ。じゃあ、今度こそ成功させよう。『ラナ・デル』を繰り返して、風を閉じこめる球体をイメージするんだ。俺が「いい」と言ったら『ラナ・デル・ウインデ』と全部詠唱をして」 「わっ、わかった、わ」 肩で息をしていたルイズがうなずく。 ルイズは集中力を高めるべく深呼吸を数回繰り返してから、杖を握りしめ、草原の一点に杖を向けた。 「ラナ・デル…ラナ・デル…ラナ・デル…ラナ・デル…ラナ・デル…」 ルイズが詠唱を繰り返す、その隣で人修羅は、ルイズの身体を流れるエネルギーを感じ取ろうと神経を集中させていた。 キュルケも、タバサも、ルイズの姿に釘付けになっている。 いつもならルイズを馬鹿にするキュルケだが、今日ばかりはそんな気も起きない、キュルケにしては珍しく知的好奇心が優先されているらしい。 「もっと、ラナで壁を作り、デルで幾重にも重ねるんだ」 「ラナ・デル・ラナ・デル・ラナ・デル・ラナ・デル・ラナ・デル…」 「渦巻きのように、風の流れをイメージするんだ、杖の指し示す場所がその中心になるように……」 ルイズの身体の中に流れるエネルギーは、巨石に囲まれた谷間を流れる水のように、あるところでは緩やかに、あるところでは勢いよく流れていた。 だが、呪文の詠唱を何度も何度も繰り返すうちに、身体の中に浸透したリズムがエネルギーを淀みなく流転させていた。 「…よし!」 「ラナ・デル・ウインデ!」 ズドォン…と、爆音が響く。 その音はルイズが起こした爆発が原因だと、だれもが理解していた。 しかし、草原に空いた穴は爆発で地面が吹き飛んだ訳ではなかった、空中に現れた爆発、そのエネルギーが四方八方に散らばらず、地面に向けて叩きつけられた。 タバサの放ったエア・ハンマーよりも貫通力に優れた、一点集中の爆風が地面に穴を開けたと言えるだろう。 「やった! ちゃんと狙い通りでき たわ よ」 ルイズは喜びの声を上げて、その場で飛び跳ねた、くるりと振り向いてキュルケ達に目を向け、さぁどんなものだと思ったところで…意識がとぎれた。 力を失って地面に倒れ込みそうになったルイズを、人修羅が抱きかかえる。 「気絶しちゃったの?」 キュルケが近づき、ルイズの頬を人差し指でぷにぷにと突いた。 「こんな方法で魔法を使った事なんて、今まで無かっただろうし、一気に精神力を消費したんだろう。気絶も仕方ないよ」 そう言うと人修羅はルイズを両手で抱き上げた、俗に言うお姫様だっこという奴だ。 「さて、今日のところは戻ろう」 人修羅が歩き出そうとすると、タバサがくいくいと人修羅の袖を引き、杖でシルフィードを指した。 「乗って。シルフィードの方が早い」 ■■■ タバサの協力で難なくルイズを運んだ人修羅は、ルイズを部屋に寝かせると部屋を出た。 学院長室にいるであろうオールド・オスマンに話をすべく、本塔へと向かう。 本塔の入り口にさしかかったところで、夕食の後片付けを終えたシエスタが人修羅の姿を見つけた。 「あ、人修羅さん…」 そのとき、シエスタの表情には躊躇いか困惑が浮かんでいた。 「シエスタ?どうしたの」 「いえ…あの、何かありましたか?」 「いや厨房じゃないんだ、ちょっと学院長に報告することがあってさ」 「そうでしたか…」 シエスタは両手を腰の前で組み、何かを言いたそうにもじもじしていたが、すぐに「失礼します」と言って立ち去ってしまった。 「……なんかあったのかな」 人修羅は腑に落ちないものを感じながらも、とりあえずは今日の練習でルイズが使った魔法について、オスマン先生に報告すべく本塔の階段を上っていった。 螺旋階段を上り、学院長室の前に立つと、中からゴシャッと頭蓋骨が粉砕骨折するような音が聞こえてきた。 嫌な予感で冷や汗を垂らしつつ、学院長室の扉をノックする。 「人修羅です。ちょっとお話が」 すると、がたごとと音が聞こえてきた、慌てて家具の位置を直すような音だ。 「開いておるよ、入ってきなさい」 「失礼します」 扉を開け、学院長室の中を見渡しても特に変わったところはない。 ロングビルさんの椅子が粉々に砕けていても、いつものことだから気にすることはない しかもその破片が学院長の机の上に散乱していても気にすることはない。 オスマン先生の使い魔、モートソグニルが鳥かごに閉じこめられ、助けてくれと視線で訴えかけてくるが気にしない。 大丈夫なのかこの学院… 「今日はどうしたかね?何か新しいことでもあったかの」 オスマン先生が机に肘をつきながら聞いてくる、頬の内側でも切ったのだろうか、少し喋りづらそうだった。 「それなんですけど、ルイズさんの魔法のことでちょっと」 「ふぅむ…ミス・ロングビル、今日はもう休んでよろしい」 「はい」 ロングビルが羽ペンのような形をした杖を振ると、宙に浮いていた鳥かごはぽん、と音を立てて消滅した。 中から飛び出したモートソグニルが慌てて学院長の机に飛び乗り、怖いものから身を隠すように机の下へと隠れていった。 「懲りないですねー」 「ふぉっほっほ、何のことかワシさっぱりわからんぞい」 ■■■ 「うぅん…あれ…部屋?」 ルイズは、学院の生徒ほとんどが寝静まる夜遅くになって、フッと目を覚ました。 ベッドから身体を起こし、月明かりの中で部屋を見渡したが、人修羅の姿はない。 時計を見て今が深夜であることを確認し、おもむろにベッドから降りて服を脱いだ、身体が少し埃っぽい気がしたので、風呂に入るため着替えを手に持って部屋を出る。 寮塔の螺旋階段を下りて外に出る、とぼとぼと本塔に向かって歩いていくと、本塔の脇から勝手口の開く音がした。 「?」 こんな時間に誰だろう、もしかして人修羅かと思ったルイズは、勝手口の方に足を向けたが、そこには人修羅ではなく一人のメイドの姿があった。 「あっ…何かご用でしょうか?」 「別に用って訳じゃないわよ。ねえ、ところで人修羅見なかった?ああ、人修羅っていうのは…」 「はい、全身に入れ墨の入った方ですね。今はミスタ・コルベールの研究室のあたりで、入浴中だと思います」 「入浴って、なんでそんなところで入ってるのよ…」 「あの、貴族様の浴場も使用許可は下りているそうなんですが、香りが強すぎるとかで敬遠していらっしゃいます。大鍋を利用して東方の”ゴエモン=ブロ”というお風呂を再現したとかで、いつもはそちらで汚れを落としているとか…」 「ふぅん…」 ルイズは、自分の知らない人修羅の話をするメイドを、じっと見つめた。 ハルケギニアの月明かりは、人修羅が人間だった頃に居た地球と比べ、かなり明るい。 目の前のメイドの顔立ちも、胸の大きさもしっかりと確認することが出来た。 「あなた、ずいぶん人修羅のこと詳しいのね」 「いえ、私だけではないです。人修羅様は厨房では珍しい東方の料理法など、いろんなお話を聞かせてくださいますから。マルトーさんをはじめとして厨房の皆にも気を遣ってくださいますし…」 「…あいつ、そんなことしてたんだ。私にはそんな話してくれないのに」 「あの、失礼を承知でお伺いしますが、ミス・ヴァリエールでいらっしゃいますよね。人修羅様は、ミス・ヴァリエールのことをよく気にしていました」 メイドの言葉に、ルイズが首をかしげる。 「どういう事?」 「…あの、私がこんなことを言うのは、恐れ多いのですが…」 「かまわないわ。……もしかして、私のことを『ゼロ』って言うとか、そんな話?」 「いえ!そうじゃないんです。人修羅様は、これまでも何度か、魔法でスープを引っかけられたり、パンを地面に落とされたりしていました。でもミス・ヴァリエールに迷惑がかかると言って、じっと我慢されて……」 「……そんな、そんなこと、わたし一言も聞いてないわよ!それに、あいつ、すごく強いって、ドラゴンにも負けないって、オールド・オスマンも言ってたのに!」 「自分が仕返しをしたら、ご主人様が悪く言われるからって……」 ルイズの表情に、言いようのない怒りと哀しみが浮かんだ。 頭の中は『なぜ?』という疑問で埋まっている。 なぜそこまで低姿勢なのか、なぜそこまで私を気にしているのか、ルイズにはまったく理解できなかった。 子供の頃から魔法が失敗続きで、使用人にまで馬鹿にされていたルイズだが、一人だけ庇ってくれる人がいた、それは姉のカトレアである。 カトレアは病弱で、ヴァリエール領から外に出るのは禁じられていた、しかしその優しい心とおっとりとした性格、細かい気配りは皆の信頼を集めており、ルイズを庇うカトレアを攻撃するものなど一人もいなかった。 しかし人修羅は違う、ルイズのためだと言って理不尽な虐めにも耐え、しかもルイズの前ではそんなことを気にする様子もない。 なぜそこまでしているのか? ルイズにはそれがどうしても理解できなかった。 「……わかったわ。改めてあなたの名前を聞きたいのだけど」 ルイズは唇をぎゅっとかみしめると、キッと鋭い視線でメイドを射抜いた。 「わ、私はシエスタと申します」 「シエスタ。よく話してくれたわね。これから人修羅にも聞きに行くわ。シエスタもついて来てちょうだい」 「はい…」 ■■■ そのころ人修羅は、コルベール先生の研究室脇に設置した五右衛門風呂に浸かっていた。 「ゆーげーがーてんじょかーらーぽたりとせなーかにー……あっ、これ天井ないや」 直径1.8メイル、深さ50サント程の大鍋を取り囲むように、高さ3メイルほどの煉瓦の壁が作られている。これはコルベールが練金したものだった。 人修羅はその見返りとして、メギドの石やアギの石などのマジックアイテム開発に協力している。 湿気がたまるのは良くないと考えて、あえて天井を作らずにいたが、これがなかかなか露天風呂の風味があって気分がいい。 「ちょっと人修羅!入るわよ!」 と、そこに突然カーテン状の入り口をめくりあげて、ルイズが入ってきた。 「うおおおおおおおお!?」 「きゃあああああああ!?」 「……(ぽっ)」 叫ぶルイズの後ろで、シエスタが顔を赤らめた気がするがあまり気にしてはいけない。 「なんだなんだ!何かあったのかね!」 慌ててパジャマ姿のコルベール先生が研究室から出てくる、と、そこには着替えを手にしたルイズと、風呂に入っている人修羅。 顔を赤らめつつも、ちらちらと湯船の中に視線を向けるシエスタ。 「ミス・ヴァリエール。その、メイジと使い魔は一心同体と言うが、しかし風呂までは……」 「ちちちちがいます!違いますってば!」 「いやそれぐらいの年頃なら恥ずかしがることも無いのです。ただ、あまり羽目を外されては」 「だから!違うんです!ひひひ人修羅も何か言いなさいよ!」 「ルイズさん、覗き?」 ルイズの爆発が爆発した。 ■■■ 「ひでえ目にあった」 ルイズが咄嗟に起こした爆発で湯船は空高く吹き飛び、たっぷり十秒間ほど滞空してから逆さまになって魔法学院の外へと落下した。 おかげでコルベール先生の研究室も被害を被ったが、自分の勘違いもあるので仕方ないと笑って許してくれたそうだ。 とりあえず鍋は無事だったので、研究室脇に立てかけておいた。 煉瓦の残骸はコルベール先生が片づけてくれたらしい……ますます頭が上がらないな。 それにしても、かなり大きな音がしたはずなのに誰も起きてこないってどういう事だろう…正門前にいる衛兵も来なかったし。 コルベール先生は『ミス・ヴァリエールの魔法で慣れているのでしょう』と言っていたが、それはそれで問題があるような気がする。 場所は変わって、人気のない本塔の食堂前。 ルイズは人修羅に指を突きつけて怒りをあらわにしている。 その隣ではシエスタがルイズと人修羅を交互に見て、気まずそうにしていた。 「あんたのせいよ!ああもう恥ずかしい…」 ぷりぷりと頬をふくらませて、人修羅を睨むルイズ。 恥ずかしさを誤魔化すために怒るなんて子供みたいで可愛いなあと思いつつ、人修羅は頭を掻いた。 「ごめん、冗談が過ぎた。…ところでなんか用があったんじゃないの?」 「あ、そうだったわ…シエスタから聞いたんだけど、あんた、変な嫌がらせされてるって本当?」 「……」 ふっ、と人修羅から表情が消えた、その空気の変化にルイズだけでなくシエスタもがとまどう。 「シエスタ、話しちゃったの?」 「は、はい、申し訳ございません」 「いや……いいんだ」 人修羅の顔を走る黒いラインが、うっすらと緑色に発光している。 その表情からは何を思っているのか想像できない、想像できないからこそ、ルイズは人修羅が何を考えているのか知りたかった。 「本当だったのね。 ……ねえ、どうして?どうして何も言ってくれないの?私は、私はあんたのご主人様なのよ、それなのに何で私を頼らないのよ、私ってそんなに頼りないの?」 ルイズの言葉は、まるで泣くのを我慢する子供のように震えていた。 両手をぐっと握りしめて、悔しそうに人修羅の顔を見上げた。 人修羅は、ルイズから目をそらさずにいた、それどころか殺気の混じるような厳しい視線をルイズに向け、静かに口を開いた。 「…俺が仕返しをしても意味は無い。俺は、ルイズさんがメイジとして認められた時こそ、彼らを見返したことになると思っている」 「わたし、が?」 「そうだ。こそくな手で、嫌がらせしかできない連中なんて、眼中に無い。まずはルイズさんが自分に自信を持つことなんだ。 それに俺が仕返しをしたらどうなる?この学院なんて消し飛ぶぞ、世話になった人達まで巻き込んで仕返しをするなんて、それが貴族の、いや人間のすることだと思うか?」 「そうだけど……でも…私に一言ぐらい言ってくれたって」 そっと、ルイズの肩に手を置く。 「そうやって俺のことを気にしてくれるのはとても嬉しい。けれども使い魔とメイジは一心同体と言っていただろう? ルイズさんだって今までいろんな陰口に耐えてきた……なら俺も耐えるさ。そして一緒にあいつらを見返してやろう」 「………………」 ルイズは、ぽかんと口を半開きにしたまま、静かに頷いた。 その表情には躊躇いが浮かんでいた、今までルイズにこんな事を言った人は居ない。 優しい姉カトレアも、あこがれの婚約者ワルド子爵も、父も母も、使用人も、誰も…… 情けないとか、悔しいとかではなく、あえて言うならカルチャーショックだろうか、ルイズは人修羅の言葉を聞いて、責任感や虚栄心などの余計な力がすべて抜けていくような気がしていた。 「シエスタ、ごめんな。夜までつきあわせちゃったみたいで。ルイズさんは俺が連れて行くから」 二人の様子を見ていたシエスタに人修羅が声をかける、シエスタは少し驚いたような表情で、慌てて頭を下げた。 「申し訳ございません、ミス・ヴァリエールに黙っていたことも、人修羅さんに口止めされていたことを喋ってしまったこともお詫び致します」 「しょうがないよ」 人修羅がそう言ってはにかむと、ルイズもまた顔を上げてシエスタの方を振り向いた。 「シエスタ。よく教えてくれたわ。貴方にも感謝しておかないとね」 ルイズは心の中で、シエスタに少しだけ嫉妬した、きっとシエスタは人修羅のことを凄く心配していたのだろう。 だから口止めされていたことを、わざわざ私に喋ったのではないか…… 人修羅はとても慕われている、畏怖されることと慕われることは貴族として基本中の基本であり、同時にルイズにとって憧れでもあった。 「いえ。私たちも人修羅さん…人修羅様にお世話になっています。メイジの方々に頼むような力仕事に協力して頂いたり、珍しい東方のお話なども聞かせてくださいました。何かの形で恩返しをしたいと思って…」 申し訳なさそうに呟くシエスタに向かって、ルイズが微笑む。 「ありがと」 「えっ」 ルイズの呟きは、シエスタにとって意外なものだったのか、思わず聞き返しそうになった。 「……何でもないわよ、さ、もう遅くなっちゃったけどお風呂に入るわ。貴方も早く寝なさい、メイドって大変なんでしょ?」 「はい、では…お休みなさいませ。失礼をばいたします」 シエスタは深々と頭を下げると、宿舎へと戻っていった。 「まったくルイズさんは恥ずかしがり屋だなあ」 「な、何よ、いいじゃない別に…それより人修羅!今度から何かあったら私に言いなさいよね! 魔法を使いこなしてギッタンギッタンに見返してやるわ!」 「それ見返しじゃなくて仕返し」 ■■■ 部屋に戻ったシエスタは、同室の仲間に気取られないように、ベッドの中で涙を流した。 ベッドの脇には、シエスタの荷物がバッグに詰められている。 明日からは魔法学院でなく、彼女はモット伯という貴族の元で働くことになっていた。 前ページ次ページアクマがこんにちわ
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/707.html
back / top / next 「おーそーいー!」 ルイズは食堂で、ワイン片手に管を巻いていた。 「なによあいつ、せっかく今度はここの料理を食べさせてあげようと思ったのに、 『あ、僕、ちょっと用事を済ませてくるから先に行ってて』 て、別れてからどんくらい待たせる気よ!」 苛立たしげにフォークをつかむと、手近にあった腸詰に突き立てた。 その腸詰が、ちょっとあれなやつに似ているせいで、男子生徒の何人かが顔をしかめる。 ルイズはそれを、躊躇なく噛み千切った。 「……ッッ!!」 リアルに想像した男子が、股間を押さえてうずくまる。 面白くなさそうに音をたてて咀嚼していると、なにやら後ろが騒がしい。 ルイズは振り向くと、 「あ、いたいた。おーいルイズぅ」 大きな銀のトレイを持って、手を振りながら近づいてくるアオを見て、 「ブッ!?」 噴いた。 「ああ、あんた、なんて格好してるのよ!?」 「え、なんか変かな」 顔を真っ赤にして怒鳴るルイズの前で、アオ、その場でくるりと一回転。 それに合せてふりふりエプロンが揺れる。 似合うを軽々と通り越して、その可憐さに周囲が息を呑むほどだった。 ルイズはその姿に、女としてなんか負けた気がした。 「て、ちがーう!」 その考えを振り払うかのように、ルイズが叫ぶ。 「食堂でそんな大声だしてたら、みんなに迷惑だよ」 「あ・ん・た・ね。誰のせいだと思ってるのよ!」 アオ、首をかしげる。 その姿とあいまって、ルイズは思わずよろけた。 こいつ、わざとやってるんじゃないかしら。 なんとか体を支えながら、埒もないことを考える。 「はい、イライラしている時には甘いものが一番だよ」 アオはそう言って、持っていたトレイからパイを一切れつまみ出すと、ルイズの皿に盛った。 「なによ、これ」 「アップルパイですわ。アオさんが作ったんです。美味しいですよ」 アオが答えるよりも早く、別のテーブルで同じようにパイを配っていたメイドが答えた。 「誰よ、あんた」 何回か見たことある顔だが、名前は知らない。 「失礼しましたミス・ヴァリエール。私、ここでご奉仕させていただいているシエスタと申します」 「なに、シエスタ。これを作ったのがあいつってほんと?」 「はい、アオさんが今朝から準備していたんです」 辺りを見回すと、他のメイドたちが配っているのも同じアップルパイだ。 「まさか、今配られてるデザートって全部」 「はい、アオさんが作りました。すごいんですよ、あのコック長のマルトーさんが、アオさんの腕をべた褒めしてたんですから」 「そ、そうなんだ」 ルイズは冷や汗をかきながら、アップルパイを口に運ぶ。 「! 美味しい……」 ルイズが嬉しそうにアップルパイを食べるところを見て、優しく微笑むアオ。 「材料とかいろいろ都合をつけてもらったお礼に、配膳の手伝いをしているんだ。ほんとは、すぐに君に届けたかったんだけど、ここって広いから。じゃ、僕は、残りを配ってくるよ」 「それでは失礼します」 アオとシエスタは、再びデザートを配り始めた。 アオが通った辺りから、黄色い声が上がる。アオの姿に興奮した女生徒たちが騒ぎ出しているのだ。隠れながら窺うように見て、顔を火照らせた生徒の中に、男もいるのは気のせいだろうか。 ほんと、なんなのあいつ。 今更ながら、ルイズは思った。 さて、それからちょっと時間が経過した後。 「ギーシュさま……その香水は、もしやミス・モンモランシーの」 「ケ、ケティ!?」 気障なメイジことギーシュが、ピンチだった。まあ例によって、二股がばれたのだが。 「よかった」 ギーシュが言い訳するよりも早く、ケティが手を叩いて喜んだ。 「はい?」 「それではミス・モンモランシーとお幸せに。さよならギーシュさま」 唖然とするギーシュを尻目に、ケティは手を振りながら去っていく。彼女が向かう先には、アオのエプロン姿に沸く集団が。 ポンと、ギーシュの肩を、友人の一人が叩く。 「お前、ふられたな」 「はいいいぃぃ?」 しかも、これだけでは終わらない。 「ギィィィシュ!」 地の底から響くような声と共に、ドリルにも負けぬ見事な巻き毛をした女の子が近づいてくる。 「モンモランシー!?」 「やっぱりあんた、あの一年生に、手を出してたのね」 「えと、その、彼女とはもう終わったっていうか」 「二股してたのは事実でしょうが!!」 モンモランシーは、体重の乗った見事な打ち下ろしの右で、ギーシュをテーブルに沈めると、 「ふんっ」 大股で去っていった。 「その、まあ……生きろ」 本来なら「ざまあ見ろ」と言いたいところだが、あまりの痛々しさに友人たちの見る目が優しい。 ギーシュは脳震盪で揺れる頭を振りながら、薔薇を片手に言った。 「ば、薔薇とは孤高のもの。これもまた宿命さ」 ギーシュは脳内で、さながら悲劇の主人公のような自分に酔いしれる。 「ときに、君。 なんて事をしてくれたんだ」 そして始まる責任転換。 餌食になったのは、香水の壜を拾って届けたメイド、シエスタだった。 「なにやってんのよ、あいつ」 ルイズは呆れながら、メイドに八つ当たりするギーシュを見た。 このルイズ、魔法はダメでも、心は貴族。 知らぬ仲(ついさっき名前を知ったばかりだが)でもないことだしと、シエスタに助け舟をだそうと立ち上がったところで、ギーシュに近づくアオの姿を視界に捉えた。 手に持つトレイには、水がなみなみと注がれたジョッキが載せてある。 ちょっと、あいつまさか。 いやな予感がした。 「そこまでだ。少し頭を冷やそうか。その娘は困っている」 アオは後ろから、ジョッキの水をギーシュの頭からかけた。 いやな予感的中。 しんと、辺りが静まりかえる。 なにが起こったかわからずに、きょとんとしていたギーシュだったが、肩を震わせて振り返った。 「決闘だ!」 「うん、いいよ」 あっさり受けるアオ。 うおーッ! と歓声が巻き起こる。 「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民の……えとお名前は」 「アオです」 マイク代わりに向けられた杖に、にこやかに答えた。 キャーっ! とさっきとは別種の歓声が巻き起こる。 「あの方、アオさんとおしゃるのね」 「ちょっとギーシュ。その方に下手なことをしたら承知しないわよ」 すっかりアオのシンパと化した女生徒たちの野次に、ギーシュがよろけた。 「こ、この僕が……こんな、こんな事があっていいわけがない……こんな、こんな」 美少年を自負してきたナルシストのギーシュには、かなりのショックだった。 親の敵を見るような目でアオを睨むと、くるりと体を翻す。 「ヴェストリの広場で待っている! さっさと来るんだな!!」 ギーシュは、そう言って友人たちを引き連れて、食堂を出て行った。 その後について行こうとしたアオの袖首を、誰かがつかみ止めた。 シエスタだ。 涙目でアオを引きとめようと訴える。 「だ、だめですアオさん。貴族と決闘だなんて、殺されてしまいます」 「そうだね。殺さないよう気をつけるよ」 二人の会話が微妙にかみ合っていない。 シエスタは、アオの笑顔を見て、自分の聞き間違えだと思うことにした。 「と、とにかく、今ならまだ謝れば、許してくれるかもしれません」 「そのメイドの言う通りよ、謝っちゃいなさいよ」 アオが振り向くと、駆け寄ってきたルイズがいた。 「やあ、ルイズ」 「やあ、じゃないわよ! メイジと平民が決闘だなんて、一体どういうつもりよ。正気とは思えないわ」 「シエスタは困っていたんだ。義を見て立たざるは猫なきなりってね……なにもしなかったら、僕は猫にも劣る事になる」 「……意味がわかんないわよ。とにかく謝りなさい。これは命令よ」 ルイズの瞳を見て、首を横に振るアオ。 「それはできない。僕が謝れば、彼女の非を認めることになる。 理不尽を見て、見ぬフリをする生き方を、もうする気はないんだ」 シエスタはアオの言葉に、両手で口元を抑えて、息を呑んだ。 ため息をつくルイズ。 「……いいわ、この決闘、許可してあげる。怪我して後悔しても知らないからね」 アオは笑った。 「それだけは、しないことを約束するよ」 back / top / next
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1936.html
前ページ次ページゼロ・HiME 「この学院で教えているのは魔法だけじゃないわ。メイジはほぼ貴族で『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けているの。だから、ここも貴族の食卓に相応しいものでなければってことね」 寄宿舎から学院で一番高い中央の本塔にある食堂につくと、物珍しそうに食堂を見回す静留に向かってルイズは得意げに説明する。 「凝った内装やらテーブルの上にある豪華な料理からしてそんな感じやね……ほな、うちは外で待ってますわ」 「えっ、なんでよ?」 「テーブルの上の豪勢な食事は貴族さん達のためのものですやろ。平民でしかも使い魔のうちが同席するわけにはいかんと思いますよって」 静留の言葉にルイズはしまったという表情を浮かべる。昨日は召喚に成功したことで頭がいっぱいで静留の食事の手配を忘れていたのだ。まともに使い魔の食事も用意できないなんて主人としての沽券に関わる。 「どうしたらいいかしら……そうだ、ちょっとそこのあなた!」 ルイズは少し思考した後、配膳のために傍を通ったシエスタに声をかける。 「はい、なんでしょうか? あ、シズルさん」 「仕事中どすか、シエスタさん」 静留が気づいて駆け寄ってきたシエスタに声をかけると、ルイズが怪訝な表情でたずねる。 「ん? シズル、なんで名前知ってるの?」 「ルイズ様を起こす前、洗濯しにいった時に知りおうたんどす」 「ええ、そうなんです。それで何のご用でしょうか、ミス・ヴァリエール?」 「実はシズルの食事のことなんだけど。厨房の方に話して手配しておくのを忘れてしまって……悪いんだけどシズルに何か食べさせてあげて欲しいの」 シエスタに用件を尋ねられ、ルイズが言いずらそうに答える。 「ああ、それなら余り物で作った賄いでよろしければ」 「それでいいわ。お願いね、シエスタ」 「はい、お任せください。では、シズルさん、こちらへ」 「ルイズ様、食事終わったらすぐ戻ってきますさかいに」 ルイズに一言断ると、静留はシエスタの後について厨房に入っていった。 「ごちそうさんどす、シエスタさん」 「いえ、どういたしまして。食事の際は遠慮なくおいでくださいね、シズルさんの分をちゃんと用意しておきますので」 厨房で出されたシチューとパンを平らげた静留が礼を言うと、シエスタは照れたようにはにかむ。 「コック長のマルトーさんどしたか、このシチューや食堂の料理といい、ええ仕事してはりますな」 「おっ、うれしいこと言ってくれるじゃねえか、お嬢ちゃん! 気に言ったぜ、飯以外にも何か困ったことがあったらいつでも来な」 静留の賛辞に恰幅のいい中年のコック長のマルトーが、上機嫌で笑って答える。 「そうどすか。そんの時はよろしゅう」 「おう、いいってことよ。平民は平民同士、助けあわねえとな!」 「そうどすな。ほな、うちはルイズ様のとこに戻りますわ」 静留はマルトーの言葉に答えて一礼すると、食事が終わったルイズと合流して教室へと向かう。 ルイズが静留を連れて教室に入ると、先に来ていた生徒達から一斉に無遠慮な視線が飛んできた。 あからさまな嘲笑や囃し立てる声が沸き起こるが、ルイズはムッとしたように顔をしかめただけで、そのまま無視して席についた。その横に静留が立って控える。 (しかし……ほんに使い魔いうんは化け物やら動物しかおらへんのやね) 周囲の使い魔を見回し、改めて自分が召喚されたのは普通ではないのだと静留が思っていると、教室の扉を開いて教師が入ってきた。 「みなさん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 中年のふくよかな女性教師――シュヴルーズが教室を見回して満足そうな表情でそう言うと、ルイズは気まずそうにうつむく。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴェリエール」 シュヴルーズが静留を見てとぼけた声でいうと、教室中から笑い声がおきる。 「おい、ルイズ! 召喚できないからってその辺に歩いていた平民の女を連れてくるなよ」 「違うわよ、きちんと召喚したもの! 喚んだのがたまたま平民だっただけよ」 「嘘つくな、『サモン・サーヴァント』ができなかっただけだろう?」 からかった生徒とルイズとの間でたちまち言い争いになるが、シュヴルーズはからかった生徒の口を塞いで強引に場を収め、授業を再開させた。 「シズル、魔法の授業なんか聴いてて楽しいの?」 授業中、シュヴルーズの講義を興味深そうに聞いている静留を見て、ルイズが不思議そうに尋ねる。 「そやね、自分が知らん知識を見聞きするんは楽しいおすな。まあ、元のとこでも学生どしたから、懐かしいんのもあるかも知らんけど」 「そう……」 どこか遠い目をして答える静留にルイズは何も言えず黙り込む。 (そういえば恋敵に好きな人を託して死んだって言ってたっけ……その人のことでも思い出してるのかしら) そんなことをルイズが考えている間にも授業は進み、錬金で小石を金属にする実習が行われることになった。 「……では、ミス・ヴァリエール、あなたにやってもらいましょう」 「え、私ですか?」 「そうですここにある石ころを、金属に変えてごらんなさい」 突然、指名されたルイズがうろたえて視線を彷徨わせていると、キュルケがシュヴルーズに声をかける。 「先生、危険です。やめといたほうが……」 「錬金に何の危険が? それに失敗を恐れていては何も変わりません。さあ、ミス・ヴァリエール、やってごらんなさい」 「やります」 キュルケの忠告は聞き入れられず、実習をすることになったルイズは硬い表情で石の置かれた教壇の前に向かう。周囲の生徒が一斉に慌てて机の陰に隠れる。 「ミス・ヴァリエール、緊張せずに錬金したい金属を思い浮かべばよいのです」 「はい」 シュヴルーズに後押しされたルイズは呪文を唱え始めると、小石に眩しい光が収束していく。 「これは……あかん!」 小石の発光に危険を感じた静留が『殉逢』を実体化させ、その刃先をムチ状にしてルイズに放った瞬間、爆発が起こった。 爆発に驚いた使い魔達が暴れ出し、逃げたり噛みついたりして教室は悲鳴が入り混じる阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。 「だから言ったのよ、ルイズにやらせるなって! あれ、ル、ルイズは!?」 キュルケはそう言って教壇を指差すが、そこにルイズの姿はなかった。 「そんな、うそでしょ……」 「ここやよ、キュルケさん」 キュルケは最悪の状況を想像して呆然していたが、教室の後ろの方から聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこにルイズをお姫様抱っこした静留の姿があった。 「この通り、ルイズ様は無事どす。安心してや」 「ちょっと失敗したみたいね」 無傷のまま静留の腕に抱かれた格好でルイズが憮然としてそう言うと、教室中の生徒から非難の声が巻き起こる。 「どこがちょっとだよ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 (なるほど、それでゼロいうんやね) 本人の表情と周囲の反応から、静留は何故ルイズがゼロと呼ばれているのかを理解したのだった。 前ページ次ページゼロ・HiME
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2792.html
前ページ次ページ虚無の王 モット伯の邸を守る衛兵、従者、そして一門の貴族達とて、決して、警戒を疎かにしていた訳では無い。 昨今は、“土塊のフーケ”なる盗賊が巷を騒がせている。警備には一層の力を入れていた。 だが、どんなに厳重な警戒態勢にも、必ず穴が有る。 侵入者の行動如何によっては、機能不全を起こす事が有る。 今回は相手が悪かった。 侵入者を指揮するのは空。前“風の王”にして、最も“空の王”に近い、と言われた男だ。 “空の王”の資質の一つである“イーグル・アイ”は庭園の地形から、建物の構造まで全てを見通す。 そこに、空のテロリストとしての知識が加わる時、邸の警備は丸裸となる。 空は単独では無い。足手纏いを引き連れている。それが、警備側に不幸をもたらした。 見慣れぬ血に荒れ狂う素人達に、無音で作戦を遂行させる事は出来ない。本来、殆どの人間に気付かれる事無く、目的を達せる男が、好んで無用な戦いに臨む。 衛士の待機室。 兵士達は固唾を飲んで、武器を構える。扉の向こうから、喊声が近付いて来る。 扉が蹴り開けられる。飛び込んで来た所を包囲、一斉に打ちかかろうとして、衛兵達は唖然とする。 先頭は車椅子。誰もが立っている人間を想定していた。一瞬、目標を見失う。対応が遅れる。 その一瞬で、空は壁走り〈ウォール・ライド〉。後背へと回り込む。 意図的に速度を抑えた動きに目を奪われた時、喊声が耳朶を打つ。 いや、それは喊声では無かった。獣の咆吼だ。 憤怒、恐怖、憎悪、そして血に狂う、オーク鬼の様に歪んだ目をした男達の姿に気付いた時は、もう遅い。 野蛮で原始的な一撃が、忽ち刀槍で武装した兵士達を打ち倒す。 もし、遠い異世界で、過半の国家から身分制度が失われている事を知ったら、彼等は身震いしつつも、納得する事だろう。 警護の兵士達は、文字通り、骨身に叩き込まれたのだ。 平等と言う虚構の信仰により、互いを牽制しつつも結びつく最大派閥。最も理性に乏しく、残忍凶暴なる集団。“平民”の恐ろしさを。 「走れっっ!!」 デルフリンガーを振り翳して、空はマルトー達を叱咤する。放っておいたら相手が死ぬまで――――いや、死んでも――――滅多打ちに打ち続けるだろう。 中世西洋の建築物は多くの場合、廊下が無い。 それは防衛上の要請でもあり、人的な物を含む全ての資産を、来客に誇示する為でも有る。 侵入者が最深部に至る為には、全ての部屋を突破しなければならない。 ハルケギニアでは事情が変わる。 防衛線の要所を構築するのは、魔法を操るメイジだ。その為にも、射線を通す必要が有る。 メイジが直接防衛に当たる場所と、そうで無い場所で構造がガラリと変わる。 また、一つの部屋を突破。次の扉を開く。 最初に見えたのは、クォーレルの束だ。無数の弩が、一斉に殺意を解き放つ。 空は掌を翳す。忽ち生まれた空気の壁が、矢を有らぬ方向へと弾き飛ばす。 長い廊下だった。両脇に扉は見えない。居住の為では無く、防衛の為のスペース。 衛兵に動揺が走る。 なんだ、あの車椅子の男は。何をした?何が起きた? 空が加速。後に控えたメイジが、炎の、風の魔法を解き放つ。だが、超音速の衝撃波さえ見切る男にとっては、矢だろうが、魔法だろうが、止まっている様な物だ。 魔法までもが容易く打ち払われると、衛兵、貴族は今度こそ恐慌に陥った。 まさか、先住――――っ!そんな言葉が漏れた時、車輪が壁を蹴り、空の姿は全員の視界から消える。天井を蹴り、敵陣のど真ん中に“出没”する。 剣光閃々。 血飛沫が散る。錆びた刃が肉を刮ぎ取り、骨を砕く。悲鳴が上がる。 そこに、わっと押し寄せる狂気の怒号――――。 料理人達は血眼で武器を振り回す。時折、凶器の先端が仲間を掠めるが、誰も意に介さない。 杖を失ったメイジが床に這い蹲り、頭を庇う様にして抱えている。その頭を、背を、腰を、スコップの縁が、棍棒が繰り返し打ち据える。 壁に追いつめられた下級貴族は、既に顔の形が分からなくなっている。 救いに入ろうとした兵士は、横合いから大剣の一撃を受ける。 「次やっ!」 敵戦力の沈黙を確認して、空は叫ぶ。返事は無い。 振り向いた時、料理人達は覆面の上からでも判る薄ら笑いで、動けなくなった貴族達を踏み躙っていた。誰もが、血と、貴族に対する歪んだ復讐心に酔っている。 空は舌打ちする。これだから、ド素人は嫌だ。取って返し、その眼前にデルフリンガーを振り下ろす。 白刃と空の眼光が、一瞬、料理人達の濁った思考を停止させた。 「次や――――」 前進を命じようとした時、向こうから扉が開いた。姿を現したメイジの杖には、既に火球が燃えている。 空が飛び出したのと、火球が杖を離れたのは、ほぼ同時だった。眼前で炸裂。背後で悲鳴と絶叫が渦を巻く。 火球を放ったメイジは、即後退。室内の兵力と交代する予定でいたのだろう。だが、空の速度も、火球を無傷で正面突破する事も、彼等の想像を超えていた。 メイジは何が起きたかも判らぬ内に切り倒された。空は突き当たりから、壁を走る。 料理人達は後に続かなかった。空が打ち払った火球の余波を浴びて、パニックに陥っていた。 もし、壁際に隠れていた弩兵が、室内に飛び込んだ竜巻に意識を奪われていなければ、忽ち蜂の巣に変えられた事だろう。 いや、一人、料理人達に杖を向けている者が居た。 見習い騎士と思しき少年は、既に呪文を完成させていて、空の速度に反応出来ていなかった。 目の前で同胞が倒れると、訳も判らず、廊下に向けて氷の矢を放つ。殴り倒され、意識を失ったのは、その直後だ。 室内を綺麗に片付けると、空は廊下に向き直る。 体のあちこちに火傷を負った料理人達は、脚をふらつかせ、座り込み、床に転がり、呻き、泣き喚いている。 「腕!腕!痛い!俺の腕!腕!」 氷の矢を浴びたか、左腕が凍り付いた男も居る。 「止まるなっ!走れっ!」 叱咤するが、料理人達は泣き言を止めない。空は呆れ返って、車輪を返す。 「待ってくれ!我等の風っ!こいつ、腕が!」 「棄ててけっ」 冷然、言い放つと、空は一人先を急ぐ。連中が動く気になるのを待っていたら、包囲されるのがオチだ。 頼みの綱が行ってしまうと、料理人達は弾かれた様に立ち上がる。慌てて後を追う。ここは、恐ろしい貴族の館だ。置いてけぼりは堪らない。 「ま!……待ってくれっ!……待ってっ!」 凍った腕を引き摺る男が、悲鳴混じりで最後に続く。 「走れ!」 一体、何度叱咤された事だろう。料理人達は必死で、車椅子の背中を追いかける。 「走れっ!」 脚がふらつく。目を汗が刺す。心臓が破裂しそうだ。 「走れっっ!」 意識が朦朧とする。武器に体が振り回される。 それでも料理人達は走る。本能的な恐怖に背を押されて走る。落伍したら命は無い。 刃が掠め、魔法の余波に突き倒されつつも、がむしゃらに突き進む。 庭園―――― 門衛達は唖然、屋敷を見つめている。交錯する怒号と喊声。 侵入者?何時?どこから? 上からは、何の指示も無い。 あくまで持ち場を守るべきか、応援に駆けつけるべきか――――迷った時、頭上を何かが過ぎる。 眼前で地響きが弾んだ。 「失礼するっ!」 小さなチャリオットにも似た異形の車体が、一声残して駆け抜けて行く。 車輪を持った奇妙なゴーレムにも、騎手たるメイジにも、見覚えが有った。 急ぎつつも、ギーシュは慎重にワルキューレを操作する。 広い庭園には障害物が多い。侵入者の脚を止め、上から狙い撃つ為だ。 空の様な異能を持たずとも、建物の構造は大まかに判る。伯爵の部屋も判る。 同時期に建築された建物なら構造は似通っているし、この邸は何度か訪れている。 「止まれっ!!」 正面玄関前。 言われるまでも無く、ギーシュは制動に入っていた。石畳を削り、砂を蹴立てながら急停止。 「あっ!……グラモンの御子息!どうされました!?」 「伯爵をお助け申し上げる為に来たのだ。退がってい給え」 震える脚で、ギーシュはステップから降り立つ。 原始的ながらサスを備えるとは言え、青銅の車輪はダイレクトに路面を拾う。強烈な震動は、手にも脚にも痺れを残す。 ギーシュは杖を振るい、ワルキューレを変形させる。部分的に作り替える方が、一から作り直すよりは、若干、精神力の消耗を抑えられる。 トラックレーサー仕様の車椅子にも似た下半身が失われ、ウィールを備えた脚部が現れる。上半身も若干ボリュームを増す。 ワルキューレの胸甲が僅かに開く。何かが飛び出し、衛兵達は目を瞠る。フックが屋根を捉え、青銅のワイヤーが垂れ下がる。 ギーシュはワルキューレの首に腕を回す。ワイヤーを軽くウィンチ。ウィールが地面から僅かに離れる。 後は一瞬だった。ワルキューレが壁を蹴る。浮き上がった体を、ウインチが猛烈な勢いで巻き上げる。 登攀型ワルキューレは、四階の高さを、たった二歩で征服した。 * * * トリステインの平民は通常、サウナ風呂を使う。浴槽に湯を張り、身を沈めるのは、貴族にのみ許された贅沢だ。 まさかその贅沢を、二晩続けて味わう事になるなど、三日前には想像もしなかった。だからと言って、堪能する気分には程遠い。 シエスタは昨晩の出来事を思い出す。 服を乾かしながら、空の残り湯を使った時には、人が来ないか、と気が気で無かった。 湯に浸かっている、と言うより風呂釜に隠れている塩梅だ。 その点、伯爵邸の浴室は豪華だ。 広い広い大理石の浴場に香水の香り。空の風呂釜とは比較にならない。 それでも、不安に身を縮めていた昨夜の方が、余程心地よかったし、安心だった。 頭の中を、先輩メイドが残した言葉がグルグル回っている。 用意してある服に着替えて、伯爵の寝室で待つ様に―――― モット伯は言っていた。お前を単なるメイドとして雇った訳では無い、と。 つまりは、こう言う事だ。 とぷん、と湯に頭までを沈める。 行きたくない―――― そんな考えが脳裏を過ぎる。 このまま、モット伯が待ち草臥れて眠ってしまうまで、こうしている訳にはいかないだろうか。 いかなかった。メイドが戸を激しく叩いて急き立てる。 仮にこのまま頑張っても、伯爵自ら喜々として乗り込んで来るだけだろう。 仕方無く、浴室を出る。 用意された衣服は、意外や意外。極普通のメイド服だった。この屋敷で使われる、露出が大きな物では無い。 若干、魔法学院の物より、生地が安っぽいのは何故だろう。 長湯をし過ぎた。 のぼせて、フラフラとした足取りで指定の部屋に向かう。 重い樫の扉を開くと、天蓋付きの豪奢な寝台が目に止まる。 ああ。この部屋で、愛する人と契りを交わすのであれば、どれだけ素敵な事だろう。 部屋には誰も居ない。 寝台には小さなサイドチェストが付いていて、数冊の本と、邸の主人を象った陶像が立っている。 見ていると、気分が悪くなって来た。 シエスタは出来る限り、寝台から離れた場所で待つ事にする。 と、壁越しに靴音。シエスタは身を小さく強ばらせる。 扉が静かに開く。 “波涛”の二つ名を持つ貴族が、鼻息も荒く登場した時、シエスタは一瞬、卒倒しそうになった。 「シエスタよ」 「は、はい」 「指示した通り、生地が薄く、少し引っ張っただけでも破れてしまうブラウスと、些細な事で伝線してしまうスットキングを、きちんと着用して来たかねっ?」 「は……えっ!……ええっ!?」 言葉に併せて、モット伯爵の渦眉がピクピク動く。渦髭もピクピク動く。どう言う訳か、渦巻く揉み上げまで動く。 シエスタは唖然とした。一瞬、言われた事が理解出来なかった。 何?何?この人?何、あの眉毛!? 「あの~……用意された服を着て来たのですが……」 「うむっ。宜しいっ。いいね。いいね。最高だねっ」 モット伯が歩み寄って来る。ゆっくりと、ゆっくりと。獲物を追い詰めた肉食獣の慎重さだ。 シエスタは身を縮こませる。 「どうした?逃げないのかね。良いのだよ、逃げても。反撃するなと好きになさい」 そうは言われても、足が竦んで動けなかった。 シエスタは顔を背ける。 怖く無い。逃げない。何度、口にした事だろう。 それでも、十数年間――――いや、六千年間かけて刷り込まれた恐怖が、そうそう払拭出来る訳が無い。 「つまらん」 手首が掴まれる。体が独楽の様に回る。 気付いた時、シエスタは寝台の上に倒れ込んでいた。 白い布地が切り裂かれ、寝台の上に舞い散った。 ボリューム感溢れる、柔らかい肉が零れ落ちる。 「いやあっ!」 目に飛び込んで来た“物”に、シエスタは悲鳴を上げた。 モット伯は脱いだら凄かった。自らの衣服を引き裂いた瞬間、突き出した下腹!ズボンから垂れ下がる柔らかい脂肪! シエスタは目眩を覚えた。 ああ、貴族は魔法でエネルギーを消費するでのではなかったのかしら? だから、どんなに食べても太らないのでは? でも、そう言えば、ミスタ・マリコルヌはピザデ――――ぽっちゃりさんだったわね。 「フハハ!いいぞ!いいぞ!泣け!叫べ!」 白い下腹部がたぷたぷと揺れながら躙り寄って来る。 シエスタは後退る。 狭い寝台だ。忽ち、追い詰められ、組み伏せられる。 「っ――――!」 両手首が抑えられる。振り回す脚が空を切る。 声が出ない。恐ろしさのあまりに、歯の根が合わない。 と、モット伯の動きが止まった。喚声が床を伝って聞こえて来た。 胡乱気な顔で、首を巡らせる。 シエスタも動きを止めた。 蛇の様な視線から解放された事で、若干、思考力が戻って来た。 自分は今、モット伯に組み伏せられている。両手首を抑えられ、のし掛かられている。 つまり、 モット伯は杖を手にしていない――――! 脳裏にギーシュの姿が浮かんだ。 空とどう戦うかを相談していた時、ぽろりと零した言葉を思い出した。 そうだ。メイジが魔法の力を行使するには、杖が不可欠。今のモット伯は下腹の突き出た、ただの中年男性でしか無い。 シエスタは必死で身を捩った。小娘の力だ。大の男に抵抗するのは難しい。 だが、相手はただの人間なのだ。メイジではないのだ。助かる可能性は有る筈だ。 「んん?大丈夫、大丈夫。心配は要らない。我が警備隊は優秀だよ。さあ、続けよう。もっと私を楽しませてくれ!」 モット伯の顔が近付いて来る。渦巻く鬚が近付いて来る。突き出た唇が近付いて来る。酒臭い息と、荒い鼻息が近付いて来る。 シエスタは堪らず、目を瞑り、顔を背ける。 鬚が鼻を掠める。吐息を飲み込んでしまい、思わず咳き込む。シエスタは首を左右に捩る。 蛞蝓の気配が、喉元に近付き――――そして遠ざかった。 足音がする。 乱雑な足音だ。 側まで近付いて来ている。部屋のすぐ前。 モット伯は下卑た中年から、一転、歴戦のメイジへと豹変する。 足音で判る。近寄って来るのは、近従の下級貴族では無い。サイドチェストの杖に手を伸ばし、扉へと向き直る 両手が自由になった。シエスタもまた、サイドチェストに手を伸ばす。 扉が開け放たれた。 現れたのは、車椅子の男だ。長さ1.5メイルもの大剣を手にしている。そして、返り血にまみれた、覆面の男達。 邸の主人が侵入者めがけて、完成した呪文を放とうとした、正にその瞬間だ。 主人の姿を象った像が、その米神を直撃した。 モット伯の眼球がぐるん、と回った。水のトライアングルメイジは一転、寝台から転げ落ち、床に頭を打ち付けた。 手にずしり、と重い感触。 シエスタは邸の主人から守ってくれた、主人のブロンズ像を見つめる。 辺りを見回す。確かに在った筈の物が見当たらない。 「シエスタっ!」 誰かが声を挙げた。 「この野郎っっ!」 誰かが叫んだ。 料理人達は倒れ臥すモット伯へと群がり、鈍器を振りかぶる。 「やめいっ!ボケっ!」 それを制したのは空だ。勢い余って振り下ろされた一打を、デルフリンガーで受け止める。 「大事な人質や」 その様を、シエスタは目を丸くして見つめていた。 空が助けに来るのが意外なら、マルトーを始めとする厨房の料理人達が来るのは、更に意外な事だった。 涙が零れた。 返り血にまみれた男達。それだけでは無い。刀創を負った男が居て、折れた腕を力無く垂らしている男が居る。凍傷を負った男が居る。マルトーの額には、はっきりと刃物の跡が見える。全員があちこちに火傷を負っている。 彼等は自分の為に、そこまでしてくれた。 恐ろしい貴族の邸に乗り込んで来てくれた。 それが何より嬉しくもあり、申し訳無くもあった。 「シエスタ、大丈夫か?何もされてないか?」 「俺達だ!助けに来たんだ!もう大丈夫だ!」 料理人達は次々に覆面を取って、素顔を見せる。 シエスタは笑った。泣きながら笑って、礼を言った。 「こらこら!お前等!まだやで!まだ助かってへんで!帰るまでが襲撃や、言うたやろ!」 抱き合い、笑い合う一同をよそに、窓際へ寄った空は、手を叩いて注意を促した。 「さ、撤収や!手順をちいと変えるで!よく聞け!」 空は部屋のカーテンを外させる。 結って、ロープ代わり。廊下側の窓から脱出する。 「そこに抜け道が有る!マルトー!皆を先導し!」 部屋を照らす、魔法のランプを一つ放る。 料理人達が四苦八苦、準備を進めている間に、空は廊下に出ると、窓から下を見下ろす。 どうやら、大丈夫そうだ。 「我等の風!こいつはどうするんだ?」 一人が、モット伯の頭を軽く蹴った。 「ワイに任しとき。話つけとく」 自分は後から合流する。先に行け。 その言葉に、料理人達は素直に従った。“我等の風”がどれ程の力を持っているのかは、戦列を共にしてよく判っている。 料理人達は覆面を着け直すと、脱出にかかる。 部屋には、空とモット伯だけが残された。 「もう、ええぞ」 空は部屋の窓を開けた。 * * * 意識を取り戻したモット伯が最初に目にしたのは、青銅の乙女だった。 膝枕は冷たく、固かった。 体を起こそうとした時、頭部に激痛が走る。 「ああ!伯爵!気付かれたのですね!良かった!本当に良かった!」 安堵の笑顔を見せたのは、破れやすいブラウスに、容易く伝線するストッキングを履いた、巨乳のメイドではなかった。 親友の息子だ。 美少年と言って良い、端正な顔立ちだが、生憎、モット伯にその気は無い。 「ギーシュ君……これは……」 「ああ。僕よりは、青銅製とは言え、乙女の方が宜しいかと思いまして」 「いや、そんな事より、何故、君がここに……」 「ああ!伯爵!本当に申し訳有りません!僕がいけなかったのです!」 不意にギーシュが詫びた。何が何やら、判らなかった。 「我がグラモン家とモット家は常に戦列を共にした間柄。なにより、高雅なる趣味を共にする同志。我が父にとって、伯爵は得難き友であり、畏れながら、私も伯爵を父の様にお慕い申しておりました。 その伯爵と――――ああ!僕はなんと愚かだったのだろう!あんな些細な事で諍いを起こし、身の程知らずにも、手勢を差し向けるなどと!――――」 「あの……ギーシュ君……話が見えないのだが?」 諍い?何の話だ? 自分とギーシュとの間に、いつ、どんな問題が起きた? 手勢?何を言っている? 確かに、不逞の輩が侵入し、遂には自分の寝室にまで踏み入って来たが、そこにグラモン家の家臣など一人も居なかった。 「心から悔いているのです。僕は愚かにも、伯爵の美しい邸を踏み躙り、多くの御家人を傷付けてしまいました。僕ごときが、偉大なる水のトライアングル・メイジ。“波濤”のモット伯爵に叶う筈など無いのに!」 モット伯はピンと来た。 シエスタが居ない。連れ去られた。あの侵入者達は、彼女が目的だったのだ。 ギーシュが主犯、とは考え難い。遣り口が粗雑過ぎるし、何より無謀だ。 だが、彼はシエスタに執心している。彼女を連れ去った者を庇い、この件を容認しろ、と言っている。あのメイドを諦めろ、と言っている。代わって、自分が咎を引き受ける、と……。 なるほど、相手が平民なら、なんとしでも誅殺しなければならないが、貴族とその手勢なら和解の余地は有る。 「ギーシュ君、君は……」 「そうです!全ては僕の罪なのです!――――でも、伯爵はお優しい方。きっと、最後には許して下さる物と信じていますよ」 と、ギーシュは口元を釣り上げて笑った。そこに全ての罪を背負う殊勝さは、微塵も見られなかった。 なんのつもりだ―――― 「!――――」 この時、モット伯爵は気付いた。 杖が無い! モット伯爵は魔法学院時代を思い出していた。倫理の時間だった。 偉大なるオーギュスト三世、幼少の砌の話だ。彼は斧で父王が大切にしていた桜の樹を切り倒してしまった。王子は全てを正直に話し、父王はそれを許した。 父王が何故、王子を許したのか――――教師の問いに、ジュール・ド・モット少年は答えた。 王子が未だ手に斧を持っていたからだと思います――――。 「ギ、ギーシュ君。君は……こんな事をして、どうなるか判っているのかね!」 「勿論、僕は罪を犯し、お許しを乞う身です。その為には、誠意を見せなければなりますまい。伯爵。どうか、これで僕の罪を御容赦願えないでしょうか?」 ギーシュは背中から羅紗の袋を取り出した。紐を解き、そして半分だけ覗いた中身に、モット伯は目を瞠った。 それだけで判った。あれは、長年、自分が夢見て止まなかったツェルプストー家の家宝。召喚されし魔道書ではないか! 「ギギギ、ギーシュ君それは?」 「もし、お許し頂けるなら――――罪深き僕に、僕の罪行に荷担した者に許しを与え、僕の手勢が貴方に与えた、あらゆる人的物的損失に関する賠償・返済を免除して下さるならば――――謝罪と、そして和解、両家のさらなる友好の証として、これを差し上げたいと思います」 モット伯は無言で歩み寄った。夢遊病者の足取りだ。 ギーシュは再び、魔道書を袋に戻す。 「ギ、ギーシュ君!いい、意地悪をしないでくれ給えよ!ささ、もっとだ!もっと見せてくれ!」 「では、お許し頂けるのですね」 「当然だ!始祖にかけて誓うよ!だから、さあ!早く!」 ギーシュは寝台に歩み寄った。側のサイドワゴン。天板下のラックには、ナイトキャップが収められている。 内一本を抜き取る。 「タルブ産ですか。素敵だ。さすが、伯爵。良い趣味をしていらっしゃる」 グラスを二つ。年代物の赤が、ルビーの深みでランプの灯を弾いた。 「さあ、乾杯しましょう伯爵!今夜の不幸な出来事を忘れ、更なる友誼を誓いましょう!始祖ブリミルと、女王陛下と、祖先より受け継いだ名に賭けて!」 * * * 抜け道の先で、空は料理人達と合流した。 長い長いトンネル。空を除いては知らない事だが、ギーシュの使い魔ヴェルダンデが掘った物だ。 恐るべき貴族の牙城を脱したと思うや、料理人達は一斉に膝をつき、へたり込んだ。 誰もが疲労困憊していた。 誰もが浅からぬ傷を負っていた。 だが、その顔は晴れやかな物だった。 「皆さん、本当に有り難うございます」 シエスタが改めて頭を下げる。 いいって事よ。水くさい事言うな――――そう返しながら、料理人達は一様に笑みを浮かべている。 「なあ、“我等の風”」 「シエスタを連れ戻せたら勝ちだ、てあんたは言ってた」 「俺達、本当に勝ったんだよな……」 「貴族に勝ったんだよな」 満面、笑顔を浮かべる料理人達。 一瞬、空は胡乱気な目をした。 正直に足手纏いだったのだが――――まあいい。貴族に依存するばかりで、自助努力と無縁だった連中が、気合いだけは見せたのだ。 採点魔のキリクではないが、及第点として良いだろう。 言いたい事が色々有ったが、結局、それは飲んでおく事にした。 「おうっ……けちょんけちょんやっ」 歓喜の雄叫びが爆ぜた。へたり込んだまま、料理人達は拳を突き上げた。 シエスタは一人一人に礼を言って回る。 「さあ、帰りましょう!」 シエスタが元気良く号令をかけた。 彼らの本分は戦闘では無い。明日には、いつも通りに厨房の仕事が待っている。 空が言う通り、帰るまでが襲撃なのだ。 * * * 翌朝―――― 「なるほどのう……」 ギーシュが説明を終えると、オスマンは重々しく頷いた。 「わしと君の父上は趣味が似ておる」 「知っています」 「つまり、モットはわしらと趣味が似ておる」 「よく判ります」 「注意しておくべきだったのう。相談して貰えれば、最初からこんな事にはならんかったのだが……」 「やはり、御存知有りませんでしたか」 知っていたら、オスマンはなんとしてでも阻止しようとしただろう。 シエスタが勤務中まで“飛翔の靴”を履いているのは、学院長直々の要望と聞いている。 「全部署の事情が、直に伝わる訳では無いからのう。ともあれ、あのメイドの事は安心しなさい。悪い様にはせん」 報告を終えて、学院長室を後にする。 ギーシュは本塔を出た。 今回の件は、本家にも報告しなければならないだろう。 オスマンは口添えしてくれる、と言っていた。モット伯はグラモン家の名を出さない、と言ってくれた。あまり、大事には発展せずに済むとは思うのだが……。 だが、モット伯の家臣には多くの犠牲者が出た。死人も出たかも知れない。彼等からの突き上げが有った時、伯爵はどうするだろう。 彼等が犯人に辿り着き、私的な報復に出るのも考えられない事では無い。その場合、的になるのは後盾の無い料理人達だ。 知った事か、と思う。シエスタは助かった。それでいいではないか。 気付くと、ヴェストリの広場だった。 初めて空と決闘した場所。 その後は、しばしば特訓に利用させて貰った。 芝や壁のあちこちにウィールの跡が付いている。 昨晩、料理人達が退散した後、伯爵の寝室に入った。 抜け道を掘ったのがヴェルダンデなら、衛士を誘導して、シエスタと料理人達の逃亡を幇助したのはギーシュだった。 「ええんか。手柄、全部、マルトー供にくれてやって」 その問いを、ギーシュは首肯した。 昨日、空が言った通り、早目にはっきりさせるべきなのだ。 自分はモンモランシーと付き合っている。自分とシエスタとでは住む世界が違う。 もう、出来るだけ会わない様にしよう。 ギーシュはそう決めた。空との決闘に、協力願うのも止めよう。 「ミスタ・グラモン!」 ギーシュの決意は固い。 だから、背後から声を掛けられた時も、振り向く事はしなかった。 「なんだ、君か」 出来る限り、素っ気無い風を装った。 「昨日は有り難う御座います。ミスタ・グラモン」 「何の話だね?厨房の仲間達に助けられたのだろう?礼を言わなくていいのかい?」 返事は無かった。 ウィールの音が、背後にゆっくりと迫って来た。 「……私、言いましたよね。貴族は怖くない、て」 「ああ」 「でも、駄目ですね。いざ、その時になったら、やっぱり……」 「ああ」 「伯爵に組み敷かれた時、私、怖かったんです。とても怖くて……震えちゃって、声も出なくて……」 「ああ」 「その時、厨房の皆や、空さんが来てくれて……伯爵が杖を取られて……」 「ああ」 「このままじゃ、皆が危ない、て……私、夢中でした。咄嗟に手近な物を掴んで……えいっ、て!……」 「ああ」 「それが、ブロンズ像だったんです。それで、伯爵は気を失われて、私も皆も助かったんです」 「その皆には、よく礼を言うといい」 「……でも、変なんですよね」 「……何が?」 嫌な予感がして、声が上擦りかけた。なんとか誤魔化す。 「私、一人でお部屋に入った時、よく見たんです。そこに“青銅”の像なんて無かったんです」 「み、見落としたのだろう」 「それで、後で見たんですけど、陶像が無くなってたんです」 薄い陶器の像だった。殴られれば痛いだろうが、それだけだ。気絶することなど有り得ない。 「……そ、それは、あれだ。うん。ま、間違いなく、君の気のせいであり、十中八九勘違いだ」 動揺を隠そうとして、思わず多弁になる。直後、更なる動揺がギーシュを襲う。 繊手が、そっと指先に触れた。 「ギーシュ様」 ブロンズ像で頭を殴られたかの様な衝撃だった。 「“青銅”のギーシュ様」 シエスタは“青銅”を必要以上に強調した。 ありがとうございます――――甘い声が耳元で囁いた時、腕が柔らかく弾力の有る感触に包まれた。 「ししし、シエスタ?」 声が震えた。 正に鎧袖一触。二つの魔法兵器が誇る絶大なる威力は、“清童”のギーシュが築いた心の防壁を、忽ちに崩壊させた。 「ああ、あのだねえ……ぼ、僕はだね……その……」 「知っています。ミス・モンモランシでしょう」 「あ、あああ。うん。そうなんだ。だ、だかららら……」 「いいんです」 シエスタは言った。 「いいんです。私は二番目でも……信じて、待ってますから……」 息が止まりそうになった。 「終まいには刺されるで」 空の声が、脳裏に蘇る。 艶の有る黒髪が肩に乗った時、ギーシュは決心した。 そうだ――――遺書を書こう。 * * * 放課後―――― 「どうして先に行っちゃうのよ!」 いつも特訓をしている岩場だ。 空の後姿を見付けると、ルイズは唇を尖らせた。 「ここまで歩いて来るの、大変なんだから」 昨晩もそうだ。キュルケ、タバサ共々、風竜で駆け付けはしたものの、厳戒態勢のモット伯邸には降下も叶わず。 どうした物かと悩んでいる内に、邸から現れたギーシュに告げられたのだ。 万事解決だ。もう、心配はいらない―――― 全く。何をしに行ったのか、判らない。 「自分だけで何もかもやって。あのメイドを連れ戻して、さぞ得意なんでしょうね」 不満のあまりに、そんな嫌味が口を衝いて出そうになった時だ。 空は溜息を付いた。 横からひょい、と覗き込む。憮然とした顔だ。 「……なによ、変な物でも食べたの?黄昏ちゃって」 「ワイかて、気分が悪い時くらい有る」 「何か有ったの?」 「どうもこうも、あるかい」 箝口令を敷いたにも関わらず、マルトー達はすっかり浮かれきっていた。 貴族に勝った。貴族に勝った。 秘密だけど、ここだけの話だけど、と、学院中の平民相手に触れ回る。脚色も鮮やかな彼等の武勇伝は、遠からず街の酒場まで漏れ出す事だろう。 これでは、話を収めてくれたギーシュの骨折りが無に帰しかねない。 「全く、しょーも無い奴らや。貴族のボーズに助けられたんも知らんと、いい気になりおって。あれしきの事で、空飛んだつもりになっとる。ホンマ、救いようが無いわ」 「仕方がないわよ」 散々、悪態を吐く空に、ルイズは微笑した。 「“空”なんて、誰でも手が届く物でしょう」 「あん?」 振り向こうとした時、ルイズの手が、ひょい、と帽子を取り上げた。 「本当、空は近いわ。手を伸ばせば、接吻できるくらいに」 「なら、してみるかい?」 「やーよ」 ルイズは帽子を被って見た。ブカブカだ。 「今のあんたはいや。曇り空は御免だわ」 杖を手に、ルイズは手近な大岩に歩み寄った。大岩と言うよりも、岩山と呼んだ方が的確かも知れない。 表面を撫でると、ざらりとした、重く冷たい手触りが返って来た。 「あんた、よその世界から来たんでしょう?」 「信じてへんのやなかったんか?」 「信じてなかったわよ。信じて無かったけど……」 信じざる得ない気がした。 空はあまりに自由だ。あまりに奔放だ。 恐らく、彼の故郷は、階級が無いにも関わらず、人間が獣の群では無く、人でいられる特異な場所なのだろう。 ハルケギニアには、そんな場所は存在しない。 階級に相応しい生活、相応しい装い、相応しい言動を取らない人間は、貴賤を問わず、誰からも相手にされなくなる。 「……私ね。ずっと、“塔”の中に閉じ込められている様な気持ちだった。窓の無い、真っ暗な“塔”――――」 自分は魔法の才が無い。貴族にも関わらず、魔法が使えない。 役立たずを許しておく程、貴族の社会は寛容では無いし、魔法を使えない貴族を受け容れる程、平民の社会は慈悲深くは無い。 お前は要らない――――世界にそう言われている気がした。 「でもね――――」 ある日、暗く息苦しい“塔”の中に、“風”が吹き込んだ。 風を辿ると、細い光が見えた。ぶ厚い“塔”の壁に、僅かな亀裂――――。 ルイズは呪文の詠唱を始める。 イメージするのは擂り鉢だ。爆発のエネルギーを一点に収束する形だ。 閃光が生じた。 熱を含んだ風が吹き寄せる。ルイズの頭から舞った帽子を、反射的に受け止めた時、空は目を瞠った。 岩山越しに、“空”が見えた。 熱量凡そ3000度。超音速のジェット噴流が巨岩を豆腐の様に刳り抜いていた。 成功に、ルイズは安堵の息を漏らす。 「風穴、空けたわよ。“塔”の天辺まで」 ルイズは自慢気な笑みを浮かべた。誇らし気と言うには、あまりに幼く、子供っぽい笑みだった。 さあ、褒めて!驚いて! 悪戯っぽい鳶色の瞳が、素直にそう言っていた。 「……こいつは、おでれーた」 どこかで聞いた科白だ。 事実、空は素直に驚いていた。こんなに早く、成果が上がるとは思っていなかった。 いや、そもそも成果が上がる事自体、確信していた訳では無かった。 この破壊力――――火の系統など及びもつかない。 なるほど、昨日から妙に機嫌が良かった訳だ。 「んー、実は未だ、10回に1回くらいしか成功しないんだけど……“道”は開けた?」 「上等や!」 帽子を被り直しながら、空は笑う。ルイズに負けず劣らず、邪気の無い笑みだ。 イツキと違い、陰謀の絡まない二番弟子の成長は、純粋に喜ばしい物だった。 「“爆風の道〈ブラスト・ロード〉”て所か?目の前に転がる邪魔な小石、全部吹き飛ばして突き進む、お前だけの“道”や。ぴったりやんか!」 「私だけの“道”て事は、当然、一番の使い手は私なんだから、私が“王”よね、“元”王さま?」 ルイズは得意そうに言った。 「この場合は“爆風の王”かしら?それとも“爆発の王”?“ゼロの王”とか言ったら、酷いんだから」 「えー、“ゼロの王”格好いいやん。まあ……爆発やら、爆風は語呂悪いわ。普通は漢字一文字やけど思いつかんし……“破烈の王”なんてどや?」 「“破烈の王”?……別に悪くないけど、どうして?」 「そら、ルイズはすぐ、癇癪、破裂させよるからな」 「な、なによー。それっ」 ルイズは空の股を抓り上げた。 声に笑みが混じった。顔にも笑顔が残った。指先には、まるで力が入らなかった。 仕方なく、胸に肘鉄砲で勘弁してやる事にする。 まるで効いていない。空はにやにや笑っている。 「それに、未だ“王”は早いわ。“破烈の王”候補、て所か?」 「候補、て。私しか居ないじゃない」 「力不足。元王さまが言うんやから間違いない。もっと精進し」 ルイズは膨れた。 まあ、仕方が無い。他系統のトライアングルやスクウェアと対等に渡り合えない現状、“王”はあまりにおこがましいだろう。 だが、方向性は見えた。 何をしていいのかも判らなかったり、本当にこれで良いのかと悩んでいた時期とはもう違う。ずっと気が楽になった。 “塔”から飛び出す事は出来なくても、確かに陽は差した。“空”は見えたのだ。 「そや、ルイズ!滝や!滝見付けたんや!ほな、行くで!特訓や、特訓!特訓特訓クソクソクソら特訓やっっ!」 「何させる気よ」 ルイズは車椅子の握りに手を伸ばす。 春を迎え、陽は一日一日と長くなっていた。 ゆっくりと車椅子を押していると、爽やかな風が頬を撫でて行った。 頭上を仰ぐ。 雲一つ無い空に、ルイズは頬を綻ばせる。 「本当に、気持ちのいい空――――」 ――――To be continued ? 前ページ次ページ虚無の王